【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」(1000)

………………海での一件から数日後 予備校

成幸 「なんです、藪から棒に」

小美浪先輩 「いや、メールでも謝ったけど、これだよ。ほれ」

成幸 (紙袋? 中身は……)

成幸 「あっ……ああ。これ、海で貸したシャツですね」

小美浪先輩 「いや、ほんと悪かったな。返すの忘れて先に帰って」

小美浪先輩 「メールでは大丈夫だったって言ってたけど、本当に大丈夫だったのか?」

成幸 「えっ、あー……」

成幸 (……帰りに乗せてもらった桐須先生の車の運転は、正直全然大丈夫ではなかったけど、)

小美浪先輩 「? 後輩?」

成幸 (それをこの愉快的な先輩に話したら、また桐須先生をからかうネタにしかねないし)

成幸 (わざわざ言うことではないな。よし)

小美浪先輩 「おーい、こうはーい。どうしたー?」

成幸 「……すみません。大丈夫でしたよ。海の家ですぐに新しいシャツを買えましたし」

小美浪先輩 「そ、そうか……」 ホッ

小美浪先輩 「なんにせよ、それなら良かった。アタシのミスなのは間違いないからな」

小美浪先輩 「本当に悪かった。ごめんなさい」 ペコリ

成幸 「へ……? い、いやいやいや! 顔を上げてくださいよ、先輩。べつに気にしてませんから」

小美浪先輩 「ん。そうか。じゃあアタシも気にしない」 ケロッ

成幸 「切替早っ!? ちょっとしおらしいから変だと思ったけど、やっぱりからかってただけですか!」

小美浪先輩 「ふふん。アタシに頭を下げさせたんだから、それで良しとしろよ、後輩」

成幸 「……べつにいいですけどね」

小美浪先輩 「とはいえ、後輩に無用な出費をさせてしまったようだからな、」

小美浪先輩 「その海の家で買ったとかいうシャツはいくらだった? 出すよ」

成幸 「へ……?」 フルフル 「い、いやいや、いいですよ。俺の着る服が増えただけですから、べつに」

小美浪先輩 「そういうわけにいくか。後輩だって金が有り余ってるってわけじゃないだろ」

小美浪先輩 「アタシが悪いんだから、アタシが出すよ。当然だろ」

成幸 「いや、でも……」

成幸 (言えない!)

成幸 (桐須先生に眼鏡を弁償してもらう時、世話になったお礼と口止め料を兼ねてシャツも買ってもらったなんて、)

成幸 (絶対に言えない! 言ったら桐須先生に殺されかねない……!)

小美浪先輩 「後輩? またボーッとして、どうした?」

成幸 「なんでもないです! 何もないです!」

小美浪先輩 「お、おう。そうか」

成幸 「お金は、受け取れません」

成幸 (さすがにシャツの代金の二重取りなんてせこい真似は絶対したくない)

小美浪先輩 「おいおい後輩。さすがにアタシもそれじゃ気が済まないぞ」

成幸 (とはいえ、それで納得する先輩でもない。この人は意外とこういうことを気にする人だ)

成幸 (なら……)

成幸 「その代わり、といってはなんですが」

小美浪先輩 「うん?」

成幸 「明日、ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」

小美浪先輩 「……うん?」

………………翌朝 小美浪家 あすみの部屋

小美浪先輩 「………………」

小美浪先輩 「……まったく、欲がないというか、なんというか」


―――― 『ちょっと勉強を手伝ってほしくて』

―――― 『先輩の勉強時間をもらっちゃうのは申し訳ないんですが』

―――― 『明日だけでも助けてくれると嬉しいです。場所はうちでいいですか?』


小美浪先輩 「べつに、改めてあんな言い方しなくても、いつも理科系科目を教えてもらってるわけだし、」

小美浪先輩 「後輩だったら、いつでも勉強くらい教えてやるってのに」

小美浪先輩 「……“後輩だったら、いつでも勉強くらい教えてあげるのになっ”」

小美浪先輩 「これ、今日の別れ際にでも言ってやったらまた顔真っ赤にするだろうな、あいつ」

小美浪先輩 「ま、やることが勉強ってのが色気もへったくれもないが、」

小美浪先輩 「あいつをからかうためにちょっと気合いを入れてオシャレをしすぎてしまったな……」

小美浪先輩 「見惚れて後輩が勉強に集中できなかったらどうしような」

小美浪先輩 「……あの真面目眼鏡くんは、そんなことに気づくタチじゃねーか」

小美浪先輩 (……よくよく考えたら、親父のバカに付き合わされてカラオケ行ったり海に行ったりしたけど)

小美浪先輩 (後輩の方からアタシを誘うなんて初めてかもな)

クスッ

小美浪先輩 (……べつに、あいつのことをどう、ってわけじゃないけど)

小美浪先輩 (なんか嬉しいな。アタシを頼ってくれてるみたいで)

小美浪先輩 「……なんて、あいつに言ってアタシに惚れられても困るしな」

小美浪先輩 「さてさて、そろそろ行くかぁ」

小美浪先輩 (……っつーか、アタシ)

小美浪先輩 (男の家に行くのって、初めてじゃないか?)

小美浪先輩 (………………) クスッ (……ま、男ってのが、あの後輩じゃなぁ)

………………ドアの隙間

小美浪父 (あすみ……)

小美浪父 (唯我くんのためにオシャレにこんなに時間をかけるなんて……)

小美浪父 (我が娘ながらなんていじらしいんだ……!) ウルウル

小美浪父 (がんばれよ、あすみ! パパは唯我くんとのことなら何でも協力するぞ!)

小美浪先輩 「……おい、邪魔だぞ、親父」

小美浪先輩 「っつーか、なに人の部屋覗いて涙ぐんでんだよ!」

………………唯我家

小美浪先輩 「………………」

成幸 「あっ、先輩。来てくれたんですね。ありがとうございます!」

成幸 「早速で申し訳ないんですが、手伝ってもらってもいいですか!?」

小美浪先輩 (男子の部屋に行くことに、少なからずドキドキしてた自分をぶん殴りたい気分だ)

理珠 「………………」 グデーッ

文乃 「………………」 ズーン

うるか 「………………」 シクシク

葉月 「おねーちゃんたち、元気出してー」 ポンポン

和樹 「にーちゃんの嫁に来ていいからさー」 ポムポム

小美浪先輩 「おい、後輩。なんだ、この死屍累々の光景は」

小美浪先輩 「お前がやったのか?」

成幸 「俺が何をしたってこいつらはこんなにへこみませんよ」

小美浪先輩 (いや、いつもお前のせいで結構一喜一憂してると思うが……)

成幸 「先週の予備校の小テストが散々だったんですよ。範囲が広がったから前より点数が落ちて……」

成幸 「俺ひとりじゃこの負のオーラに太刀打ちできないので、先輩を呼んだんです」

小美浪先輩 「そうかい。やれやれだな」

小美浪先輩 (勉強を手伝ってほしい、って)

小美浪先輩 (後輩の勉強じゃなくてこいつらの勉強かよ……)

小美浪先輩 (……ま、いいけどさ)

小美浪先輩 「おーい、お前らー」

理珠&文乃&うるか 「「「………………」」」

小美浪先輩 「反応なし、と。じゃあ仕方ねーな。後輩、ちとこっち来い」

成幸 「? いいですけど、なんです?」

小美浪先輩 「こいつら焚きつけるならこれしかねーだろ」

ギュッ

成幸 「!? せ、せせ、先輩!?」

成幸 (だ、抱きつかれた!? 何が起きた!? っていうか良いにおい……)

成幸 (……って違う!)

小美浪先輩 「お前らー、早く起きて勉強しないと、お前らの“先生”、アタシが盗っちまうぞー?」

理珠 「……? !?」 ハッ 「なっ、ななな、何を!? な、なぜ成幸さんに抱きついているのですか!?」

うるか 「へ……?」 ハッ 「な、成幸!? なんで先輩とくっついてるのさ!」

文乃 「………………」 キリキリキリ 「……葉月ちゃん、和樹くん、ちょっと水もらってもいいかな?」

葉月 「へ? いいけど、」 和樹 「どしたの、おねーちゃん?」

文乃 「ちょっと、胃薬をね……」 キリキリキリ

小美浪先輩 「ほい、全員起きたぞ、後輩」

成幸 「さ、さすがはあしゅみー先輩! 一瞬であいつらを目覚めさせられるとは……!」

小美浪先輩 「よーし、後輩。次それで呼んでみろ? 今度はお前を永遠に眠らせてやるからなー?」

………………

小美浪先輩 「いいか、武元。英語は範囲が広がれば当然覚える文法も単語も増える」

小美浪先輩 「点数なんて乱高下するもんだ。それに一喜一憂してたら勉強なんか続かないぞ?」

うるか 「ん……」 グッ 「そうですね。さすが先輩、いいこと言う!」

小美浪先輩 「おう。ってことで……」 スッ 「ここからここまで、この範囲の単語をとりあえず覚えろ」

うるか 「へ……? こ、ここからここまで? 単語数は……?」

小美浪先輩 「知るか。っていうか、そこ中学生レベルの単語だからな」

小美浪先輩 「受験英語で単語を大量に覚える必要はないが、お前の場合はいくらなんでも少なすぎる」

小美浪先輩 「受験に範囲なんてないんだ。基本の単語くらいは覚えろ。基本以前の基本だ」

うるか 「う、うぅ~」 ウルウル 「小美浪先輩の鬼! 鬼畜! うー!」

小美浪先輩 「なんとでも言え」

小美浪先輩 (……にしても) ジーッ

成幸 「……よし。前のテストの復習はこんなもんか」

成幸 「じゃあ、一時間後に同じテストをやってみるから、それまで自習な。わかんなかったらすぐ言えよ」

理珠 「はい」

文乃 「了解だよ」

小美浪先輩 (今は武元の相手をアタシがやってるからいいものの、)

小美浪先輩 (いつもは三人まとめて相手してるのかよ、あいつ。変に器用なやつだな)

小美浪先輩 (色々と不器用なくせにな)

うるか 「……? あ、ねえねえ、先輩」

小美浪先輩 「ん? どうかしたか?」

うるか 「教えてくれるのはありがたいんだけどさ、どうして今日成幸の手伝いをしてるの?」

小美浪先輩 「……あー」 (そりゃまぁ気になるか……)

理珠 「……私も気になります」

文乃 「わたしも、かなー?」

文乃 (……っていうか)

文乃 (返答によっては、成幸くん、叩く) ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (……って顔してんなー。怖い)

成幸 (まぁ、べつにやましいことはないし、話してもいいよな)

成幸 「いや、実はこの前、海に先ぱ――」

文乃 「――何を言おうとしてるか分からないけど言わせるかぁ!! だよ!!」 ガバッ

成幸 「むぐっ!? むぐぐぐぐぐぐぐ!?(何すんだ古橋!?)」

文乃 (だまらっしゃい! なんとなく想像がついたから口をふさいだんだよ!)

文乃 (それを君が口にしたら、絶対にわたしの胃が限界を迎えるってわかったから!)

理珠 「一体どうしたのですか、文乃。急に成幸さんの口をふさいだりして……」

理珠 (というか、成幸さんとの距離が近いですよ、文乃) ジトーッ

うるか 「文乃っちって、時々へんなことするよねー」

うるか (うわー! 文乃っちうらやましいよー! あたしも成幸の吐息を手で感じたいよぅ!)

文乃 「はは……はははは……」 (ただただ胃が痛い)

小美浪先輩 「………………」 ハァ 「……大したことじゃねえよ」

小美浪先輩 「後輩がお前たちのことを心配して、アタシに頭を下げてお願いしてきたってだけだ」

小美浪先輩 「そして優しい優しいアタシは、哀れな後輩に力を貸してやってるってわけだ」

理珠 「成幸さん……」 キュン

うるか 「成幸ぃ……」 キュン

文乃 (ありがたいことだけど胃が痛い)

理珠 「……お二人がそこまでしてくれるなら、私、がんばれます。成幸さん。小美浪先輩」

うるか 「あたしも! 凹んでなんかいられないよね! ふたりのためにもがんばるよ!」

文乃 「そうだね。わたしもがんばるよ。ただ、その前に……」

文乃 「成幸くん。お茶をいれたいから、一緒に来て?」

成幸 「へ? ああ、お茶だったら俺がいれてくるから、古橋は勉強を……」

文乃 「い・い・か・ら、一緒に来て? 成幸くん?」 ゴゴゴゴ……

成幸 「う、うん、文乃姉ちゃん……」

………………台所

文乃 「……で? さっきは一体何を言いかけたんだゴラァ。だよ」

成幸 「怖いので目のハイライトをつけてくれると嬉しいんですが……」

文乃 「あ゛?」

成幸 「すみません何でもないです」

成幸 「いや、実はこの前小美浪先輩とふたりで海に行ってさ――」

文乃 「――ストップ!!」

成幸 「……どうかしたか、古橋?」

文乃 「その不思議そうな顔が不思議で仕方ないよ!? 唯我くん君はひょっとしたらとんでもないおバカなのかな!?」

成幸 「お前のその容赦のない言葉、なんか懐かしい感じがするな……」

文乃 「シャラップ! 感傷に浸ってる場合じゃないんだよ!」

ドスッ!!

成幸 「おぐっ……! 容赦のない手刀!」

文乃 「小美浪先輩とふたりで海に行った!? どうしてそんな恋人みたいな真似をしてるのかな!?」

成幸 「ほら、前に先輩の家で話しただろ? 恋人のフリをしてるって」

文乃 「うん。それは聞いた」

成幸 「それでさ、先輩の親父さんが恋人同士なのに海にも行ってないのはおかしい、って言い出してさ」

文乃 「うんうん」

成幸 「それで、先輩とふたりで海に行った」

文乃 「ふーん。バカだねぇ本当にバカだねぇ成幸くんは」

成幸 「そこまでバカにされるようなこと!? いや、まぁ、恋人のふりがバカっぽいのは分かるけど……」

文乃 「それもそうだけれど! それ以上にそれをりっちゃんとうるかちゃんの前で言おうとするのがバカだって言ってるんだよ!」

成幸 「……? あいつらに言ったらダメなのか?」

文乃 「心底不思議そうな顔に殺意が湧くよ!」

キリキリキリ……

文乃 「……ああ、もういいよ。唯我くんがそういう人だっていうのはわかってたから」

成幸 「なんか、すまん。お前にはいつも苦労をかけてる気がする……」

文乃 「……ふぅ。まぁ、いいよ。わたしは成幸くんのお師匠様だからね」

文乃 「とにかく、小美浪先輩とふたりで海に行ったこと、ふたりには絶対に言っちゃダメだからね」

成幸 「理由が全然わからん……」

文乃 「……今はまだ、わからなくていいよ」

ハァ

文乃 「それも恋の練習問題だよ、成幸くん。特別問題だよ」

成幸 「特別問題! 師匠!」

文乃 (はぁ。まったくもう……)

文乃 (成幸くん。ほんと、手がかかる“弟”だよ。君は)

………………

カリカリカリ…………

成幸 「………………」

ピッ

成幸 「……はい、そこまで。ペンを置いて自己採点」

うるか 「ふはぁ~。頭がパンクしそう……」

理珠 「でも、以前とは比べものにならない手応えです」

文乃 「わたしもだよ。今回は自信あるよ!」

小美浪先輩 (まぁ、そりゃ一回受けたテストをもう一回やってるんだから出来て当然だけどな)

小美浪先輩 (……ま、今日は自信を取り戻させるのが主題だからいいのかね)

成幸 「………………」

小美浪先輩 (……満足げな顔しちまってまぁ。先生ってより、お母さんだな、あれじゃ)

小美浪先輩 (あたしに理科を教えてくれるときも、)

小美浪先輩 (きっとあんな顔してんだろうなぁ)

………………夕方 帰路

うるか 「じゃ、あたしこっちだから。またね」

理珠 「私もこちらですので。今日はこれで失礼します」

文乃 「うん。またね、うるかちゃん、りっちゃん」

小美浪先輩 「また予備校でなー」

文乃 「………………」

小美浪先輩 「………………」

テクテクテク……

文乃 「……あの、先輩」

小美浪先輩 「んー?」

文乃 「成幸くんから聞きました。ふたりで海に行ったって」

小美浪先輩 「ああ。まぁ、アタシとしちゃ隠すつもりはなかったんだけどな」

文乃 「でも、隠してくれてよかったです。あのふたりに知られたくはなかったから」

小美浪先輩 「……友達想いなんだな、お前は」

文乃 「……先輩は、どうなんですか?」

小美浪先輩 「ん? アタシがどうしたって?」

文乃 「以前、先輩はわたしに言いましたよね」


―――― 『後輩のこと特別に思ってるのはお前じゃねーの?』


小美浪先輩 「ああ、そんなこと言ったな」

文乃 「その言葉、先輩にそっくりお返ししてもいいですか?」

小美浪先輩 「ああ?」

文乃 「先輩は、成幸くんのことをからかって遊んでるふりをして、」

文乃 「――――本当は、成幸くんのこと、好きなんじゃないんですか?」

小美浪先輩 「………………」

クスッ

文乃 「!? な、なんで笑うんですか!」

小美浪先輩 「おいおい、笑うくらい許せよ。そんな見当違いなこと言われりゃ笑いもするさ」

小美浪先輩 「アタシが、後輩を、好き? はっ、そんなわけわかんねーこと言われりゃな」

文乃 「………………」

ジーッ

文乃 「……信じていいんですね?」

小美浪先輩 「信じるも信じないもお前次第だろ」

文乃 「……わかりました。信じます」

小美浪先輩 「そうか。そりゃ何より――」

文乃 「――――先輩、今日はいつもよりオシャレしてて、お化粧も気合い入ってる気がしたけど、」

文乃 「わたしの気のせいだったってことにします」 ニコッ

小美浪先輩 「………………」

小美浪先輩 「……お前ってさ、ホント、時々めっちゃ怖いよな」

小美浪先輩 「……じゃあ、アタシもちょっとお前に聞かせてもらおうかな」

文乃 「……なんですか?」

小美浪先輩 「アタシに細かいことはわからない。後輩の色恋沙汰なんて、これっぽっちも興味はないからな」

小美浪先輩 「でも、お前と後輩の関係は、昔と今じゃ明らかにちがうよな?」

文乃 「……何が言いたいんですか」

小美浪先輩 「……“成幸くん”」

文乃 「あっ……」 カァアア…… 「そ、それは、その、ただの姉弟ごっこ、だから……」

小美浪先輩 「ふーん、そうかい。じゃ、そういうことにしといてやろうかね」

ニヤリ

小美浪先輩 「姉弟ごっこ、ねぇ。楽しそうで大層結構」

小美浪先輩 「いつまでその“姉弟”を続けられるのか、楽しみだな、古橋」

………………唯我家

成幸 「はぁ……今日は本当に疲れた。先輩がいなかったらどうなってたことか……」

成幸 「先輩に本当に感謝だな。何かお礼しなきゃ……ん?」

ゴソッ

成幸 「紙袋? 誰かの忘れ物か?」

ピラッ……

成幸 (紙が出てきたけど、これ、手紙?)


『よう。お前が固辞するから、サプライズみたいになっちまったけど、これやるよ。

 アタシからのプレゼントなんて、アタシのファンなら垂涎ものだぜ?  小美浪あすみ』


成幸 「……? あっ、これ、シャツ……」

成幸 「わざわざ買ってきてくれたのか、先輩……」

成幸 「あいつらの勉強も手伝ってもらったのに、なんか申し訳ないな……」

成幸 「なんだかんだ、本当に面倒見が良くて優しい人だよな、あしゅみー先輩って」

成幸 「今度、本当に何かお礼しないとな……」

………………小美浪家

小美浪先輩 「ただいまー」

小美浪父 「おお、おかえり、あすみ」

ニコニコニコ

小美浪先輩 「……んだよ、キモいな。何をニヤニヤしてんだ」

小美浪父 「いやな、今日は唯我くんとデートだったんだろう?」

小美浪父 「どうだった? 楽しかったか? どこに行ったんだ」

小美浪先輩 「アタシは小学生か」

ハァ……

小美浪先輩 「何もないよ。アイツの家に行って勉強しただけだ」

小美浪父 「!? 家!? 唯我くんの家にか!?」

小美浪先輩 「それがどうかしたかよ……」

小美浪父 「………………」

スッスッスッ……

小美浪先輩 「おい。なに無言で着替えを始めてんだ。なんで背広なんか引っ張りだしてんだよ!」

小美浪父 「少し早いかもしれないが、挨拶をしておかなければならないと思ってな」

小美浪先輩 「あいさつって……」

小美浪父 「唯我くんのご家族に。娘のことをよろしくお願いしますとな」

小美浪先輩 「は……?」

小美浪父 「なに、心配するな。あの唯我くんのご家族だ。きっと良い方たちに決まってる」

小美浪先輩 「……うん。まぁ、いつかは言わなきゃいけないと思ってたから、今言うけど」

小美浪先輩 「あんま暴走しすぎるようだと、いい加減殴るぞー、親父ー?」

………………幕間 唯我家

水希 「ただいまー」

水希 「……?」

水希 「この匂いは、緒方さん、古橋さん、武元さん……だけじゃない」

水希 「新しい女の匂いがする……!!」 ギリリッ

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

スレ節約のために、ぼく勉のSSをこのスレッドにまた投下すると思います。

>>1です。もうひとつお話を投下します。
つたないSSで恐縮ですが、読んでいただけたら嬉しいです。


【ぼく勉】桐須先生 「不可解。どうしたというの、唯我くん」

………………海の帰り ショッピングモール駐車場 車内

桐須先生 「一体どうしたというのかしら。地獄から帰ってきたような顔だわ」

成幸 「……どちらかといえば、地獄に行かずに済んだ顔ですけどね」

桐須先生 「君が何を言わんとしているのかまったくわからないわ」

成幸 (もう二度と絶対、この人の運転する車には乗らない……。命がいくつあっても足りない)

桐須先生 「では、行きましょうか。シャツとメガネを新調しに」

成幸 「あ、はい……でも……」

桐須先生 「? 何かしら?」

成幸 「さすがに、上半身裸のまま、ショッピングモールに入るのは……」

桐須先生 「!? そ、そういえばそうね……私としたことが、失念していたわ」

桐須先生 (……というか、今さらなことだけれど、)

桐須先生 (生徒とはいえ、上半身裸の男子と同じ車に乗っていたのね、私) ドキドキ

桐須先生 「す、少し車で待っていなさい。すぐに服を買って戻ってくるわ」

成幸 「すみません、お願いします」

………………ショッピングモール

桐須先生 (……とは言ったものの、よく考えたら私、男物の服なんて買ったことがないわ)

桐須先生 (そもそも唯我くんの趣味も分からないし……)

桐須先生 (どんな服を買っていったらいいのかしら……)

桐須先生 (……もしも、もしもよ、)

桐須先生 (私が選択をミスして、とてつもなく趣味の悪い服を買っていったりしたら、)

桐須先生 (……ダメよ。ただでさえ彼には情けない姿しか見せていないのだから、)

桐須先生 (これ以上教師としての威厳を失墜させることは許されないのよ)

桐須先生 (絶対に、彼に満足してもらえる服を買って行かなければ)

桐須先生 (ファストファッションはダメ。シンプルなものも多いけれど、変な装飾がついている可能性が高い)

桐須先生 (メンズファッションに疎い私が選ぶのだから、こういうときは、そう……)

桐須先生 (お高めのお店の服ならば、失敗はきっと少ないわ!)

………………駐車場 車内

成幸 「すみません、先生。助かりました」

桐須先生 「サイズなどは問題ないかしら?」

桐須先生 (無難。結局、お高そうなお店の店員さんにお任せしてしまったわ)

成幸 「はい、大丈夫です」

桐須先生 「そう。それはよかったわ」

成幸 「ただ……」

桐須先生 「ど、どうかしたかしら……」

成幸 「すごく着心地がよくて、高そうなんですけど……これ、いくらですか?」

桐須先生 「? どうしてお財布をだしているのかしら、唯我くん」

桐須先生 「今日は海でお世話になってしまったし、それは差し上げるわ」

成幸 「い、いやいや、そういうわけにはいかないですよ」

桐須先生 「却下。私の教師としての体面も少しは察しなさい」

成幸 「でも……」

桐須先生 「口止め料、といったらいかがわしいけれど、」

桐須先生 「今日のことを黙っていてもらう担保だとでも思って頂戴」

桐須先生 「それに安物の服よ。社会人の私からしたら取るに足らないお金だわ」

桐須先生 (……本当は福沢諭吉先生が消えたのだけれど)

成幸 「……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて、頂戴します」

成幸 「ありがとうございます、桐須先生。俺、この服大事にしますね」

桐須先生 「っ……」 ドキッ 「お礼を言われるようなことではないわ」

桐須先生 「さ、今度は眼鏡よ。早く買いに行きましょう」

成幸 「はい!」

……コケッ

成幸 「うおっ!?」 (段差!?)

桐須先生 「!? 危ない……!」

成幸 「ん……?」 (あれ、痛くない……? っていうか、やわらかい……?)

桐須先生 「……いつまでもくっつかれていても、困るのだけれど」

成幸 「へ? わっ……わわっ、き、桐須先生……!?」 バッ

成幸 「す、すみません。つまずいた俺を、支えてくださったんですね」

成幸 (や、やば……俺、桐須先生に抱きついてたよ。怒られる……)

桐須先生 「………………」

桐須先生 「……ごめんなさい。あなたが眼鏡をかけていないことなんて、わかっていたことなのに」

スッ

成幸 「へ……? どうして手を出してるんですか?」

桐須先生 「瞭然。手を繋がないと、危なっかしくて仕方ないわ」

成幸 「!? 手、繋ぐんですか!?」

桐須先生 「それがどうしたというの。いいから、早くしなさい」 ギュッ

成幸 「わっ……わわわっ……」

………………ショッピングモール内

成幸 (う、海で人目を避けていたときならいざ知らず……)

成幸 (人がたくさんいるショッピングモールで手を繋ぐっていうのは、やっぱり、こう……)

成幸 (恥ずかしいというか、照れるというか……)

成幸 (桐須先生は美人だから、人目を集めるしなぁ)

成幸 (……でも、さすがは桐須先生。まったく動じてないみたいだ)

桐須先生 「………………」

桐須先生 (……せ、生徒とはいえ、男性と、手を繋いで)

桐須先生 (休日のショッピングモールを歩くなんて、これでは……まるで……)

ハッ

桐須先生 (……何を不埒なことを考えているの、桐須真冬。これはあくまで緊急的な措置)

桐須先生 (私が眼鏡を壊してしまったのだから、その責任を取る。それだけのこと――)

子ども 「あーっ。ねえ、ママ、カップルだよー」

桐須先生&成幸 「「っ……///」」

………………眼鏡屋

成幸 (とはいえ、いざ眼鏡屋に来たものの)

成幸 (眼鏡なんて高級品、滅多に買わないし、買ったとしても安い店のセール品だしなぁ)

成幸 (こういうショッピングモールに入ってる眼鏡屋って、高いんだよなぁ)

成幸 (安い眼鏡を弁償してもらうのに、高い金額を払ってもらうわけにはいかないし……)

桐須先生 「どうかしたの? 早く選びなさい」

成幸 「あ、はい。でも……」

桐須先生 「好みに合わないのかしら? それなら、別のお店に足を伸ばしてもいいのだけれど」

成幸 「本当ですか!? それなら、壊れた眼鏡を買った店に行ってもらえると助かります」

桐須先生 「得心。それくらいお安い御用よ。では、車に戻りましょうか」

成幸 「!?」

成幸 (ば、バカか俺は!? 別の場所に移動となったら車で移動することになる!)

成幸 (桐須先生の車に乗るのはもうごめんこうむりたい!)

成幸 「あ、いや! よくよく見てみるとー、オシャレな眼鏡がいっぱいだー!」

成幸 「桐須先生! ここで眼鏡選んでもいいですか!」

桐須先生 「……? それはもちろん、構わないけれど」

成幸 「わーい、ありがとうございます、先生!」

桐須先生 「あ、あまり、大声で先生と言わないでもらえると助かるわ」

成幸 「あっ……」 (そりゃそうだ。生徒と二人でお出かけなんて、いいことじゃないもんな)

成幸 「す、すみません……」

桐須先生 「いいわ。早く選びなさい」

成幸 「はい……」

………………

店員 「では、二時間後には完成していますので、取りに来てください」

成幸 「はい、わかりました。お願いします」

成幸 (……結局、できるだけ安いフレームを選んだら、前のと同じような眼鏡になってしまった)

成幸 (まぁ、それは構わないんだけど、二時間か……)

成幸 (喫茶店にでも入って勉強でもしようかな)

成幸 (幸いにして、電車で勉強しようと思って道具は持ってきてあるし)

桐須先生 「……二時間。この時間を無駄に使う手はないわ。唯我くん」

成幸 「はい。もちろん勉強時間にあてるつもりです」

桐須先生 「そうしましょう。では、行きましょうか」 ギュッ

成幸 「!? ど、どうしてまた手を繋ぐんですか!? っていうか、“行きましょう”って……?」

桐須先生 「愚問。眼鏡が完成するまで、あなたをひとりにするわけにはいかないでしょう」

成幸 「い、いやいや、いくらなんでも大丈夫ですって。ショッピングモールから出ないですし」

成幸 「眼鏡の代金も払ってもらいましたし、もう先生はお帰りになって大丈夫ですよ」

成幸 「先生もお忙しいでしょうし……」

桐須先生 「はぁ? さっき段差でこけていた人間の言うべき台詞ではないわね」

成幸 「うっ……」

桐須先生 「あなたの眼鏡を壊してしまった私が責任を果たす必要があるわ」

桐須先生 「そうでなくとも、危険な状態にある生徒を残して帰れるわけがないでしょう」

桐須先生 「私は教師なのだから」

成幸 (かっこいい……)

成幸 (……かっこいいけど、それは自分の部屋をしっかり掃除できるようになってから言ってほしいなぁ)

桐須先生 「どうせ真面目なあなたのことだから、勉強道具を持ってきているのでしょう?」

桐須先生 「喫茶店にでも入って、落ち着いて勉強をしましょう。分からなければ私が教えるわ」

成幸 「……わかりました。すみません。お願いします」

………………物陰

文乃 「………………」

文乃 「……気分転換がてら、ショッピングモールに来てみれば」

文乃 「唯我くんと桐須先生が楽しげに手を繋いでデートしてるって……」

文乃 「これは一体どういうことなのかな……?」

文乃 「っていうか、見つけたのがわたしで良かったよ。うるかちゃんとりっちゃんにはとても見せられないよ……」

理珠 「文乃? そんなところでどうしたのですか?」

うるか 「文乃っちー、今日アイス三段重ねサービスだってー!」

うるか 「早く食べにいこー!」

文乃 「三段重ねサービス!?」

ハッ

文乃 (うぅ……今すぐにでも食べに行きたい、けど……)

紗和子 「ねえ、緒方理珠? 私とアイスをシェアしましょうよ」

紗和子 「そうすれば、たくさんの味が食べられるわよ?」

理珠 「良い提案です、関城さん」 パァァァ 「みんなで分け合って色んな味を食べましょう」

文乃 (ちくしょー! だよ! 魅力的なこと話してるー! でもあれを看過できないよー!)

文乃 (桐須先生と成幸くんが手を繋いでいるところをりっちゃんとうるかちゃんが目撃したりしたら……)


――――理珠 『……な、成幸さん? どうして、桐須先生と仲睦まじく手を繋いでいるのですか……?』

――――うるか 『成幸のバカー! えっち! そんなに大人の女がいいのかー!」


文乃 「ぐはっ……」 (わたしの胃が、限界を迎える未来が見えたよ……)

うるか 「文乃っち? どうかしたの?」

文乃 「……ううん。なんでもないよ」

ニコッ

文乃 「ちょっと三人で先に行っててもらえるかな。わたしはお手洗いに行ってから合流するよ」

うるか 「んぅ? トイレだったら一緒に行くよ?」

文乃 「だ、大丈夫! 大丈夫だから! じゃあ、あとでアイス屋さんの前でね!」

シュバッ

うるか 「行っちゃった。文乃っち、お腹でも痛いのかなぁ」

紗和子 (でへへ、緒方理珠とアイスをシェア……間接キス……)

理珠 「うるかさん、行きましょう。関城さんがなんかキモいので」

うるか 「ふたりは本当に大親友なんだよね……?」

………………ショッピングモール内喫茶店

成幸 「………………」

カリカリカリカリ……

桐須先生 「………………」

成幸 (……いい。やっぱり桐須先生の前だとメチャクチャ集中できる)

成幸 (あいつらと違って、教える必要はないから自分のことに時間が割けるし、)

成幸 (何より桐須先生のピクリとも笑わない表情が適度な緊張感を与えてくれる)

成幸 (なんだったらこれから毎日家に伺って勉強したいくらいだ……)

桐須先生 (……唯我くん、集中できているようね)

桐須先生 (小美浪さんのメイド喫茶でもしっかり勉強できていたようだし、)

桐須先生 (この子は本当に、勉強をがんばろうという気概が凄まじいわ)

成幸 「……ん」

桐須先生 「? どうかした? 何か分からないところでもあったかしら?」

成幸 「あ、いや、ちょっとお手洗いに行こうかなと」

桐須先生 「あら、そう。じゃあ、行きましょうか」 ギュッ

成幸 「!? いや、さすがに、ひとりで行けますよ!」

桐須先生 「何を顔を赤くしているの。男子トイレの中にまでは入れないけれど、」

桐須先生 「トイレの場所までの案内は必要でしょう?」

成幸 「だ、大丈夫ですよ! 場所は把握してますし!」

成幸 「先生はここで待っててください!」

桐須先生 「そう……?」 スッ 「気をつけていってらっしゃい」

成幸 「はい」

………………

成幸 (……はぁ。さすがにトイレの案内までお願いするのは恥ずかしすぎるよ)

成幸 (とはいえ、案内板も見にくいな。それっぽい方向に行けば大丈夫かと思ったけど……)

成幸 (うーん、全然分からん。やっぱり桐須先生に案内してもらえばよかったか――)

? 「――ていっ」

ドスッ

成幸 「ふぐっ!?」

文乃 「やぁやぁ、こんにちは、成幸くん。奇遇だね」

成幸 「何事だよ!? ……って、古橋?」

文乃 「そうです。あなたの師匠、古橋文乃です」

成幸 「お前もここに来てたのか。で、どうして俺は手刀を入れられたんだ?」

文乃 「その質問に答える前に、わたしが質問させてもらってもいいかな?」

文乃 「唯我くん、君はどうして、桐須先生と仲良く手を繋いでデートなんかしてるのかな?」

成幸 「……!?」

成幸 「いや、違うんだ、古橋。これには深い訳があってだな……!」

文乃 「うん。わたしにはその深い訳は分からないけど、何か事情があるんだろうな、って察することはできるよ」

文乃 「唯我くん、なぜか眼鏡してないしね」

文乃 「でもね、今日このショッピングモールにいるのはわたしだけじゃないんだよ?」

文乃 「りっちゃんとうるかちゃん、あとついでに紗和子ちゃんも一緒に来てるんだよ?」

成幸 「……? それが何か問題あるのか?」

文乃 「なんで君はそういうところとことんまで鈍いのかな!?」

文乃 「……ま、成幸くんは成幸くんだもんね」

成幸 「ん……。なんか、すまん」

文乃 「べつに。わたしが勝手に右往左往してるだけ、とも言えるから」

文乃 「……アイス屋さんの周辺には来ないでね。たぶんわたしたちそこにいるから」

成幸 「お、おう。わかった。そっちの方には行かないようにするよ」

文乃 「よろしい。じゃあ、また予備校でね、成幸くん」

成幸 「あっ……、ち、ちょっと待ってくれ、古橋」

文乃 「? どうかしたの?」

成幸 「恥を承知でお願いしたいことがある」

成幸 「……俺を、トイレまで案内してくれないか? 実は眼鏡がなくて、遠くがほとんど見えないんだ」

文乃 「……は?」 ハァ 「本当に、君は手がかかる弟だよ、まったく」

……ギュッ

成幸 「す、すまん。ありがとう」

文乃 「いいよ。手を引くくらい。わたしは成幸くんのお姉ちゃんだからね」

文乃 (……絶対、りっちゃんとうるかちゃんに見られないようにしなきゃ)

………………喫茶店

桐須先生 「………………」

ソワソワソワソワ……

桐須先生 (……遅いわ。何かあったのかしら)

桐須先生 (道に迷ってるだけならいいけど、不貞の輩に誘拐されたとか、そういうこともあり得るわ……)

桐須先生 (彼は良い子である分、人の悪意や害意に鈍そうだもの)

桐須先生 (心配。やはり、探しに行くべきね)

ガタッ

成幸 「? 急に立ち上がって、どうしたんですか、先生?」

桐須先生 「!? 唯我くん、無事だったのね」

桐須先生 「随分と時間がかかっているようだったから、心配したわ」

成幸 「ああ……」 (古橋に捕まってた時間が長かったからな……)

成幸 「すみません。ちょっと道に迷ってしまって……」

桐須先生 「……ま、まぁ、そんなところだろうと思っていたわ」

桐須先生 「だから送り迎えが必要だと言ったでしょう? まったく……」

成幸 「面目ないです……」

桐須先生 「まぁ、いいわ。ほら、まだ時間はあるんだから、勉強に戻りなさい」

成幸 「はい」

カリカリカリカリ……

成幸 (……そっか。先生)

成幸 (急に立ち上がったのは、俺を探しに行こうとしてくれたのか)

成幸 (……母さん以外で、こんなに俺に親身になってくれる大人がいるって)

成幸 (なんか嬉しいな)

………………眼鏡屋

店員 「お買い上げありがとうございましたー!」

成幸 (……ほんと、前とほとんど代わり映えしない眼鏡だ)

成幸 (まぁ、悪目立ちするよりいいか。こういう形の眼鏡、気に入ってるし)

桐須先生 「きちんと見えてる? 問題はない?」

成幸 「はい。レンズが新しくなったから視界がクリアです。勉強にも集中できそうです」

桐須先生 「そう。それは何よりね。しっかり励みなさい」

成幸 「はい! この眼鏡で、絶対受験を成功させます! ありがとうございます、先生」

桐須先生 「お礼を言われる筋合いはないわ。眼鏡を壊してしまったのは私だもの」

フゥ

桐須先生 「ともあれ、無事今日中に眼鏡が仕上がって良かったわ」

桐須先生 「完成まで日を置くようだったら、毎日あなたの世話をしなければならないところだったもの」

成幸 「え……?」

成幸 「あ、あはは、先生もそういう冗談言うんですね」

桐須先生 「……?」

桐須先生 「不可解。私がいつどんな冗談を言ったというのかしら」

成幸 「へ? いや、だって、毎日俺のお世話を、って……」

桐須先生 「当然でしょう。もしも眼鏡が今日完成しないようだったら、私は毎日あなたの家に伺うつもりだったわ」

成幸 「そ、そうですか……」 (本気だったのか、この人)

成幸 (あっ、あっぶねー! 店にレンズの在庫があって助かったー!)

成幸 (さすがに毎日家に来られたら大変だし、何より先生に申し訳ないし)


―――― ((なんだったらこれから毎日家に伺って勉強したいくらいだ……))


成幸 (……ん、いや、まぁ、もしそうなってたら、勉強はめちゃくちゃはかどってたかもしれないな)

桐須先生 「? どうかしたかしら、唯我くん」

成幸 「あ、いや……。もし今日中に眼鏡が完成していなかったら、毎日先生に勉強を教えてもらえたのにな、って。そんなこと考えてました」

桐須先生 「……は?」

ハッ

成幸 (俺はアホか!? なに考えてたことをそのまま口に出してんだ!?)

桐須先生 「………………」 ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (こ、怖え……。まずい。なんとか言わないと……)

桐須先生 「……唯我くん」

成幸 「は、はいっ!」 ビクッ

桐須先生 「この後、時間あるかしら?」

成幸 「へ……? は、はい。家に帰って勉強するだけなので……」

桐須先生 「そう。じゃあ、今日はうちにきて、勉強していきなさい」

桐須先生 「……さすがに毎日というのは無理だけれど、今日は構わないわ」

成幸 「本当ですか!? じゃあ、お言葉に甘えて、この後お邪魔してもいいですか?」

桐須先生 「ええ。では、行きましょうか」

成幸 「はい!」

成幸 「ん……?」 (待てよ? この後先生の家にお邪魔するってことは……)

桐須先生 「どうかしたの? 唯我くん? 早く車に戻るわよ」

成幸 (そ、そうだったー!) ガーン (帰りも桐須先生の車に乗らなきゃってことじゃないかー!)

成幸 「あ、えーと、その……、やっぱり、おうちに伺うのは悪いかな、なんて……」

桐須先生 「無為。子どもが妙な気を遣う必要はないわ。行くわよ、唯我くん」 ガシッ

成幸 「ヒッ……」

ズルズルズル……

成幸 (だ、誰か、助けてー! 文乃姉ちゃーん!)

………………幕間 ショッピングモール アイスクリーム屋

文乃 「んー、美味しい~!」

文乃 「イチゴとクリームチーズのコラボが最高なんだよ!」

キュピーン

文乃 (……いま、なんか、手のかかる弟のヘルプの声が聞こえた気がするけど)

理珠 「文乃、文乃、このアイスも美味しいですよ。小豆の甘みが最高です。一口どうぞ」

紗和子 「この口の中でパチパチするヤツもなかなかよ。食べてみて」

うるか 「チョコチップもビターで美味しいよ~。はい、文乃っち」

文乃 「わーい、いただきまーす!」 ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ

文乃 「美味しーい! 幸せ~。胃に染み渡る……」

文乃 (この幸せ空間から出られそうにないから、)

文乃 (勝手にがんばれ、愚弟! だよ!)


おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。
まだ投下したい話がいくつかありますので、
またお付き合いただければと思います。

>>1です。
ひとつ投下します。


ぼく勉】文乃 「言質とったからね。成幸くん」

………………お祭りの数日後 古橋家

文乃 「………………」

カリカリカリ……

文乃 (……うん、大丈夫。公式もだいぶ覚えてきた)

文乃 (三角関数とはだいぶお友達になれた気がするんだよ)

文乃 「ふふ、これも全部成幸くんのおかげかな。今度の模試で、目指せC判定! だよ」

文乃 「……ん?」

ハッ

文乃 「“成幸”くん……!?」

文乃 (わ、わわわ、わたしってば、唯我くんのこと、自然と名前で呼んでた……)

文乃 (ひとりのときでよかった……) ドキドキ (りっちゃんとうるかちゃんがいたらとんでもないことになってたよ)

――ピロン

文乃 「ん……? メール? 成幸くんから……?」

ハッ

文乃 (わ、わたしってば、また……!)

文乃 (し、仕方ないよね。ふたりでお泊まりなんてしちゃったわけだし……)

文乃 (お泊まり……) カァアア…… (なんか、エッチな響きだよぅ……)

文乃 (……じゃなくて。メールの中身は、と)

文乃 「……ん?」


 『もし良かったら、なんだけど。

  週末、一緒にプラネタリウムに行かないか?』


文乃 「んん??」

文乃 「んんん???」

………………週末 駅前

文乃 「………………」

キョロキョロキョロキョロ……

文乃 (だ、大丈夫だよね。間違っても、りっちゃんもうるかちゃんもいないよね)

文乃 (もしも唯我くんと待ち合わせをしているところなんて見られたら、)


―――― 理珠『文乃? どうして唯我さんとふたりでお出かけなんてことになったのですか?』

―――― うるか『ひどいよ成幸ー! どうしてあたしを誘ってくれないのさー!』


ギリギリギリ……

文乃 (そ、想像するだけで胃が痛い……)

―――― 『いや、母さんがまた福引きを当てたんだよ。今度はプラネタリウムのペアチケットでさ』

―――― 『母さんは行けないから俺にくれたんだ』

―――― 『古橋、星好きだろ? ちょうどいいかなー、って思って誘ったんだけど……』

文乃 (……うん。いや、ほんと、プラネタリウム自体は楽しみだし、嬉しいんだけど)

文乃 (絶対、りっちゃんとうるかちゃんにはバレないようにしなくちゃ……)

成幸 「……ん、いたいた。おはよう、古橋。待たせたか?」

文乃 「あっ、唯我くん。おはよ」 フルフル 「全然、待ってないよ。今来たトコだよ」

ハッ

文乃 (ふ、ふつーにデートっぽい返しをしてしまったよ……!

文乃 (っていうかこれ、今さらだけど思いっきりデートだよね!?)

文乃 (ふぁあ、普段はふたりきりでもなんてことないはずなのに、)

文乃 (意識し始めると緊張するよぅ……)

成幸 「……古橋? ぼーっとしてどうしたんだ?」

文乃 「ふぇっ!? な、なんでもない! なんでもないよ!?」

文乃 「きっ、今日はお誘いいただいて、ありがとうございます。唯我くん」

ペコリ

成幸 「ははは、何だよ、急にかしこまって」

文乃 (っ~~~!! こっちの気も知らないでー!)

成幸 「いつも古橋には色々相談に乗ってもらってるからな。お礼みたいなもんだから気にすんなよ」

文乃 「……お礼? そっか」

文乃 (お礼、かぁ……)

文乃 (そう。そうだよね。成幸くんは、ただのお礼の気持ちしか持ってないんだから)

文乃 「……そんなこと言ったら、そもそもわたしはいつも唯我くんに勉強を教えてもらってるんだけどね」

クスッ

文乃 「じゃあ、行こうか。成幸くん」

成幸 「ん……? お、おう」

文乃 「? 顔が赤いよ? どうかした、成幸くん?」

成幸 「い、いや、何でも、ない……」 プイッ

文乃 「……?」

文乃 (どうしたんだろう? わたし、なにか変なこと言ったかな……?)

………………電車内

成幸 「………………」 フムフム

文乃 「………………」 カリカリカリ……

文乃 (電車内でも勉強……。まぁ、受験生だし、当然と言えば当然かもしれないけど)

文乃 (隣にいるのがわたしだからいいけど、りっちゃんやうるかちゃんと出かけるときにそんなんじゃ愛想尽かされちゃうぞー)

文乃 (……なんて、言ってあげるわけにもいかないしなぁ)

成幸 「……ん? どうかしたか、古橋。手が止まってるぞ?」

文乃 「あっ、ご、ごめん。何でもないよ」

成幸 「そうか。……ん。そこ、使う公式が違うな。それだと計算が堂々巡りして、xは求められないぞ」

文乃 「うぉぅ……」 ズーン…… 「どおりで計算式がおかしなことになってると思ったよ……」

成幸 「まぁ、そう落ち込むなよ。公式は覚えられてるんだから、あとは使い方を慣れて覚えていけばいいんだからさ」

文乃 「……うん。そうだね」 グッ 「わたし、もう少しがんばってみるよ、成幸くん」

成幸 「お、おう。が、がんばれよ、古橋……」 カァアア

文乃 「?」 (本当にどうしたんだろう、成幸くん……?)

………………プラネタリウム

文乃 「ふぁああああ……」 パァァアアアア

文乃 「ねえねえ見て見て、唯我くん! 展示がたくさんあるよ! 銀河系の模型もある!」

成幸 「へぇー。この時期は夏の星座特集なんてやってるんだな」

成幸 「プラネタリウムもこの時期仕様になってるみたいだぞ」

文乃 「ふぁぁあ……」 パァアアアアアアア

成幸 「じゃあ、俺はチケットを引き換えてくるから、この辺見て待っててくれ」

文乃 「うん!」

成幸 (はしゃいじまってまぁ……。本当に星が好きなんだよな、古橋は)

………………

文乃 (エントランスに色んな展示があって、これだけでも飽きないよ)

文乃 (来てよかった……唯我くんに感謝だね)

文乃 (りっちゃんとうるかちゃんのことを考えると、申し訳ない気持ちもあるけどね)

クスッ

文乃 (プラネタリウムも夏の星座特集、かぁ。楽しみだなぁ……)

成幸 「……お、いたいた。古橋、次の回の入場券と引き換えられたぞ」

成幸 「もうすぐ開場みたいだから、並ぼうぜ」

文乃 「うん!」

………………プラネタリウム 開演

キラキラキラ…………

文乃 (ふぁああああああ……!!)

文乃 (作り物だって分かってても、壮観だよ……!)

文乃 (真っ暗な場所に満点の星……うぅ……本当に本当に、来てよかったよ……)

成幸 (……なんて考えてるんだろうなぁ。子どもみたいな顔してるぞー、古橋)


――――『星が綺麗な夜だとついつい』

‘――――『死んじゃったお母さんの星』

――――『探しちゃうんだよね』


成幸 「………………」 (……まぁ、べつに、今くらいいいよな)

成幸 (勉強のいい息抜きになってくれりゃ、こっちとしても願ったり叶ったりだ)

ナレーション『それでは、星々を見ていただいたところで、夏の星座の説明をいたしましょう』

ナレーション『ただいま点滅している星々が、なんの星座かおわかりになりますか?』

成幸 (ん……えっと、夏のあの方角の星座は……――)

文乃 「――てんびん座」 ボソッ

成幸 「え……?」

ナレーション『この形は、そう。てんびん座です』

文乃 「あっ……」 コソッ (ご、ごめん、唯我くん。つい口に出しちゃって……)

成幸 (いや、ほかの誰にも聞こえてないだろうし、べつにいいと思うけど……)

成幸 (……ほんと、子どもみたいだな、古橋)

文乃 (い、言わないでよ。恥ずかしいんだから)

ナレーション『てんびん座は、ギリシア神話で、女神アストレイヤが持っている天秤がモチーフとなっています』

ナレーション『アストレイヤは、その天秤で霊魂の善悪を計り、悪しき霊魂を地獄に送ったといいます』

成幸 (ふむふむ。受験に直接関係はなさそうだけど、教養を深めるという意味では、有益な場所だな。ここは)

文乃 「………………」 コクコクコクコク

成幸 (……すごい勢いでうなずいていらっしゃる。少し怖い……)

ナレーション『では、続いて紹介する星座は、こちらです』

ナレーション『さて、このてんびん座のすぐ近くにある星座はなんでしょうか?』

成幸 「………………」 ジーーーッ

文乃 (な、なんでこっちを見るの、唯我くん) コソッ

成幸 (いや、古橋が答えを教えてくれるかなー、って思ってさ)

文乃 (もーっ! 唯我くん!)

ナレーション『一際輝く1等星、アンタレスが目印ですね。さそり座です』

ナレーション『さそり座は、アンタレスを中心にして広がる星座です』

ナレーション『発見しやすいので、天体観測をする際は目印にするといいでしょう』

ナレーション『さそり座のモチーフは、ギリシア神話の太陽神アポロンとその姉、女神アルテミスにまつわる逸話にあります』

ナレーション『月の女神アルテミスと太陽神アポロンは仲良しの姉弟でした』

ナレーション『アルテミスはアポロン以外の男性とは関わりすら持たず、弟のアポロンを溺愛していました』

ナレーション『しかし、ある日アルテミスは猟師オリオンと出会います』

ナレーション『アルテミスは力強く、弓の名手でもあるオリオンにどんどん惹かれていきます』

ナレーション『アポロンはおもしろくありません。アポロンにしてみれば、大好きなお姉ちゃんを奪われた、というような気持ちだったのでしょう』

ナレーション『そしてついに、アポロンはオリオンにサソリを遣わして、オリオンを殺してしまいました』

ナレーション『アルテミスは悲しみ、オリオンを天にあげました。これが、冬の有名な星座、オリオン座です』

ナレーション『そして、オリオンを殺したサソリが、天に昇ったものが、このさそり座になった、といいます』

ナレーション『さそり座の裏には、そんな姉弟にまつわるお話があったんですね』

文乃 (……そっか。そういえば、そんなお話だったよね)

文乃 (ほかにも、オリオンはアポロンに騙されたアルテミスの矢で息絶える、なんてお話もあるけど)

文乃 (それにしても……)

チラッ

成幸 (ふむ……ためになるなぁ。結構楽しいぞ、プラネタリウム)

文乃 (姉と仲良くする男に嫉妬する弟、かぁ……)


――――『せめて古橋の受験が終わるまで』

――――『告白するのを待ってもらえないか』


文乃 (ふぇっ……!? な、なんで……)

文乃 (あのときのことなんて、思い出してるの、わたし……)

………………プラネタリウム終演

成幸 「はぁ~。おもしろかったなぁ……」

成幸 「星って色んな神話と紐づいてておもしろいな!」

成幸 「今まで地学的なことしか考えたことなかったから、新鮮だったよ。すごいな、星って」

文乃 「……え? あ、う、うん。でしょ? 星、おもしろいでしょ」

成幸 「……? 古橋、なんか顔赤いぞ?」

文乃 「ふぇっ!? そ、そうかな? ちょっと、プラネタリウムに興奮しちゃったからかな」

成幸 「おまえは本当に星が好きだな」

成幸 「でも、喜んでもらえてよかったよ」

文乃 「う、うん。本当に楽しかったよ。ありがとね、成幸くん」

成幸 「っ……」 プイッ

文乃 「……? 成幸くん、どうかしたの……?」

成幸 「な、なんでもない! 二階にも星の展示室があるみたいだから、行こうぜ!」

文乃 「……?」

………………帰路 電車内

成幸 (うぅ、眠いけど、耐えないと……)

成幸 (今日の分の勉強は今日中に取り戻さないと……)

成幸 「ん……?」

文乃 「………………」 zzz……

成幸 (今日一日ずっと楽しそうだったもんな。そりゃ眠いよな)

文乃 「……ふふ、えへへ……」

成幸 (どんな夢見てるんだろうな。楽しそうな顔しやがって……)

成幸 (今日ハメ外した分、明日からがんばってもらうからな、古橋)

成幸 (俺もゆっくり眠りたいけど……我慢我慢。さ、もうひとがんばり……――)

ガタン……ゴトン……ガタン……ガタッ……

文乃 「ふぁ……」 カクン

ぽふっ

成幸 「――……っ!?」

成幸 (電車が、揺れた、勢いで……///)

成幸 (ふ、古橋の、頭が、肩に……) カァアアア…… (ま、まずい、めっちゃいい匂い……)

成幸 (うおお、さすがにちょっと、起きてくれ古橋ーー!!)

文乃 「………ムニャムニャ……」 zzz……

成幸 「……はぁ」 (……こんな気持ちよさそうな寝顔、起こすわけにはいかないよなぁ)

文乃 「むにゃ……成幸くん、きみは、まったく……」

成幸 「……!?」 ドキッ (び、びっくりした。寝言か……)

文乃 「……まったく、手のかかる、弟だよ」


――――『いつか君が本当にやりたいことを見つけた時は』

――――『お姉ちゃんが全力で応援するからね 「成幸くん」』


成幸 (ま、まずい……! 本当にまずい!)

成幸 (こんなに密着されると、旅館にふたりで泊まったときのこと思い出してしまう……)

成幸 (心頭滅却心頭滅却心頭滅却……)

文乃 「……っ、成幸、くぅん……」

成幸 (っ……! だいたいなんで俺のことちょくちょく名前で呼ぶんだよー!)

成幸 (こういうときは素数……素数だ! 素数を数えていこう!)

成幸 (2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31……)

成幸 (……37,41,……えーっと……43,47……)

成幸 (えーっと……次は……)

成幸 (次は……)

成幸 (……あー……)

成幸 (……なんか、少し気が紛れて……きた……ような……)

成幸 (あっ、ちが……。これ、ただの眠気……だ、……)

zzz……

文乃 「………………」

成幸 「………………」

子ども 「……? あー、ねえ、お母さん。カップルが仲良く寝てるよー」

お母さん 「しーっ。起こしちゃかわいそうだから、静かにね」

お母さん (……あらあら。お互いをまくらにして、気持ちよさそうに)

お母さん (でも、カップルっていうより、仲良しの姉弟、って感じかしら) クスッ

………………駅前

成幸 「………………」

文乃 「………………」

文乃 (ふぁああああああ!!)

文乃 (何やってんのわたし!? 成幸くんにめっちゃくっついて寝てたよ!)

文乃 (ごめん、りっちゃん、うるかちゃん……)

成幸 (うおおおおおおお!!)

成幸 (気を紛らわすつもりが、寝ちまってどうすんだ俺! しかも古橋によっかかって……)

成幸 「な、なんか、すまん……」

文乃 「ふぇっ? う、ううん。こちらこそ、ごめんね」

成幸&文乃 ((き、気まずい……!))

文乃 「き、今日は本当にありがとね、成幸くん。すごく楽しかったよ」

成幸 「ん、あ、ああ。それなら良かった」

成幸 「俺も、普段はプラネタリウムとか行かないから、楽しかったよ」

成幸 「今度は本当の天体観測に行ってみたいな」

文乃 「ほんとに!?」 ガバッ

成幸 「!?」 (ち、近い……! 近いぞ、古橋……。っていうか、手! 手!)

文乃 「わたしもゆっくり天体観測行きたいんだよ。受験が終わったら、一緒に行こうね」

成幸 「あ、ああ。受験が終わったら、行こうな……。い、一緒に……」

文乃 「ん……?」

ハッ

文乃 「ひゃあ!?」

文乃 (な、なにやってんのわたしー!?)

文乃 (成幸くんから天体観測なんて言葉が飛び出したから、)

文乃 (嬉しすぎて成幸くんの手を握りしめてたよー!)

文乃 (っていうか、一緒に、って……。わたし、何言ってんのー!?)

文乃 「………………」 (……一緒に、か……)

文乃 「……一緒に、行ってくれるんだ?」

成幸 「へ……? あ、ああ。もちろん。古橋と一緒なら、楽しいだろうしな」

文乃 「そ、そっか……」

クスッ

文乃 「……今の、言質とったからね。成幸くん」

………………幕間 メタ

文乃 (……? あれ……? この話、夏休み中の話だよね?)

文乃 (わたし、単行本七巻20ページ冒頭で矛盾するようなこと思ってるなぁ)

文乃 「……ま、いっか」


おわり

>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
幕間おもしろいのが思い浮かばなかったのでメタりました。すみません。
このSSを書き上げてからコミックスを読み直して矛盾に気づきました。すみません。


まだいくつか投下すると思います。
また読んでくれたら嬉しいです。

>>1です。
ひとつ投下します。
やや長めで表現もくどいかもしれません。


【ぼく勉】関城 「化学部の文化祭の企画?」

………………文化祭前 学校 3-F教室前

成幸 「おう。何かやるんだろ?」

関城 「毎年恒例、科学室で子ども向けの実験ショーよ」

関城 「毎年大盛況なのよ。これを目当てに来る近隣の小学生もたくさんいるわ」

成幸 「へー」 ジトーッ

関城 「な、何よ、その疑わしそうな目は」

成幸 「いや、そんな大事な企画があるのに、こんなところでうどんの試食してていいのか、おまえ」

関城 「し、失敬ね! 化学部の準備はこの後やるのよ」

関城 「化学部はホワイト部活だから部員は学級の企画優先で動いてるのよ」 フフン

成幸 「クラスの企画準備が終わってから部活の企画準備をするって、それ逆にブラックじゃないか?」

関城 「いちいちうるさいわね、唯我成幸!」

関城 「……緒方理珠、どうしてこんな男がいいのかしら……」 ボソッ

成幸 「? なんか言ったか?」

関城 「な、なんでもないわよ」

理珠 「うどん、どうですか、関城さん、成幸さん」

成幸 「ん。今日もめちゃくちゃ美味しいぞ。さすがはあの親父さんの娘だな」

理珠 「そ、そうですか。ありがとうございます……///」

関城 (……まったく。乙女しちゃってるわね。緒方理珠)

関城 「美味しいと思うわ。でも、昨日より少しうどんが柔らかいわね」

成幸 (昨日って……。関城、毎日試食にきてるのかよ……)

関城 「ゆで時間を変えたのかしら?」

理珠 「! そうなんです。文化祭は小さな子どもも大勢くるので、それくらいのゆで加減の方がいいかな、と」

理珠 「どうですかね?」

関城 「悪くないアイディアだとは思うけど、ゆで時間が増えると、それだけ提供の回転数が落ちるわね」

関城 「それを考慮に入れた上で問題ないなら、このゆで加減でいいんじゃないかしら」

関城 「立ち食いが基本になるのだから、柔らかい方が食べやすいでしょうし」

理珠 「なるほど……」 メモメモメモ

理珠 「ありがとうございます、関城さん。すごく参考になります」

関城 「そ、そう? でも、礼には及ばないわよ。なんてったって、私はあなたの大親友だもの!」

関城 (ふぁああああ……//// 緒方理珠に感謝されてる……!)

関城 (我が人生に一片の悔いなし……!)

理珠 「関城さん以外、何を食べても美味しいとしか言わない鈍いひとたちばかりですし……」 ジロリ

文乃 「あ、あはは……。だって、りっちゃんの茹でるうどん美味しいから」

うるか 「そうそう。リズりんのうどんが美味しいのがいけないんだよ~」

成幸 「面目ない……」

関城 「まったく。それじゃ試食の意味がないでしょうに……」

ハッ

関城 「……そろそろ化学部の集合時間だわ。それじゃ、失礼するわね」

関城 「緒方理珠、うどんごちそうさま。当日も絶対食べに来るわね」

理珠 「はい。よろしくお願いします、関城さん」

成幸 「せわしないやつだな。緒方のためにわざわざF組に来てるんだもんなぁ」

文乃 「……紗和子ちゃん、大丈夫かな」

うるか 「? 文乃っち、さわちんがどうかしたの?」

文乃 「んー、ほら、紗和子ちゃんって化学部の部長さんじゃない?」

文乃 「化学部の企画、毎年本当に大人気だから、プレッシャーがすごいと思うんだよね」

文乃 「“子どもの集客率・人気共にNo.1”。が化学部の毎年の目標だから」

文乃 「先生方も、化学部の企画で子どもにたくさん来てもらって、うちの高校への進学者を 将来的に増やしたいみたいなの」

成幸 「へぇ……。化学部、期待されてるんだな」

文乃 「だから、部長の紗和子ちゃんのプレッシャーはすごいと思うんだよ」

うるか 「さわちん、なんでもない顔してるけど、大変なんだね……」

理珠 「……心配ないと思いますよ」

文乃 「……? りっちゃん?」

理珠 「あの人は変な人です。色々やらかしてくれますし、うるさいですし、本当に変な人です」

文乃 (……かわいそうだけど、)

成幸 (否定できない。すまん、関城……)

理珠 「でも……」


―――― 『なら明日の休みにでも私が選んであげましょうか』

―――― 『この親友の関城紗和子が!!』


理珠 「……でも、ときどき、頼れる人なんです。だから、大丈夫ですよ。きっと」

うるか 「リズりん……」

うるか 「リズりんは、さわちんのことが大好きなんだね……!」

理珠 「は……?」 ジロッ 「何をどうしたら、そういう話になるのですか、うるかさん」

うるか 「またまたぁ。照れちゃって~。このこの~」 ウリウリ

理珠 「や、やめてください。暑苦しいです」

成幸 (化学部の実験ショー、かぁ)

成幸 (子ども向けって言ってたけど、当日、緒方を連れて行ってやったら、)

成幸 (関城のやつ、喜ぶかな)

成幸 「……ん、俺もそろそろクラスに戻らないとだ。うどん、ごちそうさま。緒方」

………………少し後 資材室

成幸 (クラスの連中に頼まれてベニヤの補充に来たものの、どれくらい持って行くかな)

成幸 (うちのお化け屋敷もいよいよ本格的になってきたからな。材料はできるだけ多い方がいいかな)

成幸 (……ん、そういやペンキもなくなりそうだったな。ついでに少し持って行くか)

成幸 「よいしょ……っと」

ズシッ

成幸 (お、重い……。最短経路で教室まで戻ろう……) ヨロヨロ……

成幸 (しまったな。小林か大森にでも一緒に来てもらうんだった)


  「実験準備班、実験用具のセットは、最低ふたつ以上予備を用意してね」


成幸 「ん……? この声は……関城?」

関城 「装飾班、装飾は子どもたちを意識して、かわいらしい感じでよろしくね」

成幸 (あ、そうか。ここ、化学室か)

部員1 「部長、気合い入ってますね」

部員2 「そりゃ、文化祭は化学部の見せ場のひとつだからな」

部員2 「知ってるか? 部長、毎日ひとりで遅くまで作業をしてるんだよ」

部員1 「へ? そうなんですか? 言ってくれれば手伝うのに……」

部員2 「人に頼るのが苦手な人だからな……。だから、今できるだけ作業を進めておかないと、だな」

部員1 「そうですね! よーし、がんばって準備するぞー!」

成幸 「……へぇ」 (関城の奴、部員から慕われてるんだな)

成幸 (……っと、いつまでも化学部を眺めてるわけにはいかないな)

成幸 (俺も早くクラスに戻らないと)

ツルッ

成幸 「ん……!?」 (水!? あ、やばっ……――)

――――ガシャーン!!!

関城 「……? 唯我成幸?」

関城 「ちょっとあなた、大丈夫? けがはない?」

成幸 「ん、ああ、騒がしくしてすまん。大丈夫だ。廊下が濡れててさ……」

成幸 「ベニヤとペンキは無事か。よかった」

関城 「廊下が濡れてた……?」

ハッ

関城 「ご、ごめんなさい、唯我成幸。その水、たぶん化学部の誰かがこぼしたやつだわ……」

関城 「準備前に大掃除をしたときに、廊下のから拭きが甘かったんだわ」

関城 「本当にけがはない?」

ズイッ

成幸 「わっ……」 (ち、近い……!)

成幸 「大丈夫だよ。俺も物を持ちすぎてて前方不注意だったから、気にするなよ」

関城 「………………」

関城 「化学部、注目!」

関城 「……誰か、廊下をぞうきんで拭き直しておいて!」

関城 「それから、それぞれの班ごとに、しっかりと準備を進めておいて!」

関城 「私はちょっとこの場を離れるわ。すぐ戻るから、各自できる作業を進めておくこと。よろしくね」

成幸 「関城?」

関城 「この板とペンキを教室まで運ぶのね? 手伝うわ」

成幸 「へ……? いいのか? 化学部も忙しいだろ?」

関城 「こっちの落ち度で転ばせたのだもの。少しくらい、罪滅ぼしをさせてちょうだい」

成幸 「ん……。なら、お願いしようかな。ありがとな、関城」

関城 「べつに、お礼を言われるようなことじゃないわよ」

関城 「さ、行きましょう。唯我成幸」

………………

部員1 (せ、関城部長が、化学部以外の男子と!?)

部員2 (普通に話してる! しかもすごく仲が良さそうに!)

部員3 (というか、なんか距離が近い……!)

部員1 (あの人見知りで空気の読めない部長が……)

部員2 (偏屈で変わり者の部長が……)

部員3 (普通の男子とお話をできるようになったのか……)

ホロリ

部員1 (……どうしてだろう)

部員2 (嬉しいのに)

部員3 (涙が止まらない……)

………………下校時刻 昇降口

成幸 「……ふぅ。今日も遅くまでかかったな」

小林 「成ちゃん、この後は家に帰って勉強?」

成幸 「おう。まぁ、無理しない範囲でやるつもりだよ」

小林 「大変だなぁ。体調崩さないようにね」

成幸 「ああ。文化祭直前だからな。気をつけるよ」

成幸 「……ん?」 (……あれ? 最終下校時刻なのに、まだ明かりがついてる教室があるな)

成幸 (あそこって、化学室か……?)


―――― 『知ってるか? 部長、毎日ひとりで遅くまで作業をしてるんだよ』


成幸 「………………」

小林 「成ちゃん?」

成幸 「……すまん、小林。先に帰ってくれ。やることを思い出した」

小林 「……ん、そっか」 クスッ 「ねぇ、成ちゃん」

成幸 「うん? なんだ?」

小林 「お人好しなのは大いに結構だけどさ」

小林 「なんかあったら、すぐに俺を頼ってよ?」

成幸 「小林……」 ジーン 「ありがとう。何かあったら、すぐお前に言うよ」

小林 「うん、よろしい。じゃあ、また明日ね」

成幸 「ああ。また明日な、小林」

タタタタ……

小林 「……行っちゃった。まったくもう、“成ちゃん”だなぁ」

小林 「今度は誰の世話を焼くのかな」

小林 「武元さんか、古橋さんか、緒方さんか、それとも……」

小林 「また別の子だったりしてね」

………………化学室

関城 「………………」

チョキチョキチョキ……

関城 「……ふぅ。紙の鎖はもう少し必要ね」

関城 (ほかの部員も帰したし、ゆっくりやりましょう)

関城 (……がんばってくれてる部員たちのためにも、がんばらないと)

……ガラッ……

関城 「……!? ゆ、唯我成幸……?」

成幸 「よう。明かりがついてたから気になってさ」

成幸 「もう最終下校時刻だぞ? 帰らなくていいのか?」

関城 「ふふん、見くびらないでちょうだい。顧問の先生にもう少し残る許可はもらってあるわ」

成幸 「なんで得意そうなんだよ……」

成幸 「他の部員はいないのか?」

関城 「みんな門限や勉強があるもの。もう帰したわ」

関城 「……みんな残りたがったけど、あまり私のこだわりやわがままに付き合わせたくないし」

関城 「女子の部員もいるから、あまり遅くまで残すのも嫌だしね」

成幸 「……ふーん。そっか」

関城 「……? な、何よ、その顔は」

成幸 「いや、お前が部員に慕われてる理由がよくわかった気がするよ。部員想いなんだな、お前」

関城 「しっ、慕われ、って……!? な、何わけわかんないこと言ってるのよ、唯我成幸!」

成幸 「お前の照れ隠しってほんとうるさいよなぁ……」

成幸 「紙の鎖を作ってるのか。装飾に使うやつだな」

関城 「そ、それがどうしたのよ」

スッ

成幸 「手伝うよ。俺はのりで鎖を作っていくから、お前ははさみでどんどん切ってくれ」

関城 「えっ……そ、そんな、いいわよ。あんたに手伝ってもらう理由もないし……」

成幸 「今日、ベニヤ板とペンキを教室まで運ぶのを手伝ってくれただろ。そのお返しだよ」

関城 「あ、あれはだって、ころばせてしまったお詫びだから……」

成幸 「いいから、早くのり貸せよ。お前だって女子なんだから、あんまり遅くならない方がいいだろ」

成幸 「俺は門限とか特にないし女子でもない。お前も気にする必要ないだろ?」

関城 「っ……」

関城 「じ、じゃあ……お願いするわ。ありがと……」

成幸 「おう!」

………………

関城 「………………」 チョキチョキチョキ……

成幸 「………………」 ペタペタペタ……

関城 「ん。その 鎖、あと十個くらいつなげたら終わりよ」

成幸 「おう、わかった」

関城 「………………」 チョキチョキチョキ……

成幸 「………………」 ペタペタペタ……

関城 「……唯我成幸、あなた、勉強とか大丈夫なの?」

成幸 「……ん? ああ、まぁ、大丈夫とは断言できないけどな」

成幸 「ま、文化祭の間くらいは、多少勉強を忘れてもいいかな、ってさ」

関城 「……ごめんなさい。あなたも忙しいのに、化学部の準備を手伝わせてしまって」

成幸 「変な言い方するなよ。俺が勝手に手伝ってるだけなんだからさ」

成幸 「……よしっ。十個つなげたぞ。とりあえずこれで天井につけてみようぜ」

関城 「……ん。ありがと、唯我成幸」

………………

関城 「し、しっかり押さえててよ! 唯我成幸!」

成幸 「押さえてるよ……」

成幸 「っていうか、怖いなら俺が脚立に上るぞ?」

関城 「こ、怖くなんかないわよ!」

成幸 「ったく……。ん……?」

ピラッ……

成幸 「!?」 ガバッ (い、一瞬パンツが見えてしまった……!)

成幸 (う、上は向けない……)

関城 「ど、どうかしたの?」

成幸 「な、なんでもない。早く鎖をつけろよ」

関城 「わ、わかってるわよ」

関城 「うー……」 (脚立の上で立つのって結構怖いのよね」

関城 (とはいえ、さすがに部外者の唯我成幸にそこまでさせるわけにはいかないし)

関城 (とにかく、早くテープでつけないと……)

関城 「あ、テープ……」

成幸 「ああ、テープなら俺が持ってるよ。ほら」

関城 「ん、ありがとう。……って、唯我成幸? どうして下を向いているの?」

成幸 「……聞くな」

関城 「……? あ……」

関城 「み、見た!? 見たのね!?」

成幸 「見てない! だから下向いてるんだろ!」

関城 「っ~~~////」

……グラッ

関城 「あっ……」 (ま、まずいわ。バランスが……)

成幸 「関城!?」

ガシャーン!!!

関城 「あいたたた……」

関城 (あれ? あんまり痛くない……?)

成幸 「……悪い、関城。できるだけ早くどいてくれると助かる」

関城 「!? 唯我成幸!?」

関城 (私、唯我成幸を下敷きにしてる……!?)

関城 「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」

成幸 「ああ、俺は大丈夫だけど、関城はケガはないか?」

関城 「人の心配をしてる場合かしら!? ほら、起きて」

成幸 「悪い。ありがとう」

関城 「……ごめんなさい。私がバランスを崩したから」

関城 「唯我成幸、あなた、私がケガをしないように、助けてくれたのね」

関城 「ありがとう……」

成幸 「そんなに器用なことはできないよ。偶然だ」

成幸 「でもまぁ、お互いケガがなくて良かったな」

………………帰路

関城 「………………」 トボトボ……

関城 (結局あの後、脚立での作業はすべて唯我成幸がやってくれたわ)

関城 (……自分が情けないったらないわね)

成幸 「………………」 (うーん、関城のやつ、落ち込んだ顔してるなぁ)

成幸 「……なぁ、関城」

関城 「……何かしら、唯我成幸」

成幸 「関城はすごいよな。化学部の部長として部員に慕われていて、部員たちのためにがんばっててさ」

関城 「……そんなことないわよ。部員のみんなは、仕方なく私に付き合ってくれているだけよ」

成幸 (変なところで卑屈だな……。昔なにかいやなことでもあったのか?)

成幸 (うーん、どうにかしてあげたいけど、本人がネガティブなのはどうしようもないよなぁ)

成幸 「……あ」

関城 「? どうかしたの?」

成幸 「……なぁ、関城。おまえ、明日の朝、早く来て作業したりするのか?」

関城 「そのつもりだけど、どうして?」

成幸 「関城ひとりで?」

関城 「まぁ、そうね……」

成幸 「……そっか。わかった。教えてくれてありがとな」

関城 「?」 (一体なんだというのかしら……)

………………夜 唯我家

prrrr…………

成幸 「……あ、小林。夜中に電話かけて悪いな。寝てなかったか?」

成幸 「出てくれて良かった。助かるよ」

成幸 「ん、ああ。ちょっと頼りたいことができてさ」

成幸 「……いや、大したことじゃないんだ。少し教えてほしいことがあってさ」



成幸 「小林さ、化学部の部員に友達とかいないか?」

………………翌日 学校

関城 「うぅ……」

関城 (睡眠時間が少ないから、眠いわ。朝日が刺さる……)

関城 (でも、私がしっかりしないと。私は化学部の部長なんだから)

ガラッ……

部員1 「あっ、部長! おはようございます!」

関城 「へ……?」

部員2 「部長、黒板の装飾はこんな感じでいいですか?」

部員3 「実験用具の点検全部終わりました!」

部員4 「化学室前の廊下、少しさみしいですよね。模造紙で研究成果を貼っておくのはどうですかね?」

関城 「み、みんな、どうして……?」

部員1 「昨日、全員にメールで連絡が入ったんです。部長が朝も作業をするつもりだって」

部員1 「朝の作業だったら門限も何もないから、手伝ってもいいですよね?」

関城 「あなたたち……」

関城 「……し、仕方ないわね! こうなったら全員で作業進めるわよ!」

部員『おー!』

関城 (……でも、どうしてメールなんか回ったのかしら。わたし、朝から作業するなんて誰にも……)


―――― 『……なぁ、関城。おまえ、明日の朝、早く来て作業したりするのか?』


関城 「……あっ」

関城 (唯我成幸……?)

………………放課後 3-B

成幸 「………………」

トンテンカントンテンカン……

成幸 (化学部、うまくいったかな……。っていうか、)

成幸 (お節介をしすぎた気もする。関城のやつ怒ってないかな)

小林 「成ちゃん、これもよろしく。あとはそこ打ち付けたら終わりだから」

成幸 「ん、わかった。置いといてくれ」

小林 「いよいよもって、完成までもう一歩って感じだね」

成幸 「そうだな。長かったような、短かったような……」

小林 「化学部も、うまくいってるといいね、成ちゃん?」

成幸 「ん……ああ、まぁ、そうだな……――」

大森 「――唯我ー! おまえー!」

成幸 「わっ、いきなりなんだよ、大森。って何で泣いてるんだ!?」

大森 「眠り姫や親指姫、人魚姫のみならず、他の女子まで毒牙にかけてるとはー!」

成幸 「何の話だ!? っていうか誤解を生みそうなことを言うなバカ!」

大森 「じゃあこの女の子はお前の何なんだよー! 結構かわいいじゃねぇかよー!」

大森 「お前を呼んでくれって頼まれたんだよー!」

関城 「……どうも。唯我成幸」

成幸 「あ、関城……」

関城 「大きなお世話かもしれないけど」 ジーッ

大森 「……?」

関城 「友達は選んだ方がいいわよ、唯我成幸」

成幸 「ああ……。なんかすまん」

………………廊下

関城 「ごめんなさい。忙しいのに、呼び出したりして」

成幸 「いや、もうそろそろ作業も終わるから大丈夫だ。何か用か?」

関城 「……用っていうか、」

ジーッ

関城 「化学部の部員に、朝集合するようにメールを出したの、あなたね?」

成幸 「あー……うん。俺だよ」

成幸 「余計なことをして悪かった。すまん」

関城 「なっ……。や、やめてよ。顔を上げなさいよ。謝ることなんてないでしょ」

成幸 「……? 関城、怒ってないのか?」

関城 「どうして私が怒ってると思ったのか、説明してほしいくらいだわ」

関城 「……ありがとう、唯我成幸。私、朝化学室に入ったとき、部員たちがいて、すごく嬉しかったの」

関城 「一緒に作業してくれる人たちがいるって思うと、心強かったの」

関城 「……だから、本当にありがとう。それだけ、言いたくて」

成幸 「俺は何もしてないよ。明日の朝、関城がひとりで作業をするぞ、って伝えただけだ」

成幸 「実際、朝から化学室に行ったのは、部員たちがお前のためにそうしたかったからだろ」

関城 「……っ////」

関城 「……じ、邪魔したわね。話はそれだけ。私も化学室に戻るわ」

成幸 「あっ……関城!」

関城 「……? なに、唯我成幸?」

成幸 「もし、うまく時間とかが合ったらだけどさ」

成幸 「理珠と一緒に、お前の実験ショーを見に行くよ」

関城 「へ……?」

成幸 「だから、その……準備もだけど、当日のショーもがんばってな」

関城 「………………」 ニヤリ 「……当然よ! 私を誰だと思っているの?」

関城 「化学部部長、関城紗和子よ!」 バーン

成幸 「……さすが、恐れ入るよ」

成幸 (すっかりいつもの関城だな。よかった……)

関城 「……ねえ、最後にひとつだけ、いい?」

成幸 「ん?」

関城 「“理珠” 、ってどういうことかしら?」

成幸 「……あっ」

カァアア……

成幸 「い、いや、それは……成り行きで、そういうことになったというか……」

成幸 「本人には、当分そう呼ぶなと言われてるんだけど……」

関城 「へぇえ……」 ニヤリ 「理珠、ねぇ……。まぁまぁ仲睦まじいこと」

成幸 「ち、ちがうからな! お前が考えてるようなことは何もないからな!」

関城 「ふふ。ま、そういうことにしておいてあげるわ」

関城 (……今はまだ、ね)

………………文化祭当日 午後

成幸 「………………」

ガクッ……

成幸 (つ、疲れたぁ……)

成幸 (うどん1000食騒動に始まり、フルピュアの衣装探し、ダークフルピュアの衣装作り)

成幸 (3-Aの演劇の手伝いをすることになるかと思ったら、着ぐるみを着て先生方に追いかけ回され、)

成幸 (あしゅみー先輩に助けてもらったと思ったら、図らずも演劇に乱入することになって、古橋と……っ……////)

成幸 (うどんの完売はまだ余談を許さない状況だが、チャンスは今しかない……!)

理珠 「あの、成幸さん? 私、この忙しいときに出歩いてもいいのでしょうか……」

成幸 「大丈夫だ! 3-Fのみんなも、少し休めって言ってくれただろ?」

理珠 「それはそうですが……。というか、いまどこに向かっているんですか?」

成幸 「ちょうどついたよ。ここだ」 ホッ 「ギリギリセーフだ。間に合ってよかった」

理珠 「……化学室? ここって、化学部の――」

関城 『みなさーん、こんにちはー!』

理珠 「関城さん……?」 (そうでした。関城さん、化学部で実験ショーをやるって言っていましたね)

関城 『今日は、一ノ瀬学園文化祭、化学部実験ショーに来てくださり、ありがとうございます』

関城 『この公演が本日最後となります。楽しんでいってくださいね!』

理珠 「すごい……。こんなにたくさんの子どもたちの前で、あんなにハキハキと喋れるのですね」

成幸 「……ほんと、お前の言ってた通りだと思うよ」

成幸 「あいつはすごいな」

理珠 「……はい。私の、大親友ですから」

成幸 「そうだな。じゃあ、その大親友の晴れ舞台、観ていくだろ?」

理珠 「もちろんです。もしつまらないショーだったら、後でダメ出ししてあげなくてはいけませんから」 フンスフンス

成幸 (……ったく。言ってることは厳しいくせに)

成幸 (楽しそうな顔してるぞー、緒方)

………………本番直前 化学室

関城 (うっ……。少しうどんを食べ過ぎたわね)

関城 (心なしかスカートがきつい気がするわ)

関城 (でも、がんばるのよ関城紗和子。最後のショーまでしっかり成功させないと)

関城 (がんばってくれたみんなのためにも……)

関城 (楽しみにしてくれている子どもたちのためにも……)

関城 (……結局、緒方理珠と唯我成幸は来られなかったみたいね)

関城 (仕方ないわね。うどん1000食なんてトラブルがあったし)

関城 (……そう。仕方ないこと。唯我成幸も方々を走り回っていたようだし)

関城 「あっ……」

理珠 「……」

成幸 「……」

関城 (……うそ)

関城 (きて……くれたんだ……)

関城 (……不思議だわ)

関城 (さっきまで苦しくて仕方なかったおなかが全然気にならない)

関城 (公演を繰り返して、痛くなり始めていたのども、全然気にならない)

関城 (……友達が、私のことを見に来てくれている)

関城 (それだけで、私は……)

関城 「………………」

スーーーー

関城 『みなさーん、こんにちはー!』

関城 (それだけで、私は。いくらだってがんばれる気がするもの)

関城 (見てなさい。我がライバルにして大親友、緒方理珠)

関城 (……それから、友達と呼んでやってもいい。唯我成幸)

関城 (この化学部部長、関城紗和子の実験ショーを、せいぜい楽しんでいくといいわ!)


おわり

………………幕間 後夜祭 勘違い化学部

部員1 「あれ? 関城部長は?」

部員2 「なんでも、後夜祭の花火を観に行かなくちゃだとかで、急いで行っちゃいましたよ」

部員2 「……絶対、あの唯我成幸さんって方と、ですよね?」

部員1 「我らが部長にとうとう春が……!」

部員2 「今夜は打ち上げ兼部長のおめでとう会ですね!」


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。
文化祭でうどんを何杯も食べた関城さんが、その裏でどうしていたのか想像して書きました。
化学部とか、勝手に想像した部分が多いのは反省点です。
一応断っておくと、まだメインヒロインの中でメイン話を書いていない子がいますが、他意はありません。
全員魅力的なヒロインだと思います。

また書き上がったら別の話をアップします。

>>1です。
ひとつ投下します。


【ぼく勉】水希 「わたしとお兄ちゃん」

………………唯我家

水希 (わたしのお兄ちゃんはかっこいい)

水希 (わたしのお兄ちゃんは頭がいい)

水希 (わたしのお兄ちゃんは優しい)

水希 (わたしのお兄ちゃんは頼もしい)

水希 (わたしは、お兄ちゃんが大好きだ)

水希 (……だというのに)

理珠 「成幸さん、この設問なのですが、出題者の意図がわかりません。なぜこんな回りくどい問題を作るのですか?」

文乃 「ふぁー。成幸くん、どういうわけか方程式からxが消えるんだよ。どうしてだと思う?」

うるか 「成幸ぃー! アルファベットが文字に見えなくなってきたよ! これがゲシュタルト崩壊ってやつ!?」

水希 「………………」 ギリッ

水希 (……そんなお兄ちゃんが、どういうわけか最近よくモテている)

水希 (昔はそんなことはなかった)

水希 (それこそ、数ヶ月前。高校三年生に進級して少しした頃からだ)

水希 (まず、家に女の子をふたり、連れてきた。緒方さんと古橋さんだ)

緒方 「ふむ……。よく分かりました。ありがとうございます、成幸さん」

文乃 「そっか。ここの項を整理しないからこんがらがっちゃうのかぁ。ありがとう、成幸くん」

水希 (……それでも、その頃はふたりはもう少しお兄ちゃんによそよそしかったと思う)

水希 (今は、なんというか、こういう言い方は絶対に適切ではないのだけど、)

水希 (お兄ちゃんを、すごく信頼しているように見える)

水希 (そして……)

武元 「……28,29,30。あ、ほんとだ。目をつむって三十秒数えたらちゃんと英語に見える! ありがと、成幸」

水希 (中学生の頃から話には聞いていた、水泳部の武元さん)

水希 (これは、とても癪だけれど、断言してしまっていいだろう)

水希 (この人は間違いなく、お兄ちゃんのことを狙っている) ギリッ

水希 (それに、この三人だけじゃない)

水希 (お兄ちゃんが最近、嬉しそうに話すことがある)

水希 (よく勉強を教えてくれる先生がいる。その人がいると集中できて勉強が捗る、と)

水希 (嫌な予感がして詳しく聞いてみれば、なんと若い女性の先生だという)

水希 (そして、メイド喫茶……)

水希 (お兄ちゃんが通い詰めているメイド喫茶の、カリスマ店員と呼ばれる“あしゅみー先輩”)

水希 (全員が全員、お兄ちゃんに好意を持っているとは思わないけど、)

水希 (お兄ちゃんはボーッとしているところがあるから、そこをつけこまれないか心配だ)

………………ファミレス

小林 「……で、俺を呼んだわけなのね」

水希 「小林さんも受験生なのに、すみません」

小林 「それはいいけどさ。急に成ちゃんからこんなメッセージが来たからびっくりしたよ」



『たすけてください』



小林 「何事かと思ったら、成ちゃんじゃなくて水希ちゃんが送ってたとはね」

水希 「うちは携帯電話が家族共用なので……」

小林 「それで、具体的に俺は何をしたらいいのかな」

小林 「いくら水希ちゃんのお願いでも、成ちゃんを彼女たちから引き離すっていうのはできないよ?」

水希 「そこまでしてもらおうとは思ってません。ただ、教えてほしいんです」

水希 「お兄ちゃんと仲の良い、あの人たちのことを。性格とか。小林さんの印象でいいので」

小林 「ふーん? まぁ、それくらいならお安い御用だけど」

小林 「といっても、俺、そこまであの子たちと関わりないよ?」

水希 「小林さんの観察力を信じます!」

パサッ

小林 (……ノートを広げだした。これは滅多なことは言えないな)

水希 「では、まず緒方理珠さんからお願いします」

小林 「緒方さんかぁ。うーん……」

小林 「あんまり人付き合いは得意じゃなさそうな感じかなぁ」

水希 「ふむふむ……」 メモメモ

小林 「もう何度か顔を合わせたけど、たぶん俺の名前も覚えてないんじゃないかな」

水希 「なるほど! 薄情な人なんですね!」

小林 「誘導尋問するのはやめようか?」

小林 「こらこら、俺が言ってもないことをメモしちゃいけないよ水希ちゃん」

小林 「元々人の名前を覚えるの苦手なんじゃないかな。あんまり人に興味がないっていうか……」

水希 「……? でも、わたしの名前は覚えてくれていたみたいですけど」

小林 「それはたぶん、水希ちゃんに興味があるんだよ、きっと。成ちゃんの妹だからね」

水希 「将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということですか。なるほど。良い度胸です」

水希 「わたしを籠絡できると思っているなら考えが甘いですね」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

小林 「たぶん間違いではないけど怖いからその表現はやめようか」

小林 (実際、水希ちゃんを手なずけられた子が成ちゃんに近づける気はするけど)

小林 「何にせよ、悪い子じゃないよ。一生懸命成ちゃんに勉強を教わっているみたいだし」

小林 「すごい努力家だって成ちゃんも言ってたよ」

水希 「……ソウデスカ。ワカリマシタ」

小林 「そういうところをメモしてくれると俺としてはとても嬉しいなぁ?」

水希 「次は古橋文乃さんについて教えてください」

小林 「古橋さんは、おっとりした子だよね」

小林 「正統派の美人さんだし、男子にモテる感じかな。実際たくさん告白されてるみたいだし」

水希 「なるほど。色んな男に色目を使うふしだらな女、と」

小林 「うん。本当の本当に、一言もそんなこと言ってないからね、俺は」

水希 「……さすがに失礼だった気がするので訂正します」

水希 「そういう人じゃないのは、見ていてわたしにもわかりますから」

小林 (変なところ律儀なんだよなぁ。こういうところ、成ちゃんにそっくりというか、なんというか)

小林 「成ちゃん曰く、歯に衣着せぬところがあるらしいけど」

水希 「口が悪い、と……」

小林 「だからいちいち曲解するのはやめよう」

小林 「でも、やっぱり緒方さんと同じく、すごい努力家みたいだね」

水希 「……へー」

水希 「次は、武元うるかさんです」

小林 「武元ね。一応中学校から一緒だから少しは知ってるけど」

小林 「明るくてスポーツ万能で、誰とでも仲良くなれるやつだよね」

水希 「たしかに、色んな男子に勘違いされてそうな人ですよね」

小林 「勘違い?」

水希 「……“あいつ、俺のこと好きなんじゃないか”って」

小林 「ああ……。分かる気がする」

小林 「少しバカだけど、本当に明るくて良い奴だよ」

小林 「あと、料理もめちゃくちゃ上手だって成ちゃんが言ってたかな?」

バキッ

水希 「……あ、エンピツが折れちゃった。しまったしまった」

小林 (……怖い。目がピクリとも笑ってない)

水希 「お兄ちゃんはいつ一体どこで武元さんの手料理を食べたんでしょうね???」

小林 「ご、ごめん。俺にもそこまでは分からないや……」

水希 「では、気を取り直して、次の方に行こうと思います」

小林 「!? その三人だけじゃないの?」

水希 「あしゅみー先輩、って知りませんか?」

小林 「……ん? ああ、成ちゃんから聞いたかな。予備校の先輩だって」

小林 「それ以外分からないよ。でも、夏にふたりで海に行ったとか言ってたかな?」

バキバキッ

水希 「……あれ、おかしいな。エンピツ、また折れちゃった……もったいない……」

水希 「エンピツだってただじゃないのに……ああ、本当に、もったいないもったいない……」

小林 (……昔はもう少し普通の子だったんだけどな……)

水希 「最後です。桐須真冬先生ってご存知ですか?」

小林 「……うん。社会科の先生だけど」

水希 「どういう先生ですか?」

小林 「どういうって……うーん。第一印象は怖い先生、かなぁ」

小林 「でも教え方はすごく上手だよ。教材とかもよく考えられてる気がするし……」

小林 「ああ、そういえば成ちゃんが、実はすごく優しくて生徒想いな先生だって言ってたかな」

小林 「桐須先生とふたりで勉強すると、すごく捗るんだって」

水希 「……へぇ。ふたりきりで勉強。なるほど。出るとこ出れば勝てそうな案件ですね」

水希 「この地域の教育委員会の電話番号は、と……」

水希 「あと、一応警察の少年課と児童相談所も調べておかないと」

水希 「一ノ瀬学園の理事に直接携わる方に一報入れてからの方が効果的かなぁ……」

小林 「良い先生だからやめてあげてね? 他意はないと思うから。多分」

………………数時間後

パタン……

水希 「よくわかりました。ありがとうございました、小林さん」

小林 「………………」 グッタリ

小林 (結局あれで終わらずに、全員について事細かに聞かれてすべてメモされてしまった)

小林 (成ちゃん、ごめん……)

小林 「……水希ちゃん、」

水希 「はい?」

小林 「成ちゃんのことが好きなのはわかるけど、いつかは兄離れしなきゃいけないんだよ?」

小林 「幼なじみで水希ちゃんのことを小さい頃から知ってるからこそ、言うけどさ」

小林 「成ちゃんがもし幸せになるようだったら、それを応援してあげてほしいって、俺は思うな」

水希 「………………」

水希 「……そんなの、わかってますよ」

グスッ

小林 「……!?」

水希 「………………」

グスッ……シクシク……

小林 「ご、ごめん、水希ちゃん。水希ちゃんが成ちゃんのこと大好きだって知ってたのに、」

小林 「無神経なことを言ったよ。ごめんね?」

水希 「……小林さんは、優しいですよね」

水希 「小林さん以外の人だったら、きっと引いてますよ」

グスッ

水希 「でも、仕方ないじゃないですか。お兄ちゃんのこと、好きなんだもん……」

小林 「……うん。わかるよ。俺も成ちゃんのこと大好きだからさ」

小林 「俺も、成ちゃんのことを不幸にするような女の子が現れたら、」



小林 「――……どんな手を使っても成ちゃんから遠ざけるよ」



水希 「小林さん……」

小林 「だから安心してよ、水希ちゃん。学校ではちゃんと、成ちゃんのこと、俺が見てるからさ」

………………

小林 「……落ち着いた?」

水希 「はい……。ありがとうございます。わたし、本当に、小林さんがお兄ちゃんの友達でよかったです」

水希 「昔から、お兄ちゃんとわたしの傍にいてくれて、本当に……」

小林 「それはこっちの台詞だよ。昔、家でひとりだった俺はさ、成ちゃんと水希ちゃんがいたから、寂しくなかったんだよ」

水希 「小林さん……――――」



? 「――――お゛い、俺の妹を泣かせてるって奴は、お前か……?」



小林 「へ……? 成ちゃん……?」

成幸 「……ん? んん?? んんん???」

ガクッ

成幸 「……なんだよ。小林かよ。全力疾走してきて損したぜ」

水希 「お兄ちゃん、どうしてここにいるの?」

成幸 「いや、実は……」

………………少し前 学校

成幸 (……ふぅ。今日は誰の勉強を教える必要もないから、自分の勉強が進む進む)

成幸 (とりあえずこの前の模試の確認をもう一回と、あとは……――)

――――prrrr……

成幸 「……電話? 緒方から……?」 ピッ

成幸 「もしもし? どうかしたか、緒方?」

理珠 『成幸さん! 大変です!』

成幸 「……? 急にどうした」

理珠 『お店の出前中に見かけたのですが、妹さんが……! 水希さんが!』

成幸 「水希がどうかしたのか?」

理珠 『チャラそうな男に! 泣かされています!!』

成幸 「……は?」

プツン……

………………現在

成幸 「……そこから先、あまり記憶はない」

成幸 「学校からここまで全力疾走して、お前たちを見つけたんだ」

小林 「……成ちゃん、遠目で俺だって気づいてくれないのは、ちょっと傷つくな」

成幸 「うぅ……。すまん、小林」

成幸 「水希が泣かされているって聞いて、頭がどうかしててさ」

水希 「お兄ちゃん……」 キュン

成幸 「どうせお前のことだから、水希から何か相談されてただけだろ?」

成幸 「ありがとな、小林。あと、怖がらせて悪かった」

小林 (……ほんと、似たもの兄妹だよなぁ。水希ちゃんが絡むとほんと怖いんだから、成ちゃんは)

小林 (成ちゃんのお嫁さんになる女の子も大変だろうけど、)

小林 (水希ちゃんをお嫁にもらう男の子は、もっと大変かもしれないね)

小林 「いいよ。気にしないで」 ニコッ 「成ちゃんはシスコンだからね」

成幸 「!? し、シスコンじゃねーよ! 変なこと言うな!」

水希 「お兄ちゃん、わたしのことが心配で、勉強も放り出してきてくれたんだ?」

成幸 「ん……。そりゃ当然だろ。お前は俺の大切な妹だからな」

水希 「……えへへ。嬉しい」 ギュッ

成幸 「な、なんだよ急に。くっつくなよ。恥ずかしいだろ」

水希 「……今だけ。お願い」

成幸 「……仕方ねーな」

小林 (ほんと、昔から変わらず仲良し兄妹だこと)

小林 (水希ちゃんも満足そうな顔しちゃってまぁ……)

小林 (……ま、幸せそうだから、いっか)

小林 (それにしても……。“チャラそうな男” ……)

小林 (緒方さん、俺の名前どころか、顔すら覚えてくれてなかったかぁ……)


おわり

………………幕間 翌早朝 学校

小林 「こんな早い時間に呼び出して一体どうしたの?」

海原 「……ねぇ、陽真くん」 スッ

海原 「この子、誰? どうしてふたりきりでファミレスにいたの? ねえ、陽真くん」

小林 (……しまった。まさか智波ちゃんに見られていたとは。しかも写メまで……)

小林 「いや、それは――」

海原 「――この子、泣いてるよね? 一体何をしたの、陽真くん。別れ話をしているように見えたんだけど」

小林 「いやいやいや、違うって。それは――――」

海原 「――――怒らないから、正直に言って? ねえ、お願い。陽真くん」

小林 「いや、だから……――」

海原 「――ねえ、わたし怒ってないから、教えて?」 ゴゴゴゴゴ……!!!

小林 (……成ちゃん、頼む。今日はできるだけ早く学校に来てくれ)

※その後ちゃんと誤解はとけました。


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

幕間で少し海原さんのキャラを壊してしまった気がします。
本物の彼女はこんなに問答無用で面倒くさい女の子ではないと思います。多分ですが。
そして小林くんも、海原さんに何も言わずに女の子と会うような迂闊なことをするような子ではないと思います。

お兄ちゃん大好きな水希ちゃんと、成ちゃんのことが大好きな小林くん、好きです。
まだアニメも放送されていない段階でサブキャラ中心のSSなんて誰得な気もしますが、楽しんでいただけたら幸いです。

また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「天の光は」 成幸 「すべて星」

………………図書館

成幸 「………………」

フゥ

成幸 (久々にひとりの勉強時間が取れたから、めちゃくちゃ捗ったな)

成幸 (今日やりたいと思っていた分がもう終わるとは)

成幸 (……んー、受験生としては、時間があるならもっと勉強しておくべきなんだろうけど、)

成幸 (気分転換がてら、久々に本でも読もうかな。参考書じゃなくて、小説でも……)

成幸 (そういえばオススメの本が入り口近くに展示してあったな)

成幸 (行ってみるかな)

………………

成幸 「へー、古典SF特集なんてやってるのか」

成幸 「読んだことはないけど、知ってるタイトルばっかりだな」

成幸 (とはいえ、全部は読めないし……ん?)


『天の光はすべて星』


成幸 「このタイトル……どこかで……」


―――― 『まさに「天の光はすべて星」だね』

―――― 『あっ えっと そういうタイトルの古い本があってね』


成幸 「あっ……」 (そうだ。古橋が好きだって言ってた本だ……)

成幸 「……読んで、みようかな」

成幸 (とはいえ、古橋が好きだっていう本だし、)

成幸 (俺にはちょっと難しいかもなぁ)

………………夜 唯我家

成幸 「………………」

ペラッ……ペラッペラッ……

水希 「? お兄ちゃん、今日は勉強勉強言わないね。本読んでるけど……」

成幸 「………………」

水希 「……お兄ちゃん?」

成幸 「ん……? ああ、すまん。水希、何か言ったか?」

水希 「えっ、いや、何も……」

成幸 「そうか」

ペラッ……

水希 (めずらしい。お兄ちゃんが勉強以外ですごく集中してる)

水希 (普段本なんてあんまり読まないのに……)

ピキューン

水希 (……女の気配がする)

………………深夜

成幸 (……どうしよう。そろそろ寝ないと明日の学校に差し障りが出る)

成幸 (分かっているのに、読むのをやめられない)

成幸 (決して、そこまで面白い話ではない。地味であまり抑揚のない物語だと思う)

成幸 (アメリカナイズなかけ合いはややくどいし、主人公は情熱的に見えてかなりニヒルだ)

成幸 (……でも、)

成幸 (続きが気になって仕方ない……!)

ペラッ……

成幸 (……!? うぇ!? ええっ!?)

成幸 (ここでこうって……!? ん……!? いやいや、それじゃ……ずっと……!?)

成幸 (………………)

ペラッ……ペラッ……

………………翌朝 学校 3-B教室

成幸 「………………」

グターッ

大森 「……? 唯我の奴どうしたんだ?」

小林 「なんでも、徹夜で本を読んじゃったらしいよ」

小林 「眠くて仕方ないから放っておいてくれってさ」

大森 「めずらしい。受験に命かけてる唯我が勉強以外でグロッキーなんて」

小林 「俺もまったく同感だよ」

成幸 「………………」 (めちゃくちゃ面白かった……)

成幸 (……そうだ。古橋に、この感動を伝えなきゃ)

成幸 (いや、違う。俺がただ単に、この本について語れる相手がほしいというだけだ)

成幸 (ぜひ、古橋と話したい……)

………………3-A

ピロン……

文乃 「うん……? 成幸くんからメッセージ?」


『大事な話がある』


文乃 「へ……?」


『今日の昼休み、いつもの場所に、ひとりで来てほしい』


文乃 「ふぇっ……?」


『頼む』


文乃 「い、一体なんだっていうの、かな……?」

文乃 「とりあえず、返信を、と……」


『どうしたの? どういう用件かだけ、今教えてくれない?』

鹿島 「? 古橋さん、どうかしたんですか~」

文乃 「へっ? い、いや、何でもないよ、鹿島さ――」

――ピロン


『メッセージじゃだめなんだ』

『お前に会って、面と向かって、言いたいことがあるんだ』

『頼む。いま、お前に会いたくて仕方ないのを我慢してるくらいなんだ』

『昼休みより先なんて考えられない』


鹿島 「あら~……」

文乃 「ち、違うからね!? きっとなんか、成幸くんとち狂ってるだけだからね!?」

鹿島 「まさかこんな熱烈なメッセージが来ているとは……」

鹿島 「わざとではないにせよ、勝手に画面を見てしまって申し訳ございません~」

文乃 「違うからね!? 鹿島さんが考えてるようなことは何もないからね!?」

鹿島 「昼休みですね。いつも唯我成幸さんとの逢瀬に使っている場所ですね~?」

鹿島 「誰も近づかないように見張っておきますので、ご安心くださいね~」

文乃 「!? いつも成幸くんと話してるあの場所を知ってるの!?」

鹿島 「それはもちろん、いつも覗いていますから~……って、これは内緒なんでした」 テヘペロ

文乃 「てへぺろじゃないよ! っていうか、えっ? えっ? えっ?」

鹿島 「ふふふ~。私の相手なんかしてる場合じゃないですよね~?」

文乃 「こんな熱烈なお誘い、どうされるおつもりですか、古橋姫?」

文乃 「……そ、そんなの……」

ドキドキドキドキ……

文乃 (こ、これって……どういうこと、なのかな……)

文乃 (そういうこと、なのかな……)

文乃 「い、いや、そんな、まさかぁ。きっと成幸くんのことだから、」

文乃 「何か間違えてるだけだって。水希ちゃんへのメッセージを間違えて送ってるだけとかじゃないかな」

鹿島 「実の妹にこんなメッセージを送っている方が問題と思いますが~」

ピロン


『どうした? 今日は都合が悪いのか? だとしたら、無理を言って悪かった』

『明日でもいい。その先でもいい。できるだけ早く、お前に会える日を教えてくれ』

『時間は取らせない。古橋、お前に少し話があるだけなんだ』


文乃 「ふぁっ……」

カァアアアアア……

鹿島 「あらぁ~」 ニヤァ 「しっかり名指しされちゃいましたねぇ~、古橋さん」

文乃 「もっ、もうっ! 鹿島さんは向こう行ってて!」

文乃 「………………」

ドキドキドキドキ……

文乃 (こ、こんなの……)

文乃 「………………」

ピッ……ピッピッ……


『大丈夫だよ。昼休み、お昼ご飯持って、いつもの場所、行くね』


文乃 (とりあえず、これで……)

ピロン


『ありがとう。急に変なこと言い出して悪かったな』

『嬉しいよ。楽しみにしてるな』


文乃 「なっ……」

文乃 (何が楽しみだって言うの~~~!?)

………………

鹿島 「……かくかくしかじか、ということがありまして~」

蝶野 「なんと。そんなことがあったっスか」

猪森 「苦節数ヶ月。唯我成幸の方からその気になったのなら僥倖と言うべきか」

猪森 「そもそも、古橋姫の美貌を考えればなびかぬ方がどうかしている」

鹿島 「ふふふ♪ 私、いまから楽しみで仕方がありません」

鹿島 「いばらの会総力をあげて、唯我成幸さんの“大事な話”とやらを守ろうではありませんか~」

蝶野 「当然っス。古橋姫の恋路を実らせる。それが目下の我々の目標っスから」

猪森 「幹部以外も総動員だ。メッセージの通達は我々で分担する」

猪森 「鹿島は作戦の子細立案を頼む。昼休みまでだが、いけるか?」

鹿島 「ふふ、当然です~。私を誰だと思っているんですか~?」

鹿島 「いばらの会リーダー、鹿島の名は伊達ではありませんよ~」

………………3-B

成幸 (……しまったな。興奮してメッセージをたくさん送ってしまった)

成幸 (謝っておくか。いや、それでまたメッセージを重ねてしまっては本末転倒だ)

成幸 (っていうか、ちょっと小説の影響を受けてアメリカナイズなメッセージになってしまった……)

成幸 「……ま、古橋なら笑って許してくれるよな」

成幸 「はぁ~。昼休みは古橋に会える……」 (そしてたくさん語り合える……)

成幸 「楽しみだなぁ」

小林 「!?」 (な、成ちゃん……!? とうとう、女の子と……!)

小林 (そうかぁ。成ちゃんは武元でも緒方さんでもなく、古橋さんを選んだのか……)

ホロリ

小林 「……智波ちゃんに、武元を慰める会を開いてあげてってメッセージ送っとかなきゃ」

大森 「………………」

ギリギリギリギリ……!!!

大森 「くそぉぉおおおおおおお! 俺の春はどこだぁあああああああああ!!!」

………………3-A

古橋 (うぅ……今日は幸いにして成幸くんと同じ授業はないけど……)

キリキリキリ……

古橋 (それが余計に昼休みまでの重圧を強くするよ……)

古橋 (一体全体、成幸くんは何を考えてあんなメッセージを送ってきたんだろう)

古橋 (それに、話があるって……何の話だっていうのかな)

古橋 (そっ、それに……)


―――― 『お前に会って、面と向かって、言いたいことがあるんだ』

―――― 『頼む。いま、お前に会いたくて仕方ないのを我慢してるくらいなんだ』


古橋 (なっ、何を言ってんの、もーっ////)

古橋 (……って、わたしったら、何を喜んでいるのかな)

古橋 「………………」

ハッ

古橋 (!? 喜んでるの!? わたしが!?)

桐須先生 「で、あるからして、当時の列強諸国はどの国もこういった政策を……」

桐須先生 「……?」

古橋 (わ、わたしが!? 唯我くんに情熱的なメッセージをもらって!?)

古橋 (喜んでるの!?)

桐須先生 「……古橋さん? 顔が真っ赤だけれど、調子でも悪いのかしら?」

古橋 (そんなわけないない! だって現に、胃がすごく痛いし!)

キリキリキリ……

古橋 (うん、痛い! 大丈夫! 痛いもん!)

古橋 (……いや、胃が痛くて喜んでどうするのわたし……)

桐須先生 「今度は真っ青よ? 百面相ね。というか、私の話を聞いてるかしら?」

古橋 (いや、でも……実際……)

古橋 (もし、成幸くんに……ゴニョゴニョ……されちゃったら、わたしは……――)

桐須先生 「――――古橋さん?」

古橋 「ひっ……!? き、桐須先生!?」

桐須先生 「私の授業なんて、聞く意味もないという確固たる意思表示かしら?」

桐須先生 「良い度胸ね……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

古橋 「ち、違うんです! ちょっと、考え事があって……」

桐須先生 「ほぅ。私の授業より大事な考え事。とても興味深いわね」

桐須先生 「……話は後で聞かせてもらうわ。昼休み、生徒指導室に来なさい」

古橋 「へ……?」

古橋 「本当ですか!?」 パァアアアア

桐須先生 「不可解。なぜ嬉しそうなの、古橋さん」

古橋 「なんでもありません! 昼休み、生徒指導室ですね!」

古橋 (ただの対処療法なのは百も承知だけど!)

古橋 (これで、昼休みに成幸くんと会わない口実ができた!)

古橋 (いまの精神状態で成幸くんに会ったら、どうなるかわかったもんじゃないもんね!)

………………休み時間 3-B


『ということで、ごめん、成幸くん』

『昼休みは桐須先生に呼び出されてしまったので』

『会えそうにないです』


成幸 「………………」

ガクッ

成幸 「……まぁ、桐須先生に呼び出されたんじゃ仕方ないよな」

成幸 「大丈夫だ。気にするな……送信、と……」

ピッ

成幸 「はぁ……。残念だなぁ。会いたかったなぁ、古橋……」

小林 (寝不足のせいかもしれないけど、いろいろダダ漏れだよ成ちゃん……)

ガラッ

桐須先生 「時間厳守。五秒後にチャイムが鳴るわ。席に着きなさい」

成幸 (やべっ。次、桐須先生の授業か。準備しないと……)

………………

成幸 (……やばい)

成幸 (徹夜のツケが、こんなところで……)

成幸 (ねっっっっむい……)

桐須先生 「……と、いうことで、列強諸国の施策に対し、我が国は……」

成幸 (しかも古橋と会えないって分かって、少し落ち込んでるから……)

成幸 (余計に……眠い……)

成幸 (ッ……!) ブンブンブン (しっかりしろ、唯我成幸!)

桐須先生 「……? 唯我くん?」

成幸 (勉強をさせてもらっている学生という身の上で、授業中に寝るなど言語道断!)

成幸 (働いてくれている母さんにも! お弁当を作ってくれている水希にも申し訳が立たない!)

桐須先生 「唯我くん。聞いているのかしら? 唯我くん?」

成幸 (俺はVIP推薦をもらわなきゃならない! 授業中に寝ている暇なんか――)

桐須先生 「――……唯我くん?」

成幸 「ひっ……!? き、桐須先生!?」

桐須先生 「私の授業はそんなに退屈かしら、唯我くん?」

桐須先生 「世界史の授業に日本の歴史もまじえて、分かりやすく話をしていたつもりなのだけど」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (し、しまった! 寝ないことに集中するあまり、授業を聞いていなかった!)

成幸 「ち、違うんです、桐須先生! ちょっと眠くて……」

桐須先生 「なるほど。私の授業は居眠りに最適な退屈な授業、と……?」

成幸 「!? そうじゃないんです、先生!」

桐須先生 「話は後で聞きます。昼休み、生徒指導室に来なさい」

成幸 「は、はい……。わかりました……」

成幸 (しょうがないよな。居眠りしそうになってた俺が悪いわけだし……)

成幸 「ん……?」

成幸 (桐須先生に呼び出された……? それって……)

………………昼休み 生徒指導室

文乃 「………………」

文乃 「ど、どうして……」

文乃 「どうして君まで生徒指導室に来るのかな!? 成幸くん!?」

成幸 「いや……ちょっと授業中に居眠りしそうになっちゃってさ……」

桐須先生 「喧噪。ここは生徒指導室よ。静かにしなさい、古橋さん」

文乃 「あっ……す、すみません……。つい……」

文乃 (……これほんとに、ほんとのほんとのマジのやつだー!!)

文乃 (成幸くんは本当にわたしに会いたくて会いたくて仕方なかったんだー!)

文乃 (だからわざと桐須先生に怒られるようなことをして……)

文乃 (生徒指導室に呼ばれてわたしに会おうと……)

文乃 (そっ、そこまでして……?)

文乃 (そこまでして、わたしに会いたかったの……?)

カァアアアア……

桐須先生 「あなたたちの今日の態度は、いくらなんでもだらけすぎです」

桐須先生 「普段の素行は問題ないので、今日はお説教と反省文だけで済ましますが、」

桐須先生 「今後も続くようであれば、本格的な生徒指導に入りますよ?」

桐須先生 「とにかく、しっかりとしなさい」

文乃 「は、はい……」

成幸 「返す言葉もありません。すみませんでした……」

桐須先生 「……よろしい。では、この原稿用紙に反省文を書きなさい」

文乃 (ほっ……。桐須先生には悪いことをしたけど、反省文で済んで良かった)

文乃 (先生の監督があれば、成幸くんとふたりきりになることはないだろうし……)

桐須先生 「書き終えたら、私に提出すること」

桐須先生 「書き上がらない場合は、放課後も残しますからそのつもりで」

桐須先生 「では、私は仕事があるので職員室に戻ります」

文乃 「へ……?」

文乃 「せ、先生!? 行ってしまうんですか!?」

桐須先生 「し、仕方ないでしょう? 私だって、他に仕事があるのだから……」

桐須先生 「古橋さん、あなた、今日は本当に変よ? 何かあったの?」

文乃 「何か、って……」 チラッ

成幸 「?」

文乃 (い、言えるわけねー!! だよっ!)

文乃 「……すみません。大丈夫です」

桐須先生 「そう? 何かあったらすぐに言いなさい」

桐須先生 「それじゃ、しっかりと反省文を書きなさい。いいわね」

ガチャッ……

文乃 (い、行っちゃった……)

成幸 「……さ、書くか」

文乃 (結局成幸くんとふたりきりだよー!)

………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

文乃 「………………」 ジーッ (……何か言い出すんじゃないかと身構えたけど、)

文乃 (身構えてたのがバカみたい。成幸くん、真面目に反省文書いてるだけだよ)

文乃 (やっぱりわたしの勘違いだったのかなぁ……)

成幸 「……よしっ。これでいいだろう」

文乃 「あっ、成幸くん、できたの?」

成幸 「おう。やってしまったこと。その原因。対策。しっかりと書いたからな」

成幸 「反省文の見本にしてもらっても恥ずかしくないくらいだぜ」

文乃 「ふふ。ほんと、面白いこと言うなぁ、成幸くんは」

文乃 (よかった。普通だ。この分なら、やっぱりわたしの勘違いだったんだね)

成幸 「俺が書き上がってるくらいだから、お前はもう書き上がってるだろ?」

成幸 「じゃあ、改めて、場所は違うけど、ここで話をしてもいいか?」

文乃 「へ……?」

成幸 「………………」 キリッ

文乃 (勘違いじゃなかったー!! めっちゃ真面目な顔してこっち見てるよー!)

文乃 「だ、だめだよ、成幸くん! わたしまだ書き上がってないから!」

文乃 (ほんとは君が書き上げるはるか前に書き上がってたけど!!)

成幸 「へ……? あ、そうなのか……」

シュン

成幸 「すまん……。てっきり、古橋はもう書き上がってると思ったから……」

文乃 「うっ……」

文乃 (成幸くん、君はなんて罪な顔をするんだい……?)

文乃 (そんなしょぼくれた顔しないでよ……。嘘ついたのがすごく悪いことに思えるよ……)

文乃 「……ち、ちなみに」

成幸 「ん?」

文乃 「話、ってどんな話なのかな? それだけでも、教えてくれると……」

文乃 (心の準備ができるんだけど……)

成幸 「いやいや、お前まだ反省文書き上がってないんだろ?」

成幸 「まずそれを終わらせないと、また桐須先生に怒られるぞ?」

文乃 「そ、そうだね」

成幸 「それに、メッセージでは“時間は取らせない”なんて言ったけどさ、」

ニコッ

成幸 「よく考えたら、すぐ終わりそうにないからさ」

文乃 (君は一体何を言うつもりなのー!?)

文乃 「………………」

文乃 (……いや、これは、もう確定的)

文乃 (成幸くんは、きっと、わたしに……ゴニョゴニョ……しようとしてるんだ)

文乃 (……で、でも、成幸くんには、りっちゃんとうるかちゃんがいるし)

文乃 (友達の好きな人と、なんて……だめ。わたしにはできないよ……)

成幸 「……古橋? えんぴつが動いてないぞ?」

文乃 (成幸くんを傷つけたくない)

文乃 (何より、成幸くんと気まずくなりたくない)

文乃 (成幸くんに勉強を教えてもらいたい)

文乃 (……だから、わたしは)

成幸 「古橋?」

文乃 (ずるい女だ、わたし……)

文乃 「……ねえ、成幸くん。ごめん」

成幸 「へ?」

文乃 「成幸くんがしようとしてる話を、わたしは聞けない」

成幸 「えっ……?」

成幸 「ど、どうして……」

文乃 「だって、それは……わたしにとって、本当に大事なものを裏切ることになるから」

文乃 「裏切ることにならなくても、傷つけることになってしまうかもしれないから」

成幸 「………………」

文乃 「……成幸くんの気持ちは嬉しいよ? でも……」

文乃 「わたしは、その大事なものを壊したくないんだ」

文乃 「……君も、その大事なもののひとつだから」

成幸 「古橋……」

成幸 「……すまん。俺が悪かった」

成幸 「安易な俺を許してくれ……!」

文乃 (わ、わかってくれたぁ……) パァアアアア

文乃 「ううん、いいんだよ、成幸くん」

文乃 「わたしの方こそごめんね。君の言葉すら聞いてあげられなくて」

文乃 「でも、君の気持ちは嬉しいから。それだけは覚えておいて」

成幸 「ああ、古橋……。俺は、なんて愚かなことをしようとしていたんだ……」

文乃 「いいんだよ。本当にごめんね」

成幸 「謝らないでくれ、古橋!」

ヒシッ

文乃 「ふぇっ……?」

文乃 「!?」 (何で!? どうしてわたしの手を取ってるのかな、成幸くん!?)

成幸 「お前にとって本当に大事な思い出だもんなぁ……!」

ポロポロポロ……

文乃 「ふぇっ!? 泣いてるの、成幸くん!?」

成幸 「うぅ……すまん。古橋……」

文乃 (泣くほど辛かったんだ……)

文乃 (……それなのに、わたしは)

文乃 (その想いを聞いてあげることすらできないって……)

文乃 (……それは、いくらなんでも、ひどい気がする)

文乃 (だってもし、わたしが将来……ゴニョゴニョ……するとき、)

文乃 (相手からこんな風に、言う前に拒絶されてしまったら、きっとショックだもん)

文乃 (だから、わたしは……。きちんと断ってあげないといけないんだ)

文乃 (断って……)


―――― 『かっこいいよな。古橋は』


文乃 (……どうして)

文乃 (どうして、旅館に泊まったときのことなんて、思い出してるの……)

文乃 (わたし……わたしは……っ)

文乃 (違う。断るのが怖いんじゃない。今までの関係が壊れるのが怖いわけでもない)



文乃 (――わたしが成幸くんの言葉を、拒絶できないって分かってるから、怖いんだ)



文乃 「………………」

文乃 「……いいよ」

成幸 「へ……?」

文乃 (それでも、わたしは……聞いてあげないといけない気がする)

文乃 (ううん。認めるのは怖いけど、認めてしまおう)

文乃 (わたしは、成幸くんの言葉が聞きたいんだ……)

文乃 「話して。大事な話があるんでしょ?」

成幸 「で、でも、それはお前にとって、とっても大切な……」

文乃 「……そうだよ。でも、聞いてあげたいって思うのも、本当のことだよ」

文乃 「わたしは今、君の言葉を聞きたいって思ってるんだよ」

成幸 「古橋……」

ジーン

成幸 「ありがとう、古橋。本当にありがとう」

成幸 「じゃあ、言ってもいいか?」

文乃 「うん。どんとこい、だよ」 (わたしは、きっと……)

文乃 (成幸くんの言葉を、受け入れて……――)



成幸 「―――――― 『天の光はすべて星』 読んだよ! めちゃくちゃ面白かったよ!」



文乃 「わ、わたし、わたしは……」


文乃 「………………」


文乃 「……は?」

成幸 「いや、本当におもしろくてさ!」

成幸 「昨日偶然図書館で見つけて読んでみたら止まらなくてさ!」

成幸 「徹夜で読んじまったよ! だから居眠りしそうになったんだけどな」

成幸 「お前と語り合いたくてさー。だから昼休みゆっくり話したかったんだけど……」

成幸 「でも、そうだよな。あの本、お前とお袋さんの思い出の本だもんな」

成幸 「俺みたいな、SFもそう詳しくない奴と話したくはないよな」

成幸 「気遣いさせて悪かったな。語り合えはしないまでも、感想だけでも言えてすっきりしたぜ」

文乃 「………………」

成幸 「……? 古橋? どうかしたか?」

成幸 「顔真っ赤だぞ? 手もプルプル震えてるし、涙目だし……」

成幸 「や、やっぱり、俺がこんな話するの、嫌だったか……?」

文乃 「……べつに、なんでも、ないですし」

成幸 「へ……? なぜ丁寧語?」

文乃 「なんでもないです。ほら、早く提出しに行くよ。成幸くん」

成幸 「え? でもお前、反省文書き上がって……る!? いつの間に書いたんだ古橋!?」

文乃 「うるさい。いいから。早く出しに行こう」

成幸 「な、何を怒ってるんだよ。古橋」

文乃 「怒ってないです。怒ってると思うなら、その原因を探してください」

成幸 「やっぱり怒ってるじゃないか!?」

文乃 「女心の練習問題だよ! 少しは自分で考えろバカー!」

………………放課後

成幸 「……なんていうか、今日は本当に悪かったな、古橋」

文乃 「その話はもうしないでって言ったでしょ」

成幸 「うっ……。わ、わかった……」

成幸 (結局、謝罪は受け入れてくれたようだけど、何に怒っているのかは未だに教えてくれていない)

成幸 (やっぱり、安易にお袋さんとの思い出に触れてしまったから、怒ってるんだろうか……)

ズーン……

成幸 (俺は無神経だ。古橋と同じように親父を亡くしている俺が、)

成幸 (古橋の気持ちを慮ってやれないなんて……。教育係失格かもしれん)

文乃 「………………」

文乃 (……はぁ。また変なこと考えてへこんでいるんだろうなぁ)

文乃 「……言っておくけど、成幸くんが『天の光はすべて星』を読んでくれたことは、すごく嬉しかったんだよ」

成幸 「え……?」

文乃 「……嬉しくないわけないでしょ」

文乃 「友達が、わたしの大切な思い出を話したこと、覚えてくれてて、」

文乃 「……本まで読んでくれるなんて。そんなの、嬉しいに決まってるじゃない」

成幸 「古橋……」

成幸 「ん……? だとすると、一体何に怒ってたんだ?」

文乃 「………………」

ツーン

文乃 「……知らない。自分で考えろ! だよ」

成幸 「なんでそこは教えてくれないんだ!?」

文乃 (……教えられるわけ、ないじゃん)

文乃 (君から……ゴニョゴニョ……されると思い込んでいたなんて)

文乃 (……そして、その言葉を、たぶん、期待してしまっていた、なんて)

文乃 (……言えるわけ、ないじゃん)

文乃 (成幸くんの、バカ)

おわり

………………幕間1 唯我家

水希 「……お兄ちゃんの様子がおかしいときは、メッセージのチェックをしないと」

水希 「ん……? 古橋さん宛に大量のメッセージが……」

『大事な話がある』
『今日の昼休み、いつもの場所に、ひとりで来てほしい』
『頼む』
『メッセージじゃだめなんだ』
『お前に会って、面と向かって、言いたいことがあるんだ』
『頼む。いま、お前に会いたくて仕方ないのを我慢してるくらいなんだ』
『昼休みより先なんて考えられない』
『どうした? 今日は都合が悪いのか? だとしたら、無理を言って悪かった』
『明日でもいい。その先でもいい。できるだけ早く、お前に会える日を教えてくれ』
『時間は取らせない。古橋、お前に少し話があるだけなんだ』
『ありがとう。急に変なこと言い出して悪かったな』
『嬉しいよ。楽しみにしてるな』

水希 「………………」 ニヤリ 「……へぇぇえ」

水希 「……さて、とりあえず、古橋さんと、“お話”しないと……」

ユラリ

水希 「ふふ……ふふふふ……」


※その後、誤解はちゃんととけました。

………………幕間2  いばらの道のいばらの会

鹿島&蝶野&猪森 「「「………………」」」 ニヤニヤニヤニヤ

文乃 「……なに? 鹿島さんたち」

鹿島 「いえいえいえ。残念でしたね、古橋さん~」 ニコッ 「告白ではなくて」

文乃 「聞いてたの!? だってあそこ生徒指導室だよ!?」

蝶野 「ふふ、甘いっスよ、古橋さん」 キリッ 「桐須先生が怖くて我らの責務が果たせるか、っスよ」

猪森 「まぁ、放課後、生徒指導室に張り付いていたことについてみっちりお説教は受けたがな」

猪森 「しかし“氷の女王”恐るるに足らず! この程度で我々が反省すると思っ――」

桐須 「――ほう。まだ反省していないのね」 ゴゴゴゴゴ……!!!

鹿島&蝶野&猪森 「「「!?」」」

桐須 「三人とも来なさい。今日は最終下校時刻に帰れると思わないことね」

アアアアアーーーオタスケヲーーーオジヒヲーーー……ズルズルズル………

文乃 「……ふぅ」 (……あの三人がいないと)

文乃 (平和で、いい……)

………………幕間3 慰める会

海原 「うるか、元気出して!」

川瀬 「ああ。男は唯我だけじゃないぞ」

うるか 「へ……? へ? へ?」


おわり

>>1です。
いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。

今回、今までで一番楽しく書けました。
こんなことをわたしが言うのも大変恐縮な話ですが、
『天の光はすべて星』、読みやすくて面白いのでオススメです。
軽妙なかけ合いで物語が進むので、SF初心者の方でも読みやすいと思います。
興味があればぜひ。

うるかさんと理珠さんの話も書いています。
が、先に文乃さんの2つ目が書き上がってしまいました。
申し訳ないことと思います。

書いている最中興奮して、「文乃」が「古橋」になっていたりしますが、
脳内補完していただければ幸いです。

長くなりました。また投下します。
また読んでくれたら嬉しいです。

>>1です。
ひとつ投下します。


【ぼく勉】文乃 「わたしはそれで満足だから」

………………十年後 春 喫茶店

文乃 「………………」

フゥ

文乃 「……遅いなぁ」

通行人1 「……わっ、すごい美人」

通子人2 「きれいな髪~。肌も真っ白よ」

通行人3 「喫茶店でお茶をする姿も、様になってるなぁ……」

文乃 「……?」

文乃 (なにか分からないけど、じろじろ見られているような……)

?? 「……あっ、いたいた。悪い、待たせた。古橋」

文乃 「あっ……」 ハッ (し、しまった。嬉しそうな顔をしてしまったけど、ダメだよ)

文乃 (時間を守るのは社会人の基本。ここは厳しい顔をして叱ってあげなくちゃ)

文乃 「……も、もうっ。ダメだよ、成幸くん」

文乃 「時間、十五分も過ぎてるよ?」

成幸 「悪い悪い。会議が長引いてさ。許してくれよ」

成幸 「先生ってのはほんと、話好きな生き物だよ」

成幸 「みんな好き勝手喋るんだから、会議なんて終わるわけないよな」

文乃 「ふーん、だ。言い訳は聞きたくありませーん」

成幸 「だから、悪かったって……ごめん。パフェ奢ってやるから許してくれよ」

文乃 「パフェ!?」 パァアア……!!

ハッ

文乃 「……じゃない! そんなんじゃ誤魔化されないからね、成幸くん!」

成幸 「なんだよ。いま少し誤魔化されかけただろ」

成幸 「悪かったよ。俺は何をすればいいんだ?」

文乃 「………………」

文乃 「……つまで、……はし、って……ぶの?」

成幸 「へ? どうした? 全然聞き取れなかったんだけど……」

文乃 「っ~~~~~~~~」

文乃 「だ、だから!」

文乃 「……いつまで、古橋って呼ぶつもりなの、って……」

文乃 「……言ったんだよ。バカ」

成幸 「へ……? あっ」

成幸 「俺、古橋、って呼んでたか」

成幸 「すまん。えっと……」

成幸 「……ごめん。悪かったよ、文乃」

文乃 「っ……////」

文乃 「しっ、仕方ないから、今回は、それとパフェに免じて許してあげる」

成幸 「本当か? ありがたい」 ニコッ

成幸 「でも、遅れて本当に悪かったな。文乃」

文乃 「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

………………

文乃 「……ん~、美味し~~い! ここのパフェは絶品だよ!」

成幸 「喜んでもらえて何よりだよ。相変わらずよく食う奴だな」

文乃 「むっ……人を食いしん坊みたいに言ってぇ……」 モグモグ

成幸 「もぐもぐしながら喋るなよ。せっかくの美人が台無しだぞ?」

文乃 「びっ……美人、って……。な、何を言ってるのかな、まったく……」

成幸 「?」

文乃 「……で、今日は一体どんな用なのかな? いきなり呼び出すなんてめずらしいよね」

成幸 「ん……まぁ、ちょっと、な……」

成幸 「………………」

文乃 「……? うつむいちゃってどうしたの? 何か悩み事?」

成幸 「……まぁ、悩み事って言ったらそうだな」

成幸 「文乃ぐらいにしか話せそうになくてさ」

成幸 「というか、文乃に聞いてもらいたい話がある、というか……」

文乃 「わ、わたしに?」

成幸 「ああ。お前にしか言えないんだ」

文乃 「な、何の話かな?」

ドキドキドキドキ……

文乃 (これは、ひょっとして……ひょっとすると……)

文乃 (……いや。大体こういうときは、ただの早とちりで終わるんだ。だから、きっと……――)

成幸 「――……実は、結婚指輪のこと、なんだ」

文乃 「ふぇっ!? ほ、本当に!?」

成幸 「へ……? 何で驚いてるんだ、文乃?」

成幸 「俺まだ話してないだろ? 結婚指輪をなくしたこと……」

文乃 「へ……?」

文乃 「……? あっ」

文乃 (わたしは一体何を考えていたのだろう)

文乃 (どうして、こんな恥ずかしい勘違いをしていたのだろう)

文乃 (……目の前の、唯我成幸という男は)

文乃 (もうすでに結婚しているではないか)

文乃 (ああ、そうだ。そして、わかった。そうだ。どうして気づかなかったのかな)




文乃 (これは、夢だ)




文乃 (だから、記憶は曖昧で、目の前の成幸くんも少しぼやけていて、)

文乃 (わたし自身の輪郭も曖昧なんだ)

文乃 (これは、将来を思い描いた、わたしの夢だ)

文乃 (そしてその夢の中で、成幸くんはどこかの誰かと結婚しているのだ)

文乃 「……なくしちゃった? 結婚指輪を?」

成幸 「ああ。いつもは薬指にちゃんとつけてるからなくすはずはないんだ」

成幸 「でも、先週水泳の補習の監督を頼まれてしまってな」

成幸 「さすがにプールに入ることになるから、外したんだよ」

成幸 「でも、ちゃんとロッカーの中にしまったんだぜ」

文乃 「鍵は?」

成幸 「………………」

文乃 「……かけてなかったんだね」

成幸 「面目ない。まさかあの短時間でなくなると思わなかったんだよ」

文乃 「それで、一週間かけて毎日校内を探し回ったけど、見つからなかった、と」

成幸 「そうなんだよ。もう考えられるところは全部見たんだよ」

成幸 「でも、見つからなくて……」

成幸 「文乃だったら何か思いつくんじゃないかと思って、相談したんだ」

文乃 「そう言われてもねぇ……」

文乃 (一ノ瀬学園には、もう十年くらい戻っていない)

文乃 (……って、これは夢の中だから、実際は毎日登校しているのだけど)

文乃 (っていうか、夢の中のことに、わたしは何を必死になってるんだろ)

文乃 (どうせ夢から覚めたら忘れてしまうようなことなのに)

成幸 「うぅ……」

文乃 (……でも、)

ハァ

文乃 (放っておけないよね)

文乃 (わたしはこの人の、お姉ちゃんだから)

………………一ノ瀬学園

成幸 「悪い。学校まで来てもらって……」

文乃 「べつにいいよ。それより有給取って出てきてるのに、」

文乃 「職場に戻って大丈夫? 気まずくない?」

成幸 「それくらいは我慢するよ。仕事は全部終わらせてるから、先生方も文句はないだろ」

文乃 「ふーん……」

文乃 (……夢の中とはいえ、十年後の世界)

文乃 (なんか、わくわくするなぁ)

………………プール 男子更衣室

文乃 「ふむふむ。ここで水着に着替えたんだね」

成幸 「お前ってなんていうか、結構すごいよな」

文乃 「へ?」

成幸 「調べるためとはいえ、男子更衣室にためらいもなく入るところとか」

文乃 「………………」 ジロッ 「……わたしはべつに協力しなくてもいいんだけど?」

成幸 「うわぁ! すまん、冗談だよ、文乃!」

文乃 「……まったく。本当に君は調子がいいんだから、成幸くん」

文乃 「で? 指輪はたしかに外したんだよね?」

成幸 「外したよ。外して、上の棚にのせたんだ」

文乃 「影も形もないねぇ。下にも落ちてはなさそうだし」

成幸 「ああ。補習が終わって戻ってきたら、もうなかったんだ」

文乃 「……ふむ」

成幸 「……一体どこにいったんだろうな」

文乃 (……はぁ)

文乃 (そんなのわかりきってるでしょ、と言ってやりたいよ)

文乃 (ロッカーの扉がひとりでに開くわけがない)

文乃 (指輪が勝手に転がり落ちるようなわけもない)

文乃 (こんなの、答えは当たり前のように出ている)

文乃 (……誰かが鍵のかかっていないロッカーを開け、成幸くんの指輪を持ち出したのだ)

成幸 「うぅ……奥さんに申し訳なくてさぁ……」

文乃 「………………」

文乃 (……言えるかー! だよ!)

文乃 (こんな純朴で良い子に育った弟に、そんな人の悪意が介在するようなこと、言えるかー!)

――――――ガサッ

文乃 「ん……?」

女子生徒 「あっ……」

文乃 (女の子……? なつかしい。うるかちゃんと同じ水着だ。水泳部かな?)

文乃 (でも、この子……今、男子更衣室を覗いていたの……?)

成幸 「ん……? ああ、○×。今日も部活か。ご苦労さんだな」

女子生徒 「は、はい。唯我先生も、お仕事お疲れ様です」

成幸 「はは、こどもが大人を労うもんじゃないよ」

成幸 「それに今は一応有給休暇中だ。仕事じゃない」

女子生徒 「……あの」

成幸 「ん?」

女子生徒 「そちらの方は……?」

成幸 「ああ、先生の古い友人でな。古橋文乃さんっていうんだ」

成幸 「ここのOGだから、○×の大先輩だな」

女子生徒 「そ、そうなんですか……。はじめまして。○×です」

ジロッ

女子生徒 「わたし、唯我先生が担任なんです」

文乃 「へ……? あ、そ、そうなんだー」

文乃 「はじめまして。古橋文乃です。そういえば、わたしも昔は成幸くんに勉強を教わってたんだよ」

女子生徒 「……“成幸くん”……?」 ギリッ

文乃 「……?」

女子生徒 「あ……あはは。なんでもないです。すみません」

文乃 (この子……)

キラッ……

文乃 「ん……?」

文乃 「ねえ、あなた。その手に持ってるのは……」

女子生徒 「!? あ……」

女子生徒 「す、すみません。用事を思い出しました! 失礼します!」

タタタタ……

成幸 「お、おい? 廊下は走るなよーーーー!!」

成幸 「……? ○×のやつ、一体どうしたんだ……?」

文乃 「………………」

文乃 「……なるほど」

成幸 「文乃?」

文乃 「成幸くん、君は、まったく……」

文乃 「ほんと、罪な男だよねぇ」

成幸 「い、いきなり何の話だ?」

文乃 「なんでもないよ。相変わらず女心が分からない愚弟だよ君は」

文乃 「わたしの出す女心の練習問題をしっかりやってこなかったせいだよ、まったく」

成幸 「なんだかわからんが、すまん……」

文乃 「……わたしさ、なんとなく指輪がどこにあるか検討ついちゃったんだよね」

成幸 「なに!? 本当か!? それはどこだ!?」

文乃 「……内緒。君には言えないよ、成幸くん」

成幸 「な、何で……?」

文乃 「何でもだよ。いいから、少し待っててよ」

文乃 「……わたしが、指輪を取ってきてあげるから」

………………女子トイレ 個室内

女子生徒 「………………」

キラキラ……

女子生徒 「……これ、どうしよう――」

?? 「――どうしようも何も、返すしかないんじゃないかな?」

女子生徒 「!? だ、誰!?」

?? 「名前は名乗らない方がいいんじゃないかな。お互いのためにも」

?? 「トイレの壁一枚隔てて、会話もできるわけだしね」

?? 「わたしは君のことが誰だか分からないし、君もわたしが誰か分からない」

?? 「それでよくないかな?」

女子生徒 「……どうして、ここにいるってわかったんですか?」

?? 「そりゃまぁ、競泳水着のまま行ける所なんて限られてるからね」

?? 「プールサイドにいない。女子更衣室にもいない。だとすれば、このプール併設のトイレしかないよね?」

女子生徒 「……そう、ですね」

?? 「……さて、本題に入ろうか」

?? 「君が今手に持って眺めているであろうその指輪を、どうするかという話だよ」

女子生徒 「………………」

?? 「うん。まぁ、君がそれを認めたくない気持ちもわかる」

?? 「でも、そこにそれがあるのは紛れもない事実のはずだよ」

?? 「わたしはさっき、君が指輪を隠し持っているのを、見てしまったからね」

?? 「競泳水着にポケットなんてないもんね。指輪を持つなら手の中しかない」

女子生徒 「……わ、わたしはっ」

女子生徒 「これを、盗もうとしたわけじゃないんです」

女子生徒 「悪いことだって分かってました。男子更衣室に侵入して、勝手に先生のロッカーを開けて……」

女子生徒 「……指輪を少し眺めて、それでよかったんです」

女子生徒 「でも、そのときちょうど、水泳部の男子が来る声が聞こえて……」

女子生徒 「指輪を持ったまま、逃げ出しちゃったんです……」

女子生徒 「唯我先生を困らせるつもりなんてなかったんです」

女子生徒 「ただ、ほんの少し……近くで、見てみたくて……」

?? 「………………」

?? 「……大好きな唯我先生の指輪を?」

女子生徒 「……!? な、なんで……?」

?? 「うーん、君がはるか年下の女の子じゃなければ、「わからいでか!」ってツッコんでるところだよ」

?? 「成幸くん良い子だもんねぇ。きっと良い先生なんだろうねぇ」

女子生徒 「……良い先生です。いつもわたしたちのために一生懸命だし、」

女子生徒 「わたしたちのために学園長とも戦ってくれるし、」

女子生徒 「わたしたちのこと、全力で庇ってくれるし、」

女子生徒 「……格好良いんです。唯我先生は。って、あなたはよくご存知ですよね、きっと」

?? 「ちなみに君が誤解しているようだから言っておくケド、わたしは彼の奥さんじゃないよ?」

女子生徒 「へ……? 違うんですか?」

?? 「違うよ。奥さんは別の誰か。わたしは彼の古い友人だよ」

?? 「……とまぁ、そんな話は置いておくとして、」

?? 「わたしからひとつ提案があるんだ。聞いてくれるかな?」

女子生徒 「……提案?」

?? 「わたしは学生のころ、“眠り姫”なんてあだ名されるくらいの寝ぼすけでね」

?? 「どんなところでも寝られるんだ……っていうのは言いすぎだけど」

?? 「わたしはいますごく眠い。だから、ちょっと洗面台で手を洗っている間に寝てしまうかもしれない」

?? 「そのとき、隣に誰かが立って、そっと洗面台に指輪を置いていっても、きっと気づかない」

女子生徒 「………………」

?? 「……とまぁ、そういう提案だよ。もしわたしが起きたときに指輪があったら、」

?? 「成幸くんには指輪は女子トイレに落ちてたよ不思議だねぇ、とだけ言おうかな」

?? 「きっとあの純朴な好青年は、それをまったく疑うことなく受け入れるだろうね」

?? 「……さて、どうする?」

………………

文乃 「……ほら」

成幸 「!? わっ、本当に指輪だ!?」

成幸 「どうやって見つけたんだ!? っていうかどこにあった!?」

文乃 「女子トイレに落ちてたよ。たぶん、君が眼鏡を外している間に、」

文乃 「指輪はコロコロ転がって女子トイレまで行ったんだろうね」

成幸 「……?」

文乃 (……少し苦しいかな?)

成幸 「なるほど。女子トイレだったら俺が今まで見つけられなかったのも合点がいく」

成幸 「女子トイレとは盲点だったな。ありがとう、文乃。さすがは俺の師匠だ」

文乃 「……成幸くん、君はさぁ」

成幸 「ん?」

文乃 (……少しは人を疑うってことも覚えた方がいいと思うよ?)

文乃 (って、わたしの夢の中の君に言っても仕方ないから、言わないけどね)

………………唯我邸前

文乃 「……本当に、いいから」

成幸 「そんなわけにいくかよ」

グイグイ……

成幸 「ぜひお礼をさせてくれ。電話で伝えたら、奥さんもお礼が言いたいって言ってたぞ」

文乃 「……いや、でも……」

文乃 (夢の中とはいえ、成幸くんの奥さん……)

文乃 (誰だろう。気になるけど、見たいような、見たくないような……)

文乃 (誰だろう、っていうのも野暮な定義だ)

文乃 (……“どちらだろう”と言うべきかもしれない)

……――ガチャッ

? 「……あら? 帰ってらしたんですか、あなた」

? 「そんな玄関前にいないで、入ってらしたらいいのに」

文乃 「……あっ」

? 「ああ、あなたが古橋文乃さんですのね」

? 「主人からお噂はかねがね聞いております」

? 「なんでも、すごい天才でいらっしゃるのに、苦手分野に挑戦したすごい人だと」

? 「わたくし、一度でいいからしっかりお話したかったんですのよ」

? 「主人があんまりにも楽しそうにあなたのことを話すものですから、」

? 「わたくし、実を言うと少しあなたに嫉妬しておりましたの」

成幸 「お、おい。やめろよ。恥ずかしいだろ……」

文乃 「なっ……」

? 「? 冗談のつもりだったのですけど、少し不謹慎すぎたかしら……?」

? 「不愉快にさせるつもりはなかったんですの。ごめんなさいね」

文乃 「なっ……なんなの……?」

ギリッ




文乃 「――――あなたは、誰……!?」

文乃 (この女性は、誰だ……?)

文乃 (りっちゃんではない。うるかちゃんでもない)

文乃 (当然、小美浪先輩でも、桐須先生でもない)

文乃 (誰……?)

成幸 「お、おいおい。何言ってんだ、文乃。結婚式で少しだけ話もしただろう?」

成幸 「俺の奥さんだよ。○○○○だよ」

文乃 「誰?」

成幸 「へ……?」

文乃 「……だから、誰だって、言ってるんだよ?」

文乃 「君は一体誰と結婚をしたんだって訊いてるんだよ!」

文乃 (だっておかしいだろう)

文乃 (こんなのあんまりだろう)


―――― ((大丈夫 絶対ない))

―――― ((絶対好きになんてなるはずがない))

―――― ((友達が 好きな人のこと))


文乃 「わたしは、だって……!」

文乃 「君が、わたしの友達と……りっちゃんと、うるかちゃんと……」

文乃 「……だから、わたしは……」

文乃 (だから……? だから、なんだというの?)

文乃 (友達のことを思っていた。だから?)

文乃 (だから、わたしは、彼のことを、あきらめた……?)

………………………………………………

………………………………

………………

………………

『……おい、古橋……』

『……古橋……』

『……文乃……』

『……文乃っち~……』

文乃 「あ……」

パチッ

文乃 「……あれ……?」

文乃 「ここは……」

成幸 「何寝ぼけてんだ、古橋。図書室だよ」

成幸 「気持ち良さそうに居眠り始めやがって。今日の分全然終わってないじゃねーか」

文乃 「………………」

文乃 「……成幸くん?」

成幸 「……? どうした、古橋? なんか変だぞ?」

文乃 (そっか……。夢、覚めたんだ)

文乃 「………………」

文乃 「……ううん。なんでもない。寝ちゃってごめんね。すぐ追いつくから」

カリカリカリ……

成幸 「お、おう。そうか。がんばってな」

文乃 「うん!」

文乃 「………………」

文乃 (ふふ……。変な夢を見たなぁ。途中から夢だって分かったし)

文乃 (あれが明晰夢ってやつだね。貴重な経験をしたよ)

文乃 「………………」

文乃 (……大丈夫。自分でも驚くくらい、平静だよ)

文乃 (わたしは、大丈夫。変な気持ちもない)

文乃 (わたしは……)

文乃 (……もしも、成幸くんがりっちゃんか、うるかちゃんと結ばれて、)

文乃 (そうしたらわたしは、それを心の底から喜ぶことができる)

文乃 (きっとできる)

文乃 (……でも、どうなのだろう)

文乃 (わたしは、それ以外の誰かが、成幸くんと結ばれたら、どう思うのだろう)

文乃 (あの夢は、あくまで夢だ。夢の中だから、変なことを思ってしまっただけだ)

文乃 (……けど、)

文乃 (もしも本当にそうなったとき、わたしは後悔せずにいられるのか?)

文乃 (もしかしたら、わたしは、自分では気づいていないだけで、すでに……)

文乃 (成幸くんのことを……)

成幸 「……古橋?」


文乃 「へ……?」

成幸 「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

理珠 「文乃、大丈夫ですか?」

うるか 「文乃っち。なんか元気ないよ」

文乃 「あ、いや……」

文乃 「あはは。ちょっと寝ぼけてるだけだよ。大丈夫……」

文乃 (……そう。わたしは、大丈夫。大丈夫でなければならない)

文乃 (夢の中のようなことには、きっとならない)

文乃 (だって、わたしの友達は、こんなにも魅力的な女の子だから)

文乃 (わたしは、そんなふたりの応援ができれば、)

文乃 (そして、成幸くんの幸せな未来を、お姉ちゃんとして応援できればそれだけで……)

文乃 「……うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

ニコッ

文乃 (わたしはそれで満足だから)

おわり

………………幕間  兄も幕間もわたしのもの

水希 「どうも、古橋さん」

キラキラキラ……

水希 「わたしがお兄ちゃんの嫁の水希です」 ニコッ

文乃 「おおう……」



おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。

夢オチとだけ決めて、コメディ調にするつもりが、気づけばシリアスになっていました。
文乃さんファンの方におかれましては、文句を言いたくなるような話かもしれません。

では、また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】あすみ「遊園地のペアチケット?」

………………小美浪家

小美浪父 「ああ。福引きで当たったんだ。お前にあげるから、唯我くんと行ってきなさい」

あすみ 「ああ? 前から思ってたけど、あんた受験生をなんだと思ってるんだ?」

小美浪父 「おや、一日勉強を抜きにしたところで落ちるものでもあるまい?」

小美浪父 「……というよりは、その程度で落ちるならそもそも受からんと思うがね」

あすみ 「ぐっ……くそ親父……」

小美浪父 「私が医学部に入学した頃は、競争率も今の何倍も……っと」

小美浪父 「今はお説教の時間ではないな」

小美浪父 「たまには彼氏と水入らずでゆったり遊んできたらいいじゃないか」

小美浪父 「……それとも、まさかあんないい彼氏と会いたくない、なんて言うわけではあるまいな?」

あすみ 「だー、もう! わかったよ! 行きゃいいんだろ行きゃ! 後輩と予定が合えばだけどな!」

小美浪父 「よろしい。後でデートの写真を見せてくれよ。楽しみにしているからな」

………………数日後 遊園地

あすみ 「……と、いうことで、毎度毎度、本当にすまん、後輩」

成幸 「あははは、まぁ、あのお父さんだったら、遊園地のペアチケットなんて当てたらそうなりますよね」

成幸 「俺は気にしてませんから、大丈夫ですよ、先輩」

キラキラキラ……

成幸 「それより、遊園地なんて本当に久々で、嬉しくて……」

あすみ 「男子高校生が遊園地で目をキラキラさせんなよ……」

あすみ 「まぁ、あのクソ親父もまさか仕事をさぼって遊園地に来て監視、ってことはないだろうから、」

あすみ 「どっかのベンチで勉強でもしてようぜ。後で写真撮影だけ付き合ってくれれば……――」

あすみ 「――……って、なんで悲しそうな顔をしてるんだよ、後輩」

成幸 「……いや、もちろん俺たちは受験生で、今の時期は本当に勉強していなきゃいけないですけど、」

成幸 「……遊園地楽しそうだなぁ」

あすみ 「……お前な」

ハァ

あすみ 「しょうがねぇ。こんなところに付き合わせてるのはアタシだしな」

あすみ 「せっかくだ。息抜きがてら、今日一日遊ぶとするか、後輩」

成幸 「いいんですか!?」 キラキラキラキラ 「嬉しいです、先輩!」

バッ

成幸 「じゃあまずどこ行きます? 俺はこのジェットコースターに行きたいです!」

あすみ 「お、お前……。いつの間にパンフレットなんかもらってたんだよ」

成幸 「先輩はどこに行きたいですか?」

あすみ 「人の話聞けよ。……いや、いいや。いいよ。ジェットコースターで」

成幸 「じゃあ早速行きましょう、先輩!」

ギュッ

あすみ 「……!?」

成幸 「? どうかしましたか、先輩?」

あすみ 「どうかしたかって、お前、手……」

成幸 「あ……」

パッ

成幸 「す、すみません」

あすみ 「べつにいいけどさ。お前がアタシに本気になっちまったのかと思って焦ったぞ」

あすみ 「今日はえらく積極的じゃねーか、後輩?」

成幸 「ち、違いますよ! 昔のくせで……」

あすみ 「癖……?」

成幸 「小さい頃、知らないところに行くと、いつも妹の手を引いてあげてたから……」

成幸 「その……つい、先輩の手を握ってしまって……」

あすみ 「……ほぅ」

あすみ 「それは、アタシがちんちくりんだから妹扱いしなきゃ、ってことか?」

成幸 「ご、誤解ですよ! そんな風に思ったことなんか一度もないです!」

あすみ 「……わかってるよ。冗談だ」

クスッ

あすみ 「ほら、手、引いてくれるんだろ?」

成幸 「へ……?」

あすみ 「どうせだったら本当にデートっぽくした方が親父を誤魔化すにもいい写真が撮れるだろう」

あすみ 「……ほら、早くしろよ。行くんだろ、ジェットコースター」

成幸 「は、はい!」

……ギュッ

………………ジェットコースター降車後

成幸 「………………」

グターッ

あすみ 「……おい。ジェットコースターに乗りたいって言い出したのはお前だよな?」

あすみ 「なんでアタシがピンピンしてんのに、お前がボロボロなんだよ」

成幸 「お、おかしいな……。子どもの頃は楽しかったんだけどな……」

あすみ 「ったく。仕方ねーな。なんか飲み物でも買ってきてやるから待ってろ」

成幸 「すみません……。よろしくお願いします……うっぷ……」

………………

あすみ 「……ったく。ジェットコースター程度でダウンしやがって。情けない」

あすみ 「本当に……」

クスッ

あすみ 「しょうがない奴だ。まったく」

prrrrr……

あすみ 「ん、電話……? げっ、親父からかよ」

ピッ

あすみ 「……何の用だよ」

小美浪父 『いや、デート中にすまんな』

小美浪父 『ひとつお前に言っておきたいことがあったのを忘れていてな』

小美浪父 『昨日もお前と話していて思ったのだが、唯我くんと付き合い出して結構経つというのに、』

小美浪父 『いつまでも“後輩”と呼ぶのはいかがなものかと思うぞ』

あすみ 「あんた本当に最近あいつのことばっかりだな。どんだけ気に入ったんだ、あいつのこと」

小美浪父 『お前、そんなことだと、唯我くんに愛想を尽かされてしまうぞ?』

小美浪父 『言っておくがな、あんなに良い青年はこれから探したってそうそう見つかるものじゃない』

小美浪父 『特にお前みたいな跳ねっ返りは……――』

あすみ 「お説教はいいんだよ。要点だけ話せ要点を」

小美浪父 『む……。たしかにその通りだな。では、言わせてもらうが』

小美浪父 『唯我くんを名前で呼んであげなさい』

あすみ 「ああ!? なんでいきなりそんな話になるんだよ!」

小美浪父 『なんでも何もないだろう。唯我くん……、いやこの際私も名前で呼ばせてもらおうか。な、成幸くんと……////』

あすみ 「なんであんたが照れてるんだよ! 気持ち悪いな!!」

小美浪父 『うるさい。いいから聞きなさい。成幸くんに愛想を尽かされたらお前、どうするつもりだ』

小美浪父 『言っておくが、ああいう好青年がお前のことを見てくれているから、』

小美浪父 『お前の医学部受験を許しているということを忘れるなよ』

あすみ 「ぐっ……」

小美浪父 『……で、どうするんだ?』

あすみ 「わかった。わかったよ。後輩のことを名前で呼べばいいんだろ?」

あすみ 「そんなのわけないしな。普段は名前で呼び合ってるし」 (うそだけど)

小美浪父 『ほう。そうであれば何の心配もないな。では今度唯我くんが家に来たときに、見せてもらうからそのつもりで』

あすみ (っ……適当に流してごまかすつもりが、そうもいかねぇか)

あすみ 「わかったよ。要件はそれだけか? 切るぞ」

小美浪父 『ああ。最後にひとつだけ』

あすみ 「あんだよ」

小美浪父 『お前は唯我くんのことを名前で呼び捨てにしていると思うが、唯我くんはお前のことをなんと呼んでいるんだ?』

あすみ 「は……?」

小美浪父 『やはり彼らしく慎ましやかに「あすみさん」だろうか。それとも、ふたりきりの時は積極的に「あすみ」なんて呼ばれているのか?』

あすみ 「………………」

ピッ……ツーツーツー……

あすみ 「付き合いきれねぇぞ、あのバカ親父」

あすみ 「……あしゅみー先輩って呼ばれてる、なんて言えるかよ。ったく」

………………

あすみ 「……ってな電話があってな」

成幸 「なるほど。さすが先輩のお父さん。鋭い指摘ですね」

あすみ 「そ、そうか……?」

成幸 「では、今日一日、遊園地デートのフリをしながら、名前で呼び合う練習もしましょう」

成幸 「お父さんのリクエスト通り、呼び捨てで呼びましょうか? “あすみ” って……」

あすみ 「あ゛?」 ゴゴゴゴゴゴゴ…………

成幸 「じ、冗談ですよ!! えっと……あ…… “あすみさん” ……?」

あすみ 「……おう。悪くないな」 ニヤリ 「じゃ、アタシも呼び捨てはやめて、優しい先輩っぽく、」

あすみ 「“成幸くん”?」

成幸 「っ……///」

あすみ 「……ほーぅ」

ニヤニヤ

あすみ 「一丁前に照れやがって。名前で呼ばれただけで発情か? スケベくん?」

成幸 「や、やめてくださいよ! 仕方ないじゃないですか」

成幸 「……先輩みたいな美人さんに名前を呼ばれたら、そりゃ照れますよ。仕方ないでしょ」

あすみ 「っ……」

あすみ 「………………」

成幸 「……? 先輩?」

あすみ 「……お前ってさ、ほんと時々ずるいよな」

成幸 「へ? へ? どういうことですか?」

あすみ 「教えねぇよ。それくらい自分で考えろ、バカ」

あすみ 「……それから、先輩、じゃなくて、“あすみさん”、だろ?」

成幸 「あ、そうでした。すみません。えっと…… “あすみさん”」

あすみ 「おう」

スッ……

あすみ 「……ほら。もうだいぶ気分も良くなっただろ?」

あすみ 「せっかくの息抜きなんだ。ちゃんとエスコートしてくれよ、“成幸くん”」

成幸 「あ……は、はい……!」 ギュッ

………………ミラーハウス

成幸 「どっちが出口か分からない……。“あすみさーん” ! どこですかー!」

あすみ 「大声で呼ぶな! 恥ずかしいだろ、バカ」

成幸 (そう言いながらも迎えに来てくれるんだよなぁ……)

係員 (ラブラブだなぁ……)


………………お化け屋敷

あすみ 「……へぇ、“成幸くん” は、こういうアトラクションで女の子に頼られるのが好きなのか」

あすみ 「せっかくだし抱きついてやろうか?」

成幸 「ち、違いますよ! そんな不純な動機で選んだわけじゃないですよ!」

ギュッ……

成幸 (とか言いながら、先輩、俺の手をすごい勢いで握りしめてるんだけど……)

成幸 (指摘したら怒りそうだから黙っておこう)

お化け (ラブラブだなぁ……)

………………広場 キャラクターグリーティング

成幸 「はい、チーズ……っと」

成幸 「うん。良い感じに写真が撮れましたね」

あすみ 「うーん、でも着ぐるみを挟んでるとカップルっぽくないって親父にイチャモンつけられそうだな」

あすみ 「念のためキャラクター抜きで一枚くらい撮っておくか」

ムギュッ

成幸 「!? お、大勢の人がいる前で、くっつくのはちょっと……」

パシャッ

あすみ 「おお、良い具合に真っ赤な顔が撮れたぞ、“成幸くん”」

成幸 「やめてくださいって! 仕方ないじゃないですか!」

着ぐるみ (ラブラブだなぁ……)

………………メリーゴーランド

成幸 「こ、この歳でこれに乗るのは少し恥ずかしいですね」

あすみ 「じゃあ、こうすりゃいいんじゃないか?」

ムギュッ

成幸 「あ、“あすみさん” !? 何で俺の馬に座るんですか!?」

あすみ 「もう少し下がれよ。それともこれくらい密着してる方が好みか? スケベくんは」

成幸 「や、やめてくださいってば!」

成幸 (メリーゴーランドの馬にふたりで乗るって、本物のカップルみたいだ……)

あすみ 「………………」

あすみ (予想以上に狭いな。後輩の体温が背中にダイレクトだ)

係員 (ラブラブだなぁ……)

………………夕方

成幸 「……はーっ、楽しかった。色んなアトラクションを回れましたね」

あすみ 「お前、はりきりすぎだ。結局ほぼ全部のあトラクション回ったじゃねーか」

成幸 「せっかくいただいたチケットですから。目一杯有効活用しないと」

あすみ 「そうかよ。そこまで喜んでくれるなら、親父も嬉しいだろうな」

あすみ 「……ん?」

成幸 「? どうかしました?」

あすみ 「………………」

クスッ

あすみ 「……なぁ、最後にアレに乗ろうぜ。恋人のフリにはうってつけだろ?」

成幸 「アレって……」

成幸 「……観覧車?」

………………観覧車

成幸 「………………」

あすみ 「………………」 ニヤリ

あすみ (後輩の奴、緊張した顔して黙り込んで……)

あすみ (からかってやるのに最適な場所だと踏んだが、まさにうってつけだな)

あすみ 「“成幸くん”」

成幸 「……? なんです、“あすみさん”」

あすみ (……あれ? コイツ意外と動じてない? っていうか、平然とアタシのこと名前で呼びやがったな)

あすみ (……このヤロウ。もうアタシを名前で呼ぶのに慣れたってことかよ)

あすみ (ん?)

ハッ

あすみ (アタシは、アタシに照れない成幸に、ムカついてるのか……?)

あすみ (……いや、べつに、ただ単に、からかい甲斐がなくてムカついてるだけだ)

あすみ (それ以外の何でもない)

成幸 「あの、“あすみさん” ?」

あすみ 「ん? ああ、すまん」

あすみ 「そっち、行ってもいいか?」

成幸 「へ……? こっちって、だって……――」

あすみ 「――じゃ、失礼しますよ、と」

ポフッ

成幸 「!?」 (ち、近い! 狭い観覧車だから、隣に座られると、すごく近い!)

成幸 (っていうか、もうほとんど密着してるぞこれ!?)

成幸 (何でわざわざこっちに座り直したんだ!?)

あすみ 「………………」 クスッ (成幸のやつ、動揺してるのが手に取るように分かるな)

あすみ (面白い。これだから、成幸をからかうのはやめられない)

あすみ (……つってもこれ、いくら何でも近すぎたかな)

あすみ (隣に座るとこんなに密着することになるとは、思ってなかったな)

成幸 「あ、あの……」

あすみ 「んー? なんだよ、成幸?」

成幸 「えっ……?」

あすみ 「? なんだよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

成幸 「あ、いや……なんでもないです。そ、それより、」

成幸 「どうしてわざわざ俺の隣に座り直したんですか?」

あすみ 「……さて、どうしてだろうな?」

成幸 「わ、わかりませんよ」

あすみ 「じゃあ、教えてやろうかな」

あすみ 「………………」

あすみ (にしし、成幸の奴、目つぶったアタシにドキドキして……――)



成幸 「――……なつかしい、な」



あすみ 「……?」

あすみ 「成幸……?」

成幸 「あっ、すみません。ちょっと昔のことを思い出して」

成幸 「……まだ和樹と葉月が生まれる前、俺が小学生の頃、遊園地に来たときのこと、思い出しちゃって」

成幸 「あのときも、最後にこんな風に妹の水希とふたりで観覧車に乗ったな、なんて」

クスッ

成幸 「すみません。変なこと言いました」

あすみ 「………………」

成幸 「……先輩?」

あすみ 「………………」 (……なんだよ)

あすみ (アタシは結局、妹扱いかよ)

あすみ (ドキドキしてくれてたんじゃないのかよ)

あすみ (……美人って言ってくれたじゃねぇかよ)

あすみ (なのに、お前が思い出すのは、妹との思い出かよ)

あすみ (……なんで)

あすみ (なんでアタシはこんなに、悔しい、って思ってんだろ)

成幸 「先パ――あ、…… “あすみさん”、どうかしましたか?」

あすみ 「……何でもない。お前のことをからかって遊ぼうと思ったけど、やる気もなくなった」

成幸 「へ?」

あすみ 「アタシはどうせ、妹扱いしかされないちんちくりんだしな」

あすみ (美人だって……)

あすみ 「そりゃ、アタシなんかにドキドキするわけもないよな」


あすみ (美人だって、言ってくれたくせに……)


成幸 「……? えっと、あの……あすみさんが何を言ってるのかよく分からないですけど、」

成幸 「こんなこと言うの恥ずかしいですけど、普通にドキドキしてますよ、俺」

あすみ 「へ……?」

成幸 「いや、そこで何でキョトンとするのかよく分からないです。さっきも言ったじゃないですか」


成幸 「“あすみさん” みたいな美人さんがこんなに至近距離にいたら、ドキドキしないわけないでしょうが」


成幸 「……っていうか、妹の話をしたのだって、気を紛らわすためなんですからね」

あすみ 「……そ、そうか」

あすみ (……!? そうか、じゃねーよアタシ!)

あすみ (何をやってるんだ、アタシは。一体何を……)


―――― 『……何でもない。お前のことをからかって遊ぼうと思ったけど、やる気もなくなった』

―――― 『アタシはどうせ、妹扱いしかされないちんちくりんだしな』


あすみ (何を言ってるんだアタシは!?)

あすみ (うわ、なんか思い出したくもないくらい、ただの面倒くさい女じゃねーか)

成幸 「それに、“あすみさん” 、さっきからずっと俺の反応見て遊んでるじゃないですか」

あすみ 「……?」

成幸 「さっきから俺のこと呼び捨てで呼んでるの、俺をからかうためでしょう?」

あすみ 「呼び捨て? アタシが……?」

あすみ 「………………」

成幸 「……先輩? どうしたんです? 何で急にそっぽ向いたんですか?」

あすみ 「……うるせぇ」

成幸 「体調でも悪いんですか? あ、ひょっとして高いところが苦手とか?」

あすみ 「うるせぇ」

成幸 「……ん? 首元が赤いですよ? 熱でもあるんじゃ……」

あすみ 「だから、うるせぇっての。今こっち見るな」

あすみ (こちとら首どころじゃなく顔全体真っ赤なんだよ!!)

あすみ (アタシ、当たり前のように、呼び捨てにしてたのか、こいつのこと……)

あすみ (それに気づいてなかったのか……)

あすみ (ムカつく。ムカつくのに、なんでか、さっきみたいに嫌じゃない)

あすみ (嬉しい、なんて思ってる……それが一番、ムカつく)


―――― 『言っておくがな、あんなに良い青年はこれから探したってそうそう見つかるものじゃない』


あすみ (ああ、ちくしょう。親父のやつ。そんなのわかってるよ)

あすみ (そんなの、アタシが一番、わかってるんだよ)

………………帰路

成幸 (先輩、どうしたんだろ。なんか機嫌が悪いというか、なんというか……)

成幸 (ずっと黙り込んでるし、俺、なんかしちゃったかな……)

成幸 「あ、あの、“あすみさん” ……」

あすみ 「なぁ、“成幸くん”」

成幸 「あ、は、はい!」

あすみ 「名前を呼ぶ練習は今日だけで十分だろ」

あすみ 「もう元に戻していいぞ。また、ウチに来てもらうことがあったら、やってもらうかもしれないけどな」

成幸 「……わかりました。先輩」

あすみ 「おう、後輩」

あすみ 「……今日は付き合わせて悪かったな。お前にも勉強があるのに」

成幸 「そんなの先輩も一緒じゃないですか。それより、滅多に来られない遊園地に来られて、すごく楽しかったですし、」

成幸 「ありがとうございます、 “あすみさん”」

あすみ 「っ……」 プイッ 「お前、戻ってるぞ」

成幸 「へ……? あっ」

カァアアアアア……

成幸 「す、すみません」

あすみ 「べつにいいけど――――」


  「――――仲睦まじそうで何よりだ。嬉しいぞ、あすみ、唯我くん」


あすみ 「!? 親父!? どこから湧いた!? っていうか仕事はどうしたんだよ!」

小美浪父 「診療時間が終わった瞬間に家を出て駆けつけた」

あすみ 「あんた本当にアホなんじゃないか!?」

成幸 「あ、どうも、お父さん。いつもあすみさんにお世話になってます」

小美浪父 (お義父さん!? ああ、息子よ……)

小美浪父 「いやいや、こちらこそ、いつも娘がお世話になっています」

あすみ 「お父さん呼びに悶えんな! ほんと何しに来たんだよあんたは!」

小美浪父 「娘の遊園地デートを観察しに来たに決まってるだろう! 何を言ってるんだお前は!」

あすみ 「なんで逆ギレしてんだよ!」

成幸 「ま、まぁまぁ。お父さんもあすみさんも、抑えて抑えて……」

小美浪父 「いや、しかし、デート本番には間に合わなかったようだが、」

小美浪父 「今の君たちが見られれば来た甲斐があったというものだ」

あすみ 「い、今のって、べつに何もないだろ」

小美浪父 「すばらしい。今の状況が何でもないことなのか」

小美浪父 「君たちは私が想像するよりはるかにラブラブだったようだ……」

あすみ 「だから何の話をしてんだよ!」

小美浪父 「気づいていないのか? それくらい自然なことなのか?」



小美浪父 「父親を前にしても、手を繋ぎ続けていることが」



成幸 「え……?」

あすみ 「へ……?」

成幸&あすみ 「「わぁ!?」」

バッ

成幸 (し、しまった……)

あすみ (デート中、ずっと手をつないでいたから……)

成幸&あすみ ((今も当たり前のように手をつないだままだったー!!))

小美浪父 「照れなくてもいい。若いというのはそういうものだ」

あすみ 「したり顔で変なこと言ってんじゃねー、このバカ親父!」

小美浪父 「こんなことならば声をかけるべきではなかったね。失礼した」

小美浪父 「私はまっすぐ家に帰るよ。邪魔したね」

あすみ (ああ、ちくしょう。言いたい放題言いやがって)

あすみ (まぁいい。早く帰れ)

小美浪父 「あ、そうそう」

ニコッ

小美浪父 「今日は外泊してきてもいいぞ、あすみ」

あすみ 「なっ……」

小美浪父 「ただし、唯我くんはまだ高校生なのだから、しっかりと親御さんの許可をもらってからにすること。いいね?」

あすみ 「何を言ってんだこのバカ親父!」

成幸 「あ、うちは電話をすれば、すぐOKがでると思います」

あすみ 「お前もマジメに答えなくていいよ!」

小美浪父 「では、私は失礼するよ」

あすみ 「……くそ、あの親父、言いたいだけ言ったら本当にいなくなりやがった」

あすみ 「自分の娘のことをなんだと思ってやがるんだあの親父は」

成幸 「ははは、きっとあすみさんのことが心配なんですよ」

あすみ 「そうは見えないけどな。楽しんでるだけだろ」

あすみ 「……この際、本当に外泊してやって、驚かしてやろうかな。なぁ後輩?」

成幸 「かわいそうだからやめてあげてください。あと俺を巻き込まないでください」

成幸 「……さ、行きましょうか」

あすみ 「ん? 何だよ、この小妖精メイドあしゅみぃの同伴デートが足りないのか?」

あすみ 「それとも、まさかあの親父の言葉を真に受けたんじゃないだろうな?」

あすみ 「一緒にお泊まりしてやってもいいが、高いぞ?」

成幸 「何を言ってるんですか。勉強ですよ。ファミレスかどっかでしていきましょうよ」

あすみ 「ああ……」 クスッ 「……ま、お前はそうだよな」

成幸 「へ? 何です?」

あすみ 「何でもない。ほら、行くんだろ、ファミレス。仕方ないから、勉強くらい付き合ってやるよ」

成幸 「はい、ありがとうございます!」

あすみ (……ま、べつに、いいか)

あすみ 「勉強してる方が、アタシたち、って感じだしな」

成幸 「へ……?」

あすみ 「今日も頼りにしてるぜ、“成幸くん”」

成幸 「はい、“あすみさん”!」

おわり

………………幕間 胃痛のタネ

文乃 (……偶然街に買い物に出たら、成幸くんと小美浪先輩が手を繋いで歩いているのを見かけてしまった)

文乃 (明日本人に確認するべきか、それともそんな野暮なことをするべきではないか……)

文乃 (恋人のフリのわりには、仲睦まじそうに見えるし……)

キリキリキリキリ……

文乃 「……胃が痛い」

文乃 (成幸くん、覚えてろ。だよ)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (今度学校で会ったら、絶対、ぶつ)


おわり

>>1です。
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。
感想とっても嬉しいです。

小美浪先輩二回目になってしまいました。
小美浪先輩はこんなにチョロいキャラではないと分かりつつ書きました。
もう少し工夫が必要かと思います。申し訳ないことです。

うるかさんと理珠さんのSSも書いていますが、なかなか難しいです。

また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】理珠 「うどんフェスティバルですか!?」

………………一ノ瀬学園

成幸 「ああ。昨日偶然、駅前でチラシを見つけてさ。今週末らしいぜ」

成幸 「会場の公園、電車で三十分もかからないだろ?」

成幸 「緒方はうどんが大好きだから、教えてやったら喜ぶかなー、なんて……」

理珠 「日本中のうどんが集まる、夢の祭典……すごいです……!」

成幸 「当たり前のように大喜びみたいだな。よかった」

成幸 「そのチラシやるから、行ってこいよ。古橋かうるかでも誘ってさ」

理珠 「あ、でも……文乃は今ダイエット中で、誘うのはためらわれますし……」

理珠 「うるかさんは国体前の練習で週末も空いてないかと……」

成幸 「ん、そうなのか……」

成幸 「じゃあ、週末一緒に行くか?」

理珠 「へ?」

成幸 「息抜きにうどんを楽しんだ後、どこかで勉強して帰ろうぜ」

理珠 「は……は、はい……/// ぜひ、そうしましょう……//」

関城 「緒方理珠ー! すごいものを見つけたわよー!」

バーン!!!!

成幸 「……お前はもう少し静かに登場できないのか、関城」

関城 「あら、唯我成幸もいたのね。ごきげんよう」

関城 「それより、緒方理珠、大変よ! 今週末とんでもないイベントが開催されるの!」

関城 「その名もうどんフェスティバルよ! うどんフェスティバル!」

関城 「あなたうどん大好きでしょ? ぜひ一緒に……って」

ハッ

関城 (緒方理珠がもうチラシを持っている!? ってことは、唯我成幸が……!?)

成幸 (なんだと!? 関城も同じチラシを持ってきたのか!? ってことは……)

関城 (私!)  成幸 (俺!)

関城&成幸 ((とんでもないお邪魔虫をしてしまったのではー!?))

理珠 「あ、関城さん、ちょうどよかったです。今、成幸さんとそのイベントの話をしていて、」

理珠 「週末、成幸さんと一緒に行く予定だったので、関城さんも一緒にどうですか?」

関城 「ごふっ……こ、光栄な申し出だわ。嬉しすぎて吐血しそう……」

関城 「で、でも、あなたは唯我成幸とふたりで行きたいのではないかしら?」

理珠 「? なぜですか?」

成幸 「そ、そうだよな。どっちかといえば、友達の関城と2人で行きたいよな?」

理珠 「? そっちもなぜですか? 私にとってはお二人とも大切な友人ですが」

成幸 (言葉がドストレートだから!)  関城 (その言葉はとてつもなく嬉しいけれど!)

成幸&関城 ((そういうことじゃないーーーーー!!!))

理珠 「……むっ」 プイッ 「なんだか知りませんが、お二人だけで通じ合っている気がします」

理珠 「……もしかして、私は邪魔ですか? 本当は、お二人だけで行きたい、とか」

成幸&関城 「「そんなわけねーだろ!!」 ないわよ!!」

理珠 「そ、そうですか……。なら、いいじゃないですか。三人で行きましょう」

理珠 「楽しみですね、うどんフェスティバル。成幸さん、関城さん」

………………少し後

成幸 「……なんというか、本当にすまん」

関城 「なんであなたが謝るのよ。こちらこそごめんなさいだわ」

関城 「あなたが緒方理珠を誘っていると知っていたら、あんな愚を犯さなかったというのに……」

成幸 「いや、それは俺の方だ。お前も、友達とふたりきりの方がよかっただろ?」

関城 「私はべつに……」

関城 「……というか、当日はふたりきりにしてあげるから、しっかり緒方理珠をエスコートしてあげるのよ?」

成幸 「なんでそんな話になるんだよ。っていうか、前のペンケースの時も思ったけどさ、」

成幸 「なんでお前はいちいち俺と緒方をふたりきりにさせたがるんだ?」

関城 (この男……。鈍いにもほどがあるでしょうに)

関城 (感情の機微にそう敏感でもない私が気づいてることに、どうして気づかないのかしら)

関城 (緒方理珠は、まだ自覚もしていないけれど、あんなに分かりやすいサインを出しているというのに……)

関城 (いっそ、この鈍い男に緒方理珠の気持ちを言ってやれたら、どんなにすっきりするだろうか……)

関城 (……でも、違う。わかってる。それは私がやることじゃない)

関城 (緒方理珠が自分でやることだから)

成幸 「関城?」

関城 「……言わないわ。言えないもの」

成幸 「そうかよ。全然、意味わかんねーけどな」

成幸 「……俺の方こそ、当日は仮病を使うから、緒方とふたりで行ってこいよ」

成幸 「俺は、偶然、流れで一緒に行くことになっただけだから」

成幸 「お前は、緒方を誘うためにわざわざチラシを持ってきたんだろ?」

成幸 「だったら……――」

関城 「――ダメよ。あなたも一緒に来なさい」

関城 「それだけは絶対譲れないわ」

成幸 「……わかった。じゃあ、お前も絶対来いよ。三人で行くんだからな」

関城 「ええ」

成幸 (こうなった以上、仕方ない! 三人で和気藹々とうどんを食べながら、)

関城 (隙を見て、ひとりで抜け出す! そうすれば、ふたりきりにしてあげられる!)

………………物陰

理珠 「……ふたりで楽しそうに、私をのけ者にして」

理珠 「……ずるい、です。きっとふたりでどのうどんを食べるか相談しているんです」

理珠 「私だって、一緒にうどんフェスティバルの話をしたいのに……」

理珠 (そういえば、いつだか、うちで成幸さんと勉強しているとき、)

理珠 (関城さんがすごい勢いで成幸さんに興味を示していることがありましたね)


―――― 『君って どんな女の子がタイプなのかしら……?』

―――― 『や やっぱり恋人とは同じ大学行きたいわよね!?』

―――― 『は 初デートはどこがいいかしら!?』

―――― 『子供は何人欲しい!?』


理珠 (ま、まさか……)

理珠 (私が知らなかっただけで、ふたりは実は、もうお付き合いをしていて……!?)

理珠 (関城さんは、成幸さんがうどんフェスティバルに私を誘ったことを怒っているのでは!?)

理珠 (と、とと、とんでもないことをしてしまいました……)

理珠 (ひょっとして、私はとんでもないお邪魔虫になってしまったのでは!?)

理珠 (というよりは、まるで関城さんと成幸さんの間に入り込む泥棒猫……)

理珠 (浮気相手!? 不倫相手!? 愛人!?!?)

理珠 (ま、まずいです……ど、どうしたら……)

ズキッ

理珠 「ッ……」

理珠 「………………」

理珠 (……なぜ)

理珠 (なぜ、こんなにも胸が締め付けられるのでしょう)

理珠 (なぜ、涙が出そうになっているのでしょう……)

グスッ

理珠 (……なぜ、こんなにも、嫌な気持ちになっているのでしょう)

………………当日 会場の公園

成幸 「………………」

関城 「………………」

成幸 「……何で俺とお前がしっかり時間通りに来て、緒方が来ないんだ?」

関城 「知らないわよ。さっきからメッセージ送ってるけど、返信はないし」

関城 「そっちにも返信はないの?」

成幸 「ないな。ここ数日、なんか浮かない顔してたから心配だったんだが……」

関城 「……一体どうしたのかしら」

ヴヴッ……

関城 「! 緒方理珠から返信だわ!」

関城 「なになに……? “お店の都合で行けなくなりました。すみません”」

関城 「“おふたりだけで楽しんできてください”、って……」

関城 「………………」

成幸 「……えっと、つまり、緒方は来られない?」

関城 「そうみたいね」

成幸 「………………」

関城 「………………」

成幸 「……ん、えっと、どうする?」

関城 「どうするもこうするも、緒方理珠がいないんじゃ、ねぇ?」

成幸 「だよなぁ……」

関城 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……でもまぁ、ボーッとしてても仕方ないし、ちょっと回ってみるか?」

成幸 「せっかく屋台もたくさんあるし、美味しそうだし」

関城 「………………」

関城 「そ、そうね……」

………………物陰

理珠 「………………」

理珠 「ん、動き出しましたよ、文乃」

文乃 「……うん。わたしも見てるからわかるよ、りっちゃん」

文乃 「それはそれとして、どうしてわたしたちはこんな出歯亀みたいなことをしているのかな?」

文乃 「わけわかんないことしてないで、りっちゃんもふたりと合流したらいいじゃない」

理珠 「そんなことできません! さっきも言ったでしょう、文乃!」

理珠 「あのふたりはお付き合いをしているんです! 邪魔はできません!」

文乃 「あー……うん」 (これまたとんでもない勘違いをしちゃったもんだなぁ)

文乃 (どうしたものかなぁ……)

キリキリキリ……

文乃 (胃が痛いなぁ。とりあえず、今度成幸くん、一発ぶつ)

理珠 「私は、ふたりの邪魔をしてしまったんです」

理珠 「ふたりは本当なら、ふたりきりでこのイベントに来たかったはずです」

文乃 (絶対違うと思う)

理珠 「ふたりは私を気遣って、私にも声をかけてくれましたが……」

理珠 「本当はふたりきりがいいはずなんです」

文乃 (ぜっっっっったい違うと思う)

理珠 「だから、私はこうして、せめてもの罪滅ぼしとして、ふたりが楽しくイベントを回れるように、」

理珠 「見守ってあげなければならないのです」

文乃 「……うん。話は分かったけど、どうしてわたしが呼ばれたのかな?」

理珠 「ひとりだと心細かったので」

文乃 「……あ、うん。まぁいいけどね」

文乃 (成幸くん、今度きれいに手刀をキメてやるから覚えてろ、だよ)

………………

関城 「あっ……、あのうどん、緒方理珠が好きそうよね」

成幸 「ん? ああ、正統派のうどんって感じだな。たしかに好きそうだ」

関城 「せっかく来たわけだし、食べてみようかしら」

関城 「写真を撮って送ってあげたら、緒方理珠の奴喜ぶかしら」

成幸 「ああ、そりゃいいな。俺もどれか買って写真送ってやろうかな」

関城 「……よく考えたら、緒方理珠の心境を考えれば、私たちは目一杯楽しまないといけないわね」

成幸 「へ……?」

関城 「だってそうでしょ? 自分が行けなかったから私たちが楽しめなかった、なんてことになったら、」

関城 「緒方理珠はきっと申し訳ない気持ちでいっぱいになるわ」

成幸 「!? それもそうだな。じゃあ、俺たちは今日、目一杯楽しんだ風を装わなければならないのか」

成幸 「そうと決まれば善は急げだ。俺は別のうどんを買ってくるから、またここ集合な」

関城 「わかったわ、唯我成幸。これ以上ないってくらいうどんフェスティバルを楽しんでる写真を撮らなくてはね!」

………………物陰

文乃 「何事か囁きあって別れたね。また集合するみたいだけど……」

理珠 「?」

文乃 「ああ、別々の屋台に並んだよ。それぞれ食べたいうどんを買ってるみたいだね」

理珠 「……それをシェアしたりするのでしょうか」

文乃 「えっ、いや、たぶんあのふたりのことだから、それはないと思うけど……」

理珠 「きっとするんでしょうね」

ズーン

理珠 「何と言ったって、あのふたりは恋人同士なのですから……」

文乃 (自分で言ったことで勝手にへこまないでほしいかな!?)

文乃 (まぁ、でもこれではっきりするかな)

文乃 「あのふたりが恋人同士なんてありえないって。見てれば分かるよ」

理珠 「そうでしょうか……」

………………

成幸 「………………」

関城 「………………」

成幸 「……うどんを目一杯楽しそうに撮るって、どうしたらいいんだ?」

関城 「あなたたち以外まともに友達のいない私に分かるわけがないでしょう」

成幸 「悲しいことを自慢げに言うなよ……」

成幸 「とりあえず普通にうどんだけ撮って送るか。……いや、」

成幸 「関城、うどんの器を持て」

関城 「へ? いいけど……」 スッ

成幸 「で、笑え。良い感じに」

関城 「い、良い感じって……」

パシャッ

成幸 「……ん、まぁいいだろ。これを緒方に送る」

成幸 「ついでに、お前も俺を撮れ。ほら」 スッ

………………物陰

ピロリン

理珠 「……関城さんと成幸さんからメッセージが届きました」

理珠 「写真付きです」

理珠 「今まさにふたりが仲睦まじく撮り合ってたお互いの写真です」

文乃 (……成幸くんほんと今度覚えてろよ、だよ)

理珠 「すごく楽しそうに見えます……。これも見間違いですか、文乃?」

文乃 「いや、それは……」

ピロリン

理珠 「……今度は、食べてる最中の写真です」

理珠 「美味しそうにうどんをすする関城さんと、鶏天にかぶりついてる成幸さんの写真が送られてきました」

理珠 「これは私に送るための写真というよりは、おふたりの思い出を保存するためのものなのではないですか?」

ズーーーーン

理珠 「やっぱり、本当に楽しそうです……」

文乃 (ほんと覚えてろよ成幸くん……) ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

………………

関城 「……ねぇ、唯我成幸」 ズルズルズル……

成幸 「うん?」 ズルズルズル……

関城 「なんかこうしてご飯食べながら写真を撮るって、本当に友達みたいね」

成幸 「なんだいきなり。そりゃ友達なんだから当たり前だろ」

関城 「……え、ええ。そうね」

関城 (……私って、やっぱり面倒くさい人間だわ)

関城 (こうして確認しないと、相手が本当に友達って思ってくれてるか分からないんだから)

成幸 「……緒方の奴、これで俺たちふたりだけでも楽しかったって伝わるかな」

成幸 「でも、あいつのことだから、写真のうどんを店の参考にしたいとか言い出しそうだな」

成幸 「ちゃんと味の記録とかもつけておいてやらないとな」

関城 「ふふ、そうね。あと二、三杯は食べなくちゃいけないわね」

成幸 「そうだな。ゆっくり美味しそうなの食べて回ろうかね」

関城 「………………」 ジーーーッ

成幸 「……? どうかしたか、関城。じっとこっちを見て」

関城 「……うん。唯我成幸、その鶏天美味しそうね。少しちょうだい?」

成幸 「いいけど……。口つけちゃってるぞ?」

関城 「そんなの気にしないわよ。だって私たち友達なんでしょう?」

成幸 (こいつ、友達って言葉を神格化しすぎてないか……?)

成幸 「ほら、取って食べて良いぞ」

関城 「ん、ありがとう。……はむっ……あら、結構美味しいわね」

成幸 「だろ? お前のうどんのスープ、少しもらってもいいか」

関城 「どうぞ。好きなだけ飲んだらいいわ」

成幸 「じゃあお言葉に甘えて、と……」

成幸 「ん、うまいな。でも緒方んちのうどんの方が好みかな」

関城 「奇遇ね。私も同じ事を思っていたわ」

………………

成幸 「ふぅー、美味しかった。でもまだまだ食べられるな」

関城 「量自体はそう多くないし、リーズナブルだものね」

成幸 「次はどんなうどんにするかなぁ。こうやってシェアすれば倍の味が楽しめるな」

関城 「じゃあ、私は今度はあの青森ミルクカレーうどんって奴にしようかしら」

成幸 「ん、じゃあ俺は、山梨ほうとう風うどんにしようかな」

関城 「………………」 (なにかしら。本来の趣旨から外れまくっている気がするけれど)

成幸 (うーん、本当なら緒方を楽しませるために来るつもりだったのに、)

関城&成幸 ((普通に楽しい……))

関城 「あ、せっかくだし空っぽの器も撮っておこうかしら」

成幸 「いいな、それ。じゃあせっかくだし一緒に撮るか」

パシャッ

………………物陰

理珠 「………………」 ズーン

理珠 「……完食後のきれいに空になった器を持ったツーショットが送られてきました」

文乃 「ち、違うよ? きっとふたりは来られなくなっちゃったりっちゃんのためを思って写真を送ってくれてるんだよ」

理珠 「そうでしょうか。でも、このメッセージを見る限りそうは思えません」


―――― 『緒方理珠! うどんフェスティバル、とっても楽しいわ!』

―――― 『あなたがいなくても私たちふたりはとっても楽しめてるから、心配しないでね!』

―――― 『PS.食べ物をシェアするのって楽しいのね! 色んな味が楽しめてオススメよ!』


文乃 「………………」 (ああ、どうしよう……)

シュッシュッ……

文乃 (今度会ったら紗和子ちゃんにもこの必殺の手刀をお見舞いしてしまうかもしれない……)

文乃 (あっ、紗和子ちゃんと成幸くんが別れた。またうどんを買いに行くのかな……?)

文乃 (このままじゃりっちゃんがダークサイドに落ちてしまう。わたしがなんとかしないと……)

文乃 「……りっちゃん、ちょっと待っててくれる? ちょっとお手洗いに行ってくるから」

………………

成幸 「………………」 (……どうしよう、楽しい)

成幸 (受験生ってのもあって、最近まともに遊んでないせいかな……)

成幸 (友達との食べ歩きって、やっぱり楽しいよな。関城って、過激なところもあるけど基本的には常識人だし)

成幸 (たぶん一緒にいて楽ってのもあるんだろうな……)


  「……さて、お話聞かせてもらってもいいかな、成幸くん?」


成幸 「へ……? って、古橋!? なんでここに!?」

文乃 「なんでだろうね? それは正直わたしが一番聞きたいんだけど……」

文乃 「……とりあえず、お話を聞かせてもえるかな?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「ひ、ひょっとして、怒ってる?」

文乃 「ううん、怒ってないよ。これっぽっちも怒ってないよ……」

文乃 「紗和子ちゃんとツーショット写真を撮ったこととか、全然怒ってないよ?」

成幸 「うそつけ! 絶対怒ってるだろ!?」

………………

文乃 「……なるほど。よくわかったよ」

文乃 「つまり、成幸くんと関城さんが楽しそうな写真をりっちゃんに送ったのは、」

文乃 「りっちゃんに対する嫌がらせではなく、りっちゃんのためを思ってのことなんだね」

成幸 「と、当然だろ! 緒方のことだから、お店の都合で来られなくなったことに罪悪感を抱いているだろう?」

成幸 「その罪悪感を少しでも減らしてやろうと、緒方がいなくても楽しくやってるよって写真を送ってたんだよ」

文乃 「うん。わたしもそんなところだろうと思ってはいたけどね」

文乃 「……実はいま、この会場に、りっちゃんが来ています」

成幸 「へ!? 緒方が!? だってあいつ、お店の都合で来られないって……」

文乃 「嘘も方便、のつもりだったんだろうね、りっちゃんとしては」

文乃 「なんでそんな嘘をついたかっていうと、君と紗和子ちゃんに遠慮したからだよ」

成幸 「遠慮?」

文乃 「うん。早い話が、りっちゃんは君と紗和子ちゃんが付き合ってるって勘違いをしているんだよ」

成幸 「は、はぁ!? 俺と関城が付き合ってる!?」

文乃 「勘違いの経緯はともかく、そんな勘違いをしているりっちゃんが、」

文乃 「君たちから送られてくる、とても楽しそうな、ある種ラブラブな写真をどう受け止めたと思う?」

成幸 「か、勘違いに拍車がかかりそうだな……」

文乃 「うん。と、いうことで、お店の用があるっていうりっちゃんのうそは、君たちを思ってのことだから、許してあげてほしいな」

文乃 「その上で、どうにかりっちゃんを君たちと一緒にしてあげられないかな」

文乃 「……りっちゃんはすごく頑なになってて、成幸くんたちの前に姿を現す気はないみたいなんだよ」

成幸 「……うーん、そうだなぁ」

成幸 「………………」

成幸 「……よし。一芝居打とう。関城には俺から説明するから、古橋、お前も協力してくれ」

文乃 「一芝居?」

成幸 「ああ。まずは緒方の勘違いを正すところから始めないとな……」

………………物陰

文乃 「おまたせ、りっちゃん」

理珠 「ああ、文乃。戻ってきてくれたんですね」

理珠 「長いこといなくなってしまったから、私に愛想を尽かして帰ってしまったのかと思いました……」

文乃 「そんなことしないよ。ちょっとトイレが混んでてね、なかなか入れなかったんだ」

文乃 「で、ふたりの様子はどう?」

理珠 「うどんを買ってきて、ふたりで食べています。やっぱり楽しそうです」

文乃 「……本当かなぁ」

理珠 「えっ……?」

文乃 「本当にふたりが仲良しで、ラブラブで、楽しそうかどうか、」

文乃 「もっと近くで見てみない? りっちゃん」

………………

関城 「………………」

成幸 「………………」

ピロリン

成幸 「……!」 ボソッ (……古橋から合図のメッセージが来た。始めるぞ、関城)

関城 (わ、わかったわ)

成幸 「……っあー、やっぱり、お前とふたりだけじゃ、つまらないなー」

関城 「そうねー。やっぱり、緒方理珠がいないと、つまらないわねー」

成幸 (うぅ……こんな説明的な台詞を、大声で言わなきゃいけないのか……)

成幸 (自分で思いついたこととはいえ、恥ずかしすぎる……)

成幸 「緒方がここにいてくれたらなー、きっとうどんももっと美味しくなるだろうになー」

関城 「本当だわー。あーあ、緒方理珠と一緒にうどんを食べたかったわー」

………………物陰

文乃 「……だってさ。聞こえたよね、りっちゃん」

理珠 「わ、私がいないと、つまらない……?」

理珠 「あれは本当ですかね、文乃?」

文乃 「まぎれもない本心だと思うよ?」

理珠 「で、でも、やっぱり、ふたりは私がいなくても楽しそうでしたし……」

理珠 「ツーショット写真を撮るくらいラブラブなふたりが、私を必要とするとはとても……」

文乃 「………………」

プツン

文乃 「……うん。あのね、ちょっと本音で喋らせてもらうよりっちゃん」

理珠 「へ? 文乃?」

文乃 「わたしも、早く、いろんな、うどんを、楽しみ、たいんだよ、りっちゃん」

文乃 「だ・か・ら」

文乃 「さっさとふたりのところ行って謝って仲間に入れてもらってこーい!!」

ドン!!!

理珠 「わっ……わわわっ……」

関城 「緒方理珠!」

成幸 「緒方!」

理珠 (な、何をするのですか文乃ー! 文乃が押したせいで、ふたりの目の前に飛び出してしまいました!)

理珠 (わ、私は、どんな顔をしてこのふたりと顔を合わせれば……)

成幸 「良かった! お店の都合が済んだんだな!」

理珠 「へ……?」

関城 「それでここに来られたのね! 良かったわ!」

理珠 「い、いえ、その……」

成幸 「ほら、緒方。ここ座れよ」

関城 「ここのおうどん、結構美味しいわよ。食べてみて」

理珠 「あ……えっと、あの……」 カァアア…… 「あ、ありがとう、ございます……」

………………物陰

文乃 「……ふぅ。まぁ、変に関係がこじれる前に修復できて良かったよ」

文乃 (……ふふ、でも、こういう言い方したら、三人とも怒るかもしれないけど、)

関城 「ち、ちょっと落ち着いて食べなさい、緒方理珠。うどんは逃げないわよ」

理珠 「はむはむはむ……むぐむぐ……」

成幸 「ダメだ、聞きゃしねぇぞ。俺、水もらってくるから、関城は緒方を見ててやってくれ」

関城 「任されたわ!」

文乃 (……成幸くんがお父さんで、紗和子ちゃんがお母さん。りっちゃんが小さな娘さんみたい)

文乃 「……さて、わたしもいくつかうどん食べて帰ろうかな」

文乃 「あの三人にとっては、わたしは本当にお邪魔虫だろうし……――」

成幸 「――……あ、いたいた! おい、古橋。なんでそんなところで隠れてるんだよ」

文乃 「へ……?」

成幸 「お前も一緒に会場回るだろ? いま関城が緒方のこと見ててくれてるから、一緒にいてやってくれ」

成幸 「お腹が空いてたんだろうな。緒方がすごい勢いでうどんを食べてて手がつけられないんだ」

文乃 「………………」

文乃 「……わたしも、ご一緒してもいいの?」

成幸 「はぁ? 当たり前だろ? っていうか、今日はお前に迷惑かけたみたいだな。すまん」

成幸 「いつもありがとな、古橋師匠」

文乃 「……まぁ、わたしにかかればこれくらいのすれ違い、すぐ解消可能ってもんだよ」

文乃 (……えへへ、そっか)

文乃 (成幸くん、わたしも、誘ってくれるんだ……)

文乃 「……じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒しちゃおうかな」

文乃 「さっきから、メガ盛りMAXスタミナうどんっていうのが気になってるんだよね」

成幸 「……? お前、ダイエット中じゃないのか?」

文乃 「………………」

文乃 「……何か言ったかな? かな? 成幸くん?」 シュッシュッ

成幸 「何も言ってない! 何も言ってないから手刀の素振りをやめろ!」

………………

理珠 「………………」

ズルズルズル……モグモグモグ……ゴックン……

理珠 「……あの、関城さん」

関城 「ん? 何かしら?」

理珠 「じ、実は今日、お店の都合っていうのは、本当は……――」

関城 「――……なんか、気を遣わせちゃったみたいね」

理珠 「……?」

関城 「でも、それ空回りよ。だからこれからは、あんまり自分ひとりで思い詰めない方がいいと、私は思うわよ」

理珠 「……はい。その通りだと思います。今日もいっぱい、迷惑をかけてしまいました」

関城 「でも、私も同じだもの。同じように空回りして、あなたや唯我成幸たちに迷惑をかけてばかりね」

ニコッ

関城 「私たち、似たもの同士ね」

理珠 「……はい。本当に、そう思います」

理珠 「あ、あの、ひとつだけ確認させてください」

関城 「何?」

理珠 「関城さんは、成幸さんのことを、その……好き、だったりは……」

関城 「しないわ。少なくとも異性として意識したことなんて一度もないわ」

理珠 「そ、そうですか……」 ホッ 「よかったです」

関城 「へぇえ……」 ニヤリ 「“よかった” ってどういう意味かしら、緒方理珠?」

理珠 「へぇ!? い、いや、それは……その、べつに、大した意味じゃ……」

関城 「……ま、今はいいわ」

関城 「でも、どうして “よかった” って思ったのかは、しっかりと考えておきなさい」

関城 「いつかきっと、それがあなたにとって、とても大切なものになると思うから」

理珠 「……私にとって、とても大切なもの……」

関城 「いつか、わかるといいわね」

関城 (……そのときに、願わくは。この大親友が、笑っていられますように)

関城 (緒方理珠が、唯我成幸の隣で、幸せそうに、笑っていられますように)

おわり

………………幕間 翌日  なぜ?

文乃 「………………」

ズーン

文乃 「な、なんで体重増えてるの……!?」

文乃 「だって昨日は、スタミナうどんに豚キムチうどん、」

文乃 「かつとじうどんにスペシャルとろろうどん、天ぷらうどん天ぷら全乗せ、」

文乃 「他諸々……しか食べてないのに!」

文乃 「……なぜ???」


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。

理珠さんメインで書くつもりでした。
が、どちらかというと、関城さんメインになってしまいました。
わたしがいかに関城さんが好きか改めて認識した次第です。

また理珠さんメインで書くつもりです。
うるかさんメインもそろそろ投下できると思います。

また投下します。よろしくお願いします。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】うるか 「あたし、がんばるからね。成幸」

………………夏休み後半 武元家

うるか 「………………」

ガリガリガリガリ……

うるか 「……ふー。つかれたー」

うるか (長文読解は本当に苦手だなぁ。見てるだけで頭がガンガンしてくるし)

うるか (でも、今日だけでかなり進んだし、理解も深まった気がする)

うるか 「……えへへ、成幸、褒めてくれるかなぁ」

ポワンポワンポワン…………


『うるか、よくやったな』

『偉いぞ。これはご褒美だよ』

『……ふふ、可愛い奴め』

『なんだ? もっと欲しいのか?』

『じゃあ、この続きは家に帰ってからだな』

『覚悟しておけよ、うるか』

…………ポワンポワンポワン

うるか 「……なんてね! なんてね! なんてね!!」

うるか 「………………」

うるか 「……もう少しがんばったら、もっと褒めてくれるかな」

うるか (すごく眠い、けど……)

うるか (夏の大会も終わったし、国体までまだ時間もあるし……)

うるか (いまのうちに、できるだけがんばらないとだよね)

うるか 「よし、もう一題だけ、がんばろう!」

ピロリン♪

うるか 「ん? メール? ……!?」

うるか (成幸から!?)


『夜中に悪い』

『お願いしたいことがあるんだ』

『今度の週末、ちょっと付き合ってくれないか?』


うるか 「へ……?」

うるか 「………………」

うるか 「……えええぇええええええ!!??」

………………週末 駅前


―――― 『突然わるい。チビどもがプールに行きたいって言い出してさ』

―――― 『折良く母さんが職場で市営プールの優待券をもらってきて』

―――― 『母さんは仕事があるし、水希は部活があるし、俺しか一緒に行ってやれないんだけど』

―――― 『俺、泳げないだろ? もしものとき、チビたちを助けられないからさ』

―――― 『もしうるかが大丈夫なら、一日俺とチビたちに付き合ってくれないか?』

―――― 『泳ぎのスペシャリストのうるかがいれば、俺としては安心できるんだけど……』


うるか 「………………」

うるか (……好きな男子にそんな風にお願いされたら、断れるわけないじゃんねえ)

うるか (っていうか、まぁ、弟妹くんたちはいるにしても、渡りに舟っていうか……)

うるか (カタチはどうであれ、成幸とプールデートってことに変わりはないわけで……)

うるか (海っちと川っちにお願いして、水着選び手伝ってもらったし……)

うるか (な、成幸、この水着見てどう思うかな)

うるか (かわいいとか、きれいとか、え……ええ、えっちとか、思ってくれるかな……)

うるか (なんてねなんてねなんてね!! 何考えてるんだろ、あたし……)


  「あ! おねーちゃんだー!」  「おねーちゃんだー!」


タタタタタ……

ポフッポフッ

うるか 「んあ? おお、弟妹クンズじゃないかー」 ギュッ

和樹 「今日はよろしくな、おねーちゃん!」

葉月 「よろしくね!」

うるか 「うん、よろしくね!」

うるか (ち、小さい成幸を見てるみたいで、カワイイよぅ……)

成幸 「い、いきなり走り出すなよ、お前ら……」

うるか 「あ、成幸。どしたん? フラフラだけど」

成幸 「和樹と葉月が急に走り出すから、追いかけたらな……」

うるか 「運動不足すぎだよー。まったくもー」

成幸 「面目ない……」

うるか (……はぅ~~~~~~~。フラフラな成幸もかわいいよぅ……)

成幸 「待たせて悪かったな。来てくれてありがとう。助かるよ、うるか」

うるか 「う、うん。気にしなくて良いよ。あたしも(成幸と)市営プール行きたかったし」

和樹 「ねーねー、早く早くー」  葉月 「プールいこー! 兄ちゃん、おねーちゃん!」

グイグイ

成幸 「わ、わかったから、引っ張るなよ」

成幸 「悪いな、うるか。今日一日こんな感じになるけど……」

うるか 「全然オッケー! 楽しそうだし問題ないよ!」

うるか 「さ、おチビちゃんたち、プールにレッツゴー!」

和樹&葉月 「「ゴー!」」

………………電車内

和樹 「プール、プール♪」 葉月 「プール、プール♪」

うるか 「ふたりとも楽しそうだねぇ。プールが本当に嬉しいんだ」

和樹 「うん! 市営プールってなかなか行けないからね!」

葉月 「スライダー乗れるかなぁ……楽しみ……」

成幸 「……この前話しただろ? うち、親父がいないからさ」 コソッ

成幸 「和樹も葉月も、プールってあんまり行ったことがないんだよ」

うるか 「ああ、そっか……」

グッ

うるか 「じゃあ、今日は目一杯楽しませてあげなくちゃね!」

成幸 「……ああ。ありがとな、うるか」

うるか 「うん!」

………………市営プール 入り口

成幸 「じゃあ、葉月の着替え、頼むな」

成幸 「たぶん俺たちの方が先に着替え終わってると思うから、入り口付近で待ってるから」

うるか 「うん、わかった! じゃあ行こうか、葉月ちゃん」

葉月 「うん!」


………………更衣室

うるか 「お着替えひとりでできる?」

葉月 「うん、大丈夫よ! うんしょ、うんしょ……」

ヌギヌギ……

うるか (大丈夫そうかな。じゃあ、あたしも早く着替えて、と……)

うるか 「………………」

ドキドキドキドキ……

うるか (普段、競泳水着しか着てないから、こういう水着を自分が着るんだって思うと……)

うるか (やっぱりちょっと緊張するな……)

葉月 「おねーちゃん?」

うるか 「へ……? あ、ごめんごめん、お姉ちゃんもすぐ着替えるね」

うるか (でも、海っちと川っちに付き合ってもらったし……)

うるか (成幸に見せるため、成幸にみせるため、成幸に見てもらうため……)

スルスルスル…………

うるか 「ん……。ん?」

うるか (……しまった。普段、競泳水着しか着ないから、想定してなかったけど、)

うるか (背中のヒモを結ぶタイプの水着、む、結ぶの、ちょっと難しい……)

うるか (試着の時は川っちに結んでもらったから気づかなかったけど……)

うるか (まずい)

葉月 「? おねーちゃん、ひも、うまく結べないの?」

葉月 「結んであげようか?」

うるか 「本当に? じゃあお願いしようかな……」

キュッキュッ……ムギュッ

葉月 「結べたわよ~」

うるか 「ありがとう、葉月ちゃん」

葉月 「………………」

フムフムフム……

うるか 「葉月ちゃん?」

葉月 「おっぱいもおしりも大きくて、日焼けも健康的ね。体力もあるし……」

葉月 「兄ちゃんが料理も上手って言ってたし、すごく理想的なお嫁さんだわ」

うるか 「へ? へ? へ?」

葉月 「おねーちゃん、兄ちゃんのお嫁に来ない?」

うるか 「なっ、なななな、何を言ってるのかなー!?」

うるか 「ほ、ほら、成幸も和樹くんも待ってるだろうし、行くよ、葉月ちゃん」

葉月 「はーい」

うるか (成幸のお嫁さん……) カァアアア…… (望むところだけど、まだ早いよぅ……///)

………………

うるか 「おーい、成幸ー、和樹くーん」

葉月 「兄ちゃーん」

成幸 「お、着替え終わったのか。意外と早かったな……って……」

成幸 「!?」

うるか 「成幸……? どしたん? 目逸らしちゃって……」

うるか (こ、これは、間違いない……!)

うるか (効いてる!!)

成幸 「い、いや、なんでも、ない……ことも、ない、けど……」

成幸 「い、いつもの水着じゃないから、びっくりして……。いや、当たり前か、あはは……」

和樹 「兄ちゃん?」  葉月 「顔真っ赤ね。大丈夫?」

成幸 「だ、大丈夫だよ。さ、混雑する前に、ビニールシート敷いて場所取りしに行くぞ」

成幸 (び、ビキニ、っていうのかな、ああいう水着……)

成幸 (先輩の水着姿はこの前見たけど……うるかのこういう水着姿って、なんていうか……)


―――― 『ほー 緒方や武元くらいないと物足りないってか?』


成幸 (なまじ中学の頃から知ってるだけに、余計になまめかしいというか……)

成幸 (やっぱり、先輩より肉付きがよくて、大きいというか……)

成幸 (!? って俺は何を考えてるんだ!? 和樹と葉月のために一日潰してくれてるうるかに、)

成幸 (俺はなんてヨコシマでひどいことを考えてるんだ……!)

うるか 「……成幸? 大丈夫?」

成幸 「お、おう、大丈夫大丈夫。な、何も問題ないぞ。水着似合ってるぞ、うるか。可愛いぞ。きれいだ」

うるか 「ふぇっ……!?」

成幸 「……!?」

成幸 (勢いよく口から勝手に言葉が飛び出したー!)

成幸 (場合によってはセクハラになりかねん! 早く訂正を……!)

成幸 「い、いや、その……今のは……――」

うるか 「――嬉しい」

成幸 「え?」

うるか 「すごく嬉しいよ、成幸。ありがと……」

成幸 「あ、ああ。ど、どういたし、まして……」

うるか 「えへへ……///」

うるか (……がんばってこの水着にしてよかった~~~! 海っち川っちありがとー!!)

葉月 「ねぇねぇ」 コソッ

和樹 「ああ」

葉月 「うるかおねーちゃんは、嫁の最有力候補、と……」 メモメモ

和樹 「ぜってー兄ちゃんのこと好きだぜ、あれ」

葉月 「問題は、それでも気づかない兄ちゃんの鈍さなのよね~」

………………子ども用プール

パシャパシャパシャ

和樹 「冷たくてきもちーなー!」

葉月 「えへへ、お風呂よりひろわー!」

うるか (まだふたりとも小さいもんね。子どもプールくらいしか入れないよね)

成幸 「悪いな、うるか。泳げるお前にはフラストレーションがたまるかもしれないけど……」

うるか 「ううん、全然。むしろ、泳ぐことも勉強も忘れられてボーッとしてられるよ」

うるか 「にひひ。それに、成幸じゃこの浅いプールでも溺れちゃうかもしれないしね」

成幸 「ああ。その可能性は十分にあると思う」 ゴクリ

うるか (じ、冗談のつもりだったんだけどな……)

葉月 「兄ちゃん、兄ちゃん」

成幸 「うん?」

バシャッ

成幸 「ぶわっ……、み、水……?」

和樹 「えへへ、兄ちゃん、スキありだぜ!」

成幸 「お前たち~~、やったなー!」

葉月 「きゃー、兄ちゃんが追いかけてくるわー!」

バシャバシャ……キャッキャッ……

うるか 「………………」

クスッ

うるか 「……楽しそう。あたしまで楽しい気分になってくるよ」

うるか 「こちらこそ、一緒に来させてくれてありがとう、だよ」


―――― 『……ちょうど武元に出会った頃 中学の入学式の数日前だったかな』

―――― 『親父が死んだんだ』


うるか 「………………」

うるか (ああやって、お父さんの代わりみたいなことを、ずっとしてきたんだよね)

うるか (……成幸はすごいなぁ。なんか、すごく申し訳ない気持ちになってきたよ)

うるか (あたし、成幸と一緒にプールに行けるって、浮かれて、はしゃいで……)

うるか (あたしは、学校も水泳も、好きに選ばせてもらって……)

うるか (がんばれることだけがんばって、今までフツーに生きてきたんだ)

うるか (そんな間もずっと、きっと、成幸はこうやって……)

うるか (誰かのためにがんばってきたんだろうな)

うるか (それに引き換え、あたしは……――)


  「――うるか」


うるか 「へっ……?」

バシャッ

うるか 「わひゃっ、冷たっ……」

成幸 「何ボーッとしてるんだよ、らしくもない」

成幸 「一緒に遊ぼうぜ」

うるか 「………………」 クスッ 「……よーし、やったなー、成幸ぃー!」

うるか 「うるかちゃんに喧嘩をふっかけたこと、後悔させてやるぜー!」

バシャバシャバシャバシャ

成幸 「うおっ!? さ、さすがは武元うるか、すごい水量だ……!」

葉月 「兄ちゃん兄ちゃん、このままじゃ負けちゃうわ」

和樹 「よーし、じゃあおれは強い方につくぜー!」

成幸 「そこで裏切るのかお前は!?」

葉月 「じゃあわたしもうるかおねーちゃんにつくわ」

成幸 「葉月まで!?」

バッシャァアーーン

成幸 「ごふっ……!?」

ブクブクブク……

うるか 「……成幸!? 子ども用の浅いプールで本当に溺れてる!?」

………………木陰

成幸 「うぅ……やっぱり、水は苦手だ……」

うるか 「ご、ごめん、成幸。ちょっとやり過ぎちゃった……」

葉月 「気にしなくていいのよー、うるかおねーちゃん」

和樹 「逆に、どうやったらあんなに浅いプールで溺れられるのか知りたいぜ」

成幸 「まったく、面目ない……」

成幸 「すまん、うるか。俺は少しここで休んでるから、チビどもをお願いしてもいいか?」

うるか 「それはいいけど、成幸はひとりで大丈夫?」

成幸 「ああ、俺のことは気にしなくていい。悪いけど、頼めるか?」

うるか 「もちろん。そのために今日はここに来てるんだから」

うるか 「じゃ、葉月ちゃん、和樹くん、いこっか!」

和樹&葉月 「「うん!」」

………………

トコトコトコ……

葉月 「あのね、うるかおねーちゃん」

うるか 「うん?」

葉月 「兄ちゃんね、あんな風に情けなくて、弱っちいところもあるけど、」

葉月 「それでもね、すごく格好いいところもあるのよ」

葉月 「だから、ああいうところを見ても、幻滅しないでほしいな、って……」

うるか 「……うん。大丈夫。そんなのわかってるって」

うるか 「あたしは成幸と中学生の頃からの付き合いだからね」

うるか 「あたしだって、いつも成幸のお世話になってるんだから」

和樹 「……うむ」 コソッ

葉月 「これはもう、うるかおねーちゃんが嫁に来たら全部解決なんじゃないかしら」 コソッ

和樹 「あとは、水希姉ちゃんがどういう反応をするかだな」

和樹 「もしうるかおねーちゃんの方がお料理が上手だったりしたら、」

葉月 「荒れるわね。間違いなく」

うるか 「……?」 (何をコソコソ話してるんだろう……?)

うるか 「ん? あっ……」


『浮き輪、レンタルできます』


うるか 「………………」

和樹 「おねーちゃん?」

うるか 「ねえ、和樹くん、葉月ちゃん、少しだけ深いプール、行ってみよっか」

葉月 「?」

うるか 「あ、おじさーん、子ども用の浮き輪ふたつ貸してー!」

………………流れるプール

葉月 「わ、わわ……」

和樹 「足がつかない……!」

うるか 「大丈夫だいじょーぶ。浮き輪があるから沈まないからね」

うるか 「それに、いざとなったらうるかお姉ちゃんがついてるよ」

葉月 「うん……」

プカプカプカ……

和樹 「すげぇ。プールが川みたいに流れてる……」

うるか (人がたくさんいるから、ぶつからないように気をつけないと……)

うるか (それに、万が一のこともあるから、絶対ふたりから目を離さないように……)

うるか (……きっと、成幸はずっと、こうやってこのふたりの面倒を見てきたんだろうな)

葉月 「足つかなくても怖くないわね」

和樹 「うん! うるかおねーちゃんがいるもんな」

うるか 「にひひ、嬉しいこと言ってくれるじゃないのー」

うるか 「じゃあ、ちょっとだけスピードアップするよ。しっかり浮き輪につかまって」

和樹&葉月 「「?」」

うるか 「それー!」

葉月 「きゃーっ、すごい勢いだわー!」

和樹 「すげー! もっともっとー!」

うるか (ふたり同時に浮き輪を押すって、結構疲れるんだね……)

うるか (ん……少し前が空いた。これなら……)

うるか 「よーし、しっかりつかまってるんだよー!」

うるか 「少しだけ、このうるかちゃんの本気を見せてあげようかなー!」

ザブン……ビュン!!!

葉月 「ひゃっ……!」

和樹 「うおー!? めちゃくちゃ速い!?」

うるか 「えへへ、そうだろうそうだろう? これがうるかちゃんの泳ぎの力だー!」

バシャバシャバシャ……

うるか (って言っても、顔は出したままだし、周りの迷惑になっちゃうからちょっと足動かしてるだけだけど)

うるか (でも、ふたりとも楽しそうでよかった……)

ハラリ……

うるか 「ん……?」

うるか 「!?」 (こ、このそこはかとない開放感は……)

うるか 「………………」

うるか (やっぱりトップスがない!? え、うそ……どこ……? 流された……!?)

葉月 「おねーちゃん?」 和樹 「どうかしたの?」

うるか 「う、ううん。なんでもないよ」

うるか (まずい! 浮き輪を持っていないとふたりが流されちゃう!)

うるか (胸を手で隠すこともできないし、肩まで水に浸かって誤魔化すしかない……)

うるか (水着を探すどころの話じゃない。とりあえず、ふたりをプールサイドに上げて……)

うるか 「……ふたりとも、ちょっと一回、プールを上がろうか」

葉月 「? まだ入ったばっかりよ?」

和樹 「もう少し入ってたいなぁ……」

うるか 「うっ……」

うるか (……まぁ、そうだよね)

うるか 「………………」


―――― 『……この前話しただろ? うち、親父がいないからさ』

―――― 『和樹も葉月も、プールってあんまり行ったことがないんだよ』

―――― 『じゃあ、今日は目一杯楽しませてあげなくちゃね!』


うるか (……成幸にふたりをお願いされてるんだ。だったら、あたしは、)

うるか (水着の上がないくらいで、泣き言なんか言ってられないよ!)

うるか 「よーし、じゃあもう何周かしちゃおうかー!」

うるか (回ってれば、きっと水着も見つかるだろうし……)

葉月 「わーい! するわするわー!」

和樹 「おねーちゃん、おねーちゃん、またバシャバシャって速いのやってよー!」

うるか 「よしきた。じゃあ、人がいなくなって、前が開けたら……それ!」

バシャバシャバシャ

葉月 「きゃー」 和樹 「わーい!」

うるか (大丈夫。大丈夫。水に肩まで浸かってれば、きっと誰にもバレない……)

うるか 「………………」

うるか (バレてない、よね……?)

………………

葉月 「お水つめたーい」 ポー

和樹 「太陽あったかーい」 ポー

うるか (……しばらく流れるプールを周回したけど、ふたりとも疲れてきてる感じかな)

うるか 「そろそろプール上がろうか? ふたりとも疲れてるみたいだし」

葉月 「うん、上がるわ」  和樹 「ノドも乾いてきたしなー」

うるか 「……!?」

うるか (そうだ。このふたりはまだ小さな幼児だ)

うるか (幼児がノドの乾きを訴えるって、熱中症一歩手前だって救急救命(※)の講習で言ってたっけ……)

うるか (ど、どど、どうしよう。プールサイドにふたりを上げれば、当面の危険はないけど、)

うるか (このまま水分を取らせられなかったら、最悪、熱中症に……)

うるか (かといって、この人混みでふたりだけで成幸のところに行かせるわけにはいかないし……)


>>1の経験則ですが水泳部はソレ系の講習を受けることがままあります。

うるか 「………………」

うるか (こうなったらもう仕方ないよね)

うるか (恥ずかしいけど、ふたりの安全には代えられないモン)

うるか (あたしが恥ずかしい思いをする程度で済むなら、それでいい)

うるか (み、見られて減るもんじゃないし! べつに、いいし……)

葉月 「……おねーちゃん?」

うるか 「あっ……ご、ごめんごめん。じゃあ、行こうか……――」


  「――……そんな格好でどこ行くってんだよ、うるか」


うるか 「へ……? 成幸!?」

和樹 「兄ちゃん!」

成幸 「悪い。てっきり子ども用プールにいると思ってたから、探すのに手間取った」

成幸 「ずっとひとりでチビたちのお守りをさせて悪かったな」

成幸 「ほら、和樹、葉月。プールから上がるぞー!」

ザバァ

成幸 「ほら、飲み物。ふたりとも、これ飲んでそこで少し待ってろよ」

葉月&和樹 「「はーい!!」」

成幸 「……ってことで、」

ザブン

成幸 「うおお……足がつくって分かってても、水流があるから少し怖いな……」

成幸 「っていうか、一度でも足を滑らせたら俺は溺れるからそこんとこよろしく」

うるか 「じゃあなんでプールに入ってきたの!?」

成幸 「……これに決まってるだろ」 コソッ

うるか 「これって……あ、あたしの水着!?」

成幸 「お、大きな声出すなよ。俺だって恥ずかしいんだから……」

成幸 「さっきお前たちを探してるときに、偶然排水溝にひっかかってるのを見かけたんだよ」

成幸 「お前の水着に見えたから、もしかして、と思って持ってきたんだ」

成幸 「違ったら落とし物センターに届けようと思ってたけど……」

カァアアアア……

成幸 「その様子じゃ、本当にお前のみたいだな……」

うるか 「……!? な、成幸のえっち! こっち、見ないでよ……」

成幸 「見てねえよ。それより、早く受け取れよ、水着」

うるか 「う、うん……」

うるか 「ありがと、成幸……」

成幸 「いや……」 カァアアアア…… 「い、いいから、早くつけろよ」

うるか 「うん……」

スルスルスル……

うるか 「……ねえ、成幸」

成幸 「うん?」

うるか 「水の中だし、あんまり後ろで結ぶのも慣れてないからさ、」

うるか 「背中のヒモ、結んで?」

成幸 「!? い、いや、それは、ちょっと……」

うるか 「……じゃあ水着つけないままプールから上がれって言うの?」

成幸 「わ、わかったよ! 結ぶよ!」

うるか 「ひゃうっ……」

うるか (な、成幸の手が、背中に……///)

成幸 「ん……こんな感じでいいのか……? こう、っと……」

うるか 「ひゃんっ」

成幸 「へ、変な声出すなよ!」

うるか 「だ、だって、成幸が背中をまさぐるから……」

成幸 「仕方ないだろ! 見ないようにして結んでるんだから!」

成幸 「……よし。これでいいだろ。大丈夫そうか?」

うるか 「……うん。大丈夫。ちゃんと結べたみたいだよ」

うるか 「……ありがと、成幸」

成幸 「……いや、礼を言うのはこっちだよ。うるか。それに、謝らないとな」

成幸 「お前ひとりにあのふたりの世話を押しつけるようになってしまって、本当にごめん。悪かった」

うるか 「い、いいよいいよ。あたしも楽しかったし、」

うるか 「それに、あたしが勝手に浮き輪を借りて、流れるプールに入ったのが悪かったし……」

うるか 「成幸に一言いってからにすればよかったね。ごめんね」

成幸 「いや……それは大丈夫だよ。お前が責任持ってふたりを見ててくれたからさ、」

和樹 「めちゃくちゃ楽しかったなー!」 葉月 「ねー! またおねーちゃんにバシャバシャしてもらいたいわねー!」

成幸 「あのふたりは、安全に楽しく遊ぶことができたんだろうしさ」

成幸 「それに、お前、あのふたりのために、水着の上がないままプールから上がろうとしただろ」

うるか 「そ、それは……だって、ふたりに水分を摂らせなきゃって思ったから……」

成幸 「そこまでやってくれてさ、文句なんか言うわけないだろ。だから、本当にありがとう」

成幸 「あのふたりのお姉ちゃん代わりをしてくれて、本当に、本当にありがとう、うるか」

うるか 「うっ……」 ドキッ 「そ、そんな、お礼なんかいいよ……。あたしも、楽しかったから……////」

うるか (うぅ……。嬉しいなぁ。成幸に……大好きな男の子に、ここまで言ってもらえるなんて……)

うるか (嬉しいなぁ……)

………………帰路 電車内

葉月 「………………」 zzzzz……

和樹 「………………」 zzzzz……

成幸 (嬉しそうな顔しちまってまぁ……)

成幸 (幸せそうな寝顔だ。まぁ、今日一日目一杯遊んだからな。眠くもなるよな)

成幸 「ふぁーあ、俺も眠いや……」

うるか 「……いいよ。寝ても」

成幸 「ん……?」

うるか 「あたし、水泳部で鍛えてるからさ。駅についたら起こしてあげる」

うるか 「だから、寝てなよ。成幸も慣れないプールで疲れたでしょ?」

成幸 「あー……」

成幸 「……じゃあ、お願いしてもいいか?」

うるか 「うん。あたしは気にせず、ゆっくり寝たらいいよ」

………………

成幸 「………………」 zzzz……

うるか 「……成幸?」 ボソッ 「寝ちゃった……? かな」

うるか (さ、さすがに人もいるし……恥ずかしいけど……)


―――― 『ちょっとしたゲームみたいな感じで……姉弟ごっこを少々……』


うるか 「……文乃っちが、お姉ちゃん役をやったなら、あたしだって」

うるか 「少しくらい、いいよね……」

ドキドキドキ……

うるか 「………………」

ナデナデナデ

うるか 「……いつもがんばってて偉いね、成幸」

うるか 「今くらいは、うるかお姉ちゃんに甘えても、いいんだよ……?」

ポフッ

うるか 「……うん。うるかお姉ちゃんの肩を貸してあげるから、ゆっくりおやすみ。成幸」

うるか 「………………」

うるか (……あたし、もっと勉強がんばらないと)

ゴソッ

うるか (あたしは、だって、成幸よりはるかに恵まれた環境にあるから)

うるか (あたしは、水泳だけがんばっていればいいなんて、そんなわけないんだ)

うるか (何もかもに一生懸命な成幸の隣に立つつもりなら、)

うるか (ううん。奥さんとして、成幸の傍にい続けるつもりなら、)

うるか (あたしは、もっともっとがんばらないと。甘えてなんかいられないんだ)

ペラッ……ペラッ……

うるか 「……待っててね、成幸」

うるか 「あたし、がんばるから」

うるか 「いつか、成幸の隣で、成幸のことを支えてあげられるように」

うるか 「あたし、がんばるからね。成幸」


おわり

………………幕間

水希 「……!?」

ピキューン

水希 「……今、誰かがお兄ちゃんの奥さんになる決意を固めた気がする!」

花枝 「部活から帰ってきてすぐ何言ってんのあんた」

花枝 「あたしも仕事で疲れてるんだから勘弁してね」

水希 「……!?」

ピキューン

水希 「またひとり、お兄ちゃんの“お姉ちゃん”を自称する女が現れた気がする!」

花枝 「うんうん。お母さんはあんたの将来がただただ心配だわー」



おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>308の※は余計かとも思いましたが一応つけました。
物語をもう少し工夫できれば必要ないものだと思います。申し訳ないことです。

うるかさんの話も無事投下できたので、これでメインヒロインは一通り書いたかなと思います。
(理珠さんの話はやや関城さんに浸食されていたので微妙かもしれません)。
また思いついた話を書き上げられた順番で適当に投下していこうと思いますので、よろしくお願いします。

また折を見て投下します。見てくれたら嬉しいです。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】成幸 「愛してます」

………………一ノ瀬学園 職員室 昼休み 「愛してるゲーム」 直後

真冬 「………………」

真冬 (……一体何だというの)

真冬 (唯我くんは一体なぜあんなことを言ったというの)


―――― 『えっと……あ……あぅ……』

―――― 『愛してます……』


真冬 「ッ……」

ガツン……!!!!

鈴木先生 「!? き、桐須先生……?」

佐藤先生 「急に頭を机に打ち付けて、大丈夫ですか?」

真冬 「え、ええ。全く問題ありません」

真冬 「文部科学省学習指導要領改訂の第四次答申について考えていたら、つい熱が入ってしまって」

真冬 「お騒がせしてしまい、申し訳ありません」

鈴木先生 「さ、さすがは桐須先生……」

佐藤先生 「新しい学習指導要領への対応もばっちりというわけですね……!」

真冬 「……ふぅ」 (なんとかごまかせたわね)

真冬 (まったく、唯我くんは、何をバカなことを……)


―――― 『愛してます……』


真冬 「ぐっ……」

ガツン……!!!!!!!!

鈴木先生 「今度はすごい勢いで後頭部を壁に打ち付けましたけど!?」

佐藤先生 「大丈夫ですか!?」

真冬 「え、ええ。まったくもって、問題ありません」

真冬 (……唯我くん。どうして君の発言で私がこんなに心を乱されなければならないのかしら)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

佐藤先生 (す、鈴木先生、桐須先生が静かに怒りを燃やしているぞ!) コソッ

鈴木先生 (きっと世界史の学習指導要領改訂の答申が気にくわなかったんですね!) コソッ

佐藤先生 (俺たちもしっかりと目を通さねば! 文科省の資料!)

鈴木先生 (っス!)

真冬 「………………」

真冬 (平常心。平常心よ、真冬。幸い私は午後、授業がない)

真冬 (放課後に唯我くんを指導するまでには、時間的余裕があるわ)

真冬 (それまでに彼の意図と、彼をどのように教え導くべきか、考える時間はたっぷりある)

真冬 (……待っていなさい唯我くん。君を、教師としてしっかりと指導してあげるわ)


―――― 『愛してます……』


真冬 「ふんっ……!!!」

ガツン……!!!!!!

佐藤先生 「こ、今度は拳を壁に叩きつけたぞ!?」

鈴木先生 「よっぽど腹に据えかねることがあったんですね!」

………………五時間目授業中 職員室

真冬 「……はぁ」

真冬 (意気込んだはいいものの、具体的にどうしたらいいのか全くわからないわ)

真冬 (彼がどういう意図であんなことを言ったのか、冷静に分析する必要があるわね)

真冬 (……ひょっとしたら、愛という言葉には、私が知らないだけで、)

真冬 (若者特有のスラングのようなものが含まれている可能性があるわね)

カタカタカタ……

真冬 (……ネットで調べても、特に、そういったことは見つからないわね)

真冬 (愛。国語辞書で改めて調べる……必要はないわね)

真冬 (……もしも)

真冬 (もしもよ)

真冬 (もしも、唯我くんが、さっきの言葉を本気で言っていたとしたら……)

真冬 (……私は本当に、どう指導したらいいというの!?)

………………廊下

真冬 (生徒とはいえ、男性から好意を向けられたときにどうしたらいいかなんて……)

真冬 (……ダメよ。私に分かるわけがないわ)

真冬 (……どうしたらいいかしら。誰かに相談すべきかしら)

真冬 (学園長……却下。その他の男性教諭……却下)

真冬 (ならば……女性教諭しかないけれど……)

真冬 (………………)

真冬 (……“あの人” は空いてるかしら)

真冬 (体育科教官室、行ってみようかしら……)

………………体育科教官室

真冬 「失礼します」

? 「ん……? ああ、桐須先生。こっちに来るなんて珍しい」

? 「またなんか提出してない書類でもあった? だとしたら悪いね」

真冬 「……いえ、そういうわけではないのですが、」

真冬 「ちょっと、先生にご相談したいことがあるのですが……」

真冬 「少しよろしいでしょうか、滝沢先生」

滝沢先生 「ん、私に相談? 桐須先生が?」

滝沢先生 「珍しいことがあるもんだね。明日は雨かな」

真冬 「そ、そんなに言うほどですか……?」

滝沢先生 「冗談、じょーだん。ごめんね。でも、あんまり人に相談するタイプじゃないと思ってたから意外でさ」

滝沢先生 「幸い他の先生は授業で出払ってるし、」

滝沢先生 「テキトーに座んなよ。お茶でもいれるからさ」

………………

滝沢先生 「……で? 相談ってなんだい?」

滝沢先生 「わざわざ私のところに来るってことは、あんまり男性教諭に聞かれたくないようなことだろうけど」

真冬 「え、ええ。まぁ、そうなのですが……」

真冬 「……今から話す内容を、ご内密に願えますか?」

滝沢先生 「私はそんなにお喋りじゃないよ。桐須先生が口外してほしくないことは誰にも言わない。約束するよ」

真冬 「はい……。では、言いますが……」

真冬 「……あの、その……男子生徒に、ですね……」

滝沢先生 「うん」

真冬 「……先ほど、その……『愛してる』という旨の言葉を、かけられてしまって……」

滝沢先生 「………………」

真冬 「それで、その……どうしたらいいか、考えあぐねてしまって……」

真冬 「先生にこうして、相談に乗ってもらえればと思いまして……」

滝沢先生 「……驚いた」

真冬 「え、ええ。私も驚いてしまって、どうしたらいいかわからなくて……」

滝沢先生 「いやいや、そこに驚いたんじゃなくてさ……」

真冬 「えっ……?」

滝沢先生 「勝手なイメージだけど、桐須先生が男子からそんなこと言われたら、」

滝沢先生 「一瞬で一刀両断にしそうだと思ったからさ」

滝沢先生 「そんな風に顔を真っ赤にして言葉を詰まらせてるとさ、」

滝沢先生 「……ギャップっていうのかな。すごく可愛く見えて驚いたんだよ」

真冬 「か、かわ……っ!? っていうか、顔を赤くしてなんか……――」

滝沢先生 「――……ほい、手鏡」 スッ

真冬 「や、やめてください!」

滝沢先生 「ははっ、ごめんごめん。でも、うちの武元並にかわいいよ、桐須先生」

真冬 「それは教員としては嬉しくありません!」

滝沢先生 「……にしても、愛してる、ねぇ」

滝沢先生 「桐須先生にそんなことを言う度胸がある男子生徒だったら、受け入れてもいい気がするね」

真冬 「何を言ってるんですか! 教師としてそんなことはありえません!」

滝沢先生 「ま、そりゃそうだ」

滝沢先生 「……私も昔はそんな経験あったけどね」

滝沢先生 「当たり前だけど、何人か振ってやったよ」

真冬 「や、やはり。滝沢先生も同じような経験をされているのですね!」

滝沢先生 「というか、桐須先生みたいな美人が、今までそういうことがなかったのが逆に不思議だけど」

滝沢先生 「高校生ってのは微妙なお年頃でね。ちょっとしたことで惚れたなんだで忙しいもんだよ」

滝沢先生 「桐須先生みたいにきれいな年上に憧れてる男子は多いだろうね」

真冬 「わ、私はそんな、生徒が憧れるような存在では……」

滝沢先生 「先生がどうでも、生徒は勝手に憧れるんだよ」

滝沢先生 「……ま、仕方ないことさ」

真冬 「私はどうしたらいいのでしょうか」

滝沢先生 「断るしかないだろう。もちろん、断らなくてもいいけど、教師としてはオススメできない」

真冬 「どうやって断ったらいいか、教えていただけたら……」

滝沢先生 「それはできないね。だって、私は桐須先生がどこの誰に告白されたのか知らないし、」

滝沢先生 「知ってたとしても、その生徒との関係性を知らない。だから、断り方なんて分からない」

真冬 「うっ……」

滝沢先生 「生徒は人間だよ。その人間と相対するとき、誰に対しても同じような指導はできないだろう?」

滝沢先生 「……というか、しちゃいけないんだ」

滝沢先生 「だから、それは、その生徒との関係性を考えて、適切と思える断り方をするしかないんだ」

滝沢先生 「……告白された、桐須先生自身がね」

滝沢先生 「桐須先生が自分で考えた言葉なら、生徒は受け入れてくれるさ」

真冬 「そうでしょうか……」

滝沢先生 「……もし、桐須先生が、その相手をできる限り傷つけないようにしたいと考えているなら、それは難しいよ」

真冬 「えっ……」

滝沢先生 「断るってのは、傷つけるってことだよ。“傷つけたくない” ってのは、“傷つきたくない” ってことさ」

滝沢先生 「気を持たせるようなことは言わず、すっぱりさっぱり、振ってやるしかないさ」

真冬 (“傷つけたくない” ……そう。私は、たしかに、唯我くんに対してそういう気持ちを持っている)

真冬 (できることなら、傷つけたくない。彼が、すごく良い子であるということを、私は知っているから)

真冬 (でも、傷つけない答えは、言えない。傷つけないように断ることは、できない……)

真冬 (なら、私は……)

真冬 「……そう。そうですね」

真冬 「ありがとうございます、滝沢先生。少し気が楽になりました」

滝沢先生 「そう? そりゃ何よりだ」

滝沢先生 「大変だと思うけど、がんばんなね、桐須先生」

真冬 「……はい」

………………放課後 生徒指導室

真冬 「………………」

ドキドキドキ……

真冬 (……大丈夫。大丈夫よ真冬。だって何回もシミュレートをしたもの)

真冬 (何回もシミュレートをして、簡単に、それこそただ断るだけというのが最適解だと分かったもの)

真冬 (だから、余計な言葉や、フォローはなし。いつも通り、スパッと言うことだけ言えばいい)

真冬 (唯我くんだからって特別扱いしてはいけない。唯我くんに適するカタチで、断ってあげればいいだけ)

真冬 (……大丈夫)

ドキドキドキ……

……コンコン

真冬 「!?」 (き、来たわね……)

真冬 「入りなさい」

成幸 「し、失礼します……」

真冬 「座りなさい」

成幸 「はい。失礼します」

真冬 「……さて、なぜ呼び出されたかは分かるわね」

成幸 「はい……」

真冬 「………………」

真冬 (……さぁ、言うのよ、真冬)

真冬 (ごめんなさい、と。私たちは教師と生徒。そういう言葉は交わされるべきではない、と)

真冬 (あなたの気持ちは受け入れられない、と)

真冬 (そう言って、それで……――)

成幸 「――あ、あの、桐須先生」

真冬 「は、はい」 ビクッ 「何かしら?」

成幸 「さっきはその、すみませんでした!」

真冬 「えっ……」

真冬 「あ、いや、べつに……その、謝らなくても、いいのだけど……」

成幸 「でも、桐須先生を困らせるようなことを言ってしまって……」

成幸 「本当にすみません……」

真冬 (す、すごく落ち込んでいるわ。これは想定外の反応だわ……)

真冬 (私に迷惑をかけてしまったことを、申し訳ないと思っているのね)

真冬 (こんなに落ち込んでいる唯我くんに、私、言えるの……?)

真冬 (……いや、それでも、言わなくてはいけない)

成幸 「すごく不快な思いをさせてしまったと思いますし、場合によってはセクハラになっても仕方ないようなことですし……」

真冬 「そ、そんなに気にするようなことではないわ」

真冬 「相手が嫌と思わなければセクハラではないのよ」

真冬 「私はこれっぽっちも嫌だと感じなかったし、あなたの気持ちは嬉しかったし……」

真冬 (……ん?)

真冬 「……!?」

真冬 (って、私は何を言っているの!?)

真冬 (お、おお落ち着きなさい真冬。落ち込む唯我くんを見ていて、つい我を忘れてしまっただけよ)

真冬 (だから、決して今のは私の本心というわけでは……)

成幸 「……? 嬉しかった? どういうことですか、先生?」

真冬 「え……?」

成幸 「……その、ゲームで、先生相手にふざけたことをしてしまったのが、嬉しいとは到底思えないのですが……」

真冬 「……ゲーム?」

成幸 「え、ええ。あの、あ……『愛してるゲーム』っていうんですけど、」

成幸 「相手に愛してるって言って、照れた方が負けってゲームなんです……」

真冬 「………………」

真冬 「……へぇ」

ゴゴゴゴゴゴゴ…………

真冬 「……なるほど。ゲーム。へぇ。さっきのはゲームだったと?」

成幸 (あっ……俺、たぶん死んだな……)

………………指導後 廊下

成幸 「……はぁ、ひどい目にあった」

成幸 「いや、まぁ俺が悪いから仕方ないんだけどさ……」

理珠 「あっ、成幸さん! ご無事でしたか」

成幸 「ん? 緒方、古橋、うるか。どうしたんだ?」

文乃 「大森くんたちから話を聞いてさ。桐須先生に呼び出されたって」

うるか 「大丈夫、成幸? なんかやらかしたんー?」

成幸 「あ、ああ、いや。気にしなくていいよ。大丈夫だったから」

成幸 (い、言えない! こいつらには、アホらしすぎて絶対に言えない!)

成幸 (桐須先生相手に 『愛してるゲーム』 をやったなんて、絶対に言えない!)

文乃 「……? 成幸くん、なんか隠し事してない?」

成幸 「へ!?」 ビクッ 「な、何もないよ? ないない。何もない」

文乃 「……ふーん」 ニコッ

文乃 (ちょっと、表、出ようか。成幸くん) アイコンタクト

成幸 (……は、はい。文乃姉ちゃん) アイコンタクト

………………指導室

真冬 「………………」

真冬 「……全部、私の独り相撲だった、ということね」

真冬 「ふふ。私らしい結末だわ」

真冬 (……恥ずかしい。私は、唯我くんが私に好意を向けているであろうと、勝手に思い込んで)

真冬 (あまつさえ、あんなことを……)


―――― 『私はこれっぽっちも嫌だと感じなかったし、あなたの気持ちは嬉しかったし……』


真冬 (……まったく、本当に私は一体なぜあんなことを言ってしまったのかしら)

真冬 (あんな言い方をしてしまったら、まるで私が唯我くんに……ゴニョゴニョ……と言われて、喜んでいるみたいだわ)

真冬 (……まったく。自分が嫌になる)

真冬 (そんなことあってはいけない。私と彼は教師と生徒。だから……)

真冬 (だから……?)

真冬 (……もしも、仮に、教師と生徒でなければ?)

ハッ

真冬 「な、何をバカなことを考えているの、私は」

真冬 「………………」


―――― 『愛してます』


真冬 「っ……」

ドキドキドキドキ……

真冬 (これは、驚いたことを思い出して、鼓動が早くなっているだけ……)

真冬 (そうでしかない。そうでないはずがない)


―――― 『愛してます』


真冬 「……あー、もうっ」

真冬 (……なのに、どうして)

真冬 「どうして、私は彼の言葉を思い出してしまうのよ……」

おわり

………………幕間の幕間  唯我家の日常

水希 (……ほぁぁ、お兄ちゃんにたくさん 『愛してる』 って言われちゃったよ)

水希 (もっと言ってもらえばよかったかな……)

水希 (ん……待って。よく考えたら……)

水希 (お兄ちゃんは、一体どこの誰から 『愛してるゲーム』 なんて教えてもらったんだろう)

水希 「………………」

ピキューン!!!!

水希 「女の気配がする……!?」

和樹 「はーい、水希姉ちゃーん」 葉月 「催眠術かけるからこっち向いてー」


おわり

>>1です。途中から諸事情でID代わっていますが>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。

問55で昼休みから放課後の間、多分桐須先生は思い悩んでいたんじゃないかと勝手に妄想して書きました。

滝沢先生の設定がほぼ手元にないので、ほとんど想像で書いています。
あまり、二次創作として好ましい話ではないと思います。
そもそも二次創作そのものが好ましいものではないかもしれませんが。
申し訳ないことです。
(滝沢先生は水泳部の顧問のあの女性の先生です)。


また投下します。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】真冬 「また今度、ここで」

………………メイド喫茶 High Stage

成幸 「そこ、前と一緒ですよ。物体が静止状態ってことは、力学的に釣り合ってるんです」

成幸 「だから、物体に働いている力を全部図示してしまえば、あとは計算するだけですよ」

あすみ 「ん……。重力と、押す力と、摩擦力……ああ、なるほど」

あすみ 「あとはそれぞれの力で方程式を立てればいいのか」

成幸 「そうですそうです。できたじゃないですか、先輩」

あすみ 「……よし。今の感覚を忘れないうちに練習問題いくつか解くわ」

あすみ 「悪いけど、解き終わったら採点してもらってもいいか?」

成幸 「わかりました」

ガタッ

成幸 「じゃあ俺はその間に店の掃除をしてますね」

………………

あすみ 「今日も助かった、後輩。いつもありがとな」

成幸 「いえいえ。俺もバイト代もらいながら勉強できますし、お礼を言われるようなことじゃないですよ」

成幸 「どちらかと言えば、鷹揚な働き方を許してくれている店長やマチコさんたちに感謝ですね」

あすみ 「……ほんとにな」

成幸 「じゃ、今日はこれで失礼します。先輩は引き続きバイト、がんばってください」

成幸 「俺はあんまりここにいると、桐須先生に補導されちゃいますから」

あすみ 「“九時以降は” って言ってたじゃねぇかよ。まだ昼だぞ」

あすみ 「あの人、誤解されやすいけど、あんまり怖い人じゃないからな?」

成幸 「冗談ですよ。怖い人じゃないっていうのは、俺もよく知ってます」

あすみ 「……ん、そういえば、後輩に耳寄りな情報があるぜ?」

成幸 「なんです?」

あすみ 「この前とある事情でまふゆセンセと電話したんだけどな、」

あすみ 「……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人」

成幸 「へ……?」

成幸 「へ、へぇ。あの桐須先生が……」

成幸 (……俺以外の人が、あの部屋に掃除に入ってるのか?)

成幸 (とてもそうは思えないけど……)

成幸 (っていうか、そういう人がいるなら、もっとよく桐須先生のこと見てあげろっての)

成幸 (あの人本当に掃除が苦手なんだから、もっと掃除を手伝ってあげればいいのに)

成幸 (……って、なんでちょっとイライラしてるんだ、俺は)

成幸 「……先生も大人ですもんね。そりゃ、そういう相手のひとりやふたりいますよね」

あすみ 「……ん? なんだ、後輩? 浮かない顔して」

あすみ 「ひょっとして、卒業したら自分がその立場に立候補するつもりだったのか?」

成幸 「なっ……! ち、違いますよ! そんなわけないでしょーが!」

あすみ 「お、おう。予想以上の反応だな。そんなムキになると、余計に怪しいぞ?」

あすみ 「後輩、ああいう年上の女性がタイプなのか?」

成幸 「や、やめてくださいよ。あんな綺麗な女性と俺が釣り合うわけないでしょう」

あすみ 「……ふーん、どうだかなぁ」

あすみ (っていうか、釣り合うかどうかだけで、“タイプ” ってところは否定しないんだな)

ムカッ

あすみ (アタシも一応年上なんだけどな。わかってんのかこの野郎)

あすみ (っていうか、アタシ、ニセモノとはいえお前の彼女だけど、)

あすみ (“綺麗” なんて言われたことないんだけどな。この野郎)

あすみ (……いや、べつに、それは関係ないけどさ)


―――― 『論外 こんな店で集中できるわけがないでしょう』

―――― 『一緒に帰るわよ 唯我くん!』


あすみ (まふゆセンセは生徒想いだけど、ただの生徒相手にあそこまでムキになるとも思えないんだよなぁ)


―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』

あすみ (……ひょっとしたら、その男子ってのが、後輩かも、とか思ったけど)

あすみ (この後輩の反応じゃ、そういうわけじゃないみたいだな。ほっ)

あすみ (……ん? 何だ、“ほっ” って。何でアタシが安心してんだ?)

成幸 「それじゃ、失礼しますね。先輩も早くバイトに戻ってくださいよ」

あすみ 「わーってるよー。じゃ、おつかれさん。雨降ってるから気をつけて帰れよ」

あすみ 「また予備校でなー」

成幸 「はい。また予備校で!」

………………帰路

成幸 (……べつに、あしゅみー先輩の言葉が気になったからとか、そういうわけじゃない)

成幸 (なんとなく、本当になんとなく、少しだけ遠回りをしているだけ)

成幸 (それこそ、本当に、少しだけ)

成幸 (雨だけど……いや、雨だからこそ、いつもと趣の違う道を楽しむためというか、なんというか)

成幸 (とにかく、他意はない。なんとなく、桐須先生のマンションの前を通りかかってしまうだけ)

成幸 (べつに、それ以上の何でもない。それだけ……)

成幸 「……の、はずだったんだけど」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 (何であの人はマンションの前で傘をさして突っ立ってるんだろう……)

成幸 (……一体、今度は何があったというのだろうか)

真冬 「………………」 ゴゴゴゴゴゴ…………

成幸 (マンションの門番みたいになってるけど、いいのかな、あれ)

成幸 (通報されたりしないのかな)

成幸 (……素通り、は……まぁ、できないよな)

成幸 (通りかかって良かった、って考えるべきだな)

成幸 「あー……こんにちは、桐須先生」

真冬 「……こんにちは、唯我くん。いい天気ね」

成幸 「そうですね。秋雨前線のおかげで気持ちいいくらい雨が降ってますけどね」

ザァアアアアアアアアア……

成幸 「さて……」

成幸 「……今日は一体どうしたんですか? 桐須先生」

………………少し前 真冬の家

真冬 「………………」

真冬 (……決心。せっかく唯我くんにきれいにしてもらったのだから、絶対、金輪際部屋を汚してはいけないわ)

真冬 (そもそも、唯我くんは生徒で私は教員。家に気軽に入れていい間柄ではない)

真冬 (今後一切、彼に頼らないようにしなければ)

真冬 (……そういえば、通販で頼んだものをまだほとんど開けていなかったわね)

真冬 (この段ボールも全部空にして捨ててしまいましょう)

真冬 (千里の道もまた一歩から、よ。真冬。ひとつひとつ片付けていけば、常に綺麗な部屋をキープできるはず……)

ベリッ……ベリベリ……

真冬 (ふふ。見ていなさい、唯我くん。私はもう部屋を汚すことなど決してないのよ)

ベリベリベリ……

………………

成幸 「……で、こうなったと?」

真冬 「どうしてかしら。本当に皆目理由が分からないのよ」

真冬 「私はただ、段ボールを開けて、商品を取り出して、片付けて……という作業をしていただけなのよ」

グチャァアア……

成幸 「それがどうしてこんな惨状になるんです!? っていうかあの量の段ボールを一気に開けようとするのがまず間違いです!」

真冬 「ええっ!? だって、一気に片付けてしまった方が、一気にきれいになるじゃない……」

成幸 「典型的な掃除ができない人の考え方ですね……」

成幸 「……っていうか、元々部屋にあったであろうものまで散乱しているのはなぜですか?」

真冬 「途中で段ボールをたたむのに飽きて、買った物の収納とかを考えて、棚からいろいろ引っ張り出して試行錯誤していたのよ……」

成幸 「そりゃぐちゃぐちゃになりますよ! まったく……」

真冬 「む、無念。一生の不覚だわ……」

成幸 「先生の一生は一体何回あるんですか」 ハァ 「仕方ないです。一緒に片付けましょう、先生」

………………

成幸 「……よいしょっ、と」

ゴシゴシゴシ……

成幸 (何で段ボール開けただけでこんなに部屋を汚せるんだろう……)

成幸 (この才能を何かに使えないかな。使えないか)

真冬 「………………」

真冬 (……結局、唯我くんに迷惑をかけてしまったわ)

真冬 (本当に情けない。というか、本当に、私は教員である資格すらないわね)

真冬 (利害関係にある相手、特に生徒とその保護者に対し、個人的な接触を持つのは、服務規程にも抵触する)

真冬 (本来であれば、自分の部屋に男子生徒を招くなど、有り得てはいけないことなのに……)

真冬 (私は、唯我くんが良い子であるのにかこつけて、自分のために彼を利用している……)

成幸 「……先生?」

真冬 (昔はこんなことはなかった。生徒と仕事以上の関わりを持つなんて、考えたこともなかった)

真冬 (なのに、どうしてかしら……。彼なら、いいと思える……)

成幸 「あの、桐須先生?」 ズイッ

真冬 「!? ど、どうかしたかしら、唯我くん」

成幸 「どうかしたかしら、じゃないですよ。先生の部屋なんですから、ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ」

真冬 「そ、そうね。ごめんなさい。すぐやるわ」

成幸 「先生は、散らばってる段ボールを開いて、まとめて、縛ってください。それだけでいいですから」

真冬 「わ、分かってるわ」

真冬 (段ボールのテープをカッターで切って、まとめる……)

真冬 (ただそれだけのことよ、桐須真冬。大丈夫。できるわ)

真冬 (んっ……このテープ、切りにくいわね)

真冬 (……でも、これくらい、私にかかれば――)

――――――サクッ

真冬 「痛っ……!」

成幸 「!? 先生!?」

真冬 「ご、ごめんなさい。ちょっと手が滑って、カッターで指を切ってしまって……」

真冬 「ち、血が、結構出てて……」

成幸 「ケガをした指を心臓より上に上げて、ティッシュで直接患部を圧迫してください」

真冬 「直接!? だ、ダメよ、そんなの」

成幸 「? どうしてですか?」

真冬 「……怖いもの」

成幸 「……あー、もうっ」

ギュッ……

真冬 「えっ……!?」 (唯我くんが、私の……)

真冬 (ティッシュで私の指をくるんで、強く握って……)

真冬 (ち、近いわ……!)

真冬 「あ、あの、唯我くん……」

成幸 「……我慢してください。俺だって恥ずかしいんですから」

ドクン……ドクン……

真冬 (き、切った部分だけ、やけに鼓動が感じられる……)

成幸 「しばらくこのままにしておきましょう。出血が治まるまで」

………………

真冬 「………………」

真冬 (……結局、指の手当てまで、唯我くんがやってくれた)

真冬 (私がオロオロしているうちに、消毒から保護まで、すべてやってくれた)

真冬 (情けない……)

真冬 (自分で蒔いた種すら回収できない自分が、本当に情けない……)


―――― 成幸 『まだ傷が完全に閉じたわけじゃありませんから、しばらくはそのまま手を上げていてください』

―――― 成幸 『掃除は俺がやっておきますから、先生はじっとしててください』


真冬 (そう言っている間も、彼は嫌な顔ひとつすることはなかった)

成幸 「ふぅー。段ボールはあらかた片付いたか。あとは……」

真冬 (そして、私の代わりに掃除をしている今も、彼は不満そうな顔ひとつしない)

真冬 (そんな彼に、私は今もこうして、教師という立場にあぐらをかいて、頼り切っているのだ)

成幸 「………………」

成幸 (……ムカつく) キッ (俺は今、猛烈に怒っている)

成幸 (何で、桐須先生がこんなに困っているときに、その“良い仲” の男は現れないんだ?)

成幸 (いや、俺だってわかってる。大人は忙しい。受験生の俺以上に忙しいだろう)

成幸 (桐須先生にかまけていられないというのもわかってる。でも……)

成幸 (もし桐須先生のことを大切に思ってるなら……)

成幸 (こういういとき、桐須先生のところに颯爽と現れるものじゃないのか?)

成幸 (……こんな風に考えるのは、俺がまだ子どもだからなんだろうか)

成幸 (俺も、そういう大人になるんだろうか。それが普通なんだろうか)

真冬 「……?」

真冬 (ど、どうしたのかしら、唯我くん。急に険しい顔になっているわ)

真冬 (確実。やはり私の教師としてあるまじき状態に、憤っているのね)

真冬 (当然よね。だって彼は受験生。一分一秒だって時間を無駄にしたくないはずだわ)

真冬 「……ごめんなさい、唯我くん」

成幸 「はい? どうかしたんですか?」

真冬 「いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ」

真冬 「受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ」

成幸 「そう思うなら、少しは自分で部屋を片付けられるようにしてください」

真冬 (し、辛辣。正論だから何も言い返せないわ……)

真冬 「本当にその通りね……。申し訳ないわ」

成幸 「でも、べつに俺が好きで手伝ってるだけですから、申し訳ないと思う必要はないですけどね」

成幸 「ただ、いつまでも俺が先生の生徒でいられるわけじゃないんですから。最低限の片付けくらいはやってくださいね」

成幸 「ま、もしバイト代をくれるっていうなら、卒業後も先生の部屋を片付けてもいいですけど、なんて……――」

真冬 「――は?」

成幸 「冗談です調子に乗りましたすみません!!」」

真冬 「あ、いや……」

真冬 (い、言えない。ぜひお願いしたいって思ってしまったなんて、口が裂けても言えない……)

真冬 「………………」 ズーン

成幸 (……うーん、なんだか知らないけど、へこんでるなぁ)


―――― 『いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ』

―――― 『受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ』

―――― 『本当にその通りね……。申し訳ないわ』


成幸 (べつに、俺が好きでやってることだから、そんなに気にしなくてもいいのに)

成幸 (それに、片付けが終わった後って、大体先生に勉強を教えてもらえるから、)

成幸 (俺としてはラッキーでもあるんだけど……)

成幸 「……ん、大きなゴミも片付いたし、あとは軽く掃除機をかけて終わりかな」

真冬 「もうこんなにきれいになったのね。すごいわ……」

成幸 「じゃあ、掃除機かけるんで、ちょっとどいててもらってもいいですか」

真冬 「……ええ。玄関の方にでも行ってるわ」

………………

真冬 「……本当に、私は何をしているのかしら」

真冬 「生徒に部屋を掃除してもらうために教員になったわけでもあるまいに」

真冬 「………………」

真冬 (……美春は今も、きっとフィギュアをがんばっているのでしょうね)

真冬 (私は本当に、一体何をやっているのかしら)

ガチャッ……

成幸 「先生? 掃除機かけ終わりました。もう部屋に戻っていいですよ」

真冬 「……ん、ありがとう。助かるわ。唯我くん、勉強道具は持ってるわね?」

成幸 「はい。メイドきっ……あ、いや、予備校の帰りなので」

真冬 「もし予定がないなら、うちで勉強していきなさい。教えられる範囲で教えてあげるわ」

真冬 (私が彼にしてあげられることは、それくらいだから……)

成幸 「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします、桐須先生」

真冬 「え、ええ……」 (……そんな眩しい笑顔で、お礼を言わないでちょうだい。唯我くん)

真冬 (才ある道から離れ、今も後悔の中にいる、馬鹿な女に)

………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 「ん……先生、すみません。ここの解法って……」

真冬 「……ああ。どちらでも構わないと思うわ。やりやすい方で解きなさい」

成幸 「はい。ありがとうございます」

成幸 (……やっぱり、桐須先生はすごい)

成幸 (俺が何を言わんとしているのかすぐに読み取ってくれるし、)

成幸 (何より、世界史の先生のはずなのに、畑違いの数学まですごい知識量だ)

成幸 (……教え方も上手だし、何でもできる才女って感じだよなぁ)

成幸 (家事がちょっと残念なのがあれだけど……)

真冬 「……唯我くん、手が止まっているわよ。何かわからないことでもあったの?」

成幸 「あ、い、いや、そういうわけじゃないです」

真冬 「そう。じゃあ、集中しなさい。今日、私のせいで遅れてしまった分を取り返さなければならないのだから」

真冬 「……そう。私のせいで、遅れてしまった分を」 ズーン

成幸 (……うーん。今日はまた、えらく落ち込んでるみたいだ)

成幸 (俺に何かしてあげられることはないかな……)

成幸 「………………」

成幸 (……勉強をがんばるくらいしか思いつかない)

カリカリカリ……

成幸 (当たり前だ。俺はまだ子どもで、先生は大人だ)


―――― 『……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人』


成幸 (それに、先生にはそういう相手がいる)

成幸 (俺みたいな子どもに、先生のためにしてあげられることなんて、きっとない……)

………………夕方

成幸 「……ふぅ」

成幸 (ひょっとしたら予備校で自習するときより勉強が進んでるかもしれないな)

成幸 (桐須先生の前だと緊張してサボることもないし、何より先生に聞けばすぐ答えてくれるのが大きい)

成幸 (少し掃除したくらいで、こんな環境を提供してくれるなんて、渡りに舟なんだけど……)

真冬 「………………」 ズーン……

成幸 (……まだへこんでる。根が深いなぁ)

成幸 (そりゃ、部屋に生徒を入れるっていうのが、良くないのは分かるけど……)

成幸 (俺はすごく助かってるんだけどなぁ……)

真冬 「……ん、そろそろ夕ご飯の時間ね」

真冬 「今日はうちで食べて行きなさい。お礼代わりというといやらしいけど、」

真冬 「何か美味しいものでも出前を取るわ」

成幸 「い、いやいや、勉強も教えてもらったのに、そんなの悪いですよ」

成幸 「勉強を教えてもらっただけで十分ですから、お気遣いなく……」

真冬 「……そう」 ズーン

成幸 「……あー、いや、えーっと……じゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうになります」

真冬 「そ、そう?」 パァアア…… 「じゃあ、そうしていくといいわ」

真冬 「何が食べたいかしら? 何でも好きなものを頼んでいいわよ

バサッ

成幸 「!? こんなに大量の出前のチラシ、一体どこに隠してたんですか!?」

真冬 「し、失敬。隠していたつもりはないわ。テレビの裏にいつも突っ込んでいるのよ」

成幸 「ああ、もう。せめてもう少しまともな場所にしまってください。ファイリングするとか」

真冬 「こ、これからそうするわ。とにかく、好きなものを選びなさい。金に糸目はつけないわ」

成幸 (出前で金に糸目はつけないって言う人初めて見たな……)

成幸 (とはいえ、そんな高いものをお願いするのも気が引けるし……)

成幸 「……ん?」

真冬 「何か食べたいものがあったかしら?」

成幸 「あ、いや……このチラシを見てちょっと思い出して……」

ピラッ

真冬 「……うな重?」

成幸 「ほら、いつだか、あしゅみ――小美浪先輩のハウスクリーニングを先生が頼んだとき、」

成幸 「俺が30分で先生の家を掃除したじゃないですか」

真冬 「……そ、その節も大変お世話になったわね」

成幸 「ああ、いや、そういうことじゃなくて……。そのとき、“うな重” って……」

真冬 「あっ」

ズーン……

真冬 「……自己嫌悪。今の今までそんな約束をしたことすら忘れていたわ」

真冬 「契約不履行。ともすれば裁判沙汰だわ……」

真冬 「……私は、本当に……」

成幸 (し、しまったー! また余計なことを言ってしまったー!)

成幸 「ち、違うんです。そんなこともあったなぁ、っていうただの思い出話ですよ!」

真冬 「その思い出の中で、君は私のことを、約束も守れないダメな大人だと思っているのでしょうね」

成幸 「なんでそんなにネガティブなんですか!?」

成幸 「……いや、っていうか、約束を破ってはいないんじゃないですか?」

真冬 「えっ……」

成幸 「だって俺いま、うな重を食べたいなって思ってますから」

成幸 「先生、ちょっとお高くついて恐縮ですけど、今日はこのうな重をお願いしてもいいですか?」

真冬 「あっ……も、もちろん、それは構わないわ」

真冬 「でも、それは、以前の約束と今日のお礼の分で二重になってしまうから……」

真冬 「また今度、別の機会で以前の分のうな重を奢らないといけないわね……」

真冬 「安心して。今度は約束を忘れたりしないから! 手帳にも書いておくわ」

成幸 (め、めんどくせぇ……!)

成幸 (前々から思ってたけど、この人は律儀というか、なんというか……)

成幸 (本当に面倒くさい性格だ……)

成幸 (こんな人と “良い仲” になれる男の人って、ある意味すごい人なのかもしれない……)

真冬 「では、早速電話で頼むとするわ。特上でいいわね?」

成幸 「特上!? いや、並で十分――」

真冬 「――男の子だし、ご飯も大盛りにした方がいいわね。あとは、肝吸いもつけてもらわないと……」

成幸 「いや、あの、先生? 俺、この後家でも妹の作ったご飯を食べなくちゃいけな――」

真冬 「――もしもし? うな重の特上をふたつ。片方をご飯を大盛りにしてください。あと……」

成幸 (……ダメだ。こうなったらこの人は人の話なんか聞きゃしないもんな)

成幸 (ま、でも……)

真冬 「ええ。では、その住所によろしくお願いします」

成幸 (……なんか、少し元気が出たみたいだから、いいか)

成幸 (“氷の女王” なんて呼ばれてるけど、)

成幸 (なんだかんだ、この人って本当に、ただ不器用で面倒くさい性格をした、)

成幸 (……良い先生なんだよなぁ)

………………マンション前

成幸 「……げふっ」

成幸 (滅多に食べられないうな重、それも特上を食べられて嬉しかったけど……)

成幸 (ご飯が本当に大盛で、食べきるので精いっぱいだった……)

成幸 (この後水希のごはんも食べなくちゃならないし……)

成幸 (ご飯食べてきたなんて言ったら、あいつ怒るだろうし)

成幸 (……雨が止んでるのがせめてもの救いだな。ちょっと散歩して腹ごなししてから帰ろう)

成幸 「桐須先生、今日は本当にごちそうさまでした」

成幸 「勉強も教えてもらったし、すごく助かりました。ありがとうございました」

真冬 「礼には及ばないわ。部屋をきれいにしてくれたお礼だもの」

真冬 「……こちらこそ、ありがとう。とても助かったわ」

真冬 「そもそも、ハウスクリーニングを頼むくらいの部屋だもの」

真冬 「本来であれば、金銭の授受が発生する類いのものだわ」

真冬 「私と君は利害関係者。そういったことはできないわ」

真冬 「私は、君が生徒であるのをいいことに――」


成幸 「――お金の代わりに、勉強を教えてくれてるんですよね」


真冬 「えっ……?」

成幸 「先生くらい教えるのが上手な人に個人授業をしてもらえるんです」

成幸 「同じ事を予備校でしようとしたら、いくら取られるかわかりませんよ」

成幸 「でも、俺は先生にお金を払うわけにはいかないから、代わりに部屋の掃除をしてあげているんです」

真冬 「………………」

成幸 「……あっ、えっと……先生がお金の話をするなら、俺の方もそういう風に捉えられるかなー、って……」

成幸 (……表情が読めない。ひょっとして怒ってる……?)

真冬 「……生意気」 ボソッ

成幸 「うっ……」

真冬 (でも、それ以上に、私が教師として未熟すぎる)

真冬 (生徒に、こんなに気遣いをしてもらうなんて……)

真冬 「……でも、実際、あなたの言っているとおりのことを、きっと私はしているのね」

成幸 「……はい。だから、気にしなくていいです。俺はめちゃくちゃ助かってますから」

真冬 「私が教員である以上、そういうわけにはいかないけれど、」

真冬 「……でも、ありがとう。君は本当に優しい子ね」

成幸 (……先生が落ち込んでいるのを、俺にどうにかできるなんて思ってないけど、)

成幸 (少しは気持ちが楽になったかな……?)

成幸 「あ、ところでケガはどうですか?」

真冬 「ん、血は止まったみたいね。ぱっくり切れていたから心配していたけど」

真冬 「君の処置のおかげで、このままふさがりそうだわ」

成幸 「それは何よりですけど、俺がいないときにケガしたらどうするんですか」

成幸 「止血くらい自分でできるようになってくださいね」

真冬 「うっ……。ぜ、善処するわ」

成幸 「あと、今日はシャワーくらいにしてくださいよ。お風呂に入って傷が開いたら目も当てられないですから」

真冬 「わ、わかってるわ。私だって早く治したいもの」

成幸 「カッターの傷はきれいに塞がりますから、大丈夫ですよ。極力傷が動かないようにしてくださいね」

成幸 「……早く治してあげないと、彼氏さんにも悪いですから」

真冬 「……? 彼氏?」

成幸 「へ……? あ、いや……」

成幸 (し、しまった。口が滑った……)

真冬 「彼氏とは、一体何を指しているのかしら、唯我くん?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「い、いや、あの……」

成幸 「……小美浪先輩から、桐須先生には部屋を掃除しに来てくれる男性がいると、聞いたもので」

真冬 「部屋を掃除しに来てくれる男性……?」


―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』


真冬 「……あ、あのときの電話!? いや、それは、売り言葉に買い言葉というか……」

真冬 (というか、その男子って……)

成幸 「?」

真冬 (あなたのことよ! ……なんて言えるわけないわね……)

真冬 「……オホン。それは、小美浪さんの勘違いよ」

成幸 「勘違い?」

真冬 「ええ。勘違いよ。部屋を掃除に来てくれる男子なんて、あなた以外いないわ」

成幸 「そ、そうですか……」

ホッ

成幸 (……ん? 何で俺、安心してるんだ……?)

真冬 「ただ、ここで勘違いをしてほしくはないのだけど、」

成幸 「? なんですか?」

真冬 「部屋を掃除してくれる人はあなた以外いないだけであって、」

真冬 「彼氏がいるかいないかについては、何も明言をしてはいないのよ。勘違いしないでね」

成幸 「……あ、はい。わかりました」 (彼氏、いないんだ……。悪いこと言っちゃったな)

成幸 (っていうか、やっぱり面倒くさいなこの人……)

成幸 「でも、小美浪先輩は何でそんな勘違いをしたんでしょうね?」

成幸 「先輩は、桐須先生から電話で聞いたって言ってましたけど……」

成幸 「今度確認してみようかな……」

真冬 「や、やめておきなさい! きっと大した理由なんてないわ!」

真冬 (あの小賢しい小美浪さんのことだもの)

真冬 (唯我くんから変な話を聞いたら、私が誰のことを言っていたのか察してしまうかもしれない)

成幸 「そうですか? でも……」

真冬 「い・い・か・ら、やめておきなさい」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「あなたは受験生なんだから、余計なことは考えず、勉強に集中しなさい」

成幸 「は、はい……」

成幸 (……でも、そっか。先生、そういう相手、いないんだ)

成幸 「……じゃあ、また俺が掃除に来ないといけないですね」

真冬 「むっ……失敬。私だって、いつまでもあなたのお世話になる気はないわ」

真冬 「見ていなさい。今度は、私ひとりの力で綺麗にした部屋に招待してあげるわ」

成幸 「いや、その前にもう汚くしないでください」

真冬 「………………」 プイッ 「……わかっているわ」

成幸 (……っていうか、分かってるのかな)

成幸 (掃除もないのに先生の家にお邪魔しちゃったら……それこそ、)

成幸 (ただ先生の家に俺がひとりで遊びに行くってことになっちゃうんだけど……)

真冬 「………………」

真冬 (……君は、いつでも、私が困っているときに来てくれる)

真冬 (今日だって、部屋がぐちゃぐちゃになってしまって、)

真冬 (現実を直視できずに外に出たら、君に出会った)

真冬 (……心のどこかで、君が来てくれるんじゃないか、なんて思っていたら、君が現れた)

真冬 (家に虫が出たときも、美春が突然帰ってきたときも、同じ)

真冬 (どうして君は、私が困り果てているときに、私の前に現れてくれるのかしら)

成幸 「……まぁ、困ったときはお互い様ですから」

真冬 「えっ……?」

成幸 「また何か困ったことがあったら、協力しますから」

成幸 「まぁ、先生の立場上、それを受け入れるわけにはいかないんでしょうけど、」

成幸 「でも、先生に勉強を教わるのを期待して、先生のお手伝いをしているだけですから」

真冬 (……うそよ。だって、あなたは何の見返りも求めず、私を助けてくれるもの)

真冬 (あなたがそうやって優しいうそをつくから、私は)

真冬 (いけないことだと分かっていながら、あなたに甘えてしまうのよ)

真冬 「……また今度、勉強を教えてあげるわ」

成幸 「えっ」

真冬 「勘違いしないでちょうだい。ただ、約束を履行するだけよ」

真冬 「……先日のお礼のうな重は、まだ奢っていないから」

成幸 「ああ……」

真冬 「そのときは、あなたがしっかりと勉強に集中できるように、部屋をきれいにしておくから」

真冬 「だから、また……」

真冬 (……家に来なさい、なんて、教師として絶対に言うことはできない)

真冬 (次に家に来る日取りを決めるなんてそれこそ論外)

真冬 (だから、こんな言い方しかできない。言い方はどうでも、私は教師として間違ったことをしている)

真冬 (でも、私は……)

成幸 「……わかりました」

成幸 「では、また明日、学校で。桐須先生」

真冬 「ええ。また明日、学校で」

成幸 (俺が、なんとなく、このマンションの前を通りかかったときに、)

真冬 (私が、なんとなく、マンションの前でたたずんでいたときに、)

成幸 (勉強を教えてもらうために、)

真冬 (約束を果たすために、)

成幸 (また “今度”、“ここで”)

真冬 (……また “今度”、“ここ” で。唯我くん)



おわり

………………幕間1 めぐりあいマンション前

成幸 「………………」

ピキューン!!!

成幸 (……また桐須先生がヘルプを必要としている気がする!)

うるか 「? 成幸のおでこなんで光るの? すっごーい!」



………………

グチャァ……

真冬 「……またひどい惨状になってしまったわ」

ピキューン!!!

真冬 (!? 五分後に唯我くんが家の前を通りかかる気がするわ! 急いで外へ……)

真冬 (……って私はそれでいいの!? 教師として以前に人間として!) ズーン



おわり

………………幕間2 校舎裏

成幸 「……ってことがあってさー」

文乃 「うん。君と桐須先生は付き合いたてのカップルなのかな?」

成幸 「なんで?」

文乃 「純粋に疑問しか浮かんでいないその顔に怒り心頭だよ」

ギリギリギリギリ……

文乃 「……っていうか胃が猛烈に痛いから一発たたくね?」

成幸 「なんで!?」



おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。
感想や乙、とても嬉しいです。個別レスしませんが、ありがとうございます。

また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「カレ? もう食べちゃったけど?」

………………水希の誕生日から数日後 図書館

うるか 「た、食べちゃったって……///」

理珠 「食べた!? どういうことですか!?」

文乃 「? ふたりとも、一体何をそんなに驚いているの……?」

うるか (そりゃ驚くよー! 文乃っちがそんなに大胆だったなんて……///)

理珠 (そりゃ驚きますよ! 食べたって……人間を食べたということですか!?)

うるか (友達として言ってあげた方がいいのかな……。もっと自分を大事にしてよ、とか……)

理珠 (友達として言ってあげた方がいいのでしょうか。人を食べるのは犯罪ですよ! と……)

うるか 「い、一体どこで食べちゃったのかな……?」

文乃 「えっ? えっと……」

文乃 (……!? しまった! よく考えたら、この二人に唯我くんと一緒にうちでカレーを作って、)

文乃 (あまつさえ唯我家でご家族と一緒に美味しくいただいたなんて、口が裂けても言えないよ!)

文乃 「あー、えっと、うちで作って、(唯我くんの)うちで美味しくいただいたよ……?」

文乃 (う、うそはついてないよね……?)

理珠 「家!? 家で、た、たた、食べてしまったのですか!?」

うるか (自分の家に連れ込んで、食べちゃったとか……えっちすぎるよ、文乃っち!) カァアア……

理珠 (も、もも、もう、文乃の家には行けませんね。絶対呪われます……) ガタガタガタ……

文乃 (こ、これ以上話を続けたらボロが出そうだよ! 話を変えないと……)

文乃 (うぅ、でもふたりにうそをついてるみたいで罪悪感が……)

うるか (ふ、文乃っち、目が泳いでる……)

理珠 (今さら、言ってはまずいことを言ったと気づいたのでしょうか……)

うるか (だ、大丈夫だよ、文乃っち。あたし、友達のこと言いふらしたりしないから!)

理珠 (だから、口封じだけは勘弁してください!)

うるか (けど、後で成幸にだけは相談しておかないと……)

理珠 (唯我さんなら、きっとなんとかしてくれるはず……)

成幸 「おー、全員そろってるな」

文乃 「あっ、唯我くん!」 (助かった……)

理珠 「唯我さん!」 (助かりました!)

うるか 「成幸!」 (助かった!)

成幸 「遅れて悪いな。ちょっと和樹と葉月に捕まっちゃってさ……」

成幸 「……って、どうしたんだ、お前ら。武元は顔が赤いし、緒方は逆に青いし、古橋は汗ダラダラだし」

成幸 「大丈夫か?」

文乃 (……誰のせいでこうなってるのか分かってるのかなこの野郎)

うるか 「だ、大丈夫だよ。ちょっと動揺しちゃっただけで……」

理珠 「私も、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって……」

文乃 「わたしは、ちょっと胃が痛くてさ……。胃薬飲んでくるね?」

理珠 「!?」 (や、やはり人間の肉は食用でないから、胃に負担が……!?)

………………

カリカリカリ……

成幸 「………………」 (みんな体調悪そうだったから心配したけど、)

成幸 (見る限りちゃんと勉強に集中できてるな)

成幸 (まぁ、全員やりたいことをやるためにがんばってるんだもんな。当たり前か)

うるか 「……ね、ねえ、成幸。ちょっと分からないところがあるんだけど」

成幸 「ん? どこだ?」

スッ

『今日、勉強が終わった後、文乃っちに内緒で相談したいことがあるんだケド』

『みんなと別れた後、もう一回会ってもらえる?』

成幸 「へ……?」 (な、なんでノートにメッセージを書いたんだ……? 古橋に内緒ってどういうことだ?)

うるか 「………………」

成幸 (……ああ。わかった) コソッ

うるか (……ありがと)

理珠 「唯我さん、次いいですか?」

成幸 「お、おお、なんだ、緒方?」

理珠 「参考書を取りに行きたいのですが、大変遺憾ながら私の身長では届かない高さにあるものもあります」

理珠 「付き合っていただけますか?」

成幸 「ん、ああ。いいけど……」

理珠 「ありがとうございます。では、行きましょうか」

成幸 (参考書……? 現代文読解の元の小説でも見たいのか?)

理珠 「………………」

ピタッ

理珠 「……この辺でいいでしょうか。文乃には聞こえませんね」

成幸 「ん? どうしたんだ? ここ、図鑑のコーナーだぞ?」

理珠 「少しうそをつきました。すみません。どうしても、文乃に内緒で唯我さんとお話したかったので」

成幸 「古橋に内緒? 一体……」

理珠 「今はあまり時間がありません。文乃に不審がられる前に戻らなければ」

理珠 「今日、夜、うちに来てくれませんか? 相談したいことがあるんです。うどんをごちそうしますから」

成幸 (今日は武元といい緒方といいどういうことだ? わけがわからんな……)

成幸 (とはいえ……)

理珠 「………………」 ガタガタガタ……

成幸 (未だに青い顔をしているこいつを放ってはおけないか……)

成幸 「わかった。閉店直前くらいの時間に行くよ」

理珠 「あ、ありがとうございます! 助かりました……」

理珠 「私ひとりでは、あまりにも荷が重すぎることだったので……」

理珠 「では、夜、お店で待っています」

………………勉強後 図書館前

うるか 「成幸ぃ-!」

成幸 「ん……。武元意外と早かったな」

うるか 「ごめんね、待たせて。ありがとう」

成幸 「いいよ。俺はお前たちの教育係だからな」

成幸 「……で? 古橋に内緒で相談したいこと、ってなんだ?」

うるか 「……うん。それなんだけどね……」

うるか 「絶対に文乃っちに内緒だよ? 相談って言うのは、文乃っちのことなんだけど……」

うるか 「あ、あのね……文乃っちがね……すごく、こう、性についてホンポーみたいなの」

成幸 「………………」

成幸 「……は?」

うるか 「だ、だから、文乃っちがね……できたばっかりのカレと……エッチナコト……しちゃったみたいなの!」

成幸 「ぶっ……! お、お前、何言って……///」

うるか 「あたしだってこんなこと言うの恥ずかしいんだよー! バカー!」

………………

成幸 「……なるほど。話は分かった」

成幸 「つまり、古橋は、できて間もない彼氏と……ゴニョゴニョ……というわけだな?」

うるか 「う、うん……///」 プシュー

成幸 「お前が照れるな! 俺だって恥ずかしいんだ!」

成幸 「……オホン。で、武元はそんな古橋に、自分をもっと大事にしてほしいと思っている、と」

うるか 「うん……」

成幸 「………………」

成幸 「……何で俺に相談した!? どう考えたって俺にどうこうできるわけねーだろ!?」

うるか 「成幸ならなんとかしてくれると思ったんだもん! キョーイク係だし!!」

成幸 「うっ……た、たしかに俺はお前たちの教育係だが……」

成幸 「……はっ、ま、待てよ……」

成幸 「もしも、古橋が不純異性交遊にかまけてしまったら……」

ポワンポワンポワンポワン……

成幸 『お、おい、古橋。どこに行くんだよ。今日は勉強の約束だろ?』

文乃 『ええー? だって、勉強ってつまんないんだもーん』

成幸 『つまらないってお前、お前の夢のために必要なことだろう?』

文乃 『そんなことどうでもよくなっちゃったー。今が楽しければいい、みたいなー?』

成幸 『語尾を伸ばすな語尾を! 文学の森の眠り姫だろ、お前!』

文乃 『しらなーい』

prrrr……

文乃 『あっ、○○くーん? 文乃さびしいよー。早く会いたいよー』

文乃 『オッケー。じゃ、いつもの場所ね。会えるの楽しみー』

成幸 『お、おい!? 古橋! どこに行くんだ古橋!』

ポン

学園長 『……唯我くん。君のVIP推薦は、なしだ』

成幸 『そ、そんなー!?』

……ポワンポワンポワンポワン

成幸 「いかん! それはすごくいかんことだぞ!!」

成幸 「教えてくれてありがとう、武元。古橋のことは俺に任せろ!」

うるか 「な、成幸ぃ……」 キュン

うるか (やっぱり成幸は頼りになるなぁ……)

キュンキュン

うるか (成幸に相談してよかった……っ)

うるか 「成幸……。文乃っちのこと、よろしくね」

成幸 「ああ。なんとしても、古橋に不純異性交遊をやめさせてみせる!」

成幸 (俺のVIP推薦のために……!!)

成幸 「………………」

成幸 (……あと、純粋に古橋のことも心配だし)

成幸 (あいつ、父親との関係も微妙みたいだし、いつも家でひとりみたいだし……)

成幸 (きっと、寂しいんだろうな……)

………………緒方うどん

ガラッ

成幸 「こんばんはー」

理珠 「あっ! 唯我さん!」

パタパタ……

成幸 (……駆け寄ってくる着物緒方……小動物みたいだ)

理珠 「待っていました。今日は夜にご足労いただいて、すみません」

成幸 「いや、いいよ。俺はお前たちの教育係だからな」

成幸 「……で、相談って一体なんだ?」

理珠 「……ゆっくり話します。とりあえず、うどんを一杯どうぞ」

………………

理珠 「……事の始まりは、先日文乃から送られてきた、このメールです」

成幸 「メール……?」


―――― 『りっちゃんお願い!』

―――― 『美味しいカレの作り方教えて!』


成幸 「美味しい、カレ……?」

成幸 「……? わけがわからないな。カレとは、彼氏のことか?」

成幸 「それにしても、美味しいカレとはどういうことだ? まさか人間を食べるわけでもあるまいし」

理珠 「そのまさかだったのです!」 ガバッ

成幸 「どわっ……ち、近い! 緒方! 近いから!」

理珠 「……あっ/// す、すみません……」

成幸 「い、いや、いいけど……/// で、そのまさかだった、ってのはどういうことだ?」

理珠 「……そ、その、文乃は、どうやら、人間を食べてしまったようなのです」

成幸 「………………」

成幸 「は?」

成幸 「……緒方、お前なぁ。冗談でも、言っていいことと悪いことが……」

理珠 「冗談だったらどんなにいいことか……」

グスッ

理珠 「……唯我さんなら、話を聞いてくれると思ったのに……」

成幸 「あっ……な、泣くなよ。俺が悪かったよ。ちゃんと話を聞くから……――」


親父さん 「――センセイ? 人ん家で何人の娘を泣かせてるんだぁ?」


ユラリ

成幸 「うわぁ!? 包丁持って背後に立たないでください!」

成幸 「っていうかこれ以上話をややこしくしないでくれませんか!」

………………しこたま親父さんと追いかけっこをした後

成幸 「……では、改めて聞くが、」 ボロボロ

成幸 「古橋は、本当に人を食べたのか?」

理珠 「はい。私はこの耳でたしかに聞きました」


―――― 『ええっ!? できた!? して……その「カレ」はどこに!?』

―――― 『え? もう食べちゃったけど?』

―――― 『えええっ!? だだだ大胆すぎるよ文乃っち!!』


理珠 「文乃は、それをまるで何でもないことのように……」

グスッ

理珠 「……文乃はもう、人間を食べてしまう、恐ろしい喰人鬼になってしまったのでしょうか……」

成幸 「………………」

成幸 (な……なんだとぉーーーー!?)

成幸 (いつも冷静な緒方が、泣くほど動揺するなんて……)

成幸 (ま、まずい。このままでは非常にまずい!)

成幸 (さっきの武元の相談とも繋がるぞ!)

成幸 (つまり、古橋は彼氏を作り、武元の言うとおり……ゴニョゴニョ……して、)

成幸 (そして、殺害し、その肉を……)

成幸 (……ありうる)

成幸 (古今東西、人間に仇なす怪物は、性行の後に害意を示すパターンが多い……)

成幸 (神話や伝承にも詳しい古橋はその慣例に則り、……ゴニョゴニョ……してから、彼氏を食べたのだ)

成幸 「……まずい」

成幸 「これはまずいことだぞ、緒方!」

理珠 「……唯我さんなら、グスッ……わかってくれると……エグッ……思ってました……」

成幸 (こんなことが学園長の耳に入ったら……)

ポワンポワンポワンポワン……

成幸 『古橋の奴、逮捕されちまったな……』

うるか 『うん……ぐすっ……』

理珠 『うっ……ぐすっ……うっ……文乃ぉ……』

あすみ 『古橋の奴……なんだってこんなバカなことを……っ、ちくしょう!』

真冬 『……これはすべて、教師として私が至らなかったせいだわ』

真冬 『学園長。私は今日限り教職を辞させていただきます』

真冬 『そして、尼寺で一生、失われた命を供養しながら生きていくつもりです』

真冬 『……あなたたちも来る?』

うるか&理珠&あすみ 『『『はい!!』』』

学園長 『………………』

学園長 『うん。唯我くん。君のVIP推薦はなしだ』

……ポワンポワンポワンポワン

成幸 (……いやいやいや!! もうそうなったらVIP推薦とかどうでもいいわ!)

成幸 (古橋だけじゃない! みんなが不幸になる!!)

成幸 (そんな未来だけはごめんだ!)

成幸 (『ぼくたちは読経ができない』 がスタートしてしまう!!)

成幸 (って違う!!)

成幸 「緒方……!」

ガシッ

理珠 「ふぇっ……!? ゆ、唯我さん!?」

成幸 「教えてくれてありがとう! あとは俺に任せておけ!」

成幸 「なんとしても、古橋を正しい人の道に戻してやるぜ……!」

理珠 「唯我さん……」 キュン

理珠 「やっぱり、唯我さんに相談してよかった……」 キュンキュン

成幸 「古橋のことは俺に任せておけ。緒方は……」

 『センセイ……センセイ……テメェ、人の娘の手を掴んで……ッ』

成幸 「俺の背後で蠢いている怨霊のような親父さんを頼んだぞ!!」

………………帰路

成幸 「……とは言ったものの」

トボトボ……

成幸 「どうしたもんかな。不純異性交遊に加えて食人行為……」

成幸 「俺にどうにかできるとは思えんが……」

成幸 「……だが、俺は古橋の教育係だ。そして、古橋は俺の女心の師匠だ」

成幸 「古橋のために、俺は……」

ザッ……!!!!

成幸 「お前を、なんとしても、正しい道に導いてみせる……!」

成幸 (……とかなんとか勢いで古橋の家の前まで来てしまった)

成幸 (さて、どうするかな……)

………………古橋家

文乃 「………………」 カリカリカリ……

文乃 「……ふむ。三角関数っていうのが何のために必要なのか、少しずつ分かってきた気がするよ」

文乃 「単位円に対しての比率っていうのは、早い話が波形のカタチをしめしているんだね」

文乃 (……すごい。三角関数なんて名前を聞くのもいやだったのに、)

文乃 (今はすんなりと感覚で理解できている気がする)

文乃 (……これも全部、唯我くんのおかげかな、なんて)

文乃 (えへへ。唯我くん、きっと喜んでくれるだろうな……)

ピロリン

文乃 「……ん? 唯我くんからメール?」


『夜遅くに悪い』

『今から会えないか?』


文乃 「へ……?」

………………

成幸 「悪い。急に家を尋ねてしまって……」

文乃 「本当だよ。夜に女の子の家にお邪魔するなんて、本当なら許されないことだよ」

クスッ

文乃 「……なんて、ね。唯我くんはそんなこと分かってるもんね」

文乃 「何か急ぎの用事があったんでしょ? 上がりなよ」

文乃 「いつも通り、お父さんはいないからさ」

成幸 (いや、それは逆にまずい気もするんだが……)

成幸 (とはいえ、そんなことを言ってる場合じゃないな)

成幸 「悪い。お邪魔します」

文乃 「紅茶でもいれてくるね。部屋で待ってて」

成幸 「お、おう……」

成幸 (本来であれば、家にひとりの女の子の部屋にお邪魔するのはドキドキするものだろうが……)

成幸 (別の意味でのドキドキが止まらないぞ! 俺は生きてこの家から出られるのか……?)

………………文乃の部屋

文乃 「お待たせ。お茶どうぞ」

成幸 「あ、ああ。ありがとう……」

文乃 「それで? 今日は一体どうしたのかな?」

文乃 「深刻な顔してるけど、何かあった?」

文乃 「……ひょっとして、りっちゃんやうるかちゃんに関することかな?」

成幸 「っ……」 ビクッ (さ、さすがは古橋だ。もう大体の見当をつけているのか……)

成幸 (なら、もう隠し事をするだけ無駄だな……)

成幸 「……ああ、そうだ。ちょっとそのふたりから相談を受けてな」

文乃 「相談?」

成幸 「ああ。お前に関してのことだ、古橋」

文乃 「……えっ? わ、わたしについて……?」

文乃 (てっきり、恋愛がらみだと思ってたけど……違うのかな?)

文乃 「わたし、あのふたりに何かしちゃったかな……」

成幸 「いや、お前が何かをしてしまったのはあいつらにじゃないだろ?」

成幸 「もう、誤魔化すのはやめよう。古橋。俺も辛いんだ」

文乃 「へ? 一体何のことを言っているのかな? 全然分からないんだけど」

成幸 (っ……なぜここでシラを切ろうとするんだ、古橋)

成幸 「俺はもう全部を知ってるんだ。お前が……カレを作り、そして、食べたことを!」

文乃 「………………」

文乃 「……は?」

文乃 (カレ……? ひょっとしてこの前食べたカレーのことかな?)

文乃 (いやいやいや、それはもちろん食べたよ。っていうか君も一緒に食べたよね?)

文乃 (唯我くんが何を言ってるのか皆目検討もつかないんだよ)

文乃 「……ええと、なんていうか、それがどうかしたのかな?」

成幸 「なっ……!」

成幸 (あ、当たり前のように認めただと!?)

成幸 (あまつさえ、それを悪びれる様子もなく、人として至極当然のことのように……!)

成幸 (ふ、古橋、お前は……もう……)

成幸 「……もう、戻れないんだな」

文乃 「……?」

ハッ

文乃 (ひ、ひょっとして、唯我くんの家で唯我家の皆さんとカレーを食べたことがふたりにバレた!?)

文乃 (それが元で、わたしはりっちゃんとうるかちゃんに裏切り者と見られている!?)

文乃 (そ、そして、りっちゃんとうるかちゃんはきっとわざと唯我くんをここに寄越したんだ……!)

―――― 理珠 『分かっていますね? 文乃?』

―――― うるか 『文乃っち。成幸を家に行かせたから、はっきりして』

―――― 理珠 『私たちとの友情を取るのか!』

―――― うるか 『あたしたちを裏切って、成幸との愛を取るのか!』


文乃 「ち、違うよ! わたしはそんなつもりだったんじゃないんだよ!」

成幸 「な、なんだ、急に……今さらそんなこと言ったって……!」

成幸 「もう、(失われた命は)戻らないだろう! 戻れねえんだよ!」

文乃 「そ、そんな……。わたしはただ、(カレーを)作って、食べただけなのに……」

成幸 「“だけ” なんて、そんなこと言うな!」

成幸 「……それは、とても重要なことだろう! お前にとって……!」

文乃 「!?」

ハッ

文乃 (そうだ……わたしは……)

文乃 (……わたしは、唯我くんとカレーを作って……)

文乃 (唯我くんの家で、温かいご家族と一緒に食べて……)

文乃 (とっても楽しかった……嬉しかった……)

文乃 (久々に、“家族” と一緒にご飯を食べているような、気持ちで……)

グスッ……

文乃 「わ、わたし……」

成幸 (な、泣いてる……!? 人の心を失った喰人鬼古橋文乃が泣いている……!?)

成幸 (人間の心を取り戻したのか!?)

ガシッ

文乃 「ふぇっ……!? ゆ、唯我くん……!? なんで、手、握って……?」

成幸 「……何も言うな、古橋。俺はここにいる。お前をずっと待ってるよ」

成幸 「だから安心しろ。(お前が刑務所から戻ってくるのを)俺はずっと待ってるから……」

文乃 「ゆ、唯我くん……」 (わ、わたしを、待っててくれるって……)

文乃 (わたしが、唯我くんの家にお嫁に行くのを、待っててくれるってこと……!?)

文乃 「ふ、ふぇぇええええ!? そ、そんな、まだ心の準備が……」

成幸 「……大丈夫だ。ずっと待ってるから」

文乃 (わ、わたしの気持ちが唯我くんに向くのも待ってくれるっていうの!?)

文乃 「唯我くん……」 キュン

文乃 「わ、わたし、わたし……」 キュンキュン

文乃 (か、顔真っ赤だ、わたし……目も潤んじゃってるし……)

文乃 (は、恥ずかしい……)

プイッ

成幸 (……ふぅ。落ち着いたみたいだな)

成幸 (あとは、折を見て自首を勧めればいいか……)

成幸 「……ノドが乾いたな。お茶、いただくな、古橋」

文乃 「あ……う、うん。どうぞ」

成幸 「………………」

ゴクッ

成幸 「……ん?」

成幸 「!?」

成幸 (に、苦い!? なんだ、この苦みは……!?)

成幸 (明らかにお茶の苦みじゃない! これは……クスリ!?)

成幸 (まさか、毒か……!?)

成幸 「ふ、古橋、これ……?」

文乃 「……?」

文乃 「!?」 (し、しまった! だよ!)

文乃 (お茶にも溶かせるお手軽ダイエットサプリ、間違えて唯我くんのお茶に混ぜちゃってた!?)

文乃 (……でも、ただでさえ痩せ型の唯我くんがもっと痩せたらって想像したら……)

クスッ……

成幸 「!?」 (わ、笑ってる……! まさか、古橋、お前……)

成幸 (俺を消して、事件の隠蔽と食人を兼ねるつもりか……!?)

成幸 (お前は、俺を騙したのか……?)

文乃 「……ふふ、ごめんね、唯我くん」

文乃 「でも、それ害はないから安心して」

成幸 (害はない……? はっ! ひょっとして毒蛇なくて睡眠薬か……!?)

スッ……

成幸 (た、立った……!? お、俺を、どうするつもりだ……!?)

成幸 「ま、待て、落ち着け。話をしよう」

文乃 「? 変な唯我くん。話ならしてるじゃない」

成幸 「ち、違う。やめろ。来るな……」

文乃 「? 大丈夫?」

成幸 「ち、近づくな。来るな。俺が悪かった……だ、だから……」


成幸 「こ、殺さないでくれーーーーー!!」


文乃 「………………」

文乃 「……は?」

………………

文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「ほんっっっっとうに、申し訳ございませんでした!!」

文乃 「………………」

ツーン

文乃 「……どんなに土下座しようと、わたし、当分きみのこと許すつもりはないから」

成幸 「すまん! 本当に悪かった! ごめん! 今度アイス奢るから!」

文乃 「君の中のわたしはどんだけ安い女なのかな!?」

文乃 「快楽殺人鬼に喰人鬼の汚名まで着せられて、アイスで済まされると思ってるのかな!?」

成幸 「悪かった! ごめん! 本当に! 悪かった!!」

文乃 「………………」

ハァ

文乃 「……もういいよ。怒るのもバカらしくなってきちゃった」

成幸 「古橋……」 ジーン 「許してくれるのか……?」

文乃 「まぁ、君が悪いというよりは、変な勘違いをしたりっちゃんやうるかちゃん、」

文乃 「それから、勘違いさせるような誤字をメールで送ってしまったわたしも悪いし」

文乃 「……いや、そもそもわたしにカレー作りの手伝いを依頼したきみが一番悪いのかな?」

成幸 「ごめん!」

文乃 「冗談だよ。もう怒ってないよ」

文乃 「……まぁ、りっちゃんとうるかちゃんは後でちょっとつねろうかなとは思うけど」

成幸 (怖い)

文乃 「でも、唯我くん、君はミステリー小説とかを読むことはないのかな?」

成幸 「へ……?」

文乃 「わたしのことを殺人鬼だと思ってたんでしょ? そんな人の家にひとりで乗り込むなんて……」

文乃 「いわゆる “死亡フラグ” ってやつだよ、それは」

成幸 「いや、まぁ……そりゃ、怖くないって言ったらうそになるけどさ、」

成幸 「古橋なら、話を聞かずに問答無用ってことはないだろうし……」

成幸 「お前が俺のことをどうこうするって、想像できなかったからさ」

文乃 「……唯我くん」

文乃 (一応、わたしのことを信頼してくれてたってことでいいのかな?)

文乃 (まぁ、その信頼が “殺されるか否か” ってところが引っかかるところだけど)

文乃 (……でも、君は、人殺しになったわたしを、説得するために来てくれたんだね)

文乃 「……きみは、わたしがどんなになっても、わたしを助けてくれるんだ」

成幸 「へ……?」

文乃 (なんて、ね。いきなりこんな冗談言われても……――)

成幸 「――当然だろ? 俺はお前の教育係だし、お前は俺の師匠だからな」

文乃 「えっ……」

文乃 「あっ……そ、そう?」

文乃 (……そっか)

文乃 (きみは、わたしを助けてくれるんだ……)

カァアアアア……

文乃 (助けて、くれるんだ……)

成幸 「じゃあ、いつまでもお邪魔しても悪いし、もうそろそろ帰るな」

成幸 「今日は遅くにアホなことに付き合わせて悪かった。アイスは絶対奢るから」

文乃 「そう? でも、君のお小遣いが少ないのは知ってるから、遠慮しておくよ」

成幸 「む……。最近は勉強しながらバイトできるところを見つけたから、」

成幸 「実は結構余裕があったりするんだぜ? ……まぁ、参考書で消えるけど」

文乃 「でしょ? だから無理しなくていいよ。もう怒ってないし……」

成幸 「……ん、そうだ。今度うちに来いよ」

文乃 「へ……?」 カァアアア…… 「な、何、いきなり……///」

成幸 「晩ご飯ごちそうするよ。って言っても、作るのは水希だけどさ」

成幸 「誕生日のカレー、水希がすごく喜んでくれたみたいでさ、」


―――― 水希 『今度、古橋さんにお礼をしなくちゃね。たっぷり……それはもうたっぷりと……』


成幸 「って言ってたからさ。今度水希のお返しも合わせて晩ご飯、食べに来いよ」

文乃 (それは間違いなく喜んでいる反応じゃないんだけど……)

文乃 「……わたし、お邪魔してもいいの?」

成幸 「へ? 当たり前だろ? お前が来ると、母さんも和樹も葉月も喜ぶしな」

成幸 「お前がよければ、ぜひ来てくれよ」

文乃 「………………」

文乃 (……また、ご家族と一緒に、ごはん、食べていいんだ)

文乃 「……うん。ありがとう。ぜひ、ごちそうさせてもらいたいな」

文乃 (……わたし、期待してるんだ)

文乃 (きみが、わたしのことを助けてくれることを)

文乃 (ねえ、唯我くん)

文乃 (……きみは、本当にわたしのことを助けてくれるのかな)

文乃 (唯我くん、わたしは……)

文乃 「……じゃあ、楽しみにしてるね、唯我くん」

成幸 「おう! 任せてくれ、古橋!」

文乃 (……きみに、期待してもいいのかな)


おわり

………………幕間  「お礼」

文乃 「……!? な、何このカレー!? とんでもなく美味しいよ!?」

水希 「ふふふふふ、そうでしょうそうでしょう? 腕によりをかけましたから」

水希 「三日ほど煮込み続けました。おかげさまでガスを使いすぎてお母さんに少し怒られました」

文乃 「美味しいよう……美味しいよう……」 グスッ……

水希 「な、涙ぐむほどですか!?」

文乃 「美味しいよう……水希ちゃん、ありがとう……!!」

水希 「べっ、べつに……お礼なんて……」

水希 (お兄ちゃんと一緒にカレーなんか作りやがったあなたに対してのあてつけのつもりの)

水希 「お返しですから、気にしなくていいですよ……」 プイッ

水希 (こ、こんなに喜んでもらえるとは、不覚だわ。少し嬉しい……)

和樹 「おー。文乃姉ちゃんすげー!」

葉月 「水希姉ちゃんを籠絡するなんて、嫁レースを制したも同然だわー!」


おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。
そしてごめんなさい。悪ノリをしすぎました。


原作の勘違いコメディ回を目指して書きましたが、くどすぎた気がします。反省しています。
申し訳ないことです。
文乃さんファンの方もごめんなさい。
ただ、書いていてすごく楽しかったです。

あまりコメディコメディしたコメディは得意ではないので、ここまでひどいのは今後ないと思います。


また投下します。よろしくお願いします。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】理珠 「テレビの取材ですか?」

………………緒方家

親父さん 「そうなんだよ、リズたま」

親父さん 「地元ローカルのテレビ番組から電話があってよ。うちを取材したいって」

親父さん 「なんでも、『私たちの街の美味しいお店』って特集を組んでるらしい」

理珠 「美味しいお店、ですか。そう言われてしまえば、引き下がるわけにはいきませんね」

理珠 「受けて立とうじゃありませんか、お父さん」

親父さん 「おう、リズたまならそう言ってくれると思ってたぜ!」

親父さん 「……それでだな。実はリズたまに2つばかり頼みたいことがあるんだが」

理珠 「なんですか? うどんの美味しさを広めるため、私にできることならなんでもしますよ」 フンスフンス

親父さん 「さすが俺の愛娘だ。ありがてえ」

親父さん 「うちのうどんは、テメェで言うのもなんだが絶品だ」

親父さん 「でもな、ただのうどんじゃちっとばかしインパクトに欠けるとも思うんだ」

親父さん 「だから、リズたまには、いま流行の『いんすたばえ』とやらを意識した新メニューを考えてもらいてぇんだ」

理珠 「……『いんすたばえ』……?』」

理珠 (……なんということでしょう。お父さんの言っていることが一ミリメートルも理解できません)

理珠 (『いんすたばえ』とは、一体なんでしょうか……)

親父さん 「リズたま? どうかしたかい?」

理珠 「い、いえ。なんでもありません。そのくらいであればお安い御用です」

理珠 「早速明日、新メニューの開発に取りかかろうと思います」

親父さん 「おう! 家の台所は好きに使ってくれて構わねぇから、思う存分やってくれ」

親父さん 「リズたまみたいな頼もしい娘がいて、俺は幸せモンだなぁ……」

理珠 (……引き受けてしまった以上、やるしかありません)

理珠 (新メニュー……なら、)


―――― 『なぁ緒方』

―――― 『ニーズを広げるためにも トッピング類のバリエーションを増やしてみるのはどうだ?』


理珠 (や、やっぱり……文化祭のときのように…… “あの人” に……)

………………翌日 緒方家

親父さん 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「あー、えっと……どうも、こんにちは、親父さん」

親父さん 「……おう、センセイ。今日は一体、どういった御用向きで?」

理珠 「何を威圧しているのですか、お父さん。邪魔です」

理珠 「お父さんが新メニューの開発をお願いしたのでしょう?」

理珠 「成幸さんにはそのお手伝いをお願いしたんです」

親父さん 「こ、こいつがうちのうどんの新メニュー作りの手伝い……!?」

理珠 「むっ……」

理珠 「成幸さんはすごいんですよ。文化祭のときだって、すごい思いつきで……」


―――― 『恋人…… 恋人だ!!!』


理珠 「ふぁっ……///」 (な、なぜ私は、あのときのことを思い出して……っ)

成幸 「?」

親父さん 「ぐぅ……っ」

親父さん 「……まぁ、いい。ただ、覚えとけよ、センセイ」

親父さん 「ハンパなモンを出してきたら、俺はそれを新メニューとして認めたりしないからな」

成幸 「も、もちろんです。仮にもお店の経営に関わることですから」

成幸 「俺だって、全力で手伝いますよ!」

理珠 「……と、いうことで、お父さんは早くお仕事に戻ってください」

理珠 「必ず、お父さんが満足するような新メニューを考えてみせますから」

……………………

理珠 「……では、改めて、今日はよろしくお願いします。成幸さん」

成幸 「ああ。ただ、俺は料理とかはからっきしだからな」

成幸 「手伝いって言っても、正直どこまで役に立てるかわからないぞ」

理珠 「心配いりません。成幸さんは新メニューを考えて、試食してくださるだけで大丈夫です」

理珠 「調理はすべて私がやりますから」

成幸 「ああ、それならなんとかなるかな……?」

理珠 「なります。私、成幸さんと一緒なら、きっと良いメニューができると思います」

理珠 「成幸さんと一緒なら、きっと。いいえ、絶対」

成幸 「お、おう。そうか」

成幸 (なんかしらんが、めちゃくちゃ信頼されてる……!)

成幸 (これはヘタなメニューは考えられないぞ! 本気で臨まなくては……!)

成幸 「よし、やるぞ、緒方。まずは――」

理珠 「――はい。まずはこれをどうぞ」

成幸 「……!? もうできてるのか!?」

理珠 「はい。以前成幸さんが考えてくれたメニューを作ってみました」

成幸 「以前俺が考えたメニュー……?」

コトッ

理珠 「とろけるチーズとケチャップのピザ風うどんと、」

コトッ

理珠 「たまごで包んだオムうどんです」

成幸 「あっ……」


―――― 『とろけるチーズとケチャップでピザ風……』

―――― 『たまごで包んでオムうどん……』


成幸 「これ、文化祭のとき俺が言った……」

理珠 「はい。実際に作ってみました。食べてみてください」

成幸 「ん。じゃあ、まずはピザ風うどんから。いただきます」

成幸 「これは、チーズのまろやかさとケチャップの酸味がうどんに絡まって……」

成幸 「……うん。うまい」

ズルズルズル……

成幸 「ごちそうさま。美味しかったけど、想像がつく味かな」

成幸 「あと、見た目的にインスタ映えとは程遠いと思う」

理珠 「ふむふむ……。なるほど。参考になります」 メモメモ

理珠 (さすがは成幸さんです。『いんすたばえ』 とやらも理解しているのですね)

成幸 「次はオムうどんだな。いただきます」

成幸 「薄い味付けのオムレツからバターが香るな。食欲をそそる匂いだ」

成幸 「……うん。薄味のスープにバターが溶けて、うどんにもバターの濃厚さが移ってるな」


成幸 「これも美味しいぞ」

ズルズルズル……

成幸 「ごちそうさま。これも美味しいとは思う」

成幸 「オムレツがふんわり仕上がれば、インスタ映えもするかもな」

成幸 「ただ、作る手間を考えると、一回一回オムレツを作るのはかなり手間だな」

成幸 「親父さんひとりだと厳しいような気がするぞ」

理珠 「ふむ……。たしかに、お父さんひとりでは難しいかもしれないですね」 メモメモ

理珠 「ありがとうございます。成幸さんの意見のおかげで、作ってみたものが客観的に見られます」

理珠 「さぁ、どんどんアイディアを出してみてください。私が全部実現しますから!」

成幸 「おう……」

成幸 (正直、うどんを二杯食べてもうおなかいっぱいだが……)

成幸 (こんなにがんばってる理珠の意志を無下にはできない!)

成幸 「よし! がんばって新メニュー開発を成功させるぞ! 緒方!」

理珠 「はい、よろしくお願いします、成幸さん!」

………………数時間後

理珠 「………………」 ゼェゼェゼェ……

成幸 「………………」 ゲフッ……

成幸 (……あれから、一体何杯の創作うどんを食べたことだろう)

成幸 (ほぼすべて俺が考案したものとはいえ。間違いなく食べすぎだ……)

成幸 (もうダメだ。これ以上は絶対に入らない。お腹いっぱいとかそういう次元じゃない)

成幸 (それに、緒方ももう限界だ。疲れ果てている……)

理珠 「……うぅ」

成幸 「……? 緒方?」

理珠 「悔しいです。せっかく成幸さんに手伝ってもらっているというのに」

理珠 「ピンとくるうどんが作れません。『いんすたばえ』とやらが何を求めているのか、まったくわかりません」

成幸 「まぁ、それは分からなくもないが……」

成幸 (見た目ばっかり意識して、味が悪くなってしまっては本末転倒だからな……)

理珠 「成幸さんにも申し訳ないです。せっかく手伝ってもらったのに……」

成幸 「俺のことは気にするなよ。俺のアイディアが不甲斐ないのが一番悪いんだし」

理珠 「ち、違います! 私がうまく成幸さんのアイディアをカタチにできないのが悪いんです……」

成幸 「! 何を言ってるんだ! 緒方の作るうどんはどれもめちゃくちゃ美味しいぞ」

成幸 「俺がこんなにたくさんうどんを食べられるのは、緒方が作るうどんだからだ」

成幸 「だから、そんなこと言うなよ……」

理珠 「成幸さん……」

成幸 「それにさ、緒方の作る美味いうどんがたくさん食べられるんだから、役得って感じだよ」

理珠 「ふぁっ……、そ、そんなこと、ないですよ。お父さんの作るうどんに比べれば、私なんてまだまだ……」

成幸 「そんなことないぞ? そうでなきゃ、文化祭で1000食完売なんて無理だっただろ」

成幸 「お前の作るうどんは美味しいよ。なんだったら毎日食べたいくらいだ」

理珠 「へっ……?」

成幸 「……ん?」

成幸 「!?」

成幸 (一体俺は何を口走ってるんだー!?)

成幸 (これじゃまるで、毎日うどん作ってくれって、ぷ、ぷぷぷ、プロポーズしたみたいに……)

成幸 (ち、違う! 俺はただ、落ち込んでる緒方を元気づけようとしただけで……)

成幸 (勢い余って、アホみたいなことを言ってしまっただけで!)

成幸 (決して、変な意図は……――)

理珠 「――成幸さん」

成幸 「お、おう、なんだ、緒方……」

理珠 「………………」

成幸 (お、怒ってる? 軽蔑されてる? わからん……)

理珠 「……嬉しい、です」

成幸 「……へ?」

理珠 「そんな風に、成幸さんに言ってもらえるのは、すごく、嬉しいです」

理珠 「わ、私も……。成幸さんに、毎日、私の作るうどんを、食べてもらいたい、です……」

成幸 「あっ……え、えっと……」

ドキドキドキドキ……

理珠 「………………」

成幸 「………………」

成幸 (まさかのプロポーズ返し!? って違う!)

成幸 (緒方にそんな意図はない! 文化祭のときだって……)


―――― 『私達が2人でお店を出したら』

―――― 『繁盛するかもしれませんね』


成幸 (そう。そうだ。あのときだって、緒方はまるっきりその意味を理解してなかったじゃないか)

成幸 「………………」

カァアアア……

成幸 (バカなのか俺は!? 今そんなこと思い出して一体どうするっていうんだ!?)

理珠 「……成幸さんは、文化祭のときのことを覚えていますか?」

成幸 「へ……!? そりゃ、もちろん覚えてるけど……」

成幸 (っていうか今まさにそれを思い出してしまって心中穏やかじゃないんだけど!)

理珠 「私、あのとき、本当に嬉しかったんです」

理珠 「文化祭でうどん1000食完売しなくちゃいけないことになって、」

理珠 「私はどうしたらいいか分からなくなってしまって……」


―――― 『よし! とにかく……「できない」と思わないことから始めよう!』

―――― 『俺も手伝うからさ』


理珠 「あのとき、もう無理だとあきらめそうになった私に、成幸さんが声をかけてくれたから」

理珠 「本当に、たくさんたくさん、手伝ってくれたから……」

理珠 「……私達の作るうどんを、たくさんの人に美味しいと言って食べてもらえた」

理珠 「私は、それが本当に嬉しかったんです」

理珠 「だから、私……もしも、私がうちのお店を継いだら、」

理珠 「毎日、成幸さんにサポートしてもらえたら、って……」

理珠 「す、すみません。変なこと言ってますね。忘れてください」

成幸 「緒方……」

理珠 「成幸さん……」


  「……えらく楽しそうじゃねぇか、ええ? センセイ?」


成幸 「ひっ……!? お、親父さん!?」

親父さん 「……それで?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

親父さん 「肝心の新メニューの方はどうなったのかねぇ、センセイ?」

成幸 「あっ、いや、それは……」

成幸 「まだ……」

親父 「まだぁ……!?」

理珠 「お父さん、違います。成幸さんは色々と考えてくれました」

理珠 「私が、成幸さんのアイディアをうまくカタチにできないから……」

理珠 「文化祭のときだって、成幸さんのアイディアでうまくいったのに」

成幸 「緒方……」

親父さん 「………………」

親父さん 「文化祭のときの話はリズたまから聞いたよ」

親父さん 「何でも、リズたまのために方々を駆け回って宣伝し、」

親父さん 「最後の最後までうどんの完売のために尽力してくれたって話じゃねぇか」

成幸 「いや、そんな……。娘さんとクラスメイトのみんなががんばったからであって、俺は別に……」

親父さん 「リズたまが今日お前さんを連れてきたとき、お前さんならもしかしたら、とも思ったんだ」

親父さん 「普段は悔しいから言わねぇが、これでも俺はおめえのこと信頼してんだぜ?」

成幸 「親父さん……」

親父さん 「手間ぁ取らせて悪かったな、センセイ。あとはこっちでやらせてもらうことにするぜ……」

親父さん 「せめて、『いんすたばえ』とやらの意味がわかればなぁ……」

成幸 「……えっ」

成幸 (……ま、まさか、この父娘)

成幸 (インスタ映えの意味がわかってない!?)

成幸 「……緒方、念のため確認するが、インスタ映えの意味って分かるか?」

緒方 「それが分かっていたら苦労はしていません……」

成幸 「なるほど」

ガクッ

成幸 「……なるほどなぁ」

緒方 「ど、どうしたんですか、成幸さん」

成幸 「……なぁ、緒方。文化祭の最後で作った、あのうどんを作ってもらってもいいか?」

緒方 「えっ、それって……あの、もみじおろしと大葉を使ったうどんですか?」

緒方 「でも、あんなの、ただのうどんに具を乗せただけで……」

成幸 「いいから、ちょっと作ってみてくれ」

………………

緒方 「できました」

親父さん 「ほーぅ。これが文化祭の最後に作ったってぇうどんか……」

成幸 「今からおふたりにインスタ映えというものについて説明します」

成幸 「とはいえ、言葉だけでは伝わりにくいと思いますから、見ていてください」

パシャッ

成幸 (……って言っても、俺もインスタやってるわけじゃないし、)

成幸 (何より、機械もあんまり得意じゃないから、うまくできるか分からないけど……)

成幸 「……撮った写真を、こんな風に加工して」

成幸 「こんな感じかな……。えっと、これをSNSにアップするんです」

理珠 「!? もみじおろしのハートマークが綺麗な色になってます!」

親父さん 「ほう……」

成幸 「フォトジェニックな写真を撮ってSNSにアップすると、たくさんの人に見てもらえます」

成幸 「それが、たぶん、インスタ映え、という奴なんだと思います」

理珠 「なるほど……。『いんすたばえ』 とは奥が深いものなのですね」

成幸 (そうかなぁ……)

親父さん 「ふむ……。しかしなぁ、そうなると難しいな」

親父さん 「見た目のために味を犠牲にするなんて、俺は絶対にしたくねぇし……」

成幸 「まぁ、そりゃそうですよね……」

親父さん 「ただ、どうせ多くの人にうちの店を知ってもらうなら、見栄えも良くした方がいいのも確かだ……」

親父さん 「……っと、せっかくリズたまが作ったうどんだ。伸びるともったいねぇ」

親父さん 「俺がもらうぜ」

理珠 「あ、どうぞ。食べちゃってください」

親父さん 「ふむ……」 ズズズズズ……

親父さん 「……ん?」

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾ……

親父さん 「………………」

理珠 「お父さん? どうかしましたか……? ゆで加減が変でしたか?」

親父さん 「……いや、うめぇな、これ」

理珠 「へ……?」

親父さん 「あ、いや、昔から店の手伝いをしてくれてるリズたまの作るうどんが美味いのは当たり前なんだが、」

親父さん 「このもみじおろしの辛みと甘みが絶妙にうどんにマッチして……」

親父さん 「これはこれでアリだな。すげぇモンを考えたもんだ、リズたまは」

理珠 「い、いや、ですからそれを考えたのは成幸さ――」

成幸 「――でしょう!? すごく美味しいんですよ、そのうどん」

成幸 「学園祭でも大好評だったんです。さすがは緒方うどんの娘ですね」

理珠 「な、成幸さん……?」

親父さん 「そうだろう、そうだろう。リズたまは勉強もうどん作りもすげぇからな」

成幸 「せっかくです。娘さんが考えたそのうどんを新メニューにしてはどうですか?」

親父さん 「む……?」

成幸 「さっき見せたとおり、インスタ映えするでしょうし、味も悪くない。父親想いの娘が考えたメニューとなればドラマ性もある」

成幸 「テレビでこのうどんをうまく使えれば、きっとたくさんのお客さんが店に来てくれますよ」

親父さん 「……悪くねぇな」

親父さん 「リズたまは、店でこのうどんを提供しても構わねぇか?」

理珠 「そ、それはもちろん、私は構いませんが……」

理珠 (そのうどんを考えたのは、成幸さんで……)


―――― 『恋人…… 恋人だ!!!』


理珠 (っ……)

親父さん 「そうと決まれば、このうどんを俺なりにアレンジして新メニューにしてやるぜ」

親父さん 「大葉は天ぷらにして、もみじおろしの配分も考えて……」

親父さん 「……っし。明日中には仕上げてやるぜ」

親父さん 「センセイも、今日は手伝ってくれてありがとな!」

成幸 「いや、俺は何もしてないですよ」

成幸 「そのうどんを考えたのは娘さんですから。さすが、親父さんの娘ですね」

親父さん 「いやー、ほんとだぜ。リズたまがいてくれなかったらどうなっていたか……」

親父さん 「ありがとう、リズたま。リズたまは最高の娘だぜ」

理珠 「………………」

理珠 (……なんでしょう。何か、釈然としないというか、なんというか、)

理珠 (ムカつきます)

理珠 (あのうどんを考えたのは成幸さんなのに)

理珠 (お父さんは私にではなく成幸さんに感謝するべきなのに)

理珠 (どうして私を褒め称えるのですか)

理珠 (成幸さんも成幸さんです)

理珠 (なぜ自分で考えたうどんを、私が考えたかのように言うのですか)

理珠 (それではまるで、私が成幸さんの功績を盗んでしまったようではないですか)

理珠 (成幸さんは一体何を考えているのでしょう)

成幸 「……? 緒方、どうかしたか? なんか不機嫌そうだけど……」

理珠 「……別になんでもありません」

プイッ

成幸 (あー、これは絶対何か怒ってるやつだ)

成幸 (俺が考えたメニューを、自分で考えたことにされたのが、納得いかないんだろうなぁ……)

………………夜 緒方家

理珠 「………………」

ムカムカムカムカ……

理珠 (……あれから何時間も経ったのに、未だにイライラします)

理珠 (一体なぜ成幸さんはあんなことを言ったのでしょう。理解に苦しみます)

理珠 (おかげで、勉強も全然捗りません)

……コンコン

理珠 「……? はい、どうぞ」

親父さん 「リズたま~。勉強中にごめんね」

理珠 「いえ、大丈夫です。何か用ですか?」

親父さん 「ひとつ言っておかなくちゃならないことを忘れててね」

親父さん 「リズたま、週末のテレビ取材なんだけど、リポーターの対応をお願いしてもいいかな?」

理珠 「え……? 私がテレビに出るということですか?」

親父さん 「うん。ほら、パパは厨房だし、ママは恥ずかしがって出たくないって言うし……」

親父さん 「アルティマキュートなリズたまが看板娘として出てくれれば、宣伝にもなると思うし……」

理珠 「いや、私はそういうのは……」

ハッ

理珠 (……いいことを思いつきました)

理珠 (お父さんも成幸さんも私の話を聞いてくれない。なら……)

理珠 「……分かりました。リポーターの応対をすればいいのですね」

理珠 「それくらいであれば、簡単です。私に任せてください」

親父さん 「本当かい!? ありがとうリズたま! 感謝のハグを――」

理珠 「――では、おやすみなさい、お父さん」

バタン

理珠 「ふふふふ……」

理珠 「……お父さんも成幸さんも話を聞いてくれないなら、」

ニヤリ

理珠 「言ってあげればいいんですよ。テレビで」

理珠 「ふふふ……。当日が楽しみです」

………………テレビ取材当日 唯我家

成幸 「今日、緒方の家のテレビ取材だよな……」

成幸 (見るのが怖いような、見ない方が怖いような……)

成幸 (まぁ、やきもきしてても仕方ない。見るか……)

パチッ

リポーター 『皆さーん、こんにちはー。「私たちの街の美味しいお店」のコーナーです』

リポーター 『今日は、うどんの名店、緒方うどんさんにお邪魔しています!』

リポーター 『では、早速お話を伺ってまいりましょう、このお店の看板娘、理珠さんです』

理珠 『……どうも。こんにちは。緒方うどんの娘、理珠と申します。今日はよろしくお願いします』

成幸 (お、おお。さすがは “機械仕掛けの親指姫”。いつもと全く変わらない様子だな)

リポーター 『きゃー、本当に可愛らしい娘さんですね。中学生さんですか?』

理珠 『っ……こ、高校3年生です』

成幸 (あ、そこもいつも通り少しイラッとしてる)

………………数分後

成幸 (ハラハラしながら見ていたが、リポートはつつがなく進んだ)

成幸 (緒方は持ち前の冷静さで終始上手に受け答えしているように見える)

成幸 (心配するまでもなかったか。しっかりとやってるじゃないか)

リポーター 『それでは、今日から店に置くことになった新メニューをいただきましょう』

理珠 『どうぞ。新メニューのもみじおろしうどんです』

成幸 (おお。なんか自分が考えたうどんがテレビに映ってるのは、少し気分がいいな)

リポーター 『まぁ、これは可愛らしいうどんですね』

リポーター 『もみじおろしと大葉でハートマークが描かれています』

リポーター 『なんでも、これは理珠さんが自分で考えられたとか』

理珠 『……そのことですが、それは、父の勘違いです』

リポーター 『え……?』

成幸 「……お、おいおい。緒方さん? 一体何を……」

理珠 『そのうどんは、私の友人が考えてくれたものです』

理珠 『……それだけは、訂正しておきたくて、言いました。すみません』

成幸 (台本とかもあるだろうに、またとんでもないことをしたな、緒方……)

成幸 (……でも、緒方の性格じゃ、俺が考えたメニューを自分が考えたことにされたら嫌だろうな)

成幸 (親父さんに新メニューとして認めてもらうために、軽率な嘘をついてしまったが……)

成幸 (反省だな。緒方に悪いことをしてしまった)

リポーター 『そうだったんですか。そのご友人というのは学校のお友達ですか?』

理珠 『え? は、はい。まぁ、そうですね……』

理珠 『学園祭でうどんの売上が伸び悩んで、困っているときに、このメニューを考えて助けてくれたんです』

リポーター 『ほうほう。発想力が豊かな方なんですね』

理珠 『そうなんです。成幸さんはすごいんです。勉強を教えるのも上手だし、何より努力家です!』

成幸 (……緒方。俺のことをそんなにすごい奴だと思ってくれてたのか……) ジーン

リポーター 『では、そんなご友人が考えたメニューをいただきましょう。いただきます』

リポーター 『……ん。これは、スープに溶けたもみじおろしがうどんにからまって、』

リポーター 『辛さと甘みがちょうどいいですね。とても美味しいです』

リポーター 『見た目が可愛らしいだけでなく、味は本格的です。おだしもきいていてとても美味しいです』

理珠 『……あ、ありがとうございます。父の作るうどんは絶品です』

理珠 『成ゆ――友人が考えてくれたもみじおろしのトッピングも、見た目がきれいでとても美味しいんです』

理珠 『ぜひ、食べに来てください!』

リポーター 『……ちなみに、つかぬことを伺いますが』

理珠 『はい?』

リポーター 『“成幸さん” というのが、そのお友達のお名前ですか?』

理珠 『わ、私、名前を言っていましたか?』 カァアア…… 『す、すみません、勢い余って……』

リポーター 『……あー、なるほど』 クスッ 『ハートマークのうどんを考えるなんて、ロマンチックな彼氏さんですね』

理珠 『……!? か、彼氏!? ち、違いますよ! 私と成幸さんは、そんな……――』

リポーター 『と、いうことで、本格的なうどんが楽しめて、可愛らしい看板娘がいる緒方うどん、』

理珠 『私の話聞いてますか!? ち、違いますからね!? 本当に違いますから!』

リポーター 『ぜひ一度来てみてください。以上、「私たちの街の美味しいお店」でしたー』

成幸 「………………」

カァアアア……

成幸 「な、なんていらんことを言うリポーターだよ、まったく……」

成幸 (緒方も緒方だよ。俺のことなんか話さなきゃいいのに……)

成幸 (まぁ、仕方ないか。恥ずかしい思いをしたのはあいつだし、ちょっと可哀想だな……)

成幸 (明日、うどんでも食いがてら、様子を見に行ってやろうかな……)

prrrrr……

成幸 「ん、電話……?」

ガチャッ


『覚えてろよ、センセイ……!』


ガチャッ……ツーツーツー……

成幸 「………………」

成幸 「……あー、俺、当分緒方ん家には近寄れなそうだなぁ」



おわり

………………幕間 「あたしん家にも」

うるか 「今日はリズりん家がテレビに出る日だよね~」

ピッ

うるか 「おお、本当に出てる! っていうか、改めて見ると、リズりんほんと美少女、って感じだよね」

うるか 「………………」

うるか 「……ん?」

うるか 「……彼氏……?」

うるか 「……テレビの取材にかこつければ、成幸のことを彼氏と思ってもらえる……?」

うるか 「………………」

うるか 「ねー! おかーさーん! うちにもテレビの取材来ないかなー?」

うるか母 「なにいきなりバカなこと言ってんのあんたは。来るわけないでしょ」



おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。



また投下します。よろしくお願いします。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】小林 「成ちゃんを一番幸せにできるのは、――――だと思うからさ」

………………登校中

海原 「……ねぇ、陽真くん」

小林 「ん? なに、智波ちゃん?」

海原 「わたしの意図するところを忖度せず、陽真くんが思うことをそのまま答えてください」

小林 「えっ、何いきなり?」

海原 「唯我くんのまわりにいる女の子の中で、誰が一番魅力的だと思う?」

小林 「えっ、ごめん本当に何、いきなり」

海原 「いいから答えて。十秒前、9、8、7、……」

小林 「しかもカウントダウンありなの!? 急だなぁ……」

小林 (…… “忖度するな” ってことは、暗に本当は忖度してほしいって言ってるんだろうなぁ)

海原 「4、3、2、……」

小林 「えっと……やっぱり、智波ちゃんが一番カワイイかな、なんて……」

海原 「………………」

小林 (しまった。選択をミスったか……?)

海原 「………………」 ニヘラァ 「……も、もう、陽真くんったら! そういうのじゃないんだって!」

海原 「陽真くんが本当にわたしのこと大好きっていうのはよくわかったから……///」

小林 (少し面倒くさいけど……でも、やっぱりかわいいなぁ、智波ちゃん)

海原 「そうじゃなくて……じゃあ、質問を変えるね?」

海原 「唯我くんのまわりにいる女の子の中で、誰が一番唯我くんとお似合いだと思う?」

小林 「………………」

小林 「……ん、それ、すごく難しい質問だね」

海原 「そうかな? 正直に答えてくれればいいんだけど……」

小林 「うーん、俺は成ちゃんと小さい頃からの付き合いだけど、そういう話って滅多にしないからなぁ」

小林 「男女間のこととかあんまり好きじゃないし、興味もないみたいだし……」

小林 「……で? 智波ちゃんは、俺に武元かな、って言ってほしかったの?」

海原 「うっ……まぁ、それもあるんだけど……」

海原 「もしうるかじゃないなら、うるかに足りないところを、男の子の立場から教えてもらえたらな、とか思ってたんだ」

小林 「なるほど。まぁ、武元のために色々してあげたい智波ちゃんの気持ちも分かるけどさ、」

小林 「そういうのは本人たちが決める以外、俺たちには何もできないんじゃないかな」

小林 「この前の模試の帰りみたいに、二人っきりにしてあげるくらいなら協力するけど」

海原 「うぅ……そう言われると弱いなぁ」

小林 「あ、でも、智波ちゃんが武元に協力してあげたい気持ちは分かるし、いいと思うよ」

小林 「ただ、成ちゃんの友達の俺としては、成ちゃんの意志を知らないまま、協力はできかねるかな、って」

小林 「……ごめんね、こんなノリの悪い彼氏で」

海原 「ううん、いいの。陽真くんの、イケメンのくせにそういう義理堅いところ、本当に大好きだから」

小林 「イケメンのくせにって……」 クスッ 「嬉しいよ。俺も、智波ちゃんのそういう理解あるところが大好きだよ」

海原 「えへへ……照れるね」

小林 「うん。でも、嬉しいよ」

小林 「……一応、有益かどうか分からないけど、成ちゃんの女の子のタイプだけ教えてあげようか?」

海原 「え!? それほんと!? ぜひぜひぜひ!」

小林 「参考にならないと思うけど…… “貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” だよ」

海原 「へ?」

小林 「だから、“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人”」

海原 「……重いね」

小林 「それは俺も否定できないかな」

小林 「成ちゃんはよくも悪くも、本当に真面目だからさ」

小林 「結局、今はまだ家族のことしか考えられないんだよ」

小林 「だから、武元のことも、長い目で見てあげてくれると、俺としては嬉しいかな」

海原 「……ん、そうだね。あんまり焦りすぎてもよくないね」

海原 「って言っても、うるかの片思いはもうすでに五年目の領域だからなぁ」

小林 「ある意味武元も一途で重いタイプだから、成ちゃんと相性いいかもね」

海原 「“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” かぁ……。うるか、ぴったりだと思うけどなぁ」

小林 「それを決めるのは成ちゃんだからね。なんとも言えないよ」

海原 「……でも、よかった」

小林 「へ? 何が?」

海原 「陽真くんが友達想いの良いイケメンだって、改めて分かったから」

小林 「……あはは、べつに、そういうわけじゃないんだけどね」

小林 「成ちゃんは特別なんだ。本当に俺にとって、大切な友達だから」

小林 (……でも、そうだよな。四月からずっと成ちゃんのまわりはめまぐるしく動いてる)

小林 (成ちゃんの人生が大きく動くようなことが、受験以外で起こるような気がする)

………………一ノ瀬学園 3-B 昼休み

小林 「………………」

ジーッ

成幸 「……なんだよ。その熱い視線は。どんなに見つめられたって、水希の弁当はやらんぞ」

成幸 「おかずひとつくらいなら考えてやらんでもないが……」

小林 「えっ? ああ、ごめんごめん。ちょっとボーッとしててさ」

成幸 「ボーッとして男友達の顔を見つめるなよ気持ち悪いな!」

大森 「見つめるなら美少女がいいよな。お前がよくつるんでるお姫様たちみたいな」

成幸 「大森、お前のその発言は素で気持ち悪い」

小林 「………………」

小林 (……智波ちゃんにああは言ったものの、俺も常々似たようなことを考えている)

大森 「なんだとテメェこら唯我ー! お前に俺の気持ちが分かるかー! いつも美少女侍らせやがってー!」

成幸 「やめろコラ大森! 誤解を招くような言い方をするなこのバカ!」

小林 (ただ、“誰がお似合いか” とかではなく、“誰が一番成ちゃんを幸せにできるか” だけど)

小林 (正直、答えはもう出ている。ただ、それを智波ちゃんに言うのはためらわれただけだ)

小林 (……というか、たぶんこれを俺は誰にも言わないだろう。成ちゃんのことを考えればこそ、言うべきじゃない)

大森 「せめて水希ちゃんが作った弁当のオカズくらいよこせー!」

成幸 「嫌だ! なんか今の気持ち悪いお前にだけは食わせたくない!!」

小林 (……そう。成ちゃんの幼なじみの俺だからこそ、これは胸にしまっておきたい)

小林 「……はいはい、ふたりとも騒がないの」

小林 「成ちゃん、昼休みはあの三人と勉強の予定でしょ? 早くご飯食べて行ってあげた方がいいんじゃない?」

成幸 「そ、そうだった! サンキュー、小林! 大森、お前に構ってる暇はない!」

ガツガツガツガツ……ゴックン

成幸 「ごちそうさま! じゃあ行ってくるな!」

大森 「あーっ! 俺の弁当がー!」

成幸 「お前のじゃねぇ! じゃあこのバカ頼んだぞ、小林!」

小林 「はいはい。じゃ、いってらっしゃい、成ちゃん。……お前はこっちだよ、大森」

大森 「ぐえっ」

………………図書室

小林 「………………」

小林 (……とかなんとか言って、気になって結局来てしまった)

小林 (智波ちゃんに正面切って相談されたからっていうのもあるけど、)

小林 (改めて、成ちゃんとあの三人の様子をちょっと見たくなったからだ)

成幸 「………………」

理珠 「………………」

文乃 「………………」

うるか 「………………」

カリカリカリ……

小林 (……うん。そして、想像通り、色気も何もなく、真面目に勉強している)

小林 (さすがは成ちゃんだ。しっかり先生やってるんだね)

うるか 「……ん、この問題……」

成幸 「? どうかしたか、うるか?」

小林 (……これだ。やっぱり、名前呼びになったアドバンテージは大きい)

小林 (夏休み中、間違いなく何かがあのふたりにあったはず)

小林 (成ちゃんにそれとなく聞いてみても、顔を赤くして誤魔化すだけだ)

小林 (逆に、それが何かがあったという裏付けになっているんだけど)

小林 (でも……)

理珠 「む……成幸さん、次、いいですか?」

成幸 「ああ、理珠――じゃなくて、緒方」

理珠 「はうっ……///」

成幸 「す、すまん……」

小林 (これもある。いつの間にか、緒方さんが成ちゃんのことを名前で、)

小林 (そして時々、言い間違えるように、成ちゃんも緒方さんのことを名前で呼ぶ)

小林 (武元に対抗しているのかな。だとすれば、緒方さんもがんばってるよなぁ)

文乃 「……ん、成幸くん。わたし、その次いいかな。合ってるか確認してほしい問題があるんだ」

成幸 「おう、わかった、古橋」

小林 (……これは、どう解釈したらいいのか、ちょっと分かりにくい)

小林 (古橋さんもごく自然に成幸くんと呼んでいる。けど、成ちゃんはよそよそしく名字のままだ)

小林 (けど、時々冗談なのかなんなのか、“文乃姉ちゃん” と言っているのを見かける)

小林 (もちろん冗談なのだろうけど、引っかかる)

小林 (……成ちゃんは長男で、お父さんを早くに亡くして、“兄” や “姉” に憧れている節がある)

小林 (ひょっとしたら、古橋さんのことをそういう目でみている可能性もある……)

小林 「………………」 ハァ

小林 (……俺、何やってんだろ。智波ちゃんに偉そうに高説垂れておいてこれだもんなぁ)

小林 (結局、俺は心配なんだ。幼なじみの成ちゃんのことが)

小林 「……ん?」

関城 「………………」 ハァハァハァ 「……今日もいい感じね、緒方理珠。ふふ……ぐへへ……」

小林 (えっ待ってちょっと怖い)

小林 (この人いつの間に俺のすぐ横に来てたんだ!?)

小林 (っていうか、何だこの双眼鏡。何? 緒方さんを覗いてるのか? ストーカー?)

関城 「ん……?」

関城 「ああ、誰かと思えば、よく唯我成幸と一緒にいる男じゃない」

小林 「へ……? あ、ああ、そういえば、君は文化祭の後夜祭で成ちゃんたちと一緒にいた……」

関城 「関城紗和子よ。緒方理珠の大親友よ。おたくは?」

小林 「小林陽真……。成ちゃん――唯我成幸の、幼なじみ……かな?」

関城 「ふーん……幼なじみ、ねぇ……」

ニヤリ

関城 「ちょうどいいわ。ちょっと付き合いなさいよ」 ガシッ

小林 「えっ? い、いや、俺は……――」

関城 「ジュースくらい奢ってあげるわ。ほら、行くわよ」 グイグイグイ

小林 「いや、ちょっ、待って……」

ズルズルズルズル……

………………自販機前

関城 「コーヒーでいいかしら?」

小林 「なんでもいいよ、もう……」

関城 「そう? じゃあ、はい?」

小林 「……ありがとう」

関城 「さすが、唯我成幸の幼なじみね。急に連れてこられてもお礼を言えるなんて」

小林 「俺は成ちゃんほどお人好しじゃないけどね。じゃ、遠慮なくいただきます」

小林 「……で、一体何の用?」

関城 「単刀直入に言いましょう。私は緒方理珠の大親友で、緒方理珠の恋を応援しているわ」

小林 「は? 緒方さんの恋を応援? 緒方さんのストーカーなのに?」

関城 「し、失敬ね! ストーカーじゃないわよ。……ちょっと心配で観察してしまうだけで」

小林 「ストーカーはみんなそう言うんだけどね……」

ハァ

小林 「ま、いいや。で、君は緒方さんが成ちゃんに恋してるのを、応援してるんだ?」

関城 「む……。さすがは唯我成幸の大親友ね。よく分かってるじゃない」

小林 「まぁ、あれだけ分かりやすく好意を示してたらいやでも分かるでしょ」

関城 「違いないわね」

小林 「で? 緒方さんの恋を応援している君が俺に何の用?」

関城 「緒方理珠、客観的に見てどうかしら? 唯我成幸の幼なじみに目線でもいいわよ?」

小林 「どうって言われてもなぁ。小さくて可愛いと思うよ? きれいな顔立ちだし」

関城 「唯我成幸的にはどうかしら? 彼は背は低い方がタイプ?」

小林 「いや、そういう話、成ちゃんが嫌がるからあんまりしたことないし、分からないよ」

関城 「……そう」

関城 「残念ながら、私の方でも、唯我成幸について、“貧乏でも一緒に家族を支えてくれる人” がタイプということしか分かってないのよ」

小林 (それ知ってるだけでもだいぶすごいと思う)

関城 「唯我成幸と緒方理珠をくっつけるにはどうしたらいいのかしら?」

関城 「幼なじみなら、何か有益な情報を持っているんじゃない?」

関城 「教えなさいよ。私の大親友、緒方理珠の恋を成就させるために!」

小林 「………………」

小林 「……あー、えっと、関城さん? それ、緒方さんに頼まれてやってるの?」

関城 「へ……? ち、違うけど……」

小林 「……うーん、まあ、俺が口を挟むことでもないんだけどさ、」

小林 「外野がどう騒いだって、なるようにしかならないと思うよ」

小林 「……っていうか、場合によっては、緒方さんの迷惑になるかもしれないけど、分かる?」

関城 「うっ……」

小林 「だから、関城さん 緒方さんの親友だっていうなら、恋を応援するくらいにしておけば?」

小林 「きっと、関城さんが何をしても空回りにしかならないと思うよ?」

関城 「………………」

グスッ

関城 「……そんなの、わかってるわよ。えぐっ……」

小林 (なぜ泣き出す!? えっ? 俺なんかひどいこと言った!?)

関城 「……後夜祭の花火、だって……緒方理珠のことを思って、突き飛ばしたのに……」

関城 「キライって、言われるし……ひぐっ……」

小林 (俺も見てたけどそれは仕方ないと思う)

関城 「わかってるけど、せっかくできた友達なんだもん……」

関城 「幸せになってもらいたいもん……」

小林 「あー……」

ポンポン

小林 「関城さんは、緒方さんのことが大好きなんだね。だからがんばりたいんだね」

関城 「………………」 コクリ

小林 「きっといつか、その気持ちは緒方さんに伝わるよ。だから、あんまり過激なことは控えようね?」

関城 「……うん」

小林 (……めんどくさい。成ちゃんはいつもこんな子たちの面倒を見てるのか?)

小林 (俺にはとても無理だよ成ちゃん。やっぱり成ちゃんはすごいな)

関城 「……急に取り乱してごめんなさい。ありがとう」

小林 「いや、いいよ。落ち着いてくれたなら何よりだよ」

小林 「いつか、もしも緒方さんが成ちゃんと結ばれたらさ、一緒に祝ってあげたらいいじゃない」

小林 「で、もしも、万が一緒方さんの恋がやぶれてしまったらさ、」

関城 「?」

小林 「こうやって緒方さんのことを慰めてあげなよ」

関城 「……!?」

関城 「な、なるほど……。失恋して弱っている緒方理珠のことを慰めれば……」

関城 「私たちの親友度はうなぎ登り!? なるほど、すごいことを聞いたわ……」

小林 「………………」 (いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……)

関城 「万が一のときはそうさせてもらうわ! ありがとう、小林陽真!」

関城 「でも、緒方理珠の涙なんか見たくないから、これからもできる限りがんばるわ!」

小林 (……ま、立ち直ってくれたみたいだし、いいか)

………………廊下

小林 (まずいまずい。早く教室に戻って五時間目の準備をしないと)

小林 (……ん?)

鹿島 「……あら~。そこを行くは、唯我成幸さんのお友達の、小林陽真さんではありませんか~」

小林 「へ……?」

蝶野 「時間は取らせないっス。少し、お話でもどうっスか?」

小林 「い、いや、もう予鈴もなるし……」

猪森 「教室ダッシュは本鈴が鳴ってからが本番だろう。大丈夫。授業に遅れるようなことはない」

小林 (何がどう本番なのだろう。よくわからないけど……)

小林 (……急がば回れ、かな。断ってもしつこそうだし、)

小林 「えっと……A組の、古橋さんとよく一緒にいる子たちだよね」

小林 「間違ってたらごめん。鹿島さんと、蝶野さんと、猪森さん……だっけ?」

鹿島 「さすが唯我成幸さんの幼なじみさんですね~。完ぺきです~」

小林 「まぁ、文化祭のときの話は成ちゃんから聞いてるし……」

小林 「で、話って何かな?」

蝶野 「時間もないしスパッと行くっスね。ぶっちゃけ、唯我さんとうちの古橋姫、お似合いだと思いません?」

小林 「………………」

小林 「……えっと、質問の意図が分かりかねるというか、なんというか」

小林 「誘導尋問のようにも思えるんだけど……」

猪森 「失礼した。質問を変えよう。唯我は古橋姫のことをどう想っているだろうか」

小林 「……そんなの俺に分かるわけないでしょ」

鹿島 「本当ですか~? 小林さんは、幼少の頃より唯我さんの家に出入りしていたと聞きますが~」

小林 (……怖い。なんでそんなこと知ってるんだろう)

鹿島 「唯我さんが古橋姫のことを憎からず想っていることも、ご存知なんじゃないですか~?」

小林 「ほらまた誘導尋問する。そんなの俺が知るわけないでしょ。成ちゃんはそういう話題好きじゃないし」

鹿島 「ほ~」 (考えが浅そうなイケメンを想像していましたが、意外と冴えてますね~)

小林 「……まぁ、べつに、そっちが何をしようと俺には関係ないけどさ、」

小林 「成ちゃんの迷惑になることや、成ちゃんの意向に沿わないことをしたら、俺、たぶん怒るよ?」

猪森 「むっ……」

猪森 「私たちは、そんなつもりは……――」

小林 「――悪意がなけりゃいいってもんでもないと思うけどね」

小林 「文化祭のとき見てたけどさ、っていうか、もう古橋さんに怒られただろうから強くは言わないけど、」

小林 「成ちゃんのこと騙して王子役をやらせようとか、古橋さんを突き飛ばしてジンクスを達成しようとか、」

小林 「そういうの、俺は嫌いだし、応援できないかな、って思うよ」

蝶野 「ひぇっ……」

鹿島 (これは、なんというか、想像以上というか……)

鹿島 「……失礼しました~。たしかに、やりすぎたと、私たちも反省はしているんですよ~」

小林 「そう。ならいいけどね」

蝶野 「き、気に触ったなら、わ、悪かったっス。ごめんなさい……」

小林 「へ? いや、俺、べつに怒ってはいないからね?」

猪森 (うそつけ。メチャクチャ怒ってたじゃないか。すごく怖かったぞ……)

蝶野 (だ、ダメっスよ、猪森さん。変なこと言ってまたご機嫌を損ねたら、今度こそ怒られる気がするっス……)

鹿島 「ふむふむ。小林さんは、お友達想いの方なんですね~」

小林 「うん。成ちゃんは俺にとって特別な友達だから」

小林 「けど、べつに俺は成ちゃんと誰かが付き合ってほしいなんて思いもないし」

小林 「成ちゃんが幸せならそれでいいと思うし」

小林 「きみたちが古橋さんと成ちゃんをくっつけたいと思うなら、勝手にしたらいいと思うし」

小林 「……けど、あんまりハメを外しすぎないようにね」

小林 「成ちゃんはお人好しだから、あんまり怒ったりしないと思うけどさ、あんまりやりすぎたら、俺が怒ると思うから」 ニコッ

鹿島 「……はい。肝に銘じておくとします~」

鹿島 (将を射んと欲すればまず馬を射よ、と思い、小林さんに声をかけましたが、)

鹿島 (藪をつついて蛇を出してしまった感じですね~)

キーンコーンカーンコーン……

小林 「あっ、予鈴だ。じゃ、もう行くね。役に立てなくてごめんね」

鹿島 「いえいえ。お引き留めしてすみませんでした~」

蝶野 「……っス。すみませんっした!」

猪森 「悪かった……」

小林 「?」 (なんでみんなこんなに萎縮してるんだろう……?)

………………放課後

小林 (いや、昼休みは色々とひどい目にあった……)

成幸 「大丈夫か、小林? なんか疲れてそうだけど……」

小林 「ん? ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと色々あってさ」

成幸 「そうか。あと、海原はいいのか? 一緒に帰らなくて」

小林 「智波ちゃんは今日は部活に顔出すって言って行っちゃったよ。川瀬と一緒に武元の国体の練習に付き合ってあげるんだってさ」

成幸 「なるほど。海原も川瀬も友達想いだな。うるかは幸せ者だ」

小林 「本当にそう思うよ」

成幸 「あと、お前も幸せ者だよ」

小林 「へ?」

成幸 「あんな良い彼女ができてよかったな。正直、本当にお似合いだと思う」

小林 「あっ、そ、そうかな……/// 嬉しいよ。ありがとう、成ちゃん」

成幸 「おう!」

成幸 「ん、そうだ。新しい参考書をチェックしたいから、本屋寄ってもいいか?」

小林 「オッケー。ついでに俺も問題集でも見ようかな」

………………駅前

マチコ 「さー、今日もお仕事がんばるとしますかねー」

ヒムラ 「うむ。今日はあしゅみーがいないし」

ミクニ 「その分わたしたちでがんばらないと」

マチコ 「……ん?」

マチコ 「あそこに見えますは、ひょっとして唯我クンじゃないかな?」

ミクニ 「ほんとだー。お友達と一緒かな?」

ヒムラ 「……結構イケメンだね」

マチコ 「あしゅみーの話だといつも女の子侍らせてるイメージだったけど、」

ヒムラ 「ちゃんと男友達もいるんだね」

ミクニ 「……これは」 ギラリ

マチコ 「チャンス」 ギラリ

ヒムラ 「だね」 ギラリ

………………本屋

「ありがとうございましたー」

成幸 「付き合ってくれてありがとな、小林」

小林 「ううん。こちらこそ、いい問題集が買えたよ」

成幸 「じゃ、また明日学校でな」

小林 「うん。また明日」

小林 (……成ちゃんはこの後も図書館でいつものメンバーとお勉強、か)

小林 (一緒にどうだと誘われはしたものの、それについていく勇気は俺にはないし)

小林 「……さて、帰りますか」

ガシッ

小林 「へ……?」

マチコ 「やぁやぁやぁ、唯我クンの友達のイケメンくん」 グイッ

ヒムラ 「君に恨みはないが、少し顔を貸してもらってもいいかな?」 グイッ

ミクニ 「ジュースとご奉仕くらいはごちそうするから、ね?」 グイッ

小林 「め、メイド……? って、ちょっ、待っ……!?」

………………メイド喫茶 High Stage

マチコ 「ふむふむ。小林陽真くん。唯我クンの幼なじみ……なるほど」

小林 「えっと、あの……。俺、見ての通り高校生ですし、あんまりお金はないんですけど……」

マチコ 「だから、ごちそうしてあげるって。はいジュース」

小林 「どうも……」

小林 (……なんか今日飲み物おごってもらってばっかりだな)

小林 「さっき成ちゃん……唯我くんの名前を出してましたけど、ひょっとしてここって……」

小林 「成ちゃんが時々話す、“あしゅみー” さんのお店ですか?」

ヒムラ 「あしゅみーを知っているのか。それなら話が早いね」

ミクニ 「わたしたちはそのあしゅみーの同僚だよ。だから緊張しなくていいからね」

小林 (メイド三人に取り囲まれて緊張するなという方が無理な話だと思うんだけど)

小林 「……で、俺に一体何の用ですか?」

ヒムラ 「まず前提として知っておいてもらいたいのが、わたしたちはあらゆる意味であしゅみーのことを応援しているということ」

ミクニ 「なので、当然、勉強面においても私生活においても、あしゅみーにはがんばってもらいたい」

マチコ 「そして、もちろん、恋愛面でもがんばってもらいたいなー、なんて思ってるの」

小林 「えっと……」

マチコ 「つまりだね、あしゅみーが唯我クンのことを憎からず想っているであろうことが問題でね」

ミクニ 「わたしたちとしては、あしゅみーにぜひ唯我クンといい感じになってもらいたいんだよ」

ヒムラ 「唯我クン良い子だしね。あしゅみーとお似合いだと思うんだ」

小林 (またこれか。今日は一体どういう日なんだ……)

小林 「えっと、俺はそのあしゅみーさんのことを知らないですし、なんとも……」

小林 「文化祭で軽く見かけましたけど、たしかに、綺麗な人ではありましたけど……」

マチコ 「文化祭のときってことは、バンギャっぽい格好でしょ?」

マチコ 「これはどうかな? 接客中の写真」

バーン

小林 「雰囲気少し違いますね。でも、やっぱり綺麗な人だ」

マチコ 「そうなの! あしゅみーはちっちゃいけど美人で、この店のナンバーワンメイドなんだよ!」

小林 「はぁ……」

ヒムラ 「どうかな? 唯我クンは小柄な女性がタイプとか、そういうのはないかな?」

小林 「聞いた事ないから分からないですけど……。そういう話、成ちゃんキライだし……」

ミクニ 「ところでさっきから “成ちゃん” って呼んでるのに萌えてるのわたしだけかな?」

マチコ&ヒムラ 「「すごくわかる」」

小林 「あの、俺帰って良いですか?」

ミクニ 「じょーだんじょーだん。ごめんごめん」

ヒムラ 「さっき唯我クンからあしゅみーの話が出ているようなことを言っていたけど、」

ヒムラ 「どうかな? 唯我クンはあしゅみーのことをどう想っているかな?」

小林 「いや、そこまでは分からないですけど……」

小林 「勉強を教える相手が増えた、とか。でもその先輩はアドバイスもくれる、とか」

小林 「悪い話は聞いてないから、たぶん成ちゃんも悪く思ってはいないと思いますけど……」

小林 「いかんせん、成ちゃんはお人好しなので、あまり人を嫌うようなタチでもないですから」

マチコ 「まぁ、たしかに良い子だもんねぇ、唯我クン。なんだったらわたしが彼女に立候補したいくらいだよ」

小林 「そういうこと言うと成ちゃん本気で顔真っ赤にすると思うんでやめてあげてくださいね」

マチコ&ヒムラ&ミクニ 「「「わかるー」」」

小林 (帰りたい……)

マチコ 「あしゅみーはすごく良い子なんだよ」

ヒムラ 「仕事はテキパキこなすし、誰かが困ってたらすぐヘルプ入ってくれるし」

ミクニ 「ナンバーワンなのに気取らないし。姉御肌だし」

マチコ 「お料理上手だし掃除洗濯なんでもござれだし」

ヒムラ 「はすっぱに見えて優しくて面倒見いいし、まじめだし意志も強いし」

ミクニ 「とにかくいいとこだらけの完ぺき美少女なんだよ」

小林 「はぁ……」

マチコ 「だから、小林くんの方から、唯我クンに言ってあげてくれないかな」

マチコ 「“そのあしゅみーって人、唯我クンのこと好きなんじゃない?” とか……」

小林 「………………」

ミクニ 「そうしたら、きっと唯我クンもあしゅみーのこと意識して……」

ミクニ 「……って、小林くん? 聞いてる?」

小林 「………………」

小林 「……俺は、成ちゃんの幼なじみです。だから、成ちゃんには幸せになってほしい」

小林 「俺が成ちゃんに、そういうことで口を出すことはないです。すみません」

マチコ 「あっ、えーっと……ひょっとして、怒った、かな?」

小林 「えっ? あ、いや、怒ってはいないです。すみません」

ヒムラ (いや、今めちゃくちゃ怖い顔してたけど……)

ミクニ (や、藪をつつくのも怖いから黙ってよう、ヒムラちゃん)

小林 「成ちゃんは、今受験で忙しいですし、話を聞く限りそのあしゅみーさんも忙しいでしょう」

小林 「あまり外野がどうこう言うものでもないでしょうし、タイミングもあまり良くないと思います」

小林 「成ちゃんは受験が終わるまではそういうことは考えないタチですから」

小林 「それまでそっとしておいてもらえたら、って思います。それは俺の個人的な考えですけど」

ヒムラ 「……っあー、そっか」

ミクニ 「なんか悪いことしちゃったね。ごめんね?」

小林 「いや、全然、俺はなんとも思ってないですから。すみません、生意気なことを……」

マチコ (絶対うそだよ……。めちゃくちゃ怒ってたよ……)

マチコ 「本当にごめんね。わたしたちも無理矢理、ってことは思ってないから安心してね」

小林 「あ、それは、はい。成ちゃんから、店の皆さんはとてもいい人たちだと聞いていますから」

小林 (まぁ、その他にも、あしゅみーさんのニセモノの彼氏になったとか)

小林 (ふたりきりでカラオケルームで写真を撮りまくったとか)

小林 (ふたりだけで海に行って色々大変だったとか)

小林 (家事代行サービスのときは帰りがけに家に寄って色々してもらったとか)

小林 (色々聞いてはいるけど……)

ヒムラ 「残念だね。でも、わたしたちはできることをやってあげよう」

ミクニ 「そうだね。あしゅみーと唯我クン、絶対相性ぴったりだし、」

小林 (……このことはこの人たちには言わない方が良さそうだ。成ちゃんのためにも、あしゅみーさんのためにも)

小林 「ジュースごちそうさまでした。お役に立てなくてすみません」

マチコ 「ううん、こちらこそ時間取っちゃって悪いことしたね。これ、このお店の割引券だから、」

マチコ 「また今度、唯我クンとか、お友達を連れてきてね」

小林 (……大森をこんな綺麗どころばっかりのお店に連れてきたらまた面倒なことになりそうだからやめておこう)

小林 「ありがとうございます。失礼します」

………………帰路

小林 「………………」

小林 「……さすがに疲れたな。一体今日はなんなんだ」


  「そこを行く男子ー! 止まりなさーい!!」


小林 「うん。そろそろ驚く元気もなくなってきたよね」

小林 (さて、今度は一体誰だろうか、と……)

? 「……そうです。あなたです。あ、でもそれ以上は近づかないでくださいね」

小林 (……誰?)

? 「急に話しかけてすみません。あなたが唯我成幸さんと一緒にいたところ見かけたもので」

? 「申し遅れました。私、桐須美春と申します」

小林 「桐須、さん……? えっ、その名字って……」

美春 「やはりご存知ですか。そうです。あの完全無欠のスペシャルな、桐須真冬姉さまの妹です」

小林 「はぁ……。あー、えっと、桐須先生にはいつもお世話になってます」 ペコリ

美春 「これはご丁寧に。私も姉さまにはいつもお世話になってました」 ペコリ

小林 「えっと、で、その桐須先生の妹さんが何のご用でしょうか?」

小林 「……あと、なんか遠くないですか?」

美春 「この距離が適切です。それ以上近づいたら痴漢と見なします」

小林 (どういうことだよ……。10メートルくらい離れてるんだけど)

美春 「用というのは他でもない、姉さまのことについてです」

美春 「より深く申し上げるならば、先ほどあなたが一緒に歩いていらした、唯我成幸さんのことでもあるのですが」

小林 (メイドさんたちだけじゃなく、この人にも見られてたのか……)

小林 (今日は本当に一体何なんだ……?)

美春 「単刀直入に申し上げます。あなたは姉さまと唯我成幸さんの関係をご存知ですか?」

小林 「は? 関係? そんなの、ただの教師と生徒でしょう?」

美春 「……やはり、お友達にも内緒にしているのですね。唯我成幸さん、義理堅さは評価に値しますが、それだけ姉さまに本気でもあるということですね……」

小林 (どうしよう。この人が何を言っているのか本当に分からない)

小林 「えっと、どうして桐須先生の妹さんが、成ちゃんのことをご存知なんです?」

美春 「一度会ったことがありますから」

小林 「えっ? どこで?」

美春 「そんなの決まってます。姉さまの家でですよ」

小林 「……へ? 成ちゃん、桐須先生の家にお邪魔したことがあるんですか?」

美春 「お邪魔したことがあるも何も、定期的に来ているようですよ? なんせあの二人は、遺憾ながら半同棲中のラブラブカップルですから」

小林 「………………」

美春 「………………」

美春 (し、ししし、しまったぁああああああああ!!)

美春 (私としたことが、とんでもないことを暴露してしまいました!!)

美春 「あ、あの……」

小林 「……あー、えっと、今のは、聞かなかったことにします」

小林 「何も聞こえませんでした。成ちゃんにとってもあんまりいいことではなさそうなので」

小林 (……っていうか成ちゃん。先生の家に定期的に行ってるって、それかなり問題なことだけど分かってるのかな)

小林 (まぁ、それ以上に問題になるのは桐須先生の方だろうけど……)

美春 「こ、こうなったらもう仕方ありません。ぶちまけますが、」

美春 「私は、あのふたりの関係を認めるつもりはありません」

小林 「いや、そりゃ当たり前でしょ……。教師と生徒ですよ?」

美春 「それもありますが、たとえ唯我成幸さんが姉さまの生徒でなくとも、関係を認めるわけにはいかないのです」

美春 「……姉さまには、こちらに戻ってきてもらわなければならないから」

美春 「そのための障害となる唯我成幸さんとの関係を認めるわけにはいかないのです」

小林 「………………」

美春 「……? 聞いてますか? 唯我成幸のご友人さん?」

小林 「……小林陽真です。えっと、桐須美春さんでしたっけ?」

美春 「はい?」

小林 「これをあなたに言うのはフェアじゃない気もするし、気が引けるんですが、ひとつだけ言わせてほしいです」

小林 「……俺の幼なじみは、教師とそういう関係になるほど、落ちぶれてはいませんよ?」

美春 「は……?」

小林 「………………」

美春 (こっ、これは、えっと、なんというのでしょう……)

美春 (ひょっとしてこの殿方は、私に、怒っている!?)

美春 「え、えっと、あの……――」

小林 「――あと、もうひとついいですか?」

美春 「は、はいっ!」 ビクッ

小林 「それこそ、俺に言えた義理じゃないんですけど、」

小林 「桐須先生も、そういうことをするような先生じゃないと思いますよ? 妹さんなのに分からないんですか?」

美春 (やっぱり怒ってるーーーーー!!!)

美春 (こ、怖い……怒った殿方、怖い……)

美春 「す、すすす……」

小林 「?」

美春 「すみませんでしたぁあああああああああ!!!」

タタタタタタ…………

小林 「……行っちゃった。何だったんだろう、一体?」

小林 「っていうか、最後何でちょっと涙ぐんでたんだろう……?」

………………小林家

小林 「……ふぅ。なんか今日、疲れちゃったなぁ」

小林 「それにしても……」

小林 「みんな成ちゃんのこと大好きなんだなぁ……」

小林 (……まぁ、俺も人のこと言えないけどさ)

小林 (成ちゃんいい奴だもんなぁ)

小林 「………………」

小林 「……誰が一番成ちゃんとお似合いか、ねぇ」

小林 「みんな、結局自分の友達に幸せになってもらいたいんだよね。ま、当たり前か」

小林 (でも、俺だけは成ちゃんの味方でいてあげないと)

小林 (いずれ、きっと成ちゃんは大きな選択を迫られることになる。そのときに、成ちゃんはひょっとしたら傷つくかもしれない)

小林 (誰かが成ちゃんのことを嫌うかもしれない。憎むかもしれない。そんなとき、俺だけは成ちゃんの味方でいてあげたい……)

prrrr…………

小林 「ん、電話……武元から?」

小林 「……もしもし?」

うるか 『あっ、こばやん? ごめんね、急に』

小林 「いや、家で寝転がってただけだから大丈夫。どうしたの? 武元が俺に電話なんてめずらしいじゃん」

うるか 『いやー、ちょっとこばやんに謝っておかなくちゃって思ってさ』

うるか 『ごめんね。こばやん』

小林 「いや、えっと……なんか武元に謝られるようなことあったっけ?」

うるか 『いや、大したことじゃないかもしれないんだけどさ、気になっちゃって……』

うるか 『今日、海っちから変なこと言われたっしょ? 成幸と誰がお似合いか、とか……』

小林 「ああ……智波ちゃんから聞いたのか。まぁ、言われたといえば言われたけど……」

うるか 『うん。なんか、海っちが少し落ち込んでてね、』

うるか 『“陽真くんに嫌われたかもー” って、最初は笑ってたけど、少し悲しそうな顔してたから……』

小林 「俺に嫌われる? なんでまたそんな……」

うるか 『こばやんが成幸のこと大好きだって分かってたのに、彼女って立場を利用して、変なこと聞いちゃったから……だと思う』

小林 「……そんなの、気にしてないのに」

小林 (朝の様子では和やかに会話を終えたつもりだったけど……)

小林 「智波ちゃんに悪いことしちゃったな……謝らないと」

小林 「でも、それで何で武元が俺に謝るんだ?」

うるか 『だって、海っちがこばやんにそんなこと聞いたの、あたしのためだから。だから、海っちのこと怒らないであげて』

うるか 『あたしが踏ん切りがつかなくて、何年も片思いを続けてるのを見かねた海っちがしてくれたことだから……』

うるか 『だから……』

小林 「……まったく。だから俺、べつに怒ってないって」

小林 「智波ちゃんにも、武元にも怒ってないよ。だから大丈夫」

うるか 『本当に!? 良かった……』

うるか 『あたしのことでこばやんが嫌な思いをしたり、海っちとの仲が悪くなったりしたら、嫌だったから……』

小林 (本当に安心したような声を出して……。本当に、友達想いの奴だな)

小林 (……武元。お前は、本当に友達想いの良い奴だよな)

小林 (そうだよ。だから、俺は……)

小林 「……なぁ、武元。ひとつだけいいか?」

うるか 『うん? なぁにー?』

小林 「お前に言っておきたいことがあるんだ」

うるか 『言っておきたいこと?』

小林 「ああ。ただしそれは一度しか言わないし、それを俺が言ったことを、誰にも言わないでほしい」

小林 「……ただ、お前にだけは言っておきたいんだ。聞いてもらってもいいか?」

うるか 『へっ? い、いいけど……。聞いたことを内緒にすればいいの?』

小林 「そうだ。誰にも、絶対言わないって約束してくれ」

うるか 『……うん。わかった!』

小林 「ありがとう。じゃあ、言うな。本当に、一度しか言わないからな」

うるか 『うん! どんとこい、だよ』

小林 「……俺は成ちゃんのことが大好きなんだ」

うるか 『……へ?』

小林 「成ちゃんは昔からずっと苦労してるのも知ってる」

小林 「誰より努力家で、場合によっては報われない努力もたくさんしてきたことも知ってる」

小林 「だから、できれば今後、成ちゃんにはたくさん幸せになってもらいたい」

小林 「俺は、成ちゃんには、成ちゃんを一番幸せにできる人と結ばれてほしいと思うんだ」

小林 「その上で言うけど、」



小林 「俺は、成ちゃんを一番幸せにできるのは、武元だと思うからさ」



うるか 『え……?』

小林 「……だから、がんばれよ、武元」

うるか 『えっ……あっ……えーっと……』

小林 「話はそれだけだ。聞いてくれてありがとな。智波ちゃんに電話かけなくちゃだから、切るな」

うるか 『あっ、ちょっと……――』

プツッ

小林 「……一度しか言わないって言っただろ。武元。でも、それが俺の本心だよ」

小林 (……誰にも言わないつもりだったのになぁ。本人に言っちゃったよ)

小林 「……さてさて、それじゃ、智波ちゃんに電話しなくちゃな」

小林 「俺、怒ってないのに、智波ちゃんったら……」

小林 (……まぁ、そういうところもかわいいというか、なんというか)

小林 (俺のことを考えてくれてる証拠だし、嬉しいな)

prrrr……

海原 『あっ……は、陽真くん……?』

小林 「うん。今、電話大丈夫?」

海原 『うん……』

小林 「今、武元から電話があってさ。智波ちゃんが落ち込んでたって聞いたから……」

小林 「一応言っておくけど、俺、智波ちゃんのこと嫌いになったり、怒ったりしてないからね」

海原 『……ほんと?』

小林 「ほんとだよ。うそなんかつかない」

小林 「だから、元気出してよ。声も元気ないよ?」

海原 『……うん。でも、もし陽真くんに嫌な思いをさせちゃったらって思うとね』

海原 『なんか、元気でなくて……。ごめんね』

小林 「………………」

クスッ

小林 「……智波ちゃん、いま帰り?」

海原 『えっ? うん、歩いてるトコだけど……』

小林 「今から少しお茶でもどう?」

海原 『!? いいの?』

小林 「うん。もちろん、智波ちゃんが大丈夫ならだけど――」

海原 『だいじょぶだいじょぶ! ダメなことなんか何一つないよ!』

海原 『あ、でもわたし、プール入ったばっかりだから髪パサパサだし、』

海原 『ドライヤーも適当だから髪も跳ねてるし……』

小林 「大丈夫だよ。どんな智波ちゃんでもかわいいよ」

海原 『はうっ……』

海原 『で、でもでも、わたし、今日、ちょっと落ち込んでるから……』

海原 『すごく甘えちゃったりとか、しちゃうかも……?』

小林 「嬉しいよ。気にせず甘えてよ」

海原 『えへへ……』

小林 「じゃあ、今から行くね。商店街で待ち合わせでいいかな?」

海原 『……うん。ありがと、陽真くん』

小林 「こちらこそ。じゃ、商店街で」

ピッ

小林 「……さて、可愛い彼女を甘やかしに行くとしますか」

小林 (なんて言って、結局……)

小林 (今日一日色々あって疲れた俺の方が癒やされることになるんだけどさ)

小林 「………………」

小林 「……がんばれよ、武元」

小林 (がんばって、いつか……成ちゃんにも、こういう幸せな気持ちを、教えてあげてくれ)

小林 (……あの不器用でお人好しな幼なじみのことを、幸せにしてあげてくれ)


おわり

………………幕間   「強敵すぎる」

小林 「ところで成ちゃんって結局どんな女の子がタイプなの?」

成幸 「何度も言わせるな、小林。俺はそんなことを考えてる暇はないんだ」

小林 「ま、そうだよねぇ。でも、受験が終わったら少しは考えられそう?」

成幸 「知るか。というか、こんなガリ勉男、女子のほうが願い下げだろう。俺はお前みたいなイケメンじゃないんだよ」

小林 「関係ないと思うけどなぁ……」

成幸 「それに、受験が終わったからって油断はできない。大学の授業についていくための予習復習をしなきゃだろうし、」

成幸 「本格的にバイトを初めて、少しでも母さんに楽させてあげたいし、」

成幸 「水希も色々と忙しくなるだろうから、しっかりと料理を勉強しておきたいし、」

成幸 「……とにかくやるべきことがたくさんあるんだ。受験が終わってもそんな暇はねぇよ」

小林 「あー……」

小林 (……まぁ、なんというか、相手は本当の本当に強敵だぞ)

小林 (がんばれよ、武元)


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

主要でないキャラを妄想で補いながら作ったお話という一体誰が得するんだというものを投下しました。
申し訳ないことです。
小林くんのキャラクターは本編だけではいまいち把握しかねますが、
わたしの中では成ちゃんと智波ちゃん(とついでに大森くん)のことが大好きなイケメンというイメージです。
多分にわたしの個人的な見解が入っているので、不快に思われる方もいるかもしれません。ごめんなさい。

今まで色々な作品でSSを書いてきましたが、こんなに多くのSSを書けた作品は初めてです。
まだまだ書ける気がしますので、気が向いたら覗いてくださると嬉しいです。

自分語りが長くなりました。
ではまた折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】あすみ 「アイドルデビュー?」

………………?

『ねぇ、おとーさん!』

『うん? なんだい?』

『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

『お医者さんになるのかい?』

『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』

『うん!』

………………小美浪家

あすみ 「………………」 zzz……

パチッ

あすみ 「ん、あ……。っ、寝ちまってたのか……」

あすみ (一次試験まで時間がねぇ……。とはいえ、根を詰めすぎたか……)

あすみ (……懐かしい夢も見ちまった。ちくしょう。あんときに戻れりゃな)

あすみ (まだ小せえアタシに、理科だけは死に物狂いでやっとけよって言ってやるのに)

あすみ (……なんて現実逃避してる場合じゃねぇ)

カリカリカリ……

あすみ (……くそっ、化学生物ならまだいいが、なんで物理なんてやんなきゃなんねーんだ)

あすみ (今日は後輩が店に来る日か……。癪だが、しっかり教えてもらわねーとな)

………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「おい、後輩。なんでこの世には縦波と横波なんてものがあるんだ?」

成幸 「いきなりとんでもないこと言い始めましたね。なんですか」

あすみ 「力学はまぁ、なんとか、分からんでもないような領域に来たような気がするが……」

あすみ 「相変わらず波がよくわからねーんだよ。横波はまだいいよ。なんだよ縦波って。舐めてんのか」

成幸 「珍しくめちゃくちゃなこと言ってますね。前に古橋も似たようなこと言ってましたよ?」

あすみ 「……あいつらと同レベルのことを言ってしまった……」

ズーン

成幸 (……めずらしく感情の浮き沈みが激しい。相当波に手こずってるみたいだな)

成幸 (とはいえ……)

ガヤガヤガヤガヤ……

成幸 「先輩、波の単元については分かりやすくまとめておきますから、仕事に戻ってください」

成幸 「お客さん増えてきましたよ」

あすみ 「む……。たしかにそうだな。よし、戻るか……」

あすみ 「………………」

パッ

あすみ 「……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!」

客1 「あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!」

あすみ 「はーい、ただいま参りましゅみー!」

客2 「その次こっち来てねー!」

あすみ 「はいはーい。おねーさんちょっと待っててねー」

客3 「あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!」

あすみ 「きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!」

成幸 「………………」

成幸 「……相変わらずすごい変わり様だ」

成幸 (俺にもああいう調子でいてくれればなぁ……)


 『成幸くんっ、いつもお勉強教えてくれてありがとうございましゅみー!』


成幸 (……いや、やっぱり気持ち悪いからいつもの先輩でいいや)

………………

?? 「ふむ……」

?? 「あれが噂の、小妖精メイドあしゅみぃか……」

?? 「噂に違わぬカリスマ性……いや、アイドル性を持ち合わせたメイドだな」

?? 「………………」

?? 「……ふむ」

クスッ

?? 「欲しいな」

マチコ (……うーん)

マチコ (あの隅の席に座ってる人、あしゅみーをずっと見てるような……)

マチコ (一体なんなんだろう……?)

………………閉店後 掃除

あすみ 「……っふぅー。やっとバイト終わりかー。今日はお客さんめっちゃ多かったなー」

成幸 「そうですね。先輩も今日はやけに気合い入ってましたね」

あすみ 「まぁなー。勉強で分からないところにぶち当たったストレスは、仕事で発散するに限るからな」

マチコ 「はは、バイトとストレス発散が兼ねられるなんて、あしゅみーはほんとすごいよね」

あすみ 「……っつーか、マチコ、後輩に掃除までさせてるのかよ。アタシの勉強を見るだけじゃないのか?」

マチコ 「心配召されるなー。ちゃんと店長にバイト代払わせてるから大丈夫」

成幸 「俺も、問題集を買うお金になるから助かってます」

あすみ 「……お前がいいならいいけどさ」

カランコロン……

マチコ 「ん……? 入店のベル? 変だなぁ。閉店の札は下げといたはずだけど……っと」

?? 「……失礼するよ」

成幸 (女の人……?) 「あ、すみません。お店はもう閉店で……」

マチコ (……この人、閉店までずっと店の隅にいた……あしゅみーのことずっと見てた人だ!)

マチコ (まさか、あしゅみーのストーカー……!?)

?? 「ああ。閉店後でないとつかまらないと思ったからね」 ニコッ 「“あしゅみー” さん?」

あすみ 「えーっと、どちらさまですかー?」 キャルン

?? 「素晴らしい変わり身の速さだな。私が店の客だと見抜いたか」

?? 「ともあれ、すまない。先に名乗るべきだったな。名刺をあげよう」

?? 「こういう者だ。以後お見知りおきを」

あすみ 「……? “アイドル事務所 『ジャムレーズン』 社長兼プロデューサー 五反田音羽” さん……?」

?? 「まぁ、“ここ” で名前を出すものでもないだろうから、気軽にプロデューサーと呼んでくれ。アイドルたちからもそう呼ばれている」

マチコ 「……!? ジャムレーズン!? ジャムレーズンってあの、“レーズンデート” の事務所の!?」

あすみ 「有名なのか?」

マチコ 「テレビとか見ないのあしゅみー!? 唯我クンは……ああ、当然のようにクエスチョンマークが浮かんでるね!」

マチコ 「今年メジャーデビューして、人気急上昇中のアイドルユニットだよ!」

あすみ 「お察しの通り、テレビあんまし見ねぇしなぁ」

成幸 「同じく……」

プロデューサー 「手前味噌ではあるが、それなりに有名になったつもりだったが、まだまだみたいだな」

マチコ 「いや、このふたりがストイックすぎるだけなので、お気になさらずに……」

あすみ 「えーっと、話が読めないんだが……アイドル事務所のプロデューサーさんがアタシに何の御用向きで?」

プロデューサー 「ゆっくり話したいことがある。が、今日はもう遅い。明日あたり、時間をもらえないだろうか」

あすみ 「なんか、えらくもったいぶりますね。べつにアタシとしちゃあ興味もないし、聞く気もないんですが」

プロデューサー 「素の君は随分と弁が立つようだな。ますます興味が湧いたよ」

プロデューサー 「まぁ、隠すことでもないし、一言だけはっきりいうとすれば……」


プロデューサー 「君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?」


プロデューサー 「……といったところかな。ま、興味があったら明日、電話をくれ。この辺のファミレスででも話をしよう」

プロデューサー 「電話をくれることを期待してるよ。じゃあね」

あすみ 「言いたいことだけ言って行っちまった。結局なんだったんだ?」

成幸 「さぁ、俺にもよく分からないですけど……」

マチコ 「……あ、あしゅみー、す、すす、すごいことになったよ」

あすみ 「あ?」

マチコ 「あしゅみー、アイドルになれるかもしれないんだよ!?」 キラキラキラ

あすみ 「……はぁ?」

………………

マチコ 「これがレーズンデートのメンバー。四人組だね。リーダーのカトルちゃんと……」

あすみ 「あー、いい。どうせ覚えられないから」

成幸 「なんかメイド服っぽい格好ですね」

マチコ 「いいところに気づいたねえ唯我クン。レーズンデートのモチーフはメイドだからね」

マチコ 「で、これがレーズンデートのPV」

あすみ 「………………」

マチコ 「もう少し楽しそうな顔して観て欲しいかな?」

あすみ 「んなこと言われてもなぁ……」

成幸 「え、えっと、可愛らしい衣装と振り付けですね。歌も上手です」

マチコ 「唯我クンの気遣いが胸に刺さるよ……」

あすみ 「……それより事務所の社長のページ、ほんとにさっきの女の人の写真があるな」

あすみ 「本物かよ。暇なのか、アイドル事務所の社長って?」

成幸 「プロデューサーも兼ねてるって言ってましたから、暇なことはないと思いますけど……」

マチコ 「仕事だと思うよ? 新しいアイドルの発掘もプロデューサーの仕事だろうから」

あすみ 「それでアタシに目をつけるって……大体、アタシみたいなちんちくりん、テレビ映えしないだろ」

マチコ 「そのあたりは詳しくないから知らないけど……でも、そういうところも含めて、お眼鏡に適ったんだと思うよ?」

あすみ 「これほど嬉しくないことも初めてだけどな……」

マチコ 「えーっ、あしゅみー、アイドル興味ないの!? 女の子だったら誰だって憧れるでしょ!?」

あすみ 「それだとアタシ、女の子じゃないことになるな。まぁ別に構わねぇけど」

マチコ 「唯我クンもそう思うよね!? アイドル憧れたこととかあるよね!?」

成幸 「すいません。俺はそもそも女の子じゃないので分かりません」

マチコ 「かーっ。これだからよー。これだから受験戦争は百害あって一利無しなんだよー」

あすみ 「関係ねーだろ。意味なくやさぐれんな。アタシはアイドルなんぞ興味ない。っつーか、アタシがなりたいのは医者だ」

あすみ 「医者とアイドルなんて方向性が真逆じゃねぇか。アタシには縁のない話だよ」

マチコ 「……えー、でも、もったいないなぁ。あしゅみー、可愛いし、アイドルになれば大人気だと思うけどな」

マチコ 「軽音だってやってたんでしょ? ギターもやれるメイドアイドルとか最高じゃない?」

あすみ 「何がどう最高なのか分からねぇよ。ギターだって趣味程度だ。仕事にする気はない」

マチコ 「……はぁ。せっかくアイドルデビューするあしゅみーの推し一号になれるかも、とか思ったけど、本人にその気がないんじゃ仕方ないね」

あすみ 「ああ。まぁ、気をもたせんのも悪いから、明日断りの電話だけ入れておくさ」

あすみ 「変なことがあったせいで掃除が長引いちまったな。さっさと帰ろうぜ」

マチコ 「はーい」

成幸 「………………」


―――― 『……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!』

―――― 『あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!』

―――― 『はーい、ただいま参りましゅみー!』

―――― 『その次こっち来てねー!』

―――― 『はいはーい。お嬢様もちょっと待っててくださいねー』

―――― 『あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!』

―――― 『きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!』


成幸 (……こんなこと言ったら絶対不機嫌になるから言わないけど、)

成幸 (たしかに、店での先輩を見ている限り、先輩にアイドルってぴったりなんじゃないか?)

成幸 (本人が気にしている通り背は低いけど美人さんだし、顔が小さいから全体のスタイルだって悪くない)

成幸 (……まぁ、絶対本人には言わないけど)

あすみ 「………………」 コソッ 「……おい、後輩」

成幸 「わっ……き、急に距離を詰めないでくださいよ。びっくりした……」

あすみ 「店で発情してんじゃねーよ、スケベ君。それより、この後暇か?」

成幸 「へ? まぁ、家に帰って勉強するだけですけど……」

あすみ 「じゃあ、悪いけどちょっと付き合えよ。親父がお前を家に連れてこいってうるさいんだよ」

あすみ 「お前のことえらく気に入ったみたいでな。最近じゃあの人お前のこと息子って呼んでるぞ……」

成幸 「待ってください。怖くなってきました。嘘だってバレたらどうなるんですか!?」

あすみ 「……まぁ、そんときゃそんときだ。それに……」

ギュッ

成幸 「!?」 (ち、ちかっ……つか、なんで腰に手を回して……!?)

あすみ 「嘘を本当にするのも、アリかな、なんて……」

成幸 「へっ!? そ、それって……」

あすみ 「……お前、いい加減学習しろよ。冗談だよ」

成幸 「だぁあああああ!! そういう冗談やめろって言ってるでしょーが!」

成幸 「っていうか肉体的接触は冗談でもなんでもないですよ!?」

あすみ 「怒るなって。帰りにコンビニで肉まんおごってやるから」

成幸 「ごちそうさまです!」

あすみ 「……肉まんひとつで機嫌を直しちまうお前の将来が少し心配だよ」

マチコ 「ほらー、唯我クンもあしゅみーも、じゃれてないで早くかえろーよー」

あすみ 「ああ、悪い悪い。じゃあ行くぞ、後輩」

成幸 「あ、はい。ちょっと待ってください、荷物取ってきます!」

あすみ 「おうよー」

あすみ 「………………」

あすみ (……アイドルかぁ)

あすみ (考えたこともなかったし、そんなことを急に言われたって、全然実感わかねぇよ……)

あすみ (ジャムレーズン、ねぇ……)


―――― 『君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?』


あすみ 「………………」

あすみ (……いや、光り輝くアイドルのオーラってなんだよ)

………………小美浪家

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

小美浪父 「………………」

プロデューサー 「………………」

あすみ (……なぜだ。なぜ、こんなことになっている?)

あすみ (途中まではなんの問題もなかった。ピザまんと肉まんを買い、後輩と交換こしながら食べたりしたくらいまでは)

あすみ (家に帰ってすぐ、違和感があった。いつもは父の靴しかないはずの玄関に、なぜか女物のパンプスがあった)

あすみ (よもや女でも連れ込んでるのかクソ親父と息巻いて居間に行ったら、ほんの数十分前に会ったうさんくさいプロデューサーの姿がそこにあった)

あすみ 「……いや、あんた明日電話をくれとか言ってなかったか!?」

プロデューサー 「いやー、私も途中まではそのつもりだったんだけどなぁ」

プロデューサー 「社長として、いや、プロデューサーとしての直感で 「あ、こいつ断るつもりだな」 って分かったからさ」

プロデューサー 「先手を打って外堀を埋めるためにおうちにお邪魔しちゃいました」

あすみ 「笑顔でえげつないこと言うなあんた!」

成幸 「……えっと、とりあえず、俺はお邪魔みたいですから、帰りますね」

ガシッ

成幸 「へ……? 先輩?」

あすみ (……このカオスな空間にアタシひとり置いていくつもりか!?) コソッ

成幸 (そんなこと言われたって、俺にもどうすることもできないですよ!?) コソッ

あすみ (いいから、ここにいてくれるだけでいいから! 頼む……)

成幸 (うっ……そ、そんな顔しないでくださいよ。わかりました。俺もここに残りますから)

あすみ (……悪い。サンキュな、後輩)

プロデューサー 「……ふむ」

プロデューサー 「突然申し訳ないが、その仲睦まじい様子、君たちは付き合っているのか?」

成幸 「はい!? え、えっと……」

小美浪父 「………………」

成幸 「は、はい。付き合ってます……」 (お父さんの手前、この人にもうそをつかなくちゃ……)

あすみ 「そ、そうだ! アタシと後輩は付き合ってるんだ。だからアイドルなんて――」

プロデューサー 「――その点なら安心して欲しい。恋人がいようがなんだろうが、私は構わない」

あすみ 「は……? い、いや、でも、アイドルって普通、そういうの厳禁なんじゃ……」

プロデューサー 「普通はね。でも、私はべつにそうとは思わない」

プロデューサー 「現に、君とユニットを組んでもらおうと思っているこの写真の子、一ノ瀬一乃というが、」

プロデューサー 「ファンのヨシくんと清く正しいお付き合いをしている」

プロデューサー 「他のファンもそれを理解した上で、ファンでい続けてくれているよ」

あすみ 「いや、えっと……」

あすみ 「お、親父! なんでさっきから黙ってるんだよ! 娘がわけわからんアイドル事務所に勧誘されてるんだぞ!」

あすみ 「親父、あんたこういうの好きじゃないだろ? ビシッと言ってやってくれよ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……この事務所の中期経営計画を見せてもらった。堅実な経営方針だ」

あすみ 「は……?」

小美浪父 「上場も視野に入れているようだし、何より投資も積極的に行っている。副業の喫茶店経営の方も順調そのものだ」

あすみ 「親父……?」

小美浪父 「……そして何より、娘がアイドル……」 パァアアア 「……パパ、アリかな、なんて思うんだ」

成幸 「お、お父さん……?」 (見たこともないような晴れやかな顔だ……)

あすみ 「ダメだこの親父! 完全に向こう側についてやがる!!」

あすみ 「ああ、くそ! 誰がなんと言おうとダメなものはダメだ! アタシは、この病院を継ぐって決めてるんだよ!」

あすみ 「アイドルなんかやってられるか! アタシは勉強で忙しいんだよ!」

プロデューサー 「ほう。では、あしゅみーさんはいま、医学部の学生さんということかな?」

あすみ 「っ……」 ギリッ 「まだ、違うけど……」

プロデューサー 「そうか。それはそれで構わない。医者を目指しながらでも、アイドルはやれる」

あすみ 「舐めんな! アタシは、そんな半端な気持ちで何かをやるつもりはない!」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「……なんだよ、親父」

小美浪父 「……なら、本気でやってみたらどうだ?」

あすみ 「なっ……。お、親父、あんた……」

小美浪父 「……色々なことを考えた。お前の将来のことや、この病院のことも」

小美浪父 「お前は、私がどんなに諦めろと言っても、医学部受験を諦めなかったな」

小美浪父 「他の道など考えられないと。他にやりたいことなどないと」

あすみ 「親父……。何が言いたいんだよ」

小美浪父 「たしかに、他にやりたいことがないのに、適当な進路を目指すのは苦痛だろう」

小美浪父 「なら、アイドルはどうだ? 今まで考えたこともなかった進路が目の前にあるんだ」

小美浪父 「少し考えてみろ。そうやって、そのときの気持ちで感情的になるのは、お前の悪いところだ」

あすみ 「っ……」

小美浪父 「お前、人前で歌ったりするの好きだろう? 高校でも軽音をやっていたじゃないか」

小美浪父 「今だってときどき、ギターの練習をしているのを聞いているぞ」

あすみ 「そ、それは! ただの趣味だよ……そんなの……」

小美浪父 「もちろん、本当のアイドルになるのはとても大変なことだろう。なれる保証もない」

小美浪父 「だが、お前の苦手な理科科目を苦しい思いをして乗り越えて、その先にお前は本当に幸せになれるのか?」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」


小美浪父 「……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?」


あすみ 「ッ……!」

小美浪父 「……これはずっと、言おうと思って言えなかったことだ。言ってしまえば、戻れないと思ってな」

あすみ 「……なんで」

あすみ (なんで、あんたがそんなことを言うんだよ……)

あすみ (なんで……!)


―――― 『……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?』


あすみ (……そんなの)


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


あすみ (そんなの、あんたが一番よく知ってるだろうが!!)

グスッ

あすみ 「ッ……」 ガタッ

成幸 「先輩!? ど、どこに行くんですか!!」

成幸 「っ……お、お父さん! 今のはいくらなんでも……」

小美浪父 「……なぁ、唯我くん。あすみは本当に国立医学部に入れると思うかい?」

成幸 「そ、そんなの……」

成幸 「やってみなくちゃわからないじゃないですか!!」

成幸 「わからないから、がんばってるんでしょう。わからないから、やるしかないんですよ」

成幸 「少なくとも、先輩はそのために最大限の努力をしていると、俺は思いますよ」

小美浪父 「………………」

成幸 「……すみません。言いすぎました。先輩を追いかけます。失礼します」

タタタタ……

小美浪父 「……と、いうことです。足を運んでいただいたのに、申し訳ない」

プロデューサー 「いえいえ。というか、私のせいで家庭不和を起こしてしまったのなら、謝っても謝りきれないのですが……」

小美浪父 「いや、避けては通れない道ですから。いい機会でした」

小美浪父 「……彼がそばにいてくれるなら、私ももう少し、あすみの自由にさせてあげようかと思います」

小美浪父 「すみません。お引き取りください」

プロデューサー 「わかりました。それでは、失礼します」

………………公園

あすみ 「………………」

グスッ

あすみ (……情けねぇ。泣き止めよ、アタシ。そんなに弱かねぇだろうが)

あすみ (べつに、アタシは、アタシがなりたいから医者を目指してるだけだ)

あすみ (アタシが、あの医院を継ぎたいから、医者になろうとしているだけだ)

あすみ (親父なんか関係ない。親父のことなんか……)

グスッ

あすみ 「っだー!! ちくしょう! いい加減止まれよー!!」

  「……珍しく荒れてますね。先輩らしくないですよ」

あすみ 「へっ……こ、後輩……?」

ハッ

あすみ 「こ、こっち見んな!」

成幸 「……泣き顔見せたくないのはわかりますけど、今さら見ても見なくても変わりませんからね?」

あすみ 「う、うるせー!」

成幸 「あと……」

ファサッ

あすみ 「へ……? これ、お前の上着……」

成幸 「さすがに夜は冷えますよ。ノースリーブじゃ寒いでしょ」

成幸 「へくしっ……」

あすみ 「……お前がくしゃみしてるじゃねぇか」

成幸 「俺はいいんですよ。女性が身体を冷やすのはよくないって、医者志望なら知ってるでしょ」

あすみ 「……調子狂うこと言いやがるな。なんだ? 弱ったアタシなら勝てると踏んだか?」

成幸 「先輩と勝ち負けを競った憶えはありませんよ。でも、良かった」

あすみ 「あん?」

成幸 「泣き止みましたね」

あすみ 「ぐっ……」 ジロッ 「なんだ、後輩。今日はえらく調子狂うことばっかり言うじゃねぇか」

成幸 「先輩の方こそ、やけに弱気で調子狂いますよ。お父さんに何も言い返さずに逃げるなんて、らしくない」

あすみ 「……うるせぇ」

あすみ 「お小言垂れるためにアタシを追いかけてきたのか?」

成幸 「それもありますけどね。“いてくれ” って言ったくせに、自分が逃げ出すし……」

あすみ 「うっ……。それは、悪いとは思ってるけど……」

成幸 「それに、お父さんの手前、追いかけないわけにもいかないでしょう?」

成幸 「俺は、先輩の彼氏なんですから」

あすみ 「っ……」

あすみ (……本当に、調子狂うことばっかり言いやがる)

あすみ 「……お前は、」

成幸 「はい?」

あすみ 「……お前も、アタシにアイドルになれって言うのか?」

成幸 「………………」

成幸 「……まぁ、正直、先輩はアイドル気質っていうか、ぴったりだと思いますけどね」

あすみ 「………………」

成幸 「でも、先輩は医者になりたいんでしょう? あの病院を継ぎたいんでしょう?」

あすみ 「……ああ」

成幸 「じゃあ、アイドルなんて目指してる場合じゃないでしょう」

あすみ 「え……?」

成幸 「……一次試験も近いんです。気は抜いてられませんよ」

成幸 「早く帰って勉強しましょう? 波の部分、俺がまとめたノート、ちゃんと読んでおいてくださいよ?」

成幸 「せっかくがんばって書いたんだから……」

あすみ 「………………」 クスッ (……そうか。そうだよな。お前は、)

あすみ (……お前は、アタシのことを、よく分かってやがるな)

成幸 「……先輩? 聞いてます?」

あすみ 「聞いてるよ。わかってる。お前がせっかく書いてくれたんだから、ちゃんと読んでおくよ」

あすみ 「……読んでおくから、明日、また勉強付き合ってくれ。すぐ確認したい」

成幸 「いいですよ。さっさと苦手を潰しちゃいましょう」

あすみ 「ああ。頼むぜ、後輩」

成幸 「はい、先輩」

………………小美浪家

小美浪父 「………………」


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


小美浪父 「……もちろん、覚えているさ」

小美浪父 「覚えているからこそ、お前が昔の約束に縛られているんじゃないかと不安になるんだ」

小美浪父 「私が不用意に言ったことで、お前が不自由な思いをしているんじゃないかと、怖いんだ」

小美浪父 「だから……――」


あすみ 「――関係ねぇよ。そんなの」


小美浪父 「……!? か、帰っていたのか、あすみ」

あすみ 「おう。ただいま」

あすみ 「………………」

小美浪父 「………………」

あすみ 「……アタシは、べつに、そんな昔のことを引きずってるわけじゃない」

あすみ 「たしかに、きっかけはそれだったかもしれない」

あすみ 「でも、もっと色んなことを考えて、医者っていう進路を選んだんだ」

小美浪父 「あすみ……」

あすみ 「だから、べつにあんたが責任感じる必要はねぇよ。アタシはアタシだ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……そうか。それもそうだな」

小美浪父 「まぁ、無理だとは思うが、せいぜいがんばりなさい。国立大医学部」

あすみ 「……けっ。後で吠え面かいてもしらねぇからな」

小美浪父 「唯我くんに迷惑をかけるのもほどほどにな」

あすみ 「うるせぇ。……わかってるよ」

小美浪父 「……ところで、その上着は、唯我くんのか?」

あすみ 「ん……あ、やべ、返すの忘れた……」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「あん?」

小美浪父 「……医学部を目指そうとアイドルを目指そうと何を目指そうといい」

小美浪父 「後生だから、唯我くんだけは離すなよ。私は将来、彼と酒を酌み交わすのを楽しみに今を生きているんだ……」

小美浪父 「ああ、息子よ……」 キラキラキラ……

あすみ 「………………」

あすみ (……悪い、後輩)

あすみ (お前、マジでアタシと結婚することになるかもな)

あすみ (……まぁ、) クスッ (アタシはべつに構わないけど、なんて……)

あすみ (……明日言ってやったら、また顔、真っ赤にするかな)

あすみ (楽しみだな。また明日、後輩と勉強……)

あすみ (あいつ、どんな顔をするのかな)


おわり

………………幕間 「IDOROLL 受難のスカウト」

プロデューサー 「……もしもし? 一乃か? ああ、悪い。取りそこねたよ、新人」

プロデューサー 「お前と身長的にもぴったりだから、期待したんだけどな」

プロデューサー 「しかも、ギターもやってたっていうし、こりゃ願ったり叶ったりって感じだったんだが……」

プロデューサー 「琴弾をセンターにおいて、お前と新人で両サイドギター……なんて……」

プロデューサー 「……あー、わかってるよ。できるだけ早くメジャーデビューさせてやるから焦るなって」

プロデューサー 「じゃあな。明日の公演もあるんだから、早く寝ろよ?」 ピッ

プロデューサー 「……あしゅみー、かぁ。惜しいなぁ。アイドルやってくれないかなぁ」

プロデューサー 「……まぁ、仕方ない。大人しく次の候補を……――」

トトトトトト……

理珠 「……えっと、次の出前先は……」

プロデューサー 「!?」 (あ、あの小ささに、あの凶悪なブツ……そして和服に眼鏡!? 萌え要素の怪物か!?)

プロデューサー 「き、君! アイドルやらないか!?」

理珠 「は? やりませんけど?」

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

興味がある方は、IDOROLLもぜひ読んでみてください。


では、また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】うるか 「フルピュアダンスショー?」

………………水泳部

滝沢先生 「そうなんだ。文化祭でのダンスが好評だったみたいでな」

滝沢先生 「ぜひダンスショーをお前たちにやってほしいと、近くの幼稚園たってのお願いなんだそうだ」

滝沢先生 「近隣の幼稚園や保育園の子どもたちと、地域の子どもたちを集めて、学校で開催するらしい」

海原 「センセー、一応私たち受験生なんですけど」

滝沢先生 「んなことわかってるよ。私だって悪いと思ってるんだ。武元は国体も控えてるしな」

滝沢先生 (学園長め。近隣の幼稚園からほいほい仕事を引き受けてきやがって、)

滝沢先生 (最終的に生徒にお願いするのは私たち教員だって分かってんのか、あの人……)

滝沢先生 「こういう言い方をするといやらしいが、ボランティアの実績にもなるし、推薦書や願書にも書ける」

滝沢先生 「あと、やってくれたら飯くらい奢ってやるよ。だから引き受けてくれ、頼む」

海原 「んー、まぁ、わたしは構わないけど……」

川瀬 「私もだ。先生にここまで言われちゃ、やるしかないっしょ」

滝沢先生 「本当か? 悪い、助かる」

うるか 「………………」

滝沢先生 「武元……? やっぱりお前は、国体もあるし、難しいか?」

うるか 「へっ? あ、いや、そうじゃなくて、ちょっと考え事してて……」

うるか 「あたしも、やってもいいです。ただ、衣装が……」

滝沢先生 「衣装? 文化祭で踊ったときの衣装が三人分あるだろ?」

うるか 「いや、あれだけだと、主人公のフルピュア・ピンクがいなくてバランスが悪いっていうか……」

うるか 「そもそもフルピュア・ダークネスを含めた四人でフルピュアというか……」

うるか 「あ、いや、もちろんダークネスはまだライバルキャラですけど、気持ちは完全にピンクに傾いているし……」

うるか 「そろそろ正式にフルピュアに加入する気がするんですよね。そうしたら名実ともに――」

滝沢先生 「――ま、待て、武元。お前が何を言っているのか少しも理解できん」

滝沢先生 「ともあれ、私の記憶違いかもしれんが、ピンク色の衣装も文化祭の予算で買っていたはずだが……」

うるか 「……あー、えっと……桐須先生が着て……」

滝沢先生 「着て?」

うるか (……破いちゃったとか言ったらかわいそうだよね……えっと……)

うるか 「……気に入ったって言って、持って帰っちゃいました」

滝沢先生 「………………」

滝沢先生 (……驚いた。桐須先生にそんな趣味があったのか。これは、聞かなかったことにした方がよさそうだ)

滝沢先生 「……まぁ、なんにせよ三着しか衣装がない上に、踊れるのがお前たち三人だけなら、」

滝沢先生 「三人でやってもらうしかないだろうな」

うるか (……うーん、でもなぁ。ピンクがいないんじゃ、きっと子どもたちもガッカリだよ)

うるか (なんとか手はないかな……)

ハッ

うるか 「あっ……」

滝沢先生 「どうかしたか?」

うるか 「……良いコト思いついちゃいました!」

うるか 「先生、ちょっとあたしに任せてもらってもいいですか?」

うるか 「絶対、かんぺきなフルピュアダンスショーを開いて見せますから!」

滝沢先生 「お、おう。いきなりやる気だな」

滝沢先生 「わかった。お前に任せる。頼んだぞ、武元」

うるか 「はい!」

………………

うるか 「……っていうことで、お願い、成幸。フルピュア・ピンクの衣装作って?」

成幸 「………………」

ハァ

成幸 「お前なぁ……。俺だって暇じゃないんだぞ?」

うるか 「わかってるよー。でも、他にお願いできる人なんていないしさ」

うるか 「つ、作ってくれたらさ、お礼にまた今度、うちでご飯ごちそうしてあげるし……」

海原 「おー、いつになく積極的ですな、川瀬隊員。お礼にかこつけて家に連れ込もうとしてますしな」

川瀬 「そうですな、海原隊員。というか、すでに一度家に入れたことがある的な発言が気になりますな」

うるか 「も、もー! 海っち川っちうるさい!」

成幸 「……まぁ、お前たちも先生に頼まれて仕方なくってところだろうし、」

成幸 (きっと滝沢先生もあの学園長に振り回されてるだけだろうし、)

成幸 「仕方ない。協力してやるよ。それに、お前の作る料理、本当に美味かったからまた食べたいしな」

うるか 「は、はうっ……///」

川瀬 「おーおー、甘すぎて砂糖吐きそうだ。なぁ、海原隊員?」

海原 「ほんと、早く付き合っちゃえばいいのに……」

ピロリン

海原 「ん、メール……あ、陽真くんからだっ……」

川瀬 「………………」 (私も早く彼氏作ろう……)

成幸 「ところで、衣装を作るのはいいが、誰が踊るんだ? 当たり前だけど、お前らだけじゃ無理だろ?」

うるか 「ふっふっふ、このうるかちゃんを舐めてもらっちゃ困るぜ、成幸」

うるか 「そんなの、頼める相手なんてひとりしかいないじゃん。今からお願いに行くから、付き合ってよ」

成幸 (あっ、なんか猛烈に嫌な予感がする)

海原 「わたし、ちょっと陽真くんからメール来たから行くね。あとよろしく、うるかっ」

川瀬 「……私もちょっと気分が落ち込み気味だから先帰るわ。あとは頼んだ、唯我」

成幸 「お、お前ら!? ち、ちょっと待て――」

――ガシッ

うるか 「さ、行くよ、成幸!」

ズルズルズルズル…………

………………職員室

うるか 「ということなんで、先生、また一緒に踊りませんか?」

真冬 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (怖え!! 半端なく怖え!!)

成幸 (絶対怒ってる絶対怒ってる絶対怒ってる! 顔がいつもの怒ってる顔だし! なのになんで……)

うるか 「……? 先生? 聞いてます? お留守ですかー? なんちってー」

成幸 (なんでうるかはそれに気づけないんだよぉぉおおおおおお!!)

真冬 「……唯我くん」 ギロリ

成幸 「は、はい!?」 (何で俺を睨み付けるの!?)

真冬 「これはどういうことなのか、もう一度説明してほしいのだけど」

成幸 「せ、説明も何も、俺も今さっきうるかに巻き込まれただけで、詳しくは……」

真冬 「……は?」

成幸 (いや俺を威圧されてもー!?)

成幸 「えっと……」 コソッ 「先生、嫌だったら断ってもらっても大丈夫ですよ?」

真冬 「そうしたいのはやまやまなのだけれど、」 コソッ

真冬 「学園長からのお願いに付き合わされている水泳部の子たちのことを考えると、そういうわけにもいかないわ」

真冬 「学校側のお願いを聞いている彼女たちの希望なら、できる限り叶えてあげる必要があるもの」

成幸 (相変わらず律儀というか、面倒くさいというか……生きづらそうな人だよな、この人)

真冬 「………………」

真冬 「……あなたが衣装を作るのよね?」

成幸 「え、ええ。一応、その予定ですが……」

真冬 「……わかったわ。引き受けます」

うるか 「!? ホントですか!? ありがとうございます、桐須先生!」

真冬 「ただし、ボランティアとはいえ、手をぬくことは許されないわ」

真冬 「あなたたちの振り付けまですべて私がコーチします。いいですね?」

うるか 「願ったり叶ったりです! よろしくお願いします、先生!」

真冬 「え、ええ……」 (……普通の生徒であれば、怖じ気づくところだというのに、)

真冬 (武元うるかさん。不思議な子だわ)

成幸 「先生、本当に引き受けちゃっていいんですか?」

真冬 「仕方ないでしょう。私だって気乗りはしないけれど、生徒だけにやらせるわけにもいかないわ」

真冬 「それに、子どもたちのことを考えれば、ピンクが必要というのも分かる話だわ」

真冬 「キャラクターが欠けるというのは、どうであれ子どもたちが気にする要因になりかねないもの」

成幸 「先生がいいならいいんですけどね……」

真冬 「それより、」

コソッ

真冬 (後で時間をちょうだい。約束よ)

成幸 (へ……? べつにいいですけど……)

………………放課後 真冬の家

真冬 「……こ、これでいいかしら?」

成幸 「……は、はい……」

真冬 「へ、変な顔をしないでもらえるかしら? 私だって恥ずかしいのだから……」

成幸 「すみません……。じゃあ、行きますよ?」

真冬 「ええ」

スッ

真冬 「んっ……あっ……」

成幸 「へっ、変な声、出さないでください……」

真冬 「ごめんなさい。こんなの、初めてだから……」

成幸 「俺だって初めてですよ……」

成幸 (こんな……)


成幸 (女性の部屋で女性の採寸をするなんてー!!)


成幸 「っていうか大体のサイズ分かりますよね!? 何でわざわざ採寸するんですか!?」

真冬 「そんなの決まっているでしょう?」

真冬 「もしも幼稚園でのダンスショー中に衣装がはじけ飛んだりしたら……」

ガタガタガタガタ……

真冬 「私は間違いなくクビだわ……」

成幸 「あ、ああ、なるほど……」

成幸 (文化祭のとき、衣装がはじけ飛んだことがよっぽどショックだったんだな……)

成幸 「……ん、肩幅は終わったので、次、腕の長さを測ります」

真冬 「ええ。お願いするわ」

成幸 (桐須先生、ジャージは身につけてるけど……)

成幸 (丈を計るってことは、否応なしに身体に触れることになるわけで……)

真冬 「あっ、ん……」

成幸 (先生は先生で俺の指が触れるたびに変な声を上げるしー!)

成幸 「これ俺じゃなくてもいいですよね!? うるかにやってもらったら良かったじゃないですか!」

真冬 「愚問。あなたが裁縫をするのだから、あなたが採寸すれば私の丈を知るのはあなただけになるじゃない」

成幸 「理屈は分かりますけどね……」

真冬 「それに、武元さんに私の色々なサイズを知られるのは、少し怖いし……」


―――― 『それにせんせー……すっごいいい体してましたしっ! マジソンケーですっ!!』


真冬 「っ……」 ブルッ

成幸 (一体うるかとの間に何があったのだろうか……)

成幸 「……っと、ほとんど丈を計り終えましたけど、スリーサイズは――」

真冬 「――は?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

成幸 「当たり前ですけど俺が測るわけないですよね。すみません、失言でした」

真冬 「……スリーサイズは私がメモしておくわ。後で見てちょうだい」

成幸 「えっ……で、でも、それだと俺が先生のスリーサイズを知ることに……」

真冬 「し、仕方ないでしょう! 衣装がはじけ飛ぶよりマシだわ……」

成幸 「わかりました。じゃあ、スリーサイズも頂きますけど……」

成幸 「天地神明に誓って、衣装作り以外には使いません!」

真冬 「ふ、不潔! 私の体のサイズを衣装作り以外の何に使うと言うの!?」

成幸 「ち、違います! そういう意味で言ったわけじゃありません!」

真冬 「……オホン。では、衣装作り、よろしくね。あなたの勉強時間を取ってしまって恐縮だけど……」

成幸 「いやいや、先生こそ、忙しいでしょうに、うるかのお願いを聞いてくれてありがとうございます」

成幸 「本当に、先生って実は生徒想いで優しいですよね」

真冬 「っ……。あまり変なことを言わないでくれるかしら? 不愉快だわ」

成幸 「不愉快って……」

成幸 (生徒想いって言われて不愉快に思う先生もなかなかいないだろうなぁ……)

成幸 (まぁ、照れ隠しってわかるからいいんだけど)

真冬 「さっそく明日からダンスの練習ね。振り付けをしっかり覚えておかないと……」

成幸 「へ? 振り付けはうるかたちと明日覚えるんじゃ……」

真冬 「それは生徒側のことでしょう? 生徒が覚えるときに教師も一緒に覚えるなんてお話にならないわ。教師は先んじて覚えておくのが筋でしょう?」

成幸 「さ、さすがは桐須先生……すごいプロ意識だ」

真冬 「当然。教師として当たり前のことを言っているだけよ」

ファサッ

成幸 (髪をかき上げて、悠然と微笑む桐須先生。画になるけど……)

成幸 「……得意げな顔になるのは、掃除してからにしましょうか」

真冬 「し、失礼! これでも定期的に掃除機はかけているのよ?」

成幸 「掃除機かける以前にゴミを定期的に出してください! あと片付けをしてください!」

成幸 「……とりあえず、今日も帰る前に掃除していきますね」

真冬 「面目ないわ……。いつもありがとう、唯我くん」

成幸 「あ、先生は振り付けを覚えていていいですよ。どうせまた夜遅くまでやるつもりだったんでしょう?」

真冬 「えっ……?」

成幸 「また学校で眠くなっちゃいますよ? 掃除は俺が勝手にやるだけですから、気にしないで振り付けを覚えるのに集中してください」

真冬 「………………」 プイッ 「……わかったわ。ありがとう」

真冬 (まったく、生徒にこんなに気遣われるなんて、調子狂うわ。でも……)

真冬 (……悪い気は、しないけれど)

………………翌日 放課後

真冬 「……と、いうことで、講師兼ダンスチームの一員の、桐須真冬よ」

真冬 「ビシバシ鍛えていくからそのつもりで。ボランティアとはいえ、手を抜くなんてことのないように」

海原 「うわぁ……」

川瀬 「マジか……」

うるか 「はーい、桐須センセ! よろしくお願いしまーす! ほら、海っちも川っちも!」

海原 「よ、よろしく……」  川瀬 「お願いします……」

真冬 「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

真冬 「……では、早速だけれど、振り付けを指導していくわ」

うるか 「幼稚園生のためにがんばろー!」

成幸 (……うんうん。桐須先生のことが苦手じゃないうるかが、海原と川瀬を引っ張ってるな)

チクチクチクチク……

成幸 (いいことだ。心配になってきてみたけど、桐須先生と他のふたりの距離を縮めてくれそうな気がするぞ)

成幸 (……っと、サイズを間違えるわけにもいかないし、裁縫に集中しないと)

川瀬 (なぜ唯我はここで衣装製作をしているんだ……?)

………………

真冬 「――はい、そこでターン、からの両手を上げて、下ろす。右足、左足、右手……」

真冬 「……いいでしょう。少し休憩にしましょう」

ヘタリ

川瀬 (ほ、本当にすごいスパルタだ。間違えた瞬間指摘が飛んでくるし)

海原 (それなりに鍛えてたつもりだけど、引退してしばらくたつし、結構きつい……)

真冬 「……ふむ。やや遅れ気味ではあるものの、問題なさそうね」

真冬 「さすが、運動神経抜群なのね。こんなに早く振り付けを覚えるとは思ってなかったわ」

うるか 「はい! あたし、勉強は苦手だけど、身体を使うことはすぐ覚えられます!」

真冬 「そう。でも、勉強もがんばってね」

うるか 「あちゃー、言われちったー」

川瀬 (うるか、よくあの氷の女王にそんなフランクに行けるな……)

海原 (桐須先生、私から謝ります! ごめんなさい……!)

真冬 「……さて、休憩できたかしら。では、今やったところをもう一回反復しましょうか」

川瀬 (休憩終わるの早くない!?)

………………一時間後

海原 「………………」

川瀬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

海原 (……あれから休み無しで一時間ちょい)

川瀬 (現役のときならいざ知らず、引退して一ヶ月以上経ってると、さすがに……)

海原&川瀬 ((きつい……))

うるか 「海っち川っち、大丈夫?」

海原 「う、うん。ちょっと、久々に本格的な運動したから疲れちゃって……」

真冬 「……? 海原さん、川瀬さん」

海原&川瀬 「「は、はい!」」

真冬 「ひょっとして、きつかったかしら?」

川瀬 「い、いやいや、とんでもない! 滅相もないです!」

海原 「ちょっと疲れただけなんで、全然大丈夫です!」

真冬 「そう……?」

成幸 「……よし。できた」

成幸 「桐須先生! まだ仮縫いですけど、大まかにできたので、一回試着してもらってもいいですか?」

真冬 「ん、わかったわ。じゃあ、武元さん、海原さん、川瀬さん、今日はこのくらいにしましょう」

真冬 「三人とも、明日までに振り付けをすべて完ぺきにしておいてね」

真冬 「武元さんはこの後国体の練習ね。がんばって」

うるか 「はい! ありがとうございました!」

海原&川瀬 「「ありがとうございました……」」

ヨロヨロ……

成幸 「……?」 (なんか、海原と川瀬の奴、顔色悪いな。大丈夫か?)

真冬 「唯我くん。それが私の衣装ね?」

成幸 「あ、はい! 仮縫いなのでゆっくり著てくださいね」

真冬 「わかったわ。着てくるから、ちょっと待っててちょうだい」

………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 (桐須先生を待っている時間ももったいないし、フラッシュカード作りを……とは思ったものの)

成幸 (やっぱり、机の上じゃないと腰が痛くなってくるな……)

成幸 (それにしても、海原と川瀬、大丈夫かな)

成幸 (裁縫をしながらときどき練習を見たけど、どうも緊張しているというか……)

成幸 (いつもの元気さがないし、一挙手一投足が震えているというか……)

成幸 (……ひょっとして、桐須先生のことが怖いのか?)

成幸 (文化祭でだいぶ打ち解けたと思ってたんだけどなぁ……)

「ゆ、唯我くん……」

成幸 「あ、桐須先生。どうですか? ゆるいところとか、きついところとかありませ――」

成幸 「……!?」

真冬 「ど、どうかしら……? 変なところはない?」

成幸 「何でフルピュアの格好をしたまま戻ってきたんですか!?」

真冬 「し、仕方ないでしょう。私だって恥ずかしいのよ」

真冬 「でも、自分で着てみた限りは違和感はないけど、誰かに見てもらわなきゃ確かなことは言えないもの」

真冬 「……間違っても、衣装が弾け飛ばないように」

成幸 (よっぽどトラウマなんだな、文化祭のときのこと……そりゃそうか)

成幸 (そ、それにしても……) チラッ

真冬 「……?」

成幸 (子ども向けアニメの衣装のはずなのに、桐須先生が着ると……)

成幸 (……いやらしい)

ハッ

成幸 (お、俺は何をバカなことを考えているんだ!?)

成幸 (うるかや子どもたちのために一肌脱いでくれている先生に対して、なんて失礼なことを!)

成幸 (俺のバカ! バカ! バカ!)

真冬 「な、何をしているのか知らないけれど、早くしてくれないかしら?」

真冬 「こんな格好をしているところを、他の先生に見られたりしたら……――」

滝沢先生 「――……あ、いたいた。おーい、唯我。お前、明日の体育だけ、ど……って」

滝沢先生 「……き、桐須先生?」

真冬 「………………」 ガクッ 「……いっそ殺してください」

滝沢先生 「な、何も見てない! 私は何も見てないから! 安心して、桐須先生!」

滝沢先生 「唯我! 明日の体育から長距離だから、今日は早く寝ろよ! 体力ない奴は大体明日きついからな!」

滝沢先生 「ってことで以上! じゃあな! 桐須先生! 私は何も見てないから!」

成幸 「あっ、た、滝沢先生! 逃げたな……!」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 「え、えっと、桐須先生? 丈は俺の目から見ても問題なさそうですし、」

成幸 「もう着替えてきては……?」

真冬 「……そうさせてもらうわ」 ズズーン

成幸 (まだへこんでる……うーん、こういうとき、どうやって慰めたら……)

成幸 「せ、先生! 大丈夫ですよ! だって、すごく似合ってますし!」

真冬 「……は?」 ゴゴゴゴゴゴ……!! 「君は、子ども向けアニメの衣装が、私にはお似合いだと言いたいの?」

成幸 「言葉を選び間違えましたすみません!」

成幸 (女性を慰めるのって難しい……!!)

………………

真冬 「はい、唯我くん。では、あとはミシンをよろしくお願いします」

成幸 「任せてください! 完ぺきに仕上げて見せますよ!」

真冬 「………………」

成幸 「……桐須先生? どうかしました?」

真冬 「あっ……いいえ、なんでもないわ」

成幸 「滝沢先生のことだったら、気にしなくてもいいと思いますよ?」

成幸 「言いふらすような先生じゃないですし、本当に見なかったことにしてくれるかと……」

真冬 「ち、違うわ。というか、思い出させないでくれるかしら」

真冬 「……滝沢先生のことではなくて、海原さんと川瀬さんのことよ」

成幸 「海原と川瀬……?」

真冬 「……厳しくしすぎたかしら、私。あの子達のためと思い、やり過ぎてしまったかしら」

真冬 「そもそも、あの子達が頼まれたことだというのに、出しゃばりすぎかしら……」

成幸 「あー……」

成幸 (……本当にまじめな人だなぁ)

成幸 (でも、たしかに不思議なんだよな……)

成幸 (桐須先生のこと、そりゃ俺だって怖くないと言えば嘘になるけど……)

成幸 (なんか、今日の海原と川瀬はそれだけじゃないような……)

真冬 「……まぁいいわ。私は仕事に戻るから、唯我くんもそろそろ帰りなさい」

成幸 「まだ仕事があるんですか? だってもう、結構な時間ですけど……」

真冬 「教員なんてサービス残業も織り込み済みじゃないとやれないものよ」

成幸 (ブラックだ……)

成幸 「……っていうか、うるかと俺がボランティアの手伝いをお願いしたからですよね」

真冬 「……?」

成幸 「うるかと俺が先生にこんなことお願いしなければ、先生は自分の仕事にもっと早く取りかかれて……」

成幸 「すみません。先生に迷惑をかけて……」

真冬 「……きみは何を言っているのかしら」

成幸 「えっ……で、でも、実際そうですよね?」

真冬 「違うわ。これも私の仕事だというだけ。私の仕事だから、私がやっている。それだけよ」

真冬 「実際、滝沢先生だって、武元さんの指導でまだ学校にいらっしゃるでしょう? それと変わらないわ」

成幸 「桐須先生……」

真冬 (それに、まだこの時間なら、ほぼ全教職員が職員室で仕事していると思うけど……)

真冬 (あまり教職員の忙しさをひけらかすものでもないし、言う必要はないわね)

真冬 「さ、行くわよ、唯我くん」

成幸 「はい!」

キュッ……キュッ、キュッ……

真冬 「……ん?」

成幸 「? なんか、音が聞こえますね。人が動き回ってるような……」

真冬 「生徒がまだ残っているのかしら。部活とかでない限り早く帰さないと」

成幸 「あっ、俺も行きます!」

………………同時刻 体育館裏

川瀬 「………………」

海原 「………………」

グタッ

川瀬 「うおお……ダンスの演目が増えるだけでこんなにきついとは……」

海原 「振り付け覚えるだけで精いっぱいだねぇ。でもこの自主練のおかげで、身体もだいぶ動くようになってきたよ」

川瀬 「だな。あともう一周だけして帰るか」

海原 「そだね。うるかも国体の練習がんばってるだろうし、うるかに明日教えられるくらいがんばらないとね」

川瀬 「……それに、桐須先生にもあんまり迷惑をかけられないしな」

海原 「うるかは考えなしだからなぁ。桐須先生、責任感強そうだし、生徒にお願いされたら断れないよね」

川瀬 「最初はただの怖い先生だと思ってたけどな」

海原 「文化祭でもお世話になったしね。唯我くんに水泳教えてるときも優しそうだったし」

川瀬 「……先生に迷惑はかけられないよ。だから、私たちががんばらないと」

海原 「よーし、じゃあ、最初から行くよ!」

川瀬 「どんとこい、だ!」

………………物陰

真冬 「………………」

成幸 「……あのふたりの様子がおかしかった理由、わかりましたね」

成幸 「先生の指導が厳しかったというよりは、指導についていけなかったのが悔しかったみたいですね」

真冬 「……唯我くん。あのふたりは、とても良くできた子たちね」

成幸 「そりゃ、まぁ。あの武元うるかを陰から支え続けている立役者ですから」

真冬 「納得したわ。……これは、私も気を抜けないわね」

クスッ

真冬 「明日からもビシバシ行くわ。すべての演目を寸分の狂いもなく仕上げるわよ……」

成幸 (微笑怖っ……)

真冬 「ふふ、昔の血が騒ぐわ……ふふふふふ……」

成幸 「……はぁ。ま、いっか」

成幸 (この四人ならきっと、ダンスショー大成功間違いなしだな)

………………当日 学校

成幸 「………………」

ワイワイガヤガヤ……

成幸 (なぜ、衣装はしっかりと仕上げたのに、俺までかり出されているのだろう……)

成幸 (まぁ、いいけどさ)

園児1 「楽しみねー、フルピュア!」

園児2 「あたし、ぶんかさいで見たけど、すごいんだよ!」

園児3 「たのしみー!」

葉月 「わたしたちも楽しみねー! うるかお姉ちゃんも出るのよー」

和樹 「おれはべつに、葉月の付き合いできただけだし!」

葉月 「いつもフルピュアわたしより楽しそうに見てるくせにー」

成幸 (うちの弟妹も参加させてもらえたしな)

成幸 (さて、あとはうるかたちがうまくやってくれることを祈るばかりだな……)

成幸 (……あと、桐須先生の衣装が破けないように、祈るばかりだ)

成幸 (もし万が一破れたりしたら、間違いなく殺される……)

理珠 「あ、成幸さん!」

成幸 「ん……? 緒方に古橋!? どうしてここに?」

文乃 「うるかちゃんが教えてくれたからさ。どうせならわたしたちも見たいかな、って」

文乃 「プロデューサー業おつかれさま。完成度はどうかな?」

成幸 「……あー、それは期待してもいいと思うぞ? なんせ、あの桐須先生がガチだから」

理珠 「ガチ……。なるほど、それは見物ですね」

理珠 「私たちの本気を疑う桐須先生の本気とやらはどの程度なのか、しっかりと見定めさせてもらいます」

成幸 (相変わらず桐須先生には敵愾心丸出しだな……)

成幸 (……さて、そろそろスタートだな。がんばれよ、うるか、海原、川瀬……それから、桐須先生)

………………舞台裏

うるか 「わー、すごい数の子どもたちだよ!」

川瀬 「やめろうるか。これ以上緊張させんな……」

海原 「文化祭のときは知り合いも多かったからまだ冗談で済んだけど……」

海原 「子どもたちっていう無邪気な視線が突き刺さることを考えると、絶対失敗はできないね」

真冬 「………………」

真冬 「……大丈夫よ。あなたたちはよく練習したわ。全曲かんぺきな仕上がりよ」

真冬 「私が言うんだから間違いないわ。あとは、精いっぱい楽しみましょう」

うるか 「はい!」

海原 「りょーかいです!」

川瀬 「……楽しむ、か。そうですね、先生」

うるか 「ね、ね、先生、円陣組もう?」

真冬 「えっ……?」

真冬 「わ、私は遠慮しておくわ。あなたたちだけでやったら……」

うるか 「だーめ! 四人でがんばったんだから、四人でやらないと!」

海原 「………………」

川瀬 「………………」

クスッ

川瀬 「だな、うるか。ってことで、」

海原 「桐須先生も、ほら!」

ギュッ

真冬 「あっ……」 (……生徒からこんな風に密着されたこと、初めてだわ)

真冬 (……まぁ、悪い気は、しないわね)

うるか 「ほら、先生。フルピュア・ピンクはリーダーですよ? かけ声お願いします!」

真冬 「……まったく、仕方ないわね」

真冬 「子どもたちのために、私たちのがんばりのために、精いっぱいがんばりましょう!」

うるか&海原&川瀬 「「「おー!!」」」

すみません。>>563訂正。

真冬 「わ、私は遠慮しておくわ。あなたたちだけでやったら……」

うるか 「だーめ! 四人でがんばったんだから、四人でやらないと!」

海原 「………………」

川瀬 「………………」

クスッ

川瀬 「だな、うるか。ってことで、」

海原 「桐須先生も、ほら!」

ギュッ

真冬 「あっ……」 (……生徒にこんな風に密着されるなんて、初めてだわ)

真冬 (……まぁ、悪い気は、しないわね)

うるか 「ほら、先生。フルピュア・ピンクはリーダーですよ? かけ声お願いします!」

真冬 「……まったく、仕方ないわね」

真冬 「子どもたちのために、私たち自身の努力に報いるために、精いっぱい踊りきりましょう!」

うるか&海原&川瀬 「「「おー!!」」」

………………開演

文乃 「おおー……。すごいね。文化祭のときもこんな感じだったのかな?」

理珠 「……いえ。こんな、いや、まさか……」

文乃 「……りっちゃん?」

理珠 「動きのキレが比べものになりません! どれだけ練習したのですか!?」

理珠 「しかもキレがいいだけじゃありません。四人の動きが完全にそろっています……」

理珠 「……たしかに受け取りました、桐須先生」

メラメラメラ……

理珠 「あなたの本気に負けないように、私も文系受験に全力で挑みます!」

文乃 (……なぜ急に対抗意識を燃やしだしたんだろう)

成幸 「……いやはや、改めて見るとこれはすごいな」

成幸 「本職のダンサー顔負けなんじゃないか? さすがは水泳部の精鋭と桐須先生だな」

文乃 「……かっこいいね」

成幸 「ああ。本当にな。さすがだよ」

文乃 「……うん。四人もだけどさ」

成幸 「?」

文乃 「成幸くんが作った衣装も、だよ。お疲れ様でした、プロデューサーくん」

成幸 「あ、ああ……」 ドキッ

成幸 「……そういう風に言ってもらえると嬉しいな。ありがとう、古橋」

文乃 「いえいえ。どういたしまして」 ニコッ

………………

真冬 (不思議だわ。フィギュアをやめた後、人前でダンスをするなんて、もうないと思っていたのに)

真冬 (私はまたこうして、カタチは違えど、舞台に立ち、踊っている……)

真冬 (……ただ先生でいることだけが、残りの人生だと思っていたのに)

真冬 (生徒からつまらないと言われ、怖いと恐れられ、それだけの先生でいると思っていたのに)


―――― 『桐須先生も、ほら!』


真冬 (変われるものね。私、こんなことを生徒と一緒にやることになるとは思っていなかったわ)

真冬 (……変われる、か。私、変われているのね)

真冬 (きっと、唯我くんと、武元さんのおかげね……)

真冬 (このまま、私が変わっていったら、私はどんな先生になるのだろか)

真冬 (はたまた、先生以外の何かに……)

真冬 (……不思議だわ。いつもだったら、こんなことを考えた瞬間、自己嫌悪に襲われるのに)

真冬 (この子たちと踊っていると、そんな気持ちにもならない)

真冬 (本当に、良い子たち。ありがとう、武元さん、海原さん、川瀬さん)

………………

うるか (どうしよう、すごく楽しい……!)

うるか (終わるのがもったいない、けど、もう終わっちゃう……)

うるか (……きっと、受験も、国体も、こんな感じだろうな)

うるか (悔いなく、がんばりきって挑めば、きっと……)

うるか (今とおなじくらい、満足した気持ちで挑めるんだ……!)

うるか (成幸が作ってくれた衣装があるから踊れる)

うるか (成幸が英語を教えてくれるから、受験にも挑める)

うるか (成幸が傍にいてくれるから、国体だって負けられない!)

うるか (……あー、もうっ。あたしの全部が成幸ばっかりだ)

うるか (成幸からたくさんのものをもらって、あたしがあるんだ)

うるか (たくさんたくさん、本当にたくさん、ありがとう、成幸)

うるか (……だから、待っててね、成幸)

うるか (あたし、いつか成幸に、絶対絶対、たくさん恩返しするからね!)


おわり

………………幕間1 「アニ研部長」

アニ研部長 (例のフルピュアショーがもう一度観られるというから、休日の学校に出向いてみれば……)

アニ研部長 「なんだと!? 今朝出たばかりの新装備、」

アニ研部長 「とうとう主人公についたダークネスとの友情によって生み出された、」

アニ研部長 「スーパーフルピュアティアラを装備しているだと!?」

アニ研部長 「やはり……! このダンスユニットのプロデューサーは、凄まじいフルピュアラーだ……」

アニ研部長 「ぜひいずれ、熱く語り合い、握手を交わしたい……!!」

和樹 「そういや兄ちゃん、朝せっせとカチューシャ改造してたなー」

葉月 「兄ちゃんにかかれば、ティアラを作るのなんて文字通り朝飯前よー」

………………幕間2 「生暖かい目」

滝沢先生 (すごい完成度のダンスだな……。さすが桐須先生が指導してくれただけはある)

滝沢先生 (そして、桐須先生のダンス……やはり、あれはすごすぎる)

滝沢先生 (やはりか。衣装を持って帰ったり、ダンスにノリノリだったり、桐須先生はきっと……)

滝沢先生 (……子ども向けアニメの大ファンなんだな)

滝沢先生 (……大丈夫だ、桐須先生。私はそんなことで先生を見下したりはしない)

滝沢先生 (趣味は人それぞれだ。私は、先生を理解しているから……)

滝沢先生 (桐須先生が怖い教師のフリをした、実は魔法少女に憧れる成人女性であったとしても、)

滝沢先生 (私は気にしないからな!)

………………舞台

真冬 「……!?」 ゾクッ (な、何かしら……今の寒気……)

真冬 (いま、社会人として大切な何かをひとつ、失った気がするわ……!)



おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

ぼく勉ファンが増えることを祈りつつ書き始めたSSですが、こんなにたくさん書けるとは思っていませんでした。
ないとは思いますが、もしも万が一、書いてほしいキャラやシチュがあったらかき込んでくれれば考えます。
考えた結果書けない可能性も高いですが、もしも書けたらレスして投下します。
もしも万が一そういう希望があればの話ですので、スルーしてくださって構いません。

また折を見て投下します。

>>1です。投下します。


【ぼく勉】真冬 「いつかきみが大人になったとき」

………………一ノ瀬学園 3-B教室

成幸 「………………」

成幸 「ふぁ……ふぁー……ああ……」

成幸 (……でかいあくびだな、我ながら)

成幸 (一次試験も近づいてきたとはいえ、睡眠時間が短すぎるか……)

成幸 (いやしかし、気は抜けない。俺はいいとしても、緒方と古橋とうるかの勉強は油断ができない状況だからな)

小林 「おはよ、成ちゃん。なんか眠そうだね」

成幸 「おう、おはよう、小林。眠くなんかないぞ。今日の授業もしっかりと受けなきゃだからな」

小林 「あの三人のお姫様たちのために、ね」

成幸 「む……。まぁ、それもそうだけど、あくまで俺のVIP推薦のためだぞ?」

小林 「そう? ま、それくらい利己的なら俺としても心配ないんだけどさ」

小林 「あんまり無理しないようにね? 隈がすごいよ?」

成幸 「わかってるよ。ありがとな、小林」

成幸 (とはいえ、今日もあの三人との勉強会や、あしゅみー先輩との勉強会がある)

成幸 (……さぁ、今日も気合い入れてがんばるぞ)

………………世界史 授業中

文乃 「………………」

カクッ……カクッ……

成幸 (古橋の奴、早速寝こけ始めてるな……)

成幸 「おい、古橋。おーい」 コソッ

文乃 「………………」 ピクッ 「……しょんな~、もう食べられないよぅ~」

成幸 (何の夢を見てるんだこの食いしん坊眠り姫は!)

真冬 「……?」

成幸 (……!? やばい! 桐須先生がこっち見てる!)

真冬 「………………」 ジーッ

成幸 (めちゃくちゃ見てる!)

成幸 「お、おい! 古橋ってば!」 コソコソ

文乃 「むにゃぁ……肉まんは別腹だよぉ……」

成幸 (こいつほんとご機嫌な夢を見てやがるな!?)

成幸 「お、おい、古橋……――」

真冬 「――それ以上は結構よ、唯我くん」

ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (き、桐須先生!? 怖え! いつの間にか目の前に立ってた!)

文乃 「むにゃむにゃ……んぅ? あ、しまったしまった。わたし、また寝ちゃってた……」

真冬 「おはようございます、古橋さん」

文乃 「………………」 ニコッ 「……おはようございます、桐須先生」

真冬 「笑顔で誤魔化そうとしても無駄よ、古橋さん」

真冬 「昼休みに職員室に来なさい。いいわね?」

文乃 「はい……」 ズーン

成幸 (自業自得だから何も言えねぇ……)

文乃 「うぅ、やってしまったよぅ……」

真冬 (まったく。仕方ないわね……)

真冬 (……それにしても、)

成幸 「ふぁ……あー……」

真冬 (唯我くんが授業中にあくびなんて珍しいわ。目の下の隈もすごいし……)

真冬 (大丈夫かしら? しっかり寝ているのかしら?)

ジーッ

成幸 「!?」 (めっちゃ見られてる!?)

成幸 (ひょっとして暢気にあくびをしたのがまずかったか!?)

真冬 (顔色も良くないみたいだし、古橋さんよりよっぽど眠そうだけど……)

真冬 (心配だわ……)

ジーッ

成幸 (まだ見られてる!? めっちゃ怖い!)

………………数学 授業中

藤田先生 「定期考査の傾向を見る限り、この教室でも数列を苦手としている生徒がたくさんいると思います」

藤田先生 「今日は、数列をもう一度基本に立ち返って学習していきましょう」

藤田先生 「数列の基本は、数字として理解するのではなく、数字の流れを考えるところから始まります」

藤田先生 「ゆくゆくはそれが積分へと繋がっていき、流れが面になるイメージです」

藤田先生 「まぁ、あまり難しく考えず、反復を重ねていきましょう。数学は積み重ねが基本です」

成幸 「ふむふむ……」 (数列は数字の流れ、か。これは古橋に数列を教えるときにも役立ちそうな言葉だな。しっかりメモしておかないと)

成幸 「ん……?」

理珠 「………………」 ガリガリガリガリ……

成幸 (緒方が数学の授業で一生懸命ノートを取るなんて珍しいな)

成幸 (緒方に数学で分からないことなんてないだろうし、何をやってるんだ?)

理珠 「……よし、できました」

成幸 「何やってんだ、緒方?」

理珠 「ふふ、驚かないでくださいね。成幸さんにいつも教わってばかりで恐縮ですから、私なりに文乃のための教材を作っていたんです」

成幸 (内職かーい。とはいえ、古橋のためにがんばるなんて、成長したな、こいつも……)

成幸 「どれどれ。見せてもらってもいいか?」

理珠 「はい、どうぞ。自信作です」 フンスフンス

成幸 「ふむふむ……なるほどなるほど……」

成幸 「……これは一体何を書き殴ってあるんだ?」

理珠 「連立漸化式の解法のひとつです! 文乃が等比数列に苦戦しているようでしたので、行列を用いてみました!」

理珠 「基本的に高校数学では使わない解法ですが、多くの場合でこの解法の方が簡単になります!」

成幸 「……うん。高校では行列は基本的に習わないもんな」

成幸 「じゃあ、この解法を教えるために、まずは古橋に行列を教えないとな?」

理珠 「はっ……!? あ、あの文乃に、行列の概念や扱い方を教える……!?」

成幸 「自分で答えを導き出せたようで嬉しいよ。うん。無理だろ?」

理珠 「……不覚! こんなことに気づかないなんて……」

成幸 「まぁ、その気持ちだけで俺は嬉しいし、古橋も嬉しいんじゃないかな。偉いぞ、緒方」

ポンポン

理珠 「ふぁっ……/// こ、子ども扱いしないでください!」

成幸 「ん、ああ、悪い悪い」

藤田先生 「え、えーっと、唯我くん、緒方さん?」

成幸 「!?」 (し、しまった! 俺としたことが、授業中に騒いでしまった……!)

藤田先生 「イチャつきたい気持ちも分かるけど、授業中は静かにね?」

理珠 「い、いちゃ……!? イチャついてなんかいません!」

藤田先生 (いや、どう見てもイチャついてるカップルなんだけど……)

成幸 「や、やめろ緒方! 先生にたてつくな! すみません、藤田先生、授業の続きをお願いします!」

理珠 「で、でも、成幸さん……」

成幸 「いいじゃないか。俺たちがイチャついているように見えるなら、それはそれで」

理珠 「へ……?」 カァアアア…… 「へぇ……!?」

成幸 「俺たちがカップルに見えるなら好きにそう見てもらおう。な、とりあえず授業に戻らなきゃ、他の奴らにも迷惑だし」

成幸 (何より俺の推薦に響く!)

理珠 「わ、わかりました……。成幸さんが、それでいいなら……私も、いいです……」

理珠 (……な、成幸さんは、私とイチャついているように見られたいということでしょうか……////)

藤田先生 (……やっぱりカップルね)

生徒1 (カップルだよ)  生徒2 (ラブラブバカップルね)  生徒3 (あれが噂のフィアンセカップル)

………………昼休み

成幸 「………………」

ガリガリガリ……

成幸 (今日、あいつらに渡す分のフラッシュカード、早く仕上げないと……)

成幸 (水希がおにぎりにしてくれて助かった。昼を食いながら作業ができる……)

大森 「………………」

大森 「……すげぇな、唯我って」

小林 「ん? いきなりどうしたの、大森」

大森 「俺だったら、あのお姫様たちと懇意になれるって言っても、絶対にあんなにがんばれねぇよ」

大森 「だからすげぇな、唯我」

小林 「……まぁ、成ちゃんは昔からお人好しだからね。誰かのために全力でがんばれるんだよ」

大森 「ふーん。俺にはよくわからねーなー」

小林 「俺もどっちかと言えばそっち側だよ。俺にも、絶対にあんなことできないし」

成幸 「………………」

成幸 (三人とも危機的状況というのに変わりはないが、特に、うるかの推薦は目前まで迫っている)

成幸 (早くあいつの英語をできる限り仕上げてやらねぇと……っ)

クラッ……

成幸 「っ……」

成幸 (ん、なんだ……少し、目の前が暗くなったな。立ってもいないのに、立ちくらみになったみたいだ)

成幸 (とはいえ、大したことじゃないか。もうなんともないし……)

成幸 (いくらなんでも根を詰めすぎたか)

成幸 「ふぁーー……ああ……」

成幸 (……さっきからあくびも止まらないし、今日は早く寝よう)

成幸 (とにかく、今日の約束だけは全部やりきらないと……)

………………職員室

真冬 「………………」

真冬 (唯我くん、大丈夫かしら。あまり生徒の事情に深入りするのも良くないことだけれど)

真冬 (……他の授業ではどうだったのかしら)

真冬 「………………」

真冬 (……聞いてみようかしら)

藤田先生 「………………」

真冬 「あの、藤田先生。少しお時間よろしいですか?」

藤田先生 「? どうかされました、桐須先生?」

真冬 「大したことではないのですが、先生の三年生向けの数学の授業、唯我成幸という生徒も受けていますよね」

藤田先生 「唯我くんですか? 確かにいますけど、彼がどうかしましたか?」

真冬 「今日、体調があまりよくなさそうだったので、気になって……」

藤田先生 「……うーん……あ、そういえば」

藤田先生 「めずらしく授業中に私語をしていましたね。隣の席の緒方さんと」

真冬 「……緒方さんと?」

藤田先生 「ええ。でも、私語というよりは、驚いて声を上げてしまったという感じでしょうか」

藤田先生 「普段はすごくまじめだから、少し驚きました」

真冬 「……たしかに彼が私語というのは珍しいですね」

藤田先生 「はい。ただ、それ以外は特に変わったところはなかったと思います」

藤田先生 「強いて言うなら、いつもより顔色が悪いかな、くらいで……」

真冬 「そうですか……」

真冬 「お時間を取らせました。ありがとうございます」

藤田先生 「いえいえ。また何かあればいつでも」

真冬 「………………」

真冬 (……唯我くん、どうしたのかしら)

真冬 (推薦狙いの彼が授業中に騒ぐとは思えない。むしろそれは、彼にとってもっとも忌むべきことのはず)

真冬 (……一体どうしたというのかしら)

ハッ

真冬 (な、なぜ、私はこんなに彼のことばかり考えているのかしら)

真冬 (生徒は平等よ。あまり彼だけに肩入れしてはいけないわ)

真冬 (……きっと、少し体調が悪くて、頭が回らなかっただけよ)

真冬 (私が心配することじゃない。きっと明日にはけろっと普段通りの彼が見られるわ)

真冬 (……そう。きっと)

ガラッ

文乃 「……失礼します。3年A組の古橋文乃です。桐須先生、お願いします」

真冬 「来たわね」

真冬 (……ともあれ、こちらが先決。授業中に寝るなど言語道断)

文乃 「はい、来ました……」

真冬 「では、行きましょうか。生徒指導室に」

文乃 「はいぃ……」

真冬 「もう二度と授業中に寝ることがないように、しっかりと指導をしなくてはね?」

文乃 「お、お手柔らかに……」

真冬 「それはあなた次第よ。ほら、早く来なさい」

文乃 「……はい」

真冬 (……眠いとき、素直に寝られるこの子のほうが、よっぽど健康的よね)

真冬 (唯我くんでは、きっとこうは……――)

――――ハッ

真冬 (わ、私ったら、また唯我くんのことを考えて……! 今は古橋さんの指導が最優先よ!)

文乃 「……?」 (桐須先生、さっきから物憂げな顔をしたり顔を真っ赤にしたり、忙しいなぁ)

文乃 (どうかしたのかな?)

………………放課後

文乃 「………………」

ズーン

文乃 「……本当に申し訳ありませんでした、唯我くん」

成幸 「……うん。一体どうした?」

文乃 「昼休み桐須先生にめっちゃ怒られたんだよぅ……」

成幸 「うん。それは知ってる。居眠りして呼び出されてたもんな」

文乃 「普通に怒られるだけだったらいいんだけどね、ちょっと心にクることを言われて……」

理珠 「む、何を言われたのですか? ひどいことですか?」

うるか 「まっさかー。桐須先生がそんなひどいこと言うわけないじゃん」

文乃 「……うん。あのね……」


―――― “唯我くんはあなたたちのために寝る間も惜しんでがんばっているというのに、”

―――― “その当のあなたが、授業中に寝るとはどういう了見かしら?”


文乃 「……って」

うるか 「うぉぅ……」

理珠 「………………」

ポン

理珠 「……文乃、それは何も言い返せません。文乃が悪いです」

文乃 「だから申し訳なくってさぁ~! 桐須先生気づかせてくれてありがとう、なんだよ~!」

成幸 (……いや、べつに俺は自分のVIP推薦のためにやってるだけだから、気にしなくていいんだけど)

成幸 (まぁいいや。これで古橋の授業中の居眠りがなくなるなら助かるし)

文乃 「唯我くん、本当にごめんね?」

成幸 「いや、べつに俺に謝る必要はねぇよ。これからは気をつけろよ?」

文乃 「うん! もう授業中に寝ないようにできるだけがんばるよ!」

成幸 「……そこはうそでもいいから “もう二度と寝ない” くらい言っとけよ」

成幸 「ま、いいや。ほら、勉強始めるぞ」

文乃 「はーい」

………………夕方

成幸 「……よし、全員だいたい今日進めておきたい範囲は終わったな」

うるか 「はー、アルファベットがぐるぐる目の前を回ってる気がするよー……」

文乃 「わたし、すごい発見しちゃった。なんで数学なのに数字より記号の方が多いのかな?」

理珠 「私もひとつ大発見をしました。小説の登場人物の心情を理解してどうなるというのですか? 謎です」

成幸 「現実逃避するなよ。全員一歩一歩進んでるのは確かなんだから、自信持てって」

パサッ

成幸 「これ、今日の全範囲を網羅したフラッシュカード。今夜あたり、しっかり復習しておけよ」

うるか 「わっ……あ、ありがとう、成幸」

文乃 「いつもありがとう。こんな教材まで作ってもらっちゃって……」

理珠 「……すみません。本当に、ありがとうございます」

成幸 「いいさ。お前たちがこれを使ってしっかり勉強してくれれば、それだけで十分だ」

成幸 「……ん、悪い、この後小美浪先輩と約束があるから、もう行くな」

成幸 「うるかはこの後水泳部だよな。練習、がんばってな」

うるか 「……うん! ありがとう、成幸。国体で全力出せるようがんばるよー!」

………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「なんですか? 何か分からないことでもありました?」

あすみ 「いやな、お前、もし将来結婚して子どもが生まれるとしてさ、」

成幸 「……急になんですか」

あすみ 「いいから聞けよ。もし子どもが生まれるとして、その子どもの血液型って気になるか?」

成幸 「………………」

成幸 「……いや、あまり気にならないと思いますけど」

あすみ 「だよなぁ。じゃあ、なんでメンデルの法則なんか覚えなくちゃいけないんだ? どうでもいいだろ、血液型なんて」

成幸 「先輩、本当に医者になりたいんですよね……?」

あすみ 「……まぁ、ちょっと現実逃避したくなっただけだ。冗談だよ」

成幸 「っていうか、先輩って暗記も計算も苦手じゃないのに、何で理科系科目になった途端点数下がるんですか?」

成幸 「メンデルの法則だって、基本的な遺伝大系を覚えてしまえばそう難しいものじゃないと思うんですが……」

あすみ 「アタシだって不思議だよ。でも、理科系になった瞬間、計算しづらくなるし、暗記もしづらくなるんだ」

あすみ 「アタシはこれを神の見えざる手と呼んでいる」

成幸 「それは政経の用語ですけどね」

成幸 「ほら、アホなこと言ってないでさっさと覚えちゃいましょう。生物なんか暗記あるのみですよ」

あすみ 「わーってるよー。ちくしょう。“この法則だとアタシたちの間に生まれる子どもは何型だなっ” 、とか言えばよかったか?」

成幸 「俺のからかい方を研究してどうするんですか。ほら、覚える。ほら、早く」

あすみ 「? なんだよ、今日はえらくからかい甲斐がないというか、余裕がなさそうだな?」

成幸 「へ……? いや、そんなつもりはないんですが……」

あすみ (……っつーか、隈すげーなこいつ。ちとがんばりすぎなんじゃねーのか)

あすみ 「後輩、お前……――」

成幸 「――あ、先輩。そういえば、古橋がこの前まで使ってたフラッシュカードありますよ」

成幸 「ちょうど遺伝のあたりの範囲の用語を網羅してますから、これ使ってください」

あすみ 「お、おう……ありがとう」 (自作のカードか……。改めてすげぇな、こいつ……)

あすみ (……こんなにがんばってる奴に、“がんばりすぎるなよ” なんて、それこそ野暮か)

成幸 「そういえば先輩、いま何か言いかけました? すみません、遮っちゃって……」

あすみ 「……いや、何でもねぇよ。カード、使わせてもらうな」

成幸 「はい!」

あすみ (ったく、嬉しそうな顔しやがって。自分の努力が人のためになるのが大好きなんだよな、こいつ)

あすみ (損な性分だと思うが、本人がそういう生き方しかできねぇんだから仕方ないよな)

あすみ (だからこそ、古橋たちもこいつを信頼しているんだろうし……)

あすみ (それにしたって、あいつらは幸せモンだよな。こいつみたいな “先生” がいてさ)

あすみ 「………………」

あすみ (……いや、まぁ、それはアタシも一緒か)

あすみ 「……よし、もう一回遺伝の法則を口頭で説明するから、聞いててくれ」

成幸 「はい、どうぞ」

あすみ (アタシたちにできるのは、せいぜいがんばって、こいつの努力を無駄にしないこと)

あすみ (……家を継ぐために、そして、こいつにしてもらったことを無駄にしないために)

あすみ (死に物狂いで勉強しねぇとな)

成幸 「………………」

成幸 (……あー、いかん。目がかすんできた。なんだろう。あんまり前が見えない)

成幸 (めちゃくちゃ目が乾いてる気がする。不思議と眠くはないけど……)

成幸 (少し、頭が痛い。目の奥から、側頭部にかけて、血流に合わせてドクドクと痛む……)

成幸 (あきらかに学校にいたときより体調が悪い。けど不思議と眠気はない)

成幸 「っ……」

成幸 (あしゅみー先輩との約束では、今日は店が混んでくるまで勉強の予定だ)

成幸 (早く帰って布団に飛び込みたいけど……約束はしっかり守らないと)

成幸 (約束……そう、約束、だから……)

成幸 (がんばらないと……)

………………帰路

真冬 「ふぅ……」

真冬 (……まったく。次から次へと仕事が舞い込んできて嫌になるわ。帰りが遅くなってしまう)

真冬 (二学期は本当に仕事が多い。イベントも重なるし、三年生の進路がらみのことも多いし)

真冬 (とはいえ、手をぬくわけにはいかないもの。がんばらなければならないわね)

真冬 (……あら?)

成幸 「………………」

真冬 (唯我くん? 未成年が外を出歩くにはやや遅い時間だけれど、いま帰りなのかしら?)

真冬 (まったく。まだ補導されるような時間ではないけれど、学校帰りに制服姿でうろつくのは感心しないわね)

真冬 (どうせどこかで勉強をしていただけなのでしょうけど、それでも注意をしておかなければ)

真冬 「……唯我くん」

成幸 「……ん、あ、えっと……」

フラッ

成幸 「ああ、桐須先生。こんばんは……」

真冬 「ゆ、唯我くん……? 大丈夫? 顔色が悪いわ」

成幸 「え? そうですかぁ……? あんまり、よくわからないですけど……」

成幸 「そういえば、目がかすんで、少し頭が痛くて……」

成幸 「早く、家に帰らないと……」

フラフラ……

真冬 「!? 唯我くん、そっちは電柱……――」

――パコン

成幸 「……きゅう」

パタリ

真冬 「……ゆ、唯我くん!? 唯我くん!?」

真冬 (電柱にぶつかって倒れる人って初めて見たわ! 私だってそんなことやったことないのに!)

真冬 「唯我くん! しっかりしなさい! 唯我くん!」

成幸 「………………」 zzzz……

真冬 (どうやら倒れた拍子にそのまま眠ってしまっただけのようね。頭も打っていないようだし……) ホッ

真冬 「……とはいえ、起きそうにもないし、どうしたらいいかしら」

真冬 「………………」


―――― 『屈辱……屈辱よ……生徒におんぶだなんて……っ』

―――― 『ホラ先生 むくれてないで 救護スペースつきましたよ』

―――― 『むくれてなんていません』


真冬 (……あのとき、彼はケガをした私を、救護テントまで運んでくれた)

真冬 (分かってる。私がするべきことなんて、ひとつだけだって)

真冬 (……いいえ。私が彼にしてあげたいこと、と言うべきかしら)

スッ……グイッ

真冬 「んっ……さすがに、重いというか……」

真冬 「意識のない人間を背負うのって、結構大変なのよね……」

真冬 「……んっ、よし……っと。おんぶしてしまえば運べそうね」

真冬 (でも、唯我くんが軽くて助かったわ。一般的な男子生徒だったら背負えてたかどうか……)

真冬 (……というか、軽すぎないかしら。ちゃんと食べているのかしら)

………………真冬の家

真冬 (彼の家は近所なのだろうけど、あいにく私は場所を知らない)

真冬 (まさか、“唯我” という表札を探して歩き回るわけにもいかない)

真冬 (……仕方ないわ。これは緊急避難というやつよ、真冬)

真冬 (意識をなくした生徒を、仕方なく、緊急避難させただけよ)

真冬 (たまたま避難先に適した場所の我が家が、近くにあったというだけ)

真冬 「………………」

真冬 (……意識を失った男子生徒を家に連れ込む女性教諭。傍から聞いたらとんでもないことね)

真冬 (男女が逆転していたらどんな状況であったとしても真っ黒だわ)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (……まったく、こっちの気も知らないで、人のベッドで安からに寝息を立ててくれるものね)

真冬 (さて、早いところ彼の自宅に電話して、引き取りに来てもらわなければ)

真冬 (電話番号が分かりそうなものといえば、生徒証だけれど、彼の鞄の中にそれらしいものはなかった)

真冬 (つまり彼は、校則に記してあるとおり、律儀に肌身離さず携帯しているのだろう。生徒証が入った生徒手帳を)

真冬 (……仕方ないわ。彼の制服から、生徒手帳を取り出さなければ)

真冬 「………………」

ドキドキドキドキ……

真冬 (こ、これは仕方がないことよ、真冬。だって、彼の家に連絡を取らなければならないもの)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (べつに、やましいことがあるわけじゃない)

真冬 (ただ、少し彼の身体に触れて、生徒手帳を探さなければならないというだけ)

真冬 (だ、だから、何の問題もない……)

ピトッ

成幸 「んっ……」

真冬 「……!?」

成幸 「ん……ぅ……」 zzz……

真冬 (び、びっくりした……。まったく……)

………………数分後

真冬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

真冬 (……無事、生徒手帳は手に入ったわ。生徒とはいえ、意識のない男子の身体をまさぐるなんて……)

真冬 「っ……///」

真冬 (……わ、忘れるのよ、真冬。仕方がないことだったのよ。それより早くご家族に連絡をしなければ)

真冬 (担任を飛び越す形での連絡になってしまうけど、仕方ないわね。緊急事態だもの)

ピッ……ピッピッ……prrr……

『もしもし?』

真冬 「夜分に申し訳ありません。一ノ瀬学園で社会科の教員をしております、桐須と申します」

真冬 「唯我さんのお宅で間違いないでしょうか?」

『あっ……はい。お世話になっております。唯我成幸の母です』

真冬 「お世話になっております。成幸くんのことでお話があるのですが、いま、大丈夫でしょうか?」

花枝 『大丈夫です。あの、息子がどうかしたでしょうか……?』

真冬 「実はですね……」

………………

花枝 『……それはなんというか、本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

真冬 (……さすがは唯我くんのお母様だわ。電話口でペコペコと頭を下げている姿が想像できるくらい)

真冬 「教員として当然のことをしただけですから、お気になさらないでください」

真冬 「ただ、彼をひとりで帰すのは不安ですので、迎えに来ていただけると助かるのですが……」

花枝 『そうですね……。でしたら、妹の水希を向かわせます」

花枝 『私は弟妹たちの世話で手が離せないので……』

真冬 「わかりました。マンションの下で待っていますので、住所だけお伝えします」

花枝 『本当にご迷惑をおかけします。申し訳ありません……』

真冬 「お母様、どうかお気になさらずに。では、お待ちしております」

………………唯我家

水希 「お、お兄ちゃんが倒れた!?」

水希 「それで、お兄ちゃんはどこ!? 病院!? 大変! 急いで行かなきゃ!」

花枝 「お願いだから話は最後まで聞いてね水希」

花枝 「心配しなくても大丈夫よ。道ばたで倒れて眠っちゃっただけみたいだから」

花枝 「いま、成幸の学校の先生が家につれて帰って寝かせてくれてるみたいなの」

水希 「………………」 ヘナヘナ 「よ、よかったよぅ……」

花枝 「親切な先生がいてくれてよかったわ。水希、ちょっと迎えに行ってきてくれない?」

水希 「もちろん行くよ! すぐ行くよ! いってきます!」

花枝 「ちょっと待って。お願い、話を最後まで聞いて」

花枝 「これ、教えてもらった住所。マンションの下で待っててくれるそうだから」

水希 「うん、わかったよ。その先生の名前は?」

花枝 「桐須真冬さんという方よ。まだ若い女性の声なのに、すごくしっかりしていそうだったわ」

水希 「へ……? わ、若い女の先生……?」

花枝 「声もきれいだったし、きっときれいな方なんでしょうね……」

水希 「………………」

ワナワナワナワナ……

花枝 「水希……?」

水希 (わ、若い女の先生……!? ダメよ! お兄ちゃんには刺激が強すぎる!)

水希 (それに、なんだか知らないけど、猛烈に嫌な予感がする!)

水希 「お母さん、わたしもう行くね! いってきます!」

ドヒュン……!!

花枝 「気をつけてねー……って、もう行っちゃったわ」

花枝 「まったく。お兄ちゃんのことになるとああなんだから……」

和樹 「水希姉ちゃんはもうしょうがないよ」

葉月 「もう諦めた方がいいと思うわー」

………………マンション前

真冬 「………………」

ブルッ

真冬 (っ……少し寒いわね。やっぱり、もう冬物のスーツを出さなければならないわね)

真冬 (早くジャージに着替えたいところだけれど、唯我くんの妹さんが来るのだから、しっかりした格好でいないと……)

タタタタタタ……

真冬 「……?」 (走ってくる女の子……ひょっとして、あの子が……)

水希 「あの! すみません! 桐須真冬先生ですか?」 ゼェゼェ……

真冬 「え、ええ。そうだけど……。あなたが唯我く――成幸くんの妹さんかしら?」

水希 「そうです。妹の、水希です」 ゼェゼェ……

真冬 「大丈夫? ずいぶん息が上がっているけど……」

水希 「部活で鍛えているので大丈夫です。それより、お兄ちゃんは……」

真冬 (唯我くんのことが心配で走ってきたのね……兄想いの良い子だわ……)

水希 (こんなにきれいな人だなんて聞いてないよ! お兄ちゃんの貞操の危機だよ!)

水希 (こんな美人さんの家にお兄ちゃんを長く置いておくわけにはいかない! 早くつれて帰らないと……)

………………真冬の家

成幸 「………………」 zzz……

水希 「……よかったぁ。本当に寝てるだけだ」 ホッ

真冬 (ふふ。仲睦まじい兄妹なのね。うらやましいわ)

水希 (お、お兄ちゃんの寝顔……久々に見た気がする……)

水希 (いつもわたしの方が先に寝ちゃうし、朝はわたしがお弁当とかで忙しいし)

水希 (……えへへ、こんなに無防備に寝てると、なんか、変な気持ちが湧いてくるよ)

真冬 (いい妹さんなのね。お兄ちゃんの顔をのぞき込んで笑ってるわ……)

水希 「お兄ちゃん。おーい、お兄ちゃーん?」

ペチペチ

水希 「起きてよー。帰るよー」

ニヤニヤ

水希 「お、起きないと、いたずらしちゃうぞー? なんちゃって……」

真冬 (な、なぜかしら。微笑ましい光景のはずなのに、なぜか笑顔が邪悪に見えるわ……)

真冬 「成幸くん、起きない?」

水希 「すみません。でも、先生にも迷惑かかっちゃうから、ちゃんと起こしますね」

ユサユサ

水希 「おにーちゃーん。おーきーてー」

真冬 (少し可哀想な気もするけど、仕方ないわね。まさかうちに泊めるわけにもいかないし……)

真冬 「………………」

真冬 (……いや、以前美春が来たとき、図らずも一泊させてるわね。一泊と言っていいのかわからないけれど)

水希 「お兄ちゃーん」

成幸 「んっ……あ……」

パチッ

成幸 「……おう、水希。おはよう?」

水希 「おはよう、じゃないよ。ここどこだか分かる? 家じゃないんだよ?」

成幸 「ん? ここは……桐須先生の家、だな。なんで桐須先生の家に水希がいるんだ……?」

水希 「え?」

ジロリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、ここが先生の家だって分かるのかな?」

真冬 「……!?」

成幸 「えっと……?」

水希 「お兄ちゃんは、帰り道で寝ちゃって、先生にここに運んでもらったんだよ?」

水希 「なのにどうして、お兄ちゃんはここが先生の家だって分かるの? ねえどうして?」

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (水希がいる。桐須先生もいる。そして俺がベッドに寝ている。家まで歩いているところから記憶が途切れている)

成幸 (そのことから推測するに、おそらく俺は途中であまりの眠さにぶっ倒れ、桐須先生にこの家に運ばれたのだろう)

成幸 (そして、桐須先生が俺の家に電話をするなりして、結果として水希が俺のことを迎えに来たんだろう)

成幸 (……なんとか誤魔化さねば)

水希 「ねえ、お兄ちゃん? どうして黙ってるの? ねえ? 先生に聞こうか?」

成幸 (我が妹ながら怖っ……。キレてるときの古橋に通ずるものを感じる……)

成幸 「わ、悪い。ちょっとボーッとしちゃってさ」

成幸 「先生に運び込んでもらったとき、ちょっとだけ意識があったんだ」

成幸 「だから、桐須先生の家だってわかったんだよ」

水希 「……ふーん?」

真冬 「………………」 ダラダラダラ……

水希 「……そっか。てっきり、先生がお兄ちゃんを家に連れ込んだことがあるのかと思っちゃった」

テヘッ

水希 「そういうことなら良かった。教育委員会に通報しなくて済みそうだから」

成幸&真冬 ((怖っ……!?))

水希 「お兄ちゃん、起きられる? いつまでもここにいたら先生にも迷惑だから、帰るよ?」

成幸 「ん……ああ、大丈夫。すみません、桐須先生。運んでもらっただけでなく、ベッドまで借りちゃって……」

真冬 「構わないわ。生徒が倒れているのを、放置するわけにはいかないもの」

水希 「良い先生だねぇ、お兄ちゃん」

成幸 「ああ、本当に良い先生なんだよ。生徒想いだし、教え方も上手だし」

真冬 「なっ……///」 プイッ 「おだてても、世界史の成績は変わりませんからね」

真冬 「……寒い中来てくれた水希さんをこのまま帰すのもなんだし、熱いお茶でもいれてくるわ」

成幸 「……!?」

成幸 (桐須先生が熱いお茶……!? まずい、嫌な予感しかしない……!)

水希 「あっ、いえ、お気遣いなく」

真冬 「すぐ用意するわ。ちょっと待ってて――」

成幸 「――お、俺がいれてきますよ、お茶!」

真冬 「……? 何を言っているの、唯我くん。あなたはもう少し横になっていなさい」

成幸 「い、いや、でも……」 (先生が火傷する未来しか見えない……!!)

水希 「………………」 クスッ 「……お兄ちゃん、きっと先生に恩返ししたいんですよ」

真冬 「……?」

水希 「お兄ちゃんは横になってて。私がお兄ちゃんの代わりにお茶いれてくるよ」

水希 「先生、ちょっと台所借りますね。お茶くらい、いつも家でいれてるから大丈夫です」

真冬 「そう……? せっかく来てもらってそんなことをしてもらうのも、少々申し訳ないのだけど……」

水希 「お兄ちゃんを助けてくれたお礼ってわけじゃないですけど、それくらいさせてください」

トトトト……

成幸 (……ほっ。水希ならなんの心配もないだろう。よかった)

真冬 「……いい妹さんね、唯我くん」

成幸 「へ……?」 テレッ 「……まぁ、そうですね。本当に、自慢の妹です」

真冬 「そう。でも、そんな妹さんを心配させてしまったこと、分かっているかしら?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「水希さん、おうちから走ってこの家まで来たのよ?」

真冬 「全力疾走で来たんでしょうね。それくらい、きみのことが心配だったのよ?」

真冬 「そのあたり、わかっているのか聞いているのだけど?」

成幸 「は、はい、本当に、面目次第もないことです……」

真冬 「私が見つけたからよかったものの、もしそうでなかったら……どうなっていたか」

真冬 「心配をかける程度じゃすまなかったかもしれないのよ? そのあたり、分かっているのかしら?」

成幸 「……反省しています」

真冬 「唯我くん、あなた寝不足ね。今日は学校でもいつもと様子が違ったもの」

成幸 「はい。受験が近づいてきて、古橋たちのことも考えると、ついつい睡眠時間が少なくなってしまって……」

真冬 「勉強も大事よ。推薦のために努力をするのは美徳だわ。でも、何より優先すべきはあなたの健康よ」

真冬 「それが分からないなら、あなたはきっといつか、水希さんとお母様を泣かせることになるわ」

成幸 「……すみません。本当に、その通りだと思います」

成幸 「自分が忙しいだけならいいだろうって、きっとまわりに甘えていたんだと思います」

成幸 「先生にも迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」

真冬 「わかったならいいわ。それから、私のことは気にしなくていいわ。教師としてやるべきことをやっただけだから」

真冬 「………………」

真冬 (……私は、とても卑怯なことを言っている)

真冬 (VIP推薦をダシに、唯我くんを天才三人の教育係などに仕立てあげたのは、我々教員サイドだというのに)


真冬 (――私が、緒方さんと古橋さんの教育係の責務を果たせていれば、彼にこんな苦しみを背負わす必要もなかったのに)


真冬 (それを棚に上げて、私は……)

真冬 (私は、本当に卑怯なことを言っている……)

成幸 「……でも、忙しいですけど、最近楽しいんです。いや、最近っていうか、四月からこっち、かな」

真冬 「え……?」

成幸 「緒方と古橋と知り合えて、うるかとはもっと仲良くなれた気がして……」

成幸 「先生や小美浪先輩にもよくしてもらって、他にも、結構友達が増えて……」

成幸 「……楽しいから、ついついがんばろうって思ってしまって、やりすぎちゃったみたいです」

真冬 「唯我くん……」

成幸 「でも、これからは気をつけます。あまり無理をしないように、自分の身体としっかり相談しながらがんばります」

成幸 「それに、俺が体調悪くしたら、結局あいつらの勉強に穴を空けることになりますしね」

成幸 「……これはうぬぼれかもしれませんけど、母さんと水希だけじゃなく、きっとあいつらも俺のこと心配しちゃうでしょうから」

成幸 「『自分たちのせいで』 俺が倒れたなんて思い込んだら、きっとあいつらの勉強する気を削いでしまうから」

真冬 「唯我くん、きみは……」 (……きみは、本当に良い子ね)

真冬 (きみのような男の子だから、きっと緒方さん、古橋さん、武元さんは、きみを信じてがんばれるのね)

成幸 「……ま、まぁ、べつに、俺は自分のVIP推薦のためにがんばってるだけだから、あいつらが気にする必要なんてないんですけどね」

真冬 (うそつき。VIP推薦のためだったら、緒方さんと古橋さんの希望進路を変えさせるはずよ)

真冬 (……そして、ひょっとしたら、今のきみと彼女たちの関係なら、それもできるかもしれない)

真冬 (でも、きみはそうはしないのでしょうね。きみは、きみ自身が、あのふたりの進路を応援しているから)


―――― 『俺はただの一学生で先生の言うような経験もないし あいつらのこと絶対幸せにできる確信もないです』

―――― 『でも俺は…… 「できないからやめろ」 なんて見捨てるくらいなら 胸張って一緒に後悔する道を選びます』

―――― 『先生が 「才能」 の味方なら 俺は 「できない」 奴の味方ですから』


真冬 (……今もきみはあのときのまま。自分の身体さえすり減らして、その言葉を履行しようとしている)

真冬 (私は何もできない。きみに甘えて、きみに押しつけて、そして、外から知ったようなことを言うだけ)

真冬 (私は、そんな自分が……――)


成幸 「――……本当に、桐須先生がいてくれてよかった」


真冬 「え……?」

成幸 「小美浪先輩が言ってました。あ、本人には言わないでくださいね。俺が怒られちゃいますから」


―――― 『真冬先生が最後まで反対してくれたからこそ アタシは今も 「なにくそ」 って頑張れてる』

―――― 『向いてないことをやり通すためには それだけでかい壁を壊せるくらいの反骨精神がいるんだよな』

―――― 『何やっても褒めてくれねーし 絶対口には出さねーけど』

―――― 『そういうのをさ 先生は教えてくれた気がするんだよ』


真冬 「こ、小美浪さんが……?」

成幸 「ええ。そしてそれは、緒方や古橋も一緒です。俺は先生がふたりの教育係をしていたときのことは知りませんけど、」

成幸 「きっと、先生がなぁなぁにせず、完膚なきまでにあいつらのの甘い考えを否定したからこそ、あいつらは今がんばれてるんだと思います」

真冬 「そ、そんなの……関係ないわ。私は、私がやるべきことをやっただけで……」

成幸 「俺はまだ学生で、よくわからないですし、ひょっとしたら生意気になっちゃうかもしれないですけど……」

成幸 「先生がそうやって、職務を忠実に全うしようとしているからこそ、色々なものが生まれているんだと思いますよ」

成幸 「俺がこんなにがんばれるのも、あいつらががんばるからです」

成幸 「あいつらががんばるのは、きっと小美浪先輩が言ったのと同じように、反骨精神によるところも大きいでしょう」

成幸 「だから、先生がいてくれて良かったです。俺がいまこんなに充実してるのも、きっと先生のおかげです」

成幸 「……なんて、自分の体調も分からずぶっ倒れた俺に言われても嬉しくないでしょうけど」

真冬 「………………」

クスッ

真冬 「……本当ね。まずは自分のことを考えられるようになってから生意気言いなさい」

成幸 「はは、違いないです。すみません」

真冬 (……違うわ。それはすべてきみが自分で手に入れたものよ)

真冬 (私のしたことなんて、それこそ給料をもらっている身としては当然のことばかり)

真冬 (だからきみは、誇りなさい。きみがきみ自身の手で手に入れた、すべてのものを)

真冬 「……まぁ、倒れない程度にがんばりなさい。次倒れてても放っておくわよ?」

成幸 「肝に銘じておきます。桐須先生」

真冬 「………………」

真冬 (いつか、きみが大人になったとき、ひょっとしたら話をすることがあるかもしれない)

真冬 (……なんて、きっと私のような面白みのない教員なんて、きみは卒業したらすぐ忘れてしまうわね)

真冬 (でも、もし万が一、きみが大人になったとき、私たちが出会えたら、)

真冬 (そのときは、きみに正面切って言えるかもしれない)

真冬 (きみのがんばりを認めて、褒めてあげることが、できるかもしれない)

真冬 (ねぇ、唯我くん。気づいているかしら。きみは本当に、すごい子なのよ?)

真冬 (……今はまだ、決して口には出せないけれど)

真冬 (いつかきみが、わたしより立派な、しっかりとした大人になった頃、)

真冬 (きみのすごいところを全部、褒めてあげられるように)

真冬 (私も、きみに負けないように、がんばらないといけないわね)

成幸 「………………」


―――― 『「できない」 自分を認め 向き合えること』

―――― 『……それが君の長所でしょう?』


成幸 (……絶対、口には出せないけれど、面接練習のとき、先生がくれた言葉は、今もまだ、俺の中に残ってる)

成幸 (俺は、親父の言葉を信じて、ずっとがんばってきた。でも……)

成幸 (そんな風に、親父以外に、俺を認めてくれる人が……先生がいてくれるってわかって、)

成幸 (……本当に、嬉しかったから)

成幸 (今は恥ずかしくて、絶対に言えないけれど、もしいつか、卒業した後にでも出会えたら、言いたい)

成幸 (先生の言葉のおかげでがんばれた、って。先生は本当に生徒想いのすごい先生なんだ、って)

成幸 (今は、きっと生意気と言われてしまうだろうけれど……。もしいつか、俺が大人になったとき、先生に出会えたら、)

成幸 (……そのときは絶対、先生にも認めてもらえるような、立派な大人になっていますから)

成幸 (だからそのときは、言わせてください)

成幸 (桐須先生のすごいところ、尊敬するところ、全部を!)

おわり

………………幕間 「どうして?」

水希 「すみません、桐須先生。お湯は沸かしたんですけど、お茶っ葉が見つからなくて……」

ヒョコッ

真冬 「ああ、お茶っ葉なら……えっと、どこだったかしら……」

成幸 「いや、この前片付けたばっかりでしょう。冷蔵庫のドアポケットの中ですよ」

水希 「えっ」

成幸 「……? どうかしたか? うちでもお茶っ葉は冷蔵庫に入れてるだろ?」

真冬 「………………」 ハッ 「ゆ、唯我くん……!」

成幸 「……!?」 (し、しまった……!)

水希 「………………」 ユラリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、先生の家のお茶っ葉のありかを、知っているのかな? かな?」

水希 「どうしてかな? ねえ、どうして? ねぇ、ねぇ、ねぇ?」

成幸 「ま、待て! 違う! 誤解だ! 誤解だから電話を手に取るのはよせ! 教育委員会は洒落にならない!」

※その後、誤解ではないけれど、誤解ということにして事なきを得ました。

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。


また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「なんてベタな……」

………………一ノ瀬学園 グラウンド

滝沢先生 「今日から体育は長距離走だ。初日だから、無理するなよ」

滝沢先生 「身体を慣らす程度でいい。ただししっかり走れよー」

成幸 (ふっふっふっふ……)

成幸 (長距離走はただ走るだけ! 不器用な俺が体育の内申点を上げるチャンスだ!)

成幸 (まぁ、体力はないから良いタイムは望めないが、努力さえすれば多少はなんとかなる)

成幸 (一学期と二学期前半の水泳の分も挽回しなければ……!!)

文乃 「おー。なんか、成幸くん燃えてるね」

成幸 「ん……? ああ、古橋か。そうか、今日の体育はAB組合同か」

文乃 「うん。あと、長距離走だから男女混合だね。男子は外周五周、がんばってね」

成幸 「女子は三周だっけか。うらやましいぞ……」

文乃 「私は走るの嫌いじゃないからいいんだけどね、五周でも」

文乃 「成幸くんより足速い自信あるし」 エッヘン

成幸 「む……言ったな? じゃあ、今日のタイムで勝負しようぜ」

文乃 「ほうほう。つまり、わたしのタイムを3/5倍して勝負だね?」

成幸 「うん。考え方は間違ってないけど5/3倍な」

文乃 「……こっ、細かいことはいいんだよ!」

コソッ

文乃 「ただ勝負するだけじゃつまらないから、何か賭けない?」

成幸 「ほー。俺に勝つ自信があるみたいだな。いいぞ、乗ってやる」

成幸 「負けた方は勝った方に購買のパン一つ奢る……ってのでどうだ?」

文乃 「うん。まぁ成幸くんの経済状況を考えたら妥当なところだと思うよ」

成幸 「冷静に人のサイフの中身を分析しないでくれ、古橋……」

鹿島 (……古橋姫と唯我成幸さん、何か話してますね)

猪森 (古橋姫、楽しそうっスね)

蝶野 (こっちまで幸せになってくるな……)

………………スタート直前

成幸 (ふっふっふ……。古橋、悪いが、手をぬくつもりはない。単純な体力だけなら、さすがに負けないぞ)

成幸 (球技ならわからんが……)

文乃 (ふふふ……。成幸くんったら、私は体育は得意なんだよ?)

文乃 (キャラクター紹介ページでもATHLETICは○なんだよ。そしてきみは×だって知ってるんだから)

文乃 (成幸くんがなぜあんなに自信満々なのかわからないけど、絶対に負けないからね)

滝沢先生 『準備はいいかー? 公道を走るから、車や歩行者に気をつけろよー』

滝沢先生 『では、よーい……スタート!』

成幸&文乃 ((パンは!))

成幸 (俺が!!)  文乃 (わたしが!!)

成幸&文乃 ((いただく!!) んだよ!!)

………………

大森 「はぁ~、長距離走なんてだるいよなー。どっかでサボれないかな」

小林 「うるさいなぁ。喋ってると体力なくなるぞ」

小林 「少しは成ちゃんを見習えよ。ほら、あんなにまじめに走ってる」

成幸 「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」

大森 「……まじめに走ってるのに、ダベりながら走ってる俺たちの少し前ってのが悲しいけどな」

成幸 (ふふ……いい、ペースだ……)

成幸 (男子の中でも真ん中の方にいるだろ……ふふ、負けんぞ、古橋……)

………………ゴール後

成幸 「………………」

グタッ

成幸 (し、死ぬ……滝沢先生の言うとおり、慣らし程度で走るべきだった……)

成幸 (肺が痛い……)

文乃 「やーやー、成幸くん。結果はどうだったかな?」

成幸 「ふ、古橋……ふふ、お前の、その、余裕そうな顔も、そこまでだぜ……」 ゼェゼェ……

文乃 「うん。きみの方にそこまで余裕がないとわたしはどんどん余裕が出てくるんだけどね」

文乃 「ちなみにこれが今日のわたしのタイムだよ? で、5/3倍も計算しておいたよ」

成幸 「………………」

ガクッ

成幸 「う、うそだ……。俺、結構全力で走ったのに……」

文乃 「ふふふ、どうやらわたしの勝ちのようだね。じゃあ、昼休み、パンをよろしく頼むよ、成幸くん?」

成幸 「うぅ……」


―――― 「ほう。なかなか興味深い話をしているな、唯我、古橋」

文乃 「わっ……た、滝沢先生!?」

滝沢先生 「まさかお前たち、体育の授業で賭け事をしていたわけじゃないだろうな?」

文乃 「あ、あはは……」

成幸 「えっと……あの……」

滝沢先生 「………………」

成幸&文乃 「「すみません!!」」

滝沢先生 「素直でよろしい。まぁ、パン程度なら遊びの延長というところで目はつむってやる」

成幸 「本当ですか!? 助かります……」

滝沢先生 「その代わり、といってはなんだが、少し手伝いをしてもらおうか」

滝沢先生 「外周にパイロンが設置してあっただろう? 放課後、あのパイロンの回収を頼みたいんだ」

滝沢先生 「体育の教員の手が空いてなくてな。頼めるか?」

文乃 「それくらいなら、まかせてください」

成幸 「はい、やります!」

滝沢先生 「じゃあ頼んだ。体育用具倉庫にあるカートを使って回収してほしい」

滝沢先生 「回収した後は、体育用具倉庫にしまっておいてくれ」

………………放課後

成幸 (……と、いうわけで、外周を回りながらパイロンを回収しているわけ、だが……)

グイッ……グイッ……

成幸 (重い!!)

成幸 (ひとつひとつのパイロンは軽いが、カートに乗せていくにつれてどんどん増えていく!)

成幸 (重い!!)

文乃 「成幸くん、顔真っ赤だよ? 大丈夫? カート引くの代わろうか?」

成幸 「いや、さすがに……これを、女子にはさせられないだろ……」

成幸 「俺は男子だから、大丈夫……」

文乃 「む……男子とか女子とか、あんまり関係ない気もするけどな」

文乃 「結局、わたしの方が長距離走も速かったわけだし」

成幸 「ど……同一距離だったら、きっと負けてない、はず……」

文乃 「わたし今日結構流してたけど?」

成幸 「……お、俺だって、慣らしだったぞ?」

文乃 「ふーん。そう? じゃ、カート引きがんばってね。パイロン追加するよ」

ゴトッ

成幸 「うぉ……」

成幸 (お、重い……)

グイグイ……

文乃 「ほら。後ろから押してあげるから、がんばって」

成幸 「わ、悪い……助かる……」

文乃 (だから、きみがずっとカート引いてるんだから、悪いなんて思う必要ないんだってば……)

文乃 (本当に損な性格。きみの将来が心配だよ、お姉ちゃんは)

成幸 (あ、あと少し……あと少しで、一周だ……)

成幸 (長距離走より疲れるぞ、これ……)

………………体育用具倉庫

成幸 「うおお、おわった……」

ゴトッ

成幸 「これで全部のパイロンをしまえたか……長かった……」

文乃 「おつかれさま、成幸くん」

成幸 「いや、古橋もおつかれさま。つか、悪いな、変なことに巻き込んで。俺がパンを賭けようなんて言ったから……」

文乃 「いやいや、それはおかしいよ。わたしが何か賭けようかって言い出したのが悪いんだから。ごめんね」

成幸 「ん……いや、まぁ、俺もそれに乗ったわけだし、べつに……」

成幸 「そんなことより、早く戻ろうぜ。今日は図書室で勉強の日だろ」

文乃 「それもそうだね」 クスッ 「いつまでも成幸くんを独り占めしてたら、りっちゃんとうるかちゃんに怒られちゃうね」

成幸 「独り占め? なんだそりゃ。俺はべつに――」


――――ガシャン


成幸 「へ……?」

………………外

真冬 「………………」

真冬 (まったく、なぜ私が体育用具倉庫の施錠をしなければならないのかしら……)

真冬 (体育の先生方も忙しいのはわかるけれど、そのあたりしっかりとしてもらわないと困るわ)

真冬 (……外周にパイロンが残っていないのは確認したし、カートも帰ってきている)

真冬 (滝沢先生は生徒にお願いしたと言っていたけど、その生徒たちはパイロンをしっかり回収したようね)

真冬 (さっさと鍵をかけて仕事に戻りましょう……)

ガシャン

真冬 (これでよし、と。さっさと仕事に戻りましょう)

………………体育用具倉庫

文乃 「い、今の音って……」

成幸 「鍵がしまったような音だったな?」

文乃 「鍵って、ひょっとして……」

バッ……ガチャガチャガチャ……!!!

成幸 「開かねえ!! これは、ひょっとしてひょっとすると……」

成幸&文乃 「「閉じ込められた!?」」

成幸 「誰かー! 誰かいませんかー!」

ドンドンドン……!!!

成幸 「……ダメだ。鍵をかけた人はもうどこかに行っちゃったみたいだ」

文乃 「……うーむ」

成幸 「古橋? なんだ、考え込むような顔をして」

文乃 「いや、大したことじゃないんだけどさ、一言だけ言わせてほしくて」

文乃 「なんてベタな……」

………………

文乃 「成幸くん、携帯電話持ってる?」

成幸 「あいにく、荷物は全部教室だ。古橋は?」

文乃 「同じく、だよ……」

成幸 「助けを呼んでも聞こえるような場所じゃないしなぁ……」

成幸 「仕方ない。このまま、気づいた誰かが助けに来てくれるのを待とう」

成幸 「図書室に俺たちが現れなけりゃ、緒方が心配して先生に相談してくれるだろ」

文乃 「カバンも教室に置きっぱなしだから、きっと滝沢先生が気づいてくれるよね」

成幸 「ゆっくり待とう。ちょっとした休憩だな」

文乃 「……うん」

成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 (……気まずい)

成幸 (と、いうよりは、どういう顔をしていたらいいのか分からない)

成幸 (今さらな話ではあるが、古橋はそれはもうとてつもない美少女だ)

成幸 (間違っても、薄暗い密室で一緒にいて心安らぐような相手じゃない)

成幸 (そして何より、向こうは恐らく、もっとそう思っているだろうということだ)

文乃 「………………」

成幸 (古橋のアンニュイな顔がそれを物語っている)


―――― 『実はわたし…… 威圧してくる男の人が怖くて……』


成幸 (俺はそういうタイプの男じゃない……とは思いたいが、)

成幸 (もしも万が一、古橋が今のこの状況を山岡に迫られたときのように感じているとしたら、)

成幸 (俺は今、絶対、古橋に近づいちゃいけない……!!)

文乃 「………………」

文乃 (ど、どどど、どうしよう……)

ズーン

文乃 (わたしがそもそも賭け事なんてイケナイことを提案しなければ、こんなことには……)

文乃 (当たり前だけどなんの勉強道具も持ってきてないし、わたしはともかく、成幸くんは……)

成幸 「………………」

文乃 (めちゃくちゃ険しい顔してるー!! そりゃそうだよ。だって、わたしのせいで勉強が……)

文乃 (わたしの勉強が進まないのは自業自得として、それに成幸くんを付き合わせてるのはまずいんだよ)

文乃 (な、なんとしても早くここから脱出しないと……!!)

文乃 (出られるとすれば……)

チラッ

文乃 (あの、天井近くの採光用の窓。薄べったいけど、届きさえすれば、わたしなら通れる!)

文乃 (そのためには……)

文乃 「あ、あのあの、成幸くん」

成幸 「!? お、おう、なんだ、古橋」

文乃 「ひとつ提案があるんだけど、あの採光窓から外に出てみない?」

文乃 「成幸くんが踏み台になってくれれば、わたしひとりなら出られると思うんだ」

文乃 「そうしたら、職員室に助けを呼べるし、すぐにここから出られるよ」

成幸 「……ん、まぁ、たしかにお前なら出られそうだな、あの窓」

成幸 「………………」

フルフル

成幸 「……でも、ダメだ。さすがに危なすぎる。こちら側は俺が肩車でもすればいいかもしれないが、」

成幸 「外に踏み台になるものがあるとも限らない。あの高さから変な飛び降り方をしたら、お前がケガをする」

成幸 「危険すぎる。だからダメだ」

文乃 「そ、そっか。そうだよね……。ごめん」

成幸 「おとなしく先生を待とうぜ。すぐ助けに来てくれるって」

………………図書室

理珠 「………………」

カリカリカリ……

理珠 「……成幸さんと文乃、遅いですね」

理珠 (今日は体育の片付けを命じられたとかで行ってしまいましたが……)

理珠 (そんなにたくさんの片付けを命じられたのでしょうか。かわいそうに……)

フンスフンス

理珠 (うるかさんも水泳の練習でいませんし、)

理珠 (いまのうちに問題を解いて解いて解きまくって、みんなを驚かせてあげましょう)

カリカリカリカリカリ…………

………………数時間後

成幸 「……日、暮れてきたな」

文乃 「うん……」

成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸&文乃 ((気まずい!!!!))

成幸 (うわー! どうしたらいいんだ俺はー! 古橋の奴、絶対俺のこと怖がってるよー!!)

文乃 (どうしようどうしようどうしよう!! 成幸くん、絶対わたしのこと怒ってるよー!!)

成幸 (ええい!)

文乃 (ままよ、だよ!)

成幸&文乃 「「あ、あのさ!」」

成幸 「!? あ、えっと……」

文乃 「な、成幸くんから、どうぞ?」

成幸 「い、いや、そっちからでいいよ……」

文乃 「えっ、ずるいよ、成幸くん……」

成幸 「ずるいって、お前……。わかったよ……」

成幸 「えっと……なんか、その……ごめんな?」

文乃 「へ……?」

成幸 「怖くないか? お前、女の子だし、その……あんまり、男、得意じゃないだろ?」

成幸 「俺、どうしてたらいい? もっと離れてた方がいいか?」

文乃 「………………」

クスッ

文乃 「……ひょっとして、そんなことずっと考えてたの?」

成幸 「わ、笑うなよ。ずっと考えてたよ。悪いかよ……」 プイッ

文乃 「ごめんごめん。でも、可笑しくってさ」

文乃 「……旅館でふたりで泊まったこともあるんだよ? 今さらきみが怖いわけないでしょ」

成幸 「なっ……/// あ、あのときは、仕方なかっただろ……」

文乃 「きみはわたしの弟みたいなものだからね。大丈夫だよ。怖くなんてないよ」

成幸 「……そうかよ。ならよかったよ」

成幸 「で? そっちは何を言おうとしたんだよ」

文乃 「うん……あの、成幸くん。ごめんなさい」

成幸 「……? ごめんって、何が?」

文乃 「さっきも言ったけど、わたしが賭け事なんて提案したから、こんなことになって……」

文乃 「成幸くんの勉強時間まで取っちゃって……」

成幸 「いやいや、さっきも言っただろ。パンを賭けようって言ったのは俺だし、そもそも乗ったのも俺の判断だ」

成幸 「お前は悪くないよ」

文乃 「……ありがと。そう言ってくれると、助かるな」

文乃 (そっか。きみがずっと難しい顔をしていたのは、わたしに悪いと思っていたからなんだ)

成幸 (お前がずっと物憂げだったのは、俺に申し訳ないと思っていたからなのか)

クスッ

文乃 「……ほんと、きみはお人好しだよね、成幸くん」

成幸 「お前に言われたくないよ、古橋」

………………図書室

『間もなく閉館時間です。本を元の場所に戻して、退室してください』

理珠 「……!? も、もうこんな時間ですか!?」

理珠 (結局成幸さんも文乃も来ませんでしたが……)

理珠 (ま、まさか……!!)

理珠 (私に内緒でふたりきりで何か美味しいものでも食べに行ったのでしょうか!?)

理珠 (だとしたら許せません。こちらはがんばって勉強しているというのに……)

理珠 (うるかさんでも誘って、私たちも何か美味しいものを食べに行ってやります!!)

………………

文乃 「………………」

ブルッ

文乃 (……まずい)

文乃 (何がどうまずいのかは、ご想像にお任せするというか、乙女的な意味で絶対に口にはできないけど、)

文乃 (まずい!!)

文乃 (長距離走の後に水分補給をしすぎたのが原因かな!!)

成幸 「……古橋? どうかしたか? 顔が青いぞ? 寒いのか?」

文乃 「だ、大丈夫! 全然大丈夫だよ!」

文乃 (成幸くんがニブチンで良かった。彼はきっと気づかないだろう)

文乃 (ただ、わたしの中で色々なものが終わってしまうタイムリミットまで、そう時間はない)

文乃 (助けを待つなんて悠長なことは言っていられない。これは、もう……)

文乃 (採光窓から出るしかない!!)

………………プール

うるか 「へ……? 今日、成幸も文乃っちも来なかったん?」

理珠 「そうなんです。本当に腹立たしい限りです。約束をしていたというのに」 プンプン

理珠 「もうふたりなんて知りません。このあと私たちだけで美味しいものでも食べに行きましょう」

滝沢先生 「ん? おお、緒方。なんかえらくご機嫌ナナメだな」

理珠 「滝沢先生。成幸さんと文乃に約束をすっぽかされたのです」

滝沢先生 「ん……? 唯我と古橋が……?」

ハッ

滝沢先生 「……いや、まさか、そんなことは……」

滝沢先生 「そういや、施錠を桐須先生にお願いしてたな……」

滝沢先生 「あの人、ときどき抜けてるからな……」

ダラダラダラ……

滝沢先生 「……ちょっとふたりとも来い。嫌な予感がする」

………………

成幸 「お、おい、古橋、本当にやるのか?」

文乃 「やるといったらやるんだよ! もう時間がないんだよ!」

成幸 「……?」 (なんか急ぎの予定でもあるのか?)

成幸 「絶対無理するなよ? ケガするなよ?」

文乃 (少しくらいケガしてでも乙女の尊厳を守りたいんだよこっちは!!)

文乃 「ほら、肩車してもらうから、早くかがんで」

成幸 「……まぁ、それはいいけどさ」

成幸 (す、スカートの女子を肩車か……)

スッ

成幸 「ち、ちゃんと頭持ってろよ?」 (ふ、ふとももの感触が……)

成幸 (いかんいかん! 不埒なことを考えるな。集中しろ)

文乃 (平常時であれば色々と思うところもあるんだろうけど!)

文乃 (今はあまりそのあたりは考える余裕はないかな!!)

成幸 「ゆっくり立ち上がるぞ……」

文乃 「うん」

スクッ……

成幸 (き、きつい……古橋が重いとかじゃなくて、長距離走の後に重いものを運んだからだ……)

成幸 「よし、っと……。届きそうか?」

文乃 「大丈夫。手が届いたよ。窓も……うん。開けられる」

文乃 「ちょっと足をしっかり持っててもらっていいかな。少し窓に身体を預けてみるね」

成幸 「お、おう」

グッ

文乃 「……うん。いけそうかな。窓からちゃんと飛び降りられれば、外に出られると思う」

成幸 「危なくないか?」

文乃 「これくらいの高さなら大丈夫だと思う。窓のへりに移っちゃうね」

成幸 「本当に大丈夫か? 危険は……」

……ガクッ

成幸 (あっ……)

文乃 「きゃっ……!?」

ドタドタドタ………………

成幸 「……いたたた」

成幸 (しまった……。急に足の力がガクッと抜けてしまった)

成幸 (下がマットで助かったな……)

成幸 「古橋? 大丈夫か……? ごめんな、ちょっとバランスを崩しちまって……」

文乃 「う、うん、大丈夫だよ。やわらかいマットの上だから……」

成幸 「……!?」

文乃 「ふぇっ……!?」

成幸 (ち、近っ……!? 俺、マットに仰向けに寝て……その上に、古橋が……)

文乃 (こ、これじゃまるで、わたしが成幸くんを押し倒してるみたい……!!)

ドキドキドキドキ……

成幸 「ふ、古橋……? どいてくれると、助かるというか……」

文乃 (う、動けないよー! 外に出られないと分かった絶望感と今のショックで、もう決壊寸前なんだよー!)

成幸 (うっ……。な、なんでそんなうるんだ目でこっちを見るんだよ……)

成幸 「古橋……」

文乃 「成幸くん……」

文乃 (ああ、終わった……。さようなら、乙女としてのわたし)

文乃 (明日からわたしは、不名誉なあだ名をもらうことになるんだ)

文乃 (文学の森の眠り姫なんて大それたあだ名、そもそもわたしに相応しくなかったんだ……)

文乃 (成幸くんの女心の師匠もやめることになるんだろうな……)

文乃 (ああ、色んなことが走馬灯のように……――)

――――――ガシャン!!! ガラッ

理珠 「文乃!! いるのですか!?」  うるか 「成幸!! 大丈夫!?」

理珠&うるか 「「!?」」

滝沢先生 「お前たち急ぎすぎだよ……って……」

滝沢先生 「……何をやってるんだ、唯我、古橋?」

文乃 「あっ……」

文乃 (開いたぁあああああああああああ~~~~~)

タタタタタタタ……!!!

理珠 「ふ、文乃!? ……行ってしまいました」

うるか 「な、成幸! どういうことか説明してよ!! 何をしてたの!?」

成幸 「お、落ち着けうるか! 何もないから!」

うるか 「何もなくて、どうして文乃っちが涙目で飛び出していくの!?」

成幸 「俺が聞きたいよ!!」

滝沢先生 「あー……まぁ、色々と後手に回った私が悪いのは重々承知しているが、」

滝沢先生 「高校生の男女が密室にいたんだから、気持ちは分からなくもないが……」

滝沢先生 「そういうのは、もっとこう、ロマンチックな場所でだな……」

成幸 「だから違いますって! 先生までどんな勘違いしてるんですか!!」

理珠 「……不潔です。見損ないました。成幸さん」

うるか 「あたしもだよ! 成幸のケダモノー! アクマー!」

成幸 「なぜ俺が責められているんだ!?」

………………お手洗い前

文乃 「ふー……」

パァアアアアアアアアア……!!!!

文乃 (守られた! わたしの、女子としての尊厳……!!)

文乃 (良かったよう……危うく、成幸くんにとんでもない姿をさらしてしまうところだったよ)

文乃 (……まぁ、成幸くんのことだから、そうなっていたとしても、きっとわたしをバカにしたりはしないだろうけど)

理珠 「……あ、いました! 文乃」

タタタタ……

文乃 「りっちゃん。今日は図書室に行けなくてごめんね」

理珠 「文乃が悪いわけではありませんから、気にしないでください」

理珠 「それより、これからうるかさんと成幸さんとファミレスで勉強会をしようという話になったのですが、」

理珠 「もちろん、文乃も来ますよね?」

文乃 「うん。一緒に行くよ。今日の分の勉強を取り返さないといけないからね」

文乃 「………………」

―――― 『怖くないか? お前、女の子だし、その……あんまり、男、得意じゃないだろ?』

―――― 『俺、どうしてたらいい? もっと離れてた方がいいか?』


文乃 (……成幸くんのバカ。今さらそんなこと気にするはずないのに)


―――― 『デートみたいだな! 古橋』


文乃 (どっちかといえば、わたしは台風のときの映画館を思い出していたんだけど)

文乃 (ニブイきみは、きっとそんなこと分からないし気づかないだろうね)

文乃 (だから絶対内緒だよ)

クスッ

文乃 (……実はちょっとだけ、そんなことを思い出して)

文乃 (きみにドキドキしていただなんて)


おわり

………………幕間 「兄の危機」

水希 (えーっと、今日の晩ご飯は何が作れるかな……)

ピキューン

水希 「!? お兄ちゃんが危機に瀕している気がする!!」

花枝 「はぁ? 危機ってどんな?」

水希 「貞操!!」


おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。


ぶっちゃけてしまいますと(というかこのスレを読んでくださっている方は薄々勘づいているかもしれませんが)、
わたしは文乃さんが一番好きです。
ただ、他のキャラクターも皆かわいくて大好きです。
一番好きな文乃さんに関して、書きたい要素が多すぎて、まとめきれなかったのが今回投下したものです。
何もかも中途半端な話になってしまったかなと反省しています。


また折を見て投下します。

>>1です。
ぼちぼち書いていたら書き上がってしまったので投下します。


【ぼく勉】文乃 「成幸くん、最近紗和子ちゃんと仲良いよね」

………………放課後 一ノ瀬学園 図書室

成幸 「緒方、いいか? 少し考えてみろ」

理珠 「はい」

成幸 「李徴は虎になってしまった。お前は虎になってしまったらどういう気持ちだ?」

理珠 「………………」

理珠 「……虎になったことがないので分からないです」

理珠 「というか、どういう理屈で人間が虎に姿を変えるのですか?」

成幸 「そういうことじゃないんだよ……」

文乃 「あはは……。りっちゃんは特に、そういうローファンタジー要素が出てきてしまうと思考が止まっちゃうんだよね」

成幸 「ぐぬぬ……。じゃあ、もう少し身近なところに話を移そう」

成幸 「緒方、お前うどん好きだよな?」

理珠 「はい! 大好きです!」 キラキラ

成幸 「うどんという言葉が出てきただけで目を輝かせやがって……。まぁいい」

成幸 「虎になってしまったら、うどんも食べられないぞ?」

理珠 「!?」

理珠 「た、たしかに……! 虎はネコ科……つまり猫舌! 熱いうどんは食べられませんね!」

理珠 「でもざるうどんなら食べられます!」

成幸 「確かにその通りだな」

成幸 「――って違う!」

うるか (成幸楽しそうだなぁ……)

成幸 「虎になったお前を、親父さんは家に入れてうどんを食わせてくれると思うか?」

理珠 「………………」

理珠 「……はい。あの父であれば、私が虎になっても可愛がって育ててくれると思います」

成幸 「確かにあの親父さんならそうしそうだなぁ」

成幸 「――ってだから違う!」

文乃 (楽しそうだなぁ成幸くん……)

成幸 「じゃあこれならどうだ、緒方。俺はお前が虎になったら怖いぞ。たぶん近づかないぞ?」

理珠 「えっ……」

理珠 「わ、私がもし虎になってしまったら……成幸さんは、怖い、ですか?」

成幸 「へ……? そりゃそうだろ。虎は怖いよ」

理珠 「………………」

理珠 「い、いやです。私は虎になりたくありません」

成幸 「だろう? 李徴だってきっと嫌だっただろ――」

理珠 「――いやです……」 グスッ

成幸 「……!?」

文乃 「………………」 ジロッ 「……成幸くん、りっちゃん泣かしてどうするの?」

成幸 「ち、違う! 俺はそんなつもりじゃ……」

理珠 「いやです……――」

成幸 「――と思ったけど違うな! お前が虎になっても怖くもなんともないわ!」

成幸 「お前が変身しただけの虎なら、きっとかわいいだろうな。飼ってやりたいくらいだ!」

うるか (成幸、言ってることメチャクチャだよ……)

理珠 「飼っ……///」 プイッ 「な、なら、虎になってもいいかもしれません……」

成幸 「おお、そうだな。虎も悪くないかもしれないな!」


  「唯我成幸、甘やかしてどうするのよ。それじゃ李徴の気持ちが全然わからないでしょ」


成幸 「ん……? ああ、関城」

文乃 「紗和子ちゃんも勉強?」

紗和子 「ええ。けど、まさかこんな気の抜ける会話を聞かされるとは思わなかったわ」

紗和子 「あなたたち、よくこんな会話を聞きながら勉強できるわね」

うるか 「まぁ、慣れちゃったというか……」

文乃 「お互いに気の抜けること言うから、気にならないというか……」

紗和子 「……まぁ、あなたたちはそうよね」

理珠 「せっかくですし、関城さんも一緒に勉強していきませんか?」

紗和子 「ん、とても嬉しい提案だけれど……」 チラッ

成幸 「?」

紗和子 「やめておくわ。お邪魔になってもいけないしね」

理珠 「お邪魔……?」

紗和子 「じゃ、私向こうで勉強するから」

成幸 「ん……あ、関城。ちょっと待ってくれ」

紗和子 「なにかしら?」

成幸 「この前はありがとな。助かったよ」

紗和子 「この前……? ああ、あのこと? あれくらい大したことじゃないわ」

成幸 「いや、でも俺にはできないからさ。本当に助かったんだ。ありがとう」

紗和子 「また必要になったら言いなさい。いつでもやってあげるわ」

成幸 「本当か!? 実はまた、新しいのがな……」

成幸 「……もしお前の都合が良ければ、今日の夕方とか空いてないか?」

紗和子 「べつにいいわよ? 息抜きにもなるし」

紗和子 「勉強が終わったら言いなさい。付き合ってあげる」

成幸 「本当か!? 助かるよ。ありがとな、関城」

紗和子 「どういたしまして。じゃあ、またね」

成幸 「おう」

理珠 「………………」

うるか 「………………」

文乃 「………………」

理珠&うるか&文乃 (((今の会話は何ーーー!?)) ですかーーー!?)

文乃 (というか、たぶんわたしだけじゃなくて、りっちゃんとうるかちゃんも思ってることだろうけど……)

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

成幸 「ん? なんだ?」

文乃 「ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ、」



文乃 「成幸くん、最近紗和子ちゃんと仲良いよね」



理珠&うるか 「「………………」」 ピクッ

成幸 「ん、そうか? 元々あんなもんだと思うけど……」

文乃 「っていうか、教えてほしいんだけど、さっきの会話は何?」

成幸 「さっきの会話……?」

文乃 「きみが紗和子ちゃんと楽しそうに話してたことだよ」

文乃 「傍から聞いてるだけじゃ、内容がわからなかったから、教えてほしいなー、って」

成幸 「………………」

成幸 「あー、えっと……その……」

文乃 (あからさまに焦った顔して目を泳がせてる……)

キリキリキリ……

文乃 (お願いだからあんまりわたしの胃をいじめないでほしいなぁ……)

成幸 「た、大したことじゃねぇよ。ちょっと関城にお願いしてることがあるんだ」

文乃 (そうやって誤魔化されてしまうと、さすがにこれ以上突っ込んで聞くわけにもいかないよね)

文乃 (でも……)

理珠 (成幸さんと関城さん、最近本当に仲良しですよね……) ジトーッ

うるか (どういう関係なんだろう……。さわちん結構可愛いし、ひょっとして、成幸……) ジーッ

文乃 (胃が痛い)

………………夕方

成幸 「……ん、時間的にそろそろリミットかな」

成幸 「どうしたんだ、お前ら? 今日は進みが遅かったぞ?」

文乃 「う、うん。どうも勉強が捗らなくてさ……」

文乃 (こっちの気もしらないでこの野郎)

うるか 「……ごめん。今日、帰ってからがんばるから」 ズーン

理珠 「……はい。私も、夜がんばります」 ズズーン

文乃 (想像で勝手に落ち込んでるー!)

成幸 「? まぁいいか。じゃあ、俺ちょっと用事があるから行くな」

トトトト……

成幸 「関城! 悪い、待たせた。行こうぜ」

紗和子 「あら、もう終わりなのね。じゃあ行きましょう」

紗和子 「緒方理珠……と他二名、またね。さようなら」

………………帰路

成幸 「今日は急に頼んで悪かったな」

成幸 「今日から始まるらしくてさ。早く行かないとなくなっちまうし……」

紗和子 「べつにいいわよ。予定があるわけでもないし」

成幸 「ありがとう、関城」

紗和子 「どういたしまして」


………………物陰

理珠 「ふ、文乃。本当にこんなことをしていいのでしょうか……」

うるか 「な、なんか、すごく悪いことしてる気分……」

文乃 「しょうがないよ。だってふたりとも気になるんでしょ? そのままじゃ勉強も手につかないでしょ?」

理珠&うるか 「「………………」」 コクッ

文乃 (成幸くんと紗和子ちゃんには悪いけど、少し尾行させてもらうよ!)

文乃 (ふたりの集中とわたしの胃の健康のために!)

………………歓楽街

文乃 「………………」

文乃 (なんかフツーにデートっぽい場所に来たよ!?)

成幸 「……」

紗和子 「……」

文乃 (ああ、しかも全然聞き取れないけど、ふたりともめちゃくちゃ楽しそうに会話をしてるね?)

理珠 「………………」 ズズーン 「……なんか、楽しそうです」

うるか 「………………」 ズズズーン 「さわちん、うらやましいよぅ……」

文乃 「ほ、ほらほら、ふたりが行っちゃうよ。ふたりとも、がんばって!」

文乃 (胃が痛いなぁ!)

文乃 「ん……? ふたりが建物に入った……」

文乃 (……ゲームセンター?)

………………ゲームセンター内

文乃 「……うーむ」

文乃 (あまり近づくわけにもいかないし、遠くから見ていての感想だけど……)

文乃 (普通にゲームセンターで遊んでいるだけのように見える……)

文乃 (というか、見ようによってはそのまんまカップルだ)

文乃 (そろそろ私の胃も限界だし、何より、)

理珠 「……やはり、成幸さんは……」

うるか 「さわちんと、付き合ってるのかな……」

ガクッ

文乃 (このふたりの精神状態が限界だ)

文乃 「ほらほら、元気出して、ふたりとも」

文乃 「考えてごらんよ。もし万が一成幸くんが紗和子ちゃんと付き合っていたとして、」

文乃 「それをわざわざわたしたちに隠すような不義理なことをすると思うかな?」

理珠 「………………」

理珠 「……これは大変遺憾なことなのですが」

理珠 「『恥ずかしくってなかなか言い出せなかったんだ。ごめんな』 とか言う成幸さんが容易に想像できます」

うるか 「リズりんそれめっちゃわかる」

文乃 (……わたしもなんとなく想像できるな、それ)

文乃 (いやいや、でも、そんなまさか。成幸くんが紗和子ちゃんと付き合ってたりなんて……)

文乃 「………………」

シュッ!!!!!

文乃 (……もし、本当にそうだったとしたら、)

文乃 (ちょっと一発くらい、手刀入れてもいいかな?)

文乃 (なんにせよ、もう少し近づいて、会話を聞かないと分からないかな……)

………………

成幸 「ひっ……!?」

紗和子 「? どうかしたの、唯我成幸。顔真っ青よ?」

成幸 「いや、ちょっと寒気がしてな……」

成幸 「それより、今日もありがとな。欲しがってたのは全部コンプリートできたよ」

成幸 「お前がいてくれると助かるな……」

紗和子 「いいわよ。私もただで遊べて得してるわけだし」

紗和子 「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」

成幸 「ん……あ、そうだ。今からうちに来ないか?」

紗和子 「へ……? あなたのおうちに? どうして?」

成幸 「いやな、お前を紹介したくてさ。お前のことを話したら、ぜひ会いたいって言うんだよ」

紗和子 「ああ……そういうこと。お邪魔して迷惑でないなら、行ってもいいけれど」

成幸 「本当か? ぜひ来てくれよ。あいつらも喜ぶと思うんだ」

………………物陰

理珠 (ふ、文乃……) コソッ (ち、近づきすぎじゃないですか? バレませんか?)

文乃 (虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ、りっちゃん) コソッ


「ん……あ、そうだ。今からうちに来ないか?」


文乃 「!?」 (成幸くんの声だ! 紗和子ちゃんを家に誘ってるの……!?)


「へ……? あなたのおうちに? どうして?」

「いやな、お前を紹介したくてさ。お前のことを話したら、ぜひ会いたいって言うんだよ」


うるか 「!?」 (家族に紹介!? 家族が会いたいって言ってる!?)

理珠 (おふたりの関係はもうそんなところまでいっているのですか!?)

ズーン……

文乃 「………………」

シュッ

文乃 (……覚えてろよ、だよ。成幸くん……。ふふふ……)

………………唯我家外

文乃 (結局、成幸くんと紗和子ちゃんは仲睦まじく連れ添って当たり前のように家の中に入っていった)

文乃 (後ろから気づかれないようにつけ回していただけのわたしたちをあざ笑うかのように……)

理珠 「………………」 チーン

うるか 「………………」 チーン

文乃 (りっちゃんとうるかちゃんはもう限界だし、家の外にいても、何が覗けるわけでもないし……)

文乃 (ふたりが家から出てくるのを待っているのも不毛だ)

文乃 (……もし万が一、紗和子ちゃんが一晩中家から出てこなかったりしたら、それこそコトだし)

文乃 (そろそろ帰ろうかと提案するべきかな……――)


「――あら? ふみちゃんにりっちゃんにうるかちゃんじゃない」


文乃 「!? な、成幸くんのお母さん! と水希ちゃん!」

水希 「……人の家の前で何をやってるんですか、あなたたちは」

ハッ

水希 「ま、まさか、兄のストーカーですか!?」

文乃 「うっ……」 (あ、あながち間違いでもないところが辛い……!)

文乃 「いや、実は、ちょっと成幸くんに用事があったんだけど……」

水希 (“成幸くん” ……?)

文乃 「お、お取り込み中だから、今日はいいかなー……なんて……」

花枝 「? せっかく来てくれたんだし、上がっていったらいいわよ」

花枝 「ほらほら、どうせだから晩ご飯も食べて行きなさい。どうぞどうぞ」

文乃 「えっ、あ、いや、その……」

ズルズルズル……

花枝 「成幸ー、ふみちゃんたちが来てるわよー! ……って、あら?」

紗和子 「あっ……」 スッ 「は、初めまして。唯我成幸……くんの、お友達の、関城紗和子といいます」

花枝 「あら……あらあらあらあら……」 ニンマリ 「はじめまして。成幸の母です」

水希 (また新しい女!?)

花枝 「こんな大人っぽい女の子まで連れ込んで……うちの息子も隅に置けないわねぇ……」

成幸 「母さん、帰って早々変なこと言うなよ……って、古橋!? 緒方にうるかも!? なんで!?」

………………

成幸 「……なるほど。そういうわけで、俺と関城をつけ回していた、と」

文乃 「ごめんなさい! 悪いのはわたしなんだよ! わたしが提案したんだよ!」

理珠 「いえ、私もなんだかんだ、積極的に参加していたので同罪です。ごめんなさい」

うるか 「あたしもだよ……。気になって仕方なかったんだ。ごめんね、成幸。さわちん」

紗和子 「私はべつに気にしてないけど……」

紗和子 (というかうかつだったわね。唯我成幸のことが好きな緒方理珠が気にするのは当たり前だもの)

紗和子 (悪いことしちゃったわね……)

成幸 「にしても、俺と関城が付き合ってるなんて、よくそんなこと思いつくな……」

文乃 「いやいや、きみたちがニブイだけで、男女が一緒に歩いてたらそれってもうデートだからね?」

成幸 「今日俺たちデートしてたらしいぞ、関城」

紗和子 「びっくりね、唯我成幸。気づかなかったわ」

文乃 (この……! 人のことは気遣うくせに自分のことは無自覚コンビめ!!)

うるか 「でもでも、ふたりがそういう関係じゃないなら、今日は一体どうしてふたりでゲームセンター行ったの?」

理珠 「それを隠したのはなぜですか? やましいことでもあったのですか?」

文乃 「あと、どうして紗和子ちゃんを家に招待したのかも気になるかな?」

成幸 「質問が矢継ぎ早すぎるだろ……。仕方ない、ひとつひとつ答えてくぞ」

成幸 「ゲームセンターに行ったのは、これを取るためだよ」

うるか 「……! それ、フルピュアのぬいぐるみだ!」

成幸 「ああ。ゲームセンターのUFOキャッチャーのプライズだよ」

成幸 「出来は悪くないし、何より最安で100円で取れるからな。グッズを買うより安上がりなんだよ」

成幸 「俺はUFOキャッチャーが得意じゃないから、関城に頼んでたんだ」

理珠 「あっ……」


―――― 『うぎゃーっ 緒方理珠!! 何故ここに!?』


理珠 「そういえば、ペンケースを買いに行ったとき、UFOキャッチャーでぬいぐるみをたくさん取ってましたね」

紗和子 「まぁ、UFOキャッチャーは嫌いじゃないからね。それなりに上手と自負しているわよ」

紗和子 「唯我成幸にときどき頼まれるから、取ってあげてるの。今までも何回かやってあげたわ」

紗和子 「でも、それをあなたたちに隠していることは、私も初耳なのだけど……」

成幸 「うっ……いや、だって……なんか……」

成幸 「『教育係』 のくせにゲームセンターで遊んでるのか、って思われたくなくてさ……」

成幸 「……すまん。俺のくだらない見栄だ。そのせいでお前たちに心配をかけたんだな」

文乃 「うっ……謝られるとこっちが申し訳ないから、謝らなくていいよ……」

文乃 「……で? どうして紗和子ちゃんをおうちにご招待したの?」

成幸 「それは……――」


「――キャー!! 新しいフルピュアのぬいぐるみよー!!」


文乃 「あっ……葉月ちゃん」

葉月 「わっ……お、お姉ちゃんたちが勢揃いしてるわ」

和樹 「ほんとだ。この狭い家によくこんなに人が入るもんだよな」

成幸 「ちょうどよかった。葉月、和樹。この人がぬいぐるみを取ってくれるお姉さんだぞ」

紗和子 「あっ……え、えっと……お兄ちゃんの友達の、関城紗和子よ。よろしく」

葉月 「! お姉ちゃんがぬいぐるみのお姉ちゃんなのねー!」

ギュッ

紗和子 「あっ……」

葉月 「ありがとー、お姉ちゃん!」

葉月 「あんまりぬいぐるみとか買えないから、お姉ちゃんが取ってくれたぬいぐるみ、とっても嬉しかったの!」

葉月 「大事にするね! 紗和子お姉ちゃん!」

紗和子 「さ、紗和子お姉ちゃん……」 テレッ 「わ、悪くないわね……でへへ……」

成幸 「うん。人の妹でその表情されるとちょっと気持ち悪いな」

紗和子 「う、うるさいわね!」

成幸 「……ま、早い話がさ。葉月と和樹が会いたがったんだよ」

成幸 「ぬいぐるみを安く取ってくれる紗和子お姉ちゃんに、さ」

文乃 「そっか……」

文乃 (……下衆な想像をしていた自分が恥ずかしい)

文乃 (紗和子ちゃんは成幸くんに頼まれて、ゲームセンターでぬいぐるみを取っていただけだったんだ)

文乃 (そして、今日家に招いたのは、紗和子ちゃんにお礼を言いたいという葉月ちゃんのため)

文乃 (はぁ……本当に、自分が恥ずかしい……)



水希 「……お、お兄ちゃん! ちょっと晩ご飯作るの手伝って!」



成幸 「わっ……み、水希? どうしたんだ、急に」

水希 「なんでもいいから、ほら! 早く台所に来て」 (こんな女が多いところにいさせられないし!)

成幸 「ひ、引っ張るなよ……。じゃあ、みんな、ちょっとゆっくりしててくれ」

成幸 「葉月と和樹の相手だけ頼むー……」 グイグイグイ……

紗和子 「? なんか、ちょっと怖い感じの妹さんね」

葉月 「あー、まぁ、水希姉ちゃんはちょっと……アレだから……」

和樹 「うん。ちょっとアレだから。気にしないでいいよ」

紗和子 (アレ……?)

理珠 「………………」

ホッ

理珠 (……なぜ、私はこんなにも安堵しているのでしょうか)

理珠 (なぜこんなに、よかった、と思っているのでしょうか)

理珠 (成幸さんと関城さんがそういう関係でないと知って、どうして私は……)

理珠 (こんなに、笑みが止まらないのでしょう……)

理珠 (不可解です……)

うるか 「………………」

ホッ

うるか (よ、よよよ、良かったよぅ~)

うるか (ぶっちゃけ、さわちんって大人っぽいし、色気もあるし、)

うるか (成幸と付き合いだしたりしたら、もう勝ち目ないと思ってたんだよ~!)

うるか (本当に良かった。神様ありがとー!)

文乃 「………………」 ホッ (良かった。これでわたしの胃に平穏が戻る……)

理珠 「……あ、あの、関城さん」

紗和子 「? 何かしら、緒方理珠」

理珠 「一応、その、関城さんのほうにも確認を取っておく必要があるかと思い、お聞きしたいのですが、」

理珠 「関城さんは、本当に、成幸さんとなんともない……のですよね?」

紗和子 「はぁ? さっき唯我成幸も言っていたじゃない。何もないわよ」

紗和子 (っていうか、大親友の好きな人を好きになるわけないじゃない……)

紗和子 (なんて、言うわけにもいかないのだけど)

理珠 「……よかったです」 ホッ

紗和子 「まったく。心配性ね。大丈夫よ。唯我成幸を取ったりしないわ」


成幸 「ん? 俺がなんだって?」


和樹 「あ、兄ちゃん戻ってきたー」

うるか 「お手伝いもう終わったの?」

成幸 「いや、まったく意味がわからないんだ。台所に行ったら、母さんには早く戻れって言われてさ」

成幸 「……なんだったんだ?」

葉月 「まぁ水希姉ちゃんはアレだからねー……」  和樹 「アレだしな……」

紗和子 (アレって本当になんなのかしら……?)

成幸 「……で? 俺の話してたんだろ? なんだよ、気になるから教えてくれよ」

紗和子 「はぁ?」 (そんなの、言えるわけないじゃない……)

紗和子 (ん……待って。これは……緒方理珠に気持ちを自覚させるチャンス!)

理珠 「?」

紗和子 「……ねえ、唯我成幸。この子たちには私たち、付き合ってるように見えたらしいわよ?」

成幸 「は、はぁ? いや、それさっきも聞いたよ。何でまた言うんだよ……」

紗和子 「それってつまり、お似合いに見えたってことでしょう? じゃあ、いっそ付き合っちゃう?」

成幸 「は……?」

理珠 「は!?」  うるか 「へぇ!?」  文乃 (胃に激痛が走る!)

成幸 「い、いきなり……何を……関城……///」

成幸 「そ、そういうのは……その、もう少し、お互いを知ってから、というか……///」

紗和子 「何本気で照れてるのよ。冗談に決まってるでしょ」

成幸 「!? は、はぁ!? お前……言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!?」

紗和子 「はいはい。ごめんなさい。悪かったわ」

紗和子 (……ねえ、緒方理珠) コソッ

理珠 (な、なんですか、関城さん……)

紗和子 (ボーッとしてると、私以外の誰かに、先越されちゃうかもしれないわね?)

理珠 (な、何の話ですか……)

紗和子 (自分の気持ち、もう少しよく考えてみなさい。今日、どうして一喜一憂したのかとか)

理珠 (自分の気持ち……)

紗和子 (ええ。がんばってね。私は、あなたを応援しているから)

文乃 「……えーっと、紗和子ちゃん?」

紗和子 「? 何かしら?」

文乃 (……ねえ、気づいてる?) コソッ

紗和子 (……何よ?)

文乃 (紗和子ちゃん、成幸くんに “付き合っちゃう?” って言ってからずっと、)

文乃 (顔、まっかだよ?)

紗和子 「……!?」

紗和子 (う、うそ……!? あ、でも……)

カァアア……

紗和子 (た、たしかに、顔が熱いわ……)

成幸 「? なんだ、関城。変な顔して」

紗和子 「な、なんでもないわよ!」

紗和子 (うそよ、こんなの。だって……そんなの、ありえてはいけないもの……)

紗和子 (きっと、緒方理珠が近くにいるから嬉しくてこうなってるのよ。そうよ。そうに決まってるわ)

紗和子 (そうに、決まってるわ……だって、そうでないと……)

紗和子 「………………」

紗和子 (……大丈夫。絶対ない)

紗和子 (絶対好きになんてなるはずがない)

紗和子 (大親友が好きな人のこと)


おわり

………………幕間 「晩ご飯」

ワイワイガヤガヤ……

花枝 「………………」

花枝 (こうして、見回してみると……)

理珠 「本当に美味しいです、水希さん。ありがとうございます」

水希 「べつに、わたしが好きで作ったわけじゃありません。お母さんが言うから、仕方なく作っただけです」

文乃 「この煮物とか絶品だよ~。どうやって作るの?」

うるか 「おだしの取り方も上手だよ。こんなに香りを出すのは難しいんだよ」

紗和子 「……本当に美味しいわね。この晩ご飯」

紗和子 「毎日こんなお料理が食べられるなら、毎日ぬいぐるみ持って家に行くわよ」

成幸 「おいおい、葉月と和樹が本気にするからやめろよ」

紗和子 (私も結構本気なんだけど……)

花枝 (……うーん。嬉しい反面、息子の将来が心配だわ)

花枝 (刺されたりしないでよー、成幸ー?)


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

これでちょうど20個目でした。
また投下します。

>>1です。
投下します。

【ぼく勉】あすみ 「妹が修学旅行?」

………………メイド喫茶 High Stage

成幸 「そうなんですよ。来週から二泊三日だそうです」

成幸 「妹はすごく楽しみにしてるみたいなんですけど、心配もしてるみたいで……」

あすみ 「心配? 修学旅行がか?」

成幸 「いや、そうじゃなくて、妹がいない間の家のことです」

成幸 「母親は仕事で忙しいし、弟妹はまだ小さいし、俺は料理は苦手だし」

成幸 「以前、妹が部活の遠征で留守にしたときは、母親が仕事の都合をつけてくれたんですけど、」

成幸 「今回はそうもいかないみたいで……」

あすみ 「ふーん。お前ん家も大変なんだな」

成幸 「あ、すみません。勉強に関係ない話をしてしまって……」

あすみ 「いいよ。理科のことばっか考えてたら頭がどうにかなっちまう。気晴らしだよ」

あすみ 「でも実際どうすんだ? 料理とか死活問題だろ」

あすみ 「お前だけならまだいいとして、あのおチビちゃんたちもいるんだろ?」

成幸 「一応考えてはいるんです。近所のスーパーが閉店間際に惣菜や弁当の半額セールをするので、それを買おうかな、なんて……」

あすみ 「………………」

成幸 「またすげー嫌そうな顔しますね、先輩」

あすみ 「お前なぁ……スーパーの閉店時間って早くても九時だろ?」

あすみ 「育ち盛りのチビちゃんたちにそんな時間に飯を食わせるつもりか?」

あすみ 「しかも保存料や油まみれで、味の濃い惣菜を?」

成幸 「うっ……。それを言われると辛いですけど、他にどうしようもなくて……」

あすみ 「ん、悪い。家族のお前の方がいろいろ考えてるよな」

あすみ 「外野が横から変なこと言った。悪い。忘れてくれ」

成幸 「いえいえ、先輩の言ってくれたことももっともですから。気にしてないですよ」

成幸 「和樹と葉月のことまで考えてアドバイスしてくれたんですよね。ありがとうございます」

あすみ 「別に礼を言われるようなことじゃ……――」

マチコ 「――そんなあなたに朗報です!」

バーン!!!!

マチコ 「今ならなんと、当店の家事代行サービスが特別クーポンでとても安くなったりならなかったり!?」

あすみ 「突然なんだよ。盗み聞きってのは感心しねーぞ。っつーか勉強の邪魔だから仕事に戻れ」

マチコ 「まぁそう言わずに聞いてよあしゅみー。勉強してなかったじゃない」

マチコ 「唯我クンが三日間、家事代行サービスを申し込んでくれれば、バイト代がすごいことになるよ?」

マチコ 「唯我クンも助かってWin-Winじゃない?」

成幸 「いや、そもそもうちに家事代行サービスを頼むようなお金はないです……」

あすみ 「だ、そうだ。残念だったな、マチコ」

マチコ 「ちぇーっ、せっかくお店も儲かっていいことずくめだと思ったのになー」

あすみ 「それが本音だろうが。ったく……」

マチコ 「でも、あしゅみーだって、いつもお世話になってる成幸くんに恩返しとかしたいんじゃない?」

あすみ 「む……いや、まぁ、それは……」

成幸 「まぁ、うちのことはうちでなんとかしますから大丈夫ですよ。ご心配なく」

成幸 「さ、先輩、勉強に戻りますよ」

あすみ 「ん、そうだな。ちとサボりすぎちまった。ほら、マチコ、おまえも早く仕事に戻れよ」

マチコ 「はーい」

成幸 「………………」

カリカリカリカリ……

あすみ (……来週のこと、不安だろうに、いつも通り涼しそうな顔して勉強しやがって)

あすみ (本当に大丈夫なのか……?)

ハッ

あすみ (い、いや、べつにあたしにはカンケーないけどな。別に心配なんかしてないぞ?)


―――― 『でも、あしゅみーだって、いつもお世話になってる成幸くんに恩返しとかしたいんじゃない?』


あすみ (そりゃ、勉強だって教えてもらってるし、親父に医学部受験を許してもらってるのも後輩のおかげだし……)

あすみ (……彼氏のフリなんてアホなこともしてもらってるしな)

あすみ (手を貸してやれるなら貸してやりたいが……)

あすみ (とはいえ、よくわからねー女が急に家に尋ねてきたら、後輩の親だってびっくりするだろうし)

成幸 「……? どうかしました? 先輩」

あすみ 「……何でもねえよ」

あすみ (当のこいつは何でもねえような顔しやがって、ちくしょう……)

あすみ (何でアタシの方がこんなにそわそわしなきゃならないんだよ)

あすみ (……ん? 待てよ。“彼氏のフリ” ……)

あすみ 「………………」

あすみ 「なぁ、後輩。ちょっと夜聞きたいことがあるかもしれないからさ、」

あすみ 「家の電話番号教えてもらってもいいか?」

成幸 「へ? べつにいいですけど……」 (携帯電話じゃダメなのかな……?)

ニヤリ

あすみ (いいこと思いついちまったぞ)

成幸 (先輩、なんでニヤニヤしてるんだろ。ちょっと怖いんだけど……)

………………翌週 修学旅行初日早朝

水希 「お兄ちゃん、本当に大丈夫? やっぱりわたし、修学旅行行かない方が……」

成幸 「おいおい、やめろよ。せっかく母さんがしっかりお金を積み立ててくれたんだから」

成幸 「家のことは心配せず楽しんでこいよ」

和樹 「そうだよ。姉ちゃんずっと楽しみにしてたじゃん」

葉月 「いってらっしゃい! お土産楽しみにしてるわー」

水希 「……うん。ありがと。じゃあいってきます!」

成幸&和樹&葉月 「「「いってらっしゃい!!」」」

………………一ノ瀬学園 昼休み

うるか 「成幸、今日はお弁当じゃないの?」

成幸 「んあ? ああ、水希がいないからな」 モシャモシャ

うるか (っていうか、またパンの耳食べてるの……)

文乃 「水希ちゃん、また部活?」

成幸 「いや、今度は修学旅行。またしばらく帰ってこないから当分パンの耳だな」

うるか 「へ、へぇ、そうなんだ……」

うるか (こ、これは、またお弁当を作ってきて食べてもらうせんざいいちぐーのチャンス!?)

理珠 「そうですか。それは大変ですね。良かったら、明日からうどん持ってきましょうか?」

うるか 「!?」 (り、リズりんに先を越された!?)

文乃 「………………」 キリキリキリ (胃が痛いよう……)

成幸 「いや、お前にも親父さんにも悪いしいいよ」

成幸 「明日からは和樹と葉月のお昼も考えなくちゃだし、自分でなんとかするさ」

理珠 「そうですか……」 ショボーン

成幸 「でも、そう言ってくれるのが嬉しいよ。ありがとな」

理珠 「い、いえ……。べつに、お礼を言われるようなことでは……」 パァアア

うるか (うぅ~~~! せめてあたしもお礼だけでももらいたかったよ~~)

文乃 (……りっちゃんもうるかちゃんもかわいいなぁ)

ギリギリギリ……

文乃 (……でも胃が猛烈に痛いなぁ)

成幸 「………………」 モシャモシャモシャ……

成幸 (……でもほんと、どうしようかな)

成幸 (俺はパンの耳でいいとしても、)


―――― 『お前なぁ……スーパーの閉店時間って早くても九時だろ?』

―――― 『育ち盛りのチビちゃんたちにそんな時間に飯を食わせるつもりか?』

―――― 『しかも保存料や油まみれで、味の濃い惣菜を?』


成幸 (あしゅみー先輩の言うことは間違ってない。三日間だけとはいえ、あいつらに不健康なことはさせたくない)

成幸 (かといって、他にどうしたら……)

成幸 (うーん……)

………………放課後

成幸 「……はぁ」

成幸 (結局、何も良い考えが浮かばないまま放課後になってしまった)

成幸 (うちの経済状況を考えると、外食というのはありえない)

成幸 (水希が心配するのももっともなんだよな。俺、ほんとに情けない兄貴だな)

トボトボトボ

成幸 (……なんて自己嫌悪してるうちに家についてしまった)

成幸 (うぅ、こんな情けない兄ちゃんを許してくれ、水希、和樹、葉月……)

ガラッ

成幸 「ただいまー……――」

あすみ 「――――お帰りなさいましゅみー!」

成幸 「のわっ……!? えっ? えっ……ええっ!?」

あすみ 「ごはんにする? おふろにする? それとも……」

和樹 「………………」 葉月 「………………」 ジーーーーーッ

あすみ 「……いや、チビちゃんたちの前でこの先は教育上よくないな。やめとこう」

成幸 「急に素に戻らないでくれますか!? いや、そんなことはどうでもよくて!」

成幸 「なんで先輩がうちにいるんですか!?」

あすみ 「何でってお前……まぁ、なんとなく?」

成幸 「なんとなくでメイド服で後輩の家尋ねるんですかあんたは!?」

あすみ 「うるせーなー。うるさいお兄ちゃんだなー、チビちゃんたち?」

和樹 「たしかに、兄ちゃん、リアクションがオーバーなときあるよな」

葉月 「わかるわー」

成幸 「当然のように先輩を受け入れてるお前たちにもびっくりなんだけど!?」

和樹 「まぁ、おれたち母ちゃんから聞いてたし。メイドの姉ちゃんが来るって」

成幸 「はぁ? いや、待て。状況が飲み込めない。いまここに先輩がいることを、母さんは知ってるのか?」

葉月 「うん。だってわたしたちに教えてくれたもの」

成幸 「じゃあ何で俺には言わないんだよ」

葉月 「お母さんが、“面白そうだからお兄ちゃんには黙っておきましょう” って」

成幸 「母親ー! 息子を遊び道具かなんかと勘違いしてないか!?」

あすみ 「まぁそれくらい許してやれよ。お前のお母さん、わざわざお金払ってアタシを雇ったんだぞ?」

成幸 「へ……? 家事代行頼んだんですか!? 母さんが!?」

あすみ 「おう。電話があってさ。息子に苦労をかけてしまうから、三日間ぜひお願いしたいって」

あすみ 「……ってことで、これから三日間よろしくな、後輩」

あすみ 「いや、違うか……オホン」 キャルン 「よろしくお願いしますっ、御主人様」

成幸 「いや、ちょっと落ち着かないんでいつもの先輩でお願いします」

あすみ 「んだよ、ノリわりーな。せっかく金もらってるから営業スマイルしてやろうと思ったのによー」

あすみ 「ま、いいや。風呂はまだだけど、飯はできてるから食えよ」

成幸 「あ、はい……」

成幸 (うーん、うちは家事代行を三日間もお願いできるような財政ではないと思うんだが……)

成幸 (母さん、臨時ボーナスでもあったのか?)

………………夜

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 (こうしてひとりでゆったりと勉強できるなんて、いつぶりだろう)

成幸 (晩ご飯もめちゃくちゃ美味しかったし、先輩に感謝してもしきれないや……)

あすみ 「………………」

パタパタ……ペタペタ……

成幸 「あっ……先輩、洗濯物たたむの手伝いますよ」

あすみ 「おいおい、何を言ってんだよ。これはアタシの仕事だよ。勝手に取るな」

成幸 「いや、でも……なんか俺だけボーッとしてるのも悪い気がして……」

あすみ 「ボーッとはしてねぇだろ。ずっと勉強してるじゃねーか、お前」

成幸 「そりゃそうですけど……。っていうか、先輩も勉強しなきゃじゃないですか」

あすみ 「心配すんな。仕事が全部済んだら勝手にやるよ」

成幸 「っていうか、もう結構遅い時間ですけど……」

成幸 「帰らなくて大丈夫なんですか?」

あすみ 「ああ? 何で帰るんだよ」

成幸 「え?」

あすみ 「さっき言っただろうが。三日間よろしくって」

成幸 「……へ?」

成幸 「!? ま、まさか、三日間うちで寝泊まりするんですか!?」

あすみ 「そのまさかだが、どうかしたか?」

成幸 「い、いや、だって……いくら何でも、それは……」

あすみ 「ははーん……」

ニヤリ

あすみ 「発情してんのかー、後輩? このスケベ」

成幸 「ち、違いますよ! でも、俺だって一応男子なんだから、少しは……」

あすみ 「少しは? 少しは、なんだよ?」

成幸 「……け、警戒、とか……その、した方が、いいと思いますよ?」

あすみ 「ほうほう。つまりアタシは今晩、お前の夜這いを警戒しなくちゃいけないわけか?」

成幸 「い、いや、そんなことするわけないじゃないですか!」

あすみ 「じゃあいいじゃねぇか。っていうかお前、言ってること矛盾してるぞ?」

成幸 「いや、だから、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」

成幸 「もっと、自分を大切にしてほしいというか、なんというか……」

あすみ 「………………」

あすみ 「後輩、お前……」

成幸 「せ、先輩……?」

ピラッ

あすみ 「……なんの面白みもないパンツ履いてんのな。つまんねー」

成幸 「!? ひ、人のパンツ広げないでください! っていうか自分でたたみます!」

成幸 (まったくー! こっちは真剣に先輩のこと心配してるのに!)

プンプン

あすみ 「………………」

クスッ

あすみ (……アタシの心配するなんて百年早えんだっての)

あすみ (でも、まぁ……悪い気は、しねーけどさ)

………………

葉月 「……晩ご飯も美味しかったし、お掃除もお洗濯も完ぺきね」

和樹 「手際もよかったぜ。家事やり慣れてる感が半端ねーぜ」

葉月 「これは大幅加点ね。メイドのお姉ちゃん、ぜひお嫁に来てほしいわ」

和樹 「兄ちゃん奥手だからなー。あれくらいグイグイ来てくれる方がいいかもな」

あすみ 「……よしっ。洗濯物たたみ終えたし、あとは片付けして終わりかな」

あすみ 「ん、あ、おチビちゃんたち、ちょうどいいところに」

あすみ 「お風呂、そろそろお湯張り終わるから、一緒に入るぞ。おいで」

葉月 「!?」 (これは、身体を確認するまたとないチャンスだわ!)

あすみ 「おーい、後輩。お前も一緒に入るかー?」

成幸 「入りませんよ! 何言ってんですか!」

成幸 「……でも、お言葉に甘えて、和樹と葉月のお風呂はお願いしてもいいですか?」

あすみ 「当たり前だろ。何度も言わせんな。全部アタシの仕事だ」

あすみ 「よーし、じゃあ行くぞー、おチビちゃんたちー!」

和樹&葉月 「「はーい!」」

………………

成幸 「………………」

キャッキャ……バシャバシャ……

成幸 (楽しそうな声が風呂場から漏れ聞こえてくる……)

成幸 (ふふ、楽しそうで何よりだ。さすがあしゅみー先輩だな。子どもの相手も得意なんだな)

『メイドの姉ちゃん、小さいのにすごいよなー。何でもできるんだなー』

『こらこら、小さいは余計だぞー、おチビちゃん』

『あと、アタシはメイドの姉ちゃんじゃなくて、小美浪あすみっていうんだ』

『あすみ姉ちゃんと呼んでくれよ』

『わかったわー。あすみお姉ちゃん!』

『でも、俺たちもおチビちゃんじゃなくてちゃんと名前があるんだぜー?』

『おう、そうだったな。んじゃ、和樹、葉月』

『『うん!』』

成幸 (はは、微笑ましい会話だな。すっかり懐いちまって……)

『でも、あすみお姉ちゃん、もっと細いのかと思ってたけど、』

『結構おむねもおしりもしっかりしてるのね』

成幸 「ぶっ……」

成幸 (あ、あいつら、また変なことを……)

『そうかぁ? でも緒方や武元に比べたら大したことないぞ?』

『でも、文乃姉ちゃんよりは断然あるぜ!』

『おうおう、それを古橋に言ったら悲しむから、言っちゃダメだぞー?』

成幸 (本当になんの話をしてるんだあの三人組は……!!)

『それにな、きっとお前らの兄ちゃん、今ごろ聞き耳立ててるぞ?』

『お前らにもっと際どいことを質問しろって念を送ってんじゃねーか、今ごろ』

成幸 「そんなことしてないですよ!!」

『ほら、やっぱり聞き耳立ててただろ?』

『兄ちゃんもお姉ちゃんの身体に興味津々なのね』

『兄ちゃんはちょっとむっつりなところあるからなー』

成幸 「あ、あいつら……」

………………

葉月 「きゃー」  和樹 「わー」 ドタドタドタ……

あすみ 「おう、後輩。お風呂空いたぞ。冷めないうちに入っちまえよ」

成幸 「はい、ありがとうございます、先輩……って」

プイッ

あすみ 「ん? なんだ? どうしたんだよ?」

成幸 「いや、べつに、何でもないですけど……」

あすみ 「ほーう。何でもないならこっち向けよ」

あすみ 「人とのコミュニケーションは目と目を合わせることが基本だぞ?」

成幸 (向けるかー! 人の気も知らないで!!)

成幸 (当たり前だけど、先輩パジャマ姿だし、上気した顔はなんか……こう……)

ハッ

成幸 (お、俺は仕事で来てくれている先輩になんて不純なことをー!)

あすみ (こいつ本当に面白いな)

成幸 (っていうか先輩わかってるのか!? 自分のパジャマ姿の破壊力とか!)

成幸 (先輩、身体は小さいけど、しっかり出るところは出てるし、美人さんだし……)

ハッ

成幸 (って、だから俺は何でそういうことばっかり考えてしまうんだー!)

成幸 (と、とにかくこのままじゃ精神衛生上よくない。特に、この後先輩はうちに泊まるんだから……)

成幸 (……泊まる。先輩が、うちに、泊まる……)

ハッ

成幸 (お、俺は! また先輩で変なことをー! いい加減にしろ! しかりしろ唯我成幸!)

あすみ (考えてることが手に取るように分かる。大丈夫かこいつ……)

成幸 (いかん! とりあえず、風呂に……)

あすみ 「……へくしっ」


あすみ (あー、ちと寒いな。部屋着、羽織るものも持ってくればよかったかな)

あすみ (ま、しょうがねぇ――)

――ファサッ

あすみ 「ん……? 後輩、これ……」

成幸 「……俺の部屋着ですけど。よかったら使ってください」

成幸 「何か困ったことがあったら、言ってくださいね」

成幸 「前も言いましたけど、俺、言ってくれないと分からないですから」

あすみ 「後輩……」

ハッ

あすみ 「わ、悪い。これ、借りるな。ありがとう」

成幸 「いえいえ。じゃあ俺、風呂入ってきますね」

あすみ 「……おう。じゃあその間に、和樹と葉月、寝かしつけとくな」

成幸 「すみません。お願いします」

あすみ 「………………」

あすみ (……後輩のやつ、調子狂うようなことしやがって)

ドキドキドキ……

あすみ 「!? いや、べつに、ドキドキなんてしてねーよ。風呂上がりだから心拍数が上がってるだけで……」

葉月 「意外や意外、あすみお姉ちゃんの方も兄ちゃんに気があるのかしら?」

和樹 「だなー。からかって遊んでるだけかと思いきや、さては姉ちゃん、兄ちゃんのこと結構好きだな?」

あすみ 「……ほら、アホなこと言ってないで、寝に行くぞ」

和樹&葉月 「「はーい!」」

………………入浴後

成幸 「……ふー、風呂でゆっくりできると、この後の勉強もがんばれる気がするな」

あすみ 「おう、ちゃんと温まってきたか、後輩」

成幸 「あれ、先輩。あいつらを寝かしつけに行ったんじゃ……」

あすみ 「もう寝かしつけたぞ? あいつら良い子だな。少し子守歌歌ってやったら、すぐ寝ちまったよ」

成幸 (……!? 俺が寝かしつけるときはいつもなかなか寝ないのに……)

成幸 「……先輩はすごいですね。なんでもできるんですね」

あすみ 「ああ? べつに何でもはできねぇよ。何でもできるなら今ごろ医学部生やってるよ」

成幸 「あっ……す、すみません。そういうつもりで言ったわけじゃ……」

あすみ 「謝るなよ。冗談だ。こっちこそ変なこと言っちまったな。悪い」

あすみ 「この家は賑やかでいいな。なんだかアタシまで楽しくなってくるよ」

成幸 「それなら何よりです。でも、迷惑かけちゃってすみません……」

あすみ 「だから何度も言わせんなよ。アタシは仕事で来てるんだ。迷惑も何もねぇよ」

成幸 「……それならいいんですけど」

成幸 「ま、いいや。和樹と葉月が寝たなら都合がいいですね。一緒に勉強しましょう?」

あすみ 「ん、いや、でもな。そろそろお前のお母さんが帰ってくるだろ?」

あすみ 「まだなんかやっておくことないか、気になってさ」

成幸 「いや、もう十分やってもらいましたよ。大丈夫ですって」

成幸 「ほら、先輩も早くテキスト出してくださいよ」

成幸 「色んなコトしてもらっちゃいましたから。俺もはりきって勉強教えますよ!」

あすみ 「わかったよ。でも、お前だって自分の勉強があるだろ? アタシはべつに……」

成幸 「先輩のおかげで勉強捗りましたから、大丈夫です。少しはお返しさせてください」

あすみ 「……だから、アタシは仕事で来てるんだっての」

あすみ 「……まぁ、せっかくだし、ちょっとお言葉に甘えて、教えてもらおうかな」

成幸 「はい! まだまだ夜はこれからですよ! ふたりでみっちりやれますね!」

あすみ 「ほー?」 ニヤニヤ 「アタシとふたりで、みっちり何をするつもりだ?」

成幸 「勉強ですよ!!」

………………翌朝

成幸 「………………」

パチッ

成幸 「ん……。もう朝か……」

キャー……ドタドタドタ……

成幸 (和樹と葉月のやつ、もう起きてるのか。まったく、子どもの朝は早いな……)

成幸 (仕方ない。俺も起きるか……)

モゾモゾ……ガラッ

成幸 「……おはよー、和樹、葉月、母さん」

葉月&和樹 「「兄ちゃんおはよー!」」

花枝 「あら、おはよう、成幸。今日は早いのね」

成幸 「目が冴えちゃってさ。まぁ、早めに家出て学校で勉強するよ」

あすみ 「ん、そうか。じゃあもう弁当仕上げちまうか」

成幸 「ああ、そうしてくれると助かります。すみません」

成幸 「……ん?」

成幸 「……って先輩!? どうしてここに!?」

あすみ 「おー。朝から随分なご挨拶だな。さてはアタシのこと忘れてやがったな」

成幸 「い、いや、そういうわけじゃ……」

成幸 (そ、そうだった。先輩、これからしばらく、うちで寝泊まりするんだったー!)

成幸 「おはようございます、先輩。ひょっとして、朝ご飯とお弁当まで作ってくれてるんですか?」

花枝 「そうなのよー。本当に良い子ねー、あすみちゃん」

ニヤニヤ

花枝 「こんな良い子と、一体どこで知り合ったんだか」

成幸 「予備校で席が隣なだけだよ。下世話なこと言うなよ、先輩にも迷惑だろ」

花枝 (予備校で席が隣なだけの女の子とこんなに仲良くなれるだけのコミュ力……)

花枝 (我が息子ながら、すごいわね……)

成幸 「すみません、先輩。変なこと言う親で……」

成幸 「先輩は仕事で来てくれてるだけなんだから、あんまり変なこと言って困らせるなよ?」

花枝 「へ? 仕事?」

あすみ 「ほら、いいからいいから、後輩もお母さんも、席についてください」

あすみ 「和樹と葉月も、はい、席につく」

葉月&和樹 「「はーい」」

あすみ 「お味噌汁が冷めちゃう前に食べてください。どうぞ」

成幸 「わー、美味しそうな朝ご飯だ……」

あすみ 「いつも妹さんが作ってるっていう朝ご飯の献立を参考に作ってみました」

あすみ 「お口に合うといいんですが……」

花枝 「………………」

モグモグモグ……

花枝 「……あすみちゃん」

あすみ 「へ? お母さん? 箸を置いて、どうしたんですか?」

あすみ 「ひょっとして、味付けが気に入らなかったですか……?」

花枝 「とんでもない。とっても美味しいわ。ねぇ、あすみちゃん、このままうちにお嫁に来ない?」

あすみ 「へ……?」

花枝 「成幸、情けないところも多いけど、やるときはやる自慢の息子なのよ」

成幸 「だー! 母さん! だからそれをやめろって言ってるんだよ!」

あすみ 「……えっとー、どうしようかなー」

キャルン

あすみ 「成幸クンがいいなら、あすみもいいかな、なんて……」

成幸 「キャピキャピしないでください! うちの母親と弟妹は本気にしますよ!」

………………玄関

成幸 「はぁ……朝から疲れたな……」

あすみ 「いいじゃねーかよ。楽しくてさ」

成幸 「楽しいのは俺以外だけです!」

あすみ 「ほれ、お弁当。我ながらメチャクチャ美味しく仕上がってるから、機嫌直せよ」

成幸 「……べつに、機嫌悪くはなってないですけど」

成幸 「俺も楽しかったし……」

あすみ 「……はは、お前ってほんと、可愛い奴だな」

あすみ 「ほら」

バン!!!

成幸 「わっ……な、なんですか。急に背中を叩いて……」

あすみ 「背筋伸ばせよ。丸まってちゃ、気分だって上がらないぞ」

ニヤリ

あすみ 「それとも、いってらっしゃいのチューでもしてやった方がやる気が出るか?」

成幸 「ち、ちゅ……!? なんてこと言い出すんですか、先輩!」

あすみ 「冗談だよ、冗談。そんなに顔真っ赤にするなよ」

あすみ 「まったく、からかい甲斐のある奴だな、お前は」

成幸 「っ~! 先輩は、まったくもう……!」

あすみ 「悪かったよ。ほら、学校がんばってこいよ」

ニコッ

あすみ 「いってらっしゃい、後輩」

成幸 「っ……」 (その笑顔は反則だろ……まったく……)

ニコッ

成幸 「……はい。いってきます、先輩」

………………一ノ瀬学園

小林 「……ん、成ちゃん?」

成幸 「おお、小林、おはよう」

小林 「おはよ。どうしたの? 今日はかなり早いね」

成幸 「ん、ああ、まぁちょっとな。そういうお前こそ早いな。どうしたんだ?」

小林 「国体に向けて朝練を始めた武元の付き合いで早朝から登校する智波ちゃんに付き合って早く学校に来た、って感じ?」

成幸 「なるほど。複雑だな」

成幸 「……武元のやつ、がんばってるな。俺も負けてられないぜ」

小林 「十分負けてないと思うけどね」

小林 「ちょうどいいや。ヒマしてたんだよ。ちょっと分からないところがあるから教えてよ、成ちゃん」

成幸 「おう、いいぞ。何でも聞いてくれ」

小林 (……? なんか、今日の成ちゃんはえらくご機嫌だなぁ)

小林 (なんかいいことでもあったのかな?)

………………昼休み

うるか 「………………」 グッ


―――― 『明日からは和樹と葉月のお昼も考えなくちゃだし、自分でなんとかするさ』


うるか (昨日、ああは言ってたけど、やっぱりお昼がパンの耳だけなんてよくないよ)

うるか (今朝、朝練もあるから四時起きで眠い目をこすりながら作ったお弁当! というかお重!)

バーン!!

うるか (たまたま作りすぎちゃったからあげるって言えば、大丈夫だよね?)

理珠 「……あれ、うるかさん? 3-Bに何かご用ですか?」

うるか 「あ、リズりん。いやー、ちょっと成幸に勉強を教えてもらおうかと……」

うるか 「……って、何その大量のうどん!?」

理珠 「へ……!? あ、いや、これはその……べつに、成幸さんのために作ってきたわけではなく……」

理珠 「ただ、その……ちょっと、朝うどんを作りすぎてしまったので、持ってきただけで……」

うるか 「朝からうどん作りすぎることってある!?」

理珠 「あ、あります! うちでは日常茶飯事です!」

うるか 「日常茶飯事なの!?」

理珠 「そ、そう言ううるかさんこそ! その大きなお重は何ですか?」

うるか 「へぇ!? い、いや、これは……べつに成幸のために作ってきたわけじゃなくて……」

うるか 「朝練前に調子に乗ってお弁当作りすぎちゃったから、持ってきただけで……」

理珠 「朝練前にお弁当作りすぎることあります!? 何時起きだったんですか!?」

うるか 「よ、四時起き……」

理珠 「最初から作りすぎる気満々じゃないですか!」

うるか 「ち、違うもん! 本当に気づいたらたくさん作っちゃってただけだもん!」

………………物陰

文乃 「………………」

キリキリキリ……

文乃 (どうしよう。わたしも実は昨日スーパーでお菓子をたくさん買って持ってきたんだけど、)

文乃 (あのふたりと一緒に行く勇気はないかな……)

文乃 (とはいえ、あのふたりを廊下にあのまま放置したら、とんでもないことになりそうだし……)

文乃 「あー、どうしたの、りっちゃん、うるかちゃん。廊下で騒いだら怒られるよ?」

理珠 「文乃! ち、違いますよ!? べつに成幸さんのためにうどんを持ってきたわけじゃないんです!」

うるか 「文乃っち! あたしも違うんだよ!? 作りすぎたから持ってきただけで!」

文乃 「あ、うん。ふたりとも、わかったから。とりあえず教室入ろうか?」

文乃 (……ふたりとも可愛いなぁ。でも、胃が痛いなぁ)

ガラッ

小林 「――あれ、成ちゃん、今日お弁当あるの? 水希ちゃん修学旅行じゃないの?」

成幸 「おう。ちょっとな……」

大森 「ん……? 言葉を濁すあたり怪しいな。さては唯我テメー! 女の子に作ってもらったのか!?」

成幸 「なっ……」 ギクッ 「そんなわけねーだろ! 母さんが作ってくれたんだよ!」

文乃 「………………」

理珠 「………………」

うるか 「………………」

文乃 「……りっちゃん、うるかちゃん、屋上でお弁当うどんお菓子パーティでもしない?」

理珠 「良い提案です、文乃。もう成幸さんなんか知りません。せっかくうどんたくさん作ってきたのに……」

うるか 「うぅ……せっかく成幸のために四時起きで作ったのに……」

文乃 (ふたりとも、うそをつくなら最後までつきとおしてほしいなぁ。ダダ漏れだよ……)

文乃 (……まぁ、理不尽なのはわかってるけど、ひとつだけ言わせてほしいかな)

文乃 (成幸くん、後で、つねる)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

………………教室

成幸 「っ……」 ゾクッ

成幸 (なんだろう。いま、猛烈な寒気が……)

成幸 (まぁいいや。せっかく先輩が作ってくれた弁当をいただこう)

カパッ

成幸 「……!?」


『成幸クン 午後もがんばってね』 バーン!!!!


成幸 (で、でかでかと海苔で書かれた文字!? と桜でんぶのハートマーク!?)

成幸 (あ、あしゅみー先輩、やってくれたな……!!)

大森 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

大森 「……唯我? そのメッセージも、お母さんが書いてくれたっていうのか?」

成幸 「いや、違っ……これは、その……」

大森 「唯我テメー! やっぱりどこぞの女子に作ってもらいやがったなー!」

小林 「………………」

小林 (……お姫様たち三人、さっき廊下にいたみたいだけど)

小林 (あの様子を見る限り、あの三人が作ったわけじゃなさそうだ)

クスッ

小林 (まったく、成ちゃんったら。一体誰に作ってもらったんだか)

成幸 「違う! 俺が自分で作ったんだ! 自分でハートマークも書いたんだよ!」

大森 「わけわかんねーウソつくんじゃねー! くそー! うらやましいぞー!」

………………放課後

成幸 「……ったく、大森の奴、ひとりでエキサイトしやがって」


―――― 『唯我テメー! やっぱりどこぞの女子に作ってもらいやがったなー!』


成幸 「……その通りだよ。悪かったな」

成幸 (それにしても、先輩のお弁当、美味しかったな……)

成幸 (水希のお弁当とは少し味付けが違って、新鮮だったし)

成幸 (今日の晩ご飯も楽しみだな……)

成幸 「………………」

成幸 (……先輩に何かお礼できないかな)

成幸 (先輩は仕事だからって言うけど、正直、仕事以上のことをしてくれている気がする……)

成幸 「ん……?」

 『本日 ケーキ全商品半額 !!』

成幸 「……渡りに船だ」

成幸 (先輩、喜んでくれるかな……)

………………唯我家

あすみ 「それー! 横一列で一斉にぞうきんがけだー!」

和樹 「うおー!」

葉月 「それー!」

バババババババ……!!!

あすみ 「そら見ろ! 廊下がピカピカだぞ!」

和樹 「おー! あすみ姉ちゃんすげー!」

あすみ 「すげーのはアタシじゃねーぞ。アタシたちだ」

葉月 「掃除ってこんなに楽しいのねー」

あすみ 「そうだろう、そうだろう」

エッヘン

あすみ 「これからは、できる範囲でいいから、兄ちゃんや姉ちゃんを手伝ってやれよ?」

葉月 「わかったわー! わたしがんばる!」

和樹 「おれもー!」

あすみ 「よしよし。お前たちは本当に良い子だなぁ」

あすみ 「……っと、そろそろ後輩のやつ帰ってくるかな」

あすみ 「区切りがいいから掃除はこれくらいにしようか」

あすみ 「そろそろ晩ご飯の準備と行くかなー」

ガラガラガラ……

成幸 「ただいまー」

あすみ 「っと……。思ってたより早く帰ってきたみたいだな。ほら、チビちゃんたち、出迎えに行くぞ」

和樹&葉月 「「はーい!」」

あすみ (にしし。後輩のやつ、油断してるだろうから、またからかってやるか……)

………………

成幸 「ただいまー」

パタパタパタ……

あすみ 「おかえりなさいませ、御主人様」 キャルン

葉月&和樹 「「おかえりなさいませ! ごしゅじんさま!」」

成幸 「お前たちは真似しなくていい!」

あすみ 「お弁当はお気に召しましたか?」

成幸 「ひどい目に遭いましたよ。クラスの男子から質問攻めですよ」

あすみ 「ふふ、目に浮かぶようだな。お前の困り顔」

成幸 「だから急に素に戻らんでください。まったくもう」

あすみ 「ん……? その紙箱はなんだ?」

成幸 「……お礼も兼ねたお土産です。食後に食べましょう」

成幸 「お前たちの分もあるからな。ケーキだぞ」

葉月 「ほんとに!?」

和樹 「やったー! 兄ちゃんありがとー!」

あすみ 「お礼って……アタシにか?」

成幸 「? そうですよ?」

あすみ 「……アタシは、ただ仕事で来てるだけだって言ってるだろ。お礼なんて……」

成幸 「そう言わないでくださいよ。先輩がいてくれるだけで本当に助かってるんですから」

成幸 「それに、ただの俺の気持ちですから」

あすみ 「ん……わかったよ」

あすみ 「ありがとな。冷蔵庫入れとくよ」

あすみ 「晩飯、今から作るから勉強でもして待ってろ」

成幸 「助かります。ありがとうございます」

あすみ 「………………」 (……ったく、そんな気が利くような性格でもねーだろうに。気ぃ遣いやがって)

あすみ (もうちょいからかってやるつもりが、調子狂っちまったじゃねぇか)

葉月 「……兄ちゃん、図らずもポイントアップだわ。あすみお姉ちゃん、ほんとに嫁に来てくれるかもしれないわ」 コソッ

和樹 「今も、ちょっと新婚さんっぽかったよな。兄ちゃんもあすみ姉ちゃんもまんざらでもなさそうだな」 コソッ

あすみ 「チビちゃんたちー、聞こえてるぞー? アホなこと言ってないで、ふたりで遊んでろ」

葉月&和樹 「「はーい」」

………………夜

葉月&和樹 「「ごちそうさまでしたー!」」

あすみ 「はい、お粗末さまでした」

花枝 「ごちそうさま、あすみちゃん。本当に美味しかったわ。ありがとう」

あすみ 「いえいえ。夕ご飯もお口にあったようで何よりです」

成幸 「母さん。今日は早く帰ってこれるなら連絡くらいくれよな」

花枝 「店長さんが気を利かせてくれてね。大丈夫だって言って帰してくれたのよ」

成幸 「それなら先輩を雇う必要もなかったんじゃ……」

花枝 「? 雇う?」

成幸 「……?」

あすみ 「あっ、そ、そうだ。後輩――成幸くんが買ってきてくれたケーキがあるんですよ」

あすみ 「みんなで食べましょう。成幸くん、ちょっとお茶いれるの手伝ってくれ」

成幸 「? いいですけど……」

成幸 (先輩、なんか様子がおかしいな……?)

………………風呂

葉月 「ふぁ~~~……」 和樹 「ほぁ~~~……」

あすみ 「気持ちいいかー? 最近寒いからちゃんと温まれよー」

葉月 「お風呂は心の洗濯……」

和樹 「ビバノンノ……」

あすみ 「仕事に疲れたOLとおっさんみたいだぞ、お前ら……」

あすみ 「のぼせても良くないから、あと百秒数えたら上がろうか」

葉月&和樹 「「ふぁ~~~い……」」

………………

あすみ 「ふー。あったまったあったまった……」

あすみ (……葉月と和樹と一緒に入るためとはいえ、一番風呂をいただいてしまって申し訳ないな)

あすみ 「お風呂空きましたよー、っと……。誰もいないな」

カチャカチャ……

あすみ (ん、台所で洗い物してくれてるのか。アタシがやるって言ったのに……)

あすみ (お仕事で疲れてるだろうし、アタシが代わってお母さんに早く入ってもらおう……――)


「――えっ? じゃあ、家事代行サービスを頼んだわけじゃないのか?」


あすみ 「……!?」

ササササッ

あすみ (やべっ……絶対アタシの話じゃねーか)

花枝 「ふふ、やっぱり、何かおかしいと思ったわ」

花枝 「あすみちゃん、あんたにそんなうそをついてたのね」

成幸 「えっ、いや、でも……何で仕事でもないのに、先輩はうちに来てくれてるんだ?」

花枝 「はぁ? だってあすみちゃん、あんたの彼女なんでしょ? 彼氏のことが心配だから、って言ってたわよ?」

成幸 「は、はぁ……!? 彼女!?」

花枝 「照れなくてもいいわよ。あんなにかわいい彼女なんだから、自慢するくらいでいいのよ」

成幸 「いや……まぁ、それはいいや。先輩は母さんに直接連絡したってこと?」

花枝 「そうよ? 家に電話をくれてね。成幸くんの彼女です、って」

花枝 「あんたから水希が修学旅行に行くから困ってるって話を聞いて、ぜひ手伝いたいって」

成幸 「………………」

花枝 「正直ね、すごくありがたかったのよ。あんたも勉強で忙しいし、葉月と和樹はまだ小さいし」

花枝 「彼氏のあんたに気恥ずかしくて、私が家事サービスをお願いした、なんてうそをついたのかしらね」

成幸 「……それは、まぁ、先輩に聞かないと分からないけど」

成幸 「でも、そっか……。先輩、“仕事だから” って言って家事全部やってくれたけど、」

成幸 「申し訳ないことしちゃったな……」

花枝 「そういう風に思われたくないから、うそをついたんでしょ」

花枝 「私がこの話をしちゃったって、あすみちゃんには内緒よ?」

………………先週

prrrr……

花枝 (あら、電話。この時間にめずらしい……) ガチャッ 「もしもし?」

? 『あっ……こんばんは。夜分遅くにすみません。唯我さんのお宅でよろしいでしょうか?』

? 『私、小美浪あすみといいます。後輩――成幸くんの、予備校の友達です』

花枝 「あら……。それはそれは、いつも成幸がお世話になってます。成幸の母です」

あすみ 『こちらこそ、いつも成幸くんには勉強を教えてもらったり、お世話になってます』

花枝 「ちょっと待っててね。いま成幸と電話を代わるから……――」

あすみ 『――……あ、いえ、実はお母さんとお話がしたくて、電話をしたので、代わらなくて結構です』

花枝 「私と?」

あすみ 『はい。あの……成幸くんから、来週家事をする人がいないと聞いて……』

あすみ 『差し出がましいかもしれませんが、もしよければ、私を家においてくれませんか?』

あすみ 『私は予備校通いの身なので、自由がききますし、家事も得意です。お手伝いできることもたくさんあります』

花枝 「へ……? いや、でも……さすがに人様の娘さんに、家の手伝いをさせるわけにはいかないわ」

あすみ 『ひ、人様の娘じゃ、ありません……あ、あの! アタシ……私、成幸くんの』

あすみ 『カノジョ、ですから……』

花枝 「!?」

………………

花枝 「まぁ、あすみちゃんの熱意に負けたというか、カノジョって言葉が嬉しくてそれどころじゃなくなっちゃったというか……」

花枝 「とにかく、お言葉に甘えることにしたのよ』

成幸 「………………」

花枝 「それにしても、あんたがあんなに可愛くてきれいで気が利く子と付き合ってるなんてねぇ……」

花枝 「りっちゃんとふみちゃんに興味を示さないわけだわ」

成幸 「あ、あのふたりは関係ないだろ」

成幸 「……ん、っていうか、あんまりうそつきたくないから、本当のこと言うけどさ」

成幸 「俺、先輩と付き合ってないからな?」

あすみ (っ……)

花枝 「あら? そうなの? あすみちゃんが言うから、てっきりそうなんだと思い込んでたけど……」

成幸 「まぁ、ちょっと事情があってさ。彼氏のフリをしてるんだ。フリだけだから、本当の彼氏じゃないけど」

成幸 「っていうか、俺があんな綺麗な人と付き合えるわけないだろ」

花枝 「あんたも色々と大変なのね」

成幸 「水希たちには内緒な。またうるさそうだし」

花枝 「はいはい」

花枝 「……洗い物、もういいわよ。あすみちゃんたち、そろそろお風呂上がるでしょうから、成幸、入っちゃいなさい」

成幸 「先入っちゃっていいのか?」

花枝 「私は後でゆっくり入るからいいわよ」

………………

花枝 「じゃあ、私は和樹と葉月寝かしつけてそのまま寝ちゃうから」

成幸 「わかった。おやすみ、母さん」

あすみ 「おやすみなさい、お母さん」

花枝 「……あとはふたりきりで、私のことは気にしないでね」

成幸 「余計なこと言わなくていいから。早く寝てくれ」

花枝 「何よ、ノリ悪いわね。じゃ、おやすみなさい」

成幸 「……ふぅ、やっと行ったか。すみません、先輩。うるさい親で……」

あすみ 「言うなよ。うちの親父より何倍も静かだよ。いいお母さんじゃないか」

成幸 「……まぁ、いい母だとは思いますけどね」

成幸 「さて、今日はどうします? 物理? 化学? それとも生物?」

あすみ 「色気のない三択だな。とりあえず物理で頼む」

成幸 「わかりました。じゃあ、今日もはりきってがんばりましょう」

………………

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

カリカリカリ…………

あすみ 「……なー、後輩」

成幸 「なんですか?」

あすみ 「悪い。さっきさー、洗い物してるときのお前とお母さんの会話、聞いちゃった」

成幸 「……そうですか」

あすみ 「……ごめんな。うそついてて」

成幸 「いえ、気にしてませんから、大丈夫です」

カリカリカリ……

あすみ 「……アタシさ、うちの色んな事情にお前のこと巻き込んでばかりだからさ、」

あすみ 「実は、これでも結構、申し訳ないと思ってんだよ」

成幸 「え……?」

あすみ 「だから、家事を手伝ってやれば、いつもの “彼氏のフリ” の恩返しができるかなって思ってさ」

あすみ 「……ただ、それをお前に言うのが恥ずかしくて、お母さんに雇われたなんてうそついてさ」

あすみ 「ごめんな」

成幸 「………………」 クスッ 「どうしたんですか、先輩。調子狂うようなこと言うなぁ」

あすみ 「むっ……」 プイッ 「悪かったな」

あすみ 「これでも、色々心配だったんだよ。お前にもお前のお母さんにも、葉月にも和樹にも、迷惑かけたんじゃないかって……」

成幸 「はぁ? 何言ってるんですか、先輩。俺と母さんがどれだけ助かったか分かってます?」

あすみ 「……?」

成幸 「葉月と和樹から聞きましたよ。先輩、一日中家にいて、ふたりに掃除の仕方とか教えてくれたんでしょう?」

成幸 「ずっと遊び相手もしてくれたって言うし、適切な時間にお昼寝も取らせてくれたみたいだし……」

成幸 「それが迷惑だなんて、そんなこと思ったら罰が当たりますよ。まったくもう」

あすみ 「な、何怒ってんだよ、後輩……」

成幸 「怒りますよ。予備校もバイトも休んだってことでしょう? どっちも先輩にとって必要なことのはずなのに……」

成幸 「俺の家のためにそこまでしてくれたくせに、迷惑だったんじゃないかって……そんなの、怒るに決まってるじゃないですか」

成幸 「……すみません。言いすぎました。でも、覚えておいてください。俺は、すごく助かりましたし、先輩に感謝してますから」

あすみ 「……ただ、それをお前に言うのが恥ずかしくて、お母さんに雇われたなんてうそついてさ」

あすみ 「ごめんな」

成幸 「………………」 クスッ 「どうしたんですか、先輩。調子狂うようなこと言うなぁ」

あすみ 「むっ……」 プイッ 「悪かったな」

あすみ 「これでも、色々心配だったんだよ。お前にもお前のお母さんにも、葉月にも和樹にも、迷惑かけたんじゃないかって……」

成幸 「はぁ? 何言ってるんですか、先輩。俺と母さんがどれだけ助かったか分かってます?」

あすみ 「……?」

成幸 「葉月と和樹から聞きましたよ。先輩、一日中家にいて、ふたりに掃除の仕方とか教えてくれたんでしょう?」

成幸 「ずっと遊び相手もしてくれたって言うし、適切な時間にお昼寝も取らせてくれたみたいだし……」

成幸 「それが迷惑だなんて、そんなこと思ったら罰が当たりますよ。まったくもう」

あすみ 「な、何怒ってんだよ、後輩……」

成幸 「怒りますよ。予備校もバイトも休んだってことでしょう? どっちも先輩にとって必要なことのはずなのに……」

成幸 「俺の家のためにそこまでしてくれたくせに、迷惑だったんじゃないかって……そんなの、怒るに決まってるじゃないですか」

成幸 「……すみません。言いすぎました。でも、覚えておいてください。俺は、すごく助かりましたし、先輩に感謝してますから」

あすみ 「後輩、お前……」

あすみ (普段、アタシがどんだけ迷惑かけたって、からかったって、怒らないくせに……)

あすみ (なんで、アタシのことでそんなに怒るんだよ……バカ……)

成幸 「……お返し、ケーキだけで済ませちゃうつもり、ありませんから」

あすみ 「ん?」

成幸 「何かあったら言ってくださいね。彼氏のフリだろうと婿のフリだろうと、何でもやりますから」

成幸 「……本当はバイト代を払えたらいいんでしょうけど、あいにくうちにお金がなくて……」

あすみ 「気にすんなよ。アタシが勝手にやったことだ。勝手に彼女のフリをしただけだからな」

成幸 「じゃあ、俺も、先輩が必要なとき、彼氏のフリをしますよ。でも、俺は言ってくれないとわからないから」

成幸 「……言ってくださいね。俺、先輩のためだったら何でもしますよ」

あすみ 「……何でも、ねぇ」

クスッ

あすみ 「じゃあ、週末、またデートしてくれるか?」

あすみ 「親父の目を誤魔化すのも大変なんだ。勉強デートとしゃれ込もうぜ」

成幸 「わかりました! それくらいならお安いご用ですよ!」

………………物陰

花枝 「うーん……なかなかどうして、本物の彼氏彼女に見えるわね」

花枝 「っていうか、息子は元より、あすみちゃんも結構まんざらでもない感じね」

葉月 「ほらー、母ちゃん、覗いてないで寝るわよー」

和樹 「水希姉ちゃんは水希姉ちゃんでヤバいけど、母ちゃんも結構ヤバめだよなー」

花枝 「分かったわよ。じゃあ行きましょう」

花枝 (それにしても……)

ピカピカピカ……

花枝 (家中ピカピカだわ。お料理も上手だし、葉月と和樹の相手も完ぺき……)

花枝 (成幸より年上というのもポイント高いわ……)

花枝 (ちょっと本当に嫁に来てくれないかしら)

和樹 「ほらまた母ちゃんよからぬことを考えてる」

葉月 「でもまぁ、あすみお姉ちゃんがお嫁に来てくれるのは、わたしも賛成だわー」

………………翌朝

あすみ 「ほら、弁当。持ってけよ」

成幸 「ん……ありがとうございます」

ジトッ

成幸 「また変なこと書いてないでしょうね?」

あすみ 「んだよ、信用ねぇな。何も書いてねーよ」

あすみ (変なことは、な)

成幸 「………………」

あすみ 「………………」

成幸 「……三日間、ありがとうございました。助かりました」

あすみ 「おう。気にしなくていいぞ。おかげでアタシも勉強進んだし」

成幸 「……じゃあ、いってきます。先輩」

あすみ 「ん……? いや、ちょっと待て、後輩」

成幸 「へ?」

ズイッ……

成幸 「せ、先輩……?」 (ち、近っ……!? な、何を……)


―――― 『それとも、いってらっしゃいのチューでもしてやった方がやる気が出るか?』


成幸 (ま、まさか……そんな、いや……心の準備が……)

キュッ

成幸 「……へ?」

あすみ 「……ネクタイ、曲がってたぞ。まったく、だらしねーな」

成幸 「あっ……ね、ネクタイか。なんだ、びっくりした……。ありがとうございます、先輩」

あすみ 「んー? 急にアタシが近づいて、何だと思ったんだー、後輩ー?」

成幸 「な、なんでもありませんよ!」

あすみ 「にひひ、なんだよ、昨日は “婿のフリ” だってやってくれるって言ってたのに、そんな体たらくか?」

あすみ 「アタシの婿になるんなら、もう少しがんばれよ」

成幸 「急に近づかれればびっくりもしますよ。先輩は美人さんなんだから……」

あすみ 「っ……」

あすみ 「………………」


―――― 『っていうか、俺があんな綺麗な人と付き合えるわけないだろ』


あすみ (……ったく、軽々しく、人のこと綺麗だの美人だの言いやがって)

あすみ (こっちの気も知らないで、ほんとに、しょうがない奴だ……)

成幸 「じゃあ、先輩。いってきます」

あすみ 「おう」

あすみ (……覚えてろよ、後輩)

あすみ (いつか、本当に “婿のフリ” なんてしてもらうことになったら、)

あすみ (本当に、いってらっしゃいのチューくらいはしてやるからな)

あすみ (そのとき、後悔したって知らないからな。お前が言い出したことなんだから)

ニコッ

あすみ 「……いってらっしゃい、後輩」


おわり

………………幕間1 「SEISAI帰宅」

水希 「ただいまー! みんな、ごめんね。いま帰ったよー……って」

水希 「家中ピカピカ!? 台所も!? トイレも!? ついでに葉月と和樹もお肌がピカピカ!?」

水希 「そして……」

水希 「……例の、お兄ちゃんの耳をきれいにしたという女の匂いがする!!」

水希 「わたしのいない間に……!!」 ギリリリッ

葉月 「あー……」

和樹 「あすみ姉ちゃん、もう二度とうちの敷居をまたげないかもしれないな」

………………幕間2 「お弁当」

成幸 (先輩のことを信じないわけではないが、一応、念のため、大森がいないところで食べよう)

成幸 (と、いうことで、緒方たちと一緒に食べることになったわけだが)

うるか 「今日のお弁当もお母さんが作ってくれたの?」

成幸 「ん? ああ……いや、お前たちにうそをつくのも気が引けるから言うけど、これは小美浪せもがっ!?」

文乃 「……うん。なるほど。お母さんが作ってくれたんだね」 ニコッ 「よかったね」

成幸 「もがもが!?」 (なぜ俺の口をふさぐんだ、古橋!?)

文乃 (うん。わたしの胃が確実にダメージを受けるようなことを言わせるわけないよね)

うるか 「へー。じゃあ、失礼して、開けちゃおっかなー、っと」 パカッ

 『来週のデート楽しみだねっ 成幸くん』

うるか 「へ……? ハートマーク、と、このメッセージ、デートって……」 ジロリ

理珠 「……これは何ですか? 成幸さん? お母さんが作ったものではないですね?」 ジトッ

成幸 「いや、だからこれは小美浪せんもがっ……!」 (だからなぜ俺の口をふさぐんだ古橋!?)

文乃 (ちくしょー、だよ! どう転んでもこうなるのかよー!! だよ!!) キリキリキリ

………………幕間3 「小美浪家」

小美浪父 「………………」

小美浪父 (三日間唯我くんのご家庭で家事の手伝いをしたいと言い出したときは驚いたものだが)

小美浪父 (迷惑になるからやめなさいという私の言葉も聞かず、結局行ってしまった……)

小美浪父 (三日間帰ってこないということは、うまくやっているということだろうか)

あすみ 「ただいまー」

小美浪父 「ん……あすみ、おかえり。唯我くんとご家族に迷惑はかけてないだろうね?」

あすみ 「大丈夫だよ。心配だったら、後で後輩にでも聞いてみてくれ」

あすみ 「ふぁーああ……。夜遅くまで(勉強を)がんばっちまったからな、眠いや。ちょっと寝たらバイト行くわ。じゃ、おやすみ」

小美浪父 「……ああ、おやすみ」 (……そろそろ、唯我さんのお宅に挨拶に伺うべきだろうか)

小美浪父 (唯我くんのご家族はあすみのことを気に入ってくれただろうか……)

小美浪父 (しかし、夜遅くまでがんばったのか……)

小美浪父 「ふふ……、あいさつより何より先に、授かり物があるかもしれないな……」

小美浪父 (ああ、お義父さん困っちゃうな……) パァアアアア

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。
少し長すぎたかなと反省しています。


もうひとつ投下します。
こっちは少し短いです。


【ぼく勉】成幸 「緒方の私服ってかわいいよな」

………………図書館

理珠 「へ……?」

理珠 「………………」 カァアアア……

理珠 「い、いきなりなんですか。成幸さん……」

成幸 「緒方って服とかあんまり頓着しなそうだけど、実は結構オシャレさんだよな」

理珠 「べつに、そこまで興味があるわけではないですけど……」

成幸 「いや、うちは家族の服を俺が作ってるんだけどさ」

成幸 「この前水希がカタログを見ててな。ちょっと覗いてみたら、緒方が着てるような服に興味があるみたいでさ」

成幸 「可愛い系? みたいな? すまん、俺も詳しくはないからよく分からないんだが……」

理珠 「私が普段着ているような服……」

ズーン

理珠 「……私のセンスは中学生レベルということですか」

成幸 「いや、そういうことなじゃくて、単純に好みの問題だろ」

成幸 「俺も緒方が着てるような服、可愛くていいと思うしさ」

理珠 「はう……///」

成幸 「だから、もし良かったら、水希の服を作るときの参考にしたいから、」

成幸 「服のブランドとか、どこで売ってるかとか、教えてもらってもいいか?」

成幸 「教えてもらったら、その店に服を見に行こうと思うんだ」

理珠 「いいですけど、私が買った服もありますし、お母さんが買ってきてくれた服もありますし、一概には……」

ハッ

理珠 「………………」

成幸 「緒方? どうかしたか?」

理珠 「いえ、あの……もし成幸さんが良かったら、なのですが、」

理珠 「今日の勉強が終わったら、うちに来ませんか? 私の服を見せてあげますよ?」

成幸 「へ?」

理珠 「わざわざお店に行くより、合理的だと思います」

成幸 「そりゃ、その通りだが……いいのか?」

理珠 「嫌な理由はありません。成幸さんにはお世話になっていますし、力になれるなら嬉しいです」

成幸 「そうか……。じゃあ、お願いしてもいいか?」

理珠 「はい。もちろんです」

成幸 「よし、そうと決まれば、おうちの迷惑になってもいけないし、今日の分、さっさと終わらせるぞ」

理珠 「はい! がんばります!」


―――― 『緒方の私服ってかわいいよな』

―――― 『緒方って服とかあんまり頓着しなそうだけど、実は結構オシャレさんだよな』


理珠 (ま、まぁ、かわいいと言われて悪い気はしませんし?)

理珠 (成幸さんが見たいと言うなら、見せてあげるに吝かではありませんし)

理珠 (……ふふふ)

理珠 (かわいい、ですか……) ニヤニヤ

成幸 「……?」 (なんか緒方、えらく上機嫌だな。何かいいことでもあったのか?)

………………夕方 緒方家

成幸 「悪いな、緒方。お邪魔しちゃって……」

理珠 「いいですよ。今日はお父さんもお母さんもお仕事が忙しくて店にいますし、気兼ねする必要はありません」

成幸 (逆にまずい気がする。というか、親父さんにバレたら殺されるぞ、俺……)

理珠 「どうぞ。ここが私の部屋です。まぁ、成幸さんはもう何度か入ってますよね」」

成幸 「そういえばそうだな……」


―――― 『えーっ 成幸も泊まっていけばいいじゃん!』

―――― 『そうそう 夜はまだまだこれからだよ~!』


成幸 「っ……」 (そ、そうだ。あの女子のパジャマパーティのときとか……)


―――― 『唯我さん 手 冷たいです』

―――― 『なんだかホッとして……きもちいい……です』


成幸 (緒方の家で一晩明かしたときのこととか……)

成幸 (よく考えたらこの部屋ろくな思い出ないな!?)

成幸 「お邪魔しまーす……」

理珠 「どうぞ」

理珠 「服を見たいと言っていましたが、具体的に言うとどのような服を見たいですか?」

理珠 「トップス、ボトムス、アウター……色々ありますが」

成幸 「ああ、水希が見てたのはトップス? かな? 上に身につけるようなやつだ」

成幸 「あとはワンピースタイプの服とかも見せてくれるとありがたいな」

理珠 「ふむふむ。それならこのあたりですね」

ゴソゴソ……

理珠 「……こういう服ですか?」

成幸 「ああ、そうそう、まさにそういうのだよ」

理珠 「でしたら、この段とこの段、好きにみてもらって構わないですよ」

理珠 「私は今日教えてもらった部分を復習していますので」

成幸 「えっ……?」

成幸 「い、いや、さすがにそれはまずいだろ」

理珠 「なぜです? 服を見るだけでしょう。何かまずいことがありますか?」

成幸 (……試されてる? いや、緒方の場合は本気でそう思ってる気がするな)

成幸 「その申し出はありがたいが、女子のタンスを勝手に覗くのはちょっと、気が引けるな」

理珠 「そういうものでしょうか……」

理珠 「それなら、適当に広げておきますので、勝手に見てください。手に取ってもらって構いません」

成幸 (それはそれでどうなんだろう、とは思わなくもないが……タンスを漁るよりははるかにマシか)

成幸 (きっと俺のことを信頼してくれているんだろう。それなら、俺もその信頼に応えるまでだ)

ポン……ポン……

理珠 「……こんなものでいいでしょうか。だいたい、今の時期はこれらを着回しています。重ね着とかをします」

理珠 「では、私は机で勉強をしていますから、何かあったら声をかけてください」

成幸 「ああ、ありがとな、緒方。助かるよ」

理珠 「いえいえ」

成幸 (本当に勉強を始めたぞ……。まぁ、いい。緒方の申し出は素直にありがたいし、お言葉に甘えよう)

………………

成幸 「ふむふむ……」

メモメモメモ……

成幸 (縫い方とか参考になるな……。糸の色や太さを変えても楽しそうだ)

成幸 (飾りのポケットとかもデザイン的に面白いぞ)

成幸 (シンプルなデザインが多いから、作るのもわりかし簡単そうだし……)

成幸 (緒方に相談して良かった)

成幸 (古橋はちょっと小綺麗にまとまりすぎてて、着る人を選びそうだし……)

成幸 (うるかはちょっと露出度が高すぎて水希には兄として絶対着させられないし)

成幸 (あしゅみー先輩はパンキッシュすぎて絶対水希には似合わないし)

成幸 (桐須先生はジャージだし関城は白衣だし、論外として)

成幸 (……いや、まぁ、それは置いておくとして……)

成幸 (服を見るだけで分かる……。やっぱり緒方の胸のサイズ、とんでもないな……すげぇ……)

ハッ

成幸 (緒方は俺を信じて服を見せてくれているというのに!! 俺はなんて不埒なことを!!)

理珠 「………………」

ドキドキドキドキ……

理珠 (なぜ、でしょうか……?) カァアアア……

理珠 (私はただ服を見せているだけだというのに、ドキドキが止まりません)

理珠 (まったく不可解です。成幸さんが被服作成の参考にするために、見せてあげているだけなのに)

理珠 (……なぜ、こんなに頬が熱いのですか。なぜこんなに、勉強に集中できないのですか)

チラッ

成幸 「ふむ……なるほど……」

理珠 (な、成幸さんが、私が普段着ている服を、手に取って、興味津々そうに見ている……)

理珠 (ふぅ。理解不能です。なぜ私は、こんなに……)

理珠 (いけないことをしてしまっているような気持ちになっているのでしょうか……)

成幸 「ん……? なぁ、緒方」

理珠 「!?」 ビクッ 「は、はい!? なんですか!?」

成幸 「……? どうかしたか?」

理珠 「い、いえ、なんでもありません……」

理珠 「何かありましたか?」

成幸 「ああ、悪い。この服がどうしても、どういう構造なのか分からなくてさ」

成幸 「どっちが表でどっちが裏かもよく分からないし、メビウスの輪かと……」

理珠 「……? ああ、たしかにその服を見て私もメビウスの輪を思い出します」

スッ

理珠 「これはワンピースタイプの服ですね。貫頭衣みたいな構造になってます」

成幸 「ふむ……作りはシンプルだけど、作り方を間違えるととんでもないことになりそうだな」

成幸 「オシャレな感じだから、作ってやったら水希が喜ぶかもと思ったが……」

成幸 「着方もよく分からないし、やめておいた方が無難か」

理珠 「……それでしたら、もしよかったらいま着てみましょうか?」

成幸 「へ? いいのか?」

理珠 「べつに減るものでもありませんし、構いませんよ。ちょっと廊下に出ていてください。すぐ着ますから」

………………

成幸 (実際に着てもらうことになるとは……。緒方に悪いな)

成幸 (でも、助かるな……)

スルッ……スルッ……

成幸 「……!?」 (き、衣擦れの音……)

成幸 (よ、よく考えたら、ドアの向こうで緒方が着替えてるんだよな……)

ハッ

成幸 (ば、バカか俺は! 俺のために着替えてくれてる緒方に、なんて下劣なことを……!)

ガチャッ

成幸 「!?」

理珠 「着替え終わりました。入っていいですよ……って、成幸さん、すごい顔ですよ。どうかしたのですか?」

成幸 「あ、いや、なんでもない……」

成幸 (び、びっくりした……)

………………

成幸 「ふむふむ、なるほど……」

成幸 「こういう構造になっているのか……」

理珠 「………………」

理珠 (うぅ……服を見られているときも恥ずかしかったですが……)

理珠 (着ている服をまじまじと見られるのは、もっと恥ずかしいです……)

モジモジ

成幸 「ん……あっ」

成幸 「わ、悪い。近くで見すぎたな。すまん」

理珠 「いえ……」

理珠 「ど、どうですか?」

成幸 「ん……大体どういう風になってるのか分かったから、結構簡単に作れそうだ」

成幸 「ちょっとメモさせてくれ」

成幸 「えっと……ここがこうなってるのか……」 メモメモ

理珠 「………………」

プクゥ

理珠 (……成幸さん、かわいいとは言ってくれないのですね)

理珠 (せっかく着てあげたのだから、それくらい言ってくれてもいいのに……)

ハッ

理珠 (わ、私は何を……。私から着てあげると提案しておいて、なんて厚かましい……)

理珠 (というか、私は……成幸さんに、もう一度、かわいいと言ってほしいのしょうか……)

理珠 「………………」

理珠 (そもそも、成幸さんは、私の私服がかわいいと言っていただけであって、私のことなんて一言も言っていないのに)

理珠 (……何を勝手に舞い上がっていたのでしょうか。今だって、私には目もくれず、メモを取っているのですから)

理珠 (まったく、不可解です。私は一体何を期待していたのでしょうか……)

成幸 「……っと、よし、メモも終わったぞ」

成幸 「緒方、ありがとな。おかげで水希に作ってあげられる服が増えそうだよ」

理珠 「……そうですか。それは何よりです」

成幸 「……? 緒方、どうかしたか?」

理珠 「何もありません」 ムスッ

成幸 (いや絶対何かあっただろ……)

理珠 「……着替えますから、また廊下で待っててもらえますか」

成幸 「あ、ああ。まぁ、それはいいけどさ……」

クスッ

成幸 「お前ってさ、得だよな」

理珠 「へ……? な、何の話ですか?」

成幸 「美人だからどんな服着ても似合うし、どんなに不機嫌そうでもかわいいことに変わりないし」

成幸 「……っと、悪い。また余計なこと言ったな。じゃあ、廊下出てるわ」

理珠 「………………」

カァアアアア……

理珠 (い、今のは……)


―――― 『美人だからどんな服着ても似合うし、どんなに不機嫌そうでもかわいいことに変わりないし』


理珠 (今のは、服ではなく、私自身のこと……です、ね……?)

理珠 (ま、まったく、不可解なことです……)

理珠 (さっきまで頭にもやがかかっていたようだったのが、一瞬で晴れてしまいました)

理珠 (美人……ふふ、あと、かわいい、ですか……)

理珠 (い、いけません。なぜか、笑みが止まりません)

理珠 (ふふっ……)

………………数日後

成幸 「緒方、この前はありがとな。本当に助かったよ」

理珠 「? ああ、服を見せたことですか。大したことではありませんから、お気になさらずに」

文乃 「……!? りっちゃん、服を見せたって……おうちで?」

理珠 「そうです。成幸さんにうちで服を見てもらいました」

文乃 (りっちゃん、服を見せるとか……大胆すぎるよ……)

成幸 「水希もすごく喜んでくれてさ。毎日着てくれてるよ」

成幸 (緒方に見せてもらった服を参考にしたって言ったら、なぜか少し不機嫌になったけど、)

成幸 (まぁ、それはわざわざ言う必要はないだろう……)

理珠 「それは何よりです。お役に立てたなら何よりです」

成幸 「おう。それでな」 ゴソゴソ 「本当は余った布で何か作ろうと思ったんだけど、生地が足りなくてさ」

成幸 「毛糸が余ってたから、手袋を縫ってきたんだ。趣味じゃなかったらミトンか軍手代わりにでも使ってくれ」

理珠 「へ……? これ、私にくれるんですか?」

成幸 「お礼だよ。本当にありがとな、緒方」

文乃 (手編みの手袋!? 女子力高いけど重すぎだよ成幸くん!)

文乃 (普通の女子だったら引いちゃうかもしれないレベルだよ!?)

理珠 「こ、これを、私に……」

カァアアア……

理珠 「う、嬉しいです! 使います! 絶対、使いますから!」

成幸 「お、おお、そうか? そんなに喜んでくれると嬉しいな……」

文乃 (けどセーフ! なぜならりっちゃんは結構普通じゃないから!)

理珠 「………………」

スッ……

理珠 「ど、どうですか? 似合いますか?」

成幸 「ああ。前に手を引いたときとかの感覚で作ってみたけど、サイズもピッタリだな。よかった」

文乃 (その発言も一般的には結構気持ち悪いと思うけど、りっちゃん的には……)

理珠 「そ、そういえば、そんなこともありましたね……///」

文乃 (やっぱり! 嬉しそうだ! よかったね成幸くん! りっちゃん!) ヤケクソ

成幸 「我ながら良い出来だ。似合ってるぞ、緒方」

理珠 「ありがとうございます……。ふふふ、手袋……」

文乃 (……まぁ、でも、りっちゃんが嬉しそうだからいいか)

理珠 (成幸さんが作ってくれた、手袋……)

ギュッ

理珠 「大切に使わせてもらいますね、成幸さん」

成幸 「おう!」


おわり

………………幕間 いつもの場所 「揉み手」

成幸 「……と、いうことで、水希のために緒方に服を見せてもらったんだよ」

文乃 「なるほどねぇ。きみは本当に……」 (天然で女の子を惑わすアクマかな?)

文乃 (ま、いっか。りっちゃん、手袋も喜んでたみたいだし……)

文乃 (手袋……)

文乃 「……さ、最近寒いねー。わたし冷え性だから、手足の先が冷えるんだよねー」

成幸 「へー。やっぱ女子って大変だな。そういや水希も似たようなこと言ってたなぁ」

文乃 「………………」 モミモミモミモミ 「はー……ほんと冷えるねー」

成幸 「はは、揉み手してると、悪い越後屋みたいだな、古橋」

文乃 「………………」 ジロリ 「……唯我くん」

成幸 「ん?」

文乃 「女心の授業、単位は上げられません。再履修してください」

成幸 「なぜ!?」

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

わたしがあまり服に興味がないせいで、
理珠さんが服を見せるシーンがまったく具体性に欠けています。
書いていて笑いそうになりました。申し訳ないことです。


また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】うるか 「いつか、絶対」

………………唯我家

葉月 「ふんふんふーん♪ それがー、フルピュアー、なのよー♪」

成幸 「なんだ? 葉月のやつ、えらくご機嫌だな」

花枝 「ふふ、今週の日曜日、フルピュアショーに連れてってあげるって言ってから、ずっとああなのよ」

花枝 「楽しみで楽しみで仕方ないみたい」

成幸 「フルピュアショー? 遊園地の招待券でももらったのか?」

花枝 「ううん。近くの住宅公園でやるみたいなの。入場料無料だから助かるわ」

成幸 「なるほどなぁ」

葉月 「ふふんふーん♪」

和樹 「楽しみだなー」

葉月 「うん!」

成幸 (ふふ、葉月、嬉しそうだなぁ……)

………………週末 土曜

葉月 「えっ……。明日、行けないの……?」

花枝 「ごめんね、葉月」

花枝 「明日の仕事、休めなくなっちゃったの。どうしてもなのよ」

葉月 「………………」

ニコッ

葉月 「……だ、大丈夫なのよー。お仕事なら仕方ないわ」

葉月 「お母さんは気にしないで、お仕事がんばってね!」

花枝 「葉月……」

葉月 「大丈夫! フルピュアショーはまたいつかやるだろうし、明日じゃなくても……」

グスッ

葉月 「!? ち、違うのよー。これは、べつに……」

花枝 「葉月、ごめんね……」 ギュッ

成幸 「………………」 (明日か……。しまったな。うるかとの勉強の約束を入れてしまったぞ……)

成幸 (うるかの試験も近いし、さすがにすっぽかすわけには……)

葉月 「……えぐっ……ぐすっ……」

成幸 「………………」

成幸 「……母さん、俺が連れてくよ。フルピュアショー」

花枝 「成幸……?」

成幸 「だから泣き止めよ、葉月。兄ちゃんが一緒に行ってやるから」

ポンポン

葉月 「ほんと!?」

成幸 「うそなんかつかないよ」

花枝 「成幸……。勉強とかは大丈夫なの?」

成幸 「ん、まぁ、一日家族のために働いて悪い結果が出るような、ヤワな勉強の仕方はしてないからな」

葉月 「わーい! 兄ちゃん大好きー!」 ギュッ

成幸 「よしよし。明日、楽しみだな、葉月」

葉月 「うん!」

成幸 「………………」

成幸 (……俺がなんのためにVIP推薦を目指してるのか)


―――― ((このかけがえない家族にいつか楽な暮らしをさせてやるのが俺の夢だ))


成幸 (家族を幸せにするためだ。楽な暮らしをさせるためだ)

成幸 (今、泣いてる葉月を放っておいたら、それも全部うそになってしまう)

成幸 (ただ、うるかには申し訳ないな……)

成幸 (また別の日に埋め合わせしてやらないと……)

成幸 (俺のVIP推薦のためだけじゃない。うるかの夢のためにも)

成幸 (……まずは、取り急ぎ電話で謝らないとだな)

………………武元家

うるか 「ふんふふーん♪」

うるか (……えへへ。明日は成幸と久々にふたりっきりだ)

うるか (どうしよっかな。ちょっとおしゃれしてっちゃおうかな)

うるか (海っちと川っちにそそのかされて買った服、着てっちゃったりとか……) ドキドキ

うるか (……まぁ、それでやることがベンキョーっていうのが、テンション下がるけど)

うるか (でも、成幸が自分の勉強時間を削ってあたしに付き合ってくれるんだから、)

うるか (あたしもがんばらないと……)

prrrr……

うるか 「ん……? な、成幸から電話!?」 ピッ 「も、もしもし? 成幸ー? どしたん?」

成幸 『うるか。明日、勉強の約束だっただろ?』

うるか 「へ? う、うん。それがどうかしたの?」

成幸 『……悪い。明日、行けなくなったんだ。ごめん!』

うるか 「えっ……」

………………

うるか 「なるほどー。そういう事情なら仕方ないよね」

成幸 『……ごめん』

うるか 「謝らないでよ。全然気にしてないよ。仕方ないって」

うるか 「あたしは成幸がいなくてもひとりで勉強できるし……」

うるか 「………………」

うるか 「フルピュアショー、かぁ……」

成幸 『? どうかしたか?』

うるか 「えっ、あっ、いや……」 アセアセ 「あたしも最近フルピュア観てるって話、前にしたじゃん?」

うるか 「あたしもショーとか行ってみたかったんだよね。でもまぁ、あたしももう高校生だし……」

うるか 「もっと小さい頃にフルピュアを知ってたら、気兼ねなく行けたのかな、とか思っちゃって」

成幸 『ん……』

うるか 「あっ、ごめんね、成幸。変なこと言って。明日、楽しんできてね!」

成幸 『……なぁ、うるか。もし良かったら明日、一緒に行かないか?』

うるか 「へ……?」

成幸 『葉月と和樹も一緒だけど、それでいいなら、一緒にどうだ?』

成幸 『たしかに高校生にもなってキャラクターショーにひとりで行くのは気が引けるかもしれんが……』

成幸 『葉月と和樹も一緒なら、付き合いで来てるようにみえるだろう?』

成幸 『それに、終わった後うちに来て、一緒に勉強もできるしな』

うるか 「……い、いいの? あたしも一緒に行っても」

成幸 『もちろんだ。葉月と和樹もその方が喜ぶだろう』

成幸 『……それに、お前には悪いけど、女手があった方が俺もありがたいし』

うるか 「あ……じ、じゃあ、一緒に行こうかな」

成幸 『よーし! じゃあ、勉強道具も忘れずにな!』

うるか 「う、うん。じゃあ、また明日」

成幸 『おう! よろしくな、うるか!』

ピッ

うるか 「………………」

ニヘラ

うるか 「ど、どうしよう……。明日、お出かけになっちゃったよぅ。えへへ……」

うるか (葉月ちゃんと和樹くんが一緒……。フルピュアショー……)

うるか (……それなら、あの可愛い服、着てってもいいかな)

うるか (へ、ヘンとか思われないかな。似合わないとか、言わない……よね)

うるか (えへへ……)

ハッ

うるか (い、いけないいけない。明日は成幸にとっては大事な家族サービスなんだから、気を引き締めないと)

うるか (勉強道具、忘れないようにもう入れちゃおう)

うるか (あとは、ハンカチとティッシュ……チビちゃんたちもいるから、多めに持ってこう)

うるか (あとは、あとは……) ピキューン (そうだ! 経験者に聞けばいいんだ!)

ガチャッ

うるか 「ねー、ママー! あたしが小さい頃お出かけするとき何用意したー!?」

うるか母 「……いきなり部屋から飛び出してきたと思ったらいきなりどうしたの?」

うるか 「ちょっと友達の弟妹とお出かけすることになったの!」

うるか母 「? まぁよく分からないけど、とりあえずあんたが小さい頃使ってたバルーンバッグ貸してあげるわ」

うるか 「!? たくさんものが入りそう! ありがとう、ママ!」

うるか母 「あんたが小さい頃、その中に必要そうなもの全部入れてったわ。なつかしいわねぇ……」

うるか 「ハンカチとティッシュは多めにいれたよ! あとは何がいるかな?」

うるか母 「そうねぇ……。飲み物を多めに持っていくのと、お菓子かしら」

うるか母 「ぐずったりしたときに便利なのよ」

うるか 「なるほどなるほど。じゃあ、あたし秘蔵のお菓子を入れとこう」 ポイポイポイ

うるか母 「あとはねぇ……」

うるか 「ふむふむ……」

………………翌日 駅前

うるか 「おはよう、成幸! 葉月ちゃん! 和樹くん!」

成幸 「お、おう、おはよう、うるか」

葉月&和樹 「「おはよー! うるか姉ちゃん!」」

成幸 「なんか、えらく大荷物だな」

うるか 「ふふーん、そうでしょ? 葉月ちゃんと和樹くんとお出かけだから、」

うるか 「色々と必要そうなものを持ってきたんだよ」

成幸 「そ、そうか。なんか悪いな。重くないか?」

うるか 「大丈夫! 大して重くないよ!」

成幸 (ペットボトルとかお菓子が見え隠れしてるな……)

成幸 (葉月と和樹のために持ってきてくれたのか……)

成幸 「……俺、ほとんど荷物ないし、持つよ」

うるか 「へ……? い、いやいや、あたしが勝手に持ってきただけだから――」

成幸 「――いいから貸せよ、ほら」

ズシッ

成幸 「!?」 (な、何が大して重くない、だ)

成幸 (めちゃくちゃ重いじゃねーか!)

うるか 「大丈夫、成幸? あたしヘーキだから、持つよ?」

成幸 「だ、大丈夫だ。これくらい軽い軽い」

成幸 「それに、その服、この前買った服だろ?」

うるか 「へ……?」

成幸 「せっかくかわいい服なんだから、大荷物なんか持ってたらもったいないだろ」

うるか 「………………」

ボフッ

うるか 「……か、かかかかかか、かわいい?」

成幸 「……?」 ハッ (な、何を言ってるんだ俺は!? か、かわいいって……)

成幸 (これじゃ俺がうるかのこと口説いてるみたいじゃねーか!)

成幸 (うるかには好きな人がいるってのに、俺はなんてアホなことを……!)

成幸 「ち、違うぞ、うるか! 俺は、ただ、服のことを言っただけであって……」

うるか 「……っ」

うるか (そ、そうだよね。あたしには、こういうかわいい服は似合わないよね……)

うるか 「………………」

うるか (違う……)


―――― 『今日のあたしさ お姫様みたいじゃない?』

―――― 『こ……このカッコ 似合って…… ないかな……』

―――― 『あ あはは やっぱいいや!』

―――― 『成幸の感想なんてどうでもいいしっ! じゃあねっ!』


うるか (……あたしは、だって、もう、あのときのあたしとは違うもん)

うるか 「じ、じゃあさ……」

ズイッ

うるか 「この服、あたしには似合わない?」

成幸 「へっ……!?」 (ち、近っ……)

成幸 「いや、えっと……」

うるか 「………………」

成幸 「………………」

ドキドキドキドキ……

成幸 「に、似合ってないわけ、ないだろ……」

成幸 「お姫様……みたいで……その、あ、えっと……」

成幸 「かわいいと、思います、です……」

うるか 「………………」

クスッ

うるか 「あははっ、成幸めっちゃ顔真っ赤ー! なんで敬語になってんのさー!」

成幸 「う、うるせーな! そういうお前だって顔真っ赤じゃねーか!」

うるか (そんなの当たり前じゃん……)

うるか (大好きな人にかわいいっていわれて、嬉しくて仕方ないんだもん!)

クイックイッ

うるか 「ん……? 葉月ちゃん?」

葉月 「兄ちゃんとうるかお姉ちゃんのラブラブもいいんだけどね」

葉月 「早くフルピュアショー見に行きたいのよね」

うるか 「あっ……そ、そうだよね! ごめんごめん」

和樹 「兄ちゃん、まだ顔真っ赤だぞ?」

成幸 「う、うるせーな。わかってるよ……」

成幸 (……っ、なんか、よくわからないけど、)

成幸 (今日のうるか、めちゃくちゃかわいいな……)

ハッ

成幸 (いかんいかん。俺の事情に付き合ってくれてるうるかに、変なことを考えるな、俺)

成幸 (うるかには好きな人がいるんだ。俺が変なことを考えちゃいかん)

うるか 「ほら、成幸ー、行くよー?」

成幸 「あ、ああ……」

成幸 (……大丈夫。俺はうるかの友達。ただの、友達なんだから)

………………住宅展示場

うるか 「おー! すごいね、成幸」

うるか 「オシャレなおうちがたくさん並んでるよ」

成幸 「……なるほどなぁ。色んな会社がそれぞれの家を展示してるんだな」

成幸 「そりゃ、どの会社もオシャレで見栄えがする家を展示するよな」

葉月 「フルピュアショーはどこでやるのかしら?」

成幸 「ん……ああ、案内が出てるな」

成幸 「どうも、受付を済ませる必要があるみたいだな。まず受付の建物に行こうか」

葉月 「じゃあ、早く、早く。ショーが始まっちゃうわー」

成幸 「まだ時間はあるから大丈夫だよ。……わわっ、引っ張るなって」

うるか 「……葉月ちゃん、本当に楽しみにしてたんだねー、フルピュアショー」

和樹 「んー、まぁ、うちは貧乏だから、遊園地とかのショーは行けないからなー」

和樹 「無料で観られるって知って、本当に楽しみにしてたんだよ」

うるか 「そっか……」

………………受付

成幸 「………………」

成幸 (や、やばい……! 周りにいる人たち、どう見てもみんな……)

成幸 (新婚さんとか、お子さん連れとか、とにかく夫婦ばっかりだー!)

成幸 (高校生と小児連れの俺たちは、確実に浮いている……!)

係員 「あの、お客様?」

成幸 「!? は、はい!」

係員 「受付はまだでしょうか? よろしければ、こちらのカウンターでお受け致しますが」

成幸 「あ、は、はい……よろしくお願いします……」

成幸 (だ、大丈夫なのか? そもそもここ、住宅展示場だよな)

成幸 (俺みたいな高校生が来ていいところじゃないんじゃ……)

係員 「奥様とお子様も、こちらの席にお座りください。どうぞ」

うるか 「……!?」

うるか (お、奥様!?)

成幸 「あ、いや、彼女は……――」

うるか 「――は、はい! 奥様です!」

成幸 「へ……!?」

うるか 「ほら、葉月ちゃんと和樹くんも、こっち座ろうねー」

葉月 「? はーい」

成幸 「う、うるか……?」

うるか 「しーっ」 コソッ 「高校生だってバレたら追い出されちゃうかもだよ?」

うるか 「ここは、夫婦のフリ、するしかないっしょ」

成幸 「そ、そりゃそうかもしれんが……」

係員 「お客様? どうかされましたか?」

成幸 「い、いえ、なんでもないです!」

係員 「では、旦那様、奥様、当展示場の説明をさせていただきます」

成幸 (旦那様……)

うるか (奥様、かぁ……///)

………………受付後

成幸 「………………」

ガクッ

成幸 「……し、死ぬかと思った」

うるか 「まったくもー。成幸は小心者だなー」

うるか 「べつにウソついたわけでもないし、向こうがあたしたちのこと……ふ……」

カァアアアア……

うるか 「夫婦って、勘違いしただけだし……」

成幸 「夫婦……」

カァアアアア……

成幸 「……そ、そりゃ、そうだけど……」

葉月 「もー、うるかママも成幸パパも、見つめ合ってないで、フルピュアショー行くわよー!」

クイクイ

成幸 「ぱ、パパ……?」

うるか 「ママ……!?」

葉月 「? だって、新婚さんのフリするのよね?」

和樹 「じゃあ今日一日、兄ちゃんと姉ちゃんは、成幸パパとうるかママだな!」

成幸 「い、いや、それは……さ、さすがに……///」

うるか 「い、いいじゃん! その方が、都合がいいこともあるだろうし……」

成幸 「うるかがいいならいいけどさ……」

うるか (ま、ママかぁ……えへへ……)

成幸 (パパって……さすがに、まずい気がするぞ……)

うるか 「よーし、じゃあ行くぞー、葉月ちゃん、和樹ちゃん」

葉月 「おー!」

和樹 「いくぞー!」

ドタドタドタドタ……

成幸 「ち、ちょっと待ってくれー! 荷物があるんだよー!」

………………広場

葉月 「きゃー! ショーのための舞台があるわー!」

和樹 「夢にまで見たフルピュアショーだもんな。よかったな」

葉月 「うん!」

うるか 「お子様は前に行っていいみたいだよ。いってらっしゃい、ふたりとも」

葉月 「わーい!」

成幸 「パパとママはここで座って後ろから見てる感じか。なるほどなぁ……」

うるか 「大人が前に行っちゃったら小さい子が見えなくなっちゃうもんね」

成幸 「……お前は前に行かなくていいのか?」 クスッ

うるか 「! もーっ、子どもあつかいしないでよー、成幸!」

うるか 「あたしは大人なフルピュアファンだからね。後ろからこっそり応援するよ」

客1 (なんか、すごく若い夫婦……)

客2 (いいなぁ、若くて……。ラブラブだなぁ……)

葉月 「うるかママー! 成幸パパー!」

ブンブンブン

成幸 「お、おー、葉月ー」

成幸 (さ、さすがに大声でママパパ呼びされると恥ずかしいな……)

成幸 (うるかもさすがに嫌かな……? うつむいちゃったぞ……)

うるか 「………………」

うるか (なにこれ幸せすぎて怖い)

うるか (これからフルピュアショー観られるってだけでも嬉しいのに、)

うるか (成幸と新婚夫婦役とか幸せすぎて怖い)

ニヘラ

うるか (ニヤけるのが止まらなくて、顔上げられないよ~~~!!)

客1 (ラブラブアベック……)

客2 (初々しい新婚さん……)

((いいなぁ……))

………………フルピュアショー

怪人 『ゲッヘッヘッへ、今日は住宅展示場にお邪魔したぞ~』

怪人 『美味そうな子どもたちがいっぱいだな~、ゲッヘッヘッへ!!』

成幸 (おお、アニメと違って着ぐるみだと少し迫力があるな)

成幸 (あいつら怖がってないかな……?)

葉月 「きゃー! きゃー! 怪人さんがいるわー! 本物よー!」

和樹 「アニメよりかっこいいな。ふむふむ」

成幸 (うちの弟妹はそんなにヤワじゃないよな……)

成幸 (それにしても、まだフルピュアも出てないのにすごい喜びようだな……)

うるか 「ねぇねぇねぇ見て見て成幸! 本物の怪人さんだよ!」

うるか 「来てよかったよー!」

成幸 (お前もか、うるか……)

 『お待ちなさい!!』

バーン!!!!

うるか 「キャーーーーー!!! フルピュアだよ成幸! 本物だよ!」

成幸 (どっちかっていうと、アニメの方が本物なんじゃないかと思うんだが……)

成幸 「あ、ああ、そうだな……」

葉月 「きゃー! 勢揃いしてるわー!」 ワクワク

和樹 「フルピュアって結構大きいんだな……」 ドキドキ

成幸 「………………」

クスッ

成幸 (まぁ、みんな楽しそうだしいいか……)

うるか 「きゃー! 見て成幸! フルピュアダークネスも出てきたよ!?」

バシバシバシ

成幸 「痛い痛い痛い! どんだけ興奮してるんだうるか!?」

………………ショー終了後

葉月 「うるかママー! すごかったわー!」

タタタタタ……ギュッ

うるか 「そうだねぇ、葉月ちゃん。ダークネスもカッコよかったねぇ」

葉月 「うん!」

うるか 「この後は写真撮影ができるみたいだよ。ほら、並ぼう、葉月ちゃん」

葉月 「写真撮影?」

成幸 「フルピュアと写真が撮れるみたいだな。握手もしてくれるみたいだぞ?」

葉月 「本当に!? 行くわ行くわー!」

………………

成幸 「ほら、葉月と和樹の番だぞ。いってこい」

葉月 「うん!」 ドキドキドキ

うるか 「あはは、葉月ちゃんも和樹くんも緊張した顔だね」

成幸 「憧れのヒーローが目の前にいて嬉しいんだろうなぁ……」

成幸 「今日、来られてよかった。ありがとな、うるか」

うるか 「へ……? べ、べつにあたしは何も……」

うるか 「今日だってついてきただけだし……」

うるか 「っていうか、はりきって荷物たくさん持ってきちゃった。ごめんね、持たせて」

成幸 「葉月と和樹のために持ってきてくれたんだろ? ありがたいよ」

うるか 「えへへ……」

チラッ

うるか (葉月ちゃんも和樹くんも嬉しそう。いいなぁ、フルピュアと写真……)

うるか (って、まぁ、高校生のあたしがうらやましいって思うもんじゃないよね)

成幸 「……?」 (うるか……なんか……)


―――― 『いちフルピュアファンとして……ちゃんと3色揃ってないのはナットクいかないっつーか……』


成幸 (文化祭でも相当こだわりがあったみたいだし、本当にフルピュアが好きなんだよな……)

成幸 (ひょっとして、写真……)

パシャッ

うるか 「……ん、成幸、ふたりとも写真撮影終わったみたいだよ」

成幸 「ああ……。じゃあ、行こうか」

うるか 「……うん」

ギュッ

うるか 「……? 成幸、どうしたの?」

成幸 「すみません。次、俺たちも撮ってもらってもいいですか?」

うるか 「へっ……?」

成幸 「悪い、葉月、和樹、ちょっとそっちで待っててくれ」

うるか (成幸、ひょっとして……) カァアア…… (あ、あたしのために……?)

………………撮影後

うるか 「………………」

ジーーーッ

うるか (ど、どうしよう……フルピュアと写真撮影しちゃったよ……)

うるか (全員と握手までしてもらっちゃったし……)

うるか (それに……)

うるか (……これ、成幸とのツーショットでもあるよね)

ニヘラ

うるか (えへへ……えへへへへ……)

成幸 (うるかの奴、本当に嬉しそうな顔だ)

成幸 (……ちょっと恥ずかしかったけど、写真撮ってもらってよかったな)

和樹 「よかったな、写真撮ってもらって、ハグもしてもらえて」

葉月 「うん! この写真、わたしの宝物にするの!」

成幸 (葉月と和樹も本当に嬉しそうだ。来て良かった……)

うるか 「この後どうするの?」

成幸 「ん……なんか、受付でもらった袋に、チケットがいくつか入っててさ」

うるか 「チケット?」

成幸 「ああ。展示場の色々な場所に屋台みたいなのがあるみたいだな」

成幸 「……!? そこでチケットを渡せばただで食べ物がもらえるみたいだぞ!?」

葉月&和樹 「「タダ!?」」 キラキラ

成幸 「タダで食べ物がもらえるとは……ここは天国か……」

うるか (そんなに……?)

クスッ

うるか 「よーし、じゃあ、展示場回って食べ物もらいに行くかー!?」

葉月&和樹 「「おー!!」」

成幸 「タダで食べ物……タダで……す、すごすぎるぞ……」

うるか 「いつまで驚いてんのさー、成幸ー。行くよー!」

………………

成幸 「ほ、ホットドッグ!? ホットドッグをタダで!?」

スタッフ 「え、ええ、そうですけど……」

スタッフ 「4名様ですよね。どうぞ」

ゴソッ

成幸 「に、人数分!? 人数分、タダでくれるんですか!?」

成幸 「ほ、本当にタダなんですか!? 帰りにお金を請求されたりとか……」

うるか 「もー、恥ずかしいからやめてよ成幸! 大丈夫だよ!」

………………

成幸 「焼きそば!? 焼きそばもタダで!?」

成幸 「しかも結構大きいパッケージに……また人数分!?」

成幸 「お肉も野菜もたくさん入ってて……マヨネーズかけ放題ですって!?」

スタッフ 「え、ええ……」

成幸 「本当にタダなんですか!? どうしてタダにできるんですか!?」

うるか 「もー! だから恥ずかしいからやめてってばー!」

………………

成幸 「タダでお腹いっぱいになってしまった……」

成幸 「しかも葉月と和樹は風船までもらって……」

成幸 「罰が当たらないだろうか……」

うるか 「大丈夫だよ、もー」

うるか 「スタッフの人も言ってたじゃん。展示場を回ってもらうためのイベントなんだって」

うるか 「だから、あたしたちが屋台を回ってタダで食べ物をもらうだけでいいんだって」

成幸 「む……仕組みは理解しているんだが、なんかこう、釈然としないというか……」

葉月 「フルピュアショーも写真撮影もタダでできて……」

和樹 「おなかいっぱいになるまでご飯食べられて、風船までもらって……」

葉月&和樹 「「天国だ……」」

うるか 「兄弟だねぇ……」

うるか 「ほら、ふたりとも、喉渇いたでしょ。お茶飲みなー」

葉月&和樹 「「はーい」」

成幸 「ありがとな、飲み物。本当に助かるよ……」

うるか 「なんのなんの。家にあったやつだから気にしないで」

成幸 「……悪い。ありがとう」

ハァ

成幸 「それにしても、こうもカラフルで立派な家が並んでると壮観だな」

うるか 「そうだね。三階建てとか憧れるよね」

成幸 「うちはまず平屋だから二階建てに憧れるけどな」

成幸 「………………」

成幸 「……なぁ、うるか。ちょっと俺の話をしてもいいか?」

うるか 「? 成幸の話? いいけど、どんな話?」

成幸 「……俺さ、いつかお金をたくさん稼いで、家を建てるんだ」

うるか 「へ? 家?」

成幸 「おう。できるだけ立派で広い家。それこそ……」

葉月 「……はー、あとはお菓子もあったら言うことないわね」

和樹 「さすがに天国でもそこまではムリだろー」

成幸 「……母さんと水希と、あいつらふたりが、不自由しないような家」

成幸 「いつか絶対、建てたいんだよ。こういうところに来ると、がんばらなきゃって思えるな、って感じてさ」

成幸 「俺の夢は、家族に幸せに楽な暮らしをさせてやることだからさ」

成幸 「家を建てるっていうのも、俺にとってはきっと夢のひとつなんだろうな、って……」

成幸 「……ははっ、悪い。何を言いたいんだかよく分からない、つまらない話をしちゃったな。悪い。忘れてくれ」


―――― ((このかけがえない家族にいつか楽な暮らしをさせてやるのが俺の夢だ))


成幸 (はは、俺の夢……。そんなの夢じゃないとか、つまらないとか、そういう風に言われること、多いしな……)

成幸 (うるかだってこんな話されて困って……――)


うるか 「――……つまらなくなんて、ないよ」


成幸 「えっ……?」

うるか 「だってそれ、成幸にとって、大事な夢なんでしょ?」

うるか 「立派じゃん。すごいじゃん。本当に、すごいことだよ、それって」

うるか 「だから、つまらなくなんてないよ。大事な話、してくれてありがとう、成幸」

ニコッ

成幸 「うるか……」 ドキッ

成幸 「ま、まぁ、葉月と和樹の教育資金も必要だし、家なんかいつ建てられるか分からないけどな」

成幸 「母さんだっていつ体調崩すか分からないし……」

うるか 「……でも、いつか叶えられたらいいね」

うるか 「……ううん。いつか、絶対叶えようね、その夢。一緒に大きなおうち建てようね!」

成幸 「……おう!」

成幸 (……ん? 一緒に……? 一体どういう意味だ?)

うるか (はっ、し、しまった……! ついつい、成幸が夢の話をしてくれたのが嬉しくて、一緒にとか言っちゃった!)

成幸 (……まぁ、いいか。きっと大した意味じゃないだろう)

うるか (まぁいいよね! きっと成幸ニブチンだから気づかないし!)

葉月 「……ん?」

(´(ェ)`)ノシ

葉月 「……んー? んん??」

和樹 「? どうかした?」

葉月 「あのおうちから、くまさんが手を振ってるわ」

和樹 「くまさん……? ああ、玄関から手振ってるな」

葉月 「おいでおいでしてる?」

和樹 「してるな」

成幸 「? おい、どうしたんだ?」

葉月 「クマさんが呼んでるのー」

和樹 「行ってみようぜ、兄ちゃん――じゃなかった、パパ!」

成幸 「あ、ち、ちょっと待てって!」

タタタタタ……

葉月 「クマさん、こんにちは!」

和樹 「こんにちは!」

クマ 『こんにちは!』

クマ 『ふたりとも挨拶できて偉いね~!』

クマ 『お父さんとお母さんはいるのかな?』

和樹 「うん! いまこっちにくるよ!」

クマ 『そっかぁ……』

キラン

クマ 『実はね、おうちの中に、美味しいジュースとお菓子があるんだけど、』

クマ 『食べに来ないかな?』

葉月 「お菓子!? ジュース!?」  和樹 「いいの!?」

成幸 「……? お、おいおい、なんか展示住宅の中に入っちゃったぞ!?」

うるか 「誘拐!?」

ドタドタドタドタ……

スタッフ 「こんにちは。先ほどのお子様の、お父様とお母様ですか?」

成幸 「え、ええ。そうですけど、葉月と和樹は……」

スタッフ 「中にご案内しております」

ニコッ

スタッフ 「温かいお茶のご用意もありますので、旦那様、奥様もどうぞ」

成幸 「えっ、い、いや、でも……俺たち、その、お金もないし……」

スタッフ 「ご予算のご相談でしたらお受け致しますし、低金利のローンもご用意できます」

スタッフ 「ぜひ、お話だけでも聞いていただければと思います」

成幸 「えっ、あっ……えっと……」

………………展示住宅内

葉月 「きゃー!」

和樹 「広いなー! きれいだなー! うちの何倍あるかなー!」

ドタバタドタバタ……

成幸 「こ、こら! 余所様のお宅なんだから、静かにしなさい!」

スタッフ 「大丈夫ですよ、お客様。弊社の住宅の一番のウリは頑丈さですから」

スタッフ 「他のスタッフがお子様の遊び相手を務めておりますので、ご心配なく」

成幸 (ど、どうしよう、うるか。仕方なく入っちゃったけど、高校生ってバレたら怒られるかな……) コソッ

うるか (バレないってばー。大丈夫だよ。どんと構えてようよ) コソッ

成幸 (こういうとき、お前の脳天気さが頼もしいよ……) コソッ

スタッフ 「では、お客様。家の中をご案内いたしますね」

………………

成幸 「………………」

成幸 (すごい……!!)

成幸 (鉄筋コンクリート製の家は外だけじゃなく中も立派だ)

成幸 (トイレも風呂もキッチンも非の打ち所のない美しさと機能を兼ね備えている!!)

成幸 (収納も多いし部屋数も豊富だ。いつか葉月と和樹が大きくなったとき、それぞれに部屋を与えることもできるだろう……)

成幸 (ただし!)

スタッフ 「えー、ただいま見ていただいたこの家ですと、大体ピー千万円からになります」

スタッフ 「弊社でご用意させていただく土地をご購入いただければ、土地自体は格安ですし、オプションをおつけすることもできます」

成幸 「ち、ちょっと、そのお値段は手が届かないかな、と……」

スタッフ 「そうですか。もっとお安い間取りもございますので、こちらのモデルプランをぜひお持ちください」

スタッフ 「低金利のローンのご用意もございますので、ぜひご検討いただければと思います」

成幸 (うぅ……。たしかに魅力的な家だが、さすがにまったく検討もつかない金額だから何も考えられんな)

うるか 「ふむふむ……なるほどなるほど……」

成幸 (頼みの綱のうるかは向こうで別のスタッフさんと何か喋ってるしー!)

うるか 「……!? ほんとですか!?」

うるか 「ねえねえ成幸! すごいこと聞いちゃったよ!」

成幸 「……?」

うるか 「たとえばあたしが仕事なりパートなりをして、月々の生活費を捻出できれば、」

うるか 「成幸の給料から葉月ちゃんと和樹くんの教育ローンと家のローンも組めるって! しかも貯金もできる!」

うるか 「ボーナスをローン返済に回せば、三十年ローンを組んだとして、十五年で完済できるかもって!」

成幸 「お、おう……。お前の口から難しい言葉が出てくるとなんか違和感あるな……」

成幸 「……っていうかその試算、お前が働くって前提だろ? 俺の給料だってまだ不確定だし……」

うるか 「大丈夫! 成幸のお給料で足りない分は、あたしががんばって稼ぐし! 家事だってがんばるし!」

うるか 「成幸の夢、叶えるためだったらいくらでもがんばるよ!」

成幸 「お、おう……///」 (お、奥さんのフリ、具体的にやりすぎだろ……さすがに照れるぞ……)

スタッフ 「……良い奥様ですね」 コソッ

成幸 「へっ……!?」 カァアアアア……

うるか 「?」

成幸 「………………」 コクッ 「……そう、思います。本当に」

………………帰路

葉月&和樹 「「………………」」 zzz……

成幸 「ったく、散々遊び回って、疲れたら寝ちまうんだからなぁ……」

うるか 「子どもらしくていいじゃん。ふたりとも幸せそうだし」

成幸 「悪いな。葉月おんぶさせちゃって」

うるか 「ううん。寝てる子どもの体温、湯たんぽみたいで気持ちいいよ。得した気分」

成幸 「……お前のその前向きさ、ほんと見習いたいよ」

うるか 「そう? えへへ、褒められちったー」

ルンルン♪

成幸 「………………」

クスッ

成幸 「……お前はほんと、“良いお嫁さん” になりそうだな」

うるか 「……はぇ!?」

カァアアア……

うるか 「き、急になに、成幸……」

成幸 「いや、そう思ったから言っただけだよ。料理も美味いし、前向きだし、体力もあるし、元気だし……」

成幸 「……って、変なこと言ったな。悪い」

うるか 「………………」

うるか (まったく、成幸ったら……人の気も知らないで……)

うるか (でも、そっか……。成幸がそう思ってくれてるんだ)

うるか (あたしのこと、“良いお嫁さん” になるって思ってくれるんだ)

グッ

うるか 「……うん。なるよ」

成幸 「ん?」

うるか 「なるよ。“良いお嫁さん”」

成幸 「あ、ああ。そうか。そうだよな」 ニコッ 「本当に、なると思うよ。“良いお嫁さん”」

うるか (いつか、成幸の、“良いお嫁さんに”)

ニコッ

うるか 「うん! いつか、絶対。なってみせるから」

おわり

………………幕間1 夜 唯我家 「敵」

水希 「今日は本当にありがとうございました、武元さん」

うるか 「へ……? あたしなんかしたっけ?」

水希 「葉月と和樹から聞きました。フルピュアショーが本当に楽しかったって」

水希 「あのふたりがニコニコ嬉しそうにわたしに言うんです。だから、本当に楽しかったんだろうな、って……」

うるか 「いやいや、あたしが勝手についていっただけだから、気にしなくていいよ」

うるか 「あたしも楽しかったしね!」

水希 (この人は本当に、葉月と和樹のために色々してくれたらしい……。武元さんには気を許してもいいかな……――)

葉月 「――あっ、うるかママー! ……じゃなかった、うるかお姉ちゃーん」

水希 「………………」 ガシッ 「……待って、葉月。ママって何?」

葉月 「? ちょっとね? 誤魔化さなくちゃいけなかったから? うるかお姉ちゃんがママ役で、兄ちゃんがパパ役をやっただけよ?」

水希 「……ふーん、そう」 ギリッ (お兄ちゃんがパパで、武元さんがママ……へー、ふーん、そうかぁ……)

うるか 「? 水希ちゃん? どうかした?」

水希 「いえ……」 (やはり……)

水希 (やはり、この人も……敵!!)

………………幕間2 「ツーショット」

海原 「なんか唯我くんと進展あったんだって、うるか?」

川瀬 「教えろよー。何があったんだ、一体」

うるか 「えへへ……実は、ツーショット写真、撮っちゃったんだ」

川瀬 「な、何ぃー!? 奥手なあんたが!?」

海原 「よくがんばった! よくやったよ、うるか!」

川瀬 「して、その写真は?」

うるか 「は、恥ずかしいけど……見てもらおうかな。ほら」

海原 「……?」 (フルピュアの着ぐるみに抱きつくうるかとその隣の恥ずかしそうな唯我くん……)

川瀬 (これはツーショットと言えるのか……?)

うるか 「えへへー。ツーショット~。これ、宝物にするんだ~」

海原 (……まぁ)

川瀬 (うるかが嬉しそうだし)

海原&川瀬 ((ツーショットってことでいいか……))

おわり

>>1です。
見てくださった方、ありがとうございます。
感想や乙をくれる方、ありがとうございます。
励みになりますので、いただけると本当に嬉しいです。

まだまだ書きたい話がありますので、このスレが埋まったら恐縮ですがまた新しいスレを立てようかと思います。
まだ先の話ではありますが。

もし万が一何か書いてほしい話・キャラ等がありましたらレスください。
実現できそうだったら書きます。

また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「この場所で、また君と」

………………朝 一ノ瀬学園

文乃 「………………」

ハァー

文乃 (あ、息、少し白いや)

文乃 (朝方は空気が冷えるようになってきたなぁ)

文乃 (今年は秋が短い気がする。ついこの前まで暑かったはずなのにな)

文乃 (……もう、冬なんだね)

文乃 「………………」

文乃 (もう受験、なんだよね……)

文乃 (春からこっち、長かったような、短かったような……)

文乃 (本当に色んなことがあったな)

クスッ

文乃 (そのほぼすべてに、“彼” が関わっているんだよね)

文乃 (今だって、来るか来ないかもわからない彼を待っているわけだし)

文乃 (……いつ頃からだっけ。こうやって、ここで彼を待ったり、待たせたりするようになったのは)

文乃 (最初はりっちゃんとうるかちゃんの成績ががた落ちしたときだったよね)

文乃 (鈍い彼は、どうしてふたりの成績が落ちたのか分からなくて、苦労してたなぁ)

文乃 (彼の相談や愚痴、他愛もない話を聞いているうちに、いつの間にかここに来るのが習慣になって……)

文乃 (最初の頃はメールで約束したりもしていたけれど……)

文乃 (いつからか、こうやってなんとなくここに来るようになって……)

文乃 (……わたし、本当に、最近は毎日ここに来てるな)

文乃 (今日は彼は来ないみたいだ。待ちぼうけだね)

クスッ

文乃 (……まぁ、わたしが勝手に待っているだけなんだけどね)

文乃 (時間ももったいないし、数学の公式でも覚えようかな)

文乃 (成幸くんお手製のフラッシュカード……。本当だったら自分で作るべきなんだろうけど)

文乃 (“教材は俺が作るから、そんな暇あったら勉強してろ” だもんなぁ……)

文乃 (わたしはいつも、彼に甘えてばかりだ。でも、だからこそ……)

文乃 (……その彼の頑張りに報いるためにも) グッ 「……がんばるぞ、わたし!」

………………???

文乃 「ん……?」

パチッ

文乃 (あれ、ひょっとして、わたし寝てた……?)

文乃 (こんなに寒いところで寝てたら、また風邪引いちゃうよ……)

文乃 (……あれ? でも、なんか……)

文乃 (寒くない?)

?? 「文乃? 起きたの?」

クスクス

文乃 「はぇ……?」 (あれ、わたし、目線が低い……?)

文乃 (ここは、どこ? 目の前で笑っている、この人は……)

文乃 「お母さん……?」

………………???

文乃 「あ、あれ……?」

カーン……カーン……カーン……

文乃 (今度は何? 広場 ?工場……? いや、ここは……)

文乃 (ロケット!? えっ!? じゃあ、発射場!?)

文乃 (っていうか、わたし、なんで白衣なんて着てるの……?)

?? 「博士、イオンエンジンのマイナーチェンジ案、完ぺきですね」

文乃 「へ……?」

?? 「博士の提案された設計をいま出力しています。完成し次第、イオン反応テストを行いますが、」

?? 「博士の理論通りの推力が期待できます。従来型から36%もの推力アップです」

?? 「これなら、惑星間航行の定期便化も夢じゃありませんよ」

文乃 (博士……? わたしが……?)

………………???

パシャッ……パシャッ

文乃 「あ、あれ……?」

文乃 (今度は、何……? 大量のカメラ。フラッシュ……)

文乃 (記者会見場のような……)

?? 「古橋博士! こちらへ目線お願いします!!」

?? 「こっちにもお願いします……」

?? 「博士が理論を提唱したイオンエンジンについて、簡単にご説明願います!!」

?? 「惑星間航行の大幅なコストダウンに貢献されたことについて、コメントを!!」

?? 「火星の定期便第一号に博士が搭乗されるとのことですが、それに向けて一言お願いします!」

文乃 「へ……? へ? へ?」

?? 「ちょっと待ちなさい! まだ写真撮影ですよ! 質問は控えてください!」

?? 「質疑応答の時間は後で取りますから! マナーを守れないようならご退出いただきますよ!」

………………???

『さて、火星間の定期便第一号が出発します、ギアナ宇宙センターからリポートしております』

『皆様、ご覧ください。あの雄々しいながらもスマートなロケットを』

『あのロケットには、人類史に残る発明――イオンエンジンの理論提唱者である古橋博士が搭乗しています』

『若い女性でありながらロケットエンジンの第一人者として頭角を現し、』

『今や世界最高レベルのエンジニアでもある古橋博士。彼女は日本の宝であります』

『イオンエンジンの、化学エンジンとは比べものにならない推力、そしてとてつもないコストダウンにより、』

『今や宇宙へ旅立つことは人類にとってそう難しくないことになりつつあります』

『日本……いえ、地球が誇る稀代のエンジニア、古橋文乃博士の旅立ちを、世界中の人が見守っています!』

『古橋博士! どうか良い宇宙の旅を!』

………………???

文乃 「……ん、あれ、今度は……」

成幸 「ああ、起きたか。文乃」

文乃 「へ……?」

文乃 「成幸くん……? なんか、背伸びた? っていうか、なんか大人っぽいような……」

成幸 「はぁ? ここ最近はお互いずっと一緒にいるだろ? いきなり何言ってんだ?」

成幸 「寝ぼけてるのか? この寝ぼすけ眠り姫め」

ギュッ

文乃 「へ……? へぇ!?」

文乃 「い、いきなり何をするのかな、成幸くん!? せ、セクハラだよ!?」

成幸 「お、おいおい。さすがにそれは傷つくぞ? 抱きしめるくらいは許してくれよ」

成幸 「約束通り、結婚するまではキスもしてないんだからさ」

文乃 「はぇ……? け、結婚、って……」

キラッ

文乃 (わたしの薬指、これ……婚約指輪……?)

文乃 「わたし、結婚するの!?」

成幸 「お前、大丈夫か? 変な夢でも見てたのか……?」

成幸 「それとも、やっぱり……俺と結婚するの、嫌なのか?」

ズーン

成幸 「それなら、まぁ……仕方ないと思って、あきらめるけどさ……」

文乃 「しかもきみと!?」

成幸 「そこも把握してなかったのか!?」

文乃 「わ、わたしと、きみが、結婚……?」

カァアアア……

文乃 「……わたしなんかと結婚して、いいの?」

成幸 「はぁ? 何を言ってるんだ、一体」

成幸 「お前と結婚したいんだよ、俺は。お前以外の誰と結婚しろって言うんだよ」

成幸 「イオンエンジンの理論提唱者にして、世界最高のエンジニア、古橋博士」

成幸 「……お前と結婚したい男なんて1億人は下らんぞ」

成幸 「まぁ、俺はそういう肩書きなんかどうでもよくて、ただ古橋文乃が好きなだけだけどな」

文乃 「はうっ……////」

文乃 (で、でも、だって……きみには、りっちゃんとうるかちゃんが……)

成幸 「あ、そうだ。理珠とうるか、あすみ先輩も真冬先生も式に来られるってさ」

成幸 「いい男捕まえるって息巻いてたぜ。エンジニア仲間でも紹介してやれよ」

文乃 (……そっか)

文乃 (わたし、きみと幸せになっても、いいんだね……)

成幸 「……? 文乃?」

文乃 「……よろしくね。成幸くん」

文乃 「わたしのこと、幸せにしてね」

成幸 「………………」

ニコッ

成幸 「当たり前だろ。任せとけ」

………………???

文乃 (ん……? ここは……教会……?)

文乃 (純白の衣装……こんなの、考えなくたって、分かる……)

文乃 (ウエディングドレス、着てるんだ、わたし)

文乃 (結婚、するんだね。わたし、成幸くんと……)

成幸 「………………」 ドキドキドキ……

文乃 (ふふっ、緊張した顔しちゃって……)

うるか 「文乃っちー、きれいだよー!」

理珠 「おめでとうございます、文乃。本当にきれいです」

あすみ 「まさかお前と後輩がなぁ。人生どうなるかわからないもんだな。ま、おめでとさん!」

真冬 「おめでとう、古橋さん。……いえ、もう唯我さん、ね」

文乃 (えへへ……)

文乃 「みんな、ありがとー!」

………………???

文乃 (ん……?)

文乃 (あれ? わたし、結婚式で、みんなに祝福されて……)

文乃 (ここは……?)

?? 「あなたに理系受験は無理よ」

?? 「よしんば受かったとして、大学の理系授業について行けると思うの?」

文乃 「!? い、いきなりなんですか? そんなの、やってみないと、わからないじゃないですか!」

?? 「文乃。ひどいです」

?? 「文乃は、私が成幸さんのことを好きと知っていて、その上で……」

?? 「私から成幸さんを奪い取ったんですね」

文乃 「ち、違うよ!? わたしは、ただ……」

?? 「違わないよ! 文乃っち、ひどいよ!」

?? 「あたしが成幸のこと好きって知ってたんでしょ!? 心の中で笑ってたんでしょ!?」

?? 「最後に勝つのは自分だって、笑ってたんでしょ!!」

文乃 「違うよ! わたしはそんなこと考えてないよ!」

?? 「……文乃」

文乃 「へ……?」

?? 「………………」

文乃 「おとう、さん……?」

?? 「………………」

文乃 (……いやだ。怖い。なんで。どうして)

文乃 (どうして、こんな……)

……ギュッ

文乃 「えっ……?」 (ひんやりして、心地良い、この手は……)

文乃 「成幸、くん……?」

成幸 「……行くぞ、古橋」

ニコッ

成幸 「一緒に行こう。一緒なら、大丈夫だ」

文乃 「成幸くん……」 (ああ、そうか、きみは……きみだけは、わたしを……)

文乃 「……うん!!」

………………

文乃 「……ん」 パチッ

文乃 「あれ……? わたし……」

  「起きたか?」

文乃 「へ……?」

文乃 「成幸くん……?」

成幸 「おう。なんだ? 寝ぼけてるのか?」

文乃 「……んー、そう、かも? ちょっと、怖い夢を見て……。えっと、結婚式は?」

成幸 「はぁ? 結婚式? 誰の?」

文乃 「誰って……きみとわたしの結婚式に決まってるでしょ」

成幸 「………………」

成幸 「は、はぁ……?」 カァアアアア……

文乃 「へっ……? あっ……」 (成幸くん、制服……?)

ハッ

文乃 (夢!? そうだ、わたし、夢を見てたんだ! 全部夢だったんだ!)

文乃 (わ、わたし……成幸くんにもたれかかって……寝て……)

文乃 (エンジニアになって、成幸くんと……結婚する、夢……)

文乃 「ご、ごめん。変な夢見ちゃったみたい。忘れてっ」

成幸 「あ、ああ。まったく、朝から寝ぼすけだな……」

文乃 「でも、成幸くん、どうしてここに……?」

成幸 「ああ。古橋がいるかなと思って来たら、フラッシュカード持ったまま居眠りしてるお前がいたから……」

成幸 「悪い。気持ち良さそうに寝てたからさ。起こすのも気が引けて隣で勉強してたんだが、」

成幸 「途中で俺にもたれかかってきて……。すまん」

文乃 「そ、そっか……。こちらこそごめんね、成幸くん」

文乃 「ん……?」

パサッ……

文乃 「……あれ、これ……成幸くんの、ブレザー……?」

文乃 「寝てるわたしに、かけてくれたの……?」

成幸 「……さすがにこんな寒い中、制服だけで寝てたら風邪引くだろ」

成幸 「へくしっ……」

文乃 「成幸くんが風邪引いちゃうよ! ごめんね。返すよ」

成幸 「俺は大丈夫だよ。でも、どこでも寝ちまうお前には困ったもんだな」

成幸 「こんなところで寝るくらいなら、教室で寝ろよ」

文乃 「それは、まぁ、その通りなんだけど……」

文乃 (……きみを待っていたら、いつの間にか居眠りしちゃったなんて、言えないし)

文乃 (きみの夢を見てたなんて、もっと言えないし……)

カァアアアア……

文乃 (きみと結婚する夢を見ていたなんて、絶対言えないよね)

成幸 「ん……もうこんな時間か」

成幸 「そろそろ教室行くか」

文乃 「……そうだね。行こうか」

文乃 (……手の隙間から、砂がこぼれ落ちていくように、夢の中での出来事が、頭の中から少しずつ消えていく……)

文乃 「………………」

文乃 「……ねぇ、成幸くん。数学の公式、結構覚えたから、また問題出してね」

成幸 「おう。とりあえず今日の放課後だな。あとは……」

成幸 「明日の朝、ここでもやるか」

文乃 「……うん!」

文乃 (夢は夢で、わたしはきみとどうなったわけでもない)

文乃 (わたしが、何を思って、あんな夢を見たのかなんて、きっとわからない)

文乃 (ただ、ひとつ分かること。確実なこと……)

文乃 「……また明日だね、成幸くん」

成幸 「? 今日の放課後も一緒に勉強するだろ?」

文乃 「ふふ、そうだね……」

文乃 (鈍い君はきっと気づかない。気づかなくていい。気づかれちゃ、きっとダメ)

文乃 (だから、そっと、心の中だけで、なぞる)

文乃 「………………」

ニコッ

文乃 (この場所で、また君と)



おわり

………………幕間 「出歯亀の会」

鹿島 「!? 居眠りした古橋姫の隣に唯我成幸さんが座りましたね~!」

蝶野 「!? おお!? 唯我さん、古橋姫に自分のブレザーを羽織らせたっスよ!」

猪森 「!? なんだと!? 古橋姫が唯我くんにもたれかかったぞ!?」

鹿島 「これは……」

蝶野 「なんとも……」

猪森 「とてつもなく……」

鹿島&蝶野&猪森 「「「尊い……!!」」」



おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

非常に短い話です。
ほとんど夢の中の出来事という二次創作的には禁じ手に近いようなものを書いてしまいました。
本編で文乃さんの過去や家庭の事情が明らかになるのが今から楽しみで仕方ありません。

また折を見て投下します。よろしくお願いします。

ド定番に王様ゲームとか...

>>1です。投下します。


【ぼく勉】理珠 「王様ゲーム?」

……………… “愛してるゲーム” 後 緒方家

理珠 「………………」


―――― 『あ……あいしししししししししししししししし』

―――― 『緒方さんがバグった!!』

―――― 『今度はまた別のイミで壊れたレコーダーに!!』


理珠 (まったく、不可解です……)

理珠 (なぜ私はあんな単純なゲームで後れを取ったのでしょうか)

理珠 (せっかく、成幸さんにゲームで勝利するチャンスだったというのに……)

理珠 (成幸さんのお友達相手ならいくらでも言えることが、どうして成幸さんには言えなかったのでしょうか)

理珠 (なぜ……)

理珠 「“愛してる” ……」 ボソッ

理珠 「……っ」 カァアアア……

理珠 (い、いけません。なんだかわかりませんが、これはきっと、ダメです)

理珠 (しかし、ずっと負けっぱなしというのもなんとも情けない話です)

理珠 (なんとか、成幸さんにゲームで勝つことはできないでしょうか……)

理珠 「………………」

ハッ

理珠 (……逆説的に考えれば、勝てるゲームを探せばいい……!?)

理珠 (なんということでしょう。私は天才ですか。成幸さんに勝てるゲームで勝負をすればいいんです)

理珠 (そうと決まれば、インターネットで少し調べてみましょうか)

理珠 「……えっと、そうですね……。“男子に勝てる ゲーム” あたりで調べてみましょうか」

理珠 「………………」

理珠 「……? 合コン必勝法……? 王様ゲームで優位に立つ……?」

理珠 「王様ゲーム?」

理珠 「……!?」 (す、すごい情報です……! 王様ゲームに持ち込めば、女子は絶対男子に勝てる!?)

理珠 (王様ゲームというゲームなら、成幸さんに勝てるのですね……!)

………………翌日 一ノ瀬学園 3-B教室

理珠 「……と、いうことで、今日の放課後、四人で王様ゲームをしましょう」

成幸 「………………」

成幸 「うん。とりあえず、何が 『と、いうことで』 なのか分からんが……」

成幸 「今日の放課後も勉強だよ! 何考えてるんだお前は!」

理珠 「そ、そんな! せっかくクジも用意してきたんですよ!?」

成幸 「何に情熱燃やしてんだお前は!? どんだけ王様ゲームやりたいんだ!?」

文乃 「ま、まぁまぁ。成幸くんもおさえておさえて……」

文乃 「りっちゃん、どうしていきなり王様ゲームなんて言い出したの?」

理珠 「む……それは……」


―――― ((す、すごい情報です……! 王様ゲームに持ち込めば、女子は絶対男子に勝てる!?))


理珠 (妙なことを言って成幸さんに警戒されるわけにはいきませんね……)

理珠 「わ、わたしがやりたいと思ったからです。面白そうなゲームだから……」

文乃 「面白そう!? 王様ゲームが!?」

うるか 「でも、リズりんいいの? 成幸もいるんだよ?」

うるか 「成幸にエッチな命令とかされちゃったらどうする~?」

理珠 「え、エッチな命令!?」

ジトーーーーッ

理珠 「な、成幸さん、不潔です! 最低です!」

成幸 「俺何も言ってないんだけどな!?」

ハァ

成幸 「まぁ、やる気がなくなったならちょうどいいや。やめておこう。な?」

理珠 「そ、そんなことは言ってません!」

理珠 「お願いします。そんなに時間は取りません。少しだけでも、やってみたいんです……」

成幸 (どんだけ王様ゲームがやりたいんだ、こいつは……。とはいえ……)

文乃 (王様ゲームって、合コンとかでやるいやらしいゲームってイメージだから……)

文乃 (桐須先生あたりにバレたらめちゃくちゃ怒られると思うんだけど……)

成幸 (古橋は乗り気じゃなさそうだし、うるかは……)

うるか 「………………」

うるか (……王様ゲームって、よく考えたら、あたしが王様になったら成幸に命令できるってことだよね)

ポワンポワンポワン……

 『成幸、あたしの肩を揉んで』

 『はい。うるか女王』

 『成幸、今度は足をマッサージして』

 『はい。うるか女王』

 『成幸、今度は優しく抱きしめなさい』

 『はい。うるか女王……いや、かわいい俺のうるか姫』

 『あっ……こらっ。どこ触って……』

 『いいだろ? ほら、女王様? それじゃかわいい顔が見せませんよ?』

……ポワンポワンポワン

うるか 「………………」 ニヤァ

成幸 「……!?」 ゾワッ (な、なんだ、あのだらけきった顔は……)

うるか 「はいはいはーい! あたしもリズりんにさんせーい! ちょっと気晴らしにやろーよ!」

成幸 「ん……うるかもやりたいのか、王様ゲーム」

成幸 「……どうする、古橋。俺もまぁ、気晴らしになるならいいかなと思うけど」

文乃 「………………」

ジーーーッ

成幸 「な、なんだよ、その目は」

文乃 「成幸くん、わたしたちにいやらしい命令、しない?」

成幸 「!? しねーよ! 信用ないな俺!」

文乃 「冗談だよ。成幸くんがそんなことしないって知ってるよ」

クスッ

文乃 「しょうがないなぁ。少しだけだよ、りっちゃん」

理珠 「やってくれますか。ありがとうございます! 嬉しいです」

ニヤリ

理珠 (ここまでは計画通りです。あとは、いかに効率的に命令を下し……)

理珠 (成幸さんに勝利するか、それだけです!!)

………………放課後 空き教室

理珠 「では、ルールを説明します」

理珠 「ここにクジがあります。1~3の番号が振られたものが一本ずつと、王様と書かれたものが一本です」

理珠 「クジを引く際は、番号が自分以外の人に見えないようにだけ注意をしてください」

理珠 「順番にクジを引いてもらい、王様を引いた人が番号をコールして命令を出します」

理珠 「ただしその際、絶対に実行不可能な命令や、常識の範囲を外れた命令は無効となります」

理珠 「その判定は全員で行いましょう」

文乃 (ふむ……。りっちゃんのことだからとんでもないことを言い出すんじゃないかと身構えたけど、)

文乃 (常識という言葉も盛り込まれたし、あまり心配はなさそうかな……)

理珠 「そして、常識的かつ実行可能な命令を遂行できなかった者が、負けになります」

文乃 (……そもそも王様ゲームって勝ち負けを決めるようなゲームじゃないと思うんだけど)

理珠 「……他、細かいルールは実際にやりながら確認していきましょう。では、はじめます」

理珠 (ふふふ……王様ゲームの必勝法はリサーチ済みです)

理珠 (絶対に負けません! 王様を取ったら、絶対に勝ちます! 成幸さんに!)

成幸 (……なぜそんな熱い視線を俺に向けるんだ、緒方。怖いんだけど)

………………一回目

文乃 (……うおう)

『王様だーれだ!』

文乃 「はい、わたしです……」

理珠 (……まぁ、仕方ありません。最初から王様をとれるとは思っていません)

文乃 (うーん。どうしようかなぁ……。まぁ、最初は無難に……)

文乃 「……えっと、じゃあ、3番に肩を揉んでもらおうかな」

成幸 「げっ……」 ピラッ 「3番、俺だ……」

文乃 「へっ……」

文乃 (な、成幸くん!? しまったぁああああ、だよ! 成幸くんのことを忘れてた!)

文乃 「や、やっぱ今のナシで――」

理珠 「ダメです。王様の命令は、たとえ王様であっても取り消しはできません」

文乃 (なんですとー!?)

成幸 「いや、でもさすがにさ、俺が女子の肩に触れるっていうのは、いくらなんでも……」

文乃 「……ううん。いいよ。軽率だったわたしが悪いし」

文乃 「来て、成幸くん! 肩揉んでください!」

理珠 「ほら、成幸さん。王様の命令は絶対ですよ」

成幸 「……あー、わかったよ」

スッ

成幸 「悪い。古橋。行くぞ?」

文乃 「う、うん……」 ドキドキドキドキ……

グッ……グイッ……ググッ……グイッ

文乃 「んっ……」 (へぇ……? な、なにこれ……?)

文乃 (とてつもない快感が……)

文乃 「ふへぇ~~~ふにゃぁ~~~~~~」

うるか 「成幸!? 文乃っちに何してるの!? 文乃っちが壊れちゃったよ!?」

成幸 「何って、肩揉んでるだけだけど……」

うるか (いいなぁ、文乃っち。あたしも成幸に肩揉まれたいよぅ……)

成幸 「もういいか? 古橋?」

文乃 「ふにゃぁ……」

成幸 「よさそうだな」 パッ

文乃 「……ふぅ。す、すごかったよぅ……」

文乃 「肩を全方位からくすぐられているような、それでいて心地よい圧力をかけられているような……」

文乃 「今まで味わったことのない感触だったよ……」

文乃 「しかも肩も軽くなった気がする! ありがとう、成幸くん」

成幸 「そりゃ良かった。でも、古橋、あんまり肩凝ってるように感じなかったぞ」

成幸 「俺の見立てでは、緒方とうるかの方が肩凝りがひどそうだな」

文乃 「………………」

ギロリ

文乃 「……見立て、って、一体どこを見て言っているのかな? 成幸くん?」

成幸 「!? ち、違うぞ!? そういう意味じゃなくて、単純に肩だけを見てだな!」

文乃 「そういう意味ってどういう意味なのかな? ねぇ、教えてほしいなぁ?」

成幸 「つ、次行こう! 次! 早くクジの準備をしよう、緒方!」

………………二回目

文乃 (どういうことなのかな、これは……)

『王様だーれだ!』

文乃 「……ごめんなさい。またわたしです」

理珠 (ぐぬぬっ……いえ、まだまだ二回目。チャンスはまだまだあります)

うるか (ぬー、うらやましいよ文乃っちー!)

文乃 (胃が痛いなぁ……) キリキリキリ (被害が少なくて、なおかつ成幸くんでも問題ないような命令……)

文乃 「えっと、じゃあ……2番の人、ゲームが終わるまでポニーテールにしてください」

理珠 「む……2番はわたしです」

文乃 「ん、じゃあ髪ゴム貸してあげるから、やってあげるね」

スッ……キュッ……

文乃 「できた……けど……」 (やっぱり髪が短いから、ちょんまげみたいになっちゃったなぁ……)

理珠 「ど、どんな感じになっていますか? 怖いです……」

うるか 「ほら、手鏡。こんな感じだよー」

理珠 「っ……く、屈辱です……!」

うるか 「えーっ、似合ってると思うよー」 (赤ちゃんみたいでかわいいし)

文乃 「う、うん! 似合ってるよりっちゃん!」 (赤ちゃんみたいで!)

理珠 「……ふたりとも目が泳いでいますよ?」

うるか&文乃 「「うっ……」」 ギクッ

成幸 「………………」 ジーーーッ

理珠 「!? あ、あまり見ないでください!」

成幸 「あ、いや、すまん。かわいいと思ってさ」

理珠 「……!? か、かわいい、ですか……?」

成幸 「うん。まぁ、普段の緒方の方がいいとは思うけど、かわいいぞ」

理珠 「そ、そうですか……///」

成幸 (……子連れ狼の大五郎みたいで)

成幸 (とは、言わない方がいいだろうな……)

………………三回目

文乃 (……もしかしてりっちゃん、何か仕組んでる?)

『王様だーれだ!』

文乃 「またまたわたくしめでございます……」

理珠 (ぬー! どうして文乃ばかりー!) ハッ (い、いけません。冷静に、冷静に……)

うるか (あたしも早く成幸に命令したいー!)

文乃 「えっと、じゃあ……どうしようかな……1番の人、逆立ち、とかどうかな?」

うるか 「あっ、1番あたしだ」

うるか 「ふふふん、逆立ちなんか朝飯前だよー」

文乃 「あっ、今日体育あったから、ハーフパンツあるから、貸すよ」

うるか 「心配ごむよーだよ、文乃っち。じゃあ行くよー」

成幸 「!? ち、ちょっと待て! そのまま逆立ちしたら、スカートが……!」

うるか 「いきまーす!」

ヒョイッ……タン

文乃 「わひゃっ!? 成幸くん、見ちゃダメ!」 ガバッ

成幸 「うお!? 視界が!」 (っていうか俺の目を隠しているつもりなんだろうけど、古橋!)

成幸 (勢いつけすぎて俺に抱きついてるみたいになってるぞ!?)

理珠 「………………」 ジーーーッ 「……近いですよ、文乃」

うるか 「あははっ、ってゆーか大丈夫だって! ほら!」

うるか 「あたし、今日は夜練あるから、もう水着に着替えちゃってるし!」

うるか 「パンツじゃなくて水着だから、見られても全然平気だもんねー」

理珠 「……えっと、でも、うるかさん?」

文乃 「そうは言っても……正直……」

うるか 「うん?」

文乃 「……スカートがめくれ上がって、真っ白な水着の下だけ見えてるって……」

文乃 「……その、大変言いにくいんだけど、パンツよりいやらしいと思う」

うるか 「……!? わっ……わわわ……」

スタッ

うるか 「な、成幸見た!? 見てないよね!?」

成幸 「み、見てねーよ!」

………………四回目

文乃 (うそでしょ……)

『王様だーれだ!』

文乃 「……はい」

理珠 (なぜ!? どんな強運の持ち主ですか文乃!)

うるか (あーん! ずるいよ文乃っちー!)

文乃 (あー、なんかもう、純粋にゲームを楽しんだ方が楽な気がしてきた)

文乃 (……どうせだし、一石を投じてみようかな。その結果として胃が痛くなるかもだけど、もう知らないよ)

文乃 「じゃあ、2番の人、何かひとつ、恥ずかしい秘密を暴露してください」

成幸 「げっ……。2番、俺だよ……」

文乃 「!?」 (ふたりに一石を投じるつもりが一番投げちゃいけない方向に爆弾を投げてしまったー!)

成幸 (秘密……秘密ねぇ……)

成幸 (うーん、今ぱっと思いつくのは、やっぱりこの三人との間の秘密かなぁ)

成幸 (緒方は……)


―――― 『あ あの 昨日のアレは…… 物理現象としてはアレ……かもしれませんが……違いますから……』

―――― 『ただの接触事故…… ですからね』


成幸 (言えるかーーーー!! 接触事故があったなんて言えるかーーーー!!)

成幸 (これは却下だ。ダメだ。絶対言っちゃダメなやつだ)

成幸 (あとは、うるか……)


―――― 『お前の好きな奴って…… 俺……?』


成幸 (言えるかぁあああああ!! 言えるわけねえだろ!!)

成幸 (俺が何日間布団の中で恥ずかしくて悶え苦しんだかわかってんのか!?)

成幸 (しかも古橋には友達の話って体で相談してるし!)

成幸 (それを今さら実は自分のことでしたー、なんて言えるかぁああああああ!!)

成幸 (あとは古橋……は……)


―――― 『大丈夫です』

―――― 『姉弟ですから!!!』


成幸 (……まぁ、これは緊急避難的な意味合いもあったから、言っても大丈夫とは思うが)

成幸 (前、言おうとしたら古橋に止められたし、言わない方がいいんだろうなぁ)

成幸 (しょうがない。俺単独の秘密を思い出すか。うーん……)

成幸 「……あっ、そうだ。少し恥ずかしいけど、話せる秘密があるな」

うるか 「な、なになに? どんな秘密?」 ズイッ

理珠 「どんな秘密ですか」 ズイズイッ

文乃 (うるかちゃんもりっちゃんも食いつきすぎだよ……)

文乃 (でもまぁ、わたしも気にならないと言えば、うそになるけど……)

成幸 「大して面白い話じゃないぞ? 俺と妹の話だよ」

成幸 「俺さ、小学生の頃ずっと、水希と結婚するもんだと思い込んでたんだよな」

文乃 「……へ?」 うるか 「えっ」 理珠 「………………」

文乃 (本人は軽いノリで話し始めたみたいだけど、こっちは結構ドン引きだよ!?)

成幸 「小さい頃から水希に、兄妹は結婚するものだよ、って言われ続けてな」

成幸 「そういう神話とか物語とかもたくさん読み聞かせられて、」

成幸 「そのせいで俺もそういうものなんだと思い込んでてさ」

成幸 「葉月と和樹が生まれるとき、双子のきょうだいだって知って、」

成幸 「母さんに 『生まれてくる子たちはふたりで結婚できるな!』 って言っちゃって」

テヘッ

成幸 「そこでようやく姉弟や兄妹が結婚するってありえないことなんだって知ったんだよ」

成幸 「いやー、こんな話を改めてすると恥ずかしいな。ま、子どもの頃の話だしな!」

うるか 「う、うん、そうだね……」 プイッ

理珠 「そうですね。次、いきましょうか」 プイッ

成幸 「!? なぜ目を逸らす!? 恥ずかしいからせめて笑ってくれるとありがたいんだけど!?」

文乃 (笑えるかーーーー!! 唯我家の闇を見た気持ちだよ!?)

文乃 (っていうか、水希ちゃんは一体なぜそんなことをしたんだろう……)

文乃 (……やめよう。考えたらいけない気がしてきたよ)

………………五回目

うるか 「やったー!! あたし! あたし王様だよ!」

理珠 「王様だれだ、の前に言わないでください! 次やったら反則ですよ!」

理珠 (悔しいです……まだ一度も王様になれていないなんて)

うるか 「えへへ、ごめんごめん。嬉しくてつい、ね」

うるか 「さてさて、じゃあ何をしてもらおうかな~」

うるか (なんてね! 実はもうしてもらうことなんて決まってるんだよ!)

うるか (しかも、偶然ちらっと、成幸の引いたくじの番号が見えちゃったし……)

うるか (少し反則かもしれないけど! ごめんね、みんな!)

うるか 「じ、じゃあねー、えへっ……2番の人に、『愛してる』 って言ってもらおうかな、なんて……」

うるか (成幸の番号は2番だったはず! これなら……――)

文乃 「……2番、わたしだよ?」

うるか 「えっ!?」

成幸 「なんつー危ない命令を出すんだ、うるか。俺が2番だったらどうするつもりだったんだよ!」

うるか (成幸3番だー! 先端で2だと勘違いしちゃったの!?)

理珠 「……まぁ、常識的な範囲ではあると思いますので、実行してください、文乃」

文乃 「まぁ、べつにいいけど……」 チラッ

うるか (うぅ……2番じゃなくて3番かぁ……) シクシクシク

文乃 (成幸くんに言ってもらうつもりだったんだろうなぁ……)

文乃 (ま、いいや。パパッと済ませちゃおう)

文乃 「はい、うるかちゃん。こっち向いて」

うるか 「……うん」

ドキッ

うるか (わっ……改めて真正面から見ると、文乃っち、本当に美少女だなぁ……)

文乃 (わぁ、うるかちゃんって目が大きくて可愛いなぁ……)

文乃 「……う、うるかちゃん。いくよ?」

うるか 「う、うん」

文乃 「……うるかちゃん、愛してるよ」

うるか 「はわっ……////」

文乃 「うぅ……///」

成幸 「………………」 (……なんか、その、なんていうか)

成幸 (……淫靡だ) ドキドキドキ……

うるか (め、めっちゃドキドキした~! 変な気分だよ~~~~!!)

文乃 (何かに目覚めちゃいそう……)

理珠 「はい、ではクリアということで、次行きましょう」

文乃 「わたし結構がんばったのにドライすぎないりっちゃん!?」

成幸 「っていうか、そろそろやめにしないか? 勉強もあるし……」

成幸 (なんかとんでもないことになりそうな気がするし……)

理珠 「……勝ち逃げするつもりですか、成幸さん?」

ギロリ

成幸 (何で怒ってるの緒方さん!? っていうか俺も一回も王様になってないんですけどー!?)

成幸 (お、おい、古橋) コソッ (緒方の奴、自分が王様になるまでやめるつもりないみたいだぞ)

文乃 (みたいだね。仕方ない。どうにかしてりっちゃんに王様を引かせてあげようか) コソッ

成幸 (そうは言ってもな……。緒方がクジを握っている以上、逆不正もできないし……)

………………十数回目

理珠 (……ふふ、苦節十数回。ようやくです)

『王様だーれだ!』

理珠 「私です」

文乃 (や、やっとだよ……)

成幸 (や、やっとか……)

理珠 「では、いきますよ。ふふ、ふふふふ……」


―――― 『2番の人に、『愛してる』 って言ってもらおうかな、なんて……』


理珠 (緒方さんもいい線いっていましたが、完全に勝利するにはもう一押しでしたね!)

理珠 「命令します。1番、2番、3番、全員、わたしに 『愛してる』 と言ってください」

成幸 「!?」

すみません。>>866訂正です。


………………十数回目

理珠 (……ふふ、苦節十数回。ようやくです)

『王様だーれだ!』

理珠 「私です」

文乃 (や、やっとだよ……)

成幸 (や、やっとか……)

理珠 「では、いきますよ。ふふ、ふふふふ……」


―――― 『2番の人に、『愛してる』 って言ってもらおうかな、なんて……』


理珠 (うるかさんもいい線いっていましたが、完全に勝利するにはもう一押しでしたね!)

理珠 「命令します。1番、2番、3番、全員、わたしに 『愛してる』 と言ってください」

成幸 「!?」

成幸 「ち、ちょっと待て、全員か!?」

理珠 「ええ、全員です」 ムフー

文乃 (りっちゃん、すごいドヤ顔してる……)

うるか 「そ、その手があったかーーー!!!」

ガクッ

うるか 「うぅ、そうしていれば……」 (成幸に確実に愛してるって言ってもらえたのにー!)

理珠 「ふふ、そうですよ、うるかさん」 (これなら確実に成幸さんに勝てるんです!)

文乃 (絶対すれ違ってるよねこのふたり)

文乃 「……ま、いいや。王様の命令は絶対だもんね。じゃあ、わたしから」

文乃 「愛してるよ、りっちゃん」

理珠 「……?」

うるか 「じゃあつぎあたしー! リズりん、愛してるよっ!」

理珠 「?」

理珠 「……あの、なんか、さっきと比べてふたりとも軽くないですか?」

文乃 「へ……? そ、そんなことないと、思うけどな……?」

文乃 (しまった……)

うるか 「うん。ぜんっぜん、そんなことないと思うけどなぁ~」

うるか (ただでさえ幼いリズりんがちょんまげヘアだから……)

文乃&うるか ((子どもを相手にしてるような気持ちで軽く言っちゃった……))

理珠 「………………」 ジトッ

理珠 「……まぁ、いいです。さぁ、成幸さんの番ですよ?」

成幸 「ほ、ほんとに俺も言うのか……?」


―――― 『あ……ッ あ う…… あ…… ぁぃし…………』


理珠 「当然です。王様の命令は絶対ですから」

理珠 (ふふ、“愛してるゲーム” でリサーチ済み。成幸さんは絶対に言えないはずです)

理珠 (この勝負、私の勝ちです!)

成幸 (……うぅ、本当に言うのかよ)

理珠 (ふふ。言えないはずです。私の勝ちです) ムフー

成幸 (……ん?)

成幸 (でも、なんかただでさえ小動物っぽい緒方が、ご満悦顔で……)

成幸 (しかも今はちょんまげヘアの大五郎スタイル……)

成幸 「………………」

成幸 「……愛してるぞ、緒方」 サラッ

理珠 「……!?」

文乃 (言えちゃうの!?)

うるか (あーん!! リズりん羨ましいよーーーー!!)

理珠 (言われた……? あ、あれ……?)

カァアアアア……


―――― 『……愛してるぞ、緒方』


理珠 「ふぁ、ふぁ……////」

成幸 (い、言えたは言えたが……さ、さすがに恥ずかしいな……)

文乃 「あっ、も、もうこんな時間かー。さすがにそろそろ勉強始めないとだね。そろそろ終わりにしようか」

理珠 「ほわぁ……」

文乃 (りっちゃんがポーッとしてる今がチャンスだよ! なんとかこの不毛な勝負を終わりに……――)

うるか 「――ええっ!? ちょっと待ってよ文乃っち! あたしまだやりたいよー!」

文乃 「えっ!?」 (りっちゃんがおとなしくなったと思ったら今度はうるかちゃん!?)

うるか (あたしも成幸に愛してるって言ってもらいたいよー!)

成幸 「さ、さすがに勉強の時間が取れないからダメだ! ほら、終わりだ終わり」

うるか 「うぅ……はーい。分かったよ……」

文乃 (やっと終わったよ……)

文乃 (本当に不毛の極みだったよ。りっちゃんは結局何がしたかったのかな?)

理珠 (うぅ……不可解です。なぜこんなに、ドキドキするのでしょうか……)

理珠 (今日も成幸さんに勝てませんでした。悔しいです……)

理珠 「………………」 (『愛してる』 ですか……////)

文乃 (……でもまぁ) クスッ (りっちゃん、すごく嬉しそうだから、いいか)

おわり

………………幕間1 夜 「グッジョブ」

成幸 「今日は学校で王様ゲームをやってさ」

水希 「は?」

成幸 「ん? 王様ゲームをやったんだけどさ」

水希 「は? 何ゲーム?」

成幸 「いや、だから、王様……」

水希 「……王様ゲーム? 緒方さんたちと?」

成幸 「そうだけど……」

水希 「……うん。そっか。へぇ」 ゴゴゴゴゴ……!!!

成幸 「それで昔、俺とお前が結婚すると思い込んでたことを話したら、みんな少し引いてたんだよ」

水希 「グッジョブ」

成幸 「へ?」

水希 「お兄ちゃん、グッジョブ」

………………幕間2 翌日 「王様ゲームのプロ」

大森 「唯我ー! お姫様たちー! 今日は王様ゲームをやろうぜ!」

大森 「何を隠そう俺は王様ゲームのプロだぜ!」

成幸 (昨日の今日でまた厄介な奴が……!)

理珠 「!? 王様ゲームですか!? 受けて立ちますよ!」

理珠 (今日こそ成幸さんに勝って見せます!!)

うるか 「あたしもやりたーい! やろうやろう!!」

うるか (今日こそ成幸にあんなことやこんなことしてもらうんだ!!)

大森 「よっしゃー! 初めて女子とやれるー!」

文乃 「……!?」 (……女子以外の誰とやってプロに……?)

成幸 「悪い、大森。昨日の遅れを取り戻さなきゃだからやれないよ」

理珠 「あっ、成幸さんが不参加なら私もパスで」 うるか 「あたしもー」

大森 「なぜ!? ちくしょー! 唯我このヤロー!」

成幸 「なぜ俺に怒る!? っていうか勉強してるんだよ邪魔すんな大森!!」

おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。


>>842さんがくださったアイディアを元に書きました。ありがとうございます。
コメディとしてはそれなりのものが書けたと思います。ありがたいことです。

また何かアイディアやネタがありましたら、実現できるかわかりませんがいただけると嬉しいです。
また投下します。

>>1です。投下します。



【ぼく勉】文乃 「ひょっとして、わたしって」

………………昼休み 3-A教室

蝶野 「ぶっちゃけた話っスけど、」

蝶野 「実際、唯我さんとふたりでお泊まりはしたんスよね?」

文乃 「………………」

文乃 (……青天の霹靂とはまさにこのことなんだよ)

文乃 「……憩いの時間であるはずの昼休みにいきなり何を言い出すのかな、蝶野さん」

蝶野 「いや、そのままの意味っスけど」

文乃 「……しましたけど、何か」

蝶野 「それで古橋さんに何もしないって、唯我さんって本当に男なんスかね」

文乃 「………………」 ムッ

文乃 「……男の子だよ。紳士だよ。女の子と同衾したからって、妙なことを考えるような下劣な男じゃないだけだよ?」

ゴゴゴゴゴゴ…………

蝶野 「あー……気を悪くしたなら訂正して謝るっス。言葉を選び間違えたっス」

文乃 「あっ……。べ、べつにわたしは、気を悪くしたりしてないけど……」

鹿島 「古橋さんは~、本当に唯我さんのことを信頼されているんですね~」

ニコニコ

鹿島 「少なくとも、やむにやまれぬ状況とはいえ、同じ部屋で夜を明かすことができるくらいには」

文乃 「鹿島さん、何を考えてるか知らないけど、あなたが考えているようなことはないからね」

鹿島 「分かっておりますとも~。おふたりは強い信頼関係で結ばれているのですよね~」

文乃 (ぜってぇわかってねぇ、だよ……)

文乃 (これでもし、同じ部屋どころか、同じ布団で寝てしまったことまでバレてしまったら……)


―――― ((少しひんやしして…… でも心地良く包み込んでくれる ああ……これはお母さんの 手の……))


文乃 (思いっきり抱きしめられて、わたしはわたしで身体を預けて寝てたなんてバレたら……) カァアアア……

文乃 (絶対ろくでもないことになる!!)

文乃 「わたし、そろそろ勉強の時間だから、もう行くね」

文乃 「絶対ついてきたりしないでよ」

鹿島 「ご心配なく~。いってらっしゃいませ、古橋さん」

文乃 (……信用ならないんだよなぁ)

鹿島 「………………」

鹿島 「……さて、古橋姫が王子様のところへ向かわれたところで」

鹿島 「いばらの会、幹部会議を始めましょう~」

鹿島 「蝶野さん、軽い“ジャブ打ち”、ご苦労様でした~。損な役回りをさせてしまいましたね」

蝶野 「……古橋姫、めっちゃ怖かったっス」 ズーン

鹿島 「しかし、おかげで、古橋姫の唯我成幸さんに対する並々ならぬ信頼を改めて確認することができました~」

猪森 「古橋姫は見た目通りの大和撫子だからな。奥ゆかしいのだ。仕方ない」

猪森 「しかし、あまり積極性に欠けると、親指姫や人魚姫に遅れを取ることになりかねない」

猪森 「本来であれば、唯我の方から古橋姫に迫るくらいであってほしいけどな」

鹿島 「あまり積極的すぎる殿方は、古橋姫の王子様としては不適格ですよ~」

鹿島 「それが故のアンビバレントなのですけどね~」

鹿島 「さてさて、どうしたものでしょうかね~」

………………3-B

文乃 (まったくもう、鹿島さんたちは……) プンプン

理珠 「……?」

理珠 (文乃、どうしたのでしょう?) コソッ

うるか (なんか不機嫌だよね~。何かあったのかな?) コソッ

成幸 「……? お前ら、なにこそこそやってんだ。集中しろよ」

理珠 「す、すみません……」

うるか 「わかってるよー。成幸のけちんぼー」

成幸 「ったく……ん?」

文乃 (まったくもう、本当に……)

文乃 (唯我くんはわたしの先生で弟なんだから、わたしに変な気持ちなんてあるはずないんだよ)

文乃 (それに唯我くんは付き合ってもない女の子とどうこうっていう軽い男の子じゃないし)

成幸 「……古橋? どうしたんだ、手が止まってるぞ?」

文乃 「へっ……?」

文乃 「わっ……ご、ごめんなさい。少し考え事してて……」

成幸 「おいおい、古橋もか。文化祭も終わってここからスパートって時期なんだから、集中してくれよ……」

成幸 「二学期の中間テストも近いんだからな?」

文乃 「うぅ……返す言葉もございません……」

文乃 (……成幸くんの言うとおりだよ。気を抜いてる暇なんかないんだから)

文乃 (わたしばっかり色々考えちゃって、恥ずかしいや)

文乃 「………………」

文乃 (……わたしばっかり、かぁ)

成幸 「……緒方。そこの心情描写大事だからな。全編に渡っての主人公の気持ちが丁寧に描かれてる場面だ」

文乃 (なんでもない顔をしているきみは、やっぱり、わたしみたいに色々考えたりしないのかな)

文乃 (……わたしは、あのとき手を握ってくれたきみのことを思い出して、)

文乃 (ひとりで勝手に、温かい気持ちになっていたりするんだけど)

文乃 (きみは……)

文乃 (……いけない。また考え事してる。切り替えないと)

文乃 (勉強、がんばろ……)

理珠 「では、成幸さん。この部分は……」

ズイッ……ブルンッ

成幸 「うおっ……そ、そう勢いよく近づくなよ……」

成幸 「そこは……ああ。心情描写にも強がりがあるだろ? だから……」

文乃 「………………」

文乃 (んんんん……?)

うるか 「成幸ーっ、ここの和訳なんだけどさー」

ズイッ……タユッ

成幸 「うおうっ……! お、お前も急に近づくなよ」

うるか 「? どしたん、成幸?」

成幸 「な、なんでもない。そこはかなり口語訳されてるから、まず正しい文法に訳し直してから……」

文乃 (んんんんんんんん……???)

文乃 (ち、ちょっと待ってよ、成幸くん)

イライライライラ……

文乃 (きみ、わたしに集中しろって言ってたよね?)

文乃 (それが何かな? どういうことなのかな?)

文乃 (りっちゃんとうるかちゃんのお胸の圧力にあてられて、顔がまっかだよ?)

文乃 (うんうん。どういうことかなこの野郎)

文乃 「………………」

ペターン

文乃 (……もしかして)


―――― 『それで古橋さんに何もしないって、唯我さんって本当に男なんスかね』


文乃 (唯我くんが紳士だからとか、そういう理由ももちろんあるだろうけど)

文乃 (ひょっとして、わたしって……)

文乃 (女としての魅力に欠けている……?)

………………帰路

理珠 「今日も勉強が捗りました」 キラキラ

理珠 「どうですか? この後、うちでうどんでも食べていきませんか?」

うるか 「おっ、いいねー! 行く行く!」

文乃 「………………」

ズーン

文乃 (昼休みからずっと、放課後も使って考えたけど……)

文乃 (そうだよ。よくよく考えてみれば当たり前の話だよ)

理珠 「文乃? どうかしましたか?」 ブルンッ

うるか 「なんか元気ないね? だいじょーぶ?」 タユッ

文乃 (このふたりと毎日毎日比べられてるんだから……) ペターン

文乃 「ううん、なんでもないよ。ちょっと色々考えちゃってさ……」

文乃 「今日はわたしはうどんは遠慮しておくよ。まっすぐ帰って勉強するね」

理珠 (文乃、どうかしたのでしょうか……)

うるか (何か悩みでもあるのかな……)

………………唯我家

成幸 「……で、心配になって、いてもたってもいられず俺のところに来た、と」

理珠 「そういうことです。すみません、急にお邪魔しちゃって……」

成幸 「まぁ、べつに構わないけど……」

うるか 「成幸、何か心当たりない? 文乃っちが悩むようなこと」

成幸 「お前たちに心当たりがないなら、俺にあるわけないだろ?」

成幸 「受験前が近づいてきてナーバスになってるだけじゃないか?」

うるか 「むー! 成幸冷たいよ!」

理珠 「文乃のことが心配ではないのですか?」

成幸 (んー、そう言われてもな……)


―――― 『わっ……ご、ごめんなさい。少し考え事してて……』


成幸 (……まぁ、たしかに古橋の様子は変ではあったが)

理珠 「……今日、私たちが聞いても何も教えてくれませんでした。“なんでもない” の一点張りです」

うるか 「でも、ひょっとしたら成幸にだったら話してくれるかもしれないよね」

理珠 「………………」

うるか 「………………」

ジーーーーッ

成幸 「……はぁ。わかったよ。明日聞いてみるよ」

理珠 「本当ですか!?」

うるか 「さっすが成幸! ありがと!」

成幸 「今日も勉強に集中できないみたいだったしな。『教育係』 としては放っておけないよな」

成幸 「ただ、あんまり期待すんなよ? うまく聞き出せるかも分からないし……」

成幸 (それに……)


―――― 『今日はお父さんが家にいるから…… あんまり 帰りたくなくて』


成幸 (……家庭の問題だったりしたら、俺がヘタに聞くのも迷惑だろうし)

成幸 (よくよく考えてみれば、俺って……)

成幸 (古橋のこと、全然知らないんだよな)

………………翌朝 一ノ瀬学園 いつのも場所

文乃 「あっ……おはよ、成幸くん」

成幸 「おう、おはよう、古橋」

文乃 「メールで呼び出したりして、どうしたの? また何か相談事?」

成幸 「いや……」

成幸 (古橋の奴、いつも通りの、なんでもないような顔をして……)

成幸 「……なぁ、古橋。担当直入に聞くが」

文乃 「うん?」

成幸 「お前、何か悩み事とかないか?」

文乃 「へ?」

アセアセ

文乃 「な、悩みなんて、べつに……何もないよ?」

成幸 (……あからさまに目を泳がせやがって。絶対うそじゃないか)

文乃 (何でわかったの!? しかもニブチンの成幸くんが!?)

文乃 (りっちゃんやうるかちゃんの気持ちには全然気づかないくせに、どうして……)

成幸 「……なぁ、ムリして話せとは言わないよ。もし話せるようだったら教えてほしい」

成幸 「俺はお前の 『教育係』 だ。勉強に集中できないことが続くなら、それを解決してやりたい」

成幸 「俺にできることは少ないかもしれないけど、もしお前の力になれるなら、なりたいんだ」

文乃 「成幸くん……」

ドキッ……

文乃 (……りっちゃんやうるかちゃんには、絶対、こんな悩み話せないけど)

文乃 (きみになら話してもいいのかな……)

文乃 (他でもない、きみに……)


―――― 『かっこいいよなぁ 古橋は』


文乃 (あのとき、何を考えていたのか、聞いてもいいのかな……)

文乃 「……あ、あのね、実は……友達が、」

成幸 「友達?」

文乃 「う、うん。あくまで、友達の話なんだけど、その友達が悩んでて、それでわたしも悩んじゃってるっていうか……」

文乃 (きみとうるかちゃんの常套句だけど、使わせてもらうよ)


―――― 『あ うん 俺の友達と…… そいつの中学校からの友人の女子の話なんだけどな……』

―――― 『あっ! あくまで友達話だかんね 友達のっ!』


文乃 (どうせ鈍いきみは、気づかないだろうし……)

文乃 「その友達がね、ある日、中の良い男友達と、とあるハプニングから同じ部屋で一夜を明かすことになったの」

成幸 「ぶっ……」 アセアセ 「そ、そうか……。それは、なんというか……///」

文乃 (照れるなーっ! こっちだって恥ずかしいんだよー!)

文乃 「そ、それでね……その友達は、その男の子のことを信用していたし、実際、その男の子とは何もなかったんだ」

成幸 「ふむふむ」

文乃 「でもね、その子が、女友達から、“それは変だ” って言われちゃって……」

成幸 「変……?」

文乃 「何もなかったなんて変だって。その男の子は、本当に男なのか、って……」

文乃 「でもね、その子は、それを違う風にとらえちゃったんだ」

文乃 「“男の子が何もしなかったのは、自分に魅力がないからじゃないか” って……」

文乃 「……その子はそれで悩んじゃってね。特に、その子とその男の子の周りには、可愛い女の子がたくさんいるから」

文乃 「その男の子は、他の女の子の胸元を見て顔を赤くしたりするくせに、同じ部屋で一泊したときには何もしてこなかった」

文乃 「……その子たちと比べて、自分は女としての魅力が劣っているんじゃないか、って」

文乃 「もちろん、その子は男の子に何もされなくて、それで良かったと思ってるんだよ?」

文乃 「男の子はすごく紳士で、良い子で、女の子も彼のことを信頼していたから」

文乃 「……でもね、成幸くん、女の子って面倒くさい生き物なんだ」

文乃 「何もされなくて嬉しかった。でも、何もされないってことは、自分を女として見てくれていないのかな、とか……」

文乃 「考えても仕方ないことを考えちゃうんだよ」

成幸 「………………」

文乃 「……あっ、ご、ごめん。いつものノリで女心の授業みたいなこと言っちゃったね」

文乃 「わたしの話はおしまいだよ。ごめんね。聞いてくれてありがとう」

成幸 「……いや、逆に話してくれてありがとう。それで昨日も勉強に身が入らなかったのか」

文乃 「うん。ごめんね。でも、今日からは大丈夫だよ。ちゃんと勉強するから」

成幸 「ああ……」

成幸 「………………」

成幸 「……なぁ、お前はこんな言葉を求めてないかもしれないし、何の解決にもならないかもしれないけどさ、」

文乃 「?」

成幸 「……俺は、その女の子の思い過ごしだと思うぞ」

文乃 「え……?」

成幸 「そもそも、ただの友達なんだろ? 何もなくて当然だと俺も思うしさ」

成幸 「それに、俺は古橋の友達を知らないからなんとも言えないけど、」

成幸 「その男子、他の女友達には、まぁ、多少下劣な視線を向けても、その子には何もしなかったってことは……」


成幸 「その男子は、その子のことを特別に思ってるんじゃないかな」


文乃 「へっ……?」

成幸 「まぁ、あくまで俺の予想だけどさ。俺だったらきっとそうだから」

成幸 「決して、魅力がないとかではないと思うな」

成幸 「……ひょっとしたら、その男子、その友達のこと好きなのかもな」 クスッ

文乃 「ふぇっ……!?」 (な、何を、成幸くん……きみは……)

成幸 「……? どうかしたか、古橋? 顔真っ赤だぞ?」

文乃 「な、なんでもないっ!」 プイッ

成幸 「?」

文乃 (き、気づかないって分かってたけど……それでも……)

文乃 (少しくらいは察してよ。まったく、どこまでニブチンなのさ、きみは……)

文乃 (成幸くん、それってつまり、きみがわたしのことを特別に思ってくれてるってことなんだよ?)

文乃 「………………」

文乃 (……わかってる。成幸くんにそんな意図はない。あくまで、一般論として言っているだけ)

文乃 (わかってる、そんなの……――)

成幸 「――それにしても、青春してるんだなー、お前の友達」

文乃 「……?」

成幸 「話を聞いただけでわかるぜ、古橋」 グッ 「その友達、その男子のこと好きだろ?」

文乃 「へっ!?」 カァアアアア…… 「そ、そんなわけないじゃん! 何言ってんの、成幸くん!?」

成幸 「えぇ? そんなにムキになって否定することか?」

文乃 (っていうかきみは自分の鈍さを棚に上げてよくドヤ顔でそんなこと言えるね!?)

成幸 「俺の見立てだとまず間違いないな。男子の方もその子に脈があると見た」

文乃 「……きみは、まったくもう」

成幸 「ん?」

文乃 「……つまり、きみは、私の友達と、その男の子は、両想いだって言うんだね?」

成幸 「ああ、まぁ、そういうことになるのか」

文乃 「……それ、あくまで参考意見として、その友達に伝えてもいい?」

成幸 「? まぁ、それは構わないけど……」

成幸 「それでその友達の悩みが解決したらすごいな。俺ってカウンセラーの素質があるかも……?」

文乃 (調子に乗ってるなこの野郎……)

クスッ

文乃 (……でも、たしかに、悩みは解決しちゃったかも)

文乃 (そっか。きみは……)

文乃 (きみ自身が意識してそう思っているわけではないかもしれないけれど……)

文乃 (わたしのこと、特別に思ってくれてるのかな……)

文乃 「……話、聞いてくれてありがと。きみの話をしてあげたら、たぶん友達も元気になると思うよ」

成幸 「本当か? それならよかった」

文乃 「そろそろHR始まっちゃうね。教室行こうか」

成幸 「……ん、もうそんな時間か」

文乃 「ねぇ、今日した話、りっちゃんとうるかちゃんには内緒だよ?」

成幸 「ああ、人のことベラベラ喋ったりはしないよ」

成幸 「……でも、もし古橋が良かったら、その女の子と男子の話、これからも聞かせてくれよ」

文乃 「? どうして?」

成幸 「だって、もしそいつらがうまくいったりしたら、俺も晴れて “女心” の単位修得だろ?」

文乃 「………………」 クスッ 「……そうだね。わかったよ」

文乃 「もしも、その女の子と男の子が……その、つ、付き合ったりしたら……」

文乃 「……きみにも教えてあげる。誰より先にね」

文乃 (……そう。誰よりも、先に)

ニコッ

文乃 (きみにぜんぶ、教えてあげる)

おわり

………………幕間 「寸胴」

文乃 「ってことで今日はラーメン屋さんに来たよー! 何食べよっかなー」

うるか (リズりん、文乃っち元気になったみたいだね。よかったよかった) コソッ

理珠 (ええ。さすがは成幸さんです) コソッ

文乃 「うーん、どうしようかな。チャーシュー麺大盛りチャーシューマシマシとライス大盛りいっちゃおうかなー」

理珠 「さ、さすがに食べ過ぎではないですか……?」

文乃 「大丈夫だいじょーぶ! いまご機嫌でおなかもペコペコだから!」

文乃 「あとチャーハンも食べちゃおっかなっ!」 ルンルン

ムシャムシャムシャモグモグモグ

文乃 「はぁ~~~美味しかった~~~~。幸せだよ……」

文乃 「……ん?」

ハッ

文乃 (ひ、ひょっとして、今のわたし……)

文乃 (胸よりお腹の方が出てる!?) ガーン

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。

感想・乙、励みになります。ありがとうございます。
特に理由がなければ、投下時以外あまり目立ちたくもないので、sageていただけると助かります。

それではまた、折を見て投下します。

>>1です。
こんなに連続で投下するつもりはなかったのですが、書き上がってしまったので投下します。



【ぼく勉】成幸 「武元うるかの好きな人」

………………一ノ瀬学園 図書室

うるか 「む……ええっと、これは……」

うるか 「…… “私はトムのことをよく知りませんが、エミは彼のことをよく知っています” かな?」

成幸 「おお、正解だぞうるか。すごいな。基本的な引っかけ問題には引っかからなくなってきたな」

成幸 「前までのお前だったら、後半を “エミのことなら知っています” って訳してただろうからな」

うるか 「うん! 前に教えてもらった、主語に○をつける訓練を繰り返したらわかるようになったんだ!」

成幸 「すごいぞ、うるか。ちゃんと勉強してる証拠だな。偉い偉い」

うるか 「えへへ~」

うるか 「……あっ、そろそろ水泳部の練習だ! じゃあ成幸、あたし行くね!」

成幸 「おう。今日出した宿題、次までにやってこいよ。水泳の方もがんばれよー!」

うるか 「まっかせなさーい!」

タタタタ……

文乃 「うるかちゃん元気だねぇ。苦手な勉強をしながら、部活までがんばって……」

理珠 「あの元気は分けてもらいたいです。一体どこから湧き上がってくるのでしょうか」

成幸 「さて、なんだろうな」

成幸 (ひょっとしたら、例の “好きな人” がいるからなのかな、なんて……)

成幸 (ガラにもないこと考えちまったな。恥ずかしい)

成幸 「さ、お前たちも残りの問題がんばれよ。今日は大量に用意しておいたからな」

文乃&理珠 「「はーい……」」

成幸 「……ん? これは、筆箱……? うるかのか」

成幸 「ったく、うるかの奴、忘れていきやがったな。仕方ない……」

成幸 「ふたりで問題やっててくれ。俺はうるかに筆箱届けてくるから」

………………

成幸 (まったく。うるかの奴……)

成幸 (色々やることがあって注意力散漫になってるんだろうな)

成幸 「まぁ、仕方ないよな……――」


  「――どうせ、仕方ないとか思ってるんでしょ。もー」


成幸 「ん……? 海原と川瀬、と、うるか……?」

うるか 「だって仕方ないんだもーん! 何やったって気づかないしさー!」

海原 「そりゃー、言わなきゃ気づかないって」

川瀬 「いい加減さ、向こうが気づいてくれるって幻想を捨てなよ」

うるか 「むぅ……。そんなの分かってるけどさぁ……」

成幸 (何の話をしてるんだか分からんが、話しかけづらいな……)

うるか 「好きだって言えるなら、苦労はないよ……」

成幸 「!?」 (こ、これは……)

成幸 (恋バナ!?)

成幸 (ま、まずい……さすがにこれを盗み聞きしてたら、最低すぎる。さっさと退散しないと……)

海原 「でもいつまでも片思いしてたら辛いでしょーに」

うるか 「そうだけど……でも、向こうにも迷惑だろうし……」

川瀬 「もっと自分に自信持ちなよ。あんた、可愛いんだからさ」

海原 「陽真くんにタイプとか聞いてもらおっか? 陽真くんカレと仲いいし……」

成幸 (な、なんだって!? うるかの好きな人は、小林と仲が良いのか……)

成幸 (ひょっとして、俺も知ってる奴か……?)


―――― 『あたしの好きな人……とある情報によるといつもおっぱいばっかり見てるらしくて……』

―――― 『だからその……大きく見せられるセクシー系がいいのかなーとかなんとか……』


成幸 (いや、待て! そんな最低男、俺の友達にはいな――)

川瀬 「――っていうか、もう直接唯我に聞いてしまえば話は早いんだけどな」

成幸 「!?」

うるか 「もー! だから何度も言ってるけど、それができたら苦労はないんだってばー!」

成幸 (ま、まさか……!!)

成幸 (俺の名前が出るくらい、俺と仲が良い奴!)

成幸 (なおかつ、小林とも仲が良い奴……!!)

成幸 (そして、胸ばっかり見るような最低な奴……!!!)

成幸 (そんな奴、ひとりしかいないじゃないか……!)

タタタタタタ……

川瀬 「ん……?」

うるか 「どしたん、川っち?」

川瀬 「いや、いまその角に誰かいるような気がしたんだが……」

うるか 「へ!? 今の話誰かに聞かれたの!?」

海原 「うーん、いや、誰もいないよ?」

川瀬 「……だな。気のせいだったみたいだ」

海原 「まぁ、今さらうるかのこと誰かに聞かれたところで、みんな知ってるだろうけどね」

うるか 「あたしが成幸のこと好きってそんなに有名なの!?」

川瀬 「……恋愛まったく興味ない奴以外、見てりゃ気づくっての」

………………

成幸 「………………」

ドキドキドキ……

成幸 (と、とんでもないことを聞いてしまった……)

成幸 (まさか、うるかの好きな人が、あいつだったなんて……)


―――― 『陽真くんにタイプとか聞いてもらおっか? 陽真くんカレと仲いいし……』

―――― 『っていうか、もう直接唯我に聞いてしまえば話は早いんだけどな』


成幸 (俺と小林の名前が出てたってことは、俺たちふたりとと仲が良い奴……)

成幸 (そして、胸に興味津々のスケベな男……。そんなの、あいつしかいないじゃないか……)



成幸 「大森……ッ」 ギリッ



成幸 (……盗み聞きをしてしまったようなものだから、これは胸の中にしまっておかないと)

成幸 「………………」

成幸 (……いや、しかし。うるかの好きな人だぞ。つまり……)


―――― 『あたしの好きな人…… とある情報によるといつもおっぱいばっかり見てるらしくて……』

―――― ((最低男じゃないか!!!))


成幸 (……うん)

成幸 (『教育係』 として、このままにしておいていいのか?)

成幸 (もし大森とのことで、うるかが受験を失敗したりしたら大変だ)

成幸 (俺はうるかの 『教育係』 だから。あくまで、『教育係』 として)

成幸 (……あいつがうるかに相応しいのか、しっかりと見極める!!)

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (……っと、その前に、師匠に相談しておくか)

成幸 (師匠になら、うるかのことを話しても大丈夫だろ)

………………立ち食いそば屋

文乃 「えっ……? うるかちゃんの好きな人がわかった?」

文乃 (……勉強会が終わった後、話があると言われて来てみれば……またとんでもないことを言い出したよ)

成幸 「そうなんだよ。人の話だから、あまりペラペラ喋りたくはないんだが、お前にだけは相談に乗ってもらいたくてさ」

文乃 (……すごい) ドキドキ (成幸くん、とうとううるかちゃんの気持ちに気づいて……――)

成幸 「――それが、相手がどうやら、うちのクラスの大森みたいなんだ」

文乃 「……は?」

成幸 「だろ!? 俺も聞いたときはそんな反応だったよ! なんであいつなんだ?」

文乃 (……いや、むしろきみに “は?” なんだけど) キリキリキリ……

文乃 (どうしてそんなわけのわからない勘違いをするんだろう。胃が痛いなぁ……)

成幸 「お前も知ってのとおり、あいつはノリで生きてるし、人に迷惑をかけることもしばしばだ」

成幸 「しかも、人の盗み撮りを勝手にSNSにアップするような奴だ」

成幸 「……いや、わかってる。俺だって友達のことを悪く言ったりしたくはない」

成幸 「大森にいいところがあることも知ってる。あいつは決して悪い奴じゃない」

成幸 「……けど、不安なんだ。うるかは騙されてるんじゃないかって。何か勘違いをしてるんじゃないかって」

文乃 (もう完全にパパ目線だよ、成幸くん……。うるかちゃんはきみの娘さんかな?)

文乃 (わたしやりっちゃんのことも同じように娘みたいに思ってるのかな……?)

ズキッ

文乃 (……じゃなくて、えっと、この勘違いをどうしたらいいか、だよね)

成幸 「それでな、俺は、大森がうるかに相応しいのかこの目で確かめようと思うんだ」

文乃 「へ……?」

成幸 「お節介なのは分かってる。うるかにとってはありがた迷惑な話だろう。それでも……」

成幸 「うるかのことが心配で心配で……」

文乃 (だからきみはうるかちゃんのお父さんかな?)

文乃 「……っていうか、うるかちゃんが大森くんのことを好きっていうのは本当なの?」

成幸 「確実だ。俺はたしかに、海原と川瀬が話しているのを聞いたんだからな」

文乃 (絶対きみが勘違いしてるだけだよ、なんて言うわけにもいかないしなぁ……)

文乃 (もう意志は決まってるみたいだ。今さらわたしが何を言ったところで変わらないだろう)

文乃 (だったらわざわざわたしに相談に来ないでほしいんだよなぁ……)

成幸 「それで、明日、大森の行動を見極めてみようと思うんだ」

文乃 「へ? 見極める?」

成幸 「もちろん、うるかが誰のことを好きになるかは自由だ」

成幸 「でも、もしうるかが確実に不幸になると分かっていたら、俺は恨まれてもいい。全力で止める」

成幸 「明日は、その見極めをしようと思う。一日、大森を行動を注視しようと思うんだ」

文乃 「はぁ」

成幸 「幸い俺はあいつの友達だし、クラスも一緒だ。授業が別になるとき以外は監視できる」

文乃 (監視しなきゃいけないような間柄は果たして友達と言えるのかな……)

成幸 「明日、古橋にも協力してもらうことがあるかもしれない。そのときはお願いできるか?」

文乃 「うーん……まぁ、それは構わないけど、そもそもわたしは……」

文乃 「……うるかちゃん、別の男の子のことが好きなんじゃないかなー、なんて思うんだけど」

成幸 「……? なんでそう思うんだ? うるかの好きな人を知ってるのか?」

文乃 (知ってるよ! っていうかきみだよ!!) ハァ (……なんて、言えたら苦労しないよね)

文乃 「ううん。知らないよ。なんとなくそう思っただけ。明日は協力してあげるから、何かあったら言ってね」

成幸 「本当か!? 助かるよ、古橋!」

文乃 (……うーん。さて、一体どうしたものかなぁ)

………………翌日 朝

成幸 (……さぁ、はりきって大森の行動を監視するぞ!)

成幸 (あいつが悪い奴じゃないのは俺もよく分かってる。でも、うるかの恋人に相応しいかどうかは、また別の話だ)

ジーーーーーッ

大森 「……? どうかしたか、唯我? 俺の顔になんかついてる?」

成幸 「何もない。気にするな」

ジーーーーーッ

大森 「いや、気にするなって言われてもな……」

大森 「まぁいいや。そういや唯我、この前サンドイッチで買ってもらったHな本すごく良かったぜ!」

大森 「今度お前にも貸してやるよ」

成幸 「いらんわ! お前は本当にろくでもないことしか言わないのな!?」

大森 「えーっ、なんだよ。せっかくあの幸せを共有してやろうと思ったのに……」

成幸 (やっぱりこいつがうるかに相応しいとは到底思えないぞ!!)

小林 (……成ちゃん、今日は一体何をやってるんだろう)

………………昼休み

大森 「おー! 今日も唯我の弁当うまそうだな」

成幸 「毎度言ってる気がするが、やらんからな」

大森 「いいじゃねぇかよー、少しくらいよー。可愛い妹ちゃんが作った弁当っていう幸せを少しは俺に分けてくれよ」

成幸 (そしてこれだ。人の弁当をかすめ取ろうとする食い意地の悪さと、人の妹を引け目なく “可愛い” などという軽薄さ」

成幸 (……まぁ、もちろん、俺が弁当がない日にオカズを分けてくれたりもする良い奴ではあるが)

成幸 (俺の友達として相応しいかじゃない。うるかの想い人として相応しいかだ。厳しくいくぞ)


………………物陰

文乃 (……うーん、成幸くんが心配で来てみたけど、本当に大森くんをじろじろ見てるよ)

文乃 (どうやって勘違いだって気づかせてあげたらいいんだろ……)

キリキリキリ……

文乃 (……胃が痛いなぁ)

  「あれ? 文乃っち、教室の前でどしたん?」

文乃 「わひゃっ!? う、うるかちゃん!?」

うるか 「そ、そんな驚かなくても……」

文乃 「ご、ごめんごめん。B組に何か用事?」

うるか 「うん。ちょっと英語で成幸に聞きたいところがあってさー」

うるか 「旅は道連れってことで、文乃っちも一緒行こー」 ガシッ

文乃 「えっ!? いや、あの、うるかちゃん……!」

うるか 「よー、成幸ー。勉強教わりに来たぜーっ」

成幸 「う、うるか!? と古橋も!?」

大森 「うお……相変わらずいいご身分だな、唯我……」

大森 「この学校のお姫様ふたりが尋ねてきてくれるなんて、うらやましいぞ、ちくしょー!」

成幸 (この野郎……! お前はそのうちのひとりから好かれてるんだぞ!?)

成幸 (なんて言うわけにもいかないし。もどかしい……!)

小林 「ほら、大森。邪魔になっちゃうから向こういくよ」

小林 「じゃ、武元も古橋さんも、ごゆっくり」

うるか 「あっ……こばやんも大森っちもあっち行っちゃった」

うるか 「なんか申し訳ないことしちゃったな」 シュン

成幸 (!? 大森が去った瞬間、少し悲しそうな顔を……!?)

成幸 (もう疑問を挟む余地はないな! うるかは完全に、大森のことが好きなんだ……)

うるか (成幸、せっかく男同士楽しそうにお昼食べてたのに、邪魔しちゃったよ)

うるか (……重い女とか、面倒くさい女とか、思われてないかな) ズーン

文乃 (……わたし自分のクラスに帰ってもいいかな)

成幸 「……で? 勉強って、何を教わりに来たんだ?」

うるか 「あっ……えっとね、昨日指定された問題は全部解いてきたから、早く答え合わせしたくて……」

うるか 「ごめんね。本当は次の勉強会までまで待ってれば良かったんだけど……。今日は部活だし……」

うるか 「がんばったから、早く成幸に見てもらいたくて……えへへっ……」

文乃 (おおう……こんなラブラブビームを放ってるんだから、さすがの成幸くんも……)

成幸 「おお、そうか。偉いぞ、うるか。じゃあ見させてもらうな」

文乃 (まぁ気づくわけがないよねきみが) ビキビキ

………………放課後 いつもの場所

成幸 「もう確定だ。やはり、うるかは大森の奴のことが好きなんだ」

文乃 (きみは本当に、一体どこに目をつけてるのかな?)

文乃 (……なんかもう、わたしが気を回すことじゃない気がするよ)

成幸 「と、いうことで、もう直接大森を呼び出して問いただすことにした」

文乃 「へっ? 問いただすって、何を? まさか変なことを伝える気じゃ……」

成幸 「安心しろ、古橋。さすがに俺も野暮なことはしない」

成幸 「これで最後だ。あいつの覚悟を問う。あいつがうるかに相応しい男か直接見極めてやるんだ」

文乃 (将来成幸くんに娘さんができて、成長して結婚する段になったら、彼氏は大変だろうな……)

文乃 (っていうか、水希ちゃんが結婚するときもこんなことしそう……。いや、絶対するね。彼は)

文乃 「……まぁ、好きにしたらいいんじゃないかな」

成幸 「おう。ってことで、大森に教室で待ってるように言ってあるから、俺行くな!」

タタタタタ……

文乃 「行っちゃった……」 (はぁ、まったくもう……)

文乃 「ほっとくわけには、いかないよね……」

………………3-B教室

ガラッ

大森 「ん? おー、唯我。呼び出しておいて消えるからどうかしたのかと思ったぞ」

成幸 「……ああ。待たせて悪かったな」

成幸 「とりあえず座ってくれ。話がある」

大森 「なんだよ、改まって。なんか顔が怖いぜ?」

成幸 (……そう。にわかには信じられないが、海原と川瀬の話、そして今日のうるかの反応から、)

成幸 (うるかが好きな男は、間違いなくこいつだ……!!)

成幸 (密室で先輩に迫られるのに興味があって、俺と古橋の盗み撮りをSNSに無断でアップするような、こいつだ……!!)

大森 「で? どうかしたのか、唯我?」

成幸 「……ああ。いくつか聞きたいことがあるんだ」

大森 「聞きたいこと? なんだ?」

成幸 「……お前、付き合ってる女子とかいるの?」

大森 「………………」

大森 「……逆に聞きたいんだけど、俺にいると思う?」

成幸 (……まぁ、そうだよな)

大森 「おい唯我、お前ひょっとして俺をからかうために残らせたのか?」

成幸 「違う。まだ続きがある。じゃあ、お前は好きな人とかはいるのか?」

大森 「へ……?」

大森 「……なんか意外だな。唯我ってそのテの話嫌いなんだと思ってた」

成幸 「嫌いじゃない。苦手なだけだ」 ジロッ 「……答えられるなら答えてくれ」

大森 「んー、まぁ、気になる女の子というか、きれいとかかわいいとか思う女の子は大勢いるが」

大森 「特定の誰か、ってのはないかなー。俺はほら、誰でもウェルカムだし?」

成幸 「………………」 イラッ

成幸 「……そうか。じゃあ、最後に聞かせてくれ」

成幸 「お前は、武元うるかのことをどう思ってる?」

大森 「は……? “人魚姫” のこと?」

成幸 「………………」

大森 「……えっと、質問の意図がまったく見えないけど、そうだな……」

大森 「かわいいとは、思うぜ? 日焼けも健康的でいいと思うし……」

成幸 「そ、そうか……」

ズキッ

成幸 (んっ……なんだ? そう答えてくれることを期待していたのに……)

成幸 (どうして、息苦しいんだ? どうして、胸が痛いんだ……?)

大森 「急になんだ? お前今日変だぞ? ほら、これやるよ」

スッ

大森 「体調大丈夫か? せっかくずっと勉強がんばってきたんだから、この時期に体調崩すなよ?」

成幸 「えっ……? 缶コーヒー、俺に……?」

大森 「今日、唯我の様子が変だったからさ。温まれよ」

大森 「お前が来るのが遅いから、ちょっとぬるくなっちまってるけどな」

成幸 「大森……。わるい。ありがとう」

大森 「気にすんなよ。二学期期末の試験範囲も頼むぜー?」

成幸 (こいつは、そうだ……。根は悪い奴じゃない。気遣いもできる……)

成幸 (少しうるさくて、面倒くさい奴ではあるけど……でも……間違いなく、良い奴だ)

成幸 (こいつのことを穿った見方をしていた自分が、恥ずかしい……)

大森 「……んで? なんだっけ? “人魚姫” の話だっけ?」

成幸 「あ、いや……それはもういい。忘れてくれ」

成幸 (あとはもうなるようになってもらおう。うるかの気持ちをどう受け取るかはこいつ次第だ……)

成幸 (俺は 『教育係』 として出過ぎたマネをせず、ただ眺めていよう……――)

大森 「―― “人魚姫” 、日焼けも健康的だし、スタイルもいいし、何より胸が大きくていいよなー!」

成幸 「………………」 ビキッ 「……は?」

大森 「えっ? そういうこと聞いてたんじゃねーの?」

大森 「でも、あくまで俺の好みだけど、顔は “眠り姫” の方が好みなんだよな」

成幸 「………………」

大森 「でもなぁ、“眠り姫” は胸が小さいしなぁ……」

大森 「その辺が悩みどころだよな! 唯我はどう思う?」

成幸 「………………」

ニコッ

成幸 「……うん。とりあえず、正座」

大森 「へ……?」

成幸 「うん。正座。早く。ハリーアップ」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

大森 「唯我、なんか怒って――」

成幸 「正座」

大森 「……はい」 ピシッ

成幸 「……なぁ、大森。俺はお前の友達だ。だから言うぞ?」

成幸 「女子の好みの話をするのは大いに結構だ。ただなぁ」

成幸 「人がコンプレックスに思ってる身体的特徴をどうこう言うのは、最低だと思うぞ?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

大森 (あ、これ、ほんとに怒ってるやつだ)

大森 「わ、悪い。たしかにその通りだな……。俺も目が横線一本とか言われたら嫌だわ……」

成幸 「うん。分かってくれたならいい」

成幸 「……コーヒー、ご馳走様。今日は呼び出して悪かったな」

大森 「い、いや、いいよ」 アセアセ 「気にしなくて大丈夫」

成幸 「……じゃあ、俺行くから」

大森 「お、おう。じゃあ、また明日な、唯我」

成幸 「おう」

成幸 (……当人たちに任せようと思ったが、そういうわけにいかなくなった)

成幸 (今のこいつにうるかは任せられん!!)

成幸 (こいつが成長して、もう少し大人になったら考えてやらんでもないが、今はダメだ!)

成幸 「大森」

大森 「……は、はい!」 ビクッ

成幸 「今のお前にはうるかは渡せん」

大森 「へ……?」

タタタタタ……

大森 「行っちゃった……? けど、なんで、“人魚姫” ……?」

大森 「一体なんだったんだ……?」

………………教室外 少し前

文乃 (……心配になって聞き耳を立ててみれば)


―――― 『でも、あくまで俺の好みだけど、顔は “眠り姫” の方が好みなんだよな』

―――― 『でもなぁ、“眠り姫” は胸が小さいしなぁ……』


文乃 (なぜわたしがとばっちりでダメージを受けなくちゃいけないんだろう……) ズーン

文乃 (はぁ……――)


  成幸 「――女子の好みの話をするのは大いに結構だ。ただなぁ」

  成幸 「人がコンプレックスに思ってる身体的特徴をどうこう言うのは、最低だと思うぞ?」


文乃 「へ……?」

文乃 (成幸くんの声……怒ってる……?)

文乃 「……成幸くん。うるかちゃんだけじゃなくて、わたしのことも、」

文乃 「……わたしのことも、そうやって守ってくれるんだ」 カァアアアア……

文乃 「えへへ……///」

………………夕方 正門前

うるか 「……あっ、成幸ー!」

成幸 「おう。悪いな。急にメール送ったりして」

うるか 「いいよ。っていうか、部活終わるまで待たせちゃってごめんね」


 『部活が終わったら会えないか? 話があるんだ』

 『正門前で待ってる』


うるか (急にあんなメールが来たから、しょーじきビックリしたけど……)

ドキドキドキドキ……

うるか (話ってなんだろ?)

成幸 「……あのさ、うるか。今から言うことは、お前にとって、すごく不快なことかもしれない」

うるか 「へ?」

成幸 「大きなお世話かもしれない。ひょっとしたらお前は俺のことを嫌うかもしれない」

成幸 「ただ、俺はお前の 『教育係』 として、友達として、言っておかなくちゃと思うんだ」

成幸 「……聞いてくれるか?」

うるか (な、なんの話だろ……)

うるか 「そこまで言ったなら、言ってよ。気になるし……」

成幸 「わかった。じゃあ、言うな」

うるか 「う、うん……」

ドキドキドキドキ……

成幸 「あのな、うるか……」



成幸 「お前の好きな人、偶然知ってしまったんだ」



うるか 「………………」

うるか 「へ……?」

うるか 「へぇええええええええええええええええええええ!!??」

成幸 「すまん! 本当に偶然知ってしまったんだ! ごめん!」

うるか 「う、うそでしょ!? ほんとに!?」 カァアアア…… 「ほんとのほんとに!?」

成幸 「本当だよ。すまん……」

うるか 「……ま、マジかぁー……」

うるか (う、うそうそうそ!? どうすんの!? どうしたらいいの!?)

うるか (あたしが成幸のこと好きだってバレたってことだよね!?)

うるか 「ま、待って!? じゃあ、それを知って、成幸は……」

うるか 「……な、成幸は、どうしたいって、思うの?」

成幸 「………………」

成幸 「……悪い。俺は、正直、やめておいたほうがいいと思う」

うるか 「っ……」 ズキッ

うるか 「なっ……なんで、そう思うの?」

成幸 「お前はすごい奴だ。水泳だけじゃない。家事だって完ぺきだし、料理だってプロレベルだ」

成幸 「勉強だって最近がんばってるだろ? 昨日出した宿題を今日の昼に持ってきやがって……」

成幸 「……お前はすごいよ。だからこそ、今のお前と、今のあいつじゃ、釣り合わないと、俺は思う」

うるか 「………………」

うるか (ん……?)

うるか (あいつ……?)

成幸 「もちろんわかってる! こんなの俺の一方的で独善的な考えだ!」

成幸 「恋愛ってのはそういう単純なことで決まるわけじゃないことも、なんとなくわかる!」

成幸 「でも、俺は……お前みたいなすごい奴に、今の軽率なあいつと付き合うようなことはしてほしくないんだ……」

うるか 「ち、ちょっと待って、成幸……――」

成幸 「――そうだ、俺の勝手な偽善だ。お前にとってはありがた迷惑……いや、ただの迷惑かもしれない」

うるか 「いや、だから、成幸――」

成幸 「――それでも俺は! 嫌なんだ。だから、あいつがもう少し成長して、お前に相応しい男になるまで待って――」

うるか 「――うん。ちょっと話聞いてくれる? 成幸?」 ニコッ

成幸 「へ……?」

うるか 「まずはっきりさせたいんだけど、あたしの好きな人って、誰?」

成幸 「えっ……? いや、だって、そんなのお前が一番……――」

うるか 「――うん。そういうのいいから。教えて?」

成幸 「え、あ、えっと……大森、だろ?」

うるか 「………………」

うるか (……ようやくナットクできたってゆーか、なんとゆーか……)

ヘナヘナヘナ……

うるか (焦って損したよ。よく考えたら、成幸が自分で気づくわけないか……)


―――― 『お前の好きな奴って…… 俺……?』

―――― 『そんなわけないじゃん! 何言ってんのもーっ!!』


うるか (……あたし、一回否定しちゃってるしね)

うるか (もう一回気づいてくれるほど成幸がするどかったら、あたいしもこんな苦労してないよね)

成幸 「お、おい、うるか? どうした?」

うるか 「……気が抜けたの。成幸は成幸だな、って」

成幸 「へ? へ? どういうことだ?」

うるか 「……あたしの好きな人、大森っちじゃないよ?」

成幸 「えっ……」

成幸 「………………」

カァアアアア……

成幸 (お、おいいいいいいいいいい!? マジで!? マジか!?)

成幸 (ま、待て待て待て!! つまり俺は……)


―――― 『お前の好きな奴って…… 俺……?』

―――― 『そんなわけないじゃん! 何言ってんのもーっ!!』


成幸 (あのときのようなアホな勘違いをまたしてしまったってことか……!?)

成幸 (恥ずかしいなんてレベルじゃないぞこれは!? そういえば、大森にも余計なことを……)


―――― 『今のお前にはうるかは渡せん』


成幸 (かっこつけて何言ってんの俺!? アホなのか!? いやアホなんだけど!!)

成幸 (何が “うるかは渡せん” だよ!? 穴があったら潜り込んでフタをしたい!!)

ヌォオオオオオ………………

成幸 「………………」

成幸 「……すまん、うるか。忘れてくれ」

成幸 「俺の早とちりだ。俺はアホだ」

うるか 「い、いいよ。何か知らないけど、勘違いしちゃったんだよね」

うるか 「べつに気にしてないから。ね?」

成幸 「うぅ……お前の優しさが心に沁みるよ。ありがとう……」

うるか 「……成幸、あたしが大森っちのこと好きだと勘違いして、わざわざあたしを呼び出したの?」

成幸 「……そうだよ。お前が心配になってさ」

成幸 「友達の俺が言うのもなんだが、あいつはスケベだし、マナーが悪いときもあるし……」

成幸 「もちろん悪い奴ではないし、いいところもたくさんあるけど、それでも……」

成幸 「……もしお前があいつのことを好きなら、『教育係』 として色々と忠告しておこうかと思ってな」

成幸 「傲慢なことをしようとした罰が当たったのかもしれん。恥ずかしい……」

うるか 「そっか……」

うるか 「……成幸、あたしのこと心配してくれたんだ?」

成幸 「? そりゃ当たり前だろ。お前とは中学の頃からの付き合いだし、」

成幸 「俺はお前の 『教育係』 だからな」

うるか (……そっか)

うるか (成幸、あたしが他の男の子のこと好きって思い込んでて、その相手を勘違いして……)

うるか (あたしのこと、心配してくれたんだ……)

カァアアアア……

うるか (今はまだキョーイク係として、かもしれないけど、)

うるか (あたしのこと、少なくとも大森っちには任せられないって思ってくれたんだ)

うるか 「えへへ……」

成幸 「? どうして笑ってるんだ?」

うるか 「……えへへへ、内緒」

成幸 「なんだそりゃ……?」

うるか (あたしのこと、“渡したくない” って、思ってくれたんだ……)

うるか (……嬉しいな)

うるか 「ねえ、成幸」

成幸 「うん?」

うるか 「もう二度と、成幸がそーいう勘違いしないように、いま約束するね?」

成幸 「約束?」

うるか 「うんっ!」

ニコッ

うるか 「あたし、好きな人に告白する前に、絶対に成幸からアドバイスもらうから!」

うるか 「……だから、安心してていいよ。当分は、成幸のそばに、『生徒』 としていてあげるから」

成幸 「な、なんだそりゃ……?」

うるか 「えへへ……」

うるか (……いつか、絶対)

うるか (『生徒』 としてじゃない。ひとりの女子として)

うるか (……隣に行くからねっ、成幸!)


おわり

………………幕間1 「ガルガル期」

成幸 (……そもそも、前回も今回も、水泳部のせいで勘違いすることになったんだ)

成幸 (これからは、水泳部の連中の言うことを真に受けないようにしよう)

海原 「あっ、唯我くーん。なんかうるかが探してたよー? また和訳をチェックしてほしいんだってー」

成幸 「ほ、本当か!? うそじゃないだろうな!?」 ガルルルッ

川瀬 「……おい、小林。唯我の奴、今度は一体どうしたんだ?」

小林 「俺に聞かれてもなぁ……」

滝沢先生 「お、唯我、ちょうどいいところに」

滝沢先生 「水泳の補習点足しといたから、無事体育の単位出るぞ。良かったな」

成幸 「本当ですか!? うそじゃないでしょうね!?」 ガルルルルッ

滝沢先生 「……おい小林。こいつ一体どうしたんだ?」

小林 「だから分かりませんってば……」

小林 (……成ちゃんが壊れるとみんな俺に説明を求めにくるから困るんだよなぁ)

小林 (っていうか、朝から大森の姿が見えないけど、どこ行ったんだろ)

………………幕間2 「身体的特徴の誹謗中傷ダメ絶対」

大森 「むーっ! むーっ! むーーーーっ!」

鹿島 「あらあら、無駄ですよ、大森さん。この時間、体育館裏には誰も来ませんから」 ニコッ

蝶野 「古橋姫を悲しませるような暴言を吐いたと聞いたっス。無事に帰れると思わないでくださいっス」

猪森 「ふふ、さて、手始めにどれからやってやろうかな。ふふふ……安心しろ? 全部間違いなく痛いから」

大森 「むーっ! むーっ!」

大森 (助けてー! 唯我ー! 古橋さーーん!!)



おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。


また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】あすみ 「来年の夏祭りは」

………………小美浪家

小美浪父 「夏祭りのときはすまなかったな」

あすみ 「……いきなりどうした。親父」

あすみ 「家の手伝いをするくらい、浪人させてもらってる身なら当然だろ」

あすみ 「それに、夏祭りの救護係も町医者の大事な仕事だろ」

あすみ 「いつかこの医院を継ぐあたしにとっちゃ予行練習みたいなもんだしな」

小美浪父 「いや、そういうことじゃない」

あすみ 「……?」

小美浪父 「……うちの手伝いをしていたせいで、唯我くんと夏祭りを回れなかっただろう?」

小美浪父 「娘が愛する彼氏と一緒にいられなかったのが、申し訳なくてな……」

あすみ (相変わらずこの親父頭わいてやがる……)

小美浪父 「と、いうことで、秋祭りも救護係の依頼がきているが、」

小美浪父 「お前は手伝わなくていい。その代わり、唯我くんとデートしてきなさい」

あすみ 「手伝いをしなくていい代わりに後輩とデートって……」

あすみ 「親父ひとりじゃ大変だろ。夏祭りだって後輩に手伝ってもらってようやくだったのに……」

あすみ 「あたしも手伝うよ」

小美浪父 「ふふ、あまり父を甘く見るなよ……」

あすみ 「?」

小美浪父 「祭りのしきり役に頼み込んだ結果、町内会の方から人を借り受けられるようになった」

小美浪父 「せいぜいが軽い体調不良やケガ人しか来ないから、それで十分だろう」

あすみ 「娘のデートのためにそこまでするか、あんたは……」

小美浪父 「……どうしたんだ、あすみ? もう少し喜んでくれるかと思ったが」

小美浪父 「まさかお前……」

あすみ 「!?」 (まずった……! 後輩とのことがウソだってバレ――)

小美浪父 「――唯我くんと喧嘩でもしたんじゃないだろうな?」

あすみ 「………………」 (……鋭いかと思えば鈍いよなぁ、この親父)

あすみ 「してねーよ。わかったよ。秋祭りは後輩と一緒に回ることにするよ」

小美浪父 「そうだな。それがいい。そうしなさい」 ニコニコ

あすみ 「……っていうか、あんた、大事な大事な娘が心配じゃないのか?」

小美浪父 「む?」

あすみ 「どこの馬の骨とも分からん奴と娘が付き合ってるんだぞ?」

小美浪父 「……? お前は何を言っているんだ?」

小美浪父 「そもそも、唯我くんがお前を泣かせる未来が見えん」

小美浪父 「どちらかというとお前が唯我くんを泣かせないか心配だ」

あすみ (この親父……)

小美浪父 「ほら、これを見ろ、あすみ」

ドサッ

あすみ 「あん? なんだこの紙束。学会で報告する論文か?」

小美浪父 「お前と唯我くんの結婚式での挨拶文だ」

あすみ 「は……?」

小美浪父 「お前の生い立ちから唯我くんとの出会い、唯我くんの素敵なところ、唯我くんとの思い出……」

小美浪父 「そのすべてを書いていたらこんな厚みになってしまったよ」 テレテレ

あすみ (……ダメだ、この親父)

あすみ (こりゃ、是が非でも来年医学部に入学して、後輩とのことを正直に話さないと)

あすみ (このままじゃ本当に後輩と結婚することになっちまうぞ、あたし)

あすみ 「………………」

あすみ (……まぁ、べつに、あたしとしちゃ、それでも構わないけど)

クスッ

あすみ (なんて後輩に言ってやったら、あいつどんな顔するかな)

あすみ 「……デート、か」

小美浪父 「ん……? おい、あすみ」

あすみ 「ん?」

小美浪父 「口元、ニヤけてるぞ。やっぱりお前も唯我くんと一緒に回りたかったんだな、お祭り」

あすみ 「なっ……」

あすみ 「そ、そんなんじゃねーよ! べつに、あたしは……」

あすみ (……ま、後輩の都合がつくかもまだ分からんしな)

あすみ (とりあえず、誘ってみっか)

………………数日後 予備校

あすみ 「……ってことで、秋祭りの日、予定あいてるか?」

成幸 「先輩、相変わらず大変そうですね……」

成幸 「協力してあげたいのはやまやまなんですけど、実は……」


―――― 花枝 『秋祭りの日、どうしても仕事が抜けられないのよ』

―――― 花枝 『水希も部活で遅くなるみたいだし……』

―――― 花枝 『申し訳ないんだけど、葉月と和樹を連れていってあげてくれない?』


成幸 「……って母さんに頼まれちゃって」

あすみ 「ああ、この前家にお邪魔したときにいたチビちゃんたちか」

あすみ 「そのふたりがいてもあたしは構わないぞ」

あすみ 「むしろ、幼児ふたりを高校生がひとりで引率って大変だろ」

あすみ 「後輩にはいつも世話になってるしな、あたしも一緒に行ってやるよ」

成幸 「本当ですか? 葉月もいるから女手があると助かりますけど……」

成幸 「……でも、先輩の勉強時間を取ってしまうのは忍びないです」

あすみ 「構わねーよ。どうせお前と祭りを回れないなら親父の手伝いをするだけだ」

あすみ 「じゃあ、秋祭りの日、会場で待ち合わせだな」

成幸 「はい! ありがとうございます、先輩!」

あすみ 「べつに礼を言われるようなことじゃねーけどさ」


―――― 『次はさ…… 2人で一緒にまわりたいな 縁日』


あすみ (……べつに、意識したわけじゃねーけど)

あすみ (結果的に、前に後輩をからかったとおりになってしまったな)

成幸 「……はー、でも本当に助かるな。混み合う場所にあいつら連れてくと大変だから」

あすみ (……こいつはあのときのことなんて、全然覚えてないみたいだけど)

………………

吉田 「唯我、あの野郎……!!」

高橋 「武元さんたちのみならず、小美浪先輩までも……!!」

吉田 「しかも秋祭りデートだと!? 受験を舐めてるのか!?」

高橋 「俺だって武元さんとデートしてぇよ!」

吉田 「俺だって古橋さんとお祭り回りてーよ!!」

坂本 「………………」

吉田 「む? どうした、坂本。お前も共に怨嗟を叫ぼう」

高橋 「一緒に怒りを力に変えよう」

坂本 「……いや、ほら、俺ハコ推しだから」

坂本 「最近は、唯我も含めて “ハコ” な気がするからさ」

坂本 「どっちかっていうと、今のやり取りで萌えてた」

吉田 「お、お前……リアルの知り合いのカプに萌えるって……」

高橋 「とうとう来るところまで来たって感じだな……」

………………秋祭り当日 夕方

あすみ 「………………」

あすみ (……ったく。今日はチビちゃんたちもいるから、いつも通りの格好でいいって言ったのに)


―――― 小美浪父 『何!? 浴衣を着ない!? 彼氏とのデートで浴衣を着ない!?』

―――― 小美浪父 『着ていきなさい! 唯我くんだってきっとお前の浴衣姿を見たいはずだ!』


あすみ (前に救護テントの手伝いをしてもらったときに散々見られたっつーの)

あすみ (……まぁ、あのときは、一言も “似合ってる” とも “かわいい” とも言ってくれなかったけどな)

ムカムカ

あすみ (……って、アタシは何イラついてんだ)

成幸 「あっ……先輩!」

あすみ 「んあ……? おお、後輩。早かったな」

成幸 「こいつらが早く行きたいって聞かなくて……」

和樹 「メイドのねーちゃん!」  葉月 「こんばんは!」

あすみ 「おう、こんばんは。おチビちゃんたち」

成幸 「先輩も随分早いですね。約束の時間までまだ三十分くらいありますよ」

あすみ 「ああ。救護テントの設営だけ手伝ってから来たからな」

あすみ 「……あの親父は色んなセンスが壊滅的だから、ひとりにすると心配なんだよ」

あすみ 「まぁあの親父の話はいいだろ。ちょっと早いけど、もう行こうぜ」

葉月 「メイドのおねーちゃん、手つないでー!」

あすみ 「おう、いいぞー」

ギュッ

和樹 「で、おれと葉月が手をつないで、兄ちゃんとおれが手をつないで……」

葉月 「あらふしぎ! 仲良し一家の完成だわ!」

和樹&葉月 「「ってことで、メイドのねーちゃん、嫁に来て?」」

成幸 「お前ら……」

あすみ 「式の日取りはいつにする、ダーリン?」

成幸 「先輩も乗らないでください! こいつら本気にしますよ!」

………………

葉月 「兄ちゃーん、わたしりんご飴食べたーい!」

和樹 「兄ちゃん、おれ広島焼き!」

成幸 「わかったわかった……」

成幸 (うぅ……問題集に使うはずだったバイト代よ、さらば……)

あすみ 「………………」

あすみ 「葉月ー? りんご飴結構大きいけど、ひとりで食べきれるか?」

葉月 「? あれくらいの大きさならペロリだわ」

あすみ 「でも、他にも食べたいものあるだろ? 食べられなくなっちゃうぞ~?」

葉月 「! 他の物も食べたい……!」

あすみ 「よーし。じゃああすみ姉ちゃんもりんご飴食べたいから、半分こしよう」

あすみ 「……ってことで、アタシは葉月とりんご飴買ってくるから」

あすみ 「後輩、お前は和樹と広島焼き買ってこい。またここ集合な」

成幸 「あ、でも先輩、お金……」

あすみ 「アタシが食べたいからりんご飴を買うんだ。お前に出させる謂われはねーよ」

あすみ 「ほら、行くぞ葉月! りんご飴にダッシュだ!」

葉月 「りんご飴ー!」

ピューン

成幸 「行ってしまった……。先輩、パワフルだなぁ……」

成幸 (葉月たちに合わせてくれてるんだよな、きっと……)

和樹 「……かっこいいなー、あすみねーちゃん」

成幸 「ん? ああ、まぁ、そうだな」

和樹 「嫁に来てくれないかな」

成幸 「それは俺じゃなくて先輩に聞いてくれ。ほら、俺たちも行くぞ、和樹」

………………

葉月 「りんご飴~、甘くてさわやかで~、とろける~」

和樹 「広島焼き、あつあつでうめー!」

葉月 「はい、あすみおねーちゃんも食べて!」

あすみ 「おう、ありがと。葉月」 ハムッ

あすみ 「……うん。美味しいな、葉月」

葉月 「うん!」 スッ 「兄ちゃんも、どうぞ!」

成幸 「えっ? 俺も食べていいのか? じゃあ……」 ハムッ

成幸 (りんご飴なんて食べたのいつ振りだ……? 結構イケるな……)

葉月&和樹 「「………………」」 ニヤニヤニヤ

成幸 「ん? 何だよ、お前ら?」

葉月 「兄ちゃんとあすみおねーちゃん……」  和樹 「かんせつチューだな!」

成幸 「!?」 ボフッ 「な、何をバカなこと言ってんだ……!」

成幸 「まったく……」

あすみ 「………………」 ニヤニヤニヤ

成幸 「……なんですか、先輩?」

あすみ 「いやー、アタシのファーストキス、奪われちゃったなー、って思ってさ」

成幸 「ぶっ……こ、このふたりよりアホなこと言い出さないでください!!」

あすみ 「ひどい! アタシとのこと、遊びだったのね!」

成幸 「まだ続けるんすかその茶番!」

葉月 「あー……」  和樹 「兄ちゃん最低だな……」

成幸 「お前らもノらなくていいよ!」

成幸 「まったくもう……!」 プンスカプン

和樹 「機嫌直せよ兄ちゃん。ほら、広島焼きあげる」

成幸 「……おう」 パクッ 「……おう。結構美味しいな」

あすみ 「和樹ー、アタシにもくれー」

和樹 「はい、あすみねーちゃん」

あすみ 「うんうん。祭りって言ったらやっぱりこの味だよなー」

………………射的

真冬 「………………」

真冬 (今日も学園長から祭りの巡回を仰せつかってしまったけれど)

真冬 (前回の失敗は、お面で変に顔を隠して悪目立ちしたのがいけなかったんだわ)

真冬 (そもそも、これだけ人がいるお祭り会場で、生徒と出くわすとは思えないわ)

真冬 (変に目立たなければ、誰とも出くわさずお祭りを楽しめ――じゃなくて、巡回できるわね)

真冬 (だから今回は普通に。顔を隠さずに。射的を楽しみま――巡回しましょう)

パシュッ……パシュパシュッ……

「うおー! すごいぞ、あの美人!」  「百発百中どころじゃないぞ!」

「まさか、あの伝説の射的荒らしが素顔を見せているだと!?」

「俺も撃たれたい!」  「踏まれたい!」 

真冬 「……?」 (なぜかしら。以前よりギャラリーが多い気が……――)

「――まふゆセンセ、何やってんです?」

真冬 「!? こ、小美浪さん!?」

あすみ 「高そうな浴衣着て、射的にはしゃいじゃって……。お祭り楽しんでますね」 ニヤニヤ

真冬 「ご、誤解! 私はただ、生徒が羽目を外しすぎないか巡回しているだけで……!」

真冬 (僥倖。見つかったのが元生徒である小美浪さんで、まだ良かったと考えるべきね……)

成幸 「あれ? 桐須先生……」 ジトッ 「……また景品もらいまくってるんですか」

真冬 (何で毎度毎度私の前に現れるのあなたは!?)

和樹&葉月 「「………………」」 ジーーーーッ

真冬 「……? この子たちは?」

成幸 「ああ、俺の弟妹です。今日はお祭りに一緒に来たんです、けど……」

和樹&葉月 「「………………」」 ジーーーッ

成幸 「こ、こら! 人の物を物欲しそうに見るんじゃない」

真冬 「………………」

スッ

真冬 「……口止め料。どれでも好きな物を持って行きなさい」

成幸 「えっ!? いいんですか?」

真冬 「小さな子どもの純粋な目には勝てないわ」

成幸 「ありがとうございます、桐須先生。ほら、お前たちも」

葉月 「ありがとー!」  和樹 「美人の姉ちゃん!」

真冬 「………………」 テレテレ 「……悪い気はしないわね」

あすみ 「マジすか。悪いなぁ。じゃあアタシもひとつ……」

真冬 「あなたにあげるとは一言も言っていないのだけれど?」

あすみ 「ちぇーっ、まふゆセンセのケチんぼー」

真冬 「……聞き捨てならないわね。小美浪さん」

真冬 「というか、今日は救護テントは手伝わなくていいのかしら?」

あすみ 「まぁ、今日は親父からお祭りを回れって指令が出てるもんで」

真冬 「? それでどうして唯我くんと一緒に……?」

あすみ 「ああ、まぁアタシと後輩付き合ってますし」

真冬 「そう」

ハッ

真冬 「……えっ?」

あすみ 「? どうかしました、センセ?」

真冬 「付き合ってるって……あなたと唯我くんが!?」

真冬 「そ、そうだったの……」

真冬 (……まずいわ。もし唯我くんが私の家に来てしょっちゅう掃除をしていることがバレたりしたら……)


―――― あすみ 『へぇー。まふゆセンセ、人の彼氏をそういう風に使うのが趣味なんですねー』

―――― あすみ 『しかも自分の生徒。教師が聞いて呆れますね』


真冬 (教師としての威厳が地に落ちるどころの話じゃないわ!? ヘタしたら訴訟物よ!)

アセアセアセ

あすみ 「……?」 (あれ……? 冗談だって言おうと思ったのに……この人なんでこんなに焦ってるんだ?)

あすみ 「あ、あの、先生? 冗談ですからね?」

真冬 「えっ……?」

ホッ

真冬 「そ、そうなの。良かったわ……」

あすみ (何が良かったんだろう……? 聞くのも怖いしこのまま聞かなかったことにしよう……)

葉月 「わたしこれにするー!」 和樹 「おれ、これ!」

成幸 「うん。じゃあ、改めて桐須先生にお礼を言おうな」

和樹&葉月 「「ありがとう、きりす先生!」」

真冬 「どういたしまして」

真冬 「……じゃあ、唯我くん、小美浪さん。遊ぶのもいいけど、門限までには家に帰ること。いいわね?」

真冬 「特に小美浪さんは年上なのだから、唯我くんの見本となるような行動を心がけなくてはいけないわよ」

あすみ 「はーい」

真冬 「では、私は巡回に戻るわ。さようなら、唯我くん、小美浪さん。それから、唯我くんの弟妹さんたち」

和樹&葉月 「「ばいばーい!!」」

あすみ (……うーん、まふゆセンセのさっきの動揺は一体なんだったんだろう)

あすみ (アタシと後輩が付き合ってるのがそんなに焦るようなことなのか?)

あすみ (……まさか、まふゆセンセ、後輩に気があったり……) チラッ

葉月 「すごく美人の先生ね、兄ちゃん」

成幸 「ん? ああ、まぁ、そうだな……」

成幸 (中身は色々残念だけどな……)

和樹 「浴衣も似合ってたなー」

成幸 「そうだな。あの人は基本的に何でも似合うよ。綺麗な人だからな」

成幸 (ジャージもスーツも……スクール水着もメイド服も制服もチャイナドレスも修道服もフルピュアも……)

あすみ 「………………」

成幸 「? どうかしました、先輩?」

あすみ 「……何でもねーよ」

成幸 「?」

あすみ 「………………」 (……あんだよ。“あの人は何でも似合う” ねぇ)

あすみ (……ふーん。そうかい)

あすみ (……べつに、アタシには関係ないか)

あすみ (そもそも、後輩はアタシと親父に巻き込まれているだけなんだから)

あすみ (……アタシみたいなちんちくりんじゃなくて、きっと……)

あすみ (まふゆセンセみたいな、スタイルの良いおとなっぽい人が、好みなんだろうな)

あすみ (……けっ)

………………帰路

和樹&葉月 「「………………」」 zzz……

成幸 「……散々はしゃぎ回って、遊んで食べて、とうとう寝たか」

あすみ 「まぁ、楽しそうだったからな。疲れたんだろ」

成幸 「すみません、先輩。葉月をおぶってもらっちゃって……」

成幸 「しかも、うちまで来てもらうことになってしまって……」

あすみ 「気にすんなよ。お前ひとりじゃふたりも連れて帰るの大変だろ」

成幸 「ありがとうございます」

成幸 「……あ、あと、今日、葉月と和樹に色々買ってくれましたよね」

成幸 「お金、返すんで、いくらだったか言ってください」

あすみ 「うん? どうしてお前が金を出すことになるんだ?」

あすみ 「アタシは自分で買ったものを、ちょっと葉月と和樹に分けてやっただけだぜ?」

あすみ 「ヨーヨー釣りだって、くじ引きだって、アタシがやりたかったからやって、景品を葉月と和樹にあげただけだ」

あすみ 「お前が金を払う道理はねーよ」

成幸 「先輩……」

成幸 「……すみません。今日は葉月たちの世話をしてくれるだけでありがたかったのに、」

成幸 「お金まで出させてしまって……」

あすみ 「だーかーらー、アタシはべつに金を出したつもりはねえよ」

あすみ 「……そもそも、アタシはお前の先輩だからな」

あすみ 「後輩に奢ってやるくらい、当然だろ?」

成幸 「……わかりました。ありがとうございます」

成幸 「お礼に、明日からも気合い入れて勉強教えますからね!」

あすみ 「頼もしい限りだな。頼りにしてるぞ、後輩」

成幸 「はい!」

あすみ 「………………」 (……こいつは本当に良い奴だ)

あすみ (いつまでも、こんな風にアタシの事情に巻き込んでおくわけにはいかない)

あすみ (いつまでもこいつに甘え続けるのは、アタシの矜持が許さないし、何より、こいつに申し訳ない)

あすみ (なんとしても、今年中に国立医学部に入学して、親父に本当のことを話す……)

あすみ (……そして、後輩を開放してあげよう)

あすみ (もし受験に失敗しても、とにかく、親父にウソを謝ろう。そして、後輩を自由に……)

成幸 「……あ、先輩、そういえば」

あすみ 「ん? なんだー?」


成幸 「浴衣、似合ってますね」


あすみ 「………………」

あすみ 「……へ?」

成幸 「本当は会ってすぐ言いたかったんですけど、葉月と和樹がいて恥ずかしくて……」

成幸 「前の縞模様だけの浴衣もシンプルでカッコ良かったですけど、」

成幸 「今日の花柄の入った浴衣、先輩によく似合っててきれいです」

あすみ 「………………」 プイッ 「……お、おう、そうか」

成幸 「……? 先輩?」

あすみ (ま、まじか、こいつ……)

あすみ (超越的なくらい鈍いくせに、何で、こんな……)

あすみ (……的確に、ほしい言葉をくれるんだ。バカ)

あすみ (今回の浴衣だけじゃなくて、夏祭りのときの浴衣まで……)

あすみ 「………………」

成幸 「あの、先輩?」

あすみ (……やめろよ。そんな優しい言葉をかけるなよ)

あすみ (せっかく、来年の春で開放してやろうと思ってたのに……)

あすみ (……お前を、手放したくなくなるじゃねーか。バカ)

あすみ (バカ……)

あすみ 「……ありがとう。嬉しい」

成幸 「大丈夫ですか? 顔赤いですけど……」

あすみ 「大丈夫だよ。気にすんな」

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「はい?」

あすみ 「……来年の夏祭りは、ふたりで回りたいな」

成幸 「へ……?」

成幸 「……ま、またからかうようなこと言って」

あすみ 「………………」 ジッ 「……ダメか?」

成幸 「えっ? いや、そんな……ダメとかでは、ないですけど」

あすみ 「……そうか。よかった」

ニコッ

あすみ 「じゃあ、約束な。来年の夏祭りは、ふたりきりで回ろう」

成幸 「は、はい……」 ドキッ

成幸 (なんだよ……。不意打ちすぎだろ)

成幸 (……先輩、笑うとめっちゃかわいいんだから)

成幸 (急に無防備な笑顔を見せないでほしいよ……) ドキドキ……

あすみ 「………………」

あすみ (親父にウソを話して、その上で。お前は……アタシの隣にいてくれるかな)

あすみ (……願わくは、来年の夏は、“ニセモノ” じゃなく、本物として)

あすみ (お前の隣にいられたら、いいな)

おわり

………………幕間1 「鈍い彼がなぜ浴衣を褒めることができたのか」

成幸 「!?」 (先輩、今日の浴衣も綺麗だな……)

成幸 (前回のシンプルなデザインの浴衣も良かったけど、今回の浴衣……)

成幸 (これは絶対上等な生地だ。あの浴衣、安物じゃないぞ……)

成幸 (うーむ。織り方も秀逸だ。染めも一級品だな、これは……)

成幸 (……いつか、絶対!!)

成幸 (安物の生地でも、これに負けないような浴衣を水希に作ってあげるぞ……!!)


おわり

………………幕間2 「かわいそう」

紗和子 「ほらほら、緒方理珠! 何から食べる!? 私はとりあえずたこ焼きが食べたいわ!」

理珠 「ちょっと待ってください、関城さん。あんまりはしゃぐとはぐれますよ」

うるか 「さわちんご機嫌だねぇ」

文乃 (……よっぽど夏祭りに誘われなかったのが悲しかったんだろうな)

紗和子 「友達とお祭りに来るのってこんなに楽しいのね! 初めて知ったわ!」

文乃 (……発言のひとつひとつが笑えないよ)

文乃 (今日は紗和子ちゃんに優しくしてあげよう……)


おわり

>>1です。
いつも読んでくださる方、感想くださる方、ありがとうございます。
個別レスしませんが、いつも感謝しています。ありがとうございます。

毎度思いますが、あすみさんはこんなにチョロくないです。
というか、原作で心情描写が圧倒的に少ないので、なかなかどうして彼女の本心は把握しづらいです。
そのあたりがあすみさんの魅力だと思うのですが、わたしは単純なのでどうしてもチョロくしてしまいます。
申し訳ないことです。


そろそろスレも終わりに近づいてきて、次くらいでラストかなと思います。
また思い立ったらスレを立てるつもりですが、どうするかは全く決めていません。

また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】真冬 「トリックオアトリート」

………………一ノ瀬学園 職員室

ワイワイガヤガヤ……

真冬 「……?」

真冬 (何かしら? 今日はやけに職員室が騒がしいわね……)

真冬 (職員会議で大事な議題でも上がっていたかしら?)

佐藤先生 「あ、桐須先生。先生は明日どうされますか?」

真冬 「? 明日は平常授業だったと思いますが、何かありましたか?」

鈴木先生 「やだなぁ、桐須先生。明日はハロウィンですよ」

鈴木先生 「職員会議で学園長がおっしゃっていたじゃないですか。教職員もお菓子を用意を推奨するって」

佐藤先生 「生徒に合い言葉を言われたらお菓子を渡さなきゃ、イタズラされちゃいますよ」

真冬 「ああ……」

真冬 (……そういえば、先日の職員会議で学園長が楽しそうにそんなことを言っていた気がするわ)

真冬 (バカらしいと思って話半分に聞いていたけど、まさか本気だったとは……)

真冬 (……というか、それを本気にする教職員がこんなにいるというのも驚きね)

佐藤先生 「だから、鈴木先生とどんなお菓子を用意するか相談していたんですけど、」

鈴木先生 「もしよかったら、桐須先生も一緒に用意しませんか?」

鈴木先生 「この後買い出しに行く予定なんです」

佐藤先生 「そ、その後で、一緒に食事でもどうかな、なんて……」

真冬 「……せっかくですが、結構です。私はお菓子を用意するつもりはありませんから」

真冬 「では、社会科準備室で仕事がありますので、失礼します」

スタスタスタ……

佐藤先生 「……あー、また振られたかー」

鈴木先生 「今のところ全敗ですね。今日もふたりで寂しく飲みましょうか」

………………帰路

真冬 (まったく。職務怠慢……とまでは言わないけれど、職務専念義務違反だわ)

真冬 (学園長も学園長ね。一体何をお考えなのか……)

真冬 「………………」

真冬 (明日は、例年通り、生徒も友達同士、お菓子を交換したりするのでしょうね)

真冬 (そして今年はきっと、顔見知りの先生に、元気よく “Trick Or Treat” と言うのでしょう)

真冬 「………………」

真冬 (……イタズラをされてしまっては敵わないし)

真冬 (学園長命令だから、生徒を叱ることもできないでしょうし)

真冬 (自衛。生徒から身を守るために、お菓子を用意するのも致し方ないことかしら)

真冬 (そう。これはあくまで自衛。自衛のためのこと)

真冬 (……私はべつに、お菓子を用意したいわけではないわ)

………………スーパー

真冬 (さて、結局スーパーに来てしまったけれど、何のお菓子を買おうかしら……)

真冬 (生徒たちが好きなお菓子なんて分からないし……)

真冬 (……まぁ、私もまだ20代前半ではあるわけだから、そう生徒と好みも変わらないでしょう)

真冬 (私の好きなお菓子を適当に買えばいいわね)

真冬 (まず外せないのはこのパイよね。サクサクした食感とザラメの甘みがたまらないわ)

真冬 (ああ、このチョコも外せないわね。中のパフが甘みを引き立てるのよ)

真冬 (甘い物が苦手な生徒もいるかもしれないわね。ぽんち揚げも買っておきましょう)

真冬 (和菓子が好きな子もいるかもしれないわね。どら焼きとおまんじゅうの詰め合わせと……)

真冬 (あと、これとこれと……これも買おうかしら)

ポイポイポイポイ……

………………会計後

ズシッ……

真冬 (と、とんでもない量になってしまったわ……)

真冬 (これは持って帰るのも一苦労ね……)

真冬 (ふふ。でも、これで明日のハロウィンは完ぺきだわ)

真冬 (……生徒たち、喜んでくれるかしら) クスッ

ハッ

真冬 (べ、べつに、生徒のためにお菓子を買い込んだわけではないわ)

真冬 (自衛のため。あくまで自分の身を守るためよ)

………………

あすみ 「はぁ? ハロウィンに教員がお菓子をくれるだぁ?」

成幸 「そうなんですよ。だから、明日は先生方もお菓子をたくさん用意するみたいです」

あすみ (あの学校、生徒には良い環境かもしれないけど、教員にとっちゃブラック企業だな)

あすみ 「……ってことは、あの “氷の女王” まふゆセンセもお菓子を用意するってことか?」

成幸 「どうですかね。桐須先生がそういうのを用意するって、想像つきませんけど……」

あすみ 「……ん? なぁ後輩。あれ、そのまふゆセンセじゃねーか?」

成幸 「えっ……? あっ、本当だ」

あすみ (あの両手に提げてる買い物袋から見え隠れするシルエットは……)

ニヤリ

あすみ 「おい後輩、ちょっとあいさつしてこーぜ」

成幸 「えっ? あ、ち、ちょっと先輩!?」

あすみ 「まふゆセーンセ、こんにちは」

真冬 「えっ……!?」

真冬 (小美浪さん!? 唯我くんも!?)

真冬 「こ、こんにちは。小美浪さん、唯我くん」

あすみ 「先生、聞きましたよ。明日の学校、教職員もお菓子を用意するんですって?」

真冬 「え、ええ。そうらしいわね。私には関係のないことだけれど」

あすみ 「えーっ、先生用意しないんですかー? お菓子」

真冬 「するわけないでしょう。この私が、そんな浮わついたこと……」

あすみ 「じゃあ、その両手に提げた買い物袋の中身はなんですか?」

真冬 「……こっ、これは、ただの……私が食べるためのお菓子です!」

真冬 「生徒にあげるためとか、そんなことのために身銭を切るはずがないでしょう」

成幸 (あ、先生、ハロウィンのためにお菓子買ってくれたんだ……)

成幸 (まぁ、変に律儀な人だしなぁ……)

成幸 (っていうか、どうせ明日バレるうそをなぜつくのだろうか……)

真冬 「で、では、私は家で仕事があるから失礼するわ! ふたりとも早く帰るのよ!」

あすみ 「……おやおや、焦って行っちゃったよ。あの人、ほんとおもしろいよなー」

成幸 「あんまりからかわないであげてくださいよ。まじめな人なんだから……」

あすみ (……にしても、あのまふゆセンセがハロウィンにお菓子を用意、ねぇ)

あすみ (教職員でそうすると決まったからって、そんなことするとは思えないけど……)

あすみ (あの人も変わったんだな。間違いなく、こいつのせいで) ジロッ

成幸 「? なんですか、人の顔をじろじろ見て……」

あすみ 「なんでもねーよ。ところで後輩は? 友達と交換するお菓子とか用意しないのか?」

成幸 「……残念ながらそんなお金はないです」

ガクッ

成幸 「今年も友人たちが和気藹々とお菓子交換をしているのを眺めているだけの寂しいハロウィンです……」

あすみ 「ああ……」

ポン

あすみ 「ま、元気出せよ。この後ハイステージで甘いもん奢ってやるから」

成幸 「ほんとですか!?」 パァアアア……

あすみ (チョロいなこいつ……)

………………翌日

真冬 「………………」

ドキドキドキドキ……

真冬 (結局、昨日買ったお菓子をすべて職場に持ち込んでしまったわ)

真冬 (おかげで机の中がパンパンだわ……)

真冬 (ふふ……。私がお菓子をあげたら、皆どんな顔をするのでしょうね……)

女子生徒1 「鈴木センセー、トリックオアトリート!」

鈴木先生 「お、ではイタズラをされては敵わんから、ほら、お菓子だぞー」

女子生徒2 「わー! 鈴木センセーだーいすきー!」

鈴木先生 「ふふ、女子生徒にモテて困るな……」

佐藤先生 「ほらー、こっちにもお菓子があるぞー」

女子生徒2 「あっ! これ私の好きな奴だー! 佐藤先生もっと好きー!」

鈴木先生 「何!?」

真冬 (やっているわね……)

真冬 (準備は万端よ。いつでもいらっしゃい……) ジーーーーッ

女子生徒1 「……!?」 ビクッ (“氷の女王” がこっちを見てる……!)

女子生徒2 (お菓子なんかもらいに行ったらどれだけ怒られるか……)

女子生徒1 (っていうかすでに職員室で騒いじゃって怒られるかも!?)

女子生徒1&2 「「し、失礼しましたー!!」」

真冬 「あっ……」

シュン

真冬 (……行ってしまったわ)

真冬 (ま、まぁ、まだ午前中よ。時間はまだまだあるわ)

………………昼休み 3-B

うるか 「………………」 ドキドキドキ……

うるか (今年は学校全体でハロウィンハロウィンしてるから、成幸にトリックオアトリートって言いやすい……)

うるか (成幸はお金がないからお菓子を持っていない!)

うるか (そして、お菓子がないならイタズラをするしかない! ゴーホー的に成幸の身体にイタズラをするチャンス!!)

ガラッ

うるか 「やーやー! 成幸ー! トリックオアトリート!」

成幸 「ん、うるかか。ほれ、クッキー」

うるか 「へ……? 成幸、お菓子持ってんの? っていうかこれ、手作り!?」

成幸 「ふふふ、去年、しょぼくれてた俺を見るに見かねた水希が、今年は朝からお菓子を作ってくれてな」

成幸 「水希の絶品クッキーだ。心して食えよ」

うるか 「う、うん。ありがと……」 モグモグモグ 「……めちゃくちゃ美味しい」

うるか (うあぁあああ!! こんなことなら去年イタズラしておくんだったー!!)

成幸 「えへへ、そうだろ。水希が俺のために作ってくれたんだ~」 ニヘラ 「今年は俺もお菓子を配れるんだ」

うるか (でも成幸の嬉しそうな顔が見られただけでも良し!)

………………放課後 職員室

真冬 「………………」

ズーン

真冬 (……結局、今日一日、誰も私のところに来なかったわ)

真冬 (よく考えたら当然よね。私は融通も利かないし、生徒に好かれるような性格でもない)

真冬 (……生徒が私にお菓子をもらいにくるなんて、ありえないわね)

真冬 (学園が浮かれているだのなんだの言って、結局一番浮かれていたのは私だったのね)

ワイワイガヤガヤ……

滝沢先生 「ほら、お前ら、お菓子」

海原 「わー、美味しそうな詰め合わせだー! ありがとうとざいます、滝沢先生!」

川瀬 「ふむふむ……ラインナップから年代が分かりますね」

滝沢先生 「ほう。川瀬はお菓子がいらんと見えるな」

川瀬 「冗談ですよー! いただきまーす!」

真冬 (未だに職員室の中は、お菓子をもらいにくる生徒であふれているというのに……)

真冬 (私だけひとりぼっちみたいだわ……)

ガラッ

成幸 「失礼します。2年B組の唯我です。滝沢先生、提出物を持ってきました」

成幸 (うわっ……いつにないくらい職員室に生徒がいる。みんなお菓子もらいに来てるのか……)

滝沢先生 「お、来たか唯我。いつも提出物集めさせて、悪いな」

成幸 「いえいえ。それじゃ、俺はこれで……」

滝沢先生 「せっかくだし、お前も持ってけよ。ほら、お菓子」

成幸 「あっ……す、すみません。ありがとうございます」

成幸 (食べたい……けど、持って帰って葉月と和樹にも分けてあげないとな……)

成幸 「ん……?」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 (あれ? なんか、桐須先生の周りだけ誰もいない……?)

成幸 (でも先生、昨日お菓子を山ほど買ってたよな……)

成幸 「………………」

成幸 (……もしかして)

………………

真冬 (はぁ……。落ち込んでいても仕方ないわ。仕事に戻りましょう)

成幸 「あ、あの、桐須先生?」

真冬 「……? ああ、唯我くん」

真冬 「何か用かしら?」

成幸 「いや、その……」

成幸 「………………」



成幸 「……トリックオアトリート」



真冬 「へ……?」

真冬 「あっ……」

ガチャッ……ゴソゴソ…………

真冬 「あ、あげるわ。これ、私の好きなお菓子の詰め合わせよ……」

成幸 「あ……ありがとうございます!!」

「“氷の女王” にお菓子をねだって……」

「もらえただと!?」

「……っていうか、私、文化祭以来、桐須先生のファンなんだよね」

「行くのためらってたけど、お菓子もらえるみたいだし……」

「お話をするチャンスになるかもだよね」

ゾロゾロゾロ……

桐須先生 「え? え? え?」 (な、なぜ、私は生徒に囲まれているの!?)

生徒 『トリックオアトリート!』

真冬 「あっ……ち、ちょっと待ってちょうだい! あげるから、ちょっと……」

真冬 (……唯我くん、ひょっとして)

真冬 (私を気遣って……?)

………………

成幸 (あっという間に生徒に囲まれてしまった……)

成幸 (桐須先生って、厳しくて怖いけど、まっすぐな先生だから嫌われてはいないんだよな……)

真冬 「あ……ち、ちょっと待ってちょうだい! すぐ用意するから……!」

成幸 (不器用な人だから、手渡しにすら戸惑ってるよ……)

クスッ

成幸 (まぁ、でも、桐須先生も嬉しそうだから、いっか)

成幸 (……文化祭のときのように)

成幸 (桐須先生が、ただ怖いだけの人じゃないって、わかってもらえたら、いいな……)



おわり

………………幕間1 「近親憎悪」

真冬 「……ふぅ。やっと生徒がはけたわ」

「あの、先生」

真冬 「? お、緒方さん?」

理珠 「成幸さんから聞きました。お菓子を配っていると……」

真冬 「え、ええ、そうだけど……」

理珠 「……先生が渡している詰め合わせの中に、私がとても好きなお菓子があります」

理珠 「だから、決して、その、先生に気を許しているわけではありませんが、」

理珠 「……トリックオア、トリート」

真冬 「………………」 クスッ 「……仕方ないわね。ほら、あげるわ」

理珠 「あっ……」 パァアアア…… 「ありがとうございます!」

真冬 「どういたしまして」

真冬 「……ただ、発音が悪いわ」 ジロリ 「“Trick Or Treat” よ。そんなことでは理系科目だけでなく英語も心配ね」 ゴゴゴゴゴ……!!!!

理珠 「ご心配には及びません」 ジロリ 「英語の発音は受験には関係ありませんから」 ゴゴゴゴゴ……!!!!

………………幕間2 「やだ」

成幸 「ただいまー」

水希 「おかえり、お兄ちゃん。クッキーどうだった?」

成幸 「おー、みんな美味しいって食べてくれたぞ。小林と大森も大喜びだったよ」

水希 「えへへ。それなら早起きして作った甲斐があるよ」

成幸 「あと、うるかと緒方と古橋にもあげたけど、大喜びだったぞ。美味しいって」

水希 「………………」 ニコッ 「……へー」

成幸 「ハロウィンって楽しいんだな。来年は俺も手伝うから、また作ってくれよな」

水希 「やだ」

成幸 「へ……?」

水希 「やだ」

………………幕間3 「おかしい」

文乃 「………………」

文乃 「……おかしい」

文乃 「先生方ほぼ全員からお菓子をもらって、」

文乃 「成幸くんから水希ちゃんお手製のクッキーをたくさんもらって、」

文乃 「りっちゃんからデザートうどんをもらって、」

文乃 「うるかちゃんから水泳選手常食の高カロリーブレッドをもらって、」

文乃 「みんなに配りきれなかったお菓子をもったいないから全部食べただけなのに」

文乃 「………………」

文乃 「なんでこんなに体重増えてるの!?」



おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。


今日がハロウィンだったと途中で気づき、慌てて書きました。
アラが目立つのはそういうわけです。申し訳ないことです。


1000までそうないので、感想等ありましたらかき込んでくれると嬉しいです。
どれが一番面白かったとか教えてくれるとすごく嬉しいですし参考になります。
質問やご意見もいただければ答えます。

次投下する際はこのスレを埋めて新しいスレを立てると思います。
そのとき投下するタイトルをそのまま新しいスレタイにします。
誤解を招くかもしれませんが、それは変えたくありません。ご容赦ください。

>>1です。
SS本文でもないのに連投してしまってお目汚しすみません。
書き忘れたことがありました。

二ヶ月間ほどこのスレにお付き合いいただいた方、本当にありがとうございました。
全部読んでくれたよ、なんていう方がいたらとても嬉しいです。

今まで色々な題材でSSを書きましたが、こんなに一気に大量に書けたのはこの作品が初めてです。
アニメが始まる頃に、ぼく勉SSが増えることを祈っています。

本当にありがとうございました。
次スレもまた立てると思います。よろしくお願いします。




あと、最後に全然関係ない上にどうでもいいことですが、あしゅみー先輩のお祭りのSSで
あしゅみー先輩が着ていた浴衣は五巻の表紙の浴衣をイメージしています。
一応わたしが勝手に花柄の浴衣を着せたわけではないことだけ釈明しておきます。

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