【シャニマスSS】空の高さを知る者よ (19)


【2年前の夏休み・黛家】

『空はどの高さから空なんですか?』

 遅めの朝食を食べ終えて出掛ける準備をしていたふゆの耳に、子ども特有の舌ったらずで高い声が届いた。

 つけっぱなしにしていたラジオから流れているのはたしか、〈子ども科学電話相談〉とかいう子どもの疑問に専門家が答える教育番組だ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1588390652


 空はどの高さからが空なのか……
 言われてみれば考えた事ないわね……

 少し考え込んだ後、いけないいけないと頭を振る。悠長にしてたら予定していた電車に乗れなくなっちゃう。

 続きを聴きたい気持ちを感じつつも、ふゆはラジオのスイッチをOFFにした。

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【現在・283プロ 倉庫】

「冬優子ちゃん、なにボーっとしてるんすか?」

 あさひの声にハッとする。
 今まで一度も思い出した事のない夏の記憶が、なんで今更よみがえってきたんだろう……

 なんて、考えるまでもなく目の前の光景のせいに決まってる。

 「別に……それより、何これ写真…?事務所の倉庫で何してんのよ」

 倉庫内にはいつの間にやら頭上を横断するように紐が何本も張り巡らされていて、そこから何十枚もの空の写真が吊るされていた。


「空を作ってるっす」

 あさひは写真を吊す作業をしながらこちらには目もくれずに答える。

「はぁ?
 ああ、空の写真を敷き詰めて『空を作ってる』ってこと…?あんたにしてはなかなか面白いことやってるじゃない」

「冬優子ちゃんわかるっすか!?」

 事務所の倉庫を勝手に散らかして……と思う気持ちもあるけど、この発想は素直に面白いと思った。いつもは見上げているだけの空が、手を伸ばせば触れられる位置にあるなんて。


 それから幾つか言葉を交わしているうちにふと、二年前の夏に聞いた子どもの疑問をあさひに投げかけてみたくなった。

「ねぇあさひ、空はどの高さからが空なのかって考えた事ある?」

「どこからが空なのか、っすか?」

 あさひは視線を上げ下げして、「空……空……うーん……」と、考え込んでしまう。


 答えが返ってくるのを待つ間に自分でも考えてみる。

 空、と聞いてセットで思い浮かぶ存在といえば雲だ。雲の高さはどれくらいだろう。

 積乱雲は高いところで10キロ以上にもなると昔授業で習った覚えがある。だけど、山を登れば雲海を見下ろせるスポットが幾つもあるって事は、数百メートルの高さにも雲は発生するんだろう。
 そういえば、スカイツリーの天望回廊から雲を見下ろせたとツイスタに画像をアップしてる人もいたっけ。

 それなら、空は200~300メートルより上の高さから……とか?


「冬優子ちゃん、わかったっす!」

 あさひも答えを出したみたいだ。

「見てるっすよ~……それっ!」

 トンッと床を蹴ってあさひは跳び上がった。一瞬宙で静止したように見えるくらい軽やかに。
 空気が突然動いたせいか、あさひの近くに吊り下げられていた〈空〉が一枚、ヒラリ、ヒラリと舞い落ちてふゆの足元に滑り込んできた。


「何やってるのよ」と写真を拾い上げて、あさひに渡す。

「ここが空なんすよ!」

「ここが?この倉庫で空を作ってるのはわかったけど、ふゆが聞いてるのはーー」

 あさひはブンブンと首を振る。

「そうじゃないっす。
 地面を少しでも離れたら、そこからが空なんすよ!」


 ーーその瞬間、あさひの手の中の〈空〉から滲み出した青が、埃っぽい倉庫の中も、窓の外に見える街並みをも染め上げていくような錯覚を覚えた。

「……それだとふゆもあさひも空の中にずっといることになるじゃない」

「そうなるっすね」

 相変わらず無茶苦茶ね……
 でも、それもいいのかもしれない。

 見上げて、手が届かないところにあるものだと思っていたけれど、あさひの目には違う風に映っているのね。
 そうか、だからあさひはあんなにも……ーー


「……フフッ」

「あっ、なんで笑うんすか?」

「小学生の子どもみたいな答えだな、って思ったのよ」

「むー……バカにしないでほしいっす!」

「……あんたってさ、空みたいよね」

「? どういう意味っすか?」

「教えなーい」

「えーっ!!気になるっすよ!教えてほしいっす!」

「ま、気が向いたらね。
 それじゃ、ふゆはレッスンに行くから」

「冬優子ちゃん、次会う時は絶対絶対教えてもらうっすからね!約束っすよ!」

「はいはい」と、手をヒラヒラと振りながら倉庫を後にした。
 ああ言いながらも、アイツが次に会う時までこの話題を覚えてるかは疑問だ。もっと興味を惹かれるものがあれば、こんな会話はすぐにあさひの頭から消え去ってしまうんだから。

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 事務所を出ると雲一つ無い澄んだ青空が広がっていた。いつもより空の青が濃く見える。

 人は空を飛べない。
 でも、それは人が地上に縛り付けられてる事とイコールでは結ばれないと、あさひに教えられてしまった。

 あさひ、愛依、283プロのみんな、そしてプロデューサー。今のふゆにみんなの色が少しずつ混ざって、新たな色合いに変化していく。
 これから先のふゆはどう変化していくんだろう。

 先日リリースされたばかりの『Dye the sky.』を思わず口ずさむ。ありふれたイエローもそう悪いものじゃないみたい。


 誰もいない公園を通り抜ける時、脚をほんの少しだけ曲げて地面を蹴った。
 ふゆだって空の境界くらい越えられるんだから。

 どこまで行ったって必ず捕まえてやるから、あんたは好き勝手に自由に飛び回ってればいいのよ、ばかあさひ。

(了)

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

【空と青とアイツ】あさひのアニメーションが最高に可愛かったので記念にSSを書けて良かった。

イベントを含め、ストレイライトは最高だと改めて確認できた。

倉庫内での台詞は一部シャニマス4コママンガ第188話「世界の共有」から引用させてもらってます。

SSタイトルはあさひのファン感謝祭編のコミュタイトルより。

直近で書いたシャニマスSSは以下の通りなのでよければ読んでみて下さい。

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