【シャニマスSS】あさひ「遥かなる世界へ」 (66)


【オーディション前・控え室】

「ふざけんじゃないわよ!」

 オーディション前、気分転換のためにそこら辺をブラブラしていたわたしと愛依ちゃんは、控え室に戻った途端冬優子ちゃんのカミナリのような怒声に身体を貫かれた。



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 冬優子ちゃんと今まで話をしていたらしいプロデューサーさんがなんとか宥めようと声を掛けている。

「落ち着け、冬優子」

「これが落ち着いてられるかっての!」

 冬優子ちゃんは怒りが収まらない様子で体をワナワナと震わせている。


「ビックリしたー……。ちょ、冬優子ちゃんヤバいくらい怒ってるけどどしたん?なんかトラブル的な?」

「どーしたもこーしたも……あぁもう!2回も話してらんないからあとはコイツに聞いて」と、顎でプロデューサーを指す冬優子ちゃん。

「何があったんすか?」


「俺もついさっき話を聞いたばかりなんだが……どうやら冬優子はこのオーディション番組が出来レースだって噂を聞きつけたらしい」

「噂じゃなくてジ・ジ・ツよ!関係者が話してるのをこの耳で聞いたんだから!」

「どんな話してたんすか?」


「『今回のオーディション、やる気出ないねー』
『……なんで?』
『またまたぁ、分かってるくせに』
『まぁ、私もそうだけどさ』
『私達が優勝するって決まってるんなら最初からバーンと売り出してくれればいいのにね』
『何事にも手順ってやつがあるのよ。このゴールデンのオーディション番組で優勝すれば箔が付くでしょ』……」
と、冬優子ちゃんは声色を変えながら誰かの会話を真似した。


「うっわー……、なんかマジっぽい話。てかそれ言ってたの誰なん?」

 冬優子ちゃんは急に寂しそうな表情をする。

「……【XX(ダブルイクス)】の2人よ」

「XX!? ってあの、ザ・芸能人みたいな美人の2人組っしょ? えー……うちなんかショックなんだけど……」


【注】

XX(ダブルイクス)は原作には存在しないユニットです。話の都合上必要なので適当に名前を付けました。(ヒール役なんだな)くらいの認識で流して下さい。


「あの2人はたしかに大手プロダクションの所属だが……疑問が残るな。XXは実力派のクール系アイドルデュオだ。搦め手から攻めるような真似をする必要がどこにある?」

「そんなの知らないわよ!だけど……だから、ふゆはこんなにムカついてんの。
 今夜の決勝戦に残ったたった6組のアイドルユニットの中でも優勝候補の一角なのに……正々堂々と戦っても勝てる可能性があるのにこんなマネをするなんて許せない。
 アイドルをバカにしてるわ」

 冬優子ちゃんはアイドルが好きで、いつだって真剣だ。


「アイツらが優勝したら『わー、私達も頑張ったんですけど負けちゃいましたぁ。優勝おめでとうございまーす?』とでも言えばいいってわけ?そんな茶番、ふゆは絶対イヤ」

「ん~……ウチも冬優子ちゃんの気持ちはちょーわかるけど……決勝戦に出ないのもそれはそれでマズくない?」

「あぁ、今夜のオーディションは生放送だ。しかも、決勝戦の審査方式は10,000人の観客による投票制。大規模なライブと同様のステージセットも組まれている。もし突然ステージを放棄したとなればイメージダウンは避けられないぞ」


「ん?そういえばお客さんがウチらを審査するんだよね。やらせとか関係無くない?」

「そんなのどうとでもなるわよ。お客さんの投票結果とは無関係に最初から用意されてた結果を発表をするつもりなんでしょ」

「あっちゃ~……出ても負け、出なくても負けかぁ……」


 全員がしばらくの間押し黙った。
 納得がいかないけれどどうすればいいのか分からない、そんな重苦しい雰囲気が漂っている。

 わたしはその時、サンサンと光り輝く太陽と、どこまでも広がる青い海を思い出していた。


「勝つ気がないなら最初からやらない方がマシっすよ」

「あさひちゃん……
 でも、決勝戦に出ないのもマズいし……」

「誰も決勝戦に出ないなんて言ってないっす。
 決勝戦に出て、勝つんすよ」

「はぁ?あんた今までの話聞いてなかったの?それが出来るなら誰もこんなに悩んでなんて……」

「冬優子ちゃん、この状況って何かに似てないっすか?ほら、海でやったあの……」


「……!
『海辺のアイドルバトル』……忘れるわけないじゃない」

「あー!言われてみればそーかも。あの時はうちが、票が操作されてるっぽいみたいなキナくさい話を聞いてー……そんで勝負して」

「私たちは負けた。一矢報いる事さえできずにね」

 冬優子ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情をする。


「そうっす。だから、今日はチャンスなんすよ」

「チャンス?」

「リベンジのチャンスっす。
 わたしはあの日負けた悔しさを忘れてない。同じ状況で勝てれば、あの日の負けを塗り潰せる気がするんすよ」

「……どうやって勝つつもりなのよ」

「すごいパフォーマンスをすればいいんすよ」

「あんた……それじゃ前と一緒じゃない!」

「違うっす!……うまく言えないんすけど、あの時勝てなかったのはやっぱりわたしが下手だったからじゃないかって思うんすよ……」


「そんな事なくない?あさひちゃんのダンスちょー上手かったし!
 まぁ、相手と同じダンスしちゃったから点数は低くされちゃったけど……」

「それなんすよ。
 わたしは相手の子より上手く踊れたけど、ただそれだけだった。不利な状況でも勝てるくらいには上手くなかった……だから負けた」

「つまりこう言いたいのか、あさひ?
 今日のオーディションで他のアイドルより“圧倒的に”すごいパフォーマンスをすれば出来レースなんて関係無く勝てる、と」

 コクリ、と頷く。


「そうか……だが、口で言うほど簡単じゃないぞ。決勝戦の相手は『海辺のアイドルバトル』の時のような新人じゃない、同ランクのアイドルと競い合うんだ」

「わかってるっすよ、プロデューサーさん。今までに出来た最高のパフォーマンスでもまだ足りないって。
 でも、ファン感謝祭の後からわたしの中の何かが言ってるんすよ。
『もっと良くできる もっと上手くやれる』って……」

「……」

「わたしだけじゃ足りない。でも、冬優子ちゃんと愛依ちゃんがいればストレイライトはもっともっとすごいパフォーマンスが出来るはずなんすよ!
 ……試したいんす。わたしたちがあの夏からどれだけ成長できたのかを」


「冬優子ちゃん、プロデューサー……やるしかないっしょ!あさひちゃんがここまで言ってるんだからさ!」

「誰も『やらない』なんて言ってないでしょ……やってやるわよ、もちろん!
 アイドルバトルで負けた後、ふゆがなんて言ったか覚えてないの?」

「アハハ!うちめっちゃ覚えてる!
 冬優子ちゃんのキャラが変わったばっかでマジヤベーって思ったもん」

「わたしも覚えてるっすよ。たしかこう言ってたっすよね。『あいつらーー』」

「「「あいつらいつかぶちのめす」」」


「ふっ……はははは!」

「あんた、何笑ってんのよ」

「いや、冬優子らしいなと思ってさ。
 その“いつか”が今日ってわけか」

「ま、相手はあの時のやつらじゃないけどね。
 誰が相手でも、進化したふゆの魅力で吹っ飛ばしてやるわ」

「うちもマジハンパないスピードで成長してんだからね!頼りにしていーよ!」

「俺もストレイライトが絶対勝つって信じて見ているよ。それで良いか、あさひ?」

「はいっす!わたしたちの最高のステージ、一瞬でも見逃しちゃダメっすよプロデューサーさん!」

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今更ですが、この二次創作はイベントコミュ『Straylight.run()』と
ストレイライトの『ファン感謝祭編』を踏まえた上でその後のストーリーを書いています。

ストレイライトのシナリオは有料でも文句のない最高の出来なので、まだ目を通していない方は是非読んでみてください。


一旦休憩します。
今日中にもう一度投稿再開します。


【オーディション直前・舞台袖】

「あさひ、ちょっといいか」

「なんすか、プロデューサーさん?」

「集中してるところ悪いな」


「別に大丈夫っすよ。不思議なくらい落ち着いてて、これからどんなステップでも踏み出せそうな気がする……1番良い時のコンディションっすから」

「流石だな。あさひは今日、今までに無いくらい最高のパフォーマンスをするつもりなんだろ?」

「っす」

「ストレイライトのセンターはあさひ、お前だ。未体験の領域に踏み込む時に先陣を切れるのはあさひしかいないと、俺は思っている。
 ただ、あさひだけが先行しても意味が無い。冬優子と愛依も一緒に行けるように引っ張り上げてやってくれないか」


「……プロデューサーさんは心配性っすね。
 ファン感謝祭の後、二人はわたしを『追い越す』って言ったんすよ?心配しなくても、冬優子ちゃんと愛依ちゃんは私と同じ場所に立っててくれるっす」

「はは、余計なお世話だったか。悪いな、プロデューサーっていうのはそういう生き物なんだ」

「冬優子ちゃんと愛依ちゃんだけじゃなくて、観客のみんなもプロデューサーさんも、わたしの世界に連れて行くっすから」

「? それはどういうーー」


「おーい!あさひちゃん何やってんのー?
 久しぶりに円陣やろーよ!円陣!アレ気合い入んだよねー」

「そうね、今日はそういう気分かも。あさひ、やんなさいよ」

 一呼吸分の間を置く。

「……わたしは負けない」

「「「わたしたちは、誰にも負けない」」」

「「「わたしたちはーー

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【オーディション本番】

 ほとんど暗闇と言ってもいいくらいの状況から、オーディションは始まった。

〈Transcending The World〉

〈Imagination創生 目眩く覚醒 歴史を超え冷静 塗り替える感性〉

 会場を錯綜するレーザービーム。
 ダンスは静から動へ。

 曲への入りは問題ない。
 だけど、今日のオーディションは“問題ない”レベルだと絶対に負ける。最初から全開でいく。


 意識を身体の中に沈めていくと、ある瞬間から雑音が消えて、今の自分に必要な音だけが聴こえるようになる。時間が引き延ばされたような奇妙にフワフワした感覚。
 それなのに体の動きは頭のテッペンから爪先まで完璧にコントロール出来てどんなダンスも歌も思うがままにやれるような気がする。目に見える世界の解像度が急に上がって離れた観客の顔さえクリアに見える。

 またこの世界に来られた。
 調子が良い時にだけ訪れる静かな世界。
 ここでならわたしは何でも出来る。


〈視界ゼロのGeneration 疾り抜けるCrazy Beam ?進化を振りかざして〉

 イメージと寸分の狂いも無い歌とダンスが自分から生み出されていく。
 音楽と自分が一体になったような感覚。気持ちいい。

 けど、わたしだけが上手くやれたって意味が無い。
 愛依ちゃんと冬優子ちゃんが同じ場所に来てくれて初めて今までにないステージが生まれるはずだから。

 二人とも連れて行くから、わたしを見て。
 早く、来て。


〈試されても邪魔されても BreakするSurvivor ?ふり絞る声 熱を纏い〉

 わかる。愛依ちゃんも私と同じ世界にいる。

 それも当たり前だ。ファン感謝祭後の愛依ちゃんの成長速度には誰もが驚かされた。
『うちはあさひちゃんより覚えが悪いからさー』と、レッスンスタジオで夜遅くまで練習する姿を何度も見てる。

 愛依ちゃんは、自分を低く評価することはあっても卑下はしない。他人を褒める時は心の底から褒めることができる。いつだって明るくて、雰囲気を和らげてくれる。それがスゴイと思う。


 身長は冬優子ちゃんよりも低いくらいだけど、スタイルの良い身体から生み出されるダイナミックなダンスは実物以上に愛依ちゃんを大きく見せる。体力がついたお陰でボーカルの迫力も増してきた。

 愛依ちゃんの魅力は体の小さなわたしには真似出来ない。

 愛依ちゃんは、わたしとは違う。


〈感情のFlashback 仕組まれたProgramで
 幻想のESP 突き破ってTake over〉

 冬優子ちゃんも当然のように同じ世界に来てくれている。
 特に心配はしていなかったけど。

 だって冬優子ちゃんは『トップアイドルになる』ってはっきりと言ってた。それならいつか必ず同じ世界に来るってわかってた。


 冬優子ちゃんはわたしとは何もかもが違う。
 今まで何度も怒られてきた。

『変なやつ』

 たくさんの人から言われた言葉。
 冬優子ちゃんにも言われた言葉。

 この台詞を言った人はわたしから離れていく。
 でも、冬優子ちゃんは違った。

 冬優子ちゃんはわたしがダメなことをしてたら何度でも怒ってくれる。
 冬優子ちゃんはわたしを諦めてくれない。

 だから冬優子ちゃんは……優しいな、と思う。


 冬優子ちゃんは理想のアイドルを演じる。可愛さをファンに届ける事を意識してパフォーマンスにも工夫を凝らす。

 そのやり方はわたしのやりたい事とは正反対だ。

 冬優子ちゃんは、わたしとは違う。


〈光の華映し出す ステージを飛び出して
 何処までも連れていくよ ミライの果てまで きっと〉

 愛依ちゃんは、わたしとは違う。
 冬優子ちゃんも、わたしとは違う。

 だけど、わたしは2人に負けたくない。
 だから、わたしたちは誰にも負けない。


〈Fly away 闇を抜けて
 Set me free 空を越えて
 見果てぬ景色求めて〉

 見なくても冬優子ちゃんと愛依ちゃんの動きが手に取るようにわかる。
 3人のパフォーマンスが歯車のようにガッチリと噛み合う。

〈Fly away 繋ぎ合わせ
 Set me free 想い流れて
 輝き続けるよ 遥かなる世界で〉


 前半で理想的な状態には持ってこられた。
 だけどこれで終わりじゃない。
 もっと行けるって、わたしの感覚が騒いでる。

〈点は線となり 過信は確信に迫り変身〉
〈バラバラのネガイ セカイ チカイ〉
〈ヤバイ 進化系 Straylight〉

 わたしは勘違いしていたような気がする。
 “すごいパフォーマンスをすれば勝てる”って、正解だし間違いだ。


『海辺のアイドルバトル』で負けたのもその勘違いのせいだ。
 わたしが自分ですごいパフォーマンスが出来たと思っても意味が無い。
 見てくれた人にすごいパフォーマンスだったと思ってもらえなきゃ勝てない。


〈怖いものはない 失うものがない?
 守りじゃ生きられないゲームに 飛び込んで〉

『プロデューサーさん、このトランセン……ってどういう意味っすか?』

 初めて【Transcending The World】の歌詞を見せてもらった時の事をふと思い出した。

『“超越する”って意味だよ。かくいう俺も辞書を引いて調べたんだけどさ』

『超越って、普段はあんまり使わない言葉っすよね。すごい事に対して使われるイメージっすけど』


『ニュアンスとしてはもっと強い意味合いを持った言葉だと思うぞ。
 単に“すごい”んじゃなくて、頭に“想像を遥かに超えて”とか“ずば抜けて”が付くようなすごい事を表現する時に使うんじゃないかな』

『プロデューサーさんは使った事あるんすか?超越って』

『うーん……無いなぁ。だって滅多に出会えないだろ、想像を遥かに超える出来事なんて』


〈光線が織りなす挑戦 夢幻Fantasistaが出現
 貫く 反射する 熱を生み出す 存在は変幻自在〉

 Transcending The World
 世界を超越する

 今日、わたしたちが見せるから。
 プロデューサーさんはそこで見ててほしいっす。


〈いつまでも傍にいるよ 私の果てまで ずっと〉

 わたしたちのいる世界をプロデューサーさんや観客のみんなにも感じてもらう。
 だから、わたしを見て。

 瞬きにも満たない時間、観客と視線が交わる。
 それぞれの感情やその熱がわたしに伝わってくる。
 わたしの想いも全部伝える。

〈Fly away 遠く遠く
 Set me free 巡り巡って
 次なる夢を描いて〉

 会場全体が大きな流れに包まれていく。

〈Fly away いつの日にか
 Set me free 流星のように
 煌き続けるよ〉


〈A-Ah Wow-Yeah A-Ah Yeah 〉

『変なやつ』と一緒によく言われる言葉がある。

『普通はそんな事しないよ』

 普通って何だろう?

 みんなは“普通”を知っているみたいだ。
 わたしにはよくわからない。


〈Fly away 遠く遠く? Set me free 巡り巡って〉

『海辺のアイドルバトル』でわたしのダンスが終わった後、冬優子ちゃんはこう言ってた。

『そんなバカ正直が通用する世の中じゃないんだってば……
 バカバカしい世界なんだから……!』

 そうじゃないっすよね、冬優子ちゃん。
 世界はバカバカしくなんかない。
 そんなことを言いたいわけじゃなかったって、今ならわかる。


 ただ、悔しかったんすよね。
 バトルと関係の無いところで結果が決まってるのが。

 世界はこんなものだって言われてるみたいで。
 諦めるのが普通だって決め付けられてるみたいで。

 何より、自分たちに結果を変える力が無い事が許せなかったんすよね。


〈Fly away 闇を抜けて
 Set me free 空を越えて
 見果てぬ景色求めて〉

 わたしたちが連れて行く。
 それが普通だと思い込んでいる世界の、その先へ。

〈Fly away 繋ぎ合わせ
 Set me free 想い流れて
 輝き続けるよ 遥かなる世界で〉


〈Transcending my heart〉

 あぁ、もう終わっちゃうんだ……

〈Transcending my world〉

 ずっといたい。
 みんなが想いを共有できるこの世界に。


〈Transcending my life〉

 いつかのステージの上で感じた寒さはもう感じない。

 一人でいるのを寂しいとは思わないけど、あの時は独りになってしまう気がして怖かった……

 今は違う。
 冬優子ちゃんと愛依ちゃんはわたしを独りにはしてくれない。
 わたしを追い抜かそうと、同じ方向へ走っている。

 そう思うと火が灯ったように心が熱くなる。


〈Transcending my world〉

 もうすぐ曲が終わる。
 わたしたちは変えられたのかな、この世界を。

〈Break out〉


 最後のフレーズを歌い終えた直後に、集中の糸がプツリと切れた。
 心地よい疲労感と共に今までは聞こえなかった音が耳に届くようになる。

 初めは雨が降っているのかと思った。
 滝のように雨が降る音と似ていたから。

 それが会場全体に響き渡る歓声だと気付いた時、あの夏の苦い思い出が目の前の光景に塗り替えられた。

□□□□□□□


【オーディション直後・舞台袖】

「あさひちゃーーん!!!」

 ステージからはけて他人の目の届かないところまで来た途端、背後から勢いよく愛依ちゃんに抱きしめられた。

「愛依ちゃん、ぐるしいっすよー」

 今までで一番強い力で抱きつかれてる。

「今日のステージマジヤバくなかった!?なんかうち、変なカンジになってあさひちゃんとか冬優子ちゃんの動きが全部わかるようになったんだよね!
 うちら三人で一つの生き物になったみたいな……もう、ホントヤバかった!」


「あさひ」

 興奮する愛依ちゃんの腕から抜け出そうとしていると、冬優子ちゃんに声を掛けられる。

「あんた、いつもあんな状態でステージに立ってたの?静かで、何でも出来るような……そんな世界に入ってたの?」

「いつもじゃないっすけど、調子の良い時は大抵あんな感じになるっすね」

「そう……」


 その時、プロデューサーさんが姿を見せた。

「みんな、お疲れ」

「おつかれー……って、ちょ、プロデューサーなんで泣いてんの!?」

 愛依ちゃんに言われてわたしも気付く。
 プロデューサーさんが涙を流してるところなんて初めて見た。


「いや、はは……俺はプロデューサー失格かもしれないと思ってな……
 ずっと側にいたのに、三人がこんなに素晴らしいステージを生み出せるなんて俺は考えてもいなかったんだ。今日のパフォーマンスは俺の想像なんて遥かに超えていたよ。
 それが嬉しい反面、情けなくもなってさ……」

「失格なんてそんなわけないじゃん、プロデューサー!プロデューサーがいなきゃ今のうちらもいなかったんだからさ」


「ま、想像なんて出来なくて良かったんじゃない?あんたの掌の上で転がされるレベルのアイドルじゃ“その程度”って事でしょ」

「はは、そうだな」

「ばか……ちょっとは言い返しなさいよ……」


「いや、冬優子の言う通りだよ。
 最近はストレイライトの仕事が軌道に乗って来てたから俺も気が抜けてたみたいだ。
 ストレイライトはもっと上のステージに立つべきだって今日ハッキリとわかった。みんなのプロデューサーだと胸を張れるよう、俺も頑張らないとな」

「プロデューサーってさ、ほんっと真面目だよねー」

「そうか?」

 愛依ちゃんが笑う。
 冬優子ちゃんも呆れたようにちょっとだけ微笑んだ。


「ねぇプロデューサーさん、今日のステージなんかいつもとちがう感じがしなかったっすか?」

「違う感じ?パフォーマンスの話か?何かと言われると一言で言うのは難しいが……」

「違うっす。プロデューサーさんに何か変わったところは無かったっすか?」

「俺?……そうだな、曲がいつもよりクッキリ聴こえたりステージ上のみんなが鮮明に見えたり……五感が鋭くなったみたいな不思議な感じがしたな。興奮状態にあったからそのせいなのかもしれないが」

 良かった、プロデューサーさんにも届いたんだ。
 それなら観客のみんなにも間違いなく届いてる。
 自分が満足しただけで終わってない事を確認できて、わたしはホッとした。

□□□□□□□


【オーディション番組終了後・控え室】

 わたしたちは番組史上最多の票数を獲得して優勝した。

 プロデューサーが言うには、
「あの日は完璧にストレイライトのステージだったからな。
 みんなの直後がXXのステージだったんだが、見ていて可哀想になるくらい精彩を欠いていたよ。   
 ストレイライトのステージの熱がまだ引いていなかったし、パフォーマンスを見て戦意を失っていたんだろう。
 あの状況でXXを優勝させるのは不正を告白してるようなものだ。本当の結果を発表するしかなかったんだろうな」
と、いうことみたい。



 その後プロデューサーさんは後処理のためにどこかへ行ってしまって、戻って来るまでわたしたちは控え室で待っていた。

「そういえば出来レースの話とかあったねー。ステージが気持ち良すぎてカンッゼンに忘れてたわ。ずっと昔の話聞いてるみたいなカンジしたし」

「ふゆは忘れてなかったけどね。
 ま、これに懲りてふざけた真似をしないようになるといいんだけど」

「けどさけどさー、こんなに圧勝しちゃったらもううちらに敵なんていないんじゃん?
 うちらマジ最強!ってステージで思ったもん」


「たしかに今日のステージは良かったっす。
 でも、まだまだ足りない。もっと良くなる、もっと先があるってわたしは感じたっす」

「うわー……あさひちゃんって修行僧なん?あれ以上があるなんてうち信じられないんですけど。どこまで行っちゃうの?」

「どこって、トップアイドルまでっすよ。
 そうっすよね、冬優子ちゃん?」


「! ……当然でしょ!
 ふゆは誰にも負けないトップアイドルになるって、決まってるんだから!
 言っておくけどね、あさひ。私はあんたにも負けるつもりないから。あんたなんて不完全さの塊みたいなアイドルなんだからね」

「むー……たしかに冬優子ちゃんには怒られてばっかりっすけど」

「愛依、あんたにも負けないから」

「……アハハ、ヤバい!うちチョーシ乗って満足しちゃってたかも!もっと成長しなきゃだよね……
 うちだって負けないから。絶対に二人に追い付いて、追い抜くかんね!」


「成長なんて当たり前でしょ。
 ふゆ、こんなガッタガタなユニットで満足なんかしてないんだから!」

「? なんで……冬優子ちゃん笑ってるんすか?」

「うっさい!
 あんたもそろそろ空気読むこと覚えなさいよ!」

「えー!なんで今怒られたんすか?納得出来ないっすよー」

「冬優子ちゃんはぁ、うちらが大好きなんだよねー。ウリウリー」

「あーもう!抱きつくなっての!
 誰も大好きなんて言ってないでしょ!」


「えー、うちはみんな好きなのに。
 あさひちゃんもそうっしょ?」

「わたしは愛依ちゃんも冬優子ちゃんも好きっすよ」

「よくそんなこっ恥ずかしい台詞を普通に言えるわよね、あんたたち……」

「そんなに恥ずかしいっすかね?」

 二人がいるからわたしはどこまでも行ける。
 行こうと思う。
 それは本当の気持ちだ。

「だって、わたしたちはーー」


 わたしたちは、ストレイライト

 迷光を纏い、進み続ける

 誰も見た事のない、遥かなる世界へ。


最後まで読んでくれた方がいればありがとうございます。

公式のシナリオでいつか『海辺のアイドルバトル』の冬優子のセリフ、「あいつらいつかぶちのめす」を回収してくれたらいいなぁと思って自分でも書いてみました。


あさひの「~っす」口調は敬語のつもりのようなので、同年代以下の子か家族との会話のコミュをもっと見たい。

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