的場梨沙「手料理」 (13)
ダンスレッスンが終わって部屋に戻ったアタシの目に入ったのは、雑にデスクに置かれた栄養ドリンクの空き缶だった。
それも一本だけじゃなくて、三本も。
「ああ、お帰り梨沙。レッスンどうだった?」
「いつも通りよ。何個か注文つけられたけど、最後にはトレーナーに褒めてもらえたわ」
「さすが梨沙だな。お疲れ様」
「……お疲れなのは、アンタの方なんじゃないの?」
アタシを出迎えたデスクの主は、パソコンから目を離してアタシに向かって笑いかける。でも、なんだか元気がないような。
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「そこに置いてる空き缶、エナドリってやつ?」
「そうだよ」
「アタシも飲んでいい?」
「梨沙にはまだ早いかなぁ」
「あっ、またそうやってコドモ扱いするのね!」
「違う違う、単純に体の問題だよ。これはある意味薬みたいなものだから、成長しきってない子が飲むと効きが良すぎたりしてな」
「そういう薬みたいなものって、一日に何本も飲んでいいわけ?」
ジッと睨みつけてやったら、プロデューサーは決まりが悪そうに視線を逸らした。ふふん、図星みたいね。
「今日はちょっと、朝から疲れてて……はは」
「ネネが見たらなんて言うでしょうね~」
「あの子のレッスンが終わるまでには片づけとくよ」
「あ、隠す気だ。悪いオトナね!」
「今日だけだから、余計な心配はかけたくないんだ」
「ふーん」
……ホントに今日だけなのかしら。
最近、あんまり元気がないような気がするけど……ひょっとして、夏バテ?
「でも、アタシが言ったらネネは知っちゃうわよ?」
「ええっ!? それは……ちょっと困るな」
「どうしようかしらね~」
「梨沙、頼むよ」
「この前見かけたヒョウのぬいぐるみ、かわいかったな~~。欲しかったな~~」
「………」
ふふ、悩んでる悩んでる♪
どーせ、『秘密にしたいけど物で釣るのはキョーイク上どうなんだ』とか考えてるんだろうな。
「なーんて、冗談よ! いいわ、ネネには黙っといてあげる!」
「本当か? ありがとう、梨沙」
「その代わり、体調には気をつけなさいよね! プロデューサーが倒れたらみんな困るんだから」
「わかってるよ。気をつける」
「ならよし」
とりあえず、プロデューサーの言うことを信じることにしたけど……でも、なーんか頼りないのよねえ。
パパと比べちゃかわいそうかもしれないけど、もっとシャキッとしてくれないと。
ホントに具合が悪くなっちゃったら、ネネなんかはてんやわんやでコイツの家まで押しかけそうだし、ありすや晴とかも心配しそうだし。
……まあ、アタシも気にはするだろうし。
なにかいい方法はないかしら……
「あ、そうだ」
「梨沙?」
いいこと思いついた。うん、これでいこう。
「どうかしたのか」
「ヒミツ! 後のお楽しみ!」
「えー、気になるなぁ」
コドモみたいに我慢のできないプロデューサーは放っておいて、アタシはイキヨーヨーと回れ右をした。
「じゃ、アタシ用事あるから!」
えっと、今日事務所に来てて暇そうな子は――
「で、ボクのところまで来たわけか」
「飛鳥が屋上にいるってことは暇ってことよね。だから最初に来たのよ」
「なるほど、確かに合理的だ。ここにボクがいる時点で目的が達成されるわけだから」
誰がどこにいるかなんてわからないから、とりあえずいる場所がわかりやすい子から探してみる。
アタシの作戦は大成功で、一発で暇そうに街並みを見つめている飛鳥を見つけることができた。
「アタシってやっぱり軍師の才能があるんじゃないかしら」
「生まれる時代が違えば今川義元になれたかもしれないね」
「そうそう……って、それじゃ負けちゃうじゃない!」
「フッ、冗談さ」
相変わらず真顔で冗談言うから油断できないわね、飛鳥は。アタシが公演で今川義元役やったことあるから言ったんだろうけど。
「それで? キミの望みはなんだい」
「あ、そうだった。スマホ貸してくれない? インターネット見たいの」
「ふむ。他のところを勝手に見ないと約束できるなら」
「するする! するから」
「いいだろう。ほら、ロックは解除してある」
「ありがと!」
「いいさ。どうせ景色を眺めるなら、文明の利器を手放すのもまた一興だ」
アタシにスマホを渡すと、飛鳥は視線を手すりの向こうに戻した。
暇な時間は結構ここにいる気がするけど、飽きたりしないのかな。
まあいいや。今はせっかく借りたスマホを有効活用しないとね。
「ええと、『夏バテ 対策 食べ物』っと」
やっぱりスマホがあると便利よね。こういう時すぐに調べられるし。
アタシもそろそろ買ってもらおうかな……
「ふむふむ。クエン酸とかたんぱく質をたくさんとるのが大切……で、これはどの食べ物に入ってるの?」
豚肉、オクラ、卵……いろいろありすぎて迷うわね。さすがに全部ごちゃ混ぜにしたら料理にならないだろうし。
「この中から良さそうなのを選んで、おいしいものを作らないとね」
それで、アイツの夏バテなんて吹き飛ばしてあげるんだから!
「……料理のレシピでも調べているのかい」
「ん? あー、まあそんなとこね」
アタシの様子が気になったみたいで、飛鳥がこっちを向いて話しかけてきた。
「手料理か。パパさんに?」
「ううん。今回はプロデューサー」
「プロデューサーに……?」
アタシが答えると、なんだかやたらとびっくりしたような顔をする飛鳥。そんなにおかしなこと言ったかしら?
いくらアタシがパパ一筋だからって、他の誰にも優しくしないわけじゃないことくらいわかると思うけど。
「へえ、そうか。なるほど……うん、そうか」
「なんでニヤニヤしてるのよ」
「言わぬが花というヤツさ」
「いや言いなさいよ! 気になるでしょ」
「なら、言うけど」
くすりと微笑んで、飛鳥はアタシの顔をじっと見つめる。
「キミ、心底楽しそうな顔をしているから。よっぽどワクワクしているんだろうと思ってね」
「えっ」
「だから、相手は父親なのかと思ったんだけど……そうか、Pか。彼のこと、やはり好きなんだね」
「な、なんてこと言い出すのよ!?」
「キミが言えと言ったんだろう」
そうだけど! そうだけど!!
でも、いきなり好きとかどうとか、そういうのどうかと思うわ! 乙女として!
「安心してくれ。恋愛的な観点の好きの話はしていないから」
「わかってるわよ! ……ああ、そうよ。プロデューサーのこと、これでも評価に値するって思ってるもの。それを好きって言うかどうかは、知らないけど」
「難しい言葉を使うな、キミは」
「いっちばん言われたくない相手に言われた……」
普段からチューニ病全開の子にだけは言われたくない。
「こうなったら、飛鳥にも手伝ってもらうわよ!」
「待て、話の流れが急転換していないか」
「だってアンタプロデューサーのこと大好きでしょ? だったらアイツの好き嫌いとかにも詳しいと思って」
「だ、大好き……?」
「違うの?」
「………否定するつもりはないけど、『大』がつくだけで少し気恥ずかしいのはどうしてだろうね」
そっぽを向く飛鳥。言葉は難しいくせに、態度はすっごくわかりやすい子だと思う。
「あと、場所も貸して? 飛鳥の部屋、使ってもいい?」
「………いいだろう。ボクとしても、Pが元気になるのならメリットはある」
「やった! アタシの家だと遠いし、女子寮ならキッチンもあるからちょうどいいと思ったのよね」
手伝ってくれるお礼に、飛鳥にもアタシの手料理をごちそうしてあげようっと♪
数日後。
「おお! 匂いでわかってたけど、やっぱりカレーか」
「ただのカレーじゃないわ! ゴーヤとかトマトとかたくさん入れた、栄養たっぷりの夏野菜カレーよ!」
「では早速、いただきます」
夕方に飛鳥の部屋を借りて、プロデューサーに夏野菜カレーを作ってあげた。
一口食べただけで、プロデューサーはニコニコと笑顔になって。
「うん、すっごくおいしい!」
「でしょ? これ食べて、夏の暑さに負けないようにするのよ」
「ああ。これなら疲れも吹き飛ぶよ」
調子のいいことを言いながら、パクパクと勢いよくカレーを食べている。そんなプロデューサーを見ていると、やっぱりパパとは全然違うなって思う。
パパは食べている時もカッコいいけど、プロデューサーは顔がほころんでなんだかバカっぽいし。
パパに褒められるとときめくけど、プロデューサーに褒められても『ふっふーん♪』と自慢したくなるだけだし。
でも。
その人が喜んでいる顔を見ると嬉しいのは、同じかも。
なんだか、不思議だな。
……まあ、いっか。
「明日からも頑張りなさいよねっ!」
ね、アタシのプロデューサー♪
「………微笑ましいな。梨沙とPのやりとりを見ていると」
「はむっ」
「………」
「ちょっと辛い」
おしまい
おわりです。お付き合いいただきありがとうございます
カレーが…食べたいな…
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