【BLEACH】藍染「虚圏年代記」 (147)

夜宮(ラスノーチェス)

無数の虚(ホロウ)たちが資材を手に、宮殿の修復にあたっている

虚1「柱の長さはこれでいいか?」

虚2「天井が傾いてるぞ、持ち上げろ!」


その喧噪を高みから見下ろす、二人の死神

いずれも隊長の証しである羽織を身に着けている

市丸「みんな、よぉ働きますなぁ」

東仙「この廃墟をまともな宮殿に造り直そうというのだ
   ここの虚に総出で作業に当たってもらわねば困る」

市丸「そらそうやけど、こないあっさり従ってくれるとは思いませんでしたわ」

東仙「従わざるを得んだろうさ……他ならぬ『虚圏(ウェコムンド)の神』とやらが、藍染様の傘下に加わる道を選んだのだからな」

事もなげにそう語る東仙

市丸は、どこまで本気か読み取れない飄々とした態度で続ける

市丸「いやぁ怖い王様やったなぁ。ほんま、よぉあないなモンを従わせられたわぁ」

東仙「上級大虚(ヴァストローデ)と言えども所詮は虚……藍染様の手にかかれば造作もない」

市丸「ほんに、怖いんは藍染隊長の方やわ――そう言えば藍染隊長はどないしはったんです?」

東仙「藍染様ならあの“大帝”――バラガンの所だ」

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【Ⅸ】

藍染「――『刃(エスパーダ)』。それが、君の率いる直属戦闘部隊か」

眼下に集まる虚の群れを眺めながら、藍染が呟いた

バラガン「ああ。尤も攻め落とす敵軍が潰えて以来、半ば形骸化しとったようなもんじゃがなァ」

藍染「確かに、もはや虚圏にこの虚夜宮と比肩する程の勢力はないようだ
   小規模なコロニーや野良虚の集団程度の為に、部隊を再編する必要は無かったかもしれない」

藍染「だが、これからは違う」

藍染「いずれ尸魂界(ソウルソサエティ)と敵対する時の為――そして、我々がより高みへと到達する為にも、君の築き上げた部隊には新たな力を授けなければならない」

薄く微笑みながらそう続ける藍染に、バラガンは険しい表情を崩さず答えた

バラガン「……フン、ボスの好きにするがいいわい」

バラガン(「より高みへ」か……要するに、未完成の崩玉と破面(アランカル)化の研究として、儂のしもべ共を利用する腹じゃろうが)

藍染「さて――見た所、『刃』の大部分は中級大虚(アジューカス)や巨大虚(ヒュージホロウ)で構成されているようだな」

藍染「上級大虚も何体かは居るようだが、やはり数が少ない」

バラガン「上級大虚ともなると、素直に従う輩もそうは居らんからなァ
     徒に儂へ刃向かった挙句、下らん死に方をしていった者共の多いことよ」

吐き捨てるように言い放つバラガン

藍染「霊圧で下級大虚(ギリアン)に劣る巨大虚が含まれているのは、個を持たず意思疎通のできない下級大虚ではかえって兵になり得ないからか」

バラガン「そうじゃ。下級大虚なんぞはデカイ獣と変わらん
     領地に放っておけば賑やかし程度にはなるが――ああ、そういえば一体だけ居ったなァ」

藍染「ん?」

バラガン「単なる気まぐれじゃが、『刃』に加えてやった下級大虚が一体だけ居るわ。いや、下級大虚の出来損ないと言ったところか」

双頭の大虚を見た時に藍染が示したのは、驚きではなく興味だった

奇形大虚「ギィヤァァアア……!」ズリズリ

藍染「……成程、出来損ないとは的を射た表現だ」

藍染「体格こそ下級大虚だが、胴体部から頭部にかけて二股に分裂している」

藍染「辛うじて仮面の形状は通常の下級大虚から変化しているようだが、自我を保っては居ないようだ
   恐らく中級大虚への進化途中で何らかの異変が発生し、“ひとつの個”を取り戻すことに失敗した、と言った所だろう」

バラガン「じゃろうな。こやつは見ての通り頭が二つある大虚
     故にどちらも主人格となり得ず、幾ら虚を貪ろうとも進化の兆しがない獣よ」

バラガン「じゃが、飽くなき飢えに任せて獲物に喰らい付くその執念は大したものだ
     『刃』の草創期に見つけて以来、雑魚の殲滅役としてそこそこ重宝しとったわ」

藍染「面白い」

バラガン「あァ?」

訝しげなバラガンの視線を意に介さず、下級大虚へと向かう藍染

藍染「君が誇る『刃』の破面化――その先陣を、彼に切ってもらうとしよう」

バラガン「……どういう了見じゃ? 中級大虚や上級大虚を差し置いて、こんな出来損ないを破面化なぞ」ギロッ

軽断を咎めるように、バラガンは藍染をねめつけた

対する藍染は微笑をたたえたままそれに応じる

藍染「突然変異だからこそ、そこに更なる刺激を与えることで、未知の進化が発現する可能性もある」

藍染「それに退屈を嫌う君にとっても、この実験は興味を掻き立てられるものになると思うのだが、どうかな?」

バラガン「……」

苦虫を噛み潰したような表情は変わらないが、殊更に反論する気配も見せない

無言を承諾と判断して、藍染は下級大虚へと向き直った

藍染「さて、では始めるとしよう」スッ

奇形大虚「グボォ…グァアアァ…!!」

藍染「君はこれから新たな世界を知ることになるだろう
   だが恐れることはない。私が君を導こう、虚と死神との境界を越え、あらゆる苦痛からも解放された地平へ――」

~~~~

霊圧の揺らぎを察して駆けつけた東仙たちは、逆四角錐の結界に直面した

市丸「こらぁ……『倒山晶』やね」

東仙「一体何があった? バラガン」

結界の傍らに立つバラガンは、視線も動かさずに「さあな」と吐き捨てる

バラガン「見ての通りじゃ。ボスが出来損ないの破面と、この鬼道の中に入っとる」

東仙「出来損ない? 破面化の実験に失敗したのか? それに、何故結界を」

バラガン「知らん。少なくとも儂の目には失敗に映ったわ。放っておけば半刻も保たずに死んどったろうよ」

市丸「つまり藍染隊長は、死にかけとる破面を中でどないかしようとしとる、ゆうことかいな?」

バラガン「じゃから知らんと言うとるじゃろうが、ボスの考えなぞ。助けようとしとるのか、暴走する前にトドメを刺そうとしとるのか」

暴走という言葉を聞き、にわかに東仙の表情が険しくなる

東仙「暴走する気配があったのか? ならば何故お前はそれを止めようとしなかった?」

バラガン「ボスからそんな指令は受けとらんからなァ。それに、儂が動くより先にボスが動いたんだ、余計なことはせん方がよいじゃろう」フン

東仙「貴様……!」

刀に手をかける東仙

そんな彼をバラガンが無言のまま睨み付け――

「剣を納めるんだ、要」


東仙「!」ハッ

『倒山晶』が薄れ、中から藍染が姿を現す

バラガン「……無事なようで何よりじゃわい」

市丸「おかえりなさい、藍染隊長。で、調子はどないですか?」

そう問いかける市丸に応じるべく、結界から一歩踏み出す藍染

藍染「見ての通りだ――成功だよ」


そして、その後ろからもう一人


「……あぁ、生きてるのか」「コンナ清々シイ気分、初メテダヨ……」


胴体こそ二足歩行の人型を保っているが、頭部は透明なカプセルに覆われている

紫紺の液体の中では、球体状の顔が二つ、たゆたっていた

藍染「これが君たちの新たな世界だ――さぁ、名を聞かせてくれないか。我らの同胞よ」


「僕ラハ」「アーロニーロ」


「「アーロニーロ・アルルエリだ」」

【Ⅷ】

虚夜宮・地下研究室

ザエルアポロ「……ふん」カタカタ、カタカタ

薄暗い部屋でディスプレイを凝視するザエルアポロは、招かれざる客が研究室内に入ってきたのを察知した

藍染「これは大した設備だな。まさか虚圏でこれほどの研究施設を築く者が居るとは、予想もしなかったよ」

ザエルアポロ「これはこれは……藍染様じきじきにお越しいただけるとは、身に余る光栄」

慇懃とも取れる態度で深くお辞儀をする

藍染「君のことはバラガンから聞いているよ。虚圏でも有数の科学者だとね
   本来であればもっと早くに会いに来たかったのだが、遅くなってしまった。すまないね」

ザエルアポロ「ますますもって勿体ないお言葉です、藍染様。
       僕の方こそ、何よりも優先して藍染様に謁見すべきところを……」

藍染「何、気にすることはない。『完璧な生命』とやらへ向けての研究に勤しんでいたのだろう?」

ザエルアポロ「……そこまでご存知とは。お心遣い、痛み入ります」

ザエルアポロ「ですが本当に、研究室にいらっしゃるのであれば事前にお知らせいただければ、あらかじめセキュリティトラップを解除しておきましたのに」

藍染「ああ、何、わざわざそんな手間をかけさせる必要もないと思ってね
   素晴らしい防衛機構だった。あれでは生半可な虚は入口を越えることすらできまい」

薄く微笑みながらそう語る藍染に対し、頭を下げたまま一瞬、苦い表情をするザエルアポロ

ザエルアポロ(無傷……どころか、霊圧を解放した気配すらない。それでこの最深部までたどり着くなんて……さすがにバラガンを制圧しただけのことはある)

藍染「さて、ザエルアポロ。私が死神と虚の魂魄境界を取り払い、更なる高みへ立つための研究をしていることは、既に知っているだろう」

ザエルアポロ「ええ、噂程度ですが。確か、崩玉と言いましたか」

藍染「そうだ。もっとも、私の持つ崩玉は未だ不完全でね。そこで、君の頭脳と技術をぜひ貸してもらいたい」

ザエルアポロ「滅相もない! 藍染様でも成しえない研究に、僕ごときがお役に立てるとはとても……!」

藍染「謙遜はいい。こちらも噂程度だが、君の頭脳と技術については私も聞き及んでいる
   それに、君の研究テーマである『完璧な生命』にとっても、崩玉を用いた破面化や虚の改造、強化は有意義なものだと思うのだが、どうかな?」

ザエルアポロ「破面化……正直に申し上げれば、前々から興味はありました
       ですが、それを行うにはまだ時期尚早と判断し、これまであえて触れてこなかった領域です」

藍染「それは、破面化が不可逆な現象だからかい?」

ザエルアポロ「さすがは藍染様……仰る通りです。破面化による、虚からの強化比率は現状、未知数と言えます
       勇み足で破面化したところで、大した覚醒に至らなかった場合、それはみすみす進化の手段を使い捨てる結果に他なりません」

ザエルアポロ「事実、僕自身も虚やギリアン級の大虚を破面化してみたことはありました……いずれも不出来な破面もどきにしかなりませんでしたが」

これについては、本心から残念そうに語るザエルアポロであった

藍染「成程、そこの画面に映し出されている無数のギリアンの群生地は、やはり君の実験場のひとつか」

藍染「だが確かに、尸魂界で把握している虚に関しての研究調査でも、破面に関しては数十年、数百年単位で大きな進歩が見られないと伝わっているな」

ザエルアポロ「はい、恥ずかしながら……仮面を剥ぎ取り力を得ようとする野良虚の大半は霊力流出が激しすぎて自滅
        運よく生き延びた個体も際立って霊的資質が上昇することはなく、精々が巨大虚に毛の生えた程度の強化に止まる有様です」

ザエルアポロ「ここに居るギリアン共や、僕が独自に創造し手を加えた虚共とてそれは同じこと……バラガンの元で研究を続けて久しいですが、未だ成果は芳しくありませんね」

藍染「……かつて尸魂界には、私よりも後に崩玉という答えにたどり着いたにも関わらず、真にそれを完成させてしまった男が居た」

ザエルアポロ「……それは」

藍染の言葉に、ザエルアポロの目の色が変わる

藍染「男はその崩玉を使い、私の崩玉の不完全さ故に死の淵にあった死神たちを、完璧に虚化させたのだ」

ザエルアポロ「死神の虚化とは……破面化よりも更に希少な例ですが」

藍染「その通りだ。『仮面を剥ぐ』という明確なトリガーがある破面化と異なり、死神の虚化には手を付けるきっかけがない」

藍染「私の創った崩玉も魂魄のバランスを崩す段階までは辛うじて成功したが、その後の霊圧を安定させる術を見出せずにいた」

藍染「だが、その男の崩玉は――崩壊しかけていた魂魄を固定し、『虚の面を装着したまま、死神としての命を繋ぎ止める』という離れ業をやってのけたのだ」

ザエルアポロ「……にわかには信じがたいですね。しかし藍染様が仰るのであれば、事実なのでしょう。それで、虚化した死神たちは?」

藍染「残念ながら、崩玉の開発者と共に姿を消し、現在も発見できていないな
   隊務の合間を縫って捜索はしているが、如何せん大っぴらに動ける立場でもないのでね」フッ…

薄く微笑む藍染に対し、ザエルアポロも愛想笑いを返す

ザエルアポロ「今こうして虚圏を訪れているのも、隊長としての職務の片手間でしょうに」

藍染「精々が半刻程度だよ、自由の利く時間などね」

ザエルアポロ「噂に名高い『鏡花水月』の能力で周囲を欺いたとしても、ですか?」

藍染「確かに私の斬魄刀は暗躍するのに適しているが、今はまだ功を焦る段階ではないのでね
   ひとまずは死神の虚化よりも虚の死神化――破面の完成体という側面から研究を進めようとしているのさ」

と、そこまで語ったところで、藍染は懐から何かを取り出した

ザエルアポロ「それは、まさか……!」ハッ

藍染「私は今、強い同志を必要としている。今後、尸魂界やそれに与する者と対立した時に、我が力となってくれる同志を」

藍染「ギン、要、バラガン……いずれも強力だが、護廷十三隊全てを相手取るにはまだ足りない
   バラガン直属の『刃(エスパーダ)』からも破面化の選抜は続けているが、それでもだ」

藍染「そして、多すぎる刃は振るう者の手に余る。虚夜宮が我が手に落ちた時、その大半が無力化していたように」

取りだした小さな玉――崩玉を見せながら、藍染は続ける

藍染「私は『刃』を再編し、新たな部隊を作るつもりだ。3人の隊長が離反した後、残る10人の隊長を相手取るに足る戦力――」


藍染「――『十刃(エスパーダ)』を」


ザエルアポロ「……そのようなお話をなさるということは、僕も十刃へ名を連ねる栄誉に授かれる、と?」

藍染の本心を探る素振り等微塵も見せず、あくまで謙虚な様子で伺いを立てるザエルアポロ

藍染「無論、そのつもりだ。君程の大虚を無為に飼い殺しておくのはあまりに惜しい――ただし、それには条件がある」

ザエルアポロ「成体として破面化すること……ですね」

藍染「察しが良い。だが私は、君が現段階での破面化を望んでいないことも理解している。そこで、だ――」


藍染「ザエルアポロ・グランツ。君にこの崩玉をひと月、預けよう。その間に君の力で崩玉を完成させ、君が望む形での破面化を果たしてくれ」


~~~~

東仙「よろしかったのですか、藍染様。いかに優れているとはいえ、大虚風情に崩玉を託すなど……」

藍染「何、彼が本当に崩玉を完成させるならば何も言う事はあるまい
   たとえ完成には至らずとも、虚圏に住まう研究者の知見と技術ならば今以上の性能向上は約束されるだろう」

市丸「あらら、ほんまは期待なんてしてへんのですか。人が悪いなぁ」ニヤニヤ

藍染「さて、これはザエルアポロにとっても好機だと思うのだが。現状、彼が自身の研究に行き詰まっているのも事実だ」

藍染「とはいえ崩玉は、死神である私が創り出したもの。加えて、中央四十六室が回収し大霊書回廊に封じられた研究資料――浦原喜助の崩玉の資料を基に改良も施されている」

藍染「虚に関する研究に精通しているとはいえ、ザエルアポロの手には余る可能性の方が、さすがに高いだろう」

東仙「そこに異論はありませんが……仮に奴が崩玉を完成させられず、それにより不完全な破面化を拒んだ場合、強硬手段を採る必要が――」

藍染「ああ、その心配は無用だよ、要」


藍染「ザエルアポロは崩玉を使うだろう。それが完成しているか否かに関わらず、だ」


~~~~

ザエルアポロ(……信じられない。認められない。許される筈がない)

ザエルアポロ(長きに渡り虚と進化の研究を続けてきたこの僕が、死神如きの創り出した崩玉とやらを、解析できない筈がない……!)

ザエルアポロ(……崩玉を手にしてから、直ちに研究に取り組んだ。物それ自体は確かに素晴らしい性能だった)

ザエルアポロ(虚の破面化実験も、失敗作だった破面もどきの強化実験も、今まで以上の結果を出した)

ザエルアポロ(なのに何故だ? 原理が分からない。構造が読み解けない。どう手を加えればより完璧に近づくのか、考えつかない……!)

ザエルアポロ(既に崩玉は、不出来なギリアン崩れを人型の破面――自我を得てからはアーロニーロと名乗っていたか――にする程の力を宿している)

ザエルアポロ(十分すぎる性能、疑いようのない性質。なのに、完成には程遠いことも実感している……その完成の為の方法が、未だに見つからないことも)

ザエルアポロ(あと時間はどれほどある? 至上の検体を手に何一つ成果を出せなかった僕を、あの男はどう処断する――?)


ザエルアポロ(――ひとつだけ、試していないことがある)


ザエルアポロ「ならば、それを成す以外の術はない、か――」


~~~~

爆発的な霊圧の変動が虚夜宮に響きわたったの感じ、藍染たちが地下研究室へ赴くと、そこには一体の破面が立ち尽くしていた

桜色の髪、眼鏡のような形状で残った仮面の名残

傍らには、何も映し出されていないディスプレイが鎮座している

藍染「――気分はどうかな」

入口に背を向けていた破面は、呼びかけを受けて振り返った

ザエルアポロ「実に清々しい気分です、藍染様――同時に、心底苛立たしい」

かすかに狂気を感じさせる笑顔で、言葉を続ける

ザエルアポロ「僕は崩玉を完成させることができませんでした。ですが、未完成の崩玉よって、僕の破面化は成功しました」

東仙「確かに、人型を保った状態の破面化です。霊圧も濃密……十刃へ加えるに相応しい逸材かと、藍染様」

藍染「それは無論だが、念のため確認をさせてもらおうか、ザエルアポロ」

薄く微笑みながら、藍染は尋ねた

藍染「ギリアンの群生地を滅ぼしたのは、“帰刃(レスレクシオン)”した君だね?」

東仙・市丸「!」

驚きの表情を浮かべる2人に対し、何も映し出されていないディスプレイを指し示して語る藍染

藍染「あの画面には以前、ギリアンが密集している地域の監視映像が映っていたが、今はそこに何も存在していない」

藍染「そして先ほどの急激な霊圧変化。あれは破面化した際のものではなく、破面が帰刃したが故の現象だ。もっとも今は既に解いているようだがね」

ザエルアポロ「恥ずかしながら、よく覚えていないのです、藍染様。破面となった僕は次に、己の力を計測しようと斬魄刀を解放しました」

ザエルアポロ「そこからの記憶は曖昧で……研究室を一度出て、無意識に群生地へと視線を向け……
        “虚閃(セロ)”を放ったのかもしれません、あるいは直接現地へ赴いたのかも」

藍染「何、気にすることはない。君は十刃に名を連ねるに相応しいだけの変化を――進化を遂げたのだ、ザエルアポロ」

ザエルアポロ「ええ、ええ、そうでしょう……僕は手を尽くしましたが、崩玉を完成できませんでした」

ザエルアポロ「ですので試しました、まだ手を付けていなかった実験、即ち僕自身の破面化を! 結果はご覧の通りです!」

ザエルアポロ「自分でも抑えられぬ程の霊力! 大虚の群れを容易く消し尽くすだけの強さ!
        霊圧レベルに限って言えば、あのバラガンにも劣りはしないと自負しております!」

市丸「何や、えらい気ぃ昂ぶってはるけど、言うてることは間違いやなさそうですなぁ、藍染隊長」

藍染「ああ、見事だザエルアポロ・グランツ。君自身が被験体となったことで得られたデータは、破面化の研究を更に推し進めるだろう」

藍染「同時に君という、強力な十刃を迎えることができた。これからも、君の力を使わせてもらうよ」

ザエルアポロ「身に余るお言葉です藍染様。この力があれば、これまで手を出しあぐねていたヴァストローデ級の大虚や特異な虚とて容易に捕獲できるでしょう」

恭しくお辞儀するザエルアポロの口調には、未だに抑え切れない興奮と狂気が入り混じっていた


~~~~

東仙「……さすがですね、藍染様。貴方の想定通りの結果となりました」

市丸「バラガンとはまた違った雰囲気の、剣呑な破面になってもうた気がしますわ。あら手綱握っとかんと危険ですよ」

藍染「さて、彼は実に優秀な破面だ。私が示唆せずとも、いずれ己を律する術を見出すだろう」

市丸「そら確かに、さっき研究室で会うた時には帰刃も解いて、霊圧そのものは落ち着いとったけど」

藍染「そこは重要な問題ではないさ、ギン。より本質的な問題への糸口にも、いずれ彼は至るだろう――と言っているんだ」

市丸「はい?」

東仙「藍染様?」

彼らの疑問に、しかしそれ以上答えることなく、藍染は玉座に着いて思案する


藍染(我を失う程の狂騒と共に、目に付く敵を虐殺する……強さという面で見れば、帰刃したザエルアポロは規格外だ)

藍染(だがそれは、彼が追い求めてきた『完璧な生命』の定義に、必ずしも合致するとは限らない)

藍染(その事実に直面した時、彼が選ぶ次なるアプローチこそが、私が真に彼へ期待しているものだ)

東仙「――ともあれ、ひとまずは既存の兵力から十刃を選抜し、その上でより強力な大虚の捜索に当たるとしましょう」

藍染「ああ。それにザエルアポロから提出された過去の研究資料と、今回の破面化に伴う実験データを使って、崩玉の性能を高める必要もある」

市丸「それやったら、検体になる虚や大虚がぎょうさん要りますなぁ」

東仙「ギリアンの群生地は地下にも存在しており、そちらはまだ残っているとのことだ
   それに崩玉による破面化という餌を使えば、力に飢えた虚共を釣り上げて検体とするのは容易かろう」

市丸「あらら、えげつない言い方しはるわ東仙隊長。ザエルアポロのこともそないに思とったんです?」

東仙「他意はないさ、市丸。それに奴に関しては、科学者としての興味から自身への崩玉の使用を敢行するだろうことは、藍染様も予想されて――」

藍染「ああ、惜しいな、要」

東仙「……?」

不意に発せられた藍染の言葉に、当惑した様子を見せる東仙

藍染「科学者が己が身を被験体とするのは、研究成果が確実に安全であると判断した最終段階だ」

藍染「それは、彼らにとって己が頭脳・精神・肉体こそが、あらゆる研究を進める上で最も重要な基点であるからに他ならない」

藍染「そこに万が一にもリスクが起こり得るとなれば、たとえ迂遠な方法になろうとも他の検体を使ってより精度を高めるのが常だ」

市丸「はぁ……? せやけど十二番隊長さんなんか、何やえらい身体弄ってはるような気ぃしますけど」

藍染「彼はあくまで自身が掌握できる範囲での改造しか施していないよ。肉体にも、斬魄刀にもね」フッ

そういう意味では――、と

何かを含んだような笑みを浮かべながら、藍染は呟いた


藍染「確証のない実験に自らを投じたザエルアポロの在り方を“科学者”と呼ぶものか否かは――私には判断しかねるな」

【Ⅶ】

虚圏・洞窟


開けたスペースに無数の虚が集まり、侵入者を取り囲んでいる

東仙「随分と統制のとれた動きですね……まるで精密な軍隊のようだ」

藍染「ああ。バラガンの軍隊レベルならまだしも、この程度の小規模なコロニーにこれだけ迅速な迎撃態勢を取られるとは、正直予想もしていなかったよ」

そう語りつつも、抜いていた刀を鞘へ納める藍染

言葉とは裏腹に、余裕の表情を変えないまま奥を見遣る

虚の集団に守られていた中心に居るのは、南瓜のような形をした大虚だった

大虚「私はこのコロニーの指導者、ゾマリ・ルルー。さぁ、名乗りなさい侵入者」

藍染「おっと、自己紹介がまだだったね。私の名は藍染惣右介、隣は東仙要だ」

ゾマリ「その姿、死神ですね? それも恐らくは隊長格
     このような虚圏の外れまで虚の討伐――等という理由ではないでしょう?」

藍染「理解が早くて助かるよ。我々は君を討伐するために来たのではない、迎えに来たんだ」

ゾマリ「迎え? 何を言っているのです?」

警戒を解かず問いかけるゾマリに、藍染は静かな口調で語りかける

藍染「君は、今居る世界に満足しているか?」

藍染「これほど巧妙に虚を統制する力を持ちながら、砂漠の辺境で小さな王国を築くに留まっている」

藍染「本来己が立つに相応しい場所と、この世界はあまりにもかけ離れている――そうは感じないか?」

ゾマリ「……ならば何だと?」

藍染「私は、この世界の在り方を変えようとしている」

藍染「死神、虚、破面――矮小な区分を超え、真にあるべき世界を創るために」

藍染「そのためには、強い力を持った同胞が必要だ」

藍染「私と共に歩み、共に新たな地平を目指せるような同胞がね」

平坦な、それでいて耳に残る力強さを持った声音で、ゾマリにそう語る藍染

ゾマリ「成程、理解できましたよ……」

藍染「そうか」


ゾマリ「……身の程も分からぬ愚者の戯言だとね!」

言い放つと同時に、周囲の虚たちが動き出した

ある者は捩じれた牙を剥き出し、ある者は歪に膨れた腕を振り回して、藍染たちに飛び掛かる

東仙「私がっ」サッ

即座に東仙が刀を抜き、襲い来る虚を斬り捨てる

しかし虚たちはそれに怯むことなく、無言で藍染たちに迫って行く

ゾマリ「たかが死神の隊長風情が、世界を知り尽くした風な口を利くなど傲りが過ぎる!」

ゾマリ「貴様ら死神には何一つ視えてなどいない! 世界の理も、あるべき形も!」

ゾマリ「私のこの50の瞳こそが、世を見据え、愚者と弱者を導く絶対の支配を成すのです!」ギュイィン…

ゾマリの体表に“眼”が見開かれた瞬間、霊圧の微かな揺らぎを察した東仙は、手近な虚を盾に身を隠した

一瞬遅れて、盾にされた虚の背に目玉を象った紋様が浮かび上がる

藍染「ほう、『視る』ことをトリガーに発動する能力か」

東仙「意思すら感じられないこの虚の軍勢も……奴の言葉を使えば完全に『支配』されているということでしょう」

ゾマリ「その通り! 私はこの瞳で視た対象を意のままに操り、支配できるのです!
     それこそ、死神も虚も人間も関係なく、すべての存在は等しく我が支配下となる!」

ゾマリ「ここの虚たちは元々、暴虐にとらわれた獣同然でしたが、頭を支配してやることでそれを制御し、正しく導いているのですよ」

ゾマリ「フフフ、今の動きは中々見事でしたよ、流石は隊長格
     ですが、そのような小細工が何度も通じるとは思いなさるな」ニヤニヤ

ゾマリ「さぁ剣を棄て、我が支配に身を委ねなさい。死神とはいえ命までは奪いません」

勝ち誇った様子で宣告するゾマリ

『支配』に落ちた虚やギリアン級の大虚までもが、続々と藍染たちに群がっていく


だが、藍染はそんな状況にまるで動揺することなく、笑みを浮かべて立っていた

藍染「さて、どうしたものかな。私が手を下すのは簡単だが――」

東仙「それには及びません、藍染様。ここは私が」スッ…

鍔にあしらわれたリングに指をかけ、シュルシュルと刀を回転させながら虚たちへ向かう東仙

ゾマリ「おやおや、主を守るために自ら進んで我が支配へ下るお覚悟かな?」ニヤリ

東仙「どうやらその目玉のすべてが節穴らしいな――」

不意に回転を止め、柄を両手で挟むように刀を構える


東仙「――卍解」


『  清 虫 終 式 ・ 閻 魔 蟋 蟀 』


~~~~

ゾマリ「……ハァ…ハァ…うっ、うぁあ……」ゼェゼェ

暗闇が立ち消えると同時に、傷ついたゾマリが姿を現した

全身に配された“眼”はすべて潰され、文字通り血涙が溢れ出している

そして南瓜型の中心部には、東仙の構えた斬魄刀が突き付けられていた

東仙「これで私を支配することはできなくなった
   虚たちに私を襲わせようにも、それより早くこの剣がお前の芯を貫くだろう」

ゾマリ「……じ、慈悲をっ……!」

東仙「ほう、これまで散々他者の意思を支配してきたお前が、いざ生殺与奪の権を握られれば命乞いか」

ゾマリ「ど、どうか……お慈悲をっ……どうかっ……!」ガタガタ

藍染「もういい、要」

刀を下ろさない東仙に対し、藍染が呼びかけた

東仙「藍染様――」

藍染「剣を納めるんだ。私は彼を赦すよ」

ゾマリ「お、おぉ……なんと慈悲深い……!」

歓喜の声を漏らすゾマリに、藍染は笑みをたたえたまま語りかける

藍染「手荒な真似をして済まなかった。その傷も後で癒すとしよう」

藍染「ただ、今一度私の言葉に耳を傾けてほしい」

藍染「私の目的のためには、多くの同胞が必要だ。尸魂界と対立するその時、共に戦えるだけの強さをもった同胞が」

藍染「ゾマリ・ルルー、君の『支配』は実に強力だ。その力、私の下で存分に奮ってはくれないか?」

問いかけつつ手を差し伸べる藍染に対し、ゾマリは――


ゾマリ「……思いあがるなァ!!」ギロッ!


胴体部に隠していた最後の“眼”を解放し、藍染をまっすぐに見据えた

東仙「!」

ゾマリ「言ったはずだッ! お前たち死神は傲りに塗れているとッ!!」

藍染の頭部に支配の紋様が浮かび上がる

ゾマリ「傲りは正さねばならないッ! ありもしない正義や理想に溺れ、虚を斬り捨てていく貴様らの傲りをなァ!!」

満身創痍でありながら高らかに咆えて、ゾマリは刀を納めていた東仙へと向き直る

ゾマリ「貴様の主は我が支配に堕ちたッ! そのまま操って貴様を倒し、その後で二人まとめて喰い殺してくれるッ!」

東仙「……私も言ったはずだ。『どうやらその目玉のすべてが節穴らしい』とな」

ゾマリ「なにをッ――」


藍染「こういうことさ」


支配されたはずの藍染が、ゾマリの指示もなく呟いた


藍染「砕けろ、『 鏡花水月 』」

ゾマリが最後に支配したのは、先刻東仙に斬り倒された虚の骸に過ぎなかった

本物の藍染は岩場に腰かけ、東仙とゾマリの対決を高みから見下ろしている


コロニーへ潜入した時点で抜刀していた藍染は、周囲を虚の軍勢に取り囲まれると同時に『鏡花水月』を発動していた

ゾマリは勿論、侵入者を逃さぬよう命じられていた虚たちも藍染から視線を外すはずがなく、完全催眠の発動条件を容易に満たしていたのである

その虚たちもまた、ゾマリが『閻魔蟋蟀』に封じられている間に、お互いを侵入者と誤認し同士討ちした末、既に全滅している


ゾマリ「なっ、バカなッ……これは一体……!?」

東仙「助かる最後の機会もふいにしたな」キンッ―

再び斬魄刀を握る東仙

もはやゾマリには使える“眼”も、“虚閃”を放つ霊力も残されていない

ゾマリ「うっ……あ、ああぁ……!」

藍染「――最後の機会だ、等と言った覚えはないが? 要」

ゾマリ・東仙「!!」

藍染はなおも悠然と笑みを浮かべたまま、ゾマリを見下ろして続けた

藍染「命乞いや不意打ちをしてでも敵を討ち、己の信念を貫こうとする
   むしろ好印象だ。安易に自分を売る輩よりも、よほど信用が置ける」

藍染「それは即ち、信念の下に私の支配へ下れば、最期まで私に忠誠を尽くすということに他ならないのだから」

ゾマリ「……ゆ、許して、下さるのですか……? ここまであなた方を殺そうとした私を、なおも拾っていただけると……?」

藍染「最初に言ったはずだよ。『我々は君を討伐するために来たのではない、迎えに来たんだ』と」フッ


ゾマリは恭しく平伏する

ゾマリ「は、はいっ……! あなたのように強く、聡明で、慈悲深い御方ならば、喜んで支配を受け容れましょうっ……!」

【Ⅹ?】

「ああん? なんだお前ら」

気怠そうに目を開けて、巨大な怪物が藍染たちを見下ろす

虚夜宮から遥かに離れた場所にある、周囲を岩に囲まれた荒地に、藍染と市丸は来ていた

市丸「ひゃあ~、こら大きいなぁ。何メートルあるんやろ」

藍染「ギリアンに匹敵する巨体だな。しかし、霊圧の大きさも並の大虚とは桁外れだ」

感心した様子で言いながら、藍染が怪物に声をかける

藍染「やあ、眠りを妨げてしまってすまない。君がヤミーだね?」

ヤミー「なんだぁ、俺のことを知ってるのかぁ?」

藍染「ああ。バラガンから話を聞いてやって来たんだ
   『虚圏の辺境に常識外れの図体をしたヴァストローデが居る』とね」

ヤミーの巨体にまるで動じることなく会話を続ける藍染

そこへ市丸が首を傾げながら呟く

市丸「しっかしホンマに居ったんやなぁ、大型サイズのヴァストローデ。普通、ヴァストローデて人くらいの大きさやないでしたっけ」

藍染「ああ。内に秘められた霊圧に半比例するかの如く、進化の度に体格が縮小していく――それが大虚の特徴のはずだが」

ヤミー「なにごちゃごちゃ言ってんだお前ら」ゴォ…

不意に、寝転がっていたヤミーが起き上がり、そして


ヤミー「邪魔臭え、死ねよ」ブンッ

なんの前触れもなく、その剛腕を振り下ろした


激震と共に、辺り一帯を土埃が舞う

ヤミー「あぁ?」

だが、手応えはない

市丸「いや~おっかないわぁ。危うく叩き潰されるとこやった」

藍染「我々が何者か、目的は何なのか、それすらも興味はないということか」

ヤミー「チッ、ちょこまかしやがってめんどくせぇ。お前らの事なんざどうでもいいに決まってんだろ」グワンッ―

連続で腕を振りぬくヤミー

一撃ごとに岩場が砕け、地形が崩れる

市丸「いやいや、いくら何でも無茶苦茶すぎますわ。こんなん躱すんで精一杯や」ニヤニヤ

藍染「速さ自体はさほどでもないが、如何せん身体が巨大すぎるな
   半端なスピードでは、躱したつもりでも間合いの内から逃げ切れない」

ヤミー「うるせぇっつってんだろうが。おとなしく潰れて俺に喰われてろ!」

紙一重で回避を続ける二人に業を煮やしたヤミーは、その巨体をかがめると、勢いよく前方へと突進した

藍染「――破道の七十三『双蓮蒼火墜』」ゴォッ!

藍染の手掌から爆炎が放たれ、ヤミーの頭部に直撃する

だがその動きは止まらず、速度の乗ったタックルはそのまま大地にめり込んだ

市丸「――!!」ゴォ―

あまりの風圧に市丸が吹き飛ばされる

ヤミー「ぐぅ…う…うおおお~~~~…痛え~~痛すぎだぜ~~~」

薄ら笑いを浮かべてヤミーが起き上がる

言葉とは裏腹に、大した傷は負っていない

ヤミー「へへ……捕まえて喰うつもりが、思わず全体重かけて粉々にしちまったかぁ?
     もう一匹は吹っ飛ばしちまったみてぇだし、探しにいくのもめんどくせ――」


その直後、地面についたままだったヤミーの右手が斬り裂かれた


ヤミー「……んなあぁっ!?」

藍染「素晴らしい」

その剛腕の下から、無傷の藍染が姿を現す

藍染「文字通り、圧倒的なまでの力だ。純粋な膂力だけでこれほどの境地に達する大虚が居るとはな」

ヤミー「て、てめえっ!!!」ブンッ

藍染「その絶大な霊圧も、特殊な能力や技に拠るものではなく地力から滲み出ているのだろう」ヒュンッ

踏みつぶそうと持ち上げた巨大な脚も、瞬歩で回避されると同時に斬りつけられる

ヤミー「ぐおぉっ……! な、なんだぁ…!? こんなゴミみてぇな奴が――」

藍染「だが、それは同時に君の限界でもある」

血振りするように刀を払いながら、藍染は淡々と語る

藍染「死神にせよ虚にせよ、霊圧での戦いに秀でた者は、徒に霊圧をひけらかしはしない」

藍染「平時は力を抑え、ここぞという時にそれを解放するのが戦い基本だ
   闇雲に力を解放することは霊力の浪費であり、揺れ幅の大きい不安定な霊圧は付け入る隙を生み出す」

藍染「君がまさにそれだ、ヤミー。その巨体が力を抑えた状態であるならば確かに脅威と言える
   だが惜しいことに、君は自らに備わった膨大な霊圧を制御しきれておらず、ただ放出し続けているに過ぎない」フッ

ヤミー「クソがぁっ!!」ギュイィン…

余裕の笑みを浮かべる藍染にヤミーは激昂し、その口を大きく開いた

高濃度の霊子が口元に集約され、赤い閃光が弾ける

ヤミー「消し飛びやがれっ!! “虚閃”っ!!」カッ

極限まで高められた必殺の光線が解き放たれる――


その瞬間、何かがヤミーの口内を直撃した


ヤミー「グエボォッ――!?」

同時に“虚閃”が暴発し、ヤミーの頭部を巻き込んで爆発を巻き起こす

ヤミー「グっ…アッ…ウェ……な、なにがっ……!?」

今度は演技でなく、本気で悶えながら辺りを見遣るヤミー

直後、ヤミーの肩に鋭い一撃が突き刺さった

ヤミー「うおっ!! ぐ、ど、どこだァ!?」ギロッ!

藍染「さて、君の目の届く範囲に見つかるかな」

笑みをたたえたまま、藍染は混乱するヤミーを見上げている


~~~~

市丸「――いやぁ、それにしてもほんま大きいなぁ。これだけ離れてもよう見えますわ」ニヤニヤ

藍染とヤミーが戦っている荒地から、離れた場所に位置する丘で、市丸ギンはそう呟いた

吹っ飛ばされた影響で多少の傷は負っているものの、いずれも軽傷で済んでいるようだ

その手には、標準的な斬魄刀よりも短い、脇差サイズの刀が握られている

市丸「はてさて、ボクなんかが手助けせんでも藍染隊長やったら問題ないやろうけど……隊長のピンチに何もせぇへんかったら後で東仙隊長に怒られてまうしなぁ」スッ…

その脇差を胸の前で構え、この距離からでも視認できるヤミーの巨影へと向ける

市丸「なんや一方的でいじめてるみたいやけど、堪忍してなぁ――」


市丸「 ――『 神 殺 鎗“ 舞 踏 連 刃 ”』」


~~~~

ヤミー「ぐっ、クソォっ! 邪魔くせぇっ!! そっちかっ!? ゲフゥッ!!」

目にも止まらぬ速さで繰り出される突きの嵐に曝されるヤミー

突きの放たれる方角から使い手の位置は見当がついたものの、“虚閃”のエネルギーを溜める余裕すら与えられず反撃のしようがない

藍染「持て余した霊圧とその巨体が仇となったな、ヤミー
   霊覚でも目視でも、遠距離から君を捕捉することは容易い」

藍染「近距離戦ならばその巨体を暴れさせるだけで大抵の相手を葬れるだろう
   だがこの距離からこの速さで放たれる連続攻撃に対して、君に成す術はあるまい」

ヤミー「グゥ…ち、ちくしょう……てめぇらみてぇなゴミに、この俺がッ……!」ズシン

身体を丸め、連続攻撃に耐えるヤミー


本来、ヤミーを怯ませられる手段を持つ敵は多くない

苦手とする遠距離からの攻撃であっても、一撃でヤミーに致命傷を与える程の技であれば発動に何らかの制約かタイムラグが発生する場合がほとんどだからである

かといって牽制程度の威力しかない飛び道具であれば、持前の強靭な肉体で怯むことなく攻撃を受けきれる

そしてどちらの場合であっても、極大の破壊力と攻撃範囲を持つヤミーの全力による“虚閃”で返り討ちにしてきたのだ

「高威力」と「射程の長さ」に加え、間隙なく攻撃し続けられる「速度」までを備えた卍解と対峙するなど、初めての経験であった

藍染「縛道の七十七『天挺空羅』」ゴォ…

藍染『攻撃を止めてくれ、ギン』

途端に、ヤミーを襲っていた猛攻が収まる

全身から血を流し荒く息を吐くヤミーに、藍染が語り掛けた

藍染「さて、そろそろ話を聞いてもらえるかな?」

ヤミー「……ハァ…ハァ……ぐっ……!」

藍染「我々は君を征伐しに来たわけではない。君の力に魅かれてここを訪れたんだ」

ヤミー「クソ…クソッ……!!」

藍染「破面、というものについては知っているね?
   彼らは自らの能力を斬魄刀に変換することで力を抑え、制御することに成功した虚だ」

ヤミー「……! ……ッ!」

藍染「尤も我々が知る限り、独力で完璧な破面化を成し遂げる虚は少ない
   死神と虚の境界という理を、そう容易くは覆せないということだろう」

ヤミー「……せぇ…」

藍染「だが、我々ならば君を」


ヤミー「うるせぇっつってんだよクソゴミがぁっ!!!」バッ

叫ぶと同時にヤミーの拳が煌き、霊子の紅弾“虚弾(バラ)”が藍染へと降り注いだ

すぐさま“舞踏連刃”が攻撃再開するが、ヤミーは怯みながらも市丸の居る方へ向けて続けざまに拳を振るい、“虚弾”を数発放つ

遠くで爆音が響き、攻撃が止んだ

ヤミー「どいつもこいつもっ! ごちゃごちゃごちゃごちゃうざってぇんだよ!!」

激昂しながら足元を睨むヤミーの耳に、土煙の向こうから詠唱が聞こえてきた


藍染「――滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器」


ヤミー「好きに寝て、喰ってっ! うぜぇ奴をブチ殺して好きに生きてんだよ俺はっ!!」ギュイィン…


藍染「湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」


ヤミー「俺の霊圧なんざっ! てめぇらブチ殺すためならいくらでも垂れ流してやるよっ!!」カッ


藍染「爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形」


再びヤミーの口内に霊子が収束したかと思うと、瞬く間に高濃度のエネルギーが形成されていく

ヤミー「これで終わりだゴミ野郎っ!! 跡形もなく吹き飛びやがれっ!!」ゴォォ!

それは彼の持つ膨大な霊圧を躊躇いなく注ぎ込んだ、超高密度の力の奔流であった


藍染「結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ――」


ヤミー「 “ 虚 閃 ”ッ!!!」

「ワンッ!」


ヤミー「ッ――!?」


発射の刹那

ヤミーの視界の隅に映ったのは、捕獲してきた鳥状の小型虚を放って嬌声を挙げる、小さな犬型虚の姿だった――


轟音が収まった後、大地には天災を思わせるような破壊の爪痕が残された

特大の“虚閃”の射線は、藍染をわずかに逸れている

藍染は、霊子の奔流をすべて吐ききったヤミーを無表情で見上げ、そして


藍染「――破道の九十“ 黒 棺 ”」


~~~~

市丸「――あらら、こらまたえらい派手にやらはったなぁ」

藍染「戻ったか、ギン。途中で援護が止まったから心配したよ」

市丸「いや~すんませんでした
   何や、えらい速い弾が急にポンポン飛んでくるもんやから、驚いて足踏み外していまいましたわぁ」ニヤニヤ

市丸「それより、藍染隊長の方こそ大丈夫ですかぁ?
   遠目にも洒落にならへん威力の“虚閃”やったけど」

藍染「ああ、心配はいらない。偶然、ヤミーの攻撃が外れてくれたのでね」チラッ

見遣る先には、満身創痍のヤミーと傍に寄り添う犬のような虚の姿が

藍染「どうやらあの虚に気を取られて、照準がブレたらしい
   流石にあの“虚閃”を受けていたら私とて無事では済まなかったろう。幸運が味方したようだ」

市丸「そない言わはって、どこまでホンマなのかわかりませんわ、藍染隊長のことやし
   案外、あの“虚閃”を喰ろうても平気な顔して片手で捌きよるんちゃいますかぁ?」ニヤニヤ

市丸「そもそも藍染隊長は意地が悪いですよぉ、今回かて『鏡花水月』を使うたらもっと簡単やったろうに」

市丸「わざわざ普通に戦って、その上で負かすなんて反則みたいな強さや」

藍染「なに、単に完全催眠で手玉に取るだけでは意味がないからね」

斬魄刀を納め、薄く微笑みながら、ヤミーのもとへ近づく藍染

藍染「技術を有する者には技術で、能力に長じる者には能力で
   力や霊圧を誇る者にはそれを凌ぐ力と霊圧で応じ、捻じ伏せる」


藍染「そうして初めて、彼我の力の差を理解してもらえるんだ」

[Ⅲ]

虚圏・洞窟

ウナギのような姿をした巨大霊蟲が、とぐろを巻いて眠っている

とぐろの内側には、霊蟲にもたれて眠るヴァストローデの姿があった

ネリエル「ぐぅ…すぅ……ん…バワバワ、蒲焼にしたら……何人分…むにゃ……」

ペッシェ「やれやれ、また物騒な夢を見ておられるな」

ドンドチャッカ「ネリエル様はほんとに食いしん坊でヤンスなぁ、ペッシェ」

その様子を、洞窟の入り口で二体の虚が守っていた

ペッシェ「ああしてお眠りになられている姿は麗しいのに、ひとたび腹を空かせればドンドチャッカも裸足で逃げ出す大食いとは」

ドンドチャッカ「オラもともと裸足でヤンスよ」

ペッシェ「文字通りにとらえるな……ん?」ピクッ

軽口を叩きあう二体だったが、不意に細身の方の虚――ペッシェが外を見遣った

ドンドチャッカ「どうしたでヤンス? お腹が痛いなら行ってきて大丈夫でヤンスよ」

ペッシェ「いやそういう雰囲気じゃなかっただろ今! ……見ろ、ドンドチャッカ」クイッ

ドンドチャッカ「へっ?」

ペッシェ「……何者かが近づいてくる」

身を屈め、岩場に隠れながら言うペッシェ

ドンドチャッカも大柄な肉体を縮こませる

ドンドチャッカ「ほ、虚でヤンスか!?」キョロキョロ

ペッシェ「いや、ひとりは格好からして恐らく死神だ。しかし他は……妙な霊圧だな」ジッ

視線の先には、洞窟へ向かってくる三人の人影があった

ドンドチャッカ「どどど、どうするでヤンスかペッシェ!? もし悪いヤツだったら……」

ペッシェ「とりあえず、ネリエル様を起こすのが先決だ。逃げるにせよ戦うにせよ、あの方が眠られていては話になr」

ドンドチャッカ「危ないでヤンスペッシェェェェ!!」ドーン!

ペッシェ「グェホォッ!?」

突如放たれたドンドチャッカのタックルをもろに喰らい、勢いよく吹っ飛ぶペッシェ

ペッシェ「ゲホッゲホッ……ちょっ、いきなり何を――!?」

見ると、先ほどまでペッシェの立っていた場所に、鋭い棘のついた虚の剛腕がめり込んでいるではないか!

ペッシェ「あれは……巨大虚(ヒュージホロウ)!? バカな、いつの間にこんな近くまで」

ドンドチャッカ「大丈夫でヤンスか? 間一髪だったでヤンス!」

ペッシェ「あ、ああ、あやうくお前のタックルで意識が飛ぶところだったぞ……ってそんなことより!」

巨大虚「…………」ブゥン

地面から腕を抜いた巨大虚は、再びペッシェたちへ向かって突っ込んでいった

ギリアン程ではないにしても巨大虚の体躯はアジューカス級の大虚に匹敵する

体格ではほぼ互角のドンドチャッカの身体に、巨大虚の拳がめり込んだ

ドンドチャッカ「あいたたたっ! 何するでヤンスか!」グイッ

巨大虚「!!」

だがドンドチャッカは怯むことなくその腕を掴み、難なく巨大虚を担ぎ上げ壁面へと叩きつける

即座に反撃しようと動く巨大虚だったが、続けてペッシェの口吻から噴出された潤滑性の液体によって身動きを奪われ、起き上がれずに地面を這い回る結果となった

巨大虚「グ、ウゥ……!!」ヌルヌル

ペッシェ「よし、今だドンドチャッカ!」

ドンドチャッカ「喰らうでヤンス! 必殺・ドンドチャッカプレ~~~ス!!」ドーン!

巨大虚「グゲェッ!!」

ドンドチャッカの全体重を乗せたボディプレスが決まり、あえなく潰れる巨大虚

ペッシェ「ふぅ……我ながら見事な対処だった。そうは思わんかねドンドチャッカ?」

ドンドチャッカ「そんなことよりヌルヌルする汁がちょっとかかっちゃったでヤンスよ! どうしてくれるでヤンスか!」

ペッシェ「お前そんな汚いものみたいに嫌がるなよ……!」


藍染「成程、霊圧を消せたところで所詮は急ごしらえ。大虚に率いられる虚相手では歯が立たないか」


ペッシェ・ドンドチャッカ「「!!」」

いつの間にやら洞窟の入り口に現れた死覇装姿の男――藍染惣右介は、巨大虚の骸を見遣って呟いた

ペッシェ「なっ、き、貴様いつの間にっ!?」


「やれやれ、甘い質問だな。いや、甘いのは認識の方か――まるでチョコラテのようだ」

「あんなでっかい音立てて巨大虚と戦り合ったら、居場所教えてるようなモンでしょ」


ドンドチャッカ「ペ、ペペ、ペッシェ……!!」アワアワ

ペッシェ「囲まれてるっ……!?」

藍染の他に2体、人型を保った破面が洞窟内に侵入している事態に、ペッシェたちは動揺する

藍染「安心してくれ、我々は君たちに危害を加えに来たのではないよ。ドルドーニ、チルッチ、臨戦態勢を解くんだ」

ドルドーニ・チルッチ「「はっ!」」

ペッシェ「い、いったい我らに何の用だ!? さっきの巨大虚も貴様らの仕業か!? てか死神かっ!?」

藍染「フッ、少し落ち着いてくれ。私はただ、この洞穴の主に話があって来ただけだよ」

ドンドチャッカ「あ、あるじ……」

ペッシェ「そ、そうか……それならばそうと先に言え先に。いかにも私がここの主、ペッシェ・ガティーシュだ」

ドンドチャッカ「えっ、いつの間にそんな偉くなったでヤンスかペッシェ!?」ヒソヒソ

ペッシェ「お前は黙ってろっ!」ヒソヒソ

小声でやり取りする二体を見て、破面たちは呆れたように言い放つ

チルッチ「アンタさぁ、しらばっくれるにしてももうちょいマシな誤魔化し方できないワケ?」

ドルドーニ「ここには半人半獣の姿をしたヴァストローデが住んでいるという噂を聞いているが、君たちがそうとは思えんな」

ペッシェ(くっ、やはりこいつらの目当てはネリエル様か!)

ペッシェ「失敬な連中だな。この私から漏れ出るオーラを感じとれんと――」


ネリエル「ふぁあ~……どうしたのぉ、ペッシェ、ドンドチャッカぁ……?」


なんとかその場を誤魔化そうというペッシェの努力は、寝ぼけ眼で奥からやってきたネリエルの呼びかけによって無に帰すのだった……


~~~~

ネリエル「なるほど……つまり、あなたたちは虚圏を平定するために、私たちを傘下に取り込みたいってこと?」

藍染「理解が早くて助かるよ、ネリエル。君の評判は聞いている
   ヴァストローデでありながら力をひけらかすことなく、極力争いを避けて生きている、と」

洞穴奥の広いスペースで対話する藍染とネリエル

ペッシェやドルドーニたちは、各々の陣営の後ろに控え、両者のやりとりを見守っている

ネリエル「買い被りよ、単に私には他の虚たちと戦い続ける覚悟がないだけ」

藍染「戦わない道を選ぶのも覚悟の内だよ、死が支配するこの虚圏ではね」

ネリエル「その、死の支配者だった虚夜宮の王を従えたのが、他でもないあなたなんでしょ」

藍染「そうだ。恐怖と退屈を持て余しながらこの地を支配していたバラガンは、既に我らの同胞となった
   だが、未だにこの虚圏は安泰とは言えない。流浪の荒くれ者や未知数の力を持つ大虚や破面も偏在する」

藍染「そして何より、尸魂界を相手取る為にも、私たちは更なる強者たちを必要としているんだ。君のような、ね」

薄く微笑みながら語りかける藍染に対し、ネリエルは厳しい表情を崩さない

ネリエル「そこよ、わからないのは。あなたは死神でしょう?
      どうして死神が虚を率いて、尸魂界を打ち倒そうとしているの?」

藍染「打ち倒す、というのは正確ではないな。私はあくまで、尸魂界をあるべき形に作り変えようとしているだけだ」

ネリエル「あるべき形? あなたに支配されることが?」

藍染「そう単純な話でもない。それはあくまで『結果的にそうなる』というだけの話だ」

ネリエル「?」

藍染「いずれ詳しく話すが、この世界は極めて歪な形をしているのだよ、ネリエル
   元々間違っていたのか、ある時から道を見誤ったか、もはや突き詰めても仕方のないことだがね――」

言わんとするところが汲み取れず訝し気なネリエルに、藍染は淡々と言葉を続ける

藍染「不完全なモノによって、不安定な形で無理やり押し留められ、辛うじて保たれている仮初の安寧――それが今の世界だ」

藍染「世界はそのようにあるべきではない、と私は考えている。今の在り方を変える必要があると」

藍染「だが、死神もそれを束ねる者たちも、誰一人としてこの歪みを理解していない」

藍染「故に私は君たち虚の力を借りて、尸魂界を屈服させようとしている――あるべき世界の為に」

ネリエル「……今の尸魂界が歪みを受け容れてるから、結果的にそれを潰すことが、世界の為になるって言いたいわけね」ボソッ

藍染「どうだろう、ネリエル。私と共に、来てはくれないか」フッ

再び余裕の笑みを浮かべて藍染が問い掛ける

ネリエル「……わかったわ。あなたに協力する」

ペッシェ・ドンドチャッカ「「えぇっ!?」」

思わず声を挙げるペッシェたち

ドルドーニとチルッチも、あまりの即答に困惑や疑いの表情を隠せなかった

ただ藍染だけは、微かに目を細めただけで、相変わらず微笑んだままネリエルを見ている

藍染「本当に、理解が早くて助かる。では君さえよければ、このまま我々に同行し虚夜宮に来てほしい」

ペッシェ「お、お待ちくださいネリエル様!」

ネリエル「ええ。ただ、少し時間をもらえるかしら? 必要なものとか、まとめたりしたいから」

チルッチ「必要なものもなにも、こんな穴倉に何があるって――」

藍染「構わないよ。用意が済んだら言ってくれ」

ネリエル「わかってる。それじゃ、少し席を外すわね」スタッ…


~~~~

ペッシェ「いったいどういうおつもりですか! あんな連中の誘いにあっさり乗るなど――!」

ドンドチャッカ「あいつら、絶対悪いヤツらでヤンスよ! そんなのオイラにだって分かるでヤンス!」

ペッシェとドンドチャッカは口々にまくし立てた

当のネリエルは硬い表情のまま、二体を振り返る

ネリエル「私だって分かってるわ」

ペッシェ「ならばなぜ!」

ネリエル「他に方法がないからよ。ここで逆らえば、私たちは三人とも殺される」

ペッシェ「……!」

ドンドチャッカ「そ、そんな……けど、頭数は向こうとオイラたちで一緒でヤンス! それにバワバワも入れれば……!」

ネリエル「無理よ、ドンドチャッカ。あの破面たち、野良の破面とは比べ物にならないくらい強いわ
     まだ一体だけなら、私たち全員で挑んでどうにか撃退できたかもしれないけど……二体相手じゃ勝ち目はない」

ネリエル「そして何よりあの死神……力の底がまるで測れなかった
     たぶん、その気になれば最初から力づくで私たちを従わせることだってできるくらいに、強いはず」

ドンドチャッカ「うぅ……そんな……!」

ペッシェ「で、ですがネリエル様! だからと言ってあなたが奴らに従う理由などありません!
      最悪、私とドンドチャッカとバワバワが囮になれば、あなた一人なら逃げられる時間が――」

ネリエル「ペッシェ!」キッ

ペッシェ・ドンドチャッカ「「……っ!」」ビクッ

これまでにない厳しい眼差しを向けられ、二体の従者は背筋を正した

ネリエル「そんなことを言うのはやめてちょうだい。私はあなたたちを囮にする気なんてないから」

ペッシェ「ネリエル様――」

ネリエル「むしろ、私が囮になってあなたたちを逃がせれば――それすらできない自分が、情けない。自分の、弱さが」

ドンドチャッカ「ネリエル様は弱くなんかないでヤンス!」

ネリエル「弱いわよ、私なんて。ヴァストローデだからって関係ない
      あのバラガンみたいに、私より強い虚なんていくらでも居るもの」

ネリエル「けど、その弱い私が今日まで生きてこられたのは、あなたたちが居たから」

ネリエル「そばで一緒に暮らしてくれるあなたたちが居たから、あなたたちを失いたくないから――」

ネリエル「――ペッシェとドンドチャッカとバワバワ、みんなとずっと一緒に居たいからこそ、私は生きてこられたの」

ドンドチャッカ「ネ、ネリエル様ぁ……!」ウルウル

ペッシェ「……ドンドチャッカの言う通りですよ、ネリエル様は弱くなどない」

ペッシェ「私たちが敬愛し、共に生きたいと願った――強く、気高いお方です、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク様」

ネリエル「……ありがとう」

そう呟くと、ネリエルは二人に対して微笑みかけた

ネリエル「けど、何もしないまま降参するのも、やっぱ悔しいかな?」

ペッシェ「は?」

ドンドチャッカ「へ?」

それは、イタズラを思いついたかのような笑顔であった


~~~~

チルッチ「――舐めやがってっ!!」ダンッ

地面にあけられた穴を見て、十刃のひとりが怒りを露わにした

ドルドーニ「この洞穴の出入り口は我々が待機していた一か所のみ
       壁や天井を破壊して逃げようにも霊圧上昇や物音は隠し切れないと踏んでいたが……まさかトンネルから逃走を図るとは」

藍染「恐らくあの巨大霊蟲だろう。攻撃動作ならまだしも、地中を穿孔するのは単なる移動行動、霊圧を隠したままでも十分行える」フッ…

チルッチ「すぐに追い詰めて目に物見せてやりますっ!」キッ

ドルドーニ「まぁ待ちたまへ。それこそこんな穴倉では、飛行能力と攻撃範囲の広さが売りのキミの力は活かしきれまい」

いきりたつチルッチを諫めながら、ドルドーニが穴の淵へと歩を進める

藍染「そうだな。ここは君に任せよう、ドルドーニ」

ドルドーニ「はっ!」

答えると同時に、ドルドーニは納刀したままの斬魄刀へわずかに手をかけ――


ドルドーニ「 旋 れ、『 暴 風 男 爵 (ヒラルダ)』」


~~~~

ドンドチャッカ「い、急ぐでヤンス、バワバワ! 全速前進でヤンス!」

バワバワ「バワァァァ!」ズリズリ

バワバワの背にしがみつきながら地中を掘り進むネリエルたち

ペッシェ「しかし考えましたなぁネリエル様。まさか地面を潜ってあの場から脱出しようとは」

ドンドチャッカ「きっと今頃あいつら悔しがってるでヤンスよ!」

ネリエル「とはいえ、すぐに向こうも気付いて追ってくるはずよ
      できるだけ遠くまで移動したいけど、なるべく横穴を使って攪乱しながら逃げましょう」

ペッシェ「このあたりはバワバワ以外にも元々霊蟲が多く棲息しています
      それこそ迷路のように横穴は入り組んでいる。このまま霊圧を抑えて移動すれば――」


ゴオォォォ……!!


ネリエル「!?」ハッ

ドンドチャッカ「な、なんでヤンスか!?」ビクッ

突如、背後から猛烈な勢いで霊子の乱れが伝わってきた

ネリエル「バワバワ、左よっ!」

咄嗟に指示を出し近くの横穴に滑り込むネリエル達

直後、先ほどまで彼女たちが直進してきたトンネル内を、霊子をまとった突風が吹き抜けていった

ドルドーニの帰刃『暴風男爵』によって放たれた竜巻である

竜巻は次々と打ち込まれ、地中トンネルの横穴を片っ端から潰す勢いで通り抜けていく

ペッシェ「くっ、敵の能力か!?」

ドンドチャッカ「メ、メチャクチャでヤンス! こんなのどの横穴に逃げても逃げきれないでヤンスよ!」

ネリエル「仕方ないわ、地上へ出るわよっ!」

自分たちの通る横穴にも竜巻が迫っているのを察知したネリエルは、バワバワに指示を出して地上へと飛び出した


ドンドチャッカ「ボハァッ! 死ぬかと思ったでヤンス!」

ネリエル「安心するのはまだ! 早くどこかへ隠れないと!」

その直後、駆けだそうとしたネリエルたちの前方に、ギロチンを思わせるような刃がめり込んだ

ペッシェ「ヒィッ!?」

ネリエル「くっ……!」

刃は次々と降り注ぎ、ネリエルたちの周囲に壁を作るかのごとく覆っていく


チルッチ「――ったく、そう何度も逃がすかっての」バササァ…

チルッチ「にしても、ずいぶんとふざけた真似してくれたじゃなーい?
      十刃がふたりも集まって、こんな追い込み漁みたいなことする羽目になっちゃったわよ」フンッ

ネリエル「――騙す形になったのは謝るわ、ごめんなさい
      もしかしたら、このまま逃げ切れるんじゃないかって思って、つい」
 
チルッチ「ハァ? 謝って済むとでも思ってるワケ?
      あんた達は藍染様に楯突いたの。せっかく仲間に引き入れてやるつもりだったのに――」バサッ

力強く広げた刃の翼を、一層激しく振動させるチルッチ

ペッシェとドンドチャッカはネリエルを庇うように身を乗り出す

ペッシェ「くっ……!」

ドンドチャッカ「うぅ……!」

ネリエル「……!」

チルッチ「さてっとォ……どいつからスライス、いっとこーかァ?」ニヤリ


藍染「待つんだ、チルッチ」


静かな、それでいて力強い声が響いた

静かな、それでいて力強い声が響いた

チルッチ「なっ、藍染様っ!? 何故――」

ドルドーニを従えその場へ現れた主に対し、チルッチが問いかける

藍染「ネリエル達は確かに逃走を企てたが、最初にこちらから差し向けた巨大虚を除き、我々には一切攻撃をしていない」

藍染「ならばこちらも、命まで奪う必要はないだろう?」

チルッチ「ですがっ……そんなの、単に直接刃向かう度胸がないだけではっ!?」

藍染「彼我の実力差を把握して立ち回るのは、戦いに於いて重要なことだよ」

藍染「まして、ネリエルほどの実力を備えた大虚がそれだけの理性と分別を有しているとあっては、むざむざ処分するには惜しいのでね」

チルッチ「……!」ギリッ

ドルドーニ「怒りを抑えたまえ。藍染様が許されると仰っているのだ、吾輩たちが口をはさむ余地などないさ」

藍染は再びネリエルへ向き合うと、いつもの不敵な微笑と共に問い掛ける

藍染「さて、改めて答えを聞くとしようか――」

ネリエル「…………はい」

屈辱や諦念を顔に出さず、その場へ跪くネリエル

ペッシェとドンドチャッカは感情を抑えきれぬ様子のまま、ネリエルに従い頭を垂れる


ネリエル「あなたの下に仕えます、藍染様」

【Ⅴ】

虚夜宮

東仙「――第11コロニーが襲撃されただと?」

破面もどき「は、ハイッ! 突然、強い大虚がやってきて、有無を言わさず襲い掛かって――」

東仙「ヴァストローデか」

破面もどき「い、いや、その、よくわかりません!
       図体はアジューカスとヴァストローデの中間ぐらいでしたが、とにかく強くて……!」

市丸「11コロニー言うたら、最近ボクらの味方に付いた集落やなぁ」

東仙「あそこにはアジューカス以下と出来損ないの破面しか居なかったはずだ……襲撃者がヴァストローデならば全滅の恐れもあるな」

破面もどき「そうなんです! もう何人もやられてて、比較的強い奴らで束になってなんとか食い止めてるんです!」

市丸「ははぁ、その隙にここまで逃げてきたんやね、キミは」

破面もどき「逃げっ……違いますっ! オレはこのことを藍染様に知らせようと――!」


藍染「それはご苦労だったね」フッ


玉座に着き報告を聞いていた藍染は、笑みを浮かべてそう言った

東仙「如何なさいますか?」

市丸「もしホンマにヴァストローデやったら、勧誘せなあきませんなぁ」

藍染「ああ。向こうからこちらの領地に踏み込んでくれたのだから、こちらも相応の形でもてなさなくてはなるまい――」


~~~~

虚圏・コロニー

切り刻まれた無数の虚が、死屍累々と積み上がっている

「チッ…手応えの無ェ連中だ」

転がる頭部を踏み砕いて、蟷螂と人が混ざったかのような大虚が吐き捨てる

「大虚の集まってる場所があるって言うから来てみりゃ何て事ァ無ェ……ひとりじゃ何もできねェ雑魚の集まりかよ」

「き、貴様っ……」キッ

肩を押さえながら、イノシシのような姿をした大柄な大虚・テスラが睨みつけた

他にも数体の虚や破面もどきが、突如現れたこの敵を取り囲んでいる

テスラ「……ノイトラ、と言ったな。なぜいきなりコロニーを襲った?」

ノイトラ「あァ? 『なぜ』も糞も無ェだろ、虚が虚と戦うことなんざ日常茶飯事だろうが」

テスラ「なぜ虚夜宮の領域内にある拠点の襲撃など――虚夜宮へ宣戦布告するような真似をしたのかと訊いているんだ!」

ノイトラ「ハッ! 予想はしてたがやっぱりテメェら虚夜宮に飼われてる犬かよ
      最近、虚圏の外から来た連中に乗っ取られたって話は本当だったらしいな――」

ノイトラ「なら話は早ェ。俺は虚夜宮を挑発するためにテメェらを切り刻んだんだよ
     そうすりゃあ、テメェらよりは骨のある連中が俺と戦いに出向いてくるだろうが」ニヤリ

テスラ「挑発だと? そんな理由で――!」ダッ

距離を詰め、重さの乗った一撃を喰らわせようとするテスラ

ノイトラは回避すらせず、顔面でテスラの拳を受け止め平然と笑う

ノイトラ「力はそこそこだが、その程度じゃ俺に傷一つ付けらんねェよ!!」

鎌状の腕を一閃させ、テスラを袈裟斬りするノイトラ

テスラ「ぐはっ……!!」

ノイトラ「どうしたァ? 他の連中は取り囲んで見てるだけかァ!?」ギロッ

圧倒的な強さを見せつけられ、コロニーの生き残りたちは怖気付いたように後ずさった

ノイトラ「チッ、情け無ェ。ならさっさとテメェら皆殺しにして、虚夜宮に直接出向くとするか――」

テスラ「ま、待てっ……!」


「やめなさい」


凛とした声が響き渡る

虚たちが振り返ると、砂煙の向こうから女性型の破面が姿を現すところであった

ノイトラ「なんだァ? 新手が来たと思ったら女かよ」

ネリエル「第3十刃(トレス・エスパーダ)、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク」

テスラ「十刃……! 我々の救援に来て下さったのですか!?」

ノイトラ「ハッ、くだらねェ。たかが女一匹差し向けるだけたァ、舐められたもんだッ!」ダッ

言い放つと同時に、ノイトラが鎌を振り上げてネリエルに突っ込んだ

ネリエルは剣を抜き、その場から動きもせずノイトラの攻撃を受け止める

ノイトラ「っ!?」

ネリエル「あきれた。こっちの話も聞かずいきなり斬りかかるなんて」ブンッ―

そのまま刀を振りぬきノイトラを弾き飛ばすネリエル

ノイトラ「――なるほどな。ちったァ楽しめそうじゃねェかッ!!」ニィッ

不敵な笑みを浮かべ、再びノイトラが踏み込む

鎌のような両腕を連続で振りかぶるノイトラの猛攻に対し、ネリエルは斬魄刀でそれをいなし続けていく

ノイトラ「どうしたァ? 守ってばっかじゃ戦いになんねェぞッ!」

ネリエル「話を聞いてちょうだい。私の目的はコロニーの救援と防衛、あなたの抹殺は命じられていないわ」

ノイトラ「笑わせんなッ! 殺す気も無ェでどうやって俺からこの雑魚共を守るってんだッ!」

ネリエル「うーん、実は私もちょっとそれ悩んでたんだけど、実際にこうして対峙してみてわかったわ」

ノイトラ「あァ?」

ネリエル「あなた位の虚なら、殺す気がなくても十分止められるって」

ノイトラ「――テメェッ!!」ギロッ

ネリエルの言葉に逆上したノイトラは、大振りの一撃を脳天に叩き込むべく跳び上がった

即座に後退し回避するネリエルだったが、ノイトラはそのまま鎌を地面に突き立てて身体を捻り、死角からもう一方の腕の鎌を振り下ろしてネリエルの首を狙う

ネリエル「っ!」バッ

這いつくばるように身体を低くし、紙一重で躱すネリエル

翠色の艶やかな髪がわずかに切られ、飛び散る

ネリエル「ハァッ!」ダッ

今度はネリエルが跳びかかった

斬撃だけでなく、掌底や蹴りも織り交ぜた至近距離での乱打戦に持ち込み、ノイトラのリーチを殺すネリエル

ノイトラ「クッ――なんだァ!? 澄ましたツラしやがって、泥臭ェ戦い方もできるじゃねェかッ!!」ニィッ

ネリエル「――お喋りする気もないわ。降参の言葉ならいつでも聞くけど」

ノイトラ「ほざけッ――!」

的確に挙動を潰してくるネリエルに業を煮やしたノイトラは、不意に足元の砂を蹴りあげネリエルの顔面に浴びせかけた

ネリエル「甘いわ、そんな手は読めて――!?」ハッ

難なく砂を躱し、続く攻撃を受け止めるべくやや後退したネリエルは、追撃どころか大きく跳び退り距離を取るノイトラを見て、初めて動揺を露わにした

その一瞬の隙を狙っていたノイトラは、突き出した舌先に収束させていた霊子を一気に解放する

ノイトラ「――“ 虚 閃 ”ッ!!」

必殺の威力を誇る霊圧の奔流がネリエルに直撃――するかに見えた


ネリエルが片手で“虚閃”を受け止め、あまつさえそれを一息に呑み込むのを見て、今度はノイトラが驚愕する番だった

ノイトラ「なッ――!?」

ネリエル「――がぁ!!」クワッ

そしてネリエルは自身の“虚閃”をもそれに上乗せして、ノイトラへ向け全力で吐き出した

回避が間に合わず、鎌状の両手をクロスさせるようにして防御態勢に入るノイトラ――


爆音が収まると、戦いを見守っていた虚たちからどよめきが漏れた

ブレード部分は砕け、足は折れ曲がり、全身に焼け焦げた跡の残ったノイトラが、荒い息を吐きながらうずくまっている

テスラ「バカな……あれほどの霊圧の“虚閃”が直撃して、まだ息があるのか……?」

ネリエル「ふぅ……お腹空いた。これくらいで十分でしょ? おとなしく降参して」

ノイトラ「くッ……クソッ……なんだ、テメェはッ……なんでそんなにッ……そうか……!」ギロッ

ネリエル「ちょっと……何をする気!?」

顔をあげてネリエルを睨むと、ノイトラは辛うじて腕を持ち上げ、割れたブレード部分を自らに向けた

ノイトラ「仮面が割れてるから――破面だから、テメェは俺より強ェのかッ!! だったらッ!!」

そのまま仮面で覆われた顔をめがけて、勢いよく刃を――

染「やめた方がいい」


――突如現れた藍染によって、易々と腕を抑えつけられたノイトラ

ノイトラ「!?」

藍染「自力で仮面を剥いでも、完全な破面になれる虚は限られている
   ましてそこまで疲弊し、もはや静止に近い魄動の君では、霊圧が急速に流出し消滅しかねない」

ネリエル「藍染様! どうしてここへ?」

ノイトラ「藍、染……そうか、テメェが虚夜宮のボスかッ……!」

藍染「そうだ。そして、君を迎えに来たんだノイトラ。我らの傘下に加えるために」

ノイトラ「傘下だとッ……ざけんなッ!」キッ

満身創痍の肉体を無理やり動かして、藍染の手を払い殴りつけようとするノイトラ

藍染「味わいたくはないか? 今よりさらに高いステージの戦いを」

ノイトラ「……ッ!」

言葉が胸に刺さる

藍染「ネリエルと交戦したことで、君は身を以て感じたはずだ。破面化に成功した虚の強さを」

藍染「だがそれすらも、彼女の本領ではない。今の戦いで、彼女は斬魄刀を解放していなかった」

藍染「彼女はあくまで君を『止めるため』に戦っていたに過ぎない」

ノイトラ「手加減されてた……ってのか、この、俺がッ……!」

藍染「さぞ屈辱に感じることだろう。君のような戦士にとって、戦いで情けをかけられるというのは」

藍染「だが、その結果として君は生き残った。ならばその命、このような所で終わらせず、より洗練された戦いの場で活かしたいとは思わないか?」

淡々と語る藍染

おもむろに、ノイトラが問いかける

ノイトラ「……あんたの下に付いて、破面化して、さらに強くなったとして」

ノイトラ「俺が戦いてェ相手と、自由に戦う権利って奴は、与えられんのか?」

ネリエル「……」

何かを言おうとして、結局は黙り込んだまま、ネリエルは藍染を見遣った

藍染「君に、その素質があるならば」フッ

ノイトラ「乗った」


ノイトラ「俺を破面にしてくれ。あんたやそこの女が想像もつかねェ程――強くなってやるよ、必ずなッ……!!」ニィッ

【Ⅵ】

虚夜宮・実験室

東仙「……またヴァストローデは見つからなかったのか」

報告を聴いた東仙は、失望を隠さずそう呟いた

市丸「あらら、今回の遠征調査もあかんかったんですか?」

東仙「……ああ。5か所のコロニーに十刃を派遣したが、いずれも程度の低い虚の集まりに過ぎなかったらしい」

東仙「辛うじて数体のアジューカスを確保できたようだが、それも破面化でどれほど化けるか」

市丸「ま、ヴァストローデがぽんぽん居ったらそらそれで瀞霊廷的には大問題やけどなぁ」

東仙「だが、何としてでも見つけなければならない
   戦力の強化は勿論、崩玉の更なる完成のためにも」

若干の苛立ちを孕ませた語調で語る東仙

東仙「藍染様が創り出した崩玉は、この世界の理を超越した発明だった……それは間違いない」

東仙「だが、およそ完成形とは呼べない代物でもあった」

東仙「幾多の整(プラス)や虚、流魂街の民、果ては死神の魂魄までも削り取り崩玉に与え続けてきたが、未だ完全覚醒には程遠い」

東仙「確かに虚共が自力で破面化を試みていた頃と比べれば、崩玉を使った破面化は圧倒的に効果が高い
   しかしそれも我々の期待するレベルには達していない。失敗したり、些細な強化に止まる結果も多い」

市丸「ほんに、安定して破面化に成功しとるんはヴァストローデだけやなぁ
   アジューカスでもいまいち強くなれへん破面が生まれること多いみたいやし」

東仙「アジューカスとて潤沢ではない以上、破面化に失敗し、無為に使い減らすことはできれば避けたいのだ」

そこで東仙は顔を上げ、市丸の方を向きながら尋ねた

東仙「浦原喜助が隠した崩玉の在処はまだ掴めないのか?」

市丸「いやぁ、それも難儀してるんですわ。ボクかて隊務の合間縫って色々調べとるんやけど」

東仙「あれさえ手に入れば――あれを藍染様の崩玉に吸収させれば、事は遥かに捗ると言うのに」

東仙「平子真子たちの行方も分からない。ヴァストローデの捜索は難航
   おまけに十刃のひとりが勝手な判断で自ら退化……問題ばかりが嵩む」チッ…

市丸「ああ、ザエルアポロのことですかぁ
   何や、『僕の望む進化とは道を誤ってしまったので、一度アジューカスに退化します』やったか、ようわからんこと言うとったなぁ」

東仙「そもそもヴァストローデまで進化できる虚が貴重だというのに、自力で退化する大虚など前例もない!
   まったく、何故科学者という輩は揃いも揃って身勝手で、協調性が無い連中ばかりなのだろうな……」

市丸「あらら、東仙隊長それ、十二番隊長さんのことも含んで言うてはります?」ニヤニヤ

市丸の問いかけには応じず、東仙が腹立たしげに実験室を立ち去ろうとした時

藍染「――そう悲観することはないよ、要」

東仙「!」

市丸「何や、来てはったんですか藍染隊長」

藍染「ああ、今日の隊務はひと段落ついたのでね。少し、崩玉を試したくなった」

東仙「試す……新たな実験ですか? それに、『悲観することはない』とは……?」

薄く笑みをたたえたまま藍染が語る

藍染「ザエルアポロの事例は新たな道標となった」

藍染「自らが望む能力を得るために、あえて霊圧を棄て退化を選ぶ
   そして再び試行を重ねて、より理想に近い形を目指して進化する」

藍染「つまり、本来であればそこで能力が確定してしまっているはずの個体が、別の可能性を追求することによって更なる強化を成し遂げるということだ」

東仙「確定した個体の更なる強化……」

藍染「そう、まさに今の我々が求める進化の形だ
   ギリアンやアジューカスを安定して破面化させるだけでなく、既に破面化した個体をもう一段強化できる可能性」

市丸「確かにそれができたらありがたい話ですけど、そないうまくいくもんですかぁ?」

藍染「既に崩玉には手を加えた。内部霊子は安定しているが、成果を試すためにも検体が必要だ。できればギリアンかアジューカス級のね」

東仙「では、ただちに遠征中の十刃へ指令を――」

虚「報告いたします!」

東仙が言いかけた矢先に、一体の虚が飛び込んできた

虚「虚夜宮付近の岩場にて、大虚の集団を確認!
  帰還途中だった十刃と現在交戦中とのことです!」

市丸「いや~、願ってもないタイミングやなぁ~」ニヤニヤ

藍染「そうだな。すぐ近くまで来ているというのなら話は早い」フッ…

妖しく光る崩玉に照らされ、藍染は不敵に笑った


~~~~

虚圏・岩場

ガンテンバイン「ハァ…ハァ…ぐっ、やるじゃあねぇか!」

そう言って、アフロ頭が特徴的な十刃は目の前の大虚に向かって突っ込んだ

既に帰刃(レスレクシオン)である『龍拳(ドラグラ)』を解放し、全力の状態であるにも関わらず、彼の攻撃は敵を捉えきれない

躱されると同時に鋭い爪で抉られ、ガンテンバインの脇腹から血が噴き出す

ガンテンバイン「ぐぉっ!」

グリムジョー「――微温ィな」

豹のような姿をした大虚は、吐き捨てるように言った

グリムジョー「虚夜宮に向かってる破面を見つけたから、もっと強ぇ奴かと思ったが、とんだ見込み違いだぜ」

ガンテンバイン(こいつ、破面でもねぇのに、俺のパワーとスピードに対応してやがるっ……)

ガンテンバイン「見込み違いかどうか、判断するのはまだ早いんじゃあねぇか!」バッ

両手を前に突き出し、急激に霊圧を高めるガンテンバイン


ガンテンバイン「“ディオス・ルエゴノス・ペルドーネ(主よ 我等を 許し給へ)”!!」


強烈な霊子の奔流がグリムジョーへと放たれる――

――が、それと同時に、グリムジョーの背後から無数の“虚閃”が放たれ、ガンテンバインの攻撃をかき消してしまう

ガンテンバイン「チィッ…またかっ……!」ギリッ

見ると、五体の大虚がグリムジョーを援護するように、こちらの動向を見つめていた

いずれもギリアン、本来であれば個も意思も持たないはずの存在である

ガンテンバイン(さっきからちょくちょくこっちの邪魔をして来やがる……それも連携して。ギリアンの癖に、まるで意思があるみてぇだ!)

グリムジョー「言っとくが、卑怯だ何だって喚くんじゃねぇぞ
        別に俺はコイツらに手出しするよう言ってる訳じゃねぇ、コイツらが勝手にやってることだ」

グリムジョー「俺はイチイチそれに『手出しすんな』とか言う気もねぇし、逆にそれが役立ったからって褒めてやる訳でもねぇ」

ガンテンバイン「ハッ! 言わねぇさ、そんなことは
         相手が何体だろうが所詮は大虚、十刃である俺が遅れを取る訳には――!」


藍染「ほう……ギリアンを従えているのか」

ガンテンバイン「なっ…藍染様っ!?」バッ

不意にその場へ姿を現した藍染を見て、即座に膝をつき頭を垂れるガンテンバイン

グリムジョーと五体のギリアンは、警戒を解かずに藍染を見遣る

グリムジョー「藍染……今までに喰ってきた虚共から聞いた憶えがある名だな。成程、てめぇが虚夜宮の新たな王って奴か」

藍染「私のことを知っているのなら、私が強い虚を仲間に迎えていることも知っているだろうね」フッ…

東仙「見たところ、大きいヴァストローデにも小さいアジューカスにも思えますが……いずれにせよ、霊圧のレベルはそれなりに高いようですね」

藍染「ああ。それに後ろのギリアンたち、あれは――」

グリムジョー「何をごちゃごちゃ言ってやがる。言っとくが、俺はてめぇらの仲間になるつもりなんざサラサラねぇからな――!」

直後、グリムジョーの全身から霊圧が溢れ出したかと思うや否や、凄まじい雄叫びが辺り一面に響き渡った

ガンテンバイン「ぐッ――なんだこりゃ、ただの音圧でこんな衝撃を――!?」ビリビリ

藍染「さて、こう騒がしくては話ができないな」

東仙「ええ、ひどく耳障りです」スチャ…

思わず竦み上がるような雄叫びを上げながら、一直線に藍染たちへ突っ込んでいくグリムジョー

そこへ東仙が刀に手をかけ――


東仙「鳴け 『清虫』」

グリムジョー「!!」

未知の力によって音圧が掻き消され、グリムジョーが驚きの表情を浮かべた

が、攻撃を止めることはなく、鋭い爪を剥き出しにして藍染の首筋に振り下ろす

藍染「血気盛んだな。こちらは戦うつもりなど無いというのに」

グリムジョー「なっ!?」

しかしその一撃は、にわかに藍染の首元へ現れた障壁によって弾かれてしまう

藍染「急所である首の周りに何の防備も施さず、君のような手強い虚と対峙するとでも思ったかい?」ブンッ

グリムジョー「グオォっ……!!」ザシュ!

体勢を崩された所を藍染の刀が一閃、逆にグリムジョーの右肩に裂傷が走る結果となった

藍染「ほう、咄嗟に身体を捻って致命傷を避けたか。やはり君の戦闘センスには目を見張るものがある」

グリムジョー(――抜刀からの反撃動作がまるで見えなかった)

グリムジョー(しかも一撃が重ぇ。コイツ、なまっちょろい見た目の割に、強ぇ……!!)

藍染「だが、わざわざ躱さなくとも問題ないよ。元より急所は外して斬るつもりだったからね」フッ…

グリムジョー「――ほざけっ!!」ギロッ

そこから先は、もはや戦いと呼べるものではなかった

持前の敏捷性と反射神経から繰り出されるグリムジョーの攻撃も防御も、藍染の前では造作もなく破られていった

加勢に入ろうと動くギリアンたちの巨体は素手でいなされ、瞬く間に縛道で無力化される

自分では相手にならなかったグリムジョーが容易く蹴散らされるのを見て、ガンテンバインが感じたのは愉悦でも屈辱でもなく


ただただ、藍染という死神への戦慄だけであった


グリムジョー「チッ…ク、ショウ……!」ゼェゼェ

藍染「そろそろいいかな? これ以上続けては、君を死なせてしまう。潰さないように蟻を踏むのは、力の加減が難しいんだ」

東仙「こいつも縛道で拘束し、虚夜宮へ連れていきますか?」

藍染「いや、ここで崩玉を使うとしよう。一刻も早く、調整した崩玉の力を試したい」

グリムジョー「な、めるな……てめぇらなんざに好き勝手されて……!」ギリッ

満身創痍の状態でも闘志を棄てず、藍染たちを睨みつけ起き上がろうとするグリムジョー

だがその時、動きを封じられたギリアンの一体が、這うように身体を捩じらせて藍染とグリムジョーの間に割って入った

東仙「何?」

グリムジョー「な……何の真似だ、バカがっ……!」

思わず声を荒げるグリムジョーとは反対に、藍染は薄く笑みをたたえながらギリアンを見遣る

藍染「わからないかい? この大虚は、主である君を死なせたくはないらしい」

そう言うと藍染は、崩玉の力を解放し、そのギリアンから仮面を取り去った


「――シャウロン・クーファンと申します。数々の無礼をお許しください、藍染様」


藍染「気に病むことはないよ、シャウロン。こうして我々の同志となる道を選んでくれたのだからね」

グリムジョー「シャウロンてめぇ……!」

シャウロン「受け容れるのだ、グリムジョー」

シャウロン「このお方ならば、我々を更なる高みへと引き上げてくださる
      ヴァストローデへ上り詰めるというかつての野望は潰えたが、破面化はそれに匹敵する躍進だ」

グリムジョー「ふざけんなっ……てめぇらがどこへ付こうが勝手だが、俺は……!」

シャウロン「お前はここで終わるべきではないのだ、グリムジョー!」

グリムジョー「……!」

鋭い語調で言い放つシャウロンに、グリムジョーは押し黙る

シャウロン「お前の力の底は、まだまだ計り知れない。高みへ到達するための機会は、どんなものでも利用すべきだ」

藍染「『かつて我らを喰らった時のように』、か」

シャウロン「……見抜いておられましたか。その通り、我ら五体は彼に身を差し出し、アジューカスから退化しました」

シャウロン「元より、このグリムジョーの強さに心酔し、共に歩むべく選んだ道
      今一度、彼と共に強さの高みを目指せるならば、我らは喜んで貴方に尽くしましょう、藍染様」

気が付けば、他のギリアンたちも一様に、藍染へ頭を下げて佇んでいる

藍染「実に心強いことだ。ならば次は」

グリムジョー「……待て」

東仙「!」

立ち上がり、シャウロンたちを制して一歩踏み出すグリムジョー

グリムジョー「てめぇらが、俺を差し置いてサッサと破面になっていきやがるのを……黙って見てられるかよ」キッ

東仙「それは、自ら進んで藍染様に忠誠を誓うということか?」

グリムジョー「……ああ」

素っ気なく返すグリムジョーに不信感を抱いたのか、東仙の顔つきが険しくなる

しかし、さらに追及しようとする東仙に先んじて、藍染が崩玉を手に語り掛けた

藍染「君たちに、更なる力を与えよう。虚と死神の魂魄境界を超えた存在への導きを」


藍染「その力を物にし、どこまで己を高められるか――私に示せ」ニヤリ


~~~~

グリムジョー・ジャガージャック

シャウロン・クーファン

エドラド・リオネス

イールフォルト・グランツ

ナキーム・グリンディーナ

ディ・ロイ・リンカー


ギリアンを含む6体の大虚は、いずれも人型に近い形での破面化に成功した

研究成果を確信した藍染たちは、配下の大虚や破面たちを再度招集し、強化を施していった

十刃でも十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)でもない破面たちには、新たに力を施された順に数字が与えられ、管理される

かくして、虚夜宮の兵力はさらに強大なものとなっていく――

【Ⅲ】

虚夜宮・玉座の間

藍染「ようこそ、虚夜宮へ。新たな同胞の誕生を祝福しよう」

ハリベル「――はい」

仮面を剥がれ、破面として覚醒したヴァストローデ、ティア・ハリベルは、静かに膝を付き頭を垂れた

藍染「思った通りだ。君の霊圧は破面化によってさらに研ぎ澄まされた
   君ほどの実力ならば、No.11以下の数字を与えることなく、直接十刃へ選抜すべきだろう」

ハリベル「十刃……虚夜宮における精鋭部隊、と聞いています」

藍染「その認識で構わないよ。ちょうど第3(トレス)の座に空白が出来た所でね、君にはそこへ入ってもらうとしよう」

ハリベル「感謝いたします」

藍染「君と共に居たアジューカスたちも順次破面化していくつもりだ
   実力次第では彼女たちも十刃に選ばれるかもしれないが、そうでなければ君の従属官(フラシオン)にするといい」

藍染「ああ、従属官やこの虚夜宮に関する詳しいことは、追って要から説明がある。今は自宮に入り、休息を取ることだ」

ハリベル「ハッ」

再度頭を下げ、言葉数少なに玉座の間を後にするハリベル

藍染は薄く笑いながらその後ろ姿を眺めている


~~~~

回廊


無言で歩くハリベルを遠目に見ながら、ヒソヒソと話し合う虚たち

虚1「おい、あいつハリベルじゃねぇか……」

虚2「ああ、何でも手強い破面相手に不覚を取った所を、藍染様に助けてもらったらしい……」

虚1「なんだそりゃ、ハリベルも噂ほど大した強さじゃなかったってことかよ……」

虚2「バカを言え! バラガン様の軍隊ですら手を焼いたヴァストローデだぞ……とにかく、下手に関わらん方が身の為だ……」

当のハリベルは、漏れ聞こえてくる言葉にまるで頓着せず、回廊を歩いていく

ハリベル「……」カツ、カツ

ハリベル(……これが、バラガンの支配していたあの廃墟と同じ城か)

ハリベル(虚夜宮を制圧してから、そう年月も経って居ないだろうに……大した辣腕だ)

かつての有様から見違えるほどに造り直された宮殿の様子を見ながら、新たに与えられた棟を目指すハリベル

共にここへ来た大虚――アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの安否に思いを巡らせる

ハリベル(順次破面化すると言っていたな……皆、無事だと良いのだが)

ハリベル(崩玉……あれの力は確かに強大だ。アジューカス級の破面化に失敗するようなことはまずないはず……)

ハリベル(……意図的に、そうさせない限りは)カツ--

そこまで考えた時、通り過ぎかけた扉を振り返って、ハリベルは足を止めた

ハリベル「……?」

近付いてみると、部屋の中から微かに悲鳴が聞こえてくる

メタスタシア「ヒィィ、ま、待って下され! 儂はまだ、戦えるぞぉ……!」

メタスタシア「そもそもが『そういう作り』にされておったんじゃあ……!
       一度は死しても、こうして能力を保持したまま虚圏で霊体が再生されるようにぃ……!」

メタスタシア「あ、藍染様の目論見通り、強い死神の肉体を支配してきた!
       時間はかかるが傷さえ癒せば、これからも藍染様の為に戦える! だからお願いじゃ……!」

メタスタシア「……ヒッ、イギャアァァァ!! やめろ来るな助け」

その直後、部屋の中から霊圧が一つ、消失するのがハリベルにも感じられた

そして扉が開き、中から一人の男が姿を現す


短い黒髪に、やや長めの下睫毛

一見して好青年に思える人物ではあったが――

「おいおい、誰が盗み聞きなんかしてるのかと思って出てきてみりゃ、お前ひょっとしてハリベルか?」


ハリベル「……私の方はお前に覚えなどないが」


「ハッ、だろうな。お前みたいなヴァストローデが、たかがギリアンの霊圧なんざ覚えてるはずもねぇか」

「どうせお前も十刃に選ばれてんだろ? 一応自己紹介しとくか
 第9十刃(ノベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリだ」

ハリベル「……第3十刃ティア・ハリベルだ」

得体のしれない男に対して、警戒を解かず応じるハリベル

ハリベル(十刃……ならばこいつは破面か? だが仮面の名残がない、それにこの霊圧は破面というよりむしろ……)

アーロニーロ「そう睨むなよ。俺なんて所詮、十刃の最下層にしがみつくのがやっとだ
       バラガンと散々対立してきたお前のような奴に、警戒される謂われはねぇさ」

ハリベル「……察するに、お前はバラガンの配下だった大虚らしいな。だが、今のお前からは死神の霊圧を強く感じる」

アーロニーロ「そいつは何より。うまく取り込めたみてぇでよかったぜ。メタスタシアも今頃報われてるだろうよ」ニヤニヤ

俺の中でな――

朗らかな容姿に反して、そこはかとなく邪悪な気配を漂わせながら、アーロニーロは笑った

ハリベル「……成程、破面化によって顕現したお前の能力によるもの、ということか」

アーロニーロ「ま、そんなところだ。それにしても、入って早々第3十刃とは流石ヴァストローデだな
        ノイトラやザエルアポロに目を付けられねぇよう、せいぜい身の振り方に気をつけることだ」クックッ…

東仙「――無駄話はその位にしておけ、アーロニーロ」

ハリベル「……」チラッ

おもむろにアーロニーロの背後から声が聞こえ、ハリベルがそちらを見遣る

アーロニーロ「おっと、これは失礼、統括官サマ。それじゃ、もう少しこいつの身体と記憶を馴染ませるとしますよ」サッ

自分に続いて部屋から出てきた東仙に一礼し、アーロニーロはその場を後にした

東仙「ちょうどいい、ハリベル。これからお前に虚夜宮での規律を伝える予定だった、中へ入れ」

ハリベル「はい」


~~~~

虚夜宮・第3の宮


目を瞑りながら椅子に腰かけ、思索にふけるハリベル

つい先ほど交わされた、東仙との会話を思い出す


東仙『――説明は以上だ。何か質問はあるか?』

ハリベル『……ひとつあります。前任の第3十刃は、十刃落ち――3ケタ(トレス・シフラス)へ落とされたのですか?』

東仙『……ここで隠してもいずれ耳に入るだろう。先代の第3十刃は、同じ十刃による奇襲を受け、虚夜宮を放逐された』

ハリベル『十刃同士の私闘は、禁じられてはいないのですか?』

東仙『当然許可されてはいない。その件は完全な独断行為だったのだ』

ハリベル『奇襲をしかけた十刃への処罰は?』

東仙『…………最終的には、藍染様がご判断なされた』


ハリベル(一見、秩序だって統一されているように見えるこの虚夜宮の……これが実態か)

ハリベル(宮殿を造り直し、序列や従属官といったシステムを定めてまとめられたように見えて、その内実はバラガンの支配よりも更に性質が悪い)

ハリベル(少なくとも奴の軍隊は、奴の命令がなければ勝手な真似はできなかった……しかし今は、厳しく管理されているようで事実上の放任が罷り通っている)

ハリベル(恐らくは、トップに立つ者のほんの気まぐれによって――)

その時、部屋の外から声が近付いてきた

アパッチ「――おい、この宮でホントに合ってんのか?」

ミラ「アンタ、第3の宮にお入りになられたって話聞いてなかったのか? それとももう忘れちまったかww」

アパッチ「ンだとてめェ! ぶっ飛ばされてェのかミラ・ローズ!!」

ミラ「ハッ! ちょうどいいやこっちもそうしたいと思ってたんだ!
   覚えたての“帰刃”って奴で、手始めにアンタから始末してやるよ!」

スンスン「うまいこと共倒れして下さいな。その方が世の為になりますわ」

アパッチ・ミラ」「「スンスンてめェ!!」」

ハリベル「……フッ」

喧騒を聞き、それまで張りつめていたハリベルの気配が、初めて緩んだ

ゆっくりと椅子から立ち上がり、扉に向かって歩いていく

ハリベル(何かを成す為には、相応の犠牲が伴う――使い古された言葉だ)カツ、カツ

ハリベル(本音を言えば、犠牲など、伴わなければそれに越したことはない)カツ、カツ

ハリベル(それでも、犠牲を伴わなければ何かを守ることすらできないと言うのならば――)カツ…

扉を開けるハリベル

人型を保ったまま破面化した三人の仲間を見て、いつも通りの静かな口調で言った


ハリベル「……これからも、よろしく頼む。アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン」


~~~~

玉座の間

藍染「――そうか。メタスタシアは想定通りの結果を示したか」

東仙「はい。死神の肉体に寄生し、死してなお消滅することなく再構成される虚、という試みは成功と言えるでしょう」

市丸「それやったら次はいよいよ、『ホワイト』の調整ですか?」ニヤニヤ

藍染「ああ、そうだな――時に要、ハリベルの様子は、君から見てどうだった?」

東仙「……はい。率直に申し上げますとハリベルは、本心では藍染様に不信感を抱いています」

藍染「フッ、だろうな。そもそも、彼女たちの根城を襲撃した破面が我々の手の者であることぐらいは、とっくに気付いているだろう」

市丸「そらまぁそやろなぁ。ヴァストローデを追い詰めるような破面が、崩玉の力も借りんと生まれるもんでもないやろうし」

藍染「ああ。そして、件の破面が急激に力を高めた反面、すぐに自滅する程度の代物だったことまで、想像はついているはずだ」

藍染「あの程度の虚をヴァストローデに匹敵するレベルまで容易く強化できるのなら、この虚夜宮の破面の水準は現状より遥かに高くなっていて然るべきだからね」

東仙「ハリベルは虚としては珍しく、慈悲の心を持ちます。それこそネリエルに近い
   己を引き込むためだけに、配下の破面を歪に強化し、軽々しく自作自演の捨て駒に使うやり方に反感を抱くのは必然かと」

市丸「けど、今のところは表立って反発しとる様子はないんでしょう?」

東仙「表面上は、な」

藍染「たとえ仕組まれたものであったにせよ、彼女自身の力では部下も自分も守れなかったのは紛れもない事実だからね」

藍染「進化の末に、他の魂魄を犠牲にすることを厭い、自ら虚の捕食を禁じるようになった変わり種の虚
   だがヴァストローデ級であっても、その尊い精神だけでは、この虚圏を生き延びるには足りなかった」

市丸「あらら、まーた意地悪いこと言わはりますわぁ」

東仙「思惑はどうあれ、虚夜宮の支配下に加わったことで、破面化というより強い自衛の力を奴らは得たのだ
   内心でどう思っていようと、ひとまずは我々に従い、それを覆すような真似はすることもないだろうが……」

藍染「『犠牲』を伴わずに生き延びる術を絶たれたハリベルには、部下たちを庇護するためにも、私に忠誠を誓う道しか残されていなかったのだろう」


藍染「自分自身を――その矜持を『犠牲』とすることによってね」

【Ⅰ】

スターク「俺が……♯1(プリメーラ)?」

スタークは思わず聞き返した

虚夜宮内にざわめきが起こる

藍染「ああ。君の力を正当に評価した上での判断だ。不満かな?」

スターク「いや、不満も何も……」

困惑し周囲を見遣るスターク

数字持ち(ヌメロス)や破面もどきたちがどよめく中、その場に居合わせた他の十刃の様子を窺う

幸いにも十刃のほとんどはヴァストローデ探索に出ており、グリムジョーやノイトラといった好戦的な面子が不在ではあった

この場に残留しているハリベルも、藍染の決定に対し異を唱える気配はない

スターク「それがあるとすりゃ俺じゃなくて」チラッ


ただひとり、表面上はいつもの渋面と変わりないバラガンを除いて


スターク(絶対怒ってるだろアレ……)

【Ⅱ】

藍染「成程、どうやらこの判断に納得しがたい者も居るようだ――そうだろう? バラガン」チラッ

バラガン「……愚問じゃな」ギロッ

ざわめきが一瞬で静まった

彼の従属官はおろか、それ以外の者たちも固唾を飲む

バラガン「此奴を十刃の頭に据えるということは、此奴が他の十刃よりも強いということになる」

藍染「ああ」

バラガン「……いつもの悪ふざけで言っとるわけじゃアないようだな」ギロッ

スターク(だから俺を睨むなっての……!)

気まずそうに視線を逸らす相方を尻目に、リリネットが傍らから口を出した

リリネット「納得いかないなら、戦ってみりゃいーじゃん」

スターク「ちょっ、バッ、おまっ……!」

バラガン「……」ギロッ

リリネット「だってそうでしょ? 藍染様はスタークが1番に相応しいって言ってるんだし、それが不満なら実際に戦って確かめるしかないっしょ」

スターク「いい加減にしろっ! あー、えーっとその、せっかくの話ですけど俺にゃ荷が勝ちすぎて――」

藍染「成程、それはいい案だ、リリネット」

スターク「はいっ!?」

素っ頓狂な声を挙げるスターク

他の虚たちの間にも、再度どよめきが漏れる

藍染「彼女の言う通りだ。スタークの力量を認められないと言うならば、直接戦ってそれを見極めればいい」

藍染「不満はあるかな、バラガン?」フッ

バラガン「フンッ!」

渋面を崩すことなく、吐き捨てるようにバラガンは言った

バラガン「よかろう……“大帝”の理(ことわり)に此奴がどこまで抗えるか、直々に見定めてやるとしよう」

スターク(冗談だろオイ……)

スターク「……勘弁してくれよ、ほんと」

【Ⅰ】【Ⅱ】

虚夜宮外部・白砂の丘陵


相対する二人のヴァストローデ級破面

空前の対決となるこの勝負に立ち会う者は、しかしながらほんの数人に留まった

藍染、東仙、市丸、そしてハリベル

それ以外の破面達は、バラガンやハリベルの従属官も含めて、総員虚夜宮内にて待機命令を出されていた


無論それは、戦闘の余波に巻き込まれ、無為に命を落とす者を出さないために他ならない


バラガン「……」

スターク「……どうしてこんなことになっちまったんだよ、ったく」ガリガリ

うんざりした様子で頭を掻くスターク

その脛を、傍らのリリネットが蹴りつける

スターク「あいたっ! ちょっ、てめぇリリネット!」

リリネット「なにボケーっとしてんのさ!? しっかり戦って、あんたは出来る破面だって所を藍染様に見せなきゃだろ!」

スターク「ふざけんな! 元はと言えばお前が――」


バラガン「……茶番はその位にしておけ、小僧」ゴッ…!


スターク・リリネット「!!」

バラガンから溢れ出る異様なまでの重々しい霊圧に、スターク達は息を飲む

バラガン「確かに貴様の霊圧濃度も相当のもんじ。並の虚や大虚風情じゃア、貴様の傍に居るだけで消滅するという話も眉唾じゃアないようだ」ゴゴゴ…

バラガン「じゃがな小僧、所詮貴様は、己の有する霊圧ひとつ満足に制御できん未熟者に過ぎん」ゴゴゴ…!

バラガン「儂が示してやろう……真に力を操り、それを以てすべてを支配する神の如き在り様をな」ゴゴゴゴゴ…!!

スターク「……今更ぼやいても、もうどうしようもねぇ状況だなこりゃ」フゥ…

そう溜め息を吐くと、スタークは藍染達の方を見遣った

スターク「基本は好きに戦って良し。ヤバくなったらそっちで止めてくれる――ざっくりしたルールでいいんスよね?」チラッ

東仙「ああ。勝敗が決したと判断すれば、即座に戦闘を中断させる」

バラガン「相手を殺してしまっても、処罰の対象にはならんのじゃったな?」ギロッ

藍染「確かに君達は共に無二の戦力だが、もしここで果てるようならば、それも仕方のないことだ」ニヤリ

バラガン「良し……ということじゃ、小僧。まずは、貴様から来い」

スターク「……ったく」

ポケットに手を突っ込んだまま、うんざりした様子で呟くスターク


直後、彼の前方に霊子の奔流が集まる

スターク「 “虚 閃 ”」

東仙「!」

市丸「ひゃあ、構えなしですかぁ」

予備動作もなく一瞬で放たれた“虚閃”は、しかしながらバラガンの身体を射抜くには至らなかった

スターク「何っ……!?」

バラガン「……どうした?」

スターク「……! リリネットっ!!」ダッ

いつの間にかすぐ目の前まで迫っていたバラガンに対し、傍で驚くリリネットを抱えて距離を取るスターク

リリネット「うぉっ!? い、今なにが……!?」シロクロ

スターク「知るかよ――ったく!」ヒュンッ

スターク(着弾の直前から急激に“虚閃”の速度が遅くなった……しかも今の移動、“響転(ソニード)”じゃねぇ!)

バラガン「儂は『貴様から来い』と言ったはずじゃ……とっとと帰刃せんか、蟻風情が」ギロリ

追撃をしかけてくる様子もないバラガンから視線を離さず、スタークはリリネットの頭に手を置きながら言った

スターク「――やるしかねぇみてーだ。行くぞ、リリネット」ポン

リリネット「…! うんっ…!」ギュッ


スターク「蹴散らせ、『 群 狼(ロスロボス)』」

ハリベル「……これが奴の帰刃」

東仙「刀剣ではなく『もう一体の破面』として自らの能力を分離し、解放時にそれを統合する――聞いてはいましたが、やはり面妖なものですね」

藍染「さて、ここからが本番だ」フッ…

バラガン「ほう……なかなかの霊圧じゃな。これならば、儂が相手をしてやる甲斐もありそうじゃわい」ズッ…

スターク「そりゃどーも……!」スチャッ

呟くと同時に、両手に構えた拳銃からタメ無しの“虚閃”が放たれた

バラガンは手元に巨斧を出現させ、その“虚閃”を打ち払う

バラガン「威力も弾速も上がっておるな。上出来じゃ――」ゴッ…!

斧の中心にあつらえた瞳が妖しく光る――


バラガン「――朽ちろ、『 髑 髏 大 帝(アロガンテ) 』」

直後、バラガンの身体を漆黒の霊圧が覆い隠した

スターク「……!」カチャッ

間髪入れずスタークが“虚閃”を乱射する

放たれた“虚閃”は黒い霊圧に吸い込まれるも、標的を撃ち抜いた気配はない

スターク「チッ、やっぱ効かね……ってぇ、なんだありゃぁっ!?」

バラガン「――何を呆けておる」ゴォ…!


霊圧の余波が立ち消え、暗闇からバラガンが姿を現した

黒衣に身を包み、輝かしい黄金色の王冠を戴いた白骨の怪人

全身から溢れ出す禍々しい霊圧がその場を支配する


東仙「……“大帝”バラガン・ルイゼンバーン」

市丸「相変わらずおっかないわぁ」

リリネット『うわっ…想像してたよりヤバそうかも…』

スターク「だから、誰のせいだと思ってんだよ……!」

銃形態のまま呟く相方に、冷や汗交じりで返すスターク

バラガン「フン…」

大帝が、霊子の足場から砂礫の大地に降り立つ

バラガン「あのまま貴様を見下ろしておるのも一興じゃが、仮にもこの儂に挑む気概がある愚か者だからなァ
     気まぐれに、地に伏す貴様と同じ水準で、貴様を屠ってやるとしようじゃアないか……」

同じ大地に立ってなお、黒く荘厳なその姿はスタークを圧倒する

バラガン「さて、どこまで悪足掻きができるか、見せてみろ小僧――」ゴォッ…!

言い放つと同時に、バラガンの周囲から瘴気が放たれた


バラガン「――『 死 の 息 吹(レスピラ)』」


スターク「!!」カチャッ

立て続けに“虚閃”を撃つスターク

しかしそれらはバラガンに届くことなく、『死の息吹』に触れた部分から霊圧が雲散霧消してしまう

スターク「霊圧を無効化――なんて生っちょろいレベルじゃねーなこりゃ!
     アレに触れた部分からそこらの瓦礫や木も風化してやがる。劣化現象か何かか!」

バラガン「左様……儂が司るは“老い”よ。あらゆる生命も無機物も、時の移ろいと共にいずれは朽ち果てる」

スターク「おいおいこんなヤベー能力想定してなかったぞ! てめぇリリネット! 後で覚悟しとけよ……!」

冷や汗を垂らしつつ悪態を吐くと、スタークは2丁拳銃を同時に構え、迫りくる『死の息吹』に向け引き鉄を引いた


スターク「『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』――!」ゴォッ…!

次の瞬間、ありえない量の“虚閃”が同時に放たれた

一発一発が桁外れの威力を持つ霊子の奔流を、「引き鉄を引く」というわずかな動作一つで大量に射撃する

スタークに宿る並外れた霊圧が、そのまま敵を掻き消す暴力へと昇華された技であった――

市丸「ひゃあ、何やあれ。あんなん反則ちゃいます?」

藍染「本来であれば正に一騎当千と呼べる力ではある。だが――」

バラガン「――無駄じゃ」

無数の“虚閃”は、一撃たりともバラガンに届くことはなかった

凄まじい威力と範囲で放たれた『無限装弾虚閃』は、その悉くが『死の息吹』を突破できず、逆に浸蝕され立ち消えていく

バラガン「“老い”から逃れられぬのは、霊子霊圧の類とて同じよ」

バラガン「『無限装弾虚閃』と言ったか。“ひとつの虚閃を永久に保ちながら撃ち続ける”のならいざ知らず、所詮は“単発の虚閃を連射し続ける”だけに過ぎぬ」

バラガン「前者ならば老化し霧散した端から同量の霊圧を流し続けることで『死の息吹』に拮抗し得ることもあろうがなァ……
      後者は瘴気に触れた先から“虚閃”が崩れ飲まれるのが関の山よ。すぐさま後発の“虚閃”を同じ箇所に撃ったとて、そこにタイムラグは生じる」

藍染「――そしてその間に、瘴気はスタークへと着実に迫っていくだろう」

バラガン「貴様のその技が本当に“虚閃”を無限に撃ち続けられるのかは知らんが、仮にそうだったところで無駄な足掻きにほかならんわ」

スターク「――チッ、成程な。アンタ相手じゃ『無限装弾虚閃』も、ただの時間稼ぎにしかならねぇってことか!」ヒュンッ

呟くと同時に、スタークの姿が消える

“響転”を使い一瞬でバラガンの上空を取ったスタークは、2丁拳銃に膨大な霊圧を込め、特大の一撃を解き放った


スターク「“ 王 虚 の 閃 光(グラン・レイ・セロ) ”――!!」


ただでさえ濃密な彼の霊圧が帰刃によって研ぎ澄まされ、十刃のみに許された最強の“虚閃”としてバラガンに覆いかぶさる――!


バラガン「くだらん」


――だがその一撃は、バラガンの頭上を覆うようにして広がった『死の息吹』が障壁となり、またしても届くことはなかった

スターク「!?」

バラガン「『死の息吹』という言葉に何を思い違いしたのか知らんがのォ、この息吹は正面にしか放てんわけじゃアない」

バラガン「『霊圧を保ち続けたままひとつの虚閃を放ち続ければ』という儂の言葉に活路を見出したのじゃろうが、浅知恵よ
      貴様が“虚閃”の乱射を止め、特大の一撃を背後か頭上から放ってくることなんぞ、火を見るよりも明らかじゃったわい」

バラガン「確かに今放っとる“王虚の閃光”は見事な威力じゃ。我が“老い”の力でも浸蝕しきれぬ程になァ」

バラガン「じゃが、流石にこれを無限に撃ち続けられるわけでもあるまい? いずれは霊圧が減衰し、消失するのだろう?」

事実、“王虚の閃光”を放つスタークには、徐々に疲労が蓄積していっている

スターク「……チクショウが、そこまでお見通しかよ」

バラガン「貴様自身が言った通り、何もかもが時間稼ぎ……時間の無駄じゃ
     “老い”を支配するこの儂を相手に時間稼ぎなぞ、まさしく天に唾するに等しい愚行よ」

重々しくそう語り、哀れとばかりに首を振るバラガン


次の瞬間、砂の下から現れた無数の狼たちが、バラガンの脚に食らいついた


バラガン「――!?」

そして触れると同時に、狼たちの身体が破裂し“虚閃”級の破壊力となって連鎖爆発していく

東仙「これはっ……!」

市丸「何やぁこれ」

ハリベル「……狼を模した“虚閃”? いや……」

スターク「……“虚閃”なんかじゃねーよ。こいつらは“俺の魂の分身(スターク)”だ」ボソッ

地面に降り立ち、爆風と砂埃を見遣りながらスタークが言う

スターク「あんまりにもおっかねぇ能力なんでビビっちまってたがな……妙だと思う点もあったんだ
      触れたもの全てを老化させるってんなら、どうして使い手自身は無事で居られるんだ、ってよ」

スターク「確かに瘴気はアンタの指先や体表から直に出てるわけじゃねーが、それでも制御できなきゃ揺らいだ瘴気が自分の身体に触れる危険だってあるハズだ」

スターク「なら、アンタの体表……それが数センチの距離なのか数ミリなのかは知らねーが、アンタ自身の能力を防ぐ力も同時に張ってるんじゃねーか?」

スターク「そしてもうひとつ、アンタは俺の為にわざわざ地面に降りてきてくれたが、アンタの立つ足元の砂礫には『死の息吹』が影響していなかった」

トン、と、自分の足元に転がっていた瓦礫の破片を蹴るスターク

スターク「パッと見は砂粒だらけだが、よく見りゃこの辺りの砂にはちょいちょい小石程度の塊も混ざってやがる
      もし『死の息吹』ってやつがアンタの全身から無条件で放たれるような全方位攻撃なら、足元の砂礫や石ころだって風化するだろ」

スターク「念のため上から不意打ちしてみたが、アンタは既にこっちの動きを読んでたからアッサリ対処されちまった……
      逆に言やぁアンタの能力はオートでアンタを守れる類のもんじゃなく、アンタの意思で制御し操るタイプってわけだ」

スターク(確かに、アンタほどの霊圧の使い手からすりゃ、俺なんかは自分の霊圧も抑えられねぇ未熟者だろうさ)

かつて、共に寄り添いながら暮らし、散っていった虚仲間たちのことが、脳裏をかすめた

スターク「……だから、『無限装弾虚閃』の合間に狼たちを何体か地中に潜らせた
      まだ『死の息吹』が及んでいない足元から、『死の息吹』が放たれる前に脚へ噛み付かせた――って、マジかよ!?」ハッ!

驚愕を露わにするスタークの視線の先で、爆風の余波が消えた

バラガン「…………やってくれたのォ、野良犬が」

いつの間にやら出現させた漆黒の巨斧を支えにして、バラガンがスタークに向き直る

見れば両脚に痛々しい罅や部分的な損壊こそあれど、なおもその霊圧は弱まることなく、臨戦態勢を崩していない

スターク「オイオイ嘘だろ……攻防一体のあんなやべー能力持ってる分、本体の鋼皮(イエロ)はそんなでもねーって踏んだのによ……!」

素の霊体もメチャクチャ頑丈じゃねーか――そう内心で毒吐きつつ、必死に次の手を考えるスターク


だが、彼の焦燥はすぐに杞憂となった


藍染「そこまで、としておこうか」

バラガン「……」ギロッ

スターク「藍染様……!?」

バラガン「……何の冗談じゃ?」

全身から凄まじい怒気を放ちながら、髑髏の大帝が言葉を発する

藍染「今のスタークの攻撃は、完全に君の予測を超えていた。無敵に近い能力を持つ君でさえ、不覚を取るほどに」

藍染「“かつて”虚圏の神として長らく君臨してきた君にこれほどの痛手を負わせられるという時点で、彼の実力は十分に証明されたと言っていい」

バラガン「ふざけるな……たかが野良犬に噛み付かれた程度で痛手等と……片腹痛いわっ……!」

藍染「あってはならないのだよ、君程の破面が野良犬風情に噛み付かれる等ね」

バラガン「……!」

一層怒気を強める大帝に対し、藍染は薄く微笑みながらも決然と言い放った

藍染「スタークが全霊で君を討とうとしていれば、油断しきっていた君の全身を一瞬で覆うほどの素早さと物量で以て、狼たちをけしかけることはできた」

藍染「彼がそれをしなかったのは、君の命までもは奪う意図が無かったからだ。無論、易々と君に討たれるつもりもなかっただろう」

藍染「傲りを宿したままスタークを滅ぼそうとし、好機があったにも関わらずし損じた君と、己が命は死守せんと覚悟した上でバラガンを“撃退するに留めようとした”彼――勝敗を断じるには申し分ないと思うのだが?」

バラガン「…………」ゴォォ…

緊迫した空気が支配する中、固唾を飲んで状況を見守るスターク

スターク(オイオイ変な持ち上げ方しないでくれよ……! こちとらそんな余裕なんて全然無かったんだっての……!)

バラガン「…………フンッ」

大帝の手元から巨斧が消失する

バラガン「よかろう……どのみち、さして意味もない数字じゃ
      一時、貴様に預けたところで、何も変わりはせんわい」

霊圧を抑え、帰刃を解くと、重々しい足取りで自宮へと戻っていくバラガン

大きく息を吐いて、スタークがその場に座り込む

藍染「見事な戦いだった、スターク。他の同志たちにも見せるべきだったかな」

スターク「勘弁してくださいってホント……いっぱいいっぱいですよ、こっちは」ハァ…

リリネット『やったじゃんスターク! へへっ、やっぱ最高のコンビだね……って痛たたた! ちょっ、そこお尻! や、やめっ!』

スターク「うるせえ! 元はと言えばお前が余計なこと言ったせいだろうが!」ギチギチ

拳銃を何やら弄りながら、相方に文句を垂れるスタークだった

ハリベル「……」


戦いの一部始終を観ていたハリベルは、静かに思案する

ハリベル(……命がけの決闘でありながら、相手の命は奪わない。確かにそれは美徳と言えるだろう)

ハリベル(だが、藍染様がそんなものを評価するとは思えん)

ハリベル(十刃に求められるのは、霊圧の強さとそれに裏打ちされた純粋な殺傷能力のみ)

ハリベル(その点で言えば、確かにスタークは他に引けをとりはしない……かといって、バラガンがそれに劣る等、考えられない判断だ)

ハリベル(……結局のところ、どちらでもいいのだろう、藍染様にとっては)


バラガンが♯1であろうと、スタークが♯1であろうと


ハリベル(だとすればこの戦いに意味は……いや、いい)

ハリベル(あの方に謀られ、仲間共々命を救われ、力を与えられて生き長らえているこの私が、あの方の在り様に異を唱える等……それこそ、片腹痛い無様なのだろうな)


~~~~

戦いを終えて――

自宮へ戻り、ベッドに寝転んだスタークは、胸中で呟いた

スターク(『意味もない数字』か……だろうな、あの大帝サマにとっちゃ、藍染様から授けられた数に価値なんて無えんだろうよ)

スターク(最古参の十刃だってのに、あいつは未だに藍染様へ微塵も忠誠なんざ誓っちゃいねえ
     ただ、いつか藍染様の首を取って、自分が支配者の座に返り咲くまでの雌伏の時ってだけだ)

スターク(バラガンだけじゃねぇ。ノイトラもグリムジョーもザエルアポロも、心底から藍染様に付き従ってる訳じゃなし
     パッと見従順そうなハリベルだって、本心は違うだろうよ……ヤミーやアーロニーロはわかんねぇが)

マジで心酔してるのはゾマリくらいか、と苦笑するスターク

と、そこへ破面体に戻ったリリネットが、スタークの隣へ寝そべってきた

スターク「うぉっと、何だよリリネット。今日はもう疲れたんだ、遊ぶんなら他を――」

リリネット「……ねぇ、スターク。私たち、仲間だよね」ボソッ

スターク「あ?」チラッ

眼を伏せたまま、スタークの服の裾を掴むリリネット

リリネット「私たち十刃は、この虚夜宮の破面たちは、みんな、仲間なんだよね? 『スターク』が、ずっと一緒に居られるような」ギュッ

スターク「――当たり前だろ」

スタークは仰向けになると、自分に寄り添うリリネットの頭にポンと手を置く


スターク「俺たちはその為にここへ来たんだ。たとえ目的はバラバラでも――」


スターク「あいつらは、俺たちの仲間だ。『スターク』はもう、孤独じゃねえ」

【Ⅳ】

虚圏・石英の森


葬討部隊(エクセキアス)とよばれる無数の戦士たちが、辺り一面に横たわっている

その累々と積み上がった髑髏の山を顧みることもなく、一人の破面が通り過ぎていった


何かの弾みで砕けたかのように、歪な割れ目をした仮面の名残

そこから覗く瞳は、どこまでも暗い


ウルキオラ「……」


~~~~

虚夜宮・玉座の間


東仙「――それは確かなのか、ルドボーン?」

ルドボーン「ハッ。唯一生き残り、帰還した髑髏兵団(カラベラス)からの報告です
      尋常でない強さを持った野生の破面を発見し――三個中隊が瞬く間に壊滅したと」

東仙「葬討部隊は元々暗殺や偵察を主とした部隊……ひとりひとりの戦闘力はさほど高くはない、とはいえ」

市丸「いくらなんでもそないな数を秒殺ゆうんは異常やなぁ。正面から斬りかかっていった訳でもないんやろ?」

ルドボーン「無論です。当初は偵察の予定でしたが気付かれた為、戦闘力調査の目的で接敵いたしました」

ルドボーン「しかしあまりの強さに隊は半壊、収集できた情報が少なかったことから追加の部隊を緊急投入いたしましたが、結果は……」

藍染「――実に面白い」

目を瞑って報告を聞いていた藍染が、おもむろに口を開いた

藍染「自力で破面化してその強さということは、元がヴァストローデ級と見ていいだろう」

藍染「スタークのように崩玉で強化すれば、更なる強さへ達する可能性もある。是非とも迎え入れたいものだね」

東仙「それでは私が――」

藍染「いや」

迷いなく名乗り出た東仙を制し、薄く微笑む藍染

藍染「完成しつつある十刃の力を、試す相手にはちょうどいい」


~~~~

虚圏・岩場


ノイトラ「――よォ」ニヤリ

あてもなく歩き続けるウルキオラの前に、巨大な武器を担いだ長身痩躯の破面が立ちはだかる

ウルキオラ「……」

ノイトラ「シカトすんなよ。どこ行く気だァ?」

ウルキオラ「……失せろ」

ノイトラ「おいおいそうカリカリすんなよ、ビビってんのか?」ニヤニヤ

ウルキオラ「……」

ノイトラ「ハッ! 面白くねェ野郎だな。まァ良い――!」ダッ

言うと同時に、得物を振り上げてウルキオラへ突っ込むノイトラ

その細腕からは想像もつかない程の膂力で以て、武器を脳天めがけて叩き込む


だがその一撃は虚しく空を切った

ノイトラ「――あァ!?」

ウルキオラ「失せろと言った筈だ」

背後からの声を聴き、ノイトラは反射的に跳び退った

攻撃を避けきれなかった右腕に裂傷がはしるのを感じると、剣を構えるウルキオラとの距離を直ちに測る

ノイトラ「やるじゃねェか!」ブンッ

ウルキオラ「……硬いな」ヒュンッ

再び“響転”で姿を消すウルキオラ

ロングレンジから攻めるノイトラの間合いを見切り、あえてその内側に飛び込むことで、逆に攻撃を牽制していく

ノイトラ(並の破面の動きじゃねェなッ……葬討部隊如きじゃ相手になんねェハズだぜッ!)

至近距離での斬り合いは不利と判断したノイトラは、一度大きく後方に下がると、ウルキオラに向けて武器を投擲した

難なくそれを躱し距離を詰めるウルキオラだったが、投げつけた武器の柄から伸びるチェーンを強く握るノイトラを見て、咄嗟に側面へ回避行動を取る

引き戻された武器が、先刻までウルキオラの居た地点を斬り払う

奇襲に失敗したノイトラは、掴んだ鎖を振り回して武器を大回転させ、接近を阻みつつ遠距離から攻撃を仕掛けていく

ウルキオラ「……」ジッ

ノイトラ「どうしたァ? この程度でお手上げかよッ!」

薄ら笑いを浮かべながら武器を振り回すノイトラに対し、ウルキオラは一瞬、体勢を低く構えると――


一閃、斬魄刀を鋭く振るっただけで、的確にノイトラの武器から鎖を断ち切った


ノイトラ「!!」

武器が離れ、急に重量が失われた手元の鎖を引っ張る形で、バランスを崩すノイトラ

“響転”で一気に接近したウルキオラの斬撃をモロに受け、ノイトラの肩から袈裟掛けに血飛沫が飛び散った

ノイトラ「テメェ――!!」ギロッ

ウルキオラ「……!」クルッ

しかし追い打ちを仕掛けようとした刹那、ウルキオラは背後から迫る気配に気付き、新手の一撃を剣で受け止める

グリムジョー「チッ、流石に反応がいいな。この状況で俺の攻撃をいなしやがるとはよ――!」ブンッ

ウルキオラ「……何だ、お前は」ブンッ

グリムジョー「破面№6(セスタ)、グリムジョーだ! てめぇをブッ潰しに――グォッ!!」

ウルキオラ「!」

ウルキオラと鍔迫り合いをしていたグリムジョーの脇腹に、ノイトラの強烈な蹴りが叩き込まれた

一方ウルキオラは“響転”で退避し、注意深く“探査神経(ペスキス)”を周囲に巡らせる

ノイトラ「ッざけんなグリムジョー! 横から手ェ出しやがって、ぶっ殺されてェのかッ!?」

グリムジョー「てめぇそりゃこっちのセリフだノイトラ! 勝手に抜け駆けしやがって、挙句追い詰められてちゃ世話ねぇなぁ!」

ノイトラ「俺が追い詰められただ? 笑わせんなッ!」

グリムジョー「じゃあそのザマは何だよ。向こうはてめぇとの殺り合いの最中でも俺の攻撃に反応する余裕があったみたいだぜ?」ニヤリ

ノイトラ「ハッ! 殺り合いの最中に不意討ちかました挙句、まんまと防がれた野郎につべこべ言われる筋合いはねェなッ!」ニヤリ

罵り合いを続ける二体の破面

それを無表情のまま見ていたウルキオラは、不意に後方から微かな霊圧の揺らぎを感じ取り、咄嗟に頭部を腕で庇った


直後、庇った腕に目のような印が浮かび上がる

ゾマリ「ほう、私の攻撃に気付き、即座に反応するとはお見事。ですが――」

帰刃『呪眼僧伽(ブルヘリア)』を解放したゾマリが、勝ち誇った表情で宣言する

ゾマリ「――既に我が“愛(アモール)”は、貴方の身体に刻まれました」ニマァ

次の瞬間、刻印の施された左腕が勝手に動き、ウルキオラ自身の両目を貫こうとした

だがウルキオラは即座に左腕を切り落とすと、足元に“虚弾”を放って土煙を巻き起こし身を隠す

ゾマリ「おやおや、『視ること』が私の能力の発動条件だとも察知されましたか。実に知恵が回る破面だ」ニヤニヤ

ノイトラ「――雑魚は引っ込んでろッ! そいつは俺の獲物だッ!」クワッ

グリムジョー「てめぇの出る幕はねーよゾマリ! 他の連中にもそう言っとけ!」ギロッ

ゾマリ「やれやれ実に嘆かわしい。藍染様より破面化という叡智を授けられたとは思えない野蛮な――」

怒りの形相でこちらを睨むノイトラ達に対し、ゾマリが呆れたように肩を竦めた時


「――鎖 せ、『 黒 翼 大 魔(ムルシエラゴ)』」

土煙の中の霊圧が激変した

と同時に高濃度の霊子で作られた刃・フルゴールがゾマリへ投擲される

ゾマリ「ヌァッ!? ぐ、こんなもの……なっ!?」

初撃を何とか耐え凌いだゾマリが全身の目で捉えたのは、こちらへ向かって飛んでくる無数のフルゴールであった

ゾマリ「ぐぉあぁぁああああぁぁぁぁーーー!!!」

波状攻撃は周辺の大地や岩場にも次々と炸裂し、遂には崩れた地面へゾマリを転落させ生き埋め状態にしてしまう

ウルキオラ「……次から次へと、鬱陶しい」バサッ…

羽ばたき一つで、巻き起こっていた土煙が掻き消された

黒い翼を生やし、新たなフルゴールを手に握ったウルキオラが姿を現す

ウルキオラ「お前達は何だ? 誰の差し金で俺を狙う?」

姿は変われど相変わらず無表情のまま、ウルキオラが振り返る


「 軋れっ、『 豹 王(パンテラ)』!!」

「 祈れッ!『聖 哭 蟷 螂(サンタテレサ)』ッ!!」

二人の十刃がほぼ同時に跳びかかった

先に距離を詰めたのはグリムジョーで、鋭い爪を研ぎ上がらせウルキオラを襲う

フルゴールでそれを受け止めたウルキオラは、自ら切断した左腕を瞬く間に生え変わらせると、そちらにもフルゴールを出現させて二刀による反撃に出る

そこへ、四本の腕に鎌状の得物を握ったノイトラが乱入した

ノイトラ「ハッ! あっさり腕を切ったと思ったら超速再生持ちかよッ!」ブンッ

ウルキオラ「……」サッ

グリムジョー「巻き込まれてぇのかノイトラ! 黙ってすっこんでろ!」ザシュッ

ウルキオラ「……」ブンッ

ノイトラ「テメェがくたばれグリムジョー! まとめて八つ裂きにすんぞッ!」ギロッ

混戦の様相が強くなるにつれ、三人の身体には次々に傷が刻まれていった

その最中、ノイトラの腕が一本肘から斬り落とされるも、切断部から再生するのをウルキオラは見逃さなかった

ウルキオラ(……こいつも超速再生持ちか? だが帰刃以降、腕以外の体表の傷は再生の気配がない……完璧に再生できるのは腕だけらしいな)

ノイトラ(ふざけやがってッ……野良破面の分際で、俺の鋼皮に軽々しく傷をつけんじゃねェ!!)

グリムジョー(クソがっ! 切り裂いても切り裂いても再生しやがる! コイツはノイトラと違って全身の傷を治せんのかよ!?)

思惑が交錯する中、不意にウルキオラが戦線を離れ、近くの丘へ退避した

グリムジョー「逃がすかよっ!」ダッ

持前の敏捷性でノイトラよりも早く動いたグリムジョーは、接近中も肘から鉤を飛ばして攻撃を緩めない

それと相対するウルキオラの指先に、強大な霊圧が収束し始め――

ウルキオラ「……“虚 閃”」ズゥォォンッ

グリムジョー「ハッ、その程度――っ!?」

言いかけた矢先、グリムジョーは我が目を疑った


ウルキオラの指先から放たれたのは、闇のように黒い“虚閃”だったのだ


飛ばし鉤をかき消す程の攻撃が直撃し、撃墜されるグリムジョー

その衝撃による爆風を突き破って投げつけられたノイトラの鎌を、ウルキオラは紙一重で躱す

ノイトラ「よく躱しやがるじゃねェかッ、あァ!?」ギロッ

ノイトラ(今のは間違いなく“黒虚閃(セロ・オスキュロス)”……だがありえねェ、アレは帰刃状態の十刃クラスでようやく出せる技のハズだッ!)

ノイトラ(コイツの霊圧はッ……俺らに匹敵する強さだってのかッ!?)

ノイトラ「――ふざけんのも大概にしろ! 崩玉も使わねェ、ただ破面になった『だけ』のテメェが! 軽々しく“黒虚閃”を使いやがってッ!!」ズゥォォンッ

激昂したノイトラは舌を突き出し、その舌先から同じく“黒虚閃”を放った

ウルキオラも同時に黒い“虚閃”を撃ち、ノイトラの攻撃を相殺する

ウルキオラ「……“黒虚閃”というのか、これは」

自ら放った技でありながら、まるで他人事のように呟く

その直後、地中から振動を感じ取った彼は、翼をはためかせて上空へ舞い上がった


地面を突き破り、巨大な蛸足――『喰虚(グロトネリア)』の触腕が襲い掛かる


足元から迫る触腕をフルゴールの投擲で退けつつ、即座に新たなフルゴールを握って、背後から忍び寄る『邪淫妃(フォルニカラス)』の触手状翼を斬り捨てるウルキオラ


ザエルアポロ「惜しいな、あと少しで『人形芝居(テアトロ・デ・ティテレ)』が完成したのに……追い込みが甘いぞ?」

アーロニーロ「ふざけんじゃねぇ」「君ノ為ニアイツヲ攻撃シタ訳ジャナイヨ」

ウルキオラ「……あと何体出てくる気だ?」

アーロニーロ「君ガ早ク捕マッテクレレバコレ以上増エナイヨ」「さっさと潰れちまえ!」ブンッ

言うや否や、アーロニーロは無数の触腕を地面に突き刺し、巨岩の塊を連続でアーロニーロに投げつけた

それを軽々と躱すウルキオラだったが、岩の後ろからノイトラが4本の刃を振りかぶって突っ込んでくるのを“探査神経”で察知、“黒虚閃”で岩ごとノイトラを撃ち抜く

ノイトラ「グッ――効くかァんなモンがァっ!!」

ウルキオラ「チッ……やはり硬いな」

直撃を受けてなお怯むことなく武器を振り下ろすノイトラと、それを両手のフルゴールで捌くウルキオラ

ノイトラを巻き込むのも構わず、アーロニーロは投石の手を緩めない

ノイトラ「失せろアーロニーロッ!! ちまちま横槍入れやがって鬱陶しいんだよッ!!」ギロッ

ザエルアポロ「霊圧をまとわない、岩石による物理攻撃ならば奴の“探査神経”にかからないとでも?
        浅はかな考えだな。投石なんて大味な攻撃、奴の“響転”なら視認した瞬間に容易く躱せるだろう」

アーロニーロ「そういうてめえは見てるだけか?」「僕ノ『認識同期』デ戦況ハ藍染様ニモ伝ワッテルヨ」

ザエルアポロ「……フン。グズグズしていると『第3以上のお歴々』が戦線投入されて、研究材料を得る機会が失われると?」

不愉快そうに言って、ザエルアポロはウルキオラとノイトラの接戦を観察する

付け入る隙を見出そうとするかのように――

ウルキオラ「……もう一度訊く。お前らは誰の差し金だ?」

ノイトラ「戦闘中にずいぶんと余裕じゃねェかッ、あァ!?」ブンッ

怒鳴りながら斬りつけるノイトラの刃を躱すと、ウルキオラは瞬く間にノイトラの腕2本を斬り落とし、残る2本の攻撃をフルゴールで受け止めた

ノイトラ「舐めんなッ!!」

ウルキオラ「――!」

その直後、更に追加で2本の腕がノイトラの身体から生えたかと思うと、鋭い手刀でウルキオラの脇腹を抉った

ウルキオラ「くっ……」ダッ

吐血しつつも即座に後退するウルキオラ

するとその足元から再度『邪淫妃』の触手状翼が出現した

ウルキオラ「鬱陶しい……」ザシュッ

探査神経でそれを察知していたのか、視線を遣ることすらなく触手を斬り落とす

だが触手は切断されるより早く自発的に破裂し、血のような分泌液をウルキオラの全身に撒き散らしたのだ


そして液体の降りかかった箇所から、ウルキオラを模したクローン体が出現する

ウルキオラ「……!」

未知なる攻撃の連続に対する動揺を見せることなく、出現したばかりのクローンの首を斬り落とすウルキオラ

更に自身の脇腹の傷を再生させつつ飛び上がった所で、今度は勢いよく巻き上げられた波濤と岩石が同時に襲い掛かる

“探査神経”と“響転”を駆使してそれらを躱すも、波濤で削られた岩の破片はウルキオラの左眼に突き刺さった

アーロニーロ「いい加減諦めたらどうだ?」

槍状の斬魄刀『捩花』による水流と、触腕で持ち上げた巨岩を同時に放ちながら、アーロニーロが呼びかける

仮面の奥から聞こえるその声は、先ほどまで彼が発していた2種類の声とは異なるものであった

ウルキオラは即座に眼球を再生し、アーロニーロへ向けて“黒虚閃”を撃つ

アーロニーロは前方に極太の触腕を束ねて盾とし、更にそれを水流の壁で覆って二重に守りを固めたが、“黒虚閃”はあっさりそれを突き破り巨大化した『喰虚』下半身に直撃した

アーロニーロ「ぐぅぁあああぁぁっッ!!?」

衝撃で押し返されるアーロニーロ

そこへノイトラが再びウルキオラへ斬り込む

ノイトラ「余所見してんじゃ無ェっつってんだろーがッ!!」ゴッ

ウルキオラ「……鬱陶しいと、言っている筈だ」ブンッ

――ここまで一連の戦闘を見届けていたザエルアポロは、含み笑いを浮かべていた

ザエルアポロ(予想通りだ。奴の超速再生は万能ではない)

ザエルアポロ(傷口こそ塞いだものの、ノイトラの手刀による内臓へのダメージは隠しきれていない)

ザエルアポロ(そして奴のクローンは頭部を斬り落とされただけで活動を停止した)

ザエルアポロ(一方でアーロニーロに傷つけられた奴自身の眼球は再生できている以上、奴の再生限界はそれ以外の部位――おそらく脳と、臓器)


ザエルアポロ(ならば臓器を直接潰す僕の『人形芝居』さえ決まればこの勝負、幕引きだ――!)ニヤリ

アーロニーロ「ウ、ウゥ……痛イッ……!」「チィッ、あの野郎……!」ユラリ

衝撃の為か、元々の声に戻った状態でアーロニーロが毒吐いた

蛸足状の下半身が、大きく抉られている

アーロニーロ「ノイトラの野郎、手を出すなだ何だとほざいときながら」「オ得意ノ近接戦闘デモ奴ト同レベルジャナイカ」

再び斬り合いを始めたウルキオラとノイトラを見上げ、更に悪態を吐くアーロニーロ

残った触腕を大地に突き刺し、瓦礫の塊を拾い上げようとしたその時

アーロニーロ「「ん?」」

触腕のひとつが球形の何かを掴み、地面から引きずり出した

ゾマリ「……おのれ」

それは崩落の衝撃に耐えたものの、土砂と瓦礫によって生き埋めにされていたゾマリの『守胚姿勢(エル・エンブリオン)』だった

ゾマリ「おのれ……おのれっ……おのれぇッ!」

憎悪に燃えた両の眼を見開き、絞り出すように吐き捨てるゾマリ


ゾマリ「許さぁぁああぁぁん……!!」ギリッ

ノイトラ「ぐおぉッ!! クッ――クソがァッ!!」ギロッ

地面に叩きつけられたノイトラが怒りの形相で宙を睨む

接近戦における攻撃の苛烈さと手数を誇る彼すらも、高度な“探査神経”と“響転”、そして超速再生を備えたウルキオラには致命傷を与えるに至らない

まして敵は防御だけでなく攻撃性能も十分に高く、反撃を受けることによるノイトラのダメージは徐々に蓄積されていた

ウルキオラ「もういい。何一つ答える気がないと言うのなら――黙って此処で死ね」

フルゴールを握りつつ無表情のまま見下ろす

ノイトラ「ハッ! ほざいてろッ! テメェ如きに殺されてたまるかよッ!」ゴゴゴゴ…!

ウルキオラ「また“黒虚閃”か――何?」

突如、ノイトラの構える6本の武器の先端に、尋常でない霊圧が凝縮され始めた

霊圧はどんどん膨れ上がり、“虚閃”はおろか“黒虚閃”すら凌ぐ程の濃度に達しつつある

ノイトラ「いくらテメェでもコイツは使えねェだろ……!」ニィ

ウルキオラ「……」バッ

対抗すべく指先に霊圧を集め“黒虚閃”を放とうとするも、即座に迎撃を諦めその場からの浮上を選択するウルキオラ

ウルキオラ(たとえ俺の“黒虚閃”の方が先に放たれたとしても――あれほどの霊圧の一撃は掻き消せん)

ノイトラ「跡形もなく消し飛びやがれッ!!」ゴォォー


ノイトラ「“ 王 虚 の 閃 光 ”!!!」

十刃のみに許され、その威力故に虚夜宮内での使用を禁じられた最強の“虚閃”

想像を絶する程の霊圧の奔流が、ウルキオラめがけて解き放たれる

ウルキオラ(攻撃範囲が広い――だが躱せる)

あらかじめ回避行動に入っていた彼は、冷静に“王虚の閃光”の範囲外へ脱しようと“響転”を――


アーロニーロ「「“ 王 虚 の 閃 光 ”!!」」


ザエルアポロ「……“ 王 虚 の 閃 光 ”」


ウルキオラ「……っ!」

――使おうとした瞬間、ノイトラの攻撃とは違う方角から、ほんの少しだけタイミングをずらして、二体の十刃が“王虚の閃光”を発動したのだ

間近に迫る三つの攻撃

もはや“探査神経”を巡らせる暇すらなかったウルキオラには、直感的に唯一退避可能と思われる位置へ移動するしか道はなかった


たとえそこに『邪淫妃』の触手状翼が待ち構えていたとしても


ザエルアポロ「――終幕だ」ニマァ

ウルキオラ「……」ジッ

だが、勝利を確信したザエルアポロの笑みは、次の瞬間に凍り付く

ウルキオラ「……“黒虚閃”」ゴォッ

ザエルアポロ「!!」

翼状触手は敵を包み込むことなく、ウルキオラの指先から放たれた攻撃に消し飛ばされた

ザエルアポロ「バカなっ……僕の罠を見越して、撃つのをやめていた“黒虚閃”をいつでも発射できるよう、霊圧を指先にとどめていたのか……!?」

必殺級の威力を持つ大技を放った直後で、三体の十刃は即座に追撃を仕掛けられない

一方、すべての攻撃を躱し、無表情のまま反撃体勢を取るウルキオラ


その“探査神経”が、とうに消えたかに思えた霊圧の急速な上昇を察知する


ウルキオラ「……!!」

見るとウルキオラよりさらに上空、霊子を踏み固めて作り出した見えない足場に、満身創痍の“豹王”が立ちはだかっていた

その両爪は宙を引き裂き、空間に歪みを生じさせている


グリムジョー「――『 豹 王 の 爪 (デスガロン)』」

鉤裂き状に凝縮された霊圧の一撃がウルキオラへと振り下ろされる

“王虚の閃光”に優るとも劣らないその霊圧は、受ければ無事では済まない威力なのが明白であった

ウルキオラ「……無駄だ」

しかし既に窮地を脱している彼は、その卓越した身体能力によって、グリムジョーが放つ必殺の一撃すら容易く回避――


――するのを自ら拒むかのごとく、その体勢を大きく崩すのだった


ウルキオラ「……っ!?」ハッ

間近に迫る『豹王の爪』の霊圧濃度が高すぎて、“探査神経”でも察知しきれなかった攻撃

ウルキオラの両脚と翼に浮かび上がり、出鱈目な方向へとその動作を支配していた“眼”

地面から掘り出され帰還したゾマリが、憤怒の形相でウルキオラを「視ていた」――


ゾマリ「私の“愛”をッ! 受けろッ! 受けろッ!! 受けろォォォォォッ!!!」


完全にバランスを崩し退避の機会を失ったウルキオラは、翼が死角となってゾマリの視線から逃れていた左腕を動かし、グリムジョーに向けて“黒虚閃”を放った

しかしそれは『豹王の爪』を打ち消すには至らず、逆に爪痕はそのまま“黒虚閃”を切り裂いてウルキオラへと到達する――


ウルキオラ「…………くそっ」


~~~~

虚夜宮・玉座の間


バラガン「不甲斐ない連中じゃのォ……たかが野良破面一匹相手に、十刃が半数がかりでこの体たらくか」

『認識同期』による情報伝達により、戦闘の一部始終を知ったバラガンが吐き捨てるように言う

ハリベル「……『たかが野良破面一匹』という言葉で済ませるには強すぎるだろう、あの破面の力は」

バラガン「フン、お前程度の目にはそう映ったかもしれんなァ」

ハリベル「……」

スターク「まぁいいじゃねーか、何はともあれ決着がついたみたいでよ」

バラガン「全く、出撃準備などと言うから何事かと思うたら、結局儂が出るまでもなかったか」

ヤミー「あーあ! 久々に全力で大暴れできるかと思ったのによぉ!! 最初っから俺に行かせてりゃよかったんだぜ藍染さんもよぉ!!」

スターク(おまえらが出張ったら捕獲どころじゃなくなるだろーが)

リリネット「けどほんと強かったねあの破面……もしあいつが崩玉でもっと強くなったら」

藍染「正に望むべくことだ」

玉座に座ったまま、藍染が静かに呟いた

藍染「現時点ですら、No.5以下の十刃たちと互角に渡り合うあの破面」


藍染「崩玉によって更なる力を得ることで、どれほどの境地に達するのか――実に興味深い」

【Epilogo】

虚夜宮・実験広間


東仙「――霊波に異常あり。空間の歪曲を感知しました
   対象、間もなく『反膜の匪(カハ・ネガシオン)』を脱却する見込みです」

藍染「ああ」

市丸「あらら、もう解けてまうんですか。流石はヴァストローデやなぁ」

東仙「あれは本来、十刃相当の霊圧を持つ破面への使用は想定されていない代物だ
   今回の捕獲対象は破面化こそしていないとはいえ、ヴァストローデ級大虚……むしろよく保った方だろう」

市丸「なんせ、捕まえるんにヤミーが本気出さなアカンかった位やからなぁ
   ま、そない強い大虚やからこそ、ボクらがこうして勢揃いしとるワケやけど」

東仙「無駄口はそのくらいにしておけ、市丸――来るぞ」

言うと同時に、刀へ手をかける東仙

藍染は不敵な笑みを浮かべながら、亀裂が走る空間に視線を投げかける


次の瞬間、空間の断裂と同時に、一体のヴァストローデ級大虚が飛び掛かってきた

市丸「――射殺せ『 神 鎗 』」

ヴァストローデ「……っ!」

出現を察知していた市丸の斬魄刀が高速で伸びていき、大虚の喉を刺し貫く

だが、壁に磔にされた大虚の身体から、今度は無数の腕が溢れ出し、藍染たちに向かっていった

すかさず東仙が前へ出る

東仙「『清虫弐式・紅飛蝗』!!」

抜刀と同時に無数の剣閃が刀身から放たれ、迫りくる腕を次々斬り払っていく

ヴァストローデ「……っ、……ッ!」ギロッ

喉を刺され言葉にならない叫びをあげながら、三人の死神を睨みつける大虚

損傷した腕は見る間に再生していくが、続けて東仙が唱えた縛道の六十二『百歩欄干』によって今度は床に縫い付けられてしまう

藍染「超速再生持ちか。霊圧・戦闘力も申し分ない。ヴァストローデの水準に十分達していると言える」

ヴァストローデ「…………ッ!!」カッ!

すると今度は、縫い付けられた掌から床に向けて無数の“虚弾”が放たれた

広間の床にひびが走り、市丸たちの足場が崩れ始める

東仙「何っ!?」グラッ…

市丸「おおっと……!」グラッ…

ヴァストローデ「……!!」ゴォッ

床の崩落によって弱まった縛道を振りほどき、前方へ踏み込む大虚

突き刺さったままの『神鎗』によって喉から脇にかけてが大きく斬り裂かれるのも意に介さず、あえて身を断つことでその拘束から抜け出す道を選んだのだ

寸断されかけた身体を超速再生させつつ、大虚は未だ一歩も動かない藍染へ襲い掛かる


藍染「だが、それだけだ」


次の瞬間、並々ならぬ霊圧が大虚の全身を覆い、その場に押さえ付けた

ヴァストローデ「――!?」

藍染「縛道の九十九・第二番――『卍禁』」

空間から巨大な布が出現し、大虚を雁字搦めにする

藍染「初曲『止繃』――」

布を振りほどこうと暴れる大虚の身体は、さらに降り注ぐ無数の鉄串によって、完全にその場へ縛り付けられた

藍染「――弐曲『百連閂』――」

なおも拘束を脱しようともがく大虚の頭上に、轟音と共に巨影が迫る――

藍染「――終曲『卍禁太封』」

そう呟くと同時に、巨大な石柱が地面へ落下

大虚の姿は、石柱によって完全に圧し潰されてしまった


市丸「ひゃあ~、こらまたえらい大袈裟な捕まえ方ですわぁ」

藍染「永くは保たないだろうが、ひとまず今はこれで事足りるだろう」

東仙「藍染様に縛道の奥義を使わせる程とは……けれど、これでまた十刃が完成に近づきましたね」

藍染「いや、この大虚を十刃に加えるつもりはないよ要」

東仙「なっ……」

驚く東仙に対し、藍染は淡々と語る

藍染「確かにこのヴァストローデは強いが、逆に言えば突出した強みを持ち合わせていない」

藍染「全体的な能力の水準は高いが、それだけならばウルキオラやスタークで既に事足りている」

藍染「故に、彼には十刃とは違う形で、我々の戦いに役立ってもらうとしよう」

市丸「違う形、言わはりますと?」

藍染「改造破面だ」

語る藍染の口元に、微かな笑みが浮かんだ

東仙「改造……メタスタシアや『ホワイト』のようにですか?」

藍染「ああ。“死神の肉体に寄生する虚”と“死神の魂魄をベースとした虚”、いずれも自然には発生し得ない特異性を、意図的に作り上げて完成した虚たちだ」

藍染「それを応用し、今度はこの大虚が破面化した後、我々の意図によってその帰刃を理想的なものへと作り変えてしまおうと思う」

市丸「理想的、ですか」

藍染「具体的に言えば、山本元柳斎の『流刃若火』――我らが最も警戒すべき斬魄刀を、ピンポイントに対策した能力を付与する」

東仙「『流刃若火』を……!?」

藍染「そう驚くことでもないだろう。斬魄刀への対策となる能力の付与は、既にメタスタシアで成功している」

藍染「ヴァストローデとして最低限の戦闘力だけを残し、残る霊圧全てを対『流刃若火』用の帰刃として一点特化させれば、理論上は十分可能だ」

東仙「僭越ながら、藍染様。ヴァストローデ級の大虚や破面に対しては、純粋な能力強化こそ何度も施してきましたが、帰刃そのものに手を加えて成功したケースは未だありません」

東仙「何より、浦原喜助の崩玉を我々の崩玉に取り込ませてまだひと月程度……完全覚醒には凡そ半年近くかかる見込みです」

東仙「流石に、そのレベルの改造を施すとなると、崩玉の完全覚醒を待つ必要があるかと……」

恐る恐るといった体で進言する東仙

そこへ、市丸が薄笑いを浮かべながら口を挟んだ

市丸「あっ……ひょっとして藍染隊長、何やまた企んどることでもあるんちゃいますかぁ?」ニヤニヤ

東仙「?」

藍染「ああ、睡眠状態の崩玉を瞬間的にだけ覚醒させる方法ならば、既に目算は立っている」フッ…

意味深な笑みを浮かべつつ、詳しいことははぐらかす藍染

そこへ、葬討部隊隊長ルドボーンが姿を現す

ルドボーン「お話し中の所、大変失礼いたします。現世へ偵察に送り込んだ破面もどき達が討伐されたとの報告がありました」

東仙「グランドフィッシャーが? 黒崎一護に倒されたか」

ルドボーン「いいえ。報告によれば、黒崎一護と近い霊圧を持つ別の死神に敗れたと」

藍染「成程、志波一心か」

東仙「奴が……ですが、あの男は既に死神としての力を喪失しているはずでは?」

藍染「さて、そもそも彼がどういった原理で力を失ったのかまでは、我々も関知していない事象だ」

藍染「何かしら、状況が変わったということだろう。志波一心か――あるいは、彼の息子を取り巻く状況が」

市丸「それやったら、ますますあの子の様子をきちんと探る必要があるんとちゃいますか?」

東仙「今度は葬討部隊か、霊圧遮断を備えた巨大虚を送り――」

藍染「いや、また返り討ちに遭って情報を得られないという事態は避けたい」

東仙の提案を押しとどめて、藍染はルドボーンに命じる


藍染「ウルキオラを呼んでくれるかい?」


~~~~

虚夜宮・第4の宮


黒腔(ガルガンタ)を開くウルキオラの背中に、声をかける者が居た

ヤミー「おーい、ウルキオラァ! どこ行くんだ?」

ウルキオラ「……お前には関係のないことだ、ヤミー」

ヤミー「そうケチケチすんなよぉ。さっき藍染さんから呼び出されてたろ? 俺も連れてけよ」

ウルキオラ「お前には関係ないと言ってるだろう。これは俺が受けた任務だ」

ウルキオラ「大体お前は、先日ヴァストローデの捕獲任務を終えたばかりだろう」

ウルキオラ「霊圧も、まだ完全には回復していないはずだ。余計な事をせずに大人しく休んでおけ」

ヤミー「固いこと言うなって、なぁウルキオラァ。
     少し霊圧が戻ってきたところでよぉ、ちぃ~っとばかし動きてぇんだよ」

ウルキオラ「……少し回復した程度でこれか
       当分はお前の我儘に付き合わずに済むと思っていたんだがな」カツ…

ヤミー「ヘっ!」ニィッ

微かにうんざりした様子を示しながら、黒腔に足を踏み入れるウルキオラ

ヤミーがその後に続く

ヤミー「あーあ! にしてもよぉ、今になってまだヴァストローデ集めなんざするってことは、いよいよアーロニーロかザエルアポロの野郎辺りが落とされるのかぁ?」

ウルキオラ「さぁな。奴らの特性は破面の中でも特殊だ
      第一期“刃”の生き残りに、一度“3ケタ”に落ちてからの復帰者――それが今更落とされるかは知らん」

ヤミー「ならよぉ、こないだオレが捕まえた奴はいったいどうするんだぁ?」

ウルキオラ「知らんと言ってるだろう。それを俺たちが考える必要などない。藍染様の命令ならば、ただ従うだけだ」

ヤミー「……へいへい」ムスッ

ウルキオラ「言っておくが、今回の任務はある人間の調査だ
       お前が期待しているような大暴れをする命令は下ってないぞ」カツ カツ…

ヤミー「あぁ!? 何だそりゃ、つまんねぇな……お、だがよウルキオラ、もしその調査に邪魔な奴が居たら、ぶっ殺してもいいんだよなぁ?」ノッシ ノッシ

ウルキオラ「その点については特に命令を受けていない……好きにしろ」カツ カツ…

ヤミー「おっしゃ! で、調査する奴ってのは、いったい何なんだぁ?」ノッシ ノッシ

ウルキオラ「…………」カツ カツ…

ウルキオラの脳裏に、藍染から見せられたデータがよぎる


オレンジの髪にブラウンの瞳

大振りの斬魄刀を所持した、死神“代行”の人間――

ウルキオラ「……さあな」カツ カツ…

黒腔を抜け、現世の空に開いた出口へと到達する二体の十刃


全てを映すウルキオラの瞳は、多くの人間が生きる空座町を見下ろす

そして、相も変らぬ無感情さで言い放つのだった


ウルキオラ「俺の目には、取るに足らんゴミに見えたが」



BLEACH SS 【Cronica del Hueco Mundo】

~Fin~

以上で終了です
長らくお付き合いいただきありがとうございました

なお、本SSでは原作漫画、ファンブック、ノベライズ小説で触れられている設定を優先しています
それらで触れられていない設定や要素については、アニメやゲーム作品等も参考にしました

改めまして、最後までお読みいただきありがとうございました
それでは、HTML化依頼を出してきます

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