「表面の発光を止めろ!」
「既に物理的融合を果たしています!」
「奴を地表には出すな!」
2025年12月13日。
日本時間未明。
その日、北米大陸は消滅した。
「中国とロシアの動きは?」
「東シナ海に戦力を集結中です」
「キンピカは今どこに居る?」
「ハワイのダイヤモンドヘッドに潜伏中です」
同日、0時45分。
首相官邸へと急ぐ矢口蘭童は車内で側近である志村祐介に詳しい情報を聞いていた。
北米大陸のゴジラ研究所における事故の詳細。
ゴジラの細胞、通称G細胞により生み出された巨大生物兵器が暴走し、北米大陸並びにアメリカ本土を蹂躙したのち太平洋を東に向けて飛翔。
その際、米軍はニューヨークとワシントンにて核兵器を使用。有効な打撃とはなり得ず、高濃度の放射性物質を補給した生物兵器は更に巨大に成長を遂げ結果的に逆効果だった。
現在はハワイのダイヤモンドヘッドにて潜伏中であり、更なる東進を警戒する日本も海上自衛隊を太平洋に派遣。海上警備行動を発令中。
それに乗ずる形で中露の艦隊も動きを見せた。
「グアムの指揮系統は?」
「完全に混乱状態です」
「米軍不在の東南アジアは完全にザルだな」
米国が誇る太平洋艦隊は瓦解している。
それを知った上で中露は慎重姿勢を崩さない。
奴らは我が国の出かたを伺っているらしい。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1573130784
「これより関係閣僚会議を始める」
同日、午前1時過ぎ。
事故発生から1時間。内閣官房長官である矢口蘭童が口火を切り、関係閣僚会議が開催された。
「外務大臣、国連安保理は?」
「現在緊急呼集中です。議決はまだ」
「防衛大臣、我が国の防衛状況は?」
「マニュアル通り、イージス艦を中心とした即応艦隊を太平洋に展開中。しかしながら中露を睨みつつ作戦を遂行することは困難です」
言われなくともわかっている。
イージス艦を50隻保有する米国ならまだしも、10隻足らずしか保有していない日本に東シナ海と太平洋を同時に警戒する展開能力はない。
「指揮系統を失ったグアムの戦力を一時的に我が国の指揮下にはおけないのか?」
「国連安保理でそのように働きかけてはみますが、実現は困難かと。まだ米国の大使館に指揮を執って貰う方が現実味がありますな」
「どちらでも構わないから早急に太平洋艦隊を動かさなければ中露が太平洋に出る。そうなれば太平洋は事実上、共産圏の手に落ちる」
「我が国のシーレーンが心配ですな」
「ひとまず、潜水艦で追尾しましょう」
矢口が関係閣僚と事態の認識を共有している最中、内閣総理大臣である赤坂秀樹首相は静かに眼鏡を拭き、そしてゆっくりとそれを掛け直してから、鋭い視線を向けて口を開いた。
「矢口」
「はい、総理」
「現在開発中の新兵器はどうなっている?」
「……実戦投入は時期尚早かと」
「それは彼女の意見だな?」
「はい。彼女の見識は信用出来ます」
「ならば早急に尾頭主任研究員と話をつけろ」
指示を受けて矢口はゴジラ研究所へ向かった。
「夜分遅くにすまない、尾頭さん」
「やはり来ましたか、矢口官房長官」
同日、午前1時15分。
深夜だというのに白衣を着た尾頭ヒロミはゴジラ研究所で矢口が来るのを待ち構えていた。
化粧気のない顔。野暮ったい髪型。
痩せた身体。尾頭主任研究員は変わらない。
しかし、研究所に篭りきりで一切日焼けのあとが見受けられないその病的なまでに白い頬は、うっすらと上気しているようにも見えた。
「既に状況は把握しているな?」
「はい。北米の研究員から聞きました」
ならば話は早い。矢口は単刀直入に言う。
「開発中の兵器の進捗が知りたい」
「既に肉体の形成は完了しています」
「見ても構わないか?」
「では、こちらに……」
尾頭に案内され、矢口はエレベーターに乗る。
目的地はこの国で最も深い地下巨大施設。
そこには米国同様日本国がG細胞を用いて生み出した巨大生物兵器が、人知れず胎動していた。
「素晴らしい……」
ドクン……ドクン……響き渡る鼓動。
巨大な人工子宮の中でそれは育まれた。
全長30メートルほどの胎児。いや、巨神の子。
「しかし、やはり禍々しいな」
「そうですか? 可愛いですよ」
「君は相変わらず変わっているな」
薄い皮膜越しに、巨神が笑った気がした。
矢口はその悍ましさに身震いするが。
尾頭はどこ吹く風で、巨神を愛でている。
「すぐに孵化させることは可能か?」
「物理的には可能です」
「他に何か問題が?」
「精神的な問題が残ります」
その問題点に矢口は笑いそうになった。
兵器に精神的な問題が生ずるなど。
冗談かと思いきや、尾頭の表情は真剣だった。
「生まれたばかりの子供は戦えません」
「ならば、どうやって育てる?」
「私が巨神兵の母親になります」
その発言に矢口が瞠目していると背後から。
「冗談ポイですよ、尾頭さん」
安田龍彦があくび混じりに顔を覗かせた。
「ああ、矢口さん。お久しぶりです」
旧知の安田龍彦は気安い笑顔で挨拶をした。
「久しぶりだな、安田くん」
「すみませんね、うちの主任が」
「君達は今でも良いコンビみたいだな」
「コンビっていうか、もう夫婦? みたいな」
などと言いながら、安田は尾頭の肩を抱く。
「やめてよ、人前で」
「目が覚めましたか?」
「あなたと違って私は寝ぼけてない」
「またまた、そんなこと言って。寝ぼけてベッドの中でよく僕と矢口さんを間違える癖に」
「やめてったら!」
どうやら彼らは今や男女の仲らしい。
無関係な矢口は名前を出されると気まずい。
なので咳払いをして閑話休題。話を元に戻す。
「尾頭さん、さっきの話だけど……」
「はい、なんですか?」
「母親というのはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。成長を促して、巨神兵を兵器として完成させるつもりです」
尾頭研究員の説明はどうにも要領を得ない。
どうしたものかと矢口が首を捻っていると。
すかさず安田が補足説明を入れてくれた。
「母親というのはあくまでも比喩表現でして、実際の意味合いとしては巨神兵が自律行動可能になるまで内部のコクピットに乗り込むパイロットに尾頭さんは志願しているんですよ」
なるほど。そういうことか。
得心はいったが、やはり解せない。
研究員の間ではこの胎児は巨神兵と呼ばれているらしく、それについては見たままの印象であるので矢口としても口を挟むつもりはないが、どうやら孵化直後は赤ん坊のようだ。
故に、成長して自律行動が可能になるまで内部のコクピットにパイロットが乗り込み、成長を促して兵器として完成させる必要があると。
そこまでは専門外の矢口にもわかったのだが。
「どうして尾頭さん自ら?」
「この巨神兵は私の子供なので」
「だから、冗談ポイですって。尾頭さん」
この辺りが彼女の研究者たる所以なのだろう。
「兵器の運用は自衛隊に任せるべきでは?」
「脳筋連中には情操教育は不可能です」
「尾頭さん、地が出てますよ」
意外と毒舌な尾頭に面食らう矢口だったが。
「しかし、危険だろう」
「覚悟の上です」
「ちょっと待ってくださいよ。あなたにもしものことがあったらこの研究所はどうなるんですか? まだまだやりたいこと沢山あるのに」
「あなたが引き継げばいいでしょ?」
「勘弁してくださいよ。ねえ、矢口さん?」
同意を求めてくる安田に矢口は尋ねてみる。
「ちなみに安田くんは乗れないのか?」
「そりゃあ、ご命令とあれば……やっぱ嫌です」
「ふん。意気地なし。これだから男は……」
飄々として掴み所のない安田に呆れる尾頭。
しかし、いざとなれば彼は逃げないだろう。
逃げちゃダメだと呟きながら、乗る筈だ。
主任研究員たる尾頭は彼をそう評価していた。
「矢口官房長官」
安田とのやり取りを終えて、尾頭は懇願した。
「どうか私にやらせて下さい」
「しかし、君は研究員で……」
「この巨神兵には私の細胞が使われています」
それは矢口にとって初耳だった。
驚愕と同時に納得する。だから母親なのか。
自らの細胞とG細胞を融合させて生み出した巨神兵を我が子と口にする尾頭ヒロミは、たしかに母親のような顔つきで、真摯に矢口に訴えた。
「この子だけは私の手で育てたいんです」
そこまで言われると、矢口は頷くしかない。
とはいえ官房長官には兵器運用の権限はない。
決めるのは総理の仕事だ。そう説明した。
「では、赤坂総理によろしくお伝えください」
「ああ、わかった」
「それで、矢口さん」
「なんだ、安田くん」
「敵はキングギドラですか? それとも中露?」
「キン………なんだって?」
立ち去る間際、安田がおかしな単語を口走る。
「キングギドラですよ。あのキンピカの」
「研究員の間ではそう呼ばれているのか……」
「彼が勝手にそう呼んでいるだけです」
「またまた尾頭さんだって満更でもない癖に」
北米大陸を消滅させた巨大生物兵器。
それを安田は『キングギドラ』と命名した。
その呼び名も含めて、官邸へと持ち帰った。
「総理、ご報告します」
「聞こう」
同日、1時45分。
官邸執務室での赤坂総理との非公式会議にて。
内閣官房長官の矢口は兵器の進捗を説明した。
「以上の条件で、即日実戦投入可能です」
「ならばただちに出撃させろ」
「しかし、総理」
「なんだ?」
「やはり運用は自衛隊に任せるべきかと」
「矢口、少しは頭を柔らかくして考えてみろ」
頭の固い官房長官を赤坂総理は嘲笑う。
「我が国最強の兵器を自衛隊下で運用するのと、政府直下で運用するのとでは、どちらがよりスムーズに我々の意向を通せると思う?」
「それでは政府が私兵を持つことになります」
「特殊作戦群の例もある。問題あるまい」
「それとこれとは話が違います!」
食ってかかる矢口に赤坂は冷徹な視線を向け。
「矢口、状況は切迫している」
「しかし……」
「どのみち、あの兵器が表に出ることはない」
当然だ。自明の理。
米国はそれの運用に失敗して消滅した。
そんな危険な兵器を世間に公表出来ない。
「過ぎたる力は、自国をも燃やしますよ」
「ならば、世界を焼くだけだ」
そんなおおよそ人道的な発言からはかけ離れた判断を下す赤坂が国民主権を掲げる民主主義の日本国の首相に選ばれその決定権を有していることは、矢口には皮肉としか思えなかった。
「ほんとにやるんですか、尾頭さん」
「ええ、もちろん」
「はあ……どうなっても知りませんよ」
同日、午前2時。
内閣総理大臣の下命により、孵化が開始。
エントリープラグから尾頭が乗り込む間際。
「それにしても……色気がありませんね」
「……ほっといて」
ぴっちりとしたボディスーツを身にまとう尾頭の目を背けたくなるほど貧相な身体から目を逸らしつつ、安田は複雑な気持ちだった。
「尾頭さん、やっぱり僕が……」
「それ以上は言わないで」
安田がパイロットを代わろうと言い出す前に尾頭は彼の唇を自らの唇で塞ぎ、別れを告げた。
「さよなら」
ハッチが閉まり、エントリープラグ挿入。
いよいよ巨神兵の孵化が始まる。巨神の覚醒。
自我のない巨神に、人の自意識が芽生えた。
『全部終わってから続きをしましょう、主任』
「……ばか」
巨神兵の体内に響く安田の妄言に頭痛を堪えながら、羞恥に頬を染める尾頭は出撃した。
「巨神兵、起動。目標、中露連合艦隊」
しなやかな巨躯。地下研究所に自らの足で立ち上がった巨神兵は、背部のフックを垂直カタパルトに連結し、超高速で地表へと飛び出した。
「まずは中露を黙らせる」
官邸対策室は今や司令室だ。
管制官兼副司令の役目を担う矢口は無線で巨神兵に乗り込む尾頭に指示を伝えていた。
「グアムが機能していない隙をつき、太平洋進出を目論む中露が結託して連合艦隊を編成し、現在東シナ海に集結中だ。奴らを撃沈しろ」
巨神兵は空輸で沖縄に運ばれ、海上自衛隊のヘリコプター空母にて敵艦隊の航路の前へ出る。
「海上戦闘に有効な飛び道具はあるのか?」
『プロトン砲があります』
「それも安田くんが名付けたのか?」
『私のセンスではあり得ません』
何ともくすぐったくなる語感だが、まあいい。
「飛距離はどのくらいだ? どの程度接近すれば目標を撃沈可能なのか教えてくれ」
『水平線から艦橋が見えれば』
「くくっ……頼もしい限りだ」
尾頭のぶっきら棒な説明に司令官の赤坂は楽しげに肩を揺らし、統合幕僚長に尋ねた。
「照準はそちらの哨戒機に任せた」
「はっ! ただちに座標を送信します」
海域を哨戒し、既に敵艦隊の座標を割り出している航空自衛隊の哨戒機はその役目を終えて、弾着を知らせる観測機へと任務を変更した。
「尾頭主任研究員、ちなみに命中精度は?」
『精度は関係ありません。射線上を薙ぎ払いますので、観測機は今すぐ高度を上げて下さい』
「だそうだ。乗組員に注意しておけ」
「はっ……無茶苦茶だ」
尾頭の説明にと完全に状況を面白がっている赤坂に困惑を隠しきれない統合幕僚長だったが、彼女の言葉は紛れもなく真実であった。
同日、午前4時半。
巨神兵がプロトン砲を発射。
射線上の中露連合艦隊は文字通り消失した。
「見事だ。よくやった、尾頭くん」
『いえ、頑張ったのはこの子ですので』
労う赤坂やことも無さげに返信する尾頭とは対照的に統合幕僚長は観測機からリアルタイムで伝えられる炎上する艦艇に呆然として呟いた。
「こんな……これでは、世界が燃えてしまう」
「ええ……僕も全く、同感です」
凄まじい火力だった。
この威力とそしてこの範囲。
核兵器よりも扱い易く、高威力の兵器。
7日もあれば世界は燃えると思われた。
「矢口官房長官!」
自国が生み出した兵器のあまりの威力に言葉を失っていると、側近の志村副官房長官が慌てた様子で司令室に飛び込んできた。
「どうした?」
「キンピカが……いえ、キングギドラがダイアモンドヘッドを飛び立ち東に向かっています!」
一難去ってまた一難。
アメリカを破壊し尽くした怪物が迫り来る。
政府はこれを非公式にキングギドラと呼んだ。
「キングギドラの予想進路は?」
「真っ直ぐ東京を目指していると思われます」
「到達予想時刻は?」
「今から1時間後。午前5時半です!」
「馬鹿な……速すぎる」
音速を遥かに超えている。
巨神兵を呼び戻そうにも間に合わない。
藁にも縋る思いで、統合幕僚長に尋ねた。
「海上自衛隊はどの程度足止め可能ですか?」
「全力を尽くしますが、もって30分かと」
絶望的な状況だ。
しかも、それは希望的観測。
実感は10分も持たないかも知れない。
「矢口、プランGだ」
「総理、それは……」
「それ以外、我が国が生き残る道はない」
状況を重くみた赤坂司令はプランGを告げた。
それは現在、凍結中のゴジラの再起動。
段階的に血液凝固剤の投与を減らし我が国に甚大な被害を与えたあの怪物を眠りから覚ます。
しかし、それは諸刃の剣。
泣く子を起こしたら最後。
再び大人しく眠るとは思えない。
そんな矢口の懸念とは裏腹に。
「怪獣対怪獣。見ものじゃないか」
まるで子供のように赤坂司令は目を輝かせた。
東京駅。ゴジラ格納シェルター内部。
「総員退避ー!」
「バルブを閉めたら速やかに避難しろ!」
凍結中のゴジラ周辺には血液凝固剤の精製プラントが建設されて貯蔵タンク密集しており、作業員はバルブを閉めながら避難していた。
そこでふと、ひとりの青年が気づく。
「おい……あれ」
「なんだよ、急いでんだよ!」
「今、尻尾が……」
「ああん? 尻尾がなんだって……」
次の瞬間、ゴジラの尾の先から閃光が迸る。
作業員は瞬時に蒸発して、影となった。
爆炎の中、巨大な尾が建造物を薙ぎ払う。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
数年ぶりに目覚めたゴジラの咆哮は。
遠く離れた疎開地まで轟き、呼び起こす。
あの日なす術なく蹂躙された日本人の記憶を。
「駄目です! 完全に暴走状態です!」
「だから言わんこっちゃない!」
一気に10歳は老けたような志村の悲壮な顔。
矢口とて似たような顔をしているだろう。
寝ぼけて大人しいゴジラを利用する筈が。
「総理! このままでは!」
「慌てるな、矢口」
「ですが!」
「キングギドラの動向は?」
「たった今、防衛線を突破しました……」
「そうか。ご苦労」
この30分間。
人知れず海上自衛官は奮戦し、そして散った。
数多の部下を失い消沈する統合幕僚長の肩を肩を叩き、赤坂は労うと、フラフラとした足止りで役目を終えた自衛隊のトップは退出した。
「さて、いよいよだな」
「成功するとは思えません」
「なんだ、怪獣同士手を組むとでも?」
「その可能性は否定できません」
そんな矢口の懸念を赤坂は一笑に付した。
「それだけはありえん」
「どうして断言出来るのですか?」
「あれが生物だからだ」
生物だから、手を組むなどありえない。
なんとも言い得て妙な皮肉であった。
それは人類の戦争の歴史が裏付けていた。
「キングギドラ、来ます!」
東京中に設置された監視カメラの映像が届く。
朝焼けを反射して黄金色に輝く鱗。
特徴的な3つの首と、巨大な二翼。
二股の長い尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。
「ゴジラの動向は?」
「真っ直ぐに東京湾へと進んでいます!」
「結構。どうだ矢口。シナリオ通りだろう?」
志村の報告に満足げに頷く赤坂司令。
たしかにここまでは彼のシナリオ通り。
とはいえ予断は禁物だ。気を引き締める。
「この先の計画は?」
「無論、白紙だ」
「全て運任せ、というわけですか」
「神のみぞ知る、と言ったところだな」
此の期に及んで何が神だ。
今まさに神と神が衝突する寸前ではないか。
不謹慎だと目で訴えると赤坂は開き直った。
「失敗した時は責任を取る。それが仕事だ」
「その時にこの国が残っていれば、ですが」
「この国が残っていれば我々は英雄だろう」
英雄。それはなんとも甘美な響きだと思った。
同日、午前6時過ぎ。
ゴジラ並びにキングギドラが東京湾で衝突。
互いに一進一退の攻防を繰り広げた。
「この映像は高く売れそうだな」
「復興財源には到底足りません」
両者の対決はまさに天変地異だった。
キングギドラの雷撃。ゴジラの熱線。
互いに直撃を与えられずに被害が拡大した。
「そう簡単に共倒れにはならんか」
「生存本能は生物の根幹ですから」
「そうだな。我々も見習うべきだ」
両者の戦闘が始まり既に1時間が経過。
拮抗しついて未だ、決着の気配は見えない。
永遠にこの地獄が続くかと思われた、その時。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
状況が動いた。
ゴジラの熱線がキングギドラの翼に命中。
片翼となったキングギドラは落下。
すかさずゴジラが追撃して肉弾戦に移行。
3つの首のうち1つを食い千切った。
とはいえ、キングギドラの頭部は3つ。
残り2つの首を伸ばしゴジラの両肩に噛みつく。
「がっぷりだな」
「物凄い地鳴りですね」
かなり距離が離れている官邸が揺れている。
まさに大地を揺るがすエネルギー。
互いが互いを拘束し合い、一歩も動けない。
『矢口さん。そろそろ、東京に到着します』
それは空路を経て東京に到着した尾頭からの無線によって、願ってもない好機となった。
「矢口、あとは任せた」
「僕の好きにしろと?」
「俺は俺の好きにした。次はお前の番だ」
それっきり口を噤み静観の構えを見せる赤坂。
ならば好きにしようと矢口は開き直る。
ひとまずは巨神兵の配置について思案する。
「真正面からは得策じゃないな」
『では、どのように接近しますか?』
「志村、地下から怪獣の真下に行けるか?」
矢口が尋ねると志村はすぐに路線を確認して。
「丁度、東京駅の地下に50年以上前に作られた自動車道が通っています。潜伏可能かと」
「よし、それでいこう」
同日、午前7時15分。
巨神兵は匍匐前進にて地下を移動。
怪獣達の真下に潜伏した。
『矢口副司令、どうするつもりですか?』
「生物の弱点をつく」
『生物の弱点……?』
「ああ。血液凝固剤は経口摂取が可能だった」
『つまり、どういうことですか?』
「察しが悪いな、尾頭さん」
今や生物学の権威とも呼べる尾頭ヒロミに、矢口蘭童はまるで学校の教師のように諭した。
「尻穴からプロトン砲を打ち込むのさ」
尾頭はお尻の穴がきゅっと窄まるのを感じた。
「作戦名はオシリノアナ作戦で構わないか?」
『そのままじゃないですか』
「なら、ヤシマ作戦はどうだ?」
『撃ち抜くのは扇ではなく、お尻ですけどね』
「よし、それにしよう」
由来は源平合戦の『屋島の戦い』。格式ある。
狙撃作戦に相応しい作戦名である。もっとも。
源平合戦ではなく下痢便合戦になりそうだが。
『矢口副司令、少し臭います』
「そ、そうか……?」
『これだから、政治家は……』
「ん? なんか言ったか?」
『ふん。なんでもありません。不潔です』
「志村! 新しいワイシャツを用意してくれ!」
「はい、矢口さん! 僕のでよろしければ!!」
『……不潔』
あらゆる意味で不潔な上司に辟易として。
失望を隠しきれない純粋無垢な尾頭ヒロミ。
赤坂はそんな彼らのやり取りを愉しんでいた。
声を出さずに、肩を揺らして愉悦に浸る。
「待たせたな、尾頭さん」
『今すぐ撃ちますか?』
「いや、仕留められるのは1匹だけだ」
『では、待ちますか?』
当然、待つべきだ。
とはいえ、被害の拡大が尋常じゃない。
地鳴りは更に激しくなっている。
『矢口副司令』
「どうかしたのか?」
『振動が地下にも伝わっています。このままでは地盤が沈下するのも時間の問題かと』
不味い。そうなれば生き埋めだ。
今すぐに何かしら手を打たなければならない。
しかし、有効な手立てが思いつかない。
刻一刻と状況が悪化の一途を辿り、打つ手なしかと思われたその時、対策室に無線が入った。
同時に東京湾に侵入する、太平洋艦隊が映る。
『HEY! ランドー・ヤグチ! 真打ち登場よ!』
それは久しぶりに耳にした、カヨコ・アン・パタースンの愛嬌のある蠱惑的な声だった。
「その声……パタースン特使ですか?」
『No! 今は太平洋艦隊提督。閣下とお呼び』
相変わらずの軽口に矢口は思わず笑いかける。
とはいえ、ここで笑ってはこちらの負けだ。
負けず嫌いの彼は、真面目な口調で応じた。
「これは失礼、提督閣下。ご来航の目的は?」
『黒船よろしく侵略、と言ったら?』
「遺憾の意を表明せざるを得ませんね」
不謹慎にも程があるジョークに対してそう言ってのけると、カヨコ・アン・パタースン提督はまるで少女のようにケラケラと笑った。
『流石おばあちゃんの国。コミュニケーション能力が高い。久しぶりね、ランドー・ヤグチ』
「ご無沙汰してます、提督閣下」
『あなたの国は怪獣に好かれて大変そうね』
「片方は閣下の国の不始末ですが」
『仕方ないから、手を貸してあげるわ』
「ははっ! 有り難き幸せ!」
『そのお芝居、もう飽きたんだけど?』
飽きたわりにはさも楽しそうな口ぶりだが、いつまでも属国のような口調では疲れるので。
「無事でなによりだよ」
『I'm fine thank you!』
とりあえず、旧知の無事を喜んでおいた。
『それで、我々はどうすればいいのかしら?』
「片方をやっつけてくれ」
『OK。なら、キングギドラをやるわ』
言うや否や、艦砲射撃が降り注いだ。
キングギドラの翼にいくつもの穴が空く。
堪らず絶叫する金色の首筋をゴジラが噛む。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
2つ目の首が落ちた。
これであと残るは1つ。
不利を悟ったキングギドラが後退する。
『させないわ! FIRE!!」
次々と金色の鱗に突き刺さる砲撃の嵐。
誘導弾を使わないのは彼女なりの配慮か。
単に主砲でなければ鱗を破壊不可能なのか。
『よくも私の国をぶっ壊してくれたわね!』
因果応報。自業自得と言えばそれまでだが。
人間はそれに納得するほど、利口ではない。
自らの落ち度には目を瞑り、敵を攻撃する。
『Go to Hell. 飼い主の手を噛むようなワニを地獄に叩き堕としなさい! 全艦、最後の1発まで撃ち尽くすまで、絶対に外すんじゃないわよ!」
それにしたって、やりすぎだ。
キングギドラはもはや虫の息。
空が飛べればまだなんとかなっただろうが。
翼を失った金色のワニは、ただの目立つ的だ。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
満身創痍のキングギドラの最後の首に。
ゴジラが噛みつき、喰い千切る。
最後の首を失った金色の怪獣は絶命した。
『ランドー・ヤグチ! 今よ!』
「ああ、わかってる! 尾頭さん、頼む!」
『目標のお尻をセンターに入れて……スイッチ』
瞬間、地面が浮いた。
地下から撃ち上げられたプロトン砲。
地盤を貫いて、ゴジラの尻穴を抉る。えぐい。
『Wow! Are you serious !?』
流石の提督閣下もよもやゴジラの尻穴を狙撃するとは思って居なかったらしく動揺した。
矢口は真面目くさった口調で冗句を飛ばす。
「ああ、シリア◯スだ」
「フハッ!」
これには堪らず赤坂司令も愉悦を漏らした。
シリアスという単語がそれにしか見えない。
ゴジラの尻穴から鮮血が滝の如く流れ出す。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ブバババババババババババババババッ!!!!
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ゴジラの声にならぬ悲鳴。
血塗れの放射性廃棄物。
そして赤坂司令の盛大な哄笑。
「……不潔」
直下で汚物を浴びた巨神兵は負の感情を知る。
「状況終了。尾頭さん、お疲れ様」
『すごく疲れました』
事故発生から8時間余り。
怪獣は双方共に沈黙した。
ゴジラはまだ息があった。
速やかに尻穴から血液凝固剤を注入。
再び、安全な冷温停止状態となった。
口から投与するより遥かに簡単であった。
『Excellent! それにしてもランドー・ヤグチ」
「どうした、パタースン提督」
『まさかあなたにあんな趣味があるなんて!』
「ヤシマ作戦のことか?」
『ええ、実に興味深いわ』
「なら、今度はプライベートで」
『Alright! 愉しみにしてるわ!』
危機が去った開放感故に。
そんな軽口を叩き合っていた矢口だが。
彼は知らない。その発言の危険性を。
「……こんな世界は、燃えてしまえばいい」
夜明けと共に糞に塗れた世界は炎に包まれた。
7日で世界を焼き尽くした巨神は裁定者。
人類に希望を失った母親の願いを子は叶えた。
【シン説・火の七日間】
FIN
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません