海賊王、ゴールド・ロジャーの息子。
ポートガス・D・エースの処刑当日。
白ひげ海賊団が傘下を率いて、海軍本部の存在する島、マリンフォードに押し寄せてきた。
「ウフッフッフッ! 来たわね白ひげ海賊団」
海底より浮上して、湾を埋め尽くす、大船団。
要塞の上からその光景をさも愉快そうに見下ろすのは、王下七武海、海賊、ドンキホーテ・ドフラミン子。隣には同じく七武海である、ジュラキュール・ミホークが並び立つ。
「あら、やる気?」
「推し量るだけだ」
世界一の大剣豪と呼び声高いミホークが、黒刀『夜』を抜いたのを見て、興味深そうに尋ねると、彼は小手調べと言って斬撃を放った。
ズバァッ!
「ふんっ!」
ガキンッ!
斬撃を阻んだのは、"ダイヤモンド" ジョズ。
悪魔の実の能力で、身体が硬質化している。
そのダイヤモンドの肉体には傷ひとつない。
「やはり、ここからでは届かないようだな」
「ウフッフッフッフッ! 当たり前じゃない」
海賊王、ゴールド・ロジャー亡きあと。
白ひげはその玉座の前に君臨し続けた。
最も近く、最も王に相応しい、大海賊。
「オレの愛する息子は無事だろうな?」
「オヤジ……」
「ぬんっ……海震」
船員達を我が子のように愛している世界最強の男は、遙か遠くの処刑台を見据えて、我が子の無事を確認したのち、大津波を発生させた。
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「ウフッフッフッフッフッ! 流石は白ひげ」
左右より迫り来る、大津波。
波高は海軍本部の城砦よりも高く。
その光景はまさに、この世の終わりだった。
「NO! そうはさせねぇよ……氷河時代!!」
天高く跳躍したのは、海軍本部大将、青雉。
ビキッ! ビギビキビキビキ……! パキンッ!
両の手のひらから放たれた冷気によって、大津波は凍結して、海軍本部は辛くも難を逃れた。
広がる冷気が湾を凍らせ、足場が形成される。
「青キジめ……若造が」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる白ひげ。
その背後からわらわらと船員が顔を覗かせた。
慣れた手つきでロープを垂らしていく。
氷漬けとなったマリンフォードの湾内は、決戦の舞台となって、海賊達の群れが降り立った。
「八尺瓊勾玉」
「おいおい、眩しいじゃねぇか……」
青キジに続いて仕掛けたのは、同じく海軍本部大将である黄猿。目が眩む光弾を乱射するも。
ドドドドドッ!
「いきなりキングはとれねェだろうよい」
「怖いねェ~~~~~……白ひげ海賊団」
身を挺して白ひげを守ったのは一番隊隊長。
"不死鳥" マルコ。青い炎を身に纏っている。
癒しの力を持つその炎が、身体の穴を塞ぐ。
「自然系より更に希少……動物系"幻想種"」
「効くよい」
「嘘をつけェ~~~(笑)」
そのまま不死鳥の姿で舞い上がり、強襲する。
ガンッ!
「ん~~~これは効くねぇ~~~」
「嘘つけ……!」
ズドンッ!
蹴り落とされた大将黄ザル。
しかし、マルコの指摘通り。
何事もなかったように戦場を闊歩している。
「ウフフッ! 堪んないわ。ゾクゾクしちゃう」
「なんじゃ。随分と楽しそうじゃな」
ついに決戦の火蓋が切って落とされ、目の前で繰り広げられる戦闘を眺めつつ、狂喜の笑みを浮かべるドフラミン子を見て、同じく王下七武海、"海賊女帝" ボア・ハンコックが呆れた。
「ウフフッ! そりゃあそうよ。この戦いのゆくえ次第で、世界の命運が決まる……まさに天下分け目の頂上戦争。楽しまなきゃ損でしょう?」
「……そなたは狂っておる」
「ウフッフッフッフッ!! 最高の褒め言葉ね」
女帝の唾棄を褒め言葉として受け取り、戦乱の渦に包み込まれた湾内を指し示し、言い放つ。
「正義は勝つ? ウフッフッフッフッ! そんなの当たり前じゃない。勝者だけが、正義よ!」
「どうでもよいが、その気色悪い笑い声だけはどうにかならんのか? 反吐が出そうじゃ」
「ウフッフッフッフッフッ……そんなキモい?」
「ああ。キモすぎて失笑じゃ」
「ウフッフッフッフッフッフッ……そっかぁ~」
笑い声をキモいと言われたドフラミン子は、サングラスの奥深くにキラリと涙を光らせた。
とはいえ、誰一人としてそのことに気づかず。
彼女が意外と繊細であることは誰も知らない。
「エース! いま助けるどぉー!」
「キシシシシシシ! 角刀影!!」
ズ キ ュ ウ ウ ゥ ゥ ン ッ !
「ぐぉおおおおおおっ!?」
王下七武海、ゲッコー・モリアの一撃が炸裂。
巨人族よりも更に巨大な怪物が、倒れ伏した。
するとハンコックが顎をしゃくって偉そうに。
「ドフラミン子、出番じゃぞ」
「ウフフッ……腕が鳴るわね」
スパンッ!
怪物の太いふくらはぎを糸で切断。
すると女帝は感心したように褒めた。
無論、どこまでも偉そうな口調で。
「よくやった。褒めて遣わす」
「ウフフッ……あたしも一応、女王なんだけど」
「何か言ったか?」
「調子に乗んなって言ったのよ。海賊女帝」
「なんじゃと? 誰に向かって言っておる」
「ウフッフッフッフッフッ……ごめんなさい」
所詮、女王は女帝には逆らえませんでした。
「それより、ドフラミン子」
「はい、なんですか?」
「怪物を倒した場所が悪かったようじゃぞ」
「あっ……」
やば。
包囲壁が展開する場所じゃん。
怒られて称号剥奪されるかも。
なんてね。わざとだし。
称号なんて要らないし。
予定調和の戦争なんて誰も楽しくないもの。
そうよ。だからあたし、悪くないもん。
などと開き直っていると、背後から。
「ドフラミン子ォ! 何をやっとるんじゃ!!」
「ウフッフッフッフッフッ……ごめんなしゃい」
海軍大将の赤犬に叱られて、また泣いた。
「まったく……これだから海賊風情は……!」
「ウフッフッフッフッフッ……ほんとごめんね」
「流星火山!!」
ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ !
激おこぷんぷん丸な赤犬さんがブチ切れて能力を発動して巨大な熔岩で出来た拳がまるで雨あられのように降りそそぎ凍った足場を溶かす。
「ウフッフッフッフッフッフッ………すごい」
さすが赤犬さんだと感心していると白ひげが。
「オーズ!」
「うぉおおおおっ! 行くどぉおおおっ!!」
さっきの怪物の名前を呼ぶと、マリンフォードの広場へと船ごと船員達を引き揚げた。
どうやら仕留め損なっていたらしい。不味い。
「貴様のせいじゃな」
「ウフッフッフッフッフッフッ……だよねぇ」
「何を笑っとるんじゃおどれ!」
女帝に叱られ、赤犬に睨まれ、元帥までも。
「海のクズめ」
冷ややかな視線で蔑まれて、悲しくなった。
「ウ、フッ、フッ、フッ、フッ……ひどい」
あんまりだ。
わざとじゃないのに。
役に立とうとしただけなのに。
ドフラミン子はサングラスの奥でまた泣いた。
「あら? あれは何かしら」
「む? どうやら軍艦のようじゃが……」
「あ……降ってきたわ」
人知れずドフラミン子が落ち込んでいると、凍り漬けとなった大津波の先端に軍艦を発見。
凍った波を破壊して脱出を試みたらしいが。
そのまま逆さまとなって湾内へと落下した。
「エース! 助けに来たぞぉ!」
溶けた海に落ちて溺れつつも魚人の王下七武海、ジンベエに助けられて、広場に辿り着いた麦わら帽子を被った青年は、見覚えがあった。
「あら、あの子ってもしかして……」
「ルフィ!」
「ふぇっ!?」
びっくりした。
隣で突如黄色い声をあげたのは海賊女帝。
もう29歳で三十路目前とは思えないはしゃぎっぷりに、ドフラミン子は正直ドン引きした。
「ウフフッ……まったく、歳を考えなさいよ」
「そなたには言われとうないわ。39歳」
「ウ、フッ、フッ、フッ……言わないでよぅ」
血反吐を吐くかと思った。
でも、まだあたし若いし。
素肌にフラミンゴの上着だし。
まだまだピチピチだもん。
「無様じゃな。晒さぬと見て貰えないとは」
これには温厚なドフラミン子もカチンときた。
「てめぇ……海賊女帝。いい加減にしろよ?」
「ふん。事実じゃろうが、39歳」
「歳のことは言うんじゃねぇよ!!」
一触即発で睨み合うも、不意に女帝が視線を逸らして、ぴょんと要塞から飛び降りた。
「ルフィ~! すぐにお傍に参ります!!」
どうやらあの女は頭に花が咲いているらしい。
「それにしても、弟分ねぇ……」
モンキー・D・ルフィ。
通称、"麦わら" のルフィ。
彼は幼い頃にエースと義兄弟の契りを結んでいたようで、囚われの兄を救いにきたらしい。
「ウフッフッフッフッ……泣かせるじゃない」
ドフラミン子は実はそういうのに弱い。
歳のせいで緩みっぱなしの涙腺が開く。
ふと、亡き妹のことが脳裏をよぎった。
「ローは今も、あたしを恨んでるかな……」
かつて拾った弟分を懐かしむ。
とはいえ、自分は彼に恨まれている。
それはとても寂しいけれど、とても嬉しい。
「ウフッフッフッフッフッ……会いたいわ」
風の噂で海賊をやっていると耳にした。
手配書を見る限り、良い男に成長したらしい。
ペロリと長い舌を出して、唇を舐める。
「早くあたしを追い詰めなさい……ロー」
好意と同じく、恨みや憎しみも、強い感情だ。
だからこそ、再会が待ち遠しい。歪んだ愛情。
しっかり準備を整えて、もてなそうと誓った。
「ルフィ! これは兄君の手錠の鍵じゃ!」
「ほんとかハンコック!? ありがとう!」
「よ、よいのじゃよいのじゃ!」
ルフィの元まで駆けつけたハンコックがちゃっかりくすねたエースの手錠の鍵を手渡して、感激した麦わらにハグされて照れていた。
「鯖折りだ!」
「鯖折りからのぶちかましだ!!」
周りの海兵がまるで見当違いなことをほざいて慄いているが、あれはただの抱擁である。
同じ女であるドフラミン子はすぐにわかった。
見ろ、あのメスの顔を。蕩けそうな表情だ。
自分にもあんな頃があったなと、懐かしんでいると、麦わらと一緒にやってきた顔馴染みが。
「ようやく会えたな、白ひげ!!」
トレードマークのフックで首を掻っ切る間際、"ダイヤモンド" ジョズにタックルされた。
「ブリリアント・パンク!!」
ドカンッ!
「ぐあっ!?」
やれやれ。あいつもまだ若いなと、首を振り。
仕方ないから助けてやるかとドフラミン子は。
手のひらから糸を伸ばして現場へと急行した。
「ウフフフッ! 久しぶりねぇ、クロコダイル」
「ドフラミン子……余計な真似すんじゃねェよ」
余計な真似もなにもあたしが糸を巻きつけてジョズの動きを封じていなかったら、きっとボコボコにされてたいただろう。ツンデレである。
「あらあら、相変わらず口が悪いわね。ウフッフッフッ……少しは更生したかと思ったのに」
「だったら出てきやしねぇよ」
「ウフフッ……たしかにそうね」
"元" 王下七武海、海賊、サー・クロコダイル。
ちょっとおいたをやらかして大監獄、インペルダウンに収監されていた傾国のテロリストだ。
まあ、やったことは完全に人のまねごとだが。
「ねえ、あたしと手を組まない?」
「お前と……?」
「ウフッフッフッフッ……あなたが失敗した国の落とし方を、手取り足取り教えてあげるわ」
そう誘ってみるも、彼はつれない返事をした。
「俺ァもうあの国に興味はねぇよ」
「あら、残念」
こんなに諦めの良い男だっただろうか。
まだ敗戦の傷が癒えてないのかも知れない。
なんにせよ、弱った男は大好物だった。
「もう一度言うわ。あたしと手を組みなさい」
「しつこい女だ……とっとと失せやがれ」
「ウフフッ……おねがい。なんでもするから」
羽織っていたフラミンゴマントをご開帳して誘惑し、籠絡を試みるも、クロコダイルは。
「年増の癖にみっともない真似はよせ」
「なっ!?」
こいつ。絶対に許さない。万死に値する。
「俺は白ひげと決着をつけるのに忙しいんだ」
「あたしを振って白ひげといちゃつくわけ?」
「何をほざいてやがる。黙って失せろババア」
キレていいかしら。いや、もうキレてるけど。
ガンッ!
「ウフッフッフッフッ……嫉妬しちゃうわ!」
「……俺は誰とも手を組まねぇよ」
ドカンッ!!
蹴っ飛ばしたら反撃されて大喧嘩が勃発した。
さて、年増のドフラミン子がクロコダイルに振られたその頃、戦局は大きく動こうしていた。
「俺たちを裏切ったのか、オヤジ!」
「スクアード……てめぇ」
白ひげの腹に深々と突き刺さった長剣。
その柄を握るのは、海兵ではなく傘下の海賊。
"大渦蜘蛛" スクアード。まさかの仲間割れだ。
「エースがクソったれのロジャーの息子だってことを俺たちに隠してやがったな!?」
彼は幼い頃、ロジャーに両親を奪われた。
よもやエースがその親の仇の息子だとは。
裏切られ、何もかもが信じられなかった。
「挙げ句の果てにエースの代わりに俺たちの命を海軍に差し出すなんて生贄のつもりか!?」
無論、そんなことはありえない。
しかし事実、彼の海賊団は崩壊寸前だった。
目の前で命を散らす船員の無念を見てられず。
人一倍忠義に厚い彼は凶行に走った。
「仮にも親に刃物を突き立てるとは……!」
「てめぇなんざもう親でもなんでもねぇ!!」
「馬鹿が……馬鹿な息子を、それでも愛そう」
「オ、オヤジ……?」
疑心暗鬼に駆られて海軍に誤情報を与えられ、良いように操られたスクアードを抱擁した。
白ひげの愛情に触れて彼は間違いに気付いた。
「チッ……白ひげの奴、朦朧しやがって」
「ウフフッ……なによ、よそ見しないでよ」
「てめぇと遊んでる気分じゃねぇんだよ!!」
負傷した白ひげに苛立ったクロコダイルは、ドフラミン子との喧嘩を打ち切り、立ち去った。
「ウフッフッフッフッ……また振られちゃった」
ぽつんと戦場に取り残されたドフラミン子は、サングラス下でまたしても涙を流した。
「みっともねぇじゃねェか、白ひげ!」
膝をつく白ひげに、クロコダイルが怒鳴る。
「俺はそんな弱ぇ男に負けた覚えはねぇぞ!」
白ひげは強かった。
今でも最強の一角には違いない。
それでも寄る年波には勝てなかった。
「ワニ小僧め。勝手なことを言いやがって……」
老いによる衰えは本人が一番自覚している。
全盛期はとうに過ぎ、病魔に蝕まれていた。
故に不覚を取られ無様を晒す羽目になった。
「オレを誰だと思ってやがる……!」
強さは過去に置いてきた。だがしかし。
それを、みっともないとは言わせない。
全ては海賊として歩んできた生き様だ。
「ぐふっ……!」
立ち上がろとすると腹の傷から血が滴り落ちて、白ひげの足元に血溜まりが広がった。
「ウフッフッフッフッフッ……見てらんないわ」
シュルシュルと、腹部に糸が巻きつく。
幾重にも巻かれた糸によって止血された。
応急処置を施したのは、ドフラミン子だった。
「なんのつもりだ……?」
「年寄りは大事にしろってよく言うじゃない」
不敵な笑みを浮かべてそう嘯く七武海随一のくせ者の意図が読めず、白ひげとクロコダイルは訝しむが、周りの海兵達は怒り心頭であった。
「ドフラミン子! 敵に寝返るつもりか!?」
「ウフフフッ……敵って、誰のことかしら?」
政府に与する七武海とはいえ、海賊である。
取り囲んだ海兵は剣や銃を突きつけてきた。
それを歯牙にもかけず恍惚な笑みを浮かべ。
「敵は白ひげ? クロコダイル? それとも、味方であるあたしに武器を向けるあなた達?」
ついっと、細くしなやかな指先を戦場に向け。
「見なさい。この混沌とした戦場を」
恐慌状態に陥った新兵がわけもわからず引き金を引いて、周囲の味方が被弾している。
倒れ伏した兵士や海賊がゾンビとなり蘇る。
命乞いをする相手に情けをかけて命までは取らず、見逃す場面もちらほら見受けられた。
「ウフッフッフッ……敵味方の判別が出来る?」
混沌をこよなく愛する夜叉は凶笑を浮かべて。
「今この時、この瞬間こそが、中立よ!」
戦場の真っ只中で、高らかに喝采をあげる。
狂気を受け入れて、乱世を歓迎するように。
バサッとマントを広げて両手を振りおろす。
「ところで……」
一転、笑みは鳴りを潜めて、冷酷な口調で。
「いつまでそんなガラクタを向けているの?」
言われて気づく。銃も剣も切断されていた。
「エース!」
「ルフィ!?」
「今、助ける!」
場面は変わり、処刑台の前。
救出劇は佳境を迎えていた。
麦わらのルフィに立ちはだかる三大将。
「あらら……お前にゃまだこのステージは早い」
「…………"英雄" ガープの孫か」
「ふりだしに戻りなよぉ~~~」
ガンッ!!
「うわああああああっ!?!!」
当然、返り討ちに遭い、黄猿に蹴飛ばされた。
受け止めたのは白ひげ。若さが羨ましかった。
船医に処置を任せて、彼は戦場に降りたった。
「白ひげが動くぞぉ!?」
にわかに浮き足立つ海兵達。
中将達が先陣を切り、剣を突き立てるも。
白ひげは剛腕で薙刀を振るい、吹き飛ばした。
「俺ァ白ひげだァ!!」
ドゴォオオオオンッ!!
まさに、怪物。
ようやく敵の恐ろしさが身に染みた。
怯える海兵達を大将赤犬が叱咤する。
「狼狽えるな! ただの老兵じゃ!!」
ただの老兵。されど世界最強の逆襲が始まる。
「ん? 麦わらの奴、何を企んでやがる……」
「ウフフフフッ! 何をするつもりかしら?」
訝しむクロコダイルと愉快げなドフラミン子。
黄猿に蹴られて相当なダメージを負った麦わらのルフィは革命軍幹部、エンポリオ・イワンコフに何やらドーピングを施されたらしく。
「復活!」
再び駆け出そうとした彼は、同じく革命軍幹部、イナズマが能力で作りだした処刑台へと続く架け橋を渡り、エースの元へと向かうも。
「ここは通さん!!」
行手に立ちはだかるのは祖父の "英雄" ガープ。
「じいちゃん、そこを退いてくれ!!」
「ルフィ! お前を! 敵と見なす!!」
かつて海賊王と死闘を繰り広げ、当時世界最強と目されていたロックス海賊団を打ち破った海軍の英雄の拳が孫に振り下ろされる、刹那。
海軍元帥、"仏" のセンゴクは溜息を吐いた。
「ガープ、お前も人の親だ……」
僅かな躊躇いは孫を通すには充分の隙だった。
「うわぁああああああっ!?」
ガンッ!
「ぐあっ……!」
孫の拳に吹き飛ばされて、墜落するガープ。
英雄が突破されたことで海兵に動揺が広がる。
ついにルフィはエースの元へとたどり着いた。
「エース! 今、手錠を外して……」
ハンコックから貰った手錠の鍵でエースの手錠を外そうとするも、黄猿が指先を向けて。
「させないよぉ~~~」
ピュンっ! と、光弾を放ち、鍵は破壊された。
「ウフフフフフッ……残念。惜しかったわね」
「いや、もしや、あいつは……」
「あの処刑人、あなたの知り合いなの?」
処刑人はクロコダイルのかつての部下。
組織におけるコードネームは、"Mr.3"。
ドルドルの実の蝋燭人間の彼は鍵を複製して。
「兄を救え! 麦わら!!」
「ありがとう!」
ついに、海楼石の手錠が外れて、エースは自由の身となった。クロコダイルは忌々しそうに。
「あの野郎……余計な場面で役に立ちやがって」
「ウフフッ……なかなか優秀な部下じゃないの」
「ふん……肝心な場面では役に立たねぇんだよ」
ともあれ、あとは凱旋を果たすだけなのだが。
「待て! この私が逃がすと思うか!?」
最後の刺客であるセンゴクが能力を発動。
ヒトヒトの実、幻想種、モデル "大仏"。
金色に輝く巨人となった元帥が拳を放った。
ドゴォンッ!!
「ぐふっ!?」
「何!? お前も巨大化を……!?」
ゴム人間であるルフィは息を吸い込んで腹部を膨らませ、その拳を受け止めた。その瞬間。
「撃て!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「いかん!?」
湾内に展開された軍艦からの、一斉砲撃。
慌てて離脱するセンゴク。ルフィは動けない。
着弾した。爆炎が処刑台を包み、そして。
「相変わらず、無茶な弟だぜ」
「エース!」
メラメラの実の炎人間である兄エースに庇われ、互いに傷ひとつなく、辛くも難を逃れた。
「ウフッフッフッフッフッ! 大したものね」
「ああ。まったく、ヒヤヒヤさせやがる……」
兄を救出した麦わらのルフィを賞賛するドフラミン子は、何故か因縁の相手の無事にほっとした様子のクロコダイルに首を傾げて尋ねた。
「あら、あなた。あの子は敵のはずでしょ?」
「だからこそだ」
何がだからこそなのだろう。
男の意地なんてドフラミン子にはわからない。
挙句の果てにクロコダイルときたら。
「邪魔すんじゃねェよ、鷹の目」
「!」
鷹の目の斬撃を阻み、酷く不愉快そうな顔で。
「俺ァ、虫の居所が悪りぃんだ。怪我するぜ」
そう言って麦わらを庇う彼を見ていると。
たしかにカッコよくてドキドキするけど。
なんだかそれ以上にムカムカして堪らず。
「ウフフッ! あたしを振って麦わらと手を組むなんて、そんなのあんまりじゃないかしら?」
「ババア……いい加減にしろ」
ついつい嫉妬に駆られてまた喧嘩が勃発した。
「野郎ども! 引きあげるぞ!!」
エースを救出した直後、白ひげは迅速に撤退の指示を出した。もはやこの戦場に用はない。
「オヤジ! ここは俺に任せてエースを連れて逃げてくれ! 頼む! 責任を取りたいんだ!」
「スクアード……馬鹿野郎が……!」
殿を買って出たのはスクアード。
しかし、白ひげは決して仲間を見捨てない。
彼の乗った船を片手で受け止め、命令を下す。
「最後の船長命令だ……白ひげ海賊団は、ここで解散する! それぞれ死ぬ気で生きのびろ!!」
それだけを告げ、有無も言わさずグラグラの実の能力で島を叩き割り、追随を許さない。
「そんな、オヤジ……」
「スクアード……親より先に死ぬなんざ、親不孝も良いところだ。さっさと逃げろ……馬鹿息子」
巨大な地割れの向こう側で独り、白ひげは最後の力を振り絞り暴れに暴れた。終わりは近い。
「ぜハハハハハハ! 久しぶりだなオヤジ!」
「……ティーチ」
「死に目に会えそうで嬉しいぜ!!」
赤犬との死闘を終え、満身創痍の白ひげを嘲笑うのは、王下七武海の新参者である、黒ひげ。
世界政府と協定を結んだ筈なのに、頂上戦争が始まる直前に姿を消した彼は、密かに大監獄へと赴いて、凶悪な犯罪者を仲間に加えていた。
「覚悟はいいか、ティーチ!!」
「おっと、そうはさせねェ。黒渦!!」
白ひげがグラグラの実の能力で攻撃を仕掛けるも、黒ひげのヤミヤミの能力で防がれた。
「ゼハハハ! どうだ! これが俺のヤミヤミの実の能力だ! もう地震は起こせねェ!!」
「油断。慢心。軽率。……お前の弱点だ」
ザクッ!
「うぎゃああああああっ!?!!」
ぶちゅっ!
地震が起こせずとも白ひげの剛腕と薙刀の切れ味は健在であり、黒ひげティーチは深々と斬られて血しぶきをあげ、ついでに糞も漏らした。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「ウフフッ……フハッ!」
愉悦。脱糞。哄笑。ドフラミン子の弱点だ。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うるせぇな。黙れ、ドフラミン子」
「あう……ご、ごめんなさい」
狂ったように高らかに嗤うドフラミン子の頭をクロコダイルがフックでぶっ叩いて黙らせるも、時既に遅く、糞を漏らしたことを笑われた黒ひげは激怒して部下へと命じた。
「てめぇら、やっちまえ!!」
「おっと。そうはいかねェ。砂嵐!!」
クロコダイルの砂嵐が吹き荒れて、その間に。
「ウフッフッフッフッフッフッ……"鳥カゴ"」
「な、なんだァ!? 糸がまるで刃物みてぇに」
「ウフフッ。迂闊に触ると、指が落ちるわよ」
ドフラミン子の鳥カゴによって、黒ひげ海賊団は一網打尽となった。鳥カゴに囚われ、喚く。
「くそったれ! 政府の犬共が!!」
七武海の後釜である黒ひげに罵倒されても表情ひとつ変えずに、クロコダイルは言い放つ。
「糞を垂れ流したのはてめぇじゃねェか」
「うぐっ!?」
「そもそも俺はもう七武海じゃねぇ」
正論で黒ひげを黙らせたクロコダイルに、ドフラミン子は最後のチャンスだと思って尋ねた。
「ウフッフッフッフッ……ウチくる?」
「行かねぇ」
「ウフッフッフッフッフッ……いけず」
高感度を上げる為に手を貸してやったというのに、最後までクロコダイルに冷たくされて、ドフラミン子はサングラスの奥で涙を流した。
「白ひげ」
「ワニ小僧……そんなに俺の首が欲しいか?」
改めてクロコダイルは白ひげと対峙した。
警戒する白ひげは、既に虫の息であり。
何故立っているのか、不思議なくらいだった。
「そこまで弱ったてめぇに興味はねぇよ」
「……そうか」
「最後にひとつ、聞かせろ」
クロコダイルは末期の大海賊に尋ねた。
「ワンピースは実在するのか?」
すると白ひげはニヤリと笑って、尋ね返す。
「なんだ……疑ってやがるのか?」
「まさか。ただの確認だ」
白ひげはクロコダイルの意図を見抜いていた。
戦場の様子は大監獄から共に脱走した道化のバギーによって全世界へと中継されている。
その質問に対する返答がどんな意味を持つか。
全てを見透かした上で冥途の土産を受け取る。
「ワンピースは実在する……これでいいか?」
「ああ。あばよ……白ひげ」
「ああ……さらばだ」
それっきり、白ひげは沈黙した。
暫しの静寂の後、周囲の海兵達がふと気づく。
立ったまま、白ひげは、死んでいた。
大海賊、"白ひげ" エドワード・ニューゲート。
数多の刀傷と銃創。そして赤犬との死闘の跡。
生前の勇姿は、見る影もないが、その背中に。
一切の逃げ傷は、なかった。
「待てぇ! ロジャーの息子!!」
白ひげは死んだ。
にも関わらず、海軍は止まらない。
標的は元々処刑予定であったエースに切り替わり、赤犬がしつこく追いかけてきた。
「俺のオヤジは白ひげだけだ」
「ふん。奴の "家族ごっこ" には反吐が出る」
「なんだと……?」
赤犬の挑発は止まらない。
「所詮、白ひげは時代の敗北者じゃけぇ」
「……取り消せよ」
「事実じゃろうが」
「取り消せよ、その言葉!!」
エースはどうしても許せなかった。
今回処刑されかけたのは仲間を手にかけたティーチに憤り、後先考えずにあとを追った結果であり、白ひげの死に責任を感じていた。
故に、その死を嘲笑う赤犬に激怒した。
「この時代の名が、"白ひげ" だァ!!」
「よせ、エース!」
「どけっ!!」
制止を振り切り、赤犬に食ってかかるも。
「自然系じゃいうて油断しちょりゃあせんか? わしは火を焼き尽くす "マグマ" じゃ!!」
などと、赤犬の意味不明な能力解説を裏付けるように、エースの火拳は何故か燃えた。
「ぐああああああっ!?」
「海賊王の血筋に、生きる価値など無し!!」
だから言わんこっちゃないのにと、誰もが思う中、エースが赤犬にトドメを刺される、間際。
「もうやめましょうよ!?」
先走ったコビーが割って入ってきた。
「命がもっだいないっ!!」
「?」
「?」
これには流石の赤犬も首を傾げて、命を救われたエースでさえも揃って首を傾げていた。
「言いたいことはそれだけか?」
「あ、はい。えへ」
「数秒、無駄にした」
ひとまず考えることをやめた赤犬が自らの職務を全うするべく煮えたぎる拳を振り上げる。
コビーは終わったと思った。完全に早まった。
「正しくない "正義" など、要らん!」
「うわあああああっ!!」
迫り来るマグマの拳。
死の恐怖に泣き喚くコビー。
その股間は滴る尿で濡れていた。
「ウフフッ……フハッ!」
その匂いを嗅ぎつけて、怪鳥が舞い降りた。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ドクンッ!
哄笑と共に "覇王色" の『覇気』ならぬ "魔王色"の『便気』を放ち、周囲の海兵だけでなく、助けたコビーやドーピングの効果が切れて肉体的に限界を迎えたルフィの意識までも刈り取った。
「ドフラミン子! 何故、邪魔をする!?」
「ウフッフッフッ! 見逃してあげなさいよ」
ドフラミン子はおしっこも好きだった。
故に見どころのある若い海兵を庇った。
当然、そんな趣味はない赤犬はキレた。
「こいつのせいで正義の面目丸潰れじゃ!!」
「失禁程度で潰れる正義なんて、無価値だわ」
「やかましい!! 正義を! 執行する!!」
激怒する赤犬。ドフラミン子は楽観していた。
いざとなればクロコダイルが庇ってくれると。
しかし、興味がないようで彼は傍観している。
こめかみに冷や汗が伝う。やばい。どうしよ。
「よくやった、年増の七武海」
ガキンッ!
「!?」
四皇、"赤髪" のシャンクスが、突如現れた。
「お前の奇行は良くも悪くも運命を変えた」
剣の腹で赤犬の攻撃を防いだシャンクスは年増の七武海であるドフラミン子の頭をぽんぽんと撫でて褒めてくれた。思わず頬を染めつつ。
「あの、もしよければ結婚を前提に……」
「すまないが、もう子持ちなんだ」
「あ、そうですか……」
「それに年増には興味ない」
「ウフフッ……左目の傷を増やされたいの?」
こめかみに筋を浮かべてイライラするドフラミン子に、シャンクスは四皇として命じた。
「この場は俺の顔を立てろ」
「嫌だと言ったら?」
「俺たちが相手になってやる」
振り向くと、赤髪海賊団が勢揃いしており。
「ウフフッ……やめておくわ」
「懸命な判断だ。センゴクも、いいな?」
どうやら赤髪は仏のセンゴクと旧知の仲らしく、その問いかけに海軍元帥は頷いて。
「わかった。お前なら……いい」
「しかし、元帥!」
「もうやめろ、赤犬。戦争は、終わりだ!」
こうしてあっさりと、頂上戦争は終結した。
「お頭! ルフィに会わなくていいのかよ!」
「いいんだ。今はその時じゃない」
船員のラッキー・ルーにそう告げて、赤髪海賊団は白ひげを弔う為に速やかに遺体を船に乗せて、足早にマリフォードから出航した。
「ウフッフッフッフッフッ! 残念ね、モリア」
「てめぇ、ドフラミン子……誰の差し金だ?」
「それをあなたが知る必要はないわ」
終戦後、ドフラミン子は政府の密命を遂行するべく、"人間兵器" パシフィスタを伴って、王下七武海、ゲッコー・モリアを襲撃した。
「あら?」
しかし、トドメを刺す前に、姿を見失った。
「カゲカゲの実にそんは便利な能力があったかしら? まあ、いいわ。見逃してあげる」
ドフラミン子は上機嫌であった。
手に抱えるのは、リンゴの籠。
拘束した黒ひげ海賊団の船医の持ち物から失敬したその籠の中には、悪魔の実が入っていた。
「ウフフッ! 手に入れたわ……グラグラの実」
それは亡き白ひげが食べた、グラグラの実。
天災である地震を引き起こす強大な悪魔の実。
ただ部下に食べさせるだけではつまらない。
「きっと、火拳のエースはこれに飛びつく筈」
ドフラミン子は基本的に計画を練らない。
良からぬことを企むのは、あくまで趣味。
刹那的に生きる彼女は、臨機応変なのだ。
「ロー。席は用意したわ。早く来なさい」
黒ひげとモリアの七武海の称号は剥奪された。
そこにトラファルガー・ローを座らせる。
復讐を果たして貰うその時が待ち遠しい。
「ウフッフッフッ……! 急ぎなさい。時代のうねりは止まらない。既に賽は投げられたわ」
今回の戦争でドフラミン子は『表向き』同盟を結ぶカイドウと白ひげをぶつけて共倒れをさせようとしていたが、シャンクスに阻まれた。
カイドウを止めた彼は歴史を変えたのだろう。
お返しにこちらも変えてやった。その理由は。
「だって、予定調和なんて、つまらないもの」
混沌をこよなく愛する糞尿好きな年増の七武海は2年後、台風の目となり、猛威を振るう。
【悪のカリスマ ドンキホーテ・ドフラミン子】
FIN
前にハリポタ書いてた人か
>>27
その節はどうもです!
一点だけ設定上の誤認識がございまして、クロコダイルの年齢は頂上戦争当時44歳らしく、てっきりドフラミン子より年下だとばかり思っていたので、会話の違和感については何卒平にご容赦くださいませ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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