ぼくだけのなつやすみ(36)


妙に世界が黄金色がかっている──それが目を覚まして最初に感じた事だった。

そこは僕が眠りに落ちた自分の部屋ではない。

畳敷きの床、木でできた柱や天井、昔ながらの吊り下げ型の蛍光灯、明らかに田舎の家屋そのものの風情だ。


頭はひどく混乱していた。

なにせ自分がいるのは都内の自宅、マンションの一室であったはずだからだ。

高校生の僕は始まったばかりの夏休みの一日を怠惰に過ごし、午後にはスマートホンを弄りながらベッドに寝転びやがて意識を手放した。


その脇の壁は白いクロス張りだったはずだ、こんな珪藻土塗りで年季の入った壁ではない。

上半身を起こして目に映るのも二重ガラスになったベランダの窓でなければおかしい、なにせここは6階のはずなんだから。

でも僕がそこに見たのは、少し殺風景な庭に面する縁側だった。


世界をくすんだ金色に染めるのはその縁側から射し込む光、おそらく夕方に近い時刻なんだろう。

りん……と小さく風鈴らしき音が耳に届いた気がしたが、どこにもそれが吊り下げられているのは見つけられなかった。

そんな僅かな音でも聞き取れるほど、この世界は静寂に包まれている。

それもそのはずだ、ここが山や田園に囲まれたへんぴな田舎である事は縁側越しに窺えた。


何時間、或いは何日分かの記憶が飛んでいるのかもしれない──僕はそう考えた。

父や母にこんな田舎で暮らす親戚がいるという話を聞いた事はない。

それでも『そういう人がいて、そこへ連れて来られたのだ』と考える他に現状を腑に落とす術はなかった。


しかし、ここまでの経緯を覚えていない理由はそれ以上に納得し難い。

記憶を漁るも思い出せたのは──今しがた覚醒した睡眠と連続したものかは判らないが──眠りに落ちる前、やけに大きく耳鳴りがしたという事だけ。

あまりに足りない情報、胸中に募る不安。

僕は意識して『危機的な状況にあるわけではなさそうだ』と脳内で繰り返し、己を落ち着かせる事に努めた。


数分ほど黙して考えを巡らせたのち、僕は立ち上がり金色がかった光の注ぐ縁側へと歩んだ。

縁側は古いガラス戸で外と仕切られており、もう一枚向こうに網戸が備えられている。

サッシの引き手近くにガラスが割れている部分があり、間違えて指を掛けないよう気をつけつつ僕はガラス戸を開けた。


そこから見渡せる景色はまさに山間の集落といった様相だった。

田園と畦道、農機具の倉庫と思しきシャッター扉のガレージ。

その向こうを通る車道には木の電柱が並び、まばらに並んだ家々に線が引き込まれている。


国道だというのに車の影は無いな──ぼんやりと考えつつ、僕は網戸も引き開けた。

なにも遮るものの無くなった日差しが注ぐけど、暑いとは感じなかった。

それどころかさっきまでガラス戸が閉まっていたというのに、室温もさほど高くないようだ。


縁側の先には小ぶりな沓脱石が備えられており、自分のサンダルもそこにあった。

それを履いて庭に降り、鍵は掛けられないまでもガラス戸と網戸を閉める。


(……笛の音?)


外に降り立った僕は、微かに届くその音に気づいた。

自然と足はその元へと向かう。


四輪では通れないだろう幅1メートル強ほどのコンクリート道を歩いてゆくと、少しずつ笛の音はよく聞こえるようになっていった。

不等間隔で並ぶ民家、どの軒先にも人影は無い。

元の家から数えて5軒目は胸ほどの高さの石垣を築いた上に建てられている。


(……なんだろう、初めて見る場所なのにな)


歩きながらふと違和感を覚えた。

この細道に見覚えなど全く無い、それなのに何故か『判る』のだ。

石垣はこの家の門に当たる部分だけ高くなっている、そしてそこに埋め込まれた表札には『杉岡』という苗字が。


(そうだ……なんでさっき僕は縁側から出たんだ? 偶然そこにサンダルがあったから?)


そう考えつつ『違うだろう』とも思う。

サンダルがそこにある事は無意識に判っていた、季節を思えばあまりに暑くない事も疑問と感じなかった。

外に出ようと考えるなら、普通は玄関を探すはずだ。


やはり一部の記憶が欠如しているだけで、縁側でサンダルを脱いだ事などは無意識に刻まれているのか。


(なんで僕は……)


しかし高校生の僕はまだ免許も取得していない。

地元を走る主要なひと桁番台のそれならともかく──


(……あの道が『国道』だと思ったんだ?)


──よく知りもしない集落の脇を抜ける片側一車線の道の種別など、意識する筈がないのだ。


笛の音はだんだんと音程も判るようになり、そこには太鼓の響きが混じっている事にも気づいた。

ただ太鼓の音が笛よりもずっと後から聞こえ始めたという事は、それは大きな本物の和太鼓から発せられているものではない。

音の割れようからしても察せられるが、録音された音色がスピーカーから流されているのだろう。


やがて辿り着いた集落の中心と思しき広場にはやぐらが組まれており、盆踊り会場のように飾りつけがされていた。

ただやぐらの裾に掛けられているのが紅白の幕ではなく、葬儀の際に用いられる白黒のそれである事が強烈な違和感を放っている。

そして何より、そこには誰一人の姿も見当たらなかった。


僕はこの事も判っていただろうか?

少なくとも『もしかして』という漠然とした不安は最初からあり、この無人の広場を目の当たりにして『やはり』と確信した気がする。


無人の会場に笛と太鼓の割れた音色が鳴り続ける光景はひどく異様なものだった。

時間帯としては夕方が迫る頃だ、既に祭りが始まっていてもおかしくはない。

しかし祭りが始まっているのに人がいない、人がいないのに祭りが始まっている──この相反する状態は僕に訳の分からない恐怖心を植えつけた。


「あの! 誰かいませんか!」


声を発してから『そうだ、いないんだ』と、知っている事を再確認したかのような感覚が襲う。

でもそれ以上先の事は分からない、ただ漠然と嫌な予感が胸に渦巻いている。


僕はサンダル履きである事も構わず走り出した。

誰もいない広場も、人の気配がしない集落そのものも無性に怖かった。

足は勝手に田んぼの向こうに横たう『国道』を目指している。

縁側を降りてから今まで、そこを一台の車も通っていない事は解っていても割れた笛の音が聞こえないところへ逃げたかった。


辿り着いた国道には縁石で仕切られた歩道が並走していた。

まだ笛と太鼓の音は聞こえていたけれど、なんとなくあの集落からは切り離された部分に出られた気がして少しだけ安堵する。

だけどその道がどの方角に伸びているのか、そしてどっちに行けば『人と会える可能性が高いのか』は何も当てが無い。

それでも立ち止まる気にはなれず、少しでも集落から遠ざかる方向へ歩みを進めた。


辺りは変わらずくすんだ金色に染まっている。

でもなぜかその光の元であるはずの太陽がどこにあるか判らない。

自分の影もぼんやりとして、どちらに伸びているのか判別できないのだ。


なぜ僕はここにいる?

どうやってここに来たんだ──歩きながら、欠けている記憶のピースを必死に探した。

でもそこにはあてや手掛かりはなく、単に『これなら何とか自分を納得させられる』という辻褄合わせをでっち上げようとしているに過ぎない。


例えばこの道を少し行った先で、何かしらの災害が起こっていたらどうか。

道が通行不能になっていれば車が来ない事も頷ける。

そしてそれを復旧するために『祭りの準備をした人々』も『自分をここへ連れてきたであろう者』も赴いているとしたら、集落が無人である事も納得できる──


──これは正常性バイアスと呼ばれる衝動なのかもしれない、でも仮に現状の異常性を認めたとしても事態は好転しないだろう。

それならたとえ仮説にすがってでも心に平静を取り戻したかった。


そんな考えに耽っていたからだろうか、それとも耳は未だに届く笛の音に向けられていたからかもしれない。

本当なら待ちわびていたはずの存在が接近している事に僕は気づかなかった。


「あっ……!」


追い抜かれる瞬間になって初めて認識した、それは国道を行く路線バスだ。

つい今しがた考えを巡らせた『災害による通行止め』を否定するものではあるが、自分以外の人間が存在するという事には他ならない。

僕は過ぎゆくバスに向かって大きく手を振った。

こういった田舎のバスは停留所のみに限らず、手を挙げた者を乗せ希望すればどこででも停まる『フリー乗降式』のものが多い──それは聞いた事がある。

頼む、停まってくれ──その想いが通じたか、バスはウインカーを点滅させ50メートルばかり先で停車した。


乗客がいるかは判らない、それでも運転士と言葉を交わせたらどんなにか安堵できる事だろう。

搭乗口の自動ドアを開け、バスは僕が追いつくのを待ってくれている。

ここがどこなのかという疑問についても、バスの行き先表示を見ればヒントになり得るかもしれない。

僕は駆け出した、そして後ろ窓の上部に備えられた電光パネルに目を遣り──





『 胃 』





──戦慄した。


胃という一文字で成立する地名は聞いた事が無い、きっと文字が化けているのだ。

機械の表示など、どんなものであれバグは発生するだろう。

それも文字化けなんてさほど珍しくはない、スマホでネットを閲覧してたってざらにある。

でもこのタイミング、シチュエーションで起こった不気味な現象を『不安に思うな』というのは無理だ。

無意識の内に僕は足を止め、立ち尽くしていた。


目が覚めてから人に会っていない。

あんな準備の整った祭りの会場にさえ、誰一人の姿も無かった。

動いている車を見たのも、この行き先の知れないバスだけだ。

鳥のさえずりも犬の鳴き声も聞こえなかったと思う……そういえば不自然な事に、蝉すら鳴いてないじゃないか。


無人の集落、録音された笛や太鼓だけが鳴り続ける広場、やけに黄色く染まった空気。

今やけに僕の鼓動が早いのは、こんなにも不安に苛まれているのは、それらひとつひとつの漠然とした不気味さだけのせいではない。


あの家の畳の上で目覚めてから既に10分や15分程度ではきかないだろう。

なのにその間、人・動物・虫……それらの種別を問わず『生きているものの気配』を一切感じなかった。

そしてこれは勘に過ぎないかもしれないけれど、あのバスからも『それ』を感じないのだ。


バスは変わらずドアを開けたまま、僕が乗り込むのを待っている。

アレに乗ったら帰れなくなる──根拠の無い警告を発するのは僕の本能に違いない。

せめて運転士がいるかどうかだけでも確認するべきではないか? でも内なる意識はそれさえも『やめておけ』と制している気がした。


ごくりと唾を飲む。

目が覚めたその時から既に何かがおかしかった。

『記憶が飛んでいる』などと置かれた状況に折り合いがつく仮説を立てて、無理矢理に不安を抑え込んだだけだ。

集落に人がおらず車も来ないのは『道を塞ぐ災害が発生したのかも』などという安易で根拠の欠片も無い理由をでっち上げ、辻褄を合わせた。


それはひとえに認めたくなかったからだ。

まるで安っぽい創作のテーマのようでいて、でも現状を表すには最も相応しいその『表現』を意識しないためだった。


しかし僕はさっき『帰れなくなる』と思った。

それはどこからだ? この山間の集落からか、それともバスに乗れば連れて行かれるであろう先から?

それは違う──僕はこのやけにくすんだ黄金色の光が満ちる景色を『異世界』ではないかと考えているのだ。


既にバスが停車してから1分は過ぎている。

普通なら乗るかどうか定かでない一人の客のために、こんなにも長く待ちはしないだろう。

あのバスに乗ってはいけない──その想いはもはや確信に変わっていた。


僕は振り返り、国道の歩道から田園の側へ降りると元いた家屋の方へ伸びる畦道を早足に歩き始めた。

この世界に来てしまった時、僕がいたのはあの家の畳の上だ。

なんの根拠もないけれど、元の世界に通じるところがあるとしたら同じ場所ではないだろうか。

でも元来た道を引き返す事はしない、あの無人の広場には近寄りたくない。

数分が経ったからといって『今なら人がいるかもしれない』などとは思えないからだ。


幸い畦道は途切れる事無く、庭先まで続いているようだった。

だがこれだけ無遠慮に雑草を踏み分けながら歩いているというのに、そこからは一匹の虫さえ跳ばない。

水田を泳ぎ逃げるオタマジャクシやカエルの姿も見当たらなかった。


畦道を抜けるまでに僕は三度振り返ってみたが、バスは結局最後まで扉を開けたまま待ち続けていた。

停留所でもないところで、逃げ去る僕をじっと待ち続けていたのだ。

これが普通であるわけがない。

少なくとも『僕が暮らしていた世界』では、こんな事は常軌を逸している。


殺風景な庭を横切る時には、僕はすっかり息が上がっていた。

早足のまま沓脱石を蹴上がり、脱ぎ捨てたサンダルが片方そこから転げ落ちる。

それに構わず雑な動作で網戸と一緒にガラス戸を開けた時、割れたガラス縁で軽く指を切ったらしい。

床に血が数滴落ちたが、痛みは麻痺しているかのように感じられなかった。


入ったばかりの室内はやけに暗く思えた。

天井に吊られた一昔前のペンダント式照明器具の紐を引いたが、何の反応も無い。

この事も後から『そうだった』という訳の分からない既視感を覚えた。

視界の脇に映った隣の部屋のテレビについても存在を知っていた気がするが、同時にそれが点かないという確信もある。


部屋をゆっくりと見回す。

ほとんど何も無く、がらんとした10畳ほどの室内。

ただ廊下側と思しき部屋の角にだけ小さな木製のコーナーテーブルが備えられ、その上にコード式の電話機が置かれていた。


『元の世界』への帰り道などというものがあるとしたら、それはどんな形で存在するのだろう。

少なくとも部屋の片隅の空間にぽっかりと穴が空いているというわけではなさそうだ──そんな下手なSFじみた想像をしてしまう現状が腹立たしい。


しかし少し冷静に考えてみれば、完全に非現実的な事は起こっていないはずなのだ。

不気味ではあれど集落が無人な事も、道をちっとも車が通らない事も、バスの行き先表示が文字化けしている事も起こり得ないわけではない。

幽霊や化け物に遭遇してはいないし、水が下から上へ流れるような超常現象を目の当たりにしたわけでもない。

そう考えるとやはり異世界などという馬鹿げた表現を使うのはおかしい気もしてくる。


ならばもし、あの電話を使おうとしたらどうなるだろう。

受話器に耳を当てて全くの無音ならそれまでの事だ、電灯と同じく電気が来ていない等の不具合だと考えればいい。

恐ろしいのは待ち受け音がして、なのに自宅にかけても通じなかった場合だろう。

それはここが自分の世界では無いという証明に他ならない──僕は電話機の前まで歩み、ごくりと唾を飲み込んだ。


しかし受話器を手に取るまでもなく、僕は『それ』を見つけた。

テーブルの上、電話機の脇に無造作に置かれた数枚の硬貨。

ほんの些細な違和感かもしれない、けれど明らかに異なっている──


「なんだよ……これ……」


──ふたつ穴の50円玉を。


エラーコイン、あるいは偽物の玩具だと思いたかったけれど、また僕は『そうではない』という確信を持っていた。

この世界ではあれが普通なのだ、50円玉には穴が二つ空いている。

小さなそれは僕に凄まじい絶望と恐怖を植えつけた。


なんなんだろう、この世界は。

どうしてこんなところへ来てしまったのだろう。

元の世界へ帰る事はできるのか、なぜ僕はここで起こる事を知っていた気がするのか。


僕は自分が目を覚ました辺りに座り込み、膝を抱え俯いていた。

いつかここで眠りに落ちたら、次に目を開ければ元の世界に戻っていたりはしないだろうか。

しかし恐怖は僕の意識を強く覚醒し続ける。

このままここで夜を迎えるなんて、絶対に嫌だ──そう考えたところで抵抗する術は無い。


それに『夜までの間に何も起こらないはずが無い』という事もまた、僕は判っている。

何かが来るのだ、もうすぐ、何かが。

予感と呼ぶには鮮明過ぎる嫌な気配に、鼓動は際限無く早まっていった。


こん、こん──その時、不意に玄関と思われる方から物音が届いた。

こん、こん──二度目、ああ……やはり来てしまった。

知っている、この次なんだ。

こん、こん……三度目のノックと共に──


「あの、どナた、か、お届ケ、もの、デす」


──声がする。


ここに来てから初めて聞く他者の声、しかし僕はそれが生者のものではないと確信していた。


「ダれか、いま、せン、か、だレカ」


こん、こん──ノックは続く。

恐怖に乱れる呼吸、僕は自分の存在を悟らせまいと口元を手で押さえた。

しばらくして声の主は玄関の前を離れたが、去ったわけではない。

ずるずると這うような音をたてて、少しずつ縁側の方へと移動してきている。


「あノ、だレか、オ届け、モの」


縁側のガラス戸、その向こうに蠢く赤黒い塊が現れた。

逆光であるため詳細な姿は判別できないが、それはぶよぶよと身を揺らしながら亀が進む程の遅さで歩んでいる。

僕がいる部屋の隅が特に光の差さない陰になった範囲だからか、まだおそらくこちらに気づいてはいない。


このまま見つかりませんように──僕は願った。

しかし肉塊のようなそれは沓脱石の辺りに達した時、突然獣が餌の匂いを嗅ぎまわるような音を発し始める。

そこに僕が脱ぎ捨てたサンダルがあるからだろうか。

いや、気づかれれば更に不味いであろうものはガラス戸よりも内側にある。


から、から、から、から──ゆっくりとそれが開く音がした。

激しく匂いを嗅ぐ呼吸音が一段と大きく部屋に響く。


「血、が、アる、血、匂い、血」


みし、めりめり、みし、ずるり──巨大な蛭のように身を伸縮させながら部屋へ侵入し始める肉塊。

指の傷から落ちた血の跡は縁側から電話のある側の隅を経て、僕が座り込むところまで点々と続いている。


「あル、血、ヒと、ノ、血、がア、る」


化け物はそれを辿り、おそらくは丁寧に床の血を舐め取りながら進んでいるのだろう。

その様はあまりに恐ろしく、僕は腰が抜けて逃げ出す事も叶わなかった。


しかし判っているのだ。

あれは僕の元まで来てしまう、そうなる事は定められているのだから。

たった今、思い出した。

なぜ経験した事が無いはずの出来事を知っているのか──それも全て同じ理由だった。


肉塊は電話機の手前で向きを変え、僕の方へと這い寄り始める。

どこに目があるのかは判らない、それでも自分が『見られた』事は伝わった。

蛭のような伸縮が激しく、速くなる。


「ア、ぁ、イた、いた、ヒと、いタ」


このあと僕はこいつに脚の先から飲まれてゆくだろう、その展開も確かに『読んだ』。

だけどそこから脱する術はある、声にすべき『まじないの言葉』を僕は知っている。

それを唱えればこの化け物は消え、元の世界に戻れるはずだ。


脚の先にぬるりとした肉塊の感触が伝う。

僕は恐怖を抑え込み、大きく息を吸い込んだ──


……………
………



りん……という小さな風鈴の音色。

目を開けると、そこは白いクロス張りの壁に面するベッドの上だった。

枕元には使い慣れたスマートホンが転がっている。


全てはこのスマートホンのせい、眠りに落ちる前にうとうととしながら読んでいたネット怪談のせいだろう。

あの無人の集落も肉塊のような化け物も、みんなその話に出てきた通りだったのだ。


まさかこの歳になって怪談の登場人物になる悪夢にうなされてしまうとは、格好悪すぎてとても家族や友人には話せない。

しかもその怪談というのも、たかが素人の創作に過ぎないお粗末なもの。

なにしろ最後が半ば夢オチなのだから出来が悪いにも程がある──まあ、そんな舞台だからこそ夢にみてしまったのだろう。

そういう意味では作りの良し悪しは別として、読めば夢に出やすい話なのかもしれない。

ふう……とひとつ息をついて額に浮かんだ汗を指で拭うと、含まれる塩分のせいか指の切り傷がちくりと痛んだ。


もしあなたがネット上で同じ物語を見かけたら、時間の無駄を承知で読んでみて欲しい。

そしてその日、眠りに就く時やけに大きく耳鳴りがしないか意識しておくといいだろう。

くすんだ金色の光に満ちた部屋で目覚めた気がしたら、そこはきっと知らないのに知っている山間の集落だ。


その話のタイトルは『ぼくだけのなつやすみ』という。

念のため、最後に夢から覚める際に必要な『まじないの言葉』だけは忘れないように──



【おわり】

まじないの言葉わかんないから教えて

>>30-31

ほんとありがとうございます

すみません、そんなつもりではなかったです

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