夢見りあむ「ぼくは弱いから君の手を取った」 (17)

夢見りあむは思い出す。

その日はたしか特に何もない日だった。

いやほんと、遅くに起きてネットとか見てた気がするけど、日が落ちた頃に今日は何したかと思い出そうとしても何も思い浮かばないくらい虚無の日だった。

やむ。

でもそれじゃあいけないと、アイドルのライブDVDの鑑賞会を夜中だけど開催することに決めたのがそもそもの始まり。

で、せっかくならコンビニでお菓子とかそういうのを買ってこようと出かけて、コンビニの前で女の子を見かけたのがきっかけ。


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コンビニの前でたむろするタイプとは思えない、大人しい、悪くいえばオドオドした風な少女が佇んでいた。

(小学、いや中学生か。てかチチでかいな。ぼくが中学の時よりでかいかも)

ボリュームのある黒い髪を背中まで伸ばした少女は時々キョロキョロとあたりを見渡したりスマホをいじったりしていて、移動する様子はない。

(誰かを待ってるのかな?もしかしてエンコー……って流石にないない)

失礼な冗談を頭に浮かべて消して、ついでに少女について考えることもやめて、りあむはコンビニに入った。

ポテトチップスにコーラ、あと適当に新商品のお菓子類。

今日は徹夜でライブ映像を見るんだから不健康でも許される。

(今日のぼくは最強かもしれない)

謎に高いテンションになりながらレジへ。

「……あ、レシートいいです」

颯爽と会計も済ませて店を後にする。

このまま誰もいない自宅へ帰って今夜はパーティー、と浮かれていたりあむの視線の先には、先程の少女がいた。

少女は先程と違い一人ではなく、スーツ姿の男性と一緒だ。

(ああ、待っていた人がきたんだ)

流石に夜も遅い時間、少女がコンビニ前に一人でいるのはよろしくない。

待ってた人もすぐ来たというのなら何も問題はない。

めでたしめでたし。

ほんの少しだけあった気がかりもこれで解消されて、少女のそばを通り過ぎ、りあむは帰路へと歩みを進める。

一歩、二歩、三歩。

(…………あれ?)

ふと、気になってしまった。

(あのスーツの人、あの子のなんなんだろう)

父親にしては若すぎるし、お兄さんかな?けっこう歳の離れた兄妹なのか。

「……」

『もしかしてエンコー……って流石にないない』

コンビニに入る前の何気ない冗談が脳内再生される。

(いやいやいや、だから何ってことだし。大人しそうなあの子が実はビッチだったからって、べつに?ぼくが気にする必要ないわけで?)

(そういうのどうかと思うけど、でも本人の意思でやってることをわざわざ止めるとかめんどくさい。ぼくは今から帰ってぼっちパーティーをするんだから。はいさい、やめやめ)

自分に言い聞かせて、はやくあの少女について考えることはやめよう。

そう思いつつも、思うがゆえに、りあむはあの少女について考えてしまう。

自分と同じようにジロジロ見られるような体型で、自分と同じようにおどおどしてそうな、自分よりも年下な少女。

一方的な感傷だが、あの少女がそういうことに手を出しているように思えない。

となると、さっきのスーツ姿の男性は。

疑問が一周して、最悪の想定が頭から抜けなくて。

(はあ、めっちゃやむ)

心の中で小さくため息。

どうせ従兄弟のお兄さんとかそういうオチでしょと思いつつ、オチを確認して安心するためにりあむは振り返った。

視線の先には少女がいて。

向かいにはスーツ姿の男性がいて。

男性は「じゃあそろそろ行こうか」と言って。

少女は頷いて。

少女の目には……涙が浮かんでいた。

「わ、わああああああ!!」

「な、なんだいった、わぷっ!?」

「ふ、ふぇぇ!?」

りあむは咄嗟に持っていたコンビニ袋を男性の顔面に投げつけ、そして。

「に、にに、逃げるよ!!」

「え、ええっ?で、でもぉ」

「いいから!!」

困惑する少女の手を掴んで走り出した。

もしかしたらそれは少年漫画の主人公のように。

「むりむりむりむり!やむ!めっちゃやむ!!」

「なんでぼくこんなことしてんの!?大丈夫かぼく!?頭とか!もうやんでる!?」

「あああ、どうしてこんなことしてるんだろう!女の子を助けるとか、そんなのぼくのキャラじゃないのに!わかってる!よ!」

「うわーん!でも仕方ないじゃんかあ!あそこでやばい人に絡まれてる子を放っておけるほどメンタル強くないんだよお!!」

「とにかく逃げなきゃ!あいつ追いかけてきてる!?振り返るの怖い!」

「どこに行けば、とりあえず交番?あ、でも交番どこにあるか知らない!役に立たないな!!」

「っていうかもう足とか息とか、やば……」

大声でわめきちらしながら走り続けしばらく、ついにりあむの体力に限界がきて力尽きた。

「ぜひー……ぜひー……おえっ」

「だ、大丈夫ぅ?」

少女は両目に涙を浮かべながら、心配そうにこちらの顔をうかがっている。

(っていうかよく見たら顔いいなこの子)

(こんな状況でもぼくの心配をしてくれるとか天使か?)

(それとぼくがこんな限界なのにこの子は全然息上がってないのはなんで?若いから?ぼくもまだ若いよ?)

疲労でりあむの思考がグルグルしてる時、少女は少女で状況が飲み込めないようでオロオロとしている。

「あ、あの、くるみ、戻らないと……」

ああ、いけない。

あの男にどんな誘われ方をされたか知らないけど、このままだとあの男の場所へ戻ってしまうだろう。

「き、きみ……さっきのスー、うぷっ、あ、ごめんもうちょっと待ってこれやばい」

「ふえぇぇ」

りあむ休憩中。

どうにか戻さずにすんだので、一呼吸を置いてりあむは少女に言い聞かせる。

「あのね、さっきのスーツの人みたいなのは危ない人なんだよ。だから、もし話しかけられても」

「ぜひー……やっと追いついた……おえっ」

「追いつかれたああ!?」

先ほどのスーツ姿の男性が疲労困憊といった様子でやって来た。

(走った後のリアクションがぼくと同じでなんか嫌!)

逃げなければ、と思うけれど足がガクガクで走れない。

「くっ、殺せ。あ、いや冗談です。あとコンビニの袋も冗談、手が滑っただけで、あのほんと大声出すんでこないで」

やばい!やばい!やばい!と焦るりあむの隣で。

「あ、あの!!」

少女が男性をかばっていた。

「ぷろでゅーしゃーは悪い人じゃないよ!!」

…………はい?

「すいませんっした!!」

りあむ土下座なう。

なんとスーツ姿の男性はロリコン変態援交野郎、ではなくアイドル事務所のプロデューサーだった。

「いや、誤解されても仕方ない。こちらも不注意だったからな。土下座はやめてくれ」

「ぐしゅ、ぷろでゅーしゃーが迎えに来てくれたのが嬉しくてくるみが泣いちゃったのが悪いんだよねぇ。ぐしゅ、ごめんなしゃい」

「すいませんっした!!」

「くるみを心配してやったことなんだ。責めたりはしないよ。あと往来で土下座とかほんとやめて」

「すいませ」

「聞け!てかバリエーションそれだけか!?」

土下座は数十分続いた。

「あの、ホントごめん。くるみちゃんも」

「ううん。くるみの方こそごめんなしゃい」

必死の土下座の結果、どうにか二人には許してもらえた。

ドラム缶に入れられることはなさそうだ。

「ひどい誤解をされている気がするぞ」

「てかやばいくるみちゃん。超いい子じゃん。これからめっちゃ推す」

「おしゅ?」

「あ、えと、ファンになるってこと」

「わあ、ありがとうぅ。えへへ、嬉しい」

くるみがはにかみ、りあむは癒され、そしてプロデューサーの眼光が少し鋭くなった。

「りあむはアイドルに興味があるのか?」

「え、うん。よくライブとか行くし」

「そうか」

「……?」

プロデューサーは何か思いついたようにして、それからぼくにコンビニの袋を渡してくれた。

「これ、一応中身はそのままのはずだ」

「え!?これわざわざ拾ってくれたの!?ありがとう」

顔にぶつけてしまった物なので、渡されるのが少し気まずい。

「あと、これを」

そう言って、プロデューサーは名刺を渡してきた。

「……?」

ぼくがハテナマークを浮かべていると、プロデューサーは驚くべきことを言った。

「よければ今度事務所にきて欲しい」

「まさか事務所でリンチに!?許すって言ってくれたじゃんか!?」

「違うそうじゃない」

違ったらしい。

プロデューサーはコホン、と咳払いをしてから言い放った。

「夢見りあむさん。あなたをアイドルにスカウトします」

…………うえええええ、おえっ!?

「ぼくがスカウトされた経緯はだいたいこんな感じかな」

「回想がところどころ汚いんデスけど、特にラスト」

ここは事務所。

あきらちゃんとアイドルになった経緯を話していた。

「仕方ないじゃん限界まで走った直後だったんだから。むしろリバースしなかったことを褒めてほしい」

「アイドルがリバースとか言わないでくださいよ」

あきらちゃんが残念なものを見る目でこっちを見てくる。

くるみちゃんとは大違いだ。

「え、くるみちゃんは違うんデスか?」

「くるみはぼくのこと頼れるお姉さんみたいな目で見てくる!よ!」

「え、土下座見せたのに?」

「土下座見せたのに!!」

「リバース見せたのに?」

「リバース見せ、てない!それは見せてないから信じて!」

あとアイドルがリバースとか言わないで。

「くるみちゃんが天使すぎてつらい」

「結局つらいんじゃないデスか」

「推しアイドルから慕われるのいい。このためなら頑張れる、気がする!」

やれやれ、と息を吐いたあきらちゃんは「あ」と何かに気づいた顔をして、意地悪そうににやりと笑った。

「ならレッスン頑張らなきゃみたいデスね」

「え?」

あきらちゃんの視線の先を追ったら、すぐ後ろにPサマが立っていた。

「そうか。だったらこれからも慕われ続けるためにレッスンをしないとだな」

「え?」

「りあむが自分から頑張れると言ってくれたその気持ち、無駄にしないからな」

「いや、ちょっ」

「さっそくレッスン行くか」

「めっちゃやむ!」

おしまい!

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