勇者「信じて送り出した僧侶が触手に侵食されてるなんて……」 (56)

僧侶「ドジりましたぜ」ウニョウニョ

勇者「なにをどうドジったらそうなるんだ」

僧侶「いやあ、まさか敵さんがここまでの進化を遂げてるなんて思わなかったんで」

勇者「……不用意に出ていくから……」

僧侶「あはは。でも、ここに居ても仕方がないのは事実だったでしょう?」

勇者「…………」

僧侶「……あ……」

勇者「……心配を、かけるな」

僧侶「……すみません……あ、はは……」

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戦士「曲者ォォーーーッッ!!?」

勇者「落ち着け戦士、僧侶だ」

戦士「んなッ!!?」

僧侶「あはは、相変わらずですねえ戦士」ウニョウニョ

戦士「ほ、本当に僧侶……なのか?」

僧侶「ええ、恥ずかしながら」ニョロニョロ

戦士「……その身体は」

勇者「戦士ッ」

僧侶「やめてくださいよ、私は至って平常心です」フリフリ

戦士「……すまない。やはりあの時に私が止めていれば」

僧侶「だーかーら!」パタパタ

勇者(……あれ、ちょっとかわいい)

戦士「勇者」

勇者「ん、どうした」

戦士「聞いたのか」

勇者「なにを、誰に?」

戦士「はぐらかすな」

勇者「……聞ける訳がない」

戦士「なぜだ」

勇者「あれだけ繊細だったあいつが、あんなカッコであんな顔して笑うんだ」

戦士「だから聞かないというのはおかしいだろ」

勇者「……」

戦士「名乗り出て、外の様子を伺って、今日中に帰ると言ってあいつはどうなった? 一週間も戻ってこなかったんだぞ!?」

勇者「そうだよ」

戦士「その上報告という仕事を全うすることもできないなんて、あんまりじゃないか!」

勇者「……報告したいなら、きっと既にしているよ。俺たちにも言えない何かがあったと考える他ない」

戦士「ッ……でも、あいつは……!」

勇者「俺だって聞きたいよ。でも……今日は、少なくとも今は」

戦士「…………わかった」

勇者「悪い……これが正しいとも思ってない。けど、これが一番マシだったんだ」

戦士「もういいよ……」

戦士「そ、僧侶?」

僧侶「おや戦士、どうしました?」ウニョウニョ

戦士「あ……風呂と飯、どっちを先にする?」

僧侶「うーん……疲れたし、汚れてしまっているので……ああでも、ご飯食べずに寝ちゃうのもあれですし」

戦士「私は別にどちらでもいいぞ」

僧侶「ああでも、水が苦手とは言ってたか……」

戦士「?」

僧侶「いえ。じゃあ、先にご飯にしてもらえますか? 久々に皆さんとお話もしたいですし」

戦士「そうか! いや、わかった。すぐ用意するよ」

僧侶「ありがとうございます。ふふ、久々の戦士のご飯ですねえ」

戦士「腕によりをかけて作るよ、ちょうど今日は収穫日だったしな」

僧侶「……そんなにここを空けていましたか、私は」

戦士「あ……」

僧侶「すみませんね、時間の感覚がおかしくなっているみたいで」

戦士「……」

僧侶「まあ、たくさん食べてたくさん寝ればすっきりしますから。暗い顔しないでくださいな」

勇者「おお、今夜は豪勢だな」

戦士「ふふん、まあな」

僧侶「戦士の作るものは毎度、味も量もえげつないですからねえ」

戦士「味にえげつないはあんまり嬉しくないぞ……」

僧侶「あはは、分かるならいいじゃないですか。さて、お手を合わせましょうか」ビチビチ

勇者(あ、やっぱ手なんだそれ)

戦士(粘度高めの汁が皿に飛んでる……)

僧侶「主よ、我らにこのような恵みを与え賜うたことを感謝します。願わくばこれらの恵みに祝福を、して我らの心身の糧としてください」

僧侶「いただきます」

勇者「いただきます」

戦士「いただきます」

ジュルンッ

勇者「ん?」

カランカラン

戦士「お?」

僧侶「ご馳走様でした」クパァッ

勇者(しょ、触手に口っ、口が!?)

戦士(え、手なの? 口なの? というかそれは今僧侶も食べたの? え?)

僧侶「そういえば、魔女は?」

勇者「ああ、また魔力使い果たして寝てるよ」

僧侶「なっ!?」バタバタ

戦士「僧侶、言いたいことはわかる。あいつにばかり無理をさせているのはどういう了見だ、だろ」

僧侶「あなたにもですよ、戦士! 私があれだけ出る前に言ったと言うのに……」

勇者「ああ、頼り切りなのも悪いと思う。が、あいつの魔法のおかげで、今お前は飯を食えたんだ」

僧侶「うっ……」

戦士「それにだな、あの時も言ったが」

ガチャ

魔女「あー今日も良く寝たー。バカ気持ち良かったわー」

戦士「……やっぱりこいつ、ただ寝たいだけだと思うぞ」

魔女「おろ? 僧侶ちゃんじゃんおかえりー。うわ、グロッ」

魔女「ん? 辛くないかって?」モグモグ

僧侶「はい」ニョロニョロ

魔女「まあ、そりゃキツいけどさ。無理はしない程度にいい汗かいて、ぐっすり眠れてるもの」

戦士「ほら」

僧侶「でも魔法でなんとかできる範囲だって限られているでしょう、あの畑だって」

魔女「もちろん土は普通に育てるよりウン十倍早く痩せるけど、やれる程度はやるよ。そしたらこいつらにも仕事回せるし」

戦士「掘削もそれなりに進んでる。土質が変わらないなら、畑は今すぐにでも変えられるぞ」

勇者「当分は満足に暮らせそうだな」

魔女「……勇者、あんた『セミ』でいいの?」

勇者「セミ?」

魔女「……なんでもなーいないっ」

僧侶「……魔女がそれでいいなら、私も良いのですが」

魔女「で、僧侶の『それ』は?」

勇者(……聞いてくれるのありがてえ……)

僧侶「それって……ああ、こちらですか」ウニョウニョ

魔女「あんまり飯食う時に見たいビジュアルじゃないねえ」モッシャモッシャ

戦士「その割にはよく食うじゃねえか」

魔女「久々にちゃんと飯が美味いんだよ、戦士ちんはわかり易いねえ」

戦士「けっ」

僧侶「こちらは一応、神です」

勇者「はあ」

魔女「ほー」

戦士「……いやいや」

僧侶「あはは、三者三様でいい反応ですね」

勇者「嘘……か? 以前の僧侶ならタチの悪い冗談なんて聞くのも言うのも嫌がっていたが」

僧侶「かもですねえ。一度臨死体験をすると、人って変わるんですよ、きっと」

戦士「何を言って」


ガコン


勇者(侵入者!)

勇者「――全員、武器を取れ。ただし攻撃の判断は俺を待て」

戦士「あいよ」

魔女「あ、杖ベッド置いてきた。まいっか」

僧侶「聞いてくれますかねえ、言うこと」グニョングニョン

勇者(あ、やる気なんだ。あと戦えるんだそれ)

??「勇者、勇者はいるか」

勇者(姿はまだ見えない……が、人語を解する。それに張りはあるが覇気のない声)

勇者(それに確実に俺を認知した。『あれ』に気付ける奴なら、十中八九は……)

勇者「武器下ろせ」

戦士「まだ判断するには早いが」

勇者「いい、俺は構える。以降の判断は任せた」

戦士「……ま、久々の剣で慌てないようにな」

魔女「あ、じゃあ杖取ってくるわ」

僧侶「取ってきましたよ、これで合ってます?」

魔女「おー、超便利じゃん。持ち手ぬるっとすっけど」

勇者(それ伸びるんだ……あと、部屋の中見れてるってことは……)

??「すまない、一人おぶっている。こっちに上がって肩を貸してくれないか」

勇者「悪い、こちらもなかなか切羽詰まっていてな。まず生まれと名を聞かせてくれ」

??「……っ」

戦士「言えないのか」

魔女「あたしも生まれわかんないしね。まあ、そういう人もいるっしょ」

僧侶「おや、珍しい自虐ネタです」

魔女「弱ってるんだねえ、気付かぬうちに」

勇者「別に住んでいる……住んでいた国でもいい。信用できる情報をくれ」

??「…………」

戦士「早く!!」

??「……魔王軍、所属」

勇者「なッ――!?」

僧侶「――拘束します」ビュシュルルルルッ

??「んなッ!?」ギチチチ

魔女「ありゃ」

戦士「速過ぎる……」

勇者(あれ、もしかして相当強い……?)

僧侶「名乗りなさいな、さもなくばその背に負った者ごと締め上げて差し上げますよ」

??「……っく、バケモノめ……!」

魔女「敵らしくないこと言ってる」

戦士「人の仲間をバケモノとはなんだ!!」

勇者「落ち着け。話を聞こう」

??「相手を縛りながら聞くものか? 外道が……」

僧侶「おっと手が、もとい触手が」ギチチチ

勇者「僧侶も楽しむな!」

側近「私は魔王様に傍仕えする者。名はないが、以前は側近と呼ばれていた。それで構わないか」

僧侶「急に素直になりましたね」

勇者「大体お前の所為、もといお陰だと思うぞ」

魔女「いいね、うちらと同じで分かりやすい」

側近「同じとは?」

魔女「役割を呼んで名前を呼ばない。まあ、勇者が決めたルールだけど」

勇者「名前以外にもほとんどの素性を明かしていない。俺も、みんなもな」

側近「不信感が高まるだけではないのか?」

戦士「逆だ。裏を見せないと決めた分、使命のみに従事しやすい」

僧侶「そういうもんだと解れば随分居心地はいいですよ」

側近「……そんなものか」

魔女「あと勇者の本名がめっちゃ恥ずかしいものの可能性なー」

勇者「まだ言うか……」

側近「とにかく今は情報が欲しい。一体『これ』はどうなってるんだ?」

勇者「待ってくれ、まだお前に聞きたいことがいくつかある」

側近「……」

勇者「体裁上はこちらが優位に立っているんだ。聞いてくれないか?」

側近「……いいだろう。その代わり」

僧侶「がめついですね」

勇者「いいよ、聞こう」

側近「……飯と水をくれ。その内私は言語能力を失う」

魔女「飲まず食わずでどのくらい?」

側近「一週間は」

戦士「今や外の食いもんは何食ってもダメだからな」

勇者「よし、戦士用意を」

戦士「魔物の口に合うかは分からんがな」

側近「……ふん」

僧侶「あ、おぶっていた人はとりあえず私の部屋に寝かせました。一応『監視』もついているので大丈夫かと」

勇者「やっぱ触手から見えてるのか……ありがとう」

側近「……」

勇者「さて……食いながらでいい。まず、なぜここがわかったか。そして、なぜ俺がいることを知ったのかを聞かせて欲しい」

側近「辺りがあまりに魔力臭過ぎる。人為的になにかを隠していることはすぐに分かったし、こんな芸当ができるのは貴様らくらいだ」

魔女「魔力のある人間に気づいてもらう為にわざと魔力撒き散らしたんですぅ~。さも分かった風に言わないでくださいぃ~」

側近「こいつは殴ってもいいのか」

勇者「こっちは殴らせてもらった試しがないんでな……できるなら、どうぞ」

勇者「じゃあ次だ。お前の連れてきたアイツは、一体誰だ?」

側近「…………」

戦士「まあ、黙られても見当は付くが。あれもお前も、魔物の癖して立派に人型だしな」

側近「……我が将、我が君。魔王陛下だ」

勇者「だろうとも。ただ、それなのにさっきは案外早めに手放したな。なぜだ?」

側近「私にはもう、陛下を守る力はない」

魔女「だとしても、身を呈してまで守るべきじゃなかったの?」

勇者「魔女!」

魔女「……怒られちった。いやあ、だって合点がいかなくてさ」

側近「……」

僧侶「結果間違った選択ではなかったのですから。口出しは無用ですよ、魔女」

魔女「あいあいさ」

勇者「……見ての通り、こちらもお前達を殺すつもりはない。情報だけ得て放り出すつもりもない」

戦士「俺は別にそれでもいいんだがな」

僧侶「甘ちゃんぽんですからねえ、我らが将は」

魔女「きっちり働いてくれるなら、当分はここにいなよ。あたしはそっち側の魔法も気になるし~」

側近「……感謝、する」

勇者(……参謀役らしく頭固めかと思ったが、案外すぐデレるな)

勇者「さて。一応聞きたいことはまだあるが……多分、お前の質問と同じだ。そっちから聞いてくれ」

側近「何?」

勇者「どっちにも答えがないんだよ、その質問には」

側近「……まさか、貴様らの所業では……!?」

戦士「そして、お前らの悪行でもない、と……」

魔女「はいはい、だろうと思ったよ」

僧侶「双方とも『居なくなって』ましたからね」

側近「じゃあ、あの『黒い霧』は……」

勇者「ああ、さっぱり分からん。何者かの作為なのか、それとも自然の悪戯なのかもさっぱりな」

側近「…………そう、か」

勇者「とりあえず、今のところこちらが得ている情報だけ共有しよう」

・『霧』が出現したのは俺達が確認できたところで10日前から
・『霧』が生物の体内に入ると内側から身体を黒く変色させ、数時間で死に至らしめる
・『霧』のかかった植物自体に影響はないが、それを食べた生物に症状が出る
・光系統の浄化魔法がそこそこ有効

以上だ」

側近「!!」ガタッ

僧侶「魔王なら既に浄化しましたよ。12時間おきにあと3回ほどかければ、死の恐怖はないでしょう」

側近「そ、そうか……そう、か……っ!」

戦士「感謝はァ!?」

側近「あっ、ありがとう! 感謝する!!」

魔女「戦士が威張るのはどうよ?」

側近「つまり……君達は、ここで生活しながらあの『霧』の様子を伺っている、と?」

勇者「大枠ではそれで合ってるよ」

魔女「あなたたちはどうしてたの?」

側近「差し向けていた配下達が次々とやられているという話を聞いて、各地方を巡っていた。……私は少々身体の造りが特殊でな、魔法を介して呼吸を行っているからか、その症状とやらが出るまで時間があったんだろう」

魔女「あら、ホムンクルスかいな」

側近「知っているのか?」

魔女「昔取った杵柄っつってね。……そうか、そういうやり方もあるか」

僧侶「でもそんなの、魔力消費がバカになりませんよ」

魔女「この人が言った通り、特殊なの。説明するのは難しいけど」

側近「魔力効率が人間とは違うんだ、そういう認識で構わない」

戦士「さっぱりわからん」

勇者「お前……それは魔法の知識とかじゃなく、言語能力の問題だ……」

戦士「新しい固有名詞が出た時点で聞くのをやめているんでな」

側近「……人間の生存者は、お前らだけなのか?」

勇者「わからない。かといって探しに行く訳にもいかない」

僧侶「私のも、流石に外の様子を見られるまでは伸びないのです……」

戦士「僧侶のは初耳だしあとそこまで頭が回らんぞ。なにができてなにができないかとかの問題じゃないぞそれ」

魔女「粘液くらい採取しておきたいところだね、催淫効果っぽい」

側近「え゙っ」

戦士「ビビらすな魔女」

勇者「だから魔法の跡を残したり、上板に王家の紋章なんか書いたりして、見つかるのを待つくらいしかできないんだ。まあ、他の生存者が居たらきっと同じことをするだろう」

側近「何にせよ、あの『霧』をなんとかしなければどうにもならんのか」

僧侶「その為に私が外に向かったのです。私なら浄化魔法が使えて、30分程度は辺りをウロウロできる感じだったので」

側近「その結果が……」

僧侶「?」ウニョンッ?

勇者「それは人間でいうどこの何を傾げてるんだ」

魔女「あ、そういやそうだ。お外はは結局どうだったのさ、僧侶」

僧侶「いやあ、それがですね」

側近「正直、成功には見えんぞ」

戦士「静かに聞け」

僧侶「出てすぐのことなんです。浄化を続ければ一応粘膜からの症状は防げそうだったんですが……コケちゃいまして」

魔女「あ、傷口?」

僧侶「です。そこからどんどん黒ずんでいって、魔法もおっつかなくなってきて。ああ、こりゃ死んだな、と」

勇者「それで……どうして、その、神なんだ?」

僧侶「信仰の対象を変えたのですよ」

側近「どういうことだ?」

僧侶「私達僧侶職は神に仕えし者、信仰する神によって扱える力は異なります。以前は王都に伝わる『水の神』でしたね」

魔女「そのキモいのはなんの神よ」

僧侶「キモくないですっ! れっきとした『土の神』です!」

戦士「『土の神』? 『地の神』じゃなく?」

僧侶「どうも私達の逃げ込んだここ、はるか昔に文明があったようで。その文明で支持されていたのがこちら、『土の神』でございます」

魔女「あんまりいい趣味じゃないかなあ、主にビジュアル」

僧侶「信仰を変える為には、信仰の対象とする神を祀る神殿に向かう必要があるのですが」

側近「そんなものがあるのか」

勇者「この近くにか? 覚えがないな」

僧侶「どうも地下に『土の神』の祠があったらしいのです。たまたまその直上で倒れた結果、主の声が私に届きました」

側近「古代の文明が地下に眠っていた、と」

魔女「ああ、もしかしてあたし達のこの家も?」

側近「はい。元々あった文明が地に埋もれた、というよりかは地下に住居を造る文化だったようですね」

戦士「それで、『土の神』はなんと?」

僧侶「『私は生命を司る神。水の癒しでも助からないのなら、その御霊を私に預けなさい』と」

魔女「かっこよ!」

勇者「神は神なんだなあ」

触手「」ウネンウネン

僧侶「お喜びになられています」

魔女「でも普通、同化まではしないでしょ。どうなってんの」

僧侶「神は信仰者にその力の一部を授けられます。ですが、『土の神』には信仰者はいません。もうずっと昔に死んでますからね」

勇者「歯に衣着せないなあ」

戦士「僧侶って、こういう状況ではもっと言葉を選んでた気がするのだが」

僧侶「これから信仰者も増えることもないからと、私にその力を全て託されることを決めたそうです」

側近「では、今君はその神の依代となっていると」

僧侶「そう言っていいものか、人智を超えちゃっていますからね」

勇者「しかし……神かぁ……」

勇者(パワーバランスどう取ろう……僧侶も何故か気が強くなってるし、イニシアチブを取られたらどうにもならないな……)

戦士「勇者?」

勇者「ん、ああ、すまん。少し眠くてな」

戦士「そういやそんな時間か」

僧侶「私も流石に疲れましたね」グデーッ

魔女「あ、しなびた」

勇者「とりあえず諸々明日に回そう。側近は魔王と同じ部屋で寝てくれ」

側近「分かった」

魔女「え、お風呂はー?」

勇者「既に沸かしてあるよ、先に女子が入ってくれ」

【浴場】

僧侶「久々のお風呂……うーん、感慨もひとしおですねえ」

魔女「あ、僧侶傷沁みんじゃない? 大丈夫?」

僧侶「あはは。多少ですよ、湯船に入れる方が余程ありがたいですし」

側近「へえ、随分広いな」

魔女「戦士が広くしたのもあるけど、元から結構広めだったのさ。湯は地下水を魔法で沸かしてる」

側近「……過労で倒れるなよ」

魔女「へーきへーき。寝りゃ魔力も回復すんだもん」

僧侶「まったく、そうやって言って無理するんですから。魔女、マッサージでもしましょうか?」グネングネン

魔女「ぜってー嫌だ!!!」

側近「湯船に溶けだしてるんじゃないのか、そのぬるぬる」

僧侶「美肌効果です!」

魔女「だとしても嫌だっつってんの!!!」

側近「他人と風呂に入るのはこんなにも五月蝿いか……」

【台所】

戦士「勇者」

勇者「なんだ」

戦士「……側近の奴、本当に女なのか?」

勇者「当人がそう言ってるじゃないか。現に今、あの二人と風呂に入ってる」

戦士「そういう問題じゃなくだな」

勇者「何が言いたいんだよ……」

戦士「最初あいつを見た時に女に見えたかという話だ」

勇者「俺がどう思ったかとか、どうでもいいだろう……」

戦士「いやいや、認識を聞きたいんだ。意識を共有することで仲間の信頼も上がると言うもの」

勇者「うるせえいいからとっとと皿洗えよ!」

戦士「あくまで黙秘するか……」

勇者「めんどくせえな本当に!!」

【寝室】

魔王「…………」

魔王「……んぉ?」

魔王「……あー、どっこだここ」

魔王「死後の世界にしてはずいぶん閉塞的だこと」

魔王「あ、隣にもベッドある」ボフッ

魔王「……これは、女の子の良い匂い……!」

魔王「えらいとこ来ちゃったぞ! これってもしやそういうお店か!!」

魔王「うっわー。どうしよう。きちんと護ってきたのに。いいのか、こんななし崩しにプロの方にお預けしちゃって」

魔王「いやでも、そんなに大切だった訳でもない。ない、はずなんだけど……」

魔王「……待て待て、魔王ともあろう者が。不安がる必要がどこにある。折角の機会なのだから、どしりと構えて楽しむのがれ」

ガチャ

魔王「あ、ちょっ、まだ身体洗ってなくって、あっ」

勇者「…………」

魔王「……あれ」

勇者「…………」

魔王「あ、そういうコンセプトなの!?」

勇者「何を言ってるかわからんがたぶんちげーよ!!!」

僧侶「出ましたよ」ツヤツヤ

戦士「だろうな、ハリツヤが違う」

勇者「浴槽の底はぬるぬるしてないだろうな」

魔女「……うん、まあ、気にならないよ」

勇者「気にしてんだよ!」

側近「……」

魔王「なぜ目をそらす」

側近「……申し訳ありません」

魔王「何にだし」

側近「全てです……」

魔王「あのなあ……まあいいや、はよ寝ろ。俺の寝てた部屋だろ? ありゃいいベッドだったぞぉ」

側近「……っ」

魔王「あ、ちょ、泣くなって! 勘違いされちゃうでしょ!」

僧侶「起きたと思ったら、変な人ですね。魔王」グネグネ

魔王「そもそもお前はマジで人かおい!?」

魔女「あんたも魔族でしょうに」

魔王「ん?」

魔女「……いや」

魔王「……なーるほど。把握」

勇者「?」

勇者「……はあ」

勇者(やっと全員寝たか……騒々しくておちおち食器の片付けもできないよ)

勇者「…………」

勇者「はは……今口減らしとか考えたな、俺」

魔王「え、マジ?」

勇者「いやいや、流石にな」

魔王「あ、良かった。助かるわ」

勇者「…………」

魔王「魔族は寝ないのよ」

勇者「嘘こけ。眠くないだけだろ、誰よりも寝てたから」

魔王「んははは」

勇者「……今、ここにお前が居なければ、お前らの寝室に行ってたかもしれない」

魔王「剣構えてか?」

勇者「……わからないけど」

魔王「なら最初から我と側近がここに入った時に斬ればよかっただろう。もしくは、その素性が分かった時か」

勇者「無理だ」

魔王「なぜ?」

勇者「仲間意外でな、生きてる相手と喋るのが久しぶりだったんだ」

魔王「それが宿敵だと分かっても?」

勇者「さっき思い出したんだ、そのことを」

魔王「……ばっかだねえ。お仲間の方が余程仕事熱心じゃんか」

勇者「依頼者が居ないんだ。仕事なんざ達成する意味もない」

魔王「不真面目だこと」

勇者「放っておけ」

魔王「でも仕事をする気が起きたんだろう」

勇者「…………」

魔王「……分からんでもない。夜に一人、水の音だけ聞いておれば、思い出したくないことでも思い出す」

勇者「テメェ――ッ!」

魔王「分かってるッ!!」

勇者「!」

魔王「……自分のしたことを棚に上げてるのは分かってる。ただ聞け」

勇者「…………」

魔王「古の協定を破ったのも、大陸に魔物を放ったのも、我ではない」

勇者「この期に及んで何を……」

魔王「我は魔王ではない」

勇者「それ以上ふざけたことを抜かすなら、本当に叩っ斬る」

魔王「ふざけているように見えるなら斬ればいい」

勇者「…………」

魔王「側近が我を魔王と呼ぶのはな、王家の人間がすべて『霧』にやられたからだ」

勇者「!」

魔王「……そりゃ俺だって継承権持ってるけどさ。第五位だぞ、最下位だぞ。そもそも継承されようが、国ごと無いんだから。王と配下一人の国って笑えないか?」

勇者「……知らねえよ……!」

魔王「……こんなこと言って言い訳しているように見えるかもしれん。けど、私は侵攻反対派筆頭だったんだ。まあ、こんなガキの戯言に賛同する者が居なかっただけだがな」

勇者「うるせえつってんだろ!!」

魔王「人の話は全部聞けよ!!」

勇者「話せとも言ってねえ、聞きたくもねえ!!」

魔王「…………っ」

勇者「寝る」

魔王「食器は!?」

勇者「テメェが洗え……もう知るか……」

魔王「……そうかよ」

魔王「…………」カチャカチャ

側近「洗いますよ」

魔王「Wow!?」

側近「なんですか?」

魔王「あ、いや、寝てるもんだとばかり」

側近「……あんなに怒鳴られては、寝られる訳がないでしょう」

魔王「……わー。だっせー俺ー」

側近「ださくありませんよ」

魔王「いやいや……他のやつにも聞かれたかなあ、あー恥ずかしい……」

側近「ださくないです」

魔王「……分かったよ」

側近「なら構いません、陛下」

魔王「陛下って言うな」

側近「真名を呼ばないのがここのしきたりでしょう」

魔王「お前なあ……」

側近「……ふふ」

魔王「はあ……」


ガチャッ

勇者「ちゃんと聞いてこいって戦士に殴られた……あと皿も洗えって……」

側近「くそださいですね」

魔王「くそだっせえわ」

魔女「……」

僧侶「寝ないのですか、魔女」

魔女「寝たら襲われるかもしれないじゃん?」

僧侶「ほう?」ウニョウニョ

魔女「冗談。今日はなんだか、本を読みたくなって」

僧侶「いつも読んでいますよね、それ」

魔女「好きなんだー、『砂の国』」

僧侶「私は本を読まないもので、よくわからないんですよねえ」

魔女「お、初めて知った」

僧侶「プライド高めでしたからね、自分のことは話したくなかったのです」

魔女「くだけたねぇ。触手さまさまだ」

僧侶「なにが良いのですか、『砂の国』は」

魔女「読書の良さじゃなく?」

僧侶「たぶん、良い本に出会えばそれもわかるかと」

魔女「言えてる」

魔女「この本のいいところはね、誰も特殊な力を持っていないところなんだ」

僧侶「どういう話なのですか?」

魔女「構造は簡単だよ。平和な国があって、それを脅かす者がいて、戦ってまた平和を取り戻す」

僧侶「ネタバレです」

魔女「そこは全然面白くないもん」

僧侶「場当たり的なハッピーエンドの物語自体は好きなのですがねえ」

魔女「戦うにしたって、単なる力と数のぶつかり合い。魔法もないし、ファンタジーらしい“キカイ”なんてのも存在しない。だから人は考える。敵も味方もね」

僧侶「地味ですね」

魔女「そう、ひとつひとつは人間の地味な考えの積み重ね。それが大きく情勢を動かすのが、痛快でさ」

僧侶「……」

魔女「納得いってないね」

僧侶「分かります?」

魔女「あまりに眉間にシワ寄ってんだもん」

僧侶「……考えるという能力も、充分特殊な力だと思っています」

魔女「でも、みんなその力は持っているよ」

僧侶「優劣はあります。劣が集まっても、優の閃きに敵うとも思いません」

魔女「……うん」

僧侶「言っていた力と数もそうです。大は小を兼ねますが、小をいくら集めても大に敵うとも思えません」

魔女「そこは、そうだね」

僧侶「人の考えは、そうではないのでしょうか」

魔女「私はそう思ってる。人が集団を作るのは、どんなに力で劣る者、ましてや知識で劣る者でも、その人にしかできない考え方がある」

僧侶「有用になるかは問わないのですか」

魔女「それを有用にするのが力と知識だよ。もちろん、普通にできないこともあるとは思うけどさ」

僧侶「…………」

魔女「納得できない?」

僧侶「……私が『こう』なろうと思った考えは、良いものだったのか」

魔女「…………」

僧侶「隣に誰か居たなら、違う考えに導いてくれたのでしょうか」

魔女「…………」

僧侶「…………」

魔女「……僧侶?」

僧侶「…………」

魔女「……寝ちゃったかな」

僧侶「…………」

魔女「お疲れ様。……私はね、止めなかったと思う。他はわからないけどさ」

僧侶「…………」

魔女「だって僧侶が、私たちの中で一番頑固で、……自分が戦いにおいて無力だと、一番嘆いてたから」

僧侶「…………」

魔女「でも今、あなたが辛いのなら……自分を強くなったなんて思わないで。私たちだって、自分を強いなんて思っていないから。だから、一緒に辛くなろう」

僧侶「……、……」グネ

魔女「……ぷふっ」

僧侶「笑うなぁっ!」

戦士「く……ふあ……っと」

側近「おはよう」

戦士「……おはよう」

側近「誰だか認識するのに時間が掛かったろう」

戦士「バレたか。寝起きはどうもな」

側近「他の連中は?」

戦士「勇者はまだぐっすり。女子連中は分からんが、いつも通りなら魔女は農畜産物の為に魔力を使い果たしてダウン。僧侶は……まあ、流石に疲れてるんじゃないか」

側近「なるほど、じゃあいつも1番早く起きるのは戦士か」

戦士「まあな、だから朝食は俺の担当。代わり映えしないがね」

側近「へえ……」

戦士「作れるのか、って顔したな?」

側近「……バレたか」

戦士「勇者程じゃねえよ。言った通り朴訥なメニューしか作れない」

側近「ふうん」

戦士「そういや、魔王はどうなんだ?」

側近「……私より早く起きられて、『今日は風邪が弱いから』と外へ出ていかれてしまった」

戦士「!? おいおい、それは大丈夫か?」

僧侶「ある程度は大丈夫だと思いますよ?」

側近「僧侶」

僧侶「“霧”は視認できるのが唯一の救いですからね、私が出ていった時は急に風が強くなってしまって」

戦士「なら今日だって!」

バタン

魔王「俺、風魔法使えっから」

戦士「……なるほど」

魔王「ただ、ありゃあしつこいね。何度吹き飛ばしても生物目掛けて漂ってくるわ。半分くらいは魔力持ってかれたもん」

側近「ご無事で何よりです」

魔王「おーう」

戦士「霧は元からそういう性質なのか」

魔王「みたいよ? なんとなく出てる方向は分かった気はするが、ありゃまともな人間は近付ける訳ないね」

僧侶「そこで私ですね」グネグネ

魔王「おうとも非まとも代表!」

戦士「無礼にも程があるぞ」

側近「すまない、こんなんだから誰もついてこなくてだな……」

魔王「無礼にも程があるぞ!」

勇者「――それで、僧侶を突入させたいと」

魔王「おう。今日は魔力を大分消費しちまったから、明日辺り俺と僧侶で見てきたい」

勇者「…………」

魔王「ま、嫌がるわな」

勇者「分かってるなら言うな」

魔王「ただ、ここで停滞しても状況は変わらんだろ」

勇者「…………」

魔王「……お前」

勇者「なんだよ?」

魔王「もしや、本気でこのまま地下で暮らそうとでも思っているのか?」

勇者「……まさか」

魔王「…………」

勇者「信用できないか?」

魔王「正直」

勇者「……仲間を失うリスクを、どうしても見逃せない」

魔王「馬鹿か……? あれがここのハッチの隙間からだって、漏れ出してくるだろう? 水に溶け出して食うもんにも紛れてきたら? 噴出を止めなければただ死ぬのを待つだけじゃねえか!?」

勇者「だとしても……」

魔王「ここで一緒に死にてえってか。ふざけんなよ、あの仲間はお前の子守りか!?」

勇者「……声がでかい」

魔王「いいよ全部バラしたる!!!」

勇者「ンなッ!?」

魔王「やーい勇者のガキんちょ~!」

勇者「絶対斬る絶対斬る絶対斬る絶対斬るッッ!!!!」


魔女(うっせぇ……寝かせろや……)

側近「その深刻な話ができない病気は治すべきです」

魔王「はい……」

僧侶「勇者様も、勇者なら勇ましいとこ見せて欲しいんですけどね。仲間を信じられないのは情けないですよ~」

勇者「……」

戦士「まあ心配なのは分かるが……任せるしかないだろう。俺達には霧に抗う力はない」

側近「今日すぐに、ではないんですよね」

魔王「ああ、霧を払う魔力が回復してから行こう」

勇者「……僧侶」

僧侶「はい?」

勇者「平気か、辛くないか?」

僧侶「おやおや。ご心配ありがとうございます」

勇者「からかうな」

僧侶「……心に全く負荷がないと言えば嘘になりますが、どちらかといえば事態が進展しそうなことの方が喜ばしくて、大きいです」

勇者「大きな力に振り回されることだけは」

僧侶「分かっています。ほんと、いつもそればっかりなんですから」

勇者「……」

戦士「魔王。僧侶を任せるぞ」

魔王「任せていい相手じゃないと、改めて思うね」

戦士「お前は魔王じゃない。俺はお前の名前を呼んだだけだ」

魔王「……そうかい、んじゃやれるだけやるよ」

魔女「…………」

魔女「うーん。なんとなく、上手く行く気がしないんだよなあ」

魔女「こんなこと言ったら戦士くんは怒るし、勇者ちゃんは卒倒するだろうけど」

魔女「……まあ、万が一の準備はしとこうかな」

魔女「うらうらうらー、魔力をねりねり~っと」

コンコンコン

勇者「魔女、起きてるか?」

魔女「はーいよ。ごはん?」

魔女(やっば、聞かれてたら死んでたわ)

勇者「ご飯もそうだし、伝えたいこともある」

魔女「お、人類滅亡の危機を前にして、子作り計画かい」

勇者「うるせえ早く来い」

魔女「ちぇー」

――――――――――――――――


魔女「そー、うー、りょー、ちゃん!」

僧侶「おや、珍しく朝から起きてますね」

魔女「旅立ちの前にこちらをどーぞ!」

僧侶「お、ハイテンションなのはこれを用意してたからでは」

魔女「まあねー、お守りって奴ですよ。やっぱ愛情って時間に出るよね~」

僧侶「ありがとうございます。しっかり持って帰ってきますよ」

魔女「ほーい、じゃあおやすみ~」

バタン

僧侶「……都合の良いことで、何よりですよ」

魔王「え、俺には何もないの?」

側近「魔王様は何もなくても帰ってくるでしょう」

魔王「信頼されてるのは嬉しいけど、愛情をくれたらもっと嬉しいよ?」

側近「……帰ってきたらあげますよ、じゃあ」

魔王「お、いいね。俄然やる気が出るわ~」

側近「そんな単純なものなのですか?」

魔王「男はみんなそうだよ、なあ勇者」

勇者「知らないよ……あ、死ぬなら僧侶より先にな」

魔王「おーう辛辣ぅ」

戦士「どっちも死ぬな、それが一番だ」

僧侶「はい!」

魔王「善処する」

勇者「……頼んだぞ」スッ

魔王(……手、震えてら)

魔王「おう」ギュッ

【外】

魔王「っかー、昨日より濃くなってやがる。こりゃ本当に底無しだな?」

僧侶「喋っていないで“霧”を飛ばしてください、私も浄化がどこまで間に合うか、っ分からないんですからっ!」シュォオ

魔王「分かってる分かってる。んで、出処はやっぱりこっち側か?」ビュオォ

僧侶「みたいですね。私達の根城から北東方向、森の奥深くです……あ、ここで私『土の神』の信仰をしましたね」

魔王「……もしや、その文明と“霧”に関係があるのか?」

僧侶「……どうなんでしょうね。神と同化してからというものの、こちらから意思疎通を取ることもできません」

魔王「……本当に神か、そいつ?」

僧侶「今のところは信用するしかないで、しょうっ!」シュォオ

ガサガサッ

魔王「! 何か来るッ!」

僧侶「えっ? ……自分の風魔法では?」

魔王「意図してないとこから音がしてんだよッ!!」

ガサッ

僧侶「あれは――ッ!?」

魔王「獣型の魔物……でも、この“霧”で生きてるってのは……」

僧侶「逃げて!!」

魔物「…………ッ」

ビュオッ

魔王「は――――ッぐぅ!?」ドゴッ

魔王(おいおいなんだよそのスピード! しかもただの体当たりって、こいつ死に物狂いか?)

魔物「…………」

僧侶「魔王、そいつから離れて!!」

魔王「――へっ、やなこった。俺の顔を忘れたってんなら、思い出させてやるのが主の務めだろ」ゴォォ

僧侶(火魔法の詠唱……!)

魔王「燃えろ、せめて痛みのないよう一瞬でな」

ゴォオオッ!!

魔物「……ッ!」

魔王(……真正面から受けた? あれだけのスピードを持ったまま、なぜ?)

僧侶「来ますよ、魔王ッ!!」

魔王「はぁ?」

魔物「……ッ!!!」

ゴォオオッ!!

魔王(同じ魔法!? 詠唱もなく――いや、もしかして魔法ではなく……!)

魔王「吸収して、そのまま打ち返してやがるのか――ッ!?」

ヒュルルルッ パシッ

僧侶「間に合った……」

魔王(触手で引っ張ってくれたのか……こっちもなんてスピードとパワー、精密性なんだか)

魔王「助かった……しかし、ありゃどうすりゃいい? そもそもなぜ気づいたんだ?」

僧侶「今になって口を開いたんですよ、『神』が!」

魔王「へえ、それで神はなんだって?」

僧侶「って、聞いてる間にもう来てるんですよッ!!」

魔物「……ッ」ビュオッ

魔王「うおおっ!?」サッ

僧侶「すんでのところじゃないですか! 敵から目を離さない!」

魔王「いやすまんすまん、経験がなくてだな」

僧侶(……ああそうだ、この人おぼっちゃんなんだ……)

魔王「それで、神はどんなお告げをくれやがったんだ?」

僧侶「『霧』は魔力を吸い取り蓄えることができます」

魔王「そんなの見りゃ分かんだよ! 他は!?」

僧侶「得た魔力を、魔物の精製に使うことができます」

魔王「! ――へえ、なるほどな」

魔物「…………!」

僧侶「もちろん霧から生まれた魔物は『霧』自体の特性を持っています。……分が悪いですね」

魔王「魔法に特化してるからな、俺もお前も。俺らが出てくる前に早く言えよ神とかなんとかさんよ」

僧侶「文句を言う前に霧払い!」

魔王「へいへい」ビュオッ

僧侶「ので、魔法は一旦禁止。なしで戦えますか、おぼっちゃま?」

魔王「嘗めんな触手女。お前のその小狡い獲物よりいい動きしてやんよ」

僧侶「あ、傷ついた。まあいいです」

魔物「……ッ!」ビュゥ

僧侶「与太話は聞いてられないそうですから――ねッ!!」ビシュルッ

勇者「…………」

勇者「………………」

勇者「……………………………」


魔女「ソワソワすんなみっともない」ペシッ

勇者「んぶっ」

魔女「ほんっとに意気地のない勇者だね~、きみ」

勇者「ほっといてくださいよ……」

魔女「あ、敬語戻った」

勇者「う……」

魔女「おーおー懐かしいねー。まだその癖直ってなかったか」

勇者「直したはずなんだけどな……」

魔女「だいたい『きみ』って呼ぶと戻っちゃうんだよね」

勇者「……わざとじゃないか」

魔女「きみがわるい」ニヤ

勇者「その顔のが気味が悪い」

魔女「んはは」

勇者「……ありがとうございます」

魔女「だーから敬語やめなっつってんでしょ」

勇者「俺が勇者らしくないことをした時、いつもあなたは俺を笑わせに来る」

魔女「自意識過剰だぞー?」

勇者「ならそれでもいい。勝手に良く思っています」

魔女「そーかいそーかい。なーんかババア扱いされてる気がして気に食わないなあ」

勇者「お節介おばさんだなとは思っています」

魔女「ははは滅す」

勇者「冗談です、二割」

魔女「八割焦がせばいいんだな」

勇者「死ぬより辛いなあ」

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