かおり先生の思い出 (32)

俺、小さい頃音楽教室通ってたんだよ。親が昔から習わせたかったらしくて、半ば無理矢理ピアノと声楽させられてさ。そもそもがそんなやらされ方だったし音楽そのものにあまり興味も無かったから、ちょっと億劫で。でもそこの講師に「かおり先生」って人がいてさ、すごい親身になって教えてくれたんだよね。

一応ミリマスのSS
アイドル要素はほぼないです

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さっきも言ったけど俺は元々音楽には興味ないし、でも行かなくちゃいけないから、めちゃくちゃ無理して通ってたんだよね。で、その日テストがあったんだよ。確か歌だったと思うんだけど、「ピアノの通りに声を出してみましょう」みたいな、今から考えてみたらめっちゃ簡単なやつ。でも俺だけがそれをクリアできなかったんだよな。で俺もうめちゃくちゃ泣きじゃくって。「こんなとこもうやめる!」っつって飛び出してったんだよ。

俺の家と音楽教室ってめちゃくちゃ近くてさ、俺いつも徒歩で通ってたんだよ。まぁそれも嫌だったんだけどな。で、だから帰ろうとすればすぐ逃げ帰れたんだけどさ、そんな理由で帰っても親が許してくれるわけないってのは流石に分かるからどうしようもなくて、途中にある公園に入って、ブランコに座ってメソメソ泣いてたんだよ。そうしたらさ、かおり先生がこっちに走ってくるのが見えたんだ。

ブランコは公園の入り口から真っ直ぐのところにあったから、すぐ見つかってさ。怒られると思ったんだ。でも先生俺見るなりまず「良かった。何もなくて良かった」って言って。ベソかいてて。いやもちろんすぐ怒られたよ。でも、かおり先生はまず俺のことを心配してくれたんだよな。

そのあとも先生は無理に俺を教室に戻そうとはしないで、隣のブランコに座って話をしてくれてさ。俺がぐずるのをやめて二人で戻った頃には、もうレッスンも終わってて、他の先生に二人してめちゃくちゃ叱られた。でも最後、かおり先生は「また明日頑張りましょうね」って、目を見て微笑んでくれてな。

そこからはちゃんと受けるようになったよ。そりゃ決まってんだろ、かおり先生のためだよ。だってやってること好きじゃないのにこんなことあったら、必然的に先生が心の支えになるだろ。
でもさ、ある日突然レッスンの後に「かおり先生が、今日でこの音楽教室から卒業することになりました」って言われたの。突然。ほんとに突然。

そりゃもう泣くよ。俺だけじゃなくて他の生徒もちらほら泣いてたし、なんだったらかおり先生も泣いてたよ。泣きながら「みんなと過ごした日々はいつまでも忘れることありません」とか言ってたよ。俺はあまりに突然すぎて、ただただ泣きじゃくりながら「かおり先生行っちゃやだ」って訴えることしかできなかったんだ。

そしたらかおり先生さ、俺の前しゃがみこんで「先生は今はいなくなっちゃうけど、いつかまた必ず会えるから大丈夫」って、抱き締めてくれたよ。もう感覚なんかほとんど覚えてないけど、なんか、柔らかい気持ちになって、その場で泣き止んだことは記憶にある。

俺はバカだから、「かおり先生」がまた戻ってきてくれるって思っちゃったんだよな。だから、先生がいなくなった後も音楽学校行き続けたよ。これもバカな話だけど、たぶんその時の方が熱心に通ってたと思う。そうしないと、次会ったときに胸張れないからって思ってたんだろうな。我ながら本当にバカだな、マジで。

いやまぁ、結論から言うとすぐに会えたよ。先生が突然様子を見に来たんだ。久しぶりに会うかおり先生はいつもと全然変わらなくて、俺はその日ずっとかおり先生にくっついて離れなかった。先生は要領を得ない俺の話をニコニコしながら聞いてくれて、今何してるの?って質問に「歌ったり踊ったりして、みんなを楽しませること」って微笑んでた。

だけど、今でもその時の自分はバカだと思ってる。
俺はかおり先生に「いつ戻ってくるの?」って聞いたんだ。残酷だよな。先生、その時だけちょっと目線が逸れて、でもすぐ「ごめんね、もうちょっとだけかかるかな」って笑ってたよ。「ちょっと」って、子供納得させるのには便利な言葉だよな。解釈は相手に任せられるし、それに大人と子供じゃ自分の人生で測れる長さには大きな差がある。だから、かおり先生はちょっとすれば戻ってくるんだと思って、その時の俺はすぐ納得したよ。

だからまぁ、今からの話はそんなアホに下った罰っていうか、優しすぎたかおり先生に代わって誰かが俺に現実を突きつけたとか、そういう話だと思ってもらっていいよ。全部昔の話だし。だから、全然気にしなくていい。
でも俺は、その日を境に音楽教室にはもう行かなくなった。

俺、その日わざと遅くまで残ってたんだ。まぁ、頑張ってるよってアピールしたかったってのもあるんだけどさ。さっきも言ったけど俺は家と教室が近くて、歩いて帰ってた。でもたまにレッスンが遅くなる時があって、その時は先生と帰る時間も一緒になることが多かったんだ。しかも途中まで一緒の道だったから、二人で色々話しながら歩いたりしてな。いやもうマセガキだよ、直接「一緒に帰ろう」って言いたくないから、先生が帰るであろう時間帯に合わせて外出て、偶然帰り道で会おうとしたんだよ。自分で言ってて恥ずかしくなってきたわ。まぁそんなことを夢見た俺は、いつもよりレッスンに打ち込んで、いつもより遅くに学校を出た。

そしたらさ、外に見慣れない黒い車が一台停まってたんだ。教室の真ん前にデーンと。なんかさ、見なれた風景に一つだけ違うものがあると、やけに目立って見えるじゃん。だから、そこは鮮明に覚えてる。でもそれだけだよ。別に停まってるからって特になんとも思わなかった。その時はな。

まっすぐ家に帰らないで途中にあった公園、あぁそうさっき俺泣いてたとこ、そこのブランコに、あぁそう俺さっき泣いてたとこ、しつけぇな別に泣いたっていいだろ。子供の頃だぞ。とにかくな、そこのブランコにちょこんと座って、遊んでたって言い訳できるようにすこーしだけブランコ揺らしてな、そうしながらかおり先生はまだかなって少しドギマギしながら、右から左に流れてく人たちをずっと見てたんだ。
ただ、いつまで経ってもかおり先生は歩いてこなかった。でも代わりにな、さっきの車が通ってったんだよ。

あぁごめんな、ちょっと説明不足だった。かおり先生は歩いてこなかった。その車に乗ってたんだ。左側にな。

訳分かんなくなったよ。どういうことだって。で、気が動転した俺は多分その時一番の最悪手を選んだ。
もう分かるだろ。俺は公園を出て、先生といつも別れてた道、先生がいつも帰ってた道の方へ進んでったんだ

先生の家は知らなかった。でも、さっきの車が停まってればそんなもん子供でも分かる。
邪魔してやろうなんて微塵も思ってなかった。せめて、見てやろうって思ったんだ。車の近くまで歩いてって、通りすぎるときに、じっとじゃないけど、横目で、車の右側を覗いた。

見えたのは、誰だか知らねぇ男の頭と、そいつの背中に絡み付く細い両腕と、かおり先生の閉じた目だった。

ここからはもういいだろ。俺はその後バレないように逃げ帰って、帰りが遅いって親にこっぴどく叱られて、それ無視して泣きながら音楽教室を辞めるって頼み込んだ。それでこの話は終わりだよ。
アイドルになってたってのも後から知ったしな。知った後もあの記憶のせいでなんか素直に見れなかったし、というかアイドルって考えたら俺相当ヤバいもの見てたんだな。でもそういうスキャンダルよりも結婚報道の方が早かったし、まぁバレなかったか受け入れられてたかのどっちかだったんだろ。だから、俺からしてみたらあの人は「アイドル桜守香織」じゃなくて「かおり先生」なんだよな。

でもこう振り返ってみると、やっぱ人生変えられまくってんな。
いやだって、音楽教室辞めた後も音楽やり続けて、いつの間にか職業にしちまったんだぞ。もうその時にはかおり先生関係なく、音楽が生活の一部みたくなってたんだよな。先生がいなかったら、まずあり得なかったよ。だからなんだかんだで、ずっと先生は俺の中で先生のままなんだろうな。まぁ、アイドルになることは多分無いけどな。いやうるせぇな、独身なのは関係ねぇだろ。ごめん、ちょっとあるわ。理想は高くなった。そこも変えられてんな。はぁ。
うん、でもまぁ、あれだ。

歌うことが、今俺ができることって訳だな。

終わりです。
またこういう話書いてしまった。
歌織さんみたいな女性が身近にいて、テレビであんな衣装着て踊ってるの見たら性癖ねじれ曲がると思う。

本文は、元々Twitterに思い付きで書いていたものを加筆修正した上で投下しています。
それゆえ文の一まとまりが非常に短いものとなっておりますがご了承ください。

HTML化の依頼出してきます、皆様お疲れ様でした。

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