キョン「ぐえっ! な、何しやがる!?」ハルヒ「キョンの喉仏、捕まえた!」 (20)

その日、空に浮かんだ暗雲から雨粒が舞い降りたのは、昼休みが終わってからだった。
SOS団の無益な活動を終える頃には、いよいよ本降りとなっており、帰宅するべく昇降口から一歩踏み出すのは、傘を忘れた俺からすると、なかなか勇気の要る悪天候である。

「ん」

そんな俺に向けて、涼宮ハルヒが口をへの字に結んだまま、傘の先端部を突きつけてきた。
いったい、なんのつもりだろう。

「傘、忘れたんでしょ?」
「あ、ああ……」
「特別に、貸してあげる」

それはどうもご親切に、とはいくまい。

「お前はどうするんだ?」

そう尋ねると、ハルヒは何言ってんだこいつ、みたいな眼差しと共に、嘆息をひとつ吐いて。

「見ればわかる通り、傘は1本しかないんだから、あんたと一緒に帰るに決まってるでしょ」

ああ、なるほど。
それは道理だろう。
しかし、すると、まさか。
ひょっとして、それは相合傘という奴では。

「なによ」
「……いや、なんでもないさ」

今にも俺を置き去りにして立ち去りそうなハルヒに懸案事項を告げるのを諦めて、俺はいかにも女子の持ち物とわかる黄色い傘を、広げた。

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ところで、傘というのは本来1人で使用するものであり、ビーチパラソルなどの特殊な用途に使われるものを除けば、そこまで大きくはない。

よって、現在、俺の左肩はびしょ濡れだった。

「肩、濡れてるわよ」
「仕方ないだろ」
「もう少し、こっちに寄ったら?」

肩が濡れるのは仕方ないことだと割り切っている俺に対して、ハルヒは解決策を提示した。
しかしながらそれには新たな問題が発生する。
端的に言って、肩と肩が触れ合う危険性だ。

「仕方ないじゃないの」

そんな俺の危惧を、またもハルヒは仕方ないと切り捨てて、向こうからこちらに寄ってきた。
重ねて言うが、断じてこちらから寄ってない。
あとで裁判沙汰にでもなったら面倒だからな。

「あんたを訴えたところで、たいした損害賠償を請求出来るとは思えないから勘弁してあげる」

当たり前だ。
俺は学生で、被扶養者だ。
請求はお袋に回してくれ。

「とはいえ、責任能力がないからと言って、あんたの責任がなくなるわけじゃないわ」
「どういう意味だ?」
「金銭ではなく身体で支払いなさいってこと」

そう言って、おもむろに、尻を撫でてきた。

「いきなり何すんだ!?」
「私の肩に触れた対価よ」

ギョッとして抗議すると、そう返された。

「お前の肩と、俺の尻は等価ってことか?」
「ええ、むしろまだまだ債務は残ってるわ」

言わせておけば、お高くとまりやがって。
少し美人だからって自惚れるのも大概にしろ。
こうなったら、こっちもハルヒの尻を。

「いいわよ。その覚悟があるのなら、ね?」

念を押すように、覚悟を問われて、断念する。

「まだ何か言いたいことある?」
「いい加減、尻から手を離してくれ」
「まだ債務が残っているって言ったでしょ?」

その債務とやらは、あとどれくらいで支払い終えることが出来るのか、それが気になるね。

「私が満足するまでに決まってるじゃない」
「いくらなんでも横暴だ!」
「うるさいわね。全ては団長権限よ」

いつからSOS団の団長は、人の尻を撫でる権限を得たのか。俺にもその権利を分けて欲しい。

「馬鹿。団員その1の分際で、何言ってんのよ」

そう言って団長は団員その1の尻を撫で回した。

「あんた、何か飲む?」

しばらくハルヒに尻を撫でられながら進むと、道路脇に自動販売機があり、ひと息つけそうな屋根付きのバス停へと、俺達はたどり着いた。

「珍しいな。お前が奢ってくれるなんて」
「何を馬鹿なこと言ってんのよ。あんたが何か飲むなら私の分も一緒に買えって意味に決まってるでしょ? 私があんたに奢ってもいいのは、せいぜいそこら辺にある水溜りの水くらいよ」

いつから水溜りの水がハルヒの所有物になったのかは定かではないが、この女にまともな常識が通用するわけがないので、反論はしない。

「ほらよ」
「ありがと」

自販機で自分の分の冷たいコーヒーと、ハルヒの分の冷たいココアを買って、手渡した。
意外にも素直に感謝の言葉を口にしたハルヒに少々驚きながらも、バス停のベンチに座る。

「よっこらせ」
「よいしょ」

よいしょっと、ハルヒが膝の上に乗ってきた。

「……おい、ハルヒ」
「なによ」
「いい加減にしろ」

一体全体どうしたんだ、今日のこいつは。
気まぐれに傘を貸してくれたと思ったら、肩が触れたくらいで因縁をつけて俺の尻をまさぐり、ついでによく冷えたココアを奢らせてから、挙句の果てに膝の上に座ってきやがった。

前々から頭のおかしい奴だとは身に沁みていたが、いつにも増してあまりに脈略がなさすぎる不可解な言動を不審に思った俺は、尋ねた。

「これはいったいどういうつもりだ?」
「別に、どうだっていいでしょ」
「いいわけないだろ」

たしかに、ハルヒはそこまで重くなかったので膝の骨が砕けるような心配はないが、こんな場面を誰かに見られたらしち面倒なことになる。

「降りろ」
「やだ」

澄まし顔で拒否したハルヒに俺は怒鳴り散らす。

「いいから膝から降りろって!」
「私は私の目的の為にこうしてるの!」
「なんだか知らんが俺を巻き込むな!」
「あんたがいないと達成出来ないから、こうしてるんじゃないの! 察しなさいよ、バカ!」

察するも何も、その目的とやらすら定かではなく、明かすつもりもないのでは、俺にはどうしようもないだろうが。そのくらい察してくれ。

「まったく……」

とにかく、疲れた。
それに、酷く喉が渇いた。
だからひとまず、コーヒーをひとくち飲むと。

「捕まえた!」
「ぐえっ! な、何しやがる!?」
「キョンの喉仏、捕まえた!」

突然、俺の喉仏は、ハルヒに捕まえられた。

「おまっ……何考えてんだ!?」
「前々からずっと触ってみたかったのよ。ようやく、捕まえたわ! へぇ……コリコリしてる」
「コリコリすんな!?」

ハルヒは興味深そうに、喉仏を触った。
コリコリされて、とても変な感じだ。
ひとしきり触ると、こちらの手を取って。

「ほら、私には喉仏ないでしょ?」
「……当たり前だろうが」

その細い首には当然ながら突起物はなかった。

「……俺はお前が、時々わからなくなるよ」

まさか、この為に一緒に下校していたとは。
そろそろ付き合いの長い俺でさえ、予想もしなかったことに、少しばかりショックを覚えた。
そうして落ち込んで、ふと気づく。
どうやら俺はなにやら期待をしていたらしい。

「何を嘆いているのよ」
「放って置いてくれ」
「目の前で落胆されるこっちの身にもなりなさいよ! まったく仕方ないわね。それなら元気が出るように、私の鎖骨を触らせてあげるわ!」

元気が出るように、鎖骨を触らせる。
まったく以って、意味がわからない。
しかし、触れと言われればやぶさかではない。

「ふむ」
「元気出た?」
「まあ……そこそこ、な」
「ならよし!」

ハルヒの鎖骨を触り、そこそこ元気が出た。

「雨、やまないな」
「そうね」

それからしばらくの間、喉仏と鎖骨を触り合い、ぼんやり降りしきる雨を眺めていると。

「んっ……キョン、くすぐったい」
「あっ……すまん」

強めにコリッとしたら、ハルヒがみじろぐ。
すると、なんだか変な気分になってくる。
そもそも、膝の上に乗ってる時点でやばい。

「……ちょっとあんた、何考えてんのよ」
「……別に、何も」
「上に乗ってると、すぐにわかるんだからね」

それはそうだろうよ。丸わかりの筈だ。
しかし出来れば素知らぬふりをして貰いたい。
何も反応するなとは男子高校生には酷だろう。

「なあ、ハルヒ」
「なによ」

とにかく気を逸らそうと思って、口を開いてみたけれど、気の利いた話題が思い浮かばず、なんと言ったらいいものか、悩んでいると。

「……あんたは、どう思ってるの?」
「は?」

珍しく、ハルヒがおずおずと、尋ねてきた。

「どう思っているって、なんのことだ?
「今の現状とか……これからのこと、とか」

それはまた、漠然とした話題だな。
しかし、 この状況下では都合が良いと思えた。
だから俺は曖昧な質問に、曖昧な答えを返す。

「俺はそれなりに、満足してるぞ」
「……それなら、いいのよ」

SOS団の活動やら。
今日みたいにハルヒに振り回されることやら。
諸々含めて、俺はそれなりに、満足していた。

だからたまには、団長を労ってやろう。

「いつもありがとな、ハルヒ」
「ふ、ふんっ! 別にあんたの為じゃないんだからね! 勘違いすんな、バカキョン!」

ああ、わかっているさ。
全ては、自分の目的の為。
お前はそういう奴だよな。

「そろそろ、帰るか」
「あ、待って。今、飲んじゃうから」

促すと、ハルヒはココアをガブ飲みした。
それに釣られるように、コーヒーを飲み干す。
そんな俺を見てハルヒは慌てて喉仏を触った。

「もう! 飲むなら飲むって言いなさいよ!」
「そんなに俺の喉仏が気になるか?」
「実に興味深いわ。秘めたる力がありそう!」

断言してもいいが、そんなものはない。

「あんたは自分の身体の機能を熟知してる?」
「医学的なことまでは流石にわからん」
「そらみなさい。人体にはまだまだ未解明なことが多いのよ。だからきっと、喉仏にも不思議な力がある筈だわ。間違いなくね!」

あまり断言しないで頂きたい。
自分が知らないだけで、お前にはそれこそ、秘めたる願望を実現する力があるのだから。

「たとえば、そうね……」
「おい、ハルヒ。頼むからそれ以上考えるな」

だから喉仏に備わる新しい機能を模索し始めたハルヒを俺は慌てて止めようとしたの、だが。

「ここを押したらうんちがしたくなるとか!」

時既に遅く、俺の喉仏に新たな力が、宿った。

「それじゃあ、ためしに押してみるわね」
「やめろって! 洒落にならないだろうが!」
「あっ! こらキョン! 暴れんな!」

速攻で喉仏を押しにきたハルヒの攻撃を回避。
本当にとんでもない女だ。極めて度し難い。
よりにもよって、なんて機能を付けやがる。

「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」

そのちょっとが、命取り。
ちょっとだけ、糞を漏らしてたまるか。
尊厳を守るべく、ハルヒの両手を掴む。

「何すんのよ! 離しなさいよ!」
「喉仏を押すのをやめるなら離してやる」
「団長の命令が聞けないって言うの!?」

そんな命令、誰が聞くか。
こちとら、漏らすかどうかの瀬戸際なんだ。
断固として、脱糞から逃れるべく戦ってやる。

「それなら、こっちにも考えがあるわ!」

威勢が良いが、所詮は女だ。
単純な力比べならば負ける気はしない。
そんな俺の自信は、あっさりと覆された。

「離さないなら、ここでおしっこするから!」
「……は?」

なんだ、こいつ。
今、ハルヒはなんと言った?
ここで、何をするって?

「おしっこするって言ってんの!」

なに言ってんだ、この女は。
ここで、この俺の膝の上で、小便をするだと?
なんだそれは。それになんの意味がある?
Why? 何故?
小便をひっかけてまで、そこまでして、俺に糞を漏らせと言うのか。理解に苦しむ。

「……や、やれるもんなら、やってみろよ」

売り言葉に対して買い言葉を口にすると、ハルヒはじっとこちらを見つめて、にっと嗤った。

「んっ……ふぁっ」
「えっ?」

ぶるりと、悶えるように身震いして。
とろけるような表情をしたハルヒは。
俺の、膝の上で、小便を、漏らした。

ちょろろろろろろろろろろろろろろろろんっ!

「どぉわっ!?」

これには流石の俺も驚いたね。驚天動地だ。

「隙あり!」
「なっ!?」

それは、一瞬の出来事だった。
ハルヒの放尿に動転した俺の隙をついて。
無防備となっていた喉仏を、押された。

「ぐえっ!?」
「やった!」

むせる俺と、歓喜するハルヒ。
改めて、なんて女だと思う。
まさに、肉を切らせて骨を断つ。
いや、尿を漏らして便を出す、か。

ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるぅ~!

突如として湧き上がる便意に、敗北を悟った。

「ぐあっ!?」
「キタキター!」

キタキター! じゃない。
そんな心踊る擬音では決してない。
人の気も知らないで、愉しみやがって。
ええい、ままよ。

そっちがその気なら、こっちにも考えがある。

「鎖骨がガラ空きだぞ」
「んあっ!?」
「ここが弱いんだったな」

瞳をキラキラ輝かせて、俺の脱糞を心待ちにしていたハルヒの鎖骨に指先が触れる。
先程の経験から1番敏感な部分を探り当て、強めにコリッてやると、ハルヒはすぐに漏らした。

「んあああああんっ!?」
「団長ともあろう者が、情けないな」
「キョン、覚えてなさい……ひゃんっ!?」

小便を垂れ流しながら凄まれても怖くない。
悪いな、ハルヒ。
やられっぱなしは癪なもんでね。
最後の最後で勝利を掴んだと確信した俺に。

往生際の悪い団長は、反撃をしてきた。

「あむっ!」
「ぐあっ!?」

狙われたのは首元。
ハルヒの奴、喉仏に噛みついてきやがった。
吸血鬼でもあるまいし、やめて頂きたい。

「んむっ……ちゅーちゅー」
「吸うな! 気色悪い!」

喉仏を、吸ったり、噛んだりされて。
背筋がゾクゾクして、鳥肌が立ちまくり。
そして俺の括約筋は、その意義を失った。

「おっ?」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ~っ!

「フハッ!」

真っ白な頭に、ハルヒの愉悦が、こだました。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

その高らかな肛笑は、まるで魔王のようで。
その肩書きは、ハルヒに相応しいと思えた。
すると、なんだか居ても立っても居られずに。

「ハルヒッ!」

狂ったように嗤う馬鹿女をきつく抱きしめた。

「フハハハハハハハハッ……あれ? キョン?」
「ああ、俺だ。しっかりしろ」
「おかしいわね……ついさっきの記憶がないわ」
「だろうな」
「まあ、そんなことはともかく……ねぇ、キョン。どうして私は抱きしめられてるわけ?」
「さあな」

耳障りな哄笑が鳴り止み、自分自身を取り戻したハルヒが、不思議そうにそう尋ねてきた。
どうしてハルヒを抱きしめたのか。
それは俺にもよくわかっていない。
ただ、そうしないとこの頭のおかしい女が、どこか遠くにいっちまいそうで、怖かったから。

「……キョン、苦しい」
「離したほうがいいか?」
「……もう少し、このまま」

もう少しとは、どのくらいだろう。
あとどれだけ現状を維持すると、飽きるのか。
この世に永遠なんてものは存在せず、もしあるとすれば、それは無限の退屈だけである。
そんなことはわかっている。わかっているさ。

しかし、それでも、今だけは。

「……このまま、時間が止まればいいのに」

ハルヒの囁きに、同感であると、そう思えた。

「今度こそ、帰るか」
「……そうね」

時間が止まればいいのにと、ハルヒは確かにそう口にしたが、それは実現しなかった。
その理由を鑑みるに、ハルヒ自身、そんなことは不可能であるとわかっているのであろう。

もちろんこいつの能力をもってすれば簡単だ。
涼宮ハルヒには願望を実現する力がある。
本当にそれを望むのなら、その瞬間に世界は停止して、永遠に時が進むことはなくなる。

先だってそれを不可能だとハルヒは考えたとそう考察したが実はそうではなく、案外、本心では時間の停止を望んでいないのかもしれない。

それは存外、喜ばしいことのように思えた。

何故ならば、その思考が前向きだからである。
未来に対して、希望が満ち溢れている。
ならば俺は、ハルヒと共に歩もうと思った。

「もう傘はいいわ」
「濡れちまうぞ」
「もう、濡れちゃってるから」

降り続く雨に打たれながら、ハルヒは笑う。
身に纏う学校指定のスカートから滴る雫は、ほんの少しだけ黄色がかっており、ハルヒの黄色いカチューシャとお揃いで、眩しく映った。

「その傘、持って帰っていいわよ」
「いいのか?」
「また雨が降ったら忘れずに持ってきなさい」

団長命令だからねと、念を押されて苦笑する。
それはなかなかどうして愉しみで待ち遠しい。
茶色い雫を溢した俺は、未来に希望を抱いた。


【涼宮ハルヒの肛笑】


FIN

最後のレスの黄色いカチューシャは、黄色いリボンの誤りでした。申し訳ありません。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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