【デレマス】夢見りあむの、尊さについて。 (41)


 隅にひびの入ったテレビでは、「アナと雪の女王」の再放送が映し出されている。見たことはなかったけれど、主題歌くらいは聞いたことがあった。「アナ雪2」の公開を間近に控え、最近、街頭でもよく耳にする。
 ぼくはなにをするでもなしに、ただただ再放送を眺めていた。見ていたんじゃない。ただぼんやりと、何世代も前の薄型テレビの画面に目をやっていた。
 ソファは経年劣化でスプリングが弱っている。座っていると、そのうちずるずる落ちていってしまって、殆ど座面がぼくの背もたれみたいになる。あまりにもすることがないぼくは、けれど、位置の修正すら億劫で、そのまま息をつく。

「ねぇー、Pサマー」

「なんだ?」

 ぼくのマネジメントをしてくれているそのひとは、部屋の中だと言うのに薄汚れたコートを羽織ってデスクへ向かっていた。かたわらにはアイコス。画面を睨みつけているけれど、手は動いていない。

「ありのままの自分になったら、なんにも怖くないもんなの?」

「……」



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 Pサマはちらり、ぼくと、そしてテレビを一瞥すると、またすぐにモニターへと視線を戻した。

「なんかさー、ぼく、ディズニー映画ってそーゆートコが嫌いなんだよね。綺麗ごと言ってれば全部丸く収まる、みたいなさー」

「それ、SNSで発信するんじゃねぇぞ」

「え?」

 ぼくの指は止まらない。ツイートボタンを既にタップしている。

「……Pサマ、ごめん」

「おい、千川ァ」

「なんですか?」

 優しい声音のちひろさん。……必要以上に。
 普段から物腰の柔らかなちひろさんが、柔らかすぎる時は、逆に必死に自制している時だ。ぼくはよく知っている。知りたくなかった。

「最近の若ェのってのは、学校でメディアリテラシーとか学ぶんじゃなかったのか」

「いまさら言いますか? それ」


「うぎゃー!」

 ぴんぽんぴんぽん通知がスマホの画面にポップアップしていく。1、2、3……その数は最初こそゆっくりだったけれど、次第に、加速度的にその速度を増して、40を超えた時点でぼくはスマホをソファに放り投げた。

「もう、なんなのさ!? やむ……」

「Pさんも難儀なコを連れてきましたねぇ」

 そう言ってちひろさんは笑った。困ったように、面白そうに。
 それを受けてPサマは、「ふん」と鼻を鳴らしてみせる。まったく不服だ、というふうだったけれど、確かにちひろさんの言うとおり。ぼくを連れてきたのはPサマなんだから、Pサマにはそれ相応の義務と責任が伴っているのだ。

 ぼくは精一杯体をのけぞらせて、ソファの背もたれごしに、Pサマの横顔を眺めた。モニターを見つめるその顔は、やっぱりいつものように不機嫌そうで、無愛想で、眉根に皺が寄っている。
 そして、とびきりの端正な顔立ちだった。


 地下アイドルのライブが終わってほくほくしていたぼくの目の前に彼が現れたとき、正直、それこそどこかのアイドルがハコにやってきたのだと思った。薄汚れたコート、その内側から名刺入れを取り出して、一枚の紙切れをぼくに見せてくるまでは。
 正気の沙汰じゃない、っていうのが最初の感想。だし、なんなら今でも思う。頭の螺子がぶっ飛んでいるひとはどんな世界のどこにでもいて、片隅でひっそり暮らしているとは限らない。

 確かに、ぼくは顔のことで褒められることは多かった。不摂生が祟って腹回り、足回りは少しぶよぶよしているけれど、おっぱいだってかなりある。どたぷん、ってくらいには。
 ただ、ぼくにはそれがアイドルとは結びつかない。こちとら何年もアイドルの追っかけをやっているのだ、趣味の欄に書かれた「現地参戦」は伊達じゃない。
顔がいい女の子たちはごまんといて、気づけば姿を消している。そうでもないコが気づけば地上波に出ていることだって。だから、知っている。ビジュアルなんてのはあくまでも一要素でしかないってことを。

 ぼくはアイドルにはなれない。


 口説き文句は、正直、あんまり覚えていない。ただただ唐突なできごとに混乱して、「は? このひと頭がおかしいんじゃないか」って思って、「顔がめっちゃカッコいい」とも思って。
 ……あぁ、そうだ。確かPサマはこう言ったのだ。アイドルになんかなれないって、尊くなんかなれないって断ろうとしたぼくに「だからこそ、いまだ嘗てないアイドルになれる」なんてことを。

 そんなはずがない。ぼくのことはぼくが一番よくわかっているし、アイドルっていう存在だって、目の前の男よりもずっと詳しいんだから。
 だけど、同時に、こうも思った。いいじゃんか、とも。
 ぼくは努力ができない。頑張ることができない。ひたむきになることができない。いやだいやだと涙を流すことはできるけれど、汗を流すことができない。だからアイドルになんてなれやしない。
 そうだ。なればこそ、アイドルを挑戦してみるのもいいんじゃないか。ぼくなんかがアイドルとしてやっていけなければ、それだけ、そのぶんだけ、尊い彼女たちの尊さがより一層際立つはずだから。

 ぼくはぼくの正しさを信じるために、ぼく自身を差し出したのだ。

 ……それに、もしかしたら、隠された才能があるかもしれない! し!?


「ねー、Pサマ、暇だよぉ、構ってよぉ」

 ソファに不自然な体勢で体を預けているせいか、シャツの裾がだるんだるんになっている。それももう気にならない。

「仕事してるのがわかんねぇのか」

「その言い方はひどいよぅ……やむ……。
 大体、Pサマがぼくをスカウトしたんだから、もっとぼくにちやほやしてくれたっていいんじゃない? の?」

 ねぇねぇ、どうなのさ。そう言うぼくにPサマは大きく嘆息をして、デスクの抽斗から赤い箱を取り出した。キットカット。有名なお菓子。
 それをこっちに放り投げて、

「やる。喰ってろ」

「扱いが雑……やむ……」

「りあむちゃんに甘すぎですよ」

 ちひろさんは言うけれど、まるでそうとは思えなかった。スカウトされてからかれこれ三か月、凄くカッコよくて凄く無愛想なぼくのプロデューサーは、ぼくを稽古場に送ってくれることすらしちゃくれない。


 まぁ、駆け出しのアイドルなんてそんなもんなんだろう、という達観も確かにあった。ぼくが稼いでるお金より、ぼくに使ってくれているお金のほうが全然多いはずだ。

 そもそもこの事務所、母体は中堅どころのそこそこ有名な会社だけれど、その一部門としては極めて零細。ぼく以外のアイドルだって片手で数えられるくらいだから。

「こいつは甘やかすと調子に乗るタイプだろうが」

 睨みつけるような目線をもらった。誰だって甘やかされたいもんじゃん? とは思ったものの、口には出さない。

「そうですよ」とちひろさん。せめて否定してほしかった。「だから、言ってるんです」。

 甘やかされてるんだろうか。甘やかされてるんだって! やったー! ……とは、さすがのぼくでもならない。実感を伴わない事実に大した意味はない。
 Pサマは頭をがりがりと掻いた。端正な顔立ちが不機嫌そうに歪む。その顔もまた、カッコいい。


 ぼくのアイドル論とは全く無関係に、ぼくはそもそも面食いで、可愛いアイドルが好きだった。当然カッコいいアイドルも。そういう意味では、Pサマの存在は、なんていうか、こう……非常にモチベに繋がっている。そして毒でもある。心臓に負担が、が、が。

「千川ァ。俺の代わりに、こいつの教育すっか?」

「おいしいところはPさんにお任せしますよ」

「ちっ」

「それじゃあわたしは、銀行に行くついでにお昼にしてきます。りあむちゃんは午後からレッスンでしたよね? 頑張ってください」

「う、うん。がんばる。ぼく、がんばるよ」

 暗示みたいになってしまった。ちひろさんは薄く笑って、鞄を片手に事務所を出ていく。

「りあむ、腹ァ減ったか?」


 キットカットが口から半分飛び出している女へかける言葉とは思えなかった。ぼくは無言のまま、飛び出した半分を口の中へとしまって、もぐ、もぐ、もぐ。
 お腹をさする。とりたてて空腹という感じではない。ないけれど、ちひろさんが言ったように、午後はダンスレッスンとボイトレがある。ここで食べておかないと次がいつになることやら。


「た、食べる!」

「そうか。なら、俺も休憩にすっかな」

「ねぇねぇPサマ! ぼく、ローソンのシュークリームが食べたい! クリームが二種類入ってるやつ!」

「それは俺に買ってこいってことか?」

「え? あ! 違うよ! ほんと、ほんとだから!」

「りあむ」

 いつの間にかソファのそばまで寄ってきていたPサマは、相変わらず眉根に皺を寄せて、仰向けのぼくを覗き込んでいる。

「違うってんなら仕度くらいしろ。シャツ一枚で外に出る気か、てめぇは」

「……イケメン、尊い」

 直視できなくて、無意識に視線をそらしてしまう。
 可愛い女の子もカッコいい男性も好きだけれど、残念なことに耐性はないのだった。まじまじ見ようとすれば、顔が熱くなって、胸がきゅんきゅんしてしまう。

「言われ慣れてる。いいから早くしろ、置いてくぞ」

「うわぁーん、待ってよぉ!」

* * *


* * *

「……」

 あぁ、

「つっか、れたぁ……」

 重たい体を引きずりながら、ぼくはやっとのことで事務所の鉄扉を開ける。靴を脱ぎ散らかし、長い長い旅路の果て、やっとたどり着いたソファ目がけて崩れ落ちた。
 ぼふん。スプリングのへたってきた事務所のソファは、それでもぼくを優しく包んでくれる。甘やかされるのは大好きだ。優しくされるのはもっとずっと。だからぼくが彼に――彼女かもしれないけれど――昵懇なのは当然なのかもしれなかった。

「お疲れ。頑張ったな」

 車の中でも聴いた台詞がもう一度。入り口にはPサマが、王将の持ち帰り餃子を抱えながら立っている。無愛想は相変わらずだけれど、珍しい労いの言葉は何度だって嬉しくて、思わずにやけてしまう。
 本当だよもう! もっと褒めて褒めてとするつもりが、予想以上の疲労困憊で起き上がれない。蛍光灯の眩しさに目を細めながら精一杯にやりと笑ってみる。


 現在時刻は夜の八時半を回っていた。事務所に始発で来たから、かれこれ十四時間、アイドル活動をやっていたことになる。

 今日は朝からテレビの収録があったのだ。

 勿論、ぼくみたいな無名も無名、ごみくずみたいな新人に名指しが入ったわけじゃない。ぼくの所属する事務所、その先輩である四人の美少女アイドルグループが地上波初登場するにあたり、引き立て役として何人か見繕われたそのうちのひとりとして。所謂バーターってやつだ。
 正直なところ人選ミスだって言わざるを得ない。少なくともぼくならぼくを選ばない。けれど、きっと上のひとたちはぼくのことなど知らないのだ。誰でもいいゆえの適当な人選。もしかしたらその隙を見てPサマがねじ込んでくれたのかもしれなかった。

 結果的に、やっぱり人選ミスだったんだろう。ぼくはひとりのファンとして彼女たちの魅力を大いに語り、語りすぎ、そして大いにダメ出しもしてしまったのだ。


 だって仕方がない。仕方がないじゃん! 本当のことなんだもん!
 五人でグループを組んでた時のほうが活き活きしてた。いまもパフォーマンスは凄いしファンサービスだってめっちゃだけど、だけど、だけど、……ステージで踊る彼女たちの汗と笑顔が、なぜだか尊く見えない。心でも魂でもなくて、技術でアイドルをやっている、そう思えちゃったのだ。

 それが残念でしょうがない。泣きたくなるくらい悔しい。

 そんなことを言いだしたら止まらなくて、ついには泣き出しそうになってしまって、そこでぼくの出番はおしまいだ。
 番組のスタッフさんは呆気にとられた顔をしていた。ぽかん、と口をあんぐり開けていた。カメラさんも音響さんも照明さんも、きっと番組の偉いっぽい人をいちいち確認して、どうします? みたいなやりとりがそこかしこで。


 Pサマは怒っていたけれど、どこか嬉しそうな、楽しそうな顔をしていた。だからぼくは、やってしまったという自己嫌悪よりも、よっぽど自慢気が勝っているのだ。
 初テレビ出演のお祝いに餃子も買ってもらったし!

 薄汚れたコートを着たまま、Pサマは餃子を電子レンジに突っ込んだ。

「飯食ったら、どうする? 少し休んでくか? それとも家まで帰るか?」

 ここから家までは一時間弱かかる。時間帯的にはがら空きだろうから、乗ってしまえば座れるはずだ。ただし乗換での階段昇降を思うと……。

「ねー、泊まっちゃだめなの?」

「だめってこたぁないが、シャワーもねぇぞ。どうすんだ」

「近所にお風呂屋さんないの?」

「ねぇなぁ」

「じゃ、じゃ! じゃあさPサマ! 車でぼくを送ってってよ! いいじゃんそれくらい! どうせこのあとやることもないっしょ!」



 電子レンジが「チン」と音を立てる。呆れ顔のPサマ。扉を開け、餃子を取り出し、パックの蓋をとる。
 安っぽいにおいがした。だからこその親しみやすさだとぼくは思う。

「いっただっきまーす!」

 口の中へと放り込む。肉汁。あっつ! あっちゃ! はふはふ! うまい! うま……あつい! いやこれ、中めっちゃ熱いな!?

 ……んべぇ。

「おい、口の中のものを出すな」

ひき肉と白菜とニラと皮を蓋の隅っこへと吐き出して、とりあえず冷ます。舌がひりひりする。
 Pサマの常識に満ちたお言葉は聞かなかったことにしよう。水。まずは水だ。

「しゃあねぇな。さっさと喰っちまえ。置いてくからな」

「やったぁ! Pサマありがとう! 大好き! 愛してる!」

「本当にそう思うなら、これからの言動に気を付けてくれるんだな」

「わかってるってば! だーいじょうぶだよ! 今日スタジオに芸能人いっぱいいたけどさ! あいつらぜーんぜんオーラがないね! 光を背負ってないよ! 尊くない! だめだめのぱーさ!」

 地下アイドルのライブ会場の熱気からは程遠い。心を焦がし、吐息に火が付きそうな、爛々と輝く瞳がどこにもない。

「あんなやつらなんかぼくの敵じゃあないね!」

「こいつなんにもわかってねぇな」

* * *


* * *

 蓋を開けてみれば、わかっていないのはPサマのほうだった。

 新人アイドル総選挙とやらで、ぼくは3位に輝いたからだ。

* * *


* * *

 先日ぼくが大失敗してしまった初めてのテレビ撮影、ぼくは当然あんな映像使われないと思っていて――そしてそれはPサマも同じだった。だからぼくたちはその番組の放映日なんてすっかりと忘れてしまっていたのだ。

 いくらぼくでも発言せずに炎上はできない。火のないところになんとやら。まぁこの場合、燃料のないところで火災はおきない、とでもなるんだろう。
 だけれどその日は違っていた。起き抜けの五感に飛び込んできたのは、突如として一気にその数を増やしたフォロワーの数字と、鳴り止まない通知音。リツイート、リツイート、いいね、リツイート、いいね、いいね、いいね、リツイート……。

 「よくぞ言ってくれた」と称賛する声。
 「知った口を利くなブス」と罵倒する声。
 「先輩に喧嘩売るとかwww」と囃し立てる声。
 「自分の方が歌うまいつもりなの?」と見当違いな声。


 その声が、声たちが、いったい何についてぼくへと奔流を浴びせかけているのかわからなかった。やってしまったという後悔も、みんなが注目してくれているという昂揚もそこにはない。起き抜けの頭は火花が散るばかり。
 そうして次第に明晰していく中で、ようやくぼくは気付いたのだった。

 どうやらあの日の主張はボツにはならなかったらしい。

 もしかしたらスタッフのお遊び、悪戯心だったのかもしれない。ちょっとアクの強い新人がいるから、いいネタになるだろうと……きっとそうに違いない。ぼくだったらそうする。大笑いしながら、ばっかじゃねーの、なんて手を叩きながら。

 手に持っていたスマホが鳴る。……Pサマ。用件は出なくてもわかる。
 怒られるかな? 真っ先に脳裏をよぎったのはそこだった。怒られるのはもちろんやだ。けれど、怒られもしないよりはぜんぜんまし。甘い甘い、甘美な猛毒。


 スマホはしつこく鳴っている。
 正直、このまま電源を落として、布団被って、寝たい。惰眠を貪りたい。ぼくのせいであって、ぼくのせいじゃないのだと、世界のすべてに叫びたい。
 だってそうだ。そうじゃない? ぼくはアイドルへの愛を叫んだだけなのだ。そりゃあ確かにちょっと批判みたいなことはしちゃったかもしれない。でもそれは愛ゆえであって、決して喧嘩を売ったわけじゃあない。

「思想の自由侵害とか、まじでやむし……」

 掛布団を引っ掴む。そのまますっぽりと頭まで。

 やだ。やだやだ、もうやだ。
 結局ぼくはぼくのまんまだ。迷惑かけてばかりのくず人間だ。努力もできない。尊くない。アイドルになんかなれっこない。

 やむ。
 口に出したところで、誰も助けてくれやしない。

 ちやほやされたい。されたかった。いや、でも、やっぱり、いまでもされたい。
 迷惑かけても許してほしい。軽率な行動でも認めて欲しい。わがままだけれど愛して欲しい。
 承認欲求の塊であるぼくは、ワンチャン期待でアイドルを目指して、そのくせアイドルにはなりたくなかった。ぼくの尊さを、ぼくはどこにも見つけることができないから。


「ううぅ……」

 シャツの裾を掴む。
 世界は針の筵だ。その中にあって、掛布団だけが、なによりも優しい。柔らかくぼくを抱きしめてくれる。

 ひとしきり泣いて、気が付いたら寝ていて、顔は涎と涙と洟水でぐっちゃぐちゃ。
 枕は吹っ飛んでいる。ぼくの顔があったあたりに、顔から流れた体液のまぜものが沁みついていて、饐えた悪臭を放っていた。
 身だしなみを整えるよりも先にお腹を満たさないとならない。そんな使命感にも似た焦燥感にあおられて、部屋に備え付けの小さな冷蔵庫を開く。

 なかった。なにも。
 と、倒置法を思わず使ってしまう程度には、絶望的なその中身。
 半分くらいになったサイダーと、ポッキーが一袋、少ししなびた林檎、あとなぜか靴下の片方。なんでこんなことになっているんだろう。ぼくは靴下を食べるつもりだったんだろうか?


 絶望していてもお腹は膨れない。し、冷蔵庫だって満たされない。とりあえずコンビニへと選択をするのは現代人の美徳。
 手櫛で髪を梳く。桃色と水色のコントラストがちらつく。もちろんすっぴんのままにぼくはお日様の下へと躍り出た。

「よぉ」

「うわあぁっ!」

 心臓がまろびでるかと思った。まろびでるってどういうことかはわかんないけれど。

 相も変わらず薄汚れたコートを身に着けて、Pサマが車の窓から手を振っている。社用車じゃない。前にも何度か乗ったことのある、彼の自家用車。
 通勤途中? いや、たぶん、違う。ぼくんちの前を通るとか、そんな話は聞いたことがない。偶然? にしたらできすぎだ。先ほどの電話と合わせて考えれば答えは自ずと見えてくる。

「……ぼく、怒られる?」

「怒られてぇのか?」

「たくない! ないよ、ないない!」

「怒りゃしねぇよ。まぁ、ただ、厄介な……ってぇと違うか。少しごたつきそうだ」


「……燃えてる?」

 恐る恐る尋ねる。いつものような炎上騒ぎなら、Pサマのお小言と拳骨だけで済んでいる。そうでないということは、……そうでないということなのだ。いつものような炎上騒ぎではないという。

「どいつもこいつも愉快犯ばっかりだ。お祭り気分だな。知らないってのは気楽でいいなぁ。その上免罪符にもなる」

 Pサマは、いつもは無愛想なその顔を一際険しく歪ませて、

「りあむ。外を出歩くなら、変装くらいしろ。帽子と……伊達でいい、眼鏡はあるか?」

「う、ううん。ない」

「だと思ったから買って来てやった。しばらくはそれで出かけろ。いいな」

「わかったよぅ……ごめんね?」

 なにに対して謝っているのかわからないまま、それでもぼくはPサマに伝えなければいけないなにかがあるような気がして、服の裾を握り締める。
 そんなぼくを見て、Pサマはどう思ったんだろう、意外そうに口角をあげた。瞳の色が優しそうに変化している。


「謝らなくていい、堂々としていろ。……いや、たまには謝ったほうがいいか」

 そうしてぼくの頭へと、まだ値札も切っていないキャスケット帽をぽすんと乗せる。えせ鼈甲縁の伊達眼鏡も一緒に手渡された。

「明日のレッスンは十時からだぞ。朝のな。寝坊すんじゃねーぞ」

「最近はちゃんと時間通りに来てるじゃん」

「そうだな。いいことだ。トレーナーも涙を流して喜んでた」

「うっそだぁ」

「本当だからな」

「……あはは」

 誤魔化すように笑う。いくら遅刻しても、終わりの時間は決まっている。だからと言って内容を短くもできない。必然的に、密度は濃いほうへ濃いほうへと進んで、ぼくはもうあんな地獄は味わいたくないのだ。

「頑張れよ」

 と、Pサマは短く、けれど万感の思いを込めて――っていうのは自惚れかもしれない。無愛想なイケメンが笑うだけで、動悸が激しくなってしまうぼくのメンタルは、別の意味でもまたクソザコだった。
 キャスケットの目庇を少し下へと向け、太陽の日差しを遮る。

 Pサマの煙草の匂いがまだ残っているような気がした。

* * *


* * *

 ぼくの生活は途端に輝きを帯び始めていた。光の粒子を纏い始めていた。
 ぼくの自覚の薄いままに。

 どうやら先日のテレビ放送は随分と諸処に影響を与えたみたいで、ツイッターを初めとするSNS界隈は、俄かに騒がしくなっていた。
 フォロワーは倍増。フォローの申請が鳴りやまない。リツイートもリプレッションもエンゲージメントも見たことがない数字を表示している。
 未曽有の事態だった。質的にも、量的にも、最早炎上ではなかった。ぼくはここにきて、超満員の甲子園球場、そのピッチャーマウンドに立っていることに気づいてしまった。

 スポットライトが当てられて、みんながぼくの一挙手一投足を見ている。ばかりでなく、期待さえしている。

 あぁ、「バズる」とはこういうことなのか、と思った。


 アイドル論ならいくらでもある。尊さなら何時間だって語れる。画面の、電子の海の向こう側で、いろんなひとがアイドルオタクであるぼくを心待ちにしている。
 ぼくの論陣は辛口で舌鋒の鋭さが売りだ。オリコン1位だろうがベテランだろうが、決して阿ったりはしない。かといって実力が全てってわけでもない。笑顔。情熱。汗と輝き。ぼくたちに勇気や感動、夢や希望を与えてくれる――いや、寧ろ彼ら彼女らはそのものの具現でさえあるんじゃないか。

 だからアイドルとはまさしく偶像で、ぼくたちの誰しもが羨んでやまない理想の姿で……なによりも尊い。
 ぼくには到底なれそうにない。

 だのに、これはいったいどうしたことだ?

 どうしてぼくのライブが立ち見御礼の満員になっているのだ?
 どうしてぼくが芸人と並んで雛壇に座っているのだ?
 どうしてぼくはこんなにも喝采を浴びなければならないのだ?


 それはバズりとは違っていて、ましてや炎上なんかではあるはずがなくて。……そう、膨らんだ風船に近い。萎んだぼくへと誰かが無理やりに空気を注入している。次第にぱつんぱつんになるぼくのことなど見向きもしないで。
 誰もが娯楽を探している。眼をぎらぎらさせながら、狙っている。いっときでいいから盲目的に盛り上がれる何かを。

 それがたまたまぼくであったというだけ。

 突如として舞い込んできた大量の仕事は、瞬く間に一週間のスケジュールを埋めて、信じがたき十七連勤という快挙――という名の地獄――をお届けしてくれた。
 土曜も日曜も祝日も、朝も昼も夜もない生活。Pサマはいつもより少しだけ優しい声音で「きつかったらキャンセルしてもいいんだぞ」とは言ってくれたけれど、その提案は確かに魅力的だったけれど、でっかいおっぱいを張って強がった。だいじょーぶだから、って。

 ぼくにこの世界への切符をくれたのは他ならぬPサマだったし、持て囃されるきっかけとなった番組にねじ込んでくれたもの彼。それなら、やっぱり、ある程度はそれに応えなければならない。し、応えてあげたいと思う。
 正直驚きだ。こんなにもまだ誰かのことを慮れる力が残っていたなんて。自分で自分を褒めてあげたい。


 眠かった。脚も痛かった。ロケ弁は美味しかったけど毎日じゃあ飽きるし、とにかく待機時間が長いのが退屈だった。不意にカメラを向けられてもいいように、つねに笑顔だから表情筋も凝る。
 ちょっと前のぼくなら辛さや大変さに逃げ出してしまっていただろう。ぼくはまだまだダメ人間だけど、ダメ人間のままではい続けられない。それがわかっただけでも、ちょっとばかりの収穫、かな?

 それでいてぼくは、……残念ながら、ダメ人間ではあったけれど、ダメ人間なりには利口だった。
 利口であってしまった。

 みんながぼくに期待していることはなんとなくわかる。要するに好き勝手に振舞えば――振舞っているように見せてやればいいのだ。
 計算ずくで、わざと流行の最先端を外したチョイス。大衆的なものをこきおろし、オンリーワン、あるいは革新的なものこそが至高なのだと過激な言葉で叫ぶ。愛だの夢だのもう古い、丸い言葉じゃ心に突き刺さんないよ! だなんて。
 いろんな人が賛同の言葉をくれた。「りあむちゃんの言葉、本当に心に響きます」「みんなが言えないことを堂々と、かっこいい!」「これからもばしばし切り込んでいってください」。


 もちろん敵もそのぶん多い。歌が下手、踊りがださい、ビジュアルがくそ。炎上狙いの一発屋ってのはかなり近いところを指摘しているとは思ったけれど。

 そうして、三位。
 三位。
 三位だってさ!

 ぼくは決して歌はうまくない。踊りだって、よくて中の下か中。顔は、まぁ悪くはないかもしれない。スタイルは、腹と足回りの贅肉を見ないふりすれば、合格点だろう。
 けれど知っている。アイドルオタクのぼくは知っている。こんなアイドルは掃いて捨てるほどにいて、下から数えたほうが全然早くって、世界にはもっときらきら輝く、愛と夢と希望をもたらしてくれる、知られるべきアイドルたちが沢山いるってことを。

 どいつもこいつも何を見ているのか。

 スマホのアラームが鳴り響いて、布団のなかでもぞもぞと音を消す。そのまま五分ほど半覚醒の心地よさを味わったのち、スケジュールを確認。今日はバラエティの撮影がある。芸能人がクイズに答えていくだけの、つまらない番組。ぼくは一度も見たことない。
 タクシーチケットは出るから、そんな身分になったから、慌てて電車に乗ることは少なくなった。まだ、もう少し、惰眠を貪っていられる。


「行きたくないなぁ」

 仕事に。

 と、思った。思ってしまった。

 猛烈に吐き気がこみあげてきて、立ち上がり、トイレへ一歩駆けだすよりも早く、ぼくはゲロをぶちまけた。

* * *


* * *

 酸っぱいにおいと、むせかえるような不味さと、ただただ不快な感触が、喉の奥から唇の端、鼻の中までいっぱいに詰まる。反射的に口元を抑えたけれど、すぐに半固形のゲロはぼくの指のあいだから絨毯へと零れ落ちていった。
 片付けなきゃ、とか、洋服が、とか、病院にいかないと、とか。そんな発想はぜんぜん浮かんで来なくて、ぼくはまず、とにもかくにもPサマに連絡しなきゃって思った。連絡して、ごめんなさい、お仕事いけないです、って。

 それはまったくプロ根性なんかじゃあなかった。仕事に穴をあけちゃいけないからなんて理由はこれっぽっちもない。ぼくはただ、極めて自分勝手な理由、本当に本当にお仕事に行きたくないということを泣き言として吐き出したかっただけ。

 やだ。やだやだやだ。もういやだ。
 アイドルなんかやりたくない。ならなければよかった。ぼくには無理だったのだ。初めからわかっていたことだ。なのに夢を見てしまった。それが間違い。運の尽き。
 ぼくは尊くない。誰かに夢や希望や熱狂や感動を届けることができない。だってほら、こんな状況になったって、ぼくはぼくのことしか考えてないんだから!


 アイドルはとかく素晴らしい。彼ら彼女らは、ビジュアルの美しさやカッコよさ、あるいは歌唱力やその抜群のパフォーマンスで観客を魅了する。
 同時にぼくは思う。「だからこそ」尊いのではない。尊くあれる存在「こそが」アイドル足りえるのだと。
 観客のために努力をして、汗水たらし、ひたむきに、頑張って、歯を食いしばり、涙を堪え、誰かを助け、そして助けられ、自分と、自分を見てくれるひとたちのために研鑽された宝石がアイドルの輝きの正体なのだ。

 そこにぼくはお呼びじゃない。自分のことしか考えられない人間の出る幕はない。

 だけど。だけど。


「どいつもこいつも節穴ばっかりだ! ぼくがなんか頑張ったか? 頑張ったかよぅ! 輝いてたか? 尊かったか? そんなわけない! みんなみぃんなぼくのことなんか見てやしないんだ!」

 注目を浴びたかった。ちやほやされたかった。承認欲求を満たす手段があれば、すぐにそれに飛びついた。
 けれど、違う。違うんだ。ぼくのこの憤りは、そんなところに根差していない。

「誰も彼もわかっちゃいない! アイドルに対してなぁんも思い入れがないくせに! お遊び感覚で向き合ってさぁ! 可哀そうだ! そんなの可哀そうじゃんかよぉ!」

 この世に普く尊いアイドルたちが。
 ぼくよりも、もっとずっときらきらしているみんなが。
 こんなダメ人間よりもダメってことは、絶対にない!

「やだ! やだ! もうやだよぅ! アイドルになんかなれなくったっていい! 尊くなくたっていいしきらきらできなくたっていい! そんなことぼくは望んでない! いや、そりゃちょっとくらいは望んだかもしれないけど! けど!
 ぼくのアイドル論が! 尊さに対する熱意が! 凄いねって言ってくれたらそりゃぼくだって嬉しいよ! 嬉しかった! ちやほやされて幸せだった! でも違った、違ったんだ!」


 みんながぼくのことをアイドルと評した。
 ぼくはぼくのことをアイドルだなんて思えなかった。

「凄いアイドルが! 尊さじゃなくてお祭り感覚で決まるっていうんなら! 努力なんてムダムダの無じゃん! アイドルってなんなんだよぅ!」

 アイドルってなんなのさ。
 ぼくはもう、そんなやつらと付き合うのなんて、まっぴらごめんなんだ。

「……」

「……」

「……」

「今、家か」

 ぼくがどもりながら、つっかえながら、しゃくりあげながら、何度も何度も同じ内容を叫んだ果てに、Pサマは電話越しにそう言った。それだけを言って、ぼくの小さな返事を受け、電話を切った。

「……」

 わからない。何が起こったのか。
 怒られるんだと思った。なにを言ってるんだって。仕事を舐めるんじゃない、って。
 だけどPサマはそんなことちっとも言わず、……本当に、ただ、それだけを言ったんだ。


 時間の感覚は麻痺していた。だから、Pサマがやってきたのが、それから十分後なのか二十分後なのか、はたまた一時間後だったのか、どうにも曖昧の中へと沈んでいる。
 ぼくはゲロの海の中に沈んでいた。つんとした刺激臭が鼻を刺す。それでも動く理由にはならなくて、髪の毛や肌を掻き毟りたくなる衝動を必死に抑えるので精一杯。
 Pサマはそんなぼくを一目見て、「ひでぇな」とぽつり、呟いた。その意見にはぼくも同意だった。

「勝手に入った。悪い。インターホンは鳴らしたが」

「う、うん。大丈夫。聞こえてたから」

「体調は、平気か。吐いただけか。頭痛とか、腹痛は。熱は」

「ない。ないけど……あ、でも、ちょっとだけ、頭がぐるぐるしてる」

「平気か」

「……平気だよぅ」

 嘘と本音は半分ずつ。


「ごめんね。ごめんなさい。Pサマ、ぼく、アイドルやりたくない。やれない。やれないよぅ。もうやだ。こんな思いするなら、アイドルなんてやらなきゃよかった。Pサマのスカウト、断ればよかった」

 顔が熱い。視界が歪む。
 泣きたくなんてないのに、悲しくも悔しくもないのに、そのはずなのに、涙が零れて止まらない。ぽろぽろぽろぽろゲロへと落ちる。

「そんなことを言うな」

 それなのに、なんでか、Pサマのほうが泣きそうな声をしていた。

「そんなことを言わないでくれ」

 不意に柔らかさと硬さがぼくの上半身を包んで、一拍遅れて煙草の匂い。
 抱きしめられたんだとすぐにわかった。Pサマは、ゲロまみれになることも厭わずに、よくわかんないけれど、ぼくをすっぽり覆い隠すように抱きしめていた。

 普段だったら「ぎゃあ、犯される!」だなんて冗談交じりに叫んでいたかもしれない。それか、あまりの変貌ぶりに言葉を失うか。でもいまのPサマは違った。大の大人のはずなのに、怖い夢を見てお母さんに縋りつく赤ちゃんに見えて。
 だからぼくも、自然にPサマの背中へと、腕を回すことができる。


 肌に触れているのはPサマのコート。くたびれた、しわくちゃの、小汚い。その内側には男性的な、少し筋肉質の肉体が感じられる。ぼくのおっぱいがPサマの胸板で潰れていて、起き抜けだったから下着をつけていないことを思い出したけど、恥ずかしさは不思議とあまりない。

 ぼくが背中に手を回したので、密着度合いは一気に増している。Pサマの右手がぼくの後頭部へ、左手がぼくの右肩へ、それぞれ痛いくらいの力。

「……やりたい仕事なんて、やれねぇもんだ。そういうもんだ」

 Pサマは誰かに言い聞かすようにそう言った。当然ぼくにであるような気もしたし、だけれどなぜか、風に乗せただけのような気もした。
 そうして、ぼくがバズるきっかけとなったアイドルグループの名前を出して、

「俺は昔、あいつらのプロデュースをしていた」

 初耳。彼女たちはぼくの事務所の上、本社の所属だったはずだから、つまりPサマは本社勤務だったということになる。それってかなりのやり手なのでは?


「駆け出しの、五人だったころからだ。途中、一人が辞めたいと言った。自分がしたかったのは、こんなことじゃないと。俺は止めた。他の四人も止めた。だけど、あいつは結局辞めちまった。
 ……違うんだ。わかってるんだ。俺も、他の四人も、本気で止めながらも、止める気なんてなかった。辞めることは知っていた」

 ぼくは脳内のデータベースを漁る。……確か、辞めた理由はぼかされていたはずだ。

「あいつはアイドルに真摯に向き合っていた。他の奴らがそうじゃなかったってわけじゃない。ただストイックで……歌と踊りが、ステージ上が自分の生きる場所だと。根回しだとか、食事会だとか、バラエティだとか、そういうのは苦痛だっただろうな」

「枕営業とか?」

 つい口を衝いて出てしまう。しまった、と思ったけれど、Pサマは怒った様子もなかった。

「さすがにそこまでのことはねぇよ。ただ、まぁ、テレビ局のお偉いさんには愛想をふりまかなきゃならん」

 自分のことを振り返って、少しだけ冷や汗が流れた。そんなことをした記憶は一ミリもなかった。
 Pサマは、そこで、より一層ぼくの肩と頭を強く抱きしめる。


「だけどそんなもんじゃねぇのか。アイドルに限ったことじゃねぇだろう。どんな仕事だってそうだ。誰かがやりたくないことをやって金がもらえる。違うか。りあむ」

「違うよ、Pサマ」

 言ってしまってからまずいと後悔。でも、今更撤回はできない。

「そんなの全然尊くない」

 普通の仕事ならそれでいいかもしれない。Pサマが言うように、この世のありとあらゆる仕事は、多かれ少なかれの「やりたくなさ」から構成されているんじゃないかとは思う。
 レジ打ちと品出しで長い時間立っていたり、契約をとるためにぺこぺこ頭を下げたり、わがままな入院患者に振り回されたり。……ぼくはバイトの経験だって大してないけれど、それくらいは知っている。

 でもアイドルは。アイドルは、アイドルだから。
 普通の仕事なんかじゃないから。


「ははっ」

 Pサマはぼくの言葉を受けて笑った。普段無愛想な顔が、いまは耳の後ろにあって見えないけれど、きっと、多分、確実に、絶対、満面の笑みを浮かべているようだ。

「りあむ、お前ならそう言うと思った」

 そう言ってくれると思った。

 Pサマは、そう言う。

「夢と希望と熱狂と感動と……それらを与えるのがアイドルだと、りあむ、お前はそう主張したな。そうかもしれん。あぁ、そうだ。そのとおりだ。それが作られたもんじゃあ、随分と悲しい話じゃねぇか。
 りあむ。だから俺は、おまえに……なぁ、りあむ、聞いてくれ。お前は俺のアイドルなんだ。お前ならいまだ嘗てないアイドルになれると、そう思ったんだ」

 Pサマの言葉はまだまだぜんぜん要領を得なくて、わけがわかんなくて、正直このひと頭がおかしいんじゃないのかななんてさえ感じたんだけれど、けれど、でも、それなのに、どうしてか、ぼくは顔が熱くてしょうがない。
 胸がどきどきしてたまらない。

 顔のにやけが止まらない!


「やりたくないことをやらなきゃいけねぇばっかりの世の中に、りあむ、お前みたいなヤツが一人くらいいたっていい。嘘も偽りもない、ゴミクズみてぇな自分を曝け出せるダメ人間がいたっていい。
 夢見りあむが夢見りあむであるままステージで光を浴びたなら、それは……それは、なぁ、りあむ。聞いてくれ。お願いだ」

「うん、うん。聞いてるよ。Pサマ、ぼく、聞いてるから……!」

 不思議とひどいことを言われている感覚はなかった。

「それはなによりも『尊いこと』なんだと俺は思う」

 痛いくらいに強く抱きしめられた上半身が、いまはとてもむず痒い。

「お願いだ。アイドルを辞めるだなんて言わないでくれ。
 俺はまだまだ、お前と一緒に仕事がしたいんだ。お前がトップアイドルになるのを支えたいんだ」

 この世のみんなに伝えたいんだ、とPサマは言う。



「夢見りあむの、尊さについて」



<了>

――――――――――
リハビリ。
ここから先は、ゲームの中で。

待て、次作。

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