木場真奈美「Happy Ballantine's」 (11)

タイトルは誤字ではありません。

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 僕、あまとうなんですよ。といっても315プロ所属のアイドル、天ヶ瀬冬馬の事ではないですよ。甘い物が好きな甘党です。
2月の第2週、男子にとっての運命の分かれ道であるバレンタインデー。僕は昔からこの日が大好きなんです。何故なら様々な専門店やお菓子メーカーがバレンタインデーに向けた新商品を出すから!

 生憎と学生時代に同級生からプレゼントと共に愛の告白を受けたことはありませんが、そんな事は些細な問題。その日は僕にとって特別な甘い物を食べられる日なのですから。
 さて、そんな僕ですが数年前から少しずつこの日が憂鬱になっているんです。何故って?少し長くなりますが話させて貰うとしましょう。
 ご存知の通り、僕はこの会社でアイドルのプロデュースを行っています。肩書きは立派だけど、中身は雑用も多い。その雑用の1つに、アイドル宛のプレゼント仕分けがあります。
 ファンレターはアイドル達にとって励みになるので大変有難い。が、中には危険物を送ってきたりファンレターに見せかけた誹謗中傷などもあるんです。そういった物はアイドルの目に留まる前に処分する。

 そして、僕が辛いと感じるのは食品も処分対象になる事なんです。手作りの品はもちろん、既製品であっても廃棄しなければならない。
日頃から少なからず食品のプレゼントはあるんですが、バレンタインデーともなるとその数は一気に増える。こういう話は男性アイドルだけの話だと思われますが、我が事務所でも他人事ではありません。
 僕は甘党なのでチョコも人並み以上には詳しいです。アイドル達に贈られてくる物の中には有名店の限定品などもあります。そんなものであっても捨てなければならない。こんな辛い仕事があってはならない!

 そしてこれは贅沢な悩みなのですが、僕は担当しているアイドルが多く、彼女達からそれなりに信頼されています。バレンタインデーになると彼女たちから思い思いのチョコを貰える。
大っ変嬉しいんですが、数が多い。甘党と言ってもお腹の容量には限界があります。後半になると舌の感覚が麻痺してきて折角のチョコを満足に堪能出来ないのはこれまた辛い。
 ……っと、いつの間にかもうこんな時間か。ちひろさん、後は僕がやっておきますので。はい、お疲れ様でした。大丈夫ですよ、ちゃんとファンの方々からの物は処分しますから!
 世間は連休でも、こういった業界には関係無い。僕はファンからのプレゼントをひたすらに仕分けていた。あぁ、これは銀座のあの店の限定品だ。勿体無いなぁ。

 暫くの間仕分けをしているとガチャリ、とドアノブが回った。ちひろさんが忘れ物でもしたのかと思い振り返ると、そこには意外な人物がいた。

「あれ、どうしたんですか真奈美さん」

「やぁ、すまないね。君に用事があったんだ」

 用事?一体なんだろうか。

「来週はバレンタインだろう?少し早いが日頃の感謝を込めてプレゼントをと思ってね」

 なるほど、そういう事か。嬉しい限りだ。手作りだろうか、それとも既製品だろうか。前者なら木場さんの調理スキルは事務所内でもトップクラスだから安心出来るし、後者ならセンスの良い物を選んでくれているのだろう。でも……

「君は他の子達からもチョコを貰っているのだろう?だから私は少し捻らせてもらった。はい、Happy Ballantine's♪」

そう言うと、真奈美さんは包装紙に包まれた物を僕に差し出した。でも、どこか違和感が?それに、なんだか妙に重いなこれ。

「ここで開けてみてくれないか?」

真奈美さんに促され、包みを丁寧に開ける。あぁ、さっきのは聞き間違いじゃなかったのか。

「なるほど。ハッピーバランタイン、ですか。お茶目ですね真奈美さんも」

「惚れ直したかい?」

「ノーコメントで」

 ウィスキーボンボンならプレゼントされたことはあるが、まさかウィスキーそのものとは。

「ウィスキーのつまみとしてチョコを食べるというのは珍しくないんだ」

「聞いたことはありますね、やったことはありませんが。では有り難く……。そうだ、どうせならここで少し飲んでいきませんか?」

「グラスやチェイサーはあるのかい?」

「……お酒好きな人多いですから」

 給湯室で必要な物を揃え、真奈美さんのもとへ戻る。心が踊っている感覚があるのは、会社で飲む背徳感か、それとも真奈美さんと飲む事への喜びか。
 初めにウィスキーだけで楽しんでみる。うーん、最初にフルーティーな香りが鼻孔を刺激してくるが、後からアルコールの辛味が強く感じる。
 次に、チョコを口に含んでから。チョコの甘さが辛味を抑えてくれて実に良い。なるほど、こんな飲み方もあったのか。

「どうだい?感想は」

「とても美味しいです! お酒詳しくない僕でも、これはオススメ出来ますよ!」

「それは良かった。でも、明日も仕事があるんだろう? あまり飲み過ぎると支障が出るんじゃないかい?」

 そうだった。幸せな時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうのか。

「では、残りは自宅で飲ませて貰いますね」

「あぁ。私もこれで失礼するよ。そうだ、忘れ物があったな」

 真奈美さんがそう言うと、彼女の柔らかな唇が僕にそっと触れた。

「プロデューサー、Happy Valentine's」

 固まる僕をよそに、真奈美さんは軽やかな足取りで帰っていった。恐らく、今後これ以上のバレンタインの思い出は訪れないだろう。
 そんな、バレンタインデー数日前のお話。

木場さんに「ハッピーバランタイン」と言わせたいがために書きました。
お酒に関してはバランタイン21年をググりながら書きました。
それでは失礼します。

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