「路地裏で猫を撫でたら、不思議な場所についた」 (6)


先ほどまで右手にあったふわふわとした感触はもうなかった。

突然路地のアスファルトが苔の匂いのする地面に変わり、薄汚いファミリーレストランの裏手は太い幹回りの木々に変わった。

「えっ?」

状況が分からず、思わず口から声が漏れた。
左手には書類の入った通勤用のカバン、恰好は退勤時のパーカーのまま。
傍らには、帰ってクリーニングしようと思っていた白衣が無造作に丸まっている。

幻覚でも見ているのだろうか?
見上げると、先ほどまで夕闇の色だった空には、木々の隙間から見える真っ白な太陽が昇っていた。


「おんやぁ、ヌシは誰ぞ?」

後ろから、中年男性を思わせる声がした。

ああよかった。
何か起こっているかさっぱりだが、とりあえず人がいる。

「すみません、ここっていったいどこなん――」

勢いよく振り向いて、とうとう彼は――望田大樹(モチダ ダイキ)は声が出せなくなった。


「ここはツンガリ森の湖側じゃがどうした、迷子かね?」

目の前には、かっちりとスーツを着こなした猫が二本足で立っていた。

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――――
――


「……い、おい、おいおい」

「んー……」


何か柔らかいものが頬にぽにぽにと触れる心地よい感触。
眠る前の記憶がぼんやりして思い出せない。

まどろんで向きを変え、再び眠ろうとした望田は、何やら覚えのある「ぽにぽに」の正体にふと思い当たった。

あ、猫の手だこれ。

「目ぇ覚ましたかい」

「ひぃっ!!」

目を開くと、自分をのぞき込むスーツ姿の猫。
思わず突き飛ばし、ベッドの上で後ずさりをした。

「いちち、何じゃいいきなり」

「えっはっ、えっ、猫が喋って、えっ!!」

「ああいかんなこりゃ、記憶が混線しておるのか」

肩で息をするパニック状態の望田とは裏腹に、二本足の猫は落ち着いた様子だ。
打った腰をさすりながら、ベッドと反対側の大きな本棚から一冊の本を取った。

「ええと、唄医者の寄こしたのはこれだったかな。少し落ち着かせりゃあいいから、『草原』第3節から……」

猫はぶつくさと呟きながら戻ってきた。
そして慣れた様子で本を開くと、おもむろに言葉を紡ぎだした。


「『開け草原の扉、彼方より此方へ、此方より彼方へ――』


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