南夏奈「どうした、千秋? 頭にうんこなんて乗せて」南千秋「これはホイップだ!」 (7)

南家の三姉妹の三女である南千秋には2人の姉がいることなど、わざわざ説明する必要など見当たらないが、一応説明しておこう。

「お願い千秋、早く出て来て」

上の姉はとても美しく、そしてとても優しい長女の南春香。通称、春香姉様であり。

「おーい、千秋ー! そんなところに引きこもるなんて卑怯だぞー! 大人しく出てこーい!」

下の姉はとても馬鹿野郎な大馬鹿野郎の次女南夏奈である。通称、大馬鹿馬鹿野郎。

「困ったわね」
「春香は随分切羽詰まってるなぁ」
「そう言う夏奈は平気なの?」
「あたしはまだまだよゆーのよっちゃんさ!」

薄い扉を隔てて聞こえてくる2人の姉の話し声に、千秋は耳を澄ませて、困り果てた。
春香姉様を困らせているのは、自分である。
千秋にはその自覚があった。何故ならば。

「千秋ー! いい加減トイレから出てこーい!」

まるで立てこもり犯にするように呼びかける馬鹿な夏奈の馬鹿みたいな状況説明の通り、千秋は現在、絶賛トイレの中に立てこもり中なのだ。

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「とにかく、夏奈」
「なんだよ、春香」
「とりあえず、千秋に謝りなさい」
「なんで私が謝らないといけないんだ!」

馬鹿な夏奈に春香は謝れと命じたのだが、夏奈は馬鹿なのでその理由がわからないらしい。
千秋とて、そこまで頑固なわけではない。
夏奈が一言謝れば、許してやるのもやぶさかではないというのに、あの馬鹿野朗は謝罪するつもりが一切ないときた。ならば、戦争である。

「謝るまでここから出ないからな!」

扉の向こうに聞こえるように、大声で怒鳴る。
すると、向こう側から馬鹿みたいな大声でいかにも頭の悪い馬鹿な返事が返ってきた。

「残念ながらその要求は受け入れられない!」

すっかり刑事役になりきった馬鹿野朗こと、南夏奈に対して、千秋は反射的に質問を返した。

「なんでだよ、馬鹿野朗!」
「私は何ひとつとして悪くないからだ!」
「お前の存在自体が害悪だよ馬鹿野郎ぉー!」
「んなっ!? 今の聞いたか、春香!」
「そんなに2人で大声を出し合っていたら聞こえてるに決まってるでしょ」
「千秋の奴、私のことを害悪って!」

害悪に害悪と言って何が悪い。
千秋は片頬を膨らませながら、開き直る。
そう、全ては馬鹿な夏奈の責任だ。
今、春香姉様が困っているのも夏奈のせいだ。

そんな風に、私は何も悪くないと結論を出すあたり、彼女はまさしく夏奈の妹であり、その頑なさは両者の血縁関係を如実に示していることに、千秋は気づいていない。

「私の大事なホイップを馬鹿にしたのが悪い」

頭の上に乗った自らのチャームポイントを撫でながら、千秋はひとりごち、此度の騒動のきっかけとなった夏奈の一言を、思い返した。

「どうした、千秋? 頭にうんこなんて乗せて」
「これはホイップだ!」

きっかけは夏奈が何気なく聞いた、その一言。
あまりにも、あんまりなその発言を受けて、千秋はすっかりへそを曲げてしまったのだ。

まだ小学生とはいえ、千秋は女の子である。
よりにもよって頭に排泄物を乗せているなどと言われて、怒るなという方が無理な話だろう。
それに千秋はこのホイップが気に入っていた。

たとえば、ホイップがなくなったとしたら。
その自分の姿に、物足りなさを感じるだろう。
ホイップがあるからこその、千秋であり。
千秋はホイップであると言っても過言はない。

そんな己の分身とも呼べる大切なホイップを、こともあろうに排泄物呼ばわりをされたことに、千秋は怒りを通り越して悲しさを覚えた。

「……排泄物じゃないもん」

トイレにこもり、排泄物じゃないと口にする千秋は傍目から見ると意味がわからないように思われるかも知れないが、本人は至って真剣だった。

「ホイップ、可愛いもん」

トイレの中で涙ぐみながら、自分に言い聞かせるように千秋がそう小さく呟くと。

「うん。僕もとても可愛いと思うよ」

扉の向こうで、藤岡の声が聞こえた。
恐らく状況を重くみた夏奈が呼んだのだろう。
優しい口調で褒められて、千秋はじんときた。

「藤岡……ありがとう」

春香曰く、父に似ているらしい藤岡の優しさと父性に触れて、ホイップとの思い出が蘇る。

これまで、千秋が大切に育ててきたホイップ。
枯れてしまわないよう、定期的に水をやり、育ち過ぎないようにこまめにカットし、絶妙なバランスで頭に乗っけてきた、これまでの苦労。

何度、残さずに切ろうと考えただろう。
ホイップに何の意味があるかと、自問した。
返ってくる答えはなく、ただそこにはホイップがあり、まるで深淵のようにこちらを見返す。
すると、憐憫にも似た感情が胸の中に渦を巻き、ごめんねと謝りながら、手に持ったハサミを取り落とした、あの日の思い出。

「ん?」

そんな切ない日々を振り返っていると、ホイップを触っていた千秋の指先にふと、違和感が伝わり、何だろうと見てみると。

「これは、鳥の、フン……!」

白い鳥のフンが、べったりと指先に付着していた。

「早く言いなさいよ、馬鹿野朗!」
「だから頭にうんこが乗っているとそう言ったでしょーが!」

即座にトイレから飛び出した千秋はすぐさまシャワーを浴びて髪を洗い、その濡れた髪を夏奈が今、ドライヤーで乾かしてやっている。

夏奈の主観としては自分の妹が頭に鳥のフンを乗っけていたのでそれを指摘しただけなのだが、日頃から排泄部に酷似したホイップの見た目を気にし過ぎていた千秋は、その指摘に過剰に反応した挙句に誤解してしまったらしい。

ともあれ、ようやくトイレが空いたので。

「ふぅ……スッキリした」
「なんだ、春香。うんこだったのか?」
「ちょ、ちょっと、夏奈!」
「春香姉様がそんなことするわけないだろ!」

晴れやかな春香の表情を見て、夏奈は大の方だったと察したのだが、本人と妹からクレームがついてしまったので、やむなく第三者の意見を訪ねてみることにした。藤岡の出番である。

「藤岡はどう思う?」
「お、俺は、その……」
「藤岡、私はお前を信じているぞ」

まるで実の父親に向けるような信頼に満ち溢れた視線を受けて、藤岡はたじろいだ。

「も、もちろん、俺だって春香さんがそんなことをするとは思わないけど……でも」
「でも、どうした? 藤岡」

想い人である南夏奈に見つめられて意見を促されると、彼女の肩を持たざるを得なかった。

「そうだったらいいな、とは、思うよ……」
「よく言ったぞ、藤岡!」
「見損なったぞ、藤岡!」

夏奈は満面の笑み藤岡を賞賛して。
千秋は軽蔑の眼差しを藤岡に送り。
そして、春香は、もじもじと恥じらいながら。

「もう……そんなことを言われたら、ちょっとだけ嬉しくなっちゃうじゃないの」

ついつい、大の方だと認めたものだから、藤岡は思わず愉悦を漏らした。

「フハッ!」
「こら藤岡! 春香姉様を嗤うな!」
「いや、藤岡。私が許可する! 存分に嗤え!」

糞害に遭い憤慨する千秋と愉しそうな夏奈に挟まれ、ヤケ糞になった藤岡は高らかに嗤った。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

何はともあれ、今日も南家は平和そのものだ。


【みなみけのホイップ騒動】


FIN

藤岡の一人称が僕になっている箇所がありますが、正確には俺のようなので、お手数ですが脳内で変換して頂けるとありがたいです。

お読み頂き、ありがとうございました!

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