【ミリマス】彼女は気持ちを確かめたい (24)

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別に困らせたかったワケじゃないの。
ただ、少し、ほんのちょっと、お互いの気持ちが気になった……それだけ。

だからパパっと着替えに袖を通すと、私は一人ぼっちの部屋から出発。
コンコンコンとノックしたら、ホテルのドアは望み通りに開いてくれた。

「……麗花か、一体どうしたんだ?」

扉と壁との隙間から、顔を覗かせた彼は何だかぐったりしてるみたい。

多分だけど、やっほー! って私が声かけても、やっほー! って返っては来なさそうな。
そんな疲れた顔をしてる。それにそれに、まだワイシャツ姿のままでいるし。

ホテルに着いたのが二時間前。ご飯を食べたのはその後すぐ。
私がお風呂を出たのが、大体三十分ぐらい前のことだから――。

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そう! 私にはすぐに分かっちゃった。

何が分かったのかって言うと、一緒に晩御飯を食べたその後から、
彼がお風呂にも入らずにずーっとお部屋でお仕事をしていたことが分かったの。

だから彼はまだワイシャツを着たままで、だから少し疲れた顔をしてて、
だけどそれを隠すみたいに笑ったから、私は言わなくちゃ! と思ってこう言ったの。

「プロデューサーさんは、まだパジャマに着替えてないんですね。
……ダメですよ? シャツを着たまま寝ちゃうのは」

すると、なんと! キョトンとされた。でもいいの。
疲れた顔にはバイバイして、彼はパチクリと瞬かせた両目で私の着ている服を見ると。

「……そうだな。麗花はバッチリパジャマだもんな」

「はい、バッチリパジャマなんです。しかもお出かけ用の新品の」

「買ったのか? わざわざ」

「変ですか? だって今まで持ってなかったから」

そう言って私は、まだ体に馴染みきってないパジャマの裾をピッと引っ張った。
サイズは合ってるハズだけど、こうすると胸元がちょっと苦しいかな。


「うん、まぁ、そのパジャマは、麗花に凄く似合ってるよ」

「ホントですか?」

だけど彼に褒められれば凄く嬉しい!
……でもプロデューサーさんが言いたかったのはそういうことじゃなかったみたい。

なぜだか急にそっぽを向いた彼は、コホンコホンと咳をすると。

「でもな、その恰好で部屋の外を出歩くのは……。
上に羽織れる物とかさ、ホテルが部屋に用意してたんじゃないかって思うけど」

部屋に? ホテルが? ……うーん、どうだったっけ?

額縁の裏にお札が無いかは探したけど(ちなみに見つからなかった、残念!)
その後はすぐにお風呂に入っちゃったし。

「ごめんなさい。あんまり気になりませんでした」

「……まぁ、そうか、そうだよな。麗花だからな、うん」

そう言ってプロデューサーさんは頭を掻いた。

でも私だと……何なのかな?

彼は時々そんな反応をする。「麗花だったら仕方ないか」なんて口の端を上げて笑う。

目だってへの字にして笑う。

怒ってるワケでも、困ってるワケでも、勿論泣いてるワケでもないそれは、
だったら楽しんでるしか残らないから、私はきっと、この人は面白がってるんだと考えるようにしていたの。

だって私が何かお喋りすると、まるで私のお爺ちゃんみたいに彼は笑顔になってくれるから。


でも、だからこそ気になっちゃう。

この人の気持ちと私の気持ちはホントに同じなのかなって。
おんなじ楽しいなのかなって。

……いつものプロデューサーさんは普通だけど、
たまに普通の普通とは違ってる時がある。

そういう時、私は決まってちょっと苦しくなる。
胸の奥が何だかくしゅんって、くしゃみをしてるみたいになっちゃうの。


だから今日の私は思い切って、彼の部屋まで来たんです。
「プロデューサーさん」呼び慣れたハズの名前なのに、少し緊張、ぶるるってしちゃう。

「お部屋に入れてくれませんか? 少し、相談したいことがあるんです」

「相談? ……こんな時間にか?」

「はい」なんて反射的に答えちゃったけど、こんな時間ってどんな時間?
……困った。聞きたいことが増えちゃったよ。


「……明日じゃダメって感じだなぁ」

プロデューサーさんはそう言うと、
廊下に私以外の人がいないかどうかを確認して。

「ホントはマズいことなんだぞ」

言ってる口がにやついてる。しょうがないなって顔をしてる。
そういう細かい部分まで、彼はホントにお爺ちゃんとよく似てた。

昔の私もこうやって、お母さんには内緒でコッソリお菓子を貰ったりしてたっけ。

……あ、だったらプロデューサーさんはどんなお菓子をくれるんだろう?
できれば甘くて美味しくって、ワクワクするお菓子がいいな。

===

だけどだけど、私はお菓子よりもっと素敵なことを発見する。

それは、なんと!(ぱんぱかぱ~ん♪)ホテルにある私の部屋と、
ホテルにある彼の部屋の間取りが全く全部同じなコト!

凄い! 不思議! そう思ってプロデューサーさんに伝えたら、彼は突然大きく笑い出した。

「なるほど、麗花らしい良い発見だ」そう褒められたのが嬉しくって、
壁に絵が掛けられてるのも見つけちゃって、

私は額縁を両手でえいって持つと、
「きっと壁まで全部一緒ですよ」くるりとその場で裏返したの。……なのに。


「……あ、お札」

「嘘だろおい」

プロデューサーさんが青くなっちゃう。

笑顔がピタリと止んじゃって、ホテルで見つけたかったハズのお札を、
見つけなきゃ良かったと思ってる自分がいる。

嬉しいと悲しいがお菓子の生地みたいに混ぜこぜになって、
ちくりと胸を刺した針が、その中に隠れて見えなくなって。

……このままじゃとても食べられない。


「しかしあるんだなー、実際のトコ」

だけど彼は、途方に暮れてる私からボウルを受け取ると、
その中身をお皿の上に出しちゃったの。

「写真取るから持っててくれ」そう言って自分のスマホを取り出すと、
記念写真を撮るみたいにパチリ。ううん、確かにそれは記念撮影。

「劇場の皆に良い土産話が一つできたな」

失くした針は彼の手によって見つけられた。
笑って言ってるその指に、取り出したばかりの針が摘ままれてる。

――私、改めて思っちゃった。ああ、やっぱり普通だけど普通じゃない。

お札を見つけて良かったなって心の底からそう思えて。
同時にちょっとくしゅんとなって。

「プロデューサーさん」

「ん?」

「ふふっ、ありがとうございます。写真は綺麗に撮れましたか?」


それでも自然と浮かんでる、笑顔。彼から分けて貰っちゃった。

出来立てのカップケーキを齧ったみたいにほわほわし始めてる心は、
彼へ尋ねたい気持ちを抑えられない。

「バッチリさ、見たい?」

「はい!」

手招きされたから近づいた。

肩と肩が触れ合うぐらいで覗き込んだスマホの画面に額縁を持った私がいる。

壁にはお札が張り付いてる。
テレビの心霊番組でやってた話と、おんなじ。

……ドキドキするのは怖さのせい?

「麗花」

そうして名前を呼ばれて大発見。
私ったら、知らないうちに名前にお化けを飼ってたみたい。

それに少し困った顔をしてる彼が、
「ちょっと近いな」なんて私との距離を広げようとしてるのを感じたから。

「ダメです」

自分でもびっくりするような、口から飛び出た、一言。

両腕を彼の腰に回していつもよりちょっと強めのハグ。
多分だけど、私の飼ってる寂しんぼお化けが体を動かしたんだと思う。


「近くに居ないと寂しいです。私、一人じゃダメみたいで……」

なのになのに、あれれ? 何だかおかしいよ。

こんなことまで言うつもりなんて無かったのに、胸のくしゃみも全然止まらなくて、
まるで風邪引きさんみたいにコンコン咳を続けてるの。

それが何だかとても苦しくって、私は増々ハグする腕に力を込めた。

「プロデューサーさん」声が、震える。

「ぎゅー……って、アナタからも抱きしめてくれませんか?」

まるで自分が自分でなくなっちゃったような感じ。
これがお化けに憑りつかれるってことなのかな?

……ワガママなレイカは、悪い子。プロデューサーさんを困らせちゃう。
この人のことを苦しめちゃう。私の大好きなあの笑顔を、彼から奪い去ってしまう。

「ん、ん……いや、でもな」

プロデューサーさんは私の腕の中で身じろぐ。

早く手を解かなきゃっていう気持ちと、このままずっとくっついてたいっていう気持ち。
二つの"したい"が頭の中でグルグルしてて、どちらか片方なんて選べなくて。

……だから決めて貰いたかった。彼に選んで欲しかったの。
いつもいつも私が悩んでいる時に、お仕事のアドバイスをくれる時みたいに。


「……少し、だけだぞ」

だけど、全部、次の瞬間。

グルグルもくしゃみもコンコン咳も、
何よりずっと感じてた寂しさまでみんなみーんな彼が吹き飛ばした。

抱き寄せられて踵が浮く。
ミクロンの隙間さえ埋める優しいハグ。

彼の体を縛り付けるみたいに回していた、私の腕からすぅっと力が抜けていく。

「プロデューサーさん、好きです」

そうしたら、するりと落ちて来た、気持ち。
くしゃみの原因はこれだったの。

私のプロデューサーさんは普通の人で、だけど時々普通の普通じゃないこともあって。

それは、つまり、要するに、"特別だった"ってことなんだ。
彼は私のとって特別な普通。いつでも近くに居て欲しい、その気持ちの名前は、愛しさ。


「好きです、大好きです、離れたくないです。
……ずっと、ずーっと傍に居てくれなくちゃ私嫌です」

溢れて来る気持ちは抑えられない。

プロデューサーさんは答える代わりに、腕の力を少しだけ強くしてくれた。

「麗花」耳元で彼の、囁き。二人の目線は噛み合わない。

「俺も、君のことは大切だ。だけど、だからこそ、簡単に答えを出せる話じゃないよ」

「どうしてです? プロデューサーさんは私のことが嫌いですか?」
「そんなことはない、そんなことはないさ」

「なら、私を好きってことですよね? ……私は好きです、アナタのこと」

思いは言葉にする度に、ハッキリとした形になる。

寂しい時に"寂しい"なんて、口にした途端もっと淋しくなるみたいに。
好きっていう心の動きも、言えば言うほど強烈で確かな物へとなっていく。


「プロデューサーさんと一緒だと、私、いつでも笑顔でいられるんです。

一人ぼっちで寂しい夜だって、アナタのことを考えると、
次に会えるのがとても楽しみになって。それで平気になれるんです。

……だけど、それでも時々は、こんな風に無性に会いたくなっちゃうの」


でも、そうなるのは私だけなのかな? 気持ちはすれ違ったままなのかな。
それを確かめたくて、知りたくて、もうどうしようもなくなってやって来ちゃった今日だから。


「プロデューサーさんも一緒ですか? 私、どうしてもそれが知りたいんです」

――なんてなんて♪ と誤魔化すことさえしなかった。それだけ私は真剣だった。

彼の返事をジッと待ってる間中、何百回と心臓が、痛いぐらいに胸を叩いていた。

そもそも私は、バカだ。こんな困らせる質問をぶつけたって、
プロデューサーさんは答えてくれないかもしれなかったのに。

「麗花、落ち着いて聞いてくれよ」

自分の名前を呼ばれた瞬間(とき)、私は思わず叫びそうになった。
怖くて、震えて、跳び上がって……この場所から逃げ出したくなるぐらいだった。

でも、ギリギリのところでそうならなかったのは、彼が私をハグしてくれてたから。

「俺も、君のことは好きだ」その一言で指先の震えがピタリと止まる。
彼の言葉に耳を傾ける余裕だって生まれて来る。

「だけどそれはまだ、愛してるって意味の好きじゃない。でも嫌いだって言ってるワケでもない。
大切で、掛け替えが無くて、俺たちの好きの度合いは違いかもしれないけど、

俺も麗花といれば笑顔になれるし、どんなに疲れてる時だっても、君は俺のことを元気にしてくれる」

そうして、彼はゆっくりと、ハグしてた腕を緩めて私の踵を床に下ろしてくれた。

私たちの視線が、噛み合う。

彼はとっても真っ赤な顔をしてて、多分それは、私にだって言えることで。


「だから、君がいないと俺も寂しい」

言って、プロデューサーさんはいつもの笑顔。
きっと今の私とお揃いの、特別で普通の素敵な笑顔。

――百二十パーセントの答えじゃなかったけど、
彼は私に百パーセントの答えをくれた。

……不意に昔、お爺ちゃんに言われた言葉を思い出す。


『何事も、フツーが一番』


でも私なら、そこにこんな一言を加えるよ。
何事も、フツーが一番。でも特別な普通はもっと一番!

気持ちを一つに出来る人がいる、そのことが何より私は、嬉しい。

だから、その思いすら彼にはすぐにでも知ってもらいたくって、
私はプロデューサーさんのことを見つめたの。


「……そういえば、相談って結局何だったんだ?」

すると今までの話の流れを変えるように、
彼がわざとらしいぐらい明るい口調でそう言った。

でも、そのことはもう終わったから。
これからはくしゃみに悩まされることだってないだろうから。

「ふふっ。すっかり解決しちゃいました。やっぱりプロデューサーさんは凄いですね!」

言われたプロデューサーさんが首を捻る。
私はそんな彼から受け取ったお菓子を味わってる。

とっても甘くてふわふわの、だけど所々ちょっぴりほろ苦い。

劇場の皆には、内緒。

世界で私だけがコッソリ貰えるそのお菓子に――
いつかきっと、タップリの愛情が込められちゃったら嬉しいなっ♪

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以上おしまい。やっと建てれた、ハグってとてもいいですよね。

お読みいただきありがとうございました。

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