斧乃木余接「実はいま、僕はパンツを穿いてない」 (25)

「なあ、斧乃木ちゃん」
「なんだい、鬼のお兄ちゃん」

とある日の晩。
暇を持て余した僕は前々から気になっていたことを童女の居候兼、100年使われた付喪神である式神の斧乃木余接に尋ねてみることにした。

「特に深い意味はないんだけど、影縫さんと臥煙さんってどっちの方が胸が大きいんだ?」
「特に深くはないけど不快な質問だね」

斧乃木余接は無表情で適切なツッコミをした。

「教えてくれよ。頼む! こんなこと、君にしか聞けないんだ。僕を助けると思ってさ」
「鬼のお兄ちゃんは救いようがないと思うよ」

救いを求める僕に斧乃木ちゃんは辛辣だった。

「じゃあこうしよう、斧乃木ちゃん。教えてくれる代わりに僕に出来る範囲で何かする」
「何かって? 近所の交番に駆け込んで、お巡りさん僕です! って、自首するとか?」

そんな斬新な自首の仕方は御免被りたい。

「今はまだ、臭い飯は食べたくない」
「将来的には食べてもいいんだね」
「その時は、その時さ」

たとえ豚箱にぶち込まれて臭い飯を食う羽目になろうとも僕は2人の胸のサイズが知りたい。

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「やれやれ。鬼のお兄ちゃんは困った人だね」

深々と溜息を吐いた斧乃木ちゃんは、おもむろに僕のベッドの端に腰掛けて、カラフルなタイツに包まれた存外肉付きの良い脚を組んだ。

「ひとまず、僕のタイツを脱がせて貰おうか」
「喜んで」

すぐさま跪いて、斧乃木ちゃんのタイツを脱がしにかかると、思いきり顔面を蹴飛ばされた。

「ぐあっ!? な、何をするんだ斧乃木ちゃん」
「いま、パンツ見たでしょ」

えっち、なんて台詞を無表情にほざく童女。

「おいおい、みくびられたもんだな。僕が童女のパンツを覗こうとするわけがないだろう?」
「実はいま、僕はパンツを穿いてない」
「それを早く言えよ! どうして黙ってた!?」

やはり無表情で衝撃的な告白を口にした斧乃木ちゃんを叱りつつ、なるべく自然な所作で彼女のスカートの端を摘んでめくろうとすると。

「そういうことするから言いたくなかったの」
「ぎぃあっ!? ぼ、僕の指があらぬ方向に!」

指先をへし折られて悶える僕を見兼ねて。

「やれやれ。何をやっとるんじゃお前様は」

影の中から忽然と、忍野忍が出現した。

「し、忍……」
「忍姐さんは邪魔しないで」
「うぬは黙っておれ、この泥棒童女が」

突然の介入に不満げな斧乃木ちゃんに忍はぴしゃりと一喝して黙らせて、僕に向き直り。

「ほれ、指を出せ。我が主人様よ」
「あ、ああ……」

言われるがまま折れた指を出すと、忍は観察するように指先を見つめたあと、前触れもなく。

「あむっ」
「っ……し、忍、なにしてんだ!?」

指先を咥えられた僕は、幼女の温かな口腔内の心地よさに息を飲み、反射的に問いただすも、牙を抜かれた吸血鬼は黙したまま、指を舐り。

「ぷはっ……なにって、治療じゃが?」
「ち、治療……?」
「見よ。主人様の指先は完全に治癒しておる」

言われて見ると、たしかに直っていた。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは600年生きた吸血鬼であり、かつては強力な回復力を誇っていた。その名残。
眷属となりその体質を身を以て知っている僕でさえも、改めて驚愕を禁じ得ない出鱈目さだ。

「ありがとな、忍」
「ふん。この程度、夕飯前じゃ」

僕の指を夕飯前のおやつにされては困る。

「まったく、忍姐さんはご主人様に甘いね」

治療の様子を黙って見学していた加害者である斧乃木ちゃんは、一切悪びれた様子がない。

「儂の主人にどう接するかは儂の勝手じゃろ」
「でも、ちゃんと躾けないとダメだと思うよ」
「我が主人様はずぅーっと儂が扶養してやるからうぬにとやかく言われる筋合いはないわい」

そんな被扶養者の僕としてはあまりにも情けないと思わずにいられない将来設計を聞かされた斧乃木ちゃんは鼻で笑って、不意にスカートの端を少し持ち上げた。僕が身を乗り出すと。

「鬼のお兄ちゃんは僕に夢中らしいよ?」
「あっ! こらっお前様よ! 少しは懲りんか!」

忍に首根っこを掴まれ、すぐに引き離された。

「ついさっき痛い目にあったばかりじゃろ!」
「面目ない……」

すまねぇ、すまねぇと反省するも童女はまた。

「ほら、俺のお兄ちゃん。限界ギリギリだよ」
「ッ!?」

限界ギリギリ。完全にパワーワードである。
言葉の暴力に屈した僕が振り返るとそこには。
限界ギリギリまで開脚した斧乃木ちゃんが、そのままペタリと床に腰を下ろす。見えそうだ。

「やめんか! はしたないぞ、式神娘!」
「僕はただ、ストえっちをしているだけだよ」

ストレッチならぬ、ストえっち。良い響きだ。
そんなことはともかく、腰は床についたまま。
僕はどうにかして目の前の床になりたかった。

「忍、頼む。僕の血を吸い尽くしてくれ」
「そんなことをすれば干からびて死ぬぞ!」
「死んで、生まれ変わるんだ。床に」
「寝言は寝て言え! 吸血鬼、パンチ!」
「ぶべっ!?」

そうだ、転生して床になろう。
などと夢のような寝言をほざいた僕は。
忍の吸血鬼パンチを顔面に喰らい、昏倒した。

「ん……?」
「気がついたか? 我が主人様よ」

目が覚めると床にうつ伏せで寝ていて。
頭上から忍の声が降ってきた。なんだこれは。
やけに背中が重いなと感じて、気づく。

「どうじゃ? 床になった気分は?」
「いえーい。プレスプレス」

床になった僕の背中に座る2人。
幼女と童女の臀部の感触が伝わってくる。
はしゃいだ斧乃木ちゃんがプレスしてきた。
まさに夢が叶ったわけだが望み通りではなく。

「ど、どうして、うつ伏せなんだ……?」
「お仕置きに決まっておろう」
「やーい。怒られてやんの」

どうやら僕は今、お仕置きの真っ最中らしい。

「頼む、忍。寝返りを打たせてくれ」
「それではお仕置きにならんじゃろうが」
「図々しいにも程があるよ。この期に及んで、虫のいい虫のようなお兄ちゃんだね」

まさに虫のように僕は2人に踏みにじられた。

「ふむ。案外、悪くない肉座布団じゃな」
「肉座布団って響きが、実に僕好みだよ」

肉座布団。それが今の僕だった。
これ程の屈辱を未だかつて感じたことはなく。
なんだか、新しい領域の扉が見えた気がした。

「忍姐さん、何やら寒気がしたよ」
「死体のうぬが感じるならそれは怖気じゃろ」

新天地へと足を踏み入れた僕を警戒して。

「お前様よ」
「なんだよ、忍」
「ひとこと謝れば許してやってもよい」
「嫌だ」

泥沼を避け、和解を持ちかける忍を拒絶する。

「僕は別に謝るようなことをした覚えはない」
「それは聞き捨てならないな鬼のお兄ちゃん」

開き直ると、斧乃木ちゃんが抗議してきた。

「お兄ちゃんは僕のスカートをめくったよね」
「それはスカートという衣類における構造上の不備であり欠陥だから、僕のせいじゃない」
「その理屈は言い返せなくなるからやめて」

スカートなど、ただの布切れでしかない。
それで何かを守ろうなんて、おこがましい。
斧乃木ちゃんを論破した僕に、忍が尋ねた。

「しかし我が主人様よ。それが主人様の意思のもと、行動に移したことがそもそも問題じゃ」
「その正論は言い返せなくなるからやめて」

屁理屈は正論には敵わないことを僕は学んだ。

「ならば、自らの過ちを認めるのじゃな?」

忍に論破されてあっさり追い詰められた僕は、最後の手段である黙秘権を行使して沈黙した。

「だいたい、何故こんな童女に手を出した」

どうやら忍が怒っている理由はそれらしく。

「まずは儂に手を出すのが筋じゃろうが」
「忍……」

殊勝な態度を示しつつ僕は悪知恵を働かせる。
流れが変わった。これならば、まだ手はある。
忍の温情につけ込むのは心苦しいが仕方ない。

「僕がお前に手を出せる筈ないだろう?」
「何故じゃ。儂が幼女じゃからか……?」

切なげな忍の声を背中で受け留め僕は言った。

「僕にとってお前は、大切な存在だからだ」
「お前様よ……」
「鬼のお兄ちゃん。それってどういう意味?」

忍は落ちた。しかし斧乃木ちゃんを怒らせた。

「ご、誤解しないでくれ、斧乃木ちゃん」
「言い訳は聞きたくない」

言い訳をするなと斧乃木ちゃんは言った。
ならば、ここは思いを伝えよう。
数々の修羅場を潜り抜けた、僕の話術を駆使して、この死体人形のハートを震わせてみせる。

「僕はただ、君の身体が目当てだったんだ」
「最低」

はい。駄目でした。
少しばかり正直すぎたらしい。
しかし、ここからだ。ここから這い上がる。
阿良々木暦の真骨頂をとくと見よ。まくるぜ。

「君の身体は死体だけど、とても魅力的だ」
「話を聞こう」

よしよし。手応えあり。このまま押し通す。

「日頃から死体なんて見慣れていない僕ですら、君の身体に興味を抱いてしまったんだぜ」
「ふむふむ」
「それはすなわち、君が魅力的だってことだ」
「なるほど」

斧乃木ちゃんは無表情なので一見頑固そうに見えるが、実はかなりチョロいと僕は知った。

「僕のどんなところが魅力的なんだい?」
「ノーパンなところ」
「おい」

いけない、いけない。気を抜くとすぐこれだ。

「僕はこれまで君の下着に興味はなかった」
「だから?」
「だけど、ノーパンなら話は別だ」

ノーパン。すなわちパンツを穿いていない。
そう言われた時に感じた衝撃を、僕は恥を忍び敢えて包み隠さずに斧乃木ちゃんに伝えた。

「ほとんど無意識だったんだ」
「それはもう完全に病気だよ」
「そうかも知れない。あれだけ何かに気を取られて夢中になったことは、今までなかった」

その言葉に嘘はなかった。
だからこそ、斧乃木ちゃんは反応に困る。
正直な思いに触れて、戸惑いが生じた。

「なあ、斧乃木ちゃん」
「なんだい、鬼のお兄ちゃん」
「どうして今日に限ってノーパンなんだ?」

あまり真面目に話しているとボロが出る。
だから僕は砕けた口調で理由を尋ねた。
すると斧乃木ちゃんの警戒心は少し緩み。

「お兄ちゃんの妹に勝手に洗われたんだ」
「それは災難だったな」

阿良々木家において斧乃木ちゃんは妹の月火の所有物であり、等身大の人形として扱われていて、それは僕としても不憫に思うところだ。

想像してみよう。
人形のふりをしている斧乃木ちゃんは、なす術なく妹に下着をひん剥かれる、その光景を。

「これからは僕が目を光らせているよ」
「お兄ちゃんはただ傍観するだけでしょ?」
「暴漢になるよりはマシだろ?」
「本当に懲りない人だね」

そんな洒落た返事に、無表情な斧乃木ちゃんが少しだけ微笑んだ気がしたが、うつ伏せの僕には確認のしようがなくて歯痒さを覚えた。

「僕もひとつ聞いていい?」
「なんだい、斧乃木ちゃん」
「どうしてお姉ちゃんと臥煙さんの胸のサイズが気になったの? あの2人が好きなの?」
「なんじゃそれは。お前様、聞いておらんぞ」

斧乃木ちゃんめ、余計なことを。
せっかく宥めた忍がまた詮索してきた。
一難去ってまた一難。だが、乗り越えよう。

「あの2人を気にするなという方が無理だろ」

影縫余弦。
臥煙伊豆湖。
それぞれ怪異の専門家である。

不死身の怪異の専門家である影縫さん。
怪異にまつわることを網羅する臥煙さん。
2人とも大人の女性であり、僕より年上である。

そんなプロフィールはともかく。閑話休題。
肝心なのは、2人のバスト。つまり胸囲である。
影縫さんはあまりボリュームがない。
対して臥煙さんは大きめのサイズの衣服を着ていて、サイズ感がまったく掴めない。

パッと見は、影縫さんの方が小さく見えるが。
あの人のことだからサラシでも巻いてるかも。
つまりどちらも隠れ巨乳である可能性がある。

「ほほう? 随分と考察が捗っておるな」
「僕はただ、真実が知りたいだけだ」

ジト目の忍に、僕はキメ顔でそう言った。

「ま、完全体の儂に敵う胸などおらんがな」

たしかに、一理ある。
完全体のキスショットは規格外だった。
唯一対抗可能なのはブラを外した羽川くらい。
ゴールデンウィークのあれやこれやで、僕はもう色々駄目になりそうだったのを覚えている。

「ふん。僕から言わせてみれば胸なんか飾りさ。エロい人にはそれがわからないんだよ」

斧乃木ちゃんがどこかの宇宙世紀を舞台とした機械人形の整備士みたいなことを言って拗ねているが、機動戦士ならぬ死体戦士なのは君だ。

「成長しない死体というのは不憫じゃな」
「ほっといてくれよ。僕は魅力的なんだ」

そうでしょ、鬼のお兄ちゃん? みたいなニュアンスを感じた僕はうつ伏せのまま肯定した。

「ああ。なにせ今の斧乃木ちゃんはノーパンだからな。ノーパンの君はとっても魅力的だよ」
「ノーパン前提はやめて」

切実に前提をやめろと言われてもその前提がなければ後には何も残らないだろうと僕は思う。

「そもそもの話じゃ、お前様よ」

ペシペシ後頭部を叩きながら忍に説教された。

「儂とて常時ノーパンなんじゃが?」
「お前は局部に絆創膏を貼ってるだろ」
「規制を免れる為じゃ。致し方あるまいて」

どうも地上波ではノーパンはNGらしく。
やむなく忍は絆創膏を局部に貼り付けた。
それはそれでありだけど、やはり邪魔だ。
ペリッと剥がしたい衝動に駆られてしまう。

「中身さえ見せなければ穿かなくても平気さ」

そんな夢があるのかないのかわからないような理論を、斧乃木ちゃんは淡々と述べた。
穿かなくても平気だけど、それは儚いと思う。

「まったく世知辛い世の中になったもんだぜ」
「さも昔はノーパン幼女がそこら中におったかのように言っておるがお前様よ、たとえ600年前の世界でもそのようなことはなかったぞ」

そんな筈はない。
つい数年前まで世界は無法地帯だった。
主にネットワーク界隈の話ではあるが。

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「鬼のお兄ちゃんはこれから時代に則した言動を心がけた方がいいよ。友達として忠告する」

時代に則した言動。NGワードを避ける。
それは果たして本音と言えるだろうか。
周りの目を気にして自分を誤魔化して。
そんな言葉が誰かの胸に響くだろうか。

「それでも僕は、仰向けになりたい」

たとえ時代の波に逆らってでも。
ゴロンと寝返りを打って桃源郷を拝みたい。
そんな紳士とは言えない僕の真摯な望みに童女と幼女はそれぞれ呆れたように溜息を吐いて。

「やれやれ。しかし、それでこそじゃな」
「まったく鬼のお兄ちゃんには負けたよ」

すっと、背中が軽くなった。
2人が僕の前に揃って立ち並ぶ。
斧乃木ちゃんのカラフルなタイツと、忍の小さな指の爪が、うつ伏せの僕の視界に入る。

「なんじゃ、お前様よ。怖気づいたのか?」
「覗くなら早く覗きなよ。寒い」

怖気づいただと。馬鹿を言え。
たしかに僕は小刻みに震えていた。
しかし、これは武者震いだ。
歓喜に打ち震えているだけだ。

「ありがとう」

ありがとう、2人共。僕は時代を乗り越える。
コロンと寝返りを打ち、開眼した。
視界に映るのは、こちらを見下す童女と幼女。

そして、2人の指先に乗った、暴力陰陽師。

「おいでやす」

僕は何度でもこう思う。来たのはあなただと。

「なんや、阿呆面晒してけったいな格好やな」

床に仰向けで寝転がり茫然自失として、蛍光灯の逆光を背負う影縫余弦と僕は対面した。

「ど、どうして、ここに……?」
「余接に替えの下着を頼まれてな。ほれ」
「ありがとう、お姉ちゃん。助かったよ」

指先に乗ったまま足元の式神にショーツを手渡し、それを斧乃木ちゃんは片手で器用に穿いていたが、僕はその光景を見る余裕はなかった。

「い、いつから、ここに……?」
「鬼のお兄やんがうつ伏せになった頃からやな。おどれ、面白い質問をしたらしいやんか」

ユニークというか、シュールである。

「うちと臥煙先輩、どっちが胸が大きいかなんて、そんなん見ればわかるやろ。臥煙先輩や」

どうやら影縫さんはサラシを巻いてないらしく、彼女の貧乳は天然素材のようだ。

「とはいえ、臥煙先輩もそこまでデカいっちゅうわけやあらへんけど。残念やったな」

臥煙伊豆湖の隠れ巨乳疑惑も否定された。

「さて、阿良々木くん」
「はい……なんですか?」

改まって名前を呼ばれ、寝転んだまま身構える僕に見せつけるように影縫さんは携帯を出し。

「この携帯電話。臥煙先輩と繋がっとるんやけど、ちょっと出てみたいと思わんか?」
「結構です」
「おっと、手が滑ってしもうたわ」

きっぱり断ったのに、顔のすぐ側に落とされて、スピーカー通話機能となっていたその携帯電話から臥煙伊豆湖の声が耳に届いた。

『やあ、こよみん。話は聞かせて貰ったよ』 
「どこまで、ご存知ですか……?」
『果てしなく、どこまでも』
「そう、ですか……」
『私はなんでも知ってる。当たり前だろう?』

当たり前のように全てを把握されていた。

『やれやれ、君は困った若者だね。よもや私と余弦の胸囲に興味を持つとは、驚異的だ』

僕の驚異的な劣情を嘆き、臥煙さんは命じた。

『余弦、仕事だよ』
「よっしゃ。久しぶりに腕が鳴るわ」
『程々にね。お前はいつもやり過ぎる』

ぷつりと、通話が途絶えた。
回線の切断はまるで天から垂らされた細い蜘蛛の糸が切れたかのようで絶望する僕の臀部に。

「よっと」

ぴょんっ! ずぼっ!

「んぎゃあっ!?」

厚底ヒールを履いた影縫さんが飛び乗り、その先端が深々と突き刺さった。無論、肛門に。

「喚くなや。傷なんかつけとらんさかい」
「で、でも、僕のお尻に穴が……!」
「穴なんか初めから空いとるやないか」
「ぐぎゃっ!? え、抉らないでください!」
「え、待って。なんやおどれ、尻穴で感じとんのか? どんだけ溜まっとんねん。ウケる」

執拗に抉られ、弄られ、嘲笑われ、広がった。

「し、忍! 助けてくれ!」
「お前様よ、安心せい。死ぬことはない」

それはそうかも知れないけど、尊厳が死ぬ。

「余接」
「わかった。アンリミデット・ルールブック」

影縫さんに促されて斧乃木ちゃんが人差し指を巨大化させた。一体、何をするつもりなのか。

「今から鬼のお兄やんの尻穴を拡張したるわ」
「僕に任せて、力を抜いて」

力を抜くも何もそれは最初から無理だろう。

「阿良々木くんは『尻子玉』ってわかる?」
「し、尻子、玉……?」
「河童っちゅう怪異が好んで引き抜くもんでな、それを食った尼さんが不老不死の八百比丘尼になったとうちは考えとる。やからそんなけったいな玉はとっとと抜いてしまうに越したことないやろ? 不死身の怪異の専門家としては」

もっもらしいことを言っているが何ひとつとして関連性はなく、唯一伝承と共通しているのは影縫さんの髪型が河童ならぬオカッパあることぐらいで全く信憑性もなく、ただ単純に自らの専門とする不死身の怪異と尻穴を無理矢理こじつけただけではないかと訝しむ僕の尻穴が無理矢理こじ開けられた。

「どうや、余接? 尻子玉は見つかったか?」
「うーん。たぶんこれじゃない?」
「そうそうこれこれ……ってウンコやないか!」

目の前で繰り広げられる漫才。
人の気も知らないで、愉しそうだ。
尻穴から引き抜かれた大便が床に散らばる。
見ると、忍がしゃがんでつついていた。
僕はもう、色々と限界だった。理性が崩れる。
湧き上がり愉悦を堪えきれず口から溢れ出た。

「フハッ!」
「ん? 阿良々木くん、急にどないしたん?」
「あーあ。壊した。臥煙さんにほどほどにって言われてたのに。お姉ちゃん、いけないんだ」
「尻穴ぶっ壊したのはおどれやないか!」
「これが、主人様の尻子玉……あむっ!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

僕は物理的にも精神的にも完全にぶっ壊れた。
その責任をなすりつけ合う無責任な専門家達。
そして騒乱を尻目に僕の尻子玉をパクつく忍。

「主人様の尻子玉は苦くて不味いのう」

薄れゆく意識の中で、忍の食レポが聞こえた。

後日談というか、今回のオチ。

「う、……ん?」
「おお! 主人様よ! 気がついたか!」
「忍……? あれ? 僕、寝てたのか……?」

気づくと僕は仰向けで床に寝ており、忍に膝枕されていた。辺りを見回すも誰もいない。

「影縫さんと斧乃木ちゃんは?」
「元締めに任務終了を報告しに行ったわい」
「そうか……僕は罪を償い終えたのか」

怪異絡みの事件の元締めは臥煙さんである。
やり過ぎたことに対しペナルティが2人に与えられることを願ってやまない僕に、忍は珍しくおずおずした口調で、こんなことを尋ねてきた。

「お前様よ、尻穴の具合はどうじゃ?」
「ん? そういや別になんともないな」

あれだけ完璧に破壊され尽くしたというのに僕の肛門は現在であり、不思議に思っていると。

「儂が舐めておいたから完全に治癒しておる」

得意げに胸を張る優しい忍に、心底感謝した。

「ありがとう、忍。助かったよ」
「気にせんでよい。よい余興じゃった」

かかっと嗤い上機嫌な忍は不意に上目遣いで。

「じゃから、また遊ぼ?」

何で遊ぶかなど、わざわざ聞かずともわかる。

「今度は僕がお前の尻子玉を食っていいか?」
「主人様に800年生きる覚悟があるのならな」

物語のケツ末はそんな余生もありだと思った。


【尻物語】


FIN

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