「ナナチはかわいいですね」
「オイラはかわいくねーっての」
あれはまだオイラが『成れ果て』になる前の、人間だった頃の話だ。
とある国のスラムで生まれ育ったオイラはゴミ漁りをして暮らしていた。
もちろんひでー暮らしで、なんでこの世に生まれちまったのか後悔する毎日だった。
「ナナチは探窟家になりたいのですか?」
「あたぼーよ!」
ゴミ漁りをしている時に見つけた、アビスと呼ばれるでっけー大穴について書かれた本はオイラの宝物で、いつの日かその大穴を探険してみてーと夢を見ていた。
「素晴らしい。ナナチならなれますよ」
「オイラを探窟家にしてくれんのか!?」
「探窟家とはアビスの最深部を目指す気持ちさえあれば、誰にでもなれるのですよ」
「ほんとうか! ボンドルド!」
その言葉に無邪気に喜んだことを覚えてる。
「ええ。ナナチならきっと、なれますよ」
その道が血塗られた茨の道だとは知らずに。
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「なあ、ボンドルド」
「はい。なんですか?」
「あんたは白笛なんだろ?」
「ええ。ひとは私を『黎明卿』と呼びます』
黎明卿。新しき、ボンドルド。
笛の色でランク分けされている探窟家の中でも最高峰の『白笛』所持者である仮面の男。
こいつがオイラをスラムから連れてきた。
しかも、ずっと憧れていた、アビスへと。
今でもそのことだけは感謝してる。
「やっぱめちゃくちゃつえーのか?」
「いえいえ。とんでもありません。殲滅卿や不動卿には敵いません。私は恐らく、白笛の中ではもっとも弱い部類と言えましょう」
「なんだよえーのか。それなのにどうやって白笛になったんだ? まさか盗んだのか?」
「まさか。この白笛は特別製なので、ひとのものを盗んだところで意味はありません」
「ふーん。よくわかんねーけどすげーな」
ボンドルドは変わった奴だった。
白笛の探窟家として地位も金も名誉もある。
それなのにオイラみたいな薄汚いガキ相手でも敬語で話す、おかしな奴だ。
偉いんだろうけど、全然偉ぶらない。
金持ちや権力者特有の自己顕示欲がない。
たぶんどんだけ馬鹿にされてもけろっとして、気にもしないのだと思う。
「探窟家には必要最低限の力さえあればそれでいいのですよ。あくまで目指すのはアビスの最深部であり、そこに到達する過程において不必要なものは何もかも全ていらないと言っても過言ではありません」
当時のオイラはその意味がわからなかった。
「必要ないものって、たとえば?」
「あらゆるものです」
「カネもか?」
「ええ。このアビスにおいて金銭はなんら価値を持ちません。とはいえ、探窟に必要なものを購入する必要はあるので、あくまでアビスの中だけでの価値観と思ってください」
ボンドルドは一見すると貧乏人みたいだ。
いつも同じ服に、同じ仮面をつけている。
とはいえ身体中至るところに貴重な遺物を仕込んでいるらしいので、それなりに金はかかっているようだが、あまりにみすぼらしい。
「袖口、破れてんぞ」
「おやおや。これは気がつきませんでした」
「オイラが繕ってやんよ」
針と糸を借りて縫ってやった。
スラムで生き延びるために身につけた様々な技術のおかげでわりと手先は器用なほうだ。
「ほらよ。ちょっとはマシになったぜ」
「これはこれは。素晴らしい。ナナチはかわいいだけでなく、とても器用なのですね」
「このくらい、別にふつーだっての!」
やたら褒められると、照れちまうだろうが。
「オイラもさ……」
「はい?」
「オイラも、あんたみたいになれっかな?」
「もちろん。なれますよ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。私などでは及びもつかないほど偉大な探窟家に、ナナチならきっとなれます」
もしそれが本当なら。一縷の望みに縋った。
「不必要なものを捨てろって言ったよな?」
「はい。たしかに言いました」
「それで探窟家になれるならなんでも捨てるけど、オイラは最初から何もないから……」
捨てろと言われても持ち合わせがなかった。
「ナナチ。別に特別なものを捨てる必要はありません。要するに、気の持ちようですよ」
「なんだそりゃ? 気休めって意味か?」
「いいえ。そうではありません。たとえ他人にとっては大したものでなくとも、ナナチにとって大切なものであれば、それが『覚悟』に繋がるという意味です」
「覚悟、ねえ……」
オイラはそこまで頭が良いわけではないので、ボンドルドの言う『覚悟』とやらがなんなのかよくわからず、ひとまず棚上げした。
「いくら悩んでも埒があかねーな」
「焦らず、じっくり考えてみてください」
「ああ。気長に考えてみるよ」
結論をひとまず放置したオイラは席を立つ。
「ちょっと席を外すぜ」
「おやおや……うんちですか?」
オイラは耳を疑った。今、なんと言った?
「ボンドルド、お前……」
「なんですか?」
「いま、なんつった?」
「ですから、うんちに行くのか尋ねました」
聞き間違いじゃなかった。信じらんねー。
「なあ、ボンドルド」
「はい、なんですか」
「そういうの、やめろよ」
「はて? そういうの、とは?」
「しらばっくれてんじゃねーよ! そうやってくだらねーことをひとに聞くのをやめろ!」
オイラがどれだけ怒っても奴は涼しげに。
「おや? おやおや。おやおやおやおやおや。あまり興奮すると、うんちが漏れますよ?」
これにはさすがのオイラもキレちまったぜ。
「てめーボンドルド。いい加減にしろよ?」
「良い加減に便意が高まりましたか?」
「オイラがキレてんのがわかんねーのか?」
「これはこれは。切れ痔とは露知らず……」
「切れ痔じゃねーよ! 自慢じゃねーがオイラの尻穴はすこぶる健康そのものだっての!」
そう言った瞬間。奴の雰囲気が変わった。
「それはそれは……是非、見たい」
ゾクリと背筋が凍りつく。
戦慄ってのはまさにこのことだ。
黎明卿。新しきボンドルドの本性。
奴がろくでなしと言われる由縁を垣間見た。
「じょ、冗談キツいぜ……ボンドルド」
「私は本気ですよ、ナナチ」
「や、やめろよ! 頭おかしーぞ、お前!」
「ふぅ……最高の褒め言葉ですね」
駄目だこいつ。もう誰にも止められない。
「あんた偉いんだろ!? 探窟家の最高峰の白笛なんだろ!? なのになんでこんな……!」
「ひとは私をウンコルドと、そう呼びます」
ボンドルド改め、ウンコルドがにじり寄る。
「は、恥ずかしくねーのかよ!?」
「恥じらいなど、とうの昔に捨てました。アビスの深部を目指すとはそういうことです」
んなアホみてーな理屈が通ってたまるかよ。
「そんな探窟家が居てたまるか!」
「現に目の前に存在していますよ」
「黙れ! オイラはぜってえ認めねー!」
こんな探窟家なんて認めない。
オイラの憧れに糞を塗られた気分だ。
なのに奴は完全に愉しんでやがる。
「さあ、ナナチ。覚悟を決めるのです」
「……なんの覚悟だよ」
「探窟家になる覚悟です。もっとも深い場所を目指すには、もっとも暗い闇の中を進まねばなりません。そうしなければ、黎明の光にたどり着くことは出来ないのです」
黎明とは、夜明け前。空が白む前。
夜は明ける前がもっとも暗くなる。
目の前の狂人はそんな闇を纏っていた。
「い、いやだ!」
「探窟家になりたくないのですか?」
「なりてーよ! なりてーけど……!」
「大丈夫。ナナチなら、きっとなれますよ」
気づくと、暗黒はすぐ目の前に立っていた。
「さあ、ナナチ。お尻を出して」
「うう……それしか、ねーのかよ」
「はい。残念ながら。いえ、幸いにして」
なにが幸いだ。不幸中の不幸じゃねーか。
「わかったよ……やりゃーいいんだろ」
「ナナチは物分かりが良くて助かります」
「最初から選択肢なんてなかっただろうが」
全ては黎明卿の手のひらの上。
ウンコルドの筋書き通りに物事が進む。
それが気に喰わなくて、オイラは。
「ボンドルド、頼みがあんだけどよ」
「なんでしょう?」
「ケツ見せる代わりに……肩車しろよ」
「はい。そのくらいはお安い御用です」
そんなオイラの要求を奴は快く受け入れた。
「さあ、ナナチ。早く脱いでください」
「チッ。ほらよ……これでいいか?」
よもや人様にケツを晒す日が来るとは。
いや、こいつを人様と呼ぶには抵抗がある。
ウンコルドはウンコルドで充分だ。
「ふむ。ほほう。これはこれは、なんとも」
「な、なんだよぅ……嫌なら見るなよぉ」
「素 晴 ら し い」
ひとのケツをウンコルドは褒め称えた。
「ナナチはお尻もかわいいですね」
「だ、だから……かわいいとか言うなよぉ」
「さて、叩き心地はどうでしょうか」
スパァンッ!
「ひうっ!?」
「この張り。この瑞々しさ。最高ですね」
スパァンッ! スパァンッ! スパァンッ!
「んなぁっ!? や、やめろよぉ!」
「おっと。私としたことがつい我を忘れて」
「ざけんな! もっと丁重に扱いやがれ!」
なにがついだ。ぜってーわざとだろうが。
「失礼しました。では、優しく撫でますね」
「んなぁっ……~~~~~~っ」
たしかに丁重に扱えとは言ったが、これはこれで耐えがたいものがある。マジでやべー。
オイラの尻を撫でるボンドルドの手つきは手馴れていて、正直めっちゃ気持ち良かった。
「スパラグモス」
「意味わかんねーよ」
しかし、これでいいのか。
ケツを撫でられて感じちまって。
お望み通りに糞をぶちまけるだけで、そんな簡単に探窟家になれんのか。否だろうが。
自分の力を示してやんねーと、駄目だ。
「ボンドルド、約束は覚えてるか?」
「はて、なんのことでしょう?」
「とぼけんなよ。肩車するって約束したろ」
「ああ。そう言えば、そうでしたね」
「早く肩車させろよ。今すぐに」
「ナナチはせっかちですね。わかりました」
事前に約束しておいた肩車を要求すると、ボンドルドはその場にしゃがんで頭を下げた。
「乗るぞ」
「はい。ご自由に」
オイラはひょいと奴の首に跨った。
冷たいヘルメットが股間に当たる。
ぐっと堪えて、立つように促した。
「おら、ボンドルド。さっさと立てよ」
「はい。ほら、ナナチ。高い高いですよ」
むくりとボンドルドが起き上がる。いまだ。
ぶちゅっ!
「おや?」
首筋から響いた水音に首を傾げつつ、背中に滴るソレに手で触れて、奴は匂いを嗅いだ。
「おやおや。これはこれは…………フハッ!」
「んなっ!?」
糞に塗れたウンコルドの突然の愉悦。
まったくの予想外で心底びびったぜ。
思わず、残った糞を全部ぶちまけた。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「んなあああああああああああっ!?!!」
チクショウ。なんでだよ。おかしいだろ。
オイラ、肩車しながら脱糞してんのにさ。
なんでこいつこんなに気持ち良さそうに。
どうして高らかに哄笑なんて、出来んだよ。
「おお! おお! 祝福が! 祝福の光が!!」
なにが祝福だよ。
全然、意味わかんねー。
だけど、それでもよ、ボンドルド。
「ほら、ナナチ。見えますか? 美しいですね。今日が新しき私とあなたの誕生日です」
オイラ、ちょっとはお前を見直したんだぜ?
糞をぶっかけられても黎明を追い求める姿。
ガキのオイラよりも無邪気に悦ぶお前にさ。
ろくでなしだけど、その分魅力的だったよ。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ああ、やっぱり探窟家はすげーなって。
白笛はすげーなって、感激しちまった。
なあ、ボンドルド。ハズいから、嗤うなよ。
「実に素晴らしい冒険でしたね、ナナチ」
「アホか。なにが冒険だよ。くだらねー」
あの後、尻を洗ったオイラはまたボンドルドに肩車をして貰って、深界五層を散歩した。
「見てください、ナナチ。階層中央の光を」
「きれーだな」
「あれが黎明の光です」
五層の中心には光の柱があって美しかった。
「まるであんたの仮面みてーだな」
「おや? 嬉しいことを言ってくれますね」
「別に見たまんまを言っただけだっての」
肩車をしているし、そもそも縦に光の線が入った形状の仮面をつけているボンドルドの表情を窺い知ることはできねーけど、わりと本気で嬉しそうだった。
「愛してますよ、ナナチ」
「はっ。うるせーよ。よくもその狭い隙間からそんなデカいもん吐けたもんだぜ」
「おや? おやおや。狭い穴から大きなものを出したのはナナチですよ。大変立派でした」
「う、うるせーなぁ! 言うなよぉ~~っ」
あれはまだ。オイラが奴に憧れていた頃。
「ナナチは本当に、かわいいですね」
ボンドルドのことをわりと、好きだった。
【メイドインア○ス ~ナナチのウンチ~】
FIN
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