生まれて此の方(7)
男は夜道をあてもなく歩いていた。
風がぬるくなったと感じた。
車が往来する大通りだった。特段何もない。
コンビニ、小さなビル、マンション、一軒家が連なる東京の大通り。
東京といっても、他人に言えばそこはどこだと聞き返されるような所だ。
一人暮らしをしているアパートからただぶらりと歩いていた。
理由は無かった。
夜の大通りはライトでオレンジ色に染められていた。男の吸っていたタバコの煙がオレンジ色の中に消えていった。
真夜中に歩く人影は男1人。
車のエンジン音がすれ違っては遠くに消えていく。
なんとなく心が落ち着いた。
男は歩きながら、自分の生きてきた人生を振り返った。
生まれて此の方、恵まれているのか恵まれていないのかわからない。
ある面では恵まれていない。だがある面では恵まれている。
家族には恵まれなかったが、友人や他人には恵まれた。
金には恵まれなかったが、心の豊かさには恵まれている。
そんな事を考えるが、最近は毎日が楽しくないと感じている。
それは自分が不幸だからか。しかし、一人暮らしでも何とか食っていけている。
それだけでも幸せなのだろうと頭では分かっている。
職場には恵まれている。
何が心を満たさないのか。それが分からない。
まだ学生だった頃は、過信と希望とが自分を支配していた。
未来は自分次第でいくらでも変えられる。そういう過信で明るくいられた。
だが環境は暗かった。母はなく、父も老境に入り、金の余裕は無かった。
いつからか現実の環境が自身にのしかかってきた。
それからだろうか、毎日が楽しくなくなったのは。
自分はもっとやれると信じられなくなったのだろうか。
もっとやれる。だが、過ごす日々は怠惰で、惰性で、自分の欲に流される。
自らが描く理想の自分とは真逆の自分を生きている。
だからだろうか。いや、分からない。
だが、夜は明ける。命がつづくかぎり、明日がまた自らにやってくる。
そんな日々を今、過ごしている。
何が自分を満たすのか。分からない。
男は家へと足を向けた。
今日も答えは出なかった。
終
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