前川みく「鮭とば……」 (11)
シンデレラガールズの短いSSです。
みくが自分の意志で魚を食べます。そういうのだめな人は回れ右。
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レッスンを終えて寮に帰ると、共用の談話室は何やら騒がしかった。
「あ、みくちゃんだー。おかえりー」
声をかけてきたのは人だかりの真ん中に居た美由紀ちゃん。
「ただいまにゃー」
中を覗くと大テーブルの上には大きな段ボールが乗っていて、周りには食べ物が広げられており、ちょっとしたパーティ状態だ。
「これね、お父さんがね、在庫が余ったからみんなで食べなさいってたくさん送ってきたの」
箱を覗くとダンボールいっぱいにお菓子が詰まっていた。
ラインナップは鮭とば、小魚スナック、いかの燻製と見事に魚のお菓子ばかりで思わず背筋を寒気が走った。
一瞬なにかのドッキリかと身構えたが、そういえば美由紀ちゃんの実家は水産品の加工場だったな、と思い出した。
「おいしいよ。みくちゃんも食べない?」
「いやぁ、みくは遠慮しておくにゃ……」
「あ、そっか、みくちゃんお魚ニガテだったもんね」
じゃあー、と美由紀ちゃんはダンボールを漁り始めた。
「これあげる!」
手渡されたのはたこの燻製と鮭とば。
「たこは食べられるでしょ?この間たこ焼きパーティしてたし」
「うん、けど……とばはにゃぁ」
「そっちは友達にでもあげて!とばたくさんあるから配っちゃわないと傷んじゃうし」
食べ物を理由に取られると弱い。断るつもりだったが、美由紀ちゃんのキラキラした笑顔に押されるように受け取ってしまった。
その日の夕食はカレーの予定だったのが魚の干物に変わっており、みくのお腹は満たされなかった。
部屋に戻ってたこをもぐもぐしつつ、鮭とばと対峙してみくは悩んでいた。
寮は一人部屋だし、あの調子じゃ他の部屋の子もしばらくは魚介祭りだろう。
かといって学校はおやつ禁止だし、危険を犯してこっそりあげるほど特別親しい友達も居ない。
とは言え捨てるのも勿体ないし……
そこで名案がひらめいた。
あ、そうだ。明日李衣菜ちゃんにでもあげようか?
李衣菜ちゃんは実家から通っている。まだ寮が魚介祭りになっていることは知らないだろう。
事情を説明すれば貰ってくれるはずだ。
うん。そうしよう。
そうと決まればこんなものは仕舞おう。なにも自分の部屋でまで魚と暮らさなくてもいい。
手頃な袋を探していて、はたと思った。
そういえばみく、なんで魚が嫌いなんだっけ?
思い出しても直接のきっかけは思い出せない。幼稚園の頃にはすでに魚は食べられなかった。
それでも小学校低学年くらいまでは食卓に出ていたが、あまりにみくが手を付けようとしないので
親も根負けし、次第に魚の日はみくだけ別のメニューが用意されるようになった。
給食で魚が出た日は、近くの男子にあげてやりすごしていた。ということは……
「…もう6、7年、魚を食べようともしてないのにゃ」
魚を食べられないと思い込んでるから、食べようともしなかった。要は食わず嫌いだ。
そういえば成長につれて味覚が変わる、という話も聞いたことがある。
それにもう高校生だ。嫌いなものを嫌いだからと跳ね除けるわけにもいかなくなる場面もある。
「……もしかしてみく、魚、食べられるかも?」
みくの心臓は知らず高鳴っていた。恐怖のような、好奇心のような、ふしぎな高揚だった。
みくはおそるおそる鮭とばの袋を開封した。
「特に匂いはしないにゃ」
誰が見てるわけでもないのにグルメリポート風の実況を始めていた。
とばを一本取り出して、目の前まで持ってくる。
どくん、どくんと心拍数が上がるのを自覚する。まぎれもない鮭だ。
これをみくが食べる?本当に?
口に入れた瞬間吐いてしまったりしないだろうか。
いや、そもそも魚なんて食べられなくても生きていけるのではないか。
いろんな思いがかすめるのを、首をぶんぶんと振って払う。
みくは自分を曲げない。今日は魚にチャレンジする。そう決めたのだ。
大きく口を開けて、一気に半分ほどかぶりついた。
よく乾燥したとばはとても固く、奥歯を使いアイドルらしからぬ動作で齧り取り、瞬時にみくは後悔した。
これはよく噛まなきゃ食べられないやつだ。チャレンジするならもっと飲み込みやすい魚にすべきだった。
だが乗りかかった船だ。ここで吐き出すのはプライドが許さない。
みくは鮭とばをひと噛みする。
口いっぱいに魚の香りがひろがり、反射的に手で口を抑える。
「うっ…」
体中がこれは嫌いだと言っている。だが我慢して食べられないことはない。
口に手を当てたまま端っこから少しずつ噛み、ちびちびと飲み込んでいく。
舌で触るたびに魚の風味がして体が拒否反応を起こすが、丸呑みするのは食べ物に失礼だと自分を言い聞かせ、
たっぷり時間をかけてどうにか半分を食べ終わった。コップに水を注いであおる。
「これをあと半分食べるのかにゃ…」
まさか食べかけを袋に戻すわけにもいかない。
ちょっとずつ食べても解決しない。一気に行ってしまおう。
たっぷりのインターバルの後、みくは気合を入れると、残りの半分を一気に口に入れた。
翌日。みくは原因不明の38度の熱を出し、学校とレッスンを休んだ。
そのさらに翌日。
「みくちゃんおはよー。風邪はもういいの?」
「すっかり治ったからもう大丈夫にゃ。あ、これあげる」
「なにこれ、鮭とば?」
「美由紀ちゃんのお父さんがいっぱい送ってきただかでみくも貰ったにゃ。でも食べないから」
「へー。みくちゃんもたまには魚食べればいいのに」
「みくは魚食べられないの!そういう事言わないでよ!知ってるくせに!」
「ごめんごめん。そんなに怒ることないじゃん」
李衣菜は不思議な顔で、端っこがセロテープで止まった鮭とばの袋を自分の鞄に仕舞った。
おしまいです。人のことは考えず自分が読みたい話を書いたらこうなりました。
個人的には嫌いなものなんてわざわざ食べなくても思います。
依頼出してきます。
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