【モバマス】冴島清美に恋した日 (33)
これはモバマスssです。オリキャラ視点且つ独自設定ありなのでご注意ください。
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僕が冴島清美のことを好きになったのは、林間学校の時だった。
男子の部屋は四人一部屋。友達は禁止されていたトランプを持ち込んで、罰ゲームありの大富豪を始めた。僕は始めこそ順調だったものの、その後狙い撃ちされて負け越してしまった。
「ジュースを買いに行け」というのが罰ゲームの内容だった。時計をちらと見ると、八時半。確か女子が入浴している時間だったか。クラスのお調子者が覗きに行くとか言っていたので、よく覚えている。
コーラ、お茶、ソーダ、缶コーヒー。注文を忘れないよう呟く。少し急いで歩くと、さっき風呂に入ったというのに軽く汗ばんだ。早く飲み物を飲みたい。
「止まりなさい!」
先生に見つかったか? いやいや、消灯時間はまだなはずだ。怒られる理由はない。振り返ると、そこにはやたらと美人な女子が居た。別のクラスの人だろうか。つり目で凛々しい顔立ちだが、どこか幼さを感じる。浴衣のきちっとした着こなしが彼女の性格を示しているようだった。
「えっと、なに?」
「さっき男子の覗き魔がここらをうろついているという情報があって、怪しい男子に声がけしています」
言いながら、彼女は左腕をアピールする。『超☆風紀委員』と書いてあった。この腕章には見覚えがある。真面目を体現したような小うるさい女子……うちのクラスの冴島清美が持っているものだ。彼女から借りたのだろうか。
「いや、飲み物を買いに来ただけだよ」
「ふむ……そうですか。というか忘れていましたね」
彼女はどこからかメガネを取り出して、かけて僕をじっと見た。
「あれ、冴島……さん?」
僕は思わず声を出してしまった。髪型は違えど、この美人は冴島清美だったらしい。メガネを外して髪を解くとこんな風になるのか。
「風紀を守る活動をしているときは正装でなければ。これ、伊達メガネなんですよ実は。……? 何を呆けてるんですか?」
「いや、なんでもない」
その時、僕は冴島清美に恋をした。見た目が好みだったというだけの薄っぺらい恋だけど、でも、確かに僕はその時、彼女に惚れたんだ。
結局、その後僕は飲み物を買い忘れて、友達に酷く怒られることとなった。
そうして僕は冴島清美に恋をした訳だけど、同じクラスとは言っても僕と彼女に大きな接点はなく、時折授業中に窓際を見ることしか僕にはできなかった。その上、何かをする度胸もなかった。何度か遅刻や忘れ物を注意されるのが、殆ど唯一と言って良い僕らの会話だったと思う。
「また忘れ物ですか」
彼女はよく呆れたように提出物のチェックシートを僕の前に突きつけた。提出した人の欄には、星が書かれている。どうやら星がないのは僕だけのようだった。
「係の人が困っていますよ」
彼女はじっと僕を見て言った。それからちょっと間を置いて
「……貴方ってこんなに忘れ物をする人でしたっけ?」
とも言った。理由が別にあることを彼女は気づいちゃいなかった。きっと誰も知らなかったと思う。
「いや、なんていうか、ごめん。えっと、難しくて? さ」
僕は別に勉強が苦手って訳じゃなかったし、あの数学の問題はそう難しくはなかった。だから、かえってうまい言い訳が思いつかなかった。
「じゃあ、教えましょう」
彼女は僕の席のすぐ隣に椅子を置くと、座って僕の持っていたプリントを覗き込んだ。問題は途中で途切れている。というか、わざと途中で途切れさせたものだ。
「なんだ、普通にできてるじゃないですか。この続きはこの二つを連立方程式にして、座標を出すんですよ」
「あぁ、そっか」
自分の棒読みな返事に、罪悪感。朝の雑踏の中でも、彼女の教える声はよく通る。隣の息遣いに気を取られながら、何とか宿題は完成した。
「絡まれて大変だったな」
と言ったのはその光景を見ていた友人だった。それに苦笑いだけで返した僕を、不思議そうに見ていたのを覚えている。
僕にこんな事をしても皆当然のようにしてからかわれたりしないのは、冴島清美は学校で有名人だったからに他ならない。皆、彼女がそういう事を男女別け隔てなく出来てしまう人間だと知っているのだ。
それに彼女は人気者でもあった。特に女子と、それとこれも意外なことだが、悪ぶってる奴に人気だった気がする。教師の評判も良かったし、だから自称風紀委員なんていう妙な活動も許されていたのだろう。
ただし、それは学園のアイドル的な人気ではなかった。「面白くて良いやつが居るぞ」みたいな。そのせいか僕は、何となく彼女が好きなことに気恥ずかしさを感じていた。だから周りも知らなかったし、感づかれることもなかっただろう。
僕はこの時、こうしてずっと僕は片想いを続けるのだと思っていた。そしてそのまま卒業して、いつか執り行われるであろう同窓会で、誰かから彼女が結婚したことを聞かされるのだろう。僕が告白することはありえないと、そう思っていた。
それからしばらくして、冴島清美という新人アイドルが現れた。
かの有名な高垣楓とかが所属する……なんとかプロダクションの新人らしかった。僕は別にアイドルに明るいわけではない。自分でも気色悪いとは思うが、何となく彼女の名前で検索したら、そう出てきたのだ。アイドル好きは僕の学校にも居たけれど、きっと誰も気づかなかったんじゃないだろうか。
《あの》冴島清美が、【この】冴島清美だと。
本人はいつも通りだったが、放課後に学校に残って風紀委員の活動をすることは減っていた。皆は不思議がったり寂しがっていたが、偶然ジュースを買いに行かされた僕だけが、彼女の本当を知っていた。
きっと、あの時声がけされたのは僕だけではないだろうし、例えば彼女と中学や小学校が同じ人も彼女の眼鏡をとった姿を知っていただろうけど、その時僕は、彼女の秘密を握っているのは自分だけであるというような錯覚を覚えていた。
それと同時に、焦りもあった。何かの拍子に皆がこのことを知ってしまえば、彼女は一気に高嶺の花になってしまう。いや、アイドルになっている時点で、それはもうなっているのだが。
自分だけが知っていた宝物を、奪われて晒されたような感覚。でも、存在を知っているというだけで、別に僕のものという訳でもなかった。
「貴方、最近寝不足のようですね」
そんなことをぐるぐる考えているときだった。冴島清美は、そうするのが当然という風に、僕に話しかけてきた。
「えっと、そうかな」
「きちんとした睡眠をとらないのは、駄目ですよ。体の風紀が乱れます」
彼女はちょっと優しげな声で僕を注意した。寝不足の相手に気を遣ったのだろう。
なんだかその日、僕は彼女が自分だけに優しくしているように思った。ちょっと授業中に寝て頭が冴えたら、そんなことは無かったとすぐ気づいた。
最終的に、もうフラレても良い(というか、絶対にフラれる)けど、告白してしまおうという結論に至った。
「あのさ、ちょっと話があるんだけど、放課後って時間ある?」
彼女はアイドルなのだから、時間なんて無いはずだ。むしろ断って欲しい。誘っておきながら身勝手にそう思ったけれど、真面目な彼女がクラスメイトの誘いを断るはずもなく、
「はい。大丈夫ですよ」
と、告白されるとは露ほども思っていなさそうな笑顔で答えた。アイドル的に男子と放課後を二人で過ごすってどうなんだろうかとも思ったが、よく考えたらそもそも異性とかそういう風に思われていないのだろう。
「ありがとう。それじゃあ、放課後、その、教室で、よろしくお願いします」
そう言った僕の表情はどんなものだったか。きっと下手に笑顔を作ろうとして、苦笑いになっていたんじゃないかと思う。
それから、放課後。夕焼けはわざとらしく教室をオレンジ色に染めていた。三流映画の演出みたいな雰囲気。窓には、情けない顔をした男が一人うつっていた。これから男らしく告白するとはとても思えない表情だ。
「すいません、お待たせしてしまいましたか」
冴島清美はこんな状況で呼び出されておきながら、何も感づいてはいないようで、僕は面食らった。時間をおけば流石になに何かおかしいと思うのではないかと予想していたのだが。
「こうして私を放課後呼び出すということは、だいたい要件は分かっていますよ」
彼女は僕の目の前に座って、とても嬉しそうに笑った。もしかして気付いた上でこの態度? 真面目でウブそうな普段の彼女からして考えられないことだが、アイドルを始めたことが彼女を変えたのだろうか。
「超☆風紀委員である私に、何か相談があるのですね!」
どうやら普段通りの彼女だったらしい。アイドルになっても、彼女は特に変わっちゃいなかった。
「えっと……」
彼女の平常運転に対して、僕は喉を掴まれたように声が出ない。焦りと不思議な熱で冷静さを失っていた僕の頭は、本人を前に冷え始めていたのだ。
とにかく、何とか間を持たせなければ。
「その、アイドル……アイドル、やってるよね。多分だけど」
僕の口から出てきたのは、アイドルのことだった。
「へ? もう遂に気づく人が現れましたか……。ふむ。まぁ、思いっきり超☆アイドルと言っていますし、バレると思ってましたけど」
「うん。それで、えっと、アイドルって、どうかなって」
何をつまらない、しかもぼんやりとした質問をしているんだろう。眼の前の困り顔を見て、僕は俯く。
「アイドルがどうか、ですか……そうですね」
対して彼女は、この質問を凄く真剣に考えているようだった。会話のクッションくらいに思っていた僕に、今度は罪悪感が襲いかかる。
「あの」
言いかけた僕に、笑顔が飛び込んできた。
「楽しいですよ、凄く。始めは、アイドルというのは破廉恥なものだと思っていました。でも、違ったんです。努力をする人の姿は、いつだって清く美しいものです。アイドルというのは、そういったものでした。それに、見てくれている皆さんが、私を見て笑顔になってくれるんですよ。その素晴らしさが、最近わかってきました」
僕はその時、彼女に二度目の恋をした。
冴島清美はその時、恋する少女の顔をしていたのだ。それはきっと、誰か一人に向けての恋情ではなかった。少なくとも、僕がこんな小さな教室で独り占めしていいものじゃない。彼女はその一瞬で、僕の目の前で、アイドルの顔になったのだ。
「そっか」
短い言葉。僕はそれ以上のものを用意できなかったし、その時の彼女には何もかも不要に思われた。
「でも、急にそんな事を聞いてきて、どうしたんですか?」
不思議そうに首を傾げられて、僕はいよいよ本題を切り出す覚悟を決める。
「うん。アイドルやってるし、こんな話迷惑だと思うんだけど、その……」
「その?」
好きです。良ければ付き合ってください。僕はこう言うつもりで顔を上げた。そして、夕日に染まったアイドルの顔を改めて真正面から見た。
言葉に詰まる。綺麗だ。だから。でも。僕は。僕は言いたい。何を。この想いを。
「好きです。えっと、僕にサインを……くれませんか」
彼女はびっくりした様子で、顔を赤くした。僕も自分で言ってびっくりした。でも、言い間違いじゃない。これは僕の、その時の正直な気持ちだった。
「……はい」
それから彼女は少しだけ涙目になって、頷いた。まるで告白を受け入れた人みたいだ。
「サインを書くのなんて、生まれて初めてです」
少し字がぎこちないそのサインは、今でも大事にしまってある。
そして、僕は今日、もう一度冴島清美と会う。それは告白を失敗してから、数カ月後のことだった。クラス替えで、あれ以降彼女とは殆ど会話らしい会話をしていない。
今日は特別な日だ。こうして今までの恋の思い出に浸らざるを得ない、そういった日だ。
僕は雑踏の中、愛する人を待ちわびていた。
……ペンライトを、片手に。
今日は僕の一度目の恋が終わる日。冴島清美という普通の女の子が、地球上から消える日だ。
この初単独ライブで、冴島清美は『アイドル』になる。別に今までだって彼女はアイドルではあったのだが、僕はそんな予感がしていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
歓声が上がる。舞台袖から現れたのは、あの日見た笑顔だった。夕暮れの教室で、恋をしていた彼女だった。
「みなさん! こんにちは! 冴島清美です! この私がライブをするからには、超☆アイドルとして楽しいライブにするだけではなく、風紀の守られた規則正しいLIVEにしますよ!」
そう大きくない会場に、彼女の張った声が響く。僕はその時、彼女と目があったような錯覚に囚われた。
「今オレと目があったぞ!」
「馬鹿、俺だよ!」
隣の男たちの会話が僕を現実へ引き戻す。
今、きっと彼女は、全員と目があったんだ。きっと、それがアイドルなんだ。
そうだ。今日は僕の一度目の恋が終わる日。そして、二度目の恋が成就する日だ。
「それでは、聞いてください!」
この瞬間だけ、僕と彼女は両思いになる。
僕は何かに届くように、ペンライトを持つ手をぐっと伸ばした。
(END)
これで終わりです。初めて書いたので何かおかしかったら申し訳ありません。
好きな娘のssが全然ないのでおかしいなぁと思って書きました。
冴島清美に声帯が実装されますように。
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