「いくら?」
「銀貨1枚と銅貨3枚でございやす」
銀貨1枚と、銅貨3枚。
それが私の値段でした。
ご主人様はその対価を払い、私を買いました。
「腹、減ってるだろ?」
奴隷である私を買ったその日。
ご主人様は私にご飯を食べさせてくれました。
なにぶん、ロクな食べ物を口にしてないもので詳しく説明出来ませんが、美味しかったです。
「ご馳走さまでした」
「おう。たらふく食って、もっと太れ」
たくさんご飯を食べて太ること。
それがご主人様の最初の命令でした。
なので、私は一生懸命太りました。
「太りすぎだな」
「ごめんなさい」
「痩せすぎよりはマシだけど、太りすぎも身体に良くないからもう少し痩せた方がいい」
「わかりました」
その日から1週間、私は何も食べませんでした。
すると、なんだか頭がクラクラしてきて。
目の前が真っ白になって、意識を失いました。
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「おい、大丈夫か?」
「ご主人、様……?」
「急にぶっ倒れるからびっくりしたぞ」
目が覚めると、傍にはご主人様が居て。
ふかふかのベッドはご主人様のもので。
私は夢を見ているのかと、思いました。
「ご主人様……ごめんなさい」
「どうしたんだ、いきなり」
「私は不器用で、なんのお役にも立てません」
寝ぼけながら、私はご主人様に謝りました。
「せっかく買って頂いたのに、私は……」
「そんなこと、気にするな」
「ですが……」
「俺がなんでお前を買ったか、わかるか?」
ご主人様は優しそうなお顔でそう尋ねました。
「わかりません」
「じゃあ、教えてやる。いいか、よく聞け」
ご主人様は真剣なお顔をされこう諭しました。
「俺は昔、人攫いを生業にしていた」
「そう、だったのですか……?」
「そもそもお前を田舎町から攫って、奴隷商に売り払ったのは俺なんだ。驚いたか?」
「……驚き、ました」
まさに寝耳に水で話が飲み込めませんでした。
「つまり、俺はお前を買い戻したのさ」
「どうして、ですか……?」
「話せば長くなるんだが、俺には娘が居てな」
枕元に灯る蝋燭を見つめながら、人攫いだったご主人様は、滔々とご自分の過去を明かされました。
「俺の娘は身体が弱くて、薬が必要だった」
その薬を買う為に、お金が必要だったこと。
それは普通の仕事で賄える金額ではなくて。
故にご主人様は人攫いに手を出したらしく。
「俺は何ひとつとして後悔はしてない」
娘の為に父として出来得る限りのことをしたと、ご主人様はきっぱりとそう仰いました。
「だけど少し前に、愛する娘が死んだ」
薬によって延命は出来たものの。
結局、娘さんは助からず、亡くなったらしく。
それを機に、人攫いから足を洗ったとのこと。
「足を洗う際、妻に裏稼業のことがバレて別れを告げられた。そうして俺は、独りになった」
淡々と事の次第を語りながら蝋燭を見つめるご主人様の横顔は、泣いておられました。
「寂しくてなぁ……虚しくてなぁ」
声を詰まらせながら、ご主人様はあの日、私を買った日のことについて、言及なされました。
「そこでふと、売り払った奴隷のことが頭によぎって、奴隷市場へと足を運び、そしてお前を買い戻したんだよ」
「どうして、ですか……?」
「罪滅ぼし、なんかじゃなかった。俺はただ、独りが寂しくて、お前のことを買ったんだ」
元人攫いのご主人様は、悪びれませんでした。
その言い草は、まるで私の怒りを促すようで。
けれども、微塵も怒りなど覚えませんでした。
「ご主人様」
「なんだ? 言いたいことがあるなら、全部聞く。だから、思うがままに吐き出してくれ」
そう言われてもたいした話ではないのですが。
「私は貧しい家庭で生まれ育ちました」
私の家は貧乏で、しかも兄弟が沢山いました。
「沢山の兄弟たちの中でも、私はとりわけ出来が悪く、なんの取り柄もありませんでした」
取り柄のない私は、ただの穀潰しでした。
「だから、私はこれで良かったと思います」
攫われ、食い扶持が減り、良かったと言うと。
「そんなことを、言うな……!」
「ご主人様……?」
「自分の存在を、否定しないでくれ……!」
ご主人様はそう言って、私を抱きしめました。
「ですが、私は……」
「だったら俺がお前を幸せにするから……!」
「私はもう……充分に、幸せですよ」
本心からそう言うとご主人様は号泣なされて、そのまま私の枕元に顔を埋めて眠りました。
「ご主人様……」
いけないと知りつつも、私は泣き疲れて眠ったご主人様の髪の毛に触れて、頭を撫でました。
「もしも、これが夢ならば、どうか……」
その寝顔に口付けをして、私は願います。
「どうかこの無価値な私を、愛してください」
奴隷には過ぎた願いです。
そんなことはわかっています。
それでも、この日、この夜だけは。
私は図々しく、厚かましくもそう願いました。
しかし、ご主人様は起きる気配がなく。
「……添い寝してくださるだけでも充分です」
それだけでも充分に満足であると思い直し。
私は枕を近づけて、ご主人様と眠りました。
余談ですがこの夜、私は生まれて初めて、切ない夜というものを経験し、恥じ入りました。
「本当に町に帰らなくていいのか?」
「はい。町には帰りません。お気遣いくださり、誠に感謝しております」
後日、ご主人様は私を元居た町へ帰して下さろうとしましたが、丁重にお断りしました。
「それじゃあ、何かやりたいことはあるか?」
「……添い寝を」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、特に何も」
「なら、早くやりたいことを見つけないとな」
あの日から、私は少しばかりおかしいです。
あの夜のことを思い出すと、胸が苦しくて。
何度も何度も切ない夜を過ごしていました。
無論、日中でも物思いに耽ることが多く。
「おっと、危ないぞ」
「も、申し訳ありません!」
お掃除の最中に手元が疎かになり、高いところに積んであった本を崩してしまい、あわや頭に落下するというところでご主人様がその本を受け止めてくださいました。
「これはまた、随分と懐かしいなぁ」
「その本は?」
「昔、娘によく読んでやった絵本だよ」
そう聞いてすぐに私はこれだと思いました。
「あの、ご主人様……」
「ん? どうした?」
「その本を、是非私にも、その……」
「読んで欲しいのか?」
「はいっ! 夜寝る前に! 是非!」
「よし、わかった。読んでやろう」
鼻息を荒くして食いつく私は本当にみっともなくて、自分の浅ましさが心底嫌になりましたがそれでも快諾して頂けて嬉しく思いました。
「準備はいいか?」
「はい! いつでもどうぞ!」
寝る前にしては異常にテンションの高い私を見て、ご主人様は苦笑しつつ、絵本を読んでくださいました。
それは竜の子供の冒険譚であり、時に品性を疑う表現が含まれていたものの、極めて健全な物語でした。
時折、亡くなった娘さんのことを思い出したのか、ご主人様は絵本を読みつつ涙を浮かべておられ、それを見た私はもうどうしようもなくて、切なくて、苦しくて。
「ご主人様……大丈夫ですか?」
「あ、ああ……悪い。どうしても泣けてきてな」
「どうか私にご主人様を慰めさせてください」
気がつくと、思わず、そんな言葉を口にして。
「え? いや、ちょっと待ってくれ」
「あ、ごめんなさい! 分を弁えずに……」
「いや、そうじゃなくて……お前、男だろ?」
そう言われて、目の前が真っ暗になりました。
「……がーん」
「お、おい! どうした、大丈夫か!?」
「……私はもう寝ます。おやすみなさい」
「お、おう。それじゃあ、おやすみ」
どうやらご主人様は私を男だと思っていて。
あまりのショックに打ちひしがれた私は。
その日から三日三晩、寝込みました。
「体調はどうだ?」
「……平気です」
「何か食べたい物や飲みたい物はないか?」
「……牛乳が飲みたいです」
「よし、わかった! すぐに用意する!」
ご主人様の献身的な看病につけ込んで私は毎日牛乳をせがみ、身体面の改善を目指しました。
しかし、平らな胸は一向に育つことはなく。
「……やっぱり私はだめだぁ」
姿見に裸体を写して絶望し、牛乳を飲み、また姿見に裸体を写して絶望し、牛乳をひらすら飲むを繰り返していると。
「っ……!」
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるぅ~っ!
牛乳の過剰摂取によりお腹が緩くなりました。
「お、おトイレ……!」
急いでトイレに向かうも、そこは使用中で。
「ん? ちょっと待ってくれ。すぐ済ますから」
個室の中からご主人様の声がして、お恥ずかしながらあまりにも余裕がなかった私は思わず。
「ご主人様! 一緒にしましょう!!」
わけのわからない懇願が口から飛び出ました。
「悪いな。家にはトイレがひとつしかなくて」
「いえ、無理を聞いてくださり感謝してます」
「しかし、手狭だろう?」
招かれたトイレの中は酷く狭く、窮屈で。
私を向かい合わせに抱くご主人様が近くて。
この胸の高鳴りが聴こえてしまいそうで。
その鼓動を誤魔化すように、私は尋ねました。
「あの……ご主人様」
「なんだ?」
「私がもしも、女の子だったら……」
「は?」
「女の子ならあの時、買いませんでしたか?」
それは、怖くて聞けなかった質問でした。
ご主人様は私を、男の子だと思っていて。
男の子が欲しくて、奴隷を買われて。
それはきっと、亡くなった娘さんと同じ性別の奴隷を買うのは躊躇われたからであり。
そう考えると、自分の本当の性別をご主人様に知られてはならないように思えて、怖くて。
「もしもお前が女の子だったら、か」
「あの、答え辛いようなら、別に……」
「それでもきっと、俺はお前を買ったよ」
ご主人様は確信をもって、そう仰いました。
「男の奴隷が欲しかったのでは……?」
「まあ、その方がたしかに気分は楽だな」
無論、あくまでも仮定の話とご主人様は捉えて、あっけからんとこう言い切りました。
「それでもきっと、俺はお前を買っただろう」
「どうして、ですか……?
「俺がお前を攫い、俺がお前を売り飛ばした。だからこそ俺は、そのお前を買い戻したんだ」
言われて、納得して、嬉しくなった。
ある日突然、人攫いに攫われて、奴隷として売りに出されて、何の役にも立てずに返品されて、日に日に値段は下がり、最後には銀貨1枚と銅貨3枚で売られることになったけれども。
それでもご主人様攫われて、売り飛ばされて、そして買い戻されたことを、心から感謝しました。
「ご主人様っ……ご主人様ぁ!」
私が泣きながらご主人様の胸元に縋り付くと、何やら盛大に勘違いをなされたらしく。
「なんだ? もう便意が限界なのか?」
「ちがっ……そうじゃ、なくて……っ!」
「安心しろ。糞に性別なんてない」
違います、誤解です。
私は糞の話なんてしてません。
でもたしかに、糞には性別がありません。
男でも女でも、同じものが出ます。
それに気づくと、気持ちが楽になりました。
「遠慮はしなくていい。お前はもう自由だ」
「自由……?」
「ああ。だから好きなだけ、ぶち撒けろ!」
優しい笑顔でそう言われて、私の短い髪をすいてくださったご主人様に報いたい一心で。
「んっ……ふあっ」
ぶりゅっ!
「フハッ!」
私がうんちを出すとご主人様は愉悦を漏らし。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「あっ、ああっ……ご主人様、ご主人様ぁ!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
狭い個室内に響き渡る、ご主人様の高らかな哄笑が私を包み込み、その狂おしい程の愛情を一身に受けて、性別を超越した愛を知りました。
「フハハハハハハハ、ハハ、ハ、……くそっ!」
「……ご主人様?」
哄笑が鳴り止み、様子を伺うと、ご主人様は滂沱の涙を流しながら、泣いておられました。
「懐かしいなぁ……畜生。俺の娘が小さかった頃、こうやって嗤いながらおしめを取り替えてやったら、すげぇ悦んでさ……」
「ご主人様……」
「それから、癖になっちまって。悪い。びっくりさせちまったよな。頭がおかしい主人で、ごめんな。こんなだから、妻にも逃げられて……」
「ご主人様!」
自虐的な言葉を口にするご主人様に、私は身の程も弁えずに、怒鳴りました。
「ご自分の存在を、否定しないでください!」
それは、私がご主人様に言われた言葉で。
私の生きる希望となった大切な言葉でした。
自分の言った言葉を奴隷に言い返されたご主人様は、お怒りになることなく、優しく私を抱いてくださり、こう仰ってくださいました。
「……ありがとう。お前と会えて良かった」
便の香り漂う狭い個室の中で私は生まれて初めて愛を知り、排便の余韻が切なさを消してくれたこともあり、とても穏やかな気持ちでしばらくご主人様の抱擁を堪能し、満たされました。
「さて、それじゃあ拭いてやるからな」
「へ?」
「男同士なんだから恥ずかしがる必要は……」
「あっ! だめです! ご主人様!?」
静止虚しく、私のお尻を拭いたご主人様は全てをお知りになられたらしく、深々と頭を下げて謝罪をしてくださいました。
「なんか……いろいろ、ごめんな」
「い、いいんです! お気になさらずに!」
「でも、ほんとごめん……ごめんよ」
何度も何度も繰り返し頭を下げるご主人様を見て、私は少しばかり欲が出てしまいました。
「もしよろしければ、また是非、ご一緒に……」
「は? でも、お前は女の子で……」
「……おトイレに性別は関係ありませんので」
などと、ご主人様の妄言を引用したところ。
「そうだな……そういうことにしとくか」
「はい! 是非、また一緒にしたいです!」
「よーし! じゃあ、また一緒に糞をしよう!」
「はい! 沢山牛乳を飲んでお腹を下します!」
こうして、本来の牛乳を飲む目的とはかけ離れてしまいましたが、それでご主人様が悦んでくださるのならば、私は奴隷として、これからも誠心誠意、排便に励む所存であります。
【奴隷娘と人攫い】
FIN
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