地球というのは奇跡の星らしいです。
もしも太陽との距離が少しでもズレていれば、重力が違えば、生物が生息できる環境にはならなかったでしょう。
さらに言えば、原初の海からRNAのなんたらかんたらが生み出されてうんたらの生物がどーたらで進化して直立なんとかが脳のどーたらから知性のうんたらで人間が生まれたのも奇跡らしいです。よくわかりません。
要するに、地球が存在し人間が存在するのはあり得ないほどの奇跡らしいです。
しかし私に言わせれば、生命が生まれたのは奇跡でもなんでもありません。惑星やら恒星は太陽系以外にも何十億もあります。ならばその中には生命が存在できる星は存在するでしょうし、人間が生まれることもあるでしょう。奇跡的に存在したのではなく、存在したから奇跡的なのです。
わかりやすく言えば、御都合主義というのは主人公だから上手く行った。のではなく、上手く行ったから主人公。といったところでしょうか。
要するに、地球も人間も奇跡でも無いなら、他の惑星に生命体が存在する可能性も大いにあり得るのです。何やら間違っている気がしますが気にしません。私の心は宇宙のように広いのです。
ですから今日も、私は山の上で果てなき宇宙を見ながらUFOを探すのです。
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○
有珠山高校の近くにある標高300メートル弱の山、七篠山。その頂上付近の広場に私のUFO観測用テント「ビオトープ クアットゥル」があります。紅葉咲き誇る秋のシルバーウィークに、私はこのテントに泊まり込みでUFOを探していました。
ちなみに成香先輩は家の牧場のお手伝い。揺杏先輩は衣装の製作。そして爽先輩は模試の結果が悪すぎたので、誓子先輩により予備校の室戸岬での合宿所に強制連行されました。
要するに先輩方が忙しくて退屈だったので、私は山へとUFO探しに来たのです。
もちろんUFOは夜間の方が見やすいです。しかし昼間に現れる可能性も存在する以上、気を抜くわけにはいきません。常にあらゆる可能性を考慮し警戒を怠らない事。UFO観測から学ぶビジネスの基本です。いずれUFOを発見し宇宙人との交友を深めた第一人者になった暁には、このような事を本にして出版するつもりです。そして印税でウッハウッハの生活を送るのです。
豪邸を建て、書斎には高い本棚を敷き詰め、UFO関連の本やお気に入りのSF小説を並べます。寝室は天蓋付きのベッドにフカフカの布団を敷き、ポスンと寝転んで安眠を享受します。そしてハーレーを乗り回すのです。UFOさえ発見すればその夢が叶うのです。
おやつのポテチをポリポリと食べながら明るい未来に想いを馳せ寝そべって空を眺めていると、エッホエッホと何やら暑苦しい掛け声が聞こえて来ました。
その掛け声の大合唱はどんどん私のUFO観測用テントに近付いてきます。やがて現れたのは、プロレスラーのような体格をした10人ほどの集団でした。
「ぜんたーい、止まれ!」
『押忍!』
大きな声を張り上げで彼らは私のテントの近くで一斉に止まりました。その大声で小鳥さんたちは驚いて飛び去り、整列の足踏みで地面が揺れリスさんが巣に隠れ、そのむさ苦しさと暑苦しさで周囲の気温が3℃ほど上がった気がします。
「明日からここで我らラグビー部の合宿を行う! 諸君、今より合宿用のテントを建てる!」
『押忍!』
「明日は我らがラグビー部のOB、マッスル・キング様がお越しになられる。立派なテントを建てるのだぞ!」
『押忍!』
どうやら彼らはラグビー部の方々のようです。よく見れば、有珠山高校の近くである男子校の名前が刺繍されたユニフォームを着ています。それにしても、こんな標高の低い山で合宿までしてトレーニングをして意味はあるのでしょうか。そしてマッスル・キングとは一体どんな方なのでしょうか。
「部長! 十時の方角に見慣れぬテントがあります!」
「何ィ!? 我らの合宿の邪魔だ!撤去せよ!」
『押忍!』
威勢のいい掛け声と共に屈強な男性達が私のテントに向かって来ます。
「ちょっと待ってください!」
突如の武力介入に対し、私はテントの前で腕を広げ胸を張って立ち塞がります。
「このテントは私がUFOを見つけるために建てたものなんです。幾ら何でも……」
「部長! 何やら見知らぬ小娘が喚いています!」
「何ィ!? 小学生の相手をしている暇はない! 撤去せい!」
『押忍!』
私はラグビーによって鍛えられた屈強な腕にむんずっと襟首を掴まれ、ひょいっと持ち上げられ、ぽいっと原っぱに放り投げられてコロコロと転がり落ちてしまいました。
やがて回転が止まった私が顔を上げると、ラグビー部の人たちによって私のテントは解体されていました。私がUFOを見つけ出す学術拠点であり、宇宙人との人類初の会合が行われる歴史的地点になるハズの場所が、筋肉達磨によって解体されているのです。これは人類の進歩と学問の発展にとって壊滅的な大打撃です。しかしそんな学術的見解を説いても、彼らの筋肉によって占められた頭脳では理解できないでしょう。
かといって武力行使にでるのもナンセンスです。彼らの体格と人数に恐れたわけではありません。私はバキとホーリーランドを全巻読破したうえに通信八極拳で免許皆伝を習得したので、あんな人数はすぐさまコテンパンにやっつける事ができます。しかし私の手の平は宇宙人と握手を交わすためにあり、私の腕は宇宙人を抱擁するためにあるのです。断じて暴力に訴えるために使用してはならないのです。
私は屈辱感と敗北感を噛みしめながら山をあとにしました。
○
私がおもちのようにぷりぷりと怒りながらやってきたのは、成香先輩の家の牧場でした。
中に入ると、成香先輩は羊の毛を刈っている最中でした。
「ユキちゃんですか? この子の毛を刈り終わったら今日のお仕事はお終いなので、少し待っててください。」
先輩は私の姿に気づき話しかけるも、その手が止まることはありません。
両手に鋏を持ち、普段ののんびりした姿から考えられないほどの俊敏さで残像を発生させながら羊の周りを動き回り、目に見えないほどの鋏捌きでシュパパと毛を刈っています。
あっという間に羊を丸裸にしてしまいました。意外な特技があったものです。
「ふう。終わりました」
首にかけたタオルで汗を拭く成香先輩。丸裸にされた羊が四角い瞳孔で恨めしそうな目で成香先輩を睨みつけています。
「それで、何かご用ですか?」
私は先ほど起きた出来事を、羊に服の裾をむしゃむしゃ食べられている成香先輩に説明しました。
私は諦めたわけではないのです。頼りになる先輩と協力して、彼らを退ける事にしたのです。
「というわけで、力を合わせて彼らをやっつけて、あの場所を取り戻しましょう!」
私の力説に成香先輩は大変感銘を受けた様子で、ポカンと口を開けています。
「えっと……ラグビー部の方々の合宿の邪魔なので、UFOを見つけるために建てたテントを撤去された、と」
「はい。酷い話でしょう?」
「えーっと……その合宿が終われば元通りにしてもらえるんじゃないですか?」
「それはダメです! いつUFOがやってくるチャンスがやって来るかはわからないのですから、妥協してはいけないんです!」
チャンスを掴むためのアンテナは常に張り巡らせ、それを掴むことを怠ってはいけない。これもUFO観測から学ぶビジネスの基本の一つです。
「それに、無理やり撤去するのは酷いです。理不尽な弾圧に屈してはいけません。これを赦せば私たち有珠山高校は彼らの学校に舐められたままになります。いずれ彼らの行為はエスカレートして、やがては学園祭に乱入してきてタコ焼き屋台やお好み焼き屋台を勝手に出店される事になるんですよ! それでもいいんですか!?」
「そうなる可能性は皆無に等しいですし、なったらなったで楽しそうですけど……」
腕を組んで悩む先輩。思えば成香先輩は平和主義者でした。しかし日和見主義こそが組織を退廃させるのです。成長を怠れば衰退に転じるは世の倣いです。これもUFOに学ぶ……これはUFOは関係ありませんね。
「……わかりました。私もお手伝いします」
ユキちゃんを一人にするとどうなるかわからないし。と付け加え、成香先輩は快諾してくれました。さすがは尊敬する成香先輩です。私の秘密基地作りを手伝ってくれたり吸血鬼がでるという噂の屋敷の探索や人魚の漁猟にも付き合ってくれたりと、私の冒険の頼れる相棒なのです。
「それで、まずはどうするんですか?」
「とりあえず情報を集めます。彼らをまとめて相手取るのは不可能なので、一番上を押さえます」
彼らの言っていた、OB――マッスル・キングなる人物を。
○
私たちは近くの公園にやってきました。
公園のベンチでは、色褪せた作務衣を着た男性が、パチンコのチラシで折り紙を作りひたすらやっこさんを折っています。
黙々と人形を折り続ける彼は、通称情報屋さん。彼は20半ばのアラサーに入りたてのおっちゃん。しかしその若さにしてマイホームを持つ、一国一城の主です。
彼の家は、公園にあるのです。
自分で建てたという、ダンボールとビニーシートでできたマイホームに君臨する情報屋さん。北海道の厳しい寒気にメゲる事もなく、彼は公園にウエハースような薄っぺらい居を構えています。その家で寒さに耐える姿は高潔さを感じ、公園でひたすらハトの餌を奪い取る仙人的な生き方には韜晦さを感じます。
彼が情報通なのは確かで、食べ物か幾ばくかのお金を渡せば、公園で井戸端会議を開く御老婦や女子高生の会話から盗み聞きした噂話等を教えてくれます。
ちなみに貰ったお金は、なにやら鉄の球を散らし穴に入れ数字が揃えば数倍になって帰ってくる遊戯に費やしているようです。なんとロマンのあるお方でしょうか。
「情報屋さん。」
「むっ。君か」
私が声をかけると、彼は顔をあげました。しかしやっこさんを折る手は止まりません。私が来るときにコンビニで買ってきた焼き鳥缶を差し出すと、彼はぱあっと顔を綻ばせ、大切そうに作務衣の懐にしまいました。
ちなみに成香先輩は、ここから離れたゾウさんのジャングルジムの影からこちらを伺っています。人見知りなのでしょうか。
「それで、何か聞きたい事があるのかね」
「実は、マッスル・キングなる人物について聞きたいことがあります」
私が尋ねると、情報屋さんは顎髭を撫でながら思案し、やがてマッスル・キングについて語り始めました。
有珠山高校の近く件の男子高校ラグビー部は強豪校として有名です。
そしてその部活ではラグビーの強さの他に、体格の良さで格付けがなされています。
そんなラグビー部に現れたとてつもないガタイの新入生、それがマッスル・キングです。
彼の出身中学は一切不明。しかし身長は2メートル近くあり、学ランを脱いだ下に現れる紫色の長袖シャツに覆われた体躯は圧巻の一言。
上級生たちはみんな気圧され、彼に喧嘩を挑むことなくひれ伏し、一年生にしてラグビー部の頂点に立ちました。
真夏でも学ランと愛用の紫色の長袖シャツを脱ぐことは無く、ラグビー部に入部したにも関わらず自らが出場すると勝負にならないからアンフェアだ。と言ってベンチに控えるマッスル・キングの威厳には学校中の誰もが憧憬を向けるのでした。
そしてマッスル・キングは高校卒業後、この町のどこかにある筋肉城――マッスル・キャッスルに居を構え、後輩たちからの貢ぎ物で生活しているらしいです。
「ま、私の知っている事はこのくらいだな」
煙管をぷかーと吹かした情報屋さんが語り終えます。彼の吐き出した煙は形を変えてやっこさんの形になり、やがて霧散しました。不思議な特技です。
「それで、マッスル・キャッスルはどこにあるんですか?」
「そこまでは知らん」
なんと。どうやら何でも知っているわけではないそうです。
「だが――場所を知っている人の事は知っている」
そう言って情報屋さんは万年筆を取り出し、チラシの切れ端にサラサラと住所を書き留めます。やはり彼は情報通のようです。
「ありがとうございました」
私はお礼を言い、ジャングルジムの影に隠れていた成香先輩と共に公園を出たのでした。
○
「確かこのあたりのハズなんですけど……」
私達は書かれた住所と電柱番号を見比べながらぽてぽてと歩いていました。
「というか、この辺りの風景……見覚えがある気がするんですが」
成香先輩が小首を傾げます。
やがて目的の家に辿り着いた時、成香先輩は「あっ」と声をあげました。
その家には『岩館』という表札がぶら下がっていました。
「もしかして、揺杏先輩はマッスル・キングの仲間なんですか?」
「――っていうか、揺杏ちゃんはホームレスに住所を知られてるんですか!?」
私たちが岩館家の前でやいのやいの騒いでいると、二階の窓がガララと開きました。
「あれ、成香とユキじゃん。何してんの」
窓からひょこん。と顔を出したのは揺杏先輩でした。いつもとは違い、髪をほどいて前髪を分けています。揺杏先輩のいつもの創作スタイルです。
私たちは岩館家に上がり、揺杏先輩の部屋と通されました。
揺杏先輩はミシンで服を作っていたようで、ピンク色の服とフリルがミシンにセットされていました。私の衣装を作ると言っていたので、おそらくそれでしょう。色んな服を作ってきては私に着せ替え人形のように服を着せてくれる揺杏先輩が、まさかマッスル・キングの一味だとは思いたくありません。
「それで、なんの用?」
「あの、揺杏ちゃんは公園に住んでいるホームレスの知り合いなんですか?」
「あー。この前、人形の衣装作りを頼まれてさ。けっこー綺麗な人形だったし人形の衣装づくりなんてした事なかったから、引き受けちゃって」
「ホームレスのうえに人形フェチですか……」
成香先輩は真っ青な顔をしています。
「まあ、一方的に知られてるわけでもなさそうですし、とりあえず安心しました」
「ところで揺杏先輩。マッスル・キングについて聞きたいんですが……」
「……へえ」
スッと切れ長の瞳を細める揺杏先輩に、今までの経緯を説明します。
「というわけで、マッスル・キャッスルの場所を教えて欲しいんです」
「んー。いいよ」
あっさり承諾してくれました。私は揺杏先輩がマッスル・キングの一味でなくて安堵します。
クルクルと器用にペンを回してから紙に地図を書く揺杏先輩に、成香先輩がおずおずと話しかけます。
「ところで、揺杏ちゃんはマッスル・キングさんの知り合いなんですか?」
「まあ、知り合いっちゃ知り合いかな。だからアイツの居場所は教えるけど、あいつをやっつけるなら味方はできないからゴメンな」
「むぅ……」
さすがに揺杏先輩にも協力してもらうのは虫が良すぎましたか。揺杏先輩が仲間になれば、裁縫で鍛えた縫合技術で外印やウォルターのように糸を自在に操りマッスル・キングを倒してもらえると思ったのですが。
「でも揺杏ちゃん。いいんですか? このままじゃマッスル・キングさんと喧嘩したら、ユキちゃんが……」
私の心配をしてくれる成香先輩。とても優しいです。けれど私は一対一なら負けません。なぜならバキもホーリーランドも一対一の漫画ですから。
「んー。まあ大丈夫だと思うよ」
ペンをヒュンヒュンキュインキュイン回しながら答える揺杏先輩。どうやら私の実力に一目置いてくれているようです。
かくして、マッスル・キャッスルの場所がわかった私と成香先輩は、マッスル・キングの元へと向かいました。
○
マッスル・キャッスルは、怪しげな繁華街の裏通り、荒廃したアパートでした。
壁はあちこちが欠け、窓は一つ残らず割られ、階段もほとんどが崩れ落ち、ヒビだらけの屋上では洗濯物が干されています。
「幽霊屋敷みたいで怖いです……」
退廃した建物に気圧される成香先輩。空はどんよりと曇っていて、いまにも雨が降り出しそうです。しかし私たちはここで立ち止まるわけにはいきません。マッスル・キングを倒しUFO観測所を取り戻すことは学術的見解からも重要な事なのです。
私たちは荒れ果てたアパートの中に入り込み、踏み台を探して崩れた階段を上り、穴の開いた廊下に木の板を渡して通り、ロープを使って隣の棟に移動し、成香先輩と相談をしながら拾ったメモに書かれていた手掛かりから扉のパスワードを解読し、入手した道具を組み合わせたりしてマッスル・キャッスルを攻略します。このあたりの経緯はとても入り組んでいて、アドベンチャーゲームにしたらクリアに3時間ほどかかるくらい長い話になるので説明を省略します。
そして最深部にて狛犬の口の奥に隠されたスイッチを押すと、重厚な音を立てて扉が開きました。
私と成香先輩は部屋の中に入ります。穴の開いた天井から外の光が僅かに射す薄暗い部屋の奥には、一人の男性が大きな椅子に腰かけていました。
話に聞いていた通り、紫色の長袖シャツに堅牢な筋肉の鎧を纏った男。彼が――マッスル・キング。
「――このマッスル城を突破してきた者がいたと思ったら……まさかこんな小娘だったとはな」
彼は椅子に座ったまま、まるでラスボスのように大儀そうな事を言います。
「マッスル・キングさん。七篠山でのラグビー部の合宿を中止してください。あそこは私の大切な場所なんです」
「それはできん。あの合宿は私の母校のラグビー部の大切な伝統行事なのだ。どうしてもというのなら――『力』で止めて見せろ」
マッスル・キングがゆっくりと立ち上がりました。交渉決裂です。
「ゆ……ユキちゃん……」
私の後ろで成香先輩がぷるぷるとお風呂上がりのチワワのように震えています。成香先輩にはマッスル・キャッスルを攻略する際に知恵を拝借してもらって随分と助けられました。というか私は何もしませんでした。なので、バトルでは私の出番です。
私はゆっくりと両腕を横に上げ、範馬勇次郎の構えをします。
「来るか――面白い。通信八極拳免許皆伝の実力を見せてやろう」
マッスル・キングは右手を上げ左手を下げて天地魔闘の構えをします。どうやら彼は同門のようですが、手加減をすることはできません。
対峙する私とマッスル・キング。それを不安そうに眺める成香先輩。静寂が部屋を包み、針で刺せばパチン弾けそうなほどに張り詰めた空気が満ちます。
と、その時。
「ふにゃ!?」
成香先輩が気の抜ける悲鳴をあげました。
「ご、ごめんなさい! 雨が降ってきたみたいで、穴の空いた天井から雨が……」
「雨だと!?」
マッスル・キングが動揺します。その隙を見逃す私ではありません。
「えいっ!」
私は掛け声と共にマッスル・キングの足を踏みつけます。痛みに巨体を屈みこませるマッスル・キング。
その間に雨は激しさを増し、ザアザアと勢いよく私たちに降りかかります。
「雨は……マズい……」
呻くマッスル・キング。体全体が崩れ落ちました。私のキックにはそれほどの威力があったのでしょうか。
なんにせよこれ幸いと、私はここに来るまでに拾ったロープでマッスル・キングをぐるぐる巻きにしようとしました。
「あれ?」
二の腕にロープを巻いたところで違和感に気が付きます。ロープは岩のようにカチカチな筋肉を締め付けるハズだったのに、そのままフニャリと腕に食い込みました。
ためしに彼の腕をぺちぺちと叩いてみると、まるでぬいぐるみのような感触が手に跳ね返ってきます。
「これは――」
「それが、マッスル・キングの正体だよ」
振り返ると、入り口で腕組みをした揺杏先輩が戸口にもたれかかっていました。なんとオイシイ登場でしょう。
「揺杏ちゃん!」
成香先輩が声をあげます。
それにしても、たった一人であのマッスル・キャッスルを攻略するとは流石です。それがどれほどの偉業なのか説明できないのが申し訳ないです。
私たちが揺杏先輩に気を取られているうちに、マッスル・キングがもぞもぞと動き出しました。
そして、服を脱いだ――と思いきや、手は引っ込んだのに腕の膨らみはそのままです。服を脱ぎ去ってあらわれたのは、細身のシャツとズボンに身を包んだ、針金細工のようにヒョロヒョロの男性でした。
「着ぐるみみたいなもんでね。細いシャツの上にデカいシャツを被せて、その間に綿を詰め込んで筋肉の形になるように縫い合わせた、私特性のマッスルスーツさ」
なんと。あれは筋肉ではなく、ただの綿で見せかけの筋肉だったのです。
そして雨に濡れた結果、綿が水を吸い込んで重くなり彼は身動きができなかったという事なのです。
「見ての通り身長は高いけどガリヒョロだから、高校デビューで周りに舐められないようにしたいって私に頼み込んできてさ。仕方なく作ってあげたってワケ」
「そ、そうだったんですか……揺杏ちゃん知り合いは変な人ばっかですね……」
揺杏先輩が私と成香先輩に説明している間に、マッスル・キングもといヒョロガリさんは正座をして項垂れています。
「それにしても、高校時代はバレないように絶対喧嘩はしなかったのに、ユキには喧嘩売るとか……女の子なら勝てると思って喧嘩売ったんならすげーダサいぞお前」
「……面目ない」
しゅんと落ち込むヒョロガリさん。先ほどの威圧的な声はどこへやら、弱々しい声をしています。
「合宿は中止させる。だから、頼むからこの事は黙っていて欲しい!」
私たちに土下座して頼み込むヒョロガリさん。女子高生三人に向かって土下座する成人男性という傍から見れば凄まじく情けない光景です。
まあ、当初の目的はあの場所を取り戻す事なので私はその提案を受諾しました。
○
「もう、本当に大変だったのよ!」
麻雀部部室で誓子先輩がプリプリしながら私と成香先輩に合宿所で起こった事を話しています。
「爽が合宿所から逃げ出したから外に探しに行ったら、狸たちと戯れてたのよ。それで爽を連れ戻そうとしたら、狸たちが一斉に爽に化けて、本物を見つけるのが大変だったんだから!」
「面白いですね!」
「……本当ですか、その話」
あの後、私はビオトープ クアットゥルを取り戻すことができました。
つい先日あのラグビー部のある高校を通りがかると、グラウンドではマッスル・キングが例のマッスルスーツを着てラグビー部に指導していました。
よくよく思えば、雨に弱かったりそもそも人前で脱ぐことが絶対にできない使い勝手の悪いまま高校三年間を誰にもバレずに過ごせたと思えば、素直に称賛に値します。
その結果、今の地位があるのでしょう。
マッスル・キングだから羨望を集めることができたのではなく。
羨望を集めることができたから、マッスル・キングなのでしょうね。
カンッ
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