少女「お兄、すき」男「そうか」その2 (117)

SS7作目です。

少女「お兄、すき」男「そうか」
少女「お兄、すき」男「そうか」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1567934619/)

の続編となります。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1583942603

ーーー町外れの森ーーー



ザッザッザッ



ザッザッザッ...



「………」





簡素な墓『薬屋姉妹 此処に眠る』





「……」

「………キヒッ」




ーーーーーーー



……………



少女『お兄』



…あぁ、少女か。どうした?遊んで欲しいのか?



少女『……バイバイ』



少女?おい、どこへ…



薬屋『男』



……なんだ。何故そんな顔で見るんだ



薬屋『お前が悪いんだよ』



……………



薬屋『少女が死んだのも』

薬屋『私を殺したのも』

薬屋『全部お前のせいだ』



また、か



薬屋『そうだ。お前のせいで、"また"死んだんだ』



言うな……分かってる……



薬屋『お前は結局何一つ守ることが出来ない』

薬屋『──なぁ、何のために生きているんだ?』



──やめてくれ…!




ーーーーーーー



「──男!」



男(っ!)

男「…女盗賊か」

女盗賊「随分うなされてたみたいだね」

男「気にするな、いつものことだ」

女盗賊「いつものこと、ね」

男「何の用だ?お前の部屋は隣だろう」

女盗賊「あぁ、今すぐここからズラかれるかい?この宿に目を付けられたらしい」

男「む…」



(階下の声)

「──この顔の人物が来なかったか」

宿屋「いや困りますよあなた方。そういうのはお客さんの個人情報でございましてね」

「答えろ。我々は役所の人間だ。この男は国家反逆罪で令状が出ている。従わない場合お前も同罪だ」

宿屋「……確かに、よく似た方ならご案内した気がしますが…」

「どの部屋だ!」



男「これではせっかく考えた偽名も意味がないな」

女盗賊「そんなん言ってる場合?」

男「」バッ

男「すぐにでも発てる」

女盗賊「ウチの部屋の窓が死角になってる。行こう」




ーーー郊外ーーー



サッサッサッ



女盗賊「あーぁ。ったく、夜もおちおち寝れやしないなんて勘弁して欲しいんもんよ。肌に悪い」サッ、サッ

男「肌が荒れたところで気にする玉か?」タッタッ

女盗賊「失礼ね。これでも女の子よっ」

女盗賊「あんたこそ、あれからまともに寝られてないように見えるけど?」

男「…それは昔からだ」

女盗賊「ほー。それで睡眠剤を?」

女盗賊「差し詰め、以前は奥さんと娘さんが頭から離れなかったけど今はそれが薬屋ちゃんと少女になった」

女盗賊「違う?」

男「……放っとけ」

女盗賊「はぁー!ウチはいつまで辛気臭い奴と逃走劇を続けなきゃなんないのかねぇ」

男「なら別行動といくか。面倒がないぞ」

女盗賊「そういうことじゃないっつの!」

女盗賊「!ストップ」ピタッ



「おい居たか?」

「いや、ここで張ってたが人っ子一人通ってねぇ」

「宿を出てから大して経ってないんだろ?なら逃してはないはずだ」

「この包囲網を抜けられる奴なんざいねぇさ。俺はここに居る。お前も持ち場に戻んな」

「おう」

タッタッタッ



女盗賊「……ちくしょう、奴らいつの間にウチらの居場所を」

男「あの程度の兵、容易にのしてしまえるが」

女盗賊「ダメだよ。ありゃ国の正規兵だろ?今でこそ謂れのない罪状で追われてるウチらだけど、奴らに楯ついたら本当にお尋ね者になっちまう」

女盗賊「しょうがない、迂回しよう」ススッ

男「……」スッ



.........





女盗賊「…どこもかしこも追手だらけ」

女盗賊「ウチらそんなに悪いことしたかね?」

男「フッ、この有様だと依頼の報酬金も端から渡す気などなかったように思える」

女盗賊「何も知らない子羊ちゃんでいればこうはなってなかったろうにね 」

男(……ならば、全ての事情を知っていた薬屋はどの道追われる身か)

女盗賊「男」

男「なんだ」

女盗賊「……はぁ」

女盗賊「また、薬屋ちゃん達のこと考えてたろ?」

女盗賊「当ててあげるわ。今のあんた、自分がどうなっても構わないと思ってる。だから奴らへの応対も雑だし、寝ていたとはいえ追手の気配にも気付かない」

女盗賊「むしろ見つかればいいとか考えてないかい?」

男「………」

男「お前も、俺の近くにいない方がいい」

女盗賊「それが答えってわけ?」

女盗賊(どうすればこいつの自責はなくなるのかねぇ…)

女盗賊「…ん?」



町娘「えっと…なんでしょうか…?」

兵1「嬢ちゃんこそこんな夜中にどうしたよ?」ニヤニヤ

町娘「私は父へお薬を…」

兵2「偉い子だなぁ。薬なんて安くないだろう?」

兵3「小遣いやるけぇ…ちょっとばかり俺らに付き合ってくれないかな?」ゲヒ...



女盗賊「うぇ…」

女盗賊「この国はあんな下品な輩まで兵として雇ってんの」

男「……」...スタスタ

女盗賊「お、おい男…!」





町娘「やめて下さい、離して…!」

兵1「ちょっとだけだっつってんだろ?」

兵2「俺たちゃお国の兵隊さんだ。それに逆らうってことが何を意味するか、嬢ちゃんにも分かるよなぁ?」

兵3「うひひ…いい身体して──」



ビシッ! ドンッ! ドスッ!



兵1・2・3「「「」」」ドサッ...

町娘「わ……」

男「汚物に触れた気分だ」

女盗賊「もう!本当後先顧みないんだ…!」

男「顔を見られてはいない。こいつらは職務怠慢でここに寝ていただけだ」

女盗賊「バレなきゃ罪にならないってか。違いないけどさ。…お、こいつら良い身なりしてんじゃん。さては持ち金も…」ゴソゴソ

町娘「……あの」

女盗賊「あぁ、平気?こいつらに何もされなかった?」ガサゴソ

町娘「はいっ、ありがとうございます」

女盗賊「礼ならそっちの無愛想な男に言うんだね」

男「…こんな時間に一人歩きなど、狙われて当然だ。最低限の自己防衛くらいしておくんだな」

町娘「そ、そうですよね…」

女盗賊「あんたが説教垂れるとはねぇ……ま、そういうことだ。早いとこ家戻んなよ」

町娘「あなた方は…?」

女盗賊「ちょっとした事情でね。逃げてるとこなのよ」

男「悠長に立ち話を続けてる余裕はないぞ、女盗賊」

女盗賊「はいはい。じゃあ元気でね」クルリ

町娘「待って下さい!」

町娘「…もし、よろしければ…」




ーーー町娘の宿屋ーーー

町娘「どうぞ」コトッ

女盗賊「ありがとさん」クイッ

女盗賊「…ぷはっ。にしても」

女盗賊「本当に宿屋を経営してるなんてねー」ミマワシ

男「無警戒過ぎだ。躊躇なく出されたものを口にするな」

女盗賊「堅い事言いなさんなって!この子は大丈夫よ!」

女盗賊「美味い茶だよ、飲んでみな?」

男「………」...クイッ

町娘「……」ドキドキ

男「…悪くはない」

町娘「…!お口にあったのなら何よりです」

女盗賊「でも宿って割には客がいないように見えるね」

町娘「それは…実は父と私の二人でここを切り盛りしてるのですが、父が病に伏せってしまいまして…」

女盗賊「あぁ、それでさっき薬の買い出しを」

町娘「はい。お医者様が言うには手術を施せばすぐに治せるそうなのですが、そのようなお金はどこにも…」

町娘「近頃は物価も高くて何をするにもお金が取られていくようです」

女盗賊(そりゃ、戦争を始める軍資金となりゃちょっとやそっとの端金じゃ足りないだろうからね)

町娘「…あなた方は、何故追われているのですか?」

女盗賊「ん?んー、まぁそれは」

男「女盗賊」

女盗賊「…はいはい。言われなくても」

女盗賊「ウチら怪しいもんじゃないんだけどちょっち面倒な連中に目付けられちゃってて」

女盗賊「悪いね、朝には出てくから今夜だけ──」

男「いや、もう出る」

女盗賊「?奴らを出し抜く算段でも思い付いた?」

男「そうではないが、一箇所に留まるのは危険だ」

女盗賊「おいおいおい…」

女盗賊「どう考えてもこの警備の中出て行く方が危ないでしょうに。んな簡単な判断も出来なくなったの?」

町娘「そうですよ!さっきみたいな人達がたくさんいるんですよね?…だったら駄目です、ここに居て下さい…!」

女盗賊(おぅ、思わぬところから援護射撃が)

男「む……」

女盗賊「…巻き込みたくないんだろ?この子を」ボソッ

男「……」


女盗賊「そこで、あんたお得意の論法よ。ウチらが勝手に寝床を拝借しただけ。この子は何も知らなかった…な?」

男「………分かった」

女盗賊「決まり」

女盗賊「そういうわけで、一晩だけ借りてくよ。そん代わしお代は弾むからさ。こんくらいでどう?」ジャラ

町娘「いえ…お金は要りません」

女盗賊「えー?いくらウチでもサービスに対する正当な対価くらい払うのに」

町娘「お金ではなく」ジッ

男「…?」

町娘「あなた方が追われることになった原因が知りたいのです」

女盗賊「…だからそれは──」

町娘「それを知るまで、私ここを動きません」

男「………」

町娘「……」

女盗賊「……いいかい、お嬢さん」ズイッ

女盗賊「ウチらは鬼ごっこをしてるわけじゃないんだ。下手を打てば命を落とす…そういう状況に身を置いてる。あまり深入りするとあんたも同じ目に遭う」

女盗賊「それとも何かい?赤の他人のために命を賭す覚悟があると?」

町娘「あります」

女盗賊「…!」

町娘「……」

女盗賊(……驚いた。この子、震えてすらいない)

女盗賊(それどころか…)

男「もういいだろう。床を借りる。行くぞ、女盗賊」ガタッ

女盗賊「…あぁ、分かった」

町娘「………」グッ...



女盗賊「教えてやろうじゃん」ニシッ



町娘「え…!」

男「は…?おいふざけてる暇は」

女盗賊「まぁまぁ落ち着き?」

女盗賊「冷静に考えてみなよ。事情を知る知らない以前に、こうしてウチらを匿った時点でこの子はアウトだ」

女盗賊「巻き込みたくなかったんなら、さっきの路地で見て見ぬ振りをするべきだったんだろうさ」


男「………」

女盗賊「それに、どうせもうすぐおっ始めんでしょ?当てもなく逃げ回ったところで状況が好転するわけでもあるまいし、ここいらでウチらの身の振り様考えた方がいいかもね」

男「…この娘の居るところでか?」

女盗賊「肝の据わった嬢さんだよ。少なくとも、あんたよりは」

男「……………」

男「勝手にしろ」ストッ

女盗賊「さって!話もまとまったよ!こいつ無駄に意気地のないとこあってさ、ごめんね~」

町娘「そんな、私なんかよりずっとお強いのに…」

女盗賊「あーいいのいいの。そういうのは。これには逆効果だから」

女盗賊「ウチは女盗賊。こっちのは男。これでも傭兵やってんのよ」

町娘「町娘と言います。傭兵さんだったのですね。先程は助けて頂いてありがとうございました」

女盗賊「で、ウチらの事情だったね?どこから話したもんかな…」

町娘「その前に一つ、いいでしょうか…?」

女盗賊「ん?」

町娘「……その……」

女盗賊「どうした?言ってごらんよ」



町娘「……お二人はご夫婦なのですか…?」



男「………?」

女盗賊「」ポカン

町娘「……」ソワソワ

女盗賊「…あっははは!」

女盗賊「いやー!どんな質問が飛び出してくるかと思いきや…くくっ」

女盗賊「冗談はよしてよ、誰がこんなトラブルメーカーと!むしろウチはこいつの面倒事に巻き込まれた側だよ!」

男「自分から首を突っ込んできたんだろうが」

女盗賊「細かいことは気にしなさんな」ヘヘッ

女盗賊「ま、こいつとウチはただの共犯者よ。一緒にいても甘いやり取りなんか一ミリもない」

町娘「そ、そうですか」ホッ

女盗賊(…へぇ?)

町娘「共犯者…」

女盗賊「そ。始まりは大して前でもないんだけど──」



.........





町娘「国が、戦争を…!?」

女盗賊「ウチらはそういう汚い裏側を知っちまったから追われてるってことさ」

女盗賊(さすがに薬屋ちゃんのことは伏せたけど)

町娘「そういえば中央広場で御触れが出てました。自衛強化のため志願兵を募ってるとかで」

女盗賊「露骨だね」

町娘「この頃事件が多かったじゃないですか。人を襲う動物に、盗賊団に…皆それらの影響だと言っていましたが…」

女盗賊「表向きはそういうことにしたいのよ。あんな連中でも兵になれんのは予想外だけど、それだけ軍備増強が火急なんだろうね」

女盗賊(とはいえ、あの肉体強化薬だかなんかがあれば少数でも十分な戦力になりそうなもんだけど)

町娘「戦争なんて…痛くて苦しいだけなのに」

女盗賊「経験したことが?」

町娘「他国で少しだけ…」

町娘「…その頃は母も居ましたが、ここへ逃げてくる最中に…」

女盗賊「あー…要らんこと訊いたね。悪い」

町娘「いえ…」

男「戦が起これば、死人は増える。同時に金持ちもな」

男「無論、勝利した方に莫大な益が舞い込んでくる。言うなれば戦争はそれ自体が一つのビジネスだ」

男「肯定する気などないが、この世からなくせるものでもあるまい」

女盗賊「それ、励ましてるつもり?」

男「……」

女盗賊「…事実だけどさぁ」

女盗賊「こいつの言う通り、利権の絡む戦争ってのはどこにでも起き得るからね。ウチら一般人はそいつをうまく避けつつ暮らしてくしかないのよ」

町娘「それでも巻き込まれてしまう時は…」

女盗賊「全力で逃げる。今のウチらみたいに」


町娘「……悔しいです。人が始めたことを、同じ人の私たちでどうにか出来ないなんて」

女盗賊「そりゃ高望みし過ぎってもんよ。個々人がどう思おうがどうにも出来ない事なんていっぱいある」

男「…どれだけ力を持っていようとな」

女盗賊(…はぁ。こいつは本当に…)

女盗賊「」パシッ

男「!…何故叩いた」

女盗賊「さぁね?話を本題から逸らした罰とでも思えば?まともな逃走案の一つでも出したら謝ってやろうじゃない」

男「お前が今言ったように、逃げ続ければいい」

女盗賊「戦争中もその後も、一生?」

男「どこかしらに隠れ住む」

女盗賊「しらみつぶしされたらいずれ見つかる」

男「…いっそ、国ごと潰すか」

女盗賊「…ウチは遠慮する」

女盗賊「最後はともかく、その辺りはウチも考えた。でもねぇ……国に目を付けられるなんてことそもそもなかったし、シミュレートのしようがないよ」

女盗賊「うーん…」

男「……」

町娘「……匿ってもらう、というのはどうでしょう?」

町娘「事情を知ってる方に手伝ってもらって、遠く離れたところで隠してもらうんです。ちょうど、今みたいに」

女盗賊「……んー……なくはないけど、そんなアテ、ウチには……」

女盗賊「男、あんたは?」

男「仕事を共にした程度の者ならいる。国の息がかかっているだろうがな」

女盗賊「論外じゃないの…」

女盗賊「第一ウチらがそこまで信頼を置ける知り合いがそうそういないわな」ウムム

町娘「………例えばですが、私が──」

女盗賊「あっ!あるよ、心当たり!」

女盗賊「男!ちょい前あんたにも話したことがある人物!」

男「まさか情報屋か?」

女盗賊「それこそまさかよ」

女盗賊「師匠…ウチを育ててくれたじいさんのこと」

女盗賊「匿うとまではいかないまでも、あの人無数に隠れ家持ってるから隠居にうってつけの場所くらい教えてくれるかも」

男「その御仁はどこにいるんだ?」

女盗賊「今はこの町にいる。ほら、この間捕まりそうになったって言ったろ?しばらく大人しくしてるんだと」クスッ

男「そうか。ならば夜が明けたら向かうとしよう」


男「……親父さんは今も寝ているのか?」

町娘「!はい。朝には一度目を覚ますと思います」

男「…短い間だが、世話になる」

町娘「お気遣いなくっ…」

男「……」スッ

女盗賊「もう寝るのかい?」

男「あぁ。部屋はどこでも構わないな?」

町娘「大丈夫です」



トットットッ

パタン...



女盗賊「…ありがとね」

町娘「え?」

女盗賊「さっき、自分がウチらを匿いますよって言おうとしてくれたでしょ?」

町娘「!え、えっと……はい」

女盗賊「気持ちは嬉しいけど、ちとお人好しが過ぎるねぇ」

女盗賊「何でもかんでも無条件に信用するのは危険だってちゃんと覚えとくんだよ?」

町娘「あなただって私を信じてくれました」

女盗賊「違いない」ハハッ


町娘「…男さんには反対に怪しまれているのでしょうね、きっと…」

女盗賊「んにゃ、あいつが仏頂面なのはいつものことよ。確かに最近は輪をかけてひどいけど」

女盗賊「……怪しむとか、そういう次元の話じゃないのさ。あれは、臆病なだけなんだ」

女盗賊「自分の相対するもの全部に怯えて、何も出来なくなる」

女盗賊「今の男は、意思を持って動くただのオブジェ。生きてるんじゃなくて、死んでないだけね」

町娘「何があったのですか…?」

女盗賊「ま、ちょっとね。ウチの口からは言えない」

町娘「……」

女盗賊「つまり、あいつをものにしようと思ったら一筋縄じゃいかないからそのつもりでいること!」

町娘「…?………!?」

女盗賊「しっかし男はよくモテるよ。この国は無愛想な野郎の方が好かれんのかね~」

町娘「す、好きって…!?」

女盗賊「違った?」ニヤニヤ

町娘「っ……違いませんっ」

女盗賊「素直でよろしい」

女盗賊「あんなんでも根はいい奴だからさ。はずれ物件でないことはウチが保証したげる」

女盗賊「…ま、明日の朝までに落とすのは難しいか」ククッ

町娘「そちらを抜きにしても、後日改めてお礼が出来たらと思ってたのですが……傭兵さんとなると決まった所で働くのではないですよね…」

女盗賊「仕事も引退するだろうしね」

女盗賊「そのうち手紙でも届けさせようか?なんて──」

町娘「本当ですかっ!是非、お願いします!」

女盗賊(あ……この子本気だ)




ーーー深夜ーーー



ガチャ パタリ



町娘「……」トットットッ

町娘(お父さん、大分良くなってきたみたい)

町娘(この調子ならもうお薬買い足しに行かなくて平気かな)

町娘「……」トットッ



「……ぁぁ……」



町娘「…!」

町娘(この声……男さん?)

町娘「」ソッ



男「…く……や…」モゾ...



町娘「……寝てる……のですよね…」

町娘(とっても苦しそう)

町娘「………」

キィ...



.........





町娘「」パッ、パッ

スッ

男「ん………」

町娘(濡れたタオルを乗せただけだけど、これで多少はマシになるのかな…)

男「……っ……」

町娘「……」



ーーーーー

女盗賊「──ま、ちょっとね。ウチの口からは言えない」

ーーーーー



町娘(…一目惚れというのもあったと思う)

町娘(けれどこの人はそう、最初から物憂げな顔をしていたものだから)

町娘「……気になってしまったんです」

男「……?」

男「君は…」

町娘「起こしてしまいましたか、ごめんなさい」

男「あぁ、いや。俺は寝付きが悪くてな……ん?」

(額のタオル)

男「そういうことか。すまない、余計な気を遣わせた」

町娘「そんな風に言わないで下さい。宿屋の娘として当然のことをしたまでですから」

町娘「今は休業中なので、ただの娘ですけどね」フフッ

男「……」

男「…こんな時間に、何を?」

町娘「父の様子を見るのが日課なんです」

男「それほどに酷いのか」

町娘「もう快方に向かってます。昔から病気がちで」

男「礼の一つでも言いたかったが…」

町娘「私から伝えておきますよ」

男「まさに寝耳に水だろうな」

町娘「本当に」


町娘「……嫌な夢を見てしまうんですか?」

男「……」

町娘「とても辛そうに寝ていました」

町娘「今だって…」

男「………」

男「俺が、明らかに面倒事の塊だと分かっているだろう」

男「構うだけ時間が無駄だ」

町娘「そんなこと…!」

男「……」

町娘「私では……お力になれませんか?」

町娘「どんな辛い事も、自分だけで背負っていくより誰かと分け合った方が楽になるんです」

町娘「その役目、私ではいけませんかっ…?」

男(!)



ーーーーー

薬屋「──私じゃ、ダメなのかい?」

ーーーーー



男「………」グッ...

...ソッ

町娘「手、震えてます」

町娘「こんなに大きな手に、全部抱え込む必要はないのに…」

男「……離してくれ」

町娘「……離さないです」

町娘「離したくない…」

町娘(この手を離せば、この人は霧散してしまうんじゃないかって……そんなことを考えてしまう……)

男「これがどんなにおぞましい手か、教えてやろうか?」

男「人も動物も、幾つもの命を奪ってきた手だ…自分を慕う女さえも」

男「…同じ末路を辿るぞ」

町娘「私に脅しは効きませんよ。本当に嫌なら振りほどいて下さいな」

男「………」

町娘「………」

男「……とんだ頑固者だな」

町娘「ふふ、よく言われます」

男「数分もしたら、また寝るからな」

町娘「……えぇ」




おー続き来た
待ってたぞ

ーーー翌日ーーー

女盗賊「」サッ

男「……」スタッ

女盗賊「………」

女盗賊「OK、行けるよ」

タッタッタッ

男「居場所を知ってるのではなかったのか?」タッタッ

女盗賊「知ってんのはこの町に留まってるってことだけよ。町がでかけりゃ隠れ家だって複数あるさ」サッ、サッ

男「…次で三つ目だったか」

女盗賊「四件目だね」

女盗賊「警備の奴らもほとんどいないし、良かったじゃない」

男「これが徒労に終わらなければいいが」

女盗賊「大丈夫だって!この町に居る時間が一番長かったくらいだ。隠れ家の場所も爺のお気に入りも覚えてる」

女盗賊「次、少し遠いけど多分そこに居るはずよ」

女盗賊「あんたこそ町娘ちゃんに何も言わず出てきて良かったの?」

男「元より…赤の他人だ」

女盗賊「ふーん…」



.........







ーーー雑木林ーーー

女盗賊「ここだよここ」ザッザッ

女盗賊「懐かしいねぇ……あの木とか、ウチのナイフの傷が残ってる」ザッザッ

男「さすがに入り組んだ場所にあるな」ザッザッ

女盗賊「長居用に建てたって言ってたからね」

女盗賊「ほら、見えてきた!」



青年「よっ…!」ガコン!

青年「ふー、こんくらいやれば十分か?」

(割られた薪)



男「随分と若い師だな」

女盗賊「違うに決まってるでしょ。ウチも初めて見た。隠し子かね?」


青年「!」

青年「誰だっ!お前ら!」

女盗賊「そりゃこっちの台詞なんだけど…」

青年「くそ…ここが見つかるなんて…!」

青年「師匠!出てきて下さい、怪しい奴らが!」

...バタン

老師「なんじゃい騒々しい。大方同業の者じゃろうて。それより薪の準備は出来たのか?」ザッザッ

老師「…む?」

女盗賊「よっ。久しぶり」







ーーー隠れ家ーーー

老師「ひゃひゃひゃ!なんじゃ、すると自ら厄介事にちょっかいかけた上で、国に指名手配されたのか!わしより間抜けではないか」

女盗賊「そんな笑う!?爺が同じ立場だったら絶対同じ目に遭ってたから!」

老師「わしゃ、そんな危険な真似はせん」

女盗賊「さてね」

老師「…まぁ何より、元気そうで良かったわい。生意気なところも相変わらずじゃて」

女盗賊「そっちも、まだまだくたばりそうになくてホッとしたよ」

青年「…お話中すみませんが、師匠、そろそろこの方々が誰なのかを…」

老師「そうじゃの」

老師「この小生意気な生娘が、以前話した女盗賊じゃ」

女盗賊「なっ!?誰が生娘…!!」

老師「おや、違ったかの?」

女盗賊「……しばき倒してやる」

老師「ふぉっふぉ、出来るものならの」

青年「…師匠の仰ってた通りの人だ」

女盗賊「ちょっと!何吹き込んだのさ!」

老師「嘘は教えとらんぞい。やんちゃでがさつで男勝りじゃとな」

女盗賊「」ブンッ

老師「言うとるそばから」ヒョイッ

老師「して、そっちのごついのが男殿じゃな」

男「…よろしく頼む」

女盗賊「爺、男のこと知ってるんだ?」

老師「無論。この界隈に生きておれば一度は耳にする情報じゃて。…さてはお前さん知らんかったな?」

女盗賊「い、今は知ってるし」

老師「やれやれ…」


青年「貴方があの男さん…!」

青年「お噂は兼ね兼ね聞いてます!最近では新参の盗賊団に単身乗り込んで成敗したとか!」

男「あ、あぁ…?」

女盗賊「色々混ざってるね…というか爺、こいつは?」

老師「青年…とかいったかの」

青年「名前くらい覚えてくださいよ!」

青年「ご紹介に預かりました、青年です。今は師匠の元で修行をする身です。お見知りおきを」

老師「突然弟子にしとくれと訪ねてきおっての。追い払っても聞かなんだ。盗賊なんぞ進んでなるものでないと言うに」

女盗賊(ぶちぶち言う割に、しっかり弟子として迎えてるじゃない。…ウチが居なくなって寂しかったって?)クスッ

青年「僕は真剣なんです!男さんのようにかっこいいお仕事でなくても、人を助けることは出来ます!」

女盗賊「あんた、歳は?」

青年「?18ですが」

女盗賊「若っ!」

女盗賊「人の生き方に口出したくはないけどさ、もうちっと色んなことやってから将来決めてもいいんじゃないの?」

青年「耳にタコが出来るくらい聞きましたよ。いいんです、僕が選んだ道なので!」

青年「いつか、あの人のように…」

女盗賊「…精々捕まんないように気を付けるこったね。あんた鈍臭そうだし」

青年「失礼な人だな…あなたこそ捕まったことがありそうですけどね」

女盗賊「聞いて驚きな?一度もないのよこれが」ドヤ

老師「こやつのヘマはわしが回収してたからの」

青年「あぁ、合点がいきました」

女盗賊「こいつら…」

男「老師殿」

老師「おぉ…なにかの?」

男「隠れ家の件、考えて頂けるだろうか?」

老師「ふむ…お前さんら二人をのぅ…」

女盗賊「腐る程持ってたじゃん」

老師「そうじゃが…この国が戦争を始めればどうせ大陸中が戦火に包まれるじゃろう。どこに避難しようと安寧の日はなかろうて」

老師「まして大罪人として追われとるお前さんらなら尚のこと」

女盗賊「えー…一生逃げ続けろっての?」

老師「最も現実的じゃよ。逃げ隠れの技術は叩き込んだじゃろ?」

女盗賊「そうだけど…」


老師「…それが嫌なら道は二つある」

女盗賊「おぉ!なんだ、勿体ぶらないで教えてよ!」

老師「一つは、嘘を本当に…文字通り国家転覆をしてしまうことじゃ」

女盗賊「男と同じこと言ってる…」

老師「もう一つは」

老師「…別の大陸に逃げる」

女盗賊「別の大陸…?」

青年「師匠、それは」

男「初めて聞く話だ」

老師「まぁの」

老師「ちょいと前のことでな。遠洋研究に勤む同業の輩がの、ずっと離れた場所にこことは違う大陸を見たと」

老師「わしも直に話を聞いたが、信憑性は高そうじゃった」

女盗賊「……もしそこが未開の地なら…」

老師「うむ。真っ先に乗り込めば好き放題出来るというわけじゃ。隠居にも最適じゃろ」

男「……」

女盗賊「でも誰も住んでないんじゃあねぇ……サバイバル生活の予行練習でもしとけばいいのかね」

老師「そこで!じゃ」

老師「お主ら、先駆者になってみんか?」

男「…なるほど」

男「つまり、その大陸の先行的な居住兼国からの逃亡を手助けする代わりに、最低限人の住める環境を整えろと、そういうことだな?」

老師「さすが男殿。話が早い」

老師「長い航海に肉体労働…なかなか耐えられそうな人材が居らなんでな」

女盗賊「ウチも!?こいつと違ってゴリラ並みのタフさは持ち合わせてないんですけど…?」

老師「文句を言える立場か?」

女盗賊「ぐぬぬ…」

老師「いざとなれば男殿が何とかしてくれるじゃろ。のう?」

男「構わんが」

女盗賊「本当!やー持つべきものは腕っ節の傭兵さんだねぇ」

青年「…ゴリラとか言ったくせに」

女盗賊「あ?」

青年「」サッ(目を逸らす)

老師「こっちは犬と猿と言ったところじゃの」

男「その遠洋研究家とは、今から会えるのか?」

老師「会えはするが、先方はまだ何も知らんぞ」

老師「話をつけ、船出の準備までわしの方でやっておくわい。そうじゃな…一週間したらまたここへ来なさい。その時に案内しよう」




ーーー路地ーーー

女盗賊「──新大陸かぁ。現実味が全くないね」テクテク

男「誰だってそうだろう。俺も生まれてこの方初めて聞く話だ」テクテク

女盗賊「でも未開の地への冒険譚て言えば、ちょっとわくわくしてこない?」

男「能天気な奴め」

女盗賊「にしても、あんなひよっ子が弟子入りしてるとは思わなかったわ」

男「真っ直ぐな男だったな」

女盗賊「…愚直な程にね。やめときゃいいのに、こんな稼業」

女盗賊「先輩への態度は改めさせる必要があるみたいだけど!」

女盗賊「…で?あんたも人のこと言ってる場合じゃないよ?あと一週間、またあの宿で世話になるんだから、今のうちに町娘ちゃんへの言い訳考えておくんだね」

男「……老師殿の所に置いてもらえればな……」

女盗賊「駄目よ。あんたも気付いてたでしょ?爺のあの雰囲気。ここに泊めさせはせんぞ…ってな。昔からそう、肝心な所は甘えさせてくれない」

男「あの老師殿は一体何者なんだ?」

女盗賊「あん?何度も言ってるでしょうに。しがない盗人よ」

男「………」

女盗賊「…なに?」

男(…あの者、飄々としていたが…只者ではない)

男「昔から盗賊として活動してきたと?」

女盗賊「そう聞いてるけど……まさか前は凄腕傭兵だったとか!?」

男「いや、俺の知る限りでは無い。あの空気、一度顔を合わせれば忘れないだろうな」

女盗賊「えー……今じゃただのセクハラじじいのくせに………!?」

女盗賊「」タタタッ

男「どうした?」

女盗賊「……やられた。これ」



ポスター『この者、国を脅かす大罪人なり。見つけ次第知らせ求む。(男と女盗賊の顔写真)』



男「…今更驚くことでもない」

女盗賊「奴らいよいよなりふり構わなくなってきたね」

女盗賊「でもこの執念は異常だよ、気持ち悪いくらい…」

女盗賊「こうなったらもう人目のある道は使えないか。残るは…」

男「人の居ない区画…ここからなら」

男「廃虚郡か」




ーーー隠れ家ーーー

青年「師匠、新大陸の件あの人達に任せてしまってよろしいのですか?」

老師「女盗賊が連れてきた輩じゃ。信頼は置ける。あやつああ見えて天性のカンがあるでの」

青年「カン…ですか」

老師「そんなことよりお主、夕飯を作る時間じゃろう」

青年「今から作りますよ。…こんなことで本当に修行になるんですか?」

老師「盗賊に必要なのは基本動作の洗練じゃ。普段の生活をより緻密にこなすことで感覚を研ぎ澄まし、あらゆる状況へ対応が可能となる」

青年「な、なるほど…!」

老師(適当じゃがの)

青年「気合入れていきます!」テキパキ

老師「料理は重くするでないぞ」



ガタッ コツ

トットットットッ



青年「そういえば師匠、気になった事があるのですが」

青年「どうしてあの人達が国のお尋ね者になってるのでしょう」

青年「国が戦争を起こそうとしてるのは僕らも知っていましたし、秘密裏に開発していた肉体強化薬?の件も師匠は存じてましたよね」

青年「彼らだけ指名手配されてるのは何か理由が…?」

老師「うむ、わしも引っかかっておった」

老師「それだけあやつらの力が厄介なのか、わしも知らぬ大スキャンダルを握っておるのか」

青年「師匠が知らないようなことを…にわかには信じられませんが」

老師「独自の情報筋があるのやもしれんぞ?」

老師「女盗賊はあれでなかなか抜け目ない。男殿は……」

老師「心ここにあらず。あやつの目、何も映しとらんかった。まるで生霊とでも話しとる気分じゃったわい」フォフォ




ーーー廃虚郡ーーー

女盗賊「こっち、大分遠回りだよね。昼までに着けばいいけど。腹減っちまった」ザッザッ

男「……」ザッザッ

女盗賊「ねぇ、海の向こうに移住したら何したい?」ザッザッ

男「……」ザッザッ

女盗賊「大自然の中で暮らすのもまぁ悪かないと思うよ?でも結局ウチはさ、たまにこっちに戻っては一仕事二仕事してると思うのよねぇ」

女盗賊「一度身についた生き様なんてそうそう変えられんのよ」

男「人が集まればどこでも盗みを働けるだろう」

女盗賊「言い方。それに節操無しじゃないんでね、獲物は選ぶさ」

女盗賊「あんたは隠居するんだろ?」

男「……」

女盗賊「それはそれでいいじゃない。農家にでもなって畑を耕すのも意外と似合うかもね」ククッ

女盗賊「…過去を置いてきて、新天地で新しく生きてこうって奴、大勢いるだろうし」

男「………」

女盗賊「………」

女盗賊「…いつまでも死んだ魚みたいな目見せられるこっちの身にもなってくれない?」

男「……」...ピタ

女盗賊「お…異論でもある?」



(雑多な廃屋の数々)



男「おかしい」

女盗賊「?うん、いつ来ても薄気味悪いところだけど…小動物どころか虫の一匹すら見かけない」

男「気付かないか?例えばそこ」

女盗賊「地べたって……雑草くらいしか…」

女盗賊「…折れてるね」

男「何者かがここに立ち入った。それもごく最近」

男(……いや)

男「ちっ…構えろ女盗賊」

女盗賊「!」





鉤鼻男「あれあれ?もしかして見つかっちゃった?」





女盗賊「先回りされた?ウチら、役所に筒抜けだったってことかい…!」

鉤鼻男「お役所さんだぁ?ボクをあんなボンクラ組織と一緒にするな!不愉快極まりない」


男「貴様一人ではないだろう。仲間も出したらどうだ」

鉤鼻男「…イヒッ」

鉤鼻男「おいで、お遊戯の時間だ」



ゾロゾロ



仮面「……」

数人の男女「「「……」」」

鉤鼻男「さすがさすが、優秀な男くんだ!ちゃあんと息を殺してたのになぁ。こんな草きれ一本で…この子達の躾が足りなかったんだぁー…キヒヒ」

男「用件を言え。目的は俺か、この女か」

鉤鼻男「きみに決まってるよぉ、男くん♪」

女盗賊「気色悪い奴だね…」

鉤鼻男「ほざけ凡人。無価値なゴミ風情が、お前は黙って殺されてな」

女盗賊「っ…ガキかっ…!」

男「指名手配犯は見つけ次第殺してもよい……いつからそのような法がまかり通るようになったんだ?」

鉤鼻男「あー、法律のお話?ごめんボク全く興味ないんだよね」

鉤鼻男「でもさぁ男くんボクの事知らないのぉ?残念だなぁー…あれだけたくさんの施しをしてあげたのに」

鉤鼻男「だったら!今教えてあげるからさぁ!絶対、絶対、絶っっ対……覚えろよ??大天才のこのボクを!」

鉤鼻男「ボクはこの世界で最高の頭脳を持つ薬師、鉤鼻男!小さい頃から周りはボクの才能に平伏してきた!」

鉤鼻男「けどボクの研究にケチをつける奴も多くてさー、そんな屑共を実験材料にするのはそれはそれは気持ち良かったよ…」ウットリ

女盗賊「これはまた…イッてんね」

鉤鼻男「その点、あそこに居る時はよかった。研究費も材料も何でも提供してくれたからね」

鉤鼻男「男くぅん…きみにとっても懐かしいはずだ…あの組織」



鉤鼻男「"血吸い"がさ」ニィ...



女盗賊(こいつ…血吸いの生き残り…!?)

男「……」


鉤鼻男「イヒッ…キヒヒヒ」

鉤鼻男「しかし!同じ頃だったね!ボクが表舞台から消えたのをいいことに薬屋とかいう女が神童だなんだと持て囃され始めた!」

鉤鼻男「天才はこの世にボクだけで十分。だぁかぁらぁ…女を消そうとしたらさぁー」

鉤鼻男「きみが邪魔してくれちゃったのよねぇ…?ボクの邪魔を……この世で最もしてはいけない事を…!」

鉤鼻男「見せしめにきみの愛する奥さんと娘ちゃんをじっくりねっとり殺してあげたのにさぁ」

男「っ」

鉤鼻男「驚いたよ!まさかボクらを潰しにくるなんて!おかげで研究はやりづらくなるし面倒な事この上なかったけど……ボクは本当に天才だっ!」

鉤鼻男「肉体強化薬…無敵の兵力を作り出す薬。こいつを打診したら国が簡単に飛び付いてくれた」

鉤鼻男「あとは薬屋を利用してそのベースを作らせ、ボクが完全な形に調整し、仕上げる。そうして量産された兵共を暴れさせれば……思い知るはずだ!世界で、誰が、一番の天才なのかをね!キヒヒィ!」

鉤鼻男「見たまえよ!この美しい人形を!」

ザッザッザッ

「「「………」」」ズラリ

鉤鼻男「志願兵として来てくれた愛国者達だ。既にボクの薬を打ってある。有用な戦闘データを取らせてくれよぉ?」

女盗賊「愛国者とか…どうせ怪しい薬の実験をするなんて一言も伝えてないんでしょ?そもそもそいつら、生きてんの?」

鉤鼻男「死んでたら動かないだろ?そんな単純なことも理解出来ないのか」

鉤鼻男「まぁ…キヒッ。感謝してよ。ボクの偉大な研究の礎になって死ねるんだ。こんな名誉なことはないよねぇ!」

キヒヒヒヒ!

男「……」スッ(刀を構える)

女盗賊(男の奴…)

女盗賊「…殺すつもり?」ボソッ

男「民間人は殺さない……だが」

男「──アレは殺す」

女盗賊「」ゾクッ

男「お前は自分の心配をしろ。相手は強化人間数人。お前を庇いながら動くことなど出来ない」

女盗賊「自衛しろってことね…ウチは初見の相手なのになぁ…」

鉤鼻男「やぁっと男くんにお礼が出来る。精々楽しい余興を見せてよ」ニタ




バッ! ババッ!



ビュン!

男「」ダッ

スッ...ビュオッ

男(くっ…!)サッ

男(さすがに速い。動きも洗練されている)

男(…あの時の少女を複数相手取っているようだ)

「「……」」シュン!

男(挟撃か?ならば)

「「」」ダダダダッ

男「……」

ヒラッ...

「「!」」

ズドン!

男「」スタッ



「「」」



男(相討ちで倒れるとは。集団戦には不向きと見える)

男(ここを突くしかない)



「」ブオッ

女盗賊「!」クルッ

「……」ヒュッ

女盗賊「よっ、と」ズサッ...

女盗賊(男の方に6人、ウチには1人か。舐められたもんだね)

女盗賊(こんなのに集られたくもないけどさ!)シュッ!

コツン...ポトッ

「……」

女盗賊「うっそ…刺さったじゃん、今…」

「………」

ダダッ!

女盗賊「っ!」タタタッ

女盗賊(勘弁してよ!目で追うのでさえいっぱいいっぱい…今のナイフを当てられたのも奇跡だってのに…!)

女盗賊「あんたら!こんな気持ち悪い男にいいように使われて満足なのかい!?」

鉤鼻男「キヒヒ!無駄だよ、そいつらはただの戦闘マシンなんだから!自我は無いよぉ!邪魔でしかないからね!」

女盗賊「人権なんざ期待したウチがバカだったよ!」ボフッ!

モクモクモク...

鉤鼻男「煙幕ぅ…?」

鉤鼻男「…キシッ♪本当におバカだねぇ」


女盗賊(とにかく距離を取らないと)タッタッタッ

...ブワッ!

女盗賊「!?」サッ

ガンッ!

女盗賊「ぐぁっ…!」

ゴロゴロ! ドサッ

女盗賊「…いったぁ…」

女盗賊(直撃は免れたのに、この痛み…!)

女盗賊(ちくしょう…奴さん真っ直ぐこっちに向かってきやがった)

鉤鼻男「愚かさここに極まれり。彼らは戦闘マシンだと言ったろ?目が見えなかろうが聴覚、嗅覚、触覚あらゆる感覚を以て敵の位置を探り出す」

鉤鼻男「全く…我ながら惚れ惚れする出来だ…」ハァ...

鉤鼻男「お前、つまんないからもうくたばっていいよ」

「……」ザッ...

女盗賊「……っ」

「」ズオッ!



──ズバンッ



「………」...ドサッ

男「背中にも目を付けておくんだな」

女盗賊「男……え、あんた他の奴らは」

男「向こうで雑魚寝中だ」

女盗賊「わお…いつの間に人外の仲間入りしたのよ」

男「簡単な話だ。こいつらは所詮多人数戦を想定されてないのだろう。連携どころか互いの邪魔をする始末だからな」

パチパチパチ

鉤鼻男「んー、見事見事。やっぱりきみくらいになるとあっさり見抜かれちゃうなぁー。軸索励起の頻度、下げないとダメかぁー」

女盗賊「…助かったよ、男」

男「あれだけ凌げるとは思っていなかった。…無理をするな」

鉤鼻男「んん?おぉ!よく見たら男くん、みんな生かしておいてくれたんだ?やーさしいねぇ…キヒッ」

鉤鼻男「ボクが使い回せるように気を遣ってくれたんだね、嬉しいよ♪1体のコストも馬鹿にならなくってさ」

女盗賊「随分余裕じゃない。残りはお前とお供の二人のくせに」


仮面「……」

鉤鼻男「……イヒ」

鉤鼻男「キヒヒヒヒッ!」

鉤鼻男「でもぉ…きみがぁ…そんなに優しいからさぁ…」

鉤鼻男「あいつ──薬屋はあんなかわいそうな人間になっちまったんだろうねぇ♪」

男「………」

鉤鼻男「コイ心?とかいうくっだらねぇ感情に支配された道化」

鉤鼻男「宝の持ち腐れ、豚に真珠、才能の肥溜。ボクが国をけしかけなくても勝手に自滅したんじゃねぇの?あの女」

鉤鼻男「コイする相手にぶっ殺されるってどんな気分なんだろうねぇ?凡人の感性はボクには永遠に分かりそうにないよぉ」

鉤鼻男「んー…あの方は興味を示すのかなぁ…」

鉤鼻男「まあ!ゴミみたいな死に方には変わりない!」ケタケタ

男「………御託はそれだけか」

鉤鼻男「あ、もしかして怒っちゃった?なんだよぉー、せっかく才のある者同士仲良くしようよぉー」

鉤鼻男「ほぉら、とっておきのおもちゃをプレゼントしてやるから、さ♪」

仮面「……」...ザッザッ

男(一見華奢な人間だが、さっきの奴らとは違う。動きにクセが感じられない)

男(…いずれにせよ)

鉤鼻男「」ニタニタ

男(叩きのめすのみ)

仮面「」シュンッ

男「」ダッ



ビュン、ビュンッ バシッ!



男(峰打ちでは弾かれるか…!)



ズザァ...タタタタッ



仮面「」ズドン!

男「っ」サッ

仮面「」ズドン!

男「…!」サッ

仮面「」ドゴンッ!

男「くっ…!」



(地面に空く複数の大穴)



仮面「……」

男「……」ピッ(頬から垂れる血を払う)

男(最早巨岩と変わらないな…防ぐことすら死…)

男(……)




男(──居合を当てる)



仮面「……」...テク、テク

ダンッ!

男「」ダッ



仮面「」クルッ...

ビュオッ!

男(だが更地では構えも取れない…っ)サッ

男「……」チラ、チラリ

男(…あそこだ)

男「」タッタッタッ!

仮面「…!」スタタタッ



女盗賊(集会所の廃虚…?あんなとこに向かっていって何を…)

女盗賊(そうか、障害物を利用するつもりか)

女盗賊「……」ノソ...

女盗賊(まだ全身痛いけど、立ち上がるくらいは出来る)

女盗賊(ウチが行ったところで足手まといにしかならないのは明白。だから)

鉤鼻男「お次は隠れんぼかなぁー?そんな小細工無駄だって言ってるのに」キヒッ

女盗賊「……」スッ

鉤鼻男「」ギョロッ

女盗賊「っ…」

鉤鼻男「おい、ボクの楽しみに水を差すなよ。捻り殺すぞ」

鉤鼻男「後でちゃんとあの世に送ってやるから黙ってろ」

鉤鼻男「…お、上に登っていくねぇ男くん。律儀に階段なんて使って…優しいなぁー」

女盗賊(……くそぅ)

女盗賊(ウチのカンが告げてる、こいつに近づくなと)

女盗賊「男……頼むよ……」



男「」タッタッタッ!

バンッ



(朽ちた屋上)



男「…ここでいいだろう」

男「……」

フッ(目を閉じる)

男(狙いは頭)

男(生半可な攻撃では通じない事は承知している)

男(一般人ならいざ知らず、即死などしないだろう。ましてあの仮面越し。軽い脳震盪で済もうが一瞬でもふらつけばほぼ雌雄は決する)



ーーーーー

鉤鼻男「──きみの愛する奥さんと娘ちゃんをじっくりねっとり殺してあげたのにさぁ」

鉤鼻男「──ゴミみたいな死に方には変わりない!」ケタケタ

ーーーーー



男(…例え死に至ったとして構うものか)

男(今為すべきは、確実にアレの首を斬り飛ばす事)



...スタッ、スタッ



男「………」



スタタタッ



男「……………」



仮面「」バッ



男(そこだっ)ビュンッ!





ガキィン!





鉤鼻男「おおぉ…?」

女盗賊(よしっ!)



男「………」シュウウゥ...

男(手応えはあった)

男「……」フリカエリ

仮面「……」

ピキ..ピシッ..

仮面「」フラ..

男(…とどめを刺す)スッ──



パキン(仮面が割れる)



女盗賊「なっ…!?」

鉤鼻男「…キヒィ♪」



男「──!」





薬屋「……」





男「お前………」



鉤鼻男「イヒヒッ!キーヒヒヒヒヒ!感動のごたいめーん!」

鉤鼻男「どうかなどうかな!?これ以上なく面白い趣向だよねぇ!自分が殺した相手に殺されるのさぁ…」

鉤鼻男「あぁ、その反応を見られただけで掘り起こしてきた甲斐があったってものだよぉー。キシャシャ!」

女盗賊「…っ!どこまで人の尊厳を踏みにじれば気が済むんだよこの野郎っ!」

鉤鼻男「リサイクルしてあげたんだからむしろ喜べよ」

鉤鼻男「それは特に薬との適合率が高くてねぇ。体組織の再生能、意識の指向化…この上ない実験体なのさ」

鉤鼻男「こんなにいっぱいボクの研究を助けてくれるきみたちには感謝してもしきれないよぉ!」



男「……薬屋……」

薬屋「……」...ザッ



女盗賊「!男、避けろ!」



薬屋「」シュンッ

男「!」タッ

ズドンッ!



女盗賊(かわせたっ…?)

女盗賊「…もう!」タッタッ

女盗賊(ウチじゃ助太刀にもならないだろうけど男のあの様子じゃあ…!)

タッタッタッ...



薬屋「」ブンッ

男「おいっ…」スッ

薬屋「」ズドン!

男「止まれ、薬屋…!」サッ...

薬屋「……」ブォン!

男(しまっ──)



バキィン!



...カランカラン(折れた刀片)



鉤鼻男「イヒィ…ボクの勝ちぃ♪」



男「………」

薬屋「………」

男「俺を殺すか?」

薬屋「……」...スッ



ーーーーー

薬屋「──私は全てを投げ打って……お前を手に入れようとした」

ーーーーー



男(………)

薬屋「」ビュオッ!


女盗賊「──動けってんだよこのっ!」バッ



ズガァンッ!



男・女盗賊「」ゴロゴロゴロ...

女盗賊「…ぺっ、ぺっ!」

女盗賊「あんたが思考停止してどうすんのよ!目の前を見ろ!」

女盗賊「薬屋ちゃんが地に足付けて立ってんだ!後悔してんでしょ!?今度こそ救ってやらないとっ!」

男「………」

薬屋「……」ユラリ...

女盗賊「ボケッとしてないで起きる!武器は…前やった短剣があるね?」

薬屋「……」..ザッ..ザッ

女盗賊「…ウチがなんとしてでも隙を作ってやるから、そこを昏倒させてちょうだい」

男「お前では…自殺に等しい…」

女盗賊「うるさいね!つべこべ言わずに──」



グラグラ...



女盗賊(?…何この揺れ)



ミシ...ベキッ!



女盗賊「!!」

女盗賊「さっきので建物に限界が来たんだ…!」



ガラガラガラ!



女盗賊(崩れ──)

薬屋「……」ヨロ...

男「」サッ、サッ



──ズシィン



鉤鼻男「あーらら」

鉤鼻男「力もある程度制御出来た方が都合良いかなぁ」

鉤鼻男「とりあえずぅ…ずっとずーーっとちらつきやがってウザかった男くんも、ボクの前に屈した…キヒッ」

鉤鼻男「まだまだ、ボクはもっと洗練される!高みへ行ける!!上へ至れる!!!」

鉤鼻男「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」

鉤鼻男「お前ら、いつまで寝てる。ゴミ拾いの時間だ」

「「「……」」」...ムクリ

鉤鼻男「死体三つ拾ってこい」

鉤鼻男「おっと、男の死体は首と胴を繋げたままだからな?あの方が嫌がる」




ーーー夕方 町娘の宿屋ーーー

町娘「……」

町娘(…男さん)

町娘(朝起きたらお金だけ置いて、もぬけの殻で)

町娘(…あの人は今頃、どこで何をしているのかな)

町娘(また悪夢に震えながら眠りについているのですか…?)

町娘「………」

町娘(………)

町娘「……」...ウトウト



ガチャッ!



町娘「!」ハッ

女盗賊「はぁ…はぁ…」

薬屋「」グッタリ

男「…すまない。寝床を貸して欲しい」

町娘「……!」

町娘「こちらへどうぞ!」



.........




書き溜めは一旦ここまでです。

>>18
半年ぶりなのに覚えてくれてる方がいらっしゃるとは、感激です。

ーーー夜ーーー

薬屋(………)

薬屋(………)

薬屋「……ん……」

薬屋(……ここは……)



(見知らぬ天井)



薬屋(…地獄に落ちたのではなさそうだ)

薬屋(それとも、これから裁かれるのか?)フッ

薬屋「……!!」

男「」スー..スー..

薬屋(……………)

ゴソゴソ

薬屋(腹に傷痕がある)

薬屋(あの時確かに刺された場所)

薬屋(…そうか、私はまだ生きているのか)

薬屋「……」

男「」スー..スー..

薬屋(……男……)

男「……」

薬屋(お前は私を――した)

薬屋(だから私は、お前を……!)



スッ...(首元に手を伸ばす)







ーーーーーーー

町娘「」ギュッ

女盗賊「~っ!」

女盗賊「町娘ちゃん、もうちょっと優しくっ」

町娘「包帯が緩んだらいけませんから」

町娘「無言で出て行ったと思ったら大怪我して帰ってきて……あの女の人は誰なんです?」

女盗賊「あの子は……親戚?」

町娘「」ギュッ!

女盗賊「い゙っ!?」

町娘「…それも話せない事情に含まれるというなら…深追いはしません…」

女盗賊「……」

女盗賊「あんたには、話すべきかもね」




ーーーーーーー

薬屋「……」

男「……」

薬屋「………」

男「……」

薬屋「……………」

男「…俺は抵抗しない」

薬屋「……」グッ

ググッ...

薬屋(……っ……)

薬屋「………出来るわけ、ないだろう………」

男「……」

薬屋「なぁもういいんだ。私を殺してくれ」

男「………」

薬屋「一度してくれたように、早く頼む」

男「…殺さない」

薬屋「ふざけないでくれよ。お前が手に入らないのならこんな世界で生きていく意味はない」

薬屋「…いい、殺してくれないなら自害するさ」

男「駄目だ。死ぬんじゃない」

男「俺はお前に生きて欲しい」

薬屋「……………は?」

薬屋「今……何と言った……?」

男「……」

ダンッ!

薬屋「ふざけるなっ!!」

薬屋「私を殺したのは誰だ!私を拒絶したのは誰だよっ!?」

薬屋「今更生きていて欲しいだ!?どれだけ私を苦しめれば気が済むんだ!」

薬屋「そもそも何故お前は私と話している!?私は、せめて殺されるのがお前で良かったと……お前が殺めた相手として記憶されるのならと出来もしない納得をして…!」

薬屋「なのに……!」

薬屋「お前に!!……今、最も会いたくて、最も会いたくなかったっ…!」

男「…すまなかった」

男「お前が向けてくる感情から逃げた事。常軌を逸したとも言える執心から目を逸らしていた事」

男「思えば、依頼でお前の逃亡を手助けした時からだったな」



ーーーーー

薬屋「――これでお別れではないよな?私と…ずっと一緒にいてくれるよな?」

ーーーーー



男「あの時からお前は、俺を見るようになっていたんだ」

薬屋「――!覚えていたのか…?」

男「あぁ。それまで感情を見せなかった依頼主の最後の言葉だったからな」


男「……お前を殺したのは俺だ」

男「お前が少女にしたことは許せなかった。懸命に生きようと藻掻くあの子の意思を踏みにじる行為に。そして……」

薬屋「……」

男「だが……あの子だけではなかった。必死に生きて、愛されたいと願ったのは――」

男「薬屋。お前もだったんだな」

薬屋「………」

薬屋「そうさ…私は、お前と生きていく為だけに全てを捧げ、利用し、賭けてきた」

薬屋「何かをここまで求めたことはかつてなかった。叶わぬ想いを抱き、身体の内側から焦げ付いていくような毎日…」

薬屋「男。お前が私の問いかけに善処すると答えてくれた時の、私の喜びが分かるか?お前の周りに私の居場所がないと知った時の虚無が……お前に殺された時の諦観が」

薬屋「私の全てを拒んだあの瞬間に、私の存在する意味は失せた」

薬屋「なんで今謝る…お前は何に謝ってるんだよ……こうしてお前と話しているだけで、裂かれるように痛いんだ…!」

男「拒んではいない」

薬屋「どの口が言うっ!」

男「言っただろう。あの時、俺はお前も連れて行こうと考えて――」

薬屋「だから何も分かっていないじゃないか!私は一欠片たりともお前を他者に渡したくない!お前には私だけのものになって欲しいんだよ!!」

男「痛い程伝わったさ…!」

男「何も学ばず、見えていなかった俺にもな…」

男「…愚かにも俺はお前を刺したことを後悔していた。薬屋という一人の人間を救う方法があったのではないかと」

男「フッ…あそこまでの行き違いを引き起こした奴が何を調子の良い妄想に駆られているのだろうな」

男「……だが、お前はここに戻ってきた」

薬屋「………」

男「………」

男「…いいか、これは同情でも義務感でもない」

男「薬屋」



男「俺と共に生きて欲しい」



薬屋(――)

男「俺も、お前への慕情はあった。己を閉ざしていようと関係なく好意をぶつけるお前に、救われていたところもあったんだ」

男「これ程に阿呆な俺だが、信じてくれないか?」

薬屋「……………」


グイッ!(胸倉を掴み寄せる)

男「!」

薬屋「本気で言っているのか」

男「無論だ」

薬屋「私だけのものになると?」

男「あぁ」

薬屋「っ…!お前の人生も何もかも、私に捧げられるのか!?」

男「そうだ。俺一人では永遠に阿呆なままだと、お前に教えられた」

男「だからこの先も、俺の傍で…俺を導いてくれないか」

薬屋「……――っ!」

ギュウウゥ...

薬屋「……遅いんだよ……今更……」

男「……」

薬屋「私がどれだけ………苦しんで………足掻いて………」

男「………」ソッ

...ギュ

薬屋「………」グッ

男「…爪を立てるな。痛い」

薬屋「知るか…」

薬屋「私の痛みはこんなものではなかった」

男「………」

薬屋「…もう絶対に離さないからな……」ググッ…!

男「……あぁ」



.........





薬屋「……」ギュー

男「……」

薬屋「……男」

男「なんだ?」

薬屋「私はまだ、お前を完全には信じられない」

男「…どうすればいい?」

薬屋「……」

(身を離す)

薬屋「……ん」

男「…?」

薬屋「…言わすつもりか?」

男(……!)

薬屋「……」

男「……」



スッ




ーーーーーーー

女盗賊「ん?おぉ来た来た」

男「…近過ぎないか。転ぶぞ」

薬屋「……」

女盗賊「無事お目覚めってわけだ。お嬢様?」

薬屋「喧しいノイズがするなこの部屋は」

女盗賊「最早懐かしさすら感じる罵倒よ…。で、男、ちゃんと言っといてくれたんだろうね、ウチも薬屋ちゃん救助に一役買ったってこと!」

町娘「……」ジッ...

男「お前が居なければ俺はあのまま死ぬことを良しとしていたろうな。感謝する」

薬屋「……迷惑かけた」ボソッ

女盗賊「!薬屋ちゃんがデレた!」

薬屋「寄るな!鬱陶しいっ」

男「あまり大声で騒ぐなよ。声が漏れる」

女盗賊(とか言って、薬屋ちゃんが戻ってきて一番安心してるのはあんたでしょうに)

女盗賊「ま、とにかく座った座った」

薬屋「相変わらず……私の気も……」ブツブツ

四人「………」

男「…この場は何だ?」

女盗賊「薬屋ちゃんおかえりの会」

薬屋「……」

女盗賊「怖い顔しないでよ。冗談通じないんだから。…半分本気だったけどさ」

女盗賊「作戦会議。するんだろ?男」

男「……そのつもりだが」

町娘「作戦…?翌週、老師さんの元へ出向くだけではなかったのですか?」

男「全部話したのか」

女盗賊「ここまで巻き込んじまったら中途半端に知ったままの方が酷ってもんよ」

男「だからといって……」

男「いいか、俺達の事はおくびにも出すな。そして絶対に何もするな。君が危険に晒される」

町娘「知ってます。そのくらい」

町娘「覚悟はあると昨晩お伝えしました。なのに何も言わずに消えた方がおりましたね」

男「……」


町娘「…ふふ、ごめんなさい言いたかっただけです」

町娘「男さんが私の身を案じてくれているのは分かってます。ただ、私も遊び半分でこの宿を貸しているのではありませんから。それだけは理解していただきたいんです」ニコッ

男「…そうか」

薬屋「」ピクッ

薬屋「早速見せつけてくれるじゃないか、えぇ?」

男「おい待て薬屋」

薬屋「お前は行く先々に女を作らないと満足出来ないのか??」

男「ただの店員と客だ」

町娘「暴漢に襲われそうなところを助けていただいたんです」

町娘「町娘と言います。薬屋さん、あなたのことは伺いました。あなたも男さんのことを慕っているのですよね?」

薬屋「私は妻だが」

女盗賊(ぶふっ!)

町娘「え…お、奥さん?」

薬屋「いや、その程度の安い関係でもないな。なぁ男?」

男「あぁ、うむ……そういうことだ」

薬屋「……」フッ

町娘「………それは、おめでとうございます」

女盗賊(やーこれはこれは。くくっ)


男「話を戻す。これは作戦などと呼べるものでもないが、俺はあの男の行方を追う」

薬屋「?」

男「薬屋、お前を利用して俺達を襲ってきた輩だ。鉤鼻男と名乗っていたな」

薬屋「…生きていたか」

女盗賊「ん、知り合い?」

薬屋「直接顔を合わせてはいないけどな。あれだけ目の敵にされれば嫌でも覚える」

薬屋「元、"血吸い"四幹部の一人だ。プライドの塊のような男らしい」

女盗賊「らしいって…うん、全くもってその通りだったわ」

薬屋「生憎興味は無いのでな。血吸いの壊滅と同時に死んだと思っていたが」チラリ

男「薬師、針師、食人、拳士だったか。そんなのも居たな。後者二つは屠った覚えはある」

女盗賊「針師は?」

男「見たことはないが」

女盗賊「あんな連中の生き残りが闊歩してるってだけで平和なんて言えたもんじゃないね」

女盗賊「…んで、仇討ちってわけかい?」

男「無論だ。奴は俺の妻と娘を殺したと言った」

男「俺に向かってな」ゾワッ

町娘(………)

男「だがそれは最後だ。奴には訊きたい事がある」

女盗賊「少女の行方について、だろ」

薬屋「っ」

男「…墓を作った際にな、少女と薬屋は同じ場所に埋めたんだ。先刻見に行ったら少女の身体も消えていた」

男「あの子を再び研究対象とするためか…奴が持ち去った可能性が高い」

男「お前のように息を吹き返させているかもしれない」

薬屋「……無理だ、一度死んだ人間は……」

女盗賊「なら薬屋ちゃんがここに居るのは何だろうね」

薬屋「……」

男「あの子と対峙するのが怖いか?」

薬屋「…怖い怖くないではなく」

薬屋「私とあの子は共に居るべきでは…共に在ってはいけない…」

男「そうか。ならばお前の元に連れてくるとしよう」

薬屋「話を聞いていたのか?」

男「お前があの子に対する未練を見せなければ二度と引き合わせるつもりはなかったが」

男「その悔いは直接伝えろ。いいな?」

薬屋「………妹………」ポツリ

女盗賊(薬屋ちゃんと少女は姉妹……か。その割には全然似てないのよねぇ)


女盗賊「けど、もし少女もあの男に拾われてんなら見つかったとしても襲ってくるかもしんないよ」

男「それも含め奴の情報を収集しておきたい。何でもいい、知っている事があれば教えてくれ」

町娘「…私は何も。すみませんお役に立てず…」

女盗賊「お国に薬の提案をしたっつってたし少なくとも国の関係者として紛れてんのは確かだね」

男「お前の情報筋は使えないか?」

女盗賊「無理無理。誰が国家犯罪者に手を貸すってのさ。そうでなくとも情報屋の連中にゃ以前犠牲を出させちまってんのに」

男「居場所さえ割れればやりようがある。国ぐるみであるなら、国家機関…役所、城などか」

男「女盗賊」

女盗賊「あいよ。何処へでも付き合ってやるよ。どうせ乗りかかった船だ」

男「恩に着る」

薬屋「偵察に行くのか?」

男「…分かってると思うが、お前は連れて行けない。危険過ぎる。必ず戻ってくるから偵察の間は大人しく待っていてくれ」

女盗賊「手分けして探すんだろうし、こいつを盗る気なんかさらさらないから安心してよ」クスッ

薬屋「お前に靡く心配なんぞ元よりしていない」

薬屋「男、一つ頼まれて欲しい。私の店が残っていればでいいが、次に言う薬品を取ってきてくれないか?」

男「構わないが……何をする気だ?」

薬屋「解毒薬を作るんだよ。あんなものを世に出回らせたままにするのは不都合だからな」

女盗賊(薬屋ちゃん…!)

薬屋「私と男の生活を邪魔されては敵わん」

女盗賊(薬屋ちゃん…)

薬屋「それと取り急ぎ清潔な注射器が要る。まだ私の体内に薬理成分が残留しているはずだ。排出されない内に検体を採取しておきたい」


男「そうだな…」

男「注射器については君に任せてもいいだろうか?」

町娘「!は、はい!」

男「俺達では目立ち過ぎてしまうからな、すまない」

町娘「いえ、私でもお役に立てることがあれば何でも言って下さい」

薬屋「ほう、そうか。では宿の一室をラボとして使わせてもらうぞ」

町娘「ラボ…?」

薬屋「実験室だ。薬品等は極力零さないようにする。臭いが染み付いてしまうのは避けられないだろうが」

町娘「え、えぇ…」

男「そこまでのことをするならもっと適した環境を見つけてからの方がいいんじゃないか?詳しいことは知らないが準備不足の実験は危険と聞く。宿に実害が出るなら尚のことだ」

薬屋「……誇張しただけだ。臭いなど出はしない。あれの元は私の作った薬だ、大がかりな調合をする必要もない」

男「なら、いいが」

薬屋「………」




ーーーーーーー



ゴポコポ...



鉤鼻男「あぁ…美しいなぁ…♪」

鉤鼻男「ここまでの適合体が存在するなんて…!」

鉤鼻男「早く修復終わんないかなぁー」



「上機嫌ですね。さぞ楽しいことがあったのでしょう」



鉤鼻男「総裁様…見て下さいよぉ、この逸材!これの実験が完了すればボクの悲願はもっと近づく!かつて天才と呼ばれたどんな偉人よりも上の頭脳を持つ人間として…!」

鉤鼻男「はぁー…♪」

総裁「きっと気持ちの良いものでしょうね」ニコッ

総裁「ところで」

総裁「今日の実験、男に向けて行う必要はあったのですか?」

鉤鼻男「やっぱり気付いちゃってました?キヒ…どぉしても歯応えのある試運転をしたかったんですもん」

総裁「あわよくば彼を葬りたかったと?」

鉤鼻男「最強の武力をねじ伏せた最強の頭脳になるんですよぉ!」

総裁「好奇心に駆られて……そうですか。仕方ありませんね。好奇心の抑圧は人格を殺しますからね」ニッコリ

総裁「貴重な実験体にまで逃げられたみたいですけどね」

鉤鼻男「あー、もーいいんですよ。ボクにはこれさえあれば。あの女も愛国者共も踏み台に過ぎないんです…キヒヒ」

総裁「そうですか」ニコニコ

総裁「――ですが」



...ゾワッ



総裁「命拾いしましたね。彼を殺していたら私が貴方を殺していました。二度と彼に手を出さないで下さい。何もしなくとも私の元へ来るのですから」

総裁「それでは、御機嫌よう」



カツ..カツ..



鉤鼻男「………キシッ」

鉤鼻男「好奇心は人間を殺すんですよね、総裁様」




ーーー男と薬屋の部屋ーーー

薬屋「」ギュー

男「……おい、寝返りも打てないが…」

薬屋「打たなくていい」

薬屋「…危険だから私は連れて行けないだと?そんなことは分かってるんだよ。わざわざ言うな…」ポスッ

薬屋「一秒だってお前と離れたくないんだ…」ポツリ

男「……」

スッ(髪を手で梳く)

男「鎖で繋ぎでもするか?」

薬屋「していいのか?」

男「…言葉の綾だ」

薬屋「残念だ。本当に」

薬屋「……なぁ、気に入らない」

男「ん?」

薬屋「この宿の娘だよ」

男「客商売として接しているだけ――」

グググ…!

薬屋「それ、本気で言ってないよな?」

男「………」

薬屋「あいつ、私に宣戦布告してきた」



ーーーーー

町娘「――あなた"も"男さんのことを慕っているのですよね?」

ーーーーー



薬屋「今一度訊くが、あいつとは本当に何もないんだな?」

男「ない。第一、お前が俺との関係を言いふらした時は祝いの言葉をくれたろう」

薬屋「本心のはずあるか…」

男「…俺はお前だけのものだ」

薬屋「………」

薬屋「名前で呼べ…」

男「……薬屋」

薬屋「……」グリグリ

男(この小さい身体のどこにあれほどの想いがあるのやら…)

男(……なるほど、姉妹、か)

男「そろそろ寝るぞ」

薬屋「…ん」




ーーー女盗賊の部屋ーーー

女盗賊「い、いやぁだからウチが話せることは全部教えたじゃない?」

町娘「それはそうですが…あのような方が居るならもっと早く言ってくれても…!」

町娘「…すみません。駄々をこねてるだけですね」

女盗賊「その…なに?男なんて星の数ほどいるんだし、あれより良い奴もすぐ見つかるって」

町娘「……クスッ。どこかで聞いたような言葉です」

町娘「分かってます、お二人の邪魔はしませんよ。とても深い関係であることも伝わってきましたから」

町娘「手紙の件も、きっとあの人が許してくれないでしょうね」

女盗賊「そうね…覚えてたんね…」

町娘「それでも私は男さんの力になります」

町娘「私を頼ってくれることに応えるのくらいいいですよね」

女盗賊「まぁ…。注射器買いに行くだけよね?」

町娘「大切な人に必要とされるのは、それだけで嬉しいんです」

女盗賊「へー…」

町娘「…女盗賊さん、お好きな男性はいらっしゃいます?」

女盗賊「ウチ?爺のことは好きかなぁ。ウチをからかってばっかだけどあんなんでも育ての親だしね」

町娘「ごめんなさい質問が悪いですね」

町娘「恋をしたことは?」

女盗賊「……………」メソラシ

町娘「あ、いえ、馬鹿にするつもりはなくてですね」アセアセ

町娘「誰かに恋をするってとても素敵なことだと思うんです。そして――とても残酷です」

町娘「だって恋をしてる間はその人しか見えなくなってしまうんです。その人が全てで他はどうでもよくなってしまう」

女盗賊「…え?町娘ちゃんまさか…」

町娘「物の例えですよ。私はそこまで盲目じゃないです」

女盗賊(薬屋ちゃんが聞いてなくて良かったよ)


女盗賊「恋ねぇ……そう言われてもいまいちピンとこなくってさ」

女盗賊「異性を好きになる?っていう感覚がウチにはよー分からんのよ。大事に思える人がいるっちゅうのは分かる。愛らしいって感じも理解できるけど…恋ってのはね」

町娘「……ふと気になってついその人のことを考えてしまうのなら、それはもう恋と言えると思います」

女盗賊「んー?んー…ん!そういえば居たかも」

町娘「!どなたです?」

女盗賊「何年か前、しょうもないカツアゲしようとしてる連中が居たから逆にウチが毟ってやったんだけど、その時にやられてた少年がさ、なんつーか小動物みたいで可愛かったわ」

町娘「…それは違いますね」

女盗賊「そう?たまーにふっと思い出すけど」

町娘「たまにって自分で言ってるじゃないですか」

女盗賊「確かに」ヘヘッ

女盗賊「なんかこうやって話してるとウチら普通の女同士みたい」

町娘「?その通りだと思いますよ」

女盗賊「お国の厄介事がなきゃあね」

女盗賊「巻き込んどいてなんだけどさ、正直町娘ちゃんの協力がなかったらウチらここまで自由に行動出来てなかったと思うんよね」

女盗賊「ごめん、助かってる」

町娘「……でしたら是非、例の手紙の件、再考していただけると嬉しいですね」

女盗賊「え、それは」

町娘「ふふっ。もう休みます」スッ

女盗賊「おう…」



ガチャ



町娘「…私にとってはあなたも、もう大切な人ですからね」

女盗賊「んぇ?」



パタン



女盗賊「どういうこと?ウチのことも好きって?」

女盗賊「???」





ーーー数日後ーーー

町娘「……」トットットッ

グツグツ

町娘「」パッ、パッ

コトッ

町娘「…うん」



「おぉ…良い匂いがするよ」



町娘「!」

町娘「お父さん…!」

タッタッ

町娘「大丈夫なの?寝てないとまた…」

町娘父「平気だよ。いつもみたいに治る予兆を感じたから」

町娘「嫌な慣れ方しないでよもう」

町娘父「はっはっ…。それに父さんの居ない間に町娘が接客してくれた方々にも挨拶しないといけないからね」

町娘「うん。じゃあそこ座って待ってて。今一人呼んでくるから」

町娘父「おや、三人じゃなかったかな」

町娘「二人はこの時間出かけてるの」

町娘父「そうかそうか。で…これは父さんの昼食でいいのかい?」

町娘「お父さんのもすぐ作るから食べちゃダメ!」



.........







(研究部屋の前)

町娘「………」



コンコン



町娘「………」



コンコンコン



町娘「……………」

町娘「入りますよ」カチャ

キィ...

町娘(……あちこちに散らかった器具……)

薬屋「……」ジー

町娘(の真ん中で薬品と睨めっこしてる薬屋さん)

町娘(ここ数日でもう見慣れたけれど……この部屋元に戻せるのかな)

町娘「お昼、出来ましたよ」

薬屋「…電荷が残るか。あわよくばと思ったが、塩基部が足りない?だが…」ブツブツ

町娘「薬屋さん!」

薬屋「ん?食事か。腹は空いてない、不要だ」

町娘「そんなこと言って昨日も一昨日も碌に食べてませんよね?研究が大事なのも分かりますけど倒れたら元も子もありませんよ」

薬屋「うるさいね。いいんだよ、必要な分は男に貰ってる」

町娘「私の料理をですよね」

薬屋「…そこに居られると邪魔だ、さっさと出てってくれないかい」

町娘「……」

薬屋「まだ何か?」

町娘「父がみなさんに会いたがってまして…」

薬屋「寝たきりだった人間か」

薬屋「男が帰ってきてからでいいだろう。わざわざ私だけ顔を合わせる意味がない」

町娘(…事あるごとに男さん男さん…)

町娘「……重い女……」

薬屋「あ?」

町娘「」ハッ

薬屋「おい、今のは私のことか?」

町娘「……えぇ。この人の頭には男さんのことしかないのかなと」

薬屋「悪いか?お前に口を出される筋合いはないはずだが」

町娘「とやかく言うつもりはありませんよ。ただ……私も執念深く引き留めていればまだ機会はあったんでしょうか…」

薬屋「…どういう意味だ?」

町娘「別に……私はあなたほどの束縛は出来ませんけど」

薬屋「何が言いたい」イライラ


町娘「……」

薬屋「いいかよく聞け。男は私のものになると自分から誓ってくれたんだ。どう接しようが私の勝手だ」

町娘「はい、お二人が満足しているならそれが一番ですね」

薬屋「余所者が。お前とは重ねた時間が違う」

町娘「共にいる時間の長さよりも中身の濃さでは?」

薬屋「どちらにしろお前に劣ってはいまい」

町娘「まぁ…そうですね。でも、恋は対等でないといずれ苦しむ羽目になりますよ」

薬屋「お前、さっき口出しはしないと言っていたよな?」

町娘「あらそんな気は……」

薬屋「…喧嘩なら買うぞ」

町娘「もしそう聞こえたなら…やはり後ろめたさがあるのですよね?」フフッ

薬屋「」ブチッ




ーーーーーーー

男「今戻った」ガチャ

町娘「男さん!」タッタッ

男「何事だ?輩か…!?」

薬屋「男!」

ダッ

薬屋「どけ!そいつを渡せ」

男「…何があった?」

町娘父「」ヒヤヒヤ

男「親父さん、起きられるようになったんだな」

町娘父「えぇはい…!おかげさまで」

男「それで、この騒ぎはなんだ?」

薬屋「そいつが殴り込みに来た」

町娘「少しお話をしていただけです」

薬屋「よくもぬけぬけと…!」

ガシッ

男「落ち着け。頭に血が上りやすくなるぞ」

薬屋「離せ男!こいつの側につくのか!?」

男「話は後でじっくり聴いてやる。今は抑えろ、な?」

薬屋「……チッ」

男(大方、俺に絡むことだろう。それくらいは察せる)

町娘「ありがとうございます」

男「…君も、事情を聞かせてくれるな?」ボソッ

町娘「…はい」

男「部屋を借りてる身で悪かった。料金は色を付けさせてくれ」

町娘父「いえお構いなく。うちは大体閑古鳥が鳴いてますから、少し賑やかな方が新鮮で良いですよ。はっはっ」

薬屋「……」ジロリ

町娘父「ひ…」

町娘「男さん、食事の方が出来てます。どうぞ召し上がって下さい」

男「そうだな。今日はいつもより腹が減った」

町娘父「私も、同席させてもらってよろしいですかな?」

男「構わない」

薬屋「私は部屋に戻る。後で必ず来いよ」

男「あぁ」

薬屋「……薬も完成が近い」

男「本当か!」

薬屋「それも含めて、な」



トットットッ...



男「…これは俺の予想でしかないんだが、薬屋は昔からああだったわけではないと思っている」

男「俺と出会って変わったところも勿論あるだろうが、本質はそこではないんだろう」

男(もっと前…あいつが育ってきた環境に起因しているのではないか。歳の離れた妹が居る事も気になる。そもそもあいつの両親は?)

男(…思った以上に俺は何も知らないな)

町娘「……冷めないうちに食べてしまいましょう」



コンコンコン



全員「!」

町娘父「お客さんですかな?」

町娘「え、でも休業中の札を下げてるよ…?」

男(女盗賊ならノックなどしない。俺達の事情を知る者か、あるいは…)

「ごめんくださーい!どなたかいらっしゃいませんか?」

男「この声……青年か?」

青年「はい!師匠からの伝言を預かってるんです!」

男「ここを教えた覚えはないが?」

青年「それは、師匠がきっとここに居るだろうって」

男「……」

町娘「男さん、その方が…?」

男「以前訪ねた老師殿の弟子だ。…心配するな、俺が開けよう」

男「扉から離れていろ!」

青年「!分かりました」

男「……」



...カチッ

バンッ!



青年「うわっ!?びっくりした!」

男「…一人か。入れ」




ーーー宿の一室ーーー

男「伝言とやらを聞こうか」

青年「はい。師匠がこの間一週間後に来なさいとおっしゃってましたけど、先方との都合がついたみたいでもういつでも発てるとのことです」

男「……そうか」

青年「あれ、迷惑でしたか…?」

男「いや、予め伝えておけば良かったな」

男「俺達は少し、ここでやる事ができた。それが終わるまで待って欲しい」

青年「やること、ですか。多分大丈夫だと思いますが…ちなみにどれくらいの期間でしょう?」

男「正確な時間は言えない。一日でも早く終えるつもりだとだけ」

青年「………」

青年「…そうですか」

青年「師匠に伝えておきます」

男「よろしく頼む」

青年「では僕はそろそろ」スクッ...

男「待て」

青年「?」

男「……」

青年「なんです?」

男「お前の師匠だが――」

男(……)

男「…易々と人を寄越すなとも言っておいてくれ」

青年「僕だってもう素人じゃありませんよ!」

男「誰であろうと人の出入りが増えれば見つかるリスクも増す」

青年「…その通りですけど…」

男「お前も、女盗賊のようなカンが養えるといいな」

青年「あのおちゃらけた人ですか?いまいち尊敬出来ないんだよな…」

男(ふっ、言われてるぞ女盗賊)


青年「今度こそこれで失礼しますね」ガチャ――

ダッダッダッ

バタン!

女盗賊「爺が訪ねてきたって本当!?」

女盗賊「…ん?」

青年「ってぇ…」シリモチ

男「どこでそんな事を聞いた」

女盗賊「いや町娘ちゃんが…」

男「…話を最後まで聞くんだな。こいつが伝言を届けに来ただけだ」

女盗賊「なーんだ」

女盗賊「悪い悪い、ドアの前に居るとは思わなかったもんだから。立てる?」スッ

青年「なんだじゃありませんよ……ここの娘さんみたいに少しはお淑やかに――」



ーーーーー

「――やー、大丈夫?金取られなくてよかったねぇ。金はあんたを一番助けてくれっからね、大事にしてやりなよ」ニシッ

ーーーーー



青年「………」

女盗賊「?なによ、ウチの顔に見惚れでもした?」

青年「い、いえ…」

女盗賊「否定されんのもムカッとする」

青年「…あなた、人助けをしたことありますか?」

女盗賊「ウチの稼業は知ってんでしょ?あくどい連中から金巻き上げんの。人を助けるとか善人業は請け負ってないよ」

青年「例えば大人にたかられてる子供を助けたりとか…」

女盗賊「あー、数年前にあったねそんなこと」

女盗賊「でも何で?町娘ちゃんに聞いたん?」

青年「な、何でもないです!失礼します!」



バタンッ



女盗賊「…なにあれ」

女盗賊「それより男、伝言て――」




ーーー部屋の外ーーー

青年「……」

青年(…間違いない…)

青年「………」

青年(彼女だったんだ)

青年(彼女こそ、僕がこの道を進むきっかけになった…)

青年(僕の憧れの……)

青年「……くそぅ……」

タッタッタッ




ーーー夜ーーー



カチャ...



薬屋「遅かったじゃないか」

男「……」

薬屋「お前が居ない内に…それ、仕上がったぞ」

男「そいつが?」

薬屋「奴の作った肉体強化、その解除薬だ」

薬屋「驚いたよ、あの男あんな性格をしておいて後遺症がほとんど残らないような分子構造を採用していた。大方、研究材料の使い回しがきくだとかいった理由だろうがね」

男「油のような液体だな。飲めばいいのか?」

薬屋「エーテル溶液だよ。液状の方が体内へ入れやすいだろ?血管から入れようが経口摂取だろうが構わん」

男「…さすが。本当に数日で特効薬を作り出すとはな」

薬屋「……忌まわしい事実を、早く終わりにしたいだけだ」

薬屋「こんな才能など…私にとっては呪いでしかない…」

男「………」

男「昼間の事」

男「けしかけたのは向こうらしいな。だが、お前も相当ムキになったと聞いた」

薬屋「あの女は敵だ。なぁ男、殺しはしない、私達が居る間だけあいつを眠らせておいては駄目か?」

男「しなくていい。俺がよく言い聞かせておいた」

薬屋「何をっ」

男「俺が誰のものか、お前は誰のものか」

薬屋「……」

男「あの子も本気で俺達の邪魔をするつもりはないはずだ。それでも角を立てるような事をしたのは…薬屋、お前のあしらい方に何か思うところがあったんじゃないのか?」

薬屋「…私を責めるのか?」

男「違う。これ見よがしに俺の名前でも出したんだろう」

薬屋「っ」

男「……」

薬屋「……」

男(あれほどの事があろうと、変わらないなこいつは)

男「薬屋、こっちに来い」

薬屋「………」

...タタタッ ヒシッ

薬屋「男が居ないと、私は……堪らなく不安になるんだよ……」

男(出会った時から向けられるこの目は、何も変わらない)

男「俺は居なくならない。絶対にな」

薬屋「……」ギュ...


男「………薬屋。改めて俺はお前に興味がある」

薬屋「…それはそういう意味か?」

男「否定はしないが、お前の過去を知りたいんだ」

男「お前が薬屋として生きるようになった理由……妹や親の事…」

男「掘り返したくない過去だというのなら無理強いはしない」

男「…どうだ?」

薬屋「………」

薬屋「……面白い話ではないぞ……」

男「それでも、だ」

薬屋「……」

薬屋「父と母の事は今でも覚えている。物心ついた時でも一人娘の私を優しく育ててくれたものだ。私が薬剤に興味を持つのも反対するどころか後押しするくらいだった。誰もが羨む幸せな家庭がそこにはあった」

薬屋「表面上は」

薬屋「…父はある日突然姿を消した」

薬屋「後で知ったが、不倫先に作った借金のカタに"粛清"されたんだそうだ」

薬屋「そして元々依存体質だった母はその日を境に豹変した」

薬屋「母曰く、私は忌子であるらしい。それから毎日毎日、罵られ、叩かれ蹴られ投げつけられ…」

薬屋「母が母でなくなっていくほど、私は唯一の拠り所である薬学にのめり込んでいった」

薬屋「彼らは結局、私に優しかったのではなく私に関心が無かっただけなのさ」

男「……」

薬屋「そんな折、転機は訪れた。私が匿名で公開していた論文がその道の権威の目に留まり、私の家を訪ねてきたんだ」

薬屋「彼は私の居る環境を知ると半ば無理矢理母を引き剥がし、私を連れ出した」

男「親元から離れる事に抵抗しなかったのか?」

薬屋「何も思わなかったね」

男「…そうか」

薬屋「引き取り先は何処ぞの研究施設の一画。そこで初めて顔を合わせたのが……」

薬屋「…お前が少女と名付けた幼子だ」

男「!」


薬屋「碌でもない父親が残した愛人の子。奴らが私達を引き合わせたのは情けでもなんでもない。私という人間を担保する為」

薬屋「その頃の私は研究に身をやつすことでしか生を感じられない生き物であったが…なかなかどうして他人を利用してきた人間は人心掌握に長けていてな、唯一の肉親に心を寄せるよう誘導していった」

薬屋「そうして私が易々と逃げられぬよう、体のいい人質が出来上がったわけだ」

薬屋「奴らは自分達に協力し続ければ生涯の地位と生活を保証すると、そう言ってきた」

薬屋「……はっ、信用すると思うか?」

薬屋「案の定、盗み聞いた話によれば私と少女は用が済めば貴族に売られる手はずになっていたようだ。"愛玩具"としてな」

薬屋「最早留まる価値などない。妹を連れて離れたさ」

薬屋「金だけはたらふく貯め込んでいたみたいだからな、拝借させてもらった」フッ

薬屋「とはいえ当てもなく彷徨っていてもいずれ限界が来るのは明白。だから私はーー」

男「依頼を出したんだな」

薬屋「…そこからは話す必要もあるまい」

男「なるほど…。あれが直接出された依頼だったとは」

男「だが少女はどうした?初めてお前と会った時も姿は見えなかったが…」

薬屋「隠していたに決まってる。わざわざこちらの弱点を晒すことはないしな」

男「依頼相手を騙していたわけか」

薬屋「とっくに時効だろう?」

男「悪いが俺の契約は治外法権だ」

薬屋「なら何をするんだ?今の私に」ジッ...

男「………」



.........





薬屋「…男、寒い」

男「もっと寄れ」

モゾ...

薬屋「随分と荒い違反料だ」

男「よく言う。煽ったのはお前だろうに」

薬屋「…ふふ」

男(……)

男「…些末な疑問だが、もし依頼を受けたのが俺じゃなかったらお前は」

薬屋「あり得ないね」

薬屋「例え話であろうと私が男以外に心を預けるなど、あり得ない」

男「……」

男「そこだけは母譲りだな」

薬屋「…そうだよ。お前だけが私の存在価値なんだ」

...ギュー

男「薬屋?」

薬屋「それでも、お前はまた行ってしまうんだろう?」

男「何を」

薬屋「仇討ち。自ら死地に赴こうとしている」

男「俺は死なない。必ず戻ってくる」

薬屋「……そうじゃない……」

薬屋「男を失う可能性が僅かにでもあるのが……嫌なんだ……」

男「………」


薬屋「………なぁ」

薬屋「このまま、二人で逃げてしまわないか…?」

薬屋「鉤鼻男のアンチドーテなら完成した。後は残った者がばら撒いてくれるだろう…」

薬屋「私と男が消えたところで俗世の何が変わるわけでもない」

薬屋「男……」ミアゲ

男「…少女はどうなる?」

薬屋「っ……」

男「………」

男「貴族に売られる身と知った時、お前は少女を連れて逃げたと話したな」

男「お前は何のために逃げた?研究を続けるためか?単に束縛を逃れるためか……いずれにせよ少女を連れ出すのはお前にとって大きいリスクだったはずだ」

薬屋「……」

男「お前にもまだ、他者を想う心は残っている」

薬屋「………」

薬屋「」ギュ...

男(いかなる要因が、どれほど個人の性格に影響を与えるかなど分かりはしない。ある者は己のみで生きる術を教わるかもしれない。ある者は人を信頼する事を辞めるかもしれない)



ーーーーー

少女「――お兄!」

ーーーーー



男(…なればこそ、あの子の時間をここで途切らせたくない。一度失った機会…)

男「…薬屋」



男「俺と共に行くか」




ーーーーーーー

総裁「……感じますね」

総裁「もうじきですか」

総裁「」ゾクゾクッ

総裁「待ち遠しい……」




ーーー翌朝ーーー



ジャー カチャカチャ

...キュ



町娘「ふぅ…洗い物もおしまい」

町娘(皆さんの分の食事を用事する……やってることは普段のお仕事と変わらないのに、少し不思議な感じ)

町娘(本当はお父さんも起きられるようになったから、もう営業再開出来るんだけどね)フフッ

町娘(…男さん、後どれくらいここに居るのでしょう)

薬屋「おい」

町娘「…なんです?昨日のことなら私は――」

薬屋「それはもういい。私が未熟なせいもあった…悪い」

町娘「!」

町娘(……)

町娘「…いえ、私もあなたのことは言えないですし…ごめんなさい」

薬屋「だからそれはいいんだ」

薬屋「その代わり、少し付き合って欲しい」





町娘父「町娘、そろそろうちも商売再開しようと思うのだが備蓄は…」

町娘父「…おや誰も居ない。出かけているのかな」

町娘父「ふむ、買い出しくらい私が行こうか。あの子にはいつも苦労をかけてしまっているからね」





ーーー町 商街区ーーー

町娘「ちょっと待って下さい…!速いですって!」タッタッ

薬屋「もたもたしてる暇はない」スタスタ

町娘「もっと周りを警戒しながら行かなくては」

薬屋「私もお前も顔は割れてないだろう。無用な心配だ」

町娘「そんな楽観的な…」

町娘(確かにこっちを気にしてる人はいないけど…)

町娘「ただでさえ物騒なものを買いに行くんですから怪しまれないようにしましょうよ」

薬屋「金を払えば商品は買える。それが商売だ」

町娘「…私が言っても聞かないんですから…」

薬屋「ここなら置いてそうだな」



看板『刀剣商』



町娘「……」

薬屋「」テクテク

町娘「!」タッタッ

薬屋「……これか…いやこいつでは小さ過ぎるか……」

町娘「……」キョロキョロ

町娘(わー…本物の刀ってこんなに高いの?)

町娘(色んな意味で触るのが怖い…)

薬屋「ボーッと見てるな。お前も手伝え」

町娘「そんなこと言われても私刀の良し悪しなんか分かりませんよ」

薬屋「男に合うか合わないか、それくらいも分からずに私に喧嘩を売っていたのか?」

町娘(男さんのこととなると論理的でなくなるんだよね)

町娘「けど、どうしてあなたが刀を選ぶんです?男さんが直接表に出られない今、仕方ないにしてももっと武器に詳しい人に頼んだ方が…」

薬屋「……男は何も言わなかったが」

薬屋「あいつの刀を壊したのは恐らく私だ」

町娘「物騒な薬で操られていたっていう…?」

薬屋「あぁ。その時の光景が微かによぎるんだ」

町娘「…せめてもの罪滅ぼしということなんですね」

薬屋「それだけではない」

町娘「?」

薬屋「……」



薬屋「私は、男が刀を振るう姿が好きだからな」




ーーー宿屋ーーー



カチャ パタン



男「今戻った」

女盗賊「今日はちょいと遅かったね。もしやついに突き止めた…!?」

男(……)

男「いや、残念だが」

女盗賊「はぁ…もう随分怪しい所は潰したはずなんだけどねぇ」

女盗賊「こうなりゃダメ元で情報屋にでも駆け込むしかないんかね…」

薬屋「男、帰ったか」

男「あぁ」

薬屋「こいつを渡しとく。身に付けておけ」

男「……!これは」

女盗賊「そういや折れてそのままだったもんね、あんたの得物」

男「…悪くないな」

男「お前どうやってこれを」

薬屋「買いに出たんだ、こいつと二人でな」

町娘「……」

男「なんだと…この状況で外へ出たのか」

薬屋「私がこそこそしている必要はないだろう?」

男「何を言ってる。万一にもあの男がうろついていたらどうするんだ」

薬屋「それならそれで、好都合だったかもしれないな?」

男「…!」

男「お前という奴は…」


男「…町娘」

町娘「あ…はい!」

町娘(名前で…!)

男「こんな事にまで付き合わせてすまないな。本当に世話になっている」

町娘「いえ、むしろどんどん付き合わせて下さい。私に出来ることがあるなら何でもします」

男「…ありがとう」

薬屋「…もう準備は出来てるぞ」

男「……」

男「女盗賊、俺は薬屋を連れて老師殿の所へ向かう」

女盗賊「爺の?なんでさ」

男「例の逃亡の件にもう一人加わると知らせるだけだ。その間ここの警戒を任せる」

女盗賊「いいけど、鉤鼻男はどうすんのよ。このまま同じように捜索を続ける気?」

男「それについては考えがある。案ずるな」

女盗賊「ほー。だったら期待して待ってるよ」ニヒッ

男「…行くぞ」

薬屋「……」



トットットッ

...ガチャン




ーーー商店街ーーー

町娘父「ここに置いてある野菜、5つずつ貰えますかな?」

店主「はい毎度!…ん?おぉ宿屋のご主人じゃねぇの!身体の方は治ったんかい!」

町娘父「えぇ。娘のおかげです」

店主「羨ましいねぇ。うちも献身的に看病してくれる娘の一人や二人、欲しかったなぁ」

店主「ご主人が起きたっつーことは宿の営業も始めんだろ?」

町娘父「近い内に開きますよ」

店主「近頃は志願兵募集も盛んだし、商売にも波が来るんじゃねぇかって話で持ちきりだったもんだ。良い時期に持ち直したな!」

店主「あ、でも気ぃ付けなよ?これも最近のことなんだがな、何でも凄腕の元傭兵が国家転覆を企んだっちゅーことで指名手配されてんのよ。一人で行動して見つかるなんてことがないようにしないとな」

町娘父「そんなことが…物騒なものですね…」

店主「こいつが、件の人物だとよ」スッ

町娘父「ほぅ…」

町娘父(!!)

店主「ま、ここいらへ買い物に来そうな面じゃねぇよな!わはは!」

町娘父「……この人は……」







ーーー宿屋ーーー

女盗賊「…ちょっと遅いね」

町娘「え?」

女盗賊「男が行ってる場所、ここからそこまで遠い所じゃないはずなんよね」

町娘「人に見つからないように移動してるからとか…?」

女盗賊「薬屋ちゃんも居るし、そうなのかも」

女盗賊(……ん?薬屋ちゃんも…?)



コンコンコン



女盗賊「!」

「あの、青年です。昨日の今日で急ですが中に入れてもらえませんか?」

町娘「青年さん…どうしたのでしょう、男さんはいらっしゃらないのですが…」スクッ

女盗賊「待ちな」

女盗賊「なんか怪しいね。男から聞いたよ、昨日は一人で来たんだって?でも今日は違うだろ」

青年「えっと…それなんですけど…」




サワッ



女盗賊「ひゃんっ!?」

老師「警戒心や良し。じゃがちと行動が遅いのぅ。これが戦場なら首を取られてても文句は言えまいて」

女盗賊「…こんのエロじじい!!」シュッ

老師「ほっほっ」サッ

女盗賊「あーもう!だからさっきから悪寒がしてたんだ!」

老師「わしを悪寒呼ばわりとは尊敬の念は何処へ行った?」

女盗賊「今の所業に尊敬出来るとこなんか欠片もないわ!」

青年「すみません、なんかうちの師匠が」

町娘「いえ…個性的な御師様なんですね」

青年「ははは……あれでもやる時はやる方なんです。…多分」

女盗賊「で、何しに来たのよ」ゼェゼェ

老師「男殿に所用があると聞いての。微力ながらこの老いぼれの手が貸せないかと」

老師「見たところ留守のようじゃの」

女盗賊「爺のとこに行ったんじゃないの?」

老師「見とらんが」

町娘「入れ違いでしょうか」

女盗賊「薬屋ちゃんまで連れて、どこで道草食ってるんだかまったく」

女盗賊(……いや、待って)

女盗賊「あいつまさか…」



老師「――仇敵を討ちに行った」



女盗賊「!…爺、知ってんの?」

老師「そうじゃなかろうかとな。男殿の所用というのは、今は無き"血吸い"の幹部、鉤鼻男を討つことなんじゃろ。今ので確信したわい」

老師「男殿がかの組織を滅ぼしたことは有名じゃが、そのきっかけとなる家族虐殺を仕向けたのが鉤鼻男という事実は埋もれてしまっているからの。それを男殿が知ったとなれば…」

女盗賊「恐い目をしてたよ、あいつ」

女盗賊「でもさ!まだ居場所も分かってないんだ!どうやって復讐なんか」

老師「奴はずっと城の地下で研究を続けておるぞ」

女盗賊「城…?城は男が探し尽くしたって……!」

女盗賊「…嘘、か」

老師「……」


女盗賊「あーー!そうだよ、なんで気付かなかったのウチは!爺に報告しに行くだけなら薬屋ちゃんを同伴させる必要なんか無いっつの!」

女盗賊「隠してたんだあの馬鹿!いざとなったら自分だけで乗り込もうと!」

老師「置いてかれたようじゃのう。戦力外通告かの」

女盗賊「ここまで来てやったのに……裏切られた気分だ…!」

女盗賊「爺!そいつの所まで案内して!」

老師「構わんが、いいのか?男殿は言外に大人しくしておれと言ってるのじゃぞ」

女盗賊「自惚れもいいところよ。ウチが居なかったら今頃お陀仏だったかもしれないのにさ!今度こそウチの有り難みを分からせてやる!」

老師「…わしも便乗させてもらおうかの」

女盗賊「便乗?」

老師「こっちの話じゃ」

老師「青年よ」

青年「は、はい!大丈夫です僕も」

老師「違う。お主には行ってもらいたい場所がある」

青年「え、僕は別行動ですか?」

女盗賊「ウチ以下のあんたが来たところで盾役が関の山よ」

青年「そ、そんなこと――!」

町娘(…私も役に立ちたい)

町娘(この人達の。何より男さんの…)



ーーーーー

男「――そして絶対に何もするな。君が危険に晒される」

ーーーーー



町娘(……)

町娘「みなさん、どうかお気を付けて」

女盗賊「ん。留守番よろしくね」

町娘「ここ、私の宿ですよ?」

女盗賊「知ってる」ニシッ

女盗賊「行くよ、爺!」

老師「急かすな急かすな。まったく年寄り遣いが荒いのう」



タッタッタッ...




ーーー城の裏門前ーーー

男「……八人か。以前より警備が厳しい…もたつけば気付かれる、同時撃破が望ましいな」

薬屋「それぞれ四人ずつやればいいんだろ?」

男「簡単に言うがな……声も出させず音も出さず昏倒させるといった芸当が、場数の少ないお前に出来るのか?」

薬屋「何の為の私だ。もしもに備え用意しておいた甲斐があったな」スッ

(微量の液体が入った注射器)

男「皮肉なものだ。散々苦しめられたそれに頼ることになるとは」

薬屋「私はこれの適性があるからな。使えるものはなんでも利用するべきだ」

...プツ

薬屋「……っ」

男「平気か?」

薬屋「問題ない…」

男「…俺は右方を片付ける。お前は左側の二人を頼む」

薬屋「分かった」

薬屋「男、これが無事終わったら…褒美が欲しい」

男「善処しよう」

薬屋「……」ジト...

男「…冗談だ。好きなものを考えとけ」

薬屋「忘れるなよ」



サッ




ーーー宿屋ーーー

町娘「行っちゃった…」

町娘「……」

トットットッ...

町娘「静かだな」

町娘(これであの人達が来る前の、元の宿に戻ったんだ)

町娘「……」チラリ

(散らかったままの研究部屋)

町娘「……もう、掃除くらいしていってよ」クスッ



ガチャッ!



町娘父「町娘!大変だ!!」ドタドタ!

町娘「お父さん…!どうしたの!」

町娘父「これ…これを見てくれ!」

(男と女盗賊の指名手配ポスター)

町娘父「これは男さんたちのことじゃないかね!?何か事情があるとは聞いていたが…国家反逆罪!?いや彼らは今どこに…!?」

町娘「落ち着いてよお父さん…!」

町娘「ごめんね、全部話しておかなかった私が悪かったね」

町娘父「…?町娘、お前何か知ってるのか…?」

町娘父「彼らのことを知ってて隠していたのか!?」

町娘「待ってよお父さん!男さん達はそんな悪者なんかじゃ――」



ダァンッ!



二人「!?」

兵1「へっへ…邪魔するぜ」

兵2「お取込み中悪いね…んー?なんだその部屋は?見たところ普通の寝室として使ってたんじゃなあねぇよなぁ?」

町娘父「な、なんですかあなた方は」

兵1「おっさんがよ、怪しい挙動してるもんだから付いてきてみりゃあ……へっ、道案内ご苦労」

兵3「!隊長、こいつあの時の女ですぜ」

町娘「っ」

兵1「へぇー、そういうことかい」

兵1「おっさん、俺らは国に雇われた役所の兵士だ。お国の秩序を守るのが仕事なんですがね……あんたんとこ、この」スッ

兵1「大罪人を匿ってたでしょ」

町娘父「………」

町娘父「…知りませんよ、そんな方。大体うちはしばらく休業していたわけですから――」

ゴスッ

町娘「お父さん!」

兵1「嘘はいけねえよ嘘は。そいつぁ国に向かって唾吐いてるようなもんだ」

兵1「おっさんが言ってくれねぇなら」ギョロ...

町娘「……」

兵1「…嬢ちゃんに聞くしかねぇよな」

兵2「」ニタァ

町娘「…人、呼びますよ」

兵1「ははっ!まだ分からないかな?俺らがその、"人"だってぇの」

兵3「これも平和のためなんだよ、お嬢ちゃん…ゲヒッ」

町娘父「町、娘……」

兵1「大人しくしてないと……痛くしちまうかもなぁ!」





「そこまでにしてもらおうか」




ーーー城内ーーー

タッタッタッ!

「居たぜあそこだ!」

男「しつこいな…」

「数の暴力だ畳んじまえぃ!」バッ

薬屋「」フッ

ドゴォ!

「ぐぼぉっ…」

ドサ、ドサドサ

男「…お前」

薬屋「男の手を煩わすまでもないだろ」

男「味方ならこれ程心強いとはな」

薬屋「当然だ」

男「だが殺すなよ。今日死ぬのはあの男だけでいい」

薬屋「……分かってる」

男「しかし、動きが早過ぎるな。俺達の襲撃を読んでいたかのようだ」

薬屋「お前となら何が相手だろうが負ける気はせん」

男「俺もだ」

薬屋「男、見取り図」

ガサゴソ

薬屋「…まただ、この道も載ってない道だ」

男「所詮表向きに配布された見取り図だ。非常時の隠し通路含めそんなものは山ほどあるんだろう」

男(敵の動きが早い以上闇雲に探し回るのは愚策だが…)



..ザッ..ザッ



薬屋「…なぁ、こいつら」

男「あぁ」

私服の人間たち「「「……」」」

男「強化人間だろうな」

薬屋「……」

男「油断するなよ」

薬屋「お互いな」



ビュンッ



.........





「……」ブンッ

薬屋「!」サッ

薬屋(空中で無理にかわしたか…!)

ザンッ

「」...ドサ

薬屋「……」スタッ

薬屋「助かった」

男「迂闊に跳ねるな。姿勢制御の効かない宙空は危険が大きい」

薬屋「戦闘の極意を教えてくれるのか?」

男「基礎中の基礎だ」

薬屋「ふっ…そうか基礎か」

...ドクン

薬屋(っ…)

男「?どうした」

薬屋「いや…何でもない」

男「掠りでもしたか?」



――ヒュン



男「!」ズバッ

コロコロ...

男「…石?」



女盗賊「それくらい当たっとけこの大馬鹿!」



男「お前…なんでここに」

女盗賊「こっちの台詞よ!仲間欺いてまで出しゃばってさぁ!」

女盗賊「結局ウチのこと信用してくれてないんじゃないか!」

老師「こやつが行くと聞かないもんじゃて。すまんの、連れてきてしもうたわい」

男「……信用している」

女盗賊「だったら――!」

男「しているからこそ、失うのはごめんだ。もうな」

薬屋「……」

老師(……ふむ)

女盗賊「…見くびんなっつーの。そう簡単にくたばらないわよ」

女盗賊「まだまだ金の魅力を知り尽くしてないんだから死んでたまるか」

老師「…少々育て方を間違えたかの」

男(なら、こうして駆けつけて来たのは金のためなのか?)

薬屋「…とんだ自己矛盾だな」ボソッ

女盗賊「鉤鼻男と少女ちゃんを探すんでしょ?ウチらとあんたら手分けして探した方が効率いいはずよ」

女盗賊「奴の研究設備は地下にあんだって」

男「地下か。危うく後回しにするところだったな」

老師「…じゃが、奴がそこにいる可能性は低いじゃろうな。己に酔いやすい男じゃ、あからさまな場所でお前さん達の到着を待っておるのだと思うぞ」

女盗賊「なんでそう思うのよ」

老師「奴の性格はよく知っておるからのぅ。あの組織が健在だった頃、どこにいても奴らの噂は耳に入ってきたものじゃよ」

女盗賊「んじゃあ地下では少女ちゃんを見つけることに集中すればいいんね」


女盗賊「男、鉤鼻男は任せてもいい?」

男「他人に任すつもりはない」

女盗賊「地下はウチと爺に任せてな」

女盗賊「…薬屋ちゃんも来る?」

薬屋「……私は……」

薬屋(……)

薬屋「男と行く」

女盗賊「…そうかい」

女盗賊「しっかりサポートしてやってよ。そいつ小心者だから」

女盗賊「さて爺、地下はどっち?」

老師「そう慌てなさんな……男殿、この城のあからさまな場所と言われたら大方の目星は付いとるじゃろうが…」

(床に転がる強化人間たち)

老師「そやつらの来た先を辿れば、何か分かるやもしれぬな」

老師「ではの。健闘を祈る」



タッタッタッ...



薬屋「…言いたいだけ言っていったな」

男「そうだな」

男(女盗賊…)

男「まさか老師殿が一緒とは思わなかったが」

男「俺達も行くぞ」




ーーーーーーー

タッタッタッ

女盗賊「……」タッタッ

老師「」スタタタッ

女盗賊「ねぇ爺」

老師「なんじゃ」

女盗賊「いい加減話してくれていいんじゃない」

老師「…はて」

女盗賊「とぼけんな。城まで付いてきた理由」

女盗賊「何かあんでしょ?」

老師「お前さんがこの老体を引きずって来たんじゃろ?」

女盗賊「自分から手伝いに来たって言ったじゃん」

老師「なに、女盗賊の右往左往する様をからかってやろうと思ったんじゃがの。ふぉふぉ」

女盗賊「………」

女盗賊「なんだ、爺も嫌な予感察知して来てくれたのかと思ってたけど、違うんだ」

老師「む…?カン、か?」

女盗賊「そ」

老師「お前さん、そうと知りながら来たのか」

女盗賊「そうと分かったから来たのよ」

女盗賊「何もせずにいたらあの二人…五体満足に帰ってこれないって。そんな予感」

老師「……」

女盗賊「ま、言いたくないんならいいよ」

女盗賊「帰ってからじっくり聞かせてもらうだけだから」ニヒッ

老師「馬鹿者!前を見るんじゃ!」

女盗賊「え?」



ズラッ...(複数の兵、私服人間)



女盗賊「待ち伏せ…」

眼帯男「お告げの通りだなァ…」

「ヨボヨボの爺さんと、こっちは上玉だ」

女盗賊(ウチらがここに来ること、知られてたっていうの!?)


老師「ふぅむ」

女盗賊「くっ…」

女盗賊「…出来るだけ撹乱しながら撒こう。雑兵はともかく、強化人間共はヤバイ」

老師「女盗賊よ、地下は向こうじゃ。今なら手薄じゃろうて先に行っておれ」

女盗賊「は…?」

女盗賊「何言ってんの、爺だけで相手する気!?」

老師「そうじゃよ」

女盗賊「いや爺がある程度できるのは知ってるよ!?けどこれは――」

老師「早う行け」

女盗賊「……下手こかないでよ」

老師「誰に向かって言っておる」フォッフォ

女盗賊「………」

ダッ

眼帯男「女を逃すなァ!生け捕りだ!」

老師「まぁまぁ落ち着きなさいお前さん方」

老師「ちょいと、この老いぼれの遊び相手になってくれんかの?どうせ地下は袋小路じゃ。追うのが少し遅れたところで問題あるまいて」

「おいおい爺さん、老い先短い命大事にした方がいいぜ。でねーと貴重な老後がゴミ屑に早変わりだ」

老師「心配してくれるのかえ?優しいのぅ。安心せい、天寿は全うするつもりじゃよ」ニコッ

「そうかそうか!…んじゃ」

「それが今ってことだな!ギャハハ!」バッ





――ヒュッ





ドサッ

「…あ……あぇ…」ピク..ピク..

眼帯男「あァ…?」

老師「失敬失敬。いやの、動くものを見るとつい…」

老師「当てたくなってしまうのだよ」スッ...


眼帯男(あのじじい、何か持ってやがる。投擲したのか?)

眼帯男「…!」

眼帯男「てめェ、"針師"か」

老師「ふぉっふぉ。しがない老いぼれじゃよ」

眼帯男「臆病者の鶏じじいが今更何の用だァ?もうてめェみてえな古い化石は用無しなんだよ」

眼帯男「安楽死でもご所望かァ?」

老師「おぉ…最近の若いのは口が悪いのぉ嘆かわしいわい」ヨヨヨ

眼帯男「チッ、いけ好かねェカスだなァ…!」

眼帯男「おめぇら構わねェ、この生ゴミは粉砕だ」

サッ!ササッ!

老師「老体には堪えるんじゃがのう…」ヤレヤレ




次回の投稿で完結する予定です。

ーーー地下ーーー

女盗賊「」サッ

女盗賊「……」ススッ...

女盗賊(無駄に広いねここ。ほとんどが資料部屋みたいなとこばっかりだし)

女盗賊(…拷問器具の置かれた部屋もあった。最近使われた形跡はなかったけど…)

女盗賊(それに、手薄というよりこれは)

女盗賊「……」

女盗賊(誰一人居ないじゃない)

女盗賊「……!」



(薄っすらと明かりの漏れる部屋)



女盗賊「……」ソッ...

女盗賊(…人の気配はないね)

ススス

女盗賊(何、これ)



(仄暗く光る身長大のカプセル)



女盗賊(中に変な液体が入ってる。研究者の奴らが好きそうなオブジェだこと)

女盗賊(こっちのカプセルに浮いてるのは…ネズミ?アリクイ?)

女盗賊(部屋が妙に小ざっぱりしてるせいで余計に不気味だ)


女盗賊「…?」

女盗賊(服がある。……誰かの着替えか?けど明らかに女の子向けの服……)

女盗賊「!」

女盗賊(思い出した。これ男が少女ちゃんに買ってあげてたやつだ)

女盗賊(…ということは)チラリ



(何も入ってないカプセル)



女盗賊「………」



カツ..カツ..



女盗賊(!誰か来る!)サッ



カツ..カツ..

カツ...



女盗賊「……」

女盗賊「……」

女盗賊(………)



..カツ..カツ



女盗賊(…行ったみたい)

女盗賊(ひとまず、まだここらを探す価値はありそうね)




ーーー城内ーーー

ズバン!

「がふっ…」

男「」スタッ

薬屋「…この様子だと次は右に行けということかね」

男「お前も気付いていたか」

薬屋「露骨過ぎるからね」

薬屋「私ら、誘導されてる」

男「だがこちらにとっても願ったり叶ったりだ。避ける理由はない」



タッタッタッ



.........





(荘厳な扉)

薬屋「なるほどな」

男「玉座の間か。見るのは初めてだな」

男「ここで俺達を殺せば、奴の自己顕示欲も満たされる…そういうことか?」

男「滑稽な演出家だ」

薬屋「…男」

薬屋「終わらせよう」

男「無論」



...キィ





鉤鼻男「やっと主賓の到着だねぇ!待っていたよ男くん。こーんな小さい子を待たせるなんて罪なお人♪キヒヒッ」

少女「……」





薬屋「──っ」

男「…ここに居たか、少女」


鉤鼻男「あれ?あれあれ?あんまり驚いてくれないんだね?やっぱ二回目ともなると飽きられちゃうんだなぁ」

鉤鼻男「男くん、きみはすごいよ!あの日崩れる廃虚からボクに見つからないよう脱出したんでしょぉ?そこのゴミをリユースまでしてくれちゃって」

鉤鼻男「ねぇねぇボクの用意したギミックはどうだった?きみをここまで案内出来るようたくさんの駒を使って工夫してみたんだよ。ちょっと楽しかったなぁ」

男「あいつら、国の正規兵ではないな?」

鉤鼻男「ご名答♪頭の固いつまんない連中ばっかだったんだもん、即解雇さ」

鉤鼻男「ね、王様?」スッ(その場をどく)

国王「……うむ」

鉤鼻男「イヒッ。今の方がお城も賑やかで良いよねぇ」

男(見る限り、王も正常ではあるまい。脅迫を受けているか薬で思考を奪われたか…)

男(いずれにしろ)

男「全てお前の筋書き通りなわけか」

鉤鼻男「当然。こーんな平和ボケした国、乗っ取るなんて屁でもなかったよ」

鉤鼻男「あとは、城に侵入した不届き者を片付けて、襲撃を受けたっていう名目の元堂々と戦争を始めることが出来る」

鉤鼻男「ボクのお人形さんを前に、全世界が平伏すことになるのさ……ボクの偉才にね!ヒヒヒヒッ」ジュルリ

男「……哀れなものだな。他者を蹴落とし悦に浸ることでしか己を保てないとは」

鉤鼻男「はー?おっかしいんだぁ」プッ

鉤鼻男「優れた生命だけが生き残り、劣等種は淘汰される。この世の摂理じゃないか」

鉤鼻男「圧倒的な才を持つボクが、生き物としての定めをこなしてやろうってんだよぉ?ただ生まれて老化して死ぬだけのボンクラ共より遥かに崇高だろ!神はそう評価するさ」

男「お前でも神は認めるんだな」

鉤鼻男「ボクの世界ではボクが神になるからねぇ!」


男「…力で屈服させたとして、全ての人間がお前を崇めるようにはならない」

鉤鼻男「ボクの方が"上"だと認識すればそれで終わりだよ」

鉤鼻男「ふぁーあ…男くんさぁ、いい加減このつまんない問答やめよ?時間稼ぎとか意味ないから」

鉤鼻男「きみの本分は、こっち」シュンッ

男「っ!」バッ



ズドンッ



鉤鼻男「…戦うことだよねぇ?キヒッ」パラパラ...

男「……」

鉤鼻男「加えましてー!舞台を彩るための本日の余興はー!」

鉤鼻男「姉妹喧嘩~」

少女「……」ペタ..ペタ..

薬屋「あ…」

少女「」ズオッ!



バキッ!



男「薬屋!」

鉤鼻男「きみはボクと遊ぶんだよぉ?」

鉤鼻男「近づくなって言ってたけど殺さなきゃいいよねぇ…?キヒヒヒヒ!」




ーーーーーーー

眼帯男「ハァ……ハァ……」

老師「もうバテたのかの?情けない若造じゃ」

眼帯男「クソが…!」

眼帯男(全然近づけねェ…)

眼帯男(どう動こうが正確に針を飛ばしてきやがる。そのくせこいつはほとんど動いてねえ)

老師「じゃが、お仲間よりは根性ある奴よの。こやつらたったのひと針で倒れおってからに」

眼帯男「……ちっ。俺程度その気になりゃいつでもやれるってかァ?」

眼帯男「ウゼェなおい!?俺は力を隠す人間が大っ嫌えなんだよ!能ある鷹は爪を隠さねェ、最適な使い道を知ってんだ!」

眼帯男「おいクソじじい!てめェはなんで血吸いに居た!?なんで一人も殺さなかったんだァ!」

老師「逆に訊くが、お主は何故じゃ?」

眼帯男「人間様をブッ殺す以外にねーだろォが」

老師「老いぼれ一人殺せぬのにか」

眼帯男「……」ギリッ...

老師「…力とは便利なものじゃよ」

老師「使いようによって刃にもなれば、盾にもなる。力の強い者は弱い者を従え、忠誠や崇拝を意のままにすることさえ可能じゃ」

老師「じゃから、それを妄信的に追い求める者も尽きぬのだ」

眼帯男「あァ…?」

老師「わしが人を殺さなかったのはお主らの言う通り、怖いからじゃ」

老師「そして組織に身を置き、何を得たのか……身を以って教えてやろう」

眼帯男(何か来やがる)

老師「……」バッ

眼帯男「また針投げかァ!」

眼帯男「んなの、目が慣れてくりゃ大したこと──」ヒラッ...



老師「」シュッ



キン、キキン



眼帯男「!?」

眼帯男(後続を一投目の針に当てて軌道を変えやがった…!?)

眼帯男(間に合わねェ…!)



.........





眼帯男「」バタッ...

老師「……」

老師「力とは真、美しいがの」

老師「こいつだけでは虚しいものよ…」



パチパチパチ



総裁「見事なお手並みです。昔より腕を上げましたね」

老師「……お主……」

総裁「久しぶりに会えてとても感慨深いですね」ニコッ

老師「…わしより先に三途の川を渡ったものと思っておったわい」

総裁「私はまだご年配と言われる歳ではありませんよ」

老師(組織の壊滅と共に死んだと聞いていたが…こやつの佇まい、紛れもなく本物)

総裁「それにしても」



(倒れ伏す兵達)



総裁「やはり皆、生かしてあげているのですね」

老師「……」

総裁「あれだけの"力"を手に入れたのに、存分に発揮しない理由。貴方が血吸いに居た時から誰しもが気にしていましたね」

総裁「怖いから、でしたか」

総裁「──人を育てる者として人を殺めることへの忌避」

老師「…!」

総裁「晩年は子育てに執心しやすくなるのでしょうか」

総裁「捨て子など預からなければ、貴方は今頃さらに大きな力を手に出来ていたはずですよ。躊躇なく人を殺せ、殺人の犯せない臆病者として後ろ指さされることもなかった」

総裁「貴方が組織を離れた時は寂しく思ったものです」

老師「しょうのない嘘を吐きおって…」

総裁「嘘など言いませんよ。嘘に興味はないですからね」

総裁「そうそう、ここへ来る途中例の貴方の教え子を見ました」

老師「!…もしやお主!」

総裁「いいえ何も。興味がないですから」

総裁「今興味があるのは、彼の死だけ」

総裁「人が死ぬ瞬間というのは何物にも代え難い至福の芸術。私がどれ程この時を待ちわびたことでしょう…」

老師「………」ザッ

総裁「なんです?また小針ショーを見せてくれるのですか?」

老師「お主は危険じゃ。あまりにもな」

総裁「いいですよ」

総裁「私も、貴方の死に様には少し興味がありましたから」ニッコリ




ーーーーーーー

鉤鼻男「ほらほらぁ!どうしたの!きみ、刀の扱い上手いんでしょ?ボクの素手に押されてるよぉ?」ブォン!

男「っ…」

スンッ

男「」ビュオッ

ガシッ

鉤鼻男「キヒ、あんまり握り心地は良くないんだねぇ」

鉤鼻男「返してあげる♪」パッ

男「……」ザッ...

男(…刀身を掴むか。無茶苦茶な奴だ)

鉤鼻男「あー退屈退屈」

鉤鼻男「血吸いを滅ぼしたって言ってもさぁ、所詮人間止まりの強さなんだよねぇ」

鉤鼻男「ん?ちょっと手の平切れてる?遊び過ぎちゃったかなぁ。キヒッ」

男「……」

鉤鼻男「きみもさっきから黙ってないで、退屈しのぎにお話くらいしようよ」

男「………」

鉤鼻男「でないと」



──バシュッ



男(消えた…!?)

男「違う上か!」

鉤鼻男「どーん♪」

ズドン!

男「がっ…!」

男(……く……)

鉤鼻男「今日の予定が早々に終わっちゃうじゃん」ニタニタ

男(…意識がある。奴なら今の一撃を致命傷にすることも出来たはず…)

男(………)







ドスン!



少女「」バッ

薬屋「」バッ




ゴッ!



少女「」シュンッ

薬屋「」シュンッ



バシッ!



薬屋(あの薬は体格の違いにより効き目が顕著に異なる)

薬屋(だというのに…恐ろしいまでの身体制御力だね)



スタッ

少女「……」

薬屋「……」

薬屋(無気力な瞳…)





ーーーーー

少女「──早く来るといいね。お姉の好きな人」ニコッ

ーーーーー



薬屋(………)

少女「……」ユラリ...



ガンッ! ドスッ!



薬屋(懐の解除薬を打ち込むことが出来ればそれで終いなのだが)

少女「」ビュン

薬屋(…一度大人しくさせねばな)

薬屋「」スッ

少女「…!」

薬屋(私だってさっきから無計画にぶつかっていたわけでは)

薬屋「ないんだよっ!」

ドゴッ!

少女「」ズザァ...

少女「……ケホッ」

薬屋「ふー……」

──ズキッ

薬屋「っ…」





鉤鼻男「顔を狙いー?」

男「!」

鉤鼻男「と見せかけて肩でしたぁ♪」バキッ

ドサッ

男「ぐ…」

鉤鼻男「きみ思ったより飛ばないねぇ?ちょっと太ってるんじゃないの?」

鉤鼻男「…お?」



薬屋「っ…」ズキッ



鉤鼻男「…キヒャ…!」

鉤鼻男「お前、そうだよお前!案の定だったねぇ!」

薬屋「あ…?」

鉤鼻男「ボクのお人形と渡り合えるなんておかしいと思ってたんだ。どうせ強化薬の効能を強めて使ってたんだろぉ!」

鉤鼻男「お粗末な副作用まで強くなってるって、気付かなかったのかな?お馬鹿さんだねぇ?」

男「お前…そんなこと一言も…」

薬屋「…死にはしないよ」

鉤鼻男「キヒヒィ!ここにやって来た時点で死ぬことは決まってるのにぃ!馬鹿が過ぎるよぉ…ボクを笑い死にさせるつもり?」

鉤鼻男「ま、いいや。そろそろフィナーレといこっか」

男「……」

鉤鼻男「結局、高い知性は強い武力を生み出すことも出来る至宝なのだと証明されてしまったねぇ」

鉤鼻男「きみたちも出しゃばらなければ、もう少し長く生きられたのに。なまじ人よりちょっと優れていたばかりに…哀れだなぁ」

鉤鼻男「おい、もう殺していいよ」

少女「……」..テク..テク

薬屋(…今は、まずいね…)


鉤鼻男「男くんは腕の一本くらい潰しても平気だよね♪」

鉤鼻男「」ダッ





──ズパンッ





ボトッ





男「………」

鉤鼻男「……?」

鉤鼻男「……あ……」

鉤鼻男「ボクの腕…が…!?」

男「腕を一本。お前は平気ではないようだな」

鉤鼻男「な、なんで…どうしてぇ!?」

男「自覚がなかったか?自身の動きが鈍ってきていたことに」

鉤鼻男「腕…!ボクの腕…!くっつけないと!」

男「…この刀身にはお前の薬を打ち消す解毒薬を塗っておいた」

男「微量だろうと体内に入ればその効果は現れる。薬屋のお墨付きだ」

鉤鼻男「なに…解毒薬…?だってあいつが自我を取り戻してもせいぜい一週間……そんな短い時間で作り出したと?」

鉤鼻男「そんな馬鹿な話があってたまるか!!ボクより無能な存在がボクを超えられるわきゃないんだよぉ!!」

男「……その馬鹿な話にやられるお前は、底抜けの馬鹿なのだろう」

男「死ねば治ると聞く」ザッ...

鉤鼻男「ひっ…!」

鉤鼻男「お、おい!」

薬屋「く…ぐ…」グッ...

少女「……」ググッ

鉤鼻男「もうそんなのはいい!ボクを助けろ!」

少女「………」フリムキ

薬屋「……はぁ……はぁ」


...テクテク

薬屋「…待て…」

少女「……」テクテク

薬屋(……行ってしまう……)

薬屋「戻ってきて…くれ…」



薬屋「──妹」



少女「──?」

少女(………お姉………)

鉤鼻男「なにボケッとしてる!?早く!」

少女「……」

スタッ、スタッ

鉤鼻男「よし、よしよしいいよぉ…!お前がいればあんな凡人共を片付けるくらい造作も無いでしょぉ。キヒヒヒヒ!」

鉤鼻男「まずは手始めにあの脳筋男をぶちのめしてこい!ボクの身体を傷つけやがって…!四肢をもぐくらいしないと対等にならな」

ゴスッ

鉤鼻男「ぶべっ…!」

少女「」スッ



グシャッ!



鉤鼻男「」

男「…少女…」

薬屋「………」

少女「」ヨロ...

男「少女!」

薬屋「!」

タッタッタッ

男「少女、聞こえるか!?俺だ!」

男「お前の姉も、いるんだ」

薬屋「…私、は…」

少女「……ぁ……」

少女「ぉ……」

少女「……」ニッ

男「薬屋、解毒薬を早く」

薬屋「…分かってる」

ゴソゴソ

──プツ

少女「………」スー(ゆっくり目を閉じる)

男「…!?」

薬屋「慌てるな、眠っただけだ」

薬屋「私と同じように、そのうち目を覚ますはずだ」


男「……」

男「笑ってくれたな、この子」

薬屋「あぁ」

男「散々苦しませてしまった俺達を見ても尚、笑顔を見せようとするか…」

薬屋「……ごめんな。私は男だけがいてくれればそれでいいと思っていた。いや、今も思っている」

薬屋「だが、お前も生きることが出来るなら……」

薬屋「……許されるとは思っていない。これは私の自己満足な懺悔だ」

薬屋「少女」

男「……」

男「寝てる間に言ってどうする」フッ

薬屋「うるさい」

男「…さて」

男「王よ!そなたを脅かす危機は去ったぞ!」

国王「……」

男「…やはり薬を打たれているか」



鉤鼻男「」



男「自らが生み出した業に殺されるとは」

男「…この世で最も知性のない死に様だな」





総裁「本当に。その通りですね」




ーーーーーーー

女盗賊「」スタタタッ

女盗賊(まずったね。ちょっと時間をかけ過ぎた)

女盗賊(やたら広かった割に、カプセル部屋以外めぼしい場所はなかった)

女盗賊(でもこの服……あそこに少女ちゃんが居たことは間違いない。ということは今は)

女盗賊「…!」スタ...



老師「」



女盗賊「爺!?」

老師「」

女盗賊「なんだよ、これ。血糊か?下らない冗談で驚かそうとしてんの…?」ハハ...

女盗賊(──いいや、この据えた鉄の臭いは)

老師「……む……」

女盗賊「!爺っ、生きてる!」

女盗賊「待ってな、今医者のとこへ運んでってやる」

老師「よい…女盗賊よ…」

女盗賊「何言ってんのよドアホ!下手打つなって言っといたのに!」

老師「いいんじゃよ…わしは十分に生きた…」

老師「こうしてわしのために…泣いてくれる者もいるんじゃからの…」

女盗賊「諦めないでよ…!あんたの性格はそんなんじゃ…!」ポロ..ポロ..

老師「…ふぉ…ふぉ…」

老師「お前さんを育てるのは……面倒じゃったが、それなりには楽しかったわい……」

女盗賊「やめて…聞きたくない…!」ポロポロ

老師「わがままは変わらんのう……」

老師(わしの生き様は…とても褒められたものではない。大なり小なり間違えてきた)

老師(じゃが…この子を育て上げたことは……正しかったと信じたいの…)

老師「…そうじゃ……青年を頼んだぞ……」

女盗賊「青年…?」

老師「……まだまだ未熟者…じゃて…」

女盗賊「分かったから…!もう喋んないで…止血出来ない…!」

老師「……」

老師「……自由に……生きるんじゃぞ……」

女盗賊「…爺…?ねぇ、爺?」

老師「」

女盗賊「………」

女盗賊「………」




ゴロツキ「居たぞ、あれだ」



「あの女、ターゲットの一人っすね」

ゴロツキ「おう。あの忌々しい傭兵の仲間だそうだ。よくここまで逃げ回れたもんだが…多勢に無勢だ」

「ぐひっ…」ニヤニヤ

「そばで死んでる汚ねぇじじいはなんだ?」

ゴロツキ「ねーちゃんよぉ、選ばせてやる」

ゴロツキ「そこのじいさんみてぇにくたばるか、大人しく投降して俺らの玩具になるか」

女盗賊「……」

女盗賊「…お前ら…」

ザッ

女盗賊「生きて帰れると思うな」ギン

ゴロツキ「あ?まさかやる気かよおい。周りが見えねぇんか?」

ゴロツキ「俺ぁな、奴に散々コケにされて苛々が溜まってんだ。その綺麗な顔、原型を留めてるといいなぁ…?」

女盗賊「……」ギリッ...





「今だ、かかれ!」





「「「おおおぉ!」」」ダッダッダッ!

「なんだこいつら…!?」

「ぐひぃ?」

キンッ キン、キンッ

ザシュッ!

「ぐぁああ!」

女盗賊「…?」

青年「女盗賊さん!無事ですか!」タッタッ

女盗賊「あんた…え、なに?」


青年「彼らは、元々国の騎士団員だった人たちです。先導しているのは近衛騎士団長」

団長「私に続け!この穢れを国から一掃しようぞ!」

オー!

青年「師匠に言われて呼びに行ったんですよ。不当に解雇された兵達の愛国心を呼び覚ましてこい、って」

青年「最初に保護したのは町娘さん家のお二人でしたけどね」

青年「……でも、遅かったみたいだ」



老師「」



女盗賊「…ウチも行く」

青年「ダメですって!師匠がやられる程の相手がいるんです、戦闘は本職の人に任せましょう!」

女盗賊「どこの世界に親殺されて黙ってる人間がいんのさ!止めるってんならあんたでも容赦しないよ!」

青年「もしあなたが死んだら師匠の意志は誰が継ぐんです!?」

女盗賊「っ」

青年「師匠の一番弟子のあなたが居なくなってしまったら…師匠の残したものが、本当に消えてしまうんですよ」

女盗賊「……」

青年「僕だって悔しいです…こんな形で師匠を失うだなんて信じたくありません…」

青年「…だけど、今僕らがするべきは憎しみに駆られて命を投げ打つことでは、ないんです」



団長「はぁっ!」ズバッ

ゴロツキ「どうしていつもいつもこう邪魔が入りやがる…!」ガキン!



女盗賊「……ちくしょう……」

女盗賊(………)

女盗賊「……」ポロ..ポロ..

青年(……)




ーーーーーーー

総裁「あぁ…やっと相見えることが出来ましたね、男」カツ..カツ..

男「……」

薬屋「…あれは?」

男「…血吸いの頭領だ」

総裁「貴方に手を出すなと言っておいたのですが」

鉤鼻男「」

総裁「興味をそそられない死に様です。思索の価値もありませんね」

男「お前は、確実に屠ったはずだが」

総裁「あれですか?影武者ですよ」

総裁「あんな場所に閉じこもっていては、人の死に様に立ち会うことが出来ないじゃないですか」

総裁「ずっとずっとずーっと…会いたかったのです」

総裁「貴方の妻子を手にかけ、その美しい死に様を見てから、男、貴方が息絶える瞬間を見たくて見たくて…今日までこの疼きを抑えてきたのです」

総裁「ですが…もう我慢しなくていい…」ホゥ...

薬屋「男の家族を殺したのは、そこの鉤鼻男じゃないのか?」

総裁「確かにこの木偶による見せしめでしたね。私は退屈しのぎに同行してみただけでしたが」

総裁「最高の選択をしました」ニコ

男「…それで、俺を追い続けてきたのか」

総裁「はい。私は、少し先の出来事を見ることがあるのですが、結末の分かりきったゲーム程つまらないものはありません……しかし、人の死は別でした」

総裁「それだけは全く予測の出来ない、この世の神秘とも言える現象」

総裁「男、貴方の死を見届けることで私は、己が生涯最上の快感を得られるのです…!」

総裁「全快の貴方に抵抗して頂けないのは少々残念ですが、いっそ一思いに終わらせるのも悪くありませんね」


薬屋「…男、私も」

男「いや、そこで見ていろ」

男「……」

フッ(目を閉じる)

総裁「感動しますね。貴方も同じ気持ちでしたか」

総裁「それでは……」ジャキ



シュタタタッ



男(ここで全てを終わらせる)



総裁「」シャッ



男(もう、繰り返さない為に──)





──ザシュッ




ーーー城内 パーティールームーーー

国王「では、本国の秩序と平和が守られた事、そしてそれを成し遂げてくれた英雄達に」

国王「乾杯」

「「「乾杯!」」」



~~♪

ワイワイ



少女「」オロオロ

女盗賊「ほら、少しは落ち着いたら?少女ちゃんも主役の一人なんだから」

少女「でも…」

女盗賊「この肉食べる?美味いよ」スッ

少女「う、うん」



貴族1「いやはや、聞きましたよ。彼らを匿い、国を取り戻す手助けをなさっていたこと!」

町娘父「いえ、私はそんな大層なことは」

貴族1「それに貴方の娘さんの勇敢さ!是非うちの息子の嫁に来て頂きたい!」

貴族2「抜け駆けはいけませんぞ!あなたのために来て下さったのではありませんからな」

町娘父「ははは…」

町娘「」ニコニコ



少女「……あの」

少女「お姉は…?」

女盗賊「ん?男のとこだよ。ここ数日ずっとね」

女盗賊「あいつが目覚ますまで、付きっきりなんだろうさ」

少女「……」

少女「私、向こうの料理も取ってきます」

女盗賊「ん。落とさんようにね」

テッテッテッ

女盗賊(少女ちゃん、戻ってきたと言っても、男と出会う前の記憶しか残ってないなんて)

女盗賊(ウチにもなんとなく余所余所しいし、肝心の男は生き残ってた血吸いの頭と相討ちで昏睡中…)

女盗賊「……ウチも、外の空気でも吸おうか」




ーーーバルコニーーーー

女盗賊「……」

女盗賊「」クイッ

女盗賊「…美味しくはない」

女盗賊「………」

青年「隣、いいですか」

女盗賊「……」

青年「……」

青年「師匠、血吸い四幹部の一人だったみたいですよ」

青年「一人も殺さないことで有名だったとか…」

女盗賊「……」クイッ

女盗賊「ウチにとっちゃ、今でもお調子者のセクハラじいさんよ」

青年「…師匠は、僕が弟子入りしてからあなたの話ばかりしていたんです」

青年「やれ生意気な口を聞くようになった、昔の素直さが見る影もない、他にも色々」

青年「ですがあなたのことを話している間はずっと、楽しそうにしていましたよ」



ーーーーー

老師「──お前さんを育てるのは……面倒じゃったが、それなりには楽しかったわい……」

ーーーーー



女盗賊(……)

青年「…ですから、その…」

青年「女盗賊さんも、また前みたいに…」

ガシッ

青年「え?」

ワシワシ

青年「うわわ」

女盗賊「誰が落ち込んでるって?」

女盗賊「一丁前にウチを慰めてるつもりなら、まだまだだね」

女盗賊「ウチには爺の意志を受け継ぐ義務があんでしょ?…青年、あんたの修行はウチが続けるから」

青年「はい!?」

女盗賊「ウチは爺みたく甘くないよ。覚悟しとき?にししっ」

女盗賊(あんたのこと、任されちまったからね)

「女盗賊様、青年様、ここにいらっしゃいましたか」

女盗賊「何か用?」

「王がお呼びです」




ーーーーーーー

国王「我が国を窮地から救ってくれた英雄諸君には、相応の礼をしなければなるまい」

国王「出来うる限りの望みは叶えよう。皆の者、言うてみよ」

町娘父「えぇ、王様。私共はですね、宿の改装のために少しばかりの援助を──」

町娘「爵位と領地を頂きたく思います」

町娘父「!?」

ザワザワ...

町娘父「な、何を…!?」

国王「ふむ…その心は?」

町娘「はい。私、夢が出来まして」

町娘「いつか自分の店を拡げ、国中に名を轟かせるような宿を経営してみたいのです」

町娘(そして誰よりも良い女になって…見返してあげます、男さん)

町娘(あなたの逃した魚は大きいですよ)

国王「…強い目をしておる。良いだろう、後日、正式な爵位とそれに付随する領地を分け与えよう」

町娘「ありがとうございます」

町娘父「」ボーゼン


国王「そちらのお嬢さんは何が欲しいかな?」

少女「え…私は…」

女盗賊「何でも好きなものくれるって」

少女「そんなこと言われても…」

少女「…じ、じゃあ」

少女「お姉と、私を…もう、頼らないで下さい」

少女「それだけです…」

国王「…承知した」

国王「そなた達に干渉しないこと、ここに誓おう」

女盗賊「次はウチだね」

女盗賊「ねぇ王様、新大陸の開拓権利って貰えるの?」

「新大陸だって!?」

「初耳だ…」

国王「近いうちに発表するつもりであったが…それは難しい」

国王「既に他国との共同出資が決まっておってな。すまぬが全権移譲は出来ないのだよ」

女盗賊「えー、何でもいいって言ったのに?」

女盗賊「ま、いいよ。分かってたし」

女盗賊「んじゃあさ、葡萄酒ちょうだいよ」

国王「む?葡萄酒ならそなたのテーブルにも出ておるぞ」

女盗賊「違う違う」



女盗賊「寝かせてないやつね」




ーーー町娘の宿屋ーーー

少女「……」テクテク

少女「……」テクテク



ーーーーー

女盗賊「──これ、持っていきな。男が好きだった酒」

女盗賊「──手ぶらよりはお姉さんとも話しやすくなるかもしんないしね」

ーーーーー



少女「……」

少女(……)



コン、コン



少女「………」

「誰だ?」

少女「私、だよ」

「………」

少女「………」



キィ...



薬屋「……」

少女「……」

少女「…あのね、お見舞い持ってきたの…男さんに…」

薬屋「………」

薬屋「…女盗賊の差し金だな。あいつは、本当に…」

少女(……)

少女「ごめん。私、余計なことしてるよね…」

薬屋「そんなわけあるか。入っていけ」

少女「!…うん」



パタン



少女「お姉、これ」

薬屋「葡萄酒か」

薬屋「おい男、あんまり寝ているとこいつの味も変わってしまうぞ」

男「」

少女(男さん…昔少し見たことがあった。お姉の長年の想い人…)

薬屋「…妹、すまなかった」

少女「お姉は謝らなくていいんだよ」

薬屋「……」

少女「女盗賊さんに全部聞いたよ。私がどうなってたか、お姉が何をしてたか…」

薬屋「すまない…」

少女「謝らないでいいって。お姉が不器用なことは知ってるもん。それにね、私お姉になら何されてもいいと思ってる」

少女「だってお姉は、一人ぼっちだった私の手を引いてこの国に連れてきてくれた。たくさん、楽しいことを教えてくれたから」

少女「私の、大切なお姉ちゃん」

薬屋「……」ギュ...

薬屋「似た者同士かもしれないな、私達は」

少女「本当?だったら嬉しい」



ーーーーー

男「──少女」

ーーーーー



少女「─!」

男「」

少女「……少女」


薬屋「気になるか?男がお前に付けた名だ」

薬屋「これでお前には二つの名が存在することになるのか」

薬屋「…きっとどちらでもあるんだろうな」

少女「……」

男「」

少女(………)

少女(………)

少女(……………!)



ーーーーー

男「──そういうことだ。少しの間だが、共にいてもらうぞ」

男「──ふっ。俺も少女が好きだぞ」

男「──良い案がある。幽霊が多く出現するという北の国はどうだ?」

男「──だから……死ぬな、少女…!」

ーーーーー



少女「………ぁ」

薬屋「…どうした?」

ピクッ

薬屋「!」

男「……ん……」

薬屋「男!目が覚めたか…?私が分かるか!?」

男「…薬屋…」

薬屋「」ギュー

少女「お兄」

男「──っ」

男「少、女…?」

少女「……」





少女「す、き」ニコッ





ー終わりー

以上で完結となります。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。

おつおつ
後日談はないのかなぁ

>>115

後日談は考えていませんが、男が新大陸開拓に駆り出されたり、少女が男に好意を寄せるのに強く出れない薬屋がいたり、女盗賊と青年が修行という名の怪盗を繰り返したり、そんな妄想でもしてくれれば幸いです

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