【鬼滅の刃】しのぶ「バレンタインデー」 (56)

今日の午後にホワイトデーSS載せたいので、その前日譚として投稿します

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「今年も冨岡くんにチョコあげるの?」

 木曜日の夜。ご飯を食べ終わった後、姉さんが聞いてくる。小首を傾げる姿が可愛らしい。歳上の女性に『可愛い』というのは違和感があるが、姉さんは特別だ。今だって、私の返事を心待ちにしている姿が可愛くて愛らしい。

「しのぶ?」
「あ、そ、そうねぇ…」

 あまりにも返事がなかったからか、姉さんが聞き直してきた。いけないいけない、とてもではないが実の姉に見惚れていてボーッとしていたのがバレるのは恥ずかしい。

「もちろんあげるわよ。あの人にあげるのなんて私くらいでしょう?」

 姉さんの言う『冨岡くん』とは、私の高校(姉さんの勤め先でもある)キメツ学園の新任体育教師、冨岡義勇さんのこと。とは言っても、どちらかと言えば私にとっては幼馴染みだ。姉さんと同い年の新任である冨岡先生は私とそう年齢は変わらない。今は一人暮らしをしているけれど、彼の実家は隣にあって、今でもお姉さんとその旦那さんが住んでいる。

「…私も…作る」
「あら♪カナヲも炭治郎くんに作るのね♪」

 珍しく顔を赤くしながらコクコクと頷いているのは妹のカナヲ。カナヲはカマドベーカリーの炭治郎くんに渡すらしい。
 あまり感情を表に出すことのないカナヲが好きになったのは、真っ直ぐで嘘のつけない好青年だ。

「竈門くんはモテそうだから大変ね…それに引き換え冨岡さんは…はぁ…いつになったらちゃんとするんですかね?」

 妹が甘酸っぱい恋をしている横で、自分は腐れ縁の幼馴染みにチョコを渡すのかと思うとため息も出てくる。原因の半分は自分にもあるのだが、そもそも私は『しょうがなく』冨岡さんにチョコをあげるのだ。それがなければそもそもチョコなど作らなくて済むのに。

「冨岡くんが?」
「えぇ、この間だって始業式でネクタイがぐちゃぐちゃだったのよ?私が見つけて直したから良かったようなものの、あのまま式に出てたら教師失格よ」
「ドジっ子…」

 確かに冨岡さんは顔はいい。だけど、それを台無しにするぐらいの残念さを持ち合わせている。カナヲが言うようにドジっ子と呼ばれて許される年齢はとうに過ぎているのに。

「あらあら、あれ直したのしのぶだったのね」
「姉さん気付いてたの?」

 だったら直してあげればいいのに。

「でも本当、あの人どうするのかしら?」
「どうする…って?」
「だって頼みの綱のお姉さんも結婚してるのよ?今はまだ私がたまに行って料理の作り置きとか、部屋の掃除してるからいいけど、放っておいたら死んじゃうわよ?」

 幼馴染みのよしみで、たまに様子を見に行くけれど、彼の部屋はそれはもうひどい有様だった。散らかっているというよりは物がない。本当に何もない。同じジャージが三着だけかかったラック、洗濯機、布団しかない部屋を見た時には唖然とした。
 冷蔵庫もなかった。一体食事をどうしているのかと聞くと。コンビニで済ませるそうだ。その日のうちに彼のお姉さん…蔦子さんに連絡し、三人で家電を買い揃えたことは忘れられない。蔦子さんにはこちらが申し訳なくなるほどの謝罪とお礼を言われた。どうしてこんなにしっかりした人の弟がこんなことになるんでしょう。

「姉さん、冨岡先生の家に行ってるの?」
「あら?カナヲは知らなかった?」
「だってあの人!本当に生活力ゼロなのよ!?」

 せっかく家電を買い揃えても、彼自身はそれを使わない。というよりは使えない。だからたまに私が行って料理の作り置きをしたり、部屋の掃除をしたりする。
 流石に申し訳なく感じるのか、何かすることはないかとちょこちょこと子犬のように付き纏うので、「それなら洗濯をお願いします」と唯一できる洗濯をさせるのだ。

「本当…あんなんじゃ誰もお嫁さんに来てくれないわよ…」

 しょうがないからたまになら、彼の好きな鮭大根でもお裾分けしに行ってあげようか。そんなことを考えていた私に姉さんが爆弾を落とした。

「あら?冨岡くんはモテるわよ?」
「は?」

 何の冗談でしょう。姉さんらしくない。

「冨岡先生は…多分、学園の中でもベスト3には入る人気だよ?」

 あのカナヲまで冗談を!?信じられない。

「な、何の冗談?冨岡さんがモテるわけないでしょ!?」

 何故か私は叫んでいた。どうしてこんな面白くもない冗談に動揺しているんだろう。

「だって顔はいいし…」
「顔はね!?顔は!」
「声もかっこいいわねえ」
「声って…でもそれだけでしょ!?ふたを開ければただのドジっ子よ!?それにどれだけ体罰してると思ってるの!?」

 私がどうしても信じられないのは彼の普段の指導を見ている学園の女子から人気だという点だ。PTAにも何度も注意をされている。いつもいつも、クビにならないか心配するこちらの身にもなってほしい。

「そういうところも、人気なんだって」
「は?」

 カナヲは何も悪くないのに、ついつい語気が荒くなる。

「『放っておけない』とか、『捨てられた子犬みたい』『私がなんとかしないと…』ってよく言われてる…」
「そんな…嘘よ!」
「嘘って…しのぶは冨岡くんがモテてたら嫌なの?」
「いや…そういうわけじゃ…」

 我ながらよくわからない。けれど、冨岡さんがモテるという話もニワカには信じがたい。

「ひょっとして…冨岡くんのこと好きなの!?」
「はぁ!?」

 姉さんがキャーっと嬉しそうに叫ぶ。可愛い。いや、可愛いけれど!?

「ち、違うわよ!そんなんじゃ…」
「じゃあどうして冨岡くんのネクタイを直すの?」
「そ、そんなの…怒られたらかわいそうじゃない…」
「部屋に行ってまで世話をするのは?」
「そんなの、私がなんとかしないと死んじゃうわよ!?」
「…姉さん、今まで他の誰にもチョコ渡したことないのに、冨岡先生には毎年渡してる…」
「それは…だって…も、もらえないだろうから…」
「それなら、今年はその心配はないわ♪作らなくても大丈夫よ」
「っ…」

 どうするべきか急にわからなくなった。私が冨岡さんのことを好き?そんなわけない。そんなわけ…。
 姉さんが「少しイジワルしすぎたかしら」と小声で言いながら、おやすみと言って自分の部屋に戻っていく。私はとても眠れそうにない。

 おかげで今日は寝不足だ。バレンタインは次の月曜日。土日で準備するためには今日決めなければならない。いっそ辞めてしまおうか…。いや、今まで毎年あげていたのに急に辞めてしまったら、それはそれで私が冨岡さんのことが好きで、意識しすぎているように見えないだろうか。

「うーん…」
「どうしたんですか?しのぶ先輩」
「…ん、あぁ、ごめんなさい。何でもないのよ」

 後輩のアオイに声をかけられる。寝不足だから仕方ない。断じて冨岡さんのことで悩んでなんかいない。

「今日の放課後、お店に寄ってもいいですか?」
「えぇ、いいけれど、どこに?」
「ちょっとチョコレートを買いに」

 ほら、バレンタインですし。と続けるアオイ。この子も誰かに本命チョコを贈るのだろうか…具体的には、野性的なあの人に…。

「伊之助くんですか?」
「ぎ、義理チョコですよ!義理チョコ!」

 義理チョコ?そうよ、義理チョコってはっきりわかればいいんじゃない!
 今まで、冨岡さん一人に渡していたから本命だと誤解されるたのよ!それなら、本命のチョコは別に用意して、冨岡さんには義理だとわかるチョコをあげればいいんだわ!

「ありがとうアオイ!早速お店に行きましょう!」
「え?お店に行くのは放課後ですよ!?」

 逸る気持ちが口に出てしまった。
「一体何のお礼なんですか?」
と聞いてくるアオイに
「秘密です」
と微笑んだのは照れ隠し。

「…という作戦を思いついたのよ!」
「…へぇ」

 家に帰って、私はカナヲに作戦の詳細を説明した。カナヲはいつも私と一緒にチョコを作る。本当なら姉さんも職場に配るチョコを一緒に作っていたんだけど、今回は私が無理やり外に追い出した。

「姉さんのことが嫌いになったの!?」

 出ていってほしいと言った時、姉さんはこの世の終わりのような顔をしていた。

「そんな…そんな…しのぶが…反抗期…」
「そういうのじゃないから!」

 虚な表情で、何なら少し泣いていた。正直心が痛んだけれど、この作戦は姉さんがいたら成立しないのでしょうがない。

「流石に、冨岡さんの他に『本命』がいれば、周りも義理だと思うはずよ!」
「…そんなに渡したいの?」

 カナヲが少し呆れたように聞いてくる。違うわよ。ちゃんと義理チョコを渡さないと今までの辻褄が合わないじゃない。

「けど、その作戦なら『本命』を渡す相手が必要なんじゃ…」
「そう!そうなのよ!流石!カナヲは賢いわね!」

 この作戦の肝と言ってもいい。冨岡さん以外の『本命』だ。適当に見繕ってもよかったのかもしれないが、それでは私の態度でバレてしまう可能性がある。それなら、本当に大好きな相手にあげなくてはいけない…

「誰にあげるの?」
「姉さんよ!」
「…」

 カナヲがびっくりしている。驚きのあまり声も出ないみたい。可愛いわね。流石私の自慢の妹だわ。

「姉さんなら、美人だし、可愛いし、何より私が大好きだから!誰からも疑われないわ!」

 流石に渡す相手、それも本命の相手に見られながらチョコを作るだなんて意味がわからない。だから今年は姉さんに席を外してもらったのだ。

「あの…姉さん…」
「あぁ、違うのよ!カナヲが好きじゃないってことじゃないの!もちろん大好きよ!でも、カナヲには炭治郎くんがいるじゃない?私が割って入るとややこしいでしょう?」

 私は妹の幸せを心から願っているのだ。けれど、どうしてだろう。カナヲからは諦めの目線を感じる。

「…まぁ、姉さんがそれで納得するなら…」
「ふふん♪姉さんにはとびっきりのガトーショコラを作るわ!」

 今日悲しませてしまった分も、いっぱい喜んでもらわないとね。

「それで?冨岡先生にはどんなチョコを?」
「あぁ、冨岡さんには義理チョコを贈るわ」
「うん、だから、どんな義理チョコを…」
「どんなって『義理』って書くのよ」
「は?」

 カナヲがそんな顔をするのもわかる。けど、冨岡さんにはひらがなやかたかなで『ぎり』『ギリ』と書いていても通じない。大方「賞味期限が近いのか?」とか頓珍漢なことを言ってくるだけでしょう。だから、義理チョコだと伝えるためには『義理』と漢字で書かなければ義理チョコなのだとは通じないの。カナヲが絶望したような顔をしている。まるで何かに怯えているようね。わかるわ、冨岡さんって信じられないでしょう?

「姉さん…私、どんなことになっても姉さんの味方だから…」
「カナヲ…」

 なんていい子なんでしょう。流石私の自慢の妹ね!

「大丈夫…大丈夫…しのぶ姉さんは大丈夫…」

 作戦の成功をこんなに祈ってくれるなんて…なんだかうわ言のようにも聞こえるけれど、気のせいでしょう。

「おかしくなんてない…おかしくなんてなってない…」

 チョコをかき混ぜる気迫が凄い。よほど炭治郎くんへの想いが強いのね。
 私はというと、とある問題にぶち当たっていた。

「…書けない」

 そう、『義理』と書けないのだ。画数が多すぎる。

「そもそも、土台のチョコが小さいのね…」

 そうしているうちにチョコはどんどん大きくなっていった。

 そして迎えたバレンタイン当日。

「しのぶーーー!大好きぃぃぃい!」
「はいはい…」

 姉さんに本命チョコを渡す。ちゃんと本命だと伝えたし、カナヲにも「胡蝶しのぶの本命チョコは胡蝶カナエに渡した」と伝えるように頼んでいる。後は冨岡さんに義理チョコを渡すだけだ。
 冨岡さんを探す。この時間ならばそろそろ昼ごはんを食べに屋上に行くはず。そのまま一緒にごはんを食べて流れで渡してしまおう。

「…あっ、冨岡先…」
「冨岡先生!」
「あ、トミセン!」
「あ…」

 先に声をかけられてしまった。本当に人気があったんですね。良かったじゃないですか。

「…」

 なのにどうしてこんな気持ちになるんでしょう。

「冨岡先生!受け取ってください!」
「いや、俺は…」
「トミセン!あたしのも!」
「いや、だから…」

 ほら、嫌がってるじゃないですか…冨岡さんは言いたいことを言うのに時間がかかるんです。ゆっくり待ってあげないと…。

「あ、じゃあ私も!」
「いつもお世話になってるしね!甘さ控えめのビターチョコだよ!」
「あ、う…」

 冨岡さんは、意外と甘いのが好きなんですよ…それも言わせてあげてください…待ってあげたらちゃんと言えるんですから…。

「あ、冨岡先生ー!」
「っ…」

 もうその場にはいられなかった。気付いたら走り出していた。みっともないみっともないみっともないみっともないみっともないみっともない…なんですか、今の感情は…こんなの…こんなの『嫉妬』以外の何でもないじゃないですか…

「私…冨岡さんのこと…好きだったんですね…」

 乾いた笑いしか出てこない。姉にも言われていた。あんなに言われていたのに、あんなに長く一緒にいたのに、気付いたのは今更だなんて滑稽すぎる。

「でも…無理ですよ…あの子たちに…勝てるわけ」

 普段から、歳下のくせに生意気なことばかり言って、口を開けば憎まれ口、嫌味な言い方しかできないし、こんな時でさえ理由をつけて義理チョコしか用意できない私より、あの子たちの方がよっぽどストレートに感情をぶつけている。

「ひっ…うっ…うぐっ…」

 涙がこぼれ落ちてくる。自覚した恋がその瞬間にで失恋だとわかる。もっと素直になれば良かった。わかっていたはずだったのに。そんな想いが溢れてくる。みっともないみっともないみっともないみっともないみっともないみっともないみっともないみっともない…

「胡蝶…」
「…どうしたんですか、冨岡先生」

 最悪のタイミングで冨岡さんがやってきた。どうしてこの人はいつもいつもタイミングが悪いんでしょうか…

「急に走っていくお前が見えた…泣いて…いるのか?」
「…さぁ、だとしても先生には関係ありませんよね」

 この人にはデリカシーとか無いんでしょうね。いつもの調子で返す私も私ですけれど…

「胡蝶…泣くな」

 もっと気の利いたことは言えないんでしょうか。

「…俺はこう言う時に気の利いたことは言えない」

 …私の心でも読んでますか?

「だから…その…お前に泣かれると…どうすればいいかわからない…」
「っ…」

 この人に他意はない。顔見知りが泣いていたから心配した。ただ単にそれだけ。本当にそれだけなんです。けど、それでも…私を追いかけてきてくれたことが、他の何をおいても私を心配してくれたことが、たまらなく嬉しいんです。

「…冨岡さんのせいですよ」
「何!?」

 こんなわかりきったからかいも本気で反応している。そう、こんなところも好きだったんです。

「その…すまない…俺は…その…どうすればいい?」
「…それなら、これ…受け取ってください」
「これは?」
「ふふふ、『義理チョコ』ですよ」

 今はまだ、『義理』ですけれど、いつか『本命』を渡しますから…だからそれまで待っていてくれますか?

「あぁ…ありがとう」

 あなたは多分気づいていないんでしょうね、だから…

「!?」
「ふふ…照れてますか?冨岡さん?」

 そっと冨岡さんの唇に触れる。

「…教師をからかうんじゃない」
「はいはい、すみませんでした。冨岡先生」

 いつもの学校での距離に戻る。いつかちゃんと本命チョコをあげますから、それまでは…待っていてくださいね?

その後…
「はい、炭治郎…これ…」
「ありがとう!カナヲ!大切に食べるよ!」
「うん…ありがとう…」
「ところで、しのぶさんはうまく渡せたのかな?」
「うーん…どうかな…本人は『義理』って言ってるけど…というか、書いてたけど…」
「書いてる?」

「うん、チョコに『義理』って書いてた」
「そうなのか、けど『義理』って書くのは難しくないのか?」
「うん、だからとっても大きいチョコになってた」
「そんな大きいチョコだと、逆に『本命』みたいだけど…」

「おまけに、そんなに大きいチョコの型ってなると…ハートしかなくて…」
「…まさかハートで作ったのか?」
「うん…姉さん多分気付いてない…」
「『義理』ってチョコに書いてるんだよな…ってことは…」
「…うん」

 職員室にしのぶからのチョコ…事情を知らない人から見れば大きなハート型のチョコを持って帰った冨岡義勇が
「胡蝶からもらった」
と正直に答え、噂が広まったのは別のお話。

終わり

おつおつ

ぎゆしの最高!!乙です!!!

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