渋谷凛「バードストライク」 (12)
「ねぇ、プロデューサー。恋、って何か。説明できる?」
イヤホンを外し、空中に言葉を放り投げるように訊ねてみる。
それから数秒の沈黙が流れたあとに、空中からではなく隣から「恋?」と返ってきた。
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「うん、恋」
「それは、あの?」
「どれのことを言ってるのかわからないけど、私が言ってるのは、魚でも、色とかの濃淡でも、来るの命令形でもない、恋」
「……説明、っていうのは?」
話が読めない、といった顔で彼はソファの上で胡坐をかいて、腕を組む。
「ぼんやり考えてたんだけど、わかんなくなって」
「恋が?」
「うん。どういうものなのかな、って」
「誰かを好きになること、なんて単純な話ではないんだよね?」
「うん。言葉の意味を知りたいわけではなくて、漠然と、こう……どういうものなんだろう、と思って」
わけのわからない質問だろうな、と我ながら思う。
けれども、気になってしまったものはどうにもならず、加えて自身の力では解決できそうにないのだから、誰かの知恵を借りるほかなかった。
「とりあえず、現状で凛が抱えてる疑問を教えて欲しいかなぁ。しっかり言語化できなくてもいいから」
「んー。まず思ったのは、どこにあるのかな、っていうのが最初で」
「どこ、ってのは恋っていう存在……っていうか概念? の所在ってこと?」
「うん」
「……たぶん、だけど、下?」
「下?」
「そう。俺たちより、下」
「どういうこと?」
「だって言うだろ。恋に落ちる、とか。溺れる、とか」
「あー。言われてみれば」
「だから、俺たちより下。それも結構」
なるほど、と得心する。
この理屈で言えば、恋とは自分とはそれなりに離れた場所にあるもので、なおかつ下方にあるものなのかもしれない。
「溺れる、ってことはさ、液体で、そこそこ深いんだよね」
私がそう言えば、プロデューサーは「たぶん」と漏らし、「足がつかない」と続けた。
足がつかないくらいの深さで、自分たちよりはるか下にあって、液体。
なんとなく夜の海を思い浮かべて、ああこれは確かに恐ろしいものだ、と思う。
「まとめると、こうだ」
「うん」
「俺たちは飛んでて、何らかの外的要因で、墜落する。その先が、恋」
「うん。私もそれでしっくりきたかも」
「力になれてよかった」
「恋は航空事故だったんだね」
「そう。不測の事態なわけだ」
さてと、と呟いて彼は立ち上がる。
私が「どこ行くの?」と問うと「頭回してたら、甘いもの欲しくなって。ああ、凛のもあるよ。貰い物だけど」と笑う。
「貰い物?」
「うん。鳩サブレ」
「食べるの、久しぶりかも」
「俺も」
彼が紙袋から箱を取り出して、包装をやや雑に剥いていく。
やがて鳩の形をしたビスケットが姿を現して、プロデューサーはそれを「じゃん」と、軽く掲げた。
「そういえば、飛行機ってさ。鳥が一匹当たっただけで、墜落することもあるんだって」
鳩サブレを一羽、手に取って、口へと運ぶ前に何気なく彼へ言葉を投げる。
彼はわかっているのか、わかっていないのか「え? ああ、らしいなぁ」と言った。
おわり
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