喜多見柚「フライバイ」 (87)



モバマスの喜多見柚ちゃんのSSです。


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喜多見柚。ひと呼んで喜多見の袖チャン。

『喜び多かれど袖で見るだけ』

心の周回軌道の上をふわふわと漂って。距離はそのままでも、楽しいことはいつだってすぐ側にあった。
それだけで人生とやらは歩いていけると思ってた。

○月×日 応答願ウ

アタシを呼ぶ声が聞こえる。すごく怖くて、耳をふさいだままで。
やっと変われるかもしれない、やっぱり変わらないかもしれない。

どっちだってなにも分からないままの方がずっとイヤだ。

教えてもらった声を、吹けない口笛のメロディーにのせて、今そっと羽根を広げる。
目的地はトクベツな場所、舞台袖から何歩も先、アタシだけのスポットライトがある。






「アタシはここっ♪」

 アイドルは楽しいっ。でもちょっとだけ大変なこともある。いつだってみんなに見えているのはお山のてっぺんだけで、その下にはレッスンとかリハとかたくさんの下準備に支えられている。今日もお昼から広いレッスンルームで今度のステージの打ち合わせ。立ち位置とか合間の振りとかを考えてみるのもアタシたちの仕事になっている。

「柚ちゃん、またすみっこ?」

「えへへ、柚チャンはみんなをサポートする方が向いてるんだー」

 色とりどりのテープが教えてくれる想い想いの立ち位置。いつものように舞台袖に近いところを選んで、びしっとポーズを決める。



「たまには真ん中とかどう?」

 部屋の真ん中、目立つようにバミられたところとアタシを間をみんなの視線が行ったり、来たり。変な感じの空気になってしまう前に、困らせちゃう前に、いつもと変わらない笑顔で元気良く答えた。

「んー、こっちの方がファンのみんなと近いからさっ♪」

 どうやら納得してくれたみたいだ。みんなの話題の中心がセンターを誰がやるのかに戻っていく。プロデューサーサンが決めてくれたら早いんだけどなーなんて思いつつ、わいわい、がやがやと楽しそうな空気を肌で感じながら、ココロの底にちくりと刺さるものがある。

 そこはまだ柚にはきっと似合わないってこと。






 冬がぴゅっと冷たい風と一緒にやってくると、アタシはどうしようもなく嬉しくなる。みんなにお祝いしてもらえる誕生日があるし、プロデューサーサンと出会った想い出の聖夜だってある。お仕事だって、お遊びだって、年の終わりに向けて心残りをすべて片付けてしまおうと、みんなでてんやわんやの大騒ぎ。

 忙しいことは良いこと! 

 なかなか鳴り止まない携帯の通知を横目に、プロデューサーサンが持ってきてくれるたくさんの楽しいを両手いっぱいに抱えられるそんな季節が好きだ。アタシ的にちゃんと言い直すなら好きになった。

 友達と遊ぶ放課後も、ゆるーくバドミントンする夕暮れもキライじゃなかったけれど、きっとアタシはなにか物足りなかったんだと思う。不満もないけど、ロマンもない、みたいな。今の柚は待ってればサンタさんがもっと楽しいことをプレゼントしてくれる。そんな今が「ちょうどよくて」、ついぼーっとしてしまったり。

 だからこんな感じに思いがけないプレゼントがびっくり箱だといつも以上に驚いてしまう。



「駅伝……大会?」

「はいっ、ぜひ一緒にどうかなって聞いて回ってるんですっ!」

 事務所のソファーでレッスンまでの時間をのんびりする昼下がり、肇チャンに寄りかかりながら一緒に雑誌を眺めているところに、ちょっとだけ息を切らして悠貴チャンはやってきた。ソファーの向かい側では美世サンが真剣そうにスマートフォンのレースゲームに挑戦していて、まだまだこちらには気づいてなさそう。

「ふふっ、もうそんな季節ですもんね」

「肇さんっ」

 ゆるやかに微笑む肇チャンに期待できるものを感じたのか悠貴チャンの表情がぱあっと明るくなる。そんなふたりのやり取りを聞いたアタシはどんな顔をしているように見えたんだろう。



「ううぅ、アタシはちょっと……」

「だ、ダメですかっ?」

「うぅ、悠貴チャン、その顔はずるいよーっ」

 うるうるな瞳でそんなことを言われたらだいぶ迷ってしまう。ランニング、ランニングかぁ。普段のトレーニングでもちょっとだけ歩けないか考えるくらいなのに。体力に自信がないってわけじゃないんだけど。

「あたし車出してあげよっか」

「ホントですかっ!?」

「美世サン、聞いてたのっ!」

 さっきまで渋い顔でスマートフォンとにらめっこしてた美世サンはうーんと身体を伸ばして、ゲームは難しいー、なんて呟きながら答えた。



「目の前で話してたら気付くってばっ」

「すごく集中してらっしゃったので……」

 肇チャンの一言にアタシも大げさにうんうんと頷けば、アタシがちょっとだけ崩しちゃった空気もすぐに元通り。応援とかなら喜んで行くよーって返そうかな。そう思っていたら悠貴チャンはまだ諦めてなかったみたいだった。

「楽しいかどうかって見ているだけじゃ分からないと思うんですっ」

「おぉ、情熱的だ」

「うわーっ、それはもっとずるいよーっ!」

 ずるいの波状攻撃を仕掛けてくる悠貴チャンが手強すぎる。ここはびしっとはっきり断らないと!って柚の面倒くさいセンサーがずっと警報を鳴らしている。なんにでもほいほいつられていくわけじゃないんだってこと。楽しいことは楽なことだって思ってること。



「えっと、うんと、正直に言うと面倒なことはナシの方向で……」

「……残念ですっ」

「そのかわりにみんなで遊びにいこうよっ! ゲームセンターとかどうカナ?」

 この提案は成功したみたいだ。みんなの顔に「それは面白そうだ!」って色を見つける。肇チャンや美世サンがここに行こうよって話をし始めたのを見て、アタシはようやくほっとする。

 ほどほどに頑張って、ほどほどに楽しむ。それが柚ライフのモットーなので。






 今度の定期公演で、アタシは悠貴チャン、肇チャン、美世サンの3人と一緒のステージがある。みんなそれぞれ忙しくなってきているからこうして揃ってレッスンができる機会はなかなか貴重だったり。

「柚ちゃん、レッスンやるよー」

 自然と年長者の美世サンが場を仕切ることが多くて、こうしてリーダー役を買って出てくれる。でも、センターはまた別なんだって。4人ユニットだからセンターはいなかったり、その時々で変わったりする体制を取っているってプロデューサーサンが言ってた。アタシはまだ真ん中に立ったことがない。

「あっ、レッスンの準備だね? オッケー、オッケー!」

 悠貴チャンと肇チャンとお喋りしていたアタシはぴょんと立ち上がってコミカルなポーズを決めてみる。悠貴チャンはおぉーって顔をしてくれるけど、手慣れている肇チャンには平然とスルーされちゃった。



「美世サン、なるべくラクな感じの方向でー!」

「もうっ、柚ちゃんったら」

 肇チャンはお姉ちゃんみたいだって思うことがある。今のやり取りもなかなか姉妹っぽくて良い。

「大丈夫、大丈夫。フマジメになったり、投げやりにならないっ。これも柚ルール!」

「そ、それは初めて聞きましたっ」

 悠貴チャンはちょっと素直すぎるかもっ。なんにでも驚いたり、笑ったりしてくれるから、ついついからかうのをやめられなかったりして、美世サンにそこまでだよーって言われるのがお決まりの流れ。



 まだ始めのころのレッスンだからトレーナーさんなしで、まずは課題を自分たちで消化するところがスタート。この3人と一緒のレッスンはなかなか楽だなって思うことがある。だってボーカルは肇チャンが、ダンスは悠貴チャンが、ビジュアルは美世サンがとっても頼りになるから。

「うぇっ、アタシ、課題多くないカナっ?」

「そうですか?」

 でもそれはそれ、これはこれ。みんなの課題をちらっと見てみると、だいたいどこか良いところが書いてあって、そういうところは課題が少なかったりする。アタシは全部均等に課題が振ってある。マルもバツもなくてサンカクばっかり。ホントこういうところだなって自嘲が喉元まで出かかった。

 アタシはなにやってもフツウだ。そこが良いよって言ってくれる人が、自分だけのトクベツを見つけていくのを何度見送ってきたことだろう。自分だけの味ってなに。個性なんて言葉をアタシは知らない。だからアタシはまだどうしてアイドルになれたのか分からない。アタシにとってスカウトされたことは奇蹟だとしか思えなかった。



「しょうがないっ……今日もゆるーく、楽しく、レッスン、レッスンっ!」

 アタシはずっと、お気楽に鼻歌フフフーンって生きてきたと思うんだ。それはあんまりアイドルになってからも変わっていなくて、これからも変わっていかないのだろう。だってそれがフツウの子に唯一できることだから。

 悠貴チャンにいらずらして、肇チャンにこらこらって顔をされて、美世サンにシメてもらう。なんでも最初からできるわけじゃないけど、フツウの範囲でちょっとだけできるようになったら嬉しい。それがふらふらと歩く私にはとっても似合ってる。

 アタシは今日のレッスンも楽しかった。いつも通りに。






「レッスンの調子はどう?」

「へへっ、すっごく楽しいよーっ♪」

 レッスン終わり、こうしてプロデューサーサンがアタシの家まで送ってくれることも珍しくなくなった。満員電車はイヤだし、そういうとこ汲んでくれてるのかなーって思うと嬉しくてくすぐったい。こういうときは助手席に座らせてもらえるのもなんだかトクベツ感があって好きだ。みんなにも同じコトしてるのかな?

 他愛のない会話、ゆったりと流れ続けるラジオ。時々プロデューサーサンの横顔を見ながら、こうかな、あれかなっていろんなところにトスを出してみる。どんなトスもプロデューサーサンなら拾ってくれる。それがついつい楽しくって、今日の表情をちゃんと見ていなかったのかもしれない。



「なぁ、柚」

 アタシの家が近づいてきた頃。そのトスが急に鋭くなったことを声色で気付いて、アタシは身構える。なにか怒られることしちゃったかな。トレーナーさんに怒られるのは慣れっこだけど、プロデューサーサンに怒られるのはイヤだなぁ。一度深呼吸をしたことを気付かれないように祈りながら、ロブを打つようにできるだけふんわりと返す。

「……なーにっ?」

「今度のステージのことなんだけど」

「ん」

「柚にセンターをお願いしたいんだ」

 赤信号、街ゆく人も周りの車も、ラジオから流れる音楽も、すべてが止まった。



「……っ」

 それは難しいコトなんじゃない? アタシの中の警報が真っ先に告げる。真ん中ってのは全力で頑張るコトをしているヒトのための場所なんじゃないかって。そこにアタシが相応しいとはどうしても思えなかった。

「こ、今度のステージのテーマはなに?」

「ほらっ、歌なら肇チャンだし、踊りなら悠貴チャンだし、見た目なら美世サンだし!」

「……テーマは冬なんだ」

 その声色がまっすぐすぎてアタシは何も言えなくなってしまう。「Four Wind Colors」。アタシ、悠貴チャン、肇チャン、美世サンのユニットの名前。季節をテーマにしたアタシの大切なつながりのひとつ。

 冬はトクベツな季節だ。きっとユニットのだれにとってもトクベツな想いはあるのかもしれないけれど、春夏秋冬、全部がアタシの季節だと思うこともあるけれど、それでも冬はずるいくらい大切なものだ。



 急にプロデューサーサンが分からなくなった。アタシの気持ちを分かってくれているのか、そうじゃないのか。

「あ、アタシはっ」

「前にでるタイプじゃないって言うんだろ?」

 アタシはちょっと下がったところで、みんなを盛り上げるくらいが安心なんだ。それがアタシたちふたりだけの内緒だと信じていたのに、そっと裏からサポートしてくれてるってたくさん感謝していたのに。

「今の柚なら大丈夫。柚にはもっともっと楽しいことをあげたいなって、そう思ってる」

 プロデューサーサンの一言は今日一番ずるかった。



 託されようとしているものの重さなんか知らないくせに、膨らむばかりの想像に苦しむ。いろんな人にがっかりされるアタシの幻にカラダの震えが止まらない。これは冬のせいかな、それともプロデューサーサンの、アタシのせいかな。 答えに迷っている間に車はアタシの家の前に着いていた。

「今すぐ答えがほしいわけじゃないよ、ちょっと考えてみてほしい」

 テールランプがカーブの先に消えた。アタシは寒空の下、まだ立ち尽くしている。






「わぁっ」

「はい、悠貴チャンの勝ちーっ」

「やっぱりおかしいって、普通の運転ならこうはならないよー」

 勝利の笑顔でゆるんだ悠貴チャンをぱしゃり。がっくりしてる美世サンの姿は勘弁してあげよう。この前の悠貴チャンのお誘いを断っちゃった代わりに、みんなでゲームセンターに遊びにきたところ。車に詳しいからこそレースゲームには混乱しちゃってる美世サンは面白い。肇チャンと顔を見合わせて、アタシはまた笑った。

 あれから何日も立った。何にも手がつかなくて、よく転んだりして、いろんな人に心配された。きっと今日の誘いにみんなが乗ってくれたのも、そんなアタシを見かねたのかもしれないってモヤモヤがずっと消えなかった。



「次はなにしよっかーっ♪」

 それをできるだけ顔に出さないようにいつもよりもはしゃいでみたりする。そんなアタシはピエロみたいだと思う気持ちを精一杯誤魔化そうとするけど、全然追いつかない。いつか誰かにそっと触れられてしまうことが怖い。それなんだったらいっそのこと。

「柚ちゃん?」

 完全に固まってしまっていたアタシのぼやけた視界に肇チャンの優しい顔が写る。悠貴チャンの顔も美世サンの顔もはっきりしてくる。みんながこっちを向いてる。いつのまにか包囲されてしまっていた。



「柚ちゃん、どうかしました?」

「……今度の公演でセンターをやらないかって」

 自分でもこの答えは意味不明だと思った。慌てて取り繕おうとしてもどうしたらいいか分からなくて。でも、美世サンは首を傾げることもなく素直に受け取ってくれた。

「そうなんだ! 冬は柚ちゃんの番なんだね」

「そのっ、まだ受けるかどうか迷っててっ!」

「え、どうしてですかっ?」

 素直な悠貴チャンの一言はなかなか重かった。自分史上一番深刻に捉えているアタシが考えすぎなのかな。アタシの世界の見え方がフツウじゃないのかってぐらぐら揺れてしまうほど。



「えっ、えっ、みんなは迷ったりしないの?」

「うーん、ちょっと勇気がいるなって思うことはありますけどっ」

「あたしのときは光栄だって思ったなぁ」

 人は人、アタシはアタシだ。でもこうも考えてることが違うんだってことが一瞬ココロの中をよぎる。でも顔に出すにはアタシは臆病すぎた。その間に話はこれまでみんながセンターを務めてきたステージのことに変わっていく。

「肇ちゃんのときはもう歌がすごかったよね」

「悠貴ちゃんはスタイルから踊りが映えてました」

「いえいえっ、美世さんは大人の女性って感じがして素敵でしたよっ」



 みんなにとってのトクベツがどこかにあるんだってことをアタシはまた目の前で見送るだけなんだろうか。好まれるような強くて優しいヒトじゃないのは、そして、どやってできるなにかがないのは、どうしてだっけ。

 アタシにとってセンターは眩しいスポットライトのあたる場所。トクベツなヒトのための場所だ。

『今の柚なら大丈夫』

 聞こえないはずのプロデューサーサンの声がリフレインする。ねぇ、今度こそ、今度こそ。マジメになったらアタシは変われるかな。そんなココロの叫びは誰にも聞こえなかったはずなのに、その答えを返すように3人が笑うから。アタシはまた分からなくなってしまう。

「柚ちゃんならきっと大丈夫です」

「うんうん」

「はいっ」

 みんなが次のゲームを求めて歩き出す。遅れて数歩。アタシはアタシのことを信じてあげられないけど、そんな顔をしてくれる友達のことは信じさせてくれないかなと、なにかに願った。






「プロデューサーサン、時間ある?」

 みんなと遊んだあと、オレンジのお日様がそっとその目を閉じていく時間。予感が導いてくれるままに事務所へと向かっていく。エレベーターがあがっていくのさえ舞い上がる雪みたいにゆっくりに感じられた。ルームのドアを開ければ、目的の人は思ったとおりに、土曜日だっていうのにいつものデスクに座っていた。

「ちょっと待っててな、これを打ち終わったら」

「おっつかれサン♪ コーヒーでもいれてあげよっか?」

「なんか用事で来たんだろ? 俺こそ淹れてくるよ」

「いいから、いいからーっ」



 プロデューサーサンの顔を見続けていたら、なんだかいろんなものが揺らいじゃうような気がして、給湯室へとさっと逃げる。やかんのお湯が沸くのを肘をついて眺めていることに気付いてこれは重症だって苦笑いをした。お揃いの模様で並んだマグカップ。お湯をどれだけゆっくり、ゆっくり注いでも、あっという間に終わってしまう。時間稼ぎにはどうやらなってくれないらしい。

「はいっ、コーヒーお持ちっ!」

「ありがとな」

「で、何の用事だったんだ?」

 待ってましたと言わんばかり。当然の質問の答えに詰まる。マグカップのコーヒーに写ったアタシはどんな顔をしているだろうか。全然言い出せなくて、揺れる水面に合わせてぐちゃぐちゃだったりしないだろうか。



「ちょっと待って、待ってっ」

「ん、いつまでも待つよ」

 プロデューサーサンがゆっくりと微笑む。アタシたちが出会ったときの光景が重なってみえる。そのことにアタシのココロは耐えられなくて、ようやくぽつぽつと言葉が零れ落ちていった。

「柚さ、昔から目立ちたがる子じゃなかったんだ」

「知ってる」

「よく袖チャンってからかわれた、楽しいことも袖で見てるだけーって」

「……それは知らなかったな」



 楽しいことがあっても、前髪とパーカーで隠して、袖で見ているだけの女の子。前髪をぱっつんにしたのは変わろうと思ったからだっけ。袖で見ているのは変わらないまま、でも楽しい雰囲気を味わうことはできるようになった。

 アタシだってトクベツになりたいよ、プロデューサーサン。現実と理想の間をふらふらと歩いてきたアタシにとって、マジメで全力なことは眩しすぎる。ずっと怖くて逃げてきたことだけれども、変われるなら変わってみたいんだ。

 センターはきっと誰もが一度は憧れる場所。これまでのアタシには似合わなくても。これからのアタシには?

 長い人生どこかで頑張りどきってのはやってくるんだろう。今こそマジメになってみるときなのかもしれない。でもそれをまっすぐ伝えられなくて。ココロの奥底を、弱さを決して見せないように、できるだけ明るく、おどけて。



「あのね……」

 最初の一言が思ったよりも弱々しくて慌てて取り繕ってしまう。これじゃ心配されちゃう、ダメダメっ。

「ゆ、柚チャン、センターやっちゃうよっ!」

「……大丈夫か?」

 プロデューサーサンには逆効果だったみたいだ。ほんの少しだけ怪訝な色が混じったことをアタシは見逃さない。

「大丈夫、大丈夫♪」

 今度はちゃんとした声色になった。ちゃんと悩んだし、相談もしてみたし。それに。

「柚にだって、特別に光るなにかがあるはずだし? プロデューサーサンが選んでくれたんだから」

 なにより、あなたが望んでくれるなら。たまには一番だって目指してみてもいいでしょ。






 マジメ柚チャンがどこにいるか知ってるカナ? みんな知らないんだって、アタシも実は知らない。だけどセンターって1番目立つところに立つなら、このままじゃダメだってことだけは分かってる。だから探しにいってあげなくちゃ。

「柚さんっ、おはようございますっ」

「ふぁぁー……おはよー、悠貴チャン」

「眠そうですねっ、一緒にストレッチからしましょうっ」

 朝7時、女子寮の前で、悠貴チャンと待ち合わせ。早寝早起きはしてるつもりだったけれどさすがに眠くて。しばらく朝ご飯を早めにしてってお母さんにお願いしたら、熱でもあるのかって顔で見られてしまったことは内緒にしておこう。悠貴チャンの手を借りながら足や背中をぐいっと伸ばす。



「柚さんが一緒に走ろうって言ってくれるなんてっ、嬉しいですっ!」

「この前は駅伝のお誘い断っちゃったし、それにちょっとねっ」

「ちょっと?」

 まだのんびりとしか動けないアタシと違って、きびきびとストレッチを進めていた悠貴チャンの手がふと止まる。こちらを見つめてくる瞳がなにか面白そうなことを見つけたみたいにきらきらを帯びていく。

「なにかあるんですかっ? なんですかっ?」

「内緒ーっ♪」

「えーっ、教えてくださいよっ」



 ふたりの笑い声が白くゆらめく呼吸と一緒に朝焼けの空に響く。ゆっくりと走り出せば、悠貴チャンはペースを合わせてくれる。部活のときはもっとだらっとみんなで走ってるなーなんて反省すれば、なんだか今の自分が熱血漫画の主人公になったような気分になる。いやいやいや、それはアタシのキャラじゃないっ。

 「センターのこと、受けられたんですねっ」

 走っている間、いつものお返しとばかりに悠貴チャンの質問攻めにあったアタシは、とうとうこの企みの本音をバラしてしまった。悠貴チャンの反応が、アタシのことを信じてくれたあのゲームセンターのときと同じだったことにすごく安心する。

「アドリブとかしたら怒られそうだなーっ」

「私は柚さんのアドリブの振り付け好きですよっ」

「でもでも、センターなんだったらそういうとこちゃんとしないと!」



「んー」

 悠貴チャンのどうなんだろうという小さな呟きは足音にかき消されてしまいそうだった。だからアタシは答えるのをやめてしまう。アタシのイメージするセンターと、悠貴チャンのイメージするセンターは少し違うのかもしれない。これはアタシが無事にセンターを務められたら聞いてみようと思う。

「それより、ダンスのコツとか今度教えてよっ」

 もうこうなったら直すとこは全部直しちゃう。生まれ変わった柚チャンになるような、そんな気分で。






「ということで肇チャン先生、お願いしまーすっ」

「先生はやめてください、柚ちゃん」

 悠貴チャンとのランニングが終わったら女子寮のシャワーを拝借して、今度は肇チャンのレッスンへ。肇チャンが朝からのレッスンを欠かさないことは知っていたけれど、こうしてこの時間に顔を見合わせるのはきっと初めてだと思う。まだまだアタシの知らない景色がたくさんある。

「センターの心得も一緒に教えてねっ♪」

「うーん、心得ですか……たぶん私に教えられることはあんまりないと思うんですけど」

 そう言いながらも今度歌う曲について細かく指導をしてくれる肇チャンはやっぱり優しくて強い人だ。



「どうかなっ?」

「はいっ、うんと、柚ちゃんはソロが多くなるのでもうちょっと声がでるといいですね」

「声量かぁ、すぐに身につかないかなぁ」

「そこばっかりは練習あるのみですね……」

 練習あるのみ。事務所でも歌上手な肇チャンが言うと重みがある。やっぱりアタシとは違う。もうなーんも知らない素人じゃないつもりだったけれど、どうやら全然足りないらしい。

 もっと、もっとマジメに。いつもはわざとのんびり走っていくアタシにもできないことはないんだって信じるしかなかった。



「でも柚ちゃんには柚ちゃんの歌い方ってあると思います」

「えーっ、そうかなぁ」

「そうですよ」

「……アタシはもっと上手く歌えるようになりたいっ」

 上手く歌えるってすごい。ちょっとだけできる柚チャンになったアタシには、なにができそうで、なにができなさそうなのか、また良く分からなくなっていた。そういうときは誰かを頼るしかなくて。肇ちゃんはなにかを言いたそうだったけれど、アタシの目を一度だけ見てから、何も言わずにまたコンポの再生ボタンを押してくれた。






 改めてセンターってなんなんだろう。ただ真ん中に立っていれば、MCの役を担えば、ステージの中心にいても怒られないだろうか。アタシにとってそこはただスポットライトがあたる場所だけにはどうも思えなかった。

「喜多見、周りを見過ぎだ! もっと自分のことに集中っ」

「はーいっ」

 アタシがセンターになるって決まってから全体レッスンにはベテトレさんが付いてくれるようになった。前までのステージだってついてくれていたはずなんだけど、どうしてかあんまり印象がない。それはきっと視線の違いなのかもって思った。今回はベテトレさんの視線の中心がアタシにあるっていうだけでもう心臓がバクバクする。



 センターって指揮者みたいだって感じた。

 アタシを中心にして、周りに悠貴チャン、肇チャン、美世サンがいる配置。アタシのことが見えていても、いなくても、振りで、声で、アタシは全体の流れを作らなくちゃいけない。アタシが基準なんだってことになかなか慣れない。いつもなら気にしないことばかり気にしてしまって、振りも歌もワンテンポ遅れがちになってしまう。そうするとみんなにも影響が出て、微妙なズレがさらに大きな違和感になる。

 やっぱり真ん中って難しい。みんながセンターのときだったときはもっと、もっと良いパフォーマンスだった。まだ、まだ足りない。アタシが伸ばせる限界まで手を伸ばしてみないといけないのかも。



「あーっ、わかんないっ」

 でも分からないものは分からない。声掛け、歌い出し、ソロ、振りの微調整、MC、普段と変わらないようで確実に増えた面倒なコトがアタシに雨あられと降り注いでくる。アイドルって本当に大変だ。誰もが憧れる場所に立つならミスなんてしてられない。

「公演まであんまり時間がないからな、飛ばしていくぞ!」

 ベテトレさんのその一言にドキリと心臓が跳ねる。時間がない。はっきりと言われてしまうと目の前が暗くなりそうになる。悠貴チャンも、肇チャンも、美世サンも全力でやってくれてる。あとはアタシが答えるだけなのに。

 その日のレッスンは多分一番ひどかった。





 それから数週間。アタシの苦闘は続いていた。

「美世サン、送ってくれてありがとーっ」

「全然いいよ、あたしにとってはちょっとしたドライブだし♪」

 いつもだったらのんびり歩く12月も今回ばかりは駆け足だ。今日の全体レッスンが終わった後、美世サンが家まで送ってあげるよって提案してくれた。美世サンの車の助手席はなんだか慣れないけれど、こういう気配りがやっぱりユニットのお姉さんたるところなのかも。

 公演までのタイムリミットを宣言されてから練習した回数はもう数えられなくなった。悠貴チャンとの早朝ランニングも、肇チャンとの朝レッスンもできる範囲でちゃんと一緒にやっていた。その分、疲れたーって思うことが増えて、電車で行き来するより、女子寮に泊まり込もうかなって考えることもたまにあったりする。



「ちょっとずつカタチも見えてきたよね」

「ステージのことっ?」

「そうそう」

 美世サンにはもっと広い景色が見えているのかも。アタシは分からないなりになにかを掴もうとできてるのかな。美世サンのお気に入りの音楽がふたりの会話を打ち切ってしばらくあと。

「大丈夫? しんどくなってないかな?」

「その……すごい張り切ってるように、見えるからさ」

 あったかい声で美世サンが気遣ってくれる。ちらっと横顔を伺おうとして美世サンと一瞬だけ目が合う。お互いにさっと目を逸してしまって苦笑いが車の中に響いた。



「えへへ、アタシ普段テキトーだもんね」

「そ、そこまでは言ってないって」

 心配されるほどアタシは変わったのだろうか。だったらそれは良いことなんじゃないかって思えて、もうこれ以上心配させないようにぺろっと舌を出して笑った。

「心配ありがと♪ でも、そんなにがんばってないよー」

「そうかなぁ」

「うんうん、いつものお気楽柚チャンなのですっ」

「だから、だから……どーんとっ……」



「……やっぱりあたしはちょっとだけ心配だよ、柚ちゃん」

 冬のため息のように消えてしまいそうな声。その最後を上手く聞き取れないまま、アタシはどうやら助手席で眠ってしまったみたいだった。いつもはお喋りなら任せてって感じなのに。気づくとアタシは家にいて、あとから美世サンが運んでくれたって知った。

 サイドテーブルに置かれたスマートフォンに残ったメッセージ。

「また明日! なにかあったらいつでも頼ってね」

 アタシだって頼るばかりじゃなくて頼られるようになりたかったなぁ。そんな想いは放り投げたスマートフォンと一緒にいったん投げ捨てることにした。たぶんアタシだって変わってるはずなんだ、そう信じるしかないから。






「お疲れ様ですっ」

「お疲れさまでした」

「柚ちゃん、今日は送ってかなくていいの?」

「大丈夫だよ―っ、たまにはプロデューサーサンの車が恋しいんだーっ」

「なんだそれ、みんなは気をつけて帰ってな」

 今日のレッスンもおしまい。みんなが帰ったことをちゃんと確認したらほっと一息つく。レッスンを見に来てれていたプロデューサーサンの横でずーっとお喋りをしていたことも、まだ着替えてないことも、多分怪しまれたりはしなかったと思う。あらかじめプロデューサーサンにはお願いしてあったこと。もうちょっとだけ、少しだけ。



 プロデューサーサンの手拍子に合わせて振り付けを何度も何度も確認する。踊れなかったことが踊れるようになるのは楽しい。歌えなかった音域が出るようになるのは楽しい。でもそんなことを感じてる余裕もないくらいに真面目に向き合わなくちゃいけない。今は見えないみんなの声や振り付けを想像しながら、プロデューサーサンの視線を一点に集めながら。

「それ、プロデューサーサンのカメラ?」

「ん、レッスンの風景とかも残しておきたくてね」

 プロデューサーサンは合間、合間にアタシの姿をしっかりしたカメラに収めていった。なんだか恥ずかしいなーと思いつつも、なんだか抗議するような気分でもないので、撮られるがまま。今のアタシにとってとりあえずそんなことより練習の方がずっと大事だった。



「それにしても柚が居残りレッスンとはな……」

「意外だった? ホラ、もっと褒めてっ♪」

「よく頑張ってると思う、けど……」

「けど?」

 カメラをすっとおろしたプロデューサーサンがこの前の美世サンと同じ顔をする。だから続けてなにを言われるのかアタシにはもう分かってしまって。

「大丈夫か? 前みたいにガチガチに動けなくなってないか?」

「プロデューサーサンにはそう見えるの?」

 この返し方はずるかった。でもプロデューサーサンはあたしにずるいことを言ってばかりなのでこれはそのお返し。



「……」

「美世サンにも心配されたよっ、でも大丈夫っ」

「だってほら難しいステップだって遅れずにできるようになってるし、ずっと大きな声がでるようになったし」

 その場でくるりとターンしてみせる。できるだけおどけて、疲れも、もやもやも見せないように。

「アタシきっと変わってるよねっ」

 これでおしまいとばかりに言葉をたたきつける。プロなんだったら、センターなんだったら、そんな気持ちばかりがココロを占拠してる。それでもアタシが変われるきっかけがそこにあるんだったら今度こそ頑張れる。もうひとりじゃないし、それにトクベツな人が信じてくれないのはもっと嫌だよ。

 すっかり暗くなった窓の外、カメラの画像を確認しながらなにかを考えているプロデューサーサンを横目に、アタシはもう一度、今度のステージの段取りを最初から始めた。






 みんなと一緒にレッスンを合わせられる回数もずっと減ってきた。12月はやっぱりみんな忙しなくて、それがなんだか寂しく感じることだってある。ベテトレさん的にはあと2回だか、3回だか。それくらいがみんなで揃って練習できるタイムリミットなんだって。

 だからこそ1回、1回の大切さがずっしりと重くのしかかる。短いレッスン時間の中でできるだけ全体を通して磨いて、通して磨いてを繰り返す。これで今日最後と言われた曲全体の通し、アタシに今できる全部をぶつけてみるしかなかった。悠貴チャンが見てくれたからダンスだって難しいところはこなせた。ボーカルは肇チャンがついてくれたからいつもよりも力の入った歌になったはず。振りや盛り上げ方は美世サンのやり方を真似したからちょっとは見れるようになってると思う。

 アウトロがだんだん小さくなって、最後のゆったりとした振りも止まって、そして一斉に呼吸の音が聞こえた。特に大きなミスも、遅れもなかった。アタシたちの全力だった。



「ふーっ」

「揃いましたね!」

「はいっ」

 みんなのほっとするような声が響く。アタシの中でそれは上手く処理できなくてぼやけた音に変わる。

「よし、おしまいだ。これでいこう!」

 気付いてしまったことがあった。なにかを確かめるように見上げたベテトレさんの顔。多くを語らずにさっと片付けを始めるベテトレさん。アタシのココロはどうやらベテトレさんと一緒らしかった。でも誰も気付いていない。

 センターはこれで本当に良かった? もっと、もっとできることがあるんじゃないの?

「柚ちゃん?」

 更衣室にみんなが戻っていく。取り残されたままのアタシに肇チャンが気付いて振り返るけれど、アタシは声がでなくて、小さく手を振るので精一杯だった。それで納得してくれたのか肇チャンもみんなのところへ戻っていく。

 レッスンルームはふたりだけになった。



――――――
―――


「ベテトレさん」

「ん、喜多見か? なにか聞き忘れたことでもあるのか?」

 誰もいなくなったレッスンルーム、片付けをしているベテトレさんを捕まえるならここしかなかった。街を見下ろせる大きな窓の向こうにはいつもよりもずっと暗い空が広がっていて、アタシたちの姿を朧げながら反射している。

「どうしてオッケーをだしたの?」

 そこに主語はなかった。アタシも何が聞きたいのか確かめないまま言葉を紡いだ。なにも捕まえることのできないココロは、縋るようにベテトレさんのキモチを探りたかった。



「……どういうことだ?」

「ベテトレさんは笑ってなかったっ」

 たぶん気付いている子はいっぱいいると思う。特にアタシみたいに誰かの反応が気になる子は。自分の中に答えを探せなくて何もないココロの中で迷ってしまったとき、それは天使にも悪魔にも見える。

「……」

「本当に良くできたとき、ベテトレさんはちょっとだけ笑ってくれる」

 アタシの声が少しずつ音にならなくなっていく。最後には掠れて自分でもほとんど聞き取れなかった。

「喜多見は本当に良く見ているな」

「誤魔化したらアタシ、イヤだよ」



 ココロがはち切れそうだった。なんて言われたらアタシは納得するのかも分かっていなかった。でも、現実から目を背けて夢を見続けることの方がずっとツラいってアタシは良く分かっている。

「そうだな……」

「正直まだ満足してない、少なくともこれまでのステージよりは」

「でもそれは喜多見のせいじゃない」

 アタシはその答えを知っていた。きっとベテトレさんならそう言ってくれるって。ユニットのみんなもそうだろう。プロデューサーサンならちゃんと教えてくれたかな。アタシはどうしようもないくらいに現実を見すぎたのかもしれない。



「それもウソ……でしょ」

「……っ、そ」

 今度こそベテトレさんの声が淀んだことをアタシは見逃せなかった。アタシのせいだって言ってほしかった。そうしたら今度はちゃんと諦められた。舞台袖にも真ん中にもいられないことがしんどかった。

「あっ、おいっ」

 次の瞬間、レッスンルームのドアを蹴飛ばす。ベテトレさんの顔も、世界からも目を逸して。階段を飛んで降りて、冬の街に逃げ出していく。ぎゅっと目をつぶった。今のアタシに見えてほしいものなんて何もない。だから最後の瞬間、ベテトレさんがなにを言いかけたのか、アタシには分からなかった。






「はぁっ、はぁっ」

 どれくらいの距離を走っただろう。早鐘を打つ心臓が、酸素を求めて苦しむ肺が、心の中を真っ白に塗りつぶしてくれる。それでも長くは保たなかった。走り続けられなくなると、どうしようもなく「気付いてしまったこと」が、心のキャンパスに絵の具を落としていく。

 苦しくて足が上がらなくなる。疲れて腕が振れなくなる。息が続かなくて目を開ける。目の前の街は色のない世界だって分かった。どんどんと走るスピードが落ちていって、最後には止まってしまった。街の真ん中でぜえぜえと息をする。欠片もアイドルらしくはなかった。

 落ち着いた呼吸と共に顔を上げる。世界はまだ色のないままだった。そしてきらりと何かが輝きを放つ。



「あっ」

 あまりにも熱くなった身体に、凍えてしまいそうな張り詰めた空気。曇り空の下、静かな街はクリスマスが近いことを告げようとしていた。色褪せた世界でも目ざといくらいに煌めきを放つイルミネーションは、アタシが視界を隠してしまう前に想い出で世界を彩ろうとする。

 あてもなく彷徨っていたときのこと。トクベツな人と出会った瞬間。不満の中にロマンを見つけた一瞬。

「……アタシ、やっぱり変わってないよ」

 ふらふらと足を引きずって、近くにあったベンチに膝を抱えて座り込む。途切れそうな息をつなごうとすれば、雪の匂いがした。今年もまたクリスマスには白い奇蹟が夜空から舞い落ちてくるのかもしれない。



 アタシはフツウの子だ。そんな子が無理をしても疲れちゃうんだってことを忘れてたんだろう。アイドルって楽しいことを見つけたせいで、期待に応えたいって、声援に応えたいってそう思っちゃったせいで。ココロのどこかでアタシにも輝くなにかを見つけられるって信じていたから。

 プロデューサーサンやみんなが持ってきてくれる「楽しい」で十分だったはずなのに、アタシは何を欲張ってしまったんだろう。とうの昔に諦めた全力の眩しさをマジメに追いかけてどうしたかったんだろう。

「わかんない、わかんないってば」

 ぱっつんに切り揃えられた向こうの景色ははっきりと見えすぎていて、パーカーを目深に被って、なにもかもから隠れてしまう。アタシは目が暗闇に慣れるくらいには長い時間座ったままだった。これだったら袖チャンで良かった。パーカーで見たいものを隠して楽しいことの側をふらふらとしているだけの女の子。



「アタシに真ん中はムリだよ、プロデューサーサン」

 冬空へ掻き消してしまおうと思った呟きは、白い息と一緒にゆらりと立ち上って、そして誰かにキャッチされた。

「はぁっ……はぁっ……そんなことないぞっ」

「……ぷ、プロデューサーサンっ!?」

 いつのまにか景色は淡い白に染まって、ぼやけた向こうで舞い散る粉雪にイルミネーションの光が反射して誰かを照らしていた。アタシは大きな黒い傘を差し出されていた。どうして追いかけてきてくれたのかとか、ここをどうやって探り当てたのかとか聞きたいことはたくさんあったけれど。



「……優しくしちゃダメだよっ、アタシにもできるかもって思っちゃうからっ」

「やっぱり柚は考えすぎてるだけなんだよ、簡単なことなんだ」

「違うっ! 真ん中に立つんだったらゼッタイに失敗しちゃダメでしょっ!!」

 プロデューサーさんが真っ赤になってしまったアタシの手をとる。それだけで零れそうになる涙を必死に堪えて。プロデューサーサンはレッスンルームから持ってきてくれたであろうアタシのコートをかぶせてくれて、なにも言わないまま横に座った。



「舞台袖って英語でなんていうか知ってるか?」

 トクベツを見つけてくれた人はそう話を始めた。

「なに……それっ」

「ウィングっていうんだそうだ」

「……」

「そうしたら真ん中にいる人は羽根をひろげてるみたいだよな」

「袖にいたことも、袖にいる人も全部巻き込んで、もっと高く飛ぶための力にしてさ」

「……へ、へんなのっ、プロデューサーサンやっぱり変わってるよ」

 みんなにとってはきっと素敵な期待で溢れる夜に、こんなことを大真面目に語り始めるヒトはきっと変なヒトだ。でも、アタシは、たくさんの人混みの中で、そんなヒトにもう一度見つけてもらった。



「……柚はさ、大切なことをもう知っているはずなんだ」

「なぁ、柚のポリシーは?」

「……がんばりすぎないで、楽しむ」

 アタシがずっと大切にしてきたこと。でも、それは。

「でも、アイドルになってくれただろ? それはなにより怖かったんじゃないかって思うんだ」

「待っているだけじゃなくて、楽しいことに向かってちゃんと柚は進めるんだ」

「それを柚に伝えられなかったのは俺のミスだ、本当に申し訳ない」

 もしかして、もしかしてアタシはイチバン大切なアタシらしさをなくしてしまっていたのかもしれない。それはアタシにとっては袖チャンのものだと思ってた。



「それにさ……」

「マジメな柚だってわるくなかっただろ? 気付いてなかっただけなんだよ」

 プロデューサーサンがタブレットを操作してアタシに宝物を手渡してくれる。優しい白に夜が混じりはじめた時間にそれは眩い光を放ってなによりもキレイに見えた。

「これ……」

 レースゲームに勝って喜ぶ悠貴チャンとアタシの写真。早朝から一緒にレッスンをするアタシと肇チャン。たぶん美世サンの車の中で撮られたっぽいアタシの寝顔。他にもたくさんの写真。アタシと悠貴チャンと肇チャンと美世サンとプロデューサーサンの5人の想い出。たくさんの色があった。頑張らなくちゃ、マジメにならなくちゃって思っていたはずなのに、そこにいたアタシは悩みながらもすごく楽しそうに笑っていた。



「みんながずっと送ってくれていたんだ」

「……なんで……っ」

「柚が想い出を大切にしてるって気付いているからじゃないかな」

 アタシは自分に正直だ。だからトクベツになりたいと願って、ずっとマジメじゃなくちゃいけないって思ってた。それがセンターってトクベツな場所に、全力の眩しさに触れるための条件だって思っていたから。

「そっか……全力で頑張ることって、全力で楽しむってことなんだね……」

 アタシはなんだかんだ楽しんでた。でもそれはなにかに失礼な気がしてしばらくの間ずっと見ないようにしていた。みんなのようにマジメさをなぞれば、今度こそ変われると思って。頑張るって楽しむっていうらしい、楽しむって頑張るっていうらしい。それはアタシにとってずっとイコールだった。



「アタシ、基本的に面倒なことはしたくないんだ」

「うん」

「でもさ、嫌なコトが嫌な以上に、楽しいコトが好きなんだなって思う」

「うん」

「……そんな柚でもいいっ?」

「もちろん、だから――」

「おっと、ストップっ!」

「ん?」

「その答えは全部終わってから聞くよ、おいしー答えはあとのお楽しみ!」

 アタシはアタシのことをずっと信じていなかった。友達のこと、プロデューサーサンのことは信じてた。でもみんなの手を借りて、アタシのことを少しだけ信じてみよう。ずっとセンターは怖いと思ってた。でも楽しいかどうかは飛び込んでみないと分からないって、見てるだけじゃ分からないって誰かが言ってたことを思い出した。

 大切なことは、その先で全部を楽しむこと。



「ね、ね、指を出してっ」

「?……はい」

「アタシの指と、ぴっ、ぴっ♪ これは約束のぴっ!」

「約束?」

「アタシはもう目指さない、がんばらない! でもみんなが、あなたが笑ってくれるように楽しむね♪」

「アタシ、センターやるよ!」

 12月に大切な想い出がもうひとつ増えた。今度は誤魔化さないでちゃんと答えが出せた日。まだ言葉にしたくないアタシの色を見つけた日。






 公演直前のレッスンルーム。

 スピーカーからの音楽がゆっくりと小さくなっていく。ベテトレさんがぱんと手を叩いて、それを合図にみんなが曲終わりのポーズをやめる。悠貴チャンも肇チャンも美世サンもアタシも流れ落ちる汗をぬぐうより先に、その口からどんな言葉がでてくるのかを見つめる。

「前よりもっと、もっと良くなった」

「……やったーっ♪」

 アタシは安心してその場に座り込んでしまう。今度はその言葉が嘘偽りのないものだってことは、ベテトレさんの表情で疑うまでもなかった。練習を増やしたわけでもないし、前よりもっとマジメになったわけじゃない。ただ、誰かを楽しませたいなーって強く思うようになっただけ。マジメと楽しいが逆転しただけ。

 ミスやズレは減らなかった。でもみんなのサポートとアタシのアドリブがずっと光り輝くようになった。



「喜多見が大きいな、やっぱり」

「センターが変わるたびに違う色を見せてくれると思っていたが、今度はなんていうんだろうな」

「楽しい、かもしれん」

 アタシの顔が緩んでいくのを止められない。気持ちが伝わったことが嬉しい。アタシがやらなくちゃいけなかったことは、たったひとつだけだ。どうやってアタシの楽しいをみんなに分けてあげられるか考え続けること。それはいつも通りでいること。

「ふふっ、だそうですよ、柚ちゃん♪」

「前はベテトレさんが微妙な顔してたからーっ!」

 一緒に笑ってくれた肇チャンが軽いトーンで言ってくる。慌てたアタシは余計な一言でやぶ蛇をつつく。



「あ、あれは喜多見が最後まで話を聞かないのが悪いだろう!」

「えっ、えっ、ご、ごめんなさいっ」

 ベテトレさんも気付いていたんだ。そう思ったら、途端にたくさん迷惑かけちゃったこととか、いろんなことがなんだか恥ずかしくなってきて。あぁ、もう逃げ出したいっ。

「そういえばプロデューサーさんが迎えに行ったあとどんな話したんですかっ?」

「そうそう、あたしたちが送った写真見てくれた?」

 そんなアタシの退路を塞ぐように、美世サンと悠貴チャンからの質問攻めが始まる。全部、全部、バレてた。助けてと言わんばかりに肇チャンを見やるけれど、穏やかに微笑むだけで助け舟は出してくれそうになかった。



「まぁ、いい。喜多見には喜多見の立ち方ってのがきっとあるんだ」

「周りをよく見ているし、合わせるのはもともと上手い」

「でももっと自分の心に正直になってもいいと思うぞ」

 ベテトレさんの最後の方の言葉は、からかってくるふたりの言葉で聞こえなかったけれど、ツラいことを言われてるわけではないんだってその場の空気で感じられた。

 やっとアタシが真ん中に立つためのピースが揃った。






「はい、ゲネ終了です。本日はよろしくお願いします!」

 公演当日。アタシはプロデューサーサンに無理を言って、いっぱい変装してこっそり会場を歩いてみるのが好きだ。流石に近くまでは行けないけれど、並んでいるフラワースタンドを遠くから眺めてみたり、ファンのみんなの熱気を感じられるたりするとそれだけで胸がいっぱいになる。

 肇チャンとかを見習って、ホントは声出し部屋とかに籠もってみた方が良いのかもしれないけれど。もう間違えたりしない、大事なことを見失ったりしない。メイクさんとお喋りしたり、スタッフさんにありがとーって言ったりしていたら、気付いたら衣装を着て、控室で座って、モニターの前にいた。

 こうして待ってる時間はいつもわくわくするけれど、やっぱり少し緊張する。バトミントンの試合の前と同じ。でもいつもと変わらない気持ちでここに座っていられることになんだか慣れない気持ちもある。モニターの向こう。あの大きなスポットライトは、ステージの間、アタシだけをずっと照らしてくれるというのに。



「柚ちゃん、大丈夫ですか?」

 声出し部屋から戻ってきた肇チャンが隣に座って声をかけてくれる。後ろには悠貴チャンも、美世サンもいる。

「ばっちりだよーっ!」

 肇チャンがそのキレイな瞳でじっとアタシを見つめてくる。もう誤魔化すのはなしですよと言わんばかりに。今ならその両目をちゃんと見返せる。大丈夫だよって視線でも想いを伝えてみたりして。

「ふふっ、大丈夫そうですね」

「もうっ、失礼しちゃうなっ」

 そんなやり取りに後ろのふたりがくすりと笑う。アタシと肇チャンも顔を綻ばせる。



 4人で並んで座って前を向けば、モニターからはひときわ大きな歓声があがった。みんなが入れ替わり立ち替わり、出番を迎えて控室を出たり、入ったりする。その間にもボルテージはどんどんあがっていく。いつも以上にみんな張り切ってるのかもしれない。ペンライトもコールもどんどん揃って、今までのどんなライブよりも最高を更新していく。アタシたちの出番は近づいていく。

 「Four Wind Colorsのみなさん、舞台袖までお願いします」

 「はいっ」

 返事をしたのはアタシだけだった。ちょっとびっくりして横の悠貴チャンを見れば少しだけ手が震えている。先を歩き出した肇チャンの顔は分からなかったけれど、美世サンの表情には悠貴チャンと同じ色が見えた。

 こんなときどうしてあげたらいいかな。悩みながら通路を歩く。



 みんながセンターをしてくれたときはどうしてたんだっけ。こんなときアタシがもっと頼りがいのある人だったら、マジメで全力な人だったなら、でもそんな「もしも」はもう必要ないんだってすぐに分かった。みんなが教えてくれたアタシはどんなことをするんだろうって考えて、舞台袖で待っているプロデューサーサンと目が合う。様子にすぐ気付いたプロデューサーサンが声をかける前に、アタシの声が先に届く。

「舞台袖って英語でなんて言うか知ってる?」

 3人が同時にぱたりと足を止めた。美世サンから最初に笑い声が漏れて、あーもうって言いたげな顔をされる。プロデューサーサンはそっと顔を背けて、肩を震わせている。その顔がどんな風に笑ってくれたのかをアタシは知りたいけれど。

「ウィングって言うんだって、そうしたら真ん中の人はなんか羽根を広げてるみたいだよねっ」



 アタシは翼を広げるポーズをとった。肇チャンと悠貴チャンは顔を見合わせて、そして同時に吹き出した。舞台袖に控えめだけど緊張も溶かすような確かな笑い声が響いて。それが落ち着いたら自然と全員が円を作ってくれた。

 声をかけるのはたぶんアタシ。だから教えてもらった大切なことを繰り返す。

「勢いだけでいっちゃおう! ミスしてもかわいく見せたいっ」






 会場を飲み込む音と光がふっと止んだらそれはアタシたちの合図。前のみんなをハイタッチして見送ったあとに、階段をのぼって立ち位置に着く。手のひらに残る熱と少しの痛みが心地良いと思う。想いのバトンを確かに受け継いだみたいで。円形のステージに真ん中がアタシ、周りに悠貴チャン、肇チャン、美世サン。今日はステージの一番真ん中、ただまっすぐを見つめて。

 次の瞬間、一斉に光の軌道が描かれてスポットライトに照らされたときのことをアタシはずっと忘れない。

 すみっこにいた頃は分からなかった景色。ちょっとだけファンのみんなが遠くなった代わりに、360°どこまでも遠くまばゆい光がアタシを取り囲む。ここにあるすべての視線の中心がアタシにある。

 やっぱり怖い。でもそれ以上にもっと面白いロマンがあるような、そんな気持ちが最初の一声に乗っかった。



「アタシたちーっ!」

「「「「Four Wind Colorsですっ」」」」

 跳ねるように歩いていくピアノの音、ゆっくりと刻まれるドラムのビート。ミドルテンポで季節の移り変わりを歌った唄。いつだってあなたがいれば楽しい季節なんだよって唄。音に合わせて3人が振りを始める。4色のサイリウムで彩られた景色が同じように揺れる。

 最初のソロはアタシが。楽しく歌ったら、楽しさが誰もに伝わるような、そんな歌声が届いたらいいな。

 イヤモニから肇チャンの力強い声が重なる。悠貴チャンの元気いっぱいの歌声も、美世サンの優しいハモリも。ステージを向いているみんなが中心を向く。中心が回転するステージは順番に目と目を繋ぐ。さっきの緊張がちょっとずつ緩んでいって、優しい表情を魅せてくれることがアタシにはよく分かった。もちろんその向こうでアタシたちの歌を聞いて、心地良さそうに揺れてくれるファンのみんなだって同じ気持ちだって信じられた。



 当たり前だけどマジメ柚チャンも無駄ではなかったみたい。たくさん練習したからびっくりするくらい順調に間奏まで歌いきれた。いつもはちょっとくらいミスをして誤魔化したりすることだってあるのに。そう思っていたのに。

 ざざっ。

 ほんの少しだけのノイズの後、イヤモニの上から覆いかぶさるような音の波が消えた。3人はちょうど外側を向いていて誰の顔もわからなかった。でも、イヤモニから小さな声が揺れたことにアタシはたぶん最初に気付いて。反響もざわめきもない、正しい音だけになってしまった世界。

 周りの音が止まった。



 センターだからそうしなくちゃいけないとか、なにかあったときのマニュアル対応とかそういうのは全部飛んでしまった。でも、だからこそ、アタシはイヤモニを片耳外して、次の瞬間にココロを言葉にできた。

「みんなで歌おうっ!」

 アタシひとりだけのラララが、怖いと思っていた場所に立ってみて初めて分かった「楽しい」って気持ちが反響する。たったそれだけのこと。きっとだれもが思いつくような、そんなこと。

 飛び跳ねる声が止まっていた世界を動かす瞬間。

「見てるだけじゃつまらないっ! 来てくれた人は全員参加だよーっ♪」



 最初に反応してくれたのは悠貴チャンだった。間奏の振りをやめて片手を振ってラララを紡ぐ。肇チャンはカラダを揺らして誰よりも大きな声でメロディーを引っ張ってくれた。美世サンは盛り上げ上手だから、マイクを見てくれてるみんなにさっと向けてくれて。アタシたちのラララが揃った。

 キレイなウエーブみたいに困惑のざわめきがシンガロングに変わっていく。アタシの声はあっという間に大きな絵筆で世界を塗り替えてしまった。大反響のラララがアタシたちに返ってきて、それをまた楽しいって気持ちにして返して、そうしてラリーは続いていく。そうしたら自然と言葉が溢れた。

「ありがとっ、今最高に楽しいよっ!!」

 あとで怒られるかもしれないけれど、謝られるかもしれないけど、そんなこともうどうでもいい。楽しいって楽しませることにもなるってこと。これ以上にないくらいに教えてくれた。たったひとりだけが立てる世界の真ん中で。



 どうにか間奏の間に周りの音が少しずつ戻ってきて。3人が中心を向く。その瞬間をぐるりと見回して、切り取ってしまいたいって、世界で最高の1枚になるんじゃないかって思った。舌をぺろっと出して合図をすれば、みんなの笑顔が弾ける。さぁ、ラスサビに戻らなくちゃ。

「みんな行くよーっ♪」

「「「「せーのっ」」」」






「はーい、ステージの立ち位置決めるよー」

 ひとつの公演が終わったらすぐに次の公演がやってくる。美世サンの掛け声が仮組みされたステージの上に響いたら、肇チャンも悠貴チャンもアタシものんびりとステージの真ん中に集まってくる。

 あのステージの後、どうなったのかを実はあんまり覚えていない。いろんな人に謝られたり、褒められたり、慣れない感情に酔ってしまってふらふらしていたこと。3人も、プロデューサーサンも、すっごく素敵な表情をしていこと。それだけを小さなお守りとしてココロのアルバムにしまってある。



「次もセンターを置く配置なんですかねっ?」

「んー、プロデューサーさんは何にも言ってなかったですね」

「そういうとこっ、プロデューサーサン、そういうとこっ」

 ちょっと遅れてくるらしいプロデューサーサンがなにか指示をくれるかもしれないけれど、きっと多分みんなに任せるとか言いそうだなぁなんて漠然と思う。びしっと締めるところは締めて、あとは自由にやらせてくれるのはなんだかアタシとすごく気が合ってるなーなんて。3人もそうだ。そんな人達と一緒にやってきたから、いつのまにか自信がついちゃったのかもしれない。



「季節も一巡したことだし、あたしまたセンターやりたいなぁ」

「私もやりたいです」

「はいっ、私もですっ」

 みんなの視線が順にアタシを射抜く。これは試されてるって分かってる。アイドルになれたのはアタシが変わったわけじゃないんだとずっと思ってた。みんながいてくれる、サポートしてくれるおかげだって思ってた。でも、ひとつだけ、変わったことがあったみたい。アタシはそれを変化だとは考えていなくて。これはみんなが、プロデューサーサンが、眩しいライトのあたる場所が教えてくれたこと。

「じゃあ、アタシもっ!」

 手をあげながら目立つようにステージの一番真ん中に立つ。遠くがぼやけるほどまっすぐ続く真っ暗な観客席にあの日の景色を重ねてみる。もうココロの棘はちくちくしなかった。



 楽しいことはいつだって楽しむこと!

 えいやって飛び込んでみた先で、どんなに面倒なコトも、嫌なコトも、ひと振りで素敵なモノに変えてくれる魔法。急にマジメになったり、フマジメになったり、投げやりになったりするのは良くないっ。アタシがアタシのままで楽しんでいれば、笑っていれば、一緒に笑ってくれる「友達」がたくさんいるって初めて分かった。

 それはあまりにもなんてことはなくて、きっと誰もが持っているフツウで、でも柚らしさでもあったみたいだ。

「「「どうぞ、どうぞっ」」」

「ひょえーっ」

 お決まりのように素っ頓狂な声をあげれば、みんなの視線が混じり合って、ざわめきが次第にひとつの笑い声へと変わっていく。



「さーって、どうやって決めよう?」

「じゃんけんとかどうカナ?」

「じゃんけんには自信がありますよ」

「えへへっ、それMCのネタになりそうですねっ」

 色んなことに挑戦してできるようになっていくこと。それがもっと、もっと楽しむためのコツ。面白いコトを募集するだけじゃなくて、待っているだけじゃなくて、そう考えたら「つまらない」、「満足できない」なんて言ってる暇なんかない。

 人は人、アタシはアタシ。フツウのままで、アタシらしさをゲットできたよ。ずっと大切にしたい柚の色。それはアタシが楽しめば誰もが笑ってくれるような、そんな景色を彩る色。



 カシャッ。

 ステージには似合わない音にみんなで振り返ればそこにはプロデューサーサンがいて、いつものカメラを構えていた。プロデューサーサンがカメラをゆっくりと下ろす。なぜだか目が離せなくて、でもどんな顔が見えるのか分かっているような気がする。だからこそ、確かめたいんだ。アタシが見つけたもの。

 トクベツな人は楽しそうに笑っていた。そしてきっとアタシたちも同じカオをしている。



おしまい。
メリークリスマス。

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