星梨花「帰りの電車にて」【ミリマス】 (27)
「ごめん、星梨花! どうしてもこっちが立て込んでいて迎えに行けそうにないんだ」
一仕事終え、そろそろかなーとお迎えを待っているときに、プロデューサーさんから掛かってきた電話を嬉々としてとると、それはちょっぴり残念な内容でした。
とりあえずお返事をします。
「えっと……大丈夫です。プロデューサーさんがその……お忙しいのは分かってますから」
「ごめんな星梨花。実は……」
プロデューサーさんのお話を聞いていると、どうやら向こうで機材のトラブルが起きて時間が押してしまい、どうしてもその場を離れられないみたいです。
まぁ……仕方ないですよね。プロデューサーさんはわたしだけのプロデューサーさんではないのですから。
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「ならどうやって帰りましょう……」
「そうだな……タクシーか電車を使うか、申し訳ないが親御さんに頼むぐらいしか」
「……そうですね。そのあたりの方法で」
「もちろん交通費はあとで落ちるからな。あとは星梨花に任せるぞ、本当にごめんな。」
追われるようにプロデューサーさんは電話を切りました。
忙しいんだろうなぁ……。
さて、わたしはどうやって帰りましょう。人差し指を頬に添えて首をかしげながら考えます。
まず確実に迷わないのはタクシーです。
ただ、その分割高なのは知っています。
この前プロデューサーさんと乗った時に金額のメーターが上がっていくのをこうなっているんだ、おもしろいなぁって眺めていたわたしと対照的にプロデューサーさんの顔は青ざめてましたから。
パパに迎えにきてもらうのもどうでしょう。
うーん、パパならぜったいに飛んでくるように迎えに来てくれるでしょうが、お家からここまではそこそこの距離があります。
明日も平日でパパも忙しいでしょうし、今回は自分で帰ろうと思います。いつまでも親に頼るのはその……あんまりよくないです。
頼みこんでアイドルをさせてもらってますから。
バスは……そもそもバス停がどこにあるのかが分かりません。お家に近くにバス停ありましたっけ。
消去法で考えると、電車でしょうか。お家の近くに駅はあります。
プロデューサーさんに電車で帰ること、着いたら伝えることをメールしてと……
よしっ電車で帰ろ!
そう決意したわたしは、座っていた椅子から少し反動をつけて立ち上がりました。
えっと、電車で帰るってことは、いろんな人に会うってことだよね?
じゃあ……変装でもしてみよっか。
わたしの目立つ部分といえば……自分の視界にも入りますこのツインテール。
お外で下ろしたままも落ち着かないですから、とりあえず1つ結びにしておきましょうか。
あとはもしものときに持っていた帽子を目深にかぶって……じゃん、どうでしょう!
ってどうでしょう、なんて言っても応えてくれる相手は今は居ませんよね。
変装もできたし、スマホで駅の場所も確認して……準備完了です!
建物から外に出るとすっかり辺りも暗くなって冷たい風がびゅっってわたしに向かって吹いてきました。
うう……2月ですものね。寒いです。
自分の肩を抱いてとぼとぼと歩きだしました。かっこわるい出発です。
なんとなくこっちかなぁって歩いていると、なんだか急に不安になってきました。
地図アプリを開いて自分の位置と方角を確認してみます。
アプリを開くと自分の向いている方向が矢印で示されています。
これって当たっているんだよ……ね?
画面とにらめっこしながらその場でグルグルと回っていると……うん、こっちで合ってます。
一息つきながら顔を上げると、なんだか冷ややかな視線が。
うう……恥ずかしい。そうですよね。端から見るとわたし、街中でピボットターンをしている変な人です。
暗い道はこわいので大通りを選びながら、戦々恐々と人の流れに乗って歩いていくと……駅が見つかりました!
切符の買い方は前に桃子ちゃんに教わったのですが……どこをどう行けばいいか、分かりません!
どうしようかとキョロキョロとしていると、駅員のお姉さんが「お嬢ちゃんどうしたの」、と声を掛けてくれました。
駅員さんはいろんなことを知っていて、しかも説明も上手ですごい! ってなったんですが、子どもに話しかけるようにお話されるとちょっと落ち込みます。
これってけっこうあるあるだと思うんですよね。大人っぽい人は店員さんや係の人に大人扱いされて、まだまだ子どもな人は子どもに話すように話しかけられます。
もちろん気持ちはうれしいんですが、ちょっと複雑ですよね。
説明された通りに構内を歩いていくと、なんとか目的のホームにが見えてき……って電車が近づいてきてます。急がないと……。寒い中待つのはちょっとやです。
なんとか電車に乗り込むと、暖房が効いていてほっと一息つきました。
みなさんが帰宅されるころかなって思いましたが、思ったより混んでいないですし、あの席に座りましょう。
これは余談なんですがわたしは椅子に座るとき手を太ももに敷いて座ってしまうのが癖なんです。
手があったかいんですよね。
乗って少し経つと電車が発車しました。
電車がガタンゴトンと出発したときはおおって感じはしたんですけど、走り始めると案外手持ち無沙汰なものです。
どうしよかなって思って、ふと外の景色をみると、明かりのついた家やビルがどんどん流れていきます。
いろんな人があそこにいるんですよねと当たり前のことを思いました。
なんとなく視線を少し手前に戻し窓を見つめ、ふと、はぁっ……と息を吹きかけます。
こうすると窓が曇って指で文字が書けるようになります。
何を書こうかなと窓を指でなぞりながら考え、自分のサインを書いてみました。
うんっバランスよく書けたかもとちょっとした満足感を得ましたが、ハッとして手をパーにしてぐしゃぐしゃーって消します。
窓に字を書くのは子どもっぽいですし、プロデューサーさんが自分のサインは安売りしちゃダメだよって教えてくれましたから。
窓から目線を外し、車内を眺めると、わたし以外の乗客も何人かいます。
わたし、人を観察していろいろ考えるのがけっこう好きなんです。
自分が率先して前に立つタイプではなく、後ろの方でこの人はこんなこと考えてるだろうなーとか、この人たちはこう思い合ってるんだろうなーだとか考えています。
だからちょっと気が付いちゃうこともあって、星梨花は優しいだとかいい子ね、って言われることも何度かありました。
もちろん人をあーだこーだと邪推するのがよい趣味だとは思いませんが。
あそこにいる同い年ぐらいの2人組の女の子は部活帰りでしょうか。
手にはそれぞれトランペットケースとあれは……ユーフォのケースでしょう。
わたしはバイオリンをするので楽器の心得は多少ありますが、彼女らはおろらく吹部なのでバイオリンの出番はないでしょうね。
あの子たちが通う学校にはオーケストラ部はあるのかな?
あまりよくはないですが楽器はわたしも好きなので、こっそり聞き耳たてちゃいます。
「次いつ合わせる?」
「木曜日とか?」
「なんだかんだ吹部も体育会系だよね」
「そういやあの先輩ってかっこよくない?」
よく言いますよね。こういう楽器やってる人あるあるってなんだか面白くって顔がほころんじゃいます。
あの子たちを見てふと思います。……わたしがアイドルをやっていなかったらあんな生活があったのかなって。
授業が終わって、急いでお仕事に行くのではなく、
部活に入って仲間たちとコンクールで賞を目指して、日々トレーニングをしたり、笑い合ったり、ときには恋をしてみんなが過ごすような当たり前の日々を過ごすのです。
アイドルの活動でたくさんのことを学びましたが、こういう当たり前の日々は過ごせないんですよね。
いつか後悔するような日がくるんでしょうか。
プロデューサーさんも、当たり前の日々を奪ってるんだよなと遠い目をしてつぶやいているのをこの前見ました。
どちらの生活が上、だとかはないです。どの道後悔はあるかもだけど、ただ自分が選んだ道を全力で進むだけです。
恋といえば……向こうの席で寄り添っているのはカップルでしょうか。
1つのマフラーを2人で共有して幸せそうに見つめ合っています。
こういうところで大胆だなーっとは思いますが、2人の世界にのめり込めるほど幸せならそれもいいかもですね。
恋といえば、以前翼さんと恋の話をしたときがあります。
「星梨花ちゃんは好きな人いるの?」
「はい、わたしはパパとプロデューサーさんがだいすきです」
「うーん、それはちょっと違うかなぁ」
「違う、ですか」
「恋っていうのはもっとこう、照れちゃって名前を出せないくらいになることだよ」
「なら翼さんには?」
「えっとわたしは……内緒!」
「人に聞いておいてずるいですよー」
「あはは、そうかなー」
わたしはその時、恋ってこういうものかぁって感心したことを覚えています。
そう言えばプロデューサーさんにお婿さんになってとプロポーズしたこともありましたね。
そのときプロデューサーさんはわたしの頭を撫でながらこう言いました。
「ありがとう星梨花」
「ならお婿さんになってくれるんですよね」
「でもそれはできないよ俺は」
「えっ」
「だって星梨花の世界に出てきてる男の人は俺だけだから」
「?」
「要は男の人含め、もっと世の中を勉強してほしいってことだ。いろんな男の人と出会ってさ。それでもなお、俺にお婿さんになってほしいなら、また言ってくれ」
たぶん、来ないだろうけどなとプロデューサーさんはボソッと漏らしてその話題は終わりました。
みなさんの口ぶりからわたしは恋についてまだまだ知らないんだと思います。
恋愛ソングから察すると甘いだけでなく、つらくて、にがくて、心がきゅっとするぐらい苦しいこともあるものなのだ、というのは分かります。
わたしは恋愛で苦しんだことはまだありません。
でもその苦しみを乗り越えて2人で幸せな気持ちになれたなら、それはとってもステキなことだと思います。
あそこにいるのは家族連れでしょうね。
優しいそうなお父さんと綺麗なお母さん、そのあいだに寝ているのは幼稚園ぐらいの女の子。
わたしも大きくなったら家庭を持つのでしょうか。
結婚したら、何が変わるかって言えば、いろいろあるでしょうけど1つは自分以外の誰かのために頑張るってことですよね。
わたしは今は自分のことをこなすことで精いっぱいです。
がんばることでうれしいこと、悲しいことも体験してきましたが、やっぱり思いました、がんばるって楽しいって。
でも大人になったらそれだけでは、足りないんだと思います。誰かのためにがんばらないといけない。
それが義務感からでなく、心から行いたいって思えたなら本物だと思うんです。
もしわたしが将来子どもを持つとしたら、自分の考えを伝えていきたいです。
わたしは人間として正しいことをやれと、両親から言われたことを忠実に守ってきた方だとは思うんです。
それが正しいかどうか疑ってはきませんでした。
ただ、アイドル活動を続けるうちに、さまざまな出会いと挫折にそれが揺さぶられるときもありました。
それでもやっぱり人間として正しいことをしたいなって思ったんです。
結論をちゃんとくれたのに、迷路にグルグルと迷い込んで結局同じ結論を出しちゃうわたしはちょっとダメだなって思いました。
いろんなことを考えると疲れて頭がぼーっとしてきちゃいますね。次で最後にしましょう。
あそこにいるのはツインテールの小さな女の子……って小さいころのわたし?
目をしばたたかせて、もう1度よくみてもやっぱりわたしです。
小さいわたしはこっちに近付いてくると、わたしに話しかけてきました。
「ねぇねぇお姉ちゃん、お姉ちゃんってアイドルなんでしょ?」
ちょっと混乱してますが、聞かれてる以上、答えるべきです。
「よく知ってるね」
「何でアイドルになったの?」
「世の中のことをたくさん知りたいからかなぁ」
「ならたくさん知ったあとはどうするの?」
「え?」
思わぬ質問に虚を突かれ、すぐに答えることができませんでした。
「学者さんにでもなるの?」
「えっと、それは……」
「だいじょうぶだよ、お姉ちゃんはもう知ってると思うよ」
「え?」
「今までのアイドル活動を思い返してみて」
目を閉じて今までのアイドル活動を思い出してみます。
アイドルになりたいとパパを説得したあの日。
面接でプロデューサーさんと出会った日。
デビューが決まり、初めての曲がもらえた日。
仲間とともに同じ夢を目指す日々。
失敗があっても乗り越えた日々。
そういえば静香さんにはいつも助けてもらってるけど、静香さんが落ち込んでた日があったっけ。
あれは静香さんが病気で倒れて、代わりにあのとき新人だった未来さんが歌ったとき。
そのことに静香さんは責任を感じ、みんなに謝ろうとしてたんです。
でもそのとき、わたしは静香さんに言ったんです。
「ごめんなさいよりも、ありがとうが好きです」
その言葉にハッとすると、目の前のわたしはにっこりと微笑みました。
「その言葉、ずっと覚えておいてね」
視界が暗転します──
はっと目を覚まし、辺りを見回すと、さっきまでの電車の中。
小さいころのわたしはもういなくなっていました。
夢だったのかな。いつのまにか寝てしまっていたようです。
目を覚ましてまもなく聞こえてきたのはわたしの家の最寄り駅の名を告げるアナウンス。
駅から出て外に出ると満天のお星さま、そしてわたしを迎えに来てくれたパパとママ。
びっくりしましたがプロデューサーさんがわたしが電車で帰ることをとパパとママに伝えていたんですね。
パパがわたしに聞いてきました。
「どうした星梨花、やけに機嫌がよさそうじゃないか」
「……実はアイドル活動でやりたいことが見つかったんだ」
「へぇ。それは何かな」
「それはね……」
少し間をおいて笑顔で答えました。
「みんなにありがとうを伝えることですっ」
おわり
箱崎星梨花さん、誕生日おめでとう!
>「みんなにありがとうを伝えることですっ」
いいね、これに至るまでの展開とか話の雰囲気とかとても好き
起きてて良かったわ、乙です
>>1
箱崎星梨花(13)Vo/An
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http://i.imgur.com/7xWPQLp.jpg
http://i.imgur.com/dUIyfJB.jpg
http://i.imgur.com/LexHFQl.jpg
http://i.imgur.com/6FFmMcY.jpg
>>13
伊吹翼(14)Vi/An
http://i.imgur.com/f3sq6Bl.jpg
http://i.imgur.com/Pa1FrYN.jpg
大分生活力ついたな
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