右京「万引き家族?」 (114)
相棒×万引き家族のssです。
クロス元は去年カンヌ国際映画祭で出展された作品になります。
よければ見てやってください。
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2018年6月末日―――
時刻は昼の12時過ぎ、都内某所にある商店街を背広姿で歩く二人の男たちがいた。
警視庁捜査一課に所属する伊丹と芹沢の両刑事。
いつも通り眉間にシワを寄せて顔を強ばらせる伊丹に駆け寄りながら付いていく芹沢。
二人が目指すのはこの商店街の裏通りにある小さなスーパーだ。
「オイ、さっさとついてこい。時間ねえんだぞ。」
「わかってますよ。けど昼飯くらいちゃんとした場所で取りましょうよ。」
「バカ言え。そんな余裕があってたまるか。」
警視庁捜査一課の刑事となれば多忙なのは当然。
だが食事をする余裕もないほど時間に追われていた。
ちなみにこのスーパーだが既に築30年は経過している悪く言えばボロ屋な建物。
店内は簡素な作りで表通りにあるチェーン店のスーパーとは比較にもならないボロさが悪目立ちしていた。
いくら時間がないとはいえもう少し場所を選んでも罰は当たらないだろと芹沢も内心愚痴を吐く始末。
そんなスーパーに伊丹と芹沢は揃って入店した。
「俺は惣菜コーナーでコロッケ買うからな。お前はどうすんだ?」
「あ~メンチカツで…」
「それじゃあコロッケとメンチカツを二つ頼む。 」
とにかく愚痴っても仕方がない。それに今更他の店を探す時間もない。
もう諦めるしかないと思いながら芹沢もこのスーパーで売られている惣菜を購入。
それにしてもこんな寂れたスーパーの食べ物なんて美味しいのだろうか?
店がボロいのは仕方ないにしてもせめて美味しいものを食べたかったと思いながら一口食べた。
「これ…うまいっすね…」
「ああ、この店とんだ当たりだったな。」
芹沢はともかくあの偏屈な伊丹ですら思わず美味いと太鼓判を押した。
ダメ元で訪れたスーパーでまさかの嬉しい誤算に二人は思わず大喜びする。
気づけば手元にあったモノを食べきりせっかくなので追加注文しようとまで思った時だ。
「お気に召して頂き光栄です。」
そんな二人に売り場にいた店員らしき人物が声をかけてきた。
思わず声を荒らげてしまい恥ずかしいがこの美味さは堪らない。
一体誰が作ったのかと店員を振り返った時だ。
「伊丹さん、芹沢さん、まさかお二人とこのような場で会うとはなんとも奇遇ですねぇ。」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?杉下警部!!??」
「警部殿!アンタ一体何してんですか!?」
「見てわかりませんか。このお店で働いているんですよ。」
そこにいたのはご存知警視庁特命係に所属する杉下右京。
だが二人が驚いているのはそんなことではない。何故右京がスーパーで働いているのか?
これは当然だが公務員は副業を禁止されている。
ましてや警察官が真っ昼間から本来の業務そっちのけで副業していたとなれば、
すぐに監察官の大河内が飛んできて有無も言わさず懲戒免職の処分が下されるだろう。
「言っておきますがこれは副業などではありませんよ。特命係の仕事です。」
「仕事って…いくら特命が暇だからってこんな場末のスーパーで働くなんてありえるんですか!?」
「それがありえるから世の中怖いんですよね。」
「冠城もいるのかよ。一体どういうことか説明しやがれ!」
あとから現れた冠城に事情を聞いてみるとかなり特殊なものだった。
実はこのスーパーだが見た目通りのボロさが災いして万引き行為が多発している。
これでは売上にかなり響いてしまう。この現状を近隣の所轄に相談した。
そんな話がどういった経緯なのかわからないが警視庁の内村刑事部長の耳に入った。
「まあ日頃我々を目の敵にしている内村部長のことです。
今にして思えば嫌がらせになることならなんだってよかったのでしょう。
まあそんな内村部長の嫌がらせはともかくこの店で多発している万引き行為を防止すべく
僕たち特命係がこのお店に派遣されたわけです。」
「ちなみに見た通り人手不足なもので俺たちが監視兼業務も担っています。
あ、これは副業じゃありませんからね。俺たちお金は貰っていません。
無給で市民の方々に奉仕していますからね。」
「けどいくらお金貰ってないからって警察官がスーパーの手伝いって大丈夫なんですか?」
「知るか。特命係が場末のスーパーで働こうが俺には関係ねえ!」
特命係がこのスーパーで働いている事情は把握出来た。
気になった伊丹が調理場を覗いてみるとそこには青木が恨めしそうな顔で材料の計量を行いながらブツブツと文句を垂れながら調理を担当していた。
「なんで僕がこんな目に…スーパーで働くために警察に入ったわけじゃないんだぞ…」
普段から陰険な青木がこのスーパーでさらにグレードアップした雰囲気を漂わせながら黙々と作業を行っていた。
まさか自分が絶賛した揚げ物が実は特命係のお手製だったとは…
この様子を見て先ほどまであった伊丹の食欲が一気に薄れてしまった。
「クソ…こんなところいられるか!芹沢さっさと仕事に戻るぞ!」
「あ、ちょっと待ってくださいよ先輩!」
こうして伊丹はせっかくの昼食を邪魔されたせいで怒り心頭になり店を出て行った。
その伊丹の後を追いかけるように芹沢も店を出た。
残ったのはそんな二人を見送る右京と冠城の二人だけだった。
「あ~あ、怒らせちゃいましたね。俺たち客商売は向いてないんですかね?」
「僕は二人を怒らせるような真似はしていませんが…
それにしても捜査一課の伊丹さんたちがわざわざこんなスーパーを訪ねてくる理由。
どうやら彼らはあの事件の捜査を行っているようですね。」
「あの事件ってひょっとして北条じゅりちゃん失踪事件ですか。」
そう、伊丹たちも好んでこのスーパーを訪ねたわけではない。
実は伊丹たちはこの近辺で起きたある事件を担当していた。それは誘拐事件。
今朝、警察はTV報道である事件について大々的にある事実を告げた。
二日前、北条じゅりちゃん5歳が行方不明になった。
じゅりちゃんの両親は必死に周囲を探したがその痕跡ひとつ見つからず警察に捜索依頼したという。
「心配ですね。まだ5歳となると親御さんも気がかりでしょう。」
「けど何で伊丹さんたち捜査一課が駆り出されたんですかね?彼らは殺人専門でしょ。」
「それについてですがどうやらマスコミに十年前の事件について突っつかれたのが原因のようですね。」
右京が指す十年前の事件とは千葉県内で起きた誘拐事件のことだ。
十年前のこの時期に同様の事件が起きた。誘拐されたのは当時生後間もない男の子。
犯人からの連絡は一切なくその痕跡を辿ることすら適わなかった。
その子は今も発見されておらず行方不明のまま。
それで今回の事件においてマスコミは当時の事件と同様にまた迷宮入りになるのではないかと疑問視された。
そのため今回は初動捜査から本腰を入れようと警視庁捜査一課を動かしているという大人の事情が絡んでいた。
「なるほど、警察も二度目の失態は避けたいですからね。」
「ええ、誘拐事件は時間との勝負ですからね。ところで……来たようですよ。」
そんな雑談を交わしている中で右京はスーパーの入口から店内に入ってきた客に注目した。
一人は足に怪我を負ったしょぼくれた中年男、もう一人は大きなリュックサックを背負いヨレヨレのシャツを着てボサボサ頭な髪の毛の少年が入店した。
同時に右京たちも二人の動向に注意した。
男が買い物かごを持って店内にある商品をかごに入れる。
一見なんともなさそうな行動だ。それから右京が二人から目をそらした時だ。
少年が商品棚の前でリュックサックの中を開けた。中身は空っぽだ。
同時に男が少年の前に立ち右京の司会を遮った。
そして次の瞬間、少年は空のリュックに棚に置いてあった商品を取ろうとした。
「何をしているんだ。」
そこへ一連の行動を目撃していた冠城が割って入った。
何をしていたのかなんて一目瞭然だ。この少年は万引きを行おうとしていた。
それも突発的な犯行ではない。予めこの店で犯行を行うために入店した。
つまり計画的な犯行だ。とにかくこんな行いを仕出かした以上は容赦しない。
すぐに少年を店の事務室へと連れて行こうとした。
「すいませんねぇ。うちの息子が誤解するような真似をして…」
そんな冠城に男が声を掛けた。男は少年のことを息子と呼んだ。
察するにこの二人は親子らしい。思わず顔を見比べてみるがどうにも似ていない。
本当に親子なのかと疑ってしまうがまあ本人がそういうのならそうなのだろう。
「お父さん、これは明らかに万引き行為ですよ。さすがに警察を呼ばせてもらいます。」
「いやいや、子供の悪戯じゃないですか。それにまだここは店の中ですよ。外に出たのならともかく店の中でならまだ万引きにならないでしょ。」
父親である男からそんな指摘を受けて今頃気づかされたがここはまだ店内だ。
万引き犯を取り締まるには会計をせずに店の外へ出た場合だ。
つまりこの状況なら本人たちが子供の悪戯だと主張されたらそれまで…
隣で動向を伺っていた右京も思わず渋い顔で冠城を睨みつけた。
まずい…しくじった…思わずそう嘆くしかなかった…
「とりあえず迷惑かけてすいません…ほら…お前も謝れ…」
「ごめん…なさい…」
その場で謝罪を済ませると父親は息子を連れてすぐに店を出て行った。
この状況で再び万引きを行うことはないだろう。
だがこれで事態が解決したわけではない。
「まったく…失敗ですね…」
「すいません…けど右京さんが何もしないから気づかないんじゃないかと心配で…」
「僕は油断などしていません。二人が店を出て行った瞬間を狙っていました。」
あの親子連れだが実はあの二人こそが店の経営を圧迫させている万引きの常習犯だ。
どうやらこの近隣に住んでいるようで防犯設備の疎いこの店をターゲットにして犯行を繰り返していた。
既に店側は二人をブラックリストに入れていたが中々尻尾を抑えることが出来ずにいた。
「いやあ~!今日も一日終わりましたねえ!」
夜9時、店での業務が終了した。
防犯のために送られたはずがまさかガッツリ働かされるとは思わなかった。
普段特命係で暇を持て余しているのが仇だったのか冠城は肩をクタクタにさせながら疲労感むき出しだった。
「右京さん花の里行って一杯やりませんか。早くこの疲れを癒しましょうよ。」
「ええ、それはいいのですが…」
「ひょっとして昼間の万引き親子を気にしているんですか?」
「そうですね。確かに実行犯は少年の方です。
ですがあの父親は僕の視線を遮るような行動に出ていた。
あれは明らかに意図的な行動です。つまりあの万引きは父親が裏で指示を出していたと見て間違いありません。」
右京の推理に冠城は思わず不快さを顕にした。
当然だ。真っ当な親なら子供に万引きなど行わせるはずがない。
実の子に万引きを行わせるとは一体何を考えているのかと怒りすら覚えた。
そんな冠城とは裏腹に周囲を見回しながら右京はあることに気づいた。
「そういえば誘拐された北条じゅりちゃんの自宅はこの近隣でしたね。」
「まあ正確に言えばここから5キロほど離れていますけどね。」
「そのくらいなら子供の足でも移動は可能でしょう。」
「もしかして事件の捜査に参加するつもりですか?伊丹さんに怒られますよ。」
「まさか、今回は僕たちの出番はありませんよ。
警察が総力を挙げて捜査に乗り出しているなら発見されるのは時間の問題でしょう。」
右京の言うように警察は今回のじゅりちゃん行方不明事件に本腰を入れている。
そんな状況で自分たち特命係の出番などあるはずもない。
それにこちらも万引き犯の取締りという仕事がある。
さすがに今回は下手に首を突っ込んで現場をかき回すのは不適切であり自重すべきだと判断していた。
「おーっ!母ちゃんに髪の毛切ってもらったのか!似合うじゃねえか!」
道中歩いているとふとある一軒家から話し声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがある。確かあの万引き親子の父親の声だ。
すぐに二人は声のする一軒家を覗いた。
ちなみにこの家だがもう五十年以上は築年月が経つほど古びており表札には『柴田』という苗字が記されていた。
その塀の隙間から家の様子を覗くと見えたのは昼間見た父親とそれに少年の姿があった。
「母ちゃんに髪切ってもらえてスッキリしたなゆり。」
「そうだね、前の髪型は野暮ったかったからこれで可愛く見えるでしょ。」
父親とそれに母親らしき女性がなにから愉快に話し合っていた。
会話の内容から察するにこの家にはもう一人娘がいてその子が髪を切ったということ。
どんな風になっているのか気になるが生憎外からでは娘の姿を確認することが出来なかった。
「どうだい正太。ゆりの髪型似合うだろ。」
「髪型なんて別にいいだろ。それより腹減ったから飯にしようよ。」
そんな二人を呆れるような目で少年がこんな愚痴をこぼした。
ちなみにだが少年の名前は正太というらしい。
「まったく正太は…女の子が髪を切った時は褒めないとモテないよ…」
「まあいいじゃないの。このくらいの年頃は色気より食欲だからね。」
そんな正太を嗜めるのは若い女性と年老いた老婆だ。
恐らくだがこの二人、正太の姉と祖母なのだろう。
それから一家は正太の言うように夕食を食べ始めた。
家族全員が笑顔で食卓を囲うこの光景はまるで幸せを絵に描いたかのようだ。
まあこれ以上は見ていても何もならない。
さすがにこの状況で家族の団欒を遮ってまで昼間の万引き未遂を咎めることも出来るはずもなく二人がこの場を立ち去ろうとした時だ。
「ご飯おいしいね!」
偶然だが娘の姿を確認することができた。
先ほど母親が髪を切ったショートヘアーが特徴的な5歳くらいの可愛い女の子。
だがこの少女を目撃した瞬間、冠城はすぐに自らの携帯を取り出してあるニュースサイトを覗いた。
「嘘だろ…何でここにいるんだ…」
「おや冠城くん、どうしたのですか?」
「これを見てください…あの子が…」
動揺する冠城の隣で右京も携帯を覗いてみるとそこにはある少女の画像が載っていた。
その少女は現在行方不明になっている北条じゅり。
ロングヘアーが特徴的な5歳の女の子だ。
この画像を見て右京もすぐにあの家に居る娘に注目した。
「これは…まさか…」
「間違いありませんよ。行方不明になっている北条じゅりちゃんです。」
現在警察が血眼になって捜索している北条じゅり。
もう二日も行方不明になっておりその身が危機的な状況に見舞われると誰もが危惧していた。
それがまさか目の前にある一件家で家族団欒で食卓を囲っているとは誰が予想出来ただろうか。
右京と冠城は目の前で幸せそうな家族を前にして複雑な思いを募らせていた。
ここまで
ちなみにこのssの設定はシーズン17になります
なので特命係に左遷されたばかりの青木くんがいたりするのです
「それでお仕事の方はどうでしたか?」
「勿論幸子さんのおかげで大盛況でしたよ。あの伊丹さんたちも太鼓判を押してくれましたからね。」
「まあ!あの伊丹さんたちが!それは嬉しいわぁ。」
「それにしてもあそこまで絶賛されるとはどうしてですかね?」
「そうねぇ。きっと隠し味に黒味噌を使っているからでしょうね。」
「なるほど、それがミソってわけですね。」
行きつけの花の里で晩酌を嗜みながら冠城は女将の月元幸子と楽しげに談笑していた。
ちなみにだがスーパーで特命係が作っていた惣菜は幸子が考案したレシピによるもの。
その経緯もあり幸子としてもメニューが大盛況だったのが自分事のように嬉しく思えていた。
「…」
そんな二人とは裏腹に右京は険しい顔でなにやら考え込んでいた。
右京が何を考えているのか隣に座る冠城にはその理由はわかっていた。
「右京さんやはり気になるのはじゅりちゃんですか。」
「ええ、あれが他人の空似とは僕にはどうしても思えません。」
「そうですね。公開写真と髪型が変わっていたので確かなことは言えませんがあれは余りにも似過ぎていますよ。」
冠城は携帯を取り出して再びニュースサイトにある北条じゅりの画像を見ていた。
さらにもうひとつ、画像フォルダーからある画像を検索してそれとじゅりの画像を見比べた。
写っているのは先ほどの柴田家で密かに隠し撮りした『ゆり』という少女の画像だ。
「やっぱり似ていますよね。髪型はちがうけどこれは他人の空似にしては…」
「確かに顔はどう見てもそっくりです。
もしこの子がじゅりちゃんだとして髪を切った理由があるとすればじゅりちゃんの顔が公開されたからではないでしょうか。」
確かに先ほどの一家の会話ではじゅりは今日髪を切ったと言っていた。
それも母親が切ったとのこと。何故床屋ではなく母親が切ったのか?
公開捜査によって顔が知られたとなれば周りに誘拐されたことがバレる。だから…
「確かあの子の名前は『ゆり』ちゃんでしたね。名前も似ていますね。」
じゅりとゆり、顔だけでなく名前まで似ている少女は行方不明の少女が住む近隣住宅にいた。
誰の目から見ても関連性は十分あり得た。
「…どうしますか?この情報を一刻も早く捜査本部に伝えるべきでしょう。」
「確かにあの子がじゅりちゃんかどうかはわかりませんが捜査本部に伝えればすぐに調べはつくでしょう。ですがあの子が本当にじゅりちゃんならひとつ気になる点があります。」
「気になる点とは何ですか?」
「それは笑顔です。」
笑顔と聞いて冠城は先ほどの柴田家での団欒を思い出した。
家族みんな笑顔で食卓を囲いその中にはゆりもいた。
そのゆりだがみんなと同じく満面の笑みを浮かべていた。
「おかしいと思いませんか。5歳の女の子が見ず知らずの相手に誘拐されたんですよ。普通なら恐怖に怯えて食事など喉が通らないのではありませんか。」
右京の指摘にそういえばと冠城も思った。5歳となれば自我が芽生える年頃だ。
そんな年頃の少女が二日間も親元を離れれば不安になるのは当然だ。
それなのにあの子は笑顔でいた。もしもあれがじゅりであったならあんな笑顔を浮かべるとは思えない。
それではゆりはじゅりではないのだろうか?だが人相はどう見てもそっくりだ。
どうにも考えがまとまらない。これは女性の視点による意見が欲しい。
そこで冠城は賄いの盛り付けをする幸子にこんな質問をした。
「幸子さんちょっといいですか。もしも周りに知らない人たちと食事したら笑顔になれますか?」
「知らない人と食事?もう冠城さんたら、ここは飲み屋なんだからそんなのしょっちゅうですよ。」
「あ、これは失礼。それなら付け加えてこれが5歳の女の子ならどうでしょうか?」
もしもこれが5歳の女の子の場合ならどうだろうか。
この意地悪な質問に幸子は珍しく頭を悩ませた。
そんな幸子だが悩んだ末にこんな答えを出してた。
「その相手によるかもしれませんね。信じられる人なら笑顔になれるかも。」
「信じられる人ですか?」
「はい、その人が信じられるなら笑顔になれるかもしれませんよ。」
信じられる人、それだけで5歳の女の子が他人に対してあの笑顔を浮かべることが出来るのか?
やはり今の状況では結論を出すには判断材料が欠けている。
「それでこれからどうするつもりですか。捜査本部にこのことを伝えます?」
「まだそれには早いでしょう。あちらも忙しいようですしあの子が本当に北条じゅりちゃんであるという確固たる証拠を得てからでないとなりません。」
「けど悠長なことはやってられませんよ。あの家族がじゅりちゃんに危害を加える可能性はある。そうなってからじゃ遅いですよ。」
冠城の懸念は最もだ。現在あの柴田なる家族を信じられる要素は何一つとしてない。
店では万引きの常習犯と疑われている家族の元に居れば子供の身が危険に晒される可能性は大いにある。
「わかっています。ですから今夜から僕たちであの柴田なる家を張り込みましょう。」
「店の業務に加えて夜は張り込みですか…これはつらいな…」
やはりそれしか方法はないかと冠城も思わず愚痴を零してしまうが現状では妥当な判断だろう。
とにかく最優先すべきは子供の安全を確保すること。
そのためには寝ずの張り込みも止むなし。
けれど昼のスーパーの業務に加えて夜の張り込みとなるとこれでは捜査に当たる伊丹たちとそう変わりない負担だと思わずにはいられなかった。
「それにあの家にはもう一人子供がいます。」
「ああ、昼間に父親と付き添っていたあの坊主ですか。」
「あの少年もいざとなればどうなるかわかりませんからねぇ。」
確かに厄介な状況だ。実の子供がいるのに他所の子を誘拐してくる親がこの世に居るのかと疑いたくなるほどだ。
この事件、下手をすれば子供を二人も人質に取られているようなものかもしれない。
あの少女が本当に北条じゅりだった場合、少年の親は誘拐犯になる。
そうなれば少年は目の前で両親が逮捕される瞬間を目撃するのだろう。
それだけでも修羅場だろうが最悪なのは両親が少年にまで危害を加えるような事態が起きた場合だ。
そうなれば事態は最低最悪だ。
冠城は手元にある白ワインの入ったグラスを一気に飲み干した。普段なら味をしっかりと堪能したかったがそうも言っていられない。
とにかく気を引き締めなければならない。昼間のような失態は二度と犯せない。
子供たちの身を守る。それがこの事件における何よりの最優先事項だ。
ここまで続きは明日
右京たち特命係が柴田家の張り込みを開始してから既に二日が経過した。
今日も右京は店の方を冠城と青木に任せて自分は柴田家の人間を調査することにした。
右京が探ったのは父親だ。冠城が正太から聞いた話によると父親は工事現場で働いているとのこと。
そこで右京はこの近辺にある建設会社を手当たり次第に当たった。
ここ一ヶ月以内で柴田という名の中年の作業員が怪我をしていないかと探ってみた。
「ああ、柴田治さんね。確かにうちで働いていましたよ。」
何件か周ってようやく柴田家の父親が務めている会社を突き止めた。だが…
「けどあの人もう辞めてますよ。」
「辞めた理由は何でしょうか?」
「怪我ですよ。全治一ヶ月の怪我を負ってね。それで労災を申請したんですけど…日雇いだから労災は降りなくて…」
会社の事務の人間は戸惑いながら返答するがどうやら保険料を払っていなかったらしい。
それに作業員といっても柴田は日雇いだった。
つまり雇用関係において彼は正規の社員ではなかった。そのせいで労災が降りなかったようだ。
「おや…あれは…?」
建設会社を後にした右京は偶然にもある人物を見つけた。
それは柴田家の祖母だ。夏の暑い昼間の時間帯に何処かへ出掛けようとしていた。
すぐにその後を付けるべく尾行を開始。車や自転車も使わずに徒歩でのみ移動をする祖母。
この炎天下の日照りだ。あのような老女がこんな日中歩き通しでは熱中症になる恐れがあるはずだ。
それなのに祖母は何処へ行くというのか?それから数分後、ある場所へとたどり着いた。
その場所はとある一軒家。しっかりとした家作りで柴田家のようなボロ家とは大違いだ。
しかし問題は建物の外観などではない。右京はこの家のある部分に注目していた。
それは表札、その表札には柴田という苗字が記されていた。
「お邪魔するよ。」
祖母がインターホンを鳴らすと玄関から中年の夫婦が現れて家の中へと招かれた。
それから一時間近くが経過したのだろうか。 祖母が家から出てきた。
そんな祖母だが帰り際に夫婦からある封筒を渡されていた。
その封筒の中身を見て祖母はご満悦な様子ですぐにこの家を立ち去った。
今のやりとりはどういうことなのか?気になった右京はすぐにこの夫妻を尋ねた。
「実は…あの人は…私の父の…奥さんだった人です…」
「父の奥さん…?何やらおかしな言い回しですね。あなたのお母さまではないのですか。」
「そこがまた複雑でして…あの人…初枝さんは…父の前妻なんです…」
それからこの家のご主人がその複雑な事情を語ってくれた。
この家の主人である柴田譲の父親には前妻がいた。それがあの祖母こと柴田初枝だ。
つまりこの譲の母親は後妻ということになる。
だがこうなると些か不可解だ。初枝が前妻ならば譲とあの祖母に血縁関係はない。
それなのに初枝は何故後妻の息子の家を訪ねてきたのか?
「こんなこと警察の人には言いにくいのですが…あの人と父が離婚したのは…私が生まれたからです…」
夫婦が離婚する原因は大抵が浮気によるものだ。
しかし前妻である初枝と譲の父との間に子供はいなかった。
そこで譲の父は初枝と離婚して浮気相手の女性と再婚して家庭を築いた。
この話からして離婚に非があったのは譲の父だ。
「今日は父の命日なんです。あの人は毎年この日に訪ねてきて私たちは慰謝料を払い続けています。」
初枝がこの家を訪ねた理由は金銭にあった。
先程初枝が持っていた封筒、あの中に現金が入っていたのだろう。
確かに事情を知れば譲の父親に非はあった。
だがそれはもう何十年も前の話だ。それに息子の譲がこの慰謝料を払い続ける義務などあるはずもない。
「しかし何故お金を払い続けるのですか?
失礼ながら離婚の問題はあなたのお父さまによるものです。息子であるあなたには非などありませんよ。」
「確かにそうなんですが…うちにはさやかという高校生の娘がいまして…」
下手に揉め事となれば娘のさやかに害を及ぼす恐れがある。
大学進学を控えている娘の将来をこんなことで台無しにするわけにいかない。
だから夫妻も嫌々ながらも初枝を招き入れてお金を払うしかなかった。
右京は玄関前に飾られてある家族写真を見つけた。
そこには夫妻の真ん中に高校の制服を着た少女が写っていた。恐らく娘のさやかだろう。
三人は満面の笑みを浮かべながら幸せそうな顔でいた。
まさに理想の家族がそこにいた。
「これは…」
そんな家族写真ばかり飾られている棚の奥に気になるものがあった。
それは一枚の写真。そこにはさやかではない若い娘が写っていた。
右京はこの娘に見覚えがあった。あの柴田家にいた長女だ。
「失礼ですがこの女性はどなたでしょうか?」
「………それは長女の亜紀です。今は海外留学しているので…」
譲は何やら動揺した素振りでそう答えた。明らかな嘘である。
何故なら亜紀は初枝の家にいる。海外になど留学しているはずがない。
複雑に絡み合う柴田家の人間関係。あの家族は一体何なのか?
さすがの右京もあの家族の人間関係には理解の範疇を超えていた。
一方で冠城は店の前で掃き掃除をしながらあることに気づいた。
「早くしろよ。」
「うん!まって~!」
祥太とりんだ。二人がこちらのスーパーではなく別の店に入って行こうとしていた。
ちなみに二人が入った店は古めかしい駄菓子屋さん。
店主は還暦を過ぎたお爺さん一人で経営しているこちらのスーパーよりも小さなお店だ。
二人の様子が気になった冠城はうしろからこっそりと覗き込むが二人は何も買わずに店の中をグルグルと回っていた。
この感じ、店の手伝いを経験して冠城の中である直感が働いた。
今から二人はこの店で万引きを行おうとしているのだと…
「えいっ!」
するとりんが店のお菓子を万引きしてしまった。
隣にいた祥太はそれが無事に成功するとすぐにりんを連れて店を出ようとした。
なんということだろうか。こんな小さな少女が万引きをしてしまった。
本来ならこの行為は咎めなければならない。だが現在の状況はかなり複雑だ。
りんが北条じゅりであった場合、ここで警戒心を持たれたら冠城は二度と子供たちとの接触が敵わない。
下手をすれば柴田家の人間がりんを家に監禁状態にするかもしれない。
だがここで見過ごすことなど出来やしない。
いくらなんでもこんな小さな子が罪悪感もなしに悪事を働くなどあってはならない。
「お前たち!自分が何をしたかわかっているのか!」
冠城はすぐに二人の前に立ちはだかりその行為を咎めようとした。
犯行がバレた二人は思わず動揺してしまう。
普段は冷静な冠城だがこんな幼気な子供たちが罪悪感も理解出来ず犯行に至るのは我慢ならなかった。
「いや…ちがうよ…それは…上げたんだ…」
すると後ろから誰かが声を掛けてきた。見るとそれは駄菓子屋の店主だ。
店主はりんが持っていこうとしたお菓子は自分が与えたものだと主張した。
こうなると部外者である冠城はもう何も言えなかった。
二人はそのまま駆け足で店を出ていった。
「いいんですか?あの子たちあれが初めてじゃなかったんでしょ。」
「…ああ…何度かやられてるよ…」
店主はため息混じりで二人が何度もこの駄菓子屋で万引きを行っていたことを話した。
どうやら祥太はスーパーだけでなく他の店でも万引きを行っていたようだ。
それだけでなく幼いりんまで連れて犯行に至るとは…
冠城は一昨日の治が祥太に万引きを行わせた光景を思い出した。
今度は祥太が幼いりんに万引き行為を手伝わせていたとはあの親にしてこの子ありとでもいうのだろうか。
「それなら何で助けるような真似をしたんですか。警察に突き出せばいいでしょ。」
「…そうなんだが…もう長くなくてね…」
話し終えると店主は苦しそうに咳き込んでいた。どうやら持病を抱えているらしい。
もう先行き長くない自分のせいで子供たちが傷つくところを見たくないとそう嘆いた。
そのことを聞いた冠城はなんとも居た堪れなかった。
「ごめんください。誰かいませんか!」
その後、冠城は子供たちを連れて柴田家を訪れた。
駄菓子屋での一件は店主が子供たちにお菓子を上げたというのだから罪に問うことは出来ない。
だからといってこのままで終わらせていいはずがない。
とにかく直接親に文句を言わなければ気が収まらない。その思いからこうしてリスクを犯すのを覚悟で乗り込んだのだが…
何度呼びかけても返事がない。だが玄関には大人の履物が置いてある。
誰かが家にいるのは間違いない。
「あ…う…ぅ…ん…」
何やら微かな声が聞こえてきた。これは…喘ぎ声だ。
まさかと思った冠城はすぐさま子供たちを外へと出してもう一度大声でごめんくださいと叫んだ。
するとすぐさま奥からドタバタと物音がして慌てて二人の男女が姿を現した。
「あれ?この前のスーパーの人じゃないっすか。何か用?」
祥太の両親だ。だが二人の衣服は明らかに乱れた様子。
この様子を見てすぐに察した。二人は真っ昼間から行為に及んでいたと…
「ねえ…どうかしたの…?」
そこへ先程冠城が外へと出した子供たちがひょっこりと姿を現した。
さすがに子供たちの前でこんなことを咎めるわけにもいかない。
そう判断した冠城は単に子供たちを送り届けただけだと言ってその場を後にした。
本来なら子供たちの行為を咎めたいところだが…
それにしてもあの夫婦は昼間から仕事もせずに何をやっているのだろうか。
夫の治はともかくとして母親は確かパートの仕事があるはずだ。
それなのに仕事をサボって昼間から情事に耽るとは…
そう思うとつい苛立ちだけが募っていた。
「…」
そんな時、ふと周囲を見回すと一人の女性が柴田家をジロジロと眺めていた。
一体どうしたのかと声をかけてみた。
「失礼ですがどうしましたか?」
「アンタこの家の人と知り合いなの?」
「…知り合いといえばそうかもしれませんが…」
「実は私…この家の柴田信代さんと同じ職場で働いていたんだけど…」
どうやらこの女性、母親の信代と同僚らしい。そして冠城は意外な事実を聞かされた。
「…それでは柴田信代さんはパートの仕事をリストラされたのですか。」
「そのようです。話によると職場の経営難ということですが…
実際には信代さんは手癖が悪いらしく預かった衣類から金品を盗んでいたらしいです。
それがリストラされた原因とのことでした。」
その夜、張り込み先の柴田家で合流した冠城から右京はその一部始終を聞かされた。
現在の柴田家で稼ぎ手だと思われた信代がリストラされていたとは…
しかもその原因が盗みだというのだからなんとも言えない話だ。
そうなるとこの家で収入源となる人間はかなり限られているようだ。
「ところでその同僚の方はどうして柴田家を覗いていたのですか?
信代さんに非があってのリストラなのだとしたら気にすることではないと思いますよ。」
「それが…実は信代さんがリストラされる際にその同僚の女性とどちらをリストラするのか職場で意見が分かれたそうです。
そこで同僚の人はあることを言って信代さんにリストラを促すように仕向けたんです。」
実はこの同僚だが以前に信代がりんを連れているところを見かけたそうだ。
それが数日前から報道されている誘拐された少女と似ていたことからなんらかの関連性があるのかと怪しんでいた。
そのことを告げられた信代は大人しくリストラされた。
そんな信代だが職場を去る際に同僚に対してあることを告げたらしい。
「殺してやる。このことを誰かに言えば殺すと信代さんはそう脅したそうです。」
その時の信代は明らかに殺意があったらしい。そうした不安から同僚は柴田家を覗いていたようだ。
今の話を聞く限りだと信代はリストラされても相手を殺すとまで脅してまで家族の秘密を守ろうとしたことになる。
つまりこれはりんが北条じゅりである可能性が高い証拠だ。
だが右京がいくら考えてもその理由がわからなかった。
りんの存在が柴田家の生活が圧迫しているのは明らかだ。
それなのに柴田一家はりんを匿っている。一体何のために…?
「もう嫌だ!僕は降りますよ!」
そこへなにやら怒り心頭の青木が姿を現した。
実は青木だが冠城に頼まれて今日一日ある女性を見張っていた。この家に住む亜紀だ。
彼女が日中どんな仕事をしているのか青木に調べてもらっていた。
「その様子だと何かあったみたいだな。」
「ええ!ありましたとも!あの女どこに勤めていたと思いますか!JK見学店ですよ!」
「JKって…彼女…女子高生なのか…?」
「そんなわけないでしょ。いい歳した女がJKの格好していやらしいことをする風俗店に勤めているんですよ。」
青木がいうには亜紀はJK見学店に所属している風俗嬢とのことだ。
予想していなかったわけではないがよりにもよってJK見学店とは…
近年その手の店は過激な性サービスが問題視されており警察でも摘発対象となっている。
口にはしたくないがこれは気質の仕事ではない。
ましてや家庭に幼い子供いるのだから悪影響を及ぼす可能性もある。
「ところでお前、どうしてそんなにキレてるんだ?」
「そりゃあんな対応されたらムカついて当然でしょ!こっちはこれでも客ですよ!」
「お客って…お前…まさか本番までやったんじゃ…」
「そんなわけあるか!これでも僕は警察官で職務中ですよ!だから行為とか一切なく相手の様子を伺っていたんですけど…」
一般客を装い亜紀の勤務するJK見学店を訪れた青木だがその対応は酷いものだった。
亜紀は青木が行為に及ばないと察するに時間中にも関わらず自らの携帯を取り出してSNSに耽っていたそうだ。
さすがの青木も客として注意したが亜紀は素っ気ない態度で聞き流していた。
「こっちはこれでもお金払ったんですよ!それをあの女はさも当然かのように素っ気ない態度で時間終了までスマホの画面眺めてましたよ!」
「そのくらいでキレるなよ。様子がわかっただけでいいだろ。」
「まあ僕だってあんな尻の軽そうな商売女とやるつもりは一切ありませんよ。
けど怒っているのはそれだけじゃないんですよ。これでも僕は身持ちの固い公務員ですよ。
それなのにあの女は…こっちの番が終わったと同時にあんなのと…」
青木がイラついている原因は亜紀の態度もそうだが仕事への姿勢にも問題があった。
前述の通り、青木の番が終わると4番という常連客らしき男が現れたらしい。
ちなみにこの4番という常連客は発話障害の持ち主で筆談のやり取りを行っていた。
その4番が姿を見せると亜紀はそれまでの素っ気ない態度が嘘かのように豹変した。
まるで恋人かのようにイチャついていたとのことだ。
「本当にあいつ仕事舐めてますよ!あのさやかちゃんは!」
「さやかちゃん?彼女の名前は亜紀さんではないのですか。」
「さあ?店ではさやかと名乗っていましたけど本名じゃないなら源氏名でしょ。」
今の話を聞いて右京は昼間の出来事を思い出していた。
初枝が訪ねた家…恐らくは亜紀の実家で見た家族写真。
そこに写っていた亜紀の妹の名前はさやかだった。
つまり亜紀は実の妹の名前を源氏名として使っている。
「まったく家族みんな歪んでいますね。」
一連の事情を知った冠城がつい本音を呟いた。確かにその通りだ。
ここまでの調べでこの家の誰もがろくな人間でないのは明らかだ。
老婆の初枝は前夫の息子から慰謝料をふんだくり治は子供に万引き行為をさせている。
妻の信代は勤務先で盗みを働き亜紀は風俗店での勤務。
こうして挙げただけでも幼い子供を住まわせる環境に適しているとは言えない状況だ。
「あとこの件を解決したかったらさっさとした方がいいですよ。そろそろ捜査本部も証拠固めを終えましたからね。
明後日辺りには城南金融を一斉摘発するつもりですよ。それじゃあお疲れ様でした!フン!」
こうして青木は不機嫌な態度でその場を後にした。
それにしても明後日には城南金融の摘発となれば同時にじゅりの両親も逮捕されてしまう。
そうなる前に特命係はなんとかしてこの事件に決着をつけなければならなかった。
翌日、柴田一家は家族揃って海に出かけた。前から予定していた旅行だ。
海に着くとさっそく祥太が衣類を脱いで海へと駆け込んだ。
治も足の包帯を取って祥太に続いた。
二人はまだ水着も付けないで下着姿のままで海水浴を楽しんでいた。
そんな男たちがはしゃいでる中でりんも初めての海に興奮した。
信代と亜紀もりんの面倒を見ながらそれぞれこの海水浴を満喫していた。
「まったく…能天気だねぇ…」
浮かれる家族に対して唯一人初枝のみが悲観的だった。
そんな初枝だがなにやら体調が悪いらしく砂浜に敷いたシートで座ったままだ。
「いいじゃないの。こういう時はパーッと騒がないとさ。」
「こんなの長続きしやしないよ。」
「そんなことない。りんだって家族の一員になって血の繋がりなんて関係ないって!」
血の繋がりなんて関係ない。そう言い聞かせるようにして信代は亜紀とりんを連れて祥太たちの元へと駆け寄った。
家族揃って手を繋ぎながら波際で楽しく遊んでいた。
「家族…だねぇ…」
初枝はそんな彼らを砂浜にて眺めていた。誰もが幸せそうな笑顔でいてくれている。
本来ならこれはどこにでも有り触れている一家団欒な光景のはず…なのに…
「失礼します。隣よろしいですか。」
「アンタ…誰だい…?」
「警視庁特命係の杉下といいます。要件はわかっていますね。」
そこへ現れたのは柴田一家のあとを追ってきた右京だ。
ここにきて柴田家の人間と接触するのはかなりリスクのある行いだ。
だがこのまま悠長に捜査してもいられない。
昨日までの捜査で柴田家の環境が幼い子にはかなり悪影響があるのは明らかだ。
それに捜査本部でもじゅりの両親である北条夫妻を逮捕する動きが見られている。
このままでは北条夫妻は冤罪を被ることになってしまう。
そうなる前に柴田家と話をつけるつもりでいた。
「あの子は北条じゅりちゃんで間違いありませんね。」
右京から問われても初枝は無言で海を眺めたままだ。
そんな沈黙が暫くの間続いた。
聴こえてくるのは海から発せられる波の音と人々の燥ぎ声だけ。
そんな中で初枝は観念したのかあることを呟きだした。
「アンタ…家族いるかい…」
「昔は結婚していました。まあ…互いの不一致で離婚しましたが…」
「そうかい…どこも同じなんだね…」
今の話だが察するに初枝は自らの境遇について思うところがあるのだろう。
それは昨日聞かされた前夫の不貞によるもの。
右京も自分が離婚した時のことを思い出していた。
初枝のように不貞など犯したわけではないがもう少しお互いを理解すればもっと歩み寄れる道もあったかもしれない。
だがそれはたらればの話だ。今更そんなことを考えても無意味でしかない。
「これは僕の推理ですがあなたは擬似家族を演じていたのではありませんか。」
「擬似家族…?どういう意味だい。」
「あちらに居られる柴田治さんと信代さんですがあなたとは血縁関係のない垢の他人でしょう。
昨日あなたが訪ねた柴田譲さんからお話を伺いました。
あなたは前夫との間に子供を作ってはいない。つまりあなたに子供はいない。
柴田家であなたと血の繋がりのある人間は一人もいないのではありませんか。」
それがここまで捜査してわかったことだ。
もしも初枝が離婚後に子供を作っていたとしたら旧姓の『柴田』という苗字を変更しているはずだ。
だが初枝は現在も柴田という姓を名乗っている。
つまり初枝は離婚後も誰かとの間に子供を作ってなどいないということだ。
「まったく痛いところを突くね。警察は本当に容赦ないよ。」
「申し訳ありません。ですが時間が迫っていましてね。
このままではじゅりちゃんの実の両親が逮捕されてしまいます。そうなる前にあの子を解放してください。
今なら間に合います。あなた方は一応じゅりちゃんに危害を加える行為はしなかった。
ですから僕たちも付き添いますからなんとか穏便に解決の方向に持ち込みたいと思っています。」
それが右京からの懐柔案だ。本来なら即逮捕に踏み切りたいところだが残念なことに窓際部署の特命係には捜査権限はない。
それに今回の件が明らかとなれば子供の祥太もまた批難に晒されるのは明らかだ。
だからこそ自首という形でこの事件を穏便に済ませたいと頼み込んだ。
「祥太くんのためを思えば事態は穏便に済ますべきでしょう。
今回の事件では信じ難いですがあなた方は二ヶ月間一応じゅりちゃんを保護していた。
そのことを踏まえれば上場酌量の余地はあるはずです。無論普段の万引き行為は別問題ですが…」
最後に万引き行為については別問題と敢えて付け加えたが…
だが右京の懐柔案などまるで聞く耳も持つ気もない様子で初枝は海を眺めたままだ。
そんな初枝だがボソリとこう呟いた。
「そんな必要ないよ。どうせこの関係は近いうちに終わる。長続きなんて出来やしない。」
「ですが今のままでは最悪の終わり方が訪れますよ。」
「…かもしれないね。けど私らなんてそんなもんさ。みんな今が楽しけりゃそれでいいんだ。」
「今が……ですか。それが今回の事件の動機みたいなものですね。」
そんな右京の問いに初枝は唯静かに頷きながら返答した。
それからあることを語りだした。じゅりが柴田家にやってきた日のことだ。
「あれは…今から二ヶ月前の寒い夜のことだった…」
「治と祥太があの子を…連れてきた…」
「何で連れてきたのかと聞いたら放っておけなかったらしくてね…」
二ヶ月前の夜、じゅりは団地のベランダで放置状態だったらしい。
今から二ヶ月前といえばまだ4月の肌寒い時期だ。そんな夜に子供を外に放置していたとなれば最悪の場合は凍死も有り得たかもしれない。
名前を尋ねると本人は『ゆり』とそう答えた。
今思うと幼いせいで自分の名前を正確に言えなかったのだろう。
とにかくどんな事情があったにせよ他所の子を勝手に連れて帰るなんて誘拐だ。
そう思った初枝と亜紀はすぐに子供を連れて帰るように促した。
「けど事情を察した信代がうちの子だった言い張ってね…」
「信代さんが?何故そんなことを言ったのでしょうか。」
「さあね、うちの人間は何かしら厄介な事情を抱えてるんだよ。」
「厄介な事情…言い換えればその事情であなた方は家族で居られる理由ですか…」
「そう、治たちだって同じさ。ある日突然うちへ転がり込んできた。
厄介な事情を抱えてるのはすぐにわかった。けどそのことは今まで一度も聞かなかった。
何故かって?居心地がよかったからさ。
家族で居られた。それだけで十分だったからだよ。」
今が良ければそれで充分。その言葉は今回の事件における動機そのものだろう。
その行いはどれだけ正しくても法を犯したものだ。
だが右京がどれだけ正論を吐こうとこの家族は受け入れはしない。
彼らに取って大事なのは今なのだから。
「そうさ…家族だよ…家族が欲しかったんだ…」
「私だって…子供さえ生めれば…」
「今も…幸せでいられたはずなのに…」
初枝はその眼から大粒の涙を零しながらボソリと呟いた。
その言葉は海の波音で彼女の指す家族には聞こえず隣にいる右京にしか伝わっていない。
そして初枝の眼は今も海ではしゃぎ続ける柴田一家が写っていた。
家族一緒に手を繋ぎ遊び続ける彼らの姿…一見幸せそうな光景だが…
この日が柴田一家の『家族』として過ごせる最後のひと時となった。
柴田家が海水浴に行った翌日、右京たち特命係は今日も家の張り込みを続けていた。
自首に応じてもらおうとリスクを犯してまで家族と接触したがまるで動きがない。
いや、動きが無さ過ぎた。
昼過ぎになり右京は張り込みを交代するため今日もスーパーの手伝いをする冠城の元へとやってきた。
その冠城だが休憩時間を利用して何処かへ外出していた。
「すいません遅くなりました。」
「おや、どちらへ行っていたのですか。」
「さっき近くで喪中の張り紙があったでしょ。だからお線香を上げに行っていました。」
「なるほどそうでしたか。それでは冠城くん、あとはお願いします。」
「了解しました。ところで動きはありましたか?」
「いいえ、ありません。というよりも誰も家を出てないんですよ。」
「誰もって…あの夫婦はともかく子供たちもですか…?」
「ええ、いつもなら誰かしらの笑い声が聞こえてくるあの家が不気味なほど静かでした。」
右京から張り込みの現状を聞いて冠城は嫌な予感が過ぎった。
既にこちらからやんわりと忠告を促した。それにも関わらず家族は誰も外出しない。
ひょっとして今後のことについて話し合いでも行っているのか?それともまさか…
「あ…あの…」
するとそこへ祥太が姿を見せた。よかった。無事だった。
ひょっとしたらと思い心配していたが何事もなくて冠城はホッとひと安心した。
だが様子がおかしい。祥太の衣服には何故か泥が付着していた。
それだけではない。顔色が青ざめていた。何か怖い出来事でもあったのだろうか?
「祥太どうかしたのか。」
「え…と…」
「もしかして家族に何かあったんじゃないか…?」
冠城に問われたが祥太は何やら動揺したままだ。これは明らかに様子がおかしい。
やはりあの家で何かが起きた。右京と冠城はその確信に至った。
そんな時、動揺していた祥太がようやくあることを話し出した。
「あの…さ…盗んじゃいけないの…」
「どうした?何の話をしてるんだ。」
「婆ちゃんのモノを…みんなが取っているんだ…これって悪いことなのかな…」
祥太は動揺した素振りを見せながらも何かを懸命に訴えようとした。
恐らくあの家で何かが起きた。だが直接伝えることは出来ない。
その理由は恐らく家族にあるのだろう。だからこうして言葉を濁しながら目の前にいる右京と冠城にそのことを伝えようとしていた。
そんな祥太の訴えを聞いた右京は毅然とした態度でこう答えた。
「それは悪いことです。」
「悪いって…けど…みんなは…いいって…言ってたのに…」
「いいえ、決して良くはありません。家族であろうと人のものを盗んではいけないんですよ。」
右京らしい正しい返答だった。冠城もその言葉に賛成だ。
だが祥太はちがう。その返答を聞くとさらに顔が険しくなった。
こんな幼い少年が一体どうして…
すると祥太は何かを決意したかのような顔つきになった。そして…
「 「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」 」
なんと祥太はスーパーの商品を右京たちの目の前で万引きして駆け足で逃げた。
二人は祥太の突然の行動に驚くがすぐに追いかけた。
子供の足だ。すぐに追いつく。それから近くの歩道橋まで迫ろうとした。
もう逃げ場はない。だが祥太はそのまま歩道橋から飛び降りようとした。すると…
「―――どうですか右京さん。」
「ダメですね。返事がありません。」
一時間後、祥太は追い詰められた歩道橋から飛び降りようとして怪我をした。
すぐに病院へと運ばれたが診断の結果は足を骨折とのこと。
右京はそのことをすぐさま電話で柴田家に連絡。
子供が万引きをして怪我を負った。すぐに病院に来てほしいと伝えたが一時間してもまだ何の返事もなかった。
「まさかあの一家は祥太を置いてにげるつもりじゃないですよね。」
「どうやらそのまさかかもしれませんよ。」
ありえない。冠城はそう思わずにはいられなかった。
実の子を見捨てて誘拐した子供と一緒に逃走する腹積もりなど普通なら考えられるはずもない。
だが現にこのような事態に陥っている。
とにかくもう悠長な真似をしていられない。こうなれば強行突入あるのみだ。
「オイ冠城、今日もコロッケ買いに来たぞ。」
「大至急お願いね~」
するとそこへタイミングのいいように伊丹と芹沢が姿を現した。
実はこの二人は店の惣菜が気に入ったのか張り込みの休憩がてら訪ねるようになりすっかり常連客となっていた。
「そういえば伊丹さん、今日が城南金融の摘発なんですよね。」
「まあな、大捕物になるからな。その前の腹拵えだ。しっかり食っておかねえとな!」
既に捜査本部は城南金融の摘発に踏み切る態勢だ。
伊丹と芹沢もこの大捕物に意気込んでいる様子。
このまま摘発など行えば最悪の冤罪が生じてしまう。それだけはあってはならないことだ。
「伊丹さん、芹沢さん。大捕物の前に是非ともお二人に協力してほしいことがあるのですが…」
そんな意気込む二人に対して右京はあることを頼み込んだ。そして…
夜になり人気もなくなり辺りは静かになった。普段なら夜も明るい笑い声のする柴田家は灯りも点さず薄暗いままだ。
人の気配すら感じないそんな柴田家である動きがあった。
「…早くしなさい…さっさと行くわよ…」
「ああ、わかってるよ。こちとら怪我してるんだから急かすなよ。」
「りんも早くしなさい。急がないとどうなるか…」
「うん…わかってる…」
初枝を除く治、信代、亜紀、それにりんの柴田一家が荷物を持って何処かへ行こうとしていた。
誰もが着の身着のままの状態で手には沢山の荷物を持ち家からこっそりと抜け出そうとした。
誰かが見たら夜逃げとも思われる光景だ。そんな中、亜紀があることを言い出した。
「ねえ…祥太どうするの…このままじゃ…」
亜紀は捕まった祥太のことを心配していた。
昼頃スーパーから連絡があって祥太が捕まった報せを受けた。
本来なら家族の誰かが迎えに行ってやらなければならない。
だが家族は迎えに行こうとしなかった。それどころか荷物を持ち出して何処かへ行こうとする始末だ。
「しょうがないでしょ。行ったらどうなるかわからないんだから。」
「けど…祥太は…」
「大丈夫だよ。別に捕まったからって殺されるわけじゃねえしな。」
そんな亜紀の心配を余所に治と信代は自分たちの身のことばかりを案じていた。
普通の親なら我が子を第一に思うのに何で…どうして…
今までなら家族として接していられたはずなのに亜紀はこんな二人を軽蔑せずにはいられなかった。
「こんな夜にどちらへお出かけですか。」
そこへ現れたのは右京と冠城だ。
既に二人と面識のある治は単なるスーパーの店員がやってきただけだと思わず安堵した。
「お父さん、ずっと連絡していたんですよ。何で来てくれなかったんですか。」
「あ…その…ちょっと用事があって…これから出かけなきゃならなくて…」
「その用事とは実の子を見捨てなければならないほどのことなのですか。」
「いや…だから…」
治の返答はどうにも要領の得ないあやふやな発言ばかりだ。これでは話にならない。
そんな右京たちに代わってもう二人ほど姿を現した。伊丹と芹沢だ。
「オイ…嘘だろ…この子…北条じゅりちゃんじゃねえか…」
「間違いないっすよ。公開写真とそっくりだ!」
明らかな刑事風な伊丹と芹沢が現れた瞬間、治と信代はまるで血の気が引いたかのように真っ青な顔になった。
この状況で何故警察が現れたのか?そんな疑問しか頭になかった。
「失礼、自己紹介がまだでしたね。警視庁特命係の杉下と冠城です。この数日間、あなた方のことを見張っていました。」
「ふざけんなよ…アンタら騙したのか…」
「騙したとは人聞きの悪い。そもそも騙していたのはあなた方じゃないですか。」
右京たちの正体が警察だと知って思わず悪態をつく治だが…
そんな治のことはともかく右京は初枝の姿がないことを確認するとすぐに柴田家に押し入った。
家の中を隈なく探したが初枝の姿はどこにもなかった。
「初枝さんは何処へ行きましたか。」
「知らないよ。ここには俺たちしかいねえよ。」
治と信代はそう言ってのけたが明らかな嘘だ。初枝は間違いなくこの家に住んでいた。
そのことは右京と冠城もしっかりと確認している。そうなると…
「冠城くん、それに伊丹さんと芹沢さんもすぐに床を剥いでください。大至急です!急いで!」
右京の指示で冠城、伊丹、芹沢は拒もうとする柴田家の面々を押しのけて作業に取り掛かった。
床を引き剥がし地面を掘り起こすと何かを巻いた大きな布が出てきた。
その布を見て柴田家の全員がそれから目を背けてしまう。
「今日一日張り込んでいて様子がおかしかった。普段なら誰かしら外出しているこの家で誰も家から出なかったのですからねぇ。」
「それではこの家で一体何が起きていたのか?」
「祥太くんが捕まったくらいで逃げなければならないほどに追い詰められていた。」
「その答えがこれですよ。」
右京が布を捲るとそこから一人の老女がまるで眠ったように姿を現した。
この家の住人である初枝だ。
だが息はしていない。その身体は冷たくなっていて既に死亡していることが確認された。
「何だこりゃ…お前が殺したのか!」
「ちがう!ババアは朝起きたら死んでたんだ!だから!?」
伊丹に問い詰められ治は観念したのか洗いざらいすべてを吐いた。
今朝方、初枝は老衰により息を引き取っていた。
本来なら警察へ通報すべきだった。だがそれは出来なかった。
「通報できなかった理由はりんちゃんが実は北条じゅりちゃんだからですね。
この子の存在を警察に知られたら逮捕される恐れがある。だからあなた方は初枝さんの遺体を隠すしかなかった。」
「しょうがないでしょ!どうしようもなかったんだから!それにこの人だって最期は私たちに看取られて満足してたわよ!」
「そうだよ…俺たちには…」
治と信代の身勝手な発言など最早聞く気にもなれない。
右京はあとのことを伊丹たちに任せた。直後、伊丹は北条じゅりを保護したことを捜査本部に報告。
その報告はまさに城南金融を一斉摘発する直前だった。
報せを聞いた捜査本部の内村部長と中園参事官は一気に拍子抜けした。
警察を侮った連中を一網打尽にしょうという大捕物の大捜査となるはずが実際には本当に誘拐が起きていてしかも犯人は被害者家族の自宅から5キロ圏内に潜んでいたなど笑い話もいいところだ。
とにかく全捜査員を至急現場に向かわせた。それから柴田家の周囲は警察が押し寄せて現場は騒然とした事態になった。
こうして周囲が騒然とする中で柴田一家の面々は警察へと連行された。
とりあえずここまで
今日中に終わらせたいと思います
とりあえずここまで
できればもう一度続きを上げて今日中に終わらせたいと思います
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ。おかげでとんだ無駄骨だったじゃねえか。」
柴田家の逮捕劇が行われた翌日、特命係の部屋を訪ねた角田課長から右京はそんな愚痴を吐かれた。
事件後、右京たち特命係は内村部長に呼び出されて説教された。
何故もっと早く報告しなかったのかと問われたが実際にはすぐに伊丹たちに報告していたが話半分で聞き流れたこともあり、
そもそもじゅりが殺害されたという前提で勝手に動いていたのは捜査本部の意向に過ぎない。
そんな事情もあり内村部長は不満ながらも特に処分を言い渡されることもなく説教のみで終わらせた。
「それで調べたがあの柴田って夫婦はとんでもないヤツらだったぞ。」
「それはつまり前科があったということでしょうか。」
「ああ、そもそもあの二人は柴田なんて名前じゃない。男の方は榎木祥太。女は田辺由布子が本名だよ。」
前科があっただけでなく名前すら最初から偽物だったとは…
だが意外だったわけではない。多分そうではないかという予想はついていた。
何故なら治は日雇い労働者だった。その理由が前科者であるなら納得だ。
日雇いなら犯罪の経歴など調べられるはずもない。だから真っ当な職に付かなかったのだろう。
「それでこの榎木祥太ってのはケチなコソ泥でな。東京や千葉で何度も車上荒らしやら窃盗を働いてたんだよ。」
治は窃盗の常習犯ならば祥太に万引きを行わせたのも納得だ。
親は子供に自分の得意なことを教える傾向がある。つまり治は盗みの経験を祥太に教え込ませたのだろう。
だから祥太は幼くしてああも万引きに手馴れていた。
「ありました!二人の本名ググッたら一発で出ましたよ。本名わかってたら最初からあんな捜査せずに済んだのになぁ~」
部屋の片隅にある専用のオフィスで青木が治と信代の本名を検索したらとある事件がヒットした。
今から10年以上前に二人は殺人事件を犯していた。経緯は以下の通りだ。
以前に信代はホステスを務めており治とは常連客として知り合った。
その後、二人は男女の仲になるが当時の信代には前夫がいた。
だが前夫はDVを繰り返しており信代も度々暴力を振るわれていた。
そんな矢先に二人は正当防衛とはいえ前夫を殺害してしまう。殺害したのは治だ。
治は殺人を犯したとはいえ正当防衛により執行猶予の実刑判決が与えられた。
「遅くなってすいません。ちょっと…じゅりちゃんのところへ行ってきました…」
「様子はどうでしたか?」
「酷いですよ。両親はさっそく子供を放置してます。」
事件が早期解決されたことでじゅりは早々に親元へ帰された。
だが警察はじゅりの両親が虐待を行ったことに関しては何も追求しなかった。
これは捜査本部の意向にあった。
何故なら今回の事件において警察は一歩間違っていたら誤認逮捕を行うところだった。
もしもこの件が発覚すればマスコミにしてみれば格好の餌食だ。
そうならないようにじゅりを親元に帰してこの事件をさっさと終わらせる意向だった。
「なんだよ。それじゃあ結局この事件は北条たちが得をしただけじゃねえか。」
角田課長がマイカップに注がれたコーヒーを飲みながらそう愚痴を零した。
事実その通りだ。
このまま事件が終われば得をするのは北条夫妻だけ。
何故なら彼らが行った娘への虐待を咎められないからだ。
じゅりはこれからも虐待を受ける毎日を過ごす羽目になる。そして最後には…
「このままで終わらせはしません。今回の事件で大事なのは責任の取り方です。」
責任の取り方と右京はそう言ってみせた。
この事件の決着を付けるには当事者たちに責任を取らせる必要がある。
それこそがこの事件を真に解決へと導く唯一のやり方だ。
「警部殿、言われた通り二人を集めましたよ。」
右京は伊丹、芹沢に頼んでまだ取り調べ中の治と信代を同じ部屋へ集めた。
部屋にいる二人とも事件解決に導いた右京をまるで親の敵かのように睨みつけていた。
「あれ?冠城はどうしました。」
「彼は別行動を取っています。それよりも彼らは自供したのですか。」
「一応はしましたよ。主犯は女房の方だってことになりました。」
右京も初枝から事件の発端を聞かされていたがじゅりを連れ帰ったのは確かに治だ。
しかしじゅりを家に匿ったのは信代の意思であること。
それは他の家族たちも証言していた。
「だからこの事件は女房が主犯って供述が取れました。本人も犯行を認めています。」
伊丹が事件の顛末を語ったがどうやら今回の誘拐は信代が主犯であり他の家族たちは巻き込まれた形という結果で終わらせるつもりらしい。
それは信代の意思も組まれているのだろう。
何故ならここで治まで逮捕されたらどうなるだろうか。
以前に治は正当防衛とはいえ殺人を犯した。そして今回の事件。
ゆりの誘拐事件だけでなく初枝の死体遺棄まで行っていた。
検死の結果、初枝の死は自然死だった。だが死体遺棄は罪が重い。
前科がある以上、逮捕されたら刑期はかなり長期間になるだろう。
だからこそ信代は治を守ろうとした。かつて自分の身を守ってくれた愛しい男のため…
「なるほど、信代さん。あなたが主犯というわけですか。」
「そうですよ。アンタたちもこれで満足でしょ。だから早くこの人自由にしてよ!」
信代は平然とした態度で刑務所に行く覚悟を決めていた。
これで事件が解決すれば信代は刑務所に服役という形で幕を閉じる。
だがそれは右京の望む解決ではなかった。
「ひとつ聞かせてください。子供たちのことはどう思っているのですか。」
「は?だって子供は…」
「ええ、現在祥太くんは病院で治療を受けておりあなた方が誘拐したじゅりちゃんは親元へ帰されました。
ですがこれで事件が解決したとあなた方は本気で思っているのかと聞いています。
そう、じゅりちゃんが実の親から虐待の仕打ちを受けていたことについてですよ。」
そのことを問われて二人は険しい表情で俯いてしまった。
一時は我が子のように可愛がっていた娘だ。愛情がないわけではない。
だが警察に拘束された状況で自分たちにはどうすることも出来ないのが現状だった。
「今更俺たちにどうしろっていうんだよ…それはお役所の仕事だろ…」
「ええ、本来ならそうでした。
児童相談所の相談員が立ち入り虐待が行われていた事実が明るみになればじゅりちゃんは保護されていたかもしれなかった。
しかし二ヶ月前にあなた方がじゅりちゃんを誘拐したことによって保護が出来なくなってしまったんですよ。
実際に誘拐は起きてしまい犯人であるあなたたちはこうして逮捕された。
こうなれば実の両親による誘拐が行われたという通報は紛れもない事実であり正当性がある発言だということなんですよ。」
何をどう解釈しても結局のところ誘拐は起きていた。その犯行は治と信代によるもの。
こうして警察にいるのもその報いによってだ。
傍でこの状況を見張る伊丹と芹沢も最早この二人にじゅりの虐待をどうにか出来るなど適わないと思っていた。
「確かにあなた方はこうして警察に拘束されている現状ではどうにもならないでしょう。
ですがひとつだけ…まあこれもあやふやなもので確実性は薄いですが…それでもじゅりちゃんの現状を改善できる可能性はあります。
それもあなたたちでないと出来ないやり方です。」
「そんなこと…どうやってやるんだよ…まさかまた誘拐でもしろっていうのか…?」
「まさか、そんなこと頼むつもりはありませんよ。
そのためにはまず柴田家の家族関係について触れる必要があります。」
思えば柴田家は血の繋がりのない他人同士の集まりだった。
治と信代は勿論のことだが家主の初枝もそれに亜紀ですら一応の関係はあったものの確固たる血縁関係というものはなかった。
以前に右京は初枝から柴田家の家族関係についてこう聞かされていた。
『擬似家族』
赤の他人が寄せ集まり偽りの家族関係を築く。
その関係は部外者には歪んだものに思えるが本人たちにとってそこは居心地のよい場所だった。
だがこの関係においてある矛盾があった。
「初枝さんは柴田家の関係を擬似家族であると指していました。
確かにあなた方には血縁関係がない。ですがそうなると奇妙なんですよ。
何故ならあなたたちには一人だけ血の繋がりのある子供がいるじゃないですか。
そう、祥太くんですよ。」
右京がこの事件でひとつだけ気になるのはまさにその点だった。
柴田家が擬似家族であるなら問題は祥太の存在。
祥太には治と信代の間に生まれた子であるのなら間違いなく血の繋がりがある。
それなのにこの二人は祥太を置いて逃げようとした。その行動に右京はある意図を見出した。
「ですがあなた方が実の子である祥太くんを置いて逃げた。
そして誘拐したじゅりちゃんを連れて逃げようとした。考えてみればおかしいですよ。
何故家族の関係に拘っておきながら実の子を置いて逃げようとしたのか。」
「そこに理由があるとするのなら…」
「祥太くんもまたじゅりちゃんと同じく何処からか拐ってきたのではありませんか。」
それが右京の推理した結論だった。その推理を聞いた伊丹と芹沢は思わず嫌悪感を顕にしてしまった。
まさか実の子だと思われていた祥太ですら拐われていたとは…
すると右京の携帯にある連絡が入った。鑑識の益子からだ。
「そうですか。どうもありがとう。たったいま益子さんから連絡がありました。
祥太くんとお二人のDNA鑑定を行った結果、親子関係を示す血縁反応は出なかったそうです。
皮肉ですねぇ。血の繋がりなど関係ないと言っていたあなたたちがその血の繋がりによって過去の過ちを暴かれてしまうとは…」
右京の皮肉とも取れる発言にそれまで平然としていた信代はまるで殺意を込めた視線で睨みつけた。
そんな信代のことなどお構いなしに右京は事件の追求を続けた。
「こうなると問題は唯一つ、祥太くんは何処で誘拐されたかです。そういえば治さん、あなたは千葉で車上荒らしを行っていたそうですね。」
その追求を受けて治は思わずビクッと身震いしてしまう。どうやら確信を突かれたようだ。
そこへ部屋のドアをバタンッと荒々しく開けながら冠城が姿を現した。
「冠城!お前こんな時にどこへ行ってた!」
「実は千葉まで行ってきました。十年前に千葉で行方不明になった子供の親御さんに会ってきました。」
冠城が千葉まで行ってきたことを聞いて治は顔を青ざめた。
そんな治の反応を見ながら右京は冠城を千葉まで向かわせた理由を説明した。
「覚えていますか。偶然にも今回の事件は十年前に千葉で行方不明になった男の子の一件を突っつかれたから警察が本腰を入れて捜査を行いました。
この事件ですがまだ被害者である誘拐された男の子は発見されていませんよね。」
「警部殿…それじゃあ…まさか…」
「ええ、祥太くんこそ十年前に行方不明となったその男の子である可能性があります。」
つまり祥太もまた偽りの関係だった。祥太は治と信代の実の子などではない。
千葉で誘拐した他所の子を今日まで自分たちの子供だと偽り続けていた。
「お前ら!子供をなんだと思ってるんだッ!?」
この家族の真実を知った伊丹は声を荒らげながらそう怒鳴った。
隣で芹沢が落ち着かせているが内心は伊丹と同じ思いだ。
擬似家族を作りたいからといって他所の子を誘拐など許されるべき行いではない。
真実を知れば誰もが嫌悪したくなるほどだ。
「…子供をなんだと思ってる?それじゃああいつらはどうだっていうのよ。」
そんな感情を高ぶらせた伊丹とは対照的に信代は不気味なまでに落ち着いたままだ。
冷静な口調で淡々とあることを語りだした。
「あれは…今日みたいな夏の暑い日だった…」
「この人がいつものように車の中を物色してたら赤ん坊がいた…」
「どこで見つけたと思う?パチンコ屋よ。あいつらパチンコ屋の駐車場に赤ん坊置いて自分たちは玉打ってたわ。」
「それで赤ん坊は汗ダラダラにして今にも死にそうだった。」
「だからこの人が助けてあげたの。それが祥太だった。」
「りんだって同じよ。あの子も二ヶ月前にあいつらがベランダに放ったらかしにした。」
「この人が助けなかったらりんは凍え死んでいた。」
「この人がいなかったら二人は…いえ…私だって死んでた…」
「捕まらなきゃいけない人は他にいるでしょ。」
それが信代の訴えだった。信代の指すあいつらとは恐らく実の両親なのだろう。
「信代さん、失礼ながら過去の事件を調べました。
あなたは前夫を正当防衛で殺めた。問題はこの正当防衛です。
正当防衛が認められたということはあなたも相当な重傷を負ったということになる。
ひょっとしてですがその際にあなた子供を産めない身体になったのではないですか。」
これは決して男性である右京たちにはわからない問題である恐らくは今回の事件における信代が子供に固執した大きな原因なのかもしれない。
以前に初枝もそうだった。子供が欲しかったと涙ながらに語っていた。
それは信代も同じだったのかもしれない。信代もまた実の子がほしかった。
だが信代の身体では赤ん坊を産むことは望めなかった。
だからこそ貶められていた子を拐おうとしたのだろう。
「…だってあいつら子供を殺そうとしたのよ…」
「確かにあの子たちの実の親は子供を虐げていた。それは事実なのでしょう。」
「そうよ。これは復讐よ。あいつらみたいなヤツらが子供育てられるわけないじゃない。だから私が…」
それが今回の事件における動機だった。そこには母親になれなかった女の執念があった。
これで一応は事件の概要は把握できた。だが問題はここからだ。
右京は先程祥太とじゅりの現状を改善できる可能性があると言っていた。
だがこの状況でそれをどう行うつもりなのか?
「真実が明らかとなった今ならそれが出来ます。
お二人は不幸にも実の親から虐げられた子たちを誘拐して我が子とした。
問題なのは実の親から虐げられていたという事実です。
これが公になれば子供たちを保護できる可能性があります。」
「警部殿…つまり…どういうことですか…?」
「要するに過去に祥太くんも誘拐されていたという一件を追求すれば事件の関連性は高まる。
つまりあなた方には祥太くんの誘拐を認めてもらう必要があります。」
それが右京の意見だった。今の信代の証言が正しければ祥太の誘拐実行犯は車上荒らしを行った治だ。
つまり右京が行いたいのは祥太の誘拐を明らかにして治の犯行を明らかにしたいということだ。
「それだけはダメッ!やめてよ!」
だが信代はそれを拒んだ。理由はわかっている。
治には前科がある。過去の犯罪が暴かれたら当然ながら刑務所行きだ。
殺人の前科を犯している上に誘拐や死体遺棄まで行っていたとなれば十年以上の服役は避けられないだろう。
「やめてよ…それだけは勘弁して…悪いのは私だから…」
信代は涙ながらに訴えた。悪いのは全部自分だと…
お願いだから逮捕するなら自分だけにしてほしいとそう頼み込んだ。
「それは出来ませんよ。何故なら祥太くん誘拐の主犯は間違いなく治さんです。」
「何でそんなことがアンタにわかるのよ!」
「わかりますよ。何故なら祥太くんの名前はかつての治さんのモノですからねぇ。そうですね榎木祥太さん。」
榎木祥太、もう捨ててしまった自らの名だ。
治に前科がある以上は身元を知られる元の名前など邪魔でしかない。
だがそのリスクを犯してまで治は子供に祥太という自分の本当の名を付けた。
「『祥太』という名はあなたの実の名です。それを付けたということは子供に愛情があった。つまりあなたが自らの意思を持って誘拐を行ったというなによりの証拠じゃありませんか。」
恐らくは治も愛情を持って自らの名を子供に付けたはずだ。
そこには間違いなく子供を守ろうとした意思があった。だがそれは自らの犯罪を暴くことに繋がってしまう。
治にとってこれほどの皮肉はないだろう。
「警部殿、そこまでにしてください。」
そんな追求を続ける右京に伊丹と芹沢が口を挟んできた。
「これ以上事件を追求したら警察の責任も問われてしまいますよ。」
この事件におけるもうひとつの問題。それは警察の捜査方針について。
当初から警察はじゅりが誘拐など信じておらず関係のない城南金融の捜査を行ってしまった。
そのため警察は早々に事件解決へと踏み切りたかった。
それなのにここで特命係が事件を掘り返せばどうなるだろうか。
マスコミに警察の捜査方針が誤っていたことを追求されることは間違いないだろう。
「そうよ…アンタたちだって都合悪いなら…もういいじゃない…」
そんな伊丹たちに便乗するかのように信代もまた改めて話を蒸し返した。
昔の話を掘り返してどうなるのかと…
「今更あいつらが祥太を育てるわけ無いでしょ!」
「あれから十年も経っているのよ!」
「そもそも十年前に祥太を死なせようとしたヤツらに育てられるわけがない!」
まるで自分こそが実の親であるかのように信代は力強く訴えた。
確かに今更祥太の誘拐を明かしたところでどうにかなる問題でもない。
だがこれは信代たちが偽りとはいえ親であったこそやらなければならない問題だ。
「治さん、子供たちが立ち寄っている駄菓子屋はご存知ですか。」
信代が訴える中で冠城があることを言い出した。
そのことを聞いて治と信代も朧げだがそういえば近所に小さな駄菓子屋があることを思い出した。
「実はあそこの店主ですが亡くなりました。」
そのことを知らされても二人はだからどうしたという反応しかなかった。
当然だが駄菓子屋の主が亡くなったところで自分たちには一切関係ない。
しかもこの状況でそんな訃報を知らせる必要があるのかと疑問にさえ思えた。
「だから何なのよ!今はそんなことどうだっていいでしょ!」
「いいや、ちっともよくない。治さんアンタ祥太たちに万引きを教えていたよな。
あの子たちは駄菓子屋で何度か万引きを繰り返していた。
子供たちが万引きを行っていたことに店主のお爺さんは気にかけていましたよ。」
「一体何なの!何が言いたいのよ!?」
「お爺さんは持病により亡くなったとされています。
一応は病死だったそうですがそこまで症状が悪化した原因はあの子たちが度々万引きを繰り返していたのを気に病んでいたからかもしれない。
つまり子供たちの行いが人を殺めた。治さん、アンタが教えた万引きのせいでな!」
その指摘を受けて治と信代はまさかといった表情になった。
ありえない。たかが万引きくらいで人が死ぬわけがないとすぐい考え直した。
「あのお爺さんは子供たちを気に掛けていた。だから万引きを見逃していた。
けど実際にお爺さんは亡くなってしまった。あの子たちの理解者になってくれるかもしれなかった人なんだ!」
「そんなの濡れ衣よ…万引きくらいで人が死ぬわけないじゃない…」
「そうでしょうか。駄菓子屋さんは小さなお店でした。
そんなお店で商品を度々盗まれれば売上に大きく影響します。それは生活が困窮することだってありえます。
あなた方にもその覚えがあるはずですよ。」
右京の言葉に治と信代は大いに心当たりがあった。その通りだ。
じゅりがやって来てから柴田家は治が怪我を負い信代がリストラにあい仕事を失い生活は困窮していた。
お金が入らなければ生活は成り立たない。それは死にさえ繋がるということは二人がよくわかっていた。
「だって…それしか教えることが何もなかったんだ…」
治はそうボソリと呟いた。窃盗の常習犯である自分には他に教えることが何もなかった。
それがまさか人を死なせるなど誰が予想できただろうか。
「わかりますか治さん。あなたが教えた行為が結果的に人を死なせた。
そんなあなたがこのまま責任も取らずに事件を終わらせるなど許されるはずがない。
あなたは子供たちを育てた責任を取らなければならないんですよ。」
「…それじゃあ…じゅりを救うやり方って…」
「そうです。あなたは子供たちに盗みを覚えさせてしまった。
そして子供たちは人を死なせた。親としてその責任を取るために過去の犯罪を認めてください。」
それが右京の提示したじゅりを救う唯一の方法だった。
こんな方法を知らされた二人はやりきれない思いで嘆くしかなかった。
彼らの生い立ちを知った今となってはその関係にもある程度の理解ができる。
この家族は誰もが心に傷を負っていた。だがそれと罪を重ねてきたことは別問題だ。
いくら自分たちが過去に傷ついたからといって他の誰かを傷つけていいわけがない。
「何でよ…どうしてこんなことになったのよ…」
信代はそう嘆いた。自分たちは家族が欲しかった。唯それだけなのにどうして…
「それはあなたたちが今しか見ていなかったからですよ。」
「子供を育てるのであれば今よりも明日を見るべきでした。」
「子供をしっかりと育て上げること。それが大事でした。」
「それなのにあなた方は今を楽しむことしか考えていなかった。」
「子供たちの未来を考えようともしなかった。」
「だからこんな終わり方を迎えてしまったんですよ。」
治と信代に右京の言葉が重く伸し掛った。
否定など出来やしない。何故なら右京の言うように彼らは今がよければそれでよかった。
だからなのかもしれない。初枝の死も少しでも考えてやればこんな事態だけは避けられたはず。
だがもう遅い。幸せだった時間は二度と取り戻すことはできない。
「…わかりました。罪を認めます。」
治は静かに十年前の祥太誘拐の件を自白した。同時に伊丹はこのことを内村部長に報告。
部長からは凄まじい剣幕でどうにかならないのかと怒鳴られたが最早警察の面子がどうのという問題ではない。
今回の事件で警察もまたその責任を取らなければならない。
捜査方針の誤りにより子供たちの運命を大きく狂わせてしまった。
そのことに責任を感じているからこそ伊丹と芹沢もまた彼らの罪を認めるしかなかった。
「…これで私たちは…あの子たちの本当の親子になれたんですね…」
自供を終えると信代が不気味なまでに笑みを浮かべた。
実の親たちは子供を育てる責任を放棄していた。だが自分たちはちがう。
こうして罪を認めることで子供たちを育てた責任を取る。
それが自分たちは偽りなどではない本当の親である証だと言ってみせた。
そんなことでしか自分たちが親を名乗れない信代を右京と冠城は哀れに思えてならなかった。
「…じゃあ二人は…」
「ええ、彼らは罪を認めました。これより刑務所で長い間服役することになりでしょう。」
後日、右京と冠城は祥太とじゅりを連れてある場所へと向かっていた。
ちなみにだが事件の真相が暴かれた後でまた事態は騒然となった。
北条夫妻は二ヶ月間も子供を放置した件が明らかとなりじゅりは保護された。
祥太もまた実の親が明かされたが十年にパチンコ屋で子供を放置した件を問われたことで親権を放棄。
そのため現在二人は同じ施設で過ごしていた。
「ねえ…何で二人が親じゃないって…わかったの…」
「それは祥太くんキミのおかげですよ。
キミはあの二人のことをお父さんお母さんと一度も呼んでいなかった。だからもしやと思いましてね…」
そのことを知らされて祥太は思わず苦笑いを浮かべていた。
実は祥太だが以前から二人が本当の親でないことに気づいていた。
だから普段は『おじさん』『おばさん』と呼んで過ごしていたらしい。
二人には父ちゃん母ちゃんと読んでもらいたかったそうだがそれには何故か抵抗を感じていた。
そのことが事件を暴かれるきっかけになったのだからなんとも皮肉な話だ。
「それで施設の方はどうだ?生活は順調か。」
「うん、学校にも通うようになって友達も出来た。この前はテストで百点採ったよ。」
「そうかよかったな。」
冠城は得意気に話す祥太の頭を撫でながら褒めてあげた。
これがこの歳の少年の普通な反応だ。祥太の隣にいるじゅりも明るい笑みを浮かべていた。
子供たちが充実した毎日を送っていて安心した。
だからこそ最後にやらなければならないことがあった。
「着きましたよ。ここです。」
訪れた場所。そこは駄菓子屋だった。
店には商店街の人たちが入れ替わるように訪れてみんな涙を浮かべていた。
見るとお店の奥には遺影が飾られていた。写っているのは駄菓子屋のお爺さんだ。
「これって…どういうこと…?」
一体どういうことなのか?幼い二人にはこの場で何が起きているのかまったく理解できなかった。
「あのお爺さんはお前たちの万引きで被害にあった人だ。お爺さんは最期までお前たちのことを気にしていた。」
祥太は思い出していた。度々ここで万引きを行ってたこと…
そしてじゅりにすら万引きをやらせてしまっていた。
「キミたちを育てた治さんと信代さんは自らの罪を認めました。
子供たちを正しく育てられなかった責任を取るためです。
次はキミたちの番です。あの二人と同じ過ちを繰り返さないためにもやるべきことがあります。
それはお爺さんの前でしっかりと謝ることですよ。」
特命係の二人が子供たちを施設から連れ出した理由はそれだった。
確かに今回の誘拐事件において祥太とじゅりは被害者だ。
しかし同時に加害者の一面もあった。ここで二人が過ちを認めずにいたらどうなるだろうか。
「キミたちは過ちを犯した。それは決して許されないものです。」
「ですがその罪を裁くことは出来ません。まだキミたちは幼い。」
「それでもお爺さんの前で謝るべきです。それが償いの一歩なのですから。」
右京の厳しくも正しい発言を告げると祥太とじゅりは恐る恐る店の中へと入った。
店に入ると同時に誰もが二人を敵視した。
二人は知らないのだろうが子供たちはこの辺りで万引きを繰り返していた。
この場にいる誰もが二人の行いを知っている。子供たちは罪悪感もなく盗みを働き続けた。
今更何をしに来たのか。もう遅いんだぞと睨みつける有様だ。
そして子供たちも今頃になってようやく理解した。人のものを盗むのは悪いことだと…
だからこうして憎まれ恨まれていることを理解した。
祥太は目から涙を溢しじゅりもまた泣き出した。
自分たちがこうまで憎まれていたとは思わなかった。けどやらなければならない。
ようやく遺影の前にたどり着き二人は泣きながらもこう告げた。
「―――――お爺さん。ごめんなさい。」
二人は静かに謝罪を込めた言葉を述べた。
傍で見守っていた右京と冠城もこれでようやく事件に一幕下ろせたと感じていた。
もしも柴田一家を称するのなら万引き家族とでもいうべきだ。
この万引き家族は人の絆を盗んだ。モノだけでなく子供たちすら…
そんな盗み続けた家族は最悪の結末を迎えた。
この先彼ら万引き家族が再び揃うことはないだろう。
「これでよかったんですよね。」
「ええ、決して報われない結末ですがそれでも彼らがようやく一歩を踏み出したと信じましょう。」
end
終わりです。なんとか相棒元旦SP前に完成できました。
映画では祥太誘拐の件とじゅりのその後にちょっと納得が行かなかったのでこんな感じになった次第です。
まあちょっぴりきつい感じですがそれは愛嬌ってことで
最後にまだやり残したことがあるのでそれはpixivでやっておきたいと思います。それではまた
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