【ぼく勉】 文乃 「今週末、天体観測に行くんだよ」(800)

理珠 「ほう。天体観測ですか。どこかの天文台へ行くのですか?」

文乃 「ううん。バスツアーなんだけどね、車で二時間くらいの高原に行くんだよ」

文乃 「結構コアなツアーでね。参加者全員望遠鏡を自分で持って行って、思い思いにレンズを覗くんだ」 ワクワク

文乃 「深夜に駅を出て、数時間天体観測をしたら、早朝に駅に戻ってくるって感じのツアーだよ!」

うるか 「ほへー。そんなのがあるんだねぇ」

成幸 (……それはツアーで行く意味があるのか? とかそういうことは置いておくとして)

成幸 (受験も近いのに大層な余裕だな、というツッコミも置いておくとして)

成幸 「……お父さんと一緒に行くのか?」

文乃 「うんっ! お父さんがね、誘ってくれて……」

文乃 「“一緒に行かないか” って。えへへ……」

成幸 「そうか」 クスッ 「よかったな、古橋」

文乃 「うん! ありがと、成幸くん! 道中のバスではちゃんと勉強するから安心してね!」

成幸 (この寝ぼすけ眠り姫が深夜と明け方のバスで勉強するとは思えないが……)

成幸 (まぁ、たまの息抜きぐらい、問題ないだろうし、何より……)

成幸 (古橋とお父さんの関係が、少しずつ改善しているのが、嬉しい)

………………週末 古橋家

文乃 「ふんふふんふふーん♪」

キュッキュッ

文乃 「明日の夜は天体観測~♪ 18歳になったから行けるツアー~♪」

文乃 「レンズを磨いて~♪ アンドロメダ~、プレアデス~、オリオン~♪」

文乃 「全部見られるかな~♪ かな~♪ 幸い~~♪ 明日は快晴~♪」

零侍 「………………」 (……娘のテンションがおかしなことになっている)

零侍 (よっぽど天体観測が楽しみなのだな。受験生相手だから迷ったが、誘って正解だったようだ)

零侍 「それにしても大荷物だな。そんなに大きなリュックがいるのか?」

文乃 「当然だよ。高原まで行くんだよ? もう冬も近いんだよ?」

文乃 「防寒着も必要だし、あとカイロもいるよね」

文乃 「それから、エネルギー補給のためのお菓子」 ドサアッ

零侍 (大きなリュックの中身がほぼすべてお菓子なのだが……)

文乃 「あと……」 クスッ 「成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も」

零侍 「なるほど」 (……まったく。妬けるものだな。そこで一番いい笑顔をしてくれるのだから)

零侍 「私も防寒着と傘くらいは用意しておくか。あとは……――」

prrrrrr……

零侍 「む……。研究室からだ。まったく、休日だというのに……」

文乃 「ふふ。わたしのことは気にせず、出ていいよ?」

零侍 「……ああ。すまない」

ピッ

零侍 「もしもし?」

『ああ、よかった。夜分に電話をしてすまないね。少しいいかい?』

零侍 「少しと言うからには本当に少しなんだろうな」

『まぁそう不機嫌そうな声を出すなよ。朗報だよ』

『来月の英国の学会、目玉になっていた研究者が論文の取り下げをしたらしいんだ』

『で、その件について、今日大学に連絡があった。学会の発表順を変えるらしい』

『……古橋先生? 君の論文を学会の最初に据えたいそうだ』

零侍 「……それは本当か?」

『ああ。僕も驚いているんだよ。おめでとう、古橋先生』

『……それでね、明日の夜なんだが、空けておいてくれ』

零侍 「……明日の夜?」

文乃 「……?」

零侍 「いや、明日は……」

『何か予定があるのかもしれないが、こちらを優先してくれ。先方が打ち合わせをしたいのだそうだよ』

『権威のある学会だからね。事前に君とプレゼンの内容を詰めておきたいのだと』

『別件で日本に来る用事があるから、時間を取って君と話したいと言っていたよ』

零侍 「………………」

『おいおい、まさか無理だなんて言わないだろうな』

『あの学会の最初に発表をするということがどういうことか分かっているだろう?』

『学術季刊誌の方も君がトップになる可能性があるんだぞ』

『国からの助成金は確実に増える。よりよい環境を整えられるかもしれない』

零侍 「……分かっている。分かっているが」

零侍 「………………」

零侍 (……私にとって、数学とは至上命題だった。その探究こそがすべてだった)

零侍 (いや、それは今も変わらない。数学の探究は私のワークライフであり、ライフワークだ)

零侍 (しかし……)

文乃 「………………」


―――― 『もしも新しい星を見つけたら…… 文乃ならどんな名前をつけたい?』

―――― 『んーとね んーとね……』

―――― 『「レイジ」 !!』

―――― 『お父さんの名前? えー どうしてー? お母さんじゃないのー?』

―――― 『だってだって お母さんと2人で見つけるんだもん!』

―――― 『2人の一番大好きな人の名前にしなくっちゃ!』


零侍 (ああ、そうだ。大丈夫。分かっている。もう、見失わない)

零侍 (私にとって一番大事なものは……――)

零侍 「………………」

『……? おい、聞いてるのか? おーい』

零侍 「……ああ。悪いな。学会の最初は、別の研究者に譲ってやってくれ」

『!? おい、正気か? 君の研究が円滑に進むチャンスなんだぞ』

零侍 「ああ、それでも、私は……――」


文乃 「――お父さん」


零侍 「む……」

文乃 「少し、話をしてもいい?」

零侍 「あ、ああ。……すまない。少し待っていてくれ。すぐ戻る」 スッ

零侍 「……どうかしたか?」

文乃 「………………」 ジーーーーッ

零侍 「な、なんだ? その目は……」

文乃 「……明日、無理そう?」

零侍 「い、いや、そんなことはない。大丈夫だ」

文乃 「………………」 ジーーーーッ 「ほんとぉ?」

零侍 「ほ、本当だ。ウソをつく理由がない」

文乃 「詳しいことは分からないけど、学会の偉い人が来るんじゃないの?」

零侍 「!? き、聞こえていたのか……」

文乃 「いや、普通に電話の声洩れてたし……」

ハァ

文乃 「……無理しなくてもいいよ? 天体観測はいつでも行けるしさ」

文乃 「お仕事の用事が入っちゃったなら仕方ないよ。お仕事優先だよ」

零侍 「い、いや、しかし……」

文乃 「わたしなら大丈夫だよ。天体観測、今回はひとりで行くよ。もう18歳だしね」

文乃 「それに、お母さんも言ってたじゃない」 ニコッ


―――― 『好きなことを全力で 好きにやりなさい』


零侍 「っ……」

文乃 「あれはわたしに向けての言葉だったかもしれないけどさ、お父さんも同じだと思うよ?」

文乃 「お母さんはきっと、お父さんにも、好きなことをやってもらいたいと思ってるよ」

グッ

文乃 「だから、わたしが許すよ、お父さん」

文乃 「好きなことを全力で、好きにやりなさい! ってね」

零侍 「文乃……」

零侍 「………………」

零侍 「……すまない」

文乃 「謝らなくていいよ。お仕事だもん。それに、お父さんの “好き” だからね」

文乃 「わたしも好きなことやらせてもらうんだから、お父さんの “好き” な数学も大事にしないとね」

クスクス

文乃 「あと、お父さんが大学クビになったりしたら、わたしも大学に行けなくなっちゃうし」

零侍 「………………」 フッ 「……そうだな。すまない。では、悪いが、明日は……」

文乃 「うん。ひとりで行ってくるよ! お父さん、偉い人と会うんだから、ちゃんとヒゲ剃ってから行くんだよ」

文乃 「じゃあ、わたしちょっと部屋で勉強してくるから!」 シュバッ

………………

文乃 「………………」

文乃 「……うん。大丈夫。わたしは、大丈夫。だって……」


―――― 零侍 『文乃。来週末、一緒に天体観測に行かないか?』


文乃 「あのとき、あんな風に言ってくれただけで……」

文乃 「とっても嬉しかったから」

文乃 「わたしひとりでたーくさん天体観測して、帰ってきたらお父さんに自慢してやるんだから」

文乃 「えへへ……」

文乃 「………………」

グスッ

文乃 「……うん。お父さんとは、また今度」

文乃 「きっと、また今度一緒に、行けるよね」

………………

『はぁ。まったく、まさか断るのかと思ってヒヤヒヤしたよ。勘弁してくれ』

零侍 「すまない。大丈夫だ。明日は18時にホテルに向かえばいいんだな?」

『ああ。先方の宿泊先だ。遅れるなよ。じゃあ、また明日』

零侍 「ああ、ありがとう」

ピッ

零侍 「………………」

零侍 (……これで良かったのだろうか)

零侍 (私は、また娘をないがしろにしてしまったのではないだろうか……)

零侍 (こんなことで、静流との約束を、守れていると言えるのだろうか……)

零侍 「せめて、何か……」


―――― 『成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も』


零侍 「……ん」

零侍 「………………」

零侍 (……まったく、嫌になる)

零侍 (こんなときにまで、頼ろうとしている)

零侍 (彼も受験生だ。そうそう力を借りていいわけもない。彼に失礼だ)

零侍 (しかし……)

ピッ……ピッ……prrr……

花枝 『もしもし? 古橋さん? どうかしましたか?』

零侍 「夜分にすみません、唯我さん。あの……」

零侍 「……成幸くんは、ご在宅でしょうか?」

零侍 (……許してくれ、唯我くん。私は、君に失礼であろうとも、迷惑であろうとも、)

零侍 (娘のために、何かをしてあげたいと思ってしまうんだ)

………………翌日 夜 駅前

文乃 「………………」

ワクワクワクワク

文乃 (ふふふ……バス、早く来ないかなぁ)

ハッ

文乃 (いけないいけない。こういう時間こそ勉強にあてるべきだよね)

文乃 (有意義な天体観測のために、今しっかりと勉強しないと……)

ペラッ……ペラッ……

文乃 (ふふ。バスの待ち時間もちゃんと勉強してるなんて、なんか、成幸くんみたい……――)


成幸 「――お、いたいた。ちゃんと勉強してるとは感心だな」


文乃 「へ……?」

成幸 「よっ。こんばんは、古橋」

文乃 「………………」

文乃 「うぺぇ!?」

文乃 「な……成幸くん!? 何でこんなところにいるの!?」

成幸 「なんでって……。いやいや、お前、お父さんから聞いてないのか?」

成幸 「お父さん、急な仕事で今日行けなくなっちゃったんだろ?」

文乃 「そ、それは知ってるけど……」

成幸 「で、ツアーの代金はふたり分払ってるから、お前ひとりだともったいないから、」

文乃 「うん……?」

成幸 「お父さんの代わりに俺が行くことになった」

文乃 「それは知らないかな!?」

成幸 「えぇ……。いや、だって俺、昨日の夜、お父さんに直接頼まれたんだぞ」

成幸 「18歳とはいえ、娘を深夜にひとりで出歩かせるわけにはいかないから、一緒に行ってやってほしいって」

成幸 (……まぁ、ふたりとも高校生だから色々な条例にひっかかりそうではあるが)

文乃 「えっ、いや、だって、わたし、お父さんからそんなこと何も……」

ピロリン♪

文乃 「? お父さんからメッセージ……?」

 『今日は本当にすまない。お詫びと言ってはなんだが、唯我くんに私の代わりを頼んでおいた』

文乃 「!?」 (何でそれを今言うの~~~~!!)

 『サプライズのつもりで黙っていたが、喜んでくれただろうか?』

文乃 (あーもう! 相変わらずズレてるんだから、この父親はーーー!!)

 『……とはいえ、一応言っておくが、』

 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』

文乃 (また余計なことを最後に~~~~~!!!)

プンスカプン!!!

成幸 「あー……えっと、ひょっとして……」

成幸 「俺、来ない方が良かったか……?」

文乃 「………………」

文乃 「……け、ないでしょ」 ボソッ

成幸 「へ?」

文乃 「……そんなわけ、ないでしょ。嬉しいよ。成幸くんが一緒に行ってくれるなら」

成幸 「あっ……/// そ、そうか。それなら良かったよ」

文乃 「でも、勉強は大丈夫なの? わたしの趣味に付き合わせるのも悪いし……」

成幸 「お前が人の勉強の心配する立場かよ」

文乃 「うっ……。た、たしかに」

成幸 「まぁ、ちょっとした息抜きにちょうどいいよ。ツアーに行くお金なんかないからな」

成幸 「前にも言っただろ? 星、俺も結構興味出てきたからさ」

文乃 「あっ……」


―――― 『ペガスス ケフェウス カシオペヤ ペルセウス』

―――― 『お祭りの日に色々教えてくれたろ あれからなんかちょっと興味出てきてさ』


文乃 「そ……そっか/// そういえば、そうだったよね……///」

文乃 (うぅ……。あのときの “デート” のこと、思い出しちゃったよ……)

ハッ

文乃 (……っていうか、これって……)

成幸 「いやー、今日は冬の星座と……星団も見られるかもしれないのか!? 楽しみだなぁ……」

文乃 (か……完全に、天体観測デートだよね……///) カァアアアア……

………………バス車内

文乃 「………………」

成幸 「………………」

カリカリカリ……

文乃 (……って、ま、することは勉強だけだよね)

文乃 (分かってるよ。わたしたちは受験生で、空いた時間は勉強にあてないとだよね)

成幸 「………………」

文乃 (……まったく、澄ました顔しちゃって)

文乃 (分かってるのかな。わたしたち、また一緒に夜を明かしちゃうんだよ?)

文乃 (お祭りの日と同じように、一緒に……)

カァアアアア……

文乃 (……わ、わたしってば、何考えてるんだろ。あのときとは全然違うのに……)

文乃 (わたしもまじめに勉強しないと……)

文乃 (しない、と……) ムニャムニャ……

成幸 「………………」

成幸 (……今さらなことだけど、深夜にふたりきりで出かけるって、)

成幸 (すごい、ことだよなぁ……)

カァアアアア……

成幸 (はっ、い、いかん。古橋のお父さんは、俺を信頼して付き添いを頼んだんだ)

成幸 (俺はその信頼に応えねば……!)

……ポフッ

成幸 「……? ぽふ?」

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 「!?」 (ふ、古橋!? 早速寝たのかこいつ!)

成幸 (し、しかも……俺の肩に、もたれかかって……)

成幸 (シャンプーの香りが……) ハッ (お、俺はなんて不埒なことを考えてるんだ!?)

文乃 「むにゃ……むにゃ……」 Zzzz……

成幸 (……ったく、勉強するって言ってたくせに)

文乃 「えへ……お父さん、天体観測……楽しみ、だね……」 Zzzz……

成幸 「………………」

成幸 (……まぁ、起こすのも野暮ってもんか)

成幸 (バスで勉強して酔ったりして、肝心の天体観測が楽しめなかったら本末転倒だし、)

成幸 (寝かしといてやるか……)

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (……って、ことは、だ)

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 (お、俺は……)

成幸 (目的地に着くまで、古橋に寄りかかられたままってことか……)

文乃 「むにゃ……成幸くん……」

成幸 (た、頼むから……耳元で名前を呼ばないでくれーーー!!)

………………到着

文乃 「すごーい! 満天の星空だよ、成幸くん! 晴れててよかったー!」

成幸 「あ、ああ、そうだな……」 ゲッソリ

文乃 「……成幸くん? どうしたの?」

成幸 「い、いや、なんでもない……」

成幸 (結局ずっと古橋に寄りかかられたままだった……)

成幸 (もう慣れたつもりだったけど、古橋ってめちゃくちゃ綺麗だから……)

文乃 「?」

成幸 (……さすがに緊張したな)

成幸 (勉強にも全然集中できなかった……)

文乃 「はっ! こうしちゃいられないよ、成幸くん! 出発時間までにできるだけたくさん星を見ないと!」

文乃 「望遠鏡と三脚を持って……っと。ほら、行くよ!!」

成幸 「あっ……ち、ちょっと待ってくれ、古橋ー!」

………………

成幸 「はー……」

成幸 (さすが、標高約1000メートル。灯りもないし空気も澄んでるし、星がすごいな……)

成幸 (落ちてくるようだ……とは思わないけど、なんていうか……)

成幸 (しっかりとした模様に見えるくらい、星がくっきりしてる……)

成幸 (星座なんて、無理矢理形にしてるだけじゃねーか、って思ってたけど、)

成幸 (人工の光が近くにないと、ぼんやりと星座に見えてくるような気がするな)

成幸 「……きれいだな」

文乃 「うん。本当にきれいだね」

クスッ

文乃 「寝そべってたら本当に眠っちゃうよ?」

成幸 「ん、悪い悪い。寝そべると視界全部が星空になってきれいでさ」

文乃 「気持ちは分かるけどね」

文乃 「……望遠鏡、セットしてみたから覗いてみない?」

成幸 「ん……何か見えるのか?」

文乃 「それは、まぁ……」 ニコッ 「覗いてみてのお楽しみ、ってことで」

成幸 「ああ。じゃあ、ちょっと拝借して、っと……」

成幸 「……!?」

成幸 「この時間にこの方角で、これって……アンドロメダ座銀河か?」

文乃 「おー、さすが成幸くん! 正解!」

成幸 「す、すごいな! こんな小さな望遠鏡で、こんなくっきりと……」

成幸 「星が密集して銀河を形成してるのが見えるとは思わなかったな……」

文乃 「そうそう。灯りがないと意外と見えちゃうんだよね」

文乃 「ほら、肉眼でも薄ぼんやり見えるでしょ」

成幸 「た、たしかに……。遠出しただけあってすごいな、ここ……」

文乃 「小さい頃からここで星を見るのが憧れだったんだよ~。すごいよね!」

文乃 「成幸くんなら一緒に感動してくれると思ったよ。えへへ」

成幸 (子どもみたいに笑っちまってまぁ……)

文乃 「じゃあ、次はプレアデス星団を探すよ! どっちが先に見つけられるか勝負だね!」

成幸 「おう! 負けないぞ!」

………………

成幸 「はー……」

パタリ

成幸 「結局、どれも古橋の方が先に見つけちゃったな。完敗だ」

成幸 「星座と星の位置関係、結構覚えたつもりだったんだけどな」

文乃 「ふふふ。まだまだだね、成幸くん」

文乃 「………………」

パサッ……

成幸 「……? おいおい、お前が寝転んだら本当に寝ちゃうぞ?」

文乃 「成幸くんが寝転んでるのをみたら、わたしも寝転んでみたくなっちゃってさ」

文乃 「大丈夫。寝ないよ。だって、目の前が……」

文乃 「うわぁ~~~~……成幸くんの言うとおり、寝転ぶとすごいね。全方位星、星、星だよ」

成幸 「……だな。こんなすごい景色じゃ、寝てられないよな」 クスッ

文乃 「………………」

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

成幸 「うん?」

文乃 「今日はありがとね。お父さんの代わりに、わたしの趣味に付き合ってくれて」

成幸 「いやいや、礼を言うのはこっちだよ。タダでこんな良い場所まで来られたしさ」

成幸 「古橋と一緒に星を見るのも楽しかったしさ。ほんと、ありがとな」

文乃 「っ……///」

文乃 「そ、それなら、良かったけど……」

文乃 「………………」

ドキドキドキドキ……


―――― 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』


文乃 「……ねっ、ねえ、成幸くん」

成幸 「ん?」

文乃 「もう、冬も近いし……ちょっと、寒いね」

成幸 「ああ。たしかに冷えるけど……そろそろバスに戻るか?」

文乃 「へ? う、ううん。まだ星を見てたいから、それはいいんだけど……」

文乃 「……いや、その、寒いって言ってもね、ほら、冷えるのって末端からじゃない?」

成幸 「? まぁ、そりゃ中心から冷えはしないだろうけど……」

文乃 「それで、その……ね? えっと……手がね?」

成幸 「手?」

文乃 「うん。手がさ……手袋を、してても、だね? 少し、冷えてきててさ……」

成幸 「ああ。冷え性なんだな。そりゃ大変だ。一応カイロ持ってきてるから、やるよ――」

文乃 「――いやー? カイロはさー、なんていうかー……えっとー?」

文乃 「ずっと持ってたら、低温火傷になっちゃうしね? ね?」

成幸 「いや、そりゃそうだろうけど、ずっと持ってなきゃいいだけじゃ……」

文乃 「……でもずっと何かを握っていたい、みたいな?」

成幸 「みたいなって何だ……?」

文乃 「……いや、あの、だからね?」 カァアアアア…… 「……手を、ね?」

文乃 「繋いで、ほしいな……なんて、ね?」

成幸 「へ……?」

カァアアアア……

成幸 「あっ……/// いや、えっと、それは……」

文乃 「………………」 カァアアアア……

成幸 「………………」 スッ 「……お、俺の手で、いいなら」

文乃 「………………」 コクッ


…………ギュッ……


成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 (なっ……なんで、手を、繋ぎたいなんて言い出したんだ……?///)

文乃 (わ、わたしってば、何言ってるのかな……///)

文乃 (これじゃまるで、わたしが……) カァアアアア…… (成幸くんのこと……)

文乃 (うぅ……///) プシューーー

文乃 「………………」

文乃 (……そう、だよね。今さら、否定、できないよね……)

文乃 (わたし、成幸くんのこと……)

成幸 「……?」

文乃 「……ねえ、成幸くん」

成幸 「お、おう」

文乃 「わたし、ちゃんと “起きてる” でしょ?」

成幸 「ん……? ああ、まぁ……起きてるけど……」

文乃 (……そう。わたしは “起きてる” 。もう、眠り姫じゃ、ない)

文乃 (わたしは……)

文乃 「……あのね、成幸くん、わたし……わたしね……」

文乃 「わたしっ、成幸くんのこと、――」

――――グゥゥゥウウウウ……

文乃 「ふぇっ…?」

成幸 「へ……?」

文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「ふ、古橋? 今の音って……ひょっとして……――」

文乃 「……い、言わないでよ! 本当にデリカシーがないね、成幸くんは!」

成幸 「いや、だって……」 クスッ 「あんまり大きい腹の虫だから、一瞬クマでも出たのかと……」

文乃 「だっ……だから言わないでって言ってるのにーー!!」

文乃 「……仕方ないでしょ! 深夜はお腹空くし、いつもお夜食食べてるし……」

文乃 「ふんだ。お菓子たくさん持ってきたけど、成幸くんには分けてあげないんだから」

ヒョイッ……パクッ……パクッパクッパクッ……

成幸 「お、おいおい……。いくらなんでも食べ過ぎじゃ……」

文乃 (あー……もう!)

文乃 (何であのタイミングでお腹鳴るかなー! もー!!)

文乃 「………………」

文乃 (……でも、わたし……)

文乃 (あそこでお腹が鳴らなかったら……)


―――― 『わたしっ、成幸くんのこと、』


文乃 「はうっ……」

文乃 (わたし……何を言おうとしてたんだろ……)

文乃 (何を言っちゃうところだったんだろ……)

………………帰路 バス車内

文乃 「はー……」

文乃 (まぁ、色々あったけど、天体観測自体は楽しかったし有意義だったかな)

文乃 (星団や銀河があんなにはっきりと見られるなんて、ほんと来て良かったよ……)

文乃 (さっ。眠気も吹っ飛んだことだし、帰りのバスこそちゃんと勉強しないとね!)

成幸 「………………」

文乃 (さすが成幸くん。もう静かに勉強を始めてるよ。わたしも見習わないと……――)

――ポスッ

文乃 「はぇ……? ぽす?」

成幸 「………………」 Zzzz……

文乃 「へっ?」 (へぇえええええええええ!?)

文乃 (な、成幸くん!? 静かだと思ったら、勉強してたんじゃなくて寝ちゃってたの!?)

文乃 (まぁ、もう明け方だし、ずっと起きてたんだから眠いよね……)

成幸 「むにゃ……」 Zzzz……

文乃 (っ……ね、寝顔可愛い……――)

――――ハッ

文乃 (じゃなくて!! よ、寄りかかられちゃってて、すごく近い……///)

文乃 (で、でも、疲れてるだろうし、寝かしておいてあげたいし……)

文乃 「………………」

文乃 (しっ、仕方ないなぁ。文乃姉ちゃんが、成幸くんのために肩を貸してあげるとしようかな)

ドキドキドキドキ……

文乃 (えへへ……)

成幸 「むにゃ……お……理珠、お前、それ……間違って……」

文乃 「……ん?」

成幸 「うるかも、それ違っ……いや……あしゅみー先輩まで……」

文乃 「……んん??」

成幸 「……あっ、真冬センセ……違うんです。それは……」

文乃 「……んんん???」

文乃 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (ほーう。いい度胸だねぇ、成幸くん)

文乃 (わたしの肩の上で寝息を立てておいて、見るのは他の女の夢ってかい……?)

文乃 (しかもなぜか全員名前とか愛称呼び? へー。ふーん。ほーん)

文乃 (ほんと、いい度胸だよ……――)

成幸 「あっ……」 ニコッ 「文乃……姉ちゃん……えへへ……」

文乃 「………………」

オホン

文乃 (……まぁ、最後にわたしの名前を呼んだことだし?)

文乃 (わたしの名前を呼ぶときだけ、笑顔だったし?)

ニヘラ

文乃 (しっ……仕方ないから? 許してあげようかな……///)

おわり

………………幕間 「体重」

文乃 「いや、うん。分かってたことだけどね」

ガクッ

文乃 「深夜のお菓子のやけ食いダメ絶対……!!!」

おわり

読んでくださった方ありがとうございました。

【ぼく勉】 理珠 「今週末は、町内会のお祭りなんです」

文乃 「お祭り? ってことは、ひょっとしてりっちゃん家も出店するの?」

理珠 「ええ。夏は焼きうどんでしたが、今度はかけうどんです」

うるか 「ほへぇ。いいねぇ。あたしも食べに行っちゃおうかなー……」 チラッ

成幸 「……? 何でこっちを見るんだ、うるか」

うるか 「いやぁ、成幸的に、受験生がこの時期にお祭りに行くのはアリかなー、って」

成幸 「俺の様子を伺ってたのか……。まったく」

成幸 「受験生だって息抜きくらい必要だろ。行きたいなら行くといいよ」

うるか 「やたっ! じゃあ、文乃っち、一緒にお祭りまわろ!」

文乃 「へ? う、うん。それはもちろん構わないけど……」

文乃 (わたしじゃなくて、成幸くん誘って行ったらいいのに……)

文乃 (ヘンなところ恥ずかしがり屋なんだから。仕方ないなぁ。一肌脱いであげるとするか)

文乃 「………………」

文乃 (べっ……べつに、わたしが成幸くんと一緒がいいから、とかじゃないからね!)

文乃 「成幸くんも一緒にどう?」

うるか 「!?」 パァアアアアアア……!!!

成幸 「へ? ああ、悪い。週末はバイトが入っててさ。たぶん無理かな」

うるか 「………………」 シューーーン

文乃 「あっ……そうなんだ。残念だけど仕方ないね」

文乃 (うるかちゃんの浮き沈み分かりやすいなぁ……。あれでバレてないつもりなんだよね……)

成幸 「悪いな。ふたりで楽しんでこいよ」

文乃 「うん! りっちゃん家のうどん楽しみだなぁ~」

うるか 「お祭りで食べると、味わいもヒトシオだよねぇ~」

成幸 「緒方も出店がんばってな」

理珠 「はいっ! 緒方うどんの美味しさをもっと多くの人に知ってもらうためにがんばります!」

成幸 (がんばりが壮大すぎる……)

………………金曜日 緒方家

理珠 「鍋良し、おたま良し、カゴ良し、あとは、と……」 ゴソゴソゴソ……

理珠 (ふむ、完ぺきですね。小物類は全部寸胴鍋に入れておけばいいでしょうか)

理珠 (でも、寸胴鍋に荷物を入れてしまうと、重くて運びにくいですね……)

ガサゴソガサゴソ……

理珠 「他の荷物は別の段ボールに入れて、っと……」

理珠 (運ぶ回数は増えますが、これなら車まで軽く運べそうですね)

ガラッ

親父さん 「リズたま~、準備ご苦労さま。ありがとうね」

理珠 「いえ。お父さんは店で忙しいでしょうから、準備くらいはさせてください」

理珠 「二回確認しましたが、荷物は完ぺきです」

親父さん 「さすがリズたま! ありがとう!」

親父さん 「……ママは用事があって実家に帰省中だしし、リズたまに頼ってしまってごめんな」

親父さん 「明日も出店があるし、受験生なのに受験勉強もなかなかさせてあげられないし……」

理珠 「? 私はこの家の娘ですから、お手伝いをするくらい当然だと思いますが」

理珠 「それに、普段成幸さんに教えてもらってしっかりと勉強していますから、」 フンス

親父さん 「………………」 ピクッ

理珠 「家のお手伝いを少しするくらいでどうにかなるようなことはありません!」

親父さん 「リズたま……」 (……センセイの名前が出てくるのは気になるが……)

親父さん (健気なリズたまがかわいいからどうでもいいか……) ホゥ……

理珠 (……とはいえ、明日は一日勉強ができないのは事実ですから、)

理珠 (今日は夜まで勉強しておかないとですね)

理珠 「では、お父さん。私はそろそろ部屋に戻ります」

親父さん 「ん、ああ。分かったよ。勉強がんばってね、リズたま」

親父さん 「じゃあ、俺は荷物を車に積んでおこうかな……」 グッ

理珠 「あっ、その寸胴鍋、中身が……――」

親父さん 「――だいじょぶだいじょぶ。重いものを運ぶのには慣れてんだ」

親父さん 「よいしょっ、と……」 グイッ 「ん……!?」

グキッ……!!!

親父さん 「」

理珠 「お、お父さん……?」

理珠 「寸胴鍋、中身を別の段ボールに移したから軽いですよ、って言おうとしたんですが……」

理珠 「大丈夫、です、か……?」

親父さん 「う……うん。大丈夫だよ、リズたま。でもね、ちょっとね……」

ガクガクガクガク

親父さん 「すごく重いものを持ち上げるつもりで力を入れたら、予想以上に軽くてね……」

親父さん 「多分、なんだけど……」

ニコッ

親父さん 「腰、やっちゃった、かも……」

ガクッ……

理珠 「お、お父さん!? お父さん、大丈夫ですか!?」

親父さん 「あっ、だ、だめだよリズたま。いま揺すると、いたっ……ああああ……」

理珠 「お父さーーーん!!」

………………小美浪診療所

宗二朗 「……うん。間違いない。ぎっくり腰だよ」

親父さん 「うぅ……」

理珠 「ぎっくり腰……」

ホッ

理珠 「急に倒れたので、大病かと慌てましたが、ぎっくり腰ですか。良かった……」

宗二朗 「うーむ。そのぎっくり腰に対しての認識は改めた方がいいかもしれんな」

理珠 「?」

宗二朗 「たとえば、ぎっくり腰の患者に、こうしてでこぴんをしてみると、」

ピーン

親父さん 「ぐおお!?」 ビキッ 「うおおおおおおお!?」

宗二朗 「まずでこぴんの衝撃で腰が痛む。その生体反応で動いてしまってまた腰が痛む」

宗二朗 「振り子の振動と一緒だね。その痛み振幅は少しずつ小さくなるがなかなかなくならない」

理珠 「な、なるほど……。恐ろしいものなのですね、ぎっくり腰とは……」

親父さん 「せ、センセイよぉ……。俺の身体でぎっくり腰の解説をすんのはやめてくれよ……」

親父さん 「こんなの大したことねぇよ。明日まで寝りゃすぐ痛みもひくだろ……」

宗二朗 「だからそんな簡単なものじゃないと言っているんだがな」

宗二朗 「なんにせよ、しばらくまともに動けないだろう。二、三日の安静が必要だよ」

親父さん 「……安静ってのは、仕事をしても大丈夫なんだよな?」

宗二朗 「バカを言うんじゃない。仕事なんかさせられるわけないだろう」

親父さん 「!? いやいや、そりゃ困るよセンセイ! 明日は町内会のお祭りに出店しなきゃなんだ!」

宗二朗 「そう言われてもな」

ピーン

親父さん 「ぬおおおお!?」

宗二朗 「少し触るだけでそれだけ痛がっていたら、仕事なんてできるものではないと思うがね」

親父さん 「ぐおおお……」

宗二朗 「出店の方は諦めた方がいい。それから、お店の方も一週間ほどは休業した方がいいだろうな」

親父さん 「うぐ……でもな、そうそう簡単に仕事を休むわけにも……」

宗二朗 「腰は消耗品だ。軽く見てると一生仕事ができなくなるぞ?」

親父さん 「むぐっ……」

親父さん 「……分かったよ。センセイの言うとおりにするよ」

宗二朗 「うむ。よろしい」

宗二朗 「……と、言うわけで緒方さん。お父さんは二、三日うちで預かるよ」

宗二朗 「話を聞けばお母様も家にいらっしゃらないようだし、その方がいいだろう」

理珠 「すみません。ありがとうございます。父をよろしくお願いします」

親父さん 「リズたま!? リズたまは家にひとりで大丈夫なのかい!?」

理珠 「? 何の問題もありませんが?」

理珠 (……そう。家にひとりなのは問題ない。問題は……)


―――― 『うん! りっちゃん家のうどん楽しみだなぁ~』

―――― 『お祭りで食べると、味わいもヒトシオだよねぇ~』


理珠 「……楽しみにしてくれている人が、いますからね」

親父さん 「……? リズたま?」

理珠 「安心してください、お父さん! お店は無理でも、明日のお祭りくらいなら……」

理珠 「私ひとりでどうにか切り盛りしてみせますから!!」

親父さん 「へ……? い、いや、リズたま……?」

理珠 「……と、なればボーッとしてはいられませんね。明日の仕込みもしておかないと」

理珠 「では、先輩のお父さん! 父をよろしくお願いします!」 ペコリ

宗二朗 「あ、ああ……」

親父さん 「リズたま? ち、ちょっと待って……――」

理珠 「――お父さんはちゃんと安静にしていてくださいね!」

タタタタタ……

親父さん 「リズたまーー!?」

ズキッ

親父さん 「あいたたたた……っ」

宗二朗 「……ふむ。娘からときどき話を聞くが、理珠さんは猪突猛進なところがあるな」

親父さん 「うるせぇやい。それもリズたまのいいところのひとつなんだよ」

宗二朗 「それはそうだろうな。父親の店のために、がんばろうと走り出すくらいなのだから」

親父さん 「……いや、まぁそりゃ嬉しいがな……。出店っていったって、リズたまひとりじゃさすがに……」

親父さん 「………………」

宗二朗 「……心配か?」

親父さん 「娘が心配じゃねえ父親なんかいるもんかよ」

宗二朗 「……ふむ。まったくその通りだな」

親父さん 「……なぁ、センセイ。少し頼まれてほしいんだが」

宗二朗 「? なんだ?」

親父さん 「電話を貸しちゃくれねぇか?」

宗二朗 「……わかった。子機を取ってくるから、ちょっと待っててくれ」

親父さん 「………………」

親父さん (……リズたまはナリは小せぇが、意志は強くて一度言い出したら聞かないタチだ)

親父さん (やると言ったらやるんだろう。明日の出店、自分ひとりで……)

親父さん (縁日の出店とはいえ、ひとりでやりきるのは無理だ……)

親父さん (情けねぇ話だが、小美浪センセイの言うとおり、俺にできることはなさそうだし……)

親父さん (ママは一日で帰ってこれる距離じゃねぇ)

親父さん (ああ、ちくしょう。情けねぇ。でも、背に腹は代えられねぇ……)

親父さん (あのヤロウに頼るしかねぇか……)

………………緒方うどん

理珠 「………………」

理珠 「……ふん!!」

グググググ……ッ!!!

理珠 「……うぅ」 ペタン

理珠 (ダメです。荷物をリュックに詰め直して見ましたが、重すぎます……)

理珠 (お父さんが入院ということは、車も出せないということですから、)

理珠 (全部の荷物を会場まで徒歩で運ばなければならないというのに、これでは……)

理珠 (食材から小物、寸胴鍋まで運ぶのは、さすがに難しいですよね)

理珠 (どうしたら……)

理珠 「………………」

理珠 (……冷静に考えてみれば、よしんば荷物を運び込めたとしても、)

理珠 (出店とは言え、ひとりでお店を切り盛りするコトなんて私にはできっこないですよね……)

理珠 (……本当は分かっている。私は、意固地になっているだけです)

理珠 (できっこないことに固執して、なんとかしようとあがいているだけ……)

理珠 (……いつもそうです。私は、こうやって、できもしないことを……――)


成幸 「――お邪魔しまーす! 緒方、いるかー?」


理珠 「……へ?」

成幸 「お、いたいた。こんばんはだな、緒方」

理珠 「………………」

理珠 「ど、どうしてうちに成幸さんが!?」

成幸 「いやぁ、まぁ、色々あったというか、なんというか……」

成幸 「とりあえず説明は後だ。準備は終わってるんだな。じゃあ、早速荷物運び込むぞ」

理珠 「へ? へ? 運び込むって、どこに……」


真冬 「疑問。閉店中とはいえ、お店の前に車を止め続けていいものかしら?」


理珠 「……?」 ハッ 「きっ……桐須先生!? なぜ!?」

うるか 「やっほー! あたしたちもいるよ、リズりーん」

文乃 「やぁやぁ、困ってるって聞いたから来ちゃったよ」

あすみ 「よっ。親父さん大変だったな。手伝いに来たぜー」

理珠 「うるかさんに文乃先輩まで!? い、一体どうして……」

成幸 「まぁまぁ、細かいことは後だ。とりあえず荷物運んじゃうぞ」

うるか 「よしきた! うるかちゃんの力持ちなところ見せちゃうぞー!」

文乃 「じゃ、わたしはこの寸胴鍋運んじゃうねー」

理珠 「は、はい! お願いします、文乃」

理珠 (……? しかし、運び込むとは一体……。それに、さっき桐須先生は……)


―――― 『疑問。閉店中とはいえ、お店の前に車を止め続けていいものかしら?』


理珠 (車……?)

バーーーーン!!!

理珠 「……!? お店の前に本当に車が!?」

真冬 「ええ、私の車よ。小さく見えるでしょうけど、物はたくさん詰めるから安心してちょうだい」

理珠 「先生の車!? 先生、自動車をお持ちだったんですね。意外です……」

理珠 「……いや、というか、」

真冬 「? どうかしたかしら?」

理珠 「えっと、その……先生が、車を出してくださるということ、ですか……?」

真冬 「ええ。それが何か?」

理珠 「な、何かって……なぜ……?」

真冬 「あなたが困っているって聞いたからよ」

真冬 「それとも何かしら」 ジトーーッ 「私の運転が不安?」

真冬 「何なら今からあなたを乗せて走ってみせようかしら?」 フンスフンス

理珠 「ち、違います! 滅相もないです!」

理珠 「そうではなくて、その……先生もお忙しいでしょうし、あの……えっと……」

理珠 「………………」

理珠 「……すみません。ありがとうございます」 ペコリ

真冬 「……車を出すだけだもの。お礼を言われるようなことではないわ」

真冬 「……まぁ、本当であれば、利害関係者である生徒と私的な関係を持つのは厳禁だけれど」

真冬 「仕方ないわ。あれだけ頼み込まれてしまっては、ね」

理珠 「……?」

真冬 「ほら、緒方さんもどんどん運び入れなさい。忘れ物がないようにね」

理珠 「あ……は、はい!」

理珠 「………………」


―――― 『やぁやぁ、困ってるって聞いたから来ちゃったよ』

―――― 『あなたが困っているって聞いたからよ』

―――― 『仕方ないわ。あれだけ頼み込まれてしまっては、ね』


理珠 (……私の窮状を、誰かが皆さんに伝えた?)

理珠 (一体、誰が……いえ、) フルフル (そんなの考えるまでも、ないですよね)

成幸 「うおお……お、重い……」 フラフラ

理珠 「………………」 カァアアアア……

………………

真冬 「では、たしかに荷物を預かったわ。明日の朝、会場に直接運び入れるわね」

成幸 「先生、分かってますよね? 物積んでますからね? 割れ物もありますからね?」

成幸 「後生だから、安全運転でお願いしますね」

真冬 「失礼。君は私を一体なんだと思っているの?」

成幸 「………………」 ボソッ 「峠の走り屋……」

真冬 「……何か言ったかしら?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「ひっ……。な、なんでもないです!」

真冬 「まったく……」 オホン 「では、また明日。緒方さん」

理珠 「はい! よろしくお願いします! 桐須先生!」

あすみ 「じゃ、アタシもそろそろお暇するか。後輩。今日の分と明日の分、貸しだからな。ちゃんと返せよー」

理珠 「……?」

成幸 「分かってますよ。ありがとうございます、先輩」

あすみ 「にひひ、ま、いいってことよ。緒方も、明日がんばれよ」

理珠 「先輩もありがとうございました。助かりました」

うるか 「じゃ、リズりん。明日も出店手伝いに行くかんね!」

文乃 「わたしも行くよ。明日もがんばろうね!」

理珠 「すみません。助かります。バイト代は後ほどちゃんとお支払いしますので……」

うるか 「そんなん気にしなくていいってー! あたしたち友達じゃん!」

理珠 「うるかさん……」

文乃 「じゃ、また明日ねー!」

うるか 「ばいばい、リズりん。成幸もね」

成幸 「おう。ふたりとも、明日もよろしくな!」

理珠 「あ……よろしくお願いします!」

理珠 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……じゃ、俺も帰るな。また明日……――」

――――――ムンズ……

理珠 「……帰るなら、せめて、」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「説明してからにしてくれませんか?」

………………少し前 唯我家

成幸 (受験ももう大詰めだ。反復練習を繰り返していかないとな……)

花枝 「成幸ー、電話よー」 ヒョコッ 「緒方さん? からよ」

成幸 「ああ、ありがと」

成幸 (緒方から電話……? あいつだったらメッセージで済ませそうなもんだけど……)

成幸 「もしもし?」


親父さん 『おう、センセイか。夜分にすまねぇな』


成幸 「へ……? 親父さん!?」

親父さん 『何度も言うが、オメェに親父さんと呼ばれる筋合いはね……いててて……』

成幸 「? どうかしました? 大丈夫ですか?」

親父さん 『おう。実はちょっと腰をやっちまってな……ぎっくり腰ってやつだ』

親父さん 『……でよぅ、センセイ。頼みてぇことがあるんだ』

親父さん 『恥ずかしい話なんだが、頼れる奴がオメェしかいねぇ』

親父さん 『だから、恥を承知で、頼む! リズたまを助けてやってくれねぇか!』

………………

成幸 「……って、親父さんに電話で頼まれちゃってさ」

理珠 「お父さんがそんなことを……」

理珠 「すみません。我が家の事情に巻き込んで、成幸さんにご迷惑を……」

成幸 「まぁ、あの親父さんにあんなに必死で頼み込まれたら断れないよ」

成幸 「……で、物を運ぶ必要があるみたいだから、俺ひとりじゃ不安で、古橋たちを呼んで、」

成幸 「タクシーを借りても良かったんだけど、桐須先生に頼んでみたら車出してくれるって言うしさ」

成幸 「だから、こうやってみんなでここに来たんだよ」

理珠 「成幸さんが皆さんに頼み込んでくれたんですね。助かりました」

理珠 「本当に……ひとりでどうしたらいいか分からなくなっていたので……」

成幸 「みんな快く引き受けてくれたよ。だからお前が気にする必要はないと思うぞ」

成幸 「俺も、明日は出店手伝うからさ。みんなで出店がんばろうな」

理珠 「へ……? で、でも、成幸さん、明日はバイトがあるのでは……?」

成幸 「……あー、まぁ、そっちもなんとかなるから大丈夫だよ」

理珠 「なんとかって……」

成幸 「昼は服屋でバイトする予定だったんだけど、代打を母さんに頼んだし」


―――― 花枝 『えーっ。私明日は一日休みの予定だったのにー』 ブーブー

―――― 花枝 『ま、可愛い息子の頼みじゃ仕方ないわね。引き受けてあげる』

―――― 花枝 『ふふっ。それに、可愛いりっちゃんのためじゃ、ねぇ?』


成幸 (なぜにやついていたのかは分からないが、オーケーしてくれて助かった……)

成幸 「夜はハイステージでバイトだったけど、そっちはあしゅみー先輩に頼んだから」


―――― あすみ 『仕方ねーなぁ。代わってやるよ』

―――― あすみ 『そっ……そんかわし、今度、また勉強教えてくれよ』

―――― あすみ 『へ? いつものことじゃないですか、だって? ばかっ、ちげーよ』

―――― あすみ 『久しぶりに……ふっ、ふたりきりで、って言ってんだよ……///』


成幸 (なぜ先輩が顔を真っ赤にしていたのかは分からんが、とにかく先輩に感謝だな……)

理珠 「………………」

成幸 「……ってなわけで、明日は空けておいたから大丈夫だ。俺も手伝うよ」

理珠 「………………」 サー--ーッ……

成幸 「……? 緒方? 顔色悪いけど、どうかしたか?」

理珠 「……す、すみません、成幸さん」

理珠 「私、成幸さんにとんでもないご迷惑を……。本当にごめんなさい!」

成幸 「緒方……?」

理珠 「私、できると、思ったんです」

理珠 「出店くらいなら、ひとりでも大丈夫だって。お父さんがいなくても、私ひとりで……」

理珠 「でも……」

理珠 「……可笑しいですよね。私ひとりじゃ、荷物を詰めたリュックを運ぶことすらできませんでした」

理珠 「でも諦めることもできなくて、どうしようと悩むことしかできなくて……」

理珠 「成幸さんたちが来てくれなければ、私は……」

理珠 「私は今も、何もできず、うずくまっていたんでしょうね……」

成幸 「………………」

理珠 「……成幸さんたちが来てくれて、“良かった” と思いました」

理珠 「“助かった” って。きっと、成幸さんたちがなんとかしてくれる、って」

理珠 「そして実際、なんとかなるような気がしてきました」

理珠 「……その裏で、成幸さんが方々にお願いや頼み事をしてくれていたというのに、」

理珠 「それを薄々勘づいていながら、大したことだと考えていなかった……」

理珠 「……いつもそうです。私は、私ひとりで、問題を解決することができない」

理珠 「だから、また私は……こうやって、迷惑を……――」


成幸 「――……それは違うよ、緒方」


理珠 「え……?」

成幸 「……まぁ、そりゃ、色んな人に声かけて、集まってもらったり、バイト代わってもらったり……」

成幸 「大変じゃなかったって言えばウソになるけどさ」 クスッ

成幸 「でも、そうじゃないんだよ。“なんとかなる” と思えるのは、それが理由じゃないんだよ」


成幸 「それはさ、お前が諦めずがんばってきたからだろ?」

理珠 「……へ?」

成幸 「緒方が諦めなかったから、親父さんも俺に頼み込んで来たんだろ?」

成幸 「緒方が諦めなかったから、今日だって荷物の積み込みが終わったんだろ?」

成幸 「緒方がいつもがんばってるから、古橋やうるかも、明日手伝おうって思うんだろ」

成幸 「先輩だって母さんだってそうだよ。お前の名前を出したら、二つ返事でオーケーしてくれたんだぞ?」

成幸 「あの “氷の女王” が、生徒のために車を出すと思うか?」

成幸 「お前が何を言ったって諦めないって知ってるからこそ、先生は車を出してくれるんだろ」

理珠 「………………」

成幸 「……たしかに、今回、色んな人に迷惑をかけてしまったかもしれないな」

成幸 「でも、それはみんな分かってて手伝ってくれてるんだよ」

成幸 「お前に協力してあげたい……助けてあげたいって、そう思ってくれてるんだよ」

成幸 「だからさ、そんな気に病むことはないよ。お前は明日、胸張って、」 ニコッ


―――― 『緒方うどんの美味しさをもっと多くの人に知ってもらうためにがんばります!』


成幸 「緒方うどんのうまさを祭りで知ってもらうために、がんばればいいんだよ」

理珠 「成幸さん……」

グスッ

理珠 (……私は、本当に果報者です)

理珠 (文乃にうるかさん、小美浪先輩、桐須先生……。たくさんの人に気にかけてもらって……)

理珠 (それが情けなくもあるのですが、それでも……)


―――― 『でも、それはみんな分かってて手伝ってくれてるんだよ』

―――― 『お前に協力してあげたい……助けてあげたいって、そう思ってくれてるんだよ』


理珠 (……その気持ちに応えるために、)

理珠 「……そうですね」

クスッ

理珠 「皆さんの協力に報いるために、最高のうどんを提供しなければなりませんね!」

成幸 「おお! その意気だぞ、緒方!」

理珠 (そして……)

カァアアアア……

理珠 (私のために、たくさんがんばってくれた、この人のために……)

成幸 「明日、がんばろうな、緒方!」

理珠 「はいっ! 成幸さん!」

理珠 (そう。私の……)

理珠 (私の、大好きな、この人の、ために……)

………………当日

「かけうどん二杯くださーい!」

「こっちは三杯ください!」

文乃 「はーい! 少々お待ちください!」

文乃 「りっちゃん、うるかちゃん! かけうどん五杯よろしく!」

うるか 「あいよー! 任せてー! ……ん、リズりん、器におだしいれたよ!」

理珠 「はい、うどんはもうゆであがります!」

成幸 (さすが緒方うどんの出店。夏に引き続き大人気だな……)

成幸 「600円ちょうど、お預かりします!」

成幸 (……よしっ! 俺も気合いいれてがんばらないと!)

成幸 「ありがとうございましたー!」

………………

うるか 「ふはーっ。つかれたねー」

文乃 「少しお客さんも落ち着いたかな。お昼時は大変だったねぇ」

成幸 「いつもはこれを親父さんとふたりでやってるんだよな。すごいな、緒方は」

理珠 「いえ。今回は皆さんが手伝ってくれたので、すごく楽です」

理珠 「本当にありがとうございます!」 ペコリ

うるか 「へへーっ。リズりんのためならこれくらい大したことないよー、だ」

理珠 「しばらくは混まないと思いますから、皆さんはお祭りを回ってきて大丈夫ですよ」

理珠 「店には私がいるので」

文乃 「えっ、でも……」

成幸 「………………」 (緒方なりの精一杯の気遣いだろうな。なら……)

成幸 「そうだな。ふたりはお祭り回ってきたらいいよ。俺も緒方と一緒に店番してるからさ」

理珠 「えっ……? で、でも、成幸さんも……」

成幸 「俺は緒方うどんの店員でもあるんだから、いいんだよ」 ニッ

成幸 「ほら、せっかく緒方がいって言ってくれてるんだ。うるかと古橋はちょっと休憩してこいよ」

………………


―――― 文乃 『じゃあ、お言葉に甘えてお祭りちょっと回ってくるけど、』

―――― うるか 『もしお客さんたくさん来たら、すぐ連絡ちょうだいね!』


成幸 (……本当に義理堅い奴らだな。あの様子じゃ、すぐ戻ってきそうだな)

理珠 「………………」

理珠 「……あ、あの、成幸さん」

成幸 「うん? どうかしたか?」

理珠 「成幸さんは良かったんですか。お祭り、回らなくて……」

成幸 「……ん、まぁ、お祭りって誘惑が多いしな。散財するわけにはいかないから、俺は行かなくていいんだ」

理珠 「そう、ですか……」

理珠 (……本当に優しい人です。私を気遣って、そんな風に言ってくれるんですから)

成幸 「でも良かったな。ちゃんと出店できて。うどんも美味しいって大好評だな」

理珠 「はい。本当に良かったです。皆さんのおかげです」

成幸 「でも、ほんと朝はヒヤヒヤしたな。桐須先生の車の中で小物類が散乱しててさ」

理珠 「ふふ、そうですね。幸い、割れ物も無事でしたけど」

理珠 「桐須先生はショックを受けていましたね」

成幸 「“驚愕。私の運転って、そんなにアレなのかしら……” 。ってな」 クスクス

理珠 「あっ、今の声真似ちょっと似てました」

成幸 「そうか? ははっ」

理珠 「ふふふ……」

成幸 「………………」

理珠 「………………」

ドキドキドキドキ……


―――― ((私のために、たくさんがんばってくれた、この人のために……))

―――― ((私の、大好きな、この人の、ために……))


理珠 (不思議な感覚です。ドキドキするだけでなく、どこか、落ち着く……)

理珠 (成幸さんの隣にいると、何とも形容しがたい、幸せな気持ちになります)

理珠 (私は……)


―――― 『当然です 何故私が恋愛などしなければならないのですか』

―――― 『好いた惚れたと曖昧なものに過分なエネルギーを割くなど非効率の極みです』


理珠 (非効率であろうと、なんであろうと、この気持ちは、もう……)

理珠 (きっと、止められるものでは、ないから……)

ドキドキドキドキ……

理珠 「……あの、成幸さん」

成幸 「ん?」

理珠 「私、本当に、成幸さんに感謝しているんです」

成幸 「へ……? い、いきなりなんだよ。照れるな」

理珠 「四月からずっと、成幸さんには本当にお世話になりっぱなしです」

理珠 「……それこそ、もう、成幸さん抜きでは、生きていけないかもしれないくらいに」

成幸 「……?」

理珠 「だから、その……」 (そう。だから。私は……)

理珠 「……もし、成幸さんさえよろしければ、これからもずっと、私のそばにいてください」

成幸 「え……?」

カァアアアア……

成幸 「あっ……う、嬉しいな。そういう風に、言ってもらえるのは……///」

成幸 「こちらこそ、よろしくな。俺も、お前と友達になれてよかったよ」

理珠 「………………」 クスッ 「……私が言うのも何ですが、本当に、成幸さんはもっと人の心を理解する訓練が必要ですね」

理珠 「仕方ありません。私が立派な大学生になったら、成幸さんに心理学のイロハをたたき込んであげます」

理珠 (……今は、“友達” でいい)


―――― 『……今は もっと知りたい 人の気持ち 自分の気持ち』

―――― 『成幸さんの………………』


理珠 (でも、いつか……)

理珠 「……そのときは、私の気持ち、知ってもらいますからね。成幸さんっ」

おわり

………………幕間 『ごめん紗和子ちゃん』

紗和子 「……えぐっ、ぐすっ……えぐっ……ひぐっ……」

文乃 「だ、だからごめんってばー、紗和子ちゃん」

うるか 「ごめんねぇ、さわちん。てっきり成幸が誘ってるもんだと思ってさ……」

紗和子 「ひぐっ……えぐっ……おっ……緒方理珠の、危機に駆けつけられない、なんて……」

紗和子 「大親友、失格、だわっ……」

紗和子 「かっ……かくなる……ぐすっ……上は……しんで詫びるしか……」

文乃 「め……めんどくせぇ、だよ……」 (よしよし、紗和子ちゃん。大丈夫だよ)

うるか 「文乃っち、言葉と心の声が逆になってるよ……」

おわり

【ぼく勉】 あすみ 「今週末は高校の先輩の結婚式なんだよ」

成幸 「へぇー、先輩の結婚式。そろそろそういう年齢なんですねぇ……」

成幸 「あれ? でも先輩の先輩ってことは、まだすごく若い人なんじゃ……」

あすみ 「ああ、あの人はミュージシャンになる! って就職も進学もしなかったからな」

あすみ 「残念ながらメジャーデビューはできなかったみたいだけど」

あすみ 「でもまぁ、音楽活動のおかげでいい人と知り合えたみたいだし、結果オーライなんじゃねーの」

成幸 「……結婚式、かぁ。ちょっと憧れてるんですよね」

あすみ 「へ?」 ドキッ 「お、お前、結婚式に憧れるって……ち、ちと早くねーか……///」

成幸 「へ?」

あすみ 「で、でも、もしこだわりとかあるなら、結婚相手とちゃんと話しておかないとダメだぞ?」

成幸 「……? あの、先輩?」

あすみ 「まぁ、べつに? だから何だってわけじゃねーけど、アタシは特にこだわりねーし?」

あすみ 「神前式だろうがチャペルだろうが、相手に合わせられるっつーか……///」

あすみ 「お前の好きなように決めてくれて構わないっていうか……///」

あすみ 「……アタシは、ウェディングドレスでも白無垢でも、どっちでも構わないけど……」

あすみ 「あ、でもやっぱり、写真撮るだけでもいいから、一度はウェディングドレス着てみたいかな……」

成幸 「いや……いやいやいや、先輩、急に何言ってるんですか。違いますよ」

成幸 「俺、結婚式って小さい頃に行ったきりだから、友達の結婚式とかに出席してみたいな、ってだけですよ」

あすみ 「へ……?」

成幸 「自分の結婚式なわけないじゃないですか……」

あすみ 「………………」

成幸 「……先輩?」

あすみ (……あ、アタシの勘違い? っていうか、アタシ、何言ってんだ……) カァアアアア……

あすみ (いっ、今の物言いじゃまるで、アタシと後輩が結婚するのが前提みたいじゃねーか……)

あすみ (お、親父が悪い! 勝手に後輩との結婚を考えたり、後輩との子どもの名前を考えたりするから!)

あすみ (親父が悪いわけで、アタシが後輩と結婚したいわけじゃないからな!)

成幸 「……?」 (先輩さっきから何やってるんだろう……?)

成幸 「……まぁ、結婚式ってご祝儀とかあるから、できれば働けるようになってから出席したいですね」

成幸 「友達が多い人はご祝儀だけで相当な出費になるって聞いた事ありますし」

あすみ 「あ、ああ。分からんでもないな。正直、ご祝儀三万は、浪人生的には、きつい」

成幸 「ですよねぇ……」

あすみ 「でもまぁ、先輩には色々お世話になったし、感謝の気持ちも込めて贈るよ」

あすみ 「ついでに、冷やかしたりして遊んで、ご馳走たらふく食ってきてやるって感じだな」

成幸 (いい笑顔だなぁ。その先輩、すごくいい人だったんだろうな)

成幸 「……俺はその先輩のこと知らないですけど、」

成幸 「きっといい結婚式になりますね。先輩も楽しんできてください」

あすみ 「おう!」

………………式前日

あすみ 「………………」

あすみ 「……まぁ、こんなモンか」

あすみ (高校入学くらいのときに仕立ててもらったドレスだけど、ヘンじゃないよな?)

あすみ (化粧もいつもより濃いめで、こんな感じで問題ないだろ……)

あすみ (まぁ、どうせ化粧も髪のセットも美容院でやってもらうんだけどさ)

あすみ (にしても……) ジーーーーーッ

あすみ (自分の身体ながら、恨めしくなるよ。高一のときから全然体型変わってねーのな)

あすみ (多少胸とか尻とかがでかくなったくらいか?)

あすみ (ったく、もう少し身長伸びてくれてもいいじゃねーか) ハァ

あすみ (ま、無い物ねだりしてもしょうがねーか。緒方はあたしより小せぇのに頑張ってるしな)

あすみ 「………………」

あすみ (……まぁ、胸はあいつの方が圧倒的にでけーけど)

prrrr……

あすみ 「ん……?」 (先輩から電話……?)

ピッ

あすみ 「もしもし?」

『あっ、良かった! 出てくれた! 助かったー!」

あすみ 「……ちわっす。相変わらずテンション高いっすね、先輩」

『いやいやいや、明日結婚式なのにめっちゃテンション低かったら逆にやばいっしょ』

あすみ 「それもそうっすねー」 クスクス 「……で? どうかしたんですか?」

『そうなのよー。大変なのよ。明日出席予定の軽音部OG、ひとりインフルになっちゃったらしくてさ』

あすみ 「へ……? ああ、まぁ、大変っちゃ大変ですけど……」

あすみ 「明日出席してもらえないのは残念かもしれないですけど、仕方ないんじゃ……」

『そうなんだけどね、欠席されちゃうと困るのよ!』

『披露宴、円卓の人数配分を完ぺきにしすぎちゃって、ひとりでも欠席が出るとそこめっちゃ目立つんだわ!』

あすみ 「……はぁ」

『だからできる限り欠席者をなくしたいのよー!』

あすみ (……またヘンなところ、こだわる人なんだよなぁ)

『でさ、あすみちゃん! カレシ、いるのよね?』

あすみ 「……は?」

『いるのよね、カ・レ・シ』

あすみ 「………………」


―――― 『彼氏の趣味で!!』

―――― 『今…… 設定上一応…… 彼氏なわけですし……』


あすみ 「……ま、まぁ、一応」 カァアアアア…… 「いるっちゃ、いますけど……」

『良かった! それでこそあすみちゃんよ! ナイス! 最高!』

あすみ 「……? あの、要領を得ないんすけど、一体……――」


『――……ってことで、明日その彼氏と一緒に結婚式来てね!』


あすみ 「………………」 ハッ 「……はぁ!? 何でこうは――彼氏を結婚式に!?」

『だいじょぶだいじょーぶ。式出席してもらって、披露宴で座っててもらうだけでいいから!』

『もちろんご祝儀はいらないし、お料理や飲み物、好きだけ飲み食いしてってよ!』

『会場近くのサロンに礼服とか靴、一揃え用意しておくから、後でカレシの諸々のサイズ送ってね!』

あすみ 「い、いやいや、ちょっと待ってくださいよ。アタシの彼氏、先輩と何の縁もゆかりもないじゃないですか!」

あすみ 「それが結婚式に出席するって、いくらなんでもおかしいでしょ!」

あすみ 「新郎側の出席者にヘンに思われますよ!」

『大丈夫! その点は抜かりないわ!』


『明日だけでいいからカレシと婚約してるフリをしてちょうだい!』 バーーーン!!!


あすみ 「へ……?」 カァアアアア…… 「へぇぇ……!?」

あすみ 「こ……婚約って、アタシ、浪人生ですよ? あいつだって、高校生だし……」

『だーかーらー、フリだけでいいってば』

『ふたりが婚約してて、私もあすみちゃんのカレシと知り合いって言えば、何もおかしくないでしょ?』

あすみ 「そ、そりゃそうかもしれませんけど……」 ハッ 「いやいやいや! やっぱり無茶苦茶ですよ先輩!!」

『お願い! 先輩一生のお願い! おーねーがーいー!』

あすみ 「………………」

あすみ (……婚約者、かぁ)

あすみ 「……わ、わかりましたよ。一応彼氏に聞いてみます」

『ほんと!?』

あすみ 「それで向こうが断ったら諦めてくださいよ? 一応あいつも受験生だし……」

『うんうんうん。そのときはあきらめるよ!』

『じゃあ、カレシと連絡ついたらこっちにも連絡ちょうだいね!』

『カレシの服と靴のサイズ聞くのも忘れずにね!!』

『じゃ、私ほかの手配も色々あるから! じゃね!!』

プツッ……

あすみ 「……はぁ。せわしないひとだなぁ。ったく」

あすみ 「………………」

あすみ 「……一応、電話して聞くだけ聞いてみるか」

あすみ 「ダメ元で、だけど。まぁ、一応、先輩に対しての義理は通すってだけ……」

prrrrr……ピッ

あすみ 「……ん、おう、後輩。突然悪いな。あのさ、ダメ元で聞くんだけどさ、」

あすみ 「……明日、タダで結婚式、出席してみないか?」

………………当日

あすみ 「………………」

あすみ (うー、やっぱり頭セットしてもらうと落ち着かねーな……)

あすみ (化粧もいつもよりだいぶ濃いし、心なしか息苦しい気がする……)

あすみ (コート羽織ってるとはいえ、ひらひらのドレスだと外は寒いし……)

あすみ (……あー、早く来いよ、後輩)


―――― 成幸 『えっ!? いや、さすがに知らない人の結婚式には出られないですよ!』

―――― 成幸 『……あー、でも、そうですか。困ってるんですか』

―――― 成幸 『………………』

―――― 成幸 『わ、分かりました。先輩がお世話になった人のためですもんね!』

―――― 成幸 『出席します』


あすみ (……いや、まぁ、頼んだのはアタシだけどさ)

あすみ (まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかったな……)

あすみ (……婚約者、かぁ) ニヘラ

あすみ 「ん……?」

成幸 「………………」 キョロキョロキョロ

あすみ (……? 後輩、何やってんだ?)

成幸 「うーん、メッセージだともうここにいるらしいんだけどなぁ……」

成幸 「どこだろ、先輩……」 キョロキョロキョロ

あすみ 「………………」 ガクッ 「……マジか、お前」

成幸 「!? せ、先輩!?」

あすみ 「おう。何やってんだ、お前。アタシずっとそこにいたぞ」

成幸 「いや、えっと、だって……」 カァアアアア…… 「せ、先輩に、見えなくて……」

あすみ 「ほう? 役柄だけとはいえ、彼女の顔を忘れるたぁふてぇ野郎だな」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「ち、違いますよ! だって、先輩……その、すごく、綺麗になってるから……///」

あすみ 「……へ?」

あすみ 「………………」

あすみ 「……お、おう///」 カァアアアア…… 「そ、そうか。そりゃ……わ、悪かった、な」

成幸 「い、いえ……///」

あすみ 「き……今日はありがとな。来てくれて……」

成幸 「ど、どういたしまして、です。全然、大したことじゃないですけど……」

あすみ 「……でもお前、少しは、こう……化粧した女とかに耐性つけとけよ」

成幸 「へ?」

あすみ 「アタシみたいなちんちくりん相手で顔真っ赤にしてたら……」

あすみ 「今日の結婚式、アタシと同世代の女ばっかだから、大変だぞ?」

成幸 「いや、それは、多分、大丈夫かと……」

成幸 「先輩がすごく綺麗だから、緊張しちゃっただけですから」

あすみ 「っ……」

成幸 「……先輩くらいの美人さんばっかりだったら、大変かもしれないですけど」

あすみ 「……///」

成幸 「………………」 ハッ

成幸 (……いやいやいやいや!? 俺何言ってるんだ!? 口説いてるみたいになってるぞ!?)

ドキドキドキドキ……

あすみ (こ、後輩のバカ。なんでそんな、ヘンなこと言うんだよ~~~!!)

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

ドキドキドキドキ……

あすみ 「あっ……お、お前の着替えもあるし! そろそろ行かないとだな!」

成幸 「! そ、そうですね! 行きましょう!」

成幸 (な、なんだろ、今の空気……なんか、ドキドキする……///)

あすみ (うぅ~/// こんな調子で、“婚約者” やるのかよ~……)

成幸 (それにしても、先輩……)

あすみ 「………………」

カツカツカツカツ……

成幸 (高いヒールを履いてるのもあるけど、今日はすごく大人っぽくて……)

ドキドキドキドキ……

成幸 (……本当に、綺麗だな)

………………サロン

あすみ 「………………」

ソワソワソワソワ……

あすみ (大丈夫かな、あいつ。こんなところ来慣れてないだろうし……)

あすみ (入ったときも緊張しきりだったしな。ちゃんと着付けてもらってるだろうか……)

成幸 「……あっ、先輩。お待たせしました」

あすみ 「! 終わったか。短かった、な……って……」

成幸 「……えっと、どうですかね? 礼服なんて初めて着ましたけど……」

成幸 「ドレスシャツも、なんだか肌触りがなめらかで不思議な感じだし……」

成幸 「革靴も高そうだから緊張するし、コンタクトもバイトの時よりゴロゴロする気がします……」

成幸 「髪をこんなに整えられたのも初めてだし……。変じゃないですかね?」

あすみ 「………………」 ポーーーーッ

成幸 「……先輩?」

あすみ 「へっ? あ、ああ。いや、うん……えっと、いいんじゃないか?」 プイッ

成幸 (か、感想それだけ!? やっぱり変!?) ガーーン!!!

あすみ 「………………」

ドキドキドキドキ……

あすみ (……な、なんだよ、後輩の奴)

あすみ (けっ……結構、いけてんじゃねーか……)

あすみ (後輩のくせに……)

ドキドキドキドキ……

成幸 「……? 先輩?」

あすみ 「んお!? い、いきなりなんだ!?」

成幸 「へ? いや、何もないですけど……もうそろそろいい時間ですから、行きましょう」

あすみ 「あ、ああ。そうだな。行こう行こう」

ソソクサ

成幸 「……?」 (先輩、何か急に変になったけど、どうしたんだろう……?)

………………式場 ラウンジ

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……な、なんか緊張しますね、こういうところ」

あすみ 「あんまキョロキョロすんなよ、恥ずかしいから」

あすみ 「……今日はお前、アタシの “婚約者” なんだからな」

成幸 「わ、わかってますよ。彼氏前提の、婚約者の振りですよね。ややこしい……」

「あっ、あすみじゃーん。久しぶりー」

「わー、あすみ、変わってなーい!」

あすみ 「よっ、おひさ。卒業してから一年も経ってないんだから当たり前だろ」

成幸 (? 同級生の人たちかな……?)

「ん……? ね、ねぇねぇ、あすみ。ひょっとしてその人が噂の……」

あすみ 「ん? ああ、そうだよ。アタシの婚約者の……」

成幸 「あっ……ゆ、唯我成幸です。初めまして……」

「まだ高校生なんでしょ? かっわいいー!」

成幸 「わっ……」 (ち、ちかっ……)

あすみ 「お、おい、あんまからかうなよ」

「ごめんごめん。あすみのカレってどんな子なのかなって思ってたら、ねぇ?」

「うん。予想以上に可愛い男の子だったから、びっくりしちゃってさ」

「じゃ、お邪魔してもアレだから、あたしたち向こう行ってるね」

「また後で、式と披露宴でねー。ばいばい、唯我クンっ」

あすみ 「……行ったか。ったく」

あすみ 「悪いな、後輩。軽音部の連中だから、キャピキャピしてんだよ……」

成幸 「………………」 ポーーーッ

あすみ 「……後輩?」

成幸 「……へ? あ、ああ、はい。大丈夫です!」

あすみ 「………………」


―――― 『……先輩くらいの美人さんばっかりだったら、大変かもしれないですけど』


あすみ 「……へぇ」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

あすみ 「……お前、何か? さっきあんなこと言ってくれてた割には、おい?」

あすみ 「結構簡単に他の女に見惚れるんだな? ああん?」

成幸 「ち、違います違います! 誤解ですよ!」

成幸 「ちょっと、こう……急に近づかれたから、ドキッとして……」

成幸 「年上の女性って感じがして、少し緊張しただけで……」

あすみ 「誤解じゃねーじゃねーか!」

成幸 「ひっ……ご、ごめんなさい!」

あすみ 「ったく……」 (……なんだよ、後輩の奴)


―――― 『先輩がすごく綺麗だから、緊張しちゃっただけですから……』


あすみ (さっきはあんなこと言ってくれたくせに……)

あすみ (確かに、あいつら高校のときと比べて、遙かに大人っぽくなってるし、綺麗だけどさ……)

あすみ (それに比べたら、アタシは……)

あすみ (ちっちゃいままかもしれねーけどさ……)

あすみ 「………………」


―――― 『自分の身体ながら、恨めしくなるよ。高一のときから全然体型変わってねーのな』

―――― 『ったく、もう少し身長伸びてくれてもいいじゃねーか』


あすみ (……でも、そっか)

あすみ (仕方ねーよな。だってアタシは、全然成長してないし。ヒール履いてもこの程度の身長だ)

あすみ (胸だって、そんな大きくねーし。未だに中学生に間違われることもしばしばだ)

あすみ (……仕方ねーんだよな)

成幸 「先輩……?」

あすみ 「………………」

成幸 「……あ、あの、先輩――」


『――お待たせ致しました。式場の準備が整いましたので、参列者の皆様はご移動をお願いします』


あすみ 「……式の準備ができたみたいだな。行こうぜ」

成幸 「あ……は、はい」

………………披露宴

あすみ 「先輩、綺麗だったなー」

「ほんとにねー! 私写真めっちゃ撮っちゃった!」

「あ、それあとでグループ送っといてよ」

「オッケー」

あすみ (……ほんと、綺麗だったな。先輩のウェディングドレス)

成幸 「………………」

成幸 (うーん……。さすがに、お友達と談笑しているときに話しかけるのはアレだよな)

成幸 (後でいいか。でもなぁ……)

あすみ 「………………」 プイッ

成幸 「……うっ」 (さっきから目も合わせてくれないし、気まずい……)

あすみ 「……悪い、ちょっと出てくるわ」

成幸 「へ? 先輩、どちらに……?」

あすみ 「聞くな、バカ。お手洗いだよ」

成幸 「あっ……」 シュン 「す、すみません……」

………………お手洗い

あすみ 「……はぁ」

あすみ (さすがに大人げないよな。何やってんだ、アタシ……)

あすみ (これじゃまるで……)

カァアアアア……

あすみ (後輩に、本気でヤキモチ妬いてるみたいじゃねーか……)

あすみ (……まぁ、何にせよ、だ)

あすみ (後輩はアタシのお願いを聞いて付き合ってくれてるんだから、)

あすみ (変な態度取ってたらバチ当たっちまうよな……)

あすみ 「……よしっ、と」

あすみ (とりあえず、席に戻って後輩に謝ろう。話はそれからだな……――)

「――……いやー、花嫁さんめっちゃ綺麗だったねー」

「ほんとにね。あいつにはもったいないくらいだよね」

あすみ (ん……? 新郎側の参列者か……)

「ウェディングドレスめっちゃ似合ってたよね。あのスタイルうらやましいわー」

「あんなスラッとしたドレス、わたしが着たら絶対おかしなことになるし」

「あんたなんかまだマシでしょ。あたしが着たらお遊戯会の子どもだよ」

「もう少し足長くなんないかなー。10cmくらい?」

「あたしはそんな贅沢言わないから、もう2、3cmだけでも身長ほしかったわ」


………………


あすみ 「………………」

あすみ (今のふたり、どっちもアタシより身長高いけどな)

あすみ (まぁ、自分の身体のことだから、自分でどんな感想持つのも自由なんだけど、)

あすみ 「………………」

あすみ (……アタシは、)


―――― 『ちょっと、こう……急に近づかれたから、ドキッとして……』

―――― 『年上の女性って感じがして、少し緊張しただけで……』


あすみ (ヒールを履いたところで、ちんちくりんのままで)

あすみ (ウェディングドレスなんか着たって、きっと……)

あすみ (……きっと、似合わないんだろうな)

あすみ (嫌だな……)

あすみ (身長が低い自分が。それを恨めしく思う自分が……)

あすみ (……本当に、嫌だ……――)

………………

あすみ 「………………」

モグモグモグ……

あすみ (……お料理は、とてつもなくウマい……けど、)

あすみ (味がよく分からない……)

成幸 「はぁ……美味しい……」 ウルウルウル 「葉月と和樹にも食べさせてあげたい……」

あすみ (……結局、まだ後輩にも謝れてないし)

あすみ (そもそも、そんな気分にならねーし……)

「ね、ね、あすみ」 コソッ

あすみ 「ん? あんだよ? コソコソと……」

「いや、ね。あすみは婚約者クンに愛されてるな、って」

あすみ 「はぁ? いきなり何だよ?」

「さっき、あすみがトイレ行ってる間、ちょっとカレシと話したんだよ。そしたらね……――」

………………少し前

『ねぇねぇ、カレシくんはさ、あすみのどんなところが好きなの?』

成幸 『へ……!? い、いきなり何ですか?』

『いやー、気になっちゃってさ。ねぇ?』

『うんうん。あたしもめっちゃ気になるよ。あすみもいないし、ぶっちゃけちゃいなよ』

成幸 『そ、そんなこと言われても……うーん……』

成幸 『せんぱ――あすみさんの好きなところかぁ……』

『……あれ? そんなに悩む感じ?』

『あすみちっちゃくて可愛くて美人だし、そういうトコじゃないのー?』

『うんうん。あすみちっちゃくて子どもみたいで可愛いよねぇ』

成幸 『いや、まぁ、あすみさんが可愛くて美人なのはその通りなんですけど……』

成幸 『………………』

成幸 『……でも、あんまりちっちゃいって思ったことはないですかね』

『へ……?』

成幸 『いや、出会ったときはそれこそ中学生と勘違いしたりもしましたけど、』

成幸 『知り合って、お付き合いをさせてもらっているうちに、あんまり小さいと思わなくなって……』

成幸 『あすみさんって、すごいんですよ。リアリストで、考え方も大人で……』


―――― 『塾の授業聞くだけで成績伸びる奴なんて一部の天才だけだ』

―――― 『自分で努力せずに 結果なんて出るわけねーのにな』


成幸 『自分の夢のために一生懸命で、いつもいつも、本当に頑張っていて』

成幸 『……なのに、俺のことも気にかけてくれて』


―――― 『塾ってのは自分で勉強することを軸に 必要なものを捕捉するために存在するんだ』

―――― 『その位置づけは間違うなよ後輩』

成幸 『俺だけじゃない。他の人のことも、いつも……』


―――― 『……世話やかせやがって…… できれば触らずに助けたかったのに……』

―――― 『でもま ガキ泣かせとくような医者にゃ なりたくねーからな』


成幸 『だから……』

成幸 『すごく “おっきいな” って感じるんです』

成幸 『だから、えっと、その……』

成幸 『恥ずかしいですけど、俺があすみさんを好きなのは……』

成幸 『綺麗で、可愛くて、美人なところ……でも、それ以上に……』

成幸 『頼りになるところ。大人なところ。優しくて、人のためにがんばれるところ』

成幸 『……そういう、“おっきい” ところなんだと思います』

『へ、へぇー……///』

『そ、そっか。あすみのこと、よく見てるんだね……///』

成幸 「……あっ! だ、ダメですよ!? 今の、絶対先輩――あすみさんに言わないでくださいね!』

………………

「――……って感じでさぁ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃったよ」

「ほんとほんと。ごちそうさま、って感じ」

あすみ 「お、お前ら、アタシがいない間に後輩で遊んでじゃねーよ」

あすみ 「ったく……」

あすみ 「………………」

あすみ (……へ、へぇ。ふーん。なるほどねぇ)

あすみ (“おっきい” とこ、かぁ……///)

カァアアアア……

「あれぇ?」 ニヤァ 「あすみ、顔真っ赤だよ?」

あすみ 「……!? はぁ!?」

「わっ、あすみ可愛い~! 照れてんの?」

あすみ 「て、照れてねーよ!」

成幸 「? どうしたんです、先輩?」

あすみ 「っ……な、なんでもねーよ!」

………………お見送り

先輩 「今日は来てくれてありがとね、あすみちゃん。それから、唯我クンも」

成幸 「いえ、こちらこそお招きいただいてありがとうございました」

あすみ 「……ったく」 コソッ 「こんな無茶はこれきりにしてくださいよ、先輩」

先輩 「ごめんって。そっちのときはご祝儀はずむからさ」

あすみ 「……そっちのとき?」

先輩 「えぇ? 何とぼけてんのー?」 ニヤァ 「あすみちゃんと唯我クンの結婚式に決まってんじゃん」

成幸 「っ……///」

あすみ 「………………」

あすみ (……アタシと後輩の結婚式、ね) ジーーーーッ

成幸 「……?」

ムギュッ

成幸 「……へ? あ、あすみさん? 何で、腕、組んで……///」

成幸 (ど、ドレスで腕組まれると、素肌に触れちゃって、や、ヤバい……)

あすみ (アタシと後輩は、ただの、役だけの、恋人)


―――― ((いっ、今の物言いじゃまるで、アタシと後輩が結婚するのが前提みたいじゃねーか……))

―――― ((お、親父が悪い! 勝手に後輩との結婚を考えたり、後輩との子どもの名前を考えたりするから!))

―――― ((親父が悪いわけで、アタシが後輩と結婚したいわけじゃないからな!))


あすみ (親父を誤魔化すためだけの、ニセモノの、恋人)

あすみ (……でも)

あすみ (アタシのことをしっかりと見てくれる……アタシのことをいつも助けてくれる、相手)

あすみ (もう、きっと、否定することなんて、できない、アタシの……)

あすみ (好きな、人……)

あすみ 「……じゃ、約束ですよ。先輩」

クスッ

あすみ 「アタシたちの結婚式、絶対来てくださいねっ」

おわり

………………幕間 『小美浪家にて、つい』

あすみ 「ん、そろそろ昼飯の時間だな。作ったら食うか? 後輩」

成幸 「あ、ほんとですか。助かります、あすみさん」

宗二朗 (ナチュラルに名前呼びだと!?)

おわり

読んでくださった方ありがとうございました。

【ぼく勉】 うるか 「今週末、ちびっ子向けの水泳教室をやるんだ」

文乃 「へぇ? 水泳教室?」

うるか 「うん。なんかこのあたりの子どもを集めて学校で教室を開くんだって」

うるか 「水泳部がやることになってさ。なんでも、地域コーケン活動ってやつらしいよ?」

理珠 「なるほど。感心なことですね」

成幸 「……うーん。まぁ、感心なことではあるけどなぁ」

成幸 「受験が差し迫った受験生にやらせることか、それ……?」

うるか 「あたしは息抜きになるからいいんだけどね」

うるか 「でも、滝沢先生もなんかぼやいてたなぁ……」

………………少し前

滝沢先生 「……ってわけで、悪いが全員で水泳教室の講師役をやってくれ」

あゆ子 「えー? それほんとですかー?」

あゆ子 「私たち、一応受験生なんですけどー」 ブーブー

滝沢先生 「ああ、そうなる気持ちも分かるが、さすがに一、二年生だけじゃ足りないしな」

滝沢先生 「協力してくれ。頼む。この通りだ」

智波 「先生にそこまで言われちゃったら、協力せざるを得ないよねぇ」

うるか 「? あたしは元々協力するつもりだよ?」

あゆ子 「うぐっ……まぁ、私もべつに、構わないですけど……」

滝沢先生 「悪いな、お前ら。助かるよ」

あゆ子 「にしても、近隣の子ども向け水泳教室ねぇ。去年はこんなのやらなかったのに」

滝沢先生 「ああ、まぁ……」

滝沢先生 「今年は、色々あったからな。主に、武元がらみで」

うるか 「へ? あたし? あたしなんかしたっけ?」

智波 「ああ……」 あゆ子 「なるほど……」

あゆ子 「つまり、うるかが軽く有名人になったから、学園の広報に利用しようって算段ですね」

滝沢先生 「うぐっ……。そうずけずけと言ってくれるなよ。学園長命令なんだよ」

智波 「先生も辛い立場ですよねぇ」

滝沢先生 「いや、逆に理解を示されても反応に困るんだけどな……」

うるか 「??? あたしがユーメイジン? どういうこと???」

あゆ子 「あ、うん。あんたはわかんなくていいよ」

智波 「うん。うるかはわかんなくていいよ。大丈夫だよ」

うるか 「?」

滝沢先生 (……ったく、学園長め。生徒に頼み込まなきゃいけないこっちの身にもなれっての)

滝沢先生 (武元のがんばりを大人の事情で利用するようで癪だが……)

滝沢先生 (水泳教室に来た子どもが、武元に憧れて学園に入学してくれれば……という広報の気持ちも分かる)

滝沢先生 (まぁ何にせよ、引き受けてしまった以上、最善を尽くさなきゃな)

滝沢先生 「……じゃあ、悪いが、今週末頼むな」

うるか 「はーい!」

………………

うるか 「って感じでさぁ」

文乃 「あ、うん……」

理珠 「そうですか……」

成幸 「………………」

うるか 「? 何でみんなちょっと渋い顔をしてるの?」

文乃 「いや、何でもないよ。うるかちゃんはいつまでもそんなうるかちゃんのままでいてね」 ギュッ

理珠 「今日だけはよしよししてあげます。よしよし。うるかさんはいい子ですね」 ナデナデ

うるか 「へ? へ? 何これ何これ? 何のゲーム?」 ワクワク

成幸 (……ったく。あの学園長、ほんと利用するものは全部利用する、って感じだよな)

成幸 (あの人だけは、教育者っていうよりは経営者って感じだな)

成幸 (……まぁ、一ノ瀬学園の全教職員のことを考えれば、管理職としては妥当なのかな)

成幸 (うるかのがんばりを利用するみたいで、俺はあんまり、好きになれないけど……)

成幸 「……ま、何にせよ、やるならがんばれよ、うるか」

うるか 「へ? そんなのトーゼンっしょ! うるかちゃんがんばっちゃうかんね!」

………………前日 唯我家

和樹 「行きたい行きたい行きたいー!」

葉月 「お願いー! かーちゃーん!!」

花枝 「そう言われてもね……。私は明日仕事だし、水希は登校日だし」

花枝 「一緒に行ってくれる人がいないのよ。ごめんね」

葉月 「うぅ……」 和樹 「でも、行きたい……」

成幸 「? 母さん、どうかしたのか?」

花枝 「ああ、成幸。こんなチラシがポストに入っててね」

花枝 「それで、ふたりが行きたいって言って聞かないのよ……」

成幸 「チラシ……?」

 『武元うるか選手にの泳ぎを見よう! 一ノ瀬学園主催、ちびっ子水泳教室!』 バーーーーン!!!

成幸 「………………」

成幸 (こ、これ、うるかが言ってたやつじゃないか……)

成幸 (学園長、露骨にうるかを推してきたな。こりゃ明日大変だぞ、うるか……)

成幸 (……ほんと、大変だろうな。きっと)

成幸 「……で、葉月と和樹はこれに行きたいのか?」

葉月 「うん! うるか姉ちゃんに水泳教わりたい!」

成幸 「そうか……」 ニッ 「わかった。じゃあ、兄ちゃんが連れてってやるよ」

和樹 「!? ほんとに!?」

花枝 「成幸、行ってくれるの? 勉強は大丈夫なの?」

成幸 「ああ、まぁ。明日一日くらいなら問題ないよ」

花枝 「それに、あんた泳げないけど、大丈夫……?」 ジトーーーッ

成幸 「そ、その辺はまぁ、こいつらに万が一がないように、十分気をつけるよ……」

花枝 「……そう」 ニコッ 「じゃあ、よろしくね、成幸」

成幸 「おう!」

葉月 「やったー!!」 和樹 「明日はプール! プール!」

成幸 「………………」 (……まぁ、葉月と和樹のお願いを聞いてやりたいっていうのも、もちろんあるけど、)


―――― 『そんなのトーゼンっしょ! うるかちゃんがんばっちゃうかんね!』


成幸 (……こんなチラシ作られて、うるかが大丈夫かも、気になるしな)

………………当日

ザワザワザワザワザワ……

うるか 「うおう……」

あゆ子 「うわぁ、こりゃまたすごい数のちびっ子たちだな……」

智波 「プールに入りきるのかな。こりゃ大変だよ」

池田 「先輩方が来てくれて良かったです。こんなの現役生だけじゃ絶対無理ですよぅ……」

あゆ子 (……まぁ、逆にうるかが来るって大々的に触れ込んだせいでもあるんだけどな)

あゆ子 (ったく、学校側はいい広報になってウハウハだろうな。バイト代くらいよこせっての)

うるか 「へへ、腕が鳴るぜー! 今日はみんなで力を合わせてがんばろうね!」

あゆ子 「ん? あ、ああ」 (うーむ。素直なうるかを見ると、自分が嫌なやつみたいに思えてくるな……)

あゆ子 「……よしっ、いっちょやるとするかー……って、ん?」

智波 「? あゆ子、どうかしたの?」

あゆ子 「いや……私の見間違いか? あの奥にいる、ちびっ子ふたりを連れた若い男……」

あゆ子 「あれ、唯我じゃないか?」

うるか 「………………」 ハッ 「……へぇ!? 成幸!?」

………………

成幸 「すごい人数だな。改めて、うるかってすごいんだな……」

葉月 「とーぜん! だって、うるか姉ちゃんは有名人だから!」

成幸 「ほんとになぁ。近隣の子どもたち、うるかのことみんな知ってるんだなぁ」

成幸 「……ほんと、すごい奴だな、うるかは……――」

うるか 「――えへへ。改めて言われると、さすがに照れるね」

成幸 「へ……?」 ビクッ 「う、うるか!? びっくりした!」

うるか 「それはこっちの台詞だよ成幸ー! 来るなら来るって教えてくれればよかったのにー!」

成幸 「あ、ああ。悪い悪い。あんまり意識させない方がいいかな、って思ってさ」

和樹 「うるか姉ちゃんだー!」 葉月 「有名人だー!」

成幸 「俺は葉月と和樹の付き添いだから、気にするなよ」

「ほんものだー!」  「かわいいー!」  「あくしゅしてー!」  「あとでサインくださいー!」

うるか 「わっ……わわっ……」 (ち、ちびっ子たちに囲まれちった……)

成幸 「ほら、うるかは有名人なんだから、お客さんのほうに来たらそりゃ大変だろ」

うるか 「そ、そだね。じゃあ、あたし一回戻るね。また後でね、成幸!」

………………水泳教室開始

あゆ子 「ほーら、まず水バシャバシャして……」

あゆ子 「冷たくない? じゃあ、とりあえず入ってみようか。おいで」

智波 「ふふ、あゆ子って子どもには優しいんだね」

あゆ子 「う、うるさいな。ほら、智波の担当の子たちも来たぞ」

智波 「はいはーい。じゃあきみたちもバシャバシャして水に慣れよー。おいでー」

うるか (川っちも海っちも頑張ってるなぁ。よーし、あたしもがんばるぞー)

うるか 「あたしの担当の子どもたちは……」

和樹 「はーい!」 葉月 「わたしたち!」

うるか 「!?」 (成幸とみずきんとこのチビちゃんたち!)

うるか (これは……)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

うるか (上手に教えられれば、成幸の好感度アップも狙えるかも……!?) ギラリ

うるか (よーし! がんばっちゃうぞー!)

………………プールサイド 保護者席

成幸 (うるかの奴、すごい張り切ってるな)

成幸 (それにしても、うるかが教えるのが葉月と和樹とは。変な因果だな……)

滝沢先生 「よう、唯我。お前も来てたのか」

成幸 「あ、滝沢先生。おはようございます」

成幸 「今うるかに教わってる子どもたち、うちの弟妹なんですよ」

滝沢先生 「ああ、葉月ちゃんと和樹ちゃんか。大きくなったな」

成幸 「……? 何であのふたりの名前を……?」

滝沢先生 「ああ、いや、な……」

滝沢先生 「こういう物言いは適切ではないかもしれないが……まぁ、お前ももう三年生だから、いいか」

滝沢先生 「唯我先生――お前のお父上には、私も新任の頃散々お世話になってな」

成幸 「あっ……」 (そっか。滝沢先生も父さんのこと……)

滝沢先生 「葬儀のとき以来だが、元気に育っているようで何よりだ」

成幸 「……はい。おかげさまで」

滝沢先生 「……唯我、お前、教育大学を目指しているんだってな」

成幸 「……はい」

成幸 「なれるか分からないですけど、学校の先生になりたいので」


―――― 『ある人が そうしてくれたように』

―――― 『人に寄り添って教えられるような教育者を目指したい』


滝沢先生 「……そうか」

ニコッ

滝沢先生 「なれるさ。お前なら。お前は、唯我先生にそっくりだからな」

成幸 「滝沢先生……」

滝沢先生 「……ま、教職取るには、大学でも体育は必須だからな」

滝沢先生 「高校卒業までに、少しは運動神経磨いとけよ?」

成幸 「うっ……ぜ、善処します……」

成幸 「ん……?」

………………プール

うるか 「よーし、プールに顔はつけられるみたいだから、身体を伸ばして浮かんでみようか」

葉月&和樹 「「はーい!」」

ザブン……

ブクブクブクブク……

うるか 「わー! 沈んでるー!」

ザバァ!!!

葉月 「ぷはぁ! ふ、不思議だわ……」

和樹 「水に沈むのって楽しいな!」

うるか 「え、えっとね、チビっこたち。くるっとすると水に沈んじゃうんだよ」

うるか 「だから、顔を水につけたら、ピーンってしてみようか」

葉月 「くるっ?」 和樹 「ピーン?」

うるか 「……えっと、えっと……」

うるか (そ、そういえばあたし、成幸に泳ぎを教えたときも上手くできなかったんだったー!)

うるか (ど、どどど、どうしよう!?)

………………プールサイド

成幸 「………………」

滝沢先生 「………………」

ハァ……

滝沢先生 「……まぁ、分かってたことだけどな」

成幸 「だったらうるかひとりにしないであげてくださいよ……」

滝沢先生 「あいつには人に教える能力も必要だよ。将来を見据えるならな」

滝沢先生 「そのいい訓練になってくれればと思ったが……うーむ。難しいな」

滝沢先生 「とはいえ、私は全体を見ていなければならないし、水泳部で空いている奴もいない」

滝沢先生 「さて、どこかに、泳ぎは苦手だけど、困ってる人を見ると放っておけない奴はいないかな」

成幸 「……言われるまでもないですよ。俺、手伝ってもいいんですね?」

滝沢先生 「助かるよ、唯我。頼む」

タタタタタ……

滝沢先生 「……はぁ、嫌なもんだな」

滝沢先生 「生徒を利用している時点で、私も結局学園長先生と同じ穴の狢、か」

………………プール

葉月&和樹 「「うるか姉ちゃん、次は、次は?」」 キラキラキラ……!!!!

うるか (うぅ……純粋な視線が痛いよ……)

うるか (まだ浮くこともできてないのに、次も何もないよー!)

ザブン……

うるか 「へ? ざぶん?」

成幸 「よう、うるか」

葉月&和樹 「「兄ちゃんだー!!」」

うるか 「へぇ!? 成幸!? プール入って大丈夫なの!?」

うるか 「っていうか何でプール入ってきたの!?」

成幸 「さすがに子ども用に浅くしたプールだから大丈夫だよ。多分……」

うるか (それでも多分なんだ……)

成幸 「俺もお前らを見てたらプール入りたくなっちゃってさ。ついでに手伝うよ」

うるか 「えっ、で、でも……」

成幸 「俺もこの学園の生徒なんだから、いいんだよ。手伝わせてくれ、うるか」

うるか 「……う、うん。そこまで言うなら……」

成幸 「よし、じゃあ、まずは伸びて浮くところからだな」

葉月 「うん。でも、沈んじゃうの」

和樹 「ぶくぶくぶくー、って!」

成幸 「うんうん。じゃあ、とりあえず顔をつけたら、手足を伸ばしてみな。お腹を支えてあげるから」

成幸 「よいしょっ、と……」

プカプカプカプカ……

葉月 「……ぷはっ」 キャッキャ 「沈まなかったー! ちゃんとできたー!」

成幸 「多分、身体が丸まっちゃうから沈んじゃうんだよ」

成幸 「もう一回お腹支えてあげるから、手足を伸ばす感覚を覚えるんだぞ」

葉月 「はーい!」

成幸 「……ほら、うるかも、和樹にやってあげてくれ」

うるか 「へ……!? あ、うん! じゃあ、かずきんも」

和樹 「うん!」

プカプカプカプカ……

成幸 「おー、ふたりとも上手だぞー……ん?」

うるか 「………………」 ジーーーッ

成幸 「ん? どうかしたか、うるか?」

うるか 「……成幸、泳ぐの苦手だよね?」

うるか 「なのに、どうしてちゃんと教えられるの……?」

成幸 「へ? いや、ちゃんと教えられてはいないと思うけど……」

成幸 「……逆に、まともに泳げないから、かな」

うるか 「……?」

成幸 「俺はそもそも運動神経が足りてないからまともに泳げないけど、こいつらは違うから」

成幸 「補講で散々教えてもらったことを、こいつらに分かりやすく伝えるだけだからさ」

成幸 「それは逆に、泳げない俺だからこそできることかな、って」

うるか 「そっか……」

葉月 「ぷはっ! ちゃんと浮いたよ、兄ちゃん!」

成幸 「そうだな。すごいぞ、葉月」

成幸 「じゃあ、次はお腹の支えなしで浮いてみようか」

葉月 「うん!」

うるか 「………………」

うるか (やっぱり、成幸はすごいな……)

うるか (……それに比べて、あたしは……)

ハッ

うるか (……いやいやいや! 落ち込んでる暇はないっしょ! がんばんないと!!)

………………

うるか 「次は手を引くから、少し進んでみよう!」

葉月 「はーい!! がぼがぼがぼ……」

うるか 「わー! また沈んでるー!」

成幸 「ほら、葉月。手足を伸ばした感覚を忘れるなー?」

葉月 「はーい、兄ちゃん!」

プカプカプカ……

成幸 「おお、葉月。上手だぞ。和樹もちゃんと浮けてるな。すごいすごい」

和樹 「ぷはぁ! やった、兄ちゃん! 少し進んだよ!」

成幸 「そうだな。手を引いてもらえれば、もうちゃんと伸びて浮けるようになったな」

うるか 「むぐぐぐ……」

うるか (ま、まだまだ! 次はもっとうまくやるぞー!)

………………

うるか 「じゃあ、ひとりで浮けるようになったところで、次はバタ足の練習だよ!」

バチャバチャバチャバチャ……

和樹 「ぷはっ……。あり? あんまり進んでない……」

うるか 「かずきん、バタ足がね、バチャバチャって感じなんだよ」

うるか 「それだと進まないから、パシャパシャって感じにしてみて」

和樹 「???」

うるか 「あ、えっと……えっと……」

成幸 「……俺が昔よく言われたのは、こんな感じかな」

成幸 「和樹、ちょっとプールサイドに手をついてみな」

和樹 「はーい!」

成幸 「で、ちょっと足の先持つぞー? 足の先を、こうやって……」

成幸 「親指と親指を擦り合わせる感じで……」

成幸 「ここを曲げないで、ここを動かして、バタ足するんだ」

和樹 「……? えっと、こう?」

バシャバシャバシャ……

成幸 「そうそう。そんな感じだ。良い調子だぞ、和樹」

コソッ

成幸 「……子ども相手だから、難しい言葉とか表現は分からないし、こんな風に身体に触って直接教えてもいいかもな」

成幸 「大人相手にはできないかもしれないけど」

うるか 「あ……う、うん。じゃあ、はづきんもバタ足の練習してみようか!」

葉月 「はーい!」

うるか 「足を伸ばして……伸ばしたまま、こうやって……」

葉月 「おー……」

バシャバシャバシャ……

うるか 「……うん。良い感じだよ、はづきん!」

………………

うるか 「………………」

うるか (……はぁ。あたし、やっぱりダメダメだな)

うるか (がんばってもがんばっても、空回りしてる気しかしないよ……)

成幸 「おー! ふたりともバタ足で進めるようになってきたなー。すごいすごい!」

葉月&和樹 「「えへへー」」

ピンポンパンポン

 『休憩時間に入ります。プールから上がってください』

成幸 「ん、もう休憩時間か。じゃあプールから上がろうか」

葉月&和樹 「「はーい!」」

成幸 「ほら、うるかも」

うるか 「へ? あ、う、うん。そだね……」

成幸 「……?」

成幸 (うるか……?)

………………ベンチ

うるか 「………………」

うるか 「……はぁ」

うるか (あたし、何やってんだろ。全然うまくできなかったよ……)

智波 「うーるかっ」 あゆ子 「よっ」

うるか 「? 海っち、川っち……」

智波 「見てたよー、うるか」 ワクワク 「唯我くんと一緒に子どもたちに教えてたでしょー」

あゆ子 「どうだ? ちゃんと唯我にアピールできたか?」

うるか 「………………」

うるか 「……えへへ、むつかしいかな。なかなかうまくいかないね」

うるか 「成幸に手伝ってもらって、なんとかなったって感じだよ。それどころじゃなかった、かな」

あゆ子 「うるか……」

智波 「あ……ご、ごめんね? 浮かれたこと聞いちゃって……」

うるか 「ううん。大丈夫。こっちこそごめんね」

うるか 「……ちょっと飲み物でも買ってくる。またね、海っち、川っち」

………………

うるか 「……はぁ。ふたりに変なところ見せちゃったな」

うるか 「あたしから元気取ったら何が残るんだよー、ってね……」

うるか 「はは……」 ズーン (……自分で言っててヘコんできたよ)


―――― 『……逆に、まともに泳げないから、かな』

―――― 『補講で散々教えてもらったことを、こいつらに分かりやすく伝えるだけだからさ』

―――― 『それは逆に、泳げない俺だからこそできることかな、って』


うるか 「………………」

うるか 「……ほんと、成幸はすごいな……――」

成幸 「――へ? 俺がどうかしたか?」

うるか 「へぇ!?」 ガバッ 「な、成幸!?」

成幸 「よっ。どうした、うるか?」

うるか 「……ベ、べつに、何もないよ」

成幸 「そうか? ならいいけど……」

成幸 「……ほら、葉月と和樹がお世話になったお礼に奢ってやるよ。スポドリでいいか?」

うるか 「へ? い、いいよ。あたし何にもしてないし……」

成幸 「何もしてないことはないだろ。ふたりとも大喜びだったぜ?」

成幸 「ちなみに今は海原と川瀬に遊んでもらってて大喜びだ。ほんと、連れてきてよかったよ」

うるか 「でも、あたしは、ほんとに何もできてないし……」

成幸 「………………」 フゥ 「……じゃ、スポドリでいいな」

スッ

成幸 「……ほら」

うるか 「あっ……」

うるか 「……ありがと、成幸」

成幸 「どういたしまして」

………………

成幸 「………………」

うるか 「………………」

成幸 「……何に落ち込んでるんだ?」

うるか 「………………」 ハァ 「……やっぱり分かる? さすが成幸だね」

成幸 「いつも元気なお前が静かだからな。そりゃ分かるよ」

成幸 「……どうしたんだ?」

うるか 「反省中、なんだ……」

成幸 「反省?」

うるか 「……全然、うまく教えられなかったな、って」

うるか 「トクイな水泳のはずなのに、全然うまく教えられなかったな、って」

うるか 「せっかく来てくれた子どもたちなのに、成幸がいなかったら大変なことになってたよ……」

うるか 「だから、反省してるんだ」

成幸 「……そっか」

うるか 「……もっと、成幸みたいに」

成幸 「ん?」

うるか 「成幸みたいに教えられたらいいな、って思うのに、全然だね」

うるか 「へへへ、やっぱり無理なのかな。あたしバカだし」

うるか 「がんばってみたけど、うまくいかないし、やっぱりあたしは……」

うるか 「……成幸みたいには、なれないのかな」

成幸 「………………」

成幸 「……まぁ、俺みたいになる必要はないと思うけどさ、」

成幸 「できるよ。うるかなら。うるかなら、絶対教えられるようになるよ」

うるか 「……? 成幸?」

成幸 「だってうるかはさ、」

ニコッ

成幸 「“できない奴” の気持ちが分かるじゃないか」

うるか 「“できない奴” ……?」

成幸 「うん。うるかも、英語が苦手で、なかなか勉強進まなかっただろ?」

成幸 「水泳で伸び悩んだときもあっただろ?」

うるか 「う、うん。そうだけど……」

成幸 「そのとき辛かっただろ? 大変だっただろ? 悔しかっただろ?」

うるか 「……うん」

成幸 「それが分かるなら大丈夫だよ。お前はその気持ちが分かるから、大丈夫」


―――― 『なあ成幸 今の悔しさだけは忘れちゃならねえぞ』

―――― 『お前は できない奴をわかってやれる男になれ』

―――― 『「できない」 気持ちがわかるのは できなかった奴だけだからな』


成幸 「……今日はうまくいかなかったかもしれないけど、いつかきっとうまくできるよ、うるか」

ニッ

成幸 「だからまた、葉月と和樹に泳ぎを教えてやってくれよ」

うるか 「成幸……」

うるか 「うん、わかったよ! うるかちゃんに任せなさい!」

うるか 「………………」

ドキドキドキドキ……

うるか 「……あのときと、同じだ」

成幸 「へ?」


―――― 『一度負けたくらいで そこまで悔しがれるなんて すごく価値のある才能だと思うけどな』

―――― 『俺には何もないから うらやましいよ』

―――― 『そこまで本気になれるものがあるって すげぇ幸せなことだもんな』


うるか (……あのときと、同じ。成幸は、いつだってあたしが本当にほしい言葉をくれるんだ)

うるか (あたしのこと、励まして、勇気づけて……元気をくれるんだ……)

うるか 「……ううん。なんでもない。えへへ、ありがとね、成幸」

成幸 「? ん、おう……」

うるか (……だから、好きだよ)

カァアアアア……

うるか (大好きだよっ、成幸!)

………………

学園長 『皆様、本日の水泳教室は楽しんでいただけたでしょうか?』

学園長 『未来のトップアスリートを目指して、皆さんが本校に入学してくれるのを待っています』

滝沢先生 (……ったく。急に来たかと思えば、広報活動か)

滝沢先生 (熱心なことだね、ほんと。まぁ、学園のためといえば、何も言えないんだけどな)

学園長 『それでは、最後になりますが、本校が誇るトップスイマー、武元うるか選手によるデモンストレーションです!』

ワーワーワー!!! カッコイイーー!! カワイイー!! タケモトセンシュー!!! ガンバレーーー!!!

うるか 「やぁやぁー! どうもありがとうー!」

成幸 (ほんと、すごい人気だな、うるかの奴……)

うるか 「………………」

シーーーーン

成幸 (……真剣な泳ぎとなるや、表情が変わるんだもんなぁ)

成幸 (大人も子どもたちも、一斉に静かになった。その場を変えるような雰囲気を持っている、)

成幸 (ホンモノの、アスリート――――)

――――――ピッ…………パシャン……

成幸 「………………」

ゴクリ

成幸 「……すげぇ」

葉月 「ふぁー……」 和樹 「はやいなぁ……」

成幸 (……それは、その場を支配するような泳ぎだった)

成幸 (競技会のときとは違う、ある種余裕のある伸びやかな泳ぎは、むしろ、)

成幸 (うるかの強さを誇示するかのようで……)

成幸 (そしてそれは、それ以上に……)

成幸 (……ただただ、美しくて)

成幸 (きっと、その場にいた誰もが、改めて垣間見ただろう)

成幸 (武元うるかというアスリートの、輝かしい未来を)

………………

うるか 「……ぷはぁ」

うるか (まー、こんなもんかなー)

うるか (滝沢先生には、それなりに本気で泳げって言われたから、まぁまぁがんばったつもりだけど……――)

パチパチパチパチパチパチ!!!!

うるか 「……へ?」 (拍手……!?)

うるか (お、泳いで拍手されるって初めてだよ。なんか……恥ずかしいな……///)

うるか 「あっ……」

成幸 「……」 グッ

うるか (……成幸。ちゃんと見ててくれたんだ)

うるか 「………………」

うるか 「えへへっ……」

………………

「すごいね、たけもとせんしゅ!」 「かっこいいね!」

「それなのにきれいでかわいくて、アイドルみたい……」

「ねえねえお母さん! わたし、たけもとせんしゅみたいになりたい!」

葉月 「……うーん。わたしも目指そうかな……」

和樹 「ならまずは水希姉ちゃん越えないとなー」

成幸 「………………」 クスッ (……なんだよ、もうできてるじゃないか、うるか)

成幸 (今日は、あんまりうまく教えられなかったかもしれないけど、それでも……)

成幸 (泳いだだけで、こんなに多くの子どもたちに、たくさんのことを教えられてるんだ)

成幸 (……なぁ、うるか。お前は俺みたいになりたいなんて、嬉しいこと言ってくれるけどさ、)

成幸 (俺は……)

グッ

成幸 (……お前みたいになれるように、がんばってるんだよ)

成幸 (お前は俺の、憧れる人の、ひとりだから)

おわり

………………幕間  「逆」

水希 「………………」 ブスーーーッ

成幸 「? 水希の奴不機嫌そうだけど、どうしたんだ?」

花枝 「どうも、葉月と和樹に自分が教える前に他人に水泳を教えられたから、ご機嫌ナナメみたいなの」

成幸 「我が妹ながらめんどくさい奴だな……」 (なるほどなぁ……)

花枝 「成幸。逆、逆」

成幸 (……うーん。仕方ない。ちょっとご機嫌取ってやるか)

成幸 「……あーあ、葉月と和樹も少し泳げるようになったし、俺が泳げないままじゃ長男の沽券に関わるなぁ」

成幸 「水希、今度水泳教えてくれないか?」

水希 「!?」 パァアアアアアア……!!! 「プールデート!? それとも海デート!?」

水希 「とりあえず室内プールデートだね! 来年の夏は海に行こうね!!」

成幸 「……お、おう」

花枝 「我が娘ながら少し怖いわね……」 (ほんと、仲良いわね)

葉月 「母ちゃん、」 和樹 「逆、逆」

おわり

読んでくださった方ありがとうございました。

【ぼく勉】 真冬 「今週末、家を徹底的に掃除しようと思うの」

成幸 「あ、はい、分かりました。何時に伺えばいいですか?」

真冬 「……?」 ジトッ 「……君は、私のことを何だと思っているのかしら」

成幸 「へ?」

真冬 「私は教員よ? これ以上、生徒に家事の手伝いをさせるわけにはいかないわ」

真冬 「当然、やるのは私ひとりで、よ。私の部屋なのだから当たり前ね」

成幸 「はぁ……? まぁ、自分で掃除するのはいいことだと思いますけど……」

成幸 「なぜそれを俺に……?」

真冬 「これは私なりの、あなたに甘えることへの決別の決意表明なの」

真冬 「あなたに宣言することで、これ以上あなたに甘えることがないように自分を戒めるのよ」

真冬 「……と、いうことで」

真冬 「覚悟しておきなさい、唯我くん。私はもう、きみに惨めな姿をさらすことはないのよ」

成幸 (何を覚悟しろというんだろう……?)

真冬 「今度、きれいになった部屋にご招待して差し上げるわ」

成幸 (あ、掃除の手伝い抜きで家に伺うのはありなんだ……)

………………週末 HighStage

成幸 「ありがとうございましたー! いってらっしゃいませー!」

成幸 「ふー……」 (今日は本当にお客さん多いな。急に呼ばれるわけだよ……)

あすみ 「よ、後輩。雨だってのに、忙しいからって急に呼んで悪かったな」

成幸 「いえ、気にしないでください。頼られるのは嬉しいですから」

成幸 「最近、緒方たちもできるだけ自分で勉強しようとして、なかなか頼ってくれなくて……」

成幸 「桐須先生も……」


―――― 『これは私なりの、あなたとに甘えることへの決別の決意表明なの』


あすみ 「あん? 真冬センセがどうかしたのか?」

成幸 「あ、いえ、なんでもないです」

成幸 「とにかく、最近頼られることが少なくて落ち着かなかったのでちょうど良かったです」

あすみ 「お、おう。そうか、そりゃ良かった……のか?」

あすみ (なんかこいつ、将来付き合う女を次から次へとダメ人間にしそうだな……)

あすみ (……し、仕方ねーなぁ。被害者を出さないためにも、アタシがこいつのこともらってやるしかねーか///)

成幸 「じゃあ、俺そろそろトイレ掃除入りますね!」

あすみ 「ん、おう。じゃあ頼むわ」

成幸 (危ない危ない。先生のことを話すところだった……)

成幸 (小美浪先輩に話したら、また先生がからかわれてしまう)

成幸 「………………」


―――― 『今週末、家を徹底的に掃除しようと思うの』


成幸 (……先生、大丈夫かな。ちゃんとできてるかな)

成幸 (また部屋が嵐の後のようにならないといいんだけど……)

成幸 (って、人の心配してる場合じゃないな。急に呼ばれたとはいえ、バイト中なんだから)

成幸 (がんばらないと。よーし、トイレ掃除気合い入れてピッカピカにするぞ!)

………………閉店後

成幸 (結構雨降ってたけど、結局閉店まで店は混み合ったままだったな……)

ヘトヘト

成幸 (……つかれた)

マチコ 「ごめんね、唯我クン。せっかくのお休みなのに、ずっとバイト入ってもらっちゃって……」

マチコ 「受験生なのに、悪いことしちゃったよね……」

成幸 「いえ、気にしないでください。お役に立てたなら何よりです」

マチコ 「唯我クン……」 キューン 「本当にいい子だねぇ、唯我クンは。そういうところ、大好きっ」

成幸 「は、はい。ありがとうございます……」 ドキドキ (気軽に大好きとか言わないでほしいなぁ……)

マチコ 「今日の出勤分、特別手当も足しておくからね。進学費用の足しにしてね」

店長 「えっ!?」

成幸 「へ? いいんですか?」

マチコ 「もちろん!」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「いいですよね、店長?」

店長 「あ、ああ。もちろんだ。好きにつけてくれ……」 ガックリ

成幸 (マチコさん強い!!) キラキラキラ

マチコ 「店内もトイレも、忙しいのにピッカピカにしてくれたしね」

マチコ 「給料日楽しみにしててね、唯我クンっ」

成幸 「はい、ありがとうございます、マチコさん!」

成幸 (……ピッカピカ、かぁ)

成幸 (大丈夫かな、桐須先生。ちゃんと掃除できてるかな……)

あすみ 「ほら、受験生だなんだっていうなら、もう解放してやれよ、マチコ」

あすみ 「……っていうか、それ言うならアタシも受験生なんだけどな?」

マチコ 「やだなぁあしゅみー。ナンバーワンのあしゅみーの給料をこれ以上上げたら、うちの店潰れちゃうよ」

あすみ 「……調子いいこと言いやがって。ま、いいけどな」

あすみ 「で、後輩、どうだ? この後、どこかで一緒に勉強、とか……」

あすみ 「今日親父は学会で遅くまで帰ってこないから、うち来るか?」

ドキドキドキドキ……

あすみ 「今日の詫びに晩飯も作るし、何だったら泊まってってくれてもいいし……」

マチコ (!? 今日のあしゅみー積極的! かわいい~!)

成幸 「………………」 (心配だ。また部屋をグチャグチャにしてないだろうか……)

あすみ 「……? 後輩?」

成幸 「……へ?」 ハッ 「あ……すみません。少し考え事してて、聞いてませんでした」

成幸 「もう一回言ってもらってもいいですか?」

あすみ 「………………」

成幸 「……先輩?」

あすみ 「……ふん。知らねー」 スタスタスタスタ……

成幸 「へ? 先輩? どうしたんですか?」

あすみ 「知らねーって言ってるだろ。ついてくんな。また今度な!」 スタスタスタスタ……

成幸 「行っちゃった……なんだったんだろ……?」

ポン

成幸 「……? マチコさん?」

マチコ 「今のは唯我クンが悪いよ……」 シミジミ……

店長 「……うむ」 シミジミ……

成幸 「店長まで!?」

………………帰路

成幸 (あしゅみー先輩、何だったんだろ)

成幸 (俺が話を聞いてなかったせいで怒らせちゃったし、悪いことしちゃったな……)

成幸 (今度謝らないと……)

成幸 「………………」

テクテクテクテク……

成幸 「……ああ、もう」

成幸 (ここ通ったら家まで遠回りのはずなのに。雨も降ってるから、早く帰りたいってのに、何で俺は……)

成幸 (……まぁ、理由なんて分かりきってるけどさ)


―――― 『今週末、家を徹底的に掃除しようと思うの』


成幸 (この角を折れたら、マンションの入り口だ)

成幸 (もしあの人が困り果てていたら、きっと、入り口前に腰かけているはず……)

スッ………………

成幸 「………………」 (……いない、か。まぁ、雨だしな)

成幸 (……不思議な気持ちだ)

成幸 (ホッとしたような、肩すかしを食らったような……複雑な気分)


―――― 『私は教員よ? これ以上、生徒に家事の手伝いをさせるわけにはいかないわ』

―――― 『当然、やるのは私ひとりで、よ。私の部屋なのだから当たり前ね』

―――― 『これは私なりの、あなたに甘えることへの決別の決意表明なの』

―――― 『あなたに宣言することで、これ以上あなたに甘えることがないように自分を戒めるのよ』


成幸 (まぁ、あそこまで言っておいて、俺に頼るようなことはしないか……)

成幸 (……何やってんだ、俺は。早く帰ろ……)

成幸 「………………」 (でも、本当に大丈夫だろうか……)

トコトコトコトコ……

成幸 「………………」 (逆に、俺に頼ることができないから、余計とんでもないことになっているんじゃ……)

…………ピタッ

成幸 「……ちょっとだけ」

成幸 「ちょっとだけ、様子を見るだけだから……」

………………マンション二階廊下 201号室前

成幸 「………………」

成幸 (……いやいやいや!? 結局部屋の前まで来ちゃったぞ!?)


―――― 『違います誤解です!! 俺はここの住人の友人で……ッ!!』

―――― 『ストーカーはみんなそう言うんだよ!』


成幸 (いかん! 人の家の前で突っ立ってるなんて……)

成幸 (古橋のときみたいに、またいらん誤解を受けるかもしれない)

成幸 (もう帰ろう……)

成幸 「………………」

ボソッ

成幸 「……大丈夫、だよな」


 『キャーーーーーーーー!!』


成幸 「……へ?」

成幸 (先生の部屋から、悲鳴……?)

成幸 「………………」

成幸 「……いやいやいや! 迷ってる場合じゃない!!」

成幸 「先生!? 先生、大丈夫ですか!?」

ガチャッ!!

成幸 (あっ、鍵空いてる!!)

成幸 「すみません、先生! 入ります!!」

バン!!!!

成幸 「先生!」

真冬 「あ……唯我くん!!」

成幸 「……!?」

成幸 「せ……先生?」

カァアアアア……

成幸 「な、何で、バスタオル一枚なんで……――」

――――――タタタタタ……!!! ガバッ!!!! ムギュッ!!!

成幸 「うぺぇ!?」

真冬 「お……おおお、恐ろしいわ……」

ムギュッムギュッ!!!!

成幸 (れ、冷静に、今の状況を、分析すると……)

成幸 (バスタオル一枚を身体に巻き付けた、先生が……)

成幸 (俺の姿を認めるや否や、走り寄ってきて、抱きついて……)

成幸 (げ……玄関で、押し倒されて……いる……)

成幸 「………………」

成幸 (……なんだこの状況!?)

成幸 「きっ、桐須先生! 一体どうしたんですか!?」

成幸 「……っていうか、離れてください! 色々とマズいです!」

真冬 「む、無理……。腰が抜けてしまったわ……」

成幸 「な、なんかすごくデジャヴるんですが……まさか……」

カサカサカサカサカサカサ……

成幸 「……ああ、やっぱり出たんですね、G……」

成幸 「っていうか、それにしたって、何で裸なんですか!?」

真冬 「シャワーを浴びていたのよ! そうしたら排水溝から……」


―――― G『やぁ』


真冬 「って……」 ガタガタガタガタ

成幸 「ああ、あいつら水回り移動しますからね。マンションとかだと排水溝から出てくるらしいですね」

真冬 「戦慄! 恐ろしいことを言わないで!!」

ハラ……ハラハラリ……

成幸 「……!?」 (せ、先生のバスタオルの締めがゆるくなりつつある……)

成幸 (これはマズい! 色々な意味でまずい!)

成幸 (っていうか今まさにダイレクトに感じられる先生のやわらかい肌とか濡れた髪とかがヤバいのに!)

成幸 (その上バスタオルがはだけたりしたら……それ以前に、ないとは思うけどこんなところを誰かに見られたら……――)


美春 「――――――こんにちはー、姉さまー!! 美春がサプライズで参りましたよー!」 バーーーン!!!


成幸 「!?」

美春 「……へ?」

美春 「ね……姉、さま……? 唯我、成幸、さん……?」

ポワンポワンポワンポワン……


―――― 成幸 『せ、先生、ダメですよ。こんなところで……///』

―――― 真冬 『ふふ。ダメなことないわ、唯我くん。私、もうベッドまで我慢できないもの……』

―――― 成幸 『あっ……せ、先生……』

―――― 真冬 『ベッドではできない悪いコト、教えてアゲル……』


……ポワンポワンポワンポワン

美春 「………………」

成幸 「み、美春さん? 違います。これは、違うんですよ?」

美春 「………………」

成幸 「……あ、あの、美春さん?」

美春 「……うわぁああああああああああん!!! 美春の姉さまがーーーー!!」

美春 「すっかりイケない女教師になってしまいましたーーーーー!!!」

美春 「悪いコトってどんなコトですかーーーーーーー!?」

タタタタタタ……!!!

成幸 「えっ、ちょっ、待って!! 待ってください!! 美春さん!!」

成幸 「悪いコトって何の話ですかーーーー!!」

ムギュッ

成幸 「はうぁ!?」

真冬 「き、禁止! 何でもするから!! 私を置いていかないで!!」

成幸 (この人はこの人で何でもとか言い出したぞ!?)

成幸 (っていうか……///)

成幸 「せ、先生、どこも行かないですから、あんまりしがみつかないでください!!」

成幸 「い、色々と……!! 当たってますから!!」

カサカサカサカサカサカサ……

真冬 「ヒッ!? 音がするわ! 動いてるわね!? 動いてるのね!?」

ムギュムギュムギュムギュッ!!!!

成幸 「い、いやいや、変に動かないでください!! 当たってるんですってば!!」

真冬 「当たってる!? (Gが)当たっているの!?」

成幸 「はい! ですから当たってます!! (Eが)当たってるんですって!!」

真冬 「きゅうっ……」

……クタッ

成幸 「へ……? 先生!? ちょっと、しっかりしてください! 先生!?」

真冬 「………………」

成幸 「先生ーーーー!! しっかりしてください!!!」

………………

真冬 「………………」

成幸 「………………」

オホン

真冬 「さっきは取り乱してしまって申し訳なかったわね」

成幸 (身だしなみを整えて、今さら体裁を保とうとしている……)

成幸 (まぁ、ゴキは退治したし、もう大丈夫だとは思うけど……)

真冬 「虫が出て、少し動揺してしまったわね。もう大丈夫よ」

成幸 「いや、えっと……」

グッチャァァアアア……

成幸 「何も大丈夫じゃないと思うんですが……。あの、今日は掃除をしていたのでは……?」

真冬 「し、していたわ。していたけれど……」

真冬 「やっぱり、なかなかどうして、うまくいかなくて……」

成幸 「……いや、掃除終わってないのに何でシャワーを浴びようとしたんですか」

真冬 「!? それは、その……」

真冬 「そ、掃除中にバケツをひっくり返してしまって、水をかぶってしまったの」

真冬 「だから一度シャワーを浴びていたのよ」

成幸 「なるほど……」

成幸 (……いや、なるほどとか言ってるけどまったく理解はできないけど。本当に、器用に不器用な人だな……)

成幸 「………………」 ウズウズ (しっ……仕方ないなぁ……)

ニコニコニコニコ

成幸 「先生、俺、掃除手伝いますよ」

真冬 「えっ、いや、でも……」

成幸 「このままじゃ日をまたいでも終わらないですよ、掃除」

真冬 「うっ……」 モジモジ 「でも、今日こそ、あなたの手を借りずに……」

成幸 (まじめな人だもんなぁ。一度決めたことを曲げたくないんだよな……)

成幸 (その気持ちは汲んであげたいし、偉いと思うけど……)

成幸 (さすがに、この部屋の惨状をこのままにはできないし……)

成幸 「………………」

成幸 「……分かりました。では、」

真冬 「……?」

成幸 「俺が勝手に手伝います。先生は、嫌だって言ってるのに、俺が勝手に手伝うだけなら、いいでしょう?」

真冬 「へ? あ……えっと……」

成幸 「あっ、先生はいいと言ったらダメですね。俺が勝手にやるんだから」

成幸 「ってことで、勝手に掃除始めます。迷惑だと思いますけど、ごめんなさい」

イソイソイソイソ……

真冬 「あっ……」

真冬 「………………」

真冬 「……ごめんなさい。お願いするわ」

成幸 「いえいえ、謝ることじゃないです」 ニコニコニコニコ

真冬 「……?」 (唯我くん、どうしてあんなに嬉しそうなのかしら……?)

………………

真冬 「……おお」

ピカピカピカピカ……

成幸 「ふー。こんなもんですかね」

成幸 (なんとか日をまたぐ前には終わったな。良かった良かった……)

成幸 (一日中バイトしてからの掃除……結構ハードだったな……)

真冬 「……結局、今回もきみに頼ってしまったわね。唯我くん」

真冬 「生徒に――受験生にさせることじゃないわ。本当にごめんなさい……」

成幸 「いえ、気にしないでください。俺が好きでやったことですから」

真冬 「……そういうわけにはいかないわ」

成幸 「へ……?」

真冬 「私は教員で、あなたは生徒。そこは明確な線引きがなされなければならない」

真冬 「なのに私は、生徒であるあなたに、毎度毎度頼ってしまって……」

真冬 「……情けないわ」 ズーーン

成幸 (あー……)


―――― 『あっ、先生はいいとら言ったダメですね。俺が勝手にやるんだから』

―――― 『ってことで、勝手に掃除始めます。迷惑だと思いますけど、ごめんなさい』


成幸 (まさかこんなに気に病んでいたなんて、申し訳ないことしてしまったな……)

成幸 「……あの、ごめんなさい。先生がそんなことまで考えているとは思わなくて……」

成幸 「勝手にお手伝いをしてしまって……」

真冬 「!? ち、違うのよ? きみを責めているわけではないの」

真冬 「ただ、自分が情けないだけで……」

成幸 「いや、でも俺……最初から、先生のこと、手伝うつもりでここに来たので……」

真冬 「え……?」 ハッ


―――― 『先生!』

―――― 『あ……唯我くん!!』


真冬 「そういえば、どうして唯我くんはうちに……?」

成幸 「……すみません、先生。俺、先生のことが心配で、家まで来てしまったんです」

成幸 「俺、今日一日、先生のことが頭から離れなくて……」

成幸 「大丈夫かなって、何度も考えてしまって……」

成幸 「こんなこと言うと気持ち悪いと思われるかもしれませんけど、」

成幸 「……わざと遠回りして、このマンションの前を通って……」

成幸 「先生がいないから大丈夫だろうって思ったんですけど、気づいたら部屋の前まで行ってて……」

成幸 「悲鳴が聞こえたから中に入ったんです」

真冬 「………………」

成幸 (……いやいやいや!! 冷静に考えてみると、俺、ストーカーそのものじゃないか!?)

成幸 「す、すみません! 家まで押しかけちゃって……」

成幸 「先生はもう俺の手伝いはいらないって言ってたのに、迷惑ですよね……」 ペコリ 「本当に、ごめんなさい!!」

成幸 (こ、怖い……。先生、どんな顔をしているんだろう。きっと、軽蔑するような顔を……)

真冬 「………………」

真冬 「……顔を上げなさい、唯我くん」

成幸 (あれ……? 先生、怒ってないのかな……?)

真冬 「謝る必要はないわ、唯我くん。私も同じだもの」

成幸 「同じ……?」

真冬 「ええ。恥ずかしい話だけど、白状するわ。私がシャワーを浴びていた本当の理由」

真冬 「バケツをひっくり返したなんてウソよ。本当は、表で自動車に水を浴びせられたの」

成幸 「……? え、でも、何でそんなウソを……?」

真冬 「それは、その……」

真冬 「……――みを、…………って、いた、から……」

成幸 「え? すみません、よく聞こえないんですが……」

真冬 「だっ、だから……! 君を……待っていたから、って言ったのよ……」

成幸 「へっ?」

真冬 「……君が来てくれるんじゃないかと期待して、外で待っていて……」

真冬 「そのときに自動車に水を浴びせられて、そんなこととても君には言えないから……」

真冬 「だから、ウソをついたの。ごめんなさい……」

成幸 「い、いやいや、謝ることではないですよ。そんなの……」

成幸 (え……? でも、先生、俺を、待っていてくれた……?)

成幸 (俺を……///)

真冬 「恥ずかしいわ。私、教師だというのに、結局あなたを頼ろうとしてしまったわ」


―――― 『これは私なりの、あなたに甘えることへの決別の決意表明なの』

―――― 『あなたに宣言することで、これ以上あなたに甘えることがないように自分を戒めるの』


真冬 「あんなことまで言ったというのに、私は結局……」 ズーン

成幸 「………………」

成幸 「……えっと、あの、どう言ったらいいのか分からないので、思ったことをそのまま言いますね」

真冬 「……?」

成幸 「……すごく、嬉しいです」

真冬 「う、嬉しい……?」

成幸 「はい、さっきも言いましたけど、俺、先生のこと心配していたので……」

成幸 「先生が俺のことを頼ろうとしてくれたのが、とても嬉しいんです」

成幸 「……もちろん、俺と先生は生徒と教師で、線引きは必要でしょうけど、」

成幸 「でも、俺は、こうやって先生の部屋を片付けるの嫌いじゃないです。だから……」

成幸 「もし先生が嫌でないなら、これからもずっと先生の部屋の掃除をしたいです!」

真冬 「ずっ……ずっと……?」

成幸 「はい! むしろ、高校を卒業してからの方が健全ですよね!」

真冬 「そ、それはその通りだと思うけど……」

真冬 「君は、高校を卒業した後も、私の家に来て、掃除をしてくれるというの?」

成幸 「はい!」

真冬 「っ……」

真冬 (まっすぐ返事をしてくれるものだわ。まったく、こっちの気も知らないで……)


―――― 『最愛の息子が…… 親のいぬ間に半裸の年上女性を連れ込んで…… 私は一体どうしたら……』

―――― 『あぁぁやっぱりダメエェ!! そういうのはせめて!! せめてしっかり卒業してからに……』

―――― 『あ でもなんにせよそういうのはちゃんと卒業してからね』


真冬 (お母さんを心配させないように配慮したこっちの気も知らないで……まったく……)

真冬 (お母さんを不安にさせまいと、君を家から遠ざけようとしたというのに……)

成幸 (? 先生、黙り込んじゃってどうしたんだろ……?)

真冬 (あ、でも……)

真冬 (“卒業” してからなら、いいのかしら……?)

真冬 「………………」

ハッ

真冬 (教師である私が、一体何を考えているのかしら!?)

真冬 (でも、もし……もしも……)


―――― 『でも、俺は、こうやって先生の部屋を片付けるの嫌いじゃないです。だから……』

―――― 『もし先生が嫌でないなら、これからもずっと先生の部屋の掃除をしたいです!』


真冬 (卒業した後も、本当に彼が同じように言ってくれるなら……)

真冬 (……少し、お言葉に甘えても、いいのかしら)

おわり

………………幕間 『責任』

真冬 (!? でも、このまま受験生の彼の勉強の邪魔ばかりしていては……)


―――― 成幸 『うぅ……第一志望に落ちてしまった……』


真冬 「………………」 ワナワナワナ (それはまずいわ! 絶対ダメよ!)

真冬 (そんなことになったら、“先生” にも顔向けできないわ!)

真冬 (でも、もし、万が一そういうことになったら……)

成幸 「……? あの、先生? どうかしましたか?」

真冬 「………………」

ガシッ

成幸 「!? せ、先生……? ど、どうして手を……///」

真冬 「安心して、唯我くん!」

真冬 「万が一のことがあったら、私が責任を取ってあげるから!!」

成幸 「!?」

おわり

読んでくださった方ありがとうございました。

>>1です。
ちょっとやってみたいことがあるので、安価というほどのことではないですが、
少しお付き合いいただけたら嬉しいです。
タイトルだけ安価をさせてください。よろしくお願いします。
(メインヒロインでもサブヒロインでもいいですが、女子キャラだと助かります)


【ぼく勉】 成幸 「今週末は、>>186と出かける約束なんだ」

>>1です。連投申し訳ないです。
安価が踏まれてから書いて投下しますので、ラグがあると思います。

おつんこ
文乃が好きだから文乃で、
と思ったけど水希ちゃんでお願いします!

【ぼく勉】 成幸 「今週末は、水希と出かける約束なんだ」

うるか 「ほへー、みずきんと?」

成幸 「ああ、買い物に付き合ってほしいらしいんだ」

成幸 「勉強もあるけど、最近あんまりあいつに構えてないしな」

成幸 「ま、たまの家族サービスかな」

理珠 「サラリーマンみたいなことを言いますね……」

文乃 (ふふ、成幸くん、微笑ましいなぁ。パパみたい)

ハッ

文乃 (……ん? 今週末?)

ペラッ……ペラッ……

文乃 「………………」

文乃 「……えっと、成幸くん、あの、水を差すようで悪いんだけど、」

成幸 「ん? どうした、古橋?」

文乃 「今週末、わたしの新しい問題集選びに付き合ってくれる約束をしていたような……」

成幸 「え……?」

成幸 「!? そういやそんな約束してたような気がするぞ……」

ペラッ……ペラッ……

成幸 「で、でも、手帳の予定表には何も書いてないぞ。おかしいな……」

文乃 「えっと、その約束したとき、たしか成幸くんは、」

文乃 「……手帳じゃなくて、スマートフォンの方に予定を登録していたような……」

成幸 「へ……?」

スッ……

成幸 「うわっ、ほんとだ。しっかりカレンダーに予定登録してある……」

理珠 「……まったく。機械オンチなのに無理してスマホの機能を使うからです」

うるか 「あちゃー。完全にブッキングしちゃってるねぇ」

成幸 「ど、どうしよう。水希とは昨日約束してしまったし……」

成幸 「古橋とはもっと前から約束してるわけだし……」

オロオロオロオロ……

文乃 「………………」 ハァ 「……まったくもう、仕方ない弟だよ、君は」

文乃 「わたしのことは気にしなくていいよ。また別の日に付き合ってよ」

成幸 「いや、しかしな。お前の勉強を円滑に進めるために、できるだけ早く参考書は買っておきたいし……」

成幸 「何より、お前の方が先に約束をしていたんだから、そっちをなくすというのも道義的にな……」

文乃 「そ、そこまで深刻に考えなくても……」

成幸 「………………」

成幸 「よしっ、決めた! 古橋、週末はやっぱり一緒に参考書選びをしよう!」

文乃 「えっ、でも水希ちゃんは?」

成幸 「水希も一緒に買い物に行く! 三人で一緒に行けば全部解決だ!」

文乃 「………………」

文乃 (……さも名案を思いついたような顔で何を言い出すのかな!?)

うるか 「まぁ、そうすれば問題ないよね」 理珠 「ですね」

文乃 (君たちもどうしてしたり顔でうなずけるのかな!?)

文乃 (相手はあの水希ちゃんだよ!? お兄ちゃんとのデートにわたしが着いていったりしたら……)


―――― 水希 『……へぇ。お兄ちゃんと私のデートを邪魔するつもりですか。いい度胸ですね』 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!


文乃 (ってなるに決まってるじゃない!!)

成幸 「とりあえず帰ったら水希に聞いてみるから、またメッセージで伝えるな!」

文乃 「あっ、ちょっと、成幸くん!?」

成幸 「じゃあ、また明日な!」

ビューン!!!!

文乃 「……あー、もうっ。行っちゃったよ」

理珠 「? どうかしましたか、文乃?」

うるか 「文乃っち元気ない?」

文乃 「いや、うん、まぁ……大丈夫だよ……」

シュン……

文乃 「………………」

文乃 (……ふんだ。成幸くんの、バカ)

文乃 (参考書選びとはいえ、久々にふたりきりでのお出かけだって、楽しみにしてたのに)

文乃 (……楽しみに、してたのにな)

………………週末 デパート

成幸 「……あ、古橋。悪い、待たせたな」

文乃 「成幸くん。ううん、今来たトコだよ。大丈夫」

成幸 「そうか。ならよかった」

文乃 「えへへ……」

文乃 (……なんか、デートみたいな受け答えしちゃった)

文乃 (これで……)

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

水希 「……どうも、こんにちは、古橋さん」

文乃 「こ、こんにちは、水希ちゃん」

文乃 (……圧たっぷりの水希ちゃんがいなければなぁ、なんて)

ハッ

文乃 (いけないいけない。今日のわたしは、兄妹水入らずを邪魔してしまっている立場なんだから)

文乃 (謙虚な気持ちを忘れないようにしないと……)

文乃 「水希ちゃん、今日はごめんね。せっかく兄妹でのお出かけなのに、邪魔しちゃって……」

水希 「ふふ、可笑しなことを言いますね、古橋さん」 ニコッ

文乃 (……? あれ、意外と怒ってないのかな……?)

水希 「しっかりと邪魔をしておいて、“ごめんね” なんて、ああ可笑しい……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (あ、うん。しっかり怒ってるね、これは)

成幸 「こ、こらこら、水希。悪いのは約束をブッキングさせてしまった俺なんだから、古橋を責めるなよ」

水希 「………………」

ニコッ

水希 「……そうだね、お兄ちゃん。ごめんなさい、古橋さん。変なこと言っちゃって」

文乃 「う、ううん。大丈夫だよ。邪魔しちゃってるのは事実だし……」

成幸 「邪魔なんかじゃないよ。ほら、まずは古橋の問題集選びだ。行こうぜ」

水希 「うん、お兄ちゃん♪」

文乃 「うん、成幸くん。よろしくね」

………………書店

成幸 「うーん、古橋もだいぶ応用がきくようになってきたからな」

成幸 「ちょっと難しい問題集にするべきか……」

成幸 「いやしかし、受験も近い。今から応用を鍛えるよりは、基礎を固めた方が堅実か……」

成幸 「うーむ……」

水希 「………………」

文乃 「………………」

文乃 (うー……。問題集選びを手伝ってもらうと言えば聞こえはいいけど、実質選ぶのは成幸くんだし……)

文乃 (水希ちゃんとふたりきりは、少し気まずいな……)

文乃 「そ、そういえば、水希ちゃんも高校受験だよね」

文乃 「どこを受けるのかな?」

水希 「……一応、水泳のスポーツ推薦を狙っているので、取ってくれるところなら、どこでも」

水希 「二ツ葉でも、一ノ瀬でも、どこでも……」

文乃 「スポーツ推薦かぁ。大変だね、それは」

水希 「大変でも、頑張らないと。武元先輩みたいになりたいですし、何より……」

文乃 「? 何より?」

水希 「……お兄ちゃんに、これ以上負担をかけられないから」

水希 「お兄ちゃんが、大学で伸び伸びと、がんばりたいことをがんばれるように……」

水希 「せめて私の高校の学費は、できる限り減らしたいから……」

文乃 「水希ちゃん……」

成幸 「……よし、決めた。この問題集がいいな!」

成幸 「おーい、古橋。ちょっと見てくれ。これがいいと思うんだけど、どうだー?」

文乃 「あ、うん! いま行くよ!」

文乃 (……そっか。そうだよね。成幸くんの家、裕福ってわけじゃないもんね)


―――― 『まぁそりゃ あなたの境遇には同情しますけど』


文乃 (……それなのに、あのとき……、あんな風に言ってくれたんだよね)

文乃 (本当に、優しくて良い子。成幸くんの妹って感じだよね……)

………………水着店

成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 「……買いたいものって、水着?」

水希 「うん! 実は、そろそろ部活用の水着がきつくてね。どこがとは言わないけど!」 ジーーーーッ

文乃 (めっちゃ見てくる! めっちゃ見てくる!)

文乃 (くぅぅぅ!! 中学生のくせにぃ~~~!!)

水希 「だから、新しい水着を買わなきゃなんだ。わたしひとりじゃ不安だから、お兄ちゃん、付き合って♪」

成幸 「不安も何も、サイズ合うの買うだけだろ!? しかも競泳用だろ!?」

水希 「いやぁ、ほら、間違えて古橋さんサイズのを買っちゃうとさ、」 ニコッ 「私には絶対入らないからさ」

文乃 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「……うん、そうだね、水希ちゃん。間違えたら大変だね」

ガシッ

水希 「へ……?」

文乃 「じゃあ、お姉さんが一緒に見てあげようかな。間違いなくサイズが合う水着を……」 ニコッ

………………数分後

水希 「………………」 ズーーーーン 「……お兄ちゃんに、見てもらう予定が……」

文乃 「………………」 ズーーーーン 「で、でけえ、だよ……。一ノ瀬に入ったら間違いなくC組以上だよ……」

成幸 「お前ら、何で水着店に入っただけでそんな満身創痍なんだ……?」

水希 「やってくれましたね、古橋さん……」

文乃 「ふふふ……。無為に年上に喧嘩を売るからこうなるんだよ、水希ちゃん……」

成幸 (……まぁなんか楽しそうだからいいか)

成幸 「そろそろお昼だな。せっかくデパートまで来たんだから、何か食べて行こうぜ」

水希 「で、デパートでお昼!? 私、そんなお金持ってないよ」

成幸 「心配するなよ。今日のお詫びだ。ふたりとも俺が奢ってやるよ」

水希 「お兄ちゃん、そんなお金あるの……?」

成幸 「バイトで貯めたお金があるよ。それにこんなことするのは今日だけだし、大丈夫だよ」

文乃 「でも、わたしまでご馳走になるのは悪いよ」

成幸 「水希の水着選び手伝ってくれたんだろ? そのお礼もあるから気にするなよ」

文乃 「でも……」

水希 「………………」

水希 「……うん。じゃあ、ご馳走になろうかな」

水希 「もちろん、古橋さんも行きますよね?」

文乃 「へ……?」

文乃 「あ……えっと……」

文乃 「……じゃあ、わたしも、お言葉に甘えて……」

成幸 「決まりだな。じゃあ行こうぜ」

文乃 「……?」

文乃 (水希ちゃん、どうして……?)

………………

文乃 「ごちそうさまでした、成幸くん。美味しかったよ」

水希 「ごちそうさま、お兄ちゃん! ありがとね」

成幸 「いやいや、どういたしまして。ふたりとも、今日は悪かったな」

水希 「気にしてないよ。また今度、埋め合わせでデートしてくれればね」

成幸 「はは、さすがに受験が終わってからにしてくれよ……」

成幸 「……ん、ちょっとお手洗いに行ってくるな。待っててくれ」

水希 「はーい」

文乃 「いってらっしゃい、成幸くん」

水希 「………………」

水希 「……座って待ちましょうか」

文乃 「あ……うん」

水希 「………………」

水希 「……ふたりきりになれて良かったです。今日は、古橋さんとお話もしたかったので」

文乃 「ん……。だからお昼ご飯、わたしも一緒にって言ってくれたの?」

水希 「……それもあります」

文乃 「? それ “も” ?」

水希 「……気にしないでください。言葉の綾です」

オホン

水希 「そんなことより、お兄ちゃんが戻ってくる前に、聞きたいことがあるんです」

文乃 「……何かな?」

水希 「………………」

水希 「……古橋さんが家に泊まったとき、お風呂場で言っていた言葉は、本当ですか?」

文乃 「へ……?」


―――― 『わたしと…… お兄さんは 絶対そんな関係にはならないから』


文乃 「あっ……」 (あ、あのときの、あれか……)

水希 「………………」

文乃 「……えっと、その……」

文乃 「……もちろん、本当だよ。うそじゃないよ」

水希 「……本当ですか?」

水希 「本当に、兄のことを好きになったり、ましてや恋人になったりなんてこと、ないんですね?」

文乃 「………………」

文乃 「……うん。もちろん、そうだよ。わたしは……」


―――― 『天文学の前は…… 幸せなお嫁さんになるのも夢だったから!!』

―――― 『じゃあさ古橋…… 今からデートしないか』

―――― 『星のこと話してる古橋 俺は好きだけどな』

―――― 『お前が本当にやりたいこと 俺が 全力で応援してるからな』


文乃 「わ、わたし……は……」


―――― 『起きてる』

文乃 「………………」

水希 「……古橋さん?」

文乃 「………………」

スッ……

文乃 「……ごめん、水希ちゃん」

水希 「……?」

文乃 「わたし、うそついたね。うそに、なっちゃったんだね……」


文乃 「ごめん、水希ちゃん。わたし、お兄さんのこと……成幸くんのこと、好き」

文乃 「大好き、なの……」


水希 「………………」

文乃 「……だから、そういう関係になりたい。恋人になりたい。成幸くんの……」

文乃 「お嫁さんに、なりたいっ……!」

水希 「………………」

文乃 「………………」

水希 「………………」

フゥ

水希 「……そう。そうですか」

水希 「そう、ですよね」

文乃 「へ……?」

文乃 「怒らないの……?」

水希 「はぁ?」 ジロリ 「怒って欲しいんですか?」

文乃 「い、いや、そういうわけじゃないけど……」

水希 「怒りませんよ。怒れるわけないじゃないですか。お兄ちゃんのこと、好きになったことを」

水希 「仕方ないです。お兄ちゃんは本当に魅力的な人ですから」

文乃 「そっか……」

水希 「わたしはただ、煮え切らない態度を取っているあなたに怒っていただけです」

水希 「あなたは、好きになることを遠慮しているような、ためらっているような……」

水希 「……そんな風に、見えたから」

文乃 「んっ……」

文乃 「……そうだね。そうかもしれない」

文乃 「でも、決めたよ。わたし、もう逃げない。わたしは、“起きてる” から」

文乃 「わたし、負けたくない。成幸くんのこと、大好きだから」

水希 「……そうですか」

水希 「………………」

ギリッ

水希 「……私は……――」


文乃 「――――だからわたしたち、今からライバルだね!!」


水希 「……へ?」

文乃 「え? だってそうでしょ? わたしは成幸くんのことが好き。水希ちゃんも成幸くんのことが好き」

文乃 「ってことは、ライバルでしょ?」

水希 「………………」

水希 「……へぇ!?」 カァアアアア……

水希 「わ、わたしは、べ、べべべべべべつに!? お兄ちゃんのことなんか好きじゃないですけど!?」

文乃 「………………」

文乃 「え、えぇぇええ~~……今さらツンデレ妹キャラ出しちゃう……?」

水希 「だ、だってそんな、わたし、妹だし……」

水希 「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだし……そんなの……」

文乃 「? でも、水希ちゃん、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」

水希 「……そ、それは、まぁ……その……」

コクリ

水希 「……好き、です、けど」 ボソッ

文乃 「じゃあわたしたちライバルだよ! 負けないからね!」

水希 「ら、ライバルって……古橋さんは、変だと思わないんですか?」

水希 「気持ち悪いって思わないんですか? 私のこと……」

文乃 「へぇ? 何で?」

水希 「何でって……実の、血の繋がった兄が好きって、変でしょう……?」

文乃 「んー……まぁ、一般的な社会通念的にはズレてるかな、とは思うけど」

文乃 「でも、成幸くんのこと好きなんでしょ?」

水希 「す、好き……ですけど……」

文乃 「じゃあいいじゃない。マイノリティが尊重される時代だよ」

文乃 「妹がお兄ちゃんを好きでも、べつに問題ないじゃない。まぁ、遺伝子的にはちょっとアレかもしれないけど……」

グッ

文乃 「なんにせよ、がんばれ、水希ちゃん! 応援してるよ!」

水希 「………………」

クスッ

水希 「応援って……。それ、まずいんじゃないですか?」

文乃 「はっ!? そ、そういえば、わたしも成幸くんのこと好きなんだった!」

文乃 「い、今の取り消し! やっぱり応援はしない!」

文乃 「負けないからね、水希ちゃん!」

水希 「………………」 ニヤリ 「こちらこそ、です」

水希 「絶対負けませんからね、古橋さん!」

水希 「………………」

水希 (ああ、この人は、こういう人だ……)

水希 (だからわたしは、この人のことが、好きなんだ……)

水希 (お兄ちゃんから約束のブッキングのことを聞いて、悔しくて、でも……)

水希 (同時に、古橋さんと一緒に出かけられるのが、少し楽しみで……)

水希 (そう、わかってたんだ。この人は、優しくて、とてもいい人)

水希 (わたしの、お兄ちゃんへの、拙い愛情すら、肯定してくれる人


―――― 『……それもあります』

―――― 『? それ “も” ?』


水希 (ああ、もう。バレてないよね)

水希 (“あなたにだったら、お兄ちゃんを任せてもいいよ” って……)

水希 (思いかけてしまっていること、バレていないよね……)

おわり

………………幕間 『最強の敵』

水希 「それにしても、誰も彼も、お兄ちゃんのことを好きになりますね」

文乃 「ああ、りっちゃんたちのこと?」

水希 「そうです。緒方さんや、この前家に来ていた先輩と先生もです」

水希 「まったく。お兄ちゃんの魅力に気づくのはいいですが、虫みたいにたからないでほしいです」

文乃 「虫って……」

水希 「でも、大丈夫です。お兄ちゃんと私には、とてても心強い味方がいますから」

文乃 「味方?」

水希 「もちろん、武元先輩です!」

文乃 「えっ」

水希 「武元先輩は、いつもお兄ちゃんのことを気にかけてくれて、変化があるとすぐに教えてくれるんです!」

水希 「武元先輩だけは、私の味方なんです!」 キラキラキラキラ……

文乃 「あー……」

文乃 (……ごめん、水希ちゃん。うるかちゃんは多分、最強の敵だよ)

おわり

読んでくださった方ありがとうございました。
安価もありがとうございました。
文乃さんと迷われているようだったので余計なお世話とは思いつつ文乃さんも入れてしまいました。

すみません、もう少しだけお付き合いいただけると助かります。

【ぼく勉】 成幸 「今週末は、>>216>>217する約束なんだ」

文章繋がらなくても適当にタイトルにするので構いません
>>216キャラ名と>>217何かすることをお願いします。
同じ方が二つとも踏んでくれても構わないのですが、
別の方が踏んでくれるとわたしはとても楽しいです。たぶん。
よろしくお願いします。


智波ちゃん

真冬先生

花火大会やBBQといった夏の話書いてほしい

>>1です。
もし待っていてくださった方がいらっしゃったらありがとうございます。
申し訳ありませんでした。
とりあえず投下します。
>>213の安価からです。

書いていて楽しかったですが色々とくどいかもしれません。



【ぼく勉】 成幸 「桐須先生の補習に出たら週末に海原が家に来ることになった」

………………一ノ瀬学園

成幸 「ふぁ……ぁあ……」

文乃 「? 成幸くん、すごいあくびだね。昨日夜遅くまで勉強でもしてたの?」

成幸 「あー……」

成幸 「……うん、まぁそんなとこかな」

文乃 「ふふ、仕方ないなぁ。でも次の授業は桐須先生だよ」

文乃 「居眠りなんかしたら大目玉だよ。気をつけてね」

成幸 「わ、わかってるよ。ビビらせるなよ……」

文乃 「ふふふ、ごめんごめん」

文乃 (……まったく。夜更かししちゃうなんて、仕方ないなぁ)

文乃 (もし成幸くんが居眠りしちゃったら、お姉ちゃんが起こしてあげるとしようかな)

文乃 (手のかかる弟だよ、まったく……)

………………授業中

真冬 「この時代の事象は後の世に大きな影響を与えるの」

真冬 「大航海時代の今後を決める重要な事件・事柄ばかりよ」

真冬 「この周辺に関しては、一年ごとに重要なイベントを覚えるようにした方がいいわ」

文乃 (ふむふむ。この時代に関しては、一年ずつ覚えていく、と……)

カリカリカリ……

文乃 (さて、成幸くん、大丈夫かな。お舟漕いでたりしないかな、っと……)

成幸 「………………」 Zzzzz……

文乃 「!?」

文乃 (ふ、舟を漕ぐどころの騒ぎじゃねえ、だよ……)

文乃 (がっつり眠りの大海原を彷徨ってるよ!?)

文乃 「ち、ちょっと、成幸くん」 コソッ 「まずいよ。起きてよ」

成幸 「………………」 Zzzzz……

文乃 (起きる様子がない!!)

文乃 「成幸くんってば!」

成幸 「む……ふむ……」

文乃 「あ、成幸くん、起きた……?」

成幸 「えへ……ふふ……」

ニヘラ

成幸 「文乃姉ちゃん……」

文乃 「っ……///」

文乃 (なっ、何!? わたしの夢を見てるの……?)

文乃 (わ、笑いながらわたしの夢を見てるって……一体、どんな夢なの……?)

文乃 (うぅ……お、起こすに起こせないよ。続きが気になって……)

成幸 「だ、ダメだよ、文乃姉ちゃん……」

文乃 (だっ、ダメって何かな、成幸くん……) ドキドキドキドキ…… (まさか、ちょっとエッチな……――)

成幸 「――……そんなに食べたら……また太るよ……。おなかぽにょぽにょになるよ……」

文乃 「………………」 ピキッ 「……へぇ?」

文乃 「へぇえ……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「………………」

スッ

文乃 「桐須先生」

真冬 「? 質問かしら、古橋さん」

文乃 「いえ、報告です。唯我くんが居眠りしています」

真冬 「………………」 ピクッ 「……なんですって?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……むにゃむにゃ……」

真冬 「……なるほど」

カツカツカツ……

真冬 「……唯我くん」

成幸 「……むにゃ」

真冬 「唯我くん」 トントン

成幸 「へ……?」

パチッ

成幸 「………………」

真冬 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……あ、えっと……」

成幸 (……目覚めた瞬間、目の前には怒り顔の桐須先生と、なぜか同じように怒っている古橋の顔があった)

成幸 (状況はよくわからなかったが、ひとつ、間違いなく言えることは……)

真冬 「いい度胸ね、唯我くん。まったく、どうしてくれようかしら……」

文乃 「まったくだよ。本当に君は、仕方のない生徒だね……」

成幸 (……あ、俺、死んだな)

………………昼休み

成幸 「うぅ……」

理珠 「なるほど。それで桐須先生に絞られて、そんなにやつれているんですね」

うるか 「居眠りしちゃうなんて、成幸はしかたないなー」

成幸 「……まったくその通りだから返す言葉もないよ」

文乃 「ふんだ。自業自得だよ、まったく……」

理珠 「……しかし、それでどうして文乃が怒っているのですか?」

成幸 「それが、理由を教えてくれないんだよ」

文乃 「ふーん、だ!」 プイッ

成幸 「……でさ、本題なんだけど、今日の放課後、桐須先生に居眠り分の補習って言われちゃってさ」

成幸 「だから、勉強会少し遅れると思う。先に図書室で始めててくれ」

うるか 「ん、わかった。できるだけ早く来てよね、成幸」

成幸 「分かってるよ。俺だってそうしたいところだけど、桐須先生次第かな……」

理珠 「まぁ、成幸さんが悪いのだから仕方ありません。がんばってください」

成幸 「おう、ありがとな」

………………午後

真冬 「……で、あるからして、残されたパイを奪い合う大航海時代が幕を開けたわけね」

真冬 (……ふぅ。午前中は唯我くんが居眠りをして、少し驚いたけれど)

真冬 (さすがに受験生だもの。午後の授業は、居眠りする生徒なんていなそうね)

真冬 「ん……?」

コクリ……コクリ……

真冬 (……舟を漕いでいる生徒がいるわね。一体誰からしら。心当たりなら何人かいるけれど)

真冬 (まったく……)

カツカツカツ……

真冬 「……起きなさい」

? 「ふぇっ……? あ……」

? 「す、すみません、桐須先生! 私、寝ちゃってました……?」

真冬 「……あら、あなたは……」

真冬 (めずらしいことが続くものね。普段まじめな子が、立て続けに居眠りをするなんて……)

………………放課後

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「うぅ……」 (心なしか、生徒指導室から怒りが漏れ出ている気がする……)

成幸 (気のせい……気のせいだよな……)

成幸 (そもそも、授業後にあれだけ絞られたんだ。今日の授業内容をおさらいしてくれるだけだろ……)

成幸 (たぶん……)

ガラッ

成幸 「し、失礼します。3年B組の唯我です!」

? 「おや? 唯我くん?」

成幸 「へ……? う、海原?」

智波 「やぁやぁ、桐須先生から補習はもう一人いるって聞いてたけど、唯我くんだったんだね」

成幸 「お前も補習なのか。居眠りでもしたのか? めずらしいな」

智波 「あはは。そういう唯我くんこそ、ガリ勉くんなのにめずらしいね」

成幸 「ガリ勉くんは余計だよ。悪かったな」

智波 「褒めてるんだよー」 ケラケラケラ

成幸 「で、どうしたんだ? 夜遅くまで勉強、ってキャラじゃないだろ、お前」

智波 「まぁね。ちょっと、色々やってたら寝るのが遅くなっちゃってさ」

成幸 「……?」

成幸 「……海原、お前ひょっとして……――」

――――ガラッ……

真冬 「ふたりとも時間厳守で揃っているようね。結構」

真冬 「では、補習を始めます。唯我くん、号令」

成幸 「あ、は、はい! 起立! 気をつけ! 礼!」

成幸&智波 「「お願いします!!」」

真冬 「よろしい。でははじめましょう」

真冬 「今日の内容は、大航海時代の始まりと変遷に関してよ」

真冬 「重要な事象ばかりだから、ざっくり時系列順に並べるから、頭にたたき込むこと」

成幸 「は、はい!」

カリカリカリ……

智波 (うへー。ノート書くだけで大変だよー)

智波 (まぁ、仕方ないよね。授業中に居眠りしちゃった私が悪いし)

智波 (むしろ、わざわざ時間を取って補習までしてくれる桐須先生に感謝だよ)

成幸 「………………」

ガリガリガリガリ……

智波 (相変わらずすごいなぁ、唯我くん。シャーペンの音が大きいな)


―――― 『……海原、お前ひょっとして……』


智波 (そういえば、さっき唯我くん、何を言おうとしてたんだろ)

………………校内 ベンチ


―――― 智波 『ごめん、陽真くん! 授業中に居眠りして、桐須先生に呼び出されてるんだ!』

―――― 智波 『すぐ終わらせるから、待っててくれると嬉しいなっ!』


陽真 「ふふ。まったく、智波ちゃんったら仕方ないなぁ」

陽真 (そろそろ来る頃かな。早く会いたいな……)

陽真 「あっ……」 (向こうから歩いてくるのは……智波ちゃんと、成ちゃん……?)

成幸 「――……それにしても、夜更かしの理由が俺とまったく同じだったとはな」

智波 「えへへ、びっくりだね。考えることがこんなに被るなんて、さすが同中だねぇ」

成幸 「いや、べつに同中なのは関係ないだろ」

陽真 (……? なんかすごく楽しそうだなぁ。成ちゃんと智波ちゃんってあんなに仲良かったっけ?)

陽真 (なんか、声かけるのがためらわれるな……)

智波 「でも、なかなかうまくいかなくてさ。唯我くんそういうの上手だからうらやましいよ」

成幸 「まぁ、昔から色々やってきたからな。良かったら教えようか?」

智波 「ほんとに!? うわー、すごく助かるよ!」

陽真 (……何の話してるんだろ?) モヤモヤモヤ (……なんだろう。すごくモヤモヤする)

ハッ

陽真 (お、俺は一体何を考えてるんだ! 大好きな彼女と幼なじみを疑うようなことを考えるなんて!)

成幸 「じゃあ、土曜とかどうだ? 俺は午後なら空いてるけど」

陽真 (へ……?)

智波 「うん、私も大丈夫! じゃあ、お願いしてもいい?」

陽真 (へぇっ……?)

成幸 「おう。ちょっと弟妹の面倒も見なきゃいけないから、うちでもいいか?」

陽真 (!?)

智波 「ん、分かった! じゃあ、土曜日は唯我くんの家にお邪魔するね!」

陽真 (!!??)

智波 「あっ……」 パァアアアアアア……!!! 「陽真くん! ごめん、お待たせ!」

陽真 「あ……えっと……」

智波 「? 陽真くん?」

陽真 「……あ、ううん、なんでもない。補習、おつかれさま」

陽真 「成ちゃんも桐須先生に呼び出されてたんだ。めずらしいね」

成幸 「ああ、まぁ、授業中に居眠りなんて普通はしないからな……」

陽真 「………………」

成幸 「小林……?」

陽真 (今、ふたりで、土曜日に何かする約束をしてたよね……)

陽真 (……って、聞けたらどんなに楽だろう。ダメだ。怖い)

陽真 (彼女と幼なじみをいっぺんに失ってしまうんじゃないと思うと、怖い……)

智波 「? 陽真くん、どうかした? 大丈夫?」

陽真 「へ? あ、うん。大丈夫だよ。ごめんごめん」

成幸 「じゃ、俺はこの後うるかたちと勉強会だから、もう行くな」

陽真 「うん。また明日ね、成ちゃん」

成幸 「おう。海原も、またな」

智波 「うん、ばいばーい!」

陽真 「……じゃあ、行こうか」

智波 「うん。本当に待たせてごめんね、陽真くん」

陽真 「気にしないで。全然待ってないからさ」

陽真 「……と、ところでさ、」

智波 「うん?」

陽真 「さっき、成ちゃんとすごく楽しそうに話してたけど、何の話をしてたの?」

智波 「う゛ぇっ……?」

智波 「え、えっと……そ、その、大した話じゃないよ。うん。全然、これっぽっちも」

陽真 「……智波ちゃん?」

智波 「ほ、ほんと! 全然大した話じゃないから!」

智波 「え、えへへ……」 アセアセアセ……

陽真 「………………」 (めっちゃ動揺してる!?) ガーーーン!!!

陽真 (えっ、ちょっと待って。まさか、本当に、そういう感じ……?)

陽真 (い、いやいや、智波ちゃんと成ちゃんに限って、そんなはず……)

智波 「あ、そうだ、ねぇねぇ陽真くん」

陽真 「? な、なぁに?」

智波 「唯我くんの連絡先、教えてくれない? さっき聞くの忘れちゃって……」

陽真 「へっ……? い、いいけど……どうして?」

智波 「えっと、それは……」

カァアアアア……

智波 「な、ナイショっ! 恥ずかしいから……///」

陽真 「!?」 ガーーーン

陽真 (こ、これは、まさか、本当に……)

智波 「? 陽真くん? どうかした?」

陽真 「………………」 チーーーン

智波 「陽真くん!? わー、陽真くんが固まっちゃったー!!」

智波 「陽真くーーーーーーーん!!」

………………土曜日

陽真 「………………」

ハァ

陽真 (……今ごろ、智波ちゃんと成ちゃん、何してるんだろう)

陽真 (成ちゃん家で、何を……)

ブンブンブン

陽真 (ああもう! よくよく考えたら、智波ちゃんと成ちゃんがそんなことするはずないじゃないか)

陽真 (女々しいなぁ、俺。こんなウジウジするならはっきり聞けば良かったんだよ)

陽真 (……いや、今からでも、智波ちゃんに電話して聞いてみればいいんだよ)

陽真 「………………」

陽真 (……それができない時点で、俺は彼女と幼なじみのことを疑ってるんだよな)

陽真 (……情けない)

陽真 (家にいても気が滅入りそうだ。ちょっと散歩にでも出ようかな……)

………………商店街

水希 (……部活が長引いて遅くなっちゃったな)

水希 (お兄ちゃんにお留守番してもらってるから、早く帰らないと……)

水希 「ん……?」

陽真 「……あっ、水希ちゃん」

水希 「小林さん? お久しぶりです。こんにちは」

陽真 「うん、こんにちは。部活の帰り?」

水希 「はい! 小林さんはお買い物ですか?」

陽真 「あー……まぁ、そんなところかな」

水希 「……?」

水希 「小林さん、なんか元気ないですね。大丈夫ですか?」

陽真 「え……? あ、いや、そんなことないよ。全然……」

水希 「む……」

ズイッ

陽真 「み、水希ちゃん……?」

水希 「……私、これでも、小林さんのこと、もうひとりのお兄ちゃんみたいに思ってるんですよ」

水希 「だから、分かります。小林さんが何かで悩んでることくらい」

水希 「私じゃお役に立てないかもしれないですけど、それでも、もしよければ……」

ニコッ

水希 「話だけでも聞かせてもらえませんか?」

陽真 「水希ちゃん……」

陽真 「……ごめん。ありがとう。すごく嬉しいよ」

陽真 「じゃあ、お言葉に甘えて、聞いてもらおうかな」

水希 「はい!」

………………

陽真 「成ちゃんから聞いてるかもしれないけど、実は、夏に彼女ができたんだ」

水希 「そうだったんですね。おめでとうございます」

水希 「小林さんの彼女さんって、すごく幸せな人ですね」

水希 「小林さんみたいな優しくて格好良い人の彼女になれるなんて、うらやましいです」

陽真 「はは……。そうだったらよかったんだけどね……」

水希 「? 彼女さん、どうかしたんですか?」

陽真 「……うん。実は、今日、彼女の智波ちゃんが俺の友達の家に行くみたいでさ」

水希 「へ……?」 カァアアアア…… 「と、友達って、男の人、ですか?」

陽真 「うん……」

水希 「な、なんですかそれ! 彼女さん、陽真さんという人がいながら、他の男の人に行くなんて……!」

水希 「そんなの、ひどいじゃないですか!」

陽真 「あ、で、でもね、そうとも言い切れなくて……」

水希 「? 何でですか?」

陽真 「いや、その……その友達っていうのがさ、何を隠そう……――」

………………

水希 「………………」

テクテクテクテク……

水希 「………………」

クスッ

水希 (まったくもう、小林さんったら……)


―――― 水希 『お兄ちゃん?』

―――― 水希 『やだなぁ、小林さん。お兄ちゃんがそんなことするわけないじゃないですか』

―――― 水希 『小林さんもよく知ってるでしょう? お兄ちゃんがどんな人か』

―――― 水希 『きっと何かの聞き間違いですよ。ね?』

―――― 陽真 『そう……そうだよね』

―――― 陽真 『ごめんね、水希ちゃん。変なこと言って。水希ちゃんの言うとおりだ』


水希 (でも、小林さんも納得してくれたみたいだし、少し元気も出たみたいだったし)

水希 (よかったよかった) ニコニコニコ

水希 (……ん、もう家だ。お留守番してたお兄ちゃんたちのために、お菓子でも作ってあげようかな)

ガラッ

水希 「ただいまー。帰ったよー……――」


成幸 「ん、そうそう。上手いぞ、海原。その調子だ」

智波 「……うん。えへへ、我ながら良い出来だよ。この調子で、っと……」


水希 「………………」

ワナワナワナワナ……!!!

水希 (お兄ちゃんが知らない女を連れ込んでるーーーーーー!?)

水希 (えっ、っていうか、あの女の人ってもしかして……)

成幸 「ん、水希、おかえり。葉月と和樹は良い子にしてたぞ」

智波 「あっ、こんにちは! お兄さんの友達の海原智波です。お邪魔してます」


―――― 『……うん。実は、今日、彼女の智波ちゃんが俺の友達の家に行くみたいでさ』


水希 「もしかしなくてもそうだった……」 ガクッ

成幸 「? 急にうなだれてどうしたんだ?」

水希 「………………」

成幸 「ひょっとして、海原って七尾南水泳部のOGだし、会ったことあるんじゃないか?」

水希 「………………」

智波 「私はうるかと違って中学にお呼ばれしたりしてないからなぁ……」

水希 「………………」

成幸 「……水希?」

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

海原 「水希ちゃん……?」

水希 「………………」 スッ 「……正座」

成幸 「へ?」

水希 「正座、してください。お兄ちゃんも、海原先輩も」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

………………小林家

陽真 「………………」

ドキドキドキドキ……

陽真 (……水希ちゃんにはああ言ったものの、実際電話をかけようと思うと緊張するなぁ)

陽真 (うん。よくよく考えてみれば、智波ちゃんも成ちゃんも、そんなことをするはずないし)

陽真 (よし……電話を、して……)

陽真 「………………」 ガクッ (……うぅ。ダメだ。やっぱり怖くてできない)

陽真 (ふたりのこと信じてるのに……)

陽真 (俺って、こんな弱虫だったんだな……)

――ピンポーン……

陽真 (……? 今日、荷物でも届く予定あったかな。何だろう)

トトトトト……ピッ

陽真 「……へ?」

成幸 『あ、こんにちは。唯我と申しますが……』 智波 『こんにちは。海原と申します……』

陽真 「……成ちゃんと智波ちゃん!?」

………………

成幸&智波 「「このたびは本当に申し訳ありませんでした!!」」

バーーーン!!!

陽真 「……いや、家に上がってすぐ土下座されても……」

陽真 「えっと……謝るってことは、もしかして……」

智波 「あ、ち、違うんだよ、陽真くん! わたしと唯我くんは全然そんなじゃないよ!?」

成幸 「そうだぞ小林! そもそも俺みたいなガリ勉男を好きになる女子がいるわけないだろ!」

陽真 「いや、こんなときまでツッコミをさせないでほしいな、成ちゃん……」

智波 「ほんとにね……」

成幸 「へ? へ? へ?」

陽真 「……まぁいいや。えっと、ふたりにいくつか聞きたいことがあるんだけど……」

成幸 「ああ、その気持ちはわかるし、俺たちも色々と説明したいんだが……」

智波 「ごめんね、陽真くん。その前にひとつ、やってしまいたいことがあるんだ」

陽真 「?」

成幸 「……よし、じゃあいくぞ、海原」

智波 「うん。せーのっ……」

陽真 「……?」


成幸&智波 「「小林陽真くん! お誕生日おめでとう!!」」 バーーーン!!!


陽真 「………………」

陽真 「……へ!? 誕生日!?」

成幸 「……ん、まぁ、正確に言うともう数日先だが、緊急事態だから仕方ないと思ってな」

陽真 「これって……プレゼント?」

智波 「うん。私からのと、唯我くんからのの二つだよ」

智波 「がんばって用意したんだけど、気に入ってくれたら嬉しいな」

陽真 「あっ……ありがとう」

陽真 「……開けてもいい?」

智波 「……うんっ」

カサカサカサ……

陽真 「……エプロン?」

陽真 「これ、ひょっとして智波ちゃんの手作りなの?」

智波 「うん。だから、ちょっと不格好なところもあるんだ。ごめんね」

陽真 「いや、すごくよくできてるよ! すごいよ」

智波 「最近、陽真くんお料理にこってるみたいだったからがんばって手作りしたんだけど、」

智波 「喜んでくれてよかったよ。唯我くんに手伝ってもらって、今日完成させたんだ」

陽真 「成ちゃんに手伝ってもらって……今日……?」

陽真 「あっ……」


―――― 『まぁ、昔から色々やってきたからな。良かったら教えようか?』

―――― 『ほんとに!? うわー、すごく助かるよ!』


陽真 (そっか。あのとき言ってたのはこのことだったんだ……)

智波 「……で、話を戻すんだけどね。今日、実は唯我くんの家に行ってたの」

智波 「でも勘違いしないでね! ほんとに、やましいことは一つもないんだよ!」

成幸 「というか葉月も和樹もずっと一緒だったしな。そんなことありえないっていうか……」

智波 「……そもそも、こんなこと言うと唯我くんに悪いかもしれないけど、」

智波 「唯我くんのこと、男の子として見てなかったっていうか……」

成幸 「うんうん。俺も海原のことはただの友達としか思ってなかったから、つい家に誘ってしまってな」

智波 「だから唯我くんのお家にお邪魔することに、少しも疑問を持たなかったんだ……」

智波 「陽真くんに内緒にしてたのは、サプライズのつもりだったからなんだけど……」

智波 「でも、陽真くんからすれば心配だよね。嫌だよね。そういうこと考えられなくて、本当にごめんね」

陽真 「………………」

智波 「……陽真くん?」

陽真 「……よかった」 グスッ 「本当に、何もなくてよかった……」

成幸 「わ、わー! 小林、泣くな! すまん!! 本当に悪かった! 申し訳ない!!」

智波 「わーん! 陽真くん、本当にごめんねー!!!」

………………

陽真 「……急にぐずったりしてごめん」 グスッ

智波 「ううん。気にしなくていいんだよ。私たちが悪いんだから」

成幸 「本当に悪かったな。家に帰ってきた水希に散々説教されて、ようやく気づいたんだ」

陽真 「水希ちゃんが……そっか……」

智波 「………………」

ギュッ……

陽真 「ん、智波ちゃん?」

智波 「……心配にさせて、本当にごめんね」

陽真 「あ、いや……」 カァアアアア…… 「もう大丈夫だよ」

陽真 「俺の方こそ、勝手に変な勘ぐりして、疑ってごめんね、智波ちゃん」

智波 「ううん。謝らないで、陽真くん」

陽真 「智波ちゃん……」

成幸 (ん……?)

成幸 「あー……じゃあ、俺はそろそろおいとまするな」

成幸 「……えっと、その、ちなみに、俺のプレゼントの中身はミトンだから」

成幸 「俺も、最近料理に凝ってるお前のために作ったんだけど、海原とかぶらなくてよかったよ」

成幸 「ちなみに、ちゃんとワタたくさんつめて作ったから、使いやすいと思う……って」

陽真 「智波ちゃん……」 智波 「陽真くん……」

成幸 「……もう聞いちゃいないか。じゃ、またな」

ガチャッ……パタン……

成幸 「………………」

ドキドキドキドキ……

成幸 (な、なんだろう、今の雰囲気……///)

成幸 (ものっそいドキドキするぅ……)

………………

智波 「………………」

ギュッ

智波 「……ねえ、陽真くん。今日もご両親は遅いのかな」

陽真 「……うん」

智波 「……あのね、もう少し一緒にいても、いい?」

陽真 「……もちろん」

ギュッ

智波 「ねぇ、陽真くん」

智波 「大好きだよ」

陽真 「……うん。俺も、大好きだよ。智波ちゃん」

…………………………

……………………

………………

………………翌週

成幸 「うぃーす、小林」

陽真 「おはよ、成ちゃん」

陽真 「もらったミトン、早速使ってみたよ。すごく使いやすかったよ」

陽真 「ありがとね。それから、ヘンなことで疑ってごめんね」

成幸 「いやいや、常識的に考えればおかしいのは俺だから、謝るなって」

成幸 「俺の方こそごめんな。そういうの疎くてさ。水希に叱られて初めて気づいたよ」

陽真 「いや、もう大丈夫だよ。気にしないで」

陽真 「おかげで、智波ちゃんともっと仲良くなれたしね」

成幸 「……?」

成幸 (小林って元々落ち着いてて大人っぽかったけど……)

成幸 (なんか、今まで以上に、余裕があるというか……? 大人っぽいというか……)

成幸 「………………」

成幸 (……いやいや、そんな、まさか、なぁ?)

おわり

………………幕間1 「唯我家での一幕」

智波 「でも、私がエプロン、唯我くんがミトンを手作りって、すごい偶然だね」

成幸 「まぁなぁ。お互いかぶらなくてよかったよ」

チクチクチクチク……

葉月 「姉ちゃんは嫁候補じゃない?」

智波 「ごめんねぇ。私は陽真くんの彼女さんだからねぇ」

和樹 「そうかー。残念……」

智波 「でも大丈夫だよちびっ子たち。お兄さんはモテモテだからねぇ」

成幸 「ははは、本気にするなよー、葉月、和樹」

成幸 「兄ちゃんはモテたりしないからなー」

智波 「これがなければねぇ……」

葉月&和樹 「「ほんとにねぇ……」」 ウンウン

成幸 「な、何で初対面なのにそんなにシンパシー感じてるんだお前ら……」

おわり

………………幕間2  「虫さされです」

智波 「おはよー、うるか、あゆ子」

あゆ子 「おう、おはよ、智波……って……」

うるか 「おはよー、海っち……あっ……」

智波 「? どうしたの、ふたりとも。顔真っ赤にして……」

あゆ子 「えっと、とりあえず、これ……///」

智波 「へ? バンソーコー?」

うるか 「……うん。首、貼っといた方がいいかも……///」

智波 「へっ? あっ……///」

おわり

>>1です。
小林くんは間違いなくこんなに面倒くさい男ではないです。
申し訳ないことです。

次投下します。


【ぼく勉】 紗和子 「今週末は発表会の予定なのよ」

うるか 「発表会? なにそれ?」

理珠 「あっ、ひょっとして例の、化学部で参加するという発表会ですか?」

紗和子 「さすがは我が親友、緒方理珠ね! その通りよ!」


―――― 『15時間効果を維持する超強力接着剤よ!』

―――― 『え…… だって 今度化学部が発明品を発表会に出展するじゃない?』

―――― 『当然OGとして試作品のひとつでも作りたいじゃない?』


成幸 「ああ、あのときの……」


―――― 『何故全部脱いでいるのですか関城さん!?』

―――― 『え? 脱がなきゃ服が濡れちゃうじゃない こっち見ないでよ唯我成幸』

―――― 『お…… 緒方……!? ちょ……ッ』

―――― ((寝れる…… わけあるかこんなん!!!))


成幸 (あのときのか……///)

文乃 (……その反応、また何かあったんだね、成幸くん) キリキリキリ……

成幸 「じゃあ、例の15時間キープする接着剤について発表するんだな」

紗和子 「ええ。『1DAYトレンD』 ね」

成幸 「……で、それをなぜ図書室にまで来て俺たちに言うんだ?」

紗和子 「えっ? だって、部員たちもみんな自分の発明品を発表するじゃない?」

成幸 「フム……」

紗和子 「発表会に、ひとりは知ってる人に来てもらいたいじゃない?」

理珠 「フムフム……」

紗和子 「で、化学部以外でこんなことに呼べる友達、あなたたちしかいないじゃない……?」

文乃 「お、おー!! わざわざ誘いに来てくれたんだね紗和子ちゃん! 嬉しいなぁ! 光栄だよ!」

うるか 「あーもうこりゃ行くっきゃないね! さわちんの晴れブタイを見に!」

紗和子 「……ほ、本当!?」 パァアアアアアア……!!!

文乃 「えっと、今週末は……」  うるか 「えーっと……」

文乃 「あっ……。ごめん、紗和子ちゃん。その日はちょっと鹿島さんたちと用事が……」

うるか 「……ごめん、さわちん。あたしも海っちたちと約束がある……」

紗和子 「そう……そうよね……。みんな、私と違って、他にもお友達がいるものね……」 ズズズズズーン

成幸 「あ、だ、大丈夫だぞ関城! 俺はその日空いてるぞ! せひ見に行かせてくれ!」

成幸 (本当は勉強したかったけど!!)

理珠 「わ、私も空いていますよ、関城さん! ぜひ見に行かせてください!」

理珠 (本当は成幸さんと勉強会の予定でしたけど!!)

紗和子 「あなたたち……」 キラキラキラ……!!!!

紗和子 「これ、パンフレットよ! 私の勇姿、とくとその目に焼き付けるといいわ!」

成幸 「お、おう、ありがとな」

成幸 (……まぁ、関城には世話になってるし、これくらいはな)

理珠 「……あ、あの、関城さん」

紗和子 「? 何かしら、緒方理珠」

理珠 「楽しみです。がんばってくださいね!」

紗和子 「あ……」 カァアアアア…… 「え、ええ! ありがとう、がんばるわ!」

成幸 (……緒方もまんざらでもなさそうだしな) クスッ

………………週末

成幸 「………………」

成幸 (んー、緒方のやつ遅いな。そろそろ待ち合わせの時間だけど……)

ピロン……

成幸 (ん? 緒方からメッセージ……?)

 『すみません、成幸さん。お店に急に大口の出前が入って、手伝いをしなければならなくなりました』

 『関城さんの発表時間には絶対に間に合うように行くので、先に会場に入っていてください』

成幸 「あー……」 (お店が急に忙しくなったんじゃ仕方ないよな……)

成幸 (関城の発表には間に合うみたいだし、緒方の言うとおり、俺は先に入ってるとするか)

………………会場内

ガヤガヤガヤガヤ……

成幸 (へー、色んな学校が発表に来てるんだな)

成幸 (小さなホールと廊下に展示物がいっぱいだ)

成幸 (各学校のブースで、今日の発表物の展示をしてるんだな)

成幸 (で、発表会は、大きなホールでやるんだな。ふむふむ……)

成幸 (高校生の展示なのに、結構面白そうな発明品が並んでるな。あとでゆっくり見てみようかな)

成幸 (とりあえず、一ノ瀬の化学部のブースは、と……)

紗和子 「……」 イソイソイソイソ……

成幸 (……探すまでもなかったな。制服の上に白衣を着てるようなやつ、ひとりしかいないもんな)

成幸 「よ、関城。精が出るな」

紗和子 「あら、唯我成幸。早いわね。発表会はまだよ?」

成幸 「ああ、緒方とふたりでちょっと早めに待ち合わせしてたからさ」

成幸 「あ、そうだ。緒方が店の手伝いで少し遅れるってさ」

成幸 「発表会には間に合うみたいだから、心配しなくていいってさ」

紗和子 「そう。それは良かったわ」

紗和子 「……っと、ごめんなさい。実はブースの設営を急いでやらなくてはいけなくて」

成幸 「ああ、悪い。邪魔しちゃったみたいだな」

成幸 「……ん? っていうか、他の化学部の部員はどこに行ったんだ?」

紗和子 「ああ、それなら……」 スッ 「ほら、向こうで来てくれた保護者の相手をしてるわ」

ワイワイワイワイ……

成幸 「ああ、あれか……」 ハッ 「いやいや、だからOGのお前ひとりで大忙しなんだろ。何でこんな……」

紗和子 「だって仕方ないじゃない。あの子たちには、晴れ舞台を見にきてくれる家族がいるんだから」

紗和子 「その相手をさせてあげられないようじゃ、化学部元部長、関城紗和子の名が廃るというものよ」

成幸 「お前が保護者のところに行けって言ったのか。でも、お前だって……」

紗和子 「私の親、今日も仕事だから。元々、来てくれるはずもないからパンフも渡してないけどね」

成幸 「あっ……」 シュン 「すまん……」

紗和子 「……気にしなくていいわよ。湿っぽい話して、こちらこそごめんなさいだわ」

紗和子 「一般開場の時間までにブースを仕上げないといけないの。悪いけど、別の学校でも見ていてちょうだい」

ガチャガチャ……トン……ポン……

成幸 「………………」


―――― 『うちの親は放任主義だし 共働きであまりいないから 一晩ぐらい問題ないわよ』


成幸 (そういえばそうだ。前、そんなことを言ってたな……)


―――― 『だって仕方ないじゃない。あの子たちには、晴れ舞台を見にきてくれる家族がいるんだから』


成幸 (あのときと同じ、寂しそうな声だった。やせ我慢してるような、声……)

成幸 (引退したくせに、部員がやるべき仕事を買って出て、ひとりで無理して……)

成幸 (まったく……)

紗和子 「……ん、これ、どう設置しようかしら。こうした方が見栄えがいいかしら」

成幸 「………………」

スッ

成幸 「こっちのほうがいいんじゃないか。この小さいのは全部、台の上に乗せようぜ」

紗和子 「へ? 唯我成幸……?」

成幸 「手伝うよ。俺は部外者だから、お前が気にする必要もないだろ」

成幸 「それに、他校のブースも、完成してから見たいしな。それまで、暇つぶしさせてくれよ」

紗和子 「唯我成幸……」

紗和子 「し、仕方ないわね! 手伝わせてあげるわ!」 プイッ

成幸 「はいはい。感謝するよ、関城」

成幸 「これ、台の上に置いちゃっていいか?」

紗和子 「え、ええ。お願いするわ」

紗和子 「………………」

紗和子 「……唯我成幸」

成幸 「ん? なんだ?」

紗和子 「……あっ、ありがとう」

成幸 「………………」

クスッ

成幸 「……おう。どういたしまして」

………………一般開場

ザワザワザワザワ…………

成幸 (ふー、なんとか開場に間に合ったな。よかったよかった)

紗和子 「……唯我成幸、はい」

成幸 「ん? 缶コーヒー?」

紗和子 「手伝ってくれたお礼よ。受け取りなさい」

成幸 「……ん、ありがとう。じゃあ、いただくな」

プシュッ……

紗和子 「……ふぅ。一仕事終えた後の缶コーヒーはたまらないわね」

成幸 「おっさんみたいなこと言うなよ」

成幸 「……俺と一緒にいていいのか? ブースの店番とかはないのか?」

紗和子 「さすがにその辺の本業は現役部員にやらせるわよ。じゃないと育たないしね」

紗和子 「私は、発表会以外は裏方に徹することに決めてるの」

成幸 「……ふーん。そっか」

成幸 (……なんだかんだ、しっかり部活や部員のこと考えてるんだよなぁ、こいつ)

成幸 「………………」

成幸 「……なぁ、関城」

紗和子 「何かしら?」

成幸 「……ご両親のことだけどさ」

成幸 「今からでも、メッセージとか、送れないかな」

成幸 「ひょっとしたら、来られるかも、とか……」

紗和子 「………………」

紗和子 「ありえないわ、そんなの。仕事だもの。来られるはずがないわ」

紗和子 「……何を勘違いしているのか知らないけど、唯我成幸」

紗和子 「私ももう高三よ? 親が来てくれないから寂しい、なんて思ってるはずないじゃない」

成幸 「ん……そっか。ならいいんだけどさ」

  「あ、お父さんお母さん! 来てくれたの!?」

  「当然だろ~! 発表会、全部ビデオ撮っておくからな!」

紗和子 「………………」 フッ 「……でも、いいものよね、ああいうの」

紗和子 「ああいう親子の幸せそうな笑顔って、私から見ても、素敵に見えるもの」

成幸 「関城……」

紗和子 「ふふ、ごめんなさい。なんかガラにもないこと言っちゃったわね」

紗和子 「……じゃあ、そろそろ発表会の準備があるから、私はもう行くわね」

成幸 「ああ、発表、がんばってな。緒方とふたりで見てるからな」

紗和子 「ええ。ありがとう」

トトトトト……

成幸 「………………」


―――― 『私ももう高三よ? 親が来てくれないから寂しい、なんて思ってるはずないじゃない』

―――― 『ああいう親子の幸せそうな笑顔って、私から見ても、素敵に見えるもの』


成幸 「関城……」

成幸 (寂しくないって言うなら、もっとどうでもよさそうな顔しろっての)


―――― 『当然だろ~! 発表会、全部ビデオ撮っておくからな!』


成幸 「……ビデオ、か」

………………発表会場

理珠 「……はっ、はっ……」

トトトトト……

理珠 「まっ、間に合いました……」

成幸 「ん、緒方。ぎりぎりだな。間に合ってよかったよかった」

理珠 「すみません。配達に手間取ってしまって……」

成幸 「そろそろ関城の番だぞ。ほら、隣座れよ」

理珠 「はい。ありがとうございます」

理珠 「……あの、ところで成幸さん?」

成幸 「ん?」



理珠 「携帯電話を構えて、一体何をしているのですか?」

………………

 『無事間に合いました! 客席に座っています。がんばってくださいね!』

紗和子 「……ふふ」 (緒方理珠、急いできてくれたみたいね)

紗和子 (大親友が応援してくれている。私は、それだけで十分だわ)


―――― 『私ももう高三よ? 親が来てくれないから寂しい、なんて思ってるはずないじゃない』


紗和子 (……そう。だから、何の問題もない。緒方理珠と唯我成幸が見にきてくれているだけで、)

紗和子 (私は大満足だわ。他に何を望む必要もない)

  『続きまして、一ノ瀬学園化学部、関城紗和子さんの発表です!』

紗和子 (……私は、私のためにきてくれたふたりのために、がんばるだけよ)

紗和子 (ふたりに恥じないような、最高の発表を見せてあげなくてはね!)

………………発表後

紗和子 (……はぁ。さすがにちょっと緊張したわね。でも、手応えもあったし、これは賞も狙えるんじゃないかしら)

紗和子 (ふふ、楽しみだわ)

紗和子 (さて、私も観客席で後輩たちの発表でも見てあげようかしら)

紗和子 「ん……」

理珠 「あ、関城さん」 コソッ 「発表、お疲れさまでした。堂々としていて、いい発表でしたよ」

紗和子 「あっ……」 カァアアアア…… 「あ、ありがとう。緒方理珠」 コソッ

紗和子 (と、友達に……大親友に褒められるって、こんな気持ちなのね……///)

紗和子 「……あら?」

紗和子 「ねえ、唯我成幸は? 一緒じゃないの?」

理珠 「ああ、成幸さんなら、関城さんの発表が終わった瞬間、会場を飛び出していきましたよ」

紗和子 「へ……?」


―――― 『悪い、緒方。やることができたから、関城によろしく伝えてくれ!』


理珠 「……とのことです」

紗和子 「そう……」

紗和子 (ひょっとして、唯我成幸、今日は私のために無理してきてくれていたんじゃ……)

紗和子 「唯我成幸、本当は今日、用事でもあったのかしら」

紗和子 「私が無理を言ってしまって、迷惑をかけたんじゃ……」

理珠 「あ、そうではないと思います。そもそも、今日は私と勉強する予定でしたから」

理珠 「それに、やることができた、と言っていました。元々用事があったのならそんな言い方はしないと思います」

理珠 「……だから、そんな言い方しないでください。そんな顔、しないでください」

ニコッ

理珠 「成幸さんも私も、関城さんの発表を見たいから、ここに来たんですから」

理珠 「なんといっても、私も成幸さんも、関城さんの友達、ですからね」 エッヘン

紗和子 「緒方理珠……」 クスッ 「……ごめんなさい。ありがとう」

紗和子 (……少し前まで、こんなことを言えるような子ではなかったのに)

紗和子 (唯我成幸のおかげで、こんなに変わることができたのね。この子は)

紗和子 (……そして、きっと私も)


―――― 『手伝うよ。俺は部外者だから、お前が気にする必要もないだろ』

―――― 『それに、他校のブースも、完成してから見たいしな。それまで、暇つぶしさせてくれよ』


紗和子 (私も、唯我成幸のおかげで、きっと……)


―――― 『お前…… 楽しみにしてたんじゃないの? 今日 緒方と出かけるの……』

―――― 『あーあー 楽しみにしてたわよ 何!? 悪い!?』


紗和子 「………………」


―――― 『あーもー とにかく急いで誤魔化すぞ!! そっち持ってくれ関城!』

―――― 『あああ 愛してるわ唯我成幸ーー!!』


紗和子 (……よくよく思い返してみれば、いつも助けられてばかりね、私)

紗和子 (今度、お礼でもしないといけないわね……)

理珠 「……? 関城さん」

紗和子 「へっ? な、何かしら、緒方理珠」

理珠 「いえ、大したことではないのですが……」

理珠 「顔が少し赤いですが、大丈夫ですか? 体調でも悪いのでは……?」

紗和子 「!?」 (顔、赤……!? そ、そんなこと……)

ピトッ

紗和子 (……熱いわ。ほっぺ)


―――― 『……なんか最近 少し頼もしくなったわね』

―――― ((ちょっとカッコイイじゃない))


紗和子 「……なんでもないわ。大丈夫よ」

理珠 「? そうですか」

紗和子 (……そう。大丈夫。だって私は……)

紗和子 (私は、この子の大親友だから……)

紗和子 (だから……――――)

………………

成幸 「……ああ、小林。急に悪い」

成幸 「今家か? ……ん、そりゃ良かった。今から家に行ってもいいか?」

成幸 「お前、パソコン持ってたよな。ちょっと頼みたいことがあるんだ」

成幸 「……うん。わかった。詳しいことは家に行ったら話すよ。いつも悪いな」

成幸 「ああ、ありがとう。じゃあ、また」

ピッ……

成幸 「………………」


―――― 『そういうの自慢できる友達…… あなたたちしかいないじゃない……?』

―――― 『発表会に、ひとりは知ってる人に来てもらいたいじゃない?』

―――― 『ああいう親子の幸せそうな笑顔って、私から見ても、素敵に見えるもの』


成幸 (……こんなの、ただのお節介だろう。ありがた迷惑だろう)

成幸 (でも……)

成幸 (あんな寂しそうな顔してるやつ、放っておくこと、できないよな)

………………夜 関城家

紗和子 「……ただいまー」

紗和子 (緒方理珠と勉強していたら、もうこんな時間だわ)

紗和子 (ギリギリ補導されるような時間ではないけれど、至福の時間というのは早く流れるものね)

紗和子 (でも、今日は本当は唯我成幸と勉強する予定だったらしいし、悪いことしてしまったわね)

紗和子 (……少なくとも、勉強面では役に立てたならいいのだけど)

紗和子 「ん……?」

「おかえりなさい、紗和子」

紗和子 「……お、お母さん!? お父さんも……」

紗和子 (ふたりそろって出迎えてくれるなんてめずらしい。何かあったのかしら……)

「今日は発表を見に行ってあげられなくてごめんね」

「その代わりといってはなんだが、これ、一緒に見ないか?」

紗和子 (……? どうしてお母さんとお父さんが発表会のことを知っているのかしら)

紗和子 (それに、それって……)

紗和子 「DVD……?」

………………翌週 登校時

成幸 「………………」

ヨミヨミヨミ……

紗和子 「……唯我成幸」

成幸 「……へ? あ、関城」

紗和子 「おはよ。いくら受験が近いと言ったって、歩きながらの参考書は感心しないわよ」

成幸 「ああ、悪い。つい、な……」

紗和子 「まったく。本当にガリ勉ね」

成幸 「そんなところでどうしたんだ? 誰か待ってるのか?」

紗和子 「ええ。待っていたの。あなたをね」

成幸 「……俺を?」

紗和子 「……週末はどうもありがとう。設営の手伝いや、発表を見てくれたりして」

成幸 「あ、ああ。なんだ、そんなことか。何かやらかしたかと思ったよ」

成幸 「どういたしまして。気にしなくていいよ。片付け手伝えなくてごめんな」

紗和子 「それこそ謝られるようなことではないけどね」

紗和子 「……それから、」

成幸 「ん?」

紗和子 「これ。あなたね? うちの両親に渡したの」

成幸 「……なんだ、それ? CDか?」

紗和子 「私の発表が録られたDVDよ。分かってるくせに、とぼけちゃって」


―――― 『紗和子の友達だって言う男の子が届けてくれたのよ』


成幸 「へ、へぇ。親切なやつがいたもんだな」

紗和子 「言っておくけど、私の男友達なんて、あなた以外いないわよ?」

成幸 「………………」

紗和子 「……ん?」

成幸 「……はぁ。悪かったよ、余計なマネして。良かれと思ってさ」

紗和子 「謝れなんて言ってないわよ。悪いとも言ってない。ただ……」

成幸 「ん?」

紗和子 「……どうしてそんなことをしてくれたのか、教えてほしいだけよ」

成幸 「どうしてって……。言わせるのか、それを」

紗和子 「何よ。気になるから聞いてるんだから、教えなさいよ」

成幸 「っ……まぁ、いいけどさ……」

成幸 「………………」

成幸 「……――に、見えたから……」

紗和子 「……? よく聞こえないのだけど……」

成幸 「いや、だから……」 カァアアアア…… 「……お前が、寂しそうに見えたから」


―――― 『私の親、今日も仕事だから。元々、来てくれるはずもないからパンフも渡してないけどね』


紗和子 「へ……?」

成幸 「……お前がどう思ってるかなんて分からなかったから、余計なお世話だったかもしれないけど」

成幸 「お前ががんばってきたものを、お前のお父さんとお母さんにも見せてあげたいと思ったんだよ」

成幸 「化学部で三年間がんばってきたこと、ご両親が全然知らないなんて、寂しいだろ」

紗和子 「唯我成幸、あなた……」 カァアアアア…… 「は、恥ずかしい人ね。そんなこと考えてたの……」

成幸 「悪かったな。仕方ないだろ。そうしたいと思ったんだから」

紗和子 「……まったく。あの後、家に帰ってから大変だったんだから」

成幸 「? 何かあったのか?」

紗和子 「自分が発表している姿を延々とリピートされる様を想像してみなさいよ」

紗和子 「しかも両親と一緒に、よ。気恥ずかしくて仕方なかったわ」

成幸 「……ああ、それは確かに恥ずかしそうだな」

紗和子 「それに、あなた余計なこと言ったでしょ」

成幸 「へ?」

紗和子 「『今まで寂しい思いをさせてごめんね』 って謝られたわ」

紗和子 「受験が終わったらどこかに行こうとか、欲しいものはないかとか……」

成幸 「あ、いや、俺は……すまん。お前に迷惑をかけるつもりは、本当になかったんだ……」

成幸 「家庭に口を出すつもりもなかったんだが……つい、口から……」

紗和子 「………………」 クスッ 「……冗談。迷惑とか余計とか、全然思ってないわ」

ニコッ

紗和子 「唯我成幸。私、あの日の夜、本当に嬉しかったのよ。あなたのおかげよ。だから、本当にありがとう」

成幸 「あっ……そ、そうか。なら良かったよ」

成幸 (な、なんだろ。なんか、変な感じだ。関城って、笑うと……)

成幸 (……あんなにきれいなんだな)

ハッ

成幸 (あ、アホか俺は。友達相手に一体何を考えてるんだ)

成幸 「……関城、そろそろ行こうぜ。学校に遅れちまう」

紗和子 「……そうね。行きましょうか」

紗和子 「………………」


―――― 『……なんか最近 少し頼もしくなったわね』


紗和子 (きっと、いつもあの子はこんな気持ちなのね)

ドキドキドキドキ……

紗和子 (最近というわけじゃない。きっとずっと前から、あの子は知っていたのね)

紗和子 (唯我成幸という男子が、こういう人だって)

紗和子 「………………」

ドキドキドキドキ……

紗和子 (静まりなさい。火照ってはダメよ。顔を赤くしては、ダメ)

紗和子 (私は緒方理珠の親友。親友の想い人に、抱いていい感情ではないから)

紗和子 (……でも、もしも)

紗和子 (唯我成幸、あなたが、緒方理珠の想い人でなかったなら……)

紗和子 「………………」

紗和子 (……バカね、私。何考えてるのかしら)

紗和子 (仮定の話なんて意味がない。あるのは、彼が親友の想い人だという事実だけ)

紗和子 (だから……――)

成幸 「――……あっ、そうだ。関城」

紗和子 「……? 何かしら」

成幸 「発表会の後まっすぐ帰ったから、言えてなかったな」

成幸 「発表、すごくよかったよ。よくあんな大勢の前で堂々と喋れるなって感心しちゃったよ」

紗和子 「あっ……///」 ボフッ 「そ、そんなことないわよ。あれくらい、練習すれば誰だって……」

成幸 「いやいや、大したもんだよ。分かりやすかったしさ」

成幸 「一気にお前のファンになっちゃったよ……って、これはちょっと気持ち悪いか」

紗和子 「………………」 プイッ

成幸 「……? 関城? 横向いてどうした?」

紗和子 「……なんでもないわ。なんでもないから、ちょっとしばらく、向こうを向かせてちょうだい」

成幸 「? いいけど……」

紗和子 (……バカ。唯我成幸の、バカ)

カァアアアア……

紗和子 (必死でおさえてたのに、表情がニヤけちゃうじゃない。それに、顔だって……)

紗和子 (鏡を見なくても分かるわ。絶対、真っ赤になってるもの……)

紗和子 (……ああ、もう! やめなさいよ、唯我成幸)

紗和子 (あなたのこと、好きになってはいけないのに、好きになってしまうじゃない……)

おわり

………………幕間 『成ちゃんを幸せにしてくれるなら』

陽真 「おや、あれは成ちゃんと……」

陽真 (……週末、DVDに焼いてあげた動画の女子じゃないか)

智波 「むっ……あれは関城さんだね。緒方さんと仲が良い子だよ」

智波 「……でも、唯我くんとふたりだけってめずらしいな。うーん……」

陽真 「どうしたの? 難しい顔しちゃって……」

智波 「いや、これはあくまでも私の女の勘だけど……」

陽真 「?」

智波 「うるかにライバルが増えそうだと思ってさ」

陽真 「……ああ」 クスッ 「……たしかに、そんな顔してるね。関城さん」

智波 「だよね! うるかにうかうかしてられないよって焚きつけてあげないと」

陽真 「俺は成ちゃんを幸せにしてくれるなら、誰とそういう関係になってもいいけどね」

智波 「私は断然うるかを推すよ!」 フンスフンス 「こればっかりは譲れないからね!」

陽真 (……あー、これは、DVDの話は智波ちゃんには内緒にしておいたほうがよさそうだなぁ)

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

次投下します。
長いです。
今までで一番長かったのが、水希さんの修学旅行中にあすみさんが押しかけ女房をする話(?)だったのですが、
その1.5倍くらいあります。長い。
三話完結くらいの長編だと思っていただければと思います。
申し訳ないことです。


【ぼく勉】 美春 「今週末、アイスショーがあるんです」

真冬 「知ってるわ。うちの学校にもパンフレットとポスターが来ていたもの」

美春 「洽覧深識。さすが姉さまです!」

美春 「と、いうことで、関係者席のチケットを用意しました! 見に来てくれますよね、姉さま」

真冬 「ありがとう、美春。でも、予定が空いているかどうか確認しないと……」

美春 「……え?」 ブワッ 「ま、まさか、姉さま、来てくれないなんてことは……」

真冬 「………………」

真冬 「……わかったわ。行くわ。多分仕事もないでしょうから」

美春 「姉さま!」 パァアアアアアア……!!! 「とっても嬉しいです!」

真冬 「まったく……」 クスッ (……もう大学生だというのに、無邪気に笑って)

真冬 (この子には敵わないわね……)

真冬 「それにしても、さすがね、美春」

真冬 「まだエリジブルだというのに、もう本格的なアイスショーに、それも主役で出演だなんて」

美春 「いえいえ、私なんて姉さまの全盛期に比べればまだまだです」

美春 「もっともっと練習して、技術を磨かなければなりません!」

真冬 「……まぁ、私を立ててくれるのは嬉しいけれど、あなたが言うほどすごくはなかったわよ」

美春 「そんなことはありません!」

美春 「姉さまは……それはもう、素敵な滑りをなさっていました。今でも私の目標です!」 ウットリ

真冬 「そ、そう。なら、そういうことにしておくわ……」

真冬 (困ったものだわ。子どもの頃に見た私の滑りが強く印象に残りすぎているのね)

美春 「あ、そうだ、姉さま。関係者席のチケット、もう一枚余っているのですが……」

美春 「どなたかお誘いしたい方はいらっしゃいますか?」

真冬 「ん、そうね……」


―――― 『俺は先生を幸せにしたいです』


真冬 「っ……」 (何故……! なぜ彼の顔が思い浮かぶのかしら!)

美春 「姉さま……?」

真冬 「な、なんでもないわ」 オホン 「思い当たる人はいないわ。大学のお友達にでも渡したらどうかしら?」

美春 「わかりました! では、そうします!」

美春 「と、ところで、あの姉さま?」

真冬 「? 何かしら?」

美春 「アイスショーは競技種目ではありませんから、普段とは違う滑りを心がけるつもりです」

美春 「終わった後、姉さまから講評をいただければ嬉しいです、なんて……」

真冬 「………………」

真冬 「……私はもうスケーターではなく一介の教師だわ」

真冬 「だから、今もがんばっている現役選手のあなたの講評なんて恐れ多くてできないわ」

美春 「姉さま、でもっ……――」

真冬 「――けれど、講評はできなくとも、感想を伝えるくらいはするわ。私はあなたの姉ですもの」

美春 「へ……?」

真冬 「………………」 ニコッ 「……だから、がんばってね、美春。応援しているわ」

美春 「姉さま……」

グッ

美春 「はい! 私、全力でがんばります!!」

………………スケートリンク 通し稽古

美春 「………………」

シャッ……シャーーーッ……シャッ!!!

美春 (私はまだ、エリジブルという立場。プロスケーターではありません)

美春 (でも、だからこそ、私の持ちうる能力のすべてで、当たらなければ!)

美春 (……けどっ!)

シャーーーーーッ!!!!

美春 (自分でも分かるくらい、調子が良いです!)

美春 (もちろん、プロの方々と比べて遜色がないとは言えないだろうけど、)

美春 (これならプロデューサーも太鼓判を押してくれるでしょうし、何より……)


―――― 真冬 『よくやったわね、美春。すごいわ』


美春 (姉さまに褒めてもらうのも、夢ではないかもしれません!!)

美春 「えへへ……えへっ……」

プロデューサー 「………………」

………………

美春 「へ……? ぜ、全然ダメ、ですか……?」

プロデューサー 「そうよぉ、美春ちゃん。今のままじゃ、あなたに主役をさせられないわ」

美春 「で、でも、滑りも演技もかんぺきなはずです!」

美春 「どうして……」

プロデューサー 「たしかに、動作だけを取ればあなたは完ぺきよ。エリジブルとして完成されつつあるのね」

プロデューサー 「でも、あなたの滑りはただ動作のみを完ぺきにしただけ」

プロデューサー 「とても演技とは呼べない。これはアマチュアの大会ではないの」

プロデューサー 「プロの演劇のアイスショーの舞台なのよ」

美春 「……わっ、わかりました! では、今から猛特訓して演技力を身につけます!」

プロデューサー 「いえ、違うわ。あなたがしなければならないのは、演技の練習ではないわ」

美春 「へ……? それは、どういう……?」

プロデューサー 「……時に美春ちゃん、少しセクハラめいた問いかけになってしまうのだけど、」

プロデューサー 「あなた、恋をしたことがあって?」

美春 「ふぇっ……?」 ボフッ 「な、なななな、なぜ急にでそんなことを……!?」

プロデューサー 「ああ、答えなくて結構よ。その反応で大体分かってしまったわ」

プロデューサー 「恋がなんだか知っている。でも、具体的には何一つ分からない」

プロデューサー 「なぜなら、経験がゼロだから……ってところかしら」

美春 「うぅ……///」

プロデューサー 「ああ、ごめんなさいね。あなたに恥をかかせるためにこんなことを言っているわけではないのよ」

プロデューサー 「恋を知らないあなたが、恋をして、裏切られたお姫様の表現ができて?」

美春 「そ、それは……」

プロデューサー 「と、いうことで、美春ちゃん。あなたは週末まで練習に出なくて結構よ」

美春 「……つまり、私は降板ということでしょうか」

プロデューサー 「ノンノンノン、違うわ。話は最後まで聞いてちょうだい」

プロデューサー 「ねえ、美春ちゃん。恋というものは、とてもすごいものなのよ」

美春 「……はぁ」

プロデューサー 「恋をすると、回りが見えなくなるの。相手しか見えなくなるの」

プロデューサー 「それなのに、周囲すべてが輝いて見えるわ。もちろん、恋する相手もね」

プロデューサー 「一緒にいると、ドキドキして落ち着かなくなる」

プロデューサー 「でもそれと同時に、どこか落ち着く。ずっと一緒にいたいと思う」

プロデューサー 「……そんな恋を、あなたに知ってもらいたいのよ」

美春 「えっと……、つまり、どういうことでしょうか?」

プロデューサー「……だから美春ちゃん、あなたは週末まで、やってもらいたいことがあるの」

美春 「?」

プロデューサー 「恋愛を経験してきてちょうだい!!」

グッ

プロデューサー 「それこそ、身を焦がしそうなほどのね!!」

美春 「へ……?」

美春 「へぇええええええええええ!?」

………………

美春 「………………」 トボトボトボ


―――― 『もちろん、本物の恋愛をしてこいという意味ではないわ』

―――― 『美春ちゃん、少女漫画は読んだことあるわね? なら話が早いわ』

―――― 『少女漫画でも恋愛小説でも映画でも何でもいいわ』

―――― 『週末までに、恋を題材にした作品にできるだけたくさん触れてきてちょうだい』

―――― 『本当は、実際に殿方とデートをしてみるのが一番いいのだけど、それは難しいものね』

―――― 『と、いうことで、ゲネプロまでに、しっかりと恋愛に触れてくること。いいわね』

―――― 『あなたの中には激しい情動……パッションとラブを感じるわ!! でもそれはまだ眠っているの!」

―――― 『それを呼び覚ますことができれば、あるいは……』

―――― 『週末を楽しみにしているわ!!』


美春 (……はぁ。何がパッションとラブですか。意味わからないです)

美春 (とはいえ、あの人は国内外を問わず凄まじい実績を残している辣腕プロデューサー)

美春 (そして元一流のコーチでもある。きっと言っていることは正しいのでしょう)

美春 「………………」


―――― 『本当は、実際に殿方とデートをしてみるのが一番いいのだけど、それは難しいものね』


美春 (……まるで、私には恋愛なんてできないだろ、と言わんばかりの口調でした)

美春 (いや、もちろんプロデューサーにそんな意図はないのでしょう。でも、そう感じてしまいました)

美春 「………………」

美春 (悔しい。悔しいんです。だから、ゲネプロで、目に物見せてあげます!)

美春 (そっ、そのために……)

ボフッ

美春 (と、ととと、殿方と、おデート、してみようじゃありませんか!!)

美春 「破釜沈船! 生きて帰らぬものと思えば、何だってなせます!」

美春 (……とは、勢いよく言ったものの、実際にデートをするような男性の知り合いは……)


―――― 『あ はい よろしくお願いします美春さん!』


美春 「……ひとりだけ、心当たりがいますね」

………………一ノ瀬学園

陽真 「なーりーちゃん。やっと放課後だね。帰ろー」

成幸 「おう。今日は久々にひとりで勉強できる日だからな。さっさと帰らないと……」

陽真 「うへぇ、さすが成ちゃん。帰った後も勉強か……」

陽真 「明日から連休だってのに、すごいなぁ」

成幸 「連休って、今まで貯めに貯めてた振替休日だろ。実質、受験生のために学校が用意した勉強休日だな」

陽真 「ま、俺はほどほどに勉強するよ。智波ちゃんと一緒にね」

成幸 「そうかよ。お前が幸せそうで俺は嬉しいよ」

ザワザワザワザワ…………

成幸 「ん? なんか校門の方が騒がしいな。どうかしたのかな」

陽真 「人だかりができてるね。有名人でも来てたりして」

成幸 「んなアホな……――」


美春 「――ああっ! いました、唯我成幸さん!!!」


成幸 「……へ?」

トトトトトトト……

美春 「校門前で会えるだろうと待っていた甲斐がありました! お久しぶりです、唯我成幸さん!」

成幸 「あ、えっと……どうしてここに? 美春さん」

美春 「ですから、言っているではありませんか! あなたに会いに来たんです!」

ドヨッ……!!!!

「ゆ、唯我に会いに来た……?」  「あのガリ勉に……!?」

「なぜいつもあいつなんだ!?」  「お姫様たちもそうだが、なぜ唯我ばかり!?」

美春 「そうしたら私の正体がばれてしまって、サインをせがまれて囲まれてしまって……」

美春 「でも、良かったです。こうしてあなたに無事会うことができました」

陽真 「おーう、本当に有名人がいたとはねー」

ニヤニヤ

陽真 「なになに、成ちゃん。実は年上が好きなの?」

成幸 「にやつくのはやめろ、小林。そんなんじゃねーよ」

美春 「……?」

成幸 (美春さんがなぜ俺を訪ねてきたのか、理由も何も分からないけど……)

ザワザワザワザワ…………

成幸 (このまま騒ぎが大きくなったら、きっと生徒指導部の先生が来る)

成幸 (そうしたら、俺だけじゃなくて、美春さんも怒られかねない)

成幸 「美春さん! 美春さんは俺に用があって学校に来たんですよね?」

美春 「? 明明白白。その通りですが……?」

成幸 「なら……」

ギュッ

美春 「!? ふぇっ!? ゆ、唯我成幸さん!?」

美春 (て、手を……!? 殿方に手を握られてしまいました!!)

成幸 「悪い、小林! 先帰っててくれ。また来週!」

タタタタタタ……

陽真 「……はぁ。まったく」 クスッ 「相変わらず、面白いことに巻き込まれるなぁ、成ちゃんは」

………………路地裏

成幸 「……はぁ……はぁ」

成幸 (ここまで来れば大丈夫かな。野次馬たちも追いかけてきてはなさそうだ)

美春 「あっ……あの、唯我成幸さん……///」

成幸 「? はい?」

美春 「そ、そろそろ、その……手を、放していただけると……///」

成幸 「あっ……」

バッ

成幸 「ご、ごめんなさい! あのままじゃ騒ぎが大きくなると思ったので、つい手を……」

美春 「いえ……」

ドキドキドキドキ……

美春 (と、殿方に手を引かれて走るなんて、初めてです……)

美春 (少女漫画のようなことをしてしまいました……///)

成幸 「……あ、あの、今日は一体、俺にどんな用があったんですか?」

美春 「は、はい、実はですね……かくかくしかじかで……」

………………

成幸 「なるほど。そんなことが……」

美春 「悔しかったので、なんとか殿方と……でっ、デートを、と思いまして」

成幸 「……それは分かりましたけど、その……」 カァアアアア…… 「な、なんで俺なんですか?」

美春 「……お恥ずかしながら、男性の知り合いというと、あなた以外思い浮かばなかったので」 ズーーーン

成幸 「ああ……」 (美春さん、男の人苦手みたいだもんなぁ……)

成幸 (こんなきれいな人とデートだなんて、なんか気後れしちゃうけど……)

成幸 (向こうは年上の女子大生。俺のことなんか弟程度とも思ってないだろうし……)


―――― 『悔しかったので、なんとか殿方と……でっ、デートを、と思いまして』


成幸 (それで俺を頼ってくるってことは、よっぽど悔しかったんだろうな……)

美春 「厚かましいお願いなのは分かっています。でも、あなた以外に頼める人がいないんです」

美春 「どうか……どうか、お願いします! 私のデートの相手になってください!」

美春 「何でもしますから!!」

成幸 「ぶっ……!!」

美春 「? どうかされましたか、唯我成幸さん」

成幸 「い、いえ。美春さんは桐須先生とよく似ているな、と思いまして……」


―――― 『なんでもするから 私をひとりにしないで』


成幸 (姉妹そろって、なんというか、警戒心が強いように見えて、その実無防備だよなぁ……)

成幸 (……まあ、困ってるみたいだし)

成幸 「わかりました。いいですよ。役に立てるか分かりませんが、俺でよければ相手になります」

成幸 「以前、ファミレスでもお世話になりましたしね」

美春 「!? ほ、本当ですか!?」

成幸 「はい。本当に、お役に立てるかは分かりませんけど……」

美春 「あ、ありがとうございます! 助かります! あなたは私の恩人です!」

成幸 「恩人って、そんな大げさな……」

成幸 (まぁ、今日の勉強時間がなくなってしまうのは痛いが、仕方ないよな。困ったときはお互い様だ)

成幸 (明日からの休日を使って勉強すれば――)

美春 「――では、これが今日から週末までのデートプランになります! 目を通しておいてくださいね!」

ドサッ

成幸 「へ……? こ、この広辞苑もビックリな分厚さの冊子が、デートプラン……?」

成幸 「い、いや、というか、空耳ですかね? “今日から週末まで” ……?」

美春 「はい? どうかしましたか、唯我成幸さん」

ニコッ

美春 「今日から週末まで、毎日、デートの相手役をやってくれるんですよね?」

成幸 「へ!? ま、毎日ですか!?」

美春 「はい、一ノ瀬学園は明日から休日ですよね。ですから、明日からは朝から夕方までお願いします!」

成幸 (下調べバッチリ!?) 「い、いやいやいや! さ、さすがにそれは……」

美春 「……首鼠両端。おやおやおや?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

美春 「さっき、引き受けてくれると言ってくれたと思うのですが、」

美春 「……まさか、前言撤回するなんて、言うわけじゃありませんよね?」

成幸 「えっ、いや、えっと、その……」

成幸 (ああ、そうだ……)


―――― 『それはそれ これはこれ 何を帰ろうとしているんですか まだ勉強は終わっていませんよ』

―――― 『有言実行 約束の24時間にはまだあと16時間残っています』

―――― 『言ったでしょう 美春は完璧主義で融通が利かないと』


成幸 (この人は、こういう人だった……)

成幸 (うぅ……仕方ないよな。俺が相手役を引き受ける前に、ちゃんと確認しなかったのが悪い……)

成幸 「……毎日、やらせてもらいます」

美春 「えへへ♪ ありがとうございます、唯我成幸さんっ」

美春 「もちろん、デート後に勉強時間は取りますし、しっかり私が教えますから、安心してくださいね」

成幸 「本当ですか!? それは助かります! ありがとうございます!」

成幸 (以前教えてもらったとき、時間はともかくとしてすごく分かりやすかったから、それは純粋にありがたいぞ)

美春 「………………」

美春 (姉さまの恋人である唯我成幸さんにこんなことをお願いするのは、ややインモラルかもしれませんが、)

美春 (そもそも、教師と生徒がそういう関係を持っている時点でインモラルですし……)

美春 (それに、私はまだ、姉さまと唯我成幸さんの関係を認めたわけではありませんし!)


―――― 『でも姉さま 少し声が明るくなりました 美春はそれが一番嬉しいです!』


美春 (……まぁ、もちろん、あのときのことは感謝していますけど)

美春 (姉さまが教師を続けると決めたのなら、それこそ教師を続けられなくなるような事態だけは回避しなければ)

美春 (懲戒解雇。教え子との恋愛だなんて、職場や保護者にバレれば、即刻クビになってしまいます!)

美春 (今回はあくまで、私のアイスショーの演技力向上のための練習ですが、)

美春 (けれど、それと同時に、私の溢れる色香で今度こそあなたを虜にしてみせます)

美春 (そして、姉さまの平穏な教員生活のために、姉さまを諦めさせてみせますよ、唯我成幸さん!!)

美春 「……では、参りましょうか。今日はもう夕方ですから、近場からです!」

美春 「私を “ゲームセンター” という場所に、連れて行ってください!」

成幸 「ゲームセンター……?」

………………ゲームセンター

ザワザワザワザワザワザワ……

美春 「喧々囂々。随分と想像しい場所ですね……」

成幸 「色々なゲームの音とかも騒がしいですからね。人も多いですし」

美春 「少女漫画ではそんな描写はなかったから分かりませんでした……」

成幸 「少女漫画?」

美春 「い、いえ、なんでもありません」

成幸 「? ところで、ゲームセンターでしてみたいことがあるんですよね?」

美春 「へ? えっと……」

美春 「そのあたりは、よく分からないのであなたにお任せできたら、と……」

成幸 「えっ? いや、でも、俺もゲーセンなんか滅多に来ないから分からないですよ」

美春 「!? 普通の高校生は毎日ゲームセンターで遊んでいるのでは!?」

成幸 「どういうイメージですかそれ……」

成幸 「そういえば、前にお姉さんと一緒にゲームセンターに来たときは、」

美春 「!?」 (姉さまとゲームセンターデート!?)

成幸 「一緒にクレーンゲームをやりましたね」

美春 「………………」

成幸 「……? 美春さん?」

美春 「やりましょう」

成幸 「へ?」

美春 「それをやりましょう、唯我成幸さん」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

美春 (姉さまと一緒にやったことなら、それを上書きしてさしあげます!)

成幸 「じゃあ、いくつかありますから見てみましょうか」

美春 「はい!」

………………クレーンゲーム

美春 「はぁ~~~~……」 パァアアアアアア……!!!

美春 (か、かわいい! かわいいものがいっぱいです!!)

美春 (ゲームセンターなんて不良が行くところだと思い込んでいましたが……)

美春 (こんなにかわいいものがたくさんあるなんて……!!)

美春 「あっ! これがいいです! このくまさんのぬいぐるみストラップがほしいです!!」

成幸 「はい、じゃあ百円玉を入れて、やってみましょうか」

美春 「はいっ」 ワクワクワクワク……

チャリン……

美春 「次はどうしたらいいですか!?」 キラキラキラ……!!!!

成幸 「ええと、そのボタンを押すとアームが横に移動して、次は……」

ズイッ

美春 「!?」 (ち、近い! 近いです唯我成幸さん!!)

美春 (で、でも、姉さまとの思い出を上書きするには、これくらいのことは……)

カチッ……カチッ……

ウィーーーン……

美春 「あっ……」 (間違えて押してしまったら、アームが動き始めてしまいました)

成幸 「あ……」

ムンズ……ポイッ……

成幸 「す、すごい!! 一発で取れちゃいましたよ!」

美春 「100円でストラップが手に入ってしまいました……! やりました!」 ピョンピョン!!!!

成幸 (はは、飛び跳ねて喜んじゃって。こういうところ、妹だけあって桐須先生とそっくりだな)

成幸 「さすが美春さんですね。先生がやったときはなかなか取れなくて、結構お金を使ってましたよ」

成幸 「最終的に一緒に押してくれなんて言って、それでやっと取れたんですから」

美春 「!?」 (一緒に!? 共同作業!? どれだけラブラブですか!!)

美春 (一発で取れてしまっては、姉さまとの思い出を全然上書きできてないですね……)

美春 「も……もう一回! もう一回やります!!」

グイッ

成幸 「わっ……」 アセアセ 「み、美春さん!?」

成幸 (何で急に腕を組まれたんだ!?)

美春 「もうひとつ手に入れます! そうしたら、それをあなたに差し上げます!」

チャリン……

成幸 「あ、は、はい……」

美春 「……なので、今度は一緒にやってください」

ズイッ

成幸 (ちっ、近い! 顔が、すぐ近くに……!)

フラッ……カチッ、カチッ……

成幸 「あっ……」 (ふらついた拍子に、ボタンを押してしまった……)

ムンズ……ポイッ……

成幸&美春 「「あっ……」」

成幸 「……取れちゃいましたね」

美春 「……取れてしまいましたね」 ズーーーン (姉さまとの思い出を上書きする必要があるのに……)

美春 「……これ、さしあげます。どうぞ」

成幸 「あ、ありがとうございます」 クスッ 「色違いですけど、おそろいですね」

美春 「お、おそろい……?」

カァアアアア……

美春 (な、なんて蠱惑的な響きでしょうか。おそろいだなんて……)

美春 「………………」

美春 (おそろい、ですか……)

美春 (えへへ……)

ハッ

美春 「!?」 (わ、私は一体、何を考えて……!?)

成幸 「美春さん? 次はどうしましょうか?」

美春 「ふぇっ!? あ、そ、そうですね! では、次の場所に向かいましょう! 次は流行りの喫茶店です!」

………………喫茶店

成幸 「すごい偶然ですけど、ここも以前先生と一緒に来たことがあるんですよ」

美春 「!?」

成幸 「そのとき、先生が間違えてこのカップル専用の飲み物を頼んでしまって大変でした」

美春 「!?」 (さ、さすがは姉さま! 唯我成幸さんの誘惑に余念がないですね……!!)

美春 (でも、負けません!!)

店員 「ご注文お決まりでしょうか?」

成幸 「あ、では、この一番安いコーヒーを……――」

美春 「――あ、あの! 私たちは恋人同士なので!」

美春 「このカップル専用のドリンクをいただきます!!」

成幸 「!?」

美春 「それから、このカップル専用ハート型パンケーキもいただきます!!」

成幸 「美春さん!?」

………………

成幸 「うおう……」

バーーーーーーン!!!

成幸 (す、すごい。飲み物は相変わらずだけど、パンケーキの迫力もすごい……)

美春 「………………」

ドキドキドキドキ……

美春 (わ、私は今、すごくはしたないことをしている気がします……!)

美春 (今から、このストローで、ふたり同時にこのドリンクを……)

美春 「………………」

カァアアアア……

美春 (寡廉鮮恥!! 世の恋人たちはなんてはしたないのでしょう!!)

美春 (でも……こ、これも、恋する少女の気持ちを知るため……)

美春 (そして、唯我成幸さんと姉さまを引き離すため……)

美春 「で、では行きますよ、唯我成幸さん!」

成幸 「!? 本当に一緒に飲むんですか!?」

美春 「……はむっ」

美春 「………………」 ジーーーーッ

成幸 (ストロー咥えたままめっちゃ見てくる。これは、早くしろということだろうな……)

成幸 (うぅー……)

成幸 (ええい、ままよ!)

ハムッ

美春 「!?」 (こ、これは予想以上に、近いです……!)

美春 (と、殿方のお顔がこんなに近くにあるなんて……)

成幸 (うぅ……)

美春 (はうっ……)

………………

………………

美春 「………………」

カァアアアア……

美春 (も、もうお嫁に行けません。ジュースを通して、唯我成幸さんの口と繋がってしまいました……)

美春 (これが俗に言う “間接キス” というものなのですね……) ※ちがいます。

成幸 「うぅ……///」 プシューーーー

美春 (でも、まだ姉さまに並んだにすぎません! 次は……)

美春 「さあ、では唯我成幸さん、次はパンケーキですよ!」

成幸 「そ、そうですね! これは普通に半分こして食べればいいですもんね……」

美春 「ええ! では、行きます!」 ズイッ

美春 「さあ、食べてください! あーん!」

成幸 「!? 自分で食べればよくないですか!?」

美春 「ダメです! ほら、メニューにも!」

 『カップルで食べさせ合うのにぴったりのホットなパンケーキです♪』

成幸 「その煽り文句真に受ける必要あります!?」

美春 「ほら、食べてください!」

ズイズイッ

成幸 「わ、わかりました……」

ハムッ……

美春 「……!?」 (またまた少女漫画みたいなことをしてしまいました……!)

美春 (でも、まだです……)

美春 「おっ、美味しいですか、唯我成幸さん」

成幸 「は、はい……///」

美春 「で、では……次は、私に、食べさせてください」

成幸 「!? 俺もやるんですか!?」

美春 「至極当然! やってください!」

成幸 「わ、わかりました……」

成幸 「えっと、あの……」 カァアアアア…… 「あーん……」

美春 「……あ、あーん」 ハムッ

………………

成幸 (け、結局全部食べさせあいっこで食べたぞ……)

ドキドキドキドキ……

成幸 (大変だった……)

美春 (はうぅ……)

ドキドキドキドキ……

美春 (なんてことをしてしまったのでしょう。結婚相手でもない殿方と、とんでもないことを……)

美春 (姉さまはこんなことを毎日やっているのですか。さすが姉さまです……)

成幸 「……美春さん、次はどこに行きますか?」

美春 「次は、えっと……」

美春 「……ショッピングの予定ですね。まだ時間は大丈夫ですか?」

成幸 「はい。さっき遅くなると家に連絡はしたので、大丈夫です」

成幸 「そういえば、服も先生と一緒に見ましたよ」

成幸 「先生は本当にジャージ大好きですよね。また新しいジャージを見てましたよ」 クスッ

美春 「!?」 (ね、姉さま……! あらゆるところに唯我成幸さんを連れて行っているのですね……!)

美春 (望むところです! 姉さまのため、絶対に姉さまに負けませんから……!)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (すごい、やる気満々だ。スケートについて、少しの妥協もしたくないんだな……)

成幸 (美春さんがこんなにがんばってるんだ。俺も、恥ずかしがってる場合じゃない!)

成幸 (勉強も教えてくれると言ってくれているんだ。なら、その分程度はしっかりがんばらないとな!)

成幸 「じゃあいきましょう! 美春さん!」

美春 「はい!」

………………服屋

美春 「お洋服屋さんについては事前にしっかりと下調べをしておきました!」

美春 「このお店は安くてデザインもいいと評判でした……って、どうかされました、唯我成幸さん?」

成幸 「……あ、いや、えっと」

成幸 (な、何でよりによってこのお店なんだ!? 俺のバイト先じゃないか……)

店長 「いらっしゃいませー……って、ナリユキ君じゃないか。オフなのに来てくれるとは嬉しいねえ」

成幸 「あっ、店長。いらっしゃったんですね……」

店長 「そりゃ、あたしの店だからねぇ……ん?」

美春 「……? お店の方とお知り合いなのですか、唯我成幸さん?」

店長 「……おやおや、おやおやおやおや?」 ニヤァアアア

店長 「……まったく君も、隅に置けないねえ、ナリユキ君」

成幸 「店長が何を考えてるか分かりませんけど、それ絶対違いますからね」

店長 「彼女に服でも買ってあげるのかい? このこのー。しかもすごい美人さんじゃないかー」

店長 「ひょっとして年上好きかー? ませてるねー」

成幸 「いや、だからそういうのじゃないんですって!」

美春 「その通りです、店長さん。私と唯我成幸さんはそういう関係ではありません」

成幸 (美春さん! そうだ! 言ってやってください!)

美春 「私が頼み込んで無理にデートをしてもらっているので、服を買って頂くなんて、道義的に許されません!」

成幸 「……美春さん!?」

店長 「へぇ……?」

美春 「今日のデート代だって、全部私が持つつもりです!」

美春 「唯我成幸さんにお金を出していただくつもりはこれっぽっちもありません!」

店長 「へ、へぇ~……///」 カァアアアア…… 「も、モテるんだね、ナリユキ君。お姉さん尊敬しちゃうよ……」

店長 「でも、あんまり健全な関係とは言えないかな。一応花枝さんに報告しておくべきか……」

成幸 「絶対やめてください! 誤解です誤解!」

店長 「……ん? あれ、そういえば彼女さん、どこかで見たことあるような……?」

成幸 「!?」 (まずい、正体がばれたらまた騒ぎになる……!)

客 「あの、すみません。この服のサイズなんですけど……」

店長 「あっ、はーい! ただいま!」

店長 「じゃ、ナリユキ君、またバイトよろしくね。彼女さんも、あんまりナリユキ君甘やかしちゃダメだよ!」 タタタタタ……

成幸 「……はぁ」 ガクッ (どっとつかれた……)

美春 「……はうっ」 ポッ

成幸 「美春さん? どうかされました?」

美春 「彼女扱いされてしまいました……///」

成幸 「今そこですか……」

美春 (私が、この方の、彼女……)

美春 (今の私は、唯我成幸さんの彼女に、見えているということ……――)

成幸 「――美春さん?」

美春 「ひゃいっ!?」 ビクッ

成幸 「服、見ないんですか?」

美春 「み、見ます! もちろん見ますとも!」

美春 (意味不明。理解不能。私はなぜ……)

美春 (それを、“嬉しい” などと思っているのですか……)

………………ボウリング店

美春 「次はボウリングです! 初めてなのでやり方を教えてください」

成幸 「はい……って言っても、俺もそんなに詳しくないですけど、こうして……こうです」

美春 「ふむふむ……」

スッ……パッカーーン!!!

成幸 「おお! さすが美春さん。早速ストライクだ……」

美春 「なるほど。あのピンをたくさん倒せばいいわけですね」

成幸 「さすがですね。先生も毎回ストライクを出していましたよ。300点取ってたかな」

美春 「……ほう。なるほど。そうですか。やはりここにも姉さまと来たことがある、と……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「へ……?」

美春 「分かりました。それなら、私も300点を取らなければならないようですね……」

美春 (そして、今度こそ姉さまとの思い出を上書きしてみせます!)

………………

美春 「今日はすみませんでした。すっかり遅くなってしまって……」

成幸 「い、いえ……」

成幸 (300点出すまで帰らないって意地になってたからな。さすが完璧主義者……)

成幸 (もうすっかり真夜中だ……)

成幸 「ところで、少しはお役に立てました? 俺」

美春 「へっ? そ、それは……」


―――― 『色違いですけど、おそろいですね』

―――― 『あーん……』

―――― 『彼女に服でも買ってあげるのかい?』


美春 「はうっ……」 ドキドキドキドキ……

成幸 「あはは、まぁ、俺なんかじゃなかなかうまくいかないですよね」

美春 「い、いえ、そんなことは!!」

成幸 「気を遣わなくていいですよ。明日はもっとお役に立てるようにがんばりますね!」

成幸 「それじゃ、美春さん。明日は駅前に集合ですよね。また明日」

美春 「あ……唯我成幸さん! まだ勉強を見ていないですが……」

成幸 「ああ、もう遅いですし、明日に響いてもよくないですから、今日はいいですよ」

成幸 「また明日、教えてください」

美春 「わ、わかりました! 明日、絶対教えますから!」

美春 「あと、あの、その……」

成幸 「?」

美春 「明日も……楽しみに、していますから」

成幸 「あっ……」

カァアアアア……

成幸 「……はい。俺も、楽しみです」

美春 「では、また明日、唯我成幸さん」

成幸 「はい、また明日。美春さん」

………………夜 唯我家

成幸 「………………」

成幸 (うーん、うまくデートの相手ができなかった気がするぞ……)

成幸 (デートの相手役って、どういう風にすればいいんだ……?)

成幸 (こういうとき、頼りになりそうなのは……)

成幸 (まぁ、ひとりしかいないよな)

ピッ……prrrr……

 『もしもし? 成幸くん? こんな時間にどうしたの?』

成幸 「ああ、古橋。悪いな。夜中に電話して」

文乃 『べつに、これくらいの時間だったらいいけど。勉強中だったし……』

成幸 「実は、お前に相談したいことがあってさ。例によって、お前にしか相談できないようなことなんだけど……』

文乃 『へ、へぇ。わたしにしか話せないようなこと、ね』

文乃 『しっ、仕方ないなぁ』 ニヘラ 『弟の相談に乗るのも、姉の役目だからね。もちろん、聞いてあげるよ』

成幸 「ああ、いつもありがとな、文乃姉ちゃん」

………………古橋家

文乃 (まったく、成幸くんは仕方ないなぁ……)

文乃 (わたししか頼れる相手がいないんだね。まったくもう、本当に……)

ニヤァアアア

文乃 (しっ……仕方、ないんだから……///)

文乃 「で? 相談ってどっちのこと? りっちゃん? うるかちゃん?」

成幸 『へ? 緒方とうるか? いや、あいつらは関係ないけど……』

文乃 「へ?」

文乃 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「へぇ。へぇ。なるほど? で、相談って何?」

成幸 『な、なんだ? 急に声が怖くなった気がするんだけど……』

文乃 「そんなことないよ。いいから早く話しなよ、唯我くん」

成幸 『そ、そうか? ならいいけど……』

成幸 『えっと、相談っていうのが……ちょっと恥ずかしいんだけど……』



成幸 『デートって、どんな風にしたらいいんだ?』

文乃 「………………」

文乃 「……は?」 メキョッ

成幸 『……? なんか、今、何かが軋むような音がしたんだけど……』

文乃 「気のせいだよ。何もないよ。携帯電話が応力でひずんだりしてないよ」

文乃 (……デートを、どんな風にしたらいいか、だって?)

文乃 「……あの、唯我くん、まさかとは思うけど、明日からの勉強休みに、誰かとデートするのかな?」

成幸 『へ? ああー……まぁ、うん。成り行きでそうなっちゃってさ』

文乃 「へぇ……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「で、その相手はりっちゃんでもうるかちゃんでもない、と?」

成幸 『何でその二人の名前が出てくるんだ? 違うに決まってるだろ』

文乃 「なるほどなるほど」

文乃 (……この男、今度は成り行きでフラグを……) ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 『古橋師匠なら知ってるだろ? デートの作法というか、なんというか……』

文乃 「知らない」

成幸 『へ? あ、いや、えっと……』

成幸 『俺、そういうの全然分からないからさ。教えてほしいんだけど……――』

文乃 「――知らない」

成幸 『そ、そう言わず、教えてもらえると……」

文乃 「……だから、知らないんだってば」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「成幸くんのことなんて、もう知らないって言ってるの」

成幸 『へ? ふ、古橋……――」

――プツッ……

文乃 「……ふんだ。成幸くんのことなんか、もう知らない」

文乃 「人が色々がんばってあげてるのも知らないで、またどこかの誰かとフラグ立てて……」

文乃 (……わたしはべつに、彼がどこの誰と一緒にいようと、知らないけど)

文乃 (べつに、わたしには関係ないことだけど、さ……)

文乃 「………………」


―――― 『実は、お前に相談したいことがあってさ。例によって、お前にしか相談できないようなことなんだけど……』


文乃 (……成幸くん、困ってるんだろうな)

文乃 (急に怒って電話切ったりして、悪いことしちゃったかな)

文乃 「………………」

文乃 (……わたしはもちろん、りっちゃんとうるかちゃんの友達で、ふたりを応援してあげたい)

文乃 (だから、成幸くんのどこの誰とも知らない相手とのデートを応援してあげることは、できない)

文乃 (でも……)

文乃 (同時に、わたしは唯我くんの友達で、成幸くんの……お姉ちゃん、だもんね)

文乃 (困ってる成幸くんを助けてあげるくらいは、いいよね)

文乃 (……仕方ないなぁ) ハァ (少しだけ。少しだけだからね、成幸くん)

ピッ……ピッ、ピッピッ……

………………

成幸 「………………」 ズーーン (……何か知らんが古橋を怒らせてしまった)

成幸 (きっと俺がまた失言をしたんだろうな。うぅ、古橋に申し訳ない)

成幸 (とりあえず、メッセージで謝っておかないと……――)

…………ピロリン♪

成幸 「ん……? 古橋から?」

 『さっきは急に電話を切ってごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃってさ』

 『お詫び、というわけではないけど、男子高校生必見のデート指南サイトをいくつか送ります』

 『よく目を通して、デート、がんばってね』

成幸 「………………」 ブワッ (師匠……!!)

成幸 (なるほど! さっき古橋が少し怒っていたのは、何でもかんでもまず自分を頼るなということか!)

成幸 (まずは自分で色々なものを読んで、その上でがんばれということだな!)

成幸 (さすがは師匠だ! 答えをすぐ教えず、俺に考えるチャンスをくれたんだな!)

成幸 「……よし、明日のデート、がんばるぞ!」

水希 「!?」 (い、今お兄ちゃんからデートって言葉が聞こえた!?)

………………東景女子大学 学生寮

美春 「………………」

美春 「……えへへ。かわいいストラップを手に入れてしまいました」

美春 「唯我成幸さんと、おそろいの、くまさんのストラップ……」

カァアアアア……

美春 「……あ、あれ? 何ででしょう。顔が熱いですね」

美春 (……明日は、遊園地デート)


―――― 『明日も……楽しみに、していますから』

―――― 『……はい。俺も、楽しみです』


美春 「っ……」 ボフッ (ち、違います。私はただ、遊園地が楽しみなだけです)

美春 (唯我成幸さんだって、きっと話を合わせてくれただけです)

美春 (……でも、) クスッ

美春 「本当に楽しみですね。遊園地デート」

おわり

………………幕間 「デート」

水希 「お兄ちゃんがデート……」

水希 「デート……」

水希 「………………」

ポン!!

水希 「……よしっ! 明日は学校サボって尾行ね!!」

葉月 「和樹」 スッ

和樹 「ほいさ」 スッ

おわり

>>1です。
すみません。眠気が相当なので寝ます。
ちょうど半分くらいです。
明日後半を投下します。明後日かもしれませんが。

あともういくつか書き上げてある話があるので、それも一緒に投下できたらと思います。

>>1です。
続きから投下します。

………………翌日 駅前

美春 「………………」 ドキドキドキドキ……


―――― 『……はい。俺も、楽しみです』


美春 「うぅ……///」

美春 (私は何をしているのでしょう……)

美春 (アイスショーの演技力を高めるため、そして姉さまの安寧な生活のため、がんばると決めたのに……)

美春 (これから唯我成幸さんと会うと考えるだけで、どこか浮ついた気持ちになります……)

美春 「………………」

グッ

美春 (こんなことではいけません! 私は、アイスショーのため、そして姉さまの未来のため、がんばると決めたのです!)

美春 (こんなことでは……――)


成幸 「――あっ、美春さん。もう来てたんですね」


美春 「……!?」 ズザザザザッ!!!!

成幸 「お待たせしてごめんなさい……って、」

成幸 「……なぜ、受け身を?」

美春 「なっ、なんでもありません。リンクで転倒したときの受け身の練習をしていただけです」

成幸 (往来でスケートリンクの受け身が取れるとは思えないけど……)

成幸 「……えっと、美春さん。かなり早いですね。まだ集合時間の三十分前ですけど」

成幸 (古橋の教えてくれたサイトで勉強して、三十分前には待っていようとがんばったのに……)

美春 「え、ええ。偶然、家を早く出てしまいまして。でも、ついさっき来たところですから」

美春 (……本当は、寮にいると落ち着かなくて、早く出過ぎてしまっただけですけど)

成幸 「………………」

美春 「………………」

ドキドキドキドキ……

美春 (うぅ、さっき決意を新たにしたばかりだというのに、また浮ついた気持ちに……)

成幸 (な、なんだろう。美春さん、昨日とまた少し違う格好で、すごく……)

成幸 (きっ、綺麗だな……)

成幸 「………………」


―――― 『女心鉄則! 「お出かけ時は必ず服を褒めるべし!!!」』


成幸 (よ、よし。今こそ師匠の今までの教えをフルに活用するとき……!!)

成幸 「み、美春さん!」

美春 「は、はい!」 ビクッ

成幸 「えっと……」

カァアアアア……

成幸 「き、昨日も、すごく素敵でしたけど……今日も、その……」

成幸 「……今日も、その、すごくきれいで、素敵です」

美春 「………………」

成幸 「………………」

成幸 (……し、しまったぁああああああ!! これは外したやつか!? ダメなやつだったか!?)

成幸 (セクハラで訴えられるやつか!?)

美春 「………………」

ボフッ

美春 「ひゃっ、ひゃい……あ、ありがとう、ございます、です……///」

美春 (ひゃあああああ……と、殿方に褒められてしまいました!!)


―――― 成幸 『昨日も素敵でしたけど、今日もきれいで素敵だよ、美春さん』(※誇張あり)


美春 (ひゃああああああああああああ……!!!)

成幸 (よ、よかったぁあああああああ……。セーフみたいだ……)

美春 (きれい……きれい、ですか……)

美春 (えへへ……)

成幸 (で、でもなんか、恥ずかしいな、これ……)

成幸 「……ん?」

成幸 「あ、そのぬいぐるみのストラップ……」

美春 「へ……? ああ、これですか? 可愛かったので早速カバンにつけてしまいしまいました」

美春 「ちょっと子供っぽいですかね……」

成幸 「あ、いや、全然いいと思います。すごく自然ですし……」

成幸 「えっと……その、一応、恋人役なので、その……俺も、」

スッ

成幸 「ちょっと恥ずかしかったけど、昨日いただいたストラップ、つけて来ちゃいました」

成幸 「……お、おそろい、ですね」

美春 「へっ……///」 カァアアアア…… 「そ、そうですか。それは、その、なんというか……」

美春 「……あっ、ありがとう、ございます……?///」 (な、何故お礼を言っているのですか私は……)

成幸 「あ、いや、全然、そんな……こちらこそ、ありがとうございます……?///」

通行人 (……初々しいバカップル)

通行人 (なにあのカップルめっちゃかわいい……)

通行人 (無自覚純情バカップル……)

男の子 「ママー、カップルー」

お母さん 「こら、指さしちゃダメよ」

成幸&美春 「「っ……///」」

………………遊園地入り口

成幸 「そういえば、今日の予定は遊園地でしたね……」 ゴクリ

美春 「? なぜそんなに緊張しているんです?」

成幸 「いや、うちは貧乏なので、あまりこういう場所に来たことがないので……」

成幸 「あの、入園料とかすごく高いですよね。さすがに俺も少しは……」

美春 「結構です。私が頼み込んで、無理を言って来てもらっているんですから」

成幸 「でも……」

美春 「でもも何もありません。そもそも、年下の男子にお金を出させるなんて、女がすたるというものです」

成幸 「……わかりました。じゃあ、チケット、いただきます。ありがとうございます」

美春 (だから、私が頼んで来てもらっているのだから、お礼を言う必要もないというのに……)

美春 (まったく、融通の利かない子ですね。そういうトコロ、きらいではないですが……)

美春 「………………」 ハッ (き、きらいでないだけで、好きというわけではありませんからね!?)

美春 (……って、私は一体誰に言い訳しているのでしょうか? は、恥ずかしい……)

成幸 「……?」 (美春さん、なんかあたふたして、どうかしたのかな……?)

………………

成幸 「美春さん、何か乗りたいものとかありますか?」

美春 「えっと……」 カァアアアア…… 「実は私も、恥ずかしながら、あまりこういったところに来たことがなくて……」

成幸 「ああ、そうなんですね。そういえば先生も同じようなこと言ってたしなぁ」

成幸 「じゃあ、俺と同じですね。パンフレットを見ながら、行きたい場所を探してみましょうか」

バサッ……

美春 「色々なところがありますね……うーん……」

成幸 (ふふ、悩んでるなぁ、美春さん。アスリートだから、ジェットコースターとか好きそうだけど……)

美春 「……ああっ!」

成幸 「気になるところがありました?」

美春 「ここ! ここに行きたいです!」 ビシッ

成幸 「……? “キャラクターたちと遊ぼう! ファンシーエリア” ……?」

………………

美春 「きゃああああああああああああ!!!」 キラキラキラキラ……!!!

美春 「かわいいモフモフがたくさんいますよ、唯我成幸さん!!!」 ブンブンブン

成幸 「あ、はい。大丈夫です。俺にも見えてますから。揺らさなくていいですよ」

美春 「ぎゃんカワです!! これがぎゃんカワというものなのですね唯我成幸さん!!」 ブンブンブン

成幸 「あ、はい。その言葉は知らないですけどたぶんそうです」

成幸 (揺すられすぎてアトラクションに乗ってもいないのに酔いそうだ……) ウップ

美春 「えっ、一緒に写真を撮っていいんですか!?」 キラキラキラ……!!!!

美春 「唯我成幸さん! キャラクターさんたちと写真を撮りたいので、撮影をお願いしてもいいですか?」

成幸 「あ、はい。わかりました」

美春 「だ、抱きついてもいいですか? ……わっ、もふもふです」

成幸 (キャラクターに囲まれて、子どもみたいにはしゃいじゃってまぁ……)

クスッ

成幸 「じゃあ撮りますよ。はい、チーズ」

パシャッ

………………

美春 「………………」

カァアアアア……

美春 「す、すみません。はしゃいでしまって……」

成幸 「いえいえ、楽しかったなら何よりじゃないですか」

成幸 「写真、たくさん撮ったから送りますね」

美春 「うぅ……。こんな無防備に笑って、はしたないです……」

成幸 「そんなことないですよ。どれも良い笑顔だと思いますよ」

成幸 (……ん、そういえば古橋師匠の教えてくれたサイトに、こんなときのアドバイスもあったな)

成幸 (こういうときは、たしか……)

成幸 「……えっと、その……どの写真も、とっても可愛くて、綺麗です」

美春 「ふぇっ……」 ボフッ 「しょ、しょう、でしゅか……///」 プシューーー

成幸 「あっ……」 (しまったな。やっぱり俺に言われても嬉しくないよな。そっぽ向いちゃった……)

美春 (と、とととと、殿方に、可愛いなどと言われてしまいました。うぅ……///)

成幸 (……でも、どの写真も、本当に楽しそうだ)

成幸 (アイスショーのこととか抜きにしても、普通に楽しんでくれているなら、何よりかな)

成幸 「……美春さんは可愛いものがお好きなんですね」

美春 「へ……? え、ええ。昔、犬を飼っていたことがあって。そのときからずっと、モフモフは好きです」

成幸 (……ああ。例の逃げ出してしまったというワンちゃんか)

美春 「こうやってキャラクターに囲まれて写真を撮るなんて初めてで、興奮してしまいました」


―――― 『……全てにおいてフィギュア第一だったから』

―――― 『あんな風に 学校帰りに寄り道して談笑した記憶もほぼないわね』


成幸 (……先生は、友達と一緒に遊んだり、そういったことはほとんどしたことがないと言ってたけど)

成幸 (やっぱり、美春さんもそうなんだろうな……)

成幸 「………………」

成幸 (……よし、それなら!) グッ (アイスショーの助けになるのは元より!!)

成幸 (できるだけ、今みたいに美春さんに楽しんでもらえるように、がんばるぞー!)

成幸 「美春さん、次はどこに……って、あれ? 美春さん?」

美春 「………………」 ジーーーーッ

成幸 (いつの間にか売店にいる……。忙しない人だなぁ……)

美春 「ふわぁあああ……」 キラキラキラ……!!!!

成幸 「美春さん? 何を見てるんですか?」

美春 「あ、すみません。ちょっと、ぬいぐるみを……」

美春 「このぬいぐるみ、昔飼ってた犬にそっくりでかわいくて……」

成幸 「ああ、さっき言ってた子ですね」 (なんか、俺がよく着させられる着ぐるみにも似てるな……)

美春 「………………」 キラキラキラ……!!!!

ハッ

美春 「い、いけません。またぬいぐるみを増やしたら、母さまに怒られてしまいます!」

美春 「実家に置きっぱなしの子たちもいるんだから、我慢しないと……」

美春 「……では、次に行きましょう、唯我成幸さん。次はジェットコースターに乗りたいです!」

成幸 「? いいんですか? もっと見ていっても……」

美春 「いいんです。もう大学生なのだから、子どもっぽい趣味も大概にしないといけませんし」

美春 「姉さまみたいな立派な女性になるには、大人にならないといけませんから」

成幸 (言うほどあの人は立派な女性だろうか……。いや、言うとまた怒られそうだからやめておこう)

成幸 (でも……)

美春 「……はぁ、でも本当にかわいいですね」 シューン

成幸 「あ……すみません、ちょっとお手洗いに行って来ます。待っててください」

美春 「? わかりました」

成幸 「………………」

トトトトト……

成幸 (……チケットも何もかも奢ってもらって、悪い気持ちもあるし)

成幸 (少しくらい、いいよな……)


―――― 『いいんです。もう大学生なのだから、子どもっぽい趣味も大概にしないといけませんし』


成幸 「………………」

成幸 (……あんな寂しそうな顔、してほしくないしな)

………………ジェットコースター搭乗後

美春 「ふふっ、楽しかったですね、唯我成幸さん! 加速感がたまりません!」

成幸 「うっぷ……うぅ、そ、そうですね……」 フラフラフラ

成幸 (事前に美春さんに揺すられていたのも相まって、滅茶苦茶酔ってしまった……)

成幸 (加速感とか言っちゃうあたり、この人はやっぱり桐須先生の妹だな……)

美春 「もう一回乗りましょう、唯我成幸さん!」

成幸 「か、勘弁してください……」

………………コーヒーカップ

美春 「ふふふ、回転軸が自分にない回転は新鮮です!!」 グルグルグルグルグル!!!!

成幸 「うぷっ……ち、ちょっと、美春さん、回しすぎ……」

成幸 「っていうかよく酔いませんね……」

美春 「鍛えてますから! これくらいの回転数なら首を回さなくても酔いません!」

美春 「もっと速く回せませんかね、これ!」

成幸 「か、勘弁してください……うぷっ……」

………………

成幸 「………………」 グタッ……

美春 「唯我成幸さん、大丈夫ですか?」

成幸 「すみません……。少し、休ませてもらえると……」

美春 「もちろんです! ゆっくり休んでください!」

シューーーン

美春 「……すみません。私のせいですね」

美春 「楽しくて、ついハメを外しすぎてしまいました……」

成幸 「あ、いや、全然、美春さんのせいじゃないですよ……うぷっ……」

美春 「ああっ、やっぱりつらそうです。何か飲み物でも買ってきますね!」 ピューン!!!!

成幸 「おかまいなく……って、もう行っちゃったか」

成幸 (うぅ、情けない。がんばるって決めたのに、もうダウンしてしまった……)

成幸 (美春さん、せっかくすごく楽しそうだったのに……――)

  「――……えぐっ、ぐすっ……」  「お母さん、どこー……えぐっ……」

成幸 「ん……?」

………………

美春 「………………」

ハァ

美春 (私としたことが、後先考えず、唯我成幸さんに迷惑をかけてしまいました)

美春 (年上の女として、色香を振りまいて誘惑するつもりが、何をしているのでしょうか、私は)

美春 (……きっと、唯我成幸さんも呆れているでしょうね)

美春 (これ以上の醜態を晒す前に、今日は早々と勉強タイムにした方がいいでしょうか……)

美春 「……ん?」

成幸 「そうかそうか。お母さんとはぐれちゃったのかー」

みな 「えぐっ……ぐずっ……」 コクコクコク かな 「ぐすっ……」 コクコクコク

成幸 「怖かったなー。でも大丈夫だぞー。お兄ちゃんと一緒に迷子センターに行こうな」 ナデナデ

かな 「ぐすっ……ん……」 ギュッ みな 「……うん」 ギュッ

美春 「……? 唯我成幸さん、その子たちは?」

成幸 「ああ、美春さん。どうも迷子みたいです。お母さんとはぐれてしまったみたいで……」

美春 「迷子さんですか。おやおや、それは困りましたね……」

成幸 「……すみません。あの、恋人役をやっている最中で、恐縮なのですが」

成幸 「この子たちを迷子センターに届けてもいいでしょうか」

美春 「当然です! 小さな子供の庇護は何をおいても優先されるべきです!」

美春 「お嬢さんたち、この桐須美春が来たからにはもう安心ですよ!」

かな&みな 「「………………」」

スススススッ……

成幸 「あっ……」 (俺の後に隠れてしまった……)

美春 「なっ……」 ガーーーーン

美春 「………………」

美春 「……では、行きましょうか、唯我成幸さん。お嬢さん方」 ズーーーン

成幸 (迷子に振られて少し暗くなってしまった。分かりやすい人だ……)

………………迷子センター

成幸 「放送もしてもらいましたし、じきにお母さんも来るでしょう」

成幸 「あとは係員さんに任せて大丈夫だと思います。すみません、お時間を取らせました」

成幸 「遊園地デートの続きに戻りましょう」

美春 「……いえ、まだ無理だと思いますよ」

成幸 「へ?」 ギュッギュッ 「あっ……」

かな&みな 「「………………」」 ジーーーーーーッ

成幸 (俺の服の裾を掴んで離しそうにない。目線は無言で何かを訴えている……)

成幸 「……あー、えっと、その、美春さん。大変申し上げにくいのですが……」

美春 「皆まで言う必要はありません。先ほども申し上げた通り、子供の庇護が最優先です」

美春 「唯我成幸さんがいた方がその子たちの精神が安定するのなら、一緒にいてあげてください」

成幸 「あ、何なら美春さんだけ遊園地を回っていていただいても……」

美春 「は? 私に一人で遊園地ではしゃぎ回る浮かれた成人女になれと?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……すみません。一緒にいていただけると、すごく頼もしいので一緒にいてください」

………………

美春 (……とは言ったものの)

かな 「おにいちゃん、まえにどこかであったことある?」

成幸 「え? ……んー、そういえば、見たことがあるような……」

みな 「かな、おにいちゃんなんぱしちゃだめよ」

かな 「なんぱじゃないよぉ。ほんとにどこかであったことあるのー」

美春 (ふたりとも随分と落ち着いて来たようですね。いいことではありますが……)

みな 「かな、むこうのおねえちゃんがしっとしちゃうわ」

美春 (……随分とませたことを言うものですね)

美春 (まぁ、私のことは少し怖いようですし、このまま少し離れたところにいれば……――)

かな 「……? あ、くまちゃん!」

美春 「……?」 (こっちを見て、一体何を……)

美春 (……ん、ひょっとして、昨日ゲームセンターで取ったこのぬいぐるみのストラップですか)

かな 「くまちゃん……」 キラキラキラ……!!!!

美春 「………………」

美春 『や、やぁ。ぼくはくまきち! こんにちは!』

成幸 「!?」

かな&みな 「「……!」」 パァアアアアアア……!!!

かな 「おねえちゃん、くまちゃんしゃべったよ!」

みな 「そうね、かな。かわいいわね」

美春 (口元に当てて喋っただけですが、想像以上に喜んでくれている……)

美春 (す、少し嬉しいですね……)

成幸 「………………」 クスッ (美春さん、嬉しそうだな。じゃあ……)

成幸 「ふたりとも、くまきちくんを呼んだら、きっとこっちに来てくれるよ?」

かな&みな 「「!!」」

かな 「くまきちー! おいでー!」

美春 「あっ……」

美春 『い、いま行くよー!』

トトトトト……

………………

成幸 『こ、こんにちは! わたしはくまこ!』

かな 「くまこちゃん! こんにちは!」

みな 「くまこちゃんはおんなのこなのね!」

成幸 (気づいたら成り行きで俺までごっこ遊びに巻き込まれていた……)

成幸 (でも懐かしいな。昔、よく水希、葉月、和樹にせがまれてごっこ遊びをしたなぁ)

みな 「くまこちゃんとくまきちくんはどんなかんけいなの?」 ワクワク

成幸 「えっ、関係……?」 (なんでこの子たちはこんなにませているんだろう……)

成幸 『えっと、わたしとくまきちくんは、仲良しのお友達よ』

美春 『そう、ぼくたちは仲良しのお友達!』

みな 「ほんとに~? そんなこといって、ないしょでおつきあいしてたりしない?」

美春 「な、内緒でお付き合いって……」 (本当におませな子たちですね……)

かな 「ちゅーするかな。ちゅーするかな」 ワクワク

みな 「きっとするわよ、かな」 ワクワク

成幸 (本当におませだな!)

………………

かな 『くまこちゃん。ただいまー』

みな 『くまきちくん、おかえりなさい』

かな 『ただいまのちゅー……』

みな 『もうっ、くまきちくんったら……ちゅっ』

美春 (っ……私と唯我成幸さんの、おそろいのストラップが、キスを……///)

成幸 (気づけばストラップも取られてしまいましたね) コソッ

美春 (!?) ビクッ (そ、そうですね! でも楽しそうに遊んでいるようで何よりです) コソッ

成幸 (? 元気に遊んでる間にお母さんが来てくれるといいんですが……――)

「――かなー! みなー!」 バーーーン!!

かな 「! おかあさん!」

みな 「おかあさーん!」

ギュッギュッ

お母さん 「ふたりとも、遅くなってごめんね! 無事で良かった……!」

………………

お母さん 「本当に、なんとお礼を申し上げていいか……」

成幸 「気にしないでください。一緒に遊んでいただけですから」

かな 「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとー!」

みな 「くまきちくんとくまこちゃんも、ありがとね」

かな 「くまきち……くまこ……」

みな 「ほら、かな。おにいちゃんとおねえちゃんにかえしてあげないと」

かな 「うん……」

美春 「………………」

クスッ

美春 「くまきちもくまこも、ふたりと一緒に行きたいって言ってますよ」

かな 「へ……?」

美春 「だから、もしよければ連れて行ってあげてくれませんか?」

みな 「……いいの?」

美春 「はいっ! ふたりとも、かなちゃんとみなちゃんと遊ぶのが楽しかったみたいですから!」

………………

成幸 「ふー。やっと解放されましたね。ませた子たちでしたね」

美春 「………………」

成幸 「……美春さん? どうかしました?」

美春 「すみません、唯我成幸さん。あなたのストラップまであげてしまいました」

成幸 「へ?」

美春 「あれは、私があなたに差し上げたものなのに、勝手をしました。ごめんなさい」

成幸 「い、いやいや! 謝らないでください。あの子たち喜んでたじゃないですか」

成幸 「俺は気にしてないですから、大丈夫ですよ」

美春 「……はい」


―――― 『……お、おそろい、ですね』


美春 (……せっかく、おそろいだったのに)

美春 「……ん?」

美春 (“せっかく” ……?)

美春 「………………」

ハッ

美春 (わ、私は、何を考えているのでしょう……/// こ、これではまるで……)

美春 (私が、唯我成幸さんとおそろいの物がなくなったことを残念がっているようではありませんか……///)

成幸 「………………」

成幸 「……あ、あの、美春さん」

美春 「!? ひ、ひゃい!? な、なんでしょうか、唯我成幸さん!」

成幸 「えっと……その、ストラップの代わりというわけではないのですが……」

成幸 「こ、これを……」

スッ

美春 「へ……? この遊園地の包装紙……? これは何ですか?」

成幸 「さっき買ったんです。あの……お気に召すか分からないですけど、開けてみてください」

美春 「は、はい……」

ガサゴソガサガサ……

美春 「あっ……」

美春 「……ふぁぁあああああああああああああ!!」 パァアアアアアア……!!!


―――― 『このぬいぐるみ、昔飼ってた犬にそっくりでかわいくて……』


美春 「さ、さっきのペロ似のぬいぐるみ! なんで……?」

成幸 「さっきトイレに行くフリをして、こっそり買ってたんです」

美春 「そ、そうではなくて! どうして買ったのかを聞いているんです」

成幸 「いや、それは、だって……」


―――― 『いいんです。もう大学生なのだから、子どもっぽい趣味も大概にしないといけませんし』


成幸 「……美春さんに、あんな顔、してほしくなかったので」

美春 「へ……?」

カァアアアア……

美春 「は、はうっ……///」

美春 「……えっと、あの……その……」 ギュッ

美春 「あ、ありがとうございますっ! すごく嬉しいです……」

成幸 「あっ……///」 カァアアアア…… 「そ、それなら良かったです」

美春 「……あ、あの、大切にします。大切に……///」

成幸 「は、はい……///」

美春 (……摩訶不思議。少し寂しい気持ちだったのがウソのようです)

美春 (今は、とても満ち足りた気持ちです……) ドキドキドキドキ……

成幸 「……? 美春さん?」

美春 (落ち着いているのに、胸は高鳴っている……)


―――― 『恋をすると、回りが見えなくなるの。相手しか見えなくなるの』

―――― 『それなのに、周囲すべてが輝いて見えるわ。もちろん、恋する相手もね』

―――― 『一緒にいると、ドキドキして落ち着かなくなる』

―――― 『でもそれと同時に、どこか落ち着く。ずっと一緒にいたいと思う』

―――― 『……そんな恋を、あなたに知ってもらいたいのよ』


美春 (……私は) ドキドキドキ

美春 (ああ、そうか。私は、この人のことを……) ドキドキドキドキ……

成幸 (……? 美春さん、急にボーッとしちゃったけど、どうしたんだろ)

美春 「………………」

美春 「……何かをつかめた気がします」

成幸 「へ?」

美春 「感謝します、唯我成幸さん。そして、ごめんなさい」

美春 「この感覚を忘れないうちに、練習に戻りたいんです。なので……」

成幸 「………………」 ニコッ 「何か分かったんですね! すごいじゃないですか!」

成幸 「俺のことは気にせず、練習に戻ってください!」

美春 「あっ……ありがとうございます!」

美春 「すみません。勝手を言って、勝手に振り回して……ご迷惑をおかけしました」

美春 「結局勉強も見て差し上げられませんでした。本当にごめんなさい」

美春 「この埋め合わせは必ずします! それでは、また!」

トトトトト……

成幸 「あっ……」 グッ 「が、がんばってくださいねー! 応援してますからー!」

美春 「はいっ! がんばりますー!」

………………スケートリンク

プロデューサー 「………………」

プロデューサー (……さて、美春ちゃんは今ごろ何をやっているかしらね)

プロデューサー (まじめなあの子のことだから、古今東西あらゆるラブストーリーを観ているかしら)

プロデューサー (それとも、本当の恋愛に挑戦していたりして……)

クスッ

プロデューサー (……なんて、まさかそんなことは……――)

――――バーーーーン!!

プロデューサー 「!? み、美春ちゃん!?」

美春 「………………」 ゼェゼェゼェ……

プロデューサー 「そ、そんなに息を切らしてどうしたの!? ゲネプロは三日後よ?」

美春 「わっ……わかり、そうなんです……」

プロデューサー 「へ……?」

美春 「わかり、かけているんです。恋心、というものが、きっと……」

美春 「その人と一緒にいるとドキドキして、でもどこか心地よくて……」

カァアアアア……

美春 「だから……」 キッ 「私を練習に戻してください! 私が、この気持ちに慣れてしまう前に!」

プロデューサー 「………………」

美春 「………………」

プロデューサー 「……わかったわ。美春ちゃん。何かをつかめたようね」

プロデューサー 「練習に戻る事を許可します。早速着替えてらっしゃい」

美春 「は……はい!」 パァアアアアアア……!!!

トトトトト……

プロデューサー 「……驚いた。二日で随分と変わったものだわ」

ドキドキドキドキ……

プロデューサー 「この私がドキドキさせられてしまうなんて、相当ね……」

プロデューサー (……さすがだわ、桐須美春。まったく、将来有望ね)

プロデューサー (それにしても……) クスッ

プロデューサー (一体どこの素敵な殿方かしら。あの美春ちゃんに、あんな顔をさせるなんて)

………………週末

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 「……ふぅ。少し休憩しようかな。だいぶ進んだし」


―――― 『へ……? こ、この広辞苑もビックリな分厚さの冊子が、デートプラン……?』


成幸 (……結局、あれから美春さんから連絡はない)

成幸 (きっと、俺とのデートで何かが掴めたんだろう。今も練習しているに違いない)

成幸 (それは純粋に嬉しいし、俺も役に立てたなら少し、誇らしい気持ちもある)

成幸 (でも、不思議だ。本当だったら今日もあの人とデートをしていたと思うと……)

クスッ

成幸 (……少し、寂しい、なんて思ってしまうのだから)

成幸 (まだ、冊子の半分も終わってなかったんだけどな……――)

――――ピンポーーン

成幸 「……? 誰だろ?」

ガラッ……

美春 「あっ……」

成幸 「へ……? 美春さん?」

美春 「ど、どうも、唯我成幸さん。こんにちは」

成幸 「こんにちは。一体どうしたんですか? 俺の家、よく分かりましたね」

美春 「姉さまに教えてもらったんです。生徒の個人情報だからと渋られましたが……」

成幸 「あ、お茶でもいれますよ。どうぞ上がってください。今は家族も誰もいませんし」

美春 「!? い、いえ! すぐに練習に戻らないといけないので、結構です!」

美春 (とっ、殿方一人のお宅にお邪魔するなんて、さすがにできません!)

美春 「あの、今日はこれをお渡しするためだけに来たんです」

成幸 「……? 何です、これ? チケット?」

美春 「は、はい。明日、私が出演するアイスショーのチケットです」

美春 「も……もしよろしければですが! 観に来ていただけませんか……?」

成幸 「えっ……あっ、えっと……」

成幸 「……わ、わかりました。わりがとうございます。観に行きます。絶対」

美春 「は、はい! ありがとうございます! 嬉しいです!」

成幸 「う、嬉しいって、そんな、大げさな……」

美春 「……いえ、嬉しいです。本当に」 クスッ 「正真正銘。本当の本当ですからね」

成幸 「は、はい……」

美春 「……すみません。関係者席のチケットがなくなってしまったので、一般席ですが」

成幸 「いえいえ! チケットがもらえるだけで嬉しいです!」

美春 「………………」

成幸 「………………」

美春 「……では、そろそろ、私は練習に戻ります」

成幸 「あ、はい! わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」

美春 「いえいえ、お勉強の邪魔をしてしまいましたね。それでは、また」

成幸 「……は、はい。また……」

成幸 「………………」

成幸 「……あっ、あのっ」

美春 「……? 何でしょうか?」

成幸 「……この前のデート、とても楽しかったです」

美春 「えっ……」 ドキッ

成幸 「だ、だから、その……」

カァアアアア……

成幸 「じ、自家撞着、です。まだあのデートプランの半分も終わってないですよ」


―――― 『では、これが今日から週末までのデートプランになります! 目を通しておいてくださいね!』


成幸 「み、美春さん的にも、一度自分が言った事を曲げるのは、納得いかないんじゃないですか?」

美春 「えっ……ええと……」 ドキドキドキドキ……

成幸 「だから、その……俺は、楽しかったので、もし美春さんさえよければ……」

成幸 「……また今度、あのデートの続きをしませんか? 俺の受験が終わった頃にでも」

美春 「ふぁっ……」 カァアアアア…… 「そっ、そそそ、そう、ですね……」

美春 「一度言った事を曲げるのは、やっぱり、だ、ダメですよね……」

成幸 「も、もちろんそのときは、ちゃんとバイトしてお金を貯めておきますから!」

美春 「………………」 クスッ 「……ふふ。なんですか、それ。そんなこと気にしていませんよ」

美春 「………………」

成幸 「………………」

美春 「……では、そろそろ失礼しますね」

成幸 「はい。引き留めてしまってすみません。練習、がんばってくださいね」

成幸 「アイスショー、楽しみにしていますから!」

美春 「ありがとうございます。がんばりますっ!」


―――― 『その人と一緒にいるとドキドキして、でもどこか心地よくて……』

―――― 『私を練習に戻してください! 私が、この気持ちに慣れてしまう前に!』


美春 (プロデューサーにあんな啖呵を切ってしまいましたけど、杞憂でした……)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

美春 (な、慣れるはずありません。ますますドキドキが大きくなった気がします……)


―――― 『……また今度、あのデートの続きをしませんか?』


美春 「っ……///」

トコトコトコトコ……ピタッ

美春 「……うそ、ついてしまいました」


―――― 『あ、そうだ、姉さま。関係者席のチケット、もう一枚余っているのですが……』

―――― 『……すみません。関係者席のチケットがなくなってしまったので、一般席ですが』


美春 「………………」

ピラッ

美春 「……結局、余らせてしまいました、関係者席。これは、プロデューサーにお返しした方がいいですね」

美春 (……だって、仕方ないじゃないですか。関係者席のチケットを渡したら、彼は――唯我成幸さんは、)

美春 (きっと、姉さまと一緒にアイスショーを観ることになる。仲睦まじく。お似合いの様相で)

ズキッ

美春 (……私はなんて浅ましいのでしょう。それが耐えられないと思ってしまう)

美春 (悲しいって、辛いって、苦しいって……そう、思ってしまう)

美春 (この気持ちはなんでしょう。まさか本当に、恋というものなのでしょうか)

美春 (私は、唯我成幸さんのことを好きだと……そう、思ってしまっているのでしょうか)

美春 「………………」

フルフルフル

美春 (夏炉冬扇。今は考えても詮無いことですね。本番に向けて、集中しなければ……)

美春 (私の気持ちがどうであれ、この気持ちが私の演技のプラスになるのなら)

美春 (それだって利用するだけです。私はスケーターなのですから)


―――― 『……美春さんに、あんな顔、してほしくなかったので』


美春 (……嬉しい気持ち)


―――― 『……また今度、あのデートの続きをしませんか?』


美春 (ドキドキする気持ち……)


―――― ((悲しいって、辛いって、苦しいって……そう、思ってしまう))


美春 (胸が張り裂けそうな気持ち)

美春 (その全部……全部全部、スケートのために使うだけです!)

………………アイスショー当日

成幸 「うわぁ、すごい人だなぁ……」

ザワザワザワザワ……

「桐須美春、初演劇アイスショーで初主役だって! すごいよね!」

「まだエリジブルなのに普通のショーにもたくさん出てるよな」

「スケートめっちゃうまいのにめっちゃ美人で、憧れるよね~!」

成幸 (それにしても、すごい人気だな、美春さん)

成幸 (改めて、今さらながら本当にすごい人なんだな、あの人……)

成幸 (ん、もらったチケットの席はあそこか。混んでるし、座って待ってよう)

成幸 (……目が合ったりしたら手でも振ろうと思ってたけど、こりゃ気づいてもらえないな)

成幸 (これだけ回りにたくさん人がいたら分かるはずないよな)

成幸 「………………」 ドキドキドキドキ…… (……三十分後くらいに開演か。はぁ、なんか緊張するな)

ハッ

成幸 「……ん?」 (……何で俺が緊張してるんだ?)

………………開演

~~~♪

成幸 (……演目は “白鳥の湖”)

成幸 (正直、台詞も何もない、スケートリンク上で演技をするだけのショーで何が分かるんだって思っていたけど、)

ゴクッ

成幸 (すごい……!)

成幸 (遠目でしか見えないから、細かい表情もよく分からない。でも……)

成幸 (美春さんの動きすべてから、まるで感情が流れ込んでくるみたいだ……)

成幸 (それに……) カァアアアア……

成幸 (すごく、きれいだ。デートしていたときと違うきれいさで……) ドキドキドキドキ……

成幸 (あの人が、本当に……)


―――― 『かわいいモフモフがたくさんいますよ、唯我成幸さん!!!』

―――― 『ぎゃんカワです!! これがぎゃんカワというものなのですね唯我成幸さん!!』


成幸 (あの桐須美春さんと同一人物なんだなぁ……) ドキドキドキドキ……

………………

美春 (好き……好き……)

美春 (だから、悲しい。好きだからこそ、裏切りが、つらい)

美春 (いまは少しだけ、気持ちが分かる……)

美春 (気持ちを重ねて、姫の心をなぞって……)

美春 (わたしは……)


―――― 『美春』

―――― 『美春さん』


美春 (……姉さまのことが好き。唯我成幸さんのことも、きっと……)

美春 (でも、だからこそこれはきっと、本物じゃない)

美春 (恋に恋しているだけ。そうでなければ、私はこんな風に、この気持ちを利用したりはできない)

美春 (だから……)


―――― 『……美春さんに、あんな顔、してほしくなかったので』

―――― 『……また今度、あのデートの続きをしませんか?』


美春 (嬉しかった言葉も、戸惑う気持ちも、悲しい想いも、すべて……)

美春 「………………」

美春 (もう演目の終わりも近い。姉さまも見てくれている。この気持ちを、そのまま曲に乗せて)

美春 (きっと唯我成幸さんも見てくれている)

美春 (どうですか、唯我成幸さん。私の演技、見てくれていますか?)

美春 (しっかりと舞えていますか? 滑れていますか? 私は、魅力的ですか?)

美春 (……なんて、一般席のどこにいるかも分からないあなたに問いかけても、どうしようも……――)

パッ……パァッ……!!!

美春 (へ……?)

美春 (ど、どうして……?)

美春 (どうして、あなたを見つけてしまえるのでしょう……唯我成幸さん……!)

………………リンク脇

プロデューサー 「………………」

ブルブルブルブル!!!!

プロデューサー (素晴らしいわぁ! 素晴らしい演技よ美春ちゃん!!!!)

プロデューサー (つい先日まで、恋のこの字も表現できていなかったあの子が……!)

プロデューサー (今は本物の悲劇のお姫様のように、優雅に、可憐に舞っている……)

プロデューサー (ああ、次回公演の発想がどんどん湧いてくるわぁ!!)

プロデューサー (予定さえ合えば、また美春ちゃんを主役に……)

プロデューサー 「……ノン! 美春ちゃんの予定に合わせて次回公演を組むわぁ!!」

………………

美春 (こんなに多くの観客がいる中で、どうして……)

美春 (唯我成幸さん、どうしてあなたはそんなにも光り輝いて見えるのでしょう)


―――― 『恋をすると、回りが見えなくなるの。相手しか見えなくなるの』

―――― 『それなのに、周囲すべてが輝いて見えるわ。もちろん、恋する相手もね』


美春 (ああ、もうこんなの、自分を誤魔化すことすらできないではないですか……)

美春 (私は……ええ、そうです。私は……!!)



美春 (私はあなたのことが好きです。唯我成幸さん)



美春 (……届いてほしい)

美春 (この気持ちを、唯我成幸さんに届けたい……!)

美春 (好き! 好き……!! あなたのことを……)

美春 (お慕い申し上げております、唯我成幸さん!!)

パチパチパチ……パチパチパチパチパチパチパチパチ……!!!!!

美春 (へ……?)

美春 (あっ、い、いつの間にか、演目が終わっていました……)

美春 (こんなに演劇に没頭できるなんて思っていませんでした……)

美春 (でも、すごく……)

美春 (満ち足りた、やりきった気持ちです……)

美春 「………………」

美春 (……ねぇ、唯我成幸さん。私の気持ち、届きましたか?)

美春 (私の想い、感じてくれましたか? ドキドキ、してくれましたか?)


―――― 『……また今度、あのデートの続きをしませんか?』


美春 (……そのときに、お返事聞かせてもらいますからね)

ニコッ

美春 (そのときこそ、私の魅力で、あなたをトリコにしてみせますから!)

………………観客席

成幸 「………………」

ドキドキドキドキ……

成幸 (す、すごかった。後半、ずっとドキドキしっぱなしだった……)

成幸 (最後の最後まで見入ってしまった。すごい……)

美春 「……」 ニコッ

成幸 (へ……?)

成幸 (いま、俺の方を見た……?)

成幸 「………………」

成幸 (い、いやいや、こんなに人がたくさんいて、俺のことを見分けられるわけないよな……)

成幸 「………………」

成幸 (……ない、よな?)

おわり

………………幕間1 「配置」

美春 (唯我成幸さんから頂いたペロはどこに置きましょうかね)

美春 (んー、配置で考えるなら姉さま人形の隣がベストでしょうか……)

ポン

美春 「………………」

モヤモヤモヤモヤ……

美春 (……姉さまとペロがくっついていると、少しモヤモヤしますね)

ススススッ……

美春 (少し離して……これでよしっ、と)

………………幕間2 「ねぞう」

美春 「左に姉さま人形、右に唯我成幸さんからいただいたペロを寝かせて、と」

美春 「ふふ……ふふふふ。まさに両手に花状態ですね」

美春 「これはきっと良い夢が見られるはず! おやすみなさーい!」

………………翌朝

美春 「……むにゃ、もう朝ですか……」 ムクリ

美春 「あれ? ペロと姉さまは……」

ハッ

美春 「ぺ、ペロが姉さまに覆い被さってますー! ハレンチです!」

美春 「私の隣で寝ていたはずなのにー! そんなに姉さまがいいんですかー!」

美春 「唯我成幸さんのばかー! 浮気者ー!」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。
とりあえず今週末シリーズは一区切りかなと思います。
原作での立ち位置がどうであれ、好意を明示するというテーマで書きました。
くどい話が多かったと思いますが、わたしは書いていて楽しかったです。

次、投下します。

【ぼく勉】 真冬 「洗濯機が壊れた日に」

………………唯我家

花枝 「参ったわねぇ……」

成幸 「……んー、うんともすんともいわないな」

成幸 「さすがにこれは俺にどうにかできるようなことじゃないな」

花枝 「急に洗濯機が壊れるなんてねぇ。困ったわ」

成幸 「まぁ仕方ないよな。物心ついた頃からこの洗濯機だし」

成幸 「修理は?」

花枝 「さっき電話したけど、来られるのは早くても明日になるそうなの」

花枝 「今日のお洗濯はコインランドリーに行くしかないわね」

成幸 「ああ、じゃあ俺が行ってくるよ。参考書持って行けば待ってる間勉強できるし」

花枝 「あら、ほんと? 助かるわ。じゃあお願いしてもいいかしら」

ズシン……!!!

成幸 「!? か、母さん? 何、その洗濯物の量は……」

花枝 「どうせコインランドリー行ってもらうなら、大物もついでに洗ってもらおうかな、って」

花枝 「じゃ、よろしくね♪ 成幸」

………………

成幸 「………………」

ヨロヨロヨロヨロ……

成幸 (……母さんめ。息子の厚意を利用するとは、なんて母親だ)

成幸 (うー、カーテンとかマットとかも入ってるから重い。っていうか、これ、ビニール袋破けないよな……)

ビリッ……ビリビリッ……

成幸 (ヒィーーー!? ほんとに破けてきたー!?)

ドサッ……

成幸 「ああ……」 (もっと小分けにしてビニール袋にいれればよかったな……)

成幸 (うーん、どうしよう。全部身体に巻き付ければ持って行けるかな)

成幸 (でも、それだと洗濯物のお化けみたいになりそうだな……)

成幸 (また職務質問されるのはカンベンだし。うーむ……――)

  「――奇遇。そんなところで立ち尽くして、一体どうしたの、唯我君」

成幸 「へ……? あっ、桐須先生。こんにちは」

真冬 「ええ、こんにちは。一体どうしたの? それは……洗濯物?」

成幸 「はい。家の洗濯機が壊れちゃって、コインランドリーに行く途中だったんですけど……」

成幸 「ビニール袋に洗濯物を詰め過ぎちゃって、破れちゃったんです」

真冬 「軽率。あなたは本当に、ヘンなところが抜けているのだから」

成幸 「面目ないです……」

真冬 「……まったく。仕方ないわね」

スッ

真冬 「洗濯物、半分持つわ。二人なら持てない量じゃないわ」

成幸 「本当ですか。助かります。でも、先生、どこかへお出かけの予定だったんじゃ……」

真冬 「偶然が重なって少し驚いたけれど、実は私もなの」

成幸 「へ……?」

真冬 「私も洗濯機が壊れてしまって、これからコインランドリーに行くところだったのよ」

真冬 「だから何の問題もないわ」 ヒョイヒョイッ 「……さ、行きましょう。一番近くのコインランドリーでいいわね?」

成幸 「あ、はい! ありがとうございます!」

………………コインランドリー

成幸 「あっ……」

真冬 「? どうかしたの、唯我君。早く洗濯機を回したら?」

成幸 「あ、いえ、そうしたいのはやまやまなんですけど」 カァアアアア…… 「恥ずかしながら、洗剤を忘れてしまって」

真冬 「……閉口。今日のあなたは本当に抜けているわね」

成幸 「全く返す言葉もないです……」 シューーーン 「買うのももったいないので、家までダッシュして洗剤取ってきます……」

真冬 「待ちなさい。その往復時間は、受験生にとってとても貴重なはずよ」

真冬 「私の洗剤を使いなさい。普段使っているものとは違うでしょうけど、洗濯だけなのだから問題ないでしょう」

成幸 「桐須先生……」 キラキラキラ……!!!! 「ありがとうございます!」

真冬 「そ、そんなに感謝されるようなことじゃないわ。ほら、使いなさい」

成幸 「いえいえ、本当にありがとうございます……って……」

成幸 (なんかめちゃくちゃ高そうな洗剤だ。うちの安い粉洗剤とは全然違うぞ……)

成幸 (でも、使っていいって言ってくれてるんだから、大丈夫だよな……)

キュッ……カパッ……フワッ

成幸 (……あっ、これ、桐須先生と同じ匂いだ)

………………

ゴウンゴウンゴウンゴウン……

真冬 「……前より間違いが減ったわね。いいことだわ。要素に紐付けて時系列を見られるようになっているわね」

成幸 「ありがとうございます。世界史は先生に教わったおかげで、少し得意になったと思います」

真冬 「……私は関係ないわ。君が頑張った結果でしょう」

真冬 「あら、そこ間違っているわよ」

成幸 「あっ、ほんとだ……」

真冬 「まったく。まだまだ不安ね。もっと精進なさい」

成幸 「そうですね。がんばります!」

カリカリカリ……

成幸 「………………」

真冬 「………………」

真冬 「……最近、どうかしら?」

成幸 「へ? どうって……」

真冬 「……緒方さん、古橋さん、それから、武元さんもだけれど」

成幸 「ああ、あいつらの進捗ですか? それなら……」

グッ

成幸 「すごいですよ。模擬問題の解答精度がどんどん上がっています」

成幸 「武元も英単語の記憶量がどんどん増えてますし、発音もよくなってきています」

成幸 「三人全員の進路実現が、現実味を帯びてきてますよ」

真冬 「そう……」

成幸 「まぁ、もちろん結果は保証できませんけど……」

成幸 「でも、大丈夫だと思います。最近のあいつらを見てると、心の底からそう思うんです」

真冬 (……まったく。いい顔で笑うものね)

真冬 「……君もよ。唯我君」

成幸 「?」

真冬 「……なれるわ。絶対。お父さんのような、立派な教育者に」

成幸 「へ……?」 カァアアアア…… 「き、急になんですか……」

真冬 「褒めているのよ。他意はないわ」

成幸 (そうは言ってもな……)

ドキドキドキドキ……

成幸 (滅多に褒めてくれない先生が、あんなにストレートに褒めてくれるなんて……)

成幸 (驚くなというほうが無理な話だよ……)


―――― 『……なれるわ。絶対。お父さんのような、立派な教育者に』


成幸 「………………」

真冬 「……? 唯我君?」

成幸 「……あ、いや、すみません。嬉しいです。すごく。ありがとうございます。でも……」

真冬 「?」

成幸 「……俺、たしかに親父……父さんみたいな教師になりたいと思っています」

成幸 「父さんみたいに、人を励まして、一緒に成長できるような教育者に」

成幸 「……でも、今は思うんです。それと同じくらい、目指すべき先生の姿があるって」

ニコッ

成幸 「俺は、桐須先生みたいな教師になりたいって、そう思うんです」

真冬 「へ……?」

ハッ

真冬 「わっ、私!?」

成幸 「はい! 先生みたいな、生徒を想って、生徒のためにがんばれる先生に!」

真冬 「なっ……な、何を……///」

プイッ

真冬 「わ、私は、教師として当然のことをしているだけで、そんなの……――」

――ピーーーーーーッ

真冬 「!?」

成幸 「あっ、洗濯終わったみたいですね。取り出さないと……」 トトトトト……

真冬 「………………」 ドキドキドキ (ま、まったく、急に何を言い出すかと思えば……)


―――― 『俺は、桐須先生みたいな教師になりたいって、そう思うんです』

―――― 『はい! 先生みたいな、生徒を想って、生徒のためにがんばれる先生に!』


真冬 「っ……///」

………………

成幸 「今日はありがとうございました。おかげで勉強が捗りました」

成幸 「それから、洗剤まで借りてしまって……」

フワワワーン……

成幸 (うぅ……なんか、桐須先生と同じ匂いが、洗濯物から……///)

真冬 「気にしなくていいわ。待ち時間に勉強を教えるくらい大したことではないもの。もちろん、洗剤も」

真冬 「ただし、忘れ物には気をつけなさい。受験で同じ事をしたらアウトよ」

成幸 「はい。肝に銘じておきます」

真冬 「よろしい」 クスッ 「……じゃあ、また明日学校で。唯我君」

成幸 「はい。では失礼します」

………………翌朝

うるか 「あっ、成幸! おーっす!」

成幸 「おう、うるか。古橋と緒方も、おはよう」

理珠 「おはようございます」

文乃 「おはよ、成幸くん」

うるか 「ん……?」

クンクンクン……スンスン

成幸 「な、なんだよ、うるか。出会い頭に人のシャツに顔近づけて……」

成幸 (っていうか、めちゃくちゃ近いぞ……///)

うるか 「んー……成幸、洗剤変えた? 匂いがいつもと違うんだよねー」

文乃 (いつもとって……うるかちゃん、そんなに恒常的に成幸くんの匂い嗅いでるの……?)

文乃 (まぁ、うるかちゃんって誰に対しても結構そういうところあるもんなぁ……)

成幸 「……あー、それ昨日コインランドリーで洗ったからだよ。家の洗濯機が壊れちゃってさ」

理珠 「それは大変でしたね。だから匂いが変わったんですね」

成幸 「あー……」 (本当は加えて桐須先生に洗剤を借りたからなんだけど……)

うるか 「んー? でもその匂い、誰かの匂いと似てるような……」

文乃 「あはは。ほんと、うるかちゃんって匂いに敏感だよね」

文乃 (……まぁ、そのせいでわたしも成幸くんの家にお泊まりしたときドキッとさせられたんだけど)

文乃 (……ん? ってことは、まさか……――)


真冬 「――あら、おそろいで登校かしら? おはよう」


成幸 「あ、桐須先生。おはようございます」

緒方 「あ……お、おはようございます、先生」

文乃 「おはようございます!」

成幸 (うんうん。普通に挨拶できてるな。だいぶ先生とのわだかまりがほぐれたみたいだ。良いことだな)

うるか 「おはようございまーっす! ……ん?」

クンクンクン……

真冬 「ち、ちょっと、武元さん? どうして私のシャツに顔を近づけるのかしら?」

真冬 「というか、その距離はさすがに、近いわ……」

うるか 「……やっぱり! 成幸と同じ匂いだよ!」

真冬&成幸 「「!?」」

真冬 「……ぐ、偶然! 洗剤が一緒だっただけでしょう」

真冬 「わ、私は朝礼業務があるから、失礼するわ」

真冬 「あなたたちも遅刻しないようにするのよ!」

トトトトト……

理珠 「? 桐須先生、少し慌てているように見えましたが、一体どうしたのでしょうか?」

うるか 「先生と洗剤がかぶるなんて、すごい偶然だね、成幸!」

成幸 「へ? あ、ああ、まぁ、そうだな……」

成幸 (い、いや、なんで嘘ついてるんだ、俺? っていうか、何で先生はあんな誤魔化しを……?)

成幸 (これじゃ、なんかやましいことがあるみたいで、今さら本当のことも言えないぞ!?)

文乃 「………………」 ジトーーーーーッ

成幸 「……!?」 ビクッ 「ど、どうかしたか、古橋?」

文乃 「……うん」 ニコッ 「とりあえず、昼休み、ツラ貸せやコラァ、だよ、成幸くんっ」

成幸 「……はい。文乃姉ちゃん」

おわり

………………幕間 「いつもの場所」

成幸 「……ってことで、かくかくしかじかで先生の洗剤を借りただけだよ」

文乃 「なんだ、それだけか。よかったよかった」

文乃 「また先生の家にお邪魔して、洗濯が必要な某かを致したのかと思ったよ」 ニコッ

成幸 「笑顔で反応しづらいようなえげつないことぶち込んでくるよなぁお前って……」

成幸 「……ん、でもそろそろまた先生の家に行って掃除しないとな」

成幸 「そろそろ汚れる頃だろうし、それこそ洗濯物もたためてないだろうしな」

文乃 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……? 古橋?」

文乃 「……ナチュラルに女教師の家に通い妻してる君にえげつないなんて言われたくねぇ! だよ!」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。


次投下します。


【ぼく勉】 理珠 「地鶏の研究をしているんです」 文乃 「えっ、自撮り?」

と思ったのですがすみません、眠いので明日投下します。

>>1です。
投下します。

【ぼく勉】 理珠 「地鶏の研究をしているんです」 文乃 「えっ、自撮り?」

理珠 「はい、(うどんに)乗せるための地鶏(料理)の研究です」

文乃 「えっと、載せるって……SNSに載せるための自撮り、ってこと……?」

理珠 「その通りです、文乃。さすがですね。時代はSNSですから」

理珠 「ただ、これがなかなか難しくて、SNS映えする地鶏(料理)が思い浮かばないんです」

うるか 「あ、そ、そうだね。構図とかなかなか難しいよね……」

理珠 「? たしかに、撮る構図も大事ですね。色々試してみます」

文乃 「………………」 うるか 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

うるか (り、リズりんが……) 文乃 (承認欲求を求めるSNS女子に……!?)

うるか 「えっと、でもリズりん? 自撮りをSNSに乗せるのって、ちょっとマズくない……?」

理珠 「? なぜです?」

うるか 「えっ、な、なぜって……そりゃあ……ネットにのっちゃうと、もう二度と消せない、し……」

理珠 「? なぜ消す必要があるんですか?」

文乃 (リスク管理ガバガバすぎだよりっちゃん!?)

うるか 「ち、ちなみにどんな自撮りをアップするつもりなの?」

理珠 「それを悩んでいるんです。胸(肉)を使うつもりではあるんですが……」

文乃 「!?」 (り、りっちゃん!? 自分のおっぱいの破壊力を正しく理解していたんだね!?)

文乃 (Gカップりっぱいを武器にどんな自撮りをアップするつもりなの!?)

理珠 「でも、やはりモモ(肉)の方がやわらかくていいかなとも思いますし……」

うるか (フトモモ!? リズりんのフトモモはおっぱいよりやわらかいの!?)

うるか (今度フトモモ揉ませてもらおう……じゃなくて!!)

文乃 (どんなエッチな自撮りを撮るつもりなのりっちゃーん!!)

文乃&うるか 「「………………」」

理珠 「? 文乃? うるかさん? 黙りこくってしまって、どうかしましたか?」

文乃 「……だめ」

理珠 「へ?」

文乃 「やっぱりダメだよりっちゃん! 自撮りなんて!」

うるか 「そうだよリズりん! もっと自分を大事にして!」

理珠 「??? えっと、地鶏の何がダメなのでしょうか……」

文乃 「自撮りをするのはいいけど、エッチなのはダメ!」

うるか 「そう! リズりんのおっぱいとフトモモの自撮りなんか、絶対許さないよ!」

文乃 「そうだよ! そんなの、ナニに使われるか分からないんだから!」

理珠 「……は?」

文乃 「とにかく!! 男の子が喜んじゃうエッチな自撮りなんか、絶対に許さないからね!!」

うるか 「そうだよ! 成幸みたいなエッチな男の子は、そういうの大好物なんだから!!」

理珠 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

理珠 「……はぁ?」

………………

文乃 「………………」 [わたしたちはアホな勘違いをしました。]

うるか 「………………」 [反省中です。]

理珠 「……まったく。何を考えているんですか、あなたたちは」

理珠 「私の言葉が足りなかったのも悪かったとは思いますが、地鶏を自撮りと間違えますか、普通」

文乃 「うぅ……ごめんだよぅ、りっちゃん……」

うるか 「えへへっ、日本語ってむつかしいね」

理珠 「それに、エッチな自撮りって……まったく……」

理珠 「なぜ私がそんなものをネットにアップしなくてはならないのですか」

文乃 「てっきりりっちゃんが承認欲求バリバリSNS女子になったのかと思って……」

うるか 「そのおっぱいを使ってネットの住人をトリコにしよーとしてるのかと……」

理珠 「バカなんですか?」

文乃 「うぅ、返す言葉もないよぅ」

成幸 「………………」

成幸 「……えっと、何やってんだ、お前ら?」

………………前日 緒方うどん

親父さん 「うーん……」

理珠 「お父さん? 珍しくため息なんかついて、どうかしましたか?」

親父さん 「ああ、リズたま。いや、実は町内会から頼まれごとをされちまってな」

親父さん 「何でも、新しくブランド化した地鶏を使ったメニューを出してほしいそうなんだ」

理珠 「地鶏? ああ、最近見かける “七緒鶏” ですか?」

親父さん 「おう、それだそれだ。それを使った新メニューを、商店街の店で一斉に出して、PRがしたいんだそうだ」

親父さん 「協力すれば鶏肉を安く売ってくれるらしいから、こっちにとっても願ったり叶ったりなんだが……」

親父さん 「いかんせん、俺ぁこういうの考えるのが苦手でな。どうしたもんか……」

理珠 「ふむ……」

理珠 「……よろしければ、その新メニュー、私に任せてもらえませんか?」

親父さん 「!? リズたま、本当かい!? 助かるよ!」

理珠 「はい! 緒方うどんの一人娘の名にかけて、素晴らしい新メニューを考えてみせます!」

………………帰路

理珠 「……と、いうことがありまして」

理珠 「困っている父を見るに見かねて申し出たのですが、これがなかなか難しくて……」

成幸 「なるほどな。お店の売り上げにも関わるだろうし、地域振興も兼ねてるとあれば難しいよなぁ」

成幸 「……で、まじめに悩んでいた緒方に、あいつらはアホな事を言った、と」

理珠 「まったく、何がエッチな自撮りですか」 プンプン 「理解に苦しみます」

成幸 「まぁまぁ、あいつらもお前のことが心配だったんだろうし、そう怒ってやるなよ」

成幸 「……それにしても、新メニュー開発かぁ。大変そうだな」

理珠 「鶏天を乗せるのでもいいかと思ったのですが、今までの鶏天との違いが分かりにくいですし……」

理珠 「炒め物にしてみたら、鶏が細かくなって隠れてしまって、せっかくの地鶏が薄れてしまいますし……」

理珠 「昨日も色々試作してみたのですが、どうもしっくりくるのが思い浮かばないんです」

理珠 「新メニュー開発がこんなに難しいとは思いませんでした……」

成幸 「そう思い詰めるなよ。新メニューは今週末から一斉スタートなんだろ? まだ時間はあるじゃないか」

成幸 「役に立つかは分からないけど、俺もバイト中に色々考えるからさ。元気出せよ」

理珠 「えっ、本当ですか?」 パァアアアアアア……!!! 「成幸さんが一緒に考えてくれるなら百人力です!」

成幸 「お、おう? いや、そんな大げさな。俺なんかきっとあまり役には立たないよ」

理珠 「そんなことありません!」 ガバッ

成幸 「のわっ……!? ちょっ、緒方、ち、近い……///」

理珠 「成幸さんは、文化祭の時だって、たくさんたくさん助けてくれました!」

理珠 「最後の一押しのもみじおろしうどんだって、成幸さんが考えてくれたじゃないですか」

理珠 「……1000食完売したのは、成幸さんのおかげといっても過言ではありません!」

成幸 「ど、どうどうどう。そう言ってくれるのは嬉しいが、少し落ち着こう、緒方」

成幸 「ち、近い、というか……その、色々と、くっついてる、から、な?」

理珠 「へ……?」 ハッ 「ひゃっ!? す、すみません……」

成幸 「いや、全然、俺は大丈夫だから……――」


「――ほーう。人んちの前で娘と密着とは、やってくれるじゃねぇか。センセーイ?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「お、親父さん!? なんで……」 ハッ 「って、もう緒方うどんの目の前!?」

親父さん 「何とぼけようとしてんだテメェー!! 今日という今日はバイト前に駆除してやらぁー!」

………………緒方うどん

成幸 「……はぁ」 (また今日もひどい目にあったな)

成幸 (親父さん、悪い人じゃないんだけど、緒方が絡むと人が変わるからな……)

親父さん 「………………」 ギラギラギラ

成幸 (あー、こりゃ今日は一日機嫌が悪いままだな。気をつけないと……)

……ポコン

親父さん 「のわっ……っと、リズたま? なぜおたまで俺の頭を……?」

理珠 「いつまで不機嫌そうな顔をしているんですか。さっきのは誤解だと言ったでしょう」

理珠 「私が成幸さんに抱きついてしまっただけで、成幸さんは悪くありません」

親父さん 「り、リズたま。そうは言ってもな……」

理珠 「もしまだそんな顔を続けるつもりなら、今日はお手伝いをボイコットします。成幸さんと一緒に」

理珠 「なんだったら、そのまま賃上げ要求のストライキに移行してもいいんですよ?」

親父さん 「賃上げ要求!?」

成幸 (経営者の娘が賃上げ要求のストライキに参加するってすごいな) クスクス (泥沼の家庭事情がありそう)

成幸 (……って違う。アホなこと考えてる場合じゃない!)

親父さん 「り、リズたま、でも俺ぁ、リズたまのことが心配で……」

理珠 「私はもう子どもじゃありません。いい加減、過保護にするのはやめてください。迷惑です」

成幸 (ま、まずい……)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

親父さん 「………………」

理珠 「………………」

成幸 (未だかつてないくらい親子間が険悪な雰囲気だー!?) アセアセアセアセ……

成幸 (こ、こんなときはお袋さんに間に入ってもらうしかない。今日はお袋さんは……) ハッ

成幸 (一日留守にするから俺がバイト入ってるんだったー!!)

ガラッ

成幸 「あっ……い、いらっしゃいませー!」

成幸 (夕食時のお客さんも入り始めた! とにかくこのままやるしかない!)

親父さん 「………………」  理珠 「………………」

成幸 (……不安だ)

………………

理珠 「お父さん、注文です」

親父さん 「……おう」

親父さん 「……あがり。持ってってくれ」

理珠 「はい」

成幸 「………………」

成幸 (……いつもより、口数は少ないけど)

成幸 (意外と普通だな。もっとこう、まったく無言でやるのかと思ったけど……)

「……ちょいちょい、バイトのあんちゃん」

成幸 「あ、はい!」 (常連のおじさんだ。追加かな?)

トトトトト……

成幸 「ご注文ですか?」

「いやいや、大したことじゃねーんだけどさ。オヤジと理珠ちゃん、また喧嘩してんのかい?」

成幸 「えっ……? あ、ああ、やっぱり分かります?」

「そりゃ、俺は何年もここに通ってるからなぁ」

「でもよ、おもしれぇだろ? あんちゃん」

成幸 「面白い……?」

「傍目からも喧嘩してるって分かるのに、息ピッタリだろ?」

成幸 「……?」

理珠 「お父さん。注文は」

親父さん 「ん。いまできる」

親父さん 「……リズたま、あれは――」

――コトッ

理珠 「さっき倉庫から持ってきました。なくなりそうだったので」

親父さん 「……おう。ありがとう」

理珠 「いえ」

成幸 「……たしかに。口数は少ないのに、全部伝わってる感じですね」

「おう、さすが理珠ちゃんのカレシだねぇ。よくわかってるじゃねぇの」

成幸 「かっ……!? ち、違いますよ。俺と緒方はそういう関係じゃ……」

「へぇ? そうなの? でも、オヤジの奴と飲むと、いつも言ってるぜ?」

「“うちはリズたまが上等な跡継ぎを連れてきてくれたから安泰だー” とかなんとか……」

成幸 「へっ……!?」

「バイトの奴だって言ってたから、それ間違いなくあんちゃんのことだろ?」

成幸 「い、いや、そんなわけないですよ。だって俺、親父さんに覚えめでたくないし……」

「いやいや、素直になれねぇだけなんだって。オヤジの奴、飲むといつもお前さんのことべた褒めで……――」


――――ドン!!!


親父さん 「……うどん、お待ち」 ギロッ

「お、おう。ありがとよ」

親父さん 「……ふん」

「……ふぅ。ビビったビビった。これ以上余計なこと言ったら後がめんどくせぇな、こりゃ」

「仕事の邪魔して悪かったな、あんちゃん」

成幸 「は、はぁ……?」

成幸 (……? 一体何だったんだ?)

理珠 「………………」

親父さん 「………………」

理珠 「……お、お父さん」  親父さん 「リズたま……」

理珠&親父さん 「「!?」」

理珠 「……っ、お、お父さんから、どうぞ」

親父さん 「……い、いやいや、リズたまから……」

理珠 「……むっ」 ジトッ

親父さん 「……わ、わかったよ。俺から言うよ」

親父さん 「さっきは悪かったよ。話も聞かず、センセイに怒ったりして」

理珠 「いえ、それは成幸さんに言うべきことだと思いますけど……」

理珠 「……まぁ、いいです。私も、ごめんなさい。言いすぎました」

親父さん 「そ、そっか……」

理珠 「はい」

成幸 「………………」 クスッ (……ほんと、似たもの親子だよな。でも、いい親子だ)

成幸 「……ん? “親子” ?」

成幸 「………………」

ハッ

成幸 「そうだ! 親子だ! 親子だよ、緒方! 親父さん!」

親父さん 「!? な、なんだ、急に大声出して……」

理珠 「成幸さん、どうかしましたか?」

成幸 「親父さん、例の地鶏なんですけど……」

親父さん 「例の地鶏って…… “七緒鶏” のことか?」

成幸 「その “七緒鶏” って卵も美味しかったりしませんかね?」

親父さん 「卵ぉ……?」

親父さん 「………………」

親父さん 「……おう。ちと町内会長に聞いてみらぁ」

成幸 「……はい! ありがとうございます!」

親父さん 「けっ。うちの店のことだ。テメェに礼を言われる筋合いはねぇよ」

………………週末 緒方うどん

理珠 「町内会の呼びかけもあって、お客さんがたくさんですね」

ワイワイガヤガヤ……

理珠 「みんな、地鶏の新メニューを楽しみにしてくれているみたいです」 クスッ

理珠 「成幸さんの考えた新メニューを、です」

成幸 「や、やめろよ、緒方。ただでさえ緊張してるんだから……」

ドキドキドキドキ……

成幸 (だ、大丈夫だよな。試食したらめちゃくちゃ美味しかったし……)

成幸 (うるかも古橋も美味しいって言ってくれたし、関城も……)


―――― 『やっぱり緒方理珠の作ったうどんは最高ね! 一本一本に緒方理珠を感じるわ!』


成幸 (……いや、あいつは緒方のものは何でも美味いって言うけど)

成幸 (と、とにかく、お客さんが満足してくれることを祈ろう……)

ギュッ

成幸 「へ? お、緒方?」

理珠 「大丈夫ですよ」 ニコッ 「成幸さんが考えたメニューです。皆さん満足してくれるに決まっています」

ムギュッ

理珠 「それに、私は好きですよ?」

成幸 「へ……?」 ボフッ 「す、好きって……。っていうか、くっつきすぎじゃないですかね、緒方さん?」

理珠 「ふふ♪ 成幸さんの考えたうどん、好きですよ」

成幸 「あ、ああ。うどんね。そ、そうだよな……」

理珠 「とても美味しいですから。だから、大丈夫です」

グッ

理珠 「自信持ってください、成幸さん!」

成幸 「……おう」 グッ 「ありがと、緒方」

親父さん 「おう、センセイ! 人の店で娘とくっついてんじゃねぇ!」

成幸 「ヒッ……! す、すみません!」

親父さん 「……新メニュー、あがったからお客様にお出ししてくんな」

成幸 「あ……は、はい!」

ドキドキドキドキ……

成幸 (だ、大丈夫かな。ちゃんと美味しいかな……)

……バシッ!!!

成幸 「っ……お、親父さん?」

親父さん 「胸ぇ張れよ」 フン 「俺がうめぇって言ったんだ。大丈夫に決まってんだろ」

成幸 「あ……」 クスッ 「はい!」

成幸 「お、お待ちどうさまです! 新メニューの、“七緒鶏の親子うどん” です!」

成幸 「地鶏のお肉と卵を使った親子丼の具を、熱々の釜揚げうどんの上にかけました!」

成幸 「熱々のうちにお召し上がりください!」

「おおー!」  「おいしそー!」  「鶏肉やわらかそー!」  「たまごふわふわしてるー!」

 『いただきまーす!!』

ズルズルズル……ムシャムシャムシャ……

成幸 「………………」 ドキドキドキドキ……

「う……」  「えっ……」  「お……」

成幸 「!?」 (へ!? な、何その反応!? 美味しくなかった!?)

 『……お……美味しいーーー!!!』

成幸 「あっ……」

パァアアアアアア……!!!

成幸 「ありがとうございます!!」

親父さん 「けっ。だから言っただろうが」

クスッ

親父さん 「おい、センセイ。次々上がるからさっさとお客様にお出ししねぇか!」

成幸 「は、はい! いまいきます! 親父さん!」

親父さん 「だからテメェに親父さんって呼ばれる筋合いはねぇってんだよ!」

親父さん 「………………」

「これおいしーね、ママ!」  「ほんとね。優しい親子丼の味がうどんによく合うわ」

「地鶏だけじゃなく卵も使うとは、考えたなぁ」  「“七緒鶏” って、卵も美味しいんだな」

「こりゃ、他の店の限定メニューも食べてみないとだな」  「今度地鶏と卵、買ってみようかしら……」

親父さん (……ふん。まぁ、好調じゃねぇか。まぁ、俺とリズたまが作ったんだから当然だけどな)

成幸 「親父さん、新しい注文です。親子、五丁お願いします」

成幸 「……? 親父さん?」

親父さん 「……おう、センセイ」

成幸 「?」

親父さん 「……ありがとよ。テメェの考えたメニュー、最高だよ」

成幸 「えっ」 カァアアアア…… 「あ、あはは。なんか親父さんに褒められると変な気分です」

「店員さーん! 注文お願いしまーす!」

成幸 「あ、はーい! ただいま!」 クルッ 「じゃ、親父さん。追加で五丁、お願いしますね」

親父さん 「あいよ!」

理珠 「お父さん、こちらも親子追加で四丁お願いします」

親父さん 「おう! そしたらリズたま、麺が……――」

理珠 「――そろそろ足りなくなるだろうと思って、もう持ってきてあります」

親父さん 「ん、わかった。ありがとな、リズたま」

理珠 「いえ。あと、さっき来た出前の注文ですが……」

親父さん 「三十分後だろ? 十分前には仕上げとくから、おかもちだけ準備しといてくれ」

理珠 「わかりました」

成幸 「………………」


―――― 『とても美味しいですから。だから、大丈夫です』

―――― 『……ありがとよ。テメェの考えたメニュー、最高だよ』


成幸 (……本当に似たもの親子だな) クスッ (なぁ、緒方。親父さん。この親子うどんが美味しいのは、きっと、)

成幸 (……ふたりが相性抜群の仲良し親子だからだよ)

おわり

………………幕間 「試食です」

文乃 「これ成幸くんが考えたの!? すごいね、本当に美味しいよ!」 ズルズルズル……

文乃 「……おかわり!」

成幸 「いや、俺は考えただけだけどな」

文乃 「いやいや、それでもすごいよ。さすがの発想力だね」 ズルズルズルズルズルズル……

文乃 「……おかわり!」

成幸 「そう言われると照れるな。えへへ……」

文乃 「………………」 ズルズルズルズルズルズルズルズルズル……

文乃 「……おかわり!」

成幸 「いやさすがに食い過ぎだ! っていうか味の感想言わないならもう食うな!」

紗和子 「ま、負けないわ。うっぷ……」

クワッ

紗和子 「お、緒方理珠のうどん、誰よりたくさん……うぷっ……食べてみせるわ!」

成幸 「お前も変な対抗心燃やすんじゃない関城! っていうか古橋に勝つのは無理だから諦めろ!」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

投下します。
時季外れもいいところですが。

【ぼく勉】 紗和子 「レッド・ホット・バレンタイン」

………………化学室

紗和子 「………………」

グツグツグツグツグツ……

紗和子 「ふふふふふ……」

紗和子 「あとはこれを、こう、と……」

コトコトコト……マゼマゼマゼ……

紗和子 「………………」

ニィィ……

紗和子 「ふふ……あとはこのチョコを型に流し込んで固めれば完成よ!!!」

部員 (関城元部長、引退したのに何やってるんだろ……?)

紗和子 「待っていなさい、唯我成幸! このチョコであなたもイチコロよ!」

部員 (ああ、チョコ作ってたんだ。バレンタインかな)

部員 (唯我成幸さんって、部長の好きな人なのかな。部長もそういう人いるんだなぁ)

紗和子 「ふふ……ふふふ……!!」

部員 (それはそうと、マッドな笑いが似合うなぁ部長……)

………………翌日 登校日 放課後

陽真 「なーりーちゃん、かーえろ」

陽真 「……って、どうしたの、その紙袋」

成幸 「ん? いや、なんかしらんけど今年はバレンタインのチョコをたくさんもらっちゃってさ」

成幸 「モテ期到来かー、なんてな。全部義理だよ。それでもありがたいけどな」

陽真 「………………」 ウーム 「……ちなみに誰からもらったの?」

成幸 「? えっと、これはうるかと緒方と古橋にもらったな」


―――― うるか 『なっ……成幸! こ、これ、チョコ! 食べてね! あたしの気持ちだから!』

―――― 理珠 『成幸さん! あの……よ、よかったら、食べてください……。私の、気持ちです……』

―――― 文乃 『お父さんに毒味してもらったから大丈夫! ちゃんと食べられるから!』


成幸 「全員顔真っ赤だったけど、風邪でも引いてんのかな。大事ないといいけど」

陽真 「あ、うん」

陽真 (……成ちゃん、間違いなくそれ全部本命だよ……)

陽真 「? でもそれにしてはチョコ多くない?」

成幸 「ああ、あとは学校に来る前に会ったOGの先輩と……」


―――― あすみ 『お、おう、後輩。朝から呼び出して悪いな。よかったら、これ……』


成幸 「……こっちは、内緒にしてくれって言われたけど、お前にならいいかな。桐須先生からなんだ」


―――― 真冬 『他の人には内緒よ。これ、がんばって作ったから、食べてくれたら嬉しいわ』


陽真 「あー、うん……」

成幸 「風邪、流行ってんのかな。ふたりも顔が真っ赤だったけど……」

陽真 (もはやそのニブさは犯罪的だよ成ちゃん……)

成幸 「で、実はこの後、緒方と勉強会なんだ。だから、悪いけどまだ帰れない」

陽真 「あ、そうなの。残念。大森も用事あるみたいだし、ひとりで帰るとしようかな」

成幸 「っていうか、せっかくのバレンタインなんだから海原と一緒に帰ったらいいだろ」

陽真 「智波ちゃんは部活だよ。卒業前の後輩への指導ラストスパートだってさ」

陽真 「でも心配ご無用。部活が終わった後デートの約束があるからね」

成幸 「そうかよ。聞くんじゃなかったよ……」

陽真 「はは、じゃ、成ちゃん勉強がんばってね――」


紗和子 「――――唯我成幸ーー!!」 バーーーーーン!!!


成幸&陽真 「「!?」」

紗和子 「教室にいてくれたのね、良かったわ」

成幸 「……せ、関城、急に登場するなよ。心臓飛び出るかと思ったわ」

紗和子 「間に合って良かったわ。うちのHRが長引いて、どうなることかとヒヤヒヤしたわ」

成幸 「? そんなに急いで何か用か?」

紗和子 「その前に確認なんだけど、あなたこの後緒方理珠と勉強会よね?」

成幸 「へ? そうだけど……」

紗和子 「……よし。完璧ね」 (ふふ……ふふふふふふ……!!)

成幸 「?」

紗和子 (さぁ、始めるわよ! 私の、在学中最後であろう、緒方理珠への恩返し!)

紗和子 (レッド・ホット・バレンタイン作戦、決行よ!!)

………………昨夜

紗和子 「……うんうん。見た目は完全にただのチョコね」

紗和子 「完璧に仕上がったわ。これで唯我成幸も緒方理珠の魅力に気づいてイチコロね!」

紗和子 「……でも、しまったわね。何も考えずに適当に安いチョコの型を買ってしまったから……」

キャピルーン♪

紗和子 (思いっきりハート型のチョコになってしまったわ)

紗和子 (それにラッピングも安いのを適当に買ったら、すごくハートハートしてるわ……)

紗和子 (……ま、まぁ、効能がしっかりあれば、形なんてどうでもいいのよ!)

紗和子 (ハート型だろうとなんだろうと、それでも問題はないはず!)

紗和子 (あとはこれを、明日の緒方理珠と唯我成幸の勉強会の直前に渡せば……!!)

紗和子 「……ふふ、ふふふふ!!」

紗和子 「そう、この新発明チョコレート、『レッド・ホット・チョコ・ペッパーズ』 、略してRHCPをね!!」

………………

紗和子 (RHCPは、唐辛子の辛み成分、カプサイシンを多分に含ませたチョコレートよ)

紗和子 (普通に唐辛子成分をチョコに混ぜ込んだのでは、当然チョコは辛くなってしまう)

紗和子 (けれど、このRHCPは、唐辛子からカプサイシンだけを抽出し、小さなカプセルで包みこんでいるわ!)

紗和子 (だからRHCPを口に入れても、辛みは感じない。ただの甘いチョコレートとしか感じないわ)

紗和子 (そしてそのカプセルは、チョコレートが胃に到達する段階で溶け出し、カプサイシンは人体に吸収される)

紗和子 (……そう、つまりこのチョコレートを食べると、辛みを感じることなくカプサイシンを摂取することができる!)

紗和子 (そしてカプサイシンには、新陳代謝を促進する効果がある。当然、脈拍も上がることになるわ)

紗和子 (今このチョコを唯我成幸に食べさせれば、緒方理珠と勉強をしている間にその効果が表れ始め……)

紗和子 (カプサイシンによる脈拍上昇。それによるドキドキで、ふたりの距離は……)


―――― 成幸 『……あれ? 何で俺、こんなにドキドキしているんだ……』

―――― 理珠 『成幸さん……?』

―――― 成幸 『っ……』 ドキッ 『お、緒方……。緒方って、なんでそんなに可愛いんだ……?』

―――― 理珠 『へっ……?』 トゥンク……

紗和子 (……そう! そして、ふたりは末永く結ばれることになるのよ!!) グッ

成幸 「……えっと、関城? 黙り込んじゃってどうしたんだ?」

成幸 (っていうか、拳握って天を仰いで、一体何やってんだこいつは……)

紗和子 「何でもないわ! ところで唯我成幸! 今日は何の日かしら?」

成幸 「へ? いや、何って……バレンタインデーだろ?」

紗和子 「そう、その通り、バレンタインよ! だからこれあげるわ!」

成幸 「え……? ああ、ありがとう」

成幸 「えへへ、なんか義理って分かってても、こういうのもらうと嬉しいよな……って」

成幸 「!?」

成幸 (……ら、ラッピングがめっちゃハートなんだけど!?)

成幸 「せ、関城、このチョコって……」

紗和子 「へ? そりゃ、バレンタインのチョコよ。決まってるでしょ?」

紗和子 (ふふ、感謝しなさいよ、唯我成幸! 私が全力で緒方理珠との仲を応援してあげてるんだから!)

紗和子 「……私の(緒方理珠への)想いがたっぷり詰まってるわ」

成幸 「!?」 陽真 「!!」 ニヤァ

紗和子 「……? どうしたのよ、顔を真っ赤にしちゃって」

ハッ

紗和子 「ま、まさか変なこと考えてるんじゃないでしょうね? 当然、義理よ?」

成幸 「あ、ああ、そうだよな。悪い、わかってる」

紗和子 「……じゃ、食べて?」

成幸 「へ?」

紗和子 「だから、食べて。今ここで」

成幸 「今? いや、でも……」

陽真 「いやぁ、成ちゃん」 ニヤニヤ 「女の子がこんなに、“食べて” って言ってるんだから、いただかないとバチが当たるよ?」

成幸 「……わかったよ。まぁ、小腹も空いてたし、いただくよ」

成幸 (なんか、もらったチョコを教室で空けるのって恥ずかしいな。他の奴の目もあるし……)

スッ……ハラリ……

成幸 「……!?」

成幸 (チョコもめっちゃハート型なんだけどー!?)

陽真 「!!」 ニンマリ

ザワザワザワザワ…………

「お、おい、唯我の奴、またチョコもらってるぞ!」

「しかもあれ、隠れファンも多い化学部の関城さんじゃ……」

「お姫様たちのみならず、関城さんまで……」

「唯我の野郎……!」

成幸 「せ、関城、これ……」 カァアアアア…… 「なんで、ハート型なんだ……?」

紗和子 「へ? 何でって……」 (うーん、型を適当に選んだからなんだけど、わざわざ言う必要もないわよね)

紗和子 「当然、その方が(緒方理珠のあなたへの)気持ちが伝わると思ったからよ!」

成幸 「ぶっ……!」

陽真 「……いやぁ、成ちゃんがモテモテで俺は嬉しいよ」

陽真 「じゃ、俺帰るね。成ちゃん、ごゆっくり」

成幸 「お、おい、小林! 変な言葉を残して行くな!」

紗和子 「……ねえ、唯我成幸。早く食べて?」

成幸 「へ? あ、ああ……じゃあ、いただきます」

パクッ

ムシャムシャムシャ……

紗和子 「………………」 ジーーーッ

紗和子 (大丈夫かしら。ちゃんと辛みは隠れてるかしら……)

成幸 (めっちゃ見てくる。なんだろう。感想でもほしいんだろうか)

成幸 「……えっと、美味しいぞ、関城」

紗和子 「えっ、あ、そう?」 ホッ 「なら良かったわ」

紗和子 「実は味見するのを忘れていたから、少し心配だったのよね」

成幸 「ん、味見してないのか。ほんとに美味しいから、お前も食べてみたらどうだ?」

パキッ

成幸 「ほら、口つけてないとこ」

紗和子 「あっ……ありがと……」 パクッ

紗和子 「ん……」 モグモグ 「あらほんと。我ながら結構美味しくできたわね」

紗和子 (うまく辛みも隠れているし、これなら大丈夫そうね)

成幸 「……ん、本当に美味しいな」 モグモグモグ……

紗和子 (……それにしても、美味しそうに食べてくれるわね。ちょっと嬉しいじゃない)

トトトトトトト……

理珠 「……あっ、成幸さん」

理珠 「よかった、まだ教室にいらっしゃったんですね」

成幸 「ああ、緒方。お前もHR終わったんだな。じゃあ図書室行くか」

理珠 「それが……父から電話がありまして、お店の手伝いに戻ってきてほしいと……」

理珠 「すみません、成幸さん。せっかく時間を取ってもらっているのですが、今日の勉強会に行けなくなりました」

紗和子 「!?」

紗和子 (な……なんですってー!?)

成幸 「ああ、そうなのか。大丈夫か? 俺も手伝いに行った方がいいか?」

理珠 「い、いえいえ! そこまでではありませんから、大丈夫です」

成幸 「そうか? なら、俺のことは気にせず帰ったらいいよ」

理珠 「はい。すみません、そうします。成幸さん、関城さんも、さようなら」

トトトトト……

成幸 「家業の手伝いじゃ仕方ないよな。今日はひとりで勉強するか……」

紗和子 (そ、想定外の事態だわ! まさか緒方理珠が勉強会をキャンセルするなんて……)

成幸 「んー、緒方に解いてもらいたい物理の問題があったんだけどな……」

紗和子 (ど、どうしようかしら。日を改めてまた唯我成幸にRHCPを食べさせて……)

成幸 「どこかに緒方くらい理系が得意な奴いないかな……」

紗和子 (……いやいやいや! さすがにバレンタインでもないのに手作りチョコなんか渡したら不自然だわ!)

成幸 「……ん?」

紗和子 (どうしたら……)

ガシッ

紗和子 「……へ? ゆ、唯我成幸!?」

成幸 「関城! この後時間あるか?」

紗和子 「へ……?」

………………生物室

紗和子 「………………」

カリカリカリ……

紗和子 「……はい、解けたわよ。たぶんこれで合ってると思うけど」

成幸 「……ん、解答と同じだ。さすがだな、関城」

紗和子 「ふふん。緒方理珠には及ばないまでも、理系の問題だったらそれなりの自信はあるわ」 ドヤッ

成幸 「ふむふむふむ……ああ、なるほど。こうやって解くのか」

成幸 「……関城の途中式、すごく分かりやすいから助かるよ」

紗和子 「……まぁ、教えてほしいって言われたからには、分かりやすく解いた方がいいでしょ」

成幸 「緒方は大体の問題を暗算で解くし、途中式書いてもらっても解読に時間がかかるからな……」

紗和子 「あの子は特殊なのよ。理系の物事に関しては脳みその作りが私たちと違うのよ」

成幸 (関城も結構そっち寄りだと思うけどな……)

成幸 「それにしても悪いな。無理言って勉強付き合ってもらっちゃって……」

紗和子 「べつにいいわよ。家に帰ったって勉強をするだけなんだから、変わらないわ」

紗和子 「………………」

カリカリカリ……

紗和子 (……まさか緒方理珠の代わりに私が勉強会の相手に指名されるなんて)

紗和子 (うまくいかないものね。お節介はやめろという神様の思し召しから)

紗和子 (……なんて、非科学的ね。私らしくもない)

紗和子 「……ねぇ、唯我成幸。緒方理珠からチョコレートはもらったのよね?」

成幸 「ん? ああ、もらったぞ」

紗和子 「そう。なら、まぁいいかしらね」

成幸 「?」

紗和子 (ひょっとしたら、私がお節介をかけるまでもないのかもしれないわね)

紗和子 (あの子にはもう、私の手助けは必要ないのかしらね……)

紗和子 (ふふ、そう考えると感慨深いような、寂しいような……)

紗和子 (……ん? でも、何か忘れているような)

成幸 「……それにしても暑いな。暖房そんな強くしてないのに不思議だな。上着脱ぐか」 ヌギヌギ

紗和子 「……!?」

紗和子 (わ、忘れてたーーーー!! 唯我成幸にRHCPを食べさせたんだったわ!!)

成幸 「ふーっ。なんか上着脱いでも暑いな。変だなぁ。関城は暑くないか?」

紗和子 「へっ!? べ、べつに暑くなんかないけど!?」

成幸 「? なんで焦ってんだお前。っていうか、汗すごいぞ?」

紗和子 「!?」 ダラダラ (そ、そういえば私も、少し暑いような気が……)

紗和子 「……あ」


―――― 『――お前も食べてみたらどうだ?』


紗和子 (そういえば私も食べたんだったわ!!)

紗和子 (さすが私の発明品ね! ひとかけら食べただけでカプサイシンの作用がすごいわ!)

紗和子 (……ってそんなこと考えてる場合じゃないわね!?)

紗和子 (とりあえず……) ヌギヌギ (暑いのは如何ともし難いから、白衣を脱ぎましょうか)

成幸 「っ……」

紗和子 「? どうかしたかしら?」

成幸 「い、いや、何でもない……」

成幸 「………………」

ドキドキドキドキ……

成幸 (な、何でこんなにドキドキしてるんだ、俺……?)

成幸 (っていうか、なんか……)

紗和子 「……?」

成幸 (……白衣を脱いだ関城って、なんか、不思議な感じだ)

成幸 (私服姿は何回か見たことがあるけど、制服姿は新鮮で……)

成幸 (かわいい……)

成幸 「……?」

ハッ

成幸 (……お、俺は何を考えてるんだ!? 女友達を “かわいい” だなんて……)

ドキドキドキドキ……

成幸 (ああ、もう! 何でこんなに暑いんだ? 何でこんなにドキドキするんだよ……)

成幸 (……いかんいかん。勉強に集中しなければ)

………………

成幸 「………………」 カリカリカリ……

紗和子 「………………」 カリカリカリ……

ドキドキドキドキ……

成幸 (……相変わらずドキドキするし、身体がぽかぽかするけど)

紗和子 (少なくとも勉強に支障はないわね)

成幸 (さすがに、俺から勉強会に誘っておいてもう解散ってのも悪いし……)

紗和子 (もう少し。もう少しだけ付き合ったら、別れないと……)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

成幸 (……あっ、やっぱり関城ってすごくきれいだな。制服姿、似合ってるな)

紗和子 (……唯我成幸、前より筋肉質になったかしら。少しかっこいいじゃない)

成幸 「あっ……」 (やべっ、目が合った……)

紗和子 「ん……」 (いま、唯我成幸、私を見ていた……?)

成幸 (な、なんだ、この感じ……/// ものっそいドキドキする……)

紗和子 (図らずも私の発明品の効能が実証されつつあるわ……///)

ガラッ……

「あら、関城さん。今日もお勉強?」

紗和子 「あ……先生! すみません。今日もお借りしています」

生物教師 「いいのよ。以前に許可は出していますからね。勉強に使うのなら大歓迎よ」

生物教師 「あら……?」

成幸 「あっ、こ、こんにちは。関城さんにお願いして、俺も使わせてもらっています」

生物教師 「ふふ、関城さんが緒方さん以外の誰かと一緒に勉強をしているなんて、めずらしいわね」

生物教師 「それに、男の子だなんて。ふふ、本当にめずらしいわ」 ニコニコ

紗和子 「へ……? な、何ですか?」

生物教師 「彼氏かしら? 一緒にまじめに勉強ができる関係って、ステキね」

紗和子 「へぇ!?」

ボフッ

紗和子 「ち、違いますよ! 私たちは、そういう関係じゃ……」

紗和子 「ね、ねぇ!? 唯我成幸!」

成幸 「へ!? そこで俺に振るのかお前!?」

成幸 「い、いや、そりゃ、俺と関城は、そんなんじゃ……」

カァアアアア……

成幸 「……ない、です」

成幸 「あの、全然、ほんと、これっぽっちも……」

成幸 「関城のこと、きれいとか、かわいいとか、制服姿が新鮮で似合ってるとか……」

成幸 「……お、思ってないですから」

紗和子 「へぇ……!? ゆ、唯我成幸? あなた、何を言って……」 カァアアアア……

成幸 「へ……?」 ハッ (!? お、俺、何を言ってるんだ!?)

紗和子 (か、顔が赤くなるのが、自分でも分かる……。ほっぺが熱いわ……)

生物教師 「あらぁ、あらあらあら……」 ニコニコニコ

生物教師 「青春ねぇ。邪魔しちゃアレだから、私はもう行くわね」

紗和子 「あっ、ち、ちょっと待ってください! 絶対何か勘違いをしていますよね!」

生物教師 「それじゃ、ごゆっくり」

ピシャリ……

紗和子 「ああ……」 (行ってしまった。先生、絶対何か勘違いしてるのに……)

紗和子 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……あ、えっと……なんか、すまん」

紗和子 「……いいわ。元はと言えば、私のせいだし」

成幸 「?」

紗和子 「……そろそろお開きにしましょうか」

成幸 「ん、ああ。そうだな」

成幸 「今日は付き合ってくれてありがとな。問題の解き方も教えてもらったし」

紗和子 「どういたしまして。本当は緒方理珠が来られれば良かったのだけどね」

成幸 「……ん、まぁ、緒方が来られなくなったのは残念だけどさ、」

成幸 「お前とふたりきりで勉強できて良かったよ」

紗和子 「っ……」 プイッ 「そ、そう。それなら良かったわ」

成幸 「?」

紗和子 「………………」

ドキドキドキドキ……

紗和子 (……違うから。これは、ただのカプサイシンの効能だから)


―――― 『関城のこと、きれいとか、かわいいとか、制服姿が新鮮で似合ってるとか……』

―――― 『……お、思ってないですから』


紗和子 「っ……///」

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

紗和子 (違う! これは、私の発明品の効果がすごいだけ。だから……)


―――― 『お前とふたりきりで勉強できて良かったよ』


紗和子 「……はうっ///」

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

紗和子 (あー、もう! いい加減、効果消えなさいよ~~~~!!)

おわり

………………幕間 「妹はチョコッと危険なフレグランス」

水希 「ふふ……ふふふふふ……」 クワッ 「今年こそ実行に移すとき!」

水希 「チョコを何倍かに希釈した水を自分にスプレーして、っと……」

シュッシュッ……


―――― 水希 『ごめん、お兄ちゃん。お金がなくて、チョコ用意できなかったよ……』

―――― 成幸 『あれ? でも、水希からほのかにチョコの香りが……』

―――― 水希 『……うん。だから、お兄ちゃん。チョコの代わりに……わたしを食べて……?』


水希 「ふふっ……ふふふふふふっ……むふっ!!」

水希 「名付けて “妹はチョコッと危険なフレグランス” 作戦よ!!」

葉月 (……ああ、姉ちゃんがどんどんわけわからなくなっていく)

和樹 (姉ちゃんはぶれないよなぁ……)

葉月 「……じゃあ、とりあえず、和樹」

和樹 「ほいさ」 スッ

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。
とりあえずたまっていたものはこれですべてです。
書きかけのはいくらでもありますが。

長らく空白の期間を設けてしまってすみません。
待っていてくださった方がいたら申し訳ありませんでした。

美春さんの話は、本当はもっとコンパクトにまとめたかったのですが、
どうせなら書きたいこと全部書いてやろうと思って滅茶苦茶長くなりました。
わたしのSSは短ければ10kB程度、長くても30kBいかない程度です。
が、これは60kBを超えました。もっとうまくできたかなーとも思います。
申し訳ないことです。

関城紗和子さんのSSを2つも書いているとは思いませんでした。
完成品を眺めていたら関城さんの名前が2つ並んでいて自分で笑ってしまいました。

なんだかんだ、アニメはすごく良かったと思います。
二期も楽しみですね。

レス全然見られていないのでリクエストっぽいのがあって書けそうだったら書きます。

自分語りが長くなりました。
申し訳ないことです。
また投下します。


バタフライフィールドさんのお話とかどうでしょう

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】 文乃 「合宿最終日はバーベキューだよ、唯我くん!!」

………………勉強合宿三日目夜 うかり荘

成幸 「急にハイテンションになってどうした、古橋」

文乃 「だ・か・ら! バーベキューなんだよ、唯我くん!」

文乃 「今さっき先生方がお話してるのを偶然聞いちゃったんだ!」

文乃 「明日の午前の講習が終わったら、先生方のカンパでバーベキューらしいよ!」

うるか 「!? それほんと、文乃っち!」

文乃 「ほんともほんとだよ~! 何でも、高級牛肉からブランド豚肉までそろえてくれてるみたいだよ~!」

成幸 「分かった分かった。そりゃ楽しみだけど、明日に取っておこうな」

成幸 (今さっき風呂場でとんでもないことがあったばかりのにもう立ち直りやがった……)

成幸 (ほんと食いしん坊だな、古橋は……)

理珠 「まったく、文乃とうるかさんは食いしん坊ですね」

成幸 「騒ぐのはそれくらいにして、今日のおさらいをやって早く寝るぞ」

文乃&うるか 「「はーい」」

成幸 (……にしても、先生方のカンパでバーベキューか。塾講師ってのも大変だな)

………………翌日 昼

真冬 「………………」

ブルルルン……プスプスプス……

真冬 「迂闊。やってしまったわね……」

真冬 (夏休みも終わりに近いからと有給を取って峠を攻めに……もとい、ドライブをしにきたけれど)

真冬 (まさかガソリンがこんなに減っていただなんて……)

真冬 (こんな峠道でガス欠なんて洒落にならないわ。どうしたものかしら……)

真冬 (夏休みとはいえ世間は平日。さっきから車も通りかからないし……)

真冬 「ん……?」

キャッキャ……ワーワー……

真冬 「……喧噪。近くに人がいるようね。キャンプかしら」

真冬 (恥を忍んでガソリンを譲ってもらうしかないわね)

………………広場

ワイワイガヤガヤ……

成幸 「おー、さすがに大盛り上がりだな。先生方も太っ腹だなぁ」

文乃 「お肉がたくさんあるよ、唯我くん!」

うるか 「旅館の人がカレーも作ってくれてるみたいだよ!」

理珠 「あっちに冷やしうどんもあるみたいですよ!」

グイグイグイグイ

成幸 「わっ、わかったわかった。わかったから引っ張るなって……」

成幸 「食べ過ぎてお腹壊したりしないようにな。ほら、好きなもん取ってこい」

文乃&うるか&理珠 「「「はーい!!」」」

バヒューン!!!!

成幸 「だー、もう! 人がたくさんいるんだから走るなよー!」

成幸 「……って、もういないよ。まったく」

成幸 「……はしゃいじゃってまぁ」

クスッ

成幸 「ま、今日の午前中まで目いっぱい勉強がんばってたしな。これくらいのご褒美があっても……――」

「――なーにひとりで呟いてんだ、こーはいっ」

ピトッ

成幸 「ひうっ!? 冷たっ!?」

あすみ 「にひひ、ほんといい反応してくれるよな、お前って」

成幸 「先輩……。やめてくださいよ、もう……」

あすみ 「悪い悪い。ほら、麦茶取ってきてやったから飲めよ」

あすみ 「散々子どもたちの引率してノドカラカラだろ、“先生” ?」

成幸 「引率って……。あいつらは俺と同い年ですよ」

成幸 「でも、ありがとうございます。たしかにノド乾いてたから嬉しいです」

あすみ 「ま、確かに引率の先生というよりは、娘たちに振り回されるパパって感じだったけどな」

成幸 「ぶっ……! だ、誰がパパですか! 変な事言わんでくださいよ!」

あすみ 「にひひ。そういやそうか。お前はパパじゃなくて、弟なんだっけ?」

成幸 「へ?」

あすみ 「……なぁ? “成幸くん” ?」

成幸 「なっ……なんですか、いきなり……」

あすみ 「いや、べつに大したことじゃねーんだけどな。昨日から気になっちまってさ」

ニヤニヤ

あすみ 「お前と古橋、どうして姉弟ごっこなんかするに至ったのかが、さ」

成幸 「いや、本当に大したことじゃないですよ。お祭りの日に……」

成幸 「……!?」 ハッ


―――― 『大ありです 問題ないと思ってる時点で問題だらけです』

―――― 『あとで徹底的に補習です』


成幸 (あっ、あっぶねー!! 古橋に言うなって言われてるの忘れてたー!)

成幸 (危うく先輩に言ってしまうところだった……!)

成幸 (さすがあしゅみー先輩! 隙をつくのが上手い……!!)
   ※成幸くんが隙だらけなだけです。

あすみ 「? ん、どうした、後輩?」

ニヤニヤニヤニヤ

あすみ 「なんか言えない事情でもあるのかー? んー?」

成幸 「い、いえ、べつに、そういうわけではないんですが……」

成幸 「っていうか、先輩、その……」

あすみ 「ん?」

成幸 「ち、近い、です……」

あすみ 「………………」 ニィ 「……ほーぅ、やっぱり先輩に迫られるのが好みか、後輩」

あすみ 「密室じゃなくて悪かったな」

成幸 「だ、だからあれは違うんですってば! もー!」

あすみ 「にひひ。ほんとにからかい甲斐がある奴だよな、お前って」

あすみ 「……で? 何で姉弟ごっこなんてすることになったのか、そろそろゲロっちまえよ」

成幸 「結局その話蒸し返すの!?」

あすみ 「えー、教えてくれないのかよー、後輩ー」

成幸 「ダメなんです! 話しちゃダメって言われてるんです!」

あすみ 「へー……」 (話しちゃダメ、ねぇ……?)

あすみ (どうせ大した話じゃねーだろと思ってたけど、ここまで隠そうとするとはな)

あすみ (それに、口止めされてる? 古橋にか?)

モヤモヤモヤ……

あすみ (なんかわかんねーけど、それはちょっと……ムカつく)

あすみ 「ちぇっ、ひどいよなー、後輩は」 チラッ

あすみ 「人に無理矢理キスしようとしといて、そんなツレない態度を取るのな」

成幸 「なっ……!?」 (あ、あの写真は……カラオケボックスでの写真……!?)

成幸 「それどう見ても先輩が俺にキスしようとしてるじゃないですか!」

――――ガサッ

真冬 「……失礼。ぶしつけで申し訳ないのですが、もしよろしければ、ガソリンを分けてもらえないでしょうか」

あすみ 「……へ?」

成幸 「へ?」

真冬 「……? こ、小美浪さん? 唯我君?」

成幸 「な……な、なんでここに先生が!?」

………………

あすみ 「へぇー」

ニヤニヤニヤ

あすみ 「峠を攻めに来たはいいけど、ガソリンの残量が少ないのを忘れていてガス欠、ですか」

真冬 「きっ、禁止! そう何度も言わなくてもいいでしょう、小美浪さん!」

真冬 「それに私は峠を攻めたりなんかしません! ちょっとドライブに来ただけよ!」

成幸 「ま、まぁまぁ。なんにせよ良かったですね。旅館の人にガソリンを分けてもらえて」

真冬 「その上、予備校の方にバーベキューにまで混ぜてもらってしまって……申し訳ないわ」


―――― 『ああ、一ノ瀬学園の先生ですか! 休暇中に生徒たちの様子を見に来るだなんて、熱心な先生ですね!』

―――― 『ぜひバーベキューに参加していってください! 生徒たちも喜ぶでしょう!」


真冬 (……予備校の先生にも盛大な勘違いをされてしまったわ。恥ずかしい……)

あすみ 「いやぁ、さすがは熱心ですね、真冬センセ?」

真冬 「や、やめなさいっ! 小美浪さん!!」

あすみ 「にひひひっ」

成幸 「ど、どうどうどう。先生、落ち着いてくださいよ」

成幸 「それに先輩もあんまりからかわないでください」

あすみ 「へいへい。わかったよ」

真冬 「……オホン。当然、最初からずっと落ち着いているわ」

成幸 (どこがだよ……)

成幸 「ところで、こんな奥にいないで、せっかくのバーベキューですし、何か食べに行きましょうよ」

真冬 「不可。そんなことできないわ」

成幸 「? どうしてですか?」

真冬 「あなたたちがいるということは、ここにはあの子たちもいるのでしょう?」

成幸 「あの子たち……? ああ、古橋と緒方ですか? まぁ、いますけど……」

真冬 「このバーベキュー、勉強合宿の最終日、最後の息抜きだと聞いているわ」

真冬 「あの子たちも、せっかくがんばった最後の息抜きに、私の顔なんか見たくないでしょう?」

成幸 「先生……」

真冬 「だから私はお誘いの面目が立つ間くらいここにいるわ。こんな端にあの子たちも来ないでしょう」

真冬 「……それに、まだあなたたちふたりに聞かなくてはならない話もあるし、ね」

ジロリ

真冬 「……さっきの話を詳しく教えてもらいたいのだけれど」

あすみ 「? さっきの話?」

成幸 「?」

真冬 「誤魔化そうとしたってそうはいきませんからね。さっき、とんでもないことを言っていたわね」


―――― 『人に無理矢理キスしようとしといて、そんなツレない態度を取るのな』

―――― 『それどう見ても先輩が俺にキスしようとしてるじゃないですか!』


成幸 「……!?」

あすみ 「あー……聞かれてたかー」

真冬 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「……どういうことか、しっかり教えてもらうわよ」

………………

文乃 「ふんふんふーん♪」

ムシャムシャムシャムシャムシャパクパクパクパクパクパク

文乃 「お肉も野菜もカレーもうどんもサイコー! やっぱり夏はBBQだね!」

文乃 「りっちゃんもうるかちゃんも楽しんでるみたいだし、先生方も粋なことしてくれるよねぇ」

文乃 「唯我くんも……って、そういえばさっきから見ないなぁ」

文乃 (先輩もいないし、ひょっとして……)

文乃 (……ふたりで、こんなときまで勉強してたりして)

文乃 「………………」

文乃 (あり得るなぁ……)

文乃 (勉強は良い事だけど、休むときはしっかり休まないとだよ)

文乃 (仕方ないなぁ……) クスッ (文乃お姉ちゃんがお肉でも持って行ってあげようかな)

文乃 「まったく、本当に……」

文乃 「手のかかる弟だなぁ、成幸くんは」

文乃 (さて、どこにいるのかな)

理珠&うるか 「「………………」」 キョロキョロキョロ

文乃 「……? りっちゃん、うるかちゃん、どうかしたの?」

理珠 「あ、文乃。成幸さんを見かけませんでしたか?」

うるか 「見当たらないんだよねー」

文乃 「唯我くん? 偶然だね。わたしも探してたとこなんだよ」

文乃 (……ん? りっちゃんとうるかちゃん、うどんとカレーを持ってるけど、ひょっとして……)

文乃 「……ふたりとも、ひょっとしてそれ、成幸くんに持って行ってあげるのかな?」

理珠 「へっ? あ、いえ、べつに、その……」

アセアセアセ

理珠 「……そ、そうです。先ほどから見当たらないので、どうせ勉強でもしているのだろうと」

理珠 「うどん持って行ったら喜んでくれ――じゃなくて、食べるかな、と」 カァアアアア……

文乃 (おっ、乙女ーーーー!! 恋する乙女すぎるよりっちゃん!)

うるか 「べ、べつに成幸に喜んでほしいとかじゃないからね!」

うるか 「お腹空かせてたら可哀想だから、持って行ってあげるだけだかんね!!」

文乃 (こっちはこっちでテンプレ乙女ーーーー! ふたりとも可愛すぎるよ!)

うるか 「……? ところで文乃っち、その大量のお肉は?」

文乃 「……へ?」

ハッ

文乃 「えっ、あ、いや、これは、その……」

うるか&理珠 「「………………」」 ジーーーーッ

文乃 (ど、どうしよう。成幸くんに持って行くつもりだったけど、この二人に知られたくないし……)

文乃 「も、もちろん自分用だよ。お肉美味しいから、いくらでも食べられちゃうね!」

うるか 「おー、さすが文乃っち。食べまくってんね」

理珠 「文乃ならフードファイターになれると思います。すごいです」

文乃 (ひ、人の気遣いも知らず、この子たちは……!)

文乃 「……ん?」

成幸 「……」

文乃 「あ、成幸くん。あんな茂みのほうで何やってるんだろ」

うるか 「? あ、ほんとだ」

理珠 「誰かと話しているのでしょうか。とりあえず行ってみましょうか」

………………

真冬 「まさかとは思うけれど、あなたたち、不純異性交遊をしているのではないでしょうね」

成幸 「うぇっ!? な、なんでいきなりそんな話になるんですか!?」

あすみ 「いや、まぁキスだの何だのの話を聞かれてたらそうなるだろ」

成幸 「先輩はどっちの味方なんですかー!」

真冬 「……唯我君、きみは小美浪さんに無理矢理キスをしようとしたの?」

成幸 「してませんよ!」

真冬 「じゃあ、小美浪さん、あなたは唯我君にキスをしようとしたの?」

あすみ 「んー……」

ニヤァ

あすみ 「……まぁ、それを肯定してもウソにはならないかなぁ」

成幸 「先輩!? 何言ってんですか!」

真冬 「……! ふ、不潔! やはり不純異性交遊をしていたのね!」

あすみ 「えー、やだなぁ、センセ」 ムギュッ 「不純じゃないですよ?」

成幸 「うぺぇ!? な、何で抱きつくんですか、先輩!?」

真冬 「!? 淫靡!! 離れなさい、小美浪さん!」 グイッ

成幸 「!?」

成幸 (ぎ、逆側から先生に……!?)

あすみ 「きゃー、センセったらだいたーん。先生も後輩に抱きつきたいんですか?」 グイッ

真冬 「か、からかわないでちょうだい! そんなわけないでしょう!」 グイグイ

あすみ 「どうだかなー?」 グイグイグイ

成幸 (り、両側から引っ張られて、やわらかいやら良い匂いやらで、何がなんだか……) フラフラ

文乃 「――成幸くーん? こんなところで何してるの?」

真冬 「!?」

シュバッ

成幸 「へ……? わっ……わわわっ……」 グラッ

あすみ 「……? のわっ……」

ドターーン!!!

文乃 「……? へ……?」

文乃 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「……本当に何をやってるのかな、きみは」

成幸 「いてててて……」

成幸 「……ん?」

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

成幸 (……これはあくまで俺の推察だけれど)

成幸 (古橋たちの声が聞こえて、先生は慌てて俺の手を離して茂みに隠れて、)

成幸 (そのせいで先輩に一方的に引っ張られることになった俺は、そのまま先輩の方に引っ張られ……)

成幸 (結果として、先輩を押し倒しているような姿勢になってしまっている……のだろう)

文乃&理珠&うるか 「「「………………」」」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「……ケダモノ」 ボソッ

成幸 「ち、違う! 断じて違うぞ! お前らは何か誤解をしている!」

理珠 「ほぅ。では成幸さんは、先輩を押し倒して何をするつもりだったのですか?」

成幸 「いや、べつに押し倒したつもりはないからな!?」

うるか 「成幸のヘンタイ! エッチ!」

成幸 「ストレートに傷つくからやめろ! 誤解だ!」

あすみ 「……おい、後輩。とりあえず重いから、どけ」

成幸 「あ、は、はい!」 イソイソ 「すみません、先輩……」

成幸 (先生、いくら古橋と緒方に会いたくないからって、急に手を放さないでほしいよ……)

理珠&文乃&うるか 「「「………………」」」 ジトーーーーーッ

成幸 (おかげで変な誤解をされてるし、正直に話してしまいたいところだけど……)

真冬 「………………」 フルフルフルフル

成幸 (茂みからの視線がすごい……。これは、話しちゃダメなやつだよな……)

成幸 (さて、どうしたもんか……)

あすみ 「………………」 ハァ (……ったく。しゃーねぇ後輩と先生だな)

あすみ 「……お前ら、何か勘違いしてるみたいだが、お前らが考えてるようなことはないぞ」

あすみ 「つまずいた後輩がよろけただけだ。偶然、アタシを押し倒したようになっちまったけどな」

成幸 「先輩……」

うるか 「な、なんだぁ。それだけかぁ」 ホッ

理珠 「そ、そんなことだろうと思ってました」

文乃 「そうだよね。わたしはもちろん、そう思ってたよ、成幸くんっ」

成幸 「お前ら、調子良いこと言うよなぁ……」

あすみ 「で、その食べ物、後輩のために取ってきてくれたんだろ?」

あすみ 「向こうのテーブルで食べるから、先待っててくれ。部屋に忘れ物があるんだ」

理珠 「分かりました! うどんもっと用意して待ってます!」

文乃 「肉も増やしておくね!」

成幸 「い、いや、それ以上はちょっと……」

うるか 「じゃ、待ってるねっ! 成幸! 先輩!」

トトト…………

あすみ 「……ふぅ。行ったか」 スッ 「出てきて大丈夫ですよ、真冬センセ」

真冬 「……感謝。うまく誤魔化してくれて助かったわ、小美浪さん」

あすみ 「ええ。後輩はアタシを押し倒した性犯罪者になりかけましたけどね」

成幸 「ぶっ……! 洒落にならんようなことを言わないでください!」

真冬 「……謝罪。急に手を放したのは申し訳なかったわ。ふたりともケガはないかしら?」

あすみ 「あれくらいでケガするようなヤワな身体はしてませんよ」

真冬 「そう……。よかったわ」

真冬 「………………」

成幸 「……先生?」

真冬 「あの子たち、とても楽しそうね」

成幸 「へ……?」

理珠 「……」 うるか 「……」 文乃 「……」 ワイワイワイ

成幸 「ああ……」 クスッ 「ええ。勉強は大変そうでしたけど、でも、充実してましたよ」

成幸 「たくさん頑張ったから、今はすごく楽しいんだと思います」

成幸 「そう……」

あすみ 「せっかくなんだし、声でもかけてったらいいじゃないですか」

真冬 「迷惑。あの子たちは、大嫌いな私の顔などみたくもないでしょう」

成幸 「そ、そんなこと……」

真冬 「………………」

クルッ

真冬 「予備校と旅館の方に挨拶をして帰るわ。これ以上、あの子たちと接触するリスクは避けたいから」

あすみ 「あれ、先生? キスのことはいいんですか?」 ニヤァ

成幸 「……!?」 (何でわざわざ蒸し返すんだ先輩!?)

成幸 (いや、間違いなく俺が困る様を見るためだろうけど!!!)

真冬 「………………」

成幸 「ち、違うんですよ先生! キスも何もないです! 俺と先輩はそういう関係じゃ……――」

真冬 「――……不問。キス云々のことは、とりあえずおいておくことにするわ」

成幸 「……って、へ?」

真冬 「あなたの帰りが遅くなると、またあの子たちが探しに来るわ。だから、仕方なく、よ」

ジロリ

真冬 「ただし、不純異性交遊は絶対に許しませんからね」

成幸 「先生……」

あすみ 「……だってさ、後輩?」 ニヤリ 「じゃ、不純じゃない交遊としゃれ込むか?」

成幸 「良い感じの話で終わりそうだったのに何でそう蒸し返すんですかー!!」

あすみ 「……とまぁ、後輩からかうのはこれくらいにして、と」

あすみ 「……真冬センセ」

真冬 「……? 何かしら?」

あすみ 「あいつら、べつに先生のこと嫌ってなんかいないと思いますよ」

真冬 「っ……。何の根拠があって、そんなことを言うのかしら」

あすみ 「根拠と言われると弱いですけど……」

あすみ 「アタシも散々進路変えろって先生に言われましたけど、」

あすみ 「……アタシ、べつに真冬センセのこと嫌いじゃないですよ?」

真冬 「………………」

カァアアアア……

真冬 「……し、主観。客観性に乏しい、ただのあなたの感想だわ、それは」

あすみ 「ま、そりゃそうか」 クスクスクス……

真冬 「……失礼するわ。邪魔したわね。唯我君、小美浪さん」

トトトトト……

あすみ 「……結局何も食べずに行っちゃったよ。ま、緒方たちがいるなら仕方ないか」

成幸 「………………」 ニヤニヤニヤ

あすみ 「……あんだよ、後輩。その生暖かい目は」

成幸 「いや、先輩も優しいところあるなぁ、って……」 ニヤニヤニヤ

あすみ 「ほーぅ。いい度胸だな、後輩」

あすみ 「今度真冬センセにあることないこと吹き込んでやろうか?」

成幸 「じ、冗談です! それだけは勘弁してください!」

あすみ 「……ったく。すぐヘタれるようじゃアタシに喧嘩売るのは百年はえーっての」

あすみ 「………………」

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「……? なんですか?」

あすみ 「いつか、センセと緒方たち、フツーに話ができるようになるといいな」

成幸 「………………」

成幸 「……はい、本当にそう思います」

成幸 (……本当に、いつになるか分からないし、そんなときが来るのかも分からないけど、)

成幸 (あのまっすぐな奴らと、まっすぐな先生が、一緒に笑い合えるような日がくれば、いいな)

おわり

………………幕間1 「別腹」

うるか 「あ、センパイ! 成幸! 遅いよもー!」

あすみ 「悪い悪い。ちょっと手間取ってさ」

理珠 「先輩の分も取ってありますから、存分に食べてください」

成幸 「ああ、ありがとな……って……」

ドーーーーーン

成幸 「な、なんだこの肉の量は……」

文乃 「へ? 成幸くん、男の子だからたくさん食べるかなと思って、一人前+α取っておいたよ?」

文乃 「ちょっと多かったかな? じゃあ私も一緒に食べるね!」

うるか 「あれだけ食べてまだ食べるの文乃っち……」

文乃 「もちろん! お日様の下で食べるお肉は別腹だよねー!」 ムシャムシャムシャ

あすみ 「ツッコむ気も湧かねーな……」

おわり

………………幕間2 「姉弟」

あすみ (……ん、そういや結局姉弟云々のこと後輩に聞きそびれちまったな)

あすみ (ったく。何が姉弟ごっこだよ。アタシは後輩が弟なんてご免だけどな……)

ポワンポワンポワンポワン………………

成幸(弟) 『あすみ姉ちゃん、受験頑張ろうな!』

成幸(弟) 『大丈夫だよ! 姉ちゃんなら絶対国立医学部受かるよ!』

成幸(弟) 『えへへ。姉ちゃんのために、対策プリントたくさん作ったからな』

成幸(弟) 『俺、姉ちゃんの作ってくれるご飯大好き! 姉ちゃんの料理は世界一だな!』

成幸(弟) 『いつもありがとな、姉ちゃん。姉ちゃん、大好きだよ!』

………………ポワンポワンポワンポワン

あすみ 「………………」 ハッ 「……あ、アタシは何考えて……ん?」

ツーーーーーポタッ……

あすみ 「な、何で鼻血が……」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

>>240さんから着想を得て書きました。
ありがとうございました。
夏ももう終わってから投下するなよと自分でも思いますが。
申し訳ないことです。
今回の話はアニメに準拠しているつもりです。


毎週、アニメの話からSSを書こうかなと思います。
近いうちに第二話に関係したSSも投下したいと思います。
ちょっと出足が遅れてしまいましたが、三話以降はアニメ放送後すぐくらいに投下できるようにがんばりたいです。


また読んでくれたら嬉しいです。

>>1です。
すみません、結局長らくお待たせしてしまいました。
待っていてくださった方、いらっしゃいましたらありがとうございます。ごめんなさい。

アニメ二話直後の話と思っていたければ幸いです。
ついでに、桐須先生のお誕生日記念のSSだと思っていただければ嬉しいです。

成幸 「俺ひとりで家事代行サービスですか?」

………………朝 メイド喫茶HighStage

マチコ 「そうなの。唯我クンご指名なの。必ずひとりで来るように、って」

マチコ 「しかも時間指定は上限一杯で依頼は掃除だよ。変だよね」

成幸 「はぁ……?」

ヒムラ 「なにそれ? ちょっと怪しくない?」

ミクニ 「唯我クン可愛いからなぁ。ファンの妙齢のお姉さんとかじゃない?」

ヒムラ 「だとすれば、唯我クンが無防備にひとりで家に入った瞬間、パクッと……」

ミクニ 「!? だから時間が上限一杯なのね!? 唯我クンを目いっぱい堪能できるように!」

成幸 (何言ってるんだろうこの人たちは……)

マチコ 「うーん、そんなことになったらあしゅみーが悲しむよねぇ……」

マチコ 「怪しいし、やっぱり断っておいた方がいいかな」

成幸 「ちなみに、どんな方からのお願いなんですか?」

マチコ 「ああ、うん。お名前と住所はこれだよ。この人」

成幸 「……? ん?」 ハッ 「えっ、この人ですか……?」

マチコ 「へ? 唯我クン、知り合いなの?」

………………マンション前

成幸 「………………」

成幸 (……なぜあの人がわざわざ俺を指名したのか、理由は分からなくはないけど)

成幸 (でも、何でわざわざハイステージにお願いをしたんだろうか……)

成幸 (ま、いいけどさ。そろそろ時間だし、インターフォン押すか……)

ピンポーーン……ガチャッ

?? 「正確。時間厳守ね。素晴らしい心がけだわ」

成幸 「どうも、こんにちは。ハイステージから家事代行で参りました、唯我です……」

成幸 「……って、わざわざ自己紹介する必要もないですよね……」


成幸 「――……桐須先生」


真冬 「ええ。では、お願いするわ。唯我君」

成幸 「はい。お邪魔します」

成幸 (どうせいつもどおりグチャグチャなんだろうな……)

成幸 「……!?」

キラキラキラ……!!!!

成幸 「なっ……!」

真冬 「どうかしたかしら?」

成幸 「……す、すごく綺麗な部屋ですね。桐須先生」

真冬 「あら、どうもありがとう」 フフン

成幸 (すごいドヤ顔だ。がんばって掃除したんだろうな……)

成幸 「でも、家事代行の依頼は掃除になっていますけど……」

真冬 「謝罪。どうやら、生来の綺麗好きがたたってしまったようね」

クスッ

真冬 「……と、いうことで、掃除に関してはしてもらうことはないわ」

成幸 「へ……? でも先生、時間は上限一杯指定されてますけど……」

真冬 「ええ。だから、あなたには他に何をしてもらおうかしら」

成幸 「……!?」


―――― 『なにそれ? ちょっと怪しくない?』

―――― 『唯我クン可愛いからなぁ。ファンの妙齢のお姉さんとかじゃない?』

―――― 『だとすれば、唯我クンが無防備にひとりで家に入った瞬間、パクッと……』

―――― 『!? だから時間が上限一杯なのね!? 唯我クンを目いっぱい堪能できるように!』


成幸 (ま、まさか、ヒムラさんとミクニさんが言っていた通り……!?)

真冬 「さ、唯我君。早く出しなさい」

成幸 「だ、出しなさいって、いや、そんな……」

真冬 「どうせ持っているんでしょう? 勉強道具」

成幸 「いや、俺は、その、そういうのは……」

成幸 「………………」

成幸 「……へ?」

………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

真冬 「完璧。だいぶ基礎が身についてきているわね。いいことだわ」

成幸 「あ、はい。ありがとうございます、先生」

成幸 (……何をアホな勘違いをしていたんだろうか、俺は)

成幸 (いや、でもまさか、お金を払って俺を家に呼んで、勉強させるとは思わないもんな……)

成幸 (……っていうか俺、何で仕事中に勉強してるんだろう)

真冬 「……ん、そろそろお昼ね。休憩しましょうか」

成幸 「はい、わかりました。お茶でもいれますね」

真冬 「いいわ。君は座ってなさい。私がいれてくるから」

成幸 「あっ……」

成幸 (……俺が動く前に、本当に台所に行ってしまった)

成幸 (俺が家事をしなくちゃならないのに、先生にさせるのは申し訳ないな)

成幸 (っていうか大丈夫かな。また湯飲みでも割ってケガでもしないかな……)

真冬 「お待たせ。緑茶よ……って」

真冬 「……救急箱を持って何をしているの、君は」

成幸 「あ、いえ。先生がいつケガしてもいいようにスタンバイしてました」

真冬 「……君は本当に私のことを何だと思っているのかしら」

成幸 (……ドジっこ無防備女教師)

真冬 「今、とてつもなく失礼なことを考えていないかしら……?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「め、滅相もないです! お茶、いただきます!」 ズズズ……

真冬 「まったく……」 ズズズ……

成幸 「………………」

成幸 「……あの、先生」

真冬 「? 何かしら?」

成幸 「どうして俺を指名して家事代行をお願いしたんですか?」

成幸 「しかも、掃除を依頼していたのに、しっかりと掃除してあるし……」

真冬 「前と同じよ。教師の威厳を保つために、小美浪さんには汚い部屋なんて見せられないわ」

真冬 「だから君を指名して家事代行をお願いしたのよ」

真冬 「そうしたら偶然掃除をする気になってきて、君が来る前に部屋が綺麗になってしまったの」

真冬 「それだけよ」

成幸 「………………」

成幸 「……いや、それで納得しろというのはいくらなんでも無理ですよ、先生」

真冬 「ん……」

成幸 「………………」 ジーーーーッ

真冬 「……分かったわ。白状するわよ」

真冬 「この前のお詫びよ。それから、日頃の感謝かしら」

成幸 「へ……?」

真冬 「この前、小美浪さんと一緒に家事代行に来たとき、あなたに掃除をさせてしまったでしょう?」

真冬 「あなたに申し訳ない事をしてしまったから、そのお詫びと……」

真冬 「いつも、あなたに掃除をさせてしまって、勉強時間を奪ってしまっているから……」

真冬 「その感謝の気持ちも込めて、バイトの時間も勉強をさせてあげようとしたの」

カァアアアア……

真冬 「羞恥。自分で話すと恩着せがましくて嫌だわ。だから言いたくなかったのよ……」

成幸 「先生……」

クスッ

真冬 「唯我君……?」

成幸 「……まったくもう。最初は何事かと思いましたよ。そんなことを考えてくれてたんですね」

成幸 「ありがとうございます。そのお気遣いだけで嬉しいです」

成幸 「でも、さすがに勉強を教えてもらってお金は受け取れないですよ」

真冬 「不可。後で払うからちゃんと受け取りなさい。それは正規の契約に基づいた謝礼なのだから」

成幸 「でも……」

真冬 「日頃掃除をしてもらっているのだから、それくらいさせてちょうだい」

真冬 「でないと、一生あなたに頭が上がらなくなってしまうわ」

成幸 「……わかりました」 ニコッ 「ありがとうございます、先生」

真冬 「それから、もう一つ……約束もあったから」

成幸 「へ? 約束……?」

ピンポーーーーン

真冬 「来たようね。ちょっと待っていてちょうだい」

成幸 「?」 (お客さんかな……?)

真冬 「ご苦労様です。どうもありがとう」

成幸 (いや……)

真冬 「……お待たせしたわね。さ、机の上を片付けてくれるかしら」

成幸 「へっ? 先生、それって……」

成幸 「店屋物?」

真冬 「ええ。少し早いけど、お昼ご飯にしましょう」

コトッ

真冬 「これで、やっと約束が果たせるわね。さ、どうぞ」

成幸 「……!?」

成幸 (こ、この四角い器は、お重!? これは、まさか……)

成幸 (噂に名高い超高級品の……)

パカッ

成幸 「ほんとにうな重だー!?」

キラキラキラキラキラ……!!!!!

成幸 (キラキラと独特の光沢を放つ焦げ目……)

成幸 (身の合間から見えるタレの染みこんだご飯……)

成幸 (そして何と言ってもこの、香ばしいタレの香り……)

グゥゥゥウウウ……

成幸 (なんて食欲をそそる食べ物なんだ……!!)

成幸 (でも……)

真冬 「? どうかしたかしら?」

成幸 「こ、こんなお高い食べ物を、いただいていいんでしょうか……?」

真冬 「……? 何を言っているの、唯我君。約束したでしょう」

成幸 「えっと……すみません、さっきから言ってる “約束” って……」

真冬 「したわ。小美浪さんとふたりでうちに来たとき」

真冬 「……あなたに掃除をしてもらったときに」

成幸 「へ……?」


―――― 『うわっ なんでたった数日で元に戻ってるんですか!』

―――― 『え……? 教師の威厳? はぁ……』

―――― 『えっ うな重!!?』


成幸 「あっ……」 ハッ 「あのときですか!」

真冬 「ええ。思い出してもらえたようで何よりだわ」

真冬 「そういうことだから、遠慮する必要はないわ。食べてちょうだい」

成幸 「じ、じゃあ、そういうことなら……」

成幸 「いただきます!」 モグッ…… 「……!?」

成幸 (う、うなぎやわらかー! タレとからまって、ご飯とよく合うなー!)

成幸 (うな重って、こんな美味しいものなのか……)

モグモグモグ……

成幸 (し、幸せ……) ジーーーン……

真冬 「………………」 クスッ (……まったく。美味しそうに食べてくれるものね)

………………夜

成幸 「………………」

ピピピピピピ……

成幸 「あっ、仕事終わりのアラーム……ってもうこんな時間か」

真冬 「時間が経つのを忘れていたということは、集中できていた証拠よ。がんばったわね」

成幸 「はい。いつもより頭が冴えている感じがします。ありがとうございました、先生」

真冬 「……だから、何度も言わせないでちょうだい。日頃のお返しよ」

真冬 「さ、では暗くなる前に帰りなさい。今日は家事代行ご苦労様でした」

成幸 「何もしてないですけどね」

成幸 「うな重もごちそうさまでした。めちゃくちゃ美味しかったです」

真冬 「それも約束を果たしただけよ。気にすることはないわ」

真冬 「……いつも、本当にありがとう」

成幸 「っ……」 ドキッ 「い、いえ。べつに、そんな……」

成幸 (な、なんだろ。今日の先生、妙にしおらしくて、少しヘンな感じだ……)

真冬 「………………」

成幸 「………………」

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

成幸 (な、なんか、調子狂うな……――)

ガタッ……

成幸 「ん……?」

バタバタバタバタドンガラガッシャーン!!!!

成幸 「!?」

真冬 「あっ……」

成幸 (クローゼットと戸棚から一斉に、物が雪崩のようにくずれ落ちてきたぞ!?)

真冬 「………………」

成幸 「……あの、先生? 片付けたって言ってましたよね?」

真冬 「………………」 プイッ 「……一応、片付いてはいたでしょう?」

成幸 「ゴミや不要物をどこかに押し込めることを片付けとはいいませんよ!」

真冬 「む……」

真冬 「………………」

プクゥ

成幸 「またそんなむくれた顔をして……」

成幸 (……まったくもう)

クスッ

真冬 「……な、なんにせよ、あなたの家事代行の時間は終わったでしょう。早く帰りなさい」

成幸 「ええ、そうですね。家事代行は終わったので……」

スッ……

真冬 「……っ、何をやっているの。片付けは私がやるわ。だから君は――」

成幸 「――家事代行は終わったので、いつもどおり一緒に片付けをしましょうか、先生」

真冬 「へ……?」

成幸 「今日はいつも勉強を教わるのを、先払いしてもらっちゃいましたし」

クスッ

成幸 「さ、先生も。早くやりましょう」

真冬 「唯我君……」

クスッ

真冬 「……まったくもう。またお返しをしなくちゃいけないじゃない」

成幸 「それより何より、まず部屋を汚さないようにしてください」

真冬 「し、辛辣。正論は時に人を傷つけることを知るべきだわ、君は」

成幸 「はは……」

成幸 「………………」

成幸 (……先生、いつも俺が掃除をしていること、感謝してくれてたんだな)

成幸 (でも、先生)


―――― 『時間が経つのを忘れていたということは、集中できていた証拠よ。がんばったわね』


成幸 (それと同じくらい、俺も……)

成幸 (先生が勉強を教えてくれること、感謝してるんですよ)

おわり

………………幕間 「におい」

葉月 「んー?」

成幸 「ん、どうした、葉月。兄ちゃんにそんなにべったりくっついて」

葉月 「なんか、兄ちゃんの服から良い匂いがするの。美味しそうな匂い……」

成幸 「あ、ああ。今日兄ちゃん、ごちそう食べて来ちゃったからな……」

成幸 「ごめんな、葉月。いつか兄ちゃんがお金稼げるようになったら、葉月にも食べさせてあげるからな」

水希 「………………」

ギラリ

水希 「……そうだね、葉月。お兄ちゃんから匂いがするね」

水希 「どこの誰か知らないけど、発情した年上のメスネコらしき匂いが……!」

和樹 「そっち!?」

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。
長らく間を開けてしまって申し訳ありません。

宣伝というわけではないですが、本日、某イベントに参加します。
夏はこの一連のスレで投下したSSを小説調に直して頒布というかなり手抜きな内容だったのですが、
今回はきちんとイベントのために書いた小説を頒布します。
恐らく明日ぼく勉で参加するのは私だけかと思いますので特定は簡単かもしれません。それが何だというわけではありませんが。
とりとめもない自分語りをしてしまいました。申し訳ないことです。


来年はできるだけ間を開けないようにこのスレにSSを投下し続けたいと思います。
本編も佳境に入ってきたような気がしますが、今後が非常に楽しみですね。明日のアニメもとても楽しみです。
このスレも、時々覗いていただければ幸いです。

本年、見ていただいた皆さん、レスをくださった皆さん、ありがとうございました。
また来年も見て頂ければ、レスをいただければ嬉しいです。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】 理珠 「もう気づいてしまいましたから」

………………年末 七緒図書館

理珠 「うー……」

文乃 「むむむむ……」

うるか (リズりんと文乃っち、難問に当たってるみたいだなぁ)

うるか (クリスマスからずっと根詰めてるもんね。センター受ける組は大変だ)

うるか (でも最近険しい顔してることが多い気がするなぁ。うーん……)

ハッ

うるか 「……ねぇねぇ、リズりん、文乃っち」

理珠 「? なんですか、うるかさん?」

うるか 「大晦日の夜なんだけどさ、一緒に初詣に行かない?」

文乃 「へ? 初詣?」

うるか 「うん! 息抜きとゴーカクキガンも兼ねてさ! 最近ふたりとも根詰めすぎだかんね!」

文乃 「うるかちゃん……」

理珠 「うるかさん……」

文乃 「せっかくだし、行こっか、りっちゃん」

理珠 「そうですね。少しくらいならいいですよね」

うるか 「せっかくだし、みんなも誘っちゃおっか! あたし、海っちと川っちに声かけてみんね!」

文乃 「んー、じゃあわたしも鹿島さんたちに声かけてみようかな」

理珠 「では、私は関城さんに声をかけてみます」

うるか 「えへへ、なんか楽しみになってきたね! 屋台で色んなもの食べよーね!」

理珠 「まったく……。うるかさん、メインはお参りと合格祈願ですからね」

文乃 「ふふ、そんなこと言って、りっちゃんも屋台のうどんが楽しみなんじゃない?」

理珠 「む……。それは、否定しませんが……」 プイッ 「文乃はずるいです」

文乃 「えへへ、ごめんごめん。わたしも屋台の食べ物楽しみだよ」

文乃 「アメリカンドッグに焼き鳥に焼きそば……。あと牛串とか……」

うるか 「ふ、文乃っち。どんだけ食べるつもりなの……」

うるか 「……あっ、でさ、あのさ」

カァアアアア……

うるか 「べ、べつに他意はないけどさ。その……のけ者にするみたいで嫌だし……」

うるか 「なっ、なな、成幸もさ、その……誘って、みよっか、とか……///」

うるか 「べ、べつにヘンな意味はないからね!? と、友達として? 誘ってあげるだけで……」

理珠 「おお、それはいいですね。成幸さんこそ根を詰めすぎな気がします。いい気晴らしになると思います」

うるか 「そ、そうだよね!」 パァアアアアアア……!!! 「じゃあ、こばやんと大森っちに誘ってもらうね!」

文乃 (うるかちゃん乙女すぎるよ。色々とだだ漏れだよ……)

文乃 (ここにいるのがりっちゃんじゃなかったら色々とお察しされてるところだよ……)

理珠 「……成幸さんが、来る。成幸さんと一緒に、お参り……///」

理珠 「ふふふ。楽しみです……///」

文乃 (りっちゃんはりっちゃんで色々と漏れてるよ……)

文乃 (まったく。ふたりとも可愛いんだから) クスッ

文乃 「………………」

文乃 (……成幸くん、来るのかぁ)

文乃 (べつに、だからってわたしは、ふたりと違って何かあるわけじゃないけど……)


―――― 『ねーねーどうかなぁ唯我君? ゆ・か・た! 似合ってる?』

―――― 『ふ 2人とも似合ってるな』

―――― 『古橋なんてとくに板についてるというか…… 大和撫子って感じだよな』


文乃 「………………」

文乃 「……わたし、振り袖でも着てっちゃおうかな」 ボソッ

文乃 (そしたらまた、夏祭りの時みたいに褒めてくれるかな……)

ハッ

文乃 (わ、わたしってば、何バカなこと考えてるのかな。そんなの……)

うるか 「文乃っち……?」 理珠 「文乃……」 ジーーーーッ

文乃 「へ……? へぇ!?」

文乃 (ひ、ひょっとしてわたし、声に出してた!?)

うるか&理珠 「「………………」」 ジーーーーーーーーッ

文乃 (ま、まずいよ~~~! 2人とも滅茶苦茶こっち見てくるよ~~~~!)

うるか 「いいね! 振り袖って着たことないけど着てみよっか!」

文乃 「へ……?」

理珠 「わたしも興味があります。和装は慣れていますが、振り袖は着た事がありません」

文乃 「あ……そ、そうだよね。ふたりも着てみたいよね!」

文乃 (せ、セーフ! 成幸くんに関してのところは声に出してなかったみたい!)


―――― ((そしたらまた、夏祭りの時みたいに褒めてくれるかな……))


文乃 「っ……」

文乃 (わたし……何考えてるんだろ。成幸くんはわたしの弟みたいなもので、りっちゃんとうるかちゃんの好きな人で……)

文乃 (でも……――)

うるか 「――でも、振り袖ってどうやって着るの? っていうか、家にあるかなー」

文乃 「へ!? あ、そ、そうだね。たぶん美容室とかでレンタルと着付けをしてもらうんだと思うけど……」

文乃 「……よく考えたら年の瀬の今からで間に合うかな。もうどこも予約で一杯かな」

うるか 「うーん……」

理珠 「美容室ですか……」

理珠 「………………」

文乃 「りっちゃん?」

うるか 「リズりん?」

理珠 「……ちょっと聞いてみないと分かりませんが」

理珠 「予約が空いているであろう美容室に心当たりがあります」

………………大晦日

文乃 「………………」


―――― 理珠 『電話をしてみたところ、快くオーケーをしてくれました』

―――― 理珠 『振り袖もたくさんあるから、好きなものを選んでもらって構わないとのことです』

―――― 理珠 『大晦日の夕方くらいに伺う予約を取ったので、待ち合わせて一緒に行きましょう』

―――― うるか 『さっすがリズりん! すごいね!』


文乃 (……水を差すようで嫌だったから何も言わなかったけど、怪しいよね)

文乃 (着付けまでしてくれる美容室って、この時期すごく忙しいんじゃないのかな……)

文乃 (しかも、ついこの前まで自分で髪を切ってたりっちゃんがそんな美容室をしってるなんて……)

文乃 (……変なお店だったら、わたしがりっちゃんとうるかちゃんを守らないと)

うるか 「あ、文乃っちー! こっちこっちー!」

文乃 「あっ、うるかちゃん、りっちゃん」

理珠 「全員揃いましたね。では――」

「――――きゃァーーーーーーッ!! すごい逸材揃いだわァ!?」

文乃 「!?」

ドドドドドド……!!!!

文乃 (変な女の人がすごい勢いでこっちに走ってくる!? 変質者!?)

理珠 「あちらの方が美容室の烏丸さんです」

文乃 「あれが!?」

烏丸 「は、はぁ、はぁ……」 ゴクリ 「ち、近くで見ると、改めてすごいわァ……!」

烏丸 「緒方さん、ご紹介ありがとう! あなたのお友達だけあって美人揃いねェ!」

烏丸 「ダイヤにルビーにサファイア……! 壮観な光景だわァ!!」

ツーーーー……

烏丸 「い、いけないわァ。興奮しすぎて鼻血が……」

文乃 (紗和子ちゃんといいこの人といい、りっちゃんはこの手のヘンタイに好かれるフェロモンでも出してるのかな!?)

うるか 「あはは、なんかすごい人だねぇ、文乃っち」

文乃 「あの人を笑って済ませられるあたりうるかちゃんも大物だよね……」

牧上 「……あっ、いた! ちょっと、店長! 勝手に店飛び出してどこかに行かないでくださいよ!!」

………………SALON'DE KARASUMA

牧上 「先ほどは店長が大変失礼致しました……」 ペコペコ

文乃 「い、いえ……」 (この店員さん、苦労してそうだなぁ)

牧上 「ヘンな人ですが、腕は確かなので安心してくださいね」

烏丸 「牧上さァん! 準備できたかしら!? 私もう我慢できないわァ!」

文乃 (そうは言っても不安だよ……)

烏丸 「ん……? んん!?」 ズズイ

文乃 「ひっ……!? な、なんですか?」 (近い! 近すぎだよこの人!)

うるか 「ほんとにすごい人だね、文乃っち」 クスクスクス

文乃 「笑ってられるうるかちゃんもなかなかだよ……」

烏丸 「この香りは……あなたたち、恋をしているわねェ?」

文乃&うるか 「「!?」」

文乃 「な、何を、いきなり、そんな……」

うるか 「こ、恋なんて、なんのことやら分からないかなぁ~……?」

烏丸 「誤魔化してもダメよォ。この毛先から香る恋する乙女のフレグランスを見落とす私じゃないわァ」

烏丸 「し・か・も」

クスッ

烏丸 「この後、ひょっとしてその相手と会う予定があるんじゃないかしらァ?」

文乃&うるか 「「!!??」」 ギクギクッ

うるか 「な、何のことだか~、わ、わかりませんなぁ~」

アタフタアタフタ

うるか 「こ、恋とかフレグランスとか、身に覚えがないというかなんというか~」

文乃 (誤魔化すうるかちゃんも可愛いなぁ……) ホッコリ

烏丸 「武元さんは認めてくれないようだけど、あなたはどうかしら? 古橋さん?」

文乃 「へ!? い、いやいや、わたしも何のことだか分かりませんけど!?」

烏丸 「あら、ほんとにィ?」

文乃 「本当ですよ! 恋とか、そんなの……」


―――― 『星のこと話してる古橋 俺は好きだけどな』

―――― 『起きてる』


文乃 「!?」

文乃 (わ、わたしのバカバカバカ! 何で成幸くんのことなんて思い浮かべてるのよー!)

文乃 (成幸くんはりっちゃんとうるかちゃんの好きな人なんだからー!)

文乃 (そういうのじゃないんだからー!)

ポカポカポカポカポカ!!!

うるか 「ふ、文乃っち大丈夫? 急に自分の頭たたき出してどうしたの……?」

烏丸 「フフフ、可愛い子たちねェ」

烏丸 「あら……?」

理珠 「………………」 ペラ……ペラ…… 「……ふむ、なるほど。こんな髪型もあるのですね……」

理珠 「毛染めは……受験に支障が出る可能性があるのでやめておいた方がいいですね」

烏丸 (一心不乱に女性向け雑誌を読んでいる……?)

理珠 「ふむふむ……」

烏丸 「………………」


―――― 『あ あの…… 美容室って初めてでよくわからないのですが……』

―――― 『そこまでするものなのですか……? 私あまりお金は……』


烏丸 (以前とは全然違うわね。すごくいいことだわ……)

烏丸 「……緒方さん、ちょっと待っていてちょうだいねェ。先に二人をやってしまうから」

理珠 「はい、わかりました。待ってます」

烏丸 「……さ、では始めましょうか、武元さん、古橋さん」

烏丸 「ふたりの魅力を振り袖で最大限引き出すヘアメイクをしてあげるわァ!」

うるか 「はーい! よろしくお願いしまーす!」 文乃 「あはは……よろしくお願いします」

烏丸 「さァ! ルビーとサファイアの原石をピッカピカに磨いていくわよォ!」

牧上 「店長! 採算のことは考えてくださいね!?」

………………

うるか 「………………」 文乃 「………………」

キラキラキラ……!!!!

うるか 「な、なんか、すごいね、文乃っち」

文乃 「う、うん。少し髪を整えてもらっただけなのに、なんか、綺麗になった気分……」

文乃 (腕は確かだったんだなぁ、あの人……)

烏丸 「フフ♪ お相手さんに褒めてもらえるといいわねェ」

うるか 「!? だ、だから、べつに相手なんて……」

うるか (でも、成幸が褒めてくれたら……えへへ……///)

文乃 (ふふ、いちいち可愛いなぁ、うるかちゃん)

文乃 (ダメダメ朴念成幸くんが褒めてくれるわけないけど、でも、もし褒めてくれたら……)

文乃 「……///」

牧上 (店長じゃないけど、このふたり可愛いな……)

牧上 「……では、着付けとメイクをしますので、こちらへどうぞ」

文乃&うるか 「「はーい!」」

烏丸 「……さて、お待たせしたわねェ、緒方さん」

スッ

烏丸 「前より髪が伸びたわねェ。どうする? 前みたいにエクステを使ってみる?」

理珠 「いえ、あれは重くて大変なので……」

理珠 「それに、今回は一時的なものではなく、その髪型をできるだけ維持したいと思っているので……」

烏丸 「あら? イメチェンしたいってことかしらァ」

烏丸 「なら、どんな髪型にしたいかしら?」

理珠 「それが……先ほどから雑誌を読んでいるのですが、よく分からなくて……」

理珠 「どんな髪型が有効なのか、まるで分からないのです」

烏丸 「有効……?」

理珠 「はい」

スッ……

理珠 「好きな相手が、どんな髪型が好きか。どんな私なら好きになってくれるか……」

理珠 「それが、まるで分からないのです」

烏丸 「!?」

烏丸 「お、緒方さん……?」

理珠 「? どうかしましたか?」

烏丸 (す、すごい変化だわァ! 進歩というべきかしらァ!?)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

烏丸 (それにしても、とんでもなくストレートに感情を表す子ね……)

烏丸 (不覚だわァ。この私がこんなにドキドキさせられるなんて)

理珠 「……あの、烏丸さん。だから、お願いしたんです」

理珠 「烏丸さんにお任せします。私を、可愛く、綺麗に、魅力的に、してください」

理珠 「私はもう……」


―――― 『私は すこぶる ゲームに弱いのですね』

―――― 『好きになれました いいえ たぶん……』

―――― 『大好き です』


理珠 (……私はもう、気づいてしまいましたから)

理珠 「文乃も、うるかさんも、とても綺麗な人です。そんなふたりと一緒だからこそ……」

理珠 「私を、あのふたりと同じくらい……いえ、あのふたりより綺麗にしてください」

烏丸 「緒方さん……」

理珠 「……そんなことが不可能なのは分かっています。でも、私は……」


―――― 『ああ そうか』

―――― 『この人は 私のなりたい私だ』

―――― 『私の…… なれない私だ』


理珠「……好きになってほしい相手がいます。その人に振り向いてほしいから」

理珠 「私の好きな人に、私を好きになってもらいたいから」

理珠 「だから……」

烏丸 「……あなた、変わったわね。以前とは大違いだわ」

烏丸 「良い恋ね。本当に素敵な恋をしているのね」

烏丸 「……いいわァ、緒方さん。燃えてきたわよォ……!!」

烏丸 「全力でいくわ。いいえ、全力を超えていくつもりで……」

理珠 「……烏丸さん」


―――― 『はァ……』

―――― 『フゥ…… やる気が出ないわァ 牧上さん……』


烏丸 (やる気が出ず、無為に時間を過ごしていた私をたたき起こしてくれたこの子のために……)

烏丸 (……そして、この子なら)

烏丸 (いいえ、この子だからこそ、私ももっと高みを目指せる気がするわァ……!)

烏丸 「あなたというダイヤを、ピッカピカに磨き上げてあげるわァ!!」

烏丸 「そしてあなたの恋を、きっと成就させてみせるわァ!!!」

カッ!!!!!!

理珠 「は……はいっ!」

理珠 「よろしくお願いします!!」

………………

文乃 「いっえーい!」 パシャッ

うるか 「えへへ、なんか振り袖で自撮りって照れちゃうね。自分じゃないみたいだよ」

文乃 「あはは、でもうるかちゃんとっても似合ってるよ。可愛いよ」

うるか 「えへへ、ありがと、文乃っち。文乃っちもめっちゃ似合ってるよ」

うるか 「こーいうのなんて言うんだっけ? イタについてる、って感じ?」

文乃 「……ほう? 誰のどこが板だって?」 ズイッ

うるか 「ど、どしたん、文乃っち。なんか怖いよ」 アセアセ

うるか 「それにしても、リズりん遅いね。どうかしたのかな」

文乃 「そういえば、わたしたちより時間かかってるね。大丈夫かな」

うるか 「リズりんのおっぱいが収まる振り袖がないとかかなー? なんて……――」

文乃 「――ひょっとしてわたしに喧嘩を売るのが目的かな?」

うるか 「だからなんで怒ってるの文乃っち!?」

スッ……

牧上 「お待たせしました。緒方さんも着付けが終わりました」

うるか 「あ、文乃っち、終わったみたいだよ……って」

文乃 「うるかちゃん? ねぇ、同じことをわたしの胸を見ながらでも言えるの……って」

理珠 「あ、文乃、うるかさん。お待たせしてしまってすみません」

キラキラキラ……!!!!

うるか 「り、リズりん……?」

文乃 「りっちゃん……?」

理珠 「! ふたりとも、振り袖がよくお似合いですね! とても綺麗です!」

うるか 「へ? あ、う、うん。ありがと」

文乃 「ありがとう、りっちゃん……」

理珠 「? ふたりとも、どうしたのですか? 何か様子が変ですが……」

理珠 「……はっ!? ひ、ひょっとして、私何か変ですか!? 似合っていないですか!?」

理珠 「や、やはり、髪型をいじってもらうべきではなかったのでしょうか……」

うるか 「!? ち、違うよ? なんていうか、その……」

文乃 「似合ってないなんてことないよ! とっても綺麗だよ、りっちゃん! ただ……」

理珠 「!? その、なんですか、うるかさん! ただ、なんですか、文乃!」

うるか 「……キレイになりすぎじゃない、リズりん」

理珠 「……へ?」

文乃 「うん。なんていうか、雰囲気が大人っぽくなったっていうか……」

理珠 「き、綺麗……。大人……」

カァアアアア……

理珠 「お、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」

うるか 「お世辞なんかじゃないよ! リズりんめっちゃキレーだよー!」

文乃 「うんうん! ほんと、雰囲気が変わっちゃって一瞬誰だか分からなかったくらいだよ!」

理珠 「ふ、ふたりとも褒めすぎです……///」

理珠 (……でも、良かった。私は、少しでもふたりに近づけたでしょうか)

理珠 (成幸さんも……)

カァアアアア……

理珠 (……キレイと言ってくれるでしょうか)

文乃 「………………」 クスッ (……りっちゃん、本当に変わったな)

文乃 (……ねぇ、りっちゃん)


―――― 『好きになりたかったはずの自分が どんどん嫌いになる』

―――― 『私は文乃 ずっとあなたのようになりたかった けれど昔以上に 今はそれが遠く感じる』


文乃 (泣きそうな顔であんなことを言っていたりっちゃんは、もういないんだね)


―――― 『好きになれました いいえ たぶん……』

―――― 『大好き です』


文乃 (りっちゃん、がんばってね。うるかちゃんは強敵だよ)

文乃 (……ふふ、成幸くんったら、こんな美少女ふたりに好意を寄せられて、幸せ者だね)

ズキッ

文乃 (っ……)

文乃 (……痛くない。苦しくない。何も、ない)

文乃 (だってわたしは、りっちゃんとうるかちゃんの、友達なんだから……)

おわり

………………幕間1 「裏で」

智波 「ってことで、うるかに頼まれたんだけど、陽真くん、唯我くんのこと初詣に連れ出せる?」

陽真 「それくらいならお安いご用だよ。成ちゃんにも息抜きが必要だし」

智波 「でも、ごめんね、陽真くん。ふたりきりで初詣できなくなっちゃって……」

陽真 「気にしなくていいよ。俺は、友達を大事にする智波ちゃんが大好きだよ」

智波 「陽真くん……」

ギュッ

智波 「わたしも、そんな陽真くんが大好き……///」

あゆ子 「……うん、色々言いたいことはあるが、」

奏 「とりあえず俺らがいないみたいな空気で話を進めるのはヤメロ」

………………幕間2 「採算」

牧上 「でも店長、うちの店、振り袖三着セットもあったんですね。私見たことないですけど」

烏丸 「当然よォ。だって、緒方さんに三人分の着付けとレンタルをお願いされてから買ったんだもの」

牧上 「へ……?」

烏丸 「京都から取り寄せた最高級の振り袖よォ。ふふふ、それをしっかりと着こなすあの三人の行く末が怖いわァ……!」

牧上 「………………」

烏丸 「……? 牧上さん?」

牧上 「店長……」

クワッ

牧上 「久々のお客さんなのに、完全に赤字じゃないですかーーーーー!!」

牧上 「ただでさえ閑古鳥が鳴いてるのにーーー!! どうやって年を越すんですかもぉおおおおおおお!!!!」

おわり

>>1です。読んでくださった方ありがとうございました。

年末に間に合えばよかったのですが無理でした。
今年も読んでもらえると嬉しいです。

また投下します。

>>1です。投下します。

>>474さんリク書きました。


【ぼく勉】 蝶野 「あなたが感謝してくれたから」

………………三学期 蝶野家 朝

蝶野 「………………」

パチッ

蝶野 「………………」

リリリリリリリリリリ……!!!!

……カチャッ

蝶野 「………………」

蝶野 (……三学期、三年生は自由登校)

蝶野 (いつものくせで、目覚ましをかけてたみたいっスね)

蝶野 (目覚ましがなかったところで、結局その前に目が覚めてるんだから、習慣ってすごいっス……)

蝶野 「………………」

蝶野 (受験生としては、さっさと起きて勉強をするべきっスけど……)

蝶野 (……とりあえず、SNSでも見て、と……って、うわっ)

………………タイムライン

「バタフライフィールドの占いが更新されなくなって早数日……」

「バタフライフィールドの占いがないと不安で会社に行くのが怖いです」

「お願いだから早く復活して!」

………………

蝶野 「あー……」

蝶野 「………………」

蝶野 (……見なかったことにして、ネットニュースでも、っと……わっ)

………………ネットニュース

【速報】バタフライフィールドのブログコメ欄、オーバーフロー

【悲報】テレビ局も困り果てた!? バタフライフィールドはどこへ!?

………………

蝶野 「………………」

蝶野 (……冬休みに入ったから更新お休みしてたらすごい騒ぎになってるっスね)

蝶野 (テキトーにやってるだけなのになぁ)

蝶野 「………………」

ポチポチポチポチ……ピッ

蝶野 「……まぁ、これで文句はないっスかね……――」

――――ピロンピロンピロンピロンピロン!!!!!

蝶野 (こ、コメントがすごい勢いで増えているっス……)

蝶野 (こんなことで感謝感激されるとは、なんともはや……)

蝶野 「………………」

蝶野 (……まぁべつに、悪い気はしないっスけど)

蝶野 「………………」

蝶野 (目、覚めちゃったし……)

蝶野 (久しぶりに学校にでも行ってみるっスかね……)

………………

 一年生の、晩秋の頃のことだっただろうか。

 『おはよ、蝶野さん』

 『おはようっス、古橋さん』

 その人は、百人中百人が認めるであろう、美しい女性だった。

 同級生で同性の自分すら――いや、きっとクラスメイト全員が見惚れるくらい、美しい女性だった。

 『今日も冷えるね。冷え性だから困っちゃうよ』

 『午後から雨みたいっスよ。だからもっと寒くなるかもしれないっスね』

 『ええっ!? 雨なの!? 天気予報で言ってなかったから傘持ってきてないや……』

 『あー……』

 いらないことを言ったと思った。

 私は、天気予報なんて見てはいない。なんとなく、分かるから言っただけだ。

 私にはなんとなく分かる。見える。午後、雨が降ることが。

 自分でも気味が悪いことだが、分かるのだ。

 自分でも気味悪く思えることを、どうして言ってしまったのだろう。

 『雨、降るのかぁ……』

 『あ、いや、天気予報で降らないって言ってたなら、降らないかも……――』

 『――よしっ! いまのうちに職員室で傘を借りてこよう! 降り出してからじゃみんな殺到するもんね!』

 『へ……? いや、でも、天気予報では降らないって……』

 『信じるなら、天気予報なんかより友達の言葉でしょ』

 その人は、あっけらかんとそう言った。

 『じゃ、職員室行ってくるね、蝶野さん』

 『あ、は、はいっス……』

 その人は、職員室に向かう素振りを見せたかと思えば、パタリと立ち止まり。

 『あ、言い忘れることだった。

 その美しい顔で、咲った。

 『雨のこと教えてくれてありがとね、蝶野さん』

 その笑顔を、きっと、私は一生忘れないだろう。

 本当に本当に美しかったのだ。

………………通学路

蝶野 「………………」

蝶野 (……二年以上も前のことっスね)

蝶野 (それから、かしまんといのぽんとも意気投合して、いばらの会を作ったんスよね)

蝶野 (あの人の笑顔を曇らせたくないから。あの人を、近くで見守るために)

蝶野 (でも、あの人は……)

蝶野 「………………」

蝶野 (……段々と、笑わなくなっていった)

………………

 『おはよう、蝶野さん』

 『あ、おはよっス、古橋さん』

 それは表面的には何も変わらず訪れた、些細な変化だ。

 疲れるような、辛いような、苦しいような。

 そのどれとも違うような、複雑な何かが見えた。

 私には、猪森さんのように、超常的な何かを見る力はない。

 けれど、なんとなく、行く末が見える。

 なんとなく、雨が降る、だとか。なんとなく、よくないことが起こる、だとか。

 目の前に相対した人の、少し先が、漠然と見える。

 『……大丈夫っスか、古橋さん』

 『へ? 何が?』

 その人は、出会った頃と変わらない笑顔で、あっけらかんと言った。

 『大丈夫だよ。元気も私の取り柄の一つだからね!』

 『っ……』

 その瞬間、見えた。

 見えてしまった。

 その人が――美しいその人が、苦悶の表情を浮かべ、涙する姿が。

 その人の将来に、良くないことが――とても良くないことが起こる、その未来が。

 『そ、そうっスか。なら、良かったっス……』

 けれど、私はそれ以上何も言えなかった。

 何を言っても、力になれないと思ったから。

 そのときから、そう。

 私は、ずっと。

  ((助けて))

 待ち続けていたのだろう。

  ((誰か、この美しい人を、助けて))

 彼女に手を差し伸べてくれる、王子様のような人が、現れるのを。

………………通学路

蝶野 「………………」

蝶野 (……で、また、なんというか、タイミングが良いというか悪いというか……)

成幸 「……ん? あ、えっと、蝶野……で合ってるか?」

蝶野 「おはようっス。合ってるっスよ。古橋さんのクラスメイトの蝶野っス」

成幸 「おう、おはよ。自由登校なのに朝早くに登校とは感心だな」

蝶野 「そっちも同じじゃないっスか」

成幸 「せっかくだし学校まで一緒していいか?」

蝶野 「それはまぁ、構わないっスけど……」

蝶野 「大丈夫っスかね? 唯我ファンに刺されたりしないっスか?」

成幸 「ははっ、なんだそりゃ。俺のファンなんか俺の弟妹くらいだから安心していいぞ」

蝶野 (半分冗談半分本気だったっスけど、本当に無自覚っスね、この人……)

蝶野 (あなたの周りの女子、ほとんどあなたのファンっスよ)

蝶野 (……って言っても、信じないっスよね)

蝶野 (うちの姫も含めて、みんなあなたのファンっスよ。まったく……)

………………

 三年生に上がってすぐのときだ。

 その人は、とある男子生徒と出会った。

 その人にかかっていた、暗い暗い何かが、少し晴れて見えた。

 少しずつ、本当に少しずつだけれど、暗い何かが減っていくのが分かった。

 それと同時に、その人の未来が、少しずつ変わっていくのが分かった。

 相変わらず暗い未来だったけれど、明確に変わった。

 その人が、ひとりきりではなくなった。

 どんなに苦しいことや辛いことがあっても、誰かが一緒にいてくれるような、そんな未来。

 そして、数ヶ月が経ったある日。

 それは、劇的に変化した。

 ピカピカと光り輝いて見えた。

 元々美しかったその人が、なお一層輝いて美しく見えた。

 『何かいいことでもあったっスか?』

 私は、思わずそう聞いていた。

 『えっ? い、いいことって、べつに……』

 その人は、逡巡した後、こっそりと教えてくれた。

 『……実は、お父さんと仲直り……ってわけじゃないけど、なんていうか……』

 『少し、腹を割ってお話できたんだ。進路も認めてくれるって言ってくれて……』

 『あとは、成幸くんが……』

 『……って、これは絶対言っちゃダメな奴だ! 今のなし! なしだからね、蝶野さん!』

 ああ、もう結果なんてわざわざ言うまでもないだろうけれど。

 その人の未来は、決定的に変わっていた。

 私には、たしかな未来は見えない。はっきりとした何かは見て取れない。

 占いのようなものだ。不定形の、もやのようなカタチでしか分からない。

 けれど、その人の未来が、美しく切り替わったのだけは、分かった。

 きっと夢を叶え、多くの人に囲まれて、幸せに生きているであろう未来が、見えたのだ。

………………通学路

蝶野 「唯我さんは、今日はどうして登校するんスか?」

成幸 「ん、ああ、今日は古橋と約束があるんだよ。センター前の最終確認だな」

成幸 「センターまで十余日。あんまり猶予はないけど、最後までできることはしてやりたいからな」

蝶野 「………………」 クスッ 「……まじめっスねぇ」

成幸 「悪かったな。俺はどうせ、ガリ勉しか能がないつまらない男だよ」

蝶野 「そんなこと言ってないっスよ」

ニコッ

蝶野 「唯我さんはカッコ良くて、頼りになるって思ってるっスよ。本当に」

成幸 「っ……」

成幸 「そ、そうかよ……」 プイッ

成幸 (お世辞でも同級生にカッコいいとか言われると、照れるな……)

蝶野 「………………」

蝶野 (……そう、本当に)

蝶野 (本当にそう思ってるっスよ、唯我さん)

………………

 ―――― 『雨のこと教えてくれてありがとね、蝶野さん』

 あの日、あなたの笑顔が嬉しかったから、占いも始めた。

 ブログで発信したら、たくさんの人が喜んでくれて、良かったと思った。

 私にたくさんのものをくれたあなたのために、恩返しがしたいと思った。

 あなたが好きな――きっとあなたを救ってくれたのであろう、彼と。

 末長く結ばれてほしいと思った。

 でも、残念。

 私には、はっきりとした未来は見えない。

 だから、あなたの好きな彼の未来を占っても、やはり幸せそうな姿しか、見えない。

 その隣に立っている、誰かの正体までは、分からない。

 けれど、ああ、願わくは。

 彼の隣で立っている誰かが――彼の手を取る誰かが、あなたであることを。

 あなたが彼の隣で、幸せになることを。

 おわり

………………幕間 「似た者父娘」

文乃 「………………」

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

文乃 「……!? バタフライフィールドのブログが更新された!?」

零侍 「何!? それは本当か、文乃!?」

文乃 「よ、良かったよぅ。最近これを見ないと少し不安だったから……」

零侍 「ああ、本当に良かった。私もこれがないと不安でな……」

 父娘そろってすっかりバタフライフィールドにハマってました。

おわり

>>1です。

完全な妄想です。私の脳内で補完した内容が大変多いです。
不快に思われた方がいたら申し訳ないことだと思います。

3-Aの生徒ほぼ全員が古橋姫の見た目の美しさだけに心酔しているとは思えないので、
きっと皆何かしら古橋姫の内面の美しさに触れる機会があったのだろうなと思っています。
かしまんもいのぽんも、きっとそうだと思っています。


あとすみません、今回のSSと関係ないですが、ひとつ前の理珠さんの話ですが、
皆さんお分かりと思いますが原作123話の直前のつもりです。
理珠さんのイメチェンには、絶対に烏丸さんが関わってるだろうと踏んだ私の妄想です。


また投下します。

>>1です。投下します。

数ある世界線の中でアニメ時空に一番近い世界線と思っていただければ幸いです。


【ぼく勉】 あすみ 「誕生日をあなたと」

>>1です。投下します。

数ある世界線の中でアニメ時空に一番近い世界線と思っていただければ幸いです。


【ぼく勉】 あすみ 「誕生日をあなたと」

………………大学 ガイダンス

 『――……えー、つまり、皆さんはまだ学生ではありますが、もう医者としての一歩を踏み出しているのです』

 『生半可な学生気分は己を殺します。そして、その先には患者を殺してしまう未来があります』

 『気を抜くことなく勉学に励みなさい。そうでないと、本当に将来患者を殺すことになりますよ』

あすみ 「………………」

あすみ (……さすが、国立医学部。言うことが厳しいな)

あすみ (教員だけじゃない。周りの新入生も皆まじめに話を聞いている)

あすみ (予備校とは全然雰囲気が違うな……)

あすみ 「………………」

あすみ (……アタシも頑張らねーとな)

………………帰り道

あすみ 「……はぁ」

あすみ (高いとは聞いてはいたけどな)

あすみ (まさかあんなにかかるとは。教科書代……)

あすみ (がんばって貯めたバイト代がかなり吹き飛んだな)

あすみ (……んー、勉強がんばるのは当然としても、)

あすみ (バイトも今まで以上にやらないと、こりゃ後期の学費と教科書代が怪しいぞ)

あすみ (受験なんか比じゃないくらい忙しくなりそうだな……)

あすみ 「………………」


―――― 『受験が終わったら……』


あすみ (……あんな風に言ってたのが遠い昔のことみてーだ)

あすみ (いかんいかん。せっかくやりたいことができるようになったんだ)

あすみ (勉強が忙しかろうと、バイトが忙しかろうと、アタシが望んだことなんだから)

あすみ (アタシががんばらねーとダメだろ)

あすみ (今日は、後輩が家に来る日)

あすみ (……たぶん、最後になるであろう後輩との時間)

あすみ (いつまでも後輩を頼りにするわけにはいかないし、)

あすみ (後輩に彼氏のフリをしてもらう必要も、もうない)

あすみ (……もう、ない)

あすみ 「………………」

あすみ 「……べつに、だから何だってわけじゃないけどさ」

あすみ 「……早く帰ろ」

………………小美浪家

かすみ 「はーい、唯我君。あーん」

成幸 「いや、あの、自分で食べられるんで……」

かすみ 「もーっ。彼女の母親にそんなに照れちゃって。可愛いなぁ」

かすみ 「そんなんじゃまたあすみちゃんにからかわれちゃうぞ~?」

かすみ 「ってことで、はい、あーん……」

成幸 「いや、だから……って」 ハッ

あすみ 「………………」

成幸 「せ、先輩!?」

かすみ 「あら、あすみちゃん。おかえりなさーい!」

かすみ 「いま、唯我君と母子水入らずのスキンシップ中だったの」

かすみ 「あすみちゃんも混ざる?」

あすみ 「……混ざる? じゃねー! 何やってんだババアー!」

かすみ 「きゃーっ。あすみちゃんが怒った~」

………………

あすみ 「……ったく、あのバカ親」 ブツブツブツ

成幸 「あ、あの、先輩……」

あすみ 「お前もお前だよ、まったく」 ブツブツブツブツ

あすみ 「人の母親にデレデレしやがって……」

成幸 「すみません。いや、デレデレしてるつもりはなかったんですが……」

あすみ 「………………」 ジロリ

成幸 「……人のお母さんにデレデレしてすみませんでした」 ドゲザー

あすみ 「……ふん」

あすみ 「………………」 (……これじゃダメだ。せっかく、最後なのに)

あすみ 「……そんなことより、お前、家に来るの随分早かったな」

あすみ 「約束の時間はまだだろ」

成幸 「……はい。ちょっと早めに来る必要があったので」

あすみ 「?」

成幸 「すみません、先輩。今日はガイダンス後の勉強計画立て……の予定でしたけど」

成幸 「実は少しウソついてました」

あすみ 「……ウソ?」

成幸 「すみません、先輩。とりあえず、何も聞かずについてきてもらえませんか?」

あすみ 「……?」

………………High Stage入り口

成幸 「………………」

あすみ 「お、おい、後輩。何も聞くなとは言うけどな……」

あすみ 「何でハイステージに来たんだ? 今日はバイト入ってねーだろ」

あすみ 「っていうか、今日は休店日だって店長が言ってたし……」

成幸 「……まぁ、休店日というよりは、貸し切りが正しいですかね」

あすみ 「後輩……?」

成幸 「じゃ、皆さん、入りますよー!」

ガチャッ

成幸 「……さ、どうぞ、先輩」

あすみ 「どうぞって、お前、一体……」

パン……パンパンパン!!!!


 『お誕生日おめでとーーーーー!!!!』


あすみ 「……!?」

あすみ 「へ? へ? へ?」

マチコ 「あしゅみー戸惑ってる。可愛いー!」

ヒムラ 「意外と想定外のことに弱いよね、あしゅみーって」

ミクニ 「ほら、あしゅみーこっち向いてこっち向いて」

パシャリ

ミクニ 「はい、あしゅみーの戸惑い顔チェキもらいましたー」

あすみ 「お、お前ら、何で……? って……」


――――あしゅみー誕生日おめでとう!!――――


あすみ 「何だあの横断幕ー!?」

あすみ 「……ん? 誕生日?」

あすみ 「………………」

ハッ

あすみ 「……そ、そうか。そういやアタシ、今日誕生日か。だから誕生日会か」

マチコ 「今さらー!?」

店員 「さ、さ、あしゅみーのアネゴ。こっちです」

店長 「お誕生日席はこっちだ、あしゅみー。唯我君、同伴ご苦労だったな。ありがとう」

成幸 「いえいえ。俺も先輩にはお世話になってますから」

あすみ 「お、おい、後輩。これ、どういうことだよ」

成幸 「すみません、先輩。サプライズだったので、結果的に嘘つくことになっちゃいましたけど」

成幸 「ハイステージの皆さんが、先輩を驚かせたいとがんばっていたので、協力しちゃいました」

理珠 「私たちもいますけどね」

文乃 「そうだよー、成幸くん! わたしたちも飾り付けとかお料理とか手伝ったよー!」

うるか 「文乃っちは早々にキッチン出禁になってたけどね」

あすみ 「のわっ!? お前らまで!?」

文乃 「成幸くんから先輩のサプライズ誕生日パーティをするって聞いたので」

うるか 「ならあたしたちも混ぜてもらわないとだよねー! って」

理珠 「はい。私たちも、先輩にたくさんお世話になりましたから」

あすみ 「お前ら……」

あすみ 「……ん?」

真冬 「………………」 コソコソコソ

あすみ 「……先生?」

真冬 「っ……」 ビクッ

あすみ 「何してるんですか、そんな隅っこで……」

あすみ 「……っていうか、何でメイド服着てるんですか」

真冬 「ふっ、不可! その質問は不許可よ、小美浪さん」

マチコ 「真冬ちゃんはねー、ふふふ~♪」

マチコ 「たまたま店の前を通りかかったところを捕まえちゃいましたっ」

あすみ 「捕まえちゃいましたっ、じゃねーよ。えげつないことしやがって……」

あすみ 「すみません、先生。アタシの誕生日会になんかに巻き込んで……」

真冬 「……べつに、巻き込まれたとは思っていないわ」 プイッ

真冬 「……お誕生日おめでとう、小美浪さん」

あすみ 「あっ……」 クスッ 「ありがとうございます、真冬ちゃん」

真冬 「なっ……」 カァアアアア…… 「そ、その呼び方はやめなさいと何度も……!!」

マチコ 「さささー、それじゃこの辺で本日のメインイベント、いってみよー!」

ドーーーーン!!!!

ヒムラ 「みんなでがんばってこしらえて誕生日ケーキのろうそくに火をつけてー」 シュボボボ!!!

ミクニ 「電気を消してー!」 パチパチパチッ

あすみ 「ろうそくが二十本……。そっか、アタシももう二十歳か……」

~♪

 『ハッピーバースデー♪ トゥ、あしゅみー♪』

あすみ 「ん……」

フゥ……

 『おめでとー!!!』

パチパチパチパチパチパチパチパチ……!!!!!

………………………………

………………

………………

マチコ 「はい、あしゅみー。これ、わたしたちからのプレゼント」

ミクニ 「図書カードだよ。これから色々入り用になるでしょ」

ヒムラ 「がんばって立派な女医になって、ハイステージに本物の女医として君臨してくれ」

あすみ 「はは……。ハイステで女医やれるかはわかんねーけど、ありがとな」

店長 「これは我々からだ」

あすみ 「……? これ、メイド服?」

店長 「新作だ。唯我君にも手伝ってもらってデザインした」

あすみ 「お、おぅ……」

店長 「これから勉強で忙しくなるとは思うが、たまにでいいから店に出てくれると助かる」

あすみ 「……はい、店長。アタシも、金は必要なんで、ぜひ」

うるか 「先輩、これはあたしからー!」

理珠 「私は、これを」

文乃 「お誕生日おめでとうございます、先輩」

あすみ 「お前らまで……。なんか悪いな。ありがとう」

真冬 「……私からも、つまらないものだけど」

あすみ 「先生まで!? ありがとうございます。今日の今日でよく準備できましたね……」

ワイワイワイ……

あすみ (……ったく。わざわざ誕生会なんて。アタシのガラじゃねーっての)

あすみ (みんな誕プレまで用意してくれて、なんか……)

クスッ

あすみ (……ちくしょう。嬉しいじゃねーか)

成幸 「……先輩」

あすみ 「ん? おう、後輩」

あすみ 「……ったく、何がサプライズだよ。騙しやがって」

成幸 「あはは、それはすみません。でも、嬉しかったみたいで良かったです」

あすみ 「なっ……」 カァアアアア……

あすみ 「……そりゃまぁ、こんな風に祝ってもらえりゃ嬉しいに決まってるだろ」

成幸 「まぁ、そうですよね」


―――― ((……たぶん、最後になるであろう後輩との時間))

―――― ((いつまでも後輩を頼りにするわけにはいかないし、))

―――― ((後輩に彼氏のフリをしてもらう必要も、もうない))


あすみ (……まぁ、残念でもあったけどな、なんて言えるわけもないよな)

成幸 「先輩、お誕生日おめでとうございます。これ、俺からのプレゼントです」

あすみ 「お前まで用意してくれたのか。悪いな……」

あすみ 「………………」

あすみ 「……開けてもいいか?」

成幸 「どうぞ」

あすみ 「ん……」

あすみ 「ノート……?」

成幸 「はい。先輩が苦手な部分をまとめました」

成幸 「センターで間違えたところとか、二次試験で間違えたところとか」

成幸 「さすがに医学部の範囲は俺には分からないので、これが限界ですけど」

成幸 「大学の授業が始まる前に、一度目を通してもらうといいかなと思って」

成幸 「……たぶん、俺がもう先輩に教えられるようなことはないので、これが最後だと思いますけど」

あすみ 「っ……」

あすみ (最後、か……)

あすみ 「……ああ、そうだな。ありがとよ」

成幸 「あ、それと……」

スッ

成幸 「これはタダでもらったものですから、プレゼントとは言えないでしょうけど、どうぞ」

あすみ 「へ? これって……チケット……?」

あすみ 「あっ……ど、ドハっちゃんランドのチケット!?」

あすみ 「あのときの……?」


―――― 『お…… 大当たりぃぃ!!!』

―――― 『一等の…… ドハっちゃんランド御招待券プレゼントー!!』

―――― 『先輩が使ってください 有効期限半年ありますし 受験が終わってからでも行けますから』


成幸 「結局あのとき渡せてなかったので」 クスッ 「ぜひ行ってください」

あすみ 「あ、ああ、ありがとう」

あすみ 「………………」


―――― 『……たぶん、俺がもう先輩に教えられるようなことはないので、これが最後だと思いますけど』


あすみ (最後……)

あすみ (……は、嫌、だな)

ギュッ……

成幸 「……? 先輩?」

あすみ 「……な、なぁ、後輩」

成幸 「はい?」

あすみ 「たしかにお前は教育学部で、アタシは医学部で、全然違うし……」

あすみ 「アタシも、これ以上色々なことでお前に迷惑をかけるのは忍びないと思うし……」

あすみ 「……だから、勉強に関しては、このノートがきっと最後、なんだと思う」

成幸 「……?」

あすみ 「……でも、アタシは、」

あすみ (アタシは……)


―――― 『今度こそチューしとくか?』

―――― 『な? 冗談冗談♪』


あすみ (……アタシは)

あすみ 「……アタシは、お前と最後なのは、嫌だ」

成幸 「先輩……?」

あすみ 「……だから、このチケットはいらない。お前が使えよ」

成幸 「へ? で、でも、先輩……――」

あすみ 「――……でも、ひとりで行くなよ。絶対……」

あすみ 「……絶対、アタシも誘えよ。一緒に、行くから……」

成幸 「あっ……」 カァアアアア…… 「は、はい。分かりました」

あすみ 「っ……」

カァアアアア……

あすみ (顔が、熱い。絶対真っ赤になってる。ああ、ちくしょう……)


―――― 『……アタシは、お前と最後なのは、嫌だ』


あすみ (な、何を恥ずかしい事を言ってんだ、アタシは……)

あすみ (……でも)

クスッ

あすみ (後輩に勉強を教えてもらうことが、これで最後でも……)

あすみ (後輩との時間が最後じゃないって、それだけで……)

あすみ 「……ああ、そうそう。ちなみに、後輩」

成幸 「? なんです?」

あすみ 「バカ親父は未だにアタシとお前の事ラブラブカップルだと思い込んでるからな」

成幸 「!? ま、まだ説明してなかったんですか!?」

あすみ 「えー? だってパパに説明して怒られるの怖いしー」 キャルーン

成幸 「あんたそんなキャラじゃないでしょ!?」

あすみ 「ま、ともあれ、だ」

ニコッ

あすみ 「だから、これからも恋人役、よろしくな、こーはい♪」

おわり

………………幕間 『バカ親父』

宗二朗 「!?」 キュピーンン

患者 「せ、先生!? どうかしましたか!?」

患者 「私のレントゲン写真、そんなに悪いですか!?」

宗二朗 「成幸君とあすみがイチャイチャしている波動を感じる!?」

患者 「へ……?」

かすみ 「はーい、宗二朗ちゃーん。今は診療中だからしっかりしましょうねー」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

4月9日はあすみさんの誕生日なので、一応の完結を見たところで書きたいと思っていました。
ただ、冒頭で申し上げた通り、世界線はアニメが一番近いと思います。
うるかさんもしっかり日本にいます。

また投下します。

>>1です。投下します。

【ぼく勉】 文乃 「いつか君にお返しを」

………………古橋家

ガサガサガサ……

文乃 「……ふー」

文乃 「なんかまだまだ出てくる感じだね、お父さん」

零侍 「ああ。しばらく大掃除なんてしていなかったからな」

文乃 「家の収納に甘えてきたけど、そろそろ物が収まらなくなってきたし」

文乃 「せっかく今年は一緒に大掃除できるんだから、徹底的にいらないもの捨てちゃおうね、お父さん」

零侍 「……ん、ああ」


―――― 『……――だねっ、零侍くんっ』


零侍 「………………」 フッ 「……そうだな」

文乃 「それにしても……」

グチャァ……

文乃 「一度も見た事ないようなものまで出てくるのはなんなの……」

零侍 「ああ、その箱は昔私が買ってきたおもちゃだな」

文乃 「おもちゃ? じゃあ、これ私の……?」

零侍 「いや……」

パカッ

零侍 「……私は玩具に疎かったものでな。全部男児用だ」

零侍 「懐かしいな。静流にも呆れられたものだ……」

文乃 「……まぁ、旦那が一人娘のために買ってきたおもちゃがこれじゃ、ねぇ」

文乃 「これはロボット? こっちは戦隊物? これは……御面ライダー……?」

文乃 「まったくもう、お父さんはそそっかしいんだから……」


―――― 『まったくもう。零侍くんったらそそっかしいんだから』


零侍 「……ああ」

文乃 「……ふふ、でも」

零侍 「?」

文乃 「昔のわたしのために買ってきてくれたんだよね。ありがとう、お父さん」

零侍 「ん……あ、ああ……」

零侍 「……呆れ方からお礼の言い方まで、どんどん似ていくものだ」

文乃 「? なんか言った?」

零侍 「いや、なんでもない。作業に戻ろう」

零侍 「この収納から出てくるものはほとんどゴミでよさそうだな」

零侍 「む……。これは古着か。お前のものだな」

文乃 「わー、懐かしいー! これお気に入りだったワンピースだ!」

文乃 「えへへ。これ、お母さんと一緒に買ったやつだよ。お母さんとおそろいなの!」

文乃 「お母さんの方もある! 懐かしいな……」

零侍 「………………」

零侍 「……もうサイズ的に着られる服はなさそうだが、どうする?」

文乃 「? どうするって?」

零侍 「静流との思い出が残っているのだろう? 残しておくか?」

文乃 「………………」

フルフル

文乃 「……ううん。もう着られないものを残しておいても仕方ないよ」

文乃 「思い出は、頭の中に残ってるよ。だから、これはもういらないんだ」

零侍 「……ああ。そうだな」

文乃 「でも、まだきれいで着られるよね。捨てちゃうのももったいない気がするなぁ」

零侍 「む……。そうだな。知り合いに譲れるのなら、そうした方がいいかもしれんな」

零侍 「とはいえ、これくらいの子供がいる家庭に知り合いは……」

文乃 「うーん……」 ハッ 「あっ……」

クスッ

文乃 「……もらってくれる人、いるかも」

零侍 「……?」

………………唯我家

葉月 「きゃーーーーーー!!!」

葉月 「可愛いお洋服がたくさんーーーー!!!」

花枝 「なんか申し訳ないわねぇ、文ちゃん」

花枝 「本当にこんなにたくさんもらってしまっていいの?」

文乃 「はい! さすがにわたしはもう着られませんし、葉月ちゃんが着てくれるなら嬉しいですから」

葉月 「きゃー! お姫様みたいなお洋服も!」

葉月 「こっちはフルピュアみたい! かわいい!」

成幸 「良かったな、葉月。ほら、喜ぶのはいいけど、その前に何かしなくちゃな」

葉月 「!」 ピョコッ 「文ねーちゃん、ありがとう!」

文乃 「いえいえ、どういたしまして」 ニコッ

文乃 (ふふふ。葉月ちゃん、喜んでくれてよかった)

文乃 (でも……)

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (問題はあっちだよね……)

水希 「ふ、古橋さん! 葉月とお母さんは籠絡できても、私はそうはいきませんからね!」

水希 「葉月に取り入ってお兄ちゃんと近づこうって魂胆でしょうけど、そうはいきませんから!」

水希 「……でも葉月のためにわざわざお洋服を持ってきてくれてありがとうございます!」

文乃 「ど、どういたしまして……」

文乃 (ちゃんとお礼を言ってくれるあたり、根は本当に良い子なんだよね……)

和樹 「ふーん、だ」 ツーン

成幸 「ん? 和樹まで水希みたいになってどうした?」

和樹 「葉月はいいけど、俺のお洋服はないし」 ツーン

成幸 「いや、仕方ないだろ。古橋は女の子なんだから……」

文乃 「あ、そうそう。和樹くんにも色々持ってきたんだ」

ドサッ

和樹 「……!? おもちゃ!?」

文乃 「昔お父さんが私のために買ってきたおもちゃなんだって」

成幸 「お、親父さん、娘にこんな男の子が喜びそうなものを……?」

文乃 「お父さんったら、娘のわたしのために男の子用のおもちゃを買ってきちゃったみたいなの」

文乃 「そそっかしいよね」 クスクス

成幸 「ん、そうだな」

成幸 (……古橋がすごく楽しそうに親父さんの話をしてる)


―――― 『今日はお父さんが家にいるから…… あんまり 帰りたくなくて』


成幸 (なんか……) クスッ (俺も、嬉しくなってくるな)

和樹 「文ねーちゃん! これ、もらっていいの!?」 キラキラキラ……!!!!

文乃 「うん。ちょっと古いおもちゃだけど、まだまだ遊べると思うよ」

和樹 「やったー! ありがとー、文ねーちゃん!!」

成幸 「……ったく。現金な奴だな」

葉月 「きゃー! かわいい~!」  和樹 「おー! この剣光るー!」 キャッキャ

成幸 「悪いな、古橋。おもちゃまで……」

文乃 「ううん。ほとんど使ってないおもちゃだから、使ってくれた方が嬉しいよ」

成幸 「で……」

水希 「ぐぬぬぬぬ……」 ギリリ 「葉月のみならず和樹までたぶらかして……」

水希 「でも和樹のおもちゃまですみません」 ペコリ 「本当にありがとうございます、古橋さん」

水希 「それはそれとしてぐぬぬぬ……」

成幸 「お前はまだそんな隅っこで……」

文乃 「あはは……」

文乃 「あ、そうそう。水希ちゃんにも持ってきたんだ」

水希 「!? へ、へー! 古橋さんのお古のお洋服でしょうか」

水希 「で、でも残念だなー! たぶんちょっとサイズが合わないんじゃないかなー!」

水希 「どこがとは言いませんけど、ちょっとサイズがなー!」

文乃 「……はは、うん。そうだね」

ズーーーーーン

文乃 「……だと思ったから、はい、これ。たぶん私には少し大きいから。どことは言わないけど」

水希 「へ……? これ、ワンピースですか……?」

文乃 「うん。これね、お母さんが着てた服なんだ」

水希 「!? 古橋さんのお母さんの……?」

文乃 「……って言っても、たぶん一回くらいしか着られてないんじゃないかな」

文乃 「葉月ちゃん。ちょっとこっち来て」

葉月 「? はーい」 トコトコトコ

文乃 「えっとね……あったあった。このワンピース」

文乃 「これとおそろいなんだ。昔、お母さんと一緒に買ったんだ」

葉月 「わー! じゃあこれふたりで着ると、水希ねーちゃんとペアルック!」

文乃 「うん。きっとかわいいと思うよ」

水希 「い、いいんですか? これ、いただいてしまって……」

文乃 「うん! ぜひもらってよ!」 ニコッ

文乃 「葉月ちゃんと水希ちゃんみたいな、仲良しの姉妹に着てもらえれば、きっとそのお洋服も嬉しいと思うから」

水希 「ん……」 カァアアアア……

水希 「あ、ありがとうございます、古橋さん。大切にします」

文乃 「うん! どういたしまして」

………………帰り道

文乃 「はー、今日はみっちり勉強できたねー、成幸くん」

成幸 「ああ、そうだな。テストの結果も良好だし、調子いいじゃないか」

文乃 「えへへ。成幸くんのおかげだよ。ありがと」

成幸 「俺は大したことはしてないよ。お前のがんばりが結果に出てるだけだろ」

文乃 「そう? じゃあ、そういうことにしておこうかな」

文乃 (……なんて、全部君のおかげで間違いないんだけどね)

文乃 「でもごめんね。晩ご飯までいただいて、遅くなったからって送ってもらっちゃって」

成幸 「気にすんなよ。適度な運動はこの後の集中にいいしさ」

成幸 (送ってかないと母さんがうるさいし……)

成幸 「それに水希も、ほら。お礼のつもりだったんだろ」

成幸 「今日の晩飯、いつもの倍以上は豪華だったぞ」

文乃 「へ? お礼……?」

成幸 「葉月と和樹がいろいろなものいただいたし、自分もワンピースをもらったからな」

文乃 「そんなの、気にしなくていいのに。わたしこそ、いつも成幸くんにお世話になってるんだから」

成幸 「そうか? それを言うなら、俺もいつもお前にお世話になってるけどな」

成幸 「色々相談したり、とかさ」

文乃 「そんなの大したことじゃないよ。君がわたしにしてくれたことに比べたら、さ」


―――― 『お前らのこと幸せにしてみせるから 俺を信じてつきあってくれ!!』

―――― 『かっこいいよなぁ 古橋は』

―――― 『お前が本当にやりたいこと 俺が 全力で応援してるからな』


文乃 (……本当の、本当に。君が私に、してくれたことに比べたら)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

文乃 「……私はきっと、たくさんお返しをしなくちゃいけないんだよ、君に」

成幸 「ん……」 ドキッ 「あ、あはは。そう言われるとなんか照れるな」

成幸 「じ、じゃあ古橋、いつか俺にお返ししてくれよな」

テヘッ

成幸 「なーんて、冗談……――」


文乃 「――――うん。するよ」


成幸 「へ……?」

文乃 「するよ。いつか、絶対。受験が終わった後に。君に、お返し」


―――― 『お前らのこと幸せにしてみせるから』


文乃 (……君が、わたしのことを幸せにしてくれた、その後に)

文乃 (それが、どういう形のお返しになるか、今はまだ分からないけれど)

文乃 (だから……)

文乃 「……だから、期待しててね。成幸くんっ」

おわり

………………幕間1 『やはり敵』

水希 「………………」 ショボーン

水希 (……この前は、せっかく色々と持ってきてくれた古橋さんに心ない言葉を浴びせてしまった)

水希 (古橋さんは私たちに対して厚意100%で持ってきてくれたっていうのに……)

水希 (きっと古橋さんはお兄ちゃんに邪なことを考えたりはしないんだ。いい人だもん)

水希 「……と、いうことで今日はお詫びもかねてケーキを焼きました!」

水希 「古橋さん、お勉強の休憩にケーキでもいかが!?」

文乃 「ふぇっ!? 水希ちゃん!?」 ササッ

水希 「………………」

文乃 「えっ、け、ケーキ? やったー! 嬉しいなー!」

水希 「……古橋さん。今慌てて隠した携帯電話……」

文乃 「ふぇっ……?」 ギクッ

水希 「待ち受け、ねこを抱いたお兄ちゃんでしたね……?」

文乃 「ふぇっ!?」 ギクギクッ

水希 (や、やはり……) ギリリッ (この人は敵!)

………………幕間2 『見栄』

文乃 「………………」

文乃 (……私の記憶の中のお母さんとも、動画のお母さんとも合致しない)

文乃 (お母さん、今のわたしと同じくらいだもんね……)

文乃 (どこがとは言わないけど……)

文乃 (………………)

文乃 「……お母さん、絶対このワンピース、見栄張ったよね……?」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

また投下します。

>>1です。投下します。

【ぼく勉】 真冬 「自分の気持ちに素直にね」

………………結果発表直後 一ノ瀬学園 生徒指導室

真冬 「………………」


---- 『--……そう』

---- 『……なら…… もう…… いいのかしら……』

---- 『もう…… 我慢しなくて いいのかしら……』

---- 『おめでとう えらいわね 今までよく頑張ったわね』

---- 『3人ともすごいわ 先生自慢の生徒よ』


真冬 「っ……」 グスッ

真冬 (いけないわ。思い出したらまた涙が……)

真冬 (情けない。教師として、こんなことじゃいけないのに……)

真冬 (でも……)


---- 『合格しました 3人とも』


真冬 (……本当に、よかった)

真冬 (さて、今日合否報告の予定者、あとは……一人だけね)

真冬 「ん……?」

真冬 「関城紗和子さん……? この子って、たしか……--」


紗和子 「--……はい。関城紗和子です」 ズーーーン


真冬 「!?」 (き、恐怖! ドアの隙間から死んだ魚のような目が……!)

真冬 「……って、そんなところで何をしているの?」

紗和子 「すみません。何か涙ぐんでいたようだったので、入りにくくて……」 キィ……

真冬 「!? な、涙ぐんでなんかいません! 少し……花粉症なだけよ!」

紗和子 「はぁ……。まぁいいですけど。合否の報告に来ました。関城紗和子です」 ズーン


---- 『ええ まったくもって遺憾です……』

---- 『まったく…… 関城さんたらプンプンです!』


真冬 「ああ、あなたが……」

紗和子 「第一志望の弓弦羽大学、合格しました……」 ズーン

真冬 「あ……そ、そうなのね。おめでとう! よかったわね!」

紗和子 「はい。ありがとうございます……」 ズーン

真冬 「……え、えっと」

真冬 「どうかしたの? せっかく第一志望に合格したというのに、その表情は……」

紗和子 「……いえ、べつに」

紗和子 「何も……」

真冬 「………………」

フゥ

真冬 「……ほら、座りなさい」 ニコッ

紗和子 「え……?」

真冬 「せっかく第一志望に合格したのに、そんな表情をしていたらもったいないわ」

真冬 「何かあったんでしょう? 解決できるかはわからないけれど、私でよかったら話を聞くわ」

紗和子 「へ……? で、でも……」

真冬 「私は教師よ。そんな“しょぼくれた”顔をしている生徒、放っておけないわ」


---- 『桐須じゃねえか! 何しょぼくれてんだこんなトコで?』


真冬 (……そう。もし、この子が何かに悩んでいるのなら)

真冬 (“先生”のように、私も、この子に寄り添ってあげたい)

真冬 (だから……)

真冬 「……お話、聞かせてくれるとうれしいわ。関城さん」

紗和子 「………………」

コクリ

紗和子 「……はい」

………………数十分後

真冬 「………………」

紗和子 「……それでですね! 緒方理珠ったらひどいんですよ!」

真冬 「え、ええ……」

紗和子 「たしかに私が悪かったですけど、でも、私緒方理珠のことを想って言ったんですよ! 合格よって!」


---- 『合格よッッッ!!!』

---- 『2人とも見事に合格してたわ緒方理珠ッッ!!!』

---- 『これで春から晴れて同じキャンパスライフよ緒方理珠ッ!!!』

---- 『ちょっと聞いてる? 我が親友緒方理珠~!!』


真冬 「そ、そうね……」

真冬 「………………」

真冬 (長い……話が長いわ、この子……!)

紗和子 「それで、緒方理珠ったらすごく怒ってしまって……」


---- 『あ゙ーーーーっ!! 何故言うのですかーーーーッ!!!』

---- 『自分で見たかったのに 自分で見たかったのに!!!』

---- 『ひいっ!!! 堪忍よ緒方理珠ーッ!!!』


紗和子 「うぅ……って、先生、話聞いてますか!?」

真冬 「!? と、当然。きちんと聞いているわ」

真冬 (……先生。今改めて思いますが、生徒の相手は大変です)

紗和子 「……分かってます。私が悪いんだって」

シューーーン

紗和子 「……きっと緒方理珠に嫌われてしまったわ」

真冬 「……?」

紗和子 「緒方理珠“にも”、空気が読めないとか思われてしまったわ……」 ズーーーン

真冬 「………………」

真冬 (……でも、大変でもなんでも、私は、)

真冬 「……そんなことないと思うわよ。緒方さんはそんなこと思わないわ」

真冬 「それに、緒方さんは、あなたがきちんと謝れば許してくれるわ」

紗和子 「そうでしょうか。私、いつもこうやって相手に嫌な思いをさせてしまう……」


―――― 『またガリ勉関城が平均点上げてるよ』

―――― 『平均点以下の奴補習だってさ』

―――― 『もっと空気読んでくれよー』


紗和子 「だからきっと、緒方理珠にも……」

真冬 「……そう。あなたはそう思うのね」

スッ

真冬 「あら、ちょうど退勤時間だわ。この後予定は? 関城さん」

紗和子 「へ……? あ、空いてますけど……」

真冬 「じゃあ、一緒に行きましょう」

紗和子 「行く……? って、どこに……?」

真冬 「そんなの、決まってるでしょう?」

真冬 (……大変でもなんでも、私は、“こうなりたい”と願って、今ここにいるのだから)


---- 『私が教師を目指すことは…… 間違いだと思いますか!?』

---- 『間違いだったかどうかなんて 本当に終わっちまうまでわかんねーもんさ』

---- 『自分の気持ちに素直にな』


真冬 「あなたの大切なお友達のところに、よ」

クスッ

真冬 「自分の気持ちに素直にね、関城さん」

………………緒方うどん

理珠 「~♪」

親父さん 「………………」 (……リズたま、ご機嫌だな。鼻歌なんてめずらしいぜ)

親父さん (……ずっと、心理学勉強してえって言ってたもんな) グスッ 「……っと。歳食うと涙もろくなっていけねぇや」

……ガラッ

親父さん 「おぅ、いらっしゃい! ……って」

紗和子 「あ……こ、こんにちは……」

真冬 「こんにちは。緒方さんのお父様」

親父さん 「さ、紗和子ちゃんと先生じゃねーか! いらっしゃい!」

理珠 「……? 関城さん? それに桐須先生まで? 一体どうしたんですか?」

真冬 「べつに大した用事じゃないわ」 クスッ 「とりあえず、大葉天うどん、いただけるかしら?」

真冬 「……あなたは? 関城さん」

紗和子 「あっ……わ、私は……きつねうどんを」

親父さん 「まいど! 大葉天うどんときつねうどんだな! 大急ぎで作るから座って待っててくれ」

親父さん 「リズたまも、せっかく先生と紗和子ちゃんが来てくれたんだから、一緒にうどん食べたらいいや! 席に案内しといてな!」

………………

理珠 「……?」

紗和子 「………………」 ヒシッ

真冬 「……あの、関城さん」

真冬 「そうくっつかれると、食べにくいのだけど……」

紗和子 「………………」 ギュッ

真冬 「……まったく」 (まるで隠れるように、縮こまって余計に私にくっついて)

理珠 「意外です。関城さんと桐須先生って、あまり関わりがなかったと思いましたが」

理珠 「仲良しさんだったのですね」

真冬 「生徒と仲良しになった憶えはないわ」

ズルズルズル……

真冬 「相変わらず美味しいわね、あなたのところのうどんは」

理珠 「ありがとうございます」 ジッ 「……あの、関城さん」

紗和子 「!?」

理珠 「何をやっているのか分かりませんが、早く食べないと伸びてしまいますよ?」

紗和子 「あ……そ、そうね」

紗和子 「いただきます」

ズルズルズル……

紗和子 「……美味しい」

理珠 「そうですか。このうどん、私の受験合格を聞いた父が張り切って打ったらしいです」

ズルズルズル……

理珠 「……うん。美味しいですね」

紗和子 「………………」

ズルズルズル……

理珠 「……それで? 一体今日はどうしたんですか?」

理珠 「おふたりがそろっていらっしゃるなんて、大した用事がないようには思えないのですが」

真冬 「そうね。大したことかどうかは、見る人によって変わるものね」

スッ

真冬 「ほら、関城さん。いつまでも私にしがみついてないで。自分がどうしたらいいか、分かるでしょう?」

紗和子 「……ん」

理珠 「……? 関城さん?」

紗和子 「……あの、緒方理珠。あのね、」

紗和子 「今日、その……合格発表、あなたが見る前に……その……」

紗和子 「……先に、言ってしまって……ごめんなさいっ」

理珠 「へ……?」

理珠 「………………」

理珠 「……えっと」

理珠 「……ああ、そういえば、そんなこともありましたね」

理珠 「そんな大げさに謝らなくてもいいですよ。これから気をつけてくださいね」

紗和子 「え……?」

紗和子 「え、えっと、許してくれるの? 緒方理珠」

理珠 「許すも何も、今の今まで忘れてましたよ」

クスッ

理珠 「妙に大人しくて変な関城さんだと思ったら、そういうことだったんですね」

紗和子 「……じ、じゃあ、私のこと、怒ってない?」

理珠 「さすがにあのときは怒りましたけど、今は特には……」

紗和子 「私のこと、空気が読めないとか思ってない?」

理珠 「は? 空気を読むという言葉の意味が未だによく分からない私にそれを聞きますか」

紗和子 「んっ……」

紗和子 「……そ、そうね。あなたはそうよね。ずっと……」


―――― 『空気を読むとはどういうことですか? できたのにできないフリをしろということですか?』

―――― 『どうなのですか?』


紗和子 (……あなたは、ずっと変わらない。私の恩人で、憧れの人)

真冬 「………………」

クスッ

真冬 「……さて、うどんもいただいたことだし、私はそろそろおいとまするわね」

真冬 「うどんごちそうさま。お勘定よろしく、緒方さん」

理珠 「あ、は、はい……――」


親父さん 「――……ち、ちょっと待ったー!」 ズザザザザッッ!!!!


理珠 「……お父さん。店内で走らないでください。ホコリが立ちます」

理珠 「一体どうしたんですか?」

親父さん 「いや、それがさ、今日さ、パパさ、リズたまの合格で舞い上がってうどん打ってね」

理珠 「はい」

親父さん 「ちょっと打ち過ぎちゃってね……まだまだ残ってるんだよね」

理珠 「……はい?」

親父さん 「夕食のお客だけじゃ絶対に捌ききれないくらい残ってるんだよ」

親父さん 「こんなことバレたらママに怒られちゃうし……」

親父さん 「……と、いうことで」

ドンッ!!!!

親父さん 「今日は俺のオゴリだ! 先生、紗和子ちゃん、たんとうどん食ってってくれ!」

真冬 「!? い、いや、この量はさすがに……」

紗和子 「………………」

クスッ

紗和子 「……じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」

ズルズルズル……

真冬 「関城さん……」

紗和子 「……せっかくですし、桐須先生。ごちそうになって行きませんか?」

真冬 「………………」

真冬 「……承知。仕方ないわね。美味しいうどんがこんなにあるのだから、遠慮するのも野暮かしらね」

親父さん 「あっ……そういや紗和子ちゃん! 大学合格おめでとうな!」

紗和子 「へ……? あ、ありがとうございます!」

紗和子 「……あれ? 私、合格したこと言いましたっけ?」

理珠 「……!?」 ハッ 「ちょっ、待ってください! お父さん……――」

親父さん 「――いやいや、リズたまから聞いてるんだよ。リズたまったら嬉しそうにさー」


―――― 理珠 『そうそう。関城さんも合格したんですよ。同じ大学です!』

―――― 理珠 『友人がひとりもいないかもと不安でしたが……』

―――― 理珠 『関城さんがいてくれて良かったです。春からが本当に楽しみです!』


親父さん 「なんて言っててさ……」 シミジミ

理珠 「っ……///」

紗和子 「お、緒方理珠が、そんなことを……///」

親父さん 「いや、ほんと、リズたまの友達でいてくれてありがとうな、紗和子ちゃん」

親父さん 「これからもリズたまのことをよろしくな」

紗和子 「は、はい! 任されました! 緒方理珠のキャンパスライフは私が守ります!」

親父さん 「うんうん。これで俺も安心だ」

親父さん 「……ってことで、俺はこれで失礼――」

――――ガシッ

理珠 「……お父さん」

親父さん 「ひっ!? リズたま……? 腕を掴んでくれるのは嬉しいが、ちょっと痛……」

ギリギリギリ……!!!!!

親父さん 「痛っ!? めちゃくちゃ痛い!?」

理珠 「うどんの打ち過ぎもそうですが、私の話を勝手に関城さんにして……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

理珠 「許せません。お母さんに一度怒られてください」

ズルズルズル……

親父さん 「いや、ちょっと、リズたま!? せっかくママにはバレないと思ったのに!?」

親父さん 「あ~~~~…………」 ズルズルズル……

真冬 「………………」 ポカーン 「……なんというか、すごいお父様ね」

紗和子 「………………」 ポーーー…… 「……緒方理珠が、私に、いてくれて良かったって……」

紗和子 「……えへへ」

真冬 「………………」

フッ

真冬 「……良かったわね、関城さん」

紗和子 「……はい。あの、先生」

真冬 「? 何かしら?」

紗和子 「……ありがとうございます」

紗和子 「先生のおかげで、緒方理珠ときちんとお話することができました」

紗和子 「本当にありがとうございました」

真冬 「……ええ。どういたしまして」

理珠 「……まったくもう。お父さんは」 プンプン

紗和子 「あっ、お帰りなさい、緒方理珠。お父様は?」

理珠 「お母さんに預けてきました。今頃お説教されていると思います」

理珠 「ところで、関城さん、先生」

理珠 「実は、うるかさんと文乃と、泊まりで卒業旅行に行こうという話をしていまして……」

真冬 「あら、そうなの」

真冬 (……まぁ、教師としては、生徒の外泊はあまり推奨できないけれど)

真冬 (卒業旅行くらいで野暮なことは言えないわね)

理珠 「それでですね、もしよかったら、お二人も一緒に行きませんか?」

真冬 「……は?」

紗和子 「へ……? わ、私も?」

紗和子 「私も誘ってくれるの……?」

理珠 「? もちろん、嫌なら無理にとは言わないですが……」

紗和子 「い、いいい嫌なわけないわ! 行く! 絶対行くわ!」

紗和子 「高熱が出ても何があっても絶対に行くわ!」

理珠 「いや、高熱が出たら来ないでください」

紗和子 「……卒業旅行。緒方理珠と、卒業旅行。友達と……卒業旅行……えへへ」

真冬 「……えっと、緒方さん?」

理珠 「? はい?」

真冬 「聞き間違いかしら? 私も……?」

理珠 「はい! さっき文乃と話したんです! 先生も一緒だったら、きっと楽しいですねって」

真冬 「っ……///」

理珠 「だから先生も、もしお嫌でないなら、一緒に行きませんか?」

真冬 「い……嫌、とかではない、けれど……」

真冬 (い、いいのかしら? 生徒たちの卒業旅行に、教員がついていくなんて……)

真冬 (さすがに言い逃れできない気がするけれど……でも……)


---- 『自分の気持ちに素直にな』


真冬 (……行きたい、と。私は、思ってしまっているのね)

真冬 「……学園長に、相談するわ」

真冬 「その上で、“引率” として許されるのであれば……」

真冬 「……私も、ご一緒してもいいかしら?」

理珠 「……!」 パァアアアアアア……!!! 「はい! ぜひ!」

………………

紗和子 「それで、旅行の行き先はどこなの、緒方理珠?」

理珠 「あまり詳しくは決まっていないのですが、うるかさんと文乃はスキーがしたいと言っていました」

真冬 「ん……スキー? それなら、もしかしたら親戚のペンションを紹介できるかもしれないわ」

キャッキャ……

紗和子 「スキーなんて久しぶりだから楽しみね!」

理珠 「関城さんは本当に何でもできるんですね。すごいです」

紗和子 「ふ、ふふ」 ニヤァ 「……手取り足取り教えてあげるわ、緒方理珠」

理珠 「……なんか怖いので別の人に教わります」

紗和子 「なぜ!?」 ガーーーン

真冬 「………………」 クスッ (……よかった)

真冬 「……ねぇ、関城さん」 クスッ 「楽しみね、卒業旅行」

紗和子 「ん……」

紗和子 「……はい! 本当に楽しみです、桐須先生!」

おわり

………………幕間1 『高熱』

紗和子 「ごほっ……げほっ……ごほっ……」

関城母 「あー……。まだ熱高いですね、紗和子さん」

関城母 「ゆっくり休んで早く治しましょうね」

紗和子 「うぅ……」

紗和子 「私も卒業旅行行ぎだがっだーーーーー!!!」

………………幕間2 『お土産』 卒業旅行中 水族館

理珠 「むむむむ……」

真冬 「……? どうしたの、緒方さん。すごい顔ね」

理珠 「あ、先生。ちょっと関城さんへのお土産で悩んでいて……」

理珠 「関城さんはしましま模様が好きなので、しましまのぬいぐるみを買おうと思うのですが……」

理珠 「このキンチャクダイぬいぐるみとニシキアナゴぬいぐるみ、どちらがいいと思いますか!?」 バーーーン!!!

真冬 「そ、そうね、どっちがいいかしらね……」

理珠 「むむむむむ……」 ポン 「決めました。悩ましいですが、こちらのニシキアナゴにします!」

真冬 「そう。あの子はボーダーが好きなのね」 クスッ 「じゃあ、私はこのキンチャクダイにするわ」

理珠 「へ……?」

真冬 「……関城さん、卒業旅行すごく楽しみにしていたものね」

真冬 「せめてお土産だけでも渡して、喜んでもらいましょう、緒方さん」

理珠 「んっ……」 ニコッ 「そうですね、桐須先生!」

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

また投下します。

>>1です。
長く間隔を開けてしまいました。
もし待っていてくださった方がいましたら申し訳ありません。
投下します。

眠り姫編の途中くらいからスタートです。


【ぼく勉】 水希 「お料理を教えてほしい?」

………………“文学の森の眠り姫” 編中 唯我家

水希 「どうしたの、お兄ちゃん。急にお料理だなんて……」

水希 「本試験だって間近なのに……」

成幸 「いやな、ほら、古橋が俺をかばったせいでけがをしただろ?」

水希 「? うん、それは知ってるけど……」

成幸 「それで、俺が今身の回りのお世話をしに行ってるだろ?」

水希 「………………」

水希 「……ウン、ソウダネ」

成幸 (……今の間はなんだ?)

成幸 「それで、料理を作ったりもするだんだけどさ、あんまりうまく作れなくて……」

成幸 「だから、水希に料理を習って美味しいものが作れるようになったら、古橋もよろこんでくれるかな……って」

水希 「………………」

成幸 「だ、大丈夫か、水希。なんかすごい顔してるけど……」

水希 (ふ、古橋さんめ……) ゴゴゴゴゴゴ……!!!

水希 (お兄ちゃんに身の回りのお世話をしてもらっているにとどまらず、手料理まで作ってもらってるなんて……!!)

水希 (古橋さんめ……!!)

成幸 「水希……? ダメ、かな?」

水希 (……でも、古橋さんは、お兄ちゃんのことを助けてくれたんだよね)

水希 (もし古橋さんが助けてくれなかったら、お兄ちゃんが落ちて、大けがしてたかもしれないし……)

水希 (……何よりお兄ちゃんに上目遣いでお願いされたら断れるわけないでしょー!!)

水希 「……いいよ」 ハァ 「お料理、教えてあげる」

成幸 「!? 本当か!?」 パァァァアアアア!!! 「ありがとう、水希!!」

水希 (……本当に嬉しそうな顔。よっぽど古橋さんに美味しいものを食べさせてあげたいのかな)

ズキッ

水希 (……ふんだ。べつに、お兄ちゃんは古橋さんに恩返ししているだけだもんね)

水希 (だからべつに、特別なことなんてないんだから……!)

………………

成幸 「………………」

トン……トン……トン……

成幸 「……よし」

成幸 (自分で言うのもなんだが、食材はきれいに切れたぞ。最近古橋の家でごはんを作ってた成果だな)

水希 「………………」 ジーーーーーッ

水希 「……お兄ちゃん。ちゃんと切れてはいるけど、こうした方がもっといいかな」

スッ……トントントン……

水希 「お野菜とお肉に火を通す場合は、同じくらいの大きさにそろえた方がいいんだよ」

水希 「じゃないと、火の通り具合がまちまちになっちゃうでしょ?」

成幸 「ああ、なるほど。合理的だな……」

成幸 「食材を切るときは大きさをそろえる……と」 メモメモ

水希 (お兄ちゃんったら、メモまでとっちゃってマジメだなぁ)

水希 (……かっこいいなぁ) キュンキュン

成幸 「えーっと、たしか、煮込むまえに炒めるんだよな……」 スッ……

水希 「お兄ちゃん、炒める順番を考えてね」

成幸 「ああ、肉とか固い野菜からだろ」

成幸 「だから、肉とにんじんとじゃがいもを先に……」

水希 「だーめ。じゃがいもはたしかに固いけど、火が通るとすぐ崩れちゃうんだから」

水希 「じゃがいもは最後だよ、お兄ちゃん」

成幸 「あ、そうか。そういえば古橋とふたりでカレー作ったときもそうだったような……」

水希 「む……」 (また古橋さん……) モヤモヤ

水希 「あとは、たまねぎだけ先に炒めて飴色にする場合もあるけど、今日はいいかな」

成幸 「ああ、メイラード反応の代表例だな」

成幸 「ちなみにあまり知られていないけど肉を焼いたとき色が変わるのも実はメイラード反応なんだぞ」

水希 「お兄ちゃん、お料理は得意じゃないのにそういうことは詳しいんだよね……」

水希 (まぁ、そういうところがかっこいいんだけど……えへへ)

水希 「さ、じゃあ炒めて、お兄ちゃん」

成幸 「おう!」

成幸 「………………」

ジューーーー……

水希 「………………」 (……真剣な顔してお料理するお兄ちゃん、かっこいいなぁ)

成幸 「……のわっ! たまねぎがとんだ!」 アタフタアタフタ

水希 (慌てふためくお兄ちゃんもかっこいいし……)

成幸 「なぁ、水希、そろそろ水を入れたらいいかな?」

水希 (わたしに指示を求めるお兄ちゃんもかっこいい……)

水希 「うん。じゃあそろそろお水入れようか。こぼれないようにゆっくりね」

成幸 「ああ」

水希 「………………」

水希 (古橋さんは、毎日こんなお兄ちゃんを見てるんだよね)


―――― 『だから、水希に料理を習って美味しいものが作れるようになったら、古橋もよろこんでくれるかな……って』


水希 (……そしてきっと、たぶん)

水希 (これからもずっと、見ることになるんだろうな……)

………………

葉月&和樹 「「うまーーーーーーーー!!!!」」

ガツガツガツガツ

水希 「ほら、葉月も和樹も、そんなに急いで食べないの」

成幸 「うんうん……」 モグモグモグ

成幸 「我ながら美味しくできたな」

水希 「うん、とっても美味しいよ、お兄ちゃん。すごいよ」

成幸 「まぁ、カレーはまえに一度作ってるからな……」

成幸 (……というか、市販のカレールーを使って、レシピ通りに作って美味しくできない方がおかしいんだよな)

水希 「じゃあ次は、もう少し難しいお料理にチャレンジしてみようか」

成幸 「ああ! よろしくな、水希!」

………………数日後

成幸 「最近、古橋だけでなく親父さんも、俺の料理を美味しいって言いながら食べてくれるんだよ」

ニコニコニコ

水希 (お兄ちゃん、嬉しそうだなぁ……かわいいなぁ)

成幸 「この前作ったハムチーズサンドも古橋がすごく喜んでくれたんだ」

成幸 「あと特製スムージーも美味しいって……」

成幸 「ああ、あとな……」

ペラペラペラ……

水希 「………………」

水希 (……それはそれとして、最近古橋さんの話ばっかりだ)

成幸 「あ、そろそろ古橋の家に行く時間だ! じゃ、行ってきます!」

ビュン!!

水希 「あ、いってらっしゃい……って、もう行っちゃった」

水希 (学校お休みになったら、家にいる時間増えるかなって思ったけど)

水希 (……最近ずっと古橋さん家に行ってばっかり) ハァ 「……買い物でも行こ」

………………買い物帰り

水希 (お兄ちゃん、今日も夕食は古橋さん家で食べるんだろうな)

水希 (古橋さんは、毎日お兄ちゃんと一緒にご飯食べてるんだよね)

水希 「………………」

水希 「……いいなぁ」

ハッ

水希 「!?」 (い、いけない。古橋さんがけがをしたのは、お兄ちゃんをかばったからなのに……)

水希 (“いいなぁ” なんて、そんなこと思っちゃだめだよね……)

水希 「………………」

水希 「……わたし――」


  「――本当に歩いて大丈夫か、古橋。けがに響かないか?」

 「大丈夫だってば。少しは動かないと逆に体に悪いって言われてるし」


水希 「!?」 (この声って……) サササッ

成幸 「でも、まだあんまり歩きすぎない方が……」

文乃 「いやいや、近所のスーパー行くだけでしょ……」

文乃 「何度も言うけど、成幸くんは過保護すぎだよ」

成幸 「そうは言ってもな……」

水希 (やっぱりお兄ちゃんと古橋さんだー!!) コソッ

水希 (……って、何でわたし隠れてるんだろ)

成幸 「痛かったら言えよ? いつでもおぶるからな?」

文乃 「もーっ! だから大丈夫だって……とっ」

コケッ

成幸 「古橋!」

ギュッ……グイッ

文乃 「あっ……///」

成幸 「大丈夫か、古橋」

文乃 「ご、ごめん。ちょっと松葉杖引っかかっちゃって……」

文乃 「……ありがとう、成幸くん」

成幸 「歩けるか?」

文乃 「うん。大丈夫」

成幸 「気をつけろよ。早く治さなくちゃ本試験にも響くからな」

文乃 「そうだね。気をつけるよ」

水希 「………………」

水希 (……うん。そう。わかってるんだ、わたし)

水希 (あのふたりがとってもお似合いのカップルだって)

水希 (……わかってる。わかってるんだよ)

水希 (でも、だからこんなに、悔しいんだよ……)

水希 「……わたし」

水希 「わたしだって……!」

水希 (もしお兄ちゃんが階段から落ちそうになったとき、そばにいたのがわたしだったら)

水希 (わたしだって絶対、古橋さんと同じことをしたのに……)

水希 「………………」

水希 (ああ、最低だ、わたし……)

文乃 「今日の晩ご飯は何にするの?」

成幸 「何が食べたい? ……って聞いても、そんなにレパートリーはないけどな」

文乃 「ふふ。成幸くんが作ってくれるお料理、全部美味しいから悩んじゃうな」

成幸 「全部水希に教わった料理だけどな」

水希 (だめ、これ以上考えちゃ……)

水希 (だめなのに……)

水希 「………………」

水希 (もし、そのとき、お兄ちゃんのそばにいたのが、古橋さんじゃなくてわたしだったら)

水希 (……いま、お兄ちゃんの隣にいたのは、古橋さんじゃなくて、わたしだったのに)

水希 (わたしだったのに……!)

水希 「……る……い」


水希 「……ずるいよ、古橋さん」


水希 「………………」

水希 (……ああ) フルフル (本当に、わたし、最低だ)

水希 (古橋さんはお兄ちゃんを助けてくれたのに)

水希 (そんな古橋さんに、わたし、“ずるい” なんて思ってる……)

水希 (わたし、なんて嫌な子なんだろう……――)


  「――――そうだよ! 水希ちゃん、すっごく良い子なんだから!!」


水希 「へ……?」

成幸 「わ、わかってるよ。水希は俺にはもったいないくらい良い妹だよ」

文乃 「もーっ! だからそれを声に出してちゃんと伝えてるの? って言ってるの」

成幸 「それは……」

成幸 「……あんまり、してないかも」

文乃 「でしょ? だから言ってるの」

成幸 「……すまん」

文乃 「わたしに謝っても仕方ないでしょ。ちゃんと水希ちゃんに……」

文乃 「……って、君にいつもお世話してもらってるわたしが、あんまり偉そうに言えることじゃないね。いつもありがとね、成幸くん」

成幸 「いや、それは全然、そもそも俺のせいだし……」

文乃 「あっ、そうだ!」

文乃 「ねえ、わたしの足が治って、受験も終わったらさ、ふたりでお料理を作らない?」

成幸 「えっ……」 ドキッ 「ふ、ふたりで?」

文乃 「うん! それで、水希ちゃんに食べてもらうの」

文乃 「わたしは、成幸くん経由でいつも美味しいごはんをありがとう、って」

文乃 「成幸くんは、日頃の感謝を全部こめたらいいよ」

成幸 「ああ、それいいな」

成幸 「……夏にカレーを作ったときを思い出すな」

文乃 「そうだね。でも、今度は逆だよ、成幸くん」

文乃 「あのときはなんとかがんばって君にお料理を教えられたけど、」

文乃 「……今度は君が、わたしに教えてね、成幸くん」

成幸 「……ああ、任せとけ」

グッ

成幸 「なんてったって、俺は最高の妹から最高の料理を教えてもらってるからな」

文乃 「うん! ふたりで、水希ちゃんに美味しいお料理作ってあげようね!」

水希 「………………」

水希 「……そっか」

水希 (うん、そうだ。わたし、悔しいんだ)

水希 (古橋さんにお兄ちゃんを取られちゃったみたいで、悔しいんだ。でも、それと同じくらい、思ってる……)



水希 (……今、お兄ちゃんの隣にいるのが、古橋さんでよかった、って)



水希 (……美味しいお料理、か)

クスッ

水希 (上等ですよ、古橋さん。せいぜいがんばって作ってください)

水希 (中途半端なものだったら、お兄ちゃんは絶対に渡しませんからね!)

おわり

………………幕間1 眠り姫編エピローグ後『鏡に向かって』

水希 「………………」

ドキドキドキドキドキ…………

水希 (べ、べつに大した意味があることじゃないけど)

水希 (ただ、ちょっと試してみるってだけのことだけど……)

水希 「………………」

水希 「ふっ……文乃お姉ちゃん……///」

カァァァアアアアア………………

水希 「や、やっぱなし! こんな呼び方……///」 ハッ

文乃 「………………」

水希 「ふ、古橋さん!? いつから!?」

文乃 「……えっと、ごめん。水希ちゃんが鏡に向かって何かブツブツ言ってるから、心配になって……///」

文乃 「あー……」 オホン 「ふ、文乃お姉ちゃんだよー? なんちゃって……///」

水希 「あ゛ーーーーーーーー!!! 忘れて! 忘れてくださいー!!」

………………幕間2 『お姉ちゃん記念日』

文乃 「成幸くん成幸くん!!」

成幸 「な、なんだ、文乃。そんなに息を切らして……」

文乃 「今日をお姉ちゃん記念日にするよ!」

成幸 「……は?」

文乃 「だから、今日をお姉ちゃん記念日にするって言ってるの! お姉ちゃん記念日!」

成幸 「えっと……」

水希 「あ゛ーーーー!!! 何でお兄ちゃんに言うんですかー! もーーーっ!!」

成幸 「水希までどうした!?」

文乃 「えへへ……/// “文乃お姉ちゃん” かぁ……///」

水希 「もーっ!! だから忘れてくださいってば!!!」

成幸 (まぁ、よくわからんが……)

成幸 (こうしてみると、本当に仲良し姉妹みたいだな) クスッ

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。
また投下します。

>>1です。
普段と環境が違うので文字化け等あるかもしれません。
投下します。
誰のルートでもないIfルートの話だと思っていただければと思います。

【ぼく勉】 成幸 「そういえば、先輩」 あすみ 「ん?」

………………受験後

成幸 「この前、先輩のお父さん、言ってましたよね」

あすみ 「? 言ってたって、何だよ」

成幸 「いや、ほら……」


―――― 『言ってる通り 人生医者が全てじゃあない ……が まぁ やるだけやってみなさい』


成幸 「……って」

あすみ 「ん、ああ。そういやそんなこと言ってたな」

あすみ 「……けどそれがどうかしたのか?」

成幸 「いや、だって考えてみてくださいよ」

成幸 「あれってつまり、お父さんが先輩の夢を認めてくれたってことでしょう?」

あすみ 「……あー、まぁ、そういうことになるのか」

あすみ 「………………」

あすみ (……改めて言われるとハズいな)

成幸 「それに、そもそももう受験も終わったわけじゃないですか」

あすみ 「まぁ、そうだな。おかげさまで無事国立医学部に入れたな」

成幸 「ということはですよ?」

あすみ 「ん?」

成幸 「もう、俺と先輩は、恋人のフリをする必要はないのでは……?」

あすみ 「へ……?」

あすみ 「………………」

あすみ 「……へぇ!? 何でそうなるんだ!?」

成幸 「いや、だってそうですよね。そもそも俺が先輩の彼氏のフリを始めたのって……」


―――― 『な……なんか お前に免じて もうしばらく様子見てくれるってよ……』


成幸 「お父さんに医学部受験を認めてもらうためですよね。なら……」

成幸 「もうお父さんが先輩の夢を認めてくれていて、なおかつ先輩も無事医学部に合格できた今……」

成幸 「そこに俺が介在する必要はないのでは?」

あすみ 「……あ、えっと、いや、まぁ……」

フラフラフラ……

あすみ 「……そりゃ、そうっちゃ、そうかもしれんけど、な?」

成幸 「……?」 (先輩どうしたんだろ。なんか目ぐるぐる回ってるし、急に足下もおぼつかなくなったぞ……)

あすみ 「い、いや、でもな。ほら、実はウソでしたー! なんてやったら、親父の奴烈火の如く怒るぞ、きっと」

成幸 「それはそうでしょうけど、仕方ないんじゃないですか? ウソをついたのは事実なわけですし」

成幸 「いつまでもウソをついているのも気が引けるので、こうなった以上、ちゃんと謝りましょう」

あすみ 「……あー、うん。まぁ、そうだな」

あすみ 「………………」

あすみ 「いや、でも、もう少しだけ、この恋人のフリ、続けちゃダメか?」

成幸 「へ? 何でですか?」

あすみ (……このヤロウ。本当に疑問しかないような顔しやがって)

あすみ 「いやー、親父はお前のこと相当気に入っちゃってるからさー」

あすみ 「今ウソでした、なんて言ったら、怒るどころかヘコんじまうと思うんだよな」

あすみ 「……きっと来年度から、診療所の土日営業もできないくらいに」

成幸 「へぇ!? それは大変だ。なら……」

あすみ 「お、おう。だから……――」

成幸 「――……なおのこと、早く、ウソだって告白しないとですね!」

あすみ 「何でそうなる!?」

成幸 「へ? だってそうでしょう? 今の段階でそんなにショックを受けるんだったら、」

成幸 「できるだけ早く早くウソを告白して、ショックから立ち直ってもらって、来年度もちゃんと診療所をやってもらわないと!」

あすみ 「……あー、うん。そうだな。そうだよな。お前はそういう奴だよな」

成幸 「? 先輩?」

あすみ 「いや、でも、ほら、愛憎ってのは表裏一体だからな。親父はお前のことを気に入ってはいるが……」

あすみ 「アタシがお前と結婚するって思い込んでるくらいだから、それがウソだって分かったら……」

あすみ 「……アタシとお前を八つ裂きにするくらいには、怒るかもなぁ」

成幸 (さっきから怒るって言ったりヘコむって言ったり、どっちなんだろう……)

成幸 「それくらいは覚悟の上です。大切なお嬢さんについて騙していたも同然なんですから」

成幸 「誠心誠意謝ります。その上で、殴られることもやむなし、と……」

あすみ 「……い、いやいや!? さすがに親父も巻き込まれただけのお前を殴ったりはしないと思うぞ!?」

成幸 「……?」 (八つ裂きにするかもとか言ってたのに……)

成幸 「……先輩」

あすみ 「な、なんだよ」

成幸 「さっきからちょっと様子が変ですよ? 言ってることも支離滅裂だし、どうかしたんですか?」

成幸 「そんなにお父さんに怒られるのが怖いんですか?」

あすみ 「いや、そんなことはねーけど……」

あすみ 「………………」

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「はい?」

あすみ 「お前は、そんなに嫌かよ。アタシと、恋人のフリするの……」

成幸 「へ?」

カァアアアア……

成幸 「い、いえ、嫌とか、そういうわけではないですけど……」

あすみ 「……じゃあ、いいじゃねーか」

あすみ 「いつか、親父にはウソだって言うよ。でも、今じゃなくてもいいだろ?」

あすみ 「……この関係、もう少し続けちゃ、ダメか?」

成幸 「………………」

フルフル

成幸 「……いえ、やっぱりダメです」

あすみ 「!? な、なんでだよ……」

成幸 「これ以上ウソをつき続けるわけにはいきませんし、何よりこのままじゃ……」

成幸 「………………」

あすみ 「…… “このままじゃ" なんだよ」

成幸 「……いえ、なんでもないです。とにかく、早く親父さんに謝りに行きましょう」

あすみ 「っ……」

あすみ 「そ、そうかよ! わかったよ! そうするよ!」

あすみ (“このままじゃ” ……)

ハッ

あすみ (“このままじゃ、好きな相手と付き合うこともできない” とかか……?)

あすみ 「っ……」 ズキッ (……んだよ、後輩の野郎)

………………小美浪家

宗二朗 「………………」

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

宗二朗 (娘とその恋人が神妙な顔をして尋ねてきて、“大事な話がある” ときたものだ……) ドキドキドキドキ……

宗二朗 (こ、これは期待してもいいのだろうか……)


―――― 成幸 『お父さん、娘さんを僕にください!!』

―――― あすみ 『親父! アタシたちは本気だ! 頼む!』


宗二朗 (こんな感じの展開をパパ期待しちゃってもいいのかしら!? いや、それとも……)


―――― 成幸 『じ、実は、娘さんのお腹の中には僕の子どもが……』

―――― あすみ 『無責任なことをするつもりはねぇ! アタシはこいつとこの子を育てる!』

―――― 成幸 『だから娘さんを僕にください!』


宗二朗 (こんな感じのを期待しちゃってもいいのかーーー!?)

宗二朗 「………………」 ポワポワポワ……

かすみ 「……は~、宗二朗ちゃんったらなんか別世界に行っちゃったみたい」

かすみ 「それで? お話って一体なぁに? なんか深刻そうだけど」

あすみ 「あ、ああ、実は……――」

成幸 「――……いや、先輩。俺から話しますよ」

あすみ 「後輩、でも……」

成幸 「……まず最初に、謝らせてください。先輩のお父さん、お母さん、本当に申し訳ありませんでした」

かすみ 「……? 謝られるようなことをされた憶えはないんだけどなぁ」

成幸 「ずっとウソをついてきました。先輩とのことです。俺は……」

成幸 「……俺と先輩は、恋人同士ではありません」

かすみ 「……へ?」

かすみ 「……あー、うん。まぁ、知ってたけど」

あすみ 「まぁ、お袋はそうだよな。それはそうなんだけど……」

宗二朗 「………………」

あすみ 「問題はこっちだよな。おい、親父、なんとか言ったら……って」

宗二朗 「………………」 プスプスプスプス……

あすみ 「……死んでる?」

かすみ 「縁起でもないこと言わないで、あすみちゃん。生きてるから」

かすみ 「ただ、あー、これは……」

宗二朗 「……アレ ココハドコ? ワタシハ ダレ?」

かすみ 「元に戻るのに一時間はかかるかな~?」

………………一時間後

成幸 「――……と、いうわけなんです」

かすみ 「は~、なるほどねぇ。あすみちゃんの方から唯我君に頼んで、恋人役をやってもらってたとー」

かすみ 「まぁ、ママはそんなところじゃないかなー、って踏んでたけどね!」 エッヘン

宗二朗 「………………」

成幸 「あの、お父さん、ご存知であったとはいえ、お母さんも、騙すようなことをして本当にすみませんでした」

あすみ 「いや、アタシが無理言ってやってもらってたんだから、お前は悪くねぇだろ」

あすみ 「……謝るとしたら、アタシだ。本当に悪かったよ、親父」

かすみ 「? あれ、あすみちゃん。私はー?」

あすみ 「あんた最初っから気づいてただろ!!」

かすみ 「てへっ☆」

宗二朗 「………………」

あすみ 「……いや、っていうか、親父もなんか言えよ。さすがにずっと黙ってると怖いんだが」

宗二朗 「………………」 ボソッ 「……成幸君」

成幸 「! は、はいっ!」

成幸 「あ、あの、本当に申し訳ありませんでした! 大切な娘さんのことで、ウソをつくようなことをして!」

成幸 「あの、だから、その……」

宗二朗 「……謝らないでくれ、成幸君。娘が迷惑をかけてしまってすまなかった」

成幸 「!? あ、頭を上げてください! お父さんが謝るようなことを何も……!」

宗二朗 「……ふふ。まだ私を “お父さん” と呼んでくれるか」

成幸 「あっ……す、すみません」

宗二朗 「……構わんよ。いや、本当に楽しかった。君とあすみの将来を考えるのも、君と将来酒を汲み交わす想像をするのも」

宗二朗 「……本当に楽しかった」

あすみ (……アタシが言うことじゃねぇけどこの親父重いな)

宗二朗 「よくよく考えてみれば、うちのじゃじゃ馬娘が君のような好青年を捕まえられようはずもない」

成幸 「いや、そんな……」

宗二朗 「ほんの一時だけでも夢を見させてくれてありがとう。本当にすまなかった」

成幸 「………………」

スッ

成幸 「……こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした」

成幸 「……では、先輩」

あすみ 「ん」

成幸 「これで本当に、ニセモノの関係はおしまいですね」

あすみ 「………………」

あすみ 「……ああ」

あすみ 「なんか悪かったな、今まで」

あすみ 「親父を騙すために恋人のフリなんて頼み込んで、色々なところに連れ出して……」


―――― 『小妖精メイドあしゅみぃちゃんのビキニ姿が拝める幸せ者なんて そうそういねーぞ?』


あすみ 「お前に勉強を教わるだけに留まらず、勉強の邪魔みたいなこともして……」


―――― 『親父へのダメ押しに もう1枚♪』


あすみ 「本当に……」

あすみ (……ああ、そうか)


―――― 『この診療所がなくなったって…… 世界も夢も終わりません!』

―――― 『先輩は必ず立派な医者になるんですっ!!』

―――― 『場所なんかどこだって 先輩がいればそこが新しい小美浪診療所になるんですッッ!!』


あすみ (アタシ、本当に……)


―――― 『な? 冗談冗談♪』


あすみ (本当に、こいつのことが……)

あすみ 「………………」

あすみ 「……本当に、ずっと悪いコトしたな。後輩。すまん」

ポロ……

あすみ 「あ、あれ? なんで、目、潤んで……」

ポロポロポロ……

あすみ 「なんで、涙なんか……」

かすみ 「あすみちゃん……」

成幸 「………………」

成幸 「……先輩、ハンカチどうぞ」

あすみ 「っ……や、やめろよ。アタシとお前は、もうべつに、ニセモノの恋人とかじゃない……」

あすみ 「……ただの、先輩後輩なんだから。だから……」

あすみ 「……もう、やめろよ。そうやって優しくするなよ」

あすみ 「そういうこと、されると……っ」

あすみ (また……)

あすみ (また、お前と、そういう関係に……)

成幸 「………………」

成幸 「……俺たちの関係はこれで終わって、ただの先輩後輩。そうですね」

成幸 「では、その上で改めて、先輩にひとつお願いがあります」

あすみ 「お願い……? なんだよ」

成幸 「先輩」


成幸 「改めて、お願いします。俺と、ホンモノの恋人になってもらえませんか?」

あすみ 「………………」

ボッ

あすみ 「……へ?」

成幸 「先輩のことが好きです。先輩のホンモノの彼氏になりたいです」

あすみ 「へ? へ?」

成幸 「だから俺とお付き合いしていただけませんか?」

あすみ 「へ? へ? へ?」

かすみ 「あらぁ♪ 唯我君ったら意外と情熱的♪」

あすみ 「ふぇ……」

あすみ 「ふぇぇえええええええええ!?」

あすみ 「こっ、このタイミングで、何言ってんだ、お前!」

あすみ 「じ、冗談なら笑えねーぞ!!」

成幸 「………………」

ギュッ

あすみ 「ふぇっ!?」 (手、手……ぎゅって……手……///)

成幸 「……先輩」

あすみ 「はっ、はいっ!」 ドキッ

成幸 「冗談でこんなこと言わないです。先輩じゃありませんから」


―――― 『いや? けっこーいいと思ってっけど? カワイーじゃん そいつ』

―――― 『ま ウソだけど』


あすみ 「そ、その節は、本当になんというか、申し訳なかったというか……」

グイッ

あすみ 「ひゃっ!?」

成幸 「……先輩」

あすみ (ち、近い近い近い……!?)

成幸 「先輩のことが好きです」

成幸 「先輩のまっすぐなところとか、一生懸命なところとか、気遣ってくれるところとか……」

成幸 「あと、お客さんに分け隔てなく接するところとか、仕事に対するプロ意識とか……あと……」

あすみ 「もっ、もういい……/// わ、わかったから……」

かすみ (……唯我君ってこういうとき積極的なのね。意外だなー♪)

成幸 「………………」

フーーーー

成幸 「……以上、お願いでした」

あすみ 「き、急に冷静になるなよ……」

あすみ 「………………」

カァアアアア……

あすみ 「……わ、わかったよ。あ、アタシのこと、好きになっちまったんだろ」

あすみ 「仕方ねーな。ほ、本当に仕方ねーから、だけど……」

あすみ 「こっ……」

あすみ 「……こちらこそ、よろしくお願いします」

成幸 「……?」

成幸 「………………」

成幸 「ええええぇえええええええええええええええ!?」

あすみ 「!? な、なんだよ! 急に大声上げんじゃねーよ!」

あすみ 「っていうかなんでお前が驚いてんだよ!」

成幸 「いや、だって……」

オロオロオロオロ……

成幸 「お、オーケーされるとは思ってなかったので……」

成幸 「いや、っていうか、先輩、本当に……?」

あすみ 「し、仕方ねーからだって言ってるだろ。仕方ねーから、お前のホンモノの彼女になってやるよ」

成幸 「……あ、いえ、そんな、義務感からだったら、申し訳ないので結構です」

ズーーーーーン

成幸 「やっぱりそうですよね。先輩みたいなエネルギッシュで何でもできちゃう美人さんと俺じゃ、釣り合わないですよね……」

あすみ 「!? い、いや、違くて……」

かすみ 「………………」

コソッ

かすみ 「……こんなときくらい、素直にならないと~」

あすみ 「お、お袋……」

かすみ 「また後悔してさっきみたいに泣いちゃうゾ♪」

あすみ 「っ……わかったよ……わかってるよ」

あすみ 「……こ、後輩。いや、その……成幸……くん」

成幸 「……?」

あすみ 「アタシも、その……」

あすみ 「……お前のこと、好き、なんだ」

あすみ 「好きなんだよ」

あすみ 「だから、その……」

あすみ 「アタシからも、頼む。お願いします」

あすみ 「アタシの彼氏になってください!」

あすみ 「フリとかニセモノじゃない、ホンモノの、恋人に、なってください!」

成幸 「……へ? あ……」

カァアアアア……

成幸 「ぜ、ぜひ……あ、よ、よろしく、お、お願いします……」

あすみ 「あ、ああ……///」

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

あすみ 「……ってことで、じゃあ、後は――いや、成幸くん、これからもよろしくな」

成幸 「はいっ! 先ぱ――じゃなくて……えっと、なんて呼んだら……?」

あすみ 「知るかよ。お前が勝手に決めたらいいだろ」

成幸 「は、はい。じゃあ……えっと……」

成幸 「“あすみさん”」

あすみ 「っ……///」

成幸 「あ、あはは。なんか恥ずかしいですね」

あすみ 「……いい」

成幸 「へ?」

あすみ 「そ、それで、いい」

成幸 「は、はい。じゃあ……あすみさん」

あすみ 「ん……」

あすみ 「……っていうかお前、実の親の前で告白って、どんな罰ゲームだよ」

成幸 「あ、すみません。でも、一度関係をリセットさせないと、前に進めないと思ったので……」

あすみ 「……ん」


―――― 『これ以上ウソをつき続けるわけにはいきませんし、何よりこのままじゃ……』


あすみ (……あれは、そうか)

あすみ (“このままじゃアタシと本当の恋人になれない” ってことか……)

あすみ 「………………」

ニマァ

あすみ 「……そうか///」

かすみ (雨降って地固まる……というよりは、自分たちでホースで水を撒いて踏み固めた感じかしら)

かすみ (まぁふたりが幸せそうで何より……ん? 何か忘れてるような~……)

宗二朗 「………………」

ノソリ

かすみ 「……あ、宗二朗ちゃん」

あすみ 「!? お、親父……」

宗二朗 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「お、怒ってます……よね?」

成幸 「そりゃそうですよね。愛する一人娘と不誠実な交際をしていた男が、今さら本当にお付き合いを始めるなんて……」

成幸 「父親だったら怒って当然だと思います! 殴られても仕方ないと思っています! ですが、俺も本気です!」

成幸 「娘さんと交際させてください!」

あすみ 「お、親父! アタシからも頼むよ! ウソをついてたことは謝る!」

あすみ 「でも成幸くんは悪くねーんだ! だから、成幸くんとの交際を認めてくれ! 頼む!」

宗二朗 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「お父さん……!」

あすみ 「親父!」

宗二朗 「……何を言っているんだ、あすみ、成幸くん!」

パァアアアアアア……!!!

あすみ 「へ……?」

宗二朗 「結婚式はどこにする? チャペルか? 神前式か?」

成幸 「……えっと」

宗二朗 「ウェディングドレスもいいが、白無垢も捨てがたいな」

宗二朗 「無論、成幸くんもだ! モーニングも似合うだろうな。紋付袴も捨てがたい!」

宗二朗 「うぅむ……」 ハッ 「そうだ! 両方とも着ればいいんだな!」

宗二朗 「よし、パパちょっと結婚式代奮発しちゃうぞ!」

あすみ 「……おい、親父」

宗二朗 「……と、いうことだ」

ニコッ

宗二朗 「これからもどうか、末永くうちの娘をよろしく頼むよ、成幸くん」

成幸 「は……はいっ!! こちらこそ、よろしくお願いします!」

………………診療所前

あすみ 「……ったく、親父の奴」

―――― 宗二朗 『ん、もうこんな時間か。夜も遅いし送って行きなさい、あすみ』

あすみ 「娘に彼氏を送らせるか、フツー」

成幸 「あはは、親父さんらしいですね」

成幸 「まぁ、さすがに夜道をひとりで帰らせるわけにはいかないので、お見送りだけでいいですよ」

成幸 「それじゃ、先輩、また明日」

あすみ 「む……」

成幸 「……あっ、じゃなくて……」

成幸 「……また明日、あすみさん」

あすみ 「……ん。また明日、成幸くん」

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

あすみ (……冗談じゃ、ない)

あすみ (ウソでも、ない)

あすみ (ニセモノでもない)

あすみ (ホンモノの、恋……)

成幸 「……じゃあ……――」

あすみ 「――……ま、待った」

成幸 「……?」

あすみ 「………………」

ギュッ

成幸 「……せ、先輩……?///」

成幸 「なんで、抱きついて……」

あすみ 「察せ、バカ」

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

ドキドキドキドキ……

成幸 「ん……」

ギュッ

あすみ 「っ……///」

ドキドキドキドキ……

あすみ 「……なぁ、成幸くん?」

成幸 「な、なんですか?」

あすみ 「こーいうとき、どうしたらいいと思う?」

成幸 「………………」

成幸 「……目、つむってください」

あすみ 「ん……」

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

成幸 「……あすみさん」

あすみ 「成幸くん」

スッ…………

かすみ 「………………」

宗二朗 「………………」

ジーーーーーーーッ

あすみ 「……って何見てんだジジババーーーーーー!!!!」

宗二朗 「む。見つかってしまったか。かすみちゃんがもっと近づこうって言うから~」

かすみ 「だってー、あすみちゃんの記念すべき初キス、しっかり見ておきたかったんだもーん」

成幸 「……はは、本当に愉快なご両親ですね、あすみさん」

あすみ 「ああいうのは愉快って言わねぇよ。迷惑って言うんだよ。ったく……」

あすみ 「じゃあ、また次回にお預けだな、成幸くん」

成幸 「そうですね。また今度ですね」

あすみ 「ああ、また今度……」

あすみ 「………………」

あすみ (診療所がなくなることも)

あすみ (受験に失敗して、医者を諦めることも)

あすみ (もう、ない)

あすみ (そして……)

成幸 「……? どうかしましたか、あすみさん?」

あすみ (こいつと……成幸くんとの関係が、ウソで終わることも、ない)

あすみ (また今度が、何度でも……)

あすみ (これからも、ずっと……)

あすみ 「えへへ……」

成幸 「先輩?」

あすみ 「これからもよろしくな、成幸くん」

成幸 「はいっ! こちらこそよろしくお願いします、あすみさん」

おわり

………………幕間 『気振り両親』

宗二朗 「かすみちゃん、できたー?」

かすみ 「うん、完ぺき♪ 宗二朗ちゃんは?」

宗二朗 「こっちもオッケーだ」

あすみ 「? 何作ってんだ? 患者さんのリストかなんかか?」

かすみ 「ちがうよー、あすみちゃん」

キャピッ

かすみ 「これは~、あすみちゃんと成幸くんの結婚式の招待客リストだよっ」

あすみ 「……あー、うん」

ビリッビリッビリッ

宗二朗 「あ゛ーーーーー!!! 私とかすみちゃんの二時間の苦労の結晶がーーーー!!」

おわり

>>1です。
以前から妄想していたことを、本編であすみさん編が始まったらやれないなぁと思い、書き上げました。
あまり良い二次創作ではないと思います。申し訳ないことです。
明日はとうとう明日の夜の小妖精編ですね。楽しみです。
また投下します。

>>1です。
書いていたら書き上がってしまったので投下します。
どのルートにも分岐していない12月28日以降の話だと思います。
投下します。

【ぼく勉】 美春 「彼は教え子につき……?」

………………真冬の家

美春 「感謝感激。急にお邪魔したのにもてなしてもらってすみません、姉さま」

真冬 「そう思うなら来るときは事前に連絡をちょうだい」

真冬 (危なかったわ。昨日唯我くんが偶然家に来て掃除をしてくれていて助かったわ)

真冬 「まったく、もう大学生なのにあなたは変わらないわね」

美春 「えへへ、そう言われると照れてしまいます」

真冬 「褒めてはいないのだけれど」

ハァ

真冬 「そういえば職場でいただいたお菓子があったわね。持ってくるわ」

美春 「わぁ、嬉しいです! ありがとうございます、姉さま」

美春 (ふふ、姉さまのおうちは、いつ来てもきれいで落ち着きます)

美春 (さすがは姉さまですね)

美春 (例の一件以来、ずっと布がかぶせてあったトロフィーの棚も出しているし……)

美春 (何より、今の姉さまは本当に楽しそう。笑顔も増えました)

美春 (……認めたくはありませんが、これも全て、唯我成幸さんのおかげ、ですね)

美春 「………………」

美春 (ま、まぁ、だからといっておふたりの交際を認めるわけにはいきませんけど)

美春 (姉さまは教師。唯我成幸さんは生徒。おふたりは決してそういう仲になってはいけない関係です)

美春 (けれど、燃え上がったおふたりの恋は、阻むものが多ければ多いほど燃え上がるもの!)

美春 (そしておふたりはきっと、もうお互いのことしか目に入っていません)

美春 (ならばやはりここは私が、私の色香で唯我成幸さんを誘惑するしかありませんね……)

美春 「………………」

美春 (ま、まぁ? もしも唯我成幸さんが、私の大人の色香に惑わされることなく卒業を迎えたなら)

美春 (おふたりの交際を認めてあげないことも、ありませんけれど)

美春 (……ん?)


『彼は教え子につき ①』


美春 「彼は教え子につき……?」

美春 (きっ、驚天動地! 姉さまの本棚に漫画本が置いてあるだなんて!!)

美春 (少女漫画ですね。でも、私が読んだことがない漫画です……)

美春 「………………」

美春 (姉さまはまだ戻ってきませんよね。それに、漫画くらい無断で見てもお怒りにはならないでしょうし)

美春 (姉さま、ちょっと拝見させていただきます)

ペラッ……

『俺……やっぱり先生じゃなきゃ……』

美春 「……!?」

ペラッ

『だ だめよ結人君! 私とあなたは教師と生徒! でも……っ』

美春 「ひゃっ……!」

ドキドキドキドキ……

美春 (こ、この内容は……これではまるで……――)

真冬 「――美春」 ヒョコッ

美春 「ひゃいっ!?」サササササッ

真冬 「紅茶でいいかしら? それともコーヒー?」

美春 「ど、どちらでも大丈夫です! 姉さまと一緒でいいです!」

真冬 「? そう、わかったわ」

美春 (……あ、危なかったです。漫画くらい読んでも怒られはしないと思っていましたが)

美春 (こ、この内容は、まずいです。たぶん、これは……)

ペラッ……ペラッ……

美春 (……姉さまの、願望……!!)

美春 「………………」

ペラッペラッペラッ……

美春 (な、なんて過激なんでしょう。教師と生徒が、こんな……こんな……!)

美春 (は、は、ハレンチです!!)

美春 (姉さまは唯我成幸さんと、こんなことを……――)

真冬 「――お待たせ。お菓子とお茶よ」

美春 「ひゃうっ!?」 スッ

美春 (あっ……! つ、つい、カバンの中に隠してしまいました!)

真冬 「? どうかしたの? 顔が赤いけれど……」

美春 「い、いえ! ちょっとこの部屋暑いですかね! 暖房の温度を下げてもいいですか、姉さま?」

真冬 「そうね。たしかに少し暖めすぎかもしれないわ。ええと、リモコンは、と……」

美春 (な、なんとか誤魔化せましたが……これは……)

美春 (……これは、由々しき事態ですよ!)

………………帰り道

美春 「………………」

トボトボトボ……

美春 (この漫画本……)

美春 (……結局、あのまま返すタイミングも逸して、バッグに入れたままになってしまいました)

美春 (今度真冬姉さまに謝らなければ……)

美春 (……いえ、そんなことよりも)

美春 (唯我成幸さん)


―――― 『お義姉さんのことで協力してほしいんですッ!!!』

―――― 『姉さまのために協力!? 当然至極ッ!!』

―――― 『――……残念至極 ですが姉さまがそう決めたのでしたら仕方ありませんね』

―――― 『でも姉さま 少し声が明るくなりました 美春はそれが一番嬉しいです!』


美春 (……ええ、そうです。本当は分かっているんです。私だって)

美春 (今の姉さまがあるのは、唯我成幸さんのおかげだということを)

美春 (……分かっているんです)


―――― 『あなたにはずっと…… お礼を言わなければと思っていました』

―――― 『あなたのおかげで 最近家族に笑顔が増えてきたんです』

―――― 『姉さまも昔に比べて 仕事が楽しそうですし』

―――― 『その道において姉が迷いなく幸せならば きっそそれをこそ天職と呼ぶのですから』


美春 (私がもう……)


―――― ((衝撃展開……!! 恋人云々はともかくここまでマニアックな間柄とは……!))

―――― ((いけません! せめて卒業まではプラトニックな関係でいてもらわねば……!!))


美春 (……心の奥底では、おふたりの関係を認めてしまっているということを)

美春 (……ですが!)

美春 (殿方は皆狼! 唯我成幸さんも一時のハレンチな考えひとつで姉さまに近づいているだけという可能性も絶無ではありません!)

美春 (ここはもう、姉さま最愛の妹であるこの私が、確認するしかありません!!)

美春 (善は急げ、ですね! 待っていてください、姉さま! 私が唯我成幸さんの真意を確認して参ります!)

………………唯我家

水希 「お兄ちゃん、お夕飯できたよー」

成幸 「ん、もうそんな時間か」 ノビーー

成幸 (久々にひとりでじっくり勉強、捗った捗った……)

成幸 (……って、やったのはほとんどあいつら向けの問題作成だけど)

ピンポーン

水希 「? なんか届く予定あったかな?」

成幸 「ああ、俺が出るよ。みんな先食べててくれ」

……ガラッ

成幸 「どちら様ですか……って」

美春 「夜分に申し訳ありません。こんばんは、唯我成幸さん」

成幸 「……美春さん!?」

花枝 「成幸ー? どなたかいらっしゃったの? ……あら?」

花枝 「……あらあらあらあら」

パァアアアアアア……!!!

………………食卓

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

花枝 「………………」 ニコニコニコニコニコニコニコ……!!!!!!

葉月 「きりすみはるせんしゅだー」

和樹 「ゆーめーじんだー」

美春 「すみません、突然の訪問だというのに、ご相伴にあずかってしまいまして」

成幸 「いえ……」

美春 「美味佳肴! お夕飯、とても美味しいです! 栄養バランスもよく考えられていて、味付けも濃くなく薄くなく……」

モグモグモグ……!!!

成幸 (すみませんと言う割にはたくさん食べるなこの人……)

成幸 「あの、美春さん、今日は一体どうしたんですか? っていうかどうして俺の家の場所を……?」

美春 「……はっ! あまりのご飯の美味しさに失念しておりました」

モグモグモグ……

美春 「でもどうしましょう。お箸が止まりません!」

成幸 「……食べてからでいいですよ」

水希 「………………」 (お、お兄ちゃんにたかる新しいメスがまた一人……!!)

美春 「はぁ~~~、美味、美味、美味です~~~~~!!」

水希 (しかもすごい美人さんだし! っていうか現役フィギュアスケート選手!?)

水希 (そんなの反則だよーーーー!!)

花枝 「………………」 (たしかこの娘、前にランジェリーショップで成幸の写真を出して……)


―――― 『すみません こういう男性を悩殺できそうな下着はありますか』


花枝 (……これはもう確実ね) フンス (このお嬢さんは成幸の彼女またはそれに類する何か!!!)

花枝 (でかしたわ成幸!! 文ちゃんやりっちゃんに興味を示さなかったのはそういうことだったのね!)

成幸 「……!」 ゾクッ

成幸 (なんだか知らないが水希と母さんからの圧がすごい……!)

成幸 (美春さん早くご飯食べ終えてくれーーーー!!!)

………………食後

美春 「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

成幸 「お口に合ったなら何よりです。それで、一体どんなご用件でしょうか」

成幸 「……あと、どうして俺の家の場所を知っていたのかも教えてもらえると……」

美春 「愚問愚答。この私が、お姉様と特別な関係にあるあなたのご自宅を特定していないわけがないではありませんか」

成幸 「はぁ……」

美春 「姉さまとお酒を飲んでいるときに聞いたら教えてくれましたよ?」

成幸 (教員の情報セキュリティとは……)

美春 「そして、唯我成幸さん、今日はあなたにお伺いしたいことがあって来ました」

成幸 「伺いたいこと……?」

美春 「はい、それは……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「それは……」 ゴクリ……!!!

美春 「………………」

美春 「……あなたと、姉さまとの関係についてです」

成幸 「……? 桐須先生と俺の関係……?」

成幸 (関係……? ってなんだろう。俺と先生はただの教師と生徒だし……)

美春 「………………」 ジーーーーーーッ

成幸 (でも、美春さんはすごく真剣な顔してるし……)

成幸 (なんなんだろうか……)

美春 「……単刀直入に伺います」

美春 「唯我成幸さん、あなたは真冬姉さまのことをどう思っていらっしゃるのですか?」

成幸 「桐須先生のことをどう思っているか……?」

美春 「はい。誠心誠意。あなたの本心を教えてください」

成幸 「えっと……」

成幸 (先生をどう思っているか? そんなの……)


―――― 成幸 『とんでもなくドジで家事下手な人ですね』

―――― 成幸 『今まで無事一人暮らしをして来られたのが不思議なくらいですよ。ははは』


成幸 「………………」

成幸 (……って言えるかぁあああああ!!)

成幸 (たしか美春さんって……)


―――― 『詮無い嘘はやめてください 私の尊敬する完璧な姉さまに限って 苦手なものなど存在しません』

―――― 『もし百億が一姉さまに苦手なものが発覚した場合』

―――― 『24時間365日お傍に張りついて誠心誠意 いかなる手段をもってしても克服にあたらせて頂く所存です』


成幸 (……多分、美春さんは俺がそんなことを言っても信じないだろうし)

成幸 (もし万が一、俺の言うことを信じてしまった場合……)


―――― 美春 『姉さま? 聞きましたよ? お掃除とお料理が “少々” 苦手なのですね?』

―――― 真冬 『ち、違うのよ、美春。そんな事実はなくて、その……――』

―――― 美春 『――問答無用。ご心配には及びません、真冬姉さま』

―――― 美春 『今から私が、姉さまが苦手を克服するまでつきっきりでお教えいたしますので』


成幸 「………………」

成幸 (……最悪、桐須先生が、死ぬな)

美春 「……?」 (どうしたんでしょう、唯我成幸さん。難しい顔をして黙りこくって……)

美春 (姉さまのことをそれだけ真剣に考えてくれているということなのでしょうが……)

美春 (お、男ならズバッと言ったらどうですか!! 男らしくありません!)


―――― 成幸 『真冬先生は、俺の大切な人です! 大好きな人です!』

―――― 成幸 『だから誰になんと言われようと俺は……』

―――― 成幸 『絶対に真冬先生と添い遂げてみせます!!!!』


美春 「はうっ……///」

美春 (そ、そこまで覚悟が決まっているなら、私だって……)

美春 (おふたりの関係を認めるに吝かではないのに……)

成幸 「………………」

成幸 (ど、どうするどうするどうする!?)

成幸 (正直に話してしまったが最後、最悪桐須先生が死ぬ未来が見える以上、本当のことは話せないし……)

成幸 (かといって、こんな真剣な顔をしている美春さんに嘘をつくのも申し訳ないし……)

成幸 「………………」 グッ (……よしっ!)

成幸 (……ここはなんとか、嘘をつかない範囲で誤魔化そう!!)

成幸 「……俺にとって、桐須先生は、」

美春 「……!」

美春 (き、来ますか! 来るんですか!?)

美春 (カレエゴのようなとんでもない一撃が!?)

成幸 「えっと……」

成幸 「“放っておけない人” ですかね……」

美春 「………………」

美春 「……放っておけない人、ですか?」

成幸 「はい」

美春 「む……」 モヤモヤ (な、なんでしょう。何か釈然としないような……)

成幸 「桐須先生って、すごくしっかりしている人じゃないですか」

美春 「当然至極。姉さまは絶対的に完璧な理想の体現者です」

成幸 (すごい表現の仕方だ……)

成幸 「でも、どこか放っておけないような危うさもありませんか?」

美春 「……?」

成幸 「美春さんだってしょっちゅう先生の家を訪ねているじゃありませんか」

成幸 「それは、先生のことが心配だからではないですか?」

美春 「む……」

美春 「……単純に姉さまに会いたいから、という気持ちもありますが」

美春 「まぁ、たしかにそれはありますね」

成幸 「だから、俺も先生のことが放っておけなくて、先生の家を訪ねている側面があります」

成幸 「……たしかに、今の俺と先生の(掃除を手伝うような)関係は適切ではないかもしれません」

美春 「ええ。世間一般に照らし合わせれば、あなたと姉さまの(恋人)関係は適切とは言えないでしょう」

成幸 「でも、先生には俺が必要なんです。詳しくは……桐須先生の名誉のために言えませんが」

美春 「!?」 (姉さまの名誉のために言えない!? 姉さまはどんな破廉恥な理由であなたを求めているのですか!!)

成幸 「先生は意外と不器用で、できないことも多いんです」

成幸 「あ! で、でも美春さんが先生に教える必用はないですよ。俺がしっかり教えますから。手取り足取り!」

美春 「!?!?」 (手取り足取り!? 手取り足取りどんな破廉恥なことを姉さまに教えるつもりですか!!)

成幸 「だからその、これからも俺と先生の(家で掃除・勉強をする)関係を認めていただけたら……」

美春 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……って、あの、美春さん? 聞いてます?」

美春 (や、やはり殿方はケダモノ! 唯我成幸さんも紛れもない狼……!)

美春 「み、認められるわけないでしょう! やはりあなたも姉さま(の体)が目的なんですね!!」

成幸 「先生が目的……?」

ハッ

成幸 (た、たしかに。先生に勉強を教えてもらうと捗るから、それをアテにしている面は否めない……!)

成幸 「……た、たしかにその通りかもしれません。俺は、先生のためといいつつ、先生をアテにしているかもしれません)

成幸 「でも、美春さん! たぶん先生は俺がいなくなったら(ゴミだまりに埋まって)廃人になりますよ!」

美春 「!?」 (姉さまはもうそこまで身も心も唯我成幸さんのトリコに……!?)

美春 (悪逆非道! なんて卑怯な人でしょうか……!)

成幸 「だからどうか……」

ギュッ

美春 「ひゃあっ……!?」 (手!? 手を、握……握られ……!)

成幸 「お願いします、美春さん。俺と先生の関係を、認めてください……!」

美春 「ひゃっ……ひゃっ……」 (と、殿方に手を! 手を握られています!?)

成幸 「あと、俺が先生の家に(掃除をするために)通うのを認めてください!」

ギュッ……!!!

美春 (!? つ、強く……握……)

美春 「わっ、わかりました! わかりましたから!」

美春 「あなたと姉さまの(恋人)関係を認めます!」

美春 「それからあなたが姉さまの家に(恋人として)通うことも認めますから!!」

美春 「だ、だから……離してください!!」

成幸 「へ……? わっ」 バッ 「す、すみません、つい興奮して……」

美春 (わ、私にまで興奮するなんて、ケダモノ……!)

カァアアアア……

美春 (……殿方に初めて手を握りしめられてしまいました……)

美春 (もうお嫁に行けません……)

成幸 「あの、美春さん、大丈夫ですか? 顔が赤いですけど……」

美春 「!? 赤くなんてなってません!!」

キッ

美春 「あ、あなたの熱意に免じて、今回は認めてあげます」

美春 「認めはしましたけどね……! でも……」

美春 「まだ、結婚まで認めたわけじゃありませんからねーーーーーーーー!!!」

バッ!!!!

成幸 「あ、美春さん!? もう帰るんですか!? っていうか結婚って何の話ですか!?」

美春 「唯我成幸さんのお母さま! ご飯ごちそうさまでした! 夜分に失礼しました!」

美春 「妹さん! ご飯とっても美味しかったです! 今度お礼は必ずしますね!」

美春 「双子さんたちも、また今度! それでは失礼致します!」

タタタタタ……

成幸 (わ、わざわざ俺の家族に挨拶をしてから走り去って行った……律儀な人だ……)

花枝 「あのお嬢さん、一体どうしたの?」

成幸 「俺に聞かないでくれ。俺にもわけがわからないんだ」

………………帰路

タタタタタ……

美春 「………………」 (……今回は私の負けです。唯我成幸さん、あなたの熱意に負けました)

美春 (あんな情熱的に姉さまへの愛を宣言されてしまえば、認めざるをえません……)

美春 (ですが!!)

美春 (両親は厳しいですよ! 姉さまとの結婚をそうすぐ認めてくれると……)


―――― 母 『真冬さんの言う部屋の片付けを手伝ってくれる殿方ってどんな方かしらねぇ』

―――― 父 『あの気むずかしい子が気に入るのだからきっと良い子だろう』

―――― 母 『なんにせよ、あの子ももういい歳ですし、そろそろ結婚してほしいですねぇ』

―――― 父 『うむ。あの子が連れてくる男なら信用できるだろう。早く家に連れてきてくれるといいのだが』


美春 (……いえ、外堀全埋めでしたね)

美春 (ですが、私はそんなに甘くありませんよ! あなたと姉さまの関係を全て認めたわけではありませんから!)

美春 (今日のような熱意を見せてくれなければ、絶対に結婚なんか認めませんからね!!)

おわり

………………幕間1 『カレエゴ』

真冬 「あら? カレエゴの一巻が本棚から消えているわね」

真冬 (昨日の掃除のときにどこかへやってしまったかしら)

フッ

真冬 「まぁ問題ないわね」

スッ……サッ……トッ

真冬 「うっかり一巻をもう一冊買ってしまってあるから何の問題もないわ!」

バーーーーン

真冬 「………………」

真冬 (……大ゴマで偉そうに言うことではないわね)

………………幕間2 『許すまじ』

花枝 「それにしてもお上品で感じの良いお嬢さんだったわね」

成幸 「美春さんのこと? あの人、桐須先生の妹だよ」

花枝 「真冬ちゃんの? あー、そういえばなんとなく感じが似ている気もするわね」

水希 「………………」 ブツブツブツ……

成幸 「……で、水希は隅っこで一体何をやってるんだ」

水希 「……許すまじ。兄に近づく、不貞の女郎。許すまじ……」

ブツブツブツ……

成幸 「………………」

成幸 「……さ、明日のあいつらの勉強の準備でもするかな~、っと」

葉月 「兄ちゃん、逃げたー」

和樹 「見なかったことにしたー」

おわり

>>1です。読んでくださった方ありがとうございました。
まだ本編中に拾えそうなエピソードがたくさんあると思います。
全部書き上げられるとは思えませんが、少なくともこのスレがエンプティを迎えるまでは投下したいと思います。
お付き合いいただけたら嬉しいです。

感想、乙等励みになります。いつもありがとうございます。
またageていたら読みに来てくださると嬉しいです。

また投下します。

>>1です。
書いていたら書き上がってしまったので投下します。
文学の森の眠り姫編ルート後です。


【ぼく勉】 水希 「新しいこれからをあなたと」

………………問.168後 某日 唯我家

文乃 「………………」

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

チクタクチクタク……

文乃 「あっ……な、成幸くん、帰ってくるの遅いね」

水希 「………………」

チラッ

水希 「……そうですね」

文乃 「あ……あはは……」

文乃 (きっ……きまずい……!)

文乃 (なんでこんなことに……?)

文乃 (今日、わたし……)

文乃 (わたし、誕生日なのにーーーーー!!!)

………………少し前

成幸 「誕生日おめでとう、文乃」

文乃 「えへへ、ありがとう、成幸くん」

成幸 「早速だけど、はい、プレゼント」

文乃 「わぁ! 本当に作ってきてくれたんだ!!」

文乃 「ねぇねぇ! 着てみていい?」

成幸 「ああ、もちろん」

成幸 「……でも良かったのか? 誕生日プレゼント、そんなので」

成幸 「俺の手作りのエプロンがいいなんて……」

文乃 「“そんなの” じゃないよ」

シュルシュル……スッ

文乃 「世界で一着だけの、わたしの彼氏さんが作ってくれたエプロンだよっ」

文乃 「えへへ、どうかな? 似合う?」 クルッ

成幸 「っ……」

文乃 「? どうかした、成幸くん?」

成幸 「い、いや……///」

成幸 (ま、まずい。せっかく文乃に着てもらうんだからと、これでもかと可愛く作ったから……)

成幸 「可愛すぎる……っ」

文乃 「へえっ……?///」

成幸 「あっ……」 (口に出してしまった……)

文乃 「……えへへ。嬉しいな」

成幸 「いや、こちらこそ、そんなに可愛く着てくれて嬉しいよ」

文乃 「もうっ、成幸くんったら……///」

成幸 「いや、ほんとに……///」

水希 「………………」

文乃 「えへへ……」

成幸 「はは……」

水希 「………………」

文乃 「……!?」 バッ 「み、水希ちゃん!? いたの!?」

水希 「……はい、こんにちは、古橋さん」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

水希 「もちろんいますよ。ここは私の家ですから」

文乃 「あ、それはそうだよね……」

成幸 「帰ってたのか。早かったな、水希。おかえり」

水希 「うん、ただいま、お兄ちゃん」

文乃 (あれ……? わたしにツンケンするのはいつものことだけど……)

文乃 (なんでだろう? 大好きなお兄ちゃんを相手にしても、なんか表情が暗い……?)

水希 「……お兄ちゃん」

成幸 「ん?」

水希 「ちょっとお遣い頼んでもいいかな。ちょっと今日は部活で疲れちゃったんだ」

成幸 「あ、ああ。俺は構わないけど……」 チラッ

文乃 「……わたしは大丈夫だよ。待ってるよ」

成幸 「ん。悪いな、文乃。水希、何を買ってきたらいいんだ?」

水希 「……うん。えっとね……」

………………現在

文乃 (……そして今、わたしは水希ちゃんとふたりきり、顔をつきあわせている)

水希 「………………」

文乃 (いつもなら……)


―――― 水希 『やっと兄と交際を始めて半年くらいでしょうか?』

―――― 水希 『まぁよく保った方だと思いますよ。兄の我慢あってのことでしょうけどね!』


文乃 (……って感じで直接ツンケンしてくるけど)

文乃 (今日はなんか、怒ってる……? というよりは、苦しそうというか、悲しそうというか……)

文乃 (……どうしたんだろう?)

水希 「………………」

文乃 (……よしっ)

グッ

文乃 (わたしはもう成幸くんの彼女さん! と、いうことは、水希ちゃんは妹同然!)

文乃 (なら、わたしが水希ちゃんのお悩みを解決してあげなくちゃ!!)

文乃 「あ、あのさ、水希ちゃん」

水希 「……なんでしょうか」

文乃 「どうかしたのかな? なんか表情が優れないけど……」

水希 「………………」

プイッ

水希 「……べつに何もありませんけど」

文乃 「いやぁ……」

文乃 「……嘘がヘタだなぁ。お兄ちゃんそっくりだね」

水希 「っ……」

水希 「……べつにあなたには関係ないでしょう」

文乃 「いやいやいや、関係ないわけないでしょ」

文乃 「わたしは成幸くんの彼女だよ! そして水希ちゃんは成幸くんの妹さん!」

文乃 「ってことは、水希ちゃんはわたしの妹みたいなものだからね!!」

水希 「古橋さん……」

文乃 (……ふふ。我ながらキマったね。良い姉できたね……――)

水希 「――……彼女になった程度でもう兄の妻気取りですか……?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (あーーーーー!!! 地雷だったーーーーーー!!!)

水希 「………………」

ハァ

水希 「……まぁ、あなたと兄がくだらない理由で別れるなんてことはないでしょうから」

水希 「あなたはいずれ、本当に私の姉になるんでしょうね」

文乃 「へ……?」

カァアアアア……

文乃 「あ、あはは……/// そ、そうなったらわたしは、うん……嬉しいけど……」

水希 「………………」

文乃 「……?」 (水希ちゃん、まだ暗いままだ……)

文乃 (うーん……)

文乃 「……お友達と喧嘩した?」

水希 「仲良しです。良い友達に恵まれました」

文乃 「お母さんか、葉月ちゃん和樹くんと何かあった?」

水希 「そんなわけがないでしょう」

文乃 (……うーん)

文乃 「水泳のタイムが伸びない、とか……?」

水希 「………………」

ハァ

水希 「しらみつぶしですね。違います」

水希 「……もう。お節介。本当に……」

文乃 「ん……ごめん」

水希 「……本当に、そういうところが、兄を惹きつけたんでしょうね」

水希 「そしてきっと、その兄に似ている、私やお母さん、葉月と和樹も……」

文乃 「……?」

水希 「………………」

文乃 「水希ちゃん……?」

水希 「……古橋さん、最初に謝っておきます。ごめんなさい」

文乃 「へ? へ?」

水希 「それから……」 スッ 「誕生日おめでとうございます」

文乃 「へっ……? へぇ!?」

文乃 「わ……わたしへの誕生日プレゼント!? 水希ちゃんが!?」

水希 「……私が? 私がプレゼントを用意したら何かおかしいですか?」

文乃 「う、ううん。すごく嬉しいよ! 嬉しい……」

文乃 「本当に……」 クスッ 「嬉しいんだよ、水希ちゃん。ありがとう」

水希 「……いえ」

文乃 「ねぇ、開けてもいい?」

水希 「っ……」

コクリ

水希 「……はい」

文乃 「なんだろうなぁ~♪」

ガサガサ……

文乃 「……ん? 包丁?」

文乃 「………………」

水希 「……あ、あの」

水希 「ちがうんです! その……私……」

水希 「包丁がそういうものだって知らなくて……」

水希 「常識知らずだって言われたらそれまでですけど、本当に……」

水希 「……知らなくて」

………………数日前

成幸 「………………」

ガガガガガガガガ……!!!!

水希 「……? お兄ちゃん、何作ってるの?」

成幸 「ん? 文乃への誕生日プレゼントだよ」

水希 「ん……そっか、古橋さん、そろそろ誕生日なんだ」

成幸 「何がほしいか聞いたら、俺手作りのエプロンがいいってさ」

成幸 「まぁ、水希のおかげで文乃も料理がどんどん上手くなってるからな」

成幸 「キッチンに立つのが楽しいみたいだ」

水希 「ふーん。そっか……」

成幸 「なんか、包丁も新しいのを買おうとか言ってたな。出刃包丁とか……」

成幸 「水希が使ってるのを見て欲しくなったとか言ってたぞ」

水希 「……ふーん。古橋さん、包丁がほしいんだ。出刃包丁かぁ」

………………

水希 (高校に入ってからバイトもしてるし、家計の分を引いても……)

水希 (……うん。古橋さんへのプレゼントのお金を出しても問題ない)

水希 (古橋さん、お料理上手くなってきたけど、まだ疎いから)

水希 (……えへへ。喜んでくれるかな)

水希 「すみません、この左利き用の包丁いただけますか?」

………………現在

水希 「……それで、その後、テレビで包丁はプレゼントしちゃダメだって知って」

水希 「“縁を切ることを表すから” って……」

水希 「私、いつも古橋さんにきつく当たってるから……」

水希 「包丁なんかプレゼントしたら、古橋さんを嫌な気持ちにさせちゃうかもしれないし……」

水希 「でも、せっかくバイト代で買ったものだから、相応しい人に使ってほしいし……」

水希 「それで、その……――」


文乃 「――――すっごーーーーーーーい!!!!!」 ガバッ


水希 「へ……?」

文乃 「すごいよ水希ちゃん!  これ私が欲しかった出刃包丁だね!? この包丁すごく高そうだけど大丈夫!?」

文乃 「えっ!? っていうかパッケージに左利き用って書いてある!? 包丁に利き手って関係あるの!?」

文乃 「たしかにハサミは左利き用じゃないと切りにくいけど、包丁は考えたことなかったよ!」

水希 「い、いや、あの……」 カァアアアア…… 「そんなに、まくし立てられても答えられないっていうか……」

水希 「ち、近い、です……///」

文乃 「あっ……ごめんごめん」

文乃 「つい興奮しちゃったよ。水希ちゃんからプレゼントがもらえるなんて思ってなかったから……」

文乃 「……すごく、嬉しくって」 ニコッ

水希 「っ……///」

水希 「……バイトしてますから、お金はお気になさらずに。大丈夫です」

水希 「あと、普通の包丁は、あんまり利き手は関係ないですけど……」

水希 「古橋さんが欲しがってた出刃は、片刃なので……」

水希 「左利き用じゃないと多分、切りにくいと思います」

文乃 「はぇ~、そうなんだ。危ない危ない。普通の買うとこだったよ……」

水希 「あと、古橋さんが包丁を欲しがっているのは、兄から聞いていたので……」

文乃 「そうなのかぁ。なんか、成幸くん経由でねだっちゃったみたいになっちゃったなぁ……」

文乃 「でも、本当にありがとう。すごく嬉しいよ、水希ちゃん。えへへ」

水希 「ん……どういたしまして、です」

文乃 「……っていうことは、ひょっとして、水希ちゃんが今日暗かったのは、」

文乃 「包丁のプレゼントはあまり縁起が良くないってことを知って、悩んでたから……?」

水希 「ん……」

水希 「……ごめんなさい」

文乃 「なんで謝るの? わたしはすごく嬉しいから何の問題もないよ」

水希 「でも……」

文乃 「………………」 クスッ 「……水希ちゃんは優しいね」

水希 「……?」

文乃 「包丁のプレゼントが縁起が悪くて、そのせいでわたしと成幸くんがどうにかなったら嫌だ、ってこと?」

文乃 「そうだね。たしかに、わたしと成幸くんに万が一何かがあって、それで水希ちゃんが気に病むのはわたしも嫌だなぁ」

文乃 「……ってことで、こうしましょう」 ゴソゴソ……

水希 「……?」 (お財布……?)

文乃 「おっ、よかったよかった。あった」

文乃 「水希ちゃん、包丁ありがとう。大切に使うね」 スッ 「その代わり、はい、この五円玉を差し上げます」

水希 「五円玉……? なんで……?」

文乃 「ふふふ、わたしはこれでも “文学の森の眠り姫” なんてあだ名で呼ばれていたこともあってね」

文乃 「おまじないやしきたりにも詳しかったりするんだよ」

文乃 「刃物をプレゼントされたら、五円玉を相手に渡すんだ」

文乃 「そうすると、縁起の悪い “切った” 御縁を結び直すことができるんだ」

文乃 「これでわたしたちは今まで以上に強固な関係で結ばれたよ!」

文乃 「だから、大丈夫。これで何も縁起が悪いことはなくなったよ。新しい縁を結んだからね」

文乃 「ありがとう、水希ちゃん。この包丁、大切に使わせてもらうね!」

水希 「……古橋さん」

水希 (この人は、ああ、本当に……)

水希 (すごい人だ)

水希 「……はいっ!! 古橋さん!」

………………

文乃 「……えっと、こう、かな」

ガッ……

文乃 「うぅ、また骨に引っかかった……」

水希 「お魚はもっと、こう……」

ググッ……ゴッ……

水希 「……です」

文乃 「む、難しいんだよ……」

文乃 「……でもせっかく水希ちゃんがプレゼントしてくれた包丁だし、がんばるね!」

ググ……ゴッ……

文乃 「……!? できたー!」

水希 「……やれやれ。頭を落としただけでそんなに喜んじゃって」

水希 「いつまでもメシマズのままじゃ、兄に愛想尽かされちゃいますよー?」 プークスクス

文乃 「最近はちゃんと口内出血しないもの作ってるもん!!!」

水希 「そんなの当たり前なんですよ!!!」

文乃 「……ま、まったく、水希ちゃんは本当に口が減らないんだから」

水希 「古橋さんこそ、いつまで兄の彼女面してるつもりですか」

文乃 「だから本当に彼女なんだってばー!」

水希 「………………」


―――― 『刃物をプレゼントされたら、五円玉を相手に渡すんだ』

―――― 『そうすると、縁起の悪い “切った” 御縁を結び直すことができるんだ』

―――― 『これでわたしたちは今まで以上に強固な関係で結ばれたよ!』

―――― 『だから、大丈夫。これで何も縁起が悪いことはなくなったよ。新しい縁を結んだからね』


水希 (“新しい縁” “今まで以上の関係” かぁ……)

水希 「そ、そうですか。彼女ですか。じゃあ、早く魚くらいさばけるようにならないとですね」

水希 「ふっ……」

カァアアアア……

水希 「……文乃、お姉ちゃん」

文乃 「!?」

………………

成幸 「ただいまー」 (……ふー。遠くのスーパーじゃないと買えないようなものばっかりだったから大変だったな)

ドタドタドタドタ!!!!

成幸 「ん……?」

文乃 「お帰り成幸くん!! ねぇ聞いて聞いて聞いて成幸くん聞いて!!!」

成幸 「のわっ!? いきなりどうした、文乃」

文乃 「あのね!!! 水希ちゃんがね!!! わたしのこと、お姉ちゃんって……!!!」

水希 「だああああああ!!! 何でお兄ちゃんに言うんですかバカー!!」

水希 「文乃お姉ちゃんのバカーーーー!!!」

文乃 「また言ったーー!! ねぇねぇすごくない!? すごいよね成幸くん!!」

水希 「もういいです!! これからもそう呼ぶって決めましたから恥ずかしくないです!!」

水希 「その代わり、私が姉と呼ぶんですから、兄と別れたりしたら承知しませんからね!!」

成幸 「あーー……」 (一体俺は何を見せられているんだろうか……)

成幸 (でも、まぁ……水希も文乃も嬉しそうだし、いいか……)

おわり

………………幕間 『それは』

文乃 「ん? ひょっとして今までわたしがお料理ベタだったのは、包丁が合っていなかったからなのでは?」

水希 「いえ、それは関係ないと思います」

成幸 「そういうレベルの料理ベタじゃなかったしな」

文乃 「冗談だよ!! そんな兄妹そろってバッサリ切ることないでしょーー!!」

おわり

>>1です。
今日が左利きの日だと知り、書きました。
読んでくださった方ありがとうございました。

また投下します。

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