ワガハイに代わり、大王にならんか?(13)


「……」


 力の入らぬ体をベッドから起こし、放った言葉。
 それは、ヤツを少しだけでもこの場に留めておくための、方便にすぎない。
 ワガハイが、本気でそんな事を思うなど、あるはずもない。


 ワガハイと奴は、宿敵同士なのだから。


「……」


 ヤツは、無言で赤い帽子をかぶり直し、バルコニーへと続く窓を開け放った。
 吹き込んだ夜風が、ワガハイの髪を乱した。
 左手はシーツを胸に抱いているので、右手で左の頬にかかった髪をのける。
 今の仕草は、オマエの目には、どう見えただろうか。



「イヤッフ――!!」



 ……ガハハ。
 それでは、拒絶の言葉か、ジャンプの掛け声かわからんではないか。
 開けた窓くらい閉めていけ、このバカモノが。
 ヒトの体に、この風は冷たすぎるのだ。

  ・  ・  ・

「……」


 踏まれようと、物を投げつけられようと、投げ飛ばされようと、マグマに落ちようと。
 ワガハイは、何度でも立ち上がり、ヤツの前に立ちはだかった。


 だが、こんな痛みは、はじめてなのだ。


「ぐっ、ううっ……!」


 胸の奥、体の中心が、痛くてたまらぬ。
 ヤツめ、ワガハイに、何をしたというのか。
 体の内側に攻撃するなど、ヒキョウではないか。
 これでは、例えカメの体だったとしても、甲羅の中に入る意味がない。


「っ……!」


 ベッドの中で、丸くなる。
 手足がシーツに擦れるのを心地いいと感じるのが、今は腹立たしかった。


 こんな無様に苦しむ姿は、皆に見せられない。
 だから、こうして働かずに休んでいるのは、大王として当然の義務なのだ。


「……」


 右手で胸を抑えながら、左手を伸ばす。
 伸ばした先にあるのは、ワガハイの頭の上に載った、小さな王冠。
 頭の良いワガハイは、とっくにわかっているのだ。


 こんな物を被っているから、辛いのだ。


 クールでカッコイイ姿なら、こんな思いはせずに済むのだ。


「……」


 ……そう、わかってはいる。
 わかってはいるが、ワガハイの左手は、右手の上に添えられ、耐えることを選んだ。
 ガハハ、さすがはワガハイの体だ!
 逃げるのを良しとしない、ガッツに溢れているではないか!


「っ……!」


 ああ……それにしても、痛い。
 それもこれも、全てヤツのせいなのだ。


「ハ……ハハハ……」


 なんとも小癪な真似をしてくれるものだ。
 離れているのに、こんなにワガハイを痛めつけるとは。
 この恨み、絶対に晴らしてくれる。
 ボッコンボッコンの、ギッタンギッタンにしてやるぞ!


「……ハハハハハッ!」


 だから、早く来い。
 臆病者め、ワガハイは待っているぞ。
 ワガハイをどれだけ待たせるつもりなのだ。


 ――ああ、痛い。


「ガハハハハハッ!」


 あまりの痛みに、笑いが止まらん。
 どれだけ魔法を使っても、痛みは収まるどころか、どんどん強くなる。


 だから、早く来て、この痛みを止めてくれ。
 痛くて、苦しくて、おかしくなってしまいそうなのだ。


「っ……!」


 もう、耐えられぬ。
 ワガハイ自ら、やつの元へ赴くとしよう。


「ガハハ、待っていろよ!」


 ベッドから勢いよく起き上がり、シーツを跳ね除ける。
 シーツの中に残っていた、昨夜の戦いの残り香がした。
 何とも言えないオスとメスの匂いをかき分け立ち上がると、
石タイルの硬さが足の裏を刺激してきた。


「……ふむ」


 こんなものを意識するとは、ヒトの体とはなんと弱っちい。
 今のワガハイは、弱っちすぎるのだ。
 これでは、ヤツの宿敵とは言えぬ。
 ヤツの前に立つ資格など、有りはしな――


「――違う!!」


 違う、違う、違う、違う! 違う!!


「ワガハイは、強い!!」


 例え、どんな姿であろうと、ワガハイは強いのだ!


「っ……!」


 それを証明するため、駆け出した。
 ゴツゴツとした感触を足の裏に感じるが、平気なのだ。
 大きな窓だろうと、そら、簡単に開けてしまえるぞ。


 ワガハイは、大王。
 このバルコニーから見下ろす、全てがワガハイの物だ。


「すぅっ――……」


 大きく息を吸い込み、


「――――!!」


 炎を吐いた。


「――――!!」


 その炎は、今まで見たことの無い程の強さだった。
 勢いの強さに、ワガハイ、自分でもビックリなのだ。
 炎を吐くのは得意だったが、この体だと、もっと得意になるのだろうか。
 ……うむむ、わからん。


「――――!!」


 今までならば、とうに息切れしている。
 それなのに、炎の勢いは増すばかり。
 だが、これならばヤツを簡単に焼き尽くせるな!
 しかし、さっきから――


 ――何が、ジュウジュウいっているのだ?


「――――!!」


 視界も、さっきからずっとボヤけっぱなしなのだ。


 まるで、水の中に居るように。


「――――!!」


 面白い。
 ならば、その水が止まるまで、炎を吐き続けてやる。
 枯れ果てた時が、ヤツの最期なのだ。



「――イッツ、ア、ミー」



 来たな……ようやく現れおったな!


「マー……うんっ!?」


 バルコニーの端に、いつの間にか立っていたヤツに駆け出し、襲いかかった。
 ふふん! ワガハイに、奇襲は通じないぞ!
 逆に、登場の台詞を言おうとする口を塞いでやったわ! ガハハハハッ!


「……思い知らせてくれる」


 ワガハイが、どれだけ苦しい思いをしていたのかを。
 燃え盛る炎で、内側から焼き尽くしてやるのだ。


「はぁ……ん……んむっん……っ!」


 吐く息が、熱い。
 消えていく胸の痛みと反対に、どんどん熱くなっている気がするのだ。
 なのに、オマエはどうしてまだ生きている。
 ワガハイは、全身が火のように熱く、燃え盛っているかのようなのに。


「ん……はぁっ」


 ええい、これでは息が続かぬ!
 だが、絶対に逃さないのだ!


「んっ!」


 一旦体勢を立て直し、また攻撃だ!
 今度は、さっきよりも強く、激しく、征服するように。
 逃げられないよう、離れられないよう、両手を添えて。
 目をつぶっていても、オマエの動揺なんぞお見通しだ! ガハハッ!


「っ……!」


 うぬぬ! やり返してくるとは……さすがだな!

  ・  ・  ・

「ん……ぷぁっ……」


 どれだけの時間、こうしていたのだろうか。
 胸の痛みは消えたが、頭の中がとろけてしまった。
 これでは、作戦が全然立てられない。
 ……それに、


「オウッ!」


 このキノコで、ワガハイをどうするつもりだ?
 右の掌で、オーバーオールの下のスーパーなモノをさすった。
 ガハハッ! いきなりとは言え、それだけで間抜けな声を出すとはな!


「……ジュニアが欲しい」


 そんな間抜け面を真っ直ぐ見て、言ってやった。


「……マンマ・ミーア」


 ガハハハッ! オマエのそんな表情は、初めて見たぞ!
 ワガハイの今の表情? カッコイイに決まってる!


「……」


 何だ。
 どうして、何も言わないのだ。
 おい、何か言え。


 …………駄目なのか?


「う――わっ……!?」


 フワリと、体が浮き上がった。
 突然のことに戸惑ったが、すぐに、抱えられているとわかった。


「ヒア・ウィ・ゴー」


 本当に、憎たらしい男だ。
 だが、それでこそ、我が宿命の相手に相応しい。


 尻尾が石のタイルを叩く音だけが、バルコニーに残った。


 お姫様だっこというのも、案外悪くないのだ。

おわり

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