今日も妹と学校に行く (10)

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05.27
 今日も妹と学校に行く

 いつもどおりの通学路をあるく。
 隣には妹が居る。
 今年で齢十三になる妹は中学二年生。多感な時期だが、兄妹関係は良好だ。
 何度も通ったこの道を、飽きる様子もなく楽しそうに歩いている。
 年齢にしては低く華奢な身体が、ゆらゆらと揺れている。
 長く透き通った黒髪が、風に揺られて残像を残している。
 雪のように白い柔肌が、烏の濡羽と良いコントラストになっている。
 
 俺の視線に気付いたのか、妹がこちらを振り向き、不思議そうに首を傾げた。
 可愛らしい。
 何物にも代えがたい、大切な俺の妹だ。

 混凝土で舗装された商店街は、ひどく雑多で、情緒が無い。
 床には様々な生ゴミが、片付けられずに放置されている。
 店のシャッターは閉まり、陳腐な絵や、赤い液体で落書きが為されている。

 そんな中で、妹の存在はまるで天使のように浮いて見える。
 彼女がそこに居るだけで、寂れた商店街も天界のようだ。

 妹が目を輝かせてある店に近づいていく。
 そこは駄菓子屋だった。
 まだ俺たちが小学生の頃は、よくそこに通っては、少ない小遣いをやり繰りしてなんとかお菓子を買い込んだものだ。
 妹はジャーキーが好きだった。
 小さな頃、過剰に香辛料が効いた肉の棒を、美味しそうに食んでいた。
 こんなナリの癖をして、意外と親父臭いものが好きなのだ。
 もちろん、兄の俺の前以外では、そんな様子は微塵も見せなかったが。

 妹が、目を輝かせて俺に駄菓子を要求している。
 俺は苦笑しながら、その店を見る。
 入り口が開いたままのそこに、人影は微塵も見当たらなかった。
 どうやら留守にしているらしい。いくら最近は客が居なくなったとはいえ、店を空けたままにするのは防犯上どうなのだろうか。
 兎角、店主が居ない事には買い物もしようがない。
 妹にそう伝えると、彼女は少し残念そうにしながら、踏んでいた駄菓子屋の看板から足を退ける。
 さあ、もう行かないと。時計を見ると、もう一時間目の授業が始まろうとしていた。
 俺は床に散乱する駄菓子を踏みつけながら、通学路に戻った。

 通いなれた道を進みながら、息を吐く。
 妹はきょろきょろと辺りを見渡して、何かを見つけては、それを逐一俺に伝えていた。
 何度同じ道を通っても、彼女に飽きたという様子は見られない。
 いつもいつも楽しそうに、それを進んでいく。
 そしてそんな妹を見るたびに、俺もまた、この通いなれた道が新鮮に思える。

 空を見上げる。
 満点に広がるのは夜空。
 俺たちを祝福しているかのように、ちかちかと瞬いている。

 俺が空を見ていることに気付いたのか、妹も空を見上げる。
 もう何度も見た星々に、妹は嬉しそうに頬を緩めて、星を指さしていく。
 しし、おおぐま、こぐま、うしかい、へびとへびつかい、てんびん、やまねこ、ふたご……
 そしてその中心で浮かんでいるもの。
 その星座と同じ乙女の微笑みを、彼女は浮かべていた。

 ゆったりとした時間。
 妹はレパートリーが尽きたのか、じっと口を閉ざして空を見上げていた。
 俺もまた、一言も口を開かずに、ただじっと星を見上げていた。
 無言のまま、二人の指先がおずおずと近づき、触れ合い、絡み、そして一つになった。

 満天の星空。
 ずっと昔、同じようにして、妹と星空を見上げたことがある。
 妹は星空が好きだった。だから俺も星空が好きになった。
 妹は星空を見ると、いつも同じことを言っていた。
 遠い昔の話。

 満天の星空。
 ずっと昔、同じようにして、妹と星空を見上げたことがある。
 満天の星空。
 ずっと昔、同じようにして、妹と星空を見上げたことがある。
 満天の星空。
 ずっと昔、同じようにして、妹と星空を見上げたことがある。
 満天の星空。

 ………………

 …………

 ……

 頭が、痛い。 

 俺は星空から視線を戻して、前を向く。
 いつの間にか、俺たちは通いなれた学校にたどり着いていた。
 静かなものだ。俺たちはいつも早めに学校に着く。クラスではいつも一番に教室についていた。
 教師はいつも俺たちを真面目だと褒める。
 真面目なわけではない。俺はただ妹と一緒にいたくて、そして家には居たくないだけだ。
 ただ、真面目だと思ってもらえるのは得なことだから、否定はしないでおく。
 それに、妹は本当に真面目だ。

 学校に入ったら、妹とは離れ離れにならなくてはなからない。
 それを憂鬱に感じながら、俺は閉じられた校門をよじ登っていく。

 今日もまた、退屈な今日が始まる。

 今日はここまで。

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