【モバマス】佐藤心は殺さない (21)
※オリキャラが出てきます。あと流血表現アリ
「世の中、法律を守るより大切なことがあんのよ☆ もしそれが人の命を奪うことになってもはぁとはそうすべきだった」
「そうだな」
「拘置所ってクーラーないんだよね。はぁとが熱中症になったらどうすんだって」
「すまない、俺の失態だよ」
「……ねぇ、はぁとは正しいことをしたんだよね?」
「ああ。間違ってないさ」
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1日前。
「うぅ、プロデューサーさん……まゆも連れてってください……」
「まゆぅ、そういうのはダメなんだよ。これは佐藤の仕事だ。まゆが来ちゃダメなんだよ」
「まゆ、絶対邪魔しません」
「邪魔するとか、そういう問題じゃあないんだ。これはあの人との約束なんだ。約束は社会人にとって命の次に大切なものなんだ。分かってくれ、まゆ」
「うぅ……わかりました……じゃあ、このまゆ特製のまゆちゃん人形を──」
「心さんにあげます」
「そこはプロデューサーにじゃないのかよ☆」
「心さんが変な気を起こさないように、見張ってくれます」
「まゆちゃん人形、見張りかよ」
お仕事で山奥にある秘境の泉? とか、そういうところではぁとの撮影するんだって。
なんでも水が透き通る青で、まるで絵の中にいるようなそんな泉らしい。
はぁとは26年生きてきて、そんな泉今まで聞いた事なかったけど、それもそのはず。秘境の森の所有者が泉の水質を維持するために、誰も泉に近づかせなかったんだって。
じゃあなんでそんなところに、はぁと達が行けるのかだって?
それはプロデューサーが泉の所有者に気に入られたからなんだって。
居酒屋で偶然その人と会って話をしていたら随分盛り上がって、二軒目、三軒目と一晩中飲み明かしたらしい。
プロデューサーが泉でアイドルの写真を撮りたいって言ったら、泉の所有者は二人までならいいって。それなら、ゴミが出て泉が汚れる心配も少ないからなんだと。
だからこの撮影にはカメラマンとか、そういう人はいない。
そういうのはプロデューサーが全部やることになってる。
「佐藤、出発するぞ!」
まゆちゃん人形を胸ポケットに入れ、はぁとはプロデューサーの車に乗り込む。
後ろで本物のまゆちゃんが走る車を追いかけてきたけど、どんだけプロデューサーの事が心配なんだか。
別にとったりしねーって☆
車は街中を外れ、どんどん山の方へ進んでいく。周りの景色は綺麗な空と緑ばかり。たまーに民家があったりするけど、それも暫くして見なくなった。
「さあ、着いたぞ佐藤!」
車に揺られ3時間。
最初はどんな綺麗な泉なのかなって期待でワクワクしてたけど、途中からは早く着かないかなぁってことしか考えてなかった。
「ここからは歩きだ! 車の排気ガスが泉に悪影響を与えるらしい」
「ま、マジかよ……こんなに長い間車で移動して、さらにここから歩きって……」
「水飲んどけよ。泉には泉の所有者さんがくれたこのカメラ以外持っていけないからな」
「オイオイ、いくらなんでも気にしすぎだろ☆ 泉の持ち主の頭は全然スウィーティーじゃねーな」
「衣装は都会の空気に触れないようこの真空ビニールの中で保管してたからな」
「うげぇ……」
そして、この異様な厳格さにはぁとは全然撮影気分じゃなくなっていた。とっとと帰ってビール飲んで寝たい、もうそんだけ。
「プロデューサー……まだぁ?」
「あともう少しだ。それにしても、泉の主の人はどのあたりに住んでいるんだろうなぁ?」
「知らないで会ってたのかよ!」
「事務所の近くの飲み屋でしか会っていないからなぁ。この近くに住んでいるらしいんだけど……できたらお礼の言葉をかけていきたいところだが」
森を歩いてしばらく。はぁとは今大ピンチに陥っていた。
「プロデューサー……」
「佐藤、さっきの質問から1分しか経ってないぞぉ?」
「そ、そうじゃなくって……」
「どうした? そんなに前かがみになって」
「ト、トイレ……」
「何いぃ!? だからパーキングエリアのとき行っとけって言ったのに!」
「行きましたぁ! 行ったけどまた行きたくなったんですー!」
泉へは何も持っていけないっていうからさっき水をたくさん飲んでおいたのが失敗。
歩くだけで結構キツい。
「どーすんだ、プロデューサー! 漏らしたらはぁとの人生終了だぞ!」
「あ、あれ見ろ! 泉だ! ちゃちゃっと済ませて急いで帰ろう! それかここで」
「アホプロデューサー! とにかく一旦戻って──あれ?」
プロデューサーの指差す方向には確かに泉が有った。
でも、はぁとには別のものも見えた。
「い、家だ……」
家……というよりお屋敷。泉のとなりに大きなお屋敷が見えた。しかも泉より手前。
「え? どこ?」
「プロデューサー先に準備してろー! はぁとはあれに全てを賭ける!」
「え? どこどこ!? どこ行く佐藤ーー!」
「トイレ借りに行くにきまってんだろー!」
節穴プロデューサーはもう無視。
はぁと渾身の全力ダッシュ。
トイレに行けるっていう希望のせいでまだトイレにもありつけていないのに脳が勝手に出口を緩める。
「間に合ええええぇ!」
お屋敷の入り口に到着。
「すみませーん!」
インターフォンを押すのと同時ぐらいに扉が開いた。
現れたのは古めかしいメイドさん。このご時世でまだあるのかよ。
「えっと、どちら様で?」
「ト、トイレお借りしてもよろしいでしょうか!?」
もう恥ずかしがっている余裕もないので単刀直入に言っちゃう。
メイドさんからすればいきなり知らない女の人が扉開けた途端トイレ借りにくるという、恐ろしいシチュエーションだったと思うけどそういうのも気にしない。ていうかできない。
「え? は、はい。結構ですよ? 入り口のすぐ右にありますので」
「ありがとうございます!」
人生でこんなに全力を出して走ったのはこれが初めてだと思う。明日筋肉痛になるわこれ。
(ま、まにあったぁ~)
本当にギリギリで、後1秒も我慢できない状態でようやくトイレにありつけた。
「ふぅ……ってはぁと、この家の人から見たらやべぇな」
そして、安心感の後は羞恥心。
ドッと恥ずかしさが込み上げてくる。
トイレを出ると玄関ホールにメイドさんとあと中年ぐらいの太った男の人が立っていた。
「この家の主人の薊(あざみ)様です」
「あ、薊さん……急に押しかけてすいません……あとトイレを貸していただいてありがとうございました……」
「いえいえ、困っている人を助けるのは当然のことですから」
男の人は優しい笑顔でそう答える。
正直、そういう諭すような話し方より怒ってくれた方が恥ずかしくなかった。
まるではぁとは子供かって。
「どうぞ、私の部屋に来てください」
「え? は、はい……?」
はぁとは薊さんに案内されるがまま、二階の一番大きな扉の部屋に案内された。
「私の部屋です。どうぞ、椅子に座って」
「は、はぁ……」
プロデューサーが待っているからすぐに戻りたかったけど、そういう訳にもいかない感じ。
急に押しかけた後ろめたさと、薊さんの変な押しの強い感じにやられて椅子に座る。
メイドさんがはぁとの前にお菓子とお茶を出した。
悪い人ではないのだろうけど、少し不気味。警戒心がないっていうか、あまりにも、急にトイレ借りにきた人間にするような扱いじゃないっていうか。
もしかして、この人が泉の主?
直感がそう予想する。
「えーっと……お名前は……?」
「佐藤心です。シュガーハートって呼んでくださいね(ハート)」
「佐藤さんですね」
スルーされた!
「旦那様」
薊さんに手招きされてメイドさんが寄って行く。
「今日だよ。今日」
「今日……ですか。かしこまりました」
そう言うとささーっとメイドは部屋を出て行ってしまった。
部屋は薊さんとはぁとの二人だけ。
「えーっとぉ?」
「ははは。佐藤さんはお気になさらず」
「あのー、お気遣いいただいて恐縮なんですがぁ……はぁとは撮影のお仕事があるので……」
「あ、もしかしてプロデューサー君の?」
「そうです。じゃあ貴方があの泉の?」
「はい。あの泉は特別でしてね。正しい人間だけにしかあの泉には近づけていないんですよ」
「正しい……人間?」
「そうです。例えば、バーベキューでゴミを持ち帰らない人間。ああいう輩には近づいて欲しくない。泉が悲しみますから」
「スウィーティーな考えですね」
はぁとは視線を上へ向ける。
金ピカの賞状がズラリと並んでいるのが見える。全て感謝状だ。人命救助をしたとか、道路建設に協力したとか、犯人逮捕に貢献したとかそういう内容が書かれている。
「プロデューサー君は今外に居るんだね?」
「まぁ、そうっす。はぁとも早くここを出ないと──」
「私はですね。世の中、生き残れるのは正しい行いをしてきた者だって思っているんですよ。逆に言えば悪人は死ぬわけですよ。遅かれ早かれ、罪は罰として帰ってくる」
「は、はあ?」
突然何の話だ?
「私は昔から正しいことをするように心がけていました。最近では献血が趣味でしてね。最近では、医者でもないのに医療室を作ってしまいましてねぇ」
「それは、随分と大胆なことを」
薊さんは立ち上がって隣のタンスの中から何かを取り出す。
そしてテーブルの上にその何かを置く。
木でできた何か短い棒。
「これ、なんだと思いますか? 触って見てください」
手に取ってみると棒の先端に細長い穴が空いている。
でもこれがなんなのか皆目見当がつかない。
「これ……ナイフのさやなんですよ」
薊さんはニヤリと笑い、さやに刃を取り付ける。
ゾクゾクと背中に薄ら寒い感覚を覚える。
「あの、はぁとはプロデューサーを待たせてるんで……このへんで」
急いでここを離れなければ。明らかにここにいるべきじゃない雰囲気。
「生き残りたければ、正しい行いをするべきなんです。佐藤さん、これは試練なんですよ」
薊さんはナイフを持って立ち上がりはぁとに近づいてくる。
「オ、オイ☆ 一旦落ち着こ? そんなナイフなんて持ってアブナイ──」
────ドスッ
「は?」
赤黒い血がポタポタと体から流れ出てくる。
まるで蛇口から水が流れるように、ボタボタボタボタ──
「お……おい!? 何してんだ!」
はぁとは叫ぶ。
だってこの男はナイフで自らを刺したんだから。
「うわあああああああ!! 何をするんだ!やめろ!!」
一方、薊さんも自分で自分を刺したのにも関わらずそう叫ぶ。
四つん這いで部屋の端へ、血をボタボタ流しながら進んでいきそのまま倒れ込んだ。
「な、なにが! なにがどうなってんだ!?」
状況は飲み込めないが、はぁとは急いで救急車を呼ぶ。幸いここは電波が届く場所らしい。
「あの、人が刺されたんです! 早く来てください! 出血が!」
『落ち着いてください。まずはそちらはどこですか?』
どこですかって言われてもこんな森の中をすぐに説明できない。周りは全て木。目印なんて──
「泉! 泉の近くのお屋敷です! ◯◯山の!」
その後、患者の様子だとか色々聞かれたが、どうにかこうにか、救急車を呼ぶことはできた。
しかし最低30分はかかるらしい。
「うぅ……なんでこんな事に……!」
「あれ……?」
薊さんの手が不自然な形をしている。
人差し指を立てて、何かを指差すように。
チラリ。指先を見る。
「な、なんだよこれ……!? なんで──」
文字だ。血で文字が書かれていた。
「なんではぁとの名前が書いてあんだよ!?」
『さとうしん』指先の血文字は読める。
「これじゃあまるで……!」
「はぁとが殺したみたいじゃ……!!」
急いで血文字を消そうと試みる。
だけど無駄だった。
文字を擦っても、カーペットの上じゃあ、元の文字から少し血が広がり程度。
『さとうしん』の文字は読めるままだ。
むしろ、消そうと試みたのは失敗だった。
逆に自分が犯人だと認めているようなものじゃないか!
「や、やべぇぞ……! コイツ、まさかナイフの鞘を触らせたのもそのためか!? はぁとの指紋をナイフにつけるために……!」
この館の主人、薊という男は……!
善い行いをするように心がけてきたと言っていた。
何のために?
当然この為だ。
この館に招き入れた都合のいい人間に殺人の罪を着せる!
アイツは最期に笑っていた!
とんでもない悪趣味な男だ!
「ど、どうすんだこれ! 逃げるのが正解か!? いや、状況が悪化する! だけどこのままここにいても……どのみちはぁとは逮捕されるんじゃないのか!?」
ガチャリと後ろで扉が開く音が聞こえ、思わず振り向いた。
そこにはさっき出て行ったメイドがいた。
手にはバケツを持っており、髪に隠れたその表情は見えない。
「ちょ、待って! これは──!」
言い終わらないうちに、メイドは手に持っていたバケツの中をはぁとにぶっかけてきた。
「うわっぷ! ちょ、なに……し……て!?」
顔から足元にかけて何か液体をかけられた。
「何だよこれ! なんなんだよおおおおお!!!」
そしてこの臭い。知っている。後ろのアイツのものと同じあの鉄臭い液体。
血だ。
血をかけられた。
「きゃああああああ!!! 人殺しいいいいぃ!!」
まるで、扉を開けた途端、はぁとがそこの男を殺す場面に出くわしたかのような、恐怖の表情と、怯えた叫び声。
いきなり血をぶっかけてきたような奴が今度はこれだ。
「おい! なに言ってるんだああぁ! オマエが──!」
そしてそのまま走って逃げていくメイド。
証人か。コイツらはグルだ。絶対にはぁとを殺人犯にしようって魂胆だ。
「マジかよ。プロデューサー、どうなってんの? 助けに来てよ? はぁとは殺してなんかいないんだよ? どうしてこんな目に!?」
このまま逃げ切ったとして、はぁとはアイドルを続けられるだろうか?
やってもいない罪に毎日怯えながら生きていくのか?
……そんなわけあるか。
フラフラした足取りで壁にもたれかかる。
その拍子にポケットから何かが落ちた。
まゆちゃん人形。
「まゆちゃん……はぁとはどうすればいい?」
──大丈夫ですよ♪
──まゆはちゃーんと見守っていますから
「!?」
まゆの声が聞こえたような気がした。
そして『気づいた』
「ふふ、ふふふ……」
「正しい行いをした者だけが生きるだって? バーカ。頭ん中随分スウィーティーなヤローだな。今からはぁとが証明してやる。『悪人でも生き残る』っていう単純な真実をな!」
(ここは、天国か? 私はこれまで数えきれない程の善行を積んできた。蜘蛛の糸のあの罪人は、ちっぽけな蜘蛛を殺さなかったぐらいで、あの糸を垂らしてもらったんだ。だったらこれまで数多くの人間を救ってきた私は──)
「天国ですよぉ。まぁ、これから地獄に変わりますけどね?」
「…………だ、れだ?」
「うふふ。はじめまして薊さん。アイドルの佐久間まゆです。プロデューサーさんはご存知ですよね? まゆもプロデューサーさんの担当アイドルなんです」
「私は、助かったのか?」
「そうですよ?」
「あの女は、捕まったのか?」
「あの女? もしかして心さんですか?」
「そ、そうだ! その女が突然私をナイフで襲いかかって──!」
ガラリと力強く病室の扉が開かれる。
「バーカ。オマエが自分で自分を刺したんだろ?」
「お、お前は……!」
「おかえりなさい。心さん」
「ふぅ、ようやくあのあつーい拘置所から出られたぁ」
「な、何でお前がここにいるんだ……!?」
「あれは、ちょーっと違法行為、いや医療行為をしちゃったから警察さんに怒られただけだっつーの☆」
「医療……行為?」
「テメー献血趣味なんだっけ? そんで、医療室を自分の屋敷に作ったんだったな?」
「まさ……か」
「使わせてもらった。あの部屋の器具と保管されていたオマエの血液!」
「ふ、ふははは! 自分で私を襲っておいて、後悔して助けたってわけだ!」
「あー、あくまでそーいうスタンスぅ?」
はぁとはポケットからあるものを取り出す。
「これなーんだ?」
まゆがはぁとにくれたまゆちゃん人形。
「人形……?」
「うふふ。これただの人形じゃあないんです。中にですね──」
「盗聴器が入ってたんだよ」
カチリと、盗聴器の再生スイッチを押す。
『生き残りたければ、正しい行いをするべきなんです。佐藤さん、これは試練なんですよ──
オ、オイ☆ 一旦落ち着こ? そんなナイフなんて持ってアブナイ──
は?
お……おい!? 何して──
うわあああああああ!! 何をするんだ!やめろ!!
な、なにが! なにがどうなってんだ!?
あの、人が刺されたんです! 早く来てください! 出血が!』
「これ、どう聞いても貴方の証言と合っていませんよ? どう聞いたって貴方は自分で自分を刺しているんですから」
「な、に……?」
「はぁとが逃げると思った? アイドルの底力バカにすんなよ☆ 偽善者さん。そのうちニュースとかでオマエの化けの皮が剥がされるから覚悟しとけー?」
「う、うおおおおおおおお!!!」
薊は大声で叫ぶとそのままボケーっと動かなくなった。
結局、あの泉は見れずじまいだし、仕事はおじゃんになった。でもそんなこともうどうでもいい。
もし、やられていたのがまゆちゃんだったり、他のアイドルだったらどうなっていただろうか。
あのアホのプロデューサーをぶん殴って、変なヤツとは関わらないようにお説教してやるとして、今日はとにかくとっとと帰ってビールでも飲んで寝よう。
終わりです。
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