妄想全開
地の文あり
キャラ崩壊
妄想全開
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熊本、西住邸――
夕暮れ、無理を言って早い時間に帰宅した西住しほの気分は晴れやかなモノではなかった。
「お帰りなさいませ、夕食の準備、整っております」
「ん、常夫さんは?」
まだ裏でエンジンを弄っているとお手伝いの井手上菊代が答えた。
「二人は?」
「お嬢様たちでしたら、いつもの様に居間でお待ちです。…………あの」
片手で菊代の言葉を制止。言いたい事は分かっている、とそれぐらいの情報は嫌でもしほの耳に入ってくる。
居間に入れば西住流の者でいよう、出れば母でいよう。しほは強く心に言い聞かせ、娘二人の待つ居間の襖を開けた。
「お帰りなさい、お母様」
「お帰りなさい」
夕暮れ、まだ微妙な明るさが感じられるが思い切って電気を付けても良い時間帯。
「ただいま、電気ぐらい付けなさい」
下の娘、みほが立ち上がり灯りを付ける。
(まほ、泣いたのね……)
しほは明るくなった居間で娘二人の対面に正座した。同時に上の娘まほとみほは今一度居住まいを正し、しほと向かい合った。
「聞き及んでいると思いますが……本日行われた中学戦車道大会ですが、黒森峰は、ぁ……敗退しました」
「ごめんなさい……」
勝利至上主義の西住流としての怒り、逆に『やっぱり』と言った諦めの感情が交差する。
次期西住流当主、西住しほの二人娘は戦車道のセンスを有してはいなかった。
幼少の頃より母自らの手で戦車道の手解きを行った。戦車道の基礎はみっちり仕込み、ちょっとした英才教育に母の訓練や試合等も見せたりした。
「そう、黒森峰が初戦で…………情けない」
ビクリ、とまほの肩が跳ねた気がした。少し言葉がきつかったか、しほは一瞬たじろぐ。
「練度は中学生としてはかなり優秀、戦車も良く整備され戦術も戦車に合ったモノだったハズ」
「今日の敗戦は指揮官。……まほ、貴女に責任があるのよ」
言ってしまった、心臓の下がズキンと痛む。もう何度こう言った言葉を口にしてきただろう。
実際、今日の対戦相手はまともに叩けば圧勝できると踏んでいたのだ。整備も最低限、搭乗員の足りない車両も多い相手校。しかし中学三年間戦車道を続けてきた相手、フィールドによっては様々な策を用いてくるかもしれないと不安になったが実際には殆ど見晴らしのいい平野に決定し胸を撫でおろした、のに。
「……申し訳ありません」
まほには勝負のシビアさが無かった。展開を有利に進める事は出来ても最後の最後に『勝ち切る』という能力に欠けていた。
小学校低学年の時、正式に西住流の門下生としてまほを児童向け道場に入れた。最初は当然ながら他の子達より上手で尊敬された。しほはそれで天狗にならぬよう、一言褒めたのちに娘を諫めた。
翌年、みほも道場に入り二人で一生懸命訓練に励んでいたのは知っている。
高学年になっても二人は頭二つ飛び抜けてはいたが、試合自体の成績は芳しくなかった。
パッと見れば優秀な戦車乗りだが、実力のある人間には解ってしまう。
「負け癖、結局治らないのね」
負け癖だ、勝負弱さがすぐに出てしまう。いつまでも有利でいようと強気で出れない『決着』を遅らせる。弱りに弱った相手しかトドメをさせない心の弱さ。
『柔軟に対応する』という言葉で相手に主導権を握られ続けてしまう。
「まほ、貴女が今年掲げたテーマは『初志貫徹』、私からは『短期決戦』……二つ、それがこの試合で守れた?」
「いいえ……出来ませんでした」
「中盤、叩き合いに負けた敵チームの後退を見て何故迅速な掃滅が出来なかったのか。……何か仕掛けてくるように見えた?」
「……まだ大口径の敵主力が複数残っていたのと、こちらの被害確認も必要があった為です。少数での追撃は思わぬ反撃の可能性があると考えました」
で、士気もガタガタで死に体の敵を逃がし時間を与え、その後は破れかぶれのグダグダと良くわからない乱戦になってフラッグ車であるみほが撃破されて負け……と。しほは大きく息を吸い、一拍止めてゆっくり吐き出した。
(隊長向きではなかったのかしら、まほは)
西住流との深いつながりを持つ黒森峰女学院、西住の人間というだけで周囲に影響を与えてしまっていた。しほの与り知らぬところであれよあれよとまほの隊長就任が決まっていたのだ。
西住流の人間が居て隊長をやろうと考える人間が居るわけがない、今日の結果はなるべくしてなったのだ。
クサクサしても仕方がない、これだけ慎重なまほなら副隊長をやらせたら一流かもしれない。押せ押せの隊長を見つけて組ませるのは面白いかもしれない。蝶野あたりとは相性が良いのかも……と半ば思考放棄気味に考えた。
「いい? 西住流では押す場面よ、あそこで時間を与えては駄目。思わぬ反撃があったとしても追撃隊の全滅には至らないし、多少の犠牲で大きな利が得られる場面であったわ」
「まほ、西住流は常に王道、王道とは定石よ。序盤の偵察と先制は定石通り出来ていたのに良い流れを自分から崩す事は無いわ」
申し訳ありません、と理解したのか分からないような力無い返事が返ってくる。反応の薄さ、打っても響かないのは指導者にとって一番困る返しだ。
「……では、次はみほね」
「っはい……」
下の娘はまほよりか勝負勘があり、展開を読む能力は高いが深読みしすぎるきらいがある。相手の目線で物事を考え過ぎなのだ。
「『基本に忠実』と『泰然自若』は守れたのかしら?」
「……守れませんでした」
「どんな所が守れなかったの?」
「えっと……終盤で相手の想定外の場所から仕掛けようと提案して、結局は乱戦になってしまった事……です」
そう、みほが一番厄介なのだ。セオリーを外した柔軟な発想は褒めるべき所だが定石というのはどう転んでも対応できるという強み、西住流が長年掛けて積み重ねてきた歴史なのだ。
裏を掻こうという姿勢は認めるが、労せず勝てる相手に可能性を示す必要は無い。
(みほの言葉には妙な説得力がある……これは常夫さん譲りかしらね、困ったものだわ)
能力の低い、声の大きい働き者が与える全体の影響は計り知れない。勝ち慣れていない選手たちに違うことをやってみようという空気を出されては困るのだ。
ただ忠実に、確実にセオリーを行える訓練しかしていない選手たちが即興の作戦なんて遂行できるわけは無い。
「これはもう何度も言っているけれど、それは邪道。貴女が気持良くなる為だけの戦車道よ、大事な公式戦でやる事ではないわ」
しほは力強く伝えた。戦車道とはチームで行うもの、ただでさえ西住流は島田流とは違い『個』より『群』で戦うのだ、鉄の掟に従い突き進むのが西住流。試合を私物化するような真似は絶対に許してはいけないのだ。
「まほ、これは貴女が止めるべき事よ」
「はい」
消極的な隊長と奇策に走る副隊長、西住流というレッテルを剥がせばこんなものだ。
この大会でまほは卒業、全国大会連覇中の高等部に入って一から鍛えなおすべきだ。今度は一隊員として、隊長選出は厳正に行わせるよう動こう。
次にみほ、おそらく自動的に隊長に任命されるだろう。正直このままみほを隊長に置いて良い結果になるようには思えない……が、いきなり新しい隊長を立て波紋を広げるのもマズイか。
しほは思案する、二人にとっても西住流にとっても良い立ち回りを。
「とにかく、勝てる試合を貴女達二人で落としたのは間違いない」
語気が強まることを自覚しながらもしほは続ける。
「西住流は勝利こそ至上、全て勝つ事は容易ではないけれど……全力を出し切った切実な負けを糧にして明日の勝利は掴めるの」
「まほ、みほ。貴女達はそんな切実な負けさえ……経験出来ていない様ね」
グッと苦々しい表情を浮かべこちらを伺う二人、今まで何度こういった表情を見てきたか。結局、何も伝わっていないのだ。
「……夕食後、今日の反省会を行います。資料を持って書斎まで来るように」
「はい」「はい」
しほは立ち上がり居間から出る。気分は暗い、少し言い過ぎてしまったか? と眉間を抑える。
間違った事は言っていない、娘二人が至らないからだ。……だがそう育ててしまったのは紛れもなく自分なのだ。
しほは立ち上がり居間から出る。気分は暗い、少し言い過ぎてしまったか? と眉間を抑える。
間違った事は言っていない、娘二人が至らないからだ。……だがそう育ててしまったのは紛れもなく自分なのだ。
昔から二人の事で周囲からチクチク言われているのも慣れている、夫の常夫もそういった誹りを受けているがどっしりと構えそれを表に出さないでいる。
そんな夫に一度強く当たってしまったのもマズイと思っている。
後方で襖が開く音、二人が出てきた音だ。
しほは踵を返し、廊下を出た二人に詰め寄った。
居間を出たら母でいよう。
「まほ」
娘の名を呼ぶ、恐る恐るといった感じに俯いた顔を上げる。
「はい……」
「今日の試合……狼狽えず、隊員たちを動揺させなかった。最後まで勝利を信じさせ全力を出させる……これは西住流の、いや戦車道で『勝てる』指揮官に必須な能力」
「私はガムシャラで、出来ていたのか……」
「出来ていたわ。 まほは最後まで負けを意識した弱い戦車道を見せなかったわ……よくやったわね」
グシャリと表情が歪み大粒の涙をこぼす娘の頭を優しく撫で、その様子を見ていた下の娘にも声をかけた。
「みほ、貴女の強みはその発想。格上の人間に一泡吹かせるだけの柔軟さがあるわ」
「でも……全然駄目で……」
「確かに格下相手には空振りに終わるでしょう。西住流において敵は常に格下なのだから……しかし西住流は前進し我を貫き通す戦車道。……みほ、言い方は悪いかもしれないけど貴女のエゴとも言える我の強さは強くなれる人間のモノよ」
貴女達二人は西住流を……戦車道を背負って立つ存在になれるわ。
しほはもう片方の手で下の娘の頭をクシャクシャと撫でる。
二人にはまだそれだけの覚悟と自覚は無いだろうが……しほには確信めいた何かがあった。
「いただきますっ!」
常夫の声に続き三人の声が続く。仕事を終え帰った菊代が用意した夕飯を家族で食べる。
家族全員で食事が出来る、最近少なくなった機会。しほは晩酌をする常夫に付き合い、芋焼酎をコップに注いでいた。
夫から珍しいね、と言われたしほは上機嫌にほほ笑んだ。この後の反省会に支障が出ない程度には飲もうと思っていた。
「……まほ、みほ。戦車道は辛い?」
こんな言葉、西住流の家元として出してはいけない質問であった。
家の存続には戦車道を続けさせる必要がある。本人に有無を聞く必要もない。
「つらい?」
まほのキョトンとした顔、心底不思議そうにみほと顔を合わせた時点でしほの心配は杞憂に終わっていた事を確信した。
「負けるのはとっても辛いけど、戦車を動かす喜びに比べたら……」
「やめられないよねぇ戦車道」
酒の勢いもあってか涙腺が緩む。隣にいる夫は涙を隠そうともせず、鼻をかんでいる。
才能もなく、勝負強さもないへなちょこな二人だが。
とりあえず西住流は安泰か……。
――――
――
―
「お母様……大丈夫ですか?」
「こんなに酔ってちゃ無理だって……もう寝よ?」
「だ、大丈夫よ……にしずみりゅうは前に進むのよ」
完全に飲み過ぎた。テンションの上がった夫に付き合った代償は高くついた。
もう半分くらい自我が無い中……しほは娘と約束していた反省会を強行する。
なにか……なにか戦車道の技術的な事だけ、一つだけ伝えて終わらせよう…………。
「そ、そういえば対島田流に編み出した技があって……いつか島田流と当たったら使ってみなさい」
――――空砲で加速させた戦車をぶつけて『白旗(ダメージ判定)装置』に直接衝撃を加える奥義を――
数年後、その技を目の前で使われ驚愕するしほの姿があった。
おわり
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