九頭竜八一「何がわかった?」夜叉神天衣「竜王になるための条件よ」 (21)

プロローグ

うさぎとカメという童話がある。
足の速いうさぎと遅いカメが競走する物語だ。
僕と彼の関係はそれとよく似ている。

彼はとても足が速かった。
なにせ、光速よりも速かった。
しかも彼はうさぎとは違い、怠けなかった。
彼我の距離は開く一方で、全く追いつけない。

しかし、どんな競走にも必ずゴールがある。

うさぎとは違い、彼はゴールに辿り着いた。
僕はゆっくりとそのゴールに近づいていく。
そうしてようやく彼に追いつくことが出来た。

全力で走った彼はとても、とても疲れていた。
僕も全力で走っていたけれど、もともと鈍足な分、まだ余裕があった。だから、追い抜いた。

「お先に」

疲れた彼を置き去りに、先へ、先へと進む。

この先はいったいどこへと続いているのか。
のんびり歩きながら、開けた視界を眺めた。
追いついてくるであろう、彼を待ちながら。

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「ねえ、先生」
「ん? どうした、天衣」
「あなたに聞きたいことがあるの」
「なんだよ、改まって」

パチパチと将棋の駒が盤上でステップを踏む。
九頭竜八一は弟子に将棋の稽古をつけていた。
棋士である八一には現在、2人の弟子がいる。
何故か、2人とも小学生のかわいい女の子だ。
そのせいでロリコンの汚名が匿名掲示板界隈で轟いているが、いまはひとまず気にしない。

珍しく師匠を頼ってきた夜叉神天衣の聞きたいこととやらに、八一は静かに耳を傾けた。

「あなたの前任者のことを教えて」
「前任者?」
「あなたが倒した、前の竜王のことよ」

九頭竜八一は竜王である。
竜王と言っても竜の姿に変身したりはしない。
将棋のタイトルのひとつ、竜王戦で優勝した者に与えられる称号であり、身分の話だ。
日本広しと言えども『竜王』なる称号を持ち、その身分が公的に用いられているのは棋界しかなく、その世界において八一は王様と言えた。

とはいえ、王様が世襲制だったの今は昔。
江戸時代の終わりに実力制へと変わった。
当時は十段戦と呼ばれ勝者は十段を名乗った。

本来棋士の段位は九段までしか存在せず、いかに栄誉を称えるとは言え十段を名乗るのは盤上真理の探究者として不遜であるとのことで竜王と名を改められた経緯があるのだが、八一としては心底良かったと思っている。

なにせ八一の名前の後に十段の称号がつくと、8110段という途方もない段位になってしまうので、不遜どころの騒ぎではなくなるからだ。

などという笑い話は置いておいて、閑話休題。

話を元に戻すと竜王である八一には当然ながら前任者が存在していて、要するにその『前の竜王』を倒してその称号を手に入れたわけだ。

天衣はその前任者について、聞きたいらしい。

「あの人は有名だからわざわざ俺に聞かなくても天衣はよく知ってるだろう?」
「あなたの口から聞きたいのよ」

そうねだる天衣の口調はやや甘え気味だった。
本来ならば師匠として、甘えるな、自分で棋譜なり自伝だのを読んで調べてこい、と突き放すべきなのかも知れないが、めっちゃかわいい。

「仕方ないな。特別だぞ」
「先生の……特別」

八一に特別と言われて、天衣の鼓動が高鳴る。
照れ隠しに、自陣の飛車をつい弄ってしまう。
それを先生の陣地へと走らせて、王手をした。

「優しくお話しを聞かせてね?」

そんな甘ったれた口調とは裏腹に突きつけられた一手は信じられないくらい鋭くて、八一は思わず生唾を飲み込んで冷や汗を流しながら。

「し、師匠として弟子に手加減は出来ない」

竜王の意地とばかりに八一も飛車を走らせ、駒を裏返した。両者とも竜王となり激戦必死だ。

「いいわ。踊ってあげる。だからあなたも洗いざらい話しなさい。前の竜王のことを」

激しく駒と駒がぶつかり合い舞い踊る。
一見薄く見えるが、重厚な天衣の受け。
そこに八一は前の竜王の息吹を感じた。

『よろしくお願いします』

両者の挨拶で長い長い3カ月が始まった。
当時、16歳の八一は初めてのタイトル戦。
まぐれで予選を勝ち進み、挑戦者決定戦に勝利して、ビギナーズラックで竜王に挑んだ。
とはいえ棋士にとっては運も実力のうちであり、勢いはあったにせよ、それはベテランだとしても竜王になるために必須な要素であった。

勢い。
それが竜王戦で絶大な強さを発揮する。
それはリーグ戦ではなく、組分けはされているものの純粋なトーナメント戦にて行われる竜王戦の特徴とも言え、つまるところ棋士であるならば誰にでもチャンスがあるのだ。

アマチュアの枠や女流棋士の枠まで設けられている竜王戦はまさに棋士の頂点を決める戦い。
それとは別にコンスタントな強さを求められる同じく棋界最高峰のタイトル戦である名人戦とは違う要素が竜王になるためには必要だった。

それが、勢い。勝ち上がるにはそれが必要だ。

(……重い)

しかし、当時の竜王は勢いとは無縁な存在。

(重くて……厚い!)

端的に述べるならばまさに重厚な壁であった。

「負け……ました」

最初の2日間が終わった。
八一は負けた。善戦はしたと思う。
持ち前の若さと勢いで攻めに攻めた。
しかし、重くて厚い壁に、阻まれた。

「くそっ!」

悪態をついて、苛立ちが募る。
しかし、くよくよしてはいられない。
八一は考えた。どうあの壁を崩せばいいのか。

考えに考えた末に、気づいた。

「……あの壁を崩すのは不可能だ」

直近の棋譜を読んでわかった。
今のあの人はまさに鉄人。鉄で出来ている。
そんな相手をいくら殴ったとしてもこちらの拳が砕けてしまうのは明白で、反撃をくらう。

「だったら、これならどうだ……!」

竜王戦、第二局。
八一はガチガチに玉を固めた。
典型的な穴熊戦法である。
もともと穴熊は得意だった。

将棋というゲームは一見難解そうに見えて実は単純で、ようは自分の玉が詰まされなければ基本的に負けることはない。だから硬く囲った。
持将棋云々はこの際考えないことにした。
とにかく負けないように戦うことを意識した。

「なんだ、これ……?」

たしかに勝負は長引いた。
しかし、相手も穴熊の名手であった。
穴熊使いは、穴熊の弱点を知っていた。

だから八一は穴の奥深くで窒息して死んだ。

「……あんなのありかよ」

第二局のあと、八一は消沈していた。
穴熊は上部からの飽和攻撃に弱い。
竜王はそこを突いて、八一の玉を押し潰した。

ならば、相手にも同じことをすれば勝てるかと言うとそうでもなく、要するに攻めに対する受けが上手いか下手かの問題であり、八一は下手で竜王は上手い、ただそれだけの話だった。

「ッ……俺はっ……弱い!」

八一は弱かった。
八一は弱い自分が嫌だった。
だからこそ、称号が欲しかった。
棋界最強の竜王の称号と身分を望んだ。

「じゃないと、銀子ちゃんの隣に立てない!」

空銀子。八一よりも年下の姉弟子。
空銀子はお姫様だった。身分が違った。
だから八一は王様になりたかった。
どんな手を使っても、竜王の座を奪うのだ。

「カアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

竜王戦、第三局。
八一は若い。若さと勢いが彼の武器だった。
読みの深さでは竜王には敵わない。
けれど、一瞬の閃きと瞬発力で上回った。

「あ、負けました」

あっさりと竜王は敗北を認めた。
第四局も、第五局も、続けて勝利を収めた。
竜王を負かした八一は不思議だった。
次勝てば、竜王になれる。だけど。

(なんで勝てたのか、わからない)

若い八一は勝利の理由がわからなかった。
対局のあと、敗北した竜王はいつまでも盤上を眺めていた。八一は静かにその場を後にした。

『よろしくお願いします』

竜王戦、第六局。
これに勝てば八一は竜王となる。
負けても、第七局でチャンスがある。
故に気負わず、勢いよく竜王に挑んだ。

(……遅い)

竜王は矢倉を組んだ。
しかし、あまりにも遅い。
八一は若い。故に速度を求めた。

(早く指せよ……いつまで悩んでんだ)

若い八一にはすぐに手が見えた。
竜王とて、見えているだろうに。
なかなかその最善手を指そうとしない。

(あっ)

悩んだ末に、竜王が悪手を指した。

「よしっ!」

すぐさま、それを咎める。
すると、困ったように竜王が頭を抱えた。
肩を落とす中年は、弱々しく見えた。

(なんだこの人……弱いじゃん)

何が竜王だ。
今まで散々手こずらせやがって。
八一は無性に腹が立っていた。

(悠長にお茶なんか飲んでると負けちまうぞ)

これに勝てば竜王。
それに相応しい棋譜にしたい。
若い八一はどこまでも強欲だった。

(ちょっと手抜いて面白くしてやるか……)

そんな軽い気持ちで竜王の細い攻めを手抜く。

「ッ!?」

その瞬間。
たしかに、怒気を感じた。
目の前の竜王が静かに怒っていた。

(落ち着け……ただの見掛け倒しだ)

水をガブ飲みして、頭を冷やした。
今のはそう、錯覚だろう。
よく見ろ。竜王は黙って考えているだけだ。
手抜いた分、攻め手が広がって混乱している。
そう、それが狙いだ。だから大丈夫な筈。

(ん? 空調が壊れたのか……?)

気づけば、八一はじっとり汗ばんでいた。
いつの間に飲み干したのか、水もカラだ。
しかし、目の前の竜王は平然としている。

(和服のせいか……早く脱ぎたいな)

タイトル戦は伝統に則り和服で行われる。
初めて袖を通した和服は重くて暑かった。
しかし、これは八一の師匠である清滝鋼介がわざわざタイトル戦のためにあつらえてくれたもので、死ぬまで大事に着ようと誓っていた。

そんな大切な着物に汗染みなんてつけたくなくて八一は早く勝負を終わらせたかったのだが。

(えっ? そっち……?)

予想もしないところから竜王が逆襲してきた。

(まだ時間はある。じっくり読みを入れよう)

盤面を睨みつけて、八一は深く読む。
しかし、それは最善手とは程遠い一手だった。
八一が手抜いた隙を突いた方が有利なのに。

(ん? もしかして、この手は……)

たっぷり1時間ほど考えて、気づいた。
これは恐らく、当初の竜王の攻め筋だと。
八一は慌てて、記録係に申し入れた。

「き、棋譜を!」

これまでの棋譜を見せて貰う。
竜王はそのタイミングで手洗いに立った。
棋譜を確認して、やはりそうだと確信した。
そして竜王の残り時間を見て、戦慄した。

(きっかり1時間……俺と同じ時間を使ってる)

竜王は衰えてなどいなかった。
時間をかけて、八一と同じ結論に至っていた。
あの局面での最善手を導き出したのだ。

八一は自分が恥ずかしかった。
たしかに今、勢いや流れは自分にある。
竜王は必死にそんな挑戦者と戦っていた。
それなのに、八一は手抜いて選択肢を与えた。
怒るのは無理もないだろう。当たり前だ。
これまで費やした時間が無に帰したのだ。

「ッ……!」

ふらりと、竜王が手洗いから戻ってきた。

八一は今すぐ土下座したかった。
謝って、許して欲しかった。
竜王に殴られて、泣きたかった。
しかし、竜王は悠然と胡座をかき。

「……ぐぅ」

用を足してスッキリしたらしく頬杖をついて、いびきをかいていた。八一はちょっと泣いた。

「しゃっ!」

バチンッ! と両手で思い切り頬を叩いた。
八一は深く反省して、気合いを入れ直した。
自分は挑戦者なのだと自らに言い聞かせた。

「……ふっ」

頬杖をついて寝ていた竜王から吐息が漏れた。
たぶん、笑ったのだと思う。楽しそうだ。
良い夢を見ているのか、狸寝入りしてるのか。

(これが……竜王)

改めて、竜王の読み筋に感嘆する。
持ち時間の使い方、広範な知識、重ねた経験。
全てにおいて、最高を兼ね揃えた、鉄の巨人。

(勝てるのか……いや、勝つんだ!)

自分は挑戦者。
竜王に挑むならば、勇気が必要だ。
先程の緩手すらも足がかりとして。

(舐めプしたなんて、絶対に言わせない!)

いつまでも後世に残る棋譜を汚さないように、それが竜王に対する侮辱への謝罪だと信じて、八一は持てる全てを捧げて竜の王に挑む。

「カアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「……ふむ」

(厚い……熱い! 竜王の懐は厚くて熱い!!)

意を決して、顎門の中に飛び込んだ。
鋭い牙と灼熱の業火に身を晒しながら。
若さと勢いに任せて、腹の中で暴れまわる。

(まだ、倒れないのか……!)

竜王は倒れない。
これまでの潔さとは一転。
しぶとく粘り、じっと耐えていた。

(攻め手が途切れれば、負ける……!)

八一は直感していた。
この第六局を制した者が棋戦の勝者になると。
ここで負ければ、勢いと流れはあちらに傾く。
故に、細い攻めを続ける。死にたくなかった。

(ここまで来たんだ! 負けてたまるか!!)

今回は運が良かった。
次回はこうはいかない。
最初で最後のチャンス。
八一はそう信じて、竜王に食らいつく。

「……ふむ」

竜王は顎に手を当てて、しきりに頷く。
まさか読み切っているのだろうか。
八一の細い攻めが途切れるその瞬間を。

「まだだ!」

八一は学んだ。
竜王を起こしてはいけない。
この鉄の巨人を永眠させる。
その為には、敵の武器を奪う必要がある。

「大駒を寄越せ!!」

角を、飛車を。馬を、龍を。
成らせてはならず、その前に奪い取る。
既に飛車は確保した。馬は自陣に引かれた。

「チィッ!」

思わず舌打ちが漏れる。明らかなマナー違反。
しかし、竜王は気にした風もなく、楽しげだ。
いや、仏頂面なのだが、不思議とそう感じた。

(竜王……俺も、俺も楽しいです……!)

八一もまた、この将棋を楽しんでいた。
なにせ、格ゲーで言えば無限コンボだ。
ずっと俺のターンと言えばわかるだろうか。
攻めている将棋は楽しい。同時に怖い。
攻めが無くなれば敗北するというスリル。
そんなある種の博打に、八一は痺れた。

(でも竜王。あなたは苦しくないのですか?)

八一は楽しい。竜王も楽しそうだ。
しかし、そんな筈はないのだ。
いかに竜王がドMの類いだとしても、ずっと相手に好き放題やられて楽しい筈がない。

竜王は有名人だ。
なにせあの『名人』と同じ世代。
小学生名人戦の時からしのぎを削り合い、切磋琢磨してきた間柄だ。最前線で戦ってきた。

名人と渡り合い、一時は上回った時もある。
あの名人からタイトルを奪い、名人の座から引きずり下ろして、永世名人の資格を得た。

あの名人よりも早くその先に辿り着いたのだ。

「……ふむ」

竜王が動いた。それは予想外の一手。

(んん? あれ? これって……)

それは明らかに形作りの一手。
気づくと、灼熱の息吹もなりを潜めている。
ただの中年棋士が、目の前に座っていた。

(どうする? 徹底的に潰しておくか?)

形作りとはいえ、勝ち目を完全に潰して友達が居なくなるような手で勝つべきだろうか。

(いや、ここは……こうだ!)

八一は若い。
若さが彼の武器であると自覚していた。
故に肉を切らせて竜王の骨を断つ。
そんな危うい、熱い手を選択した。

「ふぅ……熱いな」

パタパタと扇子を煽いで。
ちっとも暑そうには見えない竜王は。
ぐびりとお茶を飲んで、八一に告げた。

「あ、負けました」

あまりにもあっさりと、呆気なく。
竜王は敗北を認めて、その座を明け渡した。
その瞬間、その日から、八一は竜王となった。

「とまあ、こんな感じかな」
「なるほどね」

語り終えて、稽古も終わった。
まるでその時の棋譜をなぞるような指し回しだったのは、恐らく偶然ではないだろう。
勉強家の天衣は八一が竜王となった際の棋譜をちゃんと暗記していて同じように指したのだ。

「参考になったか?」
「ええ、とても」

当時の竜王の方を持って指したこの幼い少女が何を感じたのか、それが気になって尋ねた。

「何がわかった?」
「竜王になるための条件よ」
「参考までに聞かせてくれ」
「あなた竜王の癖にわからないの?」

小学生の弟子に呆れられるのは八一としては不本意であるが、背に腹は変えられない。
八一は未だに、何故自分が竜王になれたのかイマイチわかっていなかったので知りたかった。

「教えてください、天衣先生」
「仕方ないわね、特別よ?」

天衣に特別と言われて、八一は胸が高鳴った。

「竜王になれる人は、調子に乗ってる人だけ」
「なんだそりゃ? 勢いの話か?」
「いいえ。悪い意味で調子に乗って浮かれてる人だけが、悪の竜王の資格を得るのよ」
「悪の竜王で悪かったな」

散々な言われように憤慨する悪の竜王、九頭竜八一を見て、天衣は悪戯っぽく微笑んだ。

(棋譜を見れば先生が舐めプしたのがわかる)

天衣は八一の舐めプを見抜いていた。
同時にそれが妙手であることも。
相手に手を委ねるのは、あの名人の十八番だ。

(だからこそ勝てた。調子に乗っていたから)

良い意味で言えば、それはやはり勢いだろう。
運とも言えるが、自ら選択した結果だ。
悪い意味で言えば、完全に調子に乗った結果。

(弟子としては軽蔑するべきだと思うけれど)

それでも素敵だと思うのは、やはり自分は。

「聞いて損した。もう帰るぞ。じゃあな」
「あ、先生! ちょっと待って!」
「なんだよ。悪の竜王にまだなんか用か?」
「着替えを……」
「はあ?」
「だから、着替えを持ってきて欲しいの!」

天衣に着替えを要求されて八一は首を傾げる。
なんでまた、着替えなんて。はたと気づく。
天衣のかわいいおべべが何やら濡れていた。

「お前、それ……」
「……したのよ」
「えっ?」
「だ、だから! あなたの攻めが長すぎたから我慢出来なくておしっこ漏らしたのよ!!」

ああ、なるほど。天衣はお漏らしをしたのか。

「フハッ!」
「わ、嗤わないで!?」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「もう先生なんて、嫌いっ!!」

悲鳴を聞きつけた夜叉神家の使用人兼、天衣のボディガードである池田晶に取り押さえられるまで、悪い意味で調子に乗りに乗った悪の竜王兼、女子小学生のおしっこ大好きな八一の愉悦という名の哄笑は高らかに響き渡った。

エピローグ

「……ふむ」

終局のあと、ひとり考える。
どうして負けてしまったのかをひたすら。
いつまでも、いつまでも、考え続ける。

やはりあの後、うさぎは再び立ち上がった。
棋界の七つのタイトル全てを総取りして、ゴールで休む彼の頭から重たい王冠を奪うことは、ノロマなカメの自分にも容易いことだった。

しかし、うさぎはまた走り出した。
そして瞬く間に再び追い抜いていった。
その背中は、既に見えなくなった。

途方に暮れていると、若者が現れた。
勢いのある、元気で強い少年だった。
やや調子に乗っていたので嗜めると、すぐに反省して頭を下げることが出来る素直な子供だ。

彼は強かった。熱を感じた。
咎めた緩手すらも利用してきた。
それはあの名人と通ずるところがあった。

(しかし、あの攻め。あれだけは間違いなく)

まだまだ荒削りだが、確信がある。
あの子は強い。恐らく、名人よりも。
今はまだ勝てないかも知れない。だが確かに。

(途中でトイレに行っといて良かったな……)

でなければ、あの猛攻で漏らしていただろう。

「フハッ!」

それが竜王としての最後の仕事とばかりに、前任者の僕は対局室で独り、愉悦を響かせた。


【前のりゅうおうのおしごと!】


FIN

将棋にお詳しい皆様ならば前任者のモデルが誰であるかは言わずともおわかりだと思います。
重厚な受け、素敵ですよね。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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