勇者「最期だけは綺麗だな」(780)
【#1】相容れぬ
勇者「あぁ~、今日も殺ったな。おい、ちょっと休むぞ」
僧侶「……」
勇者「ぼけっとしてんな。休める内に休んどけ」
僧侶「……何であんなことをしたんですか?」
勇者「はぁ? あんなことってなに? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」
僧侶「っ、何で村人まで殺したんですか!」
勇者「何かと思えば、そんなことか。相変わらずバカだな、お前」
僧侶「馬鹿は貴方です! 村人は洞窟の魔物を退治して欲しいとーー」
勇者「そうだな。女子供を攫って喰っちまう化け物を皆殺しにしろって頼まれたな」
僧侶「皆殺しって……」
勇者「だってそうだろ? 懲らしめたり追っ払うわけじゃない。殺してくれと懇願されたんだからな」
僧侶「それは、そうですけど……」
勇者「だからだよ。だから殺した」
僧侶「意味が分かりません! それが村人を殺したことと何の関係があるんですか!?」
勇者「大ありだバカ。お前もあの村を見ただろう。あの村の奴等を見ただろうが」
勇者「どいつもこいつも腑抜けた面をして、自分達で戦おうともしない腰抜け共だ」
勇者「ふらりと立ち寄った俺達に縋り付いて、女子供の仇を取ってくれ? 笑わせんな」
僧侶「彼らには戦う力がないからです! 皆が貴方のような力を持っているわけではありません!」
勇者「そんなもんなくても戦えるだろうが」
僧侶「それは力ある者の言葉です!」
勇者「ギャアギャアうるせえんだよ!!」
僧侶「っ!!」ビクッ
勇者「これまで何もしてこなかった奴等が、これまで何も守ろうとしなかった奴等が……」
勇者「大の大人が、男が、雁首揃えて泣き喚きやがってだらしねえ」
僧侶「……」
勇者「おい」
僧侶「……何ですか」
勇者「俺達があの村に行くまで、奴等は化け物に怯えるばかりで女子供を守ろうとすらしなかった」
僧侶「何で、そう言い切れるんですか……」
勇者「男や年寄りはいたが、若い女や子供達は殆ど残っちゃいなかった」
勇者「きっと慣れていたのさ、あの状況に。当たり前になってたんだよ、差し出すことがな」
僧侶「そんなこと有り得ませんっ! 我々も戦っているって言っていたじゃないですか!」
勇者「あんなの嘘に決まってんだろうが、それを聞いてた女子供の顔を見たか?」
僧侶「……いえ」
勇者「娘達は、その言葉を聞いた時、何もかもを諦めた顔をしていたよ」
僧侶「えっ?」
勇者「村の連中に失望して、自分達の置かれた状況に絶望してたんだ」
勇者「裾で隠してはいたが、腕や脚には痣があった。縄か何かで縛り付けられた跡だ」
勇者「村の連中は、女子供が逃げ出さないように暴力で抑え付けてたのさ」
僧侶「そ、そんなはずはーーー」
勇者「命を張って守ってくれるような奴が傍にいるなら、普通は安心するはずだ」
勇者「だが、娘達は終始怯えきってた。守ってくれる奴が傍にいるのに、妙だとは思わないか?」
僧侶「何度も何度も村が襲撃されていたんですよ? 怯えて当然です」
勇者「にしても怯え過ぎだ。男共に触れられた時なんて飛び跳ねるほど驚いてただろ?」
僧侶「(……あの時は魔物の話を聞いていたから気には留めなかったけど、彼女たちの反応は確かにおかしかった)」
勇者「あれは化け物に怯えてたわけじゃない。あの娘達は村の連中に怯えてたんだ」
僧侶「でも、それは憶測じゃないですか。貴方は憶測で罪も無い人をーーー」
勇者「奴等を斬った時、ようやく安心しんたんだよ。化け物を皆殺しにしたって言った時はまだ怯えていた」
僧侶「え?」
勇者「俺が村長やら男共を斬り殺した時、あの娘達は安心してた」
勇者「化け物は皆殺しにしたって言った時よりも、ずっとずっと安心していたよ……」
僧侶「……」
勇者「お前さ、さっきは力を持たないから戦えないだとか抜かしてたよな?」
勇者「自分達が生き残るためには女子供に平気で暴力を振るうクセに、化け物と戦う力はないってわけ?」
僧侶「それは……」
勇者「それは? なに?」
僧侶「わ、私はただ、救いを求める人を殺すのは間違っていると言っているんです」
勇者「ハハハッ! 笑わせんなバ~カ」
僧侶「……ッ」ギュッ
勇者「何が救いだ、反吐が出る」
勇者「救えたはずの命を見殺しにして、自分より力の弱い女子供を差し出してきた奴等に救い?」
勇者「あんな奴等に救いなんてあるわけねえだろうが。もしあれが人間だって言うなら尚更な」
僧侶「……私達が倒すべき敵は魔物です。人々を救うのが私達の役目です」
僧侶「守るべき者、救うべき人々を手に掛けるのは間違っています」
勇者「お望み通り救ってやったじゃねえか」
勇者「人の姿をした邪悪で醜悪な化け物の群れから、か弱い娘達をな」
僧侶「……」
勇者「俺が殺すのは化け物だけだ」
僧侶「っ、それが勇者たる人間の言葉ですか?」
僧侶「それが人々を救うべく神に選ばれた者の、希望を託された者のすることですか?」
勇者「知ったことかよ」
勇者「少なくとも、村に繋がれてた娘達にとっての希望にはなれたんじゃねえか?」
勇者「すぐに村から出るように言ったし、どっかの町に向かってるとこだろ。自由を求めてな」
僧侶「簡単に言いますけど、途中で魔物に襲われたらどうするつもりですか?」
勇者「金はくれてやったし、お前の持ってた魔除けの水……聖水だっけ? あれも全部くれてやったから大丈夫だろ」
僧侶「そうですか、それなら大丈夫ですね……全部!?」
勇者「何、文句あるのか?」
僧侶「眠る時はどうするんですか! あれがあるから今までは安心して眠れたのに……」
勇者「へ~、救うべき人々よりもご自分の安眠の方が大事なわけだ?」
僧侶「うっ…」
勇者「あれだけ御立派なこと言ってた僧侶様がそんなこと言うとは思わなかったよ」
僧侶「べ、別に自分の方が大事だとか言ってないです!全部あげたことに驚いただけで……」
勇者「あ、そう。まあいいさ。そういうことにしといてやるよ」
僧侶「(本当に嫌な人。何でこんな人が勇者なんだろう。神様は何でこんな人を……)」
勇者「大体、お前が魔除けなんてものに頼るから悪いんだよ。なまっちょろい」
僧侶「は?」
勇者「覚悟が足りねえって言ってるんだ。寝る間も惜しんで化け物を殺すのが俺達の役目だ」
勇者「眠らずに斬りまくれば、今までの倍……いや、それ以上の化け物を殺せる」
僧侶「それ、本気で言ってます?」
勇者「当たり前だろうが、バカかお前」
僧侶「(すぐ馬鹿って言うし、口悪いし)」
勇者「そのくらい本気でやらねえと、あの村にいた化け物が増えちまう」
僧侶「え?」
勇者「化け物は化け物を生むってことだよ。死ぬのを覚悟で戦う奴なんてのは、ほんの一握りだ」
勇者「大半は誰かにやってもらおうとする。一国の王でさえそうなんだ」
勇者「人は人に縋る。勝手に救いを求めてな。それが無理だと分かったら何をするか分からない」
勇者「あの村の連中みたいに、人間でいるための歯止めが利かなくなる。何でもやる」
僧侶「……追い詰められた人間は、人間に害をなす。そう言いたいのですか?」
勇者「そう言ってんだろうが、バカかお前」
僧侶「(いつもこれだ。ことある毎に馬鹿馬鹿って!)」ムカッ
勇者「人間、ああなったらお終いだ。お前の治癒術法じゃあ治せない。心までは癒せないからな」
勇者「覚えとけ。あいつ等みたいに何でもする人間って奴は、化け物と変わりないんだ……」
僧侶「……」
勇者「いいか、人間をか弱い生き物だなんて思うな。それから、もう一つ」
僧侶「何ですか?」
勇者「自分が狂ってることに気付いていない人間の方が、化け物なんかより厄介だ」
勇者「後、自分を信じてる奴、真っ当だと思ってる奴を信じるな。そういう輩は総じて質が悪い」
僧侶「貴方みたいに?」
勇者「俺、信じろなんて言ったっけ? お前さ、俺をお友達や何かだと思ってたわけ? バカ?」
僧侶「~~~!!」カァァ
勇者「お前はいつまで経っても現れない神様でも信じてりゃあいいんだよ。今まで通りにな」
僧侶「あ、貴方は何で、そういう嫌味ばかりを言うんですか!!」
勇者「嫌味じゃなくて真実だろ?」
勇者「化け物も、化け物共が崇める竜も、神様が現れてぱぱっと殺してくれれば解決するんだからな」
僧侶「違います。これは神が与えた試練なんです。人間の手で解決しなければ意味がありません」
勇者「あ、そうなんだ。それが本当だとしたら、神様ってのは随分と嫌な奴なんですね」ニコリ
僧侶「私は貴方のような人の方が嫌いです」
勇者「俺もだよ。よし、これで話はまとまったな。それじゃあ行くか」
僧侶「行くって、何処にですか?」
勇者「いちいち聞くなよ鬱陶しい。お前は付いてくれば良いんだよ」
僧侶「っ、はい。分かりました……」
勇者「お前が下らない質問するから予定が狂った。ほら、急げ。さっさと行くぞ」スタスタ
僧侶「(はぁ、どんどん先に行っちゃうし、気配りとかないし、私のことなんて考えてないんだろうな)」
勇者「………」スタスタ
僧侶「(あんな人とこれからも旅を続けていたら、おかしくなりそうな気がする)」
僧侶「(大丈夫かな、私……)」トボトボ
ガサッ!
僧侶「(っ、魔物!? 何で!? そうだ、聖水はもうないんだ。ダメ、間に合わーーー)」
ブシュッ…
僧侶「……?」
僧侶「(と、止まった? 喉奥から鋭利な舌が伸びて……舌? 違う。これは、剣?)」
ズルリ ドチャッ
勇者「……おい」
僧侶「!?」ビクッ
勇者「さっき言ったことを忘れたのか? やっぱりバカだな、お前」ジャキッ
僧侶「(魔物を背後から突き刺した?)」
僧侶「(あんなに離れてたのにどうやって……っていうか、また馬鹿って言った)」
勇者「もう魔除けはないって言っただろ。ここからはこれが当たり前になる。気を抜くな」
僧侶「は、はい」
勇者「次は殺せ。治癒以外にも術法使えるんだろ? 生きたいなら、いつでも殺せる準備しとけ」
僧侶「分かり、ました」
勇者「まさかお前、まだ躊躇ってんの? 救うとか大層なこと言ってたクセに?」
勇者「聞いてんのかよ、おい」
僧侶「……」
勇者「チッ」ゲシッ
僧侶「痛っ、何で蹴るんですか!」
勇者「お前、綺麗なままでいようなんて思ってんじゃねえだろうな?」
僧侶「そ、そんなことーーー」
勇者「だったら戦え。誰も助けちゃくれないんだ」
勇者「本気で誰かを救いたいと思うなら、血塗れになってでも救え。その手を汚さなけりゃ、誰も救えねえぞ」
僧侶「……はい」
勇者「あ? 何言ってんのか聞こえねえよバカ」
僧侶「戦います!!」グスッ
勇者「あ、そう。一生懸命頑張ってね」スタスタ
僧侶「……」ムクッ
トコトコ
僧侶「……」グスッ
僧侶「(情けない。蹴られて、馬鹿にされて、見下されて……助けられるなんて……)」グシグシ
僧侶「(悔しい。だけど、私には足りない。口先ばかりで戦う覚悟もない)」
僧侶「(あの人はあんなだけど、言うだけのことはやっている。やっているから言えるんだ)」ズビッ
勇者「うるせえな、いつまでも泣いてんじゃねえよ。ガキかお前は」
僧侶「(私はーーー)」
勇者「ハハハッ! すぐ顔に出るんだな。分かりやすい女」
僧侶「(私は、この人が大っ嫌いだ)」
【#2】化けの皮
僧侶「はぁっ、はぁっ」ガクンッ
勇者「遅えんだよバカ。さっさと付いて来い。この森を抜ければ目的地だ」
僧侶「(そんなこと言われたって山歩きなんてしたことない。何であんなに早く歩けるの?)」
僧侶「(枝に足は取られるし、ぬかるんでいるところもあるし、枝葉は邪魔だし、歩きにくいったらない)」
勇者「何睨んでんだよ、こうなった原因はお前だろうが」
僧侶「はぁっ、はぁっ」
勇者「救うだの何だの大口叩いてた割に根性ねえな。ほら、どうした? 頑張れよ。神様に笑われちまうぜ?」
僧侶「(うるさい)」
勇者「まだ睨む気力があるなら付いて来い。この程度でへばってんじゃねえよ」
僧侶「(……言われなくたって付いて行きますよ。もう、馬鹿にされるのは沢山だ)」ガサッ
勇者「それでいい、喋らず歩け。僧侶、お前は黙っていれば二割増しくらいで可愛く見えるよ」ニコリ
僧侶「(出会った頃にこんな人間だと知っていたなら、本質を見抜けていたなら……)」
ーーー
ーー
ー
勇者『初めまして』ニコリ
僧侶『え? あ、はい。初めまして……』
司教『驚かせてしまったかな?』
僧侶『あの、司教様。失礼は承知ですが、本当にこの方が勇者様なのですか?』
司教『そう。彼こそが勇者だ』
勇者『僧侶さん』
僧侶『な、何ですか?』
勇者『私は神に仕え、世に蔓延る魔を討ち、人々を混迷の世から助けたいと、そう思っています』
僧侶『(……しっかりした人だ。紳士的だし、優しそうだし……本当に、この人が勇者様なんだ)』
勇者『どうしました?』
僧侶『い、いえ。その志に胸を打たれてしまって……恥ずかしながら、言葉が出てきませんでした』
勇者『志だなんて、そんなものでは……私はただ、自分の成すべきことを成すだけです』
僧侶『怖ろしくは、ないのですか?』
勇者『僧侶さん、魔を怖れてはなりませんよ』
勇者『神に仕える私達こそが正義なのです。ですから、私達は決して怖れてはならないのです』
僧侶『(凄い信仰心だ。見習わないと)』
僧侶『(私と同い年か、ちょっと上くらいかな? 今までに見たことのない、力強い目をしている)』
僧侶『(何があっても付いて行こう。この人の役に立ちたい。この人なら、きっと……)』
司教『まだお若いというのに素晴らしい信仰心。大司教様より聞き及んでいましたが、感服致しました』
勇者『いえ、そんな。私などまだまだです』
勇者『私のような若輩者、未熟者に協力して下さりありがとう御座います』
勇者『こうして直々に会えたことも身に余る光栄であります。本当に、何と言ったらいいのか……』
司教『いいのですよ。さあ、頭を上げなさい』
司教『貴方は武勇に優れた人格者であり、敬虔な信者でもある。正に模範と言える人物です』
勇者『しかし司教様。まだ若すぎると、使命を理解していないと、そう口にする方々もいます』
司教『実に嘆かわしいことです』カツン
司教『人を判断するに年齢は関係ありません。年齢や外見ではなく、その者の本質を見極めなければならない』
司教『貴方の本質を見たからこそ、国王陛下もお認めになられたのです。教皇猊下を始めとした大司教様といった方々までも』
勇者『……有難きお言葉』
司教『その旨は世界各地の教会に伝えてあります。国王陛下も各地に支援団体を作るとのこと』
司教『それでも充分とは言えないでしょうが、旅の援助になることを切に願っていますよ』ニコリ
勇者『そ、そんなっ! 何も、そこまでせずとも私はーーー』
司教『貴方は我々の希望。神の子。子のために何かしようとするのは当たり前のことでしょう』
勇者『司教様、私の素性を知っているでしょう? 私は穢れた身。決して神の子などでは……』
司教『おやめなさい』
ギュッ
勇者『司教様、私は……』
司教『貴方は穢れてなどいませんよ。清らかな心と高潔な精神を兼ね備えている。立派な人間です』
司教『だからこそ、皆が認めたのです。これからは、今の自分を誇りなさい』
勇者『司教様……』ギュッ
司教『……落ち着きましたか?』
勇者『っ、はい』
勇者『取り乱してしまって申し訳ありません。僧侶さんにも、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね』グシグシ
僧侶『いえっ、そんなことは』オロオロ
僧侶『(あんなに泣いて……穢れた身ってどういうことだろう?)』
勇者『自分が情けない。これから旅に出るというのに、涙を流すなど……』
司教『よいのです。神の前で隠し事をすることはありませんよ』
司教『人とは、常に何かを抱えているものなのですから……では、僧侶よ』
僧侶『はい』
司教『貴方はこれより、勇者と共に旅に出ることになります』
僧侶『はい、承知しております』
司教『貴方は若くして術法の素養を開花させた。貴方ならば、きっと勇者を支えられるでしょう』
司教『傷を負えば癒し、時に寄り添い、共に魔を討ち、混迷の世に光を』スッ
僧侶『勇者様と共に』スッ
司教『よろしい』
司教『では、勇者、僧侶。神の前で手を取り、互いに誓いなさい』
勇者『分かりました。僧侶さん、手を』スッ
僧侶『はい……』スッ
ギュッ…
司教『では、勇者。誓いを』
勇者『はい。私は先代から力を継いだ時より、人に尽くし、人に生きると誓いました』
僧侶『(……わあ、綺麗だなぁ。こんな人、いるんだ)』
勇者『そして、如何なる時でも己を見失わず、如何になる困難にも立ち向かうことを、ここに誓います』
司教『よろしい。では、僧侶』
僧侶『は、はいっ。私は如何なることがあろうと神に仕え、貴方と共にあることを誓います』
僧侶『貴方と共に、世に蔓延る魔から人々を救い、彼の者を打ち倒すことを、ここに誓います』
ーーー
ーー
ー
僧侶「(旅をしてすぐに、あの時に語った全てが嘘だと分かった)」
僧侶「(あれは教会から援助を受けるための嘘。あの人は神を、信仰を利用していたに過ぎなかった)」
勇者「おい、止まれ」
僧侶「(一緒になんていたくない。でも、私は神の前で誓った。誓ってしまった。誓いは破れない)」
僧侶「(あの人が本当はどんな人間かを告げたところで、誰も信じてはくれないだろう)」
僧侶「(あの人は、演じるのが巧い)」
僧侶「(一度は私も目を奪われた。美しい顔立ち、佇まい、所作。全ては計算された仕草だったんだ)」
勇者「止まれって言ってんだよ。聞いてんのか?」ガシッ
グイッ
僧侶「痛っ…何をするんですか!」
勇者「君のお陰で今日は野宿に決定しました。何か言うことはありますか?」
僧侶「離して下さい」
勇者「ごめんなさいは?」ニコリ
僧侶「っ、ごめん、なさい……」
勇者「よし。じゃあ、俺は薪を探してくる。お前は黙って此処にいろ。下手に動くなよ」ザッ
僧侶「(あんな人、勇者だなんて認めない。神の子でもない。人心を惑わす悪魔だ)」
勇者「あぁ、忘れてた。ここは開けた場所だから化け物と戦いやすい。これを辺りに刺しとけ」スルッ
ドサドサッ ガチャンッ
僧侶「こ、これを、全部?」
勇者「お前さ、いちいち言わなくちゃ分かんないわけ? 察しろよバカ」
僧侶「(もう反応しない。ここで言い返したら負けなんだから。我慢しろ、私)」
勇者「出来るだけ広範囲に刺せ」
勇者「間隔は近すぎず遠すぎずだ。生き延びたかったら真面目にやれ」
僧侶「分かりました」
勇者「戻るまでに済ませとけ。というか、少しは役に立って下さい」
僧侶「っ、はい」ムカッ
勇者「頼んだよ、僧侶さん」ニコリ
スタスタ
僧侶「……よし、早く終わらせよう。んっしょ。うわあっ!」ガクンッ
ドタッ…
僧侶「(何これ、凄く重たい。あの人、こんなものを背負いながら森を歩いていたの?)」
僧侶「(ダメだ。背負いながらだと、とてもじゃないけど動けない。二、三本抜いて、少しずつ刺していこう)」
サクッ サクッ サクッ
僧侶「(あ、そうだった。もう聖水はないし、これからは自分の身も守らないと。眠る時には結界を張ろう)」
僧侶「(朝までなら保つとは思うけど、強度はどうだろう? 後で試してみないと……)」
サクッ サクッ サクッ
僧侶「(これ、地味に疲れる。あと何本あるんだろう。帰ってくるまでに終わらせなきゃ)」
勇者『少しは役に立って下さい』
僧侶「(腹立つ。でも、ちゃんとやらないと……近すぎず、遠すぎず、このくらいかな?)」
僧侶「(前に複数の魔物と戦った時は走ってたし跳んでた……もう少し、遠い方が良いかな……)」
【#3】化け物は善悪を語るか
勇者「終わったみたいだな。飯にするぞ」
僧侶「……はい」
ーーー
ーー
ー
パチパチッ…
勇者「何してんだ、食えよ。中々美味いぞ」
僧侶「今は無理です。兎を捌くところを見ていたら食欲が失せました」
勇者「肉を食ったことくらいあるだろ?」モグモグ
僧侶「それは、ありますけど……」
勇者「普段見てないってだけで、こうやって食ってんだよ。腹に入れば同じだろうが」
僧侶「野蛮人め……」ボソッ
勇者「あ?」
僧侶「何でもないです」
勇者「ほら、食え。沢山食って血を作らねえとぶっ倒れちまうぞ」
僧侶「嫌です」プイッ
勇者「あ、そう」スッ
もにゅん
僧侶「何するんで……ングッ!?」
勇者「食えって言ったら、食え」
僧侶「ング…ぷはっ……はぁっ、はぁっ」
勇者「どうだ、美味いだろ?」ニコリ
バチンッ!
勇者「……痛えな、何すんだよ」
僧侶「貴方は最低です。無理矢理あんなことするなんて……」
勇者「急におっぱい触ったことは謝る。おっぱい触ってゴメン。意外とおっぱいデカいんだな」
僧侶「そっちじゃないです! おっぱいおっぱい言うな!!」
勇者「おっぱいじゃなかったら何だよ」
僧侶「無理矢理に食べさせたでしょう!?」
僧侶「貴方は何であんなことが出来るんですか!? 私は食べたくないって言ったのに!!」
勇者「うるせえな。優しさだよ」
僧侶「貴方の優しさは歪んでます!」
勇者「食わなきゃ死ぬぞ? 今日はきちんと食って、ゆっくり休め」
僧侶「………は?」
僧侶「(きちんと食って、ゆっくり休め? この人がそんなこと言うわけない。きっと幻聴だ)」
勇者「魔除けの水はない。化け物が出る。俺は朝まで戦う。お前は使えないから寝てろ。そう言ってんだよ」
僧侶「一人でなんて無茶です!」
勇者「お前みてえな奴がいると邪魔なんだよ。戦う覚悟もない奴に足を引っ張られるのは御免だ」
勇者「お前となんて一緒に死にたくねえし、死ぬなら戦って死ぬ。臆病者は引っ込んでろ」
僧侶「ッ!!」ギリッ
勇者「お前、聖術とかいう便利なもんを使えるんだろ? 司教から優秀だって聞いた」
僧侶「……少しは、得意です」
勇者「あ、そう。結界とか張れるのか?」
僧侶「張れますけど、戦闘中は難しいです」
僧侶「今のように止まっているなら簡単ですけど、動き回る人に結界を張るのはーーー」
勇者「誰が俺に結界を張れって言ったんだよ」
僧侶「え?」
勇者「お前が、お前に結界を張るんだよ。そのまま朝までじっとしてろ。絶対に出て来んなよ」
僧侶「でもっ、怪我をしたりしたらどうするんですか?」
勇者「その時はその時だ。万が一にも俺が死んだら、お前に勇者の力をくれてやる」
僧侶「何で……」ポツリ
勇者「あ?」
僧侶「何でそこまで命を軽んじることが出来るんですか!? 自分の生き死になんですよ!?」
僧侶「村人を殺した時だってそうです!!」
僧侶「はっきり言って貴方は異常です! 命の尊さをまるで分かっていません!!」
勇者「ギャアギャアうるせえな!! んなことは分かってーーー」
僧侶「分かってない!! 簡単に戦うだとか死ぬだとか言わないで下さい!!」
僧侶「貴方は分かってない……」
僧侶「どんな人にだって家族がいて、友達がいて、助け合って、愛し合って生きているんです」
僧侶「貴方は、あの村でそれを簡単に断ち切った。迷いなく斬り捨てた」
僧侶「許されない罪を犯した人間にだって、そこから救う道はあるはずです」
勇者「何それ? ただの理想論じゃねえか。何もしなかった奴には言われたくねえな」
僧侶「っ、だからといって殺さなくてもいいでしょう!?」
勇者「じゃあ何か? 化け物は問答無用で殺して良くて、化け物みたいな人間は救えってか?」
勇者「化け物にも家族や友達がいるだろうよ。嫁や子供、恋人だっているだろうよ。違うか? なあ?」
僧侶「そんなことーーー」
勇者「分からないか。分からないから理解しないのか。理解しようとすらせずに殺すわけだ」
僧侶「っ、貴方は理解しているんですか!?」
勇者「してないし、する気もねえな」
勇者「俺は化け物を殺すだけだ。人間のような化け物も、化け物のような化け物も同様に殺す」
勇者「人間を殺した人間は救われて、人間を殺した化け物は殺される。これじゃあ道理が通らねえだろう」
勇者「どちらも罪を負った生き物だ。家族がいようが友人がいようが、誰かと愛し合っていようがな」
僧侶「化け物は貴方です」
勇者「あ? 今、何て言ったお前?」
僧侶「っ、化け物は貴方だと言ったんです!!」
僧侶「自分勝手な正義を振りかざして人を裁く。そんなものは正義ではありません!!」
勇者「口先だけは立派だな」
僧侶「何と言われようと構いません」
僧侶「貴方には、人として備わっているべき道徳や倫理がない。暴れ狂う獣と同じです」
勇者「……そうかい、分かったよ。向こう行ってろ」
僧侶「え?」
勇者「お前と話してると疲れる」
勇者「もう話すことはねえだろ? お前の気持ちは痛い程に分かったよ」
勇者「だから、もう寝ろ。眠れるかどうか分かんねえけどさ。向こうに行ってじっとしてろ」
僧侶「……あの」
勇者「なに?」
僧侶「……さっきは言い過ぎました。化け物だなんて言って、ごめんなさい」
勇者「謝るくらいなら最初から言うなバカ」
勇者「それよりほら、化け物からの贈り物だ。お前が持っとけ」ポイッ
僧侶「……これは、聖水? 全部渡したはずじゃなかったんですか?」
勇者「全部は貰えませんとか言われてな。一個だけ残して渡した」
勇者「魔除けの水なんて俺には必要ない。いざとなったら、お前が使え」
僧侶「……」
勇者「なに?」
僧侶「………ありがとうございます」
勇者「謝ったり礼を言ったり面倒臭い女だな。つーか、さっさと向こう行けバカ」
僧侶「……お休みなさい」
勇者「……」
僧侶「………っ」キュッ
トボトボ…
勇者「(……化け物、暴れ狂う獣。いつかはそうなるんだろう。殺される側、怖れられる側に)」
【#4】頑張る人、隠れる人
僧侶「(……うん、これなら大丈夫かな)」
僧侶「(これくらいの強度なら持続出来るだろうし、低位の魔物の攻撃なら防げるはず)」
僧侶「(後は朝日を待つだけだ。そう、後は朝日を待つだけ……)」
サァァァ…
僧侶「(……仕方ないのかな?)」
僧侶「(私が戦っても、あの人の足手まといになるだけだ。それは、これまでの戦いで分かってる)」
僧侶「(でも、本当にいいのかな? このまま、何も変わらないままで……)」
僧侶「……良いわけない」
僧侶「(そんなことは分かっている。だけど、あの人はどうなんだろう?)」
僧侶「(助けられたことはあっても助けたことはない。助けを求められたこともない)」
僧侶「(私は、あの人の後ろにくっついて歩いて来ただけ。お荷物だ)」
僧侶「(半端者、臆病者……)」
僧侶「(そう言われると悔しいから口では否定してみせるけど、結局はあの人の言う通り)」
僧侶「(私も一緒に戦うなんて言ったけど、それは同じ場所に立ってるから成立することだ)」
僧侶「(私は、あの人の背中ばかり見てる……)」
僧侶「(顔を見るのは口喧嘩をする時だけ。本当に立派だよ、何もしてないくせに)」
僧侶「(あの日から今まで、何もしようとしなかったくせに……臆病者……)」ギュッ
ーーー
ーー
ー
勇者「相変わらず数だけは多いな、お前等」
ゴシャッ ドサドサッ
勇者「(もう壊れやがった。武器足りるか?)」ポイッ
勇者「灰色の化け物。オークだったか。お前等は洞窟で殺した奴等の親戚? 仲間の仇討ち?」ガシッ
勇者「報復、復讐か」
ゾロゾロ
勇者「まあ、理由なんて何でもいい」
勇者「此処でお前等をまとめて殺せば、この辺りの被害はなくなるからな」
>>殺せ 殺せ あいつを殺せ
>>あいつだ あいつが やったんだ
>>一人だ 囲め 囲め
>>千切れ 千切れ 千切って 喰うぞ
勇者「……それが当たり前だよな」
勇者「化け物だろうが何だろうが、家族を殺されて黙っていられる奴はいねえよな」
勇者「なあ、化け物」ダンッ
>>!?
ザンッ ゴロン
勇者「(一撃で壊れやがった。粗悪品だな)」ポイッ
勇者「あの村の連中より人間してるよ、お前等」
勇者「仇を取りたいなら掛かってこい。お前等の仲間は俺が殺ったんだ」
ゾロゾロ
勇者「ところで、一つ聞きたいんだ……」ガシッ
勇者「人間の、女子供の肉ってのはそんなに美味いのか? 兎や猪じゃあ駄目なのか?」
勇者「駄目なんだろうな……」
勇者「満足出来ないんだろ? お前ら、洞窟でぐちゃぐちゃにしてたからな」
勇者「髪の毛剃って、体毛剃って、爪剥がして、丁寧に丁寧にやってたもんなぁ」
>>弓だ 弓を使え
>>槍だ 槍を使え 遠くから 刺せ
>>あいつの武器 壊せ
勇者「人間はお前等を喰わねえのに、何でお前等は人間を喰うんだ? なあ?」
勇者「化け物、お前等だって人間に殺されても文句言えねえんだよ。つーか、言わせねえからな」ダッ
勇者「叩いて」
ゴシャッ
勇者「刺して」
ゾブッ
勇者「斬って」
ザンッ
勇者「殴って」
メキャッ
勇者「千切って」
ミヂミヂ ブチッ
勇者「潰してよぉ」
ドチャッ
勇者「結局、無惨に殺されるんだ」
勇者「お前等がいつもしてるやつだ。やり方は嫌でも覚えた。どうだ、上手いもんだろ」
勇者「数が少なくなってきたな」
勇者「武器より先にお前等の方が尽きそうだ。どうする。まだ続けるか」
>>逃げる ぞ
>>逃げろ 逃げろ
>>あいつは 喰えない あいつに 喰われる
勇者「逃がすわけねえだろうがクソが。戦い続けるしかねえんだよ。お前等は全員ぶち殺ーー」
ズズンッ!
勇者「何だぁ? 何が降って来やがった? まさかーーー」
ズオッ! バキバキッ…
勇者「っ、危ねえ!」
ビタンッ! グシャッ!
勇者「(オークは今ので死んだな。それより)」
勇者「(まだ土煙で見えねえが、あれは確かに尻尾だった。ってことは龍だ。あの野郎か?)」
【#5】未だ、勇者は現れず
勇者「(奴か? それとも違う龍か?)」
勇者「(どっちでもいい。あの野郎じゃなくても龍だったら殺す。龍だけは……)」ガシッ
サァァァ…ズズン ズズン
勇者「(近付いて来てるな。そろそろ土煙も晴れる。さあ、姿を見せろ)」
古龍「久方振りだな」
古龍「あれから四年か、五年か……大きくなったな、小僧。いや、今は勇者だったか」
勇者「ッ!!」ダッ
古龍「顔付きが変わったな」
古龍「射殺さんばかりの眼をしている。随分と恨まれているようだな、儂は」
勇者「(斧、鱗を、砕く)」
古龍「儂が憎いか」
勇者「当たり前だクソが! くたばれや!!」
ズギャッ!
古龍「貴様は話も聞けぬのか。あまりにも歩みが遅いものだから、儂が直々に会いに来てやったというのに」
勇者「お前と話すことなんざねえよ」
勇者「黙って俺に殺されろ。死んで、骸になって、化け物共の餌になれ」
古龍「やれやれ……」
勇者「(駄目だな、こんな剣じゃあ傷一つ付けられねえ。槌だ、大槌はどこにある)」
古龍「たかが五年……」
古龍「儂からすれば瞬きの間。その瞬きの間に、貴様は随分と様子が変わったな」
勇者「(あった)」ダッ
古龍「聞いておらぬか」
勇者「取り敢えず死ね。話はそれからだ」ガシッ
古龍「死んだら話せんだろう」
勇者「地獄で聞いてやる」
ドゴンッ! ドゴンッ!
勇者「ハハハッ! おら、ぶっ壊れろ!!」
古龍「(人の身で儂の鱗を砕くか)」
古龍「(やはり、この力は侮れん。絶たねばならぬが、絶つには惜しい。此奴も惜しい)」
勇者「何だぁ? 何を見てやがる? いつまでも見下ろしてんじゃねえぞボケが」ダンッ
古龍「図に乗るなよ」
古龍「儂を糞だなんだと言ってくれたな。ならば、貴様は蝿だな。糞に集る蝿だ」グワッ
勇者「(大口開けた。火ーーー)」
古龍「飛び跳ねたままでどう避ける。勇者といえども飛べはせんだろう」
ゴォォォォッ…ヌッ!
古龍「!?」
勇者「ハナっから避ける気なんざねえんだよ。焼けて爛れても、お前を殺す」
古龍「(儂の火に巻かれて尚も向かって来るか。これでこそ来た甲斐があったと言うものよ)」
勇者「(熱いな。この臭いは何だ?)
勇者「(肉の焦げる臭いがする。焦点が定まらねえ。っていうか殆ど見えねえ)」
勇者「(どうした、しっかりしろ。あいつが目の前にいるんだぞ。この機を逃す気かバカ野郎)」
勇者「(ほら、思いっ切り打っ叩け)」
ドギャッ!
勇者「(当てた。当てたが……)」
古龍「脆いな。それが人の武器の限界か」
勇者「……くそっ」
ドサッ
古龍「ようやく、話が出来るな」
勇者「うるせえ。見下ろしてんじゃねえ」
古龍「そう睨むな。しかし、刃が立たないと分かっていながら儂に牙を剥くか。あの時の人間を思い出す」
勇者「人間じゃねえ、あの人は勇者だ」
古龍「そうだったな。厳密には、あれは勇者であった人間。今は、貴様が勇者だ」
勇者「俺が勇者だ? 笑わせんな」
勇者「俺は違う。俺は勇者なんかじゃない。お前さえ殺せりゃ、それでいい」
勇者「何だよ? 何か問題あんのか?」
勇者「お前を殺せば、人間様は大層お喜びになる。俺だって嬉しい。その後はどうなろうが構わねえ」
古龍「……」
勇者「ゲホッ…お望み通り喋ってやってんだ。何か言えよこの野郎。殺るなら殺れよ」
古龍「……」
勇者「ただ……」ズリッ
古龍「(立ち上がるか、あの体で……意気は衰えていない。寧ろ、先程よりも……)」
勇者「ただ、黙って殺されてやるわけにはいかねえな。目玉の一つでも潰さねえと格好が付かねえ」
古龍「これは残りの一つだ。この目を潰されるわけにはいかんな。勇者よ、聞け」
勇者「うるせえ、勇者って呼ぶんじゃねえ」
勇者「後にも先にも、勇者はあの人だけなんだ。あの時、お前が殺した……あの人が、勇者だ」
古龍「……そうか。では小僧、一つ言っておく」
勇者「あ?」
古龍「儂を殺したいのなら殺すがいい。殺せればの話だがな」
古龍「儂は、貴様に殺されるまでもなく死ぬ。直に、老いて死ぬ」
ーーー
ーー
ー
僧侶「はぁっ、はぁっ」
僧侶「(あの人のところに行ったらいないし、地響きがしたと思ったら森は燃えてるし、一体何が起きているの?)」
僧侶「(何が起きたのか分からない。だけど、きっと何かが起きたんだ。早く見付けないと)」タッ
僧侶「はぁっ、はぁっ、火の勢いが強く……?」
僧侶「(これはオークの死体? 何かに潰され……というか、地面が抉れてる。範囲も広い)」
僧侶「(これは、あの人がやったんじゃない。他の何かがやったんだ。何だろう、凄く嫌な予感がする)」
僧侶「早く、早く見付けないと」
タッタッタッ
僧侶「はぁっ、はぁっ」
僧侶「(ダメだ、此処にもいない。一体何処まで行ったんだろう。この先? でも、この先は火の勢いが……?)」
僧侶「あれは、なに……」
僧侶「(揺らめく炎の奥に何かが見える。恐ろしく巨大な何かがいる。尻尾? 翼?)」
僧侶「……………龍」
【#6】選択
僧侶「あれが、龍」
僧侶「(魔の頂点、悪の権化、神に仇なす邪悪なる蛇、世に終わりをもたらす者)」
僧侶「私は、あんなモノと戦おうとしていたの……」
僧侶「(脚が震える。火に囲まれているのに寒気がする。視界が揺らぐ。怖い、逃げ出したい)」
僧侶「(あの人はあんなものと戦っているの? たった一人で? 私は、私はどうしたら……)」
勇者『だったら戦え。誰も助けちゃくれないんだ』
勇者『本気で誰かを救いたいと思うなら、血塗れになってでも救え。その手を汚さなけりゃ誰も救えない』
僧侶「いつまで繰り返すんだ、私は……」ギュッ
僧侶「(やるべきことは分かっているはずだ。迷う必要なんかない)」
僧侶「……」ザッ
僧侶「(そうだ。行くんだ。私が助けるんだ)」ダッ
ーーー
ーー
ー
勇者「寿命で死ぬ? ふざけたことを抜かすな」
古龍「事実だ。残り一年かそこらだろう。儂は死に大地に還る」
勇者「ふざけんな、その前に俺が殺してやる。そうしねえと力を継いだ意味がねえ」
古龍「それならばそれでよい。先程もそう言ったであろう。よく聞け、小僧」
古龍「ここ最近、儂の死期を知った者が争い始めた。次なる王の座を巡って対立しておるのだ」
勇者「それはよいことだ」
勇者「お前は困ってるみたいだが、俺はすっげえ嬉しい。そのまま滅べ」
古龍「儂の亡き後、人ならざる者達を導く者が必要となる。そこで、取り引きだ」
勇者「どんな取り引き内容か知らねえが……」
勇者「お前には、これが取り引きに応じる奴の顔に見えるか? 顔が爛れて分かんねえか?」
古龍「儂は、貴様を次なる王に指名しようかと思っておる」
勇者「はぁ? 寝惚けたこと言ってんじゃーーー」
古龍「人間とは醜く、浅ましく、救い難い。小僧、貴様も憎かろう。勇者を奪った人間が」
勇者「……」
古龍「小僧、こちらに来い。その力を使い、迷える者達を導くのだ。魔の王となれ。
強き者に従うのが魔の者よ。その力あらば、姿形が人間であろうと認めざるを得まい」
古龍「取り引きの材料は儂の命。
時が来れば存分にやるがよい。存分に力を奮い、見事儂を打ち倒し、他の者に力を誇示するのだ」
古龍「小僧、貴様の中にあるのは復讐の念のみ。不満はあるまい?」
勇者「それ本気で言ってんのか。どんだけ人材不足なんだよ、お前等」
古龍「身内で争っておる時点でたかが知れる。今の民が欲するのは、人間を脅かす王なのだ」
古龍「貴様は人を救おうなどとは毛ほども思っていない。憎み、蔑み、見下しておる」
古龍「ならば、行くべき道は一つ。復讐を果たした後に、魔となりて生きるのだ」
古龍「その力は聖邪併せ持つもの。つまりは使い手次第。人など捨てよ、人こそが邪なのだ」
勇者「……」
古龍「さあ、自らを縛る人の世から解き放ーーー」
ザッ…
僧侶「その人から、離れて下さい」
古龍「……あのまま隠れて居れば良かったものを、愚かな娘だ」
勇者「お前、何で……」
僧侶「遅れてごめんなさい。私、もう迷いませんから」
勇者「はあ? 何だよそれ。バカじゃねえのお前。隠れてろって言っただろうがよ」
古龍「下がれ小娘。儂は今、この小僧と話しておる。今ならば、見逃してやる」
僧侶「っ、嫌です。それに、幾ら話したことろで、この人は魔の王になどなりません」
古龍「作られし神を崇める愚か者、人間が如何に邪悪かも知らぬ盲目者が………小僧!!」
勇者「んだよ。うるせえな」
古龍「興が削がれた。儂はあの場所で待っておる。して、答えは」
勇者「……首洗って待ってろ」
古龍「どちらとも取れるが、まあよかろう。待っておるぞ。人間に、神の僕などに足下を掬われるなよ」
古龍「人間を信じたが最期」
古龍「真に救おうなどと思ったが最期、あの時の勇者のようになる。ではな」
バサッ…バサッ
勇者「………言われるまでもねえ。んなことは分かってんだよ」
僧侶「た、助かりましたね。早く傷を治さないと」
勇者「そんなことしてる暇はねえ」
僧侶「そんなことって……酷い火傷を負っているんですよ? このままでは危険です」
勇者「この姿を見て悲鳴一つ上げないのは褒めてやる。でもな、治療なんざしてたら二人揃って死ぬ」
僧侶「っ、でもその体で動くのはーーー」
勇者「僧侶、俺はこのザマだ、治るまでには時間が掛かる。火に巻かれる前に森を抜けるぞ」
僧侶「(無茶だ。だってもう、全身が……)」
勇者「行くぞ」
僧侶「っ、は、はいっ!!」
タッタッタッ
勇者「……危ないとこだった、正直助かった」
僧侶「え?(幻聴?)」
勇者「ありがとな」
僧侶「い、いえっ。私はあの場に行っただけです。結局、何の役にも立てなくて……」
勇者「ハハハッ、そういやそうだな。礼言って損した」
僧侶「(何で笑えるの? 痛くないわけないのに、苦しくないわけないのに……)」
勇者「ぼさっとしてんな、死ぬ気で走れ」
僧侶「はいっ」
タッタッタッ
勇者「はぁっ、はぁっ……」フラッ
ドサッ
僧侶「!!」
勇者「(こいつはやばいな。もう何も見えねえ。息も、出来ねえ……)」
僧侶「しっかりして下さい!!」
勇者「……」
僧侶「(呼吸が……まずい、火の勢いが増している。早く森から抜けて治療しないと……?)」
僧侶「(何だろう、背中に焼き印がある。これは確か……っ、そんな場合じゃない!)」
僧侶「ん~っ、よっ…こいしょ。よしっ、行こう」
【#7】傷痕に思うこと
僧侶「はぁっ、はぁっ……」
僧侶「(もう少しで抜ける。火の勢いは増してるけど、この風向きなら此方には来ない)」
僧侶「(屋内で治療出来れば良いけど、こんな森に囲まれたような場所に家屋があるとは思えない)」
僧侶「(だったら今此処で治療した方が……ん? 向こうに何かある。あれは……)」
僧侶「(辺りにも何かあるみたいだけど此処からじゃあ見えないな。とにかく行ってみよう)」ザッ
ーーー
ーー
ー
勇者「…スー…スー…」
僧侶「(……よし、何とか間に合った。でも、ここは一体何なんだろう?)」
僧侶「(辺りはお墓ばかりだし、この廃屋以外には民家らしきものはないみたいだし。それに)」チラッ
勇者「…スー…スー…」
僧侶「(それに、この人はこの人で分からないことが多い。あの龍と面識……因縁があるようだった)」
僧侶「(断片的にしか聞こえなかったけど、憎んでいるのは確かだ)」
僧侶「(だけど、全身焼けるくらいの火傷を負っても戦い続けるのは正直言って異常だ)」
勇者「…スー…スー…」
僧侶「全ては自己満足、ですか?」
ーーー
ーー
ー
勇者『神の為だとか奉仕だとか、自己犠牲だとか救済だとか、バカじゃねえの?』
勇者『お前等はそうやって、私達は他人の為に生きてます。みたいに言ってるけどさーーー』
勇者『結局のところは自己満足だろ?』
勇者『どんなに綺麗な言葉で飾っても行き着く先は其処なんだ。自分がそうしたいからそうするってだけの話だ』
勇者『善行も悪行も、何をするか決めるのは自分だ。生きることを、何かに預けるな』
ーーー
ーー
ー
僧侶「(……旅立って間もない頃、人間なんてものは自己満足の塊だと、そう言って笑った)」
僧侶「(世界中の誰もが認めるような、非の打ち所のない正義なんてものもはないと思う)」
僧侶「(ただ、この人の中の正義が異質であることは分かる。独善的と言うか捻くれているというか……)」
勇者「…スー…スー…」
僧侶「(一体どんな生き方をしたら、そんな風に考えるようになるんですか?)」
僧侶「(一体どんな生き方をしたら、こんな風に傷だらけになるんですか?)」
僧侶「(切り傷、刺し傷、擦り傷、火傷。他にも沢山、数え切れないほどの傷痕……)」
僧侶「(特に酷いのは背中)」
僧侶「(焼き印と、鞭か何かによる裂傷。肉が盛り上がっているから、かなり深い傷だったはずだ)」
僧侶「(出来ることなら治したいけれど、過去に負った傷痕までは治せないし消せない)」
勇者「…スー…スー…」
僧侶「(毛布、掛けておかなきゃ)」ファサ
僧侶「(服は焼けちゃってるから、予備の服とかを縫い合わせて何か羽織るものを作らないと)」
僧侶「(それから、傷痕について詮索するのは止そう。焼き印、烙印についても……)」
勇者「…スー…スー…」
僧侶「……お休みなさい。さて、始めよう」パカッ
僧侶(裁縫道具持ってきてて良かった。裸で歩かせるわけにはいかないし、朝までに作らなきゃ)」チクチク
【#8】悔恨と祈り
勇者「…ッ!!」ガバッ
シーン…
勇者「眩しいな。朝になっちまったのか」
勇者「(つーか此処は……そうか、あいつが運んでくれたのか。借りを作っちまったな)」
勇者「(火傷も治ってる。動いても問題もないみてえだ。術法ってのは便利なもんだな)」
勇者「(ご丁寧に服まで作ってある。継ぎ接ぎだけど、素っ裸よりはよっぽどマシだ)」
勇者「ったく、本当にバカな女だな」バサッ
勇者「(俺と旅なんてしなけりゃ、こんな目に遭うこともなく、そのうち言い寄られて良い嫁さんになれただろうに)」
勇者「(いや、ああいう奴等って結婚しないんだっけ。神だか信仰だかに捧げるとか何とか……)」
勇者「(好き好んで神なんていう見えない存在に縛られて一生を終えるのか。意味分かんねえ)」
勇者「……まあいいや」
勇者「(つーか、あいつは何処行ったんだ。外には墓しかねえってのに)」ザッ
ガチャ…パタンッ
勇者「……」ザッ
スタスタ…
僧侶「……」
勇者「おい、何やってんだお前」
僧侶「あ、おはようございます。もう動いても大丈夫なんですか?」
勇者「見りゃあ分かるだろうが、それより何やってんだって聞いてんだよ」
僧侶「(一晩で人が変わるなんて思っていないけど、ありがとうくらい言えないのかな、この人……)」
勇者「おい、聞いてんのか」
僧侶「ハイハイ聞いてますよ。墓に手を合わせているんです。見れば分かるでしょう?」
勇者「何で?」
僧侶「何でって……勝手に立ち入ってしまったので、その謝罪とお礼をしていたんです」
勇者「はっ、死んだ奴に何を言っても届くわけねえだろうが」
僧侶「何とでも言って下さい。これは、私がそうしたくてしているだけですから」
僧侶「何より、墓地に来たら手を合わせるのは常識です。亡くなった方がこれからも安らかにーーー」
勇者「もういい分かった。好きにしろよ」
僧侶「はい、そうさせて貰います」ニコリ
勇者「……」
僧侶「あの、何ですか?」
勇者「別に何でもねえよ。俺は家に戻って準備する。お前も、それを早く済ませろ」
僧侶「はい、分かりまし……家?」
勇者「あ?」
僧侶「い、いえ、何でもありません」
勇者「……」ザッ
僧侶「(誰がどう見たって廃屋なのに、家? あの人、この場所を知っているのかな)」
僧侶「(夜は暗くて見えなかったけど、家があった形跡がある。向こうには畑があったのかなあ?)」
サァァァァ
僧侶「(わぁ、草花が風に揺られて綺麗だなぁ……陽も当たるし空気も澄んでる)」
僧侶「(こんなに良い場所なのに何で誰もいないんだろう? 魔物が増えて移住したのかな……)」
僧侶「(それとも、何かあったのかな……)」
ザッ…
勇者「……」
僧侶「あ、もう済んだんですか? と言うか、その武器は一体……」
勇者「これは金砕棒。こっちは……まあ、鉄の板みたいなもんだ。普通の剣より役に立つ」
勇者「刃が無いから刃毀れすることはないし、何より頑丈だ。大抵の奴は打っ叩いただけで殺せる」ブンッ
僧侶「(うわっ、前に背負ってた武器の束よりも重そうだ。素振りしてる音が怖い)」
勇者「これなら、あの野郎相手にもーーー」
僧侶「あ、あのっ!」
勇者「何だよ?」
僧侶「武器の説明はともかく、そんな物騒な物を何処から持ってきたんですか?」
勇者「そういや言ってなかったな」
勇者「目的地ってのは此処だ。元々、此処にはコレを取りに来るつもりだったんだ」
勇者「この武器は王や教皇と会う前まで使ってたもんだ」
勇者「でも、こんな優美さも華やかさもねえ武器を持ってると良い顔されないから隠しといた」
僧侶「……そうだったんですか」
勇者「何だよ、その面は」
僧侶「その、此処は何なんですか? 何があったんですか?」
勇者「……」
僧侶「(や、やっぱり聞いちゃダメだったかな)」
僧侶「(凄く怖い顔してる。絶対に何か言われる。ああ、やめておけば良かっーーー)」
サァァァァ…
勇者「此処は村だった」
僧侶「え?」
勇者「住んでた連中はいがみ合うこともなく、日々を平和に過ごしていた」
僧侶「村人は移住したんですか?」
勇者「滅ぼされた」
僧侶「えっ……」
勇者「ある日、行き倒れてる男をガキが助けた。その男がお尋ね者の野盗の一人だとも知らずにな」
僧侶「……」
勇者「傷が癒えて村を立ち去ると、そいつは仲間を引き連れて戻って来た。で、村を襲撃して占拠した」
勇者「男は殺され、女は犯され、子供は玩具にされた。野盗を助けたクソガキも一緒にな」
僧侶「(酷い……)」
勇者「そのガキはわんわん泣いてたよ」
勇者「拷問好きの変態がいてな。鞭で叩かれたり、斬られたり、焼き印押されたりした」
勇者「そのガキは顔だけは良くて、特別気に入られてた。だから、死なないように遊ばれ続けた」
僧侶「……」
勇者「痛みで意識が朦朧としながら、ガキは自分の行いを省みた」
勇者「困っている人がいたら助けなさいと両親に教わった。人に手を差し伸べることは正しいはずだ」
勇者「そう、自分は正しいことをしたはずだ」
勇者「それなのに、あろうことか助けた人間に両親も村の人も友達も殺された」
勇者「そこでようやく自分が間違っていることに気が付いて、糸が切れた」
僧侶「糸?」
勇者「生を繋いでた糸さ。生きる気力だとか、希望だとか、そういったものが次々に切れたんだ」
勇者「自分の軽はずみな行動。その所為で失われたものを背負いきれなかったんだろうな」
僧侶「……その子はどうなったんですか?」
勇者「知らね。とにかく、そのバカの所為でこの村は滅びた」
勇者「バカって言うか咎人だな」
勇者「何をしようと決して救われないし、決して許されることはない。恨まれて当然だ」
勇者「運良く誰かに助けられて生き延びたとしても、陰険で捻くれた嫌味な奴に育ってるだろうな」
僧侶「(……安らかにお眠り下さい)」キュッ
勇者「……お前みたいな奴に手を合わせて貰ったんだ。村の奴等も少しは救われたと思うぜ?」
僧侶「……そうでしょうか」
勇者「死人の気持ちなんて分かんねえけど、きっと喜んでるさ」
僧侶「貴方は?」
勇者「あ?」
僧侶「……貴方は良いんですか? その、祈らなくても……」
勇者「お前はどうか知らねえけど、俺は死んだ奴に何を言っても無駄だと思ってる」
勇者「何か伝えたいことがあるなら、生きてる内に伝えなけりゃ意味が無い」
僧侶「……そんなことは、ないと思います」
勇者「そうだと良いけどな……」
サァァァァ
勇者「そろそろ行くぞ。あの野郎が待ってる」ザッ
僧侶「は、はい。分かりました……」
トコトコ
勇者「あ~、腹減ったな」
僧侶「(この人のことだから、これ以上踏み込んだことを聞いたら怒るだろう)」
僧侶「(同情したり慰めの言葉なんて口にしたら、もっともっと怒るだろう)」
僧侶「(だけど、祈ることくらいは許して下さい)」
僧侶「(貴方が嫌っている神にではなく、村人の御霊に祈ることは許して下さい)」
僧侶「(貴方が抱えているものを、少しでも軽くしてくれるようにと、祈らせて下さい……)」
勇者「おい」
僧侶「は、はい!?」
勇者「お前、寝てねえだろ。隈が酷くて見られたもんじゃねえ」
僧侶「(女性に向かって何て言い草だ……)」
僧侶「(幾ら何でも酷すぎる。別に女性扱いされたいわけじゃないけどね)」
勇者「おぶってやるから来い」
僧侶「結構です」
勇者「お前がそうでも俺の気が済まねえんだよ。俺は借りを作るのは嫌いなんだ。早くしろボケ」
僧侶「結局は自分の為ですか、そうですか」
勇者「うるせえな、いいから早くしろよ。さっきからフラついてんじゃねえかお前」
僧侶「嫌です」
勇者「お前が付いてくるのを待ってるより、俺が背負って歩いた方が早いんだよバカ」
僧侶「(くっ、言い返せない)」
勇者「いつまで突っ立ってんだよ。早くしろ」
僧侶「……」
トコトコ ギュッ…
勇者「よし、行くぞ。化け物出たら落とすから、そのつもりでな」ザッ
僧侶「(何でもっと優しく出来ないのかな。普通に言ってくれればいいのに)」
僧侶「(そうしたら良い人……いや、これまでのことを考えれば、普通くらいには……)」
勇者「お前は軽いな。これからはもっと沢山食え。太って体力付けろ」
僧侶「(落とされるまでは寝たふりしてよう)」
勇者「あっ、兎だ。今なら……」
僧侶「ちょっ、やめて下さいっ!!」
勇者「うるせっ! 耳元で叫ぶんじゃねえよ! 兎が逃げたじゃねえか!!」
【#9】距離
勇者「……」ザッ
僧侶「(こうしてると分かる。やっぱり、まだ熱が残ってる)」
僧侶「(目に見える傷は癒えたけど、内側はそうもいかない。高位の魔は魂をも傷付ける)」
僧侶「(しかも相手は龍、魔の頂点)」
僧侶「(物理的な破壊力は言うまでもなく、魂そのものに対する破壊力も凄まじい)」
僧侶「(存在そのものが規格外。龍とはそこに在るだけで人を壊し、人を狂わせるという)」
僧侶「(事実、熱に当てられただけで苦しかった。対峙した時は意識を保つのもやっとのことだった)」
勇者「……」
僧侶「(あれと対峙して、あの炎を直接浴びたとなれば、その痛みは想像を絶するものだろう)」
僧侶「(少なくとも数日は安静にしないと満足には動けない。本来なら安静にさせてる……)」
勇者「あの野郎の所為で焼け野原だな。木々が綺麗さっぱり消えちまった」
勇者「……まあ、この方が見通しが利くし歩くのも楽だから良いけどよ」ザッ
僧侶「(だけど、休むように言ったとしても休まないだろうな。この人のことだから、そんなことを言ったら怒るに決まってる)」
僧侶「(きっと、休んでなんかいられるかバカだろお前。とか言われるんだろうな。でも……)」
勇者「……」
僧侶「……あのぅ」
勇者「あ?」
僧侶「体を休めた方が良いと思います。まだ熱が残っていますし、これ以上無理をしたらーーー」
勇者「これくらい何ともねえよ」
僧侶「でも」
勇者「舌噛むぞ、黙って目瞑ってろ」
僧侶「(やっぱり駄目だ。私の話なんて……)」
勇者「お前は旅に慣れてない」
僧侶「え?」
勇者「お前は旅にも戦闘にも慣れていない。命を張るなんてことはそう簡単に出来やしない」
勇者「この前まで守られてる立場だった奴が、急にやる気を出したってすぐには変わらないんだ」
僧侶「(……慰めてくれてる、わけないよね。何が言いたいんだろう)」
勇者「俺のことはいい、お前は自分のことだけを考えろ。つーか、自分のことしか考えるな」
勇者「お優しいのは結構なことだ」
勇者「でもな、そんなんだと化け物に殺されちまう。その優しさってヤツに付け込まれてな」
僧侶「(この人の言う化け物ってなんだろう?)」
僧侶「(人を襲い喰らう魔物? それとも理性や道徳倫理を失った人間のこと?)」
僧侶「(でも、そうだとしても、人間には救いがあると信じたい。人は変われると信じたい)」
勇者「聞いてんのか」
僧侶「……私には、そんな風には出来ません」
勇者「だろうな。分かってるよ、お前がそういう奴だってことくらいは」
僧侶「……」
勇者「分かってるから、言うんだ」
勇者「誰かの為に何かをしたいなら、自分をしっかり持たなきゃならない」
勇者「理想を現実にしたいなら死ぬ気で生きろ。誰かを殺してでもな。口先だけなら何とでも言える」
僧侶「……あの」
勇者「あ?」
僧侶「ありがとうございます……その、色々と教えてくれて……」
勇者「……」
僧侶「(あ、喋らなくなっちゃった。お礼言われるのとか慣れてないのかな?)」
僧侶「(というか、旅に出てから初めてまともな会話をしたような気がする)」
僧侶「(今まではず~っと口喧嘩してばかりだったし、バカとか言われ……あれっ!?)」
勇者「……」
僧侶「(今の会話の中で一度もバカって言われてない。こんなの本当に初めてだ……)」
僧侶「(待て待て、何を喜んでるんだ私は)」ブンブン
僧侶「(そもそも日に何度もバカバカ言うのがおかしいのであって、今の会話が普通のはずだ)」
僧侶「(それは、まあ、私にだって反省しなくちゃいけないところは沢山あるけど……)」ウーン
勇者「さっきから何してんだお前」
僧侶「へっ!? 何かしてました?」
勇者「頭振ったり、ぶつぶつ言ったり、う~ん……とか言ってたな」
勇者「正直気持ち悪いんだけど、もしかして頭の病気? 幼児退行? おもらしでもしたの?」
僧侶「違いますっ!」
勇者「あ、そう。じゃあ静かにしてろ」
僧侶「(すぐにこういうことを言う……)」
勇者「お前が何を考えてんのか知らねえけど、人間は急には変われねえよ」
勇者「どんだけ頭の中で理屈をこねくり回したって結局はやるかやらないか、二つに一つだ」
僧侶「(……私の頭って透けて見えるのかな。分かりやすい女とか言われたし)」ウーン
勇者「うるせえ」
僧侶「ご、ごめんなさい(また言ってたんだ。これからは気を付けよう……)」
勇者「……おい」
僧侶「何ですか?」
勇者「あいつは北の山村で待ってる。だから、これからは北を目指すことになる」
僧侶「(あいつって……あ、龍か。そう言えば、あの場所で待つとか言ってたような気がする)」
勇者「この森を抜けて暫く進むと町があるから、着くまでは休んでろ。いいな」
僧侶「(……過去に何があったんだろう。何があったら、あんな風に戦えるんだろう)」
僧侶「(自分の命を投げ出してまで殺したいって、どう考えても普通じゃない。何があったら、そこまでーーー)」
勇者「おい、聞いてんのか」
僧侶「えっ?」
勇者「町に着くまで休んでろって言ったんだよ。ちゃんと聞いてろバカ」
僧侶「……はい、分かりました」
僧侶「(今のは話を聞いてなかった私が悪い。しかし、バカと言う必要はない)」
勇者「……」ザッ
僧侶「……」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「……」
僧侶「(今更だけど、本当におんぶされてるんだ。こんな風になるなんて思わなかったな……)」
ザッザッザッ…
【#10】人でなし
僧侶「…スー…スー…」
勇者「(やっと静かになった)」
勇者「(それにしても、まさか此処まで付いてくるとは思わなかったな)」
勇者「(どうせ口先だけの奴だろうと思ってた)」
勇者「(威勢が良いのは最初だけで、すぐに音を上げて逃げ出す。そう思ってたんだけどな……)」
僧侶「…スー…スー…」
勇者「(つーか、よく寝られるなコイツ)」
勇者「休めとは言ったけど本当に寝るか普通。朝まで縫い物するとかバカじゃねえの」ボソッ
僧侶「…んっ…ん~?」
勇者「……」
僧侶「…スー…スー…」
勇者「……」ザッ
僧侶「…スー…スー…」
勇者「(……妙なもんだな)」
勇者「(誰かを背負うってのはこういうもんなのか。あの人もこんな気持ちだったのか?)」
勇者「(自分以外の命、鼓動、息遣い、体温、声……こいつの全部が、俺の背中にある)」
勇者「(一度でもしくじれば、俺は勿論、こいつも終わる。こいつはそれを分かってんのか?)」
勇者「(……いや、俺も同じだ。人のことは言えねえ)」
勇者「(何も分からず、ただ付いていくだけ。その先に何があるかなんて考えなかった)」
勇者「(あの時に何かをしていれば、何かが変わっていたかもしれないのに……)」
勇者「(あの人は、どんな想いで俺を背負っていたんだろう。どんな想いで俺に託したんだろう)」
僧侶「…ん~…ふふっ…」
勇者「(……悩んでるのがバカらしくなるな。どんな生き方したらこんな風に育つんだ)」
勇者「(村でも簡単に騙されてたし、人は嘘を吐くってことを知らねえのかコイツは)」
勇者「(挙げ句、どんな罪人にさえ救いがあると本気で思ってやがる。人はやり直せると……)」
勇者「(きっと、そう教わって、そのまま育ったんだろう。教会の中で守られながら、誰を疑うこともなく)」
勇者「(旅に同行したのだってそうだ)」
勇者「(司教に命じられるまま、それが使命か何かだと吹き込まれ、世の全ては神の望みしことだと……)」
僧侶「…スー…スー…」
勇者「何を信じようがお前の勝手だ。でもな、そう簡単に自分を捧げるなよ……」
>>同感
勇者「………起きろ」ユサユサ
僧侶「んぅっ…どうしたんです?」
勇者「姿は見えないが何かがいる。さっさと降りろ。俺の傍から離れるな」
僧侶「えっ?」
勇者「さっさとしろ!!」
僧侶「は、はいっ!」サッ
>>使えないの道具なら捨ててしまえば良いのに、バカみたい
僧侶「(本当に姿を消している。禁術? でも、そんなことが出来る人間なんて……)」
勇者「さっさと出て来い」
>>いるわよ? もう目の前に、ほら……
チュッ
勇者「ッ!?」ブンッ
>>あら、照れてるの? もしかして初めて?
僧侶「大丈夫ですか!?」
勇者「何もされちゃいない。少し遊ばれただけだ。お前はじっとしてろ。チッ、どこ行きやがった」
僧侶「う、上です!!」
勇者「あ?」
魔女「あ、見つかっちゃった。初めまして、私は……そうね、魔女。魔女でいいわ」
勇者「下着見えてんぞ」
魔女「見せてるの、綺麗でしょ?」
勇者「派手な下着は好みじゃねえな」
魔女「あらそう」
魔女「なら、次から地味なのにするわ。でも残念、気に入ってくれると思ったのだけれど……」
勇者「そうか、次は期待してる。お前に次があるかどうかは分かんねえけどな」ジャキッ
魔女「あら怖い」
勇者「……何で姿を現した。あのまま隠れてればいいものを」
魔女「別に? 初対面なのに姿を見せないのは礼儀がなってないと思っただけよ」
勇者「挨拶もなく唇を奪うのは礼儀正しいとは思えねえけどな。少しは慎み深くしろよ。女だろ」
魔女「別にいいでしょ? というか、ワガママの一つや二つ許しなさいよ。男でしょ?」
勇者「(何なんだ、あの女……)」
僧侶「……貴方は何ですか?」
魔女「はあ? 質問の意味が分からないんだけど? 聞きたいことがあるならハッキリ言いなさいよバカ」
僧侶「っ、貴方は人間なのですか?」
魔女「そんなの見れば分かるでしょ? 私のどこをどう見たら魔物に見えるわけ?」
僧侶「貴方が使用したのは禁じられた術です」
僧侶「仕組みを理解したとしても扱うのは非常に困難とされる高位の術法。加えて、貴方の法力はどこかおかしい」
魔女「おかしい?」
僧侶「人であるなら濁りすぎている。魔であるなら清すぎる」
魔女「案外鋭いじゃない」
魔女「というか、人を見る目はないクセにそういうことろには気が付くのね」
僧侶「……貴方は、どっちですか?」
魔女「人でなし」
僧侶「え?」
魔女「魔でもなし」
僧侶「ふ、ふざけないで下さーーー」
勇者「もういい、下らねえ問答はうんざりだ。用があるなら降りてこい。ぶん殴ってやるからツラ見せろ」
魔女「ごめんなさい、それは無理」
勇者「下着は見せんのに顔は無理ってか、随分と変わった女だな。変態? 痴女?」
魔女「違うわよ。私は貴方を試しに来たの」
勇者「あ?」
魔女「貴方が王に相応しい者なのか、それとも取るに足らない人間なのか。貴方はどっちなのか」
勇者「……お前、奴の手下か」
魔女「さあ、それはどうかしら? 想像に任せるわ。取り敢えず始めましょう?」スッ
僧侶「(何かをしようとしてる?)」
僧侶「(あの状態から更に術を使う気なの? 空中で姿勢を保つだけでも手一杯なはずなのに)」
ズズズッ
僧侶「(地面から手が、まさか蘇生術……でも、そんなこと出来るはずーーー)」
魔女「出来るわよ? 蘇生術くらい」
僧侶「なっ!?」
勇者「蘇生術、ね」
魔女「蘇生術と言っても悪用したものだけどね。貴方に恨みがあるようだから簡単に応えてくれたわ」
ズル…ズル…
勇者「昨日の化け物共か」
僧侶「(魔物とは言えあれだけの死者、あれだけの魂を操るなんて……あの者は一体……)」
勇者「凄え術なんだろうが、そいつらが出来上がるまで待ってやる義理はねえな」ダッ
ドチャッッ!
僧侶「(凄い、一度であんなに……)」
勇者「やっぱり使い慣れてるやつが一番だ。思いっ切り、ぶん回せる」
勇者「しかし、朝から化け物殺しか」
魔女「不満?」
勇者「最高の気分だ」ダンッ
ズシャッッ
魔女「あら凄い。やっぱり、この程度じゃあ満たされないみたいね」
勇者「満たされることなんてねえよ。どれだけ化け物を殺そうが、あの野郎を殺すまではな」
魔女「あらそう。ところで、貴方に一つ質問があるの」
勇者「あ?」
魔女「化け物を殺すことに躊躇いはないの ?罪悪感や後悔は? 眠れない夜はある?」
勇者「ない」
魔女「それを聞いて安心した」スッ
ズズズ
勇者「またかよ。次は何を出すつもりだ」
魔女「それは見てのお楽しみ」
ボコッ
勇者「あ、そう。だったら出て来る前に打っ叩いーーー」
僧侶「待って下さい!」
勇者「あ?」
僧侶「……あれは、『違います』」
勇者「違う? お前、何言ってーーー」
ズルリ…
僧侶「(っ、やっぱり人間だ)」
勇者「人の形をしてるだけじゃねえか。コイツ等とさっきの化け物共と何が違うんだよ」
僧侶「魔の魂を呼び出すのと、人の魂を呼び出すのではやり方が違います」
勇者「分かりやすく言え」
僧侶「えっと、蘇生術に応じると言うことは、現世に戻りたいと願う様々な要因があるからです」
僧侶「先程のオークのように、死しても消えぬ憎悪によって応じる場合もあります」
勇者「何が言いたい」
僧侶「彼等の体は見ての通り、生前の姿とはかけ離れています」
僧侶「蘇生を望んでいるなら、あのような状態で蘇えることはありません」
僧侶「つまり、蘇生を望んでいるわけではない。強制的に呼び起こされたのだと思います……」
勇者「……」
魔女「どうしたの? 何か問題でもある?」
勇者「ない。やることは一つだ」ザッ
僧侶「!!」
魔女「ふふっ、そうよね。問題なんてあるわけないわよね。化け物なら殺せるんだもの」
魔女「貴方は確かにそう言ったわ」
魔女「躊躇いも罪悪感も後悔もなく殺せると、そう言った」
勇者「ああ、言ったな」
魔女「土から這い出ようとしている化け物が、故郷の人間だとしても?」
勇者「……」ピタッ
僧侶「(故郷。じゃあ、この人達は……)」
勇者「何をした」
魔女「ちょっと起こしただけよ。それより、再会出来て良かったじゃない」
魔女「何なら謝罪でもしてみる?」
魔女「僕の愚かな行動が原因で、皆を死なせてしまってごめんなさい。ってね」
勇者「……」
魔女「そんなに睨まないでくれない? 私、言ったわよね? 貴方を試しに来たって」
勇者「これが試験ってわけか」
魔女「ええ、その通り。でも、逃げたいのなら逃げても構わないわよ?」
魔女「だけど、貴方が殺さない限り、この者共は生を求めて彷徨い歩くでしょう」
僧侶「そんな……」
魔女「亡者は生に餓え、渇きに苦しみ喘ぎながら人間を襲い続ける。罪の無い、か弱い人間をね」
勇者「何を試すつもりか知らねえが」ジャキッ
魔女「別にいいのよ? 無理をしなくても……」
勇者「ふざけんな。俺が化け物に背を向けて逃げるわけねえだろうが」ダッ
勇者「(そう、化け物だ)」
勇者「(誰がどう見ても化け物だ。元が何であろうが、化け物なら殺るしかねえ)」ブンッ
ゴシャッッ
勇者「……」
僧侶「(躊躇いなく斬り捨てた。あの人には、相手が何であっても関係ないの?)」
僧侶「(故郷の人間、同じ場所で生きた人間なのに、何も感じないのかな)」
僧侶「(っ、何を考えてるんだ私は! あんなの平気なわけない。無理してるに決まってる)」
僧侶「(取り返しが付かなくなる前に私が何とかしないと。無理矢理呼び起こされたのなら、還す方法はある……)」
勇者「おい」
僧侶「な、何ですか?」ビクッ
僧侶「結界は張ったか?」
僧侶「は、はい、一応……」
勇者「そうか。なら、そこでじっとしてろ」
勇者「それから、お前は何もしなくていい。何があっても妙な気は起こすんじゃねえぞ」
勇者「分かったな」
僧侶「…………はい」
勇者「それでいい。すぐ戻る。ちょっと待ってろ」フラッ
僧侶「っ!!」ガシッ
勇者「……悪りぃな。じゃあ、ちょっと行ってくる」
僧侶「っ、私が止めます。無理矢理呼び起こされたのなら、強制的に還すことも可能なはずです」
勇者「それが出来たとしても時間は掛かる。その間のお前は無防備になるだろうが」
僧侶「それは……」
勇者「だったら斬った方が早い。つーか、同じことを言わせんな。お前は、何もしなくていい」
僧侶「でも、ふらついて……」
勇者「何のことはねえ。一度殺すも二度殺すも同じことだ。こんなのは大したことねえ」
僧侶「そんなことーーー」
勇者「敵。化け物。それだけだ。やり方はこれまでと同じだ(そう、同じだ。ほら、やれよ)」ザッ
ゴシャッッ!
勇者「…ゲホッ…うおぇぇっ…」ビチャビチャ
僧侶「(……無理だ。あんなの耐えられるわけがない。心が、壊れてしまう)」
勇者「はぁっ…はぁっ…ッ、ああッ!!」ブンッ
ズシャッッ
勇者「…はぁっ…はぁっ…」
魔女「随分と辛そうじゃない。そんなものに囚われていたら王……龍を殺せないわよ」
勇者「……」
魔女「これまでをなかったことにするのよ。過去を、罪を、これまでの全て斬り捨てるの」
魔女「そうすることでしか王は殺せない。そうすることでしか、人間を超越出来ないのだから」
勇者「少しは黙ってろ」ブンッ
ズドンッッ
魔女「頑張るわね。彼、まだ保ってる」
僧侶「……何で、あんなことを」
魔女「彼の過去、彼の罪を洗い流すため」
僧侶「過去、罪……」
勇者『ある日、森で行き倒れてる男をガキが助けた。その男がお尋ね者の野盗の一人だとも知らずにな』
勇者『傷が癒えて村を立ち去ると、そいつは仲間を引き連れて戻って来た。で、村を襲撃して占拠した』
勇者『男は殺され、女は犯され、子供は玩具にされた。野盗を助けたクソガキも一緒に』
僧侶「(そうか、この者の狙いは……)」
魔女「洗い流すと言うより、罪に塗れさせると言った方が正しいかしら」
魔女「あれは彼の故郷の住人。彼の所為で命を奪われ、生を弄ばれた、哀れな者共」
魔女「それを罪だと感じているから、彼は苦しんでいる。なら、身も心も罪に浸ればいい」
魔女「罪そのものとなれば苦しむ必要もない」
僧侶「(間違いない。この者は、あの人を壊すつもりだ……)」
僧侶「人として問います」
魔女「何かしら」
僧侶「貴方は、何故こんなことが出来るのですか」
魔女「人間だったら何なわけ?」
僧侶「えっ……」
魔女「貴方はバカだから知らないでしょうけど、こんな人間もいるのよ。言ったでしょ、人でなしだって」
僧侶「……」
魔女「私はずっと見ていたわ。貴方達のことを」
魔女「勇者と言われながら、陰では嫌われ疎まれ憎まれ怖れられ、それでも戦う彼の姿を」
魔女「そして、彼の傍らにいながら何もしようとしない、自分だけが人間であろうとする醜く浅ましい貴方の姿をね」
魔女「今の貴方は穢れていないわ」
魔女「身も心も綺麗なまま。何一つ穢れていない。それなのに、誰よりも穢れて見える」
僧侶「っ!!」
魔女「勘違いしないで? 別に責めてるわけじゃないの。貴方は人間だと言ってるだけよ」
魔女「貴方はどうしようもなく人間なのよ。寄り掛かることしかしない、ただの人間にすぎない」
魔女「でも、彼は違う」
魔女「ほら、あれを見てみなさいよ。人間に、あんなことは出来ない」
勇者「がああッ!!」
ゴシャッッ
僧侶「……」ギュッ
魔女「そう、人間にあんなことは出来ない。彼も私と同じ、人であって人でなし」
【#11】人間の証明
勇者「(無理矢理に呼び起こされた?)」
勇者「(違う。コイツ等は望んで蘇ったんだ。そうに決まってる。目を見れば分かる)」
勇者「(真っ暗な瞳、底無しの闇。俺が憎いんだ。そりゃそうだよな、俺が招いた死だ)」
勇者「(憎まれて当然だ。こんな風に思われているだろうと思ってた。想像していた通りだ)」
勇者「(こうして囲まれる夢は何度も見た。数え切れない程に、何度も何度も見た光景)」
勇者「(それが現実になったってだけの話だ。それなのに、何で……)」ブンッ
ズシャッッ
勇者「くそっ、何で……うっ…うおえぇッ」ビチャビチャ
僧侶「っ、あの人は、人間ですっ……」
魔女「彼が人間? 面白いことを言うわね」
魔女「過去に自らの行いによって死に追いやった者を、今は自らの手で殺めてるのよ。彼自身の意志で」
僧侶「自らの意志!? ふざけないで下さい!!」
僧侶「そうなるように仕向けたのは貴方でしょう!? 死者の御霊を操って亡者としたのも!!」
魔女「うるさい女ね」
魔女「戦うことを選んだのは彼でしょう? 私、言ったわよね? 逃げてもいいって」
僧侶「彼等を人を襲うようにしたのは貴方です!! 邪法で歪めたのでしょう!?」
僧侶「それに、あの人が逃げるわけがないと分かっているから、そう言ったのでしょう!?」
魔女「後のことなんて無視すればいいじゃない。誰が死のうが、龍さえ殺せればいいんだから」
僧侶「~~っ!!」
魔女「実際、彼も半端なのよ」
魔女「口では人を見下すようなことを言いながら、人間を切り捨てることが出来ていない」
僧侶「口では何と言おうが、あの人は貴方が思うような人ではありません!!」
魔女「へえ、知ったような口を利くじゃない。貴方に彼の何が分かるわけ?」
僧侶「それは……」
魔女「誰よりも近くにいながら理解しようともしなかった貴方に、そんな人間に、彼の何が分かるの?」
魔女「それとも何? 少し優しくされたからって彼を優しい人だとでも思ったわけ? 頭の軽い女ね」
僧侶「ち、違っーーー」
グイッ
僧侶「!?」
勇者「あんまり離れるな」
僧侶「あっ…」
勇者「あの女と話すだけ無駄だ。あいつの言葉に耳を貸すな。もうすぐ終わるから待ってろ」
僧侶「(目に光が……駄目、このままでは……このままでは壊れてしまう)」
魔女「(そろそろね)」スッ
ズズズ
僧侶「(……若い男女? 先程の村人よりも姿形が生前に近い。何を利用して呼び出したの)」
勇者「あれで最後か?」
魔女「ええ、それで最後よ」
魔女「貴方を人間に生んだ人間。貴方を人間として育てた人間。少年であった頃の、罪の象徴」
僧侶「っ、それでも血の通った人ーーー」
勇者「落ち着け」グイッ
僧侶「落ち着いていられるわけがないでしょう!? そんなに傷だらけになって、過去にまで傷を付けられて!!」
勇者「いいから黙ってろ」
僧侶「でも、こんなのっ……」
勇者「そんなことはいい。それより頼みがある。一度しか言わないから良く聞け」
僧侶「……」コクン
勇者「あの化け物を叩き潰した瞬間、俺をあいつの所に飛ばせ。いいな」ボソッ
僧侶「ば、化け物って!あの二人は貴方の両親なのですよ!?」
勇者「だからこそ俺がやるんだろうが」
勇者「あれは俺の生んだ化け物だ。村の連中もあの二人も俺がやらなきゃならない」
僧侶「そんなの……」
勇者「お前は何も考えるな。俺の言う通りにやれ」
僧侶「…………っ。分かりました。でも、上手く制御出来るかどうか分かりません」
勇者「それで構わねえ」
勇者「思い切り俺を吹っ飛ばせ、あの女が反応出来ない速度でな」
僧侶「そんなことをしたら貴方が……」
勇者「そのくらいのことをしねえと奴には届かない。あいつはこれまでの化け物とは違う」
勇者「つーか、俺の気が済まねえんだよ。俺が不憫だと思うなら手を貸せ。後、泣くな」
僧侶「……」
勇者「分かったな」
僧侶「……はい、やってみます」
勇者「余計なことは考えるな、お前は思いっ切りやるだけでいい。頼んだぜ」ザッ
僧侶「(私には分からない)」
僧侶「(あの人が何を思っているのか、何故あのような答えに行き着いたのか、何故そうしなければならないと思うのか……)」
僧侶「(私には理解出来ない)」
僧侶「(理解出来ないけど、あの人は本気でそれを望んでいる。それだけは、はっきりと分かる。だったら、私がやるべきことは……)」
魔女「相談は終わった?」
勇者「ああ、終わった」
魔女「その顔、本当に殺す気なのね」
勇者「元に戻すだけだ」
魔女「面白い言い方をするのね。私が元に戻したのに、それを元に戻す?」
勇者「終わった命は元には戻らない。去った者が帰ってくることもない。お前は、それを歪めた」
魔女「……」
勇者「俺はそれを正すだけだ」
勇者「在るべき場所に帰す。この世を去った者が逝くべき場所に、死者の在るべき場所に」
>>大きくなったな……
>>あの時は、こんなに小さかったのに……
僧侶「(これは恨みなんかじゃない)」
僧侶「(負の感情だけで、ここまで綺麗な姿で蘇るわけがない。呼び掛けに応じたのは)」
勇者「……」
僧侶「(子に、会いたかったから……)」
魔女「さあ、終わらせなさい」
魔女「貴方の過去を、貴方の罪を、貴方の人間性を、貴方自身の手で終わらせるのよ」
僧侶「(あの者はそれを利用して蘇らせたんだ。邪法によって蘇生術を歪め、生を喰らう亡者として……)」
勇者「……」
>>どうした?せっかく会えたのに、酷く辛そうな顔をして……
>>どうしたの?どこか痛むの? さあ、母さんに見せて?
勇者「……」
ゴシャッッ
魔女「気分はどう?」
勇者「……さっさとやれ」
魔女「?」
僧侶「(荒ぶる風よ、望みし者を望みし場所へと運びたまえ……)」
魔女「法力の高まりを感じる。何をするつもり? 貴方の術法が私に通じるとでも?」
僧侶「私ではありません。貴方を裁くのは……」
勇者「ぐッ!?」グォッ
魔女「(彼に、風術法を……)」
勇者「こいつはいい。正に、あっという間ってやつだ」
魔女「(目が生きている。これは彼の考えた策ね。まったく、相変わらず無茶をするんだから)」
勇者「よお、やっとお近付きになれたな」
勇者「散々上から好き勝手言ってくれたな。俺は見下ろされるのが大嫌いなんだ」
魔女「(今からでは間に合わないわね)」
勇者「何とか言えよバカ女」
魔女「……そうね。次からは気を付けるわ」
勇者「さっきも言ったろ、お前に次はねえ。くたばれ」
ドズンッッ
勇者「(何だ、この感覚は……)」
魔女「ふふっ、何の保険もなく貴方に会いに来ると思った? バカね」
勇者「どんな術法を使ったのか知らねえが、次も同じだ。次も殺す」
魔女「それは、楽しみね」
勇者「……」
魔女「それじゃ、また会いましょう。私の愛する人でなし」
サァァァァ
勇者「言ってろ、人でも魔でもない半端者が」
ヒュゥゥゥ ドンッ!
勇者「…ゴフッ…」
僧侶「!!」タッ
勇者「(……流石に高すぎたか。あの人の力がなけりゃあ死んでたな)」
勇者「(しかし、術法ってのはえげつねえな。飛んだ瞬間に血ぃ吐いたし右手はズタズタだ)」
僧侶「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
勇者「うるせえ。少し休めば動ける」
僧侶「意識があって良かった。今から治療します。じっとしていて下さいね?」
勇者「いい、このままでいい。このままで……」
僧侶「……」
勇者「………なあ、あの魔女とかいう化け物は消えたのか? あれも術法か?」
僧侶「はい、あの者の気配は消えました。あれはおそらく、何かを器にして自己を投影したものだと思います」
勇者「投影か、便利なもんだな……」
僧侶「……」
勇者「……」
僧侶「……貴方がやったことは間違っていません」
勇者「はあ?」
僧侶「貴方が幾ら自分を責めようと、人を救おうとしたことは決して間違いではありません」
僧侶「咎を負うべきは貴方ではなく、善意を踏みにじった者、悪意に塗れた者……化け物です」
僧侶「何の慰めにもならないかもしれませんけど、私はそう思います。だから、その……」
勇者「分かったから泣くな。お前も少し休め」
僧侶「……はいっ」グシグシ
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「?」
勇者「腹が減ったな」
僧侶「ふふっ……はい、兎以外なら何でもいいです」ニコッ
勇者「そっか。じゃあ、兎にする」
僧侶「貴方に任せます」
勇者「はっ、そうかよ」
僧侶「(……こんなに弱々しい笑みを見るのは初めてだ。私は、この人を癒せるだろうか?)」
僧侶「(あの時、司教様に傷を癒せと命じられた。それから、時に寄り添うようにとも)」
僧侶「(けれど、過去の傷を癒すことは出来ない。心に刻まれたものは、如何なる術法でも消せはしないのだから)」
【#12】 糸
勇者「……」
僧侶「…………いきますよ」
勇者「ん」
チクチク
勇者「……」
僧侶「……ふ~っ。はい、終わりました」
勇者「ん、上手いもんだな」
僧侶「あっ、まだ縫ったばかりです。あまり動かさないで下さい」
僧侶「激しく動けば簡単に切れてしまいますから、そういう行動は極力控えて下さいね」
勇者「何処に行っても化け物だらけの世の中だ。控えようにも向こうから寄ってくる」
勇者「でもまあ、そうなったら左手で振ればいいだけの話しだ。縫ってくれてありがとよ」
僧侶「(何でわざわざ縫わせたりしたんだろう? 治癒術法を使えばすぐに治るのに……)」
勇者「あんまり術法には頼りたくねえんだよ」
僧侶「……何も言ってません」
勇者「言わなくても顔に出てる」
僧侶「うっ……そんなに分かりやすいですか?」
勇者「そうだな」
勇者「分かりやすいって言われる人間の中でも特に分かりやすい部類なんじゃねえか? 稀少種ってやつだな」
僧侶「稀少種……」
勇者「嫌そうだな。珍獣の方が良いか?」
僧侶「もっと嫌ですよ」
勇者「ははっ、だろうな」
僧侶「(笑ってる。まだ無理してそうだけど、さっきよりは良くなったのかな?)」
勇者「何だよ。珍獣でも不満なのか?」
僧侶「稀少種も珍獣も嫌です」
僧侶「というか、私のことはもういいです。それより何で拒否したんですか?」
勇者「(コイツ、術法使えるのに知らないのか?)」
僧侶「どうしました?」
勇者「(知らない、わけじゃないな。まさか教えられていないのか? 質の悪い奴等だ……)」
僧侶「?」
勇者「いや、何でもねえ。気分だ、気分」
僧侶「気分って……」
勇者「さっきの奴等は俺が作った化け物だ」
勇者「この傷を綺麗さっぱり消しちまったら全部が無かったことになっちまう気がする。だから、これでいい」
僧侶「……」
勇者「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ。隠したって頭透けてんだから意味ねえぞ」
僧侶「……聞かないようにと思っていましたけど、貴方は初めて会った時に穢れた身と言っていました」
勇者「言ったっけ。まあいいや、それで?」
僧侶「その…過去が原因なのかなぁと……」
勇者「お前、俺の体を見たんだろ?」
僧侶「……はい、見ました」
勇者「だったら言わなくても分かるだろ。多分、お前の想像通りだ」
僧侶「そう、ですか……」
勇者「自分で聞いといて落ち込むんじゃねえよ。めんどくせえ女だな」
ポカッ
僧侶「あたっ」
勇者「前にも言ったよな、お前は自分のことだけを考えろ。下らねえことは考えるな」
僧侶「下らないって、そんな……」
勇者「何にせよ昔のことだ。何をどうしようと変えられない。お前が悩む必要もない」
僧侶「……」
勇者「少し休む。お前も休め、さっきのバカ女と話して疲れたろ」ゴロン
僧侶「あ、はい」
勇者「……」
僧侶「(考えてる通り……)」
僧侶「(背中にあった烙印。あれは多分、咎人の烙印か奴隷の烙印)」
僧侶「(随分と前に図書館で見た覚えがある。あの印はそういう類いのものだったはず)」
僧侶「(村を襲ったのは野盗だと言っていたから、きっとどこからか奪ったものを使って……)」チラッ
勇者「……」
僧侶「(どんな思いで生きてきたんだろう)」
僧侶「(家族を失い、故郷を失い……考えるなと言われても、そればかりを考えてしまう)」
僧侶「(きっと、元々は違っていた。少なくとも人を信じることが出来る人間だったはずだ)」
勇者「……」
僧侶「(同情していないと言えば嘘になる。でも今は、同情よりも疑問の方が強い)」
僧侶「(善行を働いた人間が、何故それ程までに苦しい思いをしなければならないのだろう?)」
僧侶「(それすらも神の御意志だと言うの?この人がこうなってしまったことも?)」
僧侶「(……こんなこと、今まで考えたことがなかった。教会の中で祈りを捧げていた頃は疑問なんて持ったこともなかった)」
僧侶「(私は何も知らなかった)」
僧侶「(人と人とは慈しみ愛し合うものだと思っていた……でも、そうじゃなかった)」
僧侶「(それを突き付けられたのは、あの村だ)」
僧侶「(村の長老や一部の男性は、自らが助かる為に女性や子供を差し出し、自分達だけは助かろうとしていた)」
勇者「……」
僧侶「(この人が言ったことを否定したのは、認めたくなかったから……)」
僧侶「(本当は薄々気付いてた。異常なまでの怯え、その不自然さ、村人の様子のおかしさに)」
僧侶「(そんなはずはないと思いたかった。そうではないと信じたかった。勘違いだと言い聞かせて目を逸らした)」
僧侶「(だから、この人が剣を抜いた時、私は止められなかった)」
僧侶「(止められなかった? 違う、きっと止めなかったんだ。そう、私は止めなかった)」
僧侶「(この人が村長を斬った時、それは間違っていると思いながら、どこか正しいと思っている自分がいた)」
僧侶「(その瞬間、自分が酷く醜いものになった気がした。私は怖ろしくなって、また逃げた)」
僧侶「(何も知らない振りをして、全てをこの人に覆い被せて……)」
僧侶「(その癖、殺したのは間違っていると責め立てた。自分は正しい、間違っていない、そう思いたかった)」
僧侶「(自分が思い描いていた人間、自分の中に描いていた綺麗な世界。それらが崩れ去ってしまうことが何よりも怖ろしかった)」
僧侶「(もしかしたら、この人を責めることで楽になりたかったのかもしれない……)」
魔女『今の貴方は穢れていないわ』
魔女『身も心も綺麗なままで何一つ穢れていない。それなのに、誰よりも穢れて見える』
僧侶「(……あの魔女の言う通りだ。私は醜い。もう、何を信じればいいのかさえ分からなくなってきてる)」
勇者「……」
僧侶「(自分の足で歩むことが出来ないから、縋らずには生きていけないから、だから、この人が嫌いだったのかもしれない)」
勇者「ん、そろそろ行くか」
僧侶「(私には、もう……)」
勇者「どうした?」
僧侶「あのっ」
勇者「あ?」
僧侶「(打ち明けよう。全てを打ち明け……打ち明けてどうなるの?)」
僧侶「(自分が楽になりたいから? また自分? 結局は自分が助かりたいだけ?)」
勇者「おい、本当に大丈夫かお前? 顔色が酷いことになってんぞ」
僧侶「ごめんなさい……」
勇者「はぁ?」
僧侶「村でのこと、本当は知ってて……でも言えなくて……狡くて、ごめんなさい……」ポロポロ
勇者「何言ってるか全然分かんねえ」
僧侶「もう私、何を信じたらいいのか……」
勇者「ちょっと待て、何で急にそんなことになるんだよ。何かあったっけ?」
僧侶「……多分、考えないようにしてたんだと思います。それが急に、ぶわって溢れてきて……自分でも分からなくなって……」
勇者「いや、意味が分かんねえ。考えないようにって何を? 溢れてきたって何が?」
僧侶「……自分です」
勇者「はぁ?」
僧侶「……あんなことを言って貴方を責めたりして、気付いていたのに、本当にごめんなさいっ」
勇者「(気付いていた。俺を責めた………ああ、なるほど、そういうことか)」
僧侶「……私、本当に……」ポロポロ
勇者「おい」
僧侶「?」
勇者「過ぎたことは気にすんな」
僧侶「そんなの無理ですっ」
勇者「(即答かよ)いいから気にすんな。急に外に出たから面喰らってるだけだ」
僧侶「へ?」
勇者「お前は外の世界に戸惑ってるんだよ」
勇者「旅する前はずっと教会の中で生きてきたんだ。そうなっても仕方ねえさ」
僧侶「……そう、なんでしょうか……」
勇者「多分な。それにほら……」
僧侶「?」
勇者「なんつーか、その……」
勇者「俺と一緒にいて色々と汚えもん見せられたから、今までいた場所との違いに付いて行けてねえんだよ」
勇者「だからもう気に病むな。この先も付いて来る気なら先のことだけを考えろ。引き摺るな」
僧侶「……グスッ…はぃ…」
勇者「というか、お前は何もしてねえんだから悩む必要も泣く必要もねえだろうがよ」
僧侶「だから、悩んでたんです……」
勇者「……そうか。じゃあ、これからは何かしろ」
勇者「別に特別なことをしろってわけじゃねえ。お前が出来ることをすりゃあいい」
僧侶「……私の、出来ること?」
勇者「裁縫とか出来んだろ。この服だってお前が作ったんだし、役に立ってる」
僧侶「ほんとう?」
勇者「……本当だよ」
僧侶「うそなんだ……」
勇者「うるせえな!本当だって言ってんだろ! 火傷は治したし、さっきは俺を飛ばしただろうが!役に立ってるから泣くな鬱陶しい!!」
僧侶「うぅ~…」
勇者「……それは嬉しくて泣いてんのか、情けなくて泣いてんのか」
僧侶「りょうほうです……」
勇者「……ならいい。そろそろ行きてえんだけど歩けそうか?」
僧侶「……どうやら無理そうです」
勇者「お前が泣き止むのを待ってたら日が暮れるな。おぶってやるから来い」
僧侶「でも、なみだとか、はなみずとか……」ズビッ
勇者「うっせえな! いいから来いって言ってんだよ!!」
僧侶「は、はいっ!」
ギュッ
勇者「よし。んじゃ、行くぞ」ザッ
勇者「……」
僧侶「……あのぅ」
勇者「あ?」
僧侶「……色々とごめんなさい」
勇者「うるせえ」
僧侶「……ほんとにごめんなさい」
勇者「分かった。もういいから休んどけ」
僧侶「……はい」
勇者「………おい」
僧侶「?」
勇者「次からはそうなる前に話せ。ガキの相手してるみたいで面倒臭えから」
僧侶「……ありがとうございます」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「……」
僧侶「……あの、ありがとうございます」
勇者「分かった。もう分かったから黙ってろ」
※※※※※※
ここで私はただ一つの側面から罪が積極性であることを解明できるだけである。
罪を構成しているものは神の概念によって無限にその度が強められた自己であり
したがってまた行為としての罪についての最大限の意識である。
・・・・・・・
罪が神の前に起こるというのが、罪における積極的なものである。
キェルケゴール『死に至る病』
【#1】
僧侶「スー…スー…」
勇者「(泣き疲れて寝たのか?)」
勇者「(ったく、怒ったり泣いたり浮き沈みの激しい女だな。これだからガキは嫌なんだ)」
魔女『使えない道具なら捨ててしまえば良いのに、バカみたい』
勇者「(……その通りだ)」
勇者「(こんなに手間の掛かる奴は捨てればいい。足枷になるなら、いない方がマシだ)」
勇者「(相容れない考え。育った環境も違う。互いに分かり合うことなんて出来はしないだろう)」
僧侶「…んっ…うぅ…」
ぎゅぅぅ
勇者「(……あの人は、俺を見捨てなかった)」
勇者「(どう考えても足手まといでしかない俺を、あの人は傍に置き続けた。最期まで……)」
勇者「(なぜ俺だったのかは分からない。ただ、決して投げ出すような真似はしなかった)」
僧侶「ん~っ…」
勇者「(なら俺は? 何でコイツを背負う?)」
勇者「(自分より弱いものを守りたいと? あの人のようになれるとでも思っているのか?)」
勇者「馬鹿か俺は……」
勇者「(今更になって綺麗に生きようとでも? 馬鹿げてる。甘っちょろい理想なんてものはあの日に捨てたはずだ)」
勇者「(俺はあの人のようにはなれない。守るだとか背負うだとか、そんなこと、俺には……?)」
ガガッ ガガッ
勇者「(あの身なり、何処かの騎士か)」
>>その方は怪我人ですか!?
勇者「いえ、眠っているだけです。貴方は?」
騎士「……」
勇者「どうしました?」
騎士「い、いえっ……申し遅れました。私は騎士。此処より北にある街から参りました」
勇者「そうでしたか、私はーーー」
騎士「勇者様、でしょう?」
勇者「何故それを?」
騎士「国王及び教皇による勇者への協力要請、その中には似顔絵もありましたからね」ニコリ
勇者「(何が似顔絵だ、つまりは人相書きじゃねえか。大方、後で始末する為に顔を広めたんだろう。笑わせやがる)」
騎士「如何しました?」
勇者「いえ、まさかそこまで広まっているとは思ってもいませんでしたから……」
騎士「勇者様の似顔絵が届いたのはつい最近のことです。ご存知ないのも無理はありませんよ」
勇者「ところで、貴方は何故こんな所に? 他の騎士の方々の姿が見えませんが?」
騎士「既に鎮火しているようですが、昨夜、山火事が発生したとの情報が入りました」
騎士「それから、龍が飛び去るのを見たという情報も。北の騎士団は、双方の関連性について調査に来たのです」
勇者「貴方お一人で、ですか?」
騎士「いえ。勿論、他の騎士も来ています」
騎士「ただ、少しばかり騎士団内部で問題がありまして……それに、龍絡みとなると中々……」
勇者「(怖じ気づいたのか、腰抜け共が)仕方ありませんよ。誰にでも怖れはある」
騎士「貴方にも」
勇者「?」
騎士「貴方にも、怖れはありますか?」
勇者「(あるわけねえだろ)私にはありません」
騎士「……お強いのですね」
勇者「そんなことはありませんよ。私一人では此処まで来ることは出来ませんでした」
勇者「彼女が……」
僧侶「スー…スー…」
勇者「僧侶さんがいてくれなければ、こうして立っていることも出来なかったでしょう」
騎士「………が」
勇者「何か?」
騎士「いえ、何でもありません。お二人は何処へ?」
勇者「北の街を目指していた所です」
騎士「そうでしたか!」
騎士「ですが、少々困りましたね。すぐにでも送って差し上げたいところですが調査がーーー」
勇者「調査の必要はありません。龍は私の前に現れました」
騎士「……そうでしたか。その右腕の傷、その服装はそういうことでしたか」
勇者「詳しいことは道々お話しします。街まで送って頂けませんか」
騎士「分かりました」
騎士「では、申し訳ありませんが少々お待ち下さい。すぐに迎えに参りますので」
勇者「ありがとうございます」
騎士「っ、頭を上げて下さい! 礼を言わなくてはならないのは私の方です!!」
騎士「微力ではありますが、貴方のお役に立てることを心より光栄に思っています……」
勇者「(めんどくせえ、堅っ苦しい、話は長え。だから嫌なんだよ、こういう奴って)」
騎士「では、後ほど」
ガガッ ガガッ
勇者「………行ったか。おい」ユサユサ
僧侶「んっ…」
勇者「もう大丈夫か」
僧侶「えっ? はい、大丈夫です……」
勇者「どうした? 何かあるなら言え」
僧侶「いえっ、本当に何でもありません。何ともないです。大丈夫です」
勇者「あ、そう」
僧侶「(はぁ、また寝ちゃった……金棒と鉄板に加えて私まで……重かっただろうな……)」
勇者「お前が眠ってる間に北の街の騎士と会ってな、そいつが今から迎えが来る」
僧侶「迎え? というか、何で騎士がこんな所に来たんです?」
勇者「説明は後でする。ともかく、北の街まで乗せてってくれる。後、腕痺れたから降りろ」
僧侶「あっ、ごめんなさい。今降ります」ストッ
勇者「いいか、迎えに来るのは騎士だからな。失礼のないようにお行儀良くしてろよ」
僧侶「……」
勇者「何だよ」
僧侶「何でもないです」
勇者「そうかよ。つーか遅えな、早く来いよ」
僧侶「(この人、外見と外面はすっごく良いからなぁ。見惚れる程に綺麗な顔してる。顔は、だけど)」
僧侶「(それから、細かな動作まで計算したような演技。それが男女問わず惹きつける。一体どこで身に付けたんだろう?)」チラッ
勇者「……」
僧侶「………演技じゃなくて、普段もあんな感じなら良いのになぁ」ポツリ
勇者「聞こえてんだよバカが」
ポカッ
僧侶「あたっ」
勇者「余計なこと言ってねえで大人しく待ってろ。しばらく口喧嘩はナシだ、いいな」
僧侶「……」
勇者「早速無視ですか、良い度胸ですね」
僧侶「へっ? いや、ちゃんと聞いてます。大丈夫です。ただ、ちょっとぼ~っとしちゃって……」
勇者「気を抜くな。迎えに来るのが人間だからって油断するなよ。何があるか分かんねえぞ」
僧侶「……はい。それは『分かっています』」
勇者「そうか、ならいい」
僧侶「(やっぱり、ちょっとだけ違う。森で私が泣いた時も、さっき頭を叩いた時も……)」
僧侶「(何て言うか、優しかった。ような気がする。最初の頃に比べたらだけど)」
ガラララ
勇者「お、来たな」
僧侶「あ、馬車ですね。久し振りだなぁ……」
勇者「お前と旅に出てから二、三日で化け物にぶっ壊されたからな。お前が馬車に魔除け水使うの忘れた所為で」
僧侶「違います!あれは大型の魔物だったので効力がーーー」
勇者「馬車は壊され馬は喰われて大変だったな。その後、お前は終わった後も吐いてたっけ。懐かしいな」
僧侶「そろそろ口調を変えないとバレますよ」
勇者「うるせえな、分かってるよ」
【#2】殉教者
騎士「お待たせしました」
勇者「いえ。しかし、わざわざ馬車を用意することは……」
僧侶「(また心にもないことを言うんだから。私以外の人にはいつもこれだ)」
勇者「僧侶さん、どうしました?」ニコリ
僧侶「(うわっ、バレてる。何で分かるのかな? まさか読心術とか使えるんじゃ……)」
勇者「僧侶さん?」
僧侶「いえ、何でもありません。騎士さん、わざわざありがとうございます」ペコッ
騎士「いえ、礼には及びませんよ。お二人共お疲れでしょう。さあ、乗って下さい」ニコリ
僧侶「(綺麗な人だなぁ。凜々しくて、物腰は柔らくて……格好いい女性って感じだ)」
騎士「あの、私に何か?」
僧侶「えっと、初対面でこんなことを言うのは何ですが、とても綺麗な方だなと思いまして」
勇者「(何言ってんだこのバカ……)」
騎士「……」
勇者「申し訳ありません。お気を悪くしたのなら謝罪します」
騎士「っ、ふふっ、あははっ」
勇者「?」
騎士「いえいえ、此方こそ申し訳ありません」
騎士「まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったもので、少々驚いてしまっただけです。面白い方ですね」
僧侶「あ、ありがとうございます?」
勇者「(褒めてねえよバカ)」
騎士「ふふっ、お話しは中で聞きます。さあ、どうぞ」
勇者「はい、ありがとうございます」
僧侶「ありがとうございます」ペコッ
トコトコ
騎士「……」ザッ
コツコツ バタン
騎士「っと…」
勇者「僧侶さん、少し詰めて下さい」
僧侶「あっ、はい。騎士さん、どうぞ」ススッ
騎士「ありがとうございます」トスッ
勇者「これの所為で窮屈になってしまいました。申し訳ありません」
騎士「い、いえ、それ程のものでなければ魔物を相手に出来ないのでしょう?」
騎士「単体ならばともかく、複数を相手取るとなれば通常の刀剣では歯が立たない。大型のものであれば尚更のことでしょう」
勇者「貴方が理解のある方で助かります」
騎士「どういうことですか?」
勇者「大半の方は良い顔をされませんから……」
騎士「何故です?」
勇者「物騒、粗野、野蛮。おおよそ、勇者と呼ばれる者が帯びるに適したものではない、と」
騎士「そうでしたか……」
騎士「魔物の怖ろしさ、貴方が歩む道の過酷さ。それを知らない方にはそう見えるのでしょうね」
勇者「(知ったような口を利きやがって)」
騎士「では、出発しましょうか」
勇者「はい、宜しくお願いします」
騎士「全員乗った。出してくれ」
>>了解しました。
ガラララ
勇者「早速ですが、私の見聞きしたことをお話しします」
騎士「そう急がずとも街に到着してからでも構いません。少しばかり休んでは如何ですか?」
勇者「到着してからでは貴方を拘束してしまう。本来の職務に支障が出てしまうでしょう」
騎士「な、何を仰います。私に、一介の騎士に、そこまで気を遣わなくともーーー」
勇者「気遣いだけではありませんよ?」
騎士「?」
勇者「個人的に、これ以上貴方のご好意に甘えるのは気が引けるのです」ニコリ
騎士「ふふっ、遠慮なさらなくてもいいのに……あっ…し、失礼しました」カァァ
勇者「いえ、お互い力を抜いて話しましょう。その方が休まります」
騎士「そ、そうですか?」
勇者「ええ。僧侶さんもそうでしょう?」
僧侶「えっ!? あ、はい。私もいつも通りに接して頂いた方が……その、楽といいますか」
勇者「だそうですよ?」ニコッ
騎士「お、お気遣い、ありがとうございます」
僧侶「(あ、顔が真っ赤だ。きっと照れてるんだろうな。こんなに綺麗な人を容易く……)」チラッ
勇者「……」ニコニコ
僧侶「(何ですか、その好青年風の爽やかで涼やかな微笑みは……この、猫被りめっ!)」
勇者「どうしました?」
僧侶「何でもないです」
騎士「……取り乱して申し訳ない。では勇者様、お願いします」
勇者「分かりました」
勇者「先程お話しした通り、私の前に龍が現れました。無論、その目的は私を抹殺することです」
僧侶「(えっ?)」
勇者「その際に、森は龍の炎で覆われたのです」
勇者「その後は僧侶さんの助けもあり、何とか龍を退けることが出来ました。深手は負いましたが」
騎士「……他には何かありましたか?」
勇者「北の山村で待つと、そう言っていました。龍については以上です」
騎士「龍については? まさか他にも?」
勇者「はい。実は今朝、魔女と名乗る者に襲撃を受けました。熟達した術法の使い手です」
勇者「虚を突いて倒したかと思いましたが、僧侶さんによれば、あれは実体ではないとのこと」
騎士「身体的特徴や人相は分かりますか?」
騎士「まだこの辺りに潜伏しているかもしれません。我々もお役に立てるかと思います」
勇者「残念ながら、これといった特徴はなく、顔を隠していたので人相は分かりませんでした」
騎士「……そうですか。しかし、龍に加えて魔女ですか。厄介な相手ですね。関連性は?」
勇者「私個人の考えでは無関係だと思われます」
勇者「龍の配下。もしくは崇拝する者であるのなら私を抹殺しようとするはずです」
騎士「勇者様の抹殺が目的ではなかったと?」
勇者「ええ。挑発行為が主で、それ以外には何もありませんでした。魔女の目的は不明です」
騎士「目的不明の挑発行為、ですか。差し支えなければ内容を教えて頂けませんか?」
勇者「あくまで個人的なことですので、捜査に必要な情報ではないかと思います」
騎士「っ、そうでしたか、申し訳ありません」
勇者「いえ。大してお役に立てず申し訳ない」
僧侶「(何で隠したんだろう。この人なら力になってくれるかもしれないのに。疑ってるのかな……)」
勇者「私が見聞きしたものは以上です」
騎士「ご協力感謝致します。では街に到着次第、宿に案内します」
勇者「何もそこまで……」
騎士「それくらいはさせて下さい。私もこれ以上、貴方の好意に甘えるのは気が引けますので」ニコリ
勇者「分かりました。では、お願いします」
騎士「はい、お任せ下さい。それから、大変申し上げにくいのですが……」
勇者「何でしょう?」
騎士「少しばかり、手を貸して欲しいのです」
勇者「それは、先程言っていた騎士団内の問題に関係することですか?」
騎士「ええ、そうです」
騎士「話だけでも聞いて頂けると助かります。知恵を貸して欲しいのです」
勇者「(めんどくせえな)構いませんよ? 私で良ければ力になります」
騎士「あ、ありがとうございます!」
騎士「それについては街に到着して宿に案内してからと言うことで……宜しいですか?」
勇者「ええ、分かりました。僧侶さんもそれで構いませんか?」
僧侶「はい、私もそれで構いません。お世話になったお礼もまだですから」
騎士「ありがとうございます……」
僧侶「(ん? 何だろう。うっすらとだけど力を感じる。どこからか見られて……あ、消えた)」
騎士「しかし、龍が自ら姿を見せるとは……」
騎士「自らが赴き、決戦場所を指定。それが最北端の山村ですか。何とも厳しい道のりですね」
勇者「承知の上です」
騎士「……そう言えば、あの村は先の勇者様が亡くなった場所でしたね」
僧侶「えっ?」
騎士「ご存知ではなかったのですか?」
僧侶「その、術法の勉強ばかりに明け暮れていて、恥ずかしながら世情に関してはあまり……」
騎士「と言うことは、僧侶様は世とは隔絶された場所に? 修練場や、それに近い場所に?」
僧侶「いえ、王都近辺にある司教区です」
僧侶「隔絶と言いますか、世に飛び交う言葉には耳を傾けぬようにと教えられてきました」
僧侶「噂や憶測など、人心を惑わし混乱させるようなものは信仰を揺らがせる、と」
勇者「(なる程、通りで甘っちょろいわけだ)」
僧侶「あのっ、騎士さん」
騎士「はい?」
僧侶「先の勇者様が北の山村で亡くなったというのは事実なのですか?」
僧侶「その辺りの事情に関しては無知なもので、教えて頂けると助かります」
騎士「は、はい。私が知りうる限りのことで宜しければ……」
僧侶「是非、お願いします」
騎士「では……」コホン
騎士「先程は亡くなったと言いましたが、厳密に言うならば消息を絶った場所です」
騎士「最後に目撃されたのが北の山村近辺なので、そこが没した土地だと言うのが通説になっています」
僧侶「なる程……」
騎士「それと、これは未だ不確かな情報ではありますが、龍との戦いに敗れたという説もあります」
騎士「それを裏付けるように、先の勇者様が消息を絶ったと同じく龍が姿を消した。五年もの間」
騎士「これが勇者なき五年、龍なき五年の始まりです。混迷の世の始まりでもあります」
僧侶「正邪なき混沌の世、ですか」
騎士「ええ、それです。そして五年後の今、現在の勇者様が現れた」
騎士「ですが、それと同じく龍の目撃情報も出始めた。勇者様の現れに合わせるようにして……」
僧侶「……」
騎士「再び現れた龍の片目が潰れていることから、先の勇者様と龍が戦ったという説は有力視されています」
騎士「ですので、北端の村を聖者の墓所、殉教者の地と呼ぶ者もいます」
僧侶「聖者の墓所……」
勇者「(何が殉教者だ。好き勝手言いやがって、あの人は信仰の為に戦ってたわけじゃねえ)」
騎士「以上です」
僧侶「ありがとうございます。とても勉強になりました。お詳しいのですね」
騎士「いえ、そんなことは……」チラッ
勇者「……」
騎士「あの、勇者様」
勇者「?」
騎士「退屈だったでしょうか?」
勇者「いえ、聞き入っていただけです。とても心地良い声色でしたから、つい」
僧侶「(また歯が浮くような台詞を言ってる)」
騎士「えっ…そ、そうですか。それは良かったです……」カァァ
僧侶「(騎士さん、騙されちゃダメですよ)」
>>そろそろ到着します。
騎士「了解した」
騎士「そろそろ到着します。何だか私ばかり喋ってしまって申し訳ない……」
僧侶「いえ、そんなことはないです。本当に勉強になりました。ありがとうございます」
勇者「(やっと解放される。さっさと宿屋に入って休みてえ。飯食いてえ、水浴びてえ)」
【#3】宣告
勇者「此処ですか、良い宿ですね」
騎士「気に入って頂けたようで良かった。お部屋はどうしますか?」
僧侶「(そっか、今日はお布団で眠れるのか。ここ最近は野宿だったから嬉しいなぁ)」
僧侶「(村では雑魚寝だったけど今日は違う。一人でゆっくり眠れるんだ)」
勇者「一部屋で構いません。ね、僧侶さん」
僧侶「はい。って、えっ!?」
騎士「……本当に一部屋で宜しいのですか? 僧侶様は別々の部屋が良さそうですが」
勇者「別々の部屋では行動に差が出ますから」
僧侶「それはそうですけど……街ですよ?」
勇者「私を狙うのは魔物だけじゃない」
勇者「街であれ何処であれ、慣れない場所では行動を共にした方が良いでしょう」
勇者「別々の部屋で眠っている間に何かが起きたら対応に遅れが出てしまう。違いますか?」
僧侶「(ちょっと警戒し過ぎなような気もするけど)そうですね。分かりました」
騎士「では、手続きは私がしてきます」
勇者「何から何まで申し訳ありません」
騎士「いえ、お気になさらないで下さい。では」ニコリ
コツコツ
勇者「……えっ、じゃねえんだよバカが」
僧侶「(絶対言われると思った)」
勇者「ゆっくり眠れるなんて思うなよ。寝る時は時間毎に交代するからな」
僧侶「えっ、そこまでする必要はないと思いますけど……」
勇者「お前はあの村で何を見た。何を学んだ」
勇者「奴等のような化け物がこの街にいないと断言出来んのか。気を抜くなって言っただろうが」
僧侶「っ、ごめんなさい……」
勇者「別に謝らなくていい。僧侶、今から言うことを良く聞け」
僧侶「は、はい」
勇者「俺の傍にいるってことの危険性をもう少し自覚しろ。敵はどこにでもいるんだ」
勇者「龍をぶっ殺すまで付いてくる気なら、安心して眠れる夜はないと思え。それが嫌なら今すぐ帰れ」
僧侶「っ、帰りません! 私は最後まで付いていきます! 馬鹿なことを言わないで下さい!!」
勇者「手遅れになる前に聞いておく、何で付いてくる?」
僧侶「神に誓ったからです」
勇者「神なんぞどうでもいい。お前はどうだって聞いてんだ」
僧侶「……私?」
勇者「そうだ。何処の誰に誓おうが構わねえが、お前の意志はどうなんだ。それでいいって言ってんのか?」
僧侶「……」
勇者「俺の傍にいれば、この先も醜いものを見る羽目になる。化け物共による理不尽な死やら人間の獣性やらを嫌って程にな」
僧侶「っ、言われなくても分かっています」
勇者「分かってないから言ってるんだ。襲ってくるのは化け物だけじゃない」
勇者「悪意や憎悪、憤怒や悲痛、喪失と慟哭。人間も化け物も関係なく、それは起きる。今この瞬間にも起きてる」
勇者「そういった目に見えないものが次々に絡み付いて離れなくなる。俺といれば、それが続く。お前が歩もうとしてんのは、そういう道なんだ」
僧侶「……」ギュゥ
勇者「今のうちによく考えておけ。神に縋らず、自分がどうありたいかをな」
僧侶「……はい」
コツコツ
騎士「お待たせしまた。さあ、どうぞ」
僧侶「(私がどうありたいのか?)」
僧侶「(どうあるべきかではなく、どうありたいのか? そんなこと、私には……)」
騎士「勇者様、何かあったのですか?」
勇者「いえ、何も。僧侶さん、私は少しばかり話があるので先に入っていて下さい」
僧侶「はい……」
トボトボ
勇者「……」
騎士「勇者様? 如何しました?」
勇者「いえ、何でも……お話を伺うのは少しばかり休んでからでも宜しいですか?」
騎士「ええ、勿論です。では、そうですね……夕方にでも迎えに上がります」
勇者「迎えだなんてそんな……場所さえ教えて頂ければ私が向かいます」
騎士「助力を願う側としてそれは出来ませんよ」
騎士「それに、以前と比べると街並みも随分と変わりましたので迷ってしまうと思います」
勇者「……そうですか。では、お願いします」
騎士「はいっ。では、後ほど」ニコリ
コツコツ
勇者「街並みが変わった、か……」
ガヤガヤ
勇者「(……入るか。あのまま一人にすると、また余計なことを考えて泣き出しそうだ)」
【#4】手を握る
僧侶「(お前はどうしたいのか……)」
僧侶「(これまでは付いて行くのに必死だったから、こんな風に考える時間なんてなかった)」
シーン
僧侶「(静かなのに、何だか落ち着かないや)」
僧侶「(神に縋るのではなく、信仰も誓いも関係なく、私自身の気持ち……まず、これまでのことを思い出してみよう」
勇者『ッ、下がってろ!』グイッ
僧侶『きゃっ!』ドタッ
グサッ
勇者『ってえな……死ね、クズ共』
ザンッ ゴロンッ
僧侶『っ!!』ビクッ
勇者『何してる。さっさと立て』
僧侶『あの、血が出ています。治療しないと……』
勇者『そんなもん必要ねえよ。まだ終わってねえんだ。死にたくなかったら離れるな』
僧侶「(うん、あの人の役には立ってない。自分で言ってて悲しくなるけど、これは事実だ)」
僧侶「(傷を癒やしたのなんて龍が現れた時だけだし、術法援護したのは魔女が現れた時だけだ)」
僧侶「(改めて考えると邪魔でしかない)」
僧侶「(あの人の性格からして、今まで放り出さなかったのが不思議なくらいだ)」
勇者『今のうちによく考えとけ。神に縋らず、自分がどうありたいかをな』
僧侶「……必要ないって、ことなのかな」
僧侶「(きっとそうだ。直接そうは言わなかったけど、そういうことなんだ)」
僧侶「(それはそうだよね。これから先はもっと厳しくなるだろうし、ましてや龍なんて……)」
ガチャ パタンッ
勇者「……」
僧侶「えっ? あっ…」グシグシ
勇者「何だお前、また泣いてたのか」
僧侶「な、泣いてないです。ただ、ちょっと泣きそうになってただけです」
勇者「同じようなもんだろ。何で泣いてた。そうなる前に話せって言っただろ」
僧侶「必要ないのかな、とか思って……」
勇者「何でそうなるのか分かんねえ。俺はどうしたいのか考えろって言っただけだろうが」
僧侶「……だって」
勇者「あ?」
僧侶「っ、だってどう考えても足手まといだから! だから、必要ないのかなって思って……」
勇者「その辺の自覚はあったんだな。ないのかと思ってた」
僧侶「私だってそれくらい分かります!」
僧侶「私が何よりも分からないのは、何で今まで私を放り出さなかったのかです!!」
勇者「何でお前が怒鳴るんだよ」
僧侶「だってそうでしょ!?」
勇者「え、意味分かんねえ。何言ってんの?」
僧侶「いつもバカバカ言って、邪魔だとか役立たずだとか……それなのに自分で考えろとか……」
勇者「大丈夫? 医者呼ぼうか?」
僧侶「~~~っ!!」
勇者「冗談だよ、少し落ち着け」
僧侶「……別に? 落ち着いてますけど?」ズビッ
勇者「ガキかお前は……」
僧侶「私がガキなら貴方もガキです。年齢なんて二つ三つしか違わないのに大人ぶっちゃって……」
勇者「なにを拗ねてんだ。つーかお前って幾つだっけ」
僧侶「もうすぐ17です」
勇者「じゃあ16じゃねえか。下らねえ見栄張るんじゃねえよ」
僧侶「……」
勇者「……はぁ、隣座るぞ」トスッ
僧侶「もう座ってるじゃないですか」
勇者「僧侶」
僧侶「は、はいっ!?」
勇者「さっきああ言ったのは、お前が考えているような理由で言ったんじゃない」
僧侶「じゃあ、何で?」
勇者「危ういと思ったんだ」
僧侶「危うい……」
勇者「誓いのため、神のため、信仰のため。そんなんじゃ、いつか必ず押し潰される」
勇者「がんじがらめになって、息詰まって、自問自答を繰り返す。それで最期は、背負ったものに潰されちまうんだ」
僧侶「……」
勇者「いいか、戦いの中に縋るものなんてありはしない。自分で何とかするしかないんだ」
勇者「縋るなって言ったのはそういうことだ。自分を何かに預けるな。それはお前の命だろ?」
僧侶「(私の、命……私の、戦う理由)」
勇者「(また何か考えてるな)ほら、話は終わりだ。ちょっと付き合え」
僧侶「えっ? どこに行くんですか?」
勇者「買い物だ。おら、さっさと行くぞ。夕方までには帰って来なけりゃならないんだ」
僧侶「でも、ご飯とかお風呂とか……」
勇者「飯は外で食えばいいだろうが、風呂はもう少し我慢しろ」
僧侶「あのぅ」
勇者「何だよ?」
僧侶「お留守番してちゃダメですか? 人混みとか苦手なので行きたくないです」
勇者「……」イラッ
僧侶「それに、貴方から言われたこともあります。今度はしっかり落ち着いて考えられると思います」ハイ
勇者「面倒くせえな、いいから来い」グイッ
僧侶「えっ、ちょっ……一人で行けば良いじゃないですか! 留守番くらい出来ますよ!?」
勇者「お前を一人にしておくと碌なことが起きないんだよ! 目を離すとすぐに泣くだろうが!!」
僧侶「もう泣きません!」
勇者「まるで信用出来ねえ。今朝方同じようなこと言ってたろ、お前」
僧侶「うっ…」
勇者「少しは外を見ろ。そうすりゃあ違ったもんが見えるかもしれねえだろ」
僧侶「(最初からそう言ってくれればいいのに、何で素直に言わないのかな……)」
勇者「ほら、行くぞ」ギュッ
僧侶「(あっ、まだ熱がある。そうだ、ちょっとだけ治癒しながら歩こう。これくらいならバレない、よね?)」ギュッ
ガチャ パタンッ
【#5】偽りなく
僧侶「わぁっ、凄いですね!」
勇者「何が?」
僧侶「人とかお店とか雰囲気とか、色々です!」
勇者「行きたくないとか言ってた割に楽しそうだな。こんな景色、珍しいもんでもないだろう」
僧侶「初めてですから」
勇者「は?」
僧侶「私、ずっと教会の中にいたんです。外に出たことなんて殆どありませんでした」
僧侶「出たとしても限られた区画だけで、これだけ人がいる場所に出たことはありません」
僧侶「私にはそれが当たり前でしたし、不満に思ったことなんてないですけどね」ニコッ
勇者「何でお前だけ?」
勇者「他の連中は外に出てるだろ。王都や近辺の街じゃあ修道女なんてそこら中で見かけたぜ?」
僧侶「多分、隠したかったんだと思います」
勇者「隠すって、お前を?」
僧侶「全属性の術法を使える人間なんていないですし、教会の中でも疎まれていましたから」
僧侶「疎まれていると言うより、気味悪がられていたと言った方が正しいかもしれません……」
勇者「……」
僧侶「世が世なら異端の者として裁かれていたと思います。或いは、悪魔や魔女として……」
勇者「術法だとか言葉を濁しても所詮は魔術だからな。よく殺されなかったな、お前」
僧侶「司教様が守ってくれたんです」
僧侶「闇に覆われつつある世界、それを案じた神の御意志。この子は御心の現れ、排斥ではなく愛すべき者であると……」
勇者「お前が神の御心? 大それたことを言う奴だな」
僧侶「後に聞いた話では、その発言の為に司教の座に留まることになったとのことでした」
僧侶「それがなければ、ゆくゆくは教皇になるとまで言われた方だったようです」
勇者「ふ~ん、あいつがねぇ」
勇者「でもまあ、言われてみれば他の奴等とは毛色が違ったかもな。俺は好きじゃねえけどな」
僧侶「相変わらずですね」
勇者「あ?」
僧侶「他人が尊敬している人をそんな風に言うなんて普通はしません。貴方らしいと言えばそれまでですけどね」
勇者「嗚呼、何て優しい方なんだ」
勇者「一人の人間の為にそこまで奉仕するなんて素晴らしい。とでも言えば良かったか?」
僧侶「嘘だと分かる上に気持ち悪いので結構です」
勇者「ほら、嘘を吐いてまで褒められたくないだろ? 心から尊敬してる人なら尚更だ」
僧侶「(好きか嫌いか褒めるか貶すか、極端な人だなぁ……中間、真ん中とかないのかな)」
勇者「なあ、一ついいか?」
僧侶「何ですか?」
勇者「司教の奴は何でお前を旅に出した?」
僧侶「……今がその力を使う時だと、司教様にはそう言われました。もしかしたら、他にも理由があったのかもしれません」
僧侶「私の存在を問題視する声は多かったですし、それに苦心している司教様を見るのはつらかったですから」
勇者「良かったな」
僧侶「え?」
勇者「そういう奴に出逢えて良かったな。お前の痛みは分かんねえけど、救われたんだろ?」
僧侶「……はい」
僧侶「一時は自分を呪ったことさえありましたけど、司教様はずっと励ましてくれました」
僧侶「いつか必ず、その力が私を救うだろうと言ってくれた……何より、居場所をくれた人ですから」
勇者「(……居場所か)」
僧侶「あの」
勇者「ん?」
僧侶「貴方にもいたんですよね。その、痛みから救ってくれた人が……」
勇者「………ああ、いた」
僧侶「どんな人だったんですか?」
勇者「俺とは真逆だ。強くて優しくて、人を守れる人だった。それから、大きな夢を持ってた」
僧侶「夢、ですか?」
勇者「争いのない、平和な世界」
勇者「みんなが笑っていられるような、そんな世界さ。そんなもん、無理に決まってんのにな……」
僧侶「……」
勇者「……手、もういいぞ」
僧侶「え?」
勇者「痛みなら引いた。もう充分だ」
僧侶「き、気付いてたんですか!?」
勇者「当たり前だバカ。俺はそこまで鈍くねえ。手を離さない時点で妙だったしな」
僧侶「少しでも楽になって欲しいからやったのに……バカって言わなくてもいいじゃないですか……」
勇者「っ、悪かったな。お陰で随分楽になったよ。ありがとよ」
僧侶「……」
勇者「何だよ」
僧侶「い、いえ。何でもないです。ホントに」
勇者「ふ~ん」
僧侶「(頭の中を覗かれている気がする……)」
勇者「まあいいや。あんまり離れるなよ」
僧侶「えっ? はい、分かりました」
勇者「じゃあ、飯でも食うか。確かこの辺りに美味い店があったんだ」
僧侶「あれ、この街に来たことがあるんですか?」
勇者「ああ、随分と前に一度だけな。この辺りはあんまり変わってねえな」
僧侶「(と言うことは、勇者になる前だよね? 先の勇者様と一緒に来たのかな?)」
勇者「お、あった。懐かしいな」
僧侶「(あ、笑ってる……勇者になる前のこの人は、一体どんな人だったんだろう?)」
【#6】外食にて
僧侶「……」モグモグ
勇者「美味いか?」
僧侶「はいっ! とっても美味しいです!」
勇者「そっか、良かったな」
僧侶「でも、全体的にちょっと味が濃いですねえ。体に悪そうな感じがします」ウン
勇者「たまに食うからいいんだよ」モグモグ
僧侶「なるほど……」
勇者「どうした? 冷めちまうぞ?」
僧侶「いえ、外には色んなものがあるんだなぁと思いまして。ちょっと衝撃を受けています」
勇者「そんなにか?」
僧侶「そんなにです!」ガタッ
僧侶「見たこともない料理、知らない味。空気、雰囲気。この街は沢山の未知で溢れています!」
勇者「そうか、それは良かったな。嬉しいのは分かるけど少し落ち着け。周りが見てる」
僧侶「あっ…ごめんなさい」トスッ
勇者「ま、気に入ったみたいで良かったよ」モグモグ
僧侶「あのっ、次はどこに行くんですか?」ワクワク
勇者「次? そうだな、剣を買おうかと思ってる」
僧侶「え~、武器なら既にあるじゃないですか」
勇者「狭い場所で使えるやつがないんだよ。開けた場所でやる分には問題ないけどな」
僧侶「あ、そっか。色々考えているんですね」モグモグ
勇者「お前はもう少し考えろ」
僧侶「うっ…」
僧侶「(よし、これからは気を付けよう)」
僧侶「(裁縫の他にも役に立てることはあるはずだ。出来ることなら術法で役に立ちたいけど、どうしたら良いかな)」ウーン
勇者「今は考えなくていい」モグモグ
僧侶「(見抜かれている……)」
勇者「そう言えば」
僧侶「はい?」
勇者「お前とこうして飯を食うのは初めてだな」
僧侶「それは王都近辺の街を突っ切って北に向かって来たからですよ」
僧侶「あの辺りは化け物が少ないから、俺がやらなくても王都の奴等がやるだろう。とか言って」ムスッ
勇者「そりゃそうだろ」
勇者「俺達は安全ではない場所に行って、安全ではない奴等を掃除する。そういう存在なんだ」
僧侶「それは、そうですけど……」
勇者「何だお前、まさか期待してたの?」
僧侶「……ちょっとだけ」
勇者「ッ、ハハハッ!」
僧侶「だ、だって仕方ないじゃないですか!」
僧侶「旅に出ると聞いたら、まずはこういうのを想像しますよ。お買い物とか、お食事とか……」
勇者「あ~、おもしれえ。他には?」
僧侶「どうせ笑われるから言いません」
勇者「笑わねえから言ってみろよ」
勇者「今なら何でも叶えられる。それに、こんな機会は二度とないかもしれないんだ」
僧侶「……髪飾りとか腕輪とか、そういうのに憧れてました」
勇者「憧れ?」
僧侶「はい。小さな頃から遊んだりする相手なんていなくて、娯楽なんて本を読むくらいでした」
僧侶「それで、本の挿し絵とかで王女様とかが身に付けてるのを見て、綺麗だなぁって……」
勇者「ん。じゃあ、折角だし買うか」
僧侶「えっ!?」
勇者「欲しいんだろ? 買ってやるよ。俺の金じゃねえけどな」
僧侶「そ、そんなのダメですよ」
僧侶「折角頂いた援助資金をそんなことに使ったら何を言われるかーーー」
勇者「こっちは生きるか死ぬかでやってんだ。棺桶に片足突っ込みながら必死にな」
勇者「刺されて斬られて噛み付かれて、終いにゃ焼かれた。髪飾りや腕輪の一つや二つで文句は言われねえよ」
僧侶「でも……」
勇者「なら、うっかり買う」
僧侶「?」
勇者「剣や衣服、防具各種」
勇者「それを買ってる時に綺麗な髪飾りか腕輪が目に入って、ついうっかり買ってしまった。ということにする。それで納得しろ」
僧侶「何でそこまで……」
勇者「死ぬ時に後悔したくねえだろ?」
僧侶「え、縁起でもないこと言わないで下さいよ!」
勇者「ははっ、まあいいじゃねえか。無茶も我が儘も、生きてる内にしか出来ねえんだ」
勇者「ああしておけば良かった、こうしておけば良かった。そういうのは少ない方がいい」
勇者「やりたいことやって、欲しいもの手に入れて、それから死ね。その方が未練なく逝ける」
僧侶「……」
勇者「ほら、食ったら行くぞ。あんまり時間ねえからな。ほら、急げ」
僧侶「へっ? わ、分かりました!」モグモグ
勇者「そこまで急げとは言ってねえよ……」
僧侶「んっ、ゴクンッ…だ、だって」
勇者「ほら、これで口拭け」
僧侶「あ、すいません」フキフキ
勇者「会計お願いします」
僧侶「あの、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」ペコッ
>>ありがとうございます。また来て下さいね~!
勇者「何してんだ、行くぞ」
僧侶「は、はい」タッ
勇者「あ~、食ったなぁ」ノビー
僧侶「(生きる、死ぬ)」
僧侶「(この人からその言葉を聞くたびにいつも思う。戦ってる時なんかは特に強く感じる)」
勇者「武器屋は向こうだったか? まあ、人に聞けばいいか。やっぱりちょっと変わったんだな」
僧侶「(きっとこの人は、自分の最期を決めているということを……)」
【#7】連なる
僧侶「来てしまいましたけど、本当に良いのでしょうか……」
勇者「良いんだよ」
勇者「服と防具は買ったし残りは剣だけだ。そっちはすぐ終わる。腕輪と髪飾りだったよな?」
僧侶「(これが宝石店? 色んなものが置いてある。それに何だか、目がちかちかする)」
僧侶「(こんな店に入る時が来るなんて、夢にも思わなかったな……)」」
勇者「どれもこれも良い値段すんなぁ。種類もかなり多い。決められそうか?」
僧侶「……正直、かなり悩みそうです」
勇者「何なら別の日でもいい。数日は滞在することになるだろうからな」
僧侶「え? 何でですか?」
勇者「あの騎士に頼みがあるとか言われただろうが。それに、少し時間が必要だと思ってな」
僧侶「時間?」
勇者「気にすんな。おら、いいから見てこい。俺はこの辺りを見てるから決まったら言え」
僧侶「は、はい」
トコトコ
勇者「(俺も少し見てみるか)」スタスタ
勇者「(ん、この辺りも腕輪だな)」
勇者「(向こうまで全部か、本当に色んな種類があるんだな。見れば見るほど悩みそうだ)」
勇者「(へぇ、割かし大人しい感じのが多いんだな。まあ、派手すぎると品がないからな)」
勇者「(値段は高いけど確かに綺麗だ。欲しがるのも分かるような気がする)」
勇者「………?」
勇者「(こいつは凄いな)」
勇者「(連環、三つで一つの腕輪か。いや、一つを三つに見せてるのか?)」
勇者「(一つから削り出したのか、三つを組み合わせたのか、一目では判別出来ない)」
勇者「(それぞれに銀線細工までしてある。かなり複雑な造りだ。見た感じ、これが一番意匠に凝ってる)」
僧侶「あの」
勇者「早かったな、もう決まったのか?」
僧侶「いえ。向こうは髪飾りだったんですけど、あまりに多くて無理でした……」
勇者「そうか。じゃあ、これを見てみろ。個人的に凄え気に入った腕輪がある」
僧侶「(えっ、意外。全く興味がないと思ってた)えっと、どれですか?」
勇者「この中だ。三つの輪が重なってるようなやつがある。細部に至るまでかなり凝ってる」
僧侶「うわぁ、凄い……」
僧侶「綺麗というか神秘的ですね。複雑に絡み合って、まるで輪が回ってるみたいに見えます」
僧侶「銀の鎖もさらさらしてて不思議な感じがします。どうやって造ったんだろう……」
勇者「じゃあ、それで決まりだな」
僧侶「え!?」
勇者「気に入ったんだろ?」
僧侶「それはもう! でも値段がーーー」
勇者「そっちの金の腕輪の方が高い。このくらいなら何とかなる。細工を見れば安いくらいだ」
僧侶「あのぅ、本当に大丈夫なんですか?」
勇者「村の女にやった以外は殆ど手付かずだからな。このくらい問題ねえよ」
僧侶「でも……」
勇者「面倒くせえな、欲しいんだろ? 店の奴呼んでくるから待ってろ」スタスタ
僧侶「ちょっ……行っちゃった」
勇者「あの」
>>はい、何でございましょう?
勇者「向こうの棚にある腕輪が欲しいのですが、宜しいですか?」
>>少々お待ちを……はい、どれでしょう?
勇者「これです。まず、支払いを」ジャラッ
僧侶「……」ポカーン
>>はい、確かに頂戴しました。
勇者「では、此方の女性にお願いします」
>>この箱に入れてお渡ししますか?
勇者「いや、いたく気に入ったようなので、この場で身に付けて行きます」
僧侶「へっ!?」
>>ふふっ。はい、かしこまりました。では、手を
僧侶「ひ、ひゃい」スッ
シャラ…サラサラ…
僧侶「わぁ、綺麗……」
>>とても良くお似合いですよ。
僧侶「そ、そうでしょうか……でも、とっても嬉しいです」
勇者「では、行きましょうか」ニコッ
僧侶「は、はい」
>>ありがとう御座いました。
ーーー
ーー
ー
勇者「良かったな」
僧侶「こんな高価な物……お店の人はああ言ってくれましたけど、身に付けるなると……」
勇者「何だ、気に入らなかったのか?」
僧侶「いえっ、凄く嬉しいです。ただ、何だか少し、罪悪感のようなものが湧き上がってきました……」
勇者「そのうち消える。大事にしろよ」スタスタ
僧侶「あのっ」
勇者「ん?」
僧侶「ありがとうございます。この腕輪、ずっとずっと大事にします!」
勇者「そうしてくれ。その腕輪、俺も気に入ってるから。ほら、次は武器だ。行くぞ」
僧侶「はいっ!」タッ
サラサラ…
【#8】矛先
僧侶「はぁ~、色んなのがありますねえ」
勇者「武器屋だからな」
僧侶「武器とはいえ眺めている分には綺麗ですね。置いているだけなら危なくないですし」
勇者「美術刀剣とかもあるからな。これも一種の芸術だ。名のある奴ならとんでもない値が付く」
僧侶「へぇ~、剣が美術品ですか」
僧侶「あっ、これなんか良いですね。色んな細工が施されてて、本当に美術品みたいです」
勇者「値段見てみろ」
僧侶「止めましょう」
勇者「手伝う気なら、見た目じゃなくて使えるやつを探せ。短めで厚めの剣がいい」
僧侶「分かりました。じゃあ、向こうにあるのを見てきます!」
トコトコ
勇者「(まるでガキだな)」
『これなんてどうかな?』
『ん~、まだ早いんじゃないか? 最初は扱いやすいものにした方が良いぞ?』
勇者「(……俺もそうだったっけな)」
トントン
勇者「ん?」クルッ
僧侶「向こうにありましたよ。刀身が短めで厚いやつですよね?」ニコッ
勇者「……」
僧侶「?」
勇者「(そうか、今になって分かった。俺は、こいつと自分をーーー)」
僧侶「あの、見ないんですか?」
勇者「いや、見る。値段はちゃんと見たのか?」
僧侶「お店の人いわく、お手頃価格らしいです」ハイ
勇者「お手頃価格ね。んじゃ、見てみるか」
僧侶「はいっ」
コツコツ
僧侶「これです。短めで厚め」
勇者「へ~、しっかりしてんな。色気はねえが重くていい。これなら長持ちしそうだ。念のため似たようなのを五、六本買ってくか」
僧侶「そんなに!?」
勇者「北に行くにつれて街は減っていくからな。この辺りで買っておいた方がいい」
僧侶「でも、金棒と鉄板があるんですよ? そんなに重いのを六つも持つのは無茶ですよ」
勇者「四本にするか」
僧侶「いやいやいや、それでも大変ですよ。どうやって持っていくつもりですか?」
勇者「あの二つは背負うとして、これは腰に差す。左右に二本くらいなら行けるだろ」
僧侶「(不格好になりそう)」
僧侶「あ、そうだ。二本は腰に差して下さい。残りの二本は私が持ちますから」
勇者「持てんの? つーか、この先も来るわけ?」
僧侶「はい。付いていく理由、その答えはまだ出ていませんけど、貴方と共に歩む気持ちに変わりはありません」
勇者「……」
僧侶「それに、あの時の武器の束に比べれば、これくらいなんともないですよ」ニコッ
勇者「じゃあ、お前のも買っとくか」
僧侶「えっ? 私、剣なんて使えないですよ!?」
勇者「それでいいんだ。ちょっとこっちに来い」
僧侶「え、意味が……」
勇者「いいから、これを持ってみろ」
僧侶「短剣ですか?」
僧侶「あっ、軽いですね。これなら私にも振れそうです。でも、これで魔物を倒せるかな」
勇者「それは魔物を殺すためのものじゃない」
僧侶「……じゃあ、人を?」
勇者「違う。人間を殺すためのものでもない。そもそもお前に人間は殺せないからな」
僧侶「あの、じゃあ何で持たせるんです?」
勇者「理由は二つある」
勇者「一つは護身用としてだ、効果は薄いだろうけどな。もう一つは、自分で始末をつけろってことだ」
僧侶「!?」ビクッ
勇者「意味は分かるな」
僧侶「……っ、はい」ギュッ
勇者「言っとくが、お前だけの問題じゃない。その短剣の切っ先は俺にも向いてる」
僧侶「え?」
勇者「お前がそれに頼らざるを得ない状況になったら、俺もお終いだってことだ」
僧侶「じゃあ、これを使う時が……」
勇者「俺とお前の最期だ」
僧侶「……」
勇者「結論を急ぐ必要はない。此処には何日か滞在する。その間にじっくり考えろ」
勇者「その結果、お前がどんな決断をしようと俺は責めない。来るか戻るか、もう一度考えるんだ」
僧侶「……分かりました」
【#9】想起
勇者「やっと宿に着いたな」
僧侶「こ、これ、見た目より重いですね」
勇者「だから俺が持つって言っただろ。お前が遅いから着くのが遅れちまったんだ」
僧侶「ごめんなさい。だけど、今のうちから慣れておかないとダメかなと思って……」
勇者「止めろ。さっき考えろって言ったばかりだ。もう忘れたのか」
僧侶「忘れなんかいません。分かってます」
僧侶「宿に着くまでの間もずっと考えてました。だけど、やっぱり戻るなんて出来ません」
勇者「誓ったからか?」
僧侶「違います。取り払うのは難しいですけど、そういったものから離れて考えてます」
勇者「……」
僧侶「そうした時に思うことは一つだけ……貴方の力になりたいって、それだけなんです」
僧侶「付いて行くんじゃなくて、背中を追うんじゃなくて。何と言うか、一緒に歩きたいんです」
僧侶「短剣を渡された時は怖かったです。とっても怖かったですけど、それだけじゃなくて……」
勇者「……よく考えてることは分かったよ。でも、急がなくていい」
勇者「分かったな?」
僧侶「………はい」
勇者「風呂にでも入って来い。もうじき夕方だ。迎えに来る前に気持ちを切り替えろ」
僧侶「(そ、そうだった。騎士さんが迎えに来るんだった。すっかり忘れてた)」
勇者「何だお前、忘れてたのか。お前は一つのことしか考えられねえのか?」
僧侶「だって……」
勇者「いいから入って来い。あんまり長湯するなよ」
僧侶「は、はい。じゃあ行ってきます!」ガサゴソ
ガチャ パタンッ
勇者「……慌ただしい奴だな」
シーン
僧侶『そうした時に思うことは一つだけ……貴方の力になりたいって、そう思いました』
勇者「……力になりたい」
『何で俺を見捨てない』
『ん、どうしたんだ急に?』
『俺は何の役にも立ってない。あんたみたいに化け物を倒せないし、魔法も使えない』
『ハハハッ!何だ、そんなこと気にしていたのか?』
『そんなことって何だよ!俺は本気で……』
『悪い悪い。でも、俺にとってはそんなことさ。お前は充分に、俺の力になってるよ』
『どこがだよ。いつも足引っ張ってるだけだ』
『お前はまだ子供だ。そればっかりは仕方がないよ。剣術も武術もこれから学べばいい』
『それじゃあ遅いんだ』
『急いだって背は伸びない。いつかは一緒に戦える日が来るさ。そんな日が来ない方がいいけどな……』
『……』
『あんまり悩むな。お前はそのままでいい』
『何だよ、それ……』
『俺は人間か?』
『そんなの当たり前だろ』
『そうか。でもな、俺にはそう思えない。この力が、そうさせてくれない』
『?』
『俺は、お前がいるから人間でいられる。幾ら血に塗れようと、人間であることを誇れるんだよ』
『人間を、誇れる?』
『そう、俺は人として戦ってるって誇れるんだ』
『……』
『人々は平和を願ってる。俺だってそうさ。みんな笑ってるのが一番良い。その為なら、幾らでも血に塗れるさ』
勇者「……」
コンコンッ
僧侶「私です。入って良いですか?」
勇者「……ああ」
ガチャ パタンッ
僧侶「はぁ~、さっぱりしました!やっぱりお湯は良いですね。最近は水浴びばかりで……?」
勇者「……」
僧侶「どうしました?」
勇者「いや、何でもねえよ。風呂は気持ち良かったか?」
僧侶「はいっ、疲れが取れたような気がします」
勇者「気がするだけだろ」
僧侶「でも、気分は良いですよ?」
勇者「そうか、良かったな」
僧侶「貴方は入らないんですか?」
勇者「俺はいい。今は入らない」
僧侶「(そうか、背中……)」
勇者「もうじき迎えに来る頃だ。外に出て、騎士が来るのを待つ。お前も来い」
僧侶「分かりました。でも、良かったんですか?」
勇者「何が?」
僧侶「今更ですけど、帰ってきた時に部屋を変えたじゃないですか」
僧侶「騎士さんが折角取ってくれたのに。しかも三部屋も取って……宿の主人も困ってましたよ?」
勇者「昔、何度か襲われたからな。癖みたいなもんだ。三部屋分の金は払ったんだから気にすんな」
僧侶「(そうだったんだ……)」
僧侶「(この人、本当に休めた時なんてあるのかな? 今日くらいは、ゆっくり休んで欲しいな)」
勇者「そろそろ出るぞ。部屋を変えたのを知られたくねえ」
僧侶「あ、はい」
勇者「……なあ、僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「俺は、人間か?」
僧侶「えっ? 今、なんてーーー」
勇者「行こう」
僧侶「は、はぁ」
ガチャ パタンッ
勇者「……」スタスタ
僧侶「(一体どうしたんだろう?)」
僧侶「(何だか少し、寂しそうな顔をしていたような気がする。気のせい、なのかな?)」
【#10】芽生えつつあるもの
僧侶「あれ、何だか人が少ないですね」
勇者「化け物対策か何かだろ。奴等が活発になるのは夜だからな」
僧侶「魔物の数が以前にも増しているとは言え、街の中でさえ安心出来ないなんて……」
勇者「どこもかしこも化け物だらけだ。そうなるのも仕方ねえさ」
僧侶「龍を倒せば終わるんでしょうか?」
勇者「何も終わらねえよ。人間か化け物か、どちらかが消えるまで殺し合うに決まってる」
勇者「化け物共を皆殺しにしようが、次は人間同士で殺し合う。戦は絶対になくならない」
僧侶「……」
勇者「まあ、一時は穏やかになるかもな。でも、そう長くは続かねえさ。人は必ず、罪を犯す」
僧侶「あの、貴方は何の為に戦ーーー」
コツコツ
騎士「お待たせしてしまったようで申し訳ない」
勇者「いえいえ、私達も今来たところですから」
騎士「わざわざ外に出ずとも、お部屋までお迎えに上がりましたのに……」
勇者「それでは偉そうでしょう?」ニコッ
騎士「そ、そんなことはありません! 勇者様に対して偉そうなどと……」
勇者「何もそこまで畏まらなくとも……私も一人の人間です。そうでしょう?」
騎士「……お優しい方なのですね。共に旅をしている僧侶様が羨ましいです」
僧侶「そ、そうですか?」
騎士「ええ。勇者様と共に戦うなど、私のような一介の騎士からすれば夢のまた夢です」
僧侶「(こんな風に思っている人もいるんだ。それなのに、私は……)」
勇者「あの、お話ししたいことがあるとのことでしたが、場所は何処です?」
騎士「あっ、申し訳ありません。今からご案内しますので私に付いてきて下さい」コツコツ
勇者「はい、お願いします」
僧侶「……」
勇者「おい」ボソッ
僧侶「な、何ですか?」
勇者「今はこっちに集中しろ」
勇者「考えるのは宿に戻ってからでいい。俺はさっさと終わらせて休みたいんだ。ぼさっとしてんな」スタスタ
僧侶「あのっ」
勇者「あ?」
僧侶「ありがとうございます。色々と気遣って……ううん、気付いてくれて……」
勇者「………お前が特別分かりやすいだけだ。顔を見れば誰でも分かる。ほら、行くぞ」
僧侶「はいっ」
トコトコ
騎士「僧侶様、個人的にお訊ねしたいことがあるのですが、宜しいですか?」
僧侶「はい、何でしょう?」
騎士「勇者様と旅をしてどれくらいに?」
僧侶「えっと、そうですね……二ヶ月近くにはなるでしょうか」
騎士「此処に来るまで二ヶ月ですか?」
僧侶「ええ。馬車を魔物に破壊されてしまって、そこからはずっと徒歩でしたから」
騎士「……そうでしたか。此処までは、どんな旅を?」
僧侶「ひたすらに魔物を倒し続ける旅でした」
僧侶「襲ってきた魔物。それから、行き会った人からの情報を得て退治に行ったりしました」
騎士「では、これまで遭遇した魔物の全てを?」
僧侶「(う~ん、そうなるのかな?)」
僧侶「はい、多分。この人は魔物を前にして逃げたことはありませんから」
騎士「……」
僧侶「騎士さん?」
騎士「も、申し訳ない」
騎士「何とも凄まじい旅路だと思いまして。言葉が出ませんでした。大変だったでしょう?」
僧侶「ええ。私は付いていくのに精一杯でそれどころではありませんでした。今もですけど……」
騎士「あの、勇者様」
勇者「(ペラペラうるせえ奴だな)何です?」
騎士「何故そこまで戦えるのですか?」
勇者「目には見えなくとも、私が戦うことで助かる方がいると信じているからです」
騎士「目には見えなくとも、ですか」
勇者「自分が逃げれば誰かが死ぬ。そう考えると逃げるわけには行かないでしょう?」
騎士「しかし、その気力をどうやって保っているのです? 後学のために是非とも教えて頂けませんか」
勇者「これといって特別なことはしていませんよ。ただ、やるべきことがあるからです」
勇者「それを終えるまでは、何があろうと潰えるわけにはいかない。それだけです」
騎士「……」
勇者「何の参考にもならなくて申し訳ない」
騎士「いえっ、そんなことは……」
僧侶「(それを終えるまでは? 終わったらどうするんだろう? まさか本当に……)」チラッ
勇者「……」
僧侶「(ダメだ。私には何を考えてるかなんて分からない……この人のことが、私には分からない)」
騎士「到着しました。此処です」
勇者「……教会?」
騎士「ええ。現在は各地より派遣された修道騎士団と合同で街を守っていますので」
騎士「本部は別の場所にあるのですが、人員が増えたことで教会に移動することになったのです」
勇者「なるほど、そうでしたか」
騎士「では、お入り下さい。詳しい説明は中で致しますので」
僧侶「……」
勇者「僧侶さん、行きましょう」ニコリ
僧侶「はい……」
トコトコ
勇者『それを終えるまでは、何があろうと潰えるわけにはいかない。それだけです』
僧侶「(もやもやする……)」
僧侶「(全てを決めているようで、全てを諦めてるような……上手く言えないけれど、何か嫌だ)」
【#11】月が満ちる時
騎士「どうぞお掛けになって下さい」
僧侶「ありがとうございます」トスッ
勇者「(あぁ、さっさと宿に帰りてえ)ありがとうございます」
騎士「狭いところですが、どうかご容赦下さい。この部屋しか空いていなかったもので……」
勇者「いえ、構いませんよ。それで、お話というのは?」
騎士「ここ最近、騎士が殺害される事件が起きているのです。住民には伏せていますが」
僧侶「!?」
勇者「騎士の殺害ですか、事件の内容は?」
騎士「資料はこちらにまとめてあります。宜しければ見解を聞かせて頂けませんか」
勇者「分かりました」パラッ
僧侶「私も見て構いませんか?」
騎士「ええ、勿論です」
僧侶「……」ペラッ
僧侶「(殺害されたのは修道騎士団の男性三名。場所は全て自室。と言うことは教会内?)」
僧侶「(目撃情報無し)」
僧侶「(遺体は全裸で発見、目立った外傷はないが、三名同様に射精した痕跡有り)」
僧侶「夢魔」
騎士「ええ、皆もそう噂しています。しかし、魔力を感じたもの誰一人としていません」
僧侶「そんな……」
勇者「壁に書き殴ったような印があった。とありますが、これは?」
騎士「こちらです」スッ
勇者「……これは、我が信仰と良心を滅失しようとする異教徒に対する不屈の戦いである」
勇者「騎士でありながら女に溺れるなど堕落している証である。つまり騎士とは堕落の象徴なのだ」
勇者「我が神を冒涜し、信仰を穢した罪は極めて重い。赦しは得られないものと知れ」
勇者「我が神の、偉大なる印を見よ……」ペラッ
僧侶「!!」
勇者「……」
騎士「どうしました?」
勇者「この印については調べましたか?」
騎士「勿論です」
騎士「何でも、ある奴隷商人が所持していた烙印だとか。ですが、その奴隷商人は既に殺害されていました」
僧侶「え?」
騎士「もう十年も前のことです」
騎士「彼は野盗に襲撃されて亡くなっています。その野盗も既に死亡している」
勇者「……」
僧侶「っ、その野盗というのは?」
騎士「当時はかなり恐れられていた集団らしく、何でも、村を一つ壊滅させたとか……」
騎士「野盗の集団は何者かによって全員殺害されたようですが、その詳細は未だ分かっていないようです」
騎士「しかし、十年経った今でも、まことしやかに囁かれている噂があります」
僧侶「噂?」
騎士「先の勇者様が野盗の集団が潜伏していた村に乗り込み、それを討伐した。と言うものです」
僧侶「(もう、疑いようがない。これは間違いなく、この人の背中にある烙印と同じだ)」
勇者「僧侶さん」
僧侶「は、はい」
勇者「夢魔。魔が何かを信仰すると聞いたことはありますか? 書物には?」
僧侶「魔の主である龍を信仰すると言うなら有り得なくはないですが、それ以外となると……」
勇者「なら、あくまで個人的に何かを崇拝している者の犯行でしょうか?」
騎士「私もそう思います。その何かが分かれば良いのですが、今のところは何も……」
勇者「我が神を冒涜したとありますが、殺害された彼等に共通していることは?」
騎士「それが全く分からないのです」
騎士「まず、犯人の言う神が何を差しているのかが分からない。比喩や暗号なのか……」
騎士「ただ単に騎士を標的にしていて、捜査を攪乱させたいだけなのかもしれません」
騎士「ただ、犯行は全て教会内て起きているということ。それから、満月の晩の犯行だということだけは分かっています」
勇者「満月の晩ですか。分かりました」
騎士「何か妙案が?」
勇者「次の満月の晩に来ます。今日はこれで失礼します。僧侶さん、行きましょう」ガタッ
僧侶「えっ?」
勇者「……」スタスタ
僧侶「ちょっと待って下さーーー」
ガチャ パタンッ
僧侶「ごめんなさい。かなり気が立っているみたいで……」
騎士「あの、私が何かしてしまったのでしょうか?」
僧侶「いえ、騎士さんは何も悪くありません。事件について苛立っているのだと思います」
騎士「そ、そうですか……」
僧侶「それより気を付けて下さいね? 夢魔だとしたら、女性も狙われる可能性がありますから」
騎士「えっ?」
僧侶「美しい女性を好むとも言います。騎士さんは綺麗ですから気を付けーーー」
騎士「あの、僧侶様?」
僧侶「はい?」
騎士「ご忠告は有り難いのですが、私は男です」
僧侶「……えっ?」
騎士「女顔だとか言われたことはありますが、此処まで盛大に勘違いされたのは初めてです」
僧侶「だ、だって、あの人に微笑みかけられた時に頬を染めてたり、声色が良いとか言われて俯いたりしてたじゃないですか!」
騎士「あ、あれは憧れの人と対面したからです!決して変な意味ではありません!!」
僧侶「ほ、本当に男性なんですか?」
騎士「はい、嘘だと思うなら胸でもなんでも触ってみて下さい」
僧侶「失礼します」
ペタペタ
僧侶「………申し訳ありませんでした」
騎士「い、いえ、大丈夫ですよ。信じてもらえたようで良かったです」ニコリ
僧侶「本当に男性なんですよね? 口調とか笑い方とか、男性とは思えなくて……」
騎士「はい、本当に男です。何なら他の騎士に聞いてみて下さい」
僧侶「いえ、そこまでは流石に失礼なので……いや、先程も十分失礼でしたね」
騎士「お気になさらなくても結構ですよ。しかし女性だと思われていたとは……」
僧侶「申し訳ありません」
騎士「いえ。ですが合点がいきました。だから最初に会った時、私を綺麗だと言ったのですね」
僧侶「は、はい。まさか男性だとは思っていませんでしたから……」
騎士「……」
僧侶「どうしました?」
騎士「い、いえ、何でもありません。それより、勇者様がお待ちになっているのでは?」
僧侶「(あの様子だと多分待ってないと思うけど)そうですね。では、失礼します」ペコッ
騎士「送りましょうか?」
僧侶「いえ、大丈夫です。今日は色々とありがとうございました。では」
騎士「…………分かりました。では、お気を付けて」
ガチャ パタンッ
勇者「……」
僧侶「(あっ、待っててくれた)」
勇者「アホなことしてんじゃねえよ」
僧侶「(き、聞いてたんだ。ああ、恥ずかしい……)」
勇者「ほら、さっさと帰るぞ」
僧侶「(こんな時は何て言ったら良いんだろう? 気にしないで下さい?)」
僧侶「(大丈夫ですか? 大丈夫なわけない。あぁ、ダメだ。何を言っても気休めにもならない)」アタフタ
勇者「透けてんだよバカ」
ポカッ
僧侶「あたっ…」
勇者「お前は自分のことだけを考えればいい。俺のことは、俺が何とかするから」
僧侶「…………」ギュッ
【#12】理解と崇拝
勇者「……」スタスタ
僧侶「……」
勇者「(あの資料によれば初めに一人、次に二人を殺してる。二ヶ月で三人だ)」
勇者「(満月は月に一度)」
勇者「(条件によっては月に二度の場合もあるが、この二ヶ月でそれは起きていない)」
勇者「(気になるのは二度目の満月で二人殺していることだ。何故次の満月を待たなかった?」
勇者「(相手は修道騎士だ。どんな殺害方法であれ、一晩で二人を殺すのは時間が掛かる)」
勇者「(危険を冒してまで二人を殺した理由は何だ。そもそも理由なんてないのか?)」
勇者「(魔力は感じなかったとも言っていた。夢魔に見せ掛けた人間の犯行かも分からない)」チラッ
勇者「(……上弦を過ぎた辺りだ。満月になるまで六日か七日、その間に調べてみるか)」
僧侶「ち、ちょっと待って下さい!何処に行くんですか?」
勇者「何処って、宿に決まってんだろうが」
僧侶「宿はそこですよ?」
勇者「……そうだったな、悪い」
僧侶「っ、私が言えたことじゃないですけど、あまり考え過ぎないで下さい」
僧侶「ずっと戦ってばかりで碌に休んでもいないんです。今は体を休めることを優先して下さい」
勇者「……」
僧侶「あ、あの、聞いてますか?」
勇者「ああ、聞いてる」
勇者「お前にそんなことを言われるのは心外だと思っただけだ。あんまり気にすんな」
僧侶「何で私が慰められてるんですか! 色々おかしいですよ!?」
勇者「ハハハッ、冗談だよ。でもまあ、そのツラを見てると少しは楽になるよ……」
僧侶「……あの」
勇者「ん?」
僧侶「何か力になれることがあったら言って下さい。魔に関してなら割と知識がありますから」
勇者「お前はーーー」
僧侶「自分のことだけなんて考えられません。出来るならそうしたいですけど、私には無理です」
勇者「……」
僧侶「全てを自分で解決しようなんて思わないで下さい。私にだって話を聞くくらいは出来ます」
僧侶「大して役には立てないかもしれない。力不足なのも分かっています。だけど、あんまり無理はしないで……」
勇者「……分かったよ。だから、そんな顔しないでくれ。暗がりだと怖いから」
僧侶「~~~っ!!」
ポンッ
僧侶「んっ…」
勇者「……ありがとう。さあ、そろそろ入ろう。外も冷えてきたしな」ニコッ
僧侶「(あ、笑った)」
僧侶「(こんな顔を見たのなんて初めてかもしれない。こんなに優しい顔で笑うんだ……)」
勇者「どうした?」
僧侶「いえ、何でもないですよ。本当に……」フイッ
勇者「ふ~ん」
僧侶「(ダメだ、このままだと読まれる)は、早く宿に入りましょうよ!」グイッ
勇者「男を引っ張って宿に連れ込むとか大胆な女だな」
僧侶「(無視無視)」グイグイ
勇者「(……コイツに励まされる時が来るなんてな。分からねえもんだ)」
ガチャ パタンッ
僧侶「(よしっ、何とか落ち着いてきた。これでもう大丈夫……)」
>>お帰りなさいませ。それにしても、男を引っ張って来るなんて元気なお嬢さんですな。
僧侶「へっ!? 違いますよ!?」パッ
勇者「違うんですか?」
僧侶「違います!!」クワッ
>>はっはっはっ、仲がよろしいようで微笑ましい。
僧侶「仲が、良い?」
>>ええ、とても。まるでご兄妹のようです。
僧侶「(今の言い方からして私が妹なんだろうな。この人がお兄さんだなんて考えたこともないや)」
勇者「部屋に行きましょうか」
僧侶「そ、そうですね」
>>ああ、忘れるところでした。これを
勇者「手紙? 私にですか?」
>>はい、先程いらした女性にお客様に渡してくれと頼まれました。
勇者「どんな女性でした?」
>>修道服を着ていましたが顔までは……騎士団の遣いで来たと仰っていましたよ?
勇者「そうですか、ありがとうございます」
僧侶「誰でしょうか?」
勇者「さあな、誰だか知らねえが嫌な予感しかしねえ。部屋行くぞ」
僧侶「はい」
トコトコ
勇者「何はともあれ、やっと帰って来られたな」
僧侶「そうですね」
勇者「……後は、この手紙だけか」チャリ
ガチャ パタンッ
勇者「……」カサッ
僧侶「事件についてですか?」
勇者「……ああ、どうやら犯人からみたいだな」
僧侶「えっ!?」
勇者「悪いが読み上げてくれねえか。文面が気色悪くて頭に入って来ない」
僧侶「分かりました……」カサッ
僧侶「我が神よ、貴方は覚えていないでしょうが、私は鮮烈に覚えています」
僧侶「貴方の姿、貴方の言葉、貴方の印、偉大さを目の当たりにした瞬間を」
僧侶「あの日、私の全てが変わりました。貴方との出逢いによって、何もかもが一変したのです」
僧侶「あれ以来、私が知る神は神でなくなり、貴方こそが神であるのだと悟りました」
僧侶「私は貴方によって生きる意味を与えられ、貴方によって自由を得たのです」
勇者「その辺りは読みとばして良い」
僧侶「えっと……」カサッ
僧侶「この手紙はこの度の粛清について伝えるべく出した次第です」
僧侶「あの者共は貴方を公然と侮辱し、私の信仰を穢した大罪人。裁かれて当然の者共です」
僧侶「奴等は修道騎士とは名ばかり、信仰の何たるかを分かっていない。皆、貴方を崇めるべきだ」
僧侶「貴方が何者であるかを認識し、貴方が何を与えているかを知るべきなのです」
僧侶「私は貴方を思い、貴方を理解し、貴方に全てを捧げる覚悟があります」
勇者「……」
僧侶「我が神よ、偉大なる我が主よ、次の望にお会い出来るでしょうか?」
僧侶「もし会って頂けるというなら、私は教会にてお待ちしております」
僧侶「ご迷惑かとは思いますが、私にはどうしても伝えたいことがあるのです。どうか、お許し下さい」
僧侶「次の望を胸焦がす思いでお待ちしております。貴方の僕、殉教を望む者より……」
勇者「悪いな。そんなもん読ませて」
僧侶「いえ、大丈夫ですか?」
勇者「かなり気分は悪いけど大丈夫だ。しかし、厄介な輩に慕われたもんだな」
僧侶「身に覚えはないんですか?」
勇者「いや、さっぱりだ。まるで分かんねえ。ただ、そいつの頭がおかしいのは分かった」
勇者「修道騎士ってのは教皇に認められた連中だ。練度は勿論、信仰心も厚い」
勇者「そんな奴等を一晩で二人も殺すなんてのは普通の奴には無理だ。しかも教会内で誰にも気付かれることなくだ」
僧侶「やはり夢魔の仕業なのでしょうか?」
勇者「さあな。犯人が夢魔だろうが人間だろうが、化け物には違いねえだろう」
僧侶「………魔女」ポツリ
勇者「ん?」
僧侶「魔女です。あの者なら可能かもしれません。馬車に乗っている時、見られている気配がしました」
僧侶「もしかしたら付けていたのかもしれない。貴方に固執していましたから、可能性はあると思います」
勇者「可能性としてはあり得るな」
勇者「だが、あの女なら回りくどい真似はしねえだろう。おそらく真正面から来るはずだ」
僧侶「確かに、あれ程の力があれば隠れる必要もないですね。でも、異常性は近いものがあると思います」
勇者「……まあいい、今日はこの辺にする。調べるにしても明日からだ」
僧侶「そ、そうですね」
勇者「ちょっと風呂を見てくる。眠いなら寝てても良いからな?」
僧侶「あ、はい。分かりました」
ガチャ パタンッ
僧侶「(殉教者。一個人をこれ程までに崇拝するなんて異常だ。一体何があったらここまで?)」
僧侶「……やめよう」
僧侶「はぁ、ちょっと眠れそうにないな。あの人が戻って来るまで待っていよう」ウン
シーン
僧侶「(思えば、色々あった二日間だったな。龍が現れて、魔女が現れて……)」
僧侶「(そこから、あの人も変わった気がする。もしかして少しは認めてくれたのかな?)」
僧侶「………へへっ、そうならいいなぁ」
【#13】受難の告知
僧侶「(ま、まだかな……)」ソワソワ
僧侶「(と言うか、何でこんなに緊張してるんだろう。それに、何だか落ち着かない)」
僧侶「(今まではこんなことなかったのに……同じ部屋で寝るのが初めてだからかな?)」
僧侶「(思えば、こういう街とか、落ち着いた所で過ごすのも初めてのことだ)」ウン
>>こんな時に何を考えてるわけ? 相変わらずバカな女ね。
僧侶「!?」バッ
シーン
僧侶「(姿がない。気配も……)」
魔女『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。声を届けているだけだから』
僧侶「(一体何処から? そうだ、法力を辿ればーーー)」
魔女『法力を探ろうとしても無駄よ? それより話があるの。とっても大事な話がね』
僧侶「貴方と話すことなどありません」
魔女『あらそう。聞かないのなら別に構わないけれど、聞かなければ彼が死ぬわよ?』
僧侶「そんな言葉には惑わされません」
魔女『頭の固い女ね。まあいいわ、殉教者の手紙はどうだったかしら』
僧侶「何でそれを……っ、やはり貴方が!」
魔女『違うわよバカ。手紙は届けたけど、あの殺しは私がやったんじゃないわ』
僧侶「そんな戯言を信じろと?」
魔女『信じようが信じまいが貴方の勝手、そう思いたいのならそうすればいい』
僧侶「(犯人と関わりがあるのは間違いない。なのに何故、私にーーー)」
魔女『話があるって言ったでしょう』
魔女『大体、私が犯人だとしたら、わざわざ手紙を出した意味がないじゃない。接触したら台無しだもの』
僧侶「(……確かに、それでは行動と矛盾する。ただ、この者の場合は分からない)」
魔女『聞く気になったかしら? 彼が来る前に終わらせたいの』
僧侶「……」
魔女『それでいいのよ』
魔女『でも安心なさい、そう難しい話じゃないわ。バカな貴方にも分かるように話してあげる』
僧侶「さっさと話して下さい。貴方の下らないお喋りに付き合ってる暇はありません」
魔女『へぇ、言うようになったじゃない』
魔女『まあいいわ。話は単純、貴方が殉教者と戦わなければ彼は死ぬ。全ては貴方の意志次第』
魔女『ただ、戦うことを選んだ場合、貴方は耐え難い苦痛を受けることになる。それだけは覚悟なさい』
僧侶「……」
魔女『本当に彼の力になりたいと思うのなら、その時までに準備しておくことね。生きる為にではなく、殺す為に』
僧侶「……何故、断言出来るのですか」
魔女『分かるからよ』
魔女『彼は貴方を巻き込まない為に一人で戦おうとする。貴方はそれに甘え、その甘えによって彼は命を落とす』
僧侶「(分からない)」
僧侶「(この者の目的は勿論、こんな話も本来なら馬鹿馬鹿しいと思うはずなのに、何故こんなにも真実味があるの?)」
魔女『続けてもいいかしら?』
魔女『殉教者は彼に心酔し、崇拝している。目的は彼との交わり。そして、同化すること』
僧侶「同化?」
魔女『そう言っていたわ。私には狂人の考えることなんてさっぱり分からないけど』
僧侶「(どの口が……)」
魔女『それからもう一つ。彼について』
僧侶「?」
魔女『彼は十年前、先の勇者によって救われている。これは知っているわね?』
僧侶「………ええ」
魔女『先の勇者は彼を連れて旅をした。剣術、武術、勉学、様々な教育を施しながらね』
魔女『二人が旅をして五年が経った頃、先の勇者は龍と戦い、彼に力を託して世を去った』
魔女『当時十四かそこらの少年に、先の勇者は全てを託したの。勇者様も酷なことをするわよね?』
僧侶「何が言いたいのですか」
魔女『最後まで聞きなさいよバカ』
魔女『力を託されてからの五年間、彼は力を付ける為に旅をした。来る日も来る日も魔物を殺し続けた』
魔女『そして五年後の現在、彼は姿を現した』
魔女『人間の為などではなく復讐の為に、龍を殺す為だけにね……この意味分かる?』
僧侶「あの人は、そこで終わる……」
魔女『その通り。彼は既に選択しているわ。私の目的は、その選択を覆すこと』
僧侶「っ、ふざけないで下さい!」
僧侶「今朝方あんな真似をしておいて、あの人に生きて欲しいとでも!?」
魔女『それだけではないけれど、極単純に言えばそうなるわね』
魔女『彼を生かす為なら魔に堕とすことも厭わない。手段も問わない。目的の為に必要なのよ』
僧侶「貴方は狂っています」
魔女『何を言われようと構わないわ。私は私のやりたいようにする。ただそれだけ』
僧侶「……」
魔女『それじゃあ、この辺で失礼するわ』
僧侶「……待って下さい。それ程の力がありながら何故私に? 何故魔女になどなったのです?」
魔女『前者は、貴方でなければならないから。後者は、そうしなければならなかったから』
僧侶「(意味が分からない。この者には何が見えているというの?)」
魔女『ああ、そうだった。彼は貴方のことなんてちっとも信頼なんかしていないわ』
僧侶「………っ」キュッ
魔女『彼は、貴方と過去の自分を重ねているだけ。何も出来なかった。守られていた頃の自分にね』
魔女『貴方のことなんて見てやしない』
魔女『力になりたいのなら、そこから脱却したいのなら、頼るのは止めて戦いなさい』
魔女『このまま行けば、貴方自身が彼を死に追いやることは確実なのだから』
僧侶「(分かってる……)」
魔女『そろそろ汚れなさい』
僧侶「え?」
魔女『人間なんて生き物は汚濁の中で生きているようなものなのよ』
魔女『世界も人間も、貴方が思っているほど美しくない。穢れから目を背ければ、彼と共には歩けない』
魔女『まあ、精々頑張ることね。生き延びる為には戦い続けるしかないのだから。進むか戻るか、二つに一つ……』
シーン…
僧侶「……私が戦わなければ、あの人が死ぬ」シャラ
サラサラ
僧侶「(あの者が真実のみを語るとは到底思えない。だけど、その可能性があるのなら……)」
僧侶「(そう、進むか戻るか二つに一つ)」
僧侶「(何度考えても結果は同じ。これから何度考えようと、きっとそれは変わらない。もう、答えは決まってる)」ギュッ
【#14】片鱗
勇者「おい」
僧侶「んっ…」モゾモゾ
勇者「おい、朝だぞ。さっさと起きろ」
ペチペチ
僧侶「…あさ……っ!!」ガバッ
勇者「どうした?」
僧侶「私、寝てたんですか?」
勇者「ああ、俺が戻った時には布団に入って寝てた」
僧侶「(寝ていた? じゃあ、あれは夢?)」
僧侶「(ううん、そんなわけない。夢にしては鮮明過ぎる。あの嘲るような声だって、まだ耳に残っている)」
勇者「顔色が悪いな。悪い夢でも見たのか?」
僧侶「いえ、大丈夫です。それより貴方は? 眠れたましたか?」
勇者「まあ、そこそこ眠れた。お前のいびきが五月蠅くて何度か起きたけどな」
僧侶「(……嘘。敷き布に皺一つない。きっと横にもなっていないんだ)」
勇者「さてと」ザッ
僧侶「え、何処に行くんですか?」
勇者「ちょっと教会に行ってくる。もう少し詳しい情報が欲しい。現場も見ておきたいしな」
僧侶「私も行きます」
勇者「駄目だ。お前は休んでろ」
僧侶「でもーーー」
勇者「いいから、休める時には休んでおけ。話を聞いてくるだけだ。すぐに戻る」
僧侶「………はい」
魔女『ああ、そうだった。彼は貴方のことなんてちっとも信頼なんかしてないわ』
魔女『貴方と過去の自分を重ねているだけ。何も出来なかった、守られていた頃の自分をね』
僧侶「……」
勇者「じゃあ、行ってくる」
僧侶「あの、この金棒と鉄板は?」
勇者「あぁ、そっちは持って行かねえ。色々聞かれそうだし、昨日買った二本を腰に差してるからな」バサッ
僧侶「……気を付けて下さいね?」
勇者「お前、何か変だぞ? 本当に大丈夫か?」
僧侶「ええ、大丈夫です。少し休めば良くなると思います」
勇者「なら、しっかり休め。腹が減ったら宿の主人に頼めばいい」
僧侶「分かりました。行ってらっしゃい」
勇者「行ってくる。鍵は閉めておけよ」
ガチャ パタンッ
僧侶「……」
魔女『本当に彼の力になりたいと思うのなら、その時までに準備しておくことね。生きる為にではなく、殺す為に』
僧侶「(その時まで。確かにそう言った)」
僧侶「(あの時に語った言葉が現実になるとしたら、私が戦わなければあの人を死なせてしまうことになる)」
僧侶「(かと言って何が出来る? 戦いの中で術法を使ったことは一度だけだ)」
僧侶「(対人であれ対魔であれ、戦闘中に上手く術法制御出来るかなんて分からない)」
僧侶「(訓練するにしても時間がない)」
僧侶「(月が満ちるまで五日か六日、今からでは遅い。確実な方法を見つけるのは不可能だ)」
僧侶「(何しろ戦闘経験がない)」
僧侶「(訓練期間があったとしても、それを生かすことは出来ない)」
僧侶「(十中八九、法力は乱れる。そうなれば術法を使うことすら困難になってしまう)」
僧侶「(極論を言えば、どんな状況でも術法を使えればいい)」
僧侶「(というか、それを可能にしなければ戦うことすら出来ない)」
僧侶「……ダメだ。分からない」
僧侶「(方向を変えよう。どうやったら術法を扱えるかではなく、術法がなければどうするか)」
僧侶「(術法を封じられたと仮定して、どうやって戦えばいい? もし、そんな状況になったら……!!)」
勇者『お前がそれに頼らざるを得ない状況になったら、俺もお終いだってことだ』
僧侶「短剣だ」ガタッ
ガサゴソ
僧侶「(これを使うしかない。問題はどう扱うかだ。普通に使っても意味はない)」
僧侶「(あの人が使ってる武器なら振り回すだけでも脅威になるけれど、こんな短剣を振り回したところで怖れはしないだろう)」
僧侶「(何より威力的な面で劣る。それに加えて、私自身には剣を扱える技量も経験もない)」
僧侶「金棒、鉄板……」
ガシッ
僧侶「(見た目通り、かなり重い。あの人はこれだけの重量がある物を振り回し、且つ、使い熟している)」
僧侶「振る。振り回す……」
僧侶「(そうか、振ることさえ出来ればいいんだ。買った剣は計四本、残りの二本を使って試してみよう)」
僧侶「うっ…」ヨロッ
僧侶「(持てるには持てるけど、かなり重い。重量を生かしつつ、これを振るにはーーー)」
【#15】密談
勇者「騎士団の不和?」
騎士「元からいた私たち北の騎士団と、そこへ派遣されて来た修道騎士団があります」
騎士「現在は協力関係にありますが、修道騎士団が指揮を執ることになった際には、少なからず衝突がありました」
騎士「あまり考えたくはないですが、犯人が人間だと仮定した場合、我々北の騎士団の中にいる可能性が高いと思われます」
勇者「それだけの理由で修道騎士を殺害するでしょうか?」
勇者「後に発覚することを考えれば、殺意があったとしても軽々には行動に移せないでしょう」
騎士「そこなんです。如何に現状に不満があるとは言えど、殺人を犯すとなど考えられない……」
騎士「先ほど現場に書かれてた文字を見て感じたと思いますが、あれには深い怨恨や狂気が刻まれている」
騎士「そして、殺害された三名が不可解な死を遂げているという事実。疑問が募るばかりです」
勇者「それについてなんですが」
騎士「何でしょう?」
勇者「これを……」スッ
騎士「手紙?」
勇者「昨夜、私宛てに届いたものです。おそらく犯人からだと思われます」
騎士「なっ!?」
勇者「内容が内容なだけに見せるのは躊躇われるのですが、この際、そんなことは気にしていられない」
騎士「拝見しても宜しいですか?」
勇者「勿論です。その為に持参して来ました」
騎士「分かりました。私でお役に立てるか分かりませんが……」カサッ
勇者「……」
騎士「……」
勇者「どうですか?」
騎士「……一つだけ、思い当たる節があります」
勇者「何です」
騎士「事件が起こる前、殺害された三名が貴方を……その、軽視するような発言をしていました」
勇者「具体的にはどんなことを?」
騎士「こんな小僧が勇者などとは認めない、何故我々がこのような者に協力せねばならないのか」
騎士「我々は神の為に戦う。この者の為にあるのではない。勇者など所詮は消耗品ではないか、と」
勇者「そうでしたか……」
騎士「お気を悪くしたのなら謝罪します」
騎士「ですが、修道騎士団の皆がそういう認識ではありません。それだけはご理解下さい」
勇者「私は気にしていませんよ。慣れていますから」ニコリ
騎士「これまでも、このようなことが?」
勇者「ええ、挙げればきりがない程に言われてきました。こればかりは仕方のないことです」
勇者「修道騎士団と言えば選ばれた集団。優れた力と品格、強い信仰を持った歴戦の方々ですからね」
騎士「……」
勇者「それより、今後狙われそうな方はいますか? 何か心当たりは?」
騎士「一人だけ……」
勇者「誰です?」
騎士「修道騎士団、管区長です」
騎士「先に殺害された三名が慕っていた人物であり、反勇者とも言える思想を持っています」
騎士「殺害された三名以外にも、彼の影響を受けた者はいます。修道騎士団だけでなく、我々の中にも……」
勇者「そうですか」
勇者「では、次に狙われる可能性が高いのは彼ですね。護衛を付けるように言って頂けませんか」
騎士「了解しました。しかし、犯人の捜査はどうしますか?」
騎士「異なる騎士団の衝突ならば調べは付いたでしょうが、こうなってはどちら側にいるか見当も付きません」
勇者「手紙を見せてはどうでしょう?」
騎士「何を仰るのです!? これを見せれば貴方がどうなるか分かったものではない!!」
勇者「何故です?」
騎士「犯人は貴方を神と崇めている」
騎士「殺害動機の裏に貴方の存在があると分かれば、貴方にも捜査の手が及ぶのは必至」
騎士「あらぬ疑いを掛けられ『勇者が犯人を操っていた』とでもなれば、取り返しの付かないことになります」
騎士「ただでさえ管区長のような人物がいるのです。良くて拘束か拷問。最悪の場合、神を語ったと見做され処刑されてしまう」
勇者「私の存在が国王陛下や教皇猊下に認められていても、ですか?」
騎士「正直に言うと、彼等は何をするか分かりません。そのような手段に出てもおかしくはないと思われます」
勇者「……なる程、貴方の考えは分かりました。では、今の案はなかったことにしましょう」
騎士「是非ともそうして下さい。この手紙の件は私の胸の内に秘めておきますので」
勇者「お気遣い感謝します」
騎士「いえ。しかし、未だに信じられません。貴方に、その、烙印があるなど……」
勇者「知られたら大騒ぎになるでしょうね」ニコリ
騎士「大騒ぎでは済みませんよ!」
騎士「勇者とは神に選ばれ、神に愛された存在。奴隷の烙印があるなどと知れたら……」
勇者「蔑みますか?」
騎士「まさか!それは悪意ある者によって押されたもの、貴方こそが勇者様に違いありません」
勇者「ありがとうございます」
勇者「貴方のような方と出逢えて良かった。貴方でなければ、こうはならなかったでしょう」
騎士「そんなことはありません」
騎士「私以外にも貴方を尊敬し敬愛してる騎士は大勢います。私でなくとも同じことをしましたよ」
勇者「その言葉、とても励みになります」
騎士「それより勇者様、この手紙はくれぐれも他の者の目に触れぬようにして下さい」スッ
勇者「分かりました。ですが、困りましたね。犯人の捜査はどうしますか?」
騎士「っ、申し訳ありません。そろそろ時間です。これより職務がありますので」
勇者「ご多忙のようですね」
騎士「ええ、実は我々の団長が戦闘で負傷した為、私が代理を務めているのです」
勇者「そうでしたか。ご多忙の中、申し訳ない」
騎士「いえ。此方こそ協力して下さり恐縮です。では、続きはまた明日ということで宜しいですか?」
勇者「ええ、勿論。あ、そうでした」
騎士「?」
勇者「昨夜は申し訳ありませんでした」
勇者「事件の概要を聞いて動揺してしまい、冷静さを欠いて失礼な振る舞いをしてしまった……」
騎士「そんなっ、謝ることなどありませんよ。酷く気味の悪い事件です。胸を痛めて当然です」
勇者「そう言って頂けると助かります。では、失礼します」ガタッ
騎士「お気を付けて。明日、また此処でお会いしましょう」
勇者「ええ。では、また明日」ニコリ
騎士「は、はいっ、お待ちしております!」ペコッ
ガチャ パタンッ
勇者「…………」ザッ
【#16】探求
僧侶「(瞬間的な力、そして持続)」スラスラ
僧侶「(うん、いい感じ。後は法力供給と伝達かな? こうすれば私の精神が乱れても動くはずだ)」
僧侶「(物質に属性を付与する方法は既に学んでる。実際にやるのは初めてだけど、陣の組み立てはそれほど難しくない)」
僧侶「(問題はそれを実現出来るかどうか。これに則って法術を補助として扱えば大丈夫だとは思うけど……)」
僧侶「(よし、細かな調整は出来た。後は陣を彫るだけだ。さ、ここからが本題だ)」
僧侶「(焦らず、慎重に、ゆっくりゆっくり。集中して図面通りに、出来るだけ小さく)」
カリカリ…
僧侶「……出来た。さあ、来て」
フワリ
僧侶「や、やったぁ」ガシッ
僧侶「(繋がりを感じる。私から流れてる力が伝わっているんだ。後は補助が機能するかどうか)」
僧侶「(部屋の中だと危ないけど、今は外でやるわけにもいかないし、一度だけ軽く試してみよう)」
僧侶「ふ~っ。やるぞぉ……んっ!」
ブオンッ!
僧侶「うわっ!?」ドタッ
僧侶「(予想以上に勢いが凄い。補助は上手く行ったけど筋力が足りないんだ)」ムクリ
僧侶「(振り回してると言うより、振り回されてるような感じだった。でも、振り回されることを前提で動けば……)」
ブオンッ
僧侶「……で、出来た」
僧侶「(此処まで徒歩で来たのが活きた。腕はともかく、足腰は問題なさそう。これならーーー)」
カチリ
僧侶「(か、帰ってきた!隠さないと!!)」
勇者「……」
僧侶「ハー、ハー、お帰りなさい」
勇者「息上がってるけど、何してたんだお前?」
僧侶「し、食後の運動をしていただけですよ」
勇者「……へ~、運動しただけでこんなに部屋が散らかるのか。随分激しい運動したんだな、色んなもんが吹っ飛んでるぞ」
僧侶「へっ?」
ゴチャァ
僧侶「えっと、これはその……」
勇者「なに? 一人が寂しくて暴れたの?」
僧侶「違いますっ!!」
勇者「あ、そう。まあ何でもいいや、とりあえず片付けろ」
僧侶「あ、はい」
ガタゴト
勇者「……色々見てきたよ」
僧侶「何か分かりましたか? んっしょ」
勇者「次に狙われるのは管区長。この街に派遣された修道騎士団の長だ」
僧侶「管区長!? 偉い人じゃないですか!」
勇者「そうみたいだな。そんじょそこらの修道騎士がなれるもんじゃない。腕も立つだろう」
僧侶「でも、大丈夫でしょうか」
僧侶「人間なら問題ないかもしれませんが、夢魔だとしたら厄介です。夢に入り込んで誘惑しますから」
勇者「強いのか?」
僧侶「意志が強ければ撥ね除けるのも可能ですが、その者の弱い部分に付け込むとも言われています」
僧侶「夢魔そのものが非力だとしても、その誘惑は侮れません。対象の望む姿で現れ、誘惑します」
勇者「満月の晩にしか襲わない理由についてはどうだ? 夢魔にも何か習慣のようなものがあるのか?」
僧侶「私も色々考えてはみました。でも、どれも憶測です」
勇者「憶測で構わない。話してくれ」
僧侶「満月の晩は最も魔力が高まりますから、その時に襲うのが最善だと考えている」
僧侶「または何らかの儀式のようなもので、満月の晩に生贄を捧げている」
僧侶「最後に考えたのは、魔力が弱い為に満月の晩にしか襲うことが出来ない。この三つです」
勇者「現場に残っていた魔力は少なかったが、どうだろうな」
勇者「同種族であっても、個体によって魔力に差が出るのは分かるが……」
僧侶「あの、部屋はどうでしたか? 匂いとかはありました?」
勇者「ああ、交わった匂いがした」
勇者「あれは一度や二度じゃない。何しろ死ぬまで搾り取られたんだ。何らかの薬を使ったのかもしれねえ」
勇者「殺された三人は天国を見ながら地獄に堕とされた。夢魔だとしたら、さぞかし心地良い夢を見せたんだろう」
僧侶「他人事ではありません」
僧侶「貴方だって誘惑される可能性はあるんです。広く知られている悪魔ではありますが手強い相手です。侮ってはダメですよ」
勇者「……分かってるさ」
僧侶「何か策を思い付いたんですか?」
勇者「まあ、そんなとこだ。夢を見せられる前に殺す」
僧侶「夢を見せられる前……それは、月が満ちる前に夢魔を倒すということですか?」イソイソ
勇者「出来ればな。あ、これ忘れてんぞ」ピラッ
僧侶「ありがとうございま……ふんっ!!」バッ
勇者「もう少し大人っぽい下着にしたらどうだ? 色気は役に立つ」
僧侶「そんなものは必要ありませんっ!」
僧侶「大体、下着なんて他人に見せ付けるものじゃないんです。最近の人が変なんですよ」
勇者「……そうだな。今の世の中、どいつもこいつもおかしな奴等ばかりだ」
僧侶「?」
勇者「片付けが終わったら風呂に入ってさっぱりしてこい。あ、ついでに下着でも買いに行くか?」
僧侶「結構です!」
勇者「冗談だ」
僧侶「(……大人っぽい下着かぁ)」
勇者「朝っぱらから歩き回って疲れたな。あいつの話は長えしよぉ。何だか眠くなってきた」
僧侶「(それはそうですよ、全然寝てないんですから。あ、そうだ)」
僧侶「少し眠ったらどうですか? 私は部屋にいますから大丈夫ですよ?」
勇者「……そうか。じゃあ、ちょっと寝る」ボフッ
僧侶「あ、はい。ゆっくり休んで下さい。夕方には起こしますから」
勇者「ん、頼む」
僧侶「あの、おやすみなさい……」
勇者「…………お休み」
僧侶「あっ…」
勇者「……」ゴロン
僧侶「(背中向けちゃった。さて、起こさないように静かに片付けよう。そして夜まで寝てもらおう)」
【#17】決意
勇者『荷は積んだな。行け』
村娘『……ねえ』
勇者『何だ』
村娘『あんたは何で、あたし達を助けてくれたんだい?』
勇者『依頼通りのことをしただけだ』
村娘『依頼?』
村娘『洞窟の魔物ならやっつけたじゃないか。あたし達のことなんて含まれてなかったはすだよ?』
勇者『村長の依頼は、村を襲う化け物共の排除。村の中にも化け物がいた。だから殺した。それだけだ』
村娘『……化け物』
勇者『そうだ、化け物だ。お前等を餌にして、お前等を差し出して、人間を喰らって生き延びようとする化け物だ』
村娘『……』
勇者『あれが人間だというなら、この世は地獄だ』
勇者『奴等の悪魔のような所業を知って尚、あれを人間だという奴がいるのなら……』
勇者『同じ目に遭わせて分からせてやる。そうしたら、そいつは必ずこう言うだろう。悪魔め、ってな』
村娘『……』
勇者『ほら、さっさと行け。早く行かねえと、残った化け物に何をされるか分かんねえぞ』
ぎゅっ
村娘『ありがとう。あたし達だけだったら何も出来なかった。この村から出ることさえ出来なかった』
村娘『しかも武器やお金まで……何から何まで本当にありがとう。幾ら礼を言っても足りないよ』
勇者『……』
村娘『……あんたみたいな人間が来てくれて本当に良かった。皆、そう思ってる』
勇者『そうかよ』
村娘『あんた、意外に照れ屋なんだね』
勇者『うるせえ、いつまでくっついてるつもりだ。とっとと離れろ』
村娘『ん。ねえ、旅人さん』
勇者『あ?』
村娘『ごめんね。あたし達の為に、手を汚させちゃって……』
勇者『気にすんな。化け物を殺せるなら幾らでも汚れる。というか既に汚れてる』
村娘『……あんた、本当は旅人なんかじゃないんだろう? 何か使命みたいなものがあるんじゃないのかい?』
勇者『……』
村娘『顔を見れば分かるよ。きっと大変な旅なんだろうね。どうか、死なないでおくれよ』
勇者『お前等もな。逃がしたのに死なれちゃあ格好が付かねえ』
村娘『まったく、これから旅立つってのに縁起でもないこと言わないでおくれよ』
勇者『生きろよ。何があっても』
村娘『ああ、今度は戦うよ。何があっても逃げやしない。抗って、立ち向かってみせる』
勇者『そうか……?』
少女『ねえ、お兄ちゃんは来ないの?』
勇者『本当なら何処かの街まで送ってあげたいけど、それは出来ないんだ』
少女『なんで? いっしょに来たらいいよ。そうしたら、お姉ちゃんもうれしいのに……』
村娘『こらっ、我が儘言わないの』
少女『だって……』
勇者『……悪い奴がいるんだ』
少女『わるいやつ?』
勇者『そう。大きくて、おっかなくて、とても倒せるような奴じゃない。だけど、どうしても倒さないといけないんだよ』
少女『たおせないのに、たたかうの?』
勇者『それが、旅の目的だからね』
少女『そっかぁ……じゃあ、えっと、えっと……すっごくがんばってね!』
勇者『ははっ。ああ、凄く頑張るよ。君も頑張るんだよ? お姉ちゃんに負けないくらいにね』ニコッ
少女『うんっ!』
村娘『さ、お話はお終い。中に戻りな』
少女『は~い』
村娘『時間取らせて悪かったね』
勇者『いいさ。ほら、行け』
村娘『ああ、そうするよ』
ガラララ
勇者『………影?』
バサッバサッ
勇者『!?』バッ
古龍『実に下らぬ。其奴等を救って何になる。あの男と同じ道を辿るつもりか?』
勇者『何で、てめえが……ッ、逃げろ!!』
古龍『無駄だ。何もかもが無意味だ。小僧、貴様の命はそんなことの為にあるのではない』
古龍『見たはずだ、五年前のあの村で。知ったはずだ、人とは貴様にとって何なのかを』
勇者『黙れ』
古龍『それでも希望を捨てきれぬというのなら、今尚も希望などという幻想を抱いておるのなら』
勇者『やめろッ!!』
古龍『儂が消し去ってくれよう』
ゴォォォォッ!
勇者『くそっ!』ダッ
村娘『うっ…』
少女『お兄ちゃん、助けて……』
勇者『おいっ、しっかりしろ! 俺ならここにいる。目を閉じるな、死ぬんじゃーーー』
ガシッ
勇者『!?』
僧侶『貴方の罪が消えることはない。赦されもしない。過去は貴方を逃がさない』
勇者『何でーーー』
僧侶『例え過去から逃れたとしても、自分からは逃げられない。貴方は貴方であることをやめられない』
勇者『……』
村娘『あんたさえ来なければ死なずに済んだのに。この疫病神、悪魔、人殺し……』
少女『お兄ちゃんはあの人にはなれない。お兄ちゃんは殺す人、救う人になんてなれっこない』
勇者『……』
古龍『小僧、己を見失うな』
古龍『己の在るべき姿を見よ。貴様は勇者ではない。貴様は勇者になど成り得ない』
古龍『忘れるな、貴様の目的は救うことではない。復讐だ。復讐こそが、貴様の生きる道なのだ』
勇者「ッ!!」ガバッ
僧侶「大丈夫ですか!?」
勇者「…ハァッ…ハァッ…ああ、大丈夫だ」
僧侶「でも、酷くうなされて……」
勇者「気にしなくていい。時々こういう夢を見るんだ。ここのところは見なかったけどな」
僧侶「まさか夢魔が?」
勇者「いいや、違う。きっと、俺が俺に見せたんだろう。忘れるなってな」
ピトッ
勇者「何してーーー」
僧侶「貴方の額に手を当てているだけです。少しだけ、じっとしていて下さい」
僧侶「(呼吸の乱れ、手先に震え。これはおそらく、極度の緊張状態によるもの)」
勇者「もういい」
僧侶「ダメです。軽い眩暈や倦怠感があるでしょう? 今は動かない方が良いです」
勇者「……分かったよ」
僧侶「そのまま横になって楽にして下さい。手を握りますよ?」
ギュッ
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「……そういや暗いな。夜か」
僧侶「はい。気持ち良く寝ていたので起しませんでした。お疲れのようでしたから……」
勇者「そうか、お陰でよく眠れたよ」
僧侶「今のは嫌味ですか?」
勇者「嫌味じゃねえよ。久しぶりに眠れたのは本当だ。夢さえ見なけりゃ最高だったけどな」
僧侶「……」ギュッ
勇者「……僧侶、話しておくことがある」
僧侶「何です?」
勇者「明日、管区長に会いに行く。会って、この手紙を見せようと思う」
僧侶「なっ!? そんなことをしたらーーー」
勇者「分かってる。そんなことをしたら犯人との関連性を疑われて捕まる」
僧侶「分かっているなら何で……」
勇者「満月までそれほど時間はない」
勇者「あの騎士と話しても時間を無駄にするだけだ。俺が捕まれば、犯人を釣れるかもしれない」
勇者「それに、管区長は俺が嫌いらしい」
勇者「おそらく付きっきりで尋問してくれるだろう。そうなれば被害者も出ないはずだ」
僧侶「……自分を餌にする。ということですか」
勇者「自分の崇める神が捕まったと知れば、殉教者は必ず助けに来る」
勇者「俺に何を伝えたいのかなんて知りたくもねえ。満月まで待ってやる必要もねえ」
僧侶「来なかったら!? 犯人が現れなかったらどうするんですか!!」
勇者「来るさ。必ず来る」
僧侶「何で、そうやって……」
勇者「化け物を殺せるなら何だってする」
僧侶「(っ、もうダメだ……)」
僧侶「(何かに取り憑かれたような目をしてる。こうなったら何を言っても耳を貸さない。でもーーー)」
勇者「どうした」
僧侶「っ、む、無理して戦わなくたっていいじゃないですか? まだ傷も癒えていないんですよ?」
勇者「……そうだな。見て見ぬふりをして街から出る。それが出来れば確かに楽だ。だが、それは出来ない」
僧侶「……分かっています。貴方が、そういう人だということは」ギュッ
勇者「いいか、お前は何があっても動くな。事の発端は俺だ。これは俺が終わらせる」
魔女『彼は貴方を巻き込まない為に一人で戦おうとする。貴方はそれに甘え、その甘えによって彼は命を落とす』
僧侶「……」
勇者「ほんの四、五日だ。すぐに終わる。それまでは待ってろ。ただ、用心はしておけよ」
僧侶「分かりました……」
勇者「よし。じゃあ、そろそろ交代だな。次はお前が休む番だ。見張りは俺がする」
僧侶「あの」
勇者「ん?」
僧侶「もう少しだけ、このままでいさせてくれませんか? せめて、貴方の熱が引くまで……」
勇者「断っても続けるんだろ?」
僧侶「はい」ニコッ
勇者「だったら聞くなバカ」
僧侶「ごめんなさい」ギュッ
勇者「……」
僧侶「(あの者の言葉が真実ならば、この先に何かが起きる。そして、この人は死ぬことになる)」
魔女『戦うことを選んだ場合は耐え難い苦痛を受けることになる。それだけは覚悟することね』
僧侶「(……覚悟はしている。準備も出来ている。後は、その時を待つだけだ)」
【#18】下層
従士「何の用だ」
勇者「管区長にお伝えせねばならないことがあります。急を要しますので通して頂きたい」
従士「何を馬鹿な、こんな早朝にーーー」
管区長「通しなさい」
勇者「(あいつが管区長か、笑っちゃいるが腹の内で何考えてるか分かんねえな)」
従士「し、しかし」
管区長「いいのです。実を言うと、私も勇者殿にお訊ねしたいことがあったのですよ」
従士「……承知しました」ザッ
管区長「部下が失礼を……さあ、此方へ」
勇者「(地下?)はい、ありがとうございます」
コツコツ
勇者「(牢獄。誰もいないな)」
管区長「ああ、そうでした。確か、今日は北の騎士団長代理と予定があったはずでは?」
勇者「(やっぱり誰も信用出来ねえな)」
勇者「ええ。しかし、彼と幾ら話しても時間を浪費するばかり……初めからこうすべきでした」
管区長「そう、貴方は初めから私に会いに来るべだった。何せ彼は、貴方とお喋りするだけで満足していますからね」
管区長「しかし、素直に非を認めるのは良いことです。私も貴方を誤解していました」
勇者「誤解、ですか」
管区長「ええ、誤解です。まあ、詳しいことは下でお話ししましょう」
勇者「(まだ下があんのかよ)分かりました」
ギギィ バタンッ
勇者「(尋問部屋か)」
管区長「どうぞ、お掛けになって下さい」
勇者「ありがとうございます」
管区長「私から先に話しても?」
勇者「ええ、勿論です」
管区長「貴方がこの街に来る数日前、難民を救出しましてね」
管区長「その難民は錯乱しており、ある男に村を滅ぼされたなどと喚き散らしていました」
勇者「ある男とは、おそらく私です」
管区長「素晴らしい、貴方は実に正直者だ。益々好感が持てる。いや、失礼。続けましょう」
勇者「……」
管区長「私は疑問に思いました」
管区長「我等修道騎士団同様、教皇直々に認められた勇者殿が殺人を犯すわけがない。この者達は何かを隠していると」
管区長「そこで訊ねてみたのですよ。何故そうなったのかと……しかし、彼等は頑なに話そうとしなかった」
管区長「私はそこで確信しました。彼等には、何か後ろ暗いものがあると」
勇者「彼等は話しましたか?」
管区長「ええ。勿論、全てを告白しました」
管区長「彼等は悪魔に屈し、あろうことか婦女子を供物として捧げていた。なので、火刑に処しました」
勇者「そうでしたか」
管区長「しかし、貴方にも罪はある」ズイッ
勇者「如何なる理由があろうとも、個人の判断で裁いてはならない。ですね?」
管区長「その通り。どういった処罰を下すかは修道騎士団が、私が決める」
管区長「まずお聞きしたいのは、それを分かっていながら何故に裁いたのか。ということです」
勇者「あの場に貴方はいなかった」
管区長「ふむ、それで?」
勇者「恐怖に震える子供達、絶望した女性達。彼女等を救うには、それしかなかったのです」
勇者「罰せられるのを覚悟で、私は剣を振るいました。これは罪だと分かっていながら」
管区長「……素晴らしい」ブワッ
勇者「(何泣いてんだ、気持ち悪ぃ)私を罰しないのですか?」
管区長「貴方を罰するならば、我々もまた罰せられなければならない」
勇者「何故です? 貴方に罪はないでしょう」
管区長「我々はいるべき時におらず、貴方は咎を背負う覚悟で剣を振るった。それを誰が責められましょう」
勇者「(変わった奴だ)」
管区長「貴方は全てを話した。彼等の語ったことと一切の矛盾もない。私も安心しましたよ」
勇者「?」
管区長「己を神だと勘違いしている輩だとしたら、例え勇者殿であろうと裁かなければならなかった」
勇者「……」
管区長「どうしたのですか? 随分と浮かない顔をしていますが……」
勇者「お話があるのです」
管区長「ああ、そう言えば私に伝えたいことがあると言っていましたね。何でしょう?」
勇者「これを……」
管区長「……」カサッ
勇者「……」
管区長「何という侮辱。邪教徒、異端者が……」
勇者「管区長殿には、その者を捕らえる為に協力して頂きたいのです」
管区長「それは構いませんが、この偉大なる印とは?」
勇者「騎士団長代理から聞いていないのですか?」
管区長「……ええ、残念ながら何も。彼等は我々に対してあまり協力的ではないのですよ」
勇者「そうですか。では、言葉で伝えるより見せた方が早いでしょう。失礼します」スルッ
管区長「……」ゾクッ
勇者「これは幼い頃に野盗によって押されたものです。手紙から分かるとは思いますが、犯人は何らかの理由で私を崇拝している」
勇者「私を拘束すれば、犯人を誘き寄せることが出来るかもしれません」
管区長「……」
勇者「(さて、どう出る)」
管区長「勇者殿、自らその烙印を晒した貴方の勇気には頭が下がります。しかし!!」
管区長「如何なる理由、如何なる過去、如何なる事情があろうと、それは今や異端の象徴」
管区長「既にご存知かとは思いますが、我々修道騎士団の騎士三名が犠牲になっている」
管区長「それも、貴方を神と崇める異端者の手によってです。この意味は分かりますね?」
勇者「勿論です」
管区長「宜しい。例え遠因であろうとも、あのような残虐性を持った異端を生んだが貴方の罪」
管区長「そうである以上、私は貴方に対して協力することが出来なくなってしまった」
管区長「我々修道騎士団。そして管区長たる私は、貴方に対して異端審問をしなければならない」
勇者「覚悟の上です」
管区長「潔し。直接ご協力はできませんが、異端者、邪教徒を炙り出すことはお任せ下さい」
管区長「貴方の全てを利用し、忌まわしい邪教徒を炙り出し、この手で処刑すると約束します」
管区長「その後、事の次第によっては貴方の処刑も検討されるでしょうが……ご容赦下さい」
【#19】虜
勇者「……」ジャラッ
管区長「素晴らしい」
管区長「貴方は実に協力的だ。これから何が行われるかを知りながら抵抗一つしなかった」
管区長「感服します。私はこれまで、貴方のような人物を見たことは一度足りともない」
管区長「此処へ連れられた者は大抵は泣き喚き、罵詈雑言を吐きながら暴れる。或いは自らが助かる為に他者を突き出します」
勇者「罪は罪です。無様な真似はしませんよ」
管区長「その言葉、罪を認める心、協力的な姿勢、これまで尋問した者達に是非とも聞かせてやりたい」
勇者「お褒め頂きありがとうございます。しかし、私を吊す必要はないと思いますよ?」
管区長「鎖で吊したのは抵抗させない為です」
管区長「しかし、勘違いしないで頂きたい。私は貴方が抵抗するなどとは微塵も思っていない」
管区長「痛みによって身悶え、体を捩るような事があれば余計に痛みが増す。脚の重りもそうさせない為の処置です」
勇者「そうでしたか。寛大な処置、感謝します」
管区長「いえいえ。では、始めましょうか」
勇者「(拷問好きか、変態か。それとも自分を真っ当だと思ってる異常者か。どれも最悪だな)」
管区長「いきなりで申し訳ありませんが、まずは肩口付近にある皮膚、烙印を剥がします」
管区長「それが在るが故に異端者を生んだ。貴方を神と崇める輩が今後現れないとも限らない」
勇者「芽を摘むというわけですか」
管区長「その通りです。これは貴方の為でもある。その穢れ、私が取り除いて差し上げましょう」
勇者「お願いします」
管区長「……」
勇者「どうしました?」
管区長「始める前にこのような事を話すのはどうかと思いますが、話しても?」
勇者「(何だ急に)ええ、構いませんよ?」
管区長「貴方は実に美しい……」
管区長「彫刻家が細部まで計算して造り上げたような顔立ち、触れるのも躊躇われるような真白い肌、四肢に至る全てが芸術のようだ」
勇者「……」
管区長「貴方が如何に神に愛された者なのか、此処へ来て、やっと理解出来たような気がします」
勇者「私の体を見た者は皆そう言います」
勇者「国王陛下も教皇猊下も、私を勇者だと認めた方々は皆、私の体を愛してくれました」
勇者「これは誇張や自負ではない。単に事実として言っているので誤解なきようお願いします」
管区長「愛したとは?」
勇者「私を抱いたということです」
管区長「っ、申し訳ない。どうやら器具の手入れが出来ていないようです。少々お待ち下さい」
勇者「分かりました」
管区長「(抱いた? 抱いたと言ったのか? あの体に触れ、思うがままに愛したというのか。まさか愛し合ったのか?)」
管区長「(何だこれは? 嫉妬か? 違う。これは嫉妬などではない。羨望だ。しかしーーー)」
勇者「……」
管区長「(しかし今は、私の物だ)お待たせして申し訳ありせん。では、始めましょうか」
勇者「お願いします」
管区長「(この体に触れるのは私だけだ。誰にも触れさせはしない。傷を付けるのも私だ)」
管区長「(今や、この烙印を押した者さえ許し難い。この体を我が物とするなど許されない)」
ザクッ ゾリッゾリッ
勇者「……」
管区長「(それが教皇猊下だろうと国王だろうと、独占することは許されない)」
管区長「(それを分かっているからこそ、お二人も手許に置くことはしなかったのだ。この、神の造り上げた芸術を……)」ザクッ
ゾリゾリ ベリッ
管区長「どうです?」
勇者「長年に渡るの苦痛から解放されたような感覚です。この痛みすら幸福に思います」
管区長「それは何よりです」ニコニコ
管区長「(私は修道騎士団、管区長だ。私に邪な感情など一切ない。これは職務、触れるのは当然のことだ)」
勇者「その烙印の皮膚は異端者の炙り出しに役立て下さい。私にはもう必要のないものですから」
管区長「ええ、有効に活用しますよ」
管区長「しかし、身動き一つしないとは驚きました。それも勇者の力、神の加護ですか?」
勇者「いえ、痛みはあります」
管区長「(削ぎを、耐えたというのか)貴方には非凡な力があると聞きますが?」
勇者「ええ。ですが、それはあくまで魔物を倒す力であって……長くなりますが宜しいですか?」
管区長「ええ、勿論です。お気になさらず。どうぞ、その先をお話し下さい」
勇者「この場で抵抗するのは容易い」
勇者「しかし、それをしてしまったら、私だけの為に、私の都合で力を使ってしまうことになる」
勇者「これは私に宿った力ですが、私個人の為に授けられた力ではない。私はそれを理解しています」
勇者「人々の中には怖れを抱く者もいますが、それは当然のことです。私はそれも受け入れている」
勇者「私に対しる怖れも、この力に対する怖れも、その全てを受け入れています」
管区長「貴方自身は? 立場上、こんな質問はしたくはありませんが、加護を怖ろしいと感じたことは?」
勇者「ただの一度もありません。周囲からの恐怖、自身への恐怖、力への恐怖。そんなものに囚われて怖れを抱くのは恥です」
勇者「忌み嫌われようと、畏怖の目で見られようと、疎まれ蔑まれようと、私は戦わなければならない」
勇者「万が一、恐怖に囚われ己を見失うようなことになれば、私はこの手で自分を終わらせます」
管区長「貴方は、正に勇者と呼ぶに相応しい。貴方に加護を授けられた神も、誇りに思っておられることでしょう」
勇者「そうであるなら良いのですが……」
管区長「異端者のことが気掛かりなのですね? 大丈夫です。後は私にお任せ下さい」
管区長「しかし、異端者が現れるまで此処から出すことは出来ない。異端審問も終わることはない」
勇者「はい、承知しています」
管区長「宜しい。では、続きを始めましょう。確実に、異端者を炙り出す為に……」
【#20】偉大なる印
管区長「ハァッ、ハァッ…」
勇者「(あれから何時間経った? 俺を気に入ったとこまでは良い。しかし、休みなし交代なしで続けるとは恐れ入る)」
管区長「熱が入りすぎてしまいました。少し間を置きましょう。これでは貴方も保たない」
勇者「ありがとうございます……」
管区長「貴方の尋問は全て私がやります。他の者には一切手出しはさせませんので、ご安心下さい」ニコニコ
勇者「(どうやら焚き付け過ぎたみたいだな。そういう質だとは思っていたが、これ程まで執心するとは思わなかった。目がいっちまってる)」
コツコツ
管区長「誰です」
従士「私です。余りに遅いものですから、管区長に何かあったのかと心配で……!?」
管区長「尋問中です。他の者にも言っておきなさい、此処への立ち入りは厳禁すると」
従士「り、了解しました」
管区長「ああ、待ちなさい」
従士「はっ、何でしょう」
管区長「この板に、これを打ち付けなさい。そこにある勇者殿の手紙も一緒に」
従士「うっ…これは」
管区長「それは異端の象徴、勇者殿から削り取ったものです。それを全ての騎士に見せなさい」
管区長「修道騎士団、北の騎士団問わず、全ての騎士に見せるのです。踏み絵にして構いません」
管区長「応じなかった者は全て捕らえなさい。これも、修道騎士団、北の騎士団問わずです」
従士「……」
勇者「(何だ?)」
管区長「聞いているのですか?」
従士「はい、速やかに全騎士に見せます」
従士「踏み絵に応じなかった者は異端者は見なして拘束します。命令は以上ですか」
管区長「以上です。行きなさい」
従士「はい。では、失礼します」
コツコツ
勇者「(気のせいか?)」
勇者「(いや、一瞬だが確かに空気が変わった。まだ満月までは日がある。魔力も感じなかったが……)」
管区長「勇者殿」
勇者「何です?」
管区長「貴方は鞭で打たれたことがありますね? 背中の古傷からも、それが見て取れる」
勇者「ええ、幼い頃に。それが何か」
管区長「貴方に傷を負わせたのはどのような輩ですか? どのようにして痛め付けられました?」
勇者「(嫉妬か。聖職者が呆れるぜ)」
勇者「(修道騎士団に身を置いてなけりゃあ、ただの拷問好きの変態野郎じゃねえか)」
管区長「答えて下さい」
勇者「焼き鏝、鞭打ち、拘束、水責め。心得がある人物だったようで執拗に拷問されました」
勇者「食事を与えられたかと思えば、何も与えられない時もありました。思い出せるのはこれくらいです」
管区長「他にもあるでしょう」ズイッ
勇者「両親が死ぬところを見ました。その頃に親しかった人物が苦しむ様も」
管区長「そうですか。では、これを装着した経験はないということですね。安心しました……」
勇者「それは?」
管区長「対象の睡眠を妨げ、自白しやすい状態にするものです。異端者の突き匙、異端者の肉叉とも言われています」
勇者「(楽しそうなツラしやがって……)」
管区長「天井に吊した状態でこれを装着させる」
管区長「眠ろうとすると頭が下がる。頭が下がれば咽か胸に突起が刺さり激痛が走る。という仕組みです」
勇者「異端者との関与を疑っていると?」
管区長「私自身、その可能性は低いと考えています。私に異端者からの手紙を見せていますから」
管区長「しかし、これは異端審問です。あらゆる可能性を考慮し、あらゆることをしなければならない」
管区長「貴方の潔白を証明する為にも、今夜からはこれを装着してもらおうかと考えています」
勇者「(何を言ってやがる。結局はお前がやりたいだけだろうが……?)」
コツコツ
従士「……」
管区長「立ち入りは厳禁だと言ったはずですよ。異端者は捕らえたのですか?」
従士「はい、今から捕らえます。私一人では手に負えないので他の者達も呼んで来ました」
従士「皆、神を救うのだ。異端者は捕らえろ」
ゾロゾロ
管区長「一体何をーーー」
従士「嗚呼、我が神よ。何故、月が満ちるまで待って下さらなかったのですか……」
勇者「てめえ……」
従士「我等は殉教者。此処にいる全員が殉教を望む者です。我が主よ、今、お救いします」
管区長「魔に屈したか」ジャキッ
ゾブッ
従士「ゴフッ……」
管区長「その様子、どうやら惑わされたようですね。残念ですが、仕方ありません」グイッ
ガシッ
管区長「!?」
勇者「(刃を素手で……さっさと鎖をーーー)」
従士「武器は封じた。この異端者を、異教徒を捕らえろ。神の救出後、速やかに異端審問を行う」
従士「さあ、異端者を捕らえるのだ」
>>了解
>>了解
>>了解
>>了解
管区長「目を覚ましなさい。悪魔に惑わされてはなりませーーー」
ゴキャッ ドガッ ゴシャッ
勇者「(あの騎士連中、どいつもこいつも目に光がねえ。この短時間で何がーーー)」
チクッ
勇者「なっ…んだ……」
従士「主よ、まずは傷を癒やさなければなりません。暫しの間はお休み下さい。何も考えることはありません」
従士「我等は既に修道騎士団と北の騎士団を掌握しております。何も心配は要りません」
従士「後は、貴方を堕落させた女を始末するのみです。月が満ちる時を、貴方に会える時を、心よりお待ちしております」
【#21】戯曲の時
僧侶「(あの人は今頃どうしているんだろう。尋問されているとしたら、今も続いているのかな)」
僧侶「……」
僧侶「(ここ数年の異端審問は激しさを増し、各方面からは残忍だとして問題視されている)」
僧侶「(でも、あの人は勇者だ。国王陛下、教皇猊下及び教皇庁によって正式に認定されている)」
僧侶「(それを鑑みれば、そこまで酷い扱いは受けないはずだ。修道騎士団とは言え、そこまでの権限はない)」
僧侶「(もし仮に不当な扱いを受けたなら、この区域を担当する修道騎士団の立場が危うくなる)」
僧侶「(あの人はそれを分かった上で、あの手紙を管区長に見せると言ったんだ。だから、きっと大丈夫)」
僧侶「(っ、大丈夫だと思いたい。そうだと信じたい。だけど、どうしようもなく不安になる)」
僧侶「……」ギュゥ
僧侶「(今思えば、あの人と旅に出てから一人になったことはなかった)」
僧侶「(ほんの数日前までは喧嘩してばかりだったけれど、一日たりとも離れたことはなかった)」
僧侶「(馬鹿だ阿呆だ足手まといだと言いながら、私を見捨てようとしたことは一度もない)」
僧侶「(あの人の言う通り、私は馬鹿だ……)」
僧侶「(馬鹿で、子供だ。ずっと守っていてくれたのに、今更になって、一人になって初めて、それに気が付いた)」
僧侶「せめて、安否を知りたい……」
勇者『いいか、お前は何があっても動くな。事の発端は俺だ。これは俺が終わらせる』
僧侶「(っ、駄目だ、耐えなきゃ)」
僧侶「(これはあの人が決めたことだ。私が行って面倒を起こしたら台無しになる)」
僧侶「(それにきっと、今はその時じゃない。明確な何かが起きるはずだ。それまでは……?)」
コンコンッ
僧侶「っ、誰です!?」
騎士「僧侶様、私です!!」
僧侶「騎士さん!? どうしたんです!?」
騎士「申し訳ありませんが中に入れて頂けませんか、追っ手が来るかもしれない」
僧侶「追っ手? わ、分かりました。どうぞ」カチリ
騎士「急に押し掛けて申し訳ない。ですが、緊急事態なのです。騎士団内で反乱が起きました」
僧侶「反乱!?」
騎士「いや、あれを反乱と呼ぶべきかどうかも分からない。まるで、何かに取り憑かれているようでした」
僧侶「(震えている。余程怖ろしいものを見たんだ。そうでなかったら、ここまで怯えるはずがない)」
僧侶「あの、まずは落ち着いて下さい。騎士団内で何が起きたのです?」
騎士「も、申し訳ない。少し呼吸を整えます」
僧侶「……話せますか?」
騎士「ええ、もう大丈夫です。では、現状をお話しします」
僧侶「はい、お願いします」
騎士「つい先程、管区長の警護を担当する従士が教会内の騎士を全員呼び出しました」
騎士「これは管区長の命だと言って、修道騎士団と我々北の騎士団を含めた全員をです」
僧侶「どうなったんですか?」
騎士「彼は手に何かを持っていました。遠くからで見えませんでしたが、板きれのようなものだったと思います」
騎士「そしてそれを見た途端、彼の周囲にいた騎士が一斉に地下へと向かったのです」
騎士「後からそれを見たと思われる騎士も同様です。皆一様に地下へと向かって行きました」
騎士「まるで以前から訓練していたかのような、統率の取れた動きで。気味悪さを覚える程でした」
僧侶「あの、地下には何があるのですか?」
騎士「牢獄です。更に下層へ行くと尋問部屋、異端審問を行う拷問部屋があります」
騎士「教会内が騒然とする中、勇者様が今朝方、管区長と共に地下へ向かったという情報を聞きました」
僧侶「彼等は何を?」
騎士「彼等はすぐに地下から現れました」
騎士「拷問によって傷付いたと思われる勇者様を寝台に寝かせて担ぎ上げ、暴れ狂う管区長を引き摺りながら……」
僧侶「!!」
騎士「それから修道騎士団、北の騎士団、双方入り乱れて争い始めたのです」
騎士「最早、誰が正気で誰が錯乱しているのかさえ分からない状態でした」
僧侶「争い始めた理由は分かりますか?」
騎士「……神……」
僧侶「えっ?」
騎士「地下へ向かった者達は皆一様に、勇者様を神と言っていました。神を救うのだと」
騎士「そこから、管区長を助けようとする騎士と錯乱した騎士とで争い始めました」
僧侶「殉教者……」
騎士「ええ、私もそう考えていました。おそらくは従士が何かをしたのだと思います」
僧侶「では、他の方々は何らかの魔術、或いは暗示のようなもので操られているのでは?」
騎士「操られているとしても危険なことに変わりはありません。あのままでは勇者様に何が起こるか分からない」
僧侶「他には何か気付いたことはありますか?」
騎士「恥ずかしながら、そこから先は覚えていません。私は正気を保っている僅かな部下と共に、命からがら教会から脱出しました」
騎士「確かなことは、今教会内にいるのは正気を失った者だけだということです」
騎士「極めて不利な状況ですが、街全体に混乱が広がる前に事態を沈静化しなければなりません」
騎士「そして勇者様の救出、管区長も救出しなければらない。その為にも、僧侶様に力を貸して頂きたいのです」
僧侶「(その時だ……)」
僧侶「分かりました。お役に立てるかどうか分かりませんが精一杯やってみます」
騎士「ありがとうございます。では早速参りましょう。早く止めなければ何をするか分からない」
僧侶「んっしょ……行きましょう」
騎士「それは勇者様の武器。確か、金砕棒でしたか? そんなものを背負って大丈夫ですか?」
僧侶「はい、少しばかり細工を施しているので平気です。剣は上手く扱えないので……」
騎士「直接戦わずとも僧侶様は魔術……失礼、術法による後方支援さえして頂ければーーー」
僧侶「いえ。戦の状況によっては術法を行使出来ないかもしれませんから……」
騎士「……分かりました。では参りましょう。部下もそろそろ準備が出来たと思いますので」
僧侶「はい」
ザッ
僧侶「(戦わないと、あの人が死ぬ。誰も傷付けたくなんかないし、私だって傷付きたくない)」
僧侶「(だけど、戦うことでしか救えないのなら戦うしかない。そうですよね……)」ギュッ
【#22】暗夜の火
>>此方です。
騎士「分かった。僧侶様、此処から迂回して教会へ向かいます。離れないで下さい」
僧侶「分かりました」
騎士「それから、教会までの戦闘は避けられたとしても教会に入れば戦闘は避けられない。それだけは覚悟しておいて下さい」
僧侶「はい」ギュッ
騎士「では、行きましょう」
タッタッタ
僧侶「ちょっと止まって下さい。広場の方に灯りが見えます。人も集まっているみたいですけれど……」
騎士「そんな馬鹿な。住民には家から出ないようにと呼び掛けたはずなのに……?」
>>これは何の騒ぎだ?
>>修道騎士団から悪魔憑きが出たらしい。
>>おいおい冗談だろ、あれは管区長じゃないか
>>管区長が悪魔憑き? そんな馬鹿な……
従士「静粛に。この者は管区長という立場にありながら大罪を犯した。あの勇者様を拷問したのだ」
ザワザワ…
従士「己の立場を利用し、私的欲求を満たそうとた。拷問に興奮を覚えたとも自供している」
従士「我々は修道騎士団。信仰に身を捧げ、異端者及び悪魔と戦うのが我々の役目である」
従士「その役目を放棄し、己の欲求を満たす為だけに拷問するなど到底赦されるものではない」
従士「この件は教皇猊下及び教皇庁に報告する。そうなれば我々も裁かれるだろう」
従士「しかしその前に、栄誉ある修道騎士団の名を汚した大罪人を処刑しなければならない」
従士「他ならぬ、我々の手で」
管区長「待て! これはでっち上げだ!!」
管区長「この者達こそが悪魔に惑わされているのです!! 惑わされてはなりまーーー」
従士「悪魔憑きと呼ばれた者はそう言います。そうでしょう、管区長殿?」ニコリ
管区長「ッ!!」
従士「ではこれより、この者を火刑に処す!!」
ザッ
騎士「それが真実だとしても、従士である貴方にそんな権限はないはずです」
従士「……これはこれは、北の騎士団長代理。そうは言いますが、私達以外に裁く者はいない」
騎士「ならば書簡を送り、裁量は教皇庁に任せるべきです」
従士「黙れ!!」
従士「この者は私の神を穢した大罪人!! 私の信仰、私の神、私の全てをだ!!」
僧侶「(め、目が血走っている。正気じゃない)」
騎士「住民の皆さん、今すぐにこの場から離れて下さい!!」
>>な、何が何だか分からないが逃げようぜ!
>>騎士団内でいざこざかよ!勘弁してくれ!!
騎士「まずは此処にいる騎士達を拘束し、管区長殿を救い出す。皆、行くぞ!!」ジャキッ
騎士「陣形が整う前に抑えろ!!」
ガキンッ ガキンッ
従士「面倒なことを……貴方達は此処で彼等の足止めをしなさい。私は先に神の許へ行く」ザッ
騎士「ッ、僧侶様、奴の後を追って下さい!! 彼等は私達が引き受けます!!」
僧侶「は、はいっ!」
タッタッタ
騎士「怯むな、続け!! 彼等は操られている!出来るだけ急所は狙うな!武器を狙って無力化しろ!!」
ガキンッ ガキンッ
騎士「…………もう行ったかな?」
騎士「もう姿は見えないね。よし、そろそろ大丈夫でしょう。はい、終わり」パンッ
シーン
騎士「さあ皆、下らないお芝居はもう終わり。武器なんかさっさと下ろして、そいつを燃やしましょう」
管区長「何をーーー」
騎士「もう演じる必要はなくなった。貴方に従うこともない。実に晴れ晴れとした気分です」
騎士「ああ、今回の一件は修道騎士団の一大不祥事として教皇庁に報告させて頂きます」
管区長「まさか、まさか貴様!!」
騎士「ふふっ。ええ、そうですよ?」
騎士「お考えの通り、私が夢魔事件の首謀者。勇者様を、偉大なる神を崇拝する殉教者です」ニコリ
管区長「っ、目を覚ましなさい! 悪魔はそこにいるのです!! この者を裁くのです!!」
騎士「何を言っても無駄ですよ。彼等の目には貴方こそが異端者として映っていますから」
騎士「そして、この私こそが神だと信じている。修道騎士団にとって神の命は絶対でしょう?」
管区長「神?神だと!? 貴様、私の前で神を騙るか!!」
騎士「事実、神ですからね。ほら」スルッ
管区長「そ、その烙印はーーー」
騎士「ええ、お揃いです」
騎士「ふふっ、どうですか? 羨ましいでしょう? しかし、私には貴方の方が羨ましい」
騎士「髪の毛はどうでした? 肌触りは? 唇の感触や指先の滑らかさは? 鞭打つ感覚は堪らなかったでしょう?」
管区長「そんなものは感じない」
騎士「隠しても無駄ですよ? 貴方の汗から匂うのは男女が交わる時のそれです。貴方は、拷問に快楽を見出しましたね?」
管区長「な、何を馬鹿な……」
騎士「まあ、どちらでもいいですけどね」
騎士「ただ、私より先に神に触れ、あろうことか傷付けたのは赦せない。予定通り火刑に処します」
騎士「さあ、やりなさい」
管区長「や、やめなさーーー」
ゴォォォォッ
管区長「ヒッ…いぎゃあああああああ!!!」
騎士「おや、どうしました?」
騎士「今こそ祈る時ですよ管区長殿、信仰を貫き、神に助けを求めてはどうですか?」
騎士「神よ、神よ、神よ。いつも飽きるほど言っているでしょう。ほら、高らかに呼んで下さい」
管区長「ハッ…かっ…アアアアアア!!?」
騎士「そうだ、苦しみに喘げ」
騎士「これまで貴方が燃やした者達と同じように救いを求めて死ぬがいい。神を、呪いながら……」
管区長「かっ…ひゅ…ひゅ…」
騎士「……誰も死んでいないのは不自然ですね。そこの連中は神の為に首を斬りなさい」
ブシュッ
騎士「勇者様、貴方が無茶をしなければ誰も犠牲にならず、このような茶番を演じずとも済んだのに」
騎士「……もうすぐだ。もう少しで、私は私として勇者様に会える。嗚呼、満月が待ち遠しい」
【#23】開花
タッタッタッ…
僧侶「(やっぱり変だ……)」
僧侶「(数では圧倒的に向こうが勝っていた。それなのに、護衛も連れずに一人で逃げる意味が分からない)」
僧侶「(わざわざ広場に来たのも妙だ。あの時は管区長の姿に気を取られたけど、あれでは阻止してくれと言っているようなものだ)」
勇者『いいか、僧侶。俺に何かがあった時、一番最初に行動を起こした奴を疑え』
僧侶「(管区長に会いに行く前、あの人はそう言っていた)」
僧侶「(一番最初に行動を起こしたのは管区長の従士。話を聞く限りでは暗示か催眠を掛けたのは彼だ)」
僧侶「(となれば、三件の殺人も彼の仕業である可能性が高い。あの話を聞いた後なら当然そう考える)」
僧侶「(だけど、私に対して一番最初に行動を起こしたのは騎士さんだ)」
僧侶「(部屋を変えたのに迷うことなく私のいる部屋の扉を叩いた。暗示や催眠に掛かっている様子もない)」
僧侶「(一番おかしいのは、私に従士を追わせたことだ。誰が見たって戦闘に不慣れな私を……)」
僧侶「(それに、騎士さんはあの人を尊敬、敬愛している。殉教者である可能性は十分にある)」
僧侶「(断定は出来ない。騎士さんが犯人であるという証拠もない。だけど……っ、ダメだ)」
僧侶「(疑い始めたらきりがない。もしかしたら、今夜の出来事さえも仕組まれた罠かもしれない)」
僧侶「はぁっ、はぁっ…着いた」
僧侶「(仮に罠だとしたら意味が分からない。私を罠に掛ける理由はなんだろう?)」
僧侶「(でも、罠だとしても行かなくちゃ。これが、その時ではないとしても………)」ザッ
ギギィ バタンッ
従士「来たぞ、あの女だ」
僧侶「(……やっぱり)」
従士「あの女こそが勇者様を堕落させた魔女。直ちに捕らえ、火刑にするのです」
ガチャガチャ
僧侶「(軽装備多数、重装備は少数。やっぱり私を待ち構えてたんだ。あの人はどこに……!!)」
僧侶「(っ、礼拝堂の祭壇に寝かされている。騎士の数が多い、この人数を避けて通るのは無理だ)」
僧侶「(相手は騎士、戦いたくない、もの凄く怖い。今も膝が震えてる。だけど、だけど……)」ズシッ
従士「!?」
僧侶「……待ってて下さい。今、行きます」ザッ
従士「あの女を近付けてはなりません。捕らえられない場合はこの場で殺しても構いません」
>>了解
>>了解
僧侶「(重装歩兵。焦っちゃダメだ。冷静になるんだ。あの人の戦い方を思い出すんだ)」
僧侶「(こういう時は自分から動かず、動きを見て、相手が武器を振り上げた瞬間にーーー)」
僧侶「叩く」
ドゴンッ!
僧侶「はぁっ、はぁっ…出来た」
僧侶「(でも、まだまだ沢山いる。この人達全員を倒さないとあの人の所には……!?)」
ザクッ ボタボタッ
僧侶「っ、うぅ……」
僧侶「(痛い、傷口が熱い。あの人はいつも、こんなに痛い思いをしてたんだ。治癒したいけど、そんな時間はーーー)」
ザシュッ!
僧侶「あぅっ…」ガクンッ
僧侶「(っ、囲まれた。囲まれたら、一人を突き飛ばして輪の外に出る。とにかく中心にいちゃダメだ)」ダッ
ドゴォッ ガシャァン
僧侶「はぁっ、はぁっ……んっ!!」グルンッ
僧侶「(押し退けて輪の外に出たら一気に崩す。出来るだけ早く、出来るだけ多く倒す)」
ズドンッ ドゴォッ メゴォッ
僧侶「(倒しても安心しない。次を見る)」
僧侶「(それから、それから、大きい相手は膝とかを狙って動きを止める。止めて、叩く)」
ゴギッ ゴギャッ
僧侶「(位置を見る。脚を見る)」
僧侶「(長い武器で突いて来たら、退かずに前に出る。攻撃は一直線。怖いけど怖くない)」
僧侶「(避けた後は手許を狙って武器を壊す。武器を壊したら、勢いそのままに潜り込む。胴を狙って、打つ)」
バギンッ ドズンッ
僧侶「(動きを止めない。武器の長さを生かす。動揺してたり密集したりして相手の動きが止まったら、動き出す前に勝負を決める)」
ゴンッッ メギャッ ゴギャッ
僧侶「はぁっ、はぁっ……(ごめんなさい……)」
僧侶「(きっと正気を失っているから動きが鈍かったんだ。平常時なら敵わなかった)」
従士「……これは凄いですね。貴方のことを軽く見たようです」
僧侶「はぁっ、はぁっ……」ボタボタッ
従士「腕の筋肉や腱が損傷していますね。貴方の体躯でそんなものを振り回せば当然そうなる」
僧侶「っ、貴方の目的は何です」
従士「貴方を殺すことです」ニコリ
僧侶「……私を殺す為だけに他の騎士の方々を操ったのですか。何故そんなことをーーー」
従士「理由なら既に申し上げたでしょう。貴方は勇者様を堕落させた魔女だと」ジャキッ
僧侶「……」ズシッ
従士「貴方は神を堕落させ、人の身に堕とした大罪人。決して赦すことの出来ない存在です」ザッ
僧侶「あの人は神ではない。人間です」
従士「私は、私の神を取り戻す。それだけです」ダッ
僧侶「(来る)んっ!!」ブンッ
従士「見た目と圧力は凄まじいですね」
僧侶「(っ、躱された)」
従士「しかし一撃が大きい」
従士「今のように空振りした場合、貴方の体では体勢を保てない。武器に振り回され、よろける」
僧侶「………っ」グラッ
従士「何より次が遅い。一度振ってしまえば無防備になる。覚えておくことですね」ダンッ
僧侶「そんなことは分かっています」グルンッ
従士「!?」
僧侶「私には武器を振り回す力も技量はない。だから、振り回されることにしたんです」ミシッ
ドゴォッ
従士「がっ…」ガシャァン
僧侶「っ、はぁっ、はぁっ…あぅっ…」ブシュッ
僧侶「(腕が……でも、これで全員倒した。後は、あの人を助けるだけだ)」
僧侶「(でも、あの者……魔女が言ったことは結局何だったんだろう。全部嘘だったのかな)」
僧侶「……今考えるのはやめよう。とにかく、あの人を早く助けないとーーー」
騎士「残念ながら、それは無理です」
僧侶「!?」
ガツンッ!
僧侶「あっ…」ドサッ
騎士「いやはや、まさか一人で全員を倒してしまうとは思いませんでしたよ」
騎士「ですが、戦闘中に魔術を使えないのは事実だったようですね。確かめておいて良かった」
騎士「勇者様の行動によって予定通りとはいきませんでしたが、貴方を捕らえることは出来た」
僧侶「……うっ…うぅっ」
ズリ…ズリ…
僧侶「(目を閉じちゃダメ、まだ動ける。あの人は私が助ける。私は、助けるために来たんだ……)」
ズリ…ズリ…
騎士「……」ギリッ
僧侶「はぁっ、はぁっ…」ギュッ
勇者「……」
僧侶「……お願いです、目を覚まして下さい……早く、此処から逃げて……」
騎士「その手を、離せ!!」
ドゴッ!
僧侶「ゲホッ…ゲホッ…」
騎士「何とも忌々しい女だ。おい、そこの、この女を例の場所に連れて行け」
僧侶「待っ…」
騎士「いい加減に黙れ!鬱陶しいぞ!!」
バキッ!
僧侶「うっ…」ガクンッ
騎士「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」チラッ
勇者「……」
騎士「申し訳ありません、勇者様。貴方の御前でこのような真似をしてしまって……」
騎士「ですが、咎はあの女にあるのです。あの女は、貴方から嘗ての輝きを奪い取ってしまった」
騎士「私を虜にした貴方を、私の中にある貴方を、私が思い続けてきた貴方を奪ったのです」
騎士「あの女には裁きを下さなければなりません。厳しい罰を、苦痛を受けるだけの罪がある」
騎士「生きることすら放棄したくなる程の、耐え難い苦痛を与えます。貴方の為に……」
勇者「……」
騎士「………っ」
ぎゅっ
騎士「(嗚呼、今すぐにでも交わりたい。私の中へと迎え入れたい。貴方の精を感じたい)」
騎士「(早く私を喘がせて、早く私を蕩かして、この体に貴方の全てをぶつけて欲しい)」
騎士「(けれど、それは今ではない。今の私では交われない。どうかお待ち下さい。月満ちる時を……)」
ちゅっ
騎士「私が貴方を取り戻してみせます。必ず取り戻してみせます。この命に代えても……」
【#24】決壊
僧侶「……んっ」ジャラッ
騎士「やっと起きましたか。目覚めるのを今か今かと待っていましたよ」
僧侶「……」
騎士「その状態で私を睨み付けるとは大したものだ。魔女に聞いていたより肝が据わっている」
僧侶「……」
騎士「おや、お喋りは嫌いですか?」
騎士「なら、私が一方的に話すことにしましょう。まずは自己紹介も兼ねて昔話でもしましょうか」
騎士「私は夢魔と人間の間に生まれました」
騎士「父は夢魔、母は人間です。私は夢魔として生を受け、夢魔として生きる。はずだった」
騎士「私は、どちらでもなかった」
騎士「どちらでもないと言うのは種族に限ったことではない。性別に関しても、どちらでもない」
僧侶「えっ…」
騎士「やっと興味を持って頂けましたか」
騎士「私は夢魔でも人間でもなく、女でも男でもなかった。勿論、すぐに捨てられましたよ」
騎士「母にとっては望まぬ妊娠」
騎士「夢魔によって孕まされた望まぬ子ですからね。それも当然のことです」
騎士「ほんの一時、人間として教会に引き取られましたが、こんな体ですから馴染めるわけもない」
騎士「私は教会から抜け出しました。いつ殺されるか分かったものではないですからね」
僧侶「……」
騎士「ずっと孤独でした」
騎士「友と呼べるような存在もいない。いや、私と同じものは誰一人として存在しないのだから」
騎士「先程も言いましたが、幼い頃の私は人間でも夢魔でもなく、男でも女でもなかった」
僧侶「(幼い頃?)」
騎士「次第に胸は膨らみ、女性としての体になっていきました。けれど、男性器が消えることはなかった」
騎士「どちらでもない不安定な時期、体調も優れない日々が続きました。異常な体ですからね」
僧侶「……」
騎士「しかし、そんな私に転機が訪れた」
騎士「ある日、この体を面白がった男達に捕まり、乱暴に服を破かれ、あちこち弄られました」
騎士「その時、私は神に祈りました。どうか助けて下さいと、私は何も悪いことはしていないと」
騎士「当然ですが、神は現れませんでした」
騎士「必死に抵抗しましたが相手は大人の男性。私は諦めて犯されるのを覚悟しました。その時です」
騎士「その時、彼は現れた」
僧侶「彼とは、あの人ですね」
騎士「ええ、そうです。私と変わらぬ年頃の男の子が、大の大人を打ち負かしたのです」
騎士「彼は暫く動きませんでした。自分が打ち負かした男達を、ただじっと見つめていた……」
騎士「はだけた服、肩口に見えた偉大な印」
騎士「慈悲の一欠片もないような凍て付いた瞳に私は心を奪われた。そこに神を見た」
騎士「彼の冒涜的とまで言える美しさ、背筋を駆け抜ける何かが、私の魂を強く震わせたのです」
騎士「彼は私に上着を羽織らせると、そのまま手を引いて歩き出しました。その時初めて、胸が高鳴るのを感じました」
騎士「私にとっては同性でも異性でもない存在。どちらでもない彼に、私は初めて恋をした……」
騎士「夢魔の恋です。笑いますか?」
僧侶「いいえ、笑いません」
騎士「……その日、彼とは色々なことを話しました。年相応に遊んだりもしましたよ」
騎士「でも、ふと気になって聞いてみたんです。私のことが気味悪くないの……とね」
僧侶「あの人は何と?」
騎士「逆にこう聞かれました」
騎士「もし自分で決められるなら、お前はどっちになりたいんだ?」
騎士「私は真剣に悩みました」
騎士「その間に彼は街を去ってしまいましたが、それでも悩み続けた結果、私は男になると決めたのです」
僧侶「えっ?」
騎士「きっとその頃の私は、彼に憧れていると思ったのでしょう。それが恋だとは気付かなかった」
騎士「だから、彼のような男になりたいと願ったのでしょう。そう強く願った結果、妙なことになりました」
僧侶「妙なこと?」
騎士「満月までは人間の男性として、満月の間だけは夢魔の女性として生きることになった」
僧侶「!!」
騎士「何とも奇妙な話でしょう?」
騎士「原因など私にも分からない。これは正に、神の悪戯と言えるものです。悪意に満ちた、ね」
僧侶「……」
騎士「彼が街を去った後は騎士団に入りました。夢魔の力を使って……」
僧侶「何故、騎士団に……」
騎士「彼への憧れもありますが、どうしても欲しかったものがあったからです」
騎士「当時、ある村を襲い、先の勇者様によって討伐された野盗から押収されたもの……」スルッ
僧侶「っ!!」
騎士「神の印です」
騎士「どうです? 美しいでしょう? 私は彼と同じになりたかった。種族も性別も何もかも……」
僧侶「(狂っている。と言えるだろうか)」
僧侶「(人間である私に……女として生まれ、女として生きる私にそう言えるだろうか?)」
僧侶「(彼でも彼女でもない苦悩)」
僧侶「(そこから生まれた彼、または彼女の歪みを、狂っていると断じることが出来るのだろうか?)」
騎士「でも、それは叶わない……」
騎士「月が満ちれば、男の精を求める夢魔と成り果ててしまう。夢魔の性が顔を出す」
騎士「女である自分を消し去ることは出来ない。男である自分も消し去ることは出来ない」
騎士「こんな体になって更に痛烈に突き付けられた!! 私が独りだということを!!!」
僧侶「(そうか、だから縋ったんだ。あの人に……)」
騎士「誰も助けてはくれない。この苦しみを分かってくれる同類などいない」
騎士「私を救ってくれたのは後にも先にも唯一人、勇者様だけ。同じ印を持つ、たった一人……」
僧侶「……」
騎士「せめて逆なら……人間の女として生きられる時があるのなら、まだ良かった……」
騎士「もしそうなら、人として、勇者様と愛し合うことが出来たかもしれない」
僧侶「だから、あの人の傍にいる私が憎いのですか? 人間である私が、女である私が」
騎士「ああ、そうだ。人として、女として、勇者様の傍にいるお前が赦せない」
騎士「あの瞳に温もりを与えたお前が、勇者様を変えたお前が憎い」
僧侶「もし変わったのだとしたら、私が変えたのではなく、あの人が変わっただけです」
騎士「……まあ、いいでしょう。
お喋りはこの辺にして、実は貴方に見せたいものがあるんです。引き摺りますけど我慢して下さいね」ニコリ
グイッ ズルズル
僧侶「うっ…」
騎士「この分厚い扉の向こうに、貴方の知らない真実がある。それを今から見せてあげます」
ギギィ
僧侶「……捕囚所」
騎士「残念、違います。此処に収容されているのは騎士団が保護した難民の方々です」
僧侶「何で難民が地下に……保護した難民は王都に送られるはずじゃ」
騎士「ふふっ、そんなものは嘘ですよ。王都は安全であると喧伝する為のね」
僧侶「じゃあ何でーーー」
騎士「これを造る為ですよ。ちなみにこれは、貴方の所持品から拝借したものです」チャプン
僧侶「……聖水?」
騎士「ええ、そうです。この地下収容所にいる難民の方々は、これの材料になっています」
騎士「ちなみにこれは教会の指示によるものですので悪しからず」
僧侶「デタラメです」
騎士「なら、向こうを見て下さいよ」グイッ
僧侶「あぅっ…」ドサッ
騎士「あの服には見覚えがあるんじゃないですか? あれは修道士ですよね?」
僧侶「嘘だ………」
騎士「ほら、よく見て下さい」
騎士「あの水槽で人間が溶かされる。どうやら、ああやって魂を抽出するらしいです」
騎士「詳しい仕組みは知りませんし知りたくもないですが、魂の穢れを取り除いて精製する。らしいです」
僧侶「こんなの有り得ない。嘘だ……」
騎士「だから嘘じゃありませんよ」
騎士「ほら、どんどん出来上がってるじゃないですか。これと同じ瓶が沢山並んでるでしょう?」チャプン
僧侶「こんなの教会が認めるわけーーー」
騎士「だから、教会の指示なのですよ。それより、まだ聞こえませんか。それとも聞こえないふりをしているのですか?」
僧侶「(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)」
騎士「さあ、耳を澄まして下さい。ほら、聞こえるでしょう?」
>>教会の糞野郎共、くたばりやがれ!!
>>こんなことをして何とも思わないのか!!
>>嫌だ!離せ!やめてくれ!!
>>貴様等は人間じゃない!悪魔だ!
僧侶「あ…あ……」
騎士「これが現実です。人は人の魂を喰らって生きている。貴方も、その一人なのですよ?」ニコリ
僧侶「うっ…あっ…あ…あああああっ!!」
騎士「さあ、そろそろ戻りましょうか」
騎士「貴方にはもう一つ、どうしても話しておかなければならないことがある」グイッ
僧侶「あうっ…うぅっ……」
ギギィ バタンッ
僧侶「…………」ドサッ
騎士「さて、続きを始めましょう」
騎士「貴方はこれまで勇者様の傷を何度治しましたか? 勇者様は大怪我を負ったことはありますか?」
僧侶「……」
騎士「龍との戦いで酷く負傷しましたか? 致命傷を負いましたか?」
僧侶「……」ビクッ
騎士「反応しましたね」
騎士「では、魔術によって何度も治療された人間がどうなるか知っていますか?」
僧侶「(聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない)」
騎士「度重なる魔術による治療は治癒力を著しく減退させ、遂には魔術でしか回復しなくなる」
僧侶「そ、そんなの知らーーー」
騎士「知らない? それは尚更質が悪い」
騎士「貴方は無意識に首に手を掛け、何度も何度も勇者様を殺そうとしていたんですから」
騎士「…………気を失ったか」
騎士「まあいい、目覚めたらまた見せてあげるよ。真実をね。そして、時が経てば経つほど理解していく」
騎士「真実は拒絶出来ない。拒絶しようがない。その脆弱な精神がいつまで保つか見物だね」
【#25】蝕みの声
僧侶「(私が、あの人を蝕んでいた……)」
騎士『度重なる魔術による治療は治癒力を著しく減退させ、遂には魔術でしか回復しなくなる』
僧侶「(そうか、だからあの人は……)」
勇者『術法には頼りたくねえんだよ』
僧侶「(頑なに術法による治療を拒んでいたのは、そういうことだったのかな)」
僧侶「(私は、あの人に毒を盛っていたんだ。火傷を治した時なんて、通常の何倍もーーー)」
バシャッ
僧侶「ゲホッ…ゲホッ」
騎士「殻に閉じ籠もって後悔している暇など与えませんよ。まだ二日目だ。こんなものでは済まさない」
騎士「聖水の件については未だ疑っているようですから、教皇庁からの書状を持ってきてあげました」
騎士「要点だけ読み上げますから、しっかりと聞いて下さいね。貴方も教会に身を置く人間だ。知る義務がある」
僧侶「嫌っ、やめーーー」
騎士「難民の受け入れは限界を超えている。しかし、受け入れ拒否は民や信者の不信を招くことになりかねない」
騎士「そこで、修道騎士団またはその地域を守護する騎士団は彼等を一度は保護すること」
騎士「その後は以下の通り」
騎士「住居提供する間までとして収容所に入れたのち、修道士に明け渡す」
騎士「修道士は各地域にある錬金施設にて、収容した難民を速やかに還すこと」
騎士「まあ、簡単に言えば受け入れは困難であるから難民は殺せと言うことですね」
騎士「しかも、ただ殺すのではなく、難民を利用して聖水を造れとまで書いてある」
騎士「詳しい製造過程なども書いてありますが、これらも読み上げましょうか?」ニコリ
僧侶「嘘だ。そんなことするわけない!」
騎士「いい加減に、現実を見ろ」グイッ
僧侶「あぅっ…」
騎士「見ろ。その目で、この印を見るがいい。これは紛れもなく教皇庁の印だ。君は何度も見たことがあるだろう?」
僧侶「違う。こんなの偽物だ……」
騎士「なら、目を逸らさずにしっかり見たらどうだい? 本当に偽物かもしれないよ?」
僧侶「嫌、嫌だっ…」
騎士「仕方がないな。なら、別の話をしよう」
騎士「君は何故、勇者様と共に旅をすることになったと思う? 本当の理由を知っているかい?」
僧侶「……」
騎士「魔術に優れているからではない。それが方便だということは君も分かっていたはずだ」
騎士「ただ、君が考えているように、忌み子として厄介払いされたわけでもないんだよ?」
僧侶「(えっ? じゃあ何で……)」
騎士「瞼が動いた。僅かに期待しているね? 良い答えを、自分が望む以上の使命を」
僧侶「……」ビクッ
騎士「ふふっ、警戒しなくても大丈夫だよ。君の役目は、君が思っている以上に重要で崇高なものだ。これは嘘じゃない」
僧侶「(っ、甘い声色に騙されちゃダメだ。何を言われても意識をしっかりーーー)」
騎士「神聖娼婦」
僧侶「………えっ?」
騎士「はははっ! 驚いたかい? 君は神聖娼婦として勇者様に同行させられたんだよ?」
騎士「度重なる戦いによって獣性を抑えられなくなった時、その昂ぶりを鎮めるのが君の真の役目だ」
騎士「戦いの経験もない、魔術の素養はあっても実戦で魔術を使えない足手まとい」
騎士「そんな君に出来るのは、神聖娼婦として勇者様の獣性を鎮め、性欲を満たすことくらいだ」
騎士「まあ、体よく教会から追い出されたわけだ。女として使えなければ捨てればーーー」
僧侶「そんなの嘘だ!!」
騎士「否定するのは自分を保つためだ。その怒りは偽りだ。恐怖を隠すためだ。君は気付いていたんじゃないのかい?」
騎士「女である私が何故? 戦いの経験もない私が何故? 何で私が勇者様と?」
騎士「君は疑問に思ったはずだ。そして、そこから行き着く答えなんて一つしかない。女だからだ」
僧侶「そんなことない!!」
騎士「なら言ってごらん。他に何がある?」
僧侶「それは司教様が私を……」
騎士「守るため、かい? はははっ、笑わせてくれるね。希望的観測、現実逃避だ」
僧侶「っ、貴方の言葉だって何の根拠もない!!」
騎士「なら、これを見てごらん? これには勇者様に対する協力要請。それから、細かな情報が記載されている」
騎士「勿論、君のことだって詳しく記載されているんだよ。ほら、此処には何と書いてある?」
僧侶「うそだ……だってこれは……」
騎士「君は何度も見たことがあるだろう? 見間違えようがない。何せ、司教様の印だからね」
僧侶「なんで、こんなの何かの間違いだ。きっと、こうでもしないと私をーーー」
騎士「確かにそうかもしれない。こうでもしないと君を守れなかったのかもしれない」
騎士「だけどね。かもしれない、だ」
騎士「どんな圧力、どんな事情があったにせよ、印を押したのは事実なんだよ?」
僧侶「…ハァッ…ハァッ…っ」ギュッ
騎士「ハハハッ! どうだ!? お前は世界に疎まれ、神にさえ見捨てられたんだ!!」
僧侶「……」
騎士「……その目、まだ何かがあるな? 君を支える何かが、耐えることの出来る何かが」
僧侶「(大丈夫。大丈夫。気を強く持つんだ。私は負けない、悪魔の言葉に負けたりしない)」
騎士「それが何なのか当ててみせようか?」
僧侶「私は信じてる。神を信じてる。悪魔に屈したりしない。私は信じてる」
騎士「……健気だね。けれど、君が信じているのは神なんかじゃない」
僧侶「何をーーー」
騎士「君は先程から手首にある何かをしきりに触っている。それは十字架か? 違う。彼に貰った腕輪だ」
騎士「君が待ち望んでいるのは神の救いじゃない。君が心から待ち望んでいるのは、彼だ」
騎士「信仰を覆され、信頼する人物の裏切りを目の当たりにしても、君は未だに保っている」
騎士「何故か。それは君の心を支える存在がいるからだ。それを何というか教えてあげようか?」
僧侶「私は神を信じてーーー」
騎士「違う。それは偽りだ。偽りの答えだ。神に背く行為だからと、己を騙しているに過ぎない」
僧侶「違うっ!!」
騎士「君は、彼を愛しているんだよ」
僧侶「違うっ、愛してなんかいない!!」
騎士「本当にそうかな。君の心には誰がいる?」
僧侶「!!」
勇者『神なんぞどうでもいい。お前はどうだって聞いてんだよ』
勇者『戦いの中に縋るものなんてありはしない。自分で何とかするしかないんだ』
勇者『縋るなって言ったのはそういうことだ。自分を何かに預けるな。それはお前の命だろ?』
僧侶「(違う。私は……)」
勇者『少しは外を見ろ。そうすりゃあ違ったもんが見えるかもしれねえだろ?』
勇者『……ありがとう。さあ、そろそろ入ろう。外も冷えてきたしな』
騎士「さあ、答えてくれ。今の君を支えているであろう声の主は、誰だ」
僧侶「………っ」ギュッ
騎士「ほらね。私が壊すまでもなく、信仰など既に消え去っている。胸の内は彼で溢れている」
騎士「人間の感情、心は、信仰などで易々と押さえ付けられるものではない」
僧侶「やめて……」
騎士「自覚しているかどうかの問題だ。今はそうでなくとも、君はいずれ必ず彼を愛するだろう」
僧侶「やめてっ!!」
騎士「結論、君は神を、信仰を捨てた」
【#26】月、満ちる
勇者「(夜? 此処は……)」ムクリ
勇者「(っ、視界が揺らぐ。それに何だ、この妙な浮遊感は……そうか、薬を打たれて……!!)」
僧侶『はぁっ、はぁっ、お願いです、目を覚まして下さい……早く、此処から逃げて……』
騎士『その手を、離せ!!』
ドゴッ!
僧侶『ケホッ…ゲホッ…』
騎士『……何とも忌々しい女だ。おい、そこの、この女を例の場所に連れて行け』
勇者「っ、僧侶……ッ」ドタッ
勇者「(くそっ、体に力が入らねえ。あれから何が起きた。ずっと眠ってたのか? 何で宿にいる?)」
ガチャッ パタンッ
魔女「あら、ようやく目が覚めたみたいね」
勇者「何で、お前が此処にいる……」
魔女「さあ、何ででしょうね。それより窓を見たら? 今日は待ちに待った満月よ」
勇者「……僧侶は何処に連れて行かれた」
魔女「あの子なら騎士団本部の地下にいるわ。夢魔と一緒にね」
魔女「念のために言っておくけれど、今夜中に行かなければあの子は殺される」
勇者「化け物が待ってんだ。そんなことを言われなくても俺は行く。逃げるわけねえだろうが」
魔女「ふふっ、そうよね。何があろうと、貴方が逃げるわけがない。貴方はそうでなくちゃならないわ」
勇者「そうかよ」ダンッ
ドズンッッ サァァァァ
勇者「(……投影。器、抜け殻か)」
魔女『折角教えてあげたのに殴り掛かるなんて失礼ね。お腹に穴が空いちゃったじゃない』
勇者「黙れ。何処から見てるのか知らねえが、お前にもう用はない。さっさと失せろ」
魔女『化け物を殺す。理由は本当にそれだけ?』
勇者「……何が言いたい」
魔女『囚われのあの子を助けたいんでしょう? まあ、そうさせる為に利用したのだけど』
勇者「僧侶に、何をした」
魔女『そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない』
勇者「答えろ」
魔女『ちょっと背中を押しただけよ』
魔女『街に到着した夜。あれは確か、貴方が丁度お風呂に行った時だったかしら』
魔女『戦わなければ貴方が死ぬって脅かしたのよ。そしたらあの子、すぐその気になっちゃってね』
魔女『貴方に黙って戦う準備をして、貴方の為に必死に頑張ったのよ?』
魔女『使い慣れない武器なんか振り回して、私があの人を助けるんだ……ってね』
魔女『それが罠だと分かっていながら、あの子は単身で教会に向かった。そして捕らえられた』
勇者「……」
魔女『捕らえられて、今日で四日目』
魔女『夢魔はあの子に随分と嫉妬しているようだったから、今も手酷くやられているんじゃないかしら』
勇者「もういい、黙れ」
魔女『一応言っておくけれど、私はちゃんと警告したのよ? 戦えばそうなるってね』
勇者「聞こえなかったのか。黙れ」
魔女『この話題はお気に召さないようだから、違う話題にしましょうか』
勇者「……」
魔女『貴方は化け物を殺すために戦うの? それとも、あの子を救うために戦うのかしら?』
勇者「……」ガチッ
魔女『ま、いいわ』
魔女『あぁ、防具はそのままみたいだけど、武器なら没収されてるわよ。あの子の短剣以外はね』
勇者「……」
魔女『散々に嗾けておいて何だけど本当に行くつもりなのね。薬も抜けていない状態で勝てると思うの?』
勇者「俺が負けると思うのか」
勇者「悪魔、魔物の王。偉大なる龍から次期魔王に指名されたんだ。お前も期待してんだろ」
魔女『ふふっ。ええ、とっても期待しているわ』
勇者「期待には応えるさ。龍をぶち殺したら、お前も殺してやる。必ずな」
魔女『あら怖い。王様にはならないの?』
勇者「生憎、人間を辞めるつもりはねえ」
魔女『そのうち気が変わるわ。必ずね』
魔女『それより、今宵は満月』
魔女『満月は魔力が高まる時。修道騎士団と北の騎士団は夢魔の支配下にある。夢魔を殺せばーーー』
勇者「暗示は解ける」
魔女『その通り。そして騎士団とやり合えば、今まで積み上げた何もかもを失うことになる』
勇者「……」ガチリ
魔女『民の認識も一変するわ』
魔女『あんな思いをしてまで手に入れた安全や後ろ盾も、勇者の認定さえ取り消されるでしょう』
勇者「……」
魔女『貴方は人間の敵になるのよ』
魔女『魔物には勇者として、教皇庁には神の敵として、何より国賊として他の修道騎士団や騎士団に追われる』
勇者「だとしても、化け物は殺す」
魔女『それだけじゃないでしょう。貴方はあの子を助けようとしているのだから』
勇者「……」バサッ
魔女『たった一人の女の為に、たった一人を救う為だけに、貴方はそれら全てを捨てるの?』
勇者「そうさせるのがお前の目的なんだろう。それが目的で夢魔と手を組んだ。違うか」
魔女『ええ、そうよ』
勇者「なら、願ったり叶ったりだな」ザッ
魔女『待って。一つ聞かせて欲しいの』
魔女『貴方にとってあの子は何なの? そこまでして助けようとする理由は何かしら?』
勇者「……」
魔女『哀れみ? 憐憫? 同情?』
魔女『それとも、あの子に自分を重ねているから放っておけないのかしら?』
勇者「……」
バタンッ
勇者「…………………」ザッ
【#27】殉教の時
騎士「聞こえているかどうか分からないけれど、君とのお喋りはとても楽しかったよ」
騎士「今の君の姿を見ていると、傷を与えるのもあながち悪くないと思えてくる」
騎士「管区長が拷問に喜びを感じていたのも、何となくだが理解出来るような気がするよ」
騎士「私の場合は肉体的にではなく、精神的に追い詰め、痛め付けたに過ぎないがね」グイッ
僧侶「……」
騎士「それでも楽しかった。その虚ろな瞳を見ていると、誇らしくさえ思う」
騎士「他人の信仰を穢し、その者の根底を否定するというのは実に気分が良いものだ」
騎士「自分の信じる神こそが絶対なのだと確信出来る。彼こそが唯一無二であるとね」
騎士「出来ることなら、もう少しだけ眺めていたいところだけど、そろそろ時間だ」
騎士「本来なら此処で待っているつもりだったけれど、満月時になると抑えが効かなくてね」
僧侶「……」
騎士「今の君には分からないだろう。この昂ぶり、内側から燃え上がるような感覚……」
騎士「何を言っているか分からないかな? なら、特別に教えてあげようか」グイッ
騎士「彼が目覚めた。勇者様が、私の神が、ようやく目覚めたんだよ」
僧侶「……」ピクッ
騎士「これは凄いな。まだ残っているのか」
騎士「けれど、彼が助けに来たとしてどんな顔をして会うつもりだい? 神を捨てた君が、彼を思う君が」
僧侶「……」
騎士「おや、また閉ざしてしまったか」
騎士「それが答えならそれでもいい。それが一番楽だ。目を閉じ、耳を塞ぎ、心を閉ざす」
騎士「何も考えず、何も感じず、ただただ殻に籠もる。自分から目を逸らし、醜く生き続けるがいいさ」パッ
僧侶「……」ドサッ
騎士「では、失礼する。君に神のご加護があることを心から祈っているよ。それじゃあ」
ギギィ バタンッ
騎士「(さて、行こうかな)」ザッ
騎士「(大体、こんな薄暗い地下施設で再会を果たすなんて耐えられない。何せ十年振りの再会だ)」
騎士「(そう、十年だ。もっと相応しい場所でないとならない。此処では駄目だ)」
騎士「(……月明かりの下が良い)」
騎士「(満月の下で、彼の目の前で変わる。今の私を見せる。彼がくれた私を、彼に見せる)」
騎士「……」ドクンッ
騎士「(っ、早く会いたい、早く変わりたい。彼に飛び付いて、彼の腕の中で思いを伝えたい)」
騎士「(しかし、今は我慢だ。一時の情動に駆られて再会を台無しにするなんて以ての外だ)」
騎士「(もうすぐだ。もうすぐ会える。この階段を上って地上へ出れば………?)」
>>何処に行かれるのですか。
騎士「……騎士団長か」
騎士団長「何処に行かれるのですか」
騎士「(やれやれ、従順だが面倒な人形だな)予定変更だ。私はこれから神の許へ向かう」
騎士「君は命令通り、地下錬金施設の修道士及び難民を監視を……いや、待て」
騎士「君達騎士団には罰が必要だ」
騎士「教皇庁に従い、悪行に荷担、救いを求める難民の声を無視した罪は重い。あの修道士共と同罪だ」
騎士「本来なら首を斬れと言っているところだけど、君達には特別に意味ある最期を与えてあげよう」
騎士団長「ありがとうございます」
騎士「君は動ける部下を率いて地下錬金施設の修道士を皆殺しにしろ。一人として生かすな」
騎士「その後は地下で待機。君達のことは、私の神が直々に裁いてくれるだろう」
騎士団長「ありがとうございます」
騎士「(しかし、これだけでは難民が混乱してしまう可能性が高いな)」
騎士「(今まで自分達を助けようともしなかった騎士団が、急に修道士を殺したら混乱は避けられないだろう)」
騎士「(勇者様には騎士団を悪として討って貰わなければならない。そうしなければ真の目的は達成出来ない)」
騎士「(教会及び修道士、修道騎士団及び北の騎士団。それらは総じて悪であるということを、難民に改めて認識させなくては……)」
騎士「もう一つ、命令を与える」
騎士団長「はい」
騎士「修道士を殺害する時は、今から言う言葉を繰り返し口にしながら殺せ」
騎士「全ては私のため、これは夢魔の生贄だと。難民には、そうだな……お前達も後で生贄に捧げるとでも言っておけ」
騎士団長「了解しました」
騎士「では、後は任せたよ。さあ、行け」
騎士団長「了解しました」ザッ
騎士「……本当の生贄は君達だけどね」
コツコツ
騎士「(暗示が解けて正気に戻ったところで、修道士を皆殺しにした事実は変わらない)」
騎士「(例え、全てが私の仕業だと言い張ったとしても、これまでやってきたことは変わらない)」
騎士「(あの薄汚い水槽の中で溶けていく人間と、それをただ眺めているだけの人間)」
騎士「(弱者を守るなどという者は誰一人いない。騎士とは名ばかりの連中。何もしなかったこと、それが罪だ)」
騎士「(難民には悪魔に見えたことだろう)」
騎士「(しかし今夜、彼等は悪魔の手から救い出してくれる者を見る。光輝なる者を見る)」
コツコツ
騎士「(それこそが私の神、勇者様だ)」
騎士「(彼は決して悪を見逃さない、決して悪魔を見逃さない。彼は決して逃げ出さない)」
騎士「(地下の光景を目の当たりにすれば、何があろうと必ず殺すだろう。無論、私を含めて……)」
>>何処に行かれるのですか。
騎士「私は先に神の許へ行く。君達はいつも通り騎士団本部を防衛しろ」
>>了解しました
騎士「(……罪の後には罰がある)」
騎士「(遅かれ速かれ、彼等も私も神に裁かれる。そして、その罰は神が直接下す)」
騎士「(人間も悪魔も関係なく、法や道徳さえも超越した絶対の存在が、容赦なく罰を下す)」
騎士「(私の、私だけの、勇者様……)」
ガチャ バタンッ
騎士「……行こう」ザッ
騎士「(懐かしむ時間なんてないかもしれない。何せ、殺されに行くようなものだ)」
騎士「(地下で待っていた方が安全だ)」
騎士「(そんなことは分かっている。だが、今や安全かどうかなどどうでもいい)」
騎士「(私はどうしても会いたいんだ。あの月の下で、あの瞳の前で、この思いを伝えたい)」
コツコツ…
騎士「今夜、私は神を見る」
騎士「そして、あの時の私と同じように、彼等もまた神を見る。この濁りきった世界、唯一の光を……」
ザッザッザッ…
【#28】月夜の懺悔
騎士「……」
コツコツ
騎士「(彼の気配を感じる。距離も近い。魔力で勘付かれてしまったか、これだから満月時の私は……)」
タンッ
騎士「(音、何処からーーー)」
ガシッ ドサッ
騎士「うっ……!?」
勇者「まさか来てくれるとは思わなかった。まあ、殺しに行く手間が省けて良かった」ジャキッ
騎士「勇者様、待って下さい」
勇者「この月明かりだ。俺の顔はよく見えるだろう。こんなツラをした奴が待つと思うか」
騎士「いえ」
勇者「分かってるなら言うな」
グサッ ブシュッ
勇者「………何だ、姿が変わらねえな。確かな魔力を感じたが、化け物じゃなかったのか」
勇者「(ってことは、体だけは人間か。なら、こいつを殺したら暗示が解けるってのは嘘か?)」
勇者「(まあいい、さっさと行こう。騎士団本部の地下だったな。面倒なことになりそうだ)」
騎士「ゴフッ…ゲホッゲホッ」
ガシッ
騎士「……待って下さい。まだ行かないで」
勇者「悪いが、いつまでも男に跨がってるような趣味はない。さっさとくたばれ」
騎士「ふふっ。なら、女であるなら問題ないということですね?」ニコリ
ぎゅうっ
勇者「(ッ、この力は何だ。人間の出せる力じゃねえ。コイツ、やっぱり化け物か)」
騎士「ねえ、感じる?」
勇者「妙な声を出すな、気色が悪いんだよ」
騎士「まだ感じない?」
勇者「(……何だ、妙な音がする。っ、コイツ、さっきより体が小さくなってーーー)」
騎士「さあ見て、今の私を……」パッ
勇者「ッ!!」
夢魔「あっ、そんなに飛び退くことはないじゃないですか、今のままで良かったのに……」ムクリ
勇者「………お前、どっちだ」
夢魔「それは性別についてですか? それとも、悪魔か人間かということですか?」
勇者「全部だ」
夢魔「どちらでもありませんが、満月の夜だけは夢魔の女です。もう一度跨がってみますか?」ニコリ
勇者「化け物に跨がる趣味はねえな」
夢魔「そうですか。なら、私が上になります。勇者様は楽にしていて下さいね?」トンッ
勇者「(ッ、コイツ、速ーーー)」
ガシッ ドサッ
勇者「ぐっ…」
夢魔「あは、さっきと逆だね? 嗚呼、こんな風に出来るなんて夢みたいだよ」
勇者「さっさと離ーーー」
ぎゅっ
夢魔「ダメ、まだ薬が抜けてないんだから無茶しないで? 何もしないから落ち着いて?」
勇者「何もしない? 笑わせんな。そう言って何もしなかった奴を見たことがない」
夢魔「大丈夫。貴方に嘘なんて吐かない」
勇者「……」
夢魔「ねえ、私を見て……」スルッ
勇者「(っ、何だ……目が離せねえ。この甘ったるい声を聞いてると頭がぐらぐらしやがる)」
夢魔「そう、しっかり見て。貴方が与えてくれた私を、貴方が変えてくれた私を見て……」
勇者「何を、言ってる」
夢魔「私を……ううん、僕を忘れたの?」
勇者「知らねえな。もし人間として会ってたら、忘れるわけがない」
勇者「もし化け物として会ってたら間違いなく殺してる。だから、化け物と再会するわけがない」
夢魔「違う、違うよ」
夢魔「あの頃の僕はどっちでもなかった。何者でもなかったんだ。十年前、この街で君と出会った頃は……」
勇者「十年前だ? 何を言ってーーー」
夢魔「君は僕を助けてくれた。ううん、僕を救ったんだ。僕の人生で初めて、手を差し伸べてくれたニンゲン。それが君なんだよ?」
勇者「……」
夢魔「ねえ、君は、僕が気味悪くないの? 僕の体を見た人は、皆そう言うよ?」
勇者「!!」
『ほら、これ着てろ』
『う、うん。ありがとう……』
『どこか痛むのか?』
『なんでもない、よ?』
『じゃあ、まだ怖いのか?』
『違う。そうじゃないよ』
『だったら何だよ』
『っ、ねえ、君は僕が気味悪くないの? 僕の体を見た人は、皆そう言うよ?』
『腕のない奴、脚のない奴、耳が聞こえない奴、眼が見えない奴だっている。体が女みたいな男がいてもおかしくねえだろ』
『そう、なのかな……』
『知らね。つーか、お前より、さっき叩きのめした奴等の方がよっぽど気味が悪ぃ』
『……』
『なあ、お前さ』
『なあに?』
『もし自分で決められるなら、どっちになりたい?』
勇者「……」
夢魔「あの時から、君は僕の勇者だった。君はまだ勇者でなかったけれどね」
勇者「お前、あの時の……」
夢魔「思い出してくれた?」
勇者「……ああ、思い出したよ」
夢魔「良かった。君に忘れられていたらどうしようかと思ったよ」
勇者「どうするつもりだったんだ。殺すか」
夢魔「ううん。多分、悲しくて泣いていたと思う」
勇者「化け物が泣く? ふざけんな」
夢魔「ふざけてなんかないっ!!」
夢魔「人間も悪魔も関係ない! 大好きな人に忘れられたら悲しいよ!! そうでしょう!?」
勇者「……」
夢魔「確かに僕は化け物だ。だけどね? 君に忘れられたら、僕はとっても悲しいよ」
勇者「………そうか」
夢魔「どうしたの? 何を考えているの?」
勇者「ようやく分かったよ。お前は、俺が生んだ化け物だったんだな」
夢魔「そんな顔しないで、君は何も悪くないよ。全部、僕がしたことなんだから」
勇者「お前を変えたのは俺だ」
夢魔「違う、それはきっかけ。変わったのは僕だ。僕は、僕の意思で変わったんだよ」
夢魔「だから、君に一切の罪はない。それでも罪悪感を覚えるなら、それも僕の罪だ」
勇者「人間みたいな口を利くんだな」
夢魔「それはそうだよ。だって、僕はどっちでもあるし、どっちでもないからね」ニコッ
勇者「……」
夢魔「ねえ」
勇者「あ?」
夢魔「くっついてもいい?」
勇者「断る」
夢魔「この月明かりだよ? 僕の顔はよく見えるでしょう? そう言われて諦めるような顔に見える?」
勇者「なら聞くな」
夢魔「フフッ、やった!」
ぎゅ~ すりすり
勇者「(………あった)」
夢魔「森で見た時から思ってたけど本当に大きくなったね。もう、男の子じゃないんだね……」
勇者「(もう少しだ、もう少しで届く)」
夢魔「僕、ずっとこうしたかったんだ。満月の下で君を抱き締めて、胸に顔を埋めてさ」
勇者「……」ジャキッ
夢魔「僕を殺すの?」
勇者「ああ、そうだ」
夢魔「そっか。でも、その瞳を見られて良かった。変わったと思っていたけど、あの頃とちっとも変わっていない」ニコリ
勇者「……」
夢魔「とても冷たくて、躊躇いのない、まるで心が凍て付いているような、そんな瞳……」
勇者「お前は、変わった」
夢魔「僕にも色々あったんだ。十年も経ったんだよ? 人も悪魔も、十年あれば変わるよ」
勇者「そうだな。そうかもしれねえな……」
夢魔「……」
勇者「……」
夢魔「ねえ、一つだけ聞いて欲しいことがあるんだ。命乞いじゃないから、聞いて欲しい」
勇者「………何だ」
夢魔「お散歩しながら、お話ししたい。満月の下で、二人っきりで」ニコッ
勇者「何言ってんだお前」
夢魔「逃げたりしないよ?」
勇者「そういうことじゃーーー」
夢魔「ほら、行こう?」スッ
勇者「……いい、一人で立てる」
夢魔「そっか……じゃあ、騎士団本部まで歩こう? そこまででいいから」
勇者「(何故殺さない? 俺はどうかしちまったのか? こいつを人間だとでも思ってるのか?)」
夢魔「どうしたの?」
勇者「………いや、何でもねえ」
夢魔「じゃあ、お散歩しよう?」ニコッ
トコトコ
夢魔「夜風が気持ち良いね?」
勇者「何故裸のままで歩ける」
夢魔「君を見てると体が熱っぽくなるんだ。だから、これくらいで丁度良い」
勇者「答えになってねえよ」
夢魔「あ、そうだね。ごめん」
夢魔「街の皆には寝てもらってる。だから裸でも平気なんだ。満月の夜はいつもこうしてる」
勇者「一人でか?」
夢魔「うん、いつも一人だよ。変わった姿を見られるわけにもいかないしね」
夢魔「でも、この時だけは自由になれる。何でも出来る。何者にも縛られず、自由でいられるんだ」
勇者「何でも。殺しもか」
夢魔「……そうだね。対象が眠ってる間なら何でも出来るよ。殺した時も街全体を眠らせた」
夢魔「精液もそうやって奪ってる」
夢魔「眠ってる間に自分がどうなっているか、何が起きたのかなんて、誰にも分からない……」
勇者「(街全体か。なる程な、そりゃあ誰一人気付かなかったわけだ)」
夢魔「この烙印を見ても、何も言わないんだね」
勇者「別に良い思い出じゃねえからな。剥ぎ取られて清々してる」
夢魔「……痛かったよね。ごめんね? もっと早く助けてあげられなくて」
勇者「助けなんか求めちゃいない」
夢魔「分かってる。でも、僕が嫌なんだ……」
勇者「……騎士連中がおかしくなったのは暗示か」
夢魔「うん。満月時に烙印を見せておいんだ」
夢魔「本当は自分に何かあった時の為だったけど、君を助けることが出来て良かったよ」
トコトコ
夢魔「……月、綺麗だね」
勇者「………ああ、そうだな」
夢魔「本当はね?」
勇者「?」
夢魔「本当は君と交わりたかった。でも、その目を見てたら恥ずかしくなってきちゃった」
勇者「何故だ、慣れたもんだろ」
夢魔「フフッ…うん、そうだね」
夢魔「変な話だけど、何でもない人なら恥ずかしくないんだ。精液を奪う時だって何ともない」
夢魔「君以外の男なんて嫌だけど、君以外の男だからこそ平気でいられるんだよ」
夢魔「本音を言うなら、今すぐにでも交わりたい」
夢魔「君の精液が欲しくて堪らない。僕の虜にしたい。求められたら何だってしてあげる」
夢魔「でもね? 君にそんな姿は見せたくない。君の前では、君に対しては、綺麗でいたいんだ」
勇者「……」
夢魔「君は特別で、君だけは違う」
勇者「俺は神じゃない」
夢魔「違うって言ったのはそういうことじゃない。今のは、そういう意味じゃないよ……」
勇者「なら何だ」
夢魔「君を愛してる」
夢魔「あの時から君を思って、君だけを愛し続けてきた。心の中で、夢の中で、ずっとずっと、君だけを……」
勇者「ありがたくも何ともないな。気持ちの一欠片も受け取る気はない」
夢魔「化け物だから?」
勇者「ああ、そうだ」
夢魔「人間なら? もし、僕が人間の女だったら愛してくれた?」
勇者「お前はもう化け物だ。お前は、自分で化け物になったんだ。もしも、なんてことはない」
夢魔「あの子が好きなの?」
勇者「僧侶は関係ない」
夢魔「なら、行かない方がいいよ」
勇者「どういう意味だ」
夢魔「あの子は壊れてる。どうでもいい存在なら助ける必要はないでしょう?」
勇者「……何をした」
夢魔「少し意地悪しただけだよ。君の傍にいるのが羨ましくてね。正直言うと嫉妬したんだ」
勇者「そろそろ着く、言いたいことはそれだけか」
夢魔「待って、もう一つだけあるんだ」
夢魔「騎士団本部の地下には沢山の難民がいるから、君の手で助けてあげて欲しい」
勇者「……何故、地下に難民がいる」
夢魔「地下は錬金施設になってる。そこで難民を聖水にするんだ。教皇庁からの命令だよ」
勇者「それで、終わりか?」
夢魔「うん、終わり」
勇者「そうか」ジャキッ
夢魔「……ねえ」
勇者「何だ」
夢魔「我が儘を聞いてくれてありがとう。こんなに楽しい夜を過ごせたのは初めてだよ」ニコリ
勇者「そうか、じゃあな」グイッ
ザクッ! ボタボタッ…
勇者「死ねるか?」
夢魔「………うん。それより早く行って、僕が死ねば催眠は解ける。地下には騎士がいるんだ」
夢魔「彼等には修道士の殺害を命じてある。正気を取り戻したら、何をするか分からない……」
勇者「何でーーー」
夢魔「ゲホッゲホッ…だって、君は魔術に弱いみたいだから……あんな奴等、君に殺されるまでもない……」
勇者「っ、お前は何をしたかったんだ」
夢魔「女は複雑な生き物なんだ。何がしたかったのかなんて、今となってはどうでもいい……」
勇者「……」
夢魔「……こうやって君の手で死ねる。これだけで満足だ。僕は、ひとりぼっちじゃない、しあわせ、だ」
勇者「……」
夢魔「ああ、嗚呼、やっぱり、きみも、ちょっとだけ、かわったよ……こんなにも、あたたかい」
勇者「十年あれば、人間も悪魔も変わる」
夢魔「ふふっ……うん、そうだね……ねえ、ぼくは、どっちかなあ?」
勇者「さあな、お前はどっちになりたい?」
夢魔「どっちでも、いい。きみの、そばに、いられれば、それでよかった……」
勇者「……もう、目を閉じろ。夢を見るんだ。お前の夢は、誰も邪魔しないから」
夢魔「ありがとう……さあ、もう行って……あの子が、まってる。きみを、まってるから」
勇者「ああ、そうするよ……」
夢魔「ぼくは……夢を………見るよ……」
勇者「……」
ザッ
勇者「………………」ギュッ
【#29】善行か悪行か
騎士団長「(何だ、これはどうしたことだ)」
騎士団長(何故、修道士が殺されている? 我々がやったのか? だとしたら何故? 我々は一体何を…………!!」
騎士『君達騎士団には罰が必要だ』
騎士『教皇庁に従い悪行に荷担、救いを求める難民の声を無視した罪は重い。あの修道士共と同罪だ』
騎士『本来なら首を斬れと言っているところだけど、君達には特別に意味ある最期を与えてあげよう』
騎士『君は動ける部下を率いて地下錬金施設の修道士を皆殺しにしろ。一人として生かすな』
騎士団長「(ッ、そうだ)」
騎士団長「(我々はあの夢魔に、あの騎士に何かをされたのだ。これは我々の意思ではない。断じて違う)」
騎士団長「(そうだ、これら全ては夢魔の仕業だ。そうに違いない)」
騎士団長「(いや待て、奴のことはどうでもいい。今最も重要なのは、この場をどうやって収めるかだ)」
騎士団長「(他の連中はまだ呆然としているが、誰かが口を開けば何が起きるか分からない。錯乱した連中同士で殺し合いが始まるかもしれん)」
騎士団長「(しかしどうする?)」
騎士団長「(この事態が発覚したら我々は間違いなく処刑される。何と弁明しようが、魔に惑わされた我々が悪だとして断じられるだろう)」
騎士団長「(だが、幸いにも修道士の連中は全員死んでいる。この場さえ乗り切れば、まだやりようはある)」
騎士団長「………皆、落ち着いて聞け」
騎士団長「いいか、これは我々の意思ではない。我々は操られていたに過ぎないのだ」
騎士団長「これまでの一連の出来事は全てあの騎士の、夢魔の仕業だ。我々は一切関与していない」
騎士団長「しかし、これが発覚したら我々全員の処刑は免れない」
騎士団長「いいか? これは個人の問題ではない。これは我々の、騎士団全員の命に関わる問題だ。分かるな?」
>>し、処刑なんて冗談じゃない
>>俺達は操られていただけだ!これは俺達がやったんたじゃない!
>>あの騎士を掴まえて差し出せば……
>>駄目だ!どの道異端審問に掛けられて殺される!
>>じゃあ、どうすればいいんだよ!
>>知るかよ!少しは自分で考えろ!
騎士団長「(……よし、掴んだ)」
騎士団長「皆、一つ提案がある」
騎士団長「これらは全て、牢を抜け出した罪人による暴動。我々はそれを鎮圧した」
>>罪人?
>>罪人なんて何処にも……此処には難民しか……
騎士団長「彼等は罪人だ」
騎士団長「大体、牢に入れられているのが難民か罪人かなど誰にも分かりはしない」
騎士団長「第一、この場所は知られていない場所。いや、誰にも知られてはならない場所だ」
騎士団長「修道士を殺したのは脱走して暴徒化した罪人達、我々がそれを鎮圧、罪人は全員死亡した」
騎士団長「性急且つ強引なやり方だが、この件は教皇庁へ報告しなければはらない。これしか方法はない」
>>そ、そう上手く行くでしょうか?
騎士団長「事を公にしたくないのは教皇庁も同じことだ」
騎士団長「地下錬金施設の存在が民に発覚すれば奴等も終わる。処理の仕方でどうとでも出来る」
>>で、ですが夢魔は? 夢魔はどうするんです?
騎士団長「夢魔のことなど、今はどうでも良い。悪魔が自ら教皇庁へと赴き、この事態を報告するとでも思うのか?」
騎士団長「どうだ?」
シーン
騎士団長「質問は以上だな。では始めるぞ」
ザワザワ
騎士団長「(この期に及んでまだ決めかねているのか、難民に情などないだろうに。面倒な連中だ)」
騎士団長「何を迷う、やらなければどうなる?」
騎士団長「あらぬ疑いによって愛する家族と引き離された挙げ句、終わりのない拷問を受けるんだぞ?」
騎士団長「皆、家に帰りたいだろう? 妻に、子に、両親に、兄弟に会いたいだろう?」
ザワッ
騎士団長「我々は一蓮托生だ」
騎士団長「我々が生きる為にはそれしか方法はない。皆が辛いのは良く分かる。俺も同じだ。たが、これしか方法はない。分かるな?」
>>……やろう
>>っ、そうだな、やろう。これは、生きる為だ
>>女子供でも容赦するなよ。此処にいる全員の命が掛かってるんだ
>>分かってる。誰か一人にでも口を割られたら終わりだからな
騎士団長「(よし。これで何とかーーー)」
ジャリ…
騎士団長「誰だ!!」
勇者「……」
騎士団長「(何だ、あの男は……っ、勇者!? 何故奴が此処にいる!? 何故此処に来た!?)」
勇者「地下に難民がいるってのは、どうやら本当だったみたいだな……」
騎士団長「(どうする? どうすればいい?)」
勇者「……」ザッ
騎士団長「待て、それ以上近づくな!! 何をするつもりだ!!」
勇者「遺言でな」
騎士団長「何?」
勇者「ある女から、地下に捕まっている難民を救って欲しいと死に際に頼まれた。今から、そうする」
騎士団長「駄目だッ!!」
勇者「うるせえ、ただの保身だろうが」
騎士団長「ッ、ああそうだ!! そうだとも!! それの何が悪い!! 助かろうとすることの、生きようとすることの何が悪い!!」
勇者「別に悪いなんて言わねえよ」
勇者「生き延びようとするのは当然だ。好き好んで死にたい奴なんていねえからな」
勇者「だから、お前らはお前らの好きなようにやればいい。俺は俺の好きなようにする」ザッ
騎士団長「ッ、此処の連中を解放すれば自分がどうなるか分かっているのか!? 教皇庁に盾突くことになるんだぞ!!」
勇者「だから何だよ」
騎士団長「なっ…自分が何を言っているのか分かっているのか!? 今からでも遅くはない冷静になれ、良く考えろ。貴様は勇者なんだろう!?」
勇者「お前等を見逃して、そのまま知らぬ存ぜぬで済ませるのが勇者だってのか?」
騎士団長「そうだ!! この先も勇者でありたいならそうしろ!!」
勇者「……そんな勇者は御免だ。そんなことをしちまったら、あの人に申し訳が立たねえ」ザッ
騎士団長「な、何をぶつぶつ言っている。止まれ!! 聞いているのか!!」
勇者「第一、そんな勇者は必要ねえ。勇者である意味も、勇者として戦う意味もない」
勇者「そもそも、勇者と呼ばれるべきはあの人だけだ。俺は勇者じゃなくていい。勇者を演じる必要もない」
騎士団長「(何だ、奴の様子がおかしいぞ。ふらついている? 傷を負っているのか?)」
騎士団長「(こうなったらやるしかない。勇者だろうが何だろうが構うものか)」
勇者「……」ザッ
騎士団長「っ、あれは国に徒なす反逆者だ!! 奴は傷を負っている!! 武器もない!! 恐るるに足らず!!」
ガチャガチャ!
勇者「(化け物がうじゃうじゃといやがる。化け物なら、殺さねえとな)」タンッ
ガシッ ゴキャッ
勇者「(ッ、早いとこ済まさねえと体が保たねえな。気を張らねえとぶっ倒れそうだ)」ダッ
ガシッ! ザクッ…
騎士団長「(何だあれは……)」
騎士団長「(あんな人間は見たことがない。まるで大型の獣が獲物を食い散らかしているようだ)」
騎士団長「(あの異様な眼光、身の熟し、凄まじい膂力、どれも人間のそれではない……)」
勇者「はぁっ、はぁっ……」
騎士団長「っ、獣、化け物め……」
勇者「その口振り、まさか自分は真っ当な人間だとでも言いたいのか? 犬畜生にも劣る奴がよく言うぜ」
騎士団長「何だと!?」
勇者「難民を皆殺しにして保身に走ろうとした奴が、人間様を騙るなって言ってんだよ」
騎士団長「黙れ!人殺しが!!」
勇者「ああ、分かってる。だが、俺はお前のような奴等を人間だなんて思っちゃいない」ダンッ
ゴキャッ ドズン ガギンッ
騎士団長「(っ、何だ、奴は一体何なんだ!!)」
騎士団長「(既に何度も斬られているはずだ。何度も刺されているはずだ。なのに何故止まらない? 何故止められない?)」
勇者「はぁっ、はぁっ…」ガクンッ
騎士団長「い、今だ!!やれッ!!」
ザシュッ グサグサッ!
勇者「がっ…ああっ!!」
ガシッ ゴキャッ ザクッ
勇者「(何を必死こいてんだ俺は……)」
勇者「(善人振って助けようとするから痛い目を見るんだ。斬られて刺されて、しこたま血を流してーーー)」
夢魔『騎士団本部の地下には沢山の難民がいる。あの人達を、君の手で助けてあげて欲しい』
勇者「(ああ、そうだったな……)」
勇者「(あいつは紛れもない化け物だ。だが、少なくともあの時だけは人間だった。人間を案じる人間だった)」ジャリッ
騎士団長「!!」
勇者「(約束は守らねえとな……)」
騎士団長「っ、何故立てる。化け物め」
勇者「化け物は、テメエ等だろうが!!」ダッ
ゴシャッ ドゴォッ ザンッ
勇者「はぁっ、はぁっ…」ボタボタッ
騎士団長「馬鹿な……」
騎士団長「(あれだけいたはずの騎士が、ほんの瞬きの間に次々と倒されていく。こんなことが有り得ーーー)」
勇者「おい、戦の最中に何処見てんだ」
騎士団長「!!」ブンッ
ザシュッ!
勇者「……」ボタボタッ
ザッ…
騎士団長「ヒッ…」
勇者「逃がすと思うのか」
騎士団長「く、来るなあッ!!」ブンッ
勇者「……」ガシッ
騎士団長「!!」
勇者「人に生まれただけの化け物、人に生まれて化け物になった奴等……お前のような奴は嫌って程に見てきたよ」
騎士団長「わ、我々がそうなら貴様こそ化け物だ!! 躊躇いなく人命を奪う狂人が!!」
勇者「清々しいまでの開き直りだな。あいつよりも化け物してるぜ」
騎士団長「だ、誰かーーー」
ドゴォッ
騎士団長「ゲホッ…うおえぇぇぇ」
勇者「誰も来やしない。誰もいない。周りを見てみろよ。後はお前だけだ」
騎士団長「お、お前は何なんだッ!!」
騎士団長「それだけ傷を負っていながら何故生きていられる!! それが勇者の力か!!」
勇者「……」ジャキッ
騎士団長「ま、待て、やめてくれ。頼む助けてくれ。家族が、子供がいるんだ……」
勇者「何処の誰にでも家族はいる。あの檻の中で、俺とお前を見てる奴等にもな」
騎士団長「ッ、世界の仕組みに従っただけだ!! それが悪か!? 悪なら何故裁かれない!!」
騎士団長「裁かれないのは俺が間違ってないからだ!! 国に、神に、権力に従って行動しただけだ!!」
勇者「……」
騎士団長「大体、奴等は国にも世界にも神にも見放された連中なんだぞ!! 命の価値は平等じゃない!! 奴等の命にそこまでの価値はないんだ!!」
勇者「そうみたいだな」
勇者「確かにお前は間違っていないんだろう。国と、世界と、人の神に従って奴等を見放しただけだ」
騎士団長「だったらーーー」
勇者「だが、俺は見捨てない。誰もお前を裁かないというのなら、俺がお前を裁く」
騎士団長「ふざけるな!! 俺が何をした!!」
勇者「奴等の目を見れば分かるだろう。俺がやらなくても、奴等を出せばお前はどの道殺される」
騎士団長「ッ、救世主にでもなったつもりか!? たった一人で世界を変えられるとでも思っているのか!!」
勇者「救世主などいない」
勇者「此処には王も、教皇も、神もいない。此処にいるのは、俺とお前だけだ」
勇者「だから、お前をどうするかは俺が決める」
勇者「「命の価値は平等じゃないと言ったな。その通りだ、お前の命にそこまでの価値はない。俺にとってはな」
騎士団長「!!」
勇者「お前は俺に見放されたんだ。国にも世界にも神にさえ愛されたのに、残念だったな」
騎士団長「待て、このことは誰にも話さない。だから見逃してーーー」
グサッ ブシュッ
騎士団長「ガフッ…ゲホッゲホッ…呪って……や…る……」
勇者「好きにしろ」
【#30】蓮華に座す者
勇者「……」ザッ
>>お、おい、こっちに来るぞ
>>酷いな。血塗れじゃあないか……
>>見てよ、あの目付き。もしかして私達まで殺すつもりなんじゃ……
>>滅多なことを言うんじゃない。我々を助けに来たと言っていただろう?
>>おい、来たぞ
勇者「……ッ」ガシッ
ミシッ ギギギギ
少女「……」
勇者「(こんな子供まで……)」
勇者「(ふざけやがって。何が命の価値だ、何が世界の仕組みだ、それを作ったのはテメエ等だろうが)」
少女「ねえ、無理矢理開けるつもりなの? 鍵なら修道士の一人が持ってるよ?」
勇者「そうかい、教えてくれてありがとよ。でもな、あの数の死体から探すのは面倒だ。戦闘の最中に落ちた可能性だってある」
勇者「それに、騎士はあれで全てじゃない。街にはまだ騎士がいる。死体の山から鍵を探してる暇はない」ボタボタッ
少女「でも、たくさん血が出てるよ?」
勇者「俺のことは気にするな。すぐに出してやるから黙って待ってろ」
少女「落ちてる武器とかで壊せばいいのに」
勇者「うるせえガキだな。あの程度はやつは俺が振っただけで簡単にぶっ壊れる。破片に当たって死にてえのか?」
少女「……」
勇者「それより聞きたいことがある」
少女「なあに?」
勇者「四日くらい前に女が連れて来られなかったか? 俺と同じ年頃の女だ」
少女「うん、来たよ」
少女「僧侶なら奥にある鉄扉の部屋に連れて行かれた。騎士とかいう人に縛られて引き摺られてた」
勇者「……そうか」
少女「大切な人なんでしょう? 先に助けなくてもいいの?」
勇者「……」
夢魔『あの子は壊れてる。どうでもいい存在なら助ける必要はないでしょ?』
勇者「…………いいんだ。あいつに会うのは、最後でいい」
少女「……そっか」スッ
ギュッ…
勇者「何してる。俺に触るな。血で汚れる」
少女「治してあげるの」
勇者「そうかい、お前は魔術を使えんのか。そいつは凄えな。さっさと手を離せ」
少女「手を離したら治せないよ?」
勇者「うるせえな、いいから離せ」
少女「イヤだ」
勇者「ッ、本当に面倒くせえクソガキだな。お前じゃ無理なんだよ。分かったら手を離せ、邪魔すんな」
少女「なんで治せないの? わたしにも治せるよ?」
勇者「とにかく、お前じゃ無理なんだ。俺の傷は、あいつじゃないと治せない」
少女「うん、知ってる。だから、わたしも治せるの。タマシイの傷までは治せないけど」
勇者「お前、何言ってーーー」
少女「ほら、治った」
勇者「(っ、傷が一瞬で……痛みも、寒気もない。おそらく、さっき負った傷も……)」
少女「痛いの消えたね?」ニコッ
勇者「お前は一体………」
少女「わたしは巫女だよ?」
勇者「いや、そういう意味じゃ……」
巫女「?」キョトン
勇者「(妙な奴だ。他の奴等は顔も合わせやしないのに、何でそんな顔で俺を見る?)」
勇者「(白い髪に真白い肌。見た目も雰囲気も何もかもが違う。此処にいるのに、此処にいないような……)」
巫女「どうしたの?」
勇者「何でもねえ。まあ、お前が何処の誰だろうがどうでもいい。治してくれてありがとよ」
巫女「……」ジー
勇者「(どうやら薬も抜けたみてえだな。体が軽い。これなら、すぐに開けられる)」
勇者「(よし、行ける)」ググッ
ミシミシ バキンッ
勇者「おら、開いたぞ。さっさと出て来い」
ゾロゾロ
>>ほら、やっぱり優しい子じゃないか。この年頃の子は悪ぶるものなのよ
>>そうねぇ、男の子ってのは斜に構えたい時期ってのがあるからねぇ
>>何よそれ。態度悪いし血塗れだし怖いったらないわ
>>態度が悪いのはお前の方だ。彼は我々を助けてくれたんだぞ
勇者「(思ったより元気だな。いや、此処の奴等だけか? 人もやけに多いな)」
>>ありがとうございます、勇者様
勇者「礼はいい。つーか、俺は勇者じゃねえ。今さっき国賊に成り下がったからな」
>>いえ、我々にとっては貴方こそが勇者です
>>俺達を人として救ってくれたのはアンタだけだ。感謝してる。ありがとよ、坊主
勇者「………そうかよ」
勇者「早速で悪いが、牢の鍵を探してくれないか。俺はその間に開けられるだけ開けておく」
>>分かりました。皆、行こう
>>しっかし酷い有り様だな、これは苦労しそうだぞ
>>今更何てことはないわ。あれに溶かされて聖水にされるよりはマシよ
勇者「ちょっと待ってくれ」
>>はい? 何ですか?
勇者「あんた達が入っていた牢屋だけ人数が多いのは何故だ? 順番でもあるのか?」
>>おそらく、その子のお陰かと思います
巫女「?」
勇者「こいつが? どういうことだ?」
>>その子が来てから、我々がいる牢屋から選ばれることはなくなりました
>>何をしたのかは分からん。ただの偶然やもしれ。しかし、事実は事実なんだよ
勇者「このガキはいつから?」
>>それも分からないのです
>>そう、気付いた時にはいたのよ。まるで、最初からそこにいたみたいにね
>>僕達からすれば幸運の女神様さ。この子の笑顔には何度救われたか分からない
勇者「(要は何も分からねえってことか)引き留めて悪かった。鍵は頼む」
>>任せて下さい!
>>出て早々に死体漁りかよ。嫌になるぜ
>>この恩知らず!! 外が気に入らないなら牢屋に戻ればいいじゃない!!
>>じ、冗談だよ
>>無駄口を叩く暇があるなら鍵を探せ。早くしねえと牢屋に逆戻りだぞ
勇者「(騒がしい連中だ 。まあ、暗いよりはマシか)さて、他のとこも開けるか」
クイクイッ
勇者「あ?」
巫女「わたしも行く」ウン
勇者「お前は来なくていい、あいつらと一緒に鍵を探してこい。邪魔だから」
巫女「イヤだ、わたしも一緒に行くっ!! ジャマしないから連れてって!!」
勇者「(これ以上喚かれると面倒だし連れて行った方が良さそうだな。そのうち飽きるだろ)」
巫女「わたしも行くの!」
グイグイ
勇者「喚くな騒ぐな暴れるな。この三つを守れるなら付いて来ても良い」
巫女「わかった。約束した」ハイ
勇者「……はぁ。いいか、時間がないんだ。さっさと行くぞ。俺から離れるなよ」
巫女「うんっ!」
勇者「(俺の姿を見て何とも思わないのか? 子供ってのはよく分かんねえ生き物だな……)」
テクテク
勇者「待ってろ。今、開ける」ググッ
バキンッ
>>ありがとうございます!ありがとうございます!
>>まさかこの牢獄から出られる日が来るなんて、夢みたいだ
>>彼が、勇者か……
>>何が勇者だよ、もっと早く来てくれれば兄貴は死なずに済んだのに
>>お、おい、何てことを言うんだ!!
>>事実だろ!! コイツは俺達がこんな目に遭ってるなんて知らずにいたんだぞ!?
勇者「黙れ」
ビクッ
勇者「別に何を言われようが構わない。別に恩を売りたくて出したわけじゃないからな」
勇者「恨むなら勝手に恨めばいい。お前等にどう思われようが知ったことじゃない」
勇者「俺に頼りたくないってんなら好きにしろ。お前らは自由なんだ。好きにすればいい」
シーン…
勇者「他に何か言いたいことがある奴はいるか? 無いなら無駄口を叩かずに動け。動ける奴は向こうの奴等と一緒に鍵を探してくれ」
ゾロゾロ
勇者「……」
巫女「偽悪的に振る舞うのは好かれるのを怖れているから。貴方は他者との繋がりを怖れている」
勇者「!!?」
巫女「傷付きを怖れて他者を突き放す。貴方は弱く、そして脆い。故に、今尚も揺らいでいる」
勇者「(何だ、この威圧感は……)」
巫女「貴方は過去に縛られ、過去に身を置き、憎しみに身を浸した。復讐に囚われた哀れな子」
勇者「……ガキのクセに小難しい言葉を知ってんだな。うるせえから黙ってろ」
巫女「私達はいつでも貴方を見ている」
巫女「私達は決めなければならない。私達を決めるのは貴方でなければならない。貴方の役目は、私達に見せること」
勇者「何をーーー」
巫女「私達は、そうすると決めた」
勇者「(何なんだコイツは、さっきとはまるで雰囲気が違う。子供の出せるそれじゃない)」
勇者「(子供の振りをしていたとは到底思えない。中身だけが綺麗さっぱり何かと入れ替わったようなーーー)」
>>勇者さん!鍵が見付かりましたよ!!
>>残りは私等で開ける。アンタはあの子の所に行ってやりなさい
勇者「あ、ああ、分かった……」チラッ
巫女「?」キョトン
勇者「(戻った、のか?)」
勇者「(さっきまでの威圧感が消えている。顔付きも子供そのものだ。演技じゃないとしたら、あれは一体何なんだ)」
巫女「どうしたの? まだ痛いの?」
勇者「(……今考えている暇はないな。他の騎士連中が来たら終わりだ。急がねえと)」
巫女「ねえ、大丈夫なの?」クイクイッ
勇者「ああ、何でもねえよ」ザッ
巫女「ほんとう? 具合悪そうだよ?」テクテク
勇者「大丈夫だ、何ともない。お前は部屋の前で待ってろ。中がどうなっているか分からないからな」
巫女「……うん、わかった」
勇者「……」ガシッ
ギギギ
巫女「まって」
勇者「………何だ」
巫女「あなたは僧侶を救いたいの? それとも僧侶に救われたいの?」
勇者「それを聞いてどうする」
巫女「知りたいの」
巫女「わたし達は知らなきゃならないの。見て、聞いて、感じて、知って、決めなきゃならないの」
勇者「(さっきも似たようなこと言ってたな。さっきと違って中身は子供のままみたいだが)」
勇者「何を決める」
巫女「それは、まだ分からないの」
巫女「でもっ、わたし達はそうしないとダメなの。わたし達が決めたことだから……」
勇者「(妄想やら空想やらで頭がぶっ飛んでるってわけじゃなさそうだな)」
勇者「(コイツは俺の傷を治してみせた。突然現れたって証言もある。何者かは知らねえが、普通じゃないのは確かだ)」
巫女「おねがい、答えて」
勇者「………あいつを救うだとか、あいつに救われたいだとか、そんな大層な理由じゃない」
巫女「じゃあ、なんで助けるの?」
勇者「あいつの顔が見たい」
巫女「?」
勇者「前は苛ついたけど、最近はあのツラを見てると安心するんだ。何故かは分からないけどな」
巫女「あなたは、やすらぎを得たいの?」
勇者「言っただろ、大層な理由なんかないってな。質問には答えた。お前はそこで待ってろ」ガシッ
勇者「(僧侶、今行くからな)」ググッ
ギギィ バタンッ!
巫女「………魔女、見ているでしょう。彼は、あなたが考えているほど簡単に堕ちない」
魔女『そんなことは分かってるわよ』
魔女『でも、私はもう決めたわ。人心の荒廃と堕落、憎悪と狂気が渦巻く世界を終わらせる。彼を使ってね』
巫女「終わり。それが、あなたの答えなの?」
魔女『ええ、そうよ。それを私の役割としたわ』
魔女『私達は役割を持つ為に分かたれた。完全なる一つではなく、異なる意味を持つ、異なる存在としてね』
巫女「……」
魔女『それで? 貴方はどうするのかしら? 随分と遠回りな接触をしたようだけれど』
巫女「まだ、わからない……」
魔女『なら、早く決めなさい』
魔女『人の業は、既に浄められないところまで来ている。貴方も目の当たりにしたでしょう?』
巫女「わたしは、もう一方を見極めてから決める。どんな結果になろうと見届ける」
魔女『あらそう。それは随分と気の長い話ね。終わりまでに決まることを祈ってるわ』
巫女「終わらせなくちゃダメなの? 美しい者もいるよ? 人にも、魔にも……」
魔女『美しい者は悪しき者の手によって虐げられているわ』
巫女「救えないの?」
魔女『救うべき者は既に殺されている。道徳や倫理も失われつつある。正に暗黒時代ね』
巫女「……」
魔女『もう諦めなさい。この悪徳の時代に、希望なんてものはありはしないのだから……』スッ
サァァァァ
巫女「…………希望」
【#31】光を
ギギィ バタンッ!
僧侶「!!」ビクッ
勇者「……僧侶」
僧侶「っ、来ないで下さい!!」
勇者「……」ザッ
僧侶「来ないで!!」カッ
ボウッッ! ジュゥゥ…
勇者「……」ザッ
僧侶「……やめて、お願いです。それ以上、私に近付かないで下さい」
ギュッ
勇者「僧侶、何があった」
僧侶「手を離して!! 私に触らないでっ!!」
勇者「目を逸らすな、俺を見ろ」
僧侶「あ、貴方なんかいなくなればいいんだ!! 貴方がいたから私は!!」
勇者「俺が、どうした」
僧侶「貴方のせいで全てが壊れたんだ!! 信仰も神も、私が信じていたのは全て偽物だった!!」
僧侶「修道士が人間を聖水に変えていたんです!! 何事もないように淡々と!! まるで何かの作業みたいに!! 人を、命を、あんなことっ………」
勇者「……」
僧侶「神に仕える者が、救いを求める人々の命を奪っていたんです。叫び声を無視して、家族の目の前で、顔色も変えずに……」
僧侶「っ、私はあれに頼っていた!! 貴方も知っているでしょう!?」
僧侶「私は人の命を道具として扱ってたんです!! 私は人殺しだった!! 何人も何人も殺していたんだ!!」
僧侶「貴方と出逢って全てが変わってしまった!! 貴方とさえ出逢わなければ何も知らずに済んだのに!!」
勇者「………そうかもな」
僧侶「っ、もう行って下さい。私は貴方の役には立てません。もう、いいです」
勇者「それが本心なら、何で目を逸らす」
僧侶「う、うるさいっ!!」
バチンッ!
勇者「……気は済んだか?」
僧侶「私を見ないで!! もう出て行って下さい!! 貴方の顔なんか見たくないっ!!」
勇者「何があった。話せ」
僧侶「何もないですっ!!」
勇者「嘘が下手なんだよ、お前は。大方、夢魔に何か吹き込まれたんだろう」
僧侶「な、何もないと言っているでしょう!! 私は貴方なんてーーー」
騎士『君は、彼を愛しているんだよ』
騎士『ほらね。私が壊すまでもなく、君の信仰など既に消え去っている。胸の内は彼で溢れている』
騎士『自覚しているかどうかの問題だ。今はそうでなくとも、君はいずれ必ず、彼を愛するだろう』
僧侶「っ、私は貴方なんてっ!!」スッ
ガシッ
勇者「俺が、何だ。言え」
僧侶「……」
勇者「言うんだ」
僧侶「……私は神を捨てたのだと、貴方を愛しているのだと、夢魔にそう言われました」
僧侶「事実、貴方だったんです」
僧侶「全部、貴方だった。助けを祈った時、浮かんで来るのは神ではなく貴方だった……」
僧侶「何度祈っても、何度目を閉じても、浮かんで来るのは貴方の顔、貴方に掛けられた言葉。それだけだった」
勇者「……」
僧侶「見たことのない景色、触れたことのないもの、貴方がくれたものばかりが浮かぶんです」
僧侶「私には、それが怖ろしくて堪らなかった。今までの全てが壊れてしまったようで怖ろしかった……」
勇者「……」
僧侶「……貴方と会うのが怖かった」
僧侶「こんな自分を見られたくなかった。それなのに、貴方が来てくれたことが嬉しくて堪らないんです」
僧侶「私には、もう何が何だか分からなくなりました……何が正しくて、何が間違いなのか……」
勇者「誰を愛してるかどうかなんて、お前自身が決めることだ。誰かに言われて決めることじゃない」
僧侶「……」
勇者「お前は追い詰められて参ってるだけだ」
勇者「こんな場所で四日も責め続けられたんだ。そうなるのも仕方がない。自分を責めるな」
僧侶「っ、でもーーー」
勇者「僧侶」
僧侶「っ、はい」
勇者「何が正しくて、何が間違いなのか分からないって言ったな」
僧侶「……」コクン
勇者「俺にだって、何が正しくて何が間違いなのかなんて分からない」
勇者「絶対に正しいなんてことはないんだ。正しく見えても間違ってることだってある」
勇者「でもな、俺は此処に来たことを間違いだなんて思わない。正しいことをしたと信じてる」
僧侶「っ、うぅっ……」
勇者「……よく耐えてくれたな。お前が無事で良かった。ありがとう」ポンッ
僧侶「っ!!」バッ
ぎゅっ
僧侶「怖かったです。本当に、本当に怖かったです。暗くて、寒くて、独りで、ずっとずっと……」
勇者「……」ギュッ
僧侶「あっ……」
勇者「………僧侶、遅くなって悪かったな。さあ、此処から出よう」
【#32】観測者の心情
勇者「立てるか?」
僧侶「はい、大丈夫で……あぅっ」クラッ
勇者「無理するな。ほら、掴まれ」
僧侶「ご、ごめんなさい……」ギュッ
グイッ
勇者「謝らなくていい。ほら、行くぞ」
僧侶「ま、待って下さい」
勇者「どうした?」
僧侶「腕の傷が癒えているようですけど、誰かに治癒を?」
勇者「ああ、さっき牢屋から出したガキが治した。血塗れなのは変わらねえけどな」
僧侶「治せたんですか!?」
勇者「そんなもん見りゃあ分かるだろう。何を驚いてんだ?」
僧侶「夢魔に聞いたんです。魔術による度重なる治癒は対象の治癒力を著しく低下させる」
僧侶「そうなると魔術でしか治癒しなくなり、治癒させた者の魔力しか受け付けなくなると」
勇者「それは重度の魔力依存だ」
僧侶「……やっぱり、知っていたんですね」
勇者「ああ、知ってた」
僧侶「っ、ごめんなさい……」
勇者「謝るなって言ってんだろ」
勇者「龍に焼かれた時にお前が治癒しなかったら俺は死んでたんだ。感謝してる」
僧侶「でも私、何も知らなくて……それなのに何度も貴方を治癒してーーー」
勇者「お前は知らなかったんじゃない。知らされてなかったんだよ。おそらく意図的にな」
僧侶「えっ?」
勇者「お前には悪魔や魔術の基礎知識がある」
勇者「それなのに、魔術による治癒の危険性を知らないってのはどう考えてもおかしい」
勇者「これは憶測だが、重篤患者を治癒した際に罪悪感を自覚させない為の措置だったんだろう」
僧侶「……」キュッ
勇者「色々言われたみたいだが気にすんな。俺はそうなっちゃいない。その証拠にガキの魔術で傷は癒えてる」
僧侶「っ、今はそうかもしれない!! でも、私は貴方を確実に蝕んでる!!」
僧侶「癒しているように見えるだけなんです」
僧侶「確かに傷は癒える。だけど、私が癒すたびに貴方の体は着実に壊れていく。まるで……っ、まるで毒を盛るみたいに……」
ガシッ
勇者「もう止せ、自分を追い詰めるな」
僧侶「でもっ、私は今まで貴方をーーー」
勇者「いいから呼吸を整えろ。そのままだとぶっ倒れちまう」
僧侶「っ、はい」
勇者「お前は考え過ぎなんだ。傷を癒すことは罪じゃない」
勇者「傷を癒したいと思うことも罪じゃない。小難しいことは考えるな、お前は間違ったことはしていないんだ」
僧侶「……頭では分かっているつもりです。でも、私が貴方を蝕んでいるのも事実です」
勇者「相変わらず面倒くせえ奴だな。俺が気にすんなって言ってんだから良いだろうがよ」
僧侶「……嫌なんです」
勇者「?」
僧侶「もし貴方がそうなってしまったら思うと、それを想像するだけで嫌なんです……」
勇者「お前が嫌でも、これは戦の旅なんだ。傷を負うことは避けられない。俺も、お前もな」
僧侶「……分かっています」
勇者「なら、話は終わりだ。解放した奴等も外に出さなきゃならない。さっさと行くぞ」
僧侶「…………はぃ」
勇者「(コイツ、また何か余計なこと考えてるな。そう言えば、こういう奴だったっけな)」
僧侶「(せっかく助けてくれたのに迷惑を掛けてばっかりだ。やっぱり、私なんかが一緒にいたらーー)」
勇者「おい」
僧侶「え? あ、はいっ。何でしょう?」
勇者「……」
僧侶「あ、あのぅ、どうかしました?」
勇者「お前には随分と救われてる」
僧侶「へっ?」
勇者「俺には傷を癒やせない。お前がいないと困るんだ。だから、いつまでも俯いてないでさっさと来い」
僧侶「……」
勇者「どうした。来るのか、来ねえのか」
僧侶「い、行きますっ!!」
勇者「そうか。なら、これを持て。お前のだ」スッ
僧侶「短剣……」
勇者「お前が使う前に俺が使っちまったが、これからはお前が持ってろ」
僧侶「ありがとうございますっ」ギュッ
勇者「……ほら、もう行くぞ。さっさと出ないと面倒なことになる」
僧侶「はいっ、分かりました」
勇者「(少しは吹っ切れたみたいだな。後はどうやって奴等を出すかだな……)」ザッ
僧侶「(良かった……私の魔力に依存していなかったんだ)」
僧侶「(これからは私も戦おう。少しでも、この人が傷を負わなくて済むように)」ギュッ
勇者「………行くぞ」
ギギィ バタンッ
巫女「あ、来た」
勇者「何だ、本当に待ってたのかお前」
巫女「みんな待ってるよ?」
勇者「分かった。今すぐ行く」
僧侶「あの、この子は?」
勇者「巫女っていうらしいが詳しくは知らねえ。コイツが俺の傷を癒したガキだ」
僧侶「この子が……」
巫女「あのね? この人、すっごく頑張ったんだよ? また会えてよかったね」ニコッ
僧侶「う、うん」
僧侶「(何だろう、この不思議な感じ)」
僧侶「(法力、魔力は感じる。だけど、この子自身の色がない。無色透明と言うより、薄膜で包まれて見えないような……)」
勇者「何してる。行くぞ」
僧侶「あ、はい」
クイクイ
勇者「何だ、一々引っ張るな」
巫女「おんぶして?」
勇者「……ついさっきも汚れるって言っただろうが、それでも構わねえってんなら勝手に掴まれ。その白い服が大事ならーーー」
ヨジヨジ
勇者「……何やってんだ」
巫女「しゅっぱつ!」
勇者「(本当に何なんだコイツは、普通なら近付きたくもねえはずだ。何も感じないのか?)」チラッ
僧侶「?」
勇者「(まあ、それはコイツも同じか。この姿を見て悲鳴一つ上げなかったしな)」ザッ
巫女「ねえ」コソッ
勇者「あ?」
巫女「あなたは僧侶の魔力に依存している」
巫女「龍と戦った傷を癒された時から様子はおかしかったはず。あれは蘇生に限りなく近い治癒だったから……」
勇者「……」
巫女「今や小さなかすり傷ですら僧侶の魔力なしには治らない。なんで嘘を吐いたの?」
勇者「……」
巫女「彼女を傷付けたくないから? それとも傷付いてる彼女を見たくないから?」
巫女「その優しさは本当の優しさじゃないって、あなたも分かっているはずなのに……」
勇者「黙ってろ」
巫女「これからも見せてね、貴方を。貴方が何を見せるかで、私達は決まるの」
勇者「(私達ってことは他にも妙なのがいるのか? まあいい、コイツから話を聞くのは後だ)」
僧侶「どうしました?」
勇者「いや、なんでもない」
僧侶「?」
巫女「♪」フフーン
勇者「(コイツの魔力は僧侶と同じだった)」
勇者「(魔力の完全一致なんてのは双子でも有り得ない。なら、コイツはーーー)」
>>来た!みんな、勇者さんが来たぞ!
>>あの娘も無事だったのか、良かった……
>>しかし、残ったのは我々だけか……
>>ええ。地下に連れて来られた時はあんなにいたのに、本当に少なくなったわね……
勇者「下りろ。ちょっと話してくる」
巫女「わかった」トスッ
勇者「僧侶、お前はコイツを見ていてくれ」
僧侶「はい。分かりました」
勇者「頼むぞ」ザッ
僧侶「(あの背中、凄く久し振りに見たような気がする。まだ四日しか経っていないのに……)」
巫女「ねえ、おねえちゃん」
僧侶「はい?」
巫女「おにいちゃんって優しいね」ニコニコ
僧侶「……うん。そうだね」
巫女「え~、それだけなの? もっとないの?」
僧侶「あ、あるよ! 沢山ある……」
僧侶「だけど上手く言えないの。優しいとか、そういうことだけじゃない。言葉にするのが難しいだけ」
巫女「……そっか。おねえちゃんは、あの人の傍にいたいの? つらくても一緒にいたい?」
僧侶「うん。もう何も出来ないのは嫌だから。どんなに苦しくても、一緒にいたい」
巫女「なんで?」
僧侶「えっ、何で? 何でかな……」
巫女「……」
僧侶「多分、安心するからだと思う」
僧侶「あの背中を見てると安心するの。でもね? それだけじゃないんだよ?」
巫女「?」
僧侶「あの人には本当に心休まる時なんてないの」
僧侶「だから、少しでも安心させたいなぁって思うんだ。迷惑を掛けてばかりだけど……」
巫女「たくさん痛い思いをしたのに一緒にいるの? これからだって、きっと……」
僧侶「それでもいい」
巫女「後悔しないの?」
僧侶「……きっと、何度後悔しても一緒に行くと思う。変えたいことがあるから」
巫女「変える?」
僧侶「あの人が生きたいと思えるようにしたい。旅の終わりを、あの人の終わりにしたくない」
巫女「それが、あなたの叶えたい夢?」
僧侶「そ、そんなに大層なものじゃないよ。ただ、そうしたいなぁって思うだけだから……」
巫女「(過去の境遇への同情ではない、復讐に生きる彼への憐憫でもない。なら、これは何?)」
勇者「僧侶、ちょっと来てくれ!!」
僧侶「はい、今行きます!」
巫女「(魔女の意志は固い)」
巫女「(魔女は何としても彼を絶望させようとするだろう。この荒廃と堕落の世界、全ての穢れを滅ぼすために)」
僧侶「さあ、行こう?」ニコッ
巫女「うんっ」
巫女「(でも、そうなると決まったわけじゃない。まだ不確かではあるけれど、覆すことは出来る)」
巫女「(彼女の決断、或いは彼女の行動次第で何かが大きく変わる。彼さえ堕とされなければ)」
テクテク
僧侶「どうしました?」
勇者「眼や脚が不自由な奴等がいるんだ。病人もな。急で悪いが今すぐに治してやって欲しい」
巫女「わたしも手伝う!」
勇者「……分かった。僧侶の邪魔はするなよ」
巫女「ジャマしない。大丈夫です」ハイ
勇者「(全てを知ってるような口を利いたかと思えば、無垢な子供みたいに笑いやがる。掴めねえ奴だ)」
僧侶「(治癒。大丈夫なのかな……)」
勇者「心配しなくても大丈夫だ。あの程度じゃ魔力依存にはならねえよ」
僧侶「(うっ、相変わらず見透かされてる)」
勇者「向こうに集めてる。早く行って治してやれ。俺は動ける連中と街から出る用意をしてくる」
僧侶「えっ、一緒に?」
巫女「……」
勇者「牢屋から出して終わりじゃないからな」
勇者「こいつ等には居場所がない。外に出ても化け物共の餌だ。出したからには最後までやる」
僧侶「(やっぱり変わったのかな?)」
勇者「しかし、難民狩りとはな……」
勇者「俺が思ってた以上に世の中は腐ってるみてえだ。もっと用心深くならねえと」
僧侶「……」キュッ
勇者「あの時の、村の女達も無事だといいんだがな……」
僧侶「っ、きっと無事ですよ!」
僧侶「お金だって沢山渡したんでしょう? だったら今頃空き家を買って、それで、きっと幸せに……」チラッ
勇者「…………そうだな」
僧侶「(ううん、違う)」
僧侶「(やっぱり変わってなんかいない。この人は元々こういう人なんだ。悪魔や魔物、龍さえ絡まなければ……)」
勇者「取り敢えず、治療は頼む」
僧侶「はい、分かりました」
勇者「よし。俺達が行けば此処には年寄りと女子供しかいなくなる。その時は任せたぞ、いいな」
僧侶「は、はいっ!」
勇者「張り切るのはいいけど力抜け。此処には来させないようにする。でも、万が一の時は頼む」
僧侶「えっと、はい」ダラン
勇者「っ、ハハハッ! 何だよそれ。ちょっと猫背になっただけじゃねえか。あ~、腹痛え」
僧侶「(力抜けって言うから真面目にやったのに……)」
勇者「そんじゃあ、行ってくる」
僧侶「あのっ、気を付けて下さいね?」
勇者「分かってる。お前等、準備は出来たな!行くぞ!!」ザッ
>>言われた通り甲冑着たけど大丈夫なのか?
>>今更何をビビってんだ? 此処で死ぬよりマシだろうが
>>俺達が死んでも嫁子供は逃げられる。いい加減に腹を括れ
>>……そうだな、その通りだ。分かったよ
ザッザッザッ
僧侶「(色んな人があの人と一緒に歩いてる。何だか変な感じ。なんていうか、本当にーーー)」
巫女「本当の本当に勇者みたいだね? みんなが勇者って言ってるよ?」
僧侶「う、うん、そうだね」
僧侶「(でも、彼等を助けたことで勇者ではなくなってしまう。きっとあの人は、それも分かっててーーー)」
巫女「あのね?」
僧侶「どうしたの?」
巫女「命には価値があるんだって」
僧侶「えっ…」
巫女「それでね、わたし達の命には価値がなくて、わたし達を助けたら世界にも神様にも嫌われちゃうんだって」
僧侶「誰がそんなことーーー」
巫女「騎士の偉い人が、あの人にそう言ってたの。世界と神様に従ってるだけで悪くないって、そう言ってた……」
僧侶「……っ」ギュッ
巫女「おねえちゃん?」
僧侶「そんなの間違ってる。難民を、人間を聖水にするなんてどう考えても間違ってる」
僧侶「でも、今は間違ってることが当たり前になってる。きっと、そういう風に出来てるんだ……」
巫女「……」
僧侶「あっ、ごめんね?」
僧侶「向こうで患者さんが待ってるから治療に行こう? 今は出来ることをしないと」
巫女「うん、わかった」
トコトコ…
僧侶「(そう、考えてる暇なんかない)」
僧侶「(とにかく患者さん達を治すんだ。誰かを助けたいという気持ちは、間違ってなんかいない……)」
ーーー
ーー
ー
僧侶「はい、もう大丈夫です。治癒した直後ですから安静にお願いします。もう少しで出られますからね?」
>>嬢ちゃん、ありがとうよ
>>あの子も疲れているだろうに……大したことは出来ないけど、私らも何か手伝おう
>>ああ、そうだね。じゃあ、何か使えそうなものがないか探してくるよ
>>私達も行くよ。上が本部なんだ、毛布か何かをありったけ持ってこよう
僧侶「……ふぅ、もう一頑張りだ」
巫女「休まなくてもいいの?」
僧侶「うん、平気。あの人も頑張ってるから」ニコッ
巫女「(本当に不思議だ。彼女は彼に、彼は彼女に同じものを見出している。きっと、それこそがーーー)」
僧侶「大丈夫? どうかしたの?」
巫女「ううん、なんでもない」
僧侶「?」
巫女「(変えられるかもしれない。もしかしたら別の在り方に辿り着けるかもしれない。彼の結末は変えられないとしても)」
【#33】羊の群れを率いる男
勇者「出来たか?」
>>ええ、馬車の準備は出来ました
>>騎士団の使ってる馬か、流石にいい馬だな。これなら長く走れそうだぞ
>>いやぁ、本部の傍に厩があって助かったよ。戦うのは御免だからね
勇者「食糧はどうだ?」
>>騎士団本部の食糧庫から手分けして運んでいるところです
>>あるだけ持って行こう。どれだけ持って行っても困るものじゃない
勇者「……」
>>勇者君、どうしたんだい?
勇者「ん? いや、妙に静かだと思ってな」
>>言われてみればそうですね。いつ見廻りの騎士が来るかと冷や冷やしていたんですが……
>>なあ、勇者さん。やっぱり地下にいた奴等で全員だったんじゃないのか?
勇者「いや、それはないはずだ」
勇者「この街には二つの騎士団、北の騎士団と修道騎士団がある。あれで全てだとは思えない」
勇者「だが、見廻りがいないのは好都合だ」
勇者「馬車に食糧を詰め込んだら地下の奴等を呼べ。速やかにこの街を出る」ザッ
>>あの、勇者さん? 一体何処へ?
勇者「武器を取り返しに行く」
勇者「この街から無事に出られたとしても外には化け物共が待ってる。流石に丸腰じゃあ行けない。お前達は此処にいろ」
>>あの、取り戻すと言っても心当たりはあるんですか?
>>騎士団本部にはそれらしいものはなかったぜ? 別の所にあるんじゃあないか?
勇者「ああ、それは分かってる。此処にないってことは教会にあるはすだ。すぐに戻る」
勇者「もしも見廻りの騎士が来たら本部の中でじっとしてろ。戻って来たら片付ける」
>>ちょっと待ってくれないか
勇者「あ?」
>>勇者君、私も行くよ
>>俺も連れて行ってくれ。探すなら人手があった方がいいだろ?
勇者「何を言ってるか分かってんのか? 何が起きてるか分からないんだぞ」
>>何か起きてたら大人しく引き返すよ
>>そうだな、折角助かったのに死にたくないし
>>アンタみたいに戦えないが、隠れて探すくらいなら出来る
>>まあ、何だ、少しくらいは役に立たせてくれや
勇者「……悪いな。助かるよ」
>>お礼は要らないよ。さ、そうと決まれば早く行こう
>>お前、膝が笑ってるじゃないか。怖いなら無理して来なくても良いんだぞ?
>>正直行きたかねえよ。でもな、此処で行かなかったら嫁にどやされるんだ
勇者「……」
>>勇者さん、どうしたんだい?
>>何を突っ立ってんだ? アンタが動かなきゃ始まらないだろう
勇者「あぁ、悪い。教会は向こうだ、行こう」
ザッ
勇者「(助けた後は手のひら返し。そこからは何で早く来なかっただの罵詈雑言の嵐。そうなるとばかり思ってた)」
勇者「(まさか手伝うなんて言い出すとはな。こういう奴等って、まだいたんだな………)」
ザッザッザッ
勇者「……」
『何であんな奴等を助けたんだよ』
『ん?』
『あいつ等、あんたに助けて貰ったくせに当たり前みたいな顔してるぜ?』
『世の中には色んな人がいるんだ。そればかりは仕方がないんだよ』
『っ、だからって、あんな奴等の為にまで血を流すのかよ!! 何でそこまでーーー』
『ああいう人達ばかりじゃない。親切な人だっている。この前のお婆さんは優しかっただろ?』
『あんたは信用し過ぎなんだ。人間を……』
『疑って生きても苦しいだけだぞ?』
『あんな奴等、どうやったら信じられるんだよ』
『無理をしてまで信じる必要はないさ。ただ、自分を信じてくれる人くらいは守れるようになれ』
勇者「(……そうは言うけどさ、俺はあんたのようにはなれないよ)」
【#34】亡骸の王
>>うっ…な、何だよこれ
>>っ、酷い有り様だな。床一面が血に塗れてる
>>通りで静かなわけだ。まさか教会の騎士全員が死んでいるとは……
>>ゆ、勇者さん、一体何があったんでしょう? 何者かに殺害されたんでしょうか?
勇者「いや、どうやら違うみたいだ」
勇者「どの遺体も武器を持ってる。おそらく、こいつらは殺し合ったんだ。それが自らの意思かどうかは分からないけどな」
シーン
勇者「取り敢えず、武器を探してくれ」
勇者「俺は地下を見に行く。お前達は聖堂と上の階を手分けして探してみてくれ」
勇者「一つは金砕棒、もう一つは鉄の板みたいなやつだ。後は短めの剣が四つ。見れば分かるはずだ」
>>わ、分かりました
>>さ、さっさと見付けて此処から出ようぜ。こんな所に長居したくねえよ
>>ああ、そうだな。騎士連中は心底憎いが、この惨状は見ていて気分が良いものじゃない
勇者「(これも夢魔の仕業なのか?)」
勇者「(暗示が切れて混乱状態にでも陥ったのか。それとも、こうするように指示してあったのか)」
勇者「(……考えても仕方がないな、俺も探すか。地下への入り口は向こうだったな)」
ガチャ コツコツ
勇者「(階段にも死体があるな)」
勇者「(どれも背中を斬られてる。地下に逃げ込もうとして斬られたのか。ってことは、正気の奴もいたってことか?)」
夢魔『街の皆には寝てもらってる。だから裸でも平気なんだ。満月の夜はいつもこうしてる』
夢魔『この時だけは自由になれる。何でも出来る。何者にも縛られず、自由でいられるんだ』
勇者「(夢魔は満月時なら操れると言っていた。なら何故、全員を暗示に掛けなかった?)」
勇者「(これにも何か意味があるとしたら別だが、騎士を皆殺しにするのが目的だとしたら妙だ)」
勇者「(どうにも嫌な感じがする。さっさと出た方が良さそうだ。最悪、武器は諦めてーーー)」
ギギィ
勇者「(何だ?)」
従士「アアアアアッ!!」ブンッ
勇者「危ねえな」
従士「ハァッ、ハァッ、き、貴様、勇者か!?」
勇者「(こいつは確か、管区長の従士だったか)」
勇者「(かなり取り乱してるが、まだ正気は失っていないみたいだな。危険な状態に変わりはねえが)」
従士「私の質問に答えろォォッ!!」ブンッ
ガシッ
従士「ヒィッ!? 離せッ!離せえッ!!」
勇者「うるせえ奴だな、質問する度に剣を振り回すんじゃねえよバカが」
従士「し、正気なのか!?」
勇者「お前よりはな」
従士「そ、そうか、貴様は異端者だがこの際どうでもいい。私を助けてくれ! 急に殺し合いが始まったんだ!!」
従士「目が覚めたら武器を持った連中が目を血走らせて襲い掛かって来たんだ!!」
勇者「分かった。分かったから落ち着け。俺の武器は何処にある?」
従士「あ? あ、ああ、貴様の武器なら騎士が持ってきた。奴の部屋にあるはずーーー」
勇者「おい、どうした」
従士「違うッ!! 違う違うッ!!」
勇者「何を言ってる?」
従士「聞いてくれ! 私じゃない!!」
従士「あいつに操られていたんだ!! そうだ、私は殺してない!! 管区長を殺したのは私じゃない!! 私は異端者などではないッ!! 殺してない私は殺してない私は殺してない!!」
ドゴォッ
勇者「そんなもん知るか、俺に言うな」
従士「私じゃ…ない……」
勇者「チッ。仕方ねえ、奥の部屋にでも入れとくか。また騒がれても面倒だしな」
勇者「(つーか、コイツも地下施設に関わってたんだ。だったらコイツもーーー)」
従士「……女が…来た……」
勇者「あ?」
従士「あの女、黒い服、女が笑って……」ドサッ
勇者「っ、クソッ!!」ダッ
勇者「(魔女だ。教会は夢魔の仕業じゃない。あいつがやりやがったんだ)」
勇者「(俺が武器を取り戻しに来るのを分かってたのか? 奴はまだ教会にいるのか?」
勇者「(いや、教会に入った時は気配を感じなかった。今も感じない。奴は何を企んでる?)」
勇者「(もう武器はどうでもいい。さっさとあいつ等を連れて此処から出ねえと)」
ガチャ!
>>あ、勇者さん! 見付けましたよ!
>>それにしても重いな。うっ、腰にくる
>>勇者君の言ってた通り、正しく鉄の板だ。切っ先もなければ刃すらない
>>これを刀剣とするなら処刑人の剣に酷似しているな。刃もなく、大きさも違うが
勇者「お前ら!武器はもういい!! 今すぐ此処から出るぞ!!」
サァァァァ
勇者「ッ!!」バッ
魔女「ふふっ。折角来たんだもの、そんなこと言わないでゆっくりして行きなさいよ」フワッ
勇者「出やがったなクソ女」
魔女「あら、酷い言われようね。宿屋で助言してあげたのに、悲しいわ……」
勇者「黙れ、事ある毎に絡んで来やがって。お前にはうんざりなんだよ。声も聞きたくねえ」
魔女「つれないこと言わないで頂戴よ。それに私、貴方以外に興味なんてないもの」
勇者「前置きはいい。何が目的だ」
魔女「あら、貴方の為に教会にいる騎士共を掃除してあげたのに、お礼の一言もないわけ?」
勇者「礼だと? 頭湧いてんのかボケが」
魔女「あの子は無事だった?」
勇者「武器をくれ」ガシッ
勇者「よし。お前達は戻ってろ。こいつを片付けたら、俺もすぐに行く」
魔女「はぁ、せっかちなのは相変わらずね。夜は長いのよ? もう少しお喋りしましょ?」
勇者「てめえと話すことなんぞねえよ!!」ダンッ
ブォンッ
勇者「チッ…」ズダッ
魔女「(以前より力が増している。けれど、まだまだ足りない。これでは勝てない)」スッ
ズズズ…
勇者「またそれか、芸のねえ奴だな」
魔女「前とは違うわ。退屈な女だと思われないように、今回はちょっと趣向を凝らしてみたの」
勇者「(何だ、死体が……)」
ズルズル ゴキッ メキメキッ
勇者「(死体が、一ヶ所に……!!)」
魔女「どうかしら? これなら退屈しなくて済みそうでしょう?」
勇者「(バカみたいにでけえ。今は四つん這いだが、起ち上がれば聖堂の天井に届く)」
魔女「自作の人形、亡骸の王様。中々に良い出来栄えでしょう?」
勇者「随分と気色の悪い人形だな。お前の趣味の悪さを改めて理解した」ダッ
バギャッ!
勇者「(脆い。見てくれだけだ。腕を破壊した後で頭をぶっ壊せば終いだ)」
ゴシャッ!
勇者「そのまま這いつくばってろ」
魔女「流石に数多の血を吸ってる剣は違うわね」
勇者「(うるせえ奴だ。さっさとコイツを片付けてーーー)」
魔女「その剣、あまり見ない類いの武器だから気になって調べてみたのよ」
魔女「そしたら、調べていく内に意外なことが分かったの。先の勇者様って処刑人だったのね」
勇者「……」
魔女「あら、知らなかったの?」
勇者「……下らねえことを言うな。次にあの人を語ったら殺すぞ」
魔女「あら、これは事実よ?」
魔女「優秀な処刑人であった彼に贈られたのが、貴方が今持っている処刑人の大剣なのよ」
魔女「剣として扱うことなど不可能なそれで、彼はとある罪人の首を刎ねたわ。そして、その罪人こそが先の先の勇者様」
勇者「黙れ」
魔女「彼は力を受け継ぎ、後に出奔した」
魔女「処刑人という在り方に疑問を抱いたのか、人々に忌み嫌われる処刑人の生き方を恥じたのか、それは分からないけれどね」
魔女「彼は自らの罪を雪ぐかのように善行を重ねた。貴方を救ったのも、自分の罪から解放されたかったからじゃないかしら?」
勇者「黙れって言ってんだろうがッ!!」ダンッ
魔女「いいの? よそ見なんかして」
勇者「!?(腕は破壊したはずーーー)」
ドガッッ ガシャンッ
勇者「ぐっ…」
魔女「そういうところはあの女と同じね」
魔女「疑いもせず、盲目的に信じている。貴方が慕う勇者様にも後ろ暗い過去があるのよ?」
勇者「お前、何か勘違いしてねえか」
魔女「?」
勇者「あの人に救われたってことに変わりはないんだ。過去に何があろうと関係ない」
勇者「あの人が処刑人だろうが何だろうが、俺にとってはあの人こそが勇者なんだよ」
魔女「……」
勇者「罪からの解放だ? ふざけんな」
勇者「何も知らねえクセに知ったような口を利きやがって、あの人の心を語るんじゃねえ」ダッ
ゴシャッ!
勇者「……おら、下らねえ人形遊びは終わりだ。さっさと降りてこい、その口を塞いでやる」
魔女「そうね、楽しいお遊戯はこの辺でお終いにして、そろそろ本題に入りましょうか」スッ
ドッッッ!
勇者「(ッ、骨が弾けーーー)」バッ
勇者「(……何だ、痛みも何もねえ。あの野郎、逃げやがったのか)」
サァァァァ
魔女「どうかしら?」
勇者「あ?」
魔女「あら、一瞬のことで気が付かなかった? 自分の体を見てみたら?」
勇者「(……骨? いや、甲冑か? 関節や指先、全身が包まれてる)」
勇者「(重みも息苦しさもない。甲冑越しなのに剣を握る感覚がはっきりし過ぎてる。これは……)」
魔女「それが、これからの貴方よ」
勇者「へえ。で、これがどうした」
魔女「それは引き寄せの甲冑」
魔女「いえ、正確には甲冑ではないわね。それは痛みも何も防げない。言わば、新たな皮膚」
魔女「甲冑に見えるだけで血は流れる。血を流すのは貴方ではなく甲冑だけれど、痛みは感じるわ。魂に直接ね」
魔女「私が生きている限り、その甲冑を外すことは出来ないわ。私が外そうと思わない限り」
勇者「なるほどな」
勇者「要はさっきの骨やら血肉やらを貼り付けて、俺を化け物にしたってわけだ」
魔女「あら、驚かないのね」
勇者「姿形がどうなろうとやることは変わらないからな。殺してやるから降りてこい」
魔女「ふふっ、あははっ!! 私、貴方のことがますます好きになったわ!!」
勇者「気狂い女が」
魔女「はぁ、貴方って本当に素敵よ? どんな姿になっても輝きは失われないもの……」
勇者「……」
魔女「貴方は独りでいるべきだわ。勇者ごっこなんかさっさと辞めて、復讐を果たしなさい」
勇者「お前の指図は受けねえよ」
魔女「あらそう。別に強要はしないわ。でも、その姿でどこまでやれるかしらね?」
魔女「その甲冑は貴方を狙う者にとっての導となる。人魔に拘わらず引き寄せられるでしょう」
魔女「そうなれば、貴方が救った人間にも災いが降り掛かる。勿論、あの女にもね」
勇者「……」
魔女「あの女は化け物となった貴方を、悪魔となった貴方を受け入れてくれるかーーー」
勇者「(目を切った)」ダンッ
ドズッッ!
魔女「けほっ…やっぱり貴方は最高だわ」ボタボタッ
勇者「やっと当たりか、初めて会った時からこうしたくて堪らなかったぜ」
魔女「あら、それは嬉しいわね。貴方になら何をされても構わないわよ?」ハラリ
勇者「!?」
魔女「私の顔を見ただけで驚くのね。自分の体が変わっても驚かなかったのに……」
勇者「お前はーーー」
魔女「焦らないで? それはまだ秘密。とにかく、貴方の驚いた顔が見られて嬉しいわ」
ちゅっ
勇者「…………」
魔女「これで二度目ね。それじゃあ、また会いましょう? 私の愛する人でなし、亡骸の王………」
サァァァァ…
勇者「……」
>>勇者君、無事かい!?
>>見てて冷や冷やしたぜ。おい、大丈夫か?
勇者「えっ? あ、ああ、俺なら大丈夫だ。っていうか何で……」
>>助けてくれた人を見殺しには出来ないからね
>>あんたに何かあったら大変だろ?
>>あんたが倒れたら、頃合いを見て担いで逃げようと思ってな。庭の茂みに隠れてたんだ
勇者「隠れてたってことは聞いてたんだろ?」
>>あ~、うん。悪いけど、かなり気持ち悪いよ
>>骨は真っ黒だし、血管は浮き出てるし、なんか脈打ってるしな
>>顔面だって酷いもんだぜ? 夜中に見たら確実に卒倒する自信がある
勇者「そういうことを言ってるんじゃない」
勇者「俺といると魔物が寄ってくるんだ。その意味、危険性が分からないのか?」
>>逆に聞くけどよ。あんた以外に誰を頼れって言うんだ?
>>魔物を引き寄せようと、姿形が怪物だろうと、我々を救ってくれたのは君だろう?
>>他の奴がやろうともしなかったことを、あんたはしてみせたんだ
>>あんたは、俺達にとっての勇者なんだよ
勇者「(……勇者ごっこか、確かにそうかもな。ここで投げ出せば、ごっこ遊びで終わる)」
>>勇者さん、何を考えているんだろう?
>>さあ、表情が分からないから怖いんだよな……
>>戻ったら他の奴等に説明しないとな
>>どうやって説明するんだ? 魔術はさっぱりだから説明しようがないぞ?
>>……そこら辺は知らん。魔女の呪いに掛かったとかでいいだろう
>>いやいや、おとぎ話じゃないんだから……
>>やかましい!それ以外に説明のしようがないだろうが!!
勇者「(こんな時に呑気な連中だ……)」
勇者「(こいつ等が死ぬのは見たくない。やれるとこまで、無茶だろうが何だろうが死ぬ気でやってみるか……)」
『無理をしてまで信じる必要はないさ。ただ、自分を信じてくれる人くらいは守れるようになれ』
勇者「(出来るかどうか分からないけど、やってみるよ。俺を信じてる奴等くらいは守りたいんだ)」
勇者「……行こう。皆が待ってる」ザッ
【#35】馬車の行き先
ガラララ
僧侶「あのぅ」
勇者「あ?」
僧侶「ひぃっ!」ビクッ
勇者「あのなぁ、無理して一緒に乗らなくても良いって言っただろうが」
僧侶「が、外見で判断するのはーーー」
勇者「はいはい、口では何とでも言えるよな。心は貴方だから、どんな姿でも平気だとか何とか」
僧侶「うっ…だって、想像以上に怖いんです。これは仕方がないと思います」
勇者「そうかよ。で?」
僧侶「えっ?」
勇者「えっ、じゃねえよ。何か話したいことがあったんじゃないのか?」
僧侶「あっ、そうでした。ちょっと皆さんの反応に驚いてしまって……」
勇者「しこたま石ころ投げられたな。お前は腰抜かしながら魔術使おうとしてたしな」
僧侶「ご、ごめんなさい……」
勇者「仕方ねえよ」
勇者「こんなのを見たら誰でもそうなる。元は人間ですとか言われても信じられねえよ。俺なら殺してる」
僧侶「……まあ、貴方ならそうするかもしれませんね。じゃなくて、その後の行動です」
勇者「ああ、聖水か?」
勇者「実の所、考えてはいたんだ。でも、まさか向こうから提案してくるとは思わなかったな」
僧侶「使う気だったんですか?」
勇者「いや、使う気はなかった」
勇者「真夜中の移動だ。聖水を使うのが一番現実的なんだが、奴等の肉親だからな。提案したところで拒否されるのは分かり切ってた」
僧侶「それを、貴方に使ったんです」
勇者「……」
僧侶「その意味は分かるでしょう?」
僧侶「どんなに怖ろしい姿になっても、皆さんは貴方を勇者として見ているんです」
勇者「みたいだな。本当に変わった連中だよ」
勇者「気の良い奴等だ。出来ることなら、もっと前に出会いたかったよ」
僧侶「あの、勇者さん」
勇者「お前にそう呼ばれたのは初めてだな。寒気がするからやめろ。気持ち悪ぃ」
僧侶「ふふっ。はい、分かりました」
勇者「勇者か……」
僧侶「?」
勇者「本当の勇者は凄えんだろうな。街の一つや二つ簡単に救っちまうんだろう」
勇者「誰もが納得するような方法で、誰が犠牲になることもなく、誰も傷付かず、綺麗にさ」
僧侶「……」
勇者「対して、俺はこの様だ」
勇者「大勢殺して、助けた連中なんて一握り。今や国賊兼化け物だぜ? ざまあねえよな?」
僧侶「そんなこと知りません」
勇者「何怒ってんだ、お前」
僧侶「比較対象がいないので分かりません。私が知っている勇者は貴方しかいませんから」
勇者「……」
僧侶「……貴方が勇者なんです。他なんていない。だから、そんなこと言わないで下さい」
勇者「………分かったよ」
僧侶「あの」
勇者「ん?」
僧侶「その体は、痛みでなくても感じるんですか?」
勇者「ああ。仕組みは分からねえが、こうなる前と何も変わらない。感触は直に伝わる」
ギュッ
勇者「……」
僧侶「……分かりますか?」
勇者「分かるって言っただろ。つーか冷えてるな。ほら、毛布でも被っとけ」バサッ
僧侶「……」
勇者「……」
ガラララ
僧侶「東、でしたよね」
勇者「巫女の話が本当ならな。今はそれを信じるしかねえ。他に行き場なんてないからな」
僧侶「……彼等を送り届けたら、龍と戦うんですか?」
勇者「それが元々の目的だからな。奴を殺して、旅は終わる」
僧侶「貴方は? 貴方は、龍を倒したらどうするんですか?」
勇者「さあ、どうだろうな。そんなこと考えたこともねえよ。どうしたんだ急に」
僧侶「い、いえ、ちょっと気になっただけです」
勇者「終わりの事なんて考えるな。これから更に厳しくなるんだ。俺もこんな体だしな」
僧侶「私も頑張りますから大丈夫です。何があっても、貴方と一緒にいますから」
勇者「……」
僧侶「……」
ガラララ
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「これからも頼む」
僧侶「はいっ!」ニコッ
※※※※※※
悪が物質から来るものとすれば、われわれには必要以上の物質がある。
また、もし悪が精神から来るものとすれば、われわれには多過ぎるほどの精神がある。
ヴォルテール
【#1】痕跡
村娘「よいしょ……」
女将「あ~、くたびれた」
村娘「あ、女将さん。お疲れさまです!」
女将「元気だねえ。やっぱり若いっていいわ」
村娘「若くても大変ですよ。若いだけじゃ、お客さんは満足してくれないし……」
女将「ふっ、はははっ! まったく、相変わらず面白い子だね。雇って正解だったよ」
村娘「そうかなぁ。あたしは女将さんみたいに聞き上手じゃないし、話し上手じゃないよ?」
女将「そういうのは後から付いてくるもんだよ。気取ってないからいいのさ」ニコッ
村娘「(こんな風に、綺麗な笑い方が出来る人になりたいな。もっと頑張ろ)」カチャカチャ
女将「仕事には慣れた?」
村娘「ん~。後片付けと洗い物は好き、かな」
女将「喋らないから?」
村娘「……うん。相手は酔ってるし、何言ってるのか分からないし」
女将「聞いてあげればいいのよ。下手に口を挟まずに、きちんとね」
村娘「なるほど……」フム
女将「ふふっ。さてと、後は私がやるからあがって良いわよ? 妹が待ってるでしょうから」
村娘「えっ? でも、まだこんなに……」
女将「いいのいいの。ほら、早く行きなさい」
村娘「ありがとうございます。じゃあ、また明日!」
女将「はいはい。明日も頼むよ?」
村娘「はいっ!」
キィィ パタンッ
村娘「(こんなに早い時間にあがれたのは初めてだ。気を遣ってくれたのかな。いつかお礼しないと)」トコトコ
ドンッ
村娘「あ、ごめんなさい」ペコッ
ガヤガヤ…
村娘「……」
村娘「(街は広い、人も多い、仕事は大変だ。でも、あの村にいた頃よりはずっといい)」
村娘「(きっと、いつかはこの街を好きになる日が来る。皆で、幸せになるんだ)」
村娘「(……あの子が待ってる。早く帰ろ)」
トコトコ…
村娘「ただいま~!」
少女「おかえりなさいっ!」トテテ
村娘「おっとと。遅くなってごめんね? 大丈夫だった?」
少女「うんっ、今日もなってないよ? お姉ちゃん、毎日おつかれさまです」ニコニコ
村娘「あははっ、ありがと。お腹空いてるでしょう? 今作るから、ちょっと待っててね?」
少女「見ててもいい?」
村娘「勿論。さて、始めようか」
トントントン…
少女「お姉ちゃん」
村娘「ん~?」
少女「みんなはいつ帰ってくるかな?」
村娘「そろそろ帰ってくるんじゃない? でも、どこも人手が足りないから大変なんだってさ」
少女「今日はみんなで食べたいなぁ」パタパタ
村娘「そうだね。この家に二人じゃあ、ちょっと広いもんね」
少女「うん……」
村娘「寂しい?」
少女「朝はへいき。でも、夜は寂しい」
村娘「お友達は出来たんでしょ?」
少女「うん。でも、そういうのじゃないの。この街に来てから、空も山も、動物とかも、全部全部遠くに行っちゃったみたいでこわい」
村娘「遠くに……そうかもしれないね」
少女「お姉ちゃんはどこにも行かない?」
村娘「何言ってんの、あたしはあんたのお姉ちゃんだよ? どこにも行かないよ」
少女「よかったぁ」ホッ
村娘「(不安にさせちゃったか。ここの所、仕事にばっかり気を取られてた。こんなんじゃダメだね)」
村娘「(新しい土地に来て不安を感じてるのはあたしだけじゃない。この子だって毎日頑張ってるんだ)」チラッ
少女「ふふーん」パタパタ
村娘「(お金はまだあるけど、あのお金には極力頼らないようにしないといけないし。しっかりしないと)」
少女「あのお兄ちゃんは元気かなあ?」
村娘「きっと元気だよ。あの人は、ちょっとやそっとで挫けるような男じゃないからね」
少女「いつかまた会いたいね?」
村娘「………そうだね。また会えたら、その時は、嫁にでもしてもらおうか?」ニコッ
少女「お婿さんがいいなぁ。そしたらね、みんなで一緒にごはんが食べられるもん」
村娘「あははっ、婿か。そいつはいいね」
ドンドンッ
少女「お客さんだ!」トテテ
村娘「あ、ちょっと……もう」
トコトコ
村娘「(誰だろ。女将さんかな?)」
ドンドンッ
村娘「はいはい、今開けますよ」ガチャ
狩人「今晩は、お嬢さん」
狩人「私は狩人。貴方にお訊ねしたいことがあるのですが、少しばかりお時間を宜しいですか?」
村娘「(何だか気味が悪いね)ちょっと奥に行ってて、すぐに終わるから」
少女「は~い」
狩人「小さな小さなお嬢さん」
少女「わたし?」クルッ
狩人「君は、この人物を知っているかな?」スッ
村娘「悪いけど、そんな男はーーー」
狩人「貴方には聞いていないのだがね」
村娘「(っ、コイツ……)」
狩人「お嬢さん、彼を知っているかな?」
少女「うん、知ってるよ?」
狩人「ありがとう。助かったよ」ニコリ
村娘「(っ、こうなったら仕方ない)後はあたしが話すよ。ちょっと待っててね」
少女「うん」トコトコ
村娘「……で、何を聞きたいんだい?」
狩人「中に入っても?」
村娘「妙なことをしたらーーー」
狩人「先程から心外だな。私は、貴方が想像しているような悪しき人間ではない」
狩人「誓って言うが、危害を加えるような真似はしない。私はただ、彼に関わった人間から話を聞きたいだけなのだよ」
村娘「それは悪かったね」
村娘「あんたが普通の人間とは雰囲気が違うから警戒してるんだ。肌も、妙に青白いし……」
狩人「そうか、それは実に分かり易い理由だ。しかし、私には貴方を安心させる術がない」
狩人「私を信用してくれ。と言うほかに方法がないのだが、どうだろうか?」
村娘「……外でも良いなら」
狩人「有難い」
パタンッ
村娘「そんなに時間はないよ。あまり一人にはしておけないんだ」
狩人「分かっているとも。質問の前に、貴方は彼が勇者であると知っていたのかね?」
村娘「この街に来るまでは知らなかったよ。村では旅人だって言ってたから」
狩人「彼が勇者だと知ったのは?」
村娘「少し前に勇者の似顔絵とかが出回っただろ? それで知ったんだ。あたしも、皆もね」
狩人「(嘘ではなさそうだな)」
村娘「あたしも聞きたいね。あんたは何者なんだい? 何の為にあたしのところに?」
狩人「私が何者か? それについては簡単には説明出来ないな。少々複雑な経緯なのでね」
狩人「此処へ来たのは彼を捕らえる為だ」
狩人「居場所は特定出来るが、彼の人物像が見えない。捕らえるに当たって、少しでも多くの情報が欲しいのだよ」
村娘「随分と正直だね」
狩人「情報を得る為だ。正直に話すとも」
村娘「捕らえると言ったけど、捕らえてどうするつもり? あの人が何をしたって言うの?」
狩人「捕らえるのは保護する為だ」
狩人「現在、様々な勢力が彼を狙っている。それより先に、勇者を手に入れなければならない」
村娘「……」
狩人「彼が何をしたかについてだが……此処だけの話、とある街から連絡が途絶えてね」
狩人「どうやら、騎士団が壊滅したらしいのだよ。それが彼の仕業だとされている」
村娘「そんなバカな話がーーー」
狩人「貴方が信じようが信じまいが関係はない。私は正直に話したのだ。貴方にもそうして欲しいものだ」
村娘「っ、分かったよ」
村娘「先に言っておくけど、そんなに知らないよ。関わったと言っても、ほんの短い間だからね」
狩人「構わない。貴方がどういう経緯で此処にいるのか、それは既に知っている」
狩人「私が知りたいのは、彼がどういう人間だったのかということだ。そこで、幾つか質問したい」
村娘「あたしの答えでいいんだね?」
狩人「ああ、貴方個人の答えで構わない。まず、彼は何故に貴方達を?」
村娘「人として生きたくはないかと言われたよ。自由になりたくはないか、わたしたちの力になりたいとも……」
村娘「そう言われた時、あたし達は初めて助けを求めたんだ。何が起きたのか、何をされたのか、すべて話したよ」
狩人「彼を信用した理由は?」
村娘「声を聞いてくれたからだよ。あたしが泣いてて何言ってるのか分からないはずなのに、それでも傍にいてくれた」
狩人「他には?」
村娘「他には何も。後は俺がやるから、お前達は待っていてくれって、それだけさ」
狩人「(ふむ……)」
村娘「ただ、心底憎んでるのは確かだと思う。悪魔だと言ってたから」
狩人「村人を悪魔と?」
村娘「そう。あんな行いは人間には出来ないって言ってたよ。あたしもそう思う。今でもね」
狩人「(やはり、自身の過去と重ね合わせたとして間違いはなさそうだ。衝動的とも言えるが)」
狩人「(強い憎しみと、復讐の念が根底にあるのだ。激情に振り回されているのだろう)」
村娘「質問は終わりかい?」
狩人「いや、もう少しだけ。彼は、殺人を好む傾向にあると感じたかな?」
村娘「そんな風には思わなかったよ。あたし達に笑いかけた顔は、とっても優しかったから」
狩人「優しい? 貴方達を助けるだけならば殺人を犯す必要はなかった。私はそう思うがね」
村娘「あんたには分からないさ」
狩人「何か理由が?」
村娘「話したところで理解出来ないよ。あんたのような、強い人間にはね……」
狩人「彼は理解していたと?」
村娘「多分ね」
狩人「……ふむ。では、もう一つ。彼女、僧侶について何か知っているかね?」
村娘「特に何も、考え込んでるみたいで話すことは殆どなかったよ」
狩人「……」
村娘「そろそろいいかい?」
狩人「ああ、参考になったよ。最後に一つ。此処へは個人的に来た。貴方への調査を命じられたわけではない」
狩人「貴方が勇者と関わったことは口外しない。それについては安心してくれたまえ」
村娘「それはどうも……」
狩人「では、私はこれで」
村娘「ねえ、あたしからもいいかい?」
狩人「何かな?」
村娘「あんた、あの人を殺すつもりなんじゃないのかい?」
狩人「まさか、私の目的は捕らえることだ。戦うのが目的ではないよ」
村娘「その言葉、信じても良いんだね?」
狩人「ああ、勿論だとも」
村娘「……」
狩人「……」
村娘「………正しいやり方では救われない奴もいるんだ。あたし達みたいにね」
狩人「貴重な意見をありがとう。その言葉は覚えておこう」
村娘「っ、それじゃ」
ガチャ パタンッ
村娘「はぁ……」
少女「お姉ちゃん」
村娘「あっ、待たせたね。さて、料理の続きーーー」
ぎゅっ
村娘「どうしたんだい?」
少女「……ここには来ないよね?」
村娘「!!(こんなに震えて……ここ最近は大丈夫だったのに……)」
少女「お姉ちゃん、この家には来ないよね? もう大丈夫なんだよね?」
村娘「っ、大丈夫。もう大丈夫だよ。村の連中はもういない。旅人のお兄ちゃんが、勇者がやっつけてくれたんだ」
少女「ほんとう?」
村娘「本当に本当さ。悪い奴はもういない。だから、怖がることはないんだよ?」
少女「……うん」
村娘「もう少し、こうしてようね。大丈夫、お姉ちゃんは何処にも行かないから。皆が帰って来たら、ご飯食べようね」
少女「……」コクン
村娘「(傷は消えない。終わってなんかいない。私にも皆にも、これは、ずっと続く……)」
少女「お姉ちゃんは、こわくないの?」
村娘「お姉ちゃんは大丈夫。あんたが一緒にいれば怖くない。幾らでも強くなれる」
狩人「(成る程……)」スッ
少女『……ここには、来ないよね?』
少女『お姉ちゃん、この家には来ないよね? 大丈夫なんだよね?』
狩人「(だからか、だから勇者は村人を……ああいった類の正義を貫く輩は実に厄介だな)」
狩人「(性格上、素直に聞き入れはしないだろう。やるべきことに変わりはないが、一人では手こずりそうだ)」
狩人「(……ふむ。向こうに着いたら助手でも捜してみようか。使える者がいればいいが……)」ザッ
【#2】真偽
ガヤガヤ
兵士「(この街の住人は呑気なものだ)」
兵士「(自分達だけは安全だとでも思っているのだろうか? 知らないというのは幸せだ……)」
トントン
兵士「?」
衛兵「よう、お疲れ」
兵士「お疲れ様です。随分と遅かったですね。今から昼食ですか?」
衛兵「ああ、本部地下の調査に時間が掛かってな。まったく酷い有様だよ。教会はどうだった?」ストッ
兵士「教会も同様です。修道騎士団の従士1名だけが生存していました。気が触れているようでしたが」
衛兵「生き残りは一人か。皆殺しと変わらないな。しかし、一夜にして全滅するとは……」
兵士「あれは、事実なのでしょうか?」
衛兵「勇者の仕業って話か?」
兵士「はい、勇者とは国王陛下と教皇によって正式に認められた人物です。民も我々も、そう認知しています」
兵士「そんな人物があのような凶行に及ぶなんて、俄には信じられませんよ」
衛兵「……」モグモグ
兵士「先輩はどう思いますか?」
衛兵「さあな、俺にも分からないよ。だが、上がそう言ってる。既に部隊は編成されてるって話だ」
衛兵「勇者を捕らえるのか、それとも殺すのか。我々国王軍か教皇庁か、どちらが捕らえるかで話はまた変わる」
衛兵「どちらにせよ、勇者には居場所も逃げ場もない。世界を敵に回したようなものだからな」モグモグ
衛兵「ただ」
兵士「?」
衛兵「ただ、何かあるのは確かだろう」
衛兵「罪人を逃がす為に騎士を皆殺しにするなんて有り得ない。流石に無理がある」
兵士「裏があると?」
衛兵「大体、何故勇者が騎士を殺す? 得るものはなく、全てを失うだけだ。そんな真似をする意味が分からない」
衛兵「正直な話、彼を陥れる為の罠か何かだとしか思えない。あんな取って付けたような説明では納得出来ないだろう?」
衛兵「もし本当に彼の仕業だとするなら、そうせざるを得ない何かがあったんだろう。何かがあって、そうしたんだ」
兵士「そうせざるを得ない何か、ですか」
衛兵「俺はそう願いたいね。勇者が人間を裏切ったなんて考えたくもない」モグモグ
兵士「そうですね……」
衛兵「ふぅ、ごちそうさま」
兵士「……」
衛兵「どうした、急に黙り込んで」
兵士「実は、気になることがありまして」
衛兵「気になること? 何だ、話してみろ。溜め込んでも良いことないぞ」
兵士「教会の地下室で従士を発見したのは自分なんです。何があったのかと問うた時、彼は……」
衛兵「……」
兵士「彼はとても怯えた様子で、騎士達は突如として殺し合ったのだと、そう言いました」
衛兵「殺し合った?」
兵士「はい。他にも、これは全て悪魔の仕業だとか、自分は異端者ではないとか……」
兵士「何を訊ねてもそればかりを呟いて、最後には暴れ出したんです」
衛兵「気が触れていたんだろう? お前が言っていた通りじゃないか」
兵士「気が触れているのは確かだと思います。しかし、階段の遺体はどれも切り口が違っていました」
兵士「おそらく、別々の人間がやったのだと思います。どの遺体も武器を握ったままでした。殺し合ったというのは嘘ではないかもしれません」
衛兵「色々と引っ掛かるのは分かる。あんな話をしたばかりだからな。しかし、それだけでは何ともーーー」
兵士「それだけじゃないんです」
衛兵「何?」
兵士「遺体が足りないんですよ」
兵士「聖堂には四散した肉片や骨がありました。しかし、遺体が何処にも見当たらない」
兵士「勿論、同行者である僧侶が魔術を行使したという可能性もあります。或いは他の者の仕業かも分からない」
兵士「そういった可能性を一切考慮せず、全ては勇者の仕業であるとしている。それが不可解なんです」
衛兵「確かに。となると本当に……」ウーム
兵士「……あの、先輩」
衛兵「ん?」
兵士「調べてみませんか?」
衛兵「お前、それは本気か?」
兵士「はい」
衛兵「お前の気持ちは分かるよ。俺だって真実を知りたいさ。だけどな、その先を考えろ」
兵士「危険だということですか?」
衛兵「それだけじゃない。危険を冒して真実を知ったとして、その先はどうするってことだ」
衛兵「何かを変えたいのか? 上に真実を話せとでも言う気か? 言っとくが、そんなことは不可能だぞ?」
衛兵「言いたかないが、俺達のような者には何も変えられない。勇者のようにはなれないんだ」
兵士「分かっています。自分はただ……」
衛兵「何だ、言ってみろ」
兵士「自分はただ、納得して戦いたいんです。もし何かを隠蔽しようとしているのなら、そうした理由が知りたい」
衛兵「それが到底許容出来ない事実だとしてもか? だからこそ隠蔽しているのかもしれないんだぞ?」
兵士「そうだとしても、疑問を抱いたままで戦うよりはマシです」
衛兵「……分かった。付き合うよ。放っておいても一人でやりそうだしな」
兵士「すみません……」
衛兵「いいさ。俺が焚き付けたようなものだしな。但し、今夜だけだ」
兵士「何故です?」
衛兵「何度も忍び込めるとは思えない。今夜中に何も見付けられなければ諦めろ」
衛兵「ヘマをしたら俺達は勿論、隊の仲間にも疑いの目が向くかもしれない」
衛兵「だから、今夜が最初で最後だ。何もなければ、それで納得しろ。俺もそうする。いいな?」
兵士「……分かりました」
衛兵「そんな顔をするな。やるからには本気でやる。きちんと協力するよ。俺だって真実を知りたいからな」
兵士「先輩……ありがとうございます……」ペコッ
衛兵「今夜だけだぞ? 忘れるな?」ニコッ
兵士「はいっ!」
衛兵「決まりだな。準備は俺がしておく。細かいことは夜に話そう」ガタッ
兵士「分かりました。では、夜に」
衛兵「そわそわして気取られるなよ? いつも通りにしろよ?」
兵士「了解しました」
衛兵「じゃあ、夜にな」
ザッザッザッ
衛兵「(見張り番でも代わって貰うか。教会か騎士団本部か、どちらかを調べられれば御の字だ)」
衛兵「(出来ない場合は潔く諦めるしかないだろう。こればかりは、運次第だな……)」
【#3】暴きの瞳
兵士「騎士団本部の地下」
衛兵「ああ、お前は教会を見てるからな。調べるなら地下の方がいいだろう」
衛兵「調べられるのは地下だけだ。見張りを代わったのは良いが時間は限られてる。良いな?」
兵士「了解しました」
衛兵「一応、こっちの服に着替えておけ。その方が楽に入れるだろう」
兵士「済みません。何から何まで任せてしまって……」バサッ
衛兵「いいさ、気にするな。さて、まだ時間があるな。何か気になることはあるか?」
兵士「地下には何かありそうでしたか? 何か気になった点は?」
衛兵「いや、俺は何も見付けなかった」
衛兵「と言うか、何かを気にしてる暇はなかった。教会とは違ってそこら中に遺体があってな。俺は搬送が主だったんだ」
兵士「……」
衛兵「安心しろ。そう簡単に痕跡は消せないさ。幾ら有能な連中でも痕跡の抹消は不可能だ」
兵士「そうでしょうか……」
衛兵「ああ、もし本当に隠蔽しようとしているなら何かしらは残っている」
衛兵「どんなに些細なことも見逃さなければ必ず見付けられる。と言うか、それが出来なければ何も掴めないぞ?」
兵士「っ、そうですよね。了解しました」
衛兵「だが、限られた時間でそれを見付けるのは困難だろうな。そればかりは運だ」
兵士「運、ですか?」
衛兵「運は大事だぞ? 幸運の後には不運が、不運の後には幸運がって言うだろう?」
兵士「少々意外です。先輩はそういったものは信じていないと思ってました」
衛兵「信じてるというか、何だろうな……理屈では説明出来ないこともあるだろ?」
衛兵「運と言うより偶然ってやつだな。そういうものに助けられる時もある。その逆もな」
兵士「なるほど。しかし、深く考えると怖ろしい話ですよね。何か、人智を超えた力が働いているようで……」
衛兵「そんな何かがいるなら、さっさと世の中を良くして欲しいもんだ。ん、そろそろ時間だな」
衛兵「いいか、何か異変があればすぐに中止だ。例え何かを見付けてもだ。いいな?」
兵士「了解しました」
衛兵「改めて聞くが、これは疑いを晴らす為であって何かを証明する為じゃない。そうだな?」
兵士「はい。自分は知りたいだけです。混乱や更なる疑念を招くつもりはありません」
兵士「何もなければ、それで納得します。金輪際、このようなことはしません。追求もしません」
衛兵「……それを聞いて安心したよ。さ、行こう」ザッ
兵士「先輩」
衛兵「どうした?」
兵士「協力ありがとうございます。それから、自分の我が儘に付き合わせてしまって申し訳ありません」
衛兵「良いんだよ。昼間に言っただろ? 俺も知りたいってな。ほら、行くぞ」
兵士「はいっ!」
ザッザッザッ…
>>ん、来たか
衛兵「無理を言って済まないな」
>>そっちが例の?
衛兵「ああ、そうだ」
兵士「……」
>>しっかり見張れよ? ヘマしたら懲罰じゃあ済まないからな
兵士「はい(深い意味はなさそうだ。考えすぎか……)」
衛兵「どうした?」
兵士「いえ、少し肌寒いなと思いまして」
衛兵「そう感じるのも無理はない。気分の良い場所じゃないからな……さあ、下りるぞ」
兵士「……はい」
コツコツ…
兵士「(一段毎に不気味さが増していくようだ)」
兵士「(嫌な空気だ。充満した湿気が纏わり付いてくる。こんなものは体感したことがない)」
兵士「(この先で何が起きたのか、見なくとも容易に想像出来る。肌が、粟立つ……)」
キィィィ
兵士「……」
衛兵「大丈夫か?」
兵士「少しだけあてられたようです。でも、この程度なら影響はありません。始めましょう」
衛兵「そうだな。別れて探索しよう。何かあれば言ってくれ。俺は入り口近辺を見てみる」
兵士「了解。自分は牢獄付近を見てきます」ザッ
ザッザッザッ
兵士「……」
兵士「(錆び付いてはいるが強度は問題なさそうだ。この辺りは無理矢理開けられた形跡があるな)」
兵士「(ひしゃげている。素手でやったのか? 血痕、血塗れの足跡。同じ跡が数ヶ所ある)」
兵士「此処に立って、格子を掴んだ……」スッ
兵士「(ひしゃげているのは此処までだ。他の牢は鍵で開けられている)」
兵士「(妙だな。鍵があるなら、何故最初から鍵で開けない? 何か問題でも起きたのか?)」
兵士「(それに、僧侶の足跡がない。共に戦ったのなら彼女の足跡も残るはずだ)」
兵士「……此処にはいなかったのか?」
兵士「(魔術による破壊は見られない。床や壁にあるのはどれも物理的な傷だ)」
兵士「(向こうも見てみよう。地面に何かしらの痕跡があるかもしれない。しかし、やけに広いな……)」
ザッ
兵士「(土の盛り上がり、魔術の傷跡、何でもいい。何かあってくれ)」
ジャリッ
兵士「……?」スッ
兵士「(硝子片? 分厚いな。それらしいものは何もなかったけど何でこんなところに?)」
兵士「(この辺りだけ何もない。血の跡も、何も……いや、あったのか? 何かがあったから、此処には血痕がないのか)」
兵士「(此処には何かがあったんだ。だから血の跡も何もなかった。しかし何が?)」
兵士「(おそらく、何かを設置していたんだ。そうでなくてはこの区画を設ける意味がない)」
兵士「(……ほんの僅かに擦ったような跡がある。大きい、箱のようなものだ。それが幾つもあったのか)」
兵士「(想像すると異様な光景だ。此処は本当に監獄なのか? 何か別の目的があったんじゃないのか?)」
兵士「(大体、こんなものが置いてあったら気付かないはずがない。嫌でも目に入るはず……)」
衛兵『いや、俺は何も見付けなかった』
衛兵『と言うか、何かを気にしてる暇はなかった。教会とは違ってそこら中に遺体があってな。俺は搬送が主だったんだ』
兵士「何故、先輩はーーー」
衛兵「この場合、運が良かったと言うべきなのかどうか分からないな……」
兵士「!!」バッ
衛兵「お前は凄い奴だよ。目が良い。勘も良い。そんなものを見付けるなんてな」
兵士「どういうことです……」ザッ
衛兵「そう構えるな。俺は何もしない」
コツ…コツ…
兵士「(誰か来る。見たことのない服だ。あれは兵士じゃない。何だ、この悪寒は……)」
衛兵「お前のお陰で助かったよ」
兵士「(先輩は何を言っているんだ? 理解出来ない。僕は、殺されるのか?)」
コツ…コツ…
衛兵「条件は揃ってる。これで良いんだろう?」
狩人「ああ、君に用はない。何処へなりとも行きたまえ」
兵士「先輩、待って下さい!! これは一体どういうことなんです!?」
狩人「説明は私がしよう。君はもう行きたまえ」
兵士「先輩!!」
衛兵「……悪いな」ザッ
ザッザッザッ…
兵士「そんなっ…」
狩人「そう怯えることはない。私が疑問に答えよう。知れば、怖れは消えるさ」
兵士「貴方は一体……」
狩人「私は狩人。まあ、自己紹介は後にして答え合わせをしようじゃないか」
兵士「何をーーー」
狩人「彼も運が悪い。本来ならあるはずのないものを見てしまった。偶然とは怖ろしいものだ」
兵士「……そうか。僕を、売ったのか」
狩人「察しが良いじゃないか。概ねその通りだ。見て、知って、彼は殺されるはずだった」
狩人「だが、私が条件を出した。真実を見定める瞳を持つ者を差し出せば助けてやると」
狩人「彼は運が良いのだろう。君を差し出し、見事生き延びることが出来たのだからね」
兵士「此処はただの監獄じゃない。先輩は何を見たんですか」
狩人「ははは。君は面白いな。知識欲が恐怖に勝っている。実に素晴らしい逸材だ」
兵士「……答えて下さい」
狩人「此処は地下錬金施設。人体から魂を抽出、聖水を精製していたのだよ」
兵士「勇者はそれを知って……騎士団との衝突はそれが原因で……」
狩人「正解だ。彼には許せなかったのだろうね。全ては人間の為だと言うのに、愚かなことだ」
兵士「……」
狩人「このような施設があるのは此処だけではない。今の人類は、数多の命の上に立っている」
兵士「それは、どういう意味です」
狩人「ふふっ。良い生徒だな、君は。まあいい、教えようじゃないか……」
狩人「今や世に蔓延る魔物。それが街に侵入出来ない理由は何だと思うね?」
兵士「……」
狩人「外壁の真下。水路に似せて張り巡らせた陣に聖水を流しているのだよ。その量は街によって異なるが、都では常にね」
狩人「失われた多く命が、今も流れ続けている。民には知らされていない秘密だ」
兵士「何故、それを僕に……」
狩人「君は知りたいのだ。善悪に囚われず、知りたいのだよ。それは生まれ持った性だ」
狩人「私は君のような存在を捜していた。私情に流されず、真実を優先する人間を」
兵士「僕はそんなーーー」
狩人「惚けるのはやめたまえ。私が真実を告げた時、君はどうした? 驚きさえしなかった」
狩人「知識、真実を得るためならば死をも怖れない。君は超絶の精神を持っているのだよ。片眼を失った彼のようにね」
兵士「………僕に、何をしろと言うんです」
狩人「私と共に来い。君は良い助手になる。求めるものは与えよう」
兵士「僕が行かなければ先輩は助からないんでしょう?」
狩人「ああ。君が断れば、彼は死ぬ」
狩人「彼だけではない。知ってしまった以上、君にも消えてもらわなければならないだろう」
狩人「喋られては困るからね。非常に残念だが、そうせざるを得ない。全ては人の為だ」
兵士「ひ、人の為人の為って、何なんですかそれは!!」
狩人「聖水が生命で造られていると知ったらどうなるかね?」
兵士「それは……」
狩人「そう、本来は知らなくて良いのだよ」
狩人「人々は、ただ待っていれば良い。新たな時代が訪れるまでは目隠しをしなければならない」
兵士「目隠し?」
狩人「醜さになど気付かなくていい。残酷な現実など見なくとも良い」
狩人「いずれ人の醜さを知る者は消えるだろう。そして、穢れを知らない美しい時代がやってくる。私はその為に戦うのだ」
兵士「(この人は、本気だ……)」
狩人「さあ、どうする?」
兵士「(っ、選択肢なんてない。そんなの断れるはずがないじゃないか)」
狩人「答えたまえ」
兵士「…………きます」
狩人「聞こえないな」
兵士「行きます」
狩人「結構。君は今この時より私の助手だ」
狩人「さあ、私に付いて来たまえ。旅立ちの前に酒でもご馳走しよう」
兵士「別にそんなことしなくてもーーー」
狩人「私がそうしたいのだ。君は表情が固い。酒を飲めば緊張も解れるだろう」
狩人「今日は実にめでたい日だ。自己紹介も兼ねて、じっくり話そうじゃないか」ニコニコ
兵士「(……悪人ではなさそうだけど、そんなこと言われても気持ちが付いて行かない)」
狩人「何かな?」
兵士「いえ、何でもないです。あの、旅の目的は?」
狩人「勇者を捕らえ、勇者を手に入れる。それだけだよ。さあ、早く行こう」
兵士「捕らえるって……」
狩人「彼は要らざることをしたのだ。あろうことか材料を解放して逃亡した」
狩人「分かるかな? 危うく目隠しが外れるところだった。それは好ましくない、非常にね」
兵士「だから彼を?」
狩人「当然の判断だろう。彼の正義は弱者を救うが、同時に多くの悲しみを生む」
狩人「彼からすれば悪魔なのだろうが、此処で散った騎士にも家族がいた。彼は危険なのだよ」
兵士「……」
狩人「私が嫌いか?」
兵士「好きとか嫌いとか、そういう話じゃ……ただ、分からないだけです」
狩人「今はそれでいい。君はただ、私に付いてくる他にないのだから」
兵士「……先輩は、助かるんですよね?」
狩人「勿論だとも。そういう約束だ」
兵士「(良かった……)」ホッ
狩人「フフッ。君は変わっているな」
兵士「そんなことはないと思いますけど……」
狩人「普通なら自分を売った人間を気に掛けはしないよ。怒り、憎むだろう」
狩人「それに加え、他人の生死には敏感なのに自分の生死には鈍感だ。更には知的好奇心と欲求。自覚はないだろうが君は中々に……」
兵士「?」
狩人「いや、何でもない。さあ、来たまえ」
コツ…コツ…
狩人「(……中々に、狂っているよ)」
【#4】狩人の夜
狩人「さあ、掛けたまえ」
兵士「……」トスッ
狩人「酒を持ってこよう。少し待っていてくれ」
コツ…コツ…
兵士「(言われるままに付いて来たけど大丈夫だろうか。僕を助手にすると言っていたけど、それも本当なのか?)」
兵士「(あの人が何を考えてるのか分からない。いきなり首を斬られたりしても不思議じゃないぞ)」
兵士「(いや、やめよう。此処まで来たんだ。腹を括るしかない。何か別のことを考えよう)」
兵士「(……この家、貴族でも住んでいたのかな)」キョロキョロ
兵士「(剥製に毛皮、高価な燭台と食器類。部屋の内装も随分と凝ってる。ん? あれは何だろう?)」
兵士「(何だか変わった形をしてる。部類としては曲刀か? 大きいし、使い手を選びそうだ)」
狩人「あれに興味があるのかね?」
兵士「うわっ!?」ビクッ
狩人「これは失礼。驚かせてしまったかな?」ニコ
兵士「(絶対わざとだ。はぁ、死ぬかと思った。と言うか、生きた心地がしない……)」
狩人「さてと」トスッ
狩人「待たせて申し訳ない。置いてあるのはどれも良い酒でね。少々迷ってしまったよ」
トクトク…コトッ…
狩人「では、乾杯」スッ
狩人「…コクンッ…うん、これは良い酒だ。あまり詳しくないが、そうに違いない」
兵士「……」
狩人「ははは。そう怖がらなくても大丈夫だ。毒など入っていないよ?」
兵士「いや、別に疑っていたわけでは……」
狩人「本当かな? まあ、無理をして飲む必要はないよ。少しばかり寂しいが我慢しよう」
兵士「いえ、頂きます…コクンッ…」
狩人「美味しいだろう?」ニコリ
兵士「とても飲みやすいです。あまり飲まないので、味とかは分からないですけど……」
狩人「気に入ってくれて良かったよ」
兵士「(正直、酔わないと保てそうにない……)」
狩人「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったね。私は狩人、勇者捕縛の命を受けた者だ」
兵士「僕は、兵士です。軍には志願して入隊しました。他には特に何もないです」
狩人「年齢は?」
兵士「17です。あの、狩人さんは?」
狩人「ああ、これは済まなかった。私は十九だ」
兵士「えっ!? あっ、失礼しました」
狩人「ははは。別に構わないさ」
兵士「(凄く落ち着いてるから二十代半ばくらいかと思っていた。大人っぽい人だ)」
狩人「君と出逢えて良かったよ」
兵士「ングッ、ケホッ…ケホッ…」
狩人「大丈夫かい?」
兵士「ケホッ…はい、何ともないです。そ、それより聞きたいことが」
狩人「何だね?」
兵士「地下錬金施設のことです。監獄にいたのは本当に罪人なのですか?」
狩人「難民だ」
兵士「……隠さないんですね」
狩人「教えると言ったからね…コクンッ…」
兵士「やはり、上層部の説明は偽りだったんですね。勇者は、彼等を救出する為に戦っていた」
狩人「理由はどうあれ、彼は叛逆者だ」
兵士「しかし、それではあまりにーーー」
狩人「私に言わないでくれ。君と善悪について議論する気はないよ。楽しくないからね」
兵士「……」
狩人「いいかね? これは善悪の問題ではない。聖水の加護がなければ人は生きていけないのだ」
狩人「納得するしないの話でもない。あれがなければ、滅びてしまうのだからね……」
兵士「(……きっと、狩人さんは分かっている。人間が間違いを犯しているということを)」
狩人「後悔しているのか?」
兵士「後悔というか複雑な気持ちです。やり方はどうあれ、人々を守る為に行動している」
兵士「難民を救い出した勇者も、人の存続に尽力する国も、どちらも分かります。相容れないのだと言うことも……」
狩人「……」
兵士「知りたかったのは認めます。しかし、真実を受け入れられるかどうかは分かりません」
狩人「真実とはそういうものだ」
狩人「輝いて見えたそれが、ひとたび近付けば目を被いたくなるほどに醜く歪む。だからこそ、人はそれを必死に隠す」
兵士「……」
狩人「ん? 私の顔が気になるのか?」
兵士「い、いや、別にそういうわけでは……」
狩人「ふむ。気のせいか」
兵士「(一瞬、存在が薄らいだように見えた。どこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな……)」
兵士「(彼女も何かを知ったのだろうか? それとも、何かを背負っているのだろうか?)」チラッ
狩人「…コクッ…」
兵士「(病的なまでに白い肌、凍て付いたような瞳、どう見ても戦に不向きな華奢な体)」
兵士「(それなのに、不思議と勝てる気がしない。彼女を女性として見るのが躊躇われるくらいだ)」チラッ
狩人「……」ジー
兵士「!!」
狩人「少し手を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。盗み見るような真似をしなくてもいいだろう」
狩人「それに、観察するようにちらちらと見られるのは気分が悪いな」
兵士「申し訳ありません……」
狩人「私に興味があるのか?」
兵士「は? いや、興味と言えばそうですけど、その、狩人さんは女性ですよね?」
狩人「どう見たら男性に見えるのかね。君は失礼な奴だな」
兵士「ち、違います。決してそういう意味ではーーー」
狩人「なら、どういう意味で言ったのかね?」
兵士「それはその、何故貴方のような女性が危険な旅をするのかと疑問に思ったんです」
狩人「命を受けたと言ったはずだが」
兵士「そうじゃなくて……いや、もういいです。忘れて下さい」
狩人「何だそれは、弁明するならしっかりしたまえ」
兵士「……差別的な意味ではなくて、女性一人の旅は大変ではなかったのだろうかと聞きたかったんです」
狩人「最初からそう言えばいいものを、妙なところで気を遣うんだな、君は」
兵士「(女性として接すると気を悪くすると思ったけど、気にしすぎだったみたいだ……)」
狩人「……なる程、先程の熱っぽい視線はそういうことだったか。君、私に惚れたな?」
兵士「なっ、違いますよ!!」
狩人「何を焦っている。冗談だ」
兵士「からかうつもりなら真剣な顔で言うのはやめて下さい。分かりにくいので……」ゴクゴク
狩人「それは済まなかったね。む、こんな時間か、私はそろそろ風呂に入ってくるよ」
兵士「ッ…ケホッ…ケホッ…気が利かなくて申し訳ありません!! すぐに帰ります!!」ガタッ
狩人「何を言ってるんだ君は」
兵士「いやいや、僕は何一つおかしなことは言ってないですよ。一度戻って朝にまた来ます」
狩人「明日から共に行動するのだ。今日はこの家に泊まると良い」
兵士「(まるで話を聞いていない……)」
狩人「どうしたのかね? 何か不都合が?」
兵士「気持ちは有難いですけど荷物があるのでーーー」
狩人「安心したまえ。君の荷物なら既に寝室に運ばせてある」
兵士「……ありがとうございます」
狩人「此処は貴族の屋敷だったようだ。旅に出れば風呂になど滅多に入れない。堪能するといい」
兵士「……そうします」
狩人「風呂は私の後でも構わないかね?」
兵士「お先にどうぞ、僕は暫く後に入りますから……」
狩人「そうか、では先に入るとしよう」コツコツ
ガチャ パタンッ
兵士「(はぁ、振り回されてばかりだ)」
兵士「(まさか荷物まで運び込まれてるとは……全ては狩人さんの思惑通りか)」
シーン…
兵士「(………明日から旅に出るのか、まるで現実感が湧かない。勇者を捕らえるだなんて、そんなことが可能なんだろうか)」
【#5】旧き名を
兵士「(……失敗した。先に部屋の場所を聞いておけば良かった。勝手に探すわけにもいかないし、お風呂から上るまで待っていよう)」
シーン…
兵士「(……結構長いな。それも当然か。狩人を名乗っていても女性なんだ。きっと、髪の手入れとか大変なんだろう)」
兵士「(しかし不思議だ。彼女のような女性なら戦わなくても生きていける。嫁ぐとか、奉公に出たりとか、方法は幾らでもある)」
兵士「(そういう生き方に抵抗があったのだろうか? だから戦う道を……いや、止めておこう。失礼だ)」
狩人「おや、まだ此処にいたのか」
兵士「ひぃ!!」ビクッ
狩人「ははは。何だ今の情けない声は、君は本当に面白いな」
兵士「……狩人さん、足音を消して近付くのはやめて下さい。お願いします」
狩人「で、どうした? 私を待っていたのか?」
兵士「(頼むから話を聞いて欲しい)」
狩人「何かな?」
兵士「……いえ、何でも。部屋の場所を聞いていなかったので案内して頂けますか」
狩人「ああ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れていたよ」
兵士「(意外と抜けているのかな……)」
狩人「風呂はそっちの扉を出て一番奥にある。寝室はこっちだ。来たまえ」
コツ…コツ…
兵士「(こんな屋敷に泊まるのは初めてだ。何だか歩いているだけで緊張するな)」
狩人「此処だ」
兵士「ありがとうございます」
狩人「今日はゆっくり休みたまえ。明日からは忙しくなるからね」
兵士「あの」
狩人「何かな?」
兵士「勇者を捕らえると言いましたが、居場所は分かるのですか? 手掛かりがなければ追うのは困難だと思いますが」
狩人「そう言えば話していなかったな。安心したまえ。手掛かりはある」
兵士「手掛かり。既に軍が捜索を?」
狩人「そうではない。存在を感じるのだ」
兵士「あの、意味が」
狩人「済まない、説明するのは少々難しい。魂の音色とでも言うべきか、それが非常に強く発せられている」
兵士「魂の音色……」
狩人「この世に二つとない稀有なものだ。この街で事件が起きた時と同じくして、それは突然感じられるようになった」
狩人「力の発露か暴走か……その理由は解明出来ていないが、彼のものに間違いはないだろう」
兵士「そんなものをどうやって? 僕には何も感じませんよ?」
狩人「ははは。いずれ分かるさ」
狩人「その方法は旅の中で授けよう。気になるのは分かるが、今日はもう休みたまえ」
兵士「す、すみません。引き留めてしまって……」
狩人「構わない。君はそれでいい」
兵士「……」
狩人「……君は私の助手だ。明日から宜しく頼むよ?」
兵士「……はい、了解しました」
狩人「では、私はそろそろ休むとしよう。今日は疲れただろう? 風呂に入って、ゆっくり休みたまえ」
コツ…コツ…
兵士「狩人さん」
狩人「?」
兵士「明日から宜しくお願いします。お休みなさい」
狩人「お休み。良い夢を」
コツ…コツ…
兵士「(何をすれば良いのか分からないけど、行くしかない。役に立たないと分かれば消されるかもしれないんだ)」
兵士「(……駄目だな。どうしても悪い想像ばかりしてしまう。お風呂に入って休もう)」
ーーー
ーー
ー
兵士「んっ、眩し…」
狩人「よく眠れたかね?」
兵士「ひぃ!!」ドタッ
狩人「くくっ、はははっ!」
兵士「は、ハハハじゃないですよ!! 悪戯はやめて下さい!! って言うか何してるんですか!?」
狩人「悪戯ではない。君が中々目を覚まさないものだから起こしに来たのだ。感謝したまえ」ウン
兵士「(ああ言えばこう言う。子供じゃないんだから……)」
狩人「何だ、不満かね?」
兵士「……いえ、有難いです。でも、普通に起こして下さい。お願いします」
狩人「着替えも持ってきた。今日からは制服ではなく、これを着用するように」
兵士「(また無視か……)」
狩人「何をしている。早く着替えたまえ」
兵士「分かりました。今すぐ着替えますから出て行って下さい」
狩人「む、何だかキツい物言いだな」
兵士「……今すぐ着替えますので、部屋の外で待っていて下さい。お願いします」
狩人「うむ、良いだろう」
ガチャ パタンッ
兵士「(人をからかうのが好きなのか? 思っていたより子供っぽいのかもしれない)」ヌギヌギ
狩人『出来たかね?』
兵士「まだですよ!! 分かってて聞いてるでしょう!?」
狩人『ははは』
兵士「(また笑ってる。気に入られたのか、馬鹿にされてるのか……早く着替えよう)」
兵士「(何か、外套みたいな感じだな。昨夜、狩人さんが着ていたものと似ている)」バサッ
兵士「(よし。え~っと、荷物はこれだけか、大体は支給された物だったからな……行こう)」
ガチャ パタンッ
兵士「お待たせしました」
狩人「うむ。中々に似合っているよ。ところで、昨夜は眠れたかな?」
兵士「お酒を頂いたので、すぐに眠れました」
狩人「そうか、それは良かった。さあ、朝食を食べよう。用意はしてある」
コツ…コツ…
兵士「(あ、いい匂いがする)」
狩人「さ、掛けたまえ」
兵士「あ、はい。あの、これは狩人さんが作ったんですか?」
狩人「ああ、家庭料理を作るのは初めてだが、きっと美味いだろう。私が作ったのだからね」
兵士「(その根拠のない自信はなんなんですか……)」
狩人「では、頂こうか」モグモグ
兵士「……」
狩人「おや、食べないのかね? 中々美味しく出来ているよ?」
兵士「(何か妙なことしてないか不安だけど、食べないのは失礼だ。もし悪戯してたら怒ろう)」モグモグ
兵士「……あ、美味しい」
狩人「フフッ、そうだろう。遠慮せずに食べたまえ」
兵士「は、はい。ありがとうございます」
モグモグ…
兵士「……ごちそうさまです。あの、食器は何処に?」
狩人「いや、片付けはしなくていい。それより、話しておくことがある」
兵士「話しておくこと?」
狩人「君はもう兵士ではない。兵士の君は昨夜に死んだ近々、ご家族にも連絡が行くことだろう」
兵士「(存在の抹消。秘密を知った以上、生かして帰すことは出来ないと言うことか……)」
狩人「冷静だな。それでいい」
兵士「狩人さん」
狩人「何かな?」
兵士「先輩は本当に無事なんですか? 軍が許すとは思えない」
狩人「私は約束を守った。軍が彼をどうするかなど知らないよ」
兵士「そんなっ……」
狩人「あれはあくまで私と彼の間で交わされた約束だ。軍と彼の間にどのようなやり取りがあったのが、それは私にも分からない」
狩人「しかし、彼の生死を確かめる術はない。君は今日から、彼とは別の道を歩むのだから」
兵士「……」
狩人「何を悲観する。これは君が選んだ道だ」
狩人「私と出会ったのはその結果に過ぎない。秘密を暴き、真実を求めたのは君だ」
兵士「っ、分かっています」
狩人「結構。君は今から助手と名乗りたまえ」
助手「……はい。了解しました」
狩人「これから新しい人生を歩むのだ。君にはもう、悔いる過去などない。私が何もかもを見せてやろう」
助手「何もかも……」
狩人「そうだ、君は旅を通して様々なことを知るだろう。そして、全知の者となる」
狩人「君はただ付いて来ればいい。それが今の君に出来る唯一なのだからね」
助手「(全知? 何を言ってるんだ。まるで意味が分からない……)」
狩人「疑問は必ず解ける。だが、今ではない。さあ、馬は手配済みだ。そろそろ出発しよう」 ザッ
助手「……」ザッ
狩人「(そうだ、君は抗えない。私と出会う前から魅入られているのだ。何もかもに)」
キィィィ バタンッ…
狩人「君はそちらに乗りたまえ」
助手「はい……」
狩人「新たな門出だ、そう暗い顔をしないでくれ。君を裏切るような真似はしないよ。約束だ」
助手「(そんなの、信用出来るはずがない……)」
狩人「嫌われたものだな。まあ、それも仕方のないことだ。すぐに信じろとは言わないよ」
狩人「だが、いつまでもそんな顔をしないでくれないか? 私が面白くない」ニコリ
助手「っ、了解しました」
狩人「宜しい。では出発しよう。私から離れるなよ」
【#6】到来
ガガッ…ガガッ…
狩人「勇者は東に向かっている」
狩人「しかし、どうもおかしい。騎士の調査書によると、龍は北端の山村にいるとあった」
助手「彼の目的が見えませんね……」
助手「東側は被害が大きいと聞きます。わざわざ向かう理由がない。しかし、此処から直接東側と言うと……」
狩人「ああ、山を越えるしか方法はない。通常なら危険を避け、北東から迂回するように進むだろう」
狩人「何を焦っているのかは分からないが、一刻も早く東側に行きたいのだろうな」
助手「……どうするのですか?」
狩人「迂回して行こうと思う。わざわざ危険を冒さずとも追い付けるだろう。彼が引き付けてくれているからね」
助手「?」
狩人「彼の存在を感知出来るのは人間だけではないのだよ。魔物、悪魔と呼ばれる者も同様だ」
狩人「今の彼に味方はいない。人間にとっても悪魔にとっても危険な存在となってしまった」
助手「……それでも山越えを選んだのは、軍との戦いを避ける為でしょうか?」
狩人「かもしれないな。しかし、魔物との戦闘は避けられない。当然、その歩みは遅くなる」
狩人「麓の森は深く、山へ入るのは一苦労だ。それに加えて魔物の襲撃がある」
狩人「疲弊は相当なもののはずだ。これなら、余裕を持って追い付くことが出来るだろう」
狩人「北東に進むと放棄された砦がある。まずはそこを目指す」
助手「了解しました」
ーーー
ーー
ー
助手「(……もうずっと走り通しだ。日も傾き始めた。砦まで保つだろうか)」
狩人「止まれ」
助手「どうしたんです?」
狩人「何か来る」
助手「(何だ? あれは兵士? 何処の隊だろう? 彼等も勇者を捕らえる為に……!?)」
狩人「仕方がないな」スタッ
助手「何をしてるんですか!? 早く逃げましょう!!」
狩人「残念だが既に気付かれている。今更逃げても無駄だよ。馬を下りて私の後ろに来たまえ」
助手「そんな無茶なーーー」
狩人「来いと行っている。二度も言わせるな」
助手「っ、分かりました」スタッ
助手「(何なんだあれは、あんな魔物は見たことがない。
姿は人に近い。馬に乗って、剣を持って、鎧だって装備してる。あれが、悪魔なのか?)」
狩人「……か」
助手「え?」
狩人「伏せたまえ」グイッ
助手「(っ、狙いは本当に僕達なのか? 勇者に向かっているんじゃないのか?)」
狩人「……」ジャキッ
助手「(曲刀?)まさか戦う気ですか!? どれだけいるか分からないんですよ!?」
狩人「戦う以外にないだろう。悪魔と話し合いなど出来るわけがない。頭を下げていろ」
ガギャッ!
助手「うわっ!?」
狩人「大丈夫だ。君に触れさせはしない。そのまま、じっとしていろ。すぐに終わる」
狩人「……」
助手「(何とか防いでいるみたいだけど、こんなの無理だ。そもそも数が違う)」
ボタボタッ…
助手「……血?」
狩人「何をするんだ。痛いじゃあないか」
助手「狩人さん!!」
狩人「……」ガクンッ
助手「(っ、今度は複数騎で向かって来る。こんなの捌ききれない。何とかして助けないと)」
狩人「動くなと言ったはずだ。私の邪魔をするな」
助手「!!」ゾクッ
狩人「(奴等、私を、人を笑っているな。人間などこんなものだと思っているのだろう)」
狩人「(……まだ、まだだ。さあ、来るがいい。その首、まとめて刈り取ってくれる)」
ガガッ…
狩人「…………死ぬがいい」ガチリ
ヒュパッッ…ドサドサッ…
助手「(曲刀が、鎌に……)」
狩人「ははは。馬を止めたか。動揺したね?」トッ
狩人「それでは、殺してくれと、そう言っているようなものだよ。さあ、死にたまえ」
ズパンッ! ドサドサッ…
狩人「……」
>>ビクッ!
ガガッ…ガガッ…
狩人「…………退いたか。悪魔も恐怖を感じるようだ」
助手「大丈夫ですか!?」タッ
狩人「ああ、これくらいの傷なら何のことはないよ。それより、早く馬をーーー」
助手「腕を見せて下さい!!」グイッ
狩人「……」
助手「っ、酷い。取り敢えず、止血だけでもしておきましょう」スッ
グルグル…ギュッ…
助手「これでよし」
狩人「………ありがとう。助かるよ」
助手「いえ、僕にはこれくらいしか……魔術でも使えれば良かったのですが……」
狩人「君は」
助手「?」
狩人「君は、実に忙しい奴だな」
助手「はい?」
狩人「先程までは這い蹲って泣き叫んでいたのに、私の心配をしたり、落ち込んで見せたりする」
助手「泣き叫んではいないですよ……」
狩人「はははっ。それは済まなかったね。取り敢えず、荷物を拾って歩けるだけ歩こう」ザッ
助手「了解しました。何処かに身を隠せるような場所があればいいですけど……」
ザッザッザッ
狩人「(……あのような悪魔が現れるとはな。これ以上の面倒が起きなければいいが、そうもいかないのだろうな)」
【#7】心音
助手「馬は見付からなかったですね……」
狩人「荷物があっただけでも幸いだよ。
しかし、このまま進むのは危険だ。引き返したところを見ると、何処かに陣取っている可能性がある」
助手「では、引き返しますか?」
狩人「うむ、私の目的は勇者の捕縛であって悪魔討伐ではないからね。それに、馬がなければ先回りするのは困難だろう」
狩人「面倒だが少しばかり引き返して麓の森に入り、そのまま勇者を追う」
助手「了解しました。あの、狩人さん」
狩人「何かな?」
助手「先程の悪魔は新たに現れたのでしょうか?」
狩人「おそらくはそうだろう。この近辺に悪魔が現れたという報告はなかった。
出現が偶然なのか、それとも勇者を狙って現れたのか、それは分からないがね」
助手「……何だか、嫌な予感がしますね」
狩人「予感で終わるのを願うばかりだよ。さあ、頭を働かせるのは後にして、そろそろ行こうじゃないか」ザッ
助手「そ、そうですね。了解しました」
ザッザッザッ…
ーーー
ーー
ー
ザァァァ…
助手「(暗いな。木々のざわめきが不気味だ……)」
狩人「向こうに洞穴があるな。中を見てみよう」スタスタ
助手「(まるで怖がっていない。きっと魔物なんて敵じゃないんだろう。さっきも、全く動揺していなかった)」
狩人「何もいないようだ。今日は此処で休もう」
助手「了解しました」
狩人「では、洞穴の入り口にこれを撒いてきてくれ」
助手「(これは、聖水……)」
狩人「どうしたのかね? 何か問題が?」
助手「っ、いえ。問題はありません」
狩人「そうか。では、頼むよ」
助手「了解しました」
ザッザッ
助手「(何を躊躇っているんだ、僕は。今まで何度も使ったことがあるじゃないか)」
助手「(狩人さんだって言っていた。正しいかどうかじゃない、これは必要なことなんだ)」チャプン
助手「これが、命……」
助手「(こんな小瓶に詰め込んで、生きるために命を撒くのか。これに入っているのは誰なんだろうか。彼、彼女にも人生があって、家族だって)」
助手「……っ!!」
パシャパシャ ポタッ…ポタッ…
助手「(気が狂いそうになる。幾ら否定したって使わざるを得ないのは分かる。分かるさ。分かるけど………)」
助手「………っ、戻ろう」クルッ
ザッザッ
助手「戻りました」
狩人「どうした? 浮かない顔をしているが」
助手「いえ、何でもありません。ただ、悪魔なんて存在を見たのは初めてだったので」
狩人「そうか。では、今日はもう休むといい」
助手「あの、狩人さん」
狩人「何かな?」
助手「さっきはありがとうございました。軍にいたのに守ってもらうなんて情けない話ですけど」
狩人「礼など要らないよ。約束しただろう?」
助手「(何で、そんな涼しげな顔で……僕のことを足手まといだとか迷惑だとか思わないんだろうか)」
狩人「明日からは山に入る。決して私から離れるな。君は先程のようにしていればいい」
助手「えっと、それは這い蹲っていろってことですよね?」
狩人「そうだが、何か問題が? 他に何か出来るというなら話は別だが」
助手「(うっ、はっきり言う人だな。でも、変に気を遣われるよりはずっと良い)」チラッ
狩人「?」
助手「あの、何か役立てることはないですか?」
狩人「今のところは何もないな」ウン
助手「そ、そうですか……」
狩人「ははは。そう落ち込むな」
助手「(普通は落ち込みますよ)」
狩人「出来ないことは出来ないのだと受け入れることだ。無理に背伸びをする必要はないよ」
助手「……」
狩人「あまり考えるな。明日からは戦闘も増えるだろう。今は脳も体も休めることだ」
助手「了解しました。しかし、この調子で追い付けるのでしょうか? 僕はまだ歩けますよ?」
狩人「問題はないよ。あの悪魔が現れた時と同じくして、勇者も歩みを止めている。今もね」
助手「なら、今こそ追うべきでは?」
狩人「それでは君が保たないだろう?」
狩人「先はまだ長い。道々で君が倒れた場合、どの道止まらなければならなくなる」
狩人「君の実力を過小評価しているつもりはないが、過大評価するつもりもない。現段階の能力以上のものは期待しないよ」
助手「(一言一言がキツい……だけど、狩人さんの言う通りだ。僕は狩人さんのようには戦えない)」
狩人「質問は以上かな?」
助手「はい、以上です」
狩人「そうか。では、今日はもう休むといい」
狩人「ああ、それから、食料はそこの鞄に入っているから空腹なら食べるといい」
助手「分かりました。お休みなさい」
狩人「おやすみ」
助手「(狩人さんは横にもならないのか……このまま、お荷物でいるのは嫌だな)」ゴロン
助手「(何かを見込まれたようだけど、僕には何が出来るんだろうか……)」
ーーー
ーー
ー
助手「んっ…?」
助手「(いつの間にか寝ていたのか。あれ、狩人さんがいない。外かな)」ザッ
ザッザッ…
狩人「……」
助手「(どうしたんだろう?)」
狩人「何だ、もう目が覚めたのか。まだ夜は明けていないよ?」
助手「何だか目が冴えてしまって……狩人さんは眠らないのですか?」
狩人「一度は横になってみたのだが眠れなかった。私も目が冴えてしまってね」
助手「(意外だ。狩人さんも悩んだりするのだろうか)」
狩人「君には」
助手「?」
狩人「君には、私が冷酷非情に見えるか?」
助手「えっ、どうしたんですか急に……」
狩人「ある女性から、私のような人間には弱者の気持ちなど分からないと言われてね」
狩人「その女性からすると、私は強い人間なのだそうだ。君もそう思うか?」
助手「……そう思いたくなるほどに強い人だとは思います」
狩人「ふむ。成る程」
助手「その女性の言葉を気にしているのですか?」
狩人「気にしていると言うか、妙に耳に残っている。何故かは分からないが」
助手「……その女性を理解したいと、そう思ったのではないですか?」
狩人「そうだろうか?」
助手「え、いや、聞き返されても……」
狩人「ははは。そうだな、すまない」
助手「(悩んでいると言うよりは、悩む自分に戸惑っているように見える。気のせいだろうか)」
狩人「しかし、強者が弱者に寄り添うのは、弱者からすると嫌味なだけではないだろうか?」
助手「それはまあ、そういうこともあるかとは思います。人によるでしょうが」
狩人「そうだろう?」
狩人「誤解を生まないためにも、弱者には弱者として接した方が良いと思うのだが」
助手「それだと傲慢だとかって余計に誤解されるんじゃ……」
狩人「む、そうか、中々に難しいものだな」
助手「強くなりたくても強くなれない人もいます。弱者だって、そのままでいいとは思ってないんです」
狩人「そうなのか?」
助手「ええ、まあ……(自分で言ってて悲しくなってくる)」
狩人「強くなれないというのは、それほどに苦痛なのか? 諦められないほどに」
助手「弱い自分が恥ずかしいとか、認めたくないとか、色々ありますよ……」
助手「強い人の傍にいれば尚更にそう思うはずです。自分の弱さが浮き彫りになりますから」
狩人「……」
助手「(この表情は理解してなさそうだ)」
助手「(きっと止まったことがないのだろう。強くなろうとして、強くなれる人なのだろう)」
助手「(でも、あまりに鈍い気がする。他人と関わったことがないのだろうか?)」
狩人「君もか?」
助手「え? 何がですか?」
狩人「先程言っていたように、自分の弱さに苦しんだり、恥じたりするのか?」
助手「は、はい」
狩人「…………すまない。考えてはみたが何と声を掛けて良いのか分からない」
助手「い、いえ、大丈夫です。変に気を遣わなくてもいいですよ」
狩人「そうは言うが、君が不憫でならない」
助手「(言い方が……本人に馬鹿にしてるつもりはないのが余計につらい)」
狩人「……座って目を閉じたまえ」
助手「は?」
狩人「早く」
助手「わ、分かりました」ザッ
狩人「何か見えるかね?」
助手「いえ、何も……」
狩人「……」
助手「……」
狩人「今度はどうだ。何か見えるかね?」
助手「……ぼんやりとですが、体を光の粒のようなものが流れています」
狩人「私が見えるか?」
助手「薄らと見えますが、脚が見えません」
狩人「光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く」
助手「(粒を、流れを、全体に……)」
狩人「……」
助手「見えました」
狩人「宜しい。一度手を離すが、その状態を維持しろ。離したら、自分の手に集中したまえ」
助手「や、やってみます」
狩人「……」スッ
助手「……狩人さんが消えました」
狩人「自分の手は見えるかな?」
狩人「それでいい、君は正常だ」
助手「あの、これに何の意味がーーー」
狩人「両手を伸ばせ」
助手「は、はい」スッ
ギュッ…
助手「!?」
狩人「動揺するな、集中しろ。脈は感じるか?」
助手「……感じます」
狩人「流れを想像したまえ。君と私の血の巡りは両腕を通して繋がり、行き来する」
助手「(行き来する)」
狩人「呼吸は深く、血の流れに意識を集中させる。体を手放すように脱力する」
助手「……」
狩人「感覚は広げず、私にのみ集中しろ。感じるものだけを感じればいい」
助手「……はい」
狩人「……」
助手「……」
狩人「今度はどうだ。何か見えるかね?」
助手「……ぼんやりとですが、体を光の粒のようなものが流れています」
狩人「私が見えるか?」
助手「薄らとは見えますが、脚が見えません」
狩人「光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く」
助手「(粒を、流れを、全体に……)」
狩人「……」
助手「見えました」
狩人「宜しい。一度手を離すが、その状態を維持しろ。離したら、自分の手に集中したまえ」
助手「や、やってみます」
狩人「……」スッ
助手「……狩人さんが消えました」
狩人「自分の手は見えるかな?」
助手「手は見えます」
狩人「では、光の粒を操って私を捉えろ。私を描け」
助手「(急に難度が高く……でも、やってみよう。こんなところで失望させたくない)」
狩人「焦るな、徐々にでいい。私を描けるまで続けるのだ」
助手「り、了解しました」
助手「(線でなぞろうとすると途切れてしまうな。粒を貼り付けるような感覚の方が良さそうだ)」
助手「(段々と見えてきた。粒を通して音を感じる。これが狩人さんの言ってた音なのか?)」
狩人「……」
助手「(あまり起伏はないけど、落ち着く音色だ。魂にも性格が出るんだろうか)」
助手「(でも、何だか覗き見してるみたいで気が引けるな。これ以上は止めておこう)」
狩人「……」
助手「狩人さん、出来ましたよ?」
狩人「……」
助手「狩人さん?」パチッ
狩人「すぅ…すぅ…」
助手「寝てる。はぁ、待たせすぎたな」
狩人「………すぅ…すぅ…」
助手「(でも、何で急に……)」
狩人『……すまない。考えてはみたが何と声を掛けて良いのか分からない』
助手「(まさか、気を遣ってくれたのか?)」
狩人「……ん…」
助手「(理由なんてどうでもいいか。力になってくれたことは事実なんだ。素直に感謝しよう)」
助手「(しかし不思議だ。感覚的には魔術ではなさそうだし、一体どんな力なんだろうか……)」
【#8】迷い子
狩人「……?」
助手「(あ、起きた)」
狩人「……眠っていたのか」
助手「ええ、ほんの少しですけど」
狩人「そうか。まだ夜明け前のようだが、君はどうだ? 眠らなくてもいいのか?」
助手「はい、睡眠は充分です」
狩人「……ふむ」
助手「どうしますか?」
狩人「そうだな、少しばかり早いが食事を取ってから出発しよう。これ以上休む必要もない」
助手「了解しました」
助手「……」モグモグ
狩人「ところで、成功したのかね?」
助手「はい。時間は掛かりましたが何とか出来ました」
狩人「私はどう見えた」
助手「あの状態で見ると、粒の集合体のように感じました」
狩人「その他には何かを感じたかね?」
助手「音を感じました」
狩人「……そうか、それは良かったよ」
助手「あの、あれは何なのですか? あんな感覚は初めてです。魔術ではないですよね?」
狩人「ああ、魔術ではない。あれは元々、人間に備わっていたものだ。言わば、魂そのものの力」
狩人「遠い過去の人間は、日常生活の中で当たり前のように使っていたようだ」
助手「(魂そのもの……)」
狩人「理解を深めることで範囲は広がり、更に多くのものを見聞きすることが可能になる」
狩人「熟達すると、遠く離れた場所の出来事さえも手に取るように分かるという」
助手「あの」
狩人「何かな?」
助手「何故そんなに便利な力が失われてしまったんでしょうか?」
狩人「さあ、原因は私にも分からないよ」
狩人「魂が曇っただとか、肉体に囚われ続けた結果だとか、それらしい理由はあるがね」
助手「(そんなものを何処で知ったんだろう。というか、どうやって修得を……)」
狩人「何が原因であれ、閉ざすという意味では過去も現在も変わらない」
助手「それは、どういう意味ですか?」
狩人「結局、何も見たくはないのさ。目を逸らし続けた結果たのだと、私はそう思う」
狩人「もしかすると耐えきれないのかもしれないな。真実、或いは現実というものに」
助手「……」
狩人「そんな中で君のような存在は珍しいと言えるよ。未知を怖れながら、未知に踏み込もうする」
助手「……街の一件は未知ではなく、隠匿されていただけです」
狩人「ははは。確かにその通りだ。あれは世が、人が直隠しにしていただけに過ぎない」
狩人「しかし、施された目隠しを自らの手で外したのは君だけだ。誇っていいと思うが」
助手「そんな風には思えませんよ。探ったのは自分の意思ですが、先輩に誘導されたのも大きいです」
助手「結局あの夜の僕は、狩人さんの思惑に沿った行動をしたに過ぎないんですから……」
狩人「だから、君を助手にしたのだ」
助手「……」
狩人「何だ、踊るのは嫌いかね?」
助手「いえ、踊るだけなら問題はないです。ただ、踊らされるのが嫌いなだけで……」
狩人「ははは。では、次は気付かれないように踊らせてみせよう」
助手「勘弁して下さい……」
狩人「さて、冗談はこの辺にしてそろそろ出発しようか。食事が済んだかね?」
助手「あ、はい。もう大丈夫です」
狩人「そうか。では、早速出発しよう。君はそっちの荷物を頼む」
狩人「何度も言っているが私から離れるな。私に何があっても、何もするな。いいね?」
助手「……了解しました」
狩人「宜しい。では行こう」ザッ
助手「(まだ一日二日なのに、狩人さんの背中を追うことに慣れてきてる。情けない話だ……)」ザッ
ーーー
ーー
ー
カァー カァー
助手「っ、酷い臭いだ……」
狩人「魔物の死骸か、どれも損傷が激しいな」
助手「何か大きなもので叩き潰されたのでしょう。通常の刀剣ではこうはならない」
助手「狩人さん、向こうを見て下さい。死骸はこの先にも続いているようです」
狩人「ふむ。これは彼の仕業だろうな」
助手「……凄まじいですね。この数の魔物を相手にしながら進んでいるなんて」
狩人「確かに。これを見ると、単純に強いだけではないことがよく分かるよ」
助手「……捕らえるんですよね?」
狩人「何だ、不安なのかね?」
助手「不安というか、可能なのでしょうか? こんなに獰猛な人物を相手にするんですよ?」
狩人「ははは。獰猛か、そうかもしれないな」
助手「笑ってる場合じゃないですよ……」
狩人「そう怯えるな。私達に対しても『そうする』とは限らないのだからね」
助手「これを見た後だと、そうされるような気がしてなりませんよ。話が通じる人であることを切に願います」
狩人「それは私もだよ。話し合いで説得出来るのなら、それに越したことはない。さあ、進もう」ザッ
助手「了解しました」ザッ
グチャ…
助手「(っ、嫌な感触だ。飛び散った肉片か何かだろうか? 確かめる気にもならない)」
助手「(というか、人間にこんなことが可能なのか? 魔物の仕業ではないかと疑いたくなる)」
狩人「……勇者に動きはない。この調子で行けば追い着けるかもしれないな」
助手「あれから一歩も動いていないんですか?」
狩人「ああ、何か問題でも起きたのだろう。これ程に歩みを止めたことはなかったからね」
助手「問題……」
狩人「何はともあれ私に運が向いているのは確かだ。出来るだけ距離を縮めよう」
ザッザッザッ…
助手「山道が荒れていますね」
狩人「魔物が増えて山道を利用する者、山に立ち入る者自体も減った。その影響だろう」
助手「……また歩けるようになるといいですね。何かを怖れることなく、安全に」
狩人「時代は変わる。そしていずれ、魔物のことなど知らない世代が現れる」
助手「魔物のいない時代ですか……」
狩人「信じられないかね?」
助手「何とも言えないです。魔物が存在して当たり前ですから、消えるなんて想像出来ませんよ」
助手「でも、そうなったら世界は変わるでしょうね。きっと、今よりは穏やかになるはずです」
狩人「穏やかに、か」
助手「ええ、自然に囲まれて生活する。なんてのが当たり前になるんです」
助手「外で昼寝をしたり、子供達が山で遊んだり。今ならあり得ないことが、当たり前に……」チラッ
狩人「……」
助手「狩人さん?」
狩人「ん? ああ、そんな世界なら美しいだろうね」
助手「狩人さんにはないんですか? 世界がこうなったらとかーーー」
狩人「来い」グイッ
助手「うわっ!? 何をーーー」
どちゃっ…
助手「ひぃっ!? な、何ですかこれ?」
狩人「ぱっと見ただけでは分からないが、どうやら吹き飛ばされた頭部のようだな」
助手「空から降って来ましたよ!?」
狩人「説明なら幾らでもする。だから、まずは落ち着きたまえ」
助手「も、申し訳ありません……」
狩人「おそらく、この先で魔物と戦っている者がいる。魔物同士かも分からないがね」
助手「……どうしますか?」
狩人「此処まで登って来たのだ。今更引き返して別の道を探すわけにも行かないよ」
狩人「君の声で気付かれた可能性もある。逃げたところでどうにもならないだろう?」
助手「すみません……」
狩人「何、過ぎたことだ。気にするな。なるべく様子を窺いながら進もう」
助手「は、はい。了解しました」ザッ
ザッ…
助手「狩人さん、これは……」
狩人「ああ、昨日現れた悪魔のようだ」
助手「ということは、あの後に勇者を追って来たのでしょうか?」
狩人「かもしれないな」
狩人「ある程度の統率も取れていたようだ。ということは、指示を出す存在がいるのだろう」
助手「魔物に統率が? そんなはずーーー」
狩人「これまでの常識は捨てたまえ。君も見たはずだ。馬に乗り、武器を持った悪魔の隊列を」
助手「……」
狩人「奴等は私と交戦し、仲間がやられたと見るや即座に撤退した。それも見たはずだ」
狩人「悪魔を知性なき獣などと思うな」
狩人「軍で何を教えられたのか知らないが、それは誤った認識だ。あれは、人間の敵なのだ」
助手「人間の、敵……」
狩人「そう、敵だ。人間を誇るのは良い。ただ、侮るのは止めたまえ」
助手「っ、はい。了解しました」
狩人「宜しい。では、先に進もう」ザッ
助手「(怖ろしい存在だということは分かる。でも、魔物と何が違うんだ?)」
助手「(悪魔って一体何なんだ。何処にいて、何処から現れる? 何故今まで現れなかった?)」
狩人「止まれ。こっちに隠れるんだ」
助手「え? どうしたんでーーー」
ゴシャッ…メキャッ…
狩人「どうやら、あれのようだな」
助手「うっ…何なんですか、あれは」
ゴシャッ!
助手「(酷いな、死骸を潰しているのか? あんなに大きな武器を軽々と……)」
ゴシャッ…ビチャビチャ…
助手「(っ、まだやるつもりなのか。もう死んでいるのに、何故あそこまで執拗に叩き潰す必要がある)」
助手「(もう、全身が真っ黒だ……)」
助手「(あれはおそらく、日が経って返り血が固まった所為だろう。彼女はずっと、殺し続けていたのか……)」
ゴシャッ!
助手「(悪魔なのだと、そう言われた方がしっくりくる。それ程までに、あれは異様だ……)」
>>ビタッ
助手「(止まった。このままやり過ごして)」
ジャリッ…
助手「(こ、こっちに来る!!)」
狩人「……」ザッ
助手「(狩人さん!? 何でーーー)」
狩人「初めまして、私は狩人と申します。貴方は僧侶さんですね?」
【#9】対
僧侶「狩人……」
狩人「ええ、そうです。ところで、勇者さんの姿が見えませんが、彼は何処に?」
僧侶「あの人を、追ってきたのですね」
狩人「その通りです」
助手「(狩人さん!? 何故素直に言ってしまうのですか!?)」
僧侶「貴方の目的は何です?」
狩人「勇者を捕らえよとの命を受けましてね。街で彼が何をしたのか、それは御存知のことだろう」
僧侶「何に属する誰にですか」
狩人「国そのものに」
僧侶「命じられたのは貴方だけですか」
狩人「ええ、そうです。私のような存在はそうそういないのでね」
僧侶「……そうでしょうね」
狩人「私から手荒な真似はしないと約束します。会わせては頂けませんか?」
僧侶「それは出来ません」
狩人「……質問を変えましょう。貴方は何故此処に? 下山していたのには何か理由があるのでは?」
僧侶「言いたくないです」
狩人「彼を渡せば、貴方だけは助けますよ?」
僧侶「私だけでは意味がないですよ。あの人の傍には、沢山の人間がいますから」
狩人「成る程。人間ですか」
僧侶「はい、人間です。この世の何処にも居場所のない、居場所を奪われた人間です」
狩人「あくまで彼を信じると? 人間の敵となると、そういうのかね?」
僧侶「本当の人間は、人間の命を食べたりはしません。命を奪って命を救うなんてこともしない」
狩人「そうしなければならないということは知っているはずだ」
僧侶「貴方は受け入れたんですね……」
狩人「現実を受け入れただけだ。他に道はない」
僧侶「他に道がないとしても、あんな方法を受け入れることは、私には出来ません」
狩人「彼の影響か、困ったものだな」
僧侶「私はこれで良かったと思っています。後悔はしていません」
狩人「彼によって希望を奪われた人々はどうする? 遺族達は、これからどう生きればいいと言うのかね」
狩人「人の世の平和。それが目的であることを何故理解しない? 全ては未来の為だというのに」
僧侶「居場所を失い、国に裏切られ、目の前で家族の命を奪われた人々は、これからどうするのです?」
僧侶「あの小さな瓶に詰めて、いなかったことにするのですか? 全てを過去に置き去りにして」
狩人「……」
僧侶「……」
狩人「貴方の考えは分かった。否定はしない。肯定もしない。ただ、非常に残念だ」
僧侶「それで構いません。貴方は、あの人を捕らえてどうするつもりですか?」
狩人「勇者は人間の為に戦う存在だ。人間には勇者が必要なのだよ。勇者がね」
僧侶「……そのまま立ち去ってはくれませんか。私にもやらなければならないことがあるのです」
狩人「彼を捕らえたら速やかに立ち去るよ」
僧侶「そうですか……」ズシッ
狩人「僧侶が金砕棒を振るうとは世も末だな。とてもじゃないが聖職者には見えないよ」ジャキッ
僧侶「これでいいんです」
僧侶「悪魔に教えは説けませんから……それに、祈るだけでは誰も救えない」
狩人「ははは。私は悪魔かね?」
僧侶「どうでしょう。あの人なら、そう言うかもしれません」
狩人「戦いに馴れていないのだろう? 無理はしない方がいいと思うが」
僧侶「いえ、戦います。あの人なら、きっと戦いますから」ダッ
狩人「(踏み込みは早い)」
僧侶「んっ!!」
ブォンッ!
狩人「(振りも早い。風の補助か)」トンッ
僧侶「……」グルン
ブォンッ!
狩人「(付け入る隙はあるが、その割に次が早いな。あの圧力と攻撃速度は脅威的だ)」
狩人「(うっかり飛び込めば一瞬でやられるだろう。急ぐ必要はない。疲弊するのを待つか)」スタッ
僧侶「……」ジャキッ
狩人「背中に金砕棒、腰に剣を四つ。そんなに武器を持っていて大丈夫かね?」
僧侶「もう慣れました」ザクッ
狩人「(地面に剣を……)」
ピキピキッ…バキンッ! ザクザクッ…
狩人「成る程、剣を杖代わりに……器用なものだな」ボタボタッ
助手「狩人さんっ!!」
狩人「何故来た。動くなと、何度も言ったはずだが」
助手「それ以上は無茶ですよ!! 腕の傷だって癒えていないんです!! もうやめましょう!?」
狩人「煩いよ」
助手「しかしーーー」
狩人「分かった、分かったよ。だから、耳許で叫ぶのは止してくれ……」
助手「っ、僧侶さん、この氷を消して下さい。このままでは狩人さんが死んでしまう」
助手「もう決着は付きました。早く消して下さい、お願いだから……」
僧侶「その人は、貴方が思っているような人間ではありませんよ……」
助手「何をーーー」
ミシッ…ガシャッ!
狩人「助手にあれこれ言うのは止めてくれないか。さあ、君は下がっていろ」ダンッ
助手「(じ、自力で砕いたのか!? それに、腕の傷が消えて……)」
ガギャッ…
僧侶「っ!!」
狩人「騙していたわけでも隠していたわけでもない。ただ、口で説明するより見せた方が早いと言うだけの話だ」ガチッ
僧侶「(っ、武器の形状が変わっーーー)」
ヒュパッ…ブシュッ!
僧侶「うっ…あぅ…」ボタボタッ
狩人「悪く思わないでくれたまえ。生まれながらにこういう体質なのだよ」
僧侶「はぁっ…はぁっ…」ジャキッ
狩人「魔術か。二度は使わせない」
ギャリッ…ガランッ…
僧侶「(やっぱり敵わない。でも、諦めちゃ駄目だ。あの人の所へは絶対に行かせない)」
狩人「さて、どうするね」
僧侶「(何か、何か方法を考えないと。でも、どうしたら………!?)」ダッ
助手「!?」
僧侶「伏せて下さい!! 早く!!」
助手「!!」バッ
ゴシャッ!
僧侶「(痛っ…腕が……)」ボタボタッ
助手「(は、背後に悪魔が迫っていたのか……じゃあ、彼女は僕を守るために……)」
僧侶「っ、あっ……」ドサッ
狩人「……」
助手「狩人さん、彼女はーーー」
狩人「ああ、分かっているとも。さあ、早く治療箱を出したまえ」
助手「は、はいっ!!」
狩人「(遂に勇者は現れなかったか。彼の性格からして、彼女に任せるような真似はしないはずだ。
彼女の様子を見ても、彼の身に何かが起きたのは確実と言えるだろう)」
【#10】欺き
助手「眠っているみたいです」
狩人「睡眠を取っていない上に、慣れない戦闘での疲労が蓄積していたのだろう」
狩人「傷よりも、そちらの方が大きい。私と戦わずともいずれはこうなっていた」
助手「しかし、こんなになるまで戦うなんて……」
狩人「守ろうとしていたのかもしれないな」
助手「勇者は動けない状態にあると?」
狩人「私はそう考えている」
助手「だとしたら単独行動をする意味が分かりません。彼女は魔術を使えます。勇者が傷を負ったのなら既に治療しているはずでは?」
狩人「何か理由があるのだろう。魔を憎む彼が、彼女一人に悪魔を任せるとは考えられない」
狩人「何せ、龍に一人で挑むような人物だ。動けるのなら彼自身が戦っているはずだ」
助手「龍に、一人で……」
狩人「彼の根底にあるのは私怨なのだよ。それが戦う理由であり、生きる目的でもある」
狩人「それ故に強い。強いが、その場の感情に流されやすい。非常に厄介な人物と言える」
助手「私怨とはどういうことですか?」
狩人「彼は野盗によって故郷と家族を失った。育ての親は龍との戦いで命を落としたそうだ」
狩人「全ては分からないが、それらの出来事が多大な影響を及ぼしたのは確かだろう」
助手「復讐……」
狩人「そう単純であれば良かったのだが、中々に複雑なようだ」
狩人「復讐心や憎悪が龍にのみ向いていれば問題はない。しかし彼は、それを人間にさえ向ける」
助手「それは、地下施設でのことですね」
狩人「街で見た騎士の手記や調査書類によると、他にもあるようだ。人として問題が多い」
助手「……疑問を持たず、悪魔や魔物を倒すことにのみ尽力すべきだと、そういうことですか」
狩人「勇者であるならそう在るべきだ」
狩人「勇者は人類へ奉仕し、存続させるべく戦う存在。感情に任せた行いは愚か者のそれだ」
助手「……」
狩人「彼の行いは人間の行く末に直結する」
狩人「これは決して大袈裟な表現ではない。彼は自分が何者なのかを自覚するべきだった」
助手「(狩人さんの言うことは分かる)」
助手「(確かに彼は国のやり方に背き、罪を犯した。その行いは間違っている)」
助手「(でも、人間を存続させようとする国の方法そのものも間違っている。だから勇者は戦った)」
助手「(勇者はその方法を否定したんだ。そこは理解出来る。しかし、他に方法がない以上は納得出来なくても受け入れるしかーーー)」
僧侶「……ん…」
狩人「目が覚めたようだね」
僧侶「……」
狩人「そう睨まないでくれないか」
僧侶「私をどうするつもりですか」
狩人「何もしないよ。私から危害を加えるつもりはないと言ったはずだ」
狩人「第一、襲い掛かって来たのは貴方だ。私は身を守ったに過ぎない。違うかな?」
僧侶「……」
狩人「(随分と嫌われたものだ。こうも警戒されていては何も聞き出せそうにない)」
狩人「(彼女が人質として役に立つかどうかだけでも知りたかったが仕方がない。まだ距離はあるが、勇者の下へ向かった方が早そうだ)」
助手「あの、僧侶さん」
僧侶「……何です」
助手「勇者に何が? 貴方は何の為に山を下りていたのですか?」
僧侶「話したくありません」
助手「っ、我々を信用出来ないのは分かります」
助手「しかし、このままでは何も進展しない。それは貴方だって分かっているはずだ」
僧侶「……」
助手「っ、貴方はやるべきことがあると言っていた!! それは勇者に関わることではないんですか!?」
僧侶「……っ」キュッ
助手「僧侶さん」
僧侶「…………あの人は死の際にいます」
狩人「何?」
僧侶「昨日、悪魔が放ったと思われる矢から私を庇って倒れました」
助手「思われる? それは一体……」
僧侶「感知出来ない場所から放ったのだと思います。私には引き抜くことも破壊することも出来ませんでした」
狩人「それだけで死ぬとは思えないが」
僧侶「刺さった矢が胸に向かって徐々に動いているんです。あの矢は、魔力の塊のようでした」
僧侶「これは推測でしかないですけれど、矢を放った術者を倒す以外に取り除く方法はないのだと思います」
狩人「(成る程、山を下りていたのはその為か。動けないのは好都合だと思っていたが厄介なことになってしまったな)」
僧侶「疑うのなら確かめてみて下さい」
狩人「それは此方で判断する。彼の猶予は」
僧侶「進行は遅らせましたが、持って二日程度かと思います」
狩人「(未だ、勇者に動きはない。彼女の言動からして、これは陽動や囮ではないだろう)」
狩人「(今すぐに捕らえても二日では無理だ。彼に宿った力が消えてしまえば、人間は勇者を失ってしまう)」
僧侶「(この人の狙いが私の思っている通りなら、あの人を救える。そうでなかったら、戦うしかない。次は確実にーーー)」
狩人「位置は分かるのかね?」
僧侶「山の北東です。後を追ってきた悪魔もそこから来ています」
助手「僧侶さん、それ程に強力な矢を放てるのなら、何故もう一度仕掛けて来ないんでしょうか?」
僧侶「放たないのではなく、放てないのだと思います。追っ手を差し向けたのはその為でしょう」
助手「差し向けたということは」
狩人「組織されているということに間違いないだろう。策を用い、勇者を抹殺しようとしたのだ」
助手「悪魔が、軍を……」
狩人「数は分からないが、どうやらそのようだ。何せよ、排除する他に道はなさそうだ」
助手「わ、我々だけでですか!?」
狩人「勇者を失うわけにはいかないだろう?」
助手「それは分かります。しかし、こういう場合は援軍を呼んだ方がーーー」
狩人「編成から出発までにどれだけ掛かる?」
狩人「二日以内に片が付くなら今すぐにでも伝えに行くが、軍はそう簡単に動かない。それは君にも分かるだろう」
助手「それは……」
僧侶「……」
狩人「(それに、彼女をこれ以上刺激するのは避けたい。私が何かを企んでいると思えば何をするか分からない)」
狩人「(平静を装ってはいるが精神肉体共に危うい状態だ。この類の眼をした人間は、何でもする)」
助手「しかし、追って来たであろう悪魔だけ見ても相当な数です。何か策をーーー」
僧侶「大丈夫ですよ」ポツリ
助手「え?」
僧侶「大丈夫です。数は減らしましたから」
助手「(っ、悪魔を叩き潰していた時と同じだ。この目は何だ、彼女は正気なのか?)」
僧侶「それで、貴方はどうするんですか?」
狩人「そう怖い顔をしないでくれないか。勇者を失って困るのは私も同じだ。貴方に協力しよう」ニコ
僧侶「そうですか、それは助かります。では急ぎましょう。あの人も、皆も待っていますから」ニコリ
【#11】二人と、一人
助手「僧侶さん、一つ聞きたいことが」
僧侶「何です?」
助手「先ほど、皆と言っていました。その『皆』というのは?」
僧侶「街の地下施設に囚われていた方々です」
助手「じ、じゃあ、街を出てから此処まで難民と一緒に!? あの数の魔物から守りながら!?」
僧侶「ええ、勿論です。安全な場所に届けると約束しましたから」
助手「安全な場所……」
僧侶「東にあるということしか分からないですけど、そこを目指しています。おかしいですか?」
助手「決してそんなことはありません。難民を送り届けるというのは僧侶さんが?」
僧侶「いえ、それはあの人が決めました。助けたからには最後までやるって、そう言って……」
助手「(狩人さんから聞いた人物像とはまるで違う。復讐に囚われた人間の行動とは思えない)」
助手「(彼は何を思って彼等を導く? これも感情に任せた行動に過ぎないのか?)」
僧侶「質問は以上ですか?」
助手「は、はい。時間を取らせて申し訳ありません」
僧侶「いえ。では、行きましょう」ザッ
助手「(落ち着いているように見えるけど、どこか不気味な感じがする。本当に大丈夫なのか?)」
ザッザッザッ
僧侶「……」
巫女『お姉ちゃん、本当に行くの?』
僧侶『うん。追っ手が沢山来てる。此処に辿り着かれる前に倒さないといけない』
巫女『……』
僧侶『大丈夫。この結界には常に私の法力が供給されてる。魔物は近付けないよ』
巫女『でも、それだとお姉ちゃんが……』
僧侶『私は平気。食料は置いていくから、皆と相談して食べてね?』
巫女『うん……』
僧侶『……なるべく早く終わらせるから。だから、待ってて』
ナデナデ
巫女『皆で、お姉ちゃんの帰りを待ってるから』
僧侶『うん。それじゃあ、行って来るね?』ザッ
巫女『待って!!』
僧侶『?』
巫女『何があっても自分を見失わないで。お兄ちゃんには、お姉ちゃんがいないとダメだから』
僧侶『分かった。何があってもやり遂げる。必ず帰ってくる。ねえ、巫女ちゃん』
巫女『なあに?』
僧侶『終わったら話して欲しい。貴方が知っていること、抱えていること。貴方の本当のことを』
巫女『……』
僧侶『隠しているわけじゃないのは分かるんだよ? でも、そのままだと苦しくなるんじゃないかって思う』
僧侶『自分で答えが見付からない時は、誰かを頼った方がいい。そうしないと、もっともっと分からなくなっちゃうから』
巫女『本当のことを話しても怒らない?』
僧侶『怒らないよ。約束する。だから、いつかは話して?』ニコリ
巫女『……わかった。わたしも約束する』
僧侶『うん、約束。それじゃあ、行って来ます』
巫女『いってらっしゃい!』
僧侶「(皆、大丈夫かな……)」
助手「僧侶さん、待って下さい」
僧侶「何です?」
助手「お気持ちは察しますが少し休んだ方が良いですよ。あれから何も話し合っていませんし、これでは連携は取れない」
僧侶「私は平気です。戦闘については素人なので、何を話しても上手く行くとは思えません」
狩人「いや、待ってくれ。そのことについて、私からも話がある。聞いてくれないか」
僧侶「……何でしょう」
狩人「まず一つ。顔を洗いたまえ。面と向かって言うのは気が引けるが少々気味が悪い。助手も怯えている」
助手「えっ!? いや、僕は何もーーー」
パシャパシャ…
僧侶「これでいいですか?」
狩人「ああ、これで話しやすくなった。次に戦闘についてだが、助手」
助手「はい、何でしょうか?」
狩人「君は森に残れ。聖水は渡しておく、我々が戻るまでは身を隠しておけ」
狩人「おそらく、敵は強大な魔力を持っている。君を守りながら戦う余裕はないだろう」
助手「し、しかし」
狩人「安心したまえ。君が逃げ出すなどとは思っていないよ」
助手「そういうことじゃないです!! 二人に何かがあったらどうするんですか!?」
狩人「確かに、それもそうだな。だが、我々に何かがあった場合、君に何が出来るのかね?」
助手「それは……」
狩人「戦力にならない者を駆り出し、むざむざ死なせるわけにはいかないよ」
狩人「言っておくが、これは決して君を馬鹿にしているわけではない。分かってくれ」
助手「っ、了解、しました」
狩人「宜しい」
僧侶「何故ですか?」
狩人「何故、とは?」
僧侶「助手さんの背後に悪魔が迫っていた時は、助けようとすらしなかったのに」
助手「えっ?」
狩人「貴方が人間を助けるかどうか確かめる為だ。貴方が動かなければ、私がやっていた」
僧侶「それが貴方のやり方なんですね」
狩人「状況に応じた行動をしたまでだ」
僧侶「そうですか、それならそれで構いません。私も確かめたかっただけです。貴方がどういう人なのかを」
狩人「……」
僧侶「助手さん、ごめんなさい」ペコッ
助手「えっ?」
僧侶「意地悪するつもりで聞いたわけではないんです。ただ、どういう意図があったのか知りたくて……」
助手「え、ええ、分かっています。自分は大丈夫ですから」
僧侶「言いたいことがあるなら言った方が良いですよ? どんなに思っていても、伝えなければ届きませんから」
助手「何で、そこまで……」
僧侶「だって、一緒にいる人のことが分からないのってつらいでしょう?」
僧侶「自分の方が弱くても、役に立てなくても、その人を心配する気持ちは本当でしょう?」
助手「……」
僧侶「狩人さんも、一緒にいる人は大事にしないと駄目です。一人って、とっても寂しいですから」
狩人「……」
僧侶「……私は、この先で待っています」ザッ
ザッザッザッ
狩人「(まるで自分のことのようだな。それだけ勇者を信頼しているのか、それとも……)」
助手「狩人さん」
狩人「何かな?」
助手「彼女はとても不安定です。失うことに対して非常に敏感になっているように見えます」
狩人「分かっている。君を囮のように使ったことに憤慨しているようだったからね」
助手「僕は構いません。ただ、彼女に対しては慎重に行動して下さい。発言もです」
狩人「了解したよ。ただ、誤解はしないで欲しい。君の命を軽んじたつもりはない」
助手「必要なことだったのなら仕方ありませんよ。僕は平気です」
狩人「それは本当か?」
助手「本当です。自分で言うのも何ですけど、確かめる為には必要な判断だと思っています」
狩人「ふむ、そうか。しかし、待っていろと言った時は寂しそうな顔をしていたようだが」
助手「それは自分が不甲斐ないと思っただけです。狩人さんの判断に不満はないです」
狩人「本当か? 一人で寂しくはないか?」
助手「僕は兵士だったんですよ? それくらい大丈夫です。大体、子供じゃないんですから寂しいだなんてーーー」
狩人「戻ったら抱き締めてあげよう」
助手「狩人さん、こんな時にからかわないで下さい……」
狩人「ははは。悪かったね。そう膨れるな。すぐに戻ってくるさ」
助手「(あくまで僕が寂しいことにしたいのか……)」
狩人「聖水は此処に置いていく。撒くのを忘れるな」
助手「了解しました。狩人さんの無事を祈ります」
狩人「……」
助手「彼女のことを守ってあげて下さい。彼女自身も言っていましたが戦闘に関しては素人です」
助手「信頼を得るのは非常に難しいでしょうが敵対は避けるべきです。彼女だって、それを望んではいないはずですから」
狩人「……」
助手「狩人さん?」
狩人「いや、なんでもない。では、行ってくるよ」
助手「了解しました。お気を付けて」
狩人「……」ザッ
狩人「(何か妙だな。こんな感覚は初めてだ。見送りなど鬱陶しいだけだとばかり思っていたが、不思議と悪い気がしない)」
僧侶『一緒にいる人は大事にしないと駄目です。一人って、とっても寂しいですから』
狩人「(勇者に縋っているわけではない。依存心から来ているわけでもないようだ)」
助手『狩人さんの無事を祈ります』
狩人「(助手の、私に対する感情とは違う。何が彼女を動かす? 勇者に何を思う?)」
ザッ…
僧侶「……」クルッ
狩人「……」
サァァァァァ…
僧侶「……助手さんと、お話は出来ましたか?」
狩人「ああ、待たせて済まなかった」
僧侶「いえ。では、参りましょう」ザッ
狩人「(確かに彼女は不安定だ。不安定だが、確かな何かがある。魂の音が、そう告げている)」
【#12】進軍
狩人「ところで、僧侶さん」
僧侶「?」
狩人「貴方は相手が何であるのか理解しているのかね?」
僧侶「ええ。あの矢を見た……いえ、感じ取った時に分かりました。おそらく、羅刹王と呼ばれる者です」
狩人「その者の姿は敵には見えず、魔術による攻撃を最も得意としたが、矢の雨をも降らせた。だったかな?」
僧侶「知っているのですか?」
狩人「伝承の中でも有名な存在だからね」
狩人「矢の雨は降らなかったようだが、貴方の話を聞いた時にそうではないかと思った」
狩人「貴方は感知に優れている。感知出来ない距離から矢を放ったとなれば、悪魔の中でも高位の存在に違いない」
僧侶「そのことは、助手さんに話したのですか?」
狩人「話していないよ。不安を煽るだけだ。羅刹王などと言ったところで助手には伝わらないだろう」
僧侶「……そうですね」
狩人「貴方は伝えたのか? 貴方を待つ人々に」
僧侶「いえ、話していません。余計に怖がらせてしまうだけですから……」
狩人「それは賢明な判断だ」
狩人「しかし敵の数、力量を知りながら、それでも戦いを挑むのは無謀だと思わなかったのかね?」
僧侶「無謀だろうと何だろうと、それしかないのなら戦います。逃げるわけには行きません」
狩人「貴方には似合わない台詞だな。それも彼の影響か?」
僧侶「そうかもしれません。あの人と歩いて、生きるには戦うしかないと知りました」
狩人「良くも悪くも、彼は刺激が強すぎるようだな。貴方には他の道もあったはずだ」
僧侶「ええ、無知なままでいることも出来ました。逃げ出すことも出来たでしょう」
僧侶「でも、そうすることはなかった。寧ろ、これまでの自分に疑問を抱くようになりました」
狩人「それで選んだのが、今か」
僧侶「選んだと言えるのかは分かりません。私はただ、あの人の背中を見ていただけです」
僧侶「龍に焼かれ、過去を穢され、魂に傷を負っても、あの人は戦った。その姿を、私はずっと見ていました」
狩人「……」
僧侶「何が今を選ばせたのかは分かりません。ただ一つだけ確かなことは、あの人が何かを与えてくれたということです」ギュッ
狩人「(連環の腕輪。森を出る前も何度か触れていたな。癖か、まじないの類か……)」
僧侶「貴方にはいますか?」
狩人「何がかな?」
僧侶「今を与えてくれた人です」
狩人「そんな人間はいないよ。何が影響しようと最後は自分で決めるのだ。必要とは思えない」
僧侶「必要としないのは、必要とされる人だから?」
狩人「貴方は中々に鋭いな。その通りだよ。今は必要とされている。多くの人からね」
僧侶「苦しくはないのですか?」
狩人「苦しみなどない」
僧侶「そんなはずはないでしょう。だって、貴方の体は……」
狩人「貴方には分かるのか。そんな人間と出会ったのは初めてだよ」
僧侶「貴方にだって、他の道はあったはずです」
狩人「はははっ。そんなことを言われたのも初めてだ。だが、私には道を探す時間などない」
狩人「どれだけ長い時間があったとしても、これ以外の道を選ぶつもりはない。歩くつもりもない」
僧侶「……貴方の道とは何ですか」
狩人「道を歩くつもりはないと言っただろう。私は土を耕し、道を作らなければならない。進化の道を」
僧侶「(……進化)」
狩人「異物で溢れた世界で、この先も人が生きて行くには、進化するしかない。私はその為にいる」
僧侶「その進化に、あの人の力が必要なのですか」
狩人「さあ、どうだろうね。私も全てを話すわけにはいかないよ」
僧侶「(読めない。油断はしていないけど、もっともっと用心しなきゃダメだ)」
狩人「……そろそろ来そうだ。何かに魔力を割いているようだが問題はあるかね?」
僧侶「(やはり気付いていた)いえ、問題はありません」
狩人「結構。では、貴方には後方支援を頼む。奴等が現れたら氷で足を止めてくれ」
狩人「私は砕きながら前に出る。その後に続いて欲しい。指示は私が出す。了解か?」
僧侶「分かりました」
狩人「貴方の魔術に頼ることになるが、魔力の心配はしなくとも良いんだね?」
僧侶「大丈夫です。倒せるのなら何でもします」
狩人「……そうか、いいだろう。私も全力を尽くそうじゃないか」
ガガッ ガガッ
僧侶「……」ジャキッ
狩人「来たか……」ガチッ
僧侶「(今だけは信用出来る。後のことは考えるな。一刻も早く、あの人を助けるんだ)」
狩人「流石に数が多いな。先は長そうだ」
僧侶「……」ギュッ
狩人「動きが遅れたら終いだ。魔術は可能な限り広範囲に放て、一匹も通すな」
僧侶「分かっています」スッ
狩人「待て」
ガガッ! ガガッ!
狩人「……今だ」
僧侶「(凍て付け)」ザクッ
ピキピキッ…バキンッ!
狩人「行くぞ。一気に駆け抜ける」
狩人「(範囲、威力共に凄まじい。あの時の比ではない。彼女も本気と言うわけか)」ダッ
ズパンッ! ドサドサッ…
僧侶「(凄い。あんなに大きな鎌を自在に操っている。やっぱり、あの時は手を抜いていたんだ)」ジャキッ
バキンッ! ガシャンッ…
狩人「(見れば見るほど素晴らしいな。魔力が尽きる様子もない。このまま押し切る)」ダンッ
ヒュパッ! ゴロンッ…
狩人「(順調だが、そう簡単には行かないか。ん? 何だ、この影………っ、まさかーーー)」
ドドドドッ…
【#13】霧散
狩人「(この影は……っ!!)」ガシッ
狩人「(死体に鞭打つようだが、これで防ぐ他に方法はない。全ての矢は防げないだろうが仕方がない。しかし彼女がーーー)」
ズズンッ!
狩人「これは……」
ドドドドッ! パラパラッ…
狩人「(岩の壁。いや、頭上も覆われている。あの一瞬で創り出したというのか)」
僧侶「……無事ですか?」
狩人「ああ。済まないな、指示は私がするなどと言っておきながら助けられてしまった」
僧侶「借りを作るのは嫌いですか?」
狩人「ははは。まあ、好きではない。しかし、ここまで術の発動が速いとは思わなかったよ」
僧侶「何度か戦っているうちに慣れたんだと思います。何とか間に合って良かった……」
狩人「(たかが数回の戦いで? 才能があるのは確かだろうが、その成長速度は異常だ)」
僧侶「あの、何か?」
狩人「いや、何故最初から矢を放たなかったのかと思ってね」
僧侶「私もそう思います。初めからこの攻撃を仕掛けていれば、私とあの人を殺せたかもしれない」
僧侶「先に放った矢と比較すると精密さと威力は数段落ちますけど、そこは範囲の広さで補える」
狩人「確かに、これは貴方が話していた矢ではないようだな。これには動く気配はない」
僧侶「おそらく、矢に込めた魔力の質が違うのだと思います」
狩人「では、少なくとも二種類の矢を放てると言うわけか。他にもあると厄介だが、何らかの欠点はありそうだな」
狩人「連射が出来ない。または矢の性質で飛距離が異なる。今はそれくらいしか思い浮かばないがね」
僧侶「(理解が早い。きっと魔術に詳しいんだ)」
僧侶「(この人にはあまり手の内を見せたくはないけど、そんな戦い方だと敵に通用しない……)」
狩人「どうしたのかね?」
僧侶「いえ、何でも。このまま前進しましょう」
僧侶「あの人に刺さった矢でなければ防ぐのは難しくはありません。何度でも防ぎます」
狩人「そうか、では行こう。今の攻撃で我々を取り囲んでいた敵は全滅したようだ」
僧侶「……最初から、こうするつもりで兵を向かわせたんでしょうか?」
狩人「恐らくね。我々の足を縫い止め、今の攻撃で片を付けるつもりだったのだろう」
僧侶「これ程の力を持ちながら、何故こんな無茶な攻撃を? 敵は私達だけなのに……」
狩人「ふむ、それもそうだな……」
僧侶「(犠牲を払わないと成立しない魔術? 犠牲祭? でも、そんな効率の悪い魔術を使うとは思えない)」
狩人「これは憶測でしかないが、単純に近付かれたくないのかもしれない」
僧侶「近接戦闘が不得手?」
狩人「断定は出来ない。秀でた遠距離攻撃で終わらせたかっただけとも考えられる」
狩人「だが、そうなると兵を巻き添えにしてまで矢を放った意味が分からないな。道具としか思っていないのなら別だが」
僧侶「なるほど……でも、これ以上は考えても分かりませんね。私達には、近付いて倒すしか方法はありません」
狩人「そうだね。では、行こうか」ザッ
僧侶「はい」
ーーー
ーー
ー
狩人「後続は来ないようだ」
僧侶「今のところは攻撃してくる気配もないです。強い魔力と、存在は感じますけど……」
狩人「見ているのかもしれないな」
僧侶「慎重なのでしょうか?」
狩人「だとしたら厄介だ。必死に攻撃を仕掛けてくる方が楽だったよ」
僧侶「印象とは異なりますね。文献には、傲慢で己の力に絶対の自信を持っているとありました」
狩人「神、悪魔に負けないとも記されていた。他にも、人間にしか倒すことは出来ないとあった」
僧侶「だからこそ慎重になっているのかもしれないですね。それが事実なら、ですけれど……」
狩人「いつかも分からない遠い過去だ。我々が見極めるしかないだろう」
僧侶「(お互い、羅刹王の名は知っている。知識だってある。それなのに何も見えてこない)」
僧侶「(もし、文献に記されていたことと違っていたら……っ、弱気になっちゃダメだ)」
僧侶「(存在する以上、必ず倒せる。どんなに強い力を持っていても、死は避けられない)」
ザッザッザッ…
狩人「砦跡が見えてきたな。奴はあの中か」
僧侶「そのようです。凄まじい量の魔力が砦を覆っています」
狩人「まるで濃霧だな。敵に姿が見えないという伝承の正体はあれか」
僧侶「そうだと思います」
僧侶「本来なら内側で魔力を練って放出しますが、羅刹王は放出した魔力を操作する」
狩人「つまり、奴の腹の中というわけだ。放出した魔力で場所の特定を困難にしている上に、砦内の何処からでも魔術を行使出来る」
僧侶「ええ。相手には一切攻撃させず、一方的に攻撃し続ける。正に理想の形です」
狩人「策はあるのかね? 私が魔術を使用出来ない以上、貴方に頼る他にない」
僧侶「策はあります。ただ、貴方には傷を負って貰わなければなりません」
狩人「……ふむ。話してくれ」
僧侶「まず貴方一人で砦の中に入り、私は魔術範囲外から砦を覆う魔力の霧を消します」
僧侶「その時間は短いでしょうけど魔術を封じられる。隙を作り出すことは出来ます」
狩人「何をするつもりか知らないが、一度で決めなければ終わりだ。次の手はない」
僧侶「ですが、他に方法はありません」
狩人「それは分かる。二人で砦に入って四苦八苦するよりは良いだろう」
狩人「だが、私ではなく貴方に向かった場合はどうする? そうなっては意味がない」
僧侶「貴方には魔力の感知以外に、魂を感知する力がある。だから、あの人の居場所が分かった」
狩人「(……彼女にも聞こえるのか? それとも、知っているだけなのか)」
僧侶「中に入ったら、すぐに羅刹王に向かって下さい。そうすれば、敵は動かざるを得ない」
狩人「中に入ったら注意を引き、貴方が霧を晴らすまでは傷を負い続けろと言うのか?」
僧侶「はい。それは貴方にしか出来ません。魂を感知することが出来る、貴方にしか……」
狩人「傷を負うのは構わないが、あれは貴方の魔力ではない。消すことなど可能なのかね」
僧侶「完全には難しいですが、あの霧の中に私の魔力を混入させることで、一時的に妨害することは出来ます」
狩人「理屈は分かるが、それにはどれだけの魔力を必要とするのか理解しているのか?」
僧侶「難しいけど、やってみせます。絶対に……」ギュッ
狩人「(私に言っているのか、勇者に誓っているのか。本気なのは分かるが、どうしたものか)」
僧侶「……信じてはくれませんか?」
狩人「一つ、拭いきれないものがある」
僧侶「何です?」
狩人「貴方が一人で羅刹王と戦って勝利出来るか否か、それは一先ず置いておこう」
狩人「ただ、この機に乗じて私を亡き者にしようとしている可能性は否定出来ない。そこで」
僧侶「……」
狩人「貴方が裏切らないという確約が欲しい。この戦いが終わるまで信用出来る証がね」
僧侶「(っ、やっぱり)」
僧侶「(でも、疑って当然だ。立場が逆なら私だって疑っている。だけど、証なんてーーー)」
シャラ…サラサラ…
僧侶「……」ギュッ
勇者『それより見ろ、個人的に凄え気に入った腕輪があるんだ』
僧侶『銀の鎖がさらさらしてて不思議な感じがします。どうやって造ったんだろう?』
僧侶「(嫌だ。だって、これは……)」
勇者『気に入ったんだろ?』
僧侶『それはもう! でも、値段が』
勇者『面倒くせえな、欲しいんだろ? 店の奴を呼んで来るから待ってろ』
僧侶「(これは、あの人が……)」
僧侶『この腕輪、ずっとずっと大切にします!』
勇者『そうしてくれ。その腕輪、俺も気に入ってるから。ほら、次は剣だ。行くぞ』
僧侶『はいっ!』
シャラ…サラサラ…
僧侶「(……っ、これしか、ない)」カチリ
狩人「……」
僧侶「これを、貴方に預けます」
狩人「その前に教えてくれ。その腕輪を渡すことが、貴方にとってどんな意味を持つ?」
僧侶「この腕輪はあの人からの贈り物です」
僧侶「これを渡して裏切れば、私は私を許せなくなる。この腕輪が証です。受け取って下さい」
狩人「……いいだろう」スッ
僧侶「貴方も約束して下さい。証なんていらない。ただ、何があっても倒して下さい」
僧侶「もし貴方が逃げ出すようなことがあれば、私は貴方を絶対に許さない」
狩人「了解した。全力を尽くすと約束する」
僧侶「では、行きましょう」ザッ
狩人「………?」クルッ
狩人「(音が変わった。何をしている? 頼むから馬鹿な真似はしてくれるなよ)」ザッ
ーーー
ーー
ー
狩人「ようやく着いたな。依然、奴以外の気配はない。兵はあれで全てだったようだ」
僧侶「気を付けて下さいね。無茶をお願いしておいて変な話ですけど……」
狩人「互いに出来ることが違うのだから仕方がないさ。貴方は霧を晴らすことに集中したまえ」
僧侶「はい、分かりました。出来る限り急ぎます。それまでは何とか耐えて下さい」
狩人「分かっている。機会は一度、互いに全力を尽くそう。では、頼んだよ」ザッ
ザッザッザッ…
僧侶「(狩人さんの言う通り、この方法は何度も通用しない。一度で終わらせる……)」
【#14】拝謁
狩人「(崩壊している。酷い有様だ)」
コツ…コツ…
狩人「(確かに魔力の量は多いが、濃度はそれ程高くない。歪ではあるものの音は感知出来る)」
狩人「(後は目標に向かって進むのみ。狙いに気付かれる前に、奴の意識を私に集中させなければ)」タッ
タッタッタッ…
狩人「(この辺りは得に損壊が酷い。魔物が侵入し……近い。いや、近付いて来ている。望んだ形にはなったが、王位相手とはな)」
ズズン…ズズン…
狩人「……」ジャキッ
ズズン…ズズン…
羅刹王「……」
狩人「(巨躯、灰の肌、銅色の瞳、怪しく輝く歯。正に、文献通りの威容)」
羅刹王「共に生きた。何も変ってはいない」
羅刹王「あの時はそうだった。皆、共に生きていた。数え切れない時がそれを薄れさせた」
羅刹王「居た。此処に。俺は此処に居た。時が守護者を遠ざけた。世が忌避した」
狩人「(守護者? 何を言っている?)」
羅刹王「人は進化を止められない。神を崇めながら、何者であろうと上に立つことを認めない」
羅刹王「常に他種の台頭に怯え、猜疑心に囚われた支配者。人は勝利者であろうとする」
羅刹王「獣に打ち勝ち、飢えに打ち克ち、病に打ち克ち、人に打ち克つ。生命そのものにさえも」
狩人「(あの目、何処を見ている……)」
狩人「(まさか、惚けているのか? 知識に魘された譫言のようにも聞こえる)」
羅刹王「何を得ようと止まることはない。人とは淘汰に取り憑かれた進化の獣」
羅刹王「故に牙を剥く。あらゆる生命に戦いを挑む。対等の存在など認めはしない」
狩人「(今仕掛けても攻撃は通るだろうが、行動が読めない。魔術を警戒、彼女を待つ)」
羅刹王「序文。諸君、己が思い描く神を目指せ。探究の果てに到達する日は近い」
羅刹王「その扉をくぐれば満たされるだろう。欲望の生命より解放され、だるまとなる」
狩人「……来た」タンッ
羅刹王「忘れるな。汝もまた、人である。あの偉大なるーーー」
狩人「さらば、羅刹王」ガチッ
羅刹王「………?」
狩人「(惚けていても王位の悪魔。首を刎ねるだけでは心許ない。頭を割り、首を刎ねる)」ググッ
ゴシャッッ! ズパンッッ!
羅刹王「」グラッ
ドサッ…
狩人「……霧は消えた。音もない。あまり実感はないが、本当に倒したようだな」
狩人「しかし何が目的だったのだ。勇者を攻撃した理由はあるはずだい。いや、待て。確か、勇者は彼女を庇っーーー」
タッタッタッ…
僧侶「狩人さん、無事ですか?」
狩人「ああ、傷一つないよ。譫言のように呟くばかりで何も仕掛けては来なかったからね」
僧侶「えっ?」
狩人「どうも惚けているようだった。私を認識していたのかも疑わしい」
僧侶「……惚け。譫言と言いましたけれど、何と言っていたんです?」
狩人「人は淘汰に取り憑かれた進化の獣であり、他種の台頭に怯える支配者なのだそうだ」
僧侶「進化の獣……」
狩人「発した言葉は殆どが意味不明で、理解出来る部分と言えばそれくらーーー」
ゾブッッ!
狩人「っ…ゲホッ!」ビチャビチャ
僧侶「………えっ?」
狩人「(何だ、これは。腹から、腕が)」
羅刹王「はは、は」
僧侶「な、んで………」
狩人「(頭部は割れ、首は落ちたままだ。再生はしていない。何故、動ける)」
羅刹王「う、裏がりのものがあ」ブンッ
ドシャッ…ゴロゴロ…
狩人「…ゲホッ…ゲホッ…」ビチャビチャ
僧侶「狩人さんっ!!」
羅刹王「は、ははは」
ギュルルルッ! ブヂュブヂュ…
僧侶「(っ、再生して……)」
羅刹王「な、な、何故、何故だ。何故、俺に牙を剥く。共に生きよう。あの時のように」
羅刹王「あ、あの時のように、滅ぼしが始まる前に、あの歪みを消し去らなければ」スッ
羅刹王「そう、一刻も、早く」
ズォォォォ…
僧侶「(っ、霧が戻っている。魔術を使う気だ。狩人さんは……)」
狩人「ぐっ…」
僧侶「(治癒は始まってるけど間に合わない。それに遠すぎる。ここからじゃあ届かない)」ダッ
羅刹王「な、何だ。此処は。此処は何処だ。は、ははは。これではまるで白痴だなあ」
ゴゴゴゴ…
僧侶「(全方位に矢を……っ、矢の雨が来る。もう少し、もう少しで、届く)」
羅刹王「お、俺を消し去るのか。再び締め出す気だな。いつかのように………」
僧侶「間に、合えっ!!」ジャキッ
羅刹王「そ、そうなのだろう!? 獣ども!!」スッ
ドドドドッ! パラパラッ…
僧侶「はぁっ、はぁっ……大丈夫ですか?」
狩人「済まない。これで二度目だな……」
ドガンッ! ドガンッ!
僧侶「……岩は何層にも重ねてあります。少しの間なら安全です」
狩人「それは助かる。現段階では不明な点ばかりだ。文献で得た知識はあまり役には立たないようだな」
僧侶「ええ、そうですね……」
狩人「お互いに感じたことを話そう。どんな些細なことでもいい。貴方にはどう見えた」
僧侶「意識は混濁していますけど、私達を敵であると認識したようです」
狩人「敵か。奴の眼には、私達がどのように見えているのだろうな。とても正気とはーーー」
ドガンッ! ドガンッ!
狩人「……そう長くは持ちそうにないな」
僧侶「狩人さんはどうです? 何か分かったことはありますか?」
狩人「奴の蘇りは私の治癒とは質が違うようだ。あの時、魔力は完全に消え失せていた」
僧侶「なら、どうやって……」
狩人「蘇りについては分からない。だが、倒せなかった原因は私にあるのかもしれない」
僧侶「どういうことです?」
狩人「人間にしか倒せない。これが事実だという前提で話す。一つ、仮説を立てた」
僧侶「仮説?」
狩人「貴方は気付いていたが、私は体内魔力の異常回転によって生きている」
狩人「それによって通常ではあり得ない速度で治癒、再生する。回転を上げれば更に上昇する。魔術は使えないがね」
僧侶「(それだけじゃない。回転は激しい痛みを伴い、体内の急激な劣化を引き起こす)」
僧侶「(故に、その体質の人間は寿命が短いとされる。おそらく、狩人さんは……)」
狩人「もし、仮にこれが原因で人間の定義から外れているとしたら、私に奴は殺せない」
僧侶「では、私なら倒せると?」
狩人「確証はないがね。攻撃の手順は先程と変わらない。私が囮になる。だが、もし私の推測と違っていたら……」
僧侶「分かっています。羅刹王が死ぬまで、何度でも殺し続ける。それしか方法はない」
狩人「(眼が変わった。魔力の高まりを感じる。やはり、彼女の魔力は桁が違う)」
僧侶「(回転速度が上がっている。狩人さんも、傷を負う覚悟は出来ているんだ)」
狩人「……準備は出来た。私はいつ出ても大丈夫だ。合図は貴方が出してくれ」
僧侶「分かりました。では、岩を弾き飛ばしたと同時に左右に散りましょう。3、2、1……行きます」
【#15】幻視の海
勇者『……?』
コポッ…コポコポッ…
勇者『何だ、此処は……水の中? いや、息は出来る。夢なのか?』
勇者『奇妙な感覚だ。夢にしては意識がはっきりし過ぎてる。上も下もない。痛みも、ない』
コポコポ…
勇者『綺麗だな。光の揺らめきが見える。光ってのは、こんな場所にまで差し込むのか……』
>>やっと
>>ようやく
>>貴方と会えた
勇者『?』
>>貴方が
>>そう、貴方こそが
勇者『声? 何処から……』
>>最後の一滴
>>雨の中のひとしずく
>>貴方が最後のひとしずく
勇者『……』
>>いずれまた
>>命の最期に
>>貴方の最期の時に
勇者『お前等は何だ。何でこんな場所にいる』
>>忘れないでくれよ?
>>全ての還る場所に、私達はいるの
勇者『っ、沈ーーー!?』
>>もう繋がっているんだ
>>何処にいても、貴方を見ているよ
コポッ…コポコポ…
勇者『っ、プハッ! ケホッ、ケホッ…』ガバッ
僧侶『大丈夫?』
勇者『…………………宿?』
僧侶『どうしたの? 惚けた顔をして』
勇者『いや、何でもねえ……』
僧侶『あらそう。随分と苦しそうだったけれど、本当に大丈夫なの?』
勇者『ああ、妙な夢を見ただけだ』
僧侶『また、あの夢を見たの?』
勇者『いや、いつものやつじゃない。よく分からねえ夢だ。俺は水の中にいた。それだけだ』
僧侶『そう……』
勇者『どうした?』
僧侶『私、ずっと考えていたのよ』
勇者『?』
僧侶『龍を倒したら、旅が終わったら、貴方はどうするのだろうって』
勇者『随分と暇な奴だな』
僧侶『うるさいわね。私は真剣なのよ』
勇者『そうかよ。おら、さっさと行くぞ』
僧侶『はぐらかさないで』
勇者『あのなあ、そんな話をして何になる? どうしちまったんだ、お前』
僧侶『貴方、龍と戦って死ぬつもりなんでしょう?』
勇者『んなわけねえだろうが馬鹿』
僧侶『私を守るって言ったのに、嘘吐き』
勇者『お前は何が言いてえんだ。はっきり言え』
僧侶『貴方は私を置いて、一人で龍と戦ったわ』
勇者『はぁ? 何言ってんだ、お前?』
僧侶『まだ、思い出せないのね……』
勇者『思い出すも何も、まだ戦ってもいねえんだぞ。頭大丈夫か?』
僧侶『私が目を覚ました時には終わっていたわ。息絶えた貴方と、傷だらけの龍がいた』
僧侶『何度も甦らせようとしたけれど、幾ら魂に呼び掛けても戻っては来なかった』
勇者『何を、言ってる……』
僧侶『魂は繋がり始めた頃だと思うのだけど、どうやらまだみたいね……』ザッ
ガシッ
勇者『待て、何があった』
僧侶『離して』
勇者『僧侶、答えろ』
僧侶『……その名で私を呼ぶ意味を、貴方は理解しているの?』
勇者『うるせえな。意味だの理解だの、お前を呼ぶのにそんなに小難しいもんが必要なのかよ』
僧侶『っ、必要なのよ。今は』
勇者『何だそれ。お前ってそんなに面倒くせえ女だっけ? 今日はやけによく喋るしよ』
僧侶『こんな風になったのは貴方の傍にいたからよ。全部、貴方の所為……』
勇者『そうかよ。つーか、何で泣いてんだ』
僧侶『……うるさいわね。こっちを見ないで』
勇者『何かあったら言えって言っただろうが』
僧侶『憶えているのね。私に言ったこと……』
勇者『当たり前だろうが、そう簡単に忘れるか』
僧侶『ふふっ。貴方って本当に……」
勇者『おい、大丈夫なのか?』
僧侶『ええ、私は平気。ねえ』
勇者『ん?』
僧侶『……………ありがとう』
勇者『何だよ急に、気持ち悪ぃな』
僧侶『だって、生きているうちに伝えないと意味がないって言ってたじゃない』
勇者『ああ、確かに言った。だが、今のお前が言うと俺が死ぬみたいに聞こえる。さっきも妙なこと言ってたしな』
僧侶『………そうね、そうよね。ごめんなさい』
勇者『何で泣くんだよ。お前、本当にどうしたんだ?』
勇者『龍と戦って死んだとか、お前を置いていったとか、意味が分からねえ』
僧侶『ねえ、私が僧侶だと分かる?』
勇者『当たり前だろうが、お前みたいな女を忘れるわけねえだろ』
僧侶『きっと、もうすぐ思い出すわ。すべてが重なれば、私が誰なのか分かる……』
勇者『話せないことなのか』
僧侶『そうじゃないの。話しても伝わらないのよ。貴方自身が思い出すしかないわ』
勇者『さっきの話と関係あるのか? 僧侶、お前は何を見た。何があった』
僧侶『………私を忘れないで。貴方の魂のその奥に、私はいるわ』
サラサラ…
勇者『っ、体が……おい、しっかりしろ!!』
僧侶『思い出して、私は』
勇者『僧ーーー』
サァァァァァ…
巫女「(矢は消えたけど魂が壊れかけている。この甲冑は魂と深く繋がっている。魂に直接矢を受けたと言っていい)」
巫女「(未だ、龍に受けた傷も癒えていないのに……魂が砕けていないのが不思議でならない)」
巫女「(難解、複雑な構造。どうやって甲冑と魂を? 魔女は、この甲冑に何を……)」
勇者「……ッ!!」ガバッ
巫女「だいじょうぶ!? しっかりして!!」
勇者「はぁっ、はぁっ、はぁっ」ズキンッ
勇者「(今のは何だ。何故あいつを僧侶だと? くそっ、頭が重い。何故、矢が消えている? 何があった?)」
ギュッ…
勇者「!!」
巫女「落ち着いて、わたしの声が聞こえる?」
勇者「あ、ああ、大丈夫だ。悪いな……」
巫女「ううん。でも良かった、目を覚ましてくれて。みんなも心配してたんだよ?」
勇者「……そうか。あいつは? 僧侶は何処にいる?」
巫女「僧侶は矢を消すために砦に行った。消すには、術者を倒すしかない」
勇者「矢が消えてるってことは殺したのか。あいつが……」
巫女「ううん。倒せていない」
勇者「殺したから消えたんじゃねえのか」
巫女「一度は倒した。だから矢は消えた。だけど、倒せてない。今も戦ってる」
勇者「そいつが何なのか分かるか?」
巫女「僧侶が戦っているのは、おそらく逸した存在。世にある生命の枠から外れた者」
勇者「……冗談を言ってる顔じゃあねえな。どうすりゃ殺せる」
巫女「あなたなら倒せる。あなたには、その力がある」
勇者「前から妙な力を持ってるとは思ってたが、そんなことまで知ってるとはな……」
巫女「黙ってて、ごめんなさい」
勇者「謝る必要はねえよ。場所は?」
巫女「場所は北東の砦跡。でも、本当に行くの?」
勇者「そのつもりで話したんだろ?」
巫女「……そうだけど、死んじゃうかもしれないんだよ?」
勇者「死ぬかもな。だが、俺が行かなければ僧侶が死ぬかもしれない」
巫女「……」
勇者「巫女、あまり頭ん中でごちゃごちゃ考えるな。俺は死にに行くわけじゃない」
巫女「なんで分かるの?」
勇者「顔に出てるからな。分かり易くて助かる」
巫女「なら、なんで何も聞かないの? わたしのことを疑ったりしないの?」
勇者「そういう奴には見えねえからな」
勇者「理由は分からねえが息苦しそうな顔をしてる。裏切るつもりなら、そんな顔はしねえだろ?」
巫女「……」
勇者「続きは帰ってからだ。話したいことがあるなら、その時に話せ」
巫女「怒らない?」
勇者「内容によっては怒るかもしれねえな」
巫女「……いじわるな人」
勇者「んなことは言われなくても知ってる」
勇者「そんじゃあ行ってくる。腹減ったら何か食え。疲れたら寝ろ。無理はするな。いいな?」
巫女「う、うんっ!」
勇者「お前等も無理はするなよ」ザッ
>>勇者君、気を付けるんだよ?
>>さっさと帰って来いよ。殺されたら許さねえからな
>>待ってるからね? 必ず戻って来るんだよ?
勇者「……ああ、必ず戻って来る」
ザッザッザッ
ーーー
ーー
ー
助手「まただ、また音が消えた」
助手「(三つ目の音。つまり、悪魔の魂が消えた。これで何度目になるだろう)」
助手「(これが意味することは、悪魔が復活しているということだ)」
助手「(まさか不死? いや、そんなはずはない。生物である以上は必ず殺せる)」
助手「(何らかの仕掛けがあるはすだ。おそらく、二人はそれを見抜けていない。何か手掛かりを……)」スッ
ズズズ…
助手「っ、駄目だ。これじゃあ分からない」
助手「(もっと、はっきり聞こえるように出来ないのか? これが限界なのか?)」
狩人『光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く』
狩人『熟達すると、遠く離れた場所の出来事さえも手に取るように分かるという』
助手「(……この程度が限界ではないはずだ。集中して、意識をもっと遠くに)」
助手「……」
ズズズ…バチッ!
助手「(痛っ! 何だ、何かが見える。これは弓? っ、消えた。これ以上は無理か)」ボタボタッ
助手「(……鼻血? 肉体に負担が掛かるのか。便利だけど、あまり多用しない方が良いみたいだ)」ゴシゴシ
助手「(でも、一瞬だけ見えた。あの弓には何か意味があるのか? 伝えた方が良いのだろうか)」
助手「(……伝えるべきだ。当てにはならないかもしれないけど、直感がそう言っている)」
助手「(未だに音は止まない。二人は苦戦しているんだ。出来ることはやらないと)」ザッ
助手「(もう昼過ぎ。何とか夕方までには辿り着きたいけどーーー)」
カカッ…カカッ…
助手「(今のは馬の足音か? 逃げ出した馬でもやって来たのだろうか? これは運が良い)」ザッ
ブルルッ…
助手「あ、やっと見つけ………ひっ!?」
勇者「あ? 何だ、お前」
【#16】死期の訪れ
勇者「誰だ、お前」
助手「(骨? 骸の悪魔? 攻撃して来ない? 会話は出来るようだ。昨日の悪魔とは違……いや、待て。この魂の音は聞き覚えがーーー)」
勇者「さっさと答えろ」
助手「まさか、貴方が勇者……」
勇者「追っ手か。面倒だな」ジャキッ
助手「っ、待って下さい!! 僕には伝えなければならないことがあるんです!!」
勇者「軍の連中にか」
助手「何をーーー」
勇者「所作で分かる。お前、軍人なんだろ?」ザッ
助手「(下手な誤魔化しは通用しない。いたずらに刺激するだけだ。正直に話すしかない)」
勇者「お前らと戦ってる暇はねえんだ。伝えられると面倒なんだよ」ザッ
助手「確かに僕は軍人でした!! ですが、今は違います!!」
勇者「そうかよ」ジャキッ
助手「僕は狩人さんの助手として貴方を追って来ました!! その狩人さんは、僧侶さんと共に悪魔と戦っています!!」
勇者「……」
助手「事情は僧侶さんに聞きました。貴方が難民を救い出し、東を目指していることも」
助手「二人は貴方に刺さった矢を消し去る為に戦っている。何故貴方が此処にいるのかは分かりませんが、二人は今も戦い続けています」
助手「僕も連れて行って下さい。説明なら幾らでもします。今此処で問答を繰り返している時間はないはずです」
勇者「……」
助手「(表情からは何も読み取れない。信じてくれたのだろうか?)」
勇者「来い。知ってることは全て話せ。いいな」
助手「わ、分かりました」
ーーー
ーー
ー
ガガッ! ガガッ!
勇者「魂の力」
助手「はい。初めは僕にも信じられませんでしたが、その力は確かに存在します」
勇者「それで弓を見たわけか」
助手「そうです」
勇者「森にいた理由は」
助手「守りながら戦うことは出来ない。君は此処にいろと、狩人さんに……」
勇者「何だお前、置いて行かれたのか」
助手「……はい」
勇者「納得出来ねえなら無理矢理にでも付いて行ったら良かったじゃねえか」
助手「僕が行っても迷惑を掛けるだけですから……」
勇者「迷惑だ? そんなもん無視しろよ」
助手「え?」
勇者「お前、俺に連れて行けと言った時、そいつの迷惑になるから止めようとか考えたのか?」
助手「いえ……」
勇者「ほらな。相手の迷惑になるだとか、そんなことを考えてたら何も出来ねえまま終わっちまうんだ」
助手「(これが彼の思想なのか? 刹那的と言えるが、彼は難民を救っている。利己から来るものではないはずだ)」
勇者「……」
助手「貴方は何故そこまで刹那的な思考を? 難民を助けた時は悩まなかったのですか?」
勇者「それを知ってどうする」
助手「善悪を、見極めたいんです」
勇者「お前、俺が何をしたのか知ってんだよな? 狩人って奴にも聞いたんだろ?」
助手「聞きました。しかし……」
勇者「なら聞くな、答えは出てるはずだ」
助手「それが、まだ分からないんです。どちらも正しく、どちらも間違えてるようで……」
勇者「やめとけ。俺に聞いても余計に迷うだけだ。答えなんて出ねえ」
助手「いつかは見つかるでしょうか?」
勇者「知るかよ。それはお前次第だ。それより、そろそろ頭を切り替えろ」
助手「はい、了解しました」
勇者「……」
助手「(想像していた人物とはまるで違う。まさかこんな姿になっているとは思わなかった。と言うか、僕は勇者と話したのか……って、そうじゃない。集中するんだ)」
勇者「……」
助手「(やはり、僅かに異なる二つの音が重なっている。本来、音は一つのはずだ)」
助手「(魂が二つあるなんて有り得ない。だとしたら、この音は一体……)」
ガガッ ガガッ…
助手「ち、ちょっと止まって下さい」
勇者「あ?」
助手「あれを見て下さい。悪魔の遺体に矢が刺さっています。矢が、消えていません」
勇者「……」
巫女『僧侶が戦っているのは、おそらく逸した存在。世にある生命の枠から外れた者』
勇者「馬を下りるぞ。矢を調べる」スタッ
助手「了解しました」スタッ
ザッザッ…
助手「ただの矢のように見えますね」ソー
ガシッ!
助手「!?」
勇者「化け物の矢だ。触れるな」
助手「は、はい。迂闊でした。申し訳ありません」
勇者「矢が何で出来てるのか分からねえが、消えてねえってことは魔力じゃねえってことか。これは、文字のようだな」
助手「ええ、細かく彫り込まれていますね。何か意味がありそうですが……」
バシュッ!
助手「今のを見ましたか!?」
勇者「ああ、骸が一つ消えた。何か細工をしてるみてえだな」
助手「……?」ピクッ
勇者「どうした」
助手「丁度馬を下りた時に音が消えたのですが、遺体が消えた直後に音が戻りました」
勇者「確かか」
助手「はい。音にはずっと注意していました。距離も先程より近いので間違いはありません」
勇者「……矢を破壊するぞ」
助手「了解しました」
バキンッ…バキンッ…
勇者「(文字の彫り込まれた矢。呪術か? だが、こんな文字は見たことがない)」
バキンッ…バキンッ…
助手「(この一本だけ、他の矢とは文字が違うような気がする。他のと見比べてみたいけど時間がーーー)」ボタボタッ
助手「(また鼻血? このやり方だと負担が掛かるのかも知れないな。気を付けよう)」ゴシゴシ
勇者「終わったか?」
助手「はい、終わりました」
勇者「よし。予想が当たっているなら、これで蘇りは出来ねえはずだ。砦に行くぞ」
ーーー
ーー
ー
僧侶「んっ!!」ブンッ
ゴシャッ! ドサッ…
僧侶「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ズルルルッ!
羅刹王「く、来る。滅ぼしが、来てしまう」
僧侶「(やっぱり駄目だ。倒したのが私でも狩人さんでも結果は変わらない)」
狩人「諦めるな。もう一度だ」
僧侶「はいっ」ズシッ
羅刹王「お、おお。霧が、晴れていく」
僧侶「(そうだ。諦めちゃ駄目だ。終わるまでは、何度でも倒し続ける)」
羅刹王「……獣かと思えば出来損ないじゃあないか。幻を見せたか、狂わされたか」
僧侶「行きます」
狩人「待て、先程までと様子が違う」
羅刹王「お前達の意識は明瞭か? 俺に戦いを挑んで無事に済むと思っているのか?」
狩人「今まで惚けていたのは演技かね」
羅刹王「毒は抜けた。どこぞの誰の仕業かは知らないが、やってくれる」
僧侶「(……毒?)」
羅刹王「歪な娘よ、俺に魔術合戦を挑むとは傲慢だな。傲慢故の歪みか」
狩人「言葉は通じるようだが、会話にはならないようだな」ジャキッ
羅刹王「待て。待て待て。お前達では殺せない。この有様を見るに、既に試したのだろう?」
羅刹王「無駄だ。徒労だ。何度やろうと俺に死は訪れない。だが、お前達には訪れる。蒼白の娘よ、生きたいか」
狩人「何?」
羅刹王「その命、持って二十年。残りは僅か。俺ならば延ばしてやれる。歪みを消し去れば、与えてやる」
狩人「……歪みとは何だ」
羅刹王「その娘。そして、共にいる男。生かしておけば、人すらも滅ぼすだろう」
僧侶「そんなことは有り得ません」
羅刹王「何を馬鹿な。あの男は既に人を殺したはずだ。己の掲げる正義を信じてな」
僧侶「違う」
羅刹王「何が違う。身勝手な正義を振り翳し、激情に任せて剣を振るう狂える獣、世にも稀な殺人者」
僧侶「違う!! あの人は戦うしかなかった!! そうしなければ、あの人も皆も殺されていた!!」
羅刹王「救うためならば、殺人すらも正当化するか。生命の略奪さえも是とするか。何とも身勝手な考えだ」
僧侶「そんな人じゃない!!」
狩人「悪魔に耳を貸すな、落ち着ーーー」
羅刹王「愚かで短慮。故に偽善に酔い痴れたか。実に醜い。己の罪から目を背け、積み上げた屍の上で勇者を騙るとはな」
僧侶「ふざけるなっ!!」ダッ
ガシッ!
僧侶「離して下さい!!」
狩人「落ち着くんだ!! 挑発に乗るな!!」
僧侶「あの人は罪から目を背けたりしません。罪を背負って戦い続けているんです。幼い頃から、ずっと……」
狩人「……………」
羅刹王「そうか。ならば来い」
羅刹王「何を迷う必要がある。侮辱を許すな。思い慕う男の名誉を守ってみせろ。思い焦がれているのだろう? あの男に」
僧侶「っ!!」バッ
狩人「待つんだ!!」
羅刹王「まるで、赤子のようだな」ズォ
狩人「(弓?) 逃げろ!!」
羅刹王「もう遅い。これで、歪みは一つ消える」
ドッッ!
僧侶「……あ…ぅ?」
ドサッ…
狩人「僧侶!!」ダッ
羅刹王「今更何をしても無駄だ」サァァ
狩人「(っ、姿が消えた。先程までとはまるで戦闘方法が違う。音を探さなければ)」
羅刹王「無駄だと言ってる」
ガシッ!
羅刹王「首をへし折ったらどうなる。試したことはあるか?」
ギリギリ…
狩人「ぐっ…っ!!」ガチリ
ザクッ!ザクッ!
羅刹王「何度やろうと同じだ。お前は脅威ではないが、動かれると面倒だ」
ギリギリ…
羅刹王「苦痛に喘ぎ、己の意思で死ぬことは出来ず、限られた時まで生かされ続ける。呪われた命」
狩人「知った風な口を、利くな……」
羅刹王「鎌を使うのは、命を支配したいという願望の表れか?」
狩人「……」
羅刹王「虚しい娘だ。己の命すら自由に出来ないというのに、命を刈り取るべく鎌を振るう」
狩人「下らない妄想だ」
羅刹王「まあいい。所詮はお前も罪人だ。血に塗れた体、穢れた血。本来の人ではない」
狩人「貴様のような存在に言われたくはないよ。自分の罪は棚に上げて、よくもまあ偉そうに言えたものだ」
羅刹王「お前のような存在と一緒にするな。俺は超越者。神に
、罪などない」
ゴキャッ…
羅刹王「脆いな。さて、歪な娘よ」
僧侶「……っ、うぅ」
羅刹王「お前は存在してはならない歪みだ。その矢が、お前を殺すだろう」
僧侶「…ゆ…がみ……」
羅刹王「そうだ。故に消し去らなければならない。一度はあの男に防がれたがな」
僧侶「(最初から、私を狙っていたの? でも、何故?)」
羅刹王「一つ聞きたい。お前は何処から来た。我々とは異なる進化を遂げているようだ。まさか、我々以前の存在なのか」
僧侶「なにを……」
羅刹王「お前は疑問を抱かなかったのか? 俺の魔術を妨害する程の魔力を扱えることに」
僧侶「……」
羅刹王「あのようなことは、嘗ての我々にも不可能だ。お前は如何にして、そこに辿り着いた」
僧侶「(かつて?)」
羅刹王「本当に、何も知らないのか。それならば、それでいい。お前が辿る結末は変わらない」
僧侶「(っ、矢が止まらない。でも何で? この矢は、あの人に刺さっているはずなのに)」
羅刹王「……来たか。奴の音が聞こえる」
僧侶「(音? 音なんて何処から……まさか、羅刹王にもーーー)」
ジャリッ…
僧侶「そんなっ、何で……」
羅刹王「ハハハッ!! そうか、そのような有り様になっていたか。誰かは知らぬが面白いことをする」
羅刹王「だが、それこそが相応しい姿だ。お前は生命の敵。死を振り撒く病に違いない」
羅刹王「………その目、あくまで足掻くつもりか。良いだろう。そのひび割れた魂、今度こそ砕いてやる」
【#17】影
僧侶「なんで……」
勇者「話は後だ。お前は矢を止めることだけを考えるんだ。いいな」
僧侶「そんな状態で戦ったら、次は確実に……」
勇者「分かってる。僧侶、すぐに終わらせる。それまでは何とか耐えてくれ。『頼む』」
僧侶「はいっ、任せて下さい」ニコリ
勇者「……」
ザッ…
羅刹王「亡骸の寄せ集め。お前の魂を映したかのような姿だな。死を呼ぶ醜悪な本質そのものだ」
勇者「……」
羅刹王「狂った音色がまた一段と大きくなったぞ。身を焦がす程の闘志と殺意を感じる」ズォ
勇者「(あれが、奴の弓か)」
羅刹王「醜き獣、歪みの男。そのひび割れた魂、何時まで持つのか見物だな」
勇者「言ってろ」ダッ
羅刹王「(この矢で、仕留める)」
勇者「(退かねえな。弓に余程の自信があるのか)」
助手『貴方の言うように矢を通じて魂を供給しているなら、弓にも何らかの細工が施されていると思われます』
助手『弓こそが幾度もの蘇りを可能にしている呪物、或いは術具であるのかもしれない』
勇者「(体には届かねえが、弓には届く)」
羅刹王「(踏み込みが浅い。そこからでは届かん。俺の矢が先にーーー!!)」バッ
ズガンッ!
勇者「(外したが、どうやら当たりのようだ)」
羅刹王「……」
勇者「どうした化け物、随分と大袈裟に避けたな」
羅刹王「(今のは間違いなく弓を狙った一撃。単に武器破壊を狙ったとも考えられるが……)」
勇者「……」
羅刹王「(気付いて、いるのか……)」
勇者「……」
羅刹王「(僅かに探りを入れているような感もあった。確信はないと言ったところか)」
勇者「口数が減ったな。良いことだ」ダンッ
羅刹王「(ここで退けば気取られるかも分からん。打って出る)」ギリリ
キュドッッッ!
勇者「(早いが、見える。避けられる)」
羅刹王「(この距離で躱すか。まあ良い。そのまま詰めてこい。矢は幾らでもある。雨は、避けられまい)」ズズズ
勇者「……」ダンッ
羅刹王「愚か者が、周りが見えんのか」
勇者「見えてねえのは、てめえの方だ」
フッ…
羅刹王「(矢が消えーーーっ、まさか!?)」
僧侶「……」
羅刹王「(馬鹿な。あの娘、矢が刺さった状態で俺の魔術を妨害したと言うのか)」
勇者「くたばれ」
羅刹王「ッ!!」
バギャッ!
羅刹王「……」ボタボタッ
勇者「(野郎、咄嗟に弓で弾きやがった)」
羅刹王「やってくれたな……」
勇者「弓は破壊した。次で終わらせる」
羅刹王「獣の分際で自惚れるな。それを可能にしたのは、お前ではない」ザッ
勇者「……」ジャキッ
羅刹王「どうやら見くびっていたようだ。真に警戒すべき脅威は、お前などではなかった」ダンッ
勇者「(っ、狙いは僧侶か!!)」
ガシッ!
僧侶「あうっ…」
勇者「僧侶!!」
羅刹王「動くな。動けば、この娘を殺す」
勇者「ふざけんなよ、化け物が」ザッ
羅刹王「動くなと、言っている」
ギリギリ…
僧侶「あっ、うぅっ……」
勇者「……」
羅刹王「それでいい。武器を捨てろ」
勇者「黙れ」
羅刹王「……強い怒りを感じるぞ。いや、迷っているな。まさか、娘ごと俺を斬るつもりか?」
勇者「……」
羅刹王「ハハハッ!! 実に醜い。憎しみに囚われた目をしている。この娘の命より俺への殺意が勝るか。それで勇者とは笑わせてくれる」
僧侶「くっ、うぅっ……」
勇者「……」
羅刹王「俺は、どちらでも構わんぞ」
勇者「……」ガランッ…
羅刹王「下らん。今更、人を気取るか」
ドゴォッ!
勇者「ぐっ……」ガクンッ
僧侶「うぅっ!!」ジタバタ
勇者「(僧侶……)」
ドガッ!
勇者「がっ……」
羅刹王「強靭な意志を持っていると、俺を脅かす存在であると、何を犠牲にしても挑んで来ると、そう思っていた」
勇者「ハァッ、ハァッ」
羅刹王「所詮は弱者。お前には意志を貫く力など有りはしない。お前に俺は殺せない」ガシッ
ブンッ! ドガンッ!
勇者「」ドサッ
羅刹王「………消えていない。今ので砕けたと思ったが、どういうことだ」
僧侶「……て」
羅刹王「何?」
僧侶「もう、やめーーー」
羅刹王「黙っていろ」
ギリギリッ
僧侶「かっ、はっ……」
勇者「……せ」
羅刹王「藻掻くな。今、終わらせてる。塵も残さず、消し去ってくれる」ズズズ
ガシッ!
羅刹王「?」
勇者「そいつを、離せ……」
羅刹王「この期に及んで人のような口を利くとは驚いた。獣の分際で、大したものだ」
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
勇者「離…せ……」
羅刹王「(……馬鹿な。やはり、この男は危険だ。いずれは全てを脅かす)」
羅刹王「その力、此処で断ち切る」スッ
ザクッッ! ボタボタッ…
羅刹王「な……に?」グルリ
助手「はぁっ、はぁっ、勇者さん!! しっかりして下さい!!」ガクガク
勇者「(何で来やがった馬鹿野郎。終わるまで隠れてろって言ったのによ……)」
羅刹王「何だ、お前は……」ガクンッ
助手「勇者さん!!」
勇者「……」ジャリッ
羅刹王「これは、どうしたことだ? こんな、こんな馬鹿なことが、この傷は、このような奴が、俺に傷を」
助手「勇者さん、早く!!」
勇者「……分かってる」ガシッ
羅刹王「巫山戯るなあああッ!!!」ガバッ
勇者「うるせえんだよ、化け物」
ゴシャッッ!
羅刹王「ひっ、ひゅっ……」
ドサッ…
助手「や、やった!! やりましたよ!!」
勇者「……」
助手「あの、ところで狩人さんはーーー」
勇者「僧侶を抱えて此処から離れろ」
助手「え?」
勇者「まだ僧侶の矢が消えてねえ!! さっさとしろッ!!」
ズルルルッ!
助手「!?」
羅刹王「小僧ォォッ!!」
助手「しまっーーー」
ガギャッ!
助手「………?」
勇者「行けッ!!」
助手「は、はい!! 僧侶さん!!」ガシッ
僧侶「っ、待って下さい。まだ、あの人が……」
助手「無理です!! 今は勇者さんの言う通り此処から離れましょう!!」
ダッダッダッ…
僧侶「待っ……て……」ガクンッ
羅刹王「無駄なことを」
勇者「(どういうことだ……)」
勇者「(俺から受けた傷は殆ど消えているが、助手から受けた脇腹の傷は消えていない)」
羅刹王「あの娘は直に死ぬ。直接手を下さずともな」
勇者「(あの傷だけが治癒しなかった理由は分からねえが、あの傷を狙う他に方法はない)」
羅刹王「言ったはずだ。お前に、俺を殺すことは出来ないとな」
勇者「(もう魔術は防げねえ。使われたら終いだ。問題は、この距離をどうやって詰め……?)」
勇者「(……そうかよ。なら、やってやる)」
羅刹王「獣に、神は殺せない」
勇者「笑わせんな化け物」
羅刹王「口だけは達者だな」サァァ
勇者「それはお前もだろうが、獣相手に逃げ隠れするんじゃねえよ。神様なんだろ、おい」
羅刹王「あの娘はいない。お前に魔術は防げんだろう。これで最後だ」
勇者「聞いてんのか腰抜け。おら、何とか言えよ。神様気取りの化け物が」
キュドッッ! ボタボタッ…
勇者「……ゴフッ」
羅刹王「俺にそのような口を利いた奴は、お前が初めてだ」
勇者「(熱い。目が焼ける)」ガクンッ
勇者「(音がうるせえ。体中が燃えて爆発してるみてえだ。髪の毛一本、血の一滴まで……)」
羅刹王「何故、砕けない」
羅刹王「ひび割れた魂が、何故そこまで耐えられる。その身に何をした?」
勇者「……か」
羅刹王「……二つ。そうか、甲冑に魂を分けたな? 半分は剥き出しになるが、もう半分は守られる仕掛けか」
勇者「……だ」
羅刹王「成る程、ようやく解けたぞ」
勇者「……ま」
羅刹王「それは呪いではなく加護。あの娘の仕業か。魂を引き裂くとは残酷なことをするものだ」
勇者「………ろ」
羅刹王「何?」
勇者「……か、さっさとしろ。まだか、さっさとしろ」
羅刹王「(懇願。痛みに屈したか)」
羅刹王「(当然だ。魂は守られるだろうが、肉体の崩壊は避けられん……?)」
バサバサッ…ギャアギャア
羅刹王「塔を旋回する鳥を見るがいい。お前の死を待ち侘びているようだ」
勇者「……」
羅刹王「(あの目、見えているのか、いないのか……何とも見苦しい。終わらせてやる)」スッ
バサッ…バサバサッ!
勇者「……何してる。さっさとしろ」
羅刹王「死を望む程に苦しいか。良いだろう。今、とどめを刺してやる」
狩人「これでも急いで来たのだ。無茶を言わないでくれ」
羅刹王「!!?」バッ
狩人「姿を消そうと無駄だ。音は、捉えた」
ゴシャッッ! ズパンッッ!
狩人「……」スタッ
羅刹王「カッ…カッ……ヒッ」グラグラ
ドサッ…
狩人「……」
勇者「……」
狩人「もう再生はしないようだな。君、立てるかね。手を貸そうか」
勇者「いや、いい。一人で立てる」ザッ
狩人「そうか。では、行こう」
勇者「どうやって壊すつもりだ」
狩人「ああ、これのことか」スッ
羅刹王「」
ズル…ズル…
勇者「まだ生きてんだろ。肉が追って来てる」
狩人「ああ、再生はしていないが安心は出来ない。これは助手に任せようと思う」
狩人「どうやら、助手には破壊出来るらしい。詳しい説明は後にしよう」シャラ
勇者「(今の音、こいつの服の中か?)」
狩人「何かね?」
勇者「何でもねえよ」
狩人「……大丈夫、壊れていないよ。合流したら必ず返す。安心したまえ」
勇者「分かってたなら最初から言え。おら、行くぞ」
狩人「……」
勇者「おい、どうした」
狩人「君が来てくれて助かったよ」
勇者「お前、変わった奴だな。いずれ殺し合う奴に礼なんて言うなよ」
狩人「はははっ! 君は正直な奴だな。だが、それはそれ、これはこれだ……っ」
勇者「痛むのか」
狩人「これ程までに苦戦したのは初めてでね。あまり気にしないでくれ」
勇者「分かった」
ザッザッザッ…
狩人「……」フラッ
ドサッ
勇者「……」
狩人「……」
勇者「……」グイッ
ザッザッザッ…
狩人「助かったよ。快適ではないがね」
勇者「黙ってろ」
狩人「怪我の影響か、かなり痩せているようだな。戻ったら何か食べたまえ」
勇者「……体が見えるのか」
狩人「音を捉えることが出来れば見える」
勇者「便利だな。次は最初から使え」
狩人「む。言っておくが、その責任は君にある」
勇者「あ?」
狩人「君の音があまりに大きい為に、羅刹王の音を捉えるのに時間が掛かってしまったのだ」
勇者「そうかよ」
狩人「そうだとも」
勇者「……」
狩人「……」
勇者「……一つ、頼みがある」
狩人「何かね?」
勇者「あいつ等を届けるまでは待って欲しい。用事は、その後にしてくれ」
狩人「……済まないが、すぐには返答出来ない。少し、考える時間をくれないか」
勇者「ああ、分かった」
ザッザッザッ…
狩人「…………………」
【#18】二つ、二つ
狩人「遅れて済まなかったね」
助手「狩人さん、勇者さん……」
勇者「僧侶は」
助手「この建物の中にいます」
助手「矢が消えた直後にご自身で治療していましたが、暫くして気を失ってしまいました。疲労からだと思われます」
勇者「そうか……」
狩人「早速で悪いが、君に頼みたいことがある」スッ
羅刹王「」ビクビク
助手「ひっ!? な、何でそんなものを……」
狩人「どうやら、頭部が生きているようなのだ。君に壊して欲しい」
助手「え!?」
狩人「気は進まないだろうが、やってくれ」
助手「で、ですが、僧侶さんの矢は消えていますよ? 音もしないですし大丈夫なのでは?」
狩人「念のためだ」
ゴトッ…
羅刹王「」
助手「(き、気持ちが悪い。頬や瞼が僅かに痙攣している)」
狩人「どうしたのかね」
助手「あの、勇者さんでは駄目なんですか?」
勇者「傷を負わせることは出来たが、破壊するには至らなかった」
狩人「一方、君の負わせた傷は治癒しなかった。この中で、唯一君だけが癒えぬ傷を負わせた」
狩人「私は君が負わせた魂の傷を広げることで、何とか羅刹王を倒すことが出来たのだよ」
助手「しかし、何故……」
狩人「それは私にも分からない。ただ、古い書物の中には、人間にしか殺せないとあった」
助手「人間、ですか」
狩人「ああ。何を以て人間とするのかは定かではないが、どうやら君には可能なようだ」
助手「……分かりました。やってみます」チャキッ
羅刹王「」
助手「(うっ。目が、こっちを見ている)」
羅刹王「あ゛あ゛あ゛」ブルブル
助手「ひぃっ!?」
狩人「はははっ」
助手「わ、わ、笑い事じゃないですよ!!」
狩人「コホンッ。そうだな、済まなかった」
助手「(心臓が飛び出るかと思った)」
羅刹王「や゛めーーー」
勇者「うるせえ」ゲシッ
羅刹王「」ゴロン
助手「そ、そんなことをしたら呪いや祟りがーーー」
勇者「呪ってやると言って死んだ奴ならいるが、未だに何もない。死んだら終わりだ。何も出来やしねえよ」
助手「(なんて説得力だ)」
狩人「いきなり言われて困惑するのは分かる。今日出来ないなら、日を改めてでも構わない」
助手「やります」
狩人「む、そうか? それは助かる」
助手「一人に、してくれませんか……」
勇者「……分かった。俺は中で待ってる。終わったら来い」ザッ
狩人「大丈夫なのか?」
助手「大丈夫です」
狩人「……そうか。では、私も中で待っているよ」ザッ
助手「(僕にしか出来ない。皆、この悪魔に殺されかけた。終わらせるんだ)」
ーーー
ーー
ー
僧侶「…ハァッ…ハァッ…」
勇者「……」
狩人「君は何ともないのか? その甲冑に傷はないようだが、魂は未だにひび割れたままだ」
勇者「一度、砕けるような感覚はあった。意識が爆発して吹っ飛ぶみたいにな」
狩人「だか、生きている」
勇者「ああ、みたいだな。俺にも分からねえ」
狩人「ふむ……」
勇者「何だよ」
狩人「君は聞こえていなかったかもしれないが、二つあると言っていた。魂を分けたとも」
勇者「お前には、どう見える」
狩人「概ね、羅刹王の言っていた通りだ」
狩人「その甲冑には魂が宿っている。勿論、君の魂だ。だが、ほんの僅かに音が異っている」
勇者「異なる?」
狩人「君の魂に間違いはないが、確かに違う」
狩人「君の音が大きいと言ったが、甲冑から発せられる音が異様に大きいのだ。それ故に気付くのが遅れた」
勇者「あいつ……助手は、俺の音を追ってきたと言っていた。この甲冑の音か」
狩人「そのようだ」
狩人「その音は、ある時から強く発せられるようになった。街から出た時期と合致する」
勇者「(なる程。引き寄せの甲冑ってのは、そういうことか)」
狩人「ところで、誰がそれを?」
勇者「魔女と名乗る女だ。街を出る間際にな」
狩人「素性は」
僧侶「……ン…」
僧侶『きっと、もうすぐ思い出すわ。すべてが重なれば、私が誰なのか分かる』
僧侶『そうじゃないの。話しても伝わらないのよ。貴方自身が思い出すしかない』
勇者「……分からねえ。ただ、この甲冑を外せるのは創り出した本人だけみてえだ」
狩人「それは確かかね」
勇者「何とも言えねえな。あの女を殺すか、あの女が外すか、それしかないと言っていた」
狩人「そうか。それから接触は?」
勇者「ない。事ある毎に絡んで来たが、ここ最近は現れてねえ」
狩人「何か狙いがあると思うか」
勇者「……」
僧侶『その名で私を呼ぶ意味を、貴方は理解しているの?』
僧侶『私を忘れないで。貴方の魂のその奥に、私はいるわ』
勇者「さあな……」
狩人「話してくれないのかね」
勇者「お前の答えを聞いてからだ」
狩人「私の答えが君の望むものではなかったら、君は、どうする」
勇者「……」
狩人「……」
僧侶「……んっ? あっ」
狩人「目が覚めたようだね」
僧侶「大丈夫ですか?」ギュッ
勇者「ああ、大丈夫だ。待たせて悪かったな。無理に起き上がるな、もう少し休め」
僧侶「いえ、私はもう大丈夫です。貴方が無事で良かった……」
狩人「……」
ザッ
助手「お待たせしました」
僧侶「助手さん。無事で良かった。本当に終わったんですね」
勇者「……ああ。今、終わった」
【#19】個々
勇者「……」
狩人「……」
助手「(空気が重い。だけど、それも当然のことだ。二人は全く別の場所に立っている)」
助手「(悪魔を倒した今、二人を繋ぐものは何もない。何が起きても、不思議じゃない)」
狩人「……」
助手「(狩人さんは国の考えに賛同している。人の世。その未来の為なら犠牲は厭わない)」
助手「(犠牲になるのが人であっても、それを受け入れている。現実的だけど、諦めているとも言えるんじゃないだろうか)」
勇者「……」
助手「(勇者さんは認めないだろう。それは既に行動で示している。騎士と戦い、難民を救い出した)」
助手「(国の在り方を否定、頑として戦った。そこには共感出来る。だけど、それが新たな犠牲者を生んでしまった)」
勇者「……」
狩人「……」
助手「(人を守り、人を存続させる。その為に、人は人を犠牲にしている。それが、今だ)」
助手「(最良の策がそれなのだとしたら、そこに善悪などないのだろうか。正義や悪さえも)」
僧侶「あ、あのっ」
勇者「何だ?」
僧侶「皆のところに戻らないのですか?」
助手「(勇者さんが来てから雰囲気が変わった。表情が柔らくなって声も落ち着いた気がする)」
助手「(山で見た時とはまるで違って見える。きっと、これが本来の彼女なのだろう)」
僧侶「あの、聞いていますか?」
勇者「……そうだな。おい」
助手「は、はい」
勇者「お前は馬に乗って先に行け。僧侶を連れてな。あいつ等の所へは、僧侶が案内しろ」
僧侶「えっ、でも……」チラッ
狩人「私は構わないよ」
助手「し、しかし、そう簡単に決めて良いのですか? そんな話は一度もしていないのですよ?」
狩人「君は先に見てくると良い。今後どうするかは、そこで決めることにしよう」
僧侶「そ、そんなのーーー」
狩人「信用出来ないか?」
僧侶「……はい」
狩人「それはそうだろうね。私の目的は彼を捕らえることだ。それに変わりはない。無論、此処で逃がすつもりもない」
狩人「彼はそれを分かっているからこそ、君と助手に先に行くように言ったのだと思うがね」
僧侶「……」
狩人「そんな目で見ないでくれ。私も彼と話したいと思っているのだ。今後の為にね」
勇者「決まりだ。お前達は先に行け」
僧侶「嫌です。そんな状態で狩人さんと二人になるのは危険です」
勇者「こんな状態だから、この女は手出し出来ねえんだ。まともな状態なら殺し合ってる」
僧侶「でも、貴方を殺すのが目的だったりしたら……」
勇者「だったら、とっくに殺されてる。僧侶、少し冷静になれ。今の俺を殺しても意味はない」
僧侶「……」ギュッ
助手「狩人さんはそんな人ではないですよ。出会って間もないですが、それは確かです」
僧侶「……」
勇者「急がねえと日が落ちる。いつまでも膨れっ面してんじゃねえ」
僧侶「っ、分かりました……」
狩人「話は以上かな? では、僧侶さんにこれを返そう」スッ
僧侶「あっ」
狩人「言っただろう。約束は守るとね」
僧侶「……ありがとうございます」ギュッ
助手「あの、お二人はどうしますか? 夜明けまで此処に?」
狩人「いや、後から行くよ。今から歩けば麓の森には辿り着けるはずだ」
助手「分かりました。僧侶さん、行きましょう」
僧侶「……」チラッ
勇者「何してる。早く行け」
僧侶「(せっかく矢が消えたのに、また離れ離れになっちゃうんだ。嫌だ、離れたくない……)」
勇者「どうした。何かあるなら言え」
僧侶「……なんでもないです。早く来て下さいね?」
勇者「分かってる。あいつ等にはお前から伝えておいてくれ」
僧侶「はい、分かりました……」
トボトボ…
助手「……狩人さん、先に行きます」
狩人「うむ。ああ、待ってくれ。聖水はあるかね?」
助手「はい、一応持って来ていますが」
狩人「それは良かった。一つくれないか、それがなければ落ち着いて会話も出来ない」
助手「しかし……」チラッ
勇者「……」
狩人「彼ではなく私が使うのだ。問題はないよ」
助手「そ、そうですか。分かりました」スッ
狩人「ありがとう。では、行きたまえ」
助手「はい。では、先に行きます。お二人も、道中お気を付け下さい」ザッ
ザッザッザッ…
【#20】感情論
狩人「彼女には随分と好かれているようだね」
勇者「お前はそんな話がしたくて残ったのか?」
狩人「迂遠な会話は不要か……では、早速本題に入ろうじゃないか。その力を渡せ」
勇者「それは出来ねえな。渡そうにも甲冑が邪魔をする。蓋をされてるようなもんだ」
狩人「それが事実だと証明出来るのかね」
勇者「出来ねえな。殺して確かめてみるか? 欲しいものが消えちまっても知らねえけどな」
狩人「……質問を変えよう。君はどうするつもりだ?」
勇者「あ?」
狩人「君はその力で何をしようとしているのかと聞いているのだ」
勇者「龍を殺して終わりだ。他にはない」
狩人「終わった後なら譲渡すると?」
勇者「その時、誰かがいれば、そうするかもしれねえな」
狩人「(蓋云々の話は嘘だろうが、万が一にも力が消えてしまえば、そこで終わりだ)」
狩人「(やはり、魔女とやらを排除しないことにはどうしようもないようだな)」
勇者「お前はどうなんだ」
狩人「どう、とは?」
勇者「何故、国のやり方に従う」
狩人「どちらが正しいのかという話なら遠慮するよ。言い争いになるだけだからね」
勇者「議論するつもりなんてねえよ。ただ、お前を知りたいだけだ」
狩人「……」
勇者「お前は俺のことを色々と知っているみてえだが、俺はお前を知らない。善悪なんてのはどうでも良い」
狩人「……」
勇者「話したくねえなら、それでいい。こっちもそうするだけの話だ」
狩人「……必要だからだ」
勇者「あ?」
狩人「間違いだ何だと言われようと、今の人々にそれが必要ならば、私はそれを受け入れる。今は、受け入れるしかないのだ……」
勇者「……受け入れた先に何があるんだ。人は弱い。真実に、押し潰されるだけだ」
狩人「ああ、分かっているさ。だから、見えないようにしているのだ」
狩人「罪は背負う。後には残さない。未来を生きる者達には、理想の世界を届けてみせる」
勇者「……」
狩人「数多の屍を踏み拉いてでも、人は進まなければならない。人でなしと罵られても構わない」
狩人「苦しみのない世界を届けること。それが、私が死者に出来る唯一の弔いだ」
勇者「その未来に、この力がどう関係する」
狩人「それを話す前に、君はその力がどんなものか知っているのかね」
勇者「滅ぼす力だ」
狩人「端的に、極めて分かりやすく言えば、そうだな。だが、それは表面的な部分でしかない」
狩人「それは遙か昔から存在する力だ。神の一欠片、滅びの遺児、様々な呼び名がある」
狩人「時代の時々に現れては、ふと消える。そして、また現れる。未だ、解明はされていない」
勇者「それで?」
狩人「その力は様々な恩恵を与えると言う」
狩人「王位の悪魔と対等に戦える力、強靭な肉体、龍の炎にすら耐えうる堅固な魂」
勇者「大袈裟に言うな。何度か耐えられるってだけの話だ。死なないわけじゃねえ」
狩人「だが、それ程の力を持つ人間は君の他にはいない」
勇者「お前も戦っただろうが」
狩人「君と私では違う。私が羅刹王に真正面から挑んでも勝てなかっただろう」
狩人「私にはこの体質を生かして、先程のように不意を突くくらいしか方法はない」
狩人「それも、君が羅刹王を引き付けてくれてやっとだ。王位相手に一人では戦えない」
勇者「それは俺も同じだ。僧侶がいなければ、魔術でやられていた」
狩人「意外だな……」
勇者「何がだ」
狩人「他人を認めるような発言をするとは思わなかった。彼女を、信頼しているのだな」
勇者「……」
狩人「……まあいい。君はそう言うが、私は逆だと思う」
勇者「何?」
狩人「君が窮地に陥ったのは、その甲冑と僧侶さんの存在があったからだ」
狩人「君が一人ならば、そうはならなかったはずだ。僧侶さんがいなければ矢を受けることもなかった」
勇者「煩え女だな」
狩人「それは済まなかった。では、話を戻そう」
狩人「先程も言ったように、それ程の力を持つ人間は君の他にはいない」
狩人「悪魔を打ち倒す力、強靭な肉体、堅固な魂を持っている。正に、人を超えた存在だ」
勇者「それは聞いた。何が言いたい」
狩人「君は、進化したのだよ」
勇者「進化だと?」
狩人「そうだ。君だけが進化したのだ。自分以外の人間を置き去りにしてね」
勇者「……」
狩人「責めているわけではないよ。それは君個人に宿った力だからね」
狩人「しかし、おかしいとは思わないか? 何故個人に宿る。継承も一人にしか出来ない。それでは不公平だ」
勇者「……目的は、力の共有か。その為に俺を?」
狩人「より正確に言うなら君ではない。君の持つ力が必要なのだ」
狩人「その力が全ての人間に宿れば、人は何ものにも縛られない完全な種となるだろう」
勇者「本気で言ってんのか?」
狩人「勿論だ。君は知らないだろうが、既に幾度か研究されているのだよ」
狩人「これまで力を宿した人間全てが、君のように戦いの道を選んだわけではない」
狩人「その力を人類の発展に役立てようとした探求者は、確かに存在したのだ」
勇者「やけに詳しいな。何処で知った」
狩人「……」
勇者「……」
狩人「……そう遠くない過去」
勇者「?」
狩人「先人の遺志を継ぎ、全人類への継承を夢見た研究者がいた」
狩人「彼女は力を宿していた。言わば、当時の勇者だ。彼女が着目したのは肉体の強化だった」
狩人「どんな障害、如何なる体質を持つ人間も、それによって改善または克服出来ると信じていた」
勇者「……」
狩人「だが、力の複製を目的とした研究は危険視され、教会は禁忌に触れると糾弾した」
狩人「研究で得られたものは全て焼き尽くされ、彼女は程なくして捕らえられた」
勇者「彼女はどうなった」
狩人「大罪人として処刑されたよ」
狩人「要は悪用すると考えられたわけだ。彼女は弁明したが、遂に受け入れられることはなかった」
狩人「誰からも理解を得られないまま処刑台に上がり、衆目に晒され、罵声を浴びながら……」
勇者「……」
狩人「彼女は、最期まで抵抗しなかった」
狩人「力を使えば逃げることなど容易かっただろう。牢を破壊することも出来たはずだ」
狩人「それをしなかったのは、自分の研究は人類の為であったのだと証明する為だったのかもしれない」
勇者「それが、彼女の最期か」
狩人「……いや、まだ続きがある」
狩人「彼女は力が消えぬよう、死に際に力を託したそうだ。自らの命を絶つ存在にね」
勇者「……」
狩人「処刑に用いられたのは切っ先も刃もない鉄の塊。優秀な処刑人に主君から贈られた品だ」
狩人「処刑人は、主君にそれを使うことを強要された。見事、首を刎ねて見せろと……」
勇者「……」ギュッ
狩人「彼は見事、首を刎ねて見せた」
狩人「二人がどのような関係だったのかは分からない。ただ、彼だけは泣いていた。彼女の為に」
勇者「そうか……」
狩人「君と会うことが出来たら、どうしても聞きたかったことがあるんだ」
勇者「何だ」
狩人「彼がその後に歩んだ道は正しかったか?」
勇者「そう信じてる。あの人も、人の為に生きた。最期まで……」
狩人「……そうか。それならば良いのだ。彼女も報われることだろう」
勇者「だと良いけどな……」
狩人「長くなってしまったな……」
勇者「構わねえよ。聞いたのは俺だ」
狩人「……君は本当に、復讐の為だけに戦うつもりなのか?」
勇者「それだけで良いと思ってた。戦って戦って、最期まで戦い抜いて死ぬ」
狩人「今も、同じか?」
勇者「どうだろうな。良く、分からねえんだ」
勇者「あいつと歩いている内に色んなものを貰っちまった。今はあいつ等もいる。もう、俺だけじゃない」
狩人「……」ギュッ
勇者「どうした」
狩人「君は勇者に相応しくない。その力は相応しき者へと渡すべきだ」
勇者「……」
狩人「それが、もう一つの捕らえる理由だった」ザッ
勇者「良いのか、それで」
狩人「そう簡単に答えは出ない。魔女とやらと倒すまでは共に歩こうと思っている。今はね」
勇者「答えは出る。必ず」
狩人「君の望まない答えかもしれないがね」
勇者「それでも良い。今はそれだけで充分だ」
狩人「では、行こうか」
勇者「ああ、行こう。まだ間に合う」
狩人「ああ、そうだな……」
ザッザッザッ…
魔女『…………』
サァァァァ…
>>彼女は選んだ
>>連なる一つが、未来が、また一つ確定した
【#21】不在
巫女「…スー…スー」
僧侶「……」
僧侶「(あの人は今、どの辺りにいるんだろう。本当に大丈夫なのかな……)」
僧侶「(ううん、きっと大丈夫。考えがあってのことだ。大丈夫、明日には合流出来るんだ)」ウン
巫女「…スー…スー…」
僧侶「(でも、早く会いたいな……)」コテン
僧侶「(あの人がいないと、何だか変な感じがする。話したいことだって沢山あったのに)」
僧侶「(……駄目だ。さっきから同じことばっかり考えてる。疲れてるのに、眠れないや)」
シーン…
僧侶「……」
羅刹王『一つ聞きたい。お前は何処から来た?』
羅刹王『どうやら我々とは異なる進化を遂げているようだ。我々以前の存在なのか』
僧侶「(動揺を誘っただけだ)」
僧侶「(あの言葉には何の根拠も証拠もない。それなのに、何故こんなにも引っ掛かるのだろう)」
羅刹王『お前は疑問を抱かなかったのか? 俺の魔術を妨害する程の魔力を扱えることに』
僧侶「(そんなの知ってる。言われるまでもなく、知ってることだ)」
僧侶「(私の当たり前が、皆の当たり前ではないことくらいは分かってる)」
僧侶「(そもそも、悪魔の言葉に意味なんてない。深く考える必要なんてないのに……)」
騎士『こんな体になって更に痛烈に突き付けられた!! 私が独りだということを!!』
騎士『誰も助けてはくれない。この苦しみを分かってくれる同類などいない』
騎士『私を救ってくれたのは後にも先にも唯一人。勇者様だけだ。同じ印を持つ、たった一人』
僧侶「(どっちも同じ、悪魔の言葉)」
僧侶「(そのはずなのに、頭から離れない。声に宿った熱も、想いの強さも、胸を刺すような痛みも、消えてくれない……)」
巫女「…スー…スー…」
僧侶「(っ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。このままじゃ駄目だ。気持ちを切り替えないと)」ザッ
ザッザッザッ…
助手「……」
僧侶「助手さん?」
助手「え? あっ、僧侶さんでしたか……」
僧侶「どうしました? 眠れないのですか?」
助手「ええ。こうも静かだと、余計に考え込んでしまって」
僧侶「何かありましたか?」
助手「特別なことは何も……ただ、此処に来て、皆さんと話して、考えさせられてしまいました」
僧侶「そうですか……」
助手「あくまで理想、甘い考えですが、誰もが希望を抱いて生きることが出来たらと、そう思います」
僧侶「私もそう思います。今や、痛みや悲しみで溢れていますから……」
助手「ええ。魔物が異常に増え、それによって被害も増した。今も増え続けていることでしょう」
助手「元凶である龍を倒せば魔物は消えると言う。しかし、軍や教会による幾度かの討伐は失敗に終わっています」
助手「だからこそ、人々は勇者という存在に希望を抱いている。僕も、その一人です」
僧侶「……」
助手「僧侶さんの前でこんなことを言うのは気が引けますが、神様は何処で何をしているのでしょうね……」
僧侶「えっ?」
助手「神が世界を創造したと言うのなら、何故こんな世界にしてしまったのか。神は、この現状すらも創造したのか……」ウーン
僧侶「……ごめんなさい。私にも、分かりません」
助手「えっ!? いやあの、決して責めているわけではないですよ?」
僧侶「……」ギュッ
助手「……僧侶さん。良かったら、話して下さいませんか。話すだけでも、楽になります」
僧侶「……………よく、分からないんです」
助手「分からない?」
僧侶「色々知って、分からないことが増えて、自分が分からなくなっていくんです」
僧侶「上手く言えないですけれど、知らない存在になってしまうような。そんな気がして……」
助手「……」
僧侶「知っていますか? 悪魔も恋をするんです」
助手「えっ?」
僧侶「傷付いて、迷って、誰かに縋る。弱くて、悲しい、一人ぼっちの女の子でした」
僧侶「悪魔だったのか人間だったのか、それは今でも分からないけれど……」
助手「……」
僧侶「ごめんなさい。変な話をしてしまって……」
助手「いえ、そんなことは……分からないのは、僕も同じですから」
僧侶「?」
助手「狩人さんと出会って、たった数日で世界の見え方がすっかり変わってしまった」
助手「知り得た一つ一つが大きくて深い。これまで生きてきたのが、幻だと思えてしまう程に」
僧侶「幻……」
助手「世界は分からないことだらけです。でも、分からないのなら知ればいい」
助手「そうすれば、いつかは分かる時が来る。答えは見つかるはずです」
僧侶「ありがとうございます……」ペコッ
助手「いえ、そんな……」
助手「(こうしていると、同じ年頃の女性にしか見えない。金砕棒の存在が異質だけど)」
僧侶「一つ、聞いても宜しいですか?」
助手「何でしょうか?」
僧侶「どうして狩人さんと?」
助手「……街の地下を見て、真実を知って、そこで助手になるように言われました。強制的でしたけどね」
僧侶「後悔はないのですか?」
助手「ない、とは言えないです。ですが、これで良かったのではないかとも思っています」
僧侶「何故です?」
助手「元は兵士でした。民を守る兵士として、自分なりに出来ることをしてきたつもりです」
助手「でも、僕は何も知らなかった。世界の仕組みも、こんなにも人間が窮地に立たされていることも」
僧侶「……」
助手「それが、この数日で真実を知って、狩人さんと出会って、本当のことに触れている」
助手「それが嬉しくもあり、怖ろしくもあります。付いて行くのに必死ですけどね」ニコリ
僧侶「ふふっ、私もです」
助手「何だか不思議ですね。こんな風に話せるなんて思ってもいませんでした」
僧侶「……この出会いが、良い方向に進んで行くと、そう信じたいです」
助手「勇者さんが心配ですか?」
僧侶「心配というか……勿論心配ですけど、あの人らしくないような気がして……」
助手「らしくない?」
僧侶「ん~、らしくないと言うか、何でしょうね」
僧侶「あの人が、狩人さんと共に行動するだなんて思いませんでした。はっきりしている人ですから」
助手「(確かに、危うく殺されるところだった。敵と判断したら容赦しない人なのだろう)」
僧侶「向かって来る敵は何がなんでも倒す人です。目付きが変わって、倒すことだけを考えるんです」
僧侶「そういう姿を何度も見ていますから、何があったのかなあって……」
助手「そんなに意外なのですか?」
僧侶「疑えというのが、あの人から教えられた一つですから……」
助手「ですが、僕を信じてくれましたよ?」
僧侶「ええ、そこにも驚いています」
僧侶「街を出てから考えることも多くなったようですし、何かあったのかなあ……」
助手「うーん。気になるのは分かりますが、そればかりは本人に聞くしかないですよ」
僧侶「そ、そうですよね。そうしてみます」
助手「(何だか、僧侶さんが小さく見える。いや、大きく見えていただけなのかもしれないな)」
助手「(こんなに小さな体躯で悪魔と戦っていのか。きっと、それだけ強く、勇者さんをーーー)」
僧侶「どうしました?」
助手「いえ、良い関係だなと思っただけです」
僧侶「?」
助手「(二人は、互いを信頼しているのだろう。狩人さんと僕も、そうなれるだろうか……)」
サァァァ…
助手「(……たった数日。たった数日が、僕のこれまでを容易く塗り替えた。この先にも、更なる何かがあるのだろう)」
助手「(その間に、僕は何かを見つけられるだろうか)」
【#22】次々と
巫女「早く、来ないかな……」
僧侶「昼までには来ると思う。もう少し待っていよう?」
巫女「わたし、あの人に話したいことがあるの」
僧侶「……そっか、でも本当に大丈夫? 無理に話さなくても良いんだよ?」
巫女「ううん、わたしは話さなきゃいけないの。もう、決めたの……」
僧侶「頑張ったんだね。今まで、ずっと我慢していたんでしょう?」
巫女「ガマン、なのかな……わたしも、よく分からない。あの人を見て、決めたの」
僧侶「?」
ザッ
助手「僧侶さん、おはようございます」
僧侶「あ、おはようございます。どうしました?」
助手「もうすぐ来ると思います。昼まで掛かると思いましたが、急いで来たようですね」
僧侶「そうですか、良かった……?」
ザワザワ…
助手「到着したようですが、何だか騒がしいですね」
僧侶「行きましょう!」タッ
ーーー
ーー
ー
勇者「悪い、待たせちまったな」
僧侶「いえ。それより、皆さんが……」
ザワザワ…
狩人「まあ、歓迎されていないのは分かる」
助手「昨夜説明したのですが、まだ受け入れてはいないようです」
狩人「それはそうだろう。もう一度、私からも説明した方が良さそうだ」ザッ
僧侶「ど、どうしましょう?」
勇者「俺が行く。お前等は此処にいろ」
狩人「……」
>>彼女が狩人か……
>>僧侶さんによると国側の人間らしい
>>それは昨日の男も同じだろ?
>>昨日の子は無害そうだったじゃない
狩人「(こうなると想定はしていた。しかし、思ったよりも多い。これは苦労しそうだ)」
>>どちらも国側の人間だ
>>昨日は受け入れてたじゃないか
>>全員が納得してるわけじゃないわ
>>本当に信用出来るのか?
狩人「(この雰囲気を見るに、私が幾ら話しても良い結果は得られそうにないな)」
ザッ…
勇者「俺が話す」
狩人「済まないね。そうしてくれると助かるよ」
勇者「聞いてくれ」
勇者「こいつは俺の力を狙っているが、この甲冑が外れるまでは手出しは出来ない」
勇者「甲冑が外れるまでは協力すると言っている。裏切ることは、まずないだろう」
勇者「お前等には近付けない。俺の傍に置いて監視する。それで納得してくれないか」
>>何で、そんな奴と一緒に?
>>置いてくれば良かったじゃないの
狩人「そうされても追うだけだ。大して意味はない。傍に置いた方が楽だと考えたのだろう」
狩人「安心したまえ。彼の目もある。貴方達に手出しは出来ないよ。手出しをするつもりなどないがね」
狩人「勿論、戦闘には参加する。彼との約束は守る。質問は以上かな?」
シーン…
狩人「宜しい。では……」
勇者「遅れを取り戻す。此処からは急ぐぞ」ザッ
>>態度のデカい女だったな
>>それは彼にも言えることだろ?
>>お前達、いつも守られといて良く言えるな
>>単に性格の話だよ。そう目くじらを立てないでくれ
>>狩人さんか、綺麗な女性だ
>>ああ、肌なんか真っ白だ。不健康そうだけど
>>やめてよ、こんな時に気持ち悪いわね
>>なっ!? そういう君だって、助手とかいう男を可愛いとか何とか言っていたじゃないか!!
>>下らない喧嘩は止せ。早く来ないと置いて行かれるぞ
勇者「……」ハァ
狩人「ははは。賑やかで良いじゃないか」
勇者「まあな、そこら辺は助かってる。落ち込まれるよりはずっと良いからな」
狩人「ところで、目的地のことだが」チラッ
巫女「……」サッ
狩人「やれやれ。それで? 目的地は何処なのかね?」
勇者「東にあるとしか聞いてねえな」
狩人「君は馬鹿なのか?」
勇者「言わねえもんは仕方ねえだろうが、何度聞いても着けば分かるとしか言わねえんだ」
クイッ
勇者「?」
巫女「言っても信じないから、言わないだけ」
勇者「だとよ」
狩人「彼女には随分甘いじゃないか。それで良いのか、君は」
僧侶「(な、仲良くなってる)」
僧侶「(何を話したんだろう? でも、戦うよりはずっと良い。ずっと良いけど……)」ギュッ
勇者「近々話す。そうだろ?」
巫女「う、うんっ!」
狩人「そうか。では、楽しみに待っておこう」
勇者「目的地が何処でも文句は言うなよ」
狩人「……ふむ。君、本当は既に知っているね? 何故言わない。皆も不安がると思うのだが」
勇者「それも、後で話す」
狩人「いいだろう」
ザッ…
助手「あの、少し宜しいですか」
勇者「どうした?」
助手「ちょっと此方へ。直接見た方が早いと思われます」
勇者「分かった。僧侶、代わってくれ」
僧侶「えっ? あ、はいっ」
巫女「……」
狩人「言いたいことがあるなら、言った方が良い。隠し事は、時に悲劇を生むからね」コソッ
巫女「……」
狩人「私には見えている。変わった魂の形をしているな。敵ではないようだが、何故隠す」
巫女「真実は、時に人を傷付ける。私にも目隠しが必要だと判断しただけ」
狩人「それが貴方の本性かね。貴方が何を話すのか、非常に興味がある」
巫女「……」
ザッ…
勇者「何してる」
巫女「……」
狩人「いや、なんでもないよ。それより、何があったのかね」
勇者「聖水の入った小瓶が割れた」
狩人「あれはそう簡単に割れるものではない。管理者は何をしていたのだ。残りは幾つある」
勇者「ない」
狩人「何?」
勇者「俺達が所持していた聖水も、助手の奴が所持していた聖水も、全て割れていた」
狩人「割れていたのではなく、割られていたの間違いではないのか」
勇者「出発前に確認した時は割れていなかったらしい。助手のもな」
狩人「私達が合流してから、それ程時間は経過していない。割られたのなら分かるはずだ」
勇者「だろうな。だが、誰も異変には気付かなかった」
狩人「他に手掛かりはないのかね」
勇者「小瓶には針を刺したような複数の穴があった。それ以外にはない」
狩人「保管方法は」
勇者「複数人が分担して所持していた」
狩人「不可解だな。誰一人気付かないとは……」
勇者「お前が持っていたのはどうだ」
狩人「……その可能性は考えたくはないが、確かめた方が良さそうだな」スッ
勇者「……」
狩人「……」
勇者「半分、残っていたな」
狩人「そのはずだ」
勇者「……面倒なことになったな」
狩人「どういうことだ。衣服は濡れてすらいない……」
勇者「(手の込んだ嫌がらせだな。魔女の仕業か?)」
僧侶「魔物が来ます!!」
勇者「考えるのは後だ」ジャキッ
狩人「ああ、分かっている」ガチリ
【#23】異種の台頭
勇者「皆、下がれ!!」
巫女「結界はわたしがやる」
僧侶「うん、お願い。皆さん、落ち着いて一ヶ所にまとまって下さい!」
狩人「助手、私の背後に付け。万が一魔物が抜け出した場合の処理を頼む」
助手「了解しました」
ザザザザザ…
勇者「(雑魚相手に癪だが、いつも通り避けながら戦うしかねえな)」ダンッ
ズドンッ!グシャッ…
勇者「(何だ、この数は……!!)」
ガリッ!ガリガリ…
勇者「ぐっ、離…せッ!!」ガシッ
ゴキンッ!
勇者「(魔物って言っても犬畜生じゃねえか。くそ、こんな奴等に噛まれた程度で……)」
僧侶「んっ!!」
ゴシャッ! ドサドサッ…
僧侶「立って!! しっかりして下さい!!」
勇者「……っ、分かってる」
僧侶「(もう出会った頃とは違う。この人に頼るわけにはいかない。私が、守る)」ジャキッ
僧侶「土、掴め」ザクッ
ゾゾゾゾッ!
僧侶「狩人さんっ!!」
狩人「了解した」ダンッ
ズパンッッ!
狩人「……減る気配がないな。どうする。このままでは押し切られて囲まれてしまうぞ」
僧侶「私がやります。下がって」
狩人「了解した」タンッ
僧侶「(岩、壁)」ザクッ
ドゴンッ!ドゴンッ!
僧侶「……」ジャキッ
狩人「(壁で挟んだ。が、塞いだわけではない。彼女は何をするつもりだ……)」
僧侶「焼き尽くせ」ザクッ
ゴォォォォッ…
狩人「(一匹残らず、確実に殺す為の壁か。土から炎、つまりは属性の切り替え。その上、この高威力……)」
僧侶「終わりましたね」
勇者「皆は無事か」
僧侶「はい、大丈夫です。魔物は一匹も通していません。あの、立てますか?」スッ
勇者「悪いな……」ガシッ
グイッ…
僧侶「さあ、先を急ぎましょう?」ニコッ
勇者「……僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「助かった。ありがとな」
僧侶「へへっ、私も戦えるようになったでしょう?」
勇者「ああ、そうだな……」
僧侶「どうしました?」
ザッ
狩人「おそらく、貴方に戦わせるのが心苦しいのだ。女性に無理を強いるのは、男性としては恥ずべきことらしい。助手がそう言っていた」
僧侶「へっ?」
助手「えっ!? いやその、別に僕は聞かれたから答えただけであって……」チラッ
勇者「……」ザッ
僧侶「あっ、待って下さい」タッ
ザッザッザッ…
狩人「ふむ、行ったか」
助手「狩人さん、何であんなことを……」
狩人「少し二人で話がしたくてね。ところで、君は彼女をどう思う」
助手「えっ、僧侶さんですか? 凄まじい魔術の使い手だと思いますが」
狩人「彼女はね、まだ数回しか戦っていないそうだ。実戦で魔術を扱うのも、数えられる程度だ」
助手「そんな馬鹿な……」
狩人「戦いに関してはは素人だが、突出した魔術の才能を持っている。最初はそう考えていた」
狩人「だが、人間には、属性の異なる高威力の魔術をほぼ同時に扱うなど出来はしない」
狩人「少なくとも、彼女以外にそのようなことが出来る魔術師を、私は知らないよ」
助手「何が、言いたいのですか……」
狩人「そう戸惑うな。魂に異常はなかった。彼女は間違いなく人間だよ。しかしーーー」
羅刹王『歪みを消し去れば、与えてやる』
羅刹王『その娘。そして、共にいる男だ。生かしておけば、人すらも滅ぼすだろう』
羅刹王『お前は存在してはならない歪みだ。その矢が、お前を殺すだろう』
狩人「しかし彼女は、何かが違うようだ。何かがね……」
【#24】岩屋
僧侶「男性は此方にお願いします」
>>男の方が狭いような気がするな
>>こんな時に文句言うな。眠れる場所を作ってくれただけ有難いと思え
>>彼女がしてくれる。それが当たり前になってるのさ。感謝は長続きしない
>>みたいだな。俺達は忘れないようにしよう
>>そうだな……
ザワザワ…
狩人「まさか此処までとはな。簡易的だが、寝床まで場所まで作ってしまうとは驚いた」
助手「あの状態を維持するにも魔力を消費するはずですよね……」
狩人「勿論だ。四方を囲む岩の壁、簡易住居、結界。彼女にしか出来ない芸当だよ」
ザッ…
僧侶「あの、狩人さんは私と一緒でも良いですか? ちょっと離れた場所ですけど……」
狩人「私は何処でも構わないよ。面倒を掛けて申し訳ない」
僧侶「助手さんは、その隣です」
助手「わざわざ別の場所に? 心遣い、感謝します」
僧侶「いえ、今日はお疲れ様でした。短い時間ですけど、しっかり休んで下さいね」
狩人「ところで、彼は?」
僧侶「えっと、向こうです。今は巫女ちゃんと一緒にいます。大事な話があるらしいです」
狩人「……」
助手「勇者さんは、いつも一人なのですか?」
僧侶「はい、あの姿に慣れていない方が多いので……」
助手「……そうでしたか」
僧侶「では、行きましょう」
助手「は、はい。お願いします」
トコトコ…
狩人「(あの二人が何を話しているのか、非常に興味がある。だがーーー)」
僧侶「狩人さん、行きましょう?」
狩人「(なる程、監視は彼女に任せたと言うわけか。仕方がない、ここは従うとしよう)」
【#25】我
勇者「で、話ってのは何だ?」
巫女「わたしのこと、僧侶のこと。そして、魔女のこと」
勇者「何故、俺にだけ話す。あいつには話さないのか?」
巫女「話しても受け止められない。混乱を招くだけ。出来ることなら、貴方から伝えて欲しい」
勇者「何故だ」
巫女「その方が安全」
勇者「取り敢えず話せ。それからだ」
巫女「分かった。まず、僧侶と私の魔力が同じであることには気付いていた?」
勇者「ああ、会った時にな。だが、今の魔力は出会った時とは違う」
勇者「魔力の質を変えるなんてのは聞いたことがねえ。偽装は出来ないはずだ」
巫女「全ては僧侶の為にしたこと。僧侶は、私や魔女とは違う。記憶を持たない」
勇者「記憶がない? いや、いい。続けてくれ」
巫女「魔力が同じなのは、私と僧侶が同じ存在だったから。それから、魔女も」
勇者「……続けろ」
巫女「元々は同じ場所にいた」
巫女「あらゆるものを見渡せる場所で、あらゆるものを見渡せる目を持った存在として」
勇者「……」
巫女「始めは存在と呼べるのかさえ分からない何かだった。見ているだけの何かだった」
巫女「見ているという意識などなかった。見ていたというのも、正しい表現なのかどうか分からない」
巫女「私は生命の移り変わりを、大地の形成を、種の滅びと誕生を、その繰り返しを見ていた」
巫女「私が私を認識したのは、人が誕生してからだった。いや、認識させられた」
勇者「人間にか」
巫女「そう。人は奇妙なことをし始めた。存在しないはずの何かを崇め、祈り、願い、愛し、怖れた」
巫女「供物を捧げ、踊り、歌った。それは人だけが取った行動だった」
巫女「太古の獣にも、木から下ることを選んだ獣にも、そんなものはなかった」
勇者「……」
巫女「それは無視できないものとなり、私はそこにいられなくなってしまった」
勇者「何故」
巫女「世界を自由に飛び回り、全てを見渡す目を持った鳥が、突然窓のない箱に閉じ込められた。それが、どれ程のことか分かるでしょう」
勇者「……」
巫女「視野は急速に狭まり、全ての私が一つとなり、私は私に押し込められ、更に混乱を来す」
巫女「私は何とかしようとしたけれど、事態は改善しないまま、時だけが過ぎた」
巫女「その間も聞き続けていた。貴方達の声を、あらゆる声を、私は聞き続けてきた」
巫女「私を呪う声、私に救いを求める声、存在を揺るがす程の叫びが、長い長い間、私を苦しめた」
巫女「遂には、私は私を忘れ、更に小さな存在となって、何も知らぬまま、此処にいた」
勇者「居た?」
巫女「そう。移動したわけではなく、物質として、肉体を得て存在して、私は此処にいたの」
巫女「ただ、以前の記憶を失っていたのは幸運だった。同じような混乱は避けられた」
巫女「私は此処で生きる人々と同様に無知で、何かに縋らなければ生きていけない、弱い生物となっていた」
勇者「……」
巫女「そして、初めて出会ったのが、貴方」
勇者「待て。お前は出会った時から知識を持っていた。無知ではなかったはずだ」
巫女「貴方が教えてくれた」
勇者「何かを教えた覚えはねえな」
巫女「貴方が私を助けてくれた」
巫女「無知で希薄な私を守ってくれた。世界を見せてくれた。私を教えてくれた」
勇者「何をーーー」
巫女「私は貴方の傍にいることを望んだけれど、貴方は私を置いて龍と戦い、敗れた」
勇者「なっ……」
僧侶『貴方は私を置いて、一人で龍と戦ったわ』
僧侶『私が目を覚ました時には終わっていたわ。息絶えた貴方と、傷だらけの龍がいた』
僧侶『何度も甦らせようとしたけれど、幾ら魂に呼び掛けても、貴方は戻って来なかった』
巫女「どうしたの?」
勇者「いや、今はいい。続けてくれ」
巫女「分かった。私は何度も蘇生を試みたけれど、貴方が蘇ることはなかった」
巫女「私には、貴方の死を受け入れられるはずがなかった。そして、爆発が起きた」
勇者「爆発?」
巫女「そう、あれは爆発だった。芽生えた自我と、溢れ出る強烈な感情が、元々の記憶を呼び覚ました」
巫女「そして、一ヶ所だけを残して、あらゆるものが爆発に巻き込まれた」
勇者「何?」
巫女「それが、今目指している場所。貴方が行くべき場所。戦う意味を、探す場所」
勇者「……」
巫女「話が逸れた。爆発は力を生んだが、一つの存在には、到底耐えられるものではなかった」
巫女「想いに任せた爆発の連続が終わった時、気付けば、私達は三つに分かれていた」
勇者「それが、お前と僧侶、そして魔女か」
巫女「そう。何が起きたのかを把握するには、私にも時間が掛かった」
巫女「彼女。いや、魔女は、元に戻ったと言っていた。次は、自分自身の意思で決めるのだと」
勇者「何を決める……」
巫女「救うに値する生命なのか、救うに値する世界なのか、人の望みし存在として、世界を見定める」
勇者「……」
巫女「魔女は既に決めている。貴方を利用して、滅ぼそうとしている」
勇者「神としてか? 馬鹿げてる」
巫女「そうしたのは、人。私達をそうしたのは人の意思。信仰と、呪詛」
勇者「人が、神を創ったってのか……」
巫女「その解釈が正しいとは断言出来ない。私達は、始まりから存在していたから」
勇者「押し付けたんだな。人が、お前達に、この世界の全てを……」
巫女「……」
勇者「一つだった時と今は違うのか? 誰が三つに分かれることを決めた?」
巫女「決めたのは、元の私。一番近いのは魔女。多くの力と、感情を引き継いでいる」
巫女「魔女は、私や僧侶とは違う。何か別のものを宿している。だから、魔力も違う」
勇者「僧侶は何なんだ。あいつには僧侶としての記憶、過去がある」
巫女「僧侶は創造された命、創られた過去、極めて人に近い性質、信仰と現実で揺れる存在」
勇者「意味が分からねえ。何故そんなに面倒なことをした」
巫女「僧侶は人間として決める。それが役目」
勇者「何もかもが偽りか」
巫女「彼女の中では本当の過去。でも、綻びはある」
勇者「綻び?」
巫女「爆発によって生まれた歪み。記憶の辻褄が合わない部分は必ずある」
勇者「気付くのか」
巫女「いずれは」
勇者「半端臭えことしやがって……」
勇者「お前は俺から伝えろと言ったが、俺が言ったところで混乱する」
巫女「私も力を貸す。矛盾をなくす」
勇者「そんなことは不可能だ」
巫女「私には、それが出来る。信じて」
勇者「……もう一つ、聞きたいことがある。この屍肉と骨には、魂が宿っていると言っていた。狩人が言うには俺の魂らしい」
巫女「だから貴方は……」
勇者「あ?」
巫女「貴方が羅刹王を倒せなかったのは、魂が分散していたから。よって、力も分散した」
勇者「それはいい。お前には魔女が何をしたのか分かるのか?」
巫女「過去と呼んで良いのか分からないけれど、過去の貴方の魂を宿らせたのだと思う」
勇者「どうやって? お前の言ってることが真実なら、その俺は既に死んだはずだ」
巫女「無理矢理に魂を呼び起こし、定着させたと考えられる。爆発の際に持ち出したのかも分からない」
勇者「何でもありだな」
巫女「そうでもない。貴方を蘇生出来なかったのが、その証。優れた力も、扱えなければ意味がない」
勇者「それで爆発か。ガキみてえだな」
巫女「正しく、その通り。あの時の私は、生まれたばかりの赤子同然だった」
勇者「お前は何処まで知っている。全てが見えているのか?」
巫女「今の私には見えない。何もかもが見えていた頃の私には、決して戻れない」
勇者「……」
巫女「話を戻す。先の話が事実なら、魂は重なり始めているはず。何か兆候は?」
勇者「夢を見た」
巫女「夢……」
勇者「俺は夢の中で、魔女を僧侶だと認識していた。以前からそうだったようにな」
勇者「どんな関係だったかは知らねえが、随分と気を許していたよ」
巫女「記憶の混乱はあるの?」
勇者「ああ、気持ち悪くて吐きそうだ。夢を見てからな」
巫女「完全に繋がるまでは、それが続く」
勇者「……繋がれば、どうなる」
巫女「分からない。魂の同化が何を及ぼすのか想像は出来ない。見たことがない」
勇者「死んだ俺は、俺と違うのか?」
巫女「僧侶と出会うまでは同じ。貴方と僧侶だけが、前とは違う。歪められた存在」
勇者「(歪みってのは、このことか)」
勇者「死んだ俺とは何が違う?」
巫女「そんな姿にはならなかった」
勇者「魔女はいねえからな。それは分かる。他にはねえのか」
巫女「それから、狩人と助手はいなかった。旅は私と貴方だけ。全てが同じにはならない。貴方も、前とは違う」
勇者「何が?」
巫女「前は私を育ててくれた。兄であり、父のような、頼れる存在だった」
勇者「冗談だろ……」
巫女「冗談じゃない。本当」
勇者「俺が育てただと? 馬鹿言うな、そんなことをするはずがねえ」
巫女「あの人を悪く言うのはやめて。貴方だって、勇者を馬鹿されたら怒るくせに」
勇者「……悪かったな」
巫女「別にいい」
勇者「しかし、育てたってのはどういうことだ? まさか、赤ん坊の状態から育てたのか?」
巫女「違う。この状態から育てた。此処に来た時の姿が、私」
勇者「成長するのか」
巫女「元の私は成長した。成長速度は人間とは違う。精神に見合った姿になる」
勇者「いきなり大人になるってのか」
巫女「そんな感じ」
勇者「……そうか。つーか、お前ってそういう奴だったんだな。いつものは演技か?」
巫女「あれは違う」
巫女「私は薄いから、巫女のような人格を作った。それは巫女も薄々分かっている。理解出来ているかは分からないけど」
勇者「薄いってのは何だ」
巫女「感情が希薄。表現が下手」
巫女「これでは人に溶け込めない。だから創った。魔女が感情を色濃く受け継いだから、そうなった」
勇者「僧侶は?」
巫女「自我が芽生え始めた頃の私に似ている。世界を知り始めた時の私に近い」
巫女「あの年頃の性格に近付ける為に、意図的にそうしたのだと思う。それぞれ違う」
勇者「肉体的な状態もか?」
巫女「精神的にも肉体的にも違う。原型となった姿も三つある」
巫女「私は最初の頃、子供。僧侶が中間、子供と大人の間。魔女は成長した後、大人」
勇者「……」
巫女「どうしたの?」
勇者「お前も魔女も、最初から僧侶の存在を知っていたんだよな」
巫女「知ってた。魔女は僧侶が大嫌い」
勇者「それは分かる。僧侶も嫌いだろうけどな。だが何故? 元は一つなんだろ?」
巫女「だから嫌いなの」
巫女「何も知らない頃の、貴方を失う前の自分を見せられているようで、許せないんだと思う」
勇者「……お前は、どうなんだ」
巫女「私は力になりたい。僧侶は、私や魔女とは違う。過去に囚われず、前を見ている」
巫女「囚われる過去がないとも言えるけど、私や魔女のように記憶があったら、私達と同じだったと思う」
勇者「……そうか」
巫女「貴方はどうするの?」
勇者「何も変わらねえよ。龍を殺し、魔女も殺す。それしかねえだろう」
巫女「魔女と、戦える?」
勇者「それ以外に、何がある」
巫女「……魂が完全に繋がるまでに何とかした方が良い。そうしないと、躊躇いが生じる」
勇者「何てことはねえさ……なあ、巫女」
巫女「?」
勇者「よく、話してくれたな」
巫女「信じるの?」
勇者「どうだろうな。何となく理解はしたが、信じられるかどうかは分からねえよ」
勇者「お前と僧侶の魔力が同じなのは気になってたが、こんなことになるとは思わなかった」
巫女「魂が繋がれば、信じる」
勇者「……かもな。ところで、聖水の小瓶を割った奴を知ってるか?」
巫女「知らない。以前は、そんなことは起きなかった」
勇者「……そうか。なら、何とかするしかねえな。もう話すことはないか?」
巫女「昨夜のことを話したい」
勇者「昨夜? 何かあったのか?」
巫女「昨夜、助手が言っていた」
巫女「神は何処にいるのかと、何故こんな世界にしたのだと、神が居てくれたらと……」
勇者「お前は神じゃない。世界を創ったのも、お前じゃないんだ」
巫女「分かってる。でも、考えた」
勇者「何をだ」
巫女「もしも私が神だったら、どうするのだろうって」
勇者「どうするのか、決めたのか?」
巫女「分からない。でも」
勇者「……」
巫女「でも、もし、私が神だったら、今のような世界にはならなかったと思う」
勇者「そうか、そうかもな……」
巫女「神が憎い?」
勇者「いなくて清々してる」
巫女「じゃあ、私のことは?」
勇者「お前が神なんかじゃなくて良かったと思ってるよ」
巫女「これからも、一緒にいていいの?」
勇者「他に行くとこがあるのか?」
巫女「……ない」
勇者「だったら、此処にいろ」
巫女「う、うんっ!」
勇者「さあ、そろそろ休め。今日は疲れただろ」
巫女「待って」
勇者「ん?」
巫女「僧侶とも話をして欲しい。悩んでいるみたいだったから」
勇者「分かったよ」
巫女「……ねえ、あなた」
勇者「ん?」
巫女「知りたいこと、聞きたいことは、まだ沢山あると思う。でも、直に分かる。何もかも」
勇者「そうかい……」
巫女「きっと、大丈夫。前と同じにはならない。僧侶がいる。皆もいる。私もいる」
勇者「そうか、そうだな。ありがとう……」
巫女「ねえ、もう少しだけ、一緒にいてもいい?」
勇者「好きにしろ。こんな化け物と一緒でいいならな」
巫女「貴方は化け物じゃない。幾ら魔女でも、貴方の心までは変えられない」
勇者「……」
ポカッ…
巫女「なんで?」
勇者「随分と気が利く返しをすると思ってな。巫女、変に気は遣わなくていい。お前が疲れるだけだ」
ポンッ…
巫女「(あっ。これ、懐かしいやつだ)」
勇者「いいか、ちゃんと戻って寝ろよ。俺が連れて行くと、あいつ等が叫ぶだろうから」
巫女「(前とは違うけど、本当は違わない。この人は、この人のままだった……)」
簡単に
全部見える。見えるだけ。自我とかない何か。
↓
人が進化、神と名付けた何かに祈ったりし始めた。
↓
私は私を認識した。一つの存在になる。狭い。
↓
人増える。宗教作る。祈り続ける。
↓
苦しい。私はますます存在を固定されて、以前のように飛べなくなる。
↓
私はそれに耐えきれずに墜落。肉体を得てしまう。容量少ない。記憶ない。
↓
勇者と出会う。勇者が助ける育てる旅をする。
↓
私は懐いた。とんでもない速さで成長した。
↓
勇者が私を置いていく。追う。絶対見つける。
↓
勇者が龍と戦って死んでいた。
↓
勇者死ぬのは絶対嫌だ。私は私を思い出した。目茶苦茶しても助ける。
↓
爆発。良く分からないけど時間が戻った。
↓
とんでもない力だ。私は一つの存在ではいられない。元の私を三分割。
↓
魔女、巫女、僧侶。
↓
魔女と巫女は自分で決めること。僧侶は勇者と旅して人間目線で決めること。
↓
僧侶はそれを知らない。勇者と出会う。旅をする。
↓
魔女は滅ぼすと決めた。
↓
今
【#26】彼女の気持ち
助手「はぁ」トスン
助手「(狩人さんと旅をしてから、一日一日の内容が濃すぎる。多分、まだ三日くらいのはずだ)」
助手「(もう何ヶ月も旅をしているような感じがする。しかも勇者さんと一緒に旅するだなんて……?)」
僧侶『あの』
狩人『何かな?』
助手「(そ、そういえば隣だった。壁際だからか、僅かに声が漏れてくる)」
助手「(速やかに此処を出るべきだろうか。しかし、他の人も警戒していたしーーー)」
僧侶「何故、あの人と一緒に?」
狩人「やれやれ、まだ私を疑っているのか。少しは彼の判断を信じたらどうだ」
僧侶「それは……」
狩人「まあいい、このままでは互いに疲れるだけだ。貴方にも話しておこう」
僧侶「えっ?」
狩人「何を驚くことがある。彼には既に話しているのだ。今更隠す必要もないだろう」
僧侶「それは、そうですけれど……」
狩人「意外かな?」
僧侶「……はい。他人に目的を知られるのは、極力避けているように思っていました」
狩人「それも仕方のないことだよ。そう思われて当然の言動を取っていたからね」
狩人「では、一度しか話さないから良く聞きたまえ。質問は後にしてくれると助かる」
僧侶「はい。分かりました」
ーーー
ーー
ー
僧侶「……彼女を処刑したのが、先の勇者」
狩人「そういうことになるね。我ながら、過去に縛られているとは思うよ」
狩人「その点で言えば、私も彼のことは言えない。彼と私では、目指すものが違うがね」
僧侶「(彼女は、狩人さんにとってどんな人だったんだろう。母親、とかなのかな?)」
僧侶「(あらゆる障害の克服。進化。それは、狩人さんにとっても希望だったはずだ)」
僧侶「(もしかして、復讐するつもりだったのかな。力を受け継いだ、あの人に……)」チラッ
狩人「いや、そんなつもりはないよ。彼にも、先の勇者にも、憎しみはない」
僧侶「何も言ってないです」
狩人「顔に出ていた。彼と再会してからの貴方は、非常に分かりやすいよ」
僧侶「うっ……はぁ、あの人にも同じことを言われました。お前は分かりやすい女だって」
狩人「はははっ、まあ良いじゃないか。知られて困るようなことでもないだろう」
僧侶「でも、何か嫌です……」
狩人「(小さくなってしまった。こうして横顔を見ると、まだ少女の域を出ないな)」
狩人「(少女のような振る舞いに反して、魅惑的な身体。本人は気付いていないようだが、ある意味で危うい女性だ)」
狩人「(庇護欲そそる女性というのは、このことを言うのだろうか? 私には理解出来ないが)」
僧侶「あの、狩人さん」
狩人「何かな」
僧侶「狩人さんは、彼女の為に研究を?」
狩人「影響を受けたのは確かだが、決めたのは私だ。言っただろう、進化の道を作ると」
僧侶「勇者とは人に奉仕する存在だと言うのもそこから? 勇者であった彼女の姿を見ていたから、貴方はあの人を……」
狩人「……」
僧侶「ご、ごめんなさい。勝手に推察してしまって……」
狩人「いや、構わないよ。彼を勇者だと認めなかったのは、それも関係しているだろう」
狩人「勇者が人に尽くす存在であるべきだという考えは、今も変わらない」
僧侶「今でも、あの人が嫌いですか?」
狩人「好き嫌いではないよ。ある点に於いては信頼出来るが、全てを信じているわけではない」
僧侶「じ、じゃあ、あの人の体が元に戻ったら? あの人と戦うのですか?」
狩人「それを決めるのは私だけではない。彼がどのような決断をするかで、また変わる」
僧侶「そう、ですよね……」
狩人「あまり楽しい話ではないな。この話は、もうやめよう。貴方の精神にも良くない」
僧侶「……はい」
狩人「僧侶さん、私からもいいかな。少し別の話をしよう。気分転換だ」
僧侶「気分転換? 何でしょうか?」
狩人「彼をどう思っているのかね」
僧侶「えっ!?」
狩人「私ばかり情報を与えるのは不公平と言うものだ。貴方もそうするべきだと思うのだが」
僧侶「そんなことを言われても、と言うか、気分転換になってないです……」
狩人「無理に話さなくてもいい。ただ、その場合は此方で勝手に判断する」
僧侶「は、話します。話しますから、そういうのはやめて下さい」
狩人「む、そうか」
僧侶「(変な誤解されるのも嫌だし話そう。狩人さん、あんまり興味なさそうだけど……)」
僧侶「ありふれた言葉ですけど、とても大切な人です。色々気付かせてくれた人でもあります」
僧侶「あの人、今はとても弱っているから……私が守りたいなって、そう思います」
狩人「肉体関係はあるのかね?」
僧侶「あははっ、そんなのないですよ……ん?」
狩人「……」
僧侶「に、肉体関係!? ないですよ!! 貴方は何を言い出すんですか!!」
狩人「これは至って真面目な質問だ。街で見た幾つかの資料にはそう記されてあった」
僧侶「……神聖娼婦、ですか?」
狩人「ああ、貴方の項目にはそうあった。しかし、貴方を見ていると、どうもそのようには見えなくてね」
狩人「獣性を収めるだけの肉体関係では、そこまで献身的にはなれない。記載内容とは違うと思ったのだよ」
僧侶「……」
狩人「複雑な事情があるなら、話さなくても構わない」
僧侶「いえ、話します。私も、それについては整理したいと思っていたので」
狩人「……」
僧侶「私は、あの人の力になるようにと、司教様の計らいで同行することになりました」
僧侶「もしかしたら、そのような役目も期待されていたかもしれません。あの人も知っていたかも知れない」
狩人「……」
僧侶「けれど、私は一度たりとも、そのような行為を強いられたことはありません。行為を求められたこともありません」
僧侶「望まれたことも。勿論、他に何らかの理由があって行為に及んだこともありません」
僧侶「私は、そのような存在として、あの人の傍にいたことはありません」
僧侶「あの人は、そんな人じゃない……」ギュッ
狩人「……」
僧侶「今も傍にいるのは私自身の意思です。私が、そうすると決めました」
狩人「……そうか。済まないな、結局嫌な話になってしまった」
僧侶「いえ、話せてすっきりしました。ずっと、もやもやしていたので良かったです」ウン
狩人「それは良かったよ。しかし、別の面で気になってしまうな」
僧侶「何がです?」
狩人「いや、数ヶ月共に過ごしているのだろう?」
僧侶「はい、そうですけど……」
狩人「彼は大丈夫なのかと思ってね。性欲、それによる獣性の昂ぶりというのは馬鹿に出来ない」
僧侶「へえ~、そうなんですか」
狩人「……」
僧侶「?」
狩人「本当に、何もなかったのか」
僧侶「な、ないですってば。あの人は強いんです。そんな気持ちには負けません」
狩人「成る程、それは素晴らしい。性衝動に抗うには余程の精神力、自制心が必要だからね」
僧侶「そうです。あの人は強いんです。そういう素振りは見せたこともないですからね」ウン
狩人「ふむ」ジー
僧侶「えっ、何ですか」
たゆんっ
狩人「まあ、貴方に問題があるわけではなさそうだ。貴方を女性として見た時、興奮しない男性はいないだろう」
僧侶「興ふ………………ん!?」バッ
狩人「どの部位に興奮するのかは、人それぞれだがね」
僧侶「部位とか言わないで下さい……」
狩人「だとすると、彼の方に問題があるのかもしれないな」
僧侶「へっ?」
狩人「今の時代、男色の気があるのは別段おかなしなことではない」
僧侶「あははっ。まさか、あの人に限ってそんなことは有り得ませんよ」
狩人「……」
僧侶「……本気で言ってます?」
狩人「勿論だ」
僧侶「絶対に有り得ません。あの人がいやらしい目で見られていたことはありますけどね」
狩人「男性にか?」
僧侶「いえいえ、性別を問わずです。露骨にそのような誘いをする方もいましたからね」ウン
狩人「何故貴方が誇らしげなのだ」
僧侶「それは、えっと、あの人、顔立ちは良いですから。今はちょっと、あれですけど……」
狩人「顔や肉体の造形が美しいのは私も認めるよ。男性まで虜にするとは驚きだ。しかし」
僧侶「?」
狩人「しかし、それは何の証明にもならない」
僧侶「」
狩人「戦いの途絶えない旅路の中、貴方のような女性が傍にいる。その先は想像に難くない」
狩人「そう考えると、彼が何かしらの問題を抱えていると思わずにはいられないのだよ」
僧侶「問題なんてありません。あの人は男性的です。口調や振る舞いを見れば分かるでしょう」
狩人「そうは言うが、此方には助手がいる。少々不安なのだよ」
僧侶「ば、馬鹿なこと言わないで下さい!!」
狩人「証明出来るのかね?」
僧侶「出来ます!! えっと、え~っと…………!!」ハッ
狩人「?」
僧侶「も、揉まれたことならあります!」
狩人「揉まれた? それを?」
僧侶「それとか言わないで下さい」
狩人「失礼。乳房を揉みしだかれたわけだね?」
僧侶「違います。揉みしだかれてはないです。揉まれただけです」
狩人「それで?」
僧侶「それだけですけど……」
狩人「それでは何の証明にもならないだろう」
僧侶「ぐっ。もうっ、何なんですかさっきから!! 何が言いたいんですか!?」
狩人「事実を述べているまでだよ」
僧侶「事実無根です! そっちだって証明出来ないでしょ!?」
狩人「いや、私は男性として少々問題があるのではないかと言っているだけだよ」
僧侶「疑ったら何とでも言えるじゃないですか!! ないものは証明出来ませんよ!!」
狩人「ほう。随分と必死じゃあないか」
僧侶「ば、馬鹿にしてますねぇ?」イラッ
狩人「いや? そんなことはないよ?」
僧侶「くぅ……!!!!」ハッ
狩人「ふふっ、どうしたのかね?」
僧侶「狩人さんっ!! 貴方、本当は女性が好きなんでしょう!?」
狩人「何を馬鹿な。それこそ有り得ない」
僧侶「じゃあ証明してみて下さいよ!!」
狩人「!?」
僧侶「おやぁ? どうしましたかぁ? 早くして下さいよ、さあさあさあっ!!」
狩人「いや、私はただーーー」
僧侶「3、2、1。ほら出来ない!! 同じことですよ!! はいっ、この話は終わりっ!!」バンッ
狩人「……っ」
僧侶「(ふん、勝った。狩人さんに勝ってやった。私の勝ちだ。馬鹿なこと言うからだ)」
狩人「くっ。フフッ、アハハハッ!!」
僧侶「え?」
狩人「私はからかっただけだよ。それを貴方は、勝ち誇った顔で……っ、アハハハッ!」
僧侶「……私もからかっただけですけど?」
狩人「フ、フフッ、見え透いた嘘と、その顔はやめてくれ」
僧侶「……」
狩人「からかっただけですけど? フフッ…」
僧侶「真似しないで下さい」
狩人「フフッ…」
僧侶「ひ、人の気持ちを弄ぶなんて最低です!」
狩人「人聞きの悪いことを言わないでくれないか。貴方が勝手に話しただけだ」
僧侶「っ、屁理屈じゃないですか!!」
狩人「ちなみに、胸を揉まれたと高らかに言い放ったのも貴方だ」
僧侶「~~!!」カァァ
狩人「ハハハッ、冗談だよ。悪かったね。貴方の反応があまりに面白くて、つい」
僧侶「ふん、もう良いですよ。真面目に考えた私が馬鹿でした」
狩人「真面目に?」
僧侶「っ、真面目にもなりますよ。だって……」
狩人「……」
僧侶「……」
狩人「……言わなくてもいい。何となくだが、貴方を見れば察しは付く」
僧侶「そんなんじゃないです。この感情がどんなものか、自分でも分からないですから」
狩人「大丈夫だ。彼も、男性も気があるわけではないよ。それは私にも分かる」
僧侶「そんな心配はしていません!!」
狩人「貴方に手を出さないのは、己を強く律しているからだろうね」ウン
僧侶「あの、からかうのか真面目に話すのかどちらかにしてくれます?」
狩人「それを可能にしているのは、貴方に対して特別な思いを抱いているからに違いない」
僧侶「無視しないで下さい。と言うか、何故言い切れるのですか?」
狩人「彼は貴方の手を取った。それが証明だ」
僧侶「それだけで特別だなんて、言い過ぎですよ……」
狩人「私の手は掴まなかった」
狩人「それも、魂が砕け散ってもおかしくない状態で、羅刹王の矢に貫かれたにも拘わらずだ。どうかな、少しは安心したかね?」
僧侶「……安心とは、少し違います」
狩人「いや、ひょっとすると、単に貴方を性行為の対象として見ていないだけなのかもしれないな……」
僧侶「えっ?」
狩人「彼は私のように細身の女性が好みなのかもしれないよ? 性的、肉体的嗜好と言うやつだ」
僧侶「……」ジー
狩人「?」
僧侶「(確かに、細身だけど艶めかしい。病的に白い肌が、妖しさを醸し出している)」
僧侶「(男性って、こういう雰囲気の女性に弱いのかな。妖艶と言うか、魔性と言うか)」
僧侶「(手首なんて、握ったら簡単に壊れちゃいそうだ。守りたいって、思うのかなぁ……)」
狩人「そこまで遠慮なく観察されると注意する気もなくなるよ。存分に見たまえ」
僧侶「い、いえ、もう結構です。ありがとうございました」
狩人「ふふっ、そうか。それで? 私の身体を見て何か分かったかね?」
僧侶「と、とても、お美しいと思います。白くて、細くて……(そもそも綺麗だし)」
狩人「ははは。ありがとう」
狩人「しかし、まじまじと見ておいて感想はそれだけか。もっと、じっくり見てもいいのだよ?」
僧侶「(うっ。思わずドキリとしてしまった。こういうことをさらっと言えるのが大人なのかな)」
狩人「ああ、言っておくが先程のも冗談だから安心したまえ。彼は私に欲情などしていないし、そもそも、私をそういった目では見ていない」
僧侶「……」
狩人「悪かったね。つい、からかいたくなってしまった」
僧侶「冗談には聞こえないので今後はやめて下さい」
狩人「はははっ。分かったよ」
ザッ…
僧侶「?」
勇者「僧侶、ちょっと来い」
僧侶「は、はいっ! 今行きます!」
狩人「良かったじゃないか、誘われて」
僧侶「狩人さん、本当に怒りますよ」
狩人「早く行きたまえ。彼が待っているよ?」
僧侶「くっ……」
狩人「何かな?」
僧侶「何でもありません。では、行ってきます。すぐに戻りますので」
狩人「遠慮は要らないよ。ゆっくりしてくるといい」
僧侶「すぐに、戻りますっ!!」
ザッ
狩人「……行ったか。ああして話すのも、悪くなーーーッ、ゲホッ、ゲホッゲホッ…?」
ボタボタッ…
狩人「(当然の結果だ。王位と戦って、無事に済まないことは分かっていた)」
狩人「(あれだけ回転を速めたのだ。寿命を縮めるのは承知の上だ。しかしーーー)」
狩人「ッ、ゲホッゲホッ」グラッ
狩人「(しかし、これ程までとはな。少々、無理をしすぎたようだ)」
ザッ…
助手「狩人さん、しっかりして下さい!」
狩人「……大丈夫だ。まだ、大丈夫だよ。少し横になれば、落ち着く」
助手「僧侶さんを呼んできます」
ガシッ!
助手「狩人さん、何を……」
狩人「止せ、呼ばなくて良い」
助手「しかし、そのままでは」
狩人「私に治癒の魔術は通用しない。私の体が邪魔をするのだ」
助手「そんな……」
狩人「そんな顔をするな。君にはまだ教えることがある。まだ、逝くことはしないよ」
助手「本当に、大丈夫なんですね?」
狩人「ああ、この痛みは以前にも経験したことがある。助手、聞いてくれ」
助手「な、何ですか? 何でも言って下さい」
狩人「盗み聞きは、感心しないな」ニコリ
助手「い、いやっ、僕は別に」
狩人「ふふっ、まあいいさ。最初から、君に聞こえるように話していたからね」
助手「(……やられた。この人には、あらゆる面で勝てる気がしない)」
狩人「研究内容については、いずれ話す」
狩人「君には、もっと多くのことを知って貰わなければならないからね」
助手「はい、お願いします」
狩人「……たった数日で、顔付きが変わったな。少しだけ頼もしくなったような気がするよ」
助手「……」
狩人「しかし、その瞳は変わらないな。いいか、助手。決して、曇らせてはならないよ?」
助手「……はい」
狩人「分かればいいのだ。私は、少し眠るよ」
助手「此処にいます」
狩人「フッ。まったく、君は心配性だな。まあいいさ、好きにしたまえ……」
助手「(狩人さんには残された時間は少ない。その時間を、無駄にはさせない)」
【#27】受心の兆し
勇者「……」
僧侶「(この人が私を呼ぶなんて珍しい。巫女ちゃんと話したことで何かあったのかな?)」
勇者「お前、何か気になることはあるか」
僧侶「気になること、ですか……」
勇者「……」
僧侶「……羅刹王は、貴方と私を歪みと言っていました。それが気掛かりで、少し不安です」
勇者「……」
僧侶「あのぅ、聞いていますか?」
勇者「ああ、聞いてる。そのことだが、ついさっき巫女から聞いた」
勇者「あの化け物が、俺とお前を歪みと称した理由も分かった」
僧侶「分かったって、どういう……」
勇者「自分から言っといて何だが、今は話せない」
僧侶「何故ですか……」
勇者「少し、聞いてくれ」
僧侶「……分かりました」
勇者「聖水の件でもそうだが、事実を知って傷を負うこともある。今回もそうだ」
勇者「話したくないわけじゃない。どう伝えるべきか、俺にはまだ分からないんだ」
僧侶「(この人も悩むんだ。でも、そうだよね。何を聞いたのかは分からないけれど……)」
勇者「けどな、必ず話す。あいつ等を預けて落ち着いたら、必ずな」
勇者「だから、何だ……今話さない理由は、お前に対しての疑いや何かが原因じゃない」
僧侶「大丈夫です。それは分かります」ニコッ
勇者「……」
僧侶「?」
勇者「僧侶、俺はお前を裏切らない。何があっても、お前を死なせはしない。いいな」
僧侶「は、はいっ」
勇者「まあ、お前から守られてる俺が言えたことじゃないけどな」
僧侶「(びっくりした。この人が、そんなことを言うなんて……)」
勇者「俺からは、それだけだ」
僧侶「あのっ、それを言う為だけに私を?」
勇者「何だ、不満か?」
僧侶「いえ、別にそういうわけでは……」
勇者「そうかよ」
僧侶「(へへっ、嬉しいな。もっと頑張ろ)」
勇者「無理はするなよ」
僧侶「はいっ!」ニコッ
勇者「じゃあ、もう寝ろ」
僧侶「えっ……」
勇者「何だよ、その面は」
僧侶「もうちょっと話したりしたいです」
勇者「何? 何かあんの?」
僧侶「………あの、男の人が好きだったりしないですよね?」
勇者「次に言ったら殺すぞ」
僧侶「ひっ、ごめんなさいっ!!」
勇者「……チッ、真剣に聞いてんのは分かる。お前が言うような嗜好を持った奴等は確かにいる」
僧侶「え?」
勇者「国の権力者、教会の指導者。どいつもこいつも、似たような奴等ばかりだったよ」
僧侶「何で、そんなことを……」
勇者「見てきたからさ」
僧侶「……」
勇者「美しさは力になる。力は利用する。使えるものは何を使ってでも生きる。何でもな」
僧侶「……」
勇者「僧侶。お前は、そのまま生きろ」
僧侶「!!」
勇者「いいな」
僧侶「……」コクン
勇者「さあ、もう戻れ。戻って、狩人と下らねえ話でもしてこい」
僧侶「はい……じゃない!! 聞いてたんですか!?」
勇者「聞こえたからな。悪かったな、いつまでも手を出さなくて」
僧侶「別にそういうのは望んでません!!」
勇者「そういうのって何だよ」
僧侶「そういうのはそういうのです!」
勇者「肉体関係と性行為だっけ?」
僧侶「っ、そうです。でも、私には必要ないです」
勇者「こうなる前に抱いてやれば良かったな。女としては不安になって当然だ。傷付けちまってごめんな?」
僧侶「抱くとか言わないで下さい。そもそも傷付いてなんかいませんから」フイッ
勇者「そうなのか?」
僧侶「そ、そうなんです……」
勇者「ふーん」
僧侶「……あの」
勇者「ん?」
僧侶「私が神聖娼婦と記されていたことを知っていたんですか?」
勇者「知らねえ」
勇者「つーか、知ってたら何なんだよ。どうでもいいだろ、そんなもん」
僧侶「どうでも、いい?」
勇者「お前は神聖娼婦じゃねえんだ。だったら、それでいいだろうが」
僧侶「……」ギュッ
勇者「何、他にもあんの?」
僧侶「何で私を? 同行を断ることだって出来たはずなのに」
勇者「置いて行こうとしたけど付いて来た。お前が折れなかっただけの話だ。俺は何もしてない」
僧侶「(……きっと、何もかも知っていた。だから、今まで何も言わずにいてくれたの?)」
勇者「……」
僧侶「……もう少し、良いですか?」
勇者「あ?」
僧侶「さっきの続きで、気になることがあって……」
勇者「続き? 何だよ」
僧侶「貴方って、やっぱりその、経験豊富なんですか? 女性の対応とか慣れてそうですし」
勇者「はぁ? 何だそれ、必要?」
僧侶「い、嫌だったら答えなくても大丈夫です」
勇者「あ、そう。じゃあ、言いたくないから言わない」
僧侶「えっと、何歳くらいで経験するものなんですか?」
勇者「知らね」
僧侶「えっと、初めての時は緊張ーーー」
勇者「何なんだよお前、性への興味で脳内満たされたのか? そんなにやりてえの? 性の獣?」
僧侶「せ、性獣じゃないです」
勇者「うるせえ。卑しい性獣、肉欲の僧侶」
僧侶「変な二つ名を付けないで下さい……」
勇者「月夜に吠える妖しき変態の方がいいか?」
僧侶「何ですかそれ、どっちも嫌ですよ」
勇者「残念だな、とても似合ってるのに」
僧侶「(結構真面目に聞いたのに、すぐにからかう。確かに変な質問だったけど……)」
僧侶「(そう言えば、悩んでる理由を聞いてなかった。今なら、聞けるかな)」チラッ
勇者「どうした?」
僧侶「……最近、貴方が悩んでいるような気がして……何か、あったのですか?」
勇者「別に何もねえよ」
僧侶「でも、以前の貴方なら、狩人さんと一緒に行動するなんて判断はしなかったはずです」
勇者「殺してたかもな」
僧侶「じゃあ、何で……貴方らしくないというか、何か、変わったようにも思えます。何かあったのですか? 」
勇者「どうだろうな」
僧侶「(はぐらかされた。やっぱり、私には話してくれないんだ……)」
勇者「……俺が変わったように見えるなら、変わったんじゃない。多分、変えられたんだ」
僧侶「変えられたって、誰に……」
勇者「お前さ、全部言わなきゃ分からねえのか」
僧侶「……………あっ……」カァァ
勇者「落ち込んだり赤くなったり忙しい奴だな」
僧侶「だって、そんなこと一度も言わなかったじゃないですか……」
勇者「君のお陰で僕は変わったって? んなこと言うかよ、馬鹿じゃねえのか?」
僧侶「(久々に言われた気がする)」
勇者「でもまあ、確かにらしくねえかもな」
僧侶「そ、そんなことはありませんっ!」
勇者「どっちだよ。そう言ったのはお前だろ?」
僧侶「それはもういいです。それが悪いって言ってるわけじゃないですから」
勇者「へえ、女ってのは気が変わるのが早いんだな」
僧侶「それは、あれです。変化を受け入れただけです。そういうのも大事ですよ」ウン
勇者「へ~、そうなんだ」
僧侶「うっ。あの、ここから先は真面目に聞いて下さい。本当に大切な話ですから」
勇者「なに?」
僧侶「……私が貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても、貴方を守ります」
勇者「それは、お前の意思か?」
僧侶「当たり前です。私以外に誰がいるんですか。勿論、私の意思です」
勇者「……そうだな」
僧侶「(暗い顔、どうしたんだろう……)」
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「お前は、お前のままでいてくれ」
勇者「誰に何を言われても、自分の存在を疑うな。俺もお前を信じる。それから……」
僧侶「……それから?」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「俺が、傍にいる。これからも」
僧侶「は、はいっ。私も、貴方の傍にいます! これから先も、ずっと!」
【#28】遠雷
勇者「……」ゴロン
シーン…
勇者「……」
僧侶『私が、貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても』
勇者「……守る」
バチッッ!
勇者「ッ、何だーーー」
勇者『次から次へと出てきやがって』ダンッ
ゴシャッ!ズドッッ!
勇者『チッ、最近多いな。まあ、龍を殺せば、それも終わるか』
僧侶『……』
勇者『おい、無事か』
僧侶『わたしは平気』
勇者『ならいい。行くぞ』
僧侶『ねえ』
勇者『どうした?』
僧侶『わたしは戦わなくてもいいの?』
勇者『俺一人で戦える。お前が戦わなくても問題ない』
僧侶『わたしが戦った方が早く終わる。あなたの役に立ちたいの』
勇者『……いいか、僧侶。確かに、お前には強い力がある。魔術の才能もあるだろう。でもな、お前に頼るわけにはいかないんだ』
僧侶『なんで?』
勇者『……』
僧侶『?』
勇者『子供は戦わなくていい。子供が武器を手に取るようになったら、この世は終わりだ』
僧侶『わたしが戦ったら、世界が終わるの?』
勇者『そうじゃない。お前に頼るようになったら、俺の終わりってことだ』
僧侶『よく、わからない……』
勇者『分からなくていい。さあ、行くぞ』
僧侶『……うん』
勇者『大丈夫だ。今は分からなくても、いつかは分かる。その時が来る。きっとな』
僧侶『ほんとう?』
勇者『ああ、本当だ』
僧侶『わかるまで、傍にいてくれる?』
勇者『………ああ』
ーーー
ーー
ー
勇者『ぐっ…』ガクンッ
ザザザザ…
勇者『……うじゃうじゃいやがる。数だけは多いな、人食いの化け物共が』
僧侶『っ!!』ダッ
勇者『よせっ!! やめろ!!』ダンッ
ズドッッ!ズシャッッ!
勇者『はぁっ、はぁっ、はぁっ……』
僧侶『血がーーー』
勇者『触るな。俺は何ともない。お前は何もするな。これまで通りだ、いいな』
僧侶『っ、何でなの!? 貴方はいつもそう言うばかりで何も話してくれない!!』
勇者『黙ってろ』
僧侶『こんなんじゃ大きくなった意味がない!! 貴方を助けたくて大きくなったのに!!』
勇者『聞こえなかったのか、黙れ』
僧侶『っ、嫌だ。もう言いなりにはならない。私だって戦える。もう大人だもん』
バチンッ!
僧侶『っ、何でーーー』
勇者『いい加減にしろ。お前はまだガキだ。耐えられるわけがない』
僧侶『私が子供なら貴方だって子供じゃない!!』
勇者『俺とお前じゃ違うんだ。俺はガキの頃から殺してる』
僧侶『だから何だって言うの!?』
勇者『殺したのは化け物だけじゃない。人も殺してる。大勢な』
僧侶『そんなの嘘だ』
勇者『嘘じゃない。お前が気付いてなかっただけだ』
僧侶『何で、人を殺したの……』
勇者『敵が化け物だけとでも思ったのか? 俺を付け狙う奴等は大勢いるんだよ』
勇者『見えていないだけだ。この世界は、お前が思っているような美しい世界じゃない』
僧侶『……』
勇者『……化け物だろうが人間だろうが、殺すってことは終わらせるってことだ』
勇者『そいつらが歩むはずだった道も、そいつらが生きるはずだった未来も、何もかもをな』
勇者『そいつらの顔、声が焼き付く。相手がどんなに屑でも、家族には心底恨まれるし憎まれる』
勇者『罪だと感じる。自分を疑う。それが死ぬまで続く。お前はそれに耐えられるか?』
勇者『ついこの前まで子供だったお前が、殺した奴等の命を背負って生きていけるってのか?』
僧侶『私は、ただ……』
勇者『考えたこともなかったか? それがガキだって言ってんだよ』
僧侶『そんなの関係ない!! 私はただーーー』
勇者『俺の役に立ちたいか? 俺のために戦って、俺のために殺すのか。そんなんじゃ続かねえ』
勇者『すぐに折れる。いつかは耐えられなくなり、いずれは俺を憎む。罪を押し付ける』
僧侶『そんなことはしない!!』
勇者『だったら、もう少し考えろ。お前が戦う理由を見付けろ。お前の意思で、決めるんだ』
僧侶『……』ギュッ
勇者『……話は終わりだ。行くぞ』
ーーー
ーー
ー
勇者『ッ!!』ダンッ
ゴシャッ!
勇者『僧侶、此処はもういい。お前は上に戻れ』
僧侶『囚われの難民を助けるんでしょう? 一人じゃ無理だよ。私も手伝う』
勇者『……分かった。下に何がいるか分からねえ。俺から離れるなよ』
僧侶『うん、分かってる』
ザッ…
勇者『此処は……』
僧侶『……あれは、なに?』
勇者『ッ、見るな。お前は此処に隠れてろ』
僧侶『ねえ、あれは何なの? 何で人が溶かされているの? ねえ、何を造っているの!?』
勇者『僧侶、落ち着ーーー!!』
ゾロゾロ ガチャガチャ!
勇者『ッ、何が出て来るかと思えば騎士に修道士……そうか、人を捨てたんだな、お前等は』ダンッ
ドギャッッ! ドサドサッ…
勇者『僧侶!! お前は逃げろ!!』
僧侶『何で、あんなことを、同じ人間なのに、何で……だってあれは、私も、何度も使って……』ガクガク
勇者『しっかりしろ!! 此処は俺が抑える。早くーーー』
僧侶『や、やめてっ、来ないで!』
勇者『!!』バッ
ザクッ!ザクッ!
勇者『……』ボタボタッ
僧侶『……?』
勇者『……行け』
僧侶『あ、あ、あぁ、そんなっ……』
勇者『いいから、行け。俺が突っ込んだら走れ。いいな』ダンッ
僧侶『嫌、待っーーー』
ゴシャッ!
勇者『はぁっ、はぁっ……』
僧侶『……』フラッ
勇者『何してる!! 早く行け!!』
僧侶『……』ヨロッ
勇者『僧侶!! ッ!!』ダッ
ゴシャッ!
僧侶『(また、いつもと同じ。あの人を置いて、一人安全な場所に逃げるの?)』クル
僧侶『(見ているだけで……)』
ザクッ!
勇者『ッ、あああっ!!』ググッ
ドギャッッ!ズドンッ!
僧侶『(いつまで、あの人に傷を負わせるの? いつまで、あの人だけに背負わせるの?)』
勇者「はぁっ、はぁっ……ッ!!」ダッ
僧侶『(苦しみだけを与え続けて、何もしないまま終わり? 本当にそれでいいの?)』
僧侶『……』 ギュッ
僧侶『(奴等は人を喰らう怪物と変わらない。戦うべきだ。消し去るべきだ。思い知らせるべきだ)』
僧侶『……私は』
僧侶『(あの所業を、許せるの?)』
僧侶『……許せない』
僧侶『(あの人を傷付ける存在を許せるの?)』
僧侶『許さない』
僧侶『(私には力がある。きっと、あの人の為に授かったんだ。今が、その時なんだ)』
ザッ…
僧侶『焼けて、爛れろ』
ゴォォォッ!
勇者『あの炎は……まさか……』ダッ
僧侶『……』
勇者『僧侶……』
僧侶『……ごめんなさい、あなた』クラッ
勇者『!!』
ガシッ
勇者『しっかりしろ』
僧侶『……私も、一緒に背負う』
勇者『……』
僧侶『もう、貴方だけにはーーー』
ぎゅっ…
僧侶『あっ』
勇者『苦しいだろ。無理するな』
僧侶『……苦しくない』
勇者『嘘言うな』
僧侶『嘘じゃないよ』
勇者『……』
僧侶『本当に大丈夫だよ? 私、何にも苦しくないよ? だって私が殺したのは、人じゃ……ないもん』
勇者『……』
僧侶『人じゃない……グスッ…あれは、怪物だった。そうでしょう?』
勇者『……』ギュッ
僧侶『う、うぅっ……』
勇者『……俺が傍にいる』
僧侶『…うん……うんっ』ギュッ
ーーー
ーー
ー
勇者『何してんだ?』
僧侶『この腕輪が気になるのよ。こういった類の物には詳しくはないけれど、とても綺麗だわ』
勇者『腕輪? お前が?』
僧侶『なに? 悪いの?』
勇者『いや? しかし、お前が腕輪に興味持つなんてな』
僧侶『い、いいじゃない別に。もう大人だもの』
勇者『大人ね……』
僧侶『何よ、文句あるの?』
勇者『どれだよ』
僧侶『え?』
勇者『だから、どれが気に入ったのかって聞いてんだよ』
僧侶『こ、これ。この連環の腕輪。綺麗でしょう?』
勇者『ふーん。じゃあ買うか』
僧侶『へっ?』
勇者『欲しくねえのかよ』
僧侶『欲しいけど、いいのかしら……』
勇者『誰も文句言わねえだろ。つーか言わせねえ。買ってくるから待ってろ』ザッ
僧侶『あっ、もう……ふふっ』
ザッ…
勇者『ほら、買って来たぞ』
僧侶『……』
勇者『何だよ』
僧侶『何だか、あまり嬉しくないわ。他に言い方があると思うのだけど』
勇者『だったら他の男にでも頼め。今のお前なら簡単に引っ掛けられるだろ』
僧侶『そんなことしないわよ。貴方でいいわ』
勇者『そうかよ。ほら、さっさと手ぇ出せ』
僧侶『ねえ、もうちょっと優しく言えないの?』
勇者『今更優しくしてどうなるもんでもねえだろ。ほら、手を出せ』
僧侶『はいはい、分かったわよ』スッ
勇者『細いな。もっと食え、そんで太れ』
僧侶『絶対に嫌よ。私は綺麗でいたいの』
勇者『この前まで子供だった奴がよく言うぜ』
僧侶『うるさいわね。さっさとしてよ』
カチリ…
勇者『ん、出来た』
僧侶『綺麗……』
勇者『壊すなよ?』
僧侶『ええ、ずっと大切にするわ。こんなにも何かを気に入ったのは、初めてだから……』
勇者『……そうか。そりゃ良かったな。さあ、行くぞ』
僧侶『ねえ』
勇者『ん?』
僧侶『私、貴方と出会えて良かったわ』ニコッ
勇者『何だそりゃ、腕輪買ってくれたからか?』
僧侶『茶化さないで。私は真面目に話してるの』
勇者『……』
僧侶『初めて会ったのが貴方で良かった。心から、そう思っているわ』
僧侶『運命なんて信じないけれど、貴方と出会えたのが運命なら、信じてあげてもいい』
勇者『そうかい。いつにも増して偉そうだな』
僧侶『前世では偉人か何かだったに違いないわ。だって、こんなにも優れた魔術を使えるのだから』
勇者『そうかもな』
僧侶『あら、否定しないのね』
勇者『お前はきっと、何か大きなものになれる。俺なんかより、ずっと大きなものに』
僧侶『これ以上大きくならなくてもいいわ。今のままで、貴方の傍にいたいから』
勇者『……』
僧侶『ちょっと、なにか言ってよ』
勇者『もう、子供に掛ける言葉は言えない』
僧侶『何を言っているの?』
勇者『お前は此処に残れ。俺とは別の道を歩くんだ。お前はもう、一人で歩けるはずだ』
僧侶『っ、急に何を言い出すの!? そんなのーーー』
バチッ!
魔女「……」
魔女「……そんなの嫌よ。いつまでも傍にいるって言ったじゃない。だったかしら」
魔女「……」スッ
シャラ…サラサラ…
魔女「…………運命」
【#29】失われた時の中で
勇者『今のが、魂の記憶……』
僧侶『どうかしら? 主だった記憶の断片は見せたつもりだけれど』
勇者『夢の中で夢を見るってのは妙なもんだな。何というか、他人の記憶を垣間見た気分だ。時間の流れが早過ぎて、付いて行けねえ』
僧侶『直に慣れるわ』
勇者『……そうかい。で、お前は誰なんだ? 前に夢を見せたのはお前なのか。姿は魔女に近いようだが』
僧侶『私は三人の元となった存在。その残滓。貴方の夢だけに生きる者』
勇者『色々いて誰が誰だか分からねえな』
僧侶『そう難しく考えることはないわ。どの私も私だもの。私達は一つから生まれた。皆が貴方を知っているのよ』
僧侶『過ごした時間、場所、体験。違っていても、共に過ごした人間はただ一人。貴方だけ』
勇者『……お前は、どのお前だ』
僧侶『面白いことを言うのね。どういう意味?』
勇者『さっきも言ったが、お前の姿は魔女に近い。だが、感じるものはまるで違う』
僧侶『私は、現在の巫女に近いわ。過去にではなく、未来を生きようとしている』
僧侶『その逆、誰よりも過去に囚われているのが魔女。彼女は、過去を取り戻そうとしている』
勇者『囚われていると言ったな』
僧侶『ええ、魔女は元の存在の気質を最も強く受け継いでいる。誰よりも強いけれど、それ故に危うい』
勇者『元のお前とは? どんな奴だ』
僧侶『先程、貴方も見たでしょう。貴方に甘え、貴方を慕い、貴方の傍にいることだけを望んだ存在を』
勇者『……』
僧侶『何を犠牲にしても貴方を選ぶわ。その性質をそのまま受け継いだと言っていい』
勇者『……』
僧侶『大丈夫? どうしたの?』
勇者『本当に、俺が育てていたんだな。あれで育てたと言っていいのか分からねえが』
僧侶『貴方が育て、貴方が守り、貴方が教えたわ。全ての私達に』
勇者『一つ、聞きたい』
僧侶『なにかしら?』
勇者『何故、俺を恨まない。違う人間と出会っていたら、今とは違った未来を生きていたはずだ』
勇者『お前を決めてしまった俺を、そうしてしまった俺を、何故そうまでして……』
僧侶『貴方は、先の勇者を恨んでいるの?』
勇者『馬鹿な。あの人を恨むわけがない』
僧侶『それと同じよ。どんなに過酷な道を歩むことになろうと、恨みなど抱かないわ』
僧侶『貴方が彼を慕うように、私もまた貴方を慕った。貴方が、私を与えてくれたのよ』
僧侶『どの私にも、それは共通している。抱いた想いは違うかも知れないけれど……』
勇者『……』
僧侶『その中で、僧侶だけが違う。人間のあの子だけが、前を見ているわ』
僧侶『先程見た通り、あの子が経験したことは私と殆ど同じよ。なのに、あの子は違う。何故だと思う?』
勇者『……俺だろ』
僧侶『そう。貴方が違うからよ。貴方は、共に歩くことを認めた。あの子もそれを選んだ』
僧侶『嘗ての私のように、貴方の存在に依存し、寄り掛かるのではなく、支えようとしているのよ』
勇者『……』
僧侶『元の私を置いて行ったことを後悔しているのね? 貴方は、あれが原因だと思っている』
勇者『どうだろうな。まだ、飲み込めてねえ……』
僧侶『貴方が決めるのよ。魔女と戦うのか、それとも別の道を見付けるのか。全ては貴方が決めるの』
勇者『あいつを育てたのは俺なんだろう? だったら、最期まで面倒は見るさ。どうなるにしてもな』
僧侶『……私からも良いかしら』
勇者『何だ』
僧侶『何故、私を置いて行ったの?』
勇者『……やめてくれ。置いて行ったのは、今の俺じゃない』
僧侶『それでもいいわ。答えが欲しいのよ』
勇者『……きっと、さっきの夢の言葉通りだ。お前には生きていて欲しかったんだろう』
勇者『或いは、俺の最期に付き合わせたくなかっただけかもな。正直、よく分からねえ』
僧侶『あの子、僧侶はどうなの?』
勇者『どういう意味だ』
僧侶『何故、あの子と共にいることを選んだの?』
勇者『俺の意味を教えてくれたからだ。お前になら、この言葉の意味は分かるはずだ』
僧侶『……そうね。とても良く分かるわ。ありがとう。答えをくれて』
勇者『……』
僧侶『また、会えるかしら?』
勇者『生きてりゃ会えるさ』
僧侶『……そうね。さあ、そろそろ起きて。巫女と、あの子が待っているわ。おそらく、魔女も』
勇者『待て、魔女は多くを受け継いでいると聞いた。滅びと言ったが、何をするつもりか分かるか』
僧侶『いいえ、私には分からないわ。彼女の存在は異質なのよ。人でもなく、私達でもない』
勇者『何?』
僧侶『彼女もまた、歪んでいると言うことよ』
僧侶『ただ、魔女もまた深い悲しみを背負っているわ。それだけは、分かって欲しいの……』
勇者『……』
僧侶『決断を誤っては駄目よ。躊躇いは己を滅ぼす。己を曲げてはならないわ。最期まで貫いて』
勇者『ああ、分かってる……』
僧侶『では、また会いましょう。今の貴方が、前の貴方の死を乗り越え、その先に進むことを祈っているわ』
サァァァ…
勇者「(……まだ、夜明け前なのか。長いこと眠っていたような気がする)」
ザッ
勇者「?」
僧侶「おはようございます!」ニコッ
勇者「……お前は元気だな。まだ夜明け前なのによ」
僧侶「ご、ごめんなさい。声、うるさかったですか?」
勇者「いや、そんなことねえよ。眠れたなら良いんだ。さあ、皆を集めて出発しよう」
僧侶「はいっ」ニコッ
勇者「(死を、越えた先……こいつとなら、もしかしたら、見つけられるのかもしれねえな)」
【#30】移りゆく
ザッザッザッ…
勇者「(死を乗り越えた先……前の俺は龍に負けて死んだのだと、巫女はそう言っていた)」
勇者「(龍に負けたってのは分かるが、何故負けたのかが分からねえ)」
勇者「(前の俺は、この姿にはなっていない。今の俺より弱いってことは絶対に有り得ない)」
勇者「(何が足りなかった。単に、この力を使い熟せていないのか。どうすれば勝てる?)」
勇者「(何より、この体をどうにかしないことには戦いにすらならねえ。魔女が何を考えてるかも読めねえ)」
勇者「(殺せば消えると言ったが、居場所も分からねえ。何も仕掛けてこないってのも妙だ)」
勇者「(甲冑を依り代として魂を繋げたことには意味があるはずだ。同化させた先に何が……)」
クイッ
勇者「?」
巫女「考え事? 何かあったの?」
勇者「……ああ。また、夢を見た」
巫女「記憶を辿ったの?」
勇者「断片的にな。感覚的には、辿ったと言うより見たって方が近い。他人の記憶をな」
巫女「まだ完全には同化していないから、そう感じるだけ。いずれは、違和感も消える」
勇者「だと、良いけどな……」
巫女「今は、あまり考えない方がいい。貴方には、どうしようもないことだから」
勇者「……そうだな」
巫女「不安?」
勇者「不安ってわけじゃない。ここ数日で考えることが増えた。まだ理解が追い付かないだけだ」
巫女「ごめんなさい……」
勇者「謝るな。抱いていた疑問の答えが出たのは確かなんだ。お前には感謝してる」
巫女「でも、貴方に押し付けた」
勇者「僧侶に伝えてくれって話か?」
巫女「うん」
勇者「お前も協力するって言ったじゃねえか。押し付けたってのは違うだろ」
巫女「そうかな……」
勇者「何だ、不安なのか?」
巫女「うん」
勇者「何故?」
巫女「だって、もし貴方が前と同じになったら、私には何も出来ない。元の私がしたようには、出来ないから」
勇者「巫女、それが当たり前なんだ。普通は、やり直しなんて出来ない。命は一度きりだ」
巫女「……それでも、失いたくなかった」
勇者「……」
巫女「前の私がそうしてしまったことを、命を歪めてしまったことを話すのが怖かった」
巫女「貴方にとって、きっと、あれが終わりだった。だから、貴方は蘇りを拒否したのだと思う」
勇者「……」
巫女「あの時の私は、貴方の決意と覚悟を踏みにじった。もう一度、苦しみを与えてしまった」
巫女「苦しみから遠ざけたくて、他の何かを与えたくて、貴方の傍にいると決めたのに……」
勇者「後悔してるのか」
巫女「私は、後悔してると思う」
勇者「……そうか」
巫女「何故、何も言わないの?」
勇者「巫女」
巫女「?」
勇者「俺も、あの人に会いたいと思ったことがある。もう一度会えたらって、何度も願ったよ」
勇者「話したいことや、教えて欲しいことは沢山あったからな。でも、幾ら願っても会えなかった」
巫女「……」
勇者「そう願ってしまうのは、きっと普通のことだ。そう簡単には、死は受け入れられない」
勇者「でも、いつかは受け入れる。納得しようとする。死に意味を持たせる。そうやって、その先を生きていくしかない」
勇者「でも、前のお前は、死を覆す力を持っていた。それは、お前にしかない力だ」
勇者「願いを叶える力、可能にしてしまう力、神を求めた人間に押し付けられた力だ」
巫女「……」
勇者「お前は願ったに過ぎない」
勇者「本来なら諦められるのに、そんな力を得たために、諦めることすら許されなかったんだ」
勇者「叶ってしまうこと、可能に出来てしまうこと、それが引き起こしたことだ。それに……」
巫女「?」
勇者「それに、お前を育てたのは俺だ。そうさせた俺にも責任はある。育て方が悪かったのかもな」
巫女「そんなことない」
勇者「だったら、後悔するな。俺の為にしたんだろ? なら、それでいいんだ」
巫女「でも……」
勇者「大丈夫だ。ちゃんと貰ってる」
巫女「えっ?」
勇者「お前にも、僧侶にも、苦しみ以外のものを貰ってる。だから、俺は進めるんだ」
巫女「ほんとう?」
勇者「ああ、本当だ。だから、泣くな」
巫女「……うん」グシグシ
ザッ
勇者「狩人か」
狩人「邪魔してしまったかな」
勇者「いや、大丈夫だ。巫女、お前は僧侶の所にいろ」
巫女「うん、わかった」
トコトコ
狩人「泣いているようだったが……」
勇者「まだ子供なんだ。泣きたくなる時だってあるさ」
狩人「私には、彼女が子供には見えないがね」
勇者「お前には見えるんだったな」
狩人「ああ、今までに見たことのない形をしている。何者かは分からないが、推し量れない存在であることは確かだ」
勇者「俺やお前と変わらねえよ」
狩人「ほう、それはどういうことかな?」
勇者「泣くし、笑う。感じるものに違いはねえ」
狩人「……ふむ。君がそんな言葉を口にするとは思わなかったよ。まあいい、分かったよ」
勇者「分かった?」
狩人「彼女については詮索しない。今はね」
勇者「……ありがとよ。で、何だ。聞きたいことがあったんだろ?」
狩人「ああ、そうだった。私の記憶が確かなら、この先にある街の向こうには何もない」
狩人「その先にあるのは湖だけだ。あの辺りに人里はなかったと記憶している」
狩人「それで、君は何処に向かっているのかと疑問に思ってね」
勇者「この辺りに詳しいのか」
狩人「以前、住んでいたのだよ。彼女と共にね」
勇者「ってことは、あの人の……」
狩人「そうなるね。と言うか、知らなかったのかい?」
勇者「……あまり、過去の話はしなかったからな。話したくないのも、今なら分かる」
狩人「……」
勇者「悪い、目的地についてだったな」
狩人「おや、教えてくれるのか」
勇者「いつまでも隠しておけねえしな。目的地は湖だ。そこに、隠れ里があるらしい」
狩人「……ふむ」
勇者「お前の話では人里はないらしいな」
狩人「ああ。あの近辺には、あまり良い噂がなくてね。昔から人が近付かなかった」
勇者「噂?」
狩人「神隠しさ。魚釣りに行って行方不明になる人が非常に多かったらしい」
狩人「不思議なのは、数日後には必ず戻ってくるという点だ。その上、誰も行方不明中のことを話さない」
勇者「化け物の仕業ではない」
狩人「と言うことだろうね。しかし、他の存在がいるなら知れ渡っているはずだ」
勇者「……」
狩人「彼女は、他に何も?」
勇者「湖に隠れ住む人間がいると、それだけだ。騙してるってことはない」
狩人「……そうか。それなら、そこまで警戒することもないかもしれないね」
勇者「聞いてみるか?」
狩人「いや、いいよ。私だって、先程まで泣いていた子供から無理矢理聞き出すような真似はしたくない」
勇者「お前がそんな言葉を口にするなんて意外だな」
狩人「心外だな。私を何だと思っているのだ」
勇者「もっと、冷たい奴だと思っていたよ」
狩人「君が思っている程じゃあないさ」
勇者「みたいだな」
狩人「……話は済んだ。助手の所に戻るよ」
勇者「ああ」
狩人「引き続き、警戒はしてーーー」フラッ
勇者「おい、大丈夫か?」
狩人「……ゲホッ。何のことはないよ。大丈夫だ」
勇者「お前……」
狩人「いつものことだ。私のことは気にしなくていい。君が気に掛けるべきは彼等だ」
勇者「……」
狩人「体力的にも、精神的にも厳しい。急がないと、辿り着く前に倒れてしまうぞ」
勇者「分かってる」
狩人「それならば良い。君は、君がすべきことだけを考えろ。安心したまえ、迷惑は掛けないよ」ザッ
勇者「狩人」
狩人「何かな?」
勇者「お前とは、まだ話したいことがある」
狩人「……悪いが、恋愛相談なら他を当たってくれ」
勇者「お前も、そんな冗談を言うんだな」
狩人「はははっ、私だって人間だよ? 冗談くらい言うさ」
勇者「……」
狩人「……私もだよ」
勇者「?」
狩人「私も、君と話したいことがある」
狩人「到着したら、ゆっくりと話そうじゃないか。彼女のこと、彼のこと。二人の、勇者の話を……」ザッ
勇者「……」
ザッ
僧侶「何か問題が起きたのですか?」
勇者「いや、何もない。お前はこれまで通り、皆の様子を見ていてくれ」
僧侶「分かりました」
勇者「頼むぞ」ザッ
僧侶「あのっ」
勇者「ん?」
僧侶「山を越えてから冷えてきたような気がします。体調には気を付けて下さいね?」
勇者「分かった。お前も気を付けろよ? 一番負担が大きいのはお前なんだ。何かあったら言え」
僧侶「はいっ。では、私は向こうに戻ります」
勇者「分かった」
ヒョゥゥ…
勇者「……………冬か」
ザッザッザッ…
※※※※※※
孤独な者よ、君は創造者の道を行く。
君は深い愛をもつ者としての道を行く。
君は君自身を愛し、君自身を軽蔑しなければならぬ。
深い愛をもつ者だけがする軽蔑のしかたで。
ニーチェ
【#1】懇願
ヒョゥゥ…
勇者「……湖。此処か」
僧侶「何とか辿り着けましたね。だけど、湖の周りには何も……霧も深い……」
助手「見えませんが、音は聞こえません。我々以外には誰もいないと思われます」
巫女「大丈夫だよ?」
助手「えっ?」
巫女「わたしが今から道を開く。だから大丈夫。みんな、ちょっと待っててね?」
僧侶「開くって、何を……」
巫女「わたしを見ててね」
僧侶「う、うん」
僧侶「(何だろう、今の感覚。思わず返事をしてしまった。この子から、強い力を感じる)」
巫女「……」スッ
>>何をしているんだろうか?
>>空に向かって手を……
>>何か、様子がおかしいぞ
>>なあ、気のせいでなければ、空気が震えているような気がするんだが
>>気のせいだ。体が寒さに震えているだけだろ
>>おい、あれを見ろよ
>>み、湖が、水が、裂けていく……
ビシッ…
僧侶「湖に亀裂が……」
狩人「湖の真上、空中にも亀裂が走っているな。水面も静止している。水は一切流れ落ちていない」
助手「あれも、魔術なのですか……」
僧侶「いえ、魔術ではないと思います。でも、あれは、あれはまるでーーー」
狩人「奇跡」
僧侶「……湖を割り、空間を切り開く。あれは最早、奇跡、或いは神の御業と呼ばれるものです」
狩人「複雑そうな顔だね」
狩人「まあ、貴方の気持ちも分からなくはないよ。信仰の厚い人間でなくとも、俄には信じられない光景だ」
助手「(神……)」
トコトコ…
巫女「終わったよ?」
僧侶「貴方は一体……」
勇者「僧侶、後にしろ。後で、俺が話す」
僧侶「……分かりました」
巫女「あのね、もうすぐ来るとおもう」
勇者「来る?」
巫女「うん、あの中にいる人が来るの」
勇者「本当に、人間なのか」
巫女「人間だよ? ただね、ずっと前の人なの」
助手「ずっと前、ですか? それは……」
巫女「う~ん。わたしは上手に説明出来ないから、直接聞いた方がいいとおもう」
狩人「待て、何かが来る」
僧侶「光……いや、あれは扉?」
ギィィィ…
老人「……」カツン
助手「(何もない所から……と言うか、あの老人は湖の上に立っているのか?)」
勇者「……」
老人「ほぉ、こいつは驚いた。骸が生者を連れて来るとは」
勇者「……あんたは?」
老人「見ての通り、年老いた人間だ。何じゃ、化け物にでも見えたか?」
勇者「……」
老人「此処に、何の用だ?」
巫女「わたし達をーーー」
老人「悪いが、お主には聞いておらん。儂は、この男に聞いておるのだ」
老人「骸の男よ。お主は此処へ何をしに来た。儂等にまで災いを振り撒くか?」
僧侶「っ、違います!」
老人「黙っていよ。お主等をどうするかは儂の意思次第なのだ。それを忘れるな」
僧侶「……っ」ギュッ
老人「さあ、答えよ」
勇者「……」ジャキッ
老人「何じゃ、力で解決するつもりか?」
ガランッ…
勇者「………頼む、助けてくれ」ザッ
老人「……」
僧侶「!!」
助手「!?」
狩人「……」
巫女「……」
>>ザワザワッ…
老人「お主等を招き入れることが、儂等にとって危険だということは理解出来るはずじゃ」
勇者「他に行く当てはない」
勇者「頼れる者もいない。他に術もない。皆、もう限界だ。食料も尽きた。だから、頼む」
老人「……」
勇者「俺達を、助けてくれ……」
老人「……儂に付いて来い」
勇者「………いいのか」
老人「そう言ったじゃろ。さっさと頭を上げよ。お主の心の内は、よう分かった」
勇者「ありがとう……」
老人「外は冷える。さあ、早う来い」カツン
カツ…カツ…
勇者「僧侶」
僧侶「は、はい」
勇者「お前と巫女は、皆を連れて先に行け。あの様子だと、慌てて押し掛けちまいそうだ」
僧侶「でも、貴方は……」
勇者「道は狭い。全員じゃあ行けねえよ」
勇者「俺は後から行く。先に行って休んでろ。皆も疲れてるだろうしな。さあ、早く連れて行ってやれ」
僧侶「……分かりました。皆さん、私の後に続いて下さい! 慌てずに、ゆっくり進みましょう」
ザッザッザッ…
>>あの扉の先か。何か、見えるな
>>あれは民家か?
>>此処でなければ何処でもいいわ。行く当てもないし。さ、早く入りましょう?
>>恐ろしくないのか?
>>このまま湖の上に立ってる方が怖いわよ
>>行こう。立ち止まっていても始まらない
ザッザッザッ…フッ…
巫女「わたし達も行こう?」
僧侶「うん、そうだね」
巫女「手、握って?」
僧侶「ふふっ、分かった」
ギュッ…
僧侶「さあ、入ろう?」
巫女「うん」
ザッ…フワッ…
僧侶「(何だろう。凄く心地良い。柔らかな風に包まれてるような感覚だ)」
僧侶「(あ、景色もはっきりしてきた。何だか、空気が違うような気がすーーー)」
ドンッ…
僧侶「きゃっ!」ドサッ
巫女「あぅっ」ドサッ
僧侶「大丈夫!?」
巫女「う、うん。でも、今の感覚はーーー」
ドサッドサッ!
助手「狩人さん、大丈夫ですか!!」
狩人「ああ、私は平気だ」
僧侶「狩人さん、助手さん!! 何があったんです!? あの人は!?」
助手「分かりません。急に背後から突き飛ばされたようで、気付けば此処に……」
僧侶「そんなっ」
狩人「どうやら、我々は何者かの襲撃を受けたらしい。間抜けな話だが気配は一切感じなかった」
狩人「近付いてきたのであれば感知出来る。だが、あれは一瞬にして現れたようだった」
僧侶「まさか、魔女……」
狩人「何?」
僧侶「そのような魔術を扱えるのは、あの者以外には有り得ない」
助手「しかし、扉が消えてしまいました。先程の老人にもう一度開けてもらうしか……」
巫女「扉を封じたのは魔女。おそらく彼には開けない」
巫女「だから、私がもう一度開く。先程より時間が掛かるとは思うけど」
僧侶「貴方は……」
巫女「……」
僧侶「っ、ううん、なんでもない。お願い、もう一度、扉を開けて」
巫女「僧侶」
僧侶「?」
巫女「私は扉を維持しなければならない。戦闘になった場合、僅かでも可能性があるのは貴方だけ」
僧侶「それでもいい、私は大丈夫」
巫女「……分かった」
狩人「見込みはあるのかね」
僧侶「……魔力、技量、経験、知識。全てにおいて魔女が上です」
助手「(それって勝ち目がないってことじゃないか。僧侶さんの魔術でも勝てない相手なんているのか。一体、どれ程の……)」
僧侶「だけど、勝つことは出来なくても、あの人は助けます。必ず」
狩人「……そうか。ならば、止めはしないよ。また後で会おう」
僧侶「………はい」ギュッ
【#2】混濁
勇者「魔女……」
魔女「あら、僧侶とは呼んでくれないのね。夢の中では呼んでくれたのに」
勇者「……一度目と二度目で違いすぎるとは思った。一度目の夢は、お前だったんだな」
魔女「ええ、そうよ。二度目は変なのに邪魔されて追い出されてしまったけれど……」
魔女「あれは巫女の仕業なのかしら? まあ、どうでもいいわ。こうして、また会えたのだから」
勇者「……」
魔女「どうしたの? いつもなら問答無用で斬り掛かってくるのに」
勇者「……」
魔女「今のは意地悪だったわね。思い出したのでしょう? 私を、僧侶という存在を」
勇者「お前は分かれた一つだ。僧侶じゃない」
魔女「何を以て、そう断言出来るの?」
勇者「何?」
魔女「私には僧侶として貴方と共に過ごした記憶がある。喪った記憶も、全て、此処にある」
勇者「……前の僧侶は、もういない」
魔女「あらそう。私には、そう言い聞かせているだけに見えるわ」
魔女「もう、私が魔女か僧侶かなんて、貴方には分からない。記憶が混乱しているのでしょう?」
勇者「……」
魔女「目の前にいるのは倒すべき存在なのか、それとも守るべき存在なのか。貴方には選べない」
勇者「俺は、間違えたみたいだな」
魔女「間違い?」
勇者「俺は育て方を間違えた。そもそも、俺のような奴が育てるべきじゃなかった」
魔女「私、言ったわよね。貴方と出会えて良かったって。忘れたのかしら?」
勇者「……」ギュッ
魔女「貴方は変わらないわね。結局は誰かの為に戦って、誰かの為に傷を負っている。以前も、今も」
勇者「前とは違う」
魔女「いいえ、同じよ」
魔女「剣を捨て、膝を突いて懇願するなんて……あんな姿を晒してまで人を救って、貴方がどうなると言うの?」
魔女「戦って、救って、結局は恨まれるだけじゃない」
魔女「戦う以外に方法があっただとか、殺さなくても良かっただとか、そればかりよ」
魔女「誰も救うことなんて考えていないわ。自分では何もしない癖に、救われることだけを考えている」
勇者「何をしても、口を出す輩はいる」
魔女「貴方のお説教はもうたくさん。前にも同じことを言われたわ」
勇者「……あの矢も、お前の仕業か」
魔女「急にどうしたの? 敵を前にして質問をするだなんて貴方らしくもない」
勇者「……」
魔女「……まあいいわ。矢がどうしたの?」
勇者「羅刹王が放った大量の矢の中に、一つだけ違う文字が刻まれた矢が混じっていた」
勇者「狩人、僧侶の話では、奴の様子がおかしかったらしい。まるで惚けているようだったとな」
魔女「それで?」
勇者「俺達が矢を壊したと同時に、奴は正気を取り戻した。狩人によれば、毒を盛られたと言っていたそうだ」
魔女「毒ね。まあ、間違ってはいないのかしら。それで、貴方は何が言いたいの?」
勇者「何故、手助けするような真似をした。お前の目的は何だ」
魔女「言わないと分からないのかしら? それとも、答えが分かっていながら聞いているのかしら?」
勇者「……」
魔女「貴方に死んで欲しくないからよ。それとも、この私に、もう一度貴方を喪えと言うの?」ザッ
勇者「……」ジャキッ
魔女「剣を構えるのが随分遅かったわね。やろうと思えば、いつでも出来たでしょうに……」
勇者「俺は、お前の知ってる俺じゃない」
魔女「そうかしら? 私を、思い出して」ザッ
勇者「ッ!!」
魔女「貴方にとって、私がただの魔女なら、化け物なら、躊躇ったりはしないはずよ」ザッ
勇者「……」
魔女「何故、私を育てたの? 何故、私を守ったの? 何故、私を置いて行ったの? 答えて、あなた」
勇者「やめろ……」
魔女「いいえ、やめないわ。私という存在は、貴方にとって何なのかしら?」ザッ
僧侶「貴方に、私が殺せるの?」
勇者「!?」
魔女「どうしたの? 大丈夫?」
勇者「(今のは何だ。一瞬、姿が重なって見えた。おかしくなっちまったのか)」
魔女「この先に進めば、更に苦しみが増すことになる。けれど、行くなと言っても貴方は行くでしょう」
魔女「巫女に何を言われたか知らないけれど、戦う意味なんて探さなくていいのよ」
勇者「(迷うな、動け)」ギシッ
魔女「この世界は、何故こんなにも貴方に背負わせてしまうのかしらね?」
魔女「これも運命なのだとしたら、私は運命を呪わずにはいられないわ」スッ
勇者「(動け。こいつは、違う)」ギシッ
魔女「強情ね。身を委ねていればいいのに」
勇者「(くそっ、どうにかなりそうだ。頭が割れる。こいつは、こいつは……)」ググッ
ガシッッ!
魔女「無理に動かないで。苦しいのでしょう? もう無理をしなくてもいいのよ」スッ
バチッ!
勇者「ぐっ…」
魔女「力が分散していたのは、この甲冑に宿らせた魂が力を引き寄せていたからなのよ?」
魔女「魂は既に繋がっている。故に、力の移し替えは容易い。今から、甲冑を引き剥がすわ」
ミシッ…メキメキッ!
勇者「がっ…」
魔女「このまま、甲冑を器として力を奪う。貴方は戦う力を失い、ただの人間に戻る」
勇者「何を、するつもりだ……」
魔女「安心して頂戴。後は、私がやるから」
魔女「貴方はもう戦わなくていい。勇者になんて、ならなくてもいいのよ……」
勇者「僧侶、やめろ……」
魔女「……違うわ。私は魔女。もう、僧侶じゃない。私は、僧侶にはなれなかった」
メキッ…バギンッ!
勇者「」ドサッ
魔女「……た……………い」スッ
ビシッ…
魔女「……」ピクッ
僧侶「……魔女」
魔女「あら、遅かったわね。彼ならそこで寝てるわよ?」
僧侶「!!」ダッ
僧侶「(甲冑が外れてる以外に変化はない。目立った外傷もない。一体何が……)」
魔女「欲しいものは手に入れたし、もう用事は済んだわ。さっさと連れて行ったら?」
僧侶「……」ジャキッ
魔女「何、もしかしてやる気なの? 役立たずのバカのくせに」
僧侶「うるさい」ザクッ
ゴォォォォッ!
魔女「いつまで経っても成長しないわね。僧侶という存在は……」スッ
フッ…
僧侶「(腕を振っただけで……なら!!)」ダッ
魔女「それ、相変わらず重そうね」
僧侶「んっ!!」ブンッ
ガシッッ!
僧侶「(っ、有り得ない。これを素手で止めるなんーーー)」
魔女「私が貴方より劣っているとでも思った? そうだとしたら、本当に救い難いわね」
僧侶「(動かない。どうやって、こんな力を)」
魔女「人の思い描く神という存在は、これぐらい出来て当たり前らしいわ」スッ
ズドンッッ!
僧侶「あぅっ…」ドサッ
魔女「貴方を見ていると苛々する。何も出来ない、何も知らない、彼を苦しめるだけの存在」
僧侶「ゲホッゲホッ…」
魔女「……」バサッ
僧侶「!!?」
魔女「ほんの少しでも、紛い物に期待した私が馬鹿だった」
僧侶「(……私? 同じ顔?)」
僧侶「(変化の魔術? 違う。紛い物? 何を言っているの?)」
魔女「これは、魔術ではない」
僧侶「魔女、貴方は……」
魔女「既に答えたわ。あの時、街で」
僧侶「……!!」
僧侶『待って下さい。それ程の力がありながら何故私に? 何故魔女になどなったのです?』
魔女『前者は、貴方でなければならないから。後者は、そうしなければならなかったから』
僧侶「私は……」
魔女「貴方は作り物。私の居場所を奪っただけ。貴方、子供の頃を思い出せる?」
魔女「朧気で不確かな過去を疑問に感じたことはない? 偽りの信仰で疑念すらも塗り潰したのかしら?」
僧侶「(分かる。分かってしまう。これはきっと、本当のことだ。だけど……)」
魔女「貴方なんて存在は何処にもいないのよ。彼への思いすら、私の模倣に過ぎないのだから」
僧侶「だったら何だというのですか」
魔女「はぁ?」
僧侶「私が誰で、何者かだなんてどうでもいい。私は、あの人を守ると決めた」
僧侶「これは私の意思で、決して作られたものなんかじゃない。模倣なんかじゃない」
魔女「何よそれ、下らない」
僧侶「私は、貴方とは違う」
魔女「……そうね。貴方が私になれるはずがない。僧侶はもういないのだから」
魔女「僧侶が彼を救っていたら、僧侶が彼を支えていれば、こんな今にはならなかった」
魔女「僧侶が傍にいた意味なんてなかったのよ。何一つ、彼に与えられなかったのだから……」
僧侶「(………意味が、分からない。これは私に言っているの?)」
魔女「前も、今も、僧侶は変わらない」スッ
僧侶「……っ」ギュッ
ジャリッ…
僧侶「……?」
勇者「もう、やめろ」
魔女「あら、もう気が付いたの? 力を失ったのに早かったわね。そんなに『僧侶』が大切なのかしら」
勇者「だから守るんだ。前も、今も」
魔女「……っ」キュッ
勇者「魔女、何がお前をそうさせた。それしか方法はなかったのか……」
魔女「そこを退いて頂戴」
勇者「断る」
魔女「そう。なら、仕方がないわね」スッ
僧侶「(風。まだ間に合ーーー)」
ドッッッ…
魔女「……さようなら。もう二度と、会うことはないでしょう」
【#3】剥奪
魔女『さようなら……
もう二度と、会うことはないでしょう』
勇者「待て!!」ガバッ
老人「何じゃ、うるさい奴じゃな」
勇者「何故あんたが……此処は……」
老人「覚えておらぬか。お主と僧侶は、扉から吐き出されるように吹っ飛んできたのだ。あの一瞬で風術を防いだ僧侶に感謝するんじゃな」
勇者「……」
老人「……此処は里の診療所。まさか役に立つ日が来るとは思わんかった」
勇者「……俺は、どれだけ眠ってた」
老人「丸二日じゃ。腹はどうだ。何か食うか」
勇者「いや、いい。他の奴等は」
老人「全員無事じゃよ。皆、この里におる。僧侶は既に目覚めた。お主が最後じゃ」
勇者「……」バサッ
老人「無理をするな。黙って寝ておれ」
勇者「そういうわけにも行かねえんだ。あいつ等は届けた。此処に長居する理由はない」
老人「事情は知っておる」
老人「しかし、今のお主に何が出来る? 自分の置かれている状況も分からぬだろう」
勇者「魔女を追う」ザッ
老人「追っても無駄じゃ。お主は力を失った。魔物ならばまだしも、魔女と戦う力などありはしない」
勇者「それは、あんたが決めることじゃない。俺にはやるべきことが残っている」
老人「お主には何も出来ん」
勇者「勝手に決めるな」
老人「ならば勝手にしろ。扉は魔女によって塞がれとるから、里から出ることは出来んがな」
勇者「何?」
老人「この里はお主達が住む領域より深い場所にある。それを繋いでいたのが、あの扉じゃ」
老人「言わば異なる層を繋ぐ梯子。それが魔女によって外されたのだ」
老人「儂の言葉が嘘だと思うなら巫女にでも聞いてみるがよい。その辺におるじゃろ」
勇者「……」
老人「もう分かったであろう。お主の戦いは、終わったのだ」
勇者「ッ、終わりになんてさせるか!!!」
老人「……」
勇者「終わって堪るか……」
老人「……」
コンコンッ…
老人「入れ」
ガチャッ…
僧侶「……」
勇者「……」
老人「…………儂は外す。後は二人で話せ。その方がよいじゃろう」ザッ
バタンッ…
【#4】願い
僧侶「窓、開けますね……」
カチャリ…サァァァ…
僧侶「見て下さい。私達の居た場所とは違って、この里は春みたいです。不思議ですよね」
勇者「……」
僧侶「っ、あの、横になった方がーーー」
勇者「皆は何処にいる」
僧侶「……里の人に案内して頂いて、今は里の集会所にいます。住む場所などは、これから話し合って決めるそうです」
勇者「狩人と助手は」
僧侶「里を見てみると言っていました。まずは理解したいと」
勇者「……そうか」
僧侶「……」
勇者「俺の戦いは、此処で終わりらしい」
僧侶「……」ギュッ
勇者「ふざけた話だ。俺には、それ以外に何もないってのに」
僧侶「……っ」
ぎゅっ
勇者「……何してる。離れろ」
僧侶「嫌です!」
勇者「いいから、離れろ」
僧侶「うぅ~」ムギュゥ
勇者「いい加減にーーー」
僧侶「(何を言ったら良いのか分からない)」
僧侶「(優しい言葉、励ましの言葉、思い付く言葉は沢山あるけれど、どれも本当に伝えたい言葉じゃない)」
僧侶「(言葉に出来ないから、こんなことしか出来ない。伝わって欲しい。もう頭の中が透けてたっていい。だからーーー)」
勇者「分かってる……」
僧侶「へっ?」
勇者「お前が何でそうしたのかくらい分かってる。ただ、俺にはお前がーーー」
僧侶「分かっています。今の貴方にとって、僧侶という存在が、私だけではないということは……」
勇者「お前、何でそれを……」
僧侶「あの子に無理を言って聞きました。前の貴方のことも、前の私のことも……」
勇者「……」
僧侶「私にその記憶はないけれど、私の全てが誰かに作られたものではありません」
僧侶「だって、今の貴方を抱き締めているのは、今の私です。そう決めたのは、私なんです」
勇者「……」
僧侶「重ねるなだなんて言わない。でも、この私が私だということを、忘れないで下さい」
勇者「忘れねえよ。忘れるわけねえだろ」
僧侶「……本当?」
勇者「嘘吐いてるように見えるか?」
僧侶「(わっ、顔が近い。そう言えば、素顔を見るのは久しぶりだ)」
僧侶「(寝てる間にも何度も見たけど、こうしていると違う感じがする。なんだか急に恥ずかしく……)」
勇者「ほら、無理をしないで離れろ。俺はもう大丈夫だから」
僧侶「嘘です。あんなに落ち込んでいたのに、そんなに早く立ち直れるわけないです」
勇者「あのなぁ、いつまでも過ぎたことを考えてても仕方がねえだろ。終わりって言われて終われるかよ」
僧侶「……」ムギュゥ
勇者「何なんだよ……」
僧侶「戦って欲しくないです」
勇者「……魔女はあの力を使う。止めねえと、どうなるか分からない」
僧侶「止めに行って戦いになったらどうするのですか? 力は奪われたのですよ?」
勇者「それでも、やるんだ」
僧侶「僧侶を、救いたいから?」
勇者「……」
僧侶「っ、ごめんなさい。でも、心配なんです。無茶なことはしないって約束して下さい」
勇者「僧侶、それは無理だ。無茶をしないと、あいつは止められない」
僧侶「傷を負ったらどうするのですか……私の魔力に依存した体で、何が出来るのです」
勇者「お前……」
僧侶「気付いていないと思いましたか?」
勇者「……」
僧侶「お願いですから、もう嘘は吐かないで下さい。それは、優しさではありません……」
勇者「そうだな……すまなかった……」
僧侶「いえ、分かってくれたのなら良いのです……まだ、旅を続けるのですか?」
勇者「続ける。此処で諦めたら死んじまったのと同じだ。投げ出すわけにはいかない」
僧侶「(……分かっていた。この人は、こういう人だ。きっと、もう決めているんだ)」
勇者「もう少しだけ、付き合ってくれないか」
僧侶「言われなくたってそうします。貴方を一人になんてしません」
勇者「ありがとな……」
僧侶「……」コクン
勇者「……まずは扉だな。巫女に聞いてみよう。あいつなら、何か知ってるはずだ。さあ、行こう」
僧侶「……」
勇者「おい、どうした。いつまでくっついてーーー」
僧侶「お願いです。もう少しだけ……もう少しだけ、このままでいさせて下さい」
勇者「お前、震えて……」
僧侶「……まだ整理が付かなくって、ちょっとだけ怖いです。自分を疑うなと言った意味が、今なら良く分かります」
僧侶「ごめんなさい……」
勇者「何で謝るんだよ。神だとか言われりゃ誰だって困惑する。怖くて当たり前だ」
僧侶「だって、結局貴方に頼っているから……」
勇者「気にするな。落ち着くまで待ってるから、焦らなくて良い」
僧侶「……」
勇者「……大丈夫だ。お前は此処にいる」
僧侶「どこにも、行かないで下さい」ムギュゥ
勇者「こんなんじゃ何処にも行けねえよ」
僧侶「(行かないとは言わない。私を抱きしめてはくれない。それも分かっていた)」
僧侶「(この人が僧侶に対して抱いてる感情は、私がこの人に抱いているものとは違う)」
僧侶「(僧侶は特別な存在。今の私は、その代わりにはなれないだろう)」
僧侶「(ううん。きっと代わりなんて望んでいない。だから、これでいいんだ)」
勇者「……」
僧侶「(出来ることなら、争いのない、穏やかな日々を生きて欲しい。一緒に生きたい)」
僧侶「(叶わないことだと分かっていても、そう願ってしまう……これは、罪なのでしょうか)」
【#5】秘密
助手「狩人さん」
狩人「何かな」
助手「この里は何なのでしょうね。いつから存在していて、彼等は何故隠れていたのか……」
狩人「だからこそ、こうして見て回っているのだ。あの老人は話してくれそうにないからね」
狩人「季節が異なること、教会がないこと、それ以外にはあまり変わりないようだ」
助手「此処に魔物は存在しないと言っていましたが、それ以外には何も分かりませんでしたね」
助手「何故存在しないのか聞いても答えてはくれませんでしたし。まあ、警戒されて当然だとは思いますが……」
狩人「その割りには里の集会所を使わせ、寝具や着替え、食事、治療までも施してくれた」
狩人「彼等の判断は実に迅速で、最初からこうなると分かっていたようにすら思えたよ」
助手「この里の人々には見えていたと?」
狩人「以前、私が話したことを覚えているかね?」
助手「はい。遠い過去の人々は魂の力を扱うことが可能で、熟達した使い手ならば遥か遠い場所のことさえも見ることが出来る。でしたね」
狩人「そうだ。そして巫女は、昔の人と称していた」
助手「では、彼等は……」
狩人「私はそうではないかと考えている。あの老人が話してくれれば助かるのだがね」
助手「……」
狩人「どうしたのかね?」
助手「僧侶さんのことです。未だに理解が追い付かないと言うか……」
狩人「神という話か。厳密に言えば神ではないが、それに近しい何かということだったな」
助手「狩人さんはどう思いますか? 彼女がそのような存在だと信じますか?」
狩人「神の如き力を持っているのは確かだろうね。君も見ただろう、巫女の力を」
助手「はい、あれは確かに奇跡と呼べるものでした。そこに疑問はありません」
狩人「では、何が疑問なのだ」
助手「あのような力があるのなら、何故人間を救おうとしないのだろう、と……」
狩人「巫女に神として君臨して欲しいのか? 人間を管理して欲しいとでも?」
助手「いや、そう言うわけでは……」
助手「ただ、神としてではなく、力があるのなら助けてくれても良かったのではないかと思いまして……」
狩人「馬鹿を言うな。そのどちらも、意味合いは変わらない」
助手「!!」
狩人「いいか、助手。君が考えているような、困った時に現れて救ってくれる都合の良い存在などいない」
狩人「もし彼女が神として、神の如き力を行使していたら世界はどうなっていたと思う?」
狩人「既存の宗教は潰え、あらゆる指導者は力を失い、法や秩序は乱れる。正に混沌だ」
狩人「彼女が神を名乗っていたら、そうなっていたかもしれない。名乗らずとも、あの力を目の当たりにすれば、彼女の姿に神を重ねる輩は必ず現れる」
狩人「更には、彼女の存在を利用して悪事を働く輩も現れただろう」
狩人「どちらにせよ混乱が生まれ、争いが起きる。私は、彼女がそうしなかったことに心から感謝しているよ」
助手「……申し訳ありません」
狩人「いや、いい。私も言い過ぎた」
助手「ですが、先程の僕のような考えが、彼女を創っ……彼女をそうしてしまったのでしょう」
狩人「彼女の言葉が真実なら、そういうことになるのだろうね」
助手「……巫女さんは、どんな思いでいたのでしょうね」
狩人「私には想像も出来ないよ。思考は人間と同じだ。苦悩はあっただろう」
助手「魔女も、そうなのでしょうか?」
狩人「さあね。だが、奪った力の使い道が良い方向に向かうとは思えない」
狩人「第一、滅ぼすと言っていたそうじゃないか。言葉通りなら、世界を滅ぼすつもりなのだろう」
助手「そんなことが可能だと思いますか」
狩人「巫女の力を見た後だ。否定は出来ない」
助手「狩人さんは、いつも冷静ですね……」
狩人「ははは。冷静にならざるを得ないだけだよ」
助手「えっ?」
狩人「私にも焦りはある。老人に掴み掛かり、恫喝することも出来た」
狩人「しかし、そうはしなかった。彼の行動を無駄にするわけにはいかないだろう?」
助手「確かに……」
勇者『俺達を、助けてくれ』
助手「………あの時は驚きました。まさか、勇者さんがあんなことを……」
狩人「そうだね。地下の騎士を皆殺しにした男とは思えない台詞だったよ」
助手「肩を持つわけではないですが、あれも人間を救う為の行動であったことに違いはありません。勇者さんが戦わなければ、彼等を救うことは出来なかった」
狩人「そう熱くなるな。事実は事実なのだ。背景がどうあれ、殺めたことは罪だよ」
助手「それは分かります。罪は罪です。ただ、どちらを被害者と捉えるかで見え方は全く違う」
助手「狩人さんは騎士を、勇者さんは難民を被害者としている」
助手「しかし、どちらも被害者なのです。狩人さん、勇者さん、どちらの考えも正しいとは言えません」
狩人「それが君の考えか」
助手「はい」
狩人「……それでいい。どちらかに偏ることなく物事を判断するのは良いことだ」
助手「これが、狩人さんが僕に望んだ、正しい答えなのですか」
狩人「はははっ! ああ、正しく、私が君に望んでいた通りの答えだよ」
助手「……」
狩人「む、何か不満そうだな?」
助手「聖水に頼らずに済めば、犠牲なく聖水を造ることが出来れば、そう思うんです」
助手「本当に正しいやり方があれば、衝突することもなかった。貴方も、勇者さんも……」
狩人「……」
助手「もし、そんなやり方があるのなら、僕はそれを見付けたい」
狩人「私にとって、それこそが進化なのだよ」
狩人「誰もが納得出来る方法で、誰もが安全に暮らせるのなら、それに越したことはない」
助手「力の継承、でしたよね?」
狩人「全ての人間にね。そうすれば、聖水は必要なくなる」
助手「……」
狩人「無理だと思うかね」
助手「いえ、しかし魔女が……」
狩人「分かっているよ。魔女から取り返さないことにはどうにもならない」
助手「まだ、旅を続けるのですか?」
狩人「ああ、勿論だとも。これは、そう簡単に諦められるものではないからね」
助手「その身体では、無茶ですよ……」
狩人「無茶だろうと、やるしかないのだ」
助手「(こんな強さが、僕も欲しい。単なる力じゃない。彼女のように、揺らがない強さが……)」
狩人「何だ、見惚れているのか?」
助手「はい」
狩人「悪いが、君に対してそういう感情には……」
助手「えっ!? いやっ、そういう意味じゃないですよ!!」
狩人「冗談だよ。君の目を見るに、恋愛感情ではないのは分かる。憧れか、或いは羨望か」
助手「分かってるなら言わないで下さいよ……」
狩人「さて、そろそろ診療所へ行こうか。僧侶さんも診療所へ行くと言っていたからね」ザッ
助手「(いつもの無視か……)」
狩人「助手」クルリ
助手「どうしました?」
狩人「君と出会えて良かったよ」ニコッ
助手「(こ、この人は、本当に……)」
狩人「どうしたのかね?」
助手「っ、僕もです!!」
狩人「ん? 何がかな?」
助手「僕も、狩人さんと出会えて良かったです……」
狩人「ふむ。そうか、それは良かったよ。あまり褒められた趣味とは言えないがね」
助手「いえ、そんなことはないです。狩人さんはとても魅力的な方ですよ」
狩人「君に余裕があると、何だか腹が立つな。出会った頃の可愛げが失われてしまったようだ」
助手「人間は、成長しますから」
狩人「はははっ、そうだな。その通りだ」
助手「(狩人さん、変わったな……)」
助手「(笑顔が自然になった。笑い方も、作ったような笑い方ではなくなった)」
助手「(感情を露わにすることなんてなかったけど、羅刹王との戦いからーーー)」
「きゃー!」
助手「狩人さん!」
狩人「ああ、分かっている」
タッタッタッ…
助手「魔物は出ないはずでは……」
狩人「あの老人の言葉の通りなら、そのはずだ。実際、音は感じない。魔物ではないのかもしれないな……止まれ」ザッ
「助けて!」
「どうした?」
「また悪魔が攻めて来たのです!」
「私が行く」
「駄目です。幾ら貴方でも悪魔相手では勝てません。勇者を待つべきです」
「それでは遅い。他に方法はないのだ」
「ならば、僕も行きます」
「駄目だ。君は残れ。君が、人間を導くのだ」
助手「……子供が四人。ごっこ遊びでしょうか?」
狩人「どうやらそのようだな。何事もなくて良かったよ。さあ、行こう」
助手「そうですね」ザッ
「これしかない」
「止せ、無茶だ」
「こうするしかないんだ。龍になるしか……」
助手「!!」バッ
狩人「……」
助手「狩人さん、今のは一体……あんなこと、教会の人間に見付かったらどうなるか……」
狩人「この里に教会はない」
助手「それはそうですけど、そうだとしても、あんな悪趣味な……」
狩人「そうだな、あのような遊びは初めて見たよ。あの老人に聞くことが一つ増えたな」
『……人は、進化する。人として、在るために』
【#6】真実の人
狩人「おや?」
助手「あれは……」
老人「ーーー」
巫女「ーーー」
助手「何を話しているのでしょうか? 言い争いではないようですが、少々雰囲気が……」
狩人「ふむ、気になるな。直接聞いてみようか」
助手「ここは隠れた方が良いのでは? 盗み聞きは気が引けますが……」
狩人「存在を感知出来るのなら、それは逆効果になる。心証を悪くする行動は避けるべきだろう」
助手「しかし、あの老人が素直に話してくれるとは思えませんよ」
狩人「今は巫女がいる。前回とは違った結果を得られるかもしれない。さあ、行こう」
助手「……了解しました」
狩人「何か不満か?」
助手「不満というか、正直焦っています。此処へ来てから二日、いつ何が起きるか分からない」
狩人「君の言う通りだ。魔女が本当に世界を滅ぼすつもりなら、今この瞬間に此処が消し飛んでも不思議ではない」
狩人「しかし、そうだとしたら何故さっさと実行しない? おかしいとは思わないか?」
助手「しないのではなく、出来ないと?」
狩人「今は出来ない。或いは準備が必要。それとも、単に魔女の気紛れか……」
狩人「これらは単なる憶測であって状況は変わらないが、猶与があると思えば多少は落ち着くだろう?」
助手「そう、ですね……」
狩人「そう暗い顔をするな。何にせよ、この里から出ないことには始まらないのだ」
狩人「さあ、気持ちを切り替えたまえ。焦っていると言うなら、この時間すら惜しいはずだ。違うかな?」
助手「っ、はい。その通りです。失礼しました」
狩人「宜しい。では行こう」
ーーー
ーー
ー
巫女「力を貸して欲しい」
老人「何度言われても答えは同じじゃ。力を貸せと言われても、儂には貸せるだけの力はない」
ザッ…
狩人「お話の途中に申し訳ない。少し宜しいかな?」
老人「……何じゃ」
狩人「そう露骨に嫌な顔をしないで頂きたい。貴方に訊ねたいことがあるのですよ」
老人「この里の成り立ちか? 魔物がいない理由か? そんなに教えて欲しければ教えてやる」
狩人「おや、それは有り難い」
狩人「しかし、どのような心境の変化ですか? 先日は無言を貫いておられましたが」
老人「里の者との話し合いで忙しかった。長話をしている暇はなかった。それだけだ」
狩人「そうでしたか、それは失礼」
老人「……」
狩人「しかしながら、伺いたいのは先程貴方が仰った中のどれでもないのですよ」
老人「勿体振らずに言え」
狩人「龍について」
老人「……」
助手「(僅かに動揺した。何かを知っているのか、ただ単に驚いただけなのか……)」
老人「龍が、何じゃ」
狩人「この里と龍はどのような関係ですか」
老人「……」
狩人「此処へ来る途中、子供達が遊んでいるのを見掛けました。子供達は、過去の物語をなぞっていた」
狩人「それが、いつの過去かは分かりませんが、まさか龍が登場するとは思いませんでしたよ」
狩人「しかも、龍になるなどと……幾ら子供の遊びであろうと、口にするはずのない台詞です」
老人「……」
狩人「身近な存在なのか、慕われているのか。どちらにせよ、人間の敵として扱っているようには到底思えなかった」
狩人「私には、英雄か偉人に対する扱いのように思えましたが、如何がでしょうか?」
巫女「待って。それは私が話ーーー」
老人「巫女、よいのだ。儂が話す。伏せていても、いずれは分かることだ」
狩人「助かります」
老人「その前に、診療所の中にいる二人を呼びなさい」
助手「二人? では、勇者さんが……」
老人「うむ、先程目が覚めた。話をするなら全員揃った方が良いだろう」
助手「分かりました。では、僕がお二人を呼んで来ます」ザッ
ガチャ…パタンッ…
老人「……」
狩人「何かを怖れているようですね。魔女ですか」
老人「……お主は眼が良いようじゃな。今時の人間にしては珍しい」
狩人「努力の賜物ですよ。最初から扱えたわけではありません」
老人「見えぬ方がよいこともある」
狩人「それは歳を重ねた人間の言葉ですか。それとも、見てきた人間の言葉ですか」
老人「……どちらもだ」
ガチャ…
狩人「来たか」
僧侶「お待たせしました」
勇者「待たせて悪かった」
狩人「全くだ。この二日、助手は魔女への恐怖のあまり怯えていたのだよ?」
助手「えっ!?」
勇者「そうかい。そいつは悪いことしたな」
狩人「それで、体はどうなのかね? 脱出方法が分かり次第、すぐにでも出発したいのだが」
勇者「脱出? 何か分かったのか」
狩人「巫女が、この老人に協力を仰いでいた。彼の協力があれば、出られるのではないのかな?」
巫女「それは……」
僧侶「……」
狩人「まあいい。それで、体の方はどうだ」
勇者「問題はねえよ。お前は?」
狩人「問題ない」
勇者「……良いんだな」
狩人「良いとも」
助手「(共に行く、そう言うことか。と言うことは、これからは本当に協力して行動出来る)」
助手「(二人が争わずに済むという点では、勇者さんが力を失って良かったのかもしれない……)」
僧侶「お爺さん、お願いします……」
老人「分かっておる。焦らずとも話す。その前に、お主」
勇者「何だ」
老人「先程起きたばかりだが、本当に良いのか。お主を揺るがすことになるぞ」
勇者「聞かなければ始まらないだろう。それに、あんたが協力出来ない理由も分からないんだ」
勇者「巫女なら知っているんだろうが、これはきっと、あんたから聞くべきなんだろう」
巫女「……」ギュッ
勇者「巫女、責めてるわけじゃない。この里の存在を教えてくれなければ、俺達は終わっていた」
巫女「そうじゃない。貴方にとって、これが本当に良いことなのか分からないの」
勇者「何もかも分かる。そう言っただろ?」
巫女「言った。言ったけど、諦めてはくれないの? このままじゃ駄目なの?」
勇者「それは無理だ。俺はもう知っちまった。この記憶は消せない」
巫女「……」ギュッ
勇者「さあ、何もかもを、話してくれ」
老人「……良かろう。儂が知っていることは教える。長くなるが、最後まで聞け」
老人「儂等が何故此処に移り住むこととなったのか。魔物の有無、教会の有無」
老人「何故にお主等と違うのか。これらは、里の起こりから話さねばならん」
老人「龍を語るにも、それをなくして語ることは出来んのだ。まずは始まりからだ。全てのな」
勇者「……」
老人「当時、儂等は……いや、人間は進化を目指しておった。人間と言ってもお主等とは違う」
老人「寿命は比べものにならぬ程に長く、人間本来の力を持っていた。魂の力じゃな」
老人「そして魔力。これも、現在の人間とは容量が違う。全てにおいて、現在の人間より優れていると言って良いだろう」
老人「だからこそ進化を目指したのだ。より完全な種となる為にな」
老人「此処に隠れ住むこととなったのは、正に、その進化というものが原因なのだ」
老人「人間は進化を目指し、ひたすらに走り続けた。様々な宗教に属する人間が、それぞれ違った方法で、心に抱く神に近付こうとした」
老人「それが悲劇を生んだ。人間は、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのだ」
老人「生命の在り方を歪め、更に高い次元の存在になろうとした結果、人は人ではいられなくなった」
助手「それは、失敗したというのことですか」
老人「いいや、進化は成功した。だが、それは最早人間と呼べる存在ではなかったのだ」
老人「そしてそれが、悪魔と呼ばれる存在。逸した存在であり、超越した者達」
勇者「……」
助手「……」
老人「人間なんじゃよ。何もかも人間なのだ。悪魔などいない。あれらも、元は人間なのだ」
老人「その先を想像するのは容易いじゃろう。進化を手にした人間と、そうではない者達……」
狩人「支配。反発。そして戦」
老人「そうじゃ。儂等とて、奴等に怯えているだけではなかった。長きに渡って戦った」
老人「戦の最中に生まれ子供達も、長き戦の中で成長し、また新たな戦士となった」
老人「しかし、悪魔の力は凄まじく、一度は立ち上がった者達も次第に屈していった」
老人「最早支配を受け入れるしかないと、皆がそう思い始めた時、彼が現れた」
助手「その時代にも勇者が?」
老人「いいや違う。それこそが、龍」
勇者「!!」
狩人「!?」
老人「驚くのも無理はない。今では全く異なる解釈をされいるようだからな」
勇者「馬鹿な。龍は化け物の王だ。奴が魔物を、悪魔を支配している超常の存在。それが……」
老人「それが、何じゃ」
勇者「それが、常識だ」
老人「それらは人間が作った歴史。全ては偽りの積み重ね。そうすることで力を得るのは誰か」
老人「人心を掌握するに一番効率的な方法とは? 咎められることのない存在とは何ぞや」
狩人「教会が作り上げたと言うのか」
老人「それ以外にないじゃろう。あの戦の後、人間には縋るものが必要だったのだ」
老人「短命の人間は異様なまでに死を怖れ、異様なまでに神に祈り、そして縋った」
老人「悪魔という存在は、新たな神を信仰する者にとって実に好都合じゃった」
僧侶「……」
老人「同時に、消し去りたい過去でもある」
老人「戦が終わった後、憎き悪魔が元は人間だったなどと、すぐさま消し去りたかった記憶に違いない」
僧侶「……」ギュッ
老人「……龍について、まだ話しておらんかったな」
老人「龍とは戦の最中に進化した唯一の者。正に英雄、救世主と呼ばれた男。ただ一人、本当の意味で、進化に成功した人間なのだ」
助手「本当の意味での成功とは?」
老人「進化の方法は、世代交代しながら受け継がれた。数ある宗教がそうしていた」
老人「それぞれが思い描く神になる。それこそが、奴等の目指した進化の果て」
老人「しかし、如何なる宗教にも属さず、一代で進化に辿り着いた。それが、龍」
老人「彼は進化しても自己を保っていた。そして人間として、人間を守る為に戦った」
勇者「そんな奴が何故ーーー」
老人「落ち着け。まずは聞くのだ」
勇者「っ、済まない。続けてくれ……」
老人「……龍は悪魔を片っ端から倒し、封じた。しかし、中には残った者達もいる」
僧侶「夢魔……」
老人「夢魔は残ったのではなく、免れた種族。妖精、精霊と呼ばれる者達は共存を望んだ」
老人「夢魔は違うが、精霊は人間と共存していたのだ。今では儂等と同じく隠れておるだろうがな」
助手「待って下さい。では、彼等も……」
老人「先に言ったであろう。人間ではない者など、この世界にはおらん」
老人「人間は、進化に取り憑かれたのだ。危険が伴うのも承知で進化を求めた」
老人「最初に成功した者が現れてから、誰もが支配に怯えていた。だからこそ躍起になったのだ」
老人「中には獣のようになった者もいる。人を喰らう種族までが生まれてしまった」
老人「あれは最早、進化と呼べるものではない。生命の暴走、ある種の滅びとも言えるだろう」
助手「……」
狩人「続きを」
老人「龍は大半の悪魔を滅ぼした。封じたのは殺せぬ者達じゃ」
老人「高位、王位ともなれば、特定の条件でしか殺害出来ない者もいる」
老人「羅刹王が良い例じゃろう。奴は人間にしか殺すことが出来ぬ」
狩人「……」
老人「龍は強大な悪魔を封じ、己の力で蓋をした。丁度、今のお主等と魔女に似ておるな」
老人「そして、戦の後期から、お主等のような短命の人間、現在の人間が生まれるようになった」
老人「原因は今でも分からん。罰と受け取る者もいた。これこそが進化なのだと受け取る者もいた」
老人「短命だからこそ、その時間の中で何かを追い求める。進化ではない、手の届く何かをな……」
狩人「……」
助手「(皮肉な話だ。人間は既に進化していた。今の話、狩人さんには……)」
老人「その者達が作り上げたのが、教会じゃ」
老人「先程、教会が歴史を歪め、悪魔を単なる人間の敵としたと話したが、あれにはまだ続きがある。続きとは、龍のことじゃ」
老人「儂等は忘れようもないが、新たな人間は違った。記憶は受け継がれないからの」
老人「戦が終わって百年が経ち、三百年が経つ頃には、戦の原因は忘れ去られていた」
老人「その頃になって寿命で亡くなる者も多くなり、儂等のような人間は急激に減り始めた」
老人「その間にも時代は急速に移り変わり、戦のことなど何も知らぬ世代が台頭した」
老人「戦も、人間の罪も知らぬ、穢れのない世代。それこそが、何よりも罪深いと思うがの……」
狩人「……」
老人「そんな人間の中に、儂等の居場所などあるはずもない……」
助手「それで此処に移住を?」
老人「移住と言えば聞こえは良いが、儂等は逃げたのだ。彼を置いてな」
助手「彼。龍ですね?」
老人「うむ。彼は残らねばならんかった。留まることで、蓋をしておるからの……」
老人「……続けよう」
老人「儂等が移住してから更に時が経ち。戦の傷跡は消え去り、お主等は更に繁栄した」
老人「新たに生まれた宗教……今で言う教会の存在も、この頃には確固たるものとなっていた」
老人「確立されたのは教会だけではない。偽りの歴史も浸透した。当然、偽りの歴史を作り上げた教会に属する人間にさえもな」
僧侶「……」
老人「こうして人間は、歴史が偽りで作り上げられたものであることさえも忘れたのだ」
老人「大雑把に話したが、これが儂等の歴史。人が忘れた、人の犯した罪」
勇者「……」
狩人「……」
老人「……これで分かったであろう。救い主を、龍を、人間が歪めたのだ」
老人「人間が人間として生きる為に、新たな敵を作り上げる為に、龍は魔に堕とされ狂わされた」
老人「人間の敵など最初からおらん。全てが、人間の作り上げたものなのだ」
勇者「……」
老人「信じられぬならそれでもよい。だが、不思議に思うたことはないのか?」
老人「龍が人間の敵、魔の王だと言うのなら、龍は何故今まで人間を滅ぼさなかったのだ?」
老人「真実はその逆なのだ。龍とは人間の守護者。彼は今でも、世界を守っている」
勇者「なら何故、羅刹王が現れた」
老人「龍の力が衰えたのだ。それ以外に考えられん。故意に解いたとするなら、今頃は悪魔で溢れかえっておるわ」
勇者「……」
老人「人は進化を目指して悪魔となり、ある人間は人として生きる為に龍となった」
老人「人は勝利したが、過去を偽り、今や罪を忘れ、人を救った龍を悪魔とした」
老人「龍は堕とされ、悪魔の王と蔑まれ、人間は龍を憎み、討ち果たさんとしている」
老人「龍によって封じられた悪魔を、人間は自らの手で解き放とうとしておるのだ」
老人「始まりから今まで、これら全ては人のため。何とも救えぬ話よな……」
【#7】親子
勇者「人間が龍を狂わせたと言ったな」
老人「うむ」
勇者「……狂った原因は何だ。それも人間の認識がどうこうって話か。いつから狂った」
老人「完全に狂ったわけではない。僅かに保っているはずじゃ。だが、今や呑まれつつある」
老人「その兆候は以前からあったようだが、決定的となったのは五年前」
老人「お主の育て親である先の勇者との戦い。龍はその後、精神に明らかな異常を来した」
勇者「あの戦いが原因だってのか……」
老人「他にも要因はある。最後の一押し、決定的となったのが五年前の戦いなのだ」
老人「龍は強靭な精神を持つからこそ、龍となってからも己の人間性、その高潔な精神を保ち続けていた」
老人「しかし、結果として、それが仇となった」
助手「人間だから、ですか」
老人「その通りじゃ。人間であり続けようとしたが為に、龍は耐え難い苦痛を受けることとなる」
老人「戦後の孤独、歴史改竄による人間の裏切り。それらが龍の精神を着実に蝕んでいった」
老人「儂等が移住してからは更に進んだ。自分を知るものが去り、遂には悪魔の王に堕とされたのだ」
【#7】親子
勇者「人間が龍を狂わせたと言ったな」
老人「うむ」
勇者「……狂った原因は何だ。それも人間の認識がどうこうって話か。いつから狂った」
老人「完全に狂ったわけではない。僅かに保っているはずじゃ。だが、今や呑まれつつある」
老人「その兆候は以前からあったようだが、決定的となったのは五年前」
老人「お主の育て親である先の勇者との戦い。龍はその後、精神に明らかな異常を来した」
勇者「あの戦いが原因だってのか……」
老人「他にも要因はある。最後の一押し、決定的となったのが五年前の戦いなのだ」
老人「龍は強靭な精神を持つからこそ、龍となってからも己の人間性、その高潔な精神を保ち続けていた」
老人「しかし、結果として、それが仇となった」
助手「人間だから、ですか」
老人「その通りじゃ。人間であり続けようとしたが為に、龍は耐え難い苦痛を受けることとなる」
老人「戦後の孤独、歴史改竄による人間の裏切り。それらが龍の精神を着実に蝕んでいった」
老人「儂等が移住してからは更に進んだ。自分を知るものが去り、遂には悪魔の王に堕とされたのだ」
狩人「それでも保っていたのだろう。それが何故、たった一度の戦いによって異常を来す?」
老人「自らが龍となってまで救った人間に戦いを挑まることが、どれ程のことか分かるか」
狩人「……」
老人「戦うだけならば問題はなかったかもしれんが、戦った人間による影響が大きかった」
老人「これまでにも名声欲しさに挑んでくる輩はいただろうが、その時だけは明らかに違っていたのだ」
助手「違う、とは?」
老人「その男は、心から平和を願っていた。人の世の平和。その為に戦った」
老人「純粋に平和のみを願い、己を犠牲にすることさえも覚悟した男。それが、先の勇者」
老人「龍にとって、その姿は正に、嘗ての己そのものだった」
老人「その男の強靭な意志、魂を叩き付けられた時、龍の精神は凄まじい打撃を受けたに違いない」
老人「だが、自分が死ねば封印が解ける。悪魔が雪崩れ込み、この世は再び地獄と化してしまう」
老人「龍には戦うことしか出来なかったのだ。龍もまた、人の世を守る為に戦った」
狩人「待ってくれないか。戦いを避けることも出来たと思うのだが」
老人「その男に宿る力を危惧したのだ」
狩人「これまでにも力を宿した人間はいた。何故、彼だけを危険視する」
巫女「それについては私が説明する」
狩人「……それは助かる」
巫女「龍が彼を危険視したのは、崩壊の怖れがあったからだと思われる」
巫女「引き出した力が上限を超えた場合、世界そのものに圧が掛かり、危険に晒される」
狩人「力の暴走か」
巫女「暴走ではない。そもそも認識が違う」
狩人「何?」
巫女「あれは人間が生み出したわけではない。元の私と同じ、始まりから存在した原初の何か」
巫女「あれもまた人間によって認識された。そういう意味では、生み出されたとも言える」
巫女「厳密に言えば、宿るのは力そのものではなく鍵のようなもの。鍵であり、扉」
狩人「鍵?」
巫女「鍵というのは、あくまで例え」
巫女「あれは物質界に存在しない。此処とは違う場所、異なる次元、扉の向こう側」
巫女「そこに大いなる力が在る。意思はなく、肉体もなく、ただ、そこに在る」
巫女「鍵を持つ者はその場所と繋がる。精神と肉体、魂が、鍵を通じて繋がる」
巫女「そのものと繋がるわけではなく、扉の隙間……鍵穴から漏れ出る程度の僅かな力を得ているに過ぎない」
巫女「何故鍵が存在するのか、何故人間のみに宿るのかは分からない。私と違って、あれは意思を持たない」
巫女「ただ、本質が近い生物に宿る傾向がある。それが人間、創造と破壊の生物」
巫女「鍵が人間に宿るのは、何かが生まれ、何かが滅ぶ時。何かが始まり、何かが終わる時」
狩人「……」
巫女「彼の意志は、龍と比較しても遜色ない程に強かった。それ故に、莫大な力を引き寄せた」
巫女「危険視したのは、それによって扉が完全に開かれ、創造と破壊そのものが溢れ出てくること」
勇者「……」
老人「納得出来ぬようだな。真実を知って尚、龍を憎むか」
勇者「そう簡単に納得出来るかよ」
老人「納得は出来なくとも理解はしたはずだ」
老人「復讐を果たすことが何を意味するのか、それが分からぬわけではないだろう」
勇者「……」ギュッ
老人「だから言ったのだ。お主の戦いは終わったとな。復讐の旅は、此処で終いだ」
勇者「復讐を諦めても滅びは起きる。俺は魔女を止める。此処に留まるつもりはない」
老人「ほう、これまで復讐に生きてきた人間の言葉とは思えんな」
老人「生きる目的を見失い、戦いに縋り付いているだけではないのか」
勇者「あ?」
老人「育て親の人生が無意味であり、偽りの歴史に踊らされたに過ぎない」
老人「お主はその事実を受け入れられぬだけだ」
老人「今のお主には何もない。生きる意味を見失い、戦いに縋り付いているだけの子供に過ぎぬ」
ガシッ!
老人「相も変わらず、気の短い男じゃな」
勇者「ふざけんな、黙っていられる奴がいるか」
勇者「親の人生が無意味だったと言われて、それを受け入れる子供が何処にいる」
老人「……」
勇者「あんたからすれば、あの人も俺も、守護者を殺そうとした愚か者なんだろう」
勇者「ただ、あの人は信じていた。龍を倒せば世界は平和になる。皆が笑顔でいられる……」
勇者「そう信じて、それだけを夢見て、あの人は最期まで戦ったんだ」
勇者「それを無意味だと言われて、このまま終われるか。俺が諦めれば、本当に無意味になる」
勇者「あの人も、前の俺も、今の俺が諦めることなど認めはしない。何より、俺自身が認めない」
老人「……」
勇者「俺は、まだ終われない」
老人「そこまでする意味が何処にある?」
老人「今のお主はただの人間なのだぞ。それを忘れたわけではあるまい」
勇者「あんただって、ただの人間なのに化け物と戦っただろう」
勇者「足掻いて抗って、戦ったんじゃねえのか。それが無意味だと思ったことはないはずだ。だから頼む、力を貸してくれ」
老人「里を出て、魔女を止める、か?」
勇者「ああ、そうだ」
老人「お主は魔女を分かっておらん」
勇者「っ、あんたは知ってるってのかよ」
老人「ああ、今のお主によりは知っている」
老人「魔女は以前、此処にいたのだ。お主と、今の僧侶が出会うまでな」
勇者「!!」
僧侶「!!」
老人「巫女に、三人の成り立ちは聞いたか」
勇者「……ああ、聞いた。それぞれが違う立場で世界を見て、世界を決める」
老人「では、魔女が滅ぼすと決めた理由は知っているか」
勇者「……」
老人「その様子だと、はっきりとした理由は知らぬようだな」
巫女「人心の荒廃と堕落、憎悪と狂気が渦巻く世界を終わらせる。彼を使って」
巫女「魔女は、そう言っていた」
老人「だが、そうはしなかった。違うか?」
巫女「違わない。しかし、魔女は力を奪った。滅ぼそうとしているのは間違いない」
老人「儂が言いたいのは、そうする理由じゃ。いや、そうせざるを得なかったと言っていい」
巫女「魔女は自分で決めた」
老人「違う。そうではない」
巫女「どういう意味? 何を言いたいのかが分からない。貴方には分かるの?」
老人「魔女の役割は既に決まっていたのだ」
巫女「それは知らない。元の私は、自分で決めろと言った。三人が決めると、そう言った」
老人「それは誰が言った。誰によって得た?」
老人「三つに分かれた時、誰が現状を説明した? 元の存在がそう言ったと話したのは誰だ?」
巫女「……」
老人「……魔女は多くの感情、多くの記憶、多くの力を受け継いだ。人格さえもな」
勇者「人格?」
老人「受け継いだのは元の人格じゃ。お主も知っている始まりの存在。一つであった頃の僧侶」
老人「巫女や僧侶のように元となった人格の上に成り立つのではなく、そのものを受け継いだ」
勇者「それが滅びを選んだのと何の関係がある」
老人「爆発が起きた時、感情の波が押し寄せた。儂はその時、彼女の心を垣間見た」
老人「彼女が望んだのは、お主の生きる世界。付け加えるならば、争いのない、平穏な世界」
僧侶「(私と同じ……違う。私が同じなんだ……)」
老人「それと同時に、人間を憎んでいた。爆発と同時に全てを思い出したのだ」
老人「その抑えがたい憎悪と、お主への激情を一身に背負った存在。僧侶でもなく、魔女でもない」
老人「それ故に、魔女は自らの道を決めることが出来なかった。僧侶ではいられなかったのだ」
勇者「……」
魔女『私は魔女。もう、僧侶じゃない。私は、僧侶にはなれなかった』
勇者「……」
僧侶「お爺さん」
老人「うむ、何じゃ」
僧侶「魔女は、私に期待していたと言っていました。その意味は分かりますか?」
老人「……魔女が何を思っていたのか、その全ては分からぬが、思い当たる節はある」
僧侶「教えて下さい」
老人「後悔すると言っても無駄なのだろうな」
僧侶「……」
老人「……よかろう。僧侶、分かれた三人の中で、お主だけが記憶を持っていない。そうだな?」
僧侶「はい……」
老人「だが、今は魔女の心を理解出来る」
僧侶「……はい」
老人「それが何故だか分かるか?」
僧侶「生まれた理由を知ったからです」
老人「違う。同じ経験をしたからじゃ。同じ経験をし、同じ思いを抱いておるからなのだ」
僧侶「!!」
老人「元が一つであったとは言え、お主に以前の記憶はない。お主は、全く別の存在なのだ」
老人「記憶、感情、人格、それらを受け継いでいない。それが何故、魔女を理解出来る?」
老人「例え生まれた理由を知ろうとも、その心に抱く思いが違っていれば理解は出来ないはずだ」
老人「にもかかわらず、お主は魔女の思いを理解出来ている。それは何故だ」
僧侶「同じ経験を、したから……同…じ…」
老人「そう、魔女は再現したのだ。嘗ての自分が経験したことを、お主にも経験させた」
老人「だからこそ、お主は魔女を理解出来る。同じ思いを抱く者としてな」
僧侶「全てが、仕組まれたことなのですか……」
老人「言っておくが、同じ経験をしたからと言って、同じ思いを抱くとは限らん」
老人「お主がどのように考え、どのような人間になるのか、それは魔女にも分からぬはずだ」
僧侶「では何故……」
老人「教えたかったのかもしれん」
僧侶「えっ?」
老人「人の醜さ、信仰の脆さ、喪う恐怖、戦わねば生きられぬということ……」
老人「これらは魔女なくして知り得なかったこと。そして、魔女が痛感したことでもある。僧侶であった頃にな」
僧侶「それを教えて、何がしたかったのでしょうか……」
老人「……それは、儂にも分からん」
僧侶「(っ、大丈夫。もう揺らぐことはない。私はもう決めている。だけど、魔女は何を……)」
魔女『そうね。貴方が私になれるはずがない。僧侶はもういないのだから』
魔女『僧侶が彼を救っていたら、僧侶が彼を支えていれば、こんな今にはならなかった』
魔女『僧侶が傍にいた意味なんてなかったのよ。何一つ、与えられなかったのだから……』
僧侶「(与えられなかった。確かにそう言っていた。きっと、与えたかったんだ。でも、何を?)」
勇者「僧侶、どうした。大丈夫か」
僧侶「えっ? あ、はい。私なら大丈夫です」
僧侶「あの子も心配していましたけど、私が思っていたより、私は弱くなかったみたいです」
勇者「そうか……」
僧侶「……心配しないで下さい。怖いですけど、本当に大丈夫ですから」
勇者「……分かった」
老人「……」
勇者「爺さん、続けてくれ」
老人「では、話を戻そう」
老人「先程話したが、魔女の道は既に決められていた。滅びを選択する他になかった」
老人「だが、それでも尚、お主を守ろうとした。だからこそ、この里の扉を封じたのだ」
勇者「封じたのは分かる。だが、守るってのは何だ。魔女は、あの力で何をするつもりなんだ」
老人「再び爆発を引き起こす」
勇者「!!」
老人「お主から力を奪ったのは、あの力を利用し、爆発を引き起こす為だ」
老人「それは、この里に魔物がいない理由とも密接に関係しておる」
勇者「……どういうことだ」
老人「まず、魂が消えることはない。そして、魂は一つの層にのみ集まる」
老人「それが、お主等の生きる場所じゃ」
老人「魂が留まり続けているからこそ、蘇生の法で呼び戻すことが可能なのだ」
老人「しかし、長い時が経つと魂は澱む。澱んだ魂は穢れ、収束、変質し、それが魔物となる」
老人「当然、殺された魔物の魂もその層に留まる。魂は消えることなく溜まり続ける」
老人「この悪しき輪廻が続く限り、魔物が消えることはない。これも、人間によって生み出されたものなのだ」
勇者「消すつもりか……」
老人「今ある命を消し去り、世界を清め、人の生み出した穢れを洗い流す」
老人「狂わされた龍、封じられた悪魔、穢れた魂の輪廻、それを生み出す人間、全てをな……」
老人「勿論、爆発を起こせば魔女も消える。一度目とは違い、爆発には耐えられぬだろう」
助手「っ、その爆発の規模は? 我々のいた場所に限ったものですか? それとも全ての層が?」
老人「全てだ。だが、この里は残る」
狩人「何故?」
老人「この層には魔力防壁を施してある。里に生きる全ての者が、全ての魔力を捧げた防壁がな」
老人「それによって以前の爆発から免れたのだ。被害は出るだろうが、儂等は生き延びる」
老人「此処に残れば、まだ助かる可能性はある。戻れば確実に巻き込まれる」
勇者「……」
老人「もう、察しは付いたじゃろう。魔女は、お主に生きて欲しいのだ」
老人「今のお主と同じく、魔女も二つの顔を持つ。僧侶であった自分と、魔女である自分」
老人「何もかもを憎みながら、決して捨て去ることの出来ない感情持つ、歪められた存在」
老人「結果として滅ぼすと選択したが、そこに行き着く過程で一切の葛藤がなかったと言い切れるか?」
老人「魔女にも心がある。お主に抱いた想いは計り知れん。親としてか兄としてか、或いは……」
勇者「……」
老人「……最初の接触、敵としてお主の前に現れた魔女が何を思っていたか、それを考えたことがあるか」
勇者「……」
老人「儂には魔女が痛々しく見えた。何かに縛られているようにも思えたのだ」
老人「それ故に、お主を此処に匿うようにと言われた時、儂は断ることが出来んかった」
勇者「……」
魔女『安心して頂戴。後は私がやるから』
勇者「……」
老人「今のお主には、失われた時の記憶がある」
老人「今ならば魔女の心が理解出来るはずだ。お主は、それでも行くと言うのか」
勇者「ああ、俺は行く。今のを聞いて、尚更諦めるわけにはいかなくなった」
老人「魔女は既に決断したのだぞ」
勇者「何が決断だ、そんなもん知るか。何もかもを、ガキに背負わせるわけには行かねえだろ」
【#8】吐露
老人「答えよ。何が、お主をそうさせる」
勇者「……今の俺は、あいつを知っている。あいつが子供だった頃の記憶、共に過ごした記憶がある」
勇者「今思えば、あの人を真似ただけなのかもしれない。或いは自分を重ねたのかも分からない」
勇者「こんな奴でも誰かを守ることが出来るのだと、そう信じたかっただけなのもしれない……」
勇者「今考えれば色々と思い付くが、理由はどうあれ、俺はあいつの傍にいると決めた。ただ、そうしようと思ったんだ」
巫女「……」
勇者「だが、いつしか俺の方があいつを必要としていた。支えるつもりが、支えられていたんだ」
勇者「それからも旅は続いたが、結果として俺は、あいつを置いて行った」
老人「怖ろしくなったのか。誰かに必要とされ、誰かを必要とすることが」
勇者「もっと言えば、逃げたんだ。あいつの為だと思って離れたが、本当はそうじゃないはずだ」
勇者「きっと、あの時の俺は、戦いの先を望んでしまいそうな自分が許せなかったんだろう」
勇者「俺は戦いに逃げて、龍に挑んで死んだ。当たり前だ、逃げた奴が勝てるわけがない。その結果、あいつは爆発を起こした」
僧侶「……」
勇者「あいつは神でもなんでもない。人間に、神のような力を押し付けられただけだ」
勇者「全てを人間が創造したのなら、今を何とかするのは人間しかいない」
勇者「たった一人に、子供に、この世の全てを背負わせる。そんな、ふざけた話があるか」
勇者「あいつがどう思っていようが関係ない。これ以上の何かを押し付けたくはない」
老人「……それは本心か」
勇者「信じられないのは分かる」
勇者「俺は、何かを憎んで、その為だけに生きてきた。それは間違いない。否定しようがない」
勇者「全てを聞いた今でも、それは消えずに俺の中にある。きっと、消えることはないだろう」
勇者「だが、それだけじゃない。俺の中にあるのは、それだけじゃなかったんだ」
老人「……」
勇者「僧侶が俺に意味をくれた」
勇者「前の俺にも、今の俺にも、確かに与えられたものがある。それが今でも、俺を支えてる」
僧侶「……」
勇者「あいつを、消えさせはしない」
老人「出来るのか」
勇者「何とかする。俺にはそうしなければならない理由がある。僧侶と共に歩んだ者として」
老人「……巫女」
巫女「何?」
老人「この男と共に歩む。その覚悟はあるか」
巫女「ある」
老人「魔女を止めるということが何を意味するのか、お主は理解しているのか」
巫女「してる。私はきっと、その為に在る」
老人「……よかろう。儂に付いてこい」
巫女「分かった」
老人「勇者よ」
勇者「……」
老人「龍を、同士を見捨てた人間が言えたことではないが、お主に頼みがある」
勇者「何だ」
老人「人間を、救ってくれ……」
勇者「悪いが、返事は出来ねえ」
老人「それでもよい。お主なら、いや、お主達ならば、何かを変えられると信じている」
勇者「……」
僧侶「……」
巫女「……」
老人「儂等には成し得なかったことを、儂等には見えなかった未来を、見せて欲しい」
狩人「……」
助手「……」
老人「……魔女が爆発を起こすまでには時間がある。まだ、力は馴染んでおらん」
老人「お主達は旅立つ準備をしておけ。里の者も協力する。では巫女、行こうかの」ザッ
勇者「……」
巫女「ねえ、あなた」
勇者「ん? どうした?」
巫女「私も決めた。だから、私のことを見ていて欲しい。巫女を、見ていて欲しい」
勇者「……ああ、分かったよ」
巫女「ありがとう。私は、扉を開けてくる」
トコトコ…
勇者「巫女」
巫女「?」クルリ
勇者「お前は決めたと言ったが、急いで決める必要はない。お前はまだ子供なんだ」
勇者「だから、これから知っていけばいい。もっと世界を見て、もっと多くのものを感じるんだ。それからでも遅くはないはずだ」
巫女「……」
勇者「巫女?」
巫女「ちょっとだけ吃驚した。前も、同じようなことを言われた」
勇者「まあ、同じ奴だからな……」
巫女「……」
勇者「?」
巫女「前と同じにはならない?」
勇者「ならない。今度は、逃げる為に戦うわけじゃない」
巫女「もう、置いていかない?」
勇者「……ああ。もう二度と、あんな真似はしない」
巫女「ほんとう?」
勇者「ああ、本当だ」
巫女「……分かった」
勇者「さあ、そろそろ行くんだ。爺さんに置いて行かれるぞ?」
巫女「うん……」
トコトコ…
巫女「(あの人の瞳に嘘はなかった)」
巫女「(一度目とは違う。確かに違う。けれど、結末を覆すのは容易なことではない)」
巫女「(魔女にも、私にも、未来を見通すことは出来ない。そのはずなのに、感じる)」
巫女「(彼の死が、避けられないものである)」
巫女「(そう感じたからこそ、魔女は此処に閉じ込めたのではないの?)」
巫女「(でも、此処から抜け出すことすら予測しているとしたら? この先にも何かがあるの?)」
巫女「……」
巫女「(やっぱり、何も見えない)」
巫女「……」ギュッ
巫女「(一つだった時は、知りたくないことでさえ、次々と流れ込んできたのに……)」
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