何も無いロレンシア (83)

プロローグ




 彼には何も無かった。

 これを聞くと笑う者がいる。

 何を言う。そいつに目は無いのか? 耳は無いのか? 命は無いのか? 何かあるんだろ? 大げさに言いやがって。

 そう笑い飛ばした者も、彼を直に見ると凍りつく。

 彼が立ち去り、なんとか顔に血の気が戻ると唇をわなわなと震わせ、かろうじて呟くのだ。



 何も、無かったと。



 彼を例えるのなら戦場の荒野。

 戦場を連想させる男ならいる。歴戦の勇士がそれにあたるだろう。

 しかし彼が連想させるのは、戦争が終わり荒れ果てた後のこと。はらわたから糞が漏れ出て、光を失った死体の目玉をついばむカラスの光景が自然と思い浮かぶのだ。

 目の前で生きている者が、ただひたすら死を連想させる。それも[ピーーー]姿、死ぬ姿ではなく、とうの昔に終わって野ざらしとなった死体の光景を。

 それほどまでに、彼には何も無い。

 だから彼はこう呼ばれる。

 “何も無い”ロレンシア。

――これは地獄を生きる彼が、他の人にとってありふれた、しかし彼にとっては命がけの願いを掴みとろうともがく物語。

※ ※ ※



 その街が盗賊団に襲われたのは二日前のことだった。

 人口二千人ほどであったが、平和であったことから大都市への中継地点として人々が行きかい、街の規模以上の富が集まっていた。

 別に無防備だったわけではない。

 人々が集まるということは問題ごとも起きやすくなる。怪しい者を入れないための城壁は当然あった。街の治安を守る衛兵もいる。時には殺人が起きたが、平穏が乱されるのは一時的なことに過ぎなかった。

 ただ大きな争いは、もう二十年以上経験していない。そして、周囲に危険な勢力も存在していなかった。

 備えはあったが、油断もある。

 そこが盗賊団に目を付けられた理由だ。

 その盗賊団は街から歩けば七日はかかるところに拠点があった。少しずつ気づかれないように、襲撃の足場を用意していく。

 それに並行して、襲撃の半年前から街の内部に仲間を潜ませ、警備の隙と金目の物を調べさせた。

 そして人々が寝静まり、警備の当番が最もつかえない奴の時を見計らい、内部に潜ませていた仲間と呼応して一気に襲い掛かった。  

 警備の者は音一つ立てることすらできずに殺され、さらに盗賊たちは詰所に火を投げ込む。

 一連の事態に気づけていなかった衛兵たちは驚いて詰所を飛び出て、混乱が覚める間もなく下卑た笑い声を浴びせられながら次々と射殺された。

 騒ぎに気づいて人々が起き始めたが、そんなことは関係ない。

 出口は確保した。あとは応援が駆けつける前に目を付けていた金目の物がある場所を襲い、引き上げるだけなのだから。

 邪魔な奴は馬で蹴飛ばし、剣で切り伏せ、金銀財宝を次々と奪う。

 目を付けていた物を奪い終え、撤収する頃になってようやく衛兵の応援が駆けつける音が遠くからした。

 まだ余裕があると、半年前から潜んでいた盗賊はある家に押し入る。

 その家に住む姉妹が美しく、機会さえあればと企んでいたのだ。

 盗賊は包丁を持って戦おうとした姉妹の家族を目の前で殺し、悲鳴をあげる姉妹の髪を乱暴に掴んで連れ去る。

 衛兵の応援が駆けつけた頃には、平和であった街が血と火で紅く彩られ、悲しみと怒りの泣き声が夜明け前の空に遠く遠く響いていた。





――その悲哀の声は何も無い男の耳にまで届き、真っ赤な蓮(はす)のような地獄をさらに咲き誇らせることになる。

※ ※ ※



「ハッ……ハッ……ハッ!」

 息遣いがうるさかった。

 ドクン、ドクンドクンドクンドクンドクンドクン。

 心臓の鼓動がうるさかった。

 風の音が、衣擦れの音が、駆ける足が大地を踏み抜く音が、踏み分けられる草の音が、何もかもがうるさくて仕方ない。

「ハッ……ハッ……ハッ!」

 今、“奴”はどこにいる?

 奴を誘い出すのが俺の役割だ。不様に背中を見せることで、追いすがる奴を茂みに潜んだ仲間が射[ピーーー]。

 単純だが非常に効果的だ。次々と相手を切り伏せ、さあ次の獲物はどこだと視線をめぐらせると不様な後ろ姿が目に入る。その哀れな姿から、今以上の一方的な暴力が股を開いて待っていると脳が酔いしれ、罠の可能性など考えもしない。

 時おり腕の立つ迷惑な奴が自分たちを討伐しようとしたが、どいつもこいつもこの手にかかり、最期は興奮から覚めた面白おかしい真っ青な顔で死んでいったものだった。

 こいつもそうだ。こいつもそうなるはずなんだ。

 そのはずなのに、後ろから逃げる自分を嘲笑う声や罵声はおろか、駆ける音もせず――――それなのに、心臓をわしづかみされたかのようなプレッシャーだけが背後からのしかかる。

「ヒィ……ッ」

 “奴”の眼を思い出し、疾走で限界のはずの肺がさらに引きつり、情けない音が漏れ出る。
 
 アレは、人の眼じゃあなかった。人と同じなのは形だけにすぎない。

 拠点へと戻る山の中腹でのことだった。休憩中だった俺たちの後方から悲鳴があがり、仲間と共に駆けつければ“奴”がいた。

 瞬く間に、何ということも無いと言わんばかりに次々と仲間を切り[ピーーー]“奴”の瞳の光沢は、幾人もの死体を沈み込ませた底なし沼と言われても頷ける様相だった。

 “奴”との距離がどれぐらいなのか、振り向いて確認なんかできやしない。そんなことあるはずないのに、振り向いた途端、自分の首が転げ落ちる錯覚にさっきから襲われている。

 ああ、俺は動転している。

 どこかで自分のことを他人事のように観察している俺がいた。

 だがこんな奇妙で息苦しく、自分の人格が分裂せんばかりの恐怖も終わりになる。

 この盗賊団が結成されてからもう十年近く経つ。それだけ長く続いたのは、用心深い首領によるいくつもの決まりのおかげだ。

 移動中に休憩を取る時は一網打尽にされないように、三つの集団に分かれること。

 そして休憩を取る前に必ず待ち伏せの場所を決めることにしてあり、その場所がもう目の前なのだ。

 
 最初に“奴”に襲われた集団、応援に駆け付けた俺たちの集団、そしてもう一つの集団が待ち伏せする手はずだ。 

 俺を追いかけまわして[ピーーー]ことだけを考えていた無防備な“奴”は、次の瞬間体のあちこちを射ぬかれ終わるんだ。

 そして汗だくで膝をつく俺を、迫真の演技にもほどがあるだろうと仲間が笑う。

 それに俺が悪態をつき一息すれば、動転していたにしても変なことを考えていたもんだと、今の状況をあっさりと流せるはずだ。

 そう、これで――――

「――終わりだ!!」

 木々をかき分け、開けた場所に出ると同時に頭を抱えて転がる。

 俺の突然の動きに驚く“奴”を、射線上から邪魔な俺がいなくなった仲間が次々と射ぬく――はずだった。

「…………は?」

 何も、起きなかった。

 風を切る矢の音も、“奴”の悲鳴も、仲間の歓声も無い。

 体が転がるのが終わったら、ただ激しい俺の息遣いの音しか残らない。

 恐る恐る来た道を振り返れば、そこには誰もいなかった。

「いなかった……のか?」

 にわかには信じられない。

 別に俺を追いかける姿や音を確認したわけではない。しかしそれなら、あの異常とも言えるプレッシャーはなんだったのか?

 答えを求めて仲間が潜んでいる茂みを振り返ろうとしたその時、風の流れが変わった。

 つい二日前に存分に堪能した、紅い匂いが鼻をつく。

 全力疾走で流れ出た熱い汗が、一瞬にして凍りついた。

 凍てついた体をぎこちなく振り返らせると、一拍遅れて茂みの方から赤黒い液体が流れ出てくる。

「あ――」

 阿呆のような声が自然とこぼれた。こらえようという気がほんの少しも起きずに、膝から力が抜けて草をへこませる。剣は手放していないがそんなもの、単に恐怖で硬直した手に引っかかっているだけにすぎない。

 そして――茂みから“奴”が現れ出でた。

 死を連想させる男だった。だが、死神ではない。恐ろしさなら匹敵するだろうが、きっと死神になら畏敬の念も覚えるだろう。

 だが“奴”にそんな高尚なモノは抱けない。

――侮蔑だ。

 人を不幸にしなければ生きていけない盗賊の俺ですら吐き気をもよおす腐臭を、ソイツは全身から放っていた。

 全身を大きな外套で身を包み、その体格ははっきりとはわからない。かろうじて背丈が一七〇半ばと予想できる程度か。

 黒い髪。泥沼のような瞳。

 にわかには信じがたいが、歳の頃は二十歳に届くか届かないといったところ。

 外套からわずかにのぞかせる右手に血に染まった剣を持つが、俺の視線は恐ろしいはずのその切っ先に定まらず、外套の下にどんな恐ろしいものが隠されているのかと必死に探してしまう。揺らめく外套を見ている内に視界が歪み、頭の中がぐわんぐわんと鳴き叫ぶ。

 この世のモノとは思えない存在だった。

 俺一人じゃ――いや、俺たち全員でも、勝てるわけがなかった。

「お前たちは、弱い者とだけ戦い、強い者からは逃げる」

 すると、何の脈絡もなく“奴”は話し出した。視線はこちらに向けているが、果たしてその焦点は俺に合っているのか。まるでわからない。

「逃げられないとわかると、数で囲んで叩く。生存能力がきわめて高い」

 褒められているのか、けなされているのか。

 普通に考えればこれから俺を[ピーーー]前のなぶりにすぎないのだろうが、果たしてその普通をこの男にあてはめてよいものか。

 “奴”は靴に着いていた血で線を引きながら、こちらに近づきながら言葉を続ける。

「そういう奴は嗅覚が強い。俺と目が合ってしまうと実力差と、異常性に気がつく。そして別に追ってもいないのに、追われていると勘違いして放っておけば延々と走り続ける。今のオマエのようにな」

「あ――」

 そういう、ことだったのか。

 つまり――

「道案内、ご苦労だった」

「……チクショウ」

 コイツは上手く引きつけていると勘違いした俺の進路から待ち伏せ場所を読み、全力疾走する俺をはるかに上回る速度で回り込み、俺が着くころには仲間を殺し終えていたわけか。

「疑問は解けたな。では俺の質問に答えてもらう」
 
 別に切っ先を向けられたわけではない。そしてかろうじて俺の手には獲物がある。

 けどもう、今のやり取りでほんの少し残っていたかもしれない気力も、完全に無くなってしまった。

「オマエたちの人数は何人だ。拠点に残っていたものと、今回の襲撃に加わった者を別々にな」

「……拠点には三人。襲撃には二十六人が加わった」

「オマエたちの首領は猫背で髭のある、茶色がかった髪の男か?」

「そうだよ。そこの茂みでアンタに殺されちまってるんだろうがな」

 全て本当のことを話した。そんな気力などもう残っていやしなしいが、嘘をつけばどうなってしまうか。考えたくもない。

「そうか。何せ真夜中の襲撃だったから、街の人間はオマエ達が四十いただの五十いただの言っていたが、まあそんなものか。俺が殺した数は二十二だったか? 首領も殺したことだし、盗賊団の壊滅という依頼は達成できた」

「……ッ!?」

 その言葉にほんの少しの光を感じた。

 もしかすると――

「とろこで、オマエ達が連れ去った姉妹がいたはずだ。どうなっている?」

「あ……アイツ等なら生きているぞ!! アンタが襲ってきたことがわかった時、たしか……そうだ、バルザの奴がくぼみに押し込んで、岩で封をして隠していた!! アイツ等は手枷と猿ぐつわをしているから、自力で出ることも助けを呼ぶこともできん!!」

「……で、もう一度案内してもらえるのか?」

「もちろんだ!!」

 “奴”が引き受けた依頼は盗賊団の壊滅と、姉妹の救出。あとは奪われた金銀の回収もか。

 盗賊団の壊滅は達成したも同然。そして残りの依頼の達成に協力さえすれば、もしかすると目こぼししてもらえ――

※ ※ ※





「――――殺して」

 目こぼししてもらえるかもしれない。少し考えればそんな希望、通るはずがないものだった。

 内心こんな“奴”にと歯噛みしながら、機嫌を(そんなモノがこの男にあるのか疑わしいが)損ねないように丁寧に姉妹のもとへと案内する。

 “奴”が大男のバルザが気合いを入れて動かした岩をあっさりとどかすと、俺が視界の隅で記憶した通り姉妹の姿があった。

 さあ、ここからが重要だ。何とかして俺の命だけは勘弁してもらうようにしなければと思っていた矢先の事だ。

 猿ぐつわと手枷を外された妹の方が、俺を睨みつけながらぞっとするほど冷たい声で敵意を吐露した。

「全部――全部ソイツのせいよ。怪しいところはあったけど、それは私のよそ者への偏見にすぎないって思っていたのに……オマエが、手引きしたんでしょ」

 小さな囁き声だった。その小さな音色に、どれだけの怨念が込められているのか。木々のざわめきに遮られてもなお、一言一句も聞き漏らせない。

 そうだ。街に潜入している間は目立たないように注意していたが、どうしてもこの姉妹に目がいってしまった。そしてあわよくばと考え、あの日あの男を――

「姉さんは、幸せだった。ずっと好きだった人と結婚できて――まだ、結婚したばかりだったのに、オマエは義兄さんを殺した。姉さんの、目の前で」

 ここでようやっと、妹が目を離してくれた。

 だが次の目線の先にいたのは“奴”だった。

「……ありがとう、助けに来てくれて。けどね、姉さんはこんなにされちゃったの」

 妹の後ろにいた姉は、猿ぐつわと手枷を外されても、身じろぎもしない。

 体を拘束されていたことも、それから解放されたことにも気づけていないのだ。

「義兄さんを目の前で殺されて、泣き叫ぶ姉さんをコイツは引きずった。街から離れたら……離れてから、コイツ等は!! まだ姉さんは泣いていたのに!!」

「ヒィッ……!」

 静かだった口調から一転。ついに込めらていた激情が爆発を起こした。

 妹は近くにあった石を掴むと、力いっぱい俺へと投げつける。石は俺の顔のすぐ真横をかすめ、女の腕から投じられたとは思えないその威力に身をすくめる。

「コイツを殺して!! 姉さんは殺された!! 最愛の人と、そして心も!! こんな奴らに生きてる資格なんかない!! 早く殺してよ!!」

「――だ、そうだ」

 剣を肩に乗せ、“奴”が俺の目の前に立つ。

 “奴”の腕ならば、次の瞬間にも俺を[ピーーー]ことができる。

 許されるのは一言だけだ。

 でも恐怖でいっぱいの頭は、気の利いたセリフなんてひねり出してくれなかった。 

「どうか……どうか、命だけは」

 武器を投げ捨て、必死になって頭を下げるだけ。

 その下げた頭に容赦なく罵声が浴びせられる。

「なにが命だけは、よ!! それだけは止めてと私がどれだけ頼んでも、オマエたちはせせら笑うだけだった!! 人の大切なモノを嗤うオマエ達が、自分のだけは止めてくれなんてどうして言える!!」

 黙れと怒鳴りたかった。余計なことは言うな、まだ“され”足りないのか。“奴”の背を押すのは止めろ。

 死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな――

「一つ疑問なんだが」

 けたたましい女の声などどこ吹く風と言った様子で、“奴”は平坦な声で問いかける。

 恐る恐る顔をあげると、“奴”は不思議そうに首を傾げていた。

「オマエは好き勝手生きてきた。こちらの姉妹にしたことだってそうだし、それ以外にもあるだろう。襲い、奪い、謳歌する。それを何度も何度も繰り返した。そうでなきゃオマエのその嗅覚は養われないからな」

 だからこそ疑問なんだと、“奴”は続ける。

「そんだけ好き勝手生きたのに――もう十分だとは思わず、まだ生きたいのか?」

 十分か、だと? そんなもの――

「い、生きたいです!!!」

 生きたいに決まっている。

 死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。まだだ。もっと美味いもんを食いたい。もっと女を襲いたい。気に入らない野郎をもっとぶっ殺したい。もっともっともっとだ。

 際限などあるはずがない。

 何が十分だ馬鹿が!!

「そうか。じゃあ最後の確認だ」

 それはまるで、今日の天気を確認するかのような軽い口調だった。

「オマエの利き腕は、右だな?」

「――――え?」

 え? という言葉が漏れたのと、地面をゴツゴツしたモノが転がったのは、果たしてどちらが先だっただろうか。

 それは見慣れたようで、見慣れていないモノだった。

 それはそうだ。

 だってそれは幾度となく目にしたことあるけど、この距離で見たことは一度も無いんだから。

 俺の手の届かないところに、俺の右手が転がっていった。

「ギ――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイあああぁあああああア!!

 傷口が燃える。俺の命がこぼれる。これ以上はこぼれないようにと、必死になって左手で腕を絞める。

 それでも熱い。気が狂わんばかりの熱さ。吐き気がこみ上げ、ぐにゃりと力が抜ける。右手が無く、左手は血を止めるのに精一杯で、左肩から地面に着く。

「命だけは、だったな。もう行っていいぞ」

 そんな俺の様を笑うでもなく、心底興味なさげな声が上からかけられた。

 チクショウと喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。

 行っていいと言われたんだ。一刻も早く去らせてもらおう。

 右手があったところに奔る灼熱感にふらつく体を必死になって舵をとり、女のヒステリックな声を背中に転ぶように足を運ぶ。

「あ……」

 ここでようやく気づけた。あの男の正体についてだ。

 あの強さ。その強さ以上に際立つ異常性。盗賊に身をやつす俺ですら見下してしまう、異様な在り方。

 噂に聞いたことがあった。“奴”こそがそれに違いない。

――“何も無い”ロレンシア。

※ ※ ※



 こうすればどうなるか予想できていた。

 背後で立ち上がる音に、手が届きやすいようにとやや前かがみで振り返る。

 予想通り、頬に衝撃がはしった。
 
 ああ、やはりこうなるんだ。

 自分に求められていること。自分がやりたいこと。自分が為すべきこと。

 肝心な時この三つはいつもバラバラで、どれか一つを選んでは、疎まれ、嫌われ、蔑まされ、憎まれる。それは助けた者からですら。

 怒りか、あるいは悔しさからか。その瞳を涙ぐませ、妹の方が俺を睨みあげている。

「なんで……なんで見逃したの!!」

 それは答えたくない問いだった。

 質問の意図を理解してはいたが、わざとはぐらかす。

「……俺が城主伯から受けた依頼は、盗賊団の壊滅と、生存者がいれば救出し、奪われた財宝を回収することだ。皆殺しじゃない」

「見逃す理由になっていない!!」

 女の言うとおりだ。ことさらに[ピーーー]必要は無い。だがそれ以上に見逃す理由が無い。

 人を[ピーーー]ことに忌避感があるのなら話は別だが、刀身を血で染めた俺がそれを言っても説得力は皆無だろう。

「……ひょっとして、同類だから見逃したの? そうね。貴方一目でマトモじゃないってわかるもの。今回は城主伯様の依頼だから助ける側だけど、アイツ等みたいなこと何度もやってるんでしょ?」

 酷い言いがかりだと感じた。

 しかし女の境遇を知った上で盗賊を見逃したんだ。あながち言いがかりとも言えないかもしれない。

 観念して本当のことを言おう。最も、理解してもらえないだろうが。

「アイツは……生きたいと言った」

「ええ、そうね! こんなに酷いことをしておいて、なんて虫がいい」

 襲い、奪い、謳歌する。そのクセまだ生きたいと言えるほど――

「奴は、人生を楽しんでいた。生きる理由があった」

「は……?」

「それが――――羨ましかった。だから見逃した」

 楽しいから生きたい。楽しめなくなる死が怖い。

 多くの罪を犯し、断罪の刃が目の前に迫ってなおそう思えるほど、奴の人生は楽しいものだった。

 これでやっと終われるなど、微塵も考えなかったんだろう。

 それのなんと羨ましいことか。

 そしてそれを、多くの人が当たり前のように享受している。

 俺にはそれが無い。そもそも、あるのだろうか。俺に生きる――

「……奴は所属するコミュニティを失った。利き手も失った。これから先は地獄だ」

 考えてはならない方に思考が向かいかけた。

 見れば女は、得体の知れない気持ちの悪いモノを見る目をしている。

 こんな話をしても理解などされない。考えてはならないことを考えてしまうだけだ。強引にでも話を変えよう。

「ここから人里まで、歩いて半日はかかる。途中で倒れるかもしれないし、血の臭いで獣が集まり生きたまま食われるかもしれない。なんとか人里に着けても、顔つきと片手が無いことからカタギの人間で無いことがバレバレだ。そんなよそ者が職に就けるはずがない。襲って金目の物を得ようにも片手ではな。乞食になって、不衛生な環境と栄養不足で傷が悪化して死ぬというのが一番ありえる線か」

「だとしても……」

「そんなに奴の死を望むのなら――」

 言い訳ではなく率直に、奴にこれから起こり得ることを話す。

 奴の待ち受ける未来を聞いて女は幾分か溜飲は下がりはしたが、それでもまだ怒りがありありと見て取れる。

 だから腰に隠していた短刀の先を握り、そっと柄の方を女に差し出した。

「――オマエが殺してきたらどうだ」

「……ッ!?」

 まるで俺がとんでもない提案をしたかのように、女は目を見開いて後ずさる。あまつさえ体を小刻みに震えさせてまで。

「奴が逃げ出して時間は経ってしまったが、何せあの傷だ。血は失い、体のバランスも以前とは違って思うように走れない。血の痕跡もあって追いやすいだろう」

「で、でも……」

「オマエは疲れているだろうが、奴だって傷ついている。さらに奴は負け犬で、一方のオマエは怒りに満ちている。奴の方が争いごとに向いていることを差し引いても、勝ち目は少なくない。それに安心しろ。[ピーーー]手伝いはしないが、反撃でオマエがやられそうになったら割って入る」

 あれほど奴を憎んでいた。そしてその怒りは正当なもの。ならばそれを助けるのが人というものかと思っての提案だ。

 俺が代わりに奴を討つのがより良いのだろうが、奴の事ここに至ってなお生きたいという意思も尊重したい俺にとって、これが最大限の譲歩だった。

「私は……私は……」

 何をそんなに迷うのか。女は決心が着かないようで、後ずさったことですぐ傍にいる姉に目を向ける。

 姉は気づかない。ここに居たのに、何があったのか理解していない。

 外界で起きた事を認知しようとしない。したくない。それほどの責め苦を味わった。

 俺は彼女の以前の姿を知らない。だが何となく顔つきと、この勝ち気な妹がこれほど慕っていることからおぼろげながら想像できる。

 きっと誰にでも優しく、柔らかな微笑みを浮かべる朝日のような女性だったのだろう。

 その姉を、こんなにされた。

 迷っていた妹の瞳が、見る見るうちに憎悪に上塗りされていく。

 手先は小刻みに震えたままだが、それでもゆっくりと短剣へと手を伸ばそうとし――なぜか柄に指をかける直前で止まった。

 不思議に思っていたら、妹は恐る恐る足元を見ている。

 何かと思えば、後ずさった拍子のことだろう。姉の指が服に引っかかり、俺から短剣を受け取ろうと前に進んだ時にそれが外れそうになっていた。

 別に姉が、妹が殺人を犯そうとするのを止めたわけではない。
 
 ただの偶然だ。何の労力も無く振り払える、か細い力。

「姉……さん」

 だが、意味の無い偶然に意味を見出すのも、また人なのか。傾きかけた天秤を元に戻すほどの効果があったらしい。

「姉さん……私……私……私はっ……う、うう」

 張りつめた糸が切れたのだろう。妹は膝を着くと、そのまま姉の胸に顔をうずめ泣き出した。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

 正気を失った姉に、壊れたように何度も何度も同じ言葉で謝る。

 姉は泣きじゃくる妹の嗚咽に合わせて、ただ揺らされるのみ。

 謝る理由はなんなのか。仇をとれないからか。それとも殺人を犯そうと考えたことなのか。俺にはわからない。

 余人ではわからないのか。それとも“何も無い”からわからないのか。

 わからないなりに気をきかせて、俺は盗賊たちが奪った金銀を探すついでにここをしばらく離れることにした――

※ ※ ※



「目付け役がいてな。途中から置いてきてしまったが、道すがら目印は用意していた。多分もうじきここに来るだろう。奪われた物を運ぶのに人手も必要だから、そいつ等と合流してから帰る」

「……そう」

 俺の言葉に妹は関心なさげに相槌を打つ。先ほどまで姉に泣きすがっていたが、今は無表情にただ姉を抱きしめている。

 回収した物品のことを置いておいても、こんな状態の二人を街まで連れ帰るのは俺一人では無理だ。

 別に慌てる必要は無い。もうじき馬を代わる代わる走らせた、城主伯の目付け役が慌てて来るはずだから。

 俺のような一目でわかる危険人物を先行させてしまったのだ。さらわれた娘たちに酷いことをしていないか、金銀を隠して後で回収しようとしていないか。気が気でないだろう。

「まあアイツ等が遅いのが悪い」

「……」

 スピードが勝負の依頼だった。馬を一人二頭ずつ用意し、馬を交代させながら休まずに走る。馬が疲れてからは自分の足で走った。だから俺より一日早く出ていた盗賊たちに、一日で追いつくことができた。目付け役たちはそれができなかった。

 俺の独り言に姉妹のどちらも反応しなかった。姉は反応できないし、妹にはいつものように嫌われてしまっているから当然だ。

 取りあえず奪われた物は一ヶ所に集め終えたことだし、二人と会話ができるわけでもない。やることがないのなら、依頼を受けてから一度も休息をとっていないことだし仮眠をとろうと木に体を預けた時だった。

「――――――――――」

 何か予兆があったわけじゃない。ただ気づいた時には剣を手に取り、離れた茂みの方に構えていた。

「なに……? どうしたの!?」

 最初はぼうっと。しかし何か良くないことが起きていることを察した妹が、姉を強く抱きしめなおして叫ぶ。

「……オマエはそこにいろ」

 盗賊団の生き残りではない。茂みへの距離は約十メートル。こんな近くに接近されるまで気づかせない隠形の業を、奴ら程度ができるはずがない。

 血の匂いに惹きつけられた狂人か、俺の首を狙う賞金稼ぎか。考えにくいが、“魔に心を呑まれたモノ”の可能性すらある。いずれにしても只者ではない。

 とはいえ、これ以上のことは対峙しなければわからなかった。

 姿の見えない相手に向けて、やや早足で近づく。

 反応は無い。距離が縮まっても茂み越しに攻撃するわけではない。なら茂みをかき分けた瞬間を狙うつもりか。

 無造作に木の枝を掴み、横に追い払うと――

「……これは?」

「ど、どうしたの?」

 不思議に思い目の前を睨んでいたが、妹の不安げな問いに振り返る。

「何でもない。ただの気のせいだった」

「……本当に?」

 俺の様子から何か察したのか、妹は疑わしい声をあげる。

「本当だとも」

 そう、本当なのだ。

 俺は確かに只者ではない気配が、いつの間にか接近していることに気づけた。

 そしてそいつがいたはずの所には、姿はおろか痕跡すら残っていなかった。

 気のせいだったと言わざるを得ない。





――気のせいだったことなんて、これまでの人生で一度も無いのに。

※ ※ ※





 あれから目付け役も追いつき、何事も無く――妹の俺に向ける敵意から、目付け役たちが俺にあらぬ疑いをかけはしたが――街まで戻ることができた。

 城主伯の遣いである執事が大喜びで出迎えてくれた。

 それはそうだ。この街は『安全』という信用で成り立っている。盗賊団に襲撃されたのは痛いが、わずか二日後に盗賊団を壊滅に追いやり、さらわれた街の者も生きたまま取り返すことができた。その信用は首の皮一枚つながったと言える。

 もっとも、大喜びなのは俺が持ち帰った戦果に対してのことで、俺自身に対しては慇懃ではあるものの、侮蔑や嫌悪を必死になって隠そうと躍起になっているのが見て取れた。

 感謝はしている。歓迎もしたい。だがオマエには無理だ。報酬は払うから、一刻も早くこの街を去れ。

 とまあ、こんなところだろう。

 俺が今日一日は体を休め、明日の早朝に街を発つ予定を告げると、ここで初めて心から嬉しそうな表情になったものだった。

 本当はすぐに旅立ってやりたがったが、行きは文字通り不眠不休の強行軍を行い、帰りはあの姿が確認できなかった気配を警戒しながらの護衛となってしまった。

 別に疲れを感じはしないが、せめて一日は休むべきかと考えてのことだ。

 部屋を用意するという執事の必死に絞り出した礼儀を丁重に断り、街の安宿で、渋る女将に相場の三倍の値段を払って泊まった。

 そして翌朝。

 まだ日が昇りきっていない頃に宿を出ると、そこにはさらわれた妹が待っていた。

「意外だな」

「……お世話になった方が街を出るのです。見送るのは当然では」

「まだ心身ともに傷ついているんじゃないか? 誰かに伝言を頼んでも良さそうだが」

 チラリと妹の後ろに目を向ける。恐らくは彼女の親類だろう三人の男が、俺を睨んでいる。

 まだ暗い時間に女一人を出歩かせるわけにはいかないというより、完全に俺を警戒して着いてきたようだ。

 などと考えていると、彼女は男たちの方を振り返った。

「着いてきてくれてありがとうございます。すみませんが、二人で話させてもらいますか」

「しかし……」

「お願いします」

「……わかった。何かあったらすぐに呼ぶんだよ」

 男たちは俺を一睨みしてから距離を取る。

 しかし会話が聞こえない程度に離れても、妹は黙ったままだ。

 手を強く握り締め、意を決して口を開きかけたかと思えば閉じる。それを何回か繰り返した頃、思ったままを口にした。

「義理堅いな」

「……嫌味ですか?」

「まさか」

 俺に礼を言えないことなど、どうでも良かった。

 そんなことよりも注目すべきことがあるのだから。

「俺に礼を言わなければならない。助けてもらったのに非難したことを謝らなければならない。けどこんな奴に、そんなことしたくない。でもしなければならない。そして――命の恩人に、形だけの礼なんて失礼極まりないことをするわけにもいかず、固まっている」

「……っ」

「別に礼を言う必要は無い。ここまで誠意を見せてもらったのは、ずいぶんと久しぶりだから」

 そう言って荷物を肩にかけ歩き出そうとすると、妹が前に立ち塞がった。

 咄嗟の事かと思いきや、その瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。腹が据わったか。

「盗賊団はこの街を去る時に火を放ったため、街の兵士は私たちをすぐに助けに来ることはできませんでした。さらに討伐に必要な数と、襲撃に遭ったばかりの街の人々と旅人を安心させる防衛の数、その二つを準備するのに時を用します」

 誰かに教えられたのか、救い出されてから冷静になって自分で気づけたことなのか。妹は自分がどういう状況だったのかゆっくりと、力強く話す。

「また盗賊団の拠点はここから遠く、いくつかの領地を武装した兵士を越えさせなければなりませんでした。その折衝でさらに時間がかかり、討伐の兵士たちが到着する頃にはとっくに逃げ出していたことでしょう」

 ゆっくりと、ぎこちなく。だが確かに妹は深々と、その頭を下げた。

「貴方がいなければ、私たち姉妹は延々と慰み者にされ、やがて殺されるか売り飛ばされていたでしょう。ありがとう――ございました」

 絞り出すような謝意であった。

 屈辱と嫌悪は見て取れた。だがそれは隠しきれずに見えるものではなかった。それ以上の感謝の気持ちで押さえつけ、どうしようもなくこぼれたモノが見えた程度。

 決して、嫌々したわけではないことがわかる。

「そうか……そう言ってもらえれば、引き受けた甲斐があった」

 今度こそ立ち去ろうと一歩踏み出す。しかし。

「……いつも、こうなんですか?」

「……何がだ?」

 やるせないその声に、再び引き留められた。

「みんな、貴方に早く出て行って欲しいと言っている。さっさと旅立ってくれて良かったって。貴方は、私たちに悪いことなんて何もしていない。貴方は、私たちのために戦ってくれたのに」

 そして、一番助けてもらった私ですら、そう思ってしまう。

 悔しそうに、恥ずかしそうに、耐え切れないように。唇を噛みしめながら、妹は自分も含めて街の者たちを糾弾した。

 それは、仕方がないことなのに。

「昔、誰かが言ってくれたよ。『貴方の愛は致命的なまでにズレている』と」

「……どういう意味?」

「俺が引き受けた依頼と、その結末をいくつか話そう」

 一つは家族を皆殺しにされた少年が復讐を誓い、鍛錬を積み、さらに助けとして俺を雇った時のこと。途中で俺は犯人の正体に気づいた。殺されたはずの少年の姉が、魔に心を呑み込まれて変わり果て、少年以外を皆殺しにしたことに。

 少年は自分の手で犯人を[ピーーー]ことを何年も夢見ていたが、俺は少年に姉殺しをさせるのはどうかと思い、依頼を無視して俺がこの手で殺した。正気を失った少年は俺に襲いかかるが、敵わない。そして俺に吹き飛ばされ、怒りと無力感でさらに正気を失いかけたよりによってその目の前で、異形と化していた姉が元の姿に戻ってしまった。無残な死体の姿でな。

 少年は喉が裂けるほどの絶叫をあげた。そしてその場は、濃厚な魔で満ちたままだった。吸い込まれるように魔は少年の体に潜り込み、俺の前で見る見るうちに、姉以上の異形の姿へと成り果てていった。

 そして、俺に殺された。

「……」

 もう一つは、ある令嬢からの依頼だった。使用人と恋に落ちた令嬢は、駆け落ちの手助けを俺に依頼した。依頼の途中で、また気づいてしまった。使用人は敵対する家の手先で、駆け落ちのフリをして令嬢を連れ出して人質にとるつもりなことを。

 その時点で使用人を殴って気絶でもさせて、令嬢を家に戻せば良かった。

 けど令嬢はどうにも本当に使用人に惚れこんでいるようだった。使用人が心変わりするのではと考えて、俺は最後の最後まで待つことにした。

 結果そんなことは起きず、敵対する家の兵士に周囲を囲ませ、令嬢に対して『頭の中がハチミツでできている』『オマエが普段からくだらない歌や本を通して待ち望んでいた言葉なんて、少し考えればわかるんだよ』などと笑いながら抜かした。

 だから、令嬢の前で斬ってあげた。

 しかしどうやら令嬢にとってはそれでも使用人は大切な男だったようで、気が狂ったように暴れだすんだ。

 周りの兵士を片づけて、俺の頬やら何やらに爪を立てる令嬢を肩に抱えて家に戻しに行ったが、誘拐犯の一人として弓を向けられることになる。

「……」

「今回もそうだ。他よりもだいぶマシだが、助けたアンタに憎まれ、頬を叩かれた」

「それは……っ」

 慌てる妹に、静かに首を振る。

「別に責めているわけなんかじゃない。きっと、悪いのは俺なんだろう。もう自由になって何年も経つのに、未だに誰もがわかることがわからない」

「……わからないって?」

「――俺には、愛がわからない」

 愛情を向けられたことが、与えられたことがないからわからない。

「見よう見た目な俺の愛はいくらか似ているから、かえって歪なものに成り果てる」

 悪意以上に周りへの不快感と、最悪の結果をもたらす。

「俺の愛は――」

 貴方の愛は――

『致命的なまでにズレている』

「……そんな顔をするな」

「……だって」

 今にもこぼれそうなほど目じりに涙をためた妹に、ため息をつく。

 同情は嫌いだ。

 同情された事なら何度かあるが、手を差し伸べられたことなど一度も無いのだから。

「俺のことなんて気にせず、自分と姉のことを気にしろ。俺に言われても嬉しかないだろうが――達者でな」

 妹の疑問は解いた。別れの挨拶もこれで十分だろうし、いい加減旅立つとしよう。 

「……いいえ、ありがとうございます。貴方も――」

 妹は言いかけた別れの挨拶を止めると、穏やかな笑みを浮かべた。

 それは俺の住む世界とはまるで別の、夢物語のような淡く優しく、そしてどうしようもなくかけ離れたような笑み。

「“何も無い”ロレンシア。どうか貴方が、私たちとはどこか遠いところで何かを見つけ、幸せになることを祈ります」

――――――――ああ。

 何と心地よい突き放し方だろう。

 もう二度と関わり合いたくない俺の幸せを祈るには、これが最上の別離の言葉でなかろうか。

 この依頼を引き受けて良かったと改めて思いつつ、俺は歩き始めた。

※ ※ ※





「一度だけ、警告しよう」

 営門を出てしばらく歩き、人気が無い街道でのこと。

 俺以外に誰もいない。

 誰の気配も感じない。

 ただ確信はあった。

 正体は不明。目的もわからない。だが――仕掛けてくるのなら、今だろうと。

「姿を見せないのなら、敵と見なす」

 風が吹いた。木々がざわめく。木陰の位置が代わり、陰と陽が目まぐるしく浸食し合う。

 そして――振り返ると、何の脈絡も無く一人の男がたたずんでいた。

「おお、これは怖い怖い」

 何一つ怖がった様子も無く、サラリと男はうそぶく。

 狐のような男だった。年齢は三十にも四十にも見えるかと思うと、瞬きした次の瞬間には二十ぐらいに見える。背丈は一八〇ほどで、ほっそりとした体つきだ。長い金の前髪が、人を小馬鹿にしたような細い目を隠したり隠さなかったりしている。

 白い服を何重にも身に纏い、内側の服は体のラインに沿ったもので、一番外側の服は外套にもマントにも見えた。儀式の前の神官を連想するが、どの宗派なのか見当がつかない。

 獲物は身につけてない。手を見てもその拳は小さく、拳ダコも無い。手の皮も薄く、豆が一つも見当たらない。薄い体もあいまって、見た目からは何一つ強さを感じ取れなかった。

 だがコイツだ。

「盗賊団を壊滅させた森で、俺を見ていたのはオマエだな」

 狐目の男は頬を釣り上げることで返事をした。

「初めまして“何も無い”ロレンシア。私の名はシモン・マクナイト。以後お見知りおきを」

 いったい如何なる技を使ったのか、こうして二度も接近され、さらに目の前で対峙しているのにわからない。

 隠形の業なら俺も少しはできるが、コイツのはレベルが違うのではなく種類が違うように思える。

――もしかするとすると魔法か?

 魔に心を呑まれたモノだけが起こせる超常の力。それが魔法。

 魔法を扱える者と会ったことはこれまで三度しかない。それほど魔に心を呑まれたモノはマレで、さらに生き延びられる者は限られるからだ。

 というのも、魔に心を呑まれた時点で例外無く異端であり、その瞬間全ての人間の敵となる。魔に心を呑まれたモノが同じ村の住民で、親戚であっても容赦などしない。

 魔に心を呑まれたモノはもはや人間ではないという教えがどこにでもあり、実際下手に情けをかけて見逃そうものなら、何百何千という犠牲者が出ることになる。

 力はあるが極めて不安定な初期の状態では、何十という人間から一斉に投げられる石やタイマツは大きな脅威だ。たいていの場合はここで死ぬ。なんとか最初の修羅場を潜り抜けても、次は“中央教会”を筆頭とした宗教勢力から、次々と討伐部隊が送られてくることとなる。

 果たしてこの世界に魔法を扱えるモノは何人いるのだろうか。大融落(グレイブフォール)の頃は何百何千といたらしいが、今となっては十人足らずかもしれないし、百を超えることはまずないだろう。

「魔法のような、穢らわしいモノではありませんよ」

「……そうみたいだな」

 考えが顔に出たのか、シモンは俺の無知を嘲笑いながら否定した。おそらく嘘はついていない。

 俺は魔法を三度見る機会があった。これはベテランの聖騎士と同じかそれ以上の経験だろう。

 魔法の共通点は、おぞましさと唯一無二であること。

 魔法とは、内面の心が外界に干渉して起こす超常の力。それには異常なまでに歪んだ心、すなわち魔に呑まれた心が必要となる。そして人の心の歪み様は千差万別であり、そこから引き起こされる力はおぞましく、そして唯一無二なものとなる。

 コイツに接近されたのはこれで二回目だが、どちらも皮膚の下を虫が這いまわるような感触は起きなかった。魔法ではない。

 では何なのか? 気にはなったが素直に答えてもらえるはずもないので、取りあえず置いておくとしよう。

「それで、俺に一体何の用だ」

 “何も無い”俺に積極的に関わろうする者の理由なんて、二つしかない。俺の首に用件があるか、もしくは――

「依頼ですよ。悪名高い“何も無い”ロレンシアに、ぜひ引き受けていただきたい仕事があるのです。その話をしようにも、貴方は仕事の最中であったため、終わるのを待っていたのです」

「……最初に言っておくが、俺は――」

「ええ、存じておりますよ。貴方は金銭に興味が無く、引き受ける仕事の条件は強く興味が惹かれるか、あるいは――クク、フハハハハハ」」

 シモンはここで堪え切れずに、いや堪え切れなかったフリをして、最初は小さく、だがついには身を折って笑い始めた。

「ヒヒ、人助け! そう、今回のような人助けでなければ引き受けてはくれないのでしたね!」

「様子を見るに、人助けではなさそうだな」

「いえいえ! 引き受けてくだされば、私がたいへん助かりますので!!」

「興味もわきそうにないな」

 この男の技に興味はあったが、それ以上に関わると面倒になると思い背を向けようとした時だった。

 背を向けていたので推測だが、きっとシモンは会心の笑みを浮かべていたことだろう。

 それほど絶妙なタイミングで、シモンは俺の興味を十分に惹く言葉を吐いた。

「貴方と同等の実力者を、既に四名集めました」

「……正気か?」

 俺と同等の実力者となると、一つの国に数名、世界中を数えれば百人ほどか。

 その中で国や組織に所属しない輩はけっこう多いので、金さえ積めば集めるのは不可能ではない。

 問題は集めた後の事だ。

 そうだから強くなれたのか、強くなっていくうちにそうなっていくのか。それは人によりけりだが、俺と同等の実力者ともなれば、まずマトモな人間は存在しない。

 一人なら、まあよほどクセの強い奴を雇わない限り大丈夫だろう。

 二人でも、その二人の相性が悪くなければ、まあなんとかなるかもしれない。

 だがそれ以上は――ましてや四人、さらに俺も加えて五人となり一ヶ所に集まってしまえばどうなるか。

 まず間違いなく惨劇が起きる。依頼を達成する前に、依頼人の命が散ってしまう。

 一ヶ所に集めなくとも、そもそも細心の注意をもって俺たちは扱うべき存在だ。一人でも頭を悩ます存在を、離れた所から別々に扱おうとすれば管理しきれず、まったく予期しない事件に発展することは容易に想像できる。

 本気であるかどうか以前に、正気であるかを疑わざるをえない。

「いえいえ、仰りたい意味はわかります。貴方一人ですらもろ刃の剣なのに、さらに四人など! ご安心ください。貴方たちを制御する気も、互いに連携させる気もはなからございません」

 手を振って否定するその姿はいちいち大げさで、不快感で相手を振り回して自分のペースへ引きずり込むのがこの男のやり口なのだろうかと、薄ぼんやりと考える。

 はて、不快感を最後に抱いたのはいつだっただろうか。

「だったらどうする?」

 窓が一つだけの、諦観と汚臭に満ち満ちた大部屋をなんとなく思い出しながら問い質す。

「金額は十億。これを一ヶ月以内に標的を殺せた者に差し上げます。方法は問いませんし、情報は提供しますが指示は何も出しません。失敗しても真剣に取り組んだ結果であれば、一億を差し上げましょう」

「……ああ、なるほど。しかし十億だと?」

 確かにこの方法ならば標的の付近で惨劇はおきるだろうが、依頼人の命は守られる。現場が混沌となり、混乱に乗じて標的が逃げおおせる可能性もあるが。

 それにしても十億とは。金銭に興味が無い俺だが、実力に見合った報酬をもらったことは何度かある。十億というのは、俺がもらった報酬の中で最も高い金額の十倍以上だ。一生遊んで暮らせる。

「……俺と同等の実力者を既に四人集めたネットワークに加え金もあるようだが、なぜその標的とやらを自分たちでやらない? オマエは……オマエたちは何者だ?」

 自前の戦力が無いとは思えない。自前の戦力だけでは足りないから外部から補強するにしても、俺たちのような危険人物を五人も集め、挙げ句の果てに指示も出さずに制御しないとは何事か。

 金と手間をかけたうえで、不確実で危険な方法を取る理由とは。

「おや? お教えしなければ引き受けてはいただけませんか? これだけ興味を惹かれているのに?」

「素性を明かさない依頼人など……まあ俺に依頼を持ってくる奴には間々いるから、いいとしよう」

 ここで問うても煙に巻かれるか、あからさまな嘘を言われるだけだ。依頼を進めていくうちに真相は段々とわかってくるはずだ。ここは後の楽しみにさせてもらおう。

「で、さすがに標的は教えてもらえるんだろうな。金鵄の国の宰相か? それとも“チャイルドレディ”? はたまた“最強を許された者”か?」

 俺と同等の実力者を集めなければならない標的として、パッと思い浮かんだ重要人物と危険人物をあげる。どれも十億ですめば安すぎる大物たち。

 しかしシモンの答えは、予想の斜め上を行くものだった。

「貴方たちには一人の女性……そうですね、まだ少女と言ってもいいでしょう。彼女を殺していただきたいのです。名はマリア・アッシュベリー」

「……聞かない名だな。どこのどなた様で、何をやらかした?」

「何も」

「何も?」

 国の重鎮や大富豪、あるいは凶悪な犯罪者を想定していただけにその返答は拍子抜けで――より一層、興味を引き立たせるものだった。

「年齢は二十歳。誰かを殺したり傷つけたりなど“まだ”なく、誰に憎まれることも無い少女です」

「それなのに十億の額をかけられ、凶悪な実力者五人に命を狙われると?」

「ええ、なんとも不運な少女です」

 命を狙わせておきながらわざらとらしく、そして何とも軽くシモンは嘆いてみせる。

 しかし“まだ”とは、何とも意味深な表現だ。

「それで、引き受けて頂けますか?」

「……既に引き受けた、四人の名を教えてもらえるか」

「それは引き受けて頂いてからならば」

 ため息を一つつく。

 ほんの数日前に引き続き、また重要な選択肢を迫られた。

 依頼自体には強く興味を惹かれたが、何をしたわけでもない――もっとも、シモンの口ぶりからするとこれからしでかすかもしれないが――少女を[ピーーー]つもりにはなれなかった。

 しかしこの話に関わるには、依頼を引き受けなければならないだろう。

「前金はあるか?」

「お望みでしたら三千万用意しますが」

「いや、結構」

 前金が無いのなら、途中で依頼を破棄しようがある。まあ情報を提供してもらいながらという面が残るが、正体も明かさず前金を渡さない奴が相手なら構わないだろう。

「その依頼、引き受けさせてもらう」

「おお、ありがとうございます!」

 シモンは狐のような目をいっそう細め、女からすれば柔らかで甘い笑みを、しかし男と男についてよく知っている女からすれば胡散臭くて仕方のない笑みを浮かべる。

「ではお教えしましょう。彼女が潜む場所――っとと、その前に貴方の同僚の紹介でしたね」

 同僚ではなく競争相手ではないかと思ったが、そんなことわかった上でシモンは言っているので流す。

 それよりも、こんな奇妙な依頼を受けた愚かなくせに狡猾な、危険人物たちの名が重要だ。

 シモンは王に託宣を告げる神官のように、厳かに一礼してみせる。そして託宣とは往々にして、教会にとって一方的で有利なモノだ。

「“沸血”のシャルケ」

「“かぐわしき残滓”イヴ」

「“深緑”のアーソン」

「“血まみれの暴虐”フィアンマ」

「そして――“何も無い”ロレンシア」

 シモンは上体を起こし、悦に入った顔で両手を高々と掲げる。神の遣いであるという謙虚さを失い自らが神であると錯覚した、涜神者以上の冒涜的な姿がそこにあった。

「無垢なる少女、マリア・アッシュベリーを殺しなさい」

~第一章 五つの贄~





 狐目の男、シモン・マクナイトから依頼を受けてから三日が経つ。

 標的の女、マリア・アッシュベリーが潜むと教えられた山にたどり着いた。

 マリア殺害を引き受けたのは俺を含めて五人。

 “沸血”のシャルケ。
 
 “かぐわしき残滓”イヴ。

 “深緑”のアーソン。

 “血まみれの暴虐”フィアンマ。

 どいつも一度ならず耳にしたことがある実力者だ。そのうえ性質の悪いことに“沸血”のシャルケこそ武名で名高いが、他の三人、特に“深緑”のアーソンと“血まみれの暴虐”フィアンマは武名より悪名の方が遥かに上回る。

 もっとも、二人とも悪名について“何も無い”ロレンシアにとやかく言われたくはないだろうが。

 五人の中で依頼を引き受けたのは俺が最後だが、引き受けた場所の関係で出遅れてはいないとシモンが言っていた。ひょっとすると貴方が一番乗りかもしれないとも。

 これから踏み入ることとなる山を見上げる。標高はさほど高くない。千メートルほどだろうか。だが――

「ここに女が……それも一人でいるのか」

 標的は一人で仲間がおらず、この山に入って一週間以上が経つらしい。何か目的があるのかと尋ねたが、シモンは何も無いと答えた。

 一人で住むには山は過酷な環境だ。ましてや女一人など。しかも標的の女は、誰も人を傷つけたことが無いような奴だ。シモンは何も無いと言ったが、よほどの理由が無い限り、そんな無謀なことはしでかさないだろう。

「人目を避ける理由がある、か」

 理由ありなのは当然か。でなければ正体不明の連中が、凄腕の刺客を五人も送ったりはしない。いったいどんな女なのだろう。
 
「俺が一番乗りだといいが」

 そうでないと、せっかく興味がわいた女の顔すら拝めずに終わる。何せ――

「……ッ」

 大気に振動が奔る。山の中腹辺りで木が倒れ、土煙が起きるのが目に入った。ここからではどう急いでも十分はかかるだろう。

 離れていても伝わってくる圧倒的な闘気。戦いは今始まったばかりなのに木が倒れたというのは、初撃から全力をかけたか――あるいは木を倒すほどの威力が、様子見にすぎないということ。そしてこの闘気から考えるに、明らかに後者だ。

 もしこの一撃をただの女が受ければ――

「原型が残る死に方だといいが」

 望みが薄いことを悟りつつ俺は駆け出し――予想とはまるで違う結末を目の当たりにすることとなった。

※ ※ ※





 そこにたどり着いた時、土煙は未だに舞っているが戦闘の音は無く、パラパラと破片が零れ落ちる音がするだけだった。戦いは終わりこそしたが、終わって間もないことが見て取れる。

 山の中でも緑が少なく、比較的平らで赤土な所だ。滑る足元をゆっくりと踏みしめながら、頬に熱気を感じる。

 地面を見れば赤土であるにも関わらず踏込の跡がはっきりと、いくつも残っている。強力な踏込から繰り出される速さと威力のほどは、零れ落ちる音の方を見れば用意に想像できた。人の背丈ほどはあっただろう岩が砕け、その断面からポロポロと砂のように岩であったものが流れている。他にも目をやれば、倒れた木や大きく穴の開いた岩壁が次々と見られる。一対一ではなく、戦争でもあったかのような荒れようだ。

「……素手か」

 破壊の痕を見るに、どれも素手の所業。そしてつい先ほどまで戦闘があったとはいえ、屋外の、それも風が吹きすさぶ山中なのに残っている熱気。これらに遠くからでも関わらず感じ取れた圧倒的な闘気を加えて考えると、シモンからの前情報が無くとも誰であったかわかるほど絞られる。

「“沸血”のシャルケか」

 北方の森に出現した、体高三メートルを超す銀目の大鹿を退治したことで一躍名を上げた格闘家。特異な呼吸法を行うことで体内の熱を上昇させ、その熱を力に人外の破壊力と速さを誇るという。その流れた血から湯気が出ていたことから、沸血の名を冠することとなった。その男が――

 風が吹き、舞っていた土煙が払われる。

 そして鋼を人の形にかたどったような男の姿が現れた。

 年齢は四十代半ば。背は低く、一六〇ほど。しかし小さいという感想は抱けなかった。それよりも、凝縮されているというイメージが先行するからだ。

 大きく盛り上がった節々の筋肉は赤銅色で、鉄火場で鍛えられたと言われても冗談には聞こえないだろう。ただ太いだけでないことは形からも見て取れ、長い月日を雨風で削られてなお威風堂々とそびえる巨岩の如き趣きだ。恐らく体重は八〇を超える。

 適当に自分で刈ったであろう髪はざんばらで白い。白髪となるには早い歳だが、常軌を逸した鍛錬が引き起こしてしまったことなのか。口元と顎にある豊かな髭もまた白かった。

 そんな一目で武人だとわかる“沸血”のシャルケが岩壁に体を預けている。

 いや、預けているという表現は間違いだった。

 その鋼の肉体を岩壁にめり込ませ、首をダランとうなだれているのだから。

 ポタポタと湯気が昇る血を口元から滴らせ、肩を上下することなく静まっている。

「誰かを殺したり傷つけたりなど“まだ”ない少女……ね」

 シモン・マクナイトの言葉を思い出しながらつぶやく。“まだ”ない少女から、“まだなかった”少女へと変わったのだろうか。

 シャルケが少女以外にやられた可能性――特に競争相手である依頼を受けた他の三人を疑ってみたが、その線は薄い。

 岩壁にめり込んでいる角度と外傷から推測するに、シャルケは強力な力、おそらくは打撃を胸部に与えられ十メートルほど吹き飛ばされた。八十キロを超すシャルケをそれだけ吹き飛ばすだけでとどまらず、岩壁にめり込ませる威力を出せる者が相手であった。そして他の三人はそれに該当しない。

 “かぐわしき残滓”イヴならば、遠距離からの射殺ないしは背後から喉を掻き切る、又は毒殺。“深緑”のアーソンならば、全身が膨れ上がって死んでいるはず。そして“血まみれの暴虐”フィアンマならば、体に大穴が空き、酷ければ跡形も残らない死に方をしているはずだ。

 より詳しい情報を得ようとシャルケに近づき、体に触れた時だった。

 剣の柄に手を当て、全速力で振り返る。遮蔽物がろくにないこの空間で、十歩足らずの距離に女がいつの間にかいた。

「……俺は、どれぐらい経ってから気づけた?」

「二秒ほど。これほど早く気づかれたのは初めてです」

 戦慄を覚える俺に対して、女は抑揚のない冷たい声で応じる。その二秒の間にコイツは俺に、どれだけのことができただろうか。攻撃の動作を取ったのならより早く気づけただろうが、背後を取られた上に先手を許したとあっては相当不利であったことは確かだ。

 シモン・マクナイトのまるで理解できない出現の仕方とは違い、女のそれは俺の知識にある隠形の業だった。それにも関わらずシモン・マクナイト以上に俺に近づいたうえ、気づくのが一拍遅れてしまった。そんなことができる奴は、世界広しといえど一人のみ。

「“かぐわしき残滓”イヴ」

 自然と漏れ出た俺の呟きに、女――“かぐわしき残滓”イヴ――は静かにうなずいて見せた。

 美しい女だった。だがその美しさは、血で濡れた刃の切っ先の如き妖しさを伴ったものだった。

 歳の頃は二十半ばで、背は一七〇を超えそうだ。女性として豊かな体が、動きやすい革鎧と余りの無い服に締め付けられ蠱惑的に強調されている。朝日に照らされる水面のような蒼く輝く髪は肩にかかる程度の長さで、赤土の大地に立つその姿は枯れた大地を潤す妖精にも思える。まあ妖精とは、残酷な面もあるものだが。

 彼女が殺したと“確実”に言えるのは築港領の領主一人のみ。そして疑惑は数百に上る。というのも十年ほど前から奇怪な殺人が次々と起きるようになり、その共通点は物音一つ無く誰がいつ殺したかわからないことと、現場にはかぐわしい匂いのみが残されていたこと。

 そして二年前、築港領の領主の殺害の容疑で捕まった女がいた。

 それがイヴ・ヴィリンガム。

 築港領の領主の殺害現場にもかぐわしい匂いが残されており、衛兵たちの尋問を受けると、これまでの数百に上る奇怪な殺人の犯人であることをほのめかした。被害者には貴族・僧侶・富豪などもいたため築港領の独断で処刑するわけにもいかず揉めているうちに、彼女は姿をくらませて今にいたる。

「そういう貴方は“何も無い”ロレンシアですね。“深緑”のアーソンかとも思えましたが」

「その言葉は、俺と奴の両方に喧嘩を売っているぞ」

「その言葉は言いえて妙ですね。いくら“深緑”といえども、“何も無い”貴方と見間違えられたと聞けば不愉快でしょう。そして意外な発見です。“何も無い”貴方であっても、魔に心を呑まれたモノと同一視はされたくないのですね」

 別に煽っているわけではなく、ただ淡々と思っていることを口にしているのだろう。悪意を感じられない。もっとも、それ以上に思いやりも感じられないが。

「ところで、シャルケをやったのはオマエか?」

「わかりきったことを訊くのですね。阿呆ですね。私の細腕でこんな芸当ができると少しでも考えたのですか?」

 意外と毒のある言葉と共に、かぐわしい匂いが漂ってきた。マトモな男なら理性が揺らぐような香り――などと、生ぬるいものではないのだろう。“何も無い”俺だから他人事のように思えるが、恐らくこれは良い匂いだとか、好みだとかそんな次元ではないはず。鼻孔をくすぐるや否や脳内を鷲掴みにして下半身に強制的に熱を持たせるような、暴力的な匂い。

 これが作られた匂いではないと気づき哀れに思う。この匂いが体質なのだとすれば、虫唾がはしる目にこれまで何度もあった事だろう。

「私の匂いを気にしないようですね。好感度マイナス一〇〇からマイナス七〇に修正しましょう」

「……どうも」

「ちなみに私は貴方からやや遅れて来たのですが……“沸血”のシャルケは手遅れですか?」

「オマエが妙なタイミングで来なければ間に合ったかもしれんな」

 柄から手を離し、岩壁に体をめり込ませたままのシャルケを掴む。例え体を鍛えた人間であってもシャルケが受けた一撃の威力を想定すれば、心臓は破裂し背骨は砕け、即死は間違いない。だが鋼の肉体を誇るシャルケなら話は別だ。まだその体は火照っており、蘇生が間に合う可能性があった。

 誰を相手にして、何があったのか。それは訊けるのならば本人に尋ねるのが一番いい。そしてイヴはそれを邪魔をするつもりはないようだ。

 シャルケを岩壁から引き抜き、壁がもし崩壊しても巻き込まれない程度に離れたところにゆっくりと横たえる。さて、シャルケの分厚い胸ならば全力でやるぐらいがちょうどいいか。

「フッ……!」

 肘を伸ばしきった状態で両手をシャルケの胸に当て、その胸が凹むほど強く瞬間的に力を加える。意識が無くとも強靭な肉体はすぐに手を押し返す。押し返してきた体をすぐにまた力を加え下に叩きつける。

「少し乱暴……いえ、この男にはこのぐらいがいいでしょう」

 反動で上下するシャルケの頭部を守るため、イヴが膝を着いて両手を添える。そして心臓に衝撃を二十回ほど加えた時だった。

「ブフォッ……!」

 呼吸が噴出した。手を止めて離れると、最初の呼吸と比べると弱々しいものの、ゆっくりと、そして途絶えることなく胸を上下し始める。やがてシャルケは、まぶしそうに瞼を開いた。

「おお……っ」

 最初に目に入ったのは自分の頭を支える絶世の美女で――

「……おぉ」

 次に俺に気がつき、一気に消沈した。

「あの世に片足をかけ、目覚めれば天国に来たと思いきや……若い癖に辛気臭い顔をした奴もおる。天国を見せた後に地獄に引きずり込む腹積もりか」

「……苦労して蘇生させた奴を、再び[ピーーー]というのは一興だろうか?」

「用済みになる前にそれをするのですか? しかねない貴方が言うと笑えないので慎みなさい」

 シャルケはまだ息を吹き返したばかりで意識が朦朧としているはずだ。しかし俺とイブのわずかだが十分な情報を含んだ言葉を耳にし状況を理解し、忌々しげに息を吐く。

「ふん……っ。“何も無い”ロレンシアと、“かぐわしき残滓”イヴか。一応命を救ってもらった礼は言おう」

「お礼を言う前に、手から頭をどかしてくれるかしら?」

「次は膝枕かの?」

「……匂いの効果はあるけれど、問題なく耐えている。けどスケベ親父はマイナス二〇」

 そう言ってイヴは目覚めたばかりの重傷のシャルケの頭を、ゴトンと地べたに落とす。結果として蘇生を開始する時間を遅らせた事といい、シャルケ暗殺も同時に請け負っていたら面白い。

「さてシャルケ。息は吹き返したものの、身動き一つ取れないとみた。ここで起きた事を正直に話すのならば、俺は何も危害を加えはしない」

「……気が進まんな」

 競争相手に情報を渡すこともさることながら、自分が敗れた戦いについて話すのだ。この豪傑が渋るのは当然だが、命には代えられないだろうと高をくくっていると。

「オマエたち……この依頼から降りてはくれんか」

「……何?」

「あの娘には、悪いことをした……そのうえ情報を与えたオマエたち二人を差し向けるなど、儂にはできん」

 シャルケが気にしていたのは依頼の達成でも己の矜持でもなく、マリア・アッシュベリー――標的の身の安全であった。

「残りの二人に言っても無駄だろうが……オマエたちは殺しを厭いはしないが、好みもしないだろう。金にも困っておらんはずだ。だがら、頼む」

 俺たちを騙すための演技とは思えない。人を騙すような器用さをこの男が持つとは思えないし、何より命までかかっているのだ。そしてシャルケから感じられるのは、命に代えてもという必死さと真摯であった。

「“沸血”のシャルケ。この男はどうだが知りませんが、私についてはおおむねそうです。しかしだからといって、はいそうですかと一度取りかかった仕事から降りるほどいい加減でもない。せめて貴方ほどの男がかばう理由を聞かせてもらう」

「理由は、言えん」

 イヴがやや角度を変えて情報を引き出そうとしたが、シャルケはかたくななままだった。体に聞こうにも、ついさっきまで心臓が止まっていた男が相手では加減が難しい。それこそ苦労して蘇生した奴を用済みになる前に殺してしまい、呆れ顔のイヴの毒舌が待ち構えることになる。

「[ピーーー]のならば殺せ……」

「おい……チッ」

 どうしたものかと考えていると、言いたいことだけ言ってシャルケは限界だった意識をわざと手放した。活を入れて意識を戻しても堂々巡りになるだけで、時間の無駄だ。

「……オマエ、標的がどこにいるかわかるか?」

「それは、私と手を組む腹積もりということか」

 “何も無い”俺と手を組むことに嫌悪感を覚えたのだろう。イヴは形の良い眉をあからさまに歪めた。どうもこの女、自分の意志を表明するにあたって声の抑揚の無さをカバーするためか、言葉がきつかったりボディランゲージが大きいようだ。暗殺者とは思えない以外な癖だが、存外暗殺者なんぞやってるとらしくない癖の一つや二つ欲するようになるものかもしれない。

「いや、別に。ただ俺は情報が欲しいし、情報の与えかた次第でオマエは俺をいいように利用できるかもな」

「ハッ。貴方を一方的に利用とした奴の末路なんて、想像に難くない。貴方のあまりの何も無さに正常な判断を狂わされ勝手に自滅するか、正気を失って貴方につっかかり殺されるんでしょう」

「俺を利用するつもりはないと」

「いいえ。イーブンな関係でなら話は別です」

 そう言うとイヴはにっこりと、否、にったりと笑って見せた。そして右手をすうっと林の方に指差す。

「標的はここからおよそ五〇〇メートル先の所にいて、先ほどから動きがありません。少し打ち合わせをして向かっても問題ないでしょう」

「……これだけ離れていて、さらに動向までつかむか」

 その感知能力の高さを素直に賞賛する。間違いなく彼女こそが世界一の暗殺者だろう。

 しかし世辞抜きの俺の言葉に、イヴは再び眉をひそめた。

「どうした?」

「標的の動向を掴むことはできた。けどよくわからないものが妨害していて、困難だった」

「……そうか。あの“沸血”のシャルケがやられたんだ。やはり何かあるな」

 もう一度戦いがあったこの周辺を見渡す。

 はっきりと残る踏込の跡。折れた木。砕けた岩。それらからシャルケがどういった立ち回りをしていたか、部分部分ではあるが想像することができた。しかし――

「一方的な戦いだったのね」

 イヴの言葉に頷く。そう、奇妙と言っていいほど一方的な戦いがここで行われていた。残された痕跡から読み取れるシャルケの動きは、その全てが攻撃だ。二分から三分の間に、一撃必殺の攻撃を百を超す勢いで繰り出している。

 その一方で防御は一切行っていない。踏込の跡が全て前方に進むためのもの。横への動きもいくつか見られたが、これも攻撃を前提とした動きだ。つまり――

「マリア・アッシュベリーは嵐のように繰り出されるシャルケの攻撃を延々と防いだ後、一撃で勝負を決した……有り得るか?」

「有り得たんでしょう。そもそも私たち五人を集めさせた標的です。そのぐらいの芸当ができても不思議ではないというより、むしろ納得では?」

「二対一でも厳しいかもな」

 イヴが先ほど指差した林の方を見る。この先にいる標的の女。いったい彼女は何者なのだろう。がぜん興味がわきあがる。

「どうする? シャルケが言ったとおり降りるか? 俺は進むが」

「……同行する」

 あまり迷った様子も無く、イヴは声量こそ小さいが強く言い切る。その様子に、少し引っかかるものがあった。

「暗殺者らしくないな。確かな情報の無い標的を相手に、数的優位こそ確保しているが真っ向から殺しに行くとは」

「真っ向から戦うのは貴方だけ。私は隙を見て音も気配も無く背後を取るか、狙撃する」

「それでもらしくないことに変わりは無いだろう」

「……シャルケは戦意を喪失している。このまま貴方一人だけ見送ってむざむざ死なせれば、残りはよりによって“深緑”とあの“血まみれの暴虐”。手を組むことなど不可能。二人がかりで標的に挑める機会はこれが最初で最後。暗殺者は冷静で計算高いだけでなく、勢いにのることもあるだけ」

「……それだけか?」

「何が言いたい」

 辺りに緊張感が漂う。焦げついたような、嫌いじゃない匂い。自分には“何も無い”という現実から目を逸らせる貴重な時間だ。

「シャルケが言った通り、オマエは殺しを好みもしないし金にも困っていない。十億のために、伸るか反るかの話に勢いでのる理由はなんだろうな?」

「……金のために動いていないのは貴方もだ」

「違いない。すまない、少し気になってな。突っ込んだことを訊いて悪かった。オマエが言うとおり、俺が真っ向から戦って注意を引こう」

 このままやり合うというのも魅力的だった。だが暗殺者と真正面から戦ってもという考えがよぎるし、何より林の向こうにいる標的の方がより興味を惹く存在だ。ここは引いておこう。

 イヴは少しの間俺を睨んだが、息を一つ吐くだけであっさりと感情を切り替えた。さすがは何百という殺しを成し遂げた暗殺者、といったところか。

「言いたいことは終わりか。それでは行きましょう」

※ ※ ※



 林の中に入ると、肌を突き刺すような冷たい感覚が起きた。それはイヴにも生じたのだろう。俺たちは無言で視線を合わせる。

 とはいえこの程度で止まるわけもなく、無言のまま進んでいくと徐々に肌を突き刺す感覚が強くなっていく。まるでこの林そのものが敵で、間近から殺意を浴びせられているかのようだ。そしてこの現象に心当たりがあった。

「おい……ここは異界になりかけているかもしれん」

「異界?」

 これにはさすがに驚いたのか、イヴの声が跳ね上がる。

 異界侵食。

 それは魔に心を呑まれたモノたちの中でも、より深みにいる者が引き起こす超常現象のことだ。自分がいる周囲を己の住みやすい環境へと浸食汚染し、創り変える。ただでさえ厄介な魔に心を呑まれたモノが、有利な状況で待ち構えるのだ。

 聞くところによるとシャルケに討伐された銀目の大鹿は、森全体を住まいと定めたらしい。森の木々は水晶と化し、砕けた破片が空中を漂い自分以外の生物の存在を許さなかった。討伐に向かった者たちは草の水晶に足をやられ、あるいは水晶の破片に目や喉を次々とやられ、銀目の大鹿にまみえることすらできなかったと。鋼の筋肉で隙間無く身を覆い、熱気で破片を寄せつけない“沸血”を除いての事であるが。

「……確かにこれが異界だとすれば、異界の主である彼女の動向をつかみにくいのも納得できる。けど――これが異界?」

 イヴはその白魚のような指でそばにある木を撫でながら、疑問をていした。

「こんな現象を引き起こせるのは異界侵食ぐらいしか思い浮かばんが」

「よく考えなさい。確かにここは居心地が悪く、本来のパフォーマンスを発揮できそうにない。しかし、ロレンシア」

 イヴは辺りを見回しながら、両手を広げてみせる。

「貴方はこの奇妙な空間から、吐き気をもよおすような邪悪さを少しでも感じたか?」

「ああ……確かに」

 異界侵食は魔に心を呑まれたモノの中でも、より深みにある一部だけが引き起こせる超常現象。そんな奴らが浸食汚染した空間は、ただの人間なら踏み入っただけで吐き気と目まい、さらには幻覚に苛まされ、心臓が止まることすらあり得る。

 “何も無い”俺はともかく、いかに強靭な精神をもつイヴとはいえ、異界に踏み入ったのなら代償は軽いものではないはず。様子を見るに確かに本来のパフォーマンスを発揮できそうにないが、それは調子が悪いと言うレベル。

「しかしこれが異界じゃないとすれば、いったいなんだ」

「私が知るか」

「ごもっとも」

「ただ――」

「ん?」

「話に聞く異界侵食は、異界の主のためだけに創造されるもの。そこに調和という言葉は無い。けどここは、おそらく標的が来る前と大きな変化が無い」

 イヴの言うとおりなのだろう。肌を突き刺す冷たい感覚を除けば、ここはいたって普通の林の中だ。木を見上げると、俺の視線に気づいたこの地域の鳥が羽ばたいて逃げていく。木も鳥も、異界侵食の影響を受けているようにはまるで見えない。

 いや、そもそもこの肌を突き刺す感覚ですら、マリア・アッシュベリーを[ピーーー]ことを完全に諦めてしまえば消えてなくなりそうだ。

 異界侵食は周囲の環境を侵食汚染し、支配する。だがここはまるで、周囲の環境が自ら進んでマリア・アッシュベリーを守ろうとしているのかもしれない。

 そんな奴が、いるのか。

 そんなモノが、存在するのか。

 チクリと胸が痛んだような気がした。

 不思議に感じたが、もしかするとこれが嫉妬なのかという考えが、他人事のように思い浮かんだ。

 誰からも一度たりとも愛されたことがない俺。

 周りにあるモノが自然と味方するマリア・アッシュベリー。 

 儚い希望が胸に宿るのがわかった。ひょっとすると俺は、憎めるかもしれない。マリア・アッシュベリーと対峙した瞬間、俺は我を失って斬りかかることができるかもしれない。

 空っぽなこの胸は儚い想いが時おり身をおろすことがあるが、それは全て錯覚だったと後で気づかされてばかり。まともであった頃の遠い日の残像。

 だが今回は違うかもしれない。例えそれが、負の感情であっても。暗く身勝手な憎悪であっても。今度こそ、何もないこの身を満たしてくれるのかもしれない。

 愛が理解できなくとも、その真逆のモノならばひょっとすると――

「ロレンシア?」

「……何でもない。俺のコンディションは、ここでもさして落ちないようだ。そろそろオマエも姿を消したらどうだ?」

「……ええ、わかった」

 イヴの表情を見るに、俺の顔は「何でもない」からかけ離れたモノだったのだろう。

 だがしょせんはその場で一時的に組んだだけの相手。俺がどんな存在であっても、想定通りの戦闘力を発揮して標的と戦いさえすれば彼女に何ら不都合はない。イヴは目の前から音も無く消え去った。

 意識して一呼吸する。山の新鮮なはずの空気は、忌まわしき俺を拒絶するかのように喉を突き刺す。

 鞘から剣を抜き放つ。刃に反射する陽光は、俺の喉元を睨んでいた。

 踏みしめて進む足元からは、虫たちの威嚇がほとばしる。

 通り過ぎながら樹木を眺めれば、樹皮が歪んで老人の表情となり、無言のまま俺を弾劾する。

 これらは全て幻覚であると同時に現実。

 あまりに生々しい幻覚は現実に影響を及ぼす。 

 そして現実への侵食は、アリア・アッシュベリーに近づけば近づくほど増していく。

 頭上から次々とこぼれる、落葉の裏に潜む小人たちが槍をこの身に突き立てる。まともな神経をしているのなら血まみれになってしまうのだろう。だが俺は、少し肌がかゆいと感じただけだった。

 最後に剛腕となって唸りをあげる枝を片手で横に押しやり、開けた空間に出る。

 イヴには遠く及ばないが、俺もそれなりの感知能力はある。この異様な雰囲気に大きく妨げられたが、ここにマリア・アッシュベリーがいることは察していた。

――そして、大きく目を見開くこととなった。

※ ※ ※



 そこは、絵画の世界だった。

 いや、伝説の一場面であった。

 ああ、それでも足りないか。

 ここは、神話なのだ。

 

※ ※ ※

 女が泣いている。

 彼女はたおやかな手で顔を覆い、草むらにしゃがみ込み悲しみに暮れていた。

 凍てついた彼女の心を温めようと、木々はその身をどかし暖かな陽光を彼女へと導く。

 鮮やかな色を誇る蝶たちが彼女を中心に舞い、小鳥は彼女の肩で歌を奏でる。

 それでも彼女は泣いていた。

 細い肩を震わせ、陽の光を浴びた蜂蜜色の長い髪を揺らし、この世の終わりのように嘆いている。

 その光景を、ただ俺は立ち尽くして見ていた。

 期待していた憎悪など、微塵もわき起こりやしなかった。いや、期待が裏切られるのはいい。いつものことだ。

 だが何だ。なぜ俺の目は彼女を捉えて離さない。この胸を憎悪が満たすことはなかったのに、胸の鼓動が高まるのは何故か。

 輝く太陽の光に俺の頭も染められたのか。ぼうっとして、頭が真っ白になってきた。活を入れるために舌を噛もうとしたが、この瞬間を、何かはわからないが非常に貴重なことが起きている気がしてならない今この時を終わらせていいものか迷い、力を込めることができなかった。

 いったいどれほどそうしていただろうか。

 やがて彼女の肩に止まっていた小鳥が、この場で唯一彼女を慰めない俺を非難するように甲高い鳴き声を向けてくる。

 これまでと違う出来事に、彼女はそっと俺の方へと視線を送った。

 涙で濡れた翡翠の瞳が俺を捉えたその時、彼女から俺へと強い風が走る。

 その風は俺の迷いを吹き飛ばした。それなのに、俺は舌を噛めなかった。それどころか、舌にかけていた歯から力が抜けるのがわかる。

 俺はただひたすら目の前の女に、依頼のことなど関係なく憎しみから殺せるかもしれない女に、マリア・アッシュベリーに――――――――――見惚れてしまった。

 人は、夜明けを告げる太陽を当然のように美しいと思うらしい。遠く離れていても頬に水しぶきを感じる雄大な滝や、夕焼けに染まる海もそうだ。

 その“当然”という感覚がまるでわからず、皆が美しいと言うのを聞いてきた経験則と、まだまともな感性があった頃の記憶を組み合わせて、きっと美しいのだろうなと判別するようになった。

 しかし今、初めて理解する。これが何の理屈も無しに、誰に言われるでもなく理由づける必要もなく、当たり前に美しいと受け入れられる存在なのだと。

 驚きで半開きとなった口が乾いていくことに気が付き、自分が何をすべきか考える余裕が戻る。

 舌を噛む。目を逸らし、一度彼女を視界から外す。深呼吸をする。

 でもそんな考えは次々と消え去っていく。

 わからなかった。今自分に何が起きているのか、これっぽっちもわからない。こんなこと何も無くもなかった頃、諦観と汚臭に満ち満ちた窓が一つだけの大部屋にいた頃でさえ記憶にない。

「夜の……」

 初めてのことに途方に暮れるという、これまた初めての状態に陥っていると、彼女が驚いたように口を開く。

 それをきっかけに、ようやく彼女を観察する余裕ができた。

 背丈は一六〇半ばで、年はシモン・マクナイトに聞いていた通り二十歳程度。その髪は膝を着いていると地面にふれそうな長さで、蜂蜜色のそれは陽光の下で黄金の如き輝きを放っている。

 涙を流し悲しみ暮れるその様子は、何をしたわけでもないのに罪悪感と、無尽の献身を舞い起こすものなのか。その神秘さは、鳥や蝶ならず木々にさえ影響を及ぼしていた。

 村娘のように青と白のコットを重ねて着ており、緩やかな服の上からでもふくよかな肉付きをしているのが見て取れた。だが彼女は世間知らずのただの純粋な村娘などではない。

 その美しさは絶世の美女であるイヴ・ヴィリンガムに匹敵するだろう。しかしそれだけなら、俺が見惚れることはありえない。

 気品のせいかと思ったが、彼女から感じられるものは純朴さであって、気品においてはイヴに軍配が上がる。

 彼女にあるものは神聖さだ。

 天使か、はたまた女神か。男が女に入れ込み過ぎてそう思ってしまうのではない。老若男女問わず、彼女が人を超えた、それでいて人と相容れる存在だと敬いかしずく。

 俺は果たして彼女を斬れるのか。

 うまく力が入らず、今にも剣を取りこぼしそうな手を視界の片隅に収めながら、自問自答してみた。

 斬る理由があれば、何の問題もなく斬れると答えは即座に出た。

 ではシモン・マクナイトの依頼は彼女を斬る理由に足るものかと再び問うてみた。

 これも答えはすぐに出た。まるで、足りやしない。

 俺は黙ったまま驚きからか、あるいは悲しみからか、うまく二の句が継げないマリア・アッシュベリーの言葉を待つことにした。

 しかし待っていた言葉は、とても理解できるものではなかった。

「夜の――――――湖」

「……なに?」

 今は夜ではなく、ここに湖と呼べるようなものも無い。

「あ……ち、違うんです。今の言葉はつい出たもので……意味は特にないので、どうか気にしないでください!」

 意図のわからない言葉に眉をしかめると、彼女は両手を振りながら慌てて否定した。その姿は神聖さを依然としてそなえながらも、年相応の少女らしいものだった。

「あのっ……私は……私は、その……」

 彼女は意を決して話しかけてこようとしたが、段々とその言葉は尻すぼみになり、また悲しそうにうつむく。

 “何も無い”俺に、争いごとに無縁そうな女が話しかけるのは並々ならぬ事情があるものだが、そんな経験則を彼女にあてはめられることができるのか。それはわからないし、彼女が何を言おうとしたかもわからない。だが彼女がここまで悲しむ理由に、ここでようやく思い至った。

「“沸血”のシャルケなら死んでないぞ」

「えっ!?」

 その言葉にマリアは、うつむいていた顔を跳ね上げる。

 別に教える必要は無い。むしろやる気が無くなりつつあるとはいえ、姿を隠しているイヴと共に彼女を殺そうとしていたのに、彼女に気力を与えてどうするというのか。

 しかし何故だろう。彼女の周りにいる小鳥や蝶たちではあるまいし、このまま彼女を悲しみに暮れさせるわけにはいかないという想いでも湧き出たのか、気づけば口にしていた。

「本当……ですか? 良かった……本当に、良かった。私は、てっきり」

 それ以上は言葉にならず、悲しみではなく安堵の涙を流し始める。

 その姿を見て、なぜシャルケが彼女をかばおうとしたのかがわかった。

「“沸血”のシャルケと戦っていたのはオマエか?」

 念のための確認に、マリアは安堵から気が緩んだのか隠そうともせず静かにうなずく。いや、そもそも彼女に隠し事ができるのだろうか。

「……はい。あの人は自分の名前を名乗られると、私に決闘を申し込まれたのです」

「シャルケの奴」

 予想通りの展開についため息が漏れる。

 マリアが只者ではないことは明らかだが、争いごとに向いていないことも一目で見て取れる。そんな相手に武人である“沸血”が戦おうとするのはよほどの理由があるか、正常な判断ができていないかだ。 

 ようするに武人肌のあの男は、自分も含めて五人の実力者を揃えさせたマリアという存在に興奮しきっていたわけだ。

 とはいえ“沸血”に加えて“かぐわしき残滓”、挙句の果てに“深緑”と“血まみれの暴虐”に“何も無い”という不吉極まりないメンツを揃えて、さらに報酬額が十億。見た目通りの女子供ではないと決めてかかっても仕方がないと言えば仕方がない。

「さ、最初は何とか防げていたんですけど……あの人、どんどん動きが速くなって……怖くなって、気が付けば私は……あの人を」

 その時のことを思い出し、マリアは罪悪感から再び表情を暗くする。別に身を守っただけで、何一つ罪を犯したわけでもないだろうに。

 思い出しただけでこれならば、シャルケを殺してしまったと勘違いした時はこの世の終わりのような顔をしていたことだろう。そしてその顔が、シャルケが意識を失う前に見た最後のものだとすれば辻褄が合う。

 仕方がないとはいえ争い事とは無縁の女に鍛え上げた力を振るい、さらに一生もののトラウマを植え付けてしまったのだ。意識を取り戻し冷静になったシャルケがそのことを後悔し、俺たちにこの依頼を降りるように頼んだのは当然の流れだろう。

――しかし疑問は残る。結局彼女は、どうやってシャルケの攻撃を防ぎ、そして倒したのか。俺ですら神聖視せざるを得ないなど只者ではないことはわかるが、こうして目の前に対峙してもあの“沸血”が敗れたとは信じられない。

「命を狙われる理由に心当たりはないのか?」

 結局のところ話はここに行き着く。なぜ彼女を[ピーーー]ために俺たち五人が集められたのか。なぜ十億もの金額がかけられるのか。なぜ彼女は人目を避けるように山に一人でいたのか。

 彼女は――何者だ?

「そ、それは……」

 マリアは逡巡からか視線を逸らし、そして瞬く間にその表情を凍り付かせた。その視線の先にあるのは、俺が手に持つ抜き身の剣だ。

「ん? 気づいてなかったのか」

 初対面の男が武器を持って現れたというのに、呑気なものだ。いや、それだけシャルケのことがショックだったのか。

「シャルケがオマエを狙ったのは、オマエを[ピーーー]依頼を十億で引き受けたからだ。そして俺も雇われた一人でね。もっとも、なぜオマエに十億もかけられるのかは知らんが」

「……嘘、ですよね?」

 つい先ほど一生ものになりかねないトラウマを負ったばかりだというのに、それがもう一度襲いかかろうとしているからだろう。彼女は泣きながら笑っているような顔で、青ざめた唇から祈るように囁く。

 まあ実のところ、嘘といえば嘘である。もう俺はあまりやる気がなかった。

 しかし奴は――イヴ・ヴィリンガムはどうだろうか。元からマリアは隙だらけだったが、今はもう放っておいても死ぬのではというほど無力に見える。奴ならば、次の瞬間にでも最初からそこにいたかのように現れ、音も無くマリアの喉元を引き裂きかねない。

 その時俺は、どうすべきなのか。黙ってイヴがマリアを[ピーーー]のを見ているだけか。

 選択の時が再び迫ってきた。

 いつもいつも間違えてばかりの選択肢。

 必死に悩み、相手のことを“何も無い”俺なりに考え、そして何かを得たいという俺の願いにつながってくれと選んだ答えに待つのは、罵声や侮蔑、そして悲しみと怒り。今度も結局そうなるのだろうか。

 ここでマリアを助けたところで、今は立て続けに起きた事態に混乱していて俺の異常性に気づいていないが、俺を汚らしい存在と嫌悪するのではないか。初めて見惚れてしまった相手に、その上あの“かぐわしき残滓”から命がけで守った結果がそれでは、もう俺は、何年も目を逸らし続けていた事実を受け入れなければならない。

 かといってこのまま見過ごすのか。俺の前でマリアが、俺にとって特別な何かを持っているかもしれない彼女が目の前で喉を裂かれ、口から血を零し、恐怖と痛みと不安に混乱しながら死んでいく姿をただただ見ておけと言うのか。

 どちらを選んでも、俺という微妙なバランスで成り立っている存在が崩壊しかねない。

 マリアは何者なのか。

 俺にとって彼女は、何になりえるのか。

 最後の決断のため、祈るような気持ちで彼女を見る。彼女もまた、祈るように俺を見ていた。
 
「君は……何者なんだ?」

 なぜオマエは、こんな目にあっている。なぜオマエは、こんなにも俺の心を揺さぶる。オマエは――君は、俺にとっての何なんだ?

「わかり……ません」

「……わからない?」

「わかるわけ……ありません。つい一年ほど前まで、私は森の中で父と二人っきりで生きていたんです。父が亡くなり遺言通り森を出て、色んな人と出会い、様々な物を見て……初めてのことばかりで苦労も多かったけれど、だからこそ新鮮で楽しかった。楽しかったのに……っ!」

 耐え切れずにマリアは頭を抱え、声が高く乱れる。彼女を慰めていた小鳥や蝶が、風に吹かれたタンポポの花のように飛び散るが、それでも彼女を慰めようと辺りをたゆたう。 

「少し前から、誰かが私を追いかけ始めました。別の街に行っても、その誰かは……誰かたちはいました。森を出て人を話すことが楽しかったのに、だんだん人と会うのが怖くなり、気が付けば追い立てられるようにこの山に入って……ついには、命まで狙われて……理由なんか、私が聞きたいぐらいです。私が、何をしたんですか? 私は――」



――私は……何者なんですか?



 それは嗚咽とも、慟哭とも判断しかねる悲痛な訴えだった。山の中に一人で、誰に打ち明けることもできずにただ自分に味方してくれる自然たちで寂しさを慰めながら、それでも恐怖と不安は高まる一方だったのだろう。そしてそれは、初めての戦いで限界を迎えてしまった。

 そんな彼女の姿を見て、自然と大きく息を吐いていた。

「自分が何者かわからない……か」

 それは、俺もだった。

 たったそれだけの共通点。けれどそれは二つの選択肢に悩んでいる俺にとって、十分すぎるほどの後押しだった。

 決めた以上、迷いは無くなった。たとえこれから、どのような地獄を歩むとわかっていても。

 剣の切っ先をそっと柄に納める。しかしすぐに抜けるように、柄には手をかけたままで、どこにいるとも知れぬ“かぐわしき残滓”に宣言した。

「イヴ。俺はこの話から降りる」

 存在を消して標的を狙っていた暗殺者への無遠慮な呼びかけは、殺されても文句が言えないものだ。

「オマエがマリアを狙うのは止めはしない。止めはしないが――混乱が収まらないままの彼女を狙うというのならば、話は別だ」

 殺意は感じない。敵意も感じ取れない。だがそんなこと、何の気休めにもならない。相手はあの“かぐわしき残滓”なのだ。鋼の冷たい感触が皮膚に触れる寸前になってようやく察せられるかどうか。

「今日は止めとけ。でないと俺が相手になる」

 返答は無い。迂闊に音を出して場所をさらさないということは、俺と戦うことを検討しているのだろうか。

 いや、それは違うか。“沸血”のシャルケを倒した未知なる相手、マリアへの数的優位が崩れてなお依頼の遂行にこだわるのは愚かなことだ。そしてアイツは愚かではない。

 場所をさらさずに、音も無く引き上げたのだろう。

「綺麗な人……」

「……わかるのか?」

 マリアのため息とともに零れた言葉に、耳を疑う。

「はい。もう去ってしまったけれど……とてもとても綺麗で、でも見ているこっちまで寂しくなってしまう美しさ。まるで冷たく乾いた風に翻弄されていくうちに、自然と研磨されたサファイアのような女性」

「自然と研磨されたサファイア……か」

 初対面――実際には対面していないが――の相手に妙な表現をするが、そういえば俺への第一声も変わったものだった。確か「夜の湖」だったか。

 ひょっとすると彼女には人とは違うものが見えていて、それがイヴの隠形の業すら見破ったのかもしれない。

「あの……貴方は、私を……殺そうとは、しないんですか?」

 恐る恐るマリアは尋ねる。それは下手に希望を抱いて、より深い絶望に陥るのを恐怖してのことか。

「……元から乗り気じゃない依頼だった。ただ俺やシャルケを集めて、さらに十億もの報酬をかけられたオマエに興味がわき、一目見ようと思って来ただけだ」

 そして予想外の結果を出た。まさかこの俺が、誰かに見惚れることができるとは。

 いったい彼女は何者なのか。森の中でずっと父と二人で生きてきたと言っていたが、なぜそのような奇妙な生い立ちなのか。そして何故シモン・マクナイトたちはそんな彼女の命を狙うのか。

 聞きたいこと、調べなければならないことはいくらでもある。しかしそれをするには、彼女に歩み寄らなければならない。“何も無い”この俺が、神聖な少女マリア・アッシュベリーにだ。ひょっとするとそれは、冒涜的な行為で許さることではないのではという、らしくもない危惧が浮かんでしまう。





――貴方は、神を信じていますか?





「……ッ」

 二年前。夜の冷たい風にかき消されそうなか細い、しかし尋常じゃないほどの情念が込められた問いが思い起こされる。





――私は信じています。だって





 俺はあの時の問いに、考えたこともないし興味もわかないと答えた。アイツはそれに、死蝋の如き顔なのに目だけは爛々と輝かせ――





――神がいないのなら、私は誰を恨めばいいんですか?





「あの……どうしたのですか?」

「……いいや、何も」

 マリアの神聖さにあてられ、柄にもなく神について考えてしまったせいか。考えまい、考えまいとして記憶の奥底にしまい込めていたものが浮かび上がってしまった。

 ともあれ、彼女は不用意に接触していい存在ではないように思える。少し慎重すぎるきらいはあるが、今日はこれまでとしておこう。

「ひとまずオマエは安全だ。“沸血”のシャルケは死んではいないが重傷なうえに、オマエに負い目を感じている。“かぐわしき残滓”――ああ、おまえがサファイアと呼んだ女だが、一人ではオマエを狙いはしない」

 そして残りの二人、“深緑”のアーソンと“血まみれの暴虐”フィアンマがマリアと会うことはない。

「あ、あの! お願いです、待ってください!」

 きびすを返そうとする俺を、マリアは懸命に呼び止めた。

「わけもわからず命を狙われて心細いのはわかるが、頼る相手を間違っているぞ」

 彼女からすれば俺は味方に見えたことだろう。でも俺を味方にしようとした奴は、割り切った金の関係以外は全員悲惨な目にあってしまう。

「俺は夜の湖だったか。言いえて妙だな」

 ふと、マリアが俺を表した言葉を思い出す。

「暗い暗い水の中は、何があるのかわからない。恐ろしい、なのに惹きつけられる。そして下手に探りを入れようものなら、水の中の得体の知れない化け物に飲み込まれてしまうんだからな」

「ち、違います! 私は、そんな意味では――」

「オマエの味方は、きっと白馬の王子様みたいな絵に描いたような存在だろうよ。断じて俺ではない」

 特に考えなしに口にした言葉だったが、的を得ているような奇妙な感覚があった。まったく王子様は何をしているのだろうか。“沸血”のシャルケに襲われている時に駆け付けなかったせいで、よりによってお姫様は“何も無い”俺を味方だと錯覚してしまわれた。

「世も末だ」

 自分のくだらない想像に思わず笑ってしまいながら、きびすを返して戻ろうとしたところだった。

「私は……マリア・アッシュベリーといいます」

 俺をこの場にとどめるのは無理だと悟ったのか。残念さをにじませながら、彼女は穏やかに自分の名を告げた。

 ああ、そういえば。彼女は俺が何者なのかまるで知らないんだった。

「俺はロレンシア。ロレンシアと名乗っている」

 俺の微妙な言い方に彼女は小首をかしげたが、受け入れた。

「さようならロレンシアさん。そしてできればまた、お会いしましょう」

「……ああ、できればな」

 彼女は咲き誇る花のような笑顔で別れと、再会を願う言葉を口にした。

 親愛の笑みを向けられるのは初めてのことで、上手く答えることができなかった。

 言葉だけではなく、本当にまた彼女と会わなければならないと思っている。だが、果たしてそれができるのか。そして、許されるのか――

※ ※ ※



 マリア・アッシュベリーの敵ではないと見なされたのだろう。林の中を通っていても、生々しい幻覚に襲われることはなかった。

 そして林を抜けると、横たわるシャルケの傍らに佇む女が出迎えた。

「何か弁明はありますか?」

「何も。あるとすれば謝罪だけだ。すまなかった」

 謝罪をほんの一言で済ませた俺に、イヴは大きくため息をつく。

「裏切者」

「……」

「嘘つき」

「……」

「自分から言い出したくせに」

「……」

「惚れっぽい」

「……」

「むっつり」

「……」

「スケベ」

「……ちょっと後半から待ってくれるか」

 何を言われても仕方ないので受け入れようと思っていたが、話がものすごい勢いで予想外の方向に進んでいるため、つい待ったをかけた。しかしそれにイヴは蔑んだ眼をする。

「ちょっと優しく会話をしてくれただけで惚れるだなんて。“何も無い”と呼ばれるほど縁のない人生だったのでしょうけど、いくらなんでもドン引きです」

「俺はオマエにドン引きだよ」

「自分に優しくない女には辛辣なんですね」

「いや、裏切ったのにずいぶん優しい対応だとは思っているぞ」

「えっ……私が優しいからって、惚れないでください。恥ずかしすぎて、虫唾が走ります」

 こいつはいったい何なのだろう。殺されても文句は言えない身だが、つい阿呆を見る目で見てしまう。

「まあ冗談はこれぐらいにしておきましょうか。私は寛大ですから、これからする質問に正直に答えれば、裏切ったことについて不問に処します」

「寛大ねぇ」

「不服でも?」

「いいや。正直に答えましょう」

 俺を殺そうとするのではなく質問で許すのは、寛大だからではなく別の理由があってのことだろうに。

「貴方は今回の依頼から降りるとあの場でいいましたが、それはマリア・アッシュベリーを欺くための虚言ではなく事実か?」
 
「ああ、事実だ」

「……では、これから起きる事態についても当然覚悟の上だと?」

「そうなるな」

「そうですか。それは、実に見ものですね」

 イヴは手の甲を口元にあてクスリと、しかし目だけはめったに見られない見世物を前にしたようにおかしそうに嗤う。

「俺も質問してもいいか?」

「ええ、どうぞ。何せ私は寛大ですから」

「今回の結果は外れじゃない……むしろ当たりだと思ってないか?」

「……へえ?」

 イヴは目をわずかに細めるが、その声は平たんで乱れがなく、意表を突かれた様子は無い。だが俺は気にすることなく続けた。

「元からオマエがマリア・アッシュベリーという未知で強力な存在に、ただ数的優位があるという理由だけで挑むことに違和感があった。そして裏切った俺への寛容な態度。これはオマエが寛大だからではなく、最初からオマエの目的はマリア・アッシュベリーの暗殺ではなく、別にあったからだと推測される」

「それで、その別の目的とは?」

「オマエの目的は、依頼を受けること自体にあったんじゃないか?」

「へえ? もっと具体的に言ってくれませんか? 言っておきますが、もう少し核心を突いてくれないと動揺するフリもしてあげられません」

「……ダメか」

 残弾はもう無い。

 俺と同じでマリアと接触するために依頼を引き受けたのだとすれば、マリアに顔を見せないまま戻りはしないだろう。今回は顔を見るだけでよく、後日接触をはかる予定なのかとも考えたが、もはやそれは推測を元にした推測にすぎず、言ったところで呆れられるだけだ。

 今ある弾を打ち尽くしてでも揺さぶりをかけて、そこからさらに弾を得ようとしたができなかった。イヴの様子を見るに、的外れではないようだが。

「まあ悪くはない手でした。実は私がマリア・アッシュベリーの味方だったのなら、ここで貴方と吐き気を我慢しながら手を取り合って協力する、どどめ色の展開になり得る問いでした。あるいは焦ることなく判断材料をあと二つほど得てから私を問い詰めればよかったのですが……今この瞬間のみが、貴方が私を味方に引き込める機会だったのでこれは仕方がありません」

 もうイヴにとって俺は用済みなのだろう。背を向けてスタスタと歩き始める。そして俺はそれを黙って見送ることしかできない。

「あ、それと」

 何故かピタリと歩みを止め振り返った彼女は、真剣に、そしてとてつもない質問をした。

「マリア・アッシュベリーに本当に惚れたの?」

「……冗談で言ったわけじゃなかったのか」

 イブの罵声というには幼稚な発言を思い出し、本気だったのかと驚く。 

「貴方がどんな考えでこの依頼を受けたかは知りません。しかし依頼から降りるだけでなく、私の妨害までした。その結果これから起きる事態についてわからないほど馬鹿ではなく、覚悟もできている。彼女に惚れてしまったと考えるのは、それほど的外れしょうか?」

 言われてみれば確かに、はたから見ればそう思えても不思議ではなった。

 しかし決して俺はマリア・アッシュベリーに惚れてなどいない。

「惚れたなんて、そんな甘く優しいものじゃけっしてないさ」

 俺が彼女に何を想っているのか。それは今から整理することだったが、決して惚れたわけではないという自信だけはあった。

 しかし俺の答えに、イブはここにきて蔑みではなく初めて哀れんだ眼をした。

「“何も無い”ロレンシア。貴方は初めての感情に戸惑っている」

「何を」

「貴方は自分のマリア・アッシュベリーへの想いが、甘く優しいものじゃないという。だから惚れたわけではないと判断している。それは、恋をしたことが無い者の考え」

 何百という暗殺を成し遂げた生ける伝説とは思えない仕草で、イヴは自分の胸を抱きしめる。

「本当に惚れたのなら、愛してしまったのなら、正常な判断なんてできなくなる。その人のためならば、たとえ命の危険があろうと立ち向かえる。そして、そんな無謀なことができるのに、拒絶されることが怖くて想いを告げられない」

 これまでずっと抑揚の無かったイヴの声に、段々と抑えきれないかのように熱が帯びていく。何かを求めるように伸ばされたその細い指先は、かつて誰かを求めて、それを思い出しているのか。

「でも胸に抑えていくうちに想いは強まる一方で、拒まれた時が怖いのに、不安なのに、ついには我慢できずに恋い慕っていることを伝えてしまう。あるいは恋しているからこそ、それほどの想いを押し[ピーーー]。――それが、恋よ」

「……なるほど。確かに俺は、恋をしたことがないな」

 そんな狂おしいまでの情熱に振り回されたことが一度でもあるのならば、“何も無い”なんてことありえないのだから。

 それにしても―― 

「……いや、甘く優しいわけじゃないって言うが、オマエが今言ったのもそうとうなんというか、ロマンチックというか少女的というかオマエいくつだっけ?」

「…………さて。聞きたいことは訊けたわけだし、私は山を下りる」

 やや早口で頬をかすかに赤らめながら、二十代半ばの女は話を逸らした。

「依頼を降りるにあたって、当然事情は話す。私は貴方がどうなろうとどうでも良かった。でも今の話を聞いて応援ぐらいならしてもいいと思えた……けど、やはり無理でしょうね」

 イヴは陽炎のようにその姿を消しながら、言葉だけ残していく。

「ロレンシア。せめて死ぬ前に、今その胸にあるものが恋だと気づきなさい。認めなさい。それができないままなのは、あまりにも惨めだから」

「……だから、違うと言っただろうが」

 もういなくなった相手に悪態をつき、ここに残っているもう一人に目を向ける。シャルケの容態は特に変わり無く、このまま山に放っておいても問題は無さそうだ。とはいえ今後利用できるかもしれないのでその重い体を起こし、背中に背負う。

「いくらこいつでも、戦闘可能になるのは一週間は必要か」

 そして、その時はとうに決着がついていることだろう。無駄なことになると予想できたが、俺は山のふもとにある街までシャルケをかついで降りることにした。

※ ※ ※



 あれからどれぐらい時間がたっただろうか。空を見れば、日が沈みかけている。茜色の空から降り注ぐ日差しはまだ暖かく、まるで今の私の胸の心境のようだった。

「とても、キレイだったな……」

 その人がどういった人間なのか。一目でわかることに気づいてからまだ一年も経っていない。それまでお父さんと二人きりで生きてきたから気づきようが無かった。

 誰でもわかるわけではない。これまでの体験からなんとなくわかってきた条件は、私と波長が合うか、極めて強い意志を持っていること。どちらかの条件を満たしている人は数百人に一人ぐらいで、そういう人と出会えるのが楽しみだった。

 波長が合えば合うほど、あるいは意志が強ければ強いほどはっきりとイメージがはっきりと見える。そして今日は、これまで見た中でもっとも強く鮮烈なイメージを、立て続けに三人も見ることになった。

 熱を帯びたままの錬鉄。

 自然と研磨されたサファイア。

 そして、夜の湖。

「どうして、あんなこと言うのかな……?」

 私は夜の湖が好きだった。森の中で私の一番のお気に入りの場所で、森を出てからも何度も思い起こした。

 月光の下で輝く深い藍色。

 羽音を立てながら水面(みなも)に着水する鳥たち。

 周りの木からハラリと落ちた葉が、クルリクルリと回りながら静かにたゆたう。

 鳥や魚たちの躍りでさざめく波紋。

 頬に感じるかすかな冷気。

 穏やかで静かで、けど命の息吹がそこかしこにたくさん芽吹いていた。

 私の大好きな場所。私の大好きな場所と、あの人から感じるイメージはまったく同じだった。

 けれど、彼は夜の湖という言葉を良い意味でとらえてはくれなかった。

「あの人、傷だらけだった……人に傷つけられてばかりだったせいかな?」

 別に全身を見たわけでもないのに察してしまうほど、彼のわずかにのぞかせる肌は傷で埋め尽くされていた。頬や額、手の甲や喉。私なんかでは想像もつかない生き方をしてきたんだろう。

「また会えるかな……こんなことなら、着いていけば……でも」

 さっきからあの人のことばかり考える。追いかければ良かったんじゃないかと想像する。

 でも迷惑をかける結果ばかりが思いつく。私は顔も目的もわからない人たちから狙われている。迷惑をかけないためにも、一人でいないと。それに――

「あのキレイな人……イヴさん、だったかな。ロレンシアさんとどんな関係なんだろう」

 一緒に仕事を、それも危険なことをする仲なんだ。あんなにキレイな人と一緒にいたら、きっと好きになるに違いない。私が着いていったところで邪魔になるだけなんだろう。

「今、どこにいるんだろう?」

 迷惑をかけてしまう、邪魔になるとわかっている。それでも考えが止まらない。

「あっ」

 ある考えが閃いた。あれほど強く鮮烈なイメージが見える人なら、離れていてもわかるかもしれない。

 多分あれから経った時間は三時間ぐらいだろう。山のふもとにある街に彼はいるかもしれない。

 その時、私はワクワクしていた。これだけ離れていても彼がわかるのなら、彼の意志が強いだけでじゃなくて、波長まで合っていることになるかもしれなかったから。

 だがらイメージが見えた時、私は本当に嬉しかった。拳を握って、やったと口にする瞬間だった。

「えっ……」

 そして絶句した。

 夜の湖を見ることはできた。けど様子がおかしかった。

 夜の湖がぼこぼこと泡立つ。それは魚が起こすものではなかった。泡立ちは穏やかな波紋ではなく、岸辺を侵食する波に成り果てる。

 湖の周りにある木々の根本から、濃い緑が信じられないほど大量に湖に流れ込み、藍色を塗りつぶしていく。

 魚たちが苦しむ。鳥が奇声をあげ飛び立とうとする。鳥が水面を離れた瞬間だった。泡立ちの中から鋭い刃が生え出て鳥を貫く。

 刃は何本も何本も現れる。濃い緑は絶え間なく湖を汚す。緑と鳥の紅い血が混ざり合う。

 私の大好きだった光景は、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされていった。

「……ッ」

 吐き気を催して口元に手をあてる。うずくまりながらイメージを見るのを止めた。

 今のは、いったい何だったのか。頭を整理していくと、自然と口に出る言葉があった。

「限りなく黒に近い緑……」

 そう、あれは黒に近いけど黒じゃなかった。黒のように綺麗と汚いを併せ持つ存在では断じてなかった。ただただおぞましかった。

「血まみれの針山……」

 ただ血を流すだけを良しとして、そのことに何の罪悪感も抱かずに、むしろ悦楽を見い出す許されないもの。

 その二つが、夜の湖を蹂躙していた。

「殺される……」

 あの人は強い人だ。きっとシャルケさんと同じぐらい強い。でもそんなこと、まったく関係なかった。

 世の中には善人もいれば悪人もいる。そんなことわかっていたし、悪い人と出会ったことも何度もあった。けどその認識が崩れるほどの邪悪の権化。アレに比べれば、これまで出会った悪人が善人に思えるほどの存在。私の想像が及ばない在り方。アレと遭遇してしまえば、この世のモノとは思えない死に方をしてしまう。

 それがたとえ、あの人であっても。

 そんな存在を直接目にしてしまえば、果たして私は正気でいられるかわからなかった。決して出会いたくない。けど――

「このままじゃ、ロレンシアさんが……殺される!」

 うつむいていた顔を上げれば、日が沈み切っていないのに暗くなり始めている。いつの間にか辺り一帯に暗雲が垂れ込めていた。

 暗雲は、侵食するかのようにあの人がいる街にまでその手を伸ばしていた――

~第二章 逸脱の始まり~




 うつ伏せの姿勢で硬い感触を味わっている。冷たい雨に体を打たれ、濡れそぼった衣服がこの身を縛る。血が流れる左頬だけが熱く、石畳に反射した雨粒がぶつかり痛みを染み込ませていく。

 久しぶりに見る夢だ。久しぶりだが、この夢は何度も見ている。夢うつつの中で、だいたい一年ぶりだろうかと数えた。懐かしさも親しみも無い、過去にあった出来事の追憶をぼんやりと味わう。

 まだ体が小さな頃の事。窓が一つだけの、諦観と汚臭に満ち満ちた大部屋から抜け出したものの、ガラの悪い大人たちに殴り飛ばされ金目の物を奪われた後のことだ。殴られた衝撃が引かないまま、雨に体温が奪われろくに頭も働かず呆然と倒れたままでいると、目の前の水たまりにパンが落ちた。

 見上げるとそこには、ニヤニヤと笑う裕福そうな男がいた。男はゆっくりと足を上げる。足を降ろす先は、泥水で汚れたパンがあった。

 迷う暇など無かった。うまく動かない体を無理矢理前に飛ばし、なんとかパンと靴の間に顔を割り込ませることができた。

 哄笑が鳴り響く中で頭を踏まれながら、スープではなく泥水で柔らかくなった硬いパンを咀嚼する。この日初めて得た糧。今日はもう何も食べられないかもしれず、それは明日も同じだった。

 この時だったのか、それともその少し前の馬車の中でだろうか。今になって振り返ってみてもはっきりとはわからないが、どんなに遅くてもこの時なことは確かだ。

 俺は躊躇いと尊厳を無くした。生き残る上で邪魔だったから。

 街の路地裏を小さな子どもが生き抜くのは難しい。残飯や盗める量には、ある程度上限があるからだ。言い換えると、路地裏で生きることが許される浮浪者と孤児には限りがあり、限りあるその世界に余所者の俺が現れた。そして俺はその世界で間違いなく最弱だった。最弱だったけど、躊躇いと尊厳が無かった。

 当時の俺は知らなかったが、その路地裏に生きる者たちには暗黙のルールがあった。それは食料を巡って他の住人と出くわした時は、強者は多く弱者が少なく、という形で分け合うこと。

 強者が全て取れば、追い込まれた弱者が破れかぶれで強者に襲いかかってしまう。追い詰められた者の力は恐ろしいものがある。強者は勝つことができても、少なからず傷を負ってしまう。そして栄養状態が酷い浮浪者や孤児が、不衛生な路地裏で負った傷が悪化して死んでしまう事態も珍しく無い。そういった経験から何十年と時間をかけて作られた、その路地裏での慣習だったのだろう。

 けど余所者の俺は、そんなこと知らなかった。学ぼうにも、俺は躊躇いを無くしていた。様子を見る余裕も無かった。

 食料を巡って路地裏の住人と出くわした時、俺は譲らなかった。威嚇もしなかった。初手が攻撃だった。

 まだ小さい子供だったが、錆びついて汚れた包丁を全力で振り回す俺はきっと狂犬のような眼をしていたのだろう。慣習をまったく守らない俺に、住人たちは最初は泡を食って逃げ出した。

 やがて住人たちは、路地裏の秩序を乱す俺を排除することを決めた。決めるのに一ヵ月かかった。その一ヵ月の間に、俺は邪魔なものをもっと無くしていたというのに。

 月明かりのない夜だった。アイツ等は俺が寝床と定めていた場所に忍び足で近寄り、一斉に木の棒で叩き始めた。何度も何度も、路地裏の秩序を破壊した憎い俺に、腹を空かす原因となった俺に、恐怖を与えた俺に、それらから解放される喜びで、狂ったように叩きまくった。

 叩いて叩いて汗だらけになり肩で大きく息を吸うようになって、ようやく叩くのを止めた頃。寝床の中が布切れの集まりであったことに、汗が冷える感触と共に気づく。その瞬間を狙っていた。躊躇いも無かったが、焦りも無くしていた。絶好のタイミングまで待てるようになっていた。

 後ろからの奇襲で最初に狙ったのは、周りに指示を出していた発起人らしき男だ。小さな俺だから狙いやすい膝の裏を、全力で包丁で貫く。発起人のたがの外れた悲鳴が、恐怖と緊張で張り詰めた空間を切り裂いた。何が起きたかわからない他の住人は、混乱して蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。包丁で膝をやられた発起人だけが取り残される。

 発起人は倒れるように後ずさりながら、必死に命乞いをする。住人たちは俺を排除することを決めるのに、一ヵ月もかけてしまった。せめてもう一週間早ければ、発起人は助かった。

 俺はもう、容赦を無くしていた。

 足元にあった拳ほどの大きさの石を拾うと、両手で顔をかばう発起人に飛びかかり、何度も何度も腕の上から石を叩きつけた。やがて腕がダランと下がると、今度は頭に振り下ろし、目をつぶし鼻をつぶし口をつぶした。

 そして男の息が止まると同時に、石を振り下ろすのを止めた。  

 そうしてしばらくの間、引き続いて俺は腫物を触るように扱われた。俺を排除しようにも、一人や二人でやる勇気が奴らには無かった。それ以上の数となると、まとめる者が必要となる。発起人の無残な死に方を知らない住人は誰もおらず、そんなことを引き受けようとする奴もいなかった。

 俺は最弱だったが、路地裏の支配者となっていた。残飯を貪り、体を少しずつ大きく逞しくした。

 やがて新たな面倒ごとが俺のところに来た。路地裏は薄汚い取引の場所に都合よく、路地裏の支配者である俺を部下にしようとする男がいた。男はマフィアの幹部で、あの日俺にパンを投げ捨てた男だった。

 男はマフィアの幹部なだけあり、話が通じた。だが部下は馬鹿だった。部下になれという男の提案に、衣食住に特に不満の無かった俺は従う意味を見い出せず、静かに断った。男は時間をかけて俺を説き伏せるつもりだったため、俺の拒絶をあっさりと流した。しかし部下は孤児の分際で兄貴の顔に泥を塗りやがってと怒り狂ってしまう。そして俺に成り代わり路地裏の支配者になろうとして、返り討ちにあった。

 部下をやられては幹部も黙っているわけにはいかず、俺を始末して管理が面倒な路地裏を自分のものにしようとした。

 血まみれの争いが再び始まった。争いの中で俺は強くなっていく。それと引き替えに大切なモノを無くしていたなど気づく余裕がないほど、生と死の狭間を行き来した。

 たった一人のガキに予想以上に手こずり、やがてギャングは見栄よりも実利を優先して手を引いた。たった子ども一人に情けないと笑う奴が、街には一人もいなかったことも大きかっただろう。路地裏の“アレ”、路地裏の“アイツ”と呼ばれる存在を知らない奴はいなかった。

 平穏が訪れ、腹を空かすこともなくなった時、ふと気が付いた。ボロボロになった体を他人事のように見る自分は何者なのかと。俺に残されているモノは何なのかと。

 気づけばもう、俺はたくさんのモノを無くしていた。そしてそれらがあった頃の記憶が非常にあいまいで、自分のモノと感じられなかった。

 考える時間と余裕はいくらでもあり、やがて俺は無くしたモノを取り戻したい気持ちが固まっていく。そしてそれは、俺のことを知らない者がいないこの街ではできそうになかった。

 旅立つことにした俺は街の門に向かう。衛兵は入門の札を持たない、いつの間にか街に入り込んでいた俺を喜んで見送った。

 街の外に出て頬に風を感じながら髪をなびかせていると、名前が無いとこれから先不便なことに思い至る。記号なら前に持っていたが、そんなものを名乗る気にはなれなかった。

 ロレンシア。

 確かここから遠く離れた地域の一般的な名前だったはず。行商人同士の会話を物陰からなんとなく聞いていた記憶から掘り起こした名前を、俺の名前にするにした。理由はこの地域の名前でなかったから、ここでないどこかに行こうとする俺にふさわしいように感じたからだったはず。

 “何も無い”ロレンシアと呼ばれるようになるのは、それから数年後のことだった―― 

※ ※ ※



「……ふん」

 目覚めたのは追憶が終わったからか、仮眠が十分とれたからか。あるいは離れた街の門の方から、犬や鳥などの小動物がざわめく気配を感じ取ったからなのか。どれであっても構わなかったが、久しぶりに見た夢につい鼻を鳴らす。

 さて、久しぶりに子ども時代の夢を見たのは何故だろうか。硬いベッドを軋ませながら上体を起こし、みずぼらしい部屋の中で窓を見る。眠りにつく前に兆候はあったが、空が薄暗く染まりひんやりとした外気があちらこちらの隙間から流れ来る。雨が降るのを感じ取ったから、雨が降る夢を見たのだろうか。

「違うな」

 肯定するように雷が鳴り、轟音の振動が窓を通して肌をうつ。だいぶ近かったようだが、どうせなら門の方から這うように近づく気配に直撃してくれればいいものを。残された時間があまりないことを察しつつ、最後となるかもしれない思索にふける。

 やはり原因はマリア・アッシュベリーのせいだろう。彼女が自分が何者なのかわからないなどと、絶望で憔悴しきった様子で言うからだ。だから俺が、何者でもなくなっていく過程を思い起こしてしまった。

 “何も無い”ロレンシア。不便だから自分でつけた名前と、自分の身に降りかかる災いをもはや他人事のように感じる虚ろな存在。ひょっとしたら俺は何者かであった頃の残照にすぎないのかもしれない。かすかに残されたこの感情も、残りカスだと考えればつじつまが合う。

――ロレンシア。せめて死ぬ前に、今その胸にあるものが恋だと気づきなさい。認めなさい。それができないままなのは、あまりにも惨めだから。

 イヴは俺がマリアに恋をしていると言った。残照にそんなことができるのか。できるのならば残照ではないのか。仮定の上に仮定を積み重ねても実のある結論はでそうになかった。

 もうあまり考える時間は残されていない。だから一つだけでも結論を出そう。彼女は俺にとって何なのか。胸に手をあてながらそっと目を閉じる。

 街の往来から、人々のどよめきが聞こえる。肌の下を虫が這いずり回る感触があったが黙[ピーーー]る。今はそれどころではないのだから。

 暗闇の中で思い起こすのは、今にも壊れそうなほど悲しみに暮れるマリアの姿。蜂蜜色の髪を揺らし、その細い肩を震わせて泣く姿。これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。

 目をゆっくりと開く。光が差し込む中で思い起こすのは、別れ際のマリアの咲き誇る花のような笑顔。もう一度あの笑顔を見たかった。

 冷たい外気と喧騒、不快な気配。それらとは別に、ほんのりと胸が暖かいような気がした。その暖かなモノは心臓に乗って全身を駆け巡り、体中に力を漲らせていく。これはマリアのことを考えているからなのか。

「……もう一度、彼女に会おう」

 これが恋だとは思えなかった。けど彼女に会いたかった。誰かに会いたいと思ったのは十何年ぶりだろう。ひょっとしたら初めてなのかもしれない。

 これが希望なのか。それとも希望を装った絶望なのか。わからないが、だからこそわかるまで死ぬわけにはいかない。

 先ほどまでと比べて、ボロ部屋の中の明るさが増したように思えた。とても裏路地にある、訳ありの人間のための宿とは思えない。造りは貧相なくせに、代金は並の宿の数倍とられてしまった。もっとも、その半分近くは官憲に流れるのだろうが。

 海千山千の店員と、ガラの悪い男たちが一階にたむろっていたが、修羅場を経験しているだけあって今は息を押し殺している。本当は駆け出して逃げたいのだろうが、それができない事情もあるのだろう。そいつらを意も介さず、重量のある物体が宿に入り、そして階段へと向かう。

 腰かけていたベッドから立ち上がりながらため息をつく。正直、もう少し思索にふけっていたかった。彼女について考えていたかった。

 革鎧を身に着けながら耳を澄ませていると、階段を上がる音が奇妙なことに気づく。ズルリベチャリと、湿ったような音。粘度が高いものを階段から下に零した時の音を、階段を上がりながら立てているかのようだった。
 
 階段の軋む音から相当な重量があると察せられるソレは、階段を上がり終わるとゆっくりとこの部屋へと近づく。そしてとうとうドアの前に立ち止まったソレは、ドアを叩いて鈍い音を響かせた。

「今手がふさがっていてな。鍵はかかってないから勝手に入ってくれ」

 外套を身にまといながらそう声をかけたのに、ドアの前のソレはまたノックする。腰に剣を着けて、壁に立てかけておいた予備のもう一本を手に持ちながら仕方なくドアへと向かう。

 そして――剣を抜き放ち、ドア越しにソレを貫いた。
 
 もろい木を貫いた先から伝わる、柔らかな感触。その手応えは人の肉のモノではなかった。一度斬ったことがあるワニが連想されたが、構わず剣を捻り傷口を広げる。

 ドアに穴を空けたことで、ドアと剣の間に暗闇が生まれていた。衝撃で軋むドアの隅にも真っ暗な影がある。そこから黒と見間違う濃い緑があふれ出た。

 蛇だ。

 ある蛇は剣をつたいながら、ある蛇はドアの下をくぐり抜け、ある蛇はドアの上から零れるように降り注ぎ、牙を剥いて俺に襲いかかる。その数は十を超えていた。

「フッ!」

 蛇たちに噛みつかれる直前。刺突を終えたままの姿勢から右足で床を蹴り、剣をさらに相手にねじ込むように体を捻りながら前に飛ぶ。蛇たちは振り払われ、穴の開いていたドアは体当たりで砕け、そして剣で貫かれていたソレは廊下の壁にまで吹き飛び、木製の壁を軋ませながら張り付けとなる。

 木屑がパラパラと舞い落ちる中で、この街に入り込んでからすぐに感じていた気配の正体を、目の当たりにすることとなった。

 ソレは異様な風体を過剰に覆い隠そうとし、それなのにまるで隠せていなかった。 

 背丈は一八〇半ばほどか。だが相対して感じられるのは、縦の大きさではなく横の大きさであった。茶色のローブで全身を覆い、さらに目元以外をシュマグで隠していたが、それでも首の無い体であることを察せられる体形だ。

 だが体形のことなどどうでもよくなる特徴が他にある。それは胸元に剣を突き刺されたまま平然とした様子であることと、流れ出る紫色の血、そして眼だ。

 その眼は白目の部分が無く、黄色の眼の中で縦長の瞳孔が不気味に黒光りしている。蛇のような、蛇ではない眼。コイツだけの瞳。

 魔に心を呑まれたモノ、“深緑”のア―ソン。

 今からたしか二年ほど前。南西の小さな村で、住民全員が緑色に膨れ上がって死んでいる事件があった。悪臭が漂う中での調査で、村の名簿七十六人に対して死体が七十五であることがわかる。見つかっていないのが誰なのか調べようにも、死体はどれも誰であったかわからない惨状で、村に何度も出入りしている行商人に立ち会わせても見分けがつかなかった。しかし行商人は、村の嫌われ者ア―ソンが怪しいと思うと衛兵に告げる。

 捜査には教会も協力していて、捜査結果からア―ソンが魔に心を呑まれたと判断を下し、聖騎士ベンジャミンに討伐を命じた。

 ベンジャミンは代々聖騎士を輩出してきた名家の跡取りであり、その名に恥じぬ武芸に秀でた美丈夫である。彼が仲間の騎士と従騎士、合わせて十二名で出立した際には、大勢の婦女子が中心となって歓声をおくった。

 そして一ヵ月後、端正な顔立ちを緑色に膨らませ、はらわたが何十という蛇に巣食われた状態で発見されることとなる。

「話には聞いていたが……聞いていた以上に蛇だな」

 後ろから静かに這い寄ってきていた蛇を踏みつぶしながら、初めて目にする生物に見入る。これまで魔に心を呑まれたモノを三回見たことがあり、それは硬質な肌に上半身が以上に大きくなってしまった姉弟と、地獄を夢見て地獄そのものと化してしまった侯爵だ。どれもこれも独特で似通っているのは不快感だけである。

 その三度の経験を踏まえて考えるに、“深緑”のア―ソンの深みは姉弟以上侯爵未満。異界侵食を引き起こす一歩手前の、極めて危険な状態であった。

「何モ……無イ……ロレンシア」

 その声は甲高く、それでいてくぐもっていた。シュマグで口を覆っているとしても不可解な声質だが、人であることをやめた者の声帯に常識など通じないのか。

「私ヲ見テ……眉一ツ動カサナイ……ナルホド、噂通リノ……男ダナ」

「物珍しくはあるが、驚くほどのことじゃない。ところでオマエの肌だが」

 剣を抜きながら後退すると、ア―ソンの傷口から流れる血が一層激しくなる。だが血の流れは一気に緩み、ボコボコと泡立ちながら収束していき、やがて蛇の頭がそこでうごめき始めた。生えたばかりの深緑の蛇はチロチロと舌を不気味に動かす。

「……オマエの肌はウロコなのかと訊こうと思ったが、ウロコと蛇が半々のようだな」

「ククク……呆気二トラレルダケカ……愉快、愉快クカカカカカカカカカカカカ――デモ、何故ダ」

 身を震わせ、その重量で廊下を軋ませながら思う存分笑っていたが、ピタリと不快な振動を終える。そして子どもの玩具のようにガクンと首を横に傾げた。

「何故……依頼カラ降リタ? 標的ハ思ッタヨリ強イヨウダガ……ソレニ臆スル男ニハ、見エナイ」

「臆したんじゃないんなら、他に理由があるんだろ。それをわざわざオマエに話すつもりはないが」

「……ナルホド、ナルホドナルホド」

 何故依頼から降りたのか。それは他人に軽々と話せない、俺の在り方に関わるもの。付け加えれば、俺の彼女への気持ちも確信できない状態で口になどできない。相手が魔に心を呑まれたモノとなれば言わずもがな。

 だが俺のそんな微妙な心境が声に出ていたのか、ア―ソンはこれまた愉快そうに笑いだす。

「オマエヲ……狂ッテイルオマエヲ……惑ワスホドカ……ソレハソレハ」

 シュマグで見えないが、常人では口を裂かないと不可能な笑みをソレはしてみせながら――

「孕マセガイガ――」

――不快な音色を流し始めたので、その発生源目がけて下から剣を突き上げる。

 ア―ソンは首を斜め後ろに逸らして刃をかわす。しかし切っ先は肉を斬ることはできなかったが、醜い心情を言い表す汚らしい穴を覆うシュマグを破いた。

「ソウ……興奮スルナ。私ダッテ……興奮シテ、イルンダ」

 二股に別れた舌を別の生き物のように動かしながら、それはベチャリベチャリと大きな音を立てて舌なめずりをする。少し視線を下にやれば、奴の股ぐらが馬のソレのように膨らみ、蛇のように蠢いていた。

 ア―ソンへの殺意が鋭くなっていく。殺意と狂気が入り交じり、鬼気がこんこんと湧き起こる。下の階から引きつった悲鳴が鳴り響く。

 その一方で、俺は静かに自分の判断は正しかったと安堵もしていた。

 こんな奴を、マリアに見せるわけにはいかない。

 彼女を守るには、傍にいるだけだでは駄目だった。傍にいたら、コイツを間近にまで近寄らせてしまう。だが俺が離れれば――イヴ・ヴィリンガムを裏切った俺が彼女へと駆け付けられる場所にいれば話は別だ。

 “沸血”のシャルケを倒すほどの力を持つ、未知の存在であるマリア。彼女と戦っている時に、後ろから“何も無い”ロレンシアに襲われてはならない。まず片付けるべきは“何も無い”ロレンシアだ。未知の存在であるマリアの情報は、“何も無い”ロレンシアを無力化させてから聞き出せばいい。

「不思議ダ……」

 ア―ソンの狂態を前にかえって心が落ち着いていると、これまでのじゃれ合いとは違う本当の殺し合いが始まる寸前だというのに、奴は本当に不思議そうに言う。

 壊滅的な出来事が起こることを察した下の階の連中が、もはやここにはいられないと転がるように逃げ出し始める中で、奴は続けた。

「何故……オマエハ、剣二手ヲ伸バシテイナイノカ?」

「……ッ!?」

 俺は既に、剣を手にしている。そんなこと胸に風穴を開けられ、シュマグを切り払われたア―ソンが身をもって知っていること。それなのにそんなことを言う意味とは、つまり。



――暗い暗い闇の中、よくよく目を凝らせば遠くにゴツゴツした壁がある。

――空を仰げば星は無く、やはり遠くにゴツゴツとしたヒビが見える。

――広い広い空間の中、真夜中の平原かと見間違う何も無い場所で、俺の前に剣が大地に刺さっている。

――大地の下はグツグツと煮えているのか、刺さった剣は揺れている。

――元は純白であったろう刀身は、もう半ばまで真っ黒で、残りも黒ずみつつある。

――大地の下で、沸き立つモノが囁く。

――剣に触れろと。



「アレを……オマエも、見たのか?」

 一瞬の間にいくつもの場面が次々と思い返される。直接見たわけではないのに生々しく、それでいて陽炎を通したかのようにぼやけた非現実的な光景。

 同じ体験があるのか、ア―ソンはその黒光りする瞳孔を興奮で見開き――

「ヤハリ――――オ?」

「これは……」

 既にこの周辺は俺とア―ソンの殺気と狂気で充満し、はじける寸前の状態だった。そこに新たに、針で刺すような鋭い殺意が突如現れた。

 それと同時に、下の階から逃げ出そうとしていた三人があっけなく命を散らしたことがわかる。

 辺りが静まり返る中で、階段をゆっくりと上がる音が近づいてくる。

 ア―ソンの魔に心を呑まれたモノ特有の、肌の下を虫が這いずり回る感触とは違う、肌の毛穴全てを刺し貫くような凍てつく気配。自然と心当たりが思い浮かぶ。依頼を受けた五人の一人にして、“深緑”のア―ソンに勝るとも劣らぬ悪名を轟かせる者――

 “血まみれの暴虐”フィアンマが、板張りの廊下の上にその姿を現した。

 一九〇を超す背丈に燃えるような紅いプレートメイルを身にまとい、悪鬼が笑っているかのような兜をかぶるその姿は、闘神にも邪神にも見える。その手に持つこれまた紅い槍は、音に聞く皆殺朱(かいさつしゅ)か。

「穢らわしい」

 フィアンマは俺とア―ソンを見るや否や、吐き捨てる。

「貴様らのような汚物がのうのうと存在するなど、大融落(グレイブフォール)以外では許されんというのに、何故自害することなく俺の前に立つのか」

 その糾弾に、ついア―ソンと目を見合わせる。いったい、どの口が言うのだろう。下の階の連中を殺した理由は、ただ“うるさかった、目障りだった”だけだろうに。

「しかしそんな貴様ら愚物にも、珍しく価値ある瞬間もある。今がそうだ。俺の役に立てることを喜びに身を震わせながら、膝を着いて女の情報を出せ。さすれば、命だけは恵んでやろう」

 傲慢で神経質、さらに声変わり直前の少年と初潮を迎えたばかりの少女を好むという悪癖を持つ男の、自分のことを棚に上げた数々の発言に俺たちは――

「ケツヲ出シテ、四ツン這イ二ナレ」

「そうすれば、貞操だけは恵んでやってもいいぞ」

 刹那。殺意が紅い二筋の閃光となって奔る。

 それが何であったのかは、かろうじて喉に襲って来たソレを、身をひねりつつ剣で弾いて一拍置いた後にわかった。 

 皆殺朱だ。しかし俺とフィアンマとの距離は十メートル近くある。決して槍の射程距離ではない。弾いた反動で手が痺れるのを感じつつ横を見れば、かすっただけだろうに顔の四分の一をもっていかれたア―ソンが、感嘆の吐息を傷口から漏らしている。

「フィアンマの槍の間合いは槍で非ず。弓と思え、か」

 耳にした時は尾ひれがついていると思ったフィアンマの武名を、思い出しながら口ずさむ。

「“瞬刺殺”。速サモ威力モ脅威ナウエ、連射デキルトハ」

 糸のように小さな蛇を傷口のいたるところから生やし、蛇同士が溶け合い、傷口を塞ぎながらア―ソンは戦慄と興奮を混ぜ合わせた声音を紡ぐ。

 希代の名工アレッサンドロの遺作にして怪作、さらには最大の失敗作と評せられた槍。

 それが皆殺朱。

 長さはおよそ三メートルだが三段式となっており、握りの部分を操作しながら動かすことによってその射程は五メートル、七メートルと変化する。これにより戦況に応じた長さに変化させることが狙いだった。

 しかし複雑な造りは自然と強度がもろくなるため、その補強により槍としては規格外の十三キロという重量を持つ。槍の中心を支点とするのならともかく、端を握ってこの重量を振り回すのは大男であっても骨であった。

 さらにその操作には繊細な技術が求められ、重さに耐えながらの槍の伸縮は修練の場ですら困難であり、目まぐるしく状況が変わる戦場での使用が不可能なことは誰の目から見ても明らかだった。

 アレッサンドロであっても耄碌はするものだ。最初の一年ほどは刀工や騎士たちの笑い話や嘆きとして話題に上り、やがて故人の名誉のために口にするのがはばかれるようになり、そして存在を忘れられていった。

 それが突如、十年の時を経てフィアンマの凶行と共に蘇る。

 聖地イーリスで大司教との問答である貴族の青年が激高し、椅子を蹴飛ばしながら席を離れた。その態度に周りの者たちは色めき立つも、大司教は手をあげてそれを諫めた。その寛容な態度は、ほんの数分で吹き飛ぶこととなる。

 貴族の青年であるフィアンマは槍を片手に戻ってきて、押しとどめようとする立ち番を刺殺し、逃げ惑う大司教とその間に立ちはだかる護衛を一突きでまとめて殺してしまった。

 彼は騒ぎを聞きつけて駆け付ける兵たちを蹴散らし馬に乗り、追いかける騎士たちを皆殺朱を自在に操ることにより射程外から一方的に殺してのけた。かろうじて槍の懐に潜り込めた者もいたが、次の瞬間短く変化した皆殺朱に貫かれる結果となる。これによりフィアンマが聖地を飛び出るまでに二百余人が犠牲となった。

 卓抜した膂力と技術、そして精神。この三つを持つ者が皆殺朱を手に持てばどれだけの力を持つか、かつて失敗作と笑っていた者たちはその頬を引きつらせながら知ることとなる。

 こうしてアレッサンドロの名工としての誉れは保たれた。しかし皆殺朱の持ち主がいかなる戦況でも槍捌きが損なわれない精神は持ってはいたが、人としての人格があまりにも欠落していたため、悪名も得てしまったが。

「ほう……っ」

 必殺の一撃を防いだうえ、戦意を微塵も衰えさえない俺たちに、フィアンマの兜の向こうにある碧い瞳が嗜虐に濡れる。

「これは運命(さだめ)、我が使命」

 天井の高さは二メートル半ほど、廊下の幅は二メートル程度。その中で三メートルほどの長さとなっている皆殺朱を、屋内の狭さを忘れそうになるほど自在に舞わしながらフィアンマは謳う。

「この世は愚物で満ちている。この世は穢れであふれている。故に、俺は天から舞い降りた。貴様らを在るべき形に、罪のないただの肉塊にするために」

 陶酔しきった様子を見るに、この戯言は本気のようだ。たしかフィアンマは貴族の生まれではあるが、妾腹の子だったと聞く。そのコンプレックスからこんな歪んだ思想を持つようになったのだろうか。

「在るべき形に還らせてやろう」

 舞いを止め、槍の穂先を俺とア―ソンに向ける。

 フィアンマは謳う。それにア―ソンは嗤う。そして俺は――安堵した。

 俺に二人とも来た。一人残らず来た。同時に来た。

 ならばここで終わらせよう。取りこぼしなく、一人も残さず、彼女の視界に入れることなく消し去ろう。

※ ※ ※



 高らかに謳う深紅の男。彼は自らが神聖で選ばれた存在だと疑いもしない。その真っ赤な槍をさらに穢れた血で朱く染め上げようとする。

 甲高く、それでいてくぐもった声で嗤う男。彼は自らの欲望に正直で、己の欲望を全てぶちまけても耐えかねない二人の男に舌なめずりする。

 安堵する男。彼が守ろうとする女からすれば夜の湖のような、彼女以外からすれば泥沼のような瞳は、不吉なまでに穏やかであった。

 壊れた者たちが三人、一点に集ってしまった。もはや誰も止められない。誰も制御できやしない。彼らを雇った者たちは、そもそも制御するつもりがさらさらない。

 三人が集った裏路地の宿から離れた場所。そこに窓が壊れドアも半開きのままの廃墟がある。その廃墟の中に一人の男が、手を後ろに組みながら窓辺に立ち、三人がいる場所へと視線を送っている。

 男の眼は、一見するとサーカスを見る子どもの眼のようだった。キラキラと輝いていた。

 しかしその熱を帯びた瞳には、ギラギラと狂った想いも込められている。猛獣使いがそのまま猛獣に食われてしまうことを期待する、筋書きとは違うことを期待する嗜虐と狂気の瞳。

 男は手を後ろに組んだまま、前のめりの姿勢となって狂おしい想いを口にする。

「狂え……狂わせてしまえ……存在価値の欠片も無いゴミ屑に、汚らわしい爬虫類、勘違いした妾腹の小僧ども」

 男――狐目の男、シモン・マクナイトはこれから何が起きるのかわかっていた。あの三人が出会ってしまえばどうなるのかなど、自明の理なのだから。

「貴様らの無価値な命で、筋書きを狂わせてしまえ……ッ」

 これから起きる惨劇の先を期待して、シモンは眼だけは異様に輝かせつつ、静かにほほ笑んだ。

※ ※ ※



 拮抗した三人の実力。先に動いた者が残る二人の標的になりかねないという緊張が奔るや否や、躊躇いなく動く者がいた。

 ロレンシアだ。

 彼には何も無い。だから躊躇いも無い。躊躇いが無い故の初動の速さからくる突きに、既に臨戦態勢に入っていたア―ソンだが回避に専念せざるをえなかった。

 ロレンシアが中段の構えから狙ったのはア―ソンの喉。本来有効である四肢の先端への攻撃、つまり手首などへの攻撃は驚異的な再生力を持つア―ソンに対しては効果が薄く、ただ隙を生むだけの結果になりかねない。最低でも攻撃を受けたア―ソンが体勢を崩す場所を狙わなければならなかった。

 ア―ソンは喉を左手でかばいつつ、剣の外側に体をずらすという定石どおりの動きするが、重心が後ろに崩れて反撃ができない体勢となってしまう。

 ロレンシアは自分から見て右手に動いたア―ソンへの追撃はせず、左手の階段前にいるサウザンドへと狙いを定めた。

 瞬間、紅い閃光が奔る。

「……ッ!」

 正確に眉間を狙った槍を剣の腹で受け流すが、足が止まる。そこへ第二、第三の“瞬刺殺”が襲いかかる。

 瞬刺殺とは皆殺朱に内臓されたバネの反動を利用した突きのことで、その速さと威力はクロスボウを優に超える。手の中で暴れ狂う反動を抑えながら相手を狙う力と技を持つ、サウザンドのみに許された技。

 狭い屋内にあって獲物の長さは不利だが、左右への動きが制限される中で突きを重視する槍を相手に、離れた場所から戦いを始めたのなら話は別だ。

 皆殺朱の槍の長さは最大で七メートル。これに一九〇を超える長身により行われる踏み込みと体の捻りが加わることで、その射程は十メートルに届く。

 暴力的な瞬刺殺をかいくぐって懐に潜り込んだとしても、長さが三メートルないしは五メートルに調整された皆殺朱が待ち受けて最初の距離へと突き放す。

 狭い廊下とは、最も長い獲物を持つサウザンドの独壇場のことであった。

 そう、本来であれば。

「オ行キ」

 ローブの下で何が起きたのか。ア―ソンはローブを沸騰する水のように激しく揺らめかせると、その下から何十という黒と見間違う緑をこぼれ落とす。深緑の蛇たちはその体をおぞましくくねらせ床や壁につたい、ついには天井にまでいたる。

 そして蛇たちは瞬刺殺を相手に前へと進めないロレンシアの背後のみならず、廊下全てを侵食する勢いで進軍を開始した。

 それはあたかも蒼い空を飲み込む暗雲の如き光景。常人ならば腰を抜かし、酷ければ気が狂うほどの悪夢の具現化の最中、ロレンシアは一瞥するだけに留めて、サウザンドは汚物を見て眉を潜めただけだった。どちらも、相手をア―ソンに集中させようなどと微塵も考えやしなかった。

 サウザンドは槍の的に、蛇たちの“近く”を加えた。瞬刺殺の暴力的な威力は、かすめるだけでこの世の法則に従わぬ蛇を殺し、風圧で周囲の蛇を吹き飛ばす。ただの一突きで複数の蛇を引きちぎり、はねのける。

 一方のロレンシアは、前後左右のみならず天井からすら蛇が落ちてくる中で、依然としてサウザンドとの間合いを詰めようとしていた。

 狭い廊下の中で左右に小刻みに体を動かすことで的を絞らせず、槍を剣で受け流しつつ、足元に来る蛇を踏みつぶす。体をたわめて跳躍してくる蛇は、体を捻りつつ外套で打ち払い、天井から襲い来る蛇は腕で払って壁に叩きつけた。

 何十という蛇たちを瞬く間に壊滅されていく中、ア―ソンはさらに何十という蛇をその大きな体からにじませる。蛇たちを潰されることによる消耗など、瞬刺殺を連射するサウザンドと挟み撃ちされているロレンシアの疲弊に比べれば安いものなのだから。

 そしてそのことはサウザンドとロレンシアもわかっていた。サウザンドは蛇の処理とロレンシアの前進を防ぎつつ、ア―ソンを槍の射程圏内に捉えようと前進を試みる。

 一方ロレンシアは、ア―ソンが有利な状況であることを察していながらも、サウザンドを先に[ピーーー]ことを優先していた。

 なぜならもう、ロレンシアの中でア―ソンの殺し方はできていたから。

 サウザンドが踏み込みつつ蛇の処理をした、隙というにはあまりに小さな瞬間。ロレンシアはその隙間に強引に進み出た。

「阿呆がっ!!」

 突きを終えて戻る皆殺朱と、前に進むロレンシアが平行の動きをとるや否や、サウザンドの一括と共に薙ぎ払いが襲いかかった。

 横のスペースが無い廊下で槍による薙ぎ払いなど、できるはずがなかった。ロレンシアもそう思っていたことだろう。そこに上半身の捻りのみで行われる、理不尽な薙ぎ払いが襲いかかったのだ。咄嗟に腕を挟み込んだロレンシアだが、その体が軽々と横に吹き飛ばされる。

 そのロレンシアのあまりに勢いの良い吹き飛び方に、サウザンドは己に失策に気づき、ア―ソンは口笛を吹く。

 ロレンシアは壁に叩きつけられるのではなく、先の攻防でドアが破壊されていた部屋の中に転がり込む。受けた薙ぎ払いの威力に逆らうことなく、むしろ自身の脚力すら合わせた吹き飛び方はすさまじいものだった。剣を手放し、吹き飛ぶ最中に椅子を掴むが勢いは落ちない。ついには窓を割って外に飛び出かけたところで、窓枠に手をかけてようやっと止まった。

 窓を破った衝撃に加えて、薙ぎ払いを受けた右腕は骨にヒビが入っていたが、ロレンシアはその顔に何ら痛痒を浮かばせることなく、一階の屋根を足場に起き上がる。そして左手で握ったままだった椅子を空へと放り投げつつ、下屋を走って二つ隣の部屋――サウザンドが立つ隣の部屋――に窓を破り押し入った。

 前からではなく、壁が邪魔をして槍を扱いづらい横から攻めようとするロレンシアの狙いは、サウザンドもわかっていた。今の場所に留まることがまずいことも。

 しかし後ろに下がれば壁があり、槍を突こうものなら石突がぶつかってしまう。前に進もうにも、させじとア―ソンが蛇たちの狙いをサウザンドのみに絞り圧力をかける。かといって階段に下がれば、これから横の部屋から飛び出てくるであろうロレンシアに頭上をとられる。

 ならばと斜め後ろに一歩下がり、階段のスペースを利用してドア越しにロレンシアを瞬刺殺で狙うことにした。瞬刺殺の威力ならばドア越しであっても人を容易に殺せる。ロレンシアの正確な場所こそわからないが、ロレンシア独特の不吉な気配がドアに近づいた瞬間を狙いさえすればいい。一方で槍の穂先が見えないロレンシアが受け流すことはほぼ不可能であった。

 ロレンシアが一気に部屋を駆け抜ける気配を、サウザンドは感じ取る。呪われた気配が部屋の半ばを過ぎ、必殺を確信して瞬刺殺を放とうとした直前のこと。

 頭上で屋根が壊れた音がした。

 サウザンドは知らない。それがロレンシアにより放物線を描いていた椅子の衝突音であることを。ロレンシアの気配こそドア向こうの部屋からするが、頭上から屋根を砕いて強襲してくる姿を一瞬とはいえ思い浮かべてしまった。その一瞬は、同格のロレンシア相手にあまりに致命的なミスだった。

 部屋を駆け抜けたロレンシアは、力の限りドアを蹴破った。もはや両者の距離は、槍の距離ではなかった。しかしそれでもサウザンドは皆殺朱を最も短い長さへと変化させ、ドアを突き破った存在へと標準を定める。

 しかしサウザンドの目の前は真っ黒だった。

「貴様……ッ!?」

>>55
>>56
訂正
〇フィアンマ
×サウザンド
途中で名前を変更したのに、変え忘れていました

 ロレンシアはドアを蹴破るや否や、身に着けていた黒い外套を前へと投げ飛ばしていた。武器は無い。必要無い。この至近距離で、プレートメイルを身に着けた鈍重な相手に必要なのは剣では無い。

 自ら投げた外套の下をくぐるように行われた低空のタックル。重い甲冑を身に着けた大男を一度倒した後、立ち上がるのを許すほど“何も無い”ロレンシアは甘くない。

 二人の動きを横手から見ていたア―ソンはロレンシアの勝ちを確信し、残ったロレンシアをどう処理するか半ば考え始めていた。

 故に、外套で視界を遮られていたフィアンマが、足払いの要領でロレンシアの顔目がけて石突を繰り出した事はロレンシアではなくア―ソンの方が驚いた。

 フィアンマの判断は迅速で、そして正確だった。

 外套で視界を遮られているのはロレンシアも同じこと。外套ごしの正確な距離がわからない状態で、剣でプレートメイル相手に有効打を放つのはロレンシアであっても至難の技であることを瞬時に計算し、フィアンマはロレンシアの狙いが組討ちであると読んだ。そして外套を投げつけるという上方へ注意を逸らす手段を取った以上、残された選択肢は一つだけだった。身長一七〇半ば、体重およそ七十五の革鎧を身に着けた男が繰り出す最高レベルのタックルを脳内で描き、その顔面があるであろう場所めがけて石突を放ったのだ。

 奇策で距離を詰め、槍の距離では無くしたロレンシア。一方後手に回りはしたが、迅速で正確な判断で迎撃を行うフィアンマ。

 ロレンシアが薙ぎ払いで吹き飛ばされてから、わずか数秒で起きた攻防。天秤はどちらにも傾きはしなかった。

 ロレンシアは石突で頬を打ち払われたが、咄嗟に放たれたものであったため本来の威力ではなく、顎骨が折れるにとどまった。勢いは減じたものの、そのままフィアンマの足へと飛びかかる。

 一方のフィアンマは右足を大きく後ろに後退させ重心を下げる。

 フィアンマの押し潰そうとする動きにロレンシアはひるむことなく、ふくらはぎと膝裏を掴みつつ勢いのまま肩で相手の上半身を押しやった。

(……ッ!? そうか、コイツは!!)

 ロレンシアと接触したフィアンマに身の毛がよだつ感触が生じる。直感的にロレンシアの痛覚がほとんど無いことを悟ってしまった故に。

 状況は拮抗していた。体重と力はフィアンマが上なことに加えて、ロレンシアは右腕の骨にヒビが入り、顎骨が折れた衝撃で視界もぶれている。だが体勢はロレンシアが有利で、軽くは無いダメージもロレンシアに痛覚はほとんど無く、視界のぶれも組討ちに持ち込めたため悪影響は少ない。さらにフィアンマのすぐ後ろは階段のため下がれないという、位置による優勢もあった。

 このまま押しやって階段に突き落とそうとするロレンシアに、槍を持ったままフィアンマが肘を腰目がけて打ち下ろそうとした時だった。

 いくつもの修羅場をくぐり抜けていた両者は、周囲の異音からこのままだと共倒れになることを察し、同時に力を抜く。

 組討ちに入って以降、深緑の蛇たちは漁夫の利を狙うために襲いかかることを止め、その代わりに発生源であるア―ソンから増え続け、二人の周りを蠢きながら囲っていた。そして絡まり、噛み、喰らい、入り込み、巣食おうと虎視眈々とその機を狙っていた。そして気が逸ってしまった。

 “深緑”のア―ソン。魔に心を呑まれて二年になる。魔に心を呑まれてからは何十という争いを経験した。しかし元々は村はずれで暗く陰気な想いを抱えていた一人の男にすぎず、生物としての強さは圧倒していたが、技術や経験値は残る二人に比べて大きく劣っていた。そして襲うべきではないタイミングで、蛇たちをけしかけてしまう。

 その瞬間、フィアンマとロレンシアは互いに向けていた力を全て周りにぶつけた

 フィアンマは蛇を処理するにあたって、槍を直撃させずかすめる方法をとっていた。なぜなら床や壁をつたう蛇に直撃させれば、瞬刺殺の尋常ではない威力の余波が建物を傷め、自分にとって優位な戦場を失ってしまう可能性があったからだ。

 だがそれを抜きにしても、“深緑”のア―ソン“血まみれの暴虐”フィアンマ、そして“何も無い”ロレンシアという規格外同士の戦いは、開始から一分に満たない間に建物へかつてない衝撃を与えていた。そして今、戦いの余波ではなくフィアンマとロレンシアが建物の破壊を目的として、そのあらん限りの力を床に放つ。

 二人のいた周囲の床は、フィアンマが瞬刺殺を放つための踏み込みで特にダメージを受けていた場所でもあった。前後左右のみならず、天井からも含めて百を超える蛇がその身をくねらせ迫る中、軋む異音と共に二人は落下する。蛇たちも一点の穴に流れる水のように二人へ続くが、先ほどまでとは違い囲んでいるわけではなく、同じ方向から固まった状態での襲撃など二人にとって脅威ではなかった。

 その身を宙に躍らせながらロレンシアは腰から剣を抜き放つ。足場が無く力を乗せられないなかで、剣と技の鋭さで蛇たちを次々と捌く。

 同じく宙に舞いながらフィアンマは、上半身の捻りと腕力のみで皆殺朱を振るい蛇たちを貫き、あるいは殴[ピーーー]る。その余波は遠慮なく天井と壁に襲いかかる。

 そしてフィアンマの長い足が、ロレンシアよりほんの少し早く一階の床につき――それと同時、地に足が着く寸前のロレンシアへと強力な薙ぎ払いを放つ。狙いを読んでいたロレンシアは剣の鞘を腰から外し、剣と共に二重で受けたがその衝撃はすさまじく、すでにボロボロであった壁を突き破って外へと放り出された。

 矢のように吹き飛ばされ、ロレンシアは三軒離れた木製の小屋に貼り付けとなる。宿屋の騒動に何事かと離れて見守っていた付近の住人たちは、まさか中から飛んできた物体が人間であったとは思わず貼り付けの罪人の姿に目を剥く。そこからさらに、即死もあり得るほどの勢いで貼り付けになった男が、何事も無かったかのように淡々とめり込んだ壁から体を抜く光景は驚くを超えて恐怖すら覚えた。

 倒壊による轟音が鳴り響く中で、傷だらけの罪人が大地に降り立つ。

 ロレンシアは握りしめたままであった鞘を投げ捨てつつ、自分が飛び出たことを契機に崩れ始めた宿屋へと険しい目を向ける。そして手を何度か握りしめて正常に動くかを確認しつつ、これといった気負いも見せずに再び戦場へと歩きだす。

 誰もロレンシアに声をかけることなどできなかった。

 自分の傷への無頓着さ。それにも関わらずあふれる殺気。殺気があふれているにも関わらず、悠々とした歩き。どれもこれもが繋がりがない。

 痛いから傷つけられたから、怒りと憎しみを抱き、殺気が増すのではないのか。殺気が増したのならば、その歩みは自然と荒く速くなるのではないか。

 幽鬼の如き目の前の存在を疑う不確かさと、切っ先の折れた刃のようにそれでもなお残る不穏さを、住民たちは一目で無理矢理わからさせられたのだ。

 一方で木くずと砂煙が舞い降るなかで、瓦礫の破片を踏みしめながらロレンシアを待ち受ける二人は納得していた。

 なるほど、これが“何も無い”ロレンシアなのかと。

 フィアンマとア―ソンの武名や悪評は、残酷さや血生臭さ、そして嫌悪と恐怖無しには語れないものだった。

 対してロレンシアのそれは二人のそれとは趣が異なり、不可解な不穏さを感じずにはいられないものであった。

 トロイメライ城消失事件の主犯にして、嘆きの谷を血染めの滝に変えし者、三度にわたる幻影の騎士の殺害。調べれば調べるほど謎が増える事件に関わっていることが一度や二度ではないのだ。

 納得する一方で、ア―ソンはロレンシアよりフィアンマの方をより脅威であると見た。

 ロレンシアは確かに強い。だがその力と剣では、自分に致命傷を与えるために何十と立て続けに斬りつけなければならない。一方でフィアンマの瞬刺殺は直撃をもらおうものなら体の半分は消し飛びかねなかった。

 そのフィアンマはというと、たとえ驚異的な再生力をもっていようとも瞬刺殺なら問題なくア―ソンを葬れることはわかっていたため、ロレンシアの方に重きをおいていた。ア―ソンより素早く、さらに瞬刺殺をさばく技術もある。とはいっても、戦場は屋内から屋外へと移り変わった。崩れた建物の残骸の下に、いつの間にか深緑の蛇が潜んでいないかを気にする必要はあるが、長柄の武器が真骨頂を発揮する場所だ。左右の動きが制限される狭い廊下も悪くはなかったが、いよいよ皆殺朱を縦横無尽に振り回すことができる。瞬刺殺をさばく難易度はさらに跳ね上がり、ロレンシアといえどもほぼ不可能な領域となる。

 一方でフィアンマには懸念があった。それはア―ソンの異常で、ロレンシアの不可思議な耐久力だ。フィアンマとて体力には自信はあったが、人間を止めたア―ソンの持久力と再生力にはかなわない。そしてこれは推測交じりではあったが、ロレンシアには痛覚がほとんど無いことに加えて、疲労という概念が無いのではという疑いがあった。その気になりさえすれば、何十時間と死ぬまで走り続けることもできるかもしれない。今のところダメージらしいダメージは負っておらず戦況を有利に進め、汗もちょうどいい具合にかいている最中だが、この化け物二人を相手に長期戦にもつれこむなら自分といえどもどうなるか。

「サテ……」

「第二ラウンド……か?」

「いいや、最終ラウンドだ。愚物ども」

 一分にも満たない戦いの中で、事前の情報と初見での判断を微調整する材料は十分にそろった。そしてその整理もついている。

 “深緑”のア―ソンは身体的な能力に限ればこの中で最強だが、技術と経験は残る二人に大きく見劣りする。しかしその再生能力と痛覚の鈍さに加えて、生来の残酷性により攻撃にためらいが無い。最強の身体能力をためらいなく振るうにあたって、技術の稚拙さはかえって読みづらいという利点がある。また戦場が屋内から屋外にうつったことで、もはや制限なく蛇たちを四方に解き放つことも、崩れた瓦礫の下に潜ませることも可能だ。加えて魔に心が呑まれている以上、さらなる奥の手が予想される。

 “血まみれの暴虐”フィアンマは、この中で一番正当な強さを持っていた。その膂力はおそらく世界で十本の指に入り、槍捌きにいたっては五指に入るだろう。さらにその手に持つは異端にして至高の槍、皆殺朱。高い身体能力と技術、それに見合った装備。強いて欠点をあげれば機動力に難があるが、特注の深紅のプレートメイルによる防御と皆殺朱の長い射程で何の問題も無くカバーできるものだった。今回シモンに集められた五人は全員同格だが、あえて最強を選ぶのならばフィアンマだろうとロレンシアは判断する。

 “何も無い”ロレンシアは、普通に考えれば他の二人に大きく劣っていた。常人からすればすべての能力が高いが、同格の実力者からすると突出したものが何も無い。力はフィアンマ、耐久力はア―ソンが大きく上をいく。速さこそ勝るが、それは単にフィアンマもア―ソンも速さを武器にしていないからだ。“沸血”のシャルケ、“かぐわしき残滓”イヴに比べれば鈍足とも呼べる。手に持つ剣もどこででも手に入る品質のもので、剣の技術も槍をメインとするフィアンマと同程度にすぎない。それなのに同格なのは、あまりにその存在が歪(いびつ)だからだ。その歪さに惑わされないようにと、他の二人は気を引き締める。

 先ほどまでの戦いは本気ではあったが、相手の戦い方が読めきれず全力を出し切れなかった。しかしそれも終わり。

 ここからが、最終ラウンド。

「ひっ……」

 逃げようにも恐怖で体が固まってしまって動けずにいた住民の一人が、再開する戦いの前兆として膨れ上がる殺気と狂気に引きつった声をあげてしまう。 

 そして、その声にア―ソンが反応してしまった。

「アア……ソウイエバ……腹ガ減ッタ」

 瓦礫の上を、あるいは下を、水中で泳ぐ魚のような軌道で素早く蛇たちが住民に群がる。

「ぁぁらああいぎやああああぁっっ――――あ」

 絶叫は、脈絡も無く終わった。蛇たちに噛まれその体はあっという間に緑色に膨れ上がり、目と口であっただろう場所から涙と涎らしきものを垂らしながら立ち尽くし、蛇たちに貪られる。

 そのこの世のものとは思えない惨状に別の住人が今度は奇声をあげるが、それもすぐに止むことになる。

「五月蠅いぞ」

 フィアンマの一振りで、顔があった場所が無くなってしまったから。

 異様な捕食者と、理不尽の強制に逃げ場を求めた住民たちは、自然とその二人と対峙していると思われるロレンシアへと、すがるように視線を送る。

「……さっさと行け」

 ロレンシアが顎で後ろをさしたことで、弾かれたように住民たちはロレンシアの横から逃げだし始める。その中の一人が、フィアンマとロレンシアの射線上に入った時だった。

「シッ!!」

 住民がロレンシアと重なった瞬間を狙い、フィアンマが瞬刺殺を放った。瞬刺殺の威力は人体を貫いてなお凶悪な威力を誇る。視線を遮られた状態でこれを受け流すのは不可能。これで決着とはいかずとも、さらなる手傷は負わせる腹積もりだった。

「……オオッ!?」

 瞬刺殺を受け流す。それ以上に不可能であったことが起こり、フィアンマが驚きに目を剥く。あろうことかロレンシアは住民を突き飛ばして助けながら、残る片手で剣を手放し皆殺朱の柄をつかみ取って見せた。

 フィアンマの狙いを読んでいたロレンシアは、住民がフィアンマとの射線上に重なる寸前に動き出していた。瞬刺殺をつかむなど、タイミングと狙う場所がわかっていなければ不可能な芸当だが、タイミングは住民と重なる瞬間に決まっていた。残るは狙う場所だが、こんな手を利用できるのは一度限りであるうえ、人体越しに相手を狙えば瞬刺殺といえどもわずかに軌道がずれる可能性がある以上、確実を期すために避けづらく的も大きい胴体だと狙いを絞り、それが的中した。

「フッ!」

 フィアンマの驚きが覚めぬうちにと、ロレンシアは三段式となっている皆殺朱の一段目と二段目の部分を両手で握り、渾身の力で膝に叩きつけてつなぎの部分を破壊しようとしたその時。破壊するまでもなく一段目と二段目が勝手に折れ曲がり、力の行き場を無くしてつんのめる。

(希代の名工、アレッサンドロ……ッ!?)

 何が起きたのか、皆殺朱を作りあげた者の名を想起しながらロレンシアは悟った。アレッサンドロは武器破壊に備えて、皆殺朱が自ら崩れる仕掛けを組み込んでいたのだ。

 前のめりの姿勢を即座に立て直したロレンシアだが、今の隙はあまりに致命的だった。

「ハイヤアアアアアァツッ!!」

 雄たけびと共にフィアンマが駆ける。身長一九〇超、体重一〇〇超の男が三〇キロ近いプレートメイルを身に着けて爆走するその姿は、純粋な脅威に他ならない。

 ロレンシアは槍を手放しつつ後ろへと飛び下がるが、目を疑う追撃が待っていた。

 飛び膝だ。

 フィアンマの強靱な脚腰はその重量を地から飛び放つことを可能にし、突進した勢いのまま砲弾の如き威力をもってロレンシアに襲来する。

 ロレンシアも咄嗟に両手を顔の前にかざしたが、勢いと重さがのった硬い膝当ては易々と守りを押し破る。そして既に折れていたロレンシアの顎骨を粉々にし、さらに頬骨を折り左目を水気のある音をたてながら押しつぶす。

「――――ァ」

 視界の左半分が赤黒く染まり、残る右半分も絵の具を滅茶苦茶にしたかのような光景の中で、ロレンシアは自分が宙に浮いていることを悟る。常人ならば頭蓋が消し飛ぶほどの威力を受け、吹き飛ばされたのだ。

 普通ならば、否、彼らと同格のほとんどの戦士であっても勝負が着いたと即座に判断できる重すぎるダメージ。だが彼は“何もない”ロレンシア。絶望的な劣勢は、生まれた瞬間から付きまとったモノ。諦めるという考えは微塵も生じない。当てになるはずもない脳震盪でグチャグチャな視界と、ダメージを受ける寸前に見ていた光景から情報を組み合わせ、これから起きることを予測する。

 フィアンマの突進は、槍を手にしたままのものだった。おそらく今は自分と同じように宙を舞いながら、皆殺朱を組みなおしているのだろう。では――ア―ソンは?

 ア―ソンは住民を捕食しながらこちらを見ていた。足元には既に何十という蛇を展開済みだった。それを当然こちらへ仕掛けるだろう。どのように?

「こう――――か!」

 体に感じる浮翌遊感と無理矢理はじき出した予測を元に、地面に激突するであろうタイミングを算出し、見事ロレンシアは着地する寸前に大地へと肘打ちを放つ。

 そこでは、鮫ですら捉えて捕食せんとする巨大なイソギンチャクのように、深緑の蛇たちがうねりながら待ち構えていた。絡みつく間も噛みつく間もない肘打ちに吹き飛ばされるが、寄せては返す波のようにすぐにまたロレンシアへと飛びかかる。

 その一方でフィアンマは空中で皆殺朱を組みなおすのを諦めると、自分の着地地点にいた深緑の蛇たちへ皆殺朱の一段目を振るいながら降り立ち、隠れ潜んだ蛇がいないか注意しながらその場を離れる。その視界の隅では、シュマグが破れて隠すことのできない口の裂けた笑いを見せるア―ソンと、次々と群がる蛇を地面を転がりながらなんとかさばくロレンシアの姿があった。

 視界がおぼろげな中で、ロレンシアは深緑の蛇たちの不快な気配を頼りにただひたすら転がる。転がりながら襲いかかる蛇たちの地を這う音、空を泳ぐように飛びかかる風を切る音に、がむしゃらに腕を振るって弾き飛ばす。そしてようやく片膝立ちの姿勢となり、その場を飛び下がった時だった。その左の二の腕に、深緑の蛇が噛みついていた。

 毒の威力のほどは、ア―ソンの隣で体中が緑色に膨れ上がって死んでいる男が証明している。毒の抗体は期待できない。なぜならこの蛇は自然の蛇ではなく、ア―ソンの醜く歪んだ心が外に漏れ出たもの。抗体などこの世に存在しないのだ。

 ア―ソンは勝ちを確信した。フィアンマも最も厄介と見たロレンシアの脱落を見届けながら皆殺朱の組み立てを終えると、ため息をはく。

「醜いやつほど、しぶといのは世の常か」

 蛇が噛みついていた付近の肉を指でえぐり取り、自らの肉ごと蛇を放り捨てる蛮行は称賛を通り越してあきれ果てたものだった。せめてその顔が苦悶と怒りで満ちていれば咄嗟の判断と勇気を称えることもできようが、今にもこぼれ落ちそうな左目と、何の感情も浮かばない泥沼のような右目を見て称える者などいやしない。

「……クキ、キカカカカッ」

 最初は呆気にとられていたア―ソンだが、やがて例の甲高いのにくぐもった耳障りな嗤いを立てる。

「サ、流石“何モ無イ”ロレンシア……ッ! ダガ、終ワリダ! 私ノ蛇ハ……優シサモ甘サモ無イ! ホンノ少シノ毒デモ、十分ダ! オマエハ即死ジャナイダケ……ダ!!」

 その宣告はブラフなのか、事実なのか。

 たとえブラフだと判断しても、ア―ソンの隣にいる男の死にざまを見れば動揺せざるを得ない。

 だがロレンシアはただ静かに、えぐってしまった左腕がどの程度動くかを黙々と確認していた。恐怖に怯えない獲物の姿にア―ソンは不快げに眉(らしきもの)をしかめるが、すぐに気を取り直す。

 右腕の骨はフィアンマの薙ぎ払いを受けヒビが入り、左腕の肉は自らえぐってしまった。顎骨と頬骨は折れ、左目はつぶれ、全身も殴打し、さらに少量とはいえ猛毒が入り込んでいる。持っていた二つの剣も一つは宿屋で下敷きになり、もう一つはロレンシアから離れたところに転がっている。それに対してア―ソンもフィアンマもほぼ無傷。ロレンシアの死は確定したと言っても過言ではないのだから。

 その判断はフィアンマも同じだったが、自分からロレンシアにとどめを刺そうとは思わなかった。下手にとどめを刺そうとすれば、何をしでかすかわからない男だからだ。放っておいても毒で死ぬのならばと、最低限の注意だけは払いつつア―ソンへと槍の穂先を向けた。

 フィアンマはそこで違和感に気づく。何かがおかしかった。ア―ソンか? いや、ア―ソンではない。この穢らわしい蛇男は、宿屋が崩れて着地して以降一歩も動いていない。

 だが何かが動いているような気がしてならなかった。深緑の蛇たちは当然として、それ以外の何かが動いている。ここでフィアンマは、風上のア―ソンの方から風にのってナニかが膨らむ不快な音色を聞き取った。そして違和感の正体に気づき、不可解な不快な現象への反射で後ろに大きく飛び下がる。

 違和感の正体は蛇に噛まれて死んだ男だった。緑色に膨れ上がった死体の位置が、ひそかにフィアンマに近づいてきていたのだ。見れば男の顔は蛇に成り果てており、手足は胴体に密着してその境が消失している。

 巨大な蛇らしき物体は、逃げるフィアンマに糸で引かれるように追いすがり、そのぶよぶよとした体を宙に躍らせる。そこで一際大きく体を膨らませた。

「――インサニティ・ボム」

 ア―ソンの呟き声と共に蛇らしき物体は爆発し、黒と見まがう緑色の液体を辺り一面にまき散らした。液体はすぐに気化していくが、それでもなお飛沫として残ったものが空気を緑色に穢しながらフィアンマへと飛び散っていく。

 襲い来る飛沫にフィアンマは目の付近を腕で覆い、さらに息を止めた。飛沫はプレートメイルを溶かし、目と鼻の距離で有毒の気体を次々と生み出す。吸うことはおろか、目に触れさせてもならないと察し目を細める。しかしその程度では、風上からさらに毒が流れ込み周囲の緑が濃くなっていく事態への気休めに過ぎなかった。さらに追い打ちとして四方から蛇が這いずる音が近づいてくる。

 なんとしてもこの場を離れなければならないが、問題はロレンシアだった。三つ巴の戦いが始まって以降、ロレンシアは徹底してフィアンマに狙いを定めている。これをフィアンマは、ロレンシアが既にア―ソンへの回答を持っている、ないしは持っていると思い込んでいるからだと見ていた。そしてこの期に及んでなお勝利を諦めていないのならば、視界が不明瞭なこの機に乗じて仕掛けてくるはず。

 まず考えられるのはナイフの投てきだ。両腕ともボロボロの状態だが、それでもロレンシアなら毒の霧越しでも正確に狙いを定めることも可能だろう。とはいってもしょせんはナイフ。少し体を動かして狙いをずらしさえすれば鎧で弾けるので問題無い。

 となると重量のあるものの投てきが予想される。宿屋の倒壊により、適当な大きさと重さの物はそこら中にある。何が投げ込まれても対応できるように、槍で近づいてくる蛇を処理しつつすり足で移動していると、ついにそれは現れた。

 毒の霧の中から――ロレンシア自身が現れた。

「バッ……!」

 馬鹿げた行いに目を剥く。毒の中に身をさらしての奇襲など、完全に想定外だった。既にその体は毒に侵されていたが、あくまでそれは少量。助かる可能性はわずかだがあった。その可能性を奇襲の機会を見つけるや否や投げ捨てるなど、人間の発想ではない。

 フィアンマは槍で近づいてくる蛇を処理しながら、投てきはガントレットで弾く算段していた。完全に意表を突かれたフィアンマには、毒の霧を隠れ蓑に接近したロレンシアへの打つ手が無かった。何をしでかすかわからない相手だと、わかっていたにも関わらず。

 ロレンシアは猫科の獣のようにその身を宙に躍らせながら、ナイフをフィアンマの喉元へと奔らせる。ナイフは兜とプレートメイルの隙間をかいくぐり、下に着けていたクロスアーマーを貫いた。

「カヒュ……ッ」

 フィアンマの止めていた呼気が漏れるとともに、口元から血がこぼれる。この戦いが始まって受けた初のダメージは、頸動脈を切られるという致命的なものだった。

 横から一陣の風が吹き、毒の霧が払われる。それに応じるようにロレンシアはつかみかかっていたフィアンマの巨体を蹴り、傷口をえぐりながら反動でその場から離れた。よろめきながら膝をつくフィアンマに背中を見せ、ロレンシアは毒の影響で涙を流しながらア―ソンと相対する。

 その見向きもしない態度は、フィアンマのプライドを逆なでにした。その獰猛な気迫に群がろうとしていた蛇たちは怖気づき、次の瞬間にはフィアンマが渾身の力で立ちあがる衝撃で吹き飛ばされる。

「この……ゴミ、クズ……風情、が!!」

 フィアンマは勢いよく首から血が噴出する中で、これが最後の一撃になるであろうことをどこか冷静に悟っていた。そしてその一撃を、自分に背中を見せて走るという最大級の侮辱をくれた畜生へと撃たんと走り出す。

「マ、待テ……ッ!」

「[ピーーー]ぇい!!」

 怒り心頭に発するフィアンマに、その甲高くくぐもった声は耳に入らなかった。最後となる瞬刺殺を放つと同時に、その結果を見ることなく永遠に意識を手放す。

 後ろから放たれた最後の瞬刺殺は、ロレンシアにとってかろうじて回避できるものだった。怒りと殺意を隠そうともしないため放たれる瞬間がわかり、斜め前に飛びながら身をひねる。本来の威力ではなかったこともあり、かわし切れずに脇腹の肉をもっていかれる程度ですんだ。ア―ソンは、その程度ではすまなかった。

 槍の穂先がロレンシアと重なって読めず、怒りと殺意から瞬刺殺が放たれる瞬間を読み取る技術も無い。瞬刺殺が放たれる前に横へ逃げようとしたが瞬時にロレンシアが方向を変え、常にフィアンマと重なった状態を保ち続けた。そしてそんなことが起きている事など、激しい失血と怒りで視野が狭くなっていたフィアンマは気にも留めなかった。

 こうして最後の瞬刺殺はロレンシアの脇腹をえぐりつつ、ア―ソンの胸に大穴を開けた。さらに皆殺朱は死んだフィアンマの手元から離れ、十三キロの重量としてア―ソンの動きを縛る。

 身をひねりながら着地したロレンシアは、血を振りまきながらア―ソンへと駆ける。その左腕の傷口が変色し始めていることを筆頭に、どこをどう見ても限界間近だった。ここを乗り切れば、驚異的な再生能力を持つア―ソンの勝ちとなる。

 逃げるという選択肢が一瞬ア―ソンの頭をよぎった。ここを耐え切れさえすれば勝てるのだから、無様でも両腕を盾に身を丸め、攻撃に耐えながらフィアンマに吹き飛ばされた蛇たちを呼び寄せる。蛇たちがロレンシアに群がり攻撃の手が緩んだところで、槍を引きずりながらでも逃げればいい。

 だが逃げるという選択肢を選ぶには、あまりにロレンシアはボロボロだった。手に持つのはナイフだけだった。たとえ胸に大穴が開いている状態でも、今のロレンシアが自分を殺し切れるとは思えなかった。村の中で嫌われ続けてプライドなどたいして持っていなかったが、自分より不利な相手から逃げ出す経験は一度も無かった。ほんの少し残っていたプライドが逃げるという選択肢を除外する。それよりも、最後のチャンスにかけるロレンシアを真っ向から捩じりふせ、貪ってみたかった。

 ア―ソンは自分へと駆け寄るロレンシアに対して、迎え入れるように両腕を広げた。その太い腕は見る見るうちにその形状を変え、濡れた毒牙を輝かせるいくつもの蛇たちへと変容する。蛇が群れなす門などものともせず、ロレンシアはア―ソンの懐にもぐりつつ大きく腕を振りかぶった。

 ア―ソンは勝利を確信した。どれだけ渾身の力を込めようが、ナイフ程度では自分に致命傷を与えられないから。

 ア―ソンは笑った。ロレンシアの大きく振りかぶった腕から、勢いに耐え切れずにナイフが飛んでいってしまったから。

 ア―ソンの笑いが止まった。ロレンシアの振りかぶった腕が見たことのない膨張を行い、その指先に異様なまでの力が込められたから。

 ア―ソンは察した。ロレンシアに、リミッターが無いことを。

 人は一度に全ての筋肉を使うことはできない。どれだけ全力を出そうとしても、制御機能があってそれを許さない。筋肉が力を出し過ぎて、肉離れを起こしたり腱を損傷するリスクを避けるためだ。

 だが“何も無い”ロレンシアに制御機能は無かった。肉体の破壊を厭う感傷も無い。必要とあらば容赦なく全力を出し切る。

 これから放たれるロレンシアの一撃は、ちゃちなナイフでは耐え切れない一撃なのだ。だがそれでも、ア―ソンは自分の肉体ならば耐えきれると背筋に寒気を覚えながらも判断した。

 そしてその自信は、ロレンシアの貫手(ぬきて)の狙いが自分の下腹部だとわかった瞬間に崩れ去る。そこは駄目なのだ。そこに、その威力を放たれれば――

 ボールを投げ込むように左足を大きく踏み込ませ、低い重心から放たれた貫手はア―ソンのウロコを突き破る。その威力はロレンシアの爪を割り、指が脱臼するがそれでも止まらない。止めようにもア―ソンは痙攣し、ロレンシアへ牙を突き立てる余裕など皆無だった。突き進み続ける指先は互いの肉を傷つけ、やがて目的のものをつかみ取り、そして引き抜く。

 折れ曲がり、花弁のようになってしまったロレンシアの手。紅い蜜を垂らす手の中に、人間の胎児と蛇を混ぜ合わせたかのような奇妙な生物がいた。

「ナ、何故……?」

 手の中でもがきながら、ソレは甲高い声をあげる。

 これこそがア―ソンの声が甲高く、それでいてくぐもっていた理由。顔を切られても、胸を貫かれても生きていられる理由。

 ア―ソンの正体は、そのでっぷりとした脂肪の奥に隠れ潜んでいたこの奇妙な生物だったからだ。

「こんなところにこんな姿で隠れ潜む。そんなに母が恋しかったか。そんなに安全で暖かな母の中で好き勝手したかったのか。そんな幼稚な考えだから、村八分にあっただろうに」

 ロレンシアの指摘は的を得ていたのだろう。ア―ソンは耳にするだけで呪われそうなおぞましき奇声を街中に響き渡らせる。だが至近距離でその絶叫を受けているロレンシアは、気にも留めなかった。

「オマエの正体がわかった理由か? それは勝手にわかってしまうことなんだ。これまでもそうだった。オマエたち魔に心を呑まれてしまったモノたちの正体と弱点は、少し戦えば自然とわかってしまうんだ」

 おぞましき存在であるア―ソンを、ロレンシアは顔の間近に持ってきてその眼をのぞき込む。

「オマエは俺に聞いたな。何故剣に手を伸ばしていないのかと」

 ア―ソンが手の中でもがく動きが激しくなる。左目が潰れ、右目も変色し始め――それでもなお淡々と語るロレンシアの形相は、魔に心が呑まれているア―ソンにして恐怖を抱かせるものであった。

「あれに手を伸ばしたら、きっと人間に戻れない。誰に言われるでもなくそれはわかっていた。そしてオマエの話を聞き、確証を得た。人間を止めるなんて、誰がするものか」

 人間を止めてしまったモノに恐怖を抱かせながら、ロレンシアは続ける。

「多分俺は、オマエより深みにいる。だから浅いところにいるオマエの正体と弱点がわかるんだ。その程度の浅さにいる癖に、オマエは人間を止めてしまいやがって」

 全力を出した反動で、ヒビの入っていたロレンシアの右腕は完全に折れてしまった。しかしそんなことは無視され、じょじょにア―ソンを握る力が増していく。締め付けられア―ソンの体が赤黒く膨らみ始める。

「ギ――――ギギィ」

「俺は、人間だ。たとえ何も無くとも、俺は人間だ。そうでなければ、きっと得られない。だから人間のまま、抗ってみせる。もがいてやる。そしていつの日か――誰でもいい、ほんの少しでもいい。次の瞬間に死んでもいい」

 



「俺は――――――――愛されたい」





 あ――――嗚呼。

 握りつぶされて弾け飛びながら、ア―ソンは最後にわかった。それは自分とフィアンマの敗因。

 なまじ異常な生き方をしていたせいで、ロレンシアの飛びぬけた異常性に気づけなかった。自分たちより一歩先、二歩先にいるという次元ではない。自分たちがどれだけ速く走っても空を飛べないように、最初から段階が違ったのだ。

 この男は、真正の化け物。人と同じなのは姿のみ。魔に心を呑まれているモノ以上に終わった存在。

 それが、“何も無い”ロレンシアなのだと。

 ア―ソンを握りつぶすと、ロレンシアの腕は糸が切れたようにダランと下がる。

 傷だらけの体を、ポツリポツリと大きな雨粒が打ち始めた。空を見れば太陽は西の端のほうにあり、暗雲が覆いつつある。雨風をしのげるところで、傷を癒さなければならなかった。

 だが――どうやって?

 ア―ソンの毒は少しずつ、だが確実に体を緑色に蝕み始めた。全力を出した反動で、瞬刺殺にえぐられた脇腹の出血が激しい。

「まだ、だ……まだ、なんだ」

 動かなくなった両腕を力無く垂らしながら、ロレンシアはゆっくりとその場を離れた。悲痛な嘆きを、この場に残しながら。

「死ぬのは、せめて……愛されてから」 

※ ※ ※



 雨が降る中で、街の衛兵はその顔を大きくしかめていた。

 その原因は雨に体を濡らしながら仕事をしなければならないから――ではない。

 雨で現場の痕跡が洗い流されるから――でもない。

 ひとえに現場の惨状が、衛兵の経験と想像を大きく超えた規模だからだ。

 街の住民が五人亡くなった。これはまだいい。五人も亡くなる事件など、人口三千人を誇るこの街でもなかなかないことだが、まだこれは起きうることだった。加えて亡くなったのは裏路地に住む怪しい連中なので、どうでもいいと言えばどうでもよかった。

 宿屋が潰れた。それが経営難ではなく、物理的に。数十人の暴徒が押し掛けでもしないと、こうはならないだろう。この時点で頭が痛くなる。さらにこの宿屋は巡回の経路から外す見返りに、結構な裏金を渡してくれていたところなのだ。末端の自分にその恩恵はないが、上官の怒りがとばっちりで降りかかることが想像され、さらに憂鬱になる。

 そして極めつけは、何が起こったのかまるでわからないことだ。

 目撃者の証言によると、三人の男がここで戦っていたらしい。なぜたかが三人の戦いで宿屋がつぶれ、五人も巻き添えになるのか。そしてその三人は、いったい今どこにいるのか。

 衛兵はチラリと少し離れた場に倒れている、深紅の鎧をまとった死体に目を向けた。あまり長々と見たいものではない。死因は多分失血によるものなのだろうが、その体は何故か緑に変色しふくれあがっている。一人はここにいるとして、他の二人は?

「アレは……なんだ?」

 雨が降っていることに感謝する。雨のおかげでその醜悪なモノが薄れ、悪臭もいくらかマシになっているのだろうから。

 現場にはところどころに緑色の水たまりがあった。今も狂騒状態の目撃者は何十という蛇を見たと言ったが、まさかこれではないだろう。

 そして一際大きな緑色の水たまりがあった。その水たまりには破れてしまっている茶色のローブが沈み、尋常ではない大きさの紅い槍がつかっていた。水面から出ているローブの部分を、皮手袋をしながら嫌々ながらつかんで引き上げてみたことにより、緑色の水に強い粘性があることがわかった。引き上げたローブにしつこくまとわりつく姿と悪臭で、昼に食べた物が喉にこみ上げそうになる。

「毒……か?」

 だとすると一度この場を離れた方がいいかもしれない。雨で濡れてしまっている体の下から、生汗が出てくる感触がしてくる。

 現場検証は早いに越したことが無いが、どのみちこれは自分の手にあまる。一刻ほど前に街中に鳴り響いた、一生忘れることができそうにない奇声もこれに関係しているかもしれない。野次馬が近づかないように規制するだけでいいじゃないかと自分に言い訳をしていると。

「ちょ、ちょっと……」

「あん?」

 後輩の呼び止める声が後ろからする。何かと思って振り返れば、外套を身にまとった男が後輩の制止を振り切ってこちらに歩いてきていた。

 物好きな野次馬の相手をすることに辟易しながら、男へとこちらからも近づく。この辺りは有害な毒があるかもしれないと言えば、慌てて逃げ出すことだろう。

「あ――」

 衛兵の頭に浮かんでいた、皮肉交じりのあいさつは男と目があった瞬間に吹き飛んだ。

 深い知性と憂いがたゆたう藍色の瞳。その髪もまた黒に近い藍色で緩いウェーブがかかっており、落ち着きとともに悲しみを感じさせる妖しい色香がある。外套をつけていてはっきりとはわからないが、その髪は肩より下まであるようだ。

 一八〇を超える背丈は均整がとれていて、その足運びも隙が無いというより、美しいという印象を抱かせる。腰に差した剣が男が戦いを嗜んでいることを示すが、この男が血と泥にまみれて戦っている姿が衛兵にはどうにも想像できなかった。どこかの貴族様だろうか。年齢は二十代後半のように見える。

「三人……か」

「え……あ!?」

 衛兵がつい物思いにふけっていると、青年は辺りを見回しながら呟く。その呟きは独り言なのか、衛兵に尋ねたものなのか判断がつきかねたが、どちらにしろこの場から離れてもらわなければいけない。相手が貴族だとすればなおさらだ。

 しかし――

「ここで戦っていた数は三人で間違いないか?」

「は、はい!」

 その藍色の瞳を向けられると自然と直立の姿勢をとってしまい、緊張で上ずった声で返答してしまう。同時に衛兵は自然と理解した。この方は、自分程度が指図していい方ではないのだと。

「深紅の鎧……それにあの槍は、音に聞く皆殺朱か。だとするとこの男は“血まみれの暴虐”フィアンマだろう」

 “血まみれの暴虐”フィアンマ。凶悪極まりない名を聞き驚きの声を上げそうになるが、青年は考え込むように辺りを見回している最中なのでなんとか声を押し[ピーーー]。彼の思索を邪魔してはならなかった。

「死してなお残る、この不快な気配。魔に心を呑まれたモノの可能性が高いが、それらしき情報はないのか?」

「……ッ!! この場に何十という蛇がいたという話と、つい一刻前にこの世のモノとは思えないおぞましい叫びが響き渡りました」

「私が着く前に、そんなことがあったのか。となると、そこの大きな緑色の水たまりが、“深緑”のア―ソンだったものか」

 魔に心を呑まれたモノがこの街にいた。魔に心をのまれたモノだったものがそこにある。その事実に衛兵は愕然とする。

 実をいうとその可能性は考えなかったわけではない。しかしそんなことあってたまるかという思いがその考えに封をしていた。

 “血まみれの暴虐”フィアンマと“深緑”のア―ソンがこの場で戦ったのだとすれば、むしろこの程度の惨状で済んでくれたとさえいえる。何せ二人とも、小さな街ならば滅ぼすことができる実力と、それをやりかねない気性と残虐性を持つという話なのだから。

 だがここで疑問が生じた。

「あと一人。こいつは何者だろう?」

 疑問は代わりに青年が口にしてくれた。まるでそこで何か起きたかを読み取るように、彼はそっと腰ほどの高さがある宿の残がいを指でなぞる。

「力、速さ、そして技。どれをとっても大したものはない。それなのに、この二人を相手に真っ向から戦い、そして――勝利? そう、勝利した」

 自分の考えをまとめながら言葉にするその姿は、まるで詩人が歌を唄うように見えた。

「そう、勝利だと言っていい。彼はきっと、目的を達した。ならばそれは勝利だろう。例え――」

 青年はそっと、細く暗い道へと目を向ける。ここからその先へと、雨で洗い流されてしまったが尋常でない血が流れていたことを察する。

「――今ごろ朽ち果てていても、勝利には違いない」

「……で、では。この事件を起こした三人とも死んでいる……ということ、ですか?」

 青年の思索が終わったようなので、衛兵は恐る恐る疑問を口にする。それに彼はそっと目を伏せながら頷いた。

「残念ながら、そうだ」

「残念……ですか?」

「ああ、残念だとも」

 青年は天を仰ぐ。そして神のあまりの仕打ちに嘆いてみせた。

「三人がまだ、生きていれば。そして協力して、私に立ち向かってくれたら――」

 もし青年が、あと少し早く街に着いていたら。そしてもし、三人が戦いを始める直前に宿屋に姿を現していればどうなったか。

 “何も無い”ロレンシア。

 “深緑”のア―ソン。

 “血まみれの暴虐”フィアンマ。

 顔を合わせただけで一触即発となる三人だが、ほんの一瞬の逡巡の後に矛先を全て青年に向けていたことだろう。

 そしてここで起きた戦いよりも短く、だがより濃厚な攻防を経て――青年にかろうじてかすり傷を一つほど付けて、皆殺しにされただろう。

 何故なら青年は――

「――最強の、糧になれたものを」

――“最強を許された者”なのだから。

※ ※ ※



 冷たい水が頬をうつ。左目はつぶれ右目はかすみ、何が起きているか視界で捉えることはできない。耳朶を打つ振動と独特の匂いが、雨が本降りになったことを教えてくれた。

 雨に遮られてもなお鼻をつく、すえた匂い。ここは路地裏。この街の路地裏は今日踏み入ったばかりだが、どの街であっても似たようなものだ。ゴミの掃きだめで、物の腐った匂いが充満する。そこでしか生きられない者と、そんな場所を利用しようとするクズのたまり場。耳と鼻がなんとか機能さえすれば路地裏で何年も過ごした経験から、何があるのかある程度はわかる。

 応急処置をしなければならないが、それは人目がつかないところで行わなければならなかった。俺に恨みのある奴など吐いて捨てるほどいる。そんな奴らの中には、俺の首に賞金をかける者もいた。十億にはとても及ばないが、一生遊んで暮らせる金のために俺を狙う奴はいくらでもいるのだから。

 毒はどうしようもない以上、しなければならないことは止血だ。魔に心を呑まれたモノであるア―ソンの毒を解毒する薬など、この世には存在しない。しかし毒の本体であるア―ソンを殺したからには、あとは体内の毒に抗う体力がありさえすればいい。誰に説明されるわけでもなく、アレと直接対峙してわかること。つまり必要なのは体力を失わないことだ。

 視界を失いさらに毒が回っているおぼつかない足取りで、なんとか誰も住処としていない廃墟に転がり込む。天井に穴が開いた建物で、かろうじて雨が及ばない壁に倒れこむように背を預けた。

「……動かないな」

 出血が激しいのは瞬刺殺にえぐられた脇腹だ。しかし止血しようにも、両腕がどちらも動かない。

 右腕は傷ついた状態で全力を出した反動で折れ、さらにその手は脱臼と骨折で指が変形してしまっている。左腕は解毒されるどころか悪化しているようだ。

 生き残る方法は一つしかなかった。移動中に解毒が終わり、動くようになった左腕で変形した右手を無理矢理矯正し、止血する。そして息をひそめながら体力を回復させる。それなのに最初の一手目でつまづいてしまった。

 誰かに助けを求めるべきだっただろうか?

 あり得たかもしれない方法が、ふと頭をよぎる。そしてすぐに否定された。

 今の俺のあり様を見て、応急処置ができる胆力をもつ者が偶然見つかっただろうか。見つかったとして処置を受けている間に、誰かが俺の首に懸賞金がかけられていることに気づかないとも限らなかった。見ず知らずの他人に命を預けるにはあまりに人に疎まれた経験が多すぎて、最初に思い浮かばなかったし、思い浮かんだとしても選ばなかっただろう。

「これで……終わり、なのか?」

 気が付けば諦めの言葉が漏れていた。

 打つ手はもう無い。いや、最初から無かった。そしてこうなってしまうことは、イヴにも警告されていた。

 あの“深緑”のア―ソンと“血まみれの暴虐”フィアンマと殺し合えば、たとえ勝てたとしても待ち受けるのは無残な死であることはわかっていた。それなのに、彼女を守ることを選んでしまった。俺の生きるための願いは、まだ叶えられていないというのに。

 もうこの目にはろくにモノが写らない。雨で冷えた空気に熱を奪われながら、自然と目の前の光景ではなく遠い過去のことを思い出す。

 今よりも寒い冬の時。雪がしんしんと降る中を、二人の若い男女が俺に背を向けて歩いている。俺は小さな手を伸ばすが、遠ざかっていく二人を止めることはできない。追いかけようにも、俺はまだ歩けない。

 二人は曲がり角に差し掛かり、その姿を消そうとしたその時。一度だけ女の方が立ち止まり、こちらを振り返ろうとして――男の方に手を掴まれ、結局振り返ることなく立ち去っていった。

 俺の父であった人と、母であった人。

 本当は覚えているはずがない光景だった。俺は当時まだ乳飲み子だったはず。その時の記憶が残っているはずがない。だからこれは、この時から数年ほどして少しは物を考えられるようになった頃に、知っていた情報を組み合わせた妄想の産物を、本当にあった出来事だと思い込んでいただけ。そのことに気づけるようになるのは、さらにもう数年ほどしてからだったが。

 死がかつてないほど近づいているせいか、妄想を本当だと信じていた頃よりも鮮明に偽りの記憶が想起される。

 ああ、父であった人。そして母であった人。なぜ私を産み落とした。必要で無かったのなら、なぜ――

「なぜ……」

 なぜ……?  

 この考えはこれまで何度も思い至った。そしてなぜ●●●●●●●●●●●●、というところで思考が止まる。

 この疑問の先に何があるのか。何が待ち受けているのか。死ぬ前に解き明かそうという黒いに誘惑に駆られたその時。

「ロレンシアさんッ!」

 グチャグチャの黒い視界に、突然光が刺した。

 潰れた目と毒でかすむ目ですらわかる、神聖な存在。

 汚れた路地裏で、穢れた存在に相対するなどあってはならない人。

 マリア・アッシュベリーが、なぜかこの場に駆けつけてしまった。

「止ま……れ」

 なぜここに、という疑問を押し殺し、まず彼女を止めようとした。しかしマリアは一瞬の躊躇も無くこちらに駆け寄り、汚れた廃墟に膝をつきながら俺に手を伸ばそうとして、絶句した。

 理由は目が見えなくとも察しがついた。おそらく手当てをしようと考えてたのだろう。そして俺のあまりのあり様に、どこにどう手をつけていいのかわからず愕然としているのだ。

 雨と泥、そして血で全身が濡れそぼり、そしてきっと体の所どころが緑色に膨らみ始めているはず。素人がどうこうできる状態ではなかった。 

「どうして……こんな」

 こんな腐乱した死体同然の姿など、初めて目にしたのだろう。その震える言の葉からは、恐怖と悲しみがにじみ出ている。そしてわからないなりに何とかしようと、彼女は懐から手ぬぐいを取り出すと出血が一番激しい脇腹に押し当ててくる。

「……よせ」

「い、痛いとは思いますが、どうか我慢――」

「もう、無駄だ。オマエが……汚れる、だけ」

「そんなわけ……っ! そんな……わけが」

 口にしながら自分でも助からないことに気づいたのか。言葉から力が抜けていくが、それでも彼女は手当を止めようとはしなかった。そして俺ももう止めようとはしなかった。きっと何を言っても彼女は止まらないだろう。なら、残された時間で伝えなければならないことは別にある。

 そう、残された時間。俺はもう死ぬ。結局何のために生まれてきたわからぬまま、誰に愛されることもないままに、見るも無残な姿で死ぬ。

 せめてもの救いは、ひょっとしたらという儚い可能性ではあったが、俺にとって何か大切な存在かもしれないマリアと出会えたこと。そしてこの想いが錯覚であったと気づく前に[ピーーー]ることか。

「聞け……」

「な、なんですか?」

 なら――そのせめてもの救いを享受して、彼女が大切な存在だと思い込んだまま死ぬとしよう。

「……オマエを狙っていた奴ら……その一人…シモン・マクナイト……という、狐目の……胡散臭い男。そいつが……あるいは、そいつらが……俺を含む五人を雇い、オマエの命を狙わせた」

 雨音に遮られそうな、かすれた声しか出ない。彼女の今後に関わるこの情報は、ちゃんと伝わっているだろうか。

「雇われた五人……のうち、イヴは……依頼を途中で降りた。そして……ア―ソンとフィアンマは、もう死んでいる。俺も……死ぬ。最後のシャルケだが……北の寺院の近くに住む、医者に預けた。奴は……オマエに、負い目がある。オマエを……守って、くれるだろう」

 唾を飲み込む音がする。この異常な状況の中、彼女は俺の話がどれだけ重要かをわかり、一言一句聞き漏らさぬように集中している。これで懸念が無くなった。

 大丈夫。彼女は助かる。そして彼女が助かるために“何も無い”命が役立ったのならば、それは上出来ではないか。
 
「奴らがどういった連中なのか……わからない。だが、俺たちクラスの実力者を五人も集め……そこからすぐに追加は……大国でも難しい。それまでに……シャルケの傷は、癒えるはずだ。彼を……頼れ。」

 なんとか必要な情報を渡すまで、この命はもってくれた。他の人からすればささやかな願いはついぞ叶えられなかったが……こうして看取られながら[ピーーー]るのだ。なら、もう、これで――

「どうして……」

「……?」

「どうして、私のために……あんな恐ろしい人たちと戦って……こんな酷い目にあって……どうして、ですか?」

 ああ、いけない。ア―ソンとフィアンマの死因は言わなかったが、奴らと殺し合ってこうなってしまったことは気づかれてしまった。そしてあんな化け物たちと殺し合いになった理由が、マリアを守るためということにも。

 いつかは気づくこと。自分のために命を捨てて戦った人がいたことを、受け入れなければならないだろう。けどそれは、彼女の心が傷ついている今じゃなくてもいい。このまま意識を手放して地獄に落ちようと思っていたが、最後に一仕事しなければ。

「ク……ハハ、ハハハハ。何を、言い出すかと……思えば」

「……ロレンシアさん?」

「俺は……オマエが不思議な力があるから……それを利用しようとして、それに……邪魔だったから、アイツ等を始末した……だけ!」

 血と熱を失い、毒がまわりきったこの体。これがつむげる最期の言葉だと、静かに確信する。一文字一文字口から出こぼれるたびに、水にゆっくりとつかっていくかのような冷たい奇妙な感覚。

「オマエを助けるのは……俺が死んだのに、俺ができなかったオマエの利用を……他の奴らにされるのが、気に食わないから――」

 あと少しで言い終わる時だった。冷たいこの体を、暖かくて柔らかな感触が包み込む。路地裏のすえた匂いを吹き飛ばす、甘く優しい香り。柔らかな絹のような感触が、頬をそっと撫で上げる。

 抱きしめられたことに気づくのに、しばし時間がかかった。

 誰かにに抱きしめられるのは初めてのことだったから。そして何より、野ざらしの死体同然のこの体を抱きしめる人がいることを、信じられなかったから。

「どうして……そんなに、強がるんですが。突き放すんですか」

 同情は嫌いだ。

 同情された事なら何度かあるか、手を差し伸べられたことなど一度も無いのだから。
 
 しかし彼女は俺のために涙しながら、体が汚れることもいとわず抱きしめてくれている。暖かなぬくもりは、今にもついえそうな命をこの世につなぎとめる。

「私のために、命をかけた貴方に……どうして感謝させてくれないんです。遠ざけるんですか。私は……貴方に、死んでほしくない」

 彼女は本当に悲しんでくれていた。目が見えなくとも、泣きながら紡ぎだされる言葉にのせられた想いが。重ねた体から伝わる嗚咽の震えが。蔑まれ、忌み嫌われ、傷つけらていたこの身を慈しんでくれることを教えてくれた。

 嗚呼――――――――良かった。

 彼女のために、[ピーーー]て良かった。

 傷つけられてばかりだった。愛されようともがいても、誰かを傷つける結果ばかりだった。

 傷つけるのも、傷つけられるのも。きっと俺は疲れていた。でもそれもこれで最期。ようやっと、終わ―― 





「お願い。死なないで」





 それが最後に耳にする言葉――のはずだった。

 しかし終わりは訪れない。

「……?」

 何があったのか。目はもう使い物にならないのに、反射的に目を凝らそうとする。すると少しずつ色を認識できるようになってきた。

「これは……いったい」

 目と鼻の先に、翡翠の瞳を涙で赤くはらしながら、驚いた顔で俺を見ているマリア・アッシュベリーの姿があった。

 雨は止み、地に沈む寸前の燃えるような夕焼けが辺りを包み込む。どんよりとした闇が炎に浄化されたかのような景色の中で、ひときわ輝いているのがこの身であることに気が付く。

 体が黄金の輝きに包まれている。驚きからくる反射に、動かないはずの両腕が反応してみせる。

 何が起きているかわからず、ただマリアと共に黄金の光を呆然と見続ける。光は徐々にその輝きを弱め、夕日が沈み辺りが暗くなると同時に消え去った。

 淡い月光の下で、輝きが消えた体を見つめる。体に緑色に変色していなければ、膨れ上がってもいない。えぐられた脇腹の傷もふさがり、折れた骨がなおっている。

 こんなことはありえない。何かしらの超常の力が働いたとしか考えられない。しかし魔法のようなおぞましい力が働いた気配は無かった。すると自然に、一つの答えが浮かび上がる。

「まさか……これは」

 あり得ない答えだった。今から千年前に、最初で最後の使い手がいたのみ。しかしどうしてもそれしか答えが残されていない。





「――奇跡。聖女、マリア」




 
――千年前になる。一度世界は滅びかけた。 

 何百何千という魔に心を呑まれたモノが跋扈し、その中から異界侵食を行うモノたちが次々と現れた。

 侵食された場所は人が住める場所ではなく、日に日に人類の生存圏が削られていった。だがそれはしょせん、悪夢の始まりにすぎなかった。

 異界侵食は基本的に、魔に心を呑まれたモノが住処と定めた地域で発生する。侵食を終えたら広がらないのが基本なのだ。

 だがある時、異界の中でそこの主以外の魔に心を呑まれたモノが死ぬことがあった。果たしてそいつの魔は取り込まれたのか、それとも溶け合ったのか。いずれにしてもそれを契機に、その異界内はより特異な存在となり、侵食を外へと広げるようになった。

 世に魔に心を呑まれたモノは何百何千もいれば、当然同じ事例が他にも起こり始めた。そうやって侵食を広げていくなかでさらに魔に心を呑まれたモノを取り込み、より邪悪で凶悪となり、侵食の勢いも増していく。

 そしてついに――異界侵食同士がぶつかり合い、互いに侵食し、塗り替え――もはや、魔に心を呑まれたモノという従来の定義では収まらない六つの存在が君臨した。

 蠢き増えるもの ヘルアーティオ

 無貌、故に無望にして無謀 グリュントリヒ 

 引きずり込む霧 アンゴーシャ

 乱立する墓標 ヤタコ

 大地を均(なら)すもの オディオ

 死を嘆く嗤い シン

 陸大魔王と称され、天災の如く彼らは振る舞った。降臨した。蹂躙した。

 人の世は侵食され、喰らい尽くされた。そして――消え去っていった。この世の法則に従わぬ魔王に侵食された世界は耐え切れずに消滅し、魔王はさらなる贄を求めて侵食する。

 侵食される世界は地獄だった。

 ある者は何千という口に咀嚼され、何千という口の一部と化した。

 ある者は目鼻や口を奪われ、狂った猿のように暴れまわり、人の顔をグチャグチャにするようになった。

 ある者は霧が晴れた後、恍惚とした表情で喉を掻きむしりながら死んでいた。

 ある者は夜明けの無い丘で、生きながら永延と貼り付けとなった。

 ある者は地震に怯えてうずくまっていると、全身くまなく大地に一体化させられた。

 ある者は突然気が触れて笑い出し、それを耳にしてしまった者も狂って笑い出す。それを聞いてしまった者もまた同じ。やがて彼らは涙を流しながら狂い死ぬ。 

 世界は滅びる一歩手前だった。後に大融落(グレイブフォール)と呼ばれる、人の子にとって終わらない悪夢の日々。

 そこに、一人の少女が現れた。

 彼女は魔に心を呑まれていなかった。しかし己のエゴで世界を穢していないのに、超常の力を持っていた。

 彼女は右手に剣を、左手に杖を持ち魔王に立ち向かった。

 奇跡の使い手、聖女マリア。

 この世を救い、この世から消えてしまった世界の母。

「良かった……良かったぁ……本当に、本当に」

 泣きじゃくりながら俺にしがみつく彼女は果たしてわかっているのか。

 自分が――聖女の再来であることを。 

※ ※ ※



「アハハハハハヒャヒャヒャヒャヒャハヒハヒャヒャヒャヒャッヒャッ!!!」

 千年ぶりの奇跡の到来を、喉を掻きむしりながら歓喜の嬌声をあげながらもだえるものがいた。

 彼はロレンシアの逃げ込んだ廃墟を遠くからじっと見守り続け、誰よりもいち早く奇跡の到来を目の当たりにした。

 彼――シモン・マクナイトの目論見通りに。

「おお、おお聖女よ! 救世主にして偽りの秩序の創造者! 杖ではなく剣で封じた者よ! 貴女の過ちは正される! 千年の時を超え、このシモン・マクナイトが断罪する! 天を衝く神の塔を、地獄を封ずる天蓋に貶めた罪は私が贖おう! 鎖に繋がれ浄化されるその日を、運命に抗いながら待ち焦がれるがいい!!! アハ、ヒヒャヒハヒャヒャヒャヒャッヒャッ!!!」

 身を折り曲げて笑うその狂態を、イヴ・ヴィリンガムは隣で冷めた目で見ている。

 聖女の再来など予想外の出来事である。しかし今回の目的は達せられた。“あの人”なら、自分が持ち帰った情報を元に最善の手を打ってくれるに違いない。

 千年を超えた奇跡に動揺しつつも、すぐ隣での狂態に我に返り、そして“あの人”への信頼から落ち着きを取り戻す。

(ああ、そう言えば――)

 与えられた任務の重要さと、目の当たりにした奇跡について冷静に判断できるようになった頃。死ぬとばかり思っていた“何も無い”男が生き残れたことに気が付く。

(――殺しておくべきか?)

 これから起きる戦いの規模を考えれば、あの男が一人でできることなどたかが知れている。だがあの男の特異な在り方は、計算を狂わせる。“あの人”の計算を悩ませる“端数”にならなり得る。ならば端数は今のうちに切り捨てておくべきか。

(いいえ、止めましょう)

 あの男に下手にかかわること自体が悪手。考えなくてもいいことまで考え、やがて自滅の道を辿る。それよりも今は、隣の狂人とは違う本当の祝福をしよう。

 “何も無い”ロレンシアが生き残れたことを。

 そして祈ろう。聖女の傍らという渦中でやがて死ぬことになるが、それまでに自分の想いに気づけることを――

――

――――

――――――――


 聖女と何も無い男。
 
 その出会いは、運命を捻じ曲げる

 聖女の傍らにあるのは勇者であらず。

 千年の妄執は最強へと成り果てた。

 魔王は既にある。チャイルドレディを自称し、百年の時を暴食に費やす。

 終わりが始まる。

 救済の道筋は捻じ曲げられ、潰えてしまう。 





 逸脱が、始まった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
普段はデレステ、たまにシンフォギアのSSを書いています。

ここまでの話が全体の六分の一ほどで、書きだめた話の全てです。
本当は半分ぐらいできてから少しずつ投稿しようと考えていたのですが、一次創作は初めてなのでちゃんと書けているのか不安になり、感想が欲しくて投稿しました。
特に戦闘シーンを書くのは初めてなので、何が起きているのかわかるかどうか教えていただけたら嬉しいです。

ちなみに私は中学の頃にオーフェン、高校の頃にベルセルク、大学の頃に型月にはまっていたので、バトル物の主人公たるもの心身ともにズタボロにされてから立ち上がってなんぼと思っています。
この作品の主人公であるロレンシアは心の在り方が特殊で今回は精神面は大丈夫でしたが、次回はメンタルをズタズタのボロボロにしてみせます。

多分次に投稿するのは一年ぐらい先になると思うので、HTML化の依頼をだします
ここまでがPart1ということで

最後に簡単なプロフィールを貼って終わります

キャラクター紹介



名前 ロレンシア

年齢 19歳

性別 男

身長 175㎝

体重 76㎏


ステータス

S:史上有数

A:世界有数

B:国内有数

C:もの凄い

D:凄い

E:普通


筋力 C

耐久 C(B+)

敏捷 C

経験 B-

異常 A+


スキル(D以下のスキルは特殊なものを除いて省略)


オールレス:A+

ユニークスキル。
周囲にいる経験・異常性がどちらもD以下の者を混乱(大)にする。
さらに異常性がA以下の場合、混乱(小)にする。これは時間が経過するごとに悪化する。

所持者は痛覚が鈍くなり、疲労を感じなくなる。
またリミッターを無視して全力を出すことを可能とする。

B以下の精神攻撃を無効化。A以上の精神攻撃の効果を大幅に減少する。

魔に心を呑まれたモノのランクが自身の異常性以下の場合、短時間で弱点を看破できる。
自身の異常性以上の場合でも、時間をかければ弱点を看破できる。


武器全般:C

格闘:C

隠形:C

名前 シャルケ・ブルート

年齢 46歳

性別 男

身長 162㎝

体重 81㎏


ステータス

筋力 B(A)

耐久 B(D)

敏捷 B(A)

経験 A-

異常 D


スキル


沸血:A
ユニークスキル。
耐久を大幅に減少させることを代価に、筋力と敏捷を上昇させる。


格闘:A

隠形:C





名前 イヴ・ヴィリンガム

年齢 26歳

性別 女

身長 172㎝

体重 58㎏

B92-W59-H89


ステータス

筋力 E

耐久 D

敏捷 B

経験 B

異常 C


スキル


かぐわしき残滓:A
ユニークスキル。
周囲にいる異性を高確率で魅了し、混乱(中)にする。これは時間が経過するごとに悪化する。
属性は精神攻撃。


暗器:A

弓:B

短剣:C

隠形:A+

名前 ア―ソン

年齢 23歳

性別 男

身長 184㎝

体重 140㎏


ステータス

筋力 B

耐久 A+

敏捷 E

経験 D

異常 A-


スキル


魔に心を呑まれたモノ:A-
魔に心を呑まれたモノにとっての最終段階である異界侵食一歩手前の状態。
周囲にいる経験・異常性がどちらもD以下の者を行動不能にする。





名前 フィアンマ・エストレミタ・アッロガンテ

年齢 28歳

性別 男

身長 192㎝

体重 104㎏


ステータス

筋力 A

耐久 B

敏捷 D

経験 B-

異常 B


装備品


皆殺朱:A

必要技能
槍:B 筋力:A 耐久:B


スキル

瞬刺殺:A
ユニークスキル。
皆殺朱を装備している時のみ使用可能。
槍の常識を超える射程と威力、そして貫通力を誇る。


槍:A

剣:C

格闘:C

カリスマ:D

名前 マリア・アッシュベリー

年齢 20歳

性別 女

身長 165㎝

体重 54㎏

B86-W57-H88


ステータス

筋力 E

耐久 E

敏捷 E

経験 E

神秘 S





奇跡:S

ユニークスキル。
伝説の聖女のみの御業。
異常性を元にしたスキルの効果を、Aランク以下を無効化、Sランクを大幅に減少する。





名前 シモン・マクナイト

年齢 ??歳

性別 男

身長 179㎝

体重 63㎏


ステータス

筋力 ?

耐久 ?

敏捷 ?

経験 ?

?? A

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