果南「二人だけの秘密だよ」 (26)
ガチャッ
果南「やっほー! ……ってあれ?」
勢いよく部室の扉を開いた先には誰もいなかった。とりあえず中に入ってスマホの画面をつけると、そこには通知が何件か表示されていた。
果南「あちゃぁ。今日は休みに変更になってるよ」
私の連絡把握ミスで、休みなのにわざわざ部室まで来てしまった。ダイヤも鞠莉も私が教室を出た時点で教えてくれれば良かったのに。
果南「はぁ。折角来たし少し休んでから帰ろっと」
私は並べられている椅子の中から入ってきた扉に一番近い椅子に座った。
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部室の中は丁度良い暖かさの風が吹いている。気持ち良くて気を抜くと寝てしまいそうだ。
果南「ふあぁ……少しくらい寝ても大丈夫でしょ」
私は自分の欲に逆らわず、ゆっくりと目を閉じた。段々と力が抜けてリラックスしていくのが分かる。
あと少しで眠れそう、そんな時に大変なことに気がついた。
果南「そういえば、なんで部室の鍵が開いてるのさ」
鍵は練習終わりに閉めているし、誰もいなくなる時にも閉めるようにしている。昨日の帰りも私が鍵を閉めて職員室に戻した。さっき部室に入った時は開いていて当然のつもりで入ってしまったから気がつかなかったけれど、よくよく考えたら大変なことが起きている気がする。
私が入った時、部室の中には誰もいなかった。でも鍵は開いている。ということはもしかして……。
果南「まさか、オバケ? ……ないないないない! そんな訳ないよ、ね?」
いるはずなんてないと分かっていても、訳の分からないことが起こっているとオバケの仕業なんじゃないかと考えてしまう。
果南「ひゃうっ!」
オバケのことを考えていたら冷たい風が吹いてきた。私は風の不意打ちに思わずびっくりして声を上げてしまった。
勇気を振り絞って風が吹いて来た方向へ目をやると、風で揺れているカーテンが目に入った。
果南「そこ、開いてたんだ……」
開いているガラス扉の方へゆっくりと向かってみる。もしかしたらオバケがいるかも知れないからね。オバケなんかいないけど。
手を伸ばせば触れるくらいの距離まで近づいたところで、私は目を瞑って耳をすませてみる。
ズサッ……ザザッ……
何かが地面を擦る音が聞こえる。それもかなり近い。少なくとも何かが隠れている事は確かだ。
とりあえず足があるということはオバケではないということだ。それなら私は大丈夫。ガラス扉に手をつけると勢いよく開いて外へ出た。
果南「そこにいるのは誰!?」
「きゃっ!」
私が見たのとは反対方向から声がした。声の方向へ振り返るとそこには一人、浦の星の生徒が体勢を崩して転んでいた。
善子「いたたたた……」
果南「善子?」
果南「果南!?」
善子は私の顔を見ると、急いで体勢を戻し体を私の方へ向けた。
果南「こんなところでどうしたの? 今日は部活休みでしょ?」
善子「それは果南も同じでしょ?」
果南「私は間違えて部室まで来たの」
善子「へ、へぇ……」
善子は私の顔を見ながらも、チラチラ自分の後ろを確認している。そういえば善子は両手を後ろへ回している。
果南「善子、何か隠してるでしょ?」
善子「そ、そんな訳ないじゃない! だいたい私が何を隠してるっていうのよ」
果南「うーん?」
善子は分かりやすく動揺している。絶対何か隠し事があるに違いない。
果南「じゃあその両手を前に出してみなよ」
善子「えーっと、それは……また今度じゃダメかしら?」
果南「今見せられない理由でもあるの?」
私が少しずつ問い詰めていく度に善子は動揺を大きくしていく。でも、もう少しで何を隠しているか分かりそうだ。
果南「ほらほら~私に見せてごらんよ~」
善子「だから何も隠してないってばー!」
ニャーォ
果南「ん?」
善子「あ、コラ駄目!」
善子の後ろから揺れる黒い尻尾が見えた。善子が自分の後ろを気にしている間に、私は背中側へと回り込んだ。
果南「あら、綺麗な黒猫だ~」
善子「……そうよ」
観念したようで善子は黒猫を抱え上げて膝の上に乗せた。
果南「まだちっちゃいね。子供なのかな?」
善子「私もはっきりとは分からないんだけど、多分そうね」
果南「触っても大丈夫かな?」
善子「大丈夫だと思う。私もすぐ触らせてくれたから」
私は怖がられないようにゆっくりと手を近づけて、黒猫の頭を触ろうとした。すると、私の手が頭へ到達する前に黒猫の方から頭を近づけてきた。
果南「おー、よしよし。本当に人懐っこいね」
善子「だから言ったでしょ?」
果南「そうだね。おっ、おまえ~まだ撫でて欲しいのか~?」
私が善子と話すときに手を止めると、私の手のひらへ頭をすり寄せてくる。
しばらく撫でているともう飽きたのか、私の手から離れて善子の膝の上で横になった。
果南「その子、善子に凄い懐いてるね」
善子「そうなのよ。だから困ってるの」
果南「どういうこと?」
善子「この子、親猫とはぐれちゃったみたいでね。私が朝登校しているときに雨の中木の下で鳴いてたのよ」
果南「坂のところ?」
善子「そうそう。それで放っておく訳にも教室に連れていく訳にもいかないじゃない? だから中庭にあった段ボールに避難させて部室の扉のところに置いておいたの」
果南「そういうことね」
善子が撫でを再開させると黒猫は尻尾を振りだした。
果南「そしたらこんなに懐かれちゃった、って訳だね」
善子「そうなの」
果南「善子は優しいね」
善子「そんなんじゃないわよ」
果南「別に悪い事してる訳じゃないんだから隠れなくても良かったのに」
善子「だって、隠れて飼ってるなんて勘違いされたら何言われるか分からないじゃない。今朝会ったばっかりなのにね?」
果南「みんな何も言わないと思うけどなぁ……」
善子「私もそうだと思うんだけど、反射的にね」
果南「あー……なんとなく分かる気がする」
とりあえず善子が何を隠しているかは分かって良かった。何か危険なものや大変な物を壊したとかだったらどうしようかと思ったけれど、結果はただいつも通り優しい善子なだけだった。
果南「それで、何に困ってるの?」
善子「その事なんだけどね?」
善子「今日この後、この子の事どうしようかと思って」
果南「ああ、子猫だろうし、ここに置いていく訳にはいかないし、ね?」
善子「でも私の家ペット禁止だし、連れて帰れなくて……」
果南「そっか……」
善子は俯いて黒猫を撫でている。黒猫はそんな善子の思いには気がつかないようで、気持ち良さそうな顔をしながら伸びていた。
果南「……よし、今日は私が連れて帰ろっか」
善子「えっ……でも迷惑じゃない? お店とかあるでしょ?」
果南「一日ぐらいこっそり何とかなるって。……流石に隠せるのは一日くらいだと思うけど」
善子「果南……ありがとう!」
果南「うぉっと」
善子は黒猫ごと私に抱きついてきた。黒猫は目を丸くして私と善子の顔を交互に見ている。
果南「それじゃあもう帰り始めようか。この子のご飯とか買わなきゃいけないでしょ?」
善子「そうね。それじゃあこの子は……」
果南「じゃあ私の家の船使っちゃおうか」
善子「え、それ大丈夫なの?」
果南「大丈夫大丈夫、今日はお店休みだし、私も今日はそれで来たから」
私は黒猫を抱き上げて善子と目を合わせた。
果南「とりあえず、学校を出ようか」
善子「そうね。……学校を出るまでに見つからないといいけど」
果南「それだけは気をつけないとね」
なんとか学校を抜け出した私たちは私の船が置いてある場所へと移動した。
善子「誰にも会わなくて良かったわね……」
果南「運が良かったね。誰かに合うんじゃないかとヒヤヒヤしてたよ」
私は善子より先に船に乗り込んで、善子と黒猫の乗船を手伝った。
果南「……よし、それじゃあ出発するよ」
善子「はーい」
「ニャーォ」
果南「あ、返事してくれた」
善子「ふふっ、もしかしたら言葉が分かるのかも知れないわね」
黒猫のおかげでなんとも微笑ましい船出となった。
コンビニに一番近い船が泊まれる所となると、必然的に千歌の家の前になる。
善子「千歌に見つからないかしら……?」
果南「うーん……念の為、急いだ方が良いかも?」
善子「じゃあ私、ダッシュで行ってくるから。この子よろしくね」
果南「はいよ、転ばないようにね?」
善子は黒猫を私にパスすると、コンビニがある方へ走っていった。大体こういう時に転んでいる気がするけれど大丈夫かな?
果南「それじゃあ、一緒に善子が帰ってくるの待ってようね」
「にゃー」
善子が息を切らしながら戻ってきた。
果南「転ばなかった?」
善子「大丈夫だったわ。躓きはしたけれど」
善子からビニール袋を受け取って、善子を船に乗せるとすぐにエンジンをかけた。
果南「さあ、誰にも見つからないうちに出発するよ」
善子「うん。さ、おいで」
善子が腕を広げると、黒猫は善子の飛びついていった。
私は善子が座ったのを見て私は船を出発させた。
善子「なんだかまるで、悪い事をしているみたいね」
果南「本当にそうだね! でも秘密っていいと思わない?」
天候が悪い訳ではないけど、風が強く吹き始めて自然と声が大きくなる。
善子「秘密?」
果南「そうー! 私達の、二人だけの秘密だよ!」
善子「そうね! 面白そう!」
果南「あはははは!」
私達は大声で笑いながら海を進む。私の家まで問題なく着きそうだ。
私の家に着くと、善子は音を立てないようにそろりそろりと進んでいた。
善子「……おじゃましまーす」
果南「今の時間は私しかいないから、別にコソコソしなくて大丈夫だよ?」
善子「早く言ってよ!」
善子は普段の姿勢に戻ると、さっきまでの何倍もの速さで私の部屋へと進んでいった。
善子「お邪魔します」
果南「どうぞ、ゆっくりしていってね。あ、終バス何時だっけ?」
善子「分からないけど部活がある時と同じ時間くらいには帰ろうかしら」
果南「りょうかーい。とりあえず適当に座ってよ」
善子は黒猫を抱えたまま座布団へ座った。
善子「ゆっくりと言っても、もうそろそろ帰らないといけないのよね」
果南「だよね。じゃあご飯だけあげよっか」
善子「うん、そうする!」
善子は先程買ってきた物を、コンビニのビニール袋から取り出した。
善子「一応、二種類買ってきたわ。食べないと困るし」
果南「ありがとう。とりあえず、一つ開けてみようか」
二つあるうちの片方を手に取った。
私が缶を開けると匂いで分かるのか、黒猫は缶の近くに寄ってきた。
果南「お、気になるか。お皿に出してあげるからちょっと待ってね」
私は台所から普段自分で使っている小皿を持ってきて、それに缶の中身を出した。
果南「どう? 食べそう?」
善子「匂いは嗅いでいるんだけど……」
この子は疑い深いようで、小皿の周りをぐるぐる回りながら匂いを嗅いでいた。
しばらくすると、中身の一角に勢い良くかぶりついた。
「「あ! 食べた!」」
私達は声を揃えて喜んだ。もし食べなかったらどうしようと心配していたから余計に嬉しかった。
果南「美味しそうに食べてるね。善子のチョイスが良かったんじゃない?」
善子「それなら良かったわ。食べなかったらどうしようと思っていたけれど」
そんな会話をしているうちにも黒猫はペロリと平らげてしまった。そして、少し毛づくろいをした後に善子の膝の上で横になった。
善子「あなたの気持ちは嬉しいけれど、私はもう帰らないといけないのよ」
果南「送っていくよ」
善子「うん、お願い」
私は黒猫を抱えて善子と一緒に船へと向かった。
船は問題なく夜の海を進み、あっという間にさっきの砂浜へと戻ってきた。
善子「果南、今日は本当にありがとう」
果南「黒猫のことは私に任せてね」
善子「うん、頼もしいわ。ねぇ、明日も果南の家に行っていい?」
果南「いいよ。あ、どうせなら泊まりに来ちゃえば? 私は全然大丈夫だよ」
善子「そう? それじゃあお願いしようかしら」
果南「わかった、それじゃあまた明日」
善子「うん、また明日」
善子は最後に猫の頭を撫でた。
善子「いい? 今日は果南の言うことを聞くのよ?」
「にゃー」
私の部屋に帰ると、黒猫は真っ先に善子の座っていた座布団の上に座った。
果南「そうだよね。そこは善子の匂いがするもんね」
私はその座布団から少し離れたところにペットシートを敷いた。
果南「トイレはここで……ってそんなの分かる訳ないか」
黒猫は私をじっと見ている。向こうからしたら私の行動が気になるのだろう。
果南「じゃあお風呂とか済ませちゃうからちょっと待っててね」
「ニャーオ」
黒猫の返事を聞いて、私は自分の部屋を後にした。
果南「ただいまー、ってもう寝ちゃってるか」
私が部屋に寝る準備をして戻ってくると、先ほどの座布団から動かずに眠っていた。善子の匂いもあって相当気に入ったのだろう。
果南「あ、そういえばこの子の名前決めてなかったじゃん」
二人とも黒猫だのこの子だので会話が通っていた為か、名前を考えることを忘れてしまっていた。
果南「この子の名前ねぇ……どうしようかな」
じーっと寝ている猫の方を見る。真っ黒で善子が拾ってきた猫。
果南「……よし!」
私はスマホを取り出した。
果南『ねえ、善子』
善子『なに? あの子に何かあった?』
果南『そう。あの子の名前なんだけどね、ヨハネちゃんにしたから』
善子『え?』
果南『ヨハネだよヨハネ。ヨハネコちゃんだよ!』
善子『ちょっと、何よそ『それだけだから、じゃあねー』
私は善子との通話を無理矢理切って通知音も切った。自分のベッドに横になってヨハネちゃんの方を見ると、気持ち良さそうに体勢を整えて尻尾を振っていた。
果南「おやすみ、ヨハネちゃん」
私の言葉に応えるように伸びをしていたのを見て、私も瞼を閉じた。
一先ず、ここで終わりです
かなよしの黒猫概念は、これからも時間があれば書いていきたいので見かけたらよろしくお願いします……!
今回初投稿だったのですが今後、読み易さなど考えながら色々と試していきたいと思います。
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