注意。
1.原作未読の為、設定に少し違和感あり。
ヴェルフが魔剣を使う等。
2.時系列はアニメ最終話意識。
以上の点、御考慮して頂いたうえでよろしくお願いいたします。
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湿った岩、燃える壁、氷の床と生茂る草花、そして凶悪なモンスター。ありとあらゆる気候や仕掛け、狂気でもって訪れる冒険者を出迎える。それはいつだって楽園で、いつだって狂乱で、いつだって凄惨な世界だ。
そして冒険者、ベル・クラネルは今日もこのダンジョン(世界)に挑む。それは仲間の為、ファミリアの為、憧れの人に近づく為。いつだって彼はこのダンジョンを通じて成長してきた、”出逢ってきた”。しかしダンジョンは至って無慈悲であるべきだ。当然与えてくれる物と引き換えに、奪いもする。それは時に、与えてくれた今までの物が全て消えていく様な、そんな取り返しの付かない事だって起こり得るのだ。
今回の冒険はベル・クラネルと、彼に関わるオラリオに住む人々の、“そういう”お話。
「ベル様、伏せて下さい!」
後方からリリの掛け声が聞こえたのと、ミノタウロスのなぎ払いはほぼ同時だった。勢い良く空を大斧が切る音と、起こった風圧で近くの木が薙ぎ倒される。
しかし今し方パワーを見せつけたミノタウロスは、突然時が止まったかの様に動かなくなった。どうやらリリが毒矢を放ったようだ。
普通ならミノタウロスに矢は突き立てられない。その分厚い筋肉の壁によって阻まれるからだ。
しかしそれも身体であればの話。リリの正確無比なコントロールは、動きの大きな的であればその柔らかい粘膜を捉えることも容易である。
「任せろ! 火月!」
瞬間、ヴェルフの構えた得物の剣先から膨大な紅蓮の炎が巻き起こり、意志を持つかのようにミノタウロスへと襲い掛かった。ミノタウロスは業火に為す術もなく焼かれ、やがて魔石を残し灰となって消える。
「少し、数が多すぎますね…」
退避したベルと背中合わせに立つミコトは、既に肩で息をする程に消耗していた。
ベル達は急に開けた場所へ出たと思えば、怪物の宴(モンスターパーティ)程ではないにしろ、かなりの量のモンスターに囲まれていたのだ。
「春姫様はリリの後ろへ! もしもの時は詠唱の準備をお願いします!」
「はいっ!」
春姫の妖術は強力だが、誰かに見られる訳にはいかない。ヴェルフの魔剣にも制限があり、リリは基本的にサポート役である事を考えると、今全力で動けるのはベルだけであろう。
「ファイアボルト!」
無詠唱の火球で何とか雑魚の数を減らしていく。恐らく捌き切れる量であろう。春姫を救出後、ベルのステイタスはかなりの成長を見せていた。憧憬一途(リアリス・フレーゼ)も手伝って、彼は既に並のレベル3の冒険者を凌駕する程の実力を持っている。
「はああああぁぁぁっ!!」
鋭い音を響かせる剣戟が止んだ後、辺りのモンスターの気配は消え、代わりに大量の魔石と無邪気に笑う少年の姿があった。
近くにあった木陰に身を寄せ、一時の休憩を取る。
その間にリリと春姫が魔石を回収し、ヴェルフがミコトを手当てする。
「おい、ベルもケガしてんだろ? こっちに来いよ」
確かにベルの額には小さいが先ほどの戦闘中に付いた切り傷があり、端から滲んでいた。
「ありがとうヴェルフ。でも先ずはミコトさんを治してあげて。僕は大した事ないからさ」
「心配無用だベル殿。既にヴェルフ殿によって処置はして頂いた。後は自分で何とか出来る」
「だとさ、ベル。今はお前の方が瀕死だってよ」
「ちょっとヴェルフ、瀕死だなんて参ったな」
悪戯に手招きするヴェルフに苦笑いを向けながら、ベルは彼らの隣へ腰掛けた。
ヴェルフがリリから受け取った救急箱から回復アイテムを取り出し、ベルに処置を施そうとした時だ。
「でも変ですね……」
リリの発した言葉に皆が手を止め視線を送った。彼女はパーティを支える優秀なサポーターであると同時に、最も冷静に物事を見極める力を持っている。
リリは春姫と合わせて集まった魔石の量を見て、怪訝な表情を見せる。
「何が変だってんだリリ助?」
「いえ、先ずそもそもこの様な数の魔物、何の理由もなく出現するでしょうか」
「確かに……」
リリの言葉に彼女の隣に立つ春姫が同調する。
「春姫さんも聞いた事がないんですか?」
「はい。怪物の宴の様な何か特殊な状況下で無い限りは、これ程の量が一気に出てきたという話は聞いた事がありません」
「自分も、怪物の宴こそ遭遇しましたがこの様な微妙に膨れ上がった数は見た事がありません」
今ここにいるそれぞれは、元は別のファミリア出身であった。
中でも最も場数を踏んだであろうリリとミコトが見た事がない。また有数の規模を誇っていたイシュタル・ファミリア出身である春姫が聞いた事がないのであれば、滅多でない出来事なのは間違いないということだ。
「そうかもしれねぇが……まあ良いじゃねえか。終わった話だ」
楽観的なヴェルフはベルの治療を再開しようとするが、リリの「まだ他にもあります」という言葉に渋々耳を傾ける。
「この場所です。以前この16階層に降りた時は、この様な妙に開けた空間はありませんでした」
言われてベルは改めてこの大部屋を見渡した。
セピア色に支配された空間には木々が点在し、足元は草だというのに、歩くと音が反響する。風の動きはなく、匂いもない。
「何らかの理由でダンジョンの形が変わった。もしくは何か別の……」
リリが額に手を当ててブツブツと呟く。それに合わせる様に皆が各々考える素振りを見せる。しかしそんな中でベルはといえば、彼女達とはまた違った視点でこの現象に悩まされていた。
今日のダンジョンには違和感があったのだ。それも、”彼にしか気付けないような”。
「変な話だけど。今日戦った敵、今まで僕が倒してきた魔物ばかりだ」
「ベル殿が……?」
「うん。ウォーシャドウにキラーアント。シルバーバックと極め付けにはミノタウロスだ」
「おいベル、そのモンスター達なら俺たちだって倒した事があるだろう?」
「いや。神様と僕はみんなに出逢うまで二人っきりだったから、ダンジョンに入る時は僕一人だった。そして 今日出てきた魔物は、いずれも僕が一人で戦った事のある魔物ばっかりだったんだ」
ベルの言葉に一同がふむ、と言葉を漏らす。
単なる偶然…と片付けてしまう事は容易い。しかしこの階層まではリリのサポートによって、出来るだけ魔物と交戦しないように降りて来た筈だった。にも関わらず、確かに低~中層ではウォーシャドーやキラーアントに決まって遭遇している。
魔物の沸きに形状の変動、そして今までの戦いをなぞるかの様な遭遇に、妙な気味の悪さを感じた。
それに何かぼぅーっとするというか、妙な倦怠感をベルは感じていた。それは額に傷を負った時から、徐々に身体へと浸透していく様で、気を抜けば意識さえも手離してしまいそうである。
しかしそれをみんなに言えば、また心配をかけてしまいかねない。
「皆様今日は一度切り上げるというのはどうでしょうか?」
「そうですね。魔石もこれだけ集まった事ですし、ベル様の手当てが終わったら今日はもう帰ってしまいましょう」
ベルにとってもその提案は渡りに船であった。
春姫とリリの言葉に皆が賛成し、支度を整え、ヴェルフはベルの手当てを再開する。
「おいベル、どうしたんだ?」
しかしベルの様子が明らかにおかしい。まるで平均台の上にいるかの様にゆらゆらと小刻みに身体が揺れ、顔面は蒼白だった。それに気付いたヴェルフは「大丈夫か?」と、ベルを覗き込む様に問いかける。
ーーしかし。
「ファイアボルト……」
「ーーーーがっ!?」
突如耳元で声が聞こえたかと思えば、ベルの手には火球が現れ、それが無防備なヴェルフに直撃した。ヴェルフは勢いよく壁に叩きつけられ気絶する。
もし同時に救急箱が壊れ、入っていた回復アイテムが彼に届いていなければ、間違いなく致命傷となっていただろう。
「ベル様(殿)っ!?」
ベル・クラネルが仲間に攻撃する。その信じ難い光景を目の当たりにしたリリ達は酷く動揺した。
一体何が起こっている?
今彼の瞳はどこか虚で、その場に膝をついたまま動こうとはしない。
「皆さん、気を付けてください。今のベル様は何か変です。何らかのデバフが掛かっている可能性があります!」
リリのその声にいち早く反応したのはミコトだった。
「すまないベル殿」
ミコトが剣の塚でベルの腹部を突く。一瞬で意識を刈り取られたのだろう、ベルは呻き声一つあげることなく、その場に倒れ伏した。
「…………」
一同は沈黙した。
あの心優しい白髪の少年が、一歩間違えば仲間を殺めていたのだ。たとえそうでなくとも正気に戻ったベルが、この出来事を酷く後悔する事は明白である。
「ベル様のデバフが心配ではありますが、今はパーティの主力のお二人が共に動けません。一旦引きましょう……」
リリのどこか弱々しさを孕んだその言葉に、春姫とミコトはただ頷く事しか出来なかった。
プロローグ終わりです
反応あれば書きます
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