息子(親父ももう年だ)
息子(いつか来る、いつか来る、と覚悟はしてたが――)
息子(ついに来てしまった)
息子(ついに親父がボケ始めた……)
父親「3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078……」
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息子「何やってんだよ、親父!?」
父親「何って、円周率を暗唱してるんだよ」
息子「チマチマしたことが大嫌いで、数学のすの字も知らない親父になんでそんなことできるんだよ!」
父親「俺にも分からん」
父親「今日突然、できるようになってしまったんだ」
父親「おい、メシはまだか?」
息子「さっき食っただろ……」
父親「さっきというのは、1時間37分22秒前のことだな」
息子「まぁ、それぐらいだったかな」
息子(んな細かく覚えてねえよ)
父親「しかし、あの献立ではビタミンB2、ビタミンB6と鉄分、亜鉛が不足している」
父親「早急に補給する食べ物を要求する」
息子「えええ……!?」
父親「それと、水分も220mlほど追加で補給したい。頼んだぞ」
息子「わ、分かりました!」
息子(いつも好きなもんばかりテキトーに食ってた親父が……)
近所の人「こんにちは」
息子「あ、こんにちは!」
父親「……」
近所の人「? あ、あの……?」
息子(あ、もしかして親父、この人のこと忘れちゃってる?)
父親「あなたは○田△夫さんですね、これはこれはお久しぶりです。二週間と三日ぶりかな」
近所の人「は、はい?」
父親「年齢は65歳、かつては金属メーカーに勤めており、趣味は将棋とゴルフ……」
父親「奥様の名前は□子様、38年間仲良く暮らしてらっしゃるが、時には夫婦喧嘩も……」
近所の人「えっ、えっ、えっ」
息子「親父、その辺にしとこう! ア、アハハハハ!」
父親「本を購入してきた」
ドッサリ
息子「本なんか読んだことないのに、こんなに買ってきてどうすんだよ……」
父親「もちろん読むんだ。全てをな」
ペラペラペラララララララララララララララララララララララララ……………
息子「読むの早ええ!」
息子(いやだけど、早いだけじゃ意味がない。ちゃんと理解してないと!)
息子「親父、この本はどうだった?」サッ
父親「その本か。著名な学者が経済について論じていたが、はっきりいって稚拙だった」
父親「ミクロ的な視点ばかりに立ち、マクロな視点が不足している」
父親「たとえば、このバブル崩壊についての考察だが……」ペチャクチャ
息子「もういい! 理解してるのはよく分かりました!」
父親「これ、答え合わせしてくれんか」
息子「なにこれ?」
父親「たわむれに東大の過去問を解いてみたんだ」
息子「何してんの……!?」
息子「ぜ、全問正解……!」
父親「よし、次は京大にチャレンジだ」
カリッ カッ カッ カツッ カリカリカリッ カリッ カッ カッ
父親「……」カリカリッ
息子(親父が黒板に数式を書き殴ってる……)
父親「ふぅ、トケナーイの定理を全部解けたぞ」
息子(トケナーイの定理っていったら……)
息子(長年、数学の世界で誰も解ける人がいないといわれる定理じゃないか……!)
父親「……」
息子「親父、どうした?」
父親「いや、世界平和について考えていたのだ」
息子「ハハ、あんなに喧嘩っ早かった親父らしくもない」
父親「世界はどうすれば平和になるだろう?」
息子「絶対ならないよ。二人いたら争いが起こる、それが人間ってもんさ」
父親「だが、俺は考えてみたんだ。こうすれば平和になるのではないか?」
息子「は?」
父親「……」ゴニョゴニョ…
息子「……!」
息子(この親父の政策を実行すれば、世界はマジで平和になるかも……)
息子(なんでこんなこと思いつくようになっちまったんだ、うちの親父は……!)
息子(昔は昼は現場で働いて、夜は家で飲んだくれてる、普通のおっさんだったのに……)
やがて――
父親「息子よ」
息子「なんだい?」
父親「俺は……俺はついに宇宙の真理を理解してしまった」
息子「……はい?」
息子「宇宙の真理……?」
父親「もし、俺が到達したこの真理を使えば……瞬く間に全宇宙は一つとなるだろう」
父親「地球も、太陽系も、銀河も、よその異星人たちも、ブラックホールも、一体となるのだ……」
父親「なんの争いもない、未来永劫の平和が生まれる」
父親「膨張を続ける宇宙が、ついに完全なるゴールにたどり着くんだ……」
息子「……」
息子「親父……」
息子「ごめんっ!!!」ガシッ
グググ…
父親「お前なら……こうすることは、分かっていた……」
息子「だよな。親父は賢いもんな。宇宙で一番だ」
息子「だからこそ、親父は危険すぎる……危険すぎるんだよ! 生きてちゃいけないんだ!」
父親「その通りだ……。俺は処分されるべき人間だ……」
息子「ごめんよ……親父っ!」
父親「苦労……かけたな……」
息子「親父っ……!」
ググッ…
……
…
裁判長「被告人はなぜ、自分の父親を殺害したのですか?」
息子「長年の介護に疲れたので……」
息子(本当の理由は……墓まで持ってくよ、親父)
END
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