折木「京……極堂………?」 中禅寺「いらっしゃい」 (44)

・氷菓×百鬼夜行シリーズ

・昔の駄文を再利用

それでも良ければどうぞ。

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気が付くと、俺はそこにいた。

折木「………坂……?」

そこは両脇を白い土の塀に挟まれた坂だった。
だらだらとしたいい加減な傾斜がどこまでも続いている。
俺はなぜか、その坂をえっちらおっちら上り続けていた。

折木(長い………)

上っても上っても、坂の頂上が見えてこない。

おまけに暑い。暑すぎる。
抜けるような青い空に太陽だけがその存在を主張し、容赦なく照りつけている。
これで道がアスファルトで舗装でもされていたら、照り返しで確実に[ピーーー]る。
この傾斜と暑さが永遠に続くかと思われたその時、

折木「っ………」

視界がぐらついた。

折木(脳が揺れている……)

呼吸が苦しい。
足元がふらつく。
視界は白くぼやけ、もはや十歩先もはっきりとは見えない。
それでも俺は、というよりも俺の脚は、その坂を上り続けていた





………
………………
………………………


折木「やっと………着いた……」ゼェゼェ

坂を上り切ったところには、二軒の民家が並んでいた。
家の間には申し訳程度の竹藪がある。
奥の家は、暖簾から察するに蕎麦屋のようだった。
手前側の家にも看板らしきものがかかっているが、何が書いているのかはわからない。
―――いや、

折木(見えない、のか)

坂を上り切ったところで、俺の視力は回復しているわけではなかったらしい。
もう少し近づいてみることにした。

玄関……らしき戸には



     骨休め



とだけ書かれた札がかかっている。
よく分からないが、営業していないということだろうか
真上を見上げると先の看板が目に入った。
………俺に書道の心得はないが、下手とも上手とも言い難い字だった。
堂……いや、右から読むのか。

それにしても暑い。
坂を上った分だけ太陽に近づいたからだろうか、日差しが強くなった気すらする。

折木(そんな莫迦な……)

ギリシャ神話でもあるまいし。
そうやって自分の考えを打ち消しても、不快感は消えるどころかますます強くなる。
竹藪から聞こえる蝉の合唱が暑さに拍車をかける。
こいつらはアレか。夏の猛暑を演出する以外の仕事がないのか。
そんなことはどうでもいい。看板だ。

その看板には、さっき言った通り上手いのか下手なのかよく分からない字でこう書かれていた。





折木「京……極堂………?」

そうつぶやくのと、俺の視界がブラックアウトするのはほぼ同時だった。





ガララッ

「あら?誰か見えたと思ったのだけど………
 まぁ!大変!!」

「もしもし、大丈夫?しっかりしてください!」


「どうした、千鶴子」

「ああ、あなた。お店の前でどこかの若い方が……」

「にゃー」

「あ、だめよ柘榴!」

短いですが今日はここまでです。
こられたらまた明日。

こんばんは。レスありがとうございます。
それでは今日も投下していきます。
ゆうべよりは長いかも。




………
………………
………………………


ちり……ん


「にゃー」

折木「う………ん」

鈴の音と猫の鳴き声で、俺は目を覚ました。
目を覚ました……?

折木「ここは……」ムクッ

「ああ、無理をしてはだめですよ」

誰だ?


??「気が付かれましたか?」

涼やかな声に振り返ると、和服を着こなした婦人がこちらへ歩いてきた。
着物の種類は全く分からないが、どうやら既婚者らしいということだけはわかった。
周りを見ると、俺は縁側に寝かされていたらしい。

婦人「大丈夫ですか?」

折木「えっと、俺………」

婦人「ここがどこだかわかりますか?」

折木「………そうだ。あの店の前で倒れて……」

婦人「ええ。ここは家の座敷。
   それにしてもびっくりしたわぁ。久しぶりのお客さんかと思ったら、
   あなたが倒れていて」

折木「それは……その、ご迷惑をおかけしました」


どうやら俺は、熱中症で倒れたところをこの夫人に救われたらしい。
しかし、このご時世に行き倒れとは。
俺の虚弱体質もここまできたか。
この婦人が出てこなかったらどうなっていたことか。

婦人「いいんですよ。困ったときはお互い様ですものね」

婦人はなんでもないような顔でそう言った。

婦人「今、冷たいものをお持ちしますからね」

何と。
さすがにそこまで世話になるワケにはいかない。

折木「あ、いえ。すぐにお暇します……っ」

立ち上がろうとしたのだが、足が言うことを聞かない。

婦人「少しだけ待っていてくださいね」トテテテ

夫人はそう言い残すと軽い足取りで奥へと消え、
俺だけが縁側に残された。


しかしこれからどうしたものか。
他所様の家の前で行き倒れた挙句、
茶までたかってきたなんてことが里志や伊原に知れたら………。
そういえばさっきの夫人はどことなく千反田に……
いやいや、何を考えているんだ俺は。

折木「参ったな………」

と、ひとりごちた、




そのときだった。


??「何が参ったのかね?」

折木「!!!」

ひどく不機嫌そうな声だった。


??「まったく、久しぶりの客かと思ったら行き倒れとは」

声のする背後へと振り返ると、
そこには座敷と呼べる空間は存在していなかった。

折木「…………本」

部屋の四隅から床の間まで侵略しつくした本、本、本。
本の結界だ。
反射的に、俺はそう思った。

そしてその結界の中心には、





??「大丈夫かい?」

着流しの死神が座っていた。


その死神は世界の終末を垣間見たような辛気臭い顔をして、
和綴じの本を繰っていた。
この死神がこの家の主人なのだろうか。
ということは、この人(……?)が俺をここまで運んできたのだろう。

折木「あの、このたびは危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

死神「礼なら千鶴子に言ってくれ。君を見つけたのも縁側まで運んだのもあれだ」

折木「千鶴子……?ああ、さっきのご婦人ですか」

死神「ああ。うちの妻だ」

折木「へぇ………えっ、運んだ?」

今明らかにおかしな言葉が聞こえてきたが。

死神「………自己紹介がまだだったか」

どうやらこの人の中では何もおかしくないらしい。

中禅寺「僕は中禅寺秋彦。古書肆だ」

不機嫌な顔の死神は簡潔にそう名乗った。


折木「どうも……あっ、折木奉太郎、と申します」

慌てて礼を返す。

中禅寺「そんなにかしこまらなくていい。
    直に千鶴子……妻が水菓子でも持ってくる。それまでゆっくりしなさい」

中禅寺はそう言って俺を座敷へ招いた。
視線で人を殺せそうな面相だが、悪い人ではないようだ。



………
………………
………………………



そこは本の森のような場所だった。
本の墓場があるとするなら、それはこんな風景なのだろう、
と、くだらないことを考えた。

折木「本だらけ……ですね」

中禅寺「それはそうだ。ウチは古本屋だからね」

折木「仮にそうだとしてもこうはならないかと……」

中禅寺「もともとすべて僕の蔵書だからな。売る気になったやつだけ棚に並べているんだ」

本当だとするならばすさまじい書痴だ。

中禅寺「君も何か買いに来たんじゃないのかい?」

折木「え?」


中禅寺「君のような学生がウチに来るのは珍しいんだが……誰かの紹介か?」

折木「いえ、俺は………」


―――――あれ?





俺は、何故こんなところにいるんだ?

気が付くと俺はあの無駄に長い坂を歩いていた。そこまでは覚えている。
だがそこから先が全く思い出せない。

折木「…………?」

中禅寺「どうした?」

中禅寺が不審そうに片眉をあげた。


折木「いえ、その………」

中禅寺「まさか、どこから来たのか思い出せないなんて言うんじゃないだろうね」

折木「…………」

中禅寺「………本当か?」

中禅寺は煙草を取り出しながらため息をつき、

中禅寺「やれやれ。逗子の事件と言い今回と言い、どういう星の巡りだ」

と、不機嫌さをにじませながら火をつけた。

中禅寺「まさか名前も……いや、失礼。それはさっき聞いたな」

折木「いえ、違います。記憶喪失とか、そういうんじゃなくて」

中禅寺「ほう?」






千鶴子「お茶が入りましたよ」

「にゃー」

折木「」


千鶴子「お待たせしてごめんなさいね、ええと……」

中禅寺「折木奉太郎君だ」

千鶴子「折木さん?」

折木「!」ドキッ

一瞬千反田に呼ばれたような錯覚に陥った。

千鶴子「いいお名前ね。私は千鶴子。中禅寺の妻です。
    西瓜はお好き?」

折木「あっ………はい」

「にゃー」

千鶴子「あっ、もう、だめよ柘榴」

中禅寺「………柘榴」

「にゃー」

柘榴と呼ばれた猫は中禅寺が呼ぶや否やその膝の上に移動した。

千鶴子「それでは、ごゆっくり」

折木「………どうも」



………
………………
………………………

中禅寺「…………」ナデナデ

「にゃー」

折木「柘榴……っていうんですか、その猫」

中禅寺「ん?ああ」

中禅寺は俺の質問に顔をあげる。

中禅寺「金華の猫は化けると聞いたから大陸からわざわざ取り寄せたんだが……
    いつまでもその気配はないね」

これは中禅寺一流の冗談なのだろうか。
いや、目が全く笑っていない。


中禅寺「それで?」

中禅寺はその大真面目な顔のまま、俺に話の続きを促した。

中禅寺「君は先ほど妙なことを言ったね。『記憶喪失などではない』、と」

折木「ええ」

中禅寺「ならば君には、何が分からないんだ?」

そうだ。
俺は自分がどこのだれか知っている。
俺は、神山高校一年B組、
古典部所属の折木奉太郎だ。
それは分かる。
だったら俺は。





―――何を覚えていないんだ?


中禅寺「そろそろはっきりさせておこうか。君の覚えていることと………」







―――忘れていることを、ね

無風の結界に、風鈴がちりん、と一度だけ鳴った。


………………………

今日はここまでです。
読んでくださってありがとうございます。

次は盆暮れに来れたらいいなあ。

お待たせしております。1です
盆暮れどころかもうすぐお彼岸ですね。
では次から投下します



………………………

中禅寺「ふぅん………」

中禅寺は俺の話を一通り聞いた後、腕を組みながら気のない返事をした。
結局のところ、俺が覚えていないことはただ一つ。
どうやってここまで来たか、だ。

覚えていないだけならば、まだやりようはあった。
だが今俺が座っているこの座敷は、本来ならば絶対に来ることのできない場所だった。





折木「いくらなんでも、戦争直後の東京にはどうやったって来れないよなぁ」

アインシュタインにケンカを売るなど、省エネ主義失格だ。

中禅寺「つまり君は……ええと、平成だったか。とにかく60年先の未来から来た人間だ、と。
    こう言うわけだな」

折木「……………信じてるわけじゃないですよね、まさか」



そう。
どう考えても信じられるはずがない。
他ならぬ俺自身が信じていないのだから。
まして自分の店の前で行き倒れていた学生の話を信じろという方が無理な話だ。
大方警察か病院に運び込まれるのが関の山だ。

だが。

中禅寺「何故僕が信じないと思うんだ?」

折木「え」

中禅寺の返答はそのどちらでもなかった。

中禅寺「それとも君は嘘をついたのか?」

折木「嘘、じゃないですけど」

そんな恐ろしい真似出来る訳がない。

中禅寺「ならば、君がそう信じるに足る何がしかの理由がある、
    と考える方が合理的ではないかね?」

中禅寺の言うことは確かに正論だ。
正論なのだが。

折木「俺の気が狂っている、とは考えないんですね」

俺がなかば投げ遣りにそういうと、中禅寺はますます不機嫌な顔になった。

中禅寺「気安く狂気を口にするんじゃない」

折木「…………」


中禅寺「いいかね。この世界には我々の論理では測れない無数の論理が存在する。
    僕たちには分からなくても、『彼ら』の行動には一貫した論理が通っているのだ。
    だが彼らの行動原理を論理的だと認めてしまうと、我々の社会が立ち行かなくなってしまう。
    だから僕たちは、『彼ら』を瓶詰にし、ラベルを貼って棚へ隔離してしまうことで、
    騙しだまし社会を回しているに過ぎないんだ。





    『狂気』という名のラベルをね」

折木「……………」

中禅寺「君の受け答えはハッキリしている。
    僕の友人……いや、知り合いの小説家よりも余程まともだ」

一体誰のことなのだろう。
しかも友人と言いかけて訂正した。
どれほど毛嫌いしているのだろうか。

中禅寺「それに」

と。

中禅寺はそこで一度言葉を切ると、
凶悪な目つきのまま皮肉っぽい笑みを浮かべてこう言った。




中禅寺「『あちら側』へ行ってしまった人はね、君のように鬱屈とした目をしていないんだよ」

折木「!」

何、を。
何を言っているのだ。

中禅寺「君が何に縛られているかなんて僕の知ったことじゃないが、
    少なくとも『彼ら』はそんなものに囚われはしない」

折木「………」

中禅寺「何故なら『彼ら』は、『それ』に縛られるのが嫌で向こう側へ行ってしまったんだからね」

折木「アンタに何が……」

中禅寺「わかるさ。僕は『彼ら』も、君のような学生も飽きる程見てきたからね」


折木「…………」

中禅寺「君は正常だ。君が『こちら側』の論理で動き、考える人間である以上、
    君の体験もまた『こちら側』の範疇にあると考えるのが自然というものだ。」

折木「だけど………それじゃあ不思議が解決しないじゃないか」



ちりん。

また、風鈴が鳴った。
中禅寺は我が意を得たりとばかりに薄笑いを浮かべている。
膝に乗っていた柘榴はいつの間にかいなくなっていた。

そして。

中禅寺「折木君」





中禅寺「この世には、不思議なことなど何一つないのだよ」



………
………………
………………………

ここまでです。
読んでくださってありがとうございます。

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