【ミリマス】静香「月夜に交わす約束」 (20)
ミリシタメインコミュ67話以降のお話です。
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劇場の屋上で、空を見上げる二人。
今日は満月、それも十五夜、中秋の名月というやつだ。
この空に浮かぶ月こそ一年間で最も綺麗なのだが……運が悪かったか、今の時間は月に雲がかかってしまっているようだった。
雲はところどころ切れていたものの、朧月夜というには分厚く、綺麗な満月を期待していただけあって残念だ。
「月、よく見えませんね」
「帰ってくる途中までは見えてたのになぁ」
プロデューサーは買っておいた缶コーヒーを静香に手渡しながら嘆く。
暑かった夏もあれよあれよという間に過ぎ去り気がつけばもう10月、缶コーヒーを買うにしても自然とホットのほうに手が伸びてしまう時期だ。
カシュッ、という小気味良い音を響かせてブルタブを引くと、芳しいコーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。
熱い缶コーヒーは寒空の下でこそ最も高いポテンシャルを発揮するというのがプロデューサーの持論だった。
「オーディション、お疲れ様。悪くなかったよ」
「でも決して良いものでもありませんでした」
「……まあ、そうだな」
ポツリポツリと会話のキャッチボールは続いていく。
この参加者二名の小さなお月見は、落ち込んでいた静香の気晴らしになればと思い突発的に提案されたものだった。
今日のオーディションは普段よりも規模が大きく、業界ではトップアイドルへの登龍門の一つとも評される。
そこでの静香のパフォーマンスは、緊張からか自分の力を十全に出し尽くしたとはいえないもので、本人の悔しさは推して知るべしだ。
「──ってわけだよ。いつか、次のチャンスは巡ってくる。だからさ、」
「……その“いつか”は、私がアイドルを続けている間に、間に合ってくれますか?」
「静香……」
「お父さんだって、ああは言ってくれたけどいつまでも結果を出せないままなら……」
先日の公演の際、静香のアイドルを辞める約束は保留になった。
しかし、保留は保留だ。静香が危惧するようにまた、という可能性もある。
中学生までという時間的な縛りこそなくなったもののこの問題は根本的には解決していなかった。
結局、静香の父はアイドル活動については反対のままで、その事実は彼女を蝕み続ける。
曇り空を仰ぎながら静香は続ける。
「私、たまに思うんです。トップアイドルになれないなら死んじゃってもいいってかも、なんて」
「……」
「憧れをつかめずに延々と後悔し続けながら生きるなんて、私は、嫌なんです。」
……本当に死ぬほどの度胸は、きっと、ないですけど、と静香は付け加えた。
そう呟く彼女の表情はいったいどんなものなのだろうか。
プロデューサーの位置からではそれを窺い知ることはできなかったが、その弱々しい声色がすべてを物語っていた。
トップアイドルとは最上静香という14歳の少女にとってどのようなものだろう。
幼いころからの憧れ、将来の目標、何としてでもかなえたい夢。
『絶対にアイドルにならなくちゃ……』
『私には、時間がないんです!』
将来を語る静香はいつも怖いくらいに真剣だった。
そして同時にどこか苦しそうで、泣き出してしまいそうにも見えた。
しばらく二人の間に無言の時間が流れる。
車が行き来する音や遠くの方から聞こえてくるガタンゴトン、という電車の音。
普段は気にならないくらいの音がやけに煩く聞こえる。
街明かりがどこか寂しそうに見えるのは気分のせいなのだろうか。
いつの間にか缶コーヒーは冷めてしまっていた。
「安心しろ」
プロデューサーは逡巡の末、口を開く。
「俺がお前を死なせないよ」
絞り出されたその言葉は、彼女のプロデューサーたらんという彼の決意であり、誓いを表すものに他ならなかった。
他ならなかったのだが……
「……ふ、ふふっ」
しかし静香は耐えられないといった風に笑う。
そのまぶしいまでの笑顔は先ほどまでの重苦しい雰囲気が夢か何かだったのではないかと錯覚するほどだった。
「わ、笑うなよ!」
「ご、ごめんなさい、かっこつけすぎって思ったら面白くなっちゃって……」
「もう!ほら戻るぞ!」
ちょっとぐらいキザでも許される真面目な雰囲気だったじゃないか!と恥ずかしそうに屋上を去ろうとするプロデューサー、それを静香は待ってください、と慌てて制した。
「プロデューサー、ありがとうございます。正直、その、嬉しかったです……凄く」
「……おう」
「それと、さっきの言葉、本気なんですよね?」
「ああ、当たり前だ」
「そうですか、なら……」
静香はおもむろにプロデューサーへと近づき小指をたててみせた。
「約束、です」
「指切りってお前……」
「ヒーローみたいなことを言っちゃう、どこかの誰かさんに比べたら恥ずかしくないですよ」
子供っぽいんじゃないか、とさっきの仕返しに少しからかってやろうとしたプロデューサーだったが、どうやら今日の彼ではそれは叶わないようだった。
はあ、とため息をつくプロデューサーを静香は楽しそうな表情で見つめていた。
コホン。
お互いに向かい合う。
目を合わせる。
子指を絡める。
「俺は、静香を絶対にトップアイドルにする」
「私は、あなたを絶対にトップアイドルのプロデューサーにしてみせます」
「「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」」
いつの間にか雲は晴れ、空にはまんまるの月が輝いていた。
「この約束、絶対に忘れないで下さいね」
「静香もな」
月明かりに照らされるどこか安心したような静香の顔。
それはまるで憑き物でも落ちたかのように優しく、穏やかだった。
「むっ、なんですか、人の顔をジロジロと」
この笑顔を護れるのなら──
「いやなに、たまにはヒーローも悪くないなって思っただけ」
おまけ
「あ、プロデューサー、見てください!月が綺麗ですよ!」
「お?急に告白か?いや~プロデューサーとしては困っちゃうなぁ」
「え?……あっ、ち、違いますよ!もう、からかわないでくださいってば!」
終わりです
静香との頼りないとか言われつつも実はちゃんと信頼されているような関係が好き
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