【アイマスSS】「ランクDアイドル」 (35)

アイドルマスターのSSですが、オリキャラメインの短編になります。
苦手な方はご注意ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519638444

何ともパッとしない天気であった。
羽織るもの一枚だと心持たないが二枚着るほどの寒さではなく、かといって着ないならそれはそれで寒い。天気もそうだった。
カラッと星が綺麗に見えるほど晴れるわけでもないが、雨が降っているわけでもない。
灰色の雲がどんよりと被っている。
いっそのこと大雨になってくれたなら、『泣けない私のために空が、神様が泣いてくれている』とポエミーに浸ることもできるのだが、こうもあやふやな天気だとそういうわけにもいかない。

お似合いですこと、と自虐的に笑っていると、
「準備は大丈夫か」
問題の答えを確認する教授のような調子で、その声は私に聞いてきた。
ノックなんて必要ない、とばかりに彼は控え室に入ってきた。
まぁ当たり前だ。
本番を三十分後に控えて、準備が大丈夫ではないアイドルなら、私はきっとここにはいないし、彼はさっさと私の担当から降りていたことだろう。
「もちろんだよ、プロデューサー」

入ってきた扉の方に目を向けず、私は進行台本を眺め続ける。
練習を含めたら何千回歌ったか分からない曲たちだ。歌詞はもう身体の一部になっている。
舞台上での移動も特に今回だけみたいな変わったことはやらない。
「そうか」
「うん」
他のプロデューサーとアイドルならもっと言葉を交わすのかもしれないが、あいにく私とプロデューサーの関係はこんなのだ。

ここに至るまでに、私が舞台に立つだけのことをしたと信頼されているから、これだけ言葉が少ないのだと気づいたのはいつだろうか。
パッとは思い出せない。
今日のこのライブが終わったらゆっくり思い返してみることにしよう。
今は目の前のお客様のために集中するだけだ。
心地のいい沈黙が部屋を包む。
私たちのいつもの時間だ。
ストレスが適度に身体を包む。今日は良いパフォーマンスができそうだ。

「パッとしない天気だな」
ブラインドの隙間から窓の外を見やり、プロデューサーは私と同じ感想を漏らした。
どことなくそれがおかしくて、私は思わず笑った。
不思議そうな顔をしてプロデューサーが私の方を見る。
「ライブが終わったら教えてあげるよ」
プロデューサーが問う前に、私はそう答えた。
コンコン、とノックが二回。
プロデューサーがそれに応えた。
「15分前になったんで準備お願いします」
ADの彼はそう言うとせわしなく出ていった。
その言葉を合図に私とプロデューサーは舞台袖に移動する。
集まってくれたファンの熱気がここまで伝わってくる。
みんな、ありがとう。

「それじゃあ行ってくるね。 プロデューサー」
「おう。 しっかりな」
いつも通りに肩を叩かれ、私は舞台に上がる。
25歳の、10年間Dランクに居続けたアイドルの引退ライブが始まる。

Cランク、通称メジャーアイドル。
「二五歳までCランクに行けない者はアイドルとしては大成しない」と言われる。
トップアイドルになるための、ようやくの入り口。
14歳の時、私はアイドルになった。
ちょうど日高舞が引退して、アイドル戦国時代が始まろうとした時期であった。
きっかけは街でのスカウト。
口説き文句は「君なら第二の日高舞になれる」だった。
あの時の私たちの憧れになれると聞いて、浮かれない者などはいないだろう。
私もそうだし、両親も同じであったことだろう。

事務所と提携していた作曲家の先生に挨拶に行き、デビュー曲を貰って、同期の子たちと一緒に中野サンプラザでそれを歌い、踊った。
忘れもしないあの夏の日。
その日、私はアイドルとしてデビューした。
今にして思えば、運が良かっただけなのだろうが、私はどんどん売れていった。
ランクDになるのに一年もかからなかった。
同期では一番だった。

あの日みんなで出た中野サンプラザ、次には単独ライブの会場になった。
その次は全国ツアーの会場の一つになった。
歌ったソロ曲は着メロのランキングに年間で入り続けて、有線大賞の新人賞も貰った。
1次の年にはランクCに上がるものだと、事務所のみんなやファンのみんな、それに私も思っていた。
だけれども、それから10年間私はDランクに居続けている。
私にはCランクの壁を乗り越えることはできなかった。

仕事の種類も変わってきた。
あんなに出してたCDは、年に一回になり、そのタイミングで一日だけライブをする。
それもどんどん歳を重ねるたびにトークパートが増えてきている。今では7:3だ。
内訳はトークが7で、歌が3だ。
オリコンなんて夢のまた夢。
着メロも有線大賞は、今はもう無い。
なので当然歌番組にも呼ばれない。
テレビの収録に呼ばれたのはいつだろうか。
なんなら私が歌ってそこそこ流行った楽曲たちは、今の流行りの若い子たちにカバーされて歌われている始末。

今の私の仕事は、ラジオのパーソナリティ。
アイドルやら芸人やらのやるオールナイトなんちゃらみたいな華々しいのではない。
お昼時に流れる、トラックの運転手さんと床屋さんで流れてるそんな日常の中にあるラジオのパーソナリティ。
そして雑誌のコラムニスト。
多いのが大体スマフォのアプリとか、たまに家電とかのをつらつらと。
月々色々貰って差し引いて20万円程。
そこから家賃やら何やら引くとまぁ手元に残るお金の少ないこと。

「25歳」
私の年齢なわけだけれども、他の25歳はどうしてるのだろうか。仕事で順調にキャリアを積み重ねていってるところだろうか。
もう結婚して主婦やってたり、お母さんやってたりするのだろうか。
私も仕事で積み重ねていってる、と言ってくれるだろうか。
でもそれは「アイドル」としてじゃない。
広い意味での芸能界、その隅っこで生きていくための術だ。
この仕事を何年続けたとして、今の私より、九才も年下だった「日高舞」になれるはずなんかない。

よければ一行空けながらお願いしたい
仕様ならあれだけども

そんな私を、ファンの人たちは応援してくれる。
あの時から何も変わってない私なのに、それでも応援してくれる。顔なんてみんな覚えてしまった。
いつもラジオにメールをくれる人、毎月決まって十五日に手紙を送ってくれる人、お米だったり野菜だったりを送ってくれる人、高価なものを送ってくれる人。
その人たちは決まって、私にこう言ってくれる。
「これからだよ。 俺たちはトップアイドルになれるって信じてるから」
10年間、Dランクで足踏みし続けてる私をそう言って応援してくれる。
応援し続けてくれている。

>>14
ありがとうございます。
次から空けてみます。

でも私はファンを裏切り続けている。

それに私はもう一つ裏切り続けている存在がある。

私が今まで倒してきたアイドルの「思い」だ。

ランクDで足踏みする者は少なくはない。

夢を諦めきれずにそこで一歩進んでは一歩下がるを繰り返している。

だが時間は有限ではない。

「25歳」という業界で信じられているジンクス。何人も見てきた。

これでランクCに上がれなければ、引退するというものを。

そして私はその人たちを破ってきた。

遠慮なんてできなかった。

私だってランクCに上がりたいから。

そして負かしたアイドルは、私に「ランクCに上がりたかった」という思いを託して消えていく。

私と同期だったみんなも、私に託して辞めていった。

託された私が、上がれなければその人たちの思いは無駄になってしまう。

そう考えると、止まることなんて出来なかった。

言い訳かもしれない。

私がただ辞めたくない、アイドルにしがみついていたいという醜い気持ちを、ファンや上がれなかった人の思いを利用して綺麗に見せているだけなのかもしれない。

「呪いにかかりますよね」

私にそう言った人がいた。私が二十二歳の時のことだ。

同級生が大学を卒業し、それぞれの進路に進もうとしているのを見て、焦りを感じた私に二つ下の彼女はそう言った。

彼女も二年間ここに留まってる住人であった。

「Dランクに留まってる人はそれだけ戦って、勝ってるってことですからね。 勝った分だけ思いを背負ってしまう。 で、その思いが重い呪いになるんです。 どこまでも自分を縛る……」

私は彼女になんと答えだろうか。

思い出せない。

そんな彼女は、私を倒してCランクに上がってすぐに妊娠して引退した。

彼女の担当プロデューサーとの子供であった。

もしまた会えたら聞いてみたいことがあった。

「あんだけ見たかったCランクの景色は、そんな簡単に捨てられるものだったの」と。

そんな呪いとなった重い思いで諦めきれなくなってた私の首切り役となった人がいる。

上泉玲音だった。あの時は十五歳だったと思う。

デビューからかすか二ヶ月でランクDまで上がってきたそんな彼女。

後からプロデューサーに聞いた話だが、彼女はこう呼ばれていたらしい。

「アイドルを終わらせる者」と。

曰く、アイドル戦国時代には出てくるのだという。

その圧倒的なポテンシャルで、並み居るライバルたちをなぎ倒し、ごく自然にトップアイドルになる者が。

一つ前は日高舞で、今回はこの上泉玲音。

そういう業界の見立てだったらしい。

そしてその見立ては正解であった。

同じ舞台に上がったものだから分かる。

彼女は生まれついてのアイドルであった。

彼女の歌い上げる歌は目の前に情景が広がってくるようであったし、彼女の踊りは曲すらも無粋で、床を叩く足音だけで完成するものであった。

私が十年、いや一生かけてもたどり着けない境地。

そこに彼女はいた。

手を伸ばすだけ無駄、憧れるのさえおこがましい。

そして彼女は三週間足らずでCランクに上がった。

私は彼女に、私の背負ってるものを全て託すことに決めた。

「頑張ってね上泉さん。 あなたならトップアイドルも夢じゃないわ」

「ありがとうございます。 えぇ、恐らくアタシはトップアイドルになるでしょうね。 ……でもそれじゃあ足りないんですよ」

「トップアイドルになるってのに、何が足りないの」
上泉さんは、ほんの少し寂しそうにこう言った。

「ライバルですよ」と。

その言葉の意味はよく分からなかった。

トップアイドルを目指す上で、ライバルがいないに越したことは無いだろうに。

それから一年もせずに彼女はトップアイドルになった。

その当時だと10人ほどいたトップアイドルを全て負かし、日高舞以来の「アイドルマスター」を手にした。

だがアイドル戦国時代は終わらなかった。

「アイドルマスター」なった上泉さん、いや玲音が、その座を超えてしまったからだ。

いつしか彼女は「オーバーランクアイドル」と呼ばれるようになっていった。

日本中が玲音に湧いている中、10年Dランクにい続けた私は、ひっそりと引退の話は決まった。

先のジンクスを知っていた事務所もプロデューサーも、同意した。

本音を言えば玲音のせいでアイドル界のバランスが壊れていたので、私なんかよりもっと若い、これから花開く子たちに専念したかったのだろう。

ラジオとコラムの仕事もそれに伴い、終了となった。

楽しかったし、良い評価もいただいていたのだけれども、アイドルを引退する私が、そうやってアイドルで取ってきた仕事をするのはなんか違うように感じられた。

いつでも戻ってきていいよ、と言ってくれたのは救いだった。

「アイドル」としてはダメだった私も、こっちではそこそこの存在になれていたらしい。

新聞や雑誌に取り上げられるわけもないが、引退の発表。緩々と仕事量を減らしていき、引退ライブへのレッスンを行なう。

歌う量は、過去五年の中で最高だ。

久しぶりに動かす筋肉たちが最後の悲鳴をあげるのが、なんとなく嬉しかった。

空いた時間は今まで貰いっぱなしになってたファンレターへのお返事を書いていく。

貰った分だけ返せるように。

そしてパッとしない天気の中、私は引退ライブを終えた。

ファンのみんなからのサプライズの合唱だったりで泣かせたり、泣かせられたりした引退ライブは終わり、私たちは事務所へと戻った。

「お疲れ様」

コーヒーと砂糖を三つ渡しながら、プロデューサーはそう言った。

今日で終わりだと言うのに、優しくなったりなどはしない。いつものように反省会をする時、そのままだった。でもそうはならなかった。

「何かやり残したことはないか?」

最後なのに、とプロデューサーに苦笑する準備をしていたのに、全くの無駄になってしまった。

そしてその問いに対する答えは決まっていた。

「無いよ。 やりきった、今はそう思う」

「……そうか、よかった」

沈黙。

これもまた居心地の悪いものではない。

お互いになんとなく過去を振り返っているんだと感じられた。

チラッと見た目があって、笑いあった。

「で、これからどうするよ」

「ビール、ビールを飲んでみたい! あとタバコとかも吸ってみたい」

25にもなるのに、それらを嗜まなかったのは私の『アイドル』へのちょっとした意地だった。

そうあるべきだと思ったし、そうだと信じていた。

そうじゃないと知ったのは偶然にも、Dランクでの足踏みが五年を超えた20歳でのことだったのだけれども。

「……タバコはやめとけ。 健康に悪い。『アイドル』としての人生は終わったかもだけれども、お前の人生はまだ長いんだから」

プロデューサーは呆れながらそう言った。

そりゃそうだ、と素直に納得した。

「というか、俺が言ったこれからってのは、」

「これからどう生きていくか、でしょ」

「そう。 ラジオとかの仕事やる?」

「んーそれも有りだとは思うけれども」

そう言って私は考え込む。

一応レッスンの期間に色々なことを考えたのだが、いい案は浮かばなかった。

とりあえず生活のために、もう一度頭を下げてやらせていただくか。

それとも実家に戻り、婚活を頑張るとかでもいいかもしれない。

そんなことをグルグルと考えてる時、ハッとした。思いついた。

「私、『アイドルマスター』を取る!」

「……今日、引退したんだよな。 お前は」

「そうだよ?」

「そんな一般人がどうやって『アイドルマスター』取るんだよ」

「取れるでしょ? アイドルじゃなくてもさ!」

私がそう言うと、プロデューサーはぴしゃりと自分の額を叩いた。

「プロデューサー、でか」

『アイドルマスター』という称号は、日高舞がトップアイドル中のトップアイドルになった時に創設されたランクだ。

恐らく玲音は2代目を取ることになるだろう。

そしてこれには逸話がある。

『私がここまで来られたのはファンとプロデューサーのおかげよ! それなのに賞が私だけっておかしいと思わないの?」

と大クレームをつけたことにより、『アイドルマスター』はファン賞とプロデューサー賞が作られた。

「ってことは、今後はプロデューサー志望ってことでいいのか」

「うん」

これから先、もっとアイドルになりたい子は増えていくだろう。

けれども勝ち残れるのはほんの一握り。

そして時に悩み、挫けそうになることも多々ある。私は、そんなあの子たちの支えになりたい。

これまで背中を押され続けた私だけれども、今度は私が背中を押す番だ。

多分それが「25歳の大人」ってもんだ。

「おーけー、なら人事に話通しとくから空いてる日付を教えてくれ」

「……面接からなの!」

「そりゃまぁ一応雇うわけだしな。 履歴書もちゃんと用意しとけよ」

書き方は自分で調べろ、とプロデューサーは言う。

ちくしょう、私が一度も書いたことないからって馬鹿にしやがって。

でも確かにこの時、私の胸はこれから起こる未知のものへのワクワクが高鳴っていた。

二人して笑いながら出た夜の空は、スッキリと晴れていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました。
最初の方は文字が詰まってしまい、読みにくくなって大変申し訳ありませんでした。

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