-Day After Day-
――夢が、あったんです。
きっと届くと信じていました。
手を伸ばせば、つかめるはずだと思っていました。
――努力をしたんです。
お金をかき集めて、故郷を飛び出して。
実家よりもずっとボロボロのアパートに住んでいました。
家賃以外は不満しかない部屋だったけれど、それでよかったんです。
夢を叶えて、すぐに出ていくんだから。これでいいんだって。
――たくさん、努力をしたんです。
仕事とレッスンで毎日が充実していました。
楽しかった。デビューを約束し合った仲間もいたんですよ。
最高に輝いていると思ってました。精一杯に生きていると充実していました。
――たくさん、たくさん、努力をしたんです。
そうして、何年かが過ぎました。夢はまだつかめてなくて。
走っても走っても、届かない気がしました。初めて、夢が……遠いなって。
心が迷いました。それでもくじけなかったです。
いらないものを捨てました。欲しいものを諦めました。
前だけを見据えて、夢だけを真っ直ぐに見つめて、走り続けたんです。
――たくさん、たくさん、たくさん、努力をしたんです。
時間だけが過ぎていきました。必死に伸ばした指先は、なににも届かなくて。
一緒に頑張ろうと励まし合ってきた仲間は、いつの間にかいなくなっていて。
すぐに出ていくつもりだった部屋の空気が、気づいたら実家よりも身体に馴染んでたんです。
――人は、誰かになれる。
昔の言葉です。大好きな言葉だったんです。
初めて聞いた時は、心が踊ったのを覚えてます。
あの頃は、無限の可能性が私にはあるんだって、根拠もなく信じる純粋さがあったのに。
――ねえ、見てください。私の手。
洗剤で荒れた、冷たい指でしょう。最後にネイルサロンに行ったのが、もう何年前かも思い出せなくて。
身体に無理が効かなくなって、レッスンはやめました。それで浮いたお金で、ようやく貯金を始めたんです。
毎月、少しずつ残高が増えていきました。このまえ確認したら、故郷を飛び出して以来の、まとまった額になっていたんですよ。
嬉しかったなあ。日々の節制が大きく実った証でしたから。わくわくして、何をしようかと考えて、それで。それで……。
――アイドルになりたかったんだって、思い出しました。
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どうして、忘れていたんでしょうね。そのために私はここにいるというのに。
どうして、思い出しちゃったんでしょうね。もう届かないとわかっているのに。
夢が、あったんです。希望が、あったんです。
そのために努力をした自分がいました。無茶を通した自分がいました。
覚えています。可能性があったことを。誰かになれると信じた私がいたことを。
――でも、いまは?
自分に問いかけて、びっくりしました。預金通帳を取り落としました。
努力はしたんです。したはずなんです。頑張ったはずだったんです。
振り返るまでもなくわかっています。走り続けてきたって。何もかも置き去りにしてきたって。
友達も、仲間も、両親も、故郷も、青春も、恋も、ぜんぶ切り捨てたんですから。
夢のために。夢のために。夢のために……っ!
追いすがるのに邪魔なものは、捨ててしまいました。
だからもう何もなかったんです。私の人生には。
あるのは、慎ましい金額ばかりの通帳と、歩くだけで軋むボロアパート。
そして、誰かになれると信じて、誰にもなれなかった、私だけ。
気づいたときには、もう遅かった。
後戻りはできず、前に進むこともできない。
すでに道はなく、光もなく、夢すらない。
希望は擦り切れて、感情は色褪せて、涙は枯れ果てて。
生きているのかも、死んでいるのかも、わからないまま。
ただ時間だけが過ぎていきました。心だけが、渇いていきました。
――灰の中を這いずり回るような、そんな日々です。
いまは、なりたかったものの真似事をして、食いつないでいます。
どれだけ滑稽でも、無様でも、構いません。
これは下積みなのだと自分に言い聞かせているから、平気です。
だって、下積みって辛いものじゃないですか。辛いとわかっているから、へっちゃらなんですよ。
辛いのは、下積みであって……誰にもなれなかった、私の人生じゃないんですから。
……お店、出るんですか? え、一緒に来てほしいところがある?
いいですよ。お兄さん、すごく優しいから……どこへでも連れて行ってください。
こんな私の愚痴を聞いてくれたお礼に、なんでもしてあげちゃいますから。
ふふっ、うそじゃないですよ。私にできることだったら……どんなことでも、だいじょうぶです。
……………………。
…………………………………………。
……あの、まだ歩くんですか? えっ、もう着いた?
ここは……? 真っ暗ですけど、入っていいんですか?
ほ、本当に入っていいんですか? 守衛さんに怒られたりとか……しないんですね? 本当ですね?
……わわっ、まぶしっ! い、いきなり電気点けないでくださ、………………。
えっ? あっ、はい。確かになんでもするとはいいましたけど……でも、あの、その。
すみません、ここって、私の勘違いじゃなかったら……レッスンルームですよね?
ここでなにを……? え、自己紹介……? なりたかった自分の、自己紹介ですか?
い、いえ、できますけど……本当にいいんですか? じゃあいきますよ? すぅ――キャハっ! ナナは永遠の17歳! 声優アイドルになるため、ニンジンの馬車に乗って、ウサミン星から地球にやってきました☆ はいっ、ウーサミン!
……ちょ、ちょっとぉ。そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。一発で酔いが冷めたような顔をしなくたって……。
はい? どうしてこういうキャラなのかって? それはだって、ほら。見てて辛くなりません? うわ、何やってるんだこの人! ってなりますよね?
――そう思ってくれた瞬間は、その人にどんなに辛い事があっても、それを忘れているわけじゃないですか。
人間、生きてるだけで辛いことなんていくらでもあります。でもナナを見て、一瞬でもその辛さを忘れてもらえばいいなって。
そのためには濃い目の味付けというか、キャラ付けが必要なので……まあ、半分は趣味ですけど。
……あの? お、お兄さん? なんですかいきなり? 両手で顔を覆ってうずくまって……泣くほどキツかったですか?
尊い? よくわかりませんが、ありがとうございます。それで、あの、どうしてここでこんなことをさせたんです? ……なんですか、これ。名刺? ……しぃじぃぷろだくしょん、ぷろでゅーさー……?
ぷろでゅーさー……プロデューサー……プロデューサー、さん? え、なんでプロデューサーさんが、名刺を……?
ニンジンの馬車は用意できないけど、カボチャの馬車はある……??? え??????
…………ぇ、あの、もしかして……あ、あの……ぇっと……ぁ、あっ……す、スカウト……です、か………………?
うそ………………です、よね……? ちが、う……? うそじゃ、ない……? ほんとう、に……?
……本当に、私が……ナナが、アイドルに……? や、やります……っ! やってみせます! アイドル、やらせてくださいっ!
――夢が、ありました。
いつか叶うと信じていました。
――努力をしたんです。
軋む身体に鞭を打って。悲鳴を食いしばって。
――たくさん、努力をしたんです。
失敗をしても平気でした。だってすごく楽しかったから。
――たくさん、たくさん、努力をしたんです。
アイドルの仲間たちはみんなキラキラしてて、まぶしくて。
ナナが一緒にいてもいいのかなって思うことも有りましたよ。
けれど、もう迷いませんでした。
――たくさん、たくさん、たくさん、努力をしたんです。
いつだって身体は辛いですけど、心はへっちゃらなんです。
だって、プロデューサーさん。あなたがナナを見つけてくれたから。
灰にまみれて、声も上げられなかったナナの手を、つかんでくれたから。
――人は、誰かになれる。
昔の言葉です。今も大好きな言葉です。
子供の頃は、無限の可能性が私にはあるんだって、根拠もなく信じる純粋さがありました。
いまは、プロデューサーさんを信じる強さがあります。
――ねえ、見てください。私の手。
加蓮ちゃんがネイルをしてくれたんです。綺麗ですよね。すっごく真剣な目で、時間をかけてくれて……ナナの宝ものです。
ほかにも、たくさんあるんです。皆との宝ものが。毎日毎日、増えていくんです。
満たされて、幸せて、胸が苦しくなるくらい嬉しくて。
これもぜんぶ、プロデューサーさんのおかげです。感謝してもしきれません。
ナナはどうやって、この気持ちをお返しすればいいんだろうって、すっごく悩みました。
それで……ふふっ。それで、こう思ったんです。
――プロデューサーさんを、すごく喜ばせてあげたいって。
プロデューサーさんが、灰の中の私を見つけてくれたから、ナナはここにいる。
素敵なドレスと、カボチャの馬車と、ガラスの靴をくれて。
そして、仲間たちとの素敵な舞踏会を開いてくれた。
夢だったんです。希望だったんです。いまこの瞬間が。
努力をした自分が救われました。無理を通した自分が報われました。
やっと、ナナは胸を張って言えます。遠い昔に、誰かになれると信じた私に。
――夢を諦めないで、って。
じゃあ、そろそろいってきますね、プロデューサーさん!
感謝を声に乗せて、想いを胸に秘めて、かけがえのないあの人に手を振って。
夢と希望がきらめくステージに、飛び出した。
――人は、誰かになれる。私は、なりたい。
信じてくれたファンの人たちのために。
勇気をくれたプロデューサーさんのために。
皆を笑顔にする、シンデレラガールに――!
そして、それ以上の幸せが私に許されるなら。
どうか、これまでも、これからも。
来る日も、来る日も、いつまでも。
夢のような日々を、プロデューサーさんと。
-Day After Day-
END
あ…ありのまま 今朝 起こった事を話すぜ!
「おれはPCの前で【Day After Day】を聴いていたと思ったら いつのまにかSSを書き上げていた」
な… 何を言っているのか わからねーと思うが
おれも 何をされたのか わからなかった…
それはともかくとして、菜々さん七代目シンデレラガールおめでとうございます
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