【鬼滅の刃】プロポーズ【ぎゆしの】 (20)

 外国の言葉で『I love you』という言葉がある。意味は「私はあなたを愛しています」という意味だそうだ。これを初めて聞いた時に、俺は
「こんな言葉、いつ使うのだろう」
と思った。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1585138152

 愛というのは行動で示すものだ。一々言葉にすると途端にそれは安っぽくなってしまう。ところが外国ではわりと頻繁に使われる言葉だと教わったのは御館様からだったか。

「せっかくこうして出会えた私たちだけれど、別れはいつやってくるかわからない。今日かもしれないし、明日かもしれない。実際はもっと先かも知れないけれど、自分の想いはきちんと伝えた方がいいね」

 だって、気持ちを伝えないまま別れてしまうのはあんまりだろう。と続けた御館様の言葉に納得はした。

けれど、それが親愛や友愛ならばともかく、男女の仲となるとやはり俺には言えないな、とそんなことを考えていた自分に御館様は、
「そんな義勇には、こんな言い方もあるんだよ…」
と別の言い方を教えてくださった。

「カアアアーーーッ死亡??胡蝶シノブ死亡??上弦ノ弐ト格闘ノ末死亡ーーーーッ??」

 そんな話を義勇が思い出したのは、こともあろうに最終決戦で、胡蝶しのぶの訃報を聞いた時だった。動揺する炭治郎を叱責しながら、義勇は
(胡蝶は想いを伝えきることができたのだろうか)
と少しだけ考えを巡らせる。

 自分と異なり、人当たりの良かった彼女だ。大切な人も多かっただろう。蝶屋敷の面々にはきちんと別れを告げられたのだろうか。あれだけの器量だ。恋仲の男が居てもおかしくはない。そんな相手がいたのならば、想いを伝えられたのだろうか。

(やめよう)

考えても仕方がないことだ。死んでいった胡蝶の分も、自分は鬼を斬らなければならない。しかしなぜだろう。彼女のことが頭から離れない。心にモヤモヤと雲がかかる。胡蝶に惚れた相手がいようと関係のない話だ。

自分はたしかに、歳下ながら世話をやいてくれる彼女のことを憎からず思っていたけれど、それだけだ。自分が彼女のような努力家に見合うなどと思ったこともない。考えたって仕方なのないことなのだ。このままでは任務に支障が出る。何か別のことを考えなければ…
 そういえば、結局御館様は『I love you』をなんと訳したのだったか…。

「月が綺麗ですね」

 そうだ。確かそんな訳し方があるのだと御館様は教えてくださった。どこぞの文豪が、日本男児はそんなことは言わない。そんなものは『月が綺麗ですね』とでも訳しておけと言ったことが始まりだとか、そんな話をしていたのを覚えている。けれど、俺の脳内に響いたのは御館様の声ではなく、鈴を転がすような胡蝶の声だった。

 あれはたしか、那田蜘蛛山だった。そうか、あの時お前はちゃんと言ってくれたんだな。
 俺でいいのかと、確認することだって今となってはできやしない。俺はあの時なんと答えたのだったか。多分俺のことだから、任務に関係がないと斬り捨ててしまったのだろう。それからも変わらず接してくれた胡蝶の器の大きさに感謝しなければならない。

「炭治郎??」

 目の前に鬼が現れた。どうやら上弦の鬼のようだ。纏っている雰囲気が違う。なぁ、胡蝶。今から返事をしても間に合うだろうか。もうお前は死んでしまったけれど、もしも次の世界で出会えたなら…その時には、俺が鬼なんていない未来を作るから…他でもないお前のために…そうだ、たしかあの言葉に対する返事は…

 それから義勇は力を得る代わりに寿命を削る痣を発現させた。傷は熱した刀で焼いて塞いだ。無惨との戦いでは利腕をもぎ取られてもなお戦った。その姿を見ていた隠曰く

「死のうとしているのかと思った」

とまで言われるほどだった。

それはとっても悲しくて、とても素敵なプロポーズ。

その後…それから何百年も経ったころ…



 今日はキメツ学園の卒業式。高校三年生の私は今日でこの校舎を去ることになる。

「ねぇ、冨岡先生。私卒業しましたよ」
「…知っている」

 友達にも、後輩にも、気持ちは伝えてきた。唯一の心残りと言えば、この恋心だけ。鬼のいないこの世の中ならば想いを伝えられるかとも思っていたが、蓋を開けてみれば私は生徒で彼は教師だった。前世程ではないが、どうやら今世でもこの恋は許されないらしい。いや、これはきっと前世で勝手に諦めた私に対する罰なのだ。

「明日から、私はここには来ませんよ?本当にわかっていますか?」
「…わかっている」

 だから、別れてしまうのが名残惜しくて、こんな夜遅くまで学校に残ってしまうことくらいは許してほしい。少しだけ、これだけ言って前世のように諦めるから…

「それにしても、今日は…『月が綺麗ですね』」

 それは冨岡先生には絶対通じないだろうけれど、いえ通じないからこそ選んだのですが、私の自己満足なのだ。私はきちんとこう言って自分の気持ちにケジメをつけたいだけなのだから。

「胡蝶…」
「はい?」

 どうして呼び止めるのだろう。早く帰って泣きたいのに。貴方の目の前では泣きたくないのに。全くそんなんだから嫌われるんですよ…

「俺は『お前のために[ピーーー]た』ぞ」

「胡蝶…」
「はい?」

 どうして呼び止めるのだろう。早く帰って泣きたいのに。貴方の目の前では泣きたくないのに。全くそんなんだから嫌われるんですよ…

「俺は『お前のために死ねた』ぞ」

「先…生…もしかして…記憶が…?」
「あぁ、俺たちは無惨を倒した。今、この世を平和にするために…だから」
「冨…岡先…生…」
「卒業したんだろう?前みたいに呼んではくれないのか?」
「冨岡さん…」

 こんなことってあるのだろうか。あっていいのだろうか。前世でだって、伝わらないだろうと思って卑怯な告白をした私に、あまつさえそれを今世でも繰り返した私に、こんな幸せがあってもいいのだろうか…こんなのまるでお伽話じゃないか。

それはとっても幸せで、とても素敵なプロポーズ。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom