魔王「魔物使い、貴様はどのような世界を望む?」魔物使い「ほえ?」 (17)

「お母さん、お母さん」
「どうしたの?」
「僕はどうして独りなの?」

我が子が抱く、素朴な疑問に、母は答えた。

「お母さんとお父さんがいるよ」

だから独りではないよと、母がそう諭すと。

「でも、他には誰もいない」

がらんとした広い洞窟に子供の声が響いた。
洞窟内はおろか、周囲も静まり返っている。
母子が暮らすこの大穴には誰も近づかない。

それもその筈、ここはドラゴンの巣である。
とはいえ主のドラゴンはこの場にはおらず。
洞窟には彼の妻と子がお留守番をしていた。

ドラゴンとは、人々に恐れられる竜の王だ。
故にこの洞窟には何人たりとも近づけない。
だから人間達は知らない。気づいていない。
竜の妻が人間で、その子供が、ハーフとは。
まさか、よもや、夢にも、思わないだろう。

その事実を知ったとしても、無意味である。
むしろ余計に忌避されることは明白だった。
故にドラゴンの妻となった人間とその子供。
人間と竜の特徴を備えた忌子は独りぽっち。

その孤独を、ひたすらに耐え、生きていた。

「寂しい?」
「うん……すごく寂しい」
「じゃあ、おいで」

寂しそうに俯く我が子を、母が抱きしめる。
すると、寂しさが薄れて睡魔がやってきた。
うとうとし始めた子供は、日課をせがんだ。

「寝る前に、いつものお話を聞かせて」
「続きから? それとも、最初から?」
「最初から!」

愛する我が子にねだられて人間の母は語る。
愛する夫が妻に語った、はるか昔の物語を。
それは人間の魔物使いを愛した魔王の物語。

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昔々、太古の昔。

その世界には人間と魔物が存在しており、凶暴な魔物は人間に危害を与え、駆除されていた。
もっとも凶暴とはいえ、野生動物である為、人間の知恵を持ってすれば倒せないことはない。
身体を鍛え、修行し、鍛錬に明け暮れて、人間は着実に強くなり、魔物は食肉となっていた。

徐々に一方的な搾取となった両者の関係に変化が訪れたのは、必然だったのかもしれない。

「ぴー! ぴー!」

深い森の奥の暗闇で1匹の魔物が産声をあげた。

「おやおや~? これは見慣れない魔物だなぁ」

その魔物と初めて接触したのは、魔物使いだ。
彼は産まれたばかりの魔物を、抱きかかえて。
人間の子供にするように世話をして、育てた。

「ぴー! ぴー!」
「ああ、その鳴き声はうんちだな?」
「ぴー! ぴー!」
「フハッ! やっぱりか。鼻が曲がりそうだ」
「ぴー! ぴー!」
「嗤ってごめんよ。すぐ綺麗にしてあげる」

魔物使いの人間は、排泄の世話をする際に愉悦を漏らす悪癖があったが、善良であり、まるで我が子のようにその魔物を愛し、育てあげた。

ある日のこと。

「その魔物は危険だ。一刻も早く駆除せねば」
「はい?」

魔物を育てる魔物使いは兵士に取り囲まれた。
いきなり自分の魔物を危険物扱いされ、事もあろうに駆除するなどと物騒なことを言われた魔物使いが困惑し、そして動揺していると。

「お告げが下ったのだ」
「はあ、そのお告げとはどのようなもので?」
「魔王が降臨したと、天から警告が下された」

魔王。それは魔物の王に他ならない。
それを耳にした魔物使いは固まった。
あまりのことに状況が飲み込めなかった。

「ほほう……なるほど。そうか。そうですか」

しばらくポカンとしていた魔物使いは。
傾げていた首を、ぎこちなく巡らせて。
兵士達を睨め回すと、ニタリと笑った。

「ついに、天罰が下ったと、そういうことか」
「天罰だと!? 何をふざけたことを……!」
「ふざけているのはどっちだぁ! 糞共がぁ!」

豹変した魔物使いが兵士に呪詛を喚き散らす。

「お前ら人間が魔物を蹂躙してきた天罰だ!」
「世迷言を抜かすな! 貴様も人間であろう!」

そう兵士が一喝すると、魔物使いはその豹変ぶりが嘘のようになりを潜め、静かな口調で。

「ええ、そうですよ。僕は……僕も人間です」
「ならば魔王の脅威を理解出来るだろう!?」
「ええ、もちろん。怖いですね……怖いなぁ」

身を震わせながら、魔物使いは笑っていた。

「ああっ! 怖くて堪らない! ゾクゾクする!」
「貴様、気が触れたのか…?」
「楽しみだなぁ! 人間が駆逐されるその日が! その瞬間が! ああっ! 生きていて、良かった!」
「……狂っている」

目を血走らせながら笑う魔物使いは完全に壊れており、そしてどうしようもなく狂っていた。

「とにかく、その魔物をこちらに引き渡せ」
「はあ? 何を仰っているのかわかりません」
「いいから、早くこちらへ寄越すのだ!」
「嫌ですね」

兵士に対して何言ってんだこいつ、みたいな目をして、魔物使いは引き渡しを拒否した。

「……ならば、覚悟はあるのだろうな?」
「僕を誰だと思っているのですか?」
「魔物使いだろう」
「はい。僕は魔物を愛する魔物使いです。だからこの命は愛する魔王様に捧げるつもりです」
「……狂人め」
「狂おしいほどに、僕は魔物を、愛している」

もはや問答は不用であり、無意味だった。
兵士は切り掛かり、魔物使いは逃げなかった。
鮮血が飛び散り、呆気なくその場に倒れ臥す。
彼に戦闘力はない。あまりに無力だった。
そんな魔物使いに、幼い魔王が駆け寄った。

「ぴー! ぴー!」
「ああ、泣かないで。僕は平気だよ」
「ぴー! ぴー!」
「ふふっ……君を見ていると、昔飼っていたドラゴンの赤ちゃんのことを思い出す。あの子から引き離された時に僕は誓ったんだ。必ず人間に復讐してやると。だから、君にお願いがある」
「ぴー?」
「僕を食え」

魔物使いは懇願する。憎しみと野望を込めて。

「僕の血肉を力と変えて人間共を蹂躙しろ。愛する君と、愛する全ての魔物達が穏やかに、健やかに暮らせるように……世界を変えてくれ。お願いだ。お願い、します……魔王様」

魔物使いの最期の願いを、魔王は聞き入れた。

「よもや育ての親を躊躇なく食らうとは……!」

バリバリ、ボリボリ、むしゃむしゃと。
魔王は魔物使いに、牙を突き立てて。
肉を咀嚼し、血を嚥下し、骨まで平らげた。

「聞きしに勝る残虐性。これが、魔王か……!」

あまりに惨たらしい光景に絶句する兵士達の目の前で食事を終えた魔王が瞬く間に変化する。

「……汝等、くるしゅうない。近う寄れ」

気がつくと、兵士達の前には化け物がいた。
育ての親の鮮血によって赤く染まった長い髪を鬱陶しそうにかき上げながら、同じく真っ赤に染まる唇から人語を発し、真紅の眼差しを向けて、兵士達に命じた。

咄嗟にその意味が理解出来ず、呆ける兵士に嘆息して、魔物の王は再度尊大な口調で命じる。

「聞こえなんだか? 近う寄れと、言っておる」
「た、たかが魔物の分際で偉そうに……!」
「話にならんな。では、こちらから出向こう」
「ひっ! く、来るなっ! 来るなぁっ!!」

ひとり、やられた。
またひとり、食われた。
そして、またひとり。

頭から、腹から、腕から、足から。
兵士が身に纏う鎧や兜などおかましなしに。
バリバリ、ガツガツと魔王は人間を食らった。

「ふぅ……もう終わりか?」

魔王が顔を上げると、周囲には誰もおらず。
静かな森の片隅に、ぐうと、腹の虫が鳴った。
物足りない。まったく満たされない。不満だ。

「腹が減ったな……喉も渇いた」

飢えた魔王による人間への復讐が幕を開けた。

「魔王様、ご報告します!」
「なんだ?」
「森の中で怪しい人間を見つけました!」

長い時が流れ、魔王は己の軍勢を作りあげた。
指揮官であり国主でもある魔王の名を冠する魔王軍の戦力は、この世界に存在するどの人間の国よりも強大であり、根城として居を構えた広大な大森林は魔物の国として栄えていた。
その広い国土を維持する為に、日夜見張りの魔物が大森林を監視しており、その索敵網に怪しい人間とやらが引っかかったと報告が入った。

「それはどのような人間だ?」
「自らの生業を魔物使いと称する、この上なく怪しい人間であります! 即刻駆除しますか?」
「いや、待て。ここへ連れてこい」
「はっ! かしこまりました!」

魔物使いとは懐かしい響きだと魔王は思った。
興味を唆られた魔王は其奴に会うことにした。
すぐさま、魔王の御前へ魔物使いが呼ばれた。

「面を上げよ」
「は、ははーっ!」

平伏した魔物使いが、恐る恐る顔を上げる。
どうやら道中、配下に散々痛めつけられたらしく、その顔はパンパンに腫れあがり、身体はボロ雑巾のように埃に塗れて、擦り切れている。
しかしそんな有様でも、魔王に向けられたその視線に込められた熱は少しも弱っておらず、魔物使いの歓喜と興奮が、魔王に伝わってきた。

「貴様は我を恐れんのか?」
「恐ろしくて、小便を漏らしました」
「汚らしい人間め。汚した床を掃除しろ!」
「へぶっ!?」

小便を漏らした人間を魔王は踏みつけた。
グリグリ、ゴリゴリ、執拗に蹂躙する。
自らの尿に塗れた人間は読んで字の如くボロ雑巾と化して、床を拭う道具として扱われた。

「酷く臭うな。もうよい。下がれ」
「魔王様、この者の処遇はいかがしますか?」
「地下牢へぶち込んでおけ」
「はっ! おら立て! 立たんか糞虫が!」

尿塗れの薄汚い魔物使いを荒々しく衛兵が引きずり、魔王城の地下にある牢獄へと向かう。
そこは一切の陽の光が届かない暗い暗い場所で、常人ならばすぐに発狂するであろう漆黒の闇が魔物使いを包み込んだ。何も見えない。

どれだけの時間が流れただろう。
魔物使いは座り込み、黙って膝に顔を埋める。
眠っているわけではなく、彼は待っていた。

「……起きているか?」
「魔王、様……?」

そして待ち人は来た。いや、人ではない。
ハッとして顔を上げる魔物使いの眼前に。
闇の中、足音も立てずに、魔王が現れた。

「着替えと、食い物だ」
「な、なんで……?」
「周りの者達に配慮する必要があったのでな」

魔王である己は魔物の王。
故に、魔物使いには厳しく接した。
だが、本心では興味深々であった。

「許せよ、魔物使い」
「ゆ、許すなんてとんでもない!」
「ふふっ……もっと踏んで欲しかったか?」
「はい! そのつもりでずっと待ってました!」
「え、冗談のつもりだったのだが……」

どうやら彼は踏まれて悦んでいたらしく、やはり魔物使いは頭がおかしいと魔王は思った。

「こほんっ……とりあえず、魔物使いよ」
「なんですか?」
「ひとまず服を着替えよ」
「はい! ですが、うーん……困りました」

魔王がわざわざ持ち寄ったは衣服を手渡すと、それを恭しく受け取った魔物使いであったが、何やら難色を示し一向に着替えようとしない。

「我が選んだ衣服は気に入らんと申すか?」
「そ、そんな、めっそうもございません!」
「ならば何故躊躇する?」
「いや~それが、お恥ずかしながら、実は、着替えを見られるのが恥ずかしい……みたいな」
「はあ?」

魔物使いのその言い分の意味が理解できず、思わず魔王は間抜けな声を出してしまった。
要するに、何言ってんだこいつ、状態である。
とはいえ、いつまでも首を傾げていては魔王として他の者への示しがつかないだろうと思い、至極当たり前の状況説明をしてやった。

「見ての通り、この牢は闇の牢獄である」
「はい。どうもそのようですね」
「ならば、恥ずかしがる必要はなかろう」

漆黒の闇に覆われた牢獄で肌を晒したとしても誰にも見えないだろうと、そう説明すると、魔物使いはニタリと笑って反論してきた。

「お言葉ですが、魔王様」
「なんだ?」
「魔王様には見えてらっしゃるのでしょう?」
「な、なんのことだ?」
「おとぼけになっても無駄です。魔王様の赤くて綺麗なお目々が闇の中で輝いております故」
「なっ!?」

魔物の王たる魔王の眼は、闇を見通していた。

「み、見えてなどおらん!」
「では、どうやって明かりも持たずにこの闇の中を真っ直ぐに歩いて来られたのですか?」
「……か、勘だ!」
「ほほう。なるほど、魔王様は勘が鋭いと」
「と、当然だ! 我は魔王なのだからな!」
「では、僕がどこから脱ぐのか当てて下さい」

そう言って魔物使いは上着のボタンを外した。

「上着だ! 上着から脱ぐつもりであろう!」
「まだ脱いでいませんが?」
「ぬぐっ!?」
「ガン見じゃないですか」
「う、うるさい! この無礼者めが!」

カマをかけられた魔王は盛大に慌てふためいて、暴君に相応しい暴論を喚き散らした。

「だいたい貴様の裸体になどこれっぽっちも興味などないわ! 自意識過剰にもほどがある!」
「ええ、それは重々承知しております」
「ならば、なんら問題はなかろう!?」
「ですが、見られていると、その……」
「なんだ! はっきり申してみよ!」

追求すると、魔物使いはモジモジしながら?を赤らめ、魔王を上目遣いで見つめて。

「見られると、胸がドキドキするのですよ」
「ええい! 気色悪いわ! 貴様は乙女か!」
「いえ立派な男の子です。ご覧になります?」
「消極的なのか積極的なのかどっちなんだ!」
「おっと。いけませんよ、この物語はあくまでも全年齢対象の健全なお話なので、ボロンはありません。いや~残念でしたね、魔王様」
「唐突にわけのわからないことを抜かすな!」

魔物使い特有の頭がおかしい言動にすっかり翻弄された魔王は、渋々赤い瞳を閉じた。

「これでよいか?」
「ご配慮感謝します、魔王様」
「何度も言うが、我は貴様の裸体になど全く興味はないからな。肝に銘じておけよ」
「ボロン!」
「ッ……!?」

特徴的な効果音を耳にして、魔王がその赤い瞳をあらん限りに見開くと、そこには服を着たままの魔物使いがニタニタ笑みを浮かべており。

「うっそぴょーん!」
「うがぁっ!?」
「あ! やめっ! やめて! 噛みつかないで!」

キレた魔王に頭をかじられ、額にくっきり歯型をつけた魔物使いはイソイソと着替えた。
無論、魔王はその間、固く眼を閉じている。

「……まだか?」
「まだイチモツが仕舞いきれておりません」
「またそうやって我の気を引こうとする……」
「冗談です。はい! 着替えましたよ!」

とうとう拗ね始めた魔王に焦った魔物使いは、手早く着替えを済ませ、ポージング。

「似合いますか?」
「……まあまあ、だな」
「それは良かった!」
「……気に入ったのならば、よい」

心底嬉しげに喜ぶ魔物使いの毒気のない笑顔を見て、魔王の機嫌はなんとか持ち直した。

「次は食事だ」

ようやく着替え終えた魔物使いに魔王は食事の膳を差し出した。彼はワクワクして尋ねた。

「良い匂いですねぇ。これは何ですか?」
「それは人肉だ」

膳に乗せられた肉は、人間の肉である。
その仕打ちに対して、彼はどのような反応をするのか。それを魔王は見て、見極めたかった。

「へぇ……人肉は初めて食べますね。あむっ!」
「ッ!?」
「うへぇ……筋張っていて、とても食えたものではありませんね。もちろん、完食しますが!」

ガツガツ、バリバリ、ボリボリと。
魔物使いは一切の躊躇なく人間の肉を貪った。
唖然としていた魔王は、魔物使いが着た衣服の裾口から覗く古い傷跡を見て、全てを察した。

この者は人間を恨んでいるのだと。

「そうか……貴様はもう、壊れておるのだな」
「へっ? もぐもぐ。何が仰いましたか?」
「いいから食事を続けろ」
「はい! わかりました!」

自らが捌いた人間の肉を食う人間の魔物使いを見て、魔王の胸にふと、庇護欲が芽生えた。

「これからは我が、貴様を飼ってやる」
「本当ですか!? いや~嬉しいなぁ!」
「だから、泣きたい時には泣くがよい」
「魔王様……?」
「これからは我が、その涙を拭ってやろう」

口元にこびりついた血肉と共に、壊れた水桶のように滴り落ち落ちる涙を、魔王を拭った。

「魔物使い、貴様はどのような世界を望む?」
「ほえ?」

あくる日も、あくる日も、魔王は牢へ赴いた。
取り留めもない会話をして彼と共に過ごした。
とはいえ、魔王には仕事がある。多忙なのま。
今日もまた人間の国のひとつを滅ぼしてきた。

阿鼻叫喚に包まれる破壊し尽くされた街並みを見ながら、ふと考える。その先の行く末を。

「ん~……わりと、どうでもいいですねぇ」
「どうでもよいだと?」
「はい。僕は今、とても幸せなので」

魔物使いは今、幸せらしい。
では、魔王はどうだろう。幸せだろうか。
どれだけの人間を食らったところで、その底なしの胃袋から湧き上がる飢えや渇きは一向に収まることはなく、満たされることはない。

その無限の飢餓の源は、あの日、育ての親を喪ったことに対する憎しみと復讐に他ならない。

だが恐らく、最後の1匹を食らったとしても、この飢えと渇きは満たされることはないだろう。
では、何の為に。それから先はどうするのか。
世界征服を目前とした魔王には、わからない。

「魔王様、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「僕と一緒に居て楽しくありませんか?」

素直ではない魔王は、その問いにこう返した。

「貴様と共に過ごしていると、無性に腹が立ったり、疎ましく思ったり、我はイライラする」
「ならば、処分して下さい」
「なんだと……?」

処分という単語を耳にして、魔王は聞き捨てならないとばかりに、魔物使いを問いただした。

「どうしてそのようなことを口にする?」
「僕は、人間達に処分された身なので」
「国から追放されたのか?」
「どちらかと言えば、廃棄ですね」

人間は決まり事を定めて社会を形成している。
そしてそれが守れない者はゴミと化す。
故に、魔物使いは魔王の森へと捨てられた。

「貴様はゴミではない」

魔王は居ても立っても居られずに抱きしめた。

「貴様は我の所有物だ」

どうにかして、価値を与えてやりたかった。

「貴様は我のものだ。決してゴミではない」

しかし、魔物使いは静かに首を振り否定した。

「いいえ。僕は魔王にとって不要な存在です」
「そんなことはない! 我は貴様を……!」
「だって、僕は、人間ですから」

たとえ、どれだけ魔物を愛そうとも。
吐き気を堪えて人間の肉を食らおうとも。
魔物使いはどうしようもなく、人間だった。

「僕は必ず、魔王様の邪魔をしてしまう」
「何を言う! そんなことはありえない!」
「それが必然です。そうなる前にどうか」
「……黙れ」
「早く僕を、処分して………」
「黙らないのならば、我が黙らせてやる」

口を閉じない人間の口を、魔王は塞いだ。
口付けという形で、黙らせた。
瞠目する魔物使いの口腔内を舐り回して。
口を離した魔王は赤い眼を光らせて宣言した。

「人間共を根絶やしにした暁には貴様を夫とし、子を産み、家庭を築き、末永く共に過ごそう」
「魔王様……」
「それが我が望む、幸せな未来だ」

故に、魔王は突き進む。
人間共をことごとく喰らい尽くし。
己の望む、幸せな未来を手にする為に。

「……魔王様」
「なんだ?」
「今のって、もしかして……?」

しばらく呆然としていた魔物使いが、確かめるように魔王の宣言の意味を尋ねた。

「プロポーズ、ですか……?」
「う、うむ……そうとも、言うな」
「……嬉しい」
「またそうやって! どうして貴様は男の癖にいつも乙女のような反応をするのだ!?」

火照った頬を両手で押さえ、感嘆したように瞳を閉じてはにかむ魔物使いのあまりの可愛らしさに、流石の魔王も照れてしまった。

「もう性別とか関係ないじゃないですか」
「いいや! 貴様は男なのだから、我の夫として頼り甲斐を発揮してくれなければ困る!」
「なんで? どうして? だって魔王様強いから、僕が頼りにならなくても平気でしょ?」
「子育ての時はどうするのだ!?」
「子育てなんて、魔王様ったら気が早いなぁ」
「貴様が理由を尋ねるから答えたのだ!」
「よし、わかりました。僕が子供を産みます」
「よし、貴様が何もわかっておらんということはわかった! 子供を産むのは我だ!!」
「では、僕は排便をする役割ですね」
「……は?」

脈絡なくおかしなことを口にする魔物使いに、魔王は首をかしげると、彼は誇らしげに。

「実はさっきのプロポーズの際にあまりの悦びで脱糞しちゃいまして。いや~参った参った」

糞を漏らしたことを告白されて、魔王は。

「……あの場面で、糞を漏らしたと言うのか?」
「ええ、お恥ずかしながら」
「何故よりにもよってあの場面で漏らした?」
「今しかないと、そう思い至りまして」

キリッとした表情で絶好のうん好機であったとほざく魔物使いに、魔王はキレた。

「この糞虫がぁ!」
「フハッ!」
「またその嗤い声! どうして魔物使いという輩はどいつもこいつも狂っておるのだ!?」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

育ての親と同じく愉悦を漏らし、盛大に哄笑する魔物使いを目の当たりにして、こんなのを夫とした己の未来はどうなるのかと魔王は不安だったが、それはそれで愉しみであるとも思えた。

「魔王様、ご報告します!」
「なんだ?」
「魔物使いを処分いたしました!」

終わりの時は、突然訪れた。

「今、なんと言った……?」
「そろそろ魔物使いもくたばった頃合いだろうと思い、地下牢へ様子を見に行ったところ、なんと奴はまだ生きていて、薄気味悪い高笑いをしていたので、息の根を止めてきました!」

誇らしげに職務を全うしたと報告する衛兵の言葉の意味がわからず、魔王はもう一度問うた。

「魔物使いを、どうしたのだ……?」
「処分しました! 奴め、最期の最期で命乞いをして、魔王様に一目会いたいとほざいておりまして、流石の私めも怖気が……」
「もうよい」
「えっ?」
「もう、聞きとうない」
「あ、そうですか! 申し訳ありません! 魔王様の前で不愉快な魔物使いの話をして……」
「不愉快なのは、貴様だ」

魔王はこの上なく、不愉快だった。
つい先日まであんなにも愉快だったのに。
故に、不愉快な衛兵を、食らった。

「ま、魔王様!?」
「その者が何をしたと言うのです!?」
「黙れ。どいつもこいつも、不愉快だ」

配下共にはわからない。
魔物使いがどれだけ大切だったかなど。
あの無礼で下劣で頼り甲斐のない狂った男がたまに見せる、あの可愛らしさなんて。
配下の魔物達には、わかる筈もなかった。

「もうおしまいだ。我も、貴様らも、世界も」

世界を手に入れる寸前で、魔王は未来に対する希望を喪い、乱心して世界を滅ぼそうとした。

「ふむ……貴様が魔王か」
「だったら、どうした」

城内の配下の魔物を全て平らげて、魔王は森の中をしらみつぶしに徘徊していた。
生息する魔物を見つけては食い、見つけては食い、そして一頭のドラゴンと出会った。

「何故、魔物の王が魔物を食らう?」
「我の大切なものを、奪ったからだ」

何もかもが気に入らなかった。誰も彼も。
人間も魔物も、目の前のドラゴンでさえ。
その憐れむような視線が、煩わしかった。

「泣くほどに、辛いか」
「だったら、どうした」
「生きることに、疲れたか」
「見れば、わかるだろう」
「ならば、貴様を食ってやろう」

魔王の眼前でドラゴンの巨大な顎門が開く。
逃げようと思えば出来る。
逆にその長い首に食らいつくことさえも。
しかし、魔王はその場から動かない。

「ああ……これで、やっと、終われる」

瞳を閉じて、その牙を、甘んじて受け入れた。

「貴様の憎しみも、辛さも、切なさも、愛おしさも、悲しみも、哀しみも……全て引き受けた」

全てを飲み込み、ドラゴンはその先も生きる。

「いつか、貴様の願いが叶うことを祈ろう」

ドラゴンは祈り、そして叶えた。
誰かが叶えるのを待つのはやめた。
自らが人間と共に生き、子を育て始めた。

「はい、おしまい」

長い物語を語り終え、母は一息ついた。
子供は眠気に負けて、既に眠っている。
結局、最後まで起きて結末を聞いたことはなく、またお話してくれとせがむだろう。

それで良いと、母は思っている。

「今、戻ったぞ」
「ああ、おかえりなさい。ドラゴンさん」
「もう寝てしまったか?」
「はい、ぐっすり寝ています」

夫であるドラゴンが洞窟へと帰ってきた。
妻の傍らで丸くなる我が子を愛しそうに見つめて、母子ともども大きな翼でくるんだ。

「この子には寂しい思いをさせている」
「でも、私達は幸せです」
「それは魔王が望んだ幸せだ」
「ドラゴンさんは違うんですか?」
「それが当たり前の世界を、目指している」
「どこまでもドラゴンさんについてゆきます」

子供が産まれて、魔物使いは、母となった。
もはや飢えてはおらず抱き心地は改善した。
昔よりもずっと美しくしっかりした印象だ。
しかしその悪癖は依然として変わらぬまま。

「トイレくらいは独りでさせてくれ」
「魔物使いの習性なので、諦めてください」

2人で寝る前に用を足してから横になる。
人間が魔物を愛し、魔物が人間を愛する。
それが当たり前の日常となる日を夢見て。
愛する妻と子を抱いて、ドラゴンは眠る。


【魔物使いを愛した魔王】


FIN

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