【バンドリ安価】戸山香澄「たられば」 (157)


戸山香澄「もしも私が↓1だったら」


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もしも戸山香澄が着ぐるみだったら


香澄(もうすぐ憧れの高校生活!)

香澄(やっぱり最初のインパクトが大事だよね……何か変わった格好で学校に行ってみようかな?)

香澄(うーん、変わった格好……そうだ、昨日アニメで星形のマスクをかぶった人がいたし、それを真似してみよう!)


――時は流れ花咲川女子学園入学式、校庭にて


ザワザワ...ナニアレ...ホシ?

香澄(ふふふ……みんなの視線が私に集まっているのが分かる)

香澄(あっちゃんとお母さんには必死で止められたけど、押し切ってよかった!)

香澄(髪型も星をイメージしたものにするっていう隙を生じぬ二段構えだし!)

香澄「さってと、私のクラスはー、っと……わっ」ドン

山吹沙綾「あ、ごめ――えっ」

香澄「ううん、こっちもぶつかってごめんね。あれ、何かいい匂いが……」

沙綾「あー……うん……」

沙綾(なんだろうこの子、星形のマスク被ってる……関わらない方がいいかも)

香澄「そういえば朝ごはん食べてなかったなぁ」

沙綾「あ、ちょっと急ぐから……ぶつかってごめんね、それじゃ!」

香澄「……行っちゃった。人見知りする人なのかな? っと、それより私のクラスは……」

氷川紗夜「ちょっと、そこの新入生の方」

香澄「んーっと」

紗夜「そこの変なもの被った新入生!」ガシッ

香澄「……え、私?」

紗夜「あなた以外にいないわよ、被り物なんてしてる人は。それより、その被り物は?」

香澄「はい、星です!」

紗夜「質問が悪かったかしらね。どうしてそれを被っているのかしら」

香澄「私は星だからです!」

紗夜「…………」

紗夜「…………」

紗夜「……そう。詳しい話は生徒指導室で聞きます。ついてきてください」

香澄「え、ちょ、私これから入学式が……」

紗夜「そんな格好で参加させるとでも? いいからついてきなさい」

香澄「うわー」ズルズル


……………………


香澄「結局マスクは没収されちゃったし、入学式にも出れなかった」

香澄「マスクの下、星の髪型しといて良かった~。備えあれば憂いなし、だね!」

香澄「ところで、どうしてかクラスのみんなの距離が遠いような気がする」

香澄「もしかして自己紹介で変なこと言っちゃったかなぁ」

沙綾「…………」

香澄「あ、朝の……おーい!」

沙綾「え?」

香澄「えっと、確か山吹沙綾ちゃん! だよね?」

沙綾「あ、ああ、うん」

香澄「私、戸山香澄! よろしくね!」

沙綾「うん、よろしく……」

沙綾(……朝は関わっちゃダメな人だと思ったけど……普通の子、なのかな?)

沙綾「朝の……えーっと、マスク? はどうしたの?」

香澄「いやぁ、あれね? 風紀委員の先輩に見つかって没収されちゃった」

香澄「それでそのままお説教されて、入学式に間に合わなかったんだ……」

沙綾「へぇ、それは災難……だったね?」

香澄「うん……でもほら、この髪見て! ちゃーんとマスクの下も星だし、隙を生じない二段構えだよ!」

沙綾「ネコミミじゃなかったんだ、それ」

香澄「えー? どこからどう見ても星だよ~」

沙綾「なんで、えーっと、香澄ちゃんはそんなに星にこだわるの?」

香澄「呼び捨てでいいよ!」

沙綾「あ、うん」

香澄「それで、星にこだわる理由はね、小さな頃に星の鼓動を聞いたから!」

香澄「あの時に確信したんだ。私は星だって。夜空に輝く星になる運命があるんだって!」

沙綾「……へぇー」

――キーンコーンカーンコーン...

香澄「あ、もうチャイム。それじゃあね、さーや!」

沙綾「うん……」

沙綾(やっぱりちょっと変な子だ……悪い子じゃなさそうだけど……)


――放課後――

香澄「はぁー、やっぱりこのマスク、被り心地がいいなぁ」

香澄「でもこれ被ってるとみーんな目を逸らすんだよね。どうしてだろ?」

香澄「あれ、なんだろうこれ……星のシール?」

香澄「あ、あっちにも……」

香澄「……なるほど、これは星の導きだ!」

香澄「ふふふ、私の隠しきれない星力がきっとキラキラドキドキしているものに導いてくれてるんだ」

香澄「よーっし、この先に何があるのか確かめよう!」


――流星堂――

香澄「星の終着点はここ……蔵?」

香澄「とりあえず入ってみよう!」

香澄「おっじゃましまーす!」

香澄「ん、なんだろうあれ、大きな星のシールが貼ってあるケース?」

市ヶ谷有咲「そこまでだ、両手を挙げ――うわぁ!?」

香澄「きゃあ!?」

有咲「な、な、なんだよお前!?」

香澄「えっ!? え、なに!?」

有咲「星形のマスク!? 手慣れた窃盗犯か!? だ、だとしても……負けねーからな!!」

香澄「ちょ、危ない! ハサミこっちに向けないで! お気に入りのマスクなのこれ!」

有咲「う、うるせー! そうやって惑わす気だろこの泥棒め!」

香澄「違うよ、違うって! 星を辿ったらここに着いただけなの!」

有咲「ど、ど、泥棒はみんなそう言うんだ!」

香澄「待って待って! あなたのハサミ持ってる手、すっごい震えてるから! 危ない危ない!」

有咲「べ、べべ別に怖がってなんかねーからな! つ、つ、通報するぞこのやろー!」

香澄「ちょ、警察は勘弁してー!!」


―しばらくして―

有咲「えーっと、それじゃあお前は花女の生徒で、星のシールを辿ったらここに着いた、と」

香澄「うん。その、蔵に勝手に入っちゃってごめんね?」

有咲「あーいや……まぁここは質屋だからいいんだけどさ……」

有咲(なんだよコイツ……見た目は通報待ったなしのヤベー奴なんだけど、話してみると普通だし……)

香澄「ねぇねぇ、このケース開けてみてもいい?」

有咲「あー……まぁいいよ」

有咲(でも話してみると普通な奴ほどヤベーってこともあるしな。ここはあんま刺激しない方がいいか……)

香澄「わーい、ありがと! それじゃあ……わー! 星のギターだ!」

有咲「…………」

ランダムスター<シャラーン

香澄「すごい、音が鳴ったよ!」

有咲「……そうだな」

香澄「これも売り物なの?」

有咲「……まぁ、多分」

香澄「へぇ~! 星のギターかぁ、いいなぁ!」

有咲「……そんなにギターが気になるなら、ライブハウスにでも行ってみればいいんじゃねーの?」

香澄「ライブハウス! そういうのもあるんだ! どこにあるの?」

有咲「……いや、知らねーけど」

香澄「そっかぁ。あ、じゃあ今から一緒に探して行ってみない?」

有咲「…………」

有咲(これ、断っていいのかな……。断った瞬間豹変して、『じゃあしょうがないし、あなたを貰ってくね?』とか言われて人身売買の道具にされたりしねーよな……?)

香澄「どしたの?」

有咲「ああ、いや、えーっと……」

香澄「あ、そういえば名乗ってなかったね! 私、戸山香澄! あなたは?」

有咲「え? えっと、私は市ヶ谷……有咲」

香澄「有咲だね! ねーねー、一緒にライブハウス行ってみよーよ!」

有咲「……分かったよ」

有咲(断ると後がこえーし、ここは素直に頷いとこ……)

有咲「つか、お前ライブハウスの場所知ってんの?」

香澄「知らない! 調べてみるね!」

有咲「ああ……って、お前、そのギターは置いてけよ?」

香澄「うん!」


――翌日 朝の教室――

沙綾「へぇ、それでバンドをやろうって思ったんだ」

香澄「うん! すごかったなぁ、昨日のライブハウス! すごくキラキラしててカッコよかったんだ!」

沙綾「へぇ……。ところで、香澄。今日は星のマスクは?」

香澄「校門で紗夜先輩にとられちゃった」

沙綾「……そう」

沙綾(今日も被ってきてたんだ)

香澄「私も星のバンド、組みたいなぁ」

沙綾「星のバンドって?」

香澄「みーんなでキラキラしたお星さまになるバンド!」

沙綾(全員がマスク被った香澄みたいになるのかな……)

香澄「あ、そうだ、沙綾もそういうの、興味な」

沙綾「ごめん興味ないかな」

香澄「そっかぁ。有咲にも同じこと言われちゃったなぁ」

沙綾(普通は断るよ……)

――ガラッ

牛込りみ「…………」

香澄「あ、あの子……」

沙綾「え?」


香澄「おーい!」

りみ「……え? きゃっ」

香澄「牛込さん、だよね? 昨日ライブハウスにいたよね!」

りみ「え、う、うん……」

香澄「バンドに興味あるの? そしたら星のバンド、一緒に組まない!?」

りみ「ほ、星のバンド……?」

香澄「うん! キラキラしてて最高のバンド!」

りみ「え、えっと……」

沙綾「こらこら、香澄。困ってるから離してあげなさいって」

香澄「あ、うん。牛込さん、ごめんね?」

りみ「う、ううん……」

香澄「それで、どうかな?」

りみ「……その、ごめんなさい」

香澄「そっかぁ。まぁ仕方ないよね!」

香澄「ねぇねぇ、よくライブハウスに行くの?」

りみ「う、うん、まぁ……」

香澄「へーそうなんだ! そしたらバンドのこととかにも詳しい? 私に色々教えて欲しいな!」

りみ「え、えっと……」

沙綾「こーら。そんなグイグイ来られると困るって」

香澄「あ、ごめん」

りみ「う、ううん。その、私でよければ……お話するよ?」

香澄「ほんと!? ありがと、りみりん!」

りみ「りみりん?」

香澄「りみだからりみりん! 私のことは香澄でもなんでもいいよ!」

りみ「えっと、じゃあ香澄、ちゃん?」

香澄「うん!」

沙綾(……やっぱり悪い子じゃないんだなぁ。変ではあるけど)


――2週間後――

香澄(ライブハウスに行った次の日にランダムスターを見に行くと、有咲が私に税込み1080円でランダムスターを譲ってくれることになった)

香澄(そんなに安くていいの? って聞いたら、代わりに学校でお昼ご飯を一緒に食べて欲しいと言われた)

香澄(ライブハウスがなんだかんだ楽しかったし、そういう友達付き合いに憧れていたらしい。可愛いなぁ有咲)

香澄(じゃあ一緒に星のバンドを、と持ちかけたら食い気味に断られちゃったけど)

香澄(なんだかんだで沙綾とりみりんと有咲でお昼ご飯を食べることが日常になって、私はギターの練習も日課になった)

香澄(りみりんのお姉ちゃんがバンドをやっていて、りみりんも音楽関係のことに詳しいから色んなことを教えてもらった)

香澄(日課と言えば、校門で紗夜先輩にマスクを取られないようにするのも日課だ)

香澄(最近は紗夜先輩の目をかいくぐることも出来るようになってきた。でもそのあとついうっかり廊下ですれ違ったりして没収されちゃうんだけど)

香澄(被り心地いいですよ、と無理矢理紗夜先輩に被せたこともあったなぁ)

香澄(確かに悪くないかもしれないわね、って呟いてたのになぁ、紗夜先輩)

香澄(でも最近は紗夜先輩の攻略法を見つけた)

香澄(ランダムスターを背負っていくと、なんだかんだで見逃して貰える)

香澄(『まぁ……もうギターくらいでとやかく言いませんし、私の根負けです』とこの前ため息交じりに言われた)

香澄(だけどそれはそれでなんだか寂しいから、今日は全身星の着ぐるみで登校してみた)

香澄(そしたら紗夜先輩にキレられちゃって着ぐるみとギターを没収されちゃった)

香澄「もう、紗夜先輩ってば、ああ言えばこう言うんだから」

香澄(……って、生徒指導室で言ったらいつもよりも長いお説教が始まった)

香澄(ようやく解放されたのが午後5時過ぎ。気付けば2時間もお説教されていた)

香澄(私は取り戻したマスクを被ってギターを背負い、着ぐるみは学校に置いておこうと教室を目指すのだった)


――花女 1-A教室――

香澄「……あれ、ギターの音が聞こえる」

香澄「こんな時間に誰か残ってるのかな……」

――ガラ

花園たえ「銀河を砕くせんーりつー♪」シャラーン

香澄「わっ……」

たえ「ひびかせーたー……ん?」

香澄「あ、邪魔しちゃってごめ――」

たえ「あ、ヘンタイさんだ」

香澄「ヘンタイ!?」

たえ「うん。氷の冷笑、鬼の風紀委員氷川紗夜の天敵、星のヘンタイ戸山香澄」

香澄「ヘンタイじゃないよ!」

たえ「え、そうなの? 星の人じゃないの?」

香澄「私が星だってことは否定しないけど!」

たえ「やっぱりヘンタイさんだ」

香澄「違うってばー!」

たえ「でも、その背負ってるギター……」

香澄「ランダムスタ子がどうしたの?」

たえ「やっぱり変態だ」

香澄「えぇ? ギターには名前を付けるものだって有咲が言ってたよ?」

たえ「ううん、名前を付けるのは私もやってるよ。ただ、ランダムスター持ってる人は大抵変わり者だから」

香澄「あ、そうなんだ」

たえ「うん」

香澄「えっと、花園さんだよね? 花園さんもギター弾くの?」

たえ「うん。私とギターは一緒だから」


香澄「へぇ~! すごく上手だったけど、結構前からやってるの?」

たえ「子供のころから弾いてるよ。でもまだまだ全然」

香澄「わ、それでまだまだ全然なら私はもっとダメダメだよー!」

たえ「戸山さんはまだ始めたばっかりなの?」

香澄「香澄でいいよ!」

たえ「あ、うん。じゃあ私もおたえでいいよ」

香澄「うん! それでね、おたえ。私は始めてから2週間なんだ~。最近はようやくメジャーコードが半分くらい押さえられるようになったばっかり」

たえ「そうなんだ」

香澄「そうなんだ~。ねぇねぇおたえ、良かったらギター、教えて欲しいな」

たえ「ん、いいよ」

香澄「ほんと!?」

たえ「うん。ヘンタイさんの言うことを断ると何されるか分かったもんじゃない、って聞いたし」

香澄「えーなにそれ! 私なにもしないし、そもそもヘンタイじゃないってば~!」

たえ「でも山吹さんと牛込さんに『星のバンドやらない?』って聞いてるよね?」

香澄「あ、おたえも一緒に星のバンドやりたい?」

たえ「私は……うーん、悩みどころだ」

香澄「おお……即答で断られなかったの初めて……」

たえ「楽しそうだけど、そうだね、他のバンドメンバーが集まって、ギターが足りなかったらまた誘って」

香澄「うん! あ、おたえもこういう星のマスク、欲しい?」

たえ「ウサギのなら欲しい」

香澄「ウサギかぁ。ちょっと探してみるね!」

たえ「楽しみにしてるよ」


――1ヵ月後――

香澄(ひょんなことでおたえと話すようになってから、ギターのことを色々教えてもらった)

香澄(そのままなし崩しに沙綾と有咲とりみりんとのお昼ご飯におたえも加わることになった)

香澄(ついでに2週間かけて作ったウサギのマスクをおたえにプレゼントしたらすごく喜ばれた。それからライブハウスで使ってるっていう良いシールドを貰った)

香澄(『これが噂に聞くプレゼント交換……憧れの行動だ』と感慨深げだったのが印象に残っている)

香澄(それからおたえはウサギのマスク、私は星のマスクを被って登校してみた)

香澄(校門で服装チェックをしていた紗夜先輩の目が今までに見たことないくらい冷え切っていたのが印象的だった)

香澄(『最近胃が痛い』と呟いているのを聞いたから、そこで胃薬をプレゼントしたらなんとも言えない表情をされた)

香澄(そしてその日の放課後はおたえと一緒に3時間ほどお説教されて楽しかった)

香澄(どうしてだろう。何故か紗夜先輩を見ると無茶なことを目の前でやって叱られてみたい衝動に駆られてしまう)

香澄(おたえにその気持ちを話してみたら『ちょっと分かる』って言ってくれたのが嬉しかった)

香澄(おたえと一緒に着ぐるみで登校したらどうなるんだろう、ってちょっと興味があるけど、流石にそれはやり過ぎだと思うからやめておくことにした)

香澄(ともあれ、私の高校生活はそんな風に続いていく)

香澄(そしてゴールデンウィークも明けたある日の放課後のことだった)


――花女 中庭――

香澄「いやぁ、今日も紗夜先輩に怒られちゃった」

有咲「お前、全然反省してねーよな」

香澄「紗夜先輩に叱られるのってなんだか楽しいんだ」

たえ「うん、楽しい。紗夜先輩、言われてるほど怖い人じゃないしね」

りみ「氷川先輩……大丈夫かな……」

沙綾「うーん……」

弦巻こころ「見つけたわ!」

香澄「ん?」

こころ「あなたがトヤマカスミね!」

香澄「うん、そうだよ~」

有咲「げ、弦巻こころ……」

沙綾「知ってるの、有咲?」

有咲「花咲川の異空間って呼ばれてるやべー奴だよ」

りみ「……星のマスク被ってる香澄ちゃんとどっちが、その、大変かな?」

有咲「…………」

有咲「そんな変わんねーかも」

たえ「じゃあ案外普通の人かもね」

沙綾「だね」

りみ「よかったぁ」


こころ「あたし、楽しいことを探しているの!」

こころ「聞いた話によると、あなたっていつも楽しそうなことをしているみたいじゃない!」

香澄「楽しい、って言うより、キラキラドキドキしてることをやってるんだよ!」

こころ「キラキラドキドキ! それは素敵な響きね! その話、あたしにも聞かせてくれないかしら?」

香澄「うん、いいよ!」

こころ「それじゃあ早速、あたしの家に行きましょう!」

香澄「うん! あ、みんなはどうす」

有咲「遠慮しとく」

沙綾「家の手伝いあるから」

りみ「ごめんね?」

たえ「私はいいよ」

香澄「そっかぁ。じゃあおたえと私だけだね」

こころ「分かったわ! それじゃあ案内するわね!」


――弦巻邸――

こころ「それじゃあ香澄は星のバンドを目指してるのね!」

香澄「うん! 無敵で最強の夢だよ!」

たえ「私は人がいないならそれを手伝うよ、っていう感じかな」

こころ「いいわね、バンド! すごく楽しそうだわ!」

香澄「でしょでしょ! こころんは話が分かるな~!」

こころ「あたしも一緒に楽しみたいわ!」

香澄「それじゃあ星のバンド、組もうよ!」

こころ「ええ!」

たえ「こころは何か楽器が弾けるの?」

こころ「楽器は弾いたことないわ。でも、やろうと思えばなんだって出来るわ!」

香澄「だね! 情熱があればなんでも出来るよ!」

たえ「そうだね。それじゃあギターは2人いて、こころは何でも出来るとして……あとはドラムとベースがいればいいかな」

香澄「よーし、それじゃあ」

こころ「早速街に探しに行きましょう!」

たえ「そうだね」


――駅前――

こころ「どこかにいい人がいないかしら?」

たえ「ドラムとか持ち歩いてる人がいればいいんだけど」

香澄「ドラムかぁ……大きいし、そうそう持ち歩けるものじゃ……」

松原花音「ふえぇ……楽器屋さんどこぉ……?」

香澄&こころ&たえ「いた!」

花音「ふぇ!?」

香澄「確保~!」

こころ「それ~!」

たえ「お~」

花音「な、なに……!? 星形のマスク被った人とウサギのマスク被った人と……!?」

こころ「あたし、花咲川女子学園高等部1年生の弦巻こころ!」

香澄「同じく戸山香澄です!」

たえ「花園たえだよ」

こころ「あなたは?」

花音「え、あ、花咲川の制服……」

花音(もしかしてこの子たち……最近噂になってる1年生の問題児さんたち……?)

花音「わ、わた、私は松原花音……花咲川の2年生……です」

香澄「先輩! 松原先輩!」

こころ「花音ね!」

たえ「松原先輩ですね」

香澄「それ、ドラムですよね? 松原先輩、ドラムやるんですか!?」

花音「え、や、やってるけど、これはもう売るつもりで……」

こころ「売ってしまうの? それはもったいないわ! せっかくだからここで一緒に演奏してみましょうよ!」

花音「え、えっ!?」


たえ「ギター持ってきておいて良かったね」

香澄「うん!」

こころ「じゃああたしが歌うわね!」

香澄「よろしく、こころん!」

花音「そ、そんなめちゃくちゃな……」

たえ「ロックってきっとそういうものだと思う」

こころ「そうよ! それじゃあ花音、よろしくお願いするわ!」

花音「だ、だめです……私にはそんな……人前でやるほど上手じゃないし……」

香澄「大丈夫です! 私なんてギター初めてから1ヵ月ちょっとですから!」

香澄「誰かからこう見られるからとか、そういうんじゃなくて、自分自身が楽しむことを考えましょうよ!」

たえ「流石星のヘンタイ。言葉の重みが違うね」

香澄「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうよ」

花音「え、えっと、でも、そんな勇気は私……」

こころ「勇気がないならあたしがあげるわ! えい!」ギュ

たえ「私もあげますよ、松原先輩」ギュ

香澄「あ、私も私も~!」ギュ

花音「ふぇ、わ、分かりましたから、そんなに抱き着かないでください~!」

こころ「これで花音の勇気もまんたんね! それじゃあみんな、行くわよー!」

香澄「おー!」

たえ「おー」

花音「ふえぇ……」


―ちょっと離れたところ―

奥沢美咲「はぁ……バイトの面接遅れるって……ちゃんと段取り組んどいてよ」

美咲「ん? なんか騒がしい……」

こころ「ららららー♪ らららーららら~♪」

香澄「いぇーい!」ジャーン♪

たえ「しゃらーん」ジャジャーン♪

花音「ふぇぇぇ……」ツッタンタタタン

美咲「うわぁ、花咲川の異空間と星のヘンタイのコンボ……」

美咲「ヤバイ人の寄せ鍋状態だよ……見ないでおこう……」

「遅れてごめんなさい、バイトに応募された方ですよね」

美咲「あ、はい。奥沢美咲と――」


……………………


こころ「楽しかったわね!」

香澄「うん!」

たえ「ふふ、少し震えたね」

花音「あ、あの……」

こころ「花音、あなたってとっても演奏が上手なのね!」

花音「え?」

香澄「ね! 花音先輩すごい!」

たえ「震えるぞビート、燃え尽きるほどヒート、っていう感じだったね」

花音「え、あの……」

こころ「これなら素敵なバンドになりそうね!」

香澄「そうだね! あとはベースを探せばオッケーだよ!」

たえ「花音先輩、これからよろしくお願いします」

花音「え?」

こころ「それじゃあ次は商店街でやりましょうか!」

香澄「了解!」

たえ「オッケー」

花音「ええ!?」


――商店街――

ミッシェルin美咲「え、これで?」

「はい、それで。頑張って下さい」

ミッシェル「……マジかぁ。着ぐるみでティッシュ配りかぁ……」

ミッシェル(道理で内容の割に時給がいい訳だよ……)

こころ「それじゃあ次はこのあたりで……」

香澄「はっ! あれは!」

たえ「どうしたの、香澄?」

ミッシェル「ん……げっ!?」

ミッシェル(弦巻こころと戸山香澄のご一行……なんでこっちにまで)

香澄「アレだ……私が目指すべきものはアレなんだ!」

こころ「アレ? わー、クマさんね!」

香澄「そう、あのクマのような星の着ぐるみ……それを着てライブをすることが私の使命!」

こころ「キグルミ?」

たえ「じゃあ私はウサギで」

花音「え、あの……」

こころ「よく分からないけど、あのクマさんが必要なのね! それじゃあベースとしてスカウトしましょう!」

香澄「うん!」

こころ「おーい、クマさーん! あたしたちと一緒に遊びましょー!」

ミッシェル(うわこっち来た! お願いだから来ないでよ! 巻き込まないで!)

ミッシェル(商店街広報の人、どうにかして!)

「え、ちょっとお嬢さん……」

黒服「商店街の広報の方ですか? ちょっとこちらへ……」

―黒服さん誠心誠意お話し中―

「……分かりました、そういうことであれば、ミッシェルはお譲りしましょう」

ミッシェル「ちょっ……」


こころ「あなた、ミッシェルって言うのね! 今日からあなたは私たちのバンドのベースよ!」

香澄「よろしくね、ミッシェル! それと負けないよ!」

ミッシェル(いや、訳が分からないんだけど!?)

たえ「ふふ、これでバンド結成だね」

花音「えっと、あの……」

たえ「大丈夫です、花音先輩。ギターが私と香澄で、ドラムが花音先輩、ベースにクマさん、ボーカルがこころ」

たえ「これで5人揃いました」

花音「そ、そういうことじゃ……」

こころ「たえの言う通りね! それじゃあ早速バンドの名前を決めましょうか!」

香澄「だね! ポップでスターな名前がいいな!」

たえ「ウサギがいいな」

こころ「世界を笑顔にするバンドがいいわ!」


ミッシェル(あー……なんかこれもう何やってもダメなやつかも……)

花音「…………」

ミッシェル(あの子もなんか放心してるし――)

花音「……でも、確かに楽しかったし……勇気を出して変わるチャンス、なのかな……」

ミッシェル(あれぇー? なんだか前向きなこと呟いてますねー?)

こころ「よーし、それじゃああたしの家で、みんなで考えましょう!」

香澄「そうだね!」

たえ「うん」

花音「わ、分かりました……!」

香澄「とりあえずみんなで着ぐるみ着ようよ!」

こころ「キグルミ? って何かしら?」

たえ「……なりたい自分になれるもの、かな?」

こころ「それは素敵なものね!」

ミッシェル「…………」

ミッシェル(……なにこれ)



その後、星のヘンタイ戸山香澄と花女の異空間弦巻こころが率いるキグルミバンドが色んなところで色々な意味で話題になるのでしたとさ


もしも戸山香澄が着ぐるみだったら おわり


美竹蘭「もしもあたしが↓1だったら」


もしも美竹蘭が猫だったら


蘭(朝起きると猫になっていた)

蘭(いや、ほんと、びっくりするくらい猫になっていた。夢かと思って自分を引っかいてみたらすごく痛かった)

蘭(喋ろうとしてもニャーンとしか言えないし、どうしたらいいんだろう)

蘭「…………」

蘭(……まぁ、いっか)

蘭(確かに痛いは痛い、けれどこれは夢だろう)

蘭(どうせ今日は夏休みで学校もバンド練習もない1日だ)

蘭(そのうちこの夢も醒めるだろう)

蘭(そう思えばなんだか気持ちが随分と軽くなった)

蘭(どうせ夢だし、猫ならいつもみたいに気張る必要なんてない。気ままに1日を過ごしてやろう)

蘭(そう思って、あたしは開け放してあった窓から部屋を出るのだった)



蘭(屋根から屋根、塀を伝って見慣れた街を歩く)

蘭(いつもよりもずっと高く、あるいは低い目線はとても新鮮な景色だった)

蘭(そうして宛てもなく気ままに歩を進めていると、幼馴染2人の姿が見えた)

蘭(あたしはそれに近寄っていく)

羽沢つぐみ「ごめんね、モカちゃん。ウチの買い出しに付き合って貰って」

青葉モカ「いいっていいって~。あたしもそんなにやることなかったし~?」

つぐみ「そっか。ありがとね」

モカ「はいはーい」

蘭(つぐみとモカが並んで歩いている)

蘭(2人の会話を聞いた感じ、羽沢珈琲店の買い出しにたまたま居合わせたモカが付き添っているんだろう)

蘭(あたしはなんとはなしにその2人が歩く姿を塀の上に座って眺める)

モカ「ん~?」

つぐみ「どうかしたの、モカちゃん?」

モカ「いや、あれー」

蘭(モカがあたしを指さす。それに釣られてつぐみもこっちに視線を動かす)

つぐみ「……猫、だね。なんだか珍しい毛色の」

モカ「なーんか、蘭に似てない?」

つぐみ「あ、確かに」

蘭「にゃ?」

蘭(あたしに似てるって、どういうことだろうか。いや、確かにモカが指さす猫はあたしなんだけど)

モカ「だよねー。あのふてぶてしい眼差しなんかクリソツだよね~」

蘭「……にゃ」

つぐみ「そ、そうかな? 私は黒色の毛並みに一か所だけ赤い部分があるのが蘭ちゃんっぽいなって思うけど」

蘭(そうか、モカはあたしの目をふてぶてしいと思ってたんだ。今度何か仕返しをしよう)

蘭「にゃー……」

蘭(そう思いながら、あたしは2人に対して鳴きかけてみる)


つぐみ「あ、鳴き声もちょっと蘭ちゃんっぽい……」

モカ「だねぇ」

つぐみ「構ってほしいけどそれを察してほしくない時の蘭ちゃんの声に似てる気がするね」

蘭「…………」

蘭(つぐみまであたしのことをそんな風に思っていたんだ)

蘭(……いや、心当たりがない訳じゃないんだけど)

モカ「じゃあ呼べば来てくれるかな? おーい、蘭ー、こっちおいで~」

つぐみ「さ、流石に蘭ちゃんの名前呼ぶのは……」

蘭「にゃ……」

蘭(色々と思うところはある。けれど、まぁ、いいや)

蘭(なんとなくだけど、2人が一緒にいてあたしがこうして1人でいるのにはそこはかとない寂しさを感じていた)

蘭(いつも通りならそんな風に呼ばれたって近寄ることなんてしないけど、今のあたしは猫だ)

蘭(たまには思うように、気ままに動いたっていいだろう)

蘭(塀からサッとアスファルトに降り、あたしは2人の足元まで歩いて行く)

つぐみ「わ、本当に来ちゃった」

モカ「おー蘭よ、そんなに寂しかったんだねぇ……」

蘭「……うにゃ」

蘭(別に、という意味で短く鳴いてみる)

つぐみ「……今の、すごく蘭ちゃんっぽいね」

モカ「蘭だったら絶対に『別に』って言ってたよね、今」

蘭「…………」


つぐみ「撫でても逃げないかな?」

モカ「だいじょーぶじゃない? 猫ちゃんの方からこっちに来たんだし~?」

つぐみ「じゃあ……ちょっとごめんね、猫ちゃん」

蘭(つぐみはそう言って、身を屈めてゆっくりとあたしに手を伸ばしてくる)

蘭(普段は小さな女の子という印象だけど、今の猫の状態だとそれはとても大きなものに感じられた)

蘭(だけど怖さはなかった。つぐみなら優しくしてくれそうだし、まぁいいか、なんて気持ちであたしは少し頭を下げる)

つぐみ「わー、すっごいモフモフしてる」

蘭(優しさを感じられる声が頭上から降り注いでくる)

蘭(つぐみの手はその声の調子に似て、とても優しかった)

蘭(私の耳と耳と間、頭のてっぺんを軽く撫でた後に、柔らかな動きで背筋全体を撫でる)

蘭(その心地いい感触に思わず喉が鳴ってしまった)

つぐみ「あはは、ゴロゴロ言ってる。可愛いなぁ」

モカ「人懐っこい猫だねぇ」

つぐみ「ね。モカちゃんも撫でてみれば?」

モカ「んー、モカちゃんは遠慮しとくよ~。猫さんだってそんなにたくさん撫でられたらいやだろーし」

つぐみ「あ、そうかもね。首輪してないし、ノラ猫だろうし」

蘭(別に遠慮することないのに)

蘭(たまに変なところで義理堅いというか、遠慮するんだよね、モカ)

蘭(……あたしの方から身を寄せてみようかな)

つぐみ「うん? どうしたの、猫ちゃん?」

モカ「おやぁ?」

蘭(つぐみの手から離れ、立ち上がったままのモカの足に身をすり寄せる)

蘭(モカのすべすべした足首の感触がちょっと気持ちいい)


モカ「はっはっは~、どうやらこの猫さんは蘭に似て甘えん坊さんみたいだね~」

蘭(あたしに似て、というところには少し遺憾ではあるけれど、つぐみと同じように屈んだモカの掌があたしを撫でてくれたので気にしないことにした)

モカ「うりうり~」

蘭「にゃぁん」

蘭(ひたすら優しかったつぐみの手と違い、モカの手は変幻自在に力の強弱を変えてあたしを撫でる)

蘭(毛並みと逆に手を動かして毛を逆立てさせたかと思えば、すぐにそれを優しく梳かすように撫でる向きを変える)

蘭(掴みどころのないその動きがとても気持ちよかった)

つぐみ「ふふ、こんなに喉鳴らして……可愛い」

モカ「ねー。蘭も普段からこの猫さんくらい素直ならいいのに」

蘭(それは無理な話だ。これは、猫になるだなんていうおかしな夢の中でしか出来ない行動だ)

蘭(でもこういう時にしか出来ないからこそ、あたしは今は開き直ろうと思う)

蘭(優しいつぐみの手も、不思議なモカの手も、温かくてとても心地が良い)

蘭(2人にこうやって甘えるのがすごく楽しかった)


つぐみ「……あっ!」

モカ「ん、どったのつぐ?」

つぐみ「そういえば買い出しの途中だったんだ……」

モカ「あー、そういえば。しかもそこそこ急ぎじゃなかったっけ~?」

つぐみ「う、うん。でも……」

蘭(チラリとつぐみの目があたしへ向く)

蘭(……多分、あたしを引き剥がして買い出しに行くのに罪悪感があるのだろう)

蘭(それなら仕方がない。名残惜しいけど、あたしの方から離れなくちゃ)

モカ「おや、猫さん?」

蘭「なー」

つぐみ「……買い出しに行きなさい、ってことなのかな?」

モカ「かもね~。気の遣い方まで本当に蘭に似てるね~」

つぐみ「うん、そうかも……」

蘭「にゃーん」

蘭(それはもういいから、早く買い出し行きなって)

つぐみ「……うん、分かった。それじゃあね、猫ちゃん」

蘭(少し身を離して、手を振る代わりに尻尾を軽く左右に振る。それを見て、つぐみは軽く微笑みながら別れの言葉をくれた)

モカ「またね~、蘭に似た猫さーん」

蘭(モカも同じように手を振りながらそんな言葉をくれた)

蘭(あたしはそれを見てから、再び塀の上へ身を躍らせるのだった)



蘭(2人と別れてから、またしばらく色々なところへ気の向くままに足を運ぶ)

蘭(道中、あたしと似た猫に……いや、今のあたしは猫だから同じ存在か)

蘭(ともかく、猫とすれ違ってはなんとなく挨拶を交わしたりしつつ、歩を進める)

蘭(そうしていると、ある公園に見知った人影を見つけた)

上原ひまり「はぁぁ~……」

蘭(公園のベンチに座り、ため息を吐きながらうなだれているのはひまりだった)

蘭(どうしたんだろう。不思議に思い、あたしはひまりに近付く)

ひまり「ダイエットの為にウォーキング始めたけど……やっぱり大変だなぁ……」

蘭「……にゃ」

蘭(なんだ、いつも通りな悩みか)

ひまり「やっぱり1人だとどーにもヤル気が起きないし……誰かが付き添ってくれればなぁ」

蘭(ひまりはそう言ってまたため息を吐き出した)

蘭(まぁ……ダイエットがしたいって気持ちは分かる)

蘭(でも流石に意志薄弱過ぎやしないだろうか)

蘭(この前は『縄跳びが痩せる!』って言って、あたしもそれに付き添ったけど、結局三日坊主で止めたのはひまりだった)

蘭(何故か巴の方が縄跳びにハマってよく分からないけどすごい飛び方が出来るようになってたし……)

蘭「…………」

蘭(まぁ、でも、たまにはあたしの方から手伝うのもいいかもしれない)

蘭(なんだかんだ、色んなことを提案してくれるひまりと一緒にいるのは楽しいし、コロコロと変わる明るい表情にかつてのあたしが救われた部分があるのも確かだ)

蘭(よし、そうと決まればウォーキングの手伝いをしてあげよう)


蘭「にゃーん」

ひまり「ん? わ、猫だ~!」

蘭(鳴きかけると、うなだれていたひまりがパッと顔を起こし、輝いた瞳であたしを見据える)

ひまり「可愛いなぁ~! 猫ちゃーん、こっちおいで~」

蘭(そしてちょいちょいと手招きをしてくる。もともとひまりの傍に寄るつもりだったけど、その手の動きに意図せず身体が動く)

蘭「にゃ」

ひまり「あははっ、なんかキミって蘭みたいな目してるね」

蘭(また言われた……)

蘭(そう思いつつ、あたしはひまりの座るベンチに目をやる)

蘭(下からだと見辛いけど、ひまりの傍らに小さな小銭入れが無造作に置かれているのが目についた)

蘭(無用心な、という思いと、少しの申し訳なさを感じながら、あたしはベンチの上に身を乗せる)

蘭(そしてその小銭入れを口にくわえた)

ひまり「え?」

蘭(身を翻し、ベンチを降りて肩越しにひまりを見やる)

蘭(ひまりはしばらくポカンとしていたけど、あたしの行動を理解すると慌てたように立ち上がる)

ひまり「ちょ、猫ちゃん、それ私の小銭入れ!」

蘭(その言葉を聞いて、あたしは軽く走り出す)

ひまり「ま、待ってぇ~!!」

蘭(情けない声を上げながら、ひまりがあたしを追ってくる)


蘭(……それからしばらく、時折り後ろを振り向きつつ、ひまりがついてこれる速さであたしは街を走り回る)

蘭(ひまりはぜぇぜぇ言いながらそれを追いかけてくる)

蘭(これならキチンとした運動になることだろう)

蘭(でも、なんだろう)

蘭(ひまりの為に心を鬼にして、という気持ちだったけど、なんだか段々と楽しくなってきた)

蘭(もう息も絶え絶えなひまりの声を聞きながら、逃げる。幼い頃の遊びにそっくりな状況だ)

蘭(セミの声と夏の香りに懐かしさがこみ上げてくる)

蘭(そうして色々なところを走り回り、商店街の近くに差し掛かった時)

蘭(またも目の前に見知った顔が映った)


ひまり「あっ、と、ともえ~!」

宇田川巴「うん? ひまり?」

ひまり「そ、その、その猫ちゃん、捕まえてぇ~!」

巴「猫って……ん、こいつか」

蘭(もうほとんど歩く速度と変わらなかったひまりに合わせ、トコトコと歩いていたあたしの身体を巴が両手で持ち上げる)

蘭(目線の高さもグッと上がる。巴の顔がすごく近くにあった)

ひまり「はぁ、はぁ……やーっと捕まってくれた……」

巴「どうしたんだ、ひまり? そんな肩で息して」

ひまり「その猫ちゃんが……はぁ、はぁ……私の小銭入れ持ってっちゃって……」

巴「小銭入れ……あ、確かにコイツ、くわえてんな」

ひまり「そうなの……はぁ、もうずっと追いかけてて疲れちゃった……」

巴「ははっ、いい運動になったんじゃないか?」

ひまり「うー、それはそうかもだけどぉ……」

巴「お前もダメだぞー? 人のもの勝手に持ってっちゃー?」

蘭(巴はいつもあこに接するような優しい声であたしを叱る)

巴「ほら、それ、巴に返してやりな」

蘭「んにゃ」

巴「よーしよし、いい子だなぁーお前」

ひまり「はぁ、ありがとー巴……」


巴「しっかし、この猫……」

蘭「にゃ?」

巴「なんか蘭に似てんな」

蘭(……また?)

ひまり「あ、それ私も思った! 目とかそっくりだよね!」

巴「ああ。ふてぶてしい目は蘭そのものだな」

ひまり「ねー!」

蘭「にゃー……」

蘭(モカもしていたその表現が納得いかず、抗議してみる)

巴「あっはっは、この不服そうな顔なんてもう蘭にしか見えねー!」

ひまり「どれどれ……あ、ほんとだ。ふふふ、かーわいい」

蘭(2人してあたしの顔を覗き込んで笑っている)

蘭(まったく……どうして不服そうな顔があたしそのものなのか)

ひまり「ねぇねぇ巴、私にも抱っこさせてよ~」

巴「ん、アタシはいいけど……お前はいいか?」

蘭「……にゃ」

ひまり「ふ、ふふ……蘭だったらこれ、『別に』って言ってそう……」

巴「っくく、そうだな。こいつの許可も得たし、ほら」

ひまり「はーい、おいでー猫ちゃーん」

蘭(巴は笑いを押し殺しながら、あたしをひまりに手渡す)

蘭(そしてさっきの疲れた顔と打って変わって輝かんばかりの笑顔を浮かべたひまりは胸にあたしを抱く)

ひまり「うわー、もっふもふだね~」

巴「な。こんだけ毛並みが良いってことは飼い猫か?」

ひまり「首輪はしてないみたいだけど……でもお利口さんみたいだし、そうかもね」

ひまり「でもダメだぞー? 人のものを勝手に持っていったら。まぁ今日はいい運動になったし許してあげるけど!」

蘭「……なー」

ひまり「あはは、やっぱり猫って可愛いなぁ」


蘭(ひまりはそう言ってギュッとあたしを抱え込む)

蘭(ものすごく柔らかい感触がした)

蘭(……ひまり、太ってるとか言うけど、これ胸が大きいだけじゃないの?)

巴「本当はコイツがひまりを気遣ってくれたんじゃないか?」

巴「キチンとダイエットできるように運動させようって」

ひまり「そうかなぁ? そうだったら……えへへ、ありがとね、猫ちゃん」

巴「なんかこういう不器用な気の遣い方も蘭にそっくりだな」

ひまり「ね! ありがと、蘭」

蘭(ひまりはあたしの顔を覗き込み、朗らかな笑顔でお礼を言ってくる)

蘭(本来であれば微笑ましいやり取り……なんだろうけど、流石にこれはあたし自身に直接言われてるみたいでものすごく気恥しい)

ひまり「わ、きゃっ」

蘭(あたしは身をよじってひまりの胸から逃げ出す)

巴「……照れ隠しか?」

蘭「……にゃ」

蘭(2人から少し距離を置きつつ、別に、と鳴く)

ひまり「あーあ、嫌われちゃった」

巴「ま、猫なんて気まぐれだしな」

ひまり「だよね~。それじゃあね、猫ちゃん」

蘭「にゃー」

巴「律儀に鳴き返してら。じゃーなー」

蘭(手を振る2人に対して、あたしは尻尾を左右に振る)

蘭(……まぁ、気恥しいは気恥しいけど、ひまりの胸に抱かれるのも、巴に力強く持ち上げられるのも、悪くはなかったかな)



蘭(ひまりと巴と別れてから、またあたしは公園にまで戻ってきた)

蘭(そして木陰に座り込んでこれからどうしようかと考える)

蘭(お腹が減っていた)

蘭(起きてから何も食べていなかったし、ひまりと運動をしたせいだろうか)

「あら……見ない顔ね」

蘭(夢の中でもお腹って減るんだな、とぼんやり考えていると、聞いたことのある声があたしの耳に届く)

蘭「にゃっ!?」

蘭(そちらへ首を巡らせると、手にビニール袋を下げた湊さんがいた)

湊友希那「ふふ、流れの猫ちゃんかしら。素敵な毛並みをしているわね」

蘭「にゃ……」

蘭(どうしよう。幼馴染のみんななら何となくこの姿を見られても、という思いがあったけど、湊さん相手だとどうにも気恥しい)

友希那「あら、警戒しているのかしら。可愛いわね」

蘭(あたしの様子を見て、湊さんはとても優しい笑顔を浮かべる)

蘭(それから地面に屈み、目線を低くしてこちらに手を差し出してくる)

友希那「にゃーんちゃん。おいでおいで」

蘭「…………」

蘭(普段の様子とは180度違うその姿になんだかおかしな気分になる)

蘭(まぁ、夢の中だし、こんな湊さんも猫になったあたしもいるか)

蘭(そう思って、あたしは湊さんの方へ足を進める)

友希那「ふふ、いい子いい子」

蘭(相変わらず優しい声色をした湊さんの綺麗な指がスルリと顎を撫でてくる)

蘭(それがとても心地よかった)


友希那「そうだ。おやつを持ってきたの。食べるかしら?」

蘭「にゃー」

友希那「そう。それじゃあどうぞ」

蘭(言葉は通じてないだろうに、湊さんは頷いてあたしにチューブのような袋をこちらに差し出してくる)

蘭(人として猫の食べ物を食べるのはどうなんだろう、という気持ちがなくもないけど、今のあたしは猫であってこれは夢の中だ)

蘭(些細な悩みは捨てて、大人しくそれを頂くことにした)

友希那「食べ方、分かるかしら? ここから中身が出てくるから、口をこう、ね?」

蘭(湊さんは身振り手振りで食べ方を教えてくれる。それに鳴き返すと、『伝わって良かった』と笑顔を浮かべた)

蘭(そして湊さんの見よう見まねで差し出された猫のおやつを口にする)

蘭「にゃっ」

蘭(正直なことを言うと、ものすごく美味しかった)

蘭(思わず差し出されたそれにがっついてしまう)

蘭(ふと湊さんを見上げると、ものすごく慈愛に満ちた表情であたしのことを見つめていた)

蘭(……なんていうか、湊さんもこんな顔するんだ)

友希那「ふふ、お腹が減っていたのかしらね。美味しかった?」

蘭「……にゃ」

友希那「あまり素直じゃない猫ちゃんなのね。可愛いわ」

友希那「ほら、こっちに来なさい」

蘭(促されるままに湊さんに近付くと、あたしは膝の上に抱かれることになった)

蘭(そして湊さんの手が、スラリとした指が、あたしの全身を撫でまわす)

蘭「にゃっ、にゃぁ……」

蘭(それがなんとも表現できない快感をあたしに与えてくる)


蘭(モカともつぐみとも、巴ともひまりとも全く違う)

蘭(慣れた手つき、というか……)

蘭(これはもうプロの手つきだ)

蘭(猫のキモチイイところを知り尽くし、ただただ快楽を与えることに特化した、経験と技術の重なった技だ)

蘭(そう考えるうちにも、湊さんの手が容赦なくあたしを愛撫する)

蘭(背筋を、頬を、顎を、尻尾の付け根を、絶妙の力加減で撫でまわす)

蘭(足に力が入らない。姿勢を維持できない)

蘭(だるんと、湊さんの膝に全身を投げ出してしまう)

友希那「ふふふ……」

蘭(湊さんは変わらず優しい笑顔を浮かべていた。そしてその手があたしのお腹にまで伸びる)

蘭(そして自分では触れられない場所を優しくこねくり回される)

蘭「うにゃぁ……にゃぁん……」

友希那「ここが気持ちいいのかしら? ふふ」

蘭(とめどなく押し寄せる快楽の波に身体がどんどん重くなっていくような感覚がした)

蘭(このまま全てを投げ捨てて、湊さんのされるがままに任せるのも悪くない)

蘭(頭の中にそんな考えがもたげだしたところで、あたしは必死になって首を振った)

蘭(いくら夢の中とはいえど、越えていい一線と越えちゃいけない一線がある)

蘭(これは間違いなく後者だ)

蘭(後ろ髪を容赦なく引いてくる快楽の波に抗い、あたしはなんとか立ち上がる)

友希那「あら……あまり気持ちよくなかったかしら」

蘭「にゃー」

蘭(気持ちよすぎてダメなんです)

蘭(伝わらないであろう気持ちを鳴き声に込めて、あたしは湊さんに尻尾を振る)

友希那「そう。帰るのね。またどこかで会いましょう」

蘭(湊さんは微笑み、手を振ってきた)

蘭(それに一瞥をくれてから、背を向けて家路を辿るのだった)



蘭(塀の上をつたい、屋根を歩いて自分の部屋に戻ってくると、どっと疲れが出てきた)

蘭(あたしはあくびをしてから、自分のベッドの上で丸くなる)

蘭(猫。寝子とも書かれるように、1日のほとんどを眠って過ごす生き物)

蘭(ならこれは本能なんだろう)

蘭(日はまだまだ高かったし、湊さんに撫でられた感覚が残っていないこともないけれど、それよりも睡眠欲の方がずっと強くあった)

蘭(だから眠ってしまおう。そもそもこれは夢なんだから)

蘭(きっと夢の中で眠ることが、夢から醒める方法なんだろう)

蘭(そんなことを考えながら、あたしの意識は闇の中に落ちていくのだった)


……………………



蘭「……はっ」

蘭(パッと目を開けると、見慣れた天井が見えた)

蘭「…………」

蘭「あたしの部屋だ……」

蘭(寝ぼけた目で部屋の中を見回す)

蘭(壁に掛けられた時計は午後6時を指していた)

蘭(開けっ放しにしていた窓から柔らかい夏の風が吹き込んできていた)

蘭「……やっぱり、あれは夢だったんだ」

蘭「ま、そうだよね。人間が猫になるだなんてこと、ある訳ないし」

蘭(と、枕元でスマートフォンの通知ランプが点滅しているのに気付いた)

蘭(いつから昼寝をしていたのか覚えていないけど、幼馴染の誰かから連絡が来ているのかもしれなかった)

蘭(スマートフォンを手に持ち、通知を見る)

蘭(アフターグロウのグループメッセージの通知が来ていた)

蘭(それを開いて、しばしあたしは固まる)

蘭(一番上に写真があった。送り主はひまりで、その下にトークが続く)


ひまり『見て見て! この猫、蘭に似てない??』

モカ『あ、その猫モカちゃんも見たよ~』

巴『なんだ、2人もか? 実はアタシもなんだ』

つぐみ『あ、その子、私も今日見たよ!』


蘭「…………」

蘭「……いや、違うでしょ、これはあたしじゃないはず……」

蘭「そもそもひまりに写真なんて撮られなかったし……」

蘭「いや、でも……まさか本当に……ええ……?」



それからしばらくの間、色々と悶々とした悩みを抱えた蘭ちゃんは友希那さんに強く当たるようになるのでしたとさ


もしも美竹蘭が猫だったら おわり


丸山彩「もしも私が↓1だったら」


もしも丸山彩が天才画家だったら

※ちょっとだけホラーっぽい描写があります。


――芸能事務所――

丸山彩「趣味……うーん、趣味かぁ」

白鷺千聖「どうしたの、彩ちゃん?」

大和麻弥「さっきから何かずっと考えごとしてますね」

彩「あ、うん。あのね、今度雑誌の取材で、趣味についてのインタビューを受けることになったんだ」

彩「でもさ、私の趣味ってみんなと比べるとちょっと女の子っぽくないなーって思って」

氷川日菜「彩ちゃんの趣味って言うと……エゴサ?」

若宮イヴ「自撮りの研究も、ですよね!」

彩「うん。でもさ、それってこう、なんていうか、ちょっと可愛げがないかなって」

麻弥「そうでしょうか? ジブンなんて、趣味は機材イジりですよ?」

彩「でもそれって麻弥ちゃんらしいし、すごく頼りになりそうなイメージがあるし……」

イヴ「私は時代劇鑑賞ですが……これもあまり可愛らしくはありませんよ?」

彩「いや、イヴちゃんが時代劇を見てる姿ってすっごく可愛いからね? ズルいくらいだからね?」

日菜「んー、確かにそうかも」

彩「日菜ちゃんはアロマオイル作りが趣味だよね」

日菜「うん! 『るんっ♪』ってする匂いがたくさん作れて楽しいよ~」

彩「うーん、難しそうなこと平然とやってる感じが日菜ちゃんっぽくていいなぁ」

彩「千聖ちゃんはカフェでお茶したり、ショッピングが趣味だし」

千聖「ちょっとありきたりなことだけどね」

彩「そんなことないよ。普段しっかりしてる分、普通の女の子な趣味がファンの心を離さないんだよ」

千聖「……そういうものなのかしらね」

彩「この前事務所のスタッフさんがそう言ってたから、そういうものなんだよ、多分」


彩「はぁ……いいなぁ、私も何か可愛い趣味、見つけようかなぁ」

千聖「趣味ってそんな無理して見つけるようなことじゃないと思うわよ」

彩「やっぱりそうだよねぇ……でもなぁ、エゴサと自撮りが趣味っていうのも……」

日菜「でもそれ、すごく彩ちゃんらしくて面白いと思うけどなぁ」

イヴ「私もそう思います! アヤさん、研究熱心ですごいです!」

彩「そ、そう? えへへ、2人とも、ありがと」

千聖「でも、言われてみるとそうね。今の彩ちゃんも素敵だけど、何か女の子らしい趣味があればもっとファンの方にも素敵に思ってもらえるかもしれないわね」

彩「やっぱりそう思う?」

日菜「じゃあじゃあ、みんなで彩ちゃんの新しい趣味、考えてあげようよ!」

イヴ「そうですね! イチレンタクショウ、困ったときはお互い様です!」

麻弥「ですね」

彩「みんな……えへ、ありがとう!」

麻弥「いえいえ。それで、彩さん。普段の休日で、よくやることとかって何かないですか?」

彩「普段の休日……うーん、エゴサしたり、新しいポーズの研究したり、お買い物したり……」

千聖「イメージ通りの彩ちゃんの休日ね」

彩「あとは……あっ」

イヴ「どうかしましたか、アヤさん?」

彩「あー、うん、そういえば1つ好きなことあったなぁって」

日菜「えー? なになに、教えて?」

彩「えっと……でもこれ、ちょっと恥ずかしいっていうか、なんていうか……」

日菜「ダイジョーブだよ! エゴサと自撮りより恥ずかしい趣味ってそんなにないって!」

麻弥「日菜さん、気持ちは分かりますけどもう少し言葉を……」

彩「そ、そう? それじゃあ言うけど……その、私、お絵かきするのが好きなんだ」


千聖「お絵かき?」

彩「う、うん。小さな頃ね、私が描いた絵をみんなが褒めてくれて……だから絵を描くのが好きなの」

彩「お休みの日も、天気がいい日は公園とかにスケッチブックと色鉛筆持っていってね? のんびり絵を描いたりするんだ」

イヴ「とても可愛らしい趣味じゃないですか!」

彩「そ、そうかな? 子供っぽくて恥ずかしいなって思うんだけど」

麻弥「そんなことないですよ。とても女の子らしくて素敵だと思います」

千聖「ええ、イヴちゃんと麻弥ちゃんの言う通りよ」

日菜「ねー。少なくともエゴサと自撮りなんかより数百倍可愛いよ~」

彩「そ、それはちょっと言い過ぎじゃ……」

イヴ「私、彩さんの描いた絵、見てみたいです!」

日菜「あ、あたしもあたしもー!」

千聖「彩ちゃんが描く絵……確かに興味深いわね」

麻弥「ジブンも差し支えがなければ見てみたいです」

彩「うーん、そこまで言われたら……それじゃあ明日、スケッチブック持ってくるね?」

彩「でも本当に子供のお絵かきみたいなものだから……笑わないでね?」

日菜「大丈夫だよ、笑ったりしないって!」

麻弥「……日菜さんが一番笑いそうですけど……」

千聖「言わないであげて」

イヴ「アヤさんの絵、楽しみにしてますね!」

彩「う、うん」


――翌日 芸能事務所――

彩「おはようございまーす」

日菜「あ、おはよう、彩ちゃん!」

千聖「おはよう」

麻弥「おはようございます」

イヴ「おはようございます! あ、その手にあるのは……」

彩「う、うん。その、やっぱりちょっと恥ずかしいけど、スケッチブックだよ」

日菜「わー! 結構大きいんだね~!」

彩「もっと小さいスケッチブックもあるんだけどね? 私は大きな方が好きだからF8のを使ってるんだ」

千聖「F8?」

彩「スケッチブックの規格だよ。A3よりちょっと大きいサイズのことをF8っていうんだ」

麻弥「へぇ~、そうなんですね」

日菜「ねぇねぇ、早く見せてよ、彩ちゃん!」

彩「うん。その、笑わないでね?」

千聖「日菜ちゃんはちょっとアレだけど、私たちは大丈夫よ」

彩「……不安だなぁ。それじゃあ、はい」

千聖「ええ、ちょっと失礼するわね」

麻弥「机の上に広げましょうか」

千聖「そうね」

千聖(彩ちゃんからスケッチブックを受け取って、それを机の上に置く)

千聖(最前列が日菜ちゃんとイヴちゃん、その後ろに私、さらにその後ろに麻弥ちゃんというような恰好で机を覗き込む形になった)

千聖「それじゃあ、開くわね」

彩「う、うん……!」


イヴ「まずは最初のページ……わぁ~!」

日菜「おー!」

千聖「えっ……」

麻弥「え?」

千聖(最初のページに描かれていたのは、小さな公園の絵だった)

千聖(……いえ、これは絵なのかしら。本当は写真を撮ったんじゃないのかしら)

千聖(小さなブランコ、少し赤さびの生えた鉄棒、申し訳程度の小さな花壇……)

千聖(そういった公園の情景が恐ろしいほど正確に、スケッチブックの上に切り取られていた)

彩「うぅ、やっぱり恥ずかしいな……」

千聖「あ、彩ちゃん……これ、本当にあなたが描いたの?」

彩「うん……こう、ね? 写実主義を齧った中途半端な絵かもしれないけど……」

千聖「これで中途半端って……」

麻弥「…………」

イヴ「とても上手な絵ですね!」

日菜「うん! あたしでもこんなに綺麗に描けないよ!」

彩「そ、そうかな? それはあんまり自信がなかったんだけど……気に入ってもらえたならよかった」

麻弥「……いや、彩さん、これ正直お金取れるレベルだと思いますよ……?」

彩「それは褒め過ぎじゃないかな……? その絵は子供の頃に描いたのとあんまり変わってないし……」

千聖「子供の頃からこんな絵をって……ピカソの生まれ変わり……?」

麻弥「確実にお絵かきって言葉で済ましていいレベルじゃないですよね……」

千聖「ええ……美術館に飾ってあってもいいくらいの絵ね……」


イヴ「次のページは……わぁ、これも素敵な絵です!」

日菜「さっきと作風が違うね!」

千聖(イヴちゃんと日菜ちゃんの言葉を聞いて、私も再びスケッチブックへ視線を落とす)

千聖(今度の絵は先ほどとは違う趣向のようだった。風景画と聞いて最初に思い浮かべるような絵だった)

千聖(湖……いや、大きな池かしら。それがスケッチブックの下半分に描かれている)

千聖(そして真向かいには赤い小さな夕陽がこれから沈みゆこうかというところだった)

千聖(池の真ん中には一艘の小さなボートがポツンと描写されている)

千聖(全体的に暗めの色が使われているけど、空の色に使われている橙色と赤色が妙に映えて、温かみのある絵だった)

彩「あ、それは印象主義の絵で……公園の池を見ながら、『日の出』っていう絵を真似してみたんだ」

千聖「真似……出来るの?」

彩「え、うん。絵の描き真似くらいなら簡単でしょ?」

千聖「これを本当に簡単だ、って言えるのはごく一部の限られた人間だけだと思うけど……」

麻弥「これが本当の天才肌ってものなんでしょうか……」

彩「そ、そんな褒められるものじゃないよ。これは私のオリジナルじゃないわけだし……何かの、もしくは誰かの真似をしただけのレプリカだよ」

彩「もっと深い本当のことは」


――ガチャ

芸能スタッフ「すみません、丸山さん。ちょっと今度の仕事の打ち合わせがしたいと先方から連絡がありまして」

彩「あ、はーい!」

彩「ごめんね、ちょっと呼ばれちゃったから行ってくるね。スケッチブックはそのまま見てていいよ」

イヴ「分かりました!」

日菜「行ってらっしゃーい!」

彩「うん、じゃあちょっと行ってきます」

千聖「ええ」


麻弥「……行っちゃいましたね」

千聖「……ええ。なんだか本人がいないところでスケッチブックを見てるのってちょっと覗き見をしているみたいね」

麻弥「まぁ……でも彩さんが見てていいよって言ってくれたんですし」

千聖「……そうね」

千聖(でも、なんだろう。何かがすごく心に引っかかっている)

千聖(普段見ている彩ちゃんと、このスケッチブックに色鉛筆を走らせる彩ちゃん)

千聖(その姿が私の中で一向に合致しない。それどころか、考えれば考えるほど、どんどん離れていっているような気さえする)

イヴ「……あれ?」

麻弥「どうかしましたか、イヴさん?」

イヴ「いえ……このスケッチブック、最後の方のページが綴じられてしまっていますね」

日菜「あ、ほんとだ。ホチキスで止めてある。変なの」

千聖(2人の言う通り、最後の10ページくらいはホチキスで無造作に綴じられてしまっていた)

千聖(丁寧に、几帳面に、紙面の縁に沿うようにして、12個のホチキスの芯が見える)

千聖「まぁ……彩ちゃんのことだから、失敗した絵は見れないようにしてあるんじゃないかしら」

千聖(口にしながら、その言葉の違和感を強く感じる)

千聖(彩ちゃんのことだから)

千聖(彩ちゃんのことだから?)

千聖(彩ちゃんのことだから……失敗した絵は、どうするだろう)

千聖(そのままにしておいて、『えへへ、失敗しちゃったんだ』と照れ笑いを浮かべる)

千聖(あるいはそのページだけ破いて、『これはなかったことにしよう!』と明るく言う)

千聖(その姿は考えられるけど、だけど、ホチキスで止めてそのまま放置するなんて……彩ちゃんはするだろうか)


日菜「この中身、気になるなぁ。見ちゃお!」

麻弥「ひ、日菜さん、流石にそれはマズいのでは……」

日菜「えいっ!」

千聖(麻弥ちゃんの制止も聞かず、日菜ちゃんはホチキス止めされたページを開く)

千聖(バリバリ、と紙が少しだけ破れる音がした)

千聖(その音がどこか空恐ろしく聞こえたような気がして、少し背筋が震える)

日菜「んーっと、これは……なんだろ?」

イヴ「たくさんの人の顔が書いてありますね……」

千聖(見てはいけないものかもしれない)

千聖(そんな思いがあるものの、私は好奇心に負けて、イヴちゃんと日菜ちゃんに続いてスケッチブックを覗き込む)

千聖(麻弥ちゃんも恐る恐るというように、スケッチブックに視線を落としていた)


千聖「……っ」

千聖(そしてやっぱり私は後悔した)

千聖(好奇心は猫をも[ピーーー]。ただその言葉が脳裏に浮かんだ)

千聖(イヴちゃんの言う通り、紙面にはたくさんの人の顔が描かれていた)

千聖(確かに、みんな笑顔だ)

千聖(そして、みんな笑顔で、目だけが笑っていない)

千聖(そんな顔がいくつもスケッチブックの上に描かれている)

日菜「んー、変な絵。あ、右下の方に何か書いてある」

日菜「えーっと……『ひとのあさましいほんしょうのえ』……?」

千聖(何でもないように日菜ちゃんがそれを読み上げる)

千聖(私もそこへ視線をやって、先ほどよりも強く背筋に冷たいものが走った)

千聖(紙面の右下の隅、小さく、ただ几帳面であるという以外に表現のしようがない文字で、二重の鍵括弧に括られた、ひらがなのタイトル)

千聖(『ひとのあさましいほんしょうのえ』)

千聖(『人の浅ましい本性の絵』?)

千聖(私が普段見ている彩ちゃんのイメージに大きなヒビが入ったような気がした)

日菜「ふーん……」

イヴ「…………」

麻弥「…………」

千聖「…………」

千聖(日菜ちゃんは何でもないようにしているけど、私と麻弥ちゃんとイヴちゃんは黙りこくってしまった)

日菜「えーっと、次のページは……」

千聖「ひっ、日菜ちゃん? あんまり、その、ページを進めるのは、彩ちゃんに悪くないかしら?」

千聖(諫める為の言葉が裏返る。これは彩ちゃんの為の言葉なのか、私自身の為の言葉なのか。判断がつかない)

日菜「ダイジョーブでしょ! 彩ちゃんがスケッチブック見てていいよって言ったんだし!」

千聖(あなたは怖くないの? と喉元まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む)

千聖(それを言ってしまったら、いつも一生懸命で頑張り屋さんで、私たちの知っている彩ちゃんがどこか遠くへ行ってしまうような気がしたから)


日菜「えーっと、次は……また変な絵だねぇ」

千聖(これ以上見てはいけないかもしれない)

千聖(だけど、私は日菜ちゃんが捲ったページに食い入るように見入ってしまう)

千聖(それは多分、何でもない絵……のはずだった)

千聖(太陽の光が燦々と降り注ぐ大地に、大きな、とても大きな……周りにある家よりも、山よりも高い一輪の花が咲いている)

千聖(よく見ると、その家々や山々もどこかおかしい。パースだとか、色合いだとか、そういったものが、少しだけ狂っている)

千聖(見てはダメなものかもしれない)

千聖(殊更強くそう思うけれど、私の目はまた紙面の右下の方へ動いてしまう)

千聖(またタイトルが書いてあった)

千聖(『どりょく ゆめ きぼう あこがれ』)

千聖(几帳面な字だった。一寸の狂いも許さないというような、とても几帳面な字だった)

日菜「彩ちゃん、おっきなお花になりたいのかなぁ?」

麻弥「そ、そうですね、きっと彩さんのことだからそうですよね!」

イヴ「…………」

千聖(麻弥ちゃんの空元気ともとれるフォローに、私とイヴちゃんは何も言葉を返せなかった)


日菜「次のページは……うわー、なーんか暗い絵だなぁ」

イヴ「っ」

千聖(イヴちゃんが小さく息を飲む音が聞こえた)

千聖(日菜ちゃんの言う通り、何とも暗い絵だった)

千聖(背景は白が基調で……何か、美術作品の展覧回のような絵だ)

千聖(そのどれもが、有り体もなく言えば悪趣味な造形で描かれている)

千聖(絵には詳しくないけど、抽象派、というんだろうか)

千聖(意図的にぼかされ崩された美術作品とそれを見ている人間の様子が、なんとも気味悪く描かれていた)

千聖(絵の全体を見てから、また私は右下の方へ視線を滑らせる)

千聖(『えそらごとのせかい』。そして、その横に小さな黄色いバラが描かれている)

千聖(どんどん変わっていく作風の中、その几帳面な文字だけが何も変わらずに並べられていた)


日菜「うーん、なかなか面白い絵がないね。次は……」

千聖(日菜ちゃんは呟きながらページをめくる)

千聖(それに対して、私も麻弥ちゃんもイヴちゃんも、もう何も言葉を出せない)

千聖(引き返せないところにまで来てしまった)

千聖(多分、私たち3人の中にはこんな感じの感情があるんだと思う)

日菜「あれ、これは普通の絵っぽい」

千聖(日菜ちゃんがちょっと驚いたように言う)

千聖(確かにこれは今までに比べれば普通に分類される絵なのかもしれない)

千聖(古びた木造アパートの一室だった)

千聖(乱雑に散らかった部屋、開け放たれた窓、薄汚れた壁)

千聖(その中心にまっさらなキャンパスがあって、それに向かう男性の後ろ姿が描写されていた)

千聖(タイトルは……『    』)

千聖(二重の鍵括弧で括られた空間には、何も書かれていなかった)

千聖(……確かに、見様によっては普通の絵なのかもしれない)

千聖(けれど、ぐちゃぐちゃに散らかった乱雑な部屋の中、ただ一か所だけ真っ白なキャンパスに何か不安定な気持ちになってしまう)


日菜「これはちょっと彩ちゃんっぽいかなぁ。次行こっと」

千聖(……それから、日菜ちゃんはどんどんとページを捲っていく)

千聖(私もスケッチブックのページに目を通していたけど、そのどれもが意味不明であったりどこか薄気味の悪い絵ばかりで、絵の調子もマチマチだった)

千聖(ただ一貫して、絵のタイトルだけは几帳面なひらがなで書かれていた)

千聖(それにまた不安な気持ちが胸中に広がっていく)

千聖(身体に必要以上に力が入り、足がまるで他人のものであるかのように動かせない)

千聖(気付けばイヴちゃんは私の洋服の端をギュッと握り、麻弥ちゃんも自分の身体を抱きしめるようにして彩ちゃんの絵を覗き込んでいた)


日菜「ん、これで最後だね」

千聖(そして、スケッチブックの最後のページに辿りついた)

日菜「うーん……なんか普通の絵だ」

千聖(確かに日菜ちゃんの言う通りだった)

千聖(窓から茜色の西日が射す部屋)

千聖(その光に照らされた勉強机とベッド)

千聖(光が射しこんできている場所以外は丁寧に黒く塗りつぶされていた)

麻弥「ひっ……」

千聖(でも、そのなんともない絵を見て、麻弥ちゃんが小さな悲鳴を上げる)

千聖「麻弥ちゃん? どうかしたの?」

麻弥「……こ、これ、この絵……」

イヴ「……?」

麻弥「はな、離れて見ると……」

千聖「離れて……?」

千聖(その言葉を不審に思い、私も麻弥ちゃんと同じくらいにまでスケッチブックから身を退く)

千聖(そしてもう一度、その絵に目を落とし、)

千聖「ひゃっ」


千聖(浮かんできた文字に悲鳴がこみ上げてきた)

千聖(丁寧に、丁寧に、黒く塗りつぶされた光りの届かない空間)

『どうして』

千聖「っ」

『どうしてどうして』

『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

千聖(そこには、遠目で見るといくつもの『どうして』という言葉が浮かぶように、几帳面に、いくつもの違う黒色が塗り重ねられていた)

千聖(スケッチブックの右下には、今までよりもずっと小さな文字で“まんまるおやまにいろどりを”とだけ書かれていた)

イヴ「っ!」

日菜「へー、なんか芸術家みたいな描き方だね!」

千聖(私と同じように絵を見てしまったイヴちゃんは、ギュッと目を瞑って私にしがみついてくる)

千聖(麻弥ちゃんも青白い顔をしながら、スケッチブックから目を逸らす)

千聖(その中で日菜ちゃんだけは最初と何も変わらずにそんな感想を吐き出していた)

――ガチャ

彩「戻りましたー!」

麻弥「うわぁ!?」

イヴ「ひゃぁ!?」

千聖「っ!?」

日菜「あ、おかえりー!」


彩「うん、ただいま! あれ、どうしたの、麻弥ちゃん、イヴちゃん、千聖ちゃん? なんか顔色悪くない?」

麻弥「い、いえ……」

イヴ「なんでも……ないです……」

千聖「そ、そう、ね」

彩「ふーん? ……あっ」

千聖(と、そこで彩ちゃんが机の上のスケッチブックに目をやり、小さく声を漏らす)

千聖(その反応に冷や汗が滲む)

彩「あー、この絵……見られちゃったんだ……」

千聖(バツの悪そうな顔をして、彩ちゃんは頬を小さく掻く。私は少し大きく息を吸い、意を決して言葉を投げる)

千聖「あっ、彩ちゃん、その、この絵は……」

彩「んとね、これね? あの……恥ずかしいんだけどさ、一時の気の迷いっていうか……中二病? っていうのかな?」

千聖「ちゅ、中二病?」

彩「うん……こういう作風の画家さんに憧れてた時があってね? それを描いてみたんだ」

日菜「あはは、あこちゃんみたいだね」

彩「もー、黒歴史だから見られたくなかったのに……日菜ちゃんでしょ、ホチキス外したの」

日菜「ごめんごめん、気になっちゃって」

彩「まー、絵を見ていいよって言ったのは私だし……しょうがないか」


千聖(そう言う彩ちゃんの様子はいつもと何も変わらなかった)

千聖(ということは、今しがた見ていた絵といつもの彩ちゃんはなんら関係がないんだろう)

千聖(そう思って、私は大きく息を吐き出した)

千聖(ずっと強張っていた身体の力がようやく抜けてくれた)

彩「えっと、ごめんね? あんまり見てて気持ちのいいものじゃなかったでしょ?」

麻弥「い、いえいえ……勝手に見たのはジブンたちですから」

イヴ「そ、そう、ですね……でも、確かにちょっと怖かった……です」

彩「うう、怖がらせちゃってごめんね、イヴちゃん」

千聖(彩ちゃんは縮こまっているイヴちゃんの頭を撫でる)

千聖(……あの絵が彩ちゃんの本当の気持ちだとか勝手に考えていたけど、それは考え過ぎね)

千聖「でも、彩ちゃん、このスケッチブックの絵は十分趣味だって言っていいものだと思うわよ」

日菜「うん、あたしもそう思う!」

麻弥「ですね。プロの絵描きさんと比べても遜色しないですよ」

イヴ「はい! 最後の方はちょっと……ですけど、他の絵はとても素晴らしかったです!」

彩「ほんと!? えへへ、じゃあ次のインタビューで、これが趣味だって言ってみるね!」

彩「みんな、この絵を褒めてくれてありがと!」


――後日 インタビューにて――

――それでは、今日はよろしくお願いします

彩「はい! よろしくお願いします!」

――今回の企画はアイドルの方の趣味を掘り下げるというもので

彩「はい。雑誌の方は何度か拝見させていただいてます。私もこういう雑誌の取材を受けられるくらい有名になったんだな~って感慨深いです」

――ありがとうございます。それで、彩さんはSNSと自撮りの研究が趣味だとありますが

彩「えーっと、SNSでファンの方の生の声を聞くことが励みになるので……そういった意味で、はい」

――自撮りの研究とは?

彩「それはもう、やっぱりアイドルですから! どうやって写真に写れば可愛く見られるかっていうのを研究してるんです!」

――意識が高いんですね

彩「え? いやいや、そんなことないですよ~。こう、もっと私のことを見て欲しいっていうか、本当のところをみんなに知ってもらいたいっていうか……そういう気持ちからですから」

――なるほど

彩「あ、そうだ。趣味といえば、新しい趣味が出来たんです」

――新しい趣味?

彩「はい! あ、新しいって言っても子供の頃からやってたことなんですけど……その、お絵かきが好きなんです」

――それはまた、とても可愛らしい趣味ですね

彩「えへへ、ありがとうございます。下手の横好きなので、あんまり大っぴらにすることもないと思ってたんですけど、ちょっとこの前、気が変わりまして」

――なるほど。どんな絵を描かれるんですか?

彩「そうですね。風景画とかが好きで、お休みで天気のいい日は公園とかに出かけて、色鉛筆で絵を描いてますね」

――とても彩さんらしいですね

彩「そ、そうですか? えへへ、ありがとうございます! あ、でも本当に描きたいことはもっと別のことなんですよね」


――別のこと?

彩「はい。こう、忙しかったり上手くいかなくて凹んだ時とか……ただ思ったことだけをスケッチブックに描いていくこと。それが本当に描きたいことなんですよね」

――芸術家みたいですね

彩「そ、そんな大層なものじゃないですよ」

――なにかテーマとかを決めて絵を描かれるんですか?

彩「そうですね。今まで描いたホントの絵のテーマですと、『努力、夢、希望、憧れ』とか、『絵空事の世界』……あとはなーんにも考えないで、まん丸お山に彩りを、なんて呟きながらスケッチブックを塗りつぶすこともありますよ」

――結構本格的なんですね

彩「あ、あはは、そう言われるとなんだかむず痒いです」

――先ほど大っぴらにするつもりはなかったと仰っていましたが

彩「あー、そのつもりだったんですけど……えへへ、実はパスパレのみんなが『素敵な絵だね』って褒めてくれまして……」

彩「自信がなかったんですけど、気に入ってくれて、認めてくれたのがすごく嬉しかったんですよ」

彩「昔に描いたちょっとお粗末な絵だって、みんなずっと、食い入るように全部見ててくれましたから」

――では、最後にその仲間のみなさんに向かって一言

彩「え? えーっと……それじゃあ、ホントの絵、また描いたから見せてあげるね?」

彩「今度のテーマは“ようこそ”だよ!」

――本日はありがとうございました

彩「はい、ありがとうございました!」



そのインタビュー記事を見た千聖さんが震えあがることになるのでしたとさ


もしも丸山彩が天才画家だったら おわり

天才画家ってみんな闇抱えてそう、という偏見だけで書きました。
お見苦しいものをお見せしてしまい大変申し訳ございませんでした。


湊友希那「もしも私が↓1だったら」

フィルターかかってる場所があった
saga入ってる?

>>72
普段saga入れないので……うっかりしてました
重ね重ね申し訳ないです(・ω・`)


もしも湊友希那が幽体離脱した霊体だったら


友希那『……あら?』

友希那(夜。ふと目を覚ますと、なんだか身体がとても軽かった)

友希那(重力を全く感じないというか、地に足がついた感覚がしないというか)

友希那(不思議に思って辺りを見回してみる)

友希那(時計は午後11時を指していて、いつもより高い視線を下に向けると、ベッドに横になっている自分の姿が目に映った)

友希那『これは一体……』

友希那(首を傾げつつ、体を動かしてみると、フワフワとあちらこちらに飛べるようだった)

友希那『状況はよく分からないけど……なんだか楽しいわね』

友希那(身体と共に思考も上ずっていたのか、私はそんなことを呟くと、ふと外を飛んでみたくなった)

友希那『物に……触れるのかしら』

友希那(カーテンに手を伸ばしてみると、布の感触も何もなく、手だけがカーテンの向こうに吸い込まれていった)

友希那『触れないけど、すり抜けられるみたいね』

友希那『なら……』

友希那(思い切って、窓に向かってフワリと飛び込んでみた)

友希那(すると、特に何かにぶつかるという感触もなく、家の外に漂うことが出来た)

友希那『……面白いわね、これ』

友希那(リサが読んでいた漫画にこんな体験のことが書いてあったな、とふと思い出す)

友希那(あれは月曜日の友達と空を飛ぶ話……あ、違うわ、これじゃない。左手に鬼を宿す地獄先生の話ね)

友希那『確か幽体離脱、と言ったかしら』


友希那(どうしてこうなったのかは全く分からないけど、せっかくなので私は街の空を飛んでみることにした)

友希那(水中を泳ぐように、夜空へ向かって空気を手でかいてみる)

友希那『……いけるわ』

友希那(どんどん自分の身体が空へと昇っていく)

友希那(しばらくそうしていると、私の住む街が真上から一望できるくらいの高さにまで昇りつめた)

友希那(夏の夜の街はシンと静まり返っていた。大きな国道にはトラックがちらほらと走っているけど、それ以外に動いているものは何もない)

友希那(家々の明かりももうほとんどが消えてしまっていた)

友希那『ふふ、頂点に狂い咲いたら、こういう景色が見えるのかもしれないわね』

友希那『……この身体であまり高いところにまで行くと、このまま天に召されてしまうのかしら』

友希那(そう思うと少し怖い思いがした。だけど、こんな珍しい体験をすぐに止めてしまうのはもったいない)

友希那(どうしようかしら、と少し考えてから、ハタと思いつく)

友希那『そうだ。せっかくだし、ロゼリアのみんなの様子でも見に行きましょう』

友希那(そうと決まれば、まずは私は宇田川さんの家を目指して空を飛ぶことにした)


――宇田川家 あこの部屋――

宇田川あこ「よし、やった――うわー! まだ倒しきれてなかったぁ!」

友希那『電気が点いてる、と思ったらまだゲームをしていたのね……』

あこ「りんりーん! 助けて~!」

友希那(インカムの付いたヘッドフォンをしていて……燐子と電話でもしながらやっているのかしら?)

友希那(はぁ……燐子も燐子ね。電話代だって嵩むでしょうに)

友希那『まったく……いくら夏休みだからって、夜更かししてまでゲームをするのは感心しないわよ』

友希那(さて、どうしようか)

友希那(あこのゲームを中断させたい、けど、今の私は物に触れないのよね)

友希那(……声は届くかしら)

友希那『あこ』

あこ「ありがと、りんりん! 助かったよ~!」

友希那『……これは、私の声そのものが聞こえないのか、ただ燐子と電話してるから聞こえていないのか』

友希那『もう少し近づいてみましょう』

あこ「うん、うん……それじゃあ次は――って、あれ?」

友希那『?』

あこ「あ、ううん。なんか、急に冷たい風が吹いてきたっていうか、なんていうか……」

友希那(冷たい風……冷房じゃないのかしら)

あこ「ううん、冷房じゃない……と思う。なんだろう、冷蔵庫開けたみたいな?」

友希那(もしかして、私の周りの空気が冷たいのかしら。ちょっとあこの首に触れてみましょうか)

あこ「ひゃあっ!?」

友希那『わっ』

あこ「え、え!? いや、なんか急に首元が冷たくなって……!? え!? 幽霊!?」

友希那(そんなに冷たいのかしら。でも今の季節にはちょうど良さそうね)

あこ「や、やめてよりんりん……お化けなんていないよ……」

友希那(……これ、燐子がちょっと面白がって怖い話をしてそうね)

友希那(ふふ……いつもあこには振り回されているし、たまには私の方からあこにイタズラするのもいいかもしれないわ)


あこ「あ、あこが今までゲームで使った死霊が……?」

友希那(なるほど、そういう方面で攻めてるのね。なら私も……)

あこ「耳を澄ませば……恨みを呟く声……」

友希那『たすけて』

あこ「ひっ!?」

友希那『ねぇ、どうして? どうして見捨てたの? ねぇ、ねぇ』

あこ「や、やだ……やめてよぉ……」

友希那(私の声、聞こえてるみたいね)

友希那『ねぇ、また一緒にあそびましょう? あこ、ほら、ねぇ? ふぅー』

あこ「ひゃぁ……!? また冷たい風が……」

友希那『ふふふ……ふふふふふ……』

あこ「い、やぁ……お、おねーちゃん助けて……」

友希那『今日は見逃してあげるけど、夜は早く寝なさい?』

あこ「は、はいぃ……夜更かしはしません……早く寝るようにします……」

友希那『ふふ、いい子ね。でも、もし約束を破ったら……ふふ、ふふふふふふ……!』

あこ「ひゃあ!? ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」

友希那(……少しやり過ぎたかしら)

友希那(椅子の上で縮こまってブルブル震えてるあこを見てたら……こう、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまったわ)

友希那(最後にフォローだけしておきましょうか)

友希那『あなたが良い子だってことは知っているわ。だから安心して頂戴。私はいつでも、あなたを見守ってるからね?』

あこ「~~っ!! た、助けてぇ、おねーちゃーんっ!!」ガタッ

友希那『わっ』


友希那(フォローのつもりだったんだけど、どうしてかあこは部屋を飛び出していってしまったわ)

友希那(どうしようかしら。……とりあえず燐子にもフォローしておきましょうか)

友希那(そう思って、机の上に無造作に投げ捨てられたヘッドフォンのインカムに口を近づける)

友希那『……聞こえる?』

『えっ!? ど、どなた……ですか……!?』

友希那『通りすがりの……歌姫よ』

『え……え……!?』

友希那『あの子はそのうち戻ってくるわ。気にしないで』

『戻ってって……!?』

友希那『それだけよ。それじゃあね、燐子』

『!? な、なんで……わたしの……!?』

友希那(なんだか電話の向こうの燐子も驚いたような声ばかりだしていたけど……どうしたのかしらね)

友希那(まぁ、きっと飲み物でも零したんでしょう)

友希那『次は……紗夜のところに行こうかしらね』


――氷川家 紗夜の部屋――

友希那『お邪魔します』

友希那『もう部屋は真っ暗だし、流石紗夜ね。夏休みでも規則正しい生活を送っているみたいね』

友希那(でも、紗夜がもう眠っているのなら特にやることもないんだけど)

友希那(……せっかくだし、寝顔の1つでも拝んでから帰りましょうか)

友希那(そう思って、ベッド上までフワリと移動する)

友希那(変な慣性が乗るこの空中浮遊もすっかり慣れてしまったわね)

氷川紗夜「すー……うぅん……」

友希那『あら……少しうなされているわね。悪い夢でも見ているのかしら』

紗夜「マスク……ウサギ……星……うぅ……」

友希那『それにすごく汗をかいているし……エアコンは動いてるわよね』

友希那(チラリと部屋に備えられたエアコンに視線をやる。今の私は気温を感じられないけど、電源のランプと空気を吐き出す音はしっかり確認できた)

友希那『紗夜のことだから冷房の温度を高く設定しているのかしら』

友希那(呟きつつ、机の上に置かれていたエアコンのリモコンを見てみる)

友希那(……やっぱり30℃に……って、これ、暖房になってないかしら)

友希那『何故この真夏に30℃の暖房を……? 何か深い意味があるのかしら?』


――ガチャ

友希那(紗夜の真意を推測していると、部屋の扉が開く小さな音が聞こえた)

友希那(少し驚きながら扉の方へ視線を巡らせると、そこには忍び足で部屋に入り込んできた日菜の姿があった)

氷川日菜「…………」

友希那(日菜は黙ったまま、まるで猫みたいに音もなく、紗夜の枕元まで足を運ぶ)

――カシャ

友希那『え?』

友希那(そして、スマートフォンを紗夜に向けたと思ったら、僅かなフラッシュとシャッター音)

友希那(一体何を……?)

日菜「……えへ、おねーちゃんの寝顔……」

日菜「こっそり暖房をかけた甲斐があったなぁ……寝汗を顔に浮かべて、困ったように、あるいは苦しいって風に、眉根を寄せるおねーちゃんの苦悶の表情……」

日菜「少しはだけたパジャマの胸元、それでもしっかり掛け布団をかけたままの几帳面なおねーちゃん……」

日菜「……火照った肌、そそるなぁ、へへへ……」

紗夜「うーん……胃薬……」

友希那『…………』

友希那(色々不可解なことがあったけど、全部日菜のせいだったのね)

友希那(紗夜も大変ね。身近に破天荒な人がいると……)

日菜「それじゃあ、いい夢を見てね、おねーちゃん」

友希那(日菜は満足そうに頷いて、足音を殺して部屋を出て行く)

友希那(残された私は……どうしようかしら)


紗夜「うーん……うぅ……」

友希那『やっぱりうなされてるわね……流石に可哀想だし、今の私に出来ることは……』

友希那(物に触れないからエアコンは冷房に出来ない……けど、そういえば今の私の近くは涼しいのよね)

友希那(これも仲間の為だし、少し添い寝をしてあげましょうか)

友希那『ちょっと失礼するわよ、紗夜』

友希那(一言断りを入れてから、眠っている紗夜に抱き着くように寝そべってみる)

紗夜「う、ん……」

友希那(……少し寝顔が穏やかになったわね。良かった、効果があって)

友希那(そのまましばらく、紗夜の寝顔を間近で観察する)

友希那(いつもはキリっと前を見据えている瞳も穏やかに閉じられている)

友希那(綺麗な長い睫毛、しっかり手入れがされているだろう艶のある長い髪)

友希那(付き合いはもうそれなりに長いけど、こんなに近くで紗夜の顔を見るのは初めてね)

友希那『綺麗ね……紗夜』

紗夜「すー……すー……」

友希那(先ほどまでうなされていたのが嘘のように、紗夜の寝息はゆっくりとした穏やかなものに変わっていた)

友希那(……特になんの考えもなく添い寝したけど、これ、いつまでやっていればいいのかしら)

友希那(まだ暖房はついたままだし……流石に日菜だってタイマーを設定するくらいの常識はあると信じたいけど……)

友希那『紗夜、離れても大丈夫?』

紗夜「んん……」

友希那(寝顔に尋ねてみるけど、少しグズるように紗夜は身をよじらせるだけだった)

友希那『まぁ……暖房が消えるくらいまではこのままでいましょうか』

友希那『いい夢を見なさい、紗夜』

紗夜「すー……すー……」



友希那(結局、それから1時間も暖房は消えなかった)

友希那(その間ずっと紗夜の寝顔を至近距離から眺めていた)

友希那(もうこの先しばらくは目を瞑るだけで紗夜の寝顔を思い出せそうね……)


――白金家 燐子の部屋――

友希那(紗夜の部屋を後にした私は、今度は燐子の部屋に訪れた)

友希那(もう夜中の1時過ぎだ。流石に燐子の部屋の明かりは消えていた……けど、ベッドの枕元に小さな光が灯っていた)

白金燐子「お化けなんていない……お化けなんて……」

友希那(どうやら燐子がベッドに横になってスマートフォンをいじっているみたいね)

友希那(それにしても、お化けなんていない? って呟いているみたいだけど……どうしたのかしら)

燐子「あの声は……きっと宇田川さんが……イタズラしただけ……」

友希那(……何か心霊特集のテレビ番組でも見たのかしらね。冷房もかけていないのに、布団をかぶって震えているわ)

友希那(怖がっているのならどうにかしてあげたいけど……今の私に出来ることって何かあるかしら)

友希那『……紗夜みたいに添い寝してあげましょうか』

友希那(呟いて、燐子の傍に寄り添う)

燐子「ひゃっ……急に……寒気が……」

燐子「まさか、あ、あこちゃんが……言ってたみたいに……!?」

友希那(声もかけてみましょうか)

友希那『燐子、大丈夫?』

燐子「きゃぁっ」

燐子「い、今の声……!?」

友希那『……どうしたのかしら、そんなに震えて?』

燐子「ひっ、やっぱり聞こえる……!」

燐子「き、きっと……あこちゃんに意地悪して怖い話をしたから……」

燐子「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


友希那『ちょっと、燐子?』

燐子「ごめんなさい、あこちゃんの泣きそうな声が聞きたいって……思って、ごめんなさい……!」

燐子「笑ってるところも好きだけど……泣いてるところはもっとそそるって思ってて……ごめんなさい……!」

友希那(なんだか聞いちゃいけない言葉を聞いてるような気がするわ……)

燐子「悪気はなかったんです……あこちゃんが可愛いのが……いけないんです……」

燐子「無邪気に笑うあこちゃんが……怖い思いをしたらどんな顔をするのかって……気になっちゃっただけなんです……!」

友希那『…………』

友希那(どうしましょう、これ)

友希那(もう頭まで布団を被ってしまっているし……なんだか涙声だし……)

友希那(あれかしら、もしかして私の姿って見えていないのかしらね?)

友希那(そういえばあこも日菜も私のことにまったく気付いていなかった)

友希那(……確かに姿が見えないのに私の声がするって、ちょっと怖いわね)

友希那(燐子に少し悪いことをしてしまったわ)

燐子「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……ぐすっ」

友希那(念仏唱えながら鼻をすすってる……どうにかしてあげたいけど、今の私が何かすると全部が裏目に出そうね)

友希那(……そうね、注意だけして帰りましょうか)


友希那『燐子』

燐子「ひっ」

友希那『夏休みだもの、夜更かしをすることは構わないわ。けど、中学生のあこまで巻き込むのは感心しないわよ』

燐子「はいぃ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

友希那『分かったならよろしい。また夜更かしをするようなら……注意しにくるわよ』

燐子「しません……ぐすっ、ちゃんと規則正しく生活します……!」

友希那『ならいいのよ。それじゃあね、私は帰るわ』

燐子「は、はい……!」

友希那『おやすみ、燐子』

燐子「お、おやすみなさい……!」

友希那(その返事を聞いて、私は燐子の部屋を後にするのだった)


――今井家 リサの部屋――

友希那『さて、最後はリサね』

友希那(燐子の部屋を出て、最後は隣のリサの部屋に訪れる)

友希那(窓から入るのは初めてだけど、もう見慣れたリサの部屋)

友希那(ベッドに目をやると、そこにリサの姿はなかった)

友希那『トイレかしら?』

――ガチャ

友希那(そう呟くのと同時に、部屋の扉が開く)

今井リサ「ふわぁ~……」

友希那(そしてあくびをしながら寝ぼけた目をこするリサが部屋に入ってきた)

友希那(やっぱりトイレだったのね)

リサ「んー……? ゆきなぁ?」

友希那『え?』

リサ「なんで友希那がアタシの部屋にぃ……?」

友希那『え、見えるの、リサ?』

リサ「見えるのって……変なゆきなぁ」

友希那(……どういうことかしら、まだ私、幽体離脱中よね?)

友希那(空中は漂えるし……霊体状態ね。どうしてリサには姿が見えてるのかしら?)

リサ「あーそっか、これ夢かぁ……友希那がこんな時間にアタシの部屋にいる訳ないし……」

友希那(リサはフワフワした口調でそう言うと、ゆったりとした足取りで私に近付いてきて……)

リサ「んー」ギュッ

友希那(そのまま私に抱き着いてきた)


友希那『え、見える上に触れるの?』

リサ「やっぱ夢の中だと……友希那も変なことばっか言うねぇ……」スリスリ

友希那(変わらず寝ぼけた様子で、私に頬ずりをしてくる)

友希那(本当にどうなっているのかしら、これ)

リサ「ねーねーゆきなぁ、久しぶりに一緒に寝よーよぉ……」

友希那『それは……この歳になってまで一緒に寝るだなんて』

リサ「いーじゃんいーじゃん……最後に一緒に寝たのって……小学生の頃だし」

リサ「どーせ夢の中だし、たまにはいーじゃーん……」

友希那『…………』

リサ「あー、なんか友希那、ひんやりしててキモチイイな……えへへぇ~」

友希那(ふやけた笑顔で私の胸に顔を埋めるリサ)

友希那(こんなに甘えん坊なリサ、久しぶりに見たわね)

友希那(まぁ……たまにはいい……のかしら?)

リサ「ねぇねぇゆきなぁ~」

友希那『分かった、分かったから、ベッドに行きましょう』

友希那『立ったまま寝ないの、リサ』

リサ「ん~」

友希那『はぁ……そういえばリサ、寝起きの時はいつもこうだったわね……』

友希那(半分眠っているリサを抱きかかえて、ベッドに横にさせる)

友希那(このまま離してくれるかしら、と思ったけど、リサは私の腕をギュッと握ったまま離さなかった)

友希那『……仕方がない。今日だけよ、リサ』

友希那(呆れたように呟きつつ、紗夜にしたように、目を瞑ったリサの隣に寝そべる)

友希那(紗夜は触れられなかったけど、どうしてかリサには触れることが出来る)

友希那(私は隣に来たのが分かったのか、ごそごそと身体を動かして、また私の胸に顔を埋める)

リサ「ん~、むふー……」

友希那(そして満足そうな声を出したあと、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた)


友希那『……これ、一晩自分の身体から離れてても大丈夫なのかしら?』

友希那(冷静に考えるとかなりダメな気がするけど、既に私の身体はリサにがっちりとホールドされてしまっている。抜け出せそうにない)

友希那『まぁ……どうしてかリサにだけは見えるし触れられるし……平気なのかしらね』

友希那(私はため息を吐いて、フッと身体の力を抜く)

友希那(すると途端に眠気がやってきた)

友希那(久しぶりに間近に感じる幼馴染の温もりと穏やかな寝息)

友希那(それにどんどん瞼が重くなってくる)

友希那(それもそうか、今はもう午前2時を回ったところだ)

友希那(もう難しいことは考えずに、この眠気に身を任せてしまおう)

友希那『おやすみなさい、リサ……』

リサ「むにゃ……」

友希那(寝言なのか相づちなのか判断に迷う返事に少し笑みが零れる)

友希那(どこか和やかな気持ちになりながら、私の意識も夢の世界に旅立っていった)


――翌朝――

友希那「……ん、んん? リサ……?」

リサ「すー、すー……」

友希那(眠りから目を覚ますと、目の前に幼馴染の寝顔があった)

友希那(はて、どうしてかしら? とぼんやりした頭で昨日のことを思い出す)

友希那「確か……そうだ、幽体離脱して……あら?」

友希那(徐々に昨日の記憶が頭の中に浮かんでくる。空を飛んでロゼリアのメンバーの様子を見に行ったこと、そして最後にリサに捕まってそのまま眠ったこと……)

友希那(それはいいとして、自分の身体を改めて見回してみる)

友希那「……私の身体ね。パジャマもいつもの猫柄のだし……」

友希那「…………」

友希那(どうなっているのかしら。私の部屋からリサの部屋に、霊体だけじゃなく実際の身体もやってきた……ということ?)

友希那(どういう原理でこうなってるのかは分からない……けど、1つだけ確かなことがある)

友希那(リサと同衾しているというこの状況)

友希那「……どう考えてもマズイわね」

リサ「ん……ん~? なんかあったかい……」

友希那(そう呟いた直後、リサがうっすらと目を開ける)

友希那(そして私とリサの寝ぼけた眼がバッチリ合うと、徐々に彼女の目が見開かれていく)

友希那「そ、その、おはよう、リサ……?」

リサ「あ、うん、おはよー……って、ええ!?」

友希那「リサ、気持ちは分かるけどちょっと落ち着いて」

リサ「いや、落ち着いてって、なんで友希那がここにいるの!?」

リサ「え、昨日なんかしたっけアタシ!?」

友希那「ええと、信じてもらえるか分からないけど……かくかくしかじかで……」

リサ「……幽体離脱って……昨日のアレ……夢じゃなかったんだ……」

友希那「……ええ」

リサ「…………」

友希那「…………」

リサ「待って、待って待って、色々と後悔で死にそうなんだけど……!」

友希那「……私も似たような気持ちよ……」

リサ「そんな、友希那と同じベッドで一晩過ごしたなんて……しかも霊体? 状態の友希那に唯一触れたって……」

リサ「やりたい放題できたのに……こんなチャンス人生に1回あるかどうか……!」

友希那「……え?」


一方その頃……

――宇田川家――

あこ「おねーちゃーん……むにゃむにゃ」

宇田川巴「はいはい、ちゃんとここにいるぞ」

あこ「ん~……」スリスリ

巴「ったく、幽霊が怖いから一緒に寝て、だなんて……やっぱりあこはまだまだ子供だな」

巴「でも、昔に比べたらずっと身体も大きくなったよなぁ。一緒にベッドで寝るとこんなに狭くなって……感慨深いぜ」

あこ「おねーちゃん、だいすきぃ……えへへ」


――氷川家――

紗夜「…………」ムク

紗夜「何かしら、とてつもなく変な夢を見たような気が……」

紗夜(星のマスクとウサギのマスクを被った2人組に追われて……そこを湊さんが助けてくれるような……)

紗夜「その後、湊さんの胸に抱かれて眠って……」

紗夜「……すごく心地よかったわね」

紗夜「……って、私は何を言っているのかしら……」

日菜「おねーちゃーん! おっはよ~!」バァン

紗夜「……日菜、ノックはキチンとしなさい」

日菜「あーごめんね~」カシャ

紗夜「待ちなさい、どうしていま私の写真を撮ったの?」


――白金家――

燐子「あ……空が明るい……」

燐子「…………」

燐子「結局……一睡も出来なかった……」

燐子「ど、どうしよう……これって夜更かしに……カウントされるのかな……?」

燐子「そうしたら……またあの声が……?」

燐子「――っ!!」

燐子「ろ、ロゼリアの誰かのお家に……今日は泊めさせてもらおう……!!」


――湊家――

友希那パパ「おーい、友希那?」

パパ「あれ、いない……もう起きてどこかに出かけたのか?」

パパ「一緒にメラドに行こうって誘おうとしたのに……残念だ」


――今井家――

リサ「ねぇねぇ友希那、今日もアタシの家にお泊りしない?」

友希那「……昨日までならそれに素直に頷けるけど、今はちょっと……」

リサ「分かった! じゃあこうしよう! ロゼリアのみんなでお泊り会!」

リサ「それならいいでしょ?」

友希那「……まぁ、それなら平気……かしら」

リサ「よーし決定! それじゃあみんなに声かけてみるね♪」

友希那「ええ」

リサ「あは、夜が楽しみだなぁ~」



そしてその夜、あこちゃんに抱き着かれたりんりんに抱き着かれた紗夜さんに抱き着かれた友希那さんがリサ姉にも抱き着かれて非常に寝苦しい思いをすることになるのでしたとさ


もしも湊友希那が幽体離脱した霊体になったら おわり

今日はメットライフドームで『ガルパタイアップ試合』があります
という訳でメラドに行ってきます


弦巻こころ「もしもあたしが↓1だったら」


もしも弦巻こころがサイコパスだったら


奥沢美咲(弦巻こころ)

美咲(彼女は常人とはかけ離れた感性を持っている)

美咲(それは世界でも指折りの大富豪である育ちの環境がそうさせたのか、それとも本人が生まれながらに持つ性格なのか)

美咲(もしくはその両方か)

美咲(『サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが――』というのは一昔前に流行ったライトノベルの書き出しだったと思う)

美咲(この話になぞれば、こころが『サンタクロースは実在する』と言えば実在するし、つまるところ、バックにある弦巻財閥の目の眩むような財産力で叶えられることはすべて叶えてしまう)

美咲(こころが右と言えば、彼女を取り囲む世界は右を向く)

美咲(だからだろうか、彼女は人の気持ちに対して鈍感……いや、考えることが少ないのだと思う)

美咲(頭の中にあるのは“楽しいこと”だけ)

美咲(嫌なこと、興味のないことは存在しない)

美咲(出会った当初、あたしの名前を一向に覚える気配がなかったのもそれ故だろう)

美咲(ただ、それでもとんでもないバンド活動を通じて、こころとは分かり合えたつもりでいた)

美咲(そう、『つもりでいた』)

美咲(それが本当に言葉だけでの意味だったと、あたしは痛感していた)

美咲「……ごめん、もう1回言って貰っていい?」

弦巻こころ「いいわよ。お父様がフランスの学校に行きなさいって言うから、8月から1年くらい留学することになったの!」

美咲「…………」

美咲(弦巻邸。東京の一等地に構えるありえないほどの超豪邸)

美咲(一般庶民にはいつまでも場違いなその豪邸の一室で、やっぱりこころはなんでもないようにそんなことを言うのだった)


美咲「あの、こころ。それってつまり、転校するってことだよね?」

こころ「そういうことになるのかしら?」

美咲「それってどういう意味か分かってる?」

こころ「花咲川女子学園からいなくなるってことよね」

美咲「……ハロハピはどうするのさ」

こころ「どうするって?」

美咲「こころがいなくちゃ活動も何もないでしょ」

こころ「大丈夫よ! その時だけこっちに戻ってくればいいのよ!」

美咲「…………」

美咲(多分、こころは本気で言っているんだろう。確かに自家用ジェットくらい何機も持っているだろうし、日本に来ようと思えばすぐに来れるんだと思う)

美咲(だけど、それだけの問題じゃない)

美咲(時間だってたくさんかかるし、顔を合わせる機会だってよくて週に1回ほどだろう)

美咲(曲を作るのはあたしと花音さんだけど、その大元はこころだ)

美咲(こころがいなければ、多分『ハロー、ハッピーワールド!』は瓦解してしまうだろう)

美咲(そう考えてしまうと、胸の内をチリチリと焦がすような痛みがやってくる)

美咲(どうしてこんな痛みを感じるのか、と考えれば、あたしにとってそれだけこのバンドが大切になっていた、ということ)

美咲(そして、何より大切に思っているだろうと考えていたこころが、想像以上にハロハピという存在を軽く考えていたことに勝手に裏切られた気持ちでいるからだ)

こころ「美咲? どうかしたかしら? なんだか怖い顔をしているわよ」

美咲「…………」

こころ「ほらほら、笑顔よ美咲! レッツスマーイル!」

美咲「ごめん、ちょっと今日は帰る」

こころ「え?」

美咲「ごめん」

美咲(短くそう言って、踵を返す)

美咲(これはあたしのただのワガママだ。弦巻財閥のことに口なんか出せる訳ないし、こころのお父さんから見れば『ハロー、ハッピーワールド!』なんて取るに足らない子供のお遊びだろう)

美咲(でもその事実が胸に深く突き刺さって、色んな感情がごちゃまぜになって、笑うことなんて絶対に出来なさそうだ)

こころ「体調が悪いのかしら? お大事にね!」

美咲(いつもと変わらないこころの声が聞こえる)

美咲(あたしはそれに返事をせず、弦巻邸をあとにするのだった)


……………………


こころ「……ということがあって、今日は美咲は帰ってしまったわ」

松原花音「…………」

北沢はぐみ「え、こころん転校しちゃうの!?」

瀬田薫「フランス……遠い場所まで行ってしまうんだね」

こころ「平気よ! 飛行機でびゅーんって飛べばすぐじゃない!」

花音「え、えっと……すぐ、とは言えないと思うけど……」

こころ「そうかしら?」

はぐみ「こころん、いなくなっちゃうの?」

こころ「いなくなる? あたしはいなくならないわよ? ちょっと海外に行くだけじゃない」

はぐみ「んー……そういうことじゃない気がするんだけど……なんて言えばいいんだろ」

こころ「美咲も変だったけど、今日ははぐみもおかしいわね」

はぐみ「うーん……」

花音「あ、あの、えっと……」

薫「花音。ここは私に任せてくれ」

花音「え?」

薫「こころ、シェイクスピアの演劇を見たことはあるかい?」

こころ「うーん……あったような気がするけど、覚えていないわ」

薫「そうか。では、ある演目のセリフを送ろう」

薫「時はそれぞれの人によってそれぞれの速さで歩むものです。1つ教えてあげましょうか。時がだれにはのんびり歩きをし、だれにはよちよち歩きをし、だれには全力疾走し、だれには完全停止するか」

薫「きっと美咲とはぐみはそう言いたかったんだろう」

こころ「……? どういうことかしら?」

薫「フッ……つまり、そういうことだよ」

こころ「なるほど、そういうことね!」

花音「分かってないような気がするけど……」

はぐみ「んん~……」

花音「はぐみちゃん、大丈夫?」

はぐみ「うん……なんかすっごくモヤモヤしてるけど……ヘーキだよ」

花音「……そっか」

こころ「それじゃあ今日のハロハピ会議は、今度のライブのことでも決めましょう!」

花音(美咲ちゃん……大丈夫かな……)


……………………


――奥沢家 美咲の部屋――

美咲「……はぁ」

美咲(見慣れた自室の天井。ベッドに横たわりながら、そこへ今日何度目かも忘れたため息を吐き出した)

美咲(8月になったら、こころはいなくなる)

美咲(いや、いなくなるっていうか、あたしたちの目の前から遠いところへ行ってしまう)

美咲(そう考える度に、胸の中に重苦しい気持ちが渦巻く)

美咲(今は7月の初頭)

美咲(残されたこころとの時間は約3週間)

美咲(好きだった連載漫画が打ち切られるような、納得のいかない唐突の別れ)

美咲(だけど、これが本当にあたしのワガママであって、ただ拗ねているだけだというのも痛いほど理解できる)

美咲(考えてみれば当たり前のことだ)

美咲(こころは頭に『超』をいくつつけても足りないくらいのお嬢様)

美咲(あたしは頭に『超』なんてつけられないただの一般市民)

美咲(一室の天井の高さだって2倍くらい違うし、弦巻邸の庭はあたしん家が5、6個建ってたって、またバッティングセンターを作れそうなくらい広い)

美咲(考えれば考えるほど、嫌になるほど痛感させられる)

美咲(こころとは住む世界も見えている世界も圧倒的に違うのだ)

美咲(でもそんなことはとっくのとうに分かりきっていたことだし、今さらになってこのことで傷付いてしまうのは……)


美咲「……はぁ」

美咲(何度目かの同じ答えに辿り着いて、あたしはまた何度目かのため息を天井に吐き出す)

美咲(心が痛い。鈍い痛みがやまない)

美咲(どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう)

美咲(どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう)

美咲(かつてのあたしは人生ほどほど、生きる意味なんて寝起き一杯のコーヒーくらいのもんだろう、なんて斜に構えていた)

美咲(それが今じゃ、大切な友達が出来て、唾棄していたハズのセイシュンとやらをこれ以上なく好んでしまっている)

美咲(だからこんな気持ちになってしまうんだ)

美咲(……こんな気持ちなんか、モノ言わぬ機械で出来た生命体みたいに、スイッチ1つで切り替えられればいいのに)

美咲「昔聞いた歌にそんなのがあったな……」

美咲(空想の未来。自分自身もロボットになって、ハートが傷付いたら取り換えればいい。そんな歌だった)

美咲(……いや、いっそミッシェルみたいに心がなければ)

美咲(着ぐるみみたいに命なんてなければ)

美咲(心さえ、心さえ……)

美咲「こころさえ……なかったなら」

美咲(呟いた言葉は、自分でも驚くほど頼りなく震えていた)


……………………


――翌日 花咲川女子学園――

美咲「……あんまり寝れなかったなぁ」

美咲(堂々巡りの夜を目を瞑ってなんとかやり過ごそうとしたけど、なかなか夢の世界はあたしの元へ訪れてくれなかった)

美咲(明けない夜はない、とはいい意味で使われる言葉だろうけど、今のあたしにとっては残酷な響きの言葉だ)

美咲(学校に来れば嫌でもこころと顔を突き合わせることになるんだから)

美咲(いつもよりも圧倒的に早い時間の教室には、あたし以外の生徒はいない)

美咲(あたしは自分の席に座ると、ただボーっと窓の外を眺める)

美咲「いい天気だなぁ……」

美咲(自分の心の中とまるで正反対な空模様に、吐き捨てるように呟いた)

美咲(しょうもなくイライラしているのが分かる)

美咲(原因も分かっているけど、今は寝不足のせいにしておいた)

美咲(でないとまた昨日と同じことをずっと考えていそうだった)

――ガラ

こころ「……あら?」

美咲(だというのにどうしてこう、神様はあたしに対してイジワルなんだろう)

美咲(今一番会いたくない人の声を、よりにもよってこんな朝早くから聞かなければいけないだなんて)

こころ「おはよう、美咲!」

美咲「……ああ、うん」

美咲(窓の外を眺めたまま、あたしはぶっきらぼうに言葉を返す。放っておいて欲しい、という空気を醸し出しているんだけど、果たしてそれをこころが汲んでくれるかどうか)

こころ「身体の調子はどう? もう良くなったかしら?」

美咲(……まぁ、汲んでくれるわけがないか。あたしは小さくため息を吐いて、窓の方へ顔を向けたまま言葉を返す)

美咲「まぁ」

こころ「それなら良かった! そうだ、昨日ハロハピ会議で決めたことがあるの!」

美咲「……そう」


美咲(冷たい言葉も全く意に介さず、こころは言葉を吐き出し続ける)

美咲(今度のライブのこと、新曲のこと、新しい演出のこと、やってみたいこと)

美咲(あたしがそっぽを向いていようとお構いなしだ。ただ自分が楽しいと感じることを喋っているのだろう)

美咲(口を噤んでその言葉を右から左に聞き流しながら、ぼんやりと思う)

美咲(こころはいつだってヒーローであり、ヒロインだ)

美咲(天衣無縫で、唯我独尊で、世界に主役として選ばれて祝福されたような人間だ)

美咲(対するあたしはどうだろう)

美咲(考えるまでもない。ありふれた有象無象の内の1人だ)

美咲(こころは『世界中みんな、誰だってヒーロー』だとは言っていたけど、本当の本当にヒーローになれるのは一部の限られた人間だけ)

美咲(もしも明日世界の危機がやってきたとしたら、あたしはただ助かることを願って震えながら祈ることしかできない一般人だ)

美咲(そう思ってしまうからこそ、こころとの違いをまざまざと感じてしまう)

美咲「うるさい」

美咲(それらが寝不足のイライラと相まって、あたしの噤んだ口はとうとう開いてしまった)

こころ「うん? どうしたの?」

美咲「こころ、ちょっと黙ってて」

こころ「どうして?」

美咲「言ったでしょ、うるさいって」

こころ「なんでうるさいと思うのかしら? こーんなに楽しい話なのに」

美咲「楽しくなんかない」

こころ「どうして?」

美咲「……そういう気分じゃないの」

こころ「そうなの? じゃあどんな気分かしら?」

美咲「…………」


こころ「黙っていたら分からないわよ? ねぇ美咲、どんな気分? どういう話がいいかしら?」

美咲「……っといて」

こころ「んー? 聞こえなかったわ、もう1度言って――」

美咲「ほっといてよっ!」

美咲(空気を読まないこころに、つい語気が荒くなってしまう。しまった、と少し思い、恐る恐るこころへ視線をやる)

こころ「…………」

美咲(こころはキョトンと首を傾げていた)

こころ「珍しいわね、美咲がそんなに大きな声を出すなんて」

美咲「ごっ……」

美咲(出かかった『ごめん』という言葉を飲み込む)

美咲(こころはきっと何も感じていない。そういう日もあるかしら、とか、そんな風にしか思っていない)

美咲(なのにあたしからこのことを謝るのは……なんか癪だ)

美咲(そう思って、再び視線を窓の外へ移す)

美咲「…………」

こころ「美咲が放っておいて欲しいなら仕方ないわね! あたし、楽しいことを探しに行ってくるわ!」

美咲「勝手にすれば」

こころ「ええ。それじゃあね、美咲!」

美咲(パタパタと軽い足音が教室を出て行く)

美咲(それが遠ざかっていって聞こえなくなってから、あたしはため息を吐き出した)

美咲「何やってんだ、あたし……」


……………………


美咲(それから1週間が経った)

美咲(こころに怒鳴ってしまってから、気まずくなったあたしはハロハピ会議にも練習にも顔を出していない)

美咲(ただ意固地になって拗ねている自分が情けなくて、同時にまったく変わった様子のないこころにイライラしてしまっていた)

美咲(花音さんにはハロハピの活動に顔を出さないことを心配された)

美咲(それには素直に謝って、ちょっと時間が欲しいと言った)

美咲(『うん、分かった』と花音さんは頷いてくれた)

美咲(それに申し訳なさが募ったけど、それでもやっぱり、こころに対する感情が上手く整理できそうにない)

美咲(今みんなと顔を合わせても絶対に空気を悪くしてしまうだけだっていうのが痛いほど理解できる)

美咲(でも、こんなことをしている間にも、こころとの別れは刻一刻と迫ってきてしまっている)

美咲(あたしは……どうすればいいんだろう)


……………………


――弦巻邸――

はぐみ「今日もみーくん、来ないんだ……」

薫「美咲……心配だね」

こころ「大丈夫よ! きっと美咲にも何か用事があるのよ。クラスではいつも通りぼんやりしているもの」

花音「…………」

はぐみ「なんだかみーくんがいないと……っていうか、いつもの5人とミッシェルがいないと……」

はぐみ「…………」

薫「はぐみ? どうかしたのかい?」

はぐみ「うん……なんかね、こころんが海外に行っちゃうって聞いてから、ずっとモヤモヤしてるんだ」

薫「大丈夫かい? もしどこか調子が悪いのなら……」

はぐみ「ううん、大丈夫、だと思う。1人でいる時の方がね、色んなことが『うあー!』って頭の中に浮かんでくるから」

こころ「はぐみもどこかおかしいのね。夏風邪かしら?」

花音「…………」

薫「花音?」

花音「え……」

薫「君もなんだかぼんやりしているね」

花音「あ、うん、えっと……ちょっと考えごとしてて……」

薫「もし何か悩みがあるなら聞かせてくれないかい?」

花音「…………」


花音(考えていたのは美咲ちゃんがここに来れない理由……だけど、どうしよう)

花音(このままだと美咲ちゃんはずっとここに来れないかもしれないから……言った方がいいのかもしれない)

花音(きっと私が考えてることは、美咲ちゃんとはぐみちゃんと同じことだと思うから)

花音(でももしかしたら、これを言っちゃったらハロハピがバラバラになっちゃうかもしれないし……)

薫「……何もしなかったら、何も変わらないよ」

花音「か、薫さん?」

花音(どうしよう、と考え込んでいると、いつの間にか薫さんが私に目線を合わせてくれていた)

薫「つまりそういうことだよ、花音。大丈夫。何があったって私はみんなの味方さ」

花音(そして続いた言葉はいつもと変わらないもので、やっぱりそれは失くしたくないものだった)

花音(……そうだ。このまま放っておいたって、もしかしたらみんながバラバラになっちゃうかもしれない。だから……)

花音「ありがとう、薫さん。私、少しだけ、頑張ってみるね」

薫「ふふ、力になれたのならよかった」

花音(私が勇気を出さなくちゃ……!)


花音「……あ、あの、こころちゃんっ」

こころ「どうしたの、花音?」

花音「こころちゃんは、寂しくないの?」

こころ「寂しい? 何がかしら?」

花音「もしもフランスに行っちゃったら……こうしてみんなに気軽に会えなくなるよ?」

こころ「そんなことないわ。だって世界は繋がっているもの! やろうと思ってできないことなんて――」

花音「ううん。あるんだよ、こころちゃん」

こころ「……花音?」

花音(半ば強引に言葉を遮ると、こころちゃんは不思議そうな顔で私を見つめてきた)

花音(いつもキラキラ輝いている無邪気な瞳が私を射抜く。それにちょっと怯みそうになるけど、一度大きく息を吸って、私は言葉を続ける)

花音「あるんだ。こころちゃんには出来るけど、私や美咲ちゃん、はぐみちゃんや薫さんには出来ないことが、たくさんあるの」

こころ「どういうことかしら?」

花音「私たちはね、こころちゃんに会いたいなって思ったって、すぐにフランスには行けないの」

こころ「それならあたしがこっちに来るわよ?」

花音「違うの。そういうことじゃないんだ」

花音「こころちゃんがね? 私たちの手の届かない場所に、何の迷いもなく行っちゃうのが……みんな寂しいの」

花音「私はもちろんそうだし、はぐみちゃんも……そうだよね?」


はぐみ「……うん。はぐみ、仕方ないことかなって思ったんだけど……やっぱりこころんが遠くに行っちゃうのは寂しいな……」

はぐみ「会おうと思えばすぐに会えるって言っても、フランスって飛行機に乗らないといけないんでしょ?」

はぐみ「はぐみの方からこころんに会いにいけないって考えると……楽しいことしてても、急にモヤモヤってしちゃって……」

こころ「…………」

薫「……私もだよ、こころ」

薫「私は王子様だから、みんなの手前、そういう気持ちを出すことはしないようにしようと思っていた」

薫「けど、やっぱり1人になって考えると……こころと離れ離れになってしまうという現実は、胸に大きな穴を空けてしまうんだ」

こころ「…………」

花音「きっと美咲ちゃんが一番強くそう思ってるんだよ」

花音「だからこころちゃんに強く当たっちゃって、気まずくなってここに来れなくて……でもきっと、一番ハロハピを大切に考えて悩んでるの」

花音「それを全部分かって、なんて言えないけど……でも、ちょっとでもいいから、分かってあげて欲しいの」

こころ「……美咲のことを?」

花音「うん」

こころ「それってどういうことかしら」

花音「え……?」


こころ「美咲は美咲だし、あたしはあたしよ。花音だって花音だわ」

こころ「笑顔になればみーんな幸せってことは共通しているけど、でも、人はそれぞれの好みがあるって、前に美咲が言っていたわ」

こころ「それなのに『あなたはこうだ』って決めつけてしまうの? それが相手のことを『分かる』ってことなのかしら?」

こころ「もしかしたら美咲はお腹が痛いとか、そういうことで来れないだけかもしれないじゃない?」

花音「そ、それは……」

こころ「花音とはぐみと薫の気持ちは分かったわ。確かに気軽に会えなくなるのはちょっと寂しいかもしれないわね」

こころ「けど大丈夫よ! だって永遠に会えなくなる訳じゃないもの」

こころ「だから美咲だってそのうち顔を出すようになるわ!」

花音「……違う」

こころ「……?」

花音「違うよ、こころちゃん……それじゃ、誰も笑顔になれないよ……」

こころ「花音?」

花音「こころちゃんは何にも分かってないよ……私のことも、みんなのことも、何にも」

花音「こんなの……ハローハッピーワールドじゃないよ……」

花音「っ……」ガタッ

――ガチャ、バタン

はぐみ「あ、かのちゃん先輩!」

薫「花音……」


こころ「どうしたのかしら? お腹でも痛くなったのかしら?」

はぐみ「こ、こころん……」

薫「はぐみ、花音のことをお願いできるかい?」

はぐみ「え?」

薫「こころには私が話をしてみるよ。だから、はぐみは花音を追いかけてほしい」

はぐみ「う、うん、分かった!」ガタッ

こころ「あら、はぐみも用事があるの?」

薫「ああ、大事な用事があるんだ。だから、こころ。少し私と話をしよう」


……………………


花音「はぁ、はぁ……」

花音「思わず飛び出してきちゃったけど……どうしよう」

花音「こころちゃん……美咲ちゃん……」

花音(やっぱり私、余計なことしちゃったかな……)

花音「…………」

はぐみ「かのちゃんせんぱーい!」

花音「え、はぐみちゃん?」

はぐみ「はぁ、やっと追いついた……意外と足速いね、かのちゃん先輩!」

花音「あ、うん……」

花音(追いかけて来てくれたんだ……)

花音「えっと、はぐみちゃん」

はぐみ「うん?」

花音「その、ごめんね?」

はぐみ「え、なにが?」

花音「こころちゃんの言葉じゃないけど……勝手にはぐみちゃんの気持ちを考えて喋って……」

はぐみ「ううん! それはむしろありがとうだよ、かのちゃん先輩!」

花音「え?」

はぐみ「かのちゃん先輩が言った通りだもん! はぐみ、やっぱりこころんがあんなにあっさり遠くに行っちゃうのってすごくヤだよ!」

はぐみ「ずっとモヤモヤしてた気持ちをかのちゃん先輩が言ってくれたからね、はぐみ、スッキリしたんだ!」

花音「はぐみちゃん……」


はぐみ「それにしても、こころんって意外と分からず屋だったんだね」

花音「うん……我が強いのは前からだけど、まさかあそこまで強烈だったなんて」

花音「このままだと……みんなの気持ちが伝わらないままこころちゃんとお別れになっちゃう……」

花音「どうすれば……どうしたら、こころちゃんに気持ちが伝わるかな」

はぐみ「そんなの決まってるよ、かのちゃん先輩!」

花音「はぐみちゃん、何かいい考えがあるの?」

はぐみ「いい考えかは分からないけど、簡単なことだよ! 分からず屋のこころんがしっかり分かるまで、みんなでお話すればいいんだよ!」

花音「分かるまでお話?」

はぐみ「うん! だってずっと一緒に過ごしてたんだもん! きっとみんなでしっかりお話すればすぐに分かり合えるよ!」

花音(はぐみちゃんは胸を張って、自信満々にそう言う)

花音(その様子を見て、気付かないうちにずっと肩に入っていた力がスッと抜けた)

花音「……うん、確かにその通りだね」

花音(そうだ。美咲ちゃんも、はぐみちゃんも、薫さんも、みんな同じようにハロハピのことを考えてるんだ)

花音(1人で気張る必要なんてないんだ)

はぐみ「よーし、そうしたらまず……」

花音「美咲ちゃんをこころちゃんのお家に連れてかなきゃ、だね」

はぐみ「そうだね! こころん、みーくん、薫くん、かのちゃん先輩、ミッシェル、それとはぐみがいて『ハロー、ハッピーワールド!』だもん!」

花音「うん……!」


……………………


こころ「お話?」

薫「そう、お話だよ。ふふ、こうして2人っきりになることも最近じゃ珍しいし、ね」

こころ「そうね! みんなどうしたのかしら? 流行ってるのかしらね、部屋を出て行くの?」

薫「こころはどうしてみんなが出て行ったんだと思う?」

こころ「うーん、そうね。急用を思い出したり、やっぱりお腹が痛くなったんじゃないかしら」

薫「そうか。こころはそう思うんだね」

こころ「ええ!」

薫「…………」

薫(さて、どうしようか。こころになんと言えばみんなの気持ちを分かろうとしてくれるだろう)

薫(こころはとても強い気持ちを持っている。眩しいくらいだ)

薫(けど、今の私はそれをどうにかして挫けさせる……いや、私たちが入る隙間を作らないといけない)

薫(じゃあ……)


薫「ところで、こころ」

こころ「なぁに、薫?」

薫「いつも楽しいことを話してばかりいるけれど、たまには逆のことも話してみないかい?」

こころ「逆?」

薫「そう。楽しいことの反対……つまり、こころが嫌なことやつまらないこと。それを教えて欲しい」

こころ「そうね……うーん……」

薫「思い付かないかい?」

こころ「ええ。だって嫌なことって考えるだけでもつまらないじゃない?」

薫「ふふ。それじゃあ、こころにとって嫌なことやつまらないことは、それが何かを考えること自体なのかもしれないね」

こころ「言われてみればそうね!」

薫「では、敢えて私はこう言おう。こころ、嫌なことやつまらないことを他に思いつくまで考えてくれないかい?」

こころ「それは無理ね!」

薫「どうして?」

こころ「したくないもの! そんなことをしていたら、笑顔じゃなくなってしまうわ!」

こころ「そんなことを言うなんて、おかしな薫ね」

薫「……こころ、つまりそういうことなんだ」

こころ「え?」


薫「こころが感じる嫌なこと、つまらないこと。それを今、こころはみんなに振りまいてしまっているんだ」

薫「みんなにしたくないことを強いてしまっているんだ」

こころ「そうかしら?」

薫「ああ」

こころ「どうしてそうだと思うの?」

薫「私たちがハローハッピーワールドのメンバーだからさ」

こころ「それってどういうことかしら?」

薫「みんな、こころと別れたくないんだ」

こころ「お別れじゃないわ。会おうと思えば会えるもの」

薫「こころはそう思うんだろうね。けど、私たちはそう思わない。これはハッキリと断言できるよ」

こころ「どうしてかしら? 本当にみんなそう思っているのかしら? 本当のことはその人しか分からないじゃない?」

薫「そうだね。こころの言う通り、当人がどう思っているかは本人にしか分からないのかもしれない」

こころ「やっぱりそうよね!」

薫「ああ。では、こころ。どうして君は美咲の心を勝手に決めつけてしまうんだい?」

こころ「え?」

薫「確かに私が思っていることと美咲が思っていることは違うのかもしれない。だけど、こころが考えていることとだって違うかもしれないだろう?」

薫「それなのに、どうして『美咲はお腹が痛いだけかもしれない』なんて、決めつけてしまうんだい?」

こころ「…………」

薫「美咲がどう思っているのか、実際に聞いた訳じゃないだろう?」

こころ「ええ」

薫「それなら、もう1度みんなで話をしよう」

薫「ハローハッピーワールドの6人で……ミッシェルが来れるかは美咲に聞かないと分からないけれど、話をしよう」

薫(じゃないと、きっとみんな、悔いの残る別れになってしまうんだ)

薫(私たちの気持ちがこころに伝わるかは分からないけれど、何もしなければ何も変わらないんだ)

こころ「確かに、言われてみればそうね! 美咲の声、久しぶりに聞きたいわ!」

薫「そうだろう? だから、こころ。みんなで一緒に、幸せについて本気を出して考えてみよう」


……………………


――同時刻 花咲川女子学園・中庭――

美咲「はぁ……」

美咲「…………」

美咲「……はぁ」

市ヶ谷有咲「……奥沢さん、さっきから何してんの?」

美咲「あ……市ヶ谷さん。どうも」

有咲「ん、どうも。そんで、さっきからベンチに座ってため息吐きまくってるけど、何してんの?」

美咲「あー……まぁ、悩みごと?」

有咲「なんで自分のことなのに疑問なの」

美咲「色々あるんですよ」

有咲「…………」

美咲「…………」

有咲「……話、聞くくらいなら出来るけど」

美咲「え?」

有咲「だから、悩みがあるなら話くらい聞くけどって。恥ずかしいから2回も言わせないでくれよ……」

美咲「ご、ごめん。え、でもどうして?」

有咲「まぁ……奥沢さんは似た者同士だし……その、一応、私は友達だと思ってるからさ……」

有咲「悩んでるなら放っておけないなって……まぁそんなんだよ」

美咲「あー、あー……」

有咲「な、なんだよその反応」

美咲「あ、ごめん。本当に市ヶ谷さんとは似た者同士だなーって思って」

有咲「そうかよ。隣、座るぞ」

美咲「うん」


有咲「……で、どうしたの?」

美咲「んっと、端的に言うと」

有咲「うん」

美咲「こころと喧嘩? した」

有咲「……奥沢さんと弦巻さんが?」

美咲「そう」

有咲「そりゃよっぽどだな。何かあったのか?」

美咲「まぁ、ちょっとこれこれこういう訳で……」

有咲「……ふーん、弦巻さんの人としての在り方の大きさに打ちひしがれてる訳ね」

美咲「まぁ、うん。そういうことになるのかな」

有咲「そんで意地張ってバンドのみんなともロクに話してない、と」

美咲「うん」

有咲「それは100パーセント奥沢さんが悪いな」

美咲「……随分きっぱり言うね」

有咲「まぁ……私も色々あったからさ。ポピパのみんなとすれ違ったりして」

美咲「そういえば、市ヶ谷さんたちっていつも5人でお弁当食べてたのに、しばらく見なかったね」

有咲「ああ。それな、自分勝手な意地を張ってた奴のせいなんだ」

美咲「え?」

有咲「だから、最低なアホが1人で勝手に全部抱え込んでたせいなんだよ」

美咲「最低なアホって……」


有咲「奥沢さんもそうなりたいの?」

美咲「……なりたくないかなぁ」

有咲「ならさっさと話ししてこいって」

美咲「そう簡単に言うけどさ……」

有咲「……つか、そんなんで諦められるの、奥沢さんは」

美咲「諦める?」

有咲「柄じゃないから1回しか言わないけど、私にとってポピパは絶対に失くしたくねー場所だよ。何があったって諦めたくない場所なんだ」

美咲「…………」

有咲「だからホント、タイムマシーンでその時の最低なアホのところに行けるんなら、顔引っぱたいてさっさとみんなに謝らせに行かせるよ、私は」

有咲「んでさ、奥沢さんにとってハロハピって、つまんねー意地で捨てられる場所なの?」

美咲「あたしは……」

有咲「うん」

美咲「…………」

有咲「…………」

美咲「うん……無理だ。失くしたくないや」

有咲「ならどうすればいいかもう決まったな。どっかの最低なアホに感謝しとけよ」

美咲「うん。ありがとう、市ヶ谷さん」

有咲「まぁ……別に? 友達の悩みを聞くくらい私だってやぶさかじゃないし?」

美咲「……そっちじゃないんだけどね、お礼を言ったの」

有咲「なんか言ったか」

美咲「ううん、何も。本当にありがとう、市ヶ谷さん」

有咲「ん」


――pipipipi...

美咲「あれ、花音さんから電話……」

有咲「渡りに船ってやつじゃねーの? 私はこのあと用事あるから、もう行くよ」

美咲「分かった。話、聞いてくれてありがとね、市ヶ谷さん」

有咲「はいよ。そんじゃ」

美咲「うん」

美咲「…………」

美咲「……よし」ピッ

美咲「もしもし、花音さん。ちょうどよかった、今みんな、どこにいます?」


……………………


こころ「けど、美咲は来てくれるかしら?」

薫「大丈夫。必ず来てくれるさ。その為に花音が勇気を出してきっかけを作ってくれたんだからね」

薫「花音とはぐみもすぐに戻ってくるさ」

薫「シェイクスピアもこう言っている。運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ……と」

薫「だから安心してほしい」

こころ「そう! 薫がそう言うのなら安心ね!」

こころ「のんびり待っていましょう!」

薫(花音、はぐみ、美咲……私は信じているよ)


……………………


はぐみ「みーくん、なんだって!?」

花音「う、うん! みんなと話したいから、こころちゃんのお家まで来てくれるって……!」

はぐみ「ほんと!? やったー! やっぱりみーくんもハロハピのことが大好きなんだね!」

花音「うん……よかった……」

はぐみ「よーし、そしたらはぐみたちも早く戻らなきゃ!」

花音「そうだね。急ごう」

花音(美咲ちゃん……きっと、いつものみんなになれるよね……?)


……………………


美咲「はぁ、はぁ……あーきっつー……」

美咲「流石にミッシェルの時よりは動きやすいけど……ミッシェルのおかげで体力はついたけど……」

美咲「こころの家まで走っていくのはキツいなぁ……」

美咲(けど、急がなくちゃ。もう遅いかもだけど、このまま全部が終わっちゃったら絶対後悔してもしきれないし……)

美咲(あーホント、セイシュン大好きだなぁあたしってば……!)


…………………


――バァン!

こころ「あら?」

薫「……ふふ」

こころ「おかえり、花音、はぐみ!」

はぐみ「ただいま、こころん!」

花音「は、はぐみちゃん……足速すぎだよぉ……はぁ、はぁ……」

はぐみ「あ、ごめんねかのちゃん先輩。みーくんが来てくれるって思ったら嬉しくって」

こころ「美咲が来てくれるの?」

はぐみ「うん! さっき電話してね、そしたらこころんの家まで来てくれるって!」

こころ「そうなのね! 本当に薫の言った通りになったわ!」

薫「ふふ、言ったろう? みんなの気持ちは1つなんだと」

薫「さぁ、あとは……おや、噂をすれば影が差す……だね」

美咲「あー、ドア開いてる……よかったぁ、いつもの部屋だった……」




こころ「ようこそ、美咲! なんだか久しぶりね、こうやってみんなが揃うの!」

美咲(ハロハピ会議をするいつもの部屋に辿り着くと、こころがいの一番に口を開く)

美咲(部屋に入ってすぐのところで何故かバテていた花音さんは安心したような顔をして、いつもの席に座った)

美咲「……そう、だね」

美咲(あたしもそれに続いて、いつもあたしが腰かける席へ向かいながら、こころに曖昧な返事をした)

美咲(そして椅子に腰を下ろして、自分の気持ちをどう口にしたものかと考える)

美咲(市ヶ谷さんに背中を押されて衝動的にここまで走ってきちゃったから、言いたいことや言わなきゃいけないことが全然整理出来ていなかった)

美咲(やれやれ、なんてわざとらしく息を吐きながら、室内を見回す)

美咲(まず最初にキラキラした顔をしているはぐみと目が合って、視線を横にずらすとしたり顔の薫さんに頷かれた)

美咲(ああ、まぁ、つまりそういうこと、なんだろうなー……なんて、2人の表情を見て思う)

美咲「えっと、みんな……その、1週間も活動サボってごめん」

美咲(だからあたしは、特に何も考えないで思ったことを口にすることにした)


はぐみ「ううん! みーくんが元気そうでよかったよ!」

薫「その通りさ。ところで、美咲。ミッシェルは今日は来れないのかい?」

美咲「あーごめんなさい。お盆に実家に帰省するから、その準備で忙しいみたいです」

花音「お盆に帰省……」

こころ「そうなの? それなら仕方ないわね!」

薫「残念だね……でも、美咲が来てくれただけでも重畳なことだよ。ありがとう、美咲」

美咲「いえいえ……ここに顔を出せなかったのは、あたしが勝手に拗ねてたっていうか、意地張って最低のバカになってただけなんで……」

こころ「最低のバカ?」

美咲「……そう。どっかのツンデレチョロインさんに背中を押されないと動けない最低のバカになってただけ」

美咲「だから、ごめん。特に花音さんにはすごい心配かけたみたいで……本当にごめんなさい」

花音「ううん、大丈夫だよ」

美咲「そう言ってくれると助かります」

こころ「そうだ! あたし、美咲に聞きたいことがあったの!」

美咲「なに、こころ?」


こころ「美咲のホントの気持ちよ! 美咲がここに来れないのは、あたしはお腹が痛いのかしら、って思ってたんだけど、みんなは絶対違うっていうから気になってたの!」

こころ「あ、でも今、拗ねていたり意地を張っていたって言っていたわね? それってどういうことかしら?」

美咲「それは……ごほん!」

美咲(あたしは大きく咳ばらいをする。これから言うことは、本当にあたしが人生で真面目に発することなんて絶対にないと思っていた言葉だ)

美咲(噛むわけにも裏返る訳にも、照れに負けて曖昧に言うことも許されない)

美咲(自分に気合を入れて、大きく息を吸う。そして口を開く)

美咲「あたしは、こころのことが大好きだからだよ」

こころ「大好き?」

美咲「そう。もちろんこころだけじゃない。花音さんも、薫さんも、はぐみも……あと一応ミッシェルも……『ハロー、ハッピーワールド!』が大好きなんだ」

花音「み、美咲ちゃん……」

薫「ふふ、私もみんなのことが好きさ」

はぐみ「うん! はぐみもだーい好きだよ!」

美咲「だから、だからね、こころ?」

美咲「こころがあたしたちの元から遠くに行っちゃうのが嫌なんだ。簡単に会えなくなるのが本当に寂しくて、嫌なんだ」

美咲「こころにとってはすぐそこで、たった1年のことかもしれないけど……あたしにとってのそれは、今生の別れにも思えるくらい……辛くて寂しいことなんだ」

美咲「それなのにこころは何にも悩まず、みんなに相談もしないで決めちゃうから……こころにとってハロハピって、そんなに軽いものなのかなって……裏切られた気持ちになっちゃったんだ」

美咲「世界を笑顔にするどころか、自分自身が笑顔にもなれなくなっちゃうんだ」

美咲「……これがあたしのホントの気持ち」

こころ「美咲……」


はぐみ「はぐみも同じ気持ちなんだよ、こころん」

はぐみ「こころんが遠くに行っちゃうのはしょうがないよ。もう決まったことだもん」

はぐみ「でも……こころんが寂しくなさそうなのがね? すっごく寂しいんだ……」

花音「こころちゃん、私も美咲ちゃんと同じ気持ちなんだ」

花音「さっきも言ったけどね、こころちゃんには簡単なことでも、私たちにはすっごく難しいことがあるの」

花音「それを……分かって欲しいんだ」

こころ「はぐみに花音も……」

薫「こころ。私の言った通りだったろう?」

薫「美咲も、はぐみも、花音も、もちろん私も……みんな同じ気持ちなんだ。ただ、こころだけが違う気持ちでいる」

薫「それがたまらなく……寂しいんだ」

こころ「薫……」


美咲「だから、こころ。みんなの気持ちを少しだけでもいいから汲んで欲しいんだ」

美咲「じゃなきゃ……きっとこころがいなくなってすぐに、ハロハピはハロハピじゃなくなっちゃうよ」

美咲「あたしはそれが一番嫌なんだ」

こころ「…………」

美咲「こころ」

花音「こころちゃん」

はぐみ「こころん!」

薫「こころ……」

こころ「……みんなの気持ちは分かったわ! あたしもみんなが大好きで、ハロハピが大好きだもの!」

美咲「こころ……! それじゃあ……!」

こころ「ええ!」



こころ「あたし、フランスに行くのやめにするわね!」


美咲「…………」

花音「…………」

はぐみ「…………」

薫「…………」

美咲「……え? こころ、今なんて?」


こころ「だから、フランスに行くのはやめるわ! だって、あたしがフランスに行ったらハロハピがなくなってしまうかもしれないんでしょう? そんなの嫌だもの!」

はぐみ「えっと、こころん。お父さんの言うこと聞かないでヘーキなの?」

こころ「ええ、問題ないわ!」

花音「え、で、でも……お家の関係っていうか、お父さんの仕事の関係で行くんじゃ……」

こころ「いいえ、そんなことはないわよ?」

薫「しかし、こころ……フランスにはお父様が行きなさいと言ったと……」

こころ「ああ、それね! それは……」



―こころの回想―

こころ「ねぇねぇお父様。もっともーっと世界を笑顔にするためにはどうすればいいのかしら?」

こころパパ「そうだねぇ。自分の目で世界中を見てみるのがいいんじゃないかな?」

パパ「世界のことを知らなければ、笑顔にだってしづらいだろう?」

こころ「なるほど! それはいいアイデアね!」

パパ「ふふ、そうかい?」

こころ「流石お父様! とってもクールよ!」

パパ「ハハハ、そんなに褒められたら照れるよ。まったく、こころちゃんはいつも可愛いなぁ。あ、そうだ!」

こころ「どうしたの?」

パパ「パパの知り合いがね、フランスの学校の理事長をやってるんだ。世界のことを見て回りたいならまずそこへ行きなさい。パパがいつでも話をつけてあげるから!」

こころ「本当!? ありがとう、お父様!」

パパ「ところでこころちゃん」

こころ「なぁに?」

パパ「パパのこと、パパって呼んでみない?」

こころ「……? お父様はお父様よ?」

パパ「あーもう、こころちゃんのいけず。でもそんなところも可愛い! こころちゃん可愛い!」ナデナデナデナデ

こころ「きゃーっ、くすぐったいわ、お父様!」


―回想おわり―


こころ「……ということがあったのよ!」

はぐみ「うーんと……」

美咲「ということは、これは……」

花音「私たちの勘違いと……取り越し苦労……?」

薫「つまり……そういうこと、だね……」

美咲「……はあぁぁ~……」

美咲(全身からドッと力が抜けていくのが実感できた)

美咲(今さらながらに学校からここまで走り続けた足が痛くなってくる。明日はきっと筋肉痛だなぁアハハハハ……)

花音「ぅぅぅ……勘違いであんなこと言っちゃった……」

美咲(花音さんは真っ赤になって椅子の上で縮こまってて……)

はぐみ「じゃあじゃあ、こころんは転校しないんだ!? やったー!!」

美咲(はぐみは素直に飛び跳ねて喜んでて……)

薫「まぁ……過ぎた悲劇は喜劇的であるという説もあるからね。今日はこころが遠くに行かないことを喜ぼう」

美咲(薫さんは澄まし顔でわけ分かんないこと呟いてて……)

こころ「よく分からないけど、みんなが楽しそうであたしも嬉しいわ!」

美咲(……当のこころはいつもとなーんにも変わらない笑顔でいるのだった)

美咲(なんだよそれ……)


はぐみ「わーい! こころん、こころーん!」ギュッ

こころ「あら、ダンスがしたいのかしら? いいわよ! 踊りましょう、はぐみ!」

花音「うぅ……」

薫「花音、そう落ち込むことはないさ。シェイクスピアもこう言っている。『所詮は人間、いかに優れた者でも時には我を忘れます』と」

美咲(喜び合って踊るこころとはぐみ、落ち込む花音さんを励ましてるつもりだろう薫さん)

美咲(そんな4人の姿を見ながら、思う)

美咲(こころのためにお屋敷を改造して怪盗ごっこをしたり、黒服を常に側につかせてとんでもない願いでも全部叶えちゃう、弦巻財閥のトップにしてこころのお父さん)

美咲(考えてみれば……そんな人がこころに無理強いしたりなんかする訳ないじゃん……)

美咲(なのにあたしはあんな……『セイシュン、感じちゃってます!』なんてことを……)

美咲「あーもうっ! それもこれもこころの言葉選びが悪いせいだぁ!!」

こころ「あら、今日の美咲はとっても元気なのね! やっぱり久しぶりに5人になれたから嬉しいのね!」

美咲「違うよ! もう、ホント、こころはもう少し人の気持ちを考えられる人になってよ!」

こころ「考える? って言われても、美咲は美咲だし、あたしはあたしじゃない? 1人1人みんな違うからこそ、世界はこーんなに楽しいんだから!」

美咲「はぁぁ……そういう話じゃないのに……」

こころ「あ、そうだ、美咲!」

美咲「今度はなんですか……」

こころ「あたしも美咲のこと、とってもだーい好きよ!」

美咲「えっ」


はぐみ「こころんこころん、はぐみは?」

こころ「もちろん大好きよ! 花音も薫もミッシェルも、みーんな大好き!」

薫「ふふ……私もだよ、こころ」

花音「あ、う、うん……私も」

こころ「やっぱり世界を笑顔にするためにはあたし1人じゃ駄目ね! みんなといる方がずっと素敵で、笑顔になれるもの!」

美咲「あー……うん、まぁ……そうだね」

美咲(……まぁ、色んな勘違いが重なってこんなことになっちゃったけど……)

美咲(これはこれでいい、のかなぁ?)

こころ「そうだ! いいことを思い付いたわ!」

花音「ど、どうしたの、こころちゃん」

こころ「あたし1人じゃなくて、みんなで行けばいいんだわ!」

薫「と、言うと?」

こころ「ほら、もうすぐ夏休みじゃない! だからみんなで世界中を飛び回って、世界を笑顔にする旅をすればいいんだわ!」

はぐみ「おお! すっごく楽しそうだね!」

こころ「どうしてこんな素敵な考えに気付かなかったのかしら! 早速お父様にお願いしてみるわね!」

美咲「ちょ、待って待って! それ、かなり長い旅行になるでしょ! ちゃんとみんなの予定を合わせてからしっかり日程を決めないと……」


こころ「大丈夫よ!」

美咲(いつもと変わらずキラキラした瞳で、こころはそう言い切る)

美咲(何が大丈夫なのか、そもそも世界中を笑顔にするってどうするつもりなのか、色々と言いたいことはある……けど)

美咲「…………」

美咲(こうなったら何を言っても絶対無駄だし、そもそも、あたし自身がそれをとても楽しそうだな、なんて思っちゃってるワケであって)

美咲「……まぁいっか」

美咲(相変わらず空気を読まないパワフルでピュアでハッピーなこころ)

美咲(そんなこころと合わせてとんでもないことをしだしたり言い出したりする薫さんとはぐみ)

美咲(それに一緒に振り回されて、苦労を分かち合える花音さん)

美咲(そんなみんなが……あたしは大好きなワケだし)

こころ「今年の夏は楽しそうなことがたーっくさん起こりそうね!」

はぐみ「だね! ミッシェルも来れるかなぁ?」

薫「ふふ……来れるに決まっているさ」

美咲(いつも通りにはしゃぎ始めた3人)

花音「み、美咲ちゃん……旅行中も一人二役で大変そうだね……」

美咲(いつも通りあたしを心配してくれる花音さん)

美咲「まぁ、もう慣れましたし……あたしも、好きでやってますから」

美咲(そしてほんのちょっとだけ素直なあたし)

美咲(……こんな『ハロー、ハッピーワールド!』もあたしは大好きなんだから)


こころ「ほら、美咲と花音もこっちに来て、旅行のことを考えましょう!」

花音「う、うん!」

美咲「はぁ……。はいはい、行きますよ~」

薫「ここはやはりミッシェルの為にサプライズを――」

はぐみ「あ、いいね! 海の上でバトルしたり――」

美咲「ちょ、何をやらせるつもりなの――」

花音「が、頑張ってね、美咲ちゃん――」

こころ「やっぱりみんながいると、とっても楽しいわね!」



そして件の旅行中、弦巻財閥によって秘密裏に開発されたアンドロイド『ミッシェルM型2号(通称M2)』とミッシェルin美咲が、どちらがハロハピにふさわしいかを賭してバトルすることになるのでしたとさ


もしも弦巻こころがサイコパスだったら おわり

言うほどサイコパスでもなんでもないし
言うほど安価スレでもなかったなぁという自責の念が強くありますが、お付き合い頂きまして誠にありがとうございました。


戸山香澄「たられば」

※小説版のネタバレが少しあります


「たられば?」

「そう。もしも自分が生まれ変われるならどうなりたい?」

「ベンケー殿、藪から棒にどうした」

「昨日テレビでそんな番組があったのよ」

「生まれ変われるならっすか……」

「それなら私、定時じゃなくて普通の時間に学校に通いたいな。豹変するクラベン系有咲ちゃん、生で見てみたいよ」

「残念、今は別にそんなでもないから」

「……そうかなぁ」

「かすみん? あんたも人のことあんま言えないからね?」

「ま、前よりはマシになった……と思うから……」

「でも確かに1人だけ違う時間って寂しいっすよね。自分にはその気持ちがよく分かるっす」

「うさぎ殿だけクラスが離れ離れだもんな」

「っす。毎朝寂しいっす……」

「だからって今生の別れみたいなこと毎朝やらないでよ……」

「ベンケー殿は薄情者だ」

「うるさいエセニンジャ」

「あはは、やっぱり楽しそう。もしも生まれ変われるなら、やっぱり私もみんなと同じクラスで同じ時間に授業が受けたいな」

「うん。わたしも沙綾ちゃんと一緒に勉強したいな」

「そしたら机のやり取りじゃなくて、普通に香澄ちゃんに声かけるよ」

「うんっ。また初めての友達になってね」


「はぁぁ……自分も生まれ変わってみなさんと同じクラスになりたいっす」

「しかしうさぎ殿は進級でクラスが同じになる可能性もあるのではないか」

「あ、言われてみれば」

「じゃあ他のたらればね」

「え、えっと……それじゃあ、何事にも動じない人間になりたいっす」

「例えば?」

「こう……自分の芯をしっかり持って、好きなものは好きだとハッキリ言える人間、っすかね」

「たえちゃんがそういう人間……」

「想像が出来ないわ」

「それ……分かる」

「流石かすみんセンパイ……やっぱりセンパイは自分の良き理解者っす」

「その良き理解者が自分と同類だと知った瞬間のうさぎ殿がこちら」カチ

『ええええっ! そうなんすか? こっちがホント? マジで!? そうなの? ねえ、そうなの? かすみん』

「え、ちょっ……」

『元気だしてってば、かすみん! きっといい返事があるって。めそめそすんなって!』

「ニンジャセンパイ、いつ録ってたんですかこれ!?」

「これぞタンバ流ニンジュツのシンズイ……」

「確かに芯がぶれっぶれだわ」

「へぇー、たえちゃんってこうやって喋る時もあるんだ」

「あ、あああの、これはなんと言いますか、ついテンションがサンダーボルトだったというか……ごめんなさい、かすみんセンパイほんとごめんなさい、反省してます、ごめんなさい」

「え、えっと、わたしはあの時、励ましてくれて嬉しかったよ」

「か、かすみんセンパイ……! やっぱりセンパイは自分の最大の理解者っす!」


「まぁ……おたえのそれは正真正銘生まれ変わらないと治らないわね」

「せっかくの美形がもったいない。うちのように泰然としてればいいのに」

「そういうりみちゃんはないの? 生まれ変われるなら、って」

「うちにはない。うちは何度生まれ変わろうと師匠と出会って、日本一のバンドに入ってん本一の仲間たちを支え続ける」

「りみりん……」

「だからガマガエルの親分はうちが倒すねんよ。みんなは安心しててなー」

「意味分からない。りみはホント、今すぐにでも生まれ変わって、そういうヘンテコなとこがなくなった謙虚で可愛げのある女の子になればいいのに」

「失礼な。うちは今でもキュートでパーフェクトなピンク色の女子高生である。ヒキコモリのクラベン系女子とは違うのだよ」

「もうヒキコモリじゃありませーん」

「ではここで半年前のベンケー殿を振り返って頂こう」カチ

『うるさいわね。別に怖くないわよ。あたしは自分の属性のフィールドにいないと能力が制限されるのよ』

「ちょ、なんで録って……!」

『あたしはただ、周りにこんなにJKがいるなんて、ギャルゲーみたいだなって緊張してるだけよ』

「すっごいか細い声だねえ」

「これが学校でのベンケー殿の標準なのであった」

「へぇ~」

「この時の有咲ちゃん、小動物みたいで可愛かったなぁ」

「~~っ!」

「有咲センパイ、顔真っ赤っすね。でも恥じることなんてないっすよ、自分がついてるっすから」

「そうだよ有咲ちゃん。わたしもいるから」

「フォローになってないわよ、それ!」


「まぁまぁ。ベンケー殿、そのうちいい事が起こるだろうさ」

「あんたがそれを言うか!」

「それで、有咲ちゃんは生まれ変われるならどうしたい?」

「えっ。えーっと……あたしは……」

「言い辛いことなんすか? ま、まさか、かすみんセンパイを独り占めして手籠めにしたいとか……」

「え、そ、そうなの……?」

「ち、違うわよ! どうしてそんな方向に行っちゃうのよ!」

「だって……あの公園の叱咤って半分告白だったじゃないっすか」

「確かに」

「え、なにそれ?」

「うむ。獅子メタル殿をバンドに登用する際にな、『どんなかすみんでもあたしは大大だーい好き! でも可愛い可愛いかすみんの為にも心を鬼にして怒らなきゃ』ってことがあったのだ」

「……へぇ~」

「ちょ、違う! 違うから! 沙綾、なんであたしから距離取るの!?」

「ううん、なんでもないから気にしないで。それよりなんかごめんね? 私のせいで大好きな香澄ちゃんを叱るようなことにしちゃって」

「やめて、その気の遣い方ほんとやめて! 違うから! そういうんじゃないから!」

「…………」

「あ、かすみんセンパイがなんか打ちひしがれてるっす」

「『有咲ちゃん、そこまで否定するってことは……』とネガティブ師匠になってそうだな」

「えっ!? い、いや、そんなことないからね!? あたしは生まれ変わりたくないくらい今が好きだからね? それもこれも全部かすみんのおかげだし、嫌いじゃないわよ? むしろ、その……ね?」

「有咲ちゃん……」

「感謝してるっていうか、ね? みんなに出会えたのもかすみんのおかげだし、生まれ変わったらかすみんと同じクラスで授業を受けることもなくなっちゃうかもだし……ね?」

「うん……わたしも有咲ちゃんと同じクラスで幸せだよ……!」

「……やっぱり有咲ちゃんて……」

「自分たちには入り込めない空気っすね……」

「待て。うちも師匠とベンケー殿と同じクラスだ。何故除外されている」


「それで、かすみんはどうなの? もしも生まれ変われるなら、どうなりたい?」

「わたし……わたしは……うーん」

「あ、かすみんセンパイ、ランダムスターどうぞ」

「……うん、わたし、もっと明るい女の子になりたい!」

「……おたえも最近、かすみんの扱いに慣れてきたわね」

「いやぁ恐縮っす」

「ほんとに人が変わるよね、ギター装備すると」

「歌が好きだって胸を張って言って、それで、またみんなと出会って、キラキラしてる夢を撃ち抜くんだ!」

「普段もこれくらいハキハキ元気よく喋ればいいのにねぇ」

「そうなったらそうなったで『少しは落ち着きを持て』とベンケー殿は言いそうだ」

「あー……目に浮かぶっす。自分も常時キマッてるかすみんセンパイがいると大変そうだなぁって思うっす」

「あはは、この香澄ちゃんなら誰とでもすぐに友達になれそう」

「それでね、可愛くて元気で前向きな、みんなに勇気を届けるロックなヒロインになりたい! ぎゅいーんってして、ぎゅーんってなって、ばばーんってキメるんだ!」

「うん、まぁ中間くらいのかすみんが見てみたいかな」

「程よく元気で程よく大人しい香澄ちゃん……」

「かすみんセンパイぽくないっすね、それ」

「うむ。突き抜けていた方が師匠らしい」


「あ、そうだ! 今日は次のライブのこと決めるんだったよね! えへへ、そしたら新しい曲、やりたいな! もう大体のイメージは出来てるんだ!」

「へぇ、いいんじゃないかしら」

「どんな曲なの?」

「うん、えっとね、あふれる意思と勇気の歌! 始まりの歌! 青春の歌でもあって、わたしもこうなりたかったって歌!」

「イメージ出来るような、出来ないような……」

「ドントシンクフィール! 聞けばきっと分かるよ!」

「一理ある。音楽とは元来そういうものだ」

「夢は夢じゃないと歌う旅~♪」

「あー分かった分かった、あとで聞くわよ。それより先に決めることがあるでしょう」

「決めること……報酬(ギャラ)の分配率だな」

「全然違うっす。ライブ、どこでやるかってことっす」

「うん。それとセトリもね。新曲をどこで使うかとか決めないと」

「知ってた!」

「みんな色の奇跡だ!」

「かすみん、1回ギターを装備から外そうか」

「ライブハウスはこの近辺だとどこがいいんすかね」

「あ、それならガールズバンドの聖地って呼ばれてるところがあって……」

「リボンを緩めたらミュージックのスタート♪」

「あー……やっぱりかすみんはいつものかすみんの方がいいや……。いやでもあんまりネガティブなのも……うーん……」

「無い物ねだりの尽きないタワゴト、というものだな、その悩みは」


おわり


下記の楽曲を参考にしました
amazarashi 『たられば』
https://youtu.be/QuJBdDS3dOM


今さらですが小説版を読みました。とても面白かったです。
そしてこんな話を書きたくなったがためにスレを立てたのが正直な話です。

お粗末な話ばかりでしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

HTML化依頼出してきます。

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