【艦これ】ex.彼女 (902)

・独自設定あり
・主に憲兵さんがメイン
・息抜きにコメディを書きたくなって始めた、オムニバス形式のお話。なので更新は不定期です。

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「そんな……。」


ひどい雨の日の事だった。
あの時の彼女の震えた声は、今でも時折思い出す。

馴染みの公園で、別れ話をした時の事。

あれ以上に女の子を泣かせた事は、未だに無いな。
赤い傘に、彼女の長い髪。
でもその髪が頬に張り付いていたのは、雨で濡れたからじゃなくて……。







第一話・邂逅




「…………ひっでえ目覚めだな。」

なんつー夢だ。よりにもよって、異動初日にこれか。
あんまり思い出したくない元カノの夢。

何年前だっけなぁ…まあいいや。
寝覚めの悪さを振り払い、景気付けに豪快に顔を洗う。
ついでにヒゲ剃って歯も磨いて、そんで勝手知ったるカーキ色に袖を通せば、見慣れた姿の完成だ。

でも今日からは、2週間前までとは違う場所。

着任2年目、初めての異動。
さて、気合い入れましょう。

今日も一日憲兵稼業、頑張りますか!


「憲兵長殿!おはようございます!」

「ああ、おはよう。今日からよろしく頼むよ。」

「はい!どうぞよろしくお願い致します!」


意気揚々と詰所に入り、まずはここの長への挨拶だ。

着任の挨拶は引越しの時に済ませてるが、やっぱこの人怖そうだな…。
切れ長の目に銀縁眼鏡…ぱっと見イケメンだが、それ以上にインテリヤクザって印象なのが正直なところだ。

「赴任早々すまないが、今日はまだ警邏の時間じゃないんだ。
そこでなんだが…少し雑談をしないか?君の人となりを知りたい。」

「は、はい…そうですね!自分もまだちゃんとはお話出来ておりませんし!」

雑談かぁ…うーん、見るからに何考えてるか分からない人だぞ?前のとこじゃ当たらなかったタイプだ。
しかしここでも俺の使命は同じ。鎮守府の治安を守り、艦娘やここに勤める人達も守る。それが俺の仕事だ。

そうだ、これからこの人の下に付くんだ。
チームとして一丸となる為にも、些細な事でも必要な事じゃないか。

さて、何から訊かれるかな…誕生日?それとも出身かな?
おおう…眼鏡をくいっとやる動作がまた、冷徹そうなオーラを出してる…何か緊張してきたぞ…。





「君は女性の部位なら、どこに惹かれる?」




………………。




はい?





「ほう、なるほどな…今の話を分析するに、君はどちらかと言えば柔らかな雰囲気の女性が好み…。
髪はロング派…手の綺麗な人に弱い……要は可愛いよりは美人派と言う事か……。」

え?ゑ?ヱ?
一人でブツブツ言い始めたぞ。何でさっきより眼鏡が光ってんだよ…。

だんだん声が小さくなって、それに比例してボソボソと何か言ってる音は目立つ。
怖えよ…一体何考えてんだこの人…。

「君、どうして憲兵になった?」

「え?はい!所属志望を決める際、深海棲艦討伐に関わる皆様を、裏からお守りしたいと考えまして…。」

「そうか、立派な心掛けだ。私も気持ちは同じだ、共にここを守っていこうではないか。」

「え、ええ…今後ともよろしくお願い致します!」

「守りたいものがあると言うのは、この職務に於いてはとても重要だ……。
見てみろあの中庭を…愛でるべき年頃の娘達が華々しく過ごしているではないか。
ああ、女性と言うのは何故かくも美しく儚いのか。

あの艶やかな髪に透き通る肌それと曇りなき瞳にセイレーンの如く我々を惑わす美しき声華やかな笑顔弾むようなたわわな果実いや青々とした実りを待つそれもまた素晴らしいすらりとした脚はまるで芸術品の如くしなやかな腕は甘美なる陰影を持ってその美しさを我々の目に刻み込む平和のため髪をなびかせ戦う様は気品すら感じさせ戦の後に纏う血と潮の薫りでさえ花々をも凌駕する高貴なるスメルその存在はまさに神々しく天が与えたもうた地上の奇跡と呼んで何一つ差し支えない。

……私はね、そんな美しき彼女達を愛で……んんっ!
守る為にだね、こうしてこの職務に就いているのだよ。」


………………。


……やべえ、変態だ。



「憲兵長殿、早速ですが出動事案です。」

「一体どうしたと言うのかね?通報も無く、窓から見える中庭も至って平和ではないか。」

「憲兵詰所にて変質者出没!確保だ!軍法会議に掛けてやる!」

「離せ!何故私を逮捕しようとするのだ!
私はただこうしてお花さん達を視か…じゃなかった!艦娘達を見守っているだけではないか!」

「てめえ今視姦つったろ!大人しくしやがれエロ眼鏡!」

「貴様ぁ!上官に対してその口の利き方は何だ!許さんぞ!」

「容疑者に使う敬語は持ち合わせてねえ!」



「………で、何か言う事は?」

「も、もうひわけごらいまへんでひた……。」

俺ね、一応空手三段。
な、何故こんなひ弱そうな眼鏡にボコられたんだろう…嘘だろおい。

ちっ、腐っても憲兵長って事か…まあいい、癖のある上司に当たる事もあるだろ。
こんにゃろう、絶対いつか告発からの更迭コースにしてやるからな。

「ほー、貴様如きに私を更迭出来るとでも?」

「いいっ!?」

「貴様のような小童の思考などお見通しなのだよ。
まあまあ、これから貴様は私の部下だ…ここは一つ、私と共にここを守って行こうではないか。な?」

格闘技齧ってたからこそ分かるプレッシャーってのはあるもんだ…。
この時こいつのひと睨みだけで、俺は勝ち目が無い事を悟った。

何なんだこいつ…も、もしかしなくても、俺はとんでもねえ場所に飛ばされてしまったんじゃ…。

「ふぅ…まぁ安心しろ。私はただ女性を観察するのが好きなだけだ。
決して直接セクハラを働くなどと言った無粋な真似はせん。
あくまで彼女達は守り、時に正すべき対象だ。それが我々の仕事。」

「……本当ですか?」

「ああ。生憎問題を起こした艦娘については、私は一切の容赦はしない。
提督、並びに職員に対しても、該当すれば同じだ。

貴様のやる事はここでも変わらん。
前任地では優秀だったと聞いている、そのまま職務に邁進したまえ。」

「…はい。」

「時に貴様、質問したい事がある。」

「何でしょうか?」

「うなじの素晴らしさについてどう思う?」


………やっぱダメだこいつ!!



「はぁ~~~………。」

お昼休み……の、喫煙所。
しかし昼メシなんて食う気も起きやしねえ。

結局あの後眼鏡に延々性癖についての話をされ続け、場所覚えついでの初警邏も何とも足取りが重かった。
あの野郎、話の節々でニヤニヤしやがって…人の性癖聞いて何が楽しいんだ?

溜息が止まらず、思わず2本目のタバコに手を付ける。
やべえな、こりゃ相当イライラしてる証拠だ。

そんな時、ガチャリと喫煙室の扉が開いた。
入ってきたのは白い制服……ああ、粗相が無いようにしないと。

「提督殿、ご無沙汰しております。先日のご挨拶以来ですね。」

「ああ、君か。今日から着任だったね。
君のお世話にならないよう気をつけるよ。」

「ははは、提督殿ならご心配には及びませんよ。」

「だといいけどなぁ。
あ、そう言えば今日の夜挨拶あるの知ってる?」

「新規赴任の挨拶ですよね?1800に食堂にてと伺っております。」

「そうか、ならそこでしっかり顔を覚えてもらうように。
うちは悪戯っ子も多いからな、今後は君を見たら大人しくなるよう頼むよ。」

「はい!何卒よろしくお願い致します!」

「まあ憲兵長はあの通りへんた…曲者だが、腕は確かだ。
彼の下でしっかり学んでくれ。」

今、変態って言いかけたよな……あいつやっぱり逮捕した方がいいんじゃねえか?
提督はタバコを吸い終えると、その人のいい笑顔のまま喫煙室を出て行った。

そう、『笑顔のままで』だ。



「時に貴様、現在交際相手はいるのか?」

またかよ……。

現在時刻1730、今日の任務は粗方終わり。
夕暮れ時でも腹は減らず、もうカップメンでいいやと考えていた時だった。

「はぁ……いやぁ、今は彼女はいないすねぇ……。」

「今はという事は、いた事はあるんだな?」

「ええ、まぁ……。」

「ほう、どんな女性だった?」

「………聞くんすか、それ…。」

「上官の質問には素直に答えろ。」

にやけた面で眼鏡を直すな。顔だけ無駄にイケメンなのがまた癪に触る。
本当割るぞてめえの眼鏡。ちくしょう、今度べったべたに指紋つけてやる。

あいつかぁ…あんまり思い出したくねえなぁ…。


「高校の同級生でしたね…。」

「ほう、青春じゃないか。どう言った経緯で?」

「告白されてですね…そこから卒業前まで付き合ってました。」

「という事は、卒業を機に別れてしまったという事か?」

「……いえ、卒業の少し前です。俺から振りました。」

「それは無体な…またどうして?」

「あー…ちょっと……いや、かなり重かったんですよね。
嫉妬深いって言うか…矢が飛んで来ると言うか……。」

「矢とは?」

「文字通りです。彼女、弓道部の県ベスト3だったんですよ…他の女の子と接触あろうもんなら……ふふ…。」

「それだけ愛されていたという事だろう?男ならハートで受け止めたまえよ。」

「心臓がいくつあっても足りませんよ…トドメはバレンタインのチョコレート。」

「バレンタイン?」

「鉄の味がしました。それでいよいよ精神的に持たなくなって…。」

「……ご褒美ではないか。」

ちょっと引き気味に言われても、説得力ねえっての。
ほれ見ろ、この変態ですら引いてんじゃねえか。

その後は結局、逃げるように進路にしてた軍学校に入ったっけ。
男所帯で揉まれて何年か、気付けば憲兵も2年目。その間新しい彼女は出来ず。

そう思うと結構前で、でもあいつの泣き顔だけは嫌に生々しく思い出す。
まぁ、だからどうって事は無いけどな。



「そうか……性交渉はあったのか?」

「そりゃありましたよ…今日び相手がいてなお純潔貫く10代なんていないでしょうに。
まあ、俺が喰われる側だったんですけど…。」

「………成る程な。その様な性質でそこまで行ったのならば、その子はきっと貴様の事を忘れずにいるだろう。
もしかしたら……今も尚、貴様の事を想い続けているのかもな。」

「………やめてください。切実に。」

「…さて、そろそろ良い時間だな。挨拶がある、食堂に行こうか。」

そう扉を開ける眼鏡の肩は、何とも軽やかだった。
今思えば、この時こいつの肩を引っ掴んで振り向かせれば良かったと思う。
きっとニヤニヤと笑ってやがったろうからな。

いや…でも時既に遅しだったか。
着任したその時点でもう、俺は足を踏み入れていたのだ。

この鎮守府と言う名の魔窟って奴に…!


「えー、では紹介しよう。本日より新たに配属された憲兵さんだ。
みんな、彼の世話になる事が無いよう頼むぞ。」

挨拶そのものは滞りなく終わった。
今日は新任組の歓迎会という事で、ここの面子が勢揃いだ。

しかしこうして見ると、ここは前いた所より大きな艦隊だ。
一人一人顔と名前を覚えなきゃだが、果たして覚えきれるのやら。
挨拶も終わったし座らなきゃな…空いている席は…と考えていた時、ある場所から声が掛かった。

「憲兵さーん、よかったらこっちに座りませんか?」

「良いんですか?ありがとうございます。」

ある一角にいた艦娘が、そう声を掛けてくれた。
お言葉に甘え促されるままにそのテーブルへ近付き、そこに座る面子が目に入り……。



俺の時間は、音を立てて止まった。







「あら…素敵な方ですね。

『初めまして』、正規空母・翔鶴と申します。」




そこにいたのは……まさに数分前に眼鏡との会話に出ていた噂の元カノ。
そしてその瞬間、ここにいた全員の目がこう笑ったのを俺は見逃さなかった。


「かかったなアホめが!」と。


これより始まるのは、艦娘になってたなんて想像もしてなかった元カノとの、再会以降の日々。
並びに、俺とこいつのヨリを戻させようとしてくる、ここのメンバー全員との攻防戦の日々である。

この時俺は、眼鏡や提督の笑顔の真意を知った。

こいつら……全員グルじゃねえかあああああああっ!!!!!!


今回はここまで。
こんな感じで、気晴らしにポツポツと書いて行こうかと思います。





第2話・白蛇さん




「憲兵さん、どうかしましたか?」

席へ呼んでくれた艦娘は、固まる俺を見てそんな事をぬかす。
隠しきれてねえ薄笑いを浮かべてな。

どうしたもこうしたもねえよ…な、なんでこいつがいるんだよ…。
ああ…翔鶴って空母か…確かにこいつは適任だわ。

「まだお若いんですね。おいくつになられるんですか?」

白い髪をなびかせつつ、白白しい質問です。
お前と同い年だよこんちくしょう。

ええ、相変わらず綺麗な白髪です事……そんで隣に座らさせられた俺はカーキの軍服だ。
まさに白蛇に睨まれた蛙の色合い。ははは…このじっとりした視線、既視感しかねえなぁ…。

因みに今は乾杯寸前。寧ろそんな逃げられない空気に完敗寸前だ。
しばらくここにいるしかねえじゃんかよぉ…め、眼鏡は…ん?SMS?


『携帯番号しか知らんので、こちらで失礼する。

事務作業があるので先に失礼させてもらった。
せっかくの歓迎会だ、大いに(主に翔鶴君と)楽しんでくれたまえ。

武運を祈る。』


……あの眼鏡、逃げたな。

いや、落ち着け俺。まだ乾杯だぞ?これだけテーブル数があれば、必然的に立ってあちこち回る事になる。
幸いまだ誰も料理や皿に手を付けていない、上手く立ち回ればしれっと違う場所に座れるチャンスだ。
よし、乾杯が終わったら誰か間に挟もう。それしかない。

「では今後の発展を願い…乾杯!」

提督の合図と共に、乾杯が始まる。
立ち上がって各テーブルを回り、様々な艦娘や職員とグラスを交わし…。

またしても、俺の時間は止まる結果となるのである。



「あ、“どうも初めまして。 ”翔鶴型二番艦の瑞鶴です。」


うん…俺君の事よーく知ってるよ。
あいつは俺に対して重かったが、同時にシスコンの気もあった…そのめちゃくちゃ可愛がってた妹だね。何ならあいつに頼まれて迎えとか行った事あるね。
だからだろうね、別れた時俺の通学路まで怒鳴り込んできたよね。

引き笑い気味な俺を尻目に乾杯を交わすと、妹の方はそのまま次の面子へと向かう。
だがそのすれ違い様だ、俺のポケットに何か突っ込まれた感覚があったのは。

何だ?メモ……?







『席変えたら爆撃。』





あ、死んだ。



「憲兵さーん、戻るのはこっちですよー。」

しばらく石になっていると、そうオレンジの着物の艦娘から声が掛かる。
この子もグルか……!ああ、逃げ場がない!な、何か打つ手は…そうだ!

「あ、ごめんなさい。少しお手洗いに……。」

「場所分かります?」

「ええ、見取り図は持ってますので。」

よし、ひとまず時間稼ぎだ。
後はダメ押しに眼鏡に呼び出されたって体にしとけば、もうちょっと時間稼げる。

飲み始めれば段々席なんてグダッて来るだろ。
その辺でしれっと戻れば、上手くあいつから逃げ切れる。

トイレは……お、そこそこ遠いじゃん、ついてるぜ。この廊下の突き当たりか。


『カツ…カツ…』


ここ、結構足音響くんだな。


『カツ…カツ…『カツ…』』


ん?


『カツカツカツ『カツカツカツ』』


なんかおかしい。


『カッカッカッ『カッカッカッ』』


いや、絶対おかしい。


『ダダダダダ『ダダダダダ』』


………なんかいる!!


いや、振り向くな俺!大丈夫!きっと幽霊だ!それより恐ろしいもんな訳ねえ!
よし!そこを曲がればトイレだ!
ん?壁に鏡……?


ものすごい笑顔の白髪の女が映ってました。


『つるっ…。』


あ、ひょっとしてワックス掛けたて…この角度、もうダメなやつだなぁ…。
床にぶっ倒れるなんて空手で散々やってる…問題は後ろの……。


“つ・か・ま・え・た”


蛇に食われる蛙の気持ち、よく分かったよ。

床に倒れるその瞬間、奴は強烈なタックルをかましてきた。
まさにレスリングのグラウンド。或いは獲物に巻き付く蛇。
どさ…と虚しい音が廊下に響いた時、俺の敗北は確定したのである。


「ふふふ…この日をずっと待ちわびていたわ…。」

「離せ!俺は何も待ってねえ!何でお前がここにいるんだよ!!」

「あなたを追ってよ。」

「正気か!?」

本性出して来やがった……!
ちくしょう、下手に振り払おうもんなら問題になる。
いや、待てよ…今このシチュエーションなら俺の方が……!

「せ、正規空母翔鶴!これ以上暴れるならば、貴様を暴行の現行犯にて確保する!」

「………そう。」

職権濫用は嫌いだが、背に腹は変えられねえ。
今なら切れるカードだ、これでやめさせられれば…。

「………“憲兵さん”、今は大人しく退きますね。
ですが覚えておいてください…“ここの皆は私の味方”ですよ?

ふふ……お手洗いはそちらです。では、私は先に戻りますね。」

直後、頬にぬるりとした感触が走った。
奴は俺の頬をひと舐めし、何事も無かったかのように踵を返して去って行ったんだ。

その後宴会の場に戻り、以降は特に何かしてくる様子も無く終わった。
宴もたけなわ、後は部屋に戻るだけだが……俺にはその前に、行くべきところがあった。

俺の隣、202号室。
あの眼鏡の私室だ……!



「てめえコラァ!!」

「ノックもせずに何だ貴様は。」

「何だじゃねえよ何だじゃ!どこから知ってやがった!!」

「貴様の資料が送られてきた時だ。
提督の所にも来ていて、たまたまその日の秘書艦が翔鶴君だったんだ。
貴様の写真も載っていてな、内容を確認する際、偶然貴様の着任を知ってしまい……ふふふ。」

「……何がおかしい?」

「……貴様のせいで、こちらは仕事が増えてしまったのだよ。確保ではなく、保護でな。

それからというもの、翔鶴君は暇を見ては弓道場に篭るようになった…昼夜を問わず、任務が無ければ常にだ。
貴様の写真を的に貼り、その下に体を書いてな。心臓の所にハートマークもばっちりだ。

貴様の名を呟きながら、今度は逃さないと虚ろな目で矢を射る姿は壮観だったぞ……いつしかこう呼ばれるようになっていた。

“いない元カレの名を呼ぶ病”とな。」

「う……。」

「お陰でこちらは毎晩毎晩保護の為出動…ただでさえ前任の異動は貴様が来るより早く、その間私はほぼ一人で面倒を見なくてはならなかった…。
中にはその様に魘される艦娘もいてな…まあ、瑞鶴と言うんだが。

ここは一つ、貴様に責任を取らせようと言うのが満場一致の結論だ。」

「……で、あんたの本音は?」

「そんなの面白そうだからに決まっているだろう!
あと私は、恋する乙女が最も美しいと思うから!以上!」

「よし!死ね!」

結果3秒でノックアウトでした。俺が。


「まぁまぁ、当時は色々あったのかもしれぬが、翔鶴君は良い女ではないか。
容姿も整い、人当たりも柔らか…良い嫁になると思うぞ?考え直してはみないか?」

「俺の話聞いてた!?嫌だっての!あだだだだ!?」

ボストンクラブを決めながら、眼鏡はニヤニヤとこうぬかしやがる。
こ、この野郎…ちくしょう、絶対いつか告発してやる…!

「ふう…仕方がない、今日の所は勘弁してやろう。
あまり無理強いした所で、貴様が乗り気でないなら翔鶴君が可哀想だしな。

ああそうだ、貴様に渡すものがあった。」

「……何すかこれ?」

「この寮の部屋割りだ。渡したファイルに綴じ忘れていてな。
寮のトラブルで出動する際は、そちらを使うように。

私はおふざけも大好きだが、やるべき事はやりたい主義だ。そこはしっかりと頼むぞ。とっとと帰れ。」

「いって!」

紙を見る間もなくケツを蹴られて叩き出され、しぶしぶ部屋に戻る事にした。

資料に目を通すと、内部は結構でかい寮なのが分かる。
ああ、艦娘・職員共通なのか…えーと、2階が職員用で、3階から6階までが艦娘用区か……


く?



この時俺は、恐ろしい事に気付いてしまった。

部屋ナンバーって奴は頭の数字が階、残り二桁が何番目の部屋かの意味になる。
例えばこの203号室なら、2階の3番目の部屋って事だ。

問題は…頭の数字を3に入れ替えた、真上の部屋。


『303号室・翔鶴』


さらに右下に視線をずらすと、改定日が一昨日。
つまり、俺が越して来る前日……!

待て!こんな時こそマニュアルだ!
これには艦娘の能力と、そこへの対処が載ってる!
頼むぜ…いくらなんでもそんな芸当は……。


『空母・本人と妖精のスキルによっては、ホバリングも可能。
高練度な者の中には、艦載機を虫のように操作出来る者もいる。』


パタンと資料を閉じ、からくり人形のように窓を見た。
カーテンの隙間、そこには……!


『きらーん』


ものすごく眩しい笑顔で、コックピットからサムズアップする妖精と目が合った。

艦載機には、何やら紙が括り付けられている。
それを妖精が窓に貼り付け、綺麗なホバリングで上に登って行った。内容は…。




『ずっとあなたを待っていました。

追伸・最近DIYに凝っています。』


DIY…うん、縄梯子とか作るのかな?

逃げ場なし、外堀はもはや埋立地。
初日にして魔窟に迷い込んだ事を悟った俺は、ただ絶望感に灰になるのみだった。


『びたん!』

「ひいいいいいっ!?」


…なんて打ちひしがれてたら、また窓に紙!
こ、今度はな……


『ご自由にどうぞと書かれた笑顔の翔鶴の写真』


もう、還っていいかな……土に。


気絶なのか疲れなのか、気付いたら寝落ちして初日は終わった。

その日の夜、夢を見た。
あれはまだ、あいつと仲良くしてた頃の春休み。

お互い大会も終わり、あいつがうちに遊びに来ていたものの、疲れて眠くなってしまって。
それで窓も閉めず、二人でぼんやりと昼寝をしていた。

春風が心地よく、時々窓から庭の桜が舞い込む。
それを手に取っては、綺麗だねなんて笑っていたものだ。

別に何をするでも話すでもなく、ただ体を預け合って眠る1日。
そんなひと時は、どうしようもなく幸せだったように思う。

……ん?て言うか夢だよなこれ?
夢だと気付いた瞬間、越して来たばかりの部屋に引き戻された。

あれ…?布団ちゃんと被ってる…?
俺、確かベッドに倒れてそのまま……。

いや、誰もいねえ。考えるな俺。
なんか妙に片側に寄ってるとか、空いてる側が生暖かいとかあるけど。

わあ、白い髪はっけーん。

現在時刻、朝の4時。
俺の波乱の憲兵生活は、こうしてひと息つく間も無く次へ次へと向かって行くのであった。

誰か…俺を助けてくれええええええっ!


今回はこれにて終了。
次回はネタがまとまったらば。






第3話・珍しい兵隊さん、略して…





「はぁ~……」

勤務2日目、現在時刻は午後3時。
あの後結局二度寝も出来ず、死にそうな顔で仕事をこなしていた。

今は午後休憩に入ったが、寝不足だと逆につらい。
ちょっと気を緩めれば、途端に瞼が落ちそうだ。

「くくく、あの後は熱い夜でも過ごしたのか?随分憔悴しているじゃないか。」

「熱いどころか凍て付く夜でしたよ、主に肝がね。」

分かってて言ってんだろ、割るぞ。

いや、でも今は怒る気力も湧かねえ…とにかく眠い。
今日は夜警は無し、出動でも無い限りは帰って寝れる。あと3時間堪えれば勝ち。

あー、布団が恋しいぜ……。


「三千世界の鴉を殺し、鶴と朝寝がしてみたい、と言った顔だな。」

「鴉が鳴いたらさっさと布団と朝寝するのが人でしょう、何で鶴限定なんすか。
大体その鶴のせいで寝不足なんですよ……ふぁ…。」

「…致したのか?」

「んな能動的なマネするわけ無いでしょう。起きたらベッドの端が生暖かく、ダメ押しの白い髪一本です。
一体どう忍び込みやがったのか…。」

「ああ、そう言えばこの前鍵束を落としてしまってな。
その時鍵が一つ見つかっていなかったんだが、翔鶴君が届けてくれたな。」

「……何日後ですか?」

「3日後だな。」

「部屋は?」

「203号室だ。」

「次の夜警の時、背後に気を付けてくださいね。」

犯人はてめえか。その間に鍵屋行ってたってオチだろ。
どうなってんだここの警備は…ああ、こいつの気分次第か。

幸いここの寮は雨戸が付いてた、閉めりゃ昨日みたいな事態はまだ避けられる。
ドアは突っ張り棒かますとして…問題はやっぱ、ここにあいつがいる事そのものだな。あとこの眼鏡。

異動願いは半年経たないと申請不可、かと言って憲兵辞める気はさらさらねえ。
お上からの辞令なんて、当面来ない神の声…となると、諦めさせるしか道は無し。

……って何冷静に考えてんだ俺!さっきからキレる場面だろうが!?

はぁ~……ダメだ、イラつく元気もねえんだな今は…。
もういいや、今日は帰ったら寝よ…。


「ふむ…昨日前任地からの報告書を読み返したのだが、なかなかやるじゃないか。2回犯罪者の逮捕に協力したとあるが。」

「ああ、そんな事もありましたね…。」

「夏と冬、休日にそれぞれひったくりと誘拐の現場に遭遇。持ち前の身体能力を活かし、犯人を確保。
……そんな正義感の持ち主が、どうして上司にはこんなに冷たいのか…。」

「そのレンズにベッタベタに指当ててよーく考えてください。
そんなに良いものじゃないですよ、実際は俺が逮捕寸前でしたから。」

「ほう、どうしてまた?」

「あー…とっさに繰り出した技が上段回し蹴りと踵落としで、どっちも気絶して。
まあ、事情を知らない警官からしたら、俺が暴漢ですよね…。」

前の上官に、やり過ぎだ馬鹿者!ってめちゃくちゃ怒られたな。
犯人が訴えてたら、過剰防衛でとっ捕まってる所だった…。

俺も分かっちゃいるんだが、ああいう場面に遭遇すると体が先に動いちまう。ダメなんだよな、人のピンチを見ちまうと加減が…。
そんな性分だから、こういう仕事を選んだフシもあるけど。

ああ、そもそもあいつとの馴れ初めも…やべ、頭痛がしてきた。




「なるほどな、それで翔鶴君の心を正拳突きしたわけか。」

「ぶっほっ!?」

「中高と空手部が無かった貴様は、放課後になればすぐ道場に通う日々。学校では目立たない方だった…。
一方弓道部の翔鶴君は、日暮れまで学校で練習に励む毎日。一見すれば接点の薄い二人…。

しかぁし!そんなある日、通り魔が翔鶴君を狙う!
襲い来る刃!恐怖に震える瞳!

…だが次の瞬間、通り魔は華麗なる回し蹴りにより吹っ飛ばされた!
よーく覚えているだろう…そう!そこに現れたヒーローこそ貴様だったのだ!」

「き、聞いてたんすか…。」

「そうとも…毎晩毎晩保護の度にここで体をくねらせ耳にタコが出来るまで語ってくれたぞ?
大丈夫か?と手を差し伸べてくれた時の輝く笑顔は忘れられないとも…。」

あいつ誇張してやがる…実際は苦笑いだよ。

通り魔の歯が2~3本転がったのを見て、あいつを連れて速攻逃げたんだ…やべえ、やりすぎたって。
人間って、青ざめると笑っちゃうよね。

そこから色々あって付き合うに至ったんだが、何年前の話だよ…。うーん、いよいよ頭が痛え。


その後終業時刻になり、俺は速攻で自室へと戻った。
寝巻きに着替え、シャワー室でひとっ風呂浴び、やっとの思いでひと眠り。
まだ夕暮れではあるが、今夜はしこたま眠れそうだ。対策もしたし、昨日みたいなホラーも無いだろ。

あー、瞼が重てえ…。


うーん。


すう…。




「キャアアアアッ!?」



何事だ!?

悲鳴は…廊下じゃねえ、外か!
躊躇してる場合じゃねえ!裸足のまま外へ出ると、事は中庭で起こっていた。

……っ!?侵入者か!!

寝起きの目はまだ霞んじゃいたが、ナイフを持ってるのはすぐわかった。

「ひっ…助けて…。」

別の人影…やべえ!艦娘が襲われてる!

後になるとつくづく悪癖だと思うんだが…そこからの行動は早かった。
細かい事を考えるより先に、もう犯人は目の前。
何度も練習でやった動きを繰り出した時、俺の脚には重い感触が走っていた。

「へぶぅ!?」

あ、結構派手に吹っ飛んだな…。

いつもそうだ、犯人の悲鳴が耳に入ってようやく我に帰る。
やっちまったなぁ…まぁ、今回は事が事だ、お咎めなしだろう。
そうだ!まずは被害者の無事を確認しないと。

「大丈夫か!?」

「ええ…また私を助けてくれたのね!」


…また?




折しも、ちょうど目の霞みが抜けてきた頃。
冷静になった俺は、そこでようやく襲われていたのが誰かを理解した。

外灯の照明に照らされ、さらさらと輝く白い髪…何よりものすっっげー覚えのあるじっとりとした視線。
にも関わらず、しいたけかってぐらいキラキラもしてる矛盾した瞳。

さながら闇夜に降り立つ白い鶴…なわきゃ無く、俺には闇夜に浮かぶメドゥーサにしか見えなかった。

しかも…


翔鶴

E.大弓
E.装甲甲板
E.バルジ多数
E.艤装の核部分(艦娘の身体強化機能有り)


お前今ワンパンで反撃出来る仕様じゃねえか!?



「く……くくく……良い蹴りではないか…。」


あれ?どっかで聞いた声だなー。

後ろを向くと、口の辺りから血を垂らしながら立ち上がる目出し帽。
ん、んー…あのマスク越しでも分かる鋭い目つき、それにあの声…さっきまで話してた奴によーく似てるなぁ。

「ふふふ、私とした事が“うっかりさん”だ…今日は“時刻のみ抜き打ちの防犯訓練がある”と貴様に伝え忘れていたよ…。
やはり眼鏡が無いと何も見えんな…貴様ごときの蹴りもかわせんとは。」

「け、憲兵長…。」

「これは私のミスだ、本当は貴様の関節を5~6個外してやりたい所だが、甘んじて受け入れよう。
しかし…“そちら”の方は、早くどうにかしないとしょっぴかねばならんぞ?」

「へ?


~~~~っっっ!!!!???」


皆、寝る時の格好はどうしてる?
パジャマを着るのか、それともラフな部屋着で行くのか。それぞれ嗜好があるだろう。

俺はまず、秋冬はジャージにパーカー。
それ以外は…


ボ、ボクサーパンツ、一丁だ…。



「ふふふ…相変わらず素敵な体…。」


さわさわとした感触がした頃には、もう遅かった。
メドゥーサの蛇は俺に纏わりつき、あの目を見た瞬間俺は硬直。

めっちゃ上気した顔の女がそこにいましたよ、と。

「ふう…貴様を捕まえる必要もなさそうだな。」

「ま、待て!」

「…おや、今の騒ぎで艦娘が集まって来たか。
では、怪我の手当てがあるので失礼する。事情説明は任せたぞ。」

「てめえハメやがったな!!」

「では明日なー。今夜はお楽しみでなー。」

「ふふふ、今日はお仕事は終わりでしょう?続きは私の部屋で…ね?
ほら、梯子使えば私の部屋に忍び込めるし。」

「てめえやっぱり作ってやがったのか!ま、待て!そんなとこに手ェ掛けたら…パンツが…!」

「「「翔鶴さん!!」」」

「皆来てるよ!あ……今ビリって……あ…あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっっっ!!!!???」

その後しばらく、俺が裏ではチン兵さんと皆に呼ばれてたのは言うまでも無い。
忘れらんねえなぁ…駆逐の子達が、頬を赤らめ指越しにガン見してきた瞬間。あれ、目から汗が出てくるや…。



ストーカー気味の元カノとの再会、頭のイカレた上司と、異動早々無茶苦茶な展開だらけのこの鎮守府での憲兵生活。
だが無茶苦茶はまだまだ続くと、お仕事の方でも俺は思い知る事になるのである。

次の異動を勝ち取るのが先か、俺が胃潰瘍で集中治療室に移動するのが先か。
それは神のみぞ知るのであった。

神のみぞ知る…神の味噌汁とかふざけて言う奴いたよな。
飲んだ後の味噌汁は効く。だから『あいつ』にしこたま浴びせてえ。

そう思う事件が、後々待ってたんだよ…はは…。



今回はこれにて終了。これから他の艦娘も絡めて行く予定です。




※今回は色々と汚いのでご注意願います。





第4話・バッカス様


あれから数日。
ここの勝手にも慣れ始めたが、取り立てて何かが起こる事も無い日々だった。
それで日も落ちて、詰所で書類の整理と勤しんでいた時の事。


「……そう言えば、中庭にまだ落ちてたぞ。」

「何がですか?」

「貴様の破片がだ。」

「ふふ…まだ、あったんすねぇ……。」


うん。思い出すと涙が出ちゃう。

あの時ケツ押さえてたのがまずかった…結局隠すのが間に合わず、一瞬とは言え急所を公衆の面前に晒す羽目になったからな…。
まだ桜が残る今…しかし先に散り行くものは、俺のパンツとプライドか。ああ、つらい。

そんな風に涙を堪えていた矢先、詰所に着信音が鳴り響いた。


「はい…ええ、“P”ですか。かしこまりました、すぐ向かいます。」

「どうしました?」

「……出動だ。」

「……!!事件ですか!?」

「事件と言えば事件だが…そうだな、常連さんって奴だ。」

「常連?」


現場は寮の4階。
最初は部屋かと思ったが、4階の艦娘達が3階まで避難していた。

ただ事じゃねえ…一体何が?

「憲兵長!」

「なぁに、私が来たからにはもう大丈夫だ。」

「はい……どうか妹を!」

妹?

その子をよく見ると、どうやら外国人のようだ。
確か海外から交換派遣で来てる子達もいるって聞いたな。

「さて、行くぞ。念の為にこれを飲んでおけ。」

「何すかこれ…。」

手渡されたものは、小さな金の缶…ってウコンじゃねえかこれ。

いよいよ何が起きているのか分からない。
促されるままぐいっとウコンを飲み、俺達は4階への階段を駆け上がった。

そして、俺達が目にしたものは。


まず、泡吹いて倒れてる人影が目についた。
それぞれ青い制服、水着、赤い袴とスカート…全部で4人。
それらの死屍累々の先に、ゆらりと動く人影が……


銀髪とケツを揺らしつつ、男前に立っていた。



……えー、そりゃ俺だって男ですよ。
何かこう、Xでビデオなサイト見ちゃったりとか、スケベ拗らせる場面だってある。

だからこそだ…敢えて言わせてくれ。

こんなに反応出来ねえ全裸の女、初めて見たよ!




「すぅ……。

……ポオオオオオウウゥゥゥルルルルゥァアアアアアアアアッ!!!!
むああああとぅあ貴様かあああああっっっっ!!!!!!」

「うおっ!?」


何!?こいつこんな大声出せんのかよ!?
眼鏡は大声の後、ガツガツと靴を鳴らして奴へと近づいて行く。
うわ、顔がすげえキレてる…あの子死んだな…。

「あれ~憲兵長じゃないですか~。一緒に飲みましょうよ~。
あ、あなたは新しい憲兵さんですね~。お近付きの印に一杯どうですか~?」

「誰が飲むかぁ!!今日と言う今日こそは許さんぞ!!
女の子がぁ!裸でぇ!出歩いちゃ!ダメでしょうがああああああ!!!」

「いやキレるとこそっち!?」

眼鏡は上着を脱ぎ、手慣れた動作でポーラの肩に掛けた。
あ、ちゃんとボタンも掛けてあげるのね…って何か暴れてんぞ!?

「や~だ~。あついです~。」

「暑いじゃない!一体何度目だと思ってるんだ!
こら!暴れるな!神妙に服を着ろ!!」

「や~で~す~。離してくださ~い。」

「誰が離すかぁ!ええい大人しくしろ!!」

「や~め~て~ゆらさないで~……


…………うぷ。」


………うぷ?



直後、この空間だけがマレー半島南端の世界的金融センター都市…の、某公園になった。

しゃがんでボタンを掛ける眼鏡の頭へと、金色の雨が降り注ぐ。
それはスローモーションで優雅な曲線を描き、まず帽子へと押し寄せた。
帽子の崖を乗り越え、その波はレンズと肉眼の隙間へとこぼれ落ちて行く。

その者カーキの衣(眼鏡の)を纏い、金色の野を生み出すべし。
失われし理性との絆を破棄し、人々を不浄の地へと導かん。

きっと奴の視界は今、さぞかし黄金郷と化したことだろう。

うわぁ…やっぱり法被の似合う芸人みたいにキラキラしてないね。何て言うか、てりてりしてる。
俺、『ぎょぼ』って擬音で吐く人初めて見たよ…。


「ギャァアアアアッッ!!?目が!目があああああ!!!」

「憲兵長!!傷は深いです!!そのまま死ね!!」

「却下だ!超生きる!!」

「はー…生き返りました~…吐いちゃいましたね~…。
と言うことは~…みんなで飲み直すしかないで~~す!!」

「げぇっ!?」

酒瓶片手にポーラが俺に突っ込んで来る。
一瞬たじろぐが、ふと冷静になれば、相手は艤装の無い艦娘。
つまり今のこいつは普通の女の子、俺の身体能力なら取り押さえられるはずだ。

そうだ!このまま腕を押さえれば……!

え…消えた……?

「こっちですよ~。さあ一杯行きましょう~。」

次の瞬間、俺の口内はブドウの酸味に犯されていた。
ラッパ状態で瓶を突っ込まれ、どばどばと胃まで押し寄せて来るのは赤ワイン。因みに俺、赤ワインは大の苦手。

そんなもんをぶち込まれた日にゃ、結果は決まりきっていた。



「おおおおおおおお!!!」


叫び声だと思ったか?吐瀉音だよ。
飲ませると言う事に関しては、こいつに艤装なんて関係無かった。
ナチュラル酔拳の使い手、それがポーラだったのだ。

「げほっ、ごほっ……。」

「ごちそうさまが~聞こえな~い。ほら飲んで飲んで~。」

鼻が痛えんだよ。逆流してんじゃねえか…。
まじいな、早速回ってきやがった…上手く組手の体勢が取れねえ…。

ああ、こんな所で俺たちは負けてしまうのか…この後待っているのは酒浸り地獄。
ポーラが二度目の攻撃体勢に入り、ついぞ死を覚悟した。




「行くわよ!全機、突撃!」



その声が聞こえた瞬間、背後から一斉に艦載機達が飛び出してきた。
艦載機に括り付けられたのは満タンのバケツ、それが爆撃代わりにスコールのようにポーラへと降り注ぐ。

「冷たいです~…あ、お酒が…むにゃ…」

全ての水を浴びた後、酔いが落ち着いたポーラはその場へと倒れ伏す。
朦朧とする視界の中…こちらへ伸びる腕は、優しく俺を抱きしめていた。


「__……。」

「ふふ、久々にその名前を呼んでくれたのね。
今はゆっくり眠りなさい。」

吐き気のつらさに取り憑かれ、俺はされるがまま。
その苦痛と、抱かれた腕の心地よさに目を閉じた時。

「ふふふ、これで部屋まで…。」

「誰が行くかバカ!」

やっぱり相変わらずでした、このお方。


「……ふう、今ので洗い流されたか。」

「憲兵長…。」

「さて、私はこの子を部屋へ連れて行くとしよう。
翔鶴君、今回は本当に助かった。ありがとう。」

嵐が去った…はぁ、終わったかな。
その場にへたり込んだ俺は、そこでようやく一息をつくことが出来た。

そうだな、まずは…。

「ありがとな、助かったよ。」

「大した事じゃないわ。

……てばかりにも行かないし。」

「何か言ったか?」

「いえ、何も言ってないわ。
さて、と……じゃあ着替えましょう?もちろん私の部屋で!!」

「却下だっての。」

今はもう、怒鳴る気も起きねえや。
ぺし、と軽いチョップをかますと、何でかこいつはくすくすと笑っていた。

……ん?そう言えば眼鏡の奴、ポーラを常連さんとか言ってたな。

「…なあ、もしかしてあの子っていつもああ?」

「あそこまでは珍しいわ。
でも、しょっちゅう脱いで憲兵長のお世話になってるわね。」

ははは…て事は、これからいつもって事か…。
ま、ひとまず今は、事件が片付いた事に安堵するとしよう。

さーて、帰ろ…


『かつん!』


ん?あ、酒瓶踏んだなぁ…

あれー?宙に浮いてるぞー?
体が回転して…待って、それでそっちコケたら…あ…ああああああああっ!?


『ふに……。』


俺がすっこけた先には、もちろんあいつです。
受け身を取ろうと伸ばした手は、何て言うかこう、身に覚えのある柔らかいものに。

ダイビングパイタッチ、成立…相手は奴。

つ ま り 。


「……ふふ、ふふふ……やっとその気になってくれたのね!!」

「待て!事故だ!」

「事故も運命よ!全航空隊、発艦始め!」


結局一晩しこたま鬼ごっこをする羽目になり、逃げ切った時には俺はミイラのようでしたとさ。


もう当分、ワインはいらねえ…。
あー、何か折れそうだ…馴染みとしょうもねえ話がしてえ。
そう考えた俺はスマホを取り出し、ある人物へとコンタクトを取った。
そっちの艦娘には仲良くしてくれてた奴らもいて、その中でも特に悪友って呼べる奴だ。

『久々だね、元気?』

『何とかな。早速積もる話だらけだよ。××日時間ある?飲みてえんだ。』

『あー、参ってるねぇ。
その日は空いてるよ、久々に大将のお店行こうよ。』

『お、いいね。じゃあまた連絡するよ。』


前いた鎮守府は、実は言うほどここから離れちゃいない。

車飛ばせば1時間半、電車使っても2時間あるか無いか。
早めに飲んで帰れば、全然日帰りも可能な場所だ。
さすがにあいつも、そんなとこまでストーキングはしねえだろ…。

…とか思ってたのが、間違いでした。

そう、別にあいつがストーキングする必要は無いんだよ。
ついでに言うと、文明の恐ろしさも俺は味わう事になるのである。

嗚呼、俺のプライベートはいずこ…。


今回はこれにて終了。
お食事並びに飲酒中の方がいらっしゃいましたら、誠に申し訳ございませんでした。


あの後「久々だし本気で飲むよ!」と言われ、予定が変わった。
当初俺が提案した日の前日という事になった訳だ。

こっちの仕事も夜警は無し、夕方にはすんなり終わった。
朝までコースか。外泊許可も取ったし、電車で寝過ごさなけりゃ朝帰りでも大した問題はない。

出撃明けにタフだなとも思うんだが、アレで意外と酒好きな奴だ。
もののついでに土産もリュックに詰めて、少しばかりの旅としけ込もう。

はぁ…何だか久々に一息つける気がするぜ。元気してっかなぁ、あいつ。





第5話・LAN、卵、乱-その1-




さて、懐かしの駅…って程でもねえけど、ちょっと久々の街に着きましたよと。
現在時刻は20時20分。電車の中で軽く寝たし、飲むには持ってこい。
えーと…あそこの券売の前って言ってたな。

で、待ち合わせ時刻になった訳だが。来ねえなぁ。
イヤホンから流れる音楽も、今日何度目になるのやら。

「…ねぇ。」

まあ、この時間にあそこから来るならちょっと掛かんだろ。
あいつならある意味目立つし…

「ねえってば!!」

「いってえ!?」

イヤホンを乱暴に引っこ抜かれたかと思えば、間近にいたよ。
ああ、ちっこいもんなこいつ…見えてなかったわ。

「むー、今なんか失礼な事考えてたでしょ?」

「い、いやー、別にー。久々だな、元気してたか?」

こいつは瑞鳳。
俺が前いた所の艦娘で、当時からの悪友でもある。

……因みに、こんなんでも俺と同い年。


「「かんぱーい」」

馴染みの店に入って、早々に乾杯だ。
あそこにいた時は、週に一度は来てたっけなぁ。
ああ、ビールがうめえ…そんで大将の卵焼き…心に沁みるぜえ…。

「生き返るなぁ…。」

「実感こもってるわね…あっちはそんなに大変なの?」

「まぁ、色々とな…もうちょい飲んだら話すわ。そっちはどうよ?」

「相変わらずよ。君が異動して皆寂しがってるよー?
あ、写真撮らせてよ。LINEで回すから。」

「はーい。」

勝手知ったる奴と、気兼ね無く酒を飲む。
こんな些細な瞬間でさえ、今は何と有り難え事か…。

「大将ー、生二つ追加でー。」

「あいよ!あ、づほちゃんはコーラかな?」

「ひどーい、分かってる癖に~。」

「あっはっは、最初来た時はびっくりしたもんだよ。
久々だ、ゆっくりしてきな!」

「くくく…。」

「むー、何ニヤニヤしてるのよ?」

「いや、知り合った時を思い出してよ。」

「ああ、あの時?君も私の事子供扱いしてたもんね。」


こいつと仲良くなったきっかけは、そもそもは俺の勘違いだった。

まだ新人の時か…初めて一人夜警をしてたら、中庭で泣いてるづほを見つけたんだ。
その時はもう深夜、何事かと思って声掛けてな。

「どうしたんだ?こんな時間に。」

「…何でもないですよ。」

困ったもんだなんて思って、話を聞こうと横に座った。
で、その後俺が発した言葉が……いや、でもありゃしょうがねえよ。

「提督にでも怒られたのか?でも“駆逐艦”がこんな夜中に出歩いちゃいけねえな。
詰所に行こうぜ、話ぐらいならいくらでも聞くよ。」

「………“駆逐艦”?」

「そうそう、こっちも憲兵さんだからな。
“子供の深夜徘徊”は、これ以上はお説教しなきゃいけなくなっちまう。」

「……あなた、この前入った新人さんよね?軍学校出たての。」

「そうだけど?これでも君よりお兄さんだ。」

「~~~~っ!!!」

免許付きのビンタ、なかなか強烈だったな。
顔に張り付いた免許見て、え?え?え?ってなリアクションになったのはよく覚えてる。

結局泣いてた理由も、その頃付き合ってた奴に振られたからって話でな。
その後ヤケ酒と愚痴に延々付き合わされて、そこから始まった腐れ縁だ。
買い置きだから!ってしこたま発泡酒持ってきた時は、思わず二度見したもんさ。

……振られた理由は、俺の言葉にキレた理由に近かったらしいが。相当気が立ってたらしい。

「ちぇーだ。相変わらずちんちくりんですよー。」

「まぁあの件は制服のせいもあったし。
私服ん時はちゃんとちっこいだけの女に見えてる、安心しとけよ。」

「……そう?」

「そうそう、さっきは気付かなかったもんよ。」

「えへへ…。」

…待ち合わせの時、完全に身長で探してたのは黙っておこう。

「…でもさ、少し痩せたんじゃない?本当に大丈夫なの?」

「あー…実はな…。」


「へ?向こうに元カノがいたって、あの元カノ?」

「あの元カノだ。妹とセットで翔鶴型やってんよ…。」

「あ、あー……それは…。」

察してくれる友は貴重だ…。
づほも大まかな過去は知ってるから、容易に俺がやつれた理由は想像出来たのだろう。

「キツいわね……。」

「早速色々と事件がな…。」

「……ねえ、“その翔鶴”ってどんな見た目の子?
あそこなら演習で何度か当たってるから、知ってるかも。」

ひとえに同型艦と言っても、適合者は世に複数いたりする。
人が違う訳だから、勿論容姿も皆違うんだけどな。
俺の知ってる『翔鶴』は、あいつな訳なんだけども…。

「白髪のロングだな。身長はそこそこある。」

「…………へぇ、あの人かぁ。」

「知ってんのか?」

「挨拶と演習しかした事ないけどね。
憲兵だとその辺見ないだろうけど、結構よそにも顔見知りぐらいは増えるものよ?
あの人同い年なんだ…そうは見えなかったけど。」

「言ってやるなよ…昔から結構気にしてんだから。」

「む。だめだよー?そうやって何だかんだ人の肩持つから付け込まれちゃうんだって。」

「そんなもんか?」

「そんなものよ。君は良くも悪くも人に甘いとこあるから、もうちょっとドライになろうよ。」

「お、何の話だ?とうとう二人も付き合いだしたかー。」

「あははは!ないない!大将ー、こいつとはそんなんじゃないわよー。」

「ははは、言うなー。」

大将はたまにこんな茶々を入れては来るが、実際異性としての意識はお互い無い。
だからこんな気兼ねない関係でいられてるし、何でも話せる間柄な訳だ。

酔えばお互い下ネタもぶちかますし、潰れたづほを何度も介抱したなぁ…。
憲兵って環境でそんな友達が出来たのは、つくづく恵まれたもんだと思う。



「元カノの件もだし、上司もなかなかクレイジーな奴でさ。
何かもう疲れちまってなぁ…ありがとな、時間作ってくれて。これだけでも気楽になれるよ。」

「……帰ってきなよ。」

「へ?」

「半年やれば異動願い出せるでしょ?そしたら帰ってきなって。」

「ま、考え中だよ…異動が決まったとして、そっちにまた着任出来るとは限らねえしな。」

「そっかぁ…でもまた遊びおいでよ。今度はみんなで飲も。」

「そうだな…あ、お土産あるんだよ。」

そんでリュックを開けたんだ。
中には饅頭の箱が入って…



\やぁ/




いや、何も見てない。
何か饅頭頬張ってる小さいのがいた気がするけど、多分疲れてんだろ…。


「どうしたの?」

「あ、ああ、ちょっと電車で揉まれちまってな…今出…。」



\こんばんわー/


……………。


出てきちゃったよ、この子…。



「あれ?この子艦載機妖精じゃない?かわいー。
誰かのが付いてきちゃっ………!?

ねえ、“艦載機の子”って事は…。」

「………ははは。」

妖精をつまみ上げると、何かを背負ってるし、抱えてもいた…あれー?どっかで見覚えがあんな、この背中の四角いの…。
確か前携帯変えた時、スマホ屋の一角に…。


妖精

E.小型ネットワークカメラ
E.ポケットwi-fi


ははは、遠方のペットの監視もばっちりってかこの野郎!
よーし!今ならわおーんとかにゃーんとか鳴いちゃうぞ!恐怖で!




「うわぁ……ここまでやる?」

「これから話そうと思ってたんだが…やりかねんなぁ、あいつは…。
俺さえ絡まなけりゃ温厚なんだけど…。」

「ねえねえ妖精さん、ちょっとそのカメラこっち向けてくれる?
向けてくれたらいいものあげるよー。この美味しい卵焼き、食べりゅ?」

\たべりゅー/


へ?そんな餌付けして何やる気?

づほはカメラを自分の方に向けさせると、何やらにこっとレンズに向かって微笑んだ。

次の瞬間。




『お見せできない指の立て方をしております』




……お前自分が何やったかわかっとんのかー!?




「な、な、なぁっ!?」

「……っく…あのねぇ、私こう言う陰湿な真似する女…。

大っ嫌いらんらよねーー!!」

あ、一番ダメなパターン来た。

何度かぶち当たった事のある、通称怪獣モードってやつ。
誰が呼んだか、仲間内で『ヅホラ出現』で通ってるそれ。

ん?SMS?誰だこの番号………



『面白いわね、その子。』



今の携帯番号は、あっちじゃ眼鏡ぐらいにしか教えてない。
流石のあいつも無駄なトラブルは嫌なのか、教えないとも約束してくれた。

そんな時、続け様にLINEが入る。今度は眼鏡だ。
それを開くと……


『すまない、あの翔鶴君は流石に止められなかった。』


あの眼鏡がガチ謝罪とな…あいつマジで何した?



「ふふふ、美味しい?」

\おいちー!/

本日の戦犯様は、何事も無かったかのように妖精を可愛がっております。

ああ、鬼電とか無いのが余計怖い…酒の汗より脂汗、体温と心拍数に歯止めなし。
目下未来は暗黒の暗黒、そんな現実の末に…


「よっしゃあ!今夜は飲むぞ!」

「おー!行け行けー!」


俺はとうとう、考えるのをやめた…。


今回はこれにて終了。
他の艦娘が巻き起こす珍事件も絡めつつ、進めて行けたらなと思います。





第6話・LAN、卵、乱-その2-




「あはははは!!それでね!それでね!」

現在時刻、深夜24時。づほはとっても元気です。
…指の事とか、多分忘れてる。

2軒目は個室居酒屋で大正解だ、こいつはこうなるといよいよ止まらない。
さっきから会話の端々に要ピー音な単語が並びまくっているが、こりゃ朝は送りかな。慣れたもんではあるけども。

妖精からストーキング道具も取り上げ、今は俺のリュックですうすう眠ってる。
対応は済んだ…目下の問題は、やはりさっきのあの件。

こちとら元カレだ、性質ぐらいは人より知ってる。
妹は短気な方だが…あいつ自身は、キレると笑うタイプの女。

……オーケイ俺、大丈夫だ。
づほは酒が抜ければちゃんと反省できる子だ、この際泥は俺が被りゃいい。
あいつだって艦娘だ、あんまり無茶するなら俺もお仕事しなけりゃならない。

いや、待て。お仕事と言えば、目下の問題は…。


「ごめん、ちょっとトイレ行く。」

「いってらっしゃーい。」

そう言えばあいつ、眼鏡相手に何やらかした?
連絡が来たって事は、傷害沙汰にはなっちゃいねえらしいが…電話してみよう。

「もしもし、お疲れ様です。生きてます?」

『ああ、さっきはすまなかったな…怪我は一切していない、大丈夫だ。』

「何されました?」

『ふふ…少し弱みをな。』

「……脅迫ですか?」

『ふっ…私を誰だと思っている?
ただ、私も女の涙には勝てなかったと言う事さ…。』

「分かりました。“嘘泣き”とか“目薬”って単語、100万回グーグル先生に聞いてください。
お疲れでしょうからゆっくり休んで下さいね、永遠に。」

…………あははぁ…そういやこういう奴だったよ…。

もはやここまで来ると、段々覚悟が決まってきた。
今は飲もう、全ては帰り道で考えよう。

そんな風に思いつつ個室に戻ると、づほがいない。
トイレかな?とか思ってると、肩にずしりと重さが来た。


「ふふふ…君の格納庫は相変わらずかな?」

「ったく、やめろっての。」

「よいではないか、よいではないか~…うん、この格闘技ならではの締まった胸筋…相変わらず揉みがいがあるわね。」

出たよおっぱいソムリエ。

づほは酔っ払うと男女関係無く揉む。ていうかまさぐる。
大体ターゲットは俺か、もしくは艦娘なら『あの人』か。
「無いからこそ愛でたいのよ!」とか、ちょっと悲しくなる事を言ってたな…。

「久々なんだよー、揉ませてよー。」

「普段何人も揉んでるだろ….。」

「女の子ばっかりじゃ飽きるのよ。たまには男の子も揉みたい…揉みしだきたい…。」

「お前が女で良かったよ。艦娘ならぬ艦息子だったらしょっぴいてたわ。」

じゃれてくるづほをあしらいつつ、そう言えば他の連中どうしてるかなーなんて考えてた。
いつもづほがこうなると、大体寮に着いたら『あの人』にお願いしてたっけ。

『久しぶりね、そちらはどうかしら?』

お、噂をすれば何とやら。
そう言えば皆にLINE回すって言ってたもんな。


『ヅホラが出ました。』

『大変そうね。今夜は朝までかしら?』

『この調子だとそうですね、まあ元々誘ったのは俺なんで。朝そっちに送ります。』

『お願いね。私もそこで一度起きるわ。』

『すいません、ご迷惑をお掛けします。』

久々にあそこに行くなぁ…とは言え、他の皆は寝てるだろうけど。
今度は皆で飲もう、うん。

「ちぇー、少しは反応してよー。つまんないの。」

「お兄さんの気持ちになる。」

「ん?何か言った…?」

「いででで!つねるなっての!」

「へーんだ、どうせあの人相手だったら変な声出したりしてたクセにー。」

「ぶっ!?お前なぁ……。」

「図星かな?図星なのかな?ここがええのんか?んー?」

酒臭えが、それ以上にオーラにおっさん臭を感じる。
普段は女の子らしいんだけどなぁ…それが一緒に飲んでて面白くもあるんだけど。

「ふっふっふ…今度演習でかち合ったら両手で行ってやるわ…。」

「マジでやめろ。」

今度こそ胃が轟沈するわ。
はーあ……でも少しは気楽になれたな、見知った顔のお陰かね。感謝しねえとだ。

それでグダグダと飲み続けて、もう明け方。
店を出る頃には、すっかりグデングデンになったづほが完成していた。

途中までタクシー使うかとも思ったが、中でやらかされても困る。
そんな訳で少し遠いが、づほをおぶって鎮守府まで向かう事にしたんだ。


リュックを前に掛けて、背中にはづほ。
海岸線を歩きつつ、朝まで飲んだ時はよくこんな風に連れて帰ってたなぁ、と思い出していた。
明け方の風は、良い感じに酒を抜いてくれる。うーん、良い朝だ。変わんねえなぁ。

その頃と違うのは、俺のリュックにあいつの妖精がいる事ぐらい。
正門が見えてきたな、着いたら連絡しないと…。


\おはよー/


お、這い出して来たぞ。
ははは、登ってくるなよくすぐってえ。こらこら、そんな耳んとこ来たら落ち…




「ねぇ…テレパシーって、知ってる?」




oh…何でそこだけそんなセクスィーボォオイス……。







「ふふふ…楽しかったかしら?」






頭ん中に亀裂、走る。

まず国道の方に振り返る。
そこには一台の車、ナンバーには思いっきり現職場の土地名。
視線を移動、運転席。おっと隈の深え緑のツインテールだ。顔が死んでる。
さあさあ心拍数は一気に上昇、いやしかし振り向くな俺。俺の真後ろ、歩道の方は見ちゃあいけねえ。
背中にはづほ、顔はカメラでバッチリ公開済み。
幾らづほが煽ったとは言え元は俺の問題、巻き込み事故だけは避けねばならない。
ゴールだ、ゴールを目指すんだ。正門に着けば『あの人』を頼れる、最悪俺が連れ帰られるだけで済む…!


「………ん…あれ?あなた…。」


おっと瑞鳳選手の覚醒だ。
あ、やめて、振り向かないで、肩から手ぇ離さないで。
あ、あ、腕の動きに釣られて俺の視線もおおおおおお!!!!


「帰りなさいよ、ばーか。」


さざめく潮騒…そのリズムに合わせ揺れる白い髪…
朝日に照らされる笑顔には……


「ふふ……本当に面白いわね、あなた。」


目元に暗黒が立ち込めておりました。

ゴール、決まったね……平和の。



「……ちょっと降ろしてもらっていい?」

づほは固まる俺から勝手に降りると、つかつかとあいつへと近付いて行く。
何やる気だ…開幕クロスカウンターとかやめてくれ…。

「ふーん……ほうほう…。」

手が伸びる。え?何?襟掴む気か?
まずいまずい!止めねえと!

「づほ!待て!」

「……………えい。」


『もにゅん。』


「ふーん…85のEってとこかぁ……ふむ、この弾力と張り…恐らくは…。

___あなた、将来垂れるわね♪」


カウンターじゃねー!?おっぱいストレーーートゥ!!!


「ふふ…そう、気を付けるわ。ちなみに歳はおいくつ?」

「あなたと同い年よ。聞くまでもっと上だと思ってたけどね。」

「ふぅん…あなた、ヒヨコに似てるわね。よく言われないかしら?
私“鶏は胸派”なのだけど…ああ、“その歳までヒヨコ”なら、もう“胸肉は育たない”のかしら?ふふふ。」


翔鶴選手、捻りの効いたリバーブロウです。
づほを見ると……表情が、無い。サンマみてえな目になってやがる…!



「……ふふ、言うじゃない。

でも心は顔にも出るものよ?随分大人びて見えるけど、内心不安だからストーキングするのよね?
しかもとっくに切れてる男相手に…そう言うのを情緒不安定って言うのよ。だから嫌われる以上に怖がられちゃう。

あ、そっかー。メンタルが更年期だから、そんな大人びて見えるんだね!おばさん♪」

その瞬間、確かに重力が増した。
だ、大地を揺るがすアルカイックスマイル…!
付き合ってた時すら感じた事ねえプレッシャーが空間を支配しやがった。

「そう…見た目相応に幼いあなたが言うなら間違いないわね。
あなた、男性とお付き合いした事はある?」

「……あ、あるわよ、勿論…。」

「くす…二人で飲みに行くぐらいだから、今は違うと言うことでいいかしら?
そうね、その人は容姿で人を差別しないからいいでしょうけれど、お付き合いした方は大変だったでしょう?

例えば…お相手がロリコンさんと間違えられて、警察のお世話になっちゃったりとか。
それで段々肩身が狭くなったお相手の気持ちも冷めて……みたいな。
やっぱりお子様に恋は難しいかしら?ふふふ。」


もう、モノローグも出てこねぇ…なんだこの地雷原で相撲取るみてえな地獄絵図は…。

しかもよ…今のは……!


「ふふ……ふふふ……。

…その通りよちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「づほ!やめろっての!!」

「離して!!こいつの脳みそかち割りゅうううううう!!」

その時のづほ、マジでこんなん→(´??Д??`)だったな…あいつ、づほのトラウマピンポイントで突きやがった…。
ああもう、どっちが悪いとか言ってる場合じゃねえ!妹も何やってんだよ、姉貴止めろよ!!



「騒がしいわね。」



そんな騒ぎの中、正門脇の通用口が開いた。
そこにいたのは、まさにづほの世話を頼もうとしてた『あの人』。


「…加賀さん!」


正規空母・加賀。
この鎮守府の艦娘の長にして、真の元締めと言われる人。

【訂正】顔文字が反映されないの忘れてました。血の涙の顔文字と思っていただければ。


「馴染みの声がすると思ったら、昔見た顔もいるわね。
……わざわざ隣から御足労ね、どう言う事かしら?五航戦。」

「………あ、あ、その…。」

あいつがたじろぐ…だと?
え、加賀さんって向こうと付き合い無いと思ってたけど、知り合いなのか?

「酔った子もいるようだし、場所を変えましょう………ふん!」

「……!?」

うお…ラリアット一発でのしちまった…。

「この子程度、鎧袖一触よ。
もう一羽いるようね、今度はうるさい方の鶴。」

姉を引きずりつつ、加賀さんはつかつかと車の方へ。
後部座席にあいつを突っ込んで…え、運転席開けた?何だ、すげえ揺れて……止まった。

すると間もなく、ゆっくりと俺たちの前へと車が近付いてくる。
ガーッと窓が開くと……

助手席で泡吹いてる妹がいました。

「駐車場に停めてくるから、瑞鳳を中までお願い。立ち入り許可は出しておくわ。」

「は、はい…。」

行っちまった、なぁ…いけね、づほを離さないとだ。

「おーい、づほー?」

「ムス-」

「こらこら、いつまでもブーたれてもしょうがねえだろ?中入ろうぜ。」

「……おんぶ。」

「へ?」

「怒り疲れたからおんぶしてって言ってるの!そしたら入る!」

「まーだ酔ってんのか…しゃあねえ、乗りな。」

まぁこいつ軽いからいいけどよ…。
おぶってやると少しは機嫌が直ったのか、づほは終始ニコニコと笑っていた。
うちは姉貴一人だけど、妹とかいたらこんな感じ……

「……何か失礼な事考えた?」

「滅相もございません!」

……いや、今その事考えるのはやめよう。死ぬ気がする。

でも加賀さん、あいつらまで中に入れてどうすんだ?
ん?加賀さんからだ。

『中に入れたかしら?弓道場まで来てちょうだい。』

弓道場……とりあえず行くか。
………行かなきゃ良かったと、数分後の俺は心底思うんだけどな。

前夜の酒は序の口。
波乱の休日は、まだまだ続くと思い知る事になるのである。

ああ…夕方まで、タイムスリップしてえ…。



今回はこれにて終了。次回はいずれ。





第7話・LAN、卵、乱-その3-




「さて…。」

かつての職場なんて言っても、ほんの一月前までいた所。
迷わず弓道場に着いたんだが……。

「すぅ……すぅ……。」

づほ、遂に力尽きる。

どうしたもんか…いや、あいつらも気絶してるしな。とりあえず寝かせとく感じだろ。
そう思いつつ扉を開けると、目をぐるぐるさせたままの姉妹が寝かされてた。

加賀さんはと言うと……へ?道着?
さっきはジャージにクロックスとかだったのに、何やる気だ?

「来たわね。早速で悪いのだけれど、10分席を外してくれる?」

「はい、いいですけど…。」

で、10分経過。
いいわよと声が掛かり、扉を開けてみると…。

「………道着?」

「ええ、全員着替えさせたわ。」

「こいつらまだ落ちてますけど、何するんですか?」

「………こうするのよ。」


ばっしゃーーん、と、直後に水しぶきが3人を襲った。
加賀さんは躊躇いもなく、30リットルはありそうなバケツの水を奴らにぶちまけたんだ。顔面から。

「ぶーーっ!?」

「ふえっ!?へっ!?」

「え?何!?」

三者三様のリアクションで目を覚ますと、ようやく状況を理解したらしい。
なんかメイクとか色々大惨事になってるけど、もうそんな事気にする余地も無さげだ。

皆、ある一点を見て固まったからな。


「………あなた達。」


ゴゴゴって擬音が目視できそうな威圧感だった。
加賀さん……め、めちゃくちゃ怒ってる…!

「まず翔鶴。朝から人の鎮守府の前で騒ぐとはいい度胸ね。しかもうちの子と喧嘩という形で。」

「え…えーと、そのー…。」

「今日は休日よ。確かにあなた達がどこへ行こうが勝手。
……人に迷惑を掛けないのならば。」

「はい…!」

「瑞鶴。あなたの運転のようだけど、どうして車を降りて喧嘩を止めなかったのかしら?」

「…………からよ。」

「何かしら?よく聞こえないのだけど?」

「……こ、怖かったのよ!免許取りたてで初めて高速乗ったから!
それで着いたらもう、糸切れちゃって…。」

「そう。因みにどちらから言い出したの?」

「わ、私からよ……翔鶴姉の様子見て、つい運転するって言っちゃって…。」

「つまり自滅という事ね。次、瑞鳳。」

「は、はい!」

「たまに羽目を外すのは良いけれど、揉め事は感心しないわね。
どうしてそうなったのかしら?」

「え、ええ、それは……最初翔鶴さんの妖精さんが…。」

づほはそれをきっかけに、事の全てを加賀さんに話した。
話終えるまで、加賀さんは黙ってそれを聞いていたんだが……話が進むにつれ、3人ともどんどん顔色が青くなって行った。

それとは別に、加賀さんにも青いものが。
顔はいつものポーカーフェイスなんだが…組んでる腕にな、徐々に青い方の血管が浮いてきてた。


「…………そう、大体事情は分かったわ。」


すくっと立ち上がると、加賀さんは正座する3人の前に立ちはだかり…。

ごん!ごん!ごん!と三発、こっちの頭も痛くなりそうな音がこだました。


「「「~~~~~~~~!!!!」」」

「あなた達全員が悪いわね。

まず瑞鳳。
頭に来るのは分かるけれど、積極的に喧嘩を売ったのはいただけないわ。ストーキング道具の電源を落とすだけで充分よ。
ただでさえ__に面倒を見てもらっていたのだから、余計な迷惑を掛けてはダメ。

次に瑞鶴。
不慣れな時期の無理な運転は、事故の元よ。
それにストーキングの時点で止めなかったのかしら?
盗撮を知らなくとも、どう言う経緯で翔鶴が動いたのかは理解出来ると思うのだけれど。
止めようとしなかったのならば、いよいよ正真正銘の七面鳥よ。

次……翔鶴。
妖精の私的利用、ストーキング、おまけに揉める可能性を理解しつつこちらまで来た事……更に__への日頃の行い。五航戦の名にさえ恥じるわね。
あなたのような大人しい子が、__相手には豹変…人とは分からないものだわ。

__の立場も理解してあげるべきね。
憲兵とは言え今日は休暇、ましてや私達艦娘も、艤装なしではただの人。せいぜい少し腕っ節の強い女でしかない。
__のような武術に長けた男性が安易に止めようとしたら、あなた達に怪我をさせる可能性が高い…あまり強硬手段には出られないわ。

……それとも昔付き合っていたのなら、そんな性質を分かっていてやったのかしら?
それ如何によっては、更にあなたの罪は重くなるけれど。
また“餌やり”をさせられたいのかしら?

最後、__。
手は出せなくとも、口ぐらいはもう少し上手く出しなさい。
あなたは少し人が良すぎるきらいがある、それは時には人の為にならないわ。
こちらの安全と取り締まりを預けるのが憲兵、仕事以外でももう少し厳しくいなさい。」

「は、はい…!」

「翔鶴と瑞鳳、まずは各々に謝りなさい。それで手打ちにする事。いい?」


……か、神様がいた。
すげえ人だと思ってたけど、こいつらをこうもまとめ上げられるなんて…。

「加賀さん、あの二人と知り合いなんですか?」

「そうよ。以前、空母合同合宿の教官を務めた時に。
特に五航戦の二人には、“魚に餌をたくさんあげてもらった”もの。」

魚の餌?
その時ふと、軍学校時代の訓練合宿を思い出した。

“コラァそこ!照準がヨレてんだよ!またタンポポさんに栄養あげるまで走らせんぞオウ!!”

あ…魚の餌ってそういう……。
なるほど、あいつらのビビリようも分かる。


「翔鶴さん、ごめんなさい。」

「いえ、私こそ。」

良かった…これで何とか解決…。

「ふふ…瑞鳳さん、プール帰りの子供みたいで可愛らしいわ。」

「あなたも濡れた道着がセクシーね。熟女みたい。」

「ふぅん?」

「何?」


し て ま せ ん で し た ! !


俺たちの戦いはこれからだ!じゃねえんだよ…1R目は手打ちにして2R目で仕切り直しってかコラ。
おい、これ加賀さん本当にキレんぞ…ん?

…何で笑ってんのあんた。

「ふう…ああは言ったけれど、艦娘たるもの血気盛んでなくては務まらないのも事実かしら。

しかし醜悪な戦いはそこまでよ。私達は空母にして弓使い、ならば潔く弓で決着を付けなさい。
そこまで争うならば…“あの方法”を取るわ。」


…………で、何でこうなったんでしょうか。

母さん。俺は今、的の前にいます。
……頭にリンゴを載せて。

「空母式ウィリアム・テル。艦娘発足初期、喧嘩になった弓使いの空母2名が編み出した決闘法。
どうしても気に食わないのなら、こちらで決着をつけてもらうわ。

ルールは簡単。先に吸盤式の矢でリンゴを3回落とした者の勝ち、負けた方は大人しく引き下がる事。
尚、今回は“落とし方そのものは問わない”とする。」

「………加賀さん、ちなみにその空母って…。」

「激しい戦いだったわ。プリンの怨みとは山よりも高く、海よりも深いもの。
いえ、むしろ宇宙の彼方よりも。」

「あんたかい!!」

ん?殺気…?

射場の方を見ると、明らかにそっちだけ空気が張り詰めている。
こ、これが臨戦態勢の艦娘の気迫…!どっちからだ?


「私が先行よ。」

吸盤式の矢…笑顔で構えるあいつ……嗚呼、蘇る青春時代。何度眼前で壁に吸い付くそいつを見ただろうか…。
はははやべえよ……む、武者震いがして来やがった……って思っとかねえと持ちゃしねえ…!

「__五航戦・翔鶴。参ります。」

来る!

………遅い…?

それこそ昔ソフトボールの授業で受けた球よりゆるく、矢はゆっくりとこちらへと飛んで来る。
でも軌道は揺れず、ただまっすぐに……え?急に落ち…


『ぽすん』


「……へ?」

俺の左胸に優しく触れたかと思うと、矢はポロリと足元へ。
拍子抜けして力が抜けた途端、今度は別の物が転がり落ちた。
そうか、頭の力も緩んだから、リンゴが…。

「ふふ…今度は逃がさないわ。私の狙いはあなたの心。
これでまず私が1点ね、瑞鳳ちゃん?」

昔から上手かったけど、これには俺もぽかんとした。
すげえ…矢をスローかつソフトに当てに行くなんて、なかなか出来る芸当じゃねえぞ。


「翔鶴、腕を上げたわね。」

「いえ、それ程でも。まだまだ加賀さん達には及びません。」

「次、瑞鳳。」

づほが射場に立てば、今度はさっきと別の張り詰めた空気が場を支配する。
どう来る気だ……まだ酒残ってなきゃいいが…。

「翔鶴さん、あなたらしい捻りの効いた弓ね…正規空母の余裕ってやつ?
なら私は軽空母らしく、少数精鋭の精神で行かせてもらうわ。

___航空母艦・瑞鳳、推して参ります。」

……あいつが柔軟なら、づほは鋭角!構えまでに無駄がねえ…来る!

このスピード感、覚えがあるぞ?
そうだ…試合で相手の技が来る、何度も見たあの感覚…!

「……うおっ!?」

丁度顔に来た矢を、俺は咄嗟に避けた。
当然避けた弾みでリンゴは頭から落ち、足元にコロコロと転がっていた。

づほの奴、まさか…!

「ふふ、君なら避けるって思ってたよ。人の蹴りや拳のスピードを意識したもん。
翔鶴さん…これが互いの恥すら知る飲み仲間の信頼関係ってやつよ?」

やってくれんなぁ、あいつ…。


「あなたもなかなかやるわね。
瑞鳳ちゃん、せっかくだからもう一つ賭けない?勝った方が……」

「ちょっと待ったぁ!!」

「?」

でかい声がしたかと思えば、どうやら声の主は妹の瑞鶴。
何だ物言いか?いや、あいつも弓持ってるな…いつの間に。

「加賀さん、私も混ぜてもらっていい?
こんな面白そうなの見てたら、燃えて来ちゃう。」

「いいわ、久々にあなたの弓も見たいし。」

おいおい、お前が混ざってもケリ着かねえだろ…ん?何か空気が…。
その時ふと、頭の中で眼鏡の言葉が蘇った。


“中には翔鶴君のその様に魘される艦娘もいてな…まあ、瑞鶴と言うんだが。”


明らかにさっきとベクトルの違う殺気を感じる。
何だろ、なんて言うんだろ。うん、狙うゆえの殺気じゃなく、文字通り殺す気な方。

射場の妹と目が合うと、妹はにっこりと笑った。
読唇術は座学でちょっとかじった事がある…だから何となく、何言ってるかも分かる…。







“う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か・?”








待て待て待て!!あいつ俺の頭リンゴみてえにパーンする気だ!
多分避けれねえ全速力で来る、逃げた所で出口は射場…となると、外させるしかねえ。

どうする?
そうだ、あいつは何となく『あの有名人』とキャラ被る……となれば!


「おい!妹!」

「…何よ。」

「……左で引けや。」


頼むぜ、乗ってくれ…!そして盛大に外せ!俺の命の為に!


「はっ……乗らないわよそんな挑発!
こっちはあの番組やって以来、散っ々色んな人から似てるっていじられてるの!耐性なんかとっくに出来てるわよ!

遠慮なく、利き手で行かせてもらうわ…!」

「いいっ!?」

皆考える事は同じかよ!!
どうする!?逃げた所で狙って来るぞ!

「瑞鶴。」

「…何よ加賀さん。いい所なんだから邪魔しないで。」

「左で引きなさい。」

「……………。



……やってやろうじゃないのよこの野郎おおおおおおおお!!!!」

加賀さんあんた女神だ!
利き手じゃなけりゃ力は弱い!当たらねえ可能性はグッと上がる!

「……!?

__!!だめ!!」

ん?あいつなに叫んで…


「妹の弓は両利きよ!!避けて!!」


………はぁ!?



「ふふふ……戦場に於いては、利き手に怪我をする可能性だってある…。
だから私は、日頃弓だけはどっちでも引けるように鍛えてんのよ!!

でも、“少しコントロールが甘くなるかも”ね…空母らしくアウトレンジで行かせてもらうわ!!」

上に射った!?どこだ…?

そうして上を見ると、予想外の刺客が俺を襲った。
太陽…しまった!逆光で何も見えねえ!!

どこから来る…避けるポイントを予測されてるか、それともストレートに来るか。
目を懲らせ……見えた!!この軌道ならこうするしかねえ!!

後ろに下がった俺の眼前を、スレスレのところで矢が落下していく。
視界を通り抜け、後は地面へ…そう安堵したその時だ。


鋭い痛みが、俺を通り抜けて行った。




男には、防ぎようのない弱点がある。
数多のスポーツでも、防具を付ける場所。

所謂、漢のシンボルという奴だ。

袋の方にばかり気を取られがちだが、もう一つパーツがあるだろう?象の鼻的比喩をされるアレ。
アレもダメージを喰らえば、充分に痛い。

確かに矢は避けた…だが、ギリギリだった。
絶妙な角度で向かって来た矢は、象の鼻のみを引っ掻くように掠めたのだ。

よくあの痛みは地鳴りに例えられるが、そちらのみへの衝撃は……まるで雷に打たれたかのようだった。
長ったらしく回顧しちゃみてるが、実際のところは。



「 」



声にならない叫びすら、もはや上がらなかったよね。
そのまま倒れた記憶も無く、俺は意識を手放したのだった…。



「うーん…。」

うう…なんか色々痛え…。
床が固えな…ここは…弓道場か。一体どんぐらい寝てた?

最初に目に入ったのは青空だったが、手を握られている感覚が。
ふと横を見ると…そこにはすうすうと眠る、あいつの姿があった。

「あなたが一番ね。皆疲れて眠ってしまっていたわ。」

「加賀さん…。」

起きて握られていた手を離すと、一瞬あいつは顔をしかめた。
変わんねえなあと、何となくあいつの手の感触にそんな事を思っていた。
周りを見渡すと、気持ち良さそうに寝てるづほに、何だか青い顔して寝てる妹……って、こいつまた気絶してねえか?


「ふふ、瑞鳳も余程嬉しかったのでしょう。あの子があれだけはしゃいでる所は、久々に見たわ。
色々言ったけれど、あの子と遊んでくれてありがとう。」

「そんなんでしたか?変わんねえなぁって思ってましたけど。」

「表向きはね。でもあなたが異動して一番寂しがっていたのはあの子よ。」

「…確かに、しょっちゅうつるんでましたからね。」

「そうね。それにしても意外だったわ、まさかあなたの元相手が翔鶴だったなんて。
大人しい子だとばかり思っていたから、さっき目の当たりにするまでイメージが無かったもの。」

「……本当は普段通り大人しい、ちょっと気弱な奴なんですよ。
故に俺が絡むと、過激な行動に出ちまう。」

「そう…嫌いになったから振った、という訳では無さそうね。」

「…………。

……そうですね、心が折れたって言うのが、当時の正直な所だったのかもしれません。
今となっては、ビビったり苦手意識ばかりではありますけど。」

「異性としての意識は無いと?」

「ですね。戻る気も無いです。」

「…海とは非日常、陸とは日常。それを忘るべからず。
いつも下の子達に教えてる事よ。

帰る場所や守るものがあってこそ、私達は戦える。」

「…………そっちを守るのが、俺達の仕事って奴ですよ。
今の上司はクソ野郎ではありますけど、そこの所は同じですかね。」

「…相変わらず苦労しそうね、あなたは。」

「はは…よく言われます。
久々にお話できて、嬉しかったです。ご迷惑をおかけしました。」

「疲れたでしょう?更衣室にシャワー室もあるから、よかったら浴びて行きなさい。」

「ありがとうございます。少しお借りしますね。」

そうしてシャワー浴びてる間に、皆起きたみたいだ。
入れ違いに皆がシャワー浴びてる間、俺は射場に横になって、ぼーっと空を見上げていた。

色々あるけど、頑張らねえとな。


「お邪魔しました。づほ、またな。」

「うん!今度は皆で飲み行こ!」


挨拶してあそこを後にすると、近くに一台の車が停まっていた。
あれは…ああ、あいつらもさっき出てったばっかか。

「__、乗って行かない?」

「大丈夫。ちょっと散歩して帰りてえんだ。」

「そう?電車だと結構あるけど…。」

「ちゃんと帰るよ。悪いけど、先に行っててくれ。」

「………分かったわ。気を付けてね。」

あいつもそれ以上は食い下がる事なく、車は遠く離れて行った。
妖精も返したし、今は正真正銘一人きり。

駅までの少し遠い道のりの中を、潮風を浴びつつ歩く。
夕暮れか。まだ時間あるな…。
そう思うと柵に腕を乗せて、ぼんやりと海を見ていた。

自分でも何でそうしたのかは、いまいち分からなかったけどな。






「翔鶴姉、よかったの?」

「……いいのよ、今日は。」

「……………そう。」

「…眩しいわね、夕日。」

「…………。

ご飯食べて帰ろ?お腹空いちゃった。」







「ああ、この事か。今印刷するから、このデータに目を通しておいてくれ。」

明けて数日後。
事務作業をしていると、眼鏡に声を掛けられた。
何枚かプリントアウトを待つ間、奴は資料についての説明をしてくれた。

「艦娘の交換異動制があるのは知ってるだろう?」

「ええ、経験を積ませる為、戦力の等しい艦娘を定期的にトレードする制度でしたよね?」

「そうだ。今年はうちと隣でやるらしい。
1ヶ月後に来るんだが、顔とパーソナリティを把握しておかねばならんからな。憲兵隊の方にも資料が来る。
隣という事は、恐らく貴様の知り合いでもあるだろう?この前そちらの者と飲みに行ったと言っていたものな。」

「…………。」

何だろう、この胸騒ぎ。
嬉しいような、嫌な予感もするような…。

「お、出てきたな。この子のようだ。
ほう、駆逐艦かな?随分可愛らしい…。」

その時、机に置きっぱにしてた携帯が震えた。
ちらりとそこを見ると、緑の通知…ま、まさかな…。


『今度そっちに行く事になったから、よろしくぅ!』

「ほう、瑞鳳と言うのか…貴様と同い年だと!?」

「……………はは…はははははは……。」


この一月後、当然のようにまた一悶着が起きるのだが。
その間にも、他の連中による事件は続くのである。

例えば『あいつ』とかな。




ひとえに駆逐って言っても、年齢層は意外と広い。歳的には高校の高学年ぐらいとか、中学低学年ぐらいとか。

でも総合的に見れば、結局の所子供な訳で。色々な事に興味を持つ年頃だ。
物事のセンスの有無も、そんな興味の中で学んで行く歳だろう。

そんな学びの年頃により、俺の…いや、俺たちの胃腸は犠牲になるんだ…ストレスじゃなく、物理的にな。


まずてめえが食ってみろ。


『あいつ』に対して言いたい事は、これに尽きるぜ…。


瑞鳳編、ひとまず終了。
次回は亡国がイージスする予定です。





第8話・かみにみすてられたやろうども



ある日の事だった。

本当に何でもない昼下がりだ。
嘘のようにサクサク仕事が進んだ俺達は、詰所で暇を持て余していた。

「………暇ですね。」

「………滅多にないな、こんな事は。」

「警邏でも行きます?」

「さっき回ったばかりだろう?一応規定があるからな。」

「……次、いつでしたっけ?」

「2時間後だ。」

お互い本は部屋で読む派、手元にあるのはスマホのみ。
これじゃ通報でも無い限り、いよいよ給料泥棒になっちまう。

「ん?何か焦げ臭くないすか?」

「ふむ、甘い香りも混じっているな。」

そんな時、何やら独特な香りを感じた。

一応ここのガス周りを見るが、特に何かが燃えてる訳じゃない。
外を覗いてみても煙が上がってる様子も無く、騒ぐ声も無し。
そうして一体何だと思っている間に、次々と匂いが増えていく。

「甘くて焦げ臭くて、ジューシーかつ刺激的な匂いもしますね…。」

「柑橘系と磯の香りもするな。」

いや、まだるっこしいのはもういい。シンプルに言おう。


くせえ。


色々混じってるが、全体的に甘さと炎を纏ってるフレーバー。
段々それが濃くなってくる。

その正体は…匂いがピークに達した時に判明した。


『どごおおおおおおおおん!!!!』


「爆発!?」

「い、いや、何処からも煙は上がっていないな…工廠で弾の実験でもしているんじゃないか?」

「いやいや何言ってんすか!実験やるって報告無いでしょ!!行きますよ!!」

この時は慌てていて気にしてなかったが、眼鏡が少し汗かいてたのを突っ込んでおくべきだった。
……爆発音の正体、多分知ってたと思うんだよなぁ。


外へ出たものの、未だ出動要請は無し。しかし俺達は憲兵、トラブルを放置する訳にも行かない。
煙は一向に見当たらず、相変わらず騒ぎになってる様子も無い。
仕方なく匂いの元を探してみる事としたが、もはや何処からか分からない。

「一度戻ろう。工廠の報告ミスかもしれない。」

そう眼鏡に促され、渋々戻る事にしたんだが…あれ?むしろ戻る程匂いが強くなってるよーな…?

そう疑問を持ちつつ詰所に戻ると、中で誰かが座っている。
ん?あの子って、駆逐艦の…。


「何処に行っていた?差し入れを持って来たんだ。」


ああ、確か磯風って言ったな。
挨拶以来、特に接触も無かった子だ。

ん?差し入れ?その言葉にふと、後ろにいる眼鏡を見ると…。


「い、い、い、磯風じゃじゃじゃないか…。」


……眼鏡がめっちゃ焦ってる…。

一瞬そっちに気を取られたが、すぐに磯風の方に意識が向いた。
いや、強制的に向けさせられた。


くせえ。


さっきから感じる異臭の原因は、磯風が片手に持ってる箱。
そのよくある100均のケーキ箱は、ずもももも…と擬音が見えそうな紫色の臭気を放っていた。



「いつも頑張っているからな!甘いものを食べて欲しいと思ったんだ。」

「そ、そうか…ありがたくいただこう…。」

笑顔が引きつってる眼鏡とか、初めて見たぞ…。

ん?そう言えばこの子って、誰かに似てるな…。
このドヤ顔にツリ目、赤い瞳…それにこの堅めな口調…あれ?何かいつもぶっ飛ばしたくなる奴にそっく…


「気にするな、私とあなたの仲じゃないか。」

「ああ、出来た従姉妹を持って幸せ者だよ…。」


従 姉 妹 ?


…え!?従姉妹ぉ!?



「…同じ場所に着任したのは偶然だが、磯風は叔母の娘でな。
たまにこうして差し入れをくれるんだ。

せっかくだ…貴 様 も 一 緒 に 食 べ な い か ? 」


(逃げるな喰え)って心の声が、ミシミシと掴まれた肩からよーく伝わって来た。

いや、絶対やべえだろこの匂い…。
恐る恐る箱を開けると、一層匂いが目に沁みる…が、中にあるのは普通のマカロンだった。見た目だけは。

「今回は自信作だ。心して食え。」

「ありがとう、いただくよ。」

一口で行った!?
今まで見た事ねえ菩薩のような笑顔でマカロンを頬張ると、眼鏡は数回の咀嚼の後、えづく様子も無くそれを飲み込んだ。

え…?意外と食えるのか…?

「どうだ!?」

「ああ、とても美味しいよ…五臓六腑に染み渡るようだ。」

この時眼鏡の瞳から、ポタポタと雫がこぼれ落ちた。
いや、瞳に限った話じゃない。顔面の穴という穴から次々と液体がこぼれ落ちていく。

それはもう赤黒い、出たらまずい色の血がな。


「貴様モどうダ?とテもうマイぞ?」


……いや、んな昔のホラゲみてえなツラで言われても説得力ねえから。
顔から羽根とかフジツボとか生えて来そうだよ今のあんた。

「そこの新人さんもどうだ?是非食べてみてくれ。」

おっとロック・オン。

あまりの事態に逆に冷静になっちまってたが、よーく考えなくても危険じゃねえか…メシマズってレベルじゃねえ…!
いや…しかし今は善意、心遣いな訳だ。
はははそうだ、なんか副作用あるだけで本当に食える代物かもしれねえだろ?邪険には出来ねえ。
ええいままよ!男なら黙って食う!

「ありがとう、いただくよ。」

………まずははじっこだけ一口ね。


『かり……。』


……。

………。

…………。

……………塩酸って、固形物だっけ?



「どうだ!?美味いだろう!?」

「…………。」

俺、まだ20代前半だけどよ……大人には、時に心を鬼にしなくてはならない瞬間がある。
自分より年若い者に、間違いを教えなくてはならない瞬間がある。

想像してみよう。
こいつが将来彼氏を作ったり、もしくは結婚したりしたとする。
キノコが採れた!とか言ってうっかり死の天使召喚したり、毒草のおひたし出しちゃったりな可能性もある訳だ。
そんな悲劇は食い止めなくてはならない。

故に俺のやるべき事は、一つしかない。

「……磯風。」

「どう……むがっ!?」

「……!?待て!!」

眼鏡よ、止めてくれるな。

片手で頬をむにっとやって、開いた口にマカロンを放り込む。ただそれだけだ。
食えば分かる、それ以上の教育など何も無い。

決してさっき一瞬意識が無かったとか、未だに喉の奥で血の味がするとか。
あるいは死にかけた事に俺がブチ切れてるとか、そんな事は無いからな。無いったら無い。

ごくりと音がし、しばしの静寂。
その間一体何秒か。やがて磯風は、さっき同様のドヤ顔に戻って口を開いた。


「ふふ、なるほどな……。


………○*マ?#ョ♪%〆ぎゃ÷^\-:ソ々〒ロ=☆っ!!!ニ_??ん?」


その言葉を遺し、磯風は泡吹いて倒れた。
ああ、終わったな……二つの意味で。


「………貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「憲兵長…俺は憲兵としての使命を果たしたまでです。
ここの平和のため、体を張った…それだけですよ。

……よく見てください憲兵長、これが指導です。」

「………憤!!」


俺の顔面がディストラクション。
掌底を打ち込む瞬間の眼鏡は、範馬の血が流れてそうな顔をしていた。


あれから数時間を経て、警邏に出ている。
眼鏡は磯風を寮に運び、俺一人で回っている最中だ。

可愛い従姉妹を傷付けたくないのは分からなくもねえけど、やっぱ甘やかしちゃダメだ。
何かが起きてからでは遅い……本当に、遅すぎるぐらいだ。
いや、もう起こっているのかもしれない。

え?今どこにいるかって?


………トイレだよ。



へへへ…やられたぜ畜生。
わずかひとかけのマカロンで、俺の腹はバイオテロを起こしていた。

仕事どころじゃねえ、出れねぇんだよ…!さっきから15分ぐらい籠ってんだけど。
あ、あのガキ…つくづくとんでもねえもんこさえやがって……アレか?あの一族はどっかしらネジが外れてんのか?

ふー…やっと波が引いたか……ケツ痛えけど、拭かなきゃ出れねえ…。

…………。


………紙が、無い。



指先に掴めたのは、一反木綿の如くひらひらと揺れる切れっ端。
シングルロールのこいつは、どう見ても足りねえ。
どうする?いや、こうなった時は文字通り身を切る覚悟を決めるしかない。

芯で拭く。

痛えだろうなぁ…切れたりすんのかなぁ……ええいままよ!いざオープンセサミ!
ははは最近のトイレットペーパーってすげえよな!最後まで紙ぎっしりだもん!

……って芯なしぺーーパーーー!!!

今ポケットティッシュは無い…だからこんなテンションになってる訳で。
あるのは憲兵道具以外は、財布とスマホ。

仕方ねえ。弱み握られるが、ここは眼鏡を頼るか。

『もしもし?』

「すいません、トイレの紙が無くて…。」

『ふっ…腹を壊したのか?あの子の料理を邪険にした罰だ。』

「…いや、アレに関しては俺謝んないっすよ。
むしろ従兄弟のあんたが教育するべきでしょう。どう考えても原因アレです。」

『貴様も学生時代、陸軍式のキャンプは経験しただろう?
蛇やヤモリを焼き、虫を食い…おおよそ現代人とは思えぬ食事をしたはずだ。それしきで腹を下すとは情けない。』

「ゾンビになってた人に言われたくないです。不味いもんと、体調崩すもんは別ですからね。
て言うかあんたどこいるんすか今?」

『……いつの時代も、ヒット曲と言うのはあるものだな。』

「………は?」

『………私は今、懐かしの“トイレの神様”だ。』


お 前 も か 。



無言で携帯を切り、俺は途方に暮れた。

状況整理。
まず整備や事務方は頼れない。まだ付き合いねえし、各部署にトイレ完備。偶然助けが来る事も無い。
提督も同じくだ…執務室近くにトイレあり、俺らとの連絡は詰所の電話が主。個人的な連絡先は知らない。

で、このトイレは、前元カノに追っかけられた時に使った場所…廊下の突き当たりだ。
艦娘はちょちょく隣の女子トイレを使うようだが、男衆はあまり使わない…俺だって、腹痛で駆け込んで久々に使った場所。

つまり、助け舟は期待出来ない。よって『やる』しか無い。

みっともねえ半ケツを晒し、洗面台上の棚から紙を出す。他の選択肢は滅んだ。
幸いここの入り口は扉がある、注意を払えば見られる事は無い…よし、これで行こう。

いざ行かん!この監禁からの脱出へ!


『がちゃ…ばたばたばた……がちゃん』


誰か隣に来た…!紙はねえけど、神の救いはやってきたぞ!

『じゃばああああああ……』

…いや、待て。
初っ端から派手に水流してる…て事は、今隣にいるのは音を気にする層の人間。

1年目の頃に学習したが、女所帯ゆえ女子高的なノリも強い…女子トイレが満員で、難を逃れにこっちに逃げ込んだ艦娘の可能性が高い。
誰だ…?この際背に腹は変えられねえ、ノックだ!


「………誰かいないか?」


そう拳を握った瞬間、先に弱々しいノックと声が隣から響いた。

……この声、さっき聞いたな。
ああ、そうだ…これはまさに俺の腹痛の元凶…!


「……磯風、てめえか。」

「その声はさっきの新人だな。
ふふ……紙が、無いんだ…助けてくれ…。」

「……お前もか。」

「まさか…あなたもか。」

「ああ…紙は尽き、神は死んだ。」

壁一枚隔て、しかし共に堕ちるは蟻地獄。

地獄への道は善意で舗装されている…まさにその通り。
眼鏡への善意で文字通りの飯テロリズムをぶちかましたこいつもまた、己の身すら地獄に叩き落としたのだ。

…食わせたの、俺だけど。


「そうだ、兄ぃに紙を持ってきてもらおう!」

「兄ぃって憲兵長の事か?あいつならトイレの神様になったぞ。お前のアレで。
こっちは頼れる筋は全滅、もう万事休すだ。
磯風…逆に誰かに連絡を取れないか?お前なら姉妹艦を頼れるだろ?」

「ふっ…この磯風を誰だと思っている?スマホなど、部屋で絶賛充電中だ……!」

「……GUSOHを漏洩させて大惨事を引き起こした挙げ句、自沈もするとはマヌケだな。“いそかぜ”だけに。」

「ふふふ、言うじゃないか“チン兵”さん?
今更下半身以上に晒す恥など無いだろう?大人しくこの磯風の為に紙を取りに行くんだ…。」

「言ったなてめえ。そもそも何で女子トイレが埋まってるんだ?お前、何人かに食わせただろ?」

「ああ、見た目はよく出来たから、皆褒めてくれたよ…お裾分けして、そのまま詰所に向かったんだ。
浜風、浦風、谷風…良い仲間を持った…。」

「きっと今隣で唸ってるのはそいつらだぞ。
近くで見てて鼻がバカになってたんだろ、アレ臭かったし。」

「な…臭いだと!?私は臭い物を兄ぃに喰わせてしまったと言うのか!?」

「確かに将来臭い飯喰わされそうな奴だけどな。
あいつの事を思うんなら、せめて人間に食えるもん作ってやれよ。冗談抜きにその内死ぬぞ。
折角作ってくれたもんを無下にしたくなくて、今まで無理して食ってたんじゃないか?
女に甘いバカだけど、従姉妹なら尚更だろ。」

「……そうか。私は…何と言う事を……うっ!?」

何度となく水洗音が、隣から響いた。
ああ、まるっと一個喰わせたもんな…そいつがやっと落ち着いた頃、弱々しい声が聞こえてくる。

「……兄ぃはな、小さい頃から何度も遊んでくれたんだ。艦娘になった今だって面倒を見てくれて…。
少しでもそんな兄ぃを労いたくて、今まで何度も作って……サンマだって、やっと少し焦がす程度に収められるようになったのに…。

ああ、この腹の痛みが罰なのだな…ふふ、きっと私は夜までここから出られず、クソ風とか言われてしまうんだ……。」

……………。

……ちっとばかり、言い過ぎたかな。


「…ま、確かにお前の言った通りだな。今更晒す恥なんてありゃしねえ。
これで貸し一つな、俺が取りに行ってやる。」

「新人…ありがとう…!」

「これに懲りたら、今度は美味いもんあいつに作ってやれよ。」

はぁ…大の男が半ケツによちよち歩きかよ…しゃあねえなぁ。
でも可愛げのねえクソガキだと思ってたが、人思いなとこもあんじゃねえか。だったら一肌脱いでやる。

ずり落ちたズボンのまま移動する様はマヌケ以外の何者でもねえが、俺の気持ちは晴れやかだった。
最初からこうしときゃ良かったんだ、さーて、棚を開ければ……。


「…………磯風。」

「どうした……?」

「天は俺達を見捨てた。」


棚の中は、何度瞬きをしてもがらんどうだった。
棚に紙など無い。そしてこの世に神など無い…!!

この男子トイレに個室は2つ、どっちも俺達が使っていた。
水道んとこもペーパータオルじゃなくエアータオル、もう一体どうしろってんだ。

うなだれたまま、すごすごと個室へと戻る。
磯風も察したのだろう、もはや何も言わない。
沈黙が重い、人は真の絶望を前にはもはや言葉も出ないのか。

ここのトイレ掃除、確か艦娘の当番制だったな…サボった奴、絶対シメる。

「ふっ……なぁ新人、もう仲良くクソ艦娘とクソ憲兵になるしかなさそうだな…。」

「クソを連呼するな。前んとこの問題児を思い出す…ん?」

…着信?ああ、メルマガね。眼鏡かと期待したんだが……。


………待て、一つだけ手はある。


「磯風…翔鶴と俺の関係は知ってるか?」

「知っているぞ。あなたは翔鶴さんの元カレだろう?
皆ロマンチックだとか騒いでいたが…あなたはどうやら、彼女の事は苦手なようだな。」

「ああ、まぁ色々あって別れたからな…。」

「……まさか!?」

「……そのまさかだよ!」


あいつなら、艦載機を使って俺達に紙を届ける事も出来る。

やべえ、ドキドキすんなぁ…でもやるしかねえ。
俺とこのクソガキの名誉の為、何より最後に犠牲になるのは年長の務めだ。

ふー……行くぜ、発信!!


『もしもし?』

「頼みがある…。」

『ふふ…言ってみて?』

「ああ、実はな……。」

『そう…磯風ちゃんも災難ね。いいわ、届けてあげる。

今度一日、デートしてくれたらね♪』


…………一日かぁ。

もう、迷ってる場合じゃねえな。


「わかった。どっかの休みで一日くれてやる。だから俺達を助けてくれ。」

『了解♪ちょっと待っててね。』

「ありがとう…。」

『ふふ、どういたしまして。』


5分もしない内に、窓からエンジン音が聞こえてきた。
上の方から放り込まれたのは、まさに蜘蛛の糸の如き白さを放つトイレットペーパー。
本来なら真っ先に自分のケツを拭いて渡す所だが…。

俺はまず、そいつを隣の個室に放り込んだ。

「先に使いな。そんで何事も無かったかのように出てけ。いいな?」

「……良いのか?」

「俺も憲兵としての立場がある。変にタイミング被って、訳わかんねえ誤解になるのは勘弁だからな。後から出てくよ。」

「……ありがとう…本当に、ありがとう…!」

「これに懲りたら、まともなもん作れるように頑張れよ。
甘いもんは嫌いじゃねえ、今度は美味えの期待してるぜ?」

「……ああ、この磯風に任せておけ!」

磯風は自分の方を済ませると、俺の個室に紙を放り込み、またありがとうと言って去って行った。


「ふーー……。」

さっきはああ言ったが、実際の所後から出ると決めたのは、あの約束のせいだった。

デートか……この土地に来て間もない今じゃ、あいつ主導になる流れだよな…何が起こるんだろ。
今になって、ものすっっっごく不安になって来てたんだ…。

ああ、考えてもらちが明かねえ…まずは出るか…。
今は紙があると言う事に感謝し、この地獄から脱しゅ……


「痛ぅううううううううっ!!??」


隙間から入る、夕暮れのオレンジに染まる個室の中。



俺のケツは、切れていた。


今回はこれにて終了。
そろそろ艦娘側にもツッコミ枠が必要かな…。


実は前のとこで揉めた件以来、あいつは大人しくしていた。

過激だったストーキングの度合いも、暇な時にこっちを覗いてくるぐらいに。
特に話しかけてもこないし、もちろん俺からは声掛けたりもせずだ。

このままただの艦娘と憲兵の関係に…と思ったが、結局それは数日も持たなかった。
磯風がマカロンと言う名のGUSOHをおみまいしてくれた件で、助けてもらう代わりにデートの約束をしちまったからだ。
あの時トイレに紙があればな…と、今でも思う。

だが、約束は約束だ。
大人しく休みの日程をあいつに献上し、日取りも決まった。

自分から振った元カノとデート…響きだけでも気まずさ満載。
さて、一体何が起きるやら……。


何も起こらない訳、無かったけどな。




第9話・布団の精




駅前広場にて、ぼんやりと立つ午前。遂にこの日が来ちまったか。

一緒に鎮守府から出てくのは、さすがに全力で断った。
眼鏡を始めとした冷やかし組が、こっそり覗いて来るのは分かりきってたからな。
何なら今だって、尾行班がいねえか確認しながら来たぐらいだ。

よって今回は待ち合わせ。
少しでも一緒にいる時間を削る腹積もりでいたが、待ち合わせにしようと言った時、あいつは何でか妙に嬉しそうだった。

リュックの中も徹底的に探った、妖精も隠れてない。
まぁ、今回は街をぶらつくだけだ。ついでに買い物したかったし、そっちに集中してれば1日も終わるだろう。

さて…ぼちぼち来るかな。


「お待たせ。」

「…おう、おはよう。」

めかし込んで来たあいつにそう挨拶すると、何とも説明し難い気持ちになった。
高校ん時を思い出すな…当時と違うのは、俺のテンションはさっきの通りって事。

そもそもデート自体、こいつと別れてからはした事ねえしな。
あの時はいずれ違う人となんて思ってたが…まさか成人した今、知らない街でまたこいつとなんて思わなかった。

「まずはどこに行こうかしら?」

「店覚えがてら回りたいんだよ、服屋とか分かる?」

「そうね、それならこっち。行きましょう。」

ごくごく自然に手を掴まれ、繁華街の方へと引っ張られていた。
表向きは微笑みぐらいなもんだが、随分と機嫌が良いのが理解出来るのは、昔取った杵柄って奴か。

「へー、結構栄えてるもんだな。」

「そうよ、大体の買い物はこの辺りで済むの。下見は出来なかったって言ってたものね。」

「前んとこ終わってからも、本部研修や引越しで忙しかったからな。
あそこもここに近いけど、結局あっちの方で大体済んでたし。」

…だからこいつがいるの、知らなかったんだけどな。


何度か異動してりゃ多少顔も効くが、去年は新人だったわけで。
担当の鎮守府以外、特に交流も無かった身だ。

あっちの問題児なんてたかが知れてたんだけどなぁ…こいつ抜きでも、なかなか今の所は骨が折れるぜ…。
ああ、思い出すとケツが痛え…診てもらったら軽傷だったけど、まだちょっと気になるんだよなぁ。

あ、そうだ。せっかくだし探してみるか。

「…悪いけど、後で寝具見てもいい?」

「枕が合わないの?」

「いや、こないだの磯風の件で、ちょっとケツがな…。」

「それなら買わなくても大丈夫よ、鎮守府に良いものがあるの。」

「どんなの?」

「うん。前に戦闘である艤装核を回収して、その核で艤装を組んだら…。」

「……待て、それ見た事あるかも。」

「駆逐や海防の子達が、よくあれで遊んでるわね。浮き輪さんって皆呼んでるけど。」

「アレに座れってか!?」

アレ、確か元々深海のだろ…何故か艤装と一緒に出来たって言う。
カンチョーとかされそうなんだけどよ…実は生きてたりしねぇだろうな。

「ふふ…冗談よ。あ、これあなたに似合いそうじゃない?」

「お前なぁ…。」

意外と茶目っ気があるというか、たまに人をおちょくってみたりするのは相変わらず。
久々だな、この読めない感じ。

ふむ…これはなかなか…。

「いいなこれ、買うか。」

「気に入ったの?」

「ああ、そろそろ暑くなるだろうしな。」

「ふふ…よく似合うと思うわ。」

何て事ない、新作のTシャツ1枚。
でもあいつは、俺がそれを買うと妙に嬉しそうだった。

……調子狂うな、何か。


集合は11時だったから、一旦買い物をストップしてメシを食う事になった。

まだ土地勘のない俺は、勧められるままにとある店へ。
そこはこいつのお気に入りのカフェで、今は丁度ランチをやってる時間帯のようだ。

「良いところでしょう?」

「そうだな…こっち来るまでは飲み屋ばっかりだったし、新鮮だ。」

「……あの子と?」

「づほとサシが一番多いけど、6~7人で飲む事も多かったよ。
たまーにづほが暴走して、俺と加賀さんで止めたりな。」

「…本当に仲が良いのね。」

「あっちで一番仲良かったな。
今度異動してくるけど、前みたいに喧嘩すんなよ?あいつも酒乱の気はあるけどよ…。」

「大丈夫よ。あ、お姉さん元気?」

「……相変わらずだよ。盆と正月に会ったけど、あのバカ本当変わんねえ。
私生活の仲はともかく、仕事じゃ絶対関わりたくねえ。身内捕まえたくねえもん。」

「ふふ、こっちはお姉さんの所からは遠いからね。そうそう演習で来たりはしないでしょう。」

「だといいけどな。」

…変わんねえのは、姉貴だけじゃねえけどな。

こうしてメシ食いつつ話してると、付き合ってた頃みてえだなとデジャヴを覚える。
いや、でも変わったか…あの時は小遣いやりくりして安いファミレスだったが、今はそこそこするカフェ。
俺らも大人になったんだなぁと、妙に月日を感じた。

それでも会話の雰囲気だけは変わらない。
そんな矛盾が、妙にくっきりしたものに思える。

……再会してからゴタゴタばっかりだったけど、ちゃんと話したのは久しぶりだな。


カフェを出て次に向かったのは、街中のファッションビル。
見たいものがあるからってついて来たものの…おや、何やら俺には縁の無いものばかりな気が…。

「ごめん、ちょっと待っててもらっていい?下着見たいの。」

「ああ、じゃあロビーのベンチにいるよ。」

付き添いとは言え、俺も流石にそこは入りたくない。
ひとまずゲームで時間潰す事にして、没頭し始めた時だった。


『にゅっ…』

「冷たっ!?」


首に冷たいものが触れ、思わず声が出た。
あいつかぁ?たまーにこんなイタズラしてたけどよ…。




「ふふー、こんな所で何してるの?」

「………づほ。」



………お前にだけは、この台詞は言いたくなかった。
今は会いたくなかったぜ、親友よ。


「へへへへへへ……あ、ああああなたこそ何をしてらっしゃるんでしょうか…?」

「下見ついでに買い物よ。もうすぐ異動だし、色々見とこうと思ってね。
でもここ下着売り場だよ?こんな所で…あ、もしかしてそっちに目覚め…。」

「んな訳ねぇだろ!人待ってんだって!」

「……誰?」

「……翔鶴だよ。色々あってな、今日は一日付き合わなきゃいけねえんだ。」

「へー……何?脅された?」

ゴゴゴゴゴ…ってな擬音が聞こえて来そうなど迫力。
あ、ダメだこりゃ。あの時ゃ酒入ってたけどよ…づほ、シラフでもめちゃくちゃあいつの事嫌いだぁ…。

「貸しを作ったんだよ…それを返すだけの話だ。」

「そっか……じゃ、行こっか?」

「うん、俺の話聞いてた?」

いつの間にやら首に当たるのはペットボトルから、俺の襟をがっつり掴む拳に変わっていた。
やべぇ…今鉢合わせたら大惨事だ。てか、何でこんなにあいつを目の敵にすんのこの子は!



「………スポーツブラなら、下の階よ?」


嫌に立体音響な靴の音。そんで冷たい声色。

あ、あれ…寝違えたかなぁ…首が全然回んねえや……。
あはははは…あは、あははは、あは…。

「はい、あなたはこっち向いて♪」

「…あばっ!?」

……実際は関節通りだけどよ、心の首はメキャっと折れたよ。
ああ……目元に…目元に影がかかってらっしゃるスマイルゥ……!

「…ババシャツでもお探しですか?ここは少し年齢層が合わないと思いますけど。久しぶりね、翔鶴さん。」

「ええ、お久しぶりね。
ところで何をしているのかしら?苦しそうだから離してあげて。」

「後で離してあげるわ。ついでにあなたからもね。」

「づ、づほ…マジで締まって…る…。」

「あ!ごめん!」

パッと襟こそ離してもらったが、一向に息が吸えた気がしねえ。
酸素が薄い、空気が重い、ここは精神と時のベンチか!?

はぁ…でもここはこないだと違って鎮守府じゃねえ、普通の商業施設だ。
軍関係者が揉めようもんならもっと面倒になる、こうなりゃ意地でも止めるっきゃねえ。

「まぁまぁお前ら、ここは一般施設だ…穏便に行こうぜ…。」

「そうね…『穏便に』帰ってもらわないといけないわね。」

「そうそう、『穏便に』あなたに離れてもらわないとね。」

……加賀さんの教えを思い出せ、俺。手を出せなけりゃ、口を上手く出せだ。
今考えるべきは、どっちから止めるべきか…。

ここはまず、こいつだ!



「……俺、喧嘩っ早い女は苦手だなぁ。」

「「え"」」


…なんで二人とも反応すんだ?


「そ、そうね、確かにここじゃまずいわ。」

「うん、危ない危ない。怒られちゃうよ。」

元カノに言ったんだが、何でかづほも引き下がってくれたらしい。
……ふー、まぁ落ち着いて良かった。危ねえとこだった…。

二人とも、以降はにこやかに談笑してくれてる。
やれやれ、もう少ししたら仲間になるんだ、仲良くしてくれなきゃ仕事増える一方だぜ…。



“何やってくれてんのよ?弱みでも握ったぁ?”

“助け舟を出しただけよ。あなた器用ね、彼から見えない方だけそんな怖い顔して。”

“あんたに言われたくないわ。女狐が隠せてないわよ?その薄目。”

“先約よヒヨコさん。悪いけど私が先なの。”

“…『元カノ』のクセに。”

“『今カノ』ですらないあなたに言われたくないわね。”

“……私が異動したら覚えてなさいよ。”

“せいぜい涙用のティッシュを用意しておく事ね。”

「「じゃあ、またね。」」

づほと別れ、そこからしばらくは街を回っていた。

それでこの後、事件が起きたんだ。


そうは言ってもここは片田舎、メインストリートから離れると人通りは少ない。
15~16時ぐらいの半端な時間になると、町外れはなかなか目立ちにくいもの。

小川を見に行こうとあいつに誘われ歩いていたが、やはり人通りはまばらだった。

“ん?づほだ。”

そんな時、そこそこ先にづほが歩いているのに気付く。
声でも掛けようかと思った矢先、ゆっくりとワンボックスがあいつの横を通って。


目にも留まらぬ速さで、づほが車の中に引きずり込まれた。



「誘拐だ!!」

「えっ!?あれ瑞鳳ちゃんよね!?」

「憲兵長と警察に連絡してくれ!俺は追う!」

「わかったわ!気を付けて!!」

ナンバーは見えた…まだスピードは出きってねえ…!
フルスモのが露骨にぶっ飛ばしゃ、怪しいですって言ってるようなもんだ。

…クソっ!でも生身じゃキツいぜ!離されてく!

『プーーッ!!!』

あぁ!?今それどこじゃねんだよ!!

「お困りのようだな!乗れ!」

「…憲兵長!?」



「たまたま近くにいてな、翔鶴くんから連絡を受けたんだ。
よし、ナンバー撮影済み。これで拡散出来る。」

「サイレン鳴らさないんすか!?ランプ積んでるでしょう!!早くしないと…」

「まぁ待て。誘拐直後の場合、脊髄反射で動くのは避けるべきだ。
大抵はアジトか停車地がある。仮に強姦や身代金目的として、動くのはそこからだ。
ワンボックスと言う事は、最低4人はいると見ていい。今刺激するのは危険だ、殺害される可能性がある。
ましてや追突などすれば、人質も無事では済まない。」

「……大通りに出たら、逃げられますよ。」

「翔鶴君の方で、瑞鶴に艦載機を飛ばすよう連絡してもらった。
全速力なら通常の飛行機並には速い、すぐ来るだろう。」

『こちら瑞鶴。憲兵長、応答願います。』

「こちら憲兵長。瑞鶴、発艦したか?」

『はい。ナンバーは?』

「××502 、_の○○-○○。車種は白のワンボックス。」

『了解です。妖精達に伝えます。』

「頼む。
……気が気でないのは分かるが、心は熱く、頭は冷静にだ。まず然るべき対処は全て行え。」

「……はい。」

「大通りに出たか…おっと、つい手が触れてしまうな。」

「…それ、サイレンのスイッチですよね。あんたの本音は?」

「………今すぐ鳴らして突っ込んで、連中の関節全てを外してやりたい所だな。」

「……あんた、バカだけどやっぱ憲兵ですね。バカだけど。」

「ふっ…その暑苦しい正義感に免じて、今の暴言は不問にしてやろう。」

付かず離れずを繰り返す内に、相手の車は大通りに紛れ、やがて見えなくなった。
これで頼れるのは艦載機が投下した、発信機付きマグネット。
車の天井に貼り付いたそいつだけが、俺達にづほの居場所を教えてくれる。

づほ、待ってろよ…絶対助けてやるからな。


「止まったな…。」

「はい。」

発信機が示したのは、とある廃倉庫だった。

少し離れた所に車を停め、俺達はゆっくりと倉庫へと近付く。
あの車だ…あれは!?

“待て。眠らされているな……ほう、随分辺りを見渡すじゃないか。よし、撮影完了。”

“まだですか!?”

“そう急くな。警察に提出する証拠だ。
見張りは立てないか…扉が閉まった瞬間だ、そこで犯人は油断する。”

最後の犯人が鉄扉を閉めた。

俺達は裏の事務所に近付くと、まずガラスを割った。
そこそこでかい所だ、どうやら気付かれちゃいねえ。この廊下を抜ければ倉庫だ。


“よし、いるな……さて、今から突っ込む訳だが、確認事項がある。
通常我々憲兵隊には、犯罪者と言えど一般人を捜査・逮捕する権限は無い。分かるな?”

“ええ、昔とっ捕まりそうになりましたからね。”

“そうだ。だが、軍関係者に被害を加えた一般犯罪者に関しては…。”

““その限りでは無い。””

“上出来だ…最近少し運動不足でな、そろそろ動かなくてはいかん。”

“奇遇っすね、俺もそろそろこっちの道場探そうと思ってました。”

“ふむ…10人はいるか。ノルマは1人4~6人、一斉に行くぞ。3…2…”

「オラァ!!」

「ぶふっ!?」

手始めに1人に蹴りを入れ、そいつを狼煙に手当たり次第ぶっ飛ばして行く。
3人目まで倒した辺りで、眼鏡の方を見た…あいつの首尾は……。

「がああああああっっ!!???」

「何だみっともない、少し関節を外しただけではないか。」

もう5人!?
うわ、何か色々向いちゃいけねえ方向いてる…。

「この野郎!!」

「……っと、危ねえな!!」

4人目上がり!これであと一人…づほはどこだ!?

「動くんじゃねえ!!こいつ刺すぞ!!」

「「………!!」」

最後の一人は、抱えたづほにナイフを突き付けていた。
野郎……!



「てめえら警察かぁ!?邪魔しやがって!!」

「違うな。通りすがりの憲兵さんと言う奴だ。
だがその子は艦娘だ、私達の管轄になる。貴様への逮捕権はもう発生しているのだよ。」

「来るな!本当に刺すぞ!?」

ナイフの切っ先が、づほの頬に薄く触れる。
つう、と血が滴るのを見た時、俺の意識は真っ赤になりかけたが…。

「……待て。」

「憲兵長?」

それも、肩を掴む腕に制止された。
眼鏡は私服…次の瞬間、そいつと不釣り合いな物がジャケットから取り出された。

「……動けぬのなら、『飛ばす』までよ。」

……銃!?

「…正気かてめえ!!知ってるぜ!け、け、憲兵に一般人は撃てねえ!!」

「確かにそうだな……発砲しようものなら、大事件となる。だが…

それがどうしたと言うのだ?」

「………っ!!」

眼鏡の顔を見た時、確かに背筋に冷たいものが走った。
こいつ、本気だ…!

「………貴様のような素人のナイフと、私の銃弾。一体どちらが速いかな?」

「ひっ…!?」

動けねぇ…引き金がゆっくり動き、俺は思わず目を閉じた。


次の瞬間。



『ぱりぃん!!』



「何だ!?」

ガラスが割れる音と共に、何かが飛び込んで来た。
あれは…矢か!?

『ぷしゅううううう!!!』

「__!!今よ!!」

煙幕と、俺を呼ぶ声。

そいつに気を呼び戻された俺は、真っ先に犯人へと向かった。

「……くたばれやオラァ!!」

「がぎゃっ!?」

足の甲が、ガッツリこめかみを捕らえたのを感じる。
後は無様な悲鳴と、廃材に突っ込む音のみだ。

……ふー、終わったか…。


「づほ!!しっかりしろ!!」

「……ん……__!?」

「良かった…もう大丈夫だ!安心しろ!」

「……__…ありがとう!!怖かった…怖かったよぅ……!」

「…大丈夫だ。皆ぶっ倒したから。」

思わず抱き締めちまった通り、実際心底安心したのは俺の方だった。
づほは無二の親友だ…本当に、助けられて良かった。

「……良かったわね、本当。」

「__…いや、お前があちこち連絡してくれなかったら、こんな上手く行かなかったよ。ありがとう。」

「翔鶴さん…ありがとう。」

「ふふ、どういたしまして。」

……違う意味でも、礼を言わねえとだな。
もしこいつが煙幕撃ち込んでなかったら、眼鏡は本当に…。

「……さて、一件落着かな。」

「…憲兵長……。」

「この銃の事か?まぁ見ていろ。」

「げっ!?」

『ぽんっ…!!』

「………国旗?」

「ハッタリさ。ただのマジック用の玩具だよ。
プライベートでの銃器の携帯は禁止だろう?」

「……んだよもー!ビビって損した!」

「くく…まだまだヒヨッ子だな。」

ったく、ビビらせやがって…。
でもあの時の目、あれは……つくづく訳わかんねえ奴だな、このバカ。


のびてる奴らを全員縛って、警察が来るのを待つ事になった。
ん?眼鏡の奴どこ行った?

「失礼失礼、少し探し物をしていてな。」

「それタライですか?」

「ああ、裏に池もあった。君達、少し退いていたまえ。」

犯人グループに水をぶっかけると、全員釣られた魚みたいにビクビクと眼を覚ます。

……叩き起こしてどうすんだ?

「……所属は違えど、艦娘が被害者だからな。引き渡す前に、こちらとしても調べておきたい事がある。
さて…貴様らの動機は何だ?」

「……いいロリがいたと思ったから攫った。」

「ほう、つまり乱暴目的という事か?」

「……ロリ?」


あ。




「づほ、抑えろよ…。」

「うん、大丈夫…大丈夫だよ…。」

「くく…貴様らの攫ったこの子は、2×歳だがな。
だがどの道、貴様らのような外道の行き先は決まっている…もうじき貴様らの大好きなワンボックスが来るぞ?金網付きのな。」

「はぁ!?20代だぁ!?んだよババアだったのかよ!!」

「………………。」

空気が一気に重くなった。

づほはと言うと……あーあ…俺もう知らねえぞ…。

「………憲兵長さん、そいつの脚持ってもらっていい?
うん、もうちょっと股拡げて…そうそう、そんな感じ。
ふふ、九九艦爆と違って、全然可愛くない脚だね……真ん中の脚も憎たらしそう…

……死ねぇっ!!」

「______!!!!」

ぐしゃ…と、した音が聞こえた時、俺は思わず自分の股間を押さえた。
うわ…あいつ今日ブーツじゃねえか…えっぐぅ…。

「ふんっ!!ロリでもババアでも無いわよっ!」

「あはは……ず、瑞鳳ちゃん、大胆ね…。」

「翔鶴さん!女の敵に情けは無用!」

「はっはっはっ!瑞鳳君、なかなかやるじゃないか!」

「ははは……。」


犯人達も無事逮捕され、づほも念の為に病院に搬送された。
残ってるのは警察と、俺達ぐらいなもの。

「では、事情聴取はまた後日で宜しいですね?」

「はい、ご協力誠に感謝致します。」

眼鏡が上手く話を付けてくれて、どうやら今夜は帰れるらしい。
ふー…何だか疲れちまったな…。

「乗って行くか?」

「そうですね…正直もう歩きたくもねえっす。」

そう助手席に乗ろうとすると、運転席の眼鏡にドアをロックされた。
後ろに乗れ?あぁ…なるほどね。

「隣、乗ってくか?妹は先帰らせたんだろ?」

「いいの?」

「……鎮守府に帰るまでがデートです。」

「…うん!」

あいつも疲れてたんだろう、短い距離ではあったが、すぐに眠っちまった。
俺はと言うと、ぼーっと窓を見るばかり。

…だから手に触れるものがあったのは、特に気にも留めなかった。


“はーあ……ハードな1日だったぜ…。”


シャワーも浴びたし、ようやく愛しの我が部屋だ。
疲れた……このままベッドにダイブ…

「……おい、髪はみ出てんぞ。」

「だれもいませんよ。わたしはふとんです。」

「あー、何か固い所がいいなぁ。今日は床で寝るかぁ。」

もうダメだ、まともに追い出す元気もねぇ。
座布団を枕に寝入ろうとすると、ベッドの中からにゅっと手が出てきた。

おいでおいでしてる…いや、ちょっと怖えよ。

「かぜをひいてしまいますよ。ふとんへおいでなさい。」

………ま、そっちの方が疲れ取れるかぁ。


「言っとくけど、何もしねえからな。変な事したら確保。」

「うん…わかってるわ。」

ベッドに入ると、人肌で暖まった布団が何とも心地良かった。
あいつは片腕に頭を乗せて、体を寄せてくる。でも、ただそれだけだ。

…懐かしいな、何か。

「約束は今日一日だもの。まだ終わってないわ。」

「俺が寝るまでが一日か。長えもんだな。」

「……うん。もう一度、こうしてあなたと眠りたかったの。」

「……そうか。おやすみ。」

この時俺は、いつかの昼寝を思い出してた。

あの桜の日だけじゃねえな…あの頃はよく、何するでもなくこうして昼寝してた。
会うのは大体道場や部活の後で、お互い疲れてる時も多かったもんな。

……懐かしい匂いだ。

気付けば隣から、すうすうと規則正しいリズムが聞こえてくる。
それに釣られるがまま、俺も段々と意識が遠のいて行った。


寝る前最後に覚えてたのは、いつの間にか触っていた髪の感触。
そのまま朝になると、隣はもぬけの殻だった。

時間は…いつも通りか。
でも随分ぐっすり寝てたらしい、昨日の疲れもすっかり取れていた。

後に残っていたのは、あいつの匂い。
ゆうべ通りの懐かしさを払うように、俺はガバッと体を起こし、思わずぼやいた。



「……ったく、調子狂うぜ…。」



いつもより長く顔を洗って、ようやくそいつを振り払えた。
バカな上司と無茶苦茶な艦娘に振り回される、そんな一日が今日も始まる。


でも何となく、頭の中にはその匂いが残っていた。

今回はこれにて終了。
次回から、いつもの頭の悪さに戻して行きます。


憲兵の仕事は、何もやらかした奴をとっ捕まえるだけじゃない。

鎮守府内の見回りもだし、やって来た要人の警護もある。
他にも暗黙の業務なんて呼ばれるもんもあって、他の艦娘や提督に話しにくい悩み相談に乗ったり、時折遊び相手になってやったりもする。

そんな感じで表裏と色々仕事があり、その中の一つに夜警がある。
要は深夜の見回りだが、こいつが曲者だ。


俺、実はな……。






第10話・食べ物は大切に




深夜24時過ぎ、懐中電灯片手に廊下を歩く。

週に何度かある日常風景だが、生活臭を感じる場面だ。
例えば寮を回ると静かだったり、或いはテレビの音が聞こえて来たり。
次の日夜戦の子は遅く寝ないとだから、あの子は夜からかぁ、なんて思うもんだ。

ここの寮は6階建て。
各階をくまなく回るんだが、トイレに起きた駆逐や海防の子を保護するなんて事もある。
怖くなって帰れなくなった子もいたりするからな。

……ま、『お客さん』はそればっかりじゃないんだけど。

“うわ、先輩方かよ…ああ、どっかの爺さんもいる。やっぱ多いなぁ…この立地だと。”

軍服やらセーラー服やら爺さんやらおばさんやらが、廊下にポツポツと立っている。
でも侵入者であって、似て非なるもの。

この鎮守府の斜向かいには小さい山があって、そこには寺と墓地がある。
だからだろう、お散歩に来る皆様がいらっしゃる訳だ。


そうなんだよ…俺な、実は霊感あるんだよ…。



「ふむ、今夜も異常無し。平和で結構だな。」

隣を歩く眼鏡は、呑気にそんな事をぬかす。
まぁ見えなそうな奴だし、そんなもんかと思う。

幽霊って言っても、別に何かして来る訳じゃない。
やらかして来るのは大体悪霊の類、そんな積極的な奴はそうそういないもんだ。
ましてや霊感が強いって言っても、俺は見えるだけ。基本的に、除霊や会話が出来る訳じゃない。

俺にとっては、言わばモブみたいなもん。
慣れちまえば恐怖心はまず感じない、あいつの妖精ストーキングの方が何倍もおっかねえ。
しかし、やっぱここ多いな…鎮守府は運動場じゃないんだけども。

「こうも暗いと、幽霊の一つや二つも出そうだな。
貴様、その類は信じているか?」

「いや、見た事無いっす。艦娘の艤装やら妖精やらあるぐらいだから、いるとは思いますけどね。」

「そうか、私も見た事が無くてな。
だがこうして夜警をしていると、時折駆逐の子を保護する事もある。
以前幽霊を見た!と動けなくなった子を見つけた事があってな、漏らすわ泣くわで大変なものだったぞ。」

……お仲間か。俺もガキの頃、そんな事あったなぁ。

積極的に人に言おうとは思わねえし、見えない奴からしたらただの変人だ。
あ、血塗れの婆さんだ。眼鏡ー、目の前にいるぞー。

『かんっ…。』

あ。

爪先を引っ掛けちまった俺は、咄嗟に眼鏡の肩を掴んだ。
そんで指が触れた瞬間。


「なーーーーっ!!!!???」

「うおっ!?」


廊下に響き渡るでかい声。
眼鏡は叫んだ後、らしくもねえ真っ青な顔をしてた。


「どうしました?」

「い、いや…気のせいか。何でもない、先へ行こう。」

何だ一体…相変わらず周りに幽霊がいる事以外、変わった事は無い。
今日は特にウヨウヨしてんなぁ……ん?そう言えば聞いた事があるな。
確か近親者に霊感持ちがいたり、日頃霊感持ちと長時間過ごす事が多いともらうケースが…。

……ほーう。原理は分かんねえけど、俺が触れると見えるって事か

ふっふっふ…日頃の仕返しだ。
よーし、たっぷり見せてやろうじゃねえか。ようこそこちらの世界へ!

『ぽん。』

「あーーーーーっ!!!???」

「何なんすか騒々しい。」

「き、き、き、貴様も見ただろう!?今血塗れのババァが!!」

「疲れてんじゃないですか?何もいませんよ。」

いるけどな、血塗れのババァ。

くくく…弱みがねえと思ってたけど、良いビビリっぷりじゃねえか。こいつ、さては幽霊ダメだな?
おーおー、目が完全に焦ってる。よっしゃ、もう一発触れて…


『がしっ…。』

「ぎゃあああああああああああっ!!??」

「のわっ!?」

え?何も触ってねえぞ?

何のこっちゃと眼鏡の足元を見ると、暗がりから伸びる手が一つ……。
いや、幽霊じゃねえなこれ…って白い髪が…。

「助けて…。」

「しょ、翔鶴君か…どうしたのだ?」

「その、腰が抜けちゃって…。」

「何かあったのか?」

「………え、ええ、ちょっとびっくりしちゃって…。」

大の女が腰抜かして廊下にぶっ倒れる…あれ?何か嫌ーな予感。
部屋まで送ろうと、あいつに手を伸ばした時だ。

「兄ぃ!!!」

「ふぐぅっ!?」

今度は眼鏡の脇腹がくの字に折れた。
眼鏡に縋り付く影…のTシャツには、燦然と輝く『メシウマ』の文字。
今度は磯風か…あれ?なんかヤバい奴らが揃ったよーな…。

「さ、サンマが!サンマが廊下で跳ねてたんだ!!」

「おいおい、まだ春だぞ?疲れてたんじゃねえか?」

……動物霊、確かにいるけどな。猫やら犬やらのは、俺も何度も見た事ある。
でもサンマってお前…んな事言ってたら市場なんて祟りだらけに…。

「………アツイ…ヨ…アツイヨ……」

………ん?

「あ…兄ぃ……!」

眼鏡が、眼鏡でなくなっていた。
軍帽の下はいつものムカつくドヤ顔で無く…これは……


顔が…顔がサンマになってやがる!!




「「「うわぁああああああああああああっ!!!????」」」

「マッテ…アツイヨ…。」

馬鹿野郎!クリーチャーは門外漢だ!!
全速力で逃げる俺達を、サンマ化した眼鏡は猛然と追いかけてくる。

待て…あのサンマ透けてる…。
よく見ると顔が変化したんじゃなく、マスクみてえに半透明のサンマが張り付いてる。

って事は、取り憑かれてんのか!?

「………磯風、一体何匹のサンマを炭焼きの為に焦がして来た?」

「……あなたは今まで食べた魚の本数を覚えているのか?」

「てめえのせいじゃねえかコラ!!どう考えてもサンマの祟りだろ!!」

「そんな事は無い!ちゃんと心を込めて焼いて来たんだ!」

「…で、そのサンマは結局どうなった?」

「…み、皆に振る舞おうとしたら、浜風に捨てられたな…。」

「絶対それだ!!」

「階段よ!上に逃げましょう!!」

上階に上がると、廊下に誰か立っている。
あの銀髪…あいつは…。



「浜風!逃げろ!!

浜風…?」

そう磯風が呼ぶと、くるぅり、と、銀髪が振り向く。
その時俺達の方に向いたのは…。

「浜風……は、はま、はま……ハマチカゼエエエエエエェェッッッ!!!??」

「ハマチじゃねえサンマだありゃ!!取り憑かれてんじゃねえか!!」

「アツイヨ…オイシイ……ヨ…ウメエエエエエエエエエエェッッ!!」

「アツイヨ…タベ……タベテェエエエエエエエエエエエエッッ!!!!!!」

「きゃあああああああああっっ!!!!」

「__っ!?」

サンマ化した二人が真っ先に襲いかかったのは、元カノの方。
一か八か、咄嗟にサンマの顔面を蹴飛ばそうとしたその時。

「…前(ぜん)!」

「……!?」

その声と共に、眩い光がサンマ共を吹っ飛ばした。

「……やけにうるさいと思ったら、こんな事になってたのかい?酒が抜けちまったよ。」

「お前は…!」

「……隼鷹さん!!」


「へー…サンマの悪霊ねぇ…ま、大した奴じゃなかったね。
でも変だな…いつもはここの連中、もっと大人しいんだけど。」

「う….私は一体……?」

「何があったのですか…?」

「お。二人とも落ちたみたいだね。
危なかったねー、あんた達。あたしが気付かなかったら、朝まで全員サンマだったよ。」

「隼鷹さん、一体何が起こっているの?」

「…そうだねぇ、式神使いの空母になる条件って知ってるかい?
艤装への適合以外に、『霊能者でもある事』なんだけどさ。

…だからわかるんだよねぇ、『他人の能力』も。」

…………こっちを見るな。
はは、もしかしなくてこの騒動の原因って…。

「霊能力って奴は、波があるもんさ。
例えば『普段は見えるだけ』みたいな奴が、ある日だけそれ以上になっちゃったりね。
そうなるともう、わらわら寄って来ちゃうんだ。助けてくれるって思ってさ。
ついでに言うと、そんな時ゃあ周りに移っちゃったりもするねぇ…。

みんな、ちょっとこいつの体触ってみな。」

『ぽんっ。』

「「「「うわぁあああっっ!!!!???」」」」

「だろ?人が悪いねえ新入り…あんた、見えるクチだね?」


「ほう…つまり貴様は気付きつつも、私を驚かそうと霊感があるのを隠していたと。」

「はい……そうです…。」

「因みに霊能力の暴走を止めるには、一度気絶させちまうのが一番だよ。
疲れとかで波が出来たりするからね。」

「ほう、いい事を聞いたな。」

「………!!」

暗闇に眼鏡が光る。

あ、もしかして過去最大級にブチ切れてる?
お?何か両腕に柔らかいものが…

「…磯風、浜風、何のつもりだ!!」

「憲兵さん、すみません…。」

「ふふふふふ、い、今だってあなたに触れるとササササンマが見えるんだ…悪く思うなよ…!」

「いやお前を祟ってんだろ!!」

あれ?そう言えばあいつどこ行った?
ん?今度は腰に重みが…ああ、しゃがんでホールドしてるぅ…!!

「待って、そこホールドされたら本当逃げらんないんだけど…。」

「…………ごめんね。」

「……………嘘だろ。」

「さて……3点ホールドもばっちり、これは外す事も無さそうだな。
そうだな、貴様のような腕の立つ者を一撃で落とすならば…私も本気を出さねばならん。」

ボキボキと拳が鳴る。眼鏡は尚も光り続ける。
近付く軍靴の音…やがて眼鏡の反射が切れ、奥にある目が見えた時。


「…ちょっとチビりそうになったでしょうがああああああ!!!!!!」


もはや痛みも重力も感じる事無く、俺の意識はそこで弾け飛んだのであった。



「元気か?」

「ふぉの顔見れ何言っれんふか……」

本日ハ病欠ナリ。自室ニテ一日ヲ過ゴス。
湿布と冷えピタだらけの顔面でな。

で、最初に見舞いに来たのは、俺をぶっ飛ばした張本人と。

「聞きましたよ、結局あいつらでもホールドしきれなくて吹っ飛んだって。お陰さんで全身打撲ですよ。」

「元は貴様のイタズラ心だろう?灸を据えたまでだ。
まさか貴様が霊感持ちだったとはな…あのような事があっては、私も信じざるを得んよ。」

「見えるだけですけどね。後は会話も除霊も出来ませんよ。」

「そうか。ところで一つ、貴様に訊きたい事がある。」

「……何すか?」



「__学ラン姿の女の霊を見なかったか?」



本当に珍しい、何なら初めてじゃねえかってぐらいの事だった。
急に茶化せないような真面目な顔で、眼鏡はこう聞いて来たんだ。



「いえ…見た事ないですね。」

「………そうか。では、そろそろ失礼するとしよう。
待たせたな、入っていいぞ。」

「はい!」

「げっ!?」

「ふふふ…大変でしょう?今日はしっかりお世話してあげるからね。」

「いや、今日一日大人しくしときゃ大丈夫だから…。」

「だーめ。上から下までちゃんと見てあげるから…ね?」

「……走れば治る!!」

「待ちなさい!全機発艦用意!!」

「何その艦載機のマジックハンド!?」


いつの間にやら追いかけっこも戻っちまった。

つくづく思うけど、ここの風紀どうなってんだよ?眼鏡だけのせいじゃねえよな。
あの提督、まだ若いし優しそうな人だけど…そう言えばそこまでキャラ掴んでねえなぁ。一体何考えてんだ?

後に俺は、知る事となるのである。
提督も大概やべー奴…いや、眼鏡と提督のコンビが、一番危険なのだと。

あとついでに、メイン秘書艦もバカだった。


今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。


「貴様、この後は暇か?」

ある日の勤務終了後、眼鏡からそう声が掛かった。

一体何だと聞き返してみると、飲みに行かないかとの誘い。
正直気乗りしなかったが、ここのメンツについてはまだ分からない事だらけ。
他に誰かいるなら行こうかと思い、とりあえず訊いてみた。

「ああ、元々貴様と飲んでみたいと言っている奴がいてな。それで訊いてみたんだ。」

「誰です?」

「………提督だ。」


この瞬間、絶対に断れない飲み会が確定したのである。







第11話・キングギドラ





タクシーで拉致られた先は、よくある大衆居酒屋だった。

提督か…未だに人となりを掴みかねてる分、ちょっと不安になる相手だ。
何てったって、あのデタラメな連中の頭。今時な爽やかさの裏に、一体何を隠してんのか分かりゃしねえ。

「お連れ様ですか?ではあちらのお席の方ではないでしょうか?」

案内された先に向かうと、私服姿の提督…。

と、もう一人、私服の女がいた。

「お疲れ様です。すいません遅れてしまって…。」

「そんな恐縮しないでいいよー、君らは僕らを取り締まる側でしょ?いいのいいの。」

…立場上はな。

ついでに憲兵隊は一応陸の所属、提督は勿論海軍。
昔から敵対する関係なんて言われてる。

だが、そんなもんは過ぎたる過去の話。今となっては、そこまでいがみ合うような時代じゃない。
まだ2年目の若造からしたら、目上である事に変わりゃしねえ訳。

こう言う場は、緊張もするって…。

「ああ、じゃあ生4つ。」

「はーい。」

席に座ると、俺達と提督チームで向き合う形。
世間話ぐらいはしてるけど、こう言う場でこの人と何話しゃいいんだ……と思っていると、提督から声が掛かった。

「翔鶴、君の元カノなんだってね。
前から忘れられない人がいるって言ってたけど、君の事だったのか。」

「え、ええ、そうみたいですね…。」

「あの子も少し変わった子だから、君に迷惑をかけてしまっていないかとね。



で、再会してからヤったの?」



うん、いきなり何言ってんのこの人。




「はっはっはっ!貴様もぶっ込むな!こいつにそんな甲斐性は無い!」

「あはは、そっかぁヤってないかー。ヨリ戻ってれば良かったんだけど。
いやぁ、この前添い寝したって聞いたからさー。」

眼鏡はと言うと、馴れ馴れしく提督の肩をバッシバシ叩いてやがる。
ちょっと待てやお前、いくら何でもダメだろそれは…!

「け、憲兵長…。」

「どうした?青い顔をして。こいつの事なら心配いらんぞ。」

「そうそう、僕ら小1からの幼馴染だからねー。」

「…はぁ!?」

幼馴染…つまり提督はこのクソ眼鏡と親友且つ波長が合う人間……。
この時俺は、現職場がデタラメな奴だらけな理由をようやく理解したのである。

どう考えても、絶対やべえ奴じゃねえか…。

「……陸海の核弾頭コンビ。このお二人の、軍内でのあだ名ですね。
強力だが手に余ると言う意味です。」

その時ようやく、提督の横にいた女が口を開いた。
黒髪に眼鏡のそいつは、一見するとさぞかし出来る女に見える。

ええと、確か名前は…。

「改めまして、主に秘書艦を務めている大淀と申します。」

「はい、憲兵の__と申します。」

「翔鶴さんはうちの空母のエースなんですよ。



で、いつヤるんですか?」



親指を人差し指と中指で挟むな。



「あっはっはっ!はしたないぞ大淀君!」

「いえ、つい。既成事実が出来きれば丸く収まるかなって。」

テヘペロしてんじゃねえ、なんだこのイカれた女は…。
待て…そもそも提督に秘書艦のコンビって事は、まさにあいつの被害を喰らった連中って事じゃねえか。

ダメ押しに眼鏡もいる…つまり、ヨリ戻させたい組筆頭が3人…!

「いやー、そんな怖い顔しないでよ。
確かに君と翔鶴がヨリ戻せば僕らも得だけど、今日はただ飲みたいだけなの。
せっかくのお酒の席だよー?親交深める為にも、ゲスい話とかしたいじゃない。

で、翔鶴以降は何人ヤったの?」

「……ヤってないです。はい。」

「セカンド童貞ですか?」

「……え、ええ…。」

「濁すな?」

「あー…危なかった時が、一回…。」

「よし、翔鶴にLINEしよ!」

「マジでやめてください!」

んな事されたら大惨事だ!
ああもうウゼェ…何だこのドSトリオはよ。

ちくしょう….こいつ自分でゲスい会話OKって言ったよな?
いいじゃねえか、こうなりゃ逆に質問してやる。もう恥の晒し合いだ。


「そう言う提督はどうなんですか?モテそうですけど。
18行ってない艦娘に手ェ出したりしてないですよね?俺達出動しちゃいますよ。」

「んー…確かこの前…。」

「…提督、またですか。だからこの前頬が赤かったんですね。」

「頬?」

「18以上の子は自由恋愛ですが、提督は艦娘には手は出しません。ついでに駆逐艦はストライクゾーンじゃないから論外。
その点は憲兵さん達のお世話になる事は無いでしょう。

ただ…代わりに外で女作りまくってますからね、この人。」

「いやぁ、僕、部下って認識になるとダメなんだよねー。」

「ある艦娘に私生活バレて、医務室送りにされましたもんね。殴られて。」

「あの時はさすがに私も仕事したな。殴るのはいかん。
しかしまたか。今度は何をした?」

「日取り間違えて、マンションに全員来ちゃったんだよー。帰ったら速攻ビンタラッシュだった。」

「懲りん奴だ。」

「『そう言うお友達』だったんだけどねー、段々本気になられてさ。」

「ふふ、相変わらずクズですね。」

「お淀キッツいよー。」

ああ…確かに『憲兵としては』しょっぴけねえわそりゃ…。
でも何だろう、この熱く迸るブン殴りたい気持ち。

ダメだこいつ、業の深え話ばっか出て来そうだな…そうだ、この際眼鏡に聞いてやろうじゃねえか。
くくく…日頃変態トークばっかしてるこいつの事だ、どんな強烈な振られ話が出てくるかな?

「憲兵長は何か無いんですか?」

「私か…ふむ、ではまず持論を語らせてもらおう。

火遊びと言うのは、後腐れを残すからいかんのだ。割り切った関係と言うならば、長く続けるべきではない。
花火はちゃんと、最後は水を掛けるだろう?でなければこいつのようにビンタを喰らう。」

「はぁ…。」

「私のプライベートはな…ワンナイト・ラヴと言う奴だよ。
一夜を共にする…それ以降はない。一期一会の切なさと素晴らしさは、何と説明すれば良いのか…。」

「いや、あんたカッコつけて言ってるけどナンパしてるって事っすよね。
しかも相手にも一発だけって割り切られてる前提で。」

「ナンパではない!ワンナイト・ラヴだ!英雄色を好むと言うだろう!?」

言い方こだわるな、おい。

そうだ…こいつ、容姿だけはめちゃくちゃ良かったわ。
成る程ね、一発だけなら人格のボロ出さねえってか…自分をよく分かってるぜ、悪い意味で。


「軍人って私生活荒れてる奴多いんだけど、君、意外と硬派なんだねぇ…。
そうだね、じゃ、ゲームでもしよっか?」

「ゲームって、何やるんですか?」

「……ふふふ、それはね…。」

「失礼致します、ご注文の品をお持ちしました。」

提督がニヤリと笑うと、店員が何かを片手にやって来た。
ストレートグラスが2つ、中身は濃い赤……何か薬臭えな。

「……アルコール度数35度、実に56種類のハーブから成る、ドイツ版養命酒なんて言われるもの…。
近年ではテキーラ、コカレロと並びパーティドリンクとしてよく飲まれている…。

イェーガーマイスターって、知ってる?」

この時提督は、実に愉しそうに笑った。
おい、同列に挙がった酒、最っ高に不穏な名前しかねぇんだけど…。

「では僭越ながら…お相手はこの私、大淀が務めさせていただきましょう。

ルールはこのショットを先に飲みきった方が勝ち。
敗者は勝者の言う事を聞くだけの、簡単なゲームです。」

「……因みに、罰ゲームは常識の範囲内ですよね?」

「勿論。そこはこの大淀プロデュースです、ご安心ください。」

……あれ?負ける前提で話進んでね?

イェーガーか…飲んだ事ねえぞ…。
まぁ見るからに酒に強くなさそうな姉ちゃんだ、ちょっと頑張れば勝てるはず。
俺だって軍学校の地獄の酒宴を潜ってきた、テキーラだったら何度もブチ殺されてきてる。

負けねえぞ…負けたら死ぬ気がするんだ。
よし、行くぜ…!

「3…2…始め!」

「……ぶほっ!!!」

号令が掛かり、いざ口を付けグラスを傾けた…瞬間にはもうむせてました。

俺、この味生理的に無理だった。


「……ふう、物足りませんね。あれ?どうかしましたか?」

「あ、言うの忘れてた。お淀はうちで一番酒強いからね。」

「ふふ…私の勝ちのようですね。では、罰ゲームですが…

今から憲兵さんには、ナンパをしてもらおうと思います!」

この時キラリと光った眼鏡を、俺は忘れる事は無いだろう。
ついでに、他の2人の狐面みてえな笑みも。

こいつら…ドSのキングギドラだ…!

「い、居酒屋ナンパって…ハードル高くないっすか?」

「そこはほら、やっぱり行動する事自体が罰ゲームですから。
仮に成功したとして、そのままくっついてもらってもこちらとしては構いませんし。」

「……その心は?」

「……それで翔鶴さんが暴走しなくなれば、こちらとしては大助かりですから。」

「ねえ、俺の命は?俺の命の安全は?」

いくらあいつでも、そこまで過激じゃないのは知ってる。
でもその一線は超えたら刺されるビジョンしか浮かばねえのは何故。

「まぁまぁお淀、小突くのはそこまでにしてあげてよ。
君が来て悪い事ばかりじゃないんだよ。翔鶴の士気は高くなって、あの子の戦果はうなぎ登りなんだ。」

「……そうですか。」

「……ただ上司としては、少々思い詰めている節は感じるけどね。
君がいるからこそ、戦闘に対してピリピリしてる部分もあるのかもしれない。
まぁそれはそれとして…

じゃ、行ってこよっか?」

「切り替え速っ!?」

「だって罰ゲームだもん、そこはちゃんとやんないとさー。」

はぁ…ナンパか……した事ねえよ、どう声掛けりゃ良いんだか。
いや、でもよく考えたらこの状況で初回、どう考えても誰も引っかかんねえだろ。ここはしれっと失敗して場を切り抜けりゃいいだけだ。


暖簾で仕切られただけの席を立つと、店内の様子がよく見えた。
一人客は…いない。後は普通にグループ。
声掛けるってなったら、ここは一旦トイレに行ってみるか。途中で誰かいるかも。

そう思いつつ通路を歩いていると、目の前に女の子がいた。
あ、スマホ落としてんじゃん。

「お姉さん、スマホ落ちましたよ。」

「すいません、ありがとうございます。」

「いえいえ。」

「……お兄さんおいくつですか?」

「2×ですけど。」

「あ!じゃあ私とそんなに変わんないですね!今日はお友達とですか?」

「ああ、今日は…。」

おや、何だか話が弾んで来たぞ。
ダシに使うようでこの子にゃ悪いが、こりゃ良い。
話し掛けて別れたって時点で、ナンパの体裁にはなるじゃねえか。落し物拾っただけだけど。

白い服に暗い青髪のその子は、見た所女子大生風。結構かわいい。
身の上話をする内に、少し自分達の席で飲みませんか?と誘われた。

正直な所、ちょっと心が動く。
眼鏡や提督じゃあるまいし、ワンチャン狙おうなんて下心は湧かない。
だが日頃ぶっ飛んだ女性陣に囲まれている手前、たまには普通の女の子と普通に話したいのも事実。

すぐ戻るならと快諾し、彼女達の席へと向かう。
彼女は事情説明にと、先に暖簾をくぐり、仲間へと話を通す。
それでいいですよー、と声が掛かり、俺も暖簾をくぐる。




「待ってたわ。」




帰っていいですか。いや帰るべきだろ。帰るしかないだろ。帰らせてください何でもしますから。


「ふふ….試しにやってみたら、憲兵さん本当気付かないんだもーん。」

その席にいた他の面子を見た時、俺はようやくこの子の正体を理解した。
そうだ…歓迎会で何かと俺をあいつの隣から逃がそうとしなかった二人組…ダブルドラゴンの蒼い方…!

「蒼龍…お前だったのか…!」

「そうだよ。これでも普段とのイメージ差には自信があるんだ〜。」

「憲兵さん空母飲みへようこそ!今日は3人だけどね。」

「飛龍…!」

俺らがいるって気付いてやがったのか…!
いや、待て。そう言えばあの眼鏡2号、さっきスマホつついて…。

「あ!大淀さんからも返信来たよ!向こうも気付いてたみたいだねー。」

やってくれたなあの女。

畜生、どこから仕込んでやがった…飛龍のわざとらしいリアクションを見るに、少なくともこれ狙って罰ゲーム仕掛けたのは間違いねえ。
でもヤバい会話の時はスマホに触れてなかった、せめてあの件だけは伝わってなけりゃ…!

「……でも憲兵さんも隅に置けないね。
さっき横通った時聞こえたけど、一線超えかけた子がいるんだって?」

絶妙な匙加減の話の盛り具合大変ありがとうございます飛龍さん!龍の如く飛んでんのはてめーの頭だ!


「どこまで?」

「……はい?」

「どこまで行ったの?いつ?どこで?誰と?」

俺はあの世とこの世の一線越えそうだよ。お目目が大変怖いです。
言える訳ねえ。言ったら逝く。

「言う訳ねえだろ。んな義理もねえし、未遂とすら言えねえ。」

「……そう、瑞鳳ちゃんなのね。」


自己完結の前に、まずそのチーズナイフ離そ?


「あ!瑞鳳って今度来る子だ!」

「私演習で当たったよ!ちっちゃくて可愛いんだよねー。あ、憲兵さんってロリコン?」

「…あいつに絶対ロリって言うなよ、死ぬぞ?俺と同い年な。あとロリコン違う。」

「否定はしないのね?」

「………あ。」


空気が…お通夜だ。
ここでムキに否定しても、墓穴掘るだけだな…。
あいつももうじきこっち来る。俺とづほの潔白を証明する為にこそ、包み隠さず言うしか無いか。

…づほ、すまん。


「……そもそもづほと仲良くなったきっかけからか。
俺が新人の時、あいつがその頃の彼氏に振られて、庭で泣いてたんだよ。それを保護しようと話しかけた。」

「……それから?」

「づほの奴、相当病んでてなぁ…その後1週間は、延々ヤケ酒やら愚痴に付き合ってたんだ。
で、お互い次の日休みの時か。あいつが飲み過ぎて、休ませようと漫喫連れてった。

俺は目ぇ冴えてたから、横でヘッドフォンして動画見ててさ。
寝てるもんだと思ってたが、急にガバッて覆いかぶさって来た。

あいつ上脱いでて、ブラ一丁だったんだよ。
体調崩したのかと思ったけど、どうも違う。

涙目でさ、じゃあヤッてみてよなんて言うんだ。
同い年の女って思えるなら、興奮出来るでしょ?って。

あいつも色々あったんだよ…見た目の幼さに、内心ナーバスになってた時期じゃねえかな。
悪酔いしてたし、色々ヤケになっちまったんだと思う。」

「…それで、どうなったの?」

「正座させて説教した。」

「「「へ?」」」

「まずそれで後悔すんのはてめーだって所から始め、自分を大事にしろって話、公共施設でのそう言う行為はアウト、あと酒乱も大概にしろと。
ついでにそんなんで一発かましても嬉しくも何ともねえし、そんな見た目絡みのトラブルで冷める奴は忘れちまえってな。

…ま、あいつ覚えてねえと思うけど。
また寝てたし、帰り道で肩に吐かれたし。

だからあいつが来ても、この件は突っ込まないでやってくれ。
さっきボロ出した俺が悪いって話だ。」

「「……はー…。」」


俺の話を聞き終えると、何でか二航戦コンビはぽかんとした顔をしてる。
一方翔鶴はと言うと、そんな俺らの様子を見てくすくすと笑っていた。

「憲兵さんってアレだね、ハマる人はがっつりハマっちゃうタイプ。
でも刺されないように気を付けてね!」

「何の話だよ?」

「何でもないですよー。確かにこの話は本人に言えないね、黙っておくよ。」

「そうしてもらえりゃ助かるよ。」

ったく、死ぬかと思ったぜ…。
誤解も解けたのか、さっきまでのヤバいオーラは無くなっていた。

「ふふ…本当変わらないわね、そう言う所。」

「何だよ…今度はご機嫌か?忙しい奴。」

「何でもないわ。

……と、謝らないと…。

……でも、蒼龍ちゃんの誘いにはついて来たのよね?知らない子だと勘違いして。」

「………。」


…死んだな、俺。


「はは、ははは…たまには普通の女の子と普通に会話したいって思ったんだよねー…。」

「つまり私達は普通じゃないと…こっちは仕掛けた方だから許すけど、瑞鳳ちゃんにこの件話したら大変よ?」

「何であいつが出てくんだよ!」

「はい、あーん。」

「むほっ!?」

口に何かを無理矢理ブチ込まれた時、舌に電流が走った。
さすが元カノ…俺の弱点をよく知ってやがる。

パクチーは、パクチーはダメだ…!


「お、やってるねー。」

「提督だ!大淀さんも!」

「憲兵長もいるじゃん。」

「そこで草食って白目剥いてるのを拾いに来たのだよ。さて、席に戻るぞ。」

「提督、店員さんが団体席空いてるって教えてくれましたよ。」

「じゃあ皆で移動しちゃうかー?」

「さんせーい!」

そのままずるずると団体席に引っ張られ、後は終始ピー音だらけな飲み会だった。
こいつら頭おかしいなー、とは各々を知れば知るほど思うのだけど、段々と慣れて来たような気もする。

「あはは…て、提督と憲兵長、すごいわね…。」

慣れか…そう言えば、前よりこいつと普通に話す事も増えたな。
普段の、ちょっと気弱な所を見る場面も。

「憲兵長ー!陸軍魂見せてくださいよー!」

「任せておけ!私の宴会芸は煩悩の数だけあるぞ!」

そんな慣れを誤魔化すかのように、俺は眼鏡にヤジを飛ばしていた。
隣にあいつこそいるが、特に気にしないようにしたまま。



「じゃ、俺ちょっとコンビニ寄るんでここでー。」

「了解!じゃあまたね、おやすみなさーい。」

「おやすみなさい。」

買いたい物あったから、鎮守府近くのコンビニで皆と別れた。

会計して外に出たら、何となくタバコを一本。
大体よっぽどイラついてるか、飲んでる時に吸う程度なんだけどな。
珍しく飲んだ後の今、こうしてぼんやりと一服してる。

「ダメよ、タバコなんて。」

「……帰ってなかったのか?」

「用があってね。戻って来ちゃった。」

「まだ夜は冷えるぜ?早く帰んな。」

「うん…用が済んだらね。」

「…………!?」


ぽと、と、タバコが落ちる音は、夜中の駐車場には妙に響いた。

重ねられた柔らかな感触と、近寄られると改めて分かる俺より小さい身長。
数年ぶりなのに、よく覚えてるもんだとどこか冷静だった。

その間ずっと、あいつを離す事も出来ないままで。


「…ふふ、これで一歩リード。じゃあまたね!」

「あ…おい!!……行っちまったよ。」

何だよ、一歩リードってよ…。

落ちたタバコを灰皿に突っ込むと、俺はもう一本に火を灯す。
ぼーっと吐いた煙を眺めてると、今度は携帯が震えた。

『お疲れ!来週挨拶と引越し行くからね!』

……ああ、もう来週だっけ。あいつらまた喧嘩しなきゃいいなぁ。
そんな事を思いつつ、唇に残った物を流すようにペットボトルのコーヒーを飲んで。
誰に聞かせるでもなく、こんな独り言を吐いていた。


「……ったく、調子狂うぜ…。」


…まあ、調子どころか頭が狂いそうになるんだけどな。後日。


今回はこれにて。今度は誰を出そうかな。



「こんにちわー、○○運輸ですー!」


憲兵の仕事も色々あるが、その中に出入り業者の監査もある。
基本身元の確認だけど、その流れで何の業者かも分かるんだ。

ここはネット通販使う奴も多いから、運送屋が来るのはいつもの事。
でも今日のトラックは、いつもとちょっと形が違う。

今回来たのはいつもの運送屋の、引越し部門の方。
そうだ、この日がやって来たわけだ。


今日、遂にづほが引越してくる。





第12話・山と風を合わせたら



業者は来たが、肝心のづほはまだ来てない。
何でも空いてる艦娘何人かで来るって言ってたが……お、あのちっこいのはづほの車だ。やっと来たか。

「お待たせー。」

「やっと来たか。」

「こっち搬入口だよね、普通の駐車場どっち?」

「そっちの通路抜けるとあるぜ。
今日他に誰来てる?人数分許可証出すから。」

「まず私よ。」

声のする助手席の方を覗くと、加賀さんがいた。
まず?他に誰かいんのかと後ろの方を覗くと…


「……兄ちゃん、久しぶり…。」

「お前は…山風じゃねえか!久しぶりだなー!」

「うん、づほ姉のお手伝いに…。」


山風は、前いた所で面倒見てた艦娘だ。
引っ込み思案な奴で、最初は大変だったっけ。

前んとこの提督、見た目だけはかなり怖い人でな。
提督が懐いてもらえなくて困ってた時、何でかづほと俺に世話を頼まれたってわけ。
…何で俺らなんですか?って理由聞いたら、「憲兵がお兄さん役、瑞鳳がお友達役で~」って言われて、づほがマジギレしたって事もあったけどな。

そこから二人で面倒見て、その甲斐あってか今は他の連中にも馴染んでくれた。
俺もづほも末っ子だから、本当妹が出来たみてえだったなぁ…可愛い妹分の一人って奴だ。

「相変わらずもっふもふだなー、前より髪綺麗になったんじゃねえか?」

「えへへ…づほ姉にお手入れ教えてもらったの。」

「そうだよー。髪は女の命だもん!」

「良かったなー。でも大丈夫か?俺もづほもいなくて。」

「…うん…大丈夫!皆いるから!」

そうにこっと笑ってくれた時、思わずホロリと来たぜ。
…娘を育てた父親って、こんな気持ちかな…俺、泣きそうなんだけど。

「あ、じゃあ私車停めて来るから先降りてて。
__、誘導お願ーい。」

「あいよー。オーライ、オーライ…」








「……兄ちゃんとづほ姉の邪魔する奴、嫌い……。」








「すいません、運ぶ部屋って何号室ですか?」

「あ、はい。えーと…。」

業者の案内の為に、俺は部屋割りのプリントを広げる。
これは業者の迎えに行くギリギリの時、眼鏡に改訂版だと渡された奴だ。
まだ俺も確認出来てねぇんだよな…づほの部屋は……。


『304・瑞鳳』


アレ?疲れ目かなー。 ちょっとこすって……。


『304・瑞鳳』


……現実とは非情である。


「……この3階の、304号室ですね。エレベーターはあっちです。」

「分かりました。みんなー、じゃあ始めるぞー。」

リーダーと思しき人の号令と共に、トラックから次々と荷物が運ばれて行く。
づほはそれをにこにこと、俺はこないだのサンマ霊の如く死んだ目で見守っていた。

「………なぁ、部屋割りってもらってる?」

「うん!翔鶴さんの隣だよね。」

「……揉めない?」

「大丈夫、悪い人じゃないのは分かったから。ただ…」

「…ただ?」

「…__にまたイタズラしたら、何かしちゃうかもねぇ…?」

「俺の頭上で戦争はやめてね!?」

出動どころか、俺の救出劇になるわ!!

どいつのプロデュースだ畜生…提督か?それともあの眼鏡2号か?
やってくれたなー…あのドSトリオはよ…。

「……兄ちゃん、顔怖いよ?」

「…ああ、何でもないぞー山風。」

……っと、怖がらせちまったな。
あやそうと頭を撫でてやると、にへらと猫みたいな顔をしてた。
そうだ、今日は山風や加賀さんもいる。顔合わせても、いつもみたいに揉めたりしねえだろ。

「もー本当可愛い!山風ー、づほ姉いなくて寂しくなーい?」

「うん、大丈夫…。」

「うーん!今の内にいっぱいぎゅーしてあげるからねー!」

「ははは、づほ、山風顔潰れてんぞ?」

づほも本当山風大好きだもんなー。
実際寂しいのづほの方じゃねえか?私は妹欲しかったって、何かと駆逐の子達構ってたし。


……ん?そう言えば『あいつ』って…。


さて、そうこうしてる内に搬入が終わった。
眼鏡からも行って来いと言われ、俺も荷解き手伝う事に。
家具のセッティングは俺と加賀さんがやるとして、山風はどうしよう。

「じゃ、山風はづほ姉と一緒に段ボール開けてこっか?」

「…うん、頑張る…!」

「お、バンダナ巻いてんじゃん。やる気だなー。」

次々と荷物を出しては、それらを指定の場所へ入れて行く。
こっちも家具周り終わったし、小物開けてくか。

「づほー、この衣類って書いてる箱どうする?いくつかあるけど。」

「あ、それ一回出さないとダメね、冬物と夏物分けるから。」

「了解、とりあえず開けるわー。」

「……あ!……ちょ、ちょっと待って!!」

……言うの、遅えよ。

止めに入られた時には、もう段ボール開けた後。
で、俺の視界に真っ先にこんにちわしてきたのは、四角く小さく畳まれた色とりどりの布地達と、大体そいつらと同じ柄した何某で。

…ああ、なるほどね。確かに小さい物から上にするわな。

「……づほ、下着は別にしとこうな。」

「見ないでよもー、それに入れたの忘れてたんだって。」

「じゃ、こいつは後だな。仕舞う時声掛けてくれ、出てくから。」

「……ちょっとは慌ててくれてもいいじゃん…。」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ。」


その後も淡々と作業は進み、3時間もすれば部屋のセッティングは終わった。
今日は提督が出張で、挨拶は提督が帰って来てから。
ちょっと一休みするかぁ。

「皆待っててくれ、何か持ってくるわ。」

「いいの?ありがとー。」

引っ越しの手伝い決まった時、事前に茶とお菓子を買いに行ってたんだ。
たまにゃ都合の良い偶然もある、用意した中には山風の好物もあった。

「お待たせー、茶も冷えてるぜ。」

「ありがとう…あ!ウエハースだ!」

「そ、懐かしいだろ?」

妹分の嬉しそうな顔が見れて何よりだ。
何でか山風はこのやっすいウエハースが大好きで、よく一緒に食ってたのを覚えてる。

へへ…目えキラキラさせてまぁ。

「山風、本当それ好きだよなー。」

「うん…兄ちゃんとづほ姉が、最初にくれたから。」

世話係なんて言われたものの、俺らも最初は「構わないで」と嫌がられてた。
それでどうしたもんかとづほとベンチで話してる時に食ってたのが、このウエハース。

噂をすれば何とやらで、そこに山風が通りかかったんだよ。
小腹が空いてたんだろうな、チラッと見てきたもんだから、「食べるか?」って声掛けてみたわけ。
そこでゆっくり話す機会を得て、少しずつ心開いてくれたんだよな。

……泣かせるなよ、オイ。


「山風~!!づほ姉嬉しいよおおおお!!」


…ってもう号泣してる奴がいたよ!


「づほ、そんなすりすりすると山風減っちゃうから…。」

「大丈夫よ、いつもの事だもの。」

「……因みにやるのはづほだけでしたっけ?」

「そうね、すりすりは瑞鳳だけよ。
……私は、山風は抱いて寝る派だもの。」

「加賀さん、よだれ出てます。」

そうだ、山風大好き芸人がもう一人いたよ。

ま、何だかんだ愛されててホッとしたなあ…一時はどうなるもんかと思ったけど。

「お疲れ様です。」

そんな平穏を壊すように、ドアが開く。
入って来たのは元カノ…一気に俺の中を緊張が駆け抜けた。

頼む、揉めるなよお前ら…。


「翔鶴さん、ご無沙汰してます。この前は助けていただいてありがとうございました。」

「いえ、気にしないで…こっちこそ、沢山ひどい事を言ってごめんなさい。」

「いえいえ、私も短気でしたし…今日からお世話になるので、今後ともよろしくお願い致します。」

「…ええ、こちらこそ!よろしくね、瑞鳳ちゃん。」

……怪我の功名って奴かな。
こないだ話した件で、あいつもづほのコンプレックスについて感じるものがあったらしい。
話せば分かる奴なんだよなぁ…話聞いてもらうまでが、ちょっと大変ではあるけど。

「ねえ、この子は?」

「こいつか?山風って言うんだ。前の所の子で、手伝いに来たんだよ。」

「……!!」

「…怖がられちゃったかしら?」

「山風は引っ込み思案だからな。大丈夫だぞー、怖くないから。」

「ふふ…山風ちゃん、おいで?」

恐る恐ると言った体で、俺の背中に隠れてた山風はあいつへと近付いて行く。
撫でて…おい、いきなり抱っこかよ。
づほの時結構苦労したけどなぁ…さすがは姉属性って事か。

ん?待て、確かあいつは…。

「…ハァ…よしよし、怖くないわよ?…ハァ…ハァ…。」

「おい…。」

「何かしら?」

「とりあえずよだれを拭け。」


出たよシスコン、転じてロリコン。


忘れてた…こいつは重度のシスコンだ。
で、山風は娘ないし妹属性にステータス全振りしてるような奴。

こいつの『最愛は』実妹の瑞鶴ではあるが……それ以下の妹属性に該当する子にも、こいつは充分反応する。年齢問わずだ。
つまり、ちょっとシスコン超えてロリコンの気があるんだよ…こいつの妹センサーが反応した相手に対しては…!

「ふふ…ジュルリ……ハァ…ハァ…本当可愛いわね…。」

胸に埋められた山風は、苦しいのか、或いは邪気を感じてビビってるのかプルプル震えていた。顔見えないのに。
そんな山風を尻目に、あいつは心底嬉しそうに山風の髪を舐め回すように撫でている。

落ち着け俺、まだ愛でてるだけだ…憲兵さんのお仕事はまだ…でも手錠はしっかり準備だ。

『ポタ…。』

そう葛藤していた時、俺は確かにその水音を聞いた。

丹頂鶴とは白、黒、赤で構成される。

白はあいつの服。
黒は現在欲望に濁ってるあいつの心。

で…今目の前にある赤とは。
あいつの白い服の胸元にボタボタと広がる真っ赤なシミの事…ついでに目が椎茸だ。

こいつ…鼻血出してやがる…!

「正規空母・翔鶴。」

「何かしら?改まって。」

「……未成年者への淫行未遂により、貴様を確保する。」

「……可愛い妹を愛でる、それの何が罪だと言うの?」

「てめえの欲望ダダ漏れの鼻に聞けこの野郎!」

「ダメよ!私の心はもう確保されてるの!山風ちゃんに!」

「自重なさい五航戦。」

「へぶぅっ!?」

さすが加賀さん、えげつねえ逆水平チョップだ…。


「兄ちゃん……。」

「よしよし、怖かったなー。」

「ど…どうしてなの…。」

「その血と欲望に塗れたツラ鏡で見てこい。」

「あ、あはは…気持ちは分かるけどねー。」

「づほ、そこは分かり合うな…。」

あーあー、山風の奴、腰にぴったり引っ付いて離れねえ。こりゃ大分ビビってんな。
元カノの方はと言えば、懲りずに山風に笑顔を送ってる。

「ふ、ふふ…山風ちゃん…お姉ちゃんと遊ぼ…?」

「………嫌。」

「……ぐはっ…!」

「……おばさん、嫌い。べーだ。」

「……お、おば…おば………おぼぁっ…!」

暴言で吐血して血涙まで出す奴、初めて見たわ…。
でも珍しいな、山風がここまで敵意剥き出しにするなんて。


「こらこら、おばさんは言い過ぎだろ?」

「だって…あいつ、づほ姉いじめたから嫌い。」

「ああ、この前の騒ぎを聞いたのかしら?一部の子達がこっそり見てたみたいだけれど。」

「…アレ、見られてたんですか?」

「瑞鳳があなたと飲みに行ったって事は、皆知ってたもの。
夜戦明けの子が見てたみたいね。」

「山風ー、づほ姉あの事はもう怒ってないよ?ほら、翔鶴お姉ちゃんと仲直りしよ?」

「……づほ姉は、兄ちゃんのお嫁さんになるの。」

「「はい?」」

「……づほ姉、兄ちゃんにキスしてたもん。」


その瞬間、確かに空間が割れた。


「………瑞鳳ちゃん…。」

べチャリと音を立てながら、血だるまの顔面で奴がぬるりと立ち上がった。
確かに笑顔だ…にたぁ……って擬音が見えるぐらいに…。

「……どう言う事か説明してもらってもいいかしらぁ…!?」

幽鬼だ…白髪の幽鬼がいらっしゃるうううう!?

「山風!言葉!!言葉足りてないから!!」

「ひいいいいいいっ!?ちちち違うの!あ、あ、あ、アレはね!」

「……アレは、何なのかしら?」

「……いや、うん、そのー…確かにキス、したけど…。」

「おめーも言葉足りてねえよ!?」

「………有罪。」

語尾にハートマーク付きそうな言い方が余計怖え!!
そんな血塗れのツラで俺らを見るな!!きょ、恐怖で上手く説明が出来ねえ!!


「……そう言えば、確かに瑞鳳がキスしたわね。

その場にいた全員に。」


LADY KAGA……あんた、GODや……!!


「……どう言う事ですか?」

「瑞鳳は少し酒乱の気があるのよ。
ある時うちの整備さんが、彼女の浮気で別れてしまった。そこで励ます為に飲み会が開かれたの。

そこで“だったらてめえなんか忘れてやらぁ!ってキスマークでも見せ付けてやれー!”
…と、何故か瑞鳳が口紅べったり付けて、全員の頬に無理矢理キスして回った。男女関係無くね。」

「……で、俺が取っ捕まって餌食になった所を、たまたま山風に見られたって訳さ。
あん時ゃ大変だったぞ…愛宕さんの顔とかキスマークだらけだったし…。」

「……いやぁ、お恥ずかしい…。」

「因みにその時の瑞鳳の写真がこれよ。」

「ぷっ!?ふふ…アナゴさんみたい…。」

「こんなんが迫ってくんだぞ?全員鼻水吹きそうになりながら逃げ回ったわ。」

はぁ…危なかった~……。

づほのアナゴさん面がツボったのか、あいつもしばらくクスクスと笑ってた。
…こいつも顔面、血塗れだけど。

「……そう言う事だったのね。瑞鳳ちゃん、少しお酒は控えた方がいいわよ?」

「はーい…いつも日本酒飲むと楽しくなっちゃって。」

「基本飲み会の半分は覚えてねえもんな?」

「言わないでよもー。」

マジで怖かったー……。
…ん?そう言えば山風どこ行った?


「ハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイ……」


あら、隅っこでガッタガタ震えてる…。


「……山風ちゃん、大丈夫よ?」

「…ひっ!?ぶつよ!?ぶつからね!?」

「もう怒ってないから、ね?」

「………。」

あいつが打って変わって優しく微笑みかけると、山風は恐る恐る近付いて行く。
それで今度は普通に、ぽすんとあいつの胸に抱かれて行った。

……あんだけビビらせたのに手懐けるなんて、さすがの姉力だな。 鼻血拭いてねえが。

「……づほ姉の事、いじめないでね。」

「うん、もう大丈夫。あなたもお友達よ。」

「…うん、よろしく。翔鶴お姉ちゃん。」

「……お姉ちゃん…ふふ、ふへへ……。」

「これを使いなさい、五航戦。」

「ぶべっ!?」

箱ティッシュ掌底…うん、加賀さん正しいわ。


「………山風、寝ちゃったねー。」

「ちょっと疲れてたんじゃねえか?慣れない所苦手だし。」

いつの間にやら、山風は俺の膝を枕に眠りこけていた。
づほか俺の膝で寝るのが好きなんだけど、決まって俺らの間に挟まるんだよな。

俺とづほで頭や肩を撫でてやると、気持ち良さそうな寝息が一層深まる。
癒されますなぁ…本当、可愛い妹分だよ。

「このタオルケット掛けてあげて。」

「ありがとう、お前は撫でなくていいの?」

「ふふ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが揃って嬉しかったんでしょう。邪魔出来ないわ。
小さい頃の妹を思い出すわね…久々に膝枕でもしてあげようかしら。」

「本当仲良いよなお前ら。」

「ええ、自慢の妹だもの。」

「お姉ちゃんと言えば、__のお姉ちゃん元気?」

「…元気も元気、あのバカは不死身だよ。」

「会ってみたいなぁ……あ、翔鶴さん、お手洗いの場所教えてもらっていい?」

「ええ、付いてきてちょうだい。」

あいつらが出て行くと、部屋には俺と山風だけになった。
加賀さんはお淀と話に行ってるし、部屋の中には山風の寝息だけ。


「……兄ちゃん…づほ姉…大好き…。」


ふと聞こえた寝言に嬉しさを覚えつつ、改めてちょっと心配にもなる。
そんな事を考えてる内に、膝の暖かさに俺もうたた寝してしまっていた。





「…ふふ。」

「……何よー、人の顔見て。」

「あ…ごめんね、ついさっきの写真が…。」

「…あの後皆、ぶるるあって言ってとかすごかったわ。口紅、半分ぐらい減ってた。」

「……実際は、どこから酔いが覚めてたの?」

「描いた唇が滲んだぐらいから。」

「じゃあ確信犯ね、やるじゃない。」

「……うん、あれだけ皆と追いかけっこしたらね。
あいつ、最後の方まで逃げ回るんだもん。」

「取っておいたの間違いじゃなくて?」

「それは秘密。」

「…ごめんなさいね、今までひどい事を言って。」

「ううん、私も煽ったもん。おあいこ。
……あなたの事、嫌いじゃなくなったわよ。」

「私もよ。」

「ふふ…翔鶴さん、これからよろしくね。負けないんだから。」

「こちらこそよろしくね。簡単には勝たせてあげないわよ?」



「じゃあ加賀さん、ありがとうございました。
山風もありがとな、助かったよ。」

引っ越しも終わり、二人の帰る時間になった。
あっちの別の艦娘が迎えに来て、あの車に乗ったらしばらくお別れだ。

「…づほ姉、兄ちゃん…。」

山風は名残惜しそうに、ぎゅっと俺らに抱き付いて来た。
可愛い奴だな本当…でも、ひとり立ちしないとな。

「山風、今日からづほもいなくなるけど…俺らがいなくても大丈夫か?」

「………。」

一瞬シュンとした顔をしたけど、あいつはすぐにまっすぐ顔を上げて、こう言ってくれた。


「…大丈夫!あたし強いから!」


よく出来ました、最っ高の笑顔だ。



こうしてちょっとした嵐もあったが、何とか引っ越しは終わった。
そろそろ提督も帰ってくるな…次は挨拶か。

結果、この日はまだまだ長かった。

俺の時は異動シーズンだったが、づほの異動は季節外れに決まった。
だから俺の時は他の連中が来るのを待ってやった事で、づほの場合はすぐやる羽目になった事がある。
その答えは…。

……勿論やらかしてくれました。他ならぬづほがな。

夜はまだまだ長い。


今回はこれにて。次回はまたいずれ。


「じゃ、俺詰所戻るから。提督が戻ったら大淀さんって人が来ると思う。」

「うん、行ってらっしゃーい。」

づほと別れて一旦詰所に戻ると、眼鏡がいない。
どこ行ったー?と見回せば、机に書き置きが置いてあった。

『少々買い出しに行ってくる。』

ん?何か切らしたっけな?
で、よく見ると書き置きの下が不自然に折られてたんだ。そいつをめくってみると…。


『今夜はパーリナイ。』


この時俺は、何かを悟ったのである。





第13話・卵、爛、乱




「では、瑞鳳より挨拶をどうぞー。」

「軽空母の瑞鳳です!今後ともよろしくお願い致します!」

提督が戻ってくるなり当然のように始まったのは、歓迎会…と言う名の飲み会だった。

テーブルに並んだ酒は、眼鏡が軽トラ転がして買ってきたもの。
瓶ビールに混じり、何か日本酒、焼酎、カルーアと危険なスメルを放つ物も混じっている気がする。4月の歓迎会の時は無かったラインナップだ。

あれー…どれも過去にづほがやらかした種類ばっかな気がすんだけど…。

「……大淀さん、さっき加賀さんと何話してたんですか?」

「瑞鳳さんに飲ませない方が良いお酒についてですね。」

「……そのNGの方に沿ってるんですけど。」

「何か楽しそうな事を前にしての“絶対に押すなよ”って、壮大なフリですよね?」

「本当に押してはいけない場合は?」

「いいえ、限界です。押します。そちらの方が楽しいのであれば。」

「手拭いとドラム缶、準備しときますね。湯温は45℃で。
あんたの濁りきった心の眼鏡、しっかり洗浄して下さい。」

……ここのラスボス、提督じゃなくてこいつじゃねえか?


「では、乾杯!」

不穏な物を感じつつ、酒宴は始まった。
頼むぜ、初日でヅホラは勘弁してくれよ…在来線爆弾の如く憲兵さん突貫とかシャレにならん。

まずは初対面の艦娘と積極的に話してるらしい。
元カノと妹はあいつの酒癖理解してるとして、後危険な奴らは……。

「ひゃっはー!!新人ー、あたしとも飲もうよ!」

…おっとやべーのが来た。
軽空母の先輩格…あ、早速注いでる…。

「これはどうも。いただきます…ぷはー…美味しいですね!」

「お、行けるクチだねー。」

あ、意外とガツガツ飲ませないのね…人には勧めないタイプか。
成る程、プロの酔っ払いって所ね。酒の加減を分かってる。
後もう一人、危険人物は…。

「あついですぅ~」

「ポーラ!貴様は服を着ろ!」

はは…絡む前にアウトだよ。
OK、今日は心配なさそうだな。これならづほも羽目外す事はねえだろ……慣れてきてからが怖えけど。

「心配?」

「……まぁ、お前も知っての通りな。」

「そう……随分大事にしてるのね?」

「大事(だいじ)ってより、大事(おおごと)の懸念だけどな。
前んとこから頻繁にサシ飲みしてる仲だからな…親友であり、酔ったら手の掛かる妹って感じだよ。」

「……それ、瑞鳳ちゃんに言わないようにね。」

「何で?」

「刺されるわよ?」

「何でだよ…。」

づほを監視してるのを察したのか、元カノはそのまま他の奴の所へ行ってしまった。
さすがに大丈夫そうかな…そう思った俺も、ひとまず近くの奴らと飲み始めた訳だ。監視は緩めずな。


15分経過

「きゃははははは!!」

笑い声が高くなる。まず危険ゾーン第一形態。

そこから15分経過

「私だってねぇ、×××酒出来るぐらいは生えてるよ!」

えぐい下ネタが出始める。ここで危険ゾーン第二形態。

更に15分経過

「ポーラちゃん…揉んでみてもいい?」

おっぱいマイスター出現。危険ゾーン第三形態突入。
そろそろやべえかな…ん?

「もしもし?どうしたお袋。」

止め時かと思った矢先、ここで親から電話。

それで廊下出て15分ぐらい話して、宴会してた部屋に戻る。
だが…づほがいた方を見てみると、どうもこの部屋自体に姿が無い。

「あれ?づほってどっか行った?」

「あ、キッチン借りるって出てっちゃいましたよ。おつまみ振舞いたいって。」



…………マジで?



「憲兵さん、どうかしましたか?」

「………お前ら、今すぐ逃げるぞ。」

…何てこった…最悪の事態だ。ヅホラ第四形態すっ飛ばして、第五形態が覚醒しようとしてる…!
ああ、そう言えばさっきの荷物、調理道具に混じって何かヤバそうなのあったなぁ…。

「みんなー!お待たせー!」

はは…天使みたいな笑顔だろ?でも所業は悪魔なんだぜ。
づほが持ってるお盆には、皿が6枚…そこにあるのは『赤い』ブツ…。

そう、極められたスキルによって作られた、極めて美味しそうな卵焼き。
赤いと言う不自然ささえ超越する、見た者の食欲を刺激する完璧な焼き具合…。

…でもな、酔ってるづほのおつまみは…本当にヤバいんだよ…!!


「みんな…私の作った卵焼き……食べりゅ?」

「「「食べりゅうううう!!!」」」

皆さん、逃げりゅと言う選択肢は無いんでしょうか?
ありゃトマトかケチャップ混ぜ込んでるな…でも本当にやべえのは…。

「翔鶴さん、食べてみてー。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…。」

皆美味そうなもんを見る目だ…止めらんねぇ…。
6カットが6皿…確率36/6……不幸体質のあいつが引く確率は…。


「モグモグ……ふふ…。


何で…私ばっかり……。」

「翔鶴姉!?」


ドサ…と力無く元カノは倒れた。
唇パンッパンに腫れてやがる……当たり引いたか…。

そうだ、前んとこではづほだけ『飲んだら料理禁止』ってルールが出来たんだよ…。
……これがロシアンたこ焼きならぬ、ロシアン卵焼きだ…!!


「ふふ…確率36/6でこれは当たりがあるの。飲みの余興には持って来いってね。
他はケチャップ入りの美味しい卵焼きだよ?」

「へえ、面白そうだねー。」

「ああ、実に面白そうだ。」

食い付くのかよ!?
ああもう、つくづくイカれてやがるぜここの連中はよ…!

「……なぁ、づほ。今回は何入れた?」

「えっとねー、ウルトラデスソースでしょー。それとね、ジョロキアパウダー!」

「……因みに、ジョロキアは普通の?」

「勿論ブートの方よ!辛いは美味い!」

甘いのと辛いの両方行ける奴、たまにいるよね…。
づほはまさにそのパターンで、スイーツ好きでもあり、一方でカップの担々麺にデスソース掛けて食う女。

「ふふふ…ではこの磯風に任せてもらおうか。」

バカが来たよ!!

おい未成年、お前さっきからジュースだけのどシラフだろ。
また豪快にフラグ立てたな…躊躇いもなく掴んで…逝った!!


「……ふむ、大した辛さではないな。」


あれ?



「……なぁ磯風、お前味見って覚えた?」

「勿論だ。この磯風、同じ失敗はしない。
最近また研究していてな…今度は約束通り、美味いものを兄ぃとあなたに振舞えるぞ。」

……意外な所で危機が発覚。こいつ味オンチか。
じゃあこの前のアレ、そんなんでもブっ倒れるブツだったって事か…う、思い出すとケツが痛ぇ…。


「ねぇ、__…。」


あまーい声の方に振り向くと、俺の目にはまず赤が飛び込んで来た。
その延長線上をなぞると……。


「私の卵焼き、食べてくれりゅ?」


茶髪の悪魔が、天使の笑みを浮かべておりました。



疑問形じゃなく、懇願で来ましたか…。
拒否れねえ…酔ってるづほ相手に拒否ったら、泣く悪寒しかしねぇ…。

恐る恐る箸を伸ばす…気付けば半分近くに減ってるが、当たり引いたのは元カノと磯風のみ…。
現在確率は18/4、行けるか…行けんのか…!?

震える箸先は卵焼きを掴む。
何てスロウな世界なんだろう、今まさに俺は単騎で戦艦に立ち向かう駆逐艦の如し。
さぁ…箸が卵焼きを持ち上げ……

……ふ、二つ繋がってやがるだと…!?

ああ、こんな所で酔っ払いの雑な包丁発揮。
なのにづほは甘える猫の如く期待のこもった視線。
うん、何かもう辛い!漂ってくる匂いが痛いぞ!これ当たりじゃん!シャッフルしてる意味ねえじゃん!


「………食べて、くれないの?」


小首を傾げんじゃねえ、周りの視線が痛えじゃねえか…。
さっきまで電話してたディアマイマザー…先立つ不孝をお許し下さい。


「た、食べりゅううううう!!!」


この後、辛さ故に寒さを感じる貴重な体験をいたしました。
最終的にほぼ失神し、後の事は目覚めるまで覚えておりませんでした。


俺は霊感持ちですが、この時成仏したはずのおばあちゃんが見えました。
川の向こうでまだ来るなと叫ぶ声に素直に従い、目覚めたらそこはづほの膝。

づほは酔っ払って寝ておりましたが、どうやら俺は甘えるような体勢で横になっていたようです。

起きて最初に目が合ったのは、それを見ていた元カノ。
視線だけで先ほどの川へ還ってしまいそうになりました。うわあ、幽霊より怖えや。

そんな幽霊より生身の方が怖えと常々思う俺ですが。
この後日、この霊感のせいで再び大変な目に遭うのでした。

その過程で、眼鏡こと憲兵長の秘密を知る事となるのです。
ついでに、馬鹿は死んでも治らないという事も学習するのでした。

それと…艦娘を守る憲兵としての心意気を、改めて学ぶ事にも。




追伸

翌日、遂に痔主デビュー致しました。




今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。


「……はぁ…。」

俺のケツにはドーナツクッション…ならぬ、通称浮き輪さんと呼ばれる怪しいものが敷かれている。
とある艤装建造の過程で出来た副産物らしいが、何でも元は深海のなんだとか。
妖精が悪ノリで作ったなんて噂もある。

分析してみてもただの浮き輪だったらしいが、手足やツノが生え、口も付いてる何とも言えないデザイン。今にも喋り出しそうだ。
先日痔主デビューしちまった俺は、注文したクッションが届くまでこいつを使う羽目になった。

本日は事務作業多め。
現在俺は、そいつを敷いて眼鏡と二人で仕事をこなしている。







第14話・仄暗い水の底から来たる奴-1-






「……さて、休憩にしようか。」

「あれ?もうそんな時間ですか?」

時計を見れば、もう15時だ。
午後休憩はいつもコーヒーでも飲みつつ、眼鏡と取り留めも無い話をして終わる。

「くくく、座り心地は快適そうだな?」

「冗談じゃねえっすよ。今にも動き出しそうで気持ち悪いです。」

「まあ、クッションが来るまでの辛抱だな。当面はそいつで耐えるしかあるまい。」

「お陰さんで通院に時間取られて、こっちの道場決まるのが伸びそうですよ。なまっちまう。
あ、磯風が新作の研究してるって言ってましたよ。その暁には、憲兵長も俺の苦労が分かるんじゃないですかね。」

「大丈夫だ、もはやあの子の料理で私の腹は鉄壁、せいぜい下す程度だ。
あの子が幼い頃から喰わされて来ているからな。」

「誇る事じゃないでしょう。」

座り心地自体は悪かねえが、とにかく落ち着かねえ。
ストレス溜まるぜ、道場行きてえなぁ……あ、そう言えば眼鏡に訊いてみたい事あったんだ。


「そう言えばちょっと訊いてみたかったんですけど、あんたの強さの秘密って何なんですか?」

「私か?年の功と言う奴だ。」

「28で何言ってんすか。もっと具体的には?」

「…柔術を小さい頃からやっていたが、そこに軍式格闘術を加えただけさ。貴様も似たようなものだろう?」

「それだけですか?にしちゃあやたら強いですけど。」

「正確には、貴様とは育ちが違うからな…私は元・陸軍特殊部隊だ。」

「特殊部隊!?エリート中のエリートじゃないすか!?何でまた憲兵に…。」

「………聞きたいのか?」

この時初めて、眼鏡のバツが悪そうな顔を見た。
こいつがこんな顔するって、何なんだ?


「そうだな……私の個人的な話にはなるが、憲兵としての参考にはなるだろう。」


触れるべきか迷ってる内に、眼鏡はふー、と一息吐くと、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、昔の女の話さ。」


私が軍人になりたての頃か。

その当時はまだ新兵、今後どうなりたいかもおぼろげな頃さ。
最初に配属された部隊で、ある女に出会った。

「君も同期でありますか?よろしくお願いするであります。」

「ああ、よろしく。」

「ふふふ、何とも辛気臭い面構えでありますなぁ。まあ肩の力を抜いて、酒でも飲むであります。」

「何だと貴様。」

真っ白な肌に、古臭い軍人言葉。そのくせよく毒は吐く。
変な女と言うのが第一印象だったな。

「__!!このスピードでは弾道がブレるであります!!」

「馬鹿者!!そこを見極めるのが砲手だろう!?」

「おめーら車長の俺を無視すんじゃねえ!!」

最初は戦車の訓練でコンビを組まされたが、しょっちゅう喧嘩ばかりしていたよ。
車長の教官によくゲンコツを喰らっていたものさ。


最初は喧嘩ばかりだったが、その後も様々な訓練でコンビを組まされた。
野営に格闘術、果ては座学に至るまで。事あるごとに顔を合わせては、お互い遠慮の無い関係になっていった。

「__は、どうして軍に入ったのでありますか?」

「そうだな…ただの腕試しさ。自分がどこまでやれるか知りたくてな。」

「くくく、あなたらしいでありますなぁ。」

「そう言う貴様はどうなんだ?」

「自分でありますか?

そうですなぁ……人を守る職に就きたかったからであります。
我々の仕事は、もしもの際に戦う為だけでは無い。
災害、大事故…そう言った有事にこそ、力を尽くしたいのであります。人の笑顔の為に。」

「…………意外と、まともなのだな。」

「意外は余計であります。」

それまで馬鹿な所しか知らなかったからな、面食らったものさ。
それと同時に……力だけを求める自分の在り方に、疑問を持った。


どうしてそうなったのかなど、もはや些事だった。
強いて言うなら変わり者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
その後私とその女が恋仲になるのに、あまり時間は掛からなかった。

それと同時に、私には夢が出来た。

特殊部隊の隊員となり、有事の要となる。
まだ今の戦いが始まる前の話、当時はそれが人を守る為に力を使う事だと思ったのさ。


「……特殊部隊、でありますか…。」

「ああ、試験を受ける事にした。人を守る為に俺に出来る事は何か、それを考えてな。
…少しの間、お前と離れる事になる。」

「………大丈夫であります。やるなら頑張るでありますよ!応援してるであります!」


私はまだ若く、無謀な挑戦だと誰もが思った事だろう。
だが、その後難関である試験を突破し、晴れて特殊部隊の所属となれた。史上最年少の快挙だ。

東京の所属となり、奴とは遠距離恋愛になった。
それでも出来るだけ休暇の度に会いに行き、その度濃い時間を過ごしたものさ。

……奴はな、その頃引退も考えていた。つまりはそう言う事だ。

だが……特殊部隊としての私の出番は、とうとう来なかった。
今の戦い…深海棲艦との戦争が起きてもな。


貴様もよく覚えているだろう?あの頃の絶望的なニュースの数々を。
艦娘が戦力として公にされるまで、世界中が絶望に包まれた頃だ。

海での重火器による、未知の怪物との戦い。
『対人間相手』のエキスパートである特殊部隊には、成す術など無かった。作戦への参加すら出来なかったのだからな。


そしてある日、あの報せが来る。
俺が、最後に奴に会った日だ。


「……本気なのか?」

「……本気であります。艦娘…女にしか出来ない事ならば、今こそ自分が動くべき時。
適性が出たならば、自分は海軍へ出向するのであります。」

「……ならば、俺は憲兵隊へと転属する。せめてお前達の日常だけでも…!」

「…ダメであります。」

「……!!」

「有事の今こそ、国家や街を狙うテロリスト共が動きかねない。
自分は海を、あなたは陸を。守るべきものを守るのであります。
それが人々を、ひいてはこの世界を守る事なのであります。

……大丈夫、必ずあなたの元に帰るから。」

「……分かった。“__”、必ず戻れ。」

「……ええ、必ず。」


そして奴は適正を得て、艦娘となった。
『揚陸艦・あきつ丸』、それが艦娘としてのその女の名さ。



その後どうなったかと言えば……死んだよ。あっさりとな。


当時は開戦したて、艦娘はどの国も実戦投入の経験が無かった。
故に、まだ戦闘の定義など未知数だった…その時敵が初めて使った兵器にやられてな。

遺体と対面こそ出来たが、随分な火傷を負っていた。
最後にあいつを抱いた時のぬくもりも、その後遺体と交わした口づけの冷たさも、よく覚えている。

あいつの僚艦と会う機会があってな、今際の際の言葉を教えてくれた。



“最期に一目、会いたかったでありますなぁ”



…そんな事は、私も同じだったよ。



……どれほど敵を憎んだろうな。

性器を切り落としてでも艦娘となり、奴らを皆殺しにしてやろうか。
或いは腹に爆弾を巻いて突っ込んでやろうか。

そんな事ばかり考えていた中で、私は一つの答えを見付けた。

時に共に笑い、時に正し、時に地上での悪意を退ける。
戦えぬのなら、彼女達の帰るべき場所で日常である、この陸を守る事。
それが私の戦争であると捉えたのさ。

その後私は特殊部隊を辞し、憲兵隊へと転属した。
故に本部付きでもない、地方のしがない憲兵長に収まっていると言った所だ。

…今でも時折突堤に立つと、あいつが帰って来るような気がするんだ。
出撃する様など、見た事も無かったのにな。

あの時振り切ってでももう少し早く憲兵となっていれば、せめて母港で迎えてやる事ぐらいは出来たのかもしれない。
そう思うと、やり切れぬものはあるよ。


「グスッ……憲兵長……。」

「瑞鳳君の誘拐の件もそうだが、所詮彼女達も、艤装を外せばか弱い乙女さ。
日常である陸の上では、守る存在が必要だ。

私の考える憲兵の存在意義とは、そんな彼女達の笑える場所を守る事。それが私の信念であり、この職務への魂だ。
そこへの嘘偽りは無いんだが……。」

「………へ?」

「………しかし、恋人の話は全部嘘なのだ。」

「俺の涙を返せ!!」

「ぶぼぁっ!?」

「んの野郎~…あったまきた!警邏行って来ます!しばらく反省してろボケ!!」










「…ふー……嘘を嘘と見抜けん内は、まだまだだぞ?小僧。」








あー…ムカつくわあいつ~。

イライラしながら警邏に出てる内に、外は夕暮れに差し掛かっていた。
今いるのは倉庫の裏手、日頃人通りの無い場所ではあるが、ここも見ておかないといけない。

んー?何だありゃ?
ああ、幽霊か。早い時間にご苦労様なこった。
いつの時代だよ…随分古臭い軍人ルックに、ミニスカの女…。


……ミニスカの女!?


その不自然さに気付いた時には、もうその幽霊はいなくなっていた。
だが……じわじわと、しかし確実に何か音がするのがわかる。


“とーりゃんせー…とーりゃんせーー…こーこはどーこのほそみちじゃ……”


ガキの頃以来の感覚に、全身が泡立つ。
そうだ…俺程度の霊感でここまではっきり聴こえて、尚且つ積極的にコンタクトを取って来る…。

やべえ…悪霊だ!!

除霊出来る隼鷹も、こんな場所にはいない。
歌声がどんどん近くなる…やがてそれが耳元まで迫り、思わず目を閉じた時。



「君、自分がわかるのでありますな?」



肩に生々しい手の感触が走った瞬間、俺は遂に死を覚悟したのだ。


「お、お前は何だ…?」

「ほう…話も出来るのでありますか。
安心するといいのであります、何も取り殺そうと言うわけでは無いので…自分は君の先輩でありますよ?」

軍帽の下には、病的に白い顔。
不敵に笑うそいつは、自らの名を俺に告げた。



「自分はあきつ丸。生前は艦娘だった者であります。
君の霊感を見込んで、一つ手伝って欲しいのでありますよ。」



こんなホラーな出会いだったが故に、恐ろしい目に遭う事しか想像出来なかった。

まあ、恐ろしい目に遭うのは変わらない。
ただし……例の如くの大騒動になるとは、この時の俺は知る由も無いのであった。

今回はこれにて。次回より、いつもの感じになります。



「……死んだ艦娘が、憲兵風情に何の用だ?」


目の前の幽霊は、さっきの話とぴったり符合する存在だった。
眼鏡の野郎…ありゃ本当の話だったのか。

でも、見えるだけの俺にこれだけ接触出来るって事は、間違いなく悪霊の類。
どうする?最悪寮に駆け込めば隼鷹が…!

「ふふ…正確にはあなたの上官に用があるのでありますよ。」

「…あいつを取り殺そうって魂胆か?ここにゃ正真正銘の霊能者もいる、あんまりはしゃぐと飛んで来るぜ?」

「くくく……彼女とは話は着けてあるのであります。
“好きにしな、代わりにあたしは一切協力しない。”と言っておりましたなぁ。それと…もしもの時はあなたを頼れと。」

「……な!?」

あいつ、何で…!?

このぞわぞわとする感覚…かなりの力を持った奴か?
そうだ、一か八か、昔教わった印呪を…!

「おっと…そんな危なかっしい手付きはやめて欲しいですなぁ。」

「……!?」

手が動かねえ…!?クソッ、手だけ取り憑かれたか!

「……あまり乱暴な事はしたくないのであります。
大丈夫、少し“キョウ”と話をしたいだけですから……そこを何とか。」

その時見えた顔と眼鏡の名を呼ぶ声に、俺は切実な物を感じた。
昔助けてくれた霊能者に言われた事がある。どれだけ困っていても、幽霊に手を貸すのは厳禁だと。

でも……


“最期に一目、会いたかったでありますなぁ…。”


眼鏡の話に出てきた、こいつの最期の言葉。
そいつがふと頭を過ぎった時、俺は……。


「……分かった、危害を加えねえって条件なら話は聞いてやる。」


どうしても、完全に拒絶する事は出来なかった。





第14話・仄暗い水の底から来たる奴-2-




「…あんたがあいつの言ってた女か……で、どこから見てた?」

「…ずっと、キョウのそばにいたのであります。
さっき、キョウが自分の話をした時も。」

「……待て、ずっとって事はアレか?サンマ霊の時もか?」

「………さっき、君の手を固めたでしょう?本当はアレが自分の全力であります。普段は霊視されない事だけで手一杯なもので。
そうですなぁ…悪霊と呼ぶには、自分はいささか恨みが足りないようで。未練の強さ故の、半端に強力な霊と言ったところでありますな。
くく…でもあの夜は面白かったでありますよ?キョウはアレで感情豊かな男でありますから。」

「ぶっ飛ばされた身にもなってくれよ…。」

「ただ、ある艦娘が自分を見て腰を抜かしてしまったようでありますな。顔は分かりませんでしたが。
霊視避けが甘かったようで…アレは悪い事をしてしまった…。」

「……それ、多分俺の元カノな。ストーカー気味の。」

「なんと。その件はキョウのそばでよーく見ていたのであります。ほほーう、罪な男ですなぁ?」

「塩撒くぞてめぇ。
…でもあいつ、今はしょっちゅう女摘み食いしてる身だぜ?話したいって言っても、もう吹っ切られてりゃしねえか?」

「……その件も、よく知っているのであります。
時折こっそり自分の写真を見ては涙を流し、ふらりと街へ出ては知らぬ女に声を掛ける。
キョウは、自分以来恋人を作っておりませぬ。人肌恋しくもなりましょう、忘れてしまえば良きものを…。

ですが……そうして知らぬ女とまぐわう様を見てしまうと…その…。」

一瞬俯く様に、地雷踏んじまったかと我に帰る。
まずったな…それで謝ろうかと思った時。


「…………ものすっごく興奮してしまうでありますなぁ!!」ハァハァハァハァ


あ、こいつ間違いなくあの眼鏡の女だわ。
変態だ。ものすっごく変態だ。


「………引くわー…。」

「おや?寝取られ趣味はお持ちでないようで?
生前キョウには黙っていたのでありますが、もし浮気していたら現場を覗き見したいと常々…。
大丈夫、実際の我々の夜の生活はそれはそれは濃厚な愛の……。」

「いや、ほんと黙れお前。とりあえず黙れ。な?」

聞きたくねえよんなハードコアなナイトライフ。

はぁ……さっきまで身構えてたのがバカバカしくなって来た…。
まあ、何すりゃ良いかは何となく分かった。用が済みゃこいつもどっか行ってくれんだろ…。


「…じゃ、行くか。」

「どこへでありますか?」

「決まってんだろ。お前の眼鏡の王子様んとこさ。」


「戻りましたー。」

「おかえり。頭は冷えたか?」

「あんたはずっと沸きっ放しですね。」

ったく…呑気なもんだぜ…。
照れ隠しか知らねえけど、こっちはご本人様経由であんたの嘘を知ってんだからよ。

あきつ丸の力で、こっちはテレパシーでやり取り出来る。
問題は……さて、このバカにどう気付かせようか。

“あきつ丸、霊力を俺に送れるか?”

“可能だとは思いますが…どうするのでありますか?”

“前の幽霊騒ぎの原因は、俺の霊力の暴走だ。ちょっと分けてもらえりゃ、このバカに見せるぐらいは出来るかもしれねえ。”

“やってみるのであります…!”

さて、後はそれとなく眼鏡に触れれば見えるはず。
そうだな、机の対面にいる今なら…。

「…っと、失敬。ペンが…。」

ペンを転がしたフリして、それとなく手に触れる。
後は俺がケーブル代わりになって、眼鏡にあきつ丸が見えるって寸法だ。

…さて、感動のご対面かな?


「………キョウ。」

「……アキ!?」


よっしゃ見えたか…これで眼鏡の目にも涙だ。
くくく、貴重な瞬間しっかり確認してやるぜ……ほれ、こんな白目剥いて…。

……って、白目?


「……………オバケ。」


バターン、と派手な音と共に、眼鏡は椅子ごとぶっ倒れた。

前んとこに朧って奴がいてな、朧には相棒がいた。
カニさんって言うんだけど…ふと思い出したなぁ。

うん…だってすっごい泡吹いてるもん。眼鏡。



あ、あはははは……そういやこいつ、幽霊ダメだったな……。」

「……自分も浮かれてて、忘れてたのであります。」

「……因みに何でこんな強いのに、幽霊ダメなの?」

「物理で倒せない存在とかあり得ない、と言っておりましたなぁ…。
昔冗談でわらべ唄を歌ったら、発狂したのでありますよ。」

「基準そこか。」

「………は…試しに…。」


……これ、詰んでね?

どうしたものかと椅子に座り、手は無いものかと考えてみる。
ん?何かケツがもぞもぞすんなぁ…。

“どくのであります!苦しいのであります!”

“人が考え事してんのにどこ行ってんだよ?大体どくってどこに…”

“お、重…死ぬ……ど、どけと言っているでありましょう!?”

「づあだあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!???」

「何だ!?」


丹田が放つ一世一代の叫び。

痔主が大痔主に出世しそうな激痛がケツに走り、思わず視界がビッグバンだ。
頭蓋で鼓膜が自爆しそうな大音響、流石に眼鏡も飛び起きた。
朦朧とする視界の中、後ろを見るとそこには…

カンチョーのポーズでどっしりと立つ、浮き輪さんがいた。指から煙を上げつつな。


「……あ°がっ……おふぅ……!!」

“はぁ…はぁ……潰れるかと思った…。
こ、この面妖なクッションに取り憑いたのであります…。君が早くどかないから…!”

「て、てめえ…俺は痔主なんだよ…!」

「………その浮き輪は、何だ?」

「……あ、あんたの昔の女だよ…今浮き輪に取り憑いてる……これなら怖かねえだろ…?」

「…………アキ!!」

“キョウ!!”


えー、感動的な光景に見えそうですが、ここで状況を整理しようか。

まず、目付きの悪い眼鏡が愛おしげに浮き輪を抱き締めてる。
浮き輪(中身はあきつ丸)は、短い手をひょこひょこと一生懸命動かしている。正直動きが虫のようだ。

で、その横。
俺は這いつくばってケツから煙を吹きつつ、脂汗をかきながらそれを見ている訳だ。

………何だこの光景。


「……アキ、ずっと会いたかったぞ!!」

“キョウ…この日を待っていたのであります!!”

………鬼の目にも涙、かぁ。

ま、こんな事があってもいいじゃねえの。
さーて、お邪魔虫は少し席を外して…。


「………浮き輪にも、穴はあるんだよな。」

“……キョ、キョウがそれでいいなら、自分は…。”

「…待てやコラァ!!」

「ほぼぁっ!?」


我ながら、見事な延髄切りだったと思う。
そうだ、こいつら重度の変態だった…。



「…な、何をするのだ…!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎。憲兵が詰所でお縄とかやめろや。
……ところで、声は聞こえてます?」

「………いや、声は聞こえないな。」

“……そうでありますか。”

……二人の声が分かるのは、俺だけって事か…。
この際だ、何とかしてやりたい。幽霊体だと眼鏡が本能的にぶっ倒れる…じゃあどうしよ


う?


おや、俺の意識と関係なく足が動くぞ?
てくてくと眼鏡の方へ……。


「……キョウ。」(憲兵ボイス)


……待て、何で俺は慣れ親しんだこの低ーい声でこいつの名前を呼んでんのかなぁ…?


“…あきつ丸、今どこにいる?”

“自分、あきつ丸。今あなたの体にいるのであります。”

“何故に?why?почему?Perché?”

“……どうしても、話したいのであります。”

"だったら意識まで乗っ取れや!?”

“いやー、自分、そこまでの力は無くて…”

"おい!?”


「…ずっとあなたのそばにいた…どれほどあなたが自分の事を想ってくれていたのかも見ていた…。
でも…早く忘れるのであります。あなたには未来があるのだから。」

「……アキ。」

「……らしくないですなぁ、説教なんて。言いたい事は、こんな事じゃないのに…。」

「……俺は、ずっと悔やんでいた…あの時少しでも、お前のそばにいられたならと。
……大切なものを守るどころか、近くにいる事さえ…!」

「……ここは、良い鎮守府でありますな。
ひとたび戦地から戻れば、皆笑顔で…本当に楽しそうであります。
それをあなたが陰で支えてきたのを、ずっと見ていたのでありますよ。

だから…もう自分を許してあげて欲しい。」

「………アキ。」

「キョウ……愛しているであります!!」(憲兵ボイス)


あ"ーーーーーーーっ!!??

お、俺の声で何言ってくれてんだおい!感動的なセリフが台無しだ!
待って…この流れ……あきつ丸、何故しゃがむ?

共有する視界に近づくのはツリ目とレンズ…そしてつまりその動作の解とは…!!






『ぶちゅううううぅぅん………』






はは……すげえや……人って、魂だけでも気絶出来んだな…。

生々しい野郎同士のあまりのあまりにもな感触に意識が遠のく。
瞼を閉じるかのように意識がフェードアウトして行く中、俺の目にはある光景が映っていた。


眼鏡も……ゲロ吐いて倒れてんじゃん……。



「いやー、昨日は話せて良かったであります。感謝感謝!」

「感謝じゃねえよ馬鹿幽霊。流石のあいつも、キスの瞬間の記憶飛んでたぞ。」

「………ふふ、思い返すとホモも悪くないでありますなぁ。」

「大丈夫だ、お前はもう性根が腐ってる。この性癖キツキツ丸。
あの後気絶から覚めて、真っ先に吐いたからな。どうしてくれんだこのトラウマ。」

「……自分にとっては、良い思い出でありますよ。
体を借りたとは言え、もう一度キス出来たのでありますから。」

「……は~…ったく、こっちゃ損ばっかだっての。」

………ま、人助けだと思えば悪い気はしねえか。

寮の屋上で話しながら、ぼんやりと中庭を見ていた。
笑い声に、楽しそうな皆の姿……なんて事ない日常だけど、皆いつも、戦地から戻った上でここにいる。
こうして見れば、皆普通の女の子だけどな。

……初期に比べれば、戦況はとても良いと聞く。
でもこいつみたいに、生きて帰ってこれない奴もこれから出るのかもしれない。

日常を、笑える場所を守る……か。
そうだな、ただ鎮守府の治安を守るのだけが、俺達の仕事じゃねえ。

「お前、これからどうすんだ?」

「そうですなぁ、何でか成仏も出来なかった訳でありますし…しばらく、幽霊らしくふらふらしてみるのでありますよ。
キョウの事も、まだまだ心配でありますし。」

「……そうか。クッションも届くし、あの浮き輪ならもう空いてるぜ。浮遊霊に飽きたら使えよ。」

「……ふふ、そうするであります。」

「おや、先客は『お二人さん』かい?」

「……隼鷹。」

「……隼鷹殿、感謝するであります。」

「あたしは何もしてないってーの。礼は憲兵にだけ言いなよ。
……少しは気は晴れたかい?」

「ええ、少しだけ。でも、まだまだあの馬鹿は心配ですなぁ。」

「……そこであたしの出番、だろ?」

「ふふ……どうか、頼むでありますよ。」

「頼まれなくても適当にやるよ。あたしはそんなに良い人じゃないからね。
……死人とは言え、あんたに手なんか貸すかっつーの。だから憲兵紹介したんだよ。」

「ん?俺?」

「……女の嫉妬の怖さは、あんたも翔鶴でよく知ってるだろ?
ま、ここからは『生者』に任せな!じゃーあたしは飲みに行くから!」

「ふふ…頼もしいでありますなぁ。」

「はぁ……あいつ、そういう事か。押し付けやがって。」

くく…飲んでもねえのに真っ赤でやんの。
まぁあれぐらいガサツな女の方が、眼鏡みたいな奴には良いのかもな。眼鏡が振り向くかは置いといて。

「あきつ丸……あら、いねえ。」

ぼんやりと座るベランダに、一陣の風が吹いた。
夕暮れ時のオレンジの中、何とも落ち着くような、ぽっかりとしたような。

そんな不思議な時間に、しばしぼんやりと浸っていた。


……とか感傷に浸ってた時期が、俺にもありましたとさ。
溜息止まんねえ…その理由はと言えば…。


「あきつ丸ー!あれやってー!!」


声が掛かると同時に、浮き輪さんがしゅたっと起き上がる。
結局あれから数日もしない内に、あきつ丸は浮き輪さん経由で存在をアピールし始めた。

曰く、ヒマすぎるからと。

隼鷹と俺で中身について説明をし、そこからは一瞬で鎮守府内のマスコットと化してる始末だ。
あの提督と秘書艦コンビの後押しがあったのは言うまでもない。

“ふふ、駆逐艦達の相手をしていて思いますが、幽霊も悪くないでありますなぁ…。”

“さっさと成仏してくれや…知り合いの霊能者呼ぼうか?”

“その時は全力で戦うでありますよ。
キョウが本当に立ち直る日まで、自分はこうして見守るのであります。”

「……アキ、またここにいたのか。」

「………。」ポスン

ものは言えねえけど、嬉しそうに膝に乗っちまう辺り、どっちもまだまだだろうな。
まぁ…浮き輪さんを愛でる眼鏡、シュール極まりねえけどよ。

「……あきつ丸ぅ…そろそろ成仏するかい?」

“げ!逃げるであります!!”

「待ちなコラ!
……ったく、あんにゃろう。」

「まあまあ、あいつもここが気に入ったようだからな。気が済むまで置いてやろうではないか。」

「良いのかい?あんたの元カノ成仏出来てないんだよ?」

「……私次第、という事だろう。」

「けっ…まあいいや。憲兵長、た、たまにはあたしと飲むかい?」

「……そうだな。一献付き合わせてもらおうか。」

「へへ…そうこなくちゃ!」

色々と、まだまだ時間掛かりそうだな。
でもそんなもんでいいだろう。ゆっくりと進むのを願うぜ。

今回の事は、相当学ぶ事は多かったな…。
さて、明日からもまた頑張ろう。


…で、その後の一件なのですが。
守らなきゃいけない方と一悶着起こるのでありました。

艤装装着時の怪我なら、艦娘は入渠や修復剤で治る。
ただ、裏を返せばそれ以外の時は効かない。例えばプライベートで重症負ったら、勿論入院コースな訳だ。

この数日後、俺が来る前に『ある怪我』で入院してた奴が帰って来る訳で。
まあ、何と言うか……

時雨どころか土砂降りなドタバタ劇が、俺と眼鏡を襲う事になるのだった。


今回はこれにて。次回はまたいずれ。


今日も鎮守府を守る平穏な勤務……とは行かない日もある。
珍しい事に今俺は、仕事として車の助手席に座っている訳だ。

「……はぁ。もうサボって飯でも食うか?」

「珍しいですね、あんたがそんな事言うなんて。お疲れですか?」

「いくら私とは言え、気が乗らない任務もあるさ。」

ハンドルを握る眼鏡は、何やらうんざりしている様子。
これからの任務は、どうも相当気が進まないものらしい。

任務と大げさに言っちゃいるが、今日やる事は、実際の所ただの迎えだ。
何でも入院してた艦娘を迎えに行くって話しだが…何で俺らの出番なんだろう?





第15話・時に雨、時に晴れ




「普通の病院ですね…じゃ、行きますか。」

「待て、まだ降りるな。話がある。」

車から降りようとすると、眼鏡に制止を食らう。
何だ一体…すると眼鏡は、後部座席からバッグを2つ取り出した。

「貴様も持っていろ、中には警棒と手錠が入っている。」

「へ?わざわざ私服で来たのに?威圧しないよう私服で~って言ってたじゃないですか?」

「それは病院や他の患者への配慮だ。
……今回退院して来る奴は、うちで一番の問題児でな。もしもの為の保険だよ。」

「一番の?」

この時俺の頭ん中では、なかなか武闘派な想像が浮かんだ。
入院もしてるし、まさか喧嘩っ早いのか?

「元ヤンとか格闘技とか、そっち系ですか?」

「そうではないな。ただ、少々過激だ。
私も手を焼いていてな…一度、『私の私』に痛恨を喰らった事もある。蹴りでな。」

「げ……そもそも、何で入院してたんですか?」

「高所からの転落だ。右足、アバラ4本、肩甲骨の骨折。頭と腕をそれぞれ10針と7針縫っている。
合わせて全治2ヶ月半、足にはボルトとプレートが入った。」

「……まさか飛び降りですか?ちょっと鬱入ってるとか…。」

「鬱ではないな……いや、ある意味病んでいる。」

「ある意味とは?」

「………会えば分かるさ。」

毎度の悪戯心じゃなく、純粋に説明する気力が湧かないのは雰囲気で察した。
さて…鬼が出るか蛇が出るか、向かうとしようか。


入り口を抜けると、至って普通の病院だ。
眼鏡が手続きを済ませ、教えられた病室へと進んで行く。
一般病棟、結構奥なんだな……何だか余計緊張感が増して来る。

扉を開けると、椅子に座る女が一人。
犬みてえな外ハネの髪と、赤い眼鏡。私服な点と言い、まさにこれから退院する様子だ。
見た所駆逐艦か…こいつで間違いねえな。

「……迎えに来たぞ。お勤めご苦労だったな。」

「なんだ…憲兵長か。提督はいないの?」

「いる訳ないだろう、すぐに会わせる訳にはいかん。」

窓の外では、ポツポツと雨が降り始めたようだ。
そんな中、俺に気付いたのかそいつは声を掛けて来た。

「いい雨だね…後ろの人、新しい憲兵さん?噂はかねがね聞いてるよ。
初めまして、僕は時雨。よろしくね。」


その瞬間、外で雷が光った。


「~~~~♪」

通り雨も過ぎ、外は再び晴れ模様。
しかし車の中は、カーステレオだけが声を発している状態だ。

そんな俺らの妙な緊張感を無視するように、時雨は微笑みながらスマホをいじっている。
退院が嬉しいのか、機嫌は相当良さそうだ。

「……時雨、着いたら寮へ直帰だ。分かったな?」

「その後提督に会いに行けばいいの?」

「…正規の命令は後で来るが、あいつから伝言だ。
ひとまず3日は出撃無し、体の慣らしの為に普通に過ごせとさ。要は貴様は待機という事だ。」

「……じゃあ、『まだ』正規命令じゃないんだね?だったら体を慣らす意味でも、会いに行ってもいいよね?」

「ダメだ。」

「どうして?」

「私達の出番になるだろう?」

何だこの重い空気…問題児とは言ってたけど、こいつら自体も仲悪いのか?
そうは言っても退院明け、2ヶ月半も入院してたら、見たい顔だってあるだろう。
しゃあねえ、ちょっと間入ってやるか…。


「まあまあ、久々に見たい顔ぐらいあるでしょう?許してやったらどうです?」

「……貴様はこいつの本性を知らぬからそんな事が言えるのだ。」

「……はい?」

「提督は鎮守府近くのマンションに住んでいるんだが…こいつが怪我をしたのはそこだ。
ベランダから侵入しようと、雨どいを伝い3階のあいつの部屋へ登っている途中…どさりとな。」

「……提督より、先に入ろうと思ったんだよ。」

「そもそも、あいつは貴様に家を教えていないのだが…近所とは言え、部屋番まで見抜く洞察力が恐ろしいよ。」

「…………!!」

「……気付いたか?こいつの本性に。」

はは……ま、まさか、こいつが一番の問題児たる由縁は…。

「…そう、時雨は超が付く程あいつが大好きなのさ。所謂ストーカーと言って差し支えないぐらいだ。
ついでに言うと、こっそり翔鶴君にストーキングのイロハを教えていたらしいな。
以前の妖精ストーキングの件は、聞くまで私も知らなかったぞ。アレはさすがにやり過ぎだ。」

「僕は好きな人の事を知りたい気持ちを、手助けしただけだよ?
ふふ…早く会いたいなぁ……提督、今度こそ…。」

それ以降の時雨の独り言は40行ぐらいになりそうだったが、全て割愛させてもらう。
ってか、ほぼピー音になる内容だ。後ろからお経みてえに聞こえてくるそいつは、かなりの恐怖だった。

この時ようやく、なぜ俺達が駆り出されたのかを理解した。
あいつの師匠にして、ターゲットは提督…笑えないレベルのヤンデレが、まさにこの車中にいるのだと。


「どうして付いてくるの?」

「…分からんのか?」

「何もしないよ。僕も部屋でゆっくりしたいんだ。」

寮に着くと、俺達はこいつの部屋までしっかり付いて行った。
ひとまず部屋までは送ったが…さて、これからどうなるのか。

「私が連絡するまで、ここで待機していろ。他の者が来た際は通して構わん。」

「憲兵長は?」

「寮の外へ行く。駄犬には灸を据えてやらねばならんからな。」

「いや、駄犬ってあんた…。」

何故外なのかは分からないが、何か考えがあるらしい。
眼鏡と別れ、しばらく部屋の前に立っていると……。

「憲兵さん、時雨が帰って来たっぽい?」

時雨と同じく、外ハネの髪…えーと、この子は確か…。

「ああ、夕立か。時雨の姉妹艦の。」

「そうだよ。時雨に会いに来たっぽい。」

久々に仲間に会いに来た…って割には、何やら真面目な顔だ。
姉妹艦だからだろう、この子も色々思う所があるのかもしれない。

「……やっぱり、あいつって色々やらかしてんの?」

「アレは提督さんも悪いっぽい。変に気を遣うから時雨も思い詰めちゃうっぽい。」

「……気を遣う?」

「そうっぽい。病院じゃお説教も出来なかったから、これからお話するっぽい。」

バレてる気もするが、一応見張ってるのは黙ってる。
俺はドアの死角に身を寄せ、夕立もあまり開けないように中へ入ってくれた。

それで5分としない内に…

「時雨!?」

夕立の声!?
慌てて部屋に入ると、中には夕立しかいなかった。


「憲兵さん!時雨が飛び降りたっぽい!!」

おい、ここ3階だぞ!?
…ん?枠に鉤付いてる!!忍者かあんにゃろう!!

慌てて外へ出るが、部屋の真下はかなり回りこまなきゃならない。
全速力で落下地点に向かうが、恐らく2~3分は掛かってる。逃げられたかと思ったが…。

「離してよ!」

「くくく…貴様の考えなどお見通しだよ。」

息を切らして辿り着いた所には、時雨をお姫様抱っこする眼鏡がいた。

「…くっそ~…!!何で会いに行っちゃダメなんだい!」

「貴様には前科があるからな。一服盛ろうとした件を忘れたか?
お姫様抱っこ…一見ロマンチックな言葉だが、この体勢がどう言う意味を持つか分かるかな?」

「……!!」

「貴様と私の体格差なら、このまま肩と膝を締める事も出来る…或いは股と喉を押さえれば、危険な背骨折りの完成になるぞ?また入院したいのか?」

「……分かったよ。」

「良い子だ、抵抗しないなら降ろしてやろう。」

「………なんて言うと思ったかい?」

時雨が降ろされた直後、ごしゃ…と鈍い音が響き渡った。
金的…!アレは洒落にならねえ!!思わず眼鏡に駆け寄るが…。

「……ファールカップと言うものを知っているか?貴様相手に何も用意しない訳なかろう。」

「………!!」

「悪い子だ……少しお仕置きが要るな。」

「速…痛たたたたた!!ギブ!ギブだって!!」

一切の無駄の無えアームロック……ってこりゃダメだろ!止めねえと!!


「憲兵長!!やりすぎですよ!!」

「おっと…つい熱くなってしまったな。さて、大人しく部屋に帰ってもらおうか。」

「………嫌だ。」

「……どうしてもか?」

「………うん。」

時雨を見ると、涙目でむくれてる。
こりゃ重症だな…どうしたもんだろうか。

「はぁ……貴様の為でもあるんだよ。
あいつの気持ちも汲んでやってくれ。何故貴様を避けようとするか、理解出来ないのか?」

「……僕だって、女の子なんだよ。なのに提督はいつも…。」

「……『女の子』だからだよ。『女』ではなくな。
例え無理矢理迫ろうがストーキングをしようが、あいつの中でそれは覆らん。」

「……分かってるよ……でも、じゃあどうすれば良いんだい!?僕だって…ずっと提督が……!」

今日は不安定な天気だ。
また通り雨が降り出すと共に、時雨の目からぽろぽろとこぼれるものがあった。

…俺は事情を全部知ってる訳でも、経験豊富な訳でもない。
ただ…ここまで泣くような事は、放っておけねえよな。


「……憲兵長、少し時雨と二人にしてもらってもいいですか?」


「……ほれ、タオル使えよ。」

「……ありがとう。」

外はいよいよ土砂降りだ。
ひとまず俺の部屋に連れて来て、落ち着かせる事にした。


「……いい雨だね。」


時雨は頭にタオルを被ったまま、ぼーっと窓の外を見てる。
病院の時も感じたが、よっぽど雨が好きらしい。

「……この近くに、コンビニがあるよね。」

「ああ、どうかしたか?」

「…ゲリラ豪雨で帰れなくなってた時、たまたま提督がいたんだ。
1kmも無いけど、一緒に入る?って傘に入れてくれた。その時の雨に似てるんだよ。」

「……そっか。」

「………外面はゆるい人だけど、誰よりも皆の事を考えてる。だからこそ、僕に限らず『艦娘』を異性として好きになったりしないのさ。
良き上司でありたい、それが提督の願いだから。

私生活荒れてるのも知ってる…知った時は、思わず殴っちゃったけど。
本当に頭に来た。何で僕の方は見てくれないのに、外で女ばっかり作るんだって。

………一度、好きだよってちゃんと伝えたんだ。振られちゃったけどね。
よく覚えてるよ…時雨が子供な以上、応えてはやれないって。

…そこから、歯止めが効かなくなった。
家を探したり、コーヒーに一服盛って襲おうとしたりね。憲兵長のお世話になった事も、一度や二度じゃない。
我ながら卑怯だよね…無理矢理にでも関係を持てば、僕から逃げられなくなるって思ったんだ。
それである日、とうとう忍び込もうとして…あの大怪我に繋がった。

提督ね、僕を真っ先に見付けてくれたんだ。
その時はまだ意識があって……あの悲しそうな顔は、忘れられない。

……僕がどれだけ馬鹿な事をしても、嫌ってくれなかった人だよ。
見舞いには来なかったけど、毎日連絡をくれた……馬鹿だよね。せっかく心を鬼にしようとしてるのに、結局僕なんかを甘やかしてさ。
お前なんか大嫌いだ!解体(クビ)にしてやる!って言ってくれれば、まだ楽になれたんだけど。

ねえ、憲兵さん…僕は今年で15歳なんだ。
体はもう大人に近付いてる…それでもダメなのかな?」

「…………。」

…問題は違うけど、既視感あるなぁ。
ただ、『俺達』と違うのは……。


「……そうだな。時雨、お前今まで誰かと付き合った事はあるか?」

「……ううん。提督が初恋だよ。」

「遅めなんだな…今まで同世代の男の子とは、交流が無かったって事でいいな?」

「……うん。艦娘になる前も、特に無かったね。」

「よし。ちょっと待ってろ。」

廊下に出て、取り出したるはスマホ。眼鏡の介入を避ける意味でも、ここは俺が動くべきだろう。
そういやこの前飲んだ時、連絡先交換してたんだよな……さて、今は暇かな?


「もしもし?お疲れ様です。ええ、時雨の事なんですけど……。」


「………どうしたんだい?随分長かったけど。」

「ゲストを呼んだのさ。もう来るぞ。」

「失礼するよー。」

「……提督!!」

確かに時雨の行動は良くないし、眼鏡の言い分も分かる……でもここは一つ、ちゃんと話をさせてやるべきだろ。
俺がいる限り、時雨も思い切った事はしない。そこの分別ぐらいは付く子だと思う。

「……時雨、退院おめでとう。」

「………ありがとう。提督……ごめんなさい!!」

真っ先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
提督にぎゅっと抱き着くと、時雨は嗚咽を漏らしていた。
提督はと言うと、そんな時雨の頭を優しく撫でてやっている。

「……謝るのは、僕の方だよ。距離を置けば分かってもらえるなんて、甘えだったね。」

「ううん…あんな事までしでかしたのは、僕が悪いんだ…。
入院中は、ずっとその事ばかり考えてた…ごめんなさい、提督……。

でも………。」カチャカチャ 


ん?カチャカチャ?


「………僕はやっぱり、提督の事が好きなんだ。」

「てめえどっから手錠出した!?」

「いった!?」

思わずゲンコツしちまったぜ…懲りてねえこのガキ…!
目に一切の悪意がねえのがタチ悪ぃなオイ。純粋に愛情表現のつもりだ…。




「……………。」

あーあー、提督キョトンとしたツラしてんじゃねえか…。
いつものヘラヘラ感もどっか行っちまった。流石に擁護しきれねえぞ…。

「………そっかぁ、時雨は『まだ知らない』もんね。」

手錠をまじまじと見ながら、そう提督が呟いた時。




『どんっ……!!』





提督が、激しく壁を叩く音が響いた。



「………提督?」

「……まだ分かんないかなぁ?大人の男に近付く意味が。」

叩きけられた腕の横には、壁際に追い込まれた時雨がいた。手錠のせいで、時雨の片手も壁に磔だ。
空いた方の手が、時雨の頬に触れる。
それが顎を掴むような形になると、提督はそこに顔を寄せて……

時雨の目は、その時確かに怯えを孕んだ。

「……ひっ……やめて!!」

時雨が提督を突き飛ばすと、手錠のせいで時雨も引っ張られてしまう。
だがそのまま二人が床に倒れた時、提督が時雨を守るように受け身を取ったのを、俺は見逃さなかった。

「………提督!!」

「いたた……ちょっと強かったなー。」

いつものヘラヘラした調子でそんな事を言うが、全くの無傷だ。
提督は時雨の背中をぽんぽんと叩き、一際優しい声色で話し出す。


「……時雨、男は狼だよ?」

「……狼?」

「そう。火が着いたら、子供でも食べちゃう怖い生き物さ。
……同時に、それは自分のものにしたい、深くその人を愛したいって気持ちでもある。中には食欲だけの奴もいるけどね。

女の子にとって…特に初めてそんな目を向けられて、おまけにそれを受け入れるのは、とても怖い事なんだ。
世の中、若いお肉を食べたいだけの奴もいてね…それで深く傷を受ける子だっている。
……男にとっても、最初は同じ。誰かと愛し合うと言うのは、性も深く関わるんだよ。

君ぐらいの子が大人の男に近付くのは、それなりに危険な事さ。
僕の歳にもなれば、さすがに躊躇いなんて無いから。

……もっと年頃らしい恋をして、自分を大事にして欲しい。」

「………子供扱い、しないでよ…年頃らしいって何なのさ!?
確かに子供だよ……それでも僕は!!」

………胸が痛えな。
でも、時として現実は残酷だ…憲兵として、何より大人として今は動かなきゃならねえ。


「………時雨、提督が捕まってもいいのか?」

「……!!」

「こいつは軍規に限らず、法や条例の話でもある…例えば提督がお前ぐらいの子に手ェ出したら、俺らは仕事しなきゃなんねえんだ。
お前からしたら理不尽な法だろうが…それは、お前ら子供を守る為の物でもあるんだよ。狼さんも、いい奴ばかりじゃないからな。

思い詰めるのも分かるぜ?でも、一度立ち止まってみな。
感情ばかり押し付けないで、少しは提督の立場や気持ちも考えてやれ。提督は、お前を傷付けたくないんだよ。」

「憲兵君…どうだかね?僕は君の知ってる通りのダメ男だよー?」

「普通なら、さっきはビンタからの最低宣告ぐらいされてもおかしくないでしょう?
よく覚悟決めたと思いますけど?しかも俺の前で。」

「……言うようになったねー。キョウの影響かな?」

「知らねーっすよあんな奴。ま、コンビ組んでる分、影響はあるかもですけどね。」

さて、後は時雨がどう捉えるかかな?
あーあ、胃が痛えや…でもこんな事も、こいつが大人になる上でのスパイスか。
憎まれんだろうなぁ……いいぜ、この件の恨み辛み、受け入れてやろうじゃねえか。

「…………ねえ、提督。」

「どうした?」

「…今は子供だから、ダメなんだよね…。
じゃあ…僕が18歳になったら、どうする?」

「そうだなぁ…。」

この時自分の事みてえにハラハラするとは、俺も意外だった。
提督…あんたは時雨にどう告げるんだ?


「もし君が18歳になっても気持ちが変わらなかったら、僕も真面目に考えるよ。提督としてじゃなく、一人の男としてね。
……その間に、僕より素敵な男の子が現れなければね。」

「………提督。」

「…………!?」

「………ふふ、大丈夫。18どころか、おばあさんになったって君が好きだよ!絶対変わらないから!」

へへ…下手な映画より、よっぽど良いキスシーンだぜ。
……っと危ねえ、俺はなーんにも見てねえぞ?雨が止むとこ見てただけだ。


日々を守るは、突き詰めりゃ心を守るだ。
その為だったら、不良憲兵で上等だよ。


「今回ばかりは、素直に褒めてやろう。よくやった。
まぁ、あいつはあの後歯医者通いになったがな。女遊びを一切やめ、そのツケを払ったそうだ。」

「あんたが褒める…雨降りそうですね。」

「くく…もう止んだだろう?」

「ええ、土砂降りでしたよ。ありゃ問題児でした。」

何日後かの夜、俺は珍しく眼鏡の部屋にいた。
缶ビール片手の簡素な飲み会だが、それで事足りる。お互い時雨の件の疲れを引きずってたのか、どちらとも言わず飲む流れになっていた。

「なかなか、私が言っても聞かなかったからな。上手く踏み込んだものだよ。」

「気持ちのすれ違いってのは、俺も経験ありましたからね…どう悔いの無いよう持ってくか、それを考えただけです。」

「悔いのあるような言い方だな?」

「…過ぎた話ですよ、今となっては。」

……これで良かったのか?なんて、一時期は思い悩んだっけ。
今は……いや、でも特に誰かを好きとかはねえかな。


「あーあ…思い返しゃこの頃人のサポートばっかり、俺の春はいつ来んのかはぁっ!?」

「おや、アキじゃないか。」

『こいつのケツを突けと天啓を受けたのであります。』

「……あ、あきつ丸…何しやがる…!!」

最近この馬鹿はタブレットを覚えて、浮き輪時でも筆談出来るようになった。
だがこの後、テレパシーで俺にだけ話をして来たんだ。

“自分、少しなら人の思考も読めるのでありますよ…。
君はもう少し、自身への目を意識するべきですなぁ……人の事ばかりでなく。”

“俺への目ぇ?”

“そういう所であります。もう一発逝くでありますか?”

それだけ伝えると、あきつ丸は浮き輪から出てどっか行っちまった。
ま、霊体見えんのは俺と隼鷹ぐらいだし、騒ぎにゃなんねえだろ。

「お、隼鷹からだ。瑞鳳君と部屋飲み中だとさ。」

「げ、大丈夫すかあいつら?」

「隼鷹はプロの酔っ払いだ、行き過ぎた者を収めるのも上手いぞ。心配は要らん。」

ふーん…軽空母同士、交流も必要かね。
以降は特に気にする事も無く、眼鏡としょうもない話ばかりしていたもんだった。

……結局後で注意しに行くぐらい、何人も入り乱れての大騒ぎになってたけどな。

今回はこれにて。
次回、番外編・『女子会』となります。


こんばんわ、瑞鳳です。

今日は最近仲良くなった隼鷹さんと部屋飲み中。
所謂ガールズトーク…と言えば、もちろん話題はそんな事。

ん?恋のお話?
それもあるけど…年頃の女2人揃ったら、その延長線上も行くでしょ。
とてもじゃないけど『あいつ』には見せられない、女の本音を晒し合う。


そう、それこそが女子会の醍醐味なの。






番外編・女子壊






「へー、憲兵とは随分仲良いんだねぇ。」

「うん!__とはしょっちゅう遊んでたの!」

「……で、女としては見てもらえてないと。」

「………ふふ、そうなんだよねー……。」

お酒を飲みつつ、出てくるのはあいつの話。
隼鷹さんは憲兵長に一生懸命近付いてるみたいだけど、ちょっとずつ打ち解けられてるみたい。
いいなぁ…私なんて打ち解けたってレベルじゃないのに、あいつはこれっぽっちもそんな目じゃ見てくれない。
好意どころか、エロい目ですら見てくれないってどう言う事よ。もう。

「あいつ口調とかヤンキー臭い割に、クソ真面目だもんねぇ。
なまじ過去や距離がある分、今は翔鶴に分がある感じかぁ。」

「………それだけじゃ、ないんだよね。」

「ん?」

「隼鷹さん…まず友達として仲良すぎるのって、ダメなのかなぁ?
私結構お酒でやらかして、ついついやり過ぎちゃったりして…。」

「………具体的には?」

「そうだね…さっき、知り合った頃に私がヤケ起こして迫ったって言ったよね?その後肩に吐いちゃって…。」

「んー…ま、そんぐらいじゃ愛想尽かすタイプじゃないね。」

「あー……他にも色々…。」

「……言ってみ?」

「例えば…普段飲んでて、セクハラやひっどい下ネタ言ったり。それこそあいつの乳揉むなんて序の口で……。
性感帯やらフェチやら言ったり根掘り葉掘り聞いちゃったり…今日あの日だからお肉食べたい!とか言っちゃったり…あ、おならしちゃった事も何度か…。

あいつには何でも話せちゃうから、ついつい…。」

「……あ、ああ。」


「……一回、あいつが寝てる時にパンツ被せちゃったんだ。」

「…は?」

「……あいつとは、よく部屋飲みしてたの。
でも皆、いつもなーんにも言わない。その時点で、__だったら何も起きないだろって皆思ってたんじゃないかな。

私、映画の定額サービス入っててね。部屋飲みの時によく一緒に観てたの。
その日はあいつちょっと疲れてて、途中で寝ちゃったんだ。

丁度ね、その時観てた映画の主人公が、パンツ被る場面だった。
それでふと思い立って、寝てる所に私のパンツ被せて…。」

「待ちな。パンツ被せたって頭かい?それとも顔?」

「………顔。」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!やべーよ!!その映画ってもしかして…。」

「あ、もちろん洗濯したのだよ?洗濯カゴから出そうかちょっと迷ったけど…。
息苦しかったんだろうね、悪夢見たらしくて…フオオオオオオオオオオオッッッ!!!って飛び起きて…ぷっ…。」

「~~~~~っ!!~~~~っ!!」バンバン 

「ふふ、殺す気か!!って怒られちゃった。
…でもそれだけ。パンツ自体にはぜーんぜん慌ててくれなかったなぁ。」

「あちゃー…翔鶴で慣らされたとか?」

「あいつ中高生の頃、お母さんいない日は洗濯担当だったみたいでね、お姉ちゃんの下着も洗ってたんだって。だから見慣れちゃってるんだよ。
何でもお姉ちゃん、今は東北の方で艦娘やってるらしいけど…悪い意味で女慣れしてるの、お姉ちゃんのせいっぽいね。
いつもお風呂上がりに裸で出歩いて、俺がキレてた~って言ってたもん。」

「ははは…でもさぁ瑞鳳。」

「ん?」

「……そりゃ女として見てもらえないよ。いくらあたしでも、そこまでやんない。」

「……だよねぇえええええ!!!!」

分かってる…分かっちゃいるのよ……!!
でもダメなの、あいつの前じゃ甘えちゃうしさらけ出しちゃうの!!
ふふ…バカの出来る親友と言う距離が、今ほど憎らしい日々も無いわね…。



「話聞いてると、同棲長いカップルみたいじゃん。
でもあんた達の場合、知り合ってからすぐそれだろ?裏返すと…憲兵からは完全に女として見られてないよね。」

「……うう、お姉ちゃんには食い付いたクセに~~…!!」

「姉ちゃん?」

「…私のお姉ちゃんも艦娘なの。××鎮守府の祥鳳、知ってる?」

「……え!?あれ瑞鳳の姉貴!?ただの姉妹艦だとばっかり…。」

「実姉でもあるのよ…前のとこにたまたま演習来て、ついでに遊びに来たんだ。
その時__も会ったんだけど、そしたらあいつ…

“…やべえ、お前の姉ちゃんタイプだわ。”

とか言い出して~~~~……!!」

「瑞鳳、缶潰れてる。」

「ダメ!あっちの提督と出来てるから!!って嘘ついてごまかしたけどね!
はーあ…私そんなに魅力無いかなぁ。そりゃちんちくりんだけどさ。」

「あー…元カノが翔鶴な上に、あそこの祥鳳にも食い付く…美人が好きなのかねぇ、可愛い子よりもさ。
あっちいた時、あいつ他に誰かと何かあったりしなかった?」

「意外と何にも無かったよ?誰に対してもああだから、人望はあったけどね。
まぁ、そのー…私がこっそり囲ってたのもあるけど…いつも真っ先に遊びに誘って。」

「……なかなか努力は実らず、ってとこか。」

「………うん。」

……………つらい!

あーあ、女の子らしさかぁ…これでもそれなりには持ってるつもりなんだけど。
あいつといる時は、ぜーんぶ吹っ飛んじゃうんだよね。



「……瑞鳳、良かったら他の連中も呼んでみる?翔鶴も入れてさ。」

「…へ?」

「敵を知り己を知る、なーんて事もあるかもよ?
翔鶴も変わった奴だけど、何かヒントはあるんじゃないかい?ついでに、他の奴も参考にしてさ。」



「隼鷹さーん、お疲れー!」

「お、来たねー。座んなよ。」

一通り連絡して来たのは、二航戦の2人と翔鶴さん。瑞鶴ちゃんは出掛けてるみたい。

飛龍ちゃんに蒼龍ちゃん…この二人も、なかなかの物をお持ちで。
うーん、揉みたい…でもそれ以上に、今はこの無い胸をじっと見ちゃうなぁ。
いや、それより身長が欲しい。皆すらっと見えるもん。

……チビだから、たまに近くにいても気付いてくれないんだよね。

「さっきまでえぐい話してたんだよ。瑞鳳、なかなか持ってる奴でさ。」

「なになに、下ネター?」

「ふふ、教えないよー。」

駆け付け3杯するまでも無く、女が5人揃えばあっという間に盛り上がる。
一通り女子高ノリなトークをした後、蒼龍ちゃんが爆弾を落としてきた。

「翔鶴さーん、高校の時の憲兵さんってどんな感じだったの?」

……高校時代かぁ。
あいつと翔鶴さんが付き合ってた頃だ。私は昔話でしか知らない、あいつの事。


「そうね…目立つ方では無かったわ。運動は得意だから、体育祭でよく駆り出されてたぐらいかしら。
空手の道場に通ってたから、放課後になるとすぐそっちに行ってたわね。」

「部活じゃなくて?」

「うん。うちの高校は空手部が無かったの。
だから付き合うきっかけまでは、あまり話す事は無かったわ。」

「きっかけって何だったの?」

「ふふ…通り魔から助けてくれた事かしら。
襲われそうになった所を、犯人を倒してくれて…。」

聞いた事ある。
前のとこでもあったけど、あいつは誰に対してもそう。困ってる人を見ると体が動いちゃうから。
………この前助けてくれた時だって、下手したら怪我してたのに。

「その時はさっさと帰れよ!って、すぐどこかに行っちゃったの。
でも、同じ学校だから…しばらくは、こっそり遠くから見てた。お礼も言えずに別れちゃったから。」

「青春ー。ねえねえ、そこからは?」

「そうね…共通の友達もいなかったから、思い切って手紙を下駄箱に入れたの。」

「このご時世に大胆だねぇ!ラブレターって奴かい?」

「ええ…遠巻きに見てる間、彼の普段の行動をいっぱい目にして。段々好きになってた自分に気付いたの。
それで手紙を入れたのはいいけど…名前と連絡先を書き忘れちゃって。」

「やっちゃったねー。内容はどれぐらい書いたの?」

「………枚。」

「……へ?」

「………原稿用紙30枚に、改行もせず想いの丈をひたすらぶちまけたわ。」

「「「「怖いわ!!」」」」

うわぁ…無記名でそれはヤバいよ…そ、その頃からストーカー気質だったんだ…。
長い手紙もらった事あるって言ってたけど、あいつよくそれで流したね…。


「あ、あはは…その後どうなったの?」

「次の日学校に来なくてね…高熱で休んでるって聞いたの。
それで居ても立っても居られなくなって、放課後家に行ったわ。」

「…ん?待て、家どうやって調べた?」

「その……こっそり見てた時期に、気付いたら家まで付いてってた事があって…その日は部活休みだったから…。」

「「「「だから怖いってば!!!」」」」

よ、よく付き合えたわね…。

でも翔鶴さんは、そんな話でも愛おしげな顔をしていて……ああ、思い出の一つ一つが、本当に大切なんだって思った。
それと、今でもあいつが大好きなんだろうなって。


………むぅ。



「インターホンを押したら、ふらふらの彼が出て来たの。ご両親は法事で遠くに行ってて、一人で寝込んでたみたい。
一応行事のプリントコピーして、その体で来たって言ったけど…今思えば、違うクラスだから不自然よね。
でも、そんな事考える余裕も無かったんでしょうね。そのまま廊下に倒れて、助けてくれって…。」

「大変だ…そこからは?」

「看病したわ。担いでベッドまで連れてくの、大変だったわよ?
まず寝かせて熱を見ようとしたら、手を掴まれたの。

おでこに触れた時だけど、冷たくて気持ちいいって……その時かしら、二度目に手を繋いだのは。最初は助けてもらった時。
きっと心細かったのね…少しこのままにさせてくれって、寝付くまでそのままでいた。

お粥を作ったりはしたけど、ぐっすり寝てたからすぐには起きなかったわね。
でも苦しそうで、昔妹にしてあげたみたいに、落ち着くまで胸を叩いてたわ。

助けてもらったもの…今度は私が何とかしなきゃってね。」

「そこで付き合う事になった感じ?」

「ううん、その日は寝てる間に帰ったわ。机に鍵が置いてあったから、ポストに入れてね。
あれは金曜だったわね…それから週明けに、やっと学校に来たの。

この前はありがとなって言ってくれたけど、その時はそれだけ。でも連絡先は交換出来たわ。
何を送ろうかって思って下駄箱を開けたら…封筒が一枚入ってた。」

「やっぱり差出人って…。」

「“あの手紙のせいで知恵熱出しました、勘弁してください。

付き合うとか経験無いけど、こんな奴でよければよろしく。あんたにゃ負けました。
この前は本当に助かった、ありがとう。”

……って。
ふふ、今思うと恥ずかしかったのかしらね?
付き合い始めたのは、その手紙のやり取りからよ。」

「………青春。」

「そうね……青春だったわ。」


「へー。ねえねえ、そこから初体験ってどれぐらい掛かった?」

「……2ヶ月。」

「2ヶ月ぅ!?また長くね?」

「それまでタイミングが無かったのもあるけど…彼は元々ガツガツ迫ったりするのが嫌いなのよ。
その頃は特に、私を傷付けたくないって思ってた節はあったわ。

それである日、うちが誰もいない日があったの。
彼は道場疲れで寝落ちしちゃって、今しかないって思った。」

「……どう焚きつけたの?」

「んー…正攻法だと煙に巻くって思ったから……

…ベッドに手足縛っちゃった♪」

「逆レじゃん!!」

「生!?生だったの!?」

「あー…片田舎だったから、まだ自販機が残ってて…そこでこっそりね。
だって……そうでもしないと一線超えるなんて無理だったもの。でも、そんな状態でも優しかったわ…。」

「__も掴み所無いとこあるもんね。性欲あるのか無いのかいまいち分かんないし。」

「瑞鳳ちゃんは、前の所でそう言う場面見なかった?」

「下ネタとかは普通に乗ってくれたけど、実際誰かをエロい目で見たりは無かったなぁ。下ネタは軍学校のノリで慣れたせいって言ってた。
そうそう、あいつ軍学校の時、同級生に『そっち』な人がいたみたいで……。」

「え!何それ気になる!」

……卑怯だなぁ、私。

こう言う場で話がどんどん脱線してくのは、よくある事。
でもこの時は、わざとそっちに持ってっちゃったんだ。
私の知らないあいつの事を聞くのは、やっぱりちょっと辛かったもん。


「わははははは!!今んなって痔主になったの、そいつの呪いじゃねーの!?」

「人のを生で蹴る羽目になるとは思わなかったって、遠い目してたわ…。」

「ふふ、あの人もちゃんと男の子だもの。」

「お、元カノの貫禄ー?」

「そうね…でも、今の彼をちゃんとは知らないわ。そっちは瑞鳳ちゃんの方が詳しいわよ。」

ちらりと目が合った時、胸がズキッとした。
その時の翔鶴さんは、ライバルを見る感じじゃなくて…本当に、羨ましげな子供のようで。

一瞬、その先を言うか迷った。
結局私は…囁いてくる悪魔の誘惑に、勝てなかったんだ。


「………翔鶴さん、それからどうして別れちゃったの?」


………ほんと嫌な女、私。



「………最近やっとそう思えたからだけど、私が子供だったからよ。

あの頃は特に怒るのが苦手で…やきもち焼いても、どう伝えればいいか分からなかった。
でも、ああいう人じゃない?男女問わずそれとなく色んな人に助け船を出して…彼に好意を持つ子も、少なからずいたわ。
どうぶつければいいのか分からなくて…それで…。

彼の2歩前を狙って、吸盤付きの矢をプシュっと…。」

「うん。待って、その理屈はおかしい。」

………さっきから話してて思ったけど、いや、絶対そうだ。
翔鶴さんって、もしかしなくても…。

「…翔鶴さん、色んな人から天然って言われない?」

「言われるわ。失礼しちゃうわよね、瑞鶴だって翔鶴姉は天然だからーって言うのよ?」

「………やべえ、こいつ重症だ。」

「隼鷹さんも言うの?もう。」

「いや、翔鶴さんは天然だよー。この前もさー…。」

あー、やっぱりどっかズレてるかぁ。

でもそんな天然さが、あいつの中に割って入れた秘訣なのかもね。
それにこの人も根は優しいし、女の子らしい。
散々私と喧嘩してたのも、怒れるようになったって事なんだろうな……。

私、いつもあいつにじゃれたり甘えてばっかりだ…。
辛い時にそばにいてあげた事なんてあったのかな?

……ほんとはね、前から気付いてるよ。
翔鶴さんの話をする時のあいつは、いつもと目が違う事。


「……そういう馬鹿な事の、積み重ねだったのかしらね。
“俺じゃお前を安心させてやれない”って、振られた時に言われたわ。

散々泣いたし、説得もした……それでも彼の方が辛く見えてね。最後は私が折れたの。」

ああ…そっか……あいつ、多分…。

………ごめんね、翔鶴さん。
それでも私、負けたくないんだ。

「隼鷹さん、___借りて良い?」

「あたしの?何すんのさ?」

「……瑞鳳渾身の一発芸、推して参ります!」


しんみりした空気を戻したくなった…なんてのは建前。これ以上は聞きたくなかったのが本音で。
この空気をめちゃくちゃにしたくなった私は、隼鷹さんからあるものを借りた。

今この手にあるは…隼鷹さんのパンツ。(黒、花柄)
例えるならば、弾薬を込めるヒットマン…ゆっくりとした動作でパンツを広げ、震える手でそれを……被る!!

「ダメだ…もう私は…でも……!!
……気分はエクスタシィイイイイイイッッ!!!!」

「「「「ぶはははははははっ!!!!!」」」

「クロス・アウツ!!」

でも本家みたいに特殊なのは履いてないから、とりあえず下だけ脱ぐ。今の私はキャミとパンツのみ。
そして…あの映画みたいに渾身のポーズを決め、こう告げるんだ。


「変態仮面、見参!!」

「おい、さっきからうるせーぞ。」ガチャ 


………アレって、時間止められたっけ?




「………………………。」バタン

「待って!!せめて何か言って!!」

「瑞鳳ちゃん、彼なら無かった事にしてくれるから…。」

「そう言う問題じゃないよおおおおおお!!!」

「ぶははははははは!!!やべえ!最っ高のオチじゃねーの!!」

「飛龍、今の動画撮ってた?」

「うん!バッチリ!!」

「のおおおおおおおおお!!!」

その後延々余韻を引きずり、湿った空気は無くなりました。
ただ……あいつの中での私の『女』は、さらに壊れちゃったと思います。

私があいつにとって、女子壊から女子・改になる日は、果たして来るのでしょうか。
そればかりは、神様のみが知っている始末なのでした。

追伸

パンツの被り心地は、悪くなかったです。

今回はこれにて。久々に頭の悪いお話でした。


今日も今日とて平穏なる日、警邏を終えて詰所でしばしの事務作業。
眼鏡はと言うと、演習組の案内と警備で駐車場に出てる。

今日はうちで演習やるらしいが、大体そう言う時は俺が行かされる。
しかし珍しく、この日はたまには私がと眼鏡自ら警備に向かった訳だ。

何か怪しいなぁ。今日来るとこ、どこからだっけ…


『こん…こん…。』

「はーい。」


タイミング悪いな…たまに暇つぶしに来る奴はいるが、今日は誰だ?
のそのそとドアを開けると、そこには……


「……………。」バタン


……何も見てないぞ、俺は。外には誰もいない。






第16話・ANEKI CRISIS-1-





『こんこんこんこんこんこんこんこん!!』

うるせえ!!今俺はいない設定だ!無視無視!!
はぁ……やっと静かになったか…疲れてんのか俺、何であのバカがドアに…。


「……………。」ニコッ


窓に、スーツ姿の女が見える…何かこう黒髪ロングでニヤニヤした亡霊が見える…。
あはは…た、たまにはサボって寝てやろうかなー…。

「戻ったぞ。どうした?そんな虚ろな目をして。」

開けんじゃねえ馬鹿野郎。
おい、後ろに何かいるぞ。お前と口調被ってそうな女が立ってんぞ。

「…おお!いつの間に後ろに!これはこれは失礼致しました。」

わざとらしんだよ、ニヤケ面が隠せてねえぞクソ眼鏡。
眼鏡の後にいるスーツの女は、腕を組んだまま殴りたいドヤ顔で俺の方を見てるじゃねえか。

「あー、失礼。演習の艦娘の方でしょうか?
集会室でしたら母屋の方入って1階右から三番目の部屋に…。」

「…見取り図ならいただいている。
演習準備までは少々自由時間があってな、顔を出させてもらった。」

「いえいえ、私共などたかが憲兵隊ですし、第一初対面でしょう?
提督がお待ちですよ、出口はあちらです。」

「ふぅ…つれない事を言うじゃないか。なぁ、__。」

「__とは確かに自分のアダ名ですが、よくご存知ですね。
えーと、あなたは確か○○鎮守府の…あ、やはり自分とは初対面ですね。初めまして。」

「確かに『仕事では』初対面だな。立派にやっているようじゃないか。」

「いえいえ、大体あなたにはセクシーで立派な妹さんがいらっしゃるでしょう?
自分などそこらの雑草にも劣るイチ憲兵でして…名前を呼ばれるような資格など…。」

「それは『艦娘としての姉妹艦』の話だろう?
確かに私はどちらでも長女にして長子だが…『一個人の家族として』は、その下にいるのは格闘技をやっていて、そして今は軍属でもある者だ。
せっかくの家族水入らず、腹を割って話そうじゃないか…少しはこの『戦艦・長門』の血縁者である事を誇れ。

なぁ?『弟』よ。」

「……馬鹿野郎!帰れ!!」


「コーヒーをどうぞ。」

「ああ、お構いなく。ありがとう。」

ニヤつきながらコーヒー淹れんじゃねえよクソ眼鏡…買って出た訳ゃこれか!

はぁ……一番仕事で会いたくねえ奴が来た…。
そうなんだよ…目の前にいる『戦艦・長門』は、何を隠そう血を分けた俺の姉貴だ。

……そして、生粋の馬鹿でもある。

「……お袋に今日の事は?」

「言ってある。だが、母さんには黙っておくよう頼んでおいたよ。
ああ、父さんにも伝えたんだが、お前に連絡はしていないらしいな。」

「親父…あんにゃろう。」

「ふふ…そう怖い顔をするな。全く、昔はこんなに可愛かったのに…。」

姉貴はしれっとスマホの画面を眼鏡に向け、その瞬間眼鏡が鼻水吹き出した。
そこに映っていたのは……!!


『長門の服(子供用ドレス)で女装させられた憲兵・6歳』


「だぁしゃああああああああっっっ!!!」

「おっと危ない。ふふふ、良いではないか減る物じゃなし。」

「俺のプライドと社会的地位が減るわボケェ!!まーだ待ち受けにしてんのかこの野郎!!」

「ふっ…それは勿論、可愛い弟だからな。年度別にベストショットを入れてある。」

「おめーのベストショットは俺の黒歴史なんだよ!!消せ!!今すぐ消せ!!」

「くくく…他には無いのですか?」

「ああ、例えばこの七五三の時など…」

「おめーもスマホ下ろせや!」


はぁ…はぁ……こ、こんのクソ姉貴が…!!

そもそも俺が空手を始めた理由も、元を辿ればこいつが元凶。
ガキの頃、腕っ節で勝てなかった俺は事あるごとにこの馬鹿に女装させられていた。

“強い男になりたい、姉貴に負けないぐらい。”

そう考えた俺は空手道場の門を叩き、そして今に至る。
無駄の無い方向へ筋肉を纏い、生来お袋譲りの女顔だった顔面も少しは厳つくなった。因みに姉貴は親父似だ。

「ふふふ…まぁまぁ、久しぶりに…。」

何より勘弁して欲しいのは、全く変わんねえこの…

「かわいいでちゅね~~」スリスリスリスリ

「なぁぁあぁぁっ!!!やめろ!!やめろおおおおおお!!!へぐっ!?」

頭のおかしい猫可愛がり。
へへへ…首に極まってるぜ…女の筋力じゃねえよ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ…。

「げほっ!げほっ!」

「おっと、極まってしまったか。すまんな。」

「結構な腕前で。艦娘以前も何か経験がおありで?」

「女子ボクシングを少々。今は趣味と実益を兼ねて総合をやっている。
敵艦も対人も、殴り合いなら任せてくれ。」

「それは素晴らしい…是非ともこいつの根性を叩き直していただきたいものですな。」

絞まって聞いてりゃ好き放題言いやがって…あの頃の俺じゃねえの見せてやんよ畜生が…!!



「…らぁ!!」

「…っと、掠ったか。しかし本気で当てに来ない辺り、貴様も甘いなぁ。
仮にも姉弟だぞ?もっと攻めるがいいさ。」

「ちっ…生憎仕事中なんでな、まだやらかしてねえ奴にゃこれが限度だよ。」

「ほう、そこは規定厳守か。弟ながら見上げたものだ。
ふっふっふ……ならば思うようには動けぬという事か…いいだろう、全力で可愛がってやろうではないか…。

…さぁ!お姉ちゃんの胸へ飛び込んで来るんだ!」

「………小学校時代のアダ名はゴリ子。」

「………なっ!?」

「……高校時代、女子に告白される事5回。
19歳の時、やっと出来た念願の彼氏との初体験で、全力のハグの末にアバラをへし折ってフラれる。
実家では風呂上がりに全裸でおっさんの如く歩き回り、しかし酒飲める歳になってもいちご牛乳が卒業出来ない。」

「……は、裸だったら何が悪い!!」

「悪いわ。床が濡れんだよ。
また、可愛いものや幼女に目が無く、親戚の女の子相手によだれ垂らして俺に回し蹴りを喰らう。
見栄を張ってブラックコーヒーに挑み、お袋の顔面に噴射してブチ切れさせる事数回。
ある移動で駆逐艦数名を乗せてワンボックスを運転中、警察から任意同行寸前を喰らった……理由は顔が逝ってたから。
尚、本人は不服と愚痴っていたが、弟たる俺からすれば容易に想像出来る表情であった事も付け加えておく。」

「………き、貴様…!」

「もっと攻めろって言ったのはてめえだろ?殴れねえから頭でボコってるだけさ。
…えーと、他にログはっと……お、これもいいな。
えー…あまりのモテなさに耐え切れなくなった姉貴はある日でぶぅっ!?」

「……ハァ…ハァ…ひどいじゃないか!そ、そんなにお姉ちゃんをいじめなくてもいいだろう!?」

「……お、俺はたった今…ぶっ飛ばされたんだけど……。」

「大体あの件はお前に話していない!まさか…。」

「そのまさかよ。」

ガチャリと開いた扉の向こうには、見覚えのある美人がいた。
そう…一度遊びに来いって言われてこいつの鎮守府に行った事がある。その時知り合った、頼れる姐さんだ。


「……陸奥さん!!」

「……通称ムツペディア。長門のお馬鹿な行動を記録するデータベース。勿論、逐一弟くんには報告済みよ。
あらあら…この陸奥に隠れてこんな所でサボるなんて…分かってるのかしら?」

「ひっ…!」

「お邪魔したわね、弟くん。
今日は私達泊まりだから、後でゆっくりお話しましょ?」

「え、ええ…また後で…。」

「は、離せ!私はもう少し弟と…!!」

姉貴は陸奥さんに首根っこ掴まれ、ズルズルと母屋へと引きずられて行く。
うわぁ…陸奥さんあんな怖え笑顔すんだ…ありゃ折檻コースだな。

「おお……良いか、ああ言うタイプの女こそ怒らせてはならん。」

「ええ、肝に銘じ……ってかおめーも共犯だよ!知ってたな!?」

「ふっ、上司としては一度貴様の姉を拝んでおきたくてな。
……ただ、想像以上だったな。すまなかった。」

「……あんたが引くレベルだよ、確かに。」

軍学校時代から周りにゃツッコミキャラ扱いされて来たが、元を辿ればあいつが原因な気もする…。
今も離せ、離せ、と外から喚く声が聞こえてくるが…この時俺は、ある事を失念していた。

「__ちゃーん!!__ちゃーーん!!」

「げっ!?」

その時あいつが叫んだのは、元カノの本名。
そうだ…あいつはあのバカと面識がある…!


「はーい!!お久しぶりです、お姉さん!」

「た、助けてくれないか!?秘蔵の弟コレクションをあげるから!」

「………内容は?」

「……寝顔シリーズ0歳~7歳!今なら恥ずかしいサービスショット+1枚付き!」

「…もう1枚、お願いします。」

「……わかった!」

「ふふ……そちらの方、恨みはありませんが、演習前に少し準備運動はいかがですか…?」

「おめーら勝手に人の黒歴史取引してんじゃねえええええ!!!!」

ああ…もうめちゃくちゃだよ…!
姉貴は妙にこいつの事気に入ってっからな、俺からしたら爆弾に爆弾のコラボだ。
ひとまずこのバカを集会室にぶち込んで…。

「どうしたの?」

「づほ!良いとこに来た!!」

「……この人達は?」

「…今日演習に来た艦娘。ついでにそこで引きずられてんのは俺の姉貴な。
このバカを集会室にぶち込むの、手伝ってくんねえか?」

「……へー。」

……何か、ぴくって不穏な音が聞こえたのは気のせい?

「どうも初めまして!瑞鳳ですぅ!__にはいつもお世話になってて…」

パアアアアァ…って感じの眩い笑顔で、づほは姉貴に挨拶した。
……あれ?何か嫌ーな予感がするんだけど…。

「ひとまず集会室に行きませんか?一度お姉さんとはお話したかったんですよー。」

「ま、待て…そこを掴まれたら首ゅっ!?」

「ほらほら、お茶もありますから是非中へ!」

づほと陸奥さんに引きずられ、姉貴は母屋へと消えて行った。
……こ、これは…結果として良かったのかなぁ…?

「ふふ…お姉さん相変わらずね。じゃ、私も行くから!」

「あ…おい!」

元カノも続いて中へ消えて、俺はポツンと佇むばかり。
ま、いっか…演習後がまためんどくせえけど、そこは陸奥さんにお願いしよう。




「……ふふふ…お前達、中々強引じゃないか。」

「弟くんに恥かかせないの。長門と違って真面目に憲兵やってるんだから。」

「なっ…私程真面目な艦娘はいないだろう!?」

「真面目なのは戦闘だけでしょ?」

「ふふ、お元気そうで何よりです。」

「__ちゃん…艦娘になったとは聞いていたが、立派になったものだな…。」

「いえいえ、まだまだひよっこです。」

「ふふ……そういえば瑞鳳と言ったな?君は__とはどう言う関係だ?」

「前の所からの友達です。この前私もこっちに異動して…いつも__にはお世話になってます。」

「おお、仲の良い艦娘がいると聞いていたが、君の事だったのか。
因みに聞きたいのだが、あいつは今彼女は出来たのか?__ちゃん以来すっかり聞いていなくてな。
全く、__ちゃんのような器量好しと別れるなどあいつは…。」

「……ええ、『今は』いませんよ。」

「……『いずれ』は出来ると思います。」

「……ほう、なるほどな。」

「あらあら、弟くんも大変そうね。」

「くく…今日の演習なんだが……。」






「たまには演習でも見てきたらどうだ?」

「姉貴の戦闘ですか…大体、まだ仕事ありますよ?」

「一日ぐらい私に任せればいい。
彼女達の日常を守るのが我々の仕事だが、同時に我々もまた、戦争に於いては彼女達に守られる立場だ。
演習を見るだけでも、何か感じるものがあると思うぞ?」

「………そうですね。じゃあお願いしてもいいですか?」

「任せておけ。」

あきつ丸の件もあって、この時俺は眼鏡に促されるまま見学を決めた。
確かに演習は感じるものがあった…だがそれ以上に、俺は思い知る事になるのである。

血を分けた我が姉は、やっぱ真性のバカであると言う事を。
何してくれんだ、あの姉貴め…!!

今回はこれにて。次回はまたいずれ。


「憲兵君、見学とは珍しいねー。」

「ええ、憲兵長に勧められたのもありまして。」

「あそこの長門、君のお姉さんだってね。昔あっちに演習しに行ったけど、よく覚えてるよー。」

「……どう言う意味ででしょうか?」

「あはは…ごめん、正直キャラ濃いなって…。」

「ほんっとすいません、あのバカは…。」

演習は、鎮守府前の沖で行われる。

提督に案内されてたどり着いたのは、浮きで描かれた境界線の横。区画の中間地点だ。
見学者は、停められた見学船から演習を見る形だ。

提督は船から別のボートを降ろして、そのまま左側に向かう。
そして各司令官が自陣に浮かされた指示船に乗り、艦隊を指揮する。これが通常の演習スタイルらしい。

今日は他のメンツはいないようで、見学船にいるのは俺だけ。
いつも陸で仕事だから、初めて見るな…ん?あっちの指示船誰もいなくね?


『憲兵君、聞こえるかい?』

「あ、はーい。」

『あちらの提督が多忙でね、今日は不在なんだ。
代わりに、僕と君のお姉さんの対決になる。』

「え?」

『選手兼監督って奴だよー。楽しみだねー。』

「マジですか!?」

そうこうしてる内に、各チームが陣を組んで行く。
6対6、フルメンバーでの演習になるようだ。

うちの方はづほと元カノ、相対するは陸奥さんと……そして姉貴。
俺の方に気付いたのか、お姉ちゃん頑張るからなー!!とクソでかい声で手を振ってやがる。
やめろ。皆めっちゃ見てる。

『憲兵君、君の持ってるトランシーバーは複数同時受信が出来る。チャンネル2を押してごらん。』

「はい。」

『聞こえるかしら?』

『ちゃんと見ててねー。』

「あ、本当だ!」

『こうやって艦娘はインカムで会話が出来るんだ。
ただ、混線予防に君のは僕以外と会話出来ないようになってる。だから応援はしっかり声出してねー。』

「了解ですー。」

皆真剣な顔だ…何かこっちが緊張してくるぜ。
トランシーバーを横に置いて、俺は食い入るようにその様を見つめていた。





第16話・ANEKI CRISIS-2-




『ぱんっ…!』

見学船の対岸には、審判船がいる。
そこから放たれた空砲と共に、遂に演習が始まった。

まず、お互いの空母から先制が始まる。
放たれた矢が飛行機に変わり…あれが攻撃!?

ミニチュアサイズの艦載機から放たれたものは、その実凄まじい爆発音と煙を伴っていた。
すげえ……なんて迫力だ…。

『演習で使われてるのは、音量と発煙のリアリティに重きを置いた演習弾さ。艦娘自体は艤装の防御壁で守られている、心配はいらないよ。
音と煙を実戦に近付ける事で、感覚を慣らせる意図もある。』

「ペイント弾じゃないんですか?」

『艤装には演習モードがあるんだ。
被弾数に応じてダメージをカウントし、一定に達すると浮遊以外の機能が停止される。
そこで轟沈判定となった者は失格、最終的に敵を多く轟沈判定にさせたら勝ちってわけ。』

「なるほど…。」

次第に爆煙が晴れて、ここからでも状況が見えてきた。
今のはどっちが多く喰らった…?

『……やられたわ。』

『くくく…今回は駆逐のエースを連れてきたからな。なあ、秋月?』

『はい!!』

「……!?」

双眼鏡で海面を見ると、姉貴の陣の方に多くの残骸が浮いてる…あれは…!!


『予想はしてたけど、思ったよりやられたねー。憲兵君、アレも駆逐艦の役目の一つさ。』

「撃墜されたって事ですか。」

『ああ。なかなかやるねー。』

『すまないが、そちらの翔鶴も知った仲なのでな。どれ程のものか喰ってみたくなったのさ。
__ちゃん!!瑞鳳!!そんな事では我々には勝てんぞ!!もっと本気で来い!!』

おいおい…まだ一発もぶっ放してねえのによく言うなぁ…。
だがあの二人の方を見ると、空気が異様に殺気立っていた。

『…翔鶴さん、絶対勝と?』

『……そうね、絶対に負けられない理由があるわ。』

『良い気合だ!でなければご褒美にはありつけんからな!!』


………ご褒美?



『翔鶴さん、f○oってやってる?』

『少しならやってるわ。』

『アス○ルフォ君、いいよね…。』

『そうね……オトコノコプレイトカシタカッタ……でもやっぱり、現実的にはメイドよね。』

『…ナニイッテンノヨコロスワヨ……翔鶴さん、あなたは何も分かってないわ。そこはゴスロリでしょ。』


……待って、その会話は何?


『ふふふ…私は敢えての第六コスを推したいところだが、何にせよ、私に勝たねばそれらを得る事は出来ん。
さぁ!私を沈めてみせろ!!さすれば約束通りのものをくれてやる!!』

『……ええ、負けませんよ。』

『どちらかが長門さんを沈めれば…。』

『『__に好きな女装をさせる権利が手に入る!!』』

「おめえら何賭けてんだ馬鹿野郎おおおおおおおおっっっ!!!!!???」

横隔膜に激痛、直後に立ちくらみ。一瞬俺の前に波が立つ幻を見た。
この時、自分でもビビるぐらいの大声を出した事は、生涯忘れる日は無いだろう。

そして俺は思い出すのだ……この鎮守府は馬鹿だらけだと言う事実を。


『へー…面白そうだねー。』

『提督、僕ってたまに男の娘扱いされちゃうんだ…でも、だったら本物と比べてみたいな…。』

『その…あたし的にはナースがOKかなって。』

『憲兵さんなら香取さんコスっぽい。ストッキングと長袖で体格誤魔化せるし、胸は詰めれば…』

『いえ、体格隠しならグラーフコスね。ドイツ艦のなら、男性でもサイズ差はそこまで…』

高まる結束力、迸る悪巧み。
自陣はもうダメだ!常識人…常識人はどこ!?あ、いたぁ!!

「陸奥さぁん!!何か言ってやってくださいよおおおお!!!」

『……ごめん。弟君の女装、ちょっと見たいかも…。
あ!でもちゃんと勝つ気でやるわよ!安心して!』

「フォローになってねえええええ……!!」

自陣を見る、明らかにオーラが違う。殺る気が違う。
夕立の魚雷が捉えたのは、向こうの駆逐…クリティカル!時雨は……空母沈めやがった…!
他の奴らも怒涛の快進撃…だが確実に、姉貴と陸奥さんだけを残す方向で進んでる…。

『……ふう、面白いじゃないか…そろそろ本気で行かせてもらおう!!』

『きゃっ!?』

『阿武隈さん!!』

『うう…やられた…。』

一発だと…!?
続く陸奥さんも、今度は夕立を潰した。素人目でも分かる…あの二人、ただもんじゃねえ。


『数の優位など些事さ…問題は、一撃の正確性と殺傷力だ。ましてや耐久性ならば、そう易々とは負けん。
くくく…これで姉ちゃん頑張れコールが私の耳に…さぁ弟よ!!恥をかきたくなくば私を応援するのだ!!』

(ゴミを見るような目で親指を下に向ける憲兵)

『何故だぁぁあぁぁっ!?』

「てめえの胸に手ェ当てて感じろボケェ!!」

『……ならば、同じ戦艦はどうかしら?』

直後、一際でかい砲撃が聞こえる。
あいつは確か…ビスマルクか!!

『ふっ…いいだろう!!受けて立つ!!』

「なっ…!?」

弾を…撫でた…?

軌道を逸らされた弾は、明後日の方向に飛んで行く…。
一瞬の油断。姉貴はそれを見逃さず、逃げられない軌道でビスマルクに砲が向く。

だが、放たれたのはそれだけじゃなかった。

『…!?』

斜めからもう一発、今度は陸奥さんからの弾もビスマルクを狙う。
二つの砲撃はやがて重なるように線を描き…倍となった爆煙が、ビスマルクを包んだ。

『くっ……艤装停止、失格ね…。』

『私と陸奥を舐めないでもらおう。我々はコンビとなった時、真の強さを発揮する。』

『普段は私が世話係だけどね。』

『なっ…それを言うんじゃない!!』

『………僕を忘れてもらっては困るよ。』


時雨!!

砲撃が姉貴達の方へ向くが、効いている気配は無い。
だが俺の位置からは見えていた…アレは…!!

『ふん…削る気か?だが微々たるものだな。』

『派手にやったね、煙で足元が見えないよ……お陰でお留守さ!!君達がね!』

『………!!』

時雨の足下からは、二発の遅い魚雷が姉貴達に向かっていた。
砲撃の最中、こっそり魚雷を放っていたらしい。

派手な水柱が上がる…どうなった!?


『貴様もお留守だぞ?』

『……!?』


ドウッ…と言う音と共に、時雨の小さな体が宙を舞った。
水柱ごとブチ抜く姉貴の弾が、時雨にとどめを刺したのだ。

『ふふ…失格か……後は任せたよ。』

自陣はづほと元カノ…最後は2対2の構図が出来上がっていた。
だが…時雨の狙いは、違う所にあったらしい。


『ふふ、こちらのHPもあまり無いようだ。
良い仲間を持ったな……お前達を温存しつつ、こちらをある程度削っておく。
よほど弟の女装が見たいと見える…なかなかの好き者揃いのようだな。』

『ええ…故に勝たなきゃいけません。メイドの為に!』

『せっかく託してもらったからね…負けないよ!ゴスロリの為に!』


………夢中になってたけど、これ俺ピンチじゃね?


「陸奥さーん!!頑張って!!超頑張って!!」

『ええ…頑張るわ……でも、その……。

私、弟くんのOLとか見たいなって…。』


神様、あんたをブッ殺していいですか?


『瑞鳳ちゃん、ヘアゴムって持ってる?』

『あるわよ…2本。』

『……一人勝ちは、無理そうね。』

『うん…だから共同プロデュースしよ?』

スピーカーから聞こえた不穏な言葉に、思わず双眼鏡を手に取った。
奴らの手元を見る…うん、各々持ってる矢を全部ヘアゴムで纏めて……え?それ引くの?マジで?
奴らは矢尻を豪快にわし掴み、ギリギリとその束を引いている…しかしその動きは、寸分違わずシンクロしていた。放つ瞬間さえも。

射抜く正確性なんぞ、もうどうでもいいのだろう。とりあえず姉貴らに向かえば、奴らの狙いは叶うらしい。
バズーカの如く飛んだ、二つの矢束。
そいつらは次々艦載機へと変化し…その瞬間だけ、太陽が隠れた。

空に広がる一陣の闇…ではなく、ムクドリの大群の如く空を覆い尽くすのは、ウジャウジャと飛ぶ艦載機の群れ…。
そいつらが一斉に攻撃を開始した時、スピーカーからポツリと姉貴の声が聞こえた。



『………嘘だろ。』



しかしこの瞬間、最も死を意識したのは俺だった。間違いなく。


「ふふふ…女の子の歴史は偉大だよね!」

「ええ、メイクや体格を隠すテクニック……現代に生まれた事に感謝したくなるわ。」

いくら俺でも、艤装付きの女6人に囲まれたらひとたまりも無い。
無理矢理着替えさせられた挙句、手足を縛られ顔面を塗りたくられ、とどめにヅラを被せられた。

何処からかゴツいカメラ片手の駆逐艦が現れ、探照灯が熱いぐらい焚かれている。
ここは白壁の視聴覚室、だが机は全て退かされていた。

「……やばいね…ハァハァ……。」

「…….うん、やばいよ……ハァハァ……。」

ははは…人生で初めて、こんなに沢山頬染めた女の子に囲まれてるぜ…息荒いけど。
ああ、タイツって窮屈だし、つけまって超パサパサする…女の子って大変だね。


……今俺は、ゴスロリメイドになっている。



「ほう…見学に行かせたら、性別が変わって帰って来たか。意外と似合うものだな…。」

「……こいつら全員、憲兵への暴行罪でしょっぴいていいですかね?」

「すまないが貴様が諦めた時点で、立件不可だ。」

「ですよねー…。」

もはや心は折れ、されるがまま。
時よ早く過ぎ去れ…ついでに俺の記憶も。

「……くくく、悪くないな。お前の6歳頃なら至高中の至高なのだが。」

「クソ姉貴、鼻血を拭け。
お前ビッグセブンじゃねえよ、バカのナンバーワンでオンリーワンだよ。」

「そんなに褒めるなよ照れるじゃないか!」

「耳鼻科行ってこい!!」

「ふふふ、せっかく可愛く仕上がったんだから、目くじら立てないの。」

「そうだよ。あ、磯波ちゃん、スリーショットお願いしていい?」

もうどうにでもなりやがれ。
両サイドにはづほと元カノ…腕をがっしり掴まれた俺は、全てをかなぐり捨てた笑みを浮かべていた。

「良いショット撮れましたよ。ほら。」

…まぁ、少なくともこいつらはいい笑顔してんじゃねえの?
これが見れたんなら、ズタズタになったプライドも少しは報われる。そう思わないとやってられない。

……尚、自分で見ても似合ってたのが、物凄く悲しかったりした。
俺、強い男になりたいんだけどなぁ…あはは…。


「……__ちゃん、随分立派になったものだな。あの戦法は、アレで実戦でも使えるぞ?」

「反則負けだったけどな、演習自体は。」

この日演習組は、寮の空き部屋に泊まりだった。
姉貴に呼び出された俺は、久々にまったりと話をしている。

「……でもよ、実戦だとアレ、全部実弾って事だろ?
そう思うと、皆すげえ事してんだなって思ったよ。」

「防御壁はあるが、確かに痛みは演習の比ではないな。命の危険もある。
…だが、戦いと言うのはそう言うものさ。それでもこんな風に馬鹿の出来る日常がある限り、私達は戦える。それを守る為ならな。」

「……毎日仕事でヒーコラ言ってるけどよ、アレ見ると何か情けなくなっちまうぜ。すげえよ、姉貴達は。」

「私の誇りさ…でもな、お前も立派に戦っている。一度陸に上がってしまえば、日常の守護を預けられるのはお前達だからな。

二人から聞いたよ…瑞鳳を誘拐から助けたそうだな。
それ以外でもお前の方が、よほど危険に身を突っ込んでいる。今まで何度犯罪者の逮捕に協力した?
もし反撃を受けていたら、死んでいた可能性はお前の方が高かったぐらいじゃないか?生身である以上はな。

大丈夫だ、お前は立派にやっているよ。」

「……姉貴。」

普段ならブッ飛ばしてる所だが、何でかこの時ばかりは頭を撫でる手を払い除ける気にはならなかった。
……ガキの時を思い出すな。結局、腐っても姉貴か。

「……だが、無茶はするなよ。誘拐の話を聞いた時、気が気では無かったぞ。」

「ああ、気を付ける。
でも…いざって時は命賭けるぜ?何てったって憲兵さんだからな。」

「ふっ……大きくなったものだな。」

姉弟水入らず、たまにはこんなのも悪くない。
その後は眠くなるまで、実家の頃みたいに話をしていたもんだった。





「…磯波ぃ、頼んでたの出来た?」

「うん。憲兵長と憲兵さんのツーショット。」

「ふふ……良いねえ、インスピレーション湧きまくりだよぉ。
あー……捗るわぁ……。」



……暗い廊下で起こっていた、腐敗臭漂う不穏な動きに気付かないでな。



今回はこれにて。
先生、進捗どうですか。的な次回はまたいずれ。


軍人あるある…と言うか、男所帯あるあるなんだが、そう言う場所は色々不透明な話が湧く事はある。
それこそ男子校だとか、男臭いイメージな競技の部活とか。

艦娘制定以降そんなイメージも薄くなった気はするが、そいつはあくまで当事者たる海軍の一部だけの話。
俺が軍学校の頃はやっぱり噂もあったし、何なら実際にぶち当たった事もある。

憲兵隊は陸の扱いだ。
そして艦娘に纏わる組織は海軍で、女所帯なわけだ。

実態とパブリックイメージ。
この辺の乖離を、俺はある件で感じる事となるのである。






第17話・思春の花はラフレシア





「~~~。」

「~!~!」

ある日の昼休憩、俺は中庭でぼーっとしていた。

いくつかベンチがあるのだけれど、この時間は皆思い思いに会話に花を咲かせている。
だが食後の眠気にウトウトしてた俺は、そんな会話もちゃんとは聞こえていなかった。

「あら、珍しいわね。」

「…ああ、天気良いからな。」

そこにふらりと元カノが現れ、しれっと隣に座った。
うーん、寝る程時間ねえな…ひとまずこいつと話して誤魔化すか。

「この後は詰所?」

「事務作業だな。飯食った後はちょっとキツいぜ……くぁ…。」

だめだ、やっぱ眠い…。
うつらうつらとした頭の中、周りの話し声が聞こえてくる。

「……イサン……ホ…。」

ポツポツと耳に飛び込む声も、眠りを誘うばかり……と思いきや。

「………っ!?」

突然走った強烈な悪寒に、俺は一瞬で目を覚ました。


「……ど、どうした……?」

ゾワっとする感覚の発生源は、隣に座ってた元カノ。
口元は微笑んじゃいるが…目はカッと見開かれている。
怒ってる……?いや、でもこのパターンは見た事ない。一体何だと思案している内に、あいつは口を開いた。

「ねえ……あなた、憲兵長と噂になってるわよ?」

「………は?」

「ちょっと『お話』してくるわね…。」

「あ、おい!」

元カノはつかつかと話してる子達の方へ近付き、何やら色々聞き出してるようだ。
あ、あの子らだんだん顔が真っ青に……そう思ってすぐ、あいつはこっちに戻って来た。

「……な、何の話?」

「妄想って怖いわね…あなたが痔になった辺りから、憲兵長と何かあったんじゃないかって話がちらほら出てたみたい。」

「待て…何かって、何?」

「うん、その…ホモ疑惑よ。」

「……はい?」

この時ショック以上に、クエスチョンマークで頭が埋まった。
俺らの何処にそんな要素があるんだと。いつも殴り合いしてるし。


「……憲兵長、磯風ちゃんとよく似てるわよね。あの子を短髪な大人の男に変換したって感じで。」

「従兄弟だからな…まずあいつの親父さんと叔母さんが瓜二つらしい。」

「それで眼鏡に憲兵の制服じゃない?」

「そうだな。」

「…言われてみればBLに出て来そうって納得しちゃったわ。憲兵長には悪いけど。
やっぱり陸って多いのかな…って言ってたわよ。」

「…ああ、確かにいそう…。」

眼鏡と、今や名物幽霊と化したあきつ丸が本来どういう関係だったかは、実はあの件の関係者以外知らない。
あいつも実際に行動は起こさないタイプの変態……なるほど、本性知らねえ奴には、せいぜい顔のいい変人程度の認識か。

「世の中にはね、色んな趣味の人がいるわ。
そう言う噂の種は、元を辿ればそうであって欲しいって言う願望が多いもの。

でも……あなたにもあらぬ疑いが掛かるのは、捨て置けないわね。」

「……待て、弓は使うなよ?」

「ふふ、大丈夫よ、噂の元を探して『お話』するだけだから…。

ね?」

あ、これすげえキレてる。

こっちもあらぬ噂は迷惑だが、それよりもこいつに釘を刺す方が先だ。
うっかり元を見つけようもんなら、出動案件になる気しかしない。

でも噂の元ねぇ、見つからねえ気もするけど…。
まぁ、ほっときゃ皆すぐ飽きると思うがな。火が無い以上は、煙は立たねえってもんだ。

そうだ…この時俺は、認識が甘かった。
火のない所でも、ガソリン掛ければどこでも燃える。そんな当たり前の事を見過ごしてしいたのだから。


午後、いつものように鎮守府内を見回ってると、廊下であるものを見付けた。

USBメモリ?落し物かね…。
後で落し物の報せでも出そうと、ひとまずそいつを詰所に持って帰ったんだ。

軍内って特色上、落し物は中身を確認しなきゃならない。
情報漏洩や風紀管理の関係で、拾ったらチェックが義務化されちまってるからだ。

正直俺は、この手のチェックが好きじゃない。
誰にだって秘密の一つや二つはある。前ん所で財布拾って、風俗の名刺入ってた時はいたたまれなくなったもんだ。持ち主は整備さんだった。
メモリかぁ…それこそ海での水着姿やら、女子会の動画やら入ってたらどうしよう。
女の子だけの秘密に割って入っちまうようで、何とも嫌ーな気分になる。

はぁ……しかし手掛かりが無い以上、中身を見るしかない。
PCにそいつを突っ込み、表示されたファイルを見た。

ん?サンプル.zip?
そいつを解凍してみると、何やら複数の画像。その中の一枚目をクリックした時……

俺は、開けてはいけない扉を開いたと気付いた。



「どうした?そんなに固まって……これは…!?」


眼鏡が覗きに来たが、恐らくこいつが一番面喰らったであろう。

漫画的に美化されているが、身近な奴からすると一発で分かるぐらい眼鏡がモチーフのキャラクター。
その対面、眼鏡と熱い視線を交わしているのは……同じく漫画調にアレンジされた…。

「……貴様に似ているな。」

「ええ…で、対面のはあんたにそっくりですね。」

恐る恐る、次の画像を開く。
次も開く。開く、開く、開く……。

開いて……あは、あははは……。

「憲兵長…。」

「ああ……間違いなく…。」

「「ホモだこれえええええっ!!!??」」

思わずハモっちまったよ。
何つーかこう、組んず解れつどったんばったん大騒ぎ。ケダモノなお友達って感じだ。
め、目眩がして来やがった…ついでに刺激もねえのにケツが痛えのは何でだろう。


「おい、まだ意識を飛ばすな。」

「ひいっ!?」

肩に触れられた瞬間、思わず悪寒が走った。
ダメだ、完全にディスプレイからトラウマ貰ってる。
だが眼鏡はまじまじと画面を見て、何やら納得した様子だ。

「ふむ……この絵柄は見た事があるな。あいつか。」

「……は、犯人に心当たりが?」

「ああ。あいつもこう言うのを描くとはな…少し訪ねてみるか。」


俺達は寮に行き、眼鏡の案内のままにそいつの部屋を訪ねた。
しかし返事は無い。どうやらいないらしい。

「ふむ…今日は休暇か。さて、何処にいるのやら。」

「何者なんですか?」

「絵の得意な駆逐艦でな、趣味で同人活動をやっている。
ただ、一度それ絡みで灸を据えた事もある。」

「……何やらかしたんですか?」

「奴は身近な人間からインスピレーションを得るクチでな。作品自体はオリジナルだが、キャラクターのモデルが僚艦だったのさ。因みにレズ物だ。
それで名誉とプライバシーに関わると言う点で灸を据えたのさ。」

「……で、その毒牙が俺らに向いたと。」

「ああ。その件以降は、既存のアニメや漫画の二次創作で収めていたのだがな…。」

ドアの前でげんなりしていると、ちょんちょんと脛をつつく感触がした。
足元を見ると、浮き輪モードのあきつ丸がタブレットを掲げている。

『よければ手伝うのでありますよ。』

「アキ…すまない、頼めるか?」

『了解であります。霊体で動くので、キョウは浮き輪とタブを預かって欲しいのであります。
__は自分と一緒に動くのでありますよ。』

「分かった、頼んだぞ。」



“……実際どうすんだ?”

“幽霊には、霊気の残り香が分かるのであります。さっき覚えたので、そいつを辿れば…。”

“いやぁ、目の当たりにするとサブイボ止まんねえよ……お、俺が眼鏡に…。”

“全く、腹の立つ事でありますなぁ…あの後自分もデータを見ましたが、居ても立っても居られず駆け付けたのであります。”

“やっぱムカつくか、あいつがああ言うネタにされると。”

“ええ……作者は何も分かっておりませぬ!キョウは受けでありましょう!!”

「おめーもかこの野郎!!」

思わず声出して突っ込んじまったよ。
あーそうだ、こいつは何でも行ける変態だった…!


“むっ!あちらから匂うのであります!!”

“あ、待て!”

あきつ丸は壁をすり抜けて何処かへ。
おいおい、参ったな…見付けても霊感ない奴相手じゃ…。

「ぎゃああああああっ!!??」

悲鳴!?

叫び声のした方に走ると、そこは視聴覚室。
中は真っ暗だが、電気を点けてみると…。

「け、憲兵さぁん!!」

「おわっ!?」

明るくなった瞬間、腹の辺りに誰か突っ込んで来た。
またガタガタ震えてんな…すると頭の中に、あきつ丸の声がした。

“ちょっとスマホに取り憑かせてもらったのであります。犯人はこの子のようですなぁ。”

“こいつが…。”

「……お前、確か秋雲って言ったな?」

「うん!!ス、スマホに幽霊が…!!」

「………丁度いい、お前を探してたんだよ。」

「………へ?」


「………さて、貴様がここに連れて来られた理由は分かるな?」

「………。」

詰所に秋雲を連れて行き、俺らは尋問を始めた。
さて、どう言う経緯でああなったのか…。

「懲りずにまた身近な所、それも私達に手を出すとは…今度の灸は、少々熱くなるぞ?」

「…秋雲さんねぇ、男描けるようになりたいんだよねー。」

「男?」

「うん。やっぱ女の子ばっか描いても幅広がらないからさぁ。
どんなジャンルもドンと来いって精神としては、そろそろBLにも進出しようかな…ってね。」

「……で、何故私達なのだ?それこそ二次創作で済む話だと思うのだが。」

「……そりゃああんた達、噂になってたからさ。」

「噂?」

「憲兵さんが痔主になった頃から、ホモ説が囁かれ始めたんだよ。それでこないだの女装の件があったっしょ?
アレ見た時こう、インスピレーション来た!って…いやぁ、捗ったよねぇ。」

「自重しろ。」

「いったっ!?もう、ゲンコツしなくてもいいじゃんかぁー。」

「ふむ…出所はこいつでも無いか。では、貴様が着想を得たのはその噂からと言う事でいいな?誰から聞いた?」

「__、いる?さっきの噂の元を連れて来たわ。」

「__…。」

詰所に入って来たのは元カノ…で、申し訳なさげに手を引かれて来たのは…。

「……磯波!?」

こないだの件でカメラマンをやってた子だ。
えぇ…こんな大人しそうな子が?


「さて、磯波ちゃん…どうしてそんな噂を立てたのかしら?」

「……その…私、提督に憲兵長へお使い頼まれて、たまたま見ちゃったんです…。
憲兵さんと憲兵長が……うう…キ、キスする所!」


あ の 時 か ! !


「どう言う事だ…?そのような事は……あ。

……ウボェアアアアアアアアアッッッ!!!!」

「憲兵長!?どうしたのさ!?」

ああ、思い出しちまったか……。
眼鏡はゴミ箱掴んで盛大に吐き始め、秋雲はその背中をさする地獄絵図。
で、ぽっと頬を赤くする磯波を尻目に、その隣からは新たな地獄の波動が放たれていた。


「ふふ……ふふふふふ………そう、そうだったのね…。」

「…待て、話せば分かる。俺は取り憑かれてただけだ。」

「大丈夫よ…男ばかりの軍学校で壊れちゃったのよね?私が『戻して』あげるから…。
だからちょっと、縛っても良い?」

「…元カノ逆レ物!!閃いた!!」

「おめーは自重しろ!!」

泣いてんのに何だこの殺気は…!!ダメだこれ…性的にどうこうどころか命のやり取りの話になる!
こいつは話聞かせるまでが大変なんだよ…どうする?どうするよ俺!?

「きゃっ!?」

その時、元カノに飛びかかる赤いものが見えた。
このフォルムは…!!

「あきつ丸!!」

『翔鶴殿、やめるのであります。アレは自分が原因なのでありますよ。』

「あなたが……?」

『キョウ、話していいでありますか?』

「げほっ……ああ、この際仕方あるまい…。」


「そんな事が…。」

「……グスッ…憲兵長…。」

「あきつ丸……いや、アキと私は本来そう言う関係だったのさ。その時アキが、こいつの体を借りたんだ。
ああ…でも私もその瞬間は今思い出した……ウプ…ひ、秘密にしてもらえると、助かる…オェツ…。」

あきつ丸が間に入ってくれた事で、何とか事態は沈静化した。
はぁ…犠牲は眼鏡の胃だけで済んだか。しかし見られてたとはな…。

「ごめんなさい!そんな事とは知らないで…。」

「ああ、まぁ何も知らなきゃそうなるな…。」

なるほどね、あの撮影でやたら頬染めてたのはそう言う事か…この際だ、噂流した件についちゃ不問にしてやろう。刺激強かったろうしな。

………ところで、一番の問題は…。


「……秋雲ぉ…。」

「………っ!!」

「さーて…あの漫画見た限りじゃ、人に見せる気満々だったっぽいな?」

「ご、ごめん!!アレはやり過ぎたよぉ!!
でも、まだ磯波しか見てない!!今なら取り返し付くって!」

「このUSBのを渡すつもりだったのか?」

「いや、それは違うよ?バックアップをUSBに入れて持ち歩いてるんだ。落とす前に視聴覚室にいたから、それであの時探してたの。
磯波には最初に見せるって約束して、アップローダーのURLを…。」

「……秋雲ちゃん、来てないよ。」

「「……へ?」」

「………秋雲、お前それ何で送った?」

「LINEだね…確か出来てすぐの徹夜…ああっ!?」

「誰だ!?誰んとこ誤爆した!?」

「待って!!今確認するから!!」


『HN:お淀』


「………もう一回見ていい?」

「………うん。」



『HN:お淀』




「……どうすんだおめえええええ!!!!???」

「ごめんよおおおおおおおお!!!」

「ふふふ……もうこうなっては止められまい…。
大淀君は、楽しそうな事なら私や提督にすら容赦しないからな…。

……秋雲。貴様、男を描けるようになりたいと言ったな?」

「う、うん…言ったねぇ。」

「……ならば『漢』しか描けなくしてやろう!!」

「ひっ!?待って!!お助けえええぇ!!」

あー…あいつ終わったな…。

秋雲をずるずると引きずり、眼鏡は何処かへ消えてしまった。
はぁ……なんか疲れた。取り敢えずこいつら外出すか、詰所ん中ゲロくせえし。

「はーい解散ー…もう帰るか…。」

「ええ…色々とすいませんでした。」

『ゲロは自分が片付けておくのであります。
全く、中身は自分だったのにひどいでありますなぁ。』

「ごめん、頼むわ…詰所は俺が鍵掛けとく。」

ドタバタ騒いでる内に、今日の終業時刻はとっくに過ぎていた。
磯波も帰したし、俺ももう帰っかな…。


「……少し、そこに座って行かない?」

「どうした?」

気分でも悪くなったのかと、俺は誘われるままにあいつとベンチに座った。
メシ時の今は、どうやら俺らしかいないらしい。

上を見ると、月がぽっかりと。
風が吹いてるが、前より少しじっとりした気もする。

そんな風を浴びた時、そこに乗ってこいつの匂いがした。

「……ったく、ひでえ目に遭ったぜ…まだ解決してねえけどよ。」

「妄想の捗るお年頃って言っちゃえば、それまでかもしれないけどね…でも漫画はやりすぎよ。ましてやあなたがモデルで…。」

「……そう言えば昔、お前の部屋にレディコミがあったな。」

「えっ!?知ってたの!?」

「背表紙がモロだったんだよ。」

「うう…ばか。」

……へへ、久々に一本取ってやったぜ。
こいつの真っ赤な顔なんて、再会してから初めて見たな。


後は気分が落ち着くまで、本当に他愛もない話をしてた。
同級生や先生が今どうしてるかとか、俺の軍学校の頃の話とか。
それでひとしきり話をして、そろそろ帰るかと立ち上がろうとした時だ。

きゅっと、手を掴まれたのは。

「うん、暖かいわね。生きてる。」

「…当たり前だっての。」

「…無茶はしないでね?」

「艦娘に心配される程、危険と生活してねえよ。大丈夫だって。」

「……うん。」

……あきつ丸の話が、効いちまったかな。

別れてる以上、そんな義理はねぇ。
だから自分でもバカだとは思うんだが……目の前で不安に駆られてる奴を放っとく事は、出来なかった。


「………!!」

「俺もお前も、それに皆も。そう簡単に死ぬタマじゃねえよ。大丈夫さ。」

「……うん!!」

手を握り返して、笑うだけ。
自分で振った女相手に出来る事なんて、それぐらいのもんだった。

「じゃあな。」

「うん…また明日。」

寮に入って廊下を歩くと、珍しく誰もいない。

梅雨時とは言え、夜は廊下も少し肌寒い。
2時間寝て、風呂でも入るか…部屋に入って着替えると、俺はすぐにベッドに入った。

何か忘れてる気がすんなぁ…まあ、今はまず仮眠だ。
被りたての布団はまだ冷たくて、体温が馴染むには少し掛かる。


そんな中、手だけは妙に暖かかった。



「おはようございます。」

「ああ、おはよう。」

「なんか眠そうですね?」

「ん?昨日は空き部屋を借りたからな。慣れないベッドのせいだろう。」

「……あ!!そう言えば秋雲どうなりました?」

「…私の部屋に監禁したよ、『漢』を学ばせる為にな。
今夜の夕方までは出さん。提督も許可済みだ。」

「……漢?」

「これでも漫画集めが趣味でな…私の蔵書を24時間読むのを罰にした。
『刃○』シリーズ、『原○夫』や『山口○由』作品全巻…全部読むまで帰れま10と言う奴だ。」

「………ああ、確かに漢ですね…。」

迸る血と汗の方でな。

その後部屋から出てきた秋雲は、眉毛が気持ち太くなっていた。
あと、何か輪郭が変わった気もする。

この年の夏、秋雲は有明には行けなかったと言う。
しばらく何を描いても筋骨隆々な漢しか描けず、再び所謂萌え絵を描けるようになったのは、9月になってからだったそうだ。

尚、あの漫画はお淀のせいでしっかり広まっていた事も付け加えておく。

お陰で磯波が目覚めました。

登場人物その1

・憲兵

2年目の若手、翔鶴の元カレ。
正義感溢れる青年だが、それが災いし唯一のツッコミ枠と化しつつある。お人好しゆえ甘さも強いが、たまに腹黒い。
異動先で元カノの翔鶴と再会し、そこから彼の憲兵生活は波乱を迎えた。

空手の段と霊感持ち。
細マッチョだが本来は女顔の為、メイクをすると化ける。結果皆のオモチャと化した。
様々な苦難の末痔を患い、現在治療中。
別鎮守府の長門は実姉。彼のツッコミのルーツである。

好きなタイプは、落ち着きのある美人。

・翔鶴

憲兵の元カノ。
憲兵と別れてからも想い続けた末、再会後はストーカーと化す。ただし憲兵が絡まなければ大人しく優しい性格。
天然かつどこか常識がズレている所があり、その結果天然のヤンデレと化している。別れた原因はそこにあるようだが…。

艦娘としては優秀。
憲兵の異動を知った際、弓道場に籠り続けた為更に腕を上げたらしい。

憲兵に執着する一方、妹属性を持つ女の子には(間違った方向の)姉力を発揮する場面がある。
その結果、憲兵からは『シスコンかつロリコン 』と言われてしまう。
お酒は朝まで飲めるそうだが、誰も本当に酔っている場面を見た事が無いらしい。

・瑞鳳

元は憲兵が最初に赴任した鎮守府の艦娘。後に同じ鎮守府へ異動。
憲兵とは非常に仲が良く、無二の親友と言える関係。
憲兵に好意を抱いているが、あまりに打ち解け過ぎている為、逆に異性と認識してもらえずにいる。

お酒好きだが、少々酒癖が悪い。特に悪酔いした時は通称ヅホラとなり、おっぱい大好き下ネタ全開のおっさん怪獣になる。
尚、決して酔った彼女に料理をさせてはいけない。ケツが死ぬ。

小柄な容姿にコンプレックスがある為、彼女をロリ扱いした者には死が訪れる。

今回はこれにて。
登場人物が増えてきたので、そちらも少しずつまとめて行きます。


「199…200……っと。」

仕事後余裕がある日は、いつも飯の前に部屋で筋トレだ。体が資本だから、こいつはなるべく欠かせない。
そこからシャワー浴びて食堂に行くのがお決まりなんだが、ここである事を思い出す。

“そう言や明日休みか、ゆっくり出来るな…”

それが頭をよぎった時、俺の中にある衝動が湧いてきた。

「せっかくだし飲みてえな…。」

汗もかいたし、腹も減った。ビールが俺を呼んでる気がする。
そう思っていたら、ちょうど携帯が鳴った。


『暇だったらでいいんだけど、飲み行かない?明日休みなんだ。』


……外泊申請、まだ間に合うかな。









第18話・変わらないもの






「うーす、お疲れー。」

「お疲れ様ー。」

正門前に出れば、さっきの連絡の主がいた。
まぁ言わずもがな、づほなんだけど。

お互いこっちに来てそんなに経ってないが、俺の方が先な分、多少は街の知識も増えた。
そんな事を見越してか、新規開拓したい!とづほに呼び出された訳。

「あっちのマンションの方?」

「そう。そこからバス出てるから。」

ここから街に出るのに手っ取り早いのは、路線バスだ。
最寄りのマンション群のとこから出てて、そいつに乗れば市街地。
提督の家も確かこの辺だよな…あ、時雨だ。

「今通ったの、時雨ちゃんよね?」

「たまに飯作りに行ってるらしいぜ?
練習とか言ってるが、提督の手綱握りに行ってるのが正解だろうな。家入れてもらえるようになったみたいだし。」

「あー、また他の女においたしないようにだ?ふふ、可愛いじゃん。
でも良いなぁ…私もご飯作る相手とかいればなー。」

「相手作っても、激辛はやめてやれよ?」

「やりませんよーだ。__もご飯作ってくれる子見付けなよ。」

「余計なお世話だっての。」

場所が変わっても、こいつとサシの時は何も変わんねえな。
いつも通りの他愛も無いやり取りで、バスへと乗り込んだ。



「「かんぱーい。」」


前から気になってた店に来たが、こりゃ当たりだ。
づほも気に入ったらしく、随分と機嫌が良い。飲み過ぎたら止めるけど。

「少しは慣れたか?」

「こっち?うん、思ってたよりは馴染めたかなーって感じ。」

「そりゃ良かった。」

焼き鳥食いつつ、グダグダと会話は進む。
気を遣わないでいい関係だし、正直異性と飲んでるって感覚は無かったり。
でもそれが、俺とこいつが親友たる所以でもある。

あ、卵焼きもうめえ。

「ふむふむ、このダシは…。」

「お、研究家モード?」

「卵焼きは一番好きだもん、拘っちゃうよね。」

「づほの確かに美味えもんな。磯風もお前の爪の垢飲んで欲しいぐらいだぜ…。」

「えへへ…でもあの子、そんなにヤバいの?」

「俺がケツ悪くしたの、あいつのマカロンがきっかけ。『いそかぜ』の名は伊達じゃねえな…ありゃGUSOHだわ。」

「あ!トイレの件だ!」

「そ。思えば俺の健康運、あそこから下降の一途だぜ…。」

……トドメはづほのロシアン卵焼きだったのは、敢えて黙っておく。
あ、そろそろ次頼むか。づほも空いてるし。

「づほも酒頼む?」

「あ!ちょっと待って。今日はねー…。」

いつもは3杯目までビールなのに、珍しい事もあるもんだ。
メニューとしばらくにらめっこして、ようやく次を決めたらしい。


「じゃあ私マッコリで!」

「珍しいな、どうしたよ?」

「たまには他のお酒試そうかなってね。」

「おいおい、後で暴れんなよ?」

「大丈夫よ、酔わない酔わない。せっかくだし一緒に飲も?ボトル入れて。」

「まぁいいけどよ。じゃ、店員さん呼ぶか。」

それから追加も飲み始めて、お互い良い感じに酔って来た時だった。

「そう言えば、もう知り合って一年経ったんだねぇ。」

「言われてみりゃそうだな。早えもんだ。」

「で、君は先に異動したわけだけど。こっちで狙ってる子とかできた?」

「いや…さすがに地雷原でバタフライするような真似はしねえ。
それに、未だにちゃんとは知らねえ奴もいるぐらいだぜ?」

「…ふーん、翔鶴さんで頭いっぱいだもんね。」

「おいおい…あいつで頭パンクしたのは違う意味でだよ。
だから相変わらずだな、特に何が起こるでも無しって所さ。春とか来る気しねえ。
それ訊いて来るづほはどうなんだよ?最近。」

「私?相変わらずよ。あーあ、どこかにいい人落ちてないかなあ。」

「お前だったら大体の奴落ちるだろ、卵焼き出せば一発じゃねえか?」

「だから焼く相手がいないんだってばー。」

俺はともかく、こいつは引く手数多な気もするんだけどなぁ。酒癖はちょっとアレだけど…。
俺も元カノ以降誰とも出会わなかったって訳じゃねえが、結局何もなかったしな。そのまま今に至るだ。


「……モテ期、人生で3度あるって言うよな。」

「1度目は翔鶴さんでしょ?じゃああと2回だ。」

「あー…まぁ、高校の時は確かにあったかも。1回あいつ以外の子に、告白されたな。」

「翔鶴さんの前?」

「いや、後。だからすぐ断った。」

「軍学校は何も無かったんだっけ?」

「俺らの世代は確かに女の子増えてたけど、無かったな。
“ちょっと見た目のバランス悪いかなー”って囁かれてたの聞いたし…。」

「ま、まぁ気にしない気にしない。」

背もでかい方にはなれたし、体も頑張って細マッチョって自負できるぐらいまで持ってったけど…女顔は『多少』厳つくなれたってぐらい。ガタイとツラが合ってねえのは自覚ある。
ああ、こないだの女装の辛さを思い出してきた…。

「……そう言えばよ、こないだのマジ恥ずかしかったぞ、こんにゃろう。」

「ん?ゴスロリメイド?
えー?すっごい可愛かったじゃん!ほら!」

「ぶっ!?待ち受けにしてんじゃねえよ!」

「あはは、盛れてるでしょ?これから夏祭りやクリスマスとイベント毎に…どう?」

「ぜってーやんねぇ。」

「ちぇー、いけずぅ。」

断固拒否。スカートなんぞ二度と履きたくねえ。
しかしどうなるもんかと思ったが、マッコリはづほと相性良いらしい。
良い感じにほろ酔い、今の所はヅホラ覚醒とは至らずだ。

「でさー。」

「何?」

「……どうして翔鶴さんと別れたんだっけ?」

「昔言ったろ?行動が過激で持たなくなったって。」

「それはね。聞きたいのはそこに至るプロセス。」

「………笑わない?」

「大丈夫。」

ああ…確かに何考えてたかまでは、づほにも話してなかったな。
今思うと、自過剰だなーって思うんだけど…まぁ、過ぎた事か。

undefined

「…お互い様ね、__も相当悪いけど。」

「返す言葉もねえよ…再会してからはビビりっぱなしだし。
冷めたらこうも苦手になるかって、最近自分でも思ったな。

振り切るのに結構掛かったけど、今となっちゃあれで良かったのかな?ってな。
あいつはもっとこう…気を遣える奴の方が合うんだよ、きっと。ちゃんとあいつの事考えて人間関係こなせる奴って言うかさ。」

「例えば妻帯者の意識を持って人と接し、なるべくまっすぐ帰ってくる旦那さん。」

「そう、そんな感じの。」

「でもそれは誰でもそうだよー。
まぁいいんじゃない?分け隔てないのが君の良いとこでもあるんだし。
君に浮気心無かったんだし、そこは価値観の違いって事でさ。気にし過ぎない方が良いって。」

「……ありがとよ。ちょっとは報われるぜ。」

「自意識はもうちょっと持つべきだけどね。」

「んっ!!返す言葉もございません…。」

「はいはい、じゃあ呑んで昔の女は忘れちゃおうねー。」

「おい、表面張力まで注ぐなよ…。」


…で、明け方の現在。づほは俺の背中に絶賛フェイスハガー中。
後から酒が効いてきたらしく、「おぶれ…おぶるんだ……」と死にそうな声でしがみ付いて来た。

鎮守府までの近道を調べると、住宅地を突っ切る形。
ちっこい子泣き空母を背に歩いてると、目の前に橋が見えてきた。

へぇ…良い所あるんだな…でっけえ川だ。

「……懐かしいね。」

「初めて来たけど?」

「ほら、前のとこにも川あったじゃない?漫喫の時。」

「あー、あったなそんな事。ピアスの時だ。」

「そう、元カレにもらったやつ。あの時もこんな感じだったよね。」

漫喫事件の後、こんな感じの川で一息入れててな。
そしたらづほがピアス外して、「ありがとう!!ばっきゃろー!!」って叫んでぶん投げたんだよ。

……で、その勢いで俺の肩にゲロったっけ。

「……アレは大分助かったわ。優しいのを気に病む事なんて無いって。」

「そう言ってもらえりゃ助かるぜ…しかし、まさか未だにお前とつるんでるとはなぁ。」

「人の縁なんてそんなものよ。」

「だな、親友。でもそろそろ酒減らせよ?太るぜ?」

「善処しまーす…でもカロリーは確かに…うぷ。」

「だからって今入れた分出すなよ!?」


その後寮に帰って、そのままづほと別れた。
たまに朝陽浴びながら寝ると、気持ちいいんだよなぁ…良い酒だった。

さて、愛しの我が部屋へ、っと……ん?


「すぅ……すぅ……。」


…………何でこのタイミングかなぁ。

合鍵持たれちゃいるが、侵入された事は片手で足りる程度だ。特に最近はすっかり油断してた。
よりにもよって今かよ…さっさと寝たいんだけど…。

「もしもーし…こら、俺寝るから。起きろー。」

「……ん…おかえりなさい…。」

「……うわっ!?」

不意打ち喰らった。
ガバッと俺に飛び付くと、あいつはそのままベッドに倒れちまった。
痛えなこんにゃろ…無理な体勢取らせやがって、床に転がすぞ…!


「……すぅ……__……。」

「…………。」


……はぁ。

床に転がすのはやめて、ちょっとだけあいつの体を端に寄せた。
スペースも確保したし、やっと寝れる…後は寝るまで一瞬だった。 目を閉じてからは覚えてない。

昼に起きるとやっぱりあいつはいなくて、でもTシャツの裾がちょっとだけ伸びてた。
ヘッドボードの携帯を手に取ると、ペットボトルとメモが置いてあるのに気付く。


『あまり飲み過ぎないでね。お疲れ様。』


飲み明けは声もカサカサ、喉も渇いてた。
ペットボトルの水をぐいっと煽って、ボーッとしてた頭を叩き起こす。

そこでふと気付いたのは、着てた服から感じた匂い。
濃く残ってたあいつの匂いに混じって、づほの使ってる洗剤の匂いがした。

窓を開けると、今度はアスファルトの匂いがする。
一雨来るか…まぁ、今日はもう予定も無いしな。
そのままシャワー室でひとっ風呂浴びる頃には、匂いの事は何処かに行っていた。

ただ、その後横になったベッドには、まだあいつの匂いだけは残っていて。
そいつを感じたまま、俺はまた眠りこけてしまっていた。

酒と雨のせいかな。
その日は妙にぐっすり眠れたもんだった。









side 瑞鳳









『暇だったらでいいんだけど、飲み行かない?明日休みなんだ。』

『いいよ。店どうする?』

『越して来たばっかりだし、新規開拓したいのよね。何か良いお店知らない?』

『気になる所ならある。』

『じゃあそこ行ってみよっか。後で正門でいい?』

『大丈夫。ただ筋トレした後だから、ちょっとシャワーだけ浴びるわ。出たらまた連絡する。』

『うん、りょーかい。』

場所は変わっても、こんなやり取りは変わらない。
二人で飲む機会を伺ってた私は、前の所みたいにしれっと誘いをかけた。

……実は数日前から、色んな事を考えてね。


「うーす、お疲れー。」

「お疲れ様ー。あっちのマンションの方?」

「そう。そこからバス出てるから。」

バスに乗ろうとマンション群に向かうと、見た事のあるお下げ髪。
スーパーの袋……ははーん、そういう事かぁ。

「今通ったの、時雨ちゃんよね?」

「たまに飯作りに行ってるらしいぜ?
練習とか言ってるが、提督の手綱握りに行ってるのが正解だろうな。家入れてもらえるようになったみたいだし。」

「あー、また他の女においたしないようにだ?ふふ、可愛いじゃん。
でも良いなぁ…私もご飯作る相手とかいればなー。」

「相手作っても、激辛はやめてやれよ?」

「やりませんよーだ。__もご飯作ってくれる子見付けなよ。」

「余計なお世話だっての。」

時雨ちゃん、いいなぁ…。

…作る相手、本当はずっといるけどね。
でもいつも__に卵焼き食べてもらう時は、皆に振る舞う場面だけだったから。


「「かんぱーい。」」

気になる店があるって連れて来られたのは、私が好きな感じの居酒屋。
こういう趣味は本当合うのよね、これは期待出来そう。

「少しは慣れたか?」

「こっち?うん、思ってたよりは馴染めたかなーって感じ。」

「そりゃ良かった。」

皆癖あるけど良い子だもん。
ま、まぁ、憲兵な__の立場からすると大変なのはよーく分かったけどね…。

あ、これ美味しい。

「ふむふむ、このダシは…。」

「お、研究家モード?」

「卵焼きは一番好きだもん、拘っちゃうよね。」

だって、美味しいの食べて欲しいし。
お店で食べても、ついつい研究しちゃうのはいつもの事。

「づほの確かに美味えもんな。磯風もお前の爪の垢飲んで欲しいぐらいだぜ…。」

「えへへ…でもあの子、そんなにヤバいの?」

「俺がケツ悪くしたの、あいつのマカロンがきっかけ。『いそかぜ』の名は伊達じゃねえな…ありゃGUSOHだわ。」

「あ!トイレの件だ!」

「そ。思えば俺の健康運、あそこから下降の一途だぜ…。」

…はは、きっとあの卵焼きがトドメだったかな…。
酔っ払ってたけど、アレは本当に悪い事しちゃった。


「づほも酒頼む?」

「あ!ちょっと待って。今日はねー…。」

最近は晩酌の時、いつもと違うお酒を飲むようにしてたの。
それはね…体質的に酔いにくいのって何だったかなーって思って。ほろ酔いで済むか、もう一度検証したかったから。

「じゃあ私マッコリで!」

「珍しいな、どうしたよ?」

「たまには他のお酒試そうかなってね。」

「おいおい、後で暴れんなよ?」

「大丈夫よ、酔わない酔わない。せっかくだし一緒に飲も?ボトル入れてさ。」

「まぁいいけどよ。じゃ、店員さん呼ぶか。」

部屋で飲んでても思ったけど…マッコリ、確かに私は『上がる』酔い方はしないなぁ。
代わりにね、何だか寂しくなって来ちゃう。人によって違うんだろうけど、やっぱりダウナーになるお酒ってあるなぁ。

一昨日、飲んでてこっそり泣いたっけ。


「そう言えば、もう知り合って一年経ったんだねぇ。」

「言われてみりゃそうだな。早えもんだ。」

「で、君は先に異動したわけだけど。こっちで狙ってる子とかできた?」

「いや…さすがに地雷原でバタフライするような真似はしねえ。
それに、未だにちゃんとは知らねえ奴もいるぐらいだぜ?」

……私ももう、こっちのメンバーだけどね。むう。

「…ふーん、翔鶴さんで頭いっぱいだもんね。」

「おいおい…あいつで頭パンクしたのは違う意味でだよ。
だから相変わらずだな、特に何が起こるでも無しって所さ。春とか来る気しねえ。
それ訊いて来るづほはどうなんだよ?最近。」

「私?相変わらずよ。あーあ、どこかにいい人落ちてないかなあ。」

「お前だったら大体の奴落ちるだろ、卵焼き出せば一発じゃねえか?」

「だから焼く相手がいないんだってばー。」

相変わらず。本当に相変わらず。
こんな距離感も、フィルターの無い会話も何も変わらない。

焼く相手いないのも、誰も拾ってないのも全部事実だよ。
だって…今の二人はフリー同士の飲み仲間だもん。

拾うどころか、本当は目の前のものに飛び付いて攫っちゃいたい。
例えばそんな事をあざとく言ってみたって、近過ぎるこの距離感じゃネタで終わっちゃう。

普段は何だって言えちゃうのに、可愛くないなぁ…私。

「……モテ期、人生で3度あるって言うよな。」

「1度目は翔鶴さんでしょ?じゃああと2回だ。」

2度目は今だよ?ばーか。
目の前にいるよー?君限定でいつでも取って食える女が。

「あー…まぁ、高校の時は確かにあったかも。1回あいつ以外の子に、告白されたな。」

「翔鶴さんの前?」

「いや、後。だからすぐ断った。」

「軍学校は何も無かったんだっけ?」

「俺らの世代は確かに女の子増えてたけど、無かったな。
“ちょっと見た目のバランス悪いかなー”って囁かれてたの聞いたし…。」

「ま、まぁ気にしない気にしない。」

体の割に女顔だもんね…ダメな人はダメかも。
私は好きだけどね、そんなとこも。だって可愛いじゃない?

「……そう言えばよ、こないだのマジ恥ずかしかったぞ、こんにゃろう。」

「ん?ゴスロリメイド?
えー?すっごい可愛かったじゃん!ほら!」

「ぶっ!?待ち受けにしてんじゃねえよ!」

「あはは、盛れてるでしょ?これから夏祭りやクリスマスとイベント毎に…どう?」

「ぜってーやんねぇ。」

「ちぇー、いけずぅ。」

突っ込む所は、そこじゃないわよ。
3人で撮ってもらった写真、ツーショットになるよう上手く切り抜いたんだ。気付いてはくれないけど。

……だからスマホの画面には、『あの人』はいない。

普段なんて飲みの途中で、撮ってもお互い変顔ばっかりなの。
本当は……こういう罰ゲームの女装より、普通のツーショットが欲しいな。普通に二人で笑ってるようなの。

「でさー。」

「何?」

「……どうして翔鶴さんと別れたんだっけ?」

意地悪な女だって、自分が嫌になる。
触れない方が幸せだなんて分かってるけど…手を突っ込んじゃったんだ。

「昔言ったろ?行動が過激で持たなくなったって。」

「それはね。聞きたいのはそこに至るプロセス。」

「………笑わない?」

「大丈夫。」

「白状すると、別れるまではめちゃくちゃ好きだったよ。色々あってもな。
だから別れてからも、しばらくは悩んだ。」

「へー…。」

……気付いてたよ、全部。
ああ、でも段々ムカついてきちゃったなぁ。

「…でも、俺じゃダメだなって思ったんだよな。安心させてやれる器じゃねえって。
確かにぶっ飛んでる所に疲れてたのはあるけど、まずそうさせる俺が悪いだろ、ってな…。」

「……何かきっかけあったの?」

「…さっき話した、告白された件だな。
その後友達に説教されたんだよ、『お前は誰に対しても親身すぎる』って。」

「その子は何がきっかけ?」

「告白してきた子?んー…元々おとなしい子でさ、学祭のイベントも馴染めてなかったから、ちょっと心配になって引っ張り出したんだ。」

「翔鶴さんは一緒じゃなかったんだ?」

「学祭中は公開演武で忙しかった。で、俺学校じゃ帰宅部扱いだから暇しててな。
その日はその子イベントに混ぜて終わったんだけど、友達出来て良かったなー、なんて安心してた。」

あぁ、男慣れしてない子だ…端折ってるけど、どうせ無自覚にタラシたんでしょ。

今より若い時だもんね、相当タチ悪かったんじゃないかな。
彼女持ちでそりゃダメだよ…翔鶴さんがやきもきするの、ちょっと分かるかも。

「で、しばらくして告白されて、友達からお説教を喰らったと。」

「……だな。『__ちゃんの事もうちょい考えろよ!』って、マジ説教だった。
そこでちょっと、考える事は増えたっけな…。」

「お人好しの自意識無しだった訳ね。」

この時ばかりは、わざとらしく毒吐いてやったわ。大して変わってないじゃん。
ばーかばーか。しばらく小突いてやる。

「う…ぐうの音も出ねえ。
でも、この性分は直んなかったんだよなぁ…結局憲兵になったのも、だったら人を守れる仕事をしようって思ってな。
消防や警察も考えたけど、姉貴はもう艦娘やってたから、こんな仕事もあるぞって勧められて。」

長門さん、ありがとうございます。おかげでこの馬鹿野郎に出会えました。
でも、そっちももうちょっと教育して欲しかったです。

「そして加減の出来ない人助けの末、2回警察のお世話になった。」

「はは…バレてないの入れたら、もうちょいあるな…。
で、話戻るけど、その頃友達に言われたんだ。『お前が逆だったらどう思うよ?』って。

あいつとは付き合い出して1年経ってたからな…感情表現下手なのは、俺もよく分かってた。
……矢とか飛んでくる割に、裏で泣いてた場面もあったのかもなとか考えたよ。」

「……それで鉄の味チョコに繋がると。」

「…空手で血の味はよく知ってたからな、すぐ分かったよ。
ここまでさせちまう程追い込んだのかって思ったし…同時に、あいつの行動に疲れ切ってたのも事実だ。

そこでバキッと心が折れて、これ以上はお互いに良くねえってなっちまった。それで俺から振ったって訳。」

「…お互い様ね、__も相当悪いけど。」

まぁ翔鶴さん、それ抜きでもぶっ飛んでるしね。

でも高校生ぐらいの時なんて、誰かが振られたなんて話はすぐ知られる。きっとその件も、翔鶴さんの耳に入ってたと思うわ。
悩んだんだろうけど…言い換えれば__が逃げたとも捉えられるわね。翔鶴さんの独占欲も大概だけど。

責任感強いものね…自責の念は、多分今でも…。


「返す言葉もねえよ…再会してからはビビりっぱなしだし。
冷めたらこうも苦手になるかって、最近自分でも思ったな。

振り切るのに結構掛かったけど、今となっちゃあれで良かったのかな?ってな。
あいつはもっとこう…気を遣える奴の方が合うんだよ、きっと。ちゃんとあいつの事考えて人間関係こなせる奴って言うかさ。」

「例えば、常に妻帯者の意識を持って人と接し、なるべくまっすぐ帰ってくる旦那さん。」

「そう、そんな感じの。」

私は女友達や付き合いのキャバクラまでなら許す。いちいち目くじら立てきれないもん。

…ただしそれ以上は殺す。魂子焼にしてやる。
具体的には、よその女とキスしたらアウト。

「でもそれは誰でもそうだよー。
まぁいいんじゃない?分け隔てないのが君の良いとこでもあるんだし。
君に浮気心無かったんだし、そこは価値観の違いって事でさ。気にし過ぎない方が良いって。」

「……ありがとよ。ちょっとは報われるぜ。」

「自意識はもうちょっと持つべきだけどね。」

「んっ!!返す言葉もございません…。」

「はいはい、じゃあ呑んで昔の女は忘れちゃおうねー。」

「おい、表面張力まで注ぐなよ…。」

翔鶴さんの髪と同じで、真っ白いマッコリ。
それで出された器の方は、私の髪と似た色をしてた。

飲め飲めこのやろー。思い出なんて飲み干しちまえー。
飲み切っちゃえば、私の色な器だけだもん。白いあの人の記憶なんて、そのまま消化しちゃえばいい。

………飲んだら飲んだで、白いのに酔っ払っちゃう事になるけどね。


うう…酔ったぁ…。

子泣き爺かフェイスハガーか、私はいつものように__の背中にべったり。
無い胸と143cmのこの体も、こんな時だけは得だと思える。その分ギュってくっつけるから。

……わざとじゃないよ?

あ、ここにも川あるんだ。
思い出すなぁ…そう言えばあの時も…。

「……懐かしいね。」

「初めて来たけど?」

「ほら、前のとこにも川あったじゃない?漫喫の時。」

「あー、あったなそんな事。ピアスの時だ。」

「そう、元カレにもらったやつ。あの時もこんな感じだったよね。」

振られてからも、しばらく律儀に付けてたんだ。
でも勢いで外して投げたら、本当せいせいした。

ヤケクソで迫った時、めちゃくちゃ怒られたなぁ。
すごい怖かったけど、その時本当に親身に考えてくれる人なんだって思ったっけ。

……今も無い胸押し当てた所で反応無いのは、あの頃と変わんないわね。
むう…もっとしがみついてやる。


「……アレは大分助かったわ。優しいのを気に病む事なんて無いって。」

「そう言ってもらえりゃ助かるぜ…しかし、まさか未だにお前とつるんでるとはなぁ。」

「人の縁なんてそんなものよ。」

「だな、親友。でもそろそろ酒減らせよ?太るぜ?」

親友かぁ…親友だよね。
チビだから、近いとたまに気付いてもらえない。それと一緒なんだ。

あーあ、なんでこんな奴好きになっちゃんだろ。節穴めぇ。
大体太ってないし。鶏ガラみたいな幼児体形ですよーだ。

「善処しまーす…でもカロリーは確かに…うぷ。」

「だからって今入れた分出すなよ!?」

あの時は、投げた勢いで大リバースだったわね。
アレでキレないんだから、本当お人好し。離れられないぐらい甘えちゃうよ。

「着いたぜ、降りれるか?」

「うん、大丈夫。」

寮に着いたらもうお別れ。
でも今日の服は、しっかり匂い付くように洗ったんだ。香水も使ってるし。

…眠そう…このまま寝落ちする感じかな?
だから部屋に着いても、私の匂いのまま寝ちゃえばいい。
あの人の事なんて、どっか行っちゃうぐらいね。

階段の所で別れて自分の部屋に行こうとすると、隣の部屋が目に入る。
合鍵持ってるって聞いたなぁ……大丈夫、今ならきっと寝てる。
そう思って、私は部屋の扉を開けた。

カーテンさえ開けちゃえば、誰もいない部屋も明るくなる。
窓も開ければ、雨の匂い。今日はもう寝て終わりかな。

窓から顔を出して、斜め下の部屋を見てみる。
この角度じゃ見えないけど、きっと今頃ぐっすり寝てるはず。

そうだ、また二人で映画でも見よう。
ここに呼んで、ゆっくり部屋飲みでもしながら。
そうすれば、慣れないこの部屋にもあいつの跡が出来るから。

うーん…なんか眠くないなぁ。もう一杯飲んでみよっかな。


冷蔵庫を開けてみると、一人で飲んでた分のマッコリがまだあった。
ペットボトルに2~3割残ってる白い奴。それを見たら、何か段々ムカついてきた。

あいつの中の2~3割の白いのが、段々増えてくような気がしたから。
いつかまた、白いのに悪酔いされそうな気がしたから。

もうラッパで行ってやる。お前なんか飲み切ってやる。
ぐいっと飲み干して、空いたボトルを乱暴にゴミ箱に投げ捨てた。
はっはっはっ、これで私の勝ちよ。そこで回収日を待つがいい。

そのままベッドにうつ伏せになると、頭がぐるぐるして来る。
うえー…回ってきたわね…ちょっときついかな。

酔っ払った耳に、ざあざあと雨音が絡み付く。
その音を聞いてるうちに、何だか泣けてきてる自分がいた。

……匂い、付いたかな。
いつでもそばにいるよ、近くて見えなかったとしても。

枕に腕を回すと、何となくあの背中を思い出した。
でもベッドの中はまだ冷たくて、あのぬくもりとは似ても似付かない。

夢の中ぐらい、いいよね。
キスでもするみたいに枕に顔を埋めて、私はそのまま寝ようとしたんだ。
メイクも取らずに顔を埋めてると、目元が濡れてきた気もする。
でもいっか…カバー黒いからわかんないよ。

大丈夫、泣いてない。
……大丈夫、もう同じ場所だから。離れ離れじゃないから。

なのに、何でこんなに遠いんだろ?

結局そのまま寝落ちして、見事に寝ゲロした。
枕だけで済んだけど、しょうがないからその日は座布団を代わりにした。

その間部屋にぶら下がるのは、雨で乾かない枕とカバー。
楽しい時間を過ごした次の日は、文字通り枕を濡らしたサイテーな休日。


その日は一日、雨は止まなかった。

一時的に別サイトに落としておりましたが、こちらにもまた投下して行きます。


これでも服は好きで、それなりに気は遣ってる方だ。
休日に一人でモールや古着屋を回るのが、ちょっとした楽しみだったりする。

だが自分の身に付ける物は気にする割に、俺は他人の方にそこまで執着は無い。
分かりやすく言うと、「好きな子にはこういうの着て欲しい!」とか、そう言うのが無い訳。

俺としては、好きなもん着てる時の女の子が一番可愛いってのが持論。
づほには「分かってない」って突っ込まれたけどな。

そんな感じで男女問わず、身なりへの拘りは何かしらあると思う。
ただ、男と女で決定的に違う『ある要素』もあるんだ。

ささやかな疑問が、派手な火の粉を撒き散らす。
今日はそんな日常の話。







第19話・誰も見てはならぬ






「お疲れ様ですー。」

「ああ、憲兵君。お疲れー。」


飲んでる時やムカついてる時、それと頭使い過ぎた時は、たまにタバコを吸いたくなる。
この日事務作業で数字とにらめっこしてた俺は、久々に喫煙所に足を踏み入れていた。
この時中にいたのは提督だけ。この人と二人になるのはなかなか珍しい事だ。

ガラス張りの喫煙所からは、外がよく見える。
艦娘達が目の前を通るんだが…この時俺は、ある事に気付いた。

「……皆化粧ポーチ持ってますね。」

「あー、出撃前のあるあるだよー。軽く化粧直す子多いの。」

「へー…。」

ウォータープルーフも出回ってるご時世だが、この時俺の脳裏にはある疑問が浮かんだ。
……これから海でドンパチやんのに化粧?落ちねえか?


「マナー的な奴ですかね。落ちちまうと思うんだけど…。」

「いや、艦娘の化粧は特に義務でも禁止でも無いよー?まあそこは女の子って事。
艤装って一応紫外線保護も出来るんだけど、念の為もあるだろうし。」

「なるほど…。」

男にゃ分かんねえ世界もあるよなぁ…なんて考えてる間に、さっきの艦娘達が出て来た。
早えなぁ……あ、でも結構印象違う。
そんな事を考えてると、ガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。

「憲兵さーん、お化粧に興味津々?前ので目覚めちゃったぁ?」

「蒼龍か…勘弁してくれよ、こないだので懲りたっての。」

「楽しかったなぁ、憲兵さんにお化粧するの。次はどうしよっかなぁ。」

「二度とやんねえ。」

蒼龍はメイクが得意だ。
こいつは女装事件のヘアメイク担当であり、一回プライベートのこいつに騙されてもいる。
同僚からしても腕は確かなようで、何でもここの駆逐や軽巡にメイクを教えてすらいるんだとか。

「なーんだ。てっきり目覚めてくれたかと思ったのに。」

「いや、何となく戦闘前にメイクすんのって不思議だなーって思ってな。落ちねえの?」

「そりゃ多少はね。でも私達にとっては、制服や艤装と一緒なんだ。
やっぱりちゃんとやると、心も戦闘モードになるんだよ。」

「空手家が道着着るようなもんか。」

「うん!戦国武将もメイクして合戦に臨んでたんだよ?戦化粧って奴。」

「なるほどなぁ。」

そう言えばそんな話聞いた事あるな…と感心してるのを、提督はいつものアルカイックスマイルで聞いていた。
まぁこの人はなまじ遊んでた分、俺よりずっとその辺の知識はあるだろうしなぁ。


「女の子の努力っていいよねー。
…憲兵君、化粧覚えるくらいの年齢になると、男的に楽しみな面もあるんだよー。すっぴんの方に。」

「すっぴんに?」

「そ。その辺になると女の子がメイクしてるの前提でしょー?
出掛けるにしても仕事にしても、いつも戦闘モードなわけ。

……だからそのぐらいのすっぴんって言うのはね、限られた奴しか見れないのさ。心を開いてもらった男の特権ってやつ。」

「……すいません。今の言葉、めっちゃグッと来ました。」

ああ、祥鳳さんのすっぴんとか憧れじゃん…づほの奴、連絡先教えてくんねえかなあ…。

……とか考えてると、またコンコンとガラスを叩く音が…。



<●><●> ←翔鶴

<●><●> ←瑞鳳



何か張り付いてるぅ!?白いのと茶色いの!!


「なにー?楽しそうな話してるじゃない。」

「お前らいつからいたよ?」

「空母組で訓練してたの。蒼龍ちゃん、入り口開けっ放しよ?」

「あ、いっけなーい。」

うわぁ…何か厄介の予感がするわ…。
で、さすがに吸わねえ奴ら3人もここにゃ入れとけねえって事で、とりあえず外に出た訳だ。

「男のスケベ心って深いわね…見えざるものを見たがる心理って奴?そう言うのパンツぐらいだと思ってたよ。」

「いや、見えざるものってお前…顔面の話だろ。」

「いーや、__は何にも分かってない。
君とは『散々朝まで飲んだ仲』だけど、私のすっぴん見た事無いでしょ?」チラッ 

「まぁねえけどよ…。」

「そうね…お化粧を覚えて思ったけど、家族か『余程深い仲』でない限りは少し恥ずかしいわ。」チラッ 

「あ、あはは…ココデケンカシナイデ……まぁそれぐらい女の子にとってお化粧って大事なんだよ。」

「そうよ!いい?__に分かりやすく言うなら、女の子にとってすっぴんは…

……股を開くより恥ずかしい!!」

「ドヤって何言ってんだ。」

「チョップしないでよちぢむぅ!」

「あのな、ここ廊下な。」

クワッて目えして何言ってんだお前は。シラフで。
提督はそんな俺らのやり取りを笑顔で見てたんだが、ふと後ろを見た瞬間、顔色が変わった。



「あー……皆、助けてあげた方がいいかも。」


その一言に一同が振り向いた瞬間、元カノと蒼龍は一目散に走り出した。
そこにはバケツとモップを持った駆逐の子……あの青い髪は確か……。

「五月雨ちゃん!大丈夫!?」

「あ、翔鶴さん!これからお掃除なんです。」

「重そうだね、どっちか持とっか?」

「蒼龍さん、大丈夫ですよ!お気遣いなく。」

まだあんまり話した事ねえけど、礼儀正しいまともな子だよな。
何焦ってんだあいつら?いくらなんでも大丈夫だろ……。

押し問答を繰り広げつつ、3人はこっちへ近付いてくる。
そうこうしてる内に、もっと近付いて来て…


「きゃっ!?」


バナナの皮……なんてここには存在しない。
しかし五月雨はそこで皮を踏んだかの如くバランスを崩し、俺と提督も咄嗟に五月雨の元へ飛び込んだ。

結果4人がかりで五月雨の体は支えてやれたが…手をすり抜けたバケツは、わずかなしぶきを上げつつグルグルと空中へ飛ぶ。

遠心力の恩恵により、バケツの水はこぼれない。
その回転は俺の横を素通りし、その先にいたのは位置的に一番出遅れる…。


「ぶっ!?」


づほの頭へナイスシュート。
水ごと綺麗にバケツを被り、ばしゃんと中身がこぼれた音が響いたのは、数コンマ後の事だった。


「づほ!?」

「あ、あ…ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」

「う、うん…五月雨ちゃんもケガしてない?」

「大丈夫ですぅ!えーと!あ!手拭い使ってください!!」

渡された手拭いを手に、づほはひとまず顔を拭き始めた。
ちょうど俺に背を向ける位置だったんだが…手拭いを外した瞬間、ピタリと動きが止まる。


「…あ…今日、普通の化粧品だ…。」


ん?化粧品?
確かに白い手拭いには、わずかに黒や肌色が移っていた。
上半身はまだびっしょり。他も拭けよーと声を掛けようとしたら…

「……__、そこ動かないで。」

明らかに殺気立ったトーンの声で、づほはこう呟いた。

づほは手拭いを顔面に巻き付け、鉢巻を目深な位置まで下げる。
こちらを向かずとも、その背中はどんどん大きくなって行くように俺には見えた。
な、何だこの殺気…?

「おい、づほ…大丈夫か?」

心配になってそうポンと肩に手を置いた瞬間…

「…ケンペイ殺すべし!!すっぴん見たら!」

「誰だおめえは!?」

隙間から見えたぎょん!とした目に、思わずツッコミを入れてしまった。


「フシュ-……フシュ-…ダメ…化粧取れて化生になってるから…特に今は。」

手拭い越しの息は荒く、さながらキレた猫の如く。
おいおい…そんなに嫌か?皆ちょっと引いてるし…。

「ず、瑞鳳ちゃん、とりあえず着替えましょ?他もびしょ濡れだし…。」

「う、うん、ちゃんとタオル使わないとね…。」

元カノと蒼龍に手を掴まれ、づほはロズウェル事件っぽくよろよろと歩き出した。
アレ前見えてなくねえか…なんて思ってると、五月雨がづほに近付く。

「瑞鳳さんごめんなさい!!五月雨がタオル用意しますから…きゃっ!?」

床はびしょ濡れ。

もう一度言う、床はびしょ濡れだ。
そして五月雨は追っかける形でづほに近付いていた。

当然のようにコケる。反射的に五月雨の手が伸びる。
見事な放物線を描く腕は、その指先をとある場所に引っ掛けた。
そう、づほの後頭部、二つの結び目にしっかりと。

水分を吸い、舞う事も無く落ちる鉢巻と手拭い。
とさり、と言う音と共に俺たちの前に現れたのは……静寂だった。



「提督、__……二人とも、見たね?」


視線が交わる。
づほは言う程濃いメイクしてる訳じゃなかった。『顔立ちそのもの』は極端に変わった訳じゃない。
ただ…人体に本来存在する、ある物が無かった。全部。


<●><●>


↑この顔文字を想像して欲しい。
このようにカッと見開かれた目から、溶けたアイメイクが黒い涙として頬を伝い…

その顔に、眉毛は一本も存在しない人間を。



つまり……これだ↓


http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira155708.jpg


「……見いたぁわぁねぇえええええっ!!??」

「落ち着けづほ!!そんなん誰でも怖えから!すっげえ怖えから!!」

「あぁん!?誰が怖いってぇ!?」

「凄むからだっての!!」

俺ら相手だと上目遣いになっから余計怖え!!
づほは下からそのツラのまま、ぐいぐいと俺に詰め寄ってくる。

「はい、ストーップ。」

……と、その時突然お化生モードなづほが視界から消えた。
代わりに眼前にいたのは…ティアドロップのサングラス。

「瑞鳳、いくら恥ずかしいからってキレちゃダメだよー?それ貸してあげるから。」

「提督…!」

「洋上用に持ち歩いてるからさー。瑞鳳には大きいけど、今は丁度良いんじゃないかな?」

「うう…ありがとうございます…。」

サングラスを掛けられた瞬間、づほはすごすごと大人しくなった。
あー…びっくりした……あんな剣幕でキレなくてもいいじゃんよ…。


「ふふ……眉毛整えてたら、うっかり片っぽ全部ね…。それで両方剃ったのよ…。」

「そのまま片っぽ残して描きゃ良かったのに…。」

「……うぅ。」

「ま、まぁ眉毛無いと恥ずかしいわよね…。」

「うん……鏡にマンボウや○ろいた…。」

今度はづほが段々暗くなってきた。
そ、そんなにか……不可抗力とは言え、何か悪い事した気になってくるな…。

「そ、そんな落ち込むなよ…黒いの以外は言う程変わってなかったし。」

「……ほんと?」

「本当。まだまだ気にする歳じゃねえだろ俺ら。」

「………ありがと。」

「でも瑞鳳ちゃんの気持ち分かるねー、私もすっぴんじゃ死にたくないし。」

「そうね、20歳越えると抵抗感じるもの…一度お化粧覚えちゃうとね。」

「憲兵さんもこの前ので私達の気持ち分かったでしょ?やっぱり顔も気持ちも変わるから、すっぴんに戻りたくないなーってさ。
あ、憲兵さんはまず男に戻りたくなかったかぁ。」

「あん時ゃ1秒でも早く戻りたかったっての。
大体デートとかならともかく、俺ら相手に気にすんなって。別に笑いやしねえしよ。」

……さっきのづほは怖かったけどな。
っとか思ってたら…あれ?何か皆顔色悪い?

「そ、そうだよねぇ…うん。」

「そうね…ソウイウトコロハナオッテナイノネ…。」

「すっぴんで萎えましたーとか言う関係でもねえだろ?憲兵と艦娘なんだからよ。
うちは姉貴いるし、それに翔鶴のすっぴんなら昔から何度も見てたし。」

「もう、言わないで……あ。」

「あ…?」


元カノが何かに気付いた瞬間、腰……と言うかケツに凄まじい殺気を感じた。

振り返ると、まさにヒットマンを連想させるティアドロップの黒光り。
しゃがみ込むそいつの手は、クリスチャンのお祈りの如く重ねられていたが…。


「…憲兵死すべし、慈悲は無い。」


その瞬間、ジャキンと言う幻聴と共にそいつの人指し指が立った。



『ずむっ……!!』



痛みとか、もはや覚えてねえよ。
その次の記憶は、もう医務室でしたとさ……。


「……づほ、あいつらは?」

「他の任務に行ったわよ。暇してたの私だけ。」

「…いってぇ~……おめえなぁ、殺す気かよ…。
ビビったのは悪かったけどよ、痔主にカンチョーはねえだろ…。」

「人のすっぴんにあんなリアクションするからよ。ふーんだ。」

憲兵に暴行働いた張本人様であるこいつと言えば、まだ提督のサングラス掛けたまま。
腕組んでつーんとしたポーズ取ってるが…んのやろ、段々腹立ってきたぜ…!

「なーにカッコ付けてんだこんにゃろ。」

「あー!やだ!取らないで!」

けけけ、ヒットマン様の顔面ご開帳ってな。
あ、メイクちゃんと落としたのね…ってやっぱ眉毛ねえし。ネタにしっかり焼き付けてやる。

「うぅ…すっぴんなのに……。」

「やっぱな…別に言う程変わってねえじゃん。眉毛ねえけど。」

「うそつきー、絶対妖怪だよぉ。」

「眉毛無けりゃ誰でもなるわ。じゃあこうすりゃ良くね?」

こいつはちょっと前髪長えけど、それっぽく流してやれば上手く隠せる。
ほれ出来た、我ながら良い感じ。


「はーい、いつも通り可愛くなりましたよー、っと。
これで男捕まえ放題だな、眉毛無くても。」

「………ばーか。でもありがと。」

多少は機嫌直ったようで何よりだ。
?っ…!ケツに来てんなぁ……まぁ女のすっぴん見た罰かこりゃ…ん?

「…何触ってんのお前?」

「寝癖すごいよ?」

「誰のせいだよ…。」

「近くで見ると、やっぱり男の子の方がまつ毛長いよね…特に君のは。羨ましい。」

「まつ毛より迫力よこせって話だよ…職業柄、やっぱ厳つくねえとさ。」

「そっかー…なら眉毛全部剃りゅ?」

「どっからシェーバー出した!?」

「仲間だ…仲間になるんだ……!」

そこからはやいのやいのな攻防戦だったけど、づほの機嫌は大分良くなってくれたから一安心だ。
あーあ…事故でも安易にすっぴん見るもんじゃねえな…ひでえ目に遭ったぜ。

「隙あり!」

「なぁあああっ!?」

前言撤回。ひでえ眉毛になりましたとさ…麻呂。

本日はここまで。少しずつ、こちらへの未投下分を落として行きます。



鎮守府の中だと、俺ら憲兵隊の詰所は特異な空間らしい。

いや、別に悪い方の意味じゃねえんだ。
ただ、手っ取り早く日常から離れられる場所としてって意味。
不思議なもんで、ここへ茶をたかるついでに遊びに来る奴らもちらほらいる。

一応仕事の一環で悩み相談も受け付けてるし、基本来る者拒まずが詰所のスタンスなんだけど……。


「…この鎮守府には、渋みが足りない!」


今現在、そうバンッ!と机を叩くオレンジの着物に対しては、素直にこう思った。

何言ってんのこの子と。







第22話・有情破顔




「……飛龍。渋みも何も、お前それリプトンじゃねえの。」

「だーかーらー、お茶じゃないの!渋いおじさまがいないって話!」

「実艦の記憶は多少移ってんだろ?イマジナリー多聞丸で我慢しとけよ。」

「そりゃ多聞丸は憧れだけどさ、そうじゃないんだって…ちゃんと直接接せられる人!」

「俺らに言うなよなぁ…。」

「えー?でも聞くだけでもしてくれるんでしょ?」

「まぁそうだけどよ…お前の好みって、やっぱ『飛龍』になった影響?」

「え?」

艦娘発足当初、艦娘と連携する過程で様々な悪影響が懸念されていた。
艤装非装着時の精神や人格の汚染、体への悪影響など。その手のもんなら当然考えられる危険性だ。
結果、シリアスなそう言う側面はパス出来たらしいが…思いもよらぬ所で、艦娘化による変化があったらしい。

例えば食や異性の好みの変化だったり、夜が苦手になったり。
元カノの妹なんかは、七面鳥は名を聞くだけで発狂するぐらい嫌いになったそうな。

そう、危険要素はパス出来たものの、細かい嗜好の面で艦娘化の影響が出るとは各国も思いもよらなかった。
『飛龍』の適性が出た奴は、男の趣味が渋好みになる傾向が強いって聞いた事がある。こいつも御多分にもれずって所か。

「うーん…どうかなぁ。渋い人は昔から好きだよ!
こう、必死で出撃した後に渋いおじさまに迎えてもらえたら…もう入渠いらないぐらい癒される気がするぅ…うぇへへ。」

帰ってこい、現実へ。
妄想拗らせて春日部の5歳児みてえに笑う飛龍を見て、俺は何だか虚しい気持ちになっていた。


「飛龍の場合は、元の好みが適性が出た事で増幅されたと言う所だな。」

「憲兵長…。」

「しかし、なかなか現実は見えんものだ…飛龍、ここでは貴様の願望は叶わんぞ?
ここが若手運営のサンプルケースなのを忘れたか?」

「………だよねー。」

「ここは提督やその他職員、工廠…そして我々憲兵隊に至るまで若手で構成されている。
つまり、貴様の欲求を満たす存在はここにはいない。こればかりはどうにもならんな。」

「そう考えるとずるいよねー、男ども。
だってうちの提督はともかく、よその提督なら内心女の子たくさんで癒されるーとか思ってそうでしょ?疲れた時とか。
私だって出撃明けは辛いんだよぉ…大破した日なら尚更……。
癒されたい…こう、母港に帰った瞬間素敵なおじさまに癒されたい…多聞丸か大沢た○お的な…あ、中○貴一でもいい…。」

「提督に老け顔メイクさせます?蒼龍プロデュースで。」

「顔の系統が根本的に違うな。それに、飛龍を甘えさせたら時雨が発狂する。」

「……容易に想像付きますね。」

ふざけた話なようで、こいつのおっさん不足は切実な問題な気もしてきた。
やっぱこう、終わって帰ったら癒しって欲しいよなぁ…特にこいつら、戦場にいる訳だし。


「……はぁ、そう考えると翔鶴ちゃんほんと羨ましい。」

「あいつぅ?何でだよ?」

「憲兵さんいるもん。知ってる?あなたが来てから翔鶴ちゃんの戦果上がりっ放しなの。」

「それは提督から聞いたけどよ…。」

「健気だよぉ…この前だって、傷だらけなのに“あの人の所には絶対に行かせない!!”って敵に啖呵切ってさぁ…。」

「……………。」

「ふむ…要約すると、飛龍はおっさん成分と言うよりも、日頃の癒しが欲しいと言う事でいいな?」

「そうだね、それが素敵なおじさまだったら最高…。
最近ちょっと忙しかったからねー…。」

「体は寝るだけでも休める事はできるが、心は難しいからな。気だけ休まらん事はある。
だが病は気からは、気は病から。どちらもある程度はイコールではある。
おっさんは用意出来ないが、私なりに出来る事はあるぞ?」

「……ほんと?」



「おお~う……。」

「ふむ、やはり背中周りだな。負荷が掛かっている。」

「そうそう…戦闘のは入渠で抜けるけど、訓練の疲れがねぇ…。」

ここのソファは、厳密にはソファベッドだ。
開いたソファに飛龍を寝かせ、眼鏡はマッサージを始めた。

「整体出来るんですか?」

「柔術を通った一環でな。人体の壊し方を知っていると言う事は、治し方も分かると言う事さ。
よし、ほぐれてきたな…。」

「憲兵長、最高だよぉ~極楽極楽…。」

なるほど、ひとまず体を癒して、心の疲労も抜こうって魂胆か。
健全なる精神は健全なる肉体からなんて言うもんな。

そんな事を思っていると、頭の中で声がした。

“始まるでありますなぁ。”

“あきつ丸?”

“自分も受けた事があるのでありますが、ここからが地獄なのでありますよ。”

それまでは普通にマッサージをしていた眼鏡だが、おもむろに自分のストレッチを始めた。
一通り柔軟が済むと、再び手を飛龍の背中へ…。


「ほぁたぁ!!」ボキィッ!

「ちにゃっ!?」

「何やってんのあんた!?」

そこからは耳に残る嫌ーな骨の音と、あべし!とかうわらば!とかシュールな悲鳴のオンパレード。
最終的にソファに出来上がったのは、死んだ魚の如く白目を剥く飛龍だった。


「お、おお…う…。」

「ふっ…貴様はもう癒えている…。飛龍、体を起こしてみろ。」

「へ……?おー!すごい!体軽いよー!!」

「骨格の歪みから直したからな、少しは軽くなったんじゃないか?」

「うん、何か気も軽くなった気がするよ!ありがとう!!」

「おっさんはこの鎮守府にはいないが、他にも癒しようはあるものさ。
飛龍はおっさん鑑賞以外のストレス解消を上手く見つける事だな。」

「はーい。」

はー…すげえな。

提督や僚艦には出来ない艦娘のケアを。
それも憲兵隊の役目とは言われてるが、実際は出来る事なんて悩み相談ぐらいがいいとこだって思ってた。
でも眼鏡は、ボヤキの奥にある疲労感を見抜いてたって事か…実際に施術出来るスキルあってこそだけど。

……ムカつく奴けど、こう言うところは尊敬するぜ。


「癒されたねー…憲兵さん、この後ヒマ?」

「ああ、細かい仕事片付けるぐらいだけど。」

「ふふ…今日、翔鶴ちゃん出撃だったんだ。今帰ってきてる途中だって。
良かったら、母港に行ってあげて欲しいな。」

「母港に?」

「うん。それだけでいいんだよ。
憲兵長、ありがとね!じゃあまた!」

「あ…おい!」

母港…か。そう考えた時、飛龍のさっきの言葉が思い浮かぶ。


『“あの人の所には絶対に行かせない!!”って敵に啖呵切ってさぁ…。』


陸なら俺らがあいつら守ってるけど、海からのもんに対しては……。

…いや、でもそれは皆同じじゃねえか。
守ってくれてるのは、あいつだけじゃ…。


「……ひとまず行ってこい。今はそれだけで良いだろう?」

「憲兵長…。」

「翔鶴君に限らず、出迎えは誰でも嬉しいものさ。ましてや戦地から帰ってきた直後はな。
彼女達が安心して戻れるよう、この陸と日常を守る。それが我々の使命だ。

……貴様自身の結論を急ぐ事はないさ。
ただ、一人の仲間として迎えてやればいい。」

「………。」

“一度、行ってあげればいいのであります。”

“あきつ丸……。”

「……では、出迎えに行って参ります!!」

「了解した。残務は任せておけ。」

「はい!!」


母港に立つと、丁度遠くの方に影が見えていた。
ゆっくり近づいてくるのは、6人の人影…その中には、白い影もいる。

「あ!憲兵さんだ!珍しいね。」

「お疲れー。たまには出迎えでもってな。」

「ありがとう!」

まだちょっとずつだけど、こいつらともこんな挨拶するようになったんだな。
一人一人とそんなやり取りをしていて…最後に上がってきたのは、皆と同じく擦り傷だらけなあいつで。

「……怪我、大丈夫か?」

「ええ…しっかり勝ってきたわ。」

こいつが俺を『憲兵さん』って呼んだのは、最初だけだったな。
後はずっとあの頃のまま、俺の名前を呼んでた。

それでも今は憲兵と艦娘で、ただの仲間で。
何より俺は愛想尽かして、自分でこいつを振った男だ。

吐き出せる言葉は、せいぜい…。







「………『ショウノ』、お疲れさん。」

「ふふ…『リョウ』、ありがとう。」







たった一言の、労いの言葉。
それは皆と同じような、でも俺達ならではの会話だ。

役職や艦名じゃなく、本当の名前を呼ぶ瞬間。
変わり果てた関係でも、これだけは今も変わってなかった。

あいつは微笑んだまま、部隊と一緒に母屋の方へ。
ただそれだけの、何でもない挨拶だ。


「リョウちゃんお疲れー!!」

「いって!?何だよづほかよ…。」

「第二艦隊も無事帰還よ!珍しいねー、ここにいるって。」

「たまにはな。無事で何より、お疲れさん。怪我大丈夫か?」

「えへへ…大した事無いよ。」

づほもちょいちょい服破けてんじゃねえの…本当、お疲れ様だ。

迎えるって大事だなぁ…。
俺の感情はともかく、せめてこいつらがゲラゲラ笑える日常は、あちこちから支えてやろう。
改めてそんな事を思った初夏の夕暮れだった。


『随分リョウに目を掛けているのでありますな?』

「何の事だ?とんだ跳ね返り小僧だよ。」

『素直じゃないでありますなぁ。育て上げたいと顔に書いてあるでありますよ。』

「……小僧だからな。矯正してやる必要があるだけさ。」

『全く。おや、来客のようでありますな。』

「ひゃっはー!失礼するよー。
憲兵長ー!飛龍から聞いたよ、あたしも整体やってくんない?」

「…ふむ、貴様は全身を診るまでも無さそうだな。背中を向けてみろ。」

「こうかい?」

「ここが肝臓のツボだ。」

「ひでぶぅっ!?」


キョウと隼鷹殿が戯れているのを、浮き輪から出て見ております。
ふふ、あれでなかなかウブでありますなぁ…しかし自分は手を貸しませぬ。それが隼鷹殿の想いと意地を守る事でもありますから。

複雑なものはありますが、所詮自分は死んだ身。今はモラトリアムのようなものであります。
むしろ…いつかその日が来るのを願うばかり。
確かに未練もありますが、それ以上にキョウの未来を見届けたい。自分が安心して隼鷹殿に託せるまでは、恐らく成仏出来そうもありませんなぁ。

あれでふとした時に見せる顔は、同じ女である自分からしても可愛らしい。キョウもそこにムラっと来ればいいものを…。
はぁ…もう脱げばいいのに。ヘタレ女め。

これも三角関係のようなものでありましょうが、自分は故人と言う時点でもう負けなのであります。
でも、リョウは心配でありますなぁ…過去と今の板挟みは、いずれ答えを迫る日が来ましょう。
君は『片割れ』の方には、気付いていないようでありますが。

自分と違い、未来ある生者…故にこの先は、希望だけでは無い。
生きる限り、避けては通れぬもの。

…どうか君は、ゆめゆめ忘れる事無きよう頼むのでありますよ。
君を想う者たちは、どちらもまだ生きていると言う事を。

それは素晴らしく…時に残酷な事でもあるのであります。








“また『づほ』だったなぁ…私の本名、覚えてるのかな?
『ミズキ』って、一度も呼んでもらった事ないや…。

……ずるいよ、翔鶴さん。”








その日の夜、部屋に帰って一休みしてたら携帯が鳴った。
誰だ……あ、珍しいな。

『先輩、お久しぶりです。__さんから今__鎮守府にいらっしゃるとお聞きしまして。』

『また珍しいな、どうした?』

『今度演習でそちらにお伺いさせていただくので、ご挨拶に。
当日はよろしくお願い致します。』

『あー、そう言えば__に去年艦娘に転向したって聞いたな。
俺らで案内やると思うから、よろしくな。』

久々に連絡して来たのは、軍学校の時の後輩だ。
6対6のチームで面倒見てたんだけど、その中の一人。筋トレ好きで、ライフルの扱いも上手かったんだよな。
ちっこい割に腕っ節強くて、組手は燃えたっけなぁ…えーと、確か艦娘としての名前は…。

『登録名は“__”で良かったっけ?』

『違います!“__”です!そっちじゃ女優さんの名前ですよ。』

『そうだった、すまん。』

因みに俺と後輩の間には、ちょっと恥ずかしいエピソードもある。
伏せておきたいって言うか、お互い忘れたいエピソードだったんだが……

まさかの再現、後日ありました。

今回はこれにて。ひとまず溜め込んでた分は投下完了。

※前回のナンバリング間違えておりました、正しくは第20話です。





第21話・女三人寄れば心姦しく-1-




「憲兵長。今日の駐車場、俺行ってもいいですか?」

「ああ、確か貴様の後輩がいると言っていたな。」

演習組の案内は、憲兵隊の間じゃ駐車場で通じる。

大体バスで来るから、レーンに車誘導したらそのまま母屋へご案内。
面倒見てた後輩の一人だし、せっかくだから顔でも見に行こうかって訳。

「遠路遥々ご苦労様です!演習の皆様はあちらへお願い致します。」

一人一人降りてきて、あいつは何人か誘導したぐらいで出てきた。
艦娘の公的な移動は、スーツの方の制服着てる事が多いんだけど…あぁ、立派になった感あるわ。タンクか作業着のイメージばっかだったもんな。

「先輩、お久しぶりです!またお後でお話出来れば。」

「おう、久々。また後でな。」

話せるのは演習明けかな…確かあいつらはっと…ああ、当たんねえのかぁ。
せっかくだし、後で紹介してやるか。あいつらの後輩でもあるしな。




“…どんな子かちゃんと見えないなぁ…翔鶴さん、どう思う?”ガサガサ

“まだ分からないわね…リョウの事だから、きっと紹介してくれると思うわ。”ガサガサ

“クロじゃないといいね…後輩だもん、大分怪しい。いたた…イヌマキってちくちくするわね…。
あ…翔鶴さん、髪にコガネムシ。”

「へ?きゃあ!?」

“やば!リョウちゃん気付いたよ!”

“ごめんなさい!逃げましょう!”

「……何やってんのお前ら?」

「あー…そ、そう!四葉のクローバー探してたの!」

「うん!きょ、今日待機でやる事なくてさ…。」

「小学生か。暇なら丁度いいや、後で詰所来ねえ?こないだ言った後輩来てるから。」

「行くー。また連絡もらっていい?」

「了解。あ、ショウノ。」

「何かしら?」

「髪にイモムシ付いてる。」

「きゃあああっ!?取って!取って!!」



それからつつがなく時間も進み、仕事が粗方落ち着いた頃だった。

『お疲れ様です。今演習終わりまして、これから自由時間になります。』

『お疲れ。こっちも落ち着いたから迎え行こうか?』

『いえいえ!見取り図は貰ってるのでこちらから行きますね。』

『そう?じゃあ詰所にいるから、いつでも来な。』


後輩にそう連絡すると、俺はすぐにあの二人も呼んでおいた。
先に入って来たのはあいつら、それから5分としないうちにまたノックが響く。

「失礼致します。」

「はーい…お、来たか。それが艦娘の制服?」

「ええ、お陰様で。艦娘になったの、__教官の勧めだったんですけどね。
ほら、これが今の武器なんです。あ、カートリッジは外してあるので大丈夫ですよ。」

「お、カッコいい。ライフル系上手かったもんな。」

「あの、そちらの方達は…?」

「ああ、こっちが今の俺の上官で…そこの二人は、今日演習じゃなかったうちの空母。二つの意味でお前の先輩だな。」

「それはそれは…ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
改めまして、航空母艦・大鳳と申します。皆様何卒よろしくお願い致します。」

そう、空母って聞いてたからな。
だったらこいつらにも会わせておこうって思った訳。

『大鳳』か…軍学校の頃の『アレ』から考えると、随分まともな名前になったよな…。



「軽空母・瑞鳳です。よろしくね。」

「航空母艦・翔鶴です。よろしくお願いします。」

「ここの憲兵長を務めている__キョウだ、よろしく。」

「ええ、よろしくお願い致します。『ボブ先輩』には以前お世話になっていて…。」

「ぶっ!?」

「ボブ?……ぷっ…。」

「そ、そのツラでボブって貴様…ぶふっ!」

「おい『ガ○パン』、その名前出すなよなぁ…。」

「あ、ごめんなさい。ふふ、でも先輩も今ガル○ンって言いましたよね?」

「まぁそっちの方が慣れてるしな。
懐かしいなぁ、『ブッコミ』や『電球』とか元気してる?」

「ええ、皆相変わらずですよ!」

「リョウ…そ、その名前って何かしら?」

「ああ、コードネームみたいなもん。
年長と年少それぞれ6人でチーム組んで面倒見てたんだけど、そこの教官が映画好きでな。」

「ハートマンごっこしたがってたんですよね。でもすごい優しい人なんですよ。」

「そう。それで変なあだ名付けて呼び合うって謎ルールがあったんだよ。
で、こいつはガ○パンのキャラに似てるからガ○パン。」

「ひどいんですよ。戦車の講習で私が乗ったら、皆笑い堪え切れなくなっちゃって…。」

「あはは、お前らも観ろ!って教官に布教された後だったもんよ。お前もまた妙にキリッとしたツラするしよー。
あの人、部屋に全員集めて鑑賞会始めたもんな。」

「ふふ、ありましたね。」

「へー、楽しそうだなぁ。ねえねえ、ところで何でリョウちゃんは『ボブ』なの?」

「「……!!」」

その時、俺とガ○パン…もとい大鳳に電流走る。

そうだ…俺のコードネームがボブになった経緯は、こいつの名誉も深く関わる…!
う、うーん…ここは上手くごまかすしかねえかな…。


「ま、まぁ話すとちょっと長くなるから、また飲みの席ででも…。」

「え、ええ…あの話は確かに…。」

大鳳も上手くごまかしてくれたか…。
『アレ』はなー…さすがにちょっと…。

「ふーん…まぁいいや。ところで大鳳ちゃん、こっち来てくれる?」

「どうしましたか……!?」


づほ…何故熱いハグを交わす。
で、何故自分の胸に手を当てさせる。大鳳の胸揉みながら。


「……今日からあなたも、『私の』仲間よ。」

「この感触…あなたも……!実はさっき初めて会った時からもしかしてって…!」

「うん…私達は、同じ業を背負いし者だよ…!」キラキラ

「瑞鳳先輩…いえ、瑞鳳お姉様!」キラ-ン

「……な、何かしら?」

「ほっとけ…熱い友情を交わしてるんだよ。」

『まな板にしようぜ』に関しては、『素人(巨乳)は黙っとれ』しといた方がいい。
多分奴らの苦しみは、お前にゃ分からん…。

「まあ立ち話もなんだ、折角だし君達も座らないか?」

「え、ええ!そうですね、失礼致します…ダイジョウブカナ…。」

眼鏡は全員をひとまずソファへ促す。
俺らも座り慣れた事務椅子に腰掛け、ちょうどテーブルを囲む形になった。
それで最後に、大鳳がソファの真ん中に腰掛けて。






『ボブゥ……!!』




後輩が大鳳になったと思ったら、大砲ぶっ放した。

その音色はまさに、俺のコードネームの由来と同じ音。あぁ…思い出すあの頃。
あれは最初の挨拶か…あの時大鳳は俺の横に立っていて、まさにHEY!BOB!的な音が響いたんだ。
一気に重くなる空気、横目で見ると耳まで真っ赤な大鳳…。
あまりの空気に耐え切れなくなった俺は…。

“あーすいません!俺ちょっと今日腹の調子悪くて!!”

“くくく…快音だな!今日からお前の名前はボブだ!!”

“ぶはははは!!ボブ!くっせーよ!!”

“嗅ぐかこの野郎!”

その場は俺が泥被って笑い話に収めたが、ありゃ可哀想だった…。
後で聞いたけど、元々大鳳は腸が弱い方らしくてな。たまにやらかしちまうんだと。

そんな記憶に浸り幾星霜…いや、そろそろ現実に戻ろうか。
ソファは俺らの対面…で、大鳳はそのど真ん中。何ならテーブルと言う名の障害物すらある。

つまり、今回俺は身代わり不可能。

大鳳は俯いたまま、プルプルと震えてる。
ああ…もう耳まで真っ赤…視線を元カノへ…うん、ちょっと腰引けてる。気付いてるねこれ。

ん?腰引いてる……?





『プッ』




……無理すんなよお~……!!

痛えよ、気遣いが激痛だよ。お前が真っ赤になってどうすんだよ…半端な事すっからもっと空気重くなってんじゃねえか…!
何だよその無理矢理ひり出した気遣い満載のしょっぺえ音…大鳳の恥が余計に浮き彫りだぁ…。

大鳳は…あ、ダメだこれ、もう笑顔が涙目だ。先輩に気い遣わせて余計死にたい顔だ。
やべえ…どうすんだこの空気。




『………プス-。』



………ん?プスー?

「…くっさ!?づほ、お前スカしたろ!?」

「すまない、これは本当にダメだ。窓を開けよう。」

「…ず、瑞鳳ちゃん、昨日何食べた?」

「ごめんなさーい。昨日ネギ食べ過ぎちゃって。」

「…………!」

づほの落とした爆弾で、その時は気まずい空気も一瞬でどっかに行っちまった。
二人ん時に何度かこかれた事あるけどよ、ここまでのは初めてだぜ…。


“ごめんなさい、私じゃちょっと誤魔化しきれなかったわ…。

“ふふふ…ちょっとやらかしたけど、何とか出来たね。大鳳ちゃん、これで大丈夫よ。”

“お姉様方…!”

「さて、やっと抜けたかぁ…てか、づほ大丈夫?腹壊してねえ?」

「どう言う意味よー。」

「そのまんまだよ。」

えほっ…強烈過ぎんだろ…。
3人の方を見ると、何やらアイコンタクトしてる。
はは…づほもわざとやりゃあがったなこんにゃろう…。

以降は女三人寄れば姦しくってな具合で、皆仲良さげに談笑していた。
まぁ、仲良くなってくれたから一安心か…。


「大鳳ちゃん、あとで私の部屋来ない?翔鶴さんも。」

「はい!瑞鳳さん!是非行かせてください!」

「おいおい、飲み過ぎんなよ?」

「大丈夫!今日はお酒は無し!」

へー、珍しい事もあるもんだ。
まぁ大鳳も演習で来てる側だし、づほもさすがに自重か。

……うん、づほ『は』自重してたよ。


今回はこれにて。次回はまたいずれ。



「ここだよー。さあさあ上がって。」

「お邪魔します。」

二人を部屋に上げて、それとなくお菓子を取りに向かう。
でも忘れちゃいけない、私…いや、『私達』にはある目的があった。

“翔鶴さん、目的はわかってるよね?”

“もちろんよ。まずはシロかクロか探らなくちゃいけないわね。”

大鳳ちゃんから見えない角度で、アイコンタクトを交わす。
何てったって直属の後輩、何も無いとは言い切れない。
これ以上敵を増やしたくないって意図は共通してたから、私達はこの時初めてがっぷり手を組んだ。

さぁ…今から始まるのは尋問タイム。
覚悟しててね、大鳳ちゃん…!








第22話・女三人寄れば心姦しく-2-






「リョウちゃんも人が悪いなぁ、こんな可愛い後輩がいたなんてね。」

「いえいえ、皆さんお綺麗じゃないですか。」

「ありがとー。」

テンプレ通りな導入から始めて、まずはじわじわと攻めてく事にした。
軍学校の頃は、むしろ女子の評判良くなかったって言ってたわね…さて、実際に交流のあったこの子の目には、どう映ってたかな?

「皆さん先輩とはどんな経緯で?」

「私は最近異動してきたんだけど、リョウちゃんと前の所で一緒だったの。そこで仲良くなったかな。」

「ああ、じゃあ先輩が憲兵なりたての頃ですね!」

「そうそう。あいつひどいのよー、最初私の事、素で駆逐艦だと思っててさ。」

「ふふ、先輩らしいですね。じゃあ翔鶴さんは今年知り合った感じですか?」

「あー、翔鶴さんはね…。」

「私はリョウの元カノよ。高校生の頃の。」

「え!?ちょっと飲みの席で聞いた事あります!あなたが…すごい偶然ですね。」

「ええ、まさか本当に再会できるなんてね。」

「昔酔っ払った先輩が話してくれたんですよ。振った身だけど、なかなか忘れられない女だって…その、今は先輩とは?」

「そうね、今は憲兵と艦娘かしら。でもいつかは…なんて思わなくもないわ。」

「ロマンチックですね…叶うと良いですね!
じゃあ先輩、今でも彼女いないのね…良い人なんですけど。」

「ふふ、大鳳ちゃんはどうなのかしら?」

「私ですか?そう言う意味では先輩には頭上がりませんね…橋渡しをしてもらったので。」

「橋渡し?」

「ええ、もう付き合ってそこそこな人がいるんです。
最初は私の片思いだったんですけど、先輩が力になってくれて…。」

「ふふ、そうなのね…。」


この時翔鶴さんがニヤリと笑ったのを、私は横目でしかと見ていた。

上手く踏み込んだわね…確かに今は、翔鶴さんも過去の自分に思う所がある。
でも過去は過去、事実は変わらない。どこまで話してたかで、この子の翔鶴さんへの警戒心も変わっちゃう…土壇場で賭ける胆力、さすがだわ。

大鳳ちゃんは彼氏アリ…つまりシロ!
翔鶴さん…いの一番に最大の目的を狩る、先手必勝の女ね…!

「ねえねえ、その時ってどんな感じだったの?」

「付き合うまでですか?思い切って相談したら、先輩が色々根回ししてくれたんです。
先輩も細かい係決めに関わっていたので、炊事班を彼氏と同じにしてくれたり、訓練でコンビを組ませてくれたり…。
あ、一つ面白い話があるんですよ。」

「なにー?」

「今日告白しますって報告して、頑張れって返信もらったんです。
夜に寮の裏に呼び出したんですけど、いざ告白ってなると、なかなか上手く持っていけなくて…。

それでちらっと藪の中見たら、迷彩ペイントに暗視ゴーグルの先輩と教官がいて…ふっ…だめ、今思い出しても…。」

「ぷっ!ひひ…その絵面ジワジワくるね。」

「先輩、ハンドサインで何度も突破!って出してて。
で、教官は女性だったんですけど…あの、えっちな意味のサインありますよね?あの指で腕上げて、ライフル!ライフル!って…ぶっ!」

「「んふっ……!!」」

「女傑ですよね。先輩、慌てて止まれのサイン教官に出してましたし。
笑い堪えるのに必死でしたけど…それで力抜けて、やっと告白出来たんです。
OKはもらえたんですが、バレて二人とも彼にお仕置きされちゃいましたね。吊るされて。」


「ふふ、青春ね。リョウの軍学校の頃はちゃんとは知らないから、楽しい話が聞けたわ。」

「ええ、その…私のおならのせいでボブってアダ名になっちゃったのは申し訳ない所ですけど。
でも本当に良い人ですよ。私以外の人にも親身になってくれて…。」

「おならぐらい誰でも出るよー。私も何度かリョウちゃんの前でやらかした事あるし。
ねえねえ、他にリョウちゃんの話ってある?女の子の話とかさ。」

ふふ、この際根掘り葉掘り聞き出してやろ。
あいつは油断ならないからねー…男前好きには合わないだろうけど、マニアックな需要はあったと思うもん。
翔鶴さんも興味津々な様子。さて、本人のあずかり知らぬ所で何があったかな…?

「他ですか?そうですね…あ、教官にたまにからかわれてましたね。
巨乳な人だったんですけど、酔った教官に乳ビンタだ!って胸でぶっ飛ばされたり、飲み会で潰れてたらお化粧されたり…。
一時期巨乳がトラウマになりかけたって言ってましたよ。質量と胸元のバッジで相当痛かったみたいで…。」

「「……へぇ?」」

あぁん?乳ビンタぁ?
何と羨まし…じゃなかった、こちとらに出来ない芸当を。
待って、巨乳がトラウマになりかけたって…翔鶴さんもそれなりのものをお持ちよね…。



「……ヨケイナコトヲ。」ギリィ



あ、結構キテる。




「今思うと、教官は先輩の事気に入ってたんじゃないですかね。卒業してからちょっと寂しそうでしたから。
からかう奴がいなくなったなぁってボヤいてましたね。」

「あはは…そ、そうなんだ…。」

「皆にスキンシップするの大好きだったんでけど…あのチームの男の人、本当に巨乳ダメになった人何人かいましたから。
本人はじゃれてるつもりなんですけど、実際は胸と剛腕で潰されるヘッドロックになってて…でも先輩には、少しだけわざとやってた気もします。
こう、気持ち胸寄りになるようにと言うか…。」

「あはは…。」

何だろう、今なら少しリョウちゃんの気持ちが分かる気がする…。

いや、その…教官さんに対する云々じゃないの。
その件はあいつに突っ込みたい事満載だけど、今はそれどころじゃないって言うか…何か隣が冷蔵庫って言うか…。

やばいよぉ…しょ、翔鶴さんは…。

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笑顔とは、本来獣が牙を剥くが如き攻撃的なもの。

ま、まずい…これ本当にまずい顔だ…。
ああ、大鳳ちゃん、思い出話本当楽しそうね…目の前に氷河期いるのに…。

「あ、あはは…大鳳ちゃん自身とは何かエピソードある?」

「私ですか?そうですね…これでも格闘には自信あって、よく先輩に相手してもらってました。

先輩、背は高い方じゃないですか?体格差の訓練として組む事が多かったんですよ。
先輩の苦手な寝技に持ち込もうとしても、体ごと投げられちゃったり…なかなか勝てませんでしたね。」


寝技…うん、抵抗すればするほど組んず解れつ…。
本人達にその気がなくても、密着に次ぐ密着…。

何だろう、冷たい通り越して熱さが来るような…。

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira156092.jpg



げ、限界だ…!!やばい、何か赤いの垂れてるよ…!


“ふふ、胸でトラウマもらってからの貧乳の良さ体験…教官も大鳳ちゃんも有罪ね。”

“ダメよ!大鳳ちゃんに他意は無いし彼氏もいるわ…この子は本当にいい子じゃない、悪いのは教官よ。間違いなくクロだわ。”

“そうね、つまり…”

""キョウカン、ノロウ。””


翔鶴さんの中で、天使と悪魔が葛藤の末手を組んだ。
何故か手に取るようにそんな絵が私の中に見えた時、ポツリと声が掛かったの。

「瑞鳳ちゃん、飲み物忘れたから取りに行ってくるわ…。」

ゆらぁり…と立ち上がった翔鶴さんの腕には、血管が血走っていた。
こ、これは…このまま外に出したら、ボコボコと壁の悲鳴を聴く事になるんじゃ…。
そう思った私は、思わず止めちゃったんだ。

「あ、大丈夫だよ!冷蔵庫にあるから適当に飲んじゃって!」

「いいの?ありがとう…コップ借りるわね。」

危なかったー……。

それから戻ってくるまでは、大鳳ちゃんと談笑してたんだ。なるべく翔鶴さんに意識を向けさせないようにね。
冷蔵庫や蓋の音も聴こえるし、特に変わった音は無し。
翔鶴さんが戻ってくると、コップには透明なものが。あー、冷蔵庫のい○はすかな?


『ぐいっ…!』


相当喉乾いてたんだねぇ、いい飲みっぷ…
ん?何で今私は、飲みっぷりって思った?

そう、私はこの時やっと気付いたの…部屋に漂う匂いに。
無色透明…ああ、今冷凍庫には『アレ』があった……!


「……っく…ふふ、リョウは巨乳嫌いにならないわよ…だって…

……私のおっぴゃい大好きだからああああ!!!」ダァン!!


あは…カクテル用にいつも入れてるんだ……98%のあいつ…その名はスピリタス!

あんなの普通のコップで飲んだら、下手したら死ぬよ!?
そう言えば、翔鶴さんが酔ってるの一度も見た事ない…日本酒5杯行った日でも。めっちゃ酒強い…つまり……

普通は潰れるか死ぬ量で、やっと悪酔いになる…!!


「しょ、翔鶴さん…むぐっ!?」

「いい?大鳳ちゃん…これがおっぴゃいよ…!
リョウが寝れるろきね…こっそりこうやって抱きひめれたの…。
いつもはわらひが抱き着いてたけど、そんな時は寝たまま甘えへきひゃわ…それが本当に可愛くて…」

「翔鶴さん!大鳳ちゃん死んじゃう!」

慌ててこっちに向けて、やっと大鳳ちゃんは解放された。
息が上がってる…これまずいよぉ…!


「瑞鳳さん…。」

「大丈夫!?」

「おっぱいって……すごいですね…。」スゥ…

大鳳ちゃん、その点は激しく同意するわ。
….ってそんな場合じゃない!翔鶴さんは…!

「……瑞鳳ちゃん…。」

「…ひっ!?」

「…あなたもよく見ると可愛いわね……私の妹にならない?」

「……お、同い年なんで遠慮しておきます。」

「……おいで。」

ずいずい迫りながら言う事じゃない!
やばい、あんな魅力的な乳…じゃなかった!あの勢いの翔鶴さんに襲われたら…!


「ふぁ……。」

仕事も終えて、風呂も入った。
後はちょっとまったりして寝るだけかなー、と考えていたその日の夜。

大鳳も諸々終えてづほの部屋に行ったきりだ。
さっき戻るついでにあいつの部屋の前を通ってみたが、特に何か起こってる様子は無かった。

『ブーー!!』

通話?
誰だよこんな時間によ…画面を見てみると、づほのIDだ。

「もしもし?」

『リョウちゃんすぐ来て!ヘルプミー!』



「……で、何これ…。」

「あ、あははは…。」

づほの部屋に行ってみると、まず満足そうに召された顔の大鳳。
続いて元カノの方を見ると……。


(x x)キュ-


大股開きでこてんとひっくり返ってた。
また焼いたエビみてえな体勢でまぁ…デニムで良かったわ。死んでねえよな…うわ、酒くさっ!?

「そのー、翔鶴さん、間違ってスピリタス飲んじゃってね…大鳳ちゃんをおっぱい漬けに…。」

「間違って飲むもんじゃねえだろおい…。
飲んでんのはこいつだけって事ね…づほ、責任持って大鳳起こしとけよ?向こうにどやされちまう。」

「はーい。リョウちゃんは?」

「こいつの部屋連れてって面倒見とくわ。
俺も酔ってる時知らねえから、ほっときゃ何するか分からん。」

「…………うん、お願い。」

それで隣に担いで行きはしたものの、ドアノブを前に一瞬手が止まる。

こ、こいつの部屋かぁ…。
いや、やばいもん出てくるなんて事ねぇだろ。入らねえ事には…ん?鍵掛かってんな。

「もしもーし、鍵持ってる?」

「すかー。」

ダメだこれ。多分ケツの所に…ほらな、キーケースあった。
ケースを開けると303と書かれた鍵と、同じサイズの鍵が2つ…ってこれかぁ、俺の部屋の合鍵。
改めて現物を見ると、ゾッとしねえ気分になった。

さて、じゃあお邪魔しますよーっと。


「……相変わらずだな。」

既視感を覚えたのは、見慣れた寮の間取りだからじゃなかった。
細かいレイアウトや、飾られてる雑貨の類。その辺の趣味がこいつの実家に寄せられてたからだ。

ひとまずベッドに寝かせて、枕の位置を合わせてやる。
寝顔を見ると、潰れてるとは思えない程気持ち良さげだ。


………。


……アホくさ。
布団で元カノをまるっと隠して、ベッドにもたれて座る。これなら見えねえし。
水でも飲ませるか…しゃあねえ、自販行こ…。



「はぁーいじょおじぃー…。」

「うおっ!?」


布団の中からこんにちは。にゅっと俺の横から顔を出したあいつは、相当ニコニコしてやがる。
すると今度は肩に腕が絡み付いてきた。

「えへへ…リョウだぁー…。」

「酒くさ…ベロベロじゃねえかよ。」

「酔っれないわ…むー。」

すりすりと首に頬擦りしちゃくるが、どう考えても熱い。
付き会ってた頃は10代、酔ったこいつは初めて見たな…幼児退行かぁ、めんどくせえ。

「暴れると吐くぜ?水買ってくっから寝てろ。」

「や。リョウと寝るー。」

「却下。じゃあ自販行ってくる。」

「……行っちゃやだ。」

……涙目で言うなや。

後ろからホールドされてると、ついでにこいつの長い髪もわさわさ肩に掛かる。
…今もシャンプー変えてねえんだな。ああ、昔いい匂いだなんて言ったっけ。

「……えいっ。」

「うわっ…!?」

急に重みが増したかと思ったら、もう床の上だ。
全身にずしっと重みが掛かる。どうものしかかられちまったらしい。


「いってぇ…おい、何す…!?」

「…………………ふふ。」


酒臭え舌突っ込まれたら、誰でも固まりますよ。ええ。
そんな風に石になってると、今度は顔面に圧が掛かってきた。

「……!……!」

「おっぱい好きよねー?ほらほらー……。」

「……ぶはっ!おい……あら。」

「………すぅ。」

「寝ちまったか…。」

抜け出しはしたものの、結局首元に抱き付かれる形で落ち着いちまった。
子供かっての…にしちゃあでっけえなオイ。







「………リョウ……大好き……。」






…………はぁ。

ベッドから布団を引きずり下ろして、何とか元カノごと被った。
もうダメだ、このまま寝るしかなさげ。明日身体痛えなこりゃ。

酔った所は初めて見たけど、不覚にも可愛いとか思っちまった。
酔っ払いの相手は疲れるせいだ。どうかしてやがる、とんでもねえ気の迷いだ。


「……そんなツラ、さっさと他の男にでも見せとけっての。」


ぽんと一度頭を撫でて、俺も床に頭を落とす。
そこでやっと天井に目を向けたら……。



『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』



は…ははは…おかしいなぁ、布団と人肌のコンボなのにすっげー寒いぞー?
に、逃げよう…1秒たりともこんな所いれねえ…!

「…ん…だーめ……すぅ…。」

「おい!?」

がちゃんて何がちゃんて!?
ベッドの脚と俺の手首は手錠でがっちり、何度起こしても起きやしねえ!こら!起きろ酔っ払い!おーい!おーーい!!

結局俺は、延々満面の笑みの自分と目を合わせる事になるのだった…。




「大鳳ちゃん起きて!大丈夫!?」

「……ん…瑞鳳さん!?私寝ちゃってました!?」

「良かったぁ…気い失ってたんだよ?」

大鳳ちゃんもようやく起きて、こっちも一安心。
はぁ……翔鶴さんやばかったなぁ。まさか酔うとああなるなんて…。

「……翔鶴さんは?」

「リョウちゃんに頼んで連れてってもらったよ。ごめんねー、苦しかったでしょ?」

「いえ、大丈夫です……私もちょっとやり過ぎましたし。」

「やり過ぎって?」

「ふふ、翔鶴さんにはちょっと意地悪しちゃいました。」

「あ!まさか…。」

「瑞鳳さんも先輩の事がお好きですよね?
その…翔鶴さんも良い人ですけど、大きいから対抗心が…私、瑞鳳さん側に付きたくなって。」

「大鳳ちゃん小悪魔だねー。ひどいんだよあいつぅ、いつも子供扱いしてさ。」

「ええ、低身長に無い胸…私も最初は彼氏に子供扱いされました…。
……瑞鳳さん!!私に出来る事は協力させて下さい!」

「……大鳳ちゃん!!」

この日私は、大鳳ちゃんと言う味方を得た。
そして私達の間には、さらに先輩と後輩すら超える友情も。



「私も教官の胸に襲われた事ありますけど、あそこまでハグされたのは初めてでした。

でも……おっぱいって、良いものですね。」

「大鳳ちゃん…心の友よおおおお!!」

「ええ…瑞鳳さん!!」

「私達に胸は無い…でもおっぱいとは、身に付け誇示するものではなく…!」

「その柔らかさと母性と言う神聖を…!」

「「愛でるもの!!」」

ナイスな乳を愛でる空母の会。略してないちち空母の会、結成。
ただし、リョウちゃんをたぶらかす乳は除く…私の中では!!

久々になってしまいました、今回はこれにて。

そして次回ですが、1話のみの限定で実験的に安価を取ってお話を組んでみたいと思います。
取るのは『登場艦娘』『事件』の2つ。鯖落ち以前に一度やってみたかったのですが、やっと機会ができました。

まずは下1~3高コンマで艦娘↓

おはようございます。皆様ありがとうございます。
では加賀さんで。久々登場ですね。

続いて下1~3、低コンマで事件↓

決まりましたね。皆様ご協力ありがとうございました、この結果を基にやってみます。
と言うわけで、次回はまたいずれ。

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そう言えば、登場人物まとめの続きを載せてなかったなと。


・憲兵長

憲兵の上官、本名はキョウと言うらしい。元・陸軍特殊部隊。
容姿端麗、高戦闘力、頭脳明晰…と実はハイスペックなのだが、その全てが無に帰す程人格は残念の極み。おふざけ大好きにして、タチの悪い変態でもある。しかし鎮守府と艦娘達の日常を守るという信念は、誰よりも強い。
本人は否定しているが、憲兵は彼から強く影響を受け始めている。いわば憲兵の師匠と言える存在。

生前のあきつ丸と交際しており、彼女の戦死を機に特殊部隊から憲兵隊へと転身する。
霊として現れたあきつ丸にその後を心配されつつも、たまに隼鷹と飲みに行く仲になりつつある。

日頃は眼鏡を愛用。幽霊が大の苦手。
磯風の従兄弟でもあり、顔から頭のおかしさまでよく似ているとは憲兵の談。

・あきつ丸

かつて戦死した艦娘であり、生前は憲兵長の恋人でもあった。
怨霊では無いが成仏出来ず、死後も憲兵長を陰から見守っていた。

霊感持ちの憲兵との出会いを機に、ようやく憲兵長と接触を図る事が出来た。
以降は浮き輪さんに取り憑く事で周囲とコミュニケーションを取れるようになり、鎮守府の名物幽霊となっている。
尚、憲兵長と霊体でコミュニケーションを取ろうとすると、彼が気絶してしまうようだ。

憲兵長が真の意味で自分を振り切れた時、成仏出来るのではないかと考えている。
因みにあらゆるジャンルをイケる変態。決して生前の憲兵長との夜の生活を聞いてはいけない。

・提督

憲兵達が担当する鎮守府の提督。憲兵長とは幼馴染。
優しげでゆるい雰囲気とは裏腹に、よく悪巧みに乗ったり発案したりするドSでもある。

艦娘に手を出さないのがポリシー(と言うか本人が部下と認識した瞬間異性と見れなくなる)であるが、その分外部での女遊びが酷く、よくビンタの跡を作っていた。
時雨との件の後、現在は女遊びを一切やめている。

提督としては、良き司令官で上司である事を何より重んじている。
戦果『のみ』非常に優秀らしいが、本人の性格が災いしてか、軍内では核弾頭と呼ばれているらしい。大体上層部をおちょくって遊んでいるせいだ。


・大淀

メイン秘書艦を務める艦娘。
提督、憲兵長同様面白い事に目が無いドSだが、彼女は特に頭一つ飛び抜けている。
核弾頭コンビの二人も、彼女には勝てないのだとか。

確信犯的にトラブルの種を蒔いたり見過ごしたりする場面が多く、その瞬間の大騒ぎを見るのが大好き。いわば放火魔タイプ。
鎮守府のラスボス、真の支配者と呼ばれているとかいないとか。

因みに現在交際相手なし、本人も欲しがっている様子は無いがその真意は…?

・磯風

下手の横好きな料理好きで、何かと食に関するトラブルを起こす残念美少女。
憲兵が持病を抱える原因となったのは、そもそもは彼女作のお菓子が引き金。(トドメは瑞鳳の激辛卵焼き)
その後もサンマ霊事件など、様々なトラブルの火種を蒔いている。

彼女作の料理は『BC兵器』『GUSOH』などと呼ばれており、食べると異世界に片足を突っ込む、胃がディストラクションするなどと言われている。
現在新兵器を開発…ではなく、新作料理を研究しているらしい。

憲兵長の従姉妹でもあり、幼少期から彼に料理を振舞っていた。憲兵長はそれを無理矢理美味しいと食べていたらしい。
憲兵長があのキャラになったのは、磯風料理のせいではないか…と、憲兵は密かに思っている。

・山風

憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
引っ込み思案な性格ではあるが、二人にはよく懐いている。

憲兵と瑞鳳が付き合えばいいなと常々思っており、その邪魔である翔鶴の事は目の敵にしていた。
実際に接して翔鶴とは和解したが、瑞鳳派である事に変わりはないらしい。
憲兵と瑞鳳の結婚式で、ブーケを受け取るのが夢なのだとか。


・加賀

憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
空母合宿の教官を務めるなど、全国の空母の中でも強い権限を持つベテラン。
翔鶴と瑞鶴には目を掛けているが、その分相当しごいたらしい。

態度はクールなものの、若手の面倒見は非常に良い。数少ないツッコミ(お仕置き)枠だが、ボケに転じる事もある。
その昔、ある赤い僚艦との喧嘩から、プリン大戦と呼ばれる名勝負を繰り広げたそうな。

・瑞鶴

翔鶴の姉妹艦にして実妹。憲兵の着任決定以降、姉の暴走に頭を悩ませている。
故に当時から知っている憲兵を恨んでいる様子。

数年前の某番組の放送以来、方々から出演していた某野球選手とキャラが被ってるといじられていたらしい。
本人は耐性が出来たと主張するが、実際の煽り耐性は低い模様。弓に関してのみスイッチヒッター。

最近車の免許を取ったらしいが、運転はあまり上手くはないそうだ。

・飛龍

憲兵達の鎮守府所属。
蒼龍と仲が良く、彼女とセットでいる場面が多い。
憲兵を翔鶴絡みの事で冷やかしては遊んでいる。絶妙に言葉のニュアンスを変えるのが得意。

本人の好みは渋いおじ様。故に若い職員ばかりの今の鎮守府に不満があるのだとか。
特に多聞丸については、実艦の飛龍を羨ましく思っているらしい。

・蒼龍

憲兵達の鎮守府所属。
飛龍同様、憲兵をおちょくって遊んでいる場面が多い。
プライベートでの容姿のギャップが激しく、憲兵はこれに一度騙されている。尚、私服時は憲兵のストライクゾーンに入った模様。

メイクが得意で、私服時に於けるギャップの最大の要因でもあるようだ。
たまに駆逐艦達にメイクを教えているらしい。


・時雨

憲兵達の鎮守府所属。
提督に想いを寄せる…と言うか、寄せ過ぎた末にヤンデレ化したちょっと怖いボクっ娘。
子供故に提督も想いに応えられず、そこから病んでしまったらしい。

思い詰めた末に提督宅に忍び込もうとし、その際転落した為入院していた。
憲兵長も手を焼く問題児だったが、憲兵の仲介により、18歳になったら付き合うと提督と約束をする。
現在はその甲斐あってか、精神的には落ち着いた模様。

・秋雲

憲兵達の鎮守府所属。
絵が得意で、趣味で同人活動をしている。

過去に身近な艦娘をモデルにしたエロ同人を描いてしまい、憲兵長にお仕置きされた事がある。
あらゆるジャンルに挑むと言う精神を持ち、男を描けるようになろうとBLに挑戦。懲りずに憲兵達をモデルにしてしまった。

その結果、憲兵長に『漢』しか描けなくなるお仕置きを受けてしまう。
その後数ヶ月間、何を描いても絵柄が世紀末か地上最強の生物になってしまったようだ。

・磯波

憲兵達の鎮守府所属。
写真を特技とする駆逐艦で、鎮守府内の撮影係。一見大人しそうな雰囲気だが、ムッツリスケベな面がある。
あきつ丸絡みの憲兵達のある場面を見てしまい、彼らのホモ疑惑と秋雲BL本の発端となった。

元々素質はあったが、秋雲の件で本格的に腐ってしまった模様。


・長門

東北のある鎮守府所属。人としては憲兵の実姉。

勇猛な性格だが、非常に残念な部分も多いらしい。憲兵の苦労人気質は、長門の弟として生まれた時から始まっていたようだ。
仕事として会った際は手を出せなかったものの、実家では何かとやらかしては憲兵に殴られている。

可愛いものと幼女に目が無く、幼少期から弟に女装をさせていたらしい。彼が空手を始めたのも、そこへの反発がきっかけ。
憲兵女装事件に繋がる元凶はこの人。弟思いではあるものの、根本的にズレている。

モテない事を地味に気にしている、黙っていればいい女。

・陸奥

東北のある鎮守府所属。
長門の艦娘としての妹にあたる…のだが、実際は長門の保護者兼ツッコミのようだ。
お互い苦労が分かるのか、憲兵とは仲が良い。

憲兵の知る艦娘の中では、数少ない常識人。
ムツペディアと呼ばれる長門のやらかし記録を付けており、常々憲兵に報告しているらしい。怒ると本当に怖い。

・隼鷹

憲兵達の鎮守府所属。
鎮守府のプロ飲んべえにして、心霊担当。

幽霊騒動の際憲兵達を助けたり、あきつ丸に憲兵を紹介するなど、実は良き姉御肌。
憲兵長に想いを寄せており、あきつ丸に対しては複雑な感情がある。

モテる方ではあるものの、今までは受け身だったらしく、自分からのアプローチは苦手。
故に憲兵長に飲みの誘いを掛ける時は、珍しい顔が見られるのだとか。


・ポーラ

憲兵達の鎮守府所属。
憲兵隊の常連さん、理由は言わずもがな。

憲兵との初対面時に過去最大の暴走を見せ、結果憲兵長をキラキラリバースでム○カにした。
憲兵隊の世話になる度憲兵長の上着を汚しており、その為憲兵長は通常より2着多く上着を持っているとの事。
尚、着せられた上着はちゃんと洗って返している模様。その際は流石にシラフらしい。

・大鳳

憲兵の軍学校時代の後輩。演習時に憲兵達の鎮守府にやってきた。

酔っ払った翔鶴に襲われた際、おっぱいに目覚めてしまう。そして瑞鳳と『ないちち空母の会』(ナイスな乳を愛でる空母の会)を結成した。
因みに学生時代憲兵がボブと呼ばれていた原因は、彼女の屁である。

瑞鳳と仲良くなり、彼女と憲兵の縁を取り持つと決めた模様。
現在の恋人とは憲兵のサポートにより結ばれており、恩を返したいと思っているようだ。


用語、場所


・鎮守府

現在憲兵達が担当する鎮守府。海軍でのあだ名は『魔窟』。
なぜか艦娘、職員共に癖のある者が多く、憲兵はここに異動してから毎日ドラマティックな生活を送っている。
因みに戦果そのものはかなり上げているようで、提督が核弾頭と呼ばれる理由の一つのようだ。

憲兵隊の出動事案はほぼ艦娘に対してとなっており、「憲兵さんこっちです」ではなく、「憲兵さんこの子です」の方が圧倒的に多いとの事。

・憲兵隊

軍内警察と言う肩書きはあるが、現在は警備や第三者視点での艦娘のケアも行う、『鎮守府の日常を守る』面での何でも屋のような組織となっている。所属は陸軍。

本来は軍関係者が被害に遭わない限り一般人への逮捕権は無く、憲兵がプライベートで犯罪者逮捕に関わった時は警察のお世話になってしまった。
瑞鳳の誘拐に関しては逮捕権が発生しており、憲兵達の活躍で無事解決。

・詰所

鎮守府内の憲兵隊の根城。交番のようなもの。ガス台などの設備も整っており、食事以外の休憩もここで行われる。
居心地の良さから、遊びに来る艦娘も多いのだとか。

憲兵の着任前から磯風の被害を一番受けている場所でもあり、彼の前任者は3日程高熱に苦しみ、過去に換気扇が2回、ガス台が1回新品に変わったと言う。
因みにガス台に関しては、磯風が憲兵長にラーメンを振る舞おうとして犠牲になったとの事。


・寮

艦娘・職員共通の6階建。
2階は憲兵達も住む職員用、3階以上は艦娘用となっている。
度々寮でトラブルが起こる為、憲兵は自室から出動する羽目になる事もあるのだとか。

・工廠

日頃爆発物使用報告などでメールのやり取りはしているものの、憲兵はまだ入った事が無いらしい。
整備長とある艦娘で切り盛りしていると言うが…。

・コンビニ

鎮守府最寄りの青いコンビニ。鎮守府関係者が、酒保に無い物を買いに来る事が多い。
たまに街との交流イベントの一環で、艦娘がバイトに駆り出されるそうな。

とりあえず今の所はこれで全員、本編はしばしのお待ちを。


「リョウも休憩中?」

「ん?ああ、こっちもな。」

自販機でジュース買ってたら、元カノ姉妹に声を掛けられた。
あいつらは水買って、珍しく豪快に行ってる。暑くなってきたもんなぁ…と思ったが、この時二人とも、気持ちやつれてるような気がした。

「何か顔死んでねえ?」

「うん、午前中がね…お昼食べてないし。」

「アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。」

「アレ?」

「昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ。
体力的にもキツいけど、何より思い出しちゃう。」


“あの二人には、『魚に餌をたくさんあげて』もらったもの。”


あー、そんな事言ってたな…変形ダッシュ30本とかか?
二人ともスパッツにTシャツとラフな格好だが、よく見りゃ手足にプロテクターだし、上も着替えたて。
プロテクター…結構エグい事やってんのかな?


「……具体的には?」

「艦娘の海上移動って、靴の艤装でしょ?
だからインラインスケートでジャンプや急転換もしつつ、弓を射る訓練…勿論艤装の補助無し、完全な生身。」

「うわ、死ぬなそれ…。」

「戦闘を想定して10分1セット、途中休憩あり。ただ…加賀さん、丸一日それやらせるから…。」

「鬼だよね。堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。」

「“その小魚を食べた秋刀魚が秋には獲れるの”とも言ってたわね…ふふ、去年の秋刀魚は太かったわ…。」

「いやぁ、それ俺でも多分吐くわ…。」

今の話で真っ先に思い出したのは、あの空母式ウィリアム・テル。
そう考えると、加賀さんも大概Sっ気あるよなぁ。

「でもお前らもよくやるよな。結局午前は自主でやってたって事だろ?」

「七面鳥より大っ嫌いよあの訓練…ただ、プラスになるのは間違いないからね。」

「そう、足腰とバランス感覚は重要だもの。いくら艤装があるって言っても、実戦は結局水の上だから…。」

「何だかんだ尊敬してんだな。」

「いや、艦娘としてしか尊敬出来ない!人としてはてんでダメよ!
態度能面だし!食い意地張ってるし!炙りレバーの怨みまだ覚えてるんだから!」

「ま、まあまあ…。」

「炙りレバー?」

「大好きなの。でも打ち上げの飲み屋で頼んだら、気付いたらレバーだけ食われてた…。」

「ああ、前んとこん時、加賀さんよくレバー食ってたわ…。」

「心身共にボコボコな合宿終えての大好物…なのに食われて無いのよ?その日お店のラス1だったのに!」

「…そ、そりゃさすがになぁ…。」

ちょっと同情するぜ…おや?誰からだ?

「………。」

「リョウ、どうしたの?」

「……今日、加賀さんこっち来るってよ。山風連れて。」






第23話・TAVEMONO NO URAMI-1-





「山風来るの!?」

「づほんとこにも連絡来た?要手渡しの書類持って来るだけだから、遊び来るようなもんだって。」

「山風って?」

「ん?あっちの駆逐の子だよ。俺とづほの妹分。人見知りだからいじめんなよ?」

「いじめないわよ。まさかあの訓練やろってなった日に来るって…虫の報せかな。」

「ふふ、山風ちゃん可愛いわよ?」

「お、1時間後に着くってさ。
この後暇な奴いる?出来りゃ憲兵隊で預かってくれって言われてんだけど、眼鏡いるから多分ビビるんだよな。誰か女の子いると助かる。」

「私空いてるよ?翔鶴姉が推すくらいなら会ってみたいし。」

「じゃあ頼むわ。」


で、妹と詰所で待つ事1時間と少し。
こん、こん…と、ちょっと弱々しいノックが鳴った。

「お邪魔します……。」

「お、来たな。こっちこっち。」

「…兄ちゃん…!」

「おいおい、そんな久しぶりでもねえだろー?」

「えへへ…。」

入ってきて早々、真っ先に俺んとこ飛び付いて来た。
まぁ可愛い妹分だ、こんな時ぐらいたっぷり撫でてやろう。


「…ほう、君がこの前来ていた子か?」

「……!?は、はい…白露型駆逐艦、山風です…。」

「ああ、失礼。私がここの憲兵長、磯村キョウと言う。
リョウの妹分だそうだな、よろしく頼むよ。」

「……はい、よろしくお願いします。」

「大丈夫だ、怖がらないでいい。まぁ私はこんな顔だからな、それも無理かもしれんが。はっはっはっ。」

「……ふふ…。」

こいつが初対面の奴に頭撫でられてるだと…?
はー…意外だわ…。

「磯風で慣れているからな。赤子の段階から、あの子で子供の世話は学ばせて貰ったものさ。」

「子供は邪心を見抜くもんだって思ってましたけどね…。」

「…恋に落ちた女以外は、私にとって愛でるもの以上にはならん。ましてや子供はな。」

こいつの変態も、どこまでマジか最近分かんなくなってきたな…。
で、眼鏡は置いといて、もう片割れは…


「……かわいー!!」

「…むっ…!?」


血は争えねえ。

さっきから我慢出来ねえ!って顔してたが、案の定飛び付きやがった。
あーあー、初回でアレやったら嫌われんぞ…。


「リョウさんずるいよー!こーんな可愛い子いたなんて!
山風ちゃん!私瑞鶴!翔鶴お姉ちゃんの妹だよ!」

「……翔鶴さんの?本当?」

「うん!」

ぎゅーぎゅーと抱き着かれたまま、山風は『何か』を確かめてる様子だ。
何だろう、嫌な予感がすんだけど…。



「……嘘…だっておっぱい無い…。」



その瞬間、妹が砕けた。



「……おい、おーい?」

「……はっ!?山風ちゃん、でも私妹なんだよー?ほら、似てるでしょ!」

「……構わないで。瑞鶴さん、何か固いもん。翔鶴さんはもっとふにふにしてた…。」

「か…かたっ…!?」

ははは…あーあ、嫌われちまったかぁ…。
こうなると大変なんだよな、俺らも最初は苦労したわ。


「兄ちゃん…。」ギュ-

「あらら。まぁまぁ、後でづほも来るから待ってな。」

「うん…づほ姉いっぱいふにふにするんだ…異動前とか去年より柔らかかった。」

「……山風、それ絶対づほに言うなよ?」

「どうして?」

「どうしてもだ。」

腹か?それとも腕か?
確かにこの前少し重くなった気がしたけどよ…。

「や、山風ちゃん、私も瑞鳳お姉ちゃんっぽくない…?ほら!おっぱい無いし!」

「さらっと先輩disんなよ…妹、お前動物と子供に嫌われるタイプだろ。がっついて。」

「ふぬっ…!うう、だって可愛いんだもん…。」


「まだまだ母性と優しさが足りないわね。それでは年上の男しか引っ掛からないわ。」


その時ドアの音と共に、覚えのある声がした。
そこにいたのは勿論…


「加賀さん!」

「げ…もう来たの。」

「書類渡すだけだもの。リョウと瑞鶴だけなのね、あれから変わりはないかしら?」

「ええ、お陰様で。づほも元気にやってます。」

「リョウさーん、しっかり病気になっちゃったでしょー?加賀さん、この人痔になったんですよ!」

「痔に?リョウ、もしかして『赤辛』かしら?」

「おめえなぁ…ええ、づほがぶちかましました…。」

「うちは提督が患ったわね…ここの子達は知らないから、止めようも無かったようね。」

ああ、あっちの提督も持ってたな…今となっちゃ俺の方がハードな気がするぜ。
そうでなくても、何かとケツに集中砲火が来てるからな…。

「痔…?兄ちゃん、お尻悪いの…?」

「あ、ああ、あれからちょっとな…大丈夫だ、心配いらねえよ。」

「ん…。」

「どうした?そんなに引っ付いて。」

「これで痛いの飛んでく…。」

ぎゅーっと腰に抱き付いて来たかと思えば、山風はそんな事を口走る。
……やべ、俺今泣きそう。良い妹分を持ったぜ…。

「山風ー!!よし、膝枕してやる!」

「ほんと…!?じゃあお邪魔します…。」

ケツもソファに座れるぐらい良くなって来た。
山風を膝枕してやると、何とも嬉しそうな顔だ。へへ、可愛い奴め~!

で、妹はそんな俺らをワナワナした顔で見てた訳だ。


「……ずるい!」

「この子はリョウと瑞鳳にはべったりだもの。それと私にもね。
よく一緒に寝ているけれど、たまらないわ。」

「うん、加賀さんあったかい…。」

「ぐぬぬ…鉄仮面の癖に~!」

「鉄仮面は否定出来ないわね。
でも瑞鶴、目に見えて短気なのは良くないわ。特に子供にとっては。
磯村さんをご覧なさい。失礼な言い方になってしまうけれど、強面の彼でも山風の心を開けたもの。本質は雰囲気に出るものよ。」

「いえいえ、褒めすぎですよ。」

「う……。」

「ま、まぁまぁ…。」

加賀さん、確かにキレても顔変わんねえ人だもんな。
ボソッと「頭に来ました。」って言われんのも怖えけどよ…。

妹も似たような事思ったのか、その後こう言ったんだ。

「じゃあ…加賀さんって、声荒げてキレた事ってあるんですか?」

「私?そうね、何度かあるわ。」

「「「「え?」」」」

質問しといてアレだろなんて言えねえ。
この時全員、その答えに思わず聞き返しちまったもんだ。


「……そう、あれは私が艦娘になりたての頃。
その頃住んでいた寮は2人部屋で、私はある艦娘と相部屋だった…リョウ、赤城と言う名を知っているかしら?」

「赤城…あ!何度か本名でテレビ出てましたよね!」

「ふむ、私も季刊誌で見たな。確か大食い大会だったか?」

「そう、あの赤城さんよ。今でもプライベートではよく会うわ。

あれは艦娘になって三週間目、その部屋に冷蔵庫は一つだけだった…。
任務に慣れ始めはしたものの、疲れもまた溜まり始める頃。私達は言葉を交わすでもなく、こう考えていた。

“甘い物が食べたい”と。

しかしまだ初任給すら迎えていなかった私達は、お金が無かった…。
当時の鎮守府は、自転車で少し行けばスーパーがあった。
コンビニに比べれば割安、それでも当時の所持金では辛い。そんな中、私はある光明を見付けた。

それは3個入り100円のプリン。
それより安いプリンもあったけれど、15円の差で総合的な量は上…迷う事など無かった。

帰宅して冷蔵庫を開けると、もう一つ同じプリンがあった。
赤城さんも似た状況、先に同じプリンを買っていたのでしょう。
私は明日生きてこのプリンを食べると決め、その隣に自分の分を入れたわ…。

そして翌日。
新任の私にとって、その日は激しい戦いだった…満身創痍、ズタボロ…そんな言葉ですら陳腐。それは赤城さんも同じだった。

結果として、私達は長時間の入渠を余儀なくされた。
赤城さんとの入渠時間はせいぜい15分差。その間私はひたすらにこう考えていた。

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira156531.jpg


もうプリンの事しか考えられない。
長い入渠時間さえ一瞬に思えるほどプリンを待つ気持ちは永遠。
待っていて、私の愛しい人(プリン)…!
入渠が終わった瞬間、私はバスタオルのまま部屋へと駆け出した。

白い冷蔵庫、それは天国の色。
この扉を開ければそこはヘヴン…!

だけど…。」

「「「「……だけど?」」」」

「……3個入りのプリンは、2つになっていた。

テーブルを見ると、空いたプリンの容器が『3つ』…そこに座るジャージの女の手には、食べかけの『4つ目』のプリン…。
彼女は硬直する私を見て、気まずい感じで微笑んで…。





『ま、慢心してはダメですよ。名前は書いておかないと…。』




『赤城さん、頭に来ました…あだけなさんなま!!(ふざけんな)』

子供の頃以来に声を荒げたわ。
以降は故郷の石川弁でひたすらまくし立て、過呼吸気味になる程私は激怒した。
もはや何を言ったかも覚えていない。いつのまにか赤城さんも怒りに火が着いて、激しい言い争いになっていた。

私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の赤いのを除かねばならぬと。
もう許さない。絶対ぶっ殺す。今なら空母棲姫すらワンパンで殺れる。

さながらカラメルの如くドロドロとした怒りに駆られ、拳を握った瞬間ドアが開いた。
そこには騒ぎを聞きつけた当時の提督…その時私達に迷いは無かった。

『提督、少しお手伝いをお願いできますか?』

『大丈夫。矢って鎧袖一触かもしれないけど、上手くやりますから…。』

こうして当時の提督を審査員兼生贄とし、あの空母式ウィリアム・テルは生まれた。
以降、本部では伝説の一戦として語り継がれているのよ…。」

「く、食い物の恨みって怖いですね…。」

「ええ、宇宙よりも遠く、海よりも深きものよ…。」

うわぁ…そ、そこまでか…。
前んとこで駆逐連中の喧嘩の仲裁したけど、確か食い物が原因だったな…アレも大概ヤバかった。あの潮が凄え怖かったもんよ…。

…ん?食い物の恨み?少し前にそんな話聞いたような…?


「加賀さん、心中お察しするわ…『よーく分かる』もの…でもあなたも大概ですよね?」

「何の事かしら、杉○。」

「瑞鶴よ!!
そうね、あの時の借しはまだ返してもらってないもの…合宿の時の炙りレバーの怨み、晴らさせてもらってもいい?
……そんな事あったら私の気持ちわかるでしょ!?思い出したら腹立って来たわ…!!」

「ふふ…私はあの件でこそ学んだのよ。所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬと。」

「へぇ、鉄仮面の癖に藤○竜也に例えるんだね?いいわ、デ○ノート並の顔芸させてあげる…悔しさでね。」

「悪いけれど、あなたがこの先私と言う先輩の土下座を初めて見る日は、永遠に来ないわ。
せいぜい自爆で陽○鋼を使ってしまいなさい。」

「…察しは付いてるみたいね、私が何をしたいかを。」

「空母式ウィリアム・テル。受けて立つわ。」

「負けた方は焼肉を奢る。それでいいわね?」

「レバーの美味しいお店を探しておいてちょうだい。」

「と言うわけで…。」

「リョウさん、お願い!!」「頼むわね、リョウ。」


………え?俺ぇ!?



「待て待て待て!!俺に何のメリットあんだよ!?」

「では、リョウにも焼肉を奢ると言う事でどうかしら?」

「大丈夫!!この前と違ってガチで射るから!変な事しないって!!」


この二人の腕は確か…それがガチ勝負…。

つまり、逆に考えれば身の安全は保障されてると言っていい…。

素人の矢じゃない…誰が勝っても焼肉食える…。
いや、でもこの前みたいに象さんが号泣……いやいやいや、この二人が本気でやればむしろ安全…。


……何にせよ、人の金で焼肉が食える。


「………お二方、ゴチになります!!」


結論、誘惑に負けました。
そしていざ尋常に勝負と行くんだが…。

まぁ、案の定大変な事になったよ。

今回はこれにて。続きはまたいずれ。

時間別れちゃうかもですが、投下します。






第24話・TAVEMONO NO URAMI-2-





「では、改めてルールを確認するわ。
原則リンゴを射抜くのは禁止。矢を用いた何らかの方法で落とす事で成功とする。
また、台役に怪我をさせてもならない。その際は失格、怪我をさせた者が敗者となる。」

「うん。今回は何投で行くの?」

「先に3投成功させた者の勝ちにしましょう。」

「いいね、吠え面かかせてあげる。じゃあ…行きましょうか。」

話も纏まり、遂に弓道場へ移動が始まる。
あ、山風寝てんじゃん。可哀想だけどちょっと起こさねえとな。

「山風ー?ごめん、ちょっと移動するから起きて。」

「ん……あれ、兄ちゃん、何か頭に引っかかってる…。」

「ん?ああごめんごめん、俺のバックルだな。リボン引っかかってる…よっと。」

で、その場の全員で弓道場に移動…と思ったら、何やら弓道場の方が騒がしい。
扉を開けると、見物席の方にギャラリーがずらりと。

「………憲兵長。」

「ふっ…丁度皆も帰港した頃かと思ってな。祭は大人数で楽しくだ。」

「あんたなぁ…。」

ドヤ顔でスマホ突き付けんなや。
まぁいい、今回俺はお客さんと決め込ませてもらうぜ…くくく、何てったって焼肉は確定してるからな。


「リョウちゃーん、楽しそうな事してるねえ。」

「ふふ…ここならしっかり瑞鶴を応援出来るわ。」

「げ、お前らだけここかよ…まさか…。」

「各チームのアシスタントよ。間に合うようなら手伝ってとお願いしたの。」

……俺に眼鏡、アシスタントはづほと元カノ……。
あれ?だんだんいつものメンバーに…へ、へへへ…気にしすぎだ俺…大丈夫大丈夫…。

「…では、まずは双方ウォーミングアップと行こうかしら。先に私から行くわ。」

まずは試射。頭にリンゴをセットし、加賀さんの方を向く。
狙われてんのにすげえ安心感だ…この人なら大丈夫。そう思っていると、妹が何やら元カノに耳打ちしてるのが見えた。

……元カノ、何であんな照れてんだ?


「せんぱぁ~い♪」

「……何かしら、瑞鶴。」

「…ズイカク、ハズカシイワ…//」

「ショウカクネェダイジョウブダッテ!」

何かボソボソ言ってんな…お、二人で並んで…。

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「肝心な時に外すー♪」


命知らずいた!!


「………。」

「ふっ…リョウも呆れているようね。私がその程度で煽られると思うのかしら。」

「加賀さぁん!最近何かあったらしいじゃないですかぁ!ホラショウカクネエ!モッカイイクヨ! 」

「…ズ、ズイカクッテバ…」

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「遠恋の彼に振られーる♪」

「え!?別れてたの!?」

そうだ…加賀さん新人の頃の提督と付き合ってたわ…。
別れてたのもびっくりだけど、ただ今は…!



『ぱんっ…!』



その瞬間、衝撃の事実以上の衝撃波が頭上で発生した。
安全の為の吸盤矢…だがそいつの威力は、リンゴを霧の如く粉々に粉砕した。
キラキラと舞う果汁は、さながら加賀さんの悲しみのよう…しかし俺の眼前には、真逆のものが映る。


「……カチ殺すぞこのダラブチ(馬鹿たれ)がぁ…!」


い、石川弁の仁王だ…!
「頭に来ました」なんて決め台詞もねえよ…ああ、深海棲艦っていつもこんな気持ちなのね…正直ちびりそう。


「ふっふっふっ、ウォームアップからもう失格?これは美味しい焼肉が食べられそうだねー。ね?リョウさん!」

「馬鹿野郎!誰でもキレるに決まってんだろ!?加賀さんに謝れや!!」

「嫌よ!元はと言えば加賀さんへの恨みだもん!」

「……リョウ、大丈夫よ。危ない目に遭わせ
てごめんなさい。」

「加賀さん…。」

「おや?大人しくなっちゃって…アラサーは怒るエネルギーも減っちゃう?」

「何とでも言いなさい、虚勢を張るのが如何に無駄か理解すると良いわ。瑞鶴、次はあなたの番よ。」

「ふふ、そうね。バシッと決めちゃうんだから。リョウさん、行くよ…!」

すんなり引き下がった…かと思ったんだが、妹が構えた時、ある変化が俺のポジションからは見えた。

加賀さん…にやけてる?


『ぱぁん!!』


その破裂音の直後は、びいぃぃん…と言う音が後ろから響くだけだった。
ちらりと後ろを向くと、貫いたリンゴごと壁に吸い付く矢……アレ、当たったら死んでたなぁ…。

そして妹を見て、俺は数時間前のあるやりとりを思い出した。


“アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。”

“昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ”

“堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。”


アレは午前の話だ。今はそろそろ乳酸溜まって来る頃。
で、肝心の妹はと言えば……。


「はぁっ……はぁっ……!」


……お前めっちゃ疲れてんじゃねえか!!



「その格好、今日は加賀式訓練法をしていたようね。
瑞鶴。努力は認めるけれど、今回は大人しく引き下がった方が身と財布の為よ?
このままならば、私がご馳走になるだけだわ。」

「嫌よ…意地でもレバーの恨みは晴らす…!この右腕でね!
何なら無駄な力抜けて良い感じよ!」

「ふっ…今日は美味しい焼肉にありつけそうね。」

加賀さん、あいつが疲れてんの見抜いてたのか…年の功ってやつかね、おっかねえなぁ…。
でもやべえな、下手すりゃ今日は肉どころじゃねえぞ。俺の頬がウェルダンになりかねねえ。

ジャンケンしてる…先攻は妹か!

「リョウさん、行くよ…!」

来る…!
空気が張り詰めるが、妹の右手は少し震えていた。どう狙って来る?
溜めがピークに達したその瞬間。

「瑞鶴、そう言えば__君とはどうなったのかしら?」

「んがっ!?」

矢は俺やリンゴにかすりもせず、実に勢いよく植え込みに突っ込んで行った。
そう、さながら一方通行な恋の如く明後日の方向に。

「~~~~!!」

「加賀さん、__君って…。」

「そう、空母合宿の時の整備さんよ。瑞鶴が無理矢理LINEを聞き出していたはずだけれど。」

「瑞鶴…それ私も初めて聞いたわ。」

「……グス…う"う"、ぢゃんと付"き合えたら翔鶴姉に報告じようど思って……でもぉ~!」

「良い子だと思うんですけど、僕、短気な所がある人とはちょっと合わなくて……と言っていたわね。」

「……って聞いてたんかい!!」

「ええ、申し訳無さそうに話していたわ。」


き、傷に岩塩の塗り合いだなぁ………わぁ、女って怖い。
これで妹は現状無得点。次は加賀さん…どう出る?


「加賀さん!あの提督最近幸せそうだって聞きましたよ!肩の荷が下りたんじゃないですか!」

「おうコラ妹!今正月じゃねえんだよ!!」

「リョウ、安心なさい…もはや私に失うものは無い。どんな煽りにも耐えてみせるわ。

………加賀、参ります!」


…………!!

これが一航戦の迫力…!!
震えでリンゴを落とすなんて事も出来ねえ、ビビってらんねえ程の凛とした緊張感。
1秒1秒が長い……来る!!


『ひゅっ…』


その小さな音が聞こえた時、掠った感触も無く足元へリンゴが落ちた。
当たってない…一体何を…?


「……やられた。羽にだけ掠らせたね。」

「ええ。台役へは一切の振動も無いように。瑞鶴、当てるだけなら腕を磨けば出来るわ。でもそれ以上になれば、外す事さえ自在。
鎧袖一触…その力をコントロール出来てこその一流よ。」

「くっ…!」

俺の異動前はまだ付き合ってたから、本当最近だよな…そろそろケッコンカッコガチなんて皆言ってた。
加賀さんすげえよ、あの精神力は見習いてえ。


「次、瑞鶴。」

「ふふふ…今日は勝ちに行くよ!
5年付き合った末の失恋!ならその未練たらしいサイドテール刈り取ってやる!奢りの悔しさで全部忘れちゃえ!」

「あなたも振られたでしょう?」

「つ、付き合えてないからノーカン!」

あーあー、そう言う所が杉○って言われんだよ…。
お、来た来た…妹もすげえ迫力だな。疲れてるから余計気い張ってやがる。

「瑞鶴。」

「…何よ。」

「男は25過ぎて童貞なら魔法使い。じゃあ処女で25過ぎると何になるのかしら?
……成人おめでとう、25までの5年はあっという間よ。立派な魔女になりなさい。」

「………っけんなこらああああ!!」

無かったはずの衝撃波が俺を襲いましたよ、ええ。無かったはずのが。
頭のリンゴは無残に霧散、ついでに俺も思わず尻餅ついちまった…。

その後もギャーギャー騒ぐ妹を尻目に、加賀さんは難無く神業を決めて加点。
現状2-0、どっちが勝っても俺は得………しかしこの時、俺の中にはある不安があった。


「はぁっ…はぁっ……ちくしょう…!」


妹は訓練疲れと怒りで正常じゃない。
そして次はこいつのターンだ。

つまり…次何かあったら俺は死ぬかもしれない。
矢を持とうとする手からもうプルプルしてる。アレで来られてもしもが起きたら…。


……!!そうだ、確かあいつは……!!





「おい!妹ぉ!!」

「……何よ。」

「どっち立ってんだよ。左で引けや。」

「私スイッチだけどね…今日は加賀さんに真っ向勝負する為に右って信念持ってやってんのよ。」

「………………。」

「…………。

……やってやろうじゃないのよこの野郎アンタ!!半端ないとこ見せてやるわアンタ!!」




よっしゃ!!
さて、これで少しは安心…どんな手で来る?

「ふふ……いい天気だねー。燦々と輝く太陽。
もう夏だけど…今日が加賀さんに初勝利の初日の出!!お前ら拝め!!あの太陽を!
そして太陽に輝くのは黄金射法!!さぁ!行っちゃうよおおお!!!」

行った!!

上…どこから来る!?
動くな…動けば前と同じ悲劇だ。妹の本気だ、俺を貫く事はねえ。
見えた…さぁ来やがれ!こっちはもう覚悟は出来てるぜ!!



『きんっ………!』



……………きん?




直後、下半身を爽やかな風が駆け抜けた。

衣擦れの感触すら無く俺のズボンとパンツは足元に舞い降り、リンゴはその後にころりと落ちる。
留め具が曲がり、そして無残に砕けたベルトのバックル…ああ、山風のリボンで壊れかけてたのね…それでトドメ刺されたと。

バックルが最期のお勤めとして、俺のマイサンは守護ってくれた。
ただし、すれすれを掠めた吸盤の先は、薄皮一枚で俺のズボンとパンツを切り裂いたのだろう。

この長々とした思考の間、現実世界では恐らく1秒。
直後、当然のように観客席から大音響が響き渡った。


「「「「「「「きゃああああああああああ!!!!????」」」」」」」


磯波…何でそんな恍惚とした目でこっち見てんだ…俺と眼鏡を交互に。
秋雲……作家モードで焼き付けようとするのをやめなさい。
おいこら磯風、なるほどキノコ料理かって囁いてんの見えてんぞ。

元カノよ……聖母のような笑みで凝視するのをやめてくれませんか。

瞬殺でズボンをずり上げ隠すもんは隠した。
だが、呆然としてワンテンポ出遅れた事実は変わらない。
晒された醜態…折れかけた心……そこにトドメを刺す奴らが2名程いた。


「リョウちゃんの、普通だね…。」

「ええ、普通ね。」

「え!?そうなの!?」


普通って言うんじゃねえよ……事実だ。





「良いレバーね。流石に気分が高揚するわ。」


敗者、妹。

俺たち3人は約束通り、妹の奢りで焼肉に来ている。
うん、牛タン美味しいね…何かしょっぱい気がするけど。涙で。

「………今月焼肉行こうと思ってたけど、予定の3倍だわ。」

「人の金で焼肉が食べたい。
メジャーリーガーもTシャツに刻む程の人類共通の欲望よ。あなたは正月だけのレギュラーだけれど。」

「だから杉○じゃない!どこが似てんのよ!?」

「お前のそういう所だよ。恥かかせやがって。」



「何よー、アンタがネタ持ってないからでしょう?
大体顔だけ女みたいで細マッチョ…だったらアンタが短○か巨○だったらまだ笑いになってたわよ!アレ私も気まずかったんだから…。」

「俺の息子にゃ罪はねえ!大体普通普通って他の奴の見た事あんのかよ!?」

「………お、お父さんとお爺ちゃんのなら…。」

「ほれ見ろ!」

「う"……。」

「………リョウ、その辺にしておきなさい。」

「加賀さん…。」

……っと、メシん時に良くねえ話しちまったな。
あーあ…でも普通で悪うござんしたねぇ、バカヤロー。
俺だって笑いで収められてりゃまだなぁ…駆逐よりも、大人組の何とも言えねえリアクションの方がダメージでけえのは何だろう。


「リョウ……気にすることではないわ。男の価値は通常時では決まらない。

男の価値とは……いざと言う時に輝けるかよ!!」

「………加賀さぁん!!」


………加賀さん、一生ついて行きます!!心の師匠よ!!





「ふー…食った食った…。」


何だかんだ美味かったなぁ。
部屋で一息つこうと窓を開けると、ドォン…と低い音が聞こえる。
ありゃ工廠か…遅くまで頑張るなぁ。

そういやメールのやり取りはしてるけど、未だに入ってはねえな。
眼鏡が言うにゃ、素人が下手に入ると事故りやすいからって言ってたけど…。

この数日後、『仕事』で初めて工廠に入る事になる。
やっぱりなって言うか……ここは魔窟だと、またしても感じる事になるんだよ。


今回はこれにて。
大変遅くなってしまいましたが、ご協力いただいた安価の通り、加賀さんの目の前でポロリとなりました。
ありがとうございます。そしてごめんなさい。

次回工廠編と行く前に、ちょっと番外編を挟もうと思います。
眼鏡と酔っ払いのお話。またいずれ。


夕方はあたしの時間。

連絡先知ってるけど、これだけは必ず直で行くって決めてんだ。
そろそろ終わってるかな?ノックしてっと…。

「はい…おや、隼鷹か。」

「へへ、あんたも上がりだろ?飲み行かないかい?」

「そうだな、丁度終わった所だ。一杯付き合わせてもらおう。」

奥にはリョウの奴もいる。
ったく、ニヤニヤすんじゃないよ。あの馬鹿幽霊の方はいないみたいだ。

……まぁ、だと思ったけどね。

1~2週に一度のお楽しみ。
それがこうして憲兵長を飲みに誘う日だ。

今夜もまた、あいつと飲みに行く。





番外編-呑みつ呑まれつ-




正門で待ち合わせれば、私服のあいつがやってきた。

こうして見りゃ、本当芸能界とかいそうだねぇ。
磯風そっくりの切れ長の目に、如何にも女ウケしそうな服のセンス。ま、側から見りゃ良い男って奴だろ。
中身知ってても引かないのはあたしぐらいだろうけど。

……ただ、実はこいつの顔は全っ然好みじゃない。
あたしはもっとこう、塩顔が好きなんだ。寧ろ鋭い方向の奴はお呼びじゃないはずなんだけど。

「さて、いつもの店か?」

「そだね。そろそろ季節物入ってると思うよ。」

「それは楽しみだ。つくづく良い店を教えてもらったよ。」

「……へへ。」

なのにこんなやりとりだけで、随分機嫌が良くなっちまう。
自分の事もよく分かんないもんだねぇ、人の事なら尚更さ。



「「乾杯。」」


こいつと飲む時は、大体日本酒かウィスキー。まぁまったり飲める奴になる。
馬鹿騒ぎも好きだけど、こんな時ぐらいはゆっくり過ごしたいもんさ。

「リョウの奴もだいぶ慣れたかい?」

「そうだな、もう面識が浅いのは工廠ぐらいじゃなかろうか。相変わらず気は短いが。」

「そりゃあんたがおちょくってるからだよー。」

「よく言う。お前は最初から奴の霊感に気付いていたろう?」

「あ、バレた?あいつなかなか強いの持ってるからねー。他はどうにもにぶちんだけどさ。」

「……瑞鳳君の事か?」

「そ。ありゃ翔鶴ぐらい露骨でないと分かんないだろうね、瑞鳳との関係性もあるだろうけど。」

「そうだな……まぁ、いずれ何か変わる時が来るだろう。」

口には出さないけど、こいつ自身は翔鶴の方に肩入れしてるってのは分かる。
散々話聞いたって言ってたもんね…『翔鶴の本音』知ってたら、こいつなら入れ込むのも分かる。

こいつはもう、やり直す事も出来ないからさ。
どっかで自分の後悔が重なるんだろ。


………面白くねー。



面白くないっちゃあ、何よりあのバカ幽霊だよ。
あのデバガメはいっつも色んな奴の事覗き見してる癖に、あたしがこいつと飲む時だけはいない。

てめーで何とかしろって事だろうけどさ…。
ったく、誰のせいでこいつがこうなったと思ってんだか。ちょっとぐらい落とし方教えてくれてもいいだろ。
……ただでさえ、こいつの目には未だにあんたがいるんだから。

「ふぅ…もう春も過ぎたが、日本酒も美味いものだな。」

「良い酒ってのは年中美味いもんさ。
いや、良い時に飲む酒だからこそ年中美味いのかな?」

「そうだな…確かに気乗りしない時の酒は、あまり進まんものだ。」

………ヤケ酒やしみったれた酒なんてもんも、あるけどね。

ありゃーいつだったか。
あたしが屋上でひとりっきりで飲んでた時か。

そん時のあたしの手には、よくあるストロング系のチューハイ。
その手の雑い奴飲む時は、大体相場は決まってる。

……あの頃の事思い出して、胸糞悪くなってる時さ。

あぁ、思えばこいつと初めてまともに話したのも…。


“……月見酒か?”

“そうさね。静かに飲みたいんだ、ほっといとくれよ。”

たまに。ほんとにたまにさ。
クソみたいな事を思い出しては、ぼんやりと独りで呑んだくれる夜もある。

静かに飲むなんてぬかしても、あっという間に空き缶も3つ目。
こいつがフラッと現れたのは、4本目が半分空いた頃だった。

“月見酒と呼ぶには、いささか荒いんじゃないか?”

“飲み方か?それとも酒かい?手っ取り早く酔いたい時もあるっての。”

“なに、随分急いていると思ってな。月は一つしか無いはずだが?”

“……うっせ。”

ご指摘通り、この時ゃもう月が二つに見えるぐらい酔ってた。
でも暴れるなんて気にゃならない。ひたすら暗ーくやさぐれちゃあ、好きでもないのを煽ってた。
酒への無礼だなんて、百も承知でね。

月を見ると、思い出しちまうのさ。
あたしが実家を飛び出した夜の事。


あたしは親譲りの霊能者だ。
親に至っちゃあたしより遥かに上の力を持ってる。

この力を悪さに使おうなんて思わなかった。
せいぜい悪霊で困ってる奴や、幽霊そのものを助ける為のもんだって。

………それはあいつらへの、せめてもの反発だったけど。

親の力は本物だ。でもあいつらは、それを人の役に立てようとはしなかった。
ちっこい所ではあったけど、親は新興宗教の教祖様って奴でね。
しょうもない金儲けにその力を使ってた訳。

ガキの頃は分からなかったけど、歳を追えば色々見えてくる。
その環境に染まり切れなかったあたしは、17の時に家を出た。

金に狂った両親に、悪どい金で養われてる事。
なまじ力は本物な分、それをありがたがる信者。
でも本当にこんな力を必要としてる奴らにこそ、それは使われたりしない。

もう全部耐え切れなくなったんだ。
死ぬか生きるか。そんな所まで来てたあたしは、衝動のまま家出した。


まだ小学生だった弟を捨てて。


それから艦娘になるまでは、ずっと流れの霊能者として食い繋いでた。
類友って奴かね…そういう場にいた探偵や裏稼業の男らに口説かれちゃ、そいつらの所に転がり込む暮らし。気付けば日本中を転々としてた。
酒と男はその頃覚えたっけ。

……その頃だったな、酒の飲み方と礼儀を習ったのも。
気分良く飲む、当り散らさない。それが酒への礼節だって、覚えたての頃に教え込まれたもんさ。


流浪な暮らしから艦娘になったのは、何かを守る為に力を使いたかったってのもあるが…一番は、あたしの欲しい力の使い方を鍛えられるからさ。
あいつらを教団ごと叩き潰す、その為にはまだまだ足りないから。

でも…時々思い出しちまうんだ、置いて来ちまった弟の事を。
もう6~7年は前、今頃随分でかくなってるだろう。

風の噂で聞いたさ、次期教祖の話が上がってるって。もう洗脳されちまってるかもね。
もしその日が来たら…あたしは、弟と戦う事になるかもしれない。

………あの時、「一緒に逃げよう。」って言ってやれたなら。

そんな事を思い出すのは、決まってあの日と同じ月の夜だった。
胸糞悪くなっちゃあ逃げるように、独りっきりで飲んだくれる。誰かに見られたくない時間で。

“……とっとと帰んな。何もしやしないさ、憲兵長の世話になる事はしないよ。”

“ふむ…そうだな。”

“あっ!?”

こいつは一缶手に取ると、勝手にぐいぐい飲み始めやがった。
てっきり注意でもしに来たと思ったからね、随分面喰らったもんさ。

“……なるほど、よく回るように出来ている。”

“おいおい…勤務中じゃないのかい?”

“生憎上がった後さ。制服のまま飲む、貴様らも自室でよくやるだろう?同じ事だよ。
折角の機会だ…少し腹を割ってみないか?不味い酒のまま夜を明かす事もあるまい。”

“………あたしさ…。”

洗いざらい全部ぶちまけた。
自分の生まれも、何やって生きてきたかも全部。
こいつはただ、そいつをチューハイ飲みつつ黙って聞いてくれていたんだ。


“…………。”

“……ごめん、引いちまったかな?”

“…確かに、そんな気分ではヤケ酒に走りたくもなるかもな。
だが悔いる心があるならば、随分マシだと思うが?
逃げた事は間違いじゃないさ。少しばかり、自分を許してやればいい。”

“……でもさ、弟は…。”

“…その力を得る為に、艦娘になったのだろう?ならば助けてやればいいだけさ。
命ある限りはやり直せる。その機会を失うのは、死んでしまった時だけだ。
……今は悔やむな。それは手遅れになってからさ。”

"…….憲兵長…。”

年甲斐も無くわんわん泣いた。お陰でその日の酒はすぐ抜けちまったもんさ。
そこからかな……段々と、タイプでもないこいつに惹かれてったのは。


「あっはっはっ!!いやー!あの時の提督はひどかったぞ!!
チ×コ丸出しで飛び出して来たものだから、仲間内でそのまま…。」


…今は基本ひっでえ会話してっけどなー。



地がアホだって知ったのは、その件の後だったっけ。
誰が言ったか、『美形とバカの完璧なシンメトリー』。実際はアホが前に出過ぎてて、身内からはぜんっぜんモテねえけどさ。

………だからあたしぐらいなもんだよね。へへ。
こいつのアホさに引かずにいられる女って奴はさ。

「提督昔っからメチャクチャだったんだねぇ。時雨が首輪付けて良かったんでないかい?」

「まぁな。あいつは海外留学した時もな…。」

こいつと提督の昔話はイカれてるのばっか出てくるけど、皆本当にヤバいのは知らない。
多分ここまで話してくれてるのは、あたしと『あいつ』ぐらいなもん。

………ちょっと小突いちまおうかな。


「提督も大人しくなったよねぇ。なぁ、ところであんたは最近どうなのさ?」

「私か?何も変わらずだな。」

へへ、ちょっと目え泳いだね?
こいつはめでたい事に、あたしからの認識はたまーに火遊びしてた頃で止まってると思ってる。
お互い遊びって割り切ってくれる女だけとそんな事してたらしいが、元はと言やぁ、『あいつ』が死んだ寂しさから。

でも知ってんだよ?
あたしと飲みに行くようになってから、火遊びは一切しなくなったって。

それこそあの夜から気付いてた。『あいつ』はずっと不安そうに、こいつの後ろに憑いてた事。
それとあん時チラッと見えたのは、安堵したような『あいつ』の顔。

ムカつくよなー。
勝手にくたばってこいつをこんなんにしてよ、何もしちゃあくんねえんだもん。そりゃ『あいつ』の方はリョウにぶん投げるっての。
…ったく、ほんと死にゃあ手遅れだよ……お陰でこいつは、『あいつ』にずっと捕まってんだよ?

なぁ、あきつ丸?

案の定いねえけどさー、ちょっとは落とし方教えろっての。
あたしは今まで口説かれてばっかで、口説くのはてんでダメなんだ。すぐ真っ赤になっちまう。

除霊は出来てもさ、生きてる奴の無念までは払えないよ。
こいつの憲兵としての信念は、過去への後悔も強い。だから翔鶴につい自分を重ねちまうんだろ。
人の事ばっか気にしてないで、少しは自分の事考えろっての。

……ま、そこをぶっ壊すのが、生者の務めって奴なんだろうけどね。


「へー…惚れてる女でも出来た?」

「いないな。仕事で手一杯だよ。」

「じゃ、あたしで手ェ打てば?」なんて言えりゃ上出来かね。
そんなん言えないから、今でもこうして踏んだり蹴ったりだけど。

面白え時間は一瞬さ。
慣れて来た帰り道は、公園を突っ切りゃ近道なんだ。
回り道すりゃ長くいられるけど、あたしはそれより人がいないとこがいい。

だってさー、なるべく二人きりがいいじゃん?
ここなら空もよく見える。少なくともあの日からは、月夜の酒も美味くなったってもんさ。こいつがいるからね。


「…もうすぐ夏だな。」

「そだねえ、そろそろビールが良い季節って奴かな!」

「ああ。しかし私は、今年も提督と引率かな。」

「花火大会だっけ?去年駆逐達連れて行ってたもんね。」

「放っておくと工廠組が攫っていくからな。
私達で先回りしておかねば、妙な火遊びを教えられかねん。物理的にな。」

「あはは…まぁあそこはねぇ。」


「2日目はあたしとどう?」


そこまで出かかって、立ち止まる。
こいつの信念を知ってるからこそ、迷っちまう。

……迷うなよ、あたし。
鎮守府の日常を守るのがこいつの意地。
それがこいつが過去に誓った事で、ある種の復讐でもあるんだろう。

でもさ、こっから先はどうすんだい?
それは生者の務めだ。ならあたしが……


「……なぁ、憲兵ちょ…」









「………今年の2日目は、ゆっくり花火見物と行きたい所だな。美味いビールと共に。
その日は付き合ってもらえるか?」








…………ちぇっ、こんな時ぐれえカッコつけさせろよ、ばーか。
先回りかよー、いけ好かねえ奴ー。

「……おや?先に何か言おうとしてたか?」

「ん?何でもないよ!
へへっ、いーねえ。じゃあ行こうぜ!」

「助かるよ。去年行った時は、飲みたいのを我慢していたからな。」

「大人だって楽しみたいってもんだよね。つまみはもろこしだねー。」

こいつからの誘いなんて、実は今までなかった事さ。ありがたく受け取るよ。
………少しだけ、こっちに引っ張れたのかな?


寮ん所まで来ちまえば、後は別れて帰るだけさ。
いつもなら挨拶して終わり。でもこの時あたしは、ちょっとだけ仕込んどく事にした。

「さて、部屋に帰るか…隼鷹、寝坊するなよ?」

普段はここで軽口叩いて、『憲兵長』って呼んで終わり。
気付くかねー…きっとこいつは、知らないフリすんだろうけど。







「しないってーの。
じゃ、おやすみ!『磯村』!」

「………!!
ふっ……ああ、おやすみ。隼鷹。」







へへ、ちょっと笑ったね?

まだ『キョウ』とまでは言えねーけど、苗字ぐらいは呼ばせなよ。
憲兵長って呼ぶの、他人みたいで嫌だからさ。

さーて、とっとと部屋帰っか……

「……うらめしやー。」

「げ、不法侵入。」

「幽霊の専売特許でありますよ。
おやおや、『風呂はこれから』でありますかな?」

「んなホイホイ進むかっつーの。帰った帰った、しっしっ。」

「ふふ…随分機嫌が良く見えたもので。
……どうにか、キョウを頼むのでありますよ。」

「…へっ…分かってるっての。」

「アレは意固地な所もありますからなぁ…では、おやすみなさい。」

言うだけ言ったら、満足そうにどっか行っちまいやがった。
嫌なもん見ちったなー、飲み直すかぁ。



「………ぷはー。」


一人っきりで飲む缶ビールは、例に漏れず美味いけど。
この時のあたしは、やたら早くまた酔っ払ってた。


「……へへ、誘われちったなー。」


今年の夏のビールは、きっとこれより美味いはずさ。
そんな味を想像しちゃあ、一人ニヤニヤ笑ってたもんだった。

いやぁ、良い夜だ。
やっぱ良い気分の酒程、美味いもんは無いね。へへ。

今回はこれにて。眼鏡と飲んべえの番外編となりました。

保守ありがとうございます。投下ペースはスローになってしまっておりますが、ネタは貯めております。
次回はまたいずれ。お次は工廠編でございます。


『どぉ…ん…』


今日も遠くから爆音が聞こえる。

これは工廠の実験の音だ。
大体何時から~って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。

『どかん!』

派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。

『どごお!!どん!』

…………。

『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』

……………何か、いつもより多くね?

『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』

「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」

「うおっ!?」

ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。

「…失礼した。リョウ、行くぞ。」

「え?どこにです?」

「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」

「病気?」

「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。

……うちの火薬庫どもさ。」





第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-




促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…



\おう、よく来たな/



カ、カ○ルおじさん?

いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?



「可愛いでしょ?私のお手製。」


声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。

「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」

「……何の事でしょう?」

「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」

「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」

「………憲兵隊だぁ?」

奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……


「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」


ア、アウトレ○ジ?

タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。



「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」

「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」

「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」

「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします…。」

「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」

「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」

「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」

「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」

「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」

「貴様らが。」ラリアット 

「ぶっ!?」

「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-

「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」

「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」

うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。

「憲兵長、こいつらって…。」

「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」





「…………。」ムス-

「………憲兵長のけち。」プク-

眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。

「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」

「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」

「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」

「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」

「………へ?」

「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」

「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」

「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」

天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。


「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」

「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」

「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」

「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」

「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」

「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」

「「ふぼっ!?」」

華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。

いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。


「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」

「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」

「………へ?」

「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」

「はい!!」

「なっ…!?」

直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!

「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」

煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。

「リョウ、大丈夫か?」

そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。


………こいつの手、こんなデカかったっけ?



「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」

「何言って……!?」


声が、高い?

自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。

まさか……まさか……。


「……小さくなってるううううううっ!?」


そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!


「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」

「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」

「………やはりバカだな。」

「……ぶべっ!?」

整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。

「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」

「うう、女の子に容赦無いわね…。」

「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」

「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」

「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」

「………へへへ。」

「何がおかしい?」

「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」

「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」

「「………っ!?」」

この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。

そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。



何 か が 起 こ る 。



「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」

「…ダメそうですか?」

「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」

「………つまり。」

「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」


たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。

『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。

今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。






第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-






「よし、服の準備はいいな?」

「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」

「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」

「げ…それは勘弁ですね。」

「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」

工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。

“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”

扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。

「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」

『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。

「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」

「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」

よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。

「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」

誰だ!?
いや、待て……この声は……。


「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」

「うん!お疲れ様ー。」

ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。

“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”

“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”

“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5~6歳頃の体格になっているぞ。”

“……そんなにですか。”

“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”

“……因みに内容は?”

“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”

“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”

“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”

「てめえ生贄にしたな!?」

「バカ!!声を出すな!!」

「………あ!!」

空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。


「………誰かいるの?」


万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。


「憲兵長……?え?その子は…。」

“しーーーっ!!小声で頼む!”

「むっ!?」

ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。

「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」

「………。」コクコク

「よし、分かってくれたか…離してやろう。」

「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」

「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」

「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」

「………良いの?」



“狭えなぁ…うお、揺れる…。”


で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。

「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」

「はーい。」

運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。

「お待たせー、今開けるね。」

「ふー…狭かった……ありがとな。」

「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」

「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」

あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。


「ごめん、飲み物もらってもいい?」

「うん、いいよー。はい!」

「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」

「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」



……………ん?



その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。

しょ、瘴気?

「………ど、どうした?」

気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。


“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”

“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”


何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。


「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ


濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。



「いやあああああああああああっ!?」

「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」

「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」

ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?

「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」

「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」

「………っ!?

………づ、づほねーちゃん?」

「………。

…………ごふっ……!!」

直後、血の花が咲いた。

そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。


『尊みが鼻から溢れる』と。



血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。

「……憲兵長!!」

「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」

「づほ……ショタ趣味あったのか…。」

「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」

「鏡……げっ!?」

大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。

「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」

「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」

「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン

「……この有様だ。」

「…………終わった。」

この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。

「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」

「………へ?」

え?俺を小脇に…

え?何で窓行くの?

え?何その鉤…引っ掛け……

「てええええええっ!?」

「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」

「嘘でしょ!?」

づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。

小出しになってしまいましたが、今回はこれにて。受難は続くよどこまでも。


昼の風をきり箱で匍匐して行くのは誰だ?
それは上司と部下(ショタ化中)
上司は部下を腕にかかえ
しっかりと抱いて息を殺している

“リョウ、何故顔を隠すのだ?ここからは何も見えないはずだ。”

“憲兵長には見えませんか?ギラギラとした目を持つ女達が。”

“リョウ、あれはただの霧だ。”

“…今は昼です。”

「可愛い坊や、私と一緒においでぇ、楽しく遊ぼう!
キレイなメイク道具と可愛い衣装もたくさんあるよぉ。」

“憲兵長、憲兵長!蒼いののささやきが聞こえませんか!?”

“落ち着くんだリョウ、枯葉が風で揺れているだけだ!魔王的なのはいない!”

デデデデデデデン!
と恐ろしげなピアノが脳内再生されるような空気の中を、俺達は進んでいる。
辺りにはゾンビの如く俺達を探し回る艦娘の群れ…ここは詰所の裏だ。

俺達は今、段ボール内で息を殺していた。






第27話・ガチはごっこの顔をしていない-3-






窓から逃げた時も騒ぎになったが、まだ俺が誰かはバレてなかった…だが詰所に逃げ込んで一息付いてたら、すぐ大変な事になった。
づほか夕張か、とにかく子供の正体が俺だとバレたらしい。
窓からペタペタ音がし、そっちを見たら蒼龍達がニチャァ…とした顔で貼り付いていた。

初めは籠城作戦に打って出たものの、ここで出てきたのがあの整備長。
あのヤクザは難なくピッキングをこなし、一斉にゾンビ共が雪崩れ込んで来たのが数分前。
突破を読んだ眼鏡が外の段ボールに隠れ、ギリギリ難を逃れているのが今の状況だ。

「……鬼畜系眼鏡×ショタって、尊いと思いません?」

「いやぁ、そこは男の娘っしょー…生で見るとありゃ逸材だねえ。」

「ひひひ、当分話のネタになるよー。ね、蒼龍!」

「ふふ、何が良いかなー…ドレス…いや、スモックも捨てがたい…。」

腐臭漂う駆逐艦どものリビドーが聞こえ、着せ替え人形を探す空母どもの声が耳を犯す。
変身が解ける前に捕まったら最後…いや、社会的な最期だ…!

“いいか、ゆっくりと動くんだ。我々陸軍の得意分野だぞ。”

“匍匐前進…目指すはどちらで?”

“裏門だ…着いたらカードを通して即脱出。それしか無い。”

“………憲兵長、なんでそこまでしてくれるんです?”

“奴らを見誤ったツケと言うのもあるが……今回は笑い話で済まない気がするからだよ。”

この眼鏡が悪ふざけを封じた。

その事実は、状況の悪さを容赦なく俺に突き付けて来ている。
まだ2時間…クソッ、あと3時間どう逃げ切りゃいい…。


「けけけ…なぁメロン、あいつらどこ行ったんだろうなぁ?」

「ふふ、どこでしょうね?日頃のツケは払ってもらわないと…セキュリティカードは?」

「へっ、俺を誰だと思ってんでぇ!んなもんハッキング済みよ!敷地にいんのは間違いねぇだろ!」

“なっ…!?”

“……バレてはいないが、聞こえるように言っているな。近いとは見ているか。
アレはバカで天才だ、プログラムの書き換えなど造作も無い。
ふむ…脱出は厳しいか。そうなると…。”

“なると?”

“解けるまでひたすら這いずるしかないな。”

オーケイ、俺たちは傭兵じゃないし、堅固な蛇的な名前でも無い。

………無理だな、これは。


「皆ー、いた?」

「ダメだねー、見つかんない。瑞鳳ちゃん、翔鶴さんどうだった?」

「昼寝してるっぽいね、全然連絡付かない。あの人一度寝ると起きないもん。」

「そっかー、翔鶴さんいたら速攻なのにね。あの人憲兵さんへの嗅覚すごいから。」

あいつが参加してないのは不幸中の幸いか…確かに昔から一度寝たら起きない奴だ。
ん?あいつは寝てて、この状況…何か糸口があるような…。

“憲兵長…もしかして人増えてないですか?”

“ああ、この騒ぎだ。表に集まって来ているな……そうか、その手があったか。 リョウ、良いものがあるぞ。”

“何ですか!?”

“……寮の鍵束だ。夜警用に持ち歩いていたのを忘れていたよ。”

“そうか…今は暇な奴らの大半が出て来てる!”

“ああ…寮に人が少ない今、空き部屋に逃げ込めば勝機はある。寮の裏口に回り込むぞ。”

進め…進め……!
声の方向、人の気配、それらを常々監視しながら、俺達はゆっくりと動き始めた。
もうどれぐらい経ったろう…切れる息すら押し殺し、やっとの思いで固い感触に触れた。これは…裏口の石段…!!

“少しダンボールを持ち上げてくれ。よし、届いた…開いたぞ。”

眼鏡が腕を出し扉を開け、慎重に中へ。
誰かいる様子は無い…最寄りの空き部屋は3階、エレベーターを目指してまたずりずりととダンボールを進めた。

“何とか乗れたな…もう少しだ。”

“ええ、長かったですね…。”

この扉が開けば、即空き部屋へ。
ダンボールも脱ぎ捨て、俺達はようやくの解放感に浸っていた。

『3階 デス。』

着いた……さぁ、開いたらダッシュして…






「ふふ……来たわね。」






「「なっ……!?」」

緑が見えた時にはもう遅かった。
エントランスにガスが充満し、視界を全て遮る。
そいつが晴れた時には、ニヤつく夕張の姿と…カツンと眼鏡が落ちる音があった。

ああ、眼鏡も子供になっちまった…!

「ふふふ…敢えて皆をあっちに誘導したのよ…。
一度憲兵長に試してみたかったのよね…。」

「憲兵長!大丈夫ですか!?
くっ…夕張!!てめえどう言うつもりだ!?」

「どう言うつもり?元々アイディア出したのは私よ?
整備長でないと実現出来ないから、ちょっとそそのかしてね。だって……」

「……だって?」

「………切れ長のショタとか見てみたいじゃない!!」ハァハァハァハァ


…………。


ダメだ、この女。



「……………バカなの?」

「私達、いつも良いようにやられてたわ…時にはハードな技を掛けられる場面も。
そう…次第にそれが私に新たな発想を与え、爆発させた。
どんどん載せていい気持ち……小さくなったこの鬼畜に踏まれたら何が起こるだろう…或いは逆にのし掛かったらどんな気持ちになるだろう…。
技術者はね、一度思い付いたら実現せずにはいられないのよ!!あははははははは!!!」

そう高笑いする夕張は、俺の目にはアレに見えた。
あのー、アレだ。変態後のメ○ン熊。
本性むき出しにガバーッと口開けてる方。

うわぁ…しれっとソロSMな性癖暴露してら。

「憲兵長、日頃の感謝を込めてたっぷり可愛がってあげますよ……後で感想聞かせてねえええええ!!」

……っ!?引いてる場合じゃねえ!今眼鏡も子供だ!
どうする!?突っ込むしかねえ…!






「………やれやれ、ナメられたものだな。」






次の瞬間、夕張の体は宙を舞っていた。

それは俺の頭上を越え、エレベーターの鉄扉へ顔面シュート。
めろっ!?と悲鳴が聞こえる頃、俺の目の前にはすくっと立ち上がる影が見えていた。

「…知能を低下させられなかった時点で、貴様らの負けだよ。
格闘技には受け流す技もある、そいつに力は要らん。」

「う"…ふふ、負けた、わ……ぷぎゃっ!?」

「ふん、そこでのびていろ。」

……踏まれてこんな幸せそうに気絶してるの、こいつぐらいだな。
はぁ…眼鏡も小さくなっちまったが、ラスボスは倒せたか。後は空き部屋に…。

「夕張ちゃーん?いるー?」

「何かすごい音したよね?」

………何だと?


「リョウ!!」

「これは…!?」

「鍵束だ、すぐに隠れろ!!」

「なっ…あんたはどうすんですか!?」

「今回は私にも非があるからな…ここで食い止めるとしよう。
なぁに、心配には及ばん。私を誰だと思っている?」

「…………憲兵長!!ご武運を!!」

眼鏡…あんたの死は無駄にはしねえ!
時間がねえ、もう目に付いた部屋でいい!!部屋番と鍵は…あった!!


「………ふぅ。」


飛び込んだ部屋の鍵を閉め、思わずへたり込んだ。
ここはどこだ…そう天井を見た時。







『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』








……………。

ベッドを見ると、明らかに膨らみがある…そこには。


「…………すぅ…すぅ……。」


元カノーーーーーー!!!!????

ななななんてこった!ラスボス倒したと思ったら隠しボス!
必死にエンカウント避けても強制イベントってかおい!?



「………ん……あれ、あなたは…。」

起きちまった……つくづく神はいねえ…!
ベッドから降りてくる様は、まさに終わりの始まりに見えたが…。

「………ふふ。あなた、リョウね?夕張ちゃんが何かしたって所かしら。」

「あ…あ…。」

「………大丈夫よ。」

その瞬間、ふわっとした感触が俺を包んだ。
他の奴同様襲ってくるもんだと思ってたが…こいつは随分優しく俺を抱きしめていたんだ。

「………な、何もしねえのか?」

「…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。

………えいっ。」

「ぶっ!?」

体が浮いたと思えば、投げられたのは柔らかい場所。
すぐに何かが顔面に掛かって、思わずうめき声が出ちまった。

………布団?


「今日は疲れちゃったから、もう少し横になってたいの。
ふふ…私のお昼寝を邪魔したから、お仕置ね。
抱き枕になってもらうわ、それが匿う条件。」

「………本当に?」

「本当よ。あなたも少し疲れてるんじゃないかしら?
子供の体だからよく分かるわ、体温高いもの。きっと眠くなってくる頃よ。
今は可愛い男の子が遊びに来ただけ…大丈夫だから。」

「待っ……むぐっ!?」

問答無用の乳攻撃。しかも眠いとかぬかしてんのに全力でホールドじゃねえか。

それを喰らった途端、くらくらと眠気が襲って来た。
ああ、ガキの頃、メシ食いながら寝そうになってたっけ…こうも急に来んのか。
妹で慣れてんのかね、こいつ子供の寝かせ方分かってやがる…。

あ…ダメだ……疲れが一気に……。

………。

…………すぅ……。





……………。

……元に、戻った。

捲ってた制服も短パンと半袖状態。拳を見ても、ちゃんとタコがある。

はぁ……良かったぁ~~……!
そうだ、眼鏡は無事なのか?すぐにスマホを見ると、LINEが2通入ってた。

『案ずるな、私に掛かればこの通りだ。』

添付画像には屍の山で立て膝座りする、生意気そうなガキが写っていた。
うわ、バケモノかあいつ…。
はぁ、でもこれでよく分かったぜ。あのアホぐらい強くねえと、こんな所まとめらんねえんだろうなぁ…。

さて、早く出ちまわねえと……。



“ぞく……。”



その悪寒を感じた時、一気に意識が覚醒した。

そうだ…俺は元カノに匿ってもらってた。
で、ここはあいつのベッドの上……そこまで理解した時、あるセリフが脳内で木霊する。


“…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。”

“私が好きなのは、普段のあなただもの…。”

“普段のあなただもの…。”

“フダンノアナタダモノ…。”


幻聴のエコーが切れるその瞬間、俺は後ろを振り向く。
そこには……。



「…………ハァ……ハァ………。」



滝の様なよだれを垂らしつつ、血走った目で獲物を狙う蛇がいました。寝たままで。


「いやあああああああああっ!!!???」

「“待”ってたわ!!この“瞬間”(とき)を!!」

「ダメ!俺のセカンド童貞死んじゃううう!!」

パリ-ン!! 

ウワ!ケンペイサンオチテキタ-!?

ナニイ!?ドコニカクレテタノ!! 

ニゲキッタネ!!バツトシテジョソウダヨ!!



………あんな奇跡的な受け身、試合や実戦ですら取った事無かったよ。

人間、やれば出来る。












“あーあ…またやっちゃったわ……ダメな女ね、私。


………分かってるのに。”










「………いやぁ、最悪でしたね。」

「ああ…流石に無理があったのか、あの後私も全身筋肉痛になったぞ。
全く、あの二人はどうせ懲りんだろう。また時期を見て間節を増やしに行かねばな。」

「……つくづく感じましたけど、あんたいないと本っ当ここ回んないっすね。
バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!なんて映画のセリフでありましたけど、身に染みましたよ…。」

「ふむ…強さも重要だが、一番は慣れだよ。
私もおふざけは大好きだが、デッドラインは見極めているつもりだ。度を超えすぎた者を殴るラインをな。」

「……慣れ?」

「コウヘイ……ああ、提督の本名なんだがな。
あいつとは幼馴染だが、昔はもっとメチャクチャだったのさ。

昔から女への手は早かったし、他にも何かと事件ばかり起こす。
散々一緒に悪さもしたが、同じぐらい殴って止める事も多かったからな。
一時期軍内では、サイコパスと言う単語はあいつを指すものだったんだよ。

だから手加減しないラインは、あいつで学んだものだ。」

「………苦労してきたんすねぇ。」

「まぁそれはそれで面白かったがな……おや、メールか……。

……!?……くく……はははははははははははははははははは!!!!」

「……ど、どうしたんすか…?」

「噂をすればなんとやらかな……リョウ、面白い事になるぞ。」

この時の眼鏡の邪悪な笑みったら無かったな。
こいつもやっぱり悪魔だと、のちの件で思うんだ。


北欧のある国には、ある食品がある。
それはニシンを薄い塩水に浸け、現在では缶で一月程発酵させるのが主な製法。

その発酵ガスによる膨張力は凄まじく。
ある民家にて25年放置された缶詰を処理する際、爆発物処理班と専門家が召集された事もある程だ。

え?そんな大げさなって?
大げさじゃねえ、至ってマジだ。

発酵食品…要は腐敗に近い。そして臭い。
開ければ飛び散る危険な汁を持つその缶詰の名は、シュールストレミング。世界一臭い食べ物と呼ばれているもの。
臭気は多分磯風のGUSOH……じゃなかった、料理の次ぐらいだ。

後日、その原産国からとある女がやってくる。
シュールストレミング並に発酵と膨張でパンパンになった心を抱えて、とある男に会うために。
勿論土砂降りも付いてくる、おぞましい開缶式の始まりだ。

でも正直、解決する気しなかったなぁ…だってよぉ、アレは…。

提督、少しは俺の気持ちが分かりましたか?あんたが蒔いた種です。

大分遅れてしまいましたが、今回はこれにて。

次回、雨vs羊。


「えーと…海外艦、ですか。」

「ああ、とは言え1週間だけだがな。あちらのスケジュールの問題で、まずうちで仮預かりする事になったんだ。
後々日本に正式配属されるが、うちに来るとは限らん。
まぁ、軽く体感してもらう方が本人も不安が減るだろうと言う配慮さ。」

「また珍しい国からですね…英語通じます?」

「母国語では無いが、あの国は英語も上手いらしいぞ?
それに本人は元々日本語を学んでいたそうでな、JLPTのN1持ちだそうだ。」

「JLPT…日本語能力試験ですか!?N1って要は1級じゃないすか!
じゃあ特に心配要らなそうですね。」

こっちの連中はそうでもねえけど、前んとこで大変な事あったなぁ…。
通じるならまぁ、大丈夫そうか。

「それでその当日なのだが、別件で任務が入っている。」

「別件?」

「前も言っただろう?面白い事になるとな。」







第28話・女心は8070Au -1-






そんなこんなで1週間が過ぎ、とある任務の日がやってきた。

その内容とは、今日1日の執務室の護衛。
また珍しい任務だが、どうも提督一人の判断では無いらしい。

……だって、眼鏡とお淀がめっちゃニヤニヤしてんだもん。

「表ならともかく、なんで内部なんです?これから来るんでしょう?」

「そう言う結論に至ったからだな。」

「何ですかそれ…それにこれまで引っ張り出して来て。」

「ちょっとこれって何よ!」

そう、何故か眼鏡のリクエストでづほも召集されていた。
曰く、普通に執務室にいる体で頼む…なんて言ったものの、何でこいつなのやら。

「まぁまぁ、あまり物々しくても緊張させてしまうだろう?」

「何か変ですよね、今日の内容。何か企んでません?」

「いや、ただの任務だが?」ニヤァ

“……絶対何かあるよな。”

“だよね、私も呼んでるんだし…。”

いまいち察しが付かねえまま、例の海外艦が来る時間になった。
入って来たのは全体的に青でコーディネートされた女…ああ、この人がと思いつつ全体像を確かめた時。


俺とづほは、『何か』を感じ取った。



「北欧スウェーデンから参りました、航空巡洋艦ゴトランドです。
提督、どうぞよろしくお願い致します!」

「うん、短い間になるけどよろしくね。」

提督はいつも通りのゆるい笑顔…だが俺らの位置からは、机の下にある脚が見えていた。


……提督、脚にバイブでも仕込んでんですか?


「ふふ、ではお近付きの印に握手でも。」

「こちらこそよろしく。」

何故だろう。
何故ただの握手がやたらニチャァ…とした動きに見えるんだろう。

「あ、あとこれスウェーデンのお土産!ダーラナホースって言うの!幸せを運ぶ馬だよ!」

「ありがとう、飾らせてもらうよ。」

おかしい、急にフランクになり過ぎだ。あと、机越しに提督に近い気がする。
一見普通に会話をしているよう…だが読唇術を齧ってる俺には、その合間にボソッと囁いた言葉が理解出来た。


“ダーラナホースには、私って言う幸せが乗って来たんだよ。ね、コウヘイ?”


コウヘイ…こないだ聞いた提督の本名。
待て……何でこの人が知って………。


……あ。


「じゃあゴトランド、今日は部屋でゆっくりしてくれていいから。場所は分かる?」

「うん!説明は受けたから!じゃあまたね!

………コンドハニガサナイカラ。」


………今、何かすっげー怖い事言わなかった?

ドアの音と共に訪れたのは、それは長ーい静寂。
それを破ったのは……提督が蛙のように机に突っ伏す音だった。

「………!!……!!」

「提督!?大丈夫ですか!?」

おいおいおい…普段糸目な人がすっげえ顔してんぞ。
慌てて駆け寄る俺とづほを尻目に、眼鏡コンビは悪魔の笑みを浮かべていた。


「…………かはっ…はぁ、やっと息吸えた…。」

「コウヘイ…大変な事になったなぁ?」

「ふふふ、いつ『あの子』にバレるでしょう?」

「……リョウちゃん、あの人見てどう思った?」

「……うん。キャラは違うけど、何か翔鶴っぽい。
提督……もしかして…。」

「うん……僕の、留学時代の元カノだね…。」

この時俺とづほの脳裏には、ある奴が浮かんだ。
その直後……。


『びたぁん!!』


「何だ!?」

「ひっ…!?リョリョリョ、リョウちゃん…あそこ……!」

づほが指差したのは、ついさっきでかい音を出した窓……そこには。



「…………。」ニコォ…



「「で……出たぁああああぁああああっっ!?」」


この場に最もいてはいけない女、時雨が窓に貼り付いていた…。



「……………。」ニコニコ

「……………。」

「……よっ、と…さて提督、何から説明してもらおうかな?」

時雨が窓から入ってくるや否や、途端に空気がヒリヒリしたものに変わる。
提督はいつものアルカイックスマイル…だが、明らかに尋常でない汗がダラダラと。

「はは…21歳の時、半年ぐらいスウェーデンに留学してたんだ。
そ、その時付き合ってた子でね…。」

「へぇ?じゃあ僕と知り合うずぅっと前かぁ…その時ゴトランドさんはいくつだったの?」

「じゅ、16歳…。」

すこーん!とした音が部屋に響く。
時雨は相変わらずニコニコしたまま、持ってたペンを机に刺したんだ。提督の目の前に。


「ねぇ…“やる事はやった”の?」

「う……うん…。」

「へえ…あの人の方は初めてだった?」

「うん、そうだったね…。」

「…………。」

2本目が深々と机に刺さる。今度は煙も立てて。
時雨は尚も笑みを崩さず、尋問は続いて行く。

「………本当に愛していたのかい?彼女の事を。」

「うん…その時は日本に連れて帰りたいぐらいに。
結局今生の別れになると思って、そのまま別れてしまったけどね。」

「………別れの言葉は?」

「……別れ話をした翌日、あの子は空港に見送りに来てくれた。
僕だって本当は、別れたくなかった……だからこう言ったんだ。

『またいつか、どこかで。』って…。」

「………そう。」

そこから時雨は黙っちまって、長い沈黙が訪れていた。

「提督……。」

それを破ったのは、づほの靴音。
づほは優しく微笑みながら、提督の肩に手を置き、そっと耳元に顔を寄せて…。


「ギルティ。」


その瞬間、ぎょん!と目を見開いた。


「時雨ちゃん!」

「うん!行くよ瑞鳳さん!」

「えっ?ちょ、待っ…!!」

づほが提督を羽交い締めした瞬間、ばちこーん!!と爽快な音が響き渡った。
ブ○ャラティも真っ青の殴られ顔を晒しつつ、肩を固定された体は吹っ飛ぶ事も出来ず。
うわぁ、首すっげえ伸びてる。すっげえ伸びてるよ。

「いい音!時雨ちゃんやっるー♪」

「その為の革手袋さ。」

「提督。」

「う……け、憲兵君…?」

「………俺も1発いいですか?」

「ごめん!君のは死ぬ!」

ちっ…まぁいいや、ここは女性陣にボコってもらうか。
あーあ、眼鏡超笑ってんじゃん…。

ダメだわこの人…俺ですらあいつん時はまだちゃんとよぉ…。


「………提督、君には失望したよ。

僕と出会うよりずっと前の事…本来なら僕に口出しする権利は無い。
でもそれはあんまりなんじゃないかな?ゴトランドさんが可哀想だよ。

そんな未練を残す別れ方なら、彼女がああなるのも無理はないね。
あの人が入ってきた時から、君へのドス黒い匂いがプンプンしていたよ。

だからあの人の為にも、この1週間でしっかりケリを着ける事。いい?

それが済んだら……ちゃんと、僕の所に帰って来てね?」ギュッ 

「………時雨。」

「もし、失敗したら……。」

「したら?」

「…………。」ニコッ

「頑張ります!頑張りますのでご勘弁をおおおお!!!」ヘコヘコヘコヘコヘコ

提督、キャラぶっ壊れてます。

あれ、おかしいなぁ…何か提督が座布団になってて、時雨がケツに敷いてるように見えるぞ。



「はっはっはっ!見事なカカァ天下だな!
時雨も成長したものだ…随分と人の気持ちを考えるようになったな?」

「それはそうさ。僕だって、いつまでも前のままじゃいられないよ。」

「そうか。

……で、本音は?」ポン

「………あのメス、どこからジンギスカンにしてやろうかな…ふふふふふふふふふ……。」ジャキン

「悪魔かあんたは!!時雨もどっからマチェット出した!?」

「ねぇ提督、マトンって好き?今度料理してあげるよ!」

「しれっとおぞましいこと言ってんじゃねえ!!」

こうして俺達による、提督の尻拭い作戦は発動されたのだが…。
俺達は敵を見誤っていた事を、まだ知らなかった。

ゴトランドの資料、もっとガッツリ見とけば良かった…艦娘以前の経歴にこそ、あいつ謹製の爆弾はあったんだ。


………人の心は、理屈を知ってりゃある程度騙せる。


今回はこれにて。

降るのは血の雨かシュールストレミングの汁か…。


「で、建前は提督の護衛って事にゃなったけど…実際どうすんだろな。」

「まぁ、ゴトランドさんは100%アレな感情抱いてるだろうけどね。でも何かやらかしそう?」

「正直あんな一瞬じゃ分かんねえ。」

「だよねぇ。」

着任初日の艦娘は、何かと忙しい。そいつは短期でも同じくだ。
今日はもう大丈夫だろうと解放され、打ち合わせも兼ねてづほと軽く飲んでいた。

「……いや、あのメスは間違いなく何かやるね。
僕には分かるんだ、アレはきっと提督を奪いに…!」

……まぁ、厳密には時雨っておまけもいるんだけどな。






第29話・女心は8070Au -2-




「おいおい…烏龍茶で酔ってんのか未成年。」

「し、時雨ちゃん、卵焼き食べる?」

時雨は烏龍茶を飲み干すと、即2杯目に手を付けた。
どっかの吸血鬼みたいに、いかにも飲まずにゃいられねえ!って不機嫌さだ。烏龍茶だけど。

発覚直後はホラーな怒りって感じだったが、今はぷりぷりとヘソ曲げてる。
こっちの方が年頃らしいっちゃらしいが、余程気に触る事でもあったんだろうか。

あの後提督と二人で話してから、ずっとこんな調子だ。
それで見兼ねて飲み屋に連れて来たってわけ。

……因みに、既に時雨の八つ当たりで割り箸3膳が犠牲になってる。


「まぁまぁ、あの後何話したの?」

「……ゴトランドさんとの馴れ初め。あと別れた時の事。」

「提督がナンパしたとか?」

「ううん、大分違ったね。詳しく話すと…。」

「どうだったの?」

「軍大学の勧めで留学したはいいけど、行ったのは提督一人だったんだって。

異国で一人だったから、最初は話相手もいなかったらしいんだ。
段々ホームシック気味になってた時、近くのカフェでバイトしてたのがあの人だったみたい。

『コーヒーを一つ。』

『はい…日本の方ですか?』

『ええ、留学でこちらの方に。』

『そうなんですね。えーと、確か日本語で…アリガトウ!でよかったですよね?』

『………!
ふふ…はい、それで合ってますよ。』

提督は英語話せるけど、彼女はわざわざ日本語でそう言って来たんだって。
それから店に行くたび、いつも彼女の方から話しかけて来て……当時の提督は、それに随分救われたみたいだよ。

それである日、いつもみたいにレシートをもらったら…。


『私のアドレスです。もっとたくさんお話したいな。』


それから付き合うまでは、本当に早かったってさ。」

「じゃあきっかけは、ゴトランドさんの方からだったんだ。
でも提督、年の差とか期間の事考えなかったのかな…。」

「ねえ瑞鳳さん、例えば今16~7歳ぐらいの男の子と知り合ったらどう思う?」

「そうだね、私今年で22だから…弟か後輩みたいに思うかな。

………あ!!」


「……そう、その頃の提督は21歳。
5歳違いのカップルなんて、例えば今の提督の年齢で考えれば珍しくもない。相手も瑞鳳さんぐらいの歳になる。
まだ若かった彼は、そんな感覚でいたらしいんだ…ダメ押しにその頃は、好意と寂しさに負けてしまったそうだよ。
いつか別れが来る想像も甘かったって。いざとなれば迎えに行けば良いとすら思ってたってさ。

結局、ゴトランドさんの告白を受け入れる形だったみたいだね…。」

「……提督、もしかして本気だった?」

「……はっきり言われたよ。過去の人の中で、一番好きだったって。

遊び人ではあるけど、実際は提督が来る者拒まずだった部分が強いみたいだね…いや、寧ろ来る者に嫌気が差したからこそと言うか。
彼は所謂エリートだった分、昔からモテたらしいんだ。

ただ話を聞く限り、寄ってくる女の大半は立場に惚れてるだけ。
提督は僕がクズだったからって言うけど…そんな中で次第に歪んで行って、ああなってた部分は強いんじゃないかな。
実際ゴトランドさんと別れて以降、余計ヤケになってた節はあったみたいだよ。

でもあの人は他の女と違って、提督そのものを見て好きになったんだろうね。
だってあの人以来、どれだけ遊んでも『彼女』は作ってなかったって…随分と、後悔してるみたいだった。

彼女の着任を知った時…きっと恨まれてるし、復讐されるだろうって思ってたみたいだね。
お互いいつか終わるって分かってたけど…具体的に帰国が決まるまでは、切り出せなかったって。」

「若気の至りか…後から効いてくるんだよね、そう言うの。」

「なるほどね。」

うーん…まぁ、それも事実だろうな。
でもそれだけじゃねえ気がすんだよなぁ…あのビビりようは罪悪感もあるだろうけど、何か…。
提督、いざって時は腹括るタイプな気もするし。


「……でもひどくないかい?
結局僕と色々あったのも、ゴトランドさんの件が尾を引いてたからだろうし…。 」

「あー…でも提督の気持ちも分かるわね。
過去に自分より若い子とそんな事あったら、気にしちゃうかも。」

「…何よりいつまでも昔の女に振り回されてるの、本当むかつく。」プク-

「それな!!」バァン!

「うお!?づほ!酒こぼれんだろ!!」

何いきなりテンション上げてんだこいつ…。
それまでのお姉さんモードから、急にヅホラな雰囲気に変わりやがった。

んー…おや、何か負のオーラが二人から……。


「そりゃ彼女と違って、未だに僕とはプラトニックだよ…所詮事実恋愛、正式に付き合えてるわけでもない。
でももう遊び人はやめた以上、今そばにいるのは僕じゃないか…。
何だよ提督の奴……あんなに普段見せないリアクションばっかしてさ…。」

「そーそー!今近くにいるのは時雨ちゃんだもんね!
昔の女にあんなガッタガタ震えてさ、キ○タマ付いてんのかっての!!今近くにいる人を見ろってーの!!」

「ほんとだよ!何だよあの反応!!うー…あったまくるなぁ~…!!」

「だからさ、しっかり提督の手綱握って、攫われないよう頑張ろ!
自分から振った女にうろたえてさ、男として情けないよね!!リョウちゃんも思うよね!?ねぇっ!?」

「……お、おう。」

………づほ、何そんな目ぇ血走らせてんだ。
ドン引きしてると、時雨はそんな俺の顔を見てくすりと笑った。

「くす…リョウさん、そう言うとこだよ?」

「へ?」

「何でもないよ。」

「……と言うわけで。リョウちゃん、飲めおらーー!!」

「ぶごっ!?」

打ち合わせも何処へやら、この日は怪獣ヅホラのお守りで終わっちまった。
帰り道におぶられてるづほを見て、時雨がボソッと囁いた言葉が忘れられない。

「僕、成人してもお酒はやめておくよ。」と。
づほ、良かったな。立派な反面教師になれたぞ。


「食堂はこちらです。明日の歓迎会もここになるので、場所を覚えておくといいかもしれませんね。」

「ありがとう、オーヨド。あなたは食べて行かないの?」

「申し訳ありませんが、私はもう少し仕事があるので。
ふふ、それにしても本当に日本語がお上手ですね。」

「ありがとう。やりたい事があって勉強したの、読み書きはちょっと苦手だけどね。
何度か『旅行』で来た事もあるんだ。」

「そうなんですね…あ、食堂のシステムを教えますね。
席は…あ、ちょうど良かった。紹介したい方がいるんです。
__さん、失礼します。短期赴任の方を紹介したいのですが。」

「初めまして、航空巡洋艦ゴトランドです。」

「あなたが…初めまして、私は___」

「…………ふふ。」


翌日、昨日同様執務室にいるが、特に変な事は無い。当番制になったから、眼鏡がいないぐらいだ。
提督も暇じゃないし、ゴトランドは早速任務に参加している。接触なんて、朝に作戦について話してた程度。

「………ふぁ。」

「提督、やっぱり昨日の件でお疲れですか?」

「いや、昨日は早めに寝たはずなんだよ…歳かなー、疲れが取れてないのかもね。」

俺もちょっと眠いが、昨日の酒のせいだろ。
あくびって移るんだよなぁ、俺もうっかり出そうなのを噛み殺してた。

あいつも疲れてっかなこりゃ…えーと、あいつって……あれ?
ああそうだ!時雨だ時雨!あっぶねー…名前出て来なくなるとかどうかしてんぞ。

「おはよう提督、よく眠れた?」

「ああ、おはよう……し、時雨?」

………ん?何だこの違和感。
時雨が入ってきて、ただ提督が返事しただけ。
でも何か変だと思っていると…その答えは、すぐに時雨が導き出してくれた。







「ねえ提督…何で疑問形なのかな?

僕 の 名 前 が 。」







「………っ!?」

「ひどいなぁ…一瞬思い出せなくなったのかい?あんまりだよ…君と僕の仲じゃないか…。」

「ご、ごごごごめん、ちょっと疲れてて……。」

「くす…言い訳は聞きたくないなぁ……。

……と言いたいところだけど。
リョウさん、恐らく君もお疲れじゃないかな?」

「俺か?そういや確かに…。」

「………提督、ちょっと机を失礼するね。

ほら、あった…。」

「……それは…?」

「超小型スピーカー。
ペットボトルの蓋ぐらいしかないでしょ?Bluetoothで行けるやつさ。
二人とも、これに耳を傾けてよ。」

これは…小さい音で波音が聴こえる。
それに何か、人の声もうっすら……。









『アナタハシグレヲワスレル。』









「おおおおおおおおおっ!!!???怖え!!」

「催眠か……へぇ、面白いじゃないか。
憲兵さん、君の所にゴトランドさんの資料はないかな?」

「持ってないな…あ、でもスマホからアクセスは出来るかもしれねえ。」

俺の場合、日頃艦娘の資料は見過ぎないようにしてる。
会うまで元カノの存在を知らなかった理由でもあるが、なるべく本人と接して覚えたいと思ってたからだ。

流し見してたゴトランドの資料を、改めてちゃんと見る。
生年月日……本名……血液型……そして日頃、プライベートだからと読むのを避けてたある項目。
そこに辿り着いた時、俺は目を疑った。


『学歴:○○大学、心理学科卒業。』


……………。


………プロだ。



「ふふふ……流れで催眠や臨床心理も学んだって所かな?
彼女、日本語検定も高ランクを取ってるんだってね…へぇ、それでそっちもかぁ……。


憲兵さん… い い 雨 が 降 り そ う だ ね ? 」


この時見た時雨の笑顔を、俺は一生忘れないと思う。

子供の頃、悪霊に襲われて死にかけたの……そりゃもう怖かった。
でもそれより怖えんだよこの子!お兄さんちびりそうだよ!

落ち着け…ここまで行ったら流石に眼鏡案件だ…。
そうだ、時雨にも訊きたい事がある。

「なぁ時雨、何で気付いた?」

「んー……一応物証得るまでは偶然だと思うようにしてたんだけど。
あの反応で確信に変わったからかな。」

「……どう言う事?」

「……いつも執務室に入る前、必ずスマホをいじるようにしてるんだ。」

「スマホ?」

「うん!変なBluetoothやwi-fiが無いかね!
皆の使ってるイヤフォンとかの型番、全部把握してるんだ!
だから知らないのは1発でわかるよ!」

時雨さん。その大天使な笑みを絶えず提督に向けてあげればどうでしょう?
言ってる事、最っ高に怖えけど。

あっ….そう言えば提督、どうすんだ?

「提督、どうしま……!?」

「………提督?」

「…………気絶してるな。」

「提督ーーー!?」

半狂乱で叫ぶ時雨だが、俺はこう思っていた。


お前のせいでも、あるんだよと。





「今頃バレてるかなぁ……ふふ、でも素晴らしい発想ね。
私がメインにしようとしてた手を超えるアイディアを出すなんて。」

「そんな事ないわ…あなたの手腕あってこそよ。
あなたは他人に思えないもの、だから力を貸してあげたいなって。」

「うん、私も。こんなにシンパシーを感じる人がいるなんてね!
だから私もあなたに力を貸すよ、何でも聞いて!
あ、私の事はゴトって呼んでよ!」

「ふふ…じゃあゴトちゃんでいいかしら?じゃあ私の事も好きに呼んで。」

「うん!私達もう友達だね!





ショーカク。」





今回はこれにて。やべー奴らがタッグを組み始めたような…。








第30話・女心は8070Au -3-









「………で、どうします?」

「ふむ…ここまでとはな。」

小道具まで仕掛けられてるって事で、さすがに眼鏡を呼んだ。
もはや俺の独断で動いて良いレベルだが、一応話は通しておいた方が良い。
そう判断はしたものの…何やら考え込んでいる様子だ。

「普通に考えれば、上官への洗脳行為としてこちらも動けるな。
だが…これに限っては、少し静観したい所だ。」

「マジで言ってます?さすがにヤバいと思うんですけど…。」

「…いつもの貴様なら、何言ってんだ!?と怒鳴るだろう?
貴様も何か思う所があるんじゃないか?」

「……あ。」

「ほらな。元はと言えば、ちゃんと未練を断ち切ってやらなかったが故の事だ。
…コウヘイ、こればかりは自分でしっかりやってもらおうか。『俺』も今度ばかりは、限度があるぞ?」

「……!」

眼鏡の一人称が素になった瞬間、部屋の空気も一気に変わった。
これ相当怒ってんな…提督と幼馴染だからこそ、思う所はあるって事か。


「……憲兵長。」

「時雨。昨日はああ言ったが、貴様もまだまだだな。
何の弱みを握っているかは知らんが…いささか脅しが強過ぎるんじゃないか?こいつの手綱はしっかり握らなければならんが、それは信頼と愛情で示すんだな。
……不安でしょうがないのだろう?奪われてしまわないか。」

「………うん。」

そう俯いてスカートの裾を握る時雨は、何とも年相応に見えたもんだった。
そっか…まだ子供なこいつからしたら、いきなり元カノだ!なんて大人の女が出てくりゃ…。

「私の立場でこんな事を言ってはならんが、自信を持つんだな。
貴様はいい女になる素質は十分にある、簡単に奪われるタマではないさ。こいつが裏でどれだけ貴様に気を揉んでいるかも考えればな。

……こいつは相当な遊び人だったが、惚れ込んだ女にはその限りではない。
くくく…こいつが昔一時帰国した時、ゴトランドへのノロケだけで何度夜を明かした事か。」

「ちょっとキョウ、言わないでってば…。」

「いいや、言うぞ。時雨についても似たようなものだったよな?
いい歳になった男同士でも、そういう所だけは変わらんな。酒を何缶空けたか忘れてしまったよ。」

「提督…それ本当?」

「さ、さてねー。酔っ払って忘れちゃったよ。」

「……ふふ。そう思っておいてあげるよ。」

「……だが、そんな私でも知らん事もある。
こいつから聞き出さねばならん事があるんだが……時雨、少し席を外してくれるか?」

「何で?」

「………男同士の話をするからだ。」


そして執務室には、俺たち3人だけになった。

そうだ、何だかんだ言ってこの人も根は肝が据わってる人だ。それがあのビビり方はおかしい。
男同士の話だと時雨を追い出した……多分、眼鏡も俺と同じ疑問を持ったのだと思う。

「リョウ…貴様も私と同じ疑問を抱いたろう?」

「ええ……提督、単刀直入に訊きます。ゴトランドに何されました?


て言うか、ナニされました?」


その単語を口に出した瞬間、何とも虚しくなった。

何なんだ、何でこんなシリアスなトーンでシモな話題を出さなきゃなんねえんだ。
でも男の勘が告げていた、間違いなくそっちで何かトラウマ植え付けられてると。

そして提督は…とても悲しそうに笑った。


「ふー…………僕さ、こんなんでも性癖は至ってノーマルなんだ。
アブノーマルな事なんてされたくないし、ましてやする方なんてもっとダメ。女の子の体痛め付けるような事は、僕の美学に反する。
それは彼女に対しても、全く同じだった……だけど。」

「「…………だけど?」」

「彼女にとって僕が初めての男だった…余計な事なんて何も教えちゃいない。
でも……ヒュ-…『彼女が自主的に興味を持って学んだ』なら、その限りじゃ…ヒュ-……ない…。ヒュ-」


……何?この風切り音。


「ふふ……カハッ、ヒュ-…段々と眠っていた……ヒュ-、ヒュ-…本性、がっ…ヒュ-目覚めっ始めたの……かな。
ある時っ……眠って…ったら、僕のっ…。」

提督の座る椅子がガタガタと音を立てる。
風切り音は次第にぜひぜひとした音に変わり、その異常の中でも提督は必死に記憶を掘り返し…。


「あ!あなっ……えねっ…まっ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタ
 

そのワードを口にした瞬間、提督は白目をグリンと剥いた。




「提督!!もういいです!!もうやめましょう!!」

「いかんな、呼び戻そう。はぁ!!」ボキィ!

「………はっ!?僕は一体…。」

うおぉ…ね、寝てる間になんつー事を…。
いや、つーか提督よくそれで逃げなかったな…。

「ふふ……それでも愛していたのさ。
逆に言えば、当時の僕からすればそれしか欠点なんて無かった。」

「いや、それもう決定的…。」

「リョウ、恋は盲目という奴だ。」

「盲目か……だからこそ、舞い上がってしまったんだよ。
何もかも越えられる、そんな甘い事を考えていた。

…今の中佐の地位こそ、戦果の叩き上げで得た物。実力で勝ち取ったと言う自負はある。
でも僕は、それ以前からエリートと呼ばれる立場にいた。それも軍人としての……その重さも、ろくに知りもしないでね。

いや……結局は逃げたんだろうね。
7年前のあの日、彼女に深い傷を負わせてしまった…あれ以来、僕は堕ちる所まで堕ちた。

確かにモテたさ。でも誰も、あの子と違って僕の人となりは見ちゃいない。
だったら逆に、僕も割り切ってしまおう。堕ちる所まで堕ちてしまおう。
それでいつか刺されでもすれば、きっとお笑い種だろう。

そう自暴自棄になって、結局余計に沢山の人を傷付けて来た。
あの子もそんな今の僕を知らない。もはや幻影を追っているだけさ。」

「………提督。」

この時の俺はキレる一歩手前。
と言うか、拳はもう握り込んでた。


「……この馬鹿者がぁ!!」


……だが、先は越されちまったらしい。
眼鏡の本気のパンチで、提督は椅子ごと吹っ飛んじまった。


「ならば時雨はどうなる!?あの子はそれでも今のお前そのものを求め、想い続けて来た!!
それに…それでもお前は、時雨を選んだのだろう!?

…振り回されるなよ、コウヘイ。
お前は未来を選んだ。ならばゴトランドの未練も断ち切り、未来を与えてやる事こそがケジメでは無いのか。
それが時雨への、そしてゴトランドへの償いでは無いのか。

お前は時雨に出会い、悪しき過去を捨てたろう……それが答えでは無いのか!!答えろ!!」

「憲兵長!!抑えて下さい!!」

「……っ!!
リョウ、私は詰所に戻る。すまないが手当てをしてやってくれ。」

「……はい。」

「……なぁ、コウヘイ。」

「…なんだい?キョウ。」

「俺がアキの件で腐っていた頃、どこかの誰さんが同じように俺を殴ったよな。
今以上に激しい説教と、ついでに倍の数のパンチも加えてだ。

…俺がこうして憲兵として生きているのは、その拳があったからだ。
貸しは返したぞ?しっかり受け取れよ。」

「……ああ、ありがたくもらっておくよ。」

「ああ、それとな…。」

「………何?」

「“その程度”で怯えているうちは、お前もまだまだだな。
“そんなもの”は、まだまだ通過点に過ぎんぞ?」パタン



……………。


台無し、だ。



「はぁ……。」

別に今日じゃなくてもいいんだが…あの後俺は、とぼとぼと夜警に出ていた。

どうにも気が滅入っちまって、あんまり部屋にもいたくない。
一度ぐらい自主的にやったって怒られねえだろ…あんな空気にしたんだ、眼鏡も理解しろって話だ。

それで街灯だけの中庭を歩いてた時、ベンチに人影を見付けた。
アレは…げ、ゴトランドかよ。

「こんばんわ、憲兵さん。」

「あ…ああ、こんばんわ。本当に日本語お上手ですね…。」

スルーしてくれなかったか…。
ちゃんと話をするのは初めてだが、ヤバさはその前からよーく分かってる。
俺ら的にはこれからの敵、君子危うきに近寄らず。今は当たらず障らずで行こう…。

「まだ時差には慣れない感じですか?
今日はちょっと蒸すんで、部屋の方が休めると思いますけど…。」

「そうだね。ふふ、でもさっきまでここで友達とお話してたの。
こんなに早く友達出来るなんて思わなくて、つい話し込んじゃった。」

「と、友達…?
確かにここは皆フレンドリーですけど、誰でしょう?」

「それはね…。」

そう言い始めたと同時に、ゴトランドは俺に向き直った。
クマにも見えそうな長い睫毛と、ブルーの瞳。その奥と目が合った時…。


「ショーカク。」


…………?

今のは…?



「ふふ…お言葉に甘えて、今日は帰ろうかな。
じゃあ憲兵さん、おやすみなさい!」

「え、ええ、おやすみなさい…。」

何だ、疲れてんのかな…何か一瞬クラっと来たような…。


「…………今日は夜警かしら?」

「……ショウノ。」

そこに現れたるは、よりにもよって元カノ。
思わず身構えちまうが、あいつは…。


「………。」ギュッ


………はい?



「……良い夜ね。
ねえ、覚えてる?昔花火を見に行った事。
浴衣で出かけて、私が下駄の鼻緒を切っちゃったでしょう?」

「………あったな、そんな事。」

今いるのは、中庭のでかい木のそば。
あの時も確か、こんな大木の近くで……ああそうだ、コケそうになったこいつを受け止めて…。

「初めて抱き締めてくれたのは、あの時だったわね…。
ふふ、秘密の場所って言って、高台に連れて行ってくれて…花火の光の中で…。」

記憶の中のこいつと、目の前のこいつが重なる。
そうだったな……初めてこいつを抱き締めて、それで初めて…。

目を閉じてるのが分かる。
次第に何かが込み上げていく。

段々と、自分の顔が近付いてるのが分かる。
なのに止められない。まるであの頃にいるような、今はどこか分からないような。
ああ、もうすぐ触れる…。


その時。








『ひゅーー………ぱこーーーん!!!』






「……いってええええええええっ!!!!!????」


後頭部に、実に爽快な激痛が走った。



「ふっふっふっ……人の心を自由にしようなんて、傲慢だと思わないかい?
いるんでしょ?ゴトランドさん。」

「………!?ちぃっ…!」

探照灯の眩い光が、茂みに隠れていたゴトランドを炙り出した。

空には月明かり……俺の目には2つの影。
具体的にはこう、あそこ。
何か飛び降りてもあんまり痛くなさそうな庇(ひさし)の上。でも結構ミシミシ言ってる。

そこに立つ2人は…何故か全身タイツにホッケーマスクだった。


「我が名はレイン!」

「そして我が名はビッグバード!」

「「我々は!貴様らの企みを破壊しに現れた名も無き戦士だ!!」」


………いや、もう名乗ってんじゃん。



「リョウちゃ…じゃなかったリョウ!私の矢が貴様を救ったのだ!今度ラーメンおごれ!」

「ゴトランド…貴様の手は姑息過ぎる!!女ならば正々堂々追いかけるべきだ!!
翔鶴!!貴様もだ…追跡道の師であるこの僕を捨て、催眠道に走るなど言語道断!!
そう!!女は黙って……いいからストーキングだ!!」

「づほー、時雨ー、危ねえから降りてこーい。」

「ち、違う!!僕たちは断じてそんな和風な名前ではない!」

「そうだ!見ろ!このカッコいいマスクを!!強そうだろう!?」

「………まさに変態仮面、見参。」ボソ

「……違うの!!アレは違うのおおおおお!!!」ビェェェェン

「くっ…邪魔はさせないよ!!ショーカク!!」

「ええ…弟子は師を超えてこそ!師匠!今宵あなたを倒してストーキング道を捨てます!
行くわよゴトちゃん!!」

「「私達の恋路は、誰にも邪魔させない!!」」


執務室でのシリアスかつホラーな空気も、完全にどっか行った。

この時この中庭で、艦娘による伝説の茶番劇………じゃなかった、伝説の陸戦の火蓋が切って落とされたのである。


……ところでお前ら、一体何を賭けて戦ってるんだ。


大スランプにはまってしまいましたが、何とか投下できました。余計に頭が悪くなった気がします。

某大人向け板の方に、大人向けな番外編を投下しました。
大人の方はよろしければ探してみてください。お子様はだめです。大人向けですが、内容的にはいつものです。


“…来ちゃったんだね、この日が。”

“…ごめん。”

“ううん。コウヘイにはコウヘイの、やるべき事があるでしょ?
あなたに出会えて…本当に……幸せだったよ。”


彼の帰国が決まって、別れ話をされた時。
本当は、その前から覚悟は出来ていた。

「いつかまた、どこかで。」

そんな言葉も優しい嘘になってしまう事でさえ、本当は分かってたんだ。

空港から飛行機を見送る時、私は小さな横断幕を掲げた。

『Jag ?lskar dig』

スウェーデン語で、愛してるって意味。
でも本当は、こう言いたかった。

『Jag saknar dig』

日本語に直すと…恋しいや寂しいって意味かな。


ここにいられなかったのなら、いつか会いに行けるよう私が頑張ればいい。
例えこの先ただの思い出や友達になってしまったとしても、人生において大切な人なのに変わりは無いもの。

もしまた会えたなら…その時は、お互いの未来を祝福し合えたらいい。
初めはそんな切っ掛けで、日本語を学び始めた。

その目標が歪んだのは、この戦争が起こった時。
どうしても、何をしてでももう一度彼の心を手に入れなくちゃと思ってしまった。


だって…そうしなくちゃ、守れないと思ってしまったから。









第31話・女心は8070Au -4- ?







「「行くよ!」」


飛び降りそうな掛け声とともに、ジェイソンマスクなコ〇ンの犯人共は、カサカサと地面に降り立った。脚立を伝って。

率直な感想を言おうか。動きが台所の覇者Gだ。
全身タイツの体のライン…って言うとエロく聞こえそうだが、戦隊っぽく中腰でキマってるケツのラインが地味な笑いを誘う。

「くくく…ゴトランド、君の手の内はもうお見通しさ。
催眠と分かっている以上、提督に何が起きても本心とは言えないねぇ?」

「ふふ、嘘から出た誠…だっけ?日本のことわざ。
初めは刷り込まれたものでも、それが精神の血肉になれば本心になるよ?」

「…外道め。」

「求めよ、されば与えられん。手段は選んでられないもの。
シグレも似たようなものでしょ?でもあなたの場合は…ただの恐怖政治だね。」

「カカァ天下って日本語はまだ知らないみたいだね。女房が強い方が上手く行くのさ。」

「もうママ気取り?まだミルクの匂いも取れないのに。」

「言ったね年増。果たして老いたマトンは美味しいのかな?」

おいおい、煽ってんなぁ…。
で、もう片割れコンビはと言えば…。


「「…………。」」


終始無言の睨み合い。
龍虎の戦いの如くガンを飛ばし合ってんだが……時雨らはともかく、お前ら喧嘩する理由無いだろ。

「…まあまあお前ら、落ち着けよ。
喧嘩するのも分かるけど、そもそも何で決着着ける気なんだよ。」

「「「「……え?」」」」


………。

もしかして、何も考えてないの?


ものすっ……ごく、微妙な空気が流れる。
やっちまった。ただ険悪になったならともかく、ここまで茶番があったらどう考えても収拾つかねえ奴。

しかし元は上官への洗脳やら何やら、ヘヴィな事態も噛んでる。解決させない訳にも行かない。
ど、どうする…?アレかなぁ、提督に話通して、また後日演習で手打ちにでも…。

「ふふふ…こうなったら仕方ないよね。ショーカク、奥の手を使うよ。」

「奥の手…ゴトちゃん、まさかアレを…!」

「いや何追い込まれてる風にしてんだ!?」

「…私は艦娘になる前から、何度か日本に来ておいた。
見聞を広め、そしてネットワークを作る為に。」

「いや、聞いてる?俺の話聞いてる?ねえ。」

「黙って!!
そう…その過程で日本にも友達が出来たの。
そしてここに来る前、休暇を取って3日程早く日本に来て…あるものを受け取った。」

ゴゴゴと擬音が見えそうなジェスチャーで、ゴトランドは上着に手を突っ込む。
そこから出てきたのは、黄色と赤の…。

「…この、代理購入してもらったシュールストレミングをね!!」


………洒落になってねえ!!



「ゴトランド、落ち着け…そんなもん開けたらお前も死ぬぞ…。」

「ふふ…そうだね。さすが日本の初夏、地元じゃこんな状態のはお目にかかれないよ。」

輸送と日本の初夏を経て、パンッパンに膨らんだ缶詰…。
確か本国じゃ、長年放置された奴の始末に軍が出たって…。

「……シグレ、大人しくコウヘイの事は諦めて。
でなければ、今ここでこれを開けるよ。」

「……卑怯者め。催眠だけに飽き足らず、そんなものまで使うのかい?
いいかい?君の理想の世界に、提督の意思は存在しない。
そんなものは、ただ人形を愛でているだけだ!」

「……何とでも言って。私には私の意地がある。
少なくとも、ショーカクは賛同してくれたよ?」

「翔鶴さん…どうして!?」

「瑞鳳ちゃん。恋というのは修羅の道なの…追いかけてもダメならば、例え卑怯な手を使おうとも…。」

「…本音は?」

「いや、ちょっと催眠掛けて逃げ場なくしてあんなことやこんなことしたい……じゃなかった、自ら退路を断つ覚悟の元、突き進む欲ぼ…でもない!信念の道なのよ!」

「退路断たれてんのはおめえの理性だよ!?」

よだれ隠せてねえぞコラ!!
ああもう、もう解決とか知らねえ!とにかく缶詰取り上げねえと…!?

「…!?」

「う、動けない…!!」

「くす…掛かったね?
シュールストレミングはデコイだよ…ゴトの目を見せる為のね。」

催眠…!!
まずい、指先一つ動かせねえだと…。


「そうだね…皆には寝ててもらおうかな?
大丈夫、ちょっと吐いちゃうかもしれないけど、一発で落ちれると思うから…。」

「開ける気かい!?そんな事したら君達だって…。」

「ふふ、ゴトとショーカクには、シュールストレミングの匂いが分からなくなる催眠が掛かってるの。
皆が寝てる間に、コウヘイにしっかり暗示を掛けて……タブンコエタリシナイヨネ…。」

プルタブに指が掛かり、死の予感が俺達を駆け抜けた。
だが……その直後。





「………ちょっと待ったぁ!!」





催眠とは言え、眼球と口だけは何とか動かせた。

俺達の視線が集まるその先には……燦然と輝く満月。
それが照らし出すのは赤と黒のコントラストと…そこから生える、スネ毛の生えた白い脚。

そこにいたのは、何やらカッコいいポーズを決めた…。


「白露型駆逐艦、提督!見参!」

「いや雨風ですらね-!!」


たなびくスカートからは、豪快にオシャレボクパンが見えていた。
はは…細身の人が着てもパッツパツじゃねえか…雄っぱいてんこ盛りだぁ…。



「提督…もしかしなくても…。」

「いや、うん…キョウがこれ着て出ろって、倉庫から…。」モジモジ

「提督…かわいい……すっごくかわいいよ…。」ハァハァハァハァ

「興奮すんな本家!!」

「と、とにかく!僕が来たからにはこんな事はもうやめるんだ!!

ゴトランド…いや、Gota(ヨータ)!!
あの時は、本当にすまなかった…でも僕らは…僕らはもう終わったんだ!
僕にはもう、時雨がいる…君も未来を生きてくれ!

…それでも狙うなら僕だけにしろ!!皆を巻き込むのだけは、絶対に許さない!!」

「……!!

……いいよ?幾つか飲んでくれるなら。」

「…え?」

「ふふ…まず、日本での私の配属先をここにする事。
それと、いつでも仕事中は私をそばに置いておく事。秘書艦がダメなら、護衛って体でもいいかな。」

「ダメだよ!!ゴトランド、提督を洗脳する気だろう!?
そんな事…例え提督が飲んでも、この僕が許さない!!」

「…シュールストレミング如きでビビったお子様が、よくそんな事言えるね?
コウヘイよりも、臭い思いしない事が大事なんじゃないの?」

「言ったね…じゃあやってやる!!今すぐ開けてやろうじゃないか!!
ゴトランド…それをよこせえぇぇええ!!!」

時雨は猟犬の如く缶詰を奪い取ると、すぐさまプルタブに指を掛ける。
だがその時、風切り音と共に缶が舞い上がった。
アレは…吸盤矢!?

「………瑞鳳さん、どうして?」

「ふふ……し、ししし時雨ちゃん…また別の機会ででもい、い、いいんじゃないかな?
ほら、その……か、帰ればまた来られるって言うし…。」グルグルメ-

あ…そう言えばづほ、去年台湾旅行で寝込んだって言ってたわ…臭豆腐で。
…って缶詰どこ行った!?ああ!提督の足元に…!


時雨の表情は、もはや猟犬から狼にステップアップせんばかりに血走っていた。
そして缶詰と提督に向けダッシュしながら、あいつはこう口走る。


「ゴトランド、僕の提督への愛は本物だ!
だからこそ、君の過去すら許すわけには行かないんだよ!

絶対に許さない…提督の……提督のお尻の処〇は、僕が貰うはずだったのに!!!」

「聞いてやがったのかおい!?」


時雨の渾身の叫びが響き、提督は硬直した。


突き抜ける。


そんな例えが似合う、真っ先に気絶へと到達した白目と共に。

そして……その体は、足元の缶へと倒れ…。



『ぱぁあああん…………』



その瞬間、世界の終わる音がした。






「……う…ここは…?」

「お目覚めか?集会室だよ。」

「憲兵長!?……?っ!!」

周りを見渡すと、さっきの面子がのびていた。
その中にはゴトランドと元カノも…ああ、臭いが催眠すら超えちまったのか。

服に染み付いたのか、とんでもねえ悪臭が鼻をつく。
これで軽減された方かよ…そんな中、どうも眼鏡と磯風が俺らの看病をしてくれていたらしかった。

「マスク無しかよ…。」

「ふっ…私と兄ぃは強いからな。だが提督の方は…。」


『臭すぎて死体袋に突っ込まれております』


「提督ー!?ヴォエッ!!」

「私と兄ぃが見付けた時、顔を缶に突っ込んでいたよ。
全く、中庭が酷いことになっているぞ?悪臭とゲロまみれで立入禁止だ。」

はは…近付いただけでこれかよ。中すげえ事になってんだろ。
まぁ、自業自得のツケだ。しっかり熟成されてくれ、人としても。


「?…やべえなここ。ちょっと外行ってくる…。」

「そうしてくれ。少し外気に当たった方がいい。」


外に出はしたものの、ここでも若干臭って来てた。
石段に腰掛けてぼーっとしてると、そんな俺に声が掛かる。

「あなたもお目覚め?」

「…ゴトランド!?」

「大丈夫、もう何もしないよ。」

そう言ったきり、ゴトランドは黙っちまった。
気まずい時間も数分か、あいつは不意にまた口を開く。



「…さっき、コウヘイが言ったよね?
僕らはもう終わったんだ…って。」

「…ああ。」

「あの一言で、妙に胸がすっとしたんだ。
その時思ったの…私はただ、完璧な終わりが欲しかっただけだったのかなって。何の期待も出来ないような。
ふふ…ちゃんと、別れ話もしてたのにね。」

「……そうかよ。」

「…ショーカクとは、どれぐらい付き合ってたの?」

「…1年半。そう思うと結構長かったよ。」

「夏が近いね…もう憲兵隊は半袖なんだね。
ねえ…『その腕の傷』は、いつのもの?」

「………っ!?

…覚えてねえな。」

「そう。
私があの子に肩入れしたのはね…私とあの子は、同じだからだよ?

例えば私だったら…ただコウヘイを追い掛けて日本に来るだけなら、通訳や留学生向けのカウンセラーなんて手もあった。
それでも敢えて、艦娘って言う危険もある職に就いたの。

『その意味』って、分かる?」

「………っ!?」

「これだけは言わせて。
あの子は私より、もっと切実だよ。

心理学者として言うなら…あなたはもっと、自己と向き合うべき。

じゃあ、私はお風呂に入るから。落とさなきゃ。」


「…………。」

「あ…何だ、行っちゃったのか…。」

「……時雨。」

「ゴトランドさんも懲りたようで一安心…と言いたい所だけど、お釣りは大きかったよ。
僕もまだまだだね…つい熱くなっちゃった。提督が止めに来てくれなかったら、僕が死体袋行きだったよ。」

「その割にゃ妙に嬉しそうじゃねえか。」

「えへへ…言質取ったからね。」

僕にはもう時雨がいる!なんてあんだけ堂々と叫んでたもんなぁ。
まぁあの人はもう、一生カカァ天下を覆せねえだろ。

あー…安心したら疲れたぜ…。
ん?そう言えば気になる事が…。

「なぁ時雨、提督何であんなヘコヘコ頭下げてたんだよ。
まさかお前ら、もう…。」

「………カレー。」

「…………へ?」

「本気で僕を怒らせたら、もう一生カレー作ってあげないって前に言ったんだ。
説得失敗したら…って時点で察したみたいだね。
提督、僕のカレー大好きだから!」



…………。


……かわいいか!!




ゴトランドも帰国し、何週間かすればもう皆忘れかけていた。
そんな中、俺は頼まれ物で執務室に向かってた訳。

今日はお淀が休みで…代打は時雨か。
まぁあれで、提督もやる事はやる人だ。執務室ん中が桃色って事もねえだろ。


「失礼しまーす。書類持ってきましたー。」

「あ、リョウ君お疲れー。」

「リョウさん、お疲れ様。」


最近は憲兵さんじゃなく、リョウさん呼びしてくる奴が増えた気もする。
なーんか馴染んだっつーか、段々俺も毒されて来てるような。

「…ん?本部からメールか。えーと……辞令?」

「誰か来るの……!?」

硬直する二人を見て、嫌な汗が背中を伝った。
まさか…はは、まさかなぁ……。





『ぴこーん』


今度は時雨のスマホが鳴る。
それを確認した時雨の手は、わなわなと震えていて…俺らに向けてきた画面には、イ〇スタのDMが表示されていた。



『アイジンワクなら空いてるよね?』



その直後。


ぴぎゃーーーー!!!


と、耳をつんざく時雨の遠吠えが、俺達の鼓膜を引き裂いたのだった。



ゴトランド編、何とか終了。
大分久々になってしまいました、皆様保守ありがとうございます。次回はネタを考え中。






「…もしもし?えっ!?」


それは突然の事だった。

携帯に入った1本の電話は、救急隊からのもの。
状況の説明を受け、一気に血の気が引いた。

「…憲兵長、提督に連絡お願い出来ますか?」

「どうした?」

「………づほが、事故って運ばれたそうです。」









第32話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-1-







報せを受け、その時動けたのは俺と元カノ。
電話が来たのは処置に入ってからだったらしく、詳しい怪我は分からない。
命に別状ないとは言ってたが…それでも重症って事もある。

あいつは少し遠くで事故ったらしく、病院も同じくだった。
着いた頃には処置そのものは終わって、一般病棟に入ってると聞いた。

緊急入院…そんなに悪いのか?
案内された区画を、名札を確認しながら歩く。
元カノの方も気が気でないのか、顔色が良くない。

『鳳(おおとり)ミズキ』…病室はここか。
頼む、無事でいてくれ…!



「づほ!」

「瑞鳳ちゃん!!」


病室に入ると、起こされたベッドにもたれるづほ。
点滴こそ打たれているが、座れる程度の怪我ではあるらしい。
俺らはその姿に一度は安堵するが…。


「…あ、来てくれたんだ…ありがとう。」


きいぃ……と振り向いたづほは、真っ白に燃え尽きていた。




「……肋骨骨折で5日入院…大変だったな。」

「でも良かったわ、命の心配が無くて。」

「………うん。」


………まぁ、大怪我だし、治療明けだ。
ぼーっとしてるのも無理はない。痛み止めだって効いてるだろう。

ただこの時俺らは、何か違和感を感じ取っていた。

“…何か、異様に生気がねえよな。”

“うん、完全にダウナー入ってるわね…。”

何か話しかけずらいオーラが空間を支配している。
どよーんとしたオーラのまま、づほは今度は何やらブツブツと呟き始める始末。

俺らはそこに、こっそり聞き耳を立ててみるんだが…。


「……ゼッタイユルサナイゼッッタイニユルサナイチノハテマデオッテケツゲマデムシッテホッテヤルゼッタイユルサナインダカラアアモウマイニチドッカニアシノコユビブツケルノロイカケテヤルノロウノロウノロウノロウノロウノロウ…」


““ひぃっ……!?””


元カノまでドン引きである。
薄々ただの事故じゃねえのは感じ取ってたが…その理由は、背後からの声で判明した。


「鳳さん、治療明けに申し訳ございません。警察の者です。」



「「「…………。」」」

づほへの事情聴取がてら、俺らも報告用に一緒に説明を受けた。

状況はこうだ。

丁度信号が黄色から赤に変わる寸前、先行の車は先に抜けられたが、距離が微妙だったづほの車は普通に停車。
そこに行くだろうとタカを括ってた後続のトラックが追突、派手にカマを掘られた。

で、ここからがいけない。
何とそのトラック、降りもしねえで当て逃げしやがったらしい。
まだ昼間で良かったが、これが車通りの少ない夜だったらどんな事になってたか。

これには俺もキレそうだったし、元カノも相当殺気立った顔になった。
不幸中の幸いか、目撃者とドラレコで何とか犯人は追えそうとの事。
本音は俺らの手で潰してやりたい所だが、そこは任せる事にした。

そして警察が見せてきたタブレット。そこに映る画像を見たづほは…。


「……………やっぱり、あの子は死んじゃったんだね…。」


どう見ても廃車確定な愛車を見て、とうとう泣き出してしまった。




「………どうしよ。」

「凄い落ち込みようだったわね…。」

少し一人にしてくれと言われ、俺らは病院の休憩室にいた。

づほはああ見えて、結構メカ好きな所がある。
艦載機にも愛着持ってるし、よく夕張にメンテの事聞きに行ってる。
あの車も安い中古車だが…丸さが可愛いのよ!丸さが!とそりゃあ大事にしてた訳。


“10:0だろうし保険もある…別の車は手に入るだろうけど、あの子はもう…。”


そう呟くづほの目は、本当に死んだ魚だった。

退院はすぐでも、当面は通院だろう。
それで車まで廃車じゃ、そりゃしばらく立ち直れねえよなぁ…。

「……今日の所は挨拶だけして帰るか。」

「そうね…安静にしてあげたいし、報告もしなくちゃ。」

そうだ、提督と眼鏡に報告もしなきゃならねえ。
それで一旦病室に戻って、づほに声を掛けたんだ。

「じゃあ今日の所は俺ら帰るから、お大事にな。」

「…ありがとう。」

「俺明日休みだから、また来るよ。ショウノは?」

「ごめんなさい、明日は遅くなるかもしれないわ…。」

「……!うん、待ってるね。」


ひとまず微笑んじゃくれたから、多少は落ち着いたか。
でも心配だなぁ…明日は高いアイスでも買ってってやるか。






くくく……ふっふっふっふっ……。

怪我の功名、転んでもタダじゃ起きない。
これはチャンスね。あの子は最期まで私を守ってくれた、ならばものにしない手は無い。

そう、今の私はアバラ3本折ってる怪我人。
正直今もめっちゃ痛い…入渠や修復剤使えたらどんなにかってぐらい。


…だったらこれを機に、攻めてもいいよね?




次の日。

……やっばいこれ。一晩寝たら余計痛い。痛すぎて板になる。って誰がまな板よ。
サポーター付けられてるけど、潰れるほど無いって現実が忌々しい…。

昨日はさすがに点滴だったけど、今日から病院食…これがまたキツい。飲み込むたびに痛む。水も同様。
暇潰しにお笑い見たら、この世の終わりが見えそうだった。
こんな時にく〇きーの替え歌見た私を呪う。もう3本砕けてる、ボディーのおかわりはいらない。

痛み止め出ててこれって、切れたら本当…やめよ、怖い。ああ、せめて癒しが欲しい。

181センチ、細マッチョ、なのに極度の女顔。
誰が呼んだか『歩く雑コラ』、『脱ぐだけで笑いの神となる男』。
でも私にとっては…1番暖かくなる奴。


早く来ないかなぁ…こんな時こそ、会いたいや。



休みって事は、リョウちゃんの性格ならきっと早く来る。荷物だってお願いしたし。
如何せん急な事、それ以外の人が来てくれたとしてもだいぶ遅いはず。

…そして!なんと今この病室は私ともう1人だけ!それも端と端で離れてる!
ふふ…つまりカーテンで仕切ればそこはふたりだけの国……こう、甘えたフリしてうっかりキ、キスとかしちゃったり…!
って何照れてるの私!年齢=彼氏いない歴でも無い!
漫喫事件を思い出せ!キスより恥ずかしいとこ晒したでしょ!

そうだ、まず目標を決めよう。
ここまで来れたって事は、ちゃんと表札見てる…つまり、私の本名は忘れてないって事。

昨日も翔鶴さんの事、思いっ切り本名で呼んでたもんね。
昨日に限らずいつでもそうだけど、内心イラッと来るんだ。
別に元カノなんだし、翔鶴って事務的に呼べばいいじゃん!むかつくー。

………絶対に、退院するまでにミズキって呼ばせてやる。ふふ……。


「…ん゛っ!?」


いったぁ~~……!!
やばい、きっと今すっごい顔して…



「大丈夫か?しわくちゃのピ〇チュウみてえになってるけど。」

「リョ、リョウちゃん…いつの間に…。」

「今入ってきたとこだよ。荷物とお土産な。」

「ありがとー!ダッツだ!いただくねー。」

荷物は…うん、リスト通りだ。助かるー。
あれ?でも下着とかその辺も…?

「荷物自体は隼鷹が部屋からまとめてくれたよ。
ここちょっと遠いけど、来れる奴から見舞い来るってさ。」

隼鷹さん助かるー。ん?何だろこの紙袋…?


『0.02mm』


隼鷹さん無理だよ!!ここ病院!!アバラ折ってるし!
ま、まあ、いつか使うの期待して貰っとこうかな…。

「大分落ち着いたみてえで何よりだよ。アバラって痛えもんなぁ。」

「折った事あるの?」

「一度組手で下手こいてな。防具無しだと色々あるぜー?」

そう笑うリョウちゃんの腕には、おっきい傷がある。
昔の傷って聞いたきりだけど…今なら『何の傷』かは、大体分かるのよね。昔話を知ったから。


「ん。」

「どうしたよ?手ぇ掴んで。」

「いやー、冷静になると事故の恐怖がねぇ…ちょ、ちょっと掴んでてもいい?」

「まぁ派手にやられたもんな。いいぜ。」

半分本音、半分は下心。
でも私達の関係じゃ、こいつは言葉通りにしか受け取ってくれない。
甘えさせてくれるけど、違うのよ。

……もう、派手にやってやろうかな。

40センチ近い身長差も、リョウちゃんが座ってる今なら殆ど同じ。
いっそこのまま胸ぐら掴んで、思いっきりキスしてやろうか。

そう思って、空いた手を伸ばそうとしたら。




『ぴきっ』




「~~~~…!!!!!?」

「痛むか?モンハンの山田〇之みてえな顔になってんぞ?」

た、例えがひどい…!

うう、言われなくても今すっごいブスになってるの分かるわよ…!どすっぴんだし。
でも耐えらんないよこれ、か、顔に出るぅ…!

「無理すんなよ、寝てた方がいいって。折った次の日からが痛えんだから。」

「うん…そうする。」

あーあ…まぁ、そうなるよね。
はぁ、ほんと最悪…せっかくの二人きりって言っても、私がこれじゃね。


………。



「…どした?手ぇ掴んで。」

「ほんとごめん…撫でて?」


ぶるぶる震えてる手を見て察してくれたのか、リョウちゃんは何も言わず撫でてくれた。
今度はガチ。さっき少し思い出したら、事故った時の怖さが一気に蘇ってきちゃって。


………生きてて良かったな、本当に。
事故って『色々失った』けどね。『色々』と。


「鳳さん、検査のお時間です。今大丈夫ですか?」

「あ、はーい。」

「やっぱりまだある感じ?」

「うん、事故だから一応MRIとか一通りやるって。
……ねぇ、リョウちゃん。」

「どうした?」

「この後暇ならで良いんだけどさ……検査終わるまで、待っててもらってもいい?
もう少し、誰かそばにいて欲しいんだ。」

「ああ、大丈夫だ。頃合見て戻ってくるよ。」

「……ありがと。」


ふふ…嬉しいな。

でも本当は、誰かじゃなく君って言いたいし。
ありがとうの後は、大好きって言いたかった。

今はこれが精一杯。
さて、まずは治さなきゃ。他に変な所見付からなきゃいいけど。




…………そんな風に浸ってた頃が、私にもありました。


幸いアバラ以外は異常無し。脳にも異常は見られず。

だけど検査後の今こそ異常が起こってる。
脳波が全力で乱れまくってると思う。

そりゃ家族みんなに連絡したわよ…でも無理して来なくても大丈夫って言った。
すぐ出てこれる怪我だもん、期間だけならインフル並。

でも確かに『この人』は、すぐ来れなくもなかった…。

「お久しぶりです、随分遠かったでしょう?」

「いえいえ、この子の為だもの。リョウ君もお世話ありがとう。」

「そりゃ大事な友達ですから。」

気持ちは嬉しい、とっても嬉しいけど…今日じゃないともっと嬉しかった。
そう…リョウちゃんには出来るだけ会わせたくなかった…。


「お元気そうで何よりです。」

「ええ、リョウ君も。」


私の姉妹艦にして、イチ個人としても実姉。
それでもって、リョウちゃんの好みどストライク。


我が姉、祥鳳。
こと、ショウコお姉ちゃん。


私は改めて知るんだ…この人の悪意なき恐ろしさを。


リョウちゃん…何か鼻の下伸びてない?殺すよ?


今回はこれにて。

今回の主役はづほ。憲兵君ポジション的な意味で。
次回・瑞鳳、詰められる。








第33話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-2-







「…………。」ニコニコ

「…………。」ズ-ン

リョウちゃんはお昼食べに、1度院外へ。
お姉ちゃんは先に食べてたみたいで、結局1人で行ったんだ。

……一瞬お姉ちゃんを誘いそうな目ぇした事は、しっかり覚えといてやる。

でも今はそんな事より、目の前のお姉ちゃんが問題…。
姉妹だから分かるんだ、この笑顔はめちゃくちゃ怒ってる顔だって…あぁ、多分お姉ちゃんがキレてるのは、事故った事より…。

「ふふ…ミズキ、その様子だと“まだ”みたいね?」

「う"っ…!」

胃の中が鉄になる。

ああ…そうなのよ。前にリョウちゃんの事、思いっ切りお姉ちゃんに話したの。
その時かなーり厳しいお説教を喰らって…はは…そ、そこから実際問題進展してないんだよねー…。

「リョウくんが異動して離れた時、相当落ち込んでたわよね?
あれから私も同じ所行けるんだ!って随分はしゃいでいたと思うのだけど……どういう事かしら?」ギラリ

「~~~~~…!!」

「ふふ…相変わらず酔っ払っては甘えて、そんな関係が心地よすぎて何も進展無し。
でもたびたび女を捨てた酔い方をしては、同い年なのに妹分みたいに見られていく一方。

今回も甲斐甲斐しくお世話してくれてるみたいだけれど…だんだん保護者じみてきた感あるわよね?彼。
艦娘たるもの、いざと言う時は勇ましく…これはあくまで艦娘の先輩として教えた事だけれど、恋に於いても同じだと思うの。」

「あ…あはは…。」

「そう、勇ましく、美しく…あなたは今、私の甲板チューブトップにそっくりなものを付けている。そして和服にも似た入院着。」

「う、うん……サポーター、だね。」

「そうよね……だからリョウくんが帰ってきたら…。


脱ぎましょ?」


出たよ脱ぎ魔。



そう…お姉ちゃんはちょっと露出狂入ってる。
全裸じゃないけど、何かやろうとすると何かと肩出したがる。

戦闘で本気出す時も脱ぐ。
何なら今までの彼氏の前でも、何でかヤクザ映画みたいに男前に脱いでる。洋服なのに。て言うか一回それで振られてる。

はは…そんなんで落とせるんならもうやってるわよ…何ならキャミにパンイチな変態仮面見られてんのよ。
そもそもね、ガッツリ血が繋がってるのにこの体格差は何なのよ。
お父さんもお母さんも普通体型…なのに私だけおばあちゃんから隔世遺伝。
私にマジックでシワ描いたらそのままおばあちゃんよ。おじいちゃん多分ロリコン。

て言うかね、そもそもね。



「………無理!ここ病院!」

「ふふ、まぁそうよね。冗談よ。
でもね…そんな無理しなくても…。」

「…むぎゅっ!?」

「……あなたはこんなに可愛いじゃない?ほーら、ほっぺむにむにしたくなっちゃう。」

「やめへよー、わらひ今年にじゅうにらよ?
むっ……はぁ、でもあいつの好みじゃないもん。ちんちくりんだし。」

「……前言ってた元カノさんと比べてる?写真見せてくれた。」

「…………うん。私と真逆だもん。」

「……この後は来るのかしら?」

「来たがってるけど、今日は多分無理だよ。仕事詰まってたはずだもん。」

「そう…。」ジ-…

「……お姉ちゃん。」

「何?」カチッ…ガチャガチャ…

「何でアーチェリー組み立ててるの?」

「それは勿論、可愛い妹の恋敵をぶっ飛ばす為よ?」


やめんかこの姉は。


「ふふ、所詮正規と軽空の差なんて艦娘モードでの話…ただの人同士の今なら、正規空母にだって負けないわ。」

「お姉ちゃん、それただの傷害って言うんだよ。」

「ふふ、冗談よ。」

「なら目を開けて笑って。ねえ。」

「ちぇっ、しょうがないわね。

…まあそれはそれとして、なんで私がこんなに必死か分かる?
リョウくんは、あなたを任せたいって思うぐらいの人だって事よ。」

「…お姉ちゃん。」

「そうね…いきなりしっかり進展は無理でも、今回はもうちょっと女の子だって意識させてみよっか?
まずは怪我の功名狙お?今ならチャンスでしょ?
あんまりうかうかしてると…私がもらっちゃってもいいかも。」

「ダメ!絶対ダメなんだから!」

「ふふ、その意気よ。それだけ嫌なんでしょ?じゃあもっと勇気出さなきゃ。」

「あ……うー、お姉ちゃんには勝てないなぁ。」

「だってお姉ちゃんだもの。
じゃあそろそろ行かなきゃ、お大事にね。」

「うん、ありがとう。お父さんとお母さんにもよろしくね。」

「うん、伝えておくわね。」



そしてカーテンの閉まる音と共に、今日の嵐は去って行った。

そんな静かな病室の中、私は一人考えていた。
勇気…そうだ、私にはもう失うものなど何も無い。何を怖がることがあるんだって。


「戻ったぜ。あれ?祥鳳さんは?」

「もう帰ったよ?ちょっと遠くから来てくれてたしね。」

「何だ残念だなー、もうちょい話したかったのに。
あーあ、さっき連絡先聞きゃ良かった…美人だよなぁ、祥鳳さん。」

「うん、私の憧れだもん!マジ姉妹だけど。」

「あー、確かにづほと似てねえもんな。サイズ感とか。」



………あぁん?





言ってくれるわね……これでも小学生の頃は、体大きい方だったのに。中1で成長止まったけど。

ふつふつと沸く怒りは、ヘタレな私をどこかへ遠ざけた。

そう…失うものなど何も無い。
事故った時、ある状態異常で、ある目的地に向かっていた…その300m前でカマ掘られたの。
確か3日ぐらいご無沙汰で、運転中に急に来た…それで目に付いた青いコンビニ、天国の門に見えたわ。

こんなんでも成人女子、毎月の税金に頭悩ませたり、飲み過ぎでやらかしたりする大人の女…。
ふふ…そんな中、事故った弾みでね…。


かっっったいう〇こ、漏らしたから。今年22なのに。


事故った時は半分気絶してた。
そんな中でよーく覚えてるのは、どう見てもダメそうな愛車内の様子と…パンツの中のダイヤモンドな感触と…

救急隊の人達が連呼する、脱〇だ!って慌てた声よ。

人間って、本当に危ないと色々緩むって言うね…。
多分そう思ったから焦って連呼したんだと思うけど、めちゃくちゃ周りに聞こえてたと思うんだ…はは。


「……リョウちゃん。」

「どうした…!?」


リョウちゃんはベッドの横に立っていた。
だから胸倉掴んで、思いっ切り体重掛けて引っ張った。

もう無理矢理キスしてやる。
女以前に大人としての尊厳を失った私は不退転。
そのままリョウちゃんの体は、目を閉じた私の方目掛け…。





『どすっ!!』






……どす?





目を開けると、リョウちゃんの体はバランスを崩し、ある場所に着地していた。

そう…脇にあるベッドガード。
そいつが綺麗に、お尻の割れ目に直撃する形で。
リョウちゃんはそれをケツに挟んだまま、白目を剥いていた。

とさ…と人が倒れる虚しい音を見届け、私はベッドの上に仁王立ちになった。

ナースコールの、カチリと言う音。
それ以降はもう、この病室は静寂以外は存在しなかった。


門長(かどなが)リョウスケ、21歳。職業・憲兵。

私の手により、痔、再発す。



なけなしの勇気を振り絞った告白作戦も台無し。
怪我の功名はならず、状況は変わらないまま。
結局この事故と入院で、私は損ばかりしたのでした。

そしてこの後、甘えてばかりで踏み出さなかった自分を、またしても悔いる事となるのです。

…あと、リョウちゃんはやっぱり、『そういう星』の元に生まれてるのだと。
翔鶴さんを始め、何かしらアレな人と縁があるって言うか、引き寄せるっていうか…。


星のピアスの女だけにね。


…あ、それ言ったら私もアレな人に入っちゃう。

今回はこれにて。
瑞鳳提督の皆様、本当すいません…。

次回、かつてのオリ〇ピック開催地。




「海外艦?またですか?」


「ああ。まぁ色々あってな、うちで引き取る事になった。」

「…またゴトランドみたいな厄介じゃないですよね?」

「残念ながら、彼女以上の厄介だ。
ゴトランドの件は本当に偶然だったが、今回はコウヘイも一枚噛んでいるし…何よりクソ野郎も関わっている。」

「クソ野郎?ああ、本部長殿ですか。あんたほんとあの人嫌いですね。
でも何でまた、海軍の人事にうちが噛んでるんです?」

「正確には、海軍が泣きついてきたんだよ。
異動先がうちになったのは、異例の基準で決まったのさ。」

「え?まさか…。」

「最後はどんな鎮守府かでは無く、どんな憲兵隊がいるかを基準に決まった……つまり、我々をご指名と言う事だ。」










第34話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-1-








その件から2週間、遂にこの日が来てしまった。

詳しい話は眼鏡から聞いてる。
NY育ちで、それもだいぶアレな地区の出身だと。

何でも札付きって奴らしく、艦娘になるまでは相当ヤンチャで、『オレンジのツナギ着てた』時期もあったらしい。
艦娘になって足は洗ったらしいが、気性は変わらず。向こうの提督のクソさにキレて半殺しにしたんだとか。

実際その提督は相当クソ野郎だったみてえで、クビ飛んだのはそいつの方だったようだ。
だが上官への暴行、無処分って訳にも行かず。
結局痛み分けって事で、今日来る奴の方は事実上の左遷ってのが事の顛末だと。
アメリカ側が、引き取ってくれる国を探してたらしい。

不良ねぇ…天龍とか摩耶、元気してっかな。
まぁ上官半殺しも理由がある。今は足洗ったってんなら、可愛いもんであって欲しいけど…。

「もうじきここにも挨拶に来る。さて、実際はどんなものだろうな。」

「大した事なきゃいいですけどね。」

「ああ、“しっかり頼むぞ”?」

この時眼鏡の言葉の意味を、しっかり掴んでおくべきだった。
そうだ、上の意図は俺達に任せたって言うよりも…。




『こん…こん……』




……来たか。

さて、どんな厄介か。


「How is everything?
あたしはAtlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Blooklyn生まれ。
あなた達、憲兵さん?よろしくね。」

「Nice to meet you.そうだ、我々がここの憲兵だ。
私が憲兵長の磯村キョウ、こちらが部下の門長だ。よろしく。」

「Nice to meet you.
門長リョウスケです、よろしくお願いします。」


率直な感想を言うと、肩透かしを食らった。

気だるい喋り方に、どことなくぼーっとした顔。
所謂本物って聞いて、凶暴な性格を想像してたからな。


「phew……Japanも暑いね。」


アトランタの制服は長袖シャツ、おまけに手袋にインだ。
そりゃ暑いよな…アトランタが少しだけ袖を捲ると…。



『tattooーん……』



………おめーの腕がブルックリンの壁だ。



…いや、俺『ある事情』でタトゥー自体は見慣れてんだよ。何なら全身入ってる人も知ってる。
でも俺の知ってる人らは、ファッションや願掛けで入れてる人。実際そこまで邪悪な印象は持った事ない…こいつを除いては。

例えるならヤーさんの和彫りみてえな、妙な気合い。
ぶっ飛んだ絵柄でもねえのに、何故かチラ見えしたこいつのタトゥーからはそれを感じ取っていた。

ゆ、油断しねえ方がいいな…。
ん?どうした?俺の顔まじまじと見て…




「………cupcake.」





………あ"?





「…Who the hell are you calling a “cupcake”?you son of a bitch.」(誰が女みてえな奴だって?こんにゃろう。)

「What the fxxk...you can speak english.」(げ…あんた英語喋れるんだ。)

『おーおーこれでも得意分野だよ。日本人ならスラング分かんねえってナメてたろ?』

『随分流暢…て言うか、口が悪いんだね。ブルックリンのストリートならぶっ飛ばされるよ?』

『そのまま返すぜ。
生憎日本語も、お前んとこのFワードみてえなスラングはクソほどあるんでな。英語でもニュアンスで何の意図か分かんだよ。
初対面でナメた口利いてくれんじゃねえか。』

『率直な感想。』

『…警戒してたけど、頭来たぜ。』

「You pickin 'a fight?fxxk'n cupcake.」(やんの?オカマ野郎)ナカユビタテ-

「C'mon,fxxk'n bitch.」(かかってこいやクソアマ)オヤユビサゲ-

「Stop it,fxxk'n stupids.」(やめんかバカども)

「「Ow!?」」((痛!?))


眼鏡に頭同士をぶつけられた俺らは、その場にへたりこんじまった。
首にも来てるぜ…無理矢理この女んとこまで下げやがって…!



『リョウほどでは無いが、私も英語は出来るぞ?
貴様がここに送られたのは、私達がいる前提でだ。
これから“こいつとは長い付き合い”になる、そう目くじらを立てるな。』

『……へぇ、こいつが“例の”?こんなオカマ野郎に?』

『オイ、まだ言うかコラ。』

『リョウ、お前もだ。
アトランタの言動にキレるのも分かるが、スラングにスラングで返すな。
アトランタ、今日はもう大丈夫だ。下がっていいぞ。』

『そう?じゃあ今日は戻るね。』

そのままアトランタは出て行こうと扉に向かうが、去り際、くるりと俺に向かいこう言った。


「Ryo,fxxk you.」


ほー……あのやる気ねえツラ眉一つ動かさねえで舌出して、声のトーンも変えず中指立てやがりますか。
随分煽り力の高ぇお嬢ちゃんだ事で…!



「……憲兵長。今回の件、提督と本部も噛んでるって言いましたね?」

「ああ、条件に合う憲兵を探す過程でな。
アメリカ側も、資料を見て任せられそうだ!と喜んでいたと聞いたよ。」

「…それは『俺ら』ですか?それとも『俺』ですか?」

「…勿論、貴様個人をご指名だ。『担当監察員』としてな。
リョウ、言い逃れは出来んぞ…昔2年程アメリカにいただろう?」

「中一中二と、親の仕事の都合でいましたね…。」

「当時通っていたのは邦人学校…だが、空手はどこでやっていた?」

「…現地の空手道場。
後々総合に進むような、陽気で気性の荒いアメリカ人がいっぱいいました。」

「…英語は?」

「……そんな環境だったんで、スラングから覚えましたね。fxxkやshitは挨拶代わり。」

「つまり、アトランタと歳が近く、スラング含め英語も堪能、荒れくれ者と渡り合って来た経験もある…。
ほーら、君しかいないじゃなーい♪」

「…ざっけんなコラァ!!誰だ!?誰がトドメ刺しやがった!?」

「コウヘイだ。彼なら余裕ですよー、うちで引き取りますよー、と二つ返事したらしいぞ。」

「……今から提督殺りに行ってもいいですか?」

「……誰を殺るって?」

「アイエエエ!!時雨!?時雨何で!?床から!?
待って!そのマチェットしまってぇぇえええ!!!???」


第一印象は最悪。
正直次会った瞬間、あのやる気ねぇツラ引っ張ってやりたかった。

…しかしどう言う訳だか、マーフィーの法則。
関わりたくねえ奴とこそ、関わり深くなっちまう事も人生にはある。


ああ、考えたくねー…。







「うわー…何言ってるか分かんないけど、ボロクソなのだけ分かるわね…。
あれだけ険悪ムードだったら、大丈夫じゃない?」

「…………いえ、あの子は危険ね。」

「そう?」

「ああ言うタイプの子、リョウは何だかんだで放っとかないわ。」

「…………翔鶴さんが言うなら、そうなのかもね。」





今回はこれにて。
アトランタ編だけで、何回放送禁止用語出す事になるのやら…。


あー…本当ムカつくわあの女。
休憩時刻になってもイライラが収まらなかった俺は、久々に喫煙所へと向かっていた。

前は部屋にタバコ置いてたが、今はすぐ吸えるよう詰所のデスクん中。
相変わらず頻度はたまに嗜む程度だが、この置き場の差が現職場でのストレスを物語る。

喫煙所の扉と左の壁はガラスなんだが、右は普通の壁。
だからだろうな…いざ中に入るまでは、先客に気付いてなかった。


「朝以来だね。」


……呪われてんなぁ、今日。










第35話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-2-









「…………。」シュボ


無視無視。何で一服すんのにこいつのツラ見なきゃなんねえんだ。
ふー……あーあ、横に気配があるだけで味落ちてる気がすんぜ。


「…………。」ジ-


何じっと見てんだよ。
またオカマ野郎とか抜かす気か?…ん?

アトランタの手には、火のついてないタバコ。
…ああ、そういう事ね。

「…………。」ポイッ

「……thanx.」パシッ

『へぇ、礼ぐらいは言えんだな。』

『人の事なんだと思ってんの。』

『初対面で人の事オカマ野郎って言う女。』

『女みたいな顔してるあんたが悪い。そのくせデカいし。』

『うるせえ。もう点けたろ?ライター返しな。』

『タバコに関しちゃ日本はいいね。安いから。』ポイッ

『あー、ブルックリンじゃ州法ですげえ高かったっけか?』パシッ

『そう、NYだから。たまの良い嗜好品だから、日頃はVAPEで誤魔化すしかなくてね。』

『ふーん…。』

それ以上会話は特に無し。
別に話す気もなかったからだけどな。

ゴトランドの件の反省もあって、今回は資料のパーソナルな所まで目は通した。
こいつは20歳だからタバコについて言う事も無いし、俺も知ってる以上、歳について話す事もねえって訳さ。

…10代からだってのは、察したけどな。


『…担当監察員って、何するの?』

『…お前がやらかさねえか、一定期間監察するだけ。前科者の自分を呪いな。』

『何もしないよ。この国じゃ悪さのしようも無いしね。』

『それだけじゃねえよ。お前の他者への言動・行動も込みだからな?』

一応釘だけ刺しておく。
ちょくちょく話し掛けてくんな…どうせこれからしばらく、積極的にそのムカつくツラ見なきゃならねえ。
朝の件からイラっと来てんだ、今ぐらい無視させてくれよ。

『……憲兵って、要は軍内の警察でしょ?あたし警察嫌いなんだよね。』

『奇遇だな、俺はお前みてえなタイプの女が嫌いだ。』

『だったらわざわざ英語使わないで、日本語で通せば?左遷決まって叩き込まれたから喋れるけど?』

『お前のスラングにカウンター返す為にわざわざ英語使ってんだよ。ダイレクトにムカつくようにな。』

『……やな奴。』

『お互い様だ。』

人間には相性がある。
どうやら俺とこいつは最っ高にウマが合わねえようだ。

ま、憲兵やってりゃこんな事もあるかね。割り切るしかねえか。
馬合わねえ女っちゃあ、曙の奴はどうしてるやら。

……ん?ガラスに何か張り付いてんな…



『べちょーーん…』


「うおおおおっ!?」

「yikes!?」


スライムみてえにべっちょり顔面張り付けてたのは、づほ。
心臓に悪いわ…最近顔芸マスターになってねえか?


「ふっふー、新人さん見ないなあって思ったら、こんな所でおしゃべりしてたんだ。
ないすとぅーみーちゅー。私は瑞鳳。
アトランタちゃんでいいんだよね?よろしく。」

「よろしく。あなた、空母?」

「うん!軽空母だよ!」

「へぇ……。

演習する時、楽しみだね。よろしく。」

この時初めて、ダウナーなこいつがニヤリと笑うのを見た。
ああ、不良上がりの防空巡洋艦…なるほど、食ってみたくなったって訳か。

づほも察したのか、笑顔がこわばった。
やべえのが来るって話は前からしてたから、目配せして出るよう促したんだ。
演習以外じゃ、あんまり好戦的なムードにはさせたくねえからな。



『……あの子、本当に軽空母?駆逐艦じゃなくて?』

『あれでも俺と同い年、お前より年上だぜ。
俺の大事な親友だ、いじめんなよ?』

『あんたいくつだっけ?』

『21。今年22だ。お前より2つ上だ、少しは敬いな。』

『じょーだん。憲兵のクセに喧嘩好きは敬えないわ。
その拳…あんた、かなりやってるクチでしょ?』

『空手を長年な。アメリカいた頃、道場の先輩に英語と拳を散々叩き込まれたよ。』

『アメリカでストリートファイトは?』

『人助けから発展しちまった事は何度か。』

『本音は?』

『ボクサーやマーシャルアーツ相手は燃えた。』

『うわ…悪い奴。』

『14の時だ、若気の至りだよ。俺は出るぜ、くれぐれもはしゃぐなよ?』

『やんないよ。』

『どうだか。』

そのまま喫煙所を出ると、角の所にちっこい影が隠れてた。
ああ、あの後も見てたのか。

「リョウちゃん、大丈夫?何か雰囲気悪いけど…。」

「ああ、大した事ねえよ。単に俺とウマが合わねえってだけさ。
お前らは仲良くしてやってくれよ?」

「うう…さっきちょっと怖かったかも。
長門さんとこの秋月ちゃんいるよね?演習中のあの子みたいな目えしたからさ…。」

「そりゃお前が空母だからだ。」







「Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?」

「うん、あたしはアトランタ。あなたは?」

「私はね…。」






さて、時間か…またアレの顔見に行かなきゃ行けねえ。

正直クソみてえな任務だけど、仕事な以上やる。
実際問題、やらかされても困るからな。


『……いるか?様子見の時間だ。』

『ああ、もうそんな時間?いいよ。』

『失礼するぜ。』


定期的な動向把握、並びに日に一度の部屋への訪問。監察の基本内容はこれ。
で、初日真っ只中な訳だが…昼間暑いって言ってた割に、アトランタの部屋着はロンTだった。


『ちょっと寒くねえ?エアコン強えよ。』

『日本はジメついてるからキツいよ…。』

『ロンTなんか着てるからだよ。部屋ん中ぐらい隠すもんでもねえだろ?』

『……スケベ。』

『タトゥーの話だバカ。』

『…………見せびらかすもんじゃないからね。』


……妙だな。

アメリカだったらタトゥーは珍しいもんじゃねえ。
余程失敗されたとかでもない限り、隠したがる奴の方が珍しい。仕上がりもちゃんとしてた。
そもそも両前腕にびっしり入ってたしな。

アレ見た時は妙な雰囲気を感じたもんだが…何かあるな。

……いや、気にしてどうすんだ。俺のやる事はまた別だ。


『そう言えば、さっきショーカクって子に会ったよ。あの子は正規空母ね。』

『……あいつかぁ。』

『何か腹に一物ありそうだね。彼女?』

『…高校の元カノだよ。ここにいたのは偶然だけどな。』

『…EX(元カノ)か。ああ言うのが好きなんだ?』

『系統だけで言えばな。色々あって別れたけど。
逆にお前みたいなタイプは好みじゃない。』

『奇遇だね、あたしも女顔は嫌いだよ。
……もう夕方か、夜が来るね。』

『波乱の一日の終わりだ。恵みの夜だぜ。』

『恵みね…あんた、夜はどうなの?』

『夜は夜で、嫌いじゃねえな。』

『そう。あたしは苦手。』

『……札付きなのにか?』

『……札付きだったからだよ。アトランタの適正出てから、余計苦手。』

『そんなもんかね。じゃあ戻るわ。』

『もう来なくていいよ。』

『そう出来りゃラッキーだ。じゃあな。』


部屋から出て廊下を見れば、夕暮れで真っ赤になってた。
夜が苦手…か。ちょっとあいつを頼ってみるかな。


「…て訳なんだが、あきつ丸、夜中にあいつの部屋を覗けるか?」

“出歯亀でありますか。趣味が悪いでありますなぁ。”

「治安維持の一環だっての。」

「おや、昼間は揉めていた割に、アキまで引っ張り出して随分やる気だな?」

「げ…幽霊見えない聞こえないな割に、会話の流れは分かるんすね。」

「直近でアキを頼るような場面など、一つしかないからな。
…実際どうだった?一日監察した限りでは。」

「基本的な態度は変わらず、俺との相性は最悪です。
ただ、気になる点はあるんですよね。悪意あるってより、テンパって何かやらかしそうな。」

「動転して?」

「あれだけ派手なタトゥーを見せたがらないのと、夜が苦手って発言の2つ。
その後実艦のアトランタについて調べましたけど、確かに記憶の断片だけ貰ってもキツそうな史実ですね。
……ただ、妙に引っかかるんですよ。」

「何か気になるのか?」

「艦娘適正出て、『余計』夜が苦手になったって言ってたんですよね。
完全に勘ですけど、夜のあいつは注意した方がいいかもしれません。」

「…少しは成長したな。
憲兵と言う職務に於いて、洞察は重要だ。トラブルを未然に防ぐと言う意味ではな。」

「えぇ…夜こそ気が立って、何かしでかす可能性も考慮すべきかと。
あきつ丸、皆が寝静まった頃に頼む。」

“了解であります。”


翌日あきつ丸に結果を聞くと、やはり気になる点がいくつかあった。

一つ、ナイトランプを最大にしたまま眠っていた事。

もう一つ、寝言で何人かの名前を口に出していた事。
アメリカの人名だが、男女が混ざっていたらしい。

………今夜は俺の夜警か。
あいつの部屋の前通る時、ちょっと気にしてみるか。


『リョウ、おはよう。相変わらずオカマ野郎だね。』

『あ?朝っぱらからFワード付けんなよ。』


日中はそのまま、昨日通りの毒の吐き合いで過ぎた。
それでいざ夜警ってなった時…予想通り、異変は起こった。悪い意味でな。



“電気が点いてる…アトランタか?”


深夜24時、廊下に入ると煌々と明かりが。
トイレに起きる奴用に、普段ある程度照明は残してある。
だが今は、それ以上に全開になっていた。

その時…ふ、と突然照明が落ちた。


「no……nooooooooo!!!!!」


悲鳴!?
これは…アトランタの声か!!

懐中電灯片手に廊下中を探す。
それである程度進んだ時…ようやくへたり込むアトランタを見付けた。

「大丈夫か!?」

懐中電灯を向け、アトランタはこっちを見た。
するとアトランタは俺に飛び付いて…。


弱々しい声で、こう言った。








「stop it…farther……
stop it…Jesus…please don't killing homies…」

(やめて…お父さん…。
やめて神様…みんなを殺さないで…)









きっとアトランタの目には、俺が俺としては映っていなかったのだと思う。

この時俺は…ただ必死に縋り付く彼女を抱き締める事しか出来なかった。



今回はこれにて。
アトランタ編はシリアスとボケがごちゃごちゃな、ちょっと長めのお話になる予定。









第36話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-3-









『………落ち着いたか?』

『………。』

荒かった呼吸も、しばらく抱き寄せてる内に収まってきた。

アトランタは何も言わないが、今こうなった理由を問い詰める事はしない。
大体察しはついた、だからこそだ。

『………ごめん。』

『人間ああなったら仕方ねえよ。こっちこそ触っちまってすまねえ。』

『…ありがと。』

『部屋まで送るわ。』

アトランタを部屋まで連れていくが、ベッドに座るあいつの肩は、まだ少し震えていた。

…一人にしといてやった方がいいな。

「I'll return to the my room,sleep tight.」(俺は戻るぜ。しっかり寝とけ。)

「Are you going to playing “Netflix and jill”now?」(これから『いいこと』して寝るの?)

「If so.I'd have to girls who are different from a person like you.」(もしそうなら、『お前みたいな奴以外の女の子』でだな)

「Fxxk'n pervert.」(ばーか)

「Shut the fxxk up.You'll sleep well after NO2 please,lady?good night.」(うるせえ。クソしてお眠りやがり下さいませ、お嬢様?おやすみ。)

「hehe……Ryo,thanx.」


ふー…何とか笑っちゃくれたか。
あんな唐突な下ネタ、気ぃ紛らわせてえ以外の何だっての。返す俺の身にもなれ。

…そういや、あいつが普通に笑ったの今日で初めてだな。


あいつの部屋から出て、俺は懐中電灯も点けずに廊下を歩いていた。

ただ苦手な夜が来るだけでああなったなら、艦娘以前に日常生活すら送れねえ。
悲鳴上げたのは停電にビビったからで説明付くが、あの言葉。あれは多分、俺の…。


…どうも、ダメ押ししちまったらしいな。


日常を守るとは、心を守る事。
ムカつく事に眼鏡と知り合ってから持った、俺なりの憲兵としてのポリシー。

アトランタの事は気に食わねえ、どうにもああ言う女は苦手だ。


ただ……それが目の前で泣いてる奴を放っておく理由には、ならねえよな…!


「リョウくん、また珍しいね。」

「提督…夜分遅くにすみません。」

「…アトランタの様子はどうだい?どうにも僕の前じゃ気を遣ってる風でね。」

「提督…アトランタの資料はありますか?」

「…君の所にもあるはずだ。」

「ちげえよ……出生、半生、具体的な犯罪歴。
あいつが『オレンジ着てた』ってんなら、あんたにそっちの方も来てるはずだ。向こうの警察の調書がな。

出せよ。今すぐだ。」

「………。

かなわないな、君には…いいよ、用意しよう。
すまないね、重い役目を押し付けてしまって。」

「…ありがとうございます。」

「………もう察しはついてるかもしれないけど、うちは『そう言う鎮守府』でもあるのさ。
ここは普通に育ってきた子も多いが、何かしら訳ありな子も、うちは積極的に引き取るようにしている。僕の方針でね。

だが僕は提督…柱は所詮柱。それ以上にも以下にもなれない。
一人一人と時間を掛けて向き合いたいが…僕が本当にそれをしてしまえば、戦いに支障が出てしまう。
まず皆が勝ち、そして生きて帰れるよう運営する。それが僕の1番やるべき事。
僕が出来るのは、ここのみんなの居場所を作る事だけだ。

キョウに憲兵への転身を勧めたのは僕だが、あいつがここへ来たのは、キョウ自身の意思だ。僕の方針を理解してね。
“枝を守るのは任せろ、お前は何より太い幹でいろ。”って言ってくれた。
お淀だって、アレでもその気持ちは同じくさ。

だが、彼らだけでは負担が大きい。
今までのキョウの部下達もいい奴らだったけど、正直その面では頼りなかった。

……リョウくん。改めてアトランタの事を…そして、キョウやみんなを頼んでいいかい?」

「……任せてくださいよ。俺はあのクソ眼鏡の一番弟子ですから。
一人より二人。枝支えんなら、多い方が良いでしょう?
頼みますよ大将!あんたはぶっとい柱でいて下さい。」

「…ありがとう。印刷出来たよ、これだ。」

「…提督、ありがとうございます。」

「すまないね、今度何か奢るよ。」

「だったらここらで一番美味いラーメン食わせてください。それでチャラです。」

「ああ、一番好きな店に連れて行くよ。」


部屋に戻って、改めて隅から隅まで資料を見る。
捕まるまでの家庭環境、生活…それに、逮捕された時の罪状。

なるほどね…大方はクソな意味で予想通り。
だが、本人の口から聞かなきゃ分かんねえ事はまだ多い。

担当観察員…その役目とは、性質に問題のある者を、艦隊の秩序を乱さぬよう正す事。
だがそんなもんは俺にとっちゃ建前だ。要は…安心して戦い、そして暮らせるようにする事。やらかす必要が無いようにな。

少し時間は掛かるな…俺は俺なりのやり方で、全うさせてもらうぜ。


そうだな、まずは今度…。





“……コン…コン…。”


『ん……誰?』

『俺だ。』

『げ…もうそんな時間?仕事明けなんだからゆっくりさせてよ、せっかく早く終わったんだよ…。』

『私服に着替えろ。それでゲートん所集合。』

『え?』

『…お前酒は好きか?いい所に連れてってやる。』



『…で、ここ何?』

『居酒屋っつーんだよ。』

『イザカヤ?』

『要は日本のパブだ。』

来てから数日の様子見る限り、どうもこいつはコミュニケーション自体は不得手な方だ。
鎮守府の連中は話早えから、その辺込みでコミュニケーションは取れる…だが、こいつ自身が安心出来るにゃ、ちょっと時間食うだろう。

そういう事なら、英語出来る俺が最初の窓口になりゃいい。
で…手っ取り早くそうするには…。


『あんた、メシであたしの機嫌釣る気だね。』モグモグ

『もう食ってんじゃねえか。』

『ん、これおいし。甘みあって。』

『Japanese rolled omelette.卵焼きっつーんだよ。』

『タマゴヤキ?ああ、タマゴがeggで、焼きがfriedって事か。』

『名前そのまんまだろ?
瑞鳳いるだろ?あいつも焼くの上手いんだよ。』

『ズイホー…あいつ強いね。この前の訓練、大分やられた。』

『あれでも前の所から、狙いの名人って言われてたからな。』

『…ぷはー。どうりでね。日本のビールは結構濃いね。』

『そうか?濃けりゃハイネやバドぐらいならこっちのスーパーで買えるぜ。』

それとなーく他の奴の話題を振る。
他をどう思ってるか探る意図もあったが、何人かの話題出した限り、こいつからの悪印象はそんなに無さそうだ。


『ショーカクだっけ?あんたの元カノとはまだやり合ってないね。』


…そう思って話してたら、今度は俺が地雷を踏まれる番になっちまった。


『…あいつこそうちのエースだよ。
何でも俺が来るってなった時、訓練しまくったって…。』

『仕返し?何かひどい振り方でもしたの?』

「No.she is “bunny boiler”...」

「wow...is she “bunny boiler”?i see.」

『俺春からこっち来たんだけど、おかげで大変だったんだぞ…』

『そうは見えなかったけどね。』

『お前はまだあいつの恐ろしさを知らない。キレさせるとやべえから気を付けろよ?』

『そう、気を付けるね。』ニヤ

『待って、何する気。』

『何もしないよ。
これ頼んでもいい?日本酒飲んでみたかったんだ。』

『いいけど回んぞ?暴れんなよな。』


…………で、案の定。

『なーにー?あたしの酒が飲めないってのー?』

『もう店の外だよバカタレ。重っ!?暴れんなコラ!』

アメリカ人に日本酒はキツかったか…無理矢理アトランタを背負い、俺は夜道を歩いていた。暴れるから。
笑い上戸と絡み酒を同時に発症したこいつは、店ん中でもシャレになんねえスラング連発…CとかDとか。
ここがアメリカだったら、どっからともなく発砲事件になってたぜ。

しかし酔っ払っての本音聞いてた限り、こいつもストレス溜まってたんだなぁ…。

どうも向こうの艦隊じゃいまいち馴染めなかったらしく、オマケに前の提督の件。
相当なパワハラ野郎だったようで、駆逐艦殴ろうとした所に花瓶ぶつけて頭カチ割ったんだとか。
流れでそれまで積んでた悪事もバレて、その提督もクビ飛んだって所らしい。


『だーかーらー、ムカついたから花瓶当ててやったんだよー。あのファ〇キンデ〇ックにさー。』

『その話、もう5回目ー。
…ま、やり方はともかく、嫌いじゃないぜ?そう言うの。その子を守ろうとしたんだろ?』

『………そんなんじゃない。』

『はいはい。』


……やっぱり、根っからのワルって訳じゃなさげだな。

こいつに対する監察は、俺、眼鏡、提督の許可があって解ける。
監察員の任を降りれる時が、イコールでこいつはもう大丈夫って証明になるんだ。

様子は見なきゃなんねえが、こいつがこの鎮守府に安心出来れば…やべえ、ちょっと限界だ。


『重てえよお前…そこのコンビニで休ませろ。』

『いいよ。タバコ吸いたいし。』

コンビニ脇の喫煙所の所で、ようやく一息をつく。
もう7月も後半か…さすがに人担いで歩くにゃ堪えんぜ。

『…日本食、おいしかったなぁ。
空港でこっちのハンバーガー見た時、どうなるもんかと思ったけど。』

『確かに向こうのに比べりゃ小せえな。でもありゃアジア系の俺からすりゃデカすぎだ。』

『でかいのがいいんだよ。今度アトランタバ
ーガー食わせてあげるよ。』

『それ商品名?それともお前オリジナルって事?』

『あたしオリジナル。なかなかいけるよ?』

『胃薬用意して待っとくぜ。でも今日は夜平気なんだな?』

『…外いて気付いたけど、日本のは向こうの夜ほど怖くないんだよね。』

『…まぁ、確かに雰囲気は別だな。俺はこっちの方が落ち着く。』

『……昔はさ、そこまで嫌じゃなかった。
こんな風に外でタバコ吸ってると、ブルックリンが懐かしくなるね。』

『いくつからだ?不良娘。』

『あんたに言うとめんどいからパス。さてと…』

「…ぐえっ!?」

『ヘイタクシー、乗っけてってくれんでしょ?運賃は出世払いで頼むよ。』

『てめえ、立ち上がんのマジでキツいんだぞ…!』

『はい出発ー。』

『…後で覚えとけよ。』

無理矢理アトランタをおぶって、俺は帰路を急いだ。
あぁ、づほなら軽くて済むんだけどなぁ…二度とこいつにゃ飲ませねえ。
















「………へー…………そこ、私のポジションなんだけどなー…。」













今回はこれにて。
シリアス風が続いてますが、その内どうせいつもの頭の悪さに戻るのでご安心ください。



『被告人 ____・ジェンキンズ
xx年4月22日生 18歳
血液型 AB型

罪状 傷害並びに公務執行妨害
判決 懲役6ヶ月

ブルックリン区内にて出生。北欧系アメリカ人。
幼少期から実父より母親と共にDVを受けており、10歳の頃、耐えかねた母親が父親を殺害。母親は逮捕され服役するも、翌年獄中死。

その後同ブルックリン区内在住の祖父と生活するも、14歳の頃に祖父が死去。
以降は祖父のアパートにて一人で生活し、ギャングコミュニティでの目撃情報あり。
自供、並びに証拠は得られていないが、逮捕までの生活費は、祖父の遺産と犯罪行為で得たものを基としていたものと思われる。

仲間を狙撃した警官を襲撃、頭部裂傷を負わせ上記の罪状により逮捕。
負傷した警官は、被告の仲間への不当な発砲を働いており、これも考慮し上記の判決と処す。』





「____、晴れてあなたも模範囚ね。きっと半年より早く出られるわ。出所後はどうするの?」

「…ホームレス以外無いでしょ。アパートもファミリーももう無い。
また『運送屋』でもやるか…それか、もう『街に立ちんぼ』するぐらいしかないもね。神様助けてってさ。」

「…フリートガールって知ってるかしら?」

「フリートガール?何か変なカッコしてバケモノと戦ってる奴らでしょ?」

「そう。見た目は派手だけど、立派な軍人よ。
適性がいるから、誰でもなれる訳じゃないけど…____、まだ人生を投げるには早いわ。
あなたは本当はいい子よ、神様もきっと見ててくれる。だから賭けてみない?」










第37話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-4-











「むー…昨日私も暇してたんだけどなー。」

「そうね、私も暇だったわ。」

「あー…ま、まあ悪かったよ。」

翌日、俺はづほと元カノコンビに詰められていた。
せっかくなら私達もアトランタと飲みたかった!って事らしい。

まぁ親交深めたがってるくれてるなら何よりだが、俺も警戒しすぎたかなー…確かに連れてきゃ良かった。
こいつらなら、多分『アレ』も見てるだろうしな…あ、そうだ。

「なぁお前ら、風呂とかでアトランタって見た?」

「…リョウ、やっぱり大きい方好きでいてくれたのね…!」

「……ほっほー、やっぱりああいう乳が良いんだ?」

「ちげーよ、タトゥーの話だ。俺は腕のチラ見えしただけだからな。」

「あー、私この前被ったよ?二の腕ぐらいまで入ってたね。
あと湯気でちゃんと見えなかったけど、背中にもあったかな。」

「私も見たわ。綺麗な絵柄だったわね。」

こいつらはそう言うので偏見持たないから、訊くには早い。
アレも多分意味がある。全体像見た奴の印象を知りたかったんだ。


「鷹や太陽、ひまわり…あとマリアね。私が覚えてるのは。」

「おじいちゃんも入ってたよね?キリスト風の奴。」

「…ふーん。背中は?」

「ちゃんと見てないけど、何か黒いのだったよ?派手には見えなかったかな。」

「なるほどな…ありがとな、二人とも。」

「いえいえ…リョウ、でも頑張りすぎないでね。
接した感じ、そんなに悪い子には見えなかったもの。きっとすぐに監察を解けるわ。」

「そうだね、クールだけど話も出来るし。
リョウちゃんちょっと顔疲れてるよ、アトランタちゃんにもプレッシャーになっちゃうよ?」

「…ああ、気をつけるよ。」

キリスト風の老人…ぶん取った調書見た限り、そういう事だろう。
ただ、でかいデザインじゃなく、小さいのをいくつも入れて二の腕まで…ね。

アトランタも最初はビビられてたけど、外面は上手くやってくれてるらしい。
1週間近く経った今、みんなはそこまで悪くは思ってなさそうだ。

……このまま放っておけば、監察自体は解けるかもな。
でも俺は、あいつが何か抱えてるのを見ちまった。

提督や眼鏡は、そこ込みで俺にこの件任せたんだと思う。
ここが本当に安心出来る場所になってくれりゃ、それがベストだ。

さて…部屋への訪問の時間か。
ただ、生きてんのかあいつ?



『入るぜ。』

『………死ぬ。今日はマジで帰って。』


二日酔い・オブ・二日酔い。
昨日はアトランタが今日休みって知ってたから連れてったんだが、見事に休日を寝潰していたらしい。
下ろした髪は大爆発、声のトーンは更に低くなっていた。


『…まぁ、だと思ったよ。実際覚えてるか?』

『コンビニでタバコ吸ってからの記憶が無い。あたしどんなもんだった?』

『ここに寝かせた瞬間、俺の顔面に蹴りが来たよ。マーチン履いたままのな。』

『げ……ごめん。』

ギリギリ受け止めたけどな、本当は。ただ、ちょっとは反省してもらわねえとだ。
へへへ…さすがにしおらしいツラしてやがるぜ。

『うう……リョウ、そこにコーヒーメーカーあるから沸かしてくんない?』

『その前におめーはこれだ。』

『……スポドリ?』

『どうせ二度寝三度寝とキメてたんだろ?まず水分取っとけよ。』

『……ありがと……あー、生き返る…。』

『本当にキツそうだな…今日は戻るぜ、監察以前の問題だ。』

話すだけで頭痛拗らせそうなツラだ、俺もとっとと消えてやろう。
……とか考えてると、手を掴まれた。



『………何だよ?』

『LINE。』

『は?』

『日本にLINEってアプリあるよね?あんたの教えて。基本的なのは習ったから。』

『あー、いいけどよ。何でまた?』

『これでまた潰れたらタクシー呼べる。いや、お馬さんかな。』

『…一つ、日本の都市伝説を教えてやる。』

『何それ?』

『イエローキャブならぬイエローアンビュランス。
てめえみてえな頭おかしい奴をぶち込む救急車だ。』

『大丈夫、あたしの専用車両はカーキのタクシーだから。』

『行先は地獄オンリー、運賃はお前の命な。
…ったく、しょうがねえな。スマホ出しな、登録してやる。』

それで登録して、とっとと部屋を出た。
ん?早速か…。


『Ryo,Fxxk you&thnx.』


……はは、どっちだよ。


その後ポーラがひと暴れしてくれたお陰で、俺が仕事を終えられたのは22時近く。
例の如く眼鏡は着替える羽目になり、俺は一人で部屋にポーラをぶち込んだ。

“一応様子見とくか。”

何も無いのはわかっちゃいるが、念の為にアトランタの部屋の前も通る事に。
よし…特に物音も無いな。


『…人の部屋の前で何してんの?』

『…出てたのかよ。ポーラぶち込んだついでに様子見にな。』

『あのすぐ脱ぐ子?』

『あのすぐ脱ぐ子。』

『…スケベ。』

『アレのどこに興奮しろと。』

『そう…屋上に行かない?お風呂入ったら少しのぼせちゃった。』

色々とアレなもん見た後で、正直俺も気分が悪かった時だ。
願ったり叶ったり、アトランタに促されるまま屋上に付き合ったんだが、そこでふと気付く。

……夜、怖くねえのか?


『いい月明かりだね。こうして石段に座ってると、ブルックリンの夜を思い出すよ。』

『……夜、怖いんじゃなかったっけ?』

『………正確には深いのが…かな。
あたしが住んでたアパートには屋上があって、よくこうして月を見てた。』

するとアトランタは、ダボついたロンTの袖を捲った。
顕になったのは、両手の二の腕まで達したいくつものタトゥー。


それをかざしながら、あいつはこう呟いた。








『…“みんな”、こっちも月が綺麗だよ。』








………。

…やっぱり、そういう事か。

何となく思い描いてたタトゥーの意味に、確信を持てた。
だから今は、あえて触れない事にした。

『……腕の事、何も訊かないんだね。』

『大体分かったよ。アトランタ、お前が話したくなってからでいい。』

「………no.」(違うよ。)

「………why?」(何がだ?)

「……please call me Shelly.it's my real name.」(シェリーって呼んで。あたしの本当の名前。)

資料に載ってた以上、それはもう俺も知ってる名前だ。
だけど実際にそう請われた時…俺は何か、切実な物を感じたんだ。


『……ああ、仕事じゃなけりゃ呼んでやるよ。シェリー。』

『……ふーん、仕事中じゃなきゃいいんだ?
ねぇ、リョウ。今から部屋に来ない?見せたいものがあるんだ。』


今度は部屋に招かれて、俺は椅子に座らさせられた。
何か出てくんのかと思った時、アトランタに声をかけられた。


『……リョウ、こっち見てくれる?』

『へ……な!おま、馬鹿野郎!?』


ロンTを脱ぎ捨てたかと思えば、突然下着まで外しやがった。
俺が慌てて目を隠すと、見ろと言わんばかりに手を掴まれる。

『タトゥーの意味、教えてあげる。だから手をどかして?』

『……タトゥーの意味?』

『……分かった、じゃあ背中向けたら声掛けるから。それならいいよね?』

それで声が掛かり、恐る恐る手をどかした。
その時俺が目にしたのは…


「…………っ!!」



そこにあったのは、白い肌に刻まれた黒い影。
アトランタの背中にあったタトゥーは…


天を仰ぐように両手を広げた、死神の後ろ姿だった。


今回はこれにて。
アトランタに設定されてる本名も、他の子同様ちょっとした小ネタが入ってます。


『………。』

すすり泣く声だけが、部屋に響く。
強く体を締め付ける腕は、怯えた子供のように加減を知らない。

「………fxxk you.」

「………。」

「Ryo.My heart hurts when I remember…please don't kind to me……fxxk you……fxxk you!!」(リョウ、思い出してつらいんだ……優しくしないで……クソ野郎…クソ野郎!!)

涙声のまま、アトランタはようやく感情の全部を俺にぶつけてきた。
そうか……観察員として向き合えば向き合うだけ、傷に塩塗ってるようなもんだったかもな。だが……



そうは問屋が卸すわきゃねえだろ、馬鹿野郎。




『……生憎そのババアみてえなのは、ここじゃ俺だけじゃねえぞ?

提督は、お前みてえなワケありも積極的に引き取ってる。居場所を作る為にな。
あの眼鏡は俺の師匠だ、俺より強引にお前を引きずり上げようとするだろう。

ここの艦娘連中だってそうだ…誰かしらあの手この手でお節介焼いちゃ、お前をほっときゃしねえ。
お前と飲み行った後、づほと翔鶴に怒られちまったぜ…何でお前と飲ませてくれなかったんだってな。

……おい問題児、逃げられると思うな。

ここに来ちまったのが運の尽き。
ここは“俺含め”、頭のおかしいキxガイどもの溜まり場だ。』


………あーあ、認めちまったよ俺。
ここは本当にクソッタレで、最高な鎮守府だってよ。
憲兵冥利に尽きも尽きる、大好きな場所になっちまったさ。


だからアトランタには、こう言ってやったのさ。








第39話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-6-







「へえ?ショーカク、あたしのsculptureでも作ってくれんの?」

食堂はさながら冷凍庫。
一触即発の空気の中、アトランタと元カノは静かに睨み合っていた。
元カノは完全にブチ切れた笑み、それに対して…アトランタは、余裕ありげな微笑みだ。

正直あまりにもな急展開に、俺自身理解が追い付いていない。
だがこれだけは言える…このまま行くと、俺は何らかの形で召されてしまうと。

そうだ、俺は憲兵。まずはこの場を止めなくちゃならねえ。
そして意を決して動こうとすると…


「はーい、ストップー。」

「…提督…!?」

「なんか面白そうな事してるねー。でも演習場は僕の許可ないと使えないよ?」

「提督さん、じゃあリアルファイトでもいい?それこそあたしの勝ちだけど。」

「ふふ…あまり弓使いの地力を舐めない事ね。
分かりにくいけれど、これでもインナーマッスルには自信があるのよ?」

「待った待ったー。それも面白そうだけど、君らに始末書出ちゃうよー?
ただ…どうしてもって言うなら、許可出してもいいよ。僕プロデュースの演習ならね。」

「…乗った。」「乗りましょう。」

「くす……じゃあ2時間後、執務室においで。あ、瑞鳳は今着いてきて貰っていいかな?」

「……はい、分かりました…。」

「………!?」

そう提督に着いていくづほの目からは、静かな殺気が放たれていた。
な、何であいつもあんな…呆気に取られている間に、気付けば4人ともいない。
その場に残されていたのは、俺と眼鏡だけだった。



「……くくく…リョウ、面白い事になったじゃないか。
なるほどな、アトランタは『そういうタイプ』だったか。」

「ど、どういう事ですか…?」

「基本クールでドライではあるが…その分一度気に入った人間には、とことん執着するタイプと見た。
貴様は相当お気に召されたようだな?」

「えー…んな馬鹿な…。」

「……ついでに、ひとつ私の中で確信を得た事がある。」

「……は?」

「リョウ、世の中にはいるんだよ…貴様のようなタイプが。
どういう訳だか、ぶっ飛んだ女にばかり好かれる男と言うのがな…。

それがどういう事かと言うと…つまり、貴様にはまともで優しそうなお姉様どころか、普通の神経の女にモテる日など永遠に来ないのだ…!」

「…………!!!」

な、何だって……!

だが、ショックを受けてる場合じゃない。
俺を巡って演習バトル…下手すりゃ、否応無しにどっちかと付き合えって話になりかねねえじゃねえか…!
こうなりゃ善は急げだ…先手を打つ!多分今なら部屋に…。


『アトランタ!』

『…なぁにダーリン。シェリーって呼んでくれないの?』

『冗談はその辺にしとけ、何考えてんだおめえは!!』

『ふふ…提督さん、なかなかショーカクとやり合わせてくれないからさ。
まぁ理由は聞いてたけど、あたし的にはそろそろいいかな…ってね。』

『…どういう事だ?』

『…ここの工廠、本当凄腕だね。艤装が使いやす過ぎて、逆に慣れるの手間取っちゃった。
あたし自身まだ時差や気候に慣れてなかったし。

でも、それも慣れてきたから…やっと本来のあたしが出せるかなってね。
慣らしが終わるまで待てって、ずっと止められてたんだ。

あんたなら分かるでしょ?でかい鳥こそ喰ってみたくなるって…!』

その瞬間の笑みを見た時、正直ゾッとした。
うわ…こいつとことん戦闘狂だ。これからの事を心底楽しんでやがる。
でもそれ以前に、巻き込まれた俺はたまったもんじゃねえわけよ。
焚き付ける為でも、アレはよ…。

『聞くまでもねえけど、アレは嘘だよな?
いくらなんでもやり過ぎだ、フォローしきれねえぞ。』

『へぇ……嘘だと思う?』

「……!?」

俺の肩にしがみつくように、また無理矢理唇を奪われた。
思わず押しのけちまったが、アトランタはそれでも楽しそうな笑みを浮かべている。


『……言ったでしょ?あんたはもうあたしのもの。』

『ごめんなさい無理ですって言ってもか?
この際はっきり言っとくが、お前に恋愛感情は抱けねえな。』

『そりゃ今はそうだろうね、あんたからしたら当然。でもこれからは分からない。嫌よ嫌よも好きのうち…ってね。
色々あっても、明日はいい日になるもんだよ…あんたがあたしに堕ちれば。』

『…しつけえ女はもう間に合ってるんでな、お引き取り願うぜ。
いいか、お前が勝とうが負けようが付き合わねえからな。
演習はこの際仕方ねえが、それ以上のゴタゴタ起こすんなら容赦しねえぞ?』

『くす…容赦なく押し倒してくれんの?』

『あー言えばこう言う。もうちょっとお淑やかになって出直してこい。』

「darling,i love you.」

「thank you,fxxk'n nuts.」(ありがとよ、イカレ女)

ダメだ、ラチがあかねえ。
話にならねえと思った俺は、そのまま一旦部屋から出た。

はぁ…どうもあの様子じゃ、本当に俺に対してガチくせえな。
何度でも口説いてくるなら、何度でも振るしかない。長期戦かよ…。

…あいつ、今まで付き合った奴全員、あの手でかっさらって来たんじゃねえだろうな?


「…………。」


廊下を歩きながら、ふと乱暴に口を拭った。
説明し難い違和感が、どうにも取れなかったんだ。







“へえ、まずあたしの所に止めに来るんだ……。

余計やり合いたくなったよ、ショーカク。”







「で、来いとは言われた訳ですが……提督、それは無いんじゃないですか?」

「ん?大丈夫大丈夫、実戦ならよくあるパターンだし。」

いざ演習場にボートで乗り付ければ、アトランタに対するはづほと元カノコンビ。
1対2、どう見てもアトランタがボコられる未来しか見えない構図だ。

「今回はアトランタの防空力を見る意図もあるからね。
エース級の空母に補助の軽空も相手して、どれだけ落とせるかと。
逆に、空母コンビの攻撃力の見直しにもなるしさー。

あ、今回はインカムであの子達と会話出来るからねー。」

「……何でそんな余計な事したんですか?」

「そっちの方が燃えるかなってね。」

「提督、後で工廠裏行きましょう。」

「さて、始めようか。」

インカムはあるが、会話は一切無い。
アトランタは不敵な笑み…そして空母コンビからは、ガスバーナーみてえな殺気が放たれていた。



「始め!」


号令と共に、艦載機が一斉に放たれる。
前見た時に比べると少ない…様子見か?
しかしそれでも2人分、1人でこなすには多すぎる攻撃がアトランタに降り注ぐ。

爆煙がアトランタを覆う…だが、直後にインカムから聞こえた声に、耳を疑った。


「fxxk you thunder,you can suck my dxxk…♪
…ま、あんたたちのなんて、神様の屁にすら値しないけどね。」

余裕気な歌声と共に、爆煙が晴れていく。
そこには無傷のアトランタを、海面に浮かぶ艦載機の残骸が取り囲む光景。

あいつ…全部落としたってのか!?

「へぇ…やるわね。前は私にボコられてたのに。」

「ええ、小手調べに…と思ったけど、そんな必要は無かったわ。
瑞鳳ちゃん…これで全力で“殺れる”わね…!」

「翔鶴さん、どうどう。“楽しい後輩の歓迎会”だよ?
ここは一つ、私達と同じラインに上げてあげないと…。

ねえ、アトランタちゃん。」

「何?」

「そのほっぺたって自前?かわいいね、カ〇ビィみたい。アメリカでも有名だよね?
…いっぱい吸い込んだから、そんなに良い乳になったのかな?」

「そうね、よく似てるわ…ただ、頭には必要なものを吸収出来なかったようね?人前でいきなりあんな事…。」

「……Kixxby?
…fxxk…!人が気にしてる事を…!
c'mon!bunny boiler and pancake!!」

あー…言っちゃったよあいつら…。
悪口ってのは理解出来たんだろう、空母コンビの冷気が高まる。
そして俺のインカムに、地獄への誘いが来た。


「…ねえ、リョウちゃん。アレ何て言ったの?」

「……無理、訳せねえ。あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ。」

「リョウ… い い か ら 訳 し て ? 」

「……まずpancakeは、スラングでド貧乳って意味だ。」

「ふうん? じ ゃ あ 私 だ ね 。
翔鶴さんのは?」

「bunny boilerは……。
…スラングで、ヤンデレとかメンヘラって意味だな…。」

「…………。

…瑞鳳ちゃん、ちょっと耳を貸して。」

そのまま2人は、こそこそと何か話し始めた。
そして改めてアトランタの方に、仁王立ちで向き直る。

その時、妙な既視感と悪寒が俺を襲った。

元カノ169cm…づほは143cm。
立ち位置はそれぞれ左と右、結構な身長差のシルエット。

あれ?何かこの構図どっかで見た事ある。
そして2人とも、突然ものすごーく可愛く、にっこりと笑った。
それに気付いた時、悪寒は更に激しさを増し…



『大変お見苦しいエヘ顔ダブルファ〇クが発生しております。』



ポップでチームなエピックウウウゥ!!!???




だめー!ネイティブ相手にそれはだめー!!
本当に発砲事件になるわ!!死体になっても文句言えねえ奴だぞそれ!!

そして今度は、強烈な熱気が反対側から放たれる…その元は勿論…!


「ショーカク…ズイホー……てんめえら…。

fxxk……fxxk……fxxxxxxxxxxxxxxxxxxxk!!!!!!

i'll kill you all!!kiss my ass!!
you guys are dingleberries!!!you despicable fxxk'n cxxts!!

fxxk youuuuuuuuuuuuuuu!!!!!!」



おウ〇コ おウ〇コ
おウ〇コー

あなた達を殺してあげます。くたばってください。
あなた達など拭き残しのトイレットペーパーです。絶対に許しませんよこのクサレ[検閲により削除]達よ。

おウ〇コどもめーーーー。



えー…何とか伏せて訳してもダメ。
余りにも肥溜めのような言葉の羅列に、意識が南国に逝きかけた。

呆然としてる間に、続けてまた通信が入る。



「リョウちゃん、アレなんて言ってるの?」

「ダメ!汚すぎて本当に訳せない!!」

「リョウ!!ねえ教えてよ!!」

「無理だっつってんだろ!!」

「はぁ…はぁ……あーあ。リョウ、本当下品だねあいつら。
待っててね、全部ハエ叩きしてやるから…!」

「アトランタ、鏡見てこい。心でな。」

「なあに?あたしはパス。
どうせ世界一美しい心が映ってるだけだと思うよ?」

「hehe…please go to psychiatry!!fxxk!!」(はは…精神科行ってこい!!ボケ!!)

「あはは…いいねー君達、そう来ないと楽しくないよ!!
3人とも!!思いっきりやっていいからねー!!」

「「「yes sir!!」」」

「油注ぐな責任者!!」


演習場の熱気は急上昇、これには提督も思わずニッコリだ。
この人が楽しそうにしてる…つまり、この演習が更に泥沼と化すのは確定したのである。


神様、マトモな神経の彼女を僕に下さい。

今回はこれにて。
世の中大変な事になってしまっていますが、少しでも笑ってもらえれば幸いです。


「ふふ…さーて、あの3人どう出るかなー?」

「はは…楽しそうっすね…。」

「まあね。提督の僕からしたら、こういう時こそあの子達の日々の進歩が見られる訳だし。
演習は本人達のセンスでやらせておけば、作戦も立てやすいしねー。」

「……本音は?」

「格闘技観戦みたいな気持ち。」

……ああ、サイコだわ。

楽しそうな提督とは裏腹に、俺の気分は冷えて行く一方。
ガキの喧嘩レベルじゃねえ、殺し合いの宣言が行われたようなもんだ。
双方のいよいよ収拾つかないブチ切れ具合に、どうしようも無い絶望感を抱えていた。

元カノとづほが矢を構え、アトランタは再度迎撃の態勢に入る。
容易に想像出来る、戦闘の激化……だが、少し予想外な闘いがここから起こって行くのだった。










第40話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-7-










「行くわよ瑞鳳ちゃん!」

「うん!!」

小手調べ無し、初撃より遥かに多い爆撃がアトランタを狙う。
しかしアトランタも負けちゃいない。爆煙は海面じゃなく上空で巻き起こり、それは撃ち合いが拮抗している事を表していた。

「あんた達そんなもん!?まだまだあたしには届いてないね!」

上がった声のトーンからは、アトランタにも最初程の余裕は無いのが見て取れた。
どちらも本気。均衡が崩れるまでのぶつけ合いの様相を呈している。

爆撃音は次第に減り、今二人が放った分が切れた事を告げる。
決着せず乗り切ったのかと思った、その時。



「……yikes!?」


一度アトランタが気を抜いた瞬間、背後から激しい水飛沫がアトランタを襲った。
あれは…低空飛行の飛沫か!? どこにいたんだ?

「ふふ…少しは頭が冷えたかしら?」

「fxxk…あんた最初から…!」

「……私だけじゃないわよ?」

「…………!?……ぶっ!!」


びたああぁあん……と言う音ともにアトランタの顔面に貼り付いたのは、でかい昆布一枚。

それをぶつけてきた艦載機は…


「ふっふー、昆布だしのお味は刺激が強かったかな?
まあでも、『牛』には相性いいよねえ…?」

「づほ…。」


あのドタバタの隙に、一機逃がして昆布探させてたのかよ…ムカつきすぎだろ、怖ぇなぁ。

してやったりと言わんばかりに、二人は悪そうな笑みを浮かべてる。
一方のアトランタは…顔面に昆布貼り付けたまま、微動だにする気配も見せずにいた。



「…思った通りね。防空力は大したものだけれど、手元と足元はそれに釣り合っていない。
いい?アトランタちゃん。鳥は撃てば終わりだけれど…艦載機には空母と言う撃ち手がいるのよ?それに他の艦もいる。
上ばかり見ていれば、横から心臓を撃たれても仕方ないわ。

今のは飛沫と昆布で済んでいるけれど…実戦ならとっくに死体よ?
あなた、よく今まで生きてこられたわね。」

「同感ね。煽り耐性も致命的に低いわ。
単にムカついて吠えるだけなら誰でも出来る…その怒りを、どう確実に殺る為の思考に変えられるか。そう言う最後の冷静さが足りない。

アトランタちゃん、向こうじゃ随分周りに助けられてたんじゃない?
仮にも軽巡が前を不得手にしてるんじゃ、前衛じゃなくて浮き砲台だよ?」

うわ…ちょっと言い過ぎじゃねえ?
確かにど素人の俺からしても、前後は劣って見えたけどよ…。




「あー…先走っちゃったかー、あの二人。
後で僕から筋道立てて言おうと思ってたんだけどねぇ。」

「空手に置き換えると、気配の察知と動体視力の甘さ…って所ですかね。
ただ、アトランタの性格にあの言い方は…。」

「うん……ちょっとまずいかもね。」

現状の構図だけで言えば、イキった後輩が先輩にやられてる図だ。
元はと言えば、元カノキレさせたのはアトランタな訳で。

しかし、奴らはもうお釣りが来るレベルでアトランタを煽り返し、そして心身共にボコボコにしてる。


そんな中、元カノは更に口を開いた。


「……艦娘の先輩として言えるのは、ここまでね。
ここからは、個人的な話をあなたにさせてもらうわ。

所詮私はあの人の元カノ…しかも振られた身なの。
実際の所、あなたや他の子に対してガタガタ言う権利なんて無い…リョウが誰に選ばれるかも、誰を選ぶのかもね。

それでもね、あなたはちょっと許せないのよ…あなたと私は、よく似ているから。
人への甘え方も上手くなくて、その癖甘ったれで。
あの人はそれを受け入れてくれる度量があったから、ただ無理矢理縋りつこうとしているだけ。

ふふ…本当に、私達はよく似てるわ。
結局、自分の事しか考えていないもの…あなたも私も。
私のエゴだけど…少なくとも、2回もそんな女に引っかかって欲しくないの。

似た者同士としてはっきり言うわ。
あなたは私と同じで、リョウを不幸にするだけなのよ。」


…………!?

ショウノ…今、なんて…。




「………リョウ君、アトランタを見て。」

「……!」


怒りに震える気配もなく、アトランタは顔面の昆布を鷲掴み、海面に叩き付ける。
その時顕になった顔には、さっきまでの怒りすら見えないポーカーフェイスが浮かんでいた。


「shut the fxxk up…shit,so smells fishy…(うるさいな…ちっ、磯臭い…)

In short…『お前は自分と同じで、優しくしてもらえれば誰でも良かったんだろ?』って言いたいの?

ふー……そうだね…日本語でサゲマンって言うんだっけ?あたしらみたいなの。
確かによく似てるよ……Cognate aversion…ドーゾクケンオって奴?

だからムカつくんだよね…。
似てても他人…勝手に同じ道辿るなんて決め付けんじゃねえよ…!
あたしは冷めてるかもしんないけど…あんたみたいなウジウジした奴とは違う!!

kill you…old battleaxe of a fxxk'n cakeface!!」

雄叫びを上げ、初めてアトランタがその場から動いた。

機銃の持ち方を変えた……あの持ち方は…!
やべえ!!あいつ機銃で殴る気だ!!







「……old battleaxe…聞いた事があるわね。」





だがその緊張感は、元カノのこの一言で凍り付いた。








「………リョウ。あの子、何て言ったのか訳せる?」

「……要は、ぶっ殺してやるって事だよ。」

「…………。

ねえ……正 確 に 訳 し て も ら っ て い い か し ら ? 」

「…………。

……”ぶっ殺してやる、厚化粧のクソババアが“……だな。」

「ふふ…… そ う 。 」


その瞬間、あいつが見せた笑顔。
それはさながら、氷の女王と呼ぶに相応しい恐ろしさを放っていた。

唯一その空気に殺られていなかったのは、アトランタのみ。
怒りのままに突進するあいつに反し、元カノは笑顔のまま拳を握り、そして姿勢を下げた。

あいつは高校の頃から、大人びて見られるのを相当気にしてた…アトランタは間違いなく、踏んではいけない地雷を踏んだ。
俺の空手家の本能が告げる。渾身のカウンターの後、アトランタは数mは確実に吹っ飛ぶと。

艤装ありきでも、間違いなく歯と骨の4~5本は逝く未来しか見えない。
あと数秒…提督けしかけて止めさせる時間は無い……。


………ならば!!



「………ショウノ。」

「………何かしら?」

「……降参しろ。でなけりゃ俺と二人の時の事をここでばらす。」

「………ど、どう言う時のかしら?」

「………。

……部屋の中、或いは街中や学校。
屋内外問わず、とにかく周りの誰にも見られない、正真正銘俺と二人っきりの時のお前をだ。」

「……………。」


その瞬間。
元カノが耳まで真っ赤になったのを、俺は見逃さなかった。





「ま……参りましたあああああ!!!!!!」




はは…まさか水上土下座なんて、生涯の中で見るとは思わなかったよ…。




『………よう。』

『何?また監察?』

演習の片付けも終わり、アトランタの部屋に様子を見に行った。
不機嫌そうにベッドに不貞寝してたが、服装はホットパンツにキャミ。
もうタトゥを隠す気はさらさら無さそうだった。

『…………腐っても先輩だね、あいつら。
あたしの艦娘としての欠点、全部見抜かれてた。』

『あの後あいつらにも言ったけど、他に言い方あったろって思うけどな。キツすぎだよ。』

『……ううん。アレで良かったんだよ。
何かさ、ムショのババアに怒られてる時思い出した。
いつもぐうの音も出ないぐらい痛い所突かれて…でも、大体後でそういう事かって分かるんだ…ムカつくけどね。』

『………日本酒みてえなもんだよな。』

『あの二日酔いはキツかったよ。

ねえ……。』

『いって!?』

ベッドの端に座ってた俺の膝に、アトランタは思いっ切り頭を乗せてきた。
太ももに痛みが響くが、そんな俺を無視するように、こいつはそのまますがり付いて来る。


『…………ごめん。ショーカクの言う通りだ…。
一旦これでおしまい。だからその前に、ちょっとだけ甘えさせてよ…。』

『…………。』




………いや、あいつをそうさせたのは…。

変われてねえのは、きっとよ…。




『……リョウ。ここがお前の家だって言ってくれたよね。
じゃああんたから見たら、あたしはどんなポジション?』

『……すっげー手のかかる妹分。』

『…なるほどね。』

『………へ……!?』

完全に油断してた。
一瞬だったが、またしても強引に唇を奪われちまったんだ。


……こ、こいつ…懲りてねえ……。





「………I'm gonna be your lover someday.
And then I'll make you the happiest man in the world.

…So I'll let you off the hook for now.
You'll have to wait for them to shoot you down.」



「Good luck on that,genius.」(言ってろ、ばーか。)




………恋愛対象に無い奴を振り続けなきゃなんねえのは、変わんねえのか。
引き取ってくれる男が出てくるまで、この新しい妹分の面倒見なきゃなんねえな…。


『………ところでさ。』

『ん?』

『あんたと二人の時のショーカクって、実際どうだったの?』

『………。

…でかくて白い犬。』

『犬。』

『これ以上は黙秘な。』


…まぁ、言えねえよな。
誰もいなけりゃ本当にずーっと、抱きついてきたり手ぇ繋いできたりな甘えん坊だったとは。



「………おはよう、アトランタちゃん。」

「ショーカク…おはよ。」

次の日の食堂は、朝から緊張感が走っていた。

昨日の大立ち回りは皆の知る所、バトルが始まらないか身構えるのは当然か。
しかし俺や提督は、少しも心配しちゃいない。

「その…昨日はすみませんでした。センパイ。

えーと、コ、コンゴトモ、ブシド…no…!ゴ、ゴシドーゴベンタツ!!よろしくお願いします!」

「いえ…私の方こそごめんなさい。言い過ぎだったわ。
…大丈夫、あなたはきっと強くなれるから。」

「…ショーカク。」


……まぁ、少しは頭冷やしてくれたか。
ん…?何かアトランタの後ろに…。


「ほほーう?いい乳してるわねぇ…。」モニュンモニュン

「…ズイホー!て、てめえ…!」

「私も昨日はごめんね。あ、おっぱい揉ませてくれたから謝らなくていいよ。
昨日はぶつけちゃったけど、昆布って本当は美味しいんだ。

……昆布だしの卵焼き、食べりゅ?」

「……!…Taberyu!」

はは…卵焼き美味そうに食ってたもんなぁ。

づほの奴、わざわざ早起きして焼いてたのか。
……巨乳相手は若干態度ひねくれてる気もするけど。

雨降って地固まったと思いてえな。
後で提督に聞いたけど、艦娘の喧嘩に限っては俺ら呼ぶまでもなく、大体演習やらせれば収まるんだとか…道理で率先してた訳だ。
しかし憲兵としちゃ、ちょっと情けなくなる案件だった…。

あ、そうだ。仕事と言えば、今日は後でアレ書かねえとだ。
本当は昨日付けにする気だったけど、あいつらと仲直りするまで保留にしてたんだ。


『防空巡洋艦・Atlantaは監察解除に値すると本官は判断せり。』ってな。


これで晴れて、あいつも普通のここのメンバーだ。
もう札付きなんて言わせねえからな。





「翔鶴さん!さっきのどう言う事!?」


あの演習の後、私は寮の裏に翔鶴さんを呼び出した。

あの発言に、どうしても納得が行かない。
この時冷静さを欠いていた私は、思わず激しく詰め寄っちゃったんだ。


「どうって…そのままの意味よ?

本当はね…もう一度あの人の隣に並べるなんて思ってないの。」

「……どうして!?あんなに必死だったのに!!
……それに……リョウちゃんだって、きっと心のどこかじゃまだ…。」

「…………瑞鳳ちゃん、それ以上は言っちゃダメ。

…そうね、また今度飲みにでも行きましょう。
その時話してあげる……何で私が艦娘として戦場にいるのかもね。」


チビの私でも見えないぐらい俯いていて…垂れた前髪で、翔鶴さんの目は隠れてた。

口元には薄い笑み。
それは自虐的で、卑屈に見えて……私をキレさせるには、充分過ぎて。

「いい加減にしなさいよ……言え!!今すぐよ!!」

両手で胸ぐらを掴んで、激しく揺さぶる。
その時やっと翔鶴さんは顔を上げて、そこに見えたのは…。









「…………ごめんなさい。今は上手く、話せないの…。」






そう悲しげに笑う翔鶴さんの目からは、ぽたぽたと涙が流れていた。



「…………。」

「……お疲れ様。また明日ね。」


翔鶴さんもいなくなって、誰もいない寮の裏。
夕暮れの鬱蒼とした影の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。


…思えば初めて、あの子の本音に触れた気がする。

頭の中が上手く整理出来なかった。
どうしたいのか、どうすればいいのか。それすらも整理出来ないまま。

普通に考えたら、あの子が諦めればライバルが消えるって事だ。
だけどこの時、私はとにかく納得出来なくて仕方がなかった。
あの子を殴ってでも、諦めるなとどやしつけてやりたくなった。


「…………っ!!」


気付いたら近くにあった電柱を、思い切り蹴飛ばしていた。
足裏のびりびりとした痛み。嫌でも目をかっぴろげたくなる脳への刺激。


そんな最中にあっても、胸につかえたモヤモヤは晴れてくれなかった。



大変お待たせしたアトランタ編もようやく終了。あえて訳してない英文は、どうしても気になる方は翻訳サイトへどうぞ。
ちょっとこの作品の辛い部分も出てきました。

次回は寒い時期になりそうですが、納涼と言えば…なお話の予定です。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年07月10日 (火) 00:06:27   ID: DQAzpOHa

頼むで完結させてや。
今のワイの唯一の生き甲斐なんや

2 :  SS好きの774さん   2018年07月10日 (火) 12:51:14   ID: Jj6BKco_

haohaohaohaoa

3 :  SS好きの774さん   2019年03月11日 (月) 02:53:11   ID: _byn9GmI

いつまでも待っとるで

4 :  SS好きの774さん   2019年03月13日 (水) 01:21:57   ID: tmhPbt3j

本スレの更新がこっちに反映されてないみたいですね。

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