“らしくない私たち” に 祝福と喝采を (48)


こちらは「アイドルマスターミリオンライブ!シアターデイズ」のSSです。
春日未来 と 如月千早 がメインのお話となります。

あと、この作品の時系列的には「プリンセス ビー アンビシャス」公演の少し後くらいなので、この点に留意してお読みください。

それでは、ぼちぼち始めていきます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1561988037


───────────────────side:春日 未来

「はぁぁ~~……」

 今日だけで何回目だろ……大きな大きなため息が口から出ていった。夜の街の空気に溶けていった──って、百合子だったら言うのかな。ううん、もうちょっと難しい言い方をしそうな気もする。

 でも、私にはできない。

「はぁ、今日もまたいっぱいおこられちゃったなぁ……プロデューサーさん、色んな人にいっぱいあやまってた」

 私──春日未来は今、765プロライブシアターの屋上に来てる。
美咲さんに頼んで『三十分だけだよ、ナイショだからね』って鍵を開けてもらって。ここから見える夜の灯りはまるでステージから見えるサイリウムみたいで──本当にステージに立ってるような気分になれる、お気に入りの場所だから。
 ここで一曲歌でも歌えば、それだけでイヤ~な事なんて全部吹き飛んじゃう。プリンセス公演の合宿で見つけた、元気の出るおまじない──私だけの、ヒミツのおまじない。

 だけど……やっぱりダメだ。今日は全然、いつまで経ったって“あの失敗”は消えてくれない。でーん、と頭の真ん中にずっと居座ってる。

「はぁ~ぁ~……」

 またため息だ……あごを載せてる手すりは、もうすっかりぬるくなっちゃった。最初はひんやりしてて気持ち良かったのになぁ……。

「やっぱりアイドルに向いてないのかなぁ……」

 ポロッて思わずこぼれた言葉に、自分でもびっくりした。びっくりした……けど、誰もいないし、いいよね。ちょっとくらい弱気になっても、いいよね。だって……今は一人っきりだもん。

「はぁぁ~……」

 後一回、これで最後。このため息でイヤな事全部追い出して、いつもの私に戻るんだ──なんて、ずっと思ってる。でも思ってるだけなんだ。こんな私を見たら、翼は何て言うのかな……静香ちゃんだったら、何て言うのかな。わかんない……私にはわかんないよ……。

「はぁぁぁ~~……」

「──未来、ここにいたのね」

 結局またもう一回しちゃって、私って本当にダメだなぁ……そう思った時、後ろから声が届いた。

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「え……わわっ、千早さん!? お、おお、お疲れさまです!」

 慌てて振り向くと、765プロの人気アイドルで私達ミリオンスターズの先輩、如月千早さんが立っていた。でも、どうして……ここには誰にも見つからないように、こっそり来たはずなのに……。

「あの、千早さん。どうして私がここにいるってわかったんですか?」

「さっきチラッと見かけて、ね。今日のパーティーの主役なのに、なかなか姿を見せないものだから呼びに来たの。まさか屋上にいるとは思わなかったけど……随分探しちゃったわ」

「あ、もうそんな時間──すみません!千早さんにわざわざ探してもらっちゃうなんて……」

「もぅ、そんなにかしこまらないでいいのよ」

びっくりして思わずお辞儀までしちゃった私の顔を、心配そうに覗きこんでくる。でも、その目をまっすぐ見れなくて、余計に下を見ちゃうんだ。こんなんじゃ、ダメなのに……でも……。

「でも、あんなに大きなため息なんて、いつもの貴女らしくない気がするんだけれど……何か、あったの?」

「え……?」

顔を上げると同時に『なんで? どうしてわかったの?』 って言葉が、もう少しで飛び出しちゃう所だった。

「あ、いえ、ほら、その……パーティーの開始時間ギリギリになっちゃうからって貴女だけ一人先に戻ってくる予定だったでしょう? それがちょっと遅くなっていたし、プロデューサーにかけても貴女は先に出たはずだって言うし……ひょっとしたら事故かなにかに巻き込まれたのかもって、みんな心配してたのよ?」

「そ──」

少し慌てたみたいな早口で千早さんが言った。きっと顔に出てたのかもしれない──そんなんじゃダメなんだ。


「そんな事ないですよ~!やだな~千早さんってば~」

「え、でも──」

「だってほら、私はこんなに!元気いっぱいですよ!えい、えいっ!」

 だから私は、それはもう大げさに体を動かして、なんでもありません!って元気をアピール。でも心の隅で生まれた『聞かれなかったかな、大丈夫だよね』──そんな気持ちが、私の言葉もどんどん早口にしてく。

「だから、なーんにも心配いらないですよ。私、ぜ~んぜんいつも通りですから……えへへ」

そう、大丈夫。私はいつも通りなんだから。だから……みんなに心配してもらうなんて、そんなの……そんなの私なんかにはもったいないんだから……。

「………………」

でも、千早さんは何も言わなかった。ゆっくりと隣に来て、眉毛をほんの少し八の字にして、じっと私を見つめるだけ。それだけだった。

「ぇっと、千早さん?あの~……」

「──────」

おそるおそる呼び掛けてみたけど、千早さんは黙ったままで。ただじぃっと私を見つめていた──。


───────────────────side:如月 千早

 薄々気付いていた。戻ってきた時の、そして目の前に佇む彼女の様子が少しおかしいということには。

 再三のため息にひきつった笑顔──本人は何でもないように振る舞っていたけれど、彼女をよく知る者が見れば必ず違和感を覚えたはずだ。だって私だけじゃない、静香も伊吹さんも、それに気付いていたのだから──さっき耳に届いたあの不穏な呟きが、何よりの証だ。
 もちろん春香だって、今の彼女を目にすればきっと気付いていたはずだ……目にしていればの話だが。でもそれは叶わないこと。春香は今頃、きっとこの瞬間にだって“パーティーの準備”に追われているはずだから。

 だから、劇場に戻って来たはずの未来の姿が見えなくなった時、何かがあったのだろうと当たりをつけた。それと、人間誰しも一人になりたい時だってある、ここは少し時間をおいて様子をみよう──とも。どこにいるのかさえ把握しておけば、やみくもに事を大きくする必要なんてない、心が落ち着くまで待ってみようと。天真爛漫で根がポジティブな未来の事だ。きっとすぐにでも笑顔を見せてくれる──私達は、そう高をくくっていた。

 けれど、彼女はいつまで経っても戻って来なかった。三十分が過ぎ一時間に近付いても、彼女は姿を見せなかったのだ。

 あらかじめ青羽さんに聞いておいて良かった。未来には“落ち込んだ時のおまじない”があって、レッスンや仕事が上手くいかなかった時には度々屋上を開けてあげていたんだと……そして、今日もこっそり開けてあげたということも。

 だから私が来たのだ。

『アイドルとして直面したトラブル』──年の近い同期には話しにくい事でも、年上であり先輩でもある自分にならば、打ち明けやすいのではないかと考えたから。春香や水瀬さんよりも、彼女とあまり接点のない自分の方が、却って話しやすいのではないかと考えたから……が、結論から言えば、その目算は甘かった。“いつもの私”ではこの子の強がりを崩せなかったのだ。


 そうして気づく。

 『春日未来』は、みんなが思うよりもずっと強くて──そして、ずっと弱いのではないか。“みんなが求める笑顔の未来”という固い殻の中で、少しずつ傷つき泣いているのではないか、と。

 それでも、私はこうも思うのだ。

 今日は、今日だけは“この子”にこんな顔をしてほしくない。いつものあの笑顔でいてほしい。皆の目を捉えて離さない、あの笑顔でいてほしい──例えそれが『如月千早』の我が儘でしかないのだとしても、だ。

──みんな。プロデューサー。

ほんの少しでいいから、私に勇気をください。臆病で、いちいち自身に言い訳しなければ大切な仲間も満足に励ませないような私だけど、どうか踏み出す勇気をください。
いつもの優しい先輩らしくないって思われてもいい。それでもこの子のために踏み出す勇気を、私にわけてください。

そして願わくば祈っていてください。
心の片隅でも構わないから、これから私のやる事がどうか“この子”に届きますように、と。

 短く吸い込んだ一息に願いを込めて、そっと吐き出した。


───────────────────side:春日 未来

「──それは嘘ね」

「え……?」

 静かな中からズバッと投げられた一言。その一言はスゴいスピードで私の中に飛び込んできた。

「声にいつものハリがないし、妙に早口。笑顔も強ばってるわ……それに、ため息も多かったしね」

「……あう」

 結局、そんな私の空元気もアッサリ見破られちゃった。そりゃあ志保みたいに演技に自信ある方じゃないけどさ……。

「未来がどうして落ち込んでいるのか、私には分からない。だって……貴女から何も聞いていないもの。それじゃ分かりっこないわ。そうでしょう?」

「それは、確かにそうですけど……」

「ね? だから何があったのか、良ければ話してみて?これでも一応アイドルの先輩なんだし、何かアドバイスできる事があるかもしれないわ。それに、誰かに聞いてもらう──それだけでも結構心持ちが変わってくるものよ?」

「私もそうだったからわかるの。一人で抱えこんで抱えこんで、抱えこみすぎてどうしようもなくなっちゃった時、ただ話を聞いてもらうだけでどれだけ心が軽くなるのか……私には、よくわかってるの」

「──だから、ね?」

「千早さん……ありがとうございます」

 包みこんでくれるような優しい微笑みに、スッと入ってくる優しい声に、自然とお礼が込み上げてきた。さっきまでは、こんなに弱気な私なんて誰にも知られたくなかったのに、今は話してもいいのかなぁ、なんて思っちゃってる。不思議だなぁ、なんでなのかなぁ……。


 ともかく、そうして私は話し始めた。

「実は今日、テレビの生放送に出たんです。夕方の番組の、ちょっとしたコーナーなんですけど、基本私一人でロケをやることになってて。『アイドルがぷらっと訪問!』っていうコーナーなんですけど、その今月の担当パーソナリティーに選んでもらってて」

「ぷらっと訪問──ああ、あれね。毎週末にやってるローカル局のワイドショー内の、15分くらいのミニコーナー。そう、あれに出てたの……すごいじゃない、おめでとう!今度、まとめて観させてもらうわね」

「そ、そうですか?えへへ……嬉しいな」

「そうそう、そのコーナーに春香や我那覇さんなんかも出てたのよ。ちょうど今の貴女と同じくらいの、デビューしたての頃だったから色々と危なっかしくて……ふふ、本当に懐かしいわ。そのビデオもきっと残っているはずよね、また観直そうかしら」

「そうだったんですか、春香さん達も出てたんですね……あ、それで私、直前のリハーサル中にお店の物を、その、こわしちゃって。今日が三回目の放送だったんですけど、毎回似たようなミスをしちゃってて……でも今日のは特にひどくて、売り物をいっぱい壊しちゃって……」

あっ、て言う暇もなかった。いつもより少しだけ大きく動こう、がんばってお店をアピールしよう──そう思ってたら、背中が棚にぶつかっちゃった。

「いつもいつも、スタッフさんだけじゃなくてお店の人にも、色んな人にいっぱい、いっぱい迷惑かけちゃって……プロデューサーさんにも、ほんとにたくさん」

ガシャガシャガシャーンッ!って音で振り向いたら、そこには青ざめた顔のみんながいて……あの顔はきっと忘れられないよ。


「今日のことで私が怒られるのって、当たり前じゃないですか。こわして迷惑かけちゃったんですから、しかも三回も連続で……でも、私のせいでプロデューサーさんまですっごく怒られちゃって、色んな人にあやまりに行ってくれて」

 それでも今日の失敗をしゃべる。イヤな事も、つらい思いも全部。何かがこみ上げてくるのを必死に抑えながら、全部しゃべった。

「でも、私には『今はとにかく、本番に集中しろ』って言ってくれて。終わってから一緒にあやまろうなって……私、それがすっごくつらくて」

だから、思ったように言葉も出てこなくて、きっと分かりにくかったはずだと思う。体だけは千早さんの方を向いてはいたけど、怖くてまっすぐ見られないよ……。

「……私、今日のお仕事だけは絶対に成功させたかったんです。プロデューサーさんがとってきてくれたから──私の誕生日をたくさんのファンのみんなが祝えるように、ってテレビのお仕事をとってきてくれたから」

「……………」

「でも、肝心の本番の方もうまくいかなくて……」

 それでも、千早さんは黙って聞いててくれた。質問とかもなく、ただじっと私を見つめながら、私の話を聞いててくれたんだ。

「私、アイドルするのすっごく楽しいんです。毎日学校が終わったら劇場に来て、レッスンしたり色々打ち合わせしたりして、一生懸命練習して、それでステージに立って──時々うまくいかないこともあるけど、それでもみんなと一緒ならぜーんぜん大変じゃなくて!アイドルになって本当によかったなって、いっつも思ってたんです!」

「このままみんなと一緒だったらトップアイドルまでがんばれる、きっとできるって……そう思ってたんです」

──だから、この一言まで口から出てきたんだと思う。


「でも、結局私一人じゃあダメだったんです。私一人だけじゃ、本当に全然……それで、気付いたんです」

「翼みたいな才能も、杏奈みたいな思い切りの良さも、静香ちゃんみたいなアイドルへの強い想いも……な~んにもない私なんかが、アイドルしててもいいのかな」

ごくり。喉が鳴った。

「私なんて、アイドルに向いてないのかな──みんなに迷惑をかける前に、やめちゃった方が良いのかも……って」

──アイドルを、やめる。

多分だけど、あのため息達の中に初めからあったんだと思う。はっきりとはしてなかったけど、きっと心の底で思ってたんだな、私……。

「あ、あは、は……」

 私は、なぜか笑ってた。ううん、笑うっていうか、出てきた音がたまたま笑ってるように聞こえる、そんな感じ。この前私のせいで友達を怒らせちゃった時も、そうだった。笑ってごまかそうとかそんな気は全然ないのに、どうしてかな。

 でも、その時よりもずっとずっと苦しくて、ずっとずっと胸が痛い。なんでかな……わかんないよ……。

「未来、あなた……」

 その声で、ふっと気付く。

(そうだよ、千早さん……)

怖い。隣にいる千早さんが、いったいどんな顔してるのか。想像したら、きゅうって胸が縮んじゃいそうなくらい。

(千早さんも、いきなりこんな大事なこと言われても困っちゃうよね……)

 それでも私が言ったんだと、ありったけの勇気を出して顔を上げる。やっぱりって言うのかな、困ったように眉をしかめている千早さんと、目が逢った。

「……なるほどね。プロデューサーの帰りが予定より遅いのはそういう訳だったのね」

「はい、そうなんです。すみません……」

『何を言えばいいのかわかんないから、とりあえず謝っとこう』とか、そんな気は全然なかった。こんな弱音を聞かせてごめんなさい、こんな弱い私に気を遣ってもらってごめんなさい、って本当にそう思ってたんだもん。

 でも、それを聞いた千早さんの眉毛が、すぅっと上がった気がした。


───────────────────side:如月 千早

 そうか、やっぱりそういうことだったのか。
未来の告白を聞いて、ようやく合点がいった。自分一人だけのことなら、こんなにも弱気にはならない、なるはずがない。私が見てきた未来は、そんな娘ではない。いつもなら三十分ほどで戻ってくると、青羽さんも言っていたではないか。

 だが、今回は違う。自分だけじゃない、他の人──大事な人たちが関係してくるからこそ、こんなにも弱気に、こんなにも不安になってしまうんだ。未来のその心模様、今の私には痛いほどよくわかる。

──けど、だからこそ。わかるからこそ。

このまま、ただ当たり障りのない言葉をかけるだけでいいの?それで未来の心にちゃんと届けられるの?そんな思いが頭を巡る……私だったら、きっと……。

わからない。私には正解がわからない。こういう時、水瀬さんだったら何て言うんだろう。四条さんだったら、萩原さんだったら、真だったら、あずささんだったら……春香だったら、何て言葉をかけるんだろう。
怖い。正解がわからないことが怖い。失敗して未来を傷つけてしまうかもしれない──それがたまらなく怖いんだ。

 けど、踏み出さなくちゃ。未来はちゃんと教えてくれた、踏み出してくれた。だから私も、このままじゃいられないんだ。

今は、ただ進むだけなんだ──細やかな勇気と、密やかな覚悟と、ありったけの優しさを、胸に抱いて。

ただ、進むだけでいい。


───────────────────side:春日 未来

 私のごめんなさいを聞いた千早さんは、何秒かかけてゆっくりと瞬きをした後、私をまっすぐに見つめてこう言った。

「そうね──それを私に言われても困るわ。そもそも謝る相手が違うでしょう?」

「ぇ、は、はぃ……」

さっきまでとは違う、少し厳しめの声。あれ、もしかして、怒ってる……のかな?

「しかも、同じようなミスをもう三度。肝心の本番もミスを気にして結果を残せなかった」

「そして、失敗したなら失敗したで、それを次に挽回することもせず、与えられた責任と期待に応えることもないまま、アイドルを辞めたいか……」

「そうね、その程度の覚悟では確かにアイドルに向いてないわね──いっそ辞めた方が賢明だとも思うわ」

「…………ぁぅ。はぃ、そう、ですよね……」

 そこから次々と浴びせられた、あまりにも厳しい言葉たち。そのあまりの切れ味に何かを言い返す気力すらも湧いてこない。どんどん顔が下を向いてっちゃう。
 だって、全部本当の事なんだもん……でも……だけど……。

──結局私も黙って、千早さんもしゃべらない。

 そんな時間がどれくらい経ったんだろう。何分もそうしていた気もするし、実際は何十秒っていう短い間だったのかもしれない。

 終わりは、いきなりやって来た。


「──でもね、それだけが全てではないの」

耳元で聞こえた囁き。きゅっと、あたたかい感触が私を包んだ。
千早さんが、後ろから抱きしめてくれたんだ。

「……ぇ、えぇ!?ち、千早さん!?」

 びっくりしてすぐに振り返ろうとしたけど、すぐ真横に千早さんの顔があった。本当にすぐ近くで、千早さんの呼吸を感じ取れそうで……私は固まっちゃった。

「ねぇ、未来。確かに責任を果たす事も期待に応える事も、どちらもすごく大切なこと……すごく大切なことなんだけど、でもそれらはきっと一番じゃない、って私は思ってるの」

「……え、一番じゃ、ない……?」

「えぇ、そう。アイドルにとっての一番は『希望を届ける事』だと思うの。ミスをしてへこんでいても、めげそうな時でも──いえ、そういう時だからこそ、アイドルは笑顔でいなければならないの」

「だって、周りの人を笑顔にする、希望を届ける──それこそがアイドルなんだから」

「……千早さん」

周りの人を笑顔に、希望を……。

「──ふふ♪ なんて偉そうな事言ってるけどね、私だってそれを教えられた側なのよ? 貴女もよ~く知ってる娘達にね」

「……それって、春香さん達のこと、ですよね」

「そうよ。春香達と、音無さん、社長……それに、プロデューサーも。みんなが私に教えてくれた」


「私がアイドルになったばかりの頃は、それはもう酷かったわ。愛想は悪いし、トークは下手だし、笑顔一つだって満足にできなくて。そのくせ妙なプライドだけは一人前で」

「水着の撮影が気に食わなくてカメラマンを睨み付けて帰らせてしまった事もあったし、歌の出来栄えに納得できなくて思い切り駄々をこねた事もあったわ。『私が納得いくまでスタジオの使用時間を延長してください、叩かれたって動きません』って」

「あと、前座のくせに『私の方が上手い』って、メインのバンド以上に会場を沸かせた事もあったかしら──あ、でも出来映え自体は完璧だったし、私の方が上手かったの。全部が全部ダメだったという訳ではない……と思う。だけど、前座としては失格よね」

「みんなにもプロデューサーにも、いっぱい迷惑をかけてしまった。貴女と一緒よ──いいえ、かけた回数では貴女よりも断然上ね。前座の件なんて、社長まで謝りに行ってくれたらしいの。でもそんな素振りは全然見せなくて……本当に、優しい人達ばっかり」

 そんなの知らなかった。
だって、今の千早さんからは想像できないもん。
優しくて、レッスンだってキビしいけど後でしっかり丁寧に教えてくれて。でもステージに上がれば、スゴい歌で客席みんなを夢中にさせる。

 でも、そんなスゴい人なのに……私なんかのために、昔の自分の失敗を教えてまで励ましてくれてる。

「それでも私がこうしてアイドルでいられるのは、みんなのおかげなの。失敗しても、その度にみんなが手を引っ張ってくれたおかげ」

「だから、貴女も二度や三度の失敗くらいで、あきらめたりなんかしないで。そうすればきっと、失敗してへこんだ気持ち以上に、もっと凄い景色を見られるはずだから。経験者の私が言うんだもの、間違いないわ」

──ね? だから大丈夫。きゅって少し力のこもった千早さんの腕が、そう言ってる気がした。


「それに、今日のミスだって手を抜いたから起きたというものじゃないんでしょう? ちょっと頑張り過ぎたというか、挽回しようとやる気が空回りしてしまったというか……きっとそういう類いのものだと思うの」

「は、はいっ!私、手を抜いたりなんてしてません!」

「ふふ、やっぱり。だから、プロデューサーは何も言わなかったのよ。例え失敗したとしても、それが本気で取り組んだ結果なら、ましてや自分でも反省している娘をさらに叱るなんて、あの人は絶対にしないもの」

「それはきっとスタッフの人にも伝わっているわ──だからって、同じミスを何度もしていいということにはならないわよ? そこは気をつけなくちゃダメ」

「はい、もちろんです!」

「うん、よろしい♪ ……だけどね」

そこで一回言葉が切れて、ほんの少しだけ間が空いて。聴こえてきたのは、とっても優しい声だった。

「それでも辛くて、悲しくて、どうしようもなくなったら、周りの人を……私達を頼ってほしい。貴女には一緒に並んで歩く仲間も、少し先を行く先輩もいるんだもの……私は、ちょっと頼りないかもしれないけどね」

「そ、そんなことないですよっ、千早さんは──」

「ふふ、ありがとう……でもいいの、自分のことは自分が一番わかってるから」

「貴女になら、きっとできる。きっとたどり着ける。私は信じているわ。そう信じているのよ、貴女を──“春日未来”という、アイドルの事を」

「……千早さん」

すぐに言葉が出てこなかった。俯いてじっと耐えていた。

 だって嬉しかったから。“信じてる”っていうその一言が、たまらなく嬉しかったから。

今しゃべると、きっと泣いちゃいそうになる──そう思ったら、何も言えなかった。これ以上情けない顔なんて見せられないもん……。


でもそれを千早さんは誤解しちゃったみたい。

「──ごめんなさい。いきなりこんなお説教みたいな真似をしてしまって……私らしくなかったわよね」

「え……?い、いえそんな事ないですっ!」

力の抜けた声。さっきまでのとは全然違う、千早さんの声。

「ううん、いいの。言ったでしょう?私自身が一番良くわかってるもの。私なんかに突然こんな事言われても戸惑うだけだって。普段あまり話さないのに、いきなりこんな先輩風を吹かせるなんて……」

「そんな、そんな事……」

あんまりにびっくりしてすぐに言葉が出てこない。まただ、また私言えないで……!

そうこう考えてる間に千早さんの手からどんどん力が抜けていく。

いいの?このまま千早さんに誤解されたままで?あんなに優しくて、あったかくて、なのにあんな風に……。

ううん、良いワケない、良いワケないよ!だって、私は──!


───────────────────side:如月 千早
 またやってしまった。いつもこうだ。

 私のやることはいつも誰かを傷つける。遠巻きに拒絶するのかそれとも無遠慮に踏み込むのか──今回はそれが後者だったという話だ。

 765プロでは、みんなが踏み込んでくれる、優しく受けとめてくれる……だから私も一丁前にできたつもりになっていた。かつてみんながしてくれたように、自分の言葉を届けられると錯覚していた。励ますことができるのだ、と。

 でも、結局私は変われてなどいなかったのだ。


 もともと未来のことは、出逢った当初から気にはなっていた。

その笑顔が誰かに似ていると感じたから。はっきりとわかるレベルではない、淡いデジャヴのようなものだ。けれど私は、確かにそう感じたのだ。
初めはそれを春香だと思っていた。人を惹き付けてやまないその笑顔が、私の“いちばんのともだち”にそっくりなのだと。

 気付けば、その姿を目で追うようになって。その時間は少しずつ、だが着実に増えていった。合わせて、私の認識も変わっていった──違う、未来と春香、この二人はそれほど似通ってはいないのだ、と。

春香のように周囲への気配りが上手い訳ではない。
それでも、いつの間にかみんなの中心になっている。
春香のようにアイドルに対して強い憧れを持っていた訳ではない。
それでも、トップアイドルを目指して日夜厳しいレッスンに励んでいる。

まだまだ挙げればキリがない。こんなにも二人は違うのだ。

 では、誰に似ていると感じたのだろう?


 漠然とだけれど──未来は“私”は似ている。何かきっかけがあったという訳ではない。いつの間にかそう思うようになっていた。

 もちろん“今の私”にではない。父がいて母がいて、そしてあの子がいて──『この幸せな日々がいつまでも続いていくのだ』と無邪気に信じていた、昔の私によく似ていると。そう思うようになっていた。

 だが、それも違った。こうして言葉を重ねてみて、ようやくわかった。

──私は未来に、あの頃の自分を重ねて見ていただけ。

もしかしたら私も、こんなにも楽しそうに笑えていたかもしれない。そう思いたかっただけなんだ。ただの一人よがりな、勝手な思い込み。

だって未来は優しい娘だから。
『春日未来は明るく元気でいつだって前向きだから』
『春日未来は失敗しても笑い飛ばせるから』
そんな期待に──他人に望まれる“春日未来像”に、必死に応えようとする娘なんだから。それを、こんな自己中心的な私と似ているだなんて……烏滸がましいにも程がある。

まったくなんて罪深いのだろう。気にかけているつもりで、その実まるで彼女のことを見ようとはしていなかったのだから。そんな見当外れな言葉など届く訳がない。未来が困惑するのも当然だろう。

 そう気付いたのなら、いつまでも抱きついていないでさっさと離れるべきなんだ。そうだ、それでいい……それがいいんだ。

 ほどきかけた私の手に、未来の手が重なった。


───────────────────side:春日 未来

「あ、あの! 千早さん! 待ってください!」

「え……?」

 やだ、あったかさがいっちゃう……離しちゃいけない!そう思ったら、目の前の千早さんの手をいつの間にか掴んでた。

「えぇと、その……未来、どうしたの?」

「あ、えと、その……あの、ッ~~~~───……!」

 不思議そうな声で耳の後ろがくすぐったい。

(そうだよね、突然掴んだら千早さんだってびっくりするよね。何か、何か言わなきゃ……)

 でも、ダメだった。気持ちばっかり焦っちゃって、肝心な言葉が出てこなかったんだ。
今だけじゃない、さっきからずっとそう。言わなきゃいけない事はたくさんあるはずなのに、全然言葉にできない。自分の頭の悪さがほんとイヤになるよ……!

こんな時、静香ちゃんだったら何て言うんだろう。翼だったら、他のみんなだったら──春香さんだったら何て言うんだろう。私じゃない、他の誰かだったら……って。

 だって怖いから。今日のお仕事みたいに上手くいかなかったら、失敗したらどうしよう……きっと見捨てられちゃうよって。そんな弱音ばっかり吐く“私”が、心の中にいる。

「いいのよ、そんな気を遣ってくれなくても……」

──でも違う、そうじゃない。そうじゃないんだって、さっきもらった千早さんの言葉が教えてくれる。

『“春日未来”を、信じているから』

私を信じてくれる人がいる。千早さんだけじゃない、きっとみんなが春日未来を信じてくれている。

 だったら──もう“こんな私”でなんていられないよ!


「あの、千早さん!聞いてください……私の、正直な気持ちを!」

あえて千早さんの方は──後ろは見ない。まっすぐ前を見て、目の前に広がる光の海に誓うんだ!

「私、今日はいっぱい失敗しちゃって……せっかくみんなが期待してくれたのに、私はなんてダメなんだろうって、うじうじしてたんです……さっきまでは」

「でも、千早さんの言葉をもらって、千早さんに言葉を届けたくて、いっぱい考えて……やっと気付けたんです。私がどうしたいのか」

「えへへ、やっぱりいつまでもへこんでばっかりじゃあダメですよね!だって──だって、私はアイドルだから!アイドル“春日未来”でいたいからって!」

「応援してくれる人達のためにも、劇場のみんなのためにも、がんばるぞー、おーっ!」

 ほんの少しの沈黙。でもこの時間が、今日一番ドキドキした。私の気持ち届いたかな、大丈夫かなって。


「……ふふ。うん、それでこそ“春日未来”ね」

「で、でへへ~そうですか~?……ありがとうございます!」

やった……届いた!それが嬉しくて、ホッとして、自然とほっぺがゆるゆるになっちゃう。でもいいんだ、笑顔でいれるなら。

だってそれが、“アイドル”なんだから。

「えぇ──でもね、時にはアイドルでいることに疲れたりもするでしょう。辛い時だってきっとある。そういう時は、“アイドル”から“一人の女の子”に戻っていいの。ちょっとくらいなら悩んだって立ち止まったっていいのよ」

「え、でも……」

「大丈夫。みんな、貴女の想いを受け止めてくれる。静香も伊吹さんも、すごくあなたを心配していたわ──ううん、二人だけじゃない。他のみんなも、青羽さんも……もちろんプロデューサーだって、きっとそうよ。みんな、貴女のことを想ってる」

「これだけははっきりと言えるわ。ちょっと失敗したくらいで、少し弱音を吐いたくらいで、誰も貴女のことを嫌いになったり手放したりしない。みんな、765プロの仲間で──私みたいに、もう一つの家族だとさえ思ってる娘だって、きっといるはずだから」

「だからね、何か困ったことがあったら相談してほしい。辛いことがあったら打ち明けてほしいのよ──貴女の元気のない姿を見てる方が、頼ってもらえないことの方が、よっぽど辛いんだから」

「千早さん……」

私のこと、そんな風に思っててくれたんだ……。

「はい、ありがとうございます!」

 今度はちゃんと後ろを向いて、千早さんの目を見て、お礼が言えた。きっと静香ちゃんとかにはしかられちゃうようなゆるゆるな笑顔だと思うけど、それでも笑顔は笑顔なんだもん。

すごく、すっごく嬉しいんだもん!


 それにしても、やっぱり千早さんって──アイドルってスゴい。さっきまでの弱気も不安もウソみたいに飛んでいっちゃった。

「あの、千早さん。今日は本当にありがとうございました!もうほんとにほんとに、元気いっぱいになれちゃいました!えへへ~♪」

「……ううん、私なんて大した事はしてない。そんな風に言ってもらっても、かえって困っちゃうわ」

 その時だった。

「でも、良かった。未来が元気になれて……見よう見まねだったけど、本当に良かった」

千早さんがぽつりと呟いたのは。


「え? “みようみまね”、って何がですか?」

 あ……っていう小さな声。本当はきっと声に出すつもりなんてなかったんだと思う。だって、いくら待っててもその先を言ってくれそうになかったから。

「いえ、その、別になんでもないのよ?大した話じゃ──」

「えぇ~、そんな風に言われたら余計気になっちゃいますよ~。教えてくださいよ~!」

 この時の私は、ちょっと浮かれてた。千早さんといっぱいお話できて、元気をい~~っぱいもらって。普段は話さないようなお話をい~っぱいできたんだもん。

 だから、ちょっとだけ甘えるみたいな感じで聞いてみたんだ。まだ私を抱きしめてくれてる千早さんに身体を預けながら。

「……はぁ、わかったわ。でも笑わないでね?」

「はーい♪」

そんなに深く考えてたワケじゃなくて、ただもうちょっとだけ千早さんとお話したかっただけだったのかもしれない。

「さっきまでの私は、私一人から生まれたものじゃないの」

「……え、どういうこと、ですか」

「今日、貴女がその笑顔に戻れたのは、何も私の力なんかじゃない、ってこと。私に沢山の事を教えてくれたみんなの──水瀬さんやあずささん、萩原さんや真、それに春香、プロデューサーも……765プロの、みんなのお陰なの」

 でも、千早さんはどこか寂しそうにそう言った。


「最初に少し厳しい言葉をかけるのは水瀬さん。抱きしめて優しく話しかけたのはあずささんで、失敗するのは自分だけじゃないよって教えてくれたのは萩原さんと真。アイドルとしての心構えを教えてくれたのは765プロのみんなと……そして、プロデューサー」

ね、みんなのお陰でしょう?って千早さんは言った。さっきまでとは違う小さな声で。抱いてくれてる腕に少し力がこもったのを感じて、胸の中がザワザワした──なんで、なんで……って。

「みんな、かつて私がやってもらったことで、私が最初って訳じゃない。見よう見まねっていうのは、そういうことなの」

「だから、すごいのは765プロのみんなで、私の力なんて大した事はない……本当に大したものじゃないのよ」

 その言葉で、もう私は我慢の限界で。だって──そんなのおかしいもん!絶対ぜーったいおかしいもん!


───────────────────side:如月 千早

「──あの、それってちょっと違うと思います」

そう言うが早いか、腕の中で器用に体を回して私の方へと向き直る。ちょうど未来と正面から向き合う形になった。

「だって、私はそんなこと知らなかったですもん。知らなくったって、私は元気をもらえたんです!」

「えぇっと、その~何て言うか、その……あぁ~もう!頭がわーってなっちゃって上手く言えないです……言えないんですけど、でもっ!」

「私が元気になれたのは、あったかい気持ちになれたのは、ぜーったい千早さんのおかげなんです!」

「そりゃあ、千早さんは、他の皆さんにしてもらったのをマネしただけなのかもしれないですけど……でも!それを私にしてくれたのは、千早さんなんです!今日、ここで!私に元気を、勇気をくれたのは千早さんなんですよ!」

「だから、私なんかとか大した事無いとか言わないでほしいんです。私は、やっぱりみんなに──千早さんにも笑顔でいてほしいから」

──その時、一陣の風が吹いた。


いや、実際には吹いていないのかもしれない。吹いていても、ただの気まぐれな夜風だったのかもしれない。

それでも私の心に、“未来”へ向かって風が吹き込んできたのは、きっと嘘じゃない。あたたかくて優しい“未来”の想いが、確かに届いたんだ。

そう、そうなんだ。

ぎゅっと、今度は正面から未来を抱きしめる。誰かみたいにじゃない──私が、そうしたいから。

「え……千早さん?」

「ありがとう、未来。心配しないで、私ももう大丈夫よ。だって──」

貴女が教えてくれたから。私が……ううん、私も。

「だって、私もアイドルなんだから、ね♪」

「はいっ!」

未来は笑った。彼女だけの、とびっきりの笑顔で。

私も笑っていた。彼女とは違う、私なりの笑顔で。

きっとこれが一番なんだと、今なら胸を張って言える。


そこへ、ふと聞こえてきた。

「────ちょっと、どうなってるの?」
「──う~ん、良くわかんない……も~あんまり押さないでってば~」

私と同じように、未来を心配している娘達のひそひそ声が。

──うん、そろそろ行きましょうか。

私はゆっくりと後ろを振り返った。


───────────────────side:春日 未来

「それに、あんまり今日の主役を一人じめする訳にはいかないもの」

「はれ?主役って、何の──」

そう言うと、急に千早さんが後ろを向いちゃった。何かあったのかなって思ったけど、少し開いてるドアへ呼び掛けてる。

「ね、そうでしょう?二人とも!」

え……って思う前に、そろそろ~とドアが開いてって、よく知ってる二人が顔を覗かせた。

「えへへ~、バレちゃいました?」

「すみません、千早さん……もう、翼が騒ぐから!」

「え~静香ちゃんだって、こしょこしょ喋ってたくせに~」

「翼!それに静香ちゃんも!……何してたの?そんなトコで」


「何って……もう!二人があんまり遅いから見に来たんじゃない!まったく、未来は世話がやけるんだから……」

「ごめんね、二人とも。すっかり待たせちゃったみたいで」

「い、いえ、大丈夫です!そんなに待ってな──」

「も~ホントですよ~?静香ちゃんなんて『せっかくのうどんが伸びちゃう~』って、スッゴくうるさかったんですよ?」

「ちょっ!? ちょっと、翼!? 余計な事言わないで!」

「え、えへへ……」

「あ、未来まで笑って!もともと未来が遅かったから……」

「まぁまぁ、私がついつい話し込んじゃったせいなのよ。ね、未来?」

「ふぇ?は、はい……」

 合間に、空いたドアから聞こえてきた。ううん、二人だけじゃない、ざわざわって大勢の声が……みんな、待っててくれてるんだ。

「ふふ、でもちょうど良かった」

「さぁ、行って。あんまりみんなを待たせちゃ悪いわ。私は……もう少しだけここで考え事をしていくから」

「え、でも……」

「お願い、もう少しだけ夜風にあたっていたいの……大丈夫、本当にすぐ戻るから。ね?」

「大丈夫だよ、未来。千早さんもああ言ってるんだし、早く行こっ♪……あ、ホントにすぐ来てくださいね?約束ですよ?」

「えぇ、分かってる」

「千早さん!乾杯まで多分10分くらいは余裕があると思いますけど……10分ですからね、絶対それまでには下りて来てください!」

「もぅ、大丈夫だってば。静香は心配性ね」

静香ちゃんが、翼が、引っ張ってくれる。屋上を出て、階段を降りて、みんなが待っている場所へ。それを千早さんが小さく手を振って見送ってくれて──。


「…………うん」

でも、やっぱりそれじゃダメだよ。

「ごめん、二人とも!先行ってて!私、千早さん連れてくる!」

「え?──あ、ちょっと未来!?」

二人には悪いけど、繋いでる手を振り切って階段を駆け上がる。そうだよ、千早さんがいなきゃ意味ないよ。だって、それじゃ“みんな”じゃないんだもん!

 それに、まだ。
いつもの私に戻るその前に、どうしてもここで言わなきゃいけない事もあるんだから!

「──あの、千早さん!」

 屋上に戻った私は、大きな声で呼び掛ける。千早さんがびっくりした顔で振り向いたけど、今は後──この気持ちをどうしても伝えたいから。

「今日は本当にありがとうございました!」

千早さんと向き合って、まっすぐにこの気持ちを伝えたいから!


「私、翼みたいに何でもすぐできるわけじゃないし、静香ちゃんみたいにすっごくアイドルになりたかったわけでもないですけど……でも、私だってアイドルが好きなんです!これから先も、みんなと一緒にアイドル続けたいんです!」

「私、これからもっともっと、も~っとがんばりますから!千早さんが言ってくれた、みんなを笑顔にできるアイドルに、きっとなれるようにがんばりますから!だから──」

 私は、“765プロアイドルの春日未来”はもう大丈夫!って、千早さんに──みんなに!そのためにも今は!

「だから、一緒に行ってください!だって、みんなの中には千早さんだっているんですから! だから……千早さんも揃ってじゃないと意味がないんです! お願いします!」

そう強く宣言して、右手を差し出す。

──私の手を取ってください!

そんな思いを視線に込めて、まっすぐに千早さんの目を見るんだ。

 見つめあってたのは、多分ほんの少しの短い時間。んん~……って私の目線を受け止めて、千早さんは──。

「ふ、ふふ……ふふふ」

笑った……あれ、笑った?なんで?


「あ、あれぇ?私、また何か変なこと言っちゃいました……?」

予想してたのと全然違う反応が返ってきて、変な声が出そうになる。どういうこと?

「ううん、違うわ──嬉しかったの」

「へぇ?」

出ちゃった……うぅ、恥ずかしい……。

「そうよね、“みんな”ってことは、私自身も含めての“みんな”、なのよね。それってすごく当たり前のことなのに……ありがとう、未来。気付かせてくれて」

「い、いえ!そんな……」

「私ね、今日貴女と色々話せて、貴女を深く知ることができて、それがとっても嬉しかったの。でもね、同時にその……少し恥ずかしかったな、って思って。その、みっともない所も見せちゃったし」

「だから、火照った顔を冷まして行こうかしら……って思ったのよ」

「えぇっ?じゃあ、考え事っていうのは特に無くて──」

「えぇ、未来が思ってるようなものでは全然ないの。それに静香達もいたしね、正直に言うのもなんだか気恥ずかしくて……」

「な、な~んだ~!そうだったんだ~……」

「言い方がちょっと紛らわしかったかも。ごめんね」

 本当に申し訳なさそうに、肩を小さくして謝る千早さん。その姿を見てると、年上だし先輩なんだけど、なんだかすっごく……かわいいな、って思っちゃった。


「も~ホントですよ~……でも、それなら良かったです!だって私とおんなじですもん!えへへ~♪」

「そう、ね、同じね……同じなのね、ふふふ♪」

「そうです!おんなじですよ~、えへへ♪」

 私と千早さん、二人揃って笑いあう。ちゃんと、お互いの顔を見ながら。

「やっぱり未来ってすごいわね……すごく強い」

「えぇ、私がですか!?そ、そんなことないですよ~」

「そうかしら?」

「そうですよ! だって……だって、周りのみんなの方がすごいんですもん。千早さん達はもちろんですけど、静香ちゃんも翼も、他のみんなだって……だから、みんなにおいてかれないように、ついてくのに必死なだけで、それだけなんですよ……きっと、みんなが思ってるほど強くないですよ、私なんて」

「ううん、そういう風に言えることがすごく強いことだと思う。私はそんなふうに感じたの」

「そう言ってもらえると、嬉しいです──でも、私って結構おっちょこちょいですから。千早さんにはお見通しだと思いますけど」

 ──でも、それはアイドルの私で。


「もしかしたらまた今日みたいに失敗しちゃって、へこんじゃう事もあるかもしれないです……」

ただの女の子、普通の女の子の私は、まだそんなに強くはないから。

「だから……その時は、また今日みたいにぎゅ~ってしてもらっても、いいですか?」

時々でいい……ううん、実際にやってくれなくたっていい。ただ、そう言ってもらえたってだけで、きっと私はがんばれるから。

 そんな気持ちが溢れだしてたんだ。


「えっと、ぎゅーってことは、その……さっきみたいに、ってことよね?」

「あ、えっと、その……はぃ……」

自分が何を言ったのか、気付いた時にはかーっと頬っぺたが熱くなっちゃって、小さな返事しかできなかった……うぅ、はずかしいよぉ……。

「そうね、私の返事は──」

ごくり。すっごくドキドキする。なんでかな、ステージの前よりもドキドキしちゃってるかも……。

「もちろんオーケーよ。私なんかで──ううん、そうじゃないわね。貴女一人じゃどうしようもなくなったら、いつでもいらっしゃい。私で良ければ、いつでも力になるから。いつでも頼ってね」

「はいっ!」

 そんな私のわがままも、千早さんは受け止めてくれた。よ、良かったぁ、ってホッと息を吐いた時だ。


──ぐぅぎゅるるる……。

「あぅ……」

大きな大きな、お腹の音。安心したら、急にお腹が減ってきちゃったけど……うぅ~、なんでこんなことに……。

「ふふ、もう未来ったら♪」

「で、でへへ~……」

と、そこへ──。

「未来、千早さん!二人ともまだなんですか?」
「もう~、おしゃべりしてるんなら、はやく行きましょ~よ~!」

 焦れったそうな声と一緒に、二人が顔を覗かせる。静香ちゃん、翼も……まだ待っててくれたんだ……。


「いっけない、早く行きましょう!静香ちゃん、怒るとスッゴくこわいんですよ」

「なっ!? もう、ちょっと未来、聞こえてるわよ!千早さんに変なこと言わないで!」

「は、は~い、ごめんなさ~い……」

「ふふ、どうやら未来の言う通りみたいね♪」

「えぇ!? そんな、千早さん……」

「アッハハ♪静香ちゃん変なかお~♪」

「ん~もうっ、翼まで!やめてってば!」

「さっきからもーもーって、静香ちゃんウシみたい♪」

「もう、からかわないで!」

「アハハ、もーもー♪」

「うぅ~……こらっ、翼!待ちなさい!」

「あっはは♪」「ふふふ」

からかって逃げる翼も、私も千早さんも笑って。それに静香ちゃんだって最後には笑って……なんだ、やっぱりそうなんだ。一人じゃなきゃ、笑顔になるのってそんなに難しいことじゃないんだ。

 じゃれあう二人と、隣で一緒に笑う千早さんを見てると、そんな風に思うんだ──それに、それだけじゃダメって教えてもらえたしね。


「──ねぇ、未来?」

「はい?なんですか?」

「……楽しみね、パーティー」

「はいっ、楽しみですね!えへへへ~♪」

 だから、これから先、どんな事が待ってても私は大丈夫。だって、いっしょに歩く仲間と、頼りになる先輩達がついてるんだもん!えへへ♪

「さぁ、今度こそみんなの所に行かないとね。また静香に叱られちゃうわ」

「そうですね!行きましょう!」

私達は、どちらともなく手を伸ばし、しっかりと繋ぐ。理由なんてわかんない。ただ繋ぎたかったんだもん。私達なら──“765プロ”なら、それでいいんだって思ったんだから。

 並んで歩く私の足取りは軽く、スキップしそうなくらいに弾んでいたんだ。


───────────────────side:如月 千早

「──あっ!」

手を繋ぐ彼女が不意に声を上げた。

「最後にあらためて──千早さん、今日は本当に、色々ありがとうございました!」

「突然どうしたの? お礼なら、さっきも聞いたわよ?」

「それは、そうなんですけどぉ……だって、言いたかったんですもん」

「今日はほら、色々悩みも聞いてもらっちゃいましたし、あと励ましてくれたのと、あとは~……ともかく!色々教えてくれたんですから! それに、お礼は何回言ったっていい、ってうちのお父さんも言ってましたし!」

「もぅ、何それ……それに、お礼を言うべきなのは、むしろ私の方だわ」

「はれ? そうなんですか?」

「ふふ、そうなの♪」

「えぇ、なんでだろ。う~ん──あっ!私、当ててみてもいいですか?ちょっと考えてみますね!」

「私は別に構わないけど……でも、いいの? さすがに、これ以上はみんなを待たせられないわよ?」

「あぁ、そっか!じゃあ、う~んと、え~と……」

不満気に口を尖らせたり、顎に手をあて考え込んでみたり──ころころと目まぐるしく変わる未来の表情。そのどれもが生き生きとしていて、見てるこっちの心まで浮き立ってくるみたい。

「あっ!じゃあじゃあ、今度のお休み、一緒にお出かけしませんか? 私、千早さんともっと色々お話したいんです!」

「そうね、プロデューサーとも相談してみないと確かなことは言えないけど……でも、大丈夫。きっと行きましょう」

「わぁーい、やったぁ!楽しみだなぁ~、えへへ♪」

でも──。


「うん、やっぱり貴女には笑顔が一番似合ってる」

やっぱり貴女の笑顔が一番好き。
だって貴女が肯定してくれたから。貴女の笑顔が後押ししてくれるから、私は変わっていける。これからも関わり続けられる。
貴女がそう、思わせてくれたんだから。

「その笑顔があれば、きっと大丈夫。他の誰にも負けない、貴女だけの笑顔だもの。その笑顔があれば、きっといつかすごいアイドルになれるわ」

「えっへへ~♪ そんな急に誉められたら照れちゃいますよ~♪」

「そういえば、私からも一つ言わなくちゃいけないことがあったの。聞いてくれる?」

「はい? もちろんいいですよ!」

「──誕生日おめでとう、未来」

「はいっ、ありがとうございます!えへへ♪ 」

隣を歩く貴女の、満面の笑顔を見てると、自然と頬が綻んでくるのを感じる。未来のようにとはいかないけれど、私の足取りもきっと軽やかなものになっているんだろう。

──どうかこの笑顔と一緒に、これからも歩んでゆけますように。

 そんな願いを込めて、繋いだその手を強く握り返した。

おわり。


はい、以上になります。長々とここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

今年の未来ちゃんの誕生日(6月28日)をお祝いするために書いたお話でした。
未来ちゃんも千早ちゃんも、生まれてきてくれてありがとう。大好きです。


それと、ただいま「ミリマスSS交流会」という企画を行っていて、自分もそこにこのお話で参加しています。(詳しくはこちらで https://www65.atwiki.jp/millionss1st2019/)

様々な方のバラエティー豊かなSSがたくさんございますので、よろしければご一読してみてくださいませ。きっと面白いと思います。

ありがとうございました。

珍しい組み合わせだったけど、悩み方や解決の仕方に千早と未来らしさが感じれて良いね
乙です

>>2
春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/mQYVQUt.png
http://i.imgur.com/nKbq6wi.png

>>6
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/pKTzdjr.png
http://i.imgur.com/UMI4tqA.jpg

>>32
伊吹翼(14) Vi/An
http://i.imgur.com/JUAw9ZX.jpg
http://i.imgur.com/pHtr5IL.jpg

最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/VHDs2b4.png
http://i.imgur.com/CfNZjkM.jpg

では、完結報告を出してきます。

読んでくれた皆さまが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。

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